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東日本大震災一周年追悼式における衆議院議長追悼の辞

横路衆議院議長は、平成24年3月11日に国立劇場で行われた東日本大震災一周年追悼式で、次のとおり、追悼の辞を述べ献花しました。

東日本大震災一周年追悼式における衆議院議長追悼の辞


本日ここに、天皇皇后両陛下の御臨席を仰ぎ、東日本大震災一周年追悼式が行われるに当たり、謹んで追悼の言葉を申し上げます。

あの日から一年、東日本を襲った大地の揺れがどんなに激しいものだったか、いまもありありとよみがえって参ります。黒い牙のような大津波がやって来て、家族を、友人を、家を、職場を、街並みを、そして思い出までを飲み込み、波が引いたあとに恐るべき瓦礫の街が残りました。突然、幸せな日常を奪われて、亡くなられた方はどんなにか無念だったでしょう。御遺族の悲しみはいかばかりかとお察しします。そしていまなお、行方不明の妻を捜す夫がいます。娘はまだどこかで生きていると信じ続ける父親がいます。心が痛みます。

福島では東京電力の原子力発電所が爆発事故を起こしました。二十キロ圏内やその周辺地域に住む多くの方々は避難を余儀なくされ、慣れない土地で生活を送っておられます。いつまで不自由な暮らしが続くのか、望郷の思いはいかばかりか、想像するにあまりあります。

しかし、未曾有の苦しみの中から、私たちは人々の絆を確かめることもできました。「津波が来ます。逃げてください。」と防災無線で避難を呼びかけ続けた町役場の女性職員、鳴らなくなったサイレンの代わりに半鐘を打ち続けた消防団員をはじめ、自分が津波にさらわれる瞬間まで、一人でも多くの命を救おうとした人たちがいました。自らの危険を顧みず、原発事故の現場で収拾に奮闘した人たちがいました。

各地の避難所では、被災者の方々が支え合い、助け合って、秩序ある行動をとっていました。全国から食べ物や衣服が送られ、地元自治体の皆さん、自衛隊、警察、消防、海上保安庁、企業や多くのボランティアの皆さん、また、外国から支援に来られた皆さんまで、力の限り支援する姿がありました。世界からは、「日本のために祈ろう」と、人々の祈りが届けられました。日本人の絆は、世界の連帯に広がっていったのです。人類がともに災害と闘いながら命をつないできたことを、世界が確かめ合ったのです。

あの日から一年、人々は再び立ち上がろうとしています。ある中学生は、「過去は変えられないけれど未来は変えられます。先の見えない未来だけど、私は一歩一歩、強く歩んでいきたい」とつづっています。被災した市町村は悲しみを乗り越えて、新しい街づくり、新しい産業づくりを目指しています。国会議員もまた、与野党協力してそれぞれの役割を果たして、震災からの復興に力を注いでいかなければなりません。

自然災害に強い国をつくりたい、膨大な瓦礫をみんなで力を合わせて、協力して片付けられないものか、放射能をしっかり除染して赤ちゃんを育てるお母さんを安心させたい、国民の思いは共通です。原子力の未来も使用済燃料の処分を含めて深く深く考えなければなりません。いま生きている私たちのなすべきことは、「記憶を持ち続ける」ということです。大震災のもたらした現実にしっかりと真正面から向かい合い、反省すべきは反省し、そこから教訓を得て、未来のために生かしていかなければなりません。そこから新しい日本が生まれるのです。

終わりに、亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、ご遺族の皆様に深い哀悼の意を表しまして、追悼の言葉といたします。



平成二十四年三月十一日

衆議院議長    横路孝弘



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