衆議院

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第19号 平成15年7月9日(水曜日)

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平成十五年七月九日(水曜日)
    午前九時十一分開議
 出席委員
   委員長 古屋 圭司君
   理事 奥山 茂彦君 理事 鈴木 恒夫君
   理事 馳   浩君 理事 森田 健作君
   理事 鎌田さゆり君 理事 山元  勉君
   理事 斉藤 鉄夫君 理事 佐藤 公治君
      青山  丘君    伊藤信太郎君
      岩崎 忠夫君    小渕 優子君
      大野 松茂君    岡下 信子君
      岸田 文雄君    倉田 雅年君
      近藤 基彦君    佐藤 静雄君
      谷田 武彦君    林田  彪君
      松野 博一君    森岡 正宏君
      柳澤 伯夫君    大石 尚子君
      鳩山由紀夫君    肥田美代子君
      平野 博文君    藤村  修君
      牧野 聖修君    松原  仁君
      山口  壯君    赤羽 一嘉君
      池坊 保子君    黄川田 徹君
      石井 郁子君    児玉 健次君
      中西 績介君    山内 惠子君
      松浪健四郎君
    …………………………………
   文部科学大臣       遠山 敦子君
   文部科学副大臣      河村 建夫君
   文部科学大臣政務官    池坊 保子君
   文部科学大臣政務官    大野 松茂君
   政府参考人
   (内閣府政策統括官)   坂  篤郎君
   政府参考人
   (総務省自治財政局長)  林  省吾君
   政府参考人
   (財務省主計局次長)   杉本 和行君
   政府参考人
   (文部科学省大臣官房総括
   審議官)         玉井日出夫君
   政府参考人
   (文部科学省初等中等教育
   局長)          矢野 重典君
   政府参考人
   (文部科学省高等教育局長
   )            遠藤純一郎君
   政府参考人
   (文化庁次長)      銭谷 眞美君
   文部科学委員会専門員   柴田 寛治君
    ―――――――――――――
委員の異動
七月九日
 辞任         補欠選任
  岡下 信子君     倉田 雅年君
  谷田 武彦君     岩崎 忠夫君
  東  順治君     赤羽 一嘉君
同日
 辞任         補欠選任
  岩崎 忠夫君     谷田 武彦君
  倉田 雅年君     岡下 信子君
  赤羽 一嘉君     東  順治君
    ―――――――――――――
六月十二日
 育英会奨学金制度の充実に関する請願(小沢和秋君紹介)(第三八〇二号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 政府参考人出頭要求に関する件
 文部科学行政の基本施策に関する件


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     ――――◇―――――
古屋委員長 これより会議を開きます。
 文部科学行政の基本施策に関する件について調査を進めます。
 この際、お諮りいたします。
 本件調査のため、本日、政府参考人として内閣府政策統括官坂篤郎君、総務省自治財政局長林省吾君、財務省主計局次長杉本和行君、文部科学省大臣官房総括審議官玉井日出夫君、初等中等教育局長矢野重典君、高等教育局長遠藤純一郎君及び文化庁次長銭谷眞美君の出席を求め、説明を聴取したいと存じますが、御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
古屋委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    ―――――――――――――
古屋委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。森岡正宏君。
森岡委員 私は、自由民主党の森岡正宏でございます。
 きょうは、文部行政に降りかかっているいろいろな問題、三、四点につきまして、御質問をさせていただきたいと思います。
 まず、先週末、尾道市の教育次長が自殺されるという大変痛ましい事件が起こりました。御遺族のお悲しみ、そして関係者の落胆ぶりは、想像に絶するものがあると思います。私は、謹んで御冥福をお祈りしたいと思います。
 このお亡くなりになりました教育次長は、ことしの三月九日、尾道市立高須小学校の慶徳校長が自殺された事件の後始末、実務面における責任者であったと伺っております。文部科学省では、慶徳校長と山岡教育次長、このお二人の自殺の原因をそれぞれどのように考えておられるか、まずそれをお聞きしたいと思います。
矢野政府参考人 尾道市立高須小学校の慶徳元校長が自殺された件につきましては、広島県教育委員会が、五月の九日でございますが、調査結果を取りまとめたところでございます。その調査結果によりますと、その要因、背景としては、一つは、慶徳元校長の思いと、学校運営や校長職の現実との間にずれがあったということ、また、慶徳元校長の学校運営に対する県や市の教育委員会の支援が十分でなかったこと、さらには、高須小学校に学校運営上の課題があったこと、特に、是正指導の指摘事項の課題解決が十分でなかったことなどが挙げられているところでございます。
 また、山岡教育次長の自殺の原因につきましては、現時点におきましては不明ではございますけれども、先ほど御紹介がございましたように、高須小学校の慶徳元校長が自殺された後、原因の調査あるいは市民団体や報道等への対応などを担当され、厳しい状況の中で大変な御心労があったものというふうに推察されるところでございます。
森岡委員 高須小学校の慶徳校長が亡くなられた原因につきまして、教職員の非協力な姿勢によって校長の意思決定が困難であったという報告が教育委員会側からさきに出されました。
 それに対しまして、県教組の方からは、病気休暇を与えず過剰な超過勤務を続けさせておった教育委員会の権力の犯罪だ、こういう報告書を出しているわけでございます。
 ところが、この報告書を私はよく読ませていただきましたけれども、慶徳校長が亡くなられたのはことしの三月の九日、そして病気休暇の申請を出されたのは去年の五月でございました。うつ病になられたのは去年の五月、そして亡くなられたのはことしの三月九日でございます。病気休暇を与えず過剰な超過勤務をやらせておったんだという理屈は当たらないと思います。
 そして、教育委員会が指摘しておりますように、いろいろな点で教職員の非協力な姿勢、教員によるいじめがあった、そういう実態が報告されているわけでございます。正常でない学校運営がなされておったということではないかと私は思います。
 それから、うつ病になったその原因は何だったか。やはり、これは教職員組合のいじめだったんじゃないか。それによって慶徳校長が非常に悩ましい状態になられたということだと思います。
 それから、今回の山岡次長の自殺でございますけれども、葬儀のときに尾道市の市長が、過剰な取材活動が死に追いやった、こう証言しておられます。教職員組合の対立的な姿勢にマスコミが乗っちゃって、そして新聞社などがこの山岡次長を苦しめてしまった。そして、教育長まで過労のために入院してしまった。そして、その五日後に自殺をなさっているわけでございます。
 こういうことを考えますと、私は、この広島県の教育、一体どうなっているんだろうか。四年前には、国旗・国歌の問題で世羅高校の校長さんが亡くなられております。二度とこのような痛ましい事件が起こらないためにも、学校現場、そして教職員まで、その是正指導が徹底すべきだというふうに思うわけでございますが、文部科学省は、広島県の教育についてどのように認識しておられるのか、また、今後どのように対処していく考えでいらっしゃるのか、伺いたいと思います。
河村副大臣 広島県におきましては、学校における指導上や管理上の多くの問題、課題があって、平成十年六月、当時の文部省において、広島県教育委員会に対しまして是正を図るように指導をいたしたところでございます。これを受けまして、広島県の教育委員会等では、これまで全力を挙げて、是正指導を受けた事項の課題解決に取り組んでこられたところでございます。
 第一点としては、全公立学校において、卒業式や入学式における国旗掲揚や国歌斉唱の実施あるいは不適切な勤務時間中の組合活動の是正等々、全体として大幅な改善が図られたというふうに承知をいたしておるところでございます。
 しかしながら、今回の高須小学校校長先生の事件に見られるように、まだ一部の地域あるいは学校において是正指導が、学校現場や教職員一人一人に十分浸透していない実態がある。文部科学省としても、広島県の教育委員会に対して改めて是正指導の徹底を図るように指導していかなきゃならぬ、こう思っておるところでございます。
 教育次長さんのああいう痛ましいことが起きまして、過剰な取材もあったんではないかという御指摘も今ございました。いろいろなことが新聞にも言われておるわけでございますが、ああいう突発的なことでもございますが、教育長が病気になられた、また、前の慶徳先生のときも、教頭が病気になられたとかというようなことがあったわけであります。
 やはりそうしたときの支援体制といいますか、そういうものをきちっとしなきゃいけないんではないかと感じておるわけでございまして、教育現場でこういうことが起きるということは本当に二度とあってはならぬことでございますので、特に、こういうことが続いたということを十分受けとめながら、そういうことが二度と起きないようにどうしたらいいかということを我々はもっと真剣に考えなきゃいけませんし、ああいうことが起きる、あるいは起きそうだということをあらかじめ予見しながら、支援体制をしっかりつくっていくということが特に必要ではないかと感じておるようなわけでございます。
森岡委員 悲劇の連鎖がこれ以上起こらないように、しっかりした指導をしていただきたいと思います。
 次に、私は、骨太の方針第三弾につきまして取り上げたいと思います。
 私は、先日、決算委員会でもこの問題を取り上げさせていただいたわけでございますが、三位一体の改革と義務教育費国庫負担制度について、改めて質問したいと思うわけでございます。
 新聞などを読んでおりますと、国から地方への補助金を二〇〇六年度までに四兆円削減するということがあちらこちらで報道されております。確かに、骨太の方針の中には、「概ね四兆円程度を目途に廃止、縮減等の改革を行う。」こう書かれているわけです。
 ところが、この骨太の方針の別紙を読んでいきますと、「国庫補助負担金の廃止・縮減を推進するとともに、地方の自主性を高める観点から、国の義務付けの縮減、交付金化、統合メニュー化、統合補助金化、運用の弾力化等の改革を進める。」いろいろなことが書かれているわけですね。
 そこで質問でございますが、国庫補助負担金の四兆円の廃止、縮減等の改革とは、必ずしも削減だけを意味するんじゃないんだ、国の義務づけの縮減だとか交付金化とか統合メニュー化、統合補助金化、運用の弾力化、その他これにたぐいする見直し措置が幅広く含まれているんじゃないか、そう想像するわけでございます。実際には四兆円もの削減を行うことは不可能じゃないか、そんなふうに思うわけでございますが、内閣府の御意見を伺いたいと思います。
坂政府参考人 お答えいたします。
 ただいま先生御指摘のとおり、先般閣議決定されました基本方針の二〇〇三というものにおきましては、国庫補助負担金の改革につきまして、「国庫補助負担金については、広範な検討を更に進め、概ね四兆円程度を目途に廃止、縮減等の改革を行う。」というふうに記されております。
 国庫補助負担金の改革の目的というのは、国の関与を縮小していって、地方の権限と責任を拡大して、御自分でいろいろ考えてやっていただく、こうしたことがそもそも目的だということでございまして、こうした目的を実現していきますためには、廃止、縮減といったことも当然あるわけでございますが、仮にお金を出す場合においても、例えば交付金化でございますとか、その他を含めまして総合的な取り組みを行う、つまり、国の関与を縮小していくということが重要だというふうに考えているということだというふうに考えております。
 以上でございます。
森岡委員 今の御答弁によりますと、結局、四兆円というのは改革の目標額だ、必ずしも削減の目標額を意味するものじゃないという意味だと理解させていただきました。
 次に、四兆円のうち、大半は義務教育費負担などで、公共事業補助金は一部にとどまるというような、こういう書き方をしている新聞もございます。ほとんどの新聞が、義務教育費国庫負担金などが補助金削減の対象になるんだと書かれているわけでございます。あたかも三兆円近い義務教育費国庫負担金のすべてが四兆円の中に含まれるような、そういう書き方をしているわけでございます。
 これらの新聞報道は本当なのかどうなのか、私は誤りがあるんじゃないかなと思うわけでございまして、続いて内閣府の坂さんに御質問するわけでございますが、四兆円はどの補助金をどれだけ見直すということ、これは予算編成の中でこれから具体的に決まっていくものだと思いますけれども、そのように理解していいわけですね。必ずしも義務教育費国庫負担金が入るというわけじゃないというふうに理解していいわけですね。
坂政府参考人 お答えいたします。
 国庫補助負担金の廃止、縮減等の改革につきましては、まず対象でございますけれども、いわば補助金全体で、現年度でいいますと、特別会計を含めまして二十・四兆円というスケールになるかと思いますが、それが改革の対象でございまして、その中で広範な検討をしていくというのがまず原則でございます。
 ただ、その中で、重点十一項目というふうに、ややその中でも重点だよと指摘しているのがございまして、その辺が別紙二の方にも書いてあるわけでございますが、この十一項目のうち、また若干ややこしいのですが、公共事業以外で十一項目ですと三・六兆円になるわけでございますが、それについて重点的に見直しを行う。この十一項目につきましては別紙二に詳しく具体的なことが書いてございますが、それと同時に、公共事業につきましては、重点項目というふうに挙げてあるものも含めまして、行財政の効率化等の観点からも改革に取り組んでいく。そういうのを全部合わせまして、補助金全体としておおむね四兆円程度を目途に改革を行うという仕組みになっているかというふうに思います。
 したがいまして、四兆円の具体的な内容につきましては、今申し上げた範囲の中で検討をこれからいたしまして、そもそも今般、国庫補助負担金等整理合理化方針というものが添付されておりますので、そこで示された、大体、十八年度までにとか、そういうふうに書いてあるわけでございますが、その十八年度までの改革工程に沿って広範な検討をさらに進めて具体化をしていく、こういう手順になろうかと思っております。
森岡委員 ということは、義務教育費国庫負担金の全額が当然この補助金の削減の中に含まれているんじゃないということですね。これからの検討課題だということだと受けとめさせていただきました。
 私は、この義務教育費国庫負担金の制度、義務教育は国が責任を持ってやらなきゃいかぬのだというこの原則を絶対崩してはいけないという立場から、くどくどとこういう質問をさせていただいているわけでございます。
 そもそも、平成九年の地方分権推進委員会の第二次勧告、そしてまた平成十年の地方分権推進計画の閣議決定において、生活保護と並んで、「真に国が義務的に負担を行うべきと考えられる分野」というふうにこの義務教育費国庫負担金制度を位置づけておったわけでございます。
 にもかかわらず、私は、総務省の林さんに伺いたいわけでございますけれども、片山総務大臣は、昨年五月、片山試案なるものを出されました。そのときから、この一番でかい義務教育費国庫負担金の廃止を考えておられたようにお見受けするわけでございますが、総務省はなぜ私が先ほど言いました地方分権推進計画を覆してまでこの義務教育費国庫負担金の廃止にこだわるのか、私にはわからないわけでございます。もっと、公共事業とか産業振興の補助金の廃止、そちらの方へ求めたらいいじゃないか。なぜ、国がやらなければいけない義務教育、教職員の給与は国が責任を持って措置するんだというこの制度に手をつけなければいけないのか、そこのところを総務省の方に伺いたいと思います。
林政府参考人 お答えを申し上げます。
 義務教育費国庫負担制度についてでございますが、確かに、御指摘をいただきましたように、平成十年の五月に閣議決定されました地方分権推進計画におきましては、国庫負担金を、真に国が義務的に負担を行うべきと考えられる分野に限定すべきということで、その例示として義務教育が挙げられておったことは事実でございます。
 しかし、その後、御案内のように、昨年の六月二十五日に閣議決定をされました経済財政運営と構造改革に関する基本方針におきましては、国庫補助負担金全般につきまして、国の関与を縮小し、地方の権限と責任を大幅に拡大する観点から、いわゆる国庫補助負担金、交付税、税源移譲を含む税源配分のあり方を三位一体で検討すべきこととされたわけでありまして、その中では、国庫補助負担金の見直しにつきまして、教育分野を含めまして幅広く検討をする必要がある、こういうこととされたわけでございます。
 先ほど来御答弁の中でも触れられておりますけれども、去る六月の二十七日に閣議決定されました基本方針二〇〇三におきましても、国庫補助負担金につきましては、広範な検討をさらに進めて、廃止、縮減等の改革を行うこととされておりまして、国庫補助負担金等整理合理化方針におきまして全般にわたるあり方の見直しの基本方針が明らかにされております。
 その中では、公共事業や産業振興を含めまして、各分野にわたる重点項目につきまして改革工程が示されたところでありまして、今後、私どもといたしましても、この閣議決定に沿いまして国庫補助負担金のあり方について広範な検討を進めていく必要があるものと考えているところでございます。
森岡委員 文部科学大臣に伺いたいと思います。
 昨年十二月の三大臣合意というものがございました。今度の骨太の方針の中には、この三大臣合意の上に「中央教育審議会において」という言葉が入りました。これをどんなふうに考えておられるのか。十八年度までに結論を出す、こういうふうにも書かれておりますけれども、「中央教育審議会において」、こういう文言が入ったことによってどう変わっていくのか、大臣の御所見を伺いたいと思います。
遠山国務大臣 まず、森岡委員が先ほど来お話しになっております義務教育については、国がしっかり責任を持ってその水準を維持すべしという御意見には全く賛成でございます。当然ながらその考え方のもとに、いろいろ外側からの話がありましたときに対応してまいったわけでございまして、先般の義務教育費国庫負担法の一部改正に御賛同をいただきましたけれども、その成立の過程で、この委員会において、与野党を問わず、義務教育費国庫負担制度の根幹は維持すべしということについてお話がございました。そういうことは私どもの仕事の背骨としてしっかりと受けとめているわけでございます。
 今御指摘の点でございますけれども、そういうことで、昨年の十二月の三大臣合意から一歩も退いてはいけないというのが私の考え方でございます。いろいろな諸制度を政府として考え直していく、見直しを行うということはいいわけでございますけれども、その見直しを行う際に、財源論の角度ではなくて、教育論の立場からきっちりやっていく必要がある。そのようなことから、既に中央教育審議会に義務教育制度のあり方についていろいろ御検討をいただくように諮問もいたしたところであり、新たな骨太の方針の二〇〇三におきましては、「中央教育審議会において」というのを入れたわけでございまして、教育論の角度からしっかりやっていくということをさらに明確にしたと私は考えております。
 世界の中で冠たる日本の義務教育でございます。これを崩すことは簡単でございますが、崩してはならない、非常に大事なものだ、そういう姿勢でこの問題に対処していくつもりでございます。
森岡委員 文部大臣の今の御答弁を聞きまして、私もしっかりと受けとめさせていただいて、激励しておきたいと思います。
 財務省と総務省に伺います。
 今の遠山大臣の御発言を受けて、骨太の方針の中では、中央教育審議会の検討を踏まえて検討しなければならない、こう書いてありますけれども、今遠山大臣の御答弁にありましたように、中央教育審議会の検討結果を尊重するつもりがあるのかないのか、財務省と総務省、それぞれ伺いたいと思います。簡単に御答弁をお願いしたいと思います。
杉本政府参考人 お答えさせていただきたいと思います。
 私どもといたしましても、義務教育につきましては、単に財政的な観点だけではなく、保護者とか地域の期待にこたえたよりよい義務教育をどうやって実現していくかという観点が重要だと認識していることは申すまでもございません。
 義務教育国庫負担金のあり方につきましては、先生御指摘のように、財政運営と構造改革に関する基本方針二〇〇三において重点項目として取り上げられているところでございます。いずれにいたしましても、この基本方針二〇〇三で指摘されているように、中央教育審議会における検討も踏まえながら、義務教育国庫負担金制度の見直しについて国民的な議論が十分尽くされていく必要があるものと考えております。
林政府参考人 お答えを申し上げます。
 私どもといたしましても、義務教育の重要性につきましては十分に認識をいたしているところでございまして、去る二十七日に閣議決定されました基本方針の中におきましても、御指摘のように、「中央教育審議会において義務教育制度の在り方の一環として検討を行い、これも踏まえつつ、平成十八年度末までに国庫負担金全額の一般財源化について所要の検討を行う。」こういうこととされているところでありますので、この方針に沿って対応してまいる所存でございます。
森岡委員 財務省、総務省ともに、財源論からだけではなく、教育論からよくこの問題を考えていただきたいということをお願いしておきまして、この問題を終わりたいと思います。
 次に、拉致の問題について御質問させていただきたいと思います。
 北朝鮮による拉致問題、これは、国家を超えて基本的人権を侵害した大変重大な犯罪だと思っております。この問題について文部科学省としてどういうふうに考えておられるのか、教育の場で取り上げる気持ちはないのかどうなのか。まず基本的な認識を文部科学大臣に伺いたいと思います。
遠山国務大臣 基本的な認識についてお答えいたしますが、北朝鮮による拉致事件は、人間の尊厳、人権及び基本的自由の重大かつ明白な侵害でありまして、こうした行為は、昨年十二月に成立しました北朝鮮当局によって拉致された被害者等の支援に関する法律にありますとおり、未曾有の国家的犯罪であると認識しております。
 人権教育の推進について担当している文部科学省といたしましても、私自身としましても、この問題が一刻も早く解決されるよう、強く願っているところでございます。
森岡委員 新聞報道によりますと、大阪では、北朝鮮のトップが謝罪して決着したことを今さら問題視して生徒に伝える必要があるのか、また、在日朝鮮人への嫌がらせをメーンにすべきだと教職員組合の方が言っている、こう書かれております。また、兵庫でも、兵庫県教職員連盟という教職員団体が県教委に、拉致問題を人権教育のテーマとして取り上げるよう要望したのに、時期尚早ということで回答している。非常に消極的だ。
 人権教育のテーマとして取り上げたくないということを、私、察するに、私の考えでございますけれども、今まで人権といいますと、普遍的な概念として取り上げるんじゃなしに、同和問題など、反権力、反国家的主張の道具として使われてきた、道徳の時間が全く人権問題になってきた、こういう事情があったと思います。
 そしてもう一つは、この北朝鮮の問題でございますが、教育現場や行政に強い影響力を持つ教職員組合が、拉致の犯人と非常に友好な関係にあるという背景があるんじゃないか、私はそんなふうに思うわけでございまして、例えば、日教組の槙枝元委員長は、昨年二月の金正日総書記の誕生六十周年祝賀にこういう文章を寄せております。
 私は、訪朝して以降、世界の中で尊敬する人はだれですかと聞かれると、真っ先に金日成主席の名前を挙げることにしております。主席に直接お会いして、朝鮮人民が心から敬愛し、父と仰ぐにふさわしい人であることを確信したからでした。
 こういう文章を寄せているんですね。日教組は、金正日の誕生日を祝賀し、金正日を敬愛する、そういう団体なんだということを証明しているわけでございます。
 そういうことなら、なおさら社会教育の場や、また学校現場で、教職員の研修、そしてホームルーム、総合的学習、こういう時間を利用して、拉致問題を人権問題として社会教育や学校現場でどんどん取り上げるべきじゃないか。現に東京都では、都の教育委員会主催で、横田滋御夫妻を招く計画を近日立てておられるわけでございます。子供に国家や家族の大切さ、命のとうとさ、これらを学ばせるためにもこれをぜひ取り上げていただきたい、そんなふうに私は思うわけでございますが、河村副大臣、御答弁をお願いしたいと思います。
