衆議院

メインへスキップ



第20号 平成13年6月20日(水曜日)

会議録本文へ
平成十三年六月二十日(水曜日)

    午前九時開議

 出席委員

   委員長 保利 耕輔君

   理事 奥谷  通君 理事 塩崎 恭久君

   理事 田村 憲久君 理事 長勢 甚遠君

   理事 佐々木秀典君 理事 野田 佳彦君

   理事 漆原 良夫君 理事 西村 眞悟君

      荒井 広幸君    太田 誠一君

      熊代 昭彦君    左藤  章君

      笹川  堯君    鈴木 恒夫君

      棚橋 泰文君    谷川 和穗君

      西田  司君    松宮  勲君

      山本 明彦君    吉野 正芳君

      渡辺 喜美君    枝野 幸男君

      中村 哲治君    平岡 秀夫君

      細川 律夫君    水島 広子君

      山内  功君    上田  勇君

      藤井 裕久君    木島日出夫君

      瀬古由起子君    植田 至紀君

      徳田 虎雄君

    …………………………………

   法務大臣         森山 眞弓君

   法務副大臣        横内 正明君

   法務大臣政務官      中川 義雄君

   財務大臣政務官      中野  清君

   最高裁判所事務総長    堀籠 幸男君

   最高裁判所事務総局総務局

   長            中山 隆夫君

   最高裁判所事務総局人事局

   長            金築 誠志君

   最高裁判所事務総局刑事局

   長            白木  勇君

   政府参考人

   (司法制度改革審議会事務

   局長)          樋渡 利秋君

   政府参考人

   (総務省自治行政局選挙部

   長)           大竹 邦実君

   政府参考人

   (法務省大臣官房長)   但木 敬一君

   政府参考人

   (法務省大臣官房司法法制

   部長)          房村 精一君

   政府参考人

   (法務省民事局長)    山崎  潮君

   政府参考人

   (法務省刑事局長)    古田 佑紀君

   政府参考人

   (文部科学省高等教育局長

   )            工藤 智規君

   政府参考人

   (環境省大臣官房長)   炭谷  茂君

   参考人

   (司法制度改革審議会会長

   )            佐藤 幸治君

   法務委員会専門員     井上 隆久君

    ―――――――――――――

委員の異動

六月二十日

 辞任         補欠選任

  日野 市朗君     細川 律夫君

  山花 郁夫君     中村 哲治君

  不破 哲三君     瀬古由起子君

同日

 辞任         補欠選任

  中村 哲治君     山花 郁夫君

  細川 律夫君     日野 市朗君

  瀬古由起子君     不破 哲三君

    ―――――――――――――

六月二十日

 国民がより利用しやすい司法の実現のための裁判所の人的・物的充実に関する請願(赤嶺政賢君紹介)(第二九七五号)

 同(石井郁子君紹介)(第二九七六号)

 同(漆原良夫君紹介)(第二九七七号)

 同(小沢和秋君紹介)(第二九七八号)

 同(大幡基夫君紹介)(第二九七九号)

 同(大森猛君紹介)(第二九八〇号)

 同(木島日出夫君紹介)(第二九八一号)

 同(児玉健次君紹介)(第二九八二号)

 同(穀田恵二君紹介)(第二九八三号)

 同(佐々木憲昭君紹介)(第二九八四号)

 同(志位和夫君紹介)(第二九八五号)

 同(塩川鉄也君紹介)(第二九八六号)

 同(瀬古由起子君紹介)(第二九八七号)

 同(中林よし子君紹介)(第二九八八号)

 同(春名直章君紹介)(第二九八九号)

 同(不破哲三君紹介)(第二九九〇号)

 同(藤木洋子君紹介)(第二九九一号)

 同(松本善明君紹介)(第二九九二号)

 同(矢島恒夫君紹介)(第二九九三号)

 同(山口富男君紹介)(第二九九四号)

 同(吉井英勝君紹介)(第二九九五号)

 同(山花郁夫君紹介)(第三一〇〇号)

 定期借家制度の廃止に関する請願(木島日出夫君紹介)(第三〇九八号)

 治安維持法犠牲者国家賠償法の制定に関する請願(赤松広隆君紹介)(第三〇九九号)

は本委員会に付託された。

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 政府参考人出頭要求に関する件

 裁判所の司法行政、法務行政及び検察行政に関する件(司法制度改革に関する諸問題)




このページのトップに戻る

     ――――◇―――――

保利委員長 これより会議を開きます。

 裁判所の司法行政、法務行政及び検察行政に関する件、特に司法制度改革に関する諸問題について調査を進めます。

 この際、お諮りいたします。

 各件調査のため、本日、政府参考人として司法制度改革審議会事務局長樋渡利秋君、総務省自治行政局選挙部長大竹邦実君、法務省大臣官房長但木敬一君、法務省大臣官房司法法制部長房村精一君、法務省民事局長山崎潮君、法務省刑事局長古田佑紀君、文部科学省高等教育局長工藤智規君及び環境省大臣官房長炭谷茂君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

保利委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

保利委員長 次に、お諮りいたします。

 本日、最高裁判所堀籠事務総長、中山総務局長、金築人事局長及び白木刑事局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

保利委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

保利委員長 本日は、司法制度改革審議会会長佐藤幸治君に参考人として御出席をいただいております。

 参考人には、御多用中のところ御出席いただきまして、まことにありがとうございました。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。左藤章君。

左藤委員 おはようございます。自由民主党の左藤章でございます。

 ちょうど今度の改革審議会の件で質問をさせていただきたいと思います。

 日本の司法制度というのは、もう歴史的に百年になります。司法制度の改革について、ちょうど二年前、小渕内閣のときに、抜本的な制度改革がないままの現状をどのように改革が必要か調査審議する司法制度改革審議会が発足しました。本年の五月九日、衆議院の本会議において小泉総理も、「我が国社会を自由で活力のある健全なものとしていくため、行政改革を初めとする諸改革を推進し、明確なルールと自己責任原則に貫かれた事後チェック・救済型社会への転換を図っていく上で」「国民の権利、利益の救済を図る司法の機能を充実強化していくことが不可欠」であり、「司法制度改革は、行政改革を初めとする構造改革を進めていく上で不可欠な重要課題であります。」という御答弁をなされております。これらの二年間の流れのもとで、六月十二日、すばらしい最終意見書が完成しました。佐藤会長を初め審議会のメンバーの方々には、本当にこの御労苦に対して敬意を表したいと思います。

 それで、まず質問させていただきたいのですが、その中で、行政訴訟法の件がございます。「司法の行政に対するチェック機能の強化」として、「訴訟法の見直しを含めた行政に対する司法審査の在り方に関して、「法の支配」の基本理念の下に、司法及び行政の役割を見据えた総合的多角的な検討を行う必要がある。」こういう意見書がございます。

 行政訴訟は、国、地方団体の判断の安定性を重視する視点から、原告となる条件が、今までは厳しく設定されたと思うわけであります。と申しますのは、五件に一件は審査開始の前に門前払いになっているという事実がございます。しかし逆に、要件の緩和によって行政訴訟が活性化し、行政チェックもできるということも考えられるわけであります。

 こういう二点の面、今までですと、行き過ぎても困りますし、かといって門前払いも困るということでございますので、この辺の観点でどのようなお考えでございますか、御意見を聞かせていただきたいと思います。

佐藤参考人 佐藤でございます。

 先ほど小渕総理の、前の総理のお話も御紹介されましたけれども、皆様の御支援によりまして何とか答申を取りまとめることができましたことを厚く御礼申し上げます。

 ただいまの御質問でございますけれども、行政に対する司法のチェック機能の問題は、私ども、非常に大きな関心の一つでございました。これは御承知のように、政治の活性化と行政の法律の厳正な執行ということが行政改革の一つのテーマでございまして、私どももそれを受けて、行政に対する司法のチェックのあり方に対して、ヒアリングを行ったりしまして、いろいろ検討をいたしました。

 それで、やはりチェック機能を強化する必要がある。そして、従来の我が国の行政訴訟制度は、やはりやや行政の判断を優先し過ぎている面もあるのではないか。それから、御指摘のように原告適格とか訴えの利益とか等々さまざまな問題について、この機会にやはり見直す必要があるだろうということで、その点については審議会の皆さんの認識は一致したというように思います。

 ただ、具体的に今の訴訟制度をどのように直していくのか。この点についてはさまざまな、先ほども御指摘のように、行政の観点も重要でありますが、国民の権利の保護の観点とのバランスをとりながら適正な内容を得るためには、これは専門的にさらに御検討いただく必要があるということで、推進体制の方でその辺を十分受けとめていただいて、検討いただけるようにということを求めたところでありまして、私どもの報告の三十九ページから四十ページにかけて、その辺の趣旨のことを指摘しているところであります。御指摘のとおりかというように思っております。

左藤委員 やはり開かれた行政、またそれをチェックするという国民の権利もありますから、その辺、行き過ぎると行政側が非常にやりにくくなりますし、また不透明なものも困るということで、これからの審議も十分我々も頑張ってやりたい、このように思いますので、また佐藤参考人を初め委員の御協力も賜りたいと思います。

 その次に、実は法務関係、司法関係の定員というのが非常に大きな問題になっております。ちょうど行政改革で、十年間で一〇%の人をカットする、こういう話が出ておりますけれども、やはり今の裁判の敏速性、それから国民にとっては非常にわかりやすいとかいう面におきますと、やはり法曹関係の増員が必要じゃないかな、このように思うわけであります。

 特に、今から行政改革をして規制緩和をする、それから、今申し上げた事後監視とか救済型社会への転換を図っていくためには、より司法の、質量ともに人的、制度的整備の拡充が必要じゃないかなと思われるわけであります。

 新しい時代になりますと、国民のニーズも、多様な法的サービス、専門的、先端的分野の事件を含め適正かつ敏速な裁判に転換し、法による行政を徹底するためには、先ほど申し上げた司法関係者、関係者以外の職員、例えば裁判所の職員とか検察官の事務官とか、そういう人たちも含めての増員が必要だと思います。それに、最近、オウムの地下鉄サリン事件の記事が出ておりましたけれども、初公判から実はもう六年目に入ります。また、恥ずかしい話ですが、友部参議院議員の失職まで四年と四カ月、決定するまでかかっています。こういうことを考えると、やはり敏速にしたいというのが我々の思いであります。

 二〇一〇年には新規司法試験の合格者が三千人ということを言われております。また、二〇一八年にフランス並みに法曹人口を五万人にとどめるということであります。この中で、そういうことになりますと、裁判官と検察官の割合というか、みんな弁護士になって任官をしないんじゃないかというおそれがあります。これは、もちろん裁判官とか検察官の定員という問題もあるかと思いますけれども、理想的にはこの三者の割合はどのように考えているのか。

 また逆に、ちょっと失礼な話ですが、裁判官、検察官の待遇といいますか、弁護士さんから見れば非常に低過ぎるんじゃないか、このような問題もあります。この辺についてはどのようにお考えになっておられるか、ひとつお答えをお願い申し上げたいと思います。

佐藤参考人 お答えいたします。

 今までの日本の統治体系の特徴として、やはり行政主導、行政が非常に大きな役割を果たし、司法が、言ってはなんですけれども、小さなわき役といいますか、そういう形でこれまでの日本の統治体系はあったというように思います。しかしながら、行政改革で国家の減量をやる、地方分権とか規制改革によって国家の減量をやる、そして同時に、それはとりもなおさず、個人、社会の自立的なそういう生活を助長していかなければいけないという面を持っていると思います。

 それで、減量という観点から、御承知のように、国家公務員については、数を減らすことによって仕事を減らそうという面もあったわけです。なぜ一〇%の削減なのかということについてはいろいろ議論がありますけれども、とりあえず数を減らすことによって国が抱えている仕事を減らしていこう、そういう面もあったかと思うわけであります。

 しかし、平成九年の十二月に出しました行政改革会議の最終報告では、一方、国の行政の減量を図るとともに、それと見合った形で個人、社会の自立性を助長するために法の支配を拡充する必要があり、司法の人的基盤、制度的基盤を拡充する必要があるということを同時に強調しているわけであります。

 私ども審議会は、その趣旨を受けまして、司法を大きくする、拡大するということは行政改革と決して矛盾するものではなくて、むしろ行政改革を成功させるために司法を大きくする必要があるという考え方で審議してまいりました。それで、そうした司法を大きくするということは、その制度を支える法曹人口を質、量ともに豊かにしなければならないという観点から取り組んでまいりました。

 先ほど、最後の方でお尋ねになりました、弁護士のみがふえて検察官、裁判官はどうなるのかという御指摘でございますけれども、よき裁判官、よき検察官を得るためには、母体が大きくある必要があります。そして、その弁護士が国民の生活のさまざまなところで活躍してさまざまな国民の声に接触する、そういう人たちがふえる中で、すぐれた人たちが裁判官になり、あるいは検察官になっていただく必要があるということで、法曹人口全体をふやし、その中に主として弁護士がふえてくることになりますけれども、それを基盤にして、よき裁判官、よき検察官を得ようという考え方でございます。

 では、どのぐらいの検察官、裁判官が必要なのかということになりますけれども、私どもは最初から大幅な増員が必要だということを申して、最初からそういうように考えてまいりましたけれども、具体的にどの程度ということにつきましては、私どものこの最終意見書の五十九ページのところに、最高裁判所から五百人程度十年間というような御指摘があり、事件がふえてくればもっと必要だということでありましたし、検察官につきましては、六十ページのところに一千名程度というようにございますけれども、これはそれぞれのお立場のお考えであろうというように思いますが、相当大幅な増員が必要であるということについては審議会としては皆さん全く一致した見解でございます。

 それについては、財政的にいろいろな問題がありましょうけれども、さっき最初に申しましたように、司法を拡充し大きくしていくためには、ぜひこれは国として取り組んで実現していただきたいというように考えている次第です。

左藤委員 よくわかりました。

 次に、意見書でロースクールの話が出ております。法学部のみならず、経済、理学、医学部の分野の人、社会人も幅広く受け入れて、実務専攻型の高度な専門教育を行うということになっておりますが、やはり国民に信頼されるには国民と同じ視点の法曹界の人が出なきゃならないと思います。そのためには、幅広い社会経験をして、健全な常識、倫理観に裏づけられたバランス感覚を身につけてから裁判官なりまた検察官に任官されるのが理想じゃないかなと思います。一般社会の経験、例えば弁護士事務所とか一般会社に勤めるとか、また中央官庁に勤めるとか、こういう話でありますが、これに対して、我々はいろいろな話が出たんですけれども、明確に何年とかどのくらいというのは出ておりませんけれども、これについてはどのようにお考えでしょうか。

佐藤参考人 今の御指摘の点はさまざまな面があるかと思いますけれども、御承知のように、裁判所法は裁判官の任用について多元性、多様性ということをもともと求めている趣旨かというように理解しておりますが、それはなかなかこれまで実現していなかった面もあります。

 それで、審議会としては、いわゆる弁護士任官、そういうものをぜひ促進してほしいということとともに、事実上これまで判事補が主要な給源であったということ、そしてそれは直ちに今その現実を無視するわけにはいかないという前提に立ってでありますけれども、判事補の皆さんに相当長期にわたって裁判官の身分を離れて裁判官職以外の多様な法律家としての経験を踏んでいただきたいということを求めたわけであります。

 その相当長期の期間ということですけれども、五年ぐらい必要じゃないかという説もあれば、いや一年、二年ぐらいでいいんじゃないかという、いろいろ主張がございましたけれども、最終意見書としては、相当長期にわたる期間ということでありますから、その点は、はっきり数字を出しておりませんけれども、御賢察いただきたいというように思います。

左藤委員 ありがとうございました。

 時間がありませんので、一つお願いだけをしておきたいと思います。

 実は、裁判官とか検察官、これはいろいろあちこち転勤をします。私の見る限り、地方へ行ったらずっと地方ばっかり回っているような気がして、何かそういう裁判官の方、検察官の方がやる気がなくなってしまうんじゃないかということがあります。もちろん、人事ですから、評価基準の明確化とか透明性というのを確保しながらやっていると思いますけれども、いろいろなことを考えながらひとつ対処をしていただければありがたいな、これは私の思い過ごしかもしれませんが、一つお願いをして質問を終わらせていただきたいと思います。

 どうもありがとうございました。

保利委員長 次に、山本明彦君。

山本(明)委員 自由民主党の山本明彦です。

 まず、佐藤参考人にお伺いしたいと思いますけれども、小泉総理の人気がどこにあるかといいますと、大変わかりやすい、こういう点ではないかなというふうに思います。恐れず、ひるまず、とらわれず、痛みを伴う構造改革、非常にだれが聞いてもわかりますし、なるほどなという内容だ、そんなふうに思います。

 この司法制度改革でありますけれども、やはり我々、司法制度と聞いただけで、何となくもう縁が薄いというか、国民にはなじみの薄い、そんな感じがするわけでありますけれども、佐藤参考人はこの今回の司法制度改革で何を訴えたいか、キャッチフレーズ、わかりやすい一言でこれだという言葉がありましたら、ぜひお聞かせをいただきたいというふうに思います。

佐藤参考人 大変難しい御質問でございますけれども、あえて言えば、国民の司法ということかと思います。

 これは行政改革、私は行政改革に関係したものですから、ついそちらの連想になるんですけれども、行政改革の一つの考え方は、今まで、国民と国会が政治として、内閣を行政機関の方にやっておった。それを、行政改革というのは国民、国会、内閣を一体的にとらえて政治というように観念しようと。そして、情報公開法が御承知のように四月一日から成立しました。そういう考え方、内閣のあり方、それから情報公開が、今までは、よらしむべし知らしむべからずというような考え方で来たのが、ここで大転換したわけですね。

 これをとらえて、統治者、お上としての政府から、やっとこれで、これからは、本気に国民が取り組むならば、国民の政府、国民に仕える政府というものが実現できるんじゃないかというように評価していただいたことがあります。

 それのあれでいえば、司法も今までは小さな司法でわき役で、お説のように、少し国民から遠いところにいたものを、国民に役に立つんだ、身近にある役に立つ司法だ、そういう意味で、キャッチフレーズになっているのかどうかわかりませんけれども、国民の司法、国民のための司法ということにしたいという願いでございます。

山本(明)委員 ありがとうございました。

 国民のための司法ということであります。その国民のための司法をこれから法制化していくわけでありますけれども、森山大臣におかれましては、今回の意見書を受けて、どのような決意であるか、お伺いをしたいと思います。

森山国務大臣 さきに閣議で決定されましたように、政府といたしまして、この司法制度改革審議会の意見を最大限に尊重いたしまして、司法制度改革の実現に取り組むということとしております。

 内閣の一員として、また司法制度を所管する法務省の責任者といたしまして、この審議会の意見を真剣かつ積極的に受けとめまして、その実現に向け全力で取り組んでまいりたいと考えております。

山本(明)委員 しっかりと全力でやっていただきたいと思います。

 それで、今、国民に身近な司法ということでありますけれども、国民にとって最も縁が薄い、縁遠いと思われておる最高裁としては、これを受けまして、どのように受けとめておられるか、お伺いをしたいと思います。

堀籠最高裁判所長官代理者 司法制度改革審議会の意見書は、多角的かつ精力的な調査審議に基づいて、我が国の司法制度のあり方について大きな方向性を示すものでありまして、より利用しやすい司法、より信頼される司法を築いていくために大きな意義があると考えております。

 裁判所といたしましても、審議会の意見を尊重し、二十一世紀にふさわしい司法の実現に向けて努力してまいりたいと考えているところでございます。

山本(明)委員 先ほど佐藤参考人から、国民の役に立つ身近な司法というお話がありました。

 それで、参考人にお伺いしたいんですけれども、いわゆる国民に開かれた、国民参加ということで、今度、裁判員という制度が考えられておりますけれども、中身を見ておりますと、国民の無作為抽出、出頭義務もある、断ることができない、裁判の対象事件は重大事件、このように意見書の中に書いてあります。

 今まで、私ども日本国民というのは、大体、江戸時代のお白州の時代からずっと裁かれてきておったわけでありますけれども、その一国民が突然裁く側に回った。しかも、重大事件でございますから、死刑判決だとか、そんな判決もあり得る。果たして一国民がそんな判決を決意できるだろうか。あんたは死刑ですということが言えるだろうか。そういった意味では、精神的なプレッシャーというのは大変大きいというふうに思います。

 そしてまた、今、大変不景気でありますけれども、この不景気な時代、あしたの金策はどうか、手形が落ちるだろうかというような中小企業の社長もたくさんあるわけですし、夫婦げんかが絶えない、いつ離婚するかわからない、そんなときに、おまえ、裁判に行けよと。人のことどころじゃないわけですよ。やはり自分の方が大事でありますから。そういった意味で、そうした人に、断ることができないというのはちょっと酷じゃないかな、そんな感じがするわけです。

 そうした精神的なプレッシャー、肉体的な重圧、いろいろな気持ちが国民の中にはあると思うんですけれども、国民の負担というんですか、そうしたことに対して、参考人はどのように考えてこういう義務をつけたりされたのか、無作為抽出ということですね、ちょっとお伺いをしたいと思います。

佐藤参考人 これもなかなか難しい問題でありますけれども、御承知のように、司法が国民のものということになりますと、やはり司法も国民で支えていただかなければいけないということが基本的にあると思います。今までは遠いところにいたから、国民はちょっともう別の世界というように思っていたのかもしれませんけれども、国民の身近な司法ということになりますと、やはり国民が理解し、国民主権のもとですから、支えなければならない。

 それで、外国、日本以外のいわゆる欧米先進国では、多かれ少なかれ参審制とか陪審制の形で導入して、日本だけが直接的なこういう制度がなかったわけであります。

 御指摘のように、日本の国民性というようなことをいいますと、昭和三年でございましたか、和辻哲郎が「風土」の中で、日本の国民は、自分自身、家族がやられるときは一生懸命反撃するけれども、それ以外は我関せず、これが議院内閣制もうまくいかない理由なんじゃないかというような御指摘がございましたけれども、そういう面は確かに一面あったかもしれません。

 けれども、じゃ、日本の国民は、公のものについて、公共的なものについておよそ関心がなかったかというと、またやれないかというとそんなこともないので、例えば検察審査会については、この裁判員制度とは違いましょうけれども、立派に機能しているところはある。あるいは、沖縄もかつての米軍の施政下において陪審制ということをやったこともあります。ですから、その気になれば、十分日本の国民がたえ得ることではないかというように思うわけであります。

 確かに御負担をおかけすることになりますけれども、国民の司法それから日本の社会秩序を維持していくのは、人様が維持してくれるのではなくて、国民みずからが関与する中で、これからの国際化の中で社会秩序を維持していくという課題を遂行していかなければならない。その点はぜひとも国民の皆さんに御理解いただきたい。みんなで公共性を支えるんだという点をぜひとも御理解いただきたいというように思っている次第です。

山本(明)委員 何にもなければ参加すればいいと思いますけれども、やはりそうした、本当に身近にいろいろな問題を抱えておる国民も多い。

 なるほど、国民参加というのは大変いいことでありますから、大体聞けば、ああいいことですねという返事があると思いますけれども、さて、それが自分の身にかかってくると、えっ、おれが行かにゃいかぬのというのはやはり大変なプレッシャーだと思いますので、ぜひその辺もお考えいただきたいということで、ここで法務大臣にちょっとお伺いしたいんです。

 政府声明で、今回の意見書を十分尊重するというふうに声明をされておるようでありますけれども、変えてはいけないということではないわけでありますので、法務大臣として、中間的というんですか、自民党の案にもあったと思いますけれども、参加する人を、一般国民の無作為ということではなくて、有識者とか知識人とか、ある程度範囲を狭めておいて、できそうな人と言うとおかしいんですけれども、そういう人をその都度何らかの機関で指名する、そんな方法もあるかと思うんです。私はその方が現実的ではないかなと思うんですけれども、法務大臣の御意見をお伺いしたいと思います。

森山国務大臣 裁判員制度の具体的な内容につきましては今後検討していくことになりますが、今おっしゃいましたような選任の方法についてもいろいろな御意見があるということを承知しております。

 今後、裁判員制度の具体的な制度設計をする中で、いろいろな御意見があることを留意しながら、国民が期待し求めている刑事司法の使命を果たすという観点から十分に検討することが必要であると考えております。

山本(明)委員 ぜひ慎重な御検討をお願いしたいと思います。

 次に、法科大学院のことについてお伺いをしたいというふうに思います。

 今、法律科を有する大学というのが九十三校あるそうでありまして、卒業生が四万人ぐらいあるそうであります。司法試験の受験者というのは三万人ぐらい、ことしはたしか受けておるというふうに思いますけれども、それで千人合格ということであります。

 この法科大学院の性格でありますけれども、佐藤参考人にお伺いしたいのです。我々はちょっと感覚的によくわからないのですけれども、恐らく法学部のある大学というのは、この大学院をつくらなければ一人前の法律科を有する大学でないというふうに思われてはいけないということで、どうしてもつくりたいと思うと思います。ほかにも、複数の大学が連合して設置するものとか、全く新たに設置することができるらしいのですけれども、そうするとまた、生徒も減少時期でありますから、何とかこの大学院をつくりたいという大学がたくさん出てくるのではないかな、逆に過剰になってしまうのではないか、そんな感じもするわけであります。まあ、審査が厳しいのかもわかりません、ちょっと予想はつかないのですけれども。

