平成14年5月23日(木) 政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会(第4回)

◎会議に付した案件

政治の基本機構のあり方に関する件

上記の件について参考人松井茂記君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  大阪大学大学院法学研究科教授 松井 茂記君

(松井参考人に対する質疑者)

  伊藤 達也君(自民)

  島 聡君(民主)

  斉藤 鉄夫君(公明)

  藤島 正之君(自由)

  山口 富男君(共産)

  金子 哲夫君(社民)

  井上 喜一君(保守)

  額賀 福志郎君(自民)

  伴野 豊君(民主)


◎松井茂記参考人の意見陳述の要点

1.81条の権限は、どのような性質の権限か。

  • 私は、(a)76条は、裁判所に司法権しか付与していないこと、(b)司法権行使の枠を超える憲法裁判手続についての規定を欠くことから、最高裁の見解と同様に、81条の規定は、米国の裁判所が行使してきたのと同様の「司法審査」権限を明文の規定で確認したものと理解する。
  • この理解に立てば、「司法審査」権限は、司法権に内在するものであり、最高裁と下級裁判所とを問わず、「事件性・争訟性」を要件とする司法権の行使に付随して行使されるものとなる(付随的違憲審査権)。

2.最高裁判所は、この権限を適切に行使してきたか。

  • 憲法制定後、最高裁は、法令違憲と判断した例が5件に止まるなど、「司法審査」権限の行使に消極的であり、これに対しては、世論や学説の多くが批判してきた。このような状況の問題点としては、(a)違憲判決の件数自体の少なさ、(b)国民が「司法審査」を求めることの困難さの2点が挙げられる。
  • 「司法審査」権限が適切に行使されてきたか否かの評価をするに当たっては、まず、最高裁が憲法の下で期待されている役割を考えるべきである。

3.この権限を行使するに当たって最高裁判所にふさわしい役割は何か。

  • 私は、最高裁をはじめとする裁判所は、民主政過程に不可欠な権利を擁護する責任を有し、したがって、この権利が侵害された場合には、裁判所による厳格な審査が正当化されると考える。他方、民主政過程に不可欠な権利以外の権利について、裁判所は、国民の代表によって構成される国会によって制定された法律を尊重すべきであり、これにより国民の利益が害された場合には、次回の選挙において、国民がその意思を示すことにより是正が図られることが、民主主義の原則に適うと考える。
  • このような考え方が、「プロセス的な司法審査理論」であり、この理論に基づけば、裁判所は、「民主主義プロセスの擁護者」となる。この立場は、憲法を統治の手続を定めたプロセス的な文書であるとする憲法観、基本的人権は守らなければならない手続的なルールであるとする「プロセス的な基本的人権観」を前提とする。

4.憲法改正の必要性はあるか、あるとすればどう改正すべきか。

  • 最高裁の解釈を前提とすれば、昨今唱えられている憲法裁判所の設置には、憲法改正が必要であると考えられるが、憲法裁判所が法律命令を厳しく審査するだろうと考える根拠はなく、その設置により、最高裁の「司法審査」権限の行使に対する消極性の原因となっている問題点が解消されるとは思われない。また、「事件性・争訟性」要件を外した「司法審査」には、疑問を抱かざるを得ない。
  • 今、必要なことは、「意識改革」と制度改革を通じて、裁判所によって、その役割を踏まえた積極的な司法権の行使がなされるようにすることである。そのためには、法律の違憲性の確認と執行差止めのための訴訟提起を可能にすること、若年者の登用等硬直的な最高裁の人事制度の是正や法曹人口の増員等を含めた、抜本的な制度改革が必要である。

◎松井茂記参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

伊藤 達也君(自民)

  • 参考人は、裁判官の理想像をどのようなものと捉えているか。また、現在の裁判官が憲法についてどの程度の感度とどのような感覚を持っていると認識しているか。さらに、司法制度の改革について、参考人の立場から具体案があれば、それを伺いたい。
  • 参考人は、憲法が前提とする個人は、他の人と共に政治共同体を組織し互いに他を尊重しながら一緒にやっていくことを求める「市民」としての個人であると定義付けている。国民主権については、自己決定権を持つ個々人を指す立場と、国民総体としての主権を指す立場とがあるが、上述のように個人を定義付ける参考人の立場からは、国民主権をどのような意味であると理解するのか。また、参考人のいう「市民」という概念からは、地方自治をどう捉えるのか。

