衆議院

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第20号 平成25年6月21日(金曜日)

会議録本文へ
平成二十五年六月二十一日(金曜日)

    午前九時開議

 出席委員

   委員長 石田 真敏君

   理事 江崎 鐵磨君 理事 奥野 信亮君

   理事 土屋 正忠君 理事 ふくだ峰之君

   理事 若宮 健嗣君 理事 田嶋  要君

   理事 西田  譲君 理事 遠山 清彦君

      安藤  裕君    池田 道孝君

      小田原 潔君    大見  正君

      門  博文君    神山 佐市君

      菅家 一郎君    小島 敏文君

      古賀  篤君    今野 智博君

      新谷 正義君    末吉 光徳君

      田中 英之君    鳩山 邦夫君

      林田  彪君    三ッ林裕巳君

      宮澤 博行君    盛山 正仁君

      泉  健太君    枝野 幸男君

      階   猛君    寺島 義幸君

      今井 雅人君    西根 由佳君

      大口 善徳君    椎名  毅君

      鈴木 貴子君    西村 眞悟君

    …………………………………

   法務大臣政務官      盛山 正仁君

   参考人

   (法政大学大学院法務研究科教授)         今井 猛嘉君

   参考人

   (鹿沼児童6人クレーン車死亡事故遺族の会)    伊原 高弘君

   参考人

   (飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会共同代表)  佐藤 悦子君

   参考人

   (京都交通事故被害者の会 古都の翼)       中江 美則君

   法務委員会専門員     岡本  修君

    ―――――――――――――

委員の異動

六月二十一日

 辞任         補欠選任

  黄川田仁志君     新谷 正義君

  階   猛君     寺島 義幸君

  辻元 清美君     泉  健太君

同日

 辞任         補欠選任

  新谷 正義君     田中 英之君

  泉  健太君     辻元 清美君

  寺島 義幸君     階   猛君

同日

 辞任         補欠選任

  田中 英之君     黄川田仁志君

    ―――――――――――――

六月二十一日

 民法の一部を改正する法律案(参議院提出、参法第六号)

同月二十日

 民法の差別的規定の廃止・民法改正を求めることに関する請願(赤嶺政賢君紹介)(第一四八三号)

 同(笠井亮君紹介)(第一四八四号)

 同(穀田恵二君紹介)(第一四八五号)

 同(佐々木憲昭君紹介)(第一四八六号)

 同(志位和夫君紹介)(第一四八七号)

 同(塩川鉄也君紹介)(第一四八八号)

 同(高橋千鶴子君紹介)(第一四八九号)

 同(宮本岳志君紹介)(第一四九〇号)

 治安維持法犠牲者に対する国家賠償法の制定に関する請願(安住淳君紹介)(第一四九一号)

 同(志位和夫君紹介)(第一五七六号)

 同(田嶋要君紹介)(第一五七七号)

 同(柿沢未途君紹介)(第一六七九号)

 同(玉木雄一郎君紹介)(第一七七五号)

 同(津村啓介君紹介)(第一七七六号)

 同(寺島義幸君紹介)(第一七七七号)

 裁判所の人的・物的充実に関する請願(赤嶺政賢君紹介)(第一四九二号)

 同(笠井亮君紹介)(第一四九三号)

 同(穀田恵二君紹介)(第一四九四号)

 同(佐々木憲昭君紹介)(第一四九五号)

 同(志位和夫君紹介)(第一四九六号)

 同(塩川鉄也君紹介)(第一四九七号)

 同(高橋千鶴子君紹介)(第一四九八号)

 同(宮本岳志君紹介)(第一四九九号)

 同(田嶋要君紹介)(第一五八〇号)

 同(遠山清彦君紹介)(第一五八一号)

 同(枝野幸男君紹介)(第一六八一号)

 選択的夫婦別姓の導入など民法の改正を求めることに関する請願(志位和夫君紹介)(第一五七五号)

 法務局・更生保護官署・入国管理官署及び少年院施設の増員に関する請願(田嶋要君紹介)(第一五七八号)

 同(遠山清彦君紹介)(第一五七九号)

 同(枝野幸男君紹介)(第一六八〇号)

 民法を改正し、選択的夫婦別氏制度の導入を求めることに関する請願(枝野幸男君紹介)(第一六七八号)

 子供の連れ去り、親子引き離しを禁止する法整備に関する請願(椎名毅君紹介)(第一七七八号)

 同(牧原秀樹君紹介)(第一七七九号)

 同(松本洋平君紹介)(第一七八〇号)

は本委員会に付託された。

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律案(内閣提出第五二号)


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     ――――◇―――――

石田委員長 これより会議を開きます。

 内閣提出、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律案を議題といたします。

 本日は、本案審査のため、参考人として、法政大学大学院法務研究科教授今井猛嘉君、鹿沼児童6人クレーン車死亡事故遺族の会伊原高弘君、飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会共同代表佐藤悦子さん及び京都交通事故被害者の会古都の翼中江美則君、以上四名の方々に御出席をいただいております。

 この際、参考人各位に委員会を代表いたしまして一言御挨拶を申し上げます。

 本日は、御多忙の中、御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れば幸いに存じます。よろしくお願いいたします。

 次に、議事の順序について申し上げます。

 まず、今井参考人、伊原参考人、佐藤参考人、中江参考人の順に、それぞれ十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。

 なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。

 それでは、まず今井参考人にお願いいたします。

今井参考人 おはようございます。ただいま御紹介にあずかりました法政大学大学院法務研究科の今井でございます。

 本日は、このような場でお話しさせていただく機会を賜りまして光栄に存じます。

 私は、刑法の研究をしておりまして、本法案については法制審議会の部会委員を務めました。

 本日は、法案に賛成の立場から意見を述べさせていただきます。

 まず、危険運転致死傷罪の規定の整備について申し上げます。

 現行の刑法第二百八条の二に規定されております危険運転致死傷罪は、次の五つの場合を処罰の対象としています。

 一、アルコールまたは薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為。二、進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為。三、進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為。四、人または車の通行を妨害する目的で、通行中の人または車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為。五、赤色信号を殊さらに無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為。これら五つの行為のいずれかにより人を死傷させた場合を対象としております。

 しかし、近時、悪質、危険な運転行為により人を死傷させたものの、危険運転致死傷罪が規定する危険運転行為に該当しないことから自動車運転過失致死傷罪が適用された事犯がございました。このような事犯を受けて、危険運転致死傷罪について、現行法が対象としている類型以外にも危険運転致死傷罪の対象とすべき悪質、危険な運転行為があるのではないか、危険運転致死傷罪の適用対象を拡大すべきではないかとの声がございました。

 そこで、法制審議会の部会においては、危険運転致死傷罪の対象となる危険運転行為の類型として追加すべきものはないか、現行の危険運転致死傷罪と同様に扱うことはできないものの、類型的に自動車運転過失致死傷よりは重く処罰すべきものはないかという点などについて議論が行われました。

 その結果として、法制審議会としては次の二つのことを法務大臣に答申しております。

 第一に、通行禁止道路を進行し、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し人を死傷させたこと、これも危険運転致死傷罪の対象とすること。第二に、現行の刑法二百八条の二に規定されている危険運転致死傷罪と同等とまでは言えませんが、悪質性、危険性が高いと認められる運転行為によって人を死傷させた場合について、自動車運転過失致死傷罪よりも重く処罰する犯罪類型を創設すること。この二つであります。

 そして、この答申をもとに本法案が成ったものと認識しております。

 危険運転致死傷罪の適用対象を拡大すべきとの御要望につきましては、悪質、危険な運転行為により人を死傷させたことへの対処として、自動車運転過失致死傷罪の適用ではその悪質性、危険性に対する評価として十分ではないのではないかとの考えが基本にあると思われます。

 このような視点から考えますと、現行の二百八条の二に規定されている危険運転致死傷罪と同等とまでは言えませんが、悪質性、危険性が高いと認められる運転行為により人を死傷させた場合には、過失犯であります自動車運転過失致死傷罪によるのではなく、故意犯として、自動車運転過失致死傷罪よりも重い罰則で対処することが相当であると考えます。

 したがいまして、このような規定の整備については、方向性として妥当なものであると考えております。

 引き続きまして、規定の整備の具体的な点について意見を申し上げます。

 まず、法案の整備による第二条第六号、通行禁止道路を進行し、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し人を死傷させたことをも危険運転致死傷罪の対象とすることについてでございます。

 このような概念を入れること、このような概念に何が当たるかということでありますが、例えば、高速道路の中央から右側の部分、一方通行道路、商店街やいわゆる歩行者天国等の自動車の通行が禁止されている道路といった自動車の通行が禁止されている範囲では、他の通行者としては、自動車が進行してくることはないはずであるという前提で通行していますので、現在の危険運転致死傷罪の危険運転行為と同等の危険性、悪質性が存するものと考えられます。したがいまして、この二条六号所定の行為を危険運転致死傷罪の対象とすることには十分合理性があると考えております。

 また、このような通行禁止道路については政令で本罪の対象とするものを規定するとされておりますけれども、道交法におきまして通行禁止の規制がなされているものの中には、例えば大型自動車通行禁止などのように、特定の種別の自動車の通行のみが規制されているものなど、他の通行者としては、自動車が進行してくることはないはずであるという前提で通行しているとは言えない道路もございますので、「これを通行することが人又は車に交通の危険を生じさせる」通行禁止道路を通行した場合のみを危険運転致死傷罪の対象とすることは、適切な処罰範囲の絞り込みであると考えます。

 そして、どのような道路をこのように本罪の対象とするかにつきましては、道交法やその下位法令等による交通規制のあり方全般を踏まえて決定することが相当と思われますから、法律で規定するのではなく、政令にこれを委任するということについても適切な判断であると考えております。

 次に、法案第三条の行為、これを新たな危険運転致死傷罪とすることについて意見を申し上げます。

 第三条に規定する行為とは、次の二つであります。すなわち、アルコールまたは薬物の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生ずるおそれがある状態で自動車を運転する行為、第二に、自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある一定の病気の影響により、その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転する行為でございます。

 これらにつきましては、現在の刑法二百八条の二に規定されている危険運転致死傷罪と同等とまでは言えませんが、悪質性、危険性が高いと認められる運転行為であります。そこで、このような危険性、悪質性が高い運転行為をあえて行い、よって、客観的に正常な運転が困難な状態に陥って人を死傷させた場合においては、その行為者の主観面、行為の客観面、いずれの面からも、過失犯であります自動車運転過失致死傷罪によるのでは、必ずしも事案の実態に即した処罰ができるとは考えられないところであります。そこで、これを新たな危険運転致死傷罪とし、すなわち、故意犯として、自動車運転過失致死傷罪よりも重い法定刑をもって規定するということは相当であると考えます。

 ここで考えております一定の病気ということに関しましてですが、政令で特定の病気を定めるということを考えておりますけれども、そうした対応が一定の病気に対する偏見を助長することになるのではないかとの御懸念が指摘されております。

 この新たな危険運転致死傷罪は、自動車の運転に支障を及ぼすおそれがあるような、すなわち、道路交通法において現在でも運転免許の欠格事由とされている病気の症状に着目するものでありまして、特定の病気をその病名だけで一律に対象とするものでないことは、法制審議会の部会の議論においても何度か確認されたことであります。

 また、政令で定めます自動車の運転に支障を及ぼすおそれがある病気の影響によって正常な運転に支障が生ずるおそれがあるという危険性がある状態で、かつ、そのことを認識しながら運転し、そうした危険性が顕在化して、よって正常な運転が困難な状態に陥り、人を死傷させた場合の危険性、悪質性を考えますと、相応の処罰を可能にするための罰則は必要でありまして、本罪の趣旨や対象が正しく理解されますならば、政令で定める病気に対する差別や偏見が生じるようなことはないと思っております。

 もちろん、こうした罪が設けられることによりまして一定の病気について差別、偏見を助長するようなことが起きることは相当でありませんので、政府におかれては、本罪の趣旨や対象について正しく周知、啓発をしていただきたいと思っています。

 次に、無免許運転につきましては、法制審の部会でヒアリングを行いました際にも、危険運転致死傷罪の対象とすべきとの御意見がございました。

 この点につきましては、法制審の部会でもさまざまな議論がなされました。その結果でございますが、無免許運転の有する危険性はさまざまでありますので、暴行に準ずるような危険性を類型的に有するとは必ずしも言えないという点、及び、人が死傷したという結果との関係で、無免許であるがゆえに人が死傷するという直接的な法的な因果関係を認めがたいということから、危険運転致死傷罪の対象とすることは相当でないという議論がありました。そこで、無免許運転はそのように取り扱われたことでございます。

 そこで述べましたように、無免許運転の取り扱いにつきましては、刑の加重ということにより対応するのが相当であると考えます。この点については、後にまた説明させていただきます。

 次に、法案第四条の過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪について申し上げます。

 アルコールまたは薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を運転し、よって人を死傷させた場合、危険運転致死傷罪が適用されますが、犯人が事故現場から立ち去るなどした場合には、事故時のアルコールまたは薬物の影響の程度についての立証が極めて困難になります。

 このような場合には、同罪を適用することが結局のところかないませんので、犯人が事故現場から立ち去った場合には、別途、道交法上の救護義務違反の罪が成立することになりますが、自動車運転過失致死傷罪と救護義務違反の併合罪とした場合には、刑の上限は懲役十五年となります。したがいまして、危険運転致死罪よりも軽い刑しか科すことができないという状態が生じるわけでございます。

 したがいまして、アルコールまたは薬物を摂取し、このような死傷事故を起こした後に、危険運転致死傷罪による重い処罰を免れるために、救護義務違反の罪を犯してでも事故現場から逃走するという状況が、不幸にして生じ得ることになります。しかし、このような逃げ得ともいうべき事態を許容することは、処罰の適正という観点からも、あるいは被害者、御遺族の感情の観点からも適切ではないと思われます。

 こうしたふぐあいを解消するためには、アルコールまたは薬物の影響により正常な運転に支障が生ずるおそれがある状態で自動車を運転し、必要な注意を怠って人を死傷させた上、運転時のアルコール等の影響が発覚することを免れるべき行為をした者に対して新たに法定刑が重い罰則で対処することに合理性が見出されるところであります。

 そこで、この四条が想定されているわけでありますが、このような罪をつくることにつきましては、自己の刑事事件の罪証隠滅行為が刑法百四条において処罰されていないこととの関係をどう考えるかという議論がございました。

 しかしながら、刑法の証拠隠滅罪においてはなぜそのような趣旨がとられているかでありますけれども、一般的に期待可能性の欠如が考慮されたことによると考えられておりますが、このような理解が全てに妥当するわけではございません。

 例えば、判例によりますと、犯人が他人に自己の刑事事件に関する証拠の隠滅等を教唆した場合には、証拠隠滅等教唆罪の成立が肯定されておりまして、学説でも、このような結論は、定型的に期待可能性がないとは言えない行為であるとして是認されているところであります。

 そういたしますと、自己の刑事事件に関する証拠の隠滅行為であっても、一定の場合には処罰対象とすることが十分可能であると考えられるところです。

 そして、道交法が規律いたします、交通事故を発生させてしまったという状況のもとでは、車両等の運転者は、救護義務、報告義務を尽くさなければいけないことが罰則によっても明示されております。そして、そのことは既に広く一般国民の常識ともなっていると思いますので、それ以外の一般の犯罪を犯した状況とは異なると考えられます。