 大体どれぐらいの大学ができて、どれぐらいの定員が想像されるのか、また、どんな大学を佐藤参考人はイメージをしてこの法科大学院というものの設置を考えられたのか、そこら辺をお伺いしたいと思いますし、やはり、これから千人が三千人になると書いてありました。そうすると、やはり法曹人が絶対必要だと先ほど言われましたけれども、今まで一番から千番まで入れた、これが一番から三千番まで入るということは、それだけレベルが下がる、簡単に言えばそう言ってもいいというふうに思います。

 まあ、余り成績のいい人ばかりよりも、成績の悪い人の方が一般の国民に近い感覚でありますから、裁判官としてはその方がいいかもわからぬな。ここにおみえになる皆さん方は優秀な方ばかりでありますから、もう少し優秀でない人の方がいいかもわかりませんけれども、そんなことも含めて、大学の性格と質の低下について、佐藤参考人からお伺いをしたいと思います。

佐藤参考人 委員長、先ほどの質問にちょっと補足してよろしゅうございますか。

保利委員長 どうぞ。

佐藤参考人 無作為の抽出の問題でありますけれども、私どもも、確かにお説のような考え方も検討いたしました。けれども、選び方が難しい、どういう人をどういう基準で選ぶのか。それよりも一般の国民から御負担いただいた方がいいんじゃないかということで、最終意見のような形になったということを一点申し上げたいことと、これは最終意見に何も書いておりませんけれども、審議の過程で、例えば、一回選ばれたときどのぐらいの負担になるのかということで、レポーター、専門で報告していただいた方から、こういうことも考えられるのではないかという御紹介をいただいたのですけれども、否認事件ですと五日から十日ぐらい、自白事件ですと二日から五日ぐらいで、まあ、連日開廷という形になるんでしょうから、というぐらいでいいのではないか。それははっきりした根拠があってのあれではありませんけれども、そんなことも考えられるという紹介があったということを、ここで御紹介しておきます。

 それから、ただいまの御質問でございますけれども、今までの選び方というのは、言ってみれば試験一発主義といいますか、それはある意味では公平なんですけれども、一遍の試験だけで物を決めるということに伴ういろいろな問題があるのではないか。ちょうど中国の科挙の制度がはらんでおったような弊害もあるのではないかということで、この一発試験ということから脱却して、法曹をプロととらえて、プロとして養成する、そのためにはいかにあるべきかということを考えました。

 やはり大学、学部の時代というのは自己発見、学問に触れて、自分がいかに生くべきか、そういう観点で学部の時代を過ごしていただいて、そしてその中で自分は法曹になりたいという人が法科大学院に進んでいただいて、法曹としての教育、これはこの場は考え方です、考え方を鍛える場です。何か公式があってそれを覚えてもらうとか、何か正解があってというよりも、むしろ、これは私の好きな言葉で、英語で、マッドリングスルーというイギリスの言葉があります、泥んこの中でこざきながら何か間違わない方向を目指していく。まさにアメリカやイギリスの法曹教育というのはそういう教育をやっているのです。グローバル化の中で、簡単な正解のない時代です。そこで考え方を鍛える、そういう場として、法曹をそういう形で養成するということが必要ではないかということで、こういう考え方に行き着いたわけであります。

 それで、ではどのぐらいの、どういう法科大学ができてくるかということでありますけれども、これはよくわかりません、どのぐらい立ち上がってきますか。けれども、現在の状況を見てみますと、相当関心が強いようでありまして、相当程度が手を挙げていただけるのではないかと思っております。

 ただ、先ほど申し上げたように、今度はプロとしての法曹を養成するところですから、やはり一定の基準、内容、教育スタッフやカリキュラムを整えていただかなければいけません。これは基本的には各法科大学院の自主性に任せますけれども、一定の基準は満たしていただかなければならない。そのために第三者評価機関をつくって、絶えずそれを評価していただく。それでまた、その評価にふさわしいところが法科大学院として立ち上がっていただく。

 そして、法科大学院は少人数教育ですから、五十人、百人あるいは二百人、多くてもあるいは三百人ぐらいかもしれません、それは確信はございませんけれども、そういう定員でありますので、やはり相当数の法科大学院が立ち上がっていただく必要があります。そしてまた、地域的にバランスをとるように考える必要もあるかと思います。

 これを進めるについてはいろいろな課題があるかと思いますので、ぜひともその辺、御賢察いただいて、サポートしていただきたいというように願っております。

山本(明)委員 終わります。

保利委員長 次に、漆原良夫君。

漆原委員 公明党の漆原でございます。

 まず、法曹人口の拡大についてお尋ねしたいのですが、意見書では、法曹人口を二万人から五万人にする、目指すということが書いてありまして、法曹人口の拡大そのものは、私は大変喜ばしいことだなと思っております。弁護士が爆発的にふえるだろうなと思っておりますが、二十一世紀の社会の法曹の姿として、弁護士が爆発的にふえるようなこの姿に対して、光も影もあると思うのですが、まず法務大臣の御感想をお聞きしたいと思います。

森山国務大臣 法曹人口の大幅な拡大ということは、国民の法曹へのアクセスを拡充することになると思いますし、先ほどお話が出ました、国民に身近で親しみやすい法曹ということに貢献すると存じます。

 そして、弁護士事務所の法人化も、先日御審議いただいて成立させていただきまして、弁護士法の改正ができました。そのような基盤整備と相まちまして、法律サービスの質の向上をもたらしまして、少額事件等の国民に身近な事件から複雑困難で専門性の高い大規模な法的紛争に至るまで、多様化する法的需要に的確にこたえることを可能にすると考えております。

 また、法曹がみずからの公益的責務を自覚していただいて、公的機関、国際機関、民間企業、非営利団体などさまざまな分野にその活動領域を拡大し、法律家としての求められる役割を果たしていくということも期待されるのではないでしょうか。

 これらによりまして、二十一世紀におきましては、地域を問わず、さまざまな分野において、国民がすべからく必要なときに直ちに法曹による質の高い法律サービスの提供を受けることができる、真の意味で法の支配の行き渡った社会が実現されるものと期待しております。

漆原委員 それでは、佐藤参考人にお伺いします。

 平成九年の段階で法曹人口は約二万人だ、六千三百人に一人。平成三十年には五万人にもっていきたい、目指したい、二千四百人に一人というふうに書いてあるのですが、法科大学院構想も含めて三千人くらいの合格者は出したいんだという話になっていますね。平成三十年五万人の法曹というのは一体どんな根拠から、日本が五万人の法曹が必要なのだと算出された根拠はどんなものか、お尋ねしたいと思います。

佐藤参考人 明確な根拠といいますとこれはなかなか難しゅうございます。けれども、これは大体御異論ないところかと思いますけれども、今の司法が小さ過ぎるということについてはほぼコンセンサスがあるのではないかという気もするわけであります。先ほど申し上げたように、そこは御異論があるとしても、行政改革や政治改革、日本の統治体系を変えていく中で、ぜひとも司法のプレゼンスを高めなければいけない。

 それともう一つ大事な点は、グローバル化の視点です。御承知のように、WTOという、法的サービスの自由化という問題も目先にあるわけでありまして、外国の法律事務所などが日本に法的サービス、日本の国民は法的サービスが少なくて困るでしょう、助けましょうというような雰囲気も、世界の大きな法律事務所というのは持っているわけであります。日本の国内、国外の事情を考えますと、司法を大きくし、法曹人口をふやしていくというのはまさに喫緊の課題だというように考えております。

 それが一つ大きな状況としてありますが、もう一つ、ずっと五百人で二十何年間やってきて、そして今やっと千人になったわけですが、千人になることによって、例えば地方に、若い人たちが公設事務所や何かに行ったときに、皆さんが見えるのをお待ちしておりましたという声がある。それから、私ども、昨年浜田に視察に参りましたけれども、そのときに、公設事務所に京都の弁護士がお一人いらっしゃって、お話を伺いますと、物すごく忙しい、大変忙しい、いろいろな需要がありますということでございます。

 ですから、根拠はと、明確にと言われますとそれはなかなか難しゅうございますけれども、今申しましたような一端を見ても、国民の法的サービスに対する需要は非常に大きい。法的サービスを満たすためにはそれに見合う法曹人口を緊急に用意する必要があります。その願いが、三千人の合格者を二〇一〇年に、そして二〇一八年には五万人ぐらいに持っていきたいということで、これは本当に実現できるか、することを願っておりますけれども、願いとして掲げております。

 ちなみに、国際比較を見ましても、最終意見の五十七ページに記してございますが、法曹人口、一人当たりの人口として、アメリカが二百九十人というのが一方の極にあるとすれば、しかし、イギリス、ドイツなどは七百名前後であります。そしてフランスでさえ千六百人ぐらい。ところが、我が国は六千人、一人について六千人以上であります。

 こういうことから見ても、従来の、司法が小さくて済んだときはまあこれでもよかったのかもしれません、行政主導でやってきたときは。しかし、そうでない状況に入るときに、明らかに今の状況では少な過ぎるし、そしてふやすについては相当覚悟を決めて、できるだけ早急に実現するようにしないと、なかなかこの我々の直面している課題に対応するのは難しいだろうというように考えて、こういうことを最終意見書に盛り込んだわけであります。

漆原委員 ありがとうございました。

 今アメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの例もお話しいただいたわけなのですが、日本だと、司法書士、行政書士とかあるいは税理士とか弁理士とか、関連職種があるわけなのですが、今おっしゃったアメリカ、イギリス、ドイツ、フランスの法曹の数の中には、日本で言うところの弁理士さんあるいは税理士さん、こういうものは入っていないというふうに理解してよろしいのでしょうか。

佐藤参考人 外国のことについてはつまびらかにいたしませんけれども、例えばアメリカですと、パテントアトーニーといって、パテントと弁護士、両方ちゃんと資格を持ってやっている人たち、まさにアトーニーなのですね。そういうことでありまして、日本と少し事情が違うところがあるかというように思いますけれども、この最終意見書に申しているのは、本来の法曹としてのトレーニングを受けた人たちをどうするかということで考えているわけです。法曹としての教育を受けて、法曹としての資格を受けた人。

 では、それだけで、せっかく隣接業種、こういうものがあるのにどうなのかという話が、もちろんそういう考え方もございまして、私どももそれは、隣接業種として法律事務についてお助けいただけるべきところはお助けいただこうという考え方でおります。けれども、本来の法曹というのは、法曹として、プロとして教育し、そういう人たちをどのくらい必要か、そういう観点から考えているということを申し上げておきたいと思います。

漆原委員 アメリカの例で二百九十人、それからイギリス七百十人、ドイツもそうだというふうにおっしゃったからお尋ねしているのですが、海外と比較して日本は法曹人口が少な過ぎると言う場合に、必ず人口との比率が出るのですね。そこで私がお聞きしたわけなのです。

 要するに、国民のリーガルサービスには、何も弁護士だけではなくて、先ほど申しました、税理士さん、弁理士さん、司法書士さん、行政書士さんという方が、もうたくさんの方が法的なサービスをしているわけですね。ですから、数で比較するのであれば、その辺もちゃんと考慮して、入っているのか入っていないのか、明確にすべきではないのでしょうか。

 法務省、これをつかんでいらっしゃるのかどうか、もしつかんでいれば教えていただきたい。

房村政府参考人 この改革審議会でまとめております数字は、いわゆる法律家、日本で言えば、弁護士、検事、裁判官というものに相当するものでございます。

 ちなみにアメリカでは、先ほど会長からも申し上げましたように、パテントアトーニーという、弁護士であり、かつ特許を専門にする法律家もいますが、そのほか、日本の弁理士に相当するパテントエージェントというものもございます。

 そのような隣接職種については、この審議会の審議の過程では、数字としては特に取り上げていないと承知しております。

漆原委員 平成三十年までにあと三万人、法曹人口がふえる。その場合に、裁判所は五百人程度でよろしいと言っている。検察官は千人程度の増員でよろしいと言っている。三万人のうち千五百人が裁判官と検察官になって、あと全部、弁護士になるという、こんな数になるわけですね。

 あと十何年後なのですが、それだけ弁護士の数をふやして、本当にニーズがあるのかなという心配を実は私はしておるのです。仕事のない弁護士だとか、仕事がなくてぶらぶらしている弁護士なんてちょっと考えられませんで、また、仕事もないと、人間、ろくなことをしないわけであります。だから、公設事務所という話もありましたが、公設事務所をたくさんつくっていただいて、そこに弁護士が行くようになればいいのかなと思ったりするのです。企業の方でも法務弁護士が欲しいと言うけれども、それだけたくさんの数ではないのではないのかなというふうに私は思うのですね。

 ですから本当に、弁護士がこんなにいっぱいふえるということを、仕事があるかないかという観点で、私は危惧の念をどうしても禁じ得ないのですが、参考人、この辺についてはどんな意見が審議会の中であったのでしょうか。

佐藤参考人 需要ということを考えたときに、今の需要を前提に、今の状況を前提に考えるのか、やはり日本の社会がはらんでいる潜在的な需要ということをどう考えるのかという問題があるかと思います。

 そして、私どものこの最終意見書の根底にある考え方は、法の支配の血肉化、血となり肉となるというようにしようということであります。法の支配が血肉化していくためには、法曹が国民の身近にいていただく必要がある。それは、身近にいるというのは、例えば、法曹の資格を持った人が自治体の職員になる、あるいは国家公務員になる、あるいは企業に行く、あるいはNPOやNGOや、いろいろなところで活動をする、そういう形になっていただくことによって、法曹があまねくいろいろな方面に浸透することによって、法の支配というものが我が国の血となり肉となっていくのではないかという考え方が、多かれ少なかれ、審議会の委員の皆さんの考え方の根底にあった。

 そして、需要というものも、さっき御指摘のことでありますけれども、私どもの審議会の求められている課題は、二十一世紀日本社会にあるべき司法というものを考えろということでございまして、そういう観点から考えて、このぐらいは必要であろうというように結論に至ったということであります。

漆原委員 確かに、従来の弁護士の業務というのは、訴訟事件を中心にして、裁判所で訴訟代理を行うということがほぼ九割近くの弁護士の業務だったんですね。それが、今おっしゃったように、訴訟だけではなくて、もっといろいろなところに、広範なところに弁護士が出ていって活躍する社会というのを目指すんだというふうに理解させていただきたいと私は思うし、実際、これだけふえるとそうしなきゃならぬのだろうな、むしろ、訴訟事件中心では食っていけないなということになって、双方の必要性からうまくいくのかなと思ったりしているんです。

 それでは、最高裁と法務省にお尋ねしたいんですが、裁判所は十年間に五百名の増員をしたい、法務省は、検察官は千名程度を増員したい、これは、どんな見通しでこういうふうな数になっているのか、最高裁、法務省にお尋ねします。

中山最高裁判所長官代理者 お答えいたします。

 法曹人口が今委員御指摘のとおり今後大幅に増加するということになりますと、裁判所への事件は相当ふえてくるでありましょうし、審議会の方から最終意見にも書かれておりますように、今後、これまで以上により適正、迅速な裁判が求められ、あるいは、複雑困難化、専門化してきている事件への対処も必要であるということになりますれば、裁判官の大幅増員はこれまで以上にまた必要であるということになろうと考えております。

 五百人ということを今御質問いただいたわけでありますが、これはあくまでも、今後の法曹人口増による事件増というものはひとつ横に置きまして、と申しますのも、どのくらい事件がふえてくるかというのは、これはなかなか見通しが立てにくいものでございますから、仮に現在の事件数のまま推移したという仮定のもとで、審議会の最終意見におこたえするだけに裁判官がどれだけ必要かというものをシミュレーションいたしました。

 民事裁判を例にとって申し上げますと、実質的に争いのある事件、これは証人等を調べる事件でありますけれども、その平均審理期間が二十・三カ月であります。これを何とか、平均的な審理期間を一年にしてみたい。また、複雑困難化する事件に対応するためにも、合議事件の比率を高めていきたい。そうするためには、簡単に申し上げますと、今の裁判官の手持ち件数を相当減らさなければならない。そういうようなことを前提に、裁判官の一週間の生活というものを全部当てはめをし、事件にどんなふうにかかわり合っていくか、運営していくかということを、現場の裁判官の意見も聞きつつ、細かくシミュレーションいたしました。それをすべての事件に当てはめて計算してみましたところ、そういった目標を達するのに、現在の事件数を前提とし、五百人でいけるということになったわけでございます。

 ただし、これも、裁判官だけがふえればいいということではございませんで、もとより、審議会が打ち出された計画審理等の諸施策、手続の改正、さらには弁護士増に基づく弁護士代理人による事前準備のますますの活性化、充実化、こういったものが当然の前提になるものでございます。

 以上でございます。

但木政府参考人 最高裁からお答えがありましたように、将来予測というのは非常に難しいものであります。法務省といたしましては、社会が大きく変化していく、それから司法の役割が大きく変化していく、これをやはり前提に考えております。

 例えば、これまで企業というのは、言ってみれば経営者と従業員のものでありましたけれども、公的資金が導入されて以来、やはり経営責任というものは民事、刑事で厳しく追及しなければならないということになりました。今後、自己責任ということで、損害が直接国民一人一人にかかっていくという時代に入ってまいりますと、ルールを厳正に守るということは、言ってみれば国民の経済生活の最終担保という意味合いを持ちます。したがって、検察官が果たすべき役割というのもかなり変わってまいります。

 事後チェック型社会になるということで、最近、経済罰則を強化すべきではないかという主張が相当強くなされるようになりました。それから、例えば公正取引委員会の強化というようなことも非常に強く言われるようになりました。つまり、社会が、制度あるいはそうした国の中における事後チェック機関の位置づけの変化というようなものも考えなければならないと思います。

 そういう意味で、将来、検察が果たすべき役割というのは大きく変化するだろうと思っております。審議会の意見書の五十九ページには、検察に期待すべき事項として、警察等からの送致事件や告訴・告発事件の捜査体制の充実強化、経済事件への対応の強化、国民参加の制度を導入することに伴う捜査・公判体制の充実強化、それから、検察官の資質、能力の向上等を図るための諸改革に要する体制強化というようなことがうたわれております。

 これらの指摘事項をきちんとやろうとすれば、千人というような増員が必要だというふうに我々としては算定したわけでございます。

漆原委員 裁判官が五百名、検察官が千名ふえることによって、裁判所の書記官だとか、あるいはまた検察庁の事務官だとか、ふえざるを得ないと思うんですね。どのくらいの数がふえなきゃならぬのか。あるいはまた、それによってどのくらいの予算が伴うのか。裁判官の増員、それから書記官の増員、どのぐらいの予算が伴うのか、その辺の試算をされたものがあれば、教えていただきたいと思います。

中山最高裁判所長官代理者 お答えいたします。

 裁判官がふえまして、それだけで裁判が運営していけるというものではございませんので、もとより、書記官あるいは調査官といった一般職と協働してやっていくものでありますから、着実にその増員ということもやっていかなければなりません。

 具体的にどのくらいの数かというと、これは非常に難しゅうございまして、例えば、先ほども審議会の方で出されましたような手続法の改正というものが仮になされますと、これは裁判官と書記官の協働体制のあり方というものが影響を受けてくることになります。またさらに、一緒にまとめられておりますIT技術の裁判所への導入ということも考えていきますと、それが実現された暁にはどの程度効率化されるかというところもまた考えなければなりません。

 そういう意味で、将来予測として、書記官等がどのくらい必要か、あるいは調査官がどのくらい必要かというのは、なかなか具体的には答えにくいところがございますが、仮に、これも現在を固定的に考えまして見たときには、例えば、裁判官五百人がふえれば書記官は千人が必要であろう、こういうふうに考えております。

 また、一体予算はどのくらい必要かというところでございますが、今申し上げましたように、いろいろ変動要因がございますので、一概に、ちょっと私がここで申し上げるわけにもなかなかいきませんし、委員御承知のように、振りかえという手法で書記官をふやしてきているという部分もございますので、その辺、非常に複雑でございまして、その点は御勘弁いただければと思っております。

但木政府参考人 最高裁の御答弁にもありますように、検察におきましても、ひとり検察官だけがふえれば仕事ができるというわけではございません。

 また、検察事務官の持っている役割も将来的には変化するだろうと思っております。例えば、国際化が非常に激しく深まっておりますので、将来は特定言語に通暁した検察事務官も非常に必要になってくるだろう。あるいは、例えば国際金融商品というものも本当に日々変化しておりまして、こういうものを十分熟知した専門家に事務官としておいでいただきまして、この人たちにその専門的知識をフルに使っていただきたいというようなことも考えざるを得ません。

 そうしますと、検察官を一千名増員したいということになりますと、それが完成するころには検察事務官も一千百名程度は増員していないと間に合わないなというふうに思っております。

 なお、予算措置はどのくらいかということがございましたけれども、これは、検察事務官の役割の変化等もございますので、現段階で予算を算定することは非常に困難だというふうに思っております。

漆原委員 裁判所も検察庁も予算についてはなかなかおっしゃりにくいという点はよくわかります。

 ただ、この司法改革が本当にできるかどうかというのは、これはもう予算にかかるわけですね。これは非常に大事な点でありまして、裁判官、検察官の増員ということは我々もずっとこの委員会で申し上げてまいりました。忙し過ぎる裁判官とかいって、裁判官は本当に一般の庶民との接触が全くなされない、うちへ帰っても四六時中記録を精査しているというような事例を紹介したりして、裁判官をもっとふやすべきだということをたくさん長い間主張してまいりましたが、本当にこの司法制度改革が実現できるかどうかというのは、まさに予算がとれるのかどうかということが本当に私は重要な問題だと思います。

 法務大臣にぜひとも頑張っていただいて、また、我々も全力でこの応援をしたいなと思っておりますので、よろしくお願い申し上げます。

 次に移りますが、判事補制度の改革という点については意見書でこう書いてある。「多様で豊かな知識、経験等を備えた判事を確保するため、原則としてすべての判事補に裁判官の職務以外の多様な法律専門家としての経験を積ませることを制度的に担保する仕組みを整備すべきである。」私は全くこれは大賛成でございまして、かねてから当委員会でも私は、判事の任命資格として三年から五年の弁護士経験を付するべきであるというようなことを申し上げてきたのですが、審議会がこのように考えた経緯というのはどんな経緯だったのでしょうか。

佐藤参考人 これまで裁判官の皆さんはよく健闘して頑張ってこられた、皆さんそういう御認識かと思いますけれども、先ほどから申し上げているように、二十一世紀において我が国のあるべき司法ということを考えたときに、よりたくましい、そして、いろいろな社会と深い接点を持って、かつ独立性を持って職権を行使できる、そういう裁判官をぜひ得る必要があるであろう、そういう観点から、そして現実の問題として、判事補が事実上これまで主な給源となってきている面があります。これから弁護士任官を促進しようということをさっきも申し上げましたけれども、しかし、判事補も、どのぐらいのあれかは知りませんけれども、なお重要な給源となっていくということが想定される以上、判事補について、裁判職以外の多様な法律家の経験を相当長期にわたって、これはさっき答弁申し上げましたように、何年かということは数字としては示しておりませんけれども、相当長期間にわたって経験を積んでいただく必要がある、そういうことによって、よりたくましい裁判官を得ることができるのではないか、そういうことでございます。

漆原委員 この意見書に対して、最高裁の見解を尋ねたいと思います。

金築最高裁判所長官代理者 最高裁判所といたしましても、判事補が裁判官の職務以外の多様な経験を積むということの有用性、必要性というのは十分に認識しております。

 司法制度改革審議会におきましても、現在の留学とか民間企業での長期研修、それから行政庁への出向というものもやっておりますが、こういうものに加えまして、弁護士事務所への派遣制度を導入することを検討するというふうに申し上げたところでございまして、このような外部派遣制度を整備拡充していきたいというふうに考えております。

 この場合、多数の判事補が裁判の現場を離れるということになりますので、現場の人員を減少させないための方策が必要でございますし、また、弁護士事務所の受け入れ態勢等外部派遣の受け入れ先の確保をしなければならない、こういった問題がございますので、その点につきましては、日弁連等関係先と協議しながらこれらの制度の拡充に努めてまいりたい、こういうふうに考えております。

漆原委員 半年や一年ではお客さんになって、絶対に実効力がありません。私は、最低三年ぐらいいろともうずっと前から言っているのですが、最低三年ぐらい期間を確保していただいて、ぜひとも実のあるものにしていただきたい、これをお願いしまして、私の質問を終わります。ありがとうございました。

保利委員長 次に、枝野幸男君。

枝野委員 私は、法曹養成制度の問題についてお尋ねをしたいと思います。

 法曹人口を大幅に増員するべきであり、そして、そのためにプロセスとしてのロースクールという発想までは大賛成でありますが、今回の答申の法科大学院、こういう構想には、内容的にも手続的にも納得がいかないというふうに思っています。

 答申の六十一ページに、「「ダブルスクール化」、「大学離れ」と言われる状況を招いており、法曹となるべき者の資質の確保に重大な影響を及ぼすに至っている。」と答申はしています。どんな重大な影響が出ているのですか。佐藤先生に。

佐藤参考人 申し上げるまでもありませんけれども、今の大学の法学部の実情というのは、もともと教養教育、専門教育、いずれともやや中途半端な状況にあります。専門でもない、教養を十分身につけていただく状況でもない、もともとそういう状況にありました。大学として、大学紛争などがありまして、本格的にそれに取り組むのが相当おくれたのでありますけれども、ようやくここに来て大学をいかに再生すべきかという課題に取り組んでいるところであります。

