衆議院

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第3号 平成23年10月26日(水曜日)

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平成二十三年十月二十六日(水曜日)

    午後三時十分開議

 出席委員

   委員長 福井  照君

   理事 小川 淳也君 理事 吉良 州司君

   理事 瑞慶覧長敏君 理事 玉城デニー君

   理事 秋葉 賢也君 理事 伊東 良孝君

   理事 遠山 清彦君

      浅野 貴博君    石原洋三郎君

      小原  舞君    岡本 英子君

      笠原多見子君    川島智太郎君

      木内 孝胤君   木村たけつか君

      黒田  雄君    杉本かずみ君

      福嶋健一郎君    皆吉 稲生君

      井上 信治君    岸田 文雄君

      宮腰 光寛君    赤嶺 政賢君

      照屋 寛徳君

    …………………………………

   国務大臣

   (沖縄及び北方対策担当) 川端 達夫君

   外務大臣         玄葉光一郎君

   内閣府副大臣       石田 勝之君

   防衛副大臣        渡辺  周君

   内閣府大臣政務官     園田 康博君

   政府参考人

   (内閣府政策統括官)   清水  治君

   政府参考人

   (内閣府沖縄振興局長)  竹澤 正明君

   政府参考人

   (内閣府北方対策本部審議官)           幸田 徳之君

   政府参考人

   (国土交通省大臣官房審議官)           加藤由起夫君

   政府参考人

   (防衛省地方協力局長)  山内 正和君

   衆議院調査局第一特別調査室長           横尾 平次君

    ―――――――――――――

委員の異動

十月二十六日

 辞任         補欠選任

  福嶋健一郎君     石原洋三郎君

同日

 辞任         補欠選任

  石原洋三郎君     皆吉 稲生君

同日

 辞任         補欠選任

  皆吉 稲生君     福嶋健一郎君

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 政府参考人出頭要求に関する件

 沖縄及び北方問題に関する件


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     ――――◇―――――

福井委員長 これより会議を開きます。

 この際、石田内閣府副大臣から発言を求められておりますので、これを許します。石田内閣府副大臣。

石田副大臣 内閣府副大臣の石田勝之でございます。

 沖縄の本土復帰後三十九年余り経過いたしましたが、沖縄の新たな発展の基礎を築いていくためには、産業の振興や雇用の創出など、解決を要する多くの課題があります。また、先日、私は、北方領土を視察するとともに、元島民の方々からお話を伺いました。北方領土問題を一日も早く解決することは全国民の悲願であります。

 川端大臣の御指導のもと、沖縄政策及び北方領土問題の解決促進に全力を傾注してまいる所存でございます。

 委員長初め理事、委員各位の御指導、御鞭撻を賜りますように心からお願いを申し上げます。(拍手)

     ――――◇―――――

福井委員長 沖縄及び北方問題に関する件について調査を進めます。

 この際、お諮りいたします。

 本件調査のため、本日、政府参考人として内閣府政策統括官清水治君、内閣府沖縄振興局長竹澤正明君、内閣府北方対策本部審議官幸田徳之君、国土交通省大臣官房審議官加藤由起夫君及び防衛省地方協力局長山内正和君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

福井委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

福井委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。伊東良孝君。

伊東委員 それでは、私から質問をさせていただきますが、私は、北方領土問題についてお伺いをしたいと存じます。

 この委員会が、メンバーもかわり、大臣もかわってから初めての質疑になるわけでございますので、ひとつよろしくお願いしたいと思います。

 まず、私自身も含めて、北方領土の返還交渉の歴史というものを少し振り返ってみたいなと思いました。

 御案内のとおりでありましょうけれども、一九五六年、俗に言う、鳩山一郎当時の首相とブルガーニン書記長の日ソ共同宣言、いわゆる歯舞群島と色丹島を平和条約締結後に日本に引き渡すことに同意したと言われる、文書合意の一番最初の共同宣言であります。

 それからしばらくたちまして、一九七三年、田中角栄首相とブレジネフ書記長の日ソ共同声明があったわけでありまして、これは平和条約締結のための交渉を継続することを確認した。

 また、一九九一年、海部俊樹首相とゴルバチョフ大統領との日ソ共同声明、ここにおいては、北方四島の名前を列挙して、その帰属が平和条約において解決されるべき領土問題の対象であることを初めて文書により確認したものであります。

 さらに、ソ連からロシアになって、一九九三年でありますが、細川護熙首相、エリツィン大統領による東京宣言では、北方四島の帰属問題を歴史的、法的事実に立脚し、両国間で作成された諸文書及び法と正義の原則を基礎として解決することにより平和条約を締結するための交渉を継続することを確認いたしました。

 一九九七年、橋本龍太郎首相、エリツィン大統領によるクラスノヤルスク合意で、東京宣言に基づき、二〇〇〇年までに平和条約締結に全力を尽くすことを確認したのであります。

 二〇〇一年、森喜朗首相、プーチン大統領によるイルクーツク声明では、一九五六年の日ソ共同宣言が平和条約交渉の出発点を設定した基本的な法的文書であることを確認し、その上で、東京宣言に基づき、北方四島の帰属問題を解決することにより平和条約を締結するための交渉を促進することを確認いたしました。これは本当にわずか十年前の話であります。

 さらに、二〇〇三年、小泉純一郎首相、プーチン大統領による日ロ行動計画では、五六年の共同宣言、九三年の東京宣言、二〇〇一年のイルクーツク声明を特記し、北方四島の帰属問題を解決することにより平和条約を締結するための交渉を加速することを確認いたしました。

 一言で言いますと、これまでの歴史は、ゴルバチョフ大統領以降プーチン大統領に至るまで、北方四島の帰属問題を解決し、平和条約を締結するための交渉を加速するということに尽きるわけでありまして、歴代首相たちの汗と努力の歴史の結果である、このように思うところでもあります。

 しかし、近年、停滞から後退へと、だれの目にも明らかな方向に進んでいると思えるのであります。ロシア外交の歴史を外務大臣はどのようにとらえ、今後どのような方向に進めようとされるのか、あるいはまた、将来への解決の糸口をどうされているのか、お伺いします。

玄葉国務大臣 ただいま委員が、これまでの北方領土問題に関する歴史について一定程度触れられたわけであります。私自身も、外務大臣に就任をしてから、改めてこの間の交渉記録というのを勉強し直したところでございます。

 言うまでもないことでございますけれども、北方領土は我が国固有の領土であります。しかし、現在、法的根拠なき占拠が続いているということでありまして、まことに遺憾なことであります。

 そして、これまでのロシア側の立場については、北方四島を占拠した後に、領土問題が存在しないという立場をとった時期もございます。しかし同時に、先ほど来からいろいろ御紹介がございましたように、四島の帰属の問題を解決するということに非常に前向きだった時期もあるということでございます。

 いずれにしても、これまで戦後六十六年、おっしゃるように、先人たちの大変な御努力があって、さまざまな諸合意、諸文書、これはしかも両国間で合意されてつくられた諸合意、諸文書というのがございます。そしてさらには、法と正義、そういった原則があります。こういった中で、しっかり解決をしていく。

 残念ながら、そういったさまざまな努力があったにもかかわらず解決を見ていないということはもう一方の事実でございますので、そのことについては、先ほど申し上げたように、北方四島の帰属の問題を解決して、平和条約を締結すべく粘り強く対応したい。

 最近、ロシアは、若干触れられましたけれども、例えばラジオ局のインタビューでラブロフ外相は、とにかく第二次世界大戦の結果だ、こういう言い方を実はしているわけであります。ただ、平和条約締結交渉の継続の必要性については認めているということで、先般も、ラブロフ外相とニューヨークで外相会談を行ったときに、とにかく、法と正義の原則に照らして、静かな環境のもとで交渉していこうではないかということで一致をしたところでございます。

伊東委員 今、外務大臣がおっしゃられましたように、私は、メドベージェフ大統領になってから少し変化が出てきたというふうに見えるのであります。去年の十一月一日、メドベージェフ大統領みずから国後を訪問されました。その後、中国、韓国の経済界に北方四島への投資を呼びかけ、さらにはまた、副首相あるいは国防相などなど要人が北方四島を訪れるようになりました。韓国の国会議員も来るようなこともありましたし、これまた本当に大変な問題だなという思いがするものでございました。

 一方、今お話しのように、四島はロシアのものだとはっきり言い切るようになったのもこの一、二年の話であります。平和条約は、あるいはなくてもよいのではないかという話をする有力者もおりました。北方領土は解決済みだと言う有力者もいるわけであります。

 こうした強硬な発言やあるいはロシア側の態度というものにつきまして、玄葉外務大臣のこれらの認識と、さらにそれを打破しようとする、前進しようとする意欲、お取り組みについてお伺いするものであります。

玄葉国務大臣 やはりロシアは、これも御案内のとおり、特に石油価格の高騰などもあって、いわゆる自信を強めているという側面がこの数年あったと私は分析をいたします。同時に、その結果として、ナショナリズム的傾向、こういったものも強まっているというふうに分析をしています。

 ただ、さはさりながら、さまざまな突破口というものを私たちは切り開いていかなくてはいけないというふうに考えております。先ほど申し上げたように、法と正義の原則に基づいて、静かな環境でこの問題をしっかりと解決に向けて議論するということでは一致しているわけでありますので、どういう交渉ポジションで云々というのをこの場で申し上げるのは必ずしも適切ではないと思いますけれども、粘り強く対応していきたいというふうに考えております。

伊東委員 私も、静かな環境でというロシア側の言い方というのは、場合によっては冷静な対応でというように聞こえるわけでありますけれども、一方でロシアはかなり挑発的なことを繰り返し繰り返ししてきていて、日本がそのたびに抗議をしたり、あるいは大使を呼んだりというような話の中で、少し騒ぐな、おとなしくしていろというような日本側の態度の鎮静化、あるいはロシアのやることに余り口を出すなということにも場合によってはとられかねない感じがするのであります。

 ですから、静かな環境というその環境のつくり方、静かな環境を専ら壊しているのはロシア側だと私は思うわけでありまして、やはり場合によっては毅然とした態度をとらなければならない、こう思うわけであります。

 先ほども言いましたけれども、ことしの六月でしたでしょうか、韓国の国会議員三人が、一時的でありますけれども、サハリン経由で国後に上陸いたしました。ついこの間、十月には、イタリア人旅行者が北方領土を経由して根室に入国しようとして、これは日本側の説得によって断念をしたようでありますけれども、こうした事例が続きますと、やはり諸外国に極めて誤ったイメージを与えるのではないか、メッセージを送ることになるのではないか、このように思うところでもあります。そのたびに外務省として抗議などをされたと聞いているところでありますけれども、その抗議のレベルをもう少し高いレベルにしていただいて、なし崩し的なこうした事案が続くようなことを何としても避けていただきたいというふうに思います。

 今後、こういう事案に対してどのように対応するのか、お伺いします。

玄葉国務大臣 ロシアの管轄権を前提としたような対応については我が国の立場と全く相入れないということでございますから、当然こういった問題については、それぞれ情報をきちっと収集して注視をしながら、おっしゃるように適切な形でしっかり申し入れをする、いわばどういうレベルで行うかとかということはそれぞれの個別事案によって違うと思うんです。

 私は、このことについて、我が国の法的な立場をしっかり確保しなければなりませんから、しっかりと申し入れをしていくということが大切だというふうに思っていますし、そのようにしてまいりました。

伊東委員 近年、カムチャツカから北方領土にかかるところで大規模なロシア海軍の演習が行われていたり、あるいはまた日本を一周、二周するような航空機の飛来があったり、日本に対して何となく挑発的、かつ、北方領土が実効支配をされているんだぞと言わんばかりの行為が目立つわけでございまして、ぜひ、これはあきらめずに、言ってもしようがないではなくて、常にやはり日本側の主張というものをロシア側に伝えていく、抗議をしていくべきだと思います。ぜひそのようにお願いしたいと思います。

玄葉国務大臣 改めて申し上げますけれども、まさに申し入れのレベルというのは事案によって違うということを申し上げましたが、韓国の国会議員のケースでいえば、もう御存じだと思いますけれども、韓国の大使に対して大臣から抗議するということを行っていますので、そのことはつけ加えたいというふうに思います。

 冒頭おっしゃっていただきましたけれども、一八五五年のいわゆる条約から、次、三つ、ずっと国際的ないわゆる法的拘束力のある文書があるわけですね。その後の諸合意とか諸文書とかというのをずっと見れば見るほど、私は、法と正義にきちっと照らしていけば、当然、この北方領土というのは我が国固有の領土であるということが証明されるというふうに考えております。

伊東委員 先ほど、メドベージェフ大統領にかわってからというお話をさせていただきましたが、来年三月四日、ロシアがまた大統領選挙に相なります。プーチン首相が返り咲く、さらにはまた任期四年を六年にするというお話もあります。もし考えられれば、来年の三月から最長で十二年間、プーチン大統領の時代が続くということに相なるわけであります。

 もしプーチン大統領になれば、先ほどもそのためにちょっと歴史上のというお話をさせていただいたのですが、かつて、森喜朗首相、小泉純一郎首相と領土交渉を交わした間柄、仲間であろうかと思います。当事者として、メドベージェフ大統領とは少し違った展開が期待されるのではないかというふうに私どもは思っているわけでありますが、この間のプーチン首相が首相時代にどういうふうな考え方を持ったかはわかりませんけれども、しかし、少なくとも森総理、小泉総理とかなり意欲的、前進的な交渉を、あるいは合意、声明を出してきた大統領であります。

 やはり外務大臣の見解と同時に、政府として、新たな北方領土返還への取り組みのチャンスととらえることができないかどうか。プーチン大統領との関係の新たな再構築というか、こういう形をとるべきではないかと思いますが、いかがお考えですか、お聞かせください。

玄葉国務大臣 これまで両国間の政府で合意された諸合意、諸文書の中で、例えば一九九三年の東京宣言などは非常に大事な宣言であるというふうに私は思いますし、今おっしゃったプーチン大統領でいえば、森総理のときに、イルクーツクの声明というのを出しているということであります。