河村副大臣 重大な人権侵害でございますこの拉致被害者の問題の取り扱いについて、現在、完全に解決していないという面もありますから、そういう点に配慮する必要もありますが、これを学校現場においてどのように取り上げるかどうかという問題、これを取り上げて、そして人権教育の一環として位置づけていくかどうか、これは各教育委員会また学校が、児童生徒の発達段階あるいは学校、地域の実情にも配慮して、適切に判断して対応していただきたい、こう思っておるところでございます。
 また、教職員研修の内容についても、教育委員会等が主体的かつ適切に判断すべきものと考えておるわけでございますが、こうした点にも配慮、留意した上で、拉致被害者の問題を一つの人権課題として取り上げて学校での指導や教職員研修を行うこと、これはるるやっていただきたいことだ、こう思っているんです。既に一部の学校では、拉致被害者による講演を行うなど、拉致問題等についても学習する取り組みがなされておるところでございます。
 そういうことで、繰り返しになりますが、この指導に当たりまして学校現場では、特に、児童生徒の発達段階に応じた適切な指導をすること、それから第二点としては、事実を客観的に、かつ偏ることなく公正に伝えるということも大事だろう、こう思っておりまして、そういう観点に立って学校現場でこの問題に適切に取り組んでもらいたい、このように考えておるところでございます。
森岡委員 今副大臣がおっしゃったように、ぜひ、学校現場でこの拉致の問題を取り上げていただきたい、心からお願いを申し上げておきたいと思います。
 次に、私は、国を愛する心について質問をさせていただきます。
 新しい学習指導要領を読ませていただきましたら、「我が国の国土と歴史に対する理解と愛情を育て、」「我が国の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てる」、「先人の努力を知り、郷土や国を愛する心をもつ。」などという言葉が出てまいります。また、文部省が配っていただいております「心のノート」にも、「国を愛しその発展を願う気持ちは、ごく自然なこと。」「国を愛することが、世界を愛することにつながっていく。」などという言葉が出てまいります。
 もしも、文部省告示でありますこの学習指導要領に反するような教育が行われたとしたら、どのようなことになるんでしょうか。法的拘束力というのはどうなるのか、それをまず文部省の初中局長、お願いしたいと思います。
矢野政府参考人 学習指導要領は、全国的に一定の教育水準を確保いたしますとともに、教育の機会均等を保障するために文部科学大臣が定めるものでございまして、いずれの学校におきましてもこれに基づいて教育課程を編成、実施しなければならないという、法規としての性質を有するものでございます。
 学習指導要領の定める基準に従っていないなど、各学校におきまして適切な教育活動が行われていない場合には、文部科学省といたしましては、地方教育行政の組織及び運営に関する法律等に基づきまして、都道府県教育委員会等を通じて、その是正を求めるなどの指導を行ってまいってきているところでございます。
森岡委員 歴史教科書の採択においてよく問題になります近隣諸国条項は、読んでいきますと、全く何も問題がない、ごくありきたりなことを書いているわけでございます。ところが、歴史教科書、公民の教科書などが自虐的、反日的な教科書になっている、その根拠にされているんですね。
 例えば、ちょっと例を挙げて申し上げますけれども、日露戦争で与謝野晶子の「君死にたまふことなかれ」という詩が書かれている、また内村鑑三の名前は出てくるけれども、東郷元帥や乃木希典の名前はほとんど出てこない。また、日本が朝鮮半島で行ってきたことは、悪いことばかり書かれておって、いいことはちっとも書かれていない。
 南京事件や従軍慰安婦の記述などは随分書かれて、そして新しい歴史教科書をつくる会がいろいろな運動をすることによって、それがだんだんと是正されてきた。しかし、反日的、自虐的な教科書をつくりたいと思っておられる執筆者の根拠になっているのは、みんなこの近隣諸国条項なんですね。
 私は、これがある限り、いつまでも戦後は終わらないと思います。わだかまりはいつまでも残るんじゃないか。私は、これは日本外交の失敗作品だというふうに思っているわけでございまして、こんなことをいつまで文部省はやっているのか。先ほど言いましたように、国を愛する心、歴史に対する愛情を深める、この学習指導要領に全く反することをやっているんじゃないか、そんなふうに思うわけでございまして、近隣諸国条項を教科用図書検定基準から外すべきだ、そういうふうに私は思っているわけでございますが、遠山大臣の御所見を伺いたいと思います。
遠山国務大臣 学校教育におきまして、国を愛する心、それから日本の歴史に対する理解を育てるということは大変大事なことでございますが、同時に、国際理解と国際協調の精神を培うことも大事であるわけでございます。中学校の学習指導要領の、社会科「歴史的分野」の「目標」におきまして、日本と諸外国の歴史や文化が深くかかわっていることを考えさせるとともに、国際協調の精神を養うこととされているわけでございます。
 教科書検定におきましては、昭和五十七年に、当時のいろいろな背景があったこともございまして、特に我が国と近隣アジア諸国との相互理解、相互協調を一層進める上で教科書の記述がより適切になりますように、近隣アジア諸国との国際理解と国際協調の見地に配慮する旨の新たな検定基準を設けたところでございまして、我が省といたしましても、今後とも、このような学習指導要領や検定基準に基づいて適切に教科書の検定を行ってまいりたいと考えております。
森岡委員 私は、その答弁には不満でございまして、やはり子供たちに、日本人に生まれてよかった、日本という国はすばらしい国だという意識を持ってもらうためには、こんな教育をやっておったんではだめだと思っております。
 次に、副読本について申し上げたいと思います。
 今お配りしておりますその資料は、この中にございます。これは、教育の現場で使われております副読本でございます。歴史や公民で使われている副読本には、検定を受けた教科書よりももっと問題があるということを指摘したいと思います。
 副読本は、教育委員会や学校長が認めればいいということになっておりまして、事実上は何でもオーケー。私は、教科書とこの副読本を比べてみますと、検定で落っこちた、本当に自虐的、反日的な内容が随分ちりばめられておるわけでございまして、こんなことでいいんだろうか、国を愛する心を育てる教育とは全く逆の方向へ行っているんじゃないかと。
 二枚物をお配りしていると思いますが、安重根という人物が写真入りで載っております。私たち、国会議事堂の中央の塔には、伊藤博文公が憲政の功労者として建てられております。子供たちも、修学旅行生はあれを見ているわけです。ところが、この副読本には、韓国の英雄だ、「民族の英雄としてたたえられるようになった。」こう書いてあります。こんな副読本を見て、日本の中学生はどう思うか、皆さん方に考えていただきたいと思います。
 やはり、日本から見たら、伊藤博文は憲政の功労者。韓国から見たら、そういう歴史認識は、恐らく英雄かもしれないけれども、日本の教育現場では、やはり憲政の功労者だとして教育をしなければならない。歴史認識の違いがあって当然じゃないか、私はそう思うわけでございます。
 二ページ目を見ていただきたいと思いますが、この二番目の「日本の支配の実情」というところで、「朝鮮支配の中心機関として、王宮の中にむりやり割りこんで建てられました。」と旧朝鮮総督府の建物が提示されているわけでございます。それぞれ、今現場で使われておる副読本でございます。
 皆さん方にもお考えをいただきたいと思いますが、文部科学省は、この副読本の扱いについて、抜本的な見直しをする考えはないのか、私はそれを言いたいわけでございます。これは全く、国を愛する心を育てる学習指導要領の法令違反じゃないか、それを指摘したいわけでございまして、お願いしたいと思います。
矢野政府参考人 委員御指摘のように、それぞれの学校が副読本などを使用するに当たりましては、届け出制や承認制によりまして、教育委員会が教育的見地から副読本の使用について関与することとなっているわけでございます。
 また、文部科学省といたしましても、副読本等の補助教材の取り扱いにつきましては、それが適正になされるように、通知などを発出して、次のような指導を行ってまいってきているところでございます。
 すなわち、一つには、学校における補助教材の選択に当たっては、その内容が教育基本法、学校教育法、また学習指導要領の趣旨に従って、かつまた、児童生徒の発達段階に即したものであるとともに、殊に政治や宗教について、特定の政党や宗派に偏った思想あるいは題材によっているなど不公正な立場のものでないよう十分留意すること。さらには、教育委員会規則の定める補助教材の届け出または承認に関する手続の励行に留意するとともに、補助教材の内容については、学校及び教育委員会のいずれにおいても十分審査検討を加えることなどにつきまして指導してまいっているところでございまして、文部科学省としては、引き続き副読本の適切な取り扱いについて指導の徹底に努めてまいりたいと考えております。
森岡委員 しっかりとした指導をしていただきたいと思います。
 時間が参りましたので、これで終わらせていただきます。ありがとうございました。
古屋委員長 赤羽一嘉君。
赤羽委員 公明党の赤羽一嘉でございます。
 きょうは、短時間でございますが、まず最初に、いわゆる外国人学校の卒業生に対する大学入学資格問題についてお伺いをしたいと思います。
 この件につきましては、私、二月の予算委員会の分科会で取り上げまして、規制緩和という大きな流れの中で、私は、いわゆる外国人学校の卒業生に対する大学入学資格は、この国際社会でございますからどんどん与えられるべきだ、こういった論ではありましたが、この点についての文部科学省の御見解を問いただしたわけでございます。
 そして、一応の文部科学省の試案が、ある意味では、結果として、いわゆるアジア系の民族学校に対する差別的なものを生むのではないか、こういった懸念があり、そういったことも指摘をし、そういった質問を受け、また与党三党の幹事長からの大臣への申し入れもあり、そして文部科学省もパブリックコメントを広く聞かれた結果、当初考えていたような対応では極めてまずい部分も出てくるのではないかということで、結局、当初考えられていた案で対象にならない外国人学校の卒業生に対する入学資格をどうするかといったものを文部科学省の中で鋭意検討していこう、こういったものというふうに理解をしております。
 そろそろ、明年の大学入学試験を目指して、この十月には統一の試験も行われるわけでございますし、高校三年生はそれぞれ、この夏休み、まさに受験の天王山はこの夏に決まる、こういったこともありますので、この結果がどうなっているのか、大変心配もし、見守っている受験生も多いと思います。
 この点について、現状、文部科学省の検討のぐあいとまた見通しについて御答弁をいただきたいと思います。
遠藤政府参考人 外国人学校卒業者の大学入学機会の拡大につきましては、国際的な実績が認められる評価団体により評価を受けている外国人学校の卒業者につきまして入学資格を認めるという対応案を三月に公表したところでございますが、この対応案につきましては、各方面から、結果的に対象とならなくなるアジア系等の外国人学校についても何らかの対処をすべきなどの意見が多く寄せられ、またパブリックコメントにおきましても同様の意見が多く見られたところでございます。
 これらの意見を踏まえまして、当初の対応案に加えまして、アジア系等の外国人学校の取り扱いについてもどのような対応が可能か検討する必要がある、こう考えまして、当初の対応案による平成十四年度中の措置は見送り、これらの課題について検討をしているところでございます。
 検討の見通しといたしましては、具体的な結論の時期を決めて検討しているものではなく、どのような対応が可能か、現在、鋭意検討をしているところでございますけれども、十六年四月入学者への対応を念頭に置きながら検討している、こういう状況でございます。
赤羽委員 冗談もいいかげんにしてほしいんですけれども。期限を決めていないという、そんな無責任な対応はありますか。
 受験の期限というのは決まっているわけで、高校三年生、一生涯の、大学受験というのは大変大きな出来事なわけですよ。それがどう左右されるかということを真剣にやろうとしているのに、何か全く、いつ決めるのかわからないようなことを平気でこういう正式な国会の場で答弁されるのは困る。余りにも不誠実だというふうに言わざるを得ない。
 これはもう一回ちゃんと答えてください。どういうふうに、何を論点に、何が問題となって検討しているのか、どういった意見があるのか、こういうことをちゃんと報告するべきだと思いますが、どうですか。
遠藤政府参考人 大学入学資格につきましては、我が国の学校教育制度の中で大学教育の水準を確保するために必要なものでございまして、高等学校卒業または大学入学資格検定の合格等、一定の要件を必要としているものでございます。
 このため、アジア系の外国人学校も含め、教育内容について法令上特段の定めのない外国人学校の卒業者の大学入学資格につきましては、高等学校卒業と同等以上の一定水準の教育をどのように担保するかが課題でございまして、この点を中心にさまざまな観点から省内で事務的に検討している、こういう状況でございます。
赤羽委員 私は、そういう観念論はもうそろそろ少し脱却した方がいいというふうに思いますよ。
 日本の文部科学省が定めている、いわゆる一条校を卒業した学生がある一定の能力の水準が担保されている、そういう論でしょう。その一条校じゃないところの高校を卒業した人たち、または学校に行かなかった人たちの一定の能力の水準を担保しなければいけないと。
 しかし、これはそういう理屈はあるかもしれないけれども、実態論としては全然そうじゃないでしょう。日本の高校を出て早稲田大学に行って、大学にも行かずに、後で質問にも取り上げようと思っていますが、連日イベントを開いてレイプなんかしている、どこに一定水準の能力が担保されているんですか。こういった実態があるんじゃないですか。片や、外国人学校を出て大検を受けて、いわゆる日本で言う一流大学に行っている実態だっていっぱいあるじゃないですか。
 こういった現実を全く直視しないで、やれどういうふうに線を引くか、いつまで結果を出すかということを明確にしないで、私、こういうことをやっていても結論は出ないと思いますよ。実態論と乖離したような形というのは、私は、もうそろそろそういった発想自体を、考えを改めた方がいいと思います。
 ちょっとここで一つ確認をしておきたいのですけれども、例えば、台湾の高校を出た人は日本の大学入学受験資格がありますよね、留学するということで。日本のいわゆる台湾系の中華学校を出た人というのは入学資格がないんですよ。これは矛盾ないですか。どういう理屈がつくんですか、これは。
遠藤政府参考人 入学資格につきましては、それぞれの国におきまして国内法令に基づいて資格が決められている、こういうことでございます。したがいまして、外国につきましては、これは国内法令直接のということではございませんので、外国の学校につきましては、それぞれの外国の学校の制度を尊重いたしまして、そして入学資格ということにしておるわけでございますけれども、日本の国内にあるいわゆる外国人学校につきましては、それぞれの国内法制ということでございまして、そういう意味で、私ども、観念的と言われて大変申しわけございませんけれども、高等学校卒業と同等以上の一定水準の教育という観点から入学資格ということで定めさせていただいている、こういうことでございます。
赤羽委員 まさにそれを観念論だと言っているんですよ。台湾の高校を出た人が日本の国立大学を受ける場合に、日本の文部科学省は、外国の問題だからということで、基本的には全員に受ける資格を与えているわけですよ、門戸を開いているわけですよ。日本にある、自分たちが直接管轄していない各種学校のエリアかもしれないけれども、日本に長年住んでいて、中華学校でそれ相当の、大学を結果として受かるような人に対しても大学入学資格を問うているんですよ。
 こういったことを、私はまさに屋上屋だというふうに思うし、おかしな矛盾を感じませんかということを問いただしているんですけれども、どうですか。理屈はあるかもしれませんが、それはへ理屈に近いんじゃないですかということを私は聞きたいのですが、どうですか。
遠藤政府参考人 制度ということでそういうことにさせていただいておるわけでございまして、制度という意味では、例えば各種学校につきましては、大学入学資格は、これは外国人学校その他にかかわらず、そういう仕切りにさせていただいている、こういうことでございます。
赤羽委員 お役人の答弁ですから限界があると思うので、政治家の方に答弁していただいた方がいいのかもしれないが。
 では逆に、外国人学校の、いわゆるアジア系の民族学校の卒業生に大学入学資格を与えることで、どんな問題が出るんですか。彼らだって大学受験をするわけでしょう。別に問題が私は起こらないと思うんですけれども、この点についてどう考えているんですか。これは、もうそろそろ私は、やはりこれだけの国際社会になっている、まさにオープンマインドにしていくべきだと思いますよ。別に大学に入れろという話じゃないんだから、大学受験をする前提の大検なんていうのはもう必要ないんじゃないのということを言っているわけですよ。どんな問題があるんですか、外国人学校の卒業生に大学入学資格を与えるということは。私は、それはとても理解できない。
遠藤政府参考人 具体的にどのような問題がということでございますけれども、制度上の問題として、大学教育の水準確保という面で問題があるということでこれまで来たわけでございまして、現在、その点についてどうしたらいいかということで鋭意検討をしている、こういうことでございます。
赤羽委員 わかりました。今検討しているということなのであれですけれども、結局、大学入学資格が自動的に与えられている日本の高校生が、今みたいな、大学で勉強もしないでいろいろな問題を起こしているという実態があり、かつ、外国人学校の卒業生でそういった問題があるかもしれないけれども、特段、そういった問題があるから大学入学資格を与えられないんだ、こういったことを説明するだけの事例は僕はないと思いますよ。
 ですから、規制緩和の閣議決定もあるわけだし、いわゆるインターナショナルスクールにおいてすべて門戸を開放しろというその中に、当然、このインターナショナルスクールの中にいわゆるアジア系の民族学校、アジア系の民族学校といったって、私、神戸にもたくさんありますからよく行きますけれども、いわゆる中華系には中国人だけじゃなくて、日本の国籍の方だってほかの国の方だっていますよ。そういったこともインターナショナルスクールと考えて、ここはがっと全部門戸開放をしたらどうですか。それが規制緩和の閣議決定の趣旨に沿うものだと私は思いますが、これは大臣答弁をちゃんとしていただきたいと思います。
遠山国務大臣 そういう御意見があるということもよく存じておりますし、さまざまな意見があるわけでございまして、この問題についての国民の要望なりいろいろなことを考えながら、また日本の子供たちも、高校を卒業していない人は、特別のものは別といたしまして、大検を受けて大学に入るというような状況にもなってございますし、今の制度のもとでも、大検を受けていただければ入学資格も得られるわけでございます。
 そういうことを前提にした上で、さまざまなことを考えて今検討中ということでございますし、そして同時に、来年の四月の受験生にとって不都合がないように時期も考えながらやっていくということでございまして、そういう形で今準備をしているという段階でございます。
赤羽委員 いろいろな意見があるがゆえにパブリックコメントを聞かれたんだと思います。ですから、パブリックコメントに基づいた決定がされる、こういったことでよろしいのですね。ちょっともう一度大臣答弁を。
河村副大臣 パブリックコメントもいただきましたし、今赤羽委員からもいろいろ御指摘いただいた、そういうことも踏まえて検討いたしておる、こういうことでございます。
赤羽委員 ぜひ国際社会にふさわしい、新たな差別を生まない形で決定をしていただきたいと思います。
 私、加えまして、もう大検という制度そのものも見直した方がいいのではないかというふうに思います。それぞれ事情があってこれだけ学校をやめるというようなことも多いわけですけれども、それなりに皆努力をして大学試験を受けるわけですから、そこで能力がすべて問われるわけであって、三年間高校に行かなかった部分について資格を問うような試験というのは、もうそのもの自体私は時代おくれだというふうに思っているということを表明したいと思います。
 次に、この問題があったときに、年度末というか三月末に、いわゆるインターナショナルスクールの設置を主たる目的とする学校法人について特定公益増進法人に追加する、この問題について質問をしたいと思います。
 政府答弁は、この問題といわゆる外国人学校の卒業生の大学入学資格は全く別の問題だ、こういう答弁なんですね。ですけれども、私これはちょっと、本当にそうなのかなと思うんですよ。
 今回のこの理由が対日投資を呼び込むために云々とありますけれども、これは、実は外国人学校の卒業生に対する大学入学資格の閣議決定も同じ文言だったと思うんですよね。ですから、私、このことについてはちょっと別の問題として論じるというのはおかしいと思うし、年度末に与党の中でもこの卒業資格ということが問われ、国際バカロレアとかWASCなんかの認定を受けることを絶対的なものとすること自体少しおかしいのではないかというブレーキがかかって、現実にはどうするかというのを検討された。
 この問題については検討されたのに、今回のこの税制改正というか、この特定公益増進法人の認定云々については、これは国会の議論なくできるシステムでありますけれども、この文部科学省の告示にあるように、外交、公用または家族滞在の在留資格で在留する外国人子女に対して教育を行うことを目的とする学校であって、国際バカロレアやWASCなどの国際的な機関が認定するものである、こういったことを要件にして告示をしたというのは、私はちょっと納得がいかないんです、率直に言って。問題があるのに、どうしてそういうことを一方的にやったのか。
 対日投資ということで云々とありますけれども、今の経済の状況の中で、これはもう、中華系、香港や台湾や、東南アジアのところからも随分日本に来ている子女が多いわけですよ。そういう人たちが、台湾系の中華学校とか、そういったところにも行くわけだけれども、結局、WASCとか国際バカロレアなんという認定を受けているわけじゃないんですよ、英語圏の学校じゃないから。
 だから、これは何でこんな要件がつくのか。この辺について、私、どうしても、文部科学省、この一連の問題の中で、何か国際的な権威というのは国際バカロレアとWASC、ここに認定されている学校がすべて正しくて、そこから外れているアジア系というのは劣っているみたいな、こういった思想があるんじゃないかと感じざるを得ないんですけれども、なぜこんな要件をつけなきゃいけないんですかというのが一つと、台湾系とか香港系とか、そういうアジア系のビジネスマンだっていっぱいこっちに来て、学校を探しているんですよね。こういったことについてどう対応するのか。この問題について、明確に答えをお願いします。
玉井政府参考人 お答えを申し上げます。
 今回の税制改正は、御質問の中でも御指摘いただきましたけれども、対内直接投資を促進し、海外の優秀な人材を呼び込む上で、日本に来られている外国人の子女に対する教育上の環境整備を行うことが重要だ、その観点で税制面での支援を行うという政策目的を持っているわけでございます。
 そこで、今回の特定公益増進法人の対象につきましては、今申し上げました政策目的を踏まえまして、各種学校を設置する学校法人、準学校法人であり、かつ、家族滞在等短期の在留資格で滞在する外国人子女に対して教育を行うことを目的とするものであって、国際バカロレア事務局など国際的な機関が認定するものをその基準として設定したわけでございます。
 このような基準を満たす外国人学校においては、欧米系の子女だけではなくて、中国等アジア地域を含めて、世界のさまざまな国の国籍を有する子女が学んでいるという実態がございます。
 なお、御指摘の中で、中華学校についての御指摘がございましたけれども、家族滞在の在留資格を有する外国人子女は必ずしも多くはないというふうに私どもとしては承知をしているわけでございまして、いずれにせよ、この税制改正の目的というのは申し上げたとおりでございまして、そして、その基準を申し上げたわけでございますので、したがって、アジア系であるとかないとか、そういう観点でこういう政策目的を設けたわけではございません。
赤羽委員 今の答弁ですと、アジア系の外国人学校であっても、いわゆるその基準を満たせば特定公益増進法人に追加される、その対象になり得る、こういったことですか。
玉井政府参考人 お答えを申し上げます。
 先ほど、この税制優遇措置の目的、それから基準を申し上げました。したがって、今回の税制改正に係るその目的、そして基準に照らして、該当すれば、アジア系の外国人学校でもこのような政策目的を踏まえた基準を満たすということになりますと、特定公益増進法人の対象になり得る、そういう仕組みでございます。