 それで、法曹となるためには、私はよく言うのですけれども、人生には踊り場が必要である、その踊り場で自分がどういう道を歩むべきかということを真剣にじっくりと考える期間があって、そして、その上で職業を選択してもらう、そしてプロとしての教育を受けてもらう、そういう形に持っていかないと、中にはどういうシステムをとりましてもうまくいく人もいるでしょうけれども、全体のシステムとして考えたときに、そういう大学がプロフェッションの教育を担わなければいけないということ、これは世界的にもそういうことでありますし、我が国が、そこは著しく立ちおくれてきたということでありまして、そこを何とかしなければいけないということであります。

 今、重大な問題は何かということでありますけれども、やはりこれは試験一発主義、試験信仰、試験万能、一発の試験ですべてが決まるという、そのシステムの持っている限界ということを私ども考える必要があるのじゃないかということを申し上げているわけです。

枝野委員 佐藤先生ともあろう方が、質問に正直に、真っすぐに答えていただかないと困るのです。

 法曹となるべき者の資質の確保に重大な影響を与えているとここでは書いてあるのです。大学教育に影響を与えているとか、そういうことを言っているのじゃないのです。つまり、ダブルスクール化、大学離れ以降の法曹の資質には問題があると書いてあるのです。どこに問題があるのですか。

佐藤参考人 それは、さまざまな見方があるかもしれませんけれども、法曹をプロとして考えるときに、あるべき法曹ということをこの最終意見書にも書いておりますけれども、豊かな教養とそれから豊かな専門的な知識、プロとしての知識であります、それをじっくりと育てる必要がある。それが今まで満たされていなかった、十分そういうシステムがなかったということから、大学へ入ってすぐ、例えば大学以外のところに行って、試験に通るようにできるだけ効率的な勉強を目指す。それをまず目指す、大学に入ってすぐ。そういうことは、人間の養成としていかがなものであろうかということを申し上げているわけでありまして、一人一人の法曹がどうだとか、今の法曹がどうだとかということを申し上げているわけではありません。あるべき姿として、そういうことであるべきだと申し上げています。

枝野委員 だとしたら、この文章を変えなければおかしいのです。重大な影響を与えているのじゃなくて、こういうことがあるべきだけれども、あるべき論と今が違っているというのだったらわかりますが、これだったら現在の、最近のダブルスクール化、大学離れ以降の法曹は資質がないと言っているという中身になるのですよ、どう考えたって、この文章を読んだら。どう考えたって違うのじゃないですか。

 では、違う論点から行きます。

 今先生もおっしゃいました、試験に受かることに最短で行くための試験勉強になっている。先生御自身も司法試験委員をされていたと思いますけれども、司法試験というのは、そういった受験技術を身につければ受かる、そんな試験をされてきたのですか。

佐藤参考人 お答えします。

 私も、九年間司法試験委員をやりました。最初のころは、できるだけ暗記に頼らないようにということで、私がなったとき問題を工夫したことがあります、そのときの皆さんで相談して。そうしたら、国語の問題のようだといって御批判を受けたことがありました。しかし、それに対してまたすぐ、数年たちますと、それに対応する対応策が講じられて、トレーニングをするようになりました。その効果はだんだん薄れてまいりました。

 申し上げたいのは、試験を一発の試験だけで決めようとすると、試験の内容をどのように変えても限界があるということを申し上げたいわけです。

枝野委員 別の視点から聞きます。

 今回、受験技術優先、それから受験予備校に大幅に依存するダブルスクール化ということを問題だという視点から取り上げていらっしゃいますが、例えば、受験予備校の実態、そこでなされている教育、そこで教育をしている教育者の立場、そこで教育を受けている人たち、そういうところの教育の結果として司法試験に受かったそういう若手法曹の意見、こういうものはどれぐらい聞かれましたか、あるいは調べましたか。

佐藤参考人 直接ヒアリングに来ていただいて伺ったということはしておりませんが、いわゆる予備校などから審議会あてに、こういうことだ、こういうことを考えていただきたい、そういう文書はちょうだいしておりますし、私もそれは目にしております。実際にどういう実情にあるかというのは、私はつまびらかにはしませんけれども、私の関係した学生やいろいろなものを通じて、どういう教育の仕方になっておってどうかということは、ある程度は私個人としては承知しているつもりであります。

枝野委員 つまり、十分に御存じになっていなくてこういう結論を出しているわけですよ。

 この法曹養成の問題というのは、もう端的に言えば、受験予備校と大学とどっちがいい教育をしているのか、どっちが時代に求められる、社会に求められる教育をしているのかというところが、一つの大きな争点なんです。ところが、この法曹養成にかかわってきた委員の皆さんは、全部大学関係者なんです。ところが、この大学教育では、法曹としての資質を、あるいは法学としての基礎素養を覚えられない、身につけられないから、司法試験予備校が少しお金が高くたってみんな行っているわけですよ。

 そのことに対しては、当事者である皆さんの意見だけで物事を判断している。手続的にまさにおかしくありませんか。公正ではないのじゃないですか。これは自分たちの大学というものの存在を守るための結論になっている、そう言わざるを得ないと思いますが、いかがですか。

佐藤参考人 先ほどから、プロとしての教育ということを申し上げてきました。そして、もう一つお考えいただきたいのは、国際資格、そこの勉強をすることによって、どういう国際的に通用する資格を取得するかという問題にもかかわっております。それは、国のあり方として、その問題は真剣に取り組むべき課題であろう。

 そして、先ほど来申しておりますように、法曹プロの教育に大学が責任を担わない国というものは、私の理解するところ、ないと思います。今の大学がどうかという判断、評価は別であります。別でありますけれども、この最終意見書は、国民生活上の医師であるというように位置づけておりまして、医師ならば、医師という理解が正しいならば、それに見合うような教育のシステムを我々として考える必要がある。そういう観点から考えておるわけであります。

枝野委員 それは、大学教育を抜本的に変えなければならないということが一方であるのは当然です。しかし、だとしたら、このロースクール構想とかが出てくる以前の問題として、各自の大学が今まで何を努力してきたのですか。予備校に全部学生をとられて、そして今まで何年間、何をやってきたのですかということを一つ申し上げたい。

 それからもう一つ、医師という話をしました。では、医師養成プロセスの話をどれぐらい調べられましたか。医学部が医師を養成していますが、医師国家試験のために、結局ダブルスクール化、予備校化しているのを御存じではありませんか。

佐藤参考人 後者の方から申し上げますけれども、私も、自分のことを言ってなんですけれども、京大で、井村総長のもとで特別補佐をやったことがあります。井村先生は御承知のようにお医者さんでありますが、医者の実情についていろいろ、よく議論をいたしました。今のやり方で十分とは思わないというのは、井村先生もよくおっしゃっておりました。

 ちょっとそれはあれしまして、今ここで申し上げたいのは、医者の試験が難しいといいましても、一発のその試験だけで医者として資格を認めるということはないはずです。医学部の教育、今の医学部の教育がいいかどうか、これはさっきも紹介した井村先生の話なんですけれども、少なくとも今のを前提にしましても、医学部で教授について、いろいろなプロセスを経て教育を受けて、そして試験がある。プロセスは何もなくてもいい、試験だけ通ればいいというシステムには、私は今の医学部の試験はなっていないと思います。

 それで、プロの教育というのは、やはり過程が大事なんだというように考えるわけであります。

枝野委員 私は、最初に申し上げましたとおり、ロースクールということで、プロセスで教育をするということを否定していないのです。今の大学をベースにすることが間違っていると申し上げているのです。

 それで、今の医学部教育も、プロセスとして大学医学部でやる、それはいいことなんですよ、いいことなんですけれども、結局は予備校化していますね。ダブルスクール化していますよ、かなりの部分。医師国家試験のための予備校というのがたくさんできていますよ。どこに問題があるのかといったら、教え方に問題があるのですよ。教える側の問題なんです。ちゃんとプロセスで、医学部で教育をして、そこでちゃんと教わっていれば受かるように教えていればいいけれども、それを教えていないから、だからプロセスとしての医師養成教育にしても予備校がたくさんできるのです。

 というのは、予備校は競争しているから、きちんと、どうやったら一番効率的に教えられるかという努力をしているのです。大学には競争がないから、それがだめなんですよ。だから、既存の大学をベースにロースクールをつくってもだめだ、学校教育法なんかで守られるロースクールをつくってもだめだ、自由競争で競争させる、そういう法曹養成プロセスをつくらないと、結局同じことになりますよ。いかがですか。

佐藤参考人 今までの法学部の、さっきから申し上げたように教え方がよかったかどうかということは、これは私自身も、おまえはどれだけやっていたかと言われれば、内心じくじたるものがあります。

 ただ、申し上げたいのは、今のような一発試験のもとで法学部で頑張ってくださいと言われても、これは限度があります。これは、全体のシステムの中で法曹をどう育てるかという観点からの法学教育であり、大学院のあり方だということをぜひ御理解いただきたい。

 そして、予備校でやっている、どうだと。私の理解する限りは、さっき申し上げたように、効率的にいかにとなりますと、それは、正解があって、正解を求める、そういう発想になりがちです。これからのローヤーにとって大事なのは、考え方を鍛えることです。

 私は憲法ですけれども、例えばアメリカの憲法のケースブックをごらんになればわかりますけれども、正解なんて一切出てきません。あらゆる角度から問題をぶつけて考え方を鍛えるのです。そういう考え方を鍛えるためには、豊かな教養で、そして何年もかけて教えなければできることではないと思います。

 予備校のように教えろというなら教えられないわけではありませんけれども、そういうことが大学の役割ではないというのが私の考え方です。

枝野委員 その考え方を身につけさせるという教育を大学がされているということは、私もそう思います。そう思いますけれども、私は最初の方で、実際に予備校で何をどう教えているとかときちんとお調べになりましたかということをお尋ねしました。間接的にしかお調べになっていないですね。受験技術も教えています。つまり、試験の最終盤とか、受験予備校に例えば三年通っている三年目とかというのは、確かに、技術、答案の書き方、そういったことも教えています。

 しかし、法学入門的な話、あるいは学部の講義のレベルの話、そういう基本的な法律の物の考え方とか、民法とは何なのかとか、憲法とは何なのかという基本的な話を実は大学で教えてくれていない。あるいは、教えてくれている先生が少ない。つまり、そういう研究者、高度な専門家の皆さんにとっては当たり前のことを大学では教えていないのですよ。高校を卒業して、いきなり入ってきて、高校でも、もしかすると、今公民というのですか何というのですか、つまり歴史すら勉強していないかもしれない大学新入生に対して、いきなり憲法の最先端に近いようなレベルの高い授業をやっている。どの科目だってそうですよ。そういう大学教育があるから、だから、みんな予備校へ行くのです。

 そういうことをきちんと予備校では教えていますよ。つまり、憲法とは何なのか、民法とは何なのかという基本的な、本来、大学の二、三年生、一、二年生ぐらいのところできちんと教えなければならない、そこのところの教育が欠けているということの自覚なしに、大学をベースに幾らこういうものをつくっていったって、基礎のところが違うのだ。だから、実際に予備校で学んでいる人や予備校出身で司法試験に受かった人、そういう人たちの話を聞かないで結論を出したって、明らかに片手落ちだ。

 こういう手続的にきちんとしたプロセスを踏んでいないような答申には私は賛成できないということを申し上げて、終わります。ありがとうございます。

保利委員長 次に、中村哲治君。

中村(哲)委員 民主党・無所属クラブの中村哲治です。

 審議会会長の佐藤幸治先生には、京都大学の法学部で講義を受けさせていただきました。憲法の勉強もこの先生の教科書を使って勉強させていただきました。国会で佐藤先生に質問させていただけることに大変喜びを感じております。よろしくお願いいたします。

 さて、持ち時間が短いですので、早速質問に入ります。私も、枝野委員に引き続きまして、法曹養成についてお聞きしたいと思います。

 まず、司法試験の改革について法務大臣にお聞きしたいと思います。審議会の意見書の七十二ページと七十四ページで、二〇〇三年まで現在の若年者優遇策、いわゆる丙案が維持されるということです。

 御存じのない方に簡単に説明いたしますと、丙案というのは、マークシート式の短答式に合格した後に受ける論文試験の選考に際して、例えば合格者がその年に一千名であったときに、下位の二百名の人を、受験開始から三年内の人から合格させるというものです。つまり、受験開始から四年以上たっている者は、八百一番でも不合格になって、受験開始から三年内の人は、千五百番程度でも合格するという制度でございます。

 この丙案の制度については、司法試験の受験生の間から、不公平だという声が強くあります。例えば、受験開始から三年内で受かった本当に実力のある人たちがいたとしても、あいつは丙案の枠にいるから受かったのだと言われてしまう、そういうふうな弊害も起きています。だから私は、早期に丙案はなくすべきだと考えておりました。

 事前に事務方の方から説明を受けましたら、この三年というのも、いわゆる期待権、今受けている人が丙案を前提にして受けているのだから、ことしを含めて三年内は維持しないといけないということでした。この点について議論させていただこうと思います。

 そもそも丙案というのは、一九九〇年の法曹三者の基本的合意の中で、司法制度の改革の一環として提言されたものです。合格者を当時の五百名から、平成三年に六百人、平成五年に七百人とふやす中で、受験期間の少ない者の全合格者に占める割合が一定割合に達しない場合に、平成八年からこの丙案を実施するというものでした。実際には、受験期間の少ない者の割合が一定割合に達しなかったということで、平成八年からこの丙案が実施されているということでございます。

 その後、平成十年に九百人にふえ、平成十一年に合格者は一千名にふえました。合格者数がふえるにつれ、丙案による優遇というものは、そのもともとの制度趣旨に照らせば余り意味をもたらさなくなったのではないかと私は思っております。

 しかし、理由は明らかにされないまま、丙案の制度は維持されました。また、全体の合格者に占める丙案枠の比率が変えられることで、丙案による合格者というのは同じく二百名程度で推移している、そういうふうな状況があります。

 審議会の意見書では、二〇〇二年には合格者数を一千二百名にするということです。手続的には、昭和四十五年の裁判所法改正案の附帯決議によって、司法制度の改革には法曹三者の協議が調わなくてはならないということが決められておりますので、従来からの方針ではそうなるということだと思います。

 しかし同時に、意見書の五十八ページには、「司法試験合格者数を法曹三者間の協議で決定することを当然とするかのごとき発想は既に過去のもの」であるというふうに書かれております。

 そこで、法務大臣にお聞きいたします。

 今後、合格者数はだれがどのように決めていくのでしょうか。

    〔委員長退席、奥谷委員長代理着席〕

森山国務大臣 司法制度改革審議会の意見書では、司法試験の合格者数を、今お話がございましたように、平成十四年は千二百人程度、十六年には千五百人程度に、さらに二十二年ごろには三千人程度とするということを目指すべきであると述べておりますが、今後、この審議会の意見書を踏まえまして、できるだけ速やかに審議会で示された合格者数を達成することを目標にいたしまして修習体制の整備などを進めてまいるわけでございまして、司法試験合格者数を含めて、司法試験のあり方についても今後さらに検討していきたいというふうに思います。

 それから、最初にお話がございました丙案ということでございますが、おっしゃいましたとおり、現行司法試験における合格枠制、いわゆる丙案の廃止につきましては、このたびの司法制度改革審議会の意見におきまして、合格者数が千五百人に達する平成十六年度から廃止すべきであるとされておりますので、司法試験管理委員会といたしましては、この審議会の意見を尊重いたしまして、適切に対応していただくものと考えております。

 なお、直ちに廃止するべきであるという御意見につきましては、法務省といたしましては、合格枠制を導入した趣旨に照らしましても、現時点においてはその必要性はなくなっていないと思いますし、また、現行司法試験を前提に勉強している受験生に対する周知期間といった点をも考慮いたしますと、審議会が示した平成十六年をさらに前倒しすることは困難であると考えております。

中村(哲)委員 今後の合格者数はだれがどうやって決めていくのでしょうかということに関して、ちょっとはっきり聞けなかったので、もう一度それを確認させていただきたいということと、合格者数が決まったというときに、丙案枠を今度何割にするかということが議論されることになります。今までどおり、慣習に従って二百名程度にするように枠を決めるのか、そのこともどこで決めるのかということを私は知りたいなと思っております。

 そもそも、また、千五百名にすると、丙案は二〇〇四年にはなくしていいと七十四ページに書いてあるわけですよね。私は、もう丙案は時代的な、実質的な理由がなくなっているのだと思うのですよ。むしろ、丙案が導入されてから合格者の質が下がった、試験の内容とかそういう司法試験の制度のあり方とも関係しているのでしょうけれども、そういうふうに言われている中で、やはり来年からでも丙案はなくしていった方がいいのじゃないかと思うのですけれども、いかがでしょうか。

森山国務大臣 先ほども申し上げましたように、司法制度改革審議会の最終意見の中でお示しいただいたことを着実に実行していくということが一番最優先でございまして、その中でお示しになった平成十六年まではこのまま続けていきたい、つまり、千五百人になるまではという意味でございます。ですから、当面はそのようなことで努力をいたしてまいります。

 また、合格者のレベルが下がったのではないかという御心配をおっしゃっておりましたけれども、結果的に見ますと、得点の差、例えば無制限で合格された方とそれからいわゆる丙案のために合格した方との差というのは、一科目当たり〇・六三という非常にわずかなものでございまして、たくさんの方が一定の成績のところに固まっていらっしゃるということが察せられるわけでございまして、そんなに大きな違いはございません。

中村(哲)委員 問いに答えてください。どういう手続で決めていくのかという点が一点と、もう一点は、とすれば、二〇〇四年に丙案をなくすという理由もないわけですよね。二〇〇四年になくすと言っているのだから、もう来年からなくしたっていいのじゃないかと私は思うのですけれども、実質的な理由をお聞きしているのです。その二点について。

森山国務大臣 先ほども申し上げましたように、司法制度改革審議会の答申の中にございます千五百人になる予定の平成十六年ということを申し上げたわけですし、その後どのようにその人数を決めていくのかというお話につきましては、司法試験管理委員会が決定していくということになっております。

中村(哲)委員 今までのように法曹三者では決めないということですね。そこを聞いているわけですよ。でも、もう実質的な答弁がいただけないようですので。何遍聞いても同じですよ、それだったら。法曹三者で決めないということですね。

 それでは、もう次へ行きます。佐藤先生に質問したかったので、あと時間も短くなってしまって本当に残念なんですけれども。

 私も京都大学法学部に行って、大教室で憲法を勉強して、正直、先生に教えていただいた大学二年生のときに憲法を理解できなかったのですね。大学一年生のときから五月会とかも入って憲法も勉強していて、やったのですけれども、結局、自分で必死で先生のこの基本書を読み込んで、司法試験の択一試験の問題とかを解きながら、あと司法試験の予備校に行っている友達からそういうふうなことを教えてもらったりして、そういうことをやってやっと憲法をある程度理解できたというのが自分の正直な感想なんですね。

 受験予備校のことで、先生先ほど、これからのローヤーに必要なことは考えることだと。私は、京都大学法学部のあの大教室での講義を受けて、考えることというのはなかなか学べなかったなと思うのです。

 私自身は、三回生の後半からやっとゼミが始まりまして、私は民法の辻先生のゼミに参加していたのですけれども、ゼミに参加できるのも一科目だけですよね。それも三年生の後半から四年生の前半だという。もう今の大学生なんか就職活動真っ盛りで、就職活動でゼミを休んでしまうような、そういうこともあるわけで、逆に言うと、一年生からもっとゼミ形式みたいな形で考え方を鍛えるような教育をしなくてはいけなかったのじゃないか、京都大学法学部においてでも。

 だから、先生のおっしゃっている理想と、現実になされてきた、私自身が実感してきた京都大学法学部の教育、もちろん、先生は専修コースの導入とか、すごく改革に取り組まれていることは存じ上げているのですけれども、やはり枝野議員が申しましたように、実務家を養成できなかったという事実、それに対して真摯な反省というのは、京都大学法学部においても問われなくてはいけなかったなと私は実感として思うのですけれども、その点についてお聞きいたします。

佐藤参考人 きょうお会いできて、大変光栄に存じます。しかも、私の本を読んでいただいている、本当にありがたく思います。

 おっしゃる点は全くごもっともでありまして、大教室で一方的にしゃべるいわゆる講義形式、これは多人数が入ってきているということでやむを得ない点はあるのですけれども、そういう多人数のところで一方的に、しかも解釈論の細かなところについてしゃべって理解せよというのが、これは教師からいえば虫のいい話であるというように思わざるを得ません。

 変えたらいいじゃないかと言われましても、それは、今までのシステムは、法学部というのはプロを養成するところでもない。法学部は、御承知のように、四万七千人の卒業生がいます。いろいろなところに参ります。法曹になるのはごく一部であります。そうすると、どこに焦点を当ててどうやって教えてとかというのは非常に難しい課題がありまして、弁明になりますけれども、ややそういうところがあります。

 そこで、今までのやり方ではだめだ、学部の方は、もっと自分で考え、自分の好きな、自分の興味を持ったところを中心に勉強して、そして自分として将来どういう職業を選ぶか、教養を身につけ、自己を発見する、そういう場としてあるべきで、そして、そこで自分は法曹になりたいという人は法曹としてふさわしい教育の仕方、それは少人数教育です、ゼミあるいは少人数教育で、ああでもない、こうでもないという議論を闘わす、そういう場として法科大学院を考える必要があるのじゃないか。

 これは、先ほど井村先生の個人名を挙げてあれですけれども、井村先生もよく、医学部でもそうなんだと。医者になるとき、一番難しいから医学部をとりあえず受けるという学生も少なからずいる。医者としていかがかと思う人もいる。だから、もし法科大学院がうまくいったら、医学部についても、やはり教養を身につけて、そして自分が医者になりたいという人は医学部に、メディカルスクールに入ってくるような、そういうシステムを理想としては考えたいんだということを井村先生もおっしゃっておりましたけれども、まさに、プロを教育するというのは、そういう踊り場といいますか、そこでじっくり考えて、そして古典なら古典に興味を持って勉強する、そういう場があって、そしてプロとして入ってくる、そういうシステムをこれから考える必要があるのじゃないか。ちょっと長くなりましたけれども。

    〔奥谷委員長代理退席、委員長着席〕

中村(哲)委員 先生、だからこそ、枝野さんが申しましたように、教育のあり方、鍛え方というのが予備校が今すぐれているということは認識しないといけないと思うのです。

 私は、先生の講義を聞いて大学の講義を中心に勉強しましたけれども、結局司法試験に受かりませんでした。そうじゃなくて、大学の授業に一年生から出なくて、予備校に行った人が受かっていっています。そういうふうなことを真摯に考えていただかないと、若者は本当に、大学の先生の言葉を信じて勉強した人はばかを見ます。

 その点だけ確認させていただきまして、時間がなくなりましたので、私の質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。

保利委員長 次に、平岡秀夫君。

平岡委員 民主党の平岡秀夫でございます。

 きょうは、民主党ではたくさん、入れかわり立ちかわり質問に立ちまして、ちょっと御迷惑をかけているかもしれませんけれども、それだけこの司法制度改革については、我が党においても関心が高い、我が党だけでなくて、国民の皆さんから非常に関心が高いということのあらわれでございますので、ぜひきょうは真剣な議論をまたお願いいたしたいと思います。

 私は、数多く質問する人たちの中で、きょうは国民の司法参加、特に裁判員制度、何と呼んでいいのか、まだちゃんと意見書の中にも定義づけて書いてありませんので、とりあえず裁判員制度というふうに呼ばさせていただきますけれども、裁判員制度の問題について御質問申し上げたいというふうに思います。

 実は、中間報告が昨年の十一月に出たときに、私は国民の司法参加の部分についてちょっと担当をしましたものですから、いろいろ読んでみますと、いろいろなくだりがあるのですけれども、例えば中間報告書の中にあったくだりで、「国民の司法に対する理解・支持が深まり、司法はより強固な国民的基盤を得ることができるようになる」といったような文言があるんです。

 この文言自体はさして問題ではないように思うのですけれども、ただやはり、全体的に流れている考え方というのが、先ほど佐藤先生、今回の司法制度改革を一言で言うとどういうものかということに対して、国民のための司法制度改革であるというようなお話があったと思うのですけれども、どうもこの報告書に流れているのは、国民のための司法というよりは、司法の権威を維持するための制度改革、そういったようなニュアンスがちょっと受けられるような、そういう気がするのです、若干、私の危惧かもしれませんけれども。

 そういう視点に立って、私はずっとこれを見てきているわけでありますけれども、民主党としては、いろいろな審議会での議論の過程に応じて、当初、陪審制をぜひ導入してほしいという意見も出しました。それから、裁判員制度ということになりそうであったときには、裁判員制度についても、どのような制度であるべきかということで、いろいろと御意見を申し上げてきております。その中で採用していただいたものも幾つかございまして、そういう意味では、私も、我々の意見もいろいろと酌み取っていただいているなというような印象を受けているわけであります。

