衆議院

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第8号 平成16年6月3日(木曜日)

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平成十六年六月三日(木曜日)

    午前十時開議

 出席委員

   委員長 小此木八郎君

   理事 岩屋  毅君 理事 小島 敏男君

   理事 高木  毅君 理事 仲村 正治君

   理事 大石 尚子君 理事 長島 昭久君

   理事 細野 豪志君 理事 赤松 正雄君

      赤城 徳彦君    大前 繁雄君

      瓦   力君    北村 誠吾君

      佐藤  錬君    寺田  稔君

      中谷  元君    林田  彪君

      古川 禎久君    山口 泰明君

      吉野 正芳君    青木  愛君

      大出  彰君    小林 憲司君

      佐藤 公治君    西村 真悟君

      前田 雄吉君    松本 剛明君

      渡辺  周君    遠藤 乙彦君

      御法川信英君

    …………………………………

   参考人

   (拓殖大学国際開発学部教授)           森本  敏君

   参考人

   (財団法人平和・安全保障研究所理事長)      渡邉 昭夫君

   安全保障委員会専門員   前田 光政君

    ―――――――――――――

委員の異動

四月二十八日

 辞任         補欠選任

  川崎 二郎君     寺田  稔君

六月三日

 辞任         補欠選任

  嘉数 知賢君     吉野 正芳君

同日

 辞任         補欠選任

  吉野 正芳君     嘉数 知賢君

    ―――――――――――――

五月十二日

 空中給油機の導入配備の中止に関する請願(阿部知子君紹介)(第二一六四号)

は本委員会に付託された。

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 国の安全保障に関する件


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     ――――◇―――――

小此木委員長 これより会議を開きます。

 国の安全保障に関する件について調査を進めます。

 本日は、参考人として拓殖大学国際開発学部教授森本敏君、財団法人平和・安全保障研究所理事長渡邉昭夫君に御出席をいただき、御意見を承ることにいたしております。

 おはようございます。

 この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。

 本日は、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。何とぞ忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。よろしくどうぞお願いいたします。

 次に、議事の順序について申し上げます。

 まず、両参考人からそれぞれ十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。

 御発言は着席のままで結構でございます。

 念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないこととなっておりますので、あらかじめ御承知いただきたいと存じます。

 それでは、森本参考人、お願いいたします。

森本参考人 本委員会に参考人としてお招きいただき、大変光栄に存じます。限られた時間の中で、今日、日本の安全保障が抱える重要な問題、特に、我が国の防衛のあり方、防衛力のあり方について所見を申し上げたいと思います。

 言うまでもなく、我が国が冷戦期から、冷戦時代のいわゆる東西関係の枠の中で、国家の安全保障を維持し、西側の一員として重要な貢献をしつつ国家の安全を確保してきたことは、我が国の冷戦期における政策に大きな誤りがなかったと考えるわけでございます。しかしながら、冷戦が終わってみると、脅威というより、むしろリスクとか危険というのが、特定の国家とは必ずしも限らず、とりわけ九・一一テロ事件以降、特定の国家よりも、むしろ、国家より下部にも上位にも存在する各種の組織あるいはネットワークなど、不特定の対象からくる各種のリスクや危険に柔軟に対応するという必要が出てきているのではないかと思います。

 当面は、我が国にとっての脅威は、国であれば、北朝鮮によってもたらされるテロ、あるいは大量破壊兵器並びに特殊工作の活動などでございますけれども、恐らく、中長期的に見ると、中国による働きかけというのが我が国にとって大きな潜在的脅威になることは避けることのできない問題であろうと考えます。

 アメリカは、九・一一以降、国家の安全保障政策を抜本的に見直しつつあり、とりわけ、その中でも、同盟戦略と前方展開戦略を再検討しつつあるわけでありますが、この安全保障政策の基本的な考え方は、従来の脅威対象型ではなく、能力に応じた安全保障を主眼とする政策に現在シフトしつつあると考えます。

 我が国が今日抱える安全保障の中で、とりわけ、日本の防衛をどのように考えればよいのかということは極めて緊急の課題であり、その点について、幾つかの視点をまず申し上げたいと思います。

 お手元に既にお届けしてございます私のレジュメの最初のページにありますように、我が国が現在検討すべき優先課題は、防衛力のあり方より、むしろ防衛のあり方なのではないかと考えます。

 従来、日本の防衛のあり方というのは、冷戦時代には、冷戦期を乗り切るために西側の一員としての抑止力の一端を担うということでありましたが、冷戦が終わると、いわゆる力の空白をつくらない、存在としての均衡型、すなわち、自衛力が自衛力として存在するということによって周辺とのバランスを維持するという考え方でしたが、これさえもむしろ古くなりつつあり、もはや、今申し上げたような各種の脅威とかリスクに対応できる、有効な対応型の防衛力をつくらざるを得ないということだと考えます。

 したがって、日本の防衛が果たすべき役割は、従来の日本の領域の中の専守防衛だけにとどまらず、むしろ、広い意味での国家の安全保障全体の機能を向上すべき防衛力のあり方を考え、そのための理論構成をしなければならない状態が起きているのではないかと思います。

 かかる防衛のあり方を考えて、その防衛のあり方に基づく防衛力の整備の構想をつくる場合、現在の大綱、一九九五年の十一月にできた大綱のようないわゆる固定的な防衛体制から脱却し、広範な国家の緊急事態、この中には、一般天然災害あるいはテロなどの治安事態、並びに日本に対する直接の武力攻撃である狭い意味での有事といった、広範な国家の緊急事態に対応する防衛力を統合的に運用するという着意が必要であり、その際、日本の本土の安全保障を含む国家の危機管理政策と防衛政策の機能を統合する必要があるのではないかと考えます。

 とりわけ日本の防衛力が検討を要する部分は、領域外における防衛のあり方であります。我が国の領域外における防衛というのは、日本の周辺、特に日米安保条約第六条に言う「極東」の範囲の中における日米協力、さらに、そこを超えた国際社会全体の平和と安定のための日米協力並びに国際協力という、二つのダイメンションを持つ機能に日本の防衛力をどのように活用できるかということが今日問われているのではないかと思います。

 この基本的な、日本の防衛力を領域外、すなわち海外で活動させる場合の基準なるものを法律の形でつくる必要があることはしばしば指摘されているとおりであり、これは、従来のようにPKOとかPKFだけではなく、平成十三年にできたテロ特別措置法、並びに現在活動をやっているイラク特別措置法など、特別措置法によって海外における防衛の活動の基準を法的に規定していると、事態が起きたときに新しい法律体系をつくる時間的なおくれというものができ、国として柔軟に対応できないだけではなく、平生から自衛隊が必要な装備あるいは訓練を行うという基準がないために、結局、我が国として迅速かつ柔軟に対応できないという問題が起きてくることから、基準の法律をつくるという必要があるのではないかと考えます。

 この法律がどのような内容を含んでいるかということについては、いろいろな意見があると思いますが、一番大事なことは、領域外における活動の法的根拠をどこに求めるか。つまり、安保条約や国連安保理決議以外の根拠というものがあり得るのかということが第一であり、第二に、武器使用あるいは武器の携行、あるいは武力の行使に至る活動について、従来の法的枠組みで果たして適切であるのかどうかという問題と、指揮官に与える権限の付与というものが現在までの法律で果たして適切であるかどうかということ。そして最後に、自衛隊が海外で行う活動の範囲と内容について一定の枠あるいは歯どめというものが一体必要かどうかという、幾つかの基本的な考え方をこの新しい法律の枠の中で規定するという必要があるのではないかと考えます。

 先ほど申し上げたように、アメリカは一方、国防戦略を、現在トランスフォーメーションという名のもとでいろいろな改革を進めているところでありますが、中でも前方展開戦略、特にアジア太平洋における兵力構成の見直しは、我が国の国家の防衛や安全保障に非常に大きな影響を与え、この結論を見ながら日米間の役割分担を再検討すべき時期がいずれ来るのではないかと思います。その際、在日米軍が我が国に持っている施設・区域のあり方を含めた日米地位協定についても再検討が迫られるという可能性があるのではないかと考えます。

 さらに、今日、北朝鮮の問題を考えると、既に北朝鮮が核兵器を持っているということを既定の事実としてアメリカは政策を考えています。我が国はまだそこまでいっていないわけでありますけれども、しかし、隣国が核兵器を持っておりNPTから脱退しているという状態をどのように認知し、我が国として新しい核の抑止戦略を再構築するかということは、安全保障を考える際の非常に大きな課題であり、日本の防衛を考えるときに、このような新しい抑止戦略の考え方をどのように導入できるかということも今日的課題であると考えます。

 いずれにしても、防衛のあり方を、現大綱を見直すというやり方ではなく、そもそも日本の防衛とはどのような役割を果たすべきなのかという結論から我が国の防衛力のあり方を引き出すという必要があり、むしろ、冒頭申し上げましたように、今我々が作業するのは、防衛力のあり方ではなく我が国の防衛のあり方というものなのではないかと考えます。

 かかる観点において、日米安全保障体制と我が国の防衛力との関係について幾つかの点を最後に書いてあるわけでありますが、ポイントが三つありまして、いずれにしても、日本の安全保障や防衛の機能を強化するためには日米の安全保障協力というものの強化拡充を図ることが不可欠であり、そのためには、日本の領域内における日米双方の施設・区域を相互使用するということができるような枠組みをつくること。それから、安保条約適用範囲内で日米防衛協力をさらに拡充すること。それから、ホスト・ネーション・サポートというのを、アジア太平洋地域全域に活動する米軍への支援という広範な概念を取り入れること。並びに、国際協力分野における新しい日米間の役割分担を検討することであり、特に、英米間で行われているような自国民の保護のために自国の軍隊を領域外において相互に使用する、相互に助け合うということや、アジア太平洋地域の災害救助のために日米で協力をしてこの救助活動に参加する、一々法的根拠なしにこのような活動を相互に行うという新しい日米間の役割分担を決めるという必要があるのではないかと考えます。

 さらに、日本の防衛力の将来像を考えた場合に、日本の防衛力の独自完結性を現在よりも広げ、日本で独自に活動でき、アメリカが国益を見出さないような地域と活動について、日本が独自に独立完結性のある防衛力で対応できる能力を広げるという必要があり、そのために必要な防衛力というものを装備することを検討すべきなのではないかと考えます。

 最後に、いずれにしても、アジア太平洋地域の多国間協力が現在質量ともに広がっていることから、従来のように固定的な防衛力の使い方なのではなく、アジア太平洋の平和と安定のために我が国の防衛力を広範な分野において活用できるような枠組みを今申し上げたような恒久法の中に規定することによって、地域全体の安定のためにも日本の防衛力が活用できる、あるいは機能できるという道を開くということを考えるべきである。