島 聡君(民主)

  • 私は、政府の一機関に過ぎない内閣法制局が、憲法解釈について権威を持っているというのは、権力分立の観点からおかしいと考えているが、最高裁にとって、内閣法制局の憲法解釈は、どのような意味を持つと考えられるか。
  • 参考人は、米国にならい、国会の制定した法律について違憲性の確認とその執行の差止めを求める訴訟提起を可能とすべきだとするが、その場合、裁判所が法律に対する違憲判断を次々と下し、法の執行が停滞するおそれはないのか。
  • 参考人は、現在の憲法調査会を常任委員会に改組し、憲法と法律との関係を調査する等の権限を付与するとした場合、権力分立との関係で何か問題があると考えるか。

斉藤 鉄夫君(公明)

  • 立法(国会)や行政(内閣)は、民主的正当性に基づいてその権限が行使されていると認識するが、司法(裁判所)のよって立つ正当性の根拠とは何か。
  • 法の支配と当事者手続のみに正当性を有する司法が、抽象的な規定を有する憲法について解釈を行うことに対しては不安がないでもないが、いかがか。

藤島 正之君(自由)

  • 参考人は、「統治行為論」を採用しての司法判断の回避に対しては、どのような見解を持っているか。
  • 参考人は憲法裁判所の創設に否定的であるが、やはり、独立した憲法裁判所を設置して憲法判断を専門に扱わせる方がよいのではないか。
  • 違憲判決が下された場合、立法府では迅速に対応せずに放置してしまうこともあるが、その際、行政府においては、どのような対応をすべきと考えるか。
  • 司法判断は、専門家ばかりによってなされるべきではなく、陪審制を採り入れる必要があると考えるが、いかがか。

山口 富男君(共産)

  • 日本国憲法は、司法審査制について、諸外国に比べても早い時期に明文の規定として採り入れたものであると認識しているが、参考人は、その意義及びそこに盛り込まれた理念をどのように捉えているか。
  • 司法消極主義の問題に対する参考人の認識を次の2点について伺いたい。(a)最高裁の政治部門に対する過度の寛容等の姿勢が憲法の定める司法審査制の理念の実現を阻害する要因となっていると考えるが、いかがか、(b)表現の自由に関して、これまでの最高裁の判決には、どのような問題点があると考えるか。
  • 長沼ナイキ訴訟や朝日訴訟に見られるように、下級裁判所が憲法訴訟で画期的な判決を下すことで、我が国の司法審査制を推し進めてきた側面があると認識するが、こうした下級審による憲法判断は、最高裁による憲法判断とどのような関係にあると考えるべきか。

金子 哲夫君(社民)

  • 参考人は、基本的人権のうち、国民が政治参加するために必要不可欠な権利と、必要不可欠とは言えない権利とを区分して、司法審査権を行使する裁判所の役割を論じているが、具体的にどのような権利がそれぞれの区分に該当すると考えているのか。
  • 相続に関して婚外子を差別する民法上の規定について、最高裁は合憲判断を行ったが、参考人の主張する「プロセス的な司法審査理論」からは、この最高裁の判断をどのように考えるか。
  • 国際人権規約違反は民事訴訟法312条の上告理由に当たらないとする最高裁の判断について、参考人の見解を伺いたい。

井上 喜一君(保守)

  • 立法府が憲法や法律の解釈のガイドラインを示すことについて、参考人の見解を伺いたい。
  • 国の在り方を決するような事項について、司法は判断を控えるべきである。現在、そのような事項についての司法判断は「統治行為論」により回避されているが、「統治行為論」以外にも司法判断を控えることを根拠付ける考え方が存在すると考えるが、いかがか。
  • 憲法と条約の関係を定める98条について、現在は、憲法が条約に優位するという立場を前提に運用がなされているが、一方で、条約が憲法に優位するとする説もある。これらの見解について、参考人の見解を伺いたい。

額賀 福志郎君(自民)