赤羽委員 ですからお役所というのはずるいと申し上げておきたいんですよ。
 中華学校が国際バカロレアとかWASCの認定される可能性なんて、ほとんどないんですよ。だけれども、しかし、さはさりながら、そういう国際バカロレアの認定を受けない中華学校でも、これからの貿易のトレンドを考えると、アジア系、香港系、台湾系から子弟が多く来る時代になるわけですよ。そういうトレンドになっているわけだから。まさに、今そういったものがないがゆえに、インターナショナルスクール、いわゆる英米系に行っているという実態もあるわけであって、もうちょっとこれは、オープンマインドでこのことについてもぜひ前向きに少し考えを改めていただきたいということを申し上げておきたい。
 最後、その答弁をいただいて、私の質問を終わりにします。
河村副大臣 赤羽委員の御指摘の点、私も理解をするのでありまして、税制改正の場合のあり方、特に特増をどうするかという問題について、いろいろ議論があるところで、なかなか、条件が整いませんと財務省の方のガードがかたいという面もあるんです。これはむしろ、そっちの方から来たものを我々の方が認めたということでありますから、さらにそういう条件に合うものについては我々の方からこれを求めていく、こういうことでなければいかぬ、こう思っております。
赤羽委員 どうもありがとうございます。
 いずれにせよ、二十一世紀、国際化の時代にふさわしい、前向きな決定がされるように、観念論でない決定がされるように強く期待をいたしまして、私の質問を終わりにします。ありがとうございました。
古屋委員長 牧野聖修君。
牧野(聖)委員 民主党の牧野聖修です。
 ただいま赤羽委員から、外国人学校卒業生に対する大学受験資格付与の質問がなされました。私も同じ質問をさせていただきますので、よろしくお願いをいたします。
 最初に、大臣に質問をさせていただきますが、ことしの三月の二十七日に、大臣が大変お忙しい中、私どもにお時間をいただきまして、民主党を代表いたしまして数名の者が大臣室に伺いまして、パブリックコメント最終日でございましたね、そのときに、外国人学校卒業生に対してできるだけ門戸を開くべきではなかろうか、そういう申し入れをさせていただきました。
 そのとき、大臣の答弁は、それこそ最終日でしたから、パブリックコメントを見て、それを参考にして決断したい。そのとき私に、オール・オア・ナッシングで臨みます、そういうふうに言われましたね。私はそのことを覚えております。オール・オア・ナッシングという言葉をいただきまして、今回、これはかなり期待していいのかなと正直思いました。それで、そのとき、私はつけ加えて、来年度受験を迎える生徒さんに人生の選択がもう迫ってきているんだから、できるだけ早くその決断をすべきではないか、こういうふうに言いましたら、そのことは十分承知していますと大臣は私に答えましたよ。私は、そのとき非常にいい感触を得て、正直言って、喜んで帰ってきました。
 ところが、その後、一向にはかばかしくないという状況でありますし、今赤羽議員の質問に対しても、何が何だかよくわからないという感じですね。何が何だかよくわからない、そういう感じなんですよ。
 私はあのときの大臣の話を信じていますよ。それから、先ほど、来年度受験生に対しては不都合な点がないようにしたいという気持ちがありました。具体的にどういうことなんですか。そのことを含めて、大臣、この問題についての大臣の見解をお聞かせいただきたいと思います。
遠山国務大臣 これは、私の個人的な意見で対応するような問題ではございませんで、我が省としてどのように対応していくかという大変大事な問題だと思っております。
 外国人学校卒業者の大学入学機会の拡大という点でございますので、これは、私どもの案は、最初、国際的な実績のある評価団体によって評価を受けている外国人学校の卒業者について入学資格を認めるという対応案を三月に出したわけでございますが、これについて各方面から、その案のねらいはさりながら、結果的にアジア系などの外国人学校について対象にならないというのは、それはもっと適切な対処をすべきであるといういろいろな意見をいただいたところでございまして、パブリックコメントにかけましたところも、そういうような意見をいただいたところでございます。
 そういうものも十分に私どもも大事な意見として受けとめて、そして、制度としてどのようにやっていくかということを目下検討中でございまして、できるだけそういうことについても配慮をしながら、また同時に、さまざまな意見もあるわけでございますし、また、制度としての整合性というのも検討しながら、今準備を進めているというところでございます。
 来年度の入学者にできるだけ不都合のないようにと思っておりますのは、時期的に、その人たちが困ることのないように、できるだけ広く、拡大するという話でございますので、そういったことについて配慮していこうということでございます。担当局の方でも、今、そういうことで精いっぱい準備を始めてくれているところでございまして、全体状況を見ながらこの件について考え方をまとめていきたいというふうに考えております。
牧野(聖)委員 パブリックコメントの件数は一万三千三百四十三件ですね。その中で、アジア系の外国人学校の卒業生にも大学の入学試験の受験資格を与えるようにという意見は一万二千七百七十九、九六%ですよ。結論は出ているんじゃないですか。
 大臣、パブリックコメントを見て決断をしたい、そして受験生に不都合のないようにと言われている。それであるならば、既にこの時点では明確な文部科学省の方針が明示されてしかるべきなんですよ。ところが、今、大臣は、さまざまな意見がありました、こういうふうに言われました。どんな意見があったんですか。その間、どういう事情があったんですか。その点についてお聞かせください。
河村副大臣 大臣に直接お話をされて、そして今、大臣答弁があったわけでございますし、パブリックコメントも一つの大きな重要な要点であるということは間違いございません。
 これまでこういう形で政策をとってきたわけでありますから、その政策をどういうふうに、これを変えるとなれば、変更していくわけでございますので、そういうことも踏まえながら、これは文部科学省の政策と同時に、もともと外国人学校に門戸をこういう形で開いたという、一つの経済政策といいますか、政府の一つの大きな方針というものの中でこういう形が生まれてきたということでありますから、そういうことも踏まえ、総合的に判断しなきゃならぬ、こう思っておるわけでございます。
 確かに、委員御指摘のように、大学受験の時期が迫ってきておるし、まずセンター試験というのが十月にございますから、それまでに間に合うようにということでありますから、これはもう、そうゆっくりしている時期ではない、こう思っておるわけでございます。
牧野(聖)委員 いつもの河村副大臣とも思えぬ答弁ですね。意味不明ですよ。
 そこで、さらに質問させていただきますが、きょうの朝のNHKのニュースで、私は見なかったんですが、話を聞きましたので、今取り寄せましたら、既に京都大学は、国立大学としては初めてアジア系の卒業生の受験資格を既に部局長会議で決定をして、近く文部科学省にそのことを申請するという決定がなされたようですね。文部科学省より先に、大学の方が進んでいるじゃないですか。大学院に門戸を開いたのも京大が先でしょう。何をやっているんですか。
 それから、先ほど来、国際的機関で信用のある団体、四団体ぐらいの名前がよく出ていますけれども、何で文部科学省が認定しないんですか、この学校はいいとか悪いとか。本来、あなた方がやるべき仕事でしょう。外国の任意団体に任せて、そこの判断でもって大学受験資格を認めるか認めないかという判断をしている。それは丸投げじゃないですか。悪い言い方をすると責任放棄ですよ。
 私は、先ほどの赤羽委員の趣旨、全くそのとおりだと思うんですよ。その点について、副大臣、どうですか。
河村副大臣 私も、この問題が出たときに、外国人学校については国際的なバカロレア、そういう認定機関がある、ところが、アジア系の学校、中国語あるいは韓国語でそれを評価する機関がないんだということがありまして、ただ、先生言われるように、それでは国が、国家が、この学校はいいんだとか悪いんだとかということを決めることが果たしていいかどうかということは、私は、評価の公正性ということから考えて、これはやはりちょっといかがなものか、こう思います。私も、国でできないのかということも考えたんですよ。しかし、やはり、国家がこれはいいんです、悪いですということになりますと、これは私政治家としての発言であれでございますけれども、一歩間違うと国際問題になりかねないことでございますから、それは慎重にならないかぬ、こう思います。
 ただ、残念ながら、そうした公的な評価機関がないんだということが一つのネックになったのでありますというなら、それをどういうふうに見るかということです。しかし、現実に、自国にある学校を卒業してきた人はいい、しかし、日本に同じような学校があって、たまたまそれは法人化されていない、日本の基準からいうと合わないんだということがネックになっているというのならば、それをどういうふうに考えていくかということは、これは判断をしなきゃいかぬ問題に差しかかっている、こう思っておるわけでございまして、だから、そういう意味で、国が決めればいいんだと言われても、これはなかなか私は難しい問題で、そこの点もきちっと説明できるようなものにしていくべきだ。
 というのは、最初のスタートが、このバカロレア等の認定を受けられるところについては認めましょうということでスタートした、そこからスタートしたものでありますから、それにかわるものということでまず考えていったときに、残念ながら、今日本にその評価機関がないし、世界にもそういうものがどうもないということで、さあ、どうするということで、今いろいろ知恵を絞っているというのが現状でございます。
牧野(聖)委員 国家の機関が正式にそういうものを、仮に、作業はしなくてもいいと思うんですよね。でも工夫はあるじゃないですか。これだけ長い間大きな問題になっているわけですから。しかも、アジア系のみならずほかの、ブラジルの関係の皆さんだとか、非常に悲しい思いをしているわけですよ。それに対して、どうして工夫をして、救いという言い方はおかしいですけれども、平等に門戸が開けないものかという感じがするんです。
 私は、七日に、我が党の仲間と、神奈川県の横浜の北朝鮮系の学校と、そして台湾系の中華学院の方に視察に行かせていただきました。何か新聞ですと、池坊政務官が二カ所ぐらい視察をされたということで伺っていましたけれども、学校へ行きましたら、今まで文部省の皆さんはだれ一人として調査にも何も来ていないと言うんですよね。それでは実態がわかるはずはないじゃないですか。それで、あなた方は、では、調査に来たら、それに対して歓迎してちゃんと協力しますかと言ったら、もちろん協力しますと言っているんですよね。
 なぜ、これだけ大きな問題になってきたにもかかわらず、何も調査しないでここまで来たんですか。お答えください。
遠藤政府参考人 外国人学校卒業者の問題につきましては、高等学校と同等以上の一定水準の教育を制度的にどのように担保するかということが課題でございまして、この点を中心にさまざまな観点から、現在、鋭意検討しているということでごさいます。
 このように、制度的な面を中心に検討しているということでございますので、個々の学校に立ち入って調査するということは予定をしていないというところでございます。
牧野(聖)委員 池坊政務官、あなたは視察されまして、感想はどうですか。どんなことを感じられましたか、現場へ行って。
池坊大臣政務官 私が議員になりましたとき先輩議員から、物事を決めるときはしっかりと実情を把握し、そして調査をするようにと言われておりましたので、私は、中華学校もインターナショナルスクールも行ったことがございますので、朝鮮学校の生徒がぜひ授業参観にと要望してまいりましたので、参りました。
 新学習指導要領に基づいた教科書をつくっておりまして、授業参観、六割ぐらいいたしましたけれども、母国語それから日本語も週に五日間やっておりました。そのときに子供たちが、私たちは自分の民族と文化に誇りを持っております、でも、同時に、日本に生まれ育ち、またこれからも日本で生きていくと思います、日本の友人もたくさんいて、日本の文化も、日本語も母国語以上にしゃべれます、そして民族もしっかりと尊重しております、二十一世紀は私たちが必ず両国のかけ橋になりますとまじめに言われまして、私はその言葉に期待を寄せました。
 大変整然と、そして明るく伸びやかに授業をしているように私には見受けられました。
牧野(聖)委員 政務官と同じ印象を私は持ちましたよ。
 局長、答弁をお願いしますけれども、学習指導要領に基づいてきちっとしたカリキュラムを組んで、しかも横浜の中華学院では、教育委員会とちゃんと連携をとっている。それで、神奈川県から千三百万円の補助金を一年間にもらっている。横浜市から二百六十万円の補助金をもらっている。それだけ連携を密にしてしっかりやっているんです。北朝鮮系の学校も一生懸命頑張っている。どこに水準が劣っているのか、私は疑問ですね。
 高校卒業程度の学力の水準を確保したいから、いろいろな規制を設けてやっている。十二年間外国の学校を出た人は、出たがゆえ、そのことだけでもって日本の大学の受験資格が与えられているわけですよ。どういう学問で、どういう水準かという調査をしたり、いろいろな規定はないですね。十二年間そこに、卒業したというゆえをもって認められているんですよ。そうでしょう。詳しいことの調査はしてないじゃないですか。大体、できないでしょう、その水準がどこまで行っているかというのは。だから、十二年間行ったということで、それをもって、外国の学校を出た生徒はそのまま日本の大学の受験資格があるわけです。
 今言ったように、地方自治体の補助金ももらいながら、いろいろ連携をしながら一生懸命やっているところが得られないということだったら、あなたの言っていることは矛盾があるんじゃないですか。
 それからもう一つ、専修学校の皆さん、一生懸命頑張っていますけれども、この皆さんには受験資格を付与したじゃないですか。そうでしょう。その学力というのはどれほどの差がありますか、違いがありますか。そこを答弁してください。
遠藤政府参考人 専修学校につきましては、一定の要件、例えば三年以上の修業年限あるいは何千時間以上の授業時間数、あるいは国語その他の教科を学習指導要領に準じてやっているかといったような観点で要件を決めまして、その申請があって要件に合致すればということで受験資格を与えてあるわけでございます。
 今、いろいろ御指摘がございましたけれども、そういう点も踏まえて、鋭意、どうしたらいいかということで検討をしているということでございます。
牧野(聖)委員 各種学校の皆さんに付与するときの今言われた条件の中に、三年以上、それから卒業に必要な時間数二千五百九十単位時間、それからもう一つ、卒業に必要な普通科目の総授業時数四百二十時間以上、それを決めて、それを基準にしたんでしょう。中身はないんですよ。この外形的な基準だけだったら、今の日本の外国人学校は全部満たしているじゃないですか。もう一度、答弁。
遠藤政府参考人 一般的に申しますと、外国人学校につきましては、日本の学習指導要領ということではございませんので、そういう点も含めて今検討しているということでございます。
牧野(聖)委員 外国で十二年間勉強した人たちには、そういう規定は何もないんですよ。何で、国内で一緒に勉強して、私も学生、小さな子供に会いましたよ。日本社会に溶け込んで一生懸命頑張りたい、みんなと仲よくしてこの社会に貢献したいと思っていると言っていましたよ。子供の可能性を文部科学省が摘み取っているということじゃないですか。
 僕は、時間がないからあれですけれども、昔、市井三郎さんという人の論文を読んだときに、人間が幸せになるための第一の原理原則は自助努力だ、でも、自助努力ではどうすることもできないことがこの世の中には多い、それによる不幸が多い、問われて責任を答えることのできない事項が多くて、それによって不幸になることが多い、それを社会の不条理というと書いてありますよ。その不条理を解き放すために政治の任務があるんだと書いてある。僕はそうだと思うんですね。
 国内に生まれたのか、縁があって来たのか、いろいろな理由で今外国人学校へ行っている、その子供たちに、どこに責任がありますか。文部科学省の不作為といいますか、不親切な対応によって、その子供たちの将来が今大変な状況になるんですよ。
 大学受験の資格は与えられないということで、大検だけで通ればいいじゃないかといえば、科目数が全然違うじゃないですか。その門戸を閉ざされていることによって、ほかの幾つか日本国内にある資格が取れない子供たちがいっぱいいるんですよ。大学の受験資格を閉ざされていることによって、社会的にいろいろな資格を取っていく、そういうことが既にその時点で門戸を閉ざされているということがいっぱいあるんですよ。大臣、そのことについてどう思いますか、答弁してください。
遠山国務大臣 委員の御熱意ある御意見、本当によくわかります。私ども、そういった御意見というのも非常に貴重な御意見として考えながら、今、鋭意検討しているわけでございます。
 それと、一つ気になりますのは、学校教育法第一条でしっかりした学校制度をつくっているというのは各国とも共通でございますし、その学校教育制度の中でしっかりとその課程を経てきた者を中軸に考えていくというのは国の制度として当然でございますし、諸外国におきましても、それぞれの国において学校制度をつくり、そこにおいて、その学校で卒業した人たちの扱いについてはインターナショナルに共通しているということでございますので、制度の根幹についての御理解がやや違うかなという点もございます。
 高校にまでただいたということではなくて、高校卒業の資格もちゃんともらった人たちのことについて大学資格も与える、それ以外の人については大検制度も広く開いているということであります。それに加えてさらにどうしていこうかということを、今鋭意考えているわけでございます。
牧野(聖)委員 逆さの場合を考えますと、諸外国で日本人が同じような状況になっていたときには、私は大変つらい思いをしますね。
 私は、チベット支援の議員連盟の代表をやっているんですよ。一九四九年に不法支配されて植民地状態になって、もう半世紀たっている。そのチベット人社会が、失われた祖国とアイデンティティーを求めるために、今、非暴力と対話路線でやっている。本当に独立は欲しいんだけれども、独立と民族のアイデンティティー、どちらかをとるかといったら、最終的に独立をあきらめて、今は民族のアイデンティティーをとる方に行ったんですよ。それは、民族の言語であり、習慣であり、風俗であり、歴史であり、そして宗教、そういう勉強をしたいということで、独立をあきらめてアイデンティティーをとる方に行ったんですよ。それだけ民族教育というのは大切なんですよ。
 森岡先生からも御指摘ありましたけれども、これはどこの民族にとっても、人間一人一人にとっても、大変重要なことなんですよ。そのことを我が国家がないがしろにしているということは許されるべきものではない。ましてや、口を開けば国際化社会、グローバル化社会といつも言うわけですよ。それを言っている皆さんがここで根本的な過ちを犯しているということは、一刻も早く私は是正していただきたい。
 それからもう一つ、最後に、一点気になることがありますから言わせてもらいます。
 外国人学校への税制上の優遇措置がありました。これはアジア系も含めてすべての人に平等にやってくださいよ。みんなそう願っていますよ。ですから、一刻も早くこれをそういうふうにしてください。
 それで、そのときに気になっているのは、外国からの投資の対象として教育を考えているような、新しい経済効果を考えているような言葉が時々ちらちら出てくる。それは教育の本意からは大分かけ離れた考え方ですね。先ほど副大臣、そのことを言われましたけれども、私はその考え方は間違っていると。教育本来の立場に立ってこの問題を考えるべきです。そう私は思いますけれども、最後に一言いただいて終わりたいと思いますが、どうですか。
河村副大臣 これは税制の問題でございまして、それぞれの学校経営に大きく影響する、それがよくできることによってそこの教育がうまくなるということでありますから、結局、終局的には教育の問題にかかっていく、こう思っております。
 先ほど赤羽議員にも答弁申し上げましたけれども、条件整備、特増についてはかなり条件的にいろいろな条件があるものでありますから、それをきちっとクリアするものについては、今度は我々の方から要請をして財務当局とお話をしなきゃいかぬ、こういう問題であろうというふうに思っております。
牧野(聖)委員 日本で生活をしている外国人、大勢の方がいらっしゃいます。特に学校関係者の皆さんは、子供たちの将来に対して期待をしております。日本の子供たちと同じように仲よくして、そして大きくなって幸せになって、日本社会の中でみんなと仲よくして貢献したい、またそういう子供を育てたい、そのために学校に寄附をしたりすることはやぶさかでない、大変喜ばしいことだと言っています。
 それで、私生活の中では税金もいっぱい払っております。日本人と同じように税金も払っている。でありながら、自分たちの学校に対してはそういう措置が欧米系と比べると差別をされている。このことを非常に残念に思っているようでございますので、ぜひそういうことのないように、一刻も早くこの問題を解消してくださいまするように。
 それから大臣、その時期が来ていると言われましたけれども、さらなる明確な答弁はいただけませんでしたけれども、きっと来年の受験生に対して不都合がないように早く決断を下すということでございますから、これ以上聞いても同じ答弁だと思いますので要望します。一刻も早く決断されて、我々じゃなくて、外国人学校へ行っている子供たちの期待にこたえられるような決断をお出しくださいまするようお願い申し上げまして、私の質問を終わります。
 ありがとうございました。
古屋委員長 山元勉君。
山元委員 民主党の山元でございます。
 私は、きょう、骨太の第三弾のことで御質問しようと思ったんですが、一言だけ、今の牧野委員のお話、先ほどの赤羽先生のお話から、私もおとつい、学校現場へそれぞれ行ってきました。前の委員会、三月の委員会で私はこの問題を取り上げて、一日も早くということを、三月十四日でしたが、まだ決まっていないというのは本当に愕然としますし、そして、おとつい学校へ行って、大学受験をことしするんだという三人の子供の話を聞いてきました。目も見てきました。本当に勉強したい、けれども行けない、差別をされているということ、悲しいということが子供たちの口から出ました。これはやはり、今、最後の大臣の答弁でもあった、一条校と違うと。台湾の中華学校の卒業生は一条学校を卒業したことになるわけですか。違うでしょう。大きな矛盾がこの問題にはあるわけです。
 ですから、やはり一日も早く解決をしていただき、結論を出していただいて、そのためには、高等教育局長、さっきぐじゃぐじゃ言ったけれども、あすにも飛んでいって学校を見てほしい。例えば、時間表を見たら、小学校一年生の時間表を見ても、国文というのと日文というのがあるんですよ。五時間ずつぐらいですかね。日文というのは日本語の勉強、国文というのは母国の国語の勉強なんです。だから、土曜日は休めない、学校は五日制でなくて六日制ですと。こういう勉強をしているところをしっかりと局長も課長も見に行って、しっかりとした結論を一日も早くあの子たちのためにも出してやってほしい、日本の名誉のためにも出してやってほしい、こう思います。これはお願いをしておきます。
 それで、私、先ほど言いましたように、この間の二十七日に、骨太の改革第三弾、経済財政運営と構造改革に関する基本方針二〇〇三年というのが閣議決定をされました。私は、この中で、幾つかのところで教育の問題が出ていますから関心を持って読ませてもらいましたし、マスコミも取り上げていました。
 この問題については、義務教育費国庫負担法の改正の問題で三月にこれもここの委員会で論議がありました。私も随分と論議をしまして、大臣が根幹はしっかり守るという言葉を繰り返しておられたあの委員会ですけれども、その三位一体の改革というのを、骨太の改革というのを見て、七つの分野があるわけですけれども、特に教育について、義務教育改革等についてというのがあって、1、2、これはもう皆さん御承知だと思いますからここではだらだらと読みませんけれども、何回読んでも、教育をどうするんだということが一向にわからぬ文章になっている。中には「コミュニティ・スクール」だとかいろいろ書いてあるんです。「地域の実情や子供の個性に応じた多様な教育」だとか、ずっと書いてあるんだけれども、最後のところは、「教員の一律処遇からやる気と能力に応じて処遇するシステムへの転換を進める。」と。何か賃金を下げるというような、合理化するような、そういうのが最後の締めくくりに出てきているんですけれども、一向にわからないんです。教育がどのような方向で改革をされるのか、あるいは、我々が望む拡充をされるのかということについてはわからないんです。