 特に、日米韓という三カ国の防衛協力ガイドラインを発展させること、来週行われるサミットで議論になるPSIに日本が参加し、協力し、そのための日本の防衛力を完備すること、並びに、アジア太平洋地域における共同の安全保障作業に日本として自衛力を使って参加する道を開くこと、そういった、地域全体の安定のために日本の防衛力を使うということは、むしろ国家の安全保障について広範な機能を広げるということになり、日本の専守防衛という考え方から全体の安全保障のための防衛力の機能を拡充するという考え方を取り入れ、日本の防衛を考え、その防衛のあり方に基づいて日本の防衛力を再検討するという時期に来ているのではないかと考える次第でございます。

 以上でございます。(拍手)

小此木委員長 ありがとうございました。

 次に、渡邉参考人、お願いいたします。

渡邉参考人 小此木委員長、どうもありがとうございます。

 この席に出席させていただいて、大変感慨深いものがございます。と申しますのは、ちょうど十年前になりますが、通称樋口レポートという防衛問題懇談会の報告書が出ましてからちょうど十年たって、現在、荒木さんを座長とする懇談会の議論が行われているというふうに承知しております。そして、ことしじゅうには新しい大綱が出る。そのための防衛力のあり方検討というのが中谷前防衛庁長官の時代から始まって、現在その最後の詰めに来ているというふうに理解しております。

 私、樋口レポートの作業に関係したという意味で、その後の十年というものを振り返ってみたいというふうに思っております。

 この十年、国際的な出来事も、それから国内における安全保障政策、防衛政策の新しい方向から見ても、いろいろと大事なことがあったと思います。樋口レポートのすぐ後、通称ナイ・レポートというものがアメリカで出まして、七六年の大綱を何年ぶりかで書き直すという大きなことがございました。ここで、大きく言うと、国土防衛という基本的な仕事のほかに、大規模災害とか各種事態への対応というのと、短く言えば国際貢献という、そういう三つの任務が自衛隊にあるだろうというふうにまとめられていると思います。

 三つに分かれるわけですが、私は、便宜上、最初の国土防衛と、大規模災害というのはたまたま起こった神戸地震のようなことを念頭に置いていると思いますが、各種事態というふうにその筋では呼んでいるものがあって、これは、各種事態というのはどこで起こる事態かというのがよくわからないところがありますが、大きく言えば、いわゆる日本の周辺で起こる事柄で、日本自身の安全保障に深くかかわるという問題だと思いますので、この二つをあわせて私は国土防衛というふうにまとめております。そのほかに、いわゆる国際的な貢献というものがある。この二つの問題があると思います。

 これまでの十年の動きをそれと関連づけて言うと、やや強引な分け方かもしれませんが、いわゆる日米の新防衛ガイドライン、それから通称周辺事態法、そして昨年の有事法制というのは、基本的には国土防衛にかかわる問題への対応だと思います。それに対して、もともと九二年でしたかにできた通称PKO法があり、それが九八年に改正されます。それと、それから九・一一後に国会が審議して制定した二つの特別措置法、テロ対策特別措置法それからイラク人道復興支援特別措置法というものは、私の分類で言えば、国際的な安全保障のための対応であるというふうに考えます。ということで、防衛力整備の考え方には二つの流れがあるというのが私の考え方であります。

 この問題は今も引き続いていると思います。いずれか一方だけを重視するのではなくて、制約の中でバランスをとるということが必要だというのがまず第一点でございます。つまり、防衛のための体制と態勢の整備、私は、体制は、主として法律によって表現された政策的な意思である、森本参考人のお言葉で言えば防衛のあり方に関することである、態勢は、その目的を達成するための手段の整備である、これが防衛力の整備であるというふうに言葉を使っておりますが、いずれにしろ、国土防衛のための体制と態勢の整備、それから国際安全保障のための貢献能力を向上するための体制と態勢の整備、この二つに大きくポイントがあるというのが私のまとめ方であります。

 その中での防衛力のあり方検討というのは、そういう名前で呼んでいたかどうかは知りませんが、常に行ってきたことだと思います。ここ十年、樋口レポートそれから新大綱のもとで、それに沿った防衛力のあり方検討とその実施というのはなされてきたと思いますが、特に九・一一後の新しい情勢の中で、もう少し焦点を当てた、そしてもう少し緊急性を帯びたものとして、防衛力のあり方検討というものが防衛庁の内部で行われてきたというふうに私は理解しております。

 そういう広い意味での防衛力のあり方検討というものは、大きな制約条件として、財政的な制約があるし、人口の加齢化といったような制約もあるということでありますので、そういう制約条件の中で行わなきゃならない。ある意味では、新しい必要に応じなきゃいけないという機能の拡大が要求されながら、しかし量的な意味ではかなり厳しい制約のもとにあるというふうに私は理解しております。

 そういう中で、当然、削減、縮小すべきものと、充実、整備するものというふうに分かれると思います。簡単に言えば、対ソ戦を想定した防衛力と戦略というもの、例えば上着陸阻止のための戦車とか火力というものはもう少し縮小してもいいのではないかとか、ソ連の爆撃機に備えた防空能力も見直してもいいのではないかとか、ソ連の海軍による海上補給路の妨害に備えた対潜能力というようなものが今まで重点であったのを、少し考えを変えた方がいいのではないかというのが大きな流れだと思います。一方、新しい、備えなきゃならないものは何かというと、先ほど申しましたような二つの、つまり、国土防衛に深くかかわるような問題、それから国際安全保障のためにいかに貢献するかという、この二つの必要に備えていろいろ新しいことをやっていかなきゃいけないということだと思います。

 ということで、簡単に言えば、対ソ戦略から新しいタイプの脅威に備えた戦略への転換が課題になってきた。ことし制定される予定である新しい新々大綱とそれから今進んでいる防衛力のあり方検討というのは、私の考えではその延長上にあると思います。

 皆さん御承知のとおりと思いますが、昨年の十二月十九日の閣議決定というのがございまして、そこでは「弾道ミサイル防衛システムの整備等について」という題になっておりますが、しかし、内容は必ずしも弾道ミサイルの話じゃなくて、今話題にしているような新しい防衛力のあり方検討というのがどういう考え方で行われているかということがそこには示されていると思います。私の読むところでは、もちろん九・一一後のインパクトで優先順位に微妙な修正があったし、それからその速度、スピードアップというような点があったと思いますが、大きな枠組みとしては、過去十年間に進められてきていたものの延長上にあるというふうに私は理解しております。

 そこで、最後に、その背景にある安全保障環境上の変化というものは何か。当然、二つの焦点があると申し上げたように、国際環境、安全保障環境の変化も、大きく言って二つのタイプのものがあると思います。一つは、簡単に言えば北東アジアの地域情勢であり、二つ目は、中東を中心にしたより広い意味での国際社会全体の中で起こっている事柄という二つの点だと思います。

 時間の制約で、主として第一の点、北東アジアの問題について以下申し上げたいと思いますが、北東アジアの場合、朝鮮半島とそれからもう一つは東シナ海というふうに、二つの点があると思います。朝鮮半島情勢についてはここでるる申し上げることもないと思いますが、核兵器開発疑惑というのが九三年、九四年にあり、テポドンの発射が九八年にあり、能登沖の不審船が九九年にあり、奄美沖不審船が〇一年にあるというふうな流れで来ております。ここではテポドンというふうに書きましたが、それより短い射程のノドンというものも、ごく最近の報道によれば、従来言われていたような千三百キロというのではなくて、千五百キロの能力があると。朝鮮半島を中心にして千五百キロの円をかくと日本列島全体がすっぽり入る、そういうことでございますので、テポドン、テポドンと申しますが、ノドンも含めた問題として考えなきゃいけないと思います。

 一方、東シナ海の方は、中国による台湾総統選挙に対する威嚇的なミサイル発射というのが九六年にございましたが、この台湾情勢というものは、直接日本の安全保障にかかわるかどうか、大変微妙なところでありますが、いずれにしろ、非常に深刻な関心を我々としては持たざるを得ない問題である。何らかの対応が我々に求められる事態である、もしワーストケースが起こった場合ですね。

 しかし、もっと日常的な問題としては、中国の海洋調査船というのが非常に活発に活動している。これは民間の調査船というものもあると同時に、海軍の軍艦がさまざまな調査活動をやっているということであって、この海域における中国の、この海域を軍事的に、または非軍事的な目的も含むかもしれませんが、そういう目的でこの海域を、海底を含めてですね、利用しようとする中国の意図は非常に明確であると思うのですね。この問題をどう考えるか。尖閣列島とか、先日起こった沖ノ鳥島事件といったような問題もその関連の中にあると思います。

 時間がなくなってきましたので、朝鮮半島問題についてだけ、最後に主なポイントだけを述べて終わりたいと思います。

 朝鮮半島の問題は、冷戦の終えん、いわゆるソ連の脅威の消滅というものとの関連度は希薄だと私は思っております。国際的に冷戦が終わったけれどもこの地域では進んでいるという言い方は当たらないと私は思うのであります。正確ではないと思います。ソ連の脅威が消滅したという意味では、その意義、意味はこの地域にも及んでいるわけでありまして、冷戦は終えんしたのでありますが、朝鮮半島の情勢というのはそれと直接関係はない話である。とはいえ、冷戦期にソ連や中国の支援に依存することによって、私に言わせれば非常に不自然な形で北の体制というものが維持されてきたということの決算が今求められていると思います。

 そこで、非常にゆがめられた形になった朝鮮民族の歴史的な発展というものを正道に戻すにはどうしたらいいかということで、朝鮮民族の和解を基礎にした国民国家の建設という非常に大きな、歴史的な課題が未完成で残っている。その過程で、北が暴発することを防ぎながら、しかも将来に禍根を残さない仕方で南北和解の道筋をできるかどうかというのが、今日、国際社会が抱えている課題である。その過程で、北はできるだけ有利な条件を得ようとして、核カードを含めたあらゆる手段を使おうとするであろう、そういう最悪シナリオというものは一応念頭に置いておかなきゃいけない。その場合に、その威嚇効果を減殺するためには信憑性のある対抗能力というものが必要である。ミサイル防衛、不審船やゲリラ活動に対する監視、哨戒能力と、それに裏づけられた外交力の行使というものがかぎになると思います。

 最後、ちょっと、三十秒ほどいただきますと、中国については、台湾問題は差しおいて、東シナ海一般における、あるいは日本近海における先ほど申しました海洋問題に対する中国の関心の増大ということがあるわけであって、そういうことを考えると、対馬、それから奄美大島、沖縄という海域におけるいろいろな警備態勢というものを日本はもう少しまじめに考える必要があるのではないか。特に奄美大島というのは空白になっているということがございます。そういう観点から、あの辺の海域防衛というもの、警戒態勢、監視態勢を強化するという方向が必要であろうと思います。

 より広い中東問題その他については、時間がなくなりましたので、もし後で御質問があれば、それに対するお答えとして述べたいと思います。

 以上であります。(拍手)

