衆議院

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第12号 平成26年4月16日(水曜日)

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平成二十六年四月十六日(水曜日)

    午前八時四十二分開議

 出席委員

   委員長 小渕 優子君

   理事 中根 一幸君 理事 丹羽 秀樹君

   理事 萩生田光一君 理事 山本ともひろ君

   理事 義家 弘介君 理事 笠  浩史君

   理事 鈴木  望君 理事 稲津  久君

      青山 周平君    秋本 真利君

      池田 佳隆君    岩田 和親君

      小此木八郎君    神山 佐市君

      菅野さちこ君    木内  均君

      工藤 彰三君    熊田 裕通君

      小林 茂樹君    桜井  宏君

      新開 裕司君    末吉 光徳君

      冨岡  勉君    中谷 真一君

      中村 裕之君    永岡 桂子君

      野中  厚君    馳   浩君

      福山  守君    藤原  崇君

      宮内 秀樹君    宮川 典子君

      菊田真紀子君    細野 豪志君

      吉田  泉君    遠藤  敬君

      椎木  保君    三宅  博君

      中野 洋昌君    柏倉 祐司君

      井出 庸生君    宮本 岳志君

      青木  愛君    吉川  元君

    …………………………………

   議員           吉田  泉君

   議員           笠  浩史君

   議員           鈴木  望君

   議員           中田  宏君

   文部科学大臣

   国務大臣

   (東京オリンピック・パラリンピック担当)     下村 博文君

   文部科学副大臣      西川 京子君

   文部科学大臣政務官    冨岡  勉君

   文部科学大臣政務官    上野 通子君

   政府参考人

   (文部科学省大臣官房文教施設企画部長)      関  靖直君

   政府参考人

   (文部科学省生涯学習政策局長)          清木 孝悦君

   政府参考人

   (文部科学省初等中等教育局長)          前川 喜平君

    ―――――――――――――

委員の異動

四月十六日

 辞任         補欠選任

  熊田 裕通君     秋本 真利君

  比嘉奈津美君     末吉 光徳君

  宮内 秀樹君     中谷 真一君

同日

 辞任         補欠選任

  秋本 真利君     中村 裕之君

  末吉 光徳君     藤原  崇君

  中谷 真一君     岩田 和親君

同日

 辞任         補欠選任

  岩田 和親君     宮内 秀樹君

  中村 裕之君     熊田 裕通君

  藤原  崇君     福山  守君

同日

 辞任         補欠選任

  福山  守君     比嘉奈津美君

    ―――――――――――――

四月十五日

 地方教育行政の組織の改革による地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案(笠浩史君外三名提出、衆法第一六号)

 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第七六号)

は本委員会に付託された。

四月十六日

 教育委員会制度を廃止する等のための地方自治法等の一部を改正する法律案(中田宏君外四名提出、第百八十三回国会衆法第二五号)

 地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案(笠浩史君外二名提出、第百八十三回国会衆法第四五号)

は委員会の許可を得て撤回された。

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 委員派遣承認申請に関する件

 政府参考人出頭要求に関する件

 参考人出頭要求に関する件

 教育委員会制度を廃止する等のための地方自治法等の一部を改正する法律案(中田宏君外四名提出、第百八十三回国会衆法第二五号)

 地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案(笠浩史君外二名提出、第百八十三回国会衆法第四五号)の撤回許可に関する件

 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出第七六号)

 地方教育行政の組織の改革による地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案(笠浩史君外三名提出、衆法第一六号)


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     ――――◇―――――

小渕委員長 これより会議を開きます。

 この際、お諮りいたします。

 第百八十三回国会、中田宏君外四名提出、教育委員会制度を廃止する等のための地方自治法等の一部を改正する法律案及び第百八十三回国会、笠浩史君外二名提出、地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案につきまして、提出者全員から撤回の申し出があります。これを許可するに御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小渕委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

     ――――◇―――――

小渕委員長 内閣提出、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案及び笠浩史君外三名提出、地方教育行政の組織の改革による地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案の両案を一括して議題といたします。

 順次趣旨の説明を聴取いたします。下村文部科学大臣。

    ―――――――――――――

 地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案

    〔本号末尾に掲載〕

    ―――――――――――――

下村国務大臣 おはようございます。

 このたび政府から提出いたしました地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部を改正する法律案について、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。

 今日、児童生徒等の生命身体や教育を受ける権利を脅かすような重大な事案が生じる中で、地方教育行政における責任の所在が不明確であること、迅速な危機管理対応ができていないこと、民意を反映した地方公共団体の長と教育委員会の連携が十分でないこと等が指摘され、地方教育行政に係る制度の抜本的な改革が不可欠な状況となっております。

 この法律案は、こうした状況に対応するため、教育の政治的中立性、継続性、安定性を確保しつつ、地方教育行政における責任体制の明確化、迅速な危機管理体制の構築、地方公共団体の長と教育委員会との連携の強化を図るとともに、地方に対する国の関与の見直しを図る等の必要な見直しを行うものであります。

 次に、この法律案の内容の概要について御説明申し上げます。

 第一に、従来の教育委員長と教育長を一本化した新たな教育長を、地方公共団体の長が議会の同意を得て、三年の任期で任命することとし、新たな教育長が、教育委員会の会務を総理し、教育委員会を代表することとしております。

 第二に、地方公共団体の長が、教育、学術及び文化の振興に関する総合的な施策の大綱を策定するものとしております。また、大綱の策定に関する協議及び教育を行うための諸条件の整備等を図るため重点的に講ずべき施策や、児童生徒等の生命または身体に現に被害が生じ、またはまさに被害が生ずるおそれがあると見込まれる場合等の緊急の場合に講ずべき措置についての協議を行い、地方公共団体の長と教育委員会の事務の調整を図るため、地方公共団体の長及び教育委員会をもって構成する総合教育会議を設けるものとしております。

 第三に、教育委員会の法令違反や怠りがある場合であって、児童生徒等の生命または身体に現に被害が生じ、またはまさに被害が生ずるおそれがあると見込まれ、その被害の拡大または発生を防止するため、緊急の必要があり、他の措置によってはその是正を図ることが困難な場合、文部科学大臣は、教育委員会に対し指示できることを明確化することとしております。

 このほか、所要の規定の整備を行うこととしております。

 以上が、この法律案の提案理由及びその内容の概要であります。

 何とぞ、十分御審議の上、速やかに御可決くださいますようお願いいたします。

小渕委員長 次に、中田宏君。

    ―――――――――――――

 地方教育行政の組織の改革による地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案

    〔本号末尾に掲載〕

    ―――――――――――――

中田議員 日本維新の会の中田宏でございます。

 ただいま議題となりました地方教育行政の組織の改革による地方教育行政の適正な運営の確保に関する法律案につきまして、提出者を代表して、その提案理由及び内容の概要を御説明申し上げます。

 教育は国家百年の計です。人づくりなくして国づくりなしの理念のもと、改革を着実に進めていかなければなりません。我が国では、少子高齢化が進展し、人口減少の時代を迎える中、昨今のグローバル化、情報化の流れの中で成長を続けていくためには、未来への投資である教育の充実を図り、持続可能で活力ある社会を構築していく必要があります。

 今、教育現場では、教育格差の問題、いじめ、体罰、暴力行為、不登校など、子供をめぐる多様で複雑な問題が山積しております。しかし、きめ細やかな対応が必要な問題であっても、現在の教育行政においては、責任の所在が曖昧な実態があります。特に、地方自治体においては、教育の予算編成などの教育財政は首長が決め、教育行政については教育委員会が行うといった二元行政の仕組みになっており、こうした仕組みを改善し、最終的な責任を明確にすることが教育行政に今最も求められています。

 本案は、地方公共団体における教育行政の適正な運営の確保を図るため、教育長、地方公共団体の教育機関及び学校運営協議会、教育監査委員会等の設置その他地方教育行政の組織の改革に関し必要な事項を定めるものであり、その主な内容は次のとおりであります。

 第一に、地方公共団体における教育行政は、その責任体制を明確にした上で教育の中立性を確保しつつ、公正かつ適正に行うものとする基本理念を定めるとともに、地方公共団体の長は、教育基本法第十七条第一項に規定する基本的な方針を参酌し、その地域の実情に応じ、当該地方公共団体の教育の振興に関する総合的な施策の方針を、議会の議決を経て定めることとしております。

 第二に、都道府県及び市町村等に教育長を置くこととし、教育長は、地方公共団体の長が任命することとしております。また、教育長の任期は四年とし、地方公共団体の長は、任期中においてもこれを解職することができることとしております。

 第三に、地方公共団体は、法律で定めるところにより、学校、図書館、博物館、公民館その他の教育機関を設置するほか、条例で、教育に関する専門的、技術的事項の研究または教育関係職員の研修、保健もしくは福利厚生に関する施設その他の必要な教育機関を設置することができることとしております。

 第四に、地方公共団体の長は、当該地方公共団体の規則で定めるところにより、当該地方公共団体の設置する学校のうちその指定する学校の運営に関して協議する機関として、学校運営協議会を置くことができることとしております。

 なお、学校運営協議会については、本案の施行後できるだけ速やかに、その活動の状況等を勘案した上で、原則として地方公共団体の設置する全ての小学校及び中学校に設置することに向けた検討を加え、その結果に基づき必要な措置が講ぜられることとしております。

 第五に、都道府県及び市町村等に、当該地方公共団体の長が処理する学校教育等に関する事務の実施状況に関し必要な評価及び監視等を行う教育監査委員会を置くこととしております。

 第六に、地方公共団体の長が教育に関する事務を行うに当たり、当該地方公共団体が設置する学校における管理運営が主体的に行われるようにするとともに、児童生徒等の生命もしくは身体または教育を受ける権利を保護する必要がある緊急の事態においても適切に対処することができるよう配慮するものとしております。

 第七に、地方教育行政の組織及び運営に関する法律は廃止することとしております。

 以上が、本法案を提出いたしました理由及びその内容の概要であります。

 本法案は、教育委員会制度のあり方を、昭和三十一年以来約五十八年ぶりに抜本的に見直す重要なものであります。何とぞ、十分御審議の上、御賛同くださいますようお願いを申し上げます。

小渕委員長 これにて両案の趣旨の説明は終わりました。

    ―――――――――――――

小渕委員長 この際、お諮りいたします。

 両案審査のため、本日、政府参考人として文部科学省大臣官房文教施設企画部長関靖直君、生涯学習政策局長清木孝悦君及び初等中等教育局長前川喜平君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小渕委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

小渕委員長 これより質疑に入ります。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。義家弘介君。

義家委員 自由民主党の義家弘介です。

 ようやくこの日を迎えることができたことを私自身も大変光栄に思いますし、そして何よりも、これまで教育行政の無責任体制の中で失意の中消えてしまった子供たちの命、そして、その無責任体制の中で憤った関係者たちにしっかりと応えるためにも、この質疑、十分に尽くした上で、地方教育行政法の改正、行っていくべしと思っております。

 下村文部科学大臣と私が初めて出会ったのは、もう十年以上前になります。広島でした。当時、私はまだ高校の教師でありまして、偶然下村大臣と御一緒したわけでございますが、そのときも、公教育の無責任体制、教育を断固再生しなければ未来に対しての責任にならないということを熱く語っていたこと、今でも思い出されます。