 そこで、本罪において対象としているものを改めて見ますと、それは証拠一般の隠滅ではありませんで、事故現場において容易に隠滅されやすい、あるいは消滅してしまいがちなアルコールまたは薬物の影響の有無または程度であります。これに限定して、そのような証拠の隠滅が行われる類型的な実態もあることを踏まえますと、その限りで四条において処罰対象とすることも十分合理性があると考えているところであります。

 次に、法案第六条の無免許運転による加重規定について申し上げます。

 先ほど申しましたが、自動車の運転により人を死傷させる行為をした際に、当該行為者が無免許であった場合には、より重く処罰すべきであるとの御要望があったところであります。

 確かに、無免許運転というものは、自動車運転のための最も基本的な義務に違反した著しく規範意識を欠いた行為であります。加えて、運転免許制度が予定している運転に必要な適性、技能、知識を欠いているという意味では、抽象的、潜在的ではありますが危険な行為であります。

 したがいまして、無免許運転は、いわば責任要素、違法性要素については潜在的なものを持っていると思いますので、それが現実化したという人の死傷結果が生じた場合には、それをゆえに重く処罰する類型を考えるということも不可能ではないと思います。

 しかしながら、先ほど申しましたが、法的な因果関係が無免許運転と人の死傷結果にあるかと言われますと、これはなかなか困難でありますので、両方のことを考えますと、この六条のように、加重規定を設けるということが合理的な選択であったと思っております。法制審の部会でもこのような議論の末に六条が是認されたところと承知しております。

 最後に、自動車の運転により人を死傷させる行為等について、刑法ではなく新法に規定することについて申し上げます。

 危険運転致死傷罪や自動車運転過失致死傷罪については、自動車の運転、それに惹起する危険ということでありますから、国民生活に極めて密接な行為であります。また、個人の生命身体を保護法益とする基本的な一般的な罪でありますから、これを基本法である刑法に残して今まで規定してきたことには十分合理性があったと考えます。

 しかし、今回の罰則整備によりまして、構成要件の内容を一部政令に委任することが相当という結論に至っております。そうでありますならば、刑法において政令委任をしたという例は従前ございませんし、刑法ではなく特別法に規定することになったとしても、そのことゆえに自動車の運転により人を死傷させる行為についての悪質性、危険性についての刑法的評価がいささかも低下するものではないと考えております。

 このように、本法案において、新法において、一定の行為を新たに処罰対象にすることには十分合理性があると思います。

 以上、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律案に関しまして、私の見解を申し上げました。こうした行為に対する罰則の整備は大変重要な緊急を要する課題でございますので、この法案が一日も早く成立することを願っております。

 御清聴まことにありがとうございました。(拍手)

石田委員長 ありがとうございました。

 次に、伊原参考人にお願いいたします。

伊原参考人 よろしくお願いします。

 本日は、私たち遺族に対しこのような発言の場を設けていただき、ありがとうございます。

 私は、鹿沼児童6人クレーン車死亡事故遺族の会の伊原と申します。よろしくお願いします。

 報道等により既に御存じだとは思いますが、私たちの子供たちは、平成二十三年四月十八日、てんかん無申告の運転免許不正取得者によるクレーン車の危険運転行為により、突如、未来ある命を奪われてしまいました。

 我々の事故後も、平成二十三年度中に何件かのてんかん無申告者による事故がありましたが、私たちが、十七万人の署名、最終提出は二十万人ですが、法務大臣並びに国家公安委員長に提出したわずか三日後の四月十二日、京都・祇園において、またしてもてんかん無申告による防げたはずの事故が発生してしまいました。

 このように、法や制度の改正がおくれればおくれるほどとうとい命が奪われていく現状を踏まえ、防げた事故に対する無念の気持ちでいっぱいであります。今この瞬間にも同様の事故が起きてしまう可能性があるという現状を、我々遺族だけが考えていても何の意味もありません。

 本日は、ここにお集まりの皆様が、自分の愛する御家族に思いをはせ、一日でも早い法改正を実現されますよう、そして、事故は、被害者にとっても加害者にとっても一つもいいことはないという我々の強い強いメッセージを込め、発言させていただきたいと思います。

 お手元にお配りしました資料をごらんになってお聞き願いたいと思います。

 まず初めに、写真がついていると思いますが、この子供たちは、こんなにも小さな子供たちは、あんなにも、十二トンもの大きなクレーン車にひかれて亡くなってしまいました。そのことを申し上げて、スタートしたいと思います。

 初めに、事故は、時間、場所、人を選びません。本日お集まりの皆さん、今生きている皆さんが、帰りに殺されてしまうかもしれませんし、私たちが殺されてしまうかもしれません。皆さんの愛する家族があした亡くなってしまうかもしれません。あの日、事故とはそういう理不尽なものだということを私たちは思い知らされました。

 しかし、法や制度を見直すことにより、あのような理不尽な事故は防げるはずです。そして、今後救える命があるはずです。

 本日お集まりの皆様が、形ばかりの委員会ということではなく、自分のお子さんや愛する人に思いをはせ、我々の訴えをお聞き願いたいと思います。

 請願事項です。平成二十四年四月九日、大臣請願をいたしました。

 請願事項、刑法の条文改正、法務省、署名数二十万一千四百十二名、「てんかん無申告の運転免許不正取得者による死傷事故に対し、危険運転致死傷罪が適用となるよう、刑法の条文改正を要望します。」

 運転免許交付制度の改正、警察庁、署名数十九万六千七百三十三名、「てんかん自己申告の運転免許制度の問題に対し、確実に不正取得が出来ない運転免許交付制度の構築を要望します。」

 これに対し、十七万の署名を重く受けとめ、真正面から取り組む、大臣の発言、本当に感謝いたしております。

 しかし、署名提出の三日後、四月十二日、京都・祇園で、てんかん無申告の運転者による危険行為で七名ものとうとい命が奪われ、さらに、この事故においては、運転手も命を落としてしまいました。防げた事故であり、救えた命です。残念でなりません。

 そして、クレーン車事故後に警察庁が行った小手先だけの対策、相談窓口の設置やポスターの掲示、それらでは事故を減らすことはできても防ぐことができないということが証明されてしまいました。

 我々が言い続けてきたのは、事故の原因の本質に目を向けてください、このことを言い続けてきました。

 続きまして、ここからは、警察庁の検討会で訴えてきた内容です。

 クレーン運転手の事故歴から見る自己申告の運転免許制度の限界、その一です。

 これらについて、一つ一つ事故歴を申し上げる時間はございませんので割愛させていただきますが、特筆すべきは、小学校のときにてんかんと診断され、十年間で十二回もの事故を起こし、何度も何度も医者に忠告されていながら、運転免許が更新でき、原付免許も取得でき、大型特殊まで取得できてしまう自己申告という免許制度の問題、さらには、執行猶予期間中でも簡単に移動式クレーンの免許まで取得できてしまう自己申告の免許制度の問題、それは限界ではないでしょうか。

 続きまして、自己申告者数の現状から見る自己申告の運転免許制度の限界、その二です。

 平成二十四年五月十六日、民主党法務・内閣・厚生労働合同部門会議での鹿沼遺族の会の質問に対する警察庁の回答です。

 鹿沼遺族「今現在、何人のてんかん患者さんが、運転免許の更新、申請の際、申告しているのでしょうか?」、警察庁「平成二十三年五月から平成二十四年二月まで調査しましたが、申告者数は二千四百三十人でした。」

 余りにも少ないのではないでしょうか。

 その三、その四は飛ばさせていただきます。

 京都・祇園事故の医師の記者会見から見る自己申告の運転免許制度の限界、その五です。

 「私は運転しないように言いました」。あの医師は、結果として、加害者の命も被害者の命も救っていません。命を救うことをなりわいとしている医師が本当にとるべき行動とは何だったのでしょうか。

 続きまして、遺族から警察庁への提案です。

 自己申告はもはや限界であることから、アメリカ・カリフォルニア州の事例に伴い、医師の通告制度を提案しました。こちらについては、任意ということになり、納得のいくものではありませんでしたが、六月七日、改正道路交通法が成立したところです。こちらについては感謝を述べたいと思います。ありがとうございます。

 ここからが法務委員会への遺族意見です。

 遺族の処罰感情から見る刑法の条文改正の必要性、その一です。

 法律を遵守している人が、国民が理解できる過失により起こした事故だったとしたら、亡くなった人間は決して帰ってきませんが、自動車運転過失致死罪もあり得るかもしれません。そして遺族も納得できるかもしれません。

 しかし、鹿沼のクレーン事故や京都の祇園の事故、京都・亀岡の事故はどうだったでしょうか。ルールを守っていたでしょうか。

 これらの事故は、ルールを守っていた子供や罪のない人が、突如、ルールを守らない大人によって殺されてしまった事故です。いや、事件だと思っています。

 子供たちは、生きていればあと何年生きられたのか、想像してみてください。クレーン運転手に下された判決の上限七年しか生きられなかったのでしょうか。

 遺族の処罰感情から見る刑法の条文改正の必要性、その二です。

 遺族にとって一番つらいこととは何でしょうか。過去の交通事故遺族がこんなにも苦しんでいるのはなぜでしょうか。それは、子供たちは殺され、夢も未来も全て奪われてしまいましたのに、加害者は生きていられるからです。

 子供たちは、もう二度と大好きなママに会うこともできません。おなかいっぱい御飯を食べることも、お菓子を食べることも、大好きな野球やサッカーをすることもできないのです。なぜなら生きていないからです。

 皆さんの家族が、同様の理不尽な事故で殺されたことを想像してみてください。現行の刑法の上限が危険運転致死傷罪の上限二十年しかないのなら、被害者遺族がその上限を望むことは当然のことなのではないでしょうか。なぜなら、加害者には生きていてほしくないからです。

 事故の抑止効果から見る刑法の条文改正の必要性、その三です。

 五月十六日に行われました民主党法務・内閣・厚生労働合同部門会議で明らかになったように、てんかん自己申告の割合は極めて低く、自己申告の免許制度が限界なことは申告率からも明らかです。

 では、どうしたらてんかん無申告の事故をなくすことができるのでしょうか。

 私たちは、警察庁に、医師の通報制度を提案しました。警察と医師がデータベースを共有することこそが、極めて低い現在の自己申告率を高め、事故を未然に防ぐことのできる最良かつ最善の方法だと考えています。

 しかし、本件事故がそうであったように、法の抜け穴によりとうとい命が奪われることはあってはならないと思っています。てんかん無申告による運転者が、法の抜け穴により免許を取得し、他人の命をも奪い犯罪者となってしまうことや、自分の命をも失ってしまうことは悲劇です。

 事故は、被害者にとっても加害者にとっても一つもいいことはありません。危険運転致死傷罪の適用となる刑法の条文改正では、それでも法を遵守しない悪質な運転者に対する十分な抑止効果を期待できるものと考えます。

 クレーン車運転手の事故歴から見る刑法の条文改正の必要性、その四です。

 医師の忠告に耳を傾けず、てんかんの持病について虚偽の申告をして運転免許や大型免許まで取得し、十年間で十二回もの事故を繰り返し、過去の裁判でもてんかんの持病を隠し通し、あげくの果てには、何の罪もない、ただ歩道を歩いていただけの児童六人を執行猶予中にひき殺した事故です。

 それでも、刑法に当てはまる条文がない、罪刑法定主義という言葉を何度も聞かされましたが、そういう理由により、起訴された罪名は自動車運転過失致死罪、法定刑の上限は七年という、命の重さを軽視した日本の法律。上限の決まった負け試合の裁判に臨むしかありませんでした。

 過失とは何なのでしょうか。皆さんの愛するお子さんや愛する人が同様の危険運転行為により命を奪われたとき、皆さんは納得できるのでしょうか。

 法務委員会への遺族意見です。

 あの日、私たちは、痛みや苦しみにもだえる子供たちを助けてあげることができませんでした。

 子供たちは、亡くなる前の日は、野球やサッカーをやり、元気に動いていました。元気でした。笑っていました。当日の朝も元気に出かけていきましたのに、ただ歩道を歩いていただけなのに、ルールを守っていた子供たちが、ルールを守らない大人によって殺されてしまいました。

 子供たちは、生きていれば、六十年も、七十年も、八十年も生きて、幸せな未来が待っているはずでした。結婚もしたでしょう。恋愛もしたでしょう。子供も生まれ、幸せな生活が待っているはずでした。それゆえ、七年の量刑がたとえ十五年になろうとも、遺族が納得できるはずはないのです。

 法改正の審議では、必ず、命の重み、命のとうとさを考えてください。

 遺族の処罰感情からいえば量刑には納得いくものではありませんが、危険運転致死傷罪の条文改正に踏み込んでくれたことにつきましては感謝いたしております。

 国会議員の皆様におきましては、二十万人の国民が署名に託した悲痛な思いを真摯に受けとめ、危険運転致死傷罪の条文改正を一日も早く実現していただくことを切に願っております。

 また、今後、想定外の悪質な交通事犯で過失の裁判となり遺族が苦しむことがないよう、本件事案に限らず、悪質かつ反社会性の強い交通事犯については危険運転致死傷罪が適用となる法改正となるよう、法制審議会への我々の遺族意見に引き続き、再度御要望いたします。

 鹿沼児童6人クレーン車死亡事故遺族の会。

 ありがとうございました。(拍手)

石田委員長 ありがとうございました。

 次に、佐藤参考人にお願いいたします。

佐藤参考人 ただいま御紹介いただきました、大分県から参りました佐藤悦子と申します。

 きょうは、このような場所で意見陳述をさせていただきますこと、心からありがたく思っています。ありがとうございます。よろしくお願いいたします。

 私の息子、佐藤隆陸は、平成十五年十一月十六日未明、仕事のため赴任していた鹿児島県奄美市において、飲酒運転の車にひき逃げされ、一週間後の十一月二十三日に亡くなりました。二十四年と二十六日しか生きることができなかった息子が、自分の命にかえて大きな社会問題として提起した飲酒ひき逃げの逃げ得という問題に答えを出すために、九年間という長きにわたり、法改正を強く求め、全国各地で署名活動を展開し、世論に強く訴え続けてきた者として、きょうは意見を述べさせていただきます。

 今から九年と七カ月前になります。奄美本土復帰五十周年の記念行事が盛大に行われたその日に事件は起きました。

 息子をはねて逃げていった当時十九歳の少年は、夕方五時から友人たちと約六時間かけて六リットル以上のビールや焼酎、ワインなどを飲み、また、息子をはねる八分前には車を運転しながら三百五十ミリリットルの缶ビールを飲み干し、空になった缶を海に投げ捨てていました。その少年の車は、蛇行してセンターラインを越え右側車線に進入し、交差点内をほぼ渡り終えた息子を七メートルはね飛ばし、一旦は車をとめて倒れている息子を確認して逃げていきました。

 少年は、やばい、今捕まったら飲酒運転がばれてしまう、酔いがさめてから出頭しようと考えて逃げたと調書には書かれています。少年は、一人の人間の命より自分の身を守ることを優先しました。