小此木委員長 ありがとうございました。

 以上で両参考人の意見の開陳は終わりました。

    ―――――――――――――

小此木委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。

 参考人に対する質疑は、理事会の協議に基づき、まず、各会派を代表する委員が順次質疑を行い、その後、各委員が自由に質疑を行うことといたします。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大前繁雄君。

大前委員 自由民主党の大前繁雄でございます。

 きょうは、お二人の参考人の先生には、大変お忙しい中お運びをいただきまして、貴重なお話をいただき、ありがとうございました。

 早速質問に入らせていただきたいと思いますが、ただいま両先生から、防衛力あるいは防衛のあり方、その見直し、さらには恒久法の検討といった重要問題について御説明がございました。

 私は、昨年十一月の選挙で初めて当選してこの国会にやってまいりましたけれども、この安全保障の委員会に入れていただいた関係で、自由民主党の安全保障関連の部会には欠かさず出席させていただくよう心がけております。

 そういった勉強会の中でしばしば防衛庁の関係者から耳にするフレーズが、現在、世界は第四次大戦に突入しているという、一見大げさな表現でございます。つまり、第一次、第二次両次の大戦の後の冷戦を第三次大戦と規定し、それがソ連の崩壊によって終結した後、今世界的規模でのテロとの戦いが始まっている、それを第四次世界大戦と名づけているわけでございます。

 先ほど両先生からもお話がございました、九・一一テロを契機に第四次大戦が始まったと説明しているわけでございますが、こういった見方についてお二人の参考人はどのように考えておられますか。そしてまた、そういった時代認識の中で、防衛大綱はどのように修正あるいは改廃されるべきなのかといった点について、御意見をお伺いしたいと思います。

森本参考人 戦争というものを国際法の中で、つまり国際政治の中で分類すると、いわゆる大戦というような大規模でほとんどグローバルな、地域としてもグローバルなリーチを持っている規模の戦争、いわゆる一般の言葉で言う大戦というものと、それから、ある特定の範囲と地域に限定した地域紛争あるいは地域的な戦争というものに、戦争を分ける幾つかの分類の中で、種類と規模あるいは範囲という観点に立脚して分類できるとすれば、そういう分類があり得るんだろうと思います。

 この場合、世界大戦というのは、まさに世界じゅうの国が分かれてグローバルな規模で戦争行為が行われ、国際法上に言う戦争ですから、宣戦布告がきちっとあって行われるということであり、例えばある特定の地域に地域紛争が起こる、それは世界大戦とは言わないということだと思うのです。

 そのコンテクストでしばしば九・一一以降に使われるテロ戦争なるものは、グローバルなリーチを持っているという特色はありますけれども、この戦争なるものは従来の伝統的な戦争概念とはいささか趣を異にしており、一つは、特定の戦場がない、宣戦布告がない、主体が国家とは限らない、我々の日常の生活の中に入り込んでいる、つまり日常性を帯びているといった幾つかの特色があると思います。これを一体大戦あるいは戦争と言うかどうかということは、国際法上の概念としてなかなか規定しにくいので、したがって、アメリカがこれを新しい種類の戦争と言い始めて、従来、テロというのは、普通であれば犯罪とみなして司法警察というものが取り扱うべきカテゴリーの問題を、武力を行使して問題解決するという戦争行為の対象として概念し始めている。この概念は、まだ国際法の中では定着していないということだと思います。

 したがって、一般的な言葉で、第四次大戦はまさにテロとの戦いだなどということを雑誌や新聞で述べることは簡単ですが、一体テロ戦争なるものが、そのような単にどこで行われるかわからないという地域的な広がりを持っているというだけで、伝統的な言葉で言う大戦と概念できるかどうかということについては、私はそういった概念はまだ確立していないというふうに思いますので、私は、説明の仕方というか、言葉の定義の仕方がやや不透明で不確実であると思わざるを得ないということでございます。

渡邉参考人 大前委員、御質問どうもありがとうございました。

 時代認識を問題になさっていると思うのですね。ごく簡単に申し上げますと、私はこの問題に触れては、九・一一以後は第二次冷戦だという言い方をしておりまして、何十年か続いた冷戦というものとの対比で考えております。第四次大戦という表現は、正直言って、私、不勉強で、初めてお聞きしたので、ちょっと驚いております。

 大きく言うと、冷戦ということが何十年か続いてきて、終わったよと。どの戦後でも、何か目標がはっきりしなくなって、何だろうなと、あるいは緊張感が緩んで新しい方向が見つからない、そういうあいまいな状況が戦後というものの特徴だと思います。冷戦後も、確かにそうだったと思うのですね。その中で新しい方向を模索するという動きが、日本もやりましたし、アメリカもやる、各国もやるという状態が続いてきたと思うのですね。そのあいまいな戦後というのにピリオドを打ったのが九・一一である。そこで、短いあいまいな冷戦後という戦後を挟んで、その前にあった冷戦とその後にある今の時代、こういうふうに私はとらえているわけであります。

 もちろん文字どおりの意味での冷戦ではないわけで、今の森本先生のお話にもあったように、かつてのようなものとは非常に違ったタイプの問題を抱えているのですが、非常にグローバルな規模で、かつ、持続した緊張を強いられるという意味では、ある意味で第一次冷戦と似たような状況である。目標がはっきりしないという意味では、むしろ忍耐力が必要である。

 そして、かつての冷戦もそうでありますが、今の問題は、非常に総合的なアプローチで、単なる軍事力でなくて、あらゆる物事を動員して、かつ、長期的に構えなきゃいけない、そういう持続力が試されるという点が私は非常に大事であると思っているのですね。下手をすると、これはウン十年続いちゃうかもしれない、三十年続くかもしれない、四十年続くかもしれないという大変しんどい、大変骨の折れる、神経を要する状況だというふうに理解しております。

 ということですから、その点から考えると、いかに、日本の防衛のあり方あるいは防衛力のあり方を考えるときにもその点を考慮しなきゃいけないわけで、長く持ちこたえるということが必要で、かつ、総合的な対応が必要であって、事は自衛隊とか軍事力だけにかかわるわけじゃなくて、オール・ジャパンで取り組まなきゃいけないということを指摘しておきたいと思います。

大前委員 時間がありませんので、次に、北朝鮮問題について一、二お尋ねしたいと思います。

 北東アジアの安全に関して、崩壊の危機をはらんでいる北朝鮮にどのように対処するかという問題は極めて重要であると思います。

 アメリカのブッシュ政権は、イラク戦争前までは、いわゆるソフトランディング、ハードランディング、どちらでも採用可能であり、場合によってはイラクのフセイン政権打倒と同様のハードランディングシナリオの選択も視野に入っていたようでございます。

 ところが、御承知のとおり、フセイン政権打倒後のイラクの治安維持が余りうまくいかずに、テロ勢力との戦いで随分てこずっております。そのために、残念ながらと申しますと語弊がございますけれども、米国のハードランディングシナリオ選択の道が閉ざされて、ソフトランディングでいかざるを得ないという状況になったのではないかと思われるのですが、この点、どのようにお二人の参考人は判断されているのか、お尋ねしたいと思います。

森本参考人 私は、現在のブッシュ政権の対北朝鮮政策は、ソフトランディングでもハードランディングでもないが、北朝鮮に対するアプローチのプライオリティーが少し変化したのではないかと考えます。

 どういう意味かというと、アメリカは、北朝鮮の再統一を望んでいるのか南北が分断している現状維持を望んでいるのかという、もし二つの選択を我々がしないといけないということであれば、明らかに北朝鮮は混乱があっても再統一がいいとは思っていない。つまり、ステータスクオというか、分断されている現状が維持されている方を認知せざるを得ないと思っていると思います。

 その理由は、何といってもアメリカの兵力が足らないといいますか、つまり、九一年に冷戦が終わって十年間、アメリカの基本戦略は封じ込め戦略から地域戦略に変わって、二つの地域紛争を同時に対応できるという態勢をとろうとして、兵力百三十万を維持しながら、ウイン・ウインといいますか、二つの大規模な地域紛争に同時に対応できると口では言いながら、実態はウイン・ホールド・ウインといって、一つの地域紛争にウインする間、一方の地域紛争をホールドするという対応をやって、こちらが勝ったら兵力をシフトして次の地域紛争にウインする。

 つまり、ウイン・ホールド・ウインという考え方を実態としては取り入れ、百三十万の兵力、第二次世界大戦後、最低レベルの兵力で維持してきたわけですが、この百三十万の実態は、陸軍がたった三十万人しかいない。そのうち、ヨーロッパに現在七万、在韓米軍に陸軍でいえば一万七、八千、ハワイその他を入れると、アメリカの本土にいる部隊は二十万そこそこしかいないのですが、今、御承知のとおり、イラクに十三万八千人、うち現役兵力は八万人、ドイツから海兵隊を一個師団、それ以外に在韓米軍を入れて辛うじて八万の兵力を維持している。これでぎりぎりで、もうこれ以上の兵力の余裕は全くないという状態で、ついに困って州兵と予備役を招集して兵力を補充しているという現状で、とても北朝鮮百三十万の陸軍兵力に対して軍事作戦ができるような余裕はない。

 そこで、アメリカが考えているのは、ホールドする、つまり、これ以上北朝鮮が地域の不安定をもたらすようなことをしないように最低限の抑えをするということですが、それでは、それはソフトランディングかというとそうではなく、アメリカとしてどうしても軍事介入しなければならない最低レベルの基準をアメリカはきちっと示している。それは、北朝鮮が持っている核兵器が他の国に移転する、つまり、テロに売り渡すということがあったら、これはいかなる障害があっても北朝鮮に体制の変換を求める軍事的圧力をかける。この一線においてはアメリカはきちっと方針を、これは民主党であれ共和党であれ、この一線を守っているんだろうと思います。

 ということは、すぐハードランディングをしようとしているのでもなくソフトランディングでもなく、とにかく、国際社会の中で外交的圧力によって核を放棄できる方法があれば一番よいという、外交圧力によって問題解決をするが、リクワイアメントがきちっとあって、この一線を越えたらデッドラインになるぞということで、イエローカードをどんどんと積み重ねさせて、いずれの日にか国連安保理決議を通して北朝鮮に圧力を迫る、そういうアプローチをとろうとしているのではないかと思います。

 したがって、御質問でもありますけれども、ソフトランディングとは必ずしも言えないが、ハードランディングとは断定できないという政策をアメリカはとっているのではないかというふうに考えます。

渡邉参考人 私、先ほどの冒頭の陳述にもある程度触れましたので、それと重なる点は省きます。

 私の考えでは、北の体制は、要するにレジームの、体制の生き残りのための取引の材料として核その他を使っているというふうに思います。それによって何が欲しいかというと、アメリカからのいわゆる安全、レジームに対する安全の保障ということを何らかの紙の形で欲しい、それから日本から経済支援が欲しい、これが欲しいものである。その欲しいものを獲得するためにできるだけ持っているカードを有効に使いたいということだろうと思います。