 今回の地方教育行政法の抜本改革は、まさに、第一次安倍内閣、大臣は官房副長官として教育再生会議にも参加し、私は担当室室長としてこの議論を行ってまいりましたが、五十八年ぶりの抜本改正であります。

 改めて、まず大臣より、教育行政のあり方を抜本的に改革する必要がどのような観点からあったのかということを御説明ください。

下村国務大臣 義家委員は、衆議員、参議員になる前から教育再生会議で室長をしていただき、もちろんその前からもヤンキー先生として有名でありましたから存じ上げていたわけでありますが、このような形で、きょう、五十八年ぶりの地方教育行政、教育委員会制度抜本改革について審議できるということは、本当にありがたいことであります。

 そして、今回の地方教育行政のあり方を改革する必要性の中での教育委員会制度でありますけれども、現在の教育委員会制度は、合議制の執行機関である教育委員会、その代表である委員長、事務の統括者である教育長の間で責任の所在が不明確である、また、直接選挙で選ばれる首長との意思疎通、連携に課題があり、地域住民の意見を十分に反映していないのではないか、そして、教育委員会が事務局の提出する案を追認するだけで、審議が形骸化している、こういう課題が指摘されているわけでございます。

 これらの課題を解決するため、平成十八年には教育再生会議が設置され、義家委員にはそこに入っていただいたわけでありますが、その提言を踏まえ、平成十九年に地教行法が改正されたところでございます。

 この平成十九年改正においては、教育委員会の責任体制を確立するため、合議体の教育委員会が教育長に対してだけ委任せず、みずから決定し、管理、執行すべき事務を法律上規定するということをしたほか、国が公教育における責任を果たすため、児童生徒等の教育を受ける権利や生命身体の保護のため文部科学大臣が講ずべき内容を示した是正の要求や是正の指示を行えるということになったわけでございます。

 しかしながら、平成十九年以降も依然として、児童生徒のいじめによる自殺事案など深刻な事案が生じた際に、非常勤の委員の合議体である教育委員会では日々変化するさまざまな教育の問題に迅速に対処できないといった課題があるため、改めて抜本的な改革を行うこととしたわけでございます。

義家委員 ありがとうございます。

 私は、下村文部科学大臣、歴史に名を残す大臣であるというふうに思っております。先日、ある知人から言われました。戦後六十年以上、教育の問題がとにかく取り沙汰されてきたが、しかし、時の政権はなかなかそれに対しての再生の道を打てなかった。しかし、今の内閣、下村文部科学大臣は、まともな政権でも十年かかるであろうと予想していた教育再生策を、まさに一年数カ月でなし遂げていただいている、こんなに心強いことはないということをおっしゃっていますが、私も同感であります。

 教科書の検定基準の見直し、指導要領解説書の見直し、土曜授業を可能とする省令の見直し、違法状態に対して、八重山に対しての毅然たる是正の要求、さらには、学習指導要領の前倒し、オリンピックの招致、まさに未来につながるさまざまなことをきちっと一つ一つ積み上げていらっしゃるということで、大変心強く思っております。

 そして、今回の地方教育行政法、これは公教育の基礎となる仕組みの法律でありますので、この必要性もずっと叫ばれてきているけれども抜本改正はできなかったわけですけれども、今回、下村大臣のもとでこうしてしっかりと提出されて、これから議論し、成立に向けて私も必死に汗をかいてまいりたいと思っております。

 一部では、今回の抜本改正が非常に早急であり、もっと議論が必要だ、もっと慎重に議論して進めるべきであるという声が寄せられております。しかし、この問題というのは、もう何十年も実は議論してきている問題なんですね。集団的自衛権の問題と同じです。集団的自衛権も、何十年も議論してきている問題なわけです。

 その中で、我々も、八年前、教育再生会議からの議論、また、野党時代も、下村大臣が本部長を務め、私が主査を務めた教育再生実行本部での徹底した議論、さらに、政権奪還後の議論も非常に細かく行われてきたわけですが、今回の提出に当たる丁寧な議論をどのように行ってきたのかということについて御説明ください。

下村国務大臣 冒頭、過分な評価をいただきまして恐縮です。ありがとうございます。

 よく、おっしゃるとおり、いろいろな改革をするということで、非常に焦っているのではないかとか、拙速ではないかとか、十分な議論がされていないのではないかということが一部マスコミに書かれたりしておりますが、これは今義家委員が言われたように、全く当たっていない。今までずっと議論していた部分について、今回突然来た改革とかではなくて、それを行っているということでありまして、相当前からいろいろな形が山積した部分を一つ一つ整理し、処理しているということでございます。

 今回の地教行法改正に当たっても、政府として、教育再生実行会議において合計六時間の議論、それから中央教育審議会において合計四十二時間の議論を行った上で、自民党において、文部科学部会において合計八時間の議論、また教育委員会改革に関する小委員会、これも自民党の中でつくっていただいたわけですが、ここで合計十六時間の議論、さらに、公明党においては、文部科学部会において合計四時間の議論をしていただき、そして、自民党と公明党で与党の教育委員会改革に関するワーキングチームをつくっていただき、そこで合計二十二時間に及ぶ議論を行っていただいたわけでございます。

 このように、この案は、合計百時間を経た丁寧かつ十分な議論をもとにまとめられたものであり、ベストな案というふうに考えております。

義家委員 ありがとうございます。

 まさにそれに尽きるわけですけれども、我々は徹底的な議論を、これは政府においても、そして与党においても、徹底的な議論を詰めて詰めて詰めた上で今回の原案を出したわけであります。ある意味では、私は詰め過ぎたところもあるかなと実は思っているんです。試合前のボクサーぐらいに詰めてしまったので、なかなか伸び代という部分ではない状態での提出、しかし一方で、非常にすっきりした提出になっているわけです。

 大臣がおっしゃってくれたとおり、自民党の部会において計八回、部会の下に設置された小委員会においても計八回、それから公明党とのワーキングチームでも計十一回、都合二十七回。インナーについては、渡海先生を筆頭にしながら毎日行われまして、その時間は、この政権奪還後だけで単純に計算しても、インナーも含めたら倍の二百時間ぐらいはこの法律の作成にかかっている。そのたびに、しっかりとブリーフィングもしながら、国民にしっかり提示しながら進めてきたものであると私自身も認識しております。

 さて、それでは、中身に入ってまいります。

 これまで問題視されてきた教育行政の権限と責任、この問題、これが最大の教育委員会制度の問題であると指摘され、現実に私もそう感じてまいりましたが、今回の改正で権限と責任の明確化はどのように図られると考えているか、大臣、お答えください。

下村国務大臣 二百時間の中で常に義家委員がかかわっていただいて主体的にやっていただいているということについては、本当に感謝申し上げたいと思います。

 そして、権限と責任の明確化でありますが、改正案では、教育委員長と教育長が一本化した新教育長を置くことにより、教育委員会における責任の所在が不明確であるという従来の課題が解消し、新教育長が教育行政の第一義的な責任者であるということが明確になると考えております。

 一方、首長についても、直接新教育長の任命責任を負うとともに、総合教育会議を通じまして連帯して教育行政に責任を負う仕組みが整うことにより、その役割が明確になるものと考えております。

義家委員 まず、これまでの長い議論の中で必ず上がってきた問題点について少し整理したいと思いますが、それは、教育の政治的中立性、継続性、そして安定性の確保をどのように担保していくかということであります。

 教育方針が時の為政者や時の教育委員会によってころころ変わってしまったならば、混乱は、学校現場、子供たちに直接降りかかることになります。また、政治的中立性、継続性、これもしっかりと担保しなければ子供たちが巻き込まれるという議論が必ず起こってくるわけですが、今回の改正は、この政治的中立性、継続性、安定性についてどのような方法で担保しているとお考えか、大臣、お答えください。

下村国務大臣 今回の改正案においては、教育委員会を合議制の執行機関として残すとともに、教育委員会の職務権限は変更しないこととしていることから、最終的な決定権限は教育委員会に留保されております。したがって、教育の政治的中立性、継続性、安定性の確保が図られているものであります。

義家委員 もう少し突っ込んで質問させていただきます。

 まず、教育における政治的中立性についてでありますが、これは幾つかの側面から考えねばならない問題であろうと思います。

 一つは、時の為政者からの中立、つまり、政治家のパフォーマンスあるいは教育施策によって、ころころころころ教育政策が変わってはならないという意味での政治的中立性、それから、教職員の政治的行為から子供たちを守るという意味での政治的中立性、さらには、組合との関係の政治イデオロギーからの中立の観点からも考えられるわけです。

 大臣の考える政治的中立、ずっと議論してきた中でこの三つとも含まれるわけですが、この教育委員会を執行機関として残して一定の独立性、中立性を守るというのは、時の為政者からの中立という意味では担保されるわけですが、残りの二つ、例えば教職員の政治行為、あるいは、組合との関係の政治イデオロギーに子供たちが巻き込まれるというものの中立性もしっかりと同時に確保していかなければならないことだと思います。

 それに関して、我々野党時代に議員立法として提出しましたが、一つは教育公務員特例法。これは昭和二十四年、当時、日教組の影響が過激、さらに過激であったころにできたものですが、公立学校の教職員の政治行為については当分の間国家公務員の例による、つまり、やってはいけないわけですけれども、罰則規定がないわけですね。罰則規定がなく、無責任な教育委員会がそれを把握することができない状況の中で、今でも半ば公然と行われてしまっている実態があり、また、選挙違反、公職選挙法にも抵触するような事件が起こっている問題であります。

 二つ目が、教師のイデオロギー授業や子供たちを巻き込むものに関しては、これも、昭和二十九年にできた義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法という法律がございます。

 今回の地教行法と同時に、政治的中立を担保するためにこの二つの改正も今後進めていくべきと私は考えておりますが、大臣のお考えを教えてください。

下村国務大臣 まず、教育の政治的中立性とは、教育基本法第十四条第二項が「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」と規定しているなど、多数の者に対して強い影響力を持ち得る教育に、一党一派に偏した政治的主義主張が持ち込まれてはならないことを意味するものであるというふうに理解をしております。こういうことからも、首長や教職員組合などの主体を問わないものであり、また、イデオロギーからも中立であることを意味いたします。

 この教育基本法とともに、今義家委員から御指摘があった二つの法律案、これは議員立法で自民党が野党のときから準備、用意をしているものでありますが、これはぜひ、議員立法を進めることによって、国民の皆さんからごらんになっても、政治的中立性は学校、教育現場においてきちっと担保されているということをより立法として示す、そういうことも必要ではないかというふうに考えます。

義家委員 ありがとうございます。

 下村本部長時代に、この地方教育行政法、それから、教育公務員特例法の改正、義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法の改正、これは新教育三法として掲げ、総選挙でも公約として掲げたものであります。地教行法を変えた暁には、しっかりとこれにも対応していくことを改めてここにお示ししたいというふうに思っております。

 例えば、特定秘密保護法のときも、多くの先生方が、年休をとってなのか、国会周辺にデモに参加しておりました。これはまさに政治的行為ですから、デモに参加して、大声を張り上げてシュプレヒコールをして、マイクでしゃべって、こういう政治的行為が国会周辺でも行われている。これは教育基本法の改正のときも同じでしたけれども、それも平日なわけですから、当然、子供たちは取り残されていると言わざるを得ないわけであります。

