衆議院

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第9号 平成18年3月29日(水曜日)

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平成十八年三月二十九日(水曜日)

    午前十時開議

 出席委員

   委員長 遠藤 乙彦君

   理事 小渕 優子君 理事 大前 繁雄君

   理事 小島 敏男君 理事 西村 明宏君

   理事 松浪健四郎君 理事 藤村  修君

   理事 牧  義夫君 理事 池坊 保子君

      阿部 俊子君    秋葉 賢也君

      井脇ノブ子君    飯島 夕雁君

      浮島 敏男君    小川 友一君

      岡下 信子君    加藤 紘一君

      川条 志嘉君    近藤 基彦君

      佐藤  錬君    坂本 剛二君

      鈴木 俊一君    鈴木 淳司君

      鈴木 恒夫君    永岡 桂子君

      西本 勝子君    福田 峰之君

      藤田 幹雄君    馬渡 龍治君

      山本ともひろ君    吉野 正芳君

      市村浩一郎君    奥村 展三君

      北橋 健治君    末松 義規君

      田中眞紀子君    松本 大輔君

      山口  壯君    横山 北斗君

      笠  浩史君    西  博義君

      石井 郁子君    保坂 展人君

    …………………………………

   文部科学大臣       小坂 憲次君

   文部科学副大臣      河本 三郎君

   文部科学副大臣      馳   浩君

   文部科学大臣政務官    吉野 正芳君

   政府参考人

   (公正取引委員会事務総局経済取引局取引部長)   舟橋 和幸君

   政府参考人

   (警察庁生活安全局長)  竹花  豊君

   政府参考人

   (防衛庁防衛局次長)   金澤 博範君

   政府参考人

   (総務省大臣官房長)   森   清君

   政府参考人

   (法務省大臣官房審議官) 稲見 敏夫君

   政府参考人

   (外務省大臣官房広報文化交流部長)        岡田 眞樹君

   政府参考人

   (外務省中東アフリカ局アフリカ審議官)      小田部陽一君

   政府参考人

   (外務省領事局長)    谷崎 泰明君

   政府参考人

   (文部科学省大臣官房長) 玉井日出夫君

   政府参考人

   (文部科学省大臣官房文教施設企画部長)      大島  寛君

   政府参考人

   (文部科学省生涯学習政策局長)          田中壮一郎君

   政府参考人

   (文部科学省初等中等教育局長)          銭谷 眞美君

   政府参考人

   (文部科学省高等教育局長)            石川  明君

   政府参考人

   (文部科学省高等教育局私学部長)         金森 越哉君

   政府参考人

   (文部科学省科学技術・学術政策局長)       小田 公彦君

   政府参考人

   (文部科学省研究振興局長)            清水  潔君

   政府参考人

   (文部科学省研究開発局長)            森口 泰孝君

   政府参考人

   (文部科学省スポーツ・青少年局長)        素川 富司君

   政府参考人

   (文部科学省国際統括官) 井上 正幸君

   政府参考人

   (文化庁次長)      加茂川幸夫君

   政府参考人

   (厚生労働省大臣官房審議官)           白石 順一君

   政府参考人

   (厚生労働省健康局長)  中島 正治君

   文部科学委員会専門員   井上 茂男君

    ―――――――――――――

委員の異動

三月二十九日

 辞任         補欠選任

  佐藤  錬君     鈴木 淳司君

  福田 峰之君     浮島 敏男君

  横山 北斗君     市村浩一郎君

同日

 辞任         補欠選任

  浮島 敏男君     福田 峰之君

  鈴木 淳司君     佐藤  錬君

  市村浩一郎君     横山 北斗君

    ―――――――――――――

三月二十九日

 すべての子どもに行き届いた教育に関する請願(原口一博君紹介)(第八六四号)

 同(鈴木克昌君紹介)(第九〇一号)

 同(小川淳也君紹介)(第九三三号)

 同(河村たかし君紹介)(第一〇三八号)

 豊かな私学教育の実現のための私学助成に関する請願(原口一博君紹介)(第八六五号)

 同(古賀一成君紹介)(第九五四号)

 同(鳩山由紀夫君紹介)(第九五五号)

 同(小平忠正君紹介)(第一〇〇〇号)

 私学助成の大幅増額、教育費の保護者負担軽減、教育条件の改善に関する請願(原口一博君紹介)(第八六六号)

 行き届いた教育の実現に関する請願(西村智奈美君紹介)(第九〇二号)

 同(西村智奈美君紹介)(第九三四号)

 同(西村智奈美君紹介)(第一〇〇一号)

 教育基本法の改悪に反対し、教育基本法を生かすことに関する請願(佐々木憲昭君紹介)(第九〇三号)

 行き届いた教育を進めるための私学助成の大幅増額等に関する請願(穀田恵二君紹介)(第九〇四号)

 同(前原誠司君紹介)(第九一九号)

 私学助成の大幅増額など教育関係予算の拡充に関する請願(黄川田徹君紹介)(第九二六号)

 高等教育無償化条項の留保撤回・学費負担の軽減、高等教育予算の増額を求めることに関する請願(保坂展人君紹介)(第九五二号)

 同(牧義夫君紹介)(第九六七号)

 同(奥村展三君紹介)(第一〇一〇号)

 国による三十人学級実現、私学助成大幅増額に関する請願(古賀一成君紹介)(第九五三号)

は本委員会に付託された。

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 政府参考人出頭要求に関する件

 文部科学行政の基本施策に関する件


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     ――――◇―――――

遠藤委員長 これより会議を開きます。

 文部科学行政の基本施策に関する件について調査を進めます。

 この際、お諮りいたします。

 本件調査のため、本日、政府参考人として公正取引委員会事務総局経済取引局取引部長舟橋和幸君、警察庁生活安全局長竹花豊君、防衛庁防衛局次長金澤博範君、総務省大臣官房長森清君、法務省大臣官房審議官稲見敏夫君、入国管理局長三浦正晴君、外務省大臣官房広報文化交流部長岡田眞樹君、中東アフリカ局アフリカ審議官小田部陽一君、領事局長谷崎泰明君、文部科学省大臣官房長玉井日出夫君、大臣官房文教施設企画部長大島寛君、生涯学習政策局長田中壮一郎君、初等中等教育局長銭谷眞美君、高等教育局長石川明君、高等教育局私学部長金森越哉君、科学技術・学術政策局長小田公彦君、研究振興局長清水潔君、研究開発局長森口泰孝君、スポーツ・青少年局長素川富司君、国際統括官井上正幸君、文化庁次長加茂川幸夫君、厚生労働省大臣官房審議官白石順一君及び健康局長中島正治君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

遠藤委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

遠藤委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。加藤紘一君。

加藤(紘)委員 自民党の加藤紘一でございます。

 科学技術担当の副大臣にお伺いいたします。

 オッペンハイマーという人が原爆の父親であります。彼は、あれをつくったことによって、広島、長崎に大変な犠牲を出した。最後まで悩んでいたようです。まあ、このケースはちょっと難しい話なんですが。一方、鎌倉の後期に、岡崎正宗といって、岡崎正宗の真剣といったら、それを見ただけで人は後ずさりする、そして多くの武功を武者に立てさせた。岡崎正宗はその刀をつくったことで罰せられるべきか。ウィニーの問題というのはまさにそこに来ているんだろうと思いますね。

 二年ほど前、この問題が起きたときに、この委員会で、この金子勇という技術者は、日本のソフトを開発するという意味においては世界にも知られたぐらいの大した人物で、日本でソフト開発といったら金子勇に過ぎる優秀な技術者はいないと言われた男が、ファイル交換ソフトのウィニーをつくって、それをある人たちが使ってファイルの交換、音楽がそれに載っていればそれが全国に、そしてある意味では全世界に、著作権を無視して自由に流れていく。そのときに、金子勇は罰せられるべきなのであろうか。

 テープレコーダーをつくった技術者は、別途罰せられるべきなのか。それから、ITの機器を考えた人が、それを使って傍聴する人間、人の電話を盗聴する人間の行為によって罰せられるべきか。これは難しい問題だと思いますね。いかがでしょうか。

 今それが裁判で行われています。もちろん国会でも、本会議でも議論されて、それはウィニーによって情報漏れになって、データが防衛庁から、またいろいろな銀行から、そしてジャスダックから流れたという問題であって、そこは私はきょう議論しません、それはほかの委員会でも議論されている。

 技術を開発した人間は罰せられるべきか。いかがでしょうか。

河本副大臣 加藤先生、ありがとうございます。

 ウィニー自体を開発したことは、僕はいいことだと思います。ただ、このソフトウエアは、不特定多数の人たちとの情報交換をする大変有意義なツールになっているのは事実でありまして、これ自体が著作権侵害に当たるとは思っておりません。

 加藤先生、原爆をつくったのが悪いのか、それを使った者が悪いのか、こういう御質問も織りまぜながらの御確認だと思うんですけれども、一方で著作権の侵害に使われる可能性もある、このように思います。

 本件は今公判中でありますので、その中身についてはコメントは差し控えたいと思いますが、そういう認識でございます。

加藤(紘)委員 この問題はなかなか難しいと思います。

 それで、今公判中の案件でありますので、ここで取り上げていいのかも迷います。また、私は、その開発を行った金子勇氏という東大の前の講師、大変な技術者と聞いておりますが、この委員会に参考人に来てもらって話してもらうというのも、いろいろ政策を勉強する意味ではいいかなと思ったけれども、やはりこれは裁判中はまずいなと思ってやめました。

 彼は、京都府警の捜査が入ったときに、捜査官に、ええ、このとおりやっています、全部お見せします、それで、どうやったらその操作ができるのかということを言い、そして、捜査官が君は2ちゃんねらーかと聞いた途端に大変プライドを傷つけられて怒ったようですけれども、それは、自分は技術を開発するんで、2ちゃんねらーのように、一生懸命あそこに書き込んでどうのこうのしているような、そんな人間と見てもらっちゃ困るということだと思うんですけれどもね。

 そこで、彼が提起したのは、今裁判になっているのは、彼は意図的にこれを表に出して、そして、世の中の人、こんなことをやれば、著作権というのは、もう、ほらこのとおり、だあっと、すぐ人の手に渡っちゃうぐらい壊れやすいものになりましたよと、意図的にそれをアップしたとかという話なのかどうかが多分争われているのだと思うんです。そこは論じません、さっき言いましたように。

 ただ、彼の技術が提起したもの、そして彼でなくても、四年ほど前にアメリカで同じような、P2Pというんだそうですが、この辺の質問力、僕はないのでだめなんですけれども、要するに、同じようにファイル交換ソフトのかなり高度なものが開発され、それに負けないように金子勇氏は頑張りということで、ファイル交換ソフトのもたらすものは、要するに、本の上に文字を印刷して著作権を守るとか、ディスクの上に何かデータをぶち込んでそして音楽著作権を守るという時代は終わりましたねということで、だから、著作権を守るには何らか別のものを考えていかなきゃならぬときに来ましたよということを問題提起したかったというのが本音なのではないかと思います。

 二年前、私は、文化庁の次長に、この辺の時代が来るので、そろそろ考えておかなきゃならぬときに来ているかもしれませんねということをこの委員会で、科学技術の側面から質問したんですが、その後、著作権と新技術という問題について、何らかの進展ないし検討を加えたということはございますか。文化庁にお聞きします。

加茂川政府参考人 お答えをいたします。

 いわゆるインターネット上での著作物の利用行為につきましては、著作権の観点からも私ども現代的な課題と受けとめておるわけでございます。ただ、現在のシステムから申しますと、こういったインターネット上の著作物の利用行為につきましても著作権法の適用範囲になっておるわけでございまして、今お話にございましたファイル交換ソフト、ウィニーの登場、この一事をもって著作権法全体が直ちに見直しが必要になるものではないのではないかと私ども考えております。

 ただ、冒頭申し上げましたように、インターネット上での著作物の円滑な流通、活用という観点からは課題意識を持っておりまして、私どもとしましては、先生御質問いただきました後におきましても、契約システムのあり方でありますとか、あるいは新たなビジネスモデルに関する調査研究を引き続き行っておるところでございます。

加藤(紘)委員 現在の段階ではそうだろうと思うし、なかなか技術的に難しい話なんだろうと思います。

 しかし、これから通信と放送の融合というのがいろいろ出てきて、デジタル放送、ワンセグ放送なんかがどんどん出てきているときに、著作権と放送・通信の話は実に厄介なことになってきている。ある意味では、イタチごっこになってきているかもしれません。しかし、同時に、ユビキタス技術というのがある社会で、何らか、一回使ったごとに、一回聞いたごとに、コピーライトというものが保障される道みたいなものもきっとだれかが考えるんじゃないかなというような気がしますけれども、すぐ答えの出る話ではありません、真剣になって考えてもらいたいと思います。

 と同時に、私は、この金子勇氏を初め、最近、日本のITにしてもバイオにしても、かなりいい技術者、学者がいるんだけれども、あるときにどこかでぼおんとこういう事件を浴びせかけられて萎縮しちゃう。例えば、日本からハーバードに行った優秀な女性バイオ学者が向こうで日本の製薬会社と情報交換したんじゃないかという一事で逮捕されるとか、そういうケースがいろいろあります。ぜひ優秀な科学者が萎縮しないような社会を、配慮して、考えていただきたいというふうに旧科技庁関係の人には申し上げておきたいと思います。

 次に、きょうは文教の問題について御質問させていただきます。

 私は国会に来て三十三年ぐらいになるんですが、文教委員会というところに足を踏み入れるのに常に戸惑いがあったんです。では、今何で委員をやっているんだというと、私は、科学技術特別委員の流れでこっちに来ておりまして、自分が文教委員なぞというところにおこがましくも立ち至ったというふうになかなか認められないところがあるんです。それは、小さいときのインプリンティングがあります、トラウマがあります。

 私の父親は旧内務省官僚でした。それから文部省の課長か何かになって、課長直前かな、応召して、そして戦後は、文部省に帰るというときに、地元、山形県鶴岡市の市長になれと。当時、まだ選挙じゃなくて指名だったんですね。何で、どうやってできたのかな、地元の有力者が市長か何かを選ぶんですね。終戦直後二、三年はそういうのがあったみたいです。それで、いや、私は文部省に帰ると。どっちかというと役人が好きなタイプでしたから。でも、うちの母親が、やはり地域社会の中でいろいろやるのもおもしろいのよと言ったら、その妻の一言で市長になっちゃったんですけれども。

 それから七、八年して衆議院議員になりました。私が中学生、一年のときです。ですから、それから十年国会議員をやりましたから、私の中学、高校、大学、ずっとうちの父は、当然のように文教委員になったんです。そして、完全な族議員でした。やっていることといえば、日教組の先生とのけんかばかりです。まあまあ、とにかく不毛な感じでしてね。私は、それからしばらくして、跡をとって政治家になるわけですけれども、文教委員にだけはなるまいとかたく決心いたしまして足を踏み入れないようにしているんですが。なぜか今度、文教関係で質疑に立ってみろという理事さんの御指示でございますので、やらせてもらいたいと思って、きょう立っているんですが、文教政策は素人でございます。

 どちらかというと、文教の論文なんか一回も、書類も読んだことのないという人間が、きょうここに立っているんですが。言われてから二週間ほど、最近、議論を読んでいるんですけれども、文教関係の学者さんの書く書類というのはわかりにくいですね。何であんなに難しく書くのでしょう。よく読んでみると、結構、論旨が不明確だからわかりにくいというのがかなりありまして。いや、こういう先生から教わった先生が子供に教えているというのは問題だななぞと思ったりしますが、これはちょっと余計なことで。

 そういう中で、私は、今、地域と学校というのは最大のテーマになっているのではないかと思います。

 自民党内のある一つの場面を御紹介しますと、今から二年ぐらい前ですが、PISAテストの成績が悪かったという問題がありましたね。我々の文教部会で大変な議論になって、そのときに、総合学習だとか週休二日制だとか詰め込みだとかといういろいろな、ここでも行われている議論があって、そこで私が、歴代の初中局長がいたものですから、一体こういう問題がいろいろ議論されているけれども、歴代の初中局長さんが今ここに三人ほどおられるけれどもと、その部会のときにね、いろいろ見解を話していただきたいと申したら、いろいろな方がおっしゃいました。

 一番若い初中局長さんがきょうおられる銭谷さんだったように思いますが、その先輩の先輩の人たちがいろいろおっしゃったけれども、最後に、事務次官をされた方が、結局、我々、教育の場では、文教の場ではみんな頑張っているんですが、地域コミュニティーがそれをちゃんと受け取ってくれないから悪いんですという種類のことをおっしゃって、私は、それはないだろう、文教政策の責任者として、学校の方は頑張っているけれども地域社会が悪いからだみたいな話は、それは責任逃れじゃないかなぞと思って、ちょっとむむっと思ったんですが。当時、我が方の文教部会長は遠藤利明議員でした。さすがに彼も、今の言い方はないでしょうというようなことを言いました。多分、ちょっと表現が悪かったんでしょう。そのときには、やはり文教の方が責任あるのになと私は思いました。

 しかし、それから一年ほどして、私はあるところで日教組の委員長に会いました。森越さんとおっしゃる岩手出身の先生で、絵画の先生でした。プライベートな場所であったというせいもあって、こっちもゆったりとして話をしていましたし、向こうもプライベートにしゃべったからなんですが、そのとき彼が、加藤先生ね、結局、地域がだめだと学校はどんなに我々が頑張ってもいい学校になりません、いい地域には我々がちょっと努力しただけですばらしい学校が生まれるんですと言いました。そのときに、私は彼の言葉がすうっと胸に入っちゃいまして、ああ、こんなに日教組の先生に心を許して、うちのおやじは怒っているかななぞと思ったりもしましたけれども、すうっと入りました。やはり、地域コミュニティーというのと学校というのは強烈な関係があるんじゃないかなというふうに思ったんです。

 ちょっと長くなりましたけれども、もう一つ、最近の例を申し上げます。

 私の山形県鶴岡市というところの一年中の一番のメーンの祭りは、天神祭りといいます。武者祭り。昔、学問の神様菅原道真が京都から追い払われて太宰府に行った、それを人々が悲しんで、でも、それを見送りするのを見られるとお上に怒られるから、すげがさをかぶって顔を隠して、そして別れの杯を人々に振る舞ったという、ちょっと変わった祭りなんですが、最近、それだけでは売れないものですから、地元の各小学校にパレードさせるわけです、マーチングさせるわけです。

 みんな、よさこいソーラン風とかストリートダンス系のいろいろなダンスをやるんですが、去年のその祭りに、市内の小学校十幾つかが参加したんですが、「NO MORE CRY」という音楽なんですが、僕は知りません、D―51グループのミュージックだといいますが、要すれば、テレビの子供番組でよく使われる、出てくる、乗りのいい、リズムのいい音楽なんですが、その音楽で、あろうことか、四つの小学校が同じ曲でマーチングをやったんですよ。ところが、その中の一つの学校、鶴岡市立第五小学校というんですが、実に感動的だったんです。ほかの地域とぐっと差をつけた。六年生全員八十六名、母親二十名、教職員六名、父親一名。これが、激しい激しい、動きの物すごく大きい、さっき言いましたように、よさこいの動作の大きさとストリートダンスのステップの緻密さと両方まぜたような踊りをやりまして、感動的でしたね。

 それで、私は、なぜその小学校がそれをうまくできたんだということを、それから後、私の地元ですから、私の金城湯池ですから、後援会のシステムや、そこの地域の若いお母さんたちと、土日、帰ったときに一緒にすし屋で飲んで食べたりしながら、ありとあらゆる角度から取材してみたんです。そうしたら、一つはっきりしていることは、五月二十五日のその祭りを目指して、三、四カ月、総合学習の時間を全部その練習に使っているんですね、六年生は。それから、そのときには父兄も行く。でも、父兄とて、とても日中はそんなに行けませんから、夜七時から九時まで何回か練習する。そのとき、父兄が来れない子供たちが夜帰るわけですから、その送迎はだれがやるかということをまた担当して、事故が起こらないようにする。いや、実に綿密にやっているんですね。

 そして、練習が終わると子供と父兄が一緒に帰る。家に帰ると子供にお母さんがステップの踏み方を聞くらしいんですね。どうせお母さんの方が運動神経鈍くなっていますし、物覚えが悪いですから、四十前ぐらいですからね。そうすると、娘や息子たちは、地元の言葉で言うと「でってでって」というんですけれども、しょうがねえなこのお母さん、お母さんこうだよとかいって、優越感を持って子供がお母さんにステップを教える。また間違えた、とかやっている。

 それで、父兄にしてみれば、二、三年して振り返って、あれは至福のときでしたと。子供と私が一緒になって、子供に教えられて、そして一緒のリズムで体を動かして、あんな幸せなときはないと言っていました。

 これはどうしてそんなにうまくいくのか。一体PTAが主体なのか学校が中心なのか。市役所から声がかかってきたときにはどっちに声がかかってきたんですかと聞くと、どっちだったんだろうなというようなことを言うんですけれども、彼らにしてみれば、学校に声がかかってきたか地域に声がかかってきたかは関係ないと思う。だって、一緒にやっているんだから、関係ない。常にPTAの代表と学年主任の先生と二人で市役所に行っていろいろな指示を受けてきましたみたいなことなんですよね。ですから、コミュニティーというものが本当にうまくいくと、なかなかすばらしい教育効果を示すことになるんだろうと私は思うんです。

 その点で考えますと、過去五、六年、文教政策はコミュニティーとどうやって結びつけるかということで悩みに悩んできて、あるときには学校評議員制度というのをやりました。その後、学校運営協議会の法案がここに出てきて、私も何となく審議に参加しましたけれども、賛成と立候補もしたし、でも、激しい法案だなと思いました。すごい法案だったなと思いました。だって、学校運営協議会のメンバーが人事に文句を言えるという仕組みですから、すさまじい法案なんですね。

 それで、この法案についての議事録をここ一週間ほど丹念に私は読んでみました。

 その中で、いろいろな議論があるんですけれども、例えば、ちょっとお名前を出して失礼なんですけれども、その後どうなっていますかということを、この間、予算委員会の第四分科会で永岡先生が聞いているんですね。まだ当選間もないから遠慮っぽくおっしゃっているけれども、大丈夫ですか、これは本当に、どんどんどんどん地域の人たちが強引に入っていくような関係にはなりませんかという感じの、いろいろな心配されている表現もちらっと見るんですけれども。二年前の審議で、民主党の笠さんがおっしゃったのもかなり心配されているんですね。これは学校評価制度から連続したバージョンアップですね、こういうふうにおっしゃっているんだけれども、本当にこれはその後のバージョンアップなんだろうかと。

 というのは、どうもこの学校評議員制度というのと運営協議会というのは何かどこかで断絶しているような感じが経緯的にもするんですけれども。最近、学校運営協議会というのは余り伸びていないですよね。一方、評議員制度というのが逆に伸びている。だから、ウィンドウズ二〇〇〇というバージョンアップができたと思ったら、逆にウィンドウズ98がどんどんシェアが伸びてきたみたいな話じゃないかなと思うんですが、最近、両方の伸びぐあいの実情はどうですか。

銭谷政府参考人 学校と地域社会、コミュニティーとの関係からいろいろお話を今承りまして、学校評議員と学校運営協議会について、今の状況のお尋ねがございました。

 まず、学校評議員制度でございますけれども、これは平成十二年の四月から実施をされております。それで、現在の状況でございますけれども、全国の公立の学校の七八・四%の学校にこの学校評議員制度が設置をされております。例えば小学校でいいますと、約二万二千の小学校があるわけでございますが、そのうちの一万八千校余りの学校に設置をされております。

 一方、学校運営協議会でございますけれども、この学校運営協議会自体は平成十六年の九月に制度化をされたものでございますが、現在、数としては四十一校が学校運営協議会を持つ学校として指定をされているという状況にございます。

 なお、今、学校運営協議会の設置を予定、検討している学校は、現時点で、この四十一校まで含めまして、全部で二百三十校という状況でございます。ですから、数で申し上げますと、学校評議員の方が数としては圧倒的に多いという状況でございます。

加藤(紘)委員 これは政府側に、特に文科省に答弁願ってもちょっと無理かなと思うんですけれども、私の推測は、平成十二年に導入された学校評議員制度というのは、文科省が考えたものであって、進めてきた。一方で、教育改革国民会議や総合規制改革会議なんかで学校運営協議会制度というものが審議されて、そして当初は、チャータースクールだ、コミュニティ・スクールだ、学校理事会制度だとか、諸外国のいろいろな例を見ながらいろいろな議論をされたけれども、何となくしっくりわからない、ごちゃまぜみたいなものになって、学校運営協議会というものとして、言うならば上の方からお下げ渡しになって、そして文科省の方は、困ったなあ、こっちとしては、学校評議員制度を導入してたった四年、それもまだまだ海のものとも山のものともつかないのに、何かそれの三、四倍濃度の濃いみたいなものをどんと出されて困ったなと思ったけれども、世の中、改革の時代だから、やらざるを得なくてやった。だから、どうも身が入っていないというふうに思うんだけれども、その辺はどうでしょうかね。局長の後に、大臣に聞いてみたいんです。

銭谷政府参考人 学校評議員制度と学校運営協議会についての経緯につきましては、ただいま先生の方からお話があったような経緯がございます。

 まず、学校評議員制度が先行いたしまして、そして、学校評議員については、校長に対していろいろ意見を言うということで、それ以上の権限というものは付与されていないという制度になっております。

 一方、学校運営協議会は、平成十二年に設置をされました教育改革国民会議においてコミュニティ・スクール構想というものが提言をされて、それを受けて、文部科学省において、中央教育審議会の議論を経て、法案という形で国会に御提出をして、平成十六年の九月に制度化をされたというものでございます。学校運営協議会につきましては、校長の学校経営の方針について意見を述べることができますし、また、人事権について、意見を述べて、それを教育委員会は尊重しなければいけないということで、権限としては一定の権限が付与されている制度でございます。

 文部省のスタンスでございますけれども、私どもは、学校評議員制度は、ある意味では校長の求めに応じて学校運営について意見を述べるにとどまる制度でございますので、各学校にとりましても、地域との関係を考えて、地域のいろいろな意見を聞くという観点からも非常に導入しやすいという面は確かにあるんだろうと思います。それが急速に各学校で取り入れられた一因ではないかと思っております。

 一方、学校運営協議会につきましては、これは文字どおり、地域の住民の方が積極的に学校運営にかかわって、一定の権限も付与されるということですので、やはりその導入に当たってはいろいろな準備が要る、あるいは地域と学校の関係についても、いろいろと話し合いを重ねた上で導入をする、そういうある意味ではプロセスが必要になってくるということから、現時点で先ほど申し上げたような数にとどまっているということではないかと思っております。

 文部省としては、地域に開かれた学校、地域の住民の意見というものを十分聞いた学校運営協議会、この導入については、私ども、積極的に取り組んでいるつもりでございまして、そのためのいろいろなフォーラムの開催ですとか推進校の指定とか、各般の事業を実施しながら学校運営協議会制度の普及ということに意を用いているところでございます。

小坂国務大臣 加藤委員の教育に対するいろいろなお考えを聞いておりまして、むしろ科学技術の方で、文教の方には余り口は出さないつもりだとおっしゃっているけれども、実際には大変深い造詣を持っていらっしゃって、やはり学校というものは地域と密接にかかわる中で、教育そのものが家庭、地域、学校の連携の中でなされるべきだという、そういう強い信念もお持ちだというふうに承りました。

 私も、今の学校運営協議会の話と学校評議員制度というものは、過渡的な段階として、当初、学校評議員の方は、校長に対する、むしろ校長の側から、地域の意見を聞きたい、そして校長としての業務を円滑に進めたいというニーズがあって、そして地域の方にも、やはり学校に何らかのかかわりは持ちたいという中でこの制度が導入されてきた。しかし、実際には、欧米の例を見るがごとく、やはり地域が学校を育て、またつくっていく、そして学校も地域と密接な関係の中でよりよい教育を目指していく、一体となって教育に取り組むという姿勢から、やはりコミュニティ・スクールの発想が日本でももっと進められるべきだという動きになってきた。

 したがって、評議員制度でうまくいっているところは、その後に学校運営協議会に発展しているという例が多いと思うんですね。ですから、地域がそういった関心を持つに従って、より地域のニーズを的確に反映するようにしたい、そしてまた学校側も、開かれた学校運営というものを目指す観点から、そういったものを積極的に受け入れていく、そういう中からこの流れが出てきていると思います。

 したがって、今後の一つの方向性としては、やはり学校運営協議会というものは、より皆さんの理解を得る中で推進をされてくる方向性を持つだろうと思っておりますし、そういった中で、地域の意見がしっかり反映される中で、ともに、地域づくりにも貢献する学校、また地域もその学校を育てていくという、お互いのそういった関係ができるような学校づくりというものが推進されていくことが望ましいと私は考えております。

加藤(紘)委員 これまで、累次のこの委員会の質疑で、評議員制度とそれから学校運営協議会は併存していいのか、一つの学校に評議員制度と学校運営協議会と、両方あるのはいいのかねという質問に対して、はっきりはしないけれども、両方というのはおかしいでしょうねえというのが初中局の大体の考えですね。

 そういうことで進んでいったら、評議員制度の方がふえてきちゃって、さっきのように、七五、六%の実施率だったのに八二ぐらいまでどんどんとふえてきちゃう。運営協議会、小学校二万一千、中学校一万ぐらいですかね、今。全国で三万二千ぐらいある中で、まだ三十とか四十とか、それから、今検討中のものを含めますと二百五十ぐらいになりますみたいな今の局長の話でしたが、それとて全国一%ですよね。片っ方の評議員制度は約八〇%を超えているわけですね。ですから、本当にこれはうまく育つのかなあというふうに思って、でも、法案を通した以上、育てなきゃいけないねえというふうに思うんです。

 うまく育たない理由というのは、周知徹底してないというのが一つですけれども、学校運営協議会の話として非常にドラスチックなものは、あの先生はだめだと思ったら、校長さん、かえなさいよと言っていいということになっているんですね。

 さあ、ところで、では、それを校長さんに言って、校長さんがこれをどこに言いに行くかというと、私の場合には、山形県鶴岡市立第二小学校とか第三中学、こうなるんだけれども、その市立小学校、中学校の人事権を市長は持っていない。したがって、市の教育委員会はそのまま、初中局長の答弁を聞くと手を加えずに、そのまますっと県に持っていく。仲介するのは設置者としての義務です、でも人事権者は県ですから、手をつけずに、こんな意見がありましたよといって偏見なく県に届ける、こうなっているんですね。一体これは何なんだと。

 大体、市長や地元の校長でも住民の意向がわからないから問題が起きてきて、学校運営協議会が文句を言ってきたのに、だあっと市長を越えて、教育委員を越えて、県の教育委員に行っちゃう。県がそこまでわかるわけがないでしょう。だから、運営協議会の言っていることが正しいのか、それを拒否している学校長だとか市の教育委員会が正しいのかというのは、わかるわけないところに権限を持たせて、そして判断するという形になっているんですね。違いますか。

銭谷政府参考人 学校運営協議会の持つ権限の一つは、任命権者である教育委員会に人事に関する意見を言う権限ということでございます。その場合、学校運営協議会の方から人事について意見が出された場合、市町村の教育委員会を経由して、任命権者でございます県の教育委員会の方に上がっていくわけでございまして、その場合、県の教育委員会は、学校運営協議会から出されました意見を尊重するものとするというのが法令の定めでございます。

 ですから、もちろん、学校運営協議会の方から出された意見に基本的には基づいて県は人事を行うということになるわけでございますが、先生御案内のように、学校運営協議会というのは、その学校に設置をして、日常的に校長先生等といろいろな意見の交換をしながら学校運営に参画をしているわけでございますので、通常考えられますのは、やはり学校の運営に最も精通をいたしております校長先生等と意見をすり合わせた上で、人事について意見を言ってくる、述べるというのが通常考えられる状況ではないかなと。