 私も、プーチン大統領が大統領時代にどういうふうな立場で、どういうふうな発言をされてきたかということについては、私なりに承知をしているつもりでございます。

 ただ、まず大統領になるだろうということは我々ももう申し上げてもいいとは思います。ただ、ロシア国内の話でありますから、そのことについて直接言及することは控えたいというふうに思いますが、基本的な立場というのは我々は変わらないということではないかというふうに思っています。

伊東委員 基本的な立場は変わるのではないかというふうに……(玄葉国務大臣「我々は変わらないです」と呼ぶ)そうですか。相手が変わる可能性があるのに、チャレンジをしないというのはもったいないなという気がするところでもあります。

玄葉国務大臣 おっしゃりたいことはわかるのですけれども、だれが大統領になられても、我々の基本的な立場は変わらない。そして同時に、日ロ関係をやはりもう一段全体的にレベルを上げるというか、幅広い協力というものをきちっとしていくことがさまざまな意味で大切なのではないかというふうに思っています。

伊東委員 本当に御意見だけで大変恐縮でありますけれども、メドベージェフ大統領のときに方向がちょっと逆方向に行ってしまったというだけに、前に関係を築いてきたプーチン大統領に今度はなるんだということから進展を期待しているということでありますので、ぜひ御理解をいただき、また意欲的に頑張っていただきたいというふうに思います。

 それでは、ここから川端大臣にお伺いをさせていただきます。

 千島列島居住者連盟というのが昔ございまして、これは昭和三十年に、全国の島民、関係団体が結集し、北方地域の元居住者、入会漁業権者あるいは出稼ぎ漁民等を網羅した任意団体として結成されました。それがその三年後に、現在あります千島歯舞諸島居住者連盟という旧島民組織ができ上がったわけであります。これは、千島列島居住者連盟を中心に、千島引揚同胞援護会あるいは色丹島帰住対策協議会等の島民団体が大同団結いたしまして、北方地域元居住者を会員とする総理大臣許可の社団法人として設立されました。平成二十年に創立五十周年を迎えた団体であります。

 この団体から、実は八月三日に当委員会で、参考人質疑ということで、意見の聴取をさせていただいたところであります。小泉理事長初め青年部の舘下部長、関係者がたくさんお見えになりまして、委員との質疑を行ったところでありますが、近年、ロシア側の実効支配の強化、あるいは大統領を初めとする相次ぐ閣僚の北方領土訪問に、大変危機感を抱いている旨の発言がありました。

 また、終戦当時一万七千二百九十一名を数えました北方四島の居住者も、現在では七千七百五十名に減りまして、約一万人近くもうお亡くなりになっているわけであり、平均年齢も七十七、八歳になる、このような状況にあるわけであります。

 後継者による返還運動の継承が急務だとの訴えもあったところでありますが、政府として今後どのようにこの後継者対策を含めた返還運動を進めようと考えているのか、まず大臣からお考えをお聞かせいただきたいと思います。

川端国務大臣 お答えいたします。

 私も、先般、小泉理事長以下関係者の皆さんがわざわざ東京へおいでになりまして、お話も聞かせていただきました。平均しますと七十七・六歳という随分御高齢になられまして、六十六年前からふるさとあるいは居住地を離れてという思いも含めて、高齢であるということも含めて、いろいろなお話も伺いました。

 所信のあいさつのときにも私は申し上げたのですが、私は議員になる前、かれこれもう三十年ぐらい前までは、労働運動で、当時でいうとゼンセン同盟という同盟におりました。毎年、ノサップ集会ということで、北方領土返還運動に何度か行って、あそこで返せ北方領土という集会に参加したこともありました。

 それからでも随分年がたっているということで、改めて高齢者の皆さんの思いというのは察するに余りあるものがありますし、今委員がるるお述べになりましたように、特に昨今の状況は、大変厳しい環境が彼らによってもたらされているということを含めて、何とかしなければいけないという思いを強くしているところであります。

 そういう皆さんの思いをしっかりと受けとめて、引き続き返還に向けての環境を整えることが私の職務だと思って、根性を込めてやってまいりたいと思います。

 その中で、一つは高齢化が大変進んでいるということでございますので、運動のすそ野を継続し広げるという意味では、次の世代を担う若い人たちに、国民全般を含めて若い世代に、北方領土問題、我が国の固有の領土がこのような状況にあるということを踏まえて、どうしても返還させることを成就しなければいけないということの正しい理解と、その前の、関心を持ってもらうという諸施策にしっかり取り組んでまいりたい。

 もう一つは、島民の方々の後継者、今お触れになりましたように、一万七千強おられたのが七千七、八百人ということでありますが、二世、三世、四世までおられる時代に入ってきました。そういう意味では、その思いを受けとめながら、後継者の育成、運動の継承者として、そして思いの継承者としても、後継者の育成を図る施策もしっかりと取り組んでまいりたい、このように思っております。

伊東委員 ぜひ進めていただきたいというふうに思います。

 平成二十四年度、来年度の予算の概算要求を見せていただきましたが、二十三年度予算額二十億七千三百万に対しまして、九・四%減の十八億七千八百万しか要求していないわけであります。通常であれば、我々がほかのところで見るのは、概算要求というのは前年度予算額とほぼ同じぐらいの額になって、それが財務省の査定の中で一〇%ぐらいカットされるというのが一般的というふうに受けとめていたわけでありますが、概算要求自体が一〇%近く最初から減っているというのは、いささか、ここからカットされることはないのかな、満額確保がきちっとできるんだろうか、こういう心配をするわけであります。

 組み替え基準を踏まえ、こういうお話でありますけれども、この予算について御説明をお願いしたいと思います。

川端国務大臣 それぞれの政権、内閣において、概算要求基準というのは、御指摘のとおり、いろいろな考え方で概算要求をしろという政府の意思がありまして、来年度要求においては、基本的には一割は削減する、そしてその削減額の一・五倍分は別枠としてその他の部分で要求しなさいと。

 御案内のとおり、これは内閣府全体の分でありますので、北方に関しては、二千七十三億円を約九・四%、基本的には一割減らした。概算要求基準に基づいた要求をさせていただいたという背景だけは御理解いただきたいというふうに思いますし、当然、満額確保に向けて最大の努力をしてまいりたいと思います。

 先ほど申し上げましたように、国民世論の啓発、啓蒙と同時に、元島民の高齢化に伴って、若い世代の後継者への対策を含めて、きめ細かく、充実を図る予算にしてまいりたいと思っているところでございます。

伊東委員 これは概算要求自体が九・四%減で、それでちょっと心配していたわけでありますので、ぜひ満額確保に力を入れていただきたいというふうに思います。

 さて、概算要求の新規増額要求事項の中に、今大臣お話しのとおり、若い世代に対する啓発・教育機会の拡充、あるいは元島民後継者育成対策などが盛り込まれているわけでありますが、これらの事業目的とねらいというのは先ほどお伺いしたのでありますが、もう少しここに対するお話を聞かせていただきたい。この件につきましては、実は元島民の後継者二世からも要望されておりました件でありますので、元島民の声を踏まえた実効のある事業であってほしい、こういう思いから質問をさせていただきます。

川端国務大臣 お答えする前に、先ほど二千七十三億と申し上げましたが、二十億七千三百万です。大変申しわけございません。訂正させていただきます。

 先ほど来申し上げましたように、特に若い世代、国民全体への啓蒙、啓発と後継者ということに力点を置いて、これはこの前、協議会の小泉理事長からもいろいろな細かい部分に関しての要望もいただきました。ふだんからいろいろ接触している中で、お知恵もいただきながら、今までやってきたものの中で当然ながら継続していくものはたくさんあるのですが、今回新たに要求するものとしては、全国の国民がしっかりと北方問題に対しての意識を持ってほしい、そしてじかに体験してほしいということで、新規要求事項としては、一つは北方四島青少年サマースクールということで一千六百万円、青少年の現地視察等の支援ということで一億八百万円、県民会議等ふれあい広場ということで一億八千百万円、これは全国各地の青少年に対する視察支援ということでございます。

 それから、増額要求といたしましては、平成二十四年度から供用する後継船舶の用船経費等増額ということが大きなものでありますが、そのほかも含めまして、北海道、この北方を見渡せるところへの研修も兼ねた修学旅行の学習機会の拡充に三千二百万円。平成二十四年度から、今申し上げました後継船舶の就航に伴う用船経費等は二億八千百万円。元島民後継者の育成対策費としては二千四百万円、それぞれ、今までの事業を拡大して増額要求いたしました。

伊東委員 たしか一昨年七月でありましたが、北方領土問題等の解決の促進のための特別措置に関する法律、いわゆる北特法でありますが、これが改正されまして、特に義務教育の中にしっかり北方領土を位置づけることになったところであります。しかし、領土関係者の中には、教科書に記述されている量が少ないという指摘も実は受けたこともございました。

 この点、前の文科大臣でありますからよくおわかりかと思いますが、教科書出版会社を指導する文科省と連携、協議をして、しっかり子供たちに領土意識を持たせる一定レベルの記述をすべての教科書出版会社に指導する、求めるべきではないか、このように思いますし、こういった意見が領土関係者の中にありました。この点について、いかがでございましょうか。

川端国務大臣 先般、学習指導要領が改訂をされました。小学校、中学校、高校含めて、例えば中学校でありますと、「北方領土が我が国の固有の領土であることなど、我が国の領域をめぐる問題にも着目させるようにすること。」等々、それぞれに領土問題をしっかり子供たちが認識し学習するようにというのが指導要領であります。

 先生もよく御存じだと思いますが、文科省としては、そういう学習指導要領に基づいて、各教科書会社がそれを受けて作成することにおいては自由であるということであります。

 ただ、そういう中で、せっかくのこういう政府の、我々の取り組みもあるわけですから、今般の学習指導要領、平成二十年から二十一年に出されたものを受けて、二十一年の八月に、教科書会社向け説明会ということで、内閣府から、北方問題に関してはこういう記述があるということで、教科書における今までの記述をふやしていただきたい、元島民の体験談なんかも紹介するので御利用いただきたい、それから写真の提供とか元島民の紹介とかもさせていただきまして、一部の教科書では、提供した写真を使っていただいたところもありました。

 結果としては、北方領土問題は、小中学校の社会科、高等学校の地理歴史において、すべての教科書で取り上げられているということは事実でございますが、それ以上の部分はお願いベースでありますので、まだこれからも、毎年というか、教科書ができたら、一定期間使いますけれども、折に触れてこういうお願いベースのことはきめ細かくやってまいりたいというふうに思っております。

伊東委員 これは北方領土だけではない、竹島の問題も尖閣の問題も含めて、子供の時代から、子供のうちからしっかりと領土意識というものを持たせるような教育というのがやはり必要ではないか、こういうふうに思いますので、今大臣お話しのとおりの、教科書会社に対する指導なり、またお願いなり要請なりをぜひ引き続きお願いをしたい、こう思います。

 次に、教科書で学ぶことももちろん大事なことでありますけれども、先ほどからお話が出ているように、現地に実際に行ってその目で間近に北方領土、島を見ることも教育効果というのはもっと大きいものがある、このように思うのであります。修学旅行生のお話も出ました。修学旅行生等への学習機会の拡充や、あるいはまた北方四島青少年サマースクール、これも今お話しいただいたところでありますが、このほか、青少年現地視察等支援事業など新しいメニューも、特に若い世代に対する啓発事業が盛り込まれているのは大変うれしい限りであります。ぜひ実効あるものにしてほしい、このように思うところでもありまして、この点について、大臣の御認識、御決意を聞きたいと思います。

川端国務大臣 先生御指摘のとおり、私も若いころに現地に行って間近に島を見て、これだけ近いのにということを含めて、そして現地の皆さんといろいろ交流する中での思いを含めてというのは、やはり百聞は一見にしかずということで、大変大事なことであることはそのとおりだと思いますし、今御指摘をいただいた事業は積極的に、より工夫を凝らしながらしっかりと実施をして、特に若い人たちが肌で感じるということをやってまいりたいと思います。

 それ以外にも、委員のところもそうでありますが、いわゆる北方領土隣接地域振興啓発経費ということで今年度二千五百万円やっておりますが、北方領土を目で見る運動、北方領土の修学旅行の誘致事業と同時に、北方領土隣接地域の青少年啓発事業ということで、北方少年少女塾、北方領土問題研究会、北方領土子供の集い、あるいは北方領土まで歩こう会、北方領土返還要求街頭啓発事業、それぞれ地域で工夫していただいているものをできるだけ応援できるようにきめ細かく対応してまいりたいというふうに思っております。大変大事な事業だと思っております。

伊東委員 先ほど話が出ました語り部なども修学旅行の生徒さんに聞かせてあげたい、こんな思いをしているところでもあります。どうか、現地の皆さんの思いや、あるいはアイデアや生の声をお聞きいただいて事業展開を図っていただきたいというふうに思います。

 一つお聞きしたいのは、新しい船が就航する話がありました。これは関係者の念願久しいものでありまして、いつも北大の船を借りた、あそこの船を借りたという船探しに奔走していたものでありますが、ようやく自前で船ができたということで、大変期待しております。

 しかし、この用船料が予算の中で大幅に増額されているところでありますけれども、これは、交流回数をこの機会にふやしたのか、あるいは定員をふやしたのか、さらには別事業による船の活用がなされたのか、それとも単に借り上げ料が新しい船になってふえたのか、この増額の理由をお聞きしたいと思います。

川端国務大臣 来年度から「えとぴりか」という船を、現在使用している船舶の老朽化等を踏まえて、北方領土問題対策協が一般競争入札で選定された民間事業者との間で長期用船契約を締結して調達するものということでありまして、おっしゃるように、対前年比で二七五%という二億八千百万円を計上いたしました。

 これは、今までは単年度ごとの用船契約をしていたということで、古い船であるということでそれが安かったということもあったと思います。後継船舶は、つくるのに相当の費用もかかりましたので、二十九億七千七百四万四千円を十四年の法定償却するということと、一年間に八十日が今年度の稼働実績ですので、その分で割る。要するに、十四年間今と同じように運航したという部分で船の建造費を償却するという費用と、それから一回動かすとかかるという一日百六十八万円の経費で一年間に六十日、内閣府分ということで、二億八千万円を計上いたしましたという積算であります。船の雇い入れ方式が変わったことと、新規造船に伴う部分で、実績ベースはことしの運航と同じベースにしております。