 そして、裁判が始まります。

 過失として起訴された少年が初公判で論告求刑四年が出されたことを掲載した地元紙を読んだ息子の上司からの知らせで、初めて裁判が始まっていたことを知りました。飲酒運転の上、はね飛ばされて身動きできない息子を見殺しにして逃げていった少年が過失として裁かれるなんて、私たち夫婦には到底理解できるものではありませんでした。何とかして危険運転致死罪の適用を求めたい旨を初めて弁護士に相談すると、意見陳述があることを教えてくれました。

 その意見陳述のために奄美大島の裁判所に行くことになるのですが、そこで検察官は、私たちの顔を見るなり、自分が出した求刑に文句を言われたことは今までに一度もない、逃げ得と言うのであれば、署名活動でもして法律を変えなさい、これが検察官の第一声でした。その言葉は今も忘れることはありません。

 その後、私は、意見陳述のために法廷に立ちました。

 過失のない息子が死亡しているにもかかわらず、右側車線での飲酒ひき逃げという非道徳な行為をした加害者がどうして業務上過失として裁かれるのでしょうか、事故後の重大な救護義務違反を犯しておきながら、逃げたことにより、飲酒による影響がわからず刑が軽くなる、何と加害者に都合のよい法律でしょうか、どうか過失では終わらせないでください、そのことが日本全国から飲酒運転をなくす根源になると確信しますというような意見陳述をしたのが、事故から三カ月後の平成十六年二月二十五日でした。

 当時、精いっぱいの私の意見陳述は、何の意味をなすこともなく、その二週間後、飲酒ひき逃げ犯には、業務上過失致死、道路交通法違反(ひき逃げ、酒気帯び)の罪で、懲役三年の刑が言い渡されたのです。

 危険運転致死罪が適用されなかった理由として、検察官は、少年が息子をはねるまで事故を起こすことなく、また信号無視をすることもなく、また車を傷つけることもなく運転ができていた、事故を起こした後も狭い道を四キロも走り、神社に車を隠すことができていた、だから、この少年は正常な運転が困難であったとは言えない、息子に衝突したときはたまたま脇見をしていただけだ、また、一合の酒を飲んでも酔っぱらう人もいれば、一升の酒を飲んでも平気な人もいるという理由を挙げていました。

 少年が逃げることなく救急車を呼んでくれていたら、息子は助かっていたかもしれません。そして、事故後すぐに逮捕されていれば、アルコールの影響により正常な運転が困難な状態だったことがその酩酊状態から容易に立証され、危険運転致死罪が適用されていたかもしれないのです。

 判決が出された後、控訴の依頼もしたのですが、素人のお母さんに幾ら説明しても無駄です、控訴したら無罪になるかもしれませんよ、それでもいいのですかと検察官に言われ、泣く泣く息子の刑事裁判は終わってしまいました。

 このように、裁判の何もかもに納得できなかった私は、裁判のやり直しをしてほしいと懇願しましたが、同じ人間を二度裁くことはできないという理由から、それは到底できることではありませんでした。

 そんなとき、インターネットで、十五歳の拓那君を飲酒ひき逃げで亡くされた北海道の高石弘さん、洋子さん御夫妻と知り合うことができました。高石さんは、逃げ得をなくすための法改正を求めて既に署名活動を始め、当時の野沢法務大臣に一度署名簿を提出されていました。

 今はまだ何もできませんが、いつかきっと私も署名活動をします、そのときまでどうか待っていてくださいというようなファクスを送りました。北海道と大分、北と南から攻めて東京で会いましょうを合い言葉に、面識のない私たち二家族は強いきずなで結ばれ、それぞれの地域で署名活動に奔走しました。

 署名活動の回を重ねるごとに、次から次へと同じ境遇の仲間がふえていきました。署名活動のノウハウを教えてくれ、その後、私たち飲酒ひき逃げの遺族をまとめていくことになる千葉県の井上保孝、郁美御夫妻との出会い、東京都の岩嵜元紀君のお母さん、神奈川県の祝部悟君の御両親、福岡県の松原和明君の御両親、東京都の秦野真弓さんのお母さん、栃木県の和気由香さんの御両親など、ほかのたくさんの御遺族と会うことになりました。

 井上御夫妻の提案で、逃げ得をなくすための飲酒ひき逃げに厳罰を求めた個人的な活動を、より一層大きなうねりとして国に訴えていこうと二〇〇五年に結成されたのが、飲酒・ひき逃げ事犯に厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会でした。

 お手元のチラシと署名用紙を使い、集められた署名と要望書は、協議会のメンバーや支援者とともに、これまで九年間で歴代九人の法務大臣に提出し、面談させていただきました。一昨日も午後四時から、二十人のメンバーや支援者と一緒に、法務大臣室で谷垣法務大臣と面談し、一万二千八百八十一筆の署名簿と要望書を提出させていただきました。

 そして、今まさに、全国から集まった累計六十万三千八十筆の署名を書いてくださった多くの国民の皆さん方の、飲酒ひき逃げは殺人だよ、殺人と同じだよという声に背中を押され、今、大きく国が動き、高石さんと私は、たくさんの仲間たちと一緒に、夢にまで見た東京の、この夢舞台に立たせていただいています。この場所に立つために闘った九年、私の人生のおおよそ七分の一を費やした闘いです。

 飲酒ひき逃げで司法の厚い壁に苦しめられているのは、私たち遺族だけではありません。

 二〇〇六年八月二十六日の朝、私たち飲酒・ひき逃げに厳罰を求める遺族・関係者全国連絡協議会のメンバーが、北海道札幌市で街頭署名活動をしているときのことです。道路を挟んだ先の三越デパートに備えつけられた大型スクリーンに映し出された映像を見て、血の気が引く思いがいたしました。クレーンによりRV車が水を垂らしながら海中から引き揚げられる映像、そして幼い三人のきょうだいのあどけない笑顔。一体これは何、何があったのと、私たちメンバーはスクリーンにくぎづけになりました。

 それは、元福岡市の職員による飲酒ひき逃げ三児死亡事件でした。事故の後、被害者を救護することなく現場から逃走し、友人に持ってこさせた大量の水をがぶ飲みしたことで、酒気量はごまかされてしまいました。

 元市職員は、危険運転致死傷罪で起訴され、懲役二十五年が求刑されたにもかかわらず、一審では、事故は脇見が原因として、業務上過失致死罪と道交法の併合で懲役七年半の判決が言い渡されました。控訴審で高裁は、被告が酒に酔っていたことを自覚していたと判断し、一審とは逆の判断を示し、危険運転致死罪が適用され、最高裁も二審を支持し、懲役二十年が確定したのです。

 一つの事実について、このように判断が大きく分かれてしまい二転三転することに、三きょうだいの両親初め私たちは、危険運転致死罪のあり方について戸惑うばかりでした。

 お手元の資料の最後につけています会員家族を対象にしたアンケートですが、昨年、法制審議会に参考資料として提出するために行ったものです。危険運転が適用されなかった例として九名を挙げています。その全ての裁判は、飲酒運転で人身事故を起こしたら逃げなさい、逃げて酔いがさめて出頭したり、事故後にさらに追い酒をして事故当時のアルコール量がわからないようにすることで罪が軽くなってしまいますという誤ったメッセージを国が国民に知らしめた結果となっています。

 今も、飲酒運転の上、人身事故を起こした加害者たちは、救急車を呼ぶことより、自己保身のために逃走してしまうケースが後を絶ちません。私たちの活動は、このような加害者も被害者も出さないためのものだったのですが、飲酒運転をする者の何とも身勝手な行動は悪質化の一途をたどっています。それは、国が、直接命にかかわる法律の不備、抜け穴を見逃してきた結果にほかならないと思っています。

 今回、国会に上程された、自動車の運転により人を死傷させる事故、第二条、危険運転致死傷罪に逆走が追加され、第三条として、危険運転致死傷罪と自動車運転過失致死傷罪の格差をなくすための罪が新たにでき、第四条として、逃げ得をなくすための過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪が新設されています。

 過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪が新設されることは、長年私たちが訴え続けてきたものが実を結んだものと考え、とてもありがたく思っています。

 この新しい罪について、幾つか思うところを述べさせていただきます。

 まず、規定の中で、「その運転の時のアルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で、」とうたわれています。その目的を限定してしまうと、例えば、怖くなって逃げたとか、ぶつかったのは人間だとは思わなかったなどと加害者が供述することで、免脱罪の適用はなくなり、過失運転致死罪で裁かれることになるのではないかと懸念されます。

 また、幾つかの規定が似通っているために、複雑過ぎて私たち一般人にはわかりにくくなっているように思われます。

 危険運転致死傷罪は、アルコールまたは薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為、その進行を制御することが困難な速度で自動車を走行させる行為、また、その進行を制御する技能を有しないで自動車を運転する行為などが規定されています。

 最初のものについては、改正される第三条関係の中に、「その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、自動車を運転し、」とあります。正常な運転が困難な状態での走行と、正常な運転に支障が生じるおそれがある状態での運転との差は、どのようにして見きわめるのでしょうか。具体的な基準が今後の国会の答弁の中で政府より示されてほしいと思います。

 また、第三条の準危険運転致死傷罪、これは通称ですが、新設されたことにより、ハードルの高い最高刑二十年の第二条の立証を避けて、ワンランク下の第三条、最高刑十五年の罪が適用されるケースが多くなってしまわないかということも心配です。上限に限りなく近い判決が言い渡されることが減ることにより、危険運転致死罪が持つ悪質な交通犯罪の抑止力を損なうことになるのではないかと懸念されます。

 より根本的なことなのですが、飲酒運転で正常な運転が困難な状態に陥り死傷事故を起こした人が現場にとどまれば、法定刑が懲役二十年の第二条や同懲役十五年の第三条が適用される可能性がある一方で、アルコールなどの影響の発覚を免れるために現場から逃走して、数時間あるいは数日たってから出頭したり逮捕されたりした人は、第四条が適用されて懲役十二年どまりとなるというようにも読めます。

 逃げ得を防止する目的で設立された罪が、ほかの罪より法定刑が低いことにより、やはり逃げた方が軽い刑罰で済まされる可能性があることを示唆していないでしょうか。

 本音を申し上げますと、飲酒運転で人を死傷させ、救護せずに、保身のために証拠を隠滅するような行為をする悪質なドライバーについては、懲役二十年を超える法定刑にしていただけた方が、逃げても得にはならないというメッセージがより明確に伝わるのではないかと思います。

 飲酒ひき逃げ事犯による新たな犠牲者が生まれないように、どうか逃げ得をなくす法律の早期成立に向けてより一層御尽力を賜りますようお願いいたします。

 そして、この法律が成立した暁には、理不尽に命を絶たれる者がなくなるように、また被害者や被害者遺族の命の尊厳が守られるように、そして加害者を出さないように、現行法や改正法を広くわかりやすい名称で国民に周知し、全国各地の裁判所で地域格差のない公平な裁判が行われるように、適材適所でうまく運用していただきたいと思います。

 以上で私の意見陳述を終わらせていただきます。ありがとうございました。(拍手)

石田委員長 ありがとうございました。

 次に、中江参考人にお願いいたします。

中江参考人 おはようございます。

 私は、京都交通事故被害者の会「古都の翼」の代表をさせていただいております中江美則と申します。どうぞよろしくお願いします。

 本日は、非常に重要な場面に呼んでいただき、私どもの話を聞いていただく機会を設けていただいたことに、改めてお礼を申し上げます。

 私どもは、昨年四月、京都・亀岡で起きた無免許少年による交通事件の被害者遺族として、悪質な無免許運転にもかかわらず、スピード違反、飲酒運転という他の交通三悪と比べて一段軽い刑罰で扱われたことに対する思い、そして、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律案並びに既に改正された道路交通法に対する考えをお話ししたいと思います。

 本日お配りしましたお手元の資料に目を通していただきながら、私の意見を聞いていただきたいと思います。

 初めに、道路交通法が改正され、危険な自動車運転によって発生した事故に対する刑罰を見直そうという機運となっていることにつきましては、京都・亀岡無免許運転暴走事件の被害者遺族を代表してお礼を申し上げます。

 それでは、本法案に対する私どもの考え方を述べさせていただきます。

 まず、無免許運転によって引き起こされる問題が軽視されていると考えています。

 平成十三年に刑法が改正されて以来、いわゆる未熟運転による事故は、その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為の結果、引き起こされるものだと規定され、無免許運転とは異なるものだと説明されました。この結果、無免許運転を行っても、技術さえあれば免責されるんだという間違った認識が植えつけられようとしています。

 無免許者は、運転技術の有無にかかわらず、自動車のハンドルを握ることが許されないという認識がこの法案には欠けていると言わざるを得ません。また、一度運転免許を取得してしまえば、運転技術の衰えを自覚しない限り、免許更新の必要性を否定してしまうことにもなりかねません。

 次に、裁判技術上の問題です。

 無免許運転によって引き起こされた事故は、基本的に過失によるものだという認識であるため、今回の亀岡の事件のように悪質な事件であったとしても、危険運転致死傷罪の構成要件を満たしません。事件を担当してくださった京都地検の検事さん方も、当初は危険運転致死傷罪としての起訴を念頭に置いて対応してくださいましたが、構成要件を満たすことが難しく、起訴を断念することになりました。

 資料二と三をごらんください。

 少年が家裁送致され、京都地検に自動車運転過失致死傷罪で起訴される前に、危険運転致死傷罪での起訴を求めて署名活動を始めさせていただき、運転少年の公判が始まり、京都地裁にも、少年に厳罰を求めて署名活動をさせていただきました。

 御協力していただいた遺族団体、関係者の方々、そして賛同してくださった約三十万の方々に、この場をおかりして感謝申し上げます。本当に、本当にありがとうございました。

 しかし、多くの方々に署名をいただいたのですが、京都地検は断腸の思いで、自動車運転過失致死傷罪で裁判を闘わざるを得なくなりました。

 この経緯を受け、お手元の資料四と五に記載しておりますように、昨年七月二十日に滝前法務大臣、松原元国家公安委員長に要望書を提出させていただき、ことし三月二十六日に谷垣法務大臣に要望書を提出させていただきました。

 こうした無念を次の犠牲者、被害者家族に引き継がせることがないよう、無免許運転に関しては、構成要件を明確化し、法適用に疑義を生じないようにしてもらいたいと願います。

 免許を取得せず運転を続けるという不正、不法行為が長くなれば長くなるほど、その間に運転技術を身につけ、事故時に自動車運転過失致死傷罪より刑罰が重い危険運転致死傷罪に問いにくくなるという、一般常識とは逆の形となっていることは、この法律に対する不信感を生みます。両者がお互いに矛盾しない形で両立する論理構成にしていただかなければなりません。法務省と警察庁という政府の機関が、矛盾した説明、対策をとることはおかしなことであり、改善を求めたいと思います。

 次に、運転技術の有無の立証可能性です。

 運転技術の有無が危険運転致死傷罪の立証可能性に直結するならば、その技術は適切に評価されなければなりません。にもかかわらず、実務的には、事故調書で述べられた加害者の証言と警察による現場検証結果のみがその技術を判定する根拠になります。

 また、明らかな偽証があり、技術の有無の認定に影響が出たとしても、それをきちんと証拠に基づいて検証できるかどうか、疑わしいものがあります。例えば、私有地で車を運転する練習をしていたため、一定の運転技術があり、たまたまそのとき居眠りをしたと証言したら、それは証明できるんでしょうか。家の近所で夜な夜な車を乗り回していたと言えば、目撃者がなくとも、その言い分は通るんでしょうか。もし通るのだとすれば、事実上、加害者の言い得がまかり通ることになる、それでいいんでしょうか。