 ですから、ある意味では、教育改革国民会議でコミュニティ・スクール構想が出たときに、やはり学校の校長先生にできるだけ人事権を付与したいというのが当時の国民会議のコミュニティ・スクール構想の根底にあったわけでございますので、その意味で言えば、今のこの学校運営協議会の、人事についての意見を述べることができるという規定は、私は、校長あるいは地域の意見が教職員人事に十分反映されるという意味で、一つの制度として当を得たものではないかというふうに思っております。

加藤(紘)委員 これ、銭谷局長、自分の胸に落ちてないことをしゃべっているから、何をおっしゃっているかわからないんだと思いますよ。

 だって、常識的に考えれば、運営協議会が校長に言う、すると、校長さんは本来人事権を持っていてほしいというようなことで教育改革国民会議は構想していた。ところが、校長は持っていないどころか、その上の市長だって持っていない。市の教育委員会だって持っていない。だから、今の、何か、県は反映してくれると思っておりますみたいなことではうまくいかない。だから、私は、これは教育会議から言われて文部省が始めた制度なんじゃないかな、私はこの議事録を読みに読んでみるとそう思うんですね。

 最近、国会議事録というのは、検索すると何だってさっとすぐそのポイントに乗ってくるようなキーワード処理ができて、すばらしい議事録になっているなと思って、感謝しているんですけれども。図書館の人件費が若干高過ぎるような気は私もしますけれども、これはこっちに置いて。

 それで、審議の過程をもう一回振り返ってみると、いろいろ言っていまして、笠さん、あなたがいないときに言ったんだけれども、あなたが一番何か心配していたんですよね、本当にこれでうまくいくのかねと。それから、斉藤鉄夫さんも非常に心配して、それから我が党の宇野さん、議員がいて、この人の議事録を見ても、地元のことをよくわかっている議員だなと、もうほとほと感心するんですけれども、みんな考えていて、遠慮しながら議論しているんですよ。多分皆さんだって、お下げ渡しになったけれども、これ大丈夫なのかなと思って、何だか奥歯に物の挟まった銭谷局長の答弁になる。

 さあそこで、ここで必要になってくるのは、教員の任命権、これは県にありますね。それから、配置、人事権、これは県にありますね。県費負担教職員という、世界にも余り例がないぐらい変な制度ですからしようがないんだけれども、ここの整理が早急に必要になってくるんじゃないでしょうか。

 国の教育の大方針は、国が、文科省が決め、教職員の人件費の半分は国が見ていたと。県費が半分で、そのかわり県は全部差配する権限を持つ。地元の市長は、市立小学校、中学校と言いながら、設置権者と言いながら、校舎を建てるだけ。台風が来てガラスが壊れたら、それをトンカチで直す係。あと、学校の図書について、あと十万欲しいという学校と、いやあ、お金がありませんから勘弁してくれという、その程度のやりとりの権限に今なっていますね。

 ですから、今度の三位一体の話の過程で、私は、早く学校運営の実権をできるだけ基礎自治体、つまり市町村に移すということをやらないと、学校運営協議会もうまく回っていかないんじゃないかという気がしますが、局長、どうですか。

銭谷政府参考人 ただいま先生からお話ございましたように、公立の義務教育諸学校につきましては、都道府県が教職員の給与を負担するとともに、任命権、人事権を持っている。市区町村は小中学校を設置して、その管理運営、すなわち義務教育の直接の実施をするわけでございますけれども、教職員の人事権というのはいわゆる都道府県に対する内申権という形で、最終的な権限は持っていないという制度になっているわけでございます。

 この問題につきましては、かねて、教育の実施者である市町村が教職員の人事についてやはりその権限を持つべきではないかという御議論はずっとございまして、現在、市では政令市が人事権を持っているわけでございますけれども、それに加えて、他の市町村についても人事権を持たせるべきではないか、こういう議論があるわけでございます。

 昨年の十月の中央教育審議会の答申におきましても、教職員の人事権につきましては、「当面、中核市をはじめとする一定の自治体に人事権を移譲し、その状況や市町村合併の進展等を踏まえつつ、その他の市区町村への人事権移譲について検討することが適当である。」という答申をいただいているところでございます。

 もちろん、同じ答申の中で、例えば離島、山間というところはなかなか人材の確保も難しいだろうということもございますので、そういう離島、山間の市町村を含めた広域で人材を確保できるかにも留意をする必要があるので、一定の広域で人事を行うような、そういう仕組みも考えることが必要であるといったようなことも言われております。

 いずれにいたしましても、文部科学省では、この昨年十月の中央教育審議会答申を踏まえまして、教職員の人事権の移譲につきましては、今教育関係団体と協議を行っている最中でございまして、その理解を十分に得た上で、制度改正ということについて検討していきたいというふうに思っているところでございます。

加藤(紘)委員 先ほど、小坂大臣の御答弁の中に、学校と地域がお互いに助け合い、お互いに影響し合うという形でないと、これからの学校運営も地域運営もうまくいかないという言葉がありました。私もそう思います。

 最近、やたらとわけのわからないことが起きています。姉歯事件というのは、命にかかわるようなことは、何ぼもうけのためだといってもないがしろにしちゃいかぬのだというのが破られた。学習塾で講師が小学校六年生の子を殺すなんぞというのは、刑法以前の問題なんだけれども、破られた。どうしてこんなことが起こるかといったときに、昔だと、それは心の教育をしなきゃいけない、教育勅語だと、こう言ったんだけれども、それを三、四年やってみて、教育勅語というのはもうそんなに分厚い内容のものではない。では学校で教えるのかといったら、教師の方もそれほど教育力に余裕があるわけではない。では昔はどこで教育していたのかねというと、地域の教育力というのがあった。もうそれは今はない。

 昔、私なんか山形県鶴岡市の外れで、言うなればかなりの田舎ですから、小学校三年のときを思い起こせば、中学三年の隣の吉野さんちのお兄ちゃん以下、十数人がだあっと群れをなして遊んでいました。家の前に川があって、そこでどうやって魚釣りするかも教わった。ある日、その川に幼稚園の子供が流されていった。そうしたら、吉野さんちのお兄さんは、中学三年なんだけれども、飛び込んだですからね。そして、助けてきて、しかし、橋のたもとに来たら、真っ青になってぶるぶる震えている。自分がやったことが怖かったんでしょうね。瞬間にやったことの怖さがやっとわかったんでしょうね。ぶるぶる震えているのが私の脳裏に、この年になってもまだ離れないんですね。

 しばらくしてから、家の茶の間で、母親と近所のお母さんたちが茶飲み話で、吉野さんちの子は立派だねえ、子供って学校の成績だけじゃないねえ、そうだねえといってしゃべるのを見て、あっと思いまして、私は、何というか、成績優秀タイプの方だったんですけれども、ああ学校の成績がいいというだけじゃだめなんだみたいなことが、そして、ああいう場面になって自分は飛び込めたであろうかというのが、何十年来、自分の心の中の自問として残るんですね。ということは、そこで、おきて、ルールを教わっているんですね。非常に牧歌的な話で、それを今の児童館の中に見出せといっても無理かもしれないし、ある程度あるかもしれない。いずれにしろ、地域社会の中で人間が教わった。

 一方、それが今はもう崩れて、ないし老齢化していますから、会社の中で人間学を昔教わったんだから、では会社はどうかというと、社内運動会はもうない。営業第三部でみんなで鬼怒川温泉に旅行、一泊で行こうなんといったら、みんなついてこない。夕方五時ごろ、会社の課長が、おい、きょう帰り一杯飲むかと言うと、若いのは、何で一緒に飲むんですかと、何かミスしましたかというような雰囲気で、えっなんて言うものだから、もう二度と課長は声をかけない。

 そうすると、しょうがないから、人々は何で価値観を決めるかというと、インターネットとテレビですね。昔、家の中にはテレビが一台しかないから、そのテレビとてスモールファミリーコミュニティーで、そこで、演歌を聞きたいというおやじと、それが嫌だという高校の女の子と、価値観のけんかをしたけれども、今は個室だ。という中で、やはり人間が相集うところがないとだめなような気がしますね。

 まだそれが残っているのが委員長のところの宗教団体のコミュニティーで、人間の触れ合いは残っていますね。選挙の関係もあって時々お邪魔するんだけれども、温かいですよ。でも、全部宗教でお願いするというわけにいかない。

 そうすると、やはり地域コミュニティーをもう一回豊かにしなきゃならないんだが、そのキーワードは、私は学校区だと思うんです。小学校区なのか中学校区なのか、学校区というものでもう一回コミュニティーの復活を図る以外に、私はこの地域社会の復活のポイントはないと思っているので、その意味で、三位一体と絡んで文科省と総務省が感情的なほどのけんかをおっ始めたということは、私は大変な問題だと思いますよ。

 時間がないのでこちらから申しますけれども、この間、文科省と厚労省は歴史的なことをやりました。幼児教育について三、四十年対決していたのに、文科省の方からは保育課長に出向させ、厚労省の方からは幼児教育課長に出向させて、それも同期の中のエース級のエースを出して、それをやること十数年、何年か知りませんが、とにかくやって、認定こども園というのをやりましたね。あれはイスラエルとアラブの和解調印式みたいなもので、よくやったなと。それで、今お互いに、両方の担当課長、係長たちはしょっちゅう飲み合いしているようです、酒の飲み合い。

 今、文科省の担当課長とそれから総務省の担当課長が会話しているかというと、ないと思いますね。酒なんか飲んでないと思いますね。あっせんして、その場で楽しく飲むならば、山形のめったに手に入らない幻の銘酒「十四代」の特別なものを持っていって席を設けてもいいけれども、とてもその気に今なれませんね。酒が無駄に飲まれちゃうような、座が白けた酒になりそうで。やはりこれをどうにか解決しないと、地域の子供たちが、そして地域社会が大変なことに、損失をこうむると思いますが、その辺について、総務省の方はきょうおられるかな。

 一つ質問します。今、会話できるようないい関係ですか。今、酒を飲めるような関係になっていますか。お答えください。

森政府参考人 担当が来ておりますので、今ちょっと聞きましたら、お酒は飲んでおるということでございます。どういう酒かは知りませんけれども、飲んでおるということでございます。

 人事交流につきましては、一般論としましては、府省間の緊密な連携とかあるいは広い視野に立った人材の育成という観点で、今後とも進めてまいりたいとは思っておりますけれども、この問題についてどういうふうにするか、またいろいろ検討させていただきたいと思っております。

加藤(紘)委員 私は、日本政治のある意味で重要なポイント、隠れた問題点というのは、今一番主導権を持っているのが自民党なんですけれども、御承知のように、二世議員が多いとかとよく言われていますね。ということは、二世議員は東京で育っているんです。そして、公立高校に行っていないケースが多いんです。つまり、コミュニティーというものを余り体験しない。

 公立高校だと、肉屋のせがれと自転車屋のせがれと、そして、なかなかかわいい子だなと思ったら、自分のおやじがよく通っているスナックのママさんの子だったりして、いろいろな思いを持ったりする。そういう人間ドラマというのが公立高校にはあるんですけれども、それをほとんどなくて、有名進学校に電車で通うという出身の議員が多いことは大問題であって、ある意味で、実は、ここにおられる官僚の方も、案外エリート校出身で、小中を地域で過ごしていないというケースがあるかもしれませんよ。聞きませんけれどもね。

 ですから、ぜひこれから、私は学校の、コミュニティー学校がいいのか、それから選択制のもとで競争原理がいいのかの議論に、きょうは入れませんでしたけれども、私は、公立学校、コミュニティー、地域学校というものが日本を救うというぐらいの感じで、それを育てていくためにやはり人事交流をしなきゃならぬと思いますが、総務省の方からはいまいち、ちょっと引いた話でもあるんですが、文科省の方では経験もあるので、文科省の方から総務省に呼びかけるということぐらいしないと、被害者意識を持っているのは文科省の方ですから、だから被害者の方から加害者というか、いやいや攻撃側に声をかけないと、これはうまくいかぬと思うので、その辺はいかがか、最後にお伺いして終わります。

馳副大臣 三位一体の改革の一通りの、第一期目の決着は見たところでありますけれども、我々文部科学省からすれば、地方六団体の御意見とはいえ、寝首をかかれたような思いを持っているのは事実であります。

 しかしながら、今後の第二期改革もございますし、当然、総務省と文部科学省と背中合わせであっては内閣として不一致になるのも当然でありますから、担当の課長レベルあるいはそれ以下になるのか、それはまた局長の方で判断いたしますけれども、人事交流をすることによって、教育論を踏まえた上での財政論というものを展開しないと、この国の行く末にとって大変な禍根を残すことになるという懸念を持っておるということは表明をさせていただきたいと思います。

加藤(紘)委員 どうもありがとうございました。終わります。

遠藤委員長 大前繁雄君。

大前委員 自由民主党の大前繁雄でございます。

 加藤先生のような大物の後で質問をするのはちょっと気が引けるのでございますけれども、加藤先生の続きのような形で、与えられた時間は三十分でございますので、モラル教育ということをテーマにして質問をしたいと思います。

 今、モラル教育と申しました。道徳教育と言わずにモラル教育と申しましたのは少し意味がございまして、英語の得意な人はたくさんおられますけれども、英語の得意な人に釈迦に説法と思いますが、英語でモラルといいますと二つの意味があるんですね。一つはMORAL、僕は余り英語の発音は得意じゃないんですけれども、頭の方にアクセントがあるらしいです、モラルと言うんですね。これは、普通で言う道徳とか倫理とかそういうような意味でございます。このMORALに後ろにEをつけますと、これは発音のあれを辞書で調べてみますと、モラル、後ろにアクセントが来るんですね。いずれも片仮名で書くとモラルなんですけれども、こちらの方は、士気とか勤勉とかやる気とか、そういう意味なんですね。ですから、私が聞きたいのは、両方とも兼ねた意味でのモラル教育を我が国でもっと推進しなければならないんじゃないかと思っておりまして、数点をお聞きしたいと思っております。

 最初に、これは教育だけにかかわらず、一般的に、近年の我が国のモラル低下の原因について、先ほど加藤先生もおっしゃいましたけれども、お聞きをしてみたいと思います。

 最近の我が国で最も深刻な問題といいますのは、私たちが町へ出て、もう皆さんから言われるんですけれども、成人、子供、男女を問わずに社会全般に広がっておりますモラルの喪失だと言われております。日常茶飯事になりました子殺し、親殺し、人殺し、特に最近は幼子殺しというのが多いですね。頻発する、教師、先生、あるいは警察官、あるいは司法関係者、弁護士さんとかいろいろ、検事なんかもそうですけれども、そうした、社会を指導監督すべき立場にある人たちの犯罪や破廉恥行為。そして、戦後日本で優等生と言われてまいりました経済界でも、最近は偽計や経済事犯が蔓延しまして、毎日のように、記者会見で一斉に頭を幹部が下げておる、そういう姿がテレビに映し出されておるわけでございます。

 また、日本の若者に、特に中学生、高校生にアンケート調査をしますと、諸外国の同世代と比べて極端とも言えるような無気力な回答が返ってくるわけなんですね。

 こういった近年の我が国のモラル低下の原因は一体何なのかということを、大臣おられませんので、馳副大臣にお尋ねしたいと思います。

馳副大臣 今、大前先生もおっしゃったように、社会的な、指導的立場にある者のモラル意識の低下、幾つかの事件等もございましたけれども、そういったことについて、やはり社会全体が、何だこの国はと、こういうふうな印象を持つというところもあると思いますし、それから、戦後、我が国の教育現場ということを考えますと、平等意識、平和、民主化、自由、こういったことは、やはり戦前と比べて重要視されたのは当然でありますけれども、行き過ぎた平等意識は、学校現場でいえば、教員と子供が平等なのかといえば、これは人としては平等であるけれども、役割としては、やはり時においては礼節を持って対応しなければいけないことがありますし、指導する者と指導を受ける者の、おのずから分相応な対応の仕方というのもやはりあると思います。

 こういった社会全体の面と、また子供たちの教育現場の面と、また家庭における面と、地域社会における面、いろいろなことが含まれて、あるいはモラルの低下といったことが言われてきているんだと思いますし、これは文部科学省としてというよりも、私が感じているのは、行き過ぎた報道のあり方。こういう言葉を使ってあれですけれども、エロ、グロとか、ちょっと、余りにも目に余るそういったものが放送を通じて、ビデオを通じて簡単に手に入れることのできるそういう環境の中に身を置いている、これもまた一つの課題であろうというふうに考えております。

 いずれにせよ、そういうふうな課題はありますけれども、そんな中でも、ある意味ではよりよく育っている子供もたくさん、むしろほとんどの子供たちはすくすくと育って、ルールを守り、モラルを持って育っているわけでありますから、そういったことも踏まえて対応していかなければいけないというふうに考えております。

大前委員 今、副大臣からいろいろ理由を挙げられたわけでございますけれども、この間、参考人として来られた見城先生も、自民党の部会へ来られて、一番大きな理由として、高度経済成長、そのときにやはり、もうけ第一といいますか、利益第一というような考え方、そういうことも大きな原因だというようなことも言っておられました。

 いろいろ関係者の間で理由を挙げられておりますけれども、しかとどれが理由かということは断言はできないんですが、一つだけはっきりしていることがあるんですね。それは何かといいますと、戦後六十年間、我が国では、公教育の現場で道徳教育、モラル教育がほとんど実施されてきていないということなんですね。昔から、教育には知育、徳育、体育の三本柱があると言われておりますけれども、このうちの知育、体育は何とかやってきているんですが、徳育の部分が戦後完全になおざりにされてきた、これは皆さんがよく言われることでございますけれども、私もそれが一番の理由だと思うんですね。

 こういうことを言いますと、文部科学省の皆さん方は、いや、そんなことはありません、道徳は昭和三十三年、一九五八年から学校できちんと教えられていると言われるんですけれども、それは教科的に言いますと、道徳は単なる時間としてカリキュラムに設けられているだけであって、国語とか算数とか社会、理科というような正式の教科に採用されているわけではないわけでございますね。

 私は、敗戦後、昭和二十年、アメリカ占領軍が入ってきまして、厳しく修身的道徳教育を禁止した、そういう期間はやむを得ないと思いますけれども、独立を達成いたしました昭和二十七年の四月二十八日以後は、自由に道徳教育は復活できたはずなんですよね。それが、今なお徳育は実施されていない。なぜ、旧文部省、現文部科学省は道徳をきちんとした正式の教科にしてこなかったのか、この点についてお尋ねしたいと思います。

銭谷政府参考人 ただいま先生からお話がございましたように、道徳教育につきましては、昭和三十三年に、当時の教育課程審議会の答申を踏まえまして、その一層の推進を図るために道徳の時間を新設したわけでございます。

 この教育課程審議会の答申では、道徳の時間は、従来の意味における教科としては取り扱わないこととされまして、学校教育法施行規則で教育課程の一領域として位置づけられたわけでございます。ただし、道徳の内容につきましては、学習指導要領において国として示すということで今日まで至っているわけでございます。

 教科というのを考えた場合に、一般的な性質としては、教科書を用いて指導する、児童生徒の学習状況を数値などによって評定をする、三点目には、中学校の場合は教科の免許状を必要とするということが挙げられるかと思います。

 昭和三十三年当時、道徳の時間の性質や指導のあり方につきましては、まず、教科書に関連をいたしましては、具体的な生活に即し、種々の方法を用いて指導し、一方的教授や単なる徳目の解説に終わらないようにするということが方針として示されまして、教科書を用いないということになりました。

 それから、児童生徒の学習状況の評定でございますけれども、道徳の時間については、教科における評定と同様に数値などによって評定をするということは適当でないというふうにされたわけでございます。

 最後に、例えば中学校では教科の免許状を必要とするという点につきましては、道徳教育を全教師の関心のもとに置き、児童生徒の実態を最もよく理解する学級担任の教師が指導を行うということにいたしまして、こういったことを考えたときに、道徳につきましては教科と異なる位置づけがなされたというふうに承知をいたしております。

大前委員 私が尋ねたこととちょっと、期待しておった答えと違っておるのでございますけれども。

 これは、昭和二十七年の四月二十八日、文部大臣は天野さんだったですか、独立を達成してから、それ以前から、何とか道徳教育の復活というのは考えてきたんですよ。我々の先輩議員たちは懸命にやろうとしたんだけれども、これは御承知のとおり、僕はまだ小学生か中学生ぐらいだったですけれども、日教組を中心とした勢力が、座り込みあるいはデモまでして道徳教育ということに反対したんですよ。結局、妥協の産物として教科ではなしに時間ということで成り立って、だから、学校現場の教職員組合の人たちは、頭からこれは教える気がなかったわけなんですね。

 今、答弁ございましたとおり、正式の教科でないということは、言われたとおり、正規の教科書はございません。そしてまた、教科免状を持った先生も、特に中学校の場合は本来教科免状を持った先生が教えるわけでございますけれども、そういう人はいない。道徳の時間に何をやるかということについても、大抵の場合は現場の教師の裁量にゆだねられていたわけで、その結果、ところどころで、まじめな県、例えば岐阜県なんかは非常にまじめに教えられているということを聞いておりますけれども、道徳というのは名ばかりで、実際は同和教育とか障害児教育、これぐらいはまだいいんですよ、それもせずにホームルームとか業務連絡の時間に充てられてきたというのが実態なんですね。

 私は、近年のこの深刻な日本人のモラル低下というのは、徳育を一切してこなかったという、こういった教育の積み重ねが、戦後半世紀を過ぎて次第に表へ出てきて、今のような、世の中の全般を覆うようなモラル低下につながっている、そのように推測をしておるわけでございます。今からでも私は遅くないと思います。蛮勇を振るって徳育の立て直し、特に、国民の目に見える形で道徳教育の復活、モラル教育の復活ということをする。そのためには、正式の教科に道徳を昇格させるのが一番だと思うんですけれども、この点についていかがお考えか、お尋ねしたいと思います。

馳副大臣 教科とは何かということの観点から考えても、正式な教科にするということは考えておりません。しかしながら、今、中教審の教育課程部会においても、一部の委員からは、教科としてやったらどうかという意見があるのも当然理解しておりますし、と同時に、今大きな焦点が当てられているのは、道徳の時間、年間三十五時間、週一時間という計算ですね、この内容と教え方の問題ではないかというところに、実は中教審の教育課程部会でも大きな焦点になって議論はされているということも承知しております。

 先生も御承知のように、そこは当然、現場の教師がどのような教材をどのように使って、子供たちの倫理観、モラル、道徳観、社会に必要なルールとかあるいは自然に対する畏敬の念とか、そういったことを伝えていくのか、子供たちの持っている素養を磨いていくのか、ひとえに私は教師の能力にかかってきていると思います。

 ここをいかに導いていくか。これは上から、文部科学省がこれとこれをやれ、こういう筋合いのものでもまたないわけなんですね。ここをいかに導き出していくか、やる気にさせていくか。教師に対して、当然その前には、各都道府県の教育委員会、設置者である市町村の教育委員会に対して、道徳の時間を通じて有効な教育がなされているかどうかということを十分に把握しながら、指導していくという形が一番望ましいと思っておりますし、同時に、道徳という時間の目的も、御承知のとおりですが、国語であろうと算数であろうと、理科や社会や英語の時間であろうと、授業を通じて道徳的な、モラル的な人間性を涵養していくこと、これまた教師に求められる基本的な素養でもありますから、こういったことも通じて、必要なモラルというものを身につけてもらうような指導ができるようにしていきたいと私は考えております。

大前委員 副大臣がおっしゃるようになったらいいんですけれども、そうならないんですよね。現場の教師に任せたって、現場の教師はそんなもの教えられないんですよ、きちんとした教科書もなしに教えられないんですね。ですから、私は、国策としてやはり徹底した道徳教育をする、モラル教育をする、そのためには正式の教科にして、きちんと教科書もつくり、そして専任の教科免状も取らせる、そういうことが僕は絶対必要だと思うんですね。

 実を言いますと、道徳の正式教科昇格については、平成十二年十二月二十二日に、森内閣時代の教育改革国民会議が報告書を出しているんですが、その中でもはっきり取り上げられております。「人間性豊かな日本人を育成する」という項目で、「学校は道徳を教えることをためらわない」という見出しのもとに、「小学校に「道徳」、中学校に「人間科」、高校に「人生科」などの教科を設け、専門の教師や人生経験豊かな社会人が教えられるようにする。」と提言されておりますけれども、なぜこの提言が無視されておるのか、前へ進めないのか、お尋ねしたいと思います。

銭谷政府参考人 ただいま先生からお話がございましたように、平成十二年十二月の教育改革国民会議の報告では、今お話しのような提言がなされているところでございます。

 文部科学省では、この教育改革国民会議の提言を受けまして、まずは、この提言の基盤にございます「学校は道徳を教えることをためらわない」という基本的な考え方を踏まえまして、教育新生プランの中で道徳教育の一層の推進ということを行ったわけでございます。平成十三年度から、心のノートというものを作成いたしまして、すべての児童生徒に配付をするといったような事業でございますとか、今お話にもございました、社会人を活用したり、あるいは体験活動を生かした道徳教育の推進ということを実施してきたところでございます。

 御指摘の、教科を設けるとの提言の趣旨でございますけれども、その根底にあるのは、子供たちの発達段階に応じて教育内容を重点化し、適切な指導を行うということにあろうかと思っております。

 現在、先ほど副大臣の方からもお話がございましたが、教育課程部会の中で道徳教育の見直しについても議論しているわけでございますけれども、その中でも、今後重点を置くべき内容ということで、例えば、小学校の低学年では、基本的な生活習慣とか善悪の判断、社会生活上のルールとか、そういうのをしっかり教えるにはどうしたらいいんだろうかとか、中学校になりますと、規律のある生活とか、自分の将来を考えること、国際社会に生きる日本人としての自覚をどう教えたらいいのかといった、重点を置く内容について今議論をしているところでございます。

 今後、道徳を教科とするかどうかにつきましては、こういった内容の見直しとの関連においてさらに実証的な研究を重ねていく必要があろうかと思っております。

大前委員 教育改革国民会議の報告に対して、それを受けて心のノートというのをつくってやろうとしたということでございますけれども、私も心のノートを小学生全学年分読ませていただきましたけれども、あれほど抽象的で、無味乾燥でおもしろくないテキストはないと思います。

 私は、毎朝、地元へ行きますと、七十、八十のおばあちゃんと一緒にラジオ体操のところへ行くんですよ。その後でお茶飲み話をするんですけれども、そこで、子供のころに皆さん方一番おもしろかった教科は何ですかと言ったら、本当に意外だったんですけれども、修身と言うんですよね。修身の授業をもう涙を流しながら食い入るように聞いたと言うんですよね。

 なぜ修身というのが魅力があったかといいますと、修身の中にも、戦中のあの極めて軍国主義的色彩の強かった忠君愛国思想を鼓舞した、ああいうふうなものは全然だめなんですけれども、それ以外の、もうずっと僕はいろいろ読むんですけれども、本当に修身の教科書というのは、読んでいくとこっちまで引き込まれますね。これは伝記を主体にしているんですよ。人間の生き方を教えるんですね。これはロールモデル教育といいますけれども、自分の生き方のお手本を教える、これが伝記教育の特徴なんですけれども、これが修身では大変効果的だったと言われておるわけでございます。

 例えば、正直については、ワシントンや森蘭丸。なぜ森蘭丸を言ったかといいますと、僕は修身の教科書を見て非常に感激したんですね。信長から床の間に置いてある刀の刻みざやの数を当てた者にこの刀をやるとお小姓連中みんなに言ったらしいんですね。その中で、森蘭丸だけ答えなかった。なぜ答えなかったかというと、自分はしょっちゅうそれを見ていて、刻みざやが何本あるかわかっていた、だから答えませんと言ったらしいんですよね。えらく信長が感心して、おまえにこの刀をやるということになったんですけれども。

 そういった、森蘭丸の話とか、親孝行については野口英世とか、あるいは節約については二宮尊徳とか上杉鷹山といったふうに、内外の偉人のエピソードによって人倫の道を教えておったわけなんですね。

 こういった戦前の修身的道徳教育の流れは、少なくとも私が小学校、中学校にいた昭和三十年代ぐらいまでは、細々としてではありますけれども、社会科や国語科の中で教えられておりました。今でも覚えていますけれども、ジョン万次郎とかヘレン・ケラーとかシュバイツァーとかキューリー夫人とか、こういうことを習いましたかいうて最近の若い議員さんに聞いても、いいやそんなん聞いたことありませんと言うて、学校で国語や社会で伝記なんか習ったことがないと皆さん言われるんですけれども、そういうことがやられていたんですよね。

 それが、大体昭和四十年ぐらいに入ってからでしょう、もう全く伝記教育というのは学校現場から消してしまうんですね。私の子供も大体昭和五十年代から六十年代に小中学校の教育を受けておりますけれども、彼らのテキストに偉人の伝記的なことが書いてある、あるいは副読本で習っているいうのは聞いたことないんですね。

 なぜこの伝記教育が学校現場から姿を消したのか。文部科学省あるいは文部省がまさかこれは教えてはならないと言ったとは思いません。ひょっとして、人権教育という立場から、だれが偉いとか立派だというのはおかしいというような勢力があって反対をしたのか知りませんけれども、なぜこの伝記教育がほとんど学校で教えられなくなったのかということをお聞きしたいと思います。

 私は、さきに申し上げました道徳の正式教科昇格とあわせて、伝記主体の教科書づくりを進めること、正式教科昇格というのは今すぐは無理ということであれば、道徳の時間に副読本としてでもこの伝記教育をぜひとも復活させるべきだと思うんですけれども、この点についてどうお考えかお聞きしたいと思います。

銭谷政府参考人 御説明を申し上げます。

 私も、先生と同じく、小学生のころいろいろな偉人の伝記を読んで、大変心に残っているという思いを持っております。

 道徳教育の上で、教材のあり方というのは大変大事でございます。一般に、道徳の時間の教材は視聴覚教材というのもよく用いられるのでございますけれども、あわせて読み物資料というものも多く用いられております。この読み物資料の中で子供たちが先人の生き方に学び、人間としてよりよく生きることの意味などを深く考えさせる、そういう意味で、偉人の伝記ということを取り上げることは意義のあることだと思っております。

 学習指導要領の解説という本があるのでございますけれども、その道徳の中でも、偉人の伝記というのを取り上げるということは必要なことであるということを明記しているところでございます。したがって、文部科学省として、偉人の伝記を道徳の教材から排除したといったようなことはございません。

 ただ、現実の指導の場合に、偉人について、あるいは伝記を読んだときに、余りにもその人物を理想化したりするといったような弊害があってはならないといったようなことがちょっと背景にあるのかなという感じもして、最近少なくなっているのではないかというふうに思われる向きがあるかもしれません。

 なお、文部科学省では、これまでも、道徳の時間に使える児童生徒向けの読み物資料というものを作成して、その中で偉人の伝記を取り上げております。湯川秀樹、野口英世、ヘレン・ケラー、ベートーベン、こういったようなことを取り上げております。

 それから、もう一つでございますけれども、それぞれの郷土の誇りである偉人について学ぶということが大変大切でございまして、文部科学省では、道徳用郷土教材の研究開発事業というものを行ってまいりまして、都道府県の教育委員会が偉人を取り上げた郷土資料を作成するよう支援を行っているところでございます。

 引き続き、伝記を含めまして、児童生徒が関心を持って取り組める魅力的な教材についてよく検討して、道徳教育を推進してまいりたいと思っております。

大前委員 国策としてこういうことをやるのではなしに、地方にこういうことをしたらどうかというような、そういう進め方のようにどうしても思えるんですね。私は、やはりこのモラルの復活については文部科学省が強力なリーダーシップを持ってやらないと、どうにもならない状態に追い込まれると思うんですね。

 私たち議員が町に出ていろいろ市民の皆さん方の御意見を聞くと、必ず、この惨たんたる日本人のモラル低下を何とかしてくれ、学校でしっかりした道徳教育をしてくれという声を聞くわけなんですよね。

 心のノートを配るだけでも教職員組合との間で随分摩擦があるというようなことを文部科学省の幹部の方は言われますけれども、今の時代、ここまで、どん底と言ってもいいぐらいモラルが低下している時代、しっかりとしたモラル教育を実施しますと、例えば正式の教科にして徹底して教えますと、そういうことを文科省は宣言して、そしてそれを実践して、反対するような国民は今は一人もいないと僕は思いますよ。