 一見、アメリカのイラク政策と朝鮮政策が、皮肉な見方をすれば、イラクの方は、大量破壊兵器を持っているか持っていないかよくわからないのにあれだけ厳しい態度をとる、こちらは、北が持っている、持っていると言っているのに、持っていないんじゃないのと言いながらいろいろ平和的解決をしようとしている、おかしいじゃないかということになるのですが、その持っている意味が私は違うと思うのですね。

 北は、今言ったようにそういう取引、レジームの生存のためのカードとして使おうとしているということで、直接それがアメリカの安全を脅かすというふうに考えるのではなくて、あるとすれば、大量破壊兵器の拡散、現にパキスタンとかなんとかいうふうな話が出てきたりしていますね、リビアとか。そういう形で、北がそれを使って大量破壊兵器の拡散の一つの源泉になるということがアメリカにとっての最大の関心であろうと思うのですね。

 それに対して我々は、もちろんそれもさることながら、先ほども申しましたように、ノドン、テポドンとかミサイルがあるわけで、核であれ非核であれ、とにかくその脅威にさらされている点が違ってくるわけであります。

 ということで、これを先ほど申しましたように、どうやって暴発しないような形で丸くおさめていくかということは、そう易しいことではないのですが、今のところ中国の役割というものを期待して、アメリカは中国を使ってというか、物事をおさめていこうとしているわけであって、これがうまくいけば、北東アジアに今まで欠けていたある地域的な安全保障のための枠組みをつくっていく契機には私はなるだろうと思うのですね。日本もそのことを視野に置いた上で、六者協議後、その展望を持って今から用意すべきだろうと思います。

大前委員 ありがとうございました。終わります。

小此木委員長 次に、佐藤公治君。

佐藤(公)委員 民主党佐藤公治でございます。

 きょうはお忙しい中、このようなお時間をいただきましたことに感謝を申し上げます。森本参考人の先ほどのお話の中で、何点かお聞きいたしたいと思います。

 聞きたいことはたくさんあるのですけれども、絞り込んで聞かせていただきたいと思いますが、森本参考人がお話しされた中で、領域外における防衛活動の基準として国益概念を取り入れるとともに活動根拠として安保条約、国連安保理決議以外の根拠を見出す、こういうようなお話がございました。これをもう少し具体的な形で説明を願えればありがたい。

 というのは、私が森本参考人のいろいろな御発言または著書等を見させていただく中、憲法との整合性の問題、もしくはやはり国民の合意形成というものが必要、そういう中での、どこで歯どめをかけていくのか、またはこういうことまで本当に必要なのかどうか、そんな疑問もいろいろと出てくるところがございます。この安保条約とか安保理決議以外の根拠を見出す、ここら辺を具体的に、その手続、手順も含めて、簡単に補足説明を願えればありがたいと思います。

森本参考人 私がまさにお話ししたいことを御質問いただいたので、大変ありがたい、お礼申し上げます。

 問題は二つあって、一つは、まず、日本の領域外における防衛の活動と役割にどのような歯どめをかけるかという問題です。

 私は、この歯どめは地理的概念を導入すべきでないという考えです。ある国の防衛力というか軍事力が、どこからどこまで活動し、どこからどこは活動してはいけないという歯どめをかけている国が世界の中にあるかというと、答えはノーだと思います。歴史的に見てもないと思います。ある国の軍隊が、どこからどこまでは行くが、どこからどこまでは行かないなんということを決めている、法的に決めているとか政策として決めているなどということが現実政治の中で一体あるのかというと、それはないと私は思います。それはかけるべきでない。

 それでは、世界じゅうどこにでも一体行くのかという問題について、私の答えは、だから、どこにどのような活動をどの程度するかということはまさに国益に立脚して判断すべきである、すなわち、判断基準は国益であるべきであると思います。アイルランドやアイスランドまで行くことが国益なのかどうかということは、まさに我が国が独自に判断すべき問題であって、仮にごく近くの地域や国であっても国益に合致しないのであれば出るべきでないので、地域で歯どめをかけるというのは、それはおかしな話。

 なぜ歯どめをかけるか、歯どめを議論するかというと、私は、やはりその背後に二つ、それが、歯どめをかけるということによって、まさに国民に説得しやすい、自衛力の海外活動はこれだけにとどめますということを国内に説得しやすいからだと思っている考え方が一つあるということと、歯どめがないとどこに行くかわからないという日本人の日本人自身に対する自信のなさ、過去の歴史の禍根に対する我々の自信のなさというのがあらわれているのだろうと思います。

 我々は、自分たちがつくった政府、自分たちがマネージしている立法府が判断する決断というものを我々は信じて民主主義下における軍事活動をやるべきなのであって、それを、そういうことをやると歯どめなくどこまでも行って、宇宙まで行きそうだという議論は、それは我々がみずからを否定するようなものであり、かかる歯どめを自衛力の海外活動に設けるべきではないと思います。

 さて、その場合、それでは一体国益とは何かということについて、私は、総理がイラクに自衛隊を送るときの御説明では必ずしも十分でない。今のまま放置すると、国益という言葉が抽象的な概念として走り回ってひとり歩きする、これはむしろ危険であるとさえ思います。

 アメリカには、御承知のとおり、ザ・コミッション・USナショナルインタレスト、アメリカの国益委員会という超党派の委員会があり、常にレポートが議会に出されて、アメリカの国益がどういうものであるかということを四つに分類されている。クリティカル、それからベリーインポータント、それからインポータント、レスインポータントというふうにして、極めて重要な国益は一体何かということを個別具体的にみんなで審議して、結論がきちっと文書で説明されている。

 私は、立法府の中に国益委員会というのがきちっとできて、何か事態が起きたときに、どこまでどのような活動をするのが我が国の国益に合致するかということを最終的に立法府が政府に提言するという機能を果たすことによって、自衛隊の活動の歯どめを事実上かける。それは地域ではなく、まさに日本の国益に合致する範囲と内容を立法府がみずから基準を示すという活動があるべきなのではないかと思っていますので、したがって、国益委員会をぜひとも設置していただきたいと申し上げている、それが第一です。

 二番目は、海外における自衛隊の活動の根拠は何かというと、日本の領域の中は、国内法並びに日米安保条約によって領域内における諸活動が法律と条約で規定されている。領域の外については、安保条約第六条の「極東」の範囲の中は一応安保条約に基づく日米協力ができるということになり、それがより具体的にされたのが周辺事態法に基づく活動ということだと思います。周辺事態と安保条約に言う「極東」とは必ずしも一致はしていませんけれども、多くがオーバーラップしているということであり、アジア太平洋を超えたとんでもないところが周辺事態とも概念されないし、安保条約第六条に言う「極東」とも概念されていないことは御承知のとおりであります。

 だから、全く一致はしていませんが、おおむね、概念としては、安保条約第六条に言う範囲の中に周辺事態というものの概念があって、その中で日米協力が行われる。問題はその外であります。

 その外の活動は、まさに新しい分野における日米協力、新しい分野における国際協力で、今やっているのはテロ特措法に基づく日本の活動、それからイラク特別措置法に言う活動、これは国際協力であり、日米協力であり、安保条約の範囲の中では概念されない、したがって、新しい法律をつくって活動を根拠づけたということであります。すると、一体我々が海外で活動する根拠とは何かというと、安保条約そして安保理決議、それだけで果たして済むのかという問題について、私は、それでは済まない、もう一つのカテゴリーがあるのではないかということをここで指摘しているわけです。

 それはどういうものかというと、まさに先ほど申し上げたように、我が国の国益に合致し、安保理決議が必ずしもないが、安保条約の範囲の中でもないが、どうしても協力しなければならないような活動というのがあるのか。それはなかなか例を挙げにくいのですが、例えば二つ例を挙げるとすれば、一つはPSIのような、つまり価値観を共有する国々が、安保理決議なしに、共同活動をして大量破壊兵器の移転を阻止しようとする活動を将来やらなければならないときに、そのような活動は安保条約でも読めないが、国連安保理決議もないという活動に参加する必要がどうしても出てくる。もう一つは、アジア太平洋において、例えば海賊に対処するために共同作戦をしないといけない、事実上、哨戒活動も臨検もしないといけない、しかし、中国の反対もあって安保理決議は通らない、安保条約の範囲の中ではない、日本は参加しない、それで一体アジア太平洋の平和と安全に日本が貢献していると言えるのか、それはそうならないだろう。

 したがって、つまり、安保条約と国連安保理決議だけで歯どめをつくってしまうと、我が国の重要な国益を遂行するために、もう一つのカテゴリーというのがどうしても必要なことになる、それがここで述べている趣旨でございます。

 以上でございます。

佐藤(公)委員 そこで、やはりこれは賛否が分かれるところであり、またいろいろな定義、概念、そういうものによって分かれていくことだと思うのですけれども、渡邉参考人にお尋ねしたいのですが、よろしいですか。

 そこで、やはりイラク問題等々で、今までの議論の中で、日米同盟優先か国連か、二つの選択というようなことが議論としてよく今までの国会もしくはマスコミ等の話でもあったかと思いますけれども、私が思うことは、まさにこれは皆さんも同じように思っていると思うのですが、両者ともに日本外交のやはり二本柱としてとても大事なことだと思います。しかし、あたかもどちらか一方を選択するかのごとき状況に見えたのは、またはそうなったのはなぜなのか。それをまたきちっと整理をしていかないと、私は、どっちをとるというのじゃなくて、両方とも大事なことであり、また、それは日本として外交、また世界の中で日本がどういったスタンスをとっていくのか、こういう部分においてはバランスの問題だと思っております。

 なぜこんな議論になってしまったのか、また、どう整理し、両方を、やはり同じ大事さの中で、きちっとそれを認識し話し合っていくのか、これを渡邉参考人にお聞きしたいのと、最後にもう一点、森本参考人にお聞きしたいことがございまして、北朝鮮に総理が行く前に森本参考人は会われたようなお話もちょっと聞くのですけれども、本音を言ったら、小泉総理、国のあるべき姿とか、北朝鮮との問題とか外交に関して本当に理念とか考えがあるのかどうか、僕らは全くわからないのですよ。あるのかないのか、それだけ教えてください。

 この二点、お願いします。

渡邉参考人 もう時間がないようなので、ごく簡単にお答えいたします。非常に大きな問題なので、短く答えるということは、決して問題が小さいという意味ではないということをあらかじめ。

 佐藤委員のおっしゃったことに、基本的に私は同じ線で考えております。少し前ですけれども、USかUNかという問題のたたき方をする議論があって、どちらでもないだろうというふうに私などは答えてきたわけです。そこで、おっしゃるとおり、短く言っておきますが、日米同盟とそれから国連というのは両方大事だということは、結論的にはそのとおりだ。

 ただ、問題は、御承知のように、今、特にイラク戦争に関連して、再び、抽象的、理論的に言うと、USとUNとは両方、どっちかじゃないよと言いながら、具体的な問題としては、かなり難しい選択に立たされる国が多かったわけですね。