伊東委員 せっかく新しい立派な船をつくって、ことしと同じ運航実績ベースというのはちょっと寂しいような気がいたします。

 というのは、せっかく船ができたわけでありますから、北方四島にビザなしで渡らなくても、修学旅行生や、あるいは納沙布岬を訪れる青少年現地視察団の皆さん、さらにはまた、先ほどちょっとお話がありましたけれども、全国の領土返還運動に携わる県民会議の皆さんなど、青年会議所の皆さんも定期的に根室を訪れて北方領土返還運動をやっている方はたくさんいらっしゃるわけであります。こういう皆さんに、海上から歯舞あるいは国後をすぐ間近に見てもらうような洋上研修、洋上学習が必要ではないか。

 これも元島民の皆さんから提案のあるところでありましたので、せっかくつくった新しい船でありますので大いに活用いただきたいと思いますが、これについて大臣のお考えをお聞きします。

川端国務大臣 今申し上げたのは、交流事業を含めて、最低限動かす部分で船の償却を含めてしっかりと担保できるということでありますので、この船自体は、長期用船ということは民間事業者が保有しているものでありますけれども、交流等事業以外の使える期間が結構あります。ということで、この船舶を別途用船するということは、あいているときは可能であります。

 そういう意味で、北方領土問題に対する国民の理解と関心を高めるためにどのような活用方策があるか、今、いろいろ御地元の御要望もありますので、不断の検討は行ってまいりたいというふうに思っております。

 なお、来年度の概算要求においては、北方領土周辺海域における「えとぴりか」を使用した青少年等の洋上研修に係る経費を要求させていただいております。

 いろいろなアイデア等々がありましたら、また我々と相談をさせていただきたいと思います。

伊東委員 大変ありがとうございます。これは地域の皆さんも元島民の皆さんも大いに喜ぶもの、このように思うところであります。

 さて、北方領土の隣接地域というのは、根室市と羅臼町、標津町、別海町、中標津町、一市四町が北方領土隣接地域ということでございます。しかしながら、ここは、基幹産業の漁業や水産加工業を初め減少傾向にありますし、本当に高齢化と人口減少により町の経済も大変疲弊しているところであります。町によっても違いますが、特に漁業、サケ・マス、昆布、サンマなどはロシアに入漁料を払って操業させてもらっているという場所もたくさんあるわけでありますし、それ以外の漁では、一歩間違えば拿捕と銃撃の恐怖におびえながら操業している船もあるわけであります。

 こうした状況を打破し、本来、北方領土が我が国の領土であれば受けることができたであろう利益やこの地域の発展というものをいささかでも国としてカバーする必要があるとして、この隣接地域の振興計画あるいは振興策が立てられてきたのだと思います。やはりここにしっかりと光を当てていただく、目を向けていただくことが大事ではないか、このように思いますが、大臣のお考えをお聞かせいただきたいと思います。

川端国務大臣 隣接地域は、かつて、行政的にも、当然でありますが、経済的にもまさに一体的に北方領土と経済圏、生活圏をともにしてきたということでありましたときに、今言われたように銃撃や拿捕あるいは入漁料というふうなことでこういう形になって、そうでなかったときに比べて、望ましい地域の発展が著しく阻害されているということは間違いない事実だというふうに認識をしております。

 委員おっしゃいましたように、そういう背景もあっていろいろな振興策等々もとられておるところでありまして、このような特殊事情にかんがみて、北方領土問題等の解決の促進のための特別措置に関する法律、いわゆる北特法に基づいて、関係府省と連携をとりながら、この地域の振興と住民の生活の安定のための諸施策を推進しているところでございます。

 この法律に基づいての基金は百億円、国費が八十億円を、北海道に設置して、その運用益で隣接地域における地域住民の生活の安定、世論啓発、元島民の援護に関する事業に対して補助を実施しておりまして、平成二十一年七月に改正され、特定の事業に対する特別の助成について補助率のかさ上げ要件が緩和されるなど振興対策の充実が図られたところでありますが、今後とも、諸施策を積極的に推進し、北方領土隣接地域の振興を図ることは大変重要であると認識をしております。

伊東委員 過日、私は、根室管内の元島民の後継者の皆さんにどうしても話を聞いてほしいと言われまして、意見交換をさせていただきました。二世の平均年齢も四十七歳になり、返還運動も、勤務先に気を使いながら仕事の合間を見て続けている状態だというお話を聞かせていただきました。また、多くの二世が、現実の厳しい雇用環境や隣接地域の景気の低迷の影響を受けまして、返還運動をしたくてもなかなかできない状態にあるという声もありました。

 そこで、彼らからの提案というか相談だったのでありますが、企業が身体障害者あるいは中高齢者を雇用したときに雇用助成金やさまざまな優遇措置が施される例があるわけでありますけれども、これらの形や内容は全く別といたしまして、返還運動に取り組む元島民の後継者雇用企業に対する何らかの優遇策、あるいはまた彼ら若者に対する支援策というものを設けることができないだろうかというお話でありました。今、実際に後継者の中で運動に携わっておられるのは一割くらいの方だ、現実に、自分の生活と仕事に精いっぱいで、地方に走ったり何かというのがなかなかできないと。

 私がこのお話を聞いたのは、実は中標津町の会合で、晩の七時からでありました。もちろん食事も何も出ない会議でありまして、九時半近くまでやりましたけれども、彼らはそこから車で一時間半かかって根室市に帰る、あるいは羅臼町に帰る。広い地域でありますので、そういった活動を一生懸命している姿を目の当たりにしまして、なるほどこれは大変だなという思いをしたところでもあります。

 働く企業に対してか御本人たちに対してかは別といたしまして、何らかの後継者対策というものを直接できるようなことにはならないかという思いでありますので、前向きに検討願えればありがたいと思いますが、大臣の御見解をお願いします。

川端国務大臣 元島民の後継者の皆さんは、この運動の本当に有力な担い手というか、大変大事な担い手であることは事実でありますし、今御指摘のように、大変御苦労されながら頑張っていただいていることも現状であります。

 そういう部分で、引き続き積極的に運動に参加していただけるように、運動自体への後継者の組織の活性化ということでは、概算要求において、元島民後継者育成対策経費約二千三百万円、これは対前年度比約七百万円増を要求して、千島連盟が実施する後継者育成事業あるいは後継者による活動を支援していこうというのが一つであります。

 そして、先生御指摘のような、企業が雇用したときにという制度は今のところ考えていなかったのですけれども、北方領土問題対策協会においては、後継者に対して事業または生活に必要な資金の低利融資、元島民の方々及びその子孫の方々に対する援護措置ということで低利融資の、今年度からは元島民の方々等からの御要望も強くありましたので一部の資金については貸付限度額を引き上げるなどして、事業をやられるということでいいますと、漁業資金の融資限度額が三千万円を六千万円に、農林資金は一千八百万円を三千五百万円、住宅資金は一千八百万円を三千万円にということで、漁業、農業それから自宅という部分の融資は限度額を引き上げることの措置を今とってきたところでございます。

 今御提案のような部分は制度的にどうなのかということは、きょうの委員会の御発言として重く受けとめさせていただくことにいたします。

伊東委員 働いている若い人たちが大半だと思います。例えば、参考人で東京まで出てきてくれ、旅費を払うよと言っても、会社を三日も休まなければここまで出てこられないわけでありますし、会社によってはそれが許されないという雇用環境というのは十分想像がつくわけでありまして、そうした点を含めて、いつも会社を抜け出して領土返還運動をやっているという話ではもちろんないと思いますので、そうした会社の理解を得ることができるような、そんな方策、お手伝いがもしいただけるならばということでありますので、ぜひよろしくお願いを申し上げたいと思います。

 もう一つのこの地域の大きな悩みは、実は医療の問題であります。

 人口十万人当たりの医師数というのがよく発表されますが、日本の平均は二百二、三十人でございましょうか。北海道全体で今二百十八人、私どもの釧路市で百六十人前後でありますが、この根室管内一市四町、隣接地域と呼ばれるところは、医師数が人口十万人当たり八十九人しかおりません。これは恐らく全国でも最下位クラスの低い数字であります。もちろん北海道では一番医療過疎の地域になっております。そして、この地域には看護学校が一校も今日までありません。ですから、看護師さんの確保というのも実は大変な思いをしているわけでありまして、医師、看護師とも極めて不足している中、どの町のどの医療機関も苦労しているわけであります。

 今、たまに北方領土から病気の人が来て治療をすることになる根室の市立病院の建てかえ工事が進んでいるわけでありますけれども、国のルール上の支援は受けられるわけでありますけれども、特段のそれ以上のものというのはそうありません。また、今、羅臼町の町立診療所、別海町の町立病院の改築が間近に迫っているところでありますけれども、これらも全く同様であります。医師、看護師の確保に走り回り、そして病院の設備、医療機器の整備に大変な苦労をしているわけであります。

 この点、国として北方領土隣接地域に特段の支援策を講じてほしいと思いますけれども、大臣のお考えがあればぜひお聞かせをいただきたいと思います。

川端国務大臣 特に過疎あるいはそういう人口減等々の地域においての医師不足、看護師不足等々は全国的な課題としてありますが、今伺ったように大変厳しい状況にあるというのは認識をいたしております。

 そういう中で、先ほど申し上げました北特法に基づいたいわゆる北方領土隣接地域振興等基金の中では、運用益で隣接地域における地域住民の生活安定、世論啓発、元島民の援護に関する事業に対して補助を実施するという仕組みでありますので、医療に関して言いますと、運用益を用いて厚生施設整備、公立病院における医療機器の整備に対して仕組みとしては支援できるというふうには考えておりますが、全体の医療に関してということでありますと、そういう隣接の自治体から、こういうことでやるのに何か仕組みがないかということを具体的にお示しいただければ、直接所管でない事業もたくさんありますので、これは関係各省とも相談して精いっぱいの対応を検討させていただきたいというふうに思っております。

伊東委員 ぜひよろしくお願いします。

 根室の市立病院の建てかえ工事については、ただいまのお話で若干のプラスをしていただいているのでありますけれども、この低金利時代で、基金百億で果実になるのが一億もないようなお話でありますので、それが医療、福祉に満遍なく回るということにはなかなかなっていない。医師確保、看護師確保を含めて医療環境は極めて厳しいということから、ぜひまた特段の御理解と御支援をお願いしたいと思います。

 もう一つ、これは地域、地元として最近求められているところでありますけれども、期待されているのが、この北方四島との経済交流であります。これは根室やあるいは北海道にある商品を北方四島へ持っていって売ってくるという話では全くなくて、例えば減少してきている漁業資源をロシアと日本の共同研究で回復させたり、新たな養殖施設を共同で設置したりするなど、主に海洋資源に関する経済交流が現地では望まれているわけであります。

 さまざまな問題があろうかと思いますけれども、国がこの後押しをぜひしていただきたい、このように思う次第であります。これにつきまして、いかがでございましょうか。

川端国務大臣 共同経済活動では、北方領土対策の促進及び隣接地域の振興に関する要望書というのをいただいておりまして、この中でも、今委員御指摘のように、人的交流に限らない新たな交流の形態ということでのいろいろなことを要望としていただいております。

 政府の立場としては、原則的に日本の法的立場を害さないとの前提で何ができるかということでありますので、これは相手もあることですので、双方で検討を続けているというふうに承知をしておりますし、もし補足があれば、外務大臣の方でいただきたいと思います。

伊東委員 それでは最後に、これは最近北方四島をビザなし交流で訪れた日本人側が言う話でありますけれども、しばらくぶりで北方四島に渡ったら、随分インフラ整備が進んでいて、きれいにうちが建て直しされていて、見違えるような町並みになっていた、こういうお話を聞くわけであります。

 それはそれで、ロシア側のインフラ整備というのは近年相当多額なお金を入れてやっていくという、イワノフ副首相も表明されておりますのでそうなのでありましょうけれども、では、それに対する我が国の北方領土隣接地域はどうだとなりますと、先ほどから何度もお話しさせていただいておりますように、インフラ整備は進まず、地域経済は疲弊するばかり、このようになっているのであります。

 ロシア人がかつて日本にビザなし交流で渡ってきたら、たくさんの買い物をして、日本というのはすばらしいところだと言って帰ったはずでありますけれども、最近はそう言ってくれないのではないかという心配も実はするわけであります。

 十年前、二十年前とは反対のような状況で、ロシア人が日本に来て同情するようなことがあれば笑い話にもならない話でありまして、やはりこの北方領土隣接地域のインフラ整備、雇用対策あるいは医療、福祉、こうした活性化に力を入れて、本格的な振興策をぜひお図りいただきたいというふうに思う次第であります。

 これはもちろん国土交通省も絡みますし、各省庁いろいろ、水産庁も絡む話でありますので、内閣府だけ、あるいは外務省だけということにはならないかと思いますが、国全体として、政府としてこの北方領土隣接地域に対する振興策にもう少し力を入れていただきますようお願いを申し上げる次第であります。この点につきまして、最後に大臣の御見解をお伺いします。

川端国務大臣 きょうは、質問を通じて、本当に北方領土返還に関する熱い思いと、元島民の方を中心として御苦労いただいている実態、それから現実の中でのきめ細かな各政策の提言も含めてお問いをいただき、ありがとうございました。

 政府としても、特に隣接地域においては、先ほどの北特法に基づいてしっかりと対応しなければならないということで、諸施策を推進しているところでございますが、これを通じてしっかりと振興することが極めて重大であるというふうに承知をしております。微力ではありますが、全力で取り組んでまいりたいと思います。

伊東委員 ありがとうございました。

福井委員長 次に、秋葉賢也君。

秋葉委員 自由民主党の秋葉賢也です。

 きょうは、玄葉大臣に初めて質問をさせていただくわけでございます。

 私も、国会に来てからずっと総務委員会が長かったわけでございますが、去年の九月に初めて外務委員会に所属するようになりました。ちょうど一年ぐらいしかたっていないんですけれども、この間に我が国の外務大臣が三人目を数える、大変残念に思います。