 何とか憶することなく勇気を持ってモラル教育の断行に踏み切っていただくことを切望して、私の質問を終わりたいと思います。

遠藤委員長 小島敏男君。

小島委員 自由民主党の小島敏男でございます。

 委員長のお許しをいただきましたので、ただいまから質問をさせていただきます。

 私は、現在、自由民主党の文教部会の中で文化政策特別委員会の委員長をさせてもらっています。そういうことで、きょうは文化行政についてお伺いをしたいと思っています。

 隣に座っています西村明宏委員も、事務局長の役をやっているわけでありますけれども、私とタッグを組んで、日本の文化行政について、いかにあるべきかということを頑張っているところであります。

 この西村委員がこの間質問をしたときに、文明は滅びても文化は残るというようなお話があったわけでありますけれども、文明というものはどんなものかなということを調べてみました。文明とは、人類が科学の力によって自然物を加工、改良し、外的、物質的生活を発達させた状態であるということが書かれているわけであります。

 確かに、メソポタミアとかインダス、それからエジプト、黄河、四大文明と言われておりますけれども、これは私たちは学校で習いますけれども、習っただけで、その跡が全く残っていない、歴史のかなたという感じがするわけであります。

 文化というものは残るということでありまして、この文化というのも実は辞書を引いてみました。そうしたら、人間本来の理想を実現していく活動過程であり、文明に対して、特に精神的所産とあります。つまり、人から人、口から口へ伝承されて連綿と今日まで続いている人間本来の心の姿であると理解をいたしております。

 過日、私は読んだ本にちょっとショックを受けたんです。「消滅する言語」というのを読みました。そのときに、今、地球上から二週間に一つのペースで言語が消滅していると書かれています。英語やスペイン語の優位言語、これによる圧力で消えていくものもありますけれども、いわゆる話者、話す人がいなくなってしまったということで、継承されていない言語も数多く見受けられます。現在危機に瀕している言語は六千前後と言われていますけれども、人類の知的財産の喪失と、世界の多様性を脅かすものと警告をされております。

 身近な例を見ますと、アメリカ大陸にイギリスから渡ってアメリカの国をつくったわけでありますけれども、そのときの原住民はほとんど、インディアンを初めいろいろな言葉を話していたんですね。しかも、エスキモーなんかも、エスキモーだけに通じる話題もあったわけでありますけれども、身近に、日本を見てみましても、アイヌ語とか、今は沖縄になっていますけれども、もともとは琉球語というのがありましたね。そういうものがどんどんどんどん消えていくという実態がわかるわけであります。

 そこで、社会の急激な変化にいかに対応するかということになりますと、環境問題というのはもちろんのことでありますけれども、言語、風俗、習慣、文化が危機的状態に直面している、こういう問題について小坂大臣がどのような御見識を持っているか、まずお聞きしたいと思っています。

小坂国務大臣 小島委員御指摘のように、人類が長い営みの中で築いてきたそれぞれの文化というものは人類共通の遺産と考えるべきものであって、それをしっかりと認識し、維持、保存を図っていくということが、人類の多様性を保障し、そして少数民族に対する理解あるいは人類の多様性に対する理解を進めるということに非常に役立つと思っております。そういう意味で、これらの人類の遺産である文化というものをしっかりと保存していくことは必要なことだと考えております。

 今日、いろいろな地域の文化、民族文化、あるいは言語を含めたそれぞれの人類の遺産が時代の変化とともに消えていくという状況があるわけでございまして、人類の、世界のグローバル化、少子化、あるいは地域の生活様式の変化、こういったものに影響されて消え行く文化に対して特に注意を払ってその保存に努めないと、文化というものは非常にもろく崩れていく可能性がある。そういうことで、しっかりと文化の保存に努めていく必要がある、また芸術の振興に努める必要がある、このように認識をしておるところでございます。

小島委員 今大臣からお話があったとおりだと私も思います。

 最近の例を見ますと、EU諸国というのは、確かに五十年かかってユーロというお金を生み出して、現在、アメリカのドルに対抗してユーロが非常に人気が出てきたということでありますけれども、お金の方はそういう形で統一したものの、イギリスもフランスもドイツもイタリアもオーストリアも、みんな自国の言葉を持っている、そして、自国の言葉を通じながら、いわゆる自分たちの文化、伝統を守っているということであります。

 英語も今盛んでありますけれども、徒然草だとか源氏物語をどういうふうにやって英語で話すのかということになると、その長い歴史の中で日本語が続いてきた、その中に文化というものが芽生えてきたということでありまして、こういう日本の伝統文化を継承するためにも、日本語というものを第一に取り上げて、私たちの国から、幾らグローバル化とはいうものの、心の問題としてぜひ認識をしていただきたいというふうに思っています。

 きょうは、一番バッターで加藤紘一先生の御質問があったわけでありますけれども、私は加藤紘一先生と同い年なんですよ。ですから、同じ環境で育ったものですから、あの人が話していることはすっと私の気持ちの中に溶け込むような気がいたします。

 終戦後の初めての小学校の入学ですから、片仮名から平仮名に変わったとき。しかも、学校の教育方針というのががらり変わった。この時期に私たちは小学校一年生に入学をしたわけであります。

 物のない時代でありますし、私個人のことを言わせてもらえれば、私は終戦で家が焼かれました。ですから、ぴかぴかの一年生という、今の子供たちのようなイメージというのは全くありませんで、電器屋さんの倉庫が私のぴかぴかの一年生の出発のときでありました。窓が一つしかなくて、戦争というのは何で起きるんだろうか、こういうことは二度とやりたくないという気持ちがありました。

 しかも、私の住んでおります熊谷には、航空の軍隊の基地がありましたけれども、それが米軍に接収をされて、そして、私たちの小学校の時代は、米軍のトラックだとかジープが来ると、意味がわからないギブ・ミーと言えばもらえるからということで、ともかくギブ・ミー、ギブ・ミーということでほこりの中を駆け足で、そうすると、後ろからほろがぱっとあいて、段ボール箱でぼんとほうり投げてくれる。それを子供たちで分け合ったわけであります。

 小学校三年ぐらいのアルバイトがありましたけれども、そのアルバイトは何かというと、米軍のジープとトラックがタイヤの半分ぐらいまで荒川に入っていきまして、通訳の人がたわしを渡す。そうすると、たわしとバケツでともかく一生懸命こういうふうに洗う。それで、洗い終わると、一列に並べと並んで、ともかくチョコレートとチューインガムを一つずつもらって、これが小学校時代のアルバイトということであります。

 だから、私はよく、開発途上国に行きますと、「千円、千円」と物売りが来ますけれども、必ず私は私の女房に、買ってやれと言うんですよ。あんなもの使えないじゃないと言うが、使えないんじゃないんだと。ということは、その当時の自分の姿とダブるんですね、その年代が、はっきり言って。だから、使えなくても何でもいいから、ともかく、あの子供たちの気持ちがわかるということで買ってあげるわけでありますけれども、私たちの時代は、文化、芸術ではおなかがいっぱいにならないんですよ。だから、ともかく経済発展をすることですね、このことに重きを置いたということは、私は間違いではなかったと思います。

 ナイトショーというのがありまして、ワールドニュースを見ますと、そのワールドニュースの中で、アメリカのニュースあたりだと、ワゴンの中に肉の塊をぼんぼん入れるんですね。そして冷蔵庫の中に入れる。次のニュースは何かというと、ドッグショーなんですね。今、日本ではみんな犬をかわいがって、犬が床屋へ行くでしょう。ところが、我々はこれを見ていて、はあ、ほかの国は犬が床屋しているんだということで、これにびっくりしたぐらい、私たちの時代というのは非常に物の欠乏した時代でありました。

 しかし、今は、たった六十年しかたっていませんよ。世の中がさま変わりをしたわけですね。さま変わりをしたんですけれども、では、日本の歴史を見てみればどうかといえば、有史以来、日本というのは非常に物が不足しているんです、資源がないんだから。そういう時代に、ずっと今日まで倹約を美徳として、隣近所の人たちと助け合ってきているというのが日本の美徳であって、そういう中で今日来ているわけであります。

 ここで、今度は河本副大臣にお伺いしたいんですけれども、今経済がここまで発展をしたというのは、いわゆる団塊の世代と言われる、団塊の世代の人が中心になった人が約一千万人いるんですよ。その人たちがまさに今自分たちの仕事を終えたわけですね。子づくりも終わったわけですよ。しかも、家も建てたわけですよ。仕事と子育てと、それから家を建てて、ようやくほっとした。

 今その団塊の世代の人が後ろを振り向きますと、自分たちが残したものは何だろうかと。これは、自分たちが考える暇なく、今日六十年を過ぎたわけでありますけれども、その人たちが日本人としての人間形成の過程で、当然のことながら、学び、親しみ、誇りを持つべきだった歴史と伝統と文化のことを置き忘れてきているということであります。

 団塊の世代を中心とした一千万人を超える人たちが定年退職、そして卒業するときに、私たちは、本物の芸術に触れる機会、全国津々浦々、文化施設はもう全部でき上がっていますから、そういうものに手を差し伸べるべきだと思うんですけれども、文科省としてどのように考えておられるか、お聞かせをいただきたいと思います。

河本副大臣 ただいまの、文化庁での取り組みはどないなっておるかという御質問だと思います。

 各地の文化施設で行われておりますすぐれた自主企画、製作の公演等に対する支援策を十八年度予算に盛り込んでおりまして、これが十億二千万、この際、金額も申し上げます。こういうことと、さらに、文化会館相互の連携、ネットワーク化による共同製作を促進するための事業や、管理運営に携わる職員等の研修の予算を約一億二千万円盛り込んでおります。さらに、十八年度、新年度からは、新たに文化施設の活性化に向け、都市部の芸術家が地域で活動しやすいように、芸術家、芸術団体情報の提供に取り組んでおります。これが約三千二百万円であります。

 こういう覚悟を持って、小島先生の御趣旨に沿って進めていきたいと思っております。

小島委員 今、河本副大臣から、大変力強く進んでおられるということで、予算の金額まで出してお話がありました。

 私は、言いたいのは、そういう予算を四十七の都道府県に割ったときに、果たして満足できる予算かなということが非常に問題なわけでありまして、首都圏に隣接したところ、それから、大阪、京都だとか、そういうところはいいんですけれども、やはり山間僻地だとか中間地帯の人たちというのは、建物ができてもその建物の有効活用をしているのかしていないのか。この辺を調べてもらって。

 恐らく立派な建物が市町村にも全部ありますよ。だけれども、これが有効活用していない。それで、本物の芸術ということになると大変にお金がかかりますね。ですから、そういうことで、今だんだんだんだんふやしているということでありますので、大いに私はそのことを期待したいと思っています。

 それから、文化庁の今の予算の関係に入りますけれども、平成元年が四百九億円、昨年は一千十六億円、ことしは少し減額されて一千六億円となっております。この予算の推移を見ますと、これは、私は、初めて知ったんですけれども、平成十三年に議員立法で出された文化芸術基本法が大きな力を発揮しているということに気がつきました。

 本委員会の、鈴木恒夫委員とか、それから民主党の筆頭の藤村修委員とか、松浪健四郎委員、議員立法で名を連ねているんですよ。ですから、改めて、この三氏は文化の顔をしているなと思ったんですけれども。非常にすばらしい法律をつくっていただいて本当にうれしく思っているわけであります。

 先ほど話したように、全国各地に文化の施設はどんどんどんどんできています。ただ、活用がされていないということであります。国の方もようやく気がついて、その基本法ができてから予算が一千億に乗ったということであって、これは大きな力を発揮したということだと私は認識をしています。

 六日前に、私は、小泉総理と食事をする機会がありました。そのときに、武部幹事長から、一人二、三分話してよろしいという話がありましたので、私は、昨年副大臣をしたときに総理に対して、資源のない日本でともかくこれから日本の国民を支えるのは科学技術しかないんだということを声高に叫んだんですよ。そうしたら、総理がそのときに、力強く、そのとおりだと言ったんですね、そのとおりだと。

 確かに、我が国のこれからの二十一世紀から将来に向かってのあり方というのは、科学技術を休んではいけない。休んだ場合に、科学技術というのは温めるのが大変なんですよ。ですから、今回も、五カ年計画で二十五兆円という計画を出しましたけれども、私は、科学技術というのはとめてはだめだというふうに思います。ただ、文化というのは、とめたらなくなっちゃうんですね。そういうことで、私は、そのお礼を言いながら、今回は違いますと、今回は文化面ですという話をしたんですよ。総理は、オペラを初めとして、映画や音楽や伝統文化も非常に理解をされているということであって、総理、文化の予算をふやしてくれませんかと私が言ったんですよ。そうしたら、私の顔をじっと見ていて黙っているんですね。これは松浪先生も一緒にいたから知っていますよ。ほかの議員が、総理、答弁と言ったですね。そうしたら、総理、答弁と言って、総理がぴくっとして、よくわかりましたと言ったんですね。だから、力強くはなかったんですよ。力強くはなかったんですけれども、よくわかったということは理解をしたということなんですね。

 そういうことで、文化行事というのは地方がやるのが普通なんですよ。一番よく知ってる地方がやるのが普通なんですけれども、地方は財政面でも非常に今厳しい。しかも、市町村合併、道州制、この議論が今前に出ています。一番私が恐れているのは、市町村合併で、これは当然時代の成り行きで、いいんですけれども、市町村合併をしたときに、小さな村とか小さな町に今までずっと続いてきた文化だとか芸術というものが、大きなところに目が向いて、なくなってしまう、このことは非常に危険だと思うんですよ。

 ですから、大都市圏というのは別にいたしまして、地方自治体が成熟するまでは、国がやはり面倒を見なきゃいけないなということを痛切に私は感じています。

 来年度予算に向けての力強い小坂大臣のお気持ちを伺いたいと思います。

小坂国務大臣 今、小島委員のお話を伺いまして、副大臣として、科学技術そして文部科学行政全般にわたってお力をいただいたことに感謝をしつつ、また来年度予算につきましても、総理に直接お話をいただいて、地ならしをしていただいたということでございますから、本年の、十八年度の予算も、先ほど委員御自身が御指摘のように、一千六億円、決して潤沢と言える予算ではないかもしれませんけれども、おかげさまで一千億の大台は守り切ったという中で、この厳しい財政状況のもとにあっても、地方の文化政策を支援するための個性と魅力ある地域文化等の発見と、文化力を生かした地域づくりの推進、そして、継続をしておりますふるさと文化再興事業などなど、必要な予算の確保を図ったところでございまして、来年度予算におきましても、地方の文化の振興はもとより、文化予算の充実ということに対して真剣に、全力で取り組んでいくことを申し上げて、答弁とさせていただきます。

小島委員 力強い御答弁をいただきまして、まことにありがとうございました。

 私が先ほど言いましたように、基本法ができてから一千億の台に乗ったということなんですけれども、この一千億に乗ったというのは、やはり、お話ししたように、バブル期で、ともかく全国の市町村がお金を使って建物を建てたという、このことの助成が非常に大きかったわけですね。ですから、ハード面での予算はどんどんついたけれども、それと並行してソフト面がずっとついていけば、これは問題ないんですよ。

 きょうは加茂川次長がいますから、ひとつお話をお聞きしたいと思うんですけれども、やはり、文化予算はふえているけれども、いわゆる建屋の予算の助成が非常に多くを占めている。ここのところでひとつ、やはり一段落したわけですから、全国各地に受け皿はできたんですよね。そうすると、ソフト面が追いついていないという現実があるんですけれども、この辺はいかがお考えでしょうか。

加茂川政府参考人 お答えをいたします。

 委員御指摘のように、現在、全国には数多くの文化施設が整備されてきております。文化会館はもとよりでございますけれども、博物館、美術館等も、その地域の特性を生かした多様なものが整備されてきておるわけでございます。

 このうち、お話にもございましたように、特に文化会館等について申し上げますと、企画力が十分ではないといった背景が原因になっていると思いますけれども、十分には機能していないのではないかという厳しい指摘があるのも事実でございます。

 そこで、こういった地方の文化施設を有効活用するためには、国と地方がどういう役割分担を担いながらその責任を果たしていくべきかということが課題になると思いますけれども、国としては、地方の自主的な取り組みをできるだけ支援するという立場に立って、先ほど副大臣から申し上げましたけれども、文化庁としての予算措置を講じながら、地方と一緒になってこの課題に取り組んでいきたいというのが基本的な考え方でございます。

小島委員 せっかく大臣がおりますので、一つこういう体験をしたということのお話をしたいと思うんです。

 私は過日沖縄に行ってきました。沖縄に行って、目からうろこではありませんけれども、すばらしい言葉に実は触れてまいりました。理事会があったときに、理事会が始まる前に、小渕優子委員に、お父様に会ってきましたよと言ったら、ええっと言うから、いや、沖縄で会ってきましたと言ったら、ああ、万国津梁館ねという話が返ってきたんですけれども。

 小渕元総理は人間的にも非常にまじめな方で、ともかくいちずに自分の考え方を行動に移されてやってこられた方であって、万国津梁館は、沖縄にサミットを持っていこうということで、プーチン大統領、シラク大統領、それからアメリカのクリントン大統領、こういう方を、世界じゅうの人を呼びました。

 なぜ沖縄かというと、沖縄は、第二次世界大戦で焼け野原になって多くの犠牲を出しています。しかも今、米軍の基地の七五%が沖縄にあるということで、その沖縄を世界に広め、認識させようということ、あの美しい沖縄でサミットを開きたい、これを最初に言って、それを最後まで貫き通したわけですね。

 そして、その過程では、新聞その他でも、世界じゅうの人が来たときに警備はどうなんだ、安全性に問題があるんじゃないか、沖縄には基地がいっぱいあるじゃないか、これは、このときに何か起きたら大変なことになるということなんですけれども、ともかく自分の信念としてそれを実現させたわけですよ。しかしながら、志半ばで、いわゆる沖縄サミットに出席することができなかったわけですね。

 その万国津梁館を見ると、その外に小渕元総理の像があります。座っている座像ですね。その座像を見ると、手を広げながら、いずれにしてもにこやかに、そして国民の平和を願っている姿が顔を見てもにじみ出ているんですけれども、私はそのときに、下に書いてある文字に実はくぎづけになりました。小渕優子委員にそのことを言ったら、彼女はすらすらすらとそのことを言ったんですね。

 それはどういう言葉かというと、いわゆる宿命ですね。宿命というのは変えることができません。「宿命に生まれ 運命に挑み」というんですよ。運命というのは努力次第で、挑戦次第では変えられるんですね。そして「使命に燃える」というんですよ。宿命に生まれ、そして運命に挑み、使命に燃えるというんですよ。このすばらしい言葉で、これほど簡潔に、自分たちの、人間をあらわした言葉は実はない。私は初めてそれに触れましたから。

 すぐに小渕優子委員に、この言葉はお父さんのお言葉ですかと言ったら、ちょっと時間をいただけますかという話で、彼女が調べた答えが実は返ってきました。三井物産系のある会社の戸田さんという社長さんが、自分の父と、ともかく三十代から勉強されていたということなんですけれども、その勉強の中で、四十代から五十代にかけての間に小渕総理はこの言葉をいただいたそうです。私の感じと同じように、恐らくすばらしい言葉だと。まさに宿命に生まれ、運命に挑み、そして使命に燃える、このことで、ずっと愛し続けた言葉だと伺いました。戸田さんが亡くなったときには、ちょうど小渕元総理は総理在任中ということで、そこのところに駆けつけたということでありますけれども、そういうすばらしい話を小渕優子委員から聞きました。

 ですから、今回、私は思うんですけれども、いわゆる基本法の内容を見ますと、国の責務、それから大臣の責務、これが全部書かれているんですよ。それで、基本法の七条には、「大臣は、文化審議会の意見を聴いて、基本方針の案を作成するもの」とありますけれども、これは五年以内に見直すということを暗黙に言われているわけですね。そうすると、五年以内というと、ことしがその時期なんですよ。すばらしい文化芸術振興基本法というのがありますけれども、これを読んでまた目からうろこが落ちたんですけれども、これがまさに見直される時期がことしなんですよ。

 だから、大臣には、今の、使命に燃えるではありませんけれども、日本の伝統文化の見直しのときに、大臣の諮問機関ですから、ぜひこの気持ちを持って、何としても来年に向かっての気持ちをその中に盛り込んで、予算をふやして、ソフトの面で国民に喜ばれるような日本の伝統と文化、歴史、このことに精力を費やしていただきたいと思うんですけれども、いかがでしょうか。

小坂国務大臣 大変熱のこもったお言葉をいただきました。委員の御指摘のように、見直しに当たって、日本の文化の振興と、そして、伝統をもとに新たな文化の創造に向けて全力で取り組んでまいりたいと存じます。

小島委員 どうもありがとうございました。以上で終わります。

遠藤委員長 池坊保子さん。

池坊委員 公明党の池坊保子でございます。

 大ベテランの加藤先生の斬新かつ洞察力に富んだすばらしい御質問の後で、毎回質問に立っております新鮮味のない私が出てまいりますのにちゅうちょいたしますけれども、きょうは公正取引委員会の方も御出席いただいておりますので、教科書の特殊指定について、私、意見を申し上げたいと思うとともに、皆様とともにこれを考えていきたいと思っております。

 私は文部科学大臣政務官のときに、教科書を長年にわたって供給していらっしゃる方々の功労を表彰する教科書供給功労者の式典に二度出席いたしました。そこで大変感激をいたしましたのは、もちろん功労を表彰される方ですから高齢者でいらっしゃいますけれども、地味な仕事の中で皆様使命感にあふれて、離島にも過疎にも、もしかして台風が来て船が渡らないかもしれない、あるいは阪神大震災で子供たちに教科書が届かないかもしれない、そういうことがあってはならない、必ずどの子供たちにも教科書が届くように、その願いのもとで、本当に地味な仕事だけれども、それに一生をかけていらした方々ばかりです。

 私は、ああ、日本というのはそういう地味でまじめで誠実な、目に見えない方々に支えられているんだなと当たり前のことに大変感激いたしましたし、子供にも、これは生きた教育じゃないか、一冊の本が手元に渡るには多くの人たちのそういう努力とか愛情とか、そういうものがあるんだということを知らしめなければいけないというふうに思いました。ですから、教科書は、内容にも私はタッチいたしてまいりまして、大変思い入れがございます。

 この間、新聞を見ておりましたら、特殊指定になっておりました教科書が、特殊指定が廃止されるということを新聞で読みまして、私びっくりしたんですね。新聞もそうですし、また教科書もそうですけれども、やはりこれは公共性を有しているのではないか。

 きょうは公取の方にも来ていただいておりますけれども、公取は何をするかといったら、自由な競争の促進、後押しです。でも、自由な競争が必ずしも国民に対していい利益あるいは影響を与えてくる、そればかりではなかったことは、耐震偽装マンションで、これは全くの自由競争の負の部分の象徴ではないかというふうに私は思っております。

 このように、教科書の特殊指定がもし廃止された場合、文部科学省は教科書の採択の公正確保の観点から具体的にどのような影響が出るというふうに考えていらっしゃるのか、簡潔にお答えいただきたいと思います。

銭谷政府参考人 独占禁止法に基づく教科書の特殊指定は、採択関係者に対する物品の提供等の取引誘引行為や他の教科書発行者等に対する中傷誹謗等の取引妨害行為が不公正な取引方法として公正取引委員会の告示で指定されているものでございます。教科書採択の公正確保を図る上で、こうした規制は重要な役割を果たしてきたと認識をいたしております。仮に現時点で特殊指定が廃止をされた場合、これまで長年にわたり運用されてまいりました規制が急に廃止をされるということによりまして、採択関係者の間に混乱を招かないかが懸念されるところでございます。

 具体的には、特殊指定が廃止をされた場合、全業種に適用される一般指定の内容は特殊指定よりも抽象的でございますので、例えば次のようなことが懸念をされております。

 第一に、例えば教科書発行者による金銭や物品の提供などの利益供与といった過当な宣伝行為が行われるおそれがあるのではないかということであります。第二に、例えば教科書の見本の送付につきましては、これまで教科書採択が教科書発行者の営業力によって左右されることを防ぐために制限をしているわけでございますけれども、特殊指定が廃止された場合、これまでと同様に制限を行うことができるかどうかということでございます。最後に、第三に、例えば教科書発行者が自社の教科書と他社の教科書とを比較対照することについてもこれまで規制をされているわけでございますが、特殊指定が廃止された場合、比較対照が自由に行われることによりまして、中傷誹謗につながりかねず、採択の公正確保が損なわれるおそれがあること。

 こういったようなことを懸念しているところでございます。

池坊委員 教科書が特殊指定の廃止によって、今三点が心配だという答弁でしたが、これを受けて、私は公取の方々にちょっとお答えいただきたいと思います。

 きょう竹島委員長に御出席いただくように御依頼いたしましたが、おいでいただけなかったようですが、それはどうしてですか。公取の方、来ていらっしゃらないの。

舟橋政府参考人 昨日、出席の御依頼がございまして、その際、委員今御指摘のように委員長というお話であったということは私ちょっと承知しておりませんでしたけれども、私、本件特殊指定におきましては実質的な責任者ということで御答弁をさせていただきたい、そういうことでございます。

池坊委員 私が仄聞したところによると、外国に行っていらっしゃるということで、私は昨日、委員長に御出席いただきたいということはしっかりと申し上げました。

 私は、委員長は強い信念を持って、五十年このようなルールがなされてきたことを改正なさるというお気持ちであると伺いました。であるならば、私は、やはり国民の理解を得る必要があるんじゃないだろうか、そういう努力をなさるべきだというふうに思っております。これは参議院の予算委員会では審議されたようでございますが、当然この文部科学委員会でもこのような審議がされるということは予測されると思います。もしそれをお考えにならなかったら、予測の能力が欠如していらっしゃるんじゃないか。あるいはまた、エリートがつくったんだから、それは審議する必要はないよとお思いになるとしたら、それは傲慢であると私は思うんですね。

 こういう大切なことをルールの、これは現場の人たちはびっくり仰天しているんですね、どうなっていくんだろうかと困惑をしている。そういう大きな問題を抱えていながら外国にいらっしゃる、仄聞ですから事実はわかりませんが。であるとするならば、これはやはり国会軽視ではないかな。もっと丁寧な、審議にお答えになる責務がおありになるのではないかというふうに私は思っております。これは、上司ですから、おっしゃれなかったら、議事録にも書いてございますので、それをどうぞ見せておあげになってくださいませ。

 それで、伺いたいと思うんですけれども、これまで特殊指定によって公正化が図られてまいりましたけれども、特殊指定がなくなっても、一般指定によって過当な宣伝行為を抑止することができるとお考えですか、それとも、そういうことはできないんでしょうか、お答えいただきたいと思います。

 時間がございませんので、簡潔にお答えください。

舟橋政府参考人 お答えを申し上げます。

 私ども、今回の特殊指定の見直しに際しましては、これは五十年前にちょうどできたものでございまして、そういう五十年前の状況が今もあるかどうか、それから、一般指定でも対応ができるかどうか、仮に一般指定で対応できなければ、現在の特殊指定が過剰になっていないか、そういう観点から検討をしたわけでございます。

 その最初のポイントである五十年前のそういう状況というのは、今は見られない。それに加えて、現在、公務員倫理法とか、いろいろ、刑事罰とかそういった対応によることがより適切ではないか、そういう考えでございます。

 委員、一般指定のお尋ねがあったわけでございます。基本的には、そういった公務員倫理規程とか刑事罰等、そういったもので一層厳しく対応するのが適当。さらに加えて、一般指定ということでございましたら、教科書の採択に影響を与えるようなそういう不当な利益提供、金品の提供とかそういったものによる取引誘引なり、他社の教科書の採択を不当に妨害する効果を持つ中傷誹謗、仮にそういった行為が行われるようであれば、これは一般指定のもとでの規制は可能というふうに考えております。

池坊委員 今まで五十年、ではこの十年にいたしましょう、これを変えずにいらっしゃいましたね。ということは、これが必要だからということではなかったんですか。

舟橋政府参考人 お答えを申し上げます。

 教科書の特殊指定は、十年といいますか、昭和三十一年でしたので半世紀、五十年を経ているわけでございますけれども、この五十年間、改正というのは行われておりません。

 ただ、その五十年のそういう月日の流れの中で、この特殊指定が今も五十年前と同じような必要性があるかどうか、それについては疑問がある、こういうことでございます。

池坊委員 多分、五十年前五十年前とおっしゃるだろうと思ったから、私は十年と申し上げたんです。五十年間続いてきたけれども、この十年ぐらいのスパンをとらえてみても、これが必要であったということではないのですかということなんですね。

 教科書の採択がもし一般的に自由にできるということになりましたら、教科書の内容によってではなく、教科書会社の宣伝行為によって左右されることになるのではないかと思いますが、そういうことはお考えになりませんか。

舟橋政府参考人 お答えを申し上げます。

 教科書の採択は、いろいろな段階を経まして、その地区の協議会とかいろいろなところで、複数の方々、それから、最近ではかなり透明化も進んできておるという形で、そういう全般の中で採択が決まるということで、教科書会社の広告宣伝活動だけが非常に優位に働く、そういうものではないというふうに考えております。

池坊委員 私、理不尽だなと思いましたことは、今まで教科書業界は公取委の告示する特殊指定に従って教科書採択の公正確保を図ってきたんですよね。それをしてきたにもかかわらず、ぱっとそれをやめるという、恣意的に告示したり廃止したりすることが、そんなにすぐにできるものなんでしょうか。私は無責任過ぎるのではないかと思います。

 では、ちょっと質問をかえますけれども、教科書協会に何回接触なさいましたか、回数だけお聞かせ願いたいと思います。

舟橋政府参考人 お答えを申し上げます。

 教科書協会、いろいろなレベルで、正確なところはちょっと私あれしていませんけれども、数回は接触をいたしております。

池坊委員 あいまいでおわかりにならなかったら、私がお教えいたします。昨年十一月二日、お会いになっていらっしゃいますね。それから、ことしの一月十七日です。たったの二回なんですね。たったの二回しかそういうことをしなくて決めていいものかどうか。

 これはほかのことに関してもそうだと思うんですね。ルールの改正というのは国民生活に多大な影響を与えるんです。ですから、現場の人の意見をしっかりと聞くということが、私は原則なんじゃないかというふうに思っております。

 それでは、さっき教科書の見本の話になりましたけれども、今ですと、市教委には教科書の見本というのは五冊というふうに限られておりますね。一般指定による規制の対象はこれからあるんでしょうか、それとも、ないんでしょうか。

舟橋政府参考人 お答えを申し上げます。

 一般に商品を販売するということに際して、取引の相手方にその商品の見本、サンプルを提供する、これは通常の宣伝活動の範囲内のものでございまして、一般指定により禁止されるものではない、これは一般論でございますけれども。

 教科書の販売におきましても同様でございまして、見本本を提供するということは、教科書の内容を採択関係者に知ってもらうために重要な手段となり得るというものでございまして、それ自体が一般指定に該当して独禁法十九条に違反する、そういうことはないと考えております。

池坊委員 そうすると、自由に何冊も何冊も送ってもいいということなんだと思うんですね。

 私が危惧いたしますのは、教科書というのは、営業力に左右されず、じっくりと中身を見て判断する、それによって採択されなければならないと思うんです。ですけれども、御存じのように、教科書というのは一年じゅう採択の期間があるわけではありませんね。四月から八月という本当に短い時間に限られております。それから、小学校、中学校は四年に一回です、高校は一年ですけれども。ですから、短期間で広告、いろいろな人にわかってほしいと思うならば、それは影響力が大きいところのものを採択してしまうというのは、これは普通の原理ではないかと思うんです。

 ですから、どうしても大きな企業はたくさんの本を先生方や市教委に配ることができる。それから、小さな零細な、でもこつこつとやってきた、まじめに誠実に次の世代のために、教科書というのは教育のもとですから、これは大変大切なんですよ、それをやってきた。でも、そういうところは余り営業力というのはないんですよ。そういうところは、どうしてもみんなの目に触れないで、採択されないということになってしまうのではないかと思うんですね。それは不公平だと私は考えるのですが、公取の方々は、公共性があろうが何であろうが、自由競争なんだからやむを得ないというふうにお考えですか。