 ということで、それはなぜそうなるのか。なぜそうなるのかというのは大問題でありますが、まず、国連そのものが機能不全に陥っているという非常に大きな問題があると思うのですね。御承知のように、国家間の関係をどう律するかという前提でできていた国連なのですが、現実に対応しなきゃいけないのは、新しい戦争というような事態でありテロリストであり云々と、非国家主体であると。そういう脅威に対して、どういう手続でどう対応するのかということについて、国連はまだ十分対応できていないということがあるのですね。したがって、アメリカが、国連絶対主義者からすると、国連の枠の外に出てやっているのではないかということで、国連とアメリカとが亀裂が生じる、こういう事態になっていると思うのですね。

 私は、必ずしもアメリカのやり方全体を納得しているわけではないのですが、いろいろな点で批判があるのですが、しかし、なぜそうなるのかということは、やはり国連そのものが今の新しい状況に対してうまく対応できるようになっていないということが基本的な原因である。

 したがって、今、コフィ・アナンさんのイニシアチブで、国連のあり方について、日本からは緒方さんなどが出て、アメリカのブレント・スコウクロフトさんなんかが出てやっている。その報告書がどの程度その問題の本質をついた国連改革論を出してくるかという問題になるのではないか。

 これはまだ序論的な話で終わりですけれども、時間がないので、とりあえずそれだけにさせていただきます。

小此木委員長 森本参考人、恐縮ですが、質疑時間が終了しておりますので、簡潔によろしくお願いいたします。(佐藤(公)委員「イエスかノーかだけで結構です」と呼ぶ)

森本参考人 一言。外交の理念というのは何であるかということの定義は私にはきちっとわかりませんが、総理に日朝間で話し合うべき問題を主として私の方からいろいろ御説明申し上げている間に私が感じた点は、日米同盟が盤石で極めて緊密であるということが日朝関係を、つまり、日本から見て北朝鮮を動かす極めて重要な外交上のてこであるということについて、総理は非常に深い確信を持っておられたこと、それから、拉致問題、比較の問題じゃないのですけれども、拉致問題よりもはるかに国家の安全保障の方が、今の当面する日朝関係を、二回目の日朝首脳会談を取り仕切るときに、重要なテーマであり、問題意識であるということについても極めて明確な確信を持っておられるということ、僕は、この二つについて総理はきちっと心得ておられると感じました。総理は、一国の総理大臣ですから、これでよいと思います、外交の理念というのがあれば。

 ただ、何か私の極めて単純な発想でいえば、人間にはいろんなタイプがあって、粘着的なタイプの人もあるし、それから自分の意見を、私なんかはそういうタイプなのですが、私見をわあっと言って、それで相手と合わなかったら合わないという、そのままというタイプとあり、どちらかというと、総理は後者の方の外交をやるタイプ。これは理念の問題ではなくて、外交のやり方の問題だと思うのです。まさにそれは党首討論をごらんになるとおわかりのとおり。そういうアプローチでずっと会談が行われ、双方がピストルを撃ち合って、合意が必ずしもできないという、これは理念の問題ではなく、外交のやり方の問題ということなのではないかという印象を受けたわけでございます。

 以上でございます。

佐藤(公)委員 どうもありがとうございました。

 でも、その方法論は、やはり理念があって方法論があるべきだと思いますし、では、北朝鮮がこのまま崩壊した、その後、日本としての覚悟をどうするのか、何を考えるのか、僕たちに何にも見えない状態の中で、今森本参考人のお話を聞きましたけれども、森本参考人には、前の方がかなりいろいろと歯切れがよく言われていたのに、最近ちょっと奥歯に物が挟まっているような、そんな気がいたしますので、これからもよろしくお願いいたします。

 以上です。

小此木委員長 次に、遠藤乙彦君。

遠藤(乙)委員 公明党の遠藤乙彦でございます。

 森本先生、渡邉先生、大変お忙しい中ありがとうございます。いつものごとく大変明快な見解を表明いただき、大変参考になり、感謝をいたしております。

 私からは、若干大きなテーマになると思いますが、今も出たUSかUNかという点にも関連して、ちょっと両先生にお聞きしたいと思っております。それは、今の大きな安全保障の転機において、日米同盟のつき合い方をどうするか、そういうテーマでございます。

 この連休中、私は五月に訪米する機会がありまして、安全保障の関係者多数、また、いろんな軍需産業等の視察も含めて見てまいりまして、非常にいろんな意味で印象が強かったのですけれども、アメリカの一つ非常に強い印象、すばらしいというかすごいなと思ったのは、アメリカの軍事技術の急速な進展あるいはトランスフォーメーションですね。特に、情報通信技術の急速な進展を取り込んだミサイル防衛のシステムの開発、あるいはまた情報面で統合された戦場空間という発想ですかね、高度な情報通信の発達を背景に、統合運用を極限まで推し進める、そういうことに非常に感銘を受け、これは日本も十分取り入れなきゃならないなというふうに思った点が一つ。

 その反面、非常に危惧する点は、アメリカのやはりユニラテラリズムといいますか、これによって、アメリカが国際的なさまざまな行動において政治的な正当性をつくり上げるのに、極めてこれは稚拙といいますか、失敗してきているということに非常に強い危惧を持った次第です。特に、イラクの問題を例にとってみると、これを成功させるには、国際社会対テロリストという構図をつくって、国際的、国内的に正当性をアピールしなきゃならないのに、いつの間にか、占領軍対イラク住民、あるいはアメリカ対イスラムといった図式をつくられてしまって、結局、政治的には極めて厳しい状況に追い込まれている。端的に言うと、軍事的には勝利しても政治的には失敗するリスクが高いという路線を今進んでいるように思います。

 そういった中で、日本がどうやって日米同盟につき合っていくかというのは非常に大きなテーマであるかと思っております。

 特に、アメリカのユニラテラリズム、それからまたそれに関連して、インテリジェンスが余り機能していないということもアメリカの人が言っていました。ユニラテラリズムの結果、バイアスがかかって、やはり都合のいい情報しか上がってこないのじゃないか、あるいはまた、軍事的に勝利した後、どういう構想を持ってかかるかということを何も持たないでやっている、こういった状況だと思っていまして、そういうことが国際的な正当性をつくる上において失敗している。

 こういう中で、日本がどういうふうにかかわるかというのは大問題であって、余りにもアメリカにかかわり過ぎれば、日本も大変大きな政治的リスクを負うことになるわけでございます。

 そういった中で、シナリオで考えると、今後もやはり相変わらずアメリカの要求に一つ一つ嫌々ながら乗っていくのかというケース、あるいはまた、日本国民の反発が高まることになってアメリカと距離を置いていくのかというシナリオ、第三に、むしろ本当の意味で日本が日米同盟のパートナーとしてアメリカの弱点をカバーするような形、あるいは、さまざまに積極的な、能動的なかかわりをして、場合によっては軌道修正をして、本当の意味で世界のための日米同盟をつくっていく、こんなシナリオがあるかと思っておりますけれども、今のような視点から、今後の日米同盟にどうつき合っていくかという点につきまして、両先生の御見解をお聞きしたいと思います。

渡邉参考人 これまた大きなテーマでありますが、とりあえず二点申し上げます。

 一つは、軍事技術の進展という点で非常に印象的であったとおっしゃったわけですが、一般的に言うと、軍事はアメリカが断トツで、NATO同盟の中でもヨーロッパ諸国との間のギャップが非常に大きくなってきているという大きな問題がございまして、日米間もそうだと思います。

 そうはいうのですが、一方では、アメリカは、今の、軍事力のトランスフォーメーションとか軍事革命とかいろいろな言い方をしておりますが、そういうことを進めるに当たって、できるだけ効率のよいやり方で軍事力の近代化をしていこうという考え方があるので、その場合に、同盟国との協力関係ということを軍事技術の面でも進めていこうという一つの方向があると思うのです。これは日本の武器輸出三原則等々ということにひっかかってくるわけですけれども、日本としても、もう少し広く、これは単にアメリカだけではないと思うのですが、広くそういう点での従来の縛りというものを考え直していく必要があるのじゃないか。これは、日米関係にも関係する。軍事技術の面での協力というのは、実は、アメリカが軍事技術で断トツだからもう置いていかれるというだけではなくて、その面での協力という一つの大事な分野があるというふうに私は思います。

 もう一つ、正当性の話ですが、これまた大変大きな問題で、国際社会対テロという図式にならなければいけないのではないかという遠藤委員の御指摘に、私も前々からそう考えております。

 外交を国会で外務大臣が演説をなさいますが、かつての中曽根内閣の安倍外務大臣があの有名なウィリアムズバーグ・サミットのすぐ後の国会の演説で使われた言葉と、去年、おととし、今の外務大臣がお話しになった外交演説の中のキーワードというのを調べてみると、極めて対照的なのですね。川口外務大臣の演説の中では、何回か忘れちゃったですね、十九回か二十回か出てくる言葉は国際社会という言葉なのです。国際社会、国際社会、国際社会、国際社会、国際社会という言葉が、あの外交演説、何分ぐらいですかね、二十分か三十分の演説の中に出てくる。安倍外務大臣のときには、同盟です。あるいはそれに関した、つまり東西とか西側とか、そういう言葉なのですね。

 というふうに、明らかに、これはさっきの、同盟かどうかという話なのですが、今の日本の、少なくとも外務省での物の言い方になると、国際社会というのが日本の行動を判断する一番基本的な基準になっているということがよくわかるのですね。ところが、その国際社会が、かつての西側同盟というものがその国際社会の中核にいるはずだという前提なのですが、その中で亀裂が起こってしまうとさてどうなるだろう、これは大変難しい問題だろうと思うのですね。

 そこで、格好よく言えば、日本やイギリスのように、アメリカとの同盟の中にあって、アメリカが過激なまでにユニラテラルに走るのを抑える役をする、ドイツやフランスは外側からやるんだ、こういう分業関係だという、格好よく言えばそうなのですが、そういうふうにうまくいくかどうかという問題があるのです。

 いずれにしろ、日本の立場から見ると、国際社会というものが単なる名目ではなくて、実態として国際社会がここにあるというふうに持っていかなきゃいけない。そのためには、やはり何といっても、かつての冷戦下における西側同盟というものが崩れてはだめだというふうに思うので、そこに日本の外交のポイントを置くべきではないかというふうに思います。

森本参考人 この問題が非常に深刻で重大な問題であるということについては渡邉先生と同じですが、私は、今の遠藤先生の問題提起について、二つだけ申し上げたいと思います。