 そこで、大臣、この閣議決定が先月二十七日にされた、閣僚の一員として出られたわけですけれども、一体どういう思いでこれを認められたのか。大臣は今まで、先ほども言いましたように、根幹を守るとか、あるいはいろいろなことをおっしゃってきた、教育に責任を持つ唯一の閣僚だと。その閣僚が閣議に出て、この方針をどういう思いで認められたのか、日本の教育についてどういう影響が出てくると認識していらっしゃるのか、まずお聞きをしたい。
    〔委員長退席、馳委員長代理着席〕
遠山国務大臣 基本方針二〇〇三でございますか、これにつきましては、私は、人材育成について重点を置いている、これは政府の方針として極めて望ましいと思っております。
 それから、義務教育費国庫負担制度につきましては、昨年末の三大臣合意から一歩も退いていない、むしろ前進をしているという評価を持っておりまして、私としましては、この委員会において、諸先生方の叱咤激励もいただきながら、義務教育費国庫負担制度の根幹を守るということで明言をいたしましたとおりに、今後ともしっかりやっていきたい、そのようなつもりでおります。
 教育政策というものは、骨太の方針に全部書いていただくようなものではございません。これは、私どもが先生方ともいろいろ議論をしたり討論をしたり、また、政策立案者である私どもとしましてしっかり政策を打っていくものでございまして、そこに書いてありますものは、どちらかといえば経済財政という角度、では何を重点に予算化していくかというようなことが主に書かれているわけでございます。その意味において、私としては、その基本方針二〇〇三といいますものは、我が省にとって何ら後退もしておりませんし、むしろ、人材育成なり科学技術の重要性ということが盛り込まれている、そのような考えを持って閣議に臨んでいるわけでございます。
山元委員 いや、そう考えていいんですか。大臣が経済財政諮問会議に臨時議員として出られたときに資料を出していらっしゃる。そこのところに書いてあることとは全然トーンが違うでしょう。遠山臨時議員提出資料、去年の十月三十一日。ここでは、やはり義務教育についての国の責任は重大だ、義務教育は国民として必要な基礎的資質を養う憲法の要請だ、だから、義務教育費国庫負担制度は、国による最低保障の制度であって、これは不可欠の制度だ、こういうふうにきつく書いてあるわけです。
 私は、今度の骨太のところでは、何らそういうことはにおってこないし、読み取りもできない。大臣がおっしゃった、義務教育の国の責任は重大だ、去年十月の経済財政諮問会議、まさにこの骨太を決めたところですね。そこでおっしゃった意見はしっかりと受けとめられている、これはそう読み取っていいわけですか。
遠山国務大臣 今委員が御指摘になりました点は基本の基本でございまして、まさにそのことを前提として、いろいろな議論が起きましたときに私どもが対処しているわけでございます。義務教育の重要性、そして日本の義務教育が世界に冠たる成果を上げてきていること、そして、その水準というものを維持するために、義務教育費国庫負担制度というものの根幹を守る、ここはまことにそのとおりでございます。
 先ほど御引用になられました骨太の二〇〇三といいますものは、昨年末の三大臣合意から、むしろ財源論よりは教育論の立場において、この義務教育のあり方について所要の検討を行うということになっているわけでございまして、その骨太の方針の中には、義務教育が大事だとかそのようなことは、当たり前のこととして書かれていないわけでございます。
 しかし、私どもといたしましては、三大臣合意に結集をしていった、昨年の夏あるいは秋の私の主張というものは、三大臣合意に成果として盛り込まれたわけでございます。それ以降に、さらにまたことしになっていろいろ議論があったわけでございますが、先般の経済財政諮問会議におきましてもきちんと主張をいたしまして、そのことの結果、私は、先般の骨太方針の二〇〇三におきまして、むしろ前進した結果を得たというふうに考えておりますし、まさにそのとおりでございます。
山元委員 大臣、大臣はそういうふうに自信を持っておっしゃるけれども、世間はそう受けとめていないし、この間ここの委員会で、前の改正法のときに参考人として来ていただいた横山東京教育長は、三大臣合意とそしてこの義務教育費国庫負担制度のあり方について、参考人意見を出していらっしゃる、述べていらっしゃるんです。
 そこのところでは、例えば、何カ所かあるんですが、三大臣合意は、「「国庫負担金全額の一般財源化について所要の検討を行う。」とされておりますが、」と。私たちは、一般財源化というのは一言で言ってもらっては困るわけですけれども、そこのところは三大臣で合意していらっしゃる。けれども、横山先生は、「義務教育に係る経費負担のあり方につきましては、その重要性にかんがみまして、財政論を重点に論議するのではなくて、教育改革の観点から、義務教育制度のあり方の一環として議論すべきもの」でありますと。
 言い方は悪いかもしれませんけれども、教育の専門的な審議機関でない経済財政諮問会議が義務教育についてああせい、こうせい、こうするんだということは言える筋ではない。それは、中央教育審議会や文科省、文科大臣が言うことであって、経済財政諮問会議が一般財源化をするんだ、どうこうだと言うことについては、大臣がおっしゃっている、堅持をするんだということとは違うでしょう、乖離があるでしょう。これがどんどんと広がっていって、いや、これは三大臣合意で一般財源化をしていくんだということでやったら、本当に実質的に義務教育費国庫負担制度というものがなし崩しに解消されてしまう、そういう危機感を持つんですが、どうですか。
遠山国務大臣 三大臣合意の中身につきましては、先般の義務教育費国庫負担法一部改正の際に御説明いたしましたとおりに、これは「所要の検討を行う。」ということでございまして、それは、現在進められている教育改革の中で義務教育制度のあり方の一環として検討を行うということでございます。したがいまして、その検討の中で一般財源化というようなことが安易に出てくるということは考えられないわけでございます。しかも、今回の骨太の二〇〇三におきましては、教育改革の中でというだけではなくて、中央教育審議会の検討ということも入れ込んだわけでございまして、明確に教育論の角度から、しっかりと義務教育全体をどう考えていくかという考えの中において、教員の給与費の問題もとらえていくということでございます。
 したがいまして、経済財政諮問会議あるいはその前の地方分権会議、さまざまな御意見がございましたけれども、私といたしましては、その件について、教育論の立場でこの問題についてはしっかりと考えていくということを明確にできた、それがあの二〇〇三の意味であるというふうに考えているところでございます。
 といいますのは、三月、既に中央教育審議会に対して私から諮問をいたしまして、義務教育のあり方、これはさまざまな角度も踏まえて、これをよりすぐれた制度にしていくための何らか方策があれば御議論いただきたいということで諮問をしたわけでございます。その中に、義務教育費国庫負担制度につきましても御議論いただくようにお願いしたわけでございますが、それは、三大臣合意の中に、教育改革の中でこの制度のあり方を検討するということもあったわけでございまして、既に諮問をしている。そのようなことも踏まえて、今般の骨太の方針二〇〇三においてそのことを明確に位置づけさせていただいた、そういう関係でございます。
    〔馳委員長代理退席、委員長着席〕
山元委員 読み取り方が私と随分違うんですけれども、大臣の決意として、ぜひこれはもうしっかりと持っていただきたいし、具体的には、前の諮問で、教育振興基本計画と教育基本法のあり方について諮問をされた。答申は逆になっちゃったけれども。
 いずれにしても、教育基本法の改正をこれから時間をかけてやって、それから振興計画だということではなしに、今おっしゃるような気持ちで、日本の義務教育、教育に責任を持つ文科省としては、一日も早くやはり教育振興基本計画を、期日を出していって、その上でこういう財政的な担保が要るんだ、このことを出していただかなければ、今の骨太の方針では、新聞なんかは教員給与については効率化する、こんな書き方までしているところがあるわけですね。ですから、財政論がまずあってということではなしに、基本計画がまずあって、それに国がどういうふうに責任を持つのかということをきちっと文科省の責任として出されなければいけない。
 いつまでこの基本計画は時間がかかるんですか。前も申し上げたように、教育基本法について改正するよりも基本計画を早くきちっと、あるいは今の現場の改善をするということが大事だと私たちは言っているんですけれども、基本計画についてはどういうふうに作業が進んでいるんですか。
遠山国務大臣 基本計画の中に盛り込むべき事柄につきましては、今般の中央教育審議会の三月の答申におきまして御検討の結果が提示されたわけでございます。そのことを前提に、それぞれの担当において、そういうことも視野に置きながら計画の立案について準備をしているという段階でございます。
 それから、先ほど三月と申し上げましたけれども、中央教育審議会への諮問の日時は五月十五日でございました。おわびして訂正させていただきます。
山元委員 これは、きょう配らせていただこうかと思ったんですよ。三月の十四日のこの委員会で、義務教育費国庫負担法を改正するときに、附帯決議を全会一致で決めた。その第一番がやはり、憲法の要請によって、国の責任において水準の維持向上を図るために、きちっと所要の財政措置をしなきゃならぬと附帯決議の第一番に書いてあるんです。これは全会一致です。これはみんなの思い、文科省も受け入れたんですから、文科省の思いも一緒だと思います。
 そういう意味で、私は、やはりこの骨太の方針について、文科省が危機感を持ってもらいたい。さっきちょっと、これが前進したというような大臣の答弁がありましたけれども、私は違うというように認識しますから、これからの御努力をお願いしたいというふうに思います。
 そこで、余り時間がないんですが、こういうことで、税源を移譲するとしても、非常に心配なのは、この骨太のところにも書いてあるわけです、地方の自主性を尊重する意味からと。けれども、文科省はどういうふうに認識していらっしゃるのか。それぞれの地域の自主性にゆだねる教育ということをしたときの問題点、地域間の格差と普通言いますけれども、自治体によって財政力は本当に大きな格差がある。そして、都道府県の知事やあるいはそれぞれの自治体の首長さんにも、教育に関する関心は大きな格差がある。例えば、あの知事さんは環境のことだと真剣になる、福祉のことだと真剣になる、教育のことだと真剣になる、いろいろあります。ですから、そういう意味でいうと、格差が拡大することについては最低の歯どめをかけなきゃならぬというふうに思うんです。
 現に、自治体は、私の方の調べてもらったので、四十七都道府県のうち四十三の都道府県議会がこのことについての意見書を出しています。義務教育国庫負担制度を守ってほしい、最低の国の保障をしてもらいたいという意見書を出している。市町村もです。これはもう悲鳴とも言えるし、今の流れについての怒りとも言えるものだと思うんですよ。
 だから、そこのところはしっかりと受けとめて、地域間の格差を生じない最大の努力をするということが、文科省にきちっとあるのかどうか、そこのところをお尋ねいたします。
河村副大臣 一般財源化ということになりますと、交付税の問題になってくるわけでございまして、これは例を引くまでもありませんが、例えば、学校図書館の整備についても交付税措置をしておりますが、きちっとそのとおりできていないという現状があります。そういうことを考えますと、山元委員御指摘のような問題が起きる可能性が非常に大きい、こう考えなきゃならぬわけでございます。
 特に、財政力の弱い市町村等については、これは深刻な問題になっていくだろう、こう思っておりますので、その点についても、特に、教育水準の全国一律の基準をきちっと保っていくという観点からも、国が義務教育段階において責任を持つ、これは最低保障の段階であるという基本認識はこれからも持ち続けなきゃならぬ、こう思っておりますし、委員が先ほど来から御指摘のように、これを財政論で来たというところで私は非常に大きな問題を感じておるわけでございます。
 また、今回の国庫負担金の縮減方針の中で、一般財源化ということでありますから、地方の声としては、私ども、いろいろな方に会うと、今度は大変だ、教育費も削減するんですかと、国民はこういう危機感を持っている部分もございまして、これはよっぽど文部科学省としても、その辺については省内も一つのきちっとした理論武装といいますか、そういうものを持ちながら、今回の骨太の方針の中にうたわれているものに対してきちっとした考え方を持って対抗していかなきゃいかぬ。これは日本の義務教育を守るという大きな視点からこの問題に取り組んでいかなきゃなりませんし、恐らく委員の御指摘のように、一般財源化という問題は、当然地域の教育格差という問題になってくる。
 アメリカの例を引くまでもございませんが、アメリカが、各州の教育に全部ゆだねてしまった結果、非常に大きな格差ができた、これが非常に大きな問題になったことを考えてみても、私は、必ずそういう問題が誘引される、こう確信をいたしておりますので、そういうことも一つの大きなテーマとして理論武装しながら、この問題にきちっとした対応をしてまいらなきゃならぬ。
 それから、大臣も答弁されましたように、大臣としても、この問題を教育の問題としていかなきゃいかぬということで、この大臣合意の中に、さらに今後の検討課題の中に、中央教育審議会の考え方といいますか、答申を踏まえてやるんだということがきちっと入っているということは、この問題を一財政問題じゃなくて教育問題としてきちっと取り戻したといいますか、正当な形に持っていって、これからの、十八年度までの問題についてきちっと発言をしていく、これの根拠ができた、私はこう思っておるところであります。
山元委員 強い決意を表明していただきましたから、きっちりと記録に残して、担保にしたいというふうに思うんです。
 ただ、今、副大臣の言葉にありましたけれども、それぞれ地域が心配していると。本当に心配しているんです。
 先ほど言いましたように、四十三都道府県だとか自治体、全部上げてきているけれども、自治体だけじゃないんです。私、新聞のコピーを持ってきたんですけれども、「国庫負担堅持へ動き急」という大きな見出しで、歴代文部大臣、「首相に申し入れ」と。自民党の部会も申し入れと。
 これは、私どもがやいやいと言うているだけじゃなしに、与党の皆さんも、地域の実態から見て、一般財源化されたときには本当に危ないのと違うかと。この間も私も例として出しましたが、図書費というのに、図書館振興、図書館振興と言いながら、三百億円とか二百何十億円は行ってしもうた。そういうのが地域の実態だろうというふうに思うんです。ですから、こういう、それぞれの皆さんが国庫負担堅持ということを決めていらっしゃる。
 これは、文科大臣にも要求書が出て、緊急決議書というのが十六団体から出ている。これはお受け取りになっただろうと思う。国庫負担制度を堅持すること、優秀な人材を確保し、義務教育の水準を維持するため、いわゆる人材確保法を堅持すること、事務職員、栄養職員も引き続き義務教育国庫負担とすること。これは十六団体あって、教育長協議会だとかあるいは教頭会、校長会、栄養職員、事務職員研究会とか、そういう多くの団体、十六団体が緊急決議を出して三大臣に提出していらっしゃる。
 これは、私は、暇だからやっている、おもしろいからやっているのと絶対違うと思うんですよ。実際に、自分の地域の、あるいは自分の職種の、あるいは自分の職場の勤務状態がどうなっていくのか、教育の充実度がどうなっていくかという心配をこれほどしているという例は余りないんではないかというふうに思いますよ。そのことは、文部科学省がしっかりと重く受けとめる必要がいやが上にもあるんだろうということを、何回も言いますけれども、しっかりと腹の中に入れていただきたいというふうに思います。
 具体的なことで、一、二お聞きしたいと思いますけれども、そういう中で、一つは、事務職員、栄養職員について、やはりこの骨太のところでは触れているわけです。何でこんなところまで触れるのかわかりませんけれども、これはやはり財政の面から、事務職員も栄養職員も何とかせなあかんぞと。それはないでしょう、それは文科省に任せてくださいということが当然声として出ていかないかぬわけですけれども、前に、これは先ほども言いました附帯決議の中で、四番目にしっかりと、事務職員、栄養職員についても、定員の中にきちっと堅持をするという決議を前回上げているわけです。
 このことについては危機感は持っていらっしゃらないのか。大丈夫なんですか。
河村副大臣 この問題も全く同様に考えておるところでございまして、事務職員、学校栄養職員というものが、学校にとっての基幹職員である、教員、さらに養護教員もおられるわけでありますけれども、この基本的考え方に立てば、教員、養護教員、それから事務職員、学校栄養職員、これはすべて一定数確保していかなきゃならぬし、まだまだ、もっとふやしていかなきゃいけない現状もあるわけでございます。そういうことから義務標準法というのがあって、都道府県ごとに置くべき総数の標準があるわけでございまして、その給与を国がきちっと国庫負担しているというこの現状をやはり堅持していかなきゃならぬ。
 先ほど御指摘のように、附帯決議もいただいておるところでございまして、これからもそういう方向で、きちっと、今の教育費国庫負担制度の二分の一確保、これと一体のものとして堅持をしていく、この方針に何ら揺るぎはございません。
山元委員 どうも副大臣、お人がいいのかわかりませんけれども、私はそうは認めていない。この骨太の中でわざわざ、具体的に、「学校栄養職員、事務職員については、義務標準法等を通じた国の関与の見直し」「国庫負担制度の見直しの中で、地域や学校の実情に応じた配置が一層可能となる」と、欲しかったらやりなさいよ、必要やったら確保するようにやりなさいよと言って、これは明らかに外すことを書いているのと違うんですか。
 そうじゃなかったら、わざわざ栄養職員、事務職員を挙げて、標準定数の問題やとか負担制度の見直しの中でとか、あるいは、地域の実情に応じてというようなことは、こっち側から外しますよ、地域が必要だと思ったら自分のところのかい性で置きなさいよということになっていくという読み取り方をしなきゃいかぬ、危機感を持たなきゃいかぬのと違うのかと思うんですが、いかがですか、もう一遍。
矢野政府参考人 事務職員、栄養職員についての改革の提言は、これは経緯がございまして、義務教育費負担金についての一般財源化の問題とは別に、地方分権会議におきまして、必置規制のあり方の観点から検討された経緯がございます。その中で、事務職員、栄養職員についての配置のあり方については、学校や地域の実情に応じて弾力的な配置が可能になるように、そういう提言をいただきまして、それを踏まえて今回の基本方針の中に入っているわけでございます。
 その趣旨は、今申し上げましたように、決して一般財源化ということではなくて、まさに地域や学校の実情に応じた弾力的な配置が可能にということでございますから、これは、現行においても十分そういうことはできるようになっているわけでございますので、その趣旨を踏まえて今後対応するということで、この改革の提言については、私どもの対応としては足りると思っております。
山元委員 そういうふうに読むんですか。「国の関与の見直し及び義務教育費国庫負担制度の見直しの中で、」というたら、これは、やれるところはやりなさいよということになっていくんでしょう。実際に、大臣が言っているように国の責任においてということは横に置いてしまっている文章じゃないんですか、これは。だから、これは大変そういう危機感を持って読まなきゃいかぬだろうというふうに私は思いますよ。
 確かに、大臣がおっしゃっているように、中央教育審議会の論議を踏まえてという言葉をかち取った、かち取ったというのはいけないですが、そういうことになったから、そこのところは大丈夫なんだ、財政論で教育改革が行われるんではないという歯どめはそこのところでかかった、ステップを踏むことになったとおっしゃることはわかりますけれども、それだったら、一日も早く基本計画だとか、具体的にどういう職種でどういうふうに充足をしていく必要が今あるのかということについて、教育審議会が早く出してもらわないと、新聞論調なんかでいうと、ことしの予算の分捕り合いというのは激しいと書いてある。実際に、そういう義務教育費がどういう形になっていくのか、恐ろしい感じがしますから、そこのところはしっかりとこの中央教育審議会にも論議をしていただいて、一体になって頑張っていただきたい。
 事は、やはり現場の教員だとか目の前の子供たちだけではなしに、日本の国のこれからのあり方が問われる問題だというふうに思いますよ。だから、豊かな地域だとかあるいは関心のある地域というところがどんどん進んでいくけれども、忘れられた子らができてしまうということにならないように、ぜひ努力をしていただきたいというふうに思います。
 時間が来ましたから終わりますけれども、最後に、やはり繰り返して言いますけれども、附帯決議というのを乗り越えて、これは何やと。
 きのう、参議院の文科委員会で二十三項目の附帯決議がつけられた。これは記録的なことだというふうに思います。筆頭理事にいろいろ聞いたら、与党筆頭と話をして、とにかくこの法案は採決する、けれども、修正協議には応じることはできぬけれども、言いたいことは全部書いてもろうても結構だということで、それやったら心配することは全部書いてやって、それで、私もテレビを見ていたけれども、お一人だけが手を挙げられなかったけれども、圧倒的多数であの二十三項目の附帯決議が決められたんです。
 けれども、私は、その附帯決議というのは、この間、ここのときには、原案について、与党の筆頭さんとも、あるいは担当とも私どもは相談をしながら練っていった文章です。そして、全会一致で決めた。だから、そこのところには、やはり憲法の言葉も入ってきてあるし、地域格差のことも入ってあるし、事務職、栄養職のことも入ってあるわけです。
 これを、むけむけの言葉で言えば、外野にいらっしゃる経済財政諮問会議や地方分権推進会議が、これは大事ですよ、論議をしっかりしてもらったらいい。けれども、本当に責任を持っている文科省の気持ちや、あるいはここの委員会の満場一致の気持ちというのが本当に軽視されるんであれば、これは何だということになる。だから、それは、これから総理のリーダーシップで改革が進められる。けれども、文科委員会としては、やはりそこのところは危機感を持っていなければいけないんだろうというふうに思います。
 どうか、こだわるわけじゃないけれども、大臣がおっしゃったのが私は耳に残っている。私は教育に責任を持つ唯一の閣僚ですとおっしゃった。この間から、大学の問題にしても、この問題にしても、いろいろの問題で大きく変わっていく日本の今の教育の曲がり角で大きな責任があって、後世、あの遠山大臣は頑張ったよということが言われるように頑張ってもらいたいと思うんです。頑張ってください。
 終わります。
古屋委員長 大石尚子君。
大石(尚)委員 民主党の大石尚子でございます。
 きょうは、私が二〇〇〇年の十一月から取り上げてまいりました旧石器発掘捏造事件の問題と、それから世界遺産登録の問題に関連いたしまして我が国の文化財保護行政について、そのあり方についてお尋ねいたしたいと思っております。
 本年の五月二十五日の各紙に、全く残念な記事が出ておりました。これは、スクープが毎日新聞でスタートした事件でございますので、毎日新聞の記事を引用させていただきます。
 まず、「東北旧石器文化研究所の藤村新一・前副理事長による旧石器発掘ねつ造問題で、日本考古学協会の旧石器問題調査研究特別委員会」、これは委員長が小林達雄国学院大学教授でございますが、「二十四日、東京都内で開かれた同協会総会で最終報告を行い、藤村氏が関与した九都道県の計百六十二遺跡でねつ造があったと断定。」されたと。これで、旧石器の前・中期全遺跡が無効となったわけでございます。これによりますと、日本列島に七十万年前ぐらいから人間が住んでいたという歴史が完全に覆されて、三万年以上前の全遺跡は無効となってしまったわけでございます。
 このときに、日本考古学協会が最終報告として「前・中期旧石器問題の検証」という、三センチ以上の厚さを持った膨大な報告書をまとめられました。これが五月二十四日、総会の日に発行されているわけですが、その六百四ページ、これは総括の記されたところで、幾つかの課題が分けて記載されているところでございます。
 まず、その課題の一は「張本人の責任」、これは藤村氏の責任でございます。それから二は「第一次関係者」、三は「第二次関係者」、四は「対極者」、それぞれの責任が問われているわけでございます。ここの、第一次、第二次には文化庁関係者もおいででございました。
 それから、第五に「行政関係の課題」というところがございます。そこにどういうことが書かれているかと申しますと、「文化財を管轄する行政の対応の課題がある。有体に言えば、ことの重大さの意識に欠けるところはなかったのか。事件発覚後の埼玉県当局の迅速な対応と、宮城県や文化庁」ここで出てくるわけでございます。「文化庁の初動対応の仕方との間には、大きな差があったことを、戸沢前委員長は指摘している。少なくとも、相応の責任の自覚に基づく、より迅速な具体的対応措置が期待されたところであった。」