舟橋政府参考人 お答えをいたします。

 見本本の提供ということにつきましては、これは先ほど申し上げたとおりでございますけれども、そもそもそういったものが不当な利益供与と言えるかどうかということでございまして、教科書の特殊指定においても、今それ自体が問題になっているわけではございません。むしろこういった見本の提供、市教委だと五部とか、都道府県十五部とか、トータルだと何万もいくと思いますけれども、そういったものが果たしている機能、これは教科書の内容による競争、それを促進する面もあるわけでございまして、そういったことを禁止するのは、本来自由であるべきものを禁止してしまうということになるのではないかと考えております。

池坊委員 これは自由にやっていいよということにはそぐわない大きな問題をはらんでいると私は思います。ちょっとその辺は良識ある判断をしていただきたいと私は思っております。

 先ほども、比較広告ですね、例えばペプシコーラとコカコーラ、二つ並べて、両方、こちらがいいんだ、こちらはこういうよさがある、あるいは自動車でも、日産とトヨタ、こういうのは比較対照で私たちはすぐわかります。ですけれども、教科書というのは、細かな点を見ますと、思想、信条、いろいろな点で違いますから、比較対照にはならないものだと思うんですね。一般指定による規制の対象と比較対照、これもやってもよろしいんですか。

舟橋政府参考人 お答えを申し上げます。

 まず一般論の方からちょっと申し上げたいと思いますけれども、商品を販売するに際しまして、取引の相手方に対して、客観的な事実に基づいて他社の商品との比較を行う、これは通常の宣伝、販売活動の範囲内でございます。そうでなくて他社の商品の販売を不当に妨害する効果を持つ中傷誹謗というようなものになれば別ですけれども、こういった客観的事実に基づいて比較をする、これは一般指定により禁止されるものではございません。

 教科書におきましても、客観的事実に基づいて比較を行うということは、採択関係者に自分のところの教科書の内容など特徴といったものを知ってもらうということのために重要な手段となっておるというふうに考えておりまして、他社の教科書の採択を不当に妨害する効果を持つ中傷誹謗というものに該当する、そういうような場合を除いて、それ自体が独禁法違反になる、そういうことはないと考えております。

池坊委員 一般的なことと先ほどおっしゃいましたが、一般的なことはもちろんわかっておりまして、教科書というのは一般的ではないのよということを私は申し上げたいのね。これは十二分に、ほかの公取の委員の方々はそうだよとおっしゃる方も多くていらして、これは委員長の強い御意思だそうですけれども。

 では、質問をちょっとかえてみて、この教科書の特殊指定を廃止することについて、理屈の問題でなくて、実際問題として国民生活にどんなプラスがあるというふうにお考えでしょうか。

 ルールを改正したり、あるいは法律を新しくつくる、あるいは廃止をするということは、だれかがそれによって、特に国民がいい影響を受ける、これによって保護者が安心する、あるいは先生方が、例えばこの教科書の問題について言うならば、先生方が安心して教えられる、あるいは子供たちがいい教科書を手にすることができるとか、そういう利点がなければこのルールを改正することは必要ないわけですね。だから、どういうプラスがあるというのをお考えか、私に教えていただきたいです。

舟橋政府参考人 御説明申し上げます。

 まず最初に、今回の特殊指定の見直しで全般的な効果はどんなものか、それから、委員御指摘のプラスの効果はどんなものがあるか、こういう順で御説明させていただきたいと思います。

 まず最初に、教科書の特殊指定、これは先ほど申し上げましたように、半世紀が経過している。その間に採択の方法なり手続が整備をされてきておりますし、近年では公務員倫理の規制も一段と強化されてきておるということで、特殊指定が禁止をしております不当な利益提供による取引の誘引、他社の教科書の採択を不当に妨害する効果を持つ中傷誹謗、こういったものにつきましては引き続き、先ほど申し上げましたけれども、一般指定のもとにおいても禁止されるものでございまして、今回、仮に廃止という結論になったという場合でも、特段、これまで禁止されていた行為が自由になる、そういう基本的性格を持っているものではございません。

 それから、では、プラスの面ということでございますけれども、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、教科書採択関係者への見本本の送付、それから他社の教科書との客観的な事実に基づく比較広告、こういった広告活動、これが教科書が特殊指定の規制を受けないことが明確になるということでございまして、こういった行為を通じて、教科書の内容による競争が促進されることが期待されるということでございます。

池坊委員 比較広告ができるとおっしゃったけれども、比較広告によって内容をしっかり見るのでなくて、比較広告はそぐわないですよということを申し上げたんですね。それにもかかわらず、比較広告がプラスであるというようなお答えは、ちょっと私は理解できない。(発言する者あり)内容、そうですね。今、やじから、いっぱい場外からいろんなお声、応援の声が飛んでまいりましたけれども。

 内容をしっかりと見て採択しなければならないから、これは比較広告などできる問題ではないと思いますがというふうに申し上げましたけれども、プラスであるのは比較の広告ができるということだけなんですか、それでは。まあ、それは長々となりますから。これは、絶対そのこともお考えいただきたいと思います。今、国民にどのようなプラスがあるかということに対して、納得した人はいないんじゃないかと思います。

 教科書会社や採択関係者の意見をちゃんとお聞きになったんでしょうか。

 これは、三月十六日に廃止についての意見募集をなさいましたね。これは四月十七日に締め切りでいらっしゃいますでしょう。この一カ月、大切な意見を集めているときに委員長がこの日本にいないということも、私は看過できないことだというふうに思っておりますけれども。

 このときに、所属団体の明記を求めていますね。何でこんな所属団体の明記を求めなきゃいけないんですか。所属団体の明記を求めたら、自由な意見なんて言えないじゃありませんか。こういうことは余り例がないと思うんですが、これについてもお答えいただきたいと思います。

舟橋政府参考人 お答えを申し上げます。

 現在、委員御指摘ございましたとおり、パブリックコメントの最中、三月十六日から四月の十七日まででございますが、そこで所属団体につきまして、意見の内容についての、我々としてもより理解を深める、そういう意味で求めているということでございまして、必ずしもこれは絶対的な義務ということでございません。書きたくない方は、普通の、氏名だけでも結構でございます。

池坊委員 理解を深めるということは、そういう意見がいっぱい寄せられて、それは廃止に対して、廃止をしないということにも反映していくのですね。廃止を前提としてパブリックコメントを求めても、それはガス抜きであって、何の効果もないし、国民にとってプラスになるというふうには私は考えないわけです。ですから、これを必ず反映なさるということですね。

舟橋政府参考人 お答えを申し上げます。

 現在、パブリックコメントに付しているところでございまして、私どもとしては、先ほど申し上げましたように、制定当時の事情が今もあるかないか、一般指定で対応ができるかどうか、特殊指定が仮に必要としても、それが過剰になっているかどうか、そういう観点から、我々としてもまず結論を出しまして、御意見を求めておるということでございます。

 まだ四月十七日までは日がございますけれども、そういう募集に寄せられた御意見なり御要望等を踏まえ、適切に対応をしてまいりたい、そういうふうに考えております。

池坊委員 私は、突然廃止を打ち出すのではなくて、教科書業界や採択関係者などの理解を得る必要があると思います。それから、そういう現場で一生懸命頑張っていらっしゃる方々のそうした気持ちとか意見とか、そういうものが大切なんです。

 法律というのは何のためにあるんですか。国民のためにあるんですよ。それに対して、全然現場の意見も聞かない。これは私の、委員長の強い理念ですと。では、強い理念があれば、何だってすぐに、委員長がかわれば変えることができるのか。

 前の公取の委員をしていらした方も、公共性を有する新聞とか教科書は、やはりこれは特殊指定であった方がいいと。その理由は、今申し上げません。皆さんの方がよく御存じだと思います。

 市場原理に任せれば日本がよくなる、次の世代がよくなるなんて思っていらっしゃいますか。思っていらっしゃらないですよね。そういうことだけでは日本はよくならないということは、皆さん、もう明らかになっているではありませんか。この辺でもう少し、自由競争にすべきもの、そうではなくて、きちんと守るべきもの、私はそれぐらいの峻別ができるリーダーでなければいけないと思いますし、いつも申し上げているように、現場にいる方々の気持ちをしっかりと酌み取る、そういうルール改正とか公示とか法律制定であってほしいというふうに私は思っております。

 私、新聞に対しても同じ意見を持っておりますのね。

 新聞というのは、九九・八%と日本は識字率が高い。これはやはり、過疎にあっても離島にあっても、朝起きれば新聞が読める。私は、小さいときの楽しみは新聞を読むことでしたから、休刊日というのができましたことが大変に寂しかったんですね。宅配というのは、本当に日本のすばらしい文化だなと。

 ところが、特殊指定がなくたってアメリカは七〇%の宅配をしている、あるいはドイツは宅配があっても六〇%しか新聞が届かないよとおっしゃるけれども。だから特殊指定がなくなってもいいんだよと公取の委員長が言っていらっしゃいましたが、中身が違うんですね。アメリカは一紙しか手に入れることができません。日本は好きな新聞を過疎にあったって読むことができる。これは選択することができるんですよ。こんなすばらしいところというのは、私はないと思います。赤字になってもやはり宅配しようとするその配達人の、雨のきつい中にあっても配っていく使命感なんじゃないか。日本というのは、そういう使命感や責任感を持っていらっしゃる方が多くて、そういう方に支えられて日本というのが成り立っているなということを誇りにいたしております。

 そういうようなルールをあっという間に変えてしまう。それも、表面的な事実だけで。五十年放置しておいて、ああ、済みません、これは法的根拠について説明できないので全面改正しますと委員長はおっしゃったんですね。これは、ああ、済みませんでは済まない問題で、では、歴代の委員長は何をしていらしたのか。これは歴代の委員長が怠慢であったということなんでしょうか。こういうこともきちんと段階を踏みながら、みんなの意見を聞きながらすべきというふうに私は思っております。

 最後に大臣、新聞もそうですけれども、教科書の特殊指定廃止云々が今言われております。どのようにお考えかを伺って、私の質問を終わらせていただきます。

小坂国務大臣 教科書の特殊指定は、昭和三十一年の告示以来、これまで長年にわたり運用されてまいりまして、教科書採択の公正確保を図るための重要な役割を果たしてきた規制であります。急に廃止されることによりまして採択関係者の間に混乱を招かないかということについて強い懸念を持っております。

 この特殊指定の廃止につきましては、現在、公正取引委員会におきまして意見募集を行っているところと承知いたしておりますが、関係者においてもさまざまな御意見があるようでありまして、文部科学省といたしましては、公正取引委員会における手続を注目しながら、引き続き、教科書採択の公正確保が図られるという観点から、慎重に、よく検討してまいりたい、このように考えております。

池坊委員 大臣の御答弁を踏まえ、公取の方々も、ぜひきょうのこの審議の内容を委員長に言っていただくことを願い、私の質問を終わらせていただきます。

 ありがとうございました。

遠藤委員長 午後一時三十分から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。

    午後零時三十三分休憩

     ――――◇―――――

    午後一時三十一分開議

遠藤委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。

 質疑を続行いたします。田中眞紀子さん。

田中(眞)委員 無所属、民主党会派、田中眞紀子でございます。

 これから文部科学行政全般について、大臣と副大臣方に質問をさせていただきます。

 事前に通告申し上げましたように、私は事務方の方から御意見を伺うということは余り考えておりませんので、どうぞ、そんな大勢いらっしゃらなくても本当によかったと思っております。さすが、役所を挙げて小坂大臣をバックアップなさる体制、すごいものだなと思って拝見いたしております。

 基本的に、政治家として、大臣としての御認識を伺いたく存じます。今まで国会で十二分に議論されてきた中身ばかりでございます。

 まず、私思いますのは、平成十三年、省庁が再編をされましたけれども、あのことによって文部省と科学技術庁が合併いたしました。厚生省と労働省、運輸省と建設省、こういう大きな役所が合併する、一緒になるということのメリットがもちろんあるという前提で省庁合併がされたわけでございます。しかし、現実問題といたしましては、非常に官庁が肥大化をいたしました、結果として。その結果、大臣が所掌する事項が、当委員会だけではございませんけれども、非常に膨大であると。

 例えば、この間の初めての文部科学委員会、二月十七日だったと存じますけれども、そのときに大臣が所信をお読みになりました。十二ページにも及ぶもので、ほかの委員会よりもかなり細かくて、これだけ書き込む事務方もえらく大変だっただろうなと思うほど、たくさんいろいろなことがいっぱい盛り込んであって、大臣も早口競争のようにたくさん、どんどんどんどん読まれました。全部これをやると。意気込みはすばらしい。けれども、限られた予算の中でこれを遂行するということは、現実に大変困難を伴うのではないかなというふうに感じております。

 そして、その省庁再編と同時に、この内閣が発足いたしましたときには、一内閣一閣僚ということをうたわれました。それはやはり、政治が官に対して主導権を持って、しっかりと責任ある行政をしたいという心意気であったというふうに存じております。

 一人の間抜けな外務大臣が更迭された後、柳澤金融大臣もいなくなりましたけれども、その後は確実に、今現在も第一次内閣の閣僚が引き継いでおられるであろうと、国民も役所も政治家も期待したのではないかというふうに思うんですけれども、この委員会を見ましても、大臣がもう四人かわられました。遠山先生から河村先生からもう一人、そして小坂大臣。いい大臣がお出になったんですけれども、現実問題として考えてみますと、この今の、第三次でしょうか、小泉内閣で、こうくるくるくるくる全閣僚がかわってばかりいて、国民は、これではやはり、政治家はしっかり責任を持って仕事ができるのであろうか、しかも、前段に申し上げましたように、たくさんの問題があって、省庁合併して、社会が多様化している、スピーディーになっている中で、一体何ができるのかというような疑念を率直なところ抱いております。

 先ほど申し上げた大臣の所信もそうでございますけれども、予算も、五兆円を超す大変大きな予算を文科省は掲げておられるわけですけれども、その中で、実際に、今のこの内閣、第三次内閣の閣僚の皆様が仕事ができるのは、私は七カ月だろうというふうに思います。通常国会がスタートしましたのが一月二十日でございますので、夏休みも勘案すると、あと残されているのは五カ月しかございませんので、その中で、この「早寝早起き朝ごはん」ですけれども、大臣方は、さぞ遅寝早起き御飯抜きになっておられるんではないかなと心配をいたしております。

 そういう中で、小坂大臣は、このたくさんある中で、どうしても、残された五カ月をかけて、絶対に、小坂文部科学大臣がやったと言われることで何に一番力を入れたいと思っていらっしゃるか、お述べいただきたく存じます。

小坂国務大臣 田中委員がおっしゃったように、大臣という仕事についたからには、自分がそこに存在した足跡を一つはしっかりと残したい。恐らく田中大臣もそう思われたと思いますし、私どももそう思うわけでございますけれども、おっしゃるように、文部行政と科学技術という大きな二つの領域が合体をして今日の文部科学省があるわけでございます。したがって、それを一つにと言っても、なかなか一つにし切れないというところが、この立場上難しいところでございます。

 私としましては、やはり、教育というのは、何度も申し上げているように、国家社会を担う人材の育成にかかわることでございますから、その教育において、今国民の中で、今日の教育に対して懸念を持たれていること、とりわけ、その中で本来の人間として持っていなきゃいけない、そういう精神的なものも含めて、本来日本人として望ましい姿、とりわけ思いやりの心、こういったものについて、私は、子供は好きでございますが、その子供たちが安心して社会の中で生きられるということと同時に、他人に対して思いやりの心を持ってもらいたいということがありますので、学校の視察をさせていただいて、スクールミーティング等で行ったときにも、あるいは自分の地元で接するときにも、どのようなときにも、子供たちには常にそういう心を持ってもらいたいと働きかけているつもりでございますが、そういったことに、文部科学大臣という立場からそれをさらに進めることができればというのは一つ思っております。

 もう一つは、二十一世紀の発展をしっかり支えるのは科学技術の進歩でございまして、やはり科学技術が産業を支えているということでございますし、人類の発展のその過程において科学技術の果たす役割は非常に大きなものがあると思っております。環境維持においても、あるいは産業の発明、発見においても、あるいは疾病から人間が解放されること、あるいは動植物が地球環境の中で生存するためにもそういった科学技術が必要とされておりますので、その科学技術分野がしっかり進むこと。

 と申しますと、やはりもう一つ言いたくなるのが、やはり文化芸術でございまして、日本人が海外へ行って、胸を張って、私は日本人です、日本から来たんですと。日本で自慢するものは何がありますかと言われたときに、伝統文化をしっかり言えるような、そういう伝統文化の光というものをしっかりと言える日本人、そしてそれがしっかり維持される環境というものをやはりつくっておきたい。先ほども御質問ありまして申し上げたけれども、文化というのは、人類が長い営みの中で培ってきた人類共通の遺産であって、それがたとえどこで生まれたものであろうとも、それは人類共通の遺産だと思いますので、そういったものがしっかり受け継げるように、そしてさらにその輝きを増すように努力をしたい、このように考えております。

田中(眞)委員 御意見ありがとうございました。

 それで、まず教育のことについて、前段、お話をさせていただきたく存じます。

 教育基本法ですけれども、朕はという言葉から始まりますように、昭和二十二年に公布されております。もちろんごらんになっていらっしゃったと思いますけれども、これは私は大変よく、非常によくできている文章だというふうに感心いたしております。

 日本国憲法が発布された後のことですけれども、民主的で文化的な国家建設ということ、それから世界の平和と人類の福祉に貢献する、こうした理想の実現は根本において教育の力にまつべきものである、すべては教育が国家の礎になるのであるということをしっかりと冒頭でうたっております。

 個人の尊厳、真理と平和を希求する、文化創造、平和、真理、正義、勤労と責任、自主的精神、健康、学問の自由、自他の敬愛と協力、教育上差別をされない等々、本当にすばらしいことが言われていますし、最後に、六条の二項のところでは「教員の身分は、尊重され、その待遇の適正が、期せられなければならない。」ということもしっかりと述べておりますので、オールラウンドで、非常に立体的によく、教育とはどうあるべきかと、どのような国民をつくっていきたいのかということが、広い視野から述べられていると思います。

 ところが、これが最近の国会の議論を聞いておりますと、この基本法について、その改正をするために与党内で、もう大臣はまたかとお思いになるかもしれませんけれども、与党内で、変えるポイントについていろいろ議論がございます。国を愛する心とか、宗教教育及び宗教的情操の内容とか、そういうことであろうというふうに思いますけれども、そのことについて、なぜこれだけ皆さんがこだわって、教育の目標の中に、国を愛するとか、国を大切にするとか、宗教心とか、もちろんわかりますけれども、なぜこれだけ与党の中で見解が統一されないのか。そこのところを、大体状況はわかっておりますけれども、大臣御自身がどのようにお考えになっていらっしゃるか、いろいろと皆さんと意見調整をしながらしかるべきものをというような官僚答弁ではなくて、小坂憲次大臣の肉声を伺いたく存じます。

小坂国務大臣 この教育基本法の改正につきましては、やはり私の立場からは、中教審からの答申というものをしっかり踏まえていくことが必要でございます。また同時に、議院内閣制ということを踏まえる中で、与党での議論というものもしっかり踏まえていかなきゃいけない。

 やはり、肉声、大臣としての個人的見解というものは、それぞれが持っているべきだと思いますが、委員会という立場で申し上げるということも考えますと、やはりそこには、今日議論をいただいているそれぞれの項目について、しっかりとその意見を踏まえて、その中で自分の考え方というものを、時によっては若干の修正をしながら、そういった立場に、しっかり自分の合意のできるところで、合意ができなければ、これはやめなきゃいけませんから、そういう意味でしっかりと合意のできるところを探っていくということになるんだと思っております。

 そういった中において、委員の御質問に少し近づいて申し上げるならば、やはり愛するということ、大切にするという心。自分が今日あるのは、自分一人で生まれたわけでもありませんし、自分一人で育ってきたわけではありません。それぞれの地域に育てられ、人々の思いやりの心の中で生かされてきたわけでございますから、その自分が今日育てていただいて、生かしていただいている、そういったものに対する感謝の心、そしてそれらを大切にする心、愛する心というものがやはり人間としてなきゃいかぬ。ですから、そのことはしっかりこの教育基本法の中でも、教育にこういうことを教えてほしいという中には加えていただきたいなという気持ちも持つわけであります。

 また、私は、この自然界の中で、自分たちの知識や自分たちの力の及ばないことばかりでございますから、そういった非常に大きな力、そういったものに対しての畏敬の念というものはやはり持つべきだろうと思っておりますし、それを人間として、時には頼り、時にはそういったものを認識する中で自分の将来というものを考えていく、そういった一つの環境というものもやはり認識をしておいてもらいたいなと思うことでございます。

 そういったことと同時に、一人で生きているんではないと申し上げましたけれども、やはり、ほかの人に助けられ、生かされ、そしてその中で人に迷惑をかけない、公共心といいますかそういった心、これらをひっくるめて道徳的な規律というものも必要だと思いますが、そういったことがやはり教育ではなされるべきだと思っておりますから、そういったことを踏まえていただきたい、こう思っております。

田中(眞)委員 大変おつらい立場はよくわかりますけれども、中教審の答申も出ておりますし、与党の中の政党間の意見の違いも明確に出ておりますので、ここはどのような判断を政治家としてなさるかということでございます。事はお坊さんやら神父様の話じゃございませんで、私たちは教育基本法をどうしたいのか、この内閣がどうするのかということでございますから、ぜひ総理とひざ詰めで話をなさって、一つぐらい物を決めていただきたいと注文させていただきます。

 次に、やはり法案に関することですけれども、義務教育費の国庫負担、二分の一から三分の一に削減になるということ。これは初めから内閣が言っていたことでございますが、結論から申しますと、教育の問題を財政論でもって仕切ってしまうということに非常に問題があって、少子化であるということが前から進んでいるということはよくわかっていたことでございますから、そういう中で突然財政論でいってしまうということは、むしろ質の問題を十二分に検討していないのではないか。

 地方に行きましても、地方分権があって、そして、その中でもってまた市町村合併が進んでいますね。少子化で学校の統廃合の問題とか、非常に悩ましい問題が目の前にたくさん、日本全国ございます。長野でも新潟でもございますね。

 そういう中において本当に質のいい教員を現場に置くためにはどうするか。教育投資で一番大事なことは、やはり、家庭教育も大事でございますけれども、公教育の場で質のよい教員を確保すること、そのためにかつてどういう法案が日本で出されてきていたか、大臣、御存じでありましたら一つでもお挙げいただけますか。

小坂国務大臣 今の委員の御指摘の観点からいえば、義務標準法とか人材確保法とか、そういった法律を初めといたしまして、学習指導要領も含めて、教育の現場に影響を及ぼすような法律はかなりたくさんございますけれども、それらが相互に関連し合って今日の教育の体制をつくっているわけでございますが、委員の御指摘の部分を踏まえますと、義務教育費国庫負担制度、この負担法も、そういった意味では人材をしっかり確保できるというその根拠になるものだと思っております。

田中(眞)委員 幾つも、もちろん今大臣がおっしゃったこともございますが、ほかに、例えば具体的には、昭和四十九年、一九七四年に人材確保法案、今お触れいただきましたけれども、そういうものができておりまして、御案内のとおり、ほかの委員は御存じない方もいらっしゃるかと思いますけれども、要するに、教職員、義務教育に携わる教員の給与を改定して、上げることによって少しでも教職員の環境をよくする、それから、現場で当時教員でいらした方の話を聞きますと、海外に視察へ行って、いろいろ経験をふやして、知識をふやしたというふうなことも聞いております。ただ、それはそのときの時代背景があったわけです。

 そして、それから、二十四年後でございますけれども、教員の免許法特例法、大臣、お聞きになったことはおありでしょうか。これは私が当選したころに手がけた法案でございますけれども、この法案の趣旨は御存じでいらっしゃいますか。

 では、申し上げさせていただきます。私が立案いたしましたので……(小坂国務大臣「特例法」と呼ぶ)はい。教員の免許法特例法でございます。(小坂国務大臣「通称の方で覚えていたんで、済みません」と呼ぶ)ありがとうございます。

 平成十年でございまして、四月に施行されたというふうに覚えておりますが、これはどういうことかといいますと、教職課程で大学のときに教員免許を取ろうとする学生さんたちは、今は教職のカリキュラムがたくさんあることは十二分にわかっておりますけれども、あえて福祉施設、養・聾・盲でありますとか、肢体不自由者でありますとか、特養とか、そういうところで、私が初め提案しましたのは、約一カ月間、最低二週間と言ったんですが、最終的には議員やら役所との話し合いの中で一週間というふうに決まったんですけれども、そういう施設に行って実体験をしてくる。

 車いすを押す、おむつを畳む、配膳の手伝いをする、あるいは話し相手をするとか、いろいろなものがあると思うんですけれども、その目的は何かといいますと、人は一人一人、DNAが違うように、顔が違うわけでございまして、受験戦争の中で、知育偏重の中でもって点数のいい人が学校の先生になるということではなくて、それも重要なファクターですが、加えて、人がそれぞれ違うこと、弱い立場にいる人、お年寄りでも、障害がおありになっても、それぞれ必ずいいものがある、その人の一番いい宝を見つけてあげる手伝いができる、そういう心のトレーニングができた人が義務教育の現場に行くことによって、知育だけではなくて、子供たちに複眼的な目で接して、それぞれの子供を、豊かに、才能を引き出すことができるような教員になれるのではないかということが一つの目的でした。教員の資質の向上であります。

 もう一つのポイントは、高齢化が進んでいくことがわかっておりましたので、そういう中で、これから介護、そうした施設でもって働いてくれる若い方を少しでもふやすために、それから、養・聾・盲学校なんかで障害のある子供さんたちの教育をする先生方の底辺を広げるということ、その両方で何とかお役に立てないかと思いまして、文科省と厚生省、両方にわたる難しい法案成立でしたけれども、これができ上がりました。

 この二つを見まして、最近、この法律がどのように社会に影響を及ぼしているのかなと思っていろいろ調べてみました。そうしましたらば、ある県立の聾学校でございますけれども、この法律ができてからいろいろと新しい人が来るので大変であるという、いろいろな陳情もあったんですが、これはぜひ小坂大臣に伝えてほしいと校長先生から言われたことでございますけれども、二つあります。

 一つは、特別支援教員の人事なんですけれども、今は一つの学校に最低七年しかいられない。そして、同一学校でさらにいたい場合には、必要な職員は、校長に申請して一年ごとにそれを延ばすことができるという制度というふうに承知しております。ところが、現実には、聾唖者とか盲学校とか、そういう現場は子供とコミュニケーションをとること自体に非常に時間がかかります。そして、一般知識に加えて専門知識も必要としていますので、時間が必要なので、普通のペースとかピッチではいかないので、最低七年間だけれども、これを延ばした方がより教育効果が上がるというものでございます。

 私も、文化祭とか運動会とか、入学式、卒業式は大体国会があるので行けませんけれども、それ以外のときにはもうずっと何年も通っていまして、御父兄や先生や生徒さんとも仲よしで、ああ、あの子卒業しちゃったんだなとか、ああ、このお嬢さんはこんなに背が伸びたんだなとわかるほど親しくなっていますけれども、やはりコミュニケーションをとるには大変時間がかかるんですね。ですから、そういう人事の問題。

 二つ目は、聾唖者自身を職員として採用してもらえないだろうかと。これはぜひ小坂大臣に伝えてほしい現場の声だと伺いました。実際の経験を生かして生徒の立場をより理解できる、そして、社会に聾唖者も出ていって仕事ができることにもなるので、これは御一考いただけるかどうかということでございまして、お返事はまた後ほど事務方からでもいただければありがたいと思います。

 先ほどの教員免許法のことなんですけれども、それで、いろいろな福祉施設等でヒアリングをいたしました。そうしましたら、来る大学生にとても温度差があって、点数が欲しいから嫌々来ているとか、態度の悪い人もいっぱいいる。しかし、一ついい話を聞きまして、嫌々来ているし、車いすを押したりお手伝いをしていた学生さんが、本当に現場の教師になって、しばらくしてから子供たちを連れて福祉施設に来られた、そして、仲よく接触をして、自然にそういう方たちの苦労やいいところを知ることによって、これが自分たちの教育現場に、まさしくこの法律をつくった原点なんですけれども、意図したところなんですけれども、そういうことを言ってくださる方が出てきたんだという声を聞いて、ああよかったなと思っております。

 ただ一点、これは事務方の返事でも結構でございますけれども、最低七日間というふうに決まったにもかかわらず、場所によっては二日とか五日間とか、一日で帰っちゃう人がいるとか、こういうことは強制力を持たなくなっているのか。

 これは大臣じゃなくて結構ですが、担当の事務方がもしおられれば、この法律施行後、どうなったでしょうか。

小坂国務大臣 幾つかの御質問をいただきましたので、一部答えまして、また事務方からの補足もさせていただきたいと思います。

 先ほど委員が御指摘になりました小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律というのが正しい名前でございますが、私ども、通称介護等体験特例法と呼んでおります。田中委員及び私の先輩であります河村元文部大臣ほかの皆さんが提案者になられましてつくられた、教員に社会福祉施設あるいは特殊教育諸学校の偏見や誤解を解消しようということからおつくりになった法律は、法案が通りました平成十年の当初は一万一千人の体験者でございましたけれども、十六年には六万六千人と、非常に多くの皆さんに体験をしていただく中で、今委員が御指摘なさいましたように、介護等の体験に対する心構え、態度に問題がある学生も少なからず存在している、こう言われている中で、それを体験した結果として、教育現場について、やはり子供たちにも自分と同じようにその現場を見せたいということで大きな効果を生んでいるということは大変喜ばしいことだと思っております。

 課題としては、希望が一部の時期とか地域に集中する傾向があるというようなことも指摘されております。運用上、こういった問題といいますか課題もあるわけでございますが、受け入れは円滑に進むようになってまいりました。おかげさまで、回を重ね、八年がたった結果として、社会福祉施設側の受け入れの実績が重ねられて、理解も促進し、今では円滑に受け入れていただくという環境になりましたので、文部科学省としても、今後とも一層の受け入れ促進について努め、そして一人でも多くの方に、社会福祉施設、また、これから特に力を入れてまいりたい特別支援教育等について力を尽くしてもらいたいと思っておるわけでございます。

 委員が御指摘なさいました特別支援教員の七年という年限でございますけれども、これは、私の知る限り、都道府県によって違うんだと思っておるんです。したがって、これは国の規定ではございませんので、この辺、担当の方からまたちゃんと答弁させますが、七年プラス一年ずつというのは、多分それをごらんになった新潟県あるいはどこかの県の規定でそのように決まっているものではないかと思うわけでございます。

 また、聾唖者を教員として採用することにつきましても、現在何も制限はございませんので、そういう意味では、私もむしろそういう皆さんにも教員になっていただくということが望ましいだろうと思っております。障害者の雇用のパーセンテージを見ますと、文部省は少ないとよく言われますが、残念ながら教員になられる方にそういう方が少ないということも、雇用の数字を下げている一つの理由にもなっているわけでございます。

 そういう障害をお持ちの皆さんにも教員としての、しっかりやっていただける現場があるわけでございますので、そういうところでは活躍をしていただくような環境を整えたい、こうも思うわけでございますが、残余のものにつきまして、担当から答弁させていただきます。

田中(眞)委員 時間の関係もございますので、事務的にどなたか、若い方でも会館に来ていただければ。

 大臣から今、大変心の温まるようなお話をいただきましたので、早速関係者に報告いたします。ありがとうございました。

 それで、特別支援学校制度というものを今度は文科省は考えていらっしゃる。これは私は大変いいことだというふうに思っております。数字を調べますと、養・聾・盲が九万人台です。特殊学級が八万人台で、いろいろと不自由のある方が全体で全国で十七万人弱おられるというふうに承知しております。