 一つは、アメリカという国が、現在、あらゆる分野においてぬきんでた、特にハードの面で卓越した能力を持つに至って、同盟国がほとんどついていけない状態で、我々は防衛協力とか同盟協力とかと簡単に言いますけれども、その実態はもはやアメリカにとって負担でしかないような状態が起こりつつある。特にNATO諸国は、冷戦末期に防衛力をどんどん減らしたために、アメリカの兵器システムにはほとんど追随できない状態になって、米欧の同盟関係も非常にぎくしゃくした問題が起きていて、コソボ作戦でも、結局、アメリカの戦闘機にほとんどNATOの国々の戦闘機が共同作戦すらできないという状態になって、おんぶにだっこで、ついにアメリカ空軍は困って、もうアメリカ空軍だけでやるからほかはついてくるなという状態が起きたわけです。

 かように、実際にはぬきんでた能力を持ってしまっていて、その中で、日米同盟あるいは日米防衛協力をより円滑なものにし、内容あるいは機能を充実させるために日本がこれから考えるべきことは、日米間の役割分担をもう一度見直すということだと思います。日本がアメリカのミニ版といいますか、ミニチュアの能力を持って、一緒に、対等な、イコールパートナーシップとして、アジア太平洋のための、あるいは日本の安全のために役割を果たすという考え方はもう余りとらない方がよい。つまり、アメリカという国が果たし得ない機能、どちらかというと、アメリカが余り役割を果たしたくない機能を日本が拡充して、トータルで満になるというか、彼らが持っていない機能を日本が補って、日米が合計すると満足する形になるといった役割分担の道を模索するということがよいわけで、そういう意味で、日本の協力なくしてはとてもアジア太平洋の安定が維持できないような、不可欠な存在になるような防衛協力の道を日本は模索する必要があるのではないか。それが第一です。

 第二は、アメリカという国がこのようなぬきんでた能力を持ってしまったために、だけではないのですが、アメリカがそこに価値観という新しい形の冷戦後のイデオロギーを持ち込んでしまったために、アメリカが思わぬ結果となって、民族あるいは宗教的な反感感情を世界じゅうにまき散らしているという現象が起き、そのことにアメリカの一般の国民は余り気がついていないのですね。末端のところはかなり気がついているのかもしれませんが、気がついていない。そのことに非常に危険を覚えるわけであります。

 きょうの朝、ここに来る前一時間にわたって、イラクに派遣された第一次の番匠群長と話をしてきたのですが、彼が非常におもしろいことを言ったのは、例えば自衛隊の部隊がサマワの市内を走るときに、米軍とかイギリス軍というのは、一般の人とか車とかあるいは家畜だとかといっても、それを全部まき散らして真ん中を、とにかく制止を聞かずにだっと通り抜ける。日本の自衛隊は、一たんとまって彼らが通るまでじっと待って、にこにこ手を振って、通るまで待って、それで、通るときでも番匠君が、済みません、済みません通してください、済みませんと言って、こうやって通る。この差が大きいんだという話を盛んにしていました。

 まさにそういうアメリカ的、まあイギリス人もイラクの中では相当嫌われているのですが、こういった、非常にユニラテラリズムというのは、実際に彼らがイラク人というものを民族的にどう考えているかということが、実際の占領統治、あるいはオペレーションに直接見えるような形で出てしまう。こういった地域戦争、地域作戦をやっている限り、アメリカのユニラテラリズムが途上国に受け入れられるはずがないと私は思います。

 かつて、GHQが日本を占領統治したときに、多くの知識人が「菊と刀」を基本テキストとして日本を統治したのとは全然違う。いわゆるイラクの民族的、宗教的特性を余り考えず、軍事作戦の作戦目的だけを優先させてやっているイラク戦争の結果というものがこのような状態になりつつあり、きょうは笑って過ごしたのだけれども、自衛隊が頼んでいる警備、オランダ軍がもし引くことになったら、絶対に避けるのは米軍に守ってもらうということだなという話で、そうです、米軍に守ってもらうことだけは何としても防ぎましょう、そう言って別れたのです。

 つまり、米軍というもののクレディビリティーとか信頼感がここまで一年間で地に落ちたということ自身が、アメリカのユニラテラリズムの欠陥、彼らがどれだけ気がついているかは別として、この欠陥を示しているのではないかと思います。そういう意味で、アメリカの歴史観とか価値観というものがこういう形で各地に広がっていくということは、我々として、同盟国として懸念を持たざるを得ないということなのではないかと思います。

 以上でございます。

遠藤(乙)委員 大変貴重な御意見、ありがとうございました。

 もう時間が終了しましたので、一言だけ申し上げますと、今お話があったように、やはり日本型の国際平和協力の可能性がむしろあるのではないか。例えば今のお話、ちょっと抽象的に言えば文明間対話を重視するような平和協力であるし、また、PKOやODAをうまく統合した形の日本型国際協力は十分にあり得る、そういうところは比較優位を発揮して米国の弱点をカバーし、また本当の意味でグローバルな協力ができるような安全保障協力はあり得るという思いが私はありまして、ぜひともそういった方向を今後日本としても探求すべきではないかということを申し上げまして、また両先生に御礼を申し上げます。ありがとうございました。

小此木委員長 次に、御法川信英君。

御法川委員 改革の御法川でございます。

 きょうは、両参考人、本当にありがとうございました。

 最初に、森本先生の方にお伺いしたいと思いますけれども、先ほどの佐藤委員の質問にも若干絡んでくる話かもしれませんが、レジュメの方では領域外の防衛活動の基準として新しいものをというような話がありました。

 そこで、きょうの話に入っていないのですが、一つ、人間の安全保障という考え方がここ何年かのうちに大きく出てきた部分があって、例えば国連であるとか、日本では緒方貞子さんなんかがこれを提唱しているわけですけれども、安全保障という言葉そのものがいろいろな意味で、予防外交ですとか、そういうものも含めた総合的なものに変わりつつあるというか、そういう見方をする人もいらっしゃるということで、そういう部分に対して、森本先生はどういう御所見を持っているのかなというのをまずお伺いしたいと思います。

森本参考人 人間の安全保障というのは、安全保障というのは本来、ヨーロッパで近世、国家を主体にして発達した概念ですが、これが、国家が上位にも広がり下位にも広がり、下位に広がる一番末端はまさに個々の人間の安全保障、まさに人間の安全保障ということで、主体は個人。

 個人の安全を維持するために、どのように、例えば、広い意味では、暴漢に襲われるようなことにならないように、あるいは個人の秘密あるいは個人の情報管理、家庭の中での自分の安全あるいは健康管理、あるいは、個人の問題ですから、例えば地雷に遭わない、テロに遭わない、そういった暴力行為にも遭わないように、いろいろな、個々の個人の身を守るために必要な広範な活動を安全保障という概念でとらえて最近議論し、このことは冷戦後に特に重要な概念でもありますので、紛争予防と並んで、コンセプトづくりをやりながら、日本は、国連で緒方さんがまさに活躍しておられるように、人間の安全保障の諮問委員会なるものを設置し、国際社会の中でこれを広めようとしておられるわけであります。

 ただ、国家の安全保障政策を考えるときに、この人間の安全保障というのは、どちらかというと、非軍事的な活動の概念でありますので、外交活動によって行うということが多く、日本の防衛力によって人間の安全保障ができる分野は割合限られていて、例えば地雷の撤去だとか小火器の管理だとか特定兵器の軍縮だとかという分野は多少ございますが、多くは外交活動によって個々個人の安全を維持するためにどのような国際的役割を果たすかという概念として発達していますので、我が国が果たすべき活動も、どちらかというと、ODAあるいはNPO、NGOを含む広範な非軍事的な外交活動の一環として人間の安全保障をとらえているというふうに考えております。

御法川委員 ありがとうございました。

 次に、渡邉参考人の方にお伺いいたしたいと思いますが、日本の情報収集能力ということに関して一つお伺いしたいと思います。

 今、特に九八年のテポドンの後、情報収集衛星という名前で実際は軍事的な利用も多分されるであろう衛星の問題、あるいは、一般的な諜報活動とかそういうものというのは、実は国防に対して非常に大きな部分を持っていると思いますけれども、その点について御所見というか御意見があればお聞かせいただきたいと思います。

渡邉参考人 正直に告白いたしますが、現在の日本の政府全体としてどういう情報能力、分析能力がどの程度のものであるかということを科学的に分析し判断するだけの材料を私は持っておらないのであります。

 ということで、正確に何がどの程度行われているのかということについてしっかりした知識もないままに、いろいろな無責任な発言をしない方がよろしいと思うのですが、一般に言われている問題としては、その点が極めて大きな課題として抱えているということは、これは先ほど冒頭に申し上げました十年前の樋口レポートでも、情報面の努力が必要であるということを非常に力点を置いて述べております。

 その後、防衛庁の中では情報本部というものができるとか、内閣レベルでも何がしのものがあるとかというようなことは聞きますが、先ほど申しましたように、これは、どういう情報能力がどの程度あるかということ自体が余り明らかにしない方がいいという面があることは確かなのですけれども、そういうことで私としてももう少し的確なことを知りたいと思っていますが、一般的な印象に基づいて言うと、その点が極めて重要であるにもかかわらず十分な手当てができていないという判断は多分間違っていないだろうと。

 それは、情報収集の能力とともに、情報の分析能力というのがやはり決定的に大事なのですね。そうすると、やはりそういうところに各優秀な人間を育てていくというのは、我々また大学教育に関係している者の一つの大きな任務なのですけれども、そういう人を有効に使えるような仕組みを政府の側でもぜひつくっていただきたいというふうに思っております。

御法川委員 最後に、お二人に一言ずつお願いしたいのですけれども、多分、将来的にアジアの域内での集団安全保障という可能性ができてきた場合に、日本がどういう態度をとるべきだというお考えをお持ちでしょうか。

森本参考人 この問題については、私は三つあるんだろうと思うのです。

 一つは、アジアという国は極めて多様ですので、考え得る将来、この地域で集団安全保障機構ができる可能性、蓋然性は極めて低いと思わざるを得ないと思います。ということは、この地域で何かしらの問題が起きた場合、日本の政策に立ち返って言えば、これはアメリカとの同盟関係によって処理をするということしかなく、日本の防衛力と日米安保体制で問題を解決する以外に有効な手段はない、集団安全保障体制に期待するということは無理である、これが第一です。

 仮に、そこに至る集団安全保障的な協力、枠組みができ、協力が進むという場合、機構まではいかないにせよ、実態的な協力が進む、例を先ほど申し上げたように、例えば域内における海洋の安定を維持するために、各国の海軍が出て海洋の安定を維持するための哨戒活動だとか臨検だとかといった諸活動をやることによって、これは集団安全保障機構ではありませんけれども、集団安全保障的な協力が実態として進む場合に、日本の取り組みの一番大きな問題は、集団的自衛権というものに制約がある限り日本だけが参加できないという問題をどのように我々として処理するのかという問題であります。

 すなわち、アジア太平洋の平和と安定のためにいろいろな外交努力をやりながら、最後の土壇場になって、実態としてこの協力に参加し一緒に軍事活動をするということが日本だけは許されない、こういう問題に日本は直面するということなのではないかと思います。これが非常に大きな悩みであります。