 ここで私は、本日、この最終的な総括の意味合いで文化庁長官にお越しいただき、御所見を伺おうと思いました。出席をお願いしたのですけれども、この席にはおられません。それはどういうことなのでございましょうか。まず、その点だけお教えくださいますでしょうか。
河村副大臣 文化庁長官の国会への出席につきましては、昨年の通常国会の本委員会におきましても大石先生から御指摘のあったところでございますが、これまで、文化庁関係の国会審議、基本的には文部科学大臣、副大臣、大臣政務官が質疑に当たっており、さらに細目的な、技術的な事項、あるいは法案も含むわけでございますが、こういうケースについては、国会のお許しをいただいておりまして、文化庁次長が政府参考人として説明を行っている、こういうことできておるわけでございます。
 文化庁長官が、日本の文化の顔として国内外の文化関係者との活発な交流を行うとか、そういうことが非常に期待をされているし、現実にそういう性格なものでございますから、その業務が他の行政部局の長に比べて特殊な性格を持っているという観点もあるわけでございます。このようなことで、文化庁長官の職務の性格といいますか、その特性から、文化庁関係の国会審議においては、従来の政府委員制度の時代から現在の政府参考人制度に至るまで、行政の細目的、技術的な説明は日常的に行政事務全般を取りまとめている文化庁次長が担う、こういうことでこれまで国会の御承認をいただいてやってきたところでございます。
 しかし、今御指摘もございまして、これまでも幾多かそういう点について御指摘がございまして、文化庁長官、国会に出てくるべきだ、こういう意見もあるわけでございます。非常に専門的な、法案的な審議はともかくといたしまして、文化行政に関する基本的な長官の見解を述べる、それをまた聞いていただくというような形のものについては、これは出席を検討すべきであろう、こういうふうに考えておるところでございます。
 ただ、文化庁長官が、先ほど御説明申し上げましたように、国内外のお客様との対応とか諸行事への出席等、文化庁長官を中心にやっておるものでありますから、その点も非常に重要な職務である。国会の日程等もこれは最優先だと言われるとあれでございますが、かなりそういう点にウエートを置いたスケジュールを持っておられるということもひとつ理解を願いながら、我々もこれについては、御要望の点について適切に対応していかなきゃいかぬ、このように考えておるところでございます。
大石(尚)委員 お話のように、大変高い識見をお持ちの特別な方であればなおさらのこと、この委員会にお出ましいただいて、今文化行政のちょうど曲がり角の時期でもございますので、国民に対して御自分のお考えを吐露していただく、大事なことだと思っております。むしろ、お出ましいただかないということは、そのチャンスを阻止しているのではないかと思うくらいでございますので、委員長、今後はぜひ積極的に答弁に立っていただけるようにお取り計らいいただきたいと思います。
古屋委員長 大石委員に申し上げます。
 文化庁長官の出席問題につきましては、委員会の慣習上、今副大臣が申し上げたようになっております。したがいまして、きょうは文化庁次長が出席をされておられます。本日の委員会につきましては、ぜひ次長の答弁で対応していただきたいと思います。
 ただ、今後の問題につきましては、今御指摘のこともございますので、改めて理事会で協議をさせていただきます。
大石(尚)委員 前にもそのような委員長答弁を伺った覚えがございますので、今度こそはよろしくお願いいたしたいと思います。
 それでは、続きまして、この藤村新一事件をどう決着をつけていったらいいかと私なりにずっと考えてまいりました。そして、一つ、藤村さんが関係した発掘に関しましてはほとんどまともな報告書が出ていないということに気づいたのでございます。これは考古学協会等の資料によって数えてみますと、九十二件私数えました中で、報告書はたった二十二件きり出ておりませんでした。
 そこで、文化財保護法をひもといてみますと、現在、埋蔵文化財が包蔵されていると思われるところを発掘する場合に、第五十七条の規定によって文化庁に届け出しなければならないという規定があるわけでございます。しかし、届け出して掘り返した後の報告義務がないわけでございます。
 そこで、私は、文化財保護法を皆様の御協力をいただいて改正に踏み切っていこうかと思いました。今でもそう思っております。しかし、いろいろ意見を聞いてまいりますと、特に市町村現場にそれに対応し切れるだけの余力があるかどうかということに気づきました。文化財保護行政の特に末端、一番最先端でその行政に当たっていられる部署の今置かれている実態というのが、むしろ大変厳しい状態にあるということがわかってまいりました。
 今、どこの自治体も人を減らさなければならない、それから経費を節減しなければならない、そういう状態の中で、直接市町村民の暮らしにかかわりのない、さらに人命にも直接は関係のない文化財保護行政というものが、どうしてもしわ寄せの対象になっている。そういう中で、民族の歴史を後世に残す文化財行政の仕組みというものは一体どのように構築していったらいいのか、これは大きな現日本の課題であるのではないかと思いました。
 そのときに、まず先立ちまして、文化財保護法に報告義務が抜けている、なぜそうなのかという理由と、それから、特に最先端を行く各市町村の文化財行政の任に当たる方たち、これは聞くところ、文化庁から最低一人は専門家を置くようにという御指導もあるやに聞いてはおりますけれども、各市町村の人事の問題。これは、それぞれの市町村で採用するわけですから、その人事はほとんど、他の市町村やそれから県、国の機関との交流がない、したがってずっとそこに勤務せざるを得ないような人事面のこと。それから、研究業務に徹し切れない。あるいは、そこにポストが少ないために、人材を養成しても就職場所がない。あるいは、もっとポストがあれば、人材を招いて、そして文化財保護行政にもっと力を入れることができる。いろいろな実情があるように承知いたしました。こういうことをどうやってこれから解決していけばいいのか。
 では、次長並びに大臣あるいは副大臣の御見解を伺いたいと存じます。
銭谷政府参考人 御説明させていただきます。
 二つお尋ねがあったわけでございますが、まず、文化財包蔵地を発掘する場合の報告義務の件について、御説明を申し上げます。
 お話にございましたように、文化財保護法におきましては、埋蔵文化財の調査のために土地を発掘しようとする人は、かつては文化庁長官に、平成十一年以降は都道府県または市の教育委員会に届け出るということが義務づけられているわけでございます。ただ、この届け出に関しましては、報告義務というものは今は課せられていないということでございます。
 これは、文化財を発掘してまいりました場合に、遺跡などが発見された場合には県、市町村への届け出が義務づけられているということから、もしこれに違反をした場合には停止、禁止を命ずることができるなどの措置がございますので、報告書の提出自体が、罰則がかからないという意味では、義務づけはされていないということでございます。
 ただ、都道府県あるいは市の教育委員会は報告書の提出を指示するということはできるわけでございまして、私どもといたしましては、できるだけ報告書を出してもらうように指導を行っているところでございます。特に、先ほど来お話のございました旧石器の捏造事件に関連をいたしまして、平成十二年の十一月には文化庁長官通知を発出いたしまして、報告書の提出を徹底するように指導しているということでございます。
 法令上罰則が伴うという意味の義務はございませんけれども、報告書の提出を指示できるというのが今の制度でございます。
 それから、二点目でございますけれども、実際の発掘に当たる市町村の体制の問題でございますけれども、先生お話ございましたように、現在、埋蔵文化財の発掘調査は、大体八割ぐらいは都道府県や市町村が実施をしているわけでございます。
 昨年現在でございますけれども、この発掘などに当たります埋蔵文化財の専門職員は、都道府県教育委員会に約二千七百人、市町村教育委員会に約四千四百人、合わせて七千百人ほど配置をされてございます。近年の推移を見ますと、発掘の届け出件数は、ずっと伸びてきたのでございますけれども、近年はやや減少傾向にある、それから埋蔵文化財の専門職員の数は、ずっと伸びてまいりましたけれども、近年やや横ばい傾向にあるというのが実態でございます。ただ、お話にございましたように、個々の市町村について見ますと、状況は区々でございまして、配置が十分でない市町村が必ずしも少なくないというのが実態でございます。
 私どもといたしましては、これら市町村につきましては、専門職員の量的確保を図る必要がありますし、そのためには、新規の定数措置のほか、配置の多い自治体から少ない自治体への人的支援など、自治体間の連携を図るということが必要ではないかと思っております。また、都道府県の教育委員会が市町村の教育委員会に対して協力をする体制をつくっていくといったようなことも考えていかなければならないと思っております。
 また、あわせて、こういう発掘に当たる専門職員の量的な確保とともに、研修の充実など、専門職員の資質向上をさらに図る必要がございまして、文化庁といたしましても、研修機会の充実にも努めてまいりたいと考えている次第でございます。
大石(尚)委員 時間が押しておりますので、後でまとめていただくといたしまして、今度は、世界遺産登録に関連しての文化財保護行政に移らせていただきたいと思います。
 世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約が第十七回ユネスコ総会において採択されて、我が国におきましても、一九九二年の六月、国会承認を得て条約締結がなされました。
 それで、去年の六月二十四日、これはハンガリーのブダペストで第二十六回の世界遺産委員会が開催されて、八カ国より九物件がさらに世界遺産リストに登録されて、結局、去年まででは、百二十五カ国から、文化遺産が五百六十三件、自然遺産が百四十四件、複合遺産が二十三件、合計七百三十件の登録となっているようでございます。
 ことしの六月三十日から七月五日にかけて、やはり同じくユネスコの第二十七回の世界遺産委員会が開催地パリで行われておりました。これには、アフガニスタンのバーミヤン遺跡とイラクのアシュール、この二つが追加されたように新聞で報道されておりますが、我が国の世界遺産への登録状況、また今後の展望についてはどのような状況にございますか。
銭谷政府参考人 我が国は、平成四年にユネスコ世界遺産条約を締結いたしまして、これまでに文化遺産九件、自然遺産二件の合計十一件を世界遺産に登録しているところでございます。また、平成十三年四月には、平泉の文化遺産、紀伊山地の霊場と参詣道、石見銀山遺跡の三件を将来の推薦候補として暫定リストに追加いたしまして、これまで暫定リストに掲載をしていた二件と合わせまして、五件が現在暫定リストに掲載をされている状況にございます。
 なお、平成十三年四月に暫定リストに追加をいたしました紀伊山地の霊場と参詣道につきましては、本年一月にユネスコに推薦書を提出したところでございます。残りの暫定リスト登載物件につきましても、登録条件が整い次第、世界遺産に推薦をしてまいりたいと考えております。
大石(尚)委員 昨年の秋、石見銀山の跡地を見せていただきました。視察で連れていっていただきましたが、世界遺産に登録するというこの事業は、村おこし、町おこしの事業ではないわけでございます。これはあくまでも、日本の国が日本の国の文化遺産を世界の遺産としてユネスコに登録する、こういう事業でございます。
 ところが、私どもの住んでおります鎌倉も暫定登録リストには挙がっているわけでございますが、まだ推薦書はでき上がっておりません。これが推薦書ができ上がってユネスコに提案できるようになるまでには、地元鎌倉の持ち出し予算、推定一億をはるか超えると算定されているのでございます。それで、この推薦書自体が、大変膨大な量の推薦書を作成しなければならないというような実態も抱えております。
 ですが、経費の負担というのは、もちろん必要によって、埋蔵文化財を発掘するような場合は国庫の補助も県の補助もございますけれども、今申しましたような実態、これは国の事業であるにもかかわらず、何ゆえにそこまで地元の負担が大きいのでございましょうか。
銭谷政府参考人 世界遺産に我が国の文化財が登録をされるということは、日本国及び日本国民にとって大きな誇りでございますとともに、関係する自治体にとりましても大変有意義なことと思います。
 したがいまして、個々の世界遺産の登録に当たりましては、実態の把握でございますとか諸調査、地権者との調整、史跡の指定事務などについて、関係する自治体の協力を得ることが事実上不可欠でございます。その意味から、準備作業や経費負担の面で自治体側にも相応の負担をお願いしているところでございます。
 あわせて、国といたしましても、世界遺産を構成する史跡などの指定、整備、あるいは世界遺産センターへの対応などを担当し、自治体に対しても専門的な指導助言を行っているところでございます。
 現在、世界遺産に登録をする場合には、例えば、お話のございました推薦書作成のための経費でございますとか、追加指定のための諸費用などについて、典型的な例で申し上げますと、市町村に負担をしていただくと同時に、文化庁の方も、世界遺産委員会、専門家会議の出席費用でございますとか、世界遺産推薦のための現地調査の費用、運動のための国際シンポジウム等の開催、史跡等に係る補助金など、さまざまな経費負担もしておりまして、国と自治体が協力をして世界遺産登録を目指すということになろうかと思っております。
大石(尚)委員 時間が参りましたので、最後にまとめて、大臣また副大臣、御両人から御答弁いただきたいと思います。
 現実には、世界遺産に登録したらそれでおしまいということではございません。登録されたら、後、その地域地域が世界の遺産になるわけですから、それをやはり、日本の遺産としても、どう研究を重ね、肉づけをし、そして後世にしっかりと維持管理をして伝えていくか、こういう大きな事業が残っているわけでございます。
 今、時代は分権の時代で、地方にいろいろな権限、財源も移譲しようという時代の流れの中にございますけれども、この文化財保護行政というものは、これは国政から地域へ完全に移譲できない問題だろうと私は思っております。特に、世界遺産に登録された箇所箇所の維持管理等を含めまして、この文化財保護行政というものは、防衛、外交が国政の重要な課題であると同じように、やはり国政でかなりの面をきちっと総括して、そして各市町村の協力のもとに、都道府県の協力のもとに、日本の共通の財産を守って後世に伝えていくという事業、これを考えていかなければならないのではないか。
 それにつきましても、今余りにも遺産登録に関しての地元の負担が大き過ぎるので、ぜひ前向きに御検討いただいて、今後は、国の機関を市町村に布陣していくような、例えば文化財研究所、東京と奈良にございますけれども、これは独立行政法人でございましょうが、そういう国が比較的面倒を見ている法人の分室を各地に置くなりなんなり、とにかく市町村任せにしないで、日本共有の財産を世界へ発信していけるような体制をつくっていくべきだと思っております。
 さらに、有事法が国会を通りましたけれども、国民の命、財産と同様に、共有の日本の文化財をどうやって有事に備え守る体制を整えていくか、これも一つこれから取り組んでいかなければならないことと存じます。
 これらのこと、大変時間が押して恐縮でございますが、ごく短く方針を、大臣、お聞かせいただければ。
遠山国務大臣 今、御意見をお伺いしておりまして、文化財行政という、どちらかといえば大変地味な分野に光を当てていただきまして、その重要性、国にとってだけではなくて、世界の中での日本の課題というものを、維持管理していくことの重要性まで御指摘いただきましたことを感謝したいと思います。
 世界遺産の問題につきましては、維持管理というのは大変大事でございまして、地方自治体、それから国、そして国の専門機関、そういったものが十分に役割分担をしながらしっかりと維持管理をしていく、それが世界遺産に手を挙げた国としての役割であろうかと思っております。
 有事の問題につきましては、副大臣の方からお答えをいたします。
河村副大臣 大事な世界遺産、日本が誇るべきもの、それをどうやって守っていくかということは、また非常に大事なことでございます。特に、日ごろから防災上の見地からも考えていかなきゃなりませんが、一たん有事のような場合には、これはもう本当に危機に瀕するわけでございます。特に、政府全体として、そうした場合の避難措置等のあり方ともかかわってまいりますので、これから国民保護法制が具体的になっていくと伺っておるところでございまして、この中にも、文化財を守り後世に引き継ぐという観点から、我が国の基本的な保護法制の中にもこういうものを取り込んでいくような形で、文部科学省としても必要な検討を続けてまいりたい、このように思っております。
大石(尚)委員 ありがとうございました。
古屋委員長 午後一時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。
    午前十一時四十七分休憩
     ――――◇―――――
    午後一時開議
古屋委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。佐藤公治君。
佐藤(公)委員 自由党の佐藤公治でございます。
 午後一からの委員会再開というんですけれども、まだまだ委員会の出席が足りないようです。私、どうか皆さん方に、大臣、副大臣の議論を聞いていただきたく、よろしくお願いを申し上げたいと思います。
 さて、本日は、これは午前中の森岡委員からも御指摘がございました。まさに私の地元、尾道で、再度痛ましい事件が起こってしまいました。亡くなられた尾道市教育次長山岡さんには私も個人的に親しくさせていただく中、このような痛ましい事件になったこと、本当に心から御冥福をお祈り申し上げたいと思います。
 さて、この尾道市高須小学校の件に関しましては、私も、この文部科学委員会におきまして二回ほど取り上げさせていただきました。まず第一回は、三月十二日の委員会において、民間の方々からの登用ということで、慶徳校長の自殺に関して調査をお願いし、そして次は、五月二十八日に、その調査報告書を受けて、文部科学省の考え方また問題意識というものをまた聞かせていただいた。
 そういう中で、二度とこういった痛ましい事件は繰り返さないでもらいたい、そういった整備もしていかなきゃいけない、こんなことで二回、委員会で取り上げさせていただいたわけでございますけれども、再度聞かせていただければありがたいんですが、きょう午前中、森岡委員からの御指摘もございましたが、このたびの事件に関しまして、文部科学省としてどのように受けとめられ、どのような問題意識を持たれているのかを御答弁願えればありがたいかと思います。
遠山国務大臣 ことし三月に広島県尾道市立の高須小学校の慶徳校長が自殺をされて、また、先週には尾道市の教育委員会の山岡次長が自殺されたということは、まことに痛ましいことだと思います。いずれも管理職の立場におられて、それぞれの職務に精励された方だと思います。そういうすぐれた力をお持ちであった方々がみずからの命を絶たれたということは、大変厳しい環境もあったのではないかと思われるわけでございます。
 広島県におきましては、学校における指導上、管理上の多くの課題が存在をし、平成十年六月、文部省において、広島県の教育委員会に対して是正を図るよう指導いたしました。これを受けて広島県教育委員会等では、これまで全力を挙げて是正指導を受けた事項の課題の解決のために取り組んで、全体としては大幅な改善が見られたというふうに受けとめております。
 しかしながら、今回の事件にもあらわれておりますように、まだ一部の地域や学校において、是正指導が学校現場や教職員一人一人に十分浸透していない実態があるように思われます。我が省といたしましては、広島県教育委員会に対し、改めて是正指導の徹底を図るように指導をしてまいりたいと考えております。
佐藤(公)委員 今の御答弁は、私が五月二十八日に聞かせていただいたのとほぼ同じような内容の御答弁であったかと思います。事実、それは、文部科学省としての思いを含めて同じなんだと思います。
 そういう中で、文部科学大臣は、先般八日の記者会見で、尾道市教育次長の自殺について、心痛む、無念だと思う、再び起きないよう関係者は十分反省すべきは反省し、責任を分担し合うことも当然あるべきで、きちんと対応してほしい、こういうことをおっしゃられたというふうに私は新聞等で見させていただきましたが、これは事実でしょうか。
遠山国務大臣 そのように申し上げたと思います。
佐藤(公)委員 私が今まで委員会で、この件に関して二回質問させていただきました。教育現場というところ、そこにおけるいろいろな問題、これは当然あったと思いますし、また、いろいろな要因によって痛ましい事件に発展してしまったと思います。
 しかし、私が過去二回の委員会でお話しした大きな一つの柱は、教育現場、地方でのこともさることながら、まさに国の責任というものがあり得るんじゃないか、そこら辺をもう少しこの文部科学委員会でもきちんと真摯に議論をしていくべきじゃないかというようなことも話をさせていただきました。
 遠山文部科学大臣のこの記者会見、心痛む、無念だと思う、再び起きないよう関係者は、こういう部分はわからないでもない。しかし、ここで文部科学大臣のおっしゃられる、再び起きないよう関係者は十分反省すべきは反省し、では、再び起きないよう関係者はというのは、一体全体、文部科学大臣はどういう意識でおっしゃられているのか、お答えを願えればありがたいと思います。
遠山国務大臣 関係者といいます表現の中には、多分そのときは、教育委員会の方々、次長の周辺で次長の仕事も分担できたような方々を含めて、さらには次長とかかわりのあった、いろいろな仕事の面でかかわりのあった方々もありましたでしょう、そういった関係者の方々を指しているわけでございます。特に特定をしてということではございません。
佐藤(公)委員 では、このところでの言葉、十分反省すべきは反省し、大臣の頭の中には、何を十分に反省するというふうに意識されて言われたんでしょうか。
遠山国務大臣 そのときは、教育次長のお仕事というもの、そしてその際には、教育長も病気で倒れられていたらしゅうございますが、市の教育委員会の行政実務にかかわる仕事をしておられた方が倒れられたわけでございますが、そのことについてさらに分担をし合ったり、あるいはその窮状について支援を差し伸べるような立場にあったような人々も含めてということであろうかと思います。
 そのとき自体は、とっさの質問でもございますし、そのときに思ったことについてお話ししたわけでございますが、教育委員会という大変大事な職務を遂行していていただいている機関、そこの中枢的な立場にいる人があのような痛ましいことになったわけでございまして、その周辺にいる人たち、あるいは関係した人たちというほどの意味でございます。
佐藤(公)委員 私が思うことは、今までの過去二回の委員会でも話をさせていただいたように、まさにここでおっしゃられている関係者というのは、文部科学省、この国会も含めて私は関係者だと思います。その関係者、まさに文部科学大臣がコメント等を発表されておりますけれども、私は、この事件というのがきのうきょう起きたわけではない、何カ月も経て、またさかのぼればいろいろなことが今までもあった。まさにそういう中での文部科学大臣のちょっと人ごとのような話、コメントに聞こえる部分があります。
 私は、ここの委員会も、また文部科学省も大臣も関係者ということで、十分反省すべきところを反省し、これは私たちにも言えるところだと思います。では、文部科学大臣は、文部科学大臣として十分反省すべきことがあるのかないのか、あれば何なのか、お答え願えればありがたいと思います。
遠山国務大臣 自殺された原因についてはいまだ不明でございまして、そのことについてはきちっとした調査が行われるべきだと思っております。
 それぞれの地方におけるいろいろな問題があるわけでございまして、私どもとしては、全国に通ずる大事な仕事といいますか、要所要所の必要な制度なりアドバイスなりということをやってまいっているわけでございます。広島県の尾道市における今回の事件といいますものは、三月の事件、そして今回の痛ましい出来事、それらを通じて、やはりかなり地域的な問題に絞られているという点もあるわけでございます。その地域における関係者ということで、質問に対してお答えをしたところでございます。
佐藤(公)委員 では、こういう大臣とのやりとりを副大臣は今聞かれておったわけでございますけれども、遠山大臣、政治的な御発言をなかなかしていただけない。そういう中で、副大臣にこれから質問を集中的にさせていただこうかと思いますけれども、これは本当に、まさにこの関係者というのは、私たち国会、文部科学省、これが関係者でもあると思います。副大臣が同じようにやはり十分反省すべき点はする。