 私たちが与党時代の自省も込めて申し上げるわけでございますが、やはり一国の総理大臣、外務大臣、あるいは財務大臣という主要閣僚は、私たちの任期は基本的に解散がない限り四年間なわけですから、政権がかわっても同じ人が責任を持って担当する、そのことが、まず責任ある外交であり、交渉事の説得力につながってくるんだろうと思います。

 何も、民主党政権は自民党の悪いところをまねる必要はないわけです。今後、ころころかわって、よくジョークで言われるように、G8に行ってもG20に行っても、やあ久しぶりとほかの国々の首脳が会話する中で、日本の首脳だけが初めましてというあいさつをするようでは、この国の主権がもっともっと侵害されてくることになるだろう、このことを冒頭強く申し上げておきたいと思います。

 きょうは、時間もございませんので、普天間の問題とTPPの問題、二点に絞ってお伺いをしたいと思います。

 まず、普天間の問題がこれほど混迷をしたのは、民主党政権のマニフェストにそのルーツがあるわけであります。

 二〇〇五年、二〇〇八年のマニフェストには、最低でも県外、できれば国外、こう約束していたわけであります。そして実際、政権がかわって、我々がまるでガラス細工のように苦労に苦労を重ねて積み上げながら二〇〇六年五月に合意していたものをほごにして、かじを切った。まさに、民主党政権の大失政が今日のこのていたらくの最大の要因になっているわけであります。

 自己批判も含めて、この民主党が国民に約束したマニフェストをどう総括するのか、まずは冒頭、大臣の反省の弁を伺っておきたいと思います。

玄葉国務大臣 冒頭、秋葉委員が、首相とか外相とかはくるくるかわっちゃいけないというお話がございました。

 まず、一般論として全くそのとおりだと私も思いますし、外務大臣でいえば、これまでの外務大臣の方々に長くやっていただきたかったというのが率直なところでございます。

 その上で、今のお話でありますけれども、これも率直に申し上げますけれども、マニフェストに書いてあるというよりは、正確に申し上げると、マニフェストに書いてあるのではなくて、選挙戦中に、最低でも県外という発言を当時の鳩山代表がおっしゃったということだと思うんです。

 それは、まさに期待値を非常に高めたということがあります。そして、さまざまな検討を行って、結果として辺野古に回帰した。それについて、私は率直におわびをしなければならないというふうに思います。このことが、おっしゃるようにガラス細工だったのかもしれませんけれども、これまでの方々のさまざまな御努力というものに対して大きく水を差した結果となったということは、私はそういう認識を持っているというふうに申し上げたいと思います。

 以上です。

秋葉委員 玄葉大臣も政調会長などをお務めになったわけですから、事実関係として、私が申し上げるのも僣越ですが、鳩山さんが勝手に何か演説で言ったんだというような御答弁でしたが、間違いなく、民主党が二〇〇五年と二〇〇八年に沖縄振興ビジョンというのをまとめて、その中に明記してあるんですね。そのことをどう総括するんだ。政調会長まで務めた方が、党内で責任を持ってまとめたこの沖縄ビジョンについて知らなかったということで理解してよろしいんですか。もう一度反省を求めたいと思います。

玄葉国務大臣 いや、今お話をさせていただいたのは、マニフェスト、いわゆる選挙のときに配ったマニフェストというお話であったものですから、そういうふうに申し上げたということであります。

 現に、思い起こしても、まさにあのときの発言というのが、その前にまとめたさまざまなビジョンよりもとても期待値を高めたという実態があるのではないかというふうに私自身は考えております。

秋葉委員 いずれにしても、現実的な代替案もなしに無責任なことを並べた結果、こういう事態になったんだということを本当に重く受けとめていってほしいんです。やはり政治というのは、理想を高く掲げながらも、しっかりと現実を見据えたものでなければならないと私は思っています。

 きのう、玄葉大臣も来日中のパネッタ国防長官にお会いをし、報じられているところによると、米国の議会内では大変圧力が高まっている、日本で進展すればするほど、これは予算取りの問題もございますし、こういう話がなされたということでございます。

 実は、私どものこの委員会でも今月の頭にワシントンDCを訪問いたしまして、関係者十数名と会談をしてまいりました。

 その中で、大臣に報告が行っているかどうかわかりませんけれども、例えばマイケル・シファー国防次官補代理ともお会いをいたしましたけれども、本当に、東アジアの現状、あるいは日米同盟の強固な維持の観点から、普天間の移設問題について、とにかく日本側の対応促進を強く促したい、早く道筋をつけてくれという要望を具体に提言いただきました。

 また、きのう大臣が国防長官から言われたように、国務次官補からも、米国議会内では、移転への危惧、つまり日本国内で全く進展がないことについて大変強い不満が出ている、特に国防総省からの圧力が強まっているという具体的な御指摘をいただきました。

 ほかにも、カート・キャンベル国務次官補ともお会いをいたしました。また、何といいましても、今米国連邦上院の歳出委員長を務めておりますダニエル・イノウエ議員ともお会いをいたしまして、さまざまな有益なアドバイスをいただいてまいりました。一時期ほど日米の議員交流も盛んではない、もっと活発にやるべきだというありがたい御忠告もいただきましたし、やはり、本当に親日派にある議会の方までも、国内のこの打開策が見出せない状況に大変ないら立ちを覚えているということをまずは強く進言しておきたいと存じます。

 その上で、昨日はともに、まずは年内のアセスだけはやろうということでの合意が声高らかに宣言されましたけれども、最終的に、本当に二〇一六年までに移転が終わるのか。我々の合意したロードマップでは、そこがエンドで目標値を掲げていたわけでございます。例えば、年内にアセスが終わっても、最終的には仲井真知事が埋め立ての許可をするのかという、大変大きな、そして高いハードルが待ち構えているわけですね。

 これは大臣、米国に対して、二〇一四年を見据えながらも、ロードマップの見直しも同時に言及していかないと、大きな混乱と不信になっていくんだと私は思いますが、いかがお考えでしょうか。

玄葉国務大臣 示唆に富むいろいろな御発言をいただいたというふうに思っていますけれども、基本的に、もともとの二〇一四年のロードマップというのは、現状を見据えて、二〇一四年以降のできるだけ早い時期にということで現状は日米で合意をしているというところでございます。

秋葉委員 大変失礼しました、二〇一四年ですね。ですから、もうあと三年しかないわけでありまして、その以降を見据えざるを得ないという認識でいるということですね。現実的には、そうならざるを得ないわけです。

 私たちは、たまたまウェッブ議員などともお会いをいたしまして、御案内のとおり、レビン軍事委員長とともに合併案なんかも提案されてきた方でございますが、米国側からこういう案が出ること自体、相当日本側に対していら立ちがあるから、こういう案が現実的ではないかということの裏返しだと私は思いまして、やはり国内での状況が進まないことを大変懸念されておりました。

 ですから、大臣もこの間沖縄を訪問されたようですけれども、年内にアセスを提出したとしても、沖縄県仲井真知事を初めとする県民の理解が得られる見通しがあるのかどうか。もちろん、努力をするという答弁にはなるんでしょうけれども、みずから招いた失政のツケなわけですから、これをどう打開するのか。何か具体的な方策はお考えなんですか。

玄葉国務大臣 この間、外務大臣になってからは初めてお邪魔をさせていただいたということでございます。

 一回でいろいろなことが進展するなどと、甘い考えは全くございません。さまざまなことについて、きめ細かく丁寧に説明をし、また沖縄の負担軽減、いわゆるパッケージになっていない、できる部分について、可能な限りやっていく。事件、事故、騒音、環境、こういった問題についても、言葉だけではなくて、少しでも結果を出して信頼関係を築いていく。そして、知事さんや市長さんだけではなくて、沖縄県民の皆さん、あるいは、先ほど実は外務委員会では、身内というか県連の方々にもしっかり理解を求めなきゃだめじゃないかと大分おしかりをいただきました。そういったことも含めて、さまざまな努力を、これは本当に全力でやらないといけない。

 厳しい声を本当に聞きました。きのうも、実はパネッタ国防長官にもそのことは率直にお伝えをしました。ただ、さはさりながら、やはり沖縄全体の負担軽減にはつながる案なわけであります。

 同時に、おっしゃったとおり、米国も実はさまざまな事情を抱えていて、特に米国の場合は財政状況が非常に厳しい、非常に厳しいからまた余計に議員の皆さんからさまざまな考え方が出てくる。でも、そういう厳しい状況の中でも、やはり我々は太平洋国家であるということでしっかりとプレゼンスを確保するというメッセージを携えて、きのうパネッタ国防長官はいらっしゃったということであります。

 私としては、そういう意味で、懇切丁寧に、きめ細かく、全力で対応するというふうに現時点で申し上げるしかないということでございます。

秋葉委員 きょうは、防衛副大臣にもおいでいただいています。

 防衛省も、我々が合意した案を前提に、これから進めていっていただくようになるわけであります。崩れてしまったガラスはもとに戻らないわけでありますから、本当に大変な作業だと思いますが、防衛省として、実際にさまざまな移転案のプラン、私どものときにはV字案含めていろいろな議論がありました、どういった形でまとめていこうとされているのか、改めて伺っておきたいと思います。時間がございませんので、ポイントを簡潔にお述べいただきたいと思います。

渡辺副大臣 お答えします。

 これは昨日、一川大臣とパネッタ長官との間でも約束をいたしましたけれども、これまでの合意に基づいてしっかりコミットしていこうということでございます。その点では、さまざま沖縄の御理解をいただくことが多々ございます。正直、ハードルが高い面もあるとは思いますが、昨日、日米の防衛担当大臣同士での合意でございますので、そこはこれまでどおりにやっていくということでございます。

秋葉委員 要するに、私どもが政権を担っていた時代のプランに戻って、原点に立ち返ってやっていくことになった、振り出しに戻ったということなんですね、副大臣。それをあたかも、国民に幻想をまき散らしたことを大いに民主党は反省をしていただきたい、こう思うわけであります。

 どうぞ、結構でございます。

 もう時間がございませんので、最後にTPPの問題。

 まさに大詰めで、恐らく与党内でも十一月の頭ぐらいに結論が出るのかどうかわかりませんけれども、玄葉大臣に、せっかくでございますから、TPPへの参加交渉について外務大臣としてどのような認識をお持ちなのか、お伺いをしておきたいと思います。

玄葉国務大臣 政府全体としては、もういろいろなところで申し上げているように、しっかりと議論し、できるだけ早い時期に結論を出すということであります。

 私自身の認識というか視点というのは、今、一億二千八百万の人口が、残念なことですけれども少子化、人口減少というのがあって、人口統計はかなり当たります、そういう中で、恐らく二〇四六年には一億人を切ると言われています。ただ、出生率は今、一・二九からたしか一・三七まで上がってきましたけれども。そういう中で、どうやって私たちは豊かさを次世代に、あるいはその次の世代に引き継ぐのかということをよくよく考えないといけないというふうに思っています。

 世界で七十億の人口に達してくるという話でありますが、アジア太平洋で四十億人です。この四十億人のアジア太平洋地域の人口はもっと伸びます。さらに言えば、中間層がどんどんふえていく地域である。そういった中で、これらの地域の内需を我々日本の内需だというふうにとらまえる、そういう基本的な考え方に立って判断をしていくべきではないかというふうに私は考えておりますし、この機をとらえて、農業の問題について、やはり農業強化策をもっと具体的に打ち出さないといけないというふうに考えております。

秋葉委員 今の大臣の答弁を要約しますと、農業対策を充実しながらも交渉には参加すべきだ、こういう理解でよろしいですか。

玄葉国務大臣 ストレートに申し上げるのは関係閣僚のコンセンサスを得てからというふうに思っていますので、基本的な認識で御想像いただければというふうに思っています。

秋葉委員 ごくノーマルな言語センスでいえば、やはり私が申し上げたとおりに理解するのが自然だ、こう思うわけでありますけれども、御党の政調会長が、まずは参加して、話し合いがこじれれば離脱もあり得るんだなんという、もう外務大臣経験者とは思えないような発言があったわけでございますが、そういうことは可能なんでしょうか。

玄葉国務大臣 論理的にはあり得るというふうにまず一つ思います。それと、途中の離脱は簡単じゃないと申し上げているのは、やはりそのときに失われる国益というものをしっかりと考えないといけないということだと思います。

 いずれにしても、結論だけ申し上げれば、政治判断だと思うんです。つまりは交渉事ですから、それはもちろんいろいろなことがあります。ですから、例えば、交渉によって我々はどうしても国益を損なう、残って合意をするよりも、むしろ離脱した方が国益にプラスだという判断をするという政治判断だってそれはゼロじゃないと思うし、もっと言えば、国会でこれは承認されなきゃいけないということがありますので、国会も含めた政治判断というのが最終的に必要になるのではないかというふうに考えております。

秋葉委員 今、大臣からいみじくも、最後に国会の承認案件だという発言がありました。まさに、そのことを肝に銘じてかじを切っていかなきゃいけないと思うんですよ。四百八十人の国会議員のうち、過半数が反対の請願にサインしているわけでしょう。政府が政治判断でこの交渉に参加入りをしても、どういうタイミングになるかはこの時点ではまだ定かではありませんが、いずれ条約案件として外務委員会にかかり、最終的には国会の議決がなければ、正式に参加なんかできないでしょう。

 また普天間のときのような勇み足をして、十一月のハワイにお土産を持っていったはいいが、後々、国会の審議が通らなかった、条約案件が成立しなかった、こうならないように最大限の配慮をしなきゃいけないと私は思いますけれども、大臣、どうですか。

玄葉国務大臣 最後に国会承認されるかどうかということについて、仮に交渉に参加をしたケースの話をおっしゃっているんだと思いますけれども、それは当然、交渉の帰結がどうなったかということがまず一番大きいと思います。それと、時期です。つまりは、例えば次の総選挙の前なのか後なのか、それもあると思います。まだそこは定かじゃありません。