 それから最後に、もし仮にそういうものができるとした場合の一番の大きな問題は、当然のことながら、中国との関係をどうするかということであり、この問題を解決せずにアジア太平洋における集団安全保障機構はあり得ないことだろうと思います。ということは、結局、日本とアメリカの同盟関係と中国との関係をどのように考えるかというマトリックスでこの問題が処理されるということになるのではないかと思います。

 以上でございます。

渡邉参考人 二点ほど申し上げます。

 第一は、アジア太平洋という非常に広い範囲の中では、現在ARFというものがあって物事が進んでおりますが、ここに中谷前防衛庁長官がいらっしゃるので、中谷委員からお話を聞いた方が確実だと思うのですが、そういうARFを中心にしたさまざまな安全保障の協議の枠の中で、やや乱暴な言い方をすると、要するに、外交面とそれから防衛、軍事面というものの二つの車輪がうまくかみ合わないとこういうことはいかないのですけれども、いろいろな理由で防衛の専門家の関与が十分でないというのが今までだったと思います。

 ということで、国防大臣級の協議が定期的に行われるような方向に持っていくというのが大事じゃないでしょうか。通称シャングリラと言っているように、シンガポールでしたか、イギリスのIISSあたりが音頭をとっていろいろやったりするというような会議があるのですけれども、この辺で日本がやはりもう少し音頭をとってそういう方向に持っていくというのがまず第一歩ではなかろうか。

 第二に、北東アジアにフォーカスを当てるということで、これは先ほど申しましたように、私は朝鮮半島をめぐる危機というのは、危機というのは常に好機と隣り合わせなのであって、この危機をどういうふうに解決するかということが一つの突破口になって、北東アジア、朝鮮半島に焦点を置いた関係諸国の、つまり六カ国ですね、今の枠組みで言うと。将来、南北が一つになれば一つで五カ国になるわけですけれども。統一朝鮮とそれを囲む四カ国というものが北東アジアの安全保障の機構をつくっていくという展望に立って考えていくべきではないだろうかというふうに思っております。

御法川委員 時間ですので、最後に簡単にですけれども、森本参考人の方に。

 例えば、先ほど挙げられました例の海洋の関係の集団的な枠組みが、機構としてではなく、できた場合に、それでは日本は、例えばそういうケースがあった場合に、森本参考人としてはどういう対応をとるべきだとお考えでしょうか。

小此木委員長 森本参考人、簡潔にお願いします。

森本参考人 結論は、我が国はそういう地域の安定のために積極的な役割を果たすべきであり、そのような活動に参加しないのであれば、そもそも今までアジア太平洋の平和と安定のために我が国が果たしてきた努力は一体何だったのかと。最後の段階になって、我が国は憲法がありましてそういう活動には参加できませんと言って日本だけが参加しないなどという選択が国としてありようはずがない、かように考えます。

御法川委員 ありがとうございました。

小此木委員長 以上で各会派を代表する委員の質疑は終了いたしました。

 これより自由質疑を行います。

 この際、委員各位に申し上げます。

 質疑のある委員は、挙手の上、委員長の許可を得て発言されるようお願いいたします。また、発言の際は、所属会派及び氏名をお述べいただくようお願いいたします。

 なお、理事会の協議によりまして、一回の発言時間は三分以内となっておりますので、委員各位の御協力をお願い申し上げます。

 それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。

小島委員 自由民主党の小島敏男です。

 きょうは、お二人の参考人の方、本当にありがとうございました。今委員長からお話がありましたように、残された時間にできるだけたくさんの人ということでありますので、簡単にお聞きしたいと思います。

 けさの新聞を見たのですけれども、けさの新聞の中で、岡崎久彦さんが述べられていたことがちょっと気になったのですけれども、これはイラクの状態で、いわゆる大統領も首相も決まったということで、イラクの状態はスンニ派の指導者がなったので峠を越えられたというようなことの新聞記事が載っていたのですけれども、この今のイラクの現状から見て、お二人の参考人はどのようにお考えになっているかということをお聞かせいただきたいと思います。

森本参考人 どのような趣旨で述べられたか、全部をわからないで簡単に岡崎大使の御発言にコメントしにくいのですが、私は、現在のイラクの状態は二つのポイントがあって、一つは、新しい政治体制が決まったが、それは統治評議会が排除されるのを彼らが拒否してといいますか、つまり、権力を取り戻そうとして戻ってきたという感じの新しい政権の枠組みづくりであると思います。

 そのことは、峠を越したかどうかは別として、何を峠と言うかわかりませんけれども、イラクの一般の人々がこの新しい政治体制の枠組みを受け入れるかどうかは非常に疑問だ。アメリカにとっては、新しいアメリカの軍事作戦を可能とするような枠組みが受け入れ可能性が高いと見て、やや歓迎する、内心歓迎しているのではないかと思いますし、ブラヒミを中心とする国連はいたく失望しているのではないかと思いますが、そのことは、この新しい政治体制がイラクの多くの人々に受け入れられてきちっと機能するかどうかは、私は非常に懐疑的なものを感じます。

 そのことは、第二に、国連の介入、すなわち多国籍軍の編成というものが、仮に安保理決議が通ってもなかなかこれに参加する国が多く出るということは考えにくいということで、英米が引き続き増派をしてイラクの治安を回復しなければならないという困難な事態がむしろ出てくるのではないかと思います。

 全体として、したがって、大きな峠か山場か知りませんけれども、山場を越えたというのは政治の節目が来たというだけのことであって、イラクの治安という観点で問題は全然解決していないというふうに見るべきではないか、かように考えます。

渡邉参考人 ごく手短に。私も、岡崎さんが何をどう書かれたかわからないので、それに直接コメントする立場にございません。私も、余りイラク情勢は楽観できないと思っております。

 二面あると思うのですね。一つは政治面、一つは軍事面ですが、政治面は、私はイラク問題というかイラク情勢については全くのど素人なので何も言う資格はございませんが、新聞を読んだだけでも、とにかく複雑怪奇なる国内情勢でありまして、その中で、この機会にいかに自分が有利な立場に立つかということをめぐっての熾烈なる戦いを行っているわけでありますので、これが、どう考えても、そう簡単に、スムーズにイラクなる新しい新国家が誕生して万事めでたしというふうになるわけはない。覚悟しなきゃならないだろう。

 そうすると、そういう時期をどう乗り越えていくかということに対して、やはり最後の治安維持能力というのはだれが持つかということであって、アメリカは早く出ていけということを言うのですけれども、出ていった後どうなるのよということであろう。そうすると、どう考えても、やはりアメリカの軍事力が何らかの形でそこに残らざるを得ない、そうすると、その治安維持の基礎である軍事力と政治との関係というのはどうしたって断ち切るわけにはいかない、こういう非常に難しい状況だと思うのですね。アメリカのいろいろなやり方、特に、例のいわゆる捕虜虐待問題とかいうふうなことが出てきちゃうと、これはどうにもならないなというぐらいの非常に悪い状況だと思うのですね。

 したがって、峠を越えたという言い方は、若干甘いのではないかと思います。

小島委員 ありがとうございました。

渡辺(周)委員 民主党の渡辺でございます。

 たくさんの方がこの後質問されるでしょうから、端的にお尋ねします。

 今、これから大きな課題となってまいります我が国の多国籍軍への参加、この点につきまして、今後の我が国の国際貢献ということを考えて、もちろん当面するイラクの今後のこともございますけれども、今後、あらゆる形で国際貢献をするという中で、多国籍軍というもののあり方、我が国がどのようにコミットしていくか、この点につきまして両参考人から御見解を伺いたいと思います。

森本参考人 イラクについて言えば、イラクに多国籍軍、どういう名前になるかわかりませんけれども、多国籍軍を派遣するに必要な安保理決議がどのような枠組みとマンデートと期間を設定して通過するかがよくわからない。よくわからないので確実なことは申し上げにくいのですけれども、しかし、いずれにしても、我々が考えるべきことというのは幾つかあって、第一は、この多国籍軍なるものがどのようなマンデートを与えられるかということですね。そのマンデートの中に、単に治安を維持する以外に、例えば人道復興支援など、日本のイラク特別措置法に基づいて自衛隊が現に活動している活動が包含されるような安保理決議になるかどうかというのが第一です。

 第二は、指揮権の問題です。つまり、多国籍軍と米軍との指揮権が、米軍が上にいて多国籍軍が指揮下に入るのか。多国籍軍の下に米軍が入るとは私は考えにくい、そういうことは考えられない。すると、別々の、つまり米軍と多国籍軍が同時並行的な、別指揮系統であるが活動の一部は米軍によってオペレーショナルコントロールが行われるという指揮系統。そのどの指揮系統になるかによって、自衛隊の活動に一体影響を受けるかどうかというのが第二。

 第三は、自衛隊の現在の活動自身が客観情勢から見て多国籍軍的活動に入っているのではないかと私は思うのですが、しかし、いずれにせよ、そういう多国籍軍ができたときに、新しい国がどんどん入ってくるのであろうかということです。これを決める要素は経費だと私は思うんです。

 といいますのは、今、入れる国はほとんど入ってしまっている。入れない国は入れないわけです。どうしてかというと、PKO、PKFとは違って、多国籍軍というのは自国で経費を全部分担して出るわけですから、到底、国連の活動で、兵士一人当たり幾らということで国連から分担金をもらって部隊を派遣できるという状態にはなく、各国が自分の財政を負担して出すということができるような国は、途上国でそう多くない。ヨーロッパでは、もう入れる国はほとんど入ってしまったわけです。ということは、新しい多国籍軍参入国は余り多くない可能性がある。ということは、今いる部隊、今いる国をとりあえずイラクの中に引きとどめるという役割しか果たさないのではないかと思います。

 そういう意味で、この多国籍軍を認知する安保理決議がどれぐらいの期間、どのようなマンデートを持って機能するかによって、この中に編入されると予想される自衛隊の機能とか活動が決まってくるのではないか、かように考えます。

渡邉参考人 具体的にイラクの場合どうなるかという話はもう既にお話が出たので省きますが、国内的な体制としては、平成十四年十二月十八日の国際平和協力懇談会の報告書、明石さんが座長になってまとめた報告書がありまして、その中で、国連決議に基づいて派遣される多国間の平和活動、いわゆる多国籍軍への我が国の協力ということについて一般的な法整備をせよと言っております。ここでは医療、通信、運輸等の後方支援に限って言っているわけでありますが、そういう国際平和協力は、今のところ自衛隊法の中では雑則の中に置かれているだけなのだけれども、本務としてちゃんと位置づけなさいというようなことがこの報告書にございますので、そういう方向での国内的な体制の整備が必要だろうと思いますね。それが第一点。