 私は、中央と地方はやるべきことというのが違うと思います。今、地方だけで議論されている部分があると思いますけれども、私は、まさに国、中央がやるべきことを怠ってきたこと、これが現場を混乱させていることもたくさんあるんじゃないか、そんな思いがし、また反省もしなくてはいけない。まさに、それを究極的に突き詰めていけば、憲法議論もそうかもしれない、そして教育基本法もそうかもしれない。こういったことを野放しにしてきてしまったことが、現場においての混乱というものを招いた。国の責任というのも多くあったと思います。そういった根本論も話し合わず、議論もせずに、ただ現場に一つの場当たり的な押しつけの指導をしていくようなこともあった。これはまさに中央の責任だと思います。
 この一連を見られて、副大臣はどうお思いになり、また反省すべきところがあれば、どういったところを反省すべきなのかをお答え願えればありがたいかと思います。
河村副大臣 ああいう悲しい出来事が続いたということ、これはやはり教育に関係する者として、特に日本の教育の全体をつかさどっておる文部科学省の責任者の一人として、ああいうことが起きた、そのことに対してまず謙虚になって、そしてどういう点が非常に問題であったか、そこに反省すべきといいますか正さなきゃいけないことがあれば、怠っていたという点があれば、それはちゃんとしなきゃいけないという気持ち、私は、恐らく大臣もそういう気持ちで、率直な気持ちを言われたと思うんですね。
 我々としても、公募の形をとったにしても、またはお願いをするにしても、民間の校長先生にも新しい視点で教育をしていただこうということでお願いをしたという経緯もあって、そういうことがある意味では非常に負担になったということもあったでしょう。私も、あれから、民間の校長先生方で一年以上経験された方々にお集まりをいただいて、お話し合いもいたしました。やはり教育の世界というのが、人間関係をつくるのに非常に皆さん苦労されている面が多々あったように伺っております。
 そういう意味で、特に広島については、先ほど来御答弁申し上げ、また議論にもなっておったわけでありますが、教育現場についてもいろいろな課題があって、まだ完全に解決されていない部分もある。現実に、慶徳先生のケース等を聞いてみても、例えば国旗・国歌の問題一つにしても、普通の学校でやられていることができないというようなこと、あるいは組合活動なんかに違法行為もあったとかというようなこともあったりして、そういうことがまだまだ、当然正すべきことが正されていない面もあったりして、人一倍の御苦労があった。
 そういうようなことを考えますと、これは一義的には教育委員会に頑張っていただくし、正すべきところを正してもらわなきゃならぬわけでございますが、やはり文部科学省としても、それに対して、指導という立場もありますけれども、一緒になって支援をするという立場を強めていかなきゃいかぬだろう、こうも思っておるわけでございます。
 たまたま今回のケースで非常に共通しているのは、どちらも残念ながら、上司といいますか部下というか、一番頼らなきゃいけない教頭先生だったりあるいは教育長だったり、その方が病に伏されたということがあったんですね。
 それから、特に山岡教育次長さんの場合には、それからの対応でありますから、特にマスコミにも報じられておりましたが、今度はマスコミの対応とか、非常に多忙であったというようなこと、時には徹夜もしなきゃいけなかったようなことがあったように聞いております。かなり心理的に、そういうことが非常に大きなプレッシャーになっておった。それで、報告書を出されて、恐らくほっとされたというか、心の、そういうものがあったんじゃないか、私はこれは勝手に個人で推測するのでありますが。
 私は、そういう意味での当人に対するバックアップ体制というのが本当に十分だったのか、マスコミに対応できるような方がきちっとそばにおって、そのような人を置くとか、そういうようなことが十分であったのか、そういう思いも持ったりして、現実を見ているときに、補佐を早くつけて、これを見ると、これではいかぬということで補佐役をつけるということが決まった後、亡くなられたということでございますので、そういうことは大丈夫だったんだろうかとか、そんな思いもしておるわけでございます。
 いずれにいたしましても、これは広島県の教育の特異的な現象だということだけで済まされる問題ではないわけでございまして、今の教育現場でさまざまな問題が起きていることに対して積極的に取り組んでいただく。今後とも民間の校長先生の登用については、進められるところについては大いに登用していただきたい、こうも考えておりますので、いま一度原点に立ち返って、さらにこういう場合、これはもうこういうケースが二回も出たのでありますから、どこをどうすればいいかということをもうちょっと掘り下げて、その対応策、当人に対する支援策といいますか体制をどういうふうにつくるかということはやはり考えていく必要があるな、こういうふうに感じております。
佐藤(公)委員 私は、今この場で、尾道市とか広島県のことについての議論は余りするつもりはございません。これは、今現場でも各自が皆さん何とか打開に向けての努力をしている中、それもある程度見定めていかなきゃいけない部分がある。
 私が言いたいことは、国として、文部科学省として、この一連のこと、どういった責任、反省すべき点があったのかということが一つ。その反省を受けて、これは広島県だけの問題じゃないと僕は思います、いろいろなことの痛ましい事件が各地で起こる、まず文部科学省として今一番やらなきゃいけないこと、これが何か。この二点を明確にお答え願えたらありがたいと思い、質問させていただいております。もう一度、副大臣、いかがでしょうか。
河村副大臣 今回のこのケース、校長先生の場合のケースでございますが、今回のケースに関して言うならば、民間校長制度のあり方、これをもう一回基本的に、どうあったらいいかということをまず考えなきゃいかぬだろう。それから、教員のメンタルヘルスといいますか、教員が非常に多忙であるというような問題も現場にあるようでありますから、そういう問題に対してどう対応するかというようなことがあるんじゃないでしょうか。それからやはり、学校運営のあり方についてもいろいろな課題があるわけでございますから、これは県の教育委員会、市の教育委員会一体となって取り組む必要があるのではないかという思いが私はいたしております。
 特に校長先生の問題を中心に今回こういうことになったということを考えますと、やはり学校運営のあり方ということについて、もっと文部科学省としても、どうあるのがいいのかということを我々も内部で考えなきゃいけませんし、同時に、地方の教育委員会、県の教育委員会等々ともしっかり連携をとり合って、学校評議員制度なんかも入れたわけでございますが、今後、そういうものがきちっと動いているのかどうかということをもっと具体的に調べるといいますか、聴取して、よりよき学校運営のあり方を考えていくことが必要ではないか、このように考えております。
佐藤(公)委員 民間の方の校長登用制度の問題、教員のメンタル的なこと、学校の運営のあり方、こういうことをお話しされたわけですけれども、その基本というのは、まさに教育基本法というのにあり得ると思います。こういったことを早く、その賛否は別にしてでも、やはり集中的な議論をこの国会でももっともっとしていかなきゃいけない。そういう部分をないがしろにしている。こういうことをいち早くしていかなきゃいけないかと私は思う部分があります。
 もう現場では責任のなすりつけ合いになっているんです。教職員のせいだとか、いや、教育委員会のせいだとか、しまいにはマスコミのせいだ、こんなことでの押しつけ合いが行われているような、収拾が大変に難しい状態になっている。そういうところを、文部科学省としても本当に考えてやっていかなきゃいけないと思います。
 実際、こういった問題が大きく全国報道されて、広島県のことが、また教育問題においてはいろいろな見方がされております。しかし、実を言いますと、もう副大臣が御存じなだけでも、四年前の世羅校長の自殺事件、その後、慶徳校長の自殺があった。実はその後、三月十日にも、これは私の地元の一つですけれども、元教頭がまた自殺しているんです。また、六月二十七日には広島県の教職員組合の書記局への銃弾発砲、そして七月四日にはこのたびの山岡次長の自殺。きのうきょう起こった問題ではなくて、今まで継続的にある。今話をしたことは表に出ていることであって、表に出ていないことが、小さいことも入れたらたくさんあり得ると私は思います。
 こういうことを考えた場合には、まさに地元の方々にやっていただかなきゃいけない分野、自立ということで、その権限も与え、やっていただかなきゃいけない分野、それと国がやらなきゃいけない部分というのをやはり明確にしていかなきゃいけない。この部分が、今地元では、教職員組合、例えば教育委員会、保護者、そして児童も入れて、みんながなすりつけ合っているような状態、そこに新たに地方と国との間での責任のなすりつけ合いも発生し始めているんです。どういうことか。先般も与党のしかるべき立場の国会議員の先生が広島に行ったときに、この問題は地方の問題で、地方で片づける、こんなような発言をされております。
 私は、今回の一連のこと、中央においてもっと反省すべきところをきちっと反省していかなきゃいけない。まさに遠山大臣がおっしゃられたことというのは、みずからに言い聞かせなきゃいけないコメントだったと私は思います。
 こういう中でも、責任を分担し合うことも当然あるべきで、きちんと対応してほしいと。私は、遠山大臣に聞きたいことがあるのは、この後の、責任を分担し合うことも当然あるべきで、では、責任の分担というのはどういった責任なのか、また、きちんと対応してもらうという、きちんとというのはどういうことを意味しているのか。こういったことをあいまいに、気持ちはわからないでもないです。大臣の気持ちはわからないでもない。ただし、こういったことをちゃんと整理し、わかりやすく方向づけをする、これが大臣や副大臣の本来の仕事じゃないですか。それを、人ごととは言いませんが、他人任せ、それこそ大臣や副大臣にとってみれば官僚任せ的な答弁であり仕事になっていると思いますけれども、副大臣、いかがですか。
    〔委員長退席、馳委員長代理着席〕
河村副大臣 この問題について、決して官僚任せにしているつもりはないわけでございますし、私も、これは校長先生の話もお伺いせないかぬと思いまして、私の方からお願いをして時間をとっていただいたりいたしております。
 これは、今、地方分権、いろいろなことが言われておるわけでございますが、何も地方に一切を任せたから文部科学省としてはそれでいいんだということでは決してありませんけれども、やはりそれぞれの市、町、県の教育委員会の皆さんがこの問題に非常に深刻な思いで取り組んでおられるだろう、私はこう思いますので、そのお取り組みの中で我々国としてやるべきことはどういうことなのかということを考えていかなきゃいけないだろう、こう思います。
 確かに、人員が不足しているような問題とか、そういうような問題を予算的に可能なのかどうなのかとか、そういう問題も当然あるでしょうし、それから、教員の研修制度のあり方はこれでいいのかとか、ひいて言えば、今の教育基本法のあり方、学校のあり方、そういうものもやはり我々としては考えていかなきゃいけない。それは国のもとになるような問題については考えていかなきゃいけないだろう、こう思っておるわけでございまして、教育委員会に任せておけばそれで片がつく問題ではない。
 今回の問題については、しっかり我々もこれを受けとめて、一体となって教育行政にともに、一緒に取り組んでいかなきゃいけない課題である、このような認識は十分持っておるつもりでございます。
佐藤(公)委員 副大臣が本当にそこまでおっしゃられるのでしたら、五月二十八日の私の委員会での質問の中で矢野政府参考人が、そのときに慶徳校長の、問題点というのを三つ挙げられていました。慶徳校長の思いと学校運営や校長職の現実との間にずれがあったこと、そしてもう一つは、支援が不十分だった、もう一つが、学校運営上の課題があった、この三つが問題点だというふうに言われております。
 これを、では、副大臣に一つ一つ、どういったことがずれだったのか、どういったところに支援が不十分だったのか、運営上の課題がどこにあったのか、こういったことを僕は聞きたい気持ちがあります。しかし、今は聞きません。だから、こういったことを一つ一つ真剣にとらえていただきたい。その中で、副大臣のリーダーシップの中での文部科学行政をきちっとしていただくことが今とても求められているんだと思います。
 先ほどもお話しされました、教員のメンタルな部分での管理ということも必要かもしれません。私は、一回目、二回目のときに、調査をきちんとしてくださいというお話をしました。確かに、手続上、責任論上、職務上、または四角四面な形での報告書、こういったものはある程度出てきました。しかし、私が今あえて言いたいことは、現状の認識ということであれば、やはり各立場の方々、人のカウンセリングを早急にやるべきだと思います。カウンセリング、つまり精神状態、心理状況が、児童、教職員、校長や教頭に、教育委員会、市長や議会に、そしてまた市民の方々に、今どういった心理状況の中でこういった問題が発生をし、今現実としてあるのか、この人たちの心理状況をもう少し明確に分析をする必要があると思います。
 つまり、ここを飛ばして四角四面な方向性だけの責任論でやっていったのであれば、まさに傷だらけで今にも死にそうな人をたたき起こしてぶったたいて、おまえはなぜやったんだ、責任はどうとるんだ、こう言っているものに等しいことになると思います。
 私は、これは市の関係者にも少し話をしましたが、カウンセリング、まさにスクールカウンセリングといって子供さん方をメーンにしたカウンセリングも今充実をしつつありますけれども、ある意味でみんな人間です、そして働いている人たち、人間であるこういった人たちに対してのカウンセリングといったものを、一つ一つ心理状況を、現実はどういう状況かということを早急に調査する必要があるのではないか。ただこれは、慌てず騒がず、安心していただけるような形での調査が必要なのではないかというふうに思います。その心理状況がきちっと明確になること、これが実は、今の文部科学行政の、この尾道や高須小学校だけではなくて、全国、日本のいろいろな問題点、縮図になっているという可能性もあり得ると私は思います。
 そういうことからしても、私は、これはもっと早く提案をすべきだったと自分自身後悔する部分もありますが、早急に集中的な、子供たち、そして大人たちに対するカウンセリング機能を設けて、まずはその体をいやし、健全な形をとっていく。それと同時並行で、直近の課題として、今ある問題点を解決し、維持していかなきゃいけない、改善していかなきゃいけない。やはり二本立てでやるべきだと思いますけれども、副大臣、いかがでしょうか。
河村副大臣 最近、教職員の皆様方の中にも、そうした心の悩みで不登校になっておられる方もたくさんおられるということも知っておりますし、これまで、カウンセリングといいますと、不登校になった子供たちとかそっちの方ばかりにどっちかというと目が向いておったわけでありますが、むしろ学校経営全体の中でやはり考えていく必要が出てきたということであろうと思いますね。
 特に今回のケースでは、まさに、子供たちに生きる力を与えなきゃいかぬ、こういうことで皆頑張っている現場の直接の責任者がみずから命を絶つということでありますから、これは目に見えない大きな衝撃があると私は思います。先生方にもあると思いますから、そういう方々の今の心理状態をちゃんと受けとめて、これからの実際の教育に携わっていただく上で一つの大きないやしをもらい、元気が出なきゃいかぬわけでありますから、そういうことができるカウンセラー、スクールカウンセリングというものも非常に重要になってきたというふうに思っております。
 スクールカウンセラーの活用ということについても、これはやはりもうちょっと広い角度から考えていく必要が出てきた、このように思っておりまして、この問題についても真っ正面から取り組みたい、こういうふうに思います。
佐藤(公)委員 副大臣、本当に子供たちのことが大事です。大事ですけれども、まさに今、その子供たちを指導する立場の人たちに心の病がたくさん出てきている。そこを治さなかったら、幾ら子供たちにああしろこうしろ、こうすべきだと言ったって、指導する人たちが心の病を持ちながらやっている。それは、教職員の方々、教頭、校長さん、そしてやはりそれに携わる、教育委員会の方々、父兄もそうだと思います。こういう方々に対してのカウンセリング機能の充実を、子供たちと同じように、同じような重さで図っていかなければ、私はうまく回っていかないと思います。
 こういうことで、今スクールカウンセリングということで、きょうはもう時間がございませんので聞けませんが、私は、これはこれでいいことであり、より力を入れて充実していただきたいというお願いもきょうしたかったことですけれども、同じぐらい、それを指導する立場の人たち、この指導する人たちもみんな人間です、心に病を持ち、家庭を持ち、子供を持ち、そしていろいろな悩みを抱えている、こういった人たちに対するカウンセリングを同じように充実させていただくことを早急にお願いし、そしてまたこの尾道、広島に関しましては、私は、もしもほかの地域とは特別にちょっと環境が違うのではないかということであれば、なおさら集中的に、モデルケースも含めてしていただければありがたいかと思います。
 そうすると、多分、教職員の方々、いろいろな対立が今生まれていますよ、これは私は率直に言います。その対立がなぜ起きているのか、また糸口がいろいろと見つかる部分もあると思いますので、よろしくお願いを申し上げたいと思います。
 時間になりましたので、これにて私の質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
    〔馳委員長代理退席、委員長着席〕
古屋委員長 石井郁子君。
石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
 きょう、私は、大臣に基本的な御所見を伺いたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いをいたします。
 まず、文部科学省が発行、作成しております心のノートについてお聞きをいたします。
 心のノートは、昨年、そしてことしと、全国の小中学生に配付されました。千二百万部と言われているところでございますが、そういう意味で、全国小中学生に配付されているということでいえば、これは使用が義務づけられているかのようでもあります。私は、実際上の教科書扱いではないのかというふうにも思うわけですが、まず最初に、これは道徳教育における教科書と言えるものなのか、あるいはどういう性格のものなのでしょうか、伺います。
遠山国務大臣 心のノートは、児童生徒が身につける道徳内容を子供たちにとってわかりやすくあらわして、道徳的価値について自分で考えるきっかけをつくろうということで、文部科学省において作成したものでございます。これは教科書ではないわけでございますが、道徳のための教材であるわけでございます。
 今も、あるいは最近も、さまざまな子供の事件が起きております。本当に残念に思うような犯罪もあまた起こっているわけでございますが、それが、これだけ豊かな社会になり、あるいは社会が成熟化してきているのに、減るどころか、ますます残酷さを増しているわけでございます。もちろん、子供だけではないわけです。大人自体の犯罪、あるいは本当に残虐な事件が次々に起こる。そのような社会の中で、子供たちだけにというのもなかなか難しいわけでございますけれども、やはりこれからの世紀を生きていく子供たちにとっては、私は、しっかりした学力と同時に豊かな心というものを養ってもらわなくてはならないと思うわけでございます。その意味で、心の教育を充実していくために、心のノートを作成することにいたしたわけでございます。
 これ自体は、私の就任前に発想をされ、そして平成十三年度に既に着手されてきたわけでございますが、私は、その成果を本にまとめて、それぞれの学校段階において使ってもらえるように、これを広く各学校を通じて児童生徒に行き渡るようにしているということは、大変有意義なことだと思っておりますし、子供たちにとっても多くの参考になる、あるいは教師にとっても、子供たちに道徳的な価値を教えるのに非常に参考になる資料ではないかというふうに考えているところでございます。
石井(郁)委員 心のノートは教科書ではない、教材であるという位置づけというふうに御答弁されました。そうしますと、これは、どのように使用するか、あるいは使用するかしないか、学校現場で判断していいというふうに考えるべきだと思いますが、それでよろしいですね、簡単に。
遠山国務大臣 これは我が省の指導助言の一環で行っているわけでございますけれども、それぞれの教育委員会を通じて、この使用について、各学校において用いられるようにということでお願いしているわけでございまして、教育委員会の判断によって、各学校はこれを十分に使ってもらいたいというふうに思っているわけでございます。
石井(郁)委員 教育委員会がどういう判断をするかということが一つある、しかし、実際にどう使うかは、やはり学校現場が判断をするというのが教材としての性格だと私は理解をするわけです。
 ところで、今おっしゃられましたように、教育委員会を通して、これを活用してもらいたいということを文科省がかなり昨年来通知文などを出して行っている。私は、これはやはり事実上の使用を強制するということにつながるのではないかというふうに思うわけです。
 ことしの五月に、心のノートの活用状況についてという何か調査依頼をされていますよね。この七月十一日までにこれだけの調査項目で回答するようにということになっているんです。この項目は言いませんけれども、どのように活用しているか、それから、重大なのは、活用していないという場合はどういう理由なのか、活用しない理由も書きなさいと。これだと各学校がどういう状況になっているのかを漏れなく書かなくてはいけない仕組みになっているという点で、私はこういうやり方というのはやはり事実上の強制ではないのかと思いますが、いかがですか。
河村副大臣 今大臣の方から、この心のノートをどういう目的でお願いをしたかというお話があったわけでございますが、今学校現場で起きているいろいろな問題等々を考えたときに、こういう形で、少しでもこれが活用できたらということでお願いをしているわけでございますから、それについて実際にどういうふうに取り組まれているだろうかということをやはりお聞きしませんと、さっき活用していないとなるとその理由を書けというふうにおっしゃったわけでありますが、これをもし活用するとして、どういう問題点があるかということも御指摘いただいて、さらにいいものにしていく責任といいますか、そういうものがこちらにもあるわけでございます。
 国の予算を投じて作成した心のノートでございますから、その活用の状況を把握したい、そして、それをもとにしてさらに内容の改善や活用法の充実、普及を図ることにしたい、こういう思いでお願いをしたところでございます。
石井(郁)委員 私は、文科省はそういう思いを持っていらっしゃるということですが、そういうことを文科省がしていいのかどうかということをお聞きしているんですよ。そこは重大な問題なんですね。それから、活用がどうされているかというのは、それは調べたいと思えば、多分民間でもできるし、いろいろな形でできる。文科省が教育委員会を通して学校にこういうやり方をする、これは実は行政指導そのものになる、それで強制になるという問題なんです。
 私は、なぜこのことを言うかといいますと、事柄は、道徳教育の教材なんですよ、道徳教育という問題にかかわるからなんです。それで、この心のノート、小学校で、一、二年生、三、四年生、五、六年生とあって、中学校では全学年で一冊と、大変きれいなカラフルなものであります。これは十一億円ぐらいかけてつくられたと言われているわけです。
 では、伺いますが、文科省がこういう道徳教育の教材をつくれるというふうに判断をされた、その法令上の根拠というのはどういうことでございますか。河村先生せっかくですが、私、きょうは遠山大臣にお尋ねしていますが。
河村副大臣 法的根拠等のお話でございましたが、これは、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の第四十八条によって、文部科学大臣は地方公共団体に対して、教育行政にかかわって必要な指導、助言、援助を行うことができる、こうなっておるわけでございます。そういう意味で、このノートを道徳教育の教材として、この法律に基づいた文部科学大臣の権限によって、各地方公共団体に対する指導、助言、援助の一環として作成、配付している、こういうわけでございます。
石井(郁)委員 では、地方教育行政の組織及び運営に関する法律なんですが、今お述べになられた点を見ても、指導、助言できると書いている項目はございます。しかし、こういう教材、道徳教育の教材、戦後初めてですよ、こんなものが出てきたのは。これができるというのは、どこからこれは出てくるんでしょうか。どうにも読めないですよ。
 それで、これは、地方教育行政法のコメンタールは、ちょうどたまたま見ましたら遠山大臣が助成局長の時代につくられたということがありましたから、もうよく御存じのはずだと思いますが、これをずっと読んでみましても、要するに、都道府県、市町村の教育に関する事務の適正な処理のために指導、助言ができるということであって、文科省自身がこういうものを発行できるというのはどこから出てくるんでしょう。どうしても読めない。これはもう一度お願いします。