 そこで、その教師の問題ですけれども、特殊な資格を持っていなくても現在はこうした施設でもって仕事ができる、教員になれるということですけれども、今度、そういう資格がない方は行けないようにする、こういう施設でもって先生になれないようにするということが、この特殊学校にその免許制度を、はっきり専門免許を設けるということなのか。

 これは事務方でも、もちろん副大臣でも結構でございますが、簡単に御説明いただけますか。せっかく手を挙げてくださっているから、銭谷さん。

銭谷政府参考人 現在、盲・聾・養護学校、いわゆる特殊教育諸学校に勤務する教員は、それぞれ盲・聾・養護学校の教諭免許状が必要なわけでございますが、教職員免許法の特例によりまして、免許を持たない方でも、小中高等学校の教諭の免許状を持っていれば今はその学校で教えることができるという制度になっております。

 それで、今度は特別支援学校の制度を今構想しているわけでございますけれども、特別支援学校につきましても、特別支援学校の教諭免許状というものをこれからつくるわけでございますけれども、当分の間、特別支援学校の教諭の免許状を持っていなくても特別支援学校で教えることはできるようになっております。なお、今、盲・聾・養護学校の教諭の免許状を持っている方は、新しい特別支援学校の教諭免許状に切りかえられるということになります。

田中(眞)委員 今のお答えですけれども、教員免許法の特例法ができた後、局長、もう一回ちょっと確認したいんですけれども、この法律ができた後は、なくても教員になれる、そうおっしゃいましたですか。それでよろしいですか。

銭谷政府参考人 現在でもなれますし、これからもなれるということでございます。つまり、なれるというのは、持っていなくてもですね。

田中(眞)委員 いずれにしましても、現場の質がより向上するように、温かみのある指導ができるように望んでおります。

 それから、役所の皆様は大変お嫌だと思うんですけれども、ちょっと予算のことを、前半旧文部省関係で後半は科技庁関係を伺いたいというふうに思っておりますので簡潔に申しますけれども、会計検査院の資料等を見ますと、なぜか文部科学関係の無駄遣いというものは年々ふえておりまして、平成十二年度のときには五位なんですね、各省庁、十七省庁ですか、の中で。十三年、小泉内閣発足のときも五位だったんです。ところが、その発足後、十四年は三位、十五年は三位、十六年度は一位になっておりまして、内閣支持率は上がっていても、無駄遣い率はこの役所についてはどんどんとふえて、十六年度は五百九十八億八千万円なんです。

 これは、会計検査院の指摘金額、不適切な会計経理によって国家に損害を与えたものということでございます。細かい数字が少しは違っているのかもしれませんけれども、文科省が五兆一千億円の予算を持っておられて、そして、大きな役所でもあるし、日本の将来を担う人材、それから、私はもう日本の経済も将来、本来は、これから申し上げますけれども、文化と科学技術、これによって日本はどんと前に出られるのにという思いが非常にありますので、後半その話をさせていただきます。

 こういう金額的な問題について、例えば文部省関係だけでいきますと、ここに資料がございます。例えば、学校施設の活用が十二分にされていないというのが公立の小学校及び中学校の学校施設並びに入居者のいない僻地教員、僻地という言葉は余り好きじゃないんですけれども、教員宿舎等について、活用されていなかったり転用されていない、不適切であったというものが二百十九億円ですね。それから、不適正な会計経理、これも、補助金についてでございますけれども、専任職員数に対象とならない専任職員の数を含めて記入するなどして補助金の額を算定したために交付額は過大となっていた、これが二十六億五千万円強というような数字、ほかにもございますけれども、こういうことについては責任というものはどなたかおとりになっているのか。

 冒頭申しましたように、省庁再編で肥大化しておりますから、同じ役所にいても隣のセクションが何をやっているのか、ましてや地方のこともわからない、ほかの役所はもっと知らないということでございましょうから、それはそれでいいんですけれども、いいというか、それはしょうがないんですね。よくありません。しょうがないと思いますけれども、こういう状態でいていいのかということを、いいわけじゃないわけですから、大臣、どのようにお考えになられますか。済みません、ちょっと大臣に。

小坂国務大臣 委員が御指摘になった数字ですけれども、私も、質問通告でもあればそういった数字をちゃんと用意して、そして、問題点を自分なりに把握をして念入りに答弁することができるんですが、残念ながらそういった意味での御通告がございませんでしたので、概括的な考え方は、もしそういった無駄遣いと言われるようなのが本当にあるならば、それはしっかり是正していきたい、こう思います。それについては、事務方の方で数字は多分持っていると思いますので、答弁することをお許しいただきたいと思います。

田中(眞)委員 質問通告を細かくしなかったことは、冒頭申し上げましたように、過去の計数を聞きたい場合には事務方にお伺いいたしますし、後ほど下さっても結構なんですが、会計検査院が公表しているものでございますので、それを、長たるものがどこのセクションが幾らあるか御存じかというお尋ねは私はいたしておりません。こういうことがあるということについて、やはりたった一人の大臣なんですね、したがって、その方がそういうマインドを持たれるかどうかということを私はやはり厳しく申し上げておきたいというふうに思います。細かい数字をあげつらうつもりはございません。

 次に、科学技術の分野について、よろしゅうございますか、お話をさせていただきたいと思いますけれども。同じく予算の関係になるんですけれども。

 第三期の科学技術基本計画、これが今月中ですから、あと数日でもって閣議で決まるのかと思うんです。

 省庁再編のときにまた戻りますが、科学技術庁という役所は非常に日本の将来を担う、言ってみれば輝かしい感動とか夢とか、それが私たちの一般国民の生活の利便性に資するものであり、さらに、それが世界にもパテントとなったり、いい方向でどんどんいくものであるというふうに思うんです。

 私が科技庁の長官、十年ほど前でしたか、拝命しておりましたときも、科学技術会議等がありました。今これは内閣府に移りましたんですね。松田大臣ですか、どなたかがやっていらっしゃる。それから、原子力、エネルギー関係は経産省にも行っているし、環境省とか、あちこちに。もちろん文科省にも研究開発の部門を中心として残っているわけですけれども。

 そういう中で、この予算が膨大で、二十五兆円ですから、これは文科省予算の五年分のものを投じてやるわけですね。そういうことについて、もちろん大型プロジェクトというものも大事ですし、先進国はみんなやっておりますから、必要であるということはわかっております。同時に、やはり基本的に、研究開発には無駄と言われるお金も、この分野に関しては私は必要だというふうに思っております。必要経費であるということがあるので、家計のようにきちきちに締めてしまったら、遊びがなくなるんですね。どこかでやはり天才的な発明、ハプニングがぽんと起こるということがありますので、それが大きく文化や生活を向上させますから、それはいいんですけれども、何で二十五兆円なのかいなと。もしもそれだけであるのであれば――まずその前にちょっと、大臣、この会議に出ていらっしゃるんでしょうか。

小坂国務大臣 大臣この会議とおっしゃった、その意味をもう一度おっしゃっていただけますか。

田中(眞)委員 科学技術会議でございます。

小坂国務大臣 科学技術会議、第三期の策定に当たりましては、出ております。

 それから、この機会に、先ほどのことでございますけれども、委員の方から無駄遣いその他の御指摘がありましたのは、委員が数字を挙げられましたので、そういう数字を挙げての議論をされるのであれば、事前に通告いただければ数字の議論ができると申し上げたのでありまして、会計検査院が、不適切な使用あるいは施設の活用が十分されていない、教員宿舎等ですね、そういったものがあるという指摘は私も認識しておりますが、それが幾らであるかとか、その中の数字の、例えば二十五億とおっしゃった中で、私どもとして納得できるものがどれであって、そして会計検査院と意見は若干違うけれども御指摘は受けたという認識を持っておるものは何かというのは細分化して検証しないといかぬということで、先ほど申し上げたわけでございます。

 また、あわせて申し上げるならば、独立行政法人の改革がある中で、国立大学法人の切りかえに当たって国有財産が切りかわったわけですね。そのときの幾つかの見解の相違というものが数字になってあらわれて、一位というような、名誉か不名誉かわからないような順位がつけられたということもやはり御説明をさせていただければありがたい、こう思っております。

田中(眞)委員 胸のうちはよくわかりますけれども、やはり、会計検査院という組織でやっていることというものの信憑性も疑られてはいけないと思いますし、今後こういうことがなくなるように前向きな努力をしていただきたいと再度申し上げたいと思います。

 そして、今の科学技術会議がやっている科学技術基本計画でございますけれども、中身が問題で、結論からいいますと、成果を出していただきたい。タックスペイヤーとして見ますと、やはり、どのように動いていて、どういうような形で国民に還元されるのかなと。細かいことでなくても、それがメガサイエンスであっても、やはりどこかでもって非常に役立って、すばらしく大きく動くんだというような説明とか証明をされて、そして理解を国民から得て、タックスペイヤーに喜ばれて、もっと科学技術を応援しようじゃないかというふうな風土が涵養されることが望ましいというふうに思います。

 私なんか、個人的には、材料開発。向井千秋さんが私の大臣中に宇宙に行かれたんですけれども、幾つかの実験を持っていかれました。材料開発が何が一番身近かと私が一番楽しみにしていたのは、もちろん医学もありますけれども、歯でありますとか手術でありますとか、ちっちゃな、医学的なもので役立つだろうと思いましたし、それから軽い冷蔵庫であるとか、その素材が本当に、マイクログラビティーであっても非常に強くて堅牢であって、そしてそれが原子炉にも使えるというようなものだったらすばらしいと思いましたし、また、新エネについてもぜひ研究を進めていただいて、環境問題にも、経済の効率の問題にも、すべてに影響しますので、そういう分野もぜひ督励してやってほしいなというふうに思っております。

 いずれにいたしましても、二十五兆円で、金額を気になさるかもしれませんけれども、やはりこれはかなり大きなもので、私も議論にかつて何度か参加した経緯からいっても、これをマニアックに楽しんでいる方もいらっしゃいますけれども、これが本当に目に見える形で証明をするということがやはり一番求められていることではないかというふうに思っております。

 月に一回官邸で会議をやっていらっしゃるというふうに思いますけれども、大臣の御感想を、一言あれば聞かせていただけますか。

小坂国務大臣 一期十七兆、二期二十四兆、そして三期が二十五兆と、おかげさまで順調に伸ばさせていただきました。今回、重点項目として採用させていただくのが六十二の項目がございますが、そのほか二百七十三の課題がございまして、それらを含めて、この第三期は全体として二十五兆円の規模で。

 今委員がおっしゃいましたように、科学技術の振興というのは、基礎研究をただただ続けていればノーベル賞がとれるというものではございませんし、やはりそこにはひらめきというものも必要でございます。各般の分野にくまなく目を配っていく中から、どの分野が将来飛躍的に伸びるかというのはなかなかわからない分野でございますから、競争的資金を提供したりしながら、競争環境の中で、それぞれの研究者が自分の創意とそれから発想、アイデアというもの、それからインスピレーションを生かしながら科学研究に取り組んでいただくということが必要だ、それが他国に比して飛躍的な科学技術の発展を得る一つのきっかけだと思って、このことはもう長官をされた委員に申し上げるのはまことに不遜なことだと思っておりますが、そういう意味で、委員の御認識も同様であろうと思っております。

 私は過日、ノーベル賞の授賞式にたまたまお招きをいただきまして、科学技術関係の大臣会合がございまして、スウェーデンに行かせていただきました。そのときに他の大臣とも会議をいたしまして、六人ぐらいで、大臣だけで、秘書官も通訳も何にも入れないで、議論をしたことがあるんですが、各大臣の共通項は、最近の若い人は科学技術にだんだん興味を持たなくなってきていると。

 そしてまた、ノーベル賞の博物館へ行きますと、館長の説明は、湯川さんの話から始まって田中さんのところまで来て、田中さんが座るいすはみんなが座るので壊れちゃうので、今はガラスのケースに入れてあるという雑談まで聞きましたけれども、同じ田中さんですが、そういう意味で田中さんというのは人気があるんだと思います。

 そういう中で、科学技術、ノーベル賞というのは本当に、普通のことをある人が見たときに、同じお皿の模様を見て、普通の人は単にお皿の模様だと思うけれども、それが数学的におもしろいと思って、そこから数学的な理論を引き出した人がいるとか、いろいろな話を聞きまして、ああなるほどなと思ったので、やはりこれは固定観念とかそれから既成の概念にとらわれたら、この科学技術の進歩を阻害する、そういう人になっちゃうなと。だから、この辺は非常に幅広く取り組めるような、そういう環境をつくることが自分の一つの使命かなと、こう思って取り組んでいるところでございます。

田中(眞)委員 興味深いお話、ありがとうございました。

 私も、ストックホルムへ行きまして、あのアカデミーのところへ参りましたし、また、ケンブリッジでノーベル賞受賞のイギリスの学者さんと会食する機会も当時ございまして、今おっしゃったような、本当にユニークな発想、それが普通の日常の中からぱっと出てくるということを聞いて、非常に印象深く覚えております。同じことをおっしゃっているなと思いましたけれども。今は、政治家、私たちもそういう発想が必要で、それが政界にも求められているのかなと思ったりもいたしました。

 話は戻りますけれども、地震予知です。

 これは、数字を聞きませんから、事務方びっくりなさらなくても大丈夫ですから、申しませんから。もう十年ぐらい前、阪神・淡路のときから全国各地に地震の測量計を当時設置しましたよね。で、できるだけ予知をするようにすると。私は、予知というのは結構難しいんじゃないかなと阪神・淡路のころに思っていまして、無駄な経費とは申しませんけれども、本来は、願わくば避難とか初動態勢、どうやって人命を守るか、建物を守るか、そういうことを考えるべきであって、予知予知と言うけれども、ナマズを飼っていてもだめらしいんだからこれはどうかと思ったら、地震の観測をする学者さんが絶対に予知は可能だと言い切られました。

 現在は東海沖ならわかるそうでございますけれども、本当かなあと思います。なぜかといいますと、東海沖は最近起こっていませんけれども、新潟県で中越地震もございましたし、それから、この月曜日には、大分県の佐伯市を中心として震度五だか何かの地震もございました。昨夜も、我が家だけではないと思いますが、東京は揺れましたし。数秒前には予知が可能だということを伺っていますけれども、そういう研究も大切なんですけれども、実際にどうやって避難をするかとか、日本は原子力施設もあるわけですし、そういう中で、もっとより、研究は研究だけれども、現実的な方向に行くといいなということをちょっとお伝えしておきたいと思います。

 それから、宇宙活動基本法。

 宇宙のことは皆さんも大変関心がおありになるというふうに思うんですけれども、これは策定の方針で進んでいるということを承知しております。

 この間、私ども全員の委員に配付されました予算概要の説明の十一で、宇宙輸送システムなど国の総合的安全保障に密接にかかわる重要技術や世界最高性能の研究設備を実現云々というふうに書いてございます。これまで、日本の政府は宇宙空間の非軍事利用、平和目的に徹するということは言われて、皆様御案内のとおりなんですけれども、ロシア、アメリカ、ヨーロッパの国々はちょっと認識が違っていて、防衛目的の空間利用であればよいということで、随分宇宙産業も成長して、GPSなど、私たちの生活が随分豊かに、便利にもなっております。

 しかし、日本は今度方針を変えるというふうなことを内閣が言っておられるようなんです。そうすると、別に私は共産党員でも何でもございませんけれども、この軍事という問題について、きょうは防衛庁の方はいらしてくださっていますか、ありがとうございます。ちょっと教えていただきたいと思うんですけれども、これはことしの八月を目指してこれから努力をするというふうに、昨日でしたかの新聞にも報じられていました。八月までに具体案を策定する、そしてきのうあたりに小委員会が与党内で立ち上がったということなんですけれども、質問は簡単でございまして、これはないよりもあった方がもちろんいいわけなんでしょうけれども、安全保障という問題からいって、共産党でなくとも、やはり軍事大国、転用されるのではないか。ましてや、この内閣は右の方をかなり向いているように思いますので、そういう将来的な可能性や危険性がないのかということの危惧があります。

 それからもう一つは、今はアメリカ経由でもって主に私どもは情報を得ているわけですけれども、これを新規に防衛庁として、そういうふうなロケット打ち上げ、衛星打ち上げの施設をつくろうとしているのか。これはもちろん、今後の検討事項でございますという答えが来るんだろうとは予想はつきますけれども。あるいは、旧科技庁の種子島、私も行ったことがございますが、あるいは文科省の内之浦ですか、それらが一緒になって学術研究で上手に使っていただいているんだろうと思っておりますけれども、そこにこういうものが入ってくるということは、技術的にどういうふうになるのか。安全保障の面も含めてこれから議論でとおっしゃるでしょうけれども、こういうことについては、実際はかなり先行して事務方が検討なさっているというふうに思いますので、わかっている範囲でお答えいただけますか。

金澤政府参考人 今のお尋ねは、自民党の委員会におきまして、宇宙の平和利用に関する国会決議の見直しをめぐっての議員立法の必要性についての議論の関係だと存じます。

 我が国の宇宙の利用につきましては、昭和四十四年の国会決議によりまして、平和の目的に限り行うとされておるところでございます。この見直しにつきましては、国会において御議論いただくべきものと考えております。私ども防衛庁としても、そういった検討を見守ってまいりたいと思っております。

 今、先生お尋ねで、その関連で何か具体的に事務方で、防衛庁独自の何らかの施設等を考えていらっしゃるのかといったような御質問の趣旨だったかと思いますけれども、特別にそういったことは考えておりません。

 これまで、現在でも、宇宙に関係して、私ども防衛の用で、いろいろな方面で使っております、今御質問の中に触れられましたミサイル等の関係でも、弾道ミサイル防衛の関係で、アメリカと共同研究、共同開発といったような動きをやっておりますけれども、その具体具体の話との関連で、今申し上げました決議との関連を整理しておるようなことでございまして、特段、現在、私どもの仕事の関係で、宇宙の平和利用との関係で特別の障害があるといった状況であると思っておりません。

田中(眞)委員 これはまた与党の議論を見守ってから、改めて別の機会にお尋ねいたします。

 次に、ITER計画と、それから核燃料のプルサーマル、これは昨今動き出したようでございますけれども、核燃料のリサイクル、これは私は大いに推進するべきで、日本は原子力エネルギーが全体のエネルギーの三割強というふうに承知しておりますので、これはやっと動き出してきたなというふうに思っております。

 東電、関電、九電、きょうの報道では四国電力もこれを推進しようという方向に行っているということは大変歓迎すべきだと思いますけれども、これは原子力安全院の方が安全の評価というものをされての上であるというふうに思います。使用済みの核燃料、これを再処理して取り出したプルトニウムとウランをMOX燃料として軽水炉で利用するということで、これは必須のものであって、安全さえ確認されればいいというふうに思っております。

 六ケ所村が建設されたときにも私は視察に参りましたのですけれども、あれを最終処分地とはしないということで今日までずっときておりますけれども、大臣、最終処分地についてはどのようにお考えでしょうか。

小坂国務大臣 今の最終処分地だけの回答をするのは簡単なんですが、その前に、せっかくの機会ですから、先ほど委員が地震のこともおっしゃっていただきましたけれども、地震調査研究推進本部というのは初代の本部長が田中委員でいらっしゃるということから、その後の進捗状況についても若干報告したいなと思って用意しておったんですよ。ですから、こういう機会でございますので簡単に申し上げます。

 今では高感度の地震計の観測点も、四百七十三、これが平成六年度末、今千二百五十七というふうに、十六年度末でこれほどに大きくなってまいりまして、昨年の三月に同本部の地震調査委員会は、我が国各地域における強い揺れに見舞われる可能性を示した「全国を概観した地震動予測地図」というものを公表したように、大変に進んでおりますことをまずもって御報告申し上げておきたいと思います。

 今の核燃料サイクルの中での最終処分場の問題でございますけれども、私もその取り決めは承知しておりますので、最終処分についての意見というものはそれなりに持っておりますが、ただ、主管が経済産業省なものですから、経済産業省の方として決めていただくことでございます。

田中(眞)委員 御親切に経過報告をありがとうございました。

 そして、科学技術もこうした夢をはぐくむものでありますけれども、またどなたか嫌な顔をなさるかと思いますけれども、まあ、怖い顔をなさらないでください、あえて事実だけを申し上げます。今度、会計検査院から科学技術の関係でも相変わらずやはり無駄遣いが指摘されております。今度、大臣はICT学習というものも推進されるお立場だというふうに思いますので、そういう面からも申し上げたいんですが、インフォメーション・コミュニケーションズ・テクノロジーですから、やはりこれはコンピューターに関係あるというふうに思いますけれども、IT基礎技能の講習事業という関係でも、パソコンについて、講習事業終了後も、社会教育のために有効活用することが十分でなかったり、管理が不適切であるというふうなものが七億あります。それからさらに、不適正な経理、予算の額を超えて契約をする、事実と異なった支出負担行為等の会計事務処理を行って翌年度の予算から購入代金を支払っていて、会計経理が会計法令等に違反する可能性があるというものが六十七億円というのが載っております。こういうことをいつまでもやっていた人の、担当の方の責任というのはないのかなということ。これはまた数字がどうのこうのとおっしゃるようですから、弁解はいつでも会館の部屋ででも伺いますけれども、こういう事実を会計検査院が指摘しておりますので、タックスペイヤーの立場で、たくさん予算をとっている、そしてやはり文部科学省という教育をつかさどる役所でもございますので、その辺は与党、野党関係なく、やはり国民の目線で考えていただきたいというふうに指摘いたします。

 次に、ITER計画ですが、これも私は大変関心を持っておりまして、これは国際熱核融合でございますけれども、フランスと日本でどっちがどうなるかと随分長い間議論されていましたけれども、最終的にはフランスに決定いたしましたですね。南仏のカダラッシュという、湾からちょっと内陸部に入ったところでしょうか、そこの場所に決まったというようなんですけれども、今も小坂大臣のお部屋にもこの核融合の模型は飾ってございますか。飾っていないですか。

小坂国務大臣 私の部屋には、今飾っておりますのは宇宙ステーションでございまして、科学技術の方は河本副大臣の部屋に飾ってあると思っております。

田中(眞)委員 はい、ありがとうございます。

 後ほどは両副大臣にも一言ずつ伺いたいと思っておりますが、いずれにしましても、日本もこの核融合、ニュークリアフュージョン、頑張っていたんですけれども、最後はこの資金、拠出金の問題で決まったというふうに、ほかの国の外交官からも聞いたことがございます。

 ですけれども、フランスを応援したのは中国、ロシアであって、日本を応援してくれたのがアメリカと韓国。国連での安保理の加盟の話とか、何か安全保障に似ているなと、日本の国際的な社会での地位がこういうときもあらわれてしまったのかなと、せっかく技術も資本も出して、やる気もあるのに、残念なことだなというふうな思いもしています。今度、インドが加わって七カ国になったんでしょうか。また、日本からは、たしか池田局長が今度行かれていますよね。ですから、ポストも占めているし資本も出しているわけですから、ぜひ国際社会で注目されて、いい結果を出せるように、これは応援質問をさせていただいたつもりでございます。

 あと残された時間でございますけれども、文科省関係ではユネスコとか、あるいはIAEAもございます。そういう中でもって、いろいろなところに人を出しておりますし資金も出していますので、そういう国際社会においてユネスコも。

 私は昨年パリに家族旅行で行って、首から札を提げて一般旅行をして、ツアーでいろいろの国の人の意見を聞いて、おもしろいなと。松浦さんが日本から行っているんだけれども、いろいろな評判があるものだなと思って。職員にインタビューしたりして聞いて。大変おもしろくて、外務省の役人にそれを言ったらみんな笑っていましたけれども、それはまあ別問題として。

 国際化の中でもって文部科学省が担っているものはたくさんございます。ですから、そういう中で、私はやはり科学技術と文化だと思います。

 スポーツは、オリンピックも野球もサッカーも頑張っていますけれども、文化は、日本の里山とか棚田とか、すばらしい。

 私も馳副大臣のところへ私も先週末行ってまいりましたけれども、漆芸も陶芸も、それから金箔もお料理も、町並み、古い建物、すべて文化。安藤忠雄先生がつくられた西田幾多郎さんの哲学館にもローカル線で行ってまいりましたけれども、町並みも、古いものと新しいもの、すばらしいし、私の新潟県にも、それから河本副大臣のところにもすばらしい文化があって、そちらは科学技術のSPring8がございますね。私も大臣中あっちこっち、本当に現場を見せていただいた。

 ただ、今、大臣はもう余りに役所の所掌事項が大きいもので、なかなか動いたりなされないで大変お気の毒だというふうに思いますけれども、両副大臣から、御地元の自慢も兼ねてでも結構ですから、科学技術との関係、一言ずつぜひお願いいたします。

河本副大臣 田中先生、ありがとうございます。

 かつて長官時代にSPring8を視察していただきまして、おかげさまで、今順調に推移をしておりますが、十年前の阪神・淡路大震災によりまして、バブルの崩壊もそこに加わって、思うようにはいっておりません。

 ただ、今回の第三期基本計画の中に国家基幹技術としてエックス線自由電子レーザーが評価されたことによって、SPring8を活用して初めてそのエックス線自由電子レーザーの成果が出るということになっておりますので、地元も国も大変期待しているところで、欧米も羨望の的で見ておるところであります。

 日本が置かれている環境、立場というものを考えますと、科学技術の振興とそれを支える人材の発掘、育成は極めて重要だと思っておりますので、先生、一層の御指導をよろしくお願い申し上げます。

馳副大臣 金沢は、実は全国に先駆けて景観条例をつくりまして、文化また学都という歴史もございますので、これを金沢ブランドとして全国に発信をしていきたいという町でございます。

 また、平成二十四年末までには北陸新幹線金沢駅開業ということも控えておりますので、地域おこしの中で文化の役割ということをまた高めていきたいというふうに考えております。

田中(眞)委員 最後に、一言申し上げます。

 私も本当にたくさんの施設をおかげさまで見させていただいて、今思い返しても、東海村ですとか、六ケ所村、柏崎原発、筑波の研究都市、それから浜岡原発でありますとか、横須賀の海洋センター、今回は海洋は触れませんでしたけれども、そちらも行きましたし、種子島のロケットも見ました。都内では、有馬先生と本当にお友達みたいになって、後に、先輩文部大臣になられましたけれども、まさか議員になられると思わなかったんですが、一緒に理化学研究所に行ったり、上野の中学校で科学技術の、理科の教育を一緒に視察させていただいたり、たくさんの思い出、たくさんの勉強を現場で見せていただきました。

 そして、あの上野の科学博物館、子ども図書館にも予算を、ちょっと額は忘れましたけれども、投入していただいて活発になりました。私も、科技庁、文部省と関係なくても、頭からいつも離れませんし、ぜひ応援したいという気持ちが続いておりますので、上野の子ども図書館、いらしたことがおありになりますか、安藤先生がつくられた、あそこも、とても古いところと新しいところが一緒になっていますので、文科省は、本当に古い文部省と新しい科学と文化というものがあるわけですから、ぜひ今後も頑張っていただきたいと思います。

 私どもの家族が、一人、お台場の科学館に行って、メガスター2というのを見てきまして、星がすごくきれいで、五百万個も見えた、すてきだったと言ったので、見に行った人がすてきだったんじゃないのと申しましたのですけれども、とにかく応援もいたしておりますので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

 これで終わります。

遠藤委員長 市村浩一郎君。

市村委員 民主党の市村でございます。

 本日、この文部科学委員会での質問の機会を与えていただきまして、まず冒頭、心からの御礼を申し上げます。三十分、質問をさせていただきたいと存じます。

 本来であればここで私も教育論、学校論でも一発ぶちたいところでありますけれども、きょうは、そういう話じゃなくて、今高校の教育界で起こっておりますアンフェアではないかと思われる事例について、この場で御披露申し上げ、かつ皆さんの、またいずれは御意見をいただきたいと思いますが、まず、きょうはそういった議論をさせていただきたいと思っております。

 実は、今から取り上げる問題につきましては、以前にも内閣委員会の方でも取り上げておりまして、きょうは二回目になります。ですので、内閣委員会でしたこともありますので、ちょっと議論をはしょってこの場で質問することもありますので、何のことかなと最初は思われるかもしれませんが、そのことも御理解いただきたいと存じます。

 きょうは法務省、外務省の方もいらっしゃると思いますが、まず一般論として、パスポートに書かれている年齢というのは、それは本当にその人の年齢をしっかりと示すものなのかどうかにつきまして、まず法務省、そして外務省の方から御見解をいただきたいと思います。

稲見政府参考人 お答えいたします。

 まず、旅券の一般的な偽変造の状況から御説明をさせていただきたいと思います。

 昨年一年間に、私どもが成田空港等の空海港の上陸審査、出国審査の際に入国審査官が発見いたしました偽変造旅券の数、これは実に千件に及んでおります。

 その手口でございますが、もう全くの偽造旅券から、有効な旅券の顔写真の部分を張りかえる、あるいは、今先生御指摘ありました身分事項の生年月日の欄を書きかえる、そういう変造旅券というものもございます。また、他人の旅券を悪用いたしまして、これは手を加えないでその人間に成り済ますというような成り済まし案件というものもございます。さらに、我が国から退去強制された前歴がございまして日本に入ってこられないというような事情の方が、何らかの方法で、これは正式な手続で、従来と異なった生年月日あるいは名前というもので正規の旅券を手に入れまして入国を企てるというようなケースも含まれておりまして、手口は非常に多くなりまして、かつ巧妙化しております。

 ということで、旅券につきましては、本来、権限ある当局が発行いたしました公文書でございますので、原則としてこれは信頼するべきものと考えておりますが、ただいま御説明いたしましたような偽変造の問題がございまして、旅券の記載事項等、その内容がすべて正しいという保証はないと言わざるを得ないという点で、先生の御指摘のとおりでございます。

 入国管理局といたしましては、こうした偽変造の旅券を的確に見破るというために、全国の空海港に鑑識機器を配備したり、あるいは鑑識の専門家を育成するなど、その対策の強化に努めているところでございます。

谷崎政府参考人 お答えいたします。

 ただいま先生の方から御質問がありました、外国で発券された旅券は信頼性を置けるのかということでございますけれども、一般論として申し上げますと、外国において権限がある当局が発行した旅券というのは、原則としてこれは信頼が置けるというふうに思っております。他方、先ほど法務省の方から御答弁申し上げましたけれども、いわゆる偽造、変造、さらに成り済ましというのが例としてあるということは、これは否定できない事実でございます。

 したがいまして、我々外務省の出先の大使館としましては、特に、査証がある国につきましては、査証審査の段階において相当厳格な審査をやるということによって、本人性の確認をしたいというふうに考えております。

 具体的には、旅券に、申請に書かれていることを精査するということとともに、場合によっては本人の面接を行っていろいろな質問をする、さらには出生証明書を提出させるといったようなことで、本人性の確認を精度を高いものにするということに努めていきたいというふうに思っております。

市村委員 ありがとうございます。

 今お話をいただきましたように、パスポートというものに書かれている生年月日は、一〇〇%それを信じてその人の年齢を示すものではないということの理解で、一言で言えばよろしゅうございますでしょうか。一言だけお願いします。

谷崎政府参考人 先ほど御答弁申し上げましたけれども、旅券に記載されている記載事項の中に年齢がありますけれども、旅券そのものの記載事項に信頼が置けない場合がございますので、したがいまして、年齢においても間違っている場合というのはあるということは否定できない事実だと思います。

市村委員 もう一点、ちょっと言い方をかえますと、パスポートを唯一のよりどころとしてその人の年齢は何歳なんだと言い切ることは、これは一〇〇%言い切れないというふうに言ってもよろしゅうございますでしょうか。

谷崎政府参考人 お答え申し上げます。

 若干繰り返しになって恐縮でございますけれども、一般論としては、記載事項は非常に信頼を置けるものだと思います。その上で、個々の記載事項について、間違いがある、誤りがあるということは否定できない事実だと思います。

 他方、本人等の面接をしたときに、明らかにこの年齢ではないというような人間であった場合等につきましては、出生証明書、また国によっては洗礼証明書等がございますので、そういった追加情報を提出させて、正しいかどうかの確認をより厳格にするということに努めているというところでございます。