 ですから、今明確に、そのときにどうなるかということを申し上げることはできませんが、いずれにしても我々は、仮に交渉に参加をしたら、当然、日本の立場、攻めるべきは攻め、守るべきは守って、しっかりと交渉力を発揮できるようにしていかなきゃいけない。その上で、もし交渉に参加したらですよ、最終的に国会で承認されるようにその交渉内容を持っていくというのが我々の務めだというふうに考えております。

秋葉委員 残念ながら時間もございませんので、また外務委員会、あるいは当委員会も精力的に開催をしてまいりたいと思います。

 とにかく、やはり国益を常に念頭に置いて、国益第一の政治であること、そして、いつ解散になるか、我々も早く解散をしたいと思っているわけでありますけれども、玄葉大臣におかれましては、ぜひ任期満了までお務めいただくことを心から期待し、私の質問を終わります。

福井委員長 次に、遠山清彦君。

遠山委員 公明党の遠山清彦でございます。

 玄葉外務大臣、川端沖縄担当大臣、御就任おめでとうございます。

 私は、公明党沖縄方面議長という立場をいただいておりまして、沖縄の那覇市に事務所を持って約十年の国会議員として、本日、沖縄の問題につきまして両大臣に御質問をさせていただきたいと思っております。

 私も今の自民党の秋葉賢也理事と全く同じ見解を持っておりまして、それは、結論から言いますと、川端沖縄担当大臣も玄葉外務大臣も、次の総選挙までそのポストでぜひやり続けていただきたいということでございます。

 私も、与党時代、外務大臣政務官を拝命いたしまして、第三次小泉内閣で外務省に一年おりましたけれども、振り返りますと、一年間でようやく築いた人脈や信頼が、結局、一年で終わってしまってはその後続かないということを実感いたしたわけでございます。また後ほど、きょう後半で川端大臣といろいろ沖縄の問題を議論させていただきますが、沖縄の問題というのは、私も十年間通い続けてようやく最近になって理解できたことが多いわけでございます。そういう意味では、ぜひ、軽く見ないで、じっくりと、そして真剣に取り組んでいただきたいということを、まず冒頭、両大臣に御要望申し上げたいと思います。

 まず、普天間基地の移設問題につきまして、玄葉外務大臣にお伺いをいたしますが、昨年来、何度世論調査をいたしましても、沖縄県民の八割以上が、沖縄県内への移設、つまり辺野古も含めて県内移設に反対という数字が出ているわけでございます。

 私は、日米安保体制は堅持すべきだという立場でございますから、その日米安保体制を担保するための施設がどうしても必要だということは基本的には認める立場でございます。しかしながら、玄葉大臣は重々御承知のとおり、米軍基地というものは、率直に申し上げれば、その近隣に住んでいる住民にとっては残念ながら最大の迷惑施設ということになるわけでございます。

 嘉手納基地の周辺あるいは宜野湾の普天間基地の周辺、私も何度も参りましたし、地元に住んでおられる方々のお話も伺いましたし、私自身が、会話ができないような軍用機の轟音を何度も耳にしております。正直申し上げますと、沖縄で、選挙のときに街頭演説をやっておりまして、軍用機が真上に来たときは演説ができません。自分の声も聞こえないというようなことでございまして、これが日常生活の中であるという負担は、これは言葉で言ってもなかなか理解できないものでございますが、そういうものがあるわけでございます。

 そういう意味では、確かに、この後も議論をさせていただきますが、日米安保体制を堅持する、そのために必要な施設を確保する、そしてそれが沖縄にある、日米が交渉していろいろな合意が形成されたという大局はあるものの、それは、やはりその施設を地元で受け入れてくれる住民がいて初めて成り立つわけでございまして、これは米国でもどこでも一緒なんですね、先進民主主義の国におきましては。

 そういう意味で、まず外務大臣に、今沖縄県民の方が、いい、悪いではなくて、八割以上の方が県内移設に反対をしているということについてどう受けとめておられるか、率直な御答弁を伺いたいと思います。

玄葉国務大臣 先ほど遠山委員が、十年たって初めてわかったことがあるよというふうにおっしゃって、すごく重い言葉だなというふうに思います。

 アンケートをとっても、県民の皆様からなかなか理解が得られていないというこの現状については、私自身も深刻に受けとめております。

 ですから、先ほど申し上げましたけれども、やはり、きめ細かな、丁寧な対応。言葉だけではやはりだめだと思うんです。ですから、細かいことであっても、一つ一つ負担軽減。事件、事故、環境、騒音。おっしゃるとおり、騒音は本当にそういう騒音なんだというふうに思います。率直に言って、そういった問題について一つ一つ解決をしていかないと信頼されないということを感じます。ですから、そういうことでやはり信頼関係を、時間がないんですけれども、築いていくということがいずれにしても大事なことだというふうに思います。

 それと、やはり厳しい安保環境。昔からわかっていたことだろうという御議論もございます。それはそのとおりです。ただ、同時に、本当にこの二年、三年、ますます安保環境が厳しくなっていると私は思います。このことについても、やはり言える範囲で、言える範囲というのは申し上げることが適切な範囲で説明をしていかなきゃいけないということと同時に、海兵隊の問題、残念ながら簡単に代替できない沖縄の地理的な優位性の問題、この問題についても、やはり繰り返し繰り返し、あるいは丁寧に丁寧に、さらに詳しくかみ砕いて説明をしていかないといけないというふうに思うんです。

 そういう中で、どこまで理解していただけるかということで、私自身も今はそういう気持ちで全力を尽くす。いろいろなことをすべて承知で遠山委員はおっしゃっているというふうに思います。今、私の気持ちはそういう気持ちであるということでございます。

遠山委員 玄葉外務大臣、次の質問は、先ほど秋葉理事もされていたので簡潔にいたしますが、私は、実は去年の四月上旬まで落選中、浪人中でありまして、地元が沖縄でございますから、東京にはほとんどいずに、沖縄に今以上にいたわけでございます。

 当時を私、思い起こしますと、鳩山総理の時代でした。総理が、最低でも県外と選挙前の七月におっしゃって、それがずっと鳩山政権が発足した後も続いて、当時は、ぶら下がりの記者会見で毎日のように鳩山総理がマスコミにこのことを聞かれ、毎日のように最低でも県外は変えませんと言い続けたんですね。

 その結果、沖縄県民の中で辺野古移設を容認していた人たちも当然いたわけですけれども、その方々の中でも、野党の党首が言うなら、どうでもいいとは言いませんけれどもそんな重く見ないけれども、時の総理が毎日のようにテレビで県外移設をやりますと。

 途中で、たしか二〇一〇年三月の党首討論だったと思いますが、自民党の谷垣総裁が聞かれたことに対して、鳩山総理が腹案があるとおっしゃったんですね。それで、腹案があるとおっしゃって、この腹案は現行案と同等かそれ以上にいい案である、自信があるとまで党首討論で、表現はエグザクトリーに同じじゃないかもしれませんが、そういうことをおっしゃった。

 そのとき、私、この報道を沖縄で聞いたんです。私は、その報道を見たときに、ああ、鳩山総理がここまで党首討論で、NHKの生中継で国民注視の中おっしゃるということは、これはもう辺野古案というのはなくなるなと思いました。私の周囲の沖縄県民の皆さんも、あそこまで総理が言うということは、もう辺野古案というのはないんだよねと。しかも、あの当時、アメリカにもそう言っていたんですね。

 そう思っていたら、驚いたのは、鳩山総理が総理就任後初めて沖縄へ行かれたのが去年の五月四日でありました。明確に覚えております。私は当時、四月に繰り上がり当選で衆議院に参りましたので、現職だったわけでございますが、鳩山総理が五月四日に来るちょっと前に沖縄県読谷村で開かれた野外集会、県外、国外移設を求める野外決起集会というのがありまして、そこに仲井真知事も来られて、私も壇上にいたんですけれども、知事も、県外、国外を求めるということで、その場で宣言を出したわけでございます。その直後の鳩山総理の沖縄訪問で、県外移設というのは実は民主党の公約ではありませんでした、そして、学べば学ぶほど海兵隊の抑止力が大事だということがわかった、考えが浅かったと言われれば申しわけないと陳謝をして、それまでの立場を全面撤回されて、現行案に戻られたわけでございます。

 過去の話を余り詳細にほじくり出して、じくじくやるつもりは私はないんですよ。ただ、この経過は沖縄県の人は忘れていないんです。正直言って、私も、沖縄でこれをずっと見ていた政治家としては、鳩山さんのあの一言というか五月四日の御発言というのは、日本の戦後史上まれに見る裏切りの発言なんですね。あそこまで毎日言った約束をあんなに簡単にひっくり返すのかというのがありました。その責任をとられて鳩山さんは総理をやめた。それは御本人もおっしゃったんです。鳩山総理御自身のみそぎはそれで済んだのかもしれませんが、県民はそうじゃないんですね。

 だから、次の質問と合体させて、外務大臣にお聞きします。

 その後の菅政権、そして今の野田政権の閣僚の皆様が沖縄に来られる。非常に低姿勢で来られる方が多いです。鳩山政権時代のことは申しわけありませんでしたと陳謝されるんです。それはいいでしょう。しかし、問題は、鳩山政権の時代に起こって、沖縄県民の八割以上が反対になって固まったということを水に流そうとしても、これは流れないんです。

 私はいろいろなところで今申し上げているんですが、沖縄県民から見ると、この辺野古案というのは覆水盆に返らずなんですね、わかりやすく言うと。つまり、お盆の上にもうこの辺野古案という水は載っていないんですよ。お盆に水が載っていないのに、今の民主党の閣僚の皆さんが沖縄に来て、済みません、どうか過去のことを忘れて水を飲んでください、この水は前はお盆に載っていたんです、皆さん方もそうでしょうと。しかし、沖縄県民から見たら、もうその合意はお盆に載っていないんですよ。水はなくなったんです。覆水盆に返らずで、地面に散っちゃったんです。だから、何度低姿勢で来られて、謝られて、その水を飲んでくださいと言われても、なかなか飲めない。

 この事実について、事実というか私の説明ですけれども、外務大臣、率直にどう思われますか。覆水盆に返らずに沖縄ではなってしまっているということについて、率直な御見解を聞きたいと思います。

玄葉国務大臣 まさに、沖縄でずっと活動されて、そのときの経緯も、県民の立場というか、県民に接しながらお聞きになっていた。重ねて申し上げるわけではありませんが、私も、あのときの総選挙中の発言というのが非常に問題を複雑化したということは、これはもう否めないというふうに思っています。

 その上で、覆水盆に返らずだ、こういう表現を使われたわけであります。残念ながら、現時点で厳しい声が多いということは、そういう状況に近いことが県民の中で起きているという状況なんだろうというふうに思います。

 ただ、さはさりながら、今回の日米合意は、先ほども申し上げましたけれども、全体としては沖縄の負担を軽減させると同時に、普天間そのものの危険性を除去するというところからスタートしている。さて、ではこの普天間の危険性をほかにどうやって除去していくかという問題が当然眼前に残るということでございます。

 私自身、今申し上げること、あるいは申し上げなければならないことは、先ほども申し上げたように、今はありとあらゆる努力をして、海兵隊の問題も、なかなかこれはわかりにくい話。そして同時に、〇・六%の面積に七四%の米軍専用基地が集中していること自体に対して、確かにこれはおわびをしなきゃいけないというふうに思いますし、日本全体で負担を分かち合うという必要性も感じます。

 ただ、では私の選挙区に海兵隊を持ってくるということがどれだけ抑止力を減じることになるかということを考えると、簡単に言えないということがございます。ですから、抑止力を減じない形でどういう沖縄の負担軽減があり得るのかという中で出てきた、それこそ、自公の方々が努力されてきた案でもある。ただ、おっしゃったように、さまざまな経緯がある。

 そういう中に、私自身が今こういう立場に立っているわけでありますけれども、私が今申し上げられることは、ありとあらゆる方策を持って、誠意を持って県民の皆様に説明をしていく、全国の皆様にもある意味負担を分かち合うお願いをしていくということを今この委員会では申し上げたいというふうに思います。

遠山委員 今のお話だと、私がこれからする提案というのはなかなかのめないと思いますが、先ほどの覆水盆に返らずというのは、沖縄県民にとっては間違いなくそうなんです。私も外務省にいましたので、この問題が非常に苦しいのは、米国政府から見ると、水はまだお盆に載っかっている、ここが問題なんです。

 つまり、二〇〇六年、自公政権のときに日米で合意したロードマップ、これは今でも外交的に有効なんですね。民主党政権は、それを無効にする作業はしていないんです。ただ、国内向けに県外、県外と言った。だけれども、日米交渉の中で、二〇〇六年の日米合意をほごにするということはしていなかったわけです、鳩山政権時代も。その結果、沖縄の人にとっては覆水盆に返らずになったけれども、アメリカ政府にとっては、いやいや、二〇〇六年のときに合意したもの、水がまだ盆に載っかっているよ。アメリカ政府はその立場に立って、日本政府に今も、きょうも、早くこの水を飲みなさい、こう言っているわけです。比喩的な話で恐縮ですが、ここが、この問題が難しい、非常に本質的な性格なんですね。そうでしょう。

 それで、ではどうすればいいかということなんですが、普天間基地あるいはその移設先と現行案で言われている辺野古を持っている肝心の沖縄の皆さんが、もう水がないと感じている状況ですから、新しい水をくみ上げなきゃいけない。

 そのために、私の提案は、まずは米国政府それから米国連邦議会に、外務大臣でもいいんですが、できれば総理大臣、野田総理がみずから行って、そして民主党政権になってからの、もう皆様方十分御承知で反省もされているこの経緯というものをアメリカの国民にしっかり説明して、覆水盆に返らずになってしまった、よって、一定の期間をいただいて、きちんとゼロベースでもう一度沖縄と協議をさせてもらいたいと。そして、私は個人的には、その協議をする協議体というのは政治からなるべく独立した第三者委員会的なものにして、入るとすれば総理とそれから沖縄県知事、それ以外は政界の外から人を集めて、そしてこの普天間移設の問題について議論をする。