 そこで、中間報告の中に、実は、「我が国にふさわしいあるべき参加形態を検討する。」というくだりがございました。この意味するところは、陪審制でもなければ参審制でもない、結局、裁判員制度というようなことになっちゃったのかなという気もするのですけれども、ただ、具体的にどういう点が、この裁判員制度については我が国にふさわしいあるべき参加形態であるのかという点について、会長の方からちょっと説明していただければというふうに思います。

佐藤参考人 審議の過程で、いわゆる参審制がすぐれているのではないかという考え方、あるいは他方、むしろやはり英米的な陪審制がすぐれているんじゃないかという考え方、二つの大きな考え方の流れがございました。けれども、長短はもちろんそれぞれあるわけでありまして、いろいろ議論した結果落ちついたのが、この裁判員制度というものなのであります。

 この特徴は、先ほどの御質問にもありましたけれども、広く一般の国民からなっていただく。参審制の場合、ドイツが典型的でありますけれども、ある種の基準で選ばれた人たちでありますけれども、この裁判員制度は、広く一般の国民から無作為に選んで、広く一般の国民の問題として受けとめていただくということが特徴かと思います。

 そして、もう一つの特徴は、裁判官と一般の国民が責任を分担しながら協働して、そして裁判内容の決定に、主体的、実質的に一般の国民が参加する、関与する。そういうところにもう一つの特徴があるというように考えておりまして、先ほどもお答えしたことですけれども、参審制で、一定のカテゴリーの人がふさわしいのではないかということに対しては、それよりも、こういう一般の国民の関心事としてやっていただく方が、ひいては、長い目で見たときにはいいのではないかという判断で、こういう制度に立ち至ったわけであります。

 決して司法の権威を高めるためにとかそういうことではなくて、むしろ司法が国民の方におりるといいますか、おりると言ったらちょっと語弊があるかもしれませんけれども、法曹というものが一段高くとまっているのではなくて、わかりやすいように説明し説得しなければならない、そういうことを通じて国民の司法に対する理解を深めていただこうというねらいもあります。

平岡委員 これから具体的な裁判員制度をどのような仕組みにするかということはまだまだ議論をしなければならないところがたくさん残っているような状況になっていると思います。基本的に、国民のための司法というキャッチフレーズで先ほど言われましたけれども、そういう視点に立ってこれからの具体的な制度づくりをしていっていただきたいと思います。

 これからの質問もそういう視点でしたいというふうに思うのですけれども、その前に、審議の過程で見ていますと、陪審制にしても参審制にしても、現在の憲法との規定の関係がいろいろと論議もされておりました。特に、最高裁とかあるいは法務省の方はどうも憲法違反というようなことをかなり表に出して、いずれの制度も実質的に裁判官が判断を下すという仕組みにしない限りは憲法違反になるんだというような主張が多々行われていたような気がするのですけれども、今回提言がなされた裁判員制度と、それから現在の憲法に書いてある規定との関係はどのように理解したらいいのかということを、これは、会長とそれから最高裁と法務大臣の三者の方にお伺いしたいと思います。

 私は、これは憲法改正の問題が絡むのであれば、憲法がどうだからどうあるべきだという議論も確かにその枠内で議論しなければならない点もあるかと思うのですけれども、必要があれば憲法を改正してでも本当の意味での国民のための司法を実現していくということは、やはりいずれ考えなければいけないときもあるのかもしれないと思いますし、そういう枠にとらわれて考えるべきではないとは思うのです。ただ、今、現に憲法というものがあるわけでありますから、それとの関係をどのように考えておられるかということを、御三者から御意見をお伺いしたいと思います。

佐藤参考人 御承知かと思いますけれども、戦後しばらくの憲法学の理解は、私から言うとやや戦前のことに引きずられてという面もあったかと思いますけれども、例えば、陪審制を設けて答申に拘束力を持つようなものであればどうだとか、そういう理解がかなりあったかと思いますが、最近、若い憲法学者の中では大分様子が変わってきております。いわゆる陪審制も構わないんだという考え方であります。

 その理由ですけれども、日本国憲法は確かに裁判官について定めているわけですけれども、下級裁判所の裁判所が職業裁判官だけで構成されなければならないというようなことは書いていない。もちろん、司法権の独立、裁判の職権行使の独立について、まあそれは職業裁判官について言っているわけですけれども、陪審制とか裁判員制度があれば、その都度その都度選ばれてくるわけでありまして、いわゆる職業裁判官についてのそういう独立の規定など、定める必要もないといえばない。

 ですから、申し上げたいのは、下級裁判所の裁判所の構成というのは、職業裁判官がそれは主たるものでありましょうけれども、それ以外を決して排除するわけではない、そういう解釈は十分成り立つし、若い憲法学者の中でもそういう理解が広がってきているというように思います。そういう理解に立てば差し支えないことだと。

 ただ、いろいろな考え方があって、職業裁判官抜きに、裁判員あるいは陪審員だけで被告人に不利な決定ができるのかというと、そこはもう少しちょっと考え方があるのではないか。そういうこともありまして、そういう考え方もあり得るということで、この百三ページの基本的な構造の四角の中の一番最後のところで、「ただし、少なくとも裁判官又は裁判員のみによる多数で被告人に不利な決定をすることはできないようにすべきである」、そういうように言っているのは、そこはより慎重に考えてこういう手当てをしているというように御理解いただければいいかと思います。

 ちなみに、ドイツも参審制については憲法に直接の規定はありません。けれども、参審制が憲法に違反するかどうかというような議論はほとんどないというように了解しております。

白木最高裁判所長官代理者 陪審制、参審制を採用しております国では、憲法上これを保障または許容する旨の規定が置かれている国が少なくございません。それに対しまして、我が国の憲法では、司法権の担い手としての裁判官について身分保障等の詳細な規定が置かれております一方、陪審制または参審制を想定した規定はありませんので、憲法がこれを許容しているかどうかが問題となります。

 裁判員制も、基本的には同じ問題を含んでいると思われます。この問題につきましては、さまざまな点を論拠にいろいろな議論がなされているところでございまして、司法制度改革審議会におかれましても、「具体的な制度設計においては、憲法の趣旨を十分に踏まえ、これに適合したものとしなければならないことは言うまでもない。」とされているところでございますので、今後、制度の設計に当たりましては十分議論されるものと思われます。

横内副大臣 私から御答弁させていただきます。

 先ほど、憲法学の権威の佐藤会長からお話がありましたから、もうそれに尽きるわけでございまして、裁判員制度そのものは別に憲法違反ではないけれども、その制度の具体化に当たって、憲法との適合性について十分留意する必要があるということですので、これから具体的な制度の設計の中で十分留意をしていきたいというふうに考えております。

平岡委員 三者三様の御答弁がありましたけれども、聞いていて思うのは、まさに司法の中核にいる最高裁が最も、一番法律に忠実だと言うと言葉が悪いかもしれませんけれども、本来あるべき制度改革をどうするかというところの視点がちょっとやはり足りないかなという感じがいたしました。それは、法の番人であるので仕方ないのかもしれませんけれども、ぜひ、国民のための司法という視点で最高裁の方も前向きに取り組んでいっていただきたいというふうに思うわけであります。

 たくさん質問は用意したのですけれども、時間がなくなったので。

 関心は、この裁判員制度をいつから実施ができるのかというところだと思うのです。この前、新聞なんかを見ますと、総理の発言だったかどうかわかりませんけれども、三年以内に必要な法整備をしたいというようなことをちょっと言っていたくだりもあったように思うのですけれども、この裁判員制度については、特に具体的な日程というのが示されていません。

 ただ、いろいろと文書を見ますと、実施のために整えるべき条件として、いろいろなことが書いてありました。例えば、刑事法制が今のままでいいのかといったような問題とか、あるいは、弁護士の人数が足りなくて、こういう形でやった場合に対応できないんじゃないかとか、あるいは、場合によっては裁判所の法廷がそういう物理的な対応ができないんじゃないかとか、いろいろなことが指摘されているのですけれども、質問としては、裁判員制度による裁判はいつから実施可能なのか、そして、その実施のために整えるべき条件というのはどのようなものがあるのか、これについて、それぞれまた、会長、最高裁、法務大臣からお伺いさせていただきたいと思います。

佐藤参考人 大変難しい問題でありますけれども、推進体制で御検討いただくわけでありますが、やはり制度の設計はできるだけ早く、私のやや個人的な思いでありますけれども、できるだけ早く制度の姿を国民の皆さんにお示しして、そしてちょっと時間をかけて、その制度の趣旨、構造などについて理解をいただく期間を置いて、そして全体的にできるだけ速やかにというように思っておりますけれども、とりわけ早く、できるだけ早く、三年とは言わなくても、制度の姿はできるだけ早く国民の皆さんにお示しして、それだけ時間をかけて理解を得るようにしていただくべきだというように考えております。

白木最高裁判所長官代理者 裁判員制度が導入されました場合には、審理を集中して行うことが不可欠でございまして、争点整理手続でありますとか証拠開示、あるいは集中審理に対応できるような弁護の体制づくりなど、種々の制度的手当てが必要となります。

 また、法廷における手続につきましても、参加される国民が内容を理解し、適切な判断ができるようにわかりやすく進める必要がございますし、裁判所の訴訟指揮の実効性が担保されるような措置も必要でございます。

 そのため、法廷での審理の進め方はもとより、捜査や弁護活動のあり方を含めて多様な検討が必要となります。そういった制度的、立法的手当ても必要となりますので、現段階で、裁判所としては、実施可能な時期がいつになるのかについて見通しを述べることは困難でございます。

 裁判員制度は、国民が担い手となるということでありますので、制度の趣旨でありますとか内容につきまして国民の理解を得るための方策を講じていくことも、この制度を円滑に実施していくために重要であると思われるところでございます。

 なお、裁判所の人的な問題あるいは設備の問題につきましては、裁判員制度が対象とする事件の範囲、これは取り扱う事件の数に影響してまいります、でありますとか、あるいは裁判員の人数をどのように定めるのかといった点とも絡む事柄でありますので、今直ちにどの程度ということは申し上げられませんけれども、いずれにせよ、裁判所の人的、物的体制の整備を検討する必要があることは、御指摘のとおりでございます。

森山国務大臣 既に会長及び最高裁から御説明があったとおりでございますが、司法制度改革関連法案の成立を三年以内に目指すということでありますので、この裁判員関係のものも同様に三年以内に何とかめどをつけたいというふうに思っておりますが、実際にこれを実行していくのには、今いろいろお話があったようなさまざまな問題がございますので、それらを速やかに措置をとらなければいけませんし、しかし、それにもある程度の時間がかかります。また、国民の大きな負担ということを考えますと、その御理解を得て、支持していただくという必要がありますので、周知期間も必要であるし、今、ちょっと、いつというのははっきり申し上げられないというのが実情でございます。

平岡委員 終わります。

保利委員長 次に、細川律夫君。

細川委員 民主党の細川律夫でございます。

 私の方からは、法の担い手としての総合的な人的基盤の問題についてお伺いしたいと思います。

 総合的な人的基盤というふうに申し上げるのは、法曹三者だけではなくて、法律の仕事に携わっている、弁護士の周辺といいますか、隣接の業務というのがたくさんございます。例えば、司法書士であるとか、あるいはまた税理士さん、弁理士さん、行政書士さん、土地家屋調査士さん、たくさん隣接の法律の専門職種がございます。そういう隣接の法律の専門職種を今後どういうふうに改革をしていくか、変えていくか、そこらについてお伺いしたいと思います。

 この意見書につきましては、その点、次のように書かれております。ちょっと読ませていただきますが、「弁護士と隣接法律専門職種との関係については、弁護士人口の大幅な増加と諸般の弁護士改革が現実化する将来において、各隣接法律専門職種の制度の趣旨や意義、及び利用者の利便とその権利保護の要請等を踏まえ、法的サービスの担い手の在り方を改めて総合的に検討する必要がある。」これは、将来、改めて総合的に検討する、こういう書き方であります。

 続いて、「しかしながら、国民の権利擁護に不十分な現状を直ちに解消する必要性にかんがみ、利用者の視点から、当面の法的需要を充足させるための措置を講じる必要がある。」こういうふうに述べておりまして、総合的な検討は将来の課題といたしまして、そして当面の措置について具体的な提案をされている、こういう内容になっております。

 しかし、将来は、ここにも書かれてありますように、弁護士の数がたくさんふえますから、競争も当然予想されます。一方では、規制改革によりまして各専門職種間の垣根が低くなる、そういう議論も行われておりまして、この隣接の法律専門職種についても将来像に踏み込んだ議論というのを今やはりやるべきではないかというふうに思っております。

 そこで、いろいろ考えますと、今、大改革をいたしておりますから、きちっとした方向性なりを将来のことについてきちっと示しておかないと、将来検討するといっても、そのときにはもう何が何だかわからないような、そういう隣接の専門職種にとってはかえって難しい問題が生じてくるのではないかというふうに思っております。

 そこで、専門職種の司法書士については、意見書では、簡易裁判所の訴訟代理権、事物管轄を基準としまして、調停・即決和解事件の代理権について付与すべきだ、こういうふうに書かれております。家庭裁判所におきます家事審判とか調停事件の代理あるいは民事執行事件の代理権の付与については指摘されていないわけでございます。

 私たち民主党は、五月十七日に審議会と内閣に対して提出いたしました意見の中では、家庭裁判所におきます家事審判とか調停事件の代理とか民事執行事件の代理権の付与についても検討はすべきではないかというようなことを述べたわけでございます。

 やはり現在、弁護士の数が少ないいわゆる弁護士過疎地では、司法書士の先生方が本人にかわって実務を担当されているというのが事実でございまして、これはもう周知のとおりというところでございます。

 そこで、お聞きをいたしますが、司法書士の業務拡大などについて、審議会の方ではどういうような方向で議論をなされたのか、まずお聞きをしたいと思います。

佐藤参考人 直接には司法書士についてでございますか、これについては消極論もございましたし積極論もございました。

 しかし、いろいろ議論した結果、まさに八十七ページの二段落目のところでありますが、そういう形で議論が落ちつきまして、訴訟代理権については信頼性の高い能力担保を講じた上で認めるべきだと。そして、最後に、調停・即決和解をどうするかという議論が残ったのでありますけれども、この点につきましても、最後の段階では、簡易裁判所の事物管轄を基準にして、調停・即決和解事件の代理権についても認めるべきだということに落ちついたところであります。

 いろいろな議論があったけれども、こういうところに落ちついた、皆さんの合意ができたということでございます。

細川委員 これから弁護士の数がふえていくということになれば、そこでの競争も激化をする。その中で、現在司法書士の人たちが行っている仕事の分野にも弁護士の人たちがいわば強く参入してくるということも当然考えられるわけですね。そうしますと、現在の司法書士の皆さん方も大変影響を受けてくるというふうになりますと、将来、一体この司法書士の制度というのはどういう方向に向かったらいいのかというようなことについてどういうふうにお考えなのか、そこは法務大臣、どうお考えでしょうか。

森山国務大臣 司法制度が国民に身近なものにというキャッチフレーズを先ほどおっしゃっておりましたけれども、そのようなことを考えますと、隣接専門職種の方々にもさらに活躍していただかなければならない場面がふえてくると思います。

 それで、司法書士が差し当たって今の話題でございますけれども、司法書士については、先ほど会長がお話しくださいましたように、少なくとも、簡易裁判所の民事事件の代理権は付与すべきであるということを提言されました。これは、簡易裁判所は比較的少額の民事事件を管轄する裁判所でありますし、本人訴訟の割合が極めて高いわけでございます。その場合、司法書士が訴状の作成などを通じて本人訴訟を支援している実情がございますものですから、このことを考慮されて、さっき申したような提言をされたんだと思います。

 そのほかに、例えば民事執行事件や家事事件についてももっとかかわるべきではないかという御意見、ごもっともではございますけれども、簡易裁判所の民事事件とは事情を異にしておりますので、司法制度改革審議会は、それらの代理権の付与は今後の課題として位置づけたのではないかというふうに思います。

 したがって、御指摘のことについては、簡易裁判所の代理権についての実践をもう少し見ました上で検討するのが適当ではなかろうかと思います。

細川委員 それは、当面のこととしてそういう権限を与えた方がいい、こういうことですよね。しかし、私が御質問しておりますのは、将来の司法書士制度というのはどういうふうに持っていくのが理想なのかというようなことについて、どのようにお考えになっているかということなんです。

 時間がないんですけれども、では、ちょっとそれを。

山崎政府参考人 将来の司法書士像、なかなか一概に論じることはできませんけれども、ただ、将来的に、今司法書士が果たしている役割等を考えれば、多方面の法律的な分野、こういうところにもきっちり力をつけた段階では、進出と言ってはおかしいですけれども、そういう分野もできるようにすべきであるということで考えております。

細川委員 それでは次に、弁理士さんあるいは税理士さんについてお聞きします。

 これについても、将来的な記載はなくて当面のことだけが書かれている、そういう面では司法書士と同じなんですけれども、行政書士それから社会保険労務士さんあるいは土地家屋調査士さん、これらのことについては当面の措置の記載も一切ないわけでありまして、今後の課題として、「出廷陳述など一定の範囲・態様の訴訟手続への関与の在り方を個別的に検討する」というふうに書かれているにすぎないわけでございます。

 私ども民主党の意見では、特にADR機関の活用も指摘をしながら、例えば行政書士では、行政手続法における聴聞代理など具体的な検討をすべきではないかと、具体的な検討課題として指摘をしたわけでございます。

 そこで、司法制度改革審議会の議論としては、今後の課題というような結論であろうと思いますけれども、これらについて当面の措置について全然触れなかったことはどうしてなのか、それから、では審議会の解散後、こういう課題は一体どこで検討をするのかということについてお聞きをしたいんです。簡単にお願いします。

佐藤参考人 司法書士、弁理士それからさらに税理士については一つの考え方を明確に出しておりますが、行政書士、社会保険労務士それから土地家屋調査士などにつきましては、一体、訴訟の場でどういう必要性があるのか、あるいは、それにふさわしい実績というものをどういうように評価したらいいのかということについて、審議会としてまだ立ち入った具体的な結論を得るには至らなかったということが正直なところかというように思います。

 どこでこれから検討すべきなのかということは、これは非常に難しゅうございまして、私どもで具体的にどこでということをちょっと申し上げにくいことかと思います。

細川委員 これはこれから検討すべきということで、ではどこでこれらのことについて検討するのかということについては、今度の審議会で出されました意見書、これをこれから推進していくわけですね。その推進体制の中でこれらのことも当然検討をしていくとしながら、司法改革というのは全体のことですから、これらのことも大事な隣接職種として当然やらなければいけないのじゃないか。だから、いわゆる推進体制の中でこれらも検討すべきだというふうに思いますけれども、この点いかがでございますか。

佐藤参考人 推進体制の中で、この問題はやはり重要だということで取り上げられる可能性はあり得るかと思いますけれども、私からこれをこれをというように具体的に申し上げる立場にはないように思います。

細川委員 終わります。

保利委員長 次に、山内功君。

山内(功)委員 民主党の山内功でございます。

 私は、弁護士報酬の敗訴者負担制度についてお伺いをしたいと思っています。

 一九九七年の法務省の民訴費用制度等研究会で、弁護士報酬の敗訴者負担制度について検討結果を出しておられますが、この検討の経緯と結果についてお伺いしたいと思います。

房村政府参考人 委員御指摘の民訴費用制度等研究会というものは、平成七年十二月に発足をいたしまして、平成九年一月にその報告書を取りまとめたものでございます。これは、民訴費用制度等のあり方に関して、調査研究を目的といたしまして、学者の方々、実務家の方々に入っていただいて検討を加えたものでございます。

 内容的には、弁護士費用について、これを敗訴者に負担させることの当否、負担させる弁護士費用額の決定方式などについて協議が行われたほか、いわゆる政策形成型訴訟について、訴訟の提起を萎縮させないための方策等についても意見が述べられるなどの審議を行っております。

 最終的にまとめられた意見といたしましては、国民の権利、法的地位を実質的に保障するという観点から、将来的には弁護士費用の一部の敗訴者負担制度を導入することが望ましいとの意見が学者委員を中心に多数を占めたものの、訴訟救助、法律扶助のほか、新民事訴訟法の施行による弁護士業務の変化、弁護士人口の増加問題などとも関連させて検討しなければならないことから、その時点で直ちに実現に向けての立法作業に着手すべきであるとの意見は少数でありました。

 しかし、将来の重要課題として今後も検討すべきであるとの点では意見が一致したので、弁護士人口の増加が進み、法律扶助制度の充実等関連諸制度の整備や、新民事訴訟法の施行による弁護士業務の変化がある程度収束した段階において、本格的な検討が行われるべきであるとされたところでございます。

山内(功)委員 司法制度改革審の中間答申では、敗訴者負担を基本的に導入するとし、例外として労働訴訟や少額訴訟を挙げておられます。

 しかし、今回の審議会意見書では、一律に導入すべきではないとし、例外扱いではなく、敗訴者負担を導入しない訴訟の範囲及びその取り扱いのあり方について検討すべきだとしております。

 中間報告と最終意見書は明らかにニュアンスが違うと思うのですが、法務省としては、このニュアンスの違いを含めて、どう受けとめておられるのでしょうか。

横内副大臣 司法制度改革審議会の意見におきましては、一定の場合に弁護士報酬の一部を訴訟に必要な費用と認めて敗訴者に負担させる制度を導入すべきであるというふうにしながら、不当に訴えの提起を萎縮させないように、これを一律に導入することなく、導入しない訴訟の範囲及びその取り扱い方について検討すべきであるというふうにされておりまして、この点は中間報告と同じ趣旨だというふうに私どもはとらえております。

山内(功)委員 全く意味が違うでしょう。

 九七年の段階では、まだ立法作業について着手する段階ではないと結論づけ、その四年後の中間報告では、導入すべきだとかなり積極的に踏み込み、またその半年後の最終意見書では、一律に導入することはいかがなものだろうかという結論じゃないですか。この表現のどこが同じなのですか。これは全く漂流していますよ、結論が。

 この混乱した三つの結論について、どういう団体からどのような批判が寄せられているのか、あるいは、そういう批判にこたえて今回の最終答申になったのではないかと思うのですが、その辺の事情をお聞かせください。

佐藤参考人 先ほど、一九九七年の点につきまして、房村部長の方からお話がありました。その中に、弁護士人口の増加問題等も関連させて検討しなければならないというのが入っております。

 先ほどから御議論ありますように、私どもは、将来法曹人口を大幅にふやすという前提で、全体のシステムの中でこの問題を考えたわけであります。そして、中間報告の段階では、考え方として、基本的に導入すべきであるけれども、さっき御紹介のように、労働訴訟とか少額訴訟などについては例外的に考えるべきだという考え方を示しました。

 ただ、御指摘のように、その中間報告についてはさまざまな批判がございまして、ある意味では、私どもの考えていたことと違ったと言ったらあれですけれども、そういうように受け取られて、かなり深刻に受け取られ過ぎた感がございました。

 私さっき申し上げたように、基本的にと言ったのは、原則、例外というのは厳しいから、そこを原則、例外と言わなくて、基本的にこういう方向で考えてみようじゃないか、しかし、提訴を萎縮させるようなことがあるといけないので、そこは十分手当てをしなければいけない、そういう表現にしたところが、どうも原則導入、例外はわずかというように受け取られて、私どもの真意とちょっと離れた受けとめ方をされたなという反省がございまして、最終的に、最終意見書のような表現で、一定の要件のもとで導入する、しかし、一律に導入しませんよ、それで、その範囲についてはいろいろ考えなければならない、そういう書きぶりになった次第でありまして、私どもでは一貫しているつもりでございます。

山内(功)委員 最終意見書では、「一定の要件の下に」と限定はされていますけれども、「導入すべきである。」という表現ですよね。

 先ほど政府参考人がおっしゃったけれども、四年前の法務省の研究会の報告から、この四年間にどういう事情変更があったのですか。裁判官は全然ふえていないじゃないですか。法律扶助制度は拡充されたのですか。民訴法の改正、文書提出命令はまだ国会で成立していないじゃないですか。全く事情の変更がないにもかかわらず、どうして導入すべきだという結論づけになるのですか。答えてください。

佐藤参考人 先ほど申しましたように、これからの話であります。これから法曹人口をふやし、それから法律扶助制度も、既にできましたけれども、さらに拡充していただく、そういう全体のシステムの中でここの部分があるということを御理解賜りたいと思います。

山内(功)委員 そうすると、どんなイメージを持ってこんな答申をしたのかということが答えられないということですか。訴訟類型について、具体的にこういう訴訟については導入すべきだというイメージもないということですか。

佐藤参考人 議論の中で、こういう訴訟は別にすべきだという議論もございました。ただ、それを個別的に挙げていきますと、そこに挙がっていないのはどうなるのかというような議論もありまして、中間報告には労働訴訟とか少額訴訟を挙げましたけれども、個別的なことはむしろ挙げなかったわけです。具体的に挙げると、むしろそれだけに関心が集中されて、そのほかは厳しくなるのじゃないか、そういうように受け取られるのを恐れたからであります。

山内(功)委員 こういう制度を導入してほしくないというたくさんの批判、それは国民の声です。

 改革審は利用しやすい司法制度をつくるために意見書を出したはずですね。しかし、私が知っている中でも、例えば、一般に勝訴率が低いとされる判例変更を求めるような訴訟、あるいは住民訴訟、議員定数不均衡是正など、非常に難しい訴訟を手弁当でやっている弁護士もたくさんいます。敗訴した場合の相手方の費用負担までも考えて、恐れて、市民の訴えが萎縮することは当然考えられることじゃないですか。民事訴訟の国家をつくり上げる、あるいは権利救済、そういう理念を萎縮させるというよりも殺してしまうことだと私は思っています。