 そもそも、運転免許証は、道路交通法で規定されるとおり、運転技術と身体的能力、交通法規に対する理解が全てそろって初めて交付されるものであり、運転技術の有無だけをもって免許取得者と同等の要件を満たすと認定することは不合理です。

 また、その判定にしても、事故後に、免許取得時に必要な技術認定試験も学科試験も行うことなく、残された証拠と検証された結果をもとに法廷で裁判官が認定するという形で行われるのであれば、運転免許取得課程とは全く異なる方法での認定となり、両者が同等であると考えることは合理的だとは考えにくいと思います。

 次に、事故抑止の問題です。

 私どもは、無免許運転によって引き起こされる問題は、無免許運転と交通事故の間に因果関係があると考えます。しかし、本法案が想定するように、無免許運転と交通事故の間には因果関係がないという考えならば、一定の割合で事故が発生していることを否定してしまいます。

 お手元の資料六をごらんください。

 交通事故総合分析センターの調査でもわかるように、もともと、無免許運転を継続的に行うドライバーの遵法意識は極めて低く、同時に、危険な運転行為を行う可能性、重大事故を起こす可能性は、一般ドライバーとは比較にならないほど高いのです。また、無免許運転者は、運転免許取得時や更新時に必要な適性検査すら受けておらず、身体的にも問題がある可能性があります。

 このような無免許運転の現状を認識した上で、無免許運転と事故の間には因果関係がないと貫くならば、当然、事故抑止のために、無免許運転を防止するための対策を強化する必要があります。しかし、道路交通法や本法案ではそのような対策を一切考慮していません。これでは、量刑を重くしたとしても全く事故の抑止につながる対策にはならないことを指摘したいと思います。

 無免許運転は、それ単独では摘発することが極めて難しい行為です。通常は、ほかの違反行為や事故に伴って、結果的に無免許であることが判明するものです。

 この春、奈良県では、二十年間無免許運転を続けてきた女性が小学生をはね、重傷を負わせた事故があり、三重県でも、交通違反の累積で九年前に免許取り消し処分になった男性が無免許運転をし、五歳の子をはね、意識不明の重体になる事故もありました。また、つい先日にも、大阪で、免許を取り消された男性が、免許を再取得するお金がもったいないからという理由で、二十五年間無免許運転を続けてきました。

 彼らは当然ながら、この間、正常な運転を続ける技術を有しており、摘発を受けるまで事故を起こすこともありませんでしたが、その間、遵法意識のかけらもなく、継続的に法律違反を続けてきたことになります。交通違反の累積等で免許を取り消された者も、ルールを破り、危険な運転をした結果なので、善良なドライバーと違い、悪質運転の可能性が高いと考えます。これを法律の上で免責することがいかにおかしなことか、きちんと認識していただきたいと思います。

 以上、無免許運転に関する部分について、私どもの私見を述べさせていただきました。

 今回の法律だと、もし亀岡事件と似たケースの事故が起こったとき、その被害者や家族は、私たちと同じ思い、法律の同じ部分にまで苦しめられると考えています。このようなことがあってしまったとき、もちろん私たちもまた苦しまされることでしょう。そして何より、亀岡事件で無念の死となった中江幸姫、小谷真緒、横山奈緒、おなかの中の赤ちゃん、私の孫、愛鈴、そして今まで多くの犠牲となった人たちが、再び悲しみ、悔しみます。

 遺族からすれば、故意でも過失でも、大切な人を失ったという結果は同じであり、その悲しみや悔しさに大きさの違いなんてありません。そして、命を落とさなければならなかった被害者本人の苦しみや無念さははかり知れません。

 今回の法改正によって、現在想定され得る全ての事件、事故が、その動機と結果に応じた適正な量刑によって裁かれること、また、そのことによって、今後、危険な運転行為の抑止につながることを心から期待するものであります。

 立法府並びに行政府の皆様方に、以上の問題点の指摘に対し、ぜひもう一度再考いただいて、法案の修正あるいは早期の見直し規定、附帯決議等による担保などをお願いして、私ども被害者の意を酌んでいただければ幸甚に思います。

 私どもに続く被害者の悲しみが二度と生じることのないよう心から祈念いたしますとともに、それが本日この場で審議される立法府、行政府の皆様方の双肩にかかっていることを強く強く申し上げ、私の参考人としての意見陳述を終わりたいと思います。

 御清聴ありがとうございました。(拍手)

石田委員長 ありがとうございました。

 以上で参考人の方々の御意見の開陳は終わりました。

    ―――――――――――――

石田委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。池田道孝君。

池田(道)委員 おはようございます。自由民主党の池田道孝でございます。

 ただいまは、今井先生を初めといたしまして参考人の皆様方には、早朝より大変御苦労さまでございます。そしてまた、被害者の会あるいは遺族の会の方々には、当時の忌まわしい事故を思い出していただきましての意見陳述、まことにありがとうございました。

 その三人のお方にお尋ねをいたします。

 今、御承知のように、我が国では、交通事故に対する取り組みというのは、日々、三百六十五日、家庭で、学校で、職場で、地域で、交通事故の防止あるいは交通安全意識の啓蒙がとられておりますし、全国的には春と秋の交通安全運動。にもかかわりませず、なかなか交通事故というものは減りません。

 推移。昔、昭和四十年ぐらいから、モータリゼーションそして免許の取得の増大という中で多くの交通事故が発生し、死亡者の方々も一万人から一万八千人、二万人になろうかという時期もありました。交通戦争という言葉も生まれました。それから平成になりまして、いっときは一万人になりましたけれども、徐々に減ってまいりました。今では五千人を割るという死亡者になりましたけれども、負傷者を合わせますと、なお多くの方々の人命が失われております。

 特に、先ほど述べられました飲酒運転につきましては、罰則あるいは罰金の強化によりまして、最初、一般の方々は三十万円という罰金の中で、五十万、百万、そしてまた同乗者、飲酒の提供者の方々にも罰則を適用するという中で、極端に検挙者そしてまたいろいろな会合等で飲酒をされる方々が減りました。減りましたけれども、いつまでたっても、今お話をいただきましたような事故、悲惨な事件が相次いでおります。

 今回の法改正も重罰化になるわけでございますけれども、この法律案の改正におきまして、今申し上げました飲酒運転とはまた違いますけれども、今後そうしたことでぐっと減ってくればいい。まだ法が不備であろうというお話もいただきましたけれども、今回の法律案の改正につきまして、お三方から端的な御感想をいただければと思います。

伊原参考人 今の質問につきましてお答えします。

 まず、事故が四十年代の三分の一、五千人未満になったという御発言であったと思いますけれども、我々遺族からすれば、まだこんなにもいるのかと。四千人の人たちが我々と同じ思いで悲しみ、そのほか、仲間や家族、周りの人がどれだけ悲しんでいるのかということを捉え、事故というものは、四千人割ったからとか百人割ったからとか、県警でいえば百人切ったから万歳とか、そういうことではないと思っています。

 事故の撲滅ということを考えていただきたいということをまず発言した上で、先ほどの御質問に答えますと、遺族の処罰感情からすれば、今回の我々の鹿沼の事故については、皆さんもそうですけれども、先ほど申し上げましたように、生きていれば、六十年も七十年も八十年も生きて幸せな未来が待っていたはずでしょうから、それに比べてやはり十五年というものは短いのではないかという率直な思いがしております。

 ただ、これは悪質だったよね、これは一般常識から考えても過失ではないよねというものを危険と名のつく法律で裁いていただける、その条文改正に踏み込んでいただいたことについては率直に感謝しております。

 そして、事故の抑止効果という意味から見れば、てんかん患者さんも、我々は運転してはいけないとは思っていません、適切にルールを守って運転していただきたいと思っていますので、七年だったものが十五年になれば、法の網をかいくぐっていた人がもしかしたら免許を返してくれる、そういう抑止効果に期待できるのではないかと考えておりますので、本当に命を大切にしていただきたい、そういう願いでいっぱいです。

 以上です。

佐藤参考人 佐藤です。ただいまの御質問に対して、私の知り得る限りでお答えをさせていただきたいと思います。

 まず、交通事故被害者は五千人を割ったというようなニュースが年末になると大きく報道されるんですが、やはり、今おっしゃられましたように、まだ五千人も被害者がいる、とても大変なことだなというふうに思っています。

 それから、その五千人の中にカウントされない私の息子、それから私たち協議会の中にはたくさんいるんです。それはなぜかと申しますと、二十四時間以内に亡くなっていない者たち、私の息子は一週間、私に看病をさせてくれました。一週間後に命を落としてしまったのですが、この交通事故の死者数の中にはカウントされていません。そういった方たちが本当に数多くいること。現在の医療の進歩などで、即死になってしまう人もいれば、即死でない人たちも本当にたくさんいる。二十四時間を超して、二十五時間、六時間で亡くなってしまう人もたくさんいる、息子のように一週間たち、一カ月たって亡くなってしまう人もたくさんいることをお忘れにならないようにしていただきたいなというふうに思っています。

 年末にいつも報道される、五千人を切ったというその数字は、本当に私たち、カウントされていない遺族にとってはとてもつらい言葉になります。

 それから、飲酒運転事故は年々減ってきています。先ほど言われましたように、交通安全大会とか各地域で啓蒙啓発活動が進められたこと、それから飲酒運転に対する罰則が強化されたこと、それからひき逃げに対する罰則も倍になった、強化されたことによって、飲酒運転事故はかなり減ってまいりました。

 しかし、一方で、飲酒運転をして人身事故を起こした者たちは、ほとんどの人たちが救護することなく逃げていってしまうという悪質化が進んでいることも確かなことです。そこで奪われなくていい命たちがたくさん奪われてしまっていること、飲酒運転は減ったけれども飲酒ひき逃げはまだまだたくさんあるということをお含みおきいただきたいと思っています。

 それから、今回の法改正、第三条に組み込まれました、通称、準危険運転致死傷罪というものがございますが、それは、酩酊状態ではなくても、酒気帯びでも適用されるんだということを法務大臣からお聞きしました。かなり厳罰化され、私たちの活動はそこら辺もやはり実を結んできているなというふうに思われます。

 今回の法改正の中で逃げ得というものがうたわれたことにも、とても感謝をしているところです。

 今後、こういった改正が実現して、一日も早く悪質な交通犯罪がなくなることにつながってくれることを強く要望いたします。

中江参考人 失礼します。中江です。

 自分は、交通事故被害者となって一年足らずで、法律のことはまだ無知であります。

 ただ、ちょっと端的に言いたいのですが、四十年前の死亡者数と現在の死亡者数というふうな形を示される中で、僕は一年ほど前から、事故当初から考えていることがありまして、救命救急とか医療、学者の皆様は進化されるというふうな、医療が進化されて、皆さんの御努力で今現在の、過去の医療、救命等と現在の救命、そういう形の中で示される部分では、今現在の救命医療、そういう関係が進化したということの中で、それを過去の事例と今現在の事例というところになると、ちょっと僕は疑問に思います。

 過去の交通状況、道路事情と今現在の道路事情と、過去では車の台数も今よりかははるかに少なかった上で、一人が二台車を持てるような物すごい状況、車社会という現代社会の中で、それを比べられるということに対しては、数字の上、統計の上で出されることに対しては、僕は常に疑問を持っています。

 それから、てんかんの問題なんですけれども、祇園の事故がありました。

 自分の娘が引率でこの事故に見舞われたときに、なぜ同行して小学校へ送り迎えするのかといいますと、自分の孫が、頭の骨を割り重傷になりましたけれども、命は助かりました。でも、私の孫は、てんかんで、幼いころから持病で患って、この学校へ入学するのも皆さんよりか一週間ほど後に登校させてもらいました。

 そのときに、やはり学校の先生方にも、てんかんの問題で、僕はお見舞いに行っていましたけれども、てんかんというところで、将来、あの祇園の事故もありましたところから、死んだ娘と非常に病院の中で悩み続けていました。孫が十八歳で免許を取るときにどうしていこうと悩んでいたところでありましたし、人ごとではありませんし。それで、小学校等にも自分の娘が、一年生で、皆さんよりか一週間も学校へ行かせてもらうのがおくれていました。三日目で娘があの事故に見舞われました。

 学校等にも教育等にもやはり、安詳小学校というところなんですけれども、安詳小学校の中では四名、五名の、高学年の方もてんかんという持病を患っておられると聞いていました。でも、一年生で、皆さんよりか一週間後でというところ、私の娘が妊婦の体であるのに学校へついていったというところもやはり考えてもらいたい。これからは、学校、教育委員会等とまたそういう視点でも一緒に考えていきたいと思います。

 非常に申しわけないんですけれども、ちょっと自分事になりましたけれども、このことも先生方とこれからも議論をさせていただいて、意見を酌んでいただいて、考えていただきたいと思います。どうも済みません。

池田(道)委員 今井参考人にお尋ねいたしますが、時間がありませんので端的に申し上げます。

 もう我が国は世界でも例のないような超高齢化社会にこれからなってまいります。その高齢者の方々のいわゆる運転免許証の扱い。そしてまた、病気、いわゆる認知症については高齢者だけではございません。認知症は今回の一定の病気の中に入っておりませんけれども、その高齢者の方々の扱いにつきましてお尋ねをいたします。

今井参考人 お答え申し上げます。

 まず、高齢者の方の交通安全を維持するためにどういうことがあり得るかという御質問かと思いますが、御案内のように、現在、各県警等におきまして、免許の自主返納を一定の高齢者の方には働きかけているというふうに伺っております。

 それがある程度効果を発揮しつつあるというふうなお話も聞いておりますが、免許は、許可を得て、道路において自動車を運転する権限を付与されているものですので、免許をもらった方から強制的にその免許を取り上げることは背理ですので、現在の自主返納ということを進めていくのがまずはとても現実的な施策だろうと思っています。それに関連して、加齢に伴って運転能力が減少していくんだということを広く周知させていく必要があろうかと思います。

 そのこととの関連で、今先生御指摘の認知症ということも出てくるのではないかと思いますけれども、認知症、加齢に伴って生じる場合もありますけれども、いろいろと自分の行っている行動が認識できない、あるいは、その意味が認識できないという症状が病気により出てくるものだと思います。

 そういう認知症の方が、今回考えております法案において、危険運転致死傷罪の対象となる病気から落ちていることについてでございますけれども、今申しましたように、自分の行動の意味がわからない、あるいは、そもそも何を行っているか、記憶が大変短時間しかもちませんし、また、社会的意味の認識というもの、それがわかった上で、例えば自分は忘却癖があるから危ないので運転をやめようというふうに、行動をストップする能力も相当落ちている方が多いのが認知症の方ではないかと思います。

 そういたしますと、客観的には、そういう方が運転をした場合には残念ながら悲惨な結果が生じ得ますが、そういう方を検挙いたしましても、故意の立証ができませんし、あるいは責任能力を立証することができないということになりますので、そういう方を処罰の対象とするのは適切ではなくて、むしろ、最初に申し上げましたように、先生御指摘のように、高齢化社会においてそういう方々の処遇をどうするかという別の施策でお考えになるのがいいのではないかと思っております。