 その議論の中では、実は自公政権の議論の中でしてこなかったことが一つあるんです。それは抑止力の問題なんです。

 沖縄へ行きますと、今沖縄県民の中に浸透してきているもう一つの御意見というのは、実は海兵隊の抑止力というのは政府が説明してきたほどないんじゃないかという説が浸透しております。私も、いや、まだあるという説も東京で聞きますし、それが沖縄へ行くと、いや、もうない、理由はこれこれだとかなり専門的に言っていますよ。

 オスプレーになれば、航続距離もスピードも今の普天間のヘリコプターより倍になりますから、実はグアムに海兵隊の輸送部隊を置いても、台湾とか、大体、沖縄にいるアメリカの海兵隊というのは、いろいろな有事に対応できるようになっていますけれども、基本的には、もともとは朝鮮半島有事と台湾有事のときのオペレーションプラン、略してOPLANというアメリカの有事の際の計画に全部組み込まれているんですね。そうすると、沖縄から海兵隊を、特に実力部隊を外してしまうと、OPLANそのものを変えなきゃいけないので、米軍再編以上の根本的な作戦変更になるわけです。それを嫌って、日米ロードマップのときも、司令部だけグアムに移して実力部隊は沖縄に残す、こういう判断をしたというふうに専門家の本には書かれているわけです。

 ただ、私は、沖縄ではそのこと自体に疑念が呈されているということもあるから、この新しい協議体をつくったときには、その抑止力のことについても、専門的な知見を入れて、しっかり議論して結論を出す。その作業は、残念ながら、自公時代も避けていた。それは私は率直に認めます。だから、そのことも含めて、やる。ですから、一定の期間と、それから新しい協議をする協議体をきちんと日本の中でつくって、その結論が出るまでアメリカ政府に待ってくれと。

 これは、今来ている国防長官も含めて、猛反発すると思いますよ。しかし、玄葉大臣、考えてみてください。私がアメリカのホワイトハウスに乗り込んでいって、二〇〇二年、二〇〇三年あたり、民主党の細野大臣とか渡辺周さんとか、みんな一緒にいましたよ。ホワイトハウスに乗り込んでいって、日米地位協定を変えてくれと物すごい議論をしました。そのときに、ホワイトハウスの高官から私は何を言われたか。いやいや、私たちホワイトハウスはある程度遠山さんたちの議論を理解しますよ、でも、米国連邦議会がそう簡単に納得しませんと言われた。私が日米地位協定を変えろと言ったときに、アメリカ政府がそれはできないと言った理由は、連邦議会で通りません、これでしたよ。だから、この普天間基地の移設問題も、辺野古、辺野古と政府は今おっしゃるけれども、国会を通らない議論だったら、アメリカ政府は待つしかないんじゃないですか。

 野田総理が、政治生命をかけてこの問題を解決したいと予算委員会でうちの政調会長の質問にお答えになりました。私は、政治生命をかけてやるというのは、それぐらい根本的な次元でその問題に総理や外務大臣が取り組むことだと思っておりますが、この提案について、いかがでしょうか。

玄葉国務大臣 ずっと沖縄の問題を勉強されてきたというよりは、本当に現実的に、かつ県民の立場も踏まえ、また国益全体も踏まえて考えていただいている遠山委員の考え方としてきょう承るというふうに申し上げるしかないということでございまして、やはり着実に日米合意を一歩一歩積み重ねていくということを、きょうこの場で私は申し上げたいというふうに思います。

 海兵隊の問題というのは、例えば、オスプレーが二倍の速さである、あるいは輸送能力もさらにある、こういう議論が出てくる可能性は確かに当然あると思います。ただ、海兵隊そのものの持つ即応性とか機動性、こういったものをどう評価するのか。あるいは、その海兵隊が沖縄にいることの意味というのをどう評価するのか。

 おっしゃるとおり、抑止力そのものを、力の空白を生まないようにしていくというのはやはり極めて大切だと私自身思っています。ですから、シーレーンに近い、また太平洋、南シナ海、東シナ海を結ぶ地域に、また東アジアのそれぞれの地域にほぼ等しく近いという沖縄の地理的な特異性の中に、有利性の中にこの海兵隊があるということを私たちも丁寧に説明をしていく。その中で、抑止力を減じない形で精いっぱいの負担軽減に努めていきたいというふうに思います。

遠山委員 玄葉外務大臣、期待しておりますので、ぜひリーダーシップを発揮して、誠実に解決に向けて努力をしていただきたいと申し上げます。

 次に、川端沖縄担当大臣に御質問申し上げますが、ちょっと時間の関係で、通告していた質問を二問割愛させていただいて、沖縄の米軍用地の質問のところからお伺いをしたいと思います。

 まず一問目、事実関係にもなるわけですが、沖縄にある米軍の軍用地というのは、実は、日本本土にある横田基地とか岩国基地とか横須賀とか、そういった基地と違う特徴がございます。一言で言うと、日本本土にある米軍施設は、約八七%が国有地なんですね。ところが、沖縄にある軍用地の場合は、平均して約三三%が民有地。これが、基地が集中する沖縄本島中南部になると七七%、そして、今ずっと話題になってきた普天間基地になると、何と九〇%以上が民有地になるわけでございます。大臣、なぜ沖縄の基地はこれだけ民有地の割合が多いのか、お答えください。

川端国務大臣 御指摘のとおり、ほかの米軍基地とは沖縄が全く違う状況であることは事実でございます。これは、戦争中にアメリカ軍が沖縄にやってきて、自分たちのベースである拠点を強制的に確保し、その後も拡大していったという経過の中でそういう事態になったというふうな経過があることを承知しております。

遠山委員 大臣、戦争中にやってきたのは日本軍なんですけれどもね、第二次世界大戦の最中は。日本軍がそもそも一定程度の基地を強制接収でつくりました。その後に、戦勝国であるアメリカ、沖縄本土は白兵戦の本土決戦になりましたので、その後、占領する過程の中で拡充をしていったということでございますが、大事なポイントは、強制接収をされて基地になっているということでございます。

 次に、お配りした資料の一枚目を見ていただきたいんです。

 私、ことしの二月の予算委員会で、菅前総理の前で指摘をしたことでございますけれども、沖縄担当大臣がすぐかわるものですから、ぜひもう一度指摘をしておきたいと思っております。

 というのは、日本本土では誤解がありまして、沖縄では、米軍基地のことをいろいろ文句を言う人が多いけれども、本当は基地のおかげで相当な経済的恩恵を受けているから、本音では、あってもいいと思っている人が多いのではないかと。これは誤解なんですね。その誤解であるということを端的に示しているのがこの一枚目の図でございまして、沖縄県庁がつくったものでございますが、左上のところに明確に数字で書かれております。

 那覇の新都心地区、返還前に生んでおりました雇用所得それから生産額等合計しますと五十五億円でありましたが、今は美術館や博物館や公共施設やさまざまなショッピング施設等がありまして、年間六百六十億円を生む土地に変わっております。小禄金城地区という、那覇市の南側でございますけれども、ここは返還前は二十九億円、今は八百九十一億円の経済波及効果。そして、一番衝撃的なのは、北谷地区と呼ばれている北谷桑江、キャンプ桑江のところですね、あとハンビー飛行場等があったところでございますが、ここは、返還前は米軍が持っていた飛行場に日本人というか沖縄県民が三名とか四名しか雇われていないような、だだっ広い土地でございましたが、今外務大臣も行かれると、米兵、若者、その他沖縄県民がみんな集まってくる大変人気のある場所でございまして、経済効果は五百九十七億円、何と百九十九倍ということになっているわけでございます。

 ですから、沖縄が本土復帰した約四十年前前後はいざ知らず、今は米軍基地の方がお金になるなんということは全くのうそであり、誤解なんです。これは意外と日本本土で知られていない。今や沖縄では、返してもらった方が圧倒的に経済波及効果があります。それは私自身の目で見ております。最近返って、米兵が使っていた泡瀬のゴルフ場ですか、あそこは大きなショッピングセンターが北中城村というところにできるんですが、駐車場を二千台分そろえた巨大なショッピングセンターができて、地元の人が二千人ぐらい雇用されると伺っておりますけれども、こういった波及効果があるわけでございます。

 この認識を持っていただいた上で、大臣、次の質問をしたいんですが、ちょっと時間の関係でしゃべり続けますが、二枚目を見ていただきたいと思います。

 米軍用地が返還されたものは駐留軍用地跡地というわけでございますが、今、沖縄県は、この跡地として戻ってきたときの利用を推進するための新たな法律の制定を政府に求めているわけでございます。

 二枚目の資料の下の方を見ていただくとわかりますが、平成二十四年、つまり来年の三月に失効する二つの法的措置で、今跡地利用というものを沖縄ではやっているわけでございます。左側が閣法でございます。政府が出した閣法でございます沖縄振興特別措置法の第七章で対応。そして、給付金等につきましては、右側の軍転特措法という、これは実は議員立法で立てられた法律でやられておるわけでございますが、双方とも平成二十四年、すなわち来年の三月で失効するわけでございます。

 沖縄県としては、地元としては、ぜひこの議員立法でやってきた措置と閣法でやってきた措置を合体させた新法を閣法として出して跡地利用の促進をやってもらいたい、こういう要望をしているわけでございますが、政府はどういう方針でこれに対応されているのか、御答弁いただきたいと思います。

川端国務大臣 お答えする前に、先ほどの民間地の部分は、米軍によって戦争中も接収されたということは経過としてございますので、あえて申し上げておきたいと思います。赤嶺先生の議事録とかも含めて私は勉強させていただきまして、済みません。

 それで、この跡地の利用計画で、これは沖縄県議会が非常に熱心に調査をされて、御指摘のような資料で、すごい経済効果があるということの試算、それから御指摘いただきましたように、既にそういう返還された跡が非常に有効に活用されていることは私たちも十分に承知をしております。そういう意味でも、跡地利用に関して、どういう計画を持ってどうしていくか、そしてその中で国がどうお手伝いできるのかということは極めて重要な問題だと思っております。

 御指摘の両方とも切れる法は、閣法と議員立法という違いがありますが、これを一体として、一元化して、新年度に新たなスタートができるようにということで、次期通常国会に提出すべく鋭意努力をしているところでございます。

遠山委員 大臣、重ねての確認で恐縮なんですが、私も手元にことし九月二十六日の沖縄政策協議会沖縄振興部会の第四回の議事次第を持っておりますけれども、ここでおっしゃっていることは、今大臣がおっしゃったことと同じなんですね。一元的な新たな法律の整備を検討しますと言っているんです。

 ただ、来年の通常国会といっても、法律自体が三月三十一日に切れますので、その前に上げなきゃいけない。しかし、二月は衆議院の予算委員会、三月は参議院の予算委員会ということがあって、日切れ扱いで審議するしかありませんけれども、今から言うのもなんですが、かなり日程がタイトな状況になるわけです。

 ですから、私ども野党としましても、できれば早目に、どういう法律案を政府がつくって出すのか、もうすぐ十一月ですから、せめて十一月、十二月ぐらいに要綱ぐらい出していただかないと、これをしっかり研究して議論をして国会の審議に生かすということができないと思っています。

 いつごろ出されるんですか。時間切れになって、済みません、単純延長でお願いしますと言われても困るものですから、いつごろまでに新しい法律案を要綱で結構ですから出されるのか、大臣、ぜひ明言していただけませんか。

川端国務大臣 おっしゃるとおり、期限切れの日程、そして国会の審議状況を含めて、極めてタイトな状況であることは認識をしております。

 そういう意味で、皆さんに御審議をしていただくのに十分な情報提供ができるように、遺漏なきように最大の努力をさせていただきたいと思いますし、地元の皆さんとの協議、調整の仕組みも新たに組み込むということでありますので、単純延長することは考えておりませんので、また最大限、議論していく中で、できるだけ早くという御要望はしっかりと受けとめさせていただきたいと思います。

遠山委員 それと、川端大臣、済みません、さっき私が申し上げた、今ある二つの特措法、沖振特措法と軍転特措法の二つの現行法を単純延長するということは、政府としてもう考えていないですね。それは確認、答弁お願いいたします。

川端国務大臣 単純延長することは考えておりません。

遠山委員 ありがとうございます。

 ちなみに、川端大臣、お配りした資料の二枚目の真ん中を見ていただきたいんですが、今後の跡地利用における問題点、課題というのが七点挙がっておりますね。ちょっと具体的に指摘しておきたいんです。それはなぜかというと、先ほど外務大臣と議論した普天間移設の問題が動かないと、嘉手納以南の基地が返還されるという実現性が低いので、普天間基地問題で膠着している現状でそんなに焦って跡地利用の話をしなくてもという空気がどうも政府の一部にあるという話が私の耳に伝わってきているんですが、私はそれはちょっと違いますよということを申し上げたいんです。

 というのは、今私が指摘したところで言いますと、例えば四番の「文化財調査の長期化」という項目があります。これは余り知られていないんですけれども、普天間基地、あそこはたしか四百五十ヘクタールぐらいあったと思いますが、あそこの中だけで相当な箇所に遺跡があると考古学者から指摘をされております。数は、数百じゃなくて数千カ所。今、沖縄県側は、米軍の配慮もいただいて、実は基地の中に入って一部調査しているんです。今まで調査しただけでも数百カ所、ここに遺跡が、下にあるねというふうに発見されているんですが、何しろ滑走路は調べられないわけです、当たり前ですけれども。滑走路が非常に広大な面積を占めています。あと武器弾薬倉庫、ここも中は調べられないということでございます。だから、沖縄県が出しているような推進法が通れば、これをもっと事前にできる。返ってきてから全部やるというのは大変なんです。それが一つございます。

 それから、玄葉大臣にも覚えておいていただきたいんですが、五番「不発弾確認のための負担増」ということ。ニュースを見ていただくと、時々今でも沖縄で米軍の撃った不発弾が爆発して大事故になっているわけでございますが、私どもの予測では、普天間基地のような大きな基地が返還されますと、相当な不発弾とか、あるいは過去にあったのは、返還された土地に建物を建てようと思って、基礎工事しようと思って掘り返したら、有害物質が入った一九五〇年代の古いドラム缶が大量に出てきて、いきなり穴があいて汚染されたとか、そういったケースがありますから、それへの対応もなるべく早くしたい。