 そうすれば、司法改革審の目指す、利用しやすい司法制度という理念と逆の事態になることも考えられるわけですから、大臣として、どうですか、この導入すべきだという方向性については再考をされる考えはないですか。

森山国務大臣 この最終答申を最大限に尊重して、これから具体化をしていくということでございますので、この御答申の内容は真剣に受けとめていかなければいけないと思います。

 今先生がおっしゃいますような心配をなさる方もあるとは思いますけれども、一方において、勝訴しても自己の弁護士報酬を回収できないために訴訟に踏み切れなかった当事者にも訴訟を利用しやすくするという、反対側の考え方もあり得るのではないでしょうか。

 そのような考え方から、弁護士報酬の一部を敗訴者に負担させることができる制度を導入すべきであるというふうに審議会ではお考えになったのではなかろうかと思います。

山内(功)委員 そうすると、その反対のお考えもあるのじゃないかということでお考えになったという、その反対の意見については、広く国民から声を聴取されたのですか。つまり、勝ったとしても相手方から弁護士費用の回収もできない、弁護士費用の一部の回収もできないから提訴するのをやめようという声が、この導入すべきだということに反映されるほど大きな声を皆さんが感じ取られての発言なんですか。大臣と会長にお聞きしたいです。

佐藤参考人 一つの考え方として、勝った場合に弁護士費用は自分で負担しなければならないというのは、やはりこれはちょっとおかしいのじゃないかという考え方は一つあり得ると思うのです。そして、今回調査しましたけれども、やはりそういう負担をしなければならないということで提訴をやめた、あるいはちゅうちょしたという面もあることは事実でございます。

 そういう面を考慮してやったわけですけれども、しかし、先ほどから御指摘のように、こういうことによって訴訟をチリングする、萎縮させるという面も非常に考えなければいけないし、非常に多くの批判が審議会に寄せられました。もちろん、審議会の委員の中に消費者代表の委員も入っておられまして、その委員もその点を強く主張されたわけであります。

 そういうことをもろもろ考慮して、最終意見の表現ぶりになったということでありまして、そして、先ほど議員が御指摘のような訴訟類型というのは、今後の中で当然いろいろと考慮され、配慮されていくことであろうというように私は理解しております。

山内(功)委員 例えば、先日来、民事訴訟法の文書提出命令の制度について、審議をここの場でさせていただきました。国家や行政の利益あるいは個人のプライバシーの前には真実の追求はおくれてもいいのだ、そういう内容ですよね、今回の文書提出命令制度は。つまり、証拠開示の方法についても不十分な問題があります。

 裁判官もふえていない、法律扶助制度についても、これからこの訴訟負担制度と同じように考えていこうというような提言しかなされていない。あるいは、訴訟の負担について、一部かつ予測可能な額について負担させる、全く基準が明らかでない、一般条項でしかない。こういうような訴訟制度、これが本当に国民が、好んで利用しよう、ああ、こういう使いやすい制度だ、そういうふうに思うかと思うのですよ。

 最後ですから、再度大臣の答弁をお願いしたいと思います。

森山国務大臣 まさにいろいろな御意見がありまして、こういう制度を導入すべきだという方もあれば、それは大変困るという方もあり、それぞれのサイドからのさまざまな意見を取り入れられまして、耳を傾けられまして、非常に抽象的な言い方で、これを導入しつつ、不適当なものについては除外をしていくという内容の提言をしていただいたのだと思います。

 今後、具体化については、さらに慎重に検討をしていかなければいけないと思っております。

山内(功)委員 最後に、慎重に検討を、慎重に検討していただきたいと思います。

 終わります。ありがとうございました。

保利委員長 次に、水島広子君。

水島委員 民主党の水島広子でございます。

 私は、裁判官の処遇問題とジェンダーの問題について質問させていただきます。

 私は今まで、一国民として数々の判決を見てまいりましたけれども、どう考えても、裁判官の人権感覚や常識を疑わざるを得ない判決が幾つも存在しており、また、私のみならず、多くの人たちがその点を指摘しております。だからこそ、司法制度改革の必要性が叫ばれているのだと思います。

 そもそもどのような人が裁判官になるかということもとても重要な問題だと思いますが、どれほどの人権感覚と使命感を持って裁判官になっても、その後の処遇次第でそれを失っていくという例は幾らでもあると思います。裁判官も人間ですから、自分の仕事がどのように評価されるかということによって、働く意欲や方向性が変わってくるのもやむを得ないと思います。

 そんな観点から、重要だと思われる裁判官の処遇問題についてまず質問します。

 今回の審議会の意見書でも、裁判官の昇給制について検討すべきであると触れられています。そもそも裁判官は、それぞれに独立して同じ仕事をしているのですから、報酬に差がつくことはおかしいと思いますけれども、何のためにこの昇給制というものがあるのでしょうか。最高裁にお願いします。

金築最高裁判所長官代理者 御指摘のように、裁判官の報酬については、ある程度の刻みがございまして、昇給していくという制度になっております。

 なぜそういうふうになっているかということなんですが、公務員の給与というものについて、その職務の複雑度、困難程度、責任程度、こうしたものに応じて給与を決めていくという一つの原則があろうかと思いますが、裁判官につきましても、裁判という仕事をしているという点では共通の点はございますけれども、そういった職務の複雑困難の程度、責任程度という点では必ずしも一律ではない。

 例えば、合議体の陪審裁判官だけをしている人と裁判長として訴訟指揮をする人との差、あるいは、地方裁判所、家庭裁判所の裁判官と高等裁判所でその判決の控訴審について担当する立場にある裁判官などで、先ほど言ったような点で違いがあるわけでございまして、そういう面からいいますと、報酬に一定の段階を設けるということには一定の合理性があるんじゃないか。

 判事について言いますと、これは、経験年数からいいますと、裁判官になって十年から三十数年まで経験差があるわけですが、それに応じて、先ほど申し上げたような職務の差がございますし、それからもう一つ、昇給していくときに、それぞれ昇給の幅が非常に大きくなりますと、上がる人と上がらない人で非常に差が出る。そんなふうなことから、ある程度の報酬の段階を定めているんであろう。

 もう一つ申しますと、少なくともこれまでは社会全般に年功序列型賃金が行われておりましたので、そういう中で、一般公務員の給与体系の上に、これと連動した形で報酬額が定められてきたわけでございますが、このことによって報酬のレベルが確保されて、社会的実情に即した報酬体系になってきた、そういうふうに考えられる面があるんじゃないか、そういうふうに理解しております。

水島委員 今、るる御説明をいただきましたけれども、そのような経験年数あるいは今行っている仕事の性質によってこの昇給制というものが本当に合理的にあるのであれば、今回の審議会の意見書でも、検討すべきであるとか、もっと簡素化すべきであるとか、人事評価を透明化すべきであるとか、そういった意見は出なかったんじゃないかなと思います。そこが余りにも明確さ、透明性がなかったために今回の審議会の意見書にもつながったのではないかと思っておりますので、ぜひ、その点について、今回の意見書に沿って、最高裁といたしましてもきちんとした認識を持っていただきたいと思います。

 そして、今回の意見書では昇給制については触れられておりますけれども、私は、報酬の問題だけではなく、勤務地の問題も重要だと思います。裁判官も人間ですし、家庭を持っておりますので、地方を転々とさせられれば一家離散状態になりかねず、子供たちの教育のことを考えても大都市で安定して働くことを希望すると聞いております。報酬だけではなく、転勤という処遇も極めて重要だと思います。

 転勤についての明確な基準、また不服申し立ての道筋がなければ、人間は無難な仕事をして保守的になりがちだと思います。個人の正義感と良識に基づいて勇気ある判決を下していると地方のどさ回りから抜け出せない、その一方、正義感を麻痺させて無難な判決に甘んじていれば安定した報酬と勤務地を得られるというのでは、お役所仕事をする裁判官がふえても無理はないと思っております。

 転勤について、そもそも審議会で議論はあったのでしょうか。簡潔にお答えいただきたいと思います。

樋渡政府参考人 簡潔にお答えいたします。

 裁判官の補職及び配置につきましても、検討課題の一つとして中間報告に掲げられるなど、裁判官の人事制度の見直しの一環として議論がなされましたが、その現状認識及び改革のための具体的方策につきまして審議会としての意見の一致を見るまでに至りませんでしたことから、意見書ではこれについて触れられておりません。

水島委員 そもそも、では現状では転勤に関して基準があるのでしょうか。ちょっとその点を最高裁にお聞きしたいんですけれども、簡潔にお願いします。

金築最高裁判所長官代理者 裁判官の転勤、異動というものは、各裁判官の希望とか家庭事情、それから評価、各裁判所の配置の都合等が総合的に配慮されまして、全体のバランスを図りながら決定されるものでございます。他の裁判官の希望とか家庭の事情等との比較で、だれの希望が優先されるかというふうな問題も生じるところでございます。

 判事補につきましては、大まかな方針として、十年間のうちにできるだけ大中小という規模の違う裁判所に配置して多様な経験を積んでもらう、こういう方針がございますが、裁判長クラスになりますと、ポストとの関係で、経験年数とか力量といった個別的な要素が考量として大きくなる、そういった面もございます。

 そうしたことから、転勤について画一的な基準というものを設けるのは困難であるというふうに考えております。

水島委員 今、転勤についての基準をつくるのは困難ということであるんですけれども、ただ、これは人事評価にもかかわってくることであるわけですし、やはり明確性、透明性というものが必要であると思います。

 ちょっと会長への御質問としては通告していなくて申しわけないんですが、先ほどからこの転勤問題でうなずいていらっしゃるので、転勤問題について、今後、やはりきちんとした基準を設けて明確化、透明化して、また、本人に不服があるときにはきちんとその申し立ての権利が与えられて、そこに十分な説明が加えられる、そういう道筋を切り開くべきだと思いますけれども、会長の御意見はいかがでしょうか。

佐藤参考人 うなずいていたということでございますけれども、転勤の問題は、先ほど事務局長の方からお答えしていただきましたように、さまざまなコンテクストで話題になりました。

 しかし、これについては、審議会としてこうだということ、結論が得られなかったわけでありまして、会長としましても、個人的にはいろいろ思うところもありますけれども、審議会としては、この点についてこうだということに至りませんでしたので、ここで申し上げるまでもないといいますか、言うべきではないというように考えております。

水島委員 一般的にはかなり問題点が指摘されている領域だと思いますので、ぜひ、本日お答えいただけないとしても、引き続き検討項目に加えていただきたいと思いますし、自分がこれからどうなるかということに関して全く自分のコントロールが及ばないということがどれほど人間のやる気をなくさせるか、そういう学術的なデータもございますので、ぜひその辺の透明性を確保していただきたいと思います。

 時間がございませんので、次に、ジェンダーの観点から質問させていただきます。

 現在、最高裁裁判官には女性は一人もおりません。審議会の意見書では、「最高裁判所裁判官の地位の重要性に配慮しつつ、その選任過程について透明性・客観性を確保するための適切な措置を検討すべき」とされておりますけれども、まず、審議会の中で男女比についての議論はなかったのでしょうか。イエスかノーかでお答えください。

樋渡政府参考人 お答えいたします。

 審議会の議論におきましては、最高裁裁判官の選任等のあり方につきまして、出身分野別の人数比率の固定化などの問題点について議論はなされましたが、同裁判所裁判官のジェンダーバランスについて、特にこれを問題として議論はなされておりません。

水島委員 今のお答えからも、いかに司法の場においてジェンダーという問題が軽視されているかということを感じさせられるわけですけれども、本当に、最高裁判所の裁判官というものの地位が重要であるからこそ、そこに女性の声が反映されなければならないと思います。

 法務大臣は、まず、この現状及び改善の必要性についてどのように認識していらっしゃるでしょうか。

森山国務大臣 これまで最高裁判所の裁判官になられた女性は一人でございます。平成六年から九年までの間、短い期間でしたが、女性の最高裁の判事が出まして、私ども、大いに注目し、歓迎したわけでございますが、最高裁判所の裁判官としての要件を満たして、これにふさわしい見識を備えた方であれば、男女にかかわらず任命されるべきことは当然だと思っております。

水島委員 男女にかかわらず任命すべき時代が来ればいいんでしょうけれども、現状ではやはりある一定の割合を設けて女性の裁判官を登用していくべきだと私は思っております。森山大臣であれば、私の言わんとしているところを御理解いただけると思いますので、ぜひ、そのような認識を持たれて、今後御検討いただければと思います。

 そして、女性の数をふやすこともぜひ積極的にしていただきたいと思いますけれども、それと同時に、裁判官の教育にジェンダーというものをぜひ取り入れていただきたいと思っております。

 女性をめぐる訴訟の判決には、女性の人権の国際基準に関する裁判官の知識と人権感覚の欠如を痛感せざるを得ないものが幾つもございます。国連の国際人権規約委員会も、女性の人権についての日本の裁判官の知識不足を暗に指摘しております。

 日本の裁判官教育には、ジェンダーを克服するための教育課程がございません。法曹養成の質問の中でジェンダーの問題が出てまいりませんでしたので、これは事前通告をしていなくて申しわけございませんが、佐藤会長に、ジェンダー全般についての教育の必要性について、専門家としてお答えいただきたいと思います。

佐藤参考人 直接お答えしていいのかあれですけれども、私も行革会議に関係して、男女共同参画について、内閣府にああいうものをきちっとつくるということについて私も積極的に賛成いたしました。

 この問題は非常に重要で、これからの重要な課題でありますので、私も、先ほど法務大臣がお答えになったのと同じ認識であります。教育もしっかりやっていかないといかぬというように思っております。

水島委員 そしてまた、これは裁判官のみならず、司法全般に、ジェンダーという問題についてもっと教育や研修が必要だと思っておりますけれども、この点について、森山大臣のお考えはいかがでしょうか。

森山国務大臣 裁判官に限らず、すべての公務に従事している人たちは、今まで以上にジェンダーについて留意をしなければいけませんし、その認識を深めなければいけないと思いますので、そのような内容の研修が裁判官にも必要ではないかと私も思っております。

水島委員 セクハラ訴訟ですとか家庭内暴力の訴訟、あるいは労働現場における女性労働者による訴訟など、幾つも、本当にこれが国際基準を理解している裁判官が出した判決なんだろうかと思わざるを得ないようなものが多々ございますので、ぜひ、このジェンダーという観点、きょうも今まで御質問の中にも、話題に出てもまいりませんでしたけれども、本当に司法においても重要な領域だと思っておりますので、今後の教育や研修の中で、また何といいましても、最高裁の裁判官の任命権者であります内閣の皆様にぜひこのジェンダーの問題というのをしっかりと認識していただいて、よりよい司法改革に努めていただきたいと思います。

 以上です。終わります。

保利委員長 次に、佐々木秀典君。

佐々木(秀)委員 改革審の最終意見書が出されました。短い時間で非常に精力的に御検討いただいてこの意見書を出していただいた審議会の会長初め皆さんに心から敬意を表したいと存じます。

 それで、最高裁堀籠事務総長お見えでございます。先ほどもこの意見書の受けとめ方についてはお話がございましたけれども、この司法改革、もちろん法曹三者を初めとして、それぞれのところで重く受けとめながら、これをどうやって生かしていくかということに力を尽くさなければならないと思いますけれども、私は、とりわけ裁判所の役割、それから今後のこれを具体化するための仕事は大変重要だろうと思うのですね。

 意見書の中では、例えば六ページだとか、あるいは十一ページなどで、特に裁判官の制度についての御提言があり、判事補制度の改革など、具体的な提言もされている。課題が非常に多い。それからまた、裁判員をどう受け入れて、どういう裁判をやることになるのか。これは、制度の改革、それから設備の問題、人員の問題、それから財政の問題、いろいろありますね。

 それで、政府の方では、先ほど法務大臣からもお話しのように、三年間でこれを具体化する法整備に着手するというようなことでございますけれども、裁判所としては、この意見書を具体化するために裁判所としてやるべきことのために、どういう手だて、例えば、何かその対策の機関などを設けるような方針なのかどうか、その辺をお聞かせいただきたいと思います。

堀籠最高裁判所長官代理者 司法制度改革審議会の意見書は、多角的かつ精力的な調査審議に基づきまして、我が国の司法制度のあり方について大きな方向性を示すものでありまして、より利用しやすい司法、より信頼される司法を築くために、大きな意義があると考えているところでございます。

 今後、この意見書を受けて、政府部内で具体的な改革の審議が進められていくことになろうと思いますが、裁判所といたしましても、司法制度を担う立場から、これにできるだけ協力するとともに、国民の期待にこたえる司法制度の実現に向けて努力してまいりたいと考えているところでございます。

佐々木(秀)委員 それはいいんですけれども、それでは余りアバウト過ぎるんだ。今のお話だと、政府がやるものに裁判所が協力する、こういうように聞こえている。そうじゃなくて、裁判所がもっと主体的に、積極的にやらなきゃいかぬと僕は思いますよ。だとすれば、独自の、これについての具体化する検討機関などを設けるということがあってしかるべきじゃないですか。その構想を持っていないのですか。それだけでいいですよ。

堀籠最高裁判所長官代理者 今回の意見書の中にあります問題の中で、特に裁判官に関する問題につきましては、総局内にそれを担当する人を置きまして、意見書の意見を十分踏まえて、それに沿った改革をしていくのにはどうしたらいいかという形のものをつくりたいというふうには考えております。

佐々木(秀)委員 裁判官のあり方についてはそうだということですね。

 しかし、これはいろいろな問題が提言されているわけですから、それぞれの部門があると思うけれども、やはり総合的な検討のチームをつくっていただいて、これは事務総長がその最高責任者になってやらぬといかぬと思いますよ、私は。ぜひそれを立ち上げていただきたい。また、今後の審議の中で、時々その進捗状況などもお伺いさせていただきたいと思いますけれども、どうか、人ごとでなく、人任せでなく、裁判所が本当に主体的に取り組んでいただきたい、そのことを心から要望しておきます。

 次に、今水島さんからも裁判官の選任の問題などのお話がありましたが、私は、最高裁判所の裁判官の選任の問題で、これは意見書の九十九ページの中で触れられております。特に、その選任過程についての透明性、客観性を確保する適切な措置を検討すべきである、そして、昭和二十二年当時、これは片山内閣の当時だろうと思いますけれども、つくられて、実際に機能もした裁判官任命諮問委員会の制度、これも参考にしながらというくだりがここに書かれておりますけれども、私はこれは大変重要だと思うのですね。

 いずれにしても、最高裁判所、特にその裁判官などというものについては、国民から遠い存在になり過ぎている。雲の上の人になり過ぎている。直接に触れるといっても、この後でお聞きしますけれども、国民審査、わからないですよ、国民は全く。

 そこで、この最高裁判所の裁判官の選任についてですけれども、例えば、御承知のように、アメリカの場合には、任命権者は大統領ですけれども、必ず国会の、上院の承認を必要とするのですね。これは、上院で聴聞会が開かれて、そしてこの聴聞会の様子がテレビで放映されて、国民みんなが見ることができるのですね。これは非常にいい制度だと私は思うのです。こういうことについても審議会では検討されたのかどうか、その辺について、会長からお伺いしたいと思います。

佐藤参考人 お答えします。

 アメリカの例でございますけれども、これは憲法上そういうことになっておりまして、もし国会の承認というようなことになると、やはりこれは、どういう効力、どういう意味合いを持たせるかによりますけれども、憲法改正が必要になってくるのではなかろうかというようにも思われるんですが、そういうことが関係してかどうかはわかりませんけれども、国会の承認という議論は、少なくとも審議会では表面に出ていなかったように思います。

 ただ、戦後、諮問委員会というようなものをやったように、これから考えてしかるべきじゃないか。任命権は内閣にあるんだけれども、それは当然のこととして、こういう仕組みを考えて、なるほど、この方が最高裁判所の裁判官になられたのか、もちろんその評価はそれぞれの立場でいろいろ評価があるでしょうけれども、なるほど、この人がこういう理由でなられたのかということがもっとわかるような形にあってしかるべきじゃないか、そういう声は審議会でいろいろ出まして、結果がこういう表現ぶりになったということに理解しております。

佐々木(秀)委員 私は、アメリカのように上院の承認を大統領任命の前提条件として必要だとするのであれば、これは憲法改正が必要だと思うんです。けれども、そこまで、国会の承認権というようなことではないとすれば、あくまでも参考として、その裁判官候補者から意見を聞いたり、その人柄、実績を確かめるということを任命についての参考にするんだ、あるいは指名についての参考にするんだということであれば、憲法改正の必要はないんじゃないだろうか。ちなみに、私の同僚の弁護士が、そういうことで、任命権者を拘束しないような方法としての、最高裁判所裁判官候補者聴聞会法などというのを私案としてつくっている。

 いずれにしても、国民の代表者である国会に何らかの関与をさせるという方策としては、私は一つの方法だろうと思うんですね。このあたりが今度の意見書で具体的に指摘をされていないのは、やや物足りないような思いもするものですから、いずれにしても、国民ないし国民の代表である国会が何らか関与できるような方策というのは、今後もまた検討に値するのではなかろうかと思っていることを意見として申し上げておきたいと思います。

 時間がありませんから、もう一つ、今度は最高裁の裁判官の罷免の問題ですけれども、国民審査です。これがどうも、憲法上の制度になっておりますけれども、生かされていないのじゃないかという御指摘があります。

 これは、意見書の中でも書かれておりまして、「その形骸化が指摘されている。」これを有効、適切なものにするための措置というのが検討されるべきだ、実効化を図るための措置が検討されるべきだ、こういう御意見になっているわけですね。ただ、ここで「審査対象裁判官に係る情報公開の充実に努めるなど」という程度にしか出ていないのが、私はちょっと物足りない感じがするわけです。

 ひとしく皆さんから言われているのは、一つは、対象となる裁判官がどういう人だかわからない。それから、投票の用紙が、罷免を可とする者についてバッテン印をつけるというだけになっている。よければ丸、だめだったらバツという方がわかりやすいんだ、それがわからないじゃないかというようなこと。あるいは、投票の方式がそういうことになっているものだから、罷免を可としない場合には何も記載しないで、そのまま投票する。

 ただ、これの具体的な施行方法は国民審査法で書かれているわけですけれども、それによって、このごろは、衆議院の選挙と一緒に行われるわけですけれども、投票所に、投票しない方は投票用紙を返していただいていいというような表示は出るようにはなったけれども、なかなか、一たん受け取った投票用紙を返すというのは抵抗のあるものなんですね。ですから、投票者の意思が必ずしもストレートにあらわれないじゃないか。わからなかったら棄権したい、だけれども、黙って入れちゃうと、それは罷免を可とする者とは認められない、こういう矛盾などが指摘されているんですね。この辺は、私は、法律の改正によって改善できる余地というのはかなりあるんじゃなかろうかとも思っているわけです。

 それで、時間がありませんから、簡単にお答えいただきたいんですが、まず、裁判官のことを知らせる方法として、選挙区にお伺いをいたしましたら、最高裁判所の方から、その裁判官についての経歴などについての公報資料をいただいて、そのまま、衆議院の候補者の公報と別刷りですけれども、つくって出す、こうなっているんですね。どうも今まで、公報を見たっておもしろくないんですね、これ。

 むしろ、その人柄だとか、あるいは経験、抱負、だって、裁判官に任命されてすぐの衆議院選挙でやるわけですから、任命されてすぐの人もあるわけですね、裁判歴なんか全然ない人もいるわけだ、特に、裁判官でない人もいるわけですから、そういう人について、審査資料として、やはり人柄から抱負経綸など、これは知らせる必要がある。

 そうすると、字に書いたものだけではなくて、これだけテレビが盛んなんですから、媒体としてのテレビを使って、例えばインタビューさせるとか、そういうことも考えられないのかどうか。これは最高裁にまずお聞きしますけれども、どうですか。

中山最高裁判所長官代理者 お答えいたします。

 国民審査の手続につきましては、委員御承知のとおり、最高裁判所裁判官国民審査法等で決まっておりますので、それは私どもの方で、最高裁判所としてどうこうと言えるような問題ではなかろう……(佐々木(秀)委員「今の公報のこと」と呼ぶ)公報につきましては、そういった法令のもののほかに、最高裁判所としてできるものはどんなものがあるかということで、この二月から、きょうお持ちしましたけれども、インターネット上に、最高裁判所の判事の顔写真、それから略歴、信条、趣味等を記載したものをつけております。そういうものを見ますと、例えば、外交官出身の福田裁判官などは、「世界には様々な国がありますが、」というようなことが、いろいろ書いてございます。そういうふうにまた努力しているところでございます。

佐々木(秀)委員 インターネットを利用になっているというのは、これはいいですね。従来よりよほど進んでいると思いますけれども、私は、テレビをもっと使う方法も積極的に考えてほしいと思うんですよ。別にこれは法に触れませんから、こういうことは全然。

 それから、総務省、来ていると思うんですけれども、一つは、これは総務省としては答えられないんでしょうけれども、さっきのマル・バツ方式にできるかどうか、これは法律的に問題があるのかどうか。これは法律を改正すればできるんじゃないかと私は思うが、これは検討の事項として置いておきましょう。