市村委員 なかなか外務省の立場でも言いづらいこともあると思いますが、この場での私の理解は、先ほどから申し上げているとおり、パスポートを唯一のよりどころとしてその方の年齢をこうだと言い切れるものではないというふうに理解をして、先の議論を進めたい、このように思います。

 なぜパスポートのことにこだわったかといいますと、先ほど冒頭に申し上げました、今、高校のバスケットボール界で海外からの留学生の方が御活躍をいただいているということがあります。もちろん、それがしっかりと、高校世界で決めたルールにのっとってちゃんとやられているならば、何にも問題がないんです。ところが、どうも年齢が、私が聞いたところによりますと、十九歳以下でなければならないと決まっているにもかかわらず、どうも十九歳以上の方が十九歳以下だというふうに偽って出ているんではないかなという事例があります。

 それで、そのときの学校側の説明が、いや、パスポートにそう書いてあるからそうなんだというふうに、それしか根拠がないわけでありまして、言い切っておられます。だから私は、パスポートの年齢がそれほど正しいのかということを冒頭にあえてお聞きしたわけでございまして、そうではないということだと思いますので、やはり唯一のよりどころとしてできない、そのことを前提として、今からもうちょっと具体的なお話に入っていきたいと思います。

 実は、二枚のペーパーが私の手元にあります。両方とも外務省さんを通じて手に入れたものであります。そして、そこに書かれているお名前がありまして、一応、書かれているお名前は、ミドルネームが一つ違いますけれども、同じ名前。あとの四つの名前、いわゆる日本で言う姓名とまたミドルネームですね、ファミリーネーム、ギブンネームとミドルネーム、そのファミリーネームとミドルネームの一部とギブンネームですね、名前が一致しておる方の書類であります。

 ちょっとまず、ここで少しだけ議論させていただきたいのは、済みません、あえてきょうは名前はここで申し上げません、もう外務省さんはわかっていますからあえて名前は申し上げませんが、この二つのペーパーに書かれた人物が、ミドルネームは一個違いますけれども、同一人物であるという可能性について、外務省の見解をお答えいただきたいと思います。

小田部政府参考人 お答えさせていただきます。

 先生からの御指示をいただきまして、いろいろ調査をしているところでございます。その二枚の紙、ほぼ似通った名前が出ているということで、そこをどうだということを調査しているところでございます。

 結論から申し上げますと、そこのところにつきましては、相当しつこく追及し、調査しているところでございまして、先週も一回、今週も一回、昨晩もう一回調査しましたけれども、まだはっきりしている回答は得られていない状況にございます。引き続き催促いたします。

 他方、我々がやりましたこととしては、果たして似たような姓名というのがその国にどれだけあるのかということについて、電話帳を調べました。その国の首都のある県、約六万人が記載されている電話帳でございますけれども、その電話帳を調べました結果、六万人のうち、姓が同一である者は千百二十四名いました。それから名前、その名前がちょっとややこしくて、姓以外に名前が二つ、三つ連なっているわけでございますけれども、いわゆる同一のミドルネームが含まれる者が二百十四名、同一のラストネームが含まれる者が百二十九名、それから、同一のミドルネーム及びラストネームが含まれる者が六名、それで、姓が同じで同一のミドルネームが含まれる者、ちょっとややこしくて申しわけございませんけれども、ややこしい話でございますが、一人おりました。

 他方、同様に、その国におきましては、なぜか親類とか有名人と同じ名前をつける、そういう習慣があると聞いておりまして、したがって、一つの家族内でなぜか全く同じ名前がいることも珍しくないという調査結果を現時点までにおいて得ているところでございます。

市村委員 引き続き調査をお願いしたいと思います。

 だから、きょうは残念ながら、そういった意味では、一〇〇%確信を持って同一人物であるということは言い切りません。言い切りませんが、私もこの件について、一年六カ月の調査期間をかけ、実際に現地まで派遣をして、行ってもらって調査をしています。綿密な調査をした上でのことでございますので、私は確信を持って言っておりますが、残念ながらまだ第三者的な確証がありませんので、きょうは、仮にこの二人の人物が同一人物だとした場合ということを仮定して、これからの議論を進めさせていただきます。

 そして、ここに書かれている人物は、実は日本のある高校でプレーをしている選手とも名前が一致しているというところでありまして、では、この日本でプレーしている方とこの方とこの方が同一人物であるかどうかというのは、これは一〇〇%は言い切れないということを前提にさせてください。

 さて、この二つのペーパーに書かれていることについて、完璧に食い違っている点が一個あります。それは何かというと、生年なんです、月日も違います。一方の紙には一九八二年一月四日生まれと書かれています。一方の紙には一九八六年十月四日生まれと書かれています。もし同一人物であるとした場合、一方は、その国のバスケットボール連盟の登録、一方は、FIBAというバスケット国際機関があります、そこへの登録なんです。それで年齢が違うんです。違います。もし、日本でプレーされている方とこの二枚の紙に載っている人物が同じだとしますと、この方は二つの生年月日を持っているということになります。パスポートの年齢は、バスケットボール連盟に書かれている生年月日が書かれています。

 さて、もしパスポートの年齢が正しければ、日本でプレーされている方は、それはいいんです。十九歳以下でプレーされていることになります。ところが、もし、FIBA、国際機関に提出されている、登録されている年齢を信じますと、その方は今二十三歳なんです。日本で最初にプレーしたときは二十一歳ぐらいですね。いずれにしても、十九歳は超えています。

 もし、この国際機関に提出した生年月日が、登録されているものが正しければ、日本でプレーはできないはずなんです。高校世界で決めたルールとしてはおかしいはずなんです。ですから、これは大変問題であると私は思って、この間、調査をずっと進めてきております。

 さて、文部科学省さんにも今までいろいろ話をしてきましたが、これまでの経緯について少し文部科学省さんの方からも説明いただけますでしょうか。

素川政府参考人 お答え申し上げます。

 この件につきましては、昨年の秋にも一度、別の委員会で先生に御質問され、お答えした経緯がありますけれども、当該留学生につきまして、もう一年以上前でございますけれども、年齢が間違っているんじゃないかという指摘が週刊誌その他新聞でございました。私どもの方といたしましては、日本バスケットボール協会を通じ、また文部科学省自体を通じて、セネガルのバスケットボール協会に対して、その年齢の事実というものを確認してきたところでございます。

 その段階におきましては、先生も御承知のとおりでございますけれども、セネガル・バスケットボール協会からは、パスポートに記載されている生年月日が正しいというような報告はいただいておるわけでございます。そういうことで今日に至っているわけでございます。

市村委員 それで、前回までは、セネガルのバスケットボール連盟が出したペーパーがパスポートと一致していたということで終わっていたわけですね。ところが、ことしの二月になりまして、私の手元に、外務省を通じて、FIBAという国際機関からの文書が届いたわけでございます。これには八二年と書かれている。これについての御見解をいただけますでしょうか。

素川政府参考人 先ほどからお聞きしておりますように、国内で活躍されたその留学生と、八二年一月四日生まれだとされた方の同一性というものについて今確認中というふうなことでございますけれども、それは確認されるということがまず前提だと思うわけでございますが、一般論といたしまして、年齢の制限を定めている大会に年齢超過者が出場するということは、高等学校体育大会を実施する上において、その意義が損なわれるものであるとは、一般論としては言うことができるかと思います。

市村委員 法務省さんにお尋ねします。

 もしこれが同一人物であるとして、パスポートに記載された年齢と国際機関に届けられているものが違うとなった場合は、どのような対応をされるおつもりでしょうか。

稲見政府参考人 お答えいたします。

 一般論でございますが、入管法違反の可能性があるということになりますので、入管法に定めております所要の調査を開始するという端緒を得たという位置づけになろうかと思います。

市村委員 これはバスケットボールの世界だけではないということでありまして、実は、日本ではまだ年齢詐称ということは余り大きな問題としてとらえられていませんけれども、特にヨーロッパあたりでは、年齢詐称というのは大変大きな問題ということになっておりまして、本当に下手をすると、その選手は一生試合に出られない、国際試合とかそういった正式な試合には出られない、こういう重い罪でもあるということになるんです。ですから、バスケットボールの世界だけじゃなくて、実はほかの世界でもいろいろな問題があるということも言われておるのもまたあります。

 ですので、これからのことも考えたときに、特に私が一番心配をしているのは、やはり高校の教育界で起こっているということなんですね。教育の場で、しかもスポーツは何を教えるのか。やはりフェアネスの精神を教えるべきところじゃないんでしょうか。そのフェアネスの精神を教えるべきところで非常にアンフェアなことがもし行われているとした場合、これは一体どのようにして教育をするのか、子供たちに何を教えるんでしょうか、何を学んでもらうんでしょうかという問題につながる、これは大変大きな問題だと私は思っております。

 そして今、実は法務省さんにお聞きしましたけれども、本当は彼の問題じゃないと私は思っています。だから、彼をこれ以上、彼の個人の問題に帰して、例えば彼を入管法違反とかということでやってもらうべき問題ではなくて、その受け入れ先である我が国の問題、日本のシステムの問題がまさに問われている、日本人の考え方が問われているというふうに私は思うんですね。

 ですから、きょうはあえて一〇〇%とは言いませんが、私のこの一年半かけた調査ではほぼ同一人物だろうと私は思っているから、きょう、このような貴重なお時間をいただいているわけです。ですから、ぜひともこのことを機会に、こうした年齢詐称についてしっかりと強い認識を、文部科学省だけじゃありません、やはり日本全体として持つべきじゃないかというふうに私は思っております。

 特に、今こうやってこのことはいろいろ皆さん関心を持っています。特に高校生たちが関心を持っています。この国は一体どういう国なんだろう、こうしたもしアンフェアなことが行われているとした場合、それをだれも問題視しない、そして、だれも問題視しないどころか、解決する努力もしないということになった場合、何を私たちは子供たちに教えるのか、学んでもらうのかわからなくなります。ですから、今、二月に入って、同一人物であるかどうかというのは一〇〇%まで言い切れませんが、外務省、法務省そしてまた文部科学省さん、ぜひともこのことは調査を続行していただきたいと思います。

 このチームは、残念なことかいいことか、全国大会でも優勝をしているというチームになってしまったんです。この間、大学のスポーツ界の先生とも話をしていまして、実は大変深刻な問題が大学の教育界にも波及しているということなんです。

 なぜならば、そのチームが優勝しますと、バスケットは五名ですけれども、あとの四名の大学推薦のときのやはりこれは大きなメリットになるわけですね、優勝チームですから。でも、どう考えても、優勝はしていないけれども、こっちの方が能力的にはあるからこっちを採りたいんだけれども、でも経歴上はこっちが優勝チームなんです。チームプレーというのはそういうものでありまして、一人が強いと、この場合、ほかまでそれで恩恵をこうむるんですね。それもいいんじゃないか、そういうものだろうと言ってしまえばそうかもしれませんが、しかし、そのおかげで大変またここでもアンフェアなことになる可能性が高いんですね。ですから、決して高校だけの問題じゃなくて、その後にも続いていくわけです。

 私は、これが高校のバスケットボールの世界で、高校生ならば、二十歳であろうが三十歳であろうが四十歳であろうが、高校生という、高校に在籍しているならばそれは構わないというルールがもしあったとすれば、そういうルールですから、それはそれでいいと思います。しかしながら、十九歳と決めている。そして、高校の教育界ですから、クラブチームじゃありません、セミプロじゃありません、教育界で起こっているということが大きな問題だ、このように思いますが、文部科学大臣、済みません。

 では、まず副大臣から。

馳副大臣 市村先生が御指摘していただいている問題は、非常に大きな問題であるし、たくさんの課題を今後にも引きずるというふうな認識は持っております。

 基本的に、法務省も外務省も、我々文部科学省としても、協力し合って、御指摘いただいた選手の出生の記録を符合して、まず同一人物なのかどうかという確認をしなければいけないのは事実ですし、それを踏まえれば、今後、外国人選手が登録をして我が国の高校生として大会に出場するときに、より厳格な本人の確認をしていただきたいということを改めて通知を出して申し入れをしなければいけない問題であるというふうに認識しております。

 ただ、その場合にも、国によって出生の記録というものが、我が国のように極めて厳格な国と、意外とそうではない国とある、これはまた市村先生御存じだと思いますので、その選手が故意なのか、あるいは、そういう国なものですから本人も十分把握できないのか、こういう問題もありますから、ここはひとつ、現状の選手に関しては情状酌量の余地も少しはあるということは私は思っております。

 しかしながら、今後、特に学校法人、私学に多いんですね、いわゆるスポーツを強くして校名を高めて、そしてまた私学経営を、こう考えている学校がなきにしもあらずであります。むしろ勝ち抜くためには何でもやれることはやろう、こういう意欲を持っている学校もあるのは存じております。

 ただし、今後は、そうは言うものの、高体連、中体連、大学のそれぞれの体育連盟においてちゃんと規程があるわけですから、その規程にのっとって、正確に本人のことは把握をした上で出場させてくださいという、この申し入れもちゃんとしたいと考えております。

市村委員 ありがとうございます。

 今後のことについて今お話がありましたように、ぜひとも今後はしっかりとこうしたことについても、例えば、実年齢をはかるときに、海外では、確かじゃないらしいですけれども、骨年齢ですね。骨の年齢を、例えば歯とか足の年齢か何かをはかると、割とその人の実年齢がわかることがあるようです。ただ、私も調べましたが、日本ではまだかなりの議論があって、確からしさがどうもまだまだ不明確であるということで、なかなかそれは難しいんじゃないかという議論もありますが、少なくともパスポートを唯一のよりどころとして、その人の年齢がそれでいいんだと言い切ることは、こういうのはやめた方がいい。それは、外務省さんや法務省さんの見解もありますし、やめた方がいいということで、それは唯一のよりどころとならない。それ以外のよりどころを何か模索していく、それが骨年齢なのか歯の年齢なのはまだいろいろ議論はあると思います。だから、やはりそうした何か別のものを、きちっと実年齢をはかるものを入れていくべきじゃないか。

 これは教育機関の問題だけじゃなくて、セミプロの問題、またプロの問題も同じだと思います。特にサッカーとかは、アンダー何とかといって、極めて厳格に年齢を区切って大会を行っておりますから、やはりそういうこともしっかりと認識を持ってやっていくべきではないかと思います。

 最後に、文部科学大臣から一言、この議論についての御見解をいただきたいと思います。

小坂国務大臣 市村委員もいろいろ調査をされた上での御意見だと思います。

 いずれにしましても、副大臣が答弁させていただきましたように、スポーツはルールにのっとって行われるものでございますし、また、教育の一環である学校体育大会において、主催者が出場資格として年齢制限を定めている場合に、その年齢を超える者が出場することは、学校体育大会の意義を損なうというふうにも考えます。

 そういった意味で、年齢制限を設けるスポーツ大会を開催する場合には、スポーツ大会の主催者にはこの点十分留意をしていただいて、今副大臣が申し上げたような形でしっかりと年齢確認をしていただくということ、また、出場選手を抱える学校としてもそういった点にはそれなりに責任を持っていただきたい、こう思うところでございます。

 いずれにしても、この問題につきましては、それぞれの大会の主催者というところでしっかりその確認について責任を持っていただいて進めていただくことが重要だと考えております。

市村委員 最後になりますけれども、やはり教育というのは、教える者とか学んでもらう者がみずからしっかり身を正していかなくちゃならない、そういう者がちゃんとした見解を持たずに、行動もしないのに、おまえだけやれ、あなただけやりなさい、こんなことを言ったらだれも聞かないわけでありまして、やはり国会がしっかりこの問題をちゃんととらえて、そして解決していく、国会だけじゃないですね、省庁の皆さんも含めて、この問題を私たちがしっかり解決していくという姿を見せることが、私は最大の教育効果だと思いますので、ぜひともよろしくお願いします。

 以上でございます。質問を終わります。ありがとうございました。

遠藤委員長 奥村展三君。

奥村委員 きょうは大先輩方が格調の高い御質問をなされておりますが、私にとりましては、toto、つまりサッカーくじについて、参議院を含めますと四回目の質問になるわけでございます。

 それよりもまず、お礼を申し上げたいんですが、大臣が御就任をなされまして、一月二十六日に、私の地元でございます滋賀県の近江八幡市に実は重要文化的景観の御選定をいただきました。八幡堀、近江商人の発祥地なんですが、そこは土で埋もれておりまして、時には駐車場にしていこうというように言われておったんです。今の川端市長でございますが、我が党の川端達夫議員のお兄さんでございますが、青年会議所活動で何とかそれをよみがえらせるという運動を起こされて、今回御選定をいただいて、日本で第一号のようでございますが、心から感謝を申し上げたいというように思います。

 さて、totoの問題も、先日の質疑の中でもいろいろお話をなされておりましたが、大臣も御承知のとおり、これは鳴り物入りで平成十年、いろいろな議論をして、きょうここに松浪議員もおいでですが、提案者として御努力いただきましたし、私は馳議員と一緒に参議院でスポーツ議連でいろいろな奔走をしたわけなんです。しかし、そのときも大きな期待を持って進めてもらって、十三年からスタートしたんですが、どうも大臣、これは我々が期待していたよりもうまくいっていない。

 特に、私は先刻も、委員長初め皆さんの、理事の方々の御努力で、スポーツ科学センターに寄せていただきました。そこで本当に選手が汗して練習をなされている姿、そしてあの施設を見せてもらったときに、もっともっと充実をして、日本のチャンピオンスポーツ、そういうナショナルスポーツの底辺を上げていく、そして一方では、やはり地域のスポーツ、まさしく各競技団体やあるいはスポ少やいろいろな、子供たちの大きな夢をはぐくむスポーツの振興に、ぜひそういうものに寄与してほしいし、このスポーツくじが、サッカーくじがうまく機能すればなというように思っておったんですが、あに図らんや、大変なことになっているわけですが、大臣、どのように思われるか、まずお聞かせをいただきたいというように思います。

小坂国務大臣 奥村委員にも御支援をいただいておりますスポーツ振興くじでございますけれども、だれもが身近にスポーツに親しむことができる環境の整備、そしてまた、グラウンドの芝生をしっかりと張っていこうとか、夢を描いてみんなで支援してきたわけでございます。世界の第一線で活躍する選手の育成などを目的としたスポーツ振興のための財源確保、この企画でございましたけれども、平成十四年から十七年までにスポーツ団体に対して約九十億円の助成を行ってきた。しかしながら、くじの売り上げ減少に伴いまして、当初期待した助成額が十分に確保できないという現状は非常に残念なことでございます。

 今後は、くじの種類の多様化、販売方法の工夫などさまざまな取り組みを真剣に行うことによって、懸命な努力の中でスポーツ振興くじの目的を達成することに当面取り組み、そしてそれがまさに今求められる喫緊の課題であると認識をいたしております。

    〔委員長退席、小島委員長代理着席〕

奥村委員 馳副大臣もおいででございますが、この間、選抜の開会式、御苦労さまでございました。私は今から三十八年前に選抜の第四十回大会の監督をいたしました。懐かしくテレビを見ておりましたら、馳副大臣がお出になってごあいさつをなされて、感動いたしました。

 しかし、高校野球もそうですが、私の地元の甲西高校というのが今から二十年前に甲子園に出たんですが、滋賀県で夏の大会の甲子園出場の切符をとったとしても、あの兵庫県の甲子園に行くまでのいろいろな、近いところなんであるわけですが、やはり一試合に一千万かかるんです。私は当時後援会長としていろいろな募金を、実は開校三年目で甲子園に出たものですから、同窓会もなければ、いろいろな資金集めがないということで、もう四苦八苦して頑張りました。そして、おかげでベスト四、今のオリックスに行きました清原あるいは桑田、PLに準決勝で負けたんですけれども、しかし、その四試合全部一千万以上のお金がかかって、もう並大抵のことではなかったという、やはりスポーツイコールお金と比例してくる。

 だから、オリンピックもそうですが、やはり荒川静香選手があそこまで頑張ってくれて、小さいときからいろいろなことで努力をいただいた。それは、地域の環境や御家族やあるいは学校や、あらゆるところのあれが網羅されてあのように立派に金メダルをとられたし、しかし、金メダルをとれなかったとしてもやはり、オリンピックへ出られた、そういう選手のとうとさというもの、そこに応援をしていくその体制をしっかりつくっていかなければならないというように思います。

 馳副大臣も、そしてまた松浪議員も御存じですが、日体大のレスリングの監督の藤本先生が、先日、私お出会いしましたら、オリンピックに出るだけではないんだ、そこでメダルをとるために根性を持って頑張っていくやつというものは、やはり相当ふだんからの練習が違う、オリンピックに出たいという思いをしておるのと、メダルをとりたいんだという思いをする、それをいかにバックアップしてやるかというのが大変なことなんだというお話を聞かせていただいて、ああ、そうですか、そんなものなんですかということでお話を聞かせていただいたんです。

 まさしく、私は、このサッカーくじ、つまりこれがスタートしたときも、以前も申し上げましたが、一千何億売れるとか、けた違いの数字を出してやってこられたけれども、スタートすれば六百そこそこの、七百を切ってしまうような売り上げになってしまう。ことし、百五十億切るかもわからない、この三十一日をもって、今年度、十七年度を切られると、百五十億切れるかわからないと言われております。多分切れるでしょう。ですから、十八年度にもしもこれを配分していけば、一億数千万しか実は配分ができない。まさしくもうとらぬ皮算用で、こんなことは本当に、当初の思いからすると残念のきわみであるわけですが、こういうことを考えますと、やはり今大臣が言われたように、もう一度これは原点へ返って物を見ないといけないのではないかなというように私は思います。

 先刻もスポーツ科学センターへ寄せていただいて、理事長をなさっている方を個人的にどうのこうのと私は言うつもりはないんですが、やはり理事長が一千九百万も給料を取り、あるいは理事もほとんど一千万も取り、いわばそのセンターの組織の運営のためにやっているようなサッカーくじであって、私はそれよりも、地域やチャンピオンスポーツに頑張っているそういう人たちのことに使っていただく、そしてしっかり浄財にしていただくというようなこと。この三月からは、五〇%ということが当初言われておったんですが、今日まで払戻金が四七%で来ておりますけれども、やはり当初の目的のとおり五〇%をしっかり払い戻しをして、魅力あるくじの組織をつくって、やっていくべきだと思います。

 一つの案としては、これは勝手な案かもわかりませんが、オリンピックだとか何かスポーツ振興ということで、こんなサッカーくじだけやるのではなしに、ある意味では、宝くじとタイアップして、目標をしっかりつけて、オリンピックの年ならオリンピックの年に、今、自治振興くじだとかジャンボ宝くじがありますが、ああいうような方式でぼんといってしまった方が、国民も関心を持ってそれを買ってくれる、そして平常のサッカーくじの土台をしっかりとつくっていって、そして本来のサッカーくじのシステムで進めていくとかいろいろな方法があると思うんです、スポーツ振興のためには。ですから、そういうお知恵を今後出していただきたいというように思います。

 実は先日、私は出席できなかったんですが、サッカーの議連で、国際議連の中でも、各先生方も大変厳しくそのお話をなされていたようです。雨宮理事長に、理事長、あなたは本当にグラウンドへ出ていってしっかりその状況を見ておるのかということまで聞いて、意見も出しておられたし、もう一度、サッカーくじそのものも、スポーツ振興の原点に戻って考えるべきだというような発言もされておったようです。

 そういうようなことを思いますと、先ほどから申し上げているように、本当に期待をしたサッカーくじそのもの、大臣、よほどこれは思い切ったことでメスを入れないとなかなかうまくいかないと思いますが、もう一度御答弁をお願いします。

小坂国務大臣 委員が御指摘のように、私も、この任に当たりまして、今日までの第一期のtotoのあり方、そして残された債務、また、その債務を持った上で第二期をどのようにするかということについては非常に懸念を持っておったわけでございますが、私としては、就任したときにはもう方向が決まっておりますので、そういう意味で、これからのサッカーくじの運営に当たっては、何としても、国会でのいろいろな御審議を踏まえた上で、それをしっかりと認識しつつも、皆さんに理解をされて、スポーツ振興のために協力もするというお気持ちもいただく中で、おもしろい、楽しみながら応援できる、そういう本来のtotoが設立されたときの趣旨が皆さんに理解されるように、そしてその上で十分な売り上げが確保され、それが支援金に回ってくるように努力をすることが今私に課せられた使命であるかな、このように考えて、これまでの運営の中で担当された皆さんに、二期のスタートに当たって、いかに協力をしていただけるかということも踏まえながら、新しいminitotoも含めたtotoの運営に力が集中できるような体制づくりということを今真剣に考えておるわけでございます。

 また、委員が御指摘なさいました地方自治の宝くじ等でございますけれども、それぞれの地域のスポーツあるいは施設を振興するために、その地域での売り上げがそこに戻ってくるような、そういう企画もできるかもしれません。総務省ともしっかりと打ち合わせながら、こういったあり方についても、私どもとしては、スポーツを支えていただく方がふえてそういう資金がいろいろな形で提供されれば、それをフルに活用していきたいと思っておりますので、委員の御指摘も踏まえて努力をいたしたいと存じます。

奥村委員 イタリアでは、アジアカップだとかオリンピックのときもサッカーくじを売っておられるんですよね。いろいろな知恵は出てくると思うんです。ですから、今、大臣がおっしゃったように、ぜひそういうことにお取り組みをいただきたいというように思います。

 第二期がスタートするわけですが、今日まではりそな銀行に販売業務委託をしておられました。あの機材から何もかも、最初の投資額が三百五十一億円ですよ。ごっつい金ですよ。その投資されたお金が、機械だけが全部ではなかったと思いますが、これはパアになって、新たな体制で今度はスタートされるわけなんですけれども、約二百二十四億ですか、そのぐらいだと言われていますが、これは償還できないわけですね、今。ですから、焦げつきになった二百二十四億と言われるこのお金、十八年度以降どういうように返済を、償還されようとお考えになっているのか、お聞かせをいただきたいというように思います。

素川政府参考人 お答え申し上げます。

 先生、今、二百二十四億というお話でございました。これは平成十六年度末現在でございまして、十七年度の最終的な償還残額は十七年度の決算を踏まえて調整されるということで、それはまだ未確定ではございますけれども、いずれにいたしましても、この償還残額につきましては、日本スポーツ振興センターにおきまして、平成十八年度以降のくじの売り上げの中から返済していくということになっております。具体的に、どの程度の額をどのようにということにつきましては、センターとりそなとの間で協議されていく性格のものでございます。

 以上でございます。

奥村委員 いや、協議していくのは結構なんですけれども、きょう実は理事長にお越しをいただきたいと思ったら、年に二回の体育協会の評議員会があるからこの場に出てこられないということで、日が重なって残念だったんですけれども。

 聞くところによると、聞くところによるとというのはおかしな話ですが、何かこのスポーツセンターの職員の人が、国立競技場とかいろいろな競技場を担保に入れて金を借りてりそなへ返したらいいんだというようなあほな話をしている人があるらしいんですよ、仄聞しているんですけれども。だから、そんなあほなことで、ばかげたことを言ったらあかんでというようなことまで言うておったんですが、やはりそういうことをしっかり、返していける見通しも立てて、そして新たな体制で、新たな券売の形で進めていくというのが大事だというように思うんです。

 局長、今、コンビニだとかいろいろなところで券売されているんですが、我が国では何店ぐらい、何カ所ぐらいで売っておられるんですか。

素川政府参考人 お答えを申し上げます。

 くじにつきましては、大きく三つ販売のルートがあると思っております。一つは、一般販売店ということでございますが、これにつきましては、個別に契約をして販売店になっていただいているわけでございますけれども、約二千店でございます。それから、コンビニエンスストアでございますけれども、これは大手の二社と契約をしておるわけでございますけれども、約一万五千店ということでございます。そのほか、インターネット販売というものをやっておりますけれども、これにつきましては店舗という概念にはしておりませんけれども、これはネット専用の銀行一社とそれからクレジット会社二社がこれに協力していただいているということでございます。

    〔小島委員長代理退席、委員長着席〕

奥村委員 いろいろ努力もしてこられたと思うんですが、もちはもち屋なんですよね、局長。申しわけないですが、お役所仕事で、これはやはりできない。日本宝くじ協会でも、過去にいろいろなことがあったようですが、一生懸命、そう売れぬときにあれだけのPRをしながらやって、ある意味では国民に夢を与えながらやっておられる。しかし、サッカーくじも、スポーツを愛する、あるいはスポーツを振興していく、やはりそういう夢を持ちながら買っていただけるようなことにしていかなければならないと私は思うんです。

 イギリスなんかですと、これは民間企業がサッカーくじを運営しているようですけれども、二万店ありますね。そして、フランスでも一万五千五百店ぐらいですね。これは還元というか払戻金、フランスなんかだと七〇%返しているようです。そして、イタリアはイタリア・オリンピック委員会というのが主体になってやっておりまして、これが一万八千店。スペインでは国営宝くじ協会、一万一千店と。こういうようにして、ヨーロッパは発祥の地ですから、いろいろと知恵を出し合って、こういうことになって、サッカーそのものが肌で感じてうまくいっているようなんですけれども、そういうサッカーくじというものに対しての理解を求めながら、買っていただけるような状況にしなければならないし、システム的に相当考えないと、これはなかなか売れないのではないかなというように思います。ぜひそこらも知恵を出していただきたいというように思います。

 そこで、新たに第二期がスタートするわけなんですけれども、今日までやってこられた中で、黒字を出すには必要な売り上げ、最低限は、今日まで金融機関に委託してきたわけですけれども、四百二十一億円程度なければいけないんだ、これが最低限だというように言われていたんですが、十八年度からセンター直営方式に変更されるわけなんですけれども、仄聞するところによると、約二百五十億円程度というように試算をなされているようですが、この試算の根拠となった運営費の内訳をひとつお示しいただきたいというように思います。

素川政府参考人 運営費の金額は、売上高によっても変動はあるわけでございますけれども、基本的には、主な事項といたしましては、情報のシステムの経費、これはシステムの開発費とか券売の端末の開発費などでございます。それに加えまして、マーケティングの経費でございますとか、いろいろなホームページ、公式サイトの構築、運営費、販売手数料、こういったものがあるわけでございますが、こういったもので百二十億余り運営費がかかるのではないかということで、先生先ほどお話ありましたように、売上高ということで計算しますと、二百五十億程度というもの以上を売り上げていくことが必要になるということでございます。

奥村委員 明快な答弁をちょっといただけなかったようですので、委員長、恐れ入りますが、今私が質問いたしました約二百五十億円、私が仄聞したところの数字なんですが、約二百五十億円程度ということなんですが、この試算の根拠となった運営費の内訳をぜひお出しいただきたいというように思いますので、よろしくお願いいたします。

遠藤委員長 理事会で協議いたします。

奥村委員 どうぞよろしくお願いいたします。

 今後、スリム化して、今いろいろな行政改革等を言われているわけなんですが、先ほども言いましたように、もちはもち屋というと、表現はどうだかわかりませんけれども、やはり迅速な対応、特にこのスポーツ振興センターという一つの流れを考えましても、いろいろなことをやっておられますね。今まで、給食の脱脂粉乳の供給まで、この三月三十一日までは日本スポーツ振興センターでやっておられたんですが、これをもって廃止をなされるようですし、学校安全、給食の衛生管理等に資することだとか、食に対するいろいろな問題だとか、学校の災害共済等もやっておられる。よくわかります。この間見せてもらいました科学センターの方も、いろいろと御努力をいただいている。

 しかし、このサッカーくじだけを考えましても、考えてみれば、先ほど冒頭に大臣からもお答えいただいて、私質問いたしましたように、一千億以上売れるんだという思いを持ってやった結果、十七年度、終わってみれば、配分は一億五千万、一億数千万しかできない。こんなことで、組織はできるわ、売り上げはどんどん落ちていくわ、百五十億切れるわ、これはだれも責任をとらずに、そのまま組織を守っているだけで、本来のスポーツ振興くじという、スポーツの振興ということに対する、そのことにはちっともそれは進んでいないわけなんですよね。