池田(道)委員 ありがとうございました。

 もう時間がありませんので、こういう御質問をさせていただきますと、つい私の経験を思い出すわけでございますけれども、自動車事故というのは、車が好きですから、ほぼ被害者ですが何回もやっておりますけれども、事故死の場合は生と死が紙一重。

 昔、通行禁止道路を友達と二人、歩いておりました。知り合いがちょうどすれ違って二メーター、三メーター行っていない、だから三歩か四歩ですね、後ろですから。それで、音がして振り向いたら倒れておりました。二人おりましたのですぐ救急車を呼びましたが、私どもの素人でもわかるような即死の状態でございました。

 こういうお話、あるいは、政治家でございますから、交通安全の機会に行きますといろいろな話をさせていただきますが、常にそういうことを思い出します。今も、皆さん方の意見陳述を聞かせていただきながら、自然とその場所と事故の様子を思い出します。

 それは別といたしまして、これからも、国民一人一人が交通事故防止そしてまた交通安全意識の啓蒙をしながら、一件も交通事故がないということはなかろうか、そういう将来はないと思いますけれども、まず死者のない、交通事故防止に気をつけながら、道路環境の改善であるとか、そしてまた個人個人がそうした安全意識を持って、安心して暮らせる社会が来ることを願いまして、質問を終わらせていただきます。

 ありがとうございました。

石田委員長 次に、遠山清彦君。

遠山委員 公明党の遠山清彦でございます。

 まず冒頭、今井参考人、伊原参考人、佐藤参考人、中江参考人、きょうは、本当にお忙しいところを当委員会に来ていただきまして貴重な御意見を賜ったこと、そして、特に伊原さん、佐藤さん、中江さんにおきましては、本当に痛ましい事故で若いあるいは幼い御家族を失われたということでございまして、本当に私も今思っても心が大変痛いですし、また、改めて、お亡くなりになられた未来のあったお子様たちあるいは若者たちに私も心から哀悼の意を表させていただきたい、このように思っております。

 最初に伺いたいのは、伊原さん、佐藤さん、中江さんそれぞれに、御自分の言葉で結構でございます、恐らく、この痛ましい事故に御家族が巻き込まれるまで、それぞれの皆さんで、もしかしたら、余り司法とか警察とか検察とかそういうことに関心もなかったり、かかわりがなかったり、一市民として、国民として普通の生活を送られている中で、突如こういった事故が起こって、そして御家族を亡くされているわけですから重大な関心を持って、一体何が起こっているんだろうということで司法を見詰め直されて、今日に至っているのではないかと意見を聞きながら思いました。

 私たち国会議員も、もともとは国会議員ではありません。皆、選挙を経て国会議員になるわけでございます。私たちも立法府の一員として気をつけているのは、やはり普通の国民感覚をしっかり持って法律をつくっていく、あるいは変えていくということが一番大事なことの一つであろうと思っておりますし、また司法というものもそうだと思うんですね。

 ところが、今回の交通事故の関係でいいますと、例えば、運転免許を持っていない、一度も免許を持ったことがないのに、裁判所に行ったら、この人は車の進行の制御をする能力があるということを聞いて驚かれたり、あるいは、私も正直言うと、私の場合は自分で勉強して驚いたんですが、飲酒運転で事故を起こした方が、これは佐藤さんの御意見に関係が深いんですけれども、飲酒運転をしていて事故を起こした人が、その場を逃げて、そして、私はここから先、非常に驚いたんですが、自分の飲酒運転を隠蔽するためにさらにお酒を飲む、さらにお酒を飲んで酔っぱらうことによって、事故を起こしたときには酔っていませんでしたということを主張する。こういうことをする人が世の中にいるということも信じられませんが、問題は、そういうことをした人が佐藤さんの表現で言うと逃げ得をしてしまう、非常に刑が軽くなるというようなこと。

 一応、私なりに二つ例を挙げましたけれども、三人の参考人の方、伊原さん、佐藤さん、中江さん、せっかく来ていただいたので、御自分の家族が巻き込まれた事故が起こった後に、今私は二つの例を挙げましたけれども、司法とか裁判とかそういうものに初めてかかわって重大な関心を持たれてみて、国民感覚との距離というものについて率直にどうお感じになったか、御自分のお言葉でそれぞれおっしゃっていただきたいと思います。

伊原参考人 伊原です。よろしくお願いします。

 今御質問されたように、では、署名活動やここに来ている我々の原動力は何かということになりますと、おかしいものはおかしいでしょうという率直な思い。起訴のときに、こんなにも、十年間に十二回も事故を起こし、僕たちの事故の前に、三年前に裁判を行っていながら、クレーン車の免許を取得できる。そして、僕たちの子供は殺されてしまった。

 そういうなぜなんだというところから、率直に、僕たちは法なんてわかりません、だけれども、なぜなんだ、おかしいんだというものを突きとめていくことによって、それが原動力になり、このおかしな、子供を失って、国の法律にまで僕たちは裏切られてしまいました。それが原動力になって今まで来たと思っています。

 周りの皆さんや仲間、地域の皆さん、地元の国会議員の先生方、皆さん一緒に泣いてくれた、闘ってくれた。これはやはり、ここにいる皆さんも、自分の子供が亡くなったら同じことを言うのではないかと思います。

 以上です。

佐藤参考人 私なりにお答えさせていただきたいと思います。

 飲酒運転で人身事故を起こして重ね飲みをしてしまうという事案、これは私たちのメンバーの中にも何人もいます。そして、その重ね飲みをしたことで、当時どれくらい酔っていたのかということが全く立証できずに、遺族たちは苦しむわけです。そして、そこで街頭署名活動をして、その苦しい中で署名活動をしたことによって危険運転が適用される。署名活動に踏み込まなければ、そのまま過失として裁かれてしまうというケースがたくさんあります。

 それから、私が事故の後、裁判所に意見陳述のために行くんですけれども、加害者に国選弁護人がついていて、私には弁護人がついていないこと。私たちの弁護人はどこにいるのという、そんな状態で私は裁判が始まったんですね。今はもう全く変わっています。傍聴させていただくと、被害者の横には弁護士や検察官がついています。とても大きく変わったことだと思います。

 それから、検察官に浴びせられる言葉ですね。その一つ一つに、私は、えっ、検察官って被害者を守る立場にいるんじゃないのというふうに思うんですが、全くそれは逆でした。加害者の方についている、加害者を守るための検察官であったというふうに私の陳述の中にも書かせていただきましたが、そういうことがあったので、そのように思った次第です。

 それから、国民感情ですね。飲酒ひき逃げは殺人だよと、私たちが署名活動をする中でたくさんの人たちにそのように言葉をかけてもらいました。飲酒運転をして、そこに倒れている人を見殺しにして逃げていく行為がどうして過失なのだと。ごめんなさい、間違いでしたというような過失なのかということですね。とても苦しめられました。

 そんな者たちが集まっての連絡協議会なんですね。そのことについて闘いながら、本当にどうして過失として裁かれてしまうんだろうというような、深い深い思いの中で闘った九年間でした。裁判所や検察官、それから警察、いろいろな方面にたくさんの傷をつけられて、今がある私たち連絡協議会なんですね。

 ある日突然、犯罪被害者、遺族となってしまう、何の前ぶれもなく、何にもわからない中に放り出されてしまう遺族たちの心情を察していただいて、心から、被害者を守られるような、そんな司法、立法、全てであってほしいというふうに思っています。ありがとうございます。

中江参考人 中江です。よろしくお願いします。

 自分はなぜ、今この場で立てるかというと、事故当初に自分にとって大変想定外のことが起きました。

 京都の亀岡という小さな田舎町で、あれだけの悲惨な事故、重大な事故というのを身にしみて感じさせてもらった上で、自分はいろいろな部分で、テレビ等で露出が多いか、やんちゃに見えるか、そういうところで自分でも反省する点はあるんですけれども、ただ、自分にとって、娘が病院からやっと帰ってきて、二十六歳の娘がまた検視され、事故であるのに殺人事件であるかのような検視、二十六歳であっても。それでまだ検視状態とかいって、そういう部分でも、ちょっと警察等に勘弁してほしいというふうなことがありました。

 それから、ようやく娘が帰ってきて、三日間という家の中の最後の瞬間、それから、お通夜とか葬儀とかという部分が五日間程度の中で、正直、最後の瞬間を娘と二人で過ごしたかったです。

 ただ、そのときに、漏えいという問題がありました。亡くなった娘の携帯に電話がかかってきたんですね、警察と加害者の父親から。そういうことで僕らは憤りを感じて。

 僕は、漏えいのことではとにかく警察等の方々には怒りは思っていませんでした。ただ、そのタイミングなんですね。いろいろな中傷、バッシングを僕は今現在受けております。その当初も、確かにテレビ等のコメンテーターとかいろいろな方々が何か僕のことを、たかが漏えいぐらいでというふうなお話を聞きました。でも、その中身を知っておられない。

 僕は、漏えいのことは仕方ないなと思いました。加害者が頼めば、僕らに当然、僕だって逆の立場であったら、被害者の方々に土下座をついてでもわびたいという気持ちがありました。ただ、そういうことの中で、タイミングなんですね。娘がようやく帰ってきた瞬間に、いきなり警察の方々がばっと一斉に来られて、マスコミの方々も入り口で待っておられて、その瞬間にだだだっと。何が起こったかもわからない状態の中で怒り爆発になりまして、このタイミングは何なんですかと訴えました。

 それはとにかくなだめられたんですけれども、今度、お通夜の席に教育委員会が、実際に漏えいを教頭先生がというのが問題になっていますけれども、このことも、お通夜の席で一方的に、夜中に記者会見で謝罪会見があるということで。最後の瞬間だったんです。そういうことなんかも含めて、また、最後の瞬間だけは娘と、最後の瞬間だけいさせてくれというお願いをしたんです。あなたらの都合で何でこの神聖な最後の瞬間を奪っていくんですか、謝りたい気持ちはわかるけれども、葬儀の後にしてくださいとお願いしたんですけれども、また一方的に来られた。

 そういうところで自分は怒り、苦しみ続けて、マスコミ、コメンテーター、いろいろなところで、何か頭がおかしくなって。

 僕は、実際の話、法律なんというのは覚えたくなかった。技能を有するからとか、運転技術があるかないか、そういうところで簡単に示される、そういうところなんかでも僕はもう、長くなって申しわけございません、わかりたくない、法律を理解したくない、専門家のロジックとか論理とか知りたくない、わかった上で自分がどう対処するのかわからない。

 最初は、おかしいな、おかしいな、徐々に、これは間違っているんや、この法律は間違っている、被害者を苦しめる法律やという感覚になって、それから署名活動をさせてもらって、こちらにおられる井上郁美さん、佐藤悦子さんという方々に助けをいただいて、短期間で三十万という署名活動を、賛同していただけることになって、それから皆さんに力をかしていただいて、これは娘の無念を晴らすために闘っていきたいというところで、今ここで、申しわけございません、皆さんのおかげで僕はここに立っていられると思います。

 娘のおなかの赤ちゃんが七カ月で、一人としてカウントされないという事実も知りました。これも自分にとって全く理解できません。

 今後とも、またこういうことで、やはり先生方にも考えていただいて、法律改正というところに対して議論をしていただきたいと思います。自分は諦めることはありません。よろしくお願いします。

遠山委員 お三方、本当にありがとうございます。お話を伺っておりまして、私も国会に来まして十二年目でございますけれども、やはり今のようなお話を私たち立法府の一員である国会議員がしっかり受けとめて法律というものを日々改善していかなきゃいけませんし、また、お話が出ていました警察や検察、あるいは弁護士もそうかもしれませんけれども、司法関係者もしっかりとこういう国民の生の声を、そして特に被害者になられた当事者の声を真摯に受けとめて対応していくことが一番大事だということを改めて確認させていただきまして、本当にありがとうございます。

 時間がありませんので、最後に今井参考人に伺います。

 遺族の方々から出されている書類の中にもありますが、そもそも自動車技術が今非常に進んでいる。今井先生の論文等もざっと拝見させていただくと一部言及がありましたので、あえて聞かせていただきますが、例えば飲酒運転等で事故を起こした方については、米国の一部の州では、もう一回免許を発行する際には、イグニッションインターロックシステム等の装着を義務づける。つまり、アルコールが検知される状態では車は走らない、こういったものをつける。あるいは、無免許の運転者につきましては、当然、無免許の人というのは免許証を持っていないわけですね。ですから、今技術が進んでいますから、免許証にICカードを組み込んで、車のICカードと、そのいわゆる有効な免許証、ICが入っている免許証を持っていないと車は動かない。

 こういったような、いわゆる法的に重罰化、厳罰化するだけではなくて、せっかく技術が進歩しているわけですから、特に、今私が申し上げているような無免許で事故を起こしたとか、飲酒で事故を起こしたとか、あるいは病気に対する対処をしっかりせずに重大な事故を起こしたとかという方々に限定してもいいですから、最新の技術を導入してそういった事故を未然に防ぐということを少し、場合によっては法的な措置も含めて考えるという考え方について、今井参考人がどういう御見解か、お伺いをしたいと思います。

今井参考人 お答えいたします。

 先生御指摘のように、私もアメリカやヨーロッパの状況を調査いたしまして、インターロックシステムというものが常習的に飲酒運転を繰り返す人の運転をストップするために有効であるというデータを見ましたし、また、ICカードを使って、免許取得者とのマッチングをした上でないとエンジンがかからないようにするシステムがあるということも承知しております。

 個人的には、これは日本でも将来的には導入を検討すべきではないかと思っておりますが、その際に難しいところといたしましては、やはりアメリカでは、例えばアメリカではインターロックが非常に使われているんですけれども、日本と司法権の概念が違いまして、裁判官が保護観察の条件として、コンディションとして、こういうことをインポーズします、課しますということが非常に広く認められております。本当に、実際にも裁判官とお話ししたことがありますけれども、日本の法律の考えですと行政庁が行う行政権の一部を裁判所が代替しているような面もありまして、その辺の整理ができまするならば、日本においても将来的に、例えば道路交通法の所定の義務でありますとか、あるいは保護観察の一つの条件として考えることは可能かと思います。

 ですから、これは個人的な発想ですが、そのあたりは既存の概念にとらわれず検討すべきだと思っていますが、現在では、まずは、各国で本当にそれが効果的に使われているかを改めて見たいと思っているところです。

 以上です。

遠山委員 もう時間がありませんので、ほかにもいろいろお伺いしたいことがあったんですけれども、いずれにいたしましても、法律で厳罰化、重罰化することによって同じような悲劇が二度と起こらないようにするということも大事だと思いますけれども、それだけでは恐らく不十分だと私は個人的に感じております。今のような技術的な対応も必要でございますし、それから、先ほど佐藤さんがおっしゃった、それは意図的に車で人をひく人というのはそんなにいないと思いますけれども、自分が間違ってでもひいてしまって、そこに倒れている人がいるときに、それをまず助けるということについて、やはり教育の問題は非常に大きいだろうと思っております。

 そういった面も含めて、私ども、しっかり皆様方の御意見を受けとめて、これからも改善できるように不断の努力をしていきたいということを申し上げて、私の質疑を終わりたいと思います。