 現実的な問題として、棄権の意思をあらわすために、棄権箱、つまり、棄権する人は、わからない人はこの棄権箱に入れてください。これは実際にやったこともあるんですよ、私どもが選挙区に要求して。ある選管ではやったんですよ。だから、それはできるはずなんだけれども、これはどうなんですか。実情、やる意思があるかどうか。

大竹政府参考人 国民審査の棄権箱のお話でございますけれども、国民審査の投票につきましては、御指摘のように、投票の強制に当たらないような運用を図るべきということは当然だろうと思っております。

 したがいまして、各投票所の適当な箇所に、投票したくない人は投票用紙を受け取らないでよいこと、また、受け取った後でも、投票したくない人は投票箱に入れずに係員に返してよいことなど、投票に当たりましての注意事項を、選挙人の見やすい場所に、見やすい大きさで掲示するように、各選挙管理委員会に対しまして助言しているところでございます。

 今御指摘ございました棄権箱につきましては、棄権箱を設置いたしますと、あたかも棄権を奨励しているかのように受け取られるおそれもあるわけでございまして、私ども投票参加を呼びかけます管理執行機関としてはいかがなものであろうか、このように考えておる次第でございます。

佐々木(秀)委員 時間が来ましたので終わりますけれども、ひょっとすると同時選挙があるかもしれないから、忙しいことになるけれども、ちょっと検討しましょうや、早急に。これはできるはずなんだから、やり方によっては。今の御懸念を払いながら。やったところもあるんだから。ということを申し上げて、終わります。

保利委員長 次に、野田佳彦君。

野田(佳)委員 民主党の野田佳彦でございます。

 きょうは、民主党総員出動で、一人十五分のリレーの質問をしてまいりましたが、私は、今後の推進体制を中心にお聞きをしたいと思いますので、たまたまアンカーとなりました。

 まずは、このたびの最終意見を取りまとめられました佐藤会長を初め、審議会の委員の皆様には、その御努力に深く敬意を表したいというふうに思います。

 中身については、きょうも既にさまざまな委員から御指摘がありましたように、見解の異なるところもあるし、もっと踏み込んでほしかった、書き込んでほしかったというテーマもありますが、総じて、国民の使い勝手のいい司法をどうするかというその流れについては、私は評価をしたいというふうに思いますし、この最終意見を一歩も後退させない方向の推進体制をつくるべきだというふうに思っています。

 その中で、まず内閣に熱があるかどうか、国会に本当にどれだけの関心があるのかどうか、あるいは国会の外の国民にどれだけの関心があるかというと、私はまだまだのような気がしております。

 例えば、小泉総理の所信表明演説でありますけれども、さらっと書いてあるのです。「明確なルールと自己責任原則に貫かれた事後チェック・救済型社会への転換に不可欠な司法制度改革についても、重要課題として取り組みます。司法制度改革審議会から提出される最終意見を踏まえ、国民と国際社会から信頼される、新しい時代にふさわしい制度を目指した改革を進めます。」とあっさりと書いてあるのです。今までの森内閣が二行ぐらいだったらしいですから、三行ふえていますので、少しはやる気があるのかもしれませんけれども、もっと内閣の強い決意を出していただくためにも、森山法務大臣には、ぜひイニシアチブをとっていただいて、もっと総理の耳元で必要性をやはり説いていただきたいなというふうに思います。

 今後の推進の中で柱になるのは、司法制度改革推進本部のつくり方、立ち上げ方だろうと私は思っています。私の個人的な意見をちょっと申しますので、それについての法務大臣の御意見と御決意をお聞かせいただきたいというふうに思います。

 今回の最終意見の中でも、最後の、百十五ページの方向で、「本意見の提言する改革は、内閣が総力を挙げて取り組むこととしなければ、容易に成し遂げられるものではないことから、内閣に強力な推進体制を整備し、一体的かつ集中的にこれに取り組まれるよう求める。」と意見が出ていますが、全くこのとおりであって、その強力な推進体制を組むためには、総理大臣みずからが本部長になるということがまず大前提だろうと私はやはり思います。そして、これを支える独立した、しっかりとした事務局をつくるべきだろうというふうに思います。

 また、今回の審議会が、法曹三者の委員の方はたしか三人だったと思いますね。法曹三者の御意見も、これからもその推進の中では当然生かしていかなければならないと思いますが、もっと利用者、ユーザーの立場をどん欲にやはり取り込んでいくという姿勢の推進本部の体制をつくっていただきたいというふうに私は思っています。

 また、その議論の経過は常にオープンにしていただく。今回の審議会もその都度議事録を公表していただいて、とても参考になりましたけれども、推進体制のあり方でもこのオープンの姿勢はぜひ堅持してほしいというふうに思っています。

 私は、こういうことを踏まえて司法制度改革推進本部をつくってほしいと思っていますけれども、法務大臣の御意見と御決意をお聞きしたいと思います。

森山国務大臣 おっしゃいましたように、この司法制度改革推進を進めていくためには、内閣挙げて努力しなければいけないというふうに思っております。

 その具体的な推進体制のあり方につきましては、これからそのための法律案を策定する過程で検討されるべきことでございますけれども、今数々の大変有益な御意見をちょうだいいたしましたので、そのようなことも参考にしながら検討してまいりたいと思います。

野田(佳)委員 今申し上げた中で、私は、とりわけ利用者の立場というのをやはり常に重視していただきたいと思うのは、今回は、国民にとって使いやすい司法であると同時に、司法に対するシビリアンコントロールが大事だと思っていまして、先般の安部被告に対するあの薬害エイズの判決であるとか、あるいは参議院選挙の一票の格差、五倍でもオーケーよとか、理路整然と社会常識と反する判決というのが時折あるように思っているのです。

 そういうものを立て直すためにも、これからの推進体制の中で、ぜひユーザー側、利用者側の社会常識というものをやはり持ち込む御努力をしていただきたいということをもう一回つけ加えたいと思います。

 さて、国民の関心なのですけれども、NHKの世論調査が五月に行われていまして、司法にかかわる部分が幾つかございます。

 まず、司法制度改革への関心。大いに関心があるが一五・三、ある程度関心がある、三八・五、半分を少し超える程度の方が関心がある。余り関心がない、三二・六、全く関心がない、七・三で、約四〇%がむしろ関心がない方向ですね。今回の提言の中の一つの目玉である裁判員の問題。裁判に参加したいかという項目では、ぜひ参加したいが六・六、参加してもよい、三三・四、すなわち、四〇%は参加してもいいよと。できれば参加したくない、三六・三、絶対参加したくない、一二・二、五〇%近くはやはり参加したくないのですね。やはり国民が司法制度改革の意義というものをもっと理解をしていかなければ、私は、せっかくの御提言も絵にかいたもちになってしまうと思います。

 そういう意味では、これからぜひ司法制度改革の意義についての広報、啓蒙が必要になってきますが、その点について、森山大臣のお考えをお聞かせいただきたいと思います。

森山国務大臣 おっしゃるとおりでございまして、今おっしゃってくださいましたのは五月の時点の世論調査でございますね。この問題がさらに具体化してまいりまして、いろいろなところで取り上げてもらえるようになれば、また国民にも理解が深まっていくだろうと思いますが、そのための努力を私どももさらにしていかなければならないと思っております。

野田(佳)委員 五月の段階ですから、最終意見が出た六月以降、いろいろ新聞紙面にも出ていますので、もう少し関心も高まっているだろうとは思いますけれども、今大臣が御答弁いただいたとおりの御努力をぜひしていただきたいというふうに思います。

 それから、その推進体制の中でやはり必要なのは、人的体制の充実の問題だと思っています。このことについては、最終意見の中の百十六ページ、「財政上の措置」の中にも触れられています。「裁判所、検察庁等の人的体制の充実を始め、今般の司法制度改革を実現するためには、財政面での十分な手当が不可欠であるため、政府に対して、司法制度改革に関する施策を実施するために必要な財政上の措置について、特段の配慮をなされるよう求める。」という文章がございます。

 特に、まずはその前段の部分に書かれている人的体制の問題なのですけれども、法務省では、二〇〇一年から五年間で省全体で四・七三%、二千四百十三人を削減する目標があります。一方で、きのう大臣が記者会見で発表されていましたけれども、入国管理の方で三十数名ふやすようなお話がございました。ただでさえ人手不足で、やりくり算段をしなければいけないときに、司法制度改革を実現するためにはより一層の人的な充実がやはり求められると思います。

 例えば、検察官を千人欲しいとか、そういう話になってくるわけであって、この五年間の目標と、司法制度改革実現のための人的体制充実、これはどうやってバランスをとっていかれるのでしょうか。お考えをお聞かせいただきたいと思います。

森山国務大臣 この最終答申に出ております最後の理想の姿というものを描くためには、おっしゃるように財政的裏づけがかなり必要でございますが、それを一度にやるわけではございませんで、少しずつ積み上げていくということになるのではないかと思いますから、財政当局にも御理解をいただいて最大の努力をしていきたいというふうに思います。

野田(佳)委員 財政当局にも御理解をいただいてという言葉を踏まえて、政務官にお聞きをしたいと思うのです。別にきょうは牽制をするつもりで呼んだわけではなくて、当然政務官も司法制度改革の意義については十分御承知をしていただいているという前提でお話をしたいと思いますけれども、先ほどのやりとりの中でも出てきましたとおり、司法制度改革には、人的な面のみならずさまざまな予算措置がどうしても必要だろうと思います。

 先ほど漆原委員も触れられていました。例えば、現状では、裁判所の予算は全体で〇・三九%。法務省が〇・七四%。全体の予算の中では極めて小さいですよね。その中で、今申し上げたように、司法制度改革を実現するためには、例えば法科大学院だってこれはお金がかかるし、裁判員制度を導入したって、お一人に日当を払ったり、旅費を払ったりしなければいけないわけですし、司法試験の合格者が三倍になれば、当然司法修習生だって三倍になってくる。そうすると、司法研修所の予算だってふやさなければいけないとか、さまざまな財政措置を伴わなければ実現をしないものであります。

 全体としては聖域なき財政構造改革という流れはわかりますが、その中でも、二十一世紀のさまざまな改革のかなめになる司法制度については、やはり特段の御理解をいただかなければいけないと思っています。その中で司法予算の扱いは今後どうなっていくのか、ぜひ御答弁をいただきたいと思います。

中野大臣政務官 委員の御質問にお答えしたいと思いますけれども、まず、財務省といたしまして、今回の司法制度改革の推進につきましては、これはもう非常に重要なものだと認識をしておりますことを申し上げたいと思っております。今後、今般の審議会の意見書を踏まえまして、この意見書を中心にして、尊重して、政府として改革を実現するための方策の具体化をこれから現実にやらせていただくということをまず申し上げたいと思うわけであります。

 今、聖域なき財政構造改革との関係についてお尋ねになりましたけれども、財務省といたしましても、いわゆる財政構造改革を進めていく中で、当然司法改革に必要なものについては、これは十分配慮をするということはもう当然でございます。しかしまた、財政として国民の税金を預かっている立場から申し上げますと、とにかく限られた財政資金でございますから、国民が納得できるように、効率的な使用の観点から合理的な制度というものをつくっていくということは、ぜひ御理解願いたい。

 そういう意味では、財政改革とか司法制度改革、これを進めていく中で、今までの業務のあり方とか既定予算については、これをやはり見直すということについては、これはぜひ御理解を願いたいと思うのです。決して、それが司法を大事にしないという意味ではなくて、これは各機関で御協力してやっていただきたいということで、先生にも御理解、御支援を賜りたいと思います。

 今お話ございましたけれども、この意見書にもございましたとおり、法科大学院とか司法試験の合格者の増加ということがございまして、そういうものの検討とあわせまして、例えば現行の司法制度のあり方の見直しとか、現在行われております司法研修生への給付の仕方とか、いろいろこれは御意見がありますけれども、それらについてもいろいろと御理解いただいて、やはりきちっとしたものをつくっていく努力が必要だろうと考えておるわけでございます。

 どうか、そういう意味で、国民の期待にこたえられる司法制度の改革のために、できる限りの努力をいたしますが、その中で、財政当局の立場としまして、聖域なき行政改革、財政改革ということは、決して司法だけをねらい撃ちしたものではないということでございますけれども、全般的に一生懸命やらせていただきますので、どうか、その点については御理解を賜りたいと思うわけであります。

野田(佳)委員 財政当局の基本的な立場はよくわかります。それは国民の負担にかかわることですから、それぞれの事業を精査するということは当然だろうと思いますが、この最終意見が出てすぐに報道で見ると、これは事実かどうかわからないですけれども、司法修習生の給与の問題がどうのとか、コメントをされている。どなたかは知りませんけれども、出ているということは、これからの制度設計、これからの立法作業があるわけで、その前からもう動き始めるというのはいかがなものかという気がしておりますので、その点だけはつけ加えたいと思います。

 最後に、これは通告も何もしていませんが、今までのやりとりを聞いて、推進体制について、佐藤会長、何か特段の御意見、御要望がございましたら、最後の質問にしたいと思います。

佐藤参考人 まさに、内閣主導で、先ほど来大臣からも御答弁がありますように、全力を挙げて取り組んでいただきたい。そうでなければ、これはなかなか実現するのも難しい。内閣及び政治の力に大いに期待しております。

 よろしくお願いします。

野田(佳)委員 ありがとうございました。

保利委員長 午後一時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。

    午後零時十四分休憩

     ――――◇―――――

    午後一時一分開議

保利委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。

 質疑を続行いたします。西村眞悟君。

西村委員 佐藤先生、御足労いただきましてありがとうございます。

 実は、御無礼なことなんですが、昨日質問通告をいたしまして、私は、憲法学者であられる先生に憲法のこともと申し上げましたら、当局から、それは審議会会長としての意見は出てこず個人の意見をお述べになるということでありますから、この場ではいかがなものかという御意見をいただきまして、それもそうだなと。

 憲法学者としての先生からは後日お教えを受けるとして、本日は、法務大臣また法務当局に御質問させていただいて、御無礼ですが、時間があればその感想を承れれば幸いでございます。

 さて、質問に入ってまいりますけれども、司法制度の改革は、結局、法の支配を実質的に我が国でいかに確保するかという目的のもとにあるんだと思います。

 それで、この答申を私もざっと拝読させていただいただけですが、あるいは憲法改正を視野に入れた上での答申ではないということは確実でございまして、私が、今、我々立法、行政に携わっている者が一番ここに法の支配がないと思っておるのは、憲法の解釈に関して有権的解釈の確定が全くないということでございます。

 昨日、ナウマンというドイツ陸軍の元大将がここに来られて、私も懇談いたしました。ドイツ陸軍を海外に派兵する、コソボ等に派兵するときに、閣議でそれにゴーサインを出した外務大臣が憲法裁判所に提訴して有権的判断を求める、憲法裁判所はそれは合憲であるという判断を出して、ドイツではその議論は確定したと。

 しかしながら、我が国には憲法解釈と称するものが人の数ほどありまして、特に内閣法制局の憲法解釈が政府を縛る唯一の有権的解釈であるかのごとく持続されまして、司法における有権的解釈の確定はないまま議論が絶えないということでございます。これは、我が国の国政が、その執行において法の支配のもとにあるのか否か、ひいては我が国の法の文化に対する病理学的な研究対象にもなりかねない問題だ、こういうふうに思っているわけですね。

 それで、今ここで、例えば自衛権に関するあの奇妙きてれつな、世界各国そして法学部の一年生でもそんな答案を書けば落第するのは当たり前だという、権利は持っているが行使できないというああいう解釈がまかり通っているのがどうやこうやとは言いませんけれども、有権的に解釈する憲法裁判所も視野に入れた議論が必要なんではないかなということ。

 それから、二年前の不審船事件でも現実化されかけた問題、つまり、一九四九年のジュネーブ三条約によって、我が国は国際法上の義務として軍事法廷を開かなければならない、そういう事態も我が国で現実性がある周辺状況になってきたなという状況がございますので、法務大臣としましては、行政の長としての法務大臣ではなくて、内閣の一員たる大臣として、憲法裁判所は視野に入れるべきかなという点についてはどういうお考えを持っておられますか。

森山国務大臣 御通告いただいた質問の中にございませんでしたものですから、全く準備をすることができませんで、まことに申しわけございませんが、大変重要な課題であるとは存じます。

西村委員 ああそうですか。どういうことやろな。僕のことやから、質問とりに来た人は、みんなせえへんようになったと思い込んだんでしょうね。

 質問の通告が伝わっていなかったということの前提で、ここでまた佐藤先生に聞きたいんですけれども、権利はあるけれども行使できない権利などこの世にあるんですかという一点だけちょっとお聞きしておきたい。

 禁治産者等々は、もちろん権利はあるし、行使する能力を付与されて行使もできるわけですね、法定代理人によって。我が国の政府中枢にある憲法解釈は、権利はあるが行使できないということでございます。

佐藤参考人 今の御質問は、ちょっとこの場でお答えするのは……。

 ただ、憲法裁判所の関係についてはちょっと申し上げておきたいと思います。

 この我々の最終意見は、現行の憲法のもとで考えていることでありまして、改正を前提とした議論はしておるつもりはありません。

 そして、現在、御承知のように、違憲立法審査制はいわゆる付随的審査制で、具体的な事件、争訟に関連して違憲審査権を行使するということになっているわけでありまして、憲法裁判所ということになれば、これは憲法改正を要する事柄だ。そうでない解釈も若干ないわけではありませんが、憲法改正を要する事柄だというように考えておりまして、その前提でこれは書かれておりません。

 ただ、付随的審査として今のあり方が適当なのかどうか、まだ工夫の余地があるのかどうかということにつきましては、六ページのところで、大法廷中心に、もう少し本格的に違憲審査に取り組む態勢をつくっていただく、そういうことを検討していただく必要はあるんではないかと。

 そして、こういう付随的違憲審査制のもとでありますと、憲法解釈がすべてがすべて最高裁判所に行くということにはなりませんので、具体的な事件に関連してしか行きませんから、その点はだれが責任を持つかということになれば、それは、第一義的には国会であり内閣である。そして、裁判所も、事件性に上がってきましても、御承知のように、政治的問題という考え方もありまして、裁判所が、いつも常に一〇〇%それについて合憲、違憲の判断をするとは限らない。

 その意味では、やはり、国民であり政治部門である、政治部門の役割は非常に重い、そういう構造になっているというように考えております。

西村委員 ありがとうございます。

 先ほど大臣から、この問題についても考えていかねばならない問題だなと思いますという御答弁をいただきましたけれども、実に我が法文化は妙な文化でして、大宝律令を改正したという記録は我が国には全くないんですね。それで、関東御成敗式目などをつくった北条泰時の手紙などを見ましたら、京都の方には律令というものがあるらしいけれども、我々関東の者は全くそれを知らない、こんなもので裁かれるならば、山に入って猟師が仕掛けた獣穴、イノシシをとる穴に落ちるようなものだ、だから鎌倉殿の裁定、判例集をもって我々を律するんだということをやっておるのですね。

 今また、昭和二十二年に紙に書かれて国民に示された憲法のこともそうなんですよ。今の憲法調査会も、改正をしないという前提で議論をしておる。

 そういうことですから、有権的判断が確定すれば、政治は生々発展、変化する状況を踏まえて行うものでありますから、固定された条文に関して、当然、具体的な改正論であるとか維持論は出てくるわけですね。政治の場で、法の支配という、憲法の解釈をめぐる、変更すべきか変更せざるべきかという議論が全く封印されたまま、大宝律令のごとく忘れ去られるのを待って、そしてひもといてみたらば、いや、こういう状況が数十年続いているんだという言いわけしかなし得ない状況が続くことは、私は、二十一世紀の我が国の政治、行政のあり方について妥当ではないんだ、法の支配ではないんだというふうに思いますので、この問題をまず挙げさせていただきました。

 では次に、当局に、捜査について、この答申にあらわれた意見を前提にしてお聞きしたいと思います。

 弁護士を本当に増加していく、この社会に法的サービスの需要、潜在的需要が本当に大きいんだという前提の問題意識であります。

 さて、弁護士の増加の理由はお聞きしましたが、国が国民に提供すべき法的サービスの最大のものは、犯罪を認知し法を適用して適切に裁くことだ。一つの犯罪の背景にどれだけ法的救済を待つ被害者がおるのかということに思いをいたしましたならば、我が国の、犯罪の発生を察知し、捜査の端緒をつかむ捜査機関の能力と、そして捜査機関が持つべき法的手段は十分なのかどうかというふうな問題意識に思い至るわけでございます。

 答申四十九ページには、私が待望しております「刑事免責制度等新たな捜査手法の導入については、憲法の人権保障の趣旨を踏まえながら、」云々と、検討するんだということが書いてございます。その前の、冒頭の文には、「刑事司法はその機能を十分発揮し難い状況に直面しつつある。」こういう問題意識を書いておられるわけですね。

 さて、私は、多くの国民の関心を集めた重大事件について、その真実に捜査の切っ先が届いていたのかいなかったのかという点に関して、切っ先が届くことを速やかになし得ない非常な制度的欠陥があったんじゃないか、反対から言えば、捜査機関にその手段がなかったのではないかと。それは、免責制度を前提にする司法取引であろう、捜査協力の手法であろうと思います。これによって中枢の真実に届くことができます。今の捜査手段で、人を拷問にかけて真実を言わすということはできません。これは適正手続に反します。

 それで、この答申では、国民の法感情、公正感に合致するなどの問題があり、これはまああるでしょう、「直ちに結論を導くことは困難であって、多角的な見地から検討すべき課題である。」ということでとめられておりますが、もうぼつぼつ、当局としては、この問題について具体的な意見を述べていただく段階に達しておると思いますので、いかがなものかということをひとつ聞きたいと思います。

古田政府参考人 委員御指摘のように、現在、犯罪情勢がいろいろな意味で非常に大きく変わっております。そこで、非常に組織化された犯罪とか、こういう問題につきまして、なかなか従来の捜査手法だけでは対応し切れない面が出てきているのも、これは率直に認めざるを得ないと考えているわけです。

 そこで、いろいろな捜査手段ということがどうあるべきかということは、私どもとしても、日々といいますか、常々いろいろな検討をしているところでございます。その中で、ただいまお尋ねのありました免責を前提とする司法取引、この問題につきましては、免責そのものにつきましてはこれは特に取引ということではないわけでございますが、さらに一歩進んで取引ということになってまいりますと、これはやはり真実の供述をどうやって得られるようにするかというような問題、それから、仮にそうした場合に、なお証言拒否をした場合に一体どうするのかというふうな問題、こういうふうなさまざまな問題が現実的に起こり得るということと、やはり従来の日本の全般的な感覚では、そういう取引ということについてはかなり、一種の、余りきれいではないというような感じなども現実としてあるわけでございまして、そういうようなことをかれこれ考えますと、やはりいろいろ検討しなければならない問題はあると言わざるを得ないと思うわけです。

 ただ、司法取引ということを前提としない刑事免責、これにつきましては、先ほど申し上げましたような真実の供述確保あるいは証言強制をどうするかというふうな問題とあわせて、今後真剣に検討していかなければならない問題と考えております。

西村委員 本当にこの問題は、この答申にあります国民の法感情、公正感の問題という抽象的なものではなくて、捜査機関が直面する、また国民の重大な関心を集める具体的な事件において真実をいかに探求するかという観点から、今お答えになったような無視できない問題として検討に値する、こういうふうに思います。

 次に、三点ほどまとめてお聞きいたしますが、私は、我が国の治安状況はゆゆしき状況にあると思っております。十数年前は、例えば覚せい剤〇・〇三グラム、耳かき一杯が五千円で売られて、今もほぼ同じ値段だろう。その十数年前は一キロの押収が新聞の社会面に大きく出るような状況でありましたが、近年は年間押収量だけで一トンを超えておる。これは当然膨大な暗数を抱えた一トンでございますから、我が国の国内が世界的に最大の利潤を上げるドラッグの市場になっているということはほぼ間違いないのではないか。

 飛行機に乗ってシンガポールに行かれれば経験することでございますが、注意、シンガポール国内ではドラッグの犯罪は死刑になると書いてある。世界各国はそこまで、ドラッグの蔓延が社会秩序の崩壊をもたらすという危機感を持って取り組んでおるわけです。

 グローバル化した社会の中で、我が国だけが相変わらず、国民の認知できない、つまり捜査機関が引っ張り上げてこないということですから、マスコミも報道のしようがなく国民の関心も引かない状態の中で、覚せい剤市場として世界トップクラスを誇っているという現状を踏まえれば、この問題についての捜査のあり方、おとり捜査の必要性等々は、一歩踏み出していくべき時期に来ているというふうに私は思います。

 これについての御意見も承りたいわけですが、まとめまして。

 この答申では、取り調べ、捜査の適正手続を保障するために捜査機関に取り調べの記録を義務づける制度を導入すべきである、こういうふうに書いてあります。私の考えでは、これは不可能を強いるものです。不可能と言ったら語弊がありますが、中途半端です。

 捜査機関は、捜査に全力は挙げるのですね。捜査に全力を挙げますから、こういうことで適正手続が保障されないというよりも、そうであれば、弁護士立ち会いとか、弁護士の一定の要件のある要求のもとに、捜査の記録、ビデオですな、ビデオ撮影のもとでの捜査を恒例化したらよろしい。捜査に全力を挙げている捜査機関に、どんなことを聞いて、どうしてああしてというふうな記録というもう一つ手間がかかるようなものの作成を強いることはないだろう、こういうふうに思うわけでございます。