 年休をとったからいいのではないかといっても、毎回、選挙のたびに出しますけれども、団体としても個人としても、教員の政治的活動はだめであるという通知は出している。しかし、それがなし崩しになり、毎回毎回こういう問題が生まれて、公教育への信頼が失墜している現状でありますから、我々議席を預かる者として、これについての是正も進めていかねばならないと思っております。

 続きまして、教育行政において戦後よく用いられてきたレーマンコントロールという言葉があります。このレーマンコントロールという言葉の趣旨について、これは大臣じゃなくて文部科学省の方がいいんでしょうか。文部科学省、ホームページにもレーマンコントロールという言葉が繰り返されていますが、ぜひお答え願いたいんです。

 レーマン、素人ですよね、それでコントロール。子供たちの人生を大なり小なり左右する教育というものが素人によってコントロールされている。私は、この言葉の使い方自体が非常におかしい、戦後レジームそのものだというふうに思えてならないわけです。しかし、解釈は違うと文科省のホームページにもありますので、改めて、前川局長、このレーマンコントロールの趣旨をお答えください。

前川政府参考人 いわゆるレーマンコントロールという言葉でございますけれども、これは、現行の教育委員会制度を説明する際に使われてきている言葉でございます。

 これは、専門家の判断のみならず、広く地域住民の意向を反映した教育行政を実現するため、教育の専門家や行政官ではない住民が専門的な行政官で構成される事務局を指揮監督する仕組みであるというふうに説明されております。

義家委員 と言うと聞こえはいいわけですが、例えば教育委員会、きょう維新の会の中田委員も来ていらっしゃいますけれども、私も横浜市で中田市政のときに教育委員をしておりました。横浜市においては、月二回、かなり闊達な議論を行う大改革を行っていたわけですけれども、始まるのは、横浜市の場合は火曜日の午前九時から始まるわけです。平日の午前中に出てこられる人というのは一体どれほどいるんですかということなんですよ。つまり、単純に考えたら、定年退職をなさっている方か、自営業者で、跡取りがしっかりいて、会社をあけても可能な方か、時間の比較的融通のきく大学等の先生か、あるいは主婦、仕事を持っていない、男でも女でも、主婦の人かそのぐらい。

 つまり、レーマンコントロール、広く民意をと言われるけれども、ひどく限定的な人しかこれに参加できないような仕組みになっているわけです。今、前川局長がおっしゃるように、本当に地域住民の意見を反映するんだったら、教育委員会は土日にやるとかすればいいじゃないですか。しかし、それは役所が休みだからやらないというわけですよね。

 だから、本来の趣旨と今の現実というものが乖離しているという認識、前川局長はありませんか。

前川政府参考人 このレーマンコントロールの趣旨をどう生かすかということにつきましては、教育委員をどのように人選するかということに大きくかかわってくると思いますので、これは制度の運用の問題といたしまして、現在の教育委員会制度のもとで教育委員の任命権を持っている首長の判断に大きく依存していることではないかというふうに考えております。

義家委員 全く答弁になっていないわけですけれども。

 つまり、文科省が言うように、広く住民の意見を専門家だけではなくて取り入れていく、これがレーマンコントロールなわけですけれども、平日の午前中に集まれる人たちというのは限定されているわけですよ。もしそういう趣旨でしっかりと責任あるものが進められていくんだったら、例えば教育委員会を夜やるとか、あるいは土曜日にやるとか、そして広く参加できるような体制をつくっていくべきと考えますが、その辺どう考えているのか、もう一回お願いします。

前川政府参考人 教育委員会の会議をどのように持つかということにつきましては、教育委員会自身が決めることではございますけれども、私どもの手元にございます資料によりますと、土曜、日曜、祝日に開催しているという教育委員会、これは平成二十三年度の資料でございますが、都道府県、指定都市で七・六%、一般の市町村で六・三%、また夕方十七時以降の時間帯に開催しているというケースが、都道府県、指定都市で七・六%、一般の市町村で一五・三%という実態でございます。

義家委員 ちょっと繰り返しになりますけれども、その実態だからこそ、広く多くの住民の意見を吸い上げるという観点でのレーマンコントロールというのを踏襲していくなら、そういうふうな開催、五時以降の開催とか土日の開催とか、そういうことも含めて働きかけていくべきだと私は考えますが、文部科学省はいかがですか。

前川政府参考人 確かに、広く地域住民の意向を反映するという趣旨からいきますと、さまざまな分野の住民が参加できる、しやすい時間帯に開催するというのは適切なことではないかというふうに考えております。

義家委員 そういう後押しや発信というものを文部科学省が責任を持ってすべきであろうと思います。というのは、文部科学省もホームページでこのレーマンコントロール、絶賛しているわけです。

 「レイマンコントロールは、専門家だけの判断に偏することなく、住民のニーズを適切に施策に反映させる仕組みである。」「レイマンコントロールには緊張感を持たせるという役割がある。」私はどこに緊張があるのかわからないですけれども。「裁判員制度と同じで、専門家だけだと偏った方向へ行くという考え方が、レイマンコントロールに道を開いている。」月一回平均一・六時間で裁判員制度と同列に記述するこの無責任、指摘しておきたいと思います。

 続いて、「レイマンは重要なコンセプトである。これまで素人という意味合いが強かったが、むしろ予断や偏見を排して事柄に臨む人たちと考えるべき。」「レイマンは素人でなく、一般常識人と捉えるべき。一般常識人たる国民の代表が、教育について意見を言う機会を大事にしないと、特定の人間だけで教育が動いてしまうことになる。」「教育の問題は、誰もが真剣に考えることができるものであり、教育委員は大局的な判断をなすことができる。」本当かなと思うんですけれども。情報がなくて、月平均一・六時間で大局的な判断ができる人に私はこれまで会ったことがございません。「議論が伯仲することはあるが、それによって事務が遅滞することはない。」竹富町あるいは沖縄県教育委員会、事務が完全に停滞して、違法な状態に対しても何の手出しもできないような状況になってしまっている。

 さらに、「レイマンコントロールの本来の趣旨は、選挙によるイデオロギーのブレを防ぐことにある。しかし審議会の設置などでそれは防げる。形式的なレイマンコントロールによって、イデオロギーのブレを防ぐというのは時代錯誤。」

 これは文科省のホームページですよ。この方針をこれからも踏襲していくという考えで、前川局長、よろしいですか。

前川政府参考人 いわゆるレーマンコントロールの考え方につきましては、今回の地教行法の改正によりまして、一定の見直しは迫られるのではないかというふうに考えております。

 現在の教育委員会制度につきましても、教育委員が一般常識人のみで構成されるべきであるということではなく、教育の専門家が教育委員となることは差し支えございませんし、また、そういったことで有効な議論が行われるということもあると考えています。

 今回の改正案におきましては、教育行政の責任者としての教育長、これは教育委員会の構成員になるわけでございますが、その教育長のリーダーシップが高まるということは事実でございまして、その限りにおきましては、教育委員会の構成に一つの変化が生じるということで、レーマンコントロールということがこれまでと同等、同じ意味で妥当するということにはならないのではないかというふうに考えておりますが、一方で、教育委員の職業等に偏りが生じないように配慮するという現行法の規定は維持することとしておりまして、教育の専門家ではない一般の住民の意向を広く教育行政に反映していくという趣旨では、このレーマンコントロールの考え方も引き続き維持していくということになるというふうに考えております。

義家委員 何度も繰り返しますが、一般の住民は平日の昼間は働いているんですよ。だからこそ、そういう一般の住民、まさにこのレーマンコントロールという概念を採用していくのであれば、そういうところがしっかりと参加できるような体制というのをつくっていくために促していかなければならないわけです。都合が悪くなると地方の問題、そして問題があると国の責任、この二枚舌ではだめなわけですね。

 この根本を進めていくと決めるのであれば、その体制をどう担保していくかということが非常に重要であり、権限というものには常に責任がセットになってくるわけです。言いかえれば、責任の持てない権限なんてあっちゃいけないんですよ。そんな無責任なことで子供たちの教育が決まるというのは間違っているわけです。

 繰り返しになりますが、中田横浜市政のときの私が参加していた教育委員会、我々は権限を行使するからこそ責任から逃げてはならないというスローガンのもとで、例えば教科書の採択においても、百時間以上、みんなで学びながら、熟読しながら、どの教科書がこれに対して、専門家ではないけれども、私は社会科の教師でしたが、例えば英語の教科書や理科の教科書、専門家ではない教科書も読み込んだ上でみずからの意見を言い、そしてどの教科書が適切なのかということを議論してきたわけですが、これは一部なんですよ、現在でも。一部の教育委員会なんですよ。

 それを広げていくべく、つまり、執行機関として残すのであれば、その執行権限とイコールフッティングの義務、責任をまさにこの委員の皆さんには負っていただかなければならないわけですね。だから、今のような後ろ向きの答弁で、法律が成立しました、動き出しました、いまだ無責任が起こっていますということでは困るわけです。

 よく事件が起こるたびに、教育委員の皆さん、例えば大津のときもそういう声が上がりましたが、我々はマスコミの報道で事態を知っているという状況になっているわけですよ。教育行政の責任者たる教育委員が、事務方から上がってくる情報はゼロで、マスコミの報道によって、ああ、こういう状況があったのかということを知るなんというレーマンコントロールはまさに無責任であろうというふうに思いますが、もう一回、答弁をお願いします。

前川政府参考人 義家先生の御指摘の点は、まさに教育委員会制度が形骸化しているのではないかと言われる一つの大きなポイントではないかというふうに思っております。

 この点につきましては、教育委員会の中にも極めて活性化しているというものが、御指摘のあった横浜市の例のように、そういう例はあるわけでございますけれども、これは現行の制度の運用において関係者が努力した結果ではないかというふうに考えております。

 教育委員は、確かに非常勤ではございますけれども、教育行政について合議体として責任を負うという機関でございますので、その自覚はきちんと持っていただく必要があるということは私どもも考えておりますし、その旨を今後とも教育委員の会議などを通じまして指摘してまいりたいというふうに考えております。

義家委員 どこまで実態を把握しているのかわかりませんが、いいですか、教育委員さんのデスクさえない教育委員会、いっぱいあるんですよ。横浜市も、私が来る前にようやく部屋ができて、個別のデスクができて、執務室ができて、そして平日でも来て仕事ができるようになったわけですが、会議室はあっても、教育委員さんに割り当てられているデスクもパソコンもないような教育委員会が多く存在しているんですよ。これはどう思いますか。

前川政府参考人 教育委員は非常勤ではありますけれども、日々の教育行政について責任を負うという立場でございますので、それにふさわしい施設整備ということは必要ではないかというふうに考えております。

義家委員 もう当たり前の話ですよ。しっかりと教育行政に責任を持つならば、やってくれやってくれと言うんだったら、月に一回の一・六時間の会議に出席することが教育委員の仕事じゃないわけですから、最低でも執務室、デスク、これはあるべしであろうと私は思います。

 こういった努力もしっかりと促さなければなりませんが、さらにこの問題についてもう一点。

 レーマンコントロール、素人、「一般常識人」で「予断や偏見を排して事柄に臨む人たち」、これが文部科学省の見解ですが、教員OBや大学教員等はこの「予断や偏見を排して事柄に臨む人たち」、すなわちレーマンでしょうか。

前川政府参考人 教育委員会は、全体として幅広い地域住民の意向を反映するということが求められているということでございますが、その中に、教員出身者あるいは現に大学の教員である者が入っていてはいけないということではないというふうに考えております。