  • 参考人の憲法観は、他の人と共に政治共同体を組織し、互いに他を尊重しながら一緒にやっていくことを求める「市民」としての個人を前提としているが、現実には、このような考え方は国民の共通の認識とはなっていない。その要因としては、戦後の教育の在り方や憲法の制定過程等が挙げられ、これらを整理しないと参考人の主張する憲法観も定着しないと考えるが、この点に関する参考人の見解はいかがか。
  • 我が国では、具体的な争訟がなければ司法審査ができないとされており、そのために司法が活性化されないとする指摘があるが、具体的な争訟を不要とする場合、「司法の政治化」のおそれがあるのではないか。

伴野 豊君(民主)

  • 最高裁判事が憲法の判断に触れたがらない背景には、憲法の文言が抽象的で様々に解釈し得ることがあると考える。憲法を、中学生が読んでも理解でき、誰が読んでも解釈が分かれないものにすべきであると考えるが、いかがか。
  • 義務教育課程の中で、憲法や法律、国際法の内容に触れ、また、政治参加についても学ばせるべきだと考えるが、この点についての参考人の見解を伺いたい。
  • 参考人の主張する「プロセス的な憲法観」からすれば、9条は、どのように捉えられるか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

島 聡君(民主)

  • 憲法改正手続(96条)があまりにも厳しかったために、裁判所としても司法消極主義にならざるを得なかったのではないか。
  • 憲法を本当に「生きたもの」とするためには、憲法改正手続について検討し、例えば両院の3分の2以上の賛成で可決した場合には、国民投票を必要としないというような手続も考えていくべきではないか。
  • 憲法裁判所について議論すべきである。

中山 正暉君(自民)

  • 裁判所がその役割を十分に果たしていれば、条約遵守義務を定める98条2項があるにもかかわらず、日中国交回復の際に、台湾との条約を記者会見で破棄するというような過ちを犯すことはなかったのではないか。また、このような過ちは二度と犯してはならない。

奥野 誠亮君(自民)

  • 憲法改正手続が厳しいとの指摘があったが、憲法改正を難しくしているのは政治家ではないか。
  • 私は、(a)ある程度の軍事力がなければ世界において貢献していくことができない、(b)9条の解釈として一定の軍事力を保持することはできる、と考えている。
  • 憲法制定当初と現在とでは、日本の姿や国際情勢等がまったく変わっているのであり、そのことを踏まえて憲法論議をすべきである。その際、憲法の字句にとらわれず、日本のあるべき姿についても併せて議論すべきである。憲法調査会においては、自由闊達な論議を行い、日本の将来にふさわしい憲法を考えていきたい。

仙谷 由人君(民主)

  • 日本の官僚は、いまだに「天皇制官僚」の意識を持ち、自らの権益のみを考えている。その結果、現在の日本では様々な面において制度疲労が起こっているにもかかわらず、必要な改革が行われないという状況にある。このような問題を解決するためには、官僚制度については、ポリティカル・アポインティー(政治任用)の導入を考えることも一つの選択肢ではないか。
  • 統治機構を考えていく上では、あらゆる意味で政治や国民が関与し、決定していくという観点が重要である。

山口 富男君(共産)

  • 中山正暉小委員から日本の国益や外交がはずかしめを受けているという認識が示されたが、その原因は、現実の外交が憲法の掲げている理念と乖離してしまっていることなのではないか。憲法の定める方向での外交努力が基本である。
  • 憲法裁判所の創設については、(a)現在の違憲審査権を活用すれば良いこと、(b)最高裁の現状にかんがみれば、仮に憲法裁判所を創設したとしても実際上機能するかは疑問であることから、消極的な立場である。
  • 96条の憲法改正手続の問題は、主権者である国民の立場から考える必要があり、ハードルが高いかどうかの問題ではない。

金子 哲夫君(社民)

  • 現在、憲法解釈が様々な形で問題となっているのは、最高裁が違憲審査権を十分に行使せず、多くを政治の判断に委ねてきたことが、その一因ではないか。また、そのことが現実の政治と憲法との乖離を進めるという結果を招いているのではないか。
  • 憲法裁判所を設置したとしても、司法審査が適切に行われていないという現在の問題が解決するかは疑問である。
  • 現実の政治と憲法が乖離している現状にかんがみれば、憲法の制定以来の憲法の運用と国民生活の関係について調査することが憲法調査会の役割である。

藤島 正之君(自由)

  • 憲法裁判所については、これを設置すべきであると考えている。
  • 96条の憲法改正手続については、ハードルが高すぎると考えている。また、憲法改正に必要な実施手続を定める法律は、早急に制定すべきである。