 それから、まとめてもう一点お聞きしますが、果たして、捜査の実務の当局において、今ある増大する犯罪、そして検挙率の低下等の現状を踏まえ、捜査の人員と予算は十分だと思っておられるのか否か。この三点、お聞きしたいと存じます。

古田政府参考人 まず、第一点のおとり捜査の活用の問題でございますけれども、捜査の実務におきましては、一定限度の範囲で、ある程度、いわゆるおとり捜査と言われるようなことは活用している状況でございます。

 ただ、このおとり捜査もいろいろな類型がございまして、もう既に何か、例えば覚せい剤を売ろうとしている決意を持っている人間、つまり相手先を探しているような場合、こういうケースのときには比較的問題は少ないわけでございますけれども、これは一歩間違えますと、そういう気持ちがない者に誘惑をして、そういう気持ちを起こさせるというふうなことになりますと、これは大変また問題でございます。

 そういうことから、その活用に当たりましては、相手の犯罪への関与の状況、常習的に、端的に申し上げれば、覚せい剤の密売を商売としているような人間であるかどうかとか、そういうふうなことを十分慎重に判断した上で行わなければならない問題だろうと考えております。

 次に、第二点の、取り調べを例えばビデオ等で記録することはどうか、こういうことでございますが、まず、司法制度改革審議会で、この記録と申しますのは、取り調べの内容等まで細かくというよりは、いつ、何時間ぐらい、どこで取り調べを行ったかとか、その取り調べの担当者はだれかというふうな外形的な事実を恐らく念頭に置いているものと理解しているわけでございます。

 それはそれといたしまして、一つ、例えばビデオ、これは確かに委員御指摘のようなメリットもあるわけでございますが、その一方で、日本の捜査手続は、往々にして、被疑者と捜査官のいろいろな話の中から自然に生じてくる人間としての信頼関係を前提として、非常に、本人の生い立ちとか、そういうこともひっくるめたいろいろなことを話しまして、その中で反省の上、自供するというふうな形になることが大変多いわけでございます。

 問題は、ビデオのようなことになりますと、そういう状況というのが全部逐一客観的に記録されていって、将来他人の目に触れるということを常に意識をせざるを得ない。中には、私からこういう話があったことは絶対にないしょにしてくれと言っていろいろな話をする被疑者もいるわけで、こういう場合には、本人の自供というよりは、ほかの証拠関係からそういうことがわかっていったというようなことを考えるようなことも必要になってくるわけです。

 そういうようなもろもろの問題もございまして、直ちにビデオの録画というようなことをいたしますと、今言ったような取り調べの持っております非常に重要な機能、またそれによって、一方で起こる被疑者の反省、悔悟とか、そういうようなものに対してかなり大きな影響を与えるおそれがある。そういうことから、そういうビデオによる記録等については、やはり慎重に考えざるを得ないと思っているわけです。もちろん、その一方で、取り調べの適正というのは大変大事なので、それはしっかりとこれからも考えていかなければならない。

 それから、最後の、今の捜査機関にとって人員あるいは予算等が十分かというお尋ねでございますが、率直に申し上げまして、犯罪もふえてきておりますし、また、一つ一つがかなり捜査にとって難しい事件も、あるいは相当詳細な捜査を要するような事件もふえていることは事実でございます。そういう点から申し上げますと、やはり今後は捜査機関関係の人員の増強ということも、司法制度改革審議会の御提言にもありますけれども、やはり積極的にお願いをしていかなければならないと思っております。

西村委員 今、ドラッグ犯罪等の現状を見れば、本当におとり捜査というのはもう少し充実させていいんじゃないかなと思いますね。

 犯罪の犯意が既にある人間に対するおとり捜査というのは、今、合法化されているのですか。

古田政府参考人 これまでも幾つか裁判例がございますが、そういうところで適法とされております。

西村委員 しかし、そうであれば、いささか不都合な、男性べっ視のようなことが起こるわけですね。満員の地下鉄にミニスカートをはいた婦人警官が入って痴漢を逮捕してくるというのは、つまり、男性はみんな犯意を持っておるんだという前提で許されているんだという捜査方法になりますから。

 ドラッグは本当に社会を壊滅させるわけです。したがって、我々は、前に通過した通信傍受法とともに、現場がもっとやりやすいような、組織犯罪ですから、犯意があろうがなかろうが、そいつがドラッグを持っておって、捕まえれば芋づる式に来るわけですから、どうか、末端のつるをいかに捕まえるかについては、捜査方法について、これからも具体的な拡大をお願いしたいと思います。

 さて、犯罪予防のための保安処分的なものについてお伺いしようと思っておりましたけれども、ちょっと順序を変えまして、裁判所に関してちょっとお聞きしたいと存じます。

 いろいろな職業がありまして、その中の一人が不祥事を起こしても、全体としての職業人の名誉、信頼を損なうことがないというタイプの領域もありましょうけれども、事司法、特に裁判所に関しては、一人の不祥事が全体の信用を失墜するということになるわけでございます。これは、司法、裁判、人を裁くという立場の者の宿命かと存じます。

 したがって、今司法改革の審議をしておりますけれども、現にある、ともすれば国民から全裁判官への信頼を失墜しかねない事態に関して、今現在いかなる対策をとっておられるのか。そして、どういうふうな対策をこれからとって、信頼回復、司法の宿命としての、一人でも不祥事を起こせば全司法の信頼に直結しかねないという本当にデリケートな組織でございますから、どのように具体的に今やっておられるのかをお聞かせいただきたいと存じます。

金築最高裁判所長官代理者 一人の裁判官の不祥事が裁判所、裁判官全体に対する信頼に響くというただいまの委員の御指摘は、まことにそのとおりであると思います。裁判所といたしましては、この間の、最近の裁判官にかかわる不祥事で司法への信頼が損なわれたということにつきまして、その信頼回復に向けて最大限努力をしなければいけないと思っております。

 この事件は、福岡の事件と村木判事の問題は、それぞれ性格が異なるところがあると思いまして、なかなか共通の問題点をとらえるということも難しい点がございますけれども、裁判官の自覚、倫理という面では共通性があろうと思います。

 そういう面からいたしまして、裁判所といたしましては、各裁判官に対して、職務の内外を問わず、常に職責の重大性を認識して、国民の信頼にこたえていくように改めて要請していきたいと思っております。先日も、全国の高等裁判所長官と地家裁所長が集まりましたけれども、その際にも、最高裁長官から、全国の裁判官に向けて、この点について強い自覚を求めたところでございます。

西村委員 ぜひそのようにお願いいたします。ただし、裁判官がいたずらに萎縮し、社会との接触を忌避する、回避しがちになるという状況はゆゆしきことですので、その点について、伸び伸びと裁判に臨めるような環境もおつくりいただきたいと思います。

 残余の質問は後日に回しまして、質問を終わります。

保利委員長 次に、木島日出夫君。

木島委員 日本共産党の木島日出夫です。

 六月十二日に出されました司法制度改革審議会の意見書を読みました。率直な二つの印象を私持っております。

 一つは、大部の意見書でありますが、裁判官や弁護士の量と質の両面での拡充策、あるいは、国民の司法参加の仕組みとしての裁判員制度など、それなりの意義のある提起もあります。しかし、一方では、民事裁判敗訴者負担制度の導入など、国民に裁判の提起をためらわせるような重大な、私は改悪だと思っていますが、こういう点も提起されている。一つ一つの提起には分析的に見たいなというのが一つの印象です。

 二つ目の印象なんですが、我が国の裁判、全体としてどう評価するかということなんですが、先日の熊本地裁のハンセン病判決など画期的な判決もありますが、全体として評価しますと、私は、行政事件、労働事件、人権事件、違憲立法裁判などの分野で公正さを欠いているのではないかと思っています。言葉をかえますと、国民の基本的人権と現在の政治経済などの基本的秩序、これが正面から衝突したぎりぎりの事件などでは、残念ながら今の日本の裁判は、人権に旗を上げるんじゃなくて、現在の秩序、政治経済体制と言ってもいいかもしれませんが、そちらの方に軍配を上げるというのが評価ではないかと私は見ているんです。

 その根本的な原因は二つあるだろう。やはり、長い間の自民党単独政権、政権交代のない自民党単独政権が続きましたから、政権政党が最高裁裁判官を任命します。いろいろ制度はありますけれども、予算その他でやはり政権与党には弱いという体質、そしてもう一つは、大問題になっておりますが、最高裁の司法行政を通じた個々の裁判官に対する統制、これがあるんじゃないかな。それが、こういう裁判の全体的な判断に影響を与えているんじゃないかと見ているんですが、ここへのメスが、残念ながらほとんど入っていないんじゃないかということを感じているわけでございます。

 きょうは、司法制度改革審議会の会長を前にしての私の率直な印象を述べましたが、特に、裁判所、現在の司法部の抱えている病巣にちょっとメスが入らなかったんじゃないかという印象を持つのですが、会長の率直なる御意見、二年間審議を担当した率直な御意見をまずお伺いしたいと思うんです。

佐藤参考人 お答えします。

 最高裁のいわゆる司法行政のあり方については、いろいろな見解があるということは私も承知しておりますが、審議会としては、そのこと自体もさることながら、やはり、これからよりたくましい裁判官が選ばれるように、もっと元気を出していただけるようにということで、裁判官の多元性、多様性、もともとこれは今の裁判所法が予定しているものでありますけれども、それをもっと実現するように考えようじゃないかということで、弁護士任官を促進していただくとか、あるいは、判事補について、午前中も御質問出ましたけれども、裁判官の職以外の多様な経験をやっていただくことにしようとか、あるいは人事のあり方について透明性、客観性を持つような仕組みを考えようだとか、そういうことについて、いろいろと具体的な提案をさせていただいたわけです。

 それが実現されることによって、私自身は、これも審議会の皆さんもそうだと思いますけれども、よりたくましい、元気な裁判所に、より二十一世紀にふさわしい裁判所になっていただけるのではないか、そういうように考えているところであります。

木島委員 時の行政権力に屈しない、たくましい裁判官が生まれ出ることというのは、やはり国民の基本的人権を前進させる、国民の利益を守る司法をつくるために大事だと思うんですが、現在の裁判所の抱えている病巣にメスを入れるということ、今会長は、それはさておきというような感じで御答弁あったんですが、やはりそこをもうちょっと掘り下げてほしかったな。率直な印象であります。

 それで、司法制度改革の中心的なテーマは、やはり何といっても、直接の担い手である裁判所と裁判制度の改革だと思うんです。それで、三点について御質問したいと思うんです。

 第一点ですが、裁判官の人員の問題であります。残念ながら、裁判官の増員につきましては、増員すべきだという方向性は明示されましたが、数の明示がありませんでした。一方では、法曹については明確なる数字が提示されているんですね。司法試験合格者、当面千五百、将来三千人にする。二〇一八年、平成三十年には、我が国に五万人の法曹人口が生まれ出る。そこまで明示をしておきながら、肝心の裁判を担う裁判官の増員については、とうとう数の明示がありませんでした。

 そして、この意見書の中には、注書きで、最高裁判所が言っていることだがということで、今後十年間にわずかに五百人程度ふやす、こういうことが最高裁の意見として注書きされている。検察官についても、法務省の意見として千人体制にしたいという注書きが付されているわけであります。

 これはまことに奇怪なことでありまして、法曹人口を将来五万人体制、そこまで明示しておきながら、肝心の裁判官の数をどうするんだ、検察官の数をどうするんだということを打ち出せなかったのはなぜか。まことにこの意見書の中で異様な記載はその二つなんです。最高裁の意見、法務省、検察庁の意見、それが注書きされている。注書きされているのはその部分だけなんですね。一方の当事者の意見だけが注書きされているという、まことに異様なスタイルにもなっているということを感じるわけであります。

 意見書取りまとめの最終段階で、財務当局からの財政上の理由をバックにした巻き返しの工作があったやの報道もされているわけでありますが、その真相はどうなんでしょうか。なぜもっときちっとした、数も明示した裁判官の大幅な増員を打ち出せなかったのか。会長からの御意見を伺いたいと思うのです。

佐藤参考人 お答えします。

 国民の社会生活上の医師というように法曹を位置づけて、そして民事裁判、刑事裁判のあり方も充実かつ迅速にやっていくということをうたっておりますが、その大前提として、質量ともに豊かな法曹人口を得なければいけない。特にその中でも弁護士の方は質量ともにふえていただかなければならない。まず全体の基盤を大きくしなければいけないということでこの法曹人口の具体的な数字を描かせていただいたわけであります。

 裁判官、検察官の人員でありますが、大幅な増員が必要であるということは、審議会の皆さん、当初のころからそういう認識でございました。ただ、具体的にどのぐらいの人員が必要なのかということにつきましては、少なくとも倍は必要だという意見もございました。裁判官については四千名ぐらい必要なんじゃないかとか、検察官については、今千三百人ぐらいだそうでございますけれども、倍ぐらいは必要じゃないかという意見もございました。

 しかし、本当のところどうなのかというのは、審議会としては、その点についての具体的な材料、そうなりますと、具体的な仕事のあり方とかそういうのを相当立ち入って検討しなければいけませんので、その辺については、まずは当事者である裁判所、法務省にお伺いしたということでありまして、その結果出てきた数字が先ほどお触れになった数字であります。それは、私どもは当事者としてはそういうことかと受けとめておりますけれども、具体的にこの数字がどうだというように審議会として判断したわけではありません。そういう意味でこの注記という形になっている。

 それから、財務省との関係でありますけれども、新聞などでいろいろ言及されているというのは私も承知しておりますが、最終報告に向けていろいろ案を書くときに、事務局を通じて、実は審議会としてはこういうことを考えているということで関係省庁にいろいろ連絡した。その結果、私もそれから私の代理もその結果は見ておりますけれども、審議会には一切そういうことはかけておりません。私は事務的に拝見しただけでありまして、私自身も審議会会長としてあるべき立場で審議に臨んだつもりでございます。

木島委員 今、裁判官の数は本当に何人必要なのかということを検討するには、本当のところ、現に具体的な裁判官の仕事のありようがどうなのか立ち入って検証しなきゃならぬ。そのとおりだと思うのです。まさに私はそれをやってほしかった。それを今度の司法制度改革審議会はやるべきだったんじゃないか。忙し過ぎて、仕事に追われて、ノイローゼになるような裁判官まで出始めているんじゃないか。現に仕事の量はどうなんだ、仕事の質はどうなんだ、仕事の環境はどうなんだ、やはりそこに徹底的に立ち入って、それで本当に今の二千数百人の裁判官体制で大丈夫なのか、弁護士がふえたときに、では将来何人ぐらいの裁判官の体制じゃないといかぬのか、やはりそこが求められていたのじゃないかなと私は率直に思うのです。それは、二年では時間が短過ぎたかもしれませんが、そこに立ち入らなかったというところに、私は、最大の残念さがあるのですね。

 では次に、質の問題についてです。

 結局、法曹一元の導入については基本的に見送りの意見書になりました。中身を読みますと、判事補に多様な経験を積ませることと、特例判事補制度の計画的、段階的解消が提起されたにすぎません。任用の多様性とかありますが、現実には法曹一元は完全に見送られてしまった意見書であります。

 私は、率直に言って、これは最高裁側のすさまじい抵抗に司法制度改革審議会は遭って、結局それを突破できなかったのじゃないか。それは言葉を変えれば、先ほど私は日本の裁判所の持っている病巣という言葉も使いましたが、裁判所の持っている官僚体質にメスが入らなかったと同じように、数の面でも、法曹一元はそれを打開するものだと思うのですが、結局、現在の最高裁側の巻き返しに遭って、それはメスを入れなかった、問題の掘り下げを回避したのではないかと思うのですが、会長どうでしょうか。

佐藤参考人 最高裁云々のことは、そういうことは全くございません。

 法曹一元につきましては、御指摘のように、従来から、戦前からも言われてきたことであり、戦後も言われてきたことも十分承知しておりますけれども、その現実化をいかにして図るかということが本当に考えるべき事柄ではないか。法曹一元という言葉もさることながら、いかにその趣旨を実現するかということを考えなければいかぬのじゃないか。

 例えば、弁護士任官ということをしばらく前に言われて、どの程度まで進んできたかというと、必ずしも思ったような進み方ではない。それはなぜなのか。そうすると、やはり質量ともに豊かな法曹を得る中で、それを長い目で、長期的にはそういう中で実現していくべき事柄であろうというように考えたわけであります。

 しかし、それは長いタームでありまして、現実にある制度を、どうやってその趣旨といいますか考え方を生かすかということで、とにかく弁護士任官をそれらの中で推進していただく。それから、判事補については、先ほども申し上げましたけれども、裁判職以外の多様な法律専門家としての経験を積んでいただく。それから、さっきもお触れになりました、特例判事補も段階的に解消していく。そういう中で、いわゆる法曹一元の背後にある考え方といいますか、その趣旨、法の支配の担い手である法曹が一体となって、法の支配の趣旨を、精神を社会に広めていく。そういうことが今申しましたようないろいろなことをやっていく中で実現されていくことではないか、そういう判断に至ったわけでありまして、法曹一元論という言葉にこだわりますと、なかなか実質化が難しい、そういう判断からでございます。

木島委員 私も必ずしも法曹一元という言葉にこだわっているわけじゃないのです。ただ、今の完璧なまでにつくられた日本の司法、裁判所のヒエラルキーといいますか、ピラミッド体質、これが存続する以上はなかなか裁判官は国民の方に目がいかない、上を見るのじゃないかと思うのですね。

 私も、弁護士からなぜ任官する数が出ないのかということは大問題だと思うので、この問題は両方の側面からメスを入れないといかぬと思うのです。一つは弁護士側の側面、もう一つは受け入れ側の裁判所の側面ですね。確かに弁護士側の方の側面にはかなりメスが入ったのでしょう。それで、何よりも弁護士の数が足りないということで、弁護士の数をふやすことについては非常に意欲的な提言になっているわけでありますが、一方の受け入れ側の日本の裁判所に弁護士からの任官を受け入れがたくしている要因があるやなしや。そこの分析がほとんどなされていなかったのじゃないかと思うのです。

 例えば、給与体制一つとったってそうですよ。私は、裁判官は憲法上の保障があるんですから、判事補は二ランクぐらいでいいと思うんです。五年未満の判事と、五年から十年までの判事、給与体系は二ランクぐらいでいいと思う。裁判官も、基本的には裁判官独立ですから、十年たった裁判官は一人前ですから、給与の差別なんか本来全く要らない世界だと思うんです。

 給与差をつけるとしても、せめて十年選手と二十年選手と三十年選手ぐらいで裁判官の給与体系はいいんじゃないかと思っているんですが、終戦直後はそういう非常に簡素なランクづけで出発した日本の裁判所の給与体系が、今日では行政官並み、行政官以上に小刻みですよ、号棒は。そんな小刻みの給与体制のもとに、外からの弁護士が入れるはずないんですね。

 給与体制一つとってみたって、弁護士からの任官を妨げるようなものがあるんじゃなかろうかということ。それから、任地の問題その他ですね。そういう受け入れ側の裁判所の方の問題について、ちょっと、分析、指摘、メスの入れ方が足りないんじゃないかなと感じているんですが、会長、いかがでしょう。

佐藤参考人 御指摘でありますけれども、下級裁判所の裁判官の指名過程に、諮問委員会というのか、名称は固まっておりませんけれども、国民から選ばれた機関を設置して、そこで実質的に選定していただくという仕組みを導入すべきだといたしました。これは、実に大きな意味を持っていると私は考えております。

 それから、報酬の点でありますが、これは報告書でもうたい、また審議会でも、昭和二十一年のころでしたか、木村篤太郎大臣が、最高裁の裁判官は一つであれだけれども、下級裁判所の裁判官は、十年の任期はあるんですけれども、ならざるを得ない、そうするとやはり段階が出てくるのはやむを得ない、けれどもできるだけ単純化すべきだ、複雑になればやはり裁判官の職権行使の独立に問題が出てくるかもしらぬので、簡素であるべきだということを指摘されて、私もその議事録を審議会で紹介したことがあります。

 そういうことがあって、議論をした結果が、報告書でうたっていますように、簡素化について考えるべきだということを指摘しているところであります。

木島委員 時間も迫っておりますから、裁判官と裁判制度の問題は三つの点だけ率直に指摘をさせていただいて、次に、民事訴訟における敗訴者の弁護士費用負担問題についてお聞きをいたします。

 突如としてこれが出されて、国民の皆さんから大きな批判もあって、最終意見書は、当初の提起に比べますと、確かに「一定の要件の下に」とか「一律に導入することなく」とかという文言が挿入されました。しかし、最終意見書は明確に導入の方向を打ち出しているわけであります。これは、国民にとって、より利用しやすい、手軽に裁判の訴えをする、そういう方向にしていくのが今回の司法制度改革の一つの大きな中心的眼目だったわけですから、そういう中心的な眼目から見ますと、この民事訴訟における敗訴者弁護士費用負担問題は、まことに逆行しているんじゃないかと私は思わざるを得ないわけであります。

 特に、経済的に困難な国民、あるいは非常に勝訴が難しいと思われる行政庁相手の裁判、あるいは大企業相手の裁判、これなどを完全に萎縮させてしまう効果しか持たないんじゃないか。私は、やはりこれはきっぱりと撤回をしてもらいたかったなと思うんですが、なぜこんなものが残ってしまったんでしょうか。会長の御所見を求めます。

佐藤参考人 お答えします。

 議論の中で、敗訴者負担ということを考えたらどうかというときに、むしろ、なぜ勝って自分の弁護士の費用を負担しなければいけないのか、そういうことがかえって訴訟をデターしているところがあるんではないか、そういう議論がありまして、そしてさらに、調査などをするとそういう面も確かにあるということで、しかも、弁護士人口がふえて、いろいろ全体の司法、法曹の仕組みが変わってくる中で、こういうことも考えられてしかるべきじゃないかというところから議論が出発いたしました。

 けれども、同時に、最初から注意しておったのは、そういう考え方は決して一律にいくものではないということも、明確に私ども認識しておりました。外国、御承知のように、ドイツはそういう制度をとっている、フランスはとっていない、イギリスはどうだ、あるいはアメリカはどうだということでありますけれども、どの国も、入り口は違いますけれども、出口のところになると余り違わないようなところが見られるということで、入り口の物の考え方としてこういう考え方をとるけれども、出口のところでは非常にいろいろ配慮しなければいけないというのは、当初からの私どもの認識でありました。

 中間報告で、基本的に導入すべきだけれども、例外として、労働訴訟だとか少額訴訟等々については考えるべきだという指摘をしたわけでありますけれども、それがどうも、例外という言葉が何か非常に狭い範囲ではないかというように受けとめられた向きがありまして、これについて非常に多数の批判が審議会にもペーパーとして寄せられたということも現実にございます。そして、消費者代表の委員も審議会におられるものですから、その委員もこの点についての心配を非常に強く表明されました。

 その辺をいろいろ考慮した結果、我々の趣旨は、そんな原則、例外ということではなかったんだということで、最終的にはこの最終意見のような表現に落ちついたといいますか、基本的な考え方は最初から違っているわけではないんですけれども、表現についてより注意して表現ぶりを考えたということでございます。

木島委員 この弁護士費用の敗訴者負担の議論の出発点が、裁判で勝つのになぜ弁護士費用を負担しなければならぬのかということを今おっしゃられましたが、だれが見たって裁判は勝つ、しかし相手方のむだな抵抗によって裁判を起こさざるを得なかった、そういう場合は、大体現在の日本の裁判でも、損害賠償請求訴訟で、必要に応じて、額も適当な額を裁判官が判断して、弁護士費用のうち幾らは敗訴者の方に負担させるということを書いているものなんですよ。熊本の事件もそうですよね。ですから、もしそういうことが議論の出発点だったんであれば、大体そういうのは現実の裁判の運用の中で解決できる、できていると思うんですね。

 そうじゃなくて、本当に勝つかどうかわからない、やってみなきゃわからない、そういう非常に難しい事件。難しいだけに、原告の方も被告の方も、弁護士を、代理人をたくさんつけて徹底して証拠を集めて、法理論も闘う。人権と行政との闘いなんかそうでしょうね。そういうものはやはり、相手方に弁護士費用を負担させるなんていうことをやったら、根幹が崩れちゃうんじゃないでしょうかね。裁判を起こして公正な司法の判断を受けようという裁判を受ける権利、これは憲法上の非常に大きな権利でありますが、それがやはり萎縮してしまうんじゃないか。

 だから私は、裁判を受ける権利というのは憲法上の権利ですから、それにさわるようなことだけは避けてほしかったなと思いますが、これはこれからの問題ですから、私は絶対反対して、国会では頑張りたいと思います。

 では、最後に一点だけ。民事裁判の充実の問題の中で、「当事者が早期に証拠を収集するための手段を拡充すべきである。」とあります。そのとおりです。証拠収集の手段を拡充すべきである。しかし、そういうことを司法制度改革審議会が論議し、答申を出しているにもかかわらず、その足元で、実は昨日、当法務委員会で、政府提出の民事訴訟法の改正法で、公文書の提出義務に関して刑事事件記録は全面除外、そんなとんでもない法案が、残念ながら私どもの反対にもかかわらず衆議院を可決していったのですね。これはもう、ここで言う「当事者が早期に証拠を収集するための手段を拡充」するという基本方針と全く逆行しているじゃないか。どう思われますでしょうか、会長。