 それから、六番「公共用地先行取得の遅れ」とありますが、これは説明しないと意味はわからないんです、普通の人は。先ほど指摘したように、沖縄の軍用地、特に普天間は九割以上が民有地ですので、返還されてからも、土地の権利を持っている人が民間人にたくさんいるわけですね。その人たちの土地関係を全部整理してから、初めて再開発というのができるわけです。だから、沖縄県が言っているのは、あらかじめ県とか国で普天間基地に使われている用地を買いたい、取得しておきたいと。そうすれば、跡地が返ってきた後の再開発がしやすいじゃないですか。

 だから、そういうところまで考えてこれを出しているということを理解していただきたいと思います。答弁は要りません。

 もうあと一、二分なので、川端大臣、最後に一点、出先機関改革と沖縄総合事務局、内閣府の出先機関について伺います。

 政府が閣議決定した出先機関の改革のスケジュールは、平成二十六年度中に抜本的に、本格的にそれをやるということだと思いますが、沖縄県側は、仲井真知事は、この沖縄北方特別委員会の参考人質疑をことしやりました、私の質問に対して明確に、今内閣府の沖縄の出先機関がやっている国の直轄事業一千億円分も含めて、行く行くは全部県側で譲り受けて実施をする用意がありますということを明言しております。政府としてもそういう方針なのか、それとも総合事務局の仕事や機能をこれから仕分けして一部だけ沖縄県に移譲するという方針なのか、今の方針をお聞かせください。

川端国務大臣 地域主権改革の閣議決定を踏まえて、今先生御指摘のように、アクション・プラン、これも閣議決定をいたしました。

 今言われたように、二十六年度ということで、来年の通常国会に法案を出すべく今検討しておりますが、その中で、先般もアクション・プランの推進会議が開かれまして、沖縄県知事にも御出席いただきました。そういう御意向はその場で私も直接伺っております。

 現在、関西広域連合と九州ブロックという、ある種の固まりとしての部分で議論を先行的にするということで、いろいろ詳細な意見交換をして、個別具体の部分の議論を進めているところでありますが、そういうときに、必ずしもブロック全体ではなくても、北海道と沖縄に関しては地域として位置づけるという方向で議論が全体としてはされていることも承知しております。

 これは、地元の皆さんの御要望と同時に、実際に沖縄の振興に関しては国が責任を持ってやるという位置づけで今までやってきたものをどう整理するかということも含めて、密接に連携をとりながら、着実に前へ進めるようにという方向で、できるだけ身近なところで、行政が二重行政にならない形でやるというのが本旨でございますので、そういう観点から取り組んでまいりたいと思っております。

遠山委員 ぜひしっかり取り組んでください。

 以上で終わります。ありがとうございました。

福井委員長 次に、赤嶺政賢君。

赤嶺委員 日本共産党の赤嶺政賢でございます。

 きょうは、私、外務大臣への質問は準備してまいりませんでしたが、先ほど来の答弁を聞いておりまして、質問するわけにはいきませんが、私の気持ちを述べたいなと思いました。

 一番ひっかかったのは、沖縄の地政学的条件は、基地を受け入れる以外にないんだと。私たちは六十年以上もそういうことを言われ続けてきたんです。沖縄はキーストーンだ、かなめ石だ、米軍の占領当時はアメリカの方からそのように言われました。世界の、アジアの、極東の平和と安全は沖縄県民が基地を受け入れているから守られているんだ、誇りを持てと。先ほどの外務大臣は、私が少年時代に私たちが米軍から聞かされた、沖縄はキーストーン、誇りを持って受け入れろ、このような屈辱的な気持ちをかき立てるものになっているということを外務大臣は理解していただきたい。沖縄で抑止力を語るということがそういう意味を持つんだということもぜひ認識していただきたい。

 それから、あと一点は、民主党が自公と同じような路線に戻った。その戻る口実に、二〇〇六年の米軍再編の道しかない、あれ以外に沖縄県民の負担の軽減はないんだ、総体として負担の軽減になるんだと。この総体としてなるんだというのは、米軍は、だって、人口の多い宜野湾市から人口の少ない辺野古に基地を移すことは負担の軽減でしょう、こう言うんですよ。嘉手納以南の土地の返還、嘉手納の訓練移転、これも負担の軽減になるでしょうと。

 二〇〇六年当時、嘉手納の宮城町長は、我々はその米軍再編に賛成だ、嘉手納基地から一機でも戦闘機が減ることが爆音が減ることにつながる、だから賛成だと当時語っておりました。民主党が言い出す前からですよ。しかし、負担は軽減されるどころか、爆音はふえていく。

 だから、沖縄に行ったらよく、証拠を見せろと言いますでしょう。言葉だけじゃだめだと言うんです。裏切られっ放しなんですよ。裏切られっ放しの人に向かって、そして裏切られてきた人たちの気持ちも考えないで、いや、米軍再編に戻ることが最良の選択肢だと言う。これも県民の感情をどこまで逆なでしているか。

 こういうことも、いずれ議論の機会がありますので、外務大臣の主張、御意見も伺って、そして本当に県民が何を考え行動しているかということを知っていただきたいと思います。

 米軍再編、SACO合意のスタートは、普天間基地の危険性の除去以前に、沖縄の自民党から公明党も共産党もみんな一緒になってやった、一九九五年の少女暴行事件がすべてのスタートなんです。あのスタートから学び起こしていかないと、沖縄県民に理解を求めると言ったって、それは無理な話だということを申し上げておきたいと思います。

 こればかり言っていますと時間がなくなりますので、質問に移っていきたいと思います。

 先ほど沖縄担当大臣の普天間基地の形成過程を伺っておりまして、川端大臣、安保で御一緒したこともありますが、よく形成過程を正確につかんでいらっしゃるなとうなずきながら聞いていたんです。その形成過程の歴史を持つ基地の跡地利用、先ほど取り上げておられましたが、これについて聞いていきます。

 沖縄振興法とともに、現行の軍転特措法の期限切れが迫っております。沖縄県は、これまでの軍用地跡地利用の取り組みを踏まえて、国の責務の明確化、原状回復措置の徹底や、地権者負担軽減等を盛り込んだ新たな法律要綱原案に基づいて、新法制定を強く要望しております。先ほど大臣の答弁もありました。

 ところが、沖縄県の側から見ますと、政府と協議を重ねていても中身が何も見えておらず、現行とほぼ変わらないのではないかという不安を抱いているわけです。これが、十月十三日に沖縄県議会が駐留軍用地跡地利用推進法の制定を求める意見書を全会一致で採択し、政府への要請行動になりました。

 広大な米軍基地の存在によっていびつにゆがめられた沖縄、米軍基地のすき間でまちづくりをやっていたわけですから、本当にいびつであります。基地の跡地利用というのは、沖縄県民は特別な思いを抱いております。これは、将来の沖縄を展望し、そして経済の自立的発展を進める上でも徹底的に重要な課題である、このようにとらえております。

 政府は、沖縄県の基地跡地利用をどのように認識し、そしてどう法案化していこうとしているのか、その認識と取り組みの現状を教えていただけますでしょうか。

川端国務大臣 先ほど来もずっと議論がありましたけれども、法律は期限が切れる、そして地域の皆さんからは、将来の構想を持つためにも、きめ細かくいろいろな点について、決議も含め御要望をいただいていることは事実でございます。

 そして、これも先ほど議論がありましたけれども、衆法と閣法と併存しているという状況でありますから、これを一元化して、将来にわたっての部分により展望が描けるように、もちろんこれは地域で返還跡地の利用計画をどうつくるかというのと密接にリンクいたしますから、その計画をどうつくっていくのかということ、どういうふうに国とも相談していくかということも含めながら、全体的な絵をできるだけ早くに取りまとめて法案化を、そして新年度から実施できるように取り組んでまいる覚悟でございます。

赤嶺委員 まさに、どうやって地域で展望の見える跡地利用計画をつくるかというところにかかわってくるわけですが、その際の現状認識を改めて伺いたいと思うんです。

 御承知のような経過で、歴史的にも、銃剣とブルドーザー、あるいは戦争の最中に国際法に違反した基地のつくり方というのが沖縄でありました。土地、財産は強制的に強奪されたものであります。そうした不当な基地の形成過程を日本政府は不問に付して、復帰後も提供し続けてきたわけであります。

 今、沖縄に基地があり、そして基地返還跡地問題が起こっている。この責任は日米両政府にあるのであって、地主にも地方公共団体にもないと思いますが、川端大臣の基本的な認識はいかがですか。

川端国務大臣 基地の形成過程においての部分は、先ほど若干触れたような経過があることは事実でありまして、先生は、その地域でお生まれ、お育ちになったというのも伺っておりますが、そういう経過を踏まえながらでありますが、現状においては、いわゆる土地貸借関係を結び、一定の対価を払うということで提供されている形になっていることは現実でございます。

 そういう意味で、これからの跡地、返還された後に関してということだけではなくて、地理的、歴史的、社会的背景がある中での沖縄の特別な地域をしっかりと振興していくことが国の大きな責務であるという位置づけをしているわけですから、その中の大きな要素として、基地の返還後の跡地利用に関しても国が責任を持っていることは紛れもない事実だと思って取り組んでいるところでございます。

赤嶺委員 国の責務というのは現行法の中にもあるわけですね。しかし、それは努力義務なんです。国の責務として、努力義務にとどまっているわけです。

 沖縄県の方も、それから返還跡地を抱えている地方公共団体も、基本理念の中で国の責任を明確に打ち出しております。これは当然だと私は思います。努力義務ではなくて、国の責任を基本理念の中に明確にうたっていく、この点は、川端大臣、いかがでしょうか。

川端国務大臣 先生の思いの部分はしっかりと受けとめているところでありますが、いろいろな今までの議論の経過の中でこの問題についても結論を出していきたいというふうに思っております。

赤嶺委員 国の責務の問題は、今後重要な課題になっていきますので、ぜひ政府の中でも議論を急いでいただきたいと思うんです。

 もう一つ、基地を返還されたときに地方公共団体の首長や地主が異口同音におっしゃるのは、まず、返すなら、細切れでなくてきちんと返してほしいと。名護市でも起こっておりますけれども、全く開発の見通しもないような細切れ返還は困る。それからもう一つは、返すなら、きれいにして返してほしいと。これなんですよね。この思いというのは非常に強いんです。なぜなら、返された後に土壌汚染や不発弾やあるいは環境汚染が発見されて、土地利用がおくれている現状があるわけですね。

 だから、原状を回復して返せというのは簡単なんですが、そして今の法律の枠組みの中にもありますけれども、しかし、返された当事者は、もっときれいにして返せ、こう言っているんですよ。この点は、大臣、いかがお考えですか。

川端国務大臣 既に返還された分でもそういう問題が指摘されていることは承知をしておりますので、どういう形が可能なのかを含めて、大事な御指摘として、これからの検討事項としてしっかり検討してまいりたいと思います。

赤嶺委員 強く議論していくことを望みます。きれいにして返せという事態が続かなかったら、六十五年間使い続けて返されたらまた何が出てくるかわからない、戦々恐々としている地主たち、地方公共団体の首長がたくさんおられます。原状回復して国が返還するというのは当然ですが、今は地方自治体任せになっていて、とても国が責任を果たしているとは言えない。

 私は、国が返還前に基地の立入調査をして、どういう汚染物質が使われていたか、そういう基地の履歴を米側に提出させる、あるいは、しっかりした調査、先ほど遠山議員も埋蔵文化財の話がありましたけれども、そういうしっかりした調査を地方自治体とともに取り組むべきであります。

 基地の立ち入りについてはこれからどうなさっていくんですか。極めて制限されているという認識です。

川端国務大臣 今検討しております新法の中で、こういうことはしっかり検討しようという項目の中の一つに、返還前の基地内立入調査に係るあっせんの手続の明確化ということで、大きな問題であることは認識をしておりますので、具体的にどういう仕組みでやるのが、米側、相手のこともありますけれども、ということで取り組んでまいりたいと思います。

赤嶺委員 しかし、現行法は、国があっせんするというだけにとどまっていて、そのあっせんの窓口も決まっていないということも沖縄で大きな議論になっているわけですね。そういう国の責任の不明確さが現行法にはあるということは、大臣、認識していらっしゃいますか。

川端国務大臣 申し上げましたように、ここにテーマとして上がっているということは、今の部分にはいろいろと検討すべき課題があるということでありますし、そのテーマの書き方としても、あっせんの手続の明確化ということで、明確でないということを逆に言えば認識しているということでございます。

赤嶺委員 もう一つは、給付金の問題であります。

 基地の跡地というのは、返還後、土地を利用するまでに時間がかかり、地主の経済損失も非常に大きいものがあります。

 今、那覇新都心おもろまち、先ほどもどれだけの経済効果があるかという紹介がありましたけれども、あの新都心は、牧港住宅地区として一九七七年に一部が返還されたんです。一部細切れ返還ですから、那覇市は都市計画の立てようがありませんでした。そして、全部の返還が済んだのは一九八七年、十年後であります。さらに、開発事業の完了が十九年かかりました。この間、地主には収入もありませんでした。

 その後、法律ができまして給付制度がつくられて、例えばキャンプ桑江、北谷町は、返還から四年半、地主に給付金が支給されました。ところが、二〇〇七年以降は支給されていません。現行の給付金の制度でも地主の損失は大変大きいです。使用収益が出るまで支給するよう法律の中でうたうことが重要だと考えます。

 現状の認識と、これをどのように変えていかなければならないか、川端大臣の認識を伺います。

川端国務大臣 給付金制度について、実際に使えるまでの部分の延長をという御要望は承っております。

 ただ、現時点において、議論としては、そういうやり方をするのと、もう一つは、ここで再利用の跡地利用でこういう計画をしよう、市町村を中心にしてやろうというときに、決まらなくてもそれが動き出すまではずっと給付金が出るということだと、インセンティブという意味では逆になるのではないかという議論もあります。それと、費用的な、予算上の一定のめども必要であるということがありますので、いろいろな観点からしっかり議論をしてまいりたいというふうに思っております。