 第二点は、やや哲学的な話というふうに申し上げていいかどうかわかりませんが、いわゆる人道支援とか紛争後の平和建設のために国際社会が協力していろいろなことをするということであって、例えば今のイラクの場合もそうですけれども、人道と復興のために我々が支援するんだということになっているのですね。これは非常に上品な言い方だけれども、ややどぎつく言えば、要するにおせっかい、よそから行ってインタービーン、国際的に介入しているわけであります。なぜ介入するかというと、介入してくれと頼まれたから介入するんだということになるのですが、これは、人道支援や復興支援という立派な目的のためなんだから行ったってだれも反対しないだろうというふうに考えるのは甘いわけですね。

 現にイラクで起こっていることがそうなわけであって、そういうことそのものをつぶそうといって抵抗する勢力がある中で行うということですから、いわゆる人道支援というものは実は大変な仕事なのだ。戦争はきついけれども人道支援はきつくないなんて、そんなのはとても大間違いだということで、しかもこれは非常に忍耐の要ることであり、先ほどの番匠さんの話のように、いろいろ気を使って、ごめんなさい、ごめんなさいと言いながら仕事をしなきゃいけないとか、そういうタイプのことなので、これは相当覚悟をしないとできない仕事であるという基本的なことを考えた上で、日本はそういう国際平和協力なるものに取り組まなきゃいけないというのが私の考えです。

大出委員 民主党の大出彰でございます。

 森本参考人にお話を伺います。

 先ほど、脅威ベースと能力ベースというお話がありまして、防衛力のあり方ではなくて防衛のあり方だ、防衛ということをおっしゃったわけなのですが、これはミサイルディフェンス、MDを考えたときに、脅威ベースというのは、こういう脅威があったらこういう能力のある武器をということでやってきたのですよね。ところが、能力ベースの方でいきますと、今はこの能力しかないんだけれどもこれだということになってしまうのではないか。

 そうすると、どうもMDに関して、アメリカの中でも余り役に立たないんじゃないかとか言われておりまして、私は、ちょっとそれでは心もとないというか、むだなのではないかといいますか、防衛のあり方についてだったら、確かにこういうときはしようがないからMDなんだとおっしゃるかもしれないのですが、私はとてもそれはむだな買い物をさせられることになっているのではないかという気がするのですが、その辺はどうでしょうか。

森本参考人 これはミサイル防衛をどう評価するか、つまり、軍事的に、技術的に、政治的にどう評価するかという問題の総合的な分析と評価の結果として出てくる回答なのだろうと思うのですが、私は前向きに考えています。

 つまり、何も何%当たるからよいとか、何%以下だからむだだとかというものより、むしろもっと広い、MDを選択するということ自身が、日本の同盟あるいはこの地域の全体の安定にとって非常に大きな意味をトータルで持っているのではないかと考えるので、私はMD推進派なのです。

 それで、今、当たらないからむだな買い物というお話でございますけれども、なかなか難しいのですが、実験の結果はいろいろな評価のあるところ。何発撃って何発当たったからと言うけれども、当たったといっても、あれはいろいろなテストをやっていて、実際に実戦で使われたというのは、今回のイラク戦争で、イラクが撃ち込んだ七発か八発のミサイルが、クウェートに置かれているパトリオットで一発を除いて全部迎撃できているので、大体、実戦で使われている限り命中率は比較的高いのではないかと思います。

 イージス艦のスタンダードミサイルの実用というのはまだテストされていない。つまり、開発実験の結果はわかっているのですが、あれはあくまで、野球でいうとピッチングマシンの機械から出てくる球を打つようなものであって、本当に実戦で生きた球を打てるかどうかというのはなかなか難しい話だろうと思います。

 私は、技術的に何%当たるからいいとかむだだとかということより、むしろ、日本が日米同盟の中でMDというものを選択することによって、一つは日米関係、同盟関係をより強固なものにする。あるいは、日本が周辺国のこのような弾道ミサイルの脅威を排除するために核という選択をしないという安心感を周りの国に与え、かつ、日本がMDというシステムを導入することによって、周りの国に、ミサイルの有効性について自信をなくすというのでしょうか、そういう効果を与えるのであれば、安い買い物であるというふうに私は思います。

 現に、中国が日本のミサイル防衛に大変反対しているわけで、もし全く当たらないなら反対するはずはないと思うのです。反対するということはかなり有効だということを意味し、中国が反対しているということは、このミサイル防衛の効果を証明するものなのではないかというふうに考えているわけです。つまり、政治的な役割の方がはるかに大きい。

 現代における兵器システムというのは大体こういうもので、仮にこのシステムが九八%だという説明をしても、では、二%飛んでくるんですかという話になって、その二%が自分の頭の上に落ちてきたらどうするか、こういう議論に兵器システムというのは耐えられないのだろうと思います。したがって、私は、この問題はトータルで物を考えるべき課題ということなのではないかと思っているわけです。

 以上でございます。

長島委員 民主党の長島昭久です。

 両先生、本当にお忙しいところありがとうございます。両先生に一問お伺いさせていただきたいと思います。

 せっかくの機会ですから、大綱の見直しについてなのですけれども、前回の大綱の見直しのプロセスと今回のプロセスをちょっと比較して御所見をいただきたいのですが、前回は、樋口レポートが出て、そして、それをめぐってアメリカ側から多少誤解も招いて、多国間安保と同盟とのプライオリティー、どっちにつけるんだというような、少しそんな反応もあり、それを吸収する形でナイ・レポートが出て、それでその成果を新大綱という形で出して、それから、その後ずっと法律の改正が行われてきたわけです。もっと言えば、その前に政権交代があって、新しい指針という形で細川内閣から出されて、それで樋口懇談会ができた、こういうプロセスだったのですね。

 しかし、今回は、政権交代はもちろんまだないわけですけれども、指針という形で懇談会のビジョンが出ると、ほとんど並行して、もう既に大綱の見直しというのは部内では行われている。そして、この期に及んで、ようやく、荒木さんを初めとする懇談会を立ち上げる。そうこうしているうちに、もう八月には概算要求をするわけですから、中期防みたいなものを含めて大綱の概要というのはほとんどできてしまう。ビジョンがあって、そしてそれを受けて大綱ができて、新しい政策というのだったらまだわかるのですけれども、今回は全部それを一緒にやろうという。このこと、プロセス自体にちょっと無理があるのじゃないだろうか、私はこういうふうに思うのですね。

 それと加えて、先ほど森本先生の方からお話がありましたように、安保条約やあるいはこれまでのような法的な枠組みをある意味で超えた役割を日本は国際社会で担っていこうとするのだったら、かなり大がかりな大綱の見直しになってくると思うのですけれども、それを今の小泉政権、何の指針も出さない中で、部内の検討が進む中で、本当に実りある大綱というものになるのだろうかというのは大変不安なのですけれども、両先生の御所見をいただきたいと思います。

渡邉参考人 どういうふうにお答えしたらいいのか、ちょっと迷っているのですが、確かに、プロセスからいってかなり無理があるという長島委員の御指摘、なるほどと思いました。

 先ほどからも、冒頭の陳述でも申し上げたように、実は大綱の見直しというのは、防衛庁レベルの話であり防衛力のあり方検討であって、防衛のあり方を必ずしも正面から扱うというわけではないという話である、一方、内閣レベルで何を考えるかという話とレベルの違いがあると思うのですね。

 そうすると、大綱がどういう形で見直されるかわかりませんが、先ほど申しましたように、昨年の暮れの閣議決定などを見ますと、安全保障会議の決定などを見ますと、大体あそこで方向が出ているように思うのですよね。そうすると、そういう部内のいろいろな検討というものがかなりあって、それに基づいて新しい大綱というのができてくるということだろうと思うので、何か、今の荒木さんが座長をやって進めている懇談会の提言があって、それが大綱の大きな性格を決める、そういう形にはならないので、では一体何なんだろうかということなのですが、その何なんだろうかと私に聞かれてもちょっとわからないので、それはやっている方にお聞きいただきたいと思います。

森本参考人 御指摘のように、防衛力のあり方研究を防衛庁の内部で相当長く行っていて、部内的には大体の方向が見えているのだろうと思います。それに基づいて、来年度から始まる中期防の基礎となる大綱の基本的な考え方、それをつくって、防衛庁としては概算要求をやって来年度からの予算要求をしないといけないという、役所としての本来の作業というのがあるのだろうと思います。

 それで、今、でき上がった新しい委員会は、渡邉先生にはまことに失礼な言い方ですけれども、国内説明的な、つまり見識のある方々の御意見を聞いたということを国内外に説明する枠組みとしてつくられているということなので、本来であれば、役所的にいうと、防衛庁長官の諮問機関であってもよい、アメリカだったら国防長官の諮問機関としてつくられるというのが普通のあり方だと思うのですよね。それがああいう形でつくられて、だれにそれが提出されるのかよくわかりませんけれども、官房長官なのかもしれません。しかし、役所の機能から見て、少し違和感を私は覚えるのですけれども、それは、さっき申し上げたように、この問題が国内にきちっと理解をされ、世論の支持も得られるようにという政治的な目的でできたのだと思います。

 それで、手順からいうと、したがって、役所がやる作業の後づけといいますか、論理構成としてつくるための枠組みとしてつくられたような印象を、我々のようなプロフェッショナルといいますか専門家は、どうしてもそういうふうに見えるわけです。

 日米関係との観点でいうと、前回の大綱は、すなわち九六年の再定義の共同宣言と順序が逆なのです。本来は、日米関係の再定義の宣言を出して、それに基づいて、日米が果たすべき役割に基づき日本の新しい大綱が決められるというべきだったのですが、たまたまあのとき、沖縄の事件もあり、クリントン大統領が大阪のAPECに来なかったといういろいろな理由があって、大綱の方が九五年の十一月にできて、翌九六年の春に共同宣言ができるという、順序が逆になった。私は、明らかにこのときに手続が逆転したのだろうと思います。

 今回は、アメリカがアジア太平洋における兵力構成の見直しを含む前方展開戦略の作業をずっとやっていて、本来であれば、まずそれをきちっとわきまえて、そしてアジア太平洋におけるアメリカの兵力構成の結果を見ながら、日米同盟関係や地位協定を全体としてどう見るかを考え、日米の役割分担を決め、その中で日本が果たすべき防衛のあり方を考え、それに立って防衛力の機能をつくり直す、これが本来の手順だと思います。

 だから、相変わらず、何か手順がずっと逆にアプローチして、反対の方向から順繰りに進んでいるのは、まさに時期的なタイムリミットがそれぞれ全部もう決められてしまっているために起こる現象というのを我々は今目の前に見ているのではないか、私は、そのように自分で解釈をしているわけでございます。

長島委員 ありがとうございました。

小此木委員長 以上をもちまして参考人に対する質疑は終了いたしました。

 この際、一言ごあいさつを申し上げます。

 森本参考人、渡邉参考人におかれましては、本日は、貴重な御意見、お話をいただきまして、本当にありがとうございました。委員の皆さんとともに心から御礼を申し上げます。今後の御活躍も改めてお祈りし、ごあいさつにかえます。ありがとうございました。(拍手)

 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後零時三分散会


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