義家委員 教員OBなんて、まさにこれは「予断や偏見を排して事柄に臨む人たち」の反対側にいる人たちじゃないんですか。

 いいですか、挙げますよ。都道府県の教育委員会、教員OB二二・四%、大学の教員等四〇・九%、合計六三%が教育関係者です。それから、市町村に関しては、教員OB二八・三%、大学教員等二三・六%、半分以上が教育関係者でございます。都道府県の教育長、教員OBが三四%、市町村の教育長、教員OB六九・八%。

 教育に対して「予断や偏見を排して事柄に臨む人たち」の実態に適しているかどうか、ぜひお答えください。

前川政府参考人 教育委員の中で、例えば過半数が教員OBであるというようなケースは、確かにその適切さを議論すべきではないかというふうに思いますが、教育長は確かに教育委員の身分をあわせ持っているわけでございますけれども、教育長に関する限りは、一定の専門性をむしろ求められるというふうに考えておりますので、教育長である教育委員につきましては、一定の、教育あるいは教育行政についての知見や経験を持っている者が望ましいというふうに考えております。

義家委員 私もそう考えているわけですが、いいですか、問題は、教育委員会の構成にも問題があるし、教育委員会事務局の職員の構成にも問題があるというふうに思っているんです。

 教育委員会事務局、教員職、教員籍の先生方が事務局の中で大きな影響力、首長部局の一般の公務員は転勤のたびに異動してしまいますから、つまり、学校あるいは組合と癒着した構造をつくりやすくなってしまう。さらに、レーマンコントロールと言われる教育委員会の中にも一定数の教員が入り、そして教育長も教員が入り、もちろん、教職員組合となれ合っている教員OBだけだとは私は全く思っていませんし、しっかりと適正に進めていく者もいると思いますが、しかし一方で、そういう構造が存在していることもまた事実なわけです。

 だからこそ、教育委員として参加する限りは、どのような権限とどのような責任を持ってその職責を全うしなければならないのかという議論をしっかりとこの国会で行っていかなければならないと思っているんです。

 時間がもったいないですから、この辺でこのレーマンコントロールあるいはこれからの体制の問題はやめておきますけれども、しかし、しっかりと議論して成案を得なければ、地方教育行政、せっかく仕組みが変わったのに現実が変わらないということが起こってしまう可能性がありますので、今後ともしっかりと指摘してまいりたいと思っております。

 さて、民意の反映という意味では、住民の選挙で選ばれた首長が教育の振興に関する総合的な施策を大綱的に定めるとされている今回の法律の趣旨は非常に重要であると思っておりますが、その趣旨について、改めて大臣より御説明をお願いいたします。

下村国務大臣 まず、今質問されていたレーマンコントロールについては、義家委員の御指摘はそのとおりだと思いますね。今回新しく教育委員会制度改革をする中、実態が変わらなかったら、仏つくって魂入れずのような状況になりかねない部分があるというふうに思います。

 ですから、本当のあるべき教育委員会、形骸化、形式化を批判してきた、それをどう変えるかということについては中身の問題もやはり同時に問われてくるというふうに思いますので、あわせて、本当のレーマンコントロールという意味では、おっしゃるとおり、平日の昼間だけでなく夜とか土日とか、実際やっている自治体もあるということですが、そのパーセントは少ない。諸外国では結構当たり前のようにやっている国もあるわけでありまして、もっと本当に地域の方々が参加しやすいような、そういう制度設計もあわせて同時に考えていくということについては、貴重な提案ですし、文部科学省としてもしっかりそれは対処をしていきたいと思います。

 それから、首長の総合教育会議を設けるものとした趣旨でありますけれども、首長は、現行制度においても、私学や大学等の事務を所管するとともに、予算の調製及び執行や条例案の提出を通じて教育行政に大きな役割を担っておりますが、首長と教育委員会の意思疎通が十分でないため、地域の教育の課題やあるべき姿を共有できていないという指摘があります。

 こうしたことから、首長と教育委員会が相互の連携を図りつつ、より一層民意を反映した教育行政を推進していくため、総合教育会議を設置することとしたものであります。

義家委員 これは本当に本法律の肝であり、画期的な決断であろうというふうに思っております。

 教育のことは教育委員会に任せておけばいい、あるいは政治は政治家に、首長は首長部局に任せておけばいいというような議論ではなくて、一体となって地域の教育をどうしていくのかということをしっかりと協議し、議論し、そして、連動して進めていくということなくして教育の再生はないと考えておりますので、非常に意義ある法改正であろうと思っています。

 その中身について、大臣に改めて質問、確認いたしたいと思いますが、この首長が主宰する総合教育会議でありますけれども、具体的にはどのようなことが教育委員会と首長の間で議論されるのかということについて、改めて、整理の意味でも教えてください。

下村国務大臣 おっしゃるとおり、今回の法律改正で総合教育会議を設置するというのは、大変な肝だというふうに思います。

 この中で何をするかという中で、大綱を定めるということになっておりますが、首長と教育委員会が相互の連携を図りつつ、より一層民意を反映した教育行政を推進していくためには、一つは、一定の期間内に、目指すべき教育の目標や理念、それから推進していく施策の根本となる指針を共有することが必要であるということから、また、近年の教育行政においては地方の裁量が拡大しており、地域住民の意向を適切に反映した教育行政を実施する必要性が高まっていること、そして、いじめや児童虐待防止、キャリア教育等、首長の所管する行政分野と密接に連携する必要性が高まっている。

 こういうことから、民意を反映した地方公共団体の代表者である首長に大綱の策定を義務づけることとし、この総合教育会議で、大綱について教育委員会、特に代表する教育長と一緒に公開の場で決めるということは、大変重要な法改正のポイントの一つだと思います。

義家委員 もう少し細かく質問しますけれども、この大綱については、恐らくは教育基本法で規定されている、国がつくる教育振興基本計画の地域版のようなもので、複数年にまたがる、未来に向けてこのようなものを進めていくんだというものというふうに認識しておりますが、大臣、それで間違いないでしょうか。

下村国務大臣 おっしゃるとおりです。

 総合教育会議においては、大綱の策定、それから、教育を行うための諸条件の整備その他の地域の実情に応じた教育、学術及び文化の振興を図るため重点的に講ずべき教育施策、また、児童生徒等の生命または身体に現に被害が生じ、またはまさに被害が生ずるおそれがあると見込まれる場合等の緊急の場合に講ずべき措置について協議し、調整を行うものであります。

 この場合において、協議し、調整をする事項は、教育を行うための諸条件の整備のように、教育委員会の権限に属する事務のうち、予算の編成、執行や条例提案などの首長の権限に係る事項に限られます。

 他方、個別の教職員の人事や教科書の採択などの特に政治的中立性の要請が高い事項については、教育委員会制度の趣旨に鑑み、協議の議題として取り上げるべきではないと考えますが、ただし、これらに関する方針について協議することまで妨げられるものではないというふうに考えます。

義家委員 大変安心しました。つまり、その方針を、この部分に対しての方針は一切話し合っちゃいけませんよという会議であってはならないと私は思っていまして、胸襟を開いて執行機関同士でどうしていくのかということを話し合うべきだと。

 例えば、学校の教育課程の編成なんかは話し合っちゃいけないみたいな話になると、とんでもないことが起こるわけです。例えば、大臣の英断によって省令改正が行われた土曜授業、正規のカリキュラムができることになったわけですが、土曜授業をするとなれば予算も当然かかってきますが、すると決まったら、平日のカリキュラムが変わるわけですよね。つまり、課程編成には一切口を出しちゃいけませんよといったら、土曜授業をどうしていくのかということさえ協議できなくなってしまうわけです。

 だからこそ、その方針の議論というのは広く、限定せずに行う。しかし一方で、教育委員会は執行機関ですから、その方針に基づいてしっかりと責任を持って議論し、決定し、執行していくという体制が何より必要だと思います。

 その上で、総合教育会議における決定、こうしようという方針の決定はどのような方法をもって行われるのか。例えば、教育委員会と首長での会議を首長が招集するわけですが、教育長及び教育委員は五人いますけれども首長は一人ですよね。さあここで多数決しましょうといったら、首長の思いや政策が全然反映されていかないわけですけれども、総合教育会議における決定はどのような方法をもって行われると想定しているか。大臣、お答えください。

下村国務大臣 確かにおっしゃるとおり、この四月から省令改正して、土曜授業や土曜の学習が教育委員会の判断でできるようになったというふうに変えたわけでありますけれども、しかし、アンケートによると、なかなか教育委員会は積極的でないというのが出ているんですね。一方で、首長は、それではぜひ自分の自治体で土曜授業や土曜学習をしたいというのがアンケートでは高く出ているという中で、せっかく省令改正しても進まない部分が、今回総合教育会議が設置されることによって、首長とそれから教育委員会が一緒になって総合教育会議をすることによって、自分の自治体における土曜授業、教育をどうするかということではさらに加速度的に推進する、そういう役目が総合教育会議ができたことによって生まれたのではないかというふうに思います。

 総合教育会議の決定方法でありますが、どちらかが決定権者というものではなく、首長と教育委員会という執行機関同士が協議し、調整を図りつつ、より一層民意を反映した教育行政を推進していくことを目的としております。

 首長と教育委員会との間で調整がついた事項については、調整の結果を尊重しなければならないことから、首長と教育委員会は、会議で策定した方針のもとにそれぞれの事務を管理、執行していくということになります。

義家委員 もう一度確認しますが、別の観点から、例えば、総合教育会議で示された方針に対して、教育委員会がその方針と異なる執行をした場合、あるいは、首長がその方針と異なる予算執行をした場合というのはどう解決するのかということを想定しているか、お聞かせください。

下村国務大臣 基本的には、首長と教育委員会との間で調整がついた事項については、調整の結果を尊重しなければならないということにしているわけであります。したがって、首長と教育委員会は、会議で策定した方針のもとにそれぞれの事務を管理、執行していくこととなるわけでありますが、ただし、尊重義務は、調整の結果を尊重して教育行政を行うことを求めるものではありますが、結果として、そのとおりに事務が執行されなければ違法ということにもならないというわけであります。

 例えば、学校の統廃合という方針が示された場合、地域の実情等によりましてその方針どおりにできなかったとしても、方針に沿って努力していれば説明責任が生じるにとどまるということもあるわけでありまして、その辺は、内容によってケース・バイ・ケースの部分も出てくるかと思います。

義家委員 ありがとうございます。

 法文の中にその決定をしっかりと尊重しなければならないということが明記されているわけですから、その趣旨にのっとって教育行政あるいは首長の行政が行われていくべきということを確認のために質問させていただきました。

 さて、続きまして、常勤の教育長と、教育委員会を主宰する教育委員長を一本化する、この趣旨、そして、教育長に対してはこれにより絶大な権限が付与されるわけですけれども、逆に、例えば、教育長の独断専行なんかに対しての歯どめとしてどのような措置が講じられているか、二点についてお答えください。

下村国務大臣 今回の改正案では、教育長の権限が強いものとなることから、首長や議会のチェック機能を強化する観点から教育長の任期を首長よりも一年短い三年としているほか、総合教育会議という公開の場で首長が民意を反映した方向性を示すことにより、教育長の歯どめとなるものと考えられます。

 また、教育委員による教育長のチェック機能を強化する観点から、教育委員の三分の一以上の委員から会議の招集を請求された場合には、教育長が遅滞なく会議を招集しなければならないこと、さらに、教育長が教育委員会から委任された事務の管理、執行状況について報告をしなければならないことを規定しております。