 ですから、私はお願いをしていないんですけれども、副大臣、ちょっと何か、私がずっと今申し上げてきたことで、その点について一つお答えをお願いしたいと思います。

馳副大臣 もともとは、スポーツ議連の方から、我が国のスポーツ振興に関する予算が余りにも貧弱である、いかにして国民の御理解をいただきながら、強化であるとか普及の予算を確保すべきかという長い長い議論の中から出てきたのがこのスポーツ振興投票制度というものでありましたし、現状では、日本スポーツ振興センターの方で責任を持って運営をしておりますし、我が文部科学省の方からも高杉さんという方が担当の理事として出向して、何とか売り上げを伸ばそうと努力をしているところであります。

 現状において、すべての評価を下して、責任はだれにあるのか、こういうふうな御指摘かとは存じますが、まずは第二期に入るに当たって売り上げを伸ばす努力をしておる最中でありますので、ぜひここを、まずはこの努力を見守りながら対応をしていかなければいけない、こういうふうに考えております。

 以上です。

奥村委員 確かに努力を見守っていかなきゃいけませんが、これをずるずるずるずる五年も十年も見ているわけにいかないと思うんです。せめて三年ぐらいで切って、目標値をしっかり決めて、責任ある方々に自覚をしてもらって、そして、しっかりと進めていただかなければ、こんなもの、ずるずるずるずるやって、組織を守るために本来の意図とは全然違う方向に進んでいけば、これは何を一体やったんだということになると思うんですよ。それまでにいろいろ御努力いただいた方々のことを思うと、やはり本来のスポーツ振興をしっかりできるようにぜひお願いをしておきたいというように思います。

 最後になりますが、大臣、もう一度、この間、私はこの場で質問をしたときに、元気な日本、元気な文部科学省になってくださいというのは、やはりスポーツあるいは学校体育、いろいろなことにおきましても、国民体育大会ももうマンネリ化していますから、ですから、こういうこともやはり考えないと、開催県がいつも天皇杯や皇后杯をとるというようなことをするために、いろいろなことに相当なお金を使っているんですよね。

 ですから、そういうようなことも、国民総スポーツ、生涯スポーツからあらゆるものを考えますと、日本の、我が国のスポーツの振興というものに対して、文部科学省の中でしっかりと、今馳副大臣がおっしゃいましたけれども、やはりある意味では、大きなウエートをしっかり確保して、予算を確保して、そして一方で、サッカーくじ、スポーツ振興くじ等でガードしていくというような体制をとっていかないと、本体の予算が少ないからといって、こっちに当て込んでしまってこんなざまになってしまったら、どうもにっちもさっちもいきませんので、もう一度、大臣、お答えください。

小坂国務大臣 スポーツの果たす役割というのは非常に大きいです。おっしゃるように、元気が出ますしね。そして、国際大会で目覚ましい活躍をすれば、国民全部が誇りと自信を持つことができます。そういう意味で、地域スポーツの振興、地域のスポーツクラブをしっかり根づかせて、そして、そこにみんなが楽しめるグラウンドを整備していく、そういったスポーツ環境の整備、また、ナショナルトレーニングセンターの整備等を通じて、競技スポーツの育成に努める、こういうこともあわせてやっていかないといけません。そのためにはやはりお金が必要でありますので、しっかりした予算取りに努力をするとともに、スポーツ振興くじにつきましても、奥村委員を初めとした皆さんの御理解、御支援を受ける中で、全力で取り組んで、そして多くの果実が得られるように努力してまいりたいと存じます。

奥村委員 ありがとうございました。

 いつも申し上げることですが、スポーツそのものの振興につきましては、与党、野党関係なしに、超党派で、本当に国会挙げてこれに取り組んでいかなければなりませんし、ぜひその点を強くお願いをし、私の質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。

遠藤委員長 末松義規君。

末松委員 民主党の末松義規でございます。

 きょうは三十分でございますので、淡々と質問させていただきたいと思います。

 今、スポーツの振興という話がございました。ちょっとこれは突然なんですけれども、最近、私の地元、多摩の小平というところなんですけれども、そこで子供の、小中学生の野球場がないというか、広場があっても練習ができない、これは本当に厳しい環境の中で彼らはやっているということです。幸いにして、民間都市機構の御了解で、そこでたまたま持っておられる広場というか空き地を利用して、幾つかの野球チームがそれを利用して練習をすることができるようになった、こういうことがあって、非常に民間都市機構は感謝されているわけなんです。ちょっと突然で恐縮ですけれども、そういう子供のスポーツをやる場所についても、ぜひ大臣として、その辺を推進していただけるような、いろいろな事情はありますけれども、できる限りそういったことをやっていただきたいということについて、まず最初に、ちょっと突然ですけれども、御答弁いただきたいと思います。

小坂国務大臣 少年野球に私も取り組んでおりまして、私が地元に帰りました昭和五十九年にスタートしまして、そのときは五チームだった。二十年たちまして、今、大会の出場者が五十六チームという大会に育ちました。それらの子供たちは学校のグラウンドとそれから河川敷のグラウンドで練習をしております。

 私は、過日、もしかしたら、もしかしたら甲子園へ始球式に行けるかもしれないと思ったものですから、では、まずピッチングを練習しようと思って近くの公園へ行きましたら、キャッチボール禁止。道路で投げようと思ったけれども、これは当然いけない。グローブと球を持ったままうろうろうろうろしたんですが、うちの近所ではできませんでした。やむを得ず、日曜日に地元に帰りましたときに、地元の高校のグラウンドをお借りしまして、若干始球式の練習をしてみました。残念ながら、当日は参議院の文教委員会で行けませんで、馳副大臣に行っていただきましたけれども、事ほどさように、今は練習する環境すら整っていないということを肌で感じてまいりました。

 そういう意味で、子供のスポーツ環境を、地域スポーツの振興ということからしても、やはりグラウンドを整備していくこと、先ほどのtotoの目的もそこにあったわけでございます。今でもあるわけでございますので、そういったいろいろな支援を受ける中で、地域スポーツの振興、そして子供の野球場やサッカー場やいろいろな各種スポーツの育成ができるような、楽しめるような、そういう場所を確保するために私なりの努力をしたいと思いますので、ぜひとも委員の御支援をお願いしたいと思います。

末松委員 ありがとうございます。

 民間企業でもあるいは独立行政法人でもいろいろな空き地を持っているところがありますので、そこが一時的にでも利用できるのであれば、安全性とかそういったものはありますから、そういったことをきちんと取り決めを交わして、後で問題が生じないような形でやっていくことが必要だと思っております。

 さて、質問に入る前に一点なんですが、二月二十四日に私が行った質問の中で、私自身の言葉で、芝浦にある牛の屠殺場というのがありまして、この屠殺場という言い方が今はちょっと非常に不適切な言い方だということで、改めておわびを申し上げますとともに、これは屠場ということで、そういったことを訂正いたしたいと思います。

 さて、今大臣の方にも、副大臣の方にもちょっと本をお渡ししたかと思いますけれども、食育の関係で、前回の質問で、私はマクロビオティックという、私がやっている食事療法、その紹介ということで、一体それは何だという話があったという話なんで、御参考までに本をお持ちしたということでございます。また時間があったら、そこはお読みいただければと思っております。

 実は、私の第一番目の質問は、このマクロビオティックというのに端を発して、いろいろと今食事の栄養バランス、そして食事のバランスのガイドライン、そういったものを推進していって、今大人がある意味では生活習慣病が余りにも多くなっておりまして、それが医療保険が真っ赤っ赤になるその大きな原因になっていますから、予防医療という観点から、食事のバランスをしっかり子供の間に教えていくということが、大人になってから、彼らができれば適正な食事あるいはバランスのとれた食事ができるような形にしていけば、これは将来の医療保険が赤字にならずに済むという観点からお聞きをしていきたいと思います。

 一九七七年に、そのような視点を踏まえて、これはマクロビオティックというものも、食事療法も基礎となって、アメリカでマクガバン・レポートというのが出たんです。それが栄養バランスのガイドライン、これはアメリカで初めて出て、それが大きな効果を発揮したわけですけれども、日本でも、それが今厚生労働省、あるいは農水省も何か食生活指針ガイドとかありますので、そういったものをつくっておられると思いますけれども、これはどのくらい普及しているのか、特に学校教育の中でどう使われているのか、そこをまずお聞きしたいと思います。

小坂国務大臣 今御指摘の食事バランスガイドでございますけれども、食育基本法を成立させた後に、厚労省と農水省、それぞれ話し合っていただく中で、昨年の六月だったと思いますが、こまのような形をした食事バランスガイドというものをつくっていただきまして、それをいろいろな場を通じて普及させていこうということで、食育運動の各現場でこれを提示することにしたわけでございますが、基本的にはこれは大人の体に合わせた摂取量としてバランスを計算しておりますので、子供用のバランスガイドをつくる必要があるな、こう思っております。

 やはり、わかりやすい形で提示することが必要でございますので、食事バランスガイドの子供版というものをつくって、そして学校の現場やいろいろな食育運動の活動の現場で、大人用、子供用、それぞれつくって、普及させていきたい、こう考えているところでございます。

末松委員 ぜひ子供用のものをつくっていただきたいと思います。

 実は、私自身が、この前も申し上げましたけれども、肉を中心とした動物性たんぱく質、あそこに偏った食事を数十年続けてきて、大変なアトピーができて苦労して、それをようやく治した、そういうふうな体験に基づいておりますものですから、そういうのが子供の間にしっかり、穀物をまず主体、それから野菜、海藻、それを副菜にしながら、そして最後に動物性たんぱく質の肉や魚、そういったものをとっていくというバランスのとれた、これが健康に本当に重大だということがよくわかったものですから、ぜひそこはお願いをしたいと思います。

 さて、では話題をかえまして、国費留学生についてお話しさせていただきたいと思います。

 この前、国費留学生のアフターケア、これが基本的にはなされていない、特に名簿もないということで、大臣の方から、このアフターケアという中で、住所の把握のできる人にアンケートを送ってみるぐらいの努力なんかはできるんじゃないかとかいうことで検討されるというお話でございましたけれども、まず名簿についてどういうふうな検討がなされているのか、そこをお聞かせください。

石川政府参考人 留学生の名簿についてのお尋ねでございますので、具体的な状況につきまして、まず私の方から御説明をさせていただきたいと存じます。

 文部科学省におきましては、国費留学生の選考決定を行っておるわけでございまして、各年度の採用時点の情報、氏名ですとか生年月日、配置大学あるいは専攻分野等、これにつきましては、過去約十年間分、三万人程度分を保管しているところでございます。また、独立行政法人の日本学生支援機構、ここでも留学生支援事業を行っておりますけれども、ここでは、現在奨学金の給付を受けております国費留学生の情報、これも氏名、生年月日、所属大学等でございますけれども、これにつきまして一万人程度分を保管しているところでございます。

 なお、他省庁の事柄で恐縮でございますけれども、私どもが承知しておるところでは、外務省におきましては、各国における帰国留学生会が行う名簿作成の事業に対する支援等を行っていると承知しておりまして、私費留学生なども含めまして、帰国後の留学生から寄せられた現時点における情報を把握しておられる、このように承知しております。

末松委員 私が聞いたのは、三万人持っていますよ、今現在の留学生一万人分持っていますよ、だからこれからどう使うんですかという話なので、三万人といっても、これも説明を受けましたけれども、実際にその後の情報は持っていないわけですよね。だから、そこも言ってもらわないと困るわけですよ。

 つまり、前の名簿だけあって、そしてその後だれがどこにどういうふうに行っているかは全く把握していない、それじゃ困るよねというのが問題意識でありますから、そこについてどういう対応を検討したんですかというのが私の質問なんです。答えてください。

石川政府参考人 先生のお尋ねの趣旨は、帰国されてからのフォローというようなところにウエートが置かれているというふうに理解をいたしております。

 そういった意味では、私どもの方は、その時点その時点での情報を今申し上げたとおりに持っておるわけでございますけれども、過去に来日をされた国費留学生すべてについての現時点での情報ということにつきましては、何分、帰国した留学生という方々はそれぞれ外国におられるわけでございます、そしてまた、その最新の状況を把握してそれを維持し続けるということにつきましては、率直に申し上げまして、文部科学省を含めまして、日本国内にある機関、こういった機関で把握をするといったようなことにつきましては極めて困難な点があるということも御理解をいただきたいと思っております。

 ただ、私どもといたしましては、帰国をされるに際しまして航空券等の交付などもやっておりますので、その際に、お帰りになったら、例えば、どこにお住まいになる、あるいはどういったところに職業をお考えになっておられますか、こういったことを今後できる限り情報収集して、これを外務省とも連携をしながら活用していきたい、こんなようなことを考えているところでございます。

末松委員 文部省はこれをどういうふうに活用するかという立場の省庁じゃないんで、そこの辺はまあそういった意識なんでしょうけれども。だから、六万五千人、この五十年間の間にやっているわけですね、国費留学生。そのうちの三万人分しかない、その中で三万人については今どうなっているかわかりませんという話なんで。

 それは、私、文部省の立場はわからぬでもないんですよ。ただ、それを使う外務省の方がきちんとそこを、要は問題意識を持ったところがきちんと把握をしていかなきゃいけない。みんなやれと言っているんじゃない。それをできるところでいいからやっていけという話が私の主張なんですよ。だから、そのうちのもう数千でも、今いる一万人の方のはフォローアップをしていくような形でなるだけそれを続けていった方が、せっかく税金が、五十年間続けているんですよ、この制度は、そのうちの六万五千人で大体一兆円近くでやってきたんだから、そこはできるだけ外交資産として生かしていきましょうというのが私の視点なんです。

 外務省はどうなんですか。名簿はどういうふうになっているんですか。今、元留学生の人たちが、集めているというのは言われましたけれども、どのくらいの名簿を持っているんですか。

岡田政府参考人 お答えします。

 私どもの方としましては、現状では、先ほど文科省の方からお答えがありましたように、国費留学生は、帰国に際して、帰国後の連絡先を受け入れ先の大学などに提出することを必ずしも義務づけられておりませんので、帰国後の所在を網羅的に把握することは困難でございます。そういった意味で、外務省では、帰国した元国費留学生をすべてカバーする名簿は保有してございません。

 他方、外務省としましては、帰国留学生との関係を維持強化していく目的で、帰国留学生会の活動を積極的に支援しております。その一環として、これまで、世界各地に存在する帰国留学生会、今、ざっと申し上げると、世界五十五カ国に百三十一の帰国留学生会がございます。そういうところの名簿の作成を積極的に支援してまいりました。これは国費、私費を問わないものでございます。

 在外公館では、この名簿を活用して、帰国留学生会の活動の活性化や各種の文化事業への帰国留学生の参加などに役立てております。

 今後とも、各国における知日家、親日家の核となるような帰国留学生を通じた対日理解の促進や友好関係発展のために、在外公館において帰国留学生の現況の把握に努めていく考えでございます。

末松委員 よく質問を聞いてください。幾ら持っているんだと、名簿を。数で答えてください。

岡田政府参考人 今申し上げました帰国留学生会の名簿について、東京では持っておりません。これは在外公館で持っておりまして、現在の百三十一のうち幾つ持っているか、ちょっとここではつまびらかにできることではありません。

末松委員 つまびらかにできないというのは、秘密ということですか。要するに、私が申し上げたいのは、本省で集計して、一応どのくらい持っているんだということぐらいの、そういう意識は持っていてもらいたいんですよ。だから、あとは大使館でもうやっています、いや、もうやっていると思います、あとは知りませんという話じゃなくて、確かに大使館大使館であるんですよ、あるけれども、大体それをどういうふうな、どのくらいなんだということをしっかりやってもらうんですよ。

 では、その数字を調べてください。だって、元留学生を集めているということは、それだけみんな住所も知っているわけでしょう。そういった活用できる名簿というものを、ちょっと全世界で調べてくださいよ。

岡田政府参考人 お答えします。

 百三十一、今申し上げたうちのほとんどが名簿はあると思いますが、今の先生の御指示に従って確認をさせていただきます。

末松委員 私も反省を込めていけば、私も外務省出身なんで、イラク大使館というところにいましたよ。そこで政務担当官というのをやっていましたけれども、そういった名簿というものが、イラク人もあると思うんですけれども、それは。そういったのはないんです、ストックが。それで多分、山口委員もそうかもしれませんけれども、そういうのは実際に知的ストックがどんどん重なり合っていって、そして外交というのはきめ細かにやっていけると思うんです。それが、担当者がかわったら全部もうなくなってしまう。そういうふうな状況だと、非常に機能的に、しかもみんなで何か組織的に動くということが非常に日本人は下手だと言われている。それの一番のポイントは、このデータベースがないということなんですね。

 遠藤委員長もまさしく御出身だから、そうだと、先ほどからよくうなずいていらっしゃるんで。

 その重要性はあると思いますけれども、では、そこはしっかりと調べていただいて、私、ここでまた質問しますから、そのときに、知りませんという話にしないようにしてくださいね。よろしいですか。では、その返事だけしてください。

岡田政府参考人 お話は承りました。

末松委員 それと、もうあと一つだけ、石川局長にフォローなんですけれども、この前、田無農場、地元の話ですが、東大農場の跡地はできるだけ地元の市の意向も聞いてくれ、尊重してくれと、これは東大に言っていただきましたか。その反応はどうですか。

石川政府参考人 西東京市にある東京大学の田無農場のお話でございますが、去る二月二十四日でしたか、委員からここでお話がありましたその日に、直ちに東京大学にお話のあった内容と趣旨を伝えてございます。

 私どもとしても、今後とも……(末松委員「だれに言ったの」と呼ぶ)財務担当の幹部でございます。そういったことで、しっかり伝えてございます。(末松委員「反応は」と呼ぶ)反応は、その点よくわかりましたということでございます。これからもきちっとフォローしていきますということでございました。

末松委員 ありがとうございます。

 ちょっと残された時間で大きな話をするわけなんですけれども、これはさわりということでお聞きをいただきたいと思います。

 先ほど大臣が、宗教的な情操の教育は極めて大事だ、愛するということ、それから大切にするということ、そして、大自然といいますか、人知を超えたものに対する畏敬の念を持つ、ここは大きな話だと思うんですね。これは教育の基本だと思います。

 物質主義文明がここまで蔓延してくると、物によって判断をするということで、精神性そのものが失われてきているのが今の現状で、それがさまざまなモラルの障害をもたらしているんだと思うんですけれども、この宗教的情操の教育について各国の状況はどうだということで、ちょっと調べてもらいました。

 そこでは、例えば、フランスはほとんど宗教的な教育は一切だめだ、アメリカもそれはだめだ、イギリスはそれは宗教の基本としていいという話があったんですけれども、この点について、日本では、憲法、教育基本法の限界はあるにしても、宗教そのものは、芸術とかあるいは、つまり歴史や文化の基本ですね。歴史は大体宗教的な戦いが大きな混乱になっていますし、文化も音楽とか芸術、美術、そういう文学、みんな宗教的なものからどんどん発達していってそういったのが出てきている。だから、宗教そのものをある程度知らないと、そういったものは、単に、意味のない物体としかとらえられないわけですね。だから、本来の、仏教であれば仏教の本当に教えそのものというものを、やはり何らかの形で教えたいな、あるいはキリストならキリストと。

 ただ、一番の問題は、宗教というものは実体は存在はしない。この言い方はちょっと難しい言い方ですけれども、つまり、各宗派が存在するけれども、宗教自体というものはなかなか規定できない、そういった難しいところがあるんですけれども、大臣として、先ほど個人的な御見解もいただきました。そういった意味で、宗教的な情操教育を進めるにおいて、だれが教えるのか、だれが教えることができるのかといった問題が一番大きな問題として横たわるわけなんですけれども、大臣としてそれを進めるに当たって、御自分の理想をどういうふうに進めていくか、御見解を賜りたいと思います。

小坂国務大臣 先ほど他の委員の御質問に対して答弁したときも、宗教的な情操についてはあえて、あえてといいますか、実際には触れておらなかったと思います。人間の力を超えたものに対する畏敬の念というような表現と、それの周辺からそういったものを想起するようなお話はしたかもしれませんが、そのときは具体的には申し上げておりません。

 教育基本法の第九条の現行の規定の中に、「宗教に関する寛容の態度及び宗教の社会生活における地位は、教育上これを尊重しなければならない。」また、「国及び地方公共団体が設置する学校は、特定の宗教のための宗教教育その他宗教的活動をしてはならない。」この考え方は、今回の改正においても基本的にはこの流れは維持すべきだと思っておりますが、その中で、宗教的な、的という言葉もついておりますが、情操の涵養ということになると、具体的に何か指標を持たないと、やはり具体的に教育というのはできないものですから、そういった点で今いろいろな御議論をいただいているところでございまして、この問題につきましては、非常に、それぞれの皆さんの考えもありますし、与党の中においてもいろいろな御意見がございます。

 私といたしましては、そういった皆さんの御意見を十分に踏まえた中で、この宗教の一般的な教養の意味、また、それから踏み込んで一体どういう形のものをとり得るのかということについては、与党における御議論を踏まえ、今後の教育基本法の改定に向けての取り組みという中で私としての姿勢を確立していきたいと思っております。

末松委員 まあ、なかなか難しい問題ですよね、すぐに答弁できないし。だから、逆に言えば、憲法それから教育基本法を含めて、この問題は、さまざまな議論をこれからやっていけるような素地をつくっていくということしか今のところはないのかなという気が私もしているわけです。

 いずれにしても、ほかの国もさらに参考にさせていただきながら、またこれについても質問させていただきます。

 あと、これまた大きな問題で恐縮なんですけれども、ゆとり教育というものが一時期やられていて、最近ちょっと方針を転換されたとかいう話がありますけれども、その辺について、実際にゆとり教育に対する評価、メリット、デメリット、そういったものはどういうふうなものなのか。これも芽出しということで、あと残された時間ちょっと質問させていただきますが、よろしく御答弁をお願いします。

銭谷政府参考人 環境や福祉など教科にまたがる教育の充実等を目指す現行学習指導要領、これがいわゆるゆとり教育と呼ばれておりますけれども、この趣旨については私ども間違いはないと思っております。こういった教育によりまして、自分なりの興味や関心、これを持って、みずから学んだり、みずからの進路や仕事について考えるようになったなど、子供たちにおいても一定の成果は見られると思っております。

 ただ、結果として、国際的な学力調査などで学力の低下といったようなことも明らかになってきておりますので、現在、今の指導要領の趣旨を踏まえつつ、これからの教育課程についてどういうふうに考えていったらいいのか、学習指導要領の見直しを進めているという状況でございます。

小坂国務大臣 今局長の答弁にありましたように、ゆとり教育の本来の目的としたところはそれなりに理解をいただいていたはずなんでございますが、実際の取り組みの中で、具体的な手段が確立していなかったためにいろいろな迷いが現場にあったと思います。

 したがって、期待したような成果があらわれなかった部分がありまして、私どもとしては、ゆとりの教育の時間を使って、例えば総合学習の時間を使って、いろいろな取り組みの中ですばらしい体験学習をしている事例はたくさんございます。そういったものが読解力の向上に役立つだとか、あるいは理数系の今弱いと言われているような部分に資するというような活動だってそんな中に取り込めるわけでございますので、今申し上げたような環境教育やあるいは福祉の教育といった、教科にまたがる教育を実施する場所としても、また、体験学習を進める場所としても、ゆとり教育の実際の活用例の中からすばらしい事例を各学校に、現場の先生方に参考にしていただいて取り組んでいただくことで、ゆとり教育が目指した本当の目標をしっかりととらえて進めるようにしていきたい、このように考えております。

末松委員 こちらとったら向こうとらずという話なのかもしれません。体験学習とかそういったものを、本来の教育がその人の持っておるものを引き出す。だから、教えてやるというんじゃなくて、要するに、その人本来のものが引き出るように刺激を与えるのが私は教育の限界だと思っていますから、そこをいろいろな刺激を与えてやることが教育なんだろうと。

 そういった中で、単に、やれ数字だ算数だ何だかんだという、これじゃなくて、本当に体験的なものを重視するんだったら、それもあえてそれはそっちの方に向かうという話なのかもしれません。だから、そこの評価がどういったものか。教育レベルという数字的なものが落ちたからそれでだめなのか。そこについての本来の評価について、改めてちょっと私も勉強させていただいて、さらに詰めた議論をさせていただきたいと思います。

 これで終わります。どうもありがとうございました。

遠藤委員長 石井郁子さん。

石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子です。

 きょうは、まず就学援助の問題でお聞きをします。

 昨年度、準要保護の就学援助が国庫補助の対象から一般財源化されたわけです。そのため、多くの自治体で財源不足を口実にして基準が下げられる、また交付額も下げられたりしております。

 例えば、大阪市の場合でございますが、援助を受けられる収入、所得額で世帯人数が多いほど基準が下げられたんですね。〇五年度、五人世帯で総収入が五百四十五万円まで受けられましたが、〇六年度は五百十六万円になった。つまり、二十九万円下がっているわけです。また、総所得でも、三百八十二万円だったのが三百五十九万円と二十三万円も下がっているわけですね。それから、七人家族の場合では、収入で三十九万円、総所得額で三十五万円引き下げられるという形で、申請枠そのものがこれでは結局狭まっていくわけですね。

 厚生労働省の国民生活基礎調査を見ても、児童のいる世帯の年収が二〇〇一年度、七百二十五万円だったのが、〇四年度では七百二万円へと減少しているわけです。私は、今、大変庶民の生活、いろいろ厳しいという状況が進行している、格差社会が進行しているという中で、この状況で基準を引き上げることこそがやはり必要だというふうに思うんですが、逆に二十万円から四十万円近い引き下げをしているという状況なんですね。

 そこで伺いたいわけですが、就学援助の申請枠あるいは受給を狭めていく、引き下げていくということは大変な問題ですから、私は、文科省として、基準引き下げは行うべきではないという指導をすべきだと思いますが、御答弁、いかがですか。

銭谷政府参考人 平成十七年度の各市町村におきます就学援助の認定基準、これについては、現在実態を把握中でございます。

 現在のところ、ただいま先生からお話がございましたけれども、一部の市町村におきまして、市町村の合併に伴ったり、あるいは近隣市町村との比較などの理由によりまして、準要保護の認定基準の引き上げ、緩和、あるいは引き下げ、縮小が行われている状況がございます。現在、どの程度の市町村において、どの程度の内容の変更が行われているかを精査、確認をしているところでございます。

 ただ、これらを含めまして、準要保護の認定基準というものは、各市町村が地域の実情に応じて判断をするというものでございますので、私どもとしては、義務教育の機会均等を図る観点から、就学援助が適切に実施をされるように、今申し上げました市町村の取り組み状況の把握等に努めまして、必要に応じて指導してまいりたいと考えております。

石井(郁)委員 現在、各自治体がどういう実態、状況かということを、縮小あるいは基準引き下げ等々、精査中だということですが、それはいつごろまでにされるんでしょうか。

銭谷政府参考人 私ども、二つの今調査をやっておりまして、一つは準要保護の認定基準について、ほぼ悉皆に近い形で調査をいたしております。それについては、できるだけ速やかに状況を整理したいと思っておりますが、ちょっと今しばらくかかる状況かと思います。

 それからもう一つは、百二十五ほどの市町村を対象にいたしまして、いわゆる聞き取り調査を実施いたしております。これは、最近、準要保護の認定を受けて就学援助を受給する人がふえている中で、どういう理由でふえているのかということを各市町村にお聞きをしたりしている調査でございまして、こちらの方は、先ほど申し上げました調査よりは、ちょっともう少し早くまとめることができるかなというふうに思っております。

石井(郁)委員 私は、もちろんそういう調査、実態を把握するということは大事でございまして、これは可及的速やかに報告をしていただきたい、発表していただきたいというふうに思うんですね。

 というのは、事態は進行しているわけですから、もう各自治体でどんどん基準の切り下げが行われている。受けられない子供たちが広がっている、出てきている、こういう状況ですから、それをやはり把握して、そして対応する必要があるというふうに思うんですね。

 ちょっと例を申し上げますが、新潟市で聞きますと、財政難を理由にして、生活保護基準の一・四倍まで今まで対象にしていた、ところが、所得額に応じて支給額を引き下げるという方針がもう既に決められてしまって、生活保護基準の一・一倍以下にしか全額支給されない、こういう仕組みがつくられつつあるということです。これは、大阪・泉南市なんですけれども、給食費、修学旅行費とも一割カットというようなこと。また、岡山市でもこれは聞いております。給食費について、実費の六割しか支給されない等々、たくさんいろいろ事例が出ているんですね。聞き取り調査をされているということですけれども、本当に急いで、こういう実態をどうするのかということの対応が迫られるというふうに思います。

 この点で申しますと、昨年のこの一般財源化の審議の際に、私、質問いたしまして、中山当時文部科学大臣が、このようにおっしゃっておりました。「文部科学省としてもしっかりウオッチして、必要に応じて指導していく、」という答弁でございました。ですから、一般財源化されることによってどういう実態になっているのか、本当にどういう指導をされるのかということが急がれるわけですね。

 もう一度、めどとしてはどのように考えていらっしゃるのか。再度、御答弁ください。

銭谷政府参考人 昨年、準要保護に係る国の補助を廃止して税源移譲をいたしました際に、私どもの方からも通知を出しまして、各市町村におきまして、きちんと税源移譲をされて交付税措置もされるわけであるので、準要保護者に対する就学援助はしっかり実施をしてほしい、そして必要に応じて指導するということを言っているわけでございます。

 私ども、その一環として、今、先ほど申し上げましたような調査を実施しているわけでございますので、ちょっと時期について、できるだけ速やかにということでございますけれども、昨今の状況をかんがみまして、私ども急いで資料は整えていきたいというふうに思っております。

石井(郁)委員 私、この問題は、やはり義務教育の無償制という重要な原則からなされている措置でございますので、本当にないがしろにできないというふうに思います。ぜひ、この点の指導を急いでいただきたいというふうにお願いします。

 関連しまして、準要保護の就学援助が一般財源化されるに伴いまして、就学援助に関する法律の施行令が変えられたと思うんですが、これはどのように変えられたのか、簡単に御説明ください。

銭谷政府参考人 十七年度から準要保護への補助を廃止、税源移譲したことに伴いまして、就学援助法等について所要の改正を昨年行ったわけでございます。この中で、政令でございますけれども、就学困難な児童及び生徒に係る就学奨励についての国の援助に関する法律施行令についても所要の改正を行い、昨年四月一日から施行されているところでございます。

 この改正の主な内容は、就学援助法の改正によりまして、国庫補助の対象を要保護者に限定することに伴いまして、準要保護者の認定に係る規定を削除するということと同時に、要保護者に対する国庫補助の基準等について規定の整備を行ったものでございます。

石井(郁)委員 私の尋ねている中身はもう少し先にあると思うんですが、民生委員のことについて、いかがですか。

銭谷政府参考人 なお、今のお尋ねの点について申し上げますと、準要保護者の認定に係る規定を削除したということを申し上げましたが、それに伴いまして、これまで規定をされておりました、市町村教育委員会は、準要保護者の認定を行うため必要があるときには民生委員に対して助言を求めることができるとの規定もあわせて削除しているところでございます。

石井(郁)委員 その点は、私、大変重要だと思っておりまして、お尋ねしたわけでございます。つまり、今の民生委員に対しての指導を求める項を削除したというのは、助言を求める必要がなくなった、法的根拠がなくなったということかと思うんですね。

 ところが、この問題が徹底されていないんです。これは、宮城県のある市の話でございますけれども、子供が五人います、うち四人が義務教育の就学中なんです、その七人家族はやはり生活が苦しいので就学援助を申請しました、ところが、民生委員がだめだと言うので、これがだめになってしまったという例なんですね。これは理由にならない理由での却下であります。就学援助の適用基準を満たしているけれども、このことで却下になっている。

 しかし、これでは納得できないので、再申請をして、これは最終的には認められているんですけれども、今お話のように、こういう民生委員の助言ということは、法的根拠はないにもかかわらず、こういうことが今起きているという点で、民生委員には聞く必要は今はないという点はきちんと徹底すべきだと思います。いかがでしょうか。