 ありがとうございました。

石田委員長 次に、泉健太君。

泉委員 民主党の泉健太でございます。

 本日は、まず今井先生、そして御遺族の皆様、伊原さん、佐藤さん、中江さん、お越しいただいてありがとうございます。

 これまでも何度となく、皆様方の御意見を議連ですとかいろいろな場でも伺ってまいりましたけれども、きょうもまたこうして一つの公式な場で皆様に陳述をいただいたということは、大変重く受けとめております。

 我々も、もう以前から矛盾を感じながら、ずっと皆さんと同じ気持ちでこの問題を見詰めてきたつもりですが、しかし、本当に、恐らく御遺族の皆さんは、もどかしさ、歯がゆさ、なぜなんだという疑問、そういう中で闘ってこられたでしょうし、そして、突如として被害者になられるわけですから、今までの生活とは全く違う環境に置かれて、全く違う質問をされ、全く違う行動を求められ、そういう中で御自身の心を整えられて、そして仲間たちとともに歩んでいくことの大変さというものを、我々はしっかりと認識しなければいけないというふうに思います。重たく受けとめたいと思います。

 その中で、きょう、今井先生、お越しになられて、この法律については是とされるというお話がございました。それは恐らく、これまでの我が国の道交法や刑法の状況からいけば亀の歩みにもなるかどうかわかりませんが、しかし、一歩ずつ前に進んでいる、そういう認識もお持ちでしょうし、そのために、さらにまた今後も一つ一つ法を改善していく、国民の実態に合わせていくということに努められているという御認識は持たれていると思いますので、そういった意味では、さまざま苦しいお心の中で、きょうのお話を今井先生も聞かれたんじゃないかなというふうに感じました。

 さて、その中で、四方の皆様から御意見がありましたので、少し再確認をさせていただきたいと思います。

 まず、佐藤さんの方からは、やはり今回のアルコールの影響発覚免脱というものについてですけれども、先ほどお話がありましたように、怖くなって逃げた、あるいは、何に当たったかわからなくて、動物に当たったと思った、そういうような理由で逃走してしまったということで、目的に当てはまらなくなってしまうのではないか、こういう御懸念がございました。あるいは、やはり二十年、十五年、十二年、こういった懲役に差がある中で、結果的に逃げ得という状況が現在も残されているのではないか、こういう御指摘がありました。

 今井参考人に、ぜひその点についてどのような議論があったのか、そして、この改正案で防げるのかどうか、このことについてお伺いをしたいと思います。

今井参考人 お答えいたします。

 今の御質問の主たる御関心は、いわゆる逃げ得、飲酒運転をした上で逃げていた方に対して適切な量刑を担保する刑罰が適用できていないということと、それを踏まえてどういう議論があったかということだと承知しております。

 先ほど以来、ほかの方々からも、遺族の方からも御指摘されましたが、従前ですと、飲酒運転をして、例えば自動車運転過失致死傷罪を起こしまして、重傷の被害者を認めた上で逃走したというときには、七年の自動車運転過失致死傷罪と救護義務違反等が成立しまして、十五年ということになっているわけであります。それを超えて、今回考えましたのは、その法案の四条におきましてこういった条文を考えたわけでありますけれども、ここでは、今のようないわゆる逃げ得と言われることが実態としてあるということを認識した上で、まずはその不当な事案にどう取り組むかということを従前の判例あるいは既存の法律あるいは従来の学説を踏まえて検討してきたところであります。

 その結果がこの条文なのでありますが、先ほど出ておりましたけれども、「アルコール又は薬物の影響の有無又は程度が発覚することを免れる目的で、」というのをつけました趣旨は、こういうものをつけませんと、単に現場を逃走したという人も、後で四条の罪が成立することになります。それは、被害者の方を保護するという面ではそういう価値判断も十分あり得るところでありますけれども、先ほど私の意見でも申しましたが、このような行為は、基本的には、人間誰しも本能的に、悪いことをしても逃げてしまいがちであるという、期待可能性の少なさというところも関連していることがありますので、それを踏まえますと、ここに書いているような悪質な目的があって初めて成立する犯罪にするのがぎりぎりのところではないかという議論があったところです。

 こういった目的の立証が難しいのではないかという御意見もあったかと思いますけれども、それはケース・バイ・ケースの判断になると思うんですが、容疑者が逮捕された後に、ただ現場から逃走して、気づいたらここです、逮捕されていましたと言ったとしても、その後の状況、例えば、コンビニエンスストアに入ってお酒を買おうとしたという証拠がある、あるいは実際にお酒を手にしていたり、ペットボトルの水も少し減っていた、そういうふうな情況証拠があるならば、私は、個人的な見解ですけれども、四条の言う目的も肯定されまして、したがって、現状よりは随分よく、そういった逃げ得を防ぐような状況が出てくるのではないかと思っております。

 先生御指摘のとおり、徐々、一歩一歩の改善ではありますけれども、委員会に出ていた人間といたしましては、これが現在の法理論と判例、法令を整合した際にでき得るところかなと思っております。

 以上です。

泉委員 恐らく、今のお話というのは、こういうところが御遺族の方々がなかなか納得し切れない部分ではないか。

 先ほど先生おっしゃったように、被害者保護の観点からいけばというお話があったとおりで、まさにそれこそが一番であっていいのではないか、これが今の世の中の考え方であるというふうに思います。加害者の権利を守る、あるいは他の法律との整合性、量刑、そういったものもある、これも当然ながらあるわけですが、しかし、被害者の保護という考え方がもっと大きくこの国の法の中に存在をしなければいけないんじゃないか、私はそのように考えます。

 ただ、希望だったのは、今井先生が、まさに、逃げ得をなくすためにこうした議論を行ってきた一つの成果、果実だというふうにおっしゃっておられましたので、その意味では、法制審の中でなされた議論、そして現在の社会の状況、世の中の感情というものをしっかり踏まえた形で、法務省なり検察庁がこれをちゃんと運用していくということがとても大事でありまして、一つ一つの事故が起こった際の事情聴取のあり方ですとか、取り調べのあり方ですとか、そういったもので恐らく随分と左右されてきかねないというふうに思っておりますので、この点、ぜひ法制審も、報告書を提出して終わりということではなくて、不断の努力をしていただきたいというふうに思います。

 その意味では、発覚することを逃れる目的でというふうになっていますけれども、先ほど先生もおっしゃられたような、ただ逃走したとかいうことも、しっかりと掘り起こしをしていけば、やはりそこには飲酒をしていたということが背景にあるというケースも当然あると思いますし、そういったことをしっかり掘り起こさなければいけないというふうに思います。

 もう一つ、この問題でいいますと、被害者の側からするとなかなか不可解なのは、危険運転致死傷罪が成立する場合は本罪は成立しないということになっているということですね。ですから、この過失運転致死傷アルコール等影響発覚免脱罪というのは、あくまで過失、過失運転による致死傷が前提となるということであって、危険運転致死傷罪が成立するときは本罪は成立しないということになるというふうに伺っております。

 これも、どんな運転であれというか、どんな事故であれ、逃げたということは変わらないというのであれば、恐らく被害者側からすれば、重ねて量刑が重くなるようにしてほしい、そういう思いがごく一般的な思いではないかと思います。こういったことも、やはり被害者感情と大きく違うんだというところをよくよく認識していただかなければいけないのではないか、私はそのように思いました。

 続いて、伊原さんがお話しになられた自己申告制の問題です。

 これもやはり大きな問題でして、先ほどのお話の中では、再三にわたって、自己申告制の限界というお話がございました。私も京都の選出でありますので、きょうの中江さんのお話もそうです、そして、祇園の事故も、ちょうど私の本当に仲よくしている知人のお店の目の前であの加害者が最後、死を遂げたというようなところでありまして、そういった意味からも、大変この事故も問題があったと思っております。

 そして、繰り返し過去に前歴があったということ、このことはやはり警察としても大きく踏まえなければいけないということで、その後、事故データベースの活用ということを各都道府県警でするようにという提言もさせていただきましたが、しかし、根本的にはやはり自己申告制の限界というものがあると思います。

 これをしっかりと医師の側から申告をするようにということ、警察に通報するようにということを提案もなされてきているわけですけれども、こういったことも、これからはぜひさらに未然に事故を防止するという観点で進めていかなければいけないという大変参考になる御意見をいただいたというふうに思います。

 そして、さらには、中江さんのお話、こちらの方は居眠り運転そして無免許運転ということが問題になりましたけれども、私も実は、先ほど遠山委員からお話のあった、いわゆるインターロックについては同じような意見を持っておりました。それは、先ほどお話しになられた文脈での、アメリカの裁判所に強い権限があって、その中で発動されるものとしてインターロックがあるんだというお話がありましたが、私は、日本はそういう文脈ではない形は考えられないんだろうかというふうにも思っております。

 それは、技術立国、技術大国日本として、車に先進的な設備を当然ながら導入することが容易な国だという観点から、先ほど言っていただいたようなICカードですとか、あるいは飲酒を防止するようなインターロックということについては、飲酒についてはなかなか標準装備はできなくても、やはり運転免許のない者が車のエンジンを回せるということそのものが、これはおかしい話である。危険運転致死傷罪の一つの要件にも、車を制御する技能を有しないというのがあるわけですが、もし運転免許がなければ車のエンジンが起動できないということであれば、そもそもこういう項目だって必要ないかもしれないというぐらいに、根本的に、やはり免許を持たない者がエンジンを起動させることができるということそのものが問題ではないかと思います。

 その意味では、これは技術的な話になるかもしれませんが、運転免許がなければ車の運転ができないという状態をつくり上げることは、技術上、私はこの日本は不可能ではないと思っておりますし、さらに法的に言えば、運転免許の譲渡や貸与というのは当然だめなわけですが、その罰則ももっと明確に頭出しをしてよいのではないかというふうにも感じるわけですが、今井先生、御意見があればお願いしたいと思います。

今井参考人 お答えいたします。

 今先生御指摘の、例えばインターロックですとか、免許取得者が現に運転をしているかマッチングするシステム、これは先ほども申しましたが、アメリカを初めとしてヨーロッパでもかなり検討されているものですので、かねてから私も注目しております。

 先生御指摘のように、アメリカでは司法権の発動の一環として行っておりますけれども、例えばヨーロッパでは、広い意味でのサンクション、クリミナルサンクションに限りませんけれども、広い意味での制裁の一つとして飲酒運転者に義務づけるという国もありますし、また、飲酒運転をして有罪判決を受けましたけれども執行猶予になりまして、社会内で保護観察を受ける際の条件として付している国もあります。

 かなりの国でそういうことは活用されておりまして、その前提として、やはり、実際に使えるんだという経験が必要かと思いまして、私もできる範囲で、自動車業界の方などとお話しする際には、技術的にインターロックをつけることも何度かお話ししております。ただ、そのときに、それは個人の方の御感想でしたけれども、なかなかそれは業界全体がやらないとかなりコストがかかって、業界としてはペイしないというふうなお話もあったように記憶しております。

 そういった状況がありますので、先生御指摘のように、海外でよく言われるんですけれども、本当に技術的には日本ですぐにできることだと思いますが、コストの面と、それから先ほども出ていましたが、安全運転のための教育あるいは市民の方々の意識改善ということの一環として行っていくと、かなりの意見を得られるのではないかと思っております。

 それから、免許の譲渡、貸与につきましては、これはもちろんあってはならないことでありますので、一身専属的な許可が濫用されないように、これは道路交通法におきましてしかるべく適正に運用していただきたいと希望しております。

 以上です。

泉委員 これまでの議論を伺っていて、そして、過去からの議論を繰り返し見ていても、国民の考える故意、過失と法学者の考える故意、過失というものが余りにかけ離れている、現在もその状態が続いているということがやはりとても大きいのではないかと思います。その故意、過失の溝をこれからも埋める努力を、国側には、あるいは法制審の側、研究者の側にはぜひしていただきたいという思いも、この際、お伝えをさせていただきたいと思います。

 それでなければ、恐らく、御遺族、被害者、そして多くの国民は納得しない、私はそのように感じますし、例えば法律一つ一つの名称についても、確かに時代の背景があって、危険運転致死傷罪という名前でスタートをしましたが、逆に言うと、そこから漏れたものが危険運転ではないかのような、そういう印象を与えてしまったということも問題としてあったのではないかと思います。そういったことも含めて、一つ一つが国民にどう映るか、国民の皆さんがどうそれを評価するかという観点で法律が組み立てられなければいけないということも、ぜひこれからは注意をしていただきたいということをお訴えしたいと思います。

 そして、中江参考人にもお伺いをしたいわけですけれども、この無免許運転、今話をさせていただくことについては、最低限の責任あるいは資格、義務、これを違反しているという状況であるわけでして、先ほど抽象的、潜在的ではあるが危険な行為というお話がありましたが、私はかなり具体的な危険な行為と言えるのではないかなというふうにも思うわけです。

 そういった意味で、中江参考人は、無免許運転そのものが特別法として切り出されなければ、やはりこの無免許運転の問題というものが多く国民に認識されないのではないかという御提言もされておりました。そのことについて思いをお話しいただければと思います。

中江参考人 中江です。よろしくお願いします。

 自分は、裁判でいろいろと打ちのめされてきたわけなんですけれども、技能を有するならというところで、技能を有するというふうに押しつけられてきたのであるんですけれども、裁判のときに、加害者に、それじゃ試験運転をしてくださいという形を要望しました。でも、加害者個人が運転するのは嫌だと言うて、却下されることになりました。それと、そういうことへの憤り、そんなことの中で、居眠りだとか、そういうふうな部分、勝手に自分たちでつくり変えることができるような気もしています。

 自分たちのこの加害者は、暴走族というグループの中で、たくさんのグループが捜査される中で検察側に調査をされました。けれども、それで今回の部分であって、いろいろな加害者たちがたくさんいたからこそ、いろいろな調査がされた、いろいろな調書がとれたと思うんですけれども、テレビでも報道されないような小さな、僕らと同じ例であったとしても、一人としての、一名として、そういうような小さな事故であったとしたら、これがどういうふうにこれから、捜査だとか、検察が、警察がしっかりと調査するのかというふうな部分も疑問に思います。

 それと、これから、どうしても、危険運転致死傷罪の中に、無免許が危険行為ではない、危険運転ではないというふうな形を示されるであろうものなら、やはり自分らにとって納得することはできないし、十九日の日に法務委員会の中で一般傍聴させていただいたときなんですけれども、田中英之先生が、これから新法では、今先生がお話ししていただいたように、どうしても、無免許、僕たちには納得できない。無免許は故意犯、人を死傷させた場合によって、そういうところの部分でちょっと議論をして、細かい部分をやはりしっかりとつくっていただきたいし、無免許は、無免許危険運転という名前が、文言があるなら、無免許致死傷罪とかという形を示してもらえるように、僕はこれから考えていただきたいと考えております。

 以上です。

泉委員 終わります。ありがとうございました。

石田委員長 次に、今井雅人君。

今井委員 日本維新の会の今井雅人でございます。

 きょうは、今井さん、伊原さん、佐藤さん、中江さん、大変貴重なお時間をいただきまして、いろいろな御意見をいただきまして、本当にありがとうございます。

 また、特に御遺族の三名の皆さんは、ここまで本当に大変なつらい思いもしながら、心折れることなく、署名活動もされて、ここまで来られたということで、本当に敬意と感謝を述べたいと思います。