 さらに、教育委員会会議の透明性の向上を図り、住民によるチェック機能を強化する観点から、教育委員会会議の議事録を作成し、公表するよう努めなければならないことを規定しております。

義家委員 ありがとうございます。

 法律の中にも、独断専行がまかり通らないようなしっかりとした歯どめが丁寧に設けられているということがよくわかりました。この運用についてもしっかりと行っていかなければならないと思いますし、また、教育委員の三分の一以上の求めで教育委員会が招集される、これは、先ほどの話に戻りますが、教育委員もまた責任を持って教育行政に主体的に参画するという条文で、非常に評価されるものであろうと思います。

 もう一つ、絶大な権限を持つことになる教育長であるからこそ、議会もしっかりとその責任を果たすべきと考えております。例えば、国会同意人事の一部のように、所信表明や質疑というものも議会で行った上で、議会の承認で教育長が任命されるというような仕組み、これもとるべきだと思っております。

 これも手前みそですけれども、私が横浜市の教育委員になったときに、事務方からペーパーを渡されて、それを一生懸命暗記して読んだんです。そうしたら、異議なしで終わっちゃったんですね。つまり、多くの教育委員は、そうやって会派に根回しした上で遅滞なく繰り返されているわけですが、現実にはどういう考え方を持っていて、どういう思いで教育行政を進めていく、そういうビジョンをやはり議会に対しても説明して、そしてその上で承認されていくということが開かれた教育行政の大切な肝であろうと思っております。

 そういうことについては、どのように選ぶかというのは法律には書いておらず、地方に任せているわけですけれども、国会同意人事みたいな丁寧な所信表明、質疑などで同意を議会が与えていくという考え方についての大臣のお考えを教えてください。

下村国務大臣 今までも議会に対して説明をきちっとするということでありましたが、新たな教育委員会制度改革の中で、おっしゃるとおり、より今までの問題点を解決する、クリアする前進としても、議会に対してさらに説明責任を負う。また、任命されたときに、今委員から御指摘があったようなことについて積極的にそれぞれの地方公共団体が取り組むことによって、一体的に教育についてその地域における改善がさらに進むようなことに対して、議会としてもしっかりその役割を果たしていただきたいと思います。

義家委員 ぜひ、それぞれの議会の選出方法について、一般の教育委員とやはり今度は教育長は重さが違くなりますから、どのようなプロセスで選んでいくのかということも、それぞれの地方自治体、真剣に議論した上でつくり上げていっていただきたいというふうに思っております。

 続きまして、地教行法第五十条の文部科学大臣の是正の指示についてであります。

 大津事件等々で我々が党で議論したときに、現行の五十条は、生徒児童等の生命または身体の保護のため緊急の必要がある場合というものでありました。五十条の発動を当時文部科学省に問うたときに、残念ながら、もう自殺してしまって、生徒児童の生命または身体の保護というところに当てはまらなくなってしまうという、私にとっては非常に信じられない見解が示されたわけですが、今回、第五十条、どのように改正するのか、大臣の口からお答え願いたいと思います。

下村国務大臣 現行の指示に関する規定は、平成十九年改正において、いじめによる自殺等の事案において教育委員会の対応が不適切な場合に、文部科学大臣が教育委員会に対して是正の要求ができるよう設けられた規定であります。

 しかしながら、御指摘があったように、大津におけるいじめによる自殺事案の際に、現行規定では当該児童生徒等が自殺してしまった後の再発防止のためには発動できないのではないかとの疑義が生じたことから、事件発生後においても、同種の事件の再発防止のために指示ができることを明確にするものであります。

義家委員 ありがとうございます。

 これは本当に重要な改正であると思っていまして、生徒児童の生命または身体に現に被害が生じたとき、または、まさに被害が生じるおそれがあると見込まれ、さらには、その被害の拡大または発生を防止する、ここにもかけていったわけですので、これは非常に画期的な改正になると思っています。総務省等も含めてさまざまな御努力があったことだと思いますが、しっかりと、失われた命に対しての誠実として、この五十条が改正されたことを大変高く評価したいと思っております。

 さて、現在国会で議論されている国民投票法と教育行政のかかわりについてでありますが、憲法改正の国民投票の投票年齢が四年後には自動的に十八歳以上となります。

 十八歳というのは高校三年生なんですね。つまり、この四年後に向けて、高校の憲法教育、高校の法教育、高校の主権者教育というものも抜本的に改革していかなければならないわけであります。

 例えば、きょうの産経新聞の一面に出ていましたが、東京都の八王子の都立高校の試験で、ある新聞の紙面を出して、「靖国参拝 首相が強行」「政権一年周到準備」「米政府「失望した」」「失われた国益大きい」という見出しの新聞記事を出して、「安倍首相の靖国参拝に対し、中国・韓国は厳しく批判した」と説明した上で、生徒たちに、これはテストですからね、「自分の思うことを自由に書きなさい」「中国・韓国はなぜ批判しているのか。中国・台湾・韓国と日本との関係は「戦略的互恵関係」にあるが、それを無視してまで、なぜ安倍首相は参拝したのか。アメリカはなぜ「失望した」のか。説明しなさい」というテスト問題ですよ。

 さらに、この先生は、「君が代を歌う社会科教師は少ない」と発言していたこともあるという話でありまして、まさにこれは、一面的な評価を生徒のテストにまで課して、そして、その答えをどのように評価しているのかわかりませんけれども、テストに課している。これが実はイデオロギー教育の現実なんですよね。ここを抜本的に変えずに、十八歳は高校三年生、国民投票の権利がありますよと四年後に移行していったら大変なことになると私は思えてならないんです。

 私も公民を教えてきましたが、今の現代社会の教科書であります。この教科書において、日本国憲法については十四ページが割かれていますが、九九%が権利についてしか書いていないんですよ。国民の義務についての記述は七行だけです。あとは全部権利なんですね。

 本来、成人年齢引き下げというのは、諸外国が諸外国がと言うけれども、諸外国の引き下げの議論の大もとというのは徴兵制とリンクしているんですね。国を守るための国防としての年齢が十八歳なのに、二十を成人だというのは全くおかしいじゃないか、義務を果たす人間は権利も与えられるんだという至極真っ当な議論のもとで成人年齢引き下げが行われてきたわけですが、日本のこれまでの議論というのは、権利と義務の関係をすっ飛ばして、つまり、成人するということの責任というものは法律でしか定められていないという中で議論が行われていること、私は大変危険だと思いますし、現状の教科書の教え方の中で、さあ、あなたたち、投票に行ってきなさいということも、わからずに、あるいは誘導されて行われるようなことが起こるような気が私はいたします。

 だからこそ、四年後に向けて、義務、社会貢献、自分は社会貢献、国際貢献、地域貢献をしていくんだという体験活動だとか、あるいは法教育のさらなる充実、これも国の責任として進めていかねばならないと思っておるわけですけれども、これについての大臣の私見をお聞かせください。

下村国務大臣 まず、きょうの産経新聞の記事でありますけれども、一面的な評価だけを提供しているということで、予備知識のない高校生にとっては参拝批判に誘導されかねないような、結果的にまさにイデオロギー教育になっていると思うんですね。これはもう極めて不適切だというふうに思いますし、こういう教育が現在行われているということ自体、これはゆゆしき問題だというふうに思います。これは適切に対応しなければならないというふうに思います。

 そして、十八歳選挙年齢引き下げについて、実は、義家委員の母校の大学で副学長の主催による会合がありまして、私は出席したことがありまして、それは他大学含めて大学生が百人以上来ていて、選挙年齢十八歳引き下げについて賛成か反対かで議論をして、私は、これはそれだけ権利を得ることができたということだからすばらしいことではないかということをそこでも発言したんですが、権利というよりはもう義務として、重い、要らない、そういうことを答えている大学生、十八歳、十九歳の学生の方が実は六割、七割いて、驚いたんですね。

 今まで普通選挙というのは権利として獲得してきた歴史の中で、そして行使をできるんだということは、これはすばらしいことだということを今の学生は全く認識していなくて、逆に、そんなことを義務化されたら負担が大きくて大変だ、そういう学生の方が多いということの中で、改めて教育の大切さというのを感じたわけであります。

 学校教育において、そういう意味では民主主義社会ですから、社会の形成者たる主権者としての自覚、それから社会参画の力を育む、これは極めて重要である。それが、今の御指摘のようなことを含めて、学校教育の中で相当欠如しているのではないかということを感じております。

 学習指導要領においても、今、主に小中高等学校の社会科や公民科において、法や決まりの意義、民主政治と日本国憲法、主権者としての政治参加のあり方などについて指導することとなっておりますが、御指摘のように、十分ではない。

 また、自民党からは、主体的に社会生活を営む上で具体的に必要な知識や実践力、態度を身につけるため、高等学校に新科目公共を設置することについての提言もいただいているところであります。

 文科省としては、学習指導要領に基づき、法教育や主権者教育がしっかりと行われるよう指導するとともに、今後、国民投票権年齢の引き下げの議論の動向を踏まえながら、次期学習指導要領の改訂に向けた議論の中で、さらなる指導の充実について検討していきたいと考えております。

義家委員 四年後に迫っているわけでありまして、誰が教えるのか、何を教えるのか、どのぐらいの時間で教えねばならないのか、これは国の責任であろうと思いますので、ぜひとも今後も、私も参画しながら具体的な検討をしてまいりたいと思っております。

 明治期までは、私は、権利と責任、義務というのはいつも表裏一体の議論であったと思っているんです。いろいろな意見がありますが、例えば、第一回目の衆議院選挙のときの選挙権は、直接国税十五円以上を納める二十五歳以上の男子、つまり、公に納税しているという社会貢献に対して権利が保障されるというもともとのマインドというものが日本にもあったと思うんですね。

 だから、若者たち十八歳以上に権利を与えるのであれば、まず、十八歳年齢がどのような社会貢献、地域貢献を等身大でしていくのか、日本は徴兵制がない国ですから、ぜひとも、いろいろなボランティア活動だとか社会奉仕活動とか、そういうところにも積極的に参加するような機会を保障していくということも重要であろうというふうに思っております。

 続きまして、野党案に対する質問に移らせていただきます。

 まず、野党案の法律においては、教育委員会を廃止して、教育行政の執行機関を首長部局とするとありますけれども、この改正について、政治的中立性、安定性、継続性が首長がかわるごとにぐらぐらと揺れてしまう懸念というものを我々は持っているわけですが、これは維新さん、お答えください。

中田議員 御質問をいただいて、ありがとうございます。

 ぜひ政府案と我々の案も比較検討していただいて、我々も政府案の一歩前進、大きな前進ということについては認めるところでありますし、そういう意味では、よりよいものになっていくように質疑を通じて目指していきたいと思いますし、また、その結果として、法律案ということについても、この質疑をより生かしたものになっていくように、与党の皆さんにもお願いをしたいと思っております。

 今御質問いただいた、教育行政の政治的中立性、安定性、このことについては、我々も当然重要だというふうに思っています。そういう意味では、学校現場において、特定の政党を支持したり、あるいは、これに反対をするための政治教育あるいは政治的な活動、こういったことはしてはならないということは、教育基本法の十四条二項に書いてあるわけでありますけれども、当然、学校の教育活動自体が一党一派に偏したものにならないようにしていくということは極めて重要なことだというふうに思っています。