河村副大臣 今御指摘の件でございますが、この法律四十八条の第二項のところに、「前項の指導、助言又は援助を例示すると、おおむね次のとおりである。」とありまして、「学校の組織編制、教育課程、学習指導、生徒指導、職業指導、教科書その他の教材の取扱いその他学校運営に関し、指導及び助言を与えること。」と。これは二ですが、さらに二項の九項に、「教育及び教育行政に関する資料、手引書等を作成し、利用に供すること。」こうなっておるわけでございまして、これに基づいて作成、配付している、こういうことでございます。
石井(郁)委員 それで、もう一点重大なのは、先ほど冒頭に大臣がお述べになりましたように、やはり道徳教育の内容とかあるいは道徳的価値だとか、そういうことについてこの心のノートはいわば書いてあるわけでしょう。つまり、教育内容というものに、道徳教育の内容について触れているわけですから、そのことがやはり重大なんですね。
 これは、きょう議論をする時間も十分ありませんが、有名な旭川学力テストの最高裁判決というのがございますけれども、一九七六年ですが、教育というのは本来人間の内面的価値に関する文化的営みだということで、教育内容に対する国家的介入についてはできるだけ抑制的でなければいけないということがあると思うんです。その精神は私は教育基本法にもあると思いますけれども。
 そういう点からすると、この地方教育行政法の法律の今読み上げられたその部分をもって、指導、助言ということをもってこういうものがつくれるというのは、これは本当に文科省の極めて重大な逸脱行為だというふうに私は考えているということを申し上げておきます。だから、道徳教育の教材を国が作成して配付する、これはもう教育内容への介入そのものですよ。ということで、これは私の見解ということになるかもしれませんけれども、申し上げておきます。
 そこで、もう一点の問題なんですが、今申し上げましたように、要するに道徳的価値について触れているということなんです。そうしますと、こういう問題というのはまさに個人の内面に関する問題であり、憲法十九条で言う思想、良心の自由、これを侵してはならないという部分に深くかかわる問題ではないのですか。この憲法の思想、良心の自由とのかかわりを大臣はどのように御認識されていらっしゃるのか、伺っておきたいと思います。
遠山国務大臣 憲法十九条の思想及び良心の自由、これはもう当然の権利であるわけでございます。
 では、学校における道徳教育をどうやってやっていくかということでございますが、道徳教育につきましては、教育基本法及び学校教育法に定められた教育の根本精神に基づいて行っているわけでございます。その根本にはもちろん憲法があるわけでございます。学習指導要領第一章総則の中に掲げてございますけれども、「人間尊重の精神と生命に対する畏敬の念を家庭、学校、その他社会における具体的な生活の中に生かし、豊かな心をもち、個性豊かな文化の創造と民主的な社会及び国家の発展に努め、進んで平和的な国際社会に貢献し未来を拓く主体性のある日本人を育成するため、その基盤としての道徳性を養うことを目標とする。」ということが明確にうたわれているわけでございます。
 学校におきましては、このような目標の実現を目指して、道徳の時間を初めとして、各教科、特別活動あるいは総合的な学習の時間などを用いて、学校の教育活動全体を通じて、児童生徒の道徳性を育成するための道徳教育を行うこととしているわけでございます。このようにして行われる道徳教育といいますものは、児童生徒一人一人の道徳的な心情、判断力あるいは実践意欲と態度などについて、教育指導上の課題として指導をするものであります。
石井(郁)委員 私は、やはり今の大臣の御答弁では、憲法のこの条項について、これは権利であると一言で言われましたけれども、国として、これは侵してはならないというのは、だれが侵してはならないかというと、国がやってはいけないんですよ。そのことをはっきり認識していただかなくちゃいけないというふうに思いますし、やはり内心の自由という問題についての、文科省のこの問題での本当にきちんとした見解、見識が問われるということを申し上げて、きょうは、次にどうしても重大な問題がありますので伺うわけです。
 具体の問題として、これは五月三日の新聞で報道されましたけれども、社会科の評価の項目のところに、通知表に、「我が国の歴史や伝統を大切にし国を愛する心情をもつとともに、平和を願う世界の中の日本人としての自覚をもとうとする」という項目が入りました。昨年から入っているということが報じられて、既に全国十一府県、百七十二校でこのような通知表が使われているということが報道されました。
 この評価の問題でお聞きをしたいわけですけれども、福岡市の例では、この評価のあり方をめぐって、福岡県の弁護士会の人権擁護委員会に人権侵犯への救済申し立てを在日韓国人の方がしていらっしゃる、市民団体の方がしていらっしゃるわけであります。それに対して弁護士会は、市の教育委員会に勧告書を出しております。
 それで、このことについてどうかというのではなくて、私が大臣に伺いたいのは、この通知表にあるように、国を愛する心情とか日本人としての自覚だとか、こういう問題というのは、まさに個人の内心の問題ではないのか、そして、思想、良心にかかわる問題だということについてどのようにお考えでしょうか。もう時間がありませんので、少し簡潔にお願いします。
遠山国務大臣 先ほどもお答えいたしましたように、学校教育は、憲法、教育基本法などに基づいて、平和的な国家社会の形成者を育成することを一つの目的として行われておりまして、その中において子供たちが自国を愛する心をはぐくむようにすることは極めて大切なことだと考えます。このため、学校におきましては、子供たちの発達段階に応じて、日本の国土や歴史に対する理解を深めて、国民としての自覚や自国を愛する態度が育成されるようにしているところであります。
 通知表は、それぞれの学校の判断で様式や内容などを工夫して作成されているものであります。各学校の教育課程といいますものは、学習指導要領の趣旨を踏まえて編成、実施されるものでありますので、「国を愛する心情を育てるようにする。」など、学習指導要領で示された目標といいますものが通知表の項目に使われることは考えられるところでございます。
 その場合ですけれども、子供たちが国を愛する心情を育てるようにするということにつきましては、平和的な国家社会の形成者として必要な資質を身につけることを目的としておりまして、教育指導上の課題として指導するものであるというふうに考えているところでございます。
 国を愛する心、私は、子供たちにとって一番大事な家族を愛する、そして町を愛する、学校を好きになる、そして郷土を愛する、そういった心情からつながっていく国を愛する心、これを子供たちにぜひとも持ってもらいたい、そのように考えているところでございます。
石井(郁)委員 文科省がそういうお立場だということをおっしゃるわけですが、私がお聞きしたのは、これは本当に憲法上の思想、良心の自由にかかわる、内心の自由にかかわる問題だという認識をお持ちなのかどうかということをお尋ねしたのですが、その明確なお答えはありませんでした。
 それでは、これは通知表にあるわけですから、通知表はいろいろな評価の仕方があると思いますが、この福岡市の場合は三段階の評価です。ABCとなっております。A、十分に満足できると判断された、B、おおむね満足できると判断される、C、努力を要すると判断される、こうなるわけですよ。一体、国を愛する心情とか日本人としての自覚というのは、ABCのこういう段階、ランクで評価はできるのでしょうか。評価はできるのかどうかという問題と、では、評価できるときにはどういう客観的な基準でできるのでしょうか。明確にお答えください。
河村副大臣 通知表については、先生、今さら申し上げるまでもないことでありますが、子供たちの学習状況が評価される、そして指導の改善にそれを生かしていく、そして、適宜、子供自身や保護者にも、また学習状況を伝えて学習を励ますといったような、そうした観点があるわけでございまして、各学校において工夫して作成をされております。
 このように、これは法令に基づく文書ではないという通知表の性格からいたしましても、個々の内容については各学校がその責任において適切に判断すべき事柄、こうなっておるところでございます。
 そこで、今御指摘のありました「国を愛する心情を育てるようにする。」といった学習指導要領の目標の実現状況を通知表において評価する、こういうことに対してでありますけれども、これによって子供の思想とか心情とか、そのものを評価の対象にするわけではなくて、学習指導要領の目標に照らしてみても、社会的事象への関心とか意欲とか態度、これがどういうふうになっているかということを評価する、いわゆる学習状況について評価をするんだということであるわけでございます。
 例えて言いますと、歴史上の主な事象にかかわる人物の動きや文化遺産に興味を持つ、あるいは意欲的に調べたか、あるいは考えながらそれを追いかけておるかとか、自分たちの生活の歴史的な背景についても関心を深めておるだろうかとか、こういうようなことについて、子供一人一人の多様ないい点とか可能性とか、そういうものに着目して評価が行われる、これが通知表であるというふうに思っておるわけであります。
石井(郁)委員 私も別に評価一般を否定するものではありません。それから、知識とか理解とか、あるいはそういう関心だとか、事柄によってはそういう部分の評価はあるでしょう。しかし、今私が問題にしているのは、極めて個人の内面にかかわる、あるいは精神的な価値あるいは道徳的な価値にかかわる心情だとか自覚というのは、あなたはややできている、まだ努力が足りません、こんなことはできるのかと。これは昨年から入ったんですよ、新しく。文科省の新学習指導要領のもとで指導要録が変えられて、こういうことが入ってきているんです。これは今現場を大変混乱させています。
 福岡市で聞きますと、これは困ると。これが実は現場におりてきているんですね、後で申し上げますけれども。それで、この通知表ではできないということで、先生方、いろいろ工夫や努力をされている。無理やり評価しているとか、この項目を適当に解釈してやろうだとかというようなことがいろいろ起きています。
 そこで、その最たる矛盾は、日本の今の子供たち全体、学校、国民に対してこういう評価の押しつけはしちゃいけないというふうに私は思っていますが、今現実に起きている問題は、在日韓国人、コリアンの方々の問題なんですよ。福岡市もそこから問題が出発いたしました。これは、ある在日韓国人の方のおいが六年生で、Bという評価をもらって帰ってきた、これはどうしてBなんだと。Bだったら、おおむね満足という段階でしかないということで、では何を話し合ったらいいのか、どういう努力をしたらいいのかということになったわけです。
 私は、だから、こういう評価というのは、日本の子供たちも大変問題なんだけれども、外国人の子供たち、いるでしょう。外国籍の子供たち、いるでしょう。しかもその中には、韓国人、中国人、多くいらっしゃる。日本人としての自覚ということをその子供たちに評価するんですか。しているんですよ。この実態を、文部大臣、どのようにお考えですか。
遠山国務大臣 外国の子供たちも日本の学校に入ってくれて、そして日本の学習指導要領のもとで、あるいは日本の指導体制のもとで学んでもらうということは大変いいことだと思いますね。そういう学校で展開される日本の教育課程につきましては、教育基本法を初めとするさまざまな法令、あるいは学習指導要領などの基準に基づいて編成、実施されているわけでございまして、それは、日本の学校ということで、国民の育成ということを期して行われるのは当然であるわけでございます。
 そういう学校に外国の子供たちが入ってきたときにどうするかということでございますけれども、私は、一般的には、日本の子供たちとそういう場において差別をするのはどうかなと思います。日本の子供たちと同じように指導を行うことを基本としておりますけれども、ただ、私は、できるだけ現場では配慮をしてもらいたいなという点はございます。日本のことについて日本の子供たちと同様に教えるというのは大前提でございますけれども、例えば韓国の子供たちであれば、韓国の歴史や文化などもあわせて紹介するといったような配慮も必要ではなかろうかと思われるわけでございます。そのように考えております。
石井(郁)委員 私は大変問題だと思います。現実に、国を愛するというのは、日本の国を愛するということを教えようとしている。日本人としての自覚を持ちなさいということを教えている。日本の公教育でそういうことを、どういう内容でか、私は教えていけないとまでは言いません。だけれども、韓国人の子供たちにそのことを評価までするということはできるんだろうか。民族とか国とか文化だとか、あるいはその人たちが今生きている、特に在日コリアンの方々は今なお日本で、本当にいろいろな差別を感じていらっしゃるとか、通称名で生きる上でも大変困難を抱えていらっしゃるとか、たくさんの問題を抱えていらっしゃるんですよ。そういう方々に対してABCという評価をつけるというのは、私は、余りにも無神経だ、人権感覚がここにはさらさら見られないという意味では、これは大変問題だと思っています。
 そして、先ほど来、通知表は学校で自主的に作成されるものというお話でしたけれども、福岡の場合は校長会でつくっているんですよ、モデルを。それを学校で使いなさいということを突然と去年押しつけられてきた。しかも、校長会がつくったこの通知表を使えば市の教育委員会は予算を措置しますと。それを使わなければ自分のところで予算を捻出しなきゃいけない。こういうことまでしてやっている。こういうパターンはまさに押しつけそのものでしょう。教育行政は全く、本当に不公正そのものじゃないですか。異常だと思いませんか。
 私は、大きな問題として、道徳的な価値とか国を愛するという問題は、本当にこれは中身が大変重要ですよ。私も国を愛する気持ちでは人後に落ちないと思っています。そういう子供たちもいっぱいいて、では、あなたはAです、Bです、Cですと、どうやって、これはだれが評価できるんですか。どんな基準で評価できるんですか。しかも、それが外国人だ。こういうことがまかり通っていいはずはありません。
 私は、こういうような問題について、文科省が、指導要録をつくり、あるいは学習指導要領のもとでこれを押しつけているというか、先ほどの心のノートじゃないですけれども、活用状況も含めて文科省がこれを推進しているわけですから、その点でのきちんとした見識を今示すべきだというふうに思います。それこそが本当の指導助言だというふうに思いますが、いかがですか。
河村副大臣 在日の韓国の方も一緒に学ぶ教室がある、大変結構なことだし、それについては先ほど大臣からも、そういうことについての配慮を十分すべきであろう、こう御指摘がありました。私も全くそういう思いでございます。
 私もある友人から、アメリカで、日本人が向こうへ行ったとき一緒に教室に入ったときに、建国記念日にぶち当たったときなんかに、そうか、おまえは日本人か、ではおまえは日本の国旗を持ってきなさい、こう言われたというんですね。
 そういう配慮がちゃんとしてあるということでありますから、私は、韓国の方で、自分の国に誇りを持っておられる、家庭で教育をされてそういう思いがある方については、教育現場はそういう配慮をすべきであって、日本人と同じように日本の国を愛しなさいということで評価をするということではなくて、韓国の歴史とかなんとかに対する思いがどうであるかということまでやはり配慮すべきであろう、こう思います。石井委員が言われるように、日本人と同じようにそれを評価するということではなくて、むしろ、そういうことに対する思いといいますか自覚をどういうふうに持っているかということで評価をすべきことであろう、こう思っております。
 なかなか今の子供たちの愛国心の深さをそこではかるなんということは現実にできないわけでありますから、そういうことを評価するものではない、こう思っておるわけでございまして、みずからの歴史とか文化とかをどういうふうに学びとろうとしているかとか、あるいはそういうものの図表をどういうふうに活用しているかとか、歴史に対しては、地図なんかを広げてどういうふうな勉強をしようとしているか、あるいは国際社会における日本の役割についてどう思っているかとか、そういうようなことの取り組みを評価すべきことであろう、このように理解をしているわけであります。
石井(郁)委員 私は、先週、ウリ・サフェの会をつくっていらっしゃる方々とお会いしてきたんです。「在日」の人権と生活を共に創造する会という会をつくっていらっしゃって、通知表にこういう項目を載せるということは削除してほしいということで、今声を上げていらっしゃるわけです。私は、それは真っ当な意見だというふうに思います。
 先ほど来ずっと述べましたように、やはりこれは本当に内心の自由にかかわる問題ですよ。しかも、評価がどうやってできるのか。できないですよ。評価する権限なんてありません。そういう点でも、こういうことを現場に押しつけている、この実態について、そして今こんな混乱を起こしているということについて、これをこのまま認めるわけにいかないという立場で文科省がそれこそきちんと指導助言すべきだということを強く申し上げます。
 私はこの点で、今出されている新学習指導要領ももっと根本的にいろいろ問題にしたいと思うんですが、教育の目的に照らして、今行われていることは国際的に見ても本当におかしいですよ。
 私、子どもの権利条約を一つ申し上げたいと思うんですが、二十九条、締約国は児童の教育が次のことを目指すべきだということで、四点ございますが、一つは、子供の人格を本当に最大限まで伸ばす。二つ目には、人権とか基本的自由という問題の尊重が大事なんだと。三つ目にどう言っているかというと、「児童の父母、児童の文化的同一性、言語及び価値観、児童の居住国及び出身国の国民的価値観並びに自己の文明と異なる文明に対する尊重を育成すること。」と。
 だから、日本の子供たちにもそういう立場で教育するけれども、日本で学んでいる外国籍の子供たちにもそういうことを保障しなきゃいけないわけでしょう。私は本当に、この子どもの権利条約の、これが教育の目的ですから、やはりこのことにきちっと立った文部科学省の行政をやってほしいというふうに強く申し上げたいと思います。
 きょう、心のノートの問題や今起きている通知表の問題を取り上げました。この心のノートについても、私は、きょうは本当にさわりだけになっているわけですけれども、内容に触れることはしませんでした。しかし、まだ時間がありますのでこの内容について言いますと、これは、私たち、委員の皆さんも本当にごらんになったらいいと思います。私も改めて見て、小学校の一年生、二年生なんですけれども、「むねを はって いこう」なんですよ。「むねを はって いこう」、それから「気もちの いい 一日」、「がんばってるね!」、そして、みんな「にこにこ して」。
 それは、にこにこして、頑張って、気持ちよくいけたらいいですが、これは子供の今の実態、気持ちに合っているんだろうかということを私は本当に思います。だって、不登校の子供たちが十三万人だ、ふえ続けている。小学校一年生で学校へ行けないという子供たちがいるじゃないですか。その子供たちは、もうここからついていけませんよ。
 だから、私は、こういう子供の気持ちのとらえ方で本当に心の教育なんかできるんだろうかというふうに思いますし、さまざまな問題がここにはございます。やはり特定の思想を押しつけるような道徳教育はしちゃいけないというふうに思います。この辺は内容に入りますので、今後議論したいと思いますけれども、今福岡の例で申し上げましたようなちょっと異常な事態、混乱の事態が起きている、これはぜひきちっと正してほしいということをきょう重ねて申し上げまして、質問を終わります。
古屋委員長 山内惠子君。
山内(惠)委員 社民党の山内惠子です。
 出席者の数は大丈夫ですか、何か成立を心配しているんですけれども。
 前回の委員会で著作権法の一部改正案が通りました。この法案が本当に着実に実施されることを望む者として、きょうはもう一度このことについて質問したいと思います。
 特に、著作権については学校現場でも教育に力を入れるというふうにあるわけですから、文部省管轄下の問題として、学校現場で使われる教材にかかわってまで疑惑があるような状況は是正しておかなければならないというふうに思います。
 前回私が文部科学委員会で大臣と政府参考人の矢野さんからお答えいただきました日図協の問題について、どうしてもあのときの答弁が納得いかないところがありますので、きょうは、委員の皆さんにも図式的におわかりいただける方がいいかと思いましたので、資料として一枚載せてございます。
 文科省の所管ということで、このように図式がある、左側の下のところが日本図書教材協会、略して日図協ということで、教学図書協会とのやりとりのこちらの右と左のところでいえば、右側は教科書出版社が会員になっているという図式で、ビルも同じビルに住んでいらっしゃる。そして、この右側と左側の矢印の中で、謝金の提供総額二十七億円というのは前回のときも申し上げましたし、また白表紙本の提供問題でこの謝金の関係があるのではないかという指摘もしたところですが、具体的な中身で一つ一つお答えいただきたいと思います。
 大変短い時間しかございませんので、一点目、日図協加盟社が長年著作権侵害をしてきたことへの補償金の問題です。
 一つの教材、この教材というのは、学校で使われる場合もありますけれども、塾とか家庭とかへも販売されているということもあります、それが、一年間作品を無断で使用した場合の補償金が六円とか、八年間無断で使用したのに百四円とか、これは一年間に計算すると十三円とか、これも前回資料を皆さんにお見せしましたので覚えていらっしゃると思いますが、受け取る方々にとっては、この数字の根拠は一体何なのかということが全く検証できないままで支払いが行われています。
 せっかく今回改正した法案の百十四条と比べるとその落差が大変大きいということで、文科省に質問しましたら、回答がこのようでした。民間の団体である日図協と民間人との間においてどれだけの著作権料を払うか、あるいはどういう条件でそれを払うかということについて、法令に違反しない限り契約当事者間の自由な合意にゆだねられているので、私どもとして、これが適当であるとか適当でないとかいう形で関与すべきものではない、矢野局長はそういうふうにお答えになりましたよね。確認できれば次に参ります。そういうふうにお答えになりましたよね。
矢野政府参考人 そのとおりでございます。
山内(惠)委員 ということは、質問を変えて言いますと、もし法令に違反するような行為があった場合には、適切な指導なり処分等を行うというふうにとってよろしいですか。
矢野政府参考人 仮にその法令に違反する内容が私どもが権限をもって対応できるものでありますれば、それは私どもの対応は可能だと思います。
山内(惠)委員 前回の回答では、小学校向け教材にかかわる著作権者が三百五十四人、それから中学校では三百十一人について、既に十年間分の損害補償金が支払われているというふうにお答えになられましたが、日図協が著作権者に支払った過去分の補償金の根拠となる数字、例えば発行部数とか教材の販売価格等が開示されていないんですね。意図的に、組織的にごまかされている場合、そういうことがあれば犯罪的行為だというふうに思います。
 それで、質問いたします。
 もし、日図協が関与して虚偽に基づいた数字を用いたり、支払う金額を不当に低額に抑えるようなことをして六百人以上の著作権者に支払っているとしたら、所管省庁としての文科省としてはどのような指導、処置をされるのか、御見解をお聞きしたいと思います。
矢野政府参考人 お尋ねの点は、前回の委員会で私が申し上げましたように、本来、民間企業である個々の教材会社と著作権者である作家との間で処理されるべき問題でございまして、また、一部の原著作者との間においては現在裁判所において係争中の事案でもあるわけでございまして、国として関与するべき事柄でないということを申し上げましたが、お話しの、今は仮にということでお尋ねになりましたが、仮にそういうことがありましても、今私がお聞きしている限りにおいては、これはまさに民間の当事者間の争いの問題でございまして、私どもが関与する事柄ではないと思います。
山内(惠)委員 仮にあっても介入できない。そうですか。
 日図協は、以前に文科省に対して虚偽報告をしてきた団体だというふうに言ってもいいと思います。それは、ことしの二月二十七日予算委員会で木下議員におわびをしている。覚えていらっしゃいますか。虚偽報告であったということをおわびいたしますというふうに御報告が、議事録に載っています。どんな内容であったか御存じですか。
矢野政府参考人 あのとき、日図協からの報告によればそういうことはないということでございましたということで御説明申し上げましたが、事後の調査によって、その日図協の報告が間違いでございましたので、結果として私はその間違いを、そういう留保つきでございましたが、報告を申し上げたわけでございますので、それで、この場においておわびを申し上げたわけでございます。