 私、政治家を今やっているわけでありますけれども、我々に一番必要なことはやはり想像力だというふうに自分ではいつも思っているんです。その人の気持ちになって考える、自分がその人の立場だったらどう思うかということを考えるということがやはり我々の原点だろうと思っております。私も子供が三人おります。娘の顔を見ながら、きょうここで質問に立つということで、この子がそういう目に遭ったらなと思いながら、やはり皆さん本当におつらいんだろうなということで、きょうここに立たせていただいておりまして、また、皆さんのいろいろなお話を聞いて、胸に詰まる思いもいろいろいたしました。

 何とか皆さんの気持ちを、我々は立法府ですから、法律でしっかりとつくっていくということをやはりやっていかなきゃいけないということを、ここで改めて申し上げたいと思うんです。

 その上で、まず今井教授にちょっとお伺いしたいんです。

 今、いろいろなお話を聞いておりまして、特に佐藤さんと中江さんのお話を聞いて感じたんですけれども、法律をつくるということはもちろん大事なんです、我々の仕事なんですが、その法律が、その趣旨に基づいてしっかりと司法の場で目的どおりに運用されていなければ何にもならないということなんだと思うんですね。

 先ほど佐藤さんがおっしゃっていましたけれども、お酒を飲んで運転をしているのに、それまで信号無視もなかったし事故も起きていなかった、逃げたら、その間も別に問題なく逃げて、ちゃんと車を隠していました、だから正常な運転をしている状態にありましたというふうに裁判所がおっしゃったわけですよね。普通の常識から考えるとこんなことはあり得ないことですけれども、さぞびっくりされたんじゃないかと思いますし、中江さんのケースでも、やはり、無免許だといってもずっと運転していたので正常に運転できる状態ですから、極端な場合は、問題ありませんと。そう言われたら、それはたまらない気持ちになると思うんですね。

 今回、法律を変えるに当たって、では果たして、きょうのお三方の方たちが、法律が変わった状態でもしそういう被害に遭われていたら救われたんだろうか、今よりも前進したんだろうかということをちょっとお伺いしたいんです。

 まず、伊原さんのケースは恐らく三条でカバーされるということになると思いますが、もし法律が改正されていたとして、伊原さんのケースがどうなっていくであろうかということ。

 それから、佐藤さんのケースは、恐らくこれは三条と四条両方にかかるのかもしれませんけれども、この三条、若干心配なんです。先ほど、法務大臣が酒気帯びも入るということで答弁があったので安心されたとおっしゃっていましたけれども、「その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態」ということですから、「おそれがある状態」とは一体どういう状態なのかということで、これは裁判所でまたいろいろともめると思うんですね。そのときに、では、佐藤さんのようなケースの場合は、その状態としてちゃんと認められるのかどうかということが非常に重要だと思うんです。その点についてどうお考えか。

 中江さんのケースは、これは、先ほどのような判断であると、恐らく、多少、過失運転の状態の加重が乗るか乗らないか、そういう程度の論点になってしまうんじゃないかなというふうに思うんです。

 仮にこの法案が通ったとすると、先ほど今井教授はこの法案は妥当だというふうにおっしゃっておられましたから、では、その妥当な上で、このお三方のケースがどうなっていくというふうに想定をされるかということについて、まずお伺いしたいと思います。

今井参考人 お答えいたします。

 今の御指摘の三つの事件につきまして、全ての事実を完全に理解しているわけではございませんが、先生の御指摘のとおりの方向性だと思います。

 まず伊原さんのケースにおきましては三条の第二項が適用されると思いますし、佐藤さんのときには三条と四条、中江さんのときには三条二項だろうと思います。

 そして、この三条に共通しております、「その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で、」というのは、法務大臣もおっしゃっていたということですけれども、私たちも、これはいわゆる酒気帯び運転のような状況の認定を想定しています。

 どうしてかといいますと、この二条の第一号から第五号は現在の二百八条の二のそれと同じでありますけれども、危険運転致死傷罪をつくりましたときには、これはいわば、お酒を飲んでぐでんぐでんになりまして、前後不覚のような状況で、それでもエンジンキーを回し発進させる、こういうのは、もちろん蛇行するでしょうし、自損もあるでしょう、そして人の致死傷ということを起こすものでありまして、そういう運転自体が大変危険な、いわば暴行に準ずるようなものというふうに理解をしてつくったというふうに承知しております。

 三条は、それには一歩及びませんが、その後そういった危険を惹起するという類型として想定していますので、今の酒気帯び類型というものは、そこまで、暴行に準ずるとまでは言えませんが、それにあと一歩というふうなところの危険性を内包した運転だと思っております。

 以上です。

今井委員 ありがとうございました。

 そういう意見がちゃんと司法に反映されるように、その前に、立法の段階で、我々もそこを一つ一つ、これからも審議があると思いますから、しっかりと確認をしてまいりたいというふうに思います。

 先ほどから随分皆さんの御意見をお伺いしていますので、余り時間をとってもいけないかなと思いますから重複は避けたいと思いますけれども、被害者のお三方にちょっとお伺いしたいんです。

 先ほどからいろいろと御意見をお伺いしているところ、非常に慎重な言い回しをしておられますけれども、大体の感覚的には、今回の法律の改正案は、我々のやってきた取り組みの中で一歩前進というふうに評価はしているけれども、ここからはちょっと言葉をいろいろ選んでおられますが、まだまだ十分じゃないんじゃないかなというようなニュアンスのお話が多かったんじゃないかなというふうに思うんですね。

 この法案はあくまでも原案でありますので、これを修正するとか、それはまだこれからの質疑の場でいろいろと話し合えることでもありますし、それが今回は困難だとしても、先ほどあったように、附帯決議を入れるとか、次、法律を変えていくとか、やはり、不十分であればいろいろ手当てをしていくということは、当然これからしていかなきゃいけないわけであります。

 いろいろと御意見をいただいておりましたけれども、改めまして、この法律案の今の評価と、できれば、次のステップとしてこういうことをぜひやっていただきたいということを、もう一度この場で、先ほどいろいろ御意見をいただきましたけれども、もう一度意見を教えていただきたいと思いますので、よろしくお願いします。

伊原参考人 伊原と申します。

 亡くなった当初のお話をしたいと思います。

 亡くなった当初は、やはり、こんなにも悪質なものについては危険運転が適用されて当然だろうというふうに思っていました。ただ、それが車であるからこそ、危険運転、二十年にしか問えない。本来であれば、ナイフを使ったりピストルを使ったりすれば無期懲役や死刑にも問えるのではないかという思いがありましたので、亡くなった当初は、もしこの僕たちの事故が危険運転適用になるのであれば、そういった活動をもしかしたらその後するのではないかというふうに思ったぐらいの思いではありました。

 だから、今回、今いろいろ勉強する中で、危険運転致死傷罪は理解できますけれども、先ほど私のプレゼンでお話ししましたように、子供たちは、やはり子供たちもそうですしほかの方もそうですけれども、これから先輝かしい未来が待っていたはずなので、二十年や十五年というものには納得しておりませんけれども、今できる最大限のことを、この運転は危険だったよねという危険運転の条文改正に踏み込んでいただいたことについては感謝しております。

 そして、事故の抑止効果という観点からすれば、僕たちは自己申告の免許制度という問題も問うていましたので、法の抜け穴を通ってしまう人に対しては、もしかしたら抑止効果が期待できるのではないかということで、二本立ての署名活動をやってよかったなというふうに思っています。

 以上です。

佐藤参考人 佐藤です。

 ただいまの質問に関しまして、今質問されたんですけれども、この審議において、これからの審議において、今法案化されているんですが、それが修正されるという可能性はあるんですか。

石田委員長 質疑はできませんので、どうぞ御意見を。

佐藤参考人 はい。済みません。

 では、私の意見を述べさせていただきます。

 今回の法改正案に関して、私が幾つかの懸念点を申し上げました。逃げても得にはならないという、まだその抜け穴が塞がった改正案にはなっていないということですね。免脱罪というものをつくっていただきましたが、それは最高刑が十二年になっています。そして、準危険運転致死罪と言われるものは最高刑が十五年になっています。そこで、ふっと見ただけでも、ああ、やはり逃げた方は罪が軽いのかというような改正になっています。

 そこで併合罪を持ち出していただくと、幾らか抜け道と言えるものは塞がってくるんですが、私たち一般人がこの法律を見たときに、やはり、えっ、逃げ得ってまだ残っているんじゃないのというような改正になっているのではないかなというふうに今感じているところです。

 そして、これから改正が可能であれば、飲酒ひき逃げ事犯に関しては、やはり危険な行為として認めていただいて、危険運転同等あるいはそれ以上の刑、二十年以上の刑が待っているというふうにしていただけるとありがたいなというふうに感じています。

中江参考人 中江です。よろしくお願いします。

 自分はまだまだ勉強不足なもので、佐藤悦子さん、伊原さんのお話どおりにこれから進めていってもらいたいと思うんですけれども、感情的になってしまうと見失ってしまう部分がこれからもありますし、ちょっと今のお尋ねには自分としては全く答えることができません。申しわけございません。

 以上です。

今井委員 ありがとうございました。

 物事は何事も一〇〇%ということはありませんから、やはりどんどんどんどん前に、変えるものはもっと次にも次にもどんどん変えていかなきゃいけないと思いますので、またそういう御意見もいただきながら議論をしてまいりたいというふうに思います。

 最後に、ちょっと四方にお伺いしたいんです。

 先ほどインターロックの話がありましたけれども、この事故の量刑をどうするかという問題はひとつおいておきながら、それだけではやはり飲酒運転ですとか無免許運転を防止するということはできないと私も思います。

 先ほどもどなたかおっしゃっていましたけれども、中江さんでしたか、何か違反をして捕まると、たまたまそこで無免許だったとか、たまたま飲酒だったといって発覚するけれども、無免許とか飲酒運転をそのまま違反のない中で見つけるのは現実的に非常に難しいという状態にあるというのは、私も全くそのとおりだというふうに思っていまして、この法律をどうする、罰則をどうするかという問題とはまた別に、では、そういう人たちをやはりふだんからちゃんとチェックして、そういうことを起こさないようにするという仕組みをつくらないといけないと思うんです。

 これは警察のあり方というのもいろいろ考えなきゃいけないのかもしれませんけれども、そのあたりについて、具体的にこうした方がいいというのがもしおありになりましたら、お一人ずつ御意見をいただきたいというふうに思います。

石田委員長 それでは、時間もありますので簡単にお願いいたします。

今井参考人 飲酒運転を一般的に予防するためには、御指摘のように、罰則だけでは足りないと思っています。常々私も合わせわざで飲酒運転というのは防止すべきだと思っておりまして、そういうことをするのはいけないという教育でありますとか、あるいは一般の方々の意識向上、啓発活動が必要です。それは、小学校、幼稚園のころから始まる教育と心理学的な動機づけということが必要だと思います。

 最終的には、きょう何度か出ています技術的なバックアップということも必要なんですが、そこは個人情報や個人の秘密という問題がありますので、まだ難しいと思っております。

 以上です。

伊原参考人 病気で苦しんでいる方、たくさんいらっしゃいます。この法案で抑止力が働いたからといって、その方たちの生活が安定するわけでもないので、僕は、病気の方のバックアップ、雇用の確保であるとか不当に解雇された方たちへのケアであるとか、そういうことを真剣に、その方たちのためになって考えてほしいと思います。

 あと、車の開発については、例えばゾーン30とかそういう言葉もありますけれども、三十キロのところは三十キロでしか走れないような車の開発とか、そういうことも進んでやったらいいのではないかというふうに考えます。

 以上です。

佐藤参考人 佐藤です。

 いろいろな技術を導入しても、抜け穴をくぐり抜けてしまう人たちはどうしてもいるということなんですね。教育の重要性というものを強く思っています。

 私の息子の加害者も、十九歳と十一カ月と十五日、あと二週間で二十になるという少年だったんですが、十八歳で免許を取得して、二年足らずの間に十二回の違反を繰り返していました。自動車学校で何を勉強してきたのか、小学校、中学校、高校と何を、どのように道徳を勉強してきたのかということを強く感じています。

 そういうことから考えましても、これから、小中学生、高校生、今から車の免許を取る人たちに対しての教育というものはとても必要だろうなというふうに思っています。

 その教育の中で、私が思うところがあります。

 私たちは、犯罪被害者の声を聞きたいということで、文部科学省それから警察庁、法務省などから要望を受けてあちこちで講演をさせていただく機会が多いんですけれども、その私たちの、遺族の講演、そしてそこに有識者の講演というものがありますと、どうしても対応に格差が生まれてしまうということですね。

 それから、交通安全大会などでお話に参りますと、そこには警察の本部長などが挨拶に来られるんですね。そして、一番最初に御挨拶をされます。そして、私たちはその後に講演をすることになるのですが、そういった偉い人たちは、犯罪被害者の声を聞くことなく退席をしてしまいます。

 私たちは、犯罪被害者の声を聞きたいという要望にお応えしての本当につらい経験をお話しさせていただくんですけれども、さまざまな経験をしてきた中で私が今思うところは、私たち犯罪被害者遺族は踊るパンダではありませんということを申し伝えたいと思います。

 そして、これからの教育それから交通安全大会に少しでも私たちの力がお役に立つのであれば、私たち連絡協議会のメンバーたちはみんなそれぞれの地域で活動を続けてまいりたいというふうに思っております。

 どうもありがとうございました。

中江参考人 中江です。よろしくお願いします。

 自分たちは、今現在裁判中でありますが、被害者団体を設立させてもらったことで、いろいろな形で、佐藤悦子さんが述べられたように、講演活動とか依頼を受けて、特に、自分が考えているのは教習所協会、京都ではちょっと依頼していただいたんですけれども、車を教える、これから新しく免許を取られる方々、お若い方々、それもやはり行政処分を受けてまた再度取られる方もおられると思います。そういう先生方に問いかけて、どういうふうに教えていっておられるかとか、命の重みというところを具体的にもっともっと、僕らはあからさまになっていますから、自分らを使ってでも、やはり皆さんに悲惨な事故、重大な事故を知っていただくことが僕はこれから大事かと思います。

 なかなか難しいことで、自分の加害者は何度も何度も事故を繰り返して、それで行政処分を受けて、保護司がついて、それでもないしょにして、またこういう結果を出したというところで、どのあたりで監視するというところに、やはり不可能に近いことが起きるということで、僕たちはいろいろな部分でまだまだ考えていかなあかんのですけれども。

 先生方の御協力と御指導で、また自分たちも一生懸命、啓発活動とか、そういう部分でも運動して、より一般市民の方に、無免許がどれだけ重大な事故を起こしてしまうかということをやはり知ってもらうように、厚かましいんですけれども、著名人の方々にもお声がけさせてもらったりお力になっていただいたりして、できるだけ、そういう無免許運転撲滅運動キャンペーンとかいって、芸能人の方々が若い子に、若い子は普通に、僕らの話はやはり重いもので、聞きたくない、むごい話は聞きたくないということで避けられる部分はあるんです。でも、著名人の方々がこういう形を示していただければ、興味本位でも、若い方々が何かなと、自分がファンである芸能人の方々がそういうふうにやっておられることであっても、やはり若い子にそこからの形を示していって僕らの声を聞いていただけることが、できるだけ、これからの無免許撲滅というところで、やはりつくっていけるんじゃないかと考えておりますし、また今後とも先生方にも御協力お願いしたいと思います。