赤嶺委員 私、まさかこの答弁を川端大臣から伺うことになろうとは考えていませんでした。過去に防衛省の副大臣が、とにかく給付金を出していったら地主は土地の都市計画や地域開発に協力しなくなる、ほっておいても給付金が出るのだからというお話なんですが、これは違うんですよ。

 それはいろいろな方々がいますよ。しかし、総体として、基地の跡地利用は、ふるさとを取り返したわけですから、昔のふるさとのような町をつくりたいという思い、あるいは住宅やアパートをつくりたいという思い。しかし、ここでやはり広大な土地について、都市計画に協力してほしいと。

 あの二十九年かかったおもろまちの新都心の区画整理は、細切れで、しかも政府から何の援助もない中で、減歩率なんかで那覇市の職員は泣きながら地主を説得して、いい町をつくろうじゃないか、地主がばらばらに開発をしていったらいい町はできないといって、本当に、説得してはたたき出され、泣いては説得しに行きしてつくった町があの町なんですよ。

 そのときにやはり地主の合意を得るためには、いい町をつくるためには、そういう開発が完了するまではあなた方の給付金がちゃんと払えるようにするからと。インセンティブを失ってしまうという根拠はあるんですか。ないと思いますよ。いかがですか。

川端国務大臣 いろいろな議論があるということを申し上げたのは、いわゆる内閣が主宰する今後の跡地利用施策の展開方策に関する検討委員会というところでの有識者委員の中の議論としては、私が紹介した議論や先生が言われたような議論等さまざまあるということで、延長してほしいという御要望は私も承っているけれども、一方でこういう意見もあるということを御紹介申し上げたところでございます。

赤嶺委員 私は、地主の思いをよく掘った方がいいと思います。みんなが、自分の土地を提供してもいいから都市計画に協力しようというぐあいになっていますよ、跡地利用のところは。泡瀬ゴルフ場跡地も普天間飛行場も、小禄金城も天久新都心も、みんな地主の協力なしにはできないようなまちづくりなんです。

 駐留軍用地問題についてはこれだけにとどめまして、もう一問用意してまいりました。泡瀬干潟の問題です。

 これは、二回の裁判にわたって、需要予測はかた目にしなさいという判決がおりております。参議院の沖縄北方特別委員会で、我が党の紙議員の質問に対して園田政務官が、沖縄市は、沖縄観光の入域客を平成三十年までに八百五十万に抑えている、これがかた目の根拠だと言われました。

 八百五十万というのは、どうやって八百五十万という数字が出てきたんでしょうか。

園田大臣政務官 先生御指摘の件についてお答え申し上げます。

 まず、沖縄県への観光入り込みの客数でございますけれども、沖縄市の予測値によりますと、県がまず目標としている一千万人、これは平成二十八年を目標としているわけでございますが、沖縄市の予測はそれよりも低い形の、先生御指摘のように、平成三十年で八百五十万というふうにされているところでございます。この予測値は、昭和六十一年から二十三年間のトレンドをもとに、回帰分析によって推計されたものというふうに伺っているところでございます。

赤嶺委員 沖縄県の一千万人と沖縄市の八百五十万人の予測に共通しているのは、沖縄観光の入域客は右肩上がりで平成三十年まで上がり続けるんだ、そういう傾向だという認識からですよね。しかし、今その傾向は続いているんでしょうか。まさにこの需要予測を出した後三年間、沖縄観光の入域客はどのようになっていますか。

園田大臣政務官 お答えを申し上げます。

 短期的なトレンドを拝見いたしますと、平成十八年から十九年は上がっていたわけでございますけれども、二十年をピークといたしまして、二十一年には落ち込んでおります。これは、先生御案内のとおり、リーマン・ショック等の経済的な景気低迷がございました。それから、その翌年には若干持ち直しているところでございます。

 また、恐らくことしに関しましては、東日本大震災の関係もございますので、短期的に見ればさまざまな上下というものはあるのではないかというふうには思っておりますけれども、長期的には、今後の観光客の誘致活動、そういったことを私どもとしてもしっかりと応援してまいりたいというふうに思っておりますので、沖縄の全体の観光客数といったところもさらに伸びていっていただけるものではないかというふうに期待をいたしているところでございます。

赤嶺委員 大臣、ことしは上半期で相当な観光入域客が減っているんですよ。もう既に傾向が、右肩上がりに上がっていって平成三十年には、今五百万を超えたところが八百万、八百五十万になるというこんな過大な予測に基づいて、そしてこの泡瀬干潟の埋め立てによって、沖縄市は、かた目の計画の中で、三十年間で六十七億円の赤字が出る、この六十七億円は大したことがない、こういうような需要予測を出しているんですよ。

 こんなものが何でかた目なのか。こういう赤字が出るのであれば、開発には使わないで自然を保護していた方がいいということを申し上げまして、質問を終わらせていただきます。

福井委員長 次に、照屋寛徳君。

照屋委員 社会民主党の照屋寛徳です。

 川端大臣、私も駐留軍用地跡地利用促進法について質問通告をしておりましたが、先ほど遠山委員や赤嶺委員に大臣の御答弁がありました。その中でも、軍転法と沖振法の単純延長は考えていないという明確な答弁でございました。

 そこで、私から大臣に申し上げたいのは、今や、沖縄の自立経済の確立のためには膨大な米軍基地の存在が障害になっているというのは、イデオロギーを超えて、党派を超えて、沖縄県民の共通した思いだろうと私は思います。したがって、川端大臣も玄葉大臣も、そういう御認識で取り組んでもらいたいと思います。また、私は、沖縄に住む者として、沖縄の米軍基地がハーグ陸戦法規その他の国際法規に違反して形成をされたという形成過程についても、皮膚感覚で理解するものであります。

 その上で川端大臣に申し上げたいのは、先ほど返還軍用地の給付金問題で、この給付期間の延長、給付額の上限撤廃というのが、沖縄県を初め、県議会その他から寄せられているはずであります。大臣は、いろいろな議論があるというお話でございましたが、返還された軍用地を一日も早く利活用したい、返還後の使用収益を一日も早く得たいというのが地主の気持ちであって、給付金があるから跡利用がおくれるなんというのはないと私は断言します。

 地主や沖縄県が求めているのは、これまでも現にあったように、返還はされた、返還後に有害物質が発見された場合に、現行法の給付金の保障期間内には使用収益ができない、それで困っている。そのことをぜひ川端大臣におわかりをいただいて、給付期間の延長問題、給付額の上限撤廃に絞って大臣の御答弁をお願いします。

川端国務大臣 先ほどに引き続いての御指摘でございます。

 地主の皆さんも、その後の跡地利用に積極的に心を込めて協力していきたいという方ばかりだというのは、私は思いとしてはそのとおりだというふうには認識をしております。ただ、今後の跡地利用施策の展開方策に関する検討委員会ということでの施策での有識者委員からは、先ほど私が紹介したような趣旨の御発言があったことも事実でございます。

 そういう中で、いわゆる原状回復措置の徹底という問題が、今先生が言われたように一つあります。これをいかに確保するか。そして、そのためには事前に立ち入って調査するということをいかにちゃんとするかで計画が進むということと裏返しで、それが長引くと計画が進まないから、せっかく提供しようと思ってもうまくいかないとの御指摘だというふうに思います。

 そういう部分で、いろいろな課題が御要望としては全部リンクしているというのは十分に承知をしておりますので、ただ、幅広い議論がある中でありますので、しっかりとこの部分を踏まえながら、今の御趣旨の思いはしっかり受けとめて、これからも議論をしてまいりたいと思っております。

照屋委員 川端大臣、有識者委員会でそのような意見を述べる委員がおるとすると、私は、そういう人は有識者ではなくて非常識者だ、こういうふうに思います。

 さて、玄葉大臣にお尋ねをします。

 きのうも安保委員会で尋ねましたので、玄葉大臣は、また照屋寛徳か、うるさいやつだなと思っているかもしれませんが、日本には仏の顔も三度までとありますので、きょうは二度目の質問をいたします。

 昨日、玄葉大臣や野田総理、一川防衛大臣は、来日中のパネッタ米国防長官と相次いで会談をしております。きょうの朝刊各紙の報道は、会談において、普天間飛行場の辺野古移設に関する環境アセス評価書を年内に沖縄県へ提出することをアメリカに確約した、あるいは伝達した、あるいは公約したなどとなっております。

 そこで、交渉当事者の玄葉大臣に尋ねますが、パネッタ国防長官にアセス評価書の年内提出を準備すると伝えただけなのか、それ以上の約束を日米間で交わしたのか、明確にお答えください。

玄葉国務大臣 昨日、答弁書には四十分と書いてありますが、五十分ぐらい、パネッタ国防長官と会談を行いました。

 そのときには、日本を取り巻く安全保障環境の厳しさというものを踏まえて、日米同盟の役割が一層重要になっていること、幅広く安保・防衛協力を進めていくことを確認いたしました。

 また、パネッタ長官から、米国は、今後とも、太平洋国家としてアジア太平洋地域における米軍のプレゼンスを維持強化し、地域の平和と安定に貢献する考えであるとの発言がありました。

 そして、普天間飛行場の移設及び在沖縄海兵隊のグアム移転を初めとする在日米軍再編については、日米合意に基づいて着実に進めていくということで一致をいたしました。

 また、宇宙、サイバー、情報保全に関する日米協力、海洋安全保障、中国をめぐる情勢に関し、意見交換をいたしました。

 そして、照屋先生が今お尋ねの環境影響評価書の話でありますけれども、この件については、私は率直に、沖縄の状況は厳しいけれども、年内に環境影響評価書を提出できるよう準備しているということを説明いたしまして、同時に、沖縄の負担軽減に関しての協力を求めたところでございます。それだけであります。

照屋委員 私は、きのうも申し上げましたが、アセス評価書を年内に提出したとしても、もう辺野古は実現不可能であるということを早く日米両政府とも気づいてほしい、そういうことを申し上げておきます。

 玄葉大臣にあと一点は、猛毒のダイオキシンを含む枯れ葉剤が、県内の広範囲の米軍基地で使用され、埋められたとされる問題に全く進展が見られません。

 退役米軍人の証言がある中、当該基地の周辺住民は大変に不安を感じ、この間、多くの市町村議会で解明調査を求める決議が上がっております。あしたから、軍転協が上京して、基地関連の諸問題について要請行動を行うやに聞いております。その中には、新たに、枯れ葉剤問題の調査実施も含まれておるようです。

 外務省は、アメリカ側の言い分をうのみにしないで、主権国家としての矜持を持って、より踏み込んだ調査実施をアメリカに要求すべきであると私は思いますが、大臣の所見をお聞かせください。

玄葉国務大臣 もう先生は御存じでお聞きになっておられると思いますけれども、外務省から米側に対して事実の確認を求めたという経緯がまず一つございます。

 その上で、米側からは、改めて過去の記録を確認しました、当時米軍が枯れ葉剤を沖縄へ持ち込んだことを示す資料は何ら確認できなかったという回答がありました。なお、アメリカ側は、韓国に枯れ葉剤を持ち込んだということは記録としても存在をし、同時に、認めているということであります。また、アメリカ側としては、その報道にある退役軍人の証言は、幾つかの疑問もあるし、信憑性があるとは考えていないという説明があったというふうに承知をしています。

 沖縄県もダイオキシンの調査を毎年行っているというふうにも聞いていますので、そういったこともきちっと踏まえながら、さらに調査が、日本側として、国として必要なのかどうかということは、関係省庁といろいろと相談をしながら、また県によるいろいろな調査なども踏まえながら、判断をしていきたいというふうに考えております。

照屋委員 川端大臣に最後にお尋ねをいたします。

 大臣、南風原町のサマリヤ人病院敷地内で去る九月四日に行われた不発弾処理をめぐり、不発弾行政に関する新たな課題が表面化してまいりました。

 具体的には、高齢な重症患者など避難困難者が出た場合の避難支援のあり方、避難費用の補償や補助が明確になっていないことであります。もとをたどると、国、県、市町村の間で責任の所在が不明確になっている。つまり、不発弾処理について根拠法令が存在しないことが明らかになりました。

 現在、内閣府沖縄担当部局は、住民や事業所に対する避難費用補助のあり方について検討しているようでありますが、私は、抜本的な解決策を講ずる上でも、不発弾処理行政に特化した新たな法整備が必要だと考えます。

 戦争には時効はありません。沖縄は、いまだに不発弾をまくらにして眠っているような状態であります。ぜひ川端大臣の所見をお聞かせください。

川端国務大臣 不発弾処理対策については、戦後処理の一環であるということで国が責任を持つとともに、住民の安全確保の観点から地方公共団体においても責任を持つという考え方に基づいて、今まで国と地方公共団体が協力してまいりました。

 国において、不発弾等の対策は、沖縄関係施設の最重要課題の一つとして、沖縄の特殊事情にかんがみ、国庫補助率のかさ上げ、本土は二分の一でありますが、沖縄は十分の九や、補助対象の拡大など、本土に比べて手厚い支援を実施しておりまして、対策経費としては、二十二年度が約八億円、二十三年度が約十六億円でありますが、二十四年度の概算要求では二十三・五億円という要求を現在しております。

 今御指摘のサマリヤ人病院の敷地内における事例においては、今まで想定をしていなかった、お医者さんの判断では、避難をするということが危険を伴って、重病の患者の皆さんが避難できないという中で不発弾処理をしなければならないという対応を、現地の皆さん、大変御苦労の中でやっていただきました。こういう部分でいろいろな費用が発生いたしましたが、今の仕組みでは全く想定をしていないので出どころがないということでありますので、私も報告を受けまして、やはり、現場で何が起こったか、そしてどうすべきかということをすぐに調べなさいということで、職員を現地に派遣し、町長さんを含めて現場の皆さんとも、今実情を調査したところでございます。

 この調査を踏まえて、どういうことが解決すべき課題であるかというのを明らかにした上で、地元の皆さんの御意見を伺いつつ、対応策を検討してまいりたいと思っております。

照屋委員 終わります。

福井委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後六時散会


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