 我々の案は、首長に責任をしっかりと明確化したものでありますから、仮に、首長が万が一暴走したというようなことは当然あってはならないというふうに考えていますから、そこは、教育監査委員会というものを設けてしっかりとチェックをしていくということにしたり、あるいは、首長によって、教育の振興に関する総合的な施策の方針、政府案でも大綱づくり、こうなっていますけれども、我々も、こういうものをしっかりと議会に出して、議会の議決を経るというふうにいたしているところであります。

 そういう意味では、我々も当然、中立性、安定性ということについては担保をして、この法案というものを作成いたしました。

義家委員 そこが実はよくわからないところなわけですが、教育監査委員会が、首長が暴走した場合にはしっかりと評価、監視し、勧告を行うというわけですが、事が起きてからやっても遅いんですよね。子供たちの教育を受ける権利が侵害されてしまって、明らかになったときにさあと出てきても、これは当然遅いわけであります。

 首長が教職員の人事も持つことになるわけですよね。そうすると、例えば首長が教職員組合の支援を受けている場合なんかだと、組合の希望する恣意的な人事が行われてしまう可能性もあるわけであります。あるいは、イデオロギー授業が放置されてしまう、目をつむってしまう。だって、監査委員を置くといったって、その監査委員はまさに非常勤で、毎回毎回学校現場に入っているわけでも何でもない存在なわけですから、逆に政治的中立が確保されなくなってしまう場合だって想定できるというふうに思います。

 また、野党案では、教育長の任命に対して議会同意がないわけです。議会に大綱はかけて議決するけれども、教育長の任命には議会同意がない。ということは、首長の意向のみで任命できる、これは六条の一項ですが、これは逆に議会軽視、教育行政という重要なものに対しての議会軽視にはならないか。さらには、首長の意向で解職することができるようになってしまうということは、継続性、安定性の観点から非常に疑義があるのではないかというふうに思うわけですけれども、この辺、中田委員、どうでしょうか。どのように考えていらっしゃいますか。

中田議員 幾つか論点が示されたわけでありますけれども、当然ですけれども、何か事が起きてから対応する、あるいはチェックするというのではもう遅いというのはおっしゃるとおりであります。これは、何よりも事が起きないようにするということが大事ですから、その意味においては、迅速に動ける体制を教育現場においてつくっておく。それが何かということになれば、これは責任を明確にしておくということだと思うんですね。

 その意味においては、我が法案に関しては、日常的には、学校教育に対して、これは学校教育の現場の長である校長が責任を負い、そして、その責任者が明瞭でありますから、今までのように教育委員会が責任を負っています、こういうぐあいではありませんから、校長が第一義的には責任を当然感じて、全うしていく。

 ただ、仮に、校長が動きが緩慢であるとかこういう場合は、今度は教育長が実際には指揮命令をしていく、あるいは、直接的にそこに、現場に乗り出していくというようなことも私たちの案の中ではできるようにしているわけであります。

 継続性ということについて、このことについても当然重視をしているわけでありますけれども、何よりも政治的な中立性や、あるいは継続性、安定性という、これらの教育に求められることというのは、いずれもやはり誰が一番求めているのかといったら、これは住民である市民、この人たちが一番求めているわけであります。そういう意味では、市民が選んだ首長、この者が総体としての責任を持つということをすることによって、我々はそうした継続性ということも担保していこうということであります。

 なお、御質問の中でもいただいた、例えば首長が教育長を任命するに当たって、議会の同意の有無であるとか、あるいは罷免であるとか、ここら辺についてでありますけれども、やはりこれは、教育も地方行政の一環というふうに、まずは原則として考えます。ですから、他の部局、例えば衛生部があったりとか緑政部があったりとか、こういったところの長というのも、当然ですけれども、そういうたてつけとして議会同意があるわけではありません。そして、罷免も恐らく可能であります。

 そういう形になっていますが、ただ、教育はやはり中立性や安定性、継続性が重要ですねということで、先ほど来申し上げている監査委員会であるとか、あるいは、計画もしっかり事前に出して議会のチェックを受けてくださいよ、こういうふうに担保をしているということであります。

義家委員 やはり、俺の言うことを聞かなかったらやめさせるぞみたいな教育では、逆に、教育現場は萎縮していくし、教育行政も萎縮していくし、特定の思想を持った首長が出てきたときに教育行政が非常に歪曲される心配があるということを改めて指摘しておきたいと思います。

 さらに、先ほどから民主、維新案で出ている、首長の教育事務の実施を評価、監視、勧告を行うために設置されるとされる教育監査委員会というものが提起されていますが、既に今、全ての地方公共団体に監査委員会というのが置かれておりますけれども、事務執行を監査する委員会は存在しているんですが、これはまた別のものをつくるという発想でしょうか。民主党笠先生、お答えください。

笠議員 ありがとうございます。

 私どもが今回申し上げている教育監査委員会というのは、通常の今ある監査委員会とはまず別組織でございます。

 今の監査委員会というのは、これは、教育のみならず、全ての分野の主に財務的なこととか、そういったことをチェックする機関だというふうに認識をしておりますけれども、やはり教育というものの重要性、そして、先ほど来義家委員からも御指摘があるように、やはり最終的な責任というものをきちっと明確にしておくという中で、我々はそれを首長さんに一元化するという選択をいたしました。

 ただ、このときに、同時に政治的な中立性やあるいは教育の安定性、継続性というものをいかに担保していくのかということを考えたときに、教育委員会がなくなりますので、やはりそれにかわって監査をしていく、チェックをしていく機能というものが必要だということで、これは確かに委員は非常勤にはなりますけれども、常設の機関で、この教育監査委員会のための、そう大規模なものは想定しておりませんけれども、常に評価をしたり、あるいはさまざまなチェックをするための事務局というものも設けさせていただくことによってこの機能を発揮させていきたいというふうに思っております。

 当然ながら、議会とあわせて、首長の行う教育行政がしっかりと適正に行われていくようにチェックする体制をとっていきたいというふうに考えております。

義家委員 監査委員会、それほど大きなものを想定しているわけではございませんがということですが、これはちょっとわからないですね。例えば、横浜は五百校以上学校があるんですよ。そう大きくない、ちっちゃな組織でチェックできるわけないじゃないですか、そんなの。

 つまり、教育監査委員があればどうして政治的中立性が担保されるのかもわからないですし、その勧告に対してどのような法的効果があるのかも全然わからないんですね。勧告を出したら首長は別のことをやらなきゃいけないのか、いけなくないのかというのだってわからないし、事が起きてからチェックして勧告を出したって、子供たちは卒業していっちゃったり不登校になってしまったりしますから、それでは全然、今の無責任な教育委員会制度よりもさらにその監査委員会というのは無責任に機能しているような気がして私はならないんですね。

 では逆に、もう一つ、笠委員に質問しますが、仮に首長がこの教育監査委員会の勧告を無視したあるいは従わなかった場合、どうなるんですか。

笠議員 今おっしゃったんですけれども、一つは、今の教育委員会と違って、我々は首長にまず権限を持っていくということですから、何かが起こったときには首長がきちっとリーダーシップを発揮して対応していくということです。

 監査委員会というものは、その首長の行っている教育行政というものがしっかりと、政治的な中立性であるとか、あるいは首長がいろいろな計画を定めて、当然ながら、教育行政を実行するに当たってしっかりとした行政が実施されているのかというようなことを、そのことをきちんと評価していく。

 そして、今、ではどこまで強制的なもの、首長に対する勧告権というものを持っておりますし、その勧告の内容については、勧告をしたということとその内容を議会にも報告しそして公表することになっておりますので、当然、それに対して、首長はその勧告に対する回答をしっかりとしていかなければなりません。まさにそこは議会がチェックをしていくということで、ただ、おっしゃるように、例えば、事前に教育監査委員会の許可がなければ行政ができないということではございません。これはある意味では事後のチェック機関でございますので、そして、監査、評価がされているということが、ある意味での、私は、そのことをしっかり首長が自覚しながら行政が行われるというふうに思っております。

義家委員 監査、評価、勧告が行政に対しての法的な効果を持たないとなると、この報告自体が非常に無責任、存在自体が非常に無責任であろうというふうに我々は考えざるを得ないんですね。

 時間ですけれども、もう一問だけ。

 そもそもの維新案では、指導主事の廃止ということが掲げられておりました。しかし、この法律では、新たに学校指導主事を置くというふうにしております。これは地教行法の指導主事と一体何が違うのか。ぜひ、中田委員、お答えください。

中田議員 お答え申し上げます。

 我々維新案においては、御指摘のように、指導主事を廃止するということにしていました。これは今回のもう一つの大きな争点でありまして、すなわち、指導行政の曖昧さというものが、今までの学校教育現場において、責任の不明瞭さに加えて、さらに指導という曖昧模糊とした指揮系統また指揮効力というものがこれまでの学校現場におけるさまざまな事象に対する対応をおくらせてきた、こう認識をしているわけであります。

 だからそういう意味では、指導主事というものを廃止するというふうに考えたわけでありますが、ただ、その職務、すなわち、教育部局と一方では学校現場をつなぐ役割、これは当然必要になりますから、それは新たな教育部局の中に取り込んで行っていくということを考えたわけであります。

 一方で、これまで民主党とさまざま議論する中において、当然ですけれども、我々も教育部局の中に取り込んだというふうに申し上げましたけれども、教育行政に教育の専門家がタッチをしていく、従事をしていくということは当然これは必要なことでありますから、そういう意味においては、これも我々として、指導主事という曖昧な言葉はやめにした上で、学校教育主事という形にして、学校に対して、きちっと指揮、さまざまな伝達、そういったことができる体制は改めて構築をしておこう、こういう議論に収れんをしていった、こういうことであります。

 考え方、そしてそのプロセスは以上のようなものでございます。

義家委員 やはりこの野党案、私は、非常に論点が解消していない、生煮えの部分が非常に多いというふうに思うわけです。今後の審議も続きますけれども、この生煮えの部分も含めて逐一質問して、それを国民の前に明らかにしてまいりたいと思っております。

 大臣、非常に前向きな答弁、そして希望の持てる答弁、ありがとうございました。

 私の質問は以上で終わりにさせていただきます。

小渕委員長 次に、中野洋昌君。

中野委員 公明党の中野洋昌でございます。

 本日は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律の一部改正案、私、公明党を代表して、政府案について質問をさせていただきます。よろしくお願いいたします。

 教育というのは一体誰のためにあるものであるのか。それは、教育を受ける子供たちの幸せのためにある、幸福のためにある。これは、我が公明党が長年訴え続けてまいりました。この教育行政の根幹を支えている制度というのが教育委員会制度でございます。しかし、大変残念なことに、教育委員会制度、今までさまざまな批判があったことも事実でございます。

 例えば、よく事例に挙げられる滋賀県大津市など、相次いだいじめの事件あるいは自殺、こういったものへの対応が十分にできなかった、こういう御意見もございました。責任の所在が不明確なのではないか、あるいは、緊急的な事態に機動的に対応できていないんじゃないか、あるいは、隠蔽をするような体質もあるんじゃないか、いろいろな御批判がございました。やはりこの教育委員会制度改革、喫緊の課題である、このように認識をしております。

 昭和三十一年にこの地教行法が制定をされまして何度か改正が行われてきましたけれども、今回、初の抜本的な改正である、このように考えます。しっかりと議論をしてまいりたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。