山内(惠)委員 ということは、日図協が虚偽の報告を文科省にしていたから、お答えを次のとき変えなければならなかったということで、留保つきだけれども、そのとおりだったと思います。今のお答えのとおりお答えになったと思います。
 ということは、日図協が過去分の補償金に対して、著作者に対して虚偽の数字を示したり、または文科省に対して虚偽の報告をしていた場合、それが虚偽であれば文科省は指導や処置をするのか。今後のことです、先ほどのところにつながります。虚偽の報告があれば指導や処置をするのかしないのかをお聞かせください。
矢野政府参考人 私が訂正をしておわび申し上げたのは、日図協と文部科学省との間においての虚偽の報告でございました。今のお話は民間の当事者間における争いであるわけでございまして、仮に民間の当事者間における虚偽等の問題があれば、それは、その問題も含めて、例えば裁判等に訴えるといったことも含めて、それも民間の当事者間の問題として解決されるべき問題でございます。
山内(惠)委員 今回の法案でいえば、海賊版の例で数字まで挙げて、掛け算の式まで挙げて支払われるべきだというふうになっているわけですから、やはり間違いなく海賊版の問題として、白表紙本がテストその他をつくるに当たって問題を起こしているということは御存じだと思います。
 次に行きます。
 日図協は、六百人以上の著作権者について過去分の清算を終えたと文科省に報告しています。前にも白表紙本の問題で、今おっしゃったような虚偽報告をしているわけですから、過去分の補償問題でも、実際に数字も挙げていないわけですから、明らかになったときには対処をしっかりしていただきたいというふうに思うんです。
 ところで、日図協の会長は、矢野局長御存じの方ですよね。今出しましたこの資料の中にも書いてございますけれども、会長のお名前は菱村会長、この方は初等中等教育局長をなさった方ですから、矢野局長にとっては先輩の方だと思いますが、よろしいですか。
矢野政府参考人 もちろん、私どもの先輩として存じ上げています。
山内(惠)委員 こういう状況のことを天下りと私たちは言いますが、でも、先ほどの言葉で言えば、天下りとしてではなくて堪能な方が行かれているというのであれば、文科省としては、この方を通してでもきちんとこの支払ったものを開示する、そういうふうに指導するべきだと思うんですね。もし、文科省に対して虚偽の報告や著作権者に対してうその申告をして補償金額を不当に低く抑えていた場合、文科省はしっかりそこのところは指導できるんじゃないでしょうか。
矢野政府参考人 私どもの所管の法人であるわけでございますが、私どもが所管できるのは法人としての活動についての所管でございます。法人としての公的な活動にかかわる事柄について私どもが所管できるわけでございますが、今のお尋ねは、私どもの所管の対象ではなくて、まさに民間の団体と民間の個人との間におけるそういう契約の話でございますから、そのことについては、繰り返しでございますけれども、私どもが公的な立場において指導なりあるいは関与することはできない、そういう性格のものでございます。
山内(惠)委員 著作権の権料について、ではもうちょっと後で続きをしたいと思います。
 次の質問に行きます。
 先般、私が文科省に対しまして、白表紙本が検定以前に教材出版社の業界団体である日図協に大量に流れている問題について質問しましたが、その際、矢野局長は、白表紙本というのは教科書会社の所有に属するもので、本来、教科書会社が外部に配付することを含めて自由に処分できるものだから、それを外部に出さないということについて、文科省として、教科書検定の立場から教科書会社に対してお願いしているという性格のものです、法令に基づいて制度上出してはいけないということを要請するようなものではないとお答えになりましたが、これはそのとおりでございますか。――よろしいですか。そのとおりであれば、次に行きます。
 前回の回答をもう一回私が解釈をしますと、白表紙本は教科書会社のものだから、勝手に流れてしまっても仕方がない、文科省としてはただお願いするしか仕方がないというふうに受け取ります。そのようでよろしいでしょうか。
矢野政府参考人 改めて白表紙本の扱いについて申し上げますと、文部科学省といたしましては、仮に検定以前に申請図書の内容が公にされることがあれば、検定や採択に予断を与えるおそれがありますことから、適切でないというふうに考えておりまして、従来から各教科書発行者に対しまして、会議の場や通知によりまして、申請図書の内容が公にならないよう適切な管理について協力を要請してきたところでございます。
 そういう基本的な私どもの考えに基づきまして対応してまいりましたが、あわせて、平成十五年度以降の検定からでございますけれども、つまり今年度からでございますが、申請図書の適切な管理を一層確保するために、検定申請の際のルールといたしまして、申請者は検定申請が終了するまで申請図書等の内容が外部に漏れることのないように適切に管理しなきゃならないということを新たなルールとして定めたところでございます。
 そういう意味で、文部科学省といたしましては、今後とも教科書発行者に対しまして、このルールを踏まえまして、申請図書を適切に管理をして申請図書が外部に流出することがないように、指導の徹底に努めてまいりたいと考えているところでございます。
山内(惠)委員 ただいま今年度からとおっしゃったんですけれども、それでよろしいんですか。文科省の検定規則実施細則には、「申請図書は、検定審査終了後初等中等教育局教科書課長の指定する場所と日時において閲覧することができる。」つまり、教科書課長の許しがないと白表紙本は見られないということですよね。そしてまた、文科省の教科書課長名で二〇〇〇年十二月二十六日付で「申請図書の取扱いについて」として、白表紙本は検定申請以外の目的で使用しないようにと厳重指導しているんじゃないですか。そしてそのほかにも、文科省が二〇〇二年四月に発行した「教科書制度の概要」、これはコピーですけれども持っていますが、文科省の指導というところで、「教師用指導書及び検定申請図書」、いわゆる白表紙本の「献本等は一切禁止します。」と書いているんじゃありませんか。どういうことですか。
矢野政府参考人 これは、制度の話として申し上げますと、制度の話としては、前回の委員会で申し上げましたとおり、教科書申請図書というのは基本的には教科書会社の所有物であるわけでございます。それについて、私どもの検定の立場から、申請図書を外部に公表されると検定の際等においていろいろ支障が出るおそれがある、だから私どもとして、それを公にしないように、あるいは外部に配付しないように、そういう形での指導、内容といたしましては、前回申し上げましたように、協力をお願いする、性格としてはそういうものでございますが、そういうものをしてまいってきているところでございます。それは基本的に変わっておりません。
 ただ、昨年ルールを変えまして、今年度の検定から、これも法令上の対応ではございませんけれども、これは内部的なルールとして、検定申請図書について、白表紙本について、これを外部に公表することがないように、そういうルールをつくりまして、申請者に対してそのルールを守るように、新たなルールとして申請者にお願いをしているものでございます。
山内(惠)委員 私に回答されたときには、このようにおっしゃっている。先ほど確認したんですけれども、白表紙本は教科書会社のものだから、勝手に流れてしまっても、文科省としてはそういうことをしないようにお願いするだけだとこの間言ったんです。後から言ったのには、協力を要請していると言ったんですよね。しかし、この文章を今読み上げましたら、指導という言い方をされたかな。
 それで、ここの部分で言いますと、文科省による指導と、言葉が書いてあるんですよ。これは平成十四年四月に初等中等教育局が出したものなんですよ。ここで指導という言葉を使っているんですよ。ここはお返事は要りません。
 次に行きます。
 民主党の木下議員が昨年の衆議院の決算行政監視委員会で一回質問をし、二回目、ことしですね、予算委員会で白表紙本の問題について文科省に質問しました。そのいずれにおいても、大臣も矢野政府参考人も、白表紙本の取り扱いについて、検定目的以外に使われることがないよう厳重に指導しているとお答えしたんですよ。だけれども、私には、お願いする以外どうしようもないと何度もおっしゃったんです。
 私は、この議事録をもう一回丁寧に読みました。決算行政監視委員会では指導という言葉を六回も使っています。予算委員会においても六回も使っています。指導している、または厳重に指導すると言っているんです。私に言ったときには、民間団体だからお願いするしかないとおっしゃったんです。木下議員には、私どもといたしましては、日本図書教材協会につきまして、当省所管の教育法人でございます、公益法人として適切な活動を行うように指導しているところであり、今後においてもその指導の徹底に努めてまいりたいと考えておりますと答弁なさっているんです。
 同じ質問をして、答弁をしなければならない相手によって全く違う言葉でお答えになっているんですね。それが党の違いなのか、人の違いなのか、はたまた何か考えられたのか、お聞かせください。
矢野政府参考人 これは私どもの行為の制度的な性格を申しているんです。
 制度的な性格を申したときに、これは指導と言うときにいろいろな使い方があると思いますが、法令に基づいて指導するといったような、そういう法令の根拠に基づくような指導という使い方と、事実上の指導というふうに用例があると思います。
 前回のときは、あたかも、法令に基づいて指導をしたので、それに反した場合について名前を明らかにすべきだといったようなお尋ねがあったものですから、そういうお尋ねがあったものですから、私どもの指導の法令的な性格としては、法令に基づく指導といったものではございません、いわば事実上の指導でございまして、それをわかりやすく言うと協力をお願いする性格のものですという説明を申し上げたわけでございます。
 そういう意味で、ずっとこの委員会で申し上げてきた指導は、法令上の指導ということではなくて、事実上の指導であって、いわばそれは協力を求める、そういう内容のものであるということでございまして、これは、状況に応じて、事柄としてこの行為の性格をきちんと申し上げるために、あえて、これは協力をお願いする性格のものであることをあの段階ではきちんと説明申し上げたものでございますから、どうぞその点、御理解をいただきたいと存じます。
山内(惠)委員 理解できるものではありません。法令があるからこそ、現実に何か問題が起これば指導していくということをこの「教科書制度の概要」では言っているんじゃないですか。現実に問題が起こっている場合に、指導はできません、お願いするばかりです、このお答えは全く虚偽報告、虚偽の答弁だったと私は受けとめています。
 次に行きます。
 前回、私が質問した中身に、日図協に約八百種類もの白表紙本を提供していたとする教科書の編集委員や執筆者の名前を出していただきたいと申し上げたことと関連して今のお言葉だったと思うんですけれども、編集委員や編集者に迷惑がかかるのでこういう調査はできない、それを日図協がそう言っているのでできないと答弁されましたが、これは教科書執筆者や編集委員の名誉にかかわる問題だと私は思います。
 このように、答えられたことをうのみにして、調査はできなくてお願いしかできない、法令はちゃんとあるにもかかわらず、現実に問題が起こっているのにそれができないという答弁は、私は本当に納得ができません。ここで、白表紙本が流れたのは教科書執筆者や編集委員から流れたんだというお答えを日図協がなさっていることを丸のみにして言って、それが本当であればそのままいくかもしれませんけれども、それでは聞きますが、この方たちは私はぬれぎぬだと思うんですよ、ぬれぎぬを着せられたということが考えられるんですが、きちんと調べていただきたいんですが、いかがですか。
矢野政府参考人 その場合……(山内(惠)委員「短く言ってください」と呼ぶ)わかりました。
 お尋ねの件につきましては、これは前回申し上げましたとおり、日図協からこれ以上具体的な名前を差し控えたいということでございますので、私どももまさにそのとおりだと思いますし、それ以上、私どもとして日図協に介入する形でそれを求めることはできないと思いますし、またその必要もないと思っています。
山内(惠)委員 それをする必要もないというところまで今言い切られたということに、今後問題が起こると私は思います。ぬれぎぬを着せられている方にとっては名誉にかかわる問題だと思います。
 改めて聞きます。この教科書執筆者や編集委員に、例えば私、または私の党として聞き取り調査を直接したとします。もし、執筆者や編集委員の方たちが日図協及びその関係者、関係会社に提供はしていないということが全面的に明らかになりました場合は、どうなさいますか。
矢野政府参考人 仮にそういうことがあっても、事柄の事態として何が問題であるか、私どもとしてどういう対応をする必要があるのかということについては、私は特段の対応をする必要はないと思っております。
山内(惠)委員 白表紙本が流れて、海賊版とも言える市販テストその他が出ていて、それでもなおかつできないとなれば、今回法案ができた意味がないじゃないですか。そこは問題ではありませんか。海賊版が出て、売られて、そしてその部数によってそれなりの収入があるわけです。そのときに、その収入が著作者にも行っていない状況につながっていく問題なわけです。それもどうすることもできないということで、調べる気もない、もしそういうふうになっても打つ手もない。法案の実施について、この実施をしっかりやってまいりますと大臣はおっしゃったけれども、これは海賊版だと私は思っています。
 また、次に行きます。
 日図協の創立三十周年記念誌「築く」というのがあって、前に皆さんに一部お渡ししてありますが、もし教科書出版社の業界団体から謝金の見返りに白表紙本が日図協に提供されていたとしたら、文科省はどのように対処するのか。
 この謝金というのは、先ほど皆さんにお配りしました二十七億円というすごい額です。しかも、ここで白表紙本の見本本を提供したのではないかというのは、前にも申し上げましたように、全社全教科書に注文をとるということ。これは木下さんからも同じことを質問されていたし、実は私、同じ質問をされたことを知らないで私もこの場で質問しましたが、今のような逃げ方をされたんですね。
 これは、裁判その他のところでは、著作者にそのお金は全部行っているようなことを言っているんですけれども、行ってはいないわけです。その意味で、こういう海賊版の問題があるということを考えたときに、新しく法案に百十四条を入れたわけです。これは計算方式まで出されたわけですね。
 それで、ちょっとここで次のをごらんいただければ。お配りしましたこのテスト、これもこの間申し上げたものなんですけれども、この一枚目の「わらぐつの中の神様」のこのテストは、私も似たようなのを学校現場で使っていたときには、上の段に、教科書の中から物語文そのまま抜粋して載せられていました。私はこんなのを初めて見ました、ここで。初めてというのは、今回調査をして初めて見ました。
 これは実は、ことしの三月二十八日、東京地裁の判決で著作権侵害を認めて副教材の出版の差しどめなんかがあったわけですから、その前後に、これは問題だと思われたのか、教科書からの抜粋はやめた一例です。だからここでは、教科書六十二ページを見てテストに答えよと。だから、子供の側からいえば、いつも教科書を出してテストをしなければならない。市販テストを使っていない学校もありますけれども、使う場合はそうしなければならないという異常なプリントだと思います。
 その次にもう一つございますが、これは、学校で担任が指導して子供たちの行ったテストに丸をつけていくわけですけれども、参考資料として解答まで入れたものですが、ここの出版社は、ここに教科書の全文をまだ載せているわけです。ですから、手続をしっかりして自信を持って使われたのかもわかりません。そのところは私は調査はしていませんけれども、このような形になっています。
 次の問題に行きます。
 相当時間がありませんけれども、大変大きな問題ですので、この二枚目の「きつつきの商売」というのをちょっと見ていただくとわかるんですけれども、右下のところをごらんください。全国平均点八十二点というのが書かれています。これは、皆さん、だれがどのようにこの平均点、数字を出したと思われますでしょうか。これはもう既に、裁判の中ででしょうか、お答えになっていらっしゃるので説明をしますと、四千というデータを、学校現場でつけたものを集めて、そして平均点を出したのでこのように全国平均点が出せるんだということを局長はお答えになっていらっしゃるんですね。お答えになっているのは、それもまた日図協からだったのでないでしょうか。私としては、そこのところをお聞きしたいと思います。
 これは、裁判の中でです。それで、光文書院、これは教材出版社の名前なんですけれども、このテストには、全国正答率、今こうやって皆さんごらんになったように、学期ごとに集計した約四千名に上る教師からの回答をもとにしており、信頼度の高いものである、これはセールスポイントなんです。信頼度が高い。ごらんになって、全国の人は八十二点とるんですからあなたの学級でも八十二点とれるように頑張りましょうという数字でもあるし、そうか、全国の人はこんなふうに頑張っているんだったらうちの子もそうしようと思うかもわからないんですね、塾なんかに通っていれば。これは本当に大変なことだと思います。
 そこで質問いたします。四千名に上る教師が公立学校の教師であったとして、学校で実施したテストの結果を、子供たちのテストの点数を、教職員、教師が一民間企業のために流しているとしたら、それは公務員法で言う秘密を守る義務、第三十四条、それから職務に専念する義務、第三十五条に抵触するおそれがあると思いますが、矢野局長、いかがでしょうか。
矢野政府参考人 突然のお尋ねでございますから、今のケースがどのような具体的な状況の中で、また、そういうテストに応じた教員がどういう立場でそのテストに応じたか、そういう具体的な事柄がない限り、今のお尋ねには一般論としてお答えできかねるということは御理解いただきたく思います。
山内(惠)委員 先ほどの図式のように、この中はすべて文科省の所管です。その所管の日図協から、そういう販売をしているルートがずっとあるわけです。お得意の日図協に調査をさせてはいかがでしょうか。
矢野政府参考人 私の今の行政の立場において、御指摘の点についてはその必要を感じておりません。
山内(惠)委員 必要も感じていないというのはどういうことですか。何かあるたびに、先ほどの石井議員のときも、本当に必要がないのに全国調査を実施するじゃないですか。そういう例があるのかないのかぐらい、なぜ調査できないんですか。子供たちにつけた点数を教職員がこんなところに、一民間企業に出している、データは四千名、裁判所でちゃんとお答えになっているんですよ。その事実があるとしたら、この業者はどこで、どこのをどうやってしたのかぐらい、調査できないんですか。する必要もないというのはおかしいんじゃないですか。
矢野政府参考人 補助教材あるいはそういったワークブックのあり方について、今のようなことについて、私の立場として、行政を進める上で、今お話を承る限りにおいてはその必要性を感じておりません。
山内(惠)委員 先ほども申しましたように、私たち地方公務員として、いろいろな制限を受けた現場に私はいました。そして、私は学校現場にいて、こういうものを買ったときと買わないときとがございます。物によります。これは国語とは限りません。理科もあれば社会もあれば、地図なんかのコピーとか、そういうこともいっぱいあります。そういう中で、この全国平均点という数字は、このように裁判の中でお答えになっていらっしゃるんですよね、実際にこういうふうにしたと。しかも、矢野局長がお答えになったんじゃなかったでしょうか。
 新しい教材が出されたとき、例えばこの「きつつきの商売」のプリントに出てくる物語文は、実は新しく学習指導要領が改訂になってから出たものです。これは、四月に子供たちは教科書を手渡されるんです。教員も子供と一緒のときにもらいます。業者はなぜことしの四月から使うテストに全国平均を書くことができるのかということを聞きましたら、何とお答えは、今まで、過去はそういうことが学校現場にお願いをしたりして調査してデータを集めたからできるけれども、これは期待得点です、これぐらいはとってほしいと。
 そのようにおっしゃられたので、であれば、ちょっとここに具体的な、市販されているテスト、このようにして学校現場には見本本として来て、学校の担任にはちゃんと、クラスが四十人であれば四十枚ずつこういうのが集まって、私は受けて、これをまとめています。ですから、これは見本と考えていただいて結構ですが、この会社にも、例えば新しく出た教材は期待得点とあるのかなと見ましたら、この会社は、明治図書、ある種良心的なのかもわかりません、全部期待得点。しかも上も、ちゃんと著作権料を支払った自信があって、全部物語文が載っています。
 もう一つの方をお見せします。だから、これは問題ないわけです。学校現場の先生に点数をつけたものをもらわなくたってできるということです、期待ですから。これぐらいは、子供が三年生なら、五年生ならとってほしいなと期待したんだというのは全く問題ないですね。でも、この会社は違います。最初から終わりまで、すべて全国平均値です。となると、新しい教材が載ったとき、なぜ全国平均値と言えるのでしょう。
 ところで、ここは、こういうことが裁判などで取り上げられるようになったから、なかなかずる賢い。この言葉、皆さんのお持ちの文章に書いてあると思います。「全国平均点及び正答率は、各種調査と過去のデータに基づき、予想される数値を示したものです。」だから、期待得点です、でも、書くときは全国平均点と書くんです。すごいインチキですよね。これは、もしかしたら法律にひっかかるんじゃないですか。不当表示です。あの法律、私も調べてみましたが、不当景品類及び不当表示防止法というのがあるわけです。これはセールスポイントですから、全国平均がある方が何だか信頼するんです。不思議なんです。
 でも、先ほどの、私は本当に問題だと思いますけれども、学校現場でこの数字を一企業などの要請で出した例は、私の知る限り一切ありません。それは全くうそだと私は思います。思うだけではありません。証言も聞いています。そのことでちゃんとお答えいただいて、そのことについては全くのでたらめデータでやったという声も直接お聞きしていますが、その点についていかがですか。
矢野政府参考人 委員のお尋ねにお答えする前に、委員は二度も何か私が裁判にかかわったような発言をされておりますが、私はその裁判には全く関知しておりませんから、そこは誤解のないようにしていただきたく思います。
 そこで、お尋ねでございますけれども、文部科学省といたしましては、いろいろ個別テストの話をされましたけれども、私ども、個別テストの教材の内容については全く承知しておりませんし、具体的にどのような教材をどのように使用するかということについては、それは個々の学校が適切に判断されるべきものでございまして、私どもとしてはそれ以上のくちばしというんでしょうか、コメントは差し控えたいと思います。
山内(惠)委員 お答えになられたのが矢野局長というところは訂正させてください、私あのとき焦りましたので。主張書面という裁判での資料を入手しています。そこのところは間違いでございました。債権者が谷川俊太郎さん、債務者が、青葉出版の方がそのようにおっしゃっています。
 それにしても、学校現場の方々がこの数字を出しているということを私は聞いたこともございません。その意味で問題ありだと思います。
 ところで、時間ですので一言、せっかくつくりました今回の第百十四条の文言、このことは、このような海賊版が出回っていることとの関係で、この法案は今後の問題として使われるのでしょうか。大臣、一言お聞かせください。大臣の決意で結構なんですけれども。
銭谷政府参考人 ちょっと私の方から御説明させていただきますが、ワークブックなどの過去の著作物利用に対する補償金として提示された補償金額をさかのぼって許諾を与えるか否かは、各著作者が判断をするわけでございまして、金額等について不満があれば、権利者はこの日図協と協議を行ったり、場合によっては訴訟を提起することもできるわけでございます。
 その場合、訴訟を提起した場合に裁判所において判断をする場合に、その補償金額の算定の仕方は著作権法上何種類かあるわけでございますけれども、そのうちの新しい計算方式として、先般改正をいただきました著作権法第百十四条第一項の規定というのがあるわけでございますので、裁判所の判断でございますが、この規定を活用した損害賠償額を裁判所が判断するということはあり得ると思います。
古屋委員長 質疑時間が終了しております。
山内(惠)委員 今回の裁判では一億一千万円の賠償命令まで出ているという結論があることを御報告し、この法案がこういうことにしっかり対応できるように、法案を利用していただきたいということを申し述べて、終わりたいと思います。
古屋委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後二時四十八分散会


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