 よろしくお願いします。失礼します。

今井委員 どうもありがとうございました。

 終わります。

石田委員長 次に、椎名毅君。

椎名委員 みんなの党の椎名毅でございます。

 本日は、今井参考人、それから伊原参考人、そして佐藤参考人、中江参考人、本当にお忙しい中、当委員会にいらっしゃっていただきまして、非常に貴重な御意見を賜りましたこと、本当に感謝を申し上げたいというふうに思っております。

 特に、御遺族の皆様方、伊原参考人、佐藤参考人、中江参考人におかれましては、非常に長い時間ずっと闘い続けて、法整備に向けて努力をされてきたということについては、本当に敬意を表したいと思います。

 事故があってからの時間というのは、もちろん違うんでしょうけれども、各御遺族の皆様方にとっては、愛する御家族が亡くなってしまった後というのは非常に長い時間に感じられることだと思いますので、その中で、こういった形で気持ちというか思いを御開陳いただいて、我々に問題意識を持たせていただき、そして何とか国を動かしていきたいという形で動かれてきたことについては、本当に本当に私自身も敬意を表したいというふうに思っております。

 それで、本当に痛ましい交通犯罪というものがなくならないということについて、私自身も改めて非常に憤りを感じた次第でございます。本当に亡くなった皆様方には哀悼の意を表したいというふうに思っております。

 それで、私自身、加えまして、みずから、法曹出身の議員ということで、弁護士なんですけれども、弁護士ということで本委員会に参加をさせていただいているわけですが、きょうの皆様方のお話を伺いまして、司法というシステムが御遺族の皆様方に対して配慮が足らないというか、言葉遣い含めてですけれども、御遺族、被害者の方々に対して気持ちを傷つけている部分が結構あるということを、改めて身につまされる思いをいたしました。

 私自身、刑事の弁護をたくさんやったことがあるわけではもちろんないんですけれども、法律家として、罪刑法定主義だったり検察官の立証活動のあり方だったりというのについては一通り理解をしてしまっているんですね。したがって、特段疑問を挟んだりすることも余りなかったわけですけれども、やはり、きょう改めて皆様方のお言葉を聞いて、先ほど民主党の泉先生からも話がありましたが、故意の内容についての理解について、一般的な理解と法律家の理解が違うんじゃないかみたいな話もございましたし、私自身も、今後とも、法律家として、政治家として精進をしていかなければならないなというふうに改めて思った次第でございます。

 それでは、早速ですけれども、質問に入ってまいりたいと思います。

 まずは、今井参考人の方に幾つかお伺いいたしたいというふうに思います。

 まず、簡単にちょっと確認なんですけれども、この三条の条文の規定なんですけれども、アルコール、薬物その他で酒気帯び程度におそれのある状態において、故意犯の部分が酒気帯び程度にアルコールを飲むこと等で、その後、結果が二段階に分かれているんだと思いますが、正常な運転が困難な状態に陥ることと、その後に死傷の結果が生じることということで、この二段階の結果が必要なんだと思います。

 そこで、せんだって大臣に時間がなくて聞けなかったのでぜひ法制審にいらっしゃった今井先生に伺いたいんですが、酒気帯び程度の、要は一般的に大瓶一本分程度のビールを飲むと大体酒気帯びぐらいにはなるだろうというふうに言われておりますが、そういう事実があって、加害者がそれに対する認識をして車に乗って、最終的な結果として交通事故を起こして被害者死傷の結果をもたらしたとして、この「正常な運転が困難な状態に陥り、」というのがどういったことを意味するのかというところをちょっと改めて確認しておいた方がいいかなというふうに思った次第でございます。

 アルコールを飲むと、多少反応が鈍くなったりとか、そういう程度のことはあるわけですけれども、アクセルとブレーキを踏み間違えたというところで事故を起こしたりとか、ブレーキを踏むのが遅くなったとか、そういったことまで含むのか。それとも、二条の方で「正常な運転が困難な状態」ということが規定されておりますけれども、ここで言っているのは泥酔状態で蛇行をしていたりするような状況ということだったりすると思うんですけれども、その辺のバランス感覚というか差異というか、教えていただければというふうに思います。

今井参考人 お答えいたします。

 今先生の御指摘のように、三条の一項でアルコールまたは薬物の影響類型と、二項で病気類型がありますけれども、そこでは、「正常な運転に支障が生じるおそれ」という客観的状況がまず生じまして、その後、「正常な運転が困難な状態」になり、結果が生じるということで、先生の御理解のとおりかと思っております。

 その際の「正常な運転が困難な状態」というのは、これも先生御指摘のように、二条のそれと同じでありまして、二条では、典型的には泥酔等というお話でしたが、酒酔いの進んだような度合いでしょうか、先ほども申しましたけれども、暴行に準ずるような大変危ない運転をしてしまうというところに着目して正常運転困難状態というのを使っておりますが、三条では、運転を開始した際には、例えば、先ほどの例でいいますと、ビールを大瓶一本飲んで、酒気帯び程度で、ひょっとすると、もしかするとどういう運転をするかなと頭によぎったわけですけれども、その際にはまだ泥酔状態に至るわけでもなく運転を開始した。しかし、その後、泥酔類似の意識喪失状態になって、気がついてみたら人の死傷が起こっていたというのが三条の方だと理解しております。

椎名委員 ありがとうございます。

 そうだとすると、先ほど私が申し上げたような、酒気帯び運転をしてブレーキを踏む反応が鈍ってしまったという程度のレベルであるとこれには該当しないということになってしまうわけでしょうか。

今井参考人 それはやはりいろいろな、そのときの被疑者といいますか行為者の方の置かれた状況を全て見ないとなかなかお答えは難しいかと思うんですけれども、ブレーキの反応が鈍くなったというのがどのような危険性を持っていたかということであろうと思います。

 ビールを一本飲みまして、ほろ酔い気分になって、しかし、家にちゃんとたどり着けましたというときには、若干、きょうは危なかったなと思っても、それはブレーキ反応が鈍くてもおよそ問題ないことは当たり前ですし、ここで問題にしようとしていましたのは、そういう、お酒を飲みまして、その人の体調、体質もあるかもしれませんが、ブレーキのききがかなり危険な状況になっていまして、最初の意見で申し上げましたけれども、三条というのは二条に準ずるようなものということでありますので、ほんのわずかブレーキ反応が鈍くなったというのでは足りないのではないかなというふうに思っております。

椎名委員 ありがとうございます。

 多分非常に重要な確認だというふうに思いますが、今の法律の適用関係からすると、先ほど私が重々しく始めさせていただいたというか、みずからの思ったことを披瀝させていただいたわけですけれども、やはり相変わらず法律家の考えている犯罪に対するレベル感というか意識と、それから被害者の皆様方が考えているところとは、やはりずれてくるような気が私自身はしてなりません。アルコールを飲んでしまったら一律に大きな重たい刑罰を科すということも今後考えていかなければならないのかなというふうに、私自身は今伺っていて、少し感じたところでございます。

 それで、あと余り時間もありませんが、今井参考人にもう一点伺いたいと思います。

 過労運転についてなんですけれども、今般、いらっしゃっていただいた中江参考人の件でも、何十時間も寝ないで無免許運転で運転をされた被告人というか加害者だというふうに伺っております。これは遊んでいたということだと伺っておりますので、過労ではないとは思いますが。

 しかし、仕事の中で何十時間も寝ないで、仕事以外の場合でも何十時間も寝ないで、その後、車を運転して事故を起こしてしまうということが起きていたりするわけでございます。関越自動車道の事故の件なんかはまさに過労だったというふうに思いますし、過労の運転についての法制審での検討について伺えればというふうに思います。

今井参考人 お答えいたします。

 法制審議会の部会でも最初に遺族の方々からのヒアリングを行いまして、そこでやはり、今先生御指摘の過労運転に起因する死傷事故ということをぜひ取り上げていただきたいという御要望がありました。

 検討いたしましたけれども、幾つかの法律上の難しさがわかりました。

 まず、過労が生じる医学的機序というものについてもレクチャーを受けたわけですけれども、驚いたわけですが、過労という概念について医学的にも定義がないということでありました。定義がないというよりは、いろいろな定義が乱立しているという状況のようでございます。

 それを踏まえまして、道路交通法六十六条を見ますと、過労運転の禁止がありまして、違反いたしますと三年以下、五十万円以下の罰金が予定されているのですけれども、警察庁の方のお話によりますと、やはり、この過労運転が主たる要因として、因果を持って、結果、そういう運転をしたということすら認定がなかなか難しいということでありまして、一年間に三十ないし四十件オーダーの取り締まりしかなされていないということがわかりました。

 そういたしますと、過労というのは恐らく複合的な要因で、先生もおっしゃった関越バスの事故もそうかなと思いますけれども、その人の置かれている体調ですとか労働条件ですとか、さまざまなものが複合して、結果として過労ということになるように思えましたので、過労を一つの原因として危険運転致死傷罪の類型をつくることは、これは明確性の観点から困難だろうと思って、そういう道はとらなかったところでございます。

椎名委員 ありがとうございます。

 私自身も、過労による運転というところについては大きな問題があるというふうには思っておりますので、今先生おっしゃったように、法制審の議論状況なども踏まえた上で、今後とも、ちょっと検討をしていきたいなというふうに思っております。

 遺族の皆様方から、いろいろな思いを聞かせていただきました。論点としては多分もう出てきたので、重なりたくないと私は思ったので、伊原参考人、それから佐藤参考人、中江参考人、私の質疑で最後なので、最後に、本当に自分の言葉で思っていることを、今後に向けてという意味ですけれども、今後に向けて、自分の言葉で思っていることをありのたけ、もう一度ぶつけていただきたいなというふうに思っております。

 済みません。オープンなクエスチョンで申しわけないんですけれども、やはり自分のお言葉で今の思いをもう一回最後に語っていただくことが一番いいんじゃないかなというふうに思ったので、ぜひお願いできればというふうに思います。

伊原参考人 僕たちの子供は亡くなってしまいました。やはり患者さんにしても、加害者にしても、被害者にしても、生きていてこそだと思いますので、命を大切にして、交通事故をなくしてほしいと思っています。

 よろしくお願いします。

佐藤参考人 本当にきょうはありがとうございました。

 私たちは、事故の後、本当に真っ暗闇のトンネルの中に放り出されてしまって、一点の明かりも見出すことができない、そんな毎日を暮らすことになります。なぜ、どうして、あの子がいない、あの子の声が聞こえない、どうしてあの子の声に、笑顔に触れることができない。そんな思いで、真っ暗闇のトンネルの中を一点の明かりを求めて一日一日を過ごすわけですが、何をもっても回復の道に進むことは困難だというふうに、もうすぐ十年になるんですが、今感じているところです。

 私たちに回復の道があるとするならば、同じ境遇の仲間たち、そして理解をしていただける社会の皆さん方の支え、そういった人たちの温かな心が、私たちの回復のための後押しをしてくれることになります。

 今回、私たちは、九年半、署名活動を続けて、六十万三千八十の署名簿を提出させていただき、過失運転致死傷アルコール等発覚免脱罪というものが新しくできることになり、本当にこれまで暗いトンネルの中で、もがき続けて、闘い続けてきて、それは無駄ではなかったなというふうに、今、この場で強く感じているところです。

 法改正になった暁には、本当に、私の意見陳述の中にありましたように、これ以上被害者を生まない社会に、そして加害者も生まない社会に、加害者がいなければ、被害者というものはゼロになります。そして、飲酒運転というのはゼロにできるというふうに私は考えています。そのために、私たちの仲間たちは、暗いトンネルの中から、被害者も加害者も出さないために、これからの社会のために、あすの社会のために、自分の苦しみを胸に秘めて、これからの日本のために今も闘い続けている現状です。

 そんな中で、きょう、多くの仲間たちと一緒にこの場に立たせていただいたこと、心からお礼を申し上げて、私の最後の言葉とさせていただきたいと思います。本当に未熟者ではございましたが、ここまで、この場に立たせていただき、意見を聞いていただきまして、本当にありがとうございました。亡くなった息子とともにお礼を申し上げたいと思います。

 これから法改正になって、うまく運用できて、被害者がなくなるようにしていただくことを心から、切にお願い申し上げます。

中江参考人 ありがとうございます。中江です。

 皆さん、自分は、この場に立てたことを娘に伝えることがようやくできたと思います。

 この一年間がむしゃらに走ってきたつもりなんですけれども、まだまだ自分たちが打ち砕かれるような二次災害、三次災害、被害者になってしかわからないことがたくさんあると思います。

 けれども、自分にとって、こういうやんちゃな部分、気丈に見えるんでしょうか、テレビ等では。でも、自分は正直この一年間の中で、わけのわからない高熱にうなされるときもあります。今現実に、今この瞬間も、三十九度近い熱が急上昇することがあるんです。それを自分が今どういうふうに調整したらいいかという部分が、自分でもわかりません。病院に行ってもどこへ行っても、精神異常者かうつ病かという判断、診断がされると思います。でも気丈に立っている形で、皆さんは、近所の方々は安心してくださるんですけれども、僕は必死でこの体調と闘っていく。

 正直なところ、自分にはまだまだわからない部分がたくさんあります。でも、これだけは言いたいんです。

 二次災害、三次災害、テレビ等で中傷等を今現在されています。ネット等で、自分は現役のやくざの組長とか、僕の息子はとか、そういうふうな誹謗中傷。でも、僕は、古都の翼という被害者団体を設立させてもらいました。自分個人なら、本当のことなら、過去に人の命を奪ったとか、そういうふうなことが本当に自分にあるのなら、この場に立っていません。警察等、告訴状を出して依頼しています。でも、犯人は見つかりません。見つけることは不可能かと諦めています。でも、警察等は言われました。お父さん、お父さんのことは無実や、調べましたと。

 では、無実やと調べたのなら、加害者が見つからなくても、僕よりか僕の周りの人間たち、周りの若い子たちが苦しんでおります。僕が代表としているところで、不審に思われます。これからも署名活動とか、古都の翼としていろいろな形で示していきたい部分はあるんですけれども、このことが前で塞がる瞬間も今あります。

 だから、いろいろな部分は、佐藤悦子さん、伊原さん、いろいろ枚挙されて、僕は同じ気持ちであります。でも、僕がこういうふうにすることによって、皆さんに誤解を招くことがあると思います。でも、まだまだ自分にとって、我が子を殺される、失礼ですけれども、奪われる、こんな苦しいことは自分にとってあり得ないです。想像以上です。

 もし、自分が今被害者か加害者かどっちになりたいと言われたら、加害者になりたい、加害者の方が楽やと正直に言ってしまう部分があります。けれども、そういうことになってほしくない。これからの方々に本当の命の重みを考えてもらいたい。安全な車社会、命を守る車社会として、今回の法案、もう一度考えていただきたいと思います。よろしくお願いします。

 ありがとうございます。失礼します。

椎名委員 貴重なお言葉を本当にありがとうございました。私自身も積極的に取り組んでまいりたいと思います。

 これで終わります。どうもありがとうございます。

石田委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。

 参考人の方々には、貴重な御意見をお述べいただきまして、本当にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼申し上げます。(拍手)

 次回は、来る二十六日水曜日委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。

    午前十一時四十四分散会


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