銭谷政府参考人 まず、準要保護の認定に当たりまして生活状態の把握ということが必要になってくるわけでございますが、それが、機械的、画一的に流れず、できるだけ実態に応じて把握をして、これらの世帯に属する児童生徒の就学が確保されるよう配慮する必要があろうかと思います。

 これまで政令にございました民生委員に対して助言を求めることができる旨の規定は、これは先ほど申し上げましたように削除したわけでございますけれども、この規定は民生委員に助言を求めることができるということを念のために規定したものでございまして、この規定がなくても、市町村教育委員会は必要に応じて民生委員に対して助言を求めることができるというふうに認識をいたしております。

 民生委員につきましては、地方自治法の二百四十五条の四の第三項によりまして、普通地方公共団体の執行機関は、その他の都道府県の執行機関、これが民生委員に当たるわけでございますが、に対しまして、技術的な助言もしくは勧告または必要な情報の提供を求めることができるという規定があるのと、民生委員法上、民生委員の職務の一つとして、関係行政機関の業務に協力することと規定をされておりまして、民生委員が、学校を初めとした関係機関の求めに応じて協力を行うということは法的に可能になっております。こうしたことから、就学援助法施行令の改正後においても、市町村教育委員会等と民生委員等が、必要に応じて協力し合いながら、就学援助を適切に実施をするということは可能なわけでございます。

 ただ、従来から、民生委員の助言を求めるか否かは、あくまでも必要に応じて、市町村教育委員会の判断で行うものであるということを御理解いただければというふうに思っております。

石井(郁)委員 どうも文科省の態度というか対応というのは何かはっきりしないんですね。市町村に対して民生委員の助言を求めることができるというのは、何か文書で通知か何かを出されているというお話ですか。法的には削除したにもかかわらず、やはりこれはできるんだということを何か通知を出しているという御答弁のように今聞いたんですが、そういうことはあるんですか。もうはっきり、あるかないかだけお答えください。

銭谷政府参考人 要保護者に係る就学援助につきましては、認定基準を含めまして、地方が責任を持って事業を実施していただく必要があるわけでございまして、準要保護者の認定に伴う民生委員の助言などにつきましても、これはあくまでも市町村の判断で適切になされるべきだ。これは、必ず聞きなさいとか、聞いてはいけないとか、そういうことではなくて、その認定に当たってさまざまな配慮の一つとしてあり得ることだというふうに私どもは考えているわけでございます。

石井(郁)委員 私、それは、やはり法的に根拠がなくなったことをあり得るという形で行うというのは変だと思うんですね。準要保護の児童の認定というのは市町村が行うことだ、これはいいと思うんですね。しかし、認定基準というのははっきりしているわけですから、それで済む話だと思うんですね。これは本当に無用のいろいろ混乱を生むわけです。だから、そこら辺はやはりきちんと指導すべきだというふうに思います。

 ここに、ある市の場合、これは草加市から伺ったんですけれども、やはり民生委員の所見というのを書く欄がありまして、これが大変大きなウエートを占めちゃうんですよ、学校長の所見というのもありますけれども。それから、就学援助の申請、認定に当たって、これは非常に大きなウエートを占める。そのことが、非常に保護者あるいは学校との間の関係でぎくしゃくを生み出しているということで、現実に起きていますので、やはり民生委員の助言について施行令で削除したんですから、もうそこは法的にきっぱりとすべきだというふうに思います。

 この点は厳しく、文科省はあいまいな態度をとらないように指導していただきたい、徹底すべきだということを申し上げておきたいと思います。どうも銭谷さん、局長の答弁が何か煮え切りませんので、再度答弁を求めませんけれども、私は、やはり徹底すべきだということを強く申し上げて、この件は終わりにしたいと思います。

 次の問題なんですけれども、卒業式と入学式のシーズンでございまして、東京都の日の丸・君が代の異常な押しつけという問題で質問をいたします。

 まず、確認させていただきたいと思うんですけれども、これは一九九九年の国旗及び国歌法に関する法律案の国会審議の際、これは当時野中広務官房長官の答弁でございます。「学校現場におきます内心の自由というものが言われましたように、人それぞれの考え方があるわけでございまして、」「それぞれ、人によって、式典等においてこれを、起立する自由もあれば、また起立しない自由もあろうと思うわけでございますし、また、斉唱する自由もあれば斉唱しない自由もあろうかと思うわけでございまして、この法制化はそれを画一的にしようというわけではございません。」明快な御答弁でありました。これは当時の政府答弁です。この立場は今も変わりはないということを確認できますか。

銭谷政府参考人 国旗・国歌法の制定時の衆議院の内閣委員会におきます官房長官の見解、すなわち、国として強制したり、あるいは義務化することはないというこの見解は国民生活一般について述べたものでございまして、政府のこの立場に変わりはないものと認識をいたしております。

石井(郁)委員 わざわざ国民生活一般と言いかえなくてもいいんです。学校現場においてと野中官房長官はちゃんと御答弁されているんです。国民生活一般、学校現場においてもしかりだということなんですね。

 ところで、東京都で起きている問題といいますのは、これは平成十五年の十月二十三日の通達というものがあります。それで式の実施要項が事細かに決められました。校長が職務命令を出すんですね。服務上の責任を問われるということにされた。つまり、このとおり従わなければ懲戒処分を受けるという処分がかけられているわけであります。実際、多数の処分者が出ております。私は、今、現場と教師の苦悩というのは、本当にはかり知れないというふうに思っています。

 それだけじゃないんですね。実は、生徒にも起立による国歌斉唱が強制されるという事態にまで至っているという問題でございます。ここでも私は当時の国会答弁を引き合いに出させていただきますが、御手洗局長でございますが、このように言っていました。

 「学校の教員並びに校長は、この学習指導要領に基づきまして適切に教育課程を編成し実施しなければならない、こういう法的な関係に立つわけでございまして、最終的に子供たちがその指導をどう受けとめるかということは、これは教育の指導の結果の問題でございますので、そこまで学習指導要領は義務づけておりません。」という答弁ですね。そして、こう言っていました。「指導の結果、最終的に児童生徒が、例えば卒業式にどういう行動をとるかあるいは国旗・国歌の意義をどのように受けとめるか、そういうところまで強制されるものではないという意味で、強制するものではないと申し上げている。」と。これも、政府の立場として、確認できますね。

銭谷政府参考人 少し答弁が長くなるのをお許しいただきたいと存じますけれども、学校における国旗・国歌の指導は、国旗・国歌法の成立以前から行われていたところでございます。児童生徒に我が国の国旗と国歌の意義を理解させ、これを尊重するとともに、諸外国の国旗と国歌も同様に尊重する態度を育てるために行っているものでございます。このことは、児童生徒の内心にまで立ち入って強制しようとする趣旨のものではなくて、あくまでも教育指導上の課題として指導を進めていくことを意味するものでございます。

 また教員は、国旗・国歌法の成立以前から、学習指導要領を基準として教育課程を編成し、これに基づいて国旗・国歌に関する指導を含め教育指導を実施するという職務上の責務を負っているわけでございます。こうした学校教育における国旗・国歌の取り扱いについて、その立場に変更はございません。

 それで、お尋ねの件でございますけれども、国旗・国歌につきまして、校長、教員は児童生徒に対し国旗・国歌の指導をするわけでございますけれども、これは指導の結果までを求めるものではなく、あくまでも教育上、指導上の課題として指導を進めていくことを意味するものでございます。

 お話にございました当時の初等中等教育局長の答弁も、指導の結果、最終的に児童生徒が、例えば卒業式にどういう行動をとるか、あるいは国旗・国歌の意義をどのように受けとめるか、そういうところまで強制されるものではないと答弁したものでございます。そのことは、児童生徒に対する指導の結果までを求めるものではなく、あくまでも、教育指導上の課題として受けとめて指導を進めることが必要であるという趣旨でございまして、その立場に変わりはございません。

石井(郁)委員 そのように余り長々と繰り返されなくても結構なんですけれども。

 実は、ことしどういうことが起きているかという、ちょっと事例を申し上げます。これは、東京の都立の定時制高校の卒業式なんです。定時制です。ですから、成人の方がいらっしゃるわけでしょう。

 そこで、卒業生となる石川弘太郎さん、もう実名で申し上げます、この方は自分で訴えていらっしゃいますので。六十四歳です。二月、副校長が来て、日の丸・君が代のことで話したいと言ってきた。何だろう。内心の自由を守ることなら話し合ってもいいと述べたけれども、その日は帰られた。お別れ会には来ますと言って別れた。二月二十七日、お別れ会があった。この日は話し合いはなかった。ところが、三月二日には、午後六時十分ごろ、自宅に副校長から電話が入り、実は君が代のことで電話した、起立して歌ってほしい、四年前の入学式には歌いませんでしたねというふうに言うんですね。その副校長先生は去年赴任されたばかりだから四年前のことを知らないはずだ。そして、三月八日、やはり六時三十分ごろ、給食室に校長と副校長があらわれまして、校長は立ち去ったけれども、副校長は横に座り込んで、歌ってほしい、やはり歌わないんですか、起立だけでもお願いしたい、こういうことがあったと。

 これは事実の話です。三度にわたって、しかも過去の事例まで持ち出して、やはり起立、歌うことを強要する。これは強制でなくて何でしょうか。強制そのものじゃありませんか。いかがですか。簡単にちょっと御答弁ください、もう時間がないので。

銭谷政府参考人 その方は、教員になるのでございましょうか。(石井(郁)委員「いや、生徒です」と呼ぶ)生徒でございますか。

 児童生徒に対しましては、教育という立場からすれば教え導くことでございまして、国旗・国歌を学習指導要領に基づいて適切に指導するということは、教え導くという形で行われるわけでございまして、例えば、長時間にわたって指導を繰り返すなど、精神的な苦痛を伴うような指導ということは適切ではないかもしれませんけれども、入学式、卒業式等において起立して国歌を歌いなさいと生徒に指導するということは、これは特に思想、良心の自由を侵すものではないと考えております。

石井(郁)委員 私は、指導一般を否定しているんじゃなくて、指導を超えた強制という事態がここにはあるんじゃないですかと。こういうことが起こり得るということが危惧されたから当時の国会審議の中でもいろいろ質疑があったわけでしょう。

 だから、御手洗局長がこう言っていましたよ。やはり、子供の心を傷つけるような形で指導が行われたり、あるいは子供に精神的な苦痛を伴うような形での長時間にわたったりあるいは執拗に指導が行われたりするということになったら、これは通常の教育指導の範囲を超えた不適切なものだと。今、この不適切なことが学校現場で生じているんじゃないですか。

 しかも、これは私が申し上げたように、強調したように、定時制なんですよ。六十四歳という、しかしこの方は生徒なんですね。その方に対してまでこういうことをしなきゃいけないというのは、異常きわまりないんじゃないかというふうに言わざるを得ないわけですね。

 だから、この方はこう言っていました。ここまでやるのかという戦慄を覚える、内心に踏み込まれてパニック状態になったくらいだ、これが十代の生徒だったらおかしくなるかもしれない、まさに言いなりになるかもしれない、若い人たちには絶対体験させたくない。

 どうですか。私は、まさに憲法十九条の言う思想、良心の自由を本当に侵すものではないかと思うのですね。しかも、この方だけじゃないんです。ほかの生徒の方にも同じようなことが行われている、こういうことなんです。

 当時、御手洗局長が、この憲法十九条で保障しておりますのは、内心の自由まで立ち入って強制することがあってはならないと言っているわけでしょう。これははっきり局長の御答弁です。学校教育におきましても国民一般の場合におきましても、何ら異なることはないと。「教育に当たる学校の教員が、憲法に保障された基本的人権であります内心の自由にまで立ち入って強制すると判断されるような教育活動を行ってはならない。」これが当時の局長の見解なんですよ。これは確認できますね。簡単に。

銭谷政府参考人 国旗・国歌につきまして教員が生徒に対して指導する場合に、一般論で申し上げますと、教育的に見ても適切でないような指導を行い、児童生徒に心理的な強制を与えるといったようなことであれば、これは許されないとの答弁があるということでございますが、これは、指導というのが適切な教育的配慮のもとに行う必要があるという趣旨であって、その立場に変わりはございません。

石井(郁)委員 私は今、ことしの事例を申し上げました。東京都の教育委員会が教育長名でさらに通達を出しているんです。「入学式、卒業式等における国旗掲揚及び国歌斉唱の指導について」、これは三月十三日です。今般、一部の都立高等学校定時制課程卒業式において、国歌斉唱時に学級の生徒の大半が起立しないという事態が発生した。校長は、みずからの権限と責任において、学習指導要領に基づき適正に児童生徒を指導することを教職員に徹底するように通達する。

 つまり、教職員が生徒たちをちゃんと歌わせるように指導ができなければ、また処分をしますよという話なんです。もう既に三百名からの処分がなされているじゃないですか。私は、これは本当に今の答弁に全く反すると思うのですね。つまり、起立して斉唱せよということを児童生徒に強要する、それを教師に指導せよとまで言うと。ここまでのことは本当に国会審議になかったことですし、反すると言わなければなりません。

 それで私は、もう時間ですけれども、やはり繰り返しますが、教育に当たる学校の教員が、憲法に保障された基本的人権であります内心の自由にまで立ち入って強制すると判断されるような教育活動を行ってはならないとあるわけですから、こういう立場でちゃんと文科省として、政府として、異常な事態について指導をすべきじゃないですか。こういう通達は撤回させるべきじゃないですか。簡単に御答弁ください。

銭谷政府参考人 繰り返しになって恐縮でございますが、児童生徒に対する学校の指導はあくまでも教育上の課題として指導するものでございまして、そのことが児童生徒の内心の自由を侵すということには直ちにならないと思っております。

石井(郁)委員 卒業式も入学式も、子供も生徒も親にとっても、その成長を喜び合う楽しい場面であるはずです。ところが、今申し上げたように、東京都では、処分でおどして、そして人間にとって最も大事な思想、良心の自由を侵す、教育にあってはならないことがまかり通る、こういう事態になっているわけですね。

 私は、国会審議をあえて持ち出しましたけれども、こういう事態を危惧したからこそ徹底したあの時期の審議があったと思います。だから、ぜひこの思想や良心の自由、内心の自由を本当に大事なものとして、崇高なものとして守る立場にやはり文科省として毅然と立っていただきたい、このことを強く申し上げて、質問を終わります。

遠藤委員長 保坂展人君。

保坂(展)委員 社民党の保坂展人です。

 先日、この委員会で、株式会社で設立をされたLEC大学、こちらの方について、予備校や大学というものが混在して区切りがしっかりしていないんじゃないか、あるいは教授会などがきちっと構成されていないんじゃないかと問題を挙げました。文科省としても、それらのことはもう把握をしているとお答えになったんですが、その後、何か指導などなさったのかどうか、お答えください。

石川政府参考人 LEC東京リーガルマインド大学についてのお尋ねでございます。

 ただいま委員から御指摘がございましたように、本年度の年次計画履行状況調査の結果、さまざまな問題点があるということが判明したところでございまして、この点につきましては、去る三月三日、まず改善を求める留意事項の内容を公表しているところでございます。

 そしてまた、文部科学省といたしましては、三月十七日に学長、これは学校設置会社の社長と同一の方でございますけれども、この方を当省に呼びまして、私の名前での通知をお渡しした上で、留意事項に沿って速やかに問題の是正を図るよう指導を行ったところでございます。また、この通知におきましては、五月十五日までに留意事項に対する改善の措置状況について報告を求めるということにしてございます。

 さらに申し上げれば、私ども文部科学省といたしましては、その報告を踏まえまして、必要に応じて学校教育法に基づく勧告などの措置も視野に入れながら、今後とも厳正に対応してまいりたい、このように考えているところでございます。

保坂(展)委員 それでは、細かい項目などは後ほどまたよく説明していただきたいと思いますが、この委員会でも話題になっているサッカーくじについてお聞きをします。

 昨年秋の新聞記事ですが、百五十四億円の債務がバランスシートに記載をされていなかったという指摘がされています。会計検査院の指摘を受けて、これはやり直す、こういうことになっていますが、この決算を監査しておるのがカネボウの粉飾事件で逮捕者を出した中央青山というところがやっているということもあって、しっかりやってほしいという声は非常に強いと思うんです。

 質問は一点にいたしますけれども、これからこのサッカーくじ、どうなっていくんだろうかということで、私も文部科学省から説明を受けました。説明を受けたところ、間もなく直営方式に変わるんだということでこのペーパーの図をいただいたんですけれども、よく見ると、日本ユニシスという会社を使って経営管理、情報システムの開発、運用、あるいは発券端末機ですか、発券する端末の機械の開発、製造などを考えている、こういうふうな説明なんですが、まず、この日本ユニシスという会社に決定した契約のあり方、一般公開競争入札なのか随意契約なのか。公募型、公開提案協議というふうに伺っていますが、これはまあどちらかと言われれば随意じゃないかというふうには思うんですが、改めて、どういう経緯でこの日本ユニシスに決定をして、幾らで契約をしたのか、お答えいただきたいと思います。

素川政府参考人 お答え申し上げます。

 平成十八年から始まりますいわゆる第二期につきましては、第一期の受託金融機関に一括業務委託するという方式ではなく、民間企業の協力を得ながら日本スポーツ振興センターが直接実施するという方式をとることとしたところでございます。

 それを踏まえまして、昨年の二月、公開提案協議方式によりまして、これは幾つも業務があるわけでございます、例えば広告宣伝とか印刷とか業務が区分される部分があるんですけれども、まず、基幹的な業務であります経営管理業務とか情報処理システム開発、運用、管理業務、こういうところにつきまして公開提案協議方式により公募したところでございます。この手続を踏まえまして、日本ユニシス株式会社というものが選定され、昨年よりこの第二期のシステムの構築を進めてきたところでございます。

 その金額でございますけれども、まず、第一期は五年ということで受託金融機関と契約を結び実施していたわけでございますけれども、第二期につきましては七年間ということで実施するということが従前から方針といたしておりましたことですから、日本ユニシスとも七年間の基本契約ということを結んでいるところでございます。

 この具体的な契約金額につきましては、今後確定するということになって、現在調整中のところでございますけれども、基本的には、先生先ほどおっしゃいましたように、システムの構築それから券売のための端末機の製造、こういったコストが中心であるわけでございます。

保坂(展)委員 ちょっと委員長にお願いしたいんですが、このサッカーくじ、賛否いろいろありましたけれども、議員立法で通って、与野党ともこれはどうなっていくんだろうかと心配をしているわけですね。

 今答弁にあったように、七年間の契約で日本ユニシスというところで、やはり民間にゆだねれば、それはいい面と悪い面があって、意欲的にやろうとするわけですね。ですから、いろいろなことを考えているに違いない。

 どういう内容で契約してどういう七年間を構築しようとしているのかということをこの時点で数字も含めてきちっとチェックしないと、税の投入も大変心配されているので、その資料提供を理事会で協議していただきたいと思います。

遠藤委員長 その件については、理事会で協議いたします。

保坂(展)委員 次に、前回、スケート連盟の経理の問題について伺ったんですね。その際に、小坂大臣、一応その最後の部分で、文科省としても、六月のスケート連盟で設立した調査の進捗状況をただ待つだけではなくて、今どうなのかということをその時点で聞きながら取り組んでいくという御答弁をいただいたんですが、多分そのとおりにされたのではないかと思うんですが、大臣、いかがでしょうか。

小坂国務大臣 その後、連盟の方に進捗状況を問い合わせておりまして、それで、三月十五日に調査委員会が開かれましたけれども、第二回目が三月の二十七日月曜日に開催をされたということでございます。

 また、この調査委員会の構成員も外部の第三者を、弁護士、公認会計士を入れておるということを確認いたしましたし、当時、馳副大臣が答弁したと思いますが、専務理事の名前も挙がっておりました。専務理事が入っていないことも確認しておりまして、そのような中で、自主的な調査がまず進むことを見守りながら、同時に進捗状況についてもそれなりの把握を努めておきたい、こういうことで注目をしております。

保坂(展)委員 同じ日の質疑で馳副大臣に答弁をいただいていたんですが、例えば海外遠征の際に、局長にお答えいただきたいんですが、選手の方はエコノミーで、終わってからは費用負担というようなことまで出てきた。役員はビジネスと。また、航空会社から協賛金以外に無料の航空券、これはそういう話があるということなんですけれども、この辺、どういうことになっていたのかということも問いただしていただくという答弁をいただいているんですが、いかがでしょうか。

素川政府参考人 お答え申し上げます。

 財団法人日本スケート連盟におきまして調査委員会が設置されているということでございまして、その中では、具体的にどのような項目について調査するかということを検討し、具体的な調査をこれから進めるというふうに聞いているところでございます。

 その中におきまして、もろもろのいろいろな点が含まれるということでございますけれども、今どのような項目がその調査項目になっているかということを含めまして、現在の段階では連盟としては公表しないということでございますので、御理解いただきたいと思います。

 いずれにしましても、私どもといたしましては、適正な調査が行われるよう指導してまいりたいと思っております。

保坂(展)委員 これはぜひ、連盟自身の努力ということもあるんでしょうけれども、文科省として、既にある資料をもとに、こういうところをきちっと適正にチェックしなさい、ここはどうなっているのかということをやはりやっていただきたいということを強く要望しておきたいと思います。

 さて、東京で、あるいは福岡でオリンピックの招致ということが話題になっております。非常に国民的な関心も強いと思うんですが、その際に、やはり長野オリンピックで起きたオリンピックを決定していく際の問題について、かなり分厚いものになるんですが、「「長野県」調査委員会報告書」というのが二〇〇五年十一月二十二日、昨年発表をされております。これは磯村元史さん、函館大学の客員教授の方が会長になってこういった報告が出されているんですが、文部科学省としてはこういった報告が出ているということを承知しているかどうか。

素川政府参考人 お答え申し上げます。

 昨年末、その報告が出た後、私どもの方の担当課にもその資料が送付されてまいりまして、私自身は、最近でございますけれども、その概要につきまして、それを読んだということでございます。

保坂(展)委員 もう一度局長に。

 まず一般論になりますが、オリンピックの招致は公正でなければならない、この点を指導監督する責務、これは文部科学省にあるのではないかと思いますが、いかがですか。

素川政府参考人 お答え申し上げます。

 オリンピックの招致につきましては、立候補の都市が国際オリンピック委員会、IOCの定めます候補都市用マニュアル、こういったものにのっとりました招致活動を行うということが重要であると考えておりまして、そういうことで、オリンピックの招致活動、第一義的にはその立候補都市を中心とした招致委員会が責任を持って行うわけでございますけれども、文部科学省といたしましても、必要に応じて必要な指導助言を行っていく立場にあると存じております。

保坂(展)委員 大臣、こういった調査報告書が昨年という時期にまとめられたということと、オリンピック、これからという話もございますので、どのような受けとめ方をされているか、お願いします。

小坂国務大臣 オリンピックは、まず国内候補地の選定があり、また国際の舞台での候補地としての決定のステップを踏んでいくわけでございます。

 オリンピックの憲章にのっとりまして、IOCの規定に基づいた、許された範囲内での招致活動ということでございますが、いずれにしても、経理上の不正というのはどのような場合であってもあってはならないことでございますし、そういったものに注意しながらそれぞれの候補地が選定に向けて最大限の努力をしていただいて、候補地の優位性とか、あるいはオリンピックに対する地域の住民の関心とか、そういったものをしっかり訴えて、候補地としての選定に向けて努力をしていただくことが基本であろう、このように考えております。

保坂(展)委員 ちょっと具体的な内容に入りながら、今後どうしたらいいのかという議論をさせていただきたいと思いますが、報告書を読むと、一つは、県内で、長野県が窓口になって、招致委員会に対して交付をするという形で、例えばこの報告書の中には、歯科医師会などが一人一万円で八百人で八百万円、こういうような、地方財政法第四条の五で禁止されている割り当て寄附というのがありますけれども、そういう疑問点が出されておりますし、また、県外においては、財団法人日本体育協会、これは特定公益増進法人でございますね。免税募金制度というのがあって、こちらの方に集約をして、交付金で招致財務委員会に十億円、こちらの方が、こういう形で集められていると。

 どうも招致委員会自体が任意団体であると、寄附をしたらやはり税制上の特典があった方がいいという、その方が集まりやすいわけですから、その辺が問題なのかなという気もしますけれども、どうでしょうか、局長。

素川政府参考人 お答え申し上げます。

 こういった大きなイベントの場合、民間からの寄附というのは非常に重要なわけでございますけれども、先生今御紹介ありましたように、財団法人の日本体育協会の免税募金制度は、やはり特定公益増進法人は通常の公益法人よりも有利な税制上の優遇措置があるわけでございますので、スポーツの振興を図る観点から、このような制度を活用するということは非常に有効なものであるというふうに一般的に認識しているところでございます。

 加えまして、今、任意団体と財団法人のお話がございました。やはり税制上の関係から考えましても、一般論といたしまして、やはり任意団体よりは公益法人、財団法人としていろいろな活動をするということが、いろいろな点で利点が多いということがあろうかと思います。具体的には、大阪市が二〇〇八年のオリンピック招致を目指した際、これは招致委員会が財団法人になって対応しているという事実がございます。

保坂(展)委員 ということは、長野県では、招致委員会が任意団体であったということのために、任意団体として例えば帳簿、会計書類をいつまで保存しなさいみたいなことはあいまいであって、したがってソルトレークの問題が出てきて、これが焼却されてしまった、なくなってしまった、こういう問題が大きく世を騒がせたわけですよね。

 こういうことを繰り返さないためにも、財団法人あるいは公益法人として招致委員会を立ち上げ、公正な経理を実現していくこと、そしてそこには税制上の特典、恩恵も備えた組織としてあるべきではないか、こういうふうに思うんですが、その点は文科省としてはどうでしょうか。

素川政府参考人 お答え申し上げます。

 長野オリンピックの招致委員会が任意団体であったというような事情、背景につきましては、詳細は承知しておりません。

 それから、先生今おっしゃった、任意団体であるということとその他のいろいろな書類の関係というものが直接の因果関係があるかどうかということについても、認定は、私の今の立場では難しい、困難な面があります。

 ただ、一般論として申し上げますと、やはり公益法人として、招致委員会といいますか組織を立ち上げ、いろいろな会計の面、またいろいろな税制の面で有利な立場で主催をするということは、今後のこういった大きなイベントを推進するに当たって適切な方法ではないかというふうなことは申し上げられると思います。

保坂(展)委員 これは、つい今し方議事録が来たので、ちょっと答弁をお願いできなかったので、ちょうど馳副大臣は今退席されちゃったので、改めてということにしますけれども、参議院で九九年に馳議員が、招致委員会は任意団体ではなくて、特別法に基づく認可法人か、民法第三十四条に基づく公益法人として文部省の許可が必要だと考えます、その理由は、認可や許可をした責任上、文部省に招致委員会に対する監督責任が生じるからだ、こういう指摘をしているんですね。そうすれば、会計帳簿の焼失などによる紛失は認可や許可の段階で事前に防止できるだろうと。まことにそのとおりだと私は思うんですが、大臣、いかがでしょうか。

小坂国務大臣 それぞれのときのそれぞれの事情で組織というものは構成されてきたと思います。

 私も長野でございますから、当時を振り返りますと、私どもはもう本当に自腹自腹の連続でございました、海外に応援に行くにしても全部自腹でございますから。そういう意味で、本当に純粋な気持ちで、市民はみんな、何とかオリンピックを呼びたい。自分は踊りができるから踊りを披露して、IOCの人を初め、その地域のそれぞれの国の応援団の中で日本を目立たせたいとか、では浴衣を着て私は頑張りたい、そうやって団体のツアーも組織されて、補助金も何も出ない中で、みんな一生懸命手弁当で頑張ったというのを私は印象として持っております。

 だから、その後のいろいろな経緯の中でいろいろなことを言われますが、私どもは非常に純粋な気持ちで取り組んできましたし、そのときの組織がどういう形がよかったかと言われても、私、個人的にも、今の委員の御指摘を踏まえて、また馳副大臣の答弁等も踏まえて、では理想的な形がどうであるかというのは、またいろいろ検討する必要があると思いますが、管理という点からすれば、それは、法人格を持ったようなものであれば、それを認可する官庁としての監督責任というものが出てくるでしょうから、それも一つの考え方だ。また、自由な運動ということからすれば、必ずしも、常に組織に、法人にこだわることはない、みんなの気持ちが一つになれるような組織であれば、それは任意団体としてのよさもある、こう思いますので、特段今ここで、私はどちらがということはなかなか申し上げにくいと思っております。

保坂(展)委員 この問題は大臣にもう一度伺いますけれども、やはり、各国が名乗りを上げていくと、最後、幾つかに絞られるわけですね。

 そこで、IOCの委員に対して、いわば接待攻勢をかけてはいけませんよ、一人当たりのお土産は二百ドルですか、それまでですよ、いろいろな規定があるわけですね。そこからやはり逸脱してしまって、あるいは、レセプションなどについても制約があった、しかしそれは実際開かれてしまった。あるいは、では刀をどうぞというようなこともあって、これはやはりちょっとルール違反じゃないかということが言われて、それがどうだったかということを検証するために会計帳簿という話になると、それはもうないというようなことはやはり繰り返してはならないわけで、これからということを考えると、長野でこういうことがあり、調査報告書も出たということを踏まえて、公正な経理でしっかりやっていくという意味では、先ほどの任意ということでやるのではないという方が望ましいと思うのですが、いかがでしょうか。

小坂国務大臣 私もIOCの規定とかそういうものは余り詳しくないので、いいかげんなことをこの立場で申し上げるのは控えたいと思いますが、当時いろいろな活動があって、そして長野オリンピックも終わって、その後のIOCの総会等でいろいろな問題が指摘されて、IOCの規定が整備されて、贈り物は幾らぐらいを限度とするとか、その後でいろいろなことが決まってきたように、印象は、私としては持っているんですね。

 したがって、その後、その規定が整備されて、そういったものは是正されたという枠組みがありますから、その枠組みの中で、お互いにフェアな闘いで、候補地としての招致運動を展開することがいいと思いますね。

保坂(展)委員 もう一つ、これはJOCのあり方という問題もはらんでいるように思うのですね、局長に最後にお答えいただきますけれども。

 例えば、当地にぜひ招致したいという熱意と強い情熱がそれぞれあると思いますけれども、それに対して、開催国の中での候補地が絞られたときに、やはりJOCの中でしっかりと、こういうルールがあるんですよ、余り過剰な接待はいけないですよ、あるいは倫理規定ありますよということをしっかり押さえていったのかどうかということも実はこの報告書は触れているんですね。

 そういう意味では、文科省の監督責任というのもあるし、それから、これからということを考えると、二度とそういうことが言われないような運営をしていただかなければいけないという点で、いかがでしょうか。

素川政府参考人 長野における具体的な事実に関しては詳細は把握しておりませんけれども、先生今おっしゃいましたように、JOC、これは日本のオリンピック活動を統括する責任ある立場にある組織でございます。日本におけるオリンピックムーブメントというものを展開するに当たって、IOCの定めるいろいろなルール、マニュアルというものに沿って適正に活動していただけるものと思っておりますし、私どももJOCと連携して、そのようなことに十分留意してまいりたいと思っております。

保坂(展)委員 昨日、質問に先立ちまして、この会長さんに御連絡をしたところ、これは十一月に出した、自分たちには、調査をするといっても、何か強制的な権限があるわけでない、任意にお聞きするということでやっていた、ですから、お聞きしたくても聞けない方もいたと。十一月の二十二日にこの報告を出して半年間、これは間違っていたら指摘してくれ、あるいは、ここは欠けているよ、もっとこういう点があるよというなら追加してくれということでお待ちになるということでございます。

 ですから、当委員会などで、今後のオリンピック招致というのは大事なことですから、もし機会があればお呼びしてお話を伺うなど、協議をお願いしたいと思います。

遠藤委員長 その件も検討いたします。

保坂(展)委員 それでは、きょうはこれで終わります。ありがとうございました。

遠藤委員長 次回は、来る三十一日金曜日午前十一時三十分理事会、午前十一時四十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後五時散会


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