 まず冒頭、大臣にお伺いをしたいのが、今回の教育委員会制度の改革の趣旨、やはりこれをまず最初に大臣に確認をさせていただきたいと思います。

 なぜかと申しますと、教育委員会制度、いろいろな論点があるわけであります。その論点によって、恐らく、変えていかないといけないというふうに考える政策も変わってくるわけでございます。

 例えば、先ほど義家委員の方からも、冒頭、レーマンコントロールのあり方、こういった論点がさまざま議論になりました。これをもっと実効性あるものにしていかないといけないんじゃないか、こういう論点もあるというふうに思います。あるいは、よく言われる、責任の所在が不明確なんじゃないか、こういう論点もあるというふうに思います。

 今回、野党の皆様からも案が出ておりますけれども、責任の所在というのもしっかりと明確にした方がいいんじゃないか、こういう意見もある一方で、他方で懸念として、教育というのはやはり、政治的な中立性であるとか、あるいは継続性、これも大事ではないか、極端に偏った政治的なイデオロギーが、ある時期、子供に政治の都合で押しつけられるようなことが果たして本当にあっていいのか、こういう議論もあるかと思いますし、あるいは継続性ということで、あるときは英語をしっかりやらないといけないみたいな議論があって、それが例えば行政が変わると、いや、やはり美しい日本語をしっかりやらないといけない、こういうふうに子供の学ぶ環境というのがころころ変わってしまってもいけない。いろいろな観点があるというふうに思います。

 そこで大臣に、今回、教育委員会制度の改革に当たって、現状の何が問題であるのか、そして、それを改革によってどのように改善していくおつもりなのかというこの趣旨をまず冒頭御確認をしたいというふうに思います。

下村国務大臣 現行の教育委員会制度については、今御指摘がありましたが、一つは、教育委員長と教育長のどちらが責任者かわかりにくい、二つ目に、いじめ等の問題に対して必ずしも迅速に対応できていない、また三つ目に、地域の民意が十分に反映されていない、そして四つ目に、地方教育行政に問題がある場合、国が最終的に責任を果たせるようにする必要があるといった課題があると考えております。

 このため、改正案においては、政治的中立性、継続性、安定性を確保しつつ、一つは、教育行政における責任体制の明確化、二つ目に、迅速な危機管理体制の構築、そして三つ目に、地域の民意を代表する首長との連携の強化を図り、四つ目に、いじめによる自殺事案等の問題に対して国が最終的な教育行政の責任を果たせるようにすることなどによりまして、教育委員会制度の抜本的な改革を行おうとするものであります。

中野委員 大臣、ありがとうございます。現状の課題というものを非常にクリアに御説明していただきました。これをしっかり改革をするための今回の抜本改正であるという認識でございます。

 そして、私もう一つ今回確認をしたいのが、今までの教育委員会制度をめぐる一つの批判として、議論が非常に形骸化をしているんじゃないか、やはり、この教育委員会制度の中での、いろいろな多様な意見を吸い上げていくというこの議論をもっと活性化していかないといけない、このような指摘もあったやに私は記憶をしております。

 今回、責任がかなり明確になって、機動的に危機対応もしっかりできるようになるという部分は、この制度改正によって図られるということが非常によくわかるんですけれども、形骸化しているとよく批判をされるこの教育委員会の中での議論、これを活性化していく、こういう観点からは本改正によってどのように改善がなされるのか、これもお伺いをしたいというふうに思います。

西川副大臣 中野委員にお答えさせていただきます。

 先ほど、大臣の方からお答えがありました。要は、責任体制を明確化させるということの一つの大きな改善点を申し上げましたけれども、確かに、形骸化しているという議論はあちこちであるということは承知しております。

 その中で、やはり一つは、緊急のときに対応できないということが大きな要因の一つだと思うんです。それが、今大臣のお答えのように、教育長に一本化したということで責任体制は明確化した。また一方で、教育委員会が何を議論しているのかよくわからない、あるいは、本当に中身の濃い議論をした上でいろいろな、例えば教科書の問題にしても採択されているのか。いろいろな議論はあると思います。

 そういう中での一つの改革案として、次のようなことを改革いたしました。

 いわば、今回、教育長に一本化したということで、教育長の権限が大変大きくなる。そういう意味では、バランスをとるという意味で、今度は教育委員会の方から教育長をチェックする機能、教育委員による教育委員会の招集の請求に関する規定、教育長に委任した事務についての報告に関する規定、これを盛り込んだところでございます。

 それともう一つは、教育委員会会議の議事録の作成や公表の努力義務を規定いたしました。それによって、会議の透明化、地域住民にこういうことが公開されることによって、市民の人たちがわかりやすいという、形骸化の一つの改善点だと思います。

 それでもう一つは、やはり教育委員会の審議の活性化、これは教育委員の人選が大変重要だと思います。そういう意味で、教育委員には、新教育長の事務執行に対するチェック機能を果たす自覚と教育に対する深い関心や熱意が求められるところでありまして、教育に高度な知見を有する者等、そういう幅広い人材を登用していくということもしっかりと要請しているところでございます。

中野委員 西川副大臣、ありがとうございます。今回、議論を活性化をしていく、こういう仕掛けも改革の中に盛り込んであるという御説明をしていただきました。

 今回の法案、教育再生実行会議でも、また中央教育審議会でも、いろいろな議論がありました。首長を執行機関とするか、あるいは教育委員会を執行機関とするかといういろいろな意見もございました。その中で政治的中立性あるいは教育の継続性、こういうものも配慮をしないといけない。与党の中でもいろいろな議論のある中で完成をしたこの案でございます。私は非常にバランスのとれた案になっているというふうに評価をいたしますけれども、ただ、実際にどう運用していくか、ここが非常に大事になってまいります。

 そういう意味では、やはり法律にどこまで書いているのか、私ももともと役人をやっておりましたけれども、法律に書いていることというのは、ある意味抽象的で、解釈をどうするかによって割と現場の動きというのは非常に変わってくる、こういうこともあるというふうに思いますので、この法律に込められた意味、あるいは実際の運用をどうしていくのか、こういう点を中心に、済みません、一つ一つこれから確認をさせていただきたいと思います。これが明らかになっていくことで今後の法案審議の中身というのがやはりもっと濃くなっていくというふうに思いますので、どうかよろしくお願いいたします。

 まず、教育長の任命でございます。

 一点目、新しい教育長。今回、教育委員長と教育長を一本化した新しい教育長というものをつくりました。これを任命するときに議会の同意を得ることになっている。あるいは教育委員もそうです。委員も議会の同意を得ることになっている。議会同意をどのようにしているのかというのは、やはり、地元の自治体で割と運用が変わってくるんだというふうに思います。

 しかし、今回、先ほどの御答弁の中にもありましたけれども、どういう方を人選するのかというのが非常に大事になってまいります。あるいは、新しい教育長というのは非常に強い権限があります、今までの教育長、教育委員長を兼ねる形でありますので。どういう人が教育長になるのかというのは、今後のその自治体の教育行政に非常に大きな影響がある。

 やはり、議会同意に当たって、例えば国会の同意人事でやっているような意見を聴取するような手続、非常に丁寧な手続をやっていく必要があるのではないかな。教育長あるいは委員の任命の際にしっかりとやっていくべきではないか。法律には特に規定はございませんですけれども、この点について文部科学省の御意見を伺いたいというふうに思います。

西川副大臣 本当に先生おっしゃるように、その人選、どういう方が教育長になり、あるいは教育委員になるかということで、大変本当に中身も変わってくることは事実だと思います。そしてその中で、当然、豊かな識見を持っている、常識のある、そういう方が選ばれていくことが大事でございますけれども、実は、それをどうチェックするか、これは本当に議会が大きな役目を果たすと思うんです。

 そういう中で、教育長や教育委員の資質、能力を議会において丁寧にチェックするためにどのような手続をとるかということは、実はこれ、与党の協議の中でも大変問題になりました。ただし、これは各自治体、各地方公共団体において適切に判断するべきものだろうということで、法律に書き込むということはなじまないという結論になりました。

 その中で、教育長や教育委員が所信表明を行うとか、丁寧な手続をするような取り組み、このことは大変大切だと思いますので、教育長や教育委員の資質、能力をチェックするためのさまざまなそういう今申し上げましたような工夫をするように、今後しっかりと周知してまいりたいと思っております。

中野委員 副大臣、ありがとうございます。しっかりと周知をしていっていただけるという御答弁もいただきました。どうかよろしくお願いいたします。

 教育長につきましてはもう一つ質問がございまして、これもいろいろな議論がありましたけれども、今回、任期が三年だということになっております。もちろん、長い方がいいという御意見もあったり、短い方がいいという御意見もあったり、間をとって三年なんじゃないか、こういう御批判があったりもしたりしましたけれども、私は、結果的に任期を三年としたというのは、非常にいろいろな意味があるというふうに思っております。

 文科省として、なぜ今回任期を三年としたのか、どのようなメリットが考えられるのか、これを御説明をいただきたいというふうに思います。

西川副大臣 今先生のおっしゃいました、新教育長が大変大きな権限がある、そういうことから任期の問題が議論になったことは事実でございます。

 そういう中で、首長の任期四年より一年短くすることで、首長の任期中少なくとも一回は、民意を反映している首長が任命できる権利を行使するというんですか、そういうことができるであろうということが第一点です。

 それから、教育長の権限が大きくなることを踏まえまして、教育委員よりも任期を短くいたしまして、教育委員によるチェック機能と議会同意のチェック機能を強化できるという点。

 それと、計画性を持って一定の仕事をするにはやはり二年では短いだろう、そういうことで、教育長としての仕事をやり遂げるために三年は必要ではないか。

 以上三点が三年になった経緯でございます。

中野委員 三点御説明をいただきました。やはり、新しい教育長というのは非常に強い権限を持つことになるというふうに思います。いろいろな意味でチェック機能が働くというのは、非常に大きなメリットであるというふうに私は考えております。

 続きまして、総合教育会議でございます。

 この総合教育会議の設置、これが今回の大きな柱であります、首長と教育委員会が協議、調整をする場を設ける。この総合教育会議において何を協議をし、調整をし、決定をしていくのかという点について幾つか質問をさせていただきたいと思うんです。

 今の法律の中では、まず一つ、この教育会議の中で大綱を定める、このように示されております。教育に関する大綱を定めることになっている。ただ、この大綱、具体的に何を定めるのかと法律を見たときに、余り具体的なものが何も書かれていない。ですので、どこまでこの大綱の中で決めていけるのかということが、非常にこれによって中の議論が変わってくるんじゃないかなというふうに思います。

 そこで、これをわかりやすくするために、この大綱というのはどのようなものを想定をしているのか、何をどの程度具体的に記述することをイメージしているのか、これをお伺いしたいと思いますし、また、条文の中には、大綱策定に当たって参酌すべきものとして、教育基本法十七条一項に規定する基本的な方針というものが示されております。これは国の教育振興基本計画でありますけれども、具体的にこれのどの部分を参酌して大綱を決めることになっていくのか、これは少し具体的なお話をいただきたいというふうに思います。

前川政府参考人 大綱とは、当該地方公共団体の教育の振興に関する総合的な施策につきまして、その目標や、施策の根本となる方針を定めるものでございます。

 この大綱は、御指摘のとおり、教育基本法に基づいて策定されました国の教育振興基本計画の基本的な方針を参酌して策定することとなっておりまして、詳細な施策の策定まで求めているものではございません。

 具体的には、昨年策定されました国の第二期教育振興基本計画を例にとりますと、主として、そのうち、我が国の教育の現状と課題や理念、目指すべき基本的方向性が規定されております「第一部 我が国における今後の教育の全体像」という部分がございますが、この部分がこの基本的な方針におおよそ該当するものと考えられます。

 具体的に大綱に定める事項の例といたしましては、例えば、いついつの年度までに全学校の耐震化を完了することでありますとか、学校の統廃合を推進するということでありますとか、あるいは、少人数学級を推進することといった内容が想定されております。

中野委員 大綱の具体的なイメージの例というか、そういったものを示していただいて、ある程度こういう計画を立てるんだなということが、法律の中ではもともと想定をされているということが明らかになったというふうに思います。

 ただ、大綱を策定するに当たりまして、教育委員会と首長が協議をするということになっておりますけれども、大綱に、例えば新しく首長になった方が、いろいろなことをしたい、いろいろな意見を出される。もちろん、意見が教育委員会と対立をすることというのは多々あるというふうに思うんです。ただ、そういったときに、意見が対立をした、協議が調わない、しかし、大綱というのはこれはつくらないといけないことになっておりますので、何らかの形で完成をさせないといけない、こういう状況になると思いますけれども、協議が調わなかった場合の対応、これについてお伺いをしたいというふうに思います。

前川政府参考人 改正案におきまして、大綱は首長が定めるものとされているわけでございますが、教育委員会と十分に協議し、調整を尽くした上で策定するということが肝要でございます。

 なお、仮に教育委員会と調整がつかない事項を首長が大綱に記載したとした場合、結果といたしまして、権限を持つ教育委員会が執行する意図のない事項を記載するということになるわけでございまして、そのような記載は結局意味がないということになります。

 このため、こうしたことのないように、十分な協議、調整が必要であるということであると考えております。

中野委員 大綱策定に当たってはやはり十分な協議、調整が必要である、こういうことであるというふうに認識をいたしました。

 そして、教育基本法には、十七条一項に国が教育振興基本計画を定める旨の規定がございますけれども、二項には、地方自治体もこの計画を定めるという、努力義務でございますけれども同じような規定がございまして、これに基づいて、地域の中での教育振興基本計画というのを今現在定めておられる自治体ももちろんいらっしゃるわけでございます。

 大綱と教育基本法十七条二項に規定する教育振興基本計画、これとの関係性がどうなるのか。教育基本法の方の計画をあらかじめ定めている場合はどうなるのか。これについてもお伺いをしたいというふうに思います。

前川政府参考人 地方公共団体におきまして教育基本法第十七条の第二項に規定する教育振興基本計画を定めている場合でございますが、その中の施策の目標や、施策の根本となる方針の部分が、この改正法案における大綱に該当すると位置づけることができると考えております。

 首長が、総合教育会議において教育委員会と協議し、当該計画をもって大綱にかえることと判断した場合には、別途大綱を作成する必要はないということになるということでございます。

中野委員 大綱について幾つか質問をさせていただきまして、さまざまなイメージが具体的になってきたというふうに思います。

 総合教育会議におきましては、大綱の策定以外にも協議、調整を行うということになっております。法律でいいますと、条文の第一条の四の第一項第一号、第二号、これがそれに当たるというふうに認識をしております。

 ただ、読んでみると、例えば第一号、「教育を行うための諸条件の整備その他の地域の実情に応じた教育、学術及び文化の振興を図るため重点的に講ずべき施策」という条文になっておりますけれども、この協議、調整を、総合教育会議の場において何を協議し何を調整するのかというのは、私は非常に大事な論点であるというふうに思います。

 なぜかと申しますと、よくある御懸念の声としては、首長の意見、政治の側からの意見というのが、この総合教育会議の協議の名をかりて非常に政治的な介入というか、そういった圧力が強くなるんじゃないか、こういう御意見もあるわけでございます。もちろん、首長にも教育委員会にもそれぞれの専権的に行っていく事項というものがあるわけでございますから、何でもかんでもこの議論の俎上に上がるものではないと私は認識をしております。

 ですので、まず、この第一号に規定する「重点的に講ずべき施策」、具体的に何を指しているのかというのを御説明をいただきたいというふうに思います。

前川政府参考人 地方公共団体における教育行政を一体的にかつ円滑に推進していくためには、予算等の権限を有する首長と教育委員会が連携協力して施策を検討していくということが必要であるということでございます。

 こうした観点から、御指摘の第一条の四第一項第一号では、「地域の実情に応じた教育、学術及び文化の振興を図るため重点的に講ずべき施策」を協議することとしているわけでございます。

 この場合におきまして、単なる協議にとどまらず、協議し、さらに調整を行う事項につきましては、「教育を行うための諸条件の整備」に例示されておりますように、教育委員会の権限に属する事務のうち、予算の調製、執行や条例提案などの、首長の権限との調和を図ることが必要な事項に掲げられるわけでございます。

 例えば重点的に講ずべき事項の例といたしましては、学校等の施設の整備、教員の定数等の教育条件整備に関する施策など、予算の編成、執行権限や条例の提案権を有する首長と教育委員会が調整することが必要なもの、また、保育と幼稚園、あるいは、青少年健全育成と生徒指導、放課後子どもプランのように、首長と教育委員会の事務の連携が必要なもの、こういったものが考えられるわけでございます。

中野委員 具体的に例示をいただきまして、予算や条例等の議案作成に関する事項、これが調整を行うような事項なんだという御説明をいただきました。

 第一号は御説明いただきましたけれども、第二号もございます。これは、児童生徒の生命、身体に現に被害が生じ、もしくはまさに被害が生ずるおそれがあると見込まれる場合等の緊急の場合、こういう書き方になっておりまして、これだけを聞くと非常に明確な場合のような感じもいたしますけれども、こういう「場合等の緊急の場合」、こういう書き方にもなっておるわけでございまして、これについても、具体的にどういった場合をこの法律の中でイメージをしているのか、これの御説明をいただきたいというふうに思います。

前川政府参考人 改正法案の第一条の四第一項第二号に規定する「場合」についてでございますが、児童生徒等の生命または身体に現に被害が生じ、もしくはまさに被害が生ずるおそれがあると見込まれる場合というケースでございます。

 これは、例えばでございますが、いじめ問題により児童生徒の自殺事案が発生した場合でありますとか、通学路で交通事故死が発生した後の再発防止を行う必要があるような場合、例えばそのような場合を想定しているということでございます。

 また、それ以外の「等の緊急の場合」とございますが、この「等の緊急の場合」ということにつきましては、児童生徒等の生命または身体の保護に類するような緊急事態を想定しているわけでございまして、これも例えばでございますが、災害の発生によりまして、生命身体の被害が発生しているわけではないけれども、校舎の倒壊などの被害が生じているというような場合、あるいは、災害発生時の避難先での児童生徒等の授業を受ける態勢でありますとか生活支援の態勢を緊急に構築するというような場合、また、犯罪の多発によりまして、例えば図書館等の社会教育施設でも、職員や一般利用者の生命または身体に被害が生ずるおそれがあるというような場合、このような場合が想定されるわけでございます。

中野委員 先ほど御説明をいただきましたのは、第一号と第二号に規定する協議、調整を行う事項がもう少し具体的に言うとどういうことなのか、これの説明をしていただきました。

 先ほどの第一号の話に戻りますけれども、先ほどの御説明、やはり、調整を行う部分というのは首長と教育委員会の権限が重なり合う部分である。具体的に言うと、予算であったり、条例であったり、議案作成に関する事項であったり、こういう事項が想定をされる、こういう御説明でありました。調整を行うのがそういう事項だということですので、恐らく、協議を行う事項というのは、やはりもう少し広い射程になってくるのではないかなというふうに思います。

 そこで懸念をいたしますのが、まさに教育委員会が、専権事項としてこれは私たちが決める事項だということもあるわけであります。例えば、個別の教職員の人事に関する事項もございます。あるいは教科書採択、具体的にどれを採択するのか、こういういわゆる教育委員会の専権事項とされている事項というものもあるわけでございます。これは恐らく調整の対象には基本的にはならないというふうには思いますけれども、完全に教育委員会の専権事項とされているこういう事項も、しかし、協議の対象として果たして総合教育会議の場に議論の俎上にのってくることが想定されるのかどうか、これについてはいかがでございますか。

前川政府参考人 個別の教職員人事や教科書採択などの特に政治的中立性の要請が高い事項につきましては、教育委員会制度が設けられた趣旨から、協議題として取り上げるべきではないと考えております。

中野委員 明確に御答弁をいただきました。

 この点について少し議論を深めたいと思うんですけれども、個別の教職員人事、例えば、こういう教育委員会の専権事項だというものについては協議の対象にはなじまない、先ほどの御答弁でありました。しかし、個別の人事であれば確かに協議の対象にはなじまないというふうには思いますけれども、人事についても、一人一人の先生方の個別の人事もございますし、あるいはもう少し大枠の人事の方針というか、大きな方針というのももちろんあるというふうに思います。

 例えば、こういう教職員の人事の方針についてこれは協議の対象となり得るのかどうか、あるいは、これを最終的に決めていくのは、では誰になるのか。この点についてはいかがでございますか。

前川政府参考人 教育委員会が任命権を有している範囲における人事あるいは人事異動の方針につきましては、これは首長の権限にかかわらない事項でございまして、総合教育会議におきましても調整の対象にはならないということでございますが、協議をするということは考えられます。ただし、あくまで最終的な決定権限は、任命権者である教育委員会に留保されているということでございます。

 同じ任命権者として首長と教育委員会の間で例えば人事交流を行うというようなことにつきましては、お互いの人事権についての調整の問題でございますので、こういったことにつきましては調整ということが起こり得るというふうに考えております。

中野委員 明確におっしゃっていただいたのは、最終的には教育委員会に権限が留保されている、協議対象にはなり得るけれども、こういう話でございました。

 こういう意味では、総合教育会議、やはりいろいろなものが協議の対象になり得るものはあるというふうに思います。その中には、何度も申し上げますように、首長と教育委員会と意見を異にするようなものももちろんございます。それを、お互いの意思疎通をしっかりやっていって、よりよい教育をつくり上げていく、これが今回の総合教育会議の設置の趣旨である、私はこのように認識をしております。

 この第一条の四第一項の各号に規定する事項、もちろん、協議をするというふうにありますけれども、これについてもやはり意見が対立をして決着を見ない場合というのもあるというふうに思います。協議が調わなかった場合、この第一条の四第一項各号に規定する事項についての協議が調わなかった場合はどうなるのかというのを御説明いただきたいというふうに思います。

前川政府参考人 総合教育会議におきましては、大綱の策定や第一条の四第一項各号に規定する事項について協議し調整を行うということになっているわけでございますが、この場合において調整と申しますのは、教育委員会の権限に属する事務につきまして、予算の調製、執行や条例提案などの首長の権限との調和を図ることが必要な場合に用いている用語でございまして、協議というのは、それ以外の場合も含めまして、自由な意見交換として行われるものとして整理しております。

 このうち、協議は単なる協議にとどまるものでございますけれども、協議し調整する対象となるという事項につきましては、その調整がついた場合には、その結果を尊重する義務が生じるということになっております。これは第一