佐藤参考人 昨日皆さんが御検討されてお決めになったことでありますので、私としては、ここで申し上げるのはいかがかというように思います。

木島委員 時間ですから、終わります。ありがとうございました。

保利委員長 次に、植田至紀君。

植田委員 社会民主党・市民連合の植田至紀と申します。

 佐藤先生におかれましては、午前午後を通じまして、大変お疲れさまでございます。

 私ども社民党といたしましても、今回の最終意見書、例えば国民の司法への参加を図る裁判員制度の創設であるとか、被疑者に対する公的弁護制度の導入、そうした非常に評価できる点も多いなというふうに思っておるわけですけれども、例えば法曹一元であるとか代用監獄制度の廃止等々人権問題にかかわる点、そうした点での言及はやはり不十分だったのではないかというふうに思っておりますし、また、法曹人口をふやすということであれば、その質はどうやって確保するのかという点も疑問がございますし、また、裁判官のキャリアシステムをどう打破していくか等々も、まだまだ具体像はこれから議論しなければならない点が多々あるかというふうに思います。そういうことも含めまして、私どもといたしましても、かなり短い期間の中でこれだけの大部の意見書をまとめられたということに、まずは敬意を表したいというふうに思います。大変お疲れさまでございました。

 そこで、今回、司法制度改革のこの意見書の一番終わりのところにも、今回のこの意見書の意義というのが端的にわかるような一文がありました。「半世紀を経て初めて、利用者である国民の視点から抜本的に改革するもの」。まさに午前中の審議でも、キャッチフレーズは国民のための司法だなんというようなお話もあったかと思うわけですけれども、そういう意味において、司法制度改革というときに、ここでまさに述べられている観点が最も重要なものだというふうに私も認識しているわけでございます。

 そこで、こうした意見書を受けまして、今後のあり方について、まず何点か法務大臣の方にお伺いしたいわけですが、一つは、司法の行政に対するチェック機能の強化という観点で幾つか、今後の展望を含めてお伺いしたいと思います。

 まず、小泉総理が行政事件訴訟法について来年中には改正案をまとめると指示したというようなことを伺っております。これは非常に私も高く評価するわけでございますが、もし来年までということであれば、できれば、できるだけ早い段階に素案をまとめていただいて、一度それを国民に公開していただいて、公聴会等々を行うとかといったことを行いながら、国民の意見を反映させる機会を設けていただければどうかなというふうに思っておるのです。実際のその手法、やり方はともかくといたしましても、国民の視点から抜本的に改革をするということでございますから、中身はもちろんのことですけれども、そのプロセスにも国民参加という観点で知恵を絞っていただくことが必要かというふうに思っておるのですけれども、その点につきましての大臣の御見解をまずお伺いさせていただきたいと思います。

横内副大臣 私から御答弁させていただきます。

 確かにそういう新聞報道が、六月三日でしょうか、あったことは承知しておりますけれども、現在の時点で、政府として行政事件訴訟法を改正するというようなことを、方針を固めたことはございません。この問題は、これから、司法制度改革審議会の意見も踏まえながら、政府部内で検討をしていく問題でございます。その際に、委員がおっしゃるような、ある程度構想が固まった段階で事前に国民の皆さんにお示しするというようなことも含めて、検討していきたいというふうに思っております。

植田委員 指示はあった、実際、それで指示ではない、こうおっしゃるわけですか。そういうことはなかったということですか。なかったと。(横内副大臣「そうです」と呼ぶ)ただ、今後改正に向けて、もし作業をするのであればという仮定に立てば、努力はしたい、国民にできるだけ開示をしていく努力はしたいというふうに受けとめておきます。

 もう一つ、一般法として行政手続法の改正と実体法改正の必要にかかわって、これも何点かお伺いしたいわけでございますが、まず一つは、公共事業にかかわる行政訴訟で、いわゆる公共事業計画に処分性がないという点が非常に重大な問題として指摘がされてきたことは御承知のとおりかと思います。要するに、計画の妥当性であるとか必要性に疑問があったとしても、国民が司法に訴えるということができない。むしろ、政治決断、政治判断を促すなり待つということになるわけですが、それのほかになすすべがないような状況があるかと思うのです。

 例えば、これは一例を挙げれば、諫早の干拓事業なんかを見ていただければ、大きな一例だと思うわけですけれども、要するにこういうことが、一度始まってしまった公共事業が終わらない、結局とまらない大きな理由になっているというふうに思うわけです。やはり改革ということで考えるのであれば、こうした状況というものも当然今後改善していく必要があるかというふうに思っておるわけですが、その点については御同意いただけるでしょうか。大臣、ないしは副大臣が御答弁に先ほど立たれましたので、答弁者につきましてはこちらは特段構いませんので、どちらからでもお願いいたします。

横内副大臣 御質問の点については、ああいう公共事業の計画について、青写真の段階で何か処分性を持たせて、訴訟対象になり得るかどうかという点ですか。(植田委員「はい」と呼ぶ)公共事業の計画は、例えば都市計画決定がされたとか、あるいは港湾計画が手続に基づいて決定されたとか、あるいは環境影響評価法に基づいて計画があらかじめ公表される場合がありますね。そういうものについては、これは処分性があって、訴訟の対象になると思うのですけれども、しかし青写真のような段階のものについては、まだ行政部内での検討段階のものですから、なかなか、その段階で訴訟の対象になるようなものではないというふうに思っております。

 ただ、その点につきましても、今回の審議会の意見書も踏まえまして、今後政府の中で検討していく課題だというふうに思っております。

植田委員 実際、八年前ですか、行政手続法が成立したときに、いわゆる行政確定手続が時期尚早だということで見送られた経緯があったかと思います。今、こうしたさまざまな問題が生起している中で、改めてこの点について改正する必要があるのじゃないか。そのことを改めて念頭に入れて、行政手続法についての改正のあり方を検討する時期に来ているのじゃないかなと私は思っておるのですが、その点はいかがですか。

横内副大臣 今回の司法制度審議会の意見書におきましても、行政に関する司法審査のあり方について、「「法の支配」の基本理念の下に、」行政事件訴訟法だけではなくて、「行政過程全体を見通しながら、」「司法及び行政の役割を見据えた総合的多角的な検討を行う必要がある。」という答申がございます。それを踏まえて、今後検討を進めていく課題だというふうに思っております。

植田委員 私もその意見書を読ませていただきましたので、その意見書の、今まさに副大臣がおっしゃった文言の中には、今私が申し上げました例えば行政確定手続を入れるような、そうした改正を行うというようなことも包摂されておるという理解でよろしいのでしょうか。(横内副大臣「そのように思っております」と呼ぶ)では、結構です。

 あと、実際、事業の計画段階で疑義を持つ国民が訴訟を提起できるような、そういうことをやはりしていかなければいかぬというふうに思うわけですが、そのためには、やはり計画なるものに処分性を持たせていく必要があるかと思うのです。その場合、これは数を挙げればぎょうさん実体法はあると思いますけれども、いわゆる公共事業の根拠法についても、こうした処分性を持たせた改正ということも当然その検討の範疇に入ってくるというふうに私は理解しながら、この意見書を読ませていただいたわけですが、その点についてもお願いいたします。

横内副大臣 委員の御指摘のとおり、今回の審議会の意見を踏まえて、行政のあり方について総合的に検討する課題だというふうに思っております。

植田委員 済みません、一つ一つ同じような趣旨で伺わせていただいておるわけですが、もう一つは、行政事件訴訟法にもかかわって、これも具体的に御答弁いただければと思うわけですけれども、実際、公共事業にかかわる行政処分にかかわって取り消し訴訟が起こせたとしても、御承知のように問題があった。なぜ問題があったかといえば、例えば、都市計画法に基づく都市計画決定であるとか土地収用法に基づく事業認定についても、取り消し訴訟は起こせても、実際これは、執行不停止の原則に基づくならば、事業はどんどん進む、裁判は手間暇かかる、結局、裁判が終わるころには訴えの利益がのうなってしもうているということがやはりあったんじゃないかと思うわけです。

 そういう意味で、ドイツでは執行停止の原則をとっていると伺っておるわけですが、例えば、執行停止の原則をとって、そしてその例外を例示してみるとか、執行不停止の要件というものをはっきり納得できるように示しておく、そしてそれ以外は停止するとか、そういう形で訴えの利益を保護するということも私は必要だと考えております。

 そういう意味で、今私が申し上げたこともこれからの検討の課題の一つの考え方として御認識していただけるのかどうかについても御答弁をお願いいたします。

横内副大臣 執行停止の問題でございますけれども、委員ただいま御指摘がありましたように、現行の行政事件訴訟法におきましては、行政の円滑な運営が阻害されることを防止するといった観点から、行政処分について抗告訴訟が提起されても当然にはその処分の執行等を停止しないものとする、執行不停止の原則を採用しております。

 しかしながら、その一方で、回復困難な損害を避けるために、緊急に必要があるときには、裁判所は原告の申し立てによりその執行等を停止することができるというふうにしておりまして、したがって、現行の行政事件訴訟法のもとにおいても、具体的な事案に応じて原告に対する救済措置を図ることはできるようにはなっております。

 なお、しかし、御指摘のこの執行不停止の原則の問題につきましても、再々同じ御答弁をするわけでございますけれども、司法制度審議会の意見を踏まえて、今後、司法及び行政の役割、さらには均衡のとれた三権相互の関係のあり方等を十分吟味した上で、総合的、多角的な検討が進められていく必要があるというふうに考えております。

植田委員 ありがとうございます。

 要は、現行法では、執行不停止の原則があって、たまさか例外として停止する場合もあるよということになっていることは承知しています。それをやはり逆転させていかないかぬなということですから、それぞれが少なくとも検討課題ということで御認識していただいているということで、ありがたく存じます。

 そこで、一問だけ、御面倒なんですが、環境省さんをお呼びいたしました。趣旨は同じことでございます。

 といいますのは、司法制度改革審議会で、幾つか議事録等を見ておりますと、四十一回の議事録の中でこんなことが載っていました。これは、説明者ということで、「司法の行政に対するチェック機能の在り方について」ということでされた会議のときの議事録ですけれども、「環境行政訴訟など、政策志向型紛争というのが最近非常に増えてきておるわけでございます。そういうものは、行政立法だとか行政計画に基づいて行われることが多いわけでありますけれども、これらの行政立法、行政計画は、行政機関が立てるものでありまして、法の支配の例外となっているわけでありまして、法の支配の例外ということは、要するに、これらに対しては現行制度では行政訴訟の対象にできないという意味で」云々というようなことも書かれてあったわけです。

 しかし、これはこういう意見、一つの課題として、原告適格を広げていくという課題があろうかと思うわけでございますけれども、その観点で一点だけ、この点だけ伺うためにお呼びしたのは恐縮なんですが、環境法令にかかわってもこうした観点から改正しますという答弁をとろうと思ってこの質問をしているわけではございません。先ほど副大臣が御答弁されましたお話ぐらいで結構なんですが、今後、この意見書なりまたこうした議論があったということを踏まえて、所管の省としてこうした課題についても積極的に検討していただきたいというふうに思っているわけでございますが、今申し上げたようなことを念頭に置いていただいて、そうした御検討についても前向きなお話をお伺いできればありがたく存じますので、お願いいたします。

炭谷政府参考人 今先生が言われましたように、現在、環境をめぐる訴訟というのは全国いろいろなところで起こっております。例えば産業廃棄物の問題やゴルフ場の開発をめぐっての環境破壊という問題が起こっておりまして、その場合の一つの大きな争点は、今先生御指摘のような、原告適格があるかどうかという面をめぐっての争いが一つの大きい争点になる場合が多うございます。

 そこで、この原告適格の問題を含めまして、司法の行政に対するチェック機能のあり方について、またその強化についての方策については、ただいま議論になっております司法制度改革審議会の意見においても、国民の権利救済を実効化する見地から、行政過程全体を見通しながら、法の支配の基本理念のもとに、司法と行政それぞれの役割を見据えた総合的な、多角的な検討を行っていくということが求められているわけでございます。

 これは、今後、これを踏まえて、政府全体として取り組まれるというふうに承知しておりまして、環境省としてもこれに対応してまいりたいと考えております。

植田委員 ありがとうございます。

 私は、初めて炭谷官房長のお顔を拝見するわけでございますが、かつて総務庁の地域改善対策室長として、御令名は伺っております。そういう意味で、人権についてかかわってこられた経緯からして、今度は人と自然との共生という観点から、ぜひ積極的に御検討いただければというふうに存じております。

 さて、先ほども議論ありましたけれども、私どももこの意見書の中で首肯できない部分がございます。それは、先ほども木島先生も御指摘されておられました、敗訴者負担にかかわる問題でございます。

 私も、先日も幾つかそうした行政に対する、じん肺であるとかHIVまたハンセン病の方々、そうした訴訟の方々とずっとお話をお伺いしてきましたけれども、こうした訴訟が恐らく良心的な、またボランティア精神に富んだ、熱心な弁護士たちの、皆さん方の手弁当で何とか支えられている、そういう現状があるわけですけれども、ここでは、一つだけ例を挙げますと、いわゆるセクハラにかかわる訴えも萎縮してしまうんじゃないかなと。

 実際、調べてみますと、このセクハラ裁判は九割ぐらいは勝訴にはなっているんですが、では、一審で大体勝っているかというと必ずしもそうではないわけです。そして、この中間答申が出て以降、どうも敗訴者負担というのがアナウンスされちゃって、特に弁護士さんなんか困っているという話を私は伺ったんですが、被害者の方から、負けたら私が費用を負担せぬとあかんのですか、そういう相談まで受けてしまう。そういう意味で、既に、そういう制度がまだできていない段階でも、この敗訴者負担というのはそういう形でいずれか導入されるんだというのが流布するだけで、裁判に訴えようというのが萎縮しているような現状があるんではないかというふうな指摘も私は聞いておるわけです。

 その点について、若干ダブるところでも結構でございますので、そうした側に立った場合、今回の意見書の中で確かに幾つか、一律には導入せえへんとかいうようなことは書いていますけれども、基本的な枠組みはやはり同じかなというふうに思いますので、その点についてまず会長の御所見をお伺いさせてください。

佐藤参考人 先ほども申し上げたことでありますけれども、中間報告の趣旨がやや、オーバーにと言ったらなんですけれども、過大に受けとめられた向きもあったところは正直なところだと思います。そこについて十分配慮して表現した結果が、私から言うとなんですけれども、こういう非常に配慮の行き届いた文章になっているのではないかというように思います。

 先ほどから申し上げてきましたように、私たちの考えている、意図しているところの趣旨は御理解いただきたい。そして、中間報告が伝わらなかったことについて、私も審議会で申し上げたことですけれども、やや我々の注意が足らなかったのかもしれない、中間報告についてはそういう反省の思いもないわけではありません。そういうもろもろの結果がこの最終意見の表現ぶりであるということは、ぜひ御理解いただきたいと思います。

植田委員 それで、敗訴者負担、恐らく海外でも導入されている国は多いと聞いておるのですが、実際そこの並びで、三十ページのところで、「訴訟費用保険の開発・普及に期待する。」というようなことで書いてあるわけですが、むしろ、海外ではこうした保険制度等々が充実しているわけです。そうした制度があるにもかかわらず、敗訴者負担が導入されているがゆえに、萎縮してしまっているという状況があるのではないかという指摘も私は聞いております。

 ここでは、訴訟費用保険にかかわって、意見書の三十ページでは、「国民の司法へのアクセスを容易にするための方策として、訴訟費用保険が普及することは有意義であり、引き続き、このような保険の開発・普及が進むことを期待する。」期待するということは結構なのですが、私としては、敗訴者負担が一方にあるのであれば、実際、だれしもが訴訟に、裁判に訴えることができる、特に資力のない者が裁判に訴えることができる、そういう基盤整備をどうしていくのかということの方が、国民のための司法ということであれば、むしろ先決なのではないのかなと思うわけです。

 そういう意味で、訴訟費用保険制度が普及するような、そうした基盤整備をどんどん進めていくべきだろう。そのことがやはり先にあるべきだと思うわけですが、その点については、会長の御見解、そして引き続きまして法務からもお願いいたします。

佐藤参考人 思いは御指摘のとおりでありますが、これはやや民間での話なものですから、審議会から具体的にどうのこうのというものでは書き込めなかったということでありまして、そういう趣旨であります。

植田委員 当然、佐藤先生の方からすれば、民間のことですから、進むことを期待するということでございます。進むことを期待するということは、それを受けとめてその基盤整備をしていくのは、今度は政府の役割ではないかというふうに私は思っておりますので、その点についてお伺いできますでしょうか。私は、これは難しい話ではないから大臣でということでお伺いしておりましたが……。

房村政府参考人 基盤整備と申しますのは、国民が訴訟を利用しやすくするためという趣旨でございますか。それとも、訴訟費用保険の観点でございますか。(植田委員「後者で、言えるところでいいですから」と呼ぶ)はい。訴訟費用保険は、先ほど佐藤審議会会長からも申し上げましたように、民間の話ではありますが、法務省としても、そういうものが広く国民に利用されて、国民が訴訟を起こしやすくすることに貢献していただけるのであれば、これは有意義であると思っておりますので、そういうものが普及するような方策についても協力をしてまいりたいと考えております。

植田委員 済みません。これは質問通告し忘れておりましたね。申しわけございませんでした。

 次に、ロースクール、法科大学院にかかわって幾つか、これはまず会長の佐藤先生の方にお伺いしたいわけです。

 午前中の審議でも、民主党の方だったと思いますが、いわゆる男女共同参画社会の形成にかかわって、そうした意味での男女平等教育の推進にかかわってのお話もあったかなと思うわけですけれども、実際、法科大学院、カリキュラムが出て、つくられるわけです。

 その意味では、最高裁から法曹養成カリキュラムが独立するということは、私は結構なことだと。全体の構想自体についてはいろいろと疑問があるわけですが、とりあえずそのことはおいておいて、その養成カリキュラムの中で、やはり私は、人権教育について積極的に進める、カリキュラムにちゃんと入れておくべきではないかということについて、御見解をお伺いしたいわけです。

 先ほども、大宝律令や貞永式目や武家諸法度やというような話、武家諸法度はおっしゃっていなかったでしょうか。弁護士法一条というのは恐らく不磨の大典だと私は思っています。法律というのは、それは世の中の状況状況に応じて適切に変えられるべきでしょうけれども、弁護士というのが人権の擁護者であるというのは不磨の大典と考えていいのではないかというふうに私は思います。そういう意味で、今の司法試験の勉強というのは詰め込みだというふうに思われる節もやはりたくさんあるわけです。

 先ごろ、私のところの第二秘書が退職いたしまして、何でやめるかといったら、司法試験を受ける、予備校に通って勉強すると。大学に行っていて、大学に行っている間、そこでの勉強は余り役に立たなかったようでございます。いずれ、私が悪いことをしたときは弁護してくれと言って送り出したわけです、恐らくそういうことはないかと思いますが。

 そういう中で、やはり非人間的な詰め込みというような指摘があるという中で、人権教育というものをきちっと、できれば、法科大学院のカリキュラムの中ではきちんと一つの必修科目にすべきなのではないか。

 よく、こういう話をすると、憲法についてもやる、何についてもやる、全部基本的人権というのは通底しているのだから、あえて人権というテーマは必要ないのではないかというような話もあるわけですけれども、人権といわゆる差別の解消にかかわる課題というのは、一つ一つの事例は個別具体的な課題でございます。その点について、個々は挙げませんけれども、実際、弁護士が関西で勤める、北海道で勤める、いろいろなところで勤めると、例えばアイヌの問題、在日の問題、外国人労働者の問題、部落差別の問題、沖縄の問題、いろいろな問題にぶち当たるわけでございます。

 そうしたときに対応できる法曹人というものを育てていくという観点で、せっかくこんなロースクールをこしらえるのだったら、カリキュラムの中にきちんと入れるべきだと思いますけれども、その点については、まず佐藤先生の御見解をお伺いした上で、わざわざこの一問のために御足労いただきましたが、文科省の方からも御見解をお伺いしたいと思います。

佐藤参考人 いわゆる人権教育ということでありますけれども、恐らく、ロースクール、法科大学院で教えるときには、人権の根拠とは何かとか、哲学的に十分きわめること自体が非常に大きな問題なんです。

 人権は、ある意味では自明でありますけれども、ある意味ではこれほど茫漠とした話はありません。具体的な事実関係の中できわめていかないといけないと同時に、その哲学的な根拠や限界、あるいは、人権はぶつかり合うということがありますが、その調整原理は何か、そういうことをあらゆる角度から考えていただくというのが、法科大学院における、おっしゃる人権教育だと思うわけでありまして、そういうあらゆる角度から人権の問題を考える、そういう場をぜひカリキュラムの中に、これは恐らく憲法の中で――カリキュラムは具体的に今いろいろ考えていただいておりますけれども、今のような問題は、あらゆる角度から人権を根底的に、しかも現実に即して考える、そういう教育は、恐らく一つの憲法の担当すべき、憲法あるいは公法学が担当すべき、必ずしも、人権はもちろん公法学に限りませんで、いろいろな面で出てきますけれども、そういう中で、今私が申し上げたような形で、十分あらゆる角度から検討されるような、そういう場が必ずあるであろうというように思っております。

工藤政府参考人 大学における人権教育のお話でございますが、既に国公私の大学におきまして、憲法あるいは法哲学あるいは同和教育等々、いろいろな側面から人権に関する教育が行われておりまして、平成十一年に調べたところによりますと、必修科目として何らかの形で人権教育を開設している大学は、国公私含めて八十四大学でございます。また、選択科目として開設している大学となりますと三百二十五大学ございまして、これは年々ふえている傾向にございます。

 いずれにしましても、人の痛みのわかる豊かな人間性を兼ね備えた法曹人を養成するという観点から、このたび、法科大学院の御提言をいただいたわけでございまして、法曹界に進む人材の養成の観点から、今後、法科大学院育成のための設置基準のあり方、あるいは第三者評価機関のあり方等々について議論を深めなきゃいけないところに至ってございます。その議論の過程で、このような人権教育の位置づけについても議論が深まるものと思ってございます。

 いずれにしましても、大学のカリキュラム、そういう枠組みではございますけれども、それぞれの大学の御判断で自主的に決定されるものでございますけれども、そういう議論が深まるであろうということを申し上げさせていただきたいと思います。

植田委員 時間がありませんが、あと一問だけ、済みません、佐藤先生にお伺いします。

 一つは、この法科大学院と学問の自由にかかわって、やはり大学の自治、学問の自由とのかかわり、要するに、第三者機関が教育内容を検討するというふうになっていたと思うわけですが、その関係について一点。

 もう一つ、今度逆に、大学の法学部の教育内容が法科大学院に縛られるようなことになってはあかんと思うわけです。逆に法科大学院予備校みたいになってしまうのもまずかろうと思います。そういう意味で、逆に大学の学部教学の衰退、研究の衰退というものが懸念される面もあろうかと思うわけですが、その二点について、最後になりまして、申しわけございませんが、お願いいたします。

佐藤参考人 第三者評価との関連でありますが、率直に申しまして、今まで大学は、やや高い壁を自治の名において張りめぐらし過ぎたのではないかという思いがあります。どの自治組織もそうだと思いますけれども、やはり社会とともにあって、国民に開かれた場の中で、第三者のいろいろな人たちの評価の中で自治というものを築いていくべきであるというように考えております。

 法科大学院の質を維持し高めていくためには、やはり第三者が評価し、これは大事な、いろいろな人たちのプロとしての教育に携わっているわけですから、それにふさわしいものであるかどうかということを評価する公正な機関をつくって、そこで法科大学院の現実について絶えず評価していただくということは、大学にとっても非常にいいことだと思います。

 そして、その指摘があるいは間違っているときもあるかもしれませんし、正しいときもあるかもしれません。その指摘をいかに生かすかというところに、むしろまた自治のあり方が、価値があるというように思っておりまして、この評価ということと自治ということは決して矛盾するものではないというように考えております。

 それから、学部の教育との関係でありますが、これは先ほど来申しておりますように、学部というのは、法学部も含めて、教養といいますか、人生をいかに生くべきかという自己発見の場として、法学、政治学あるいは経済学など、副専攻制とかいろいろ採用して、たくさん、今四万七千人出しているわけですから、みんながみんな法曹になるわけじゃありませんので、そういう観点から、より落ちついた授業ができていくのではないか。その中で、法曹になりたいと決意した人が法科大学院に進んでくる。それぞれの役割というのはむしろ明確になり、努力いかんによってはよりよい教育のあり方が可能ではないかというように考えている次第です。

植田委員 時間を超過いたしまして、申しわけございませんでした。

 以上で終わります。

保利委員長 これにて質疑は終了しました。

 この際、参考人に一言申し上げます。

 本日は、長時間にわたり御出席をいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼申し上げます。

 次回は、来る二十二日金曜日午前九時五十分理事会、午前十時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後二時三十四分散会




このページのトップに戻る
衆議院
〒100-0014 東京都千代田区永田町1-7-1
電話(代表)03-3581-5111
案内図

Copyright © Shugiin All Rights Reserved.