衆議院

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「明治に活きた英傑たち
−議事堂中央広間から歴史を覗く−
特別展」



h26ポスター表



○特別展概要

今年度の特別展では、国会議事堂の中央広間に憲政功労者として銅像が置かれている伊藤博文、板垣退助、大隈重信の3名の活躍を軸に、明治維新後の新たな国家体制の下で発展していくことになった立憲政治の成り立ちと経過を、激動する明治時代の諸相を交差させて、関係資料により紹介します。

○展示の紹介


○開催場所・期間・アクセス等
開催期間平成26年11月5日(水)から11月28日(金) 期間中無休
開館時間9:30〜17:00(入館は16:30まで) ※初日のみ入館は13:00から
場 所東京都千代田区永田町1-1-1
交通手段東京メトロ:丸ノ内線・千代田線「国会議事堂前駅」下車2番出口より徒歩7分
半蔵門線・有楽町線・南北線「永田町駅」下車2番出口より徒歩5分
都 バ ス :橋63系統「国会議事堂前」下車徒歩3分
入 館 料 無料


主な展示品

※画像の転載を禁止します。


 1.「黎明」



◆錦絵「毛理嶋山官軍大勝利之図」 国広画
憲政記念館所蔵

錦絵「毛理嶋山官軍大勝利之図」 国広画」 王政復古によって誕生した新政府軍は、1868年(慶応4)1月、京都郊外の鳥羽・伏見において、大坂から京都をめざす旧幕府軍と衝突した。これが戊辰戦争の始まりである。画題の「毛理嶋山」は、薩長土藩主の毛利(長州)、島津(薩摩)、山内(土佐)にちなんだものである。

◆錦絵「征韓論之図」 周延画
憲政記念館所蔵

錦絵「征韓論之図」 周延画



 2.「明治に活きた英傑たち」




 @ 自由民権運動の勃興と政治指導者の交代



◆伊藤博文書状 三条実美宛 明治13年5月21日
三条家文書 国立国会図書館所蔵

伊藤博文書状 三条実美宛 殖産興業政策の維持を図る大隈案に薩摩の参議は賛成したが、伊藤らは巨額の外債募集に反対し、閣議は紛糾した。伊藤は、外債が「政府ヲ挙ての御決定ニ有之候へ共乍恐服従難仕」と三条に訴えた。最終的に、外債は不可、倹約主義に基づく財政改革を行うよう勅諭が下され、大隈の案は退けられた。

◆財政更革ノ議 大隈重信  明治13年
大隈文書 早稲田大学図書館所蔵

財政更革ノ議 大隈重信 天皇は、米納は不可との勅諭を下すとともに再度大隈に財政調査を命じた。大隈は伊藤とともに調査に当ることを希望し、ついに殖産興業政策をめざす積極財政論は軌道修正されることとなった。大隈は伊藤主導のもと、米納論の際に主張された井上馨の緊縮財政論を取り入れた意見書を提出した。

点景 板垣退助 自由は死せず



◆板垣退助胸像 本山白雲作
尾崎行雄記念財団所蔵

板垣退助胸像 本山白雲作

◆錦絵「板垣君遭難之図」 豊宣画
憲政記念館所蔵

錦絵「板垣君遭難之図」 豊宣画



 A 明治十四年の政変から帝国議会の召集まで

 


◆祝東京専門学校之開校
早稲田大学図書館所蔵

祝東京専門学校之開校 1882年10月21日、東京専門学校の開校式が挙行された。大隈は政府の警戒心を解くため、学校経営等を息子英麿らに任せ、式にも出席しなかった。開校式で小野は、わが国を取り巻く情勢にふれ、国民の元気を養い独立の精神を発揚して列強に対峙しなければ国の独立は維持できない。そのためには学問の独立が必要であると力説し、満場の喝采を博した。

◆板垣退助書状 杉田定一宛 明治22年12月28日
杉田定一関係文書 大阪経済大学図書館所蔵

板垣退助書状 杉田定一宛 1889年12月、板垣は大阪で旧友懇親会を開き、大同団結運動で分裂していた大同倶楽部と大同協和会を融和させ、帝国議会に臨もうとしたが実現できなかった。懇親会終了後、大同倶楽部の杉田定一にあてた書状で板垣は、なおも「老生ハ仲裁調和之精神ヲ以方針ト為シ愛国公党ヲ主唱セントス」と書き送り、政党統一の好機を待った。

点景 伊藤博文 政を生きて



◆伊藤博文書     明治34年8月
神奈川県立金沢文庫所蔵

伊藤博文書 伊藤が神奈川県の金沢別邸で揮毫したものである。

◆印章
伊藤公資料館所蔵

印章 印章には、それぞれ「伊藤博文」「春畝山人」「大観」と刻印されている。



B 帝国議会の歩み



◆桂太郎書状 山県有朋宛 明治31年6月27日
公益財団法人山縣有朋記念館所蔵  憲政記念館保管

 桂太郎書状 山県有朋宛 大隈が首相に、板垣が内相に就いて発足した第1次大隈内閣は、軍部大臣を除く全ての閣僚が憲政党員からなるわが国最初の政党内閣となった。天皇の勅命により陸相桂太郎、海相西郷従道は引き続き閣内に留った。山県と気脈を通じていた桂は硬直した態度を貫き、大隈内閣を閣内から動揺させることに奔走した。

◆徳富猪一郎書状 松方正義宛 明治31年11月19日
同志社大学同志社社史資料センター所蔵

 徳富猪一郎書状 松方正義宛 後を継いだ山県は藩閥勢力を中心とした内閣を組織したが、民党の協力なくして議会運営が困難なことは明らかであった。山県は、憲政党との提携をめざしたが条件をめぐり交渉は難航した。第2次山県内閣に蔵相として入閣していた松方と深い交流のあった徳富は、憲政党幹部の星らと面会を重ね、提携条件に妥協の余地があることを報せた。


点景 大隈重信 進取の精神



◆遭難時の衣服・帽子・靴    明治22年
早稲田大学大学史資料センター所蔵

遭難時の衣服・帽子・靴 懇請を受け、外相に就任した大隈は、各国別に条約交渉を進めたが、その改正案をめぐり世論の猛反発を招いた。1889年10月18日、大隈は外務省前で、条約改正交渉に反対する玄洋社社員来島恒喜が投じた爆弾により重傷を負った。

◆義足
早稲田大学大学史資料センター所蔵

大隈義足 当時のわが国の義足製造技術は発展途上にあったため、米国製の義足が届けられ、改良が重ねられた。



 3. 英傑らの足跡と時代を辿る



◆第1回衆議院議員総選挙で使用された投票函
憲政記念館所蔵

第1回衆議院議員総選挙で使用された投票函 1890年7月1日、第1回衆議院議員総選挙が行われた。



衆議院憲政記念館の紹介

 衆議院憲政記念館は、1970年(昭和45年)にわが国が議会開設80周年を迎えたのを記念し、議会制民主主義についての国民の皆様の認識を深めることを目的として設立され、尾崎記念会館(憲政の功労者である尾崎行雄を記念し1960年(昭和35年)に建設)を吸収し、1972年(昭和47年)に開館しました。
 毎年、議会政治に関し特定のテーマで「特別展」を開催しております。
 また、常時、国会の組織や運営などを資料や映像によってわかりやすく紹介するとともに、憲政の歴史や憲政功労者に関係のある資料を展示しております。
憲政記念館


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電話(代表)03-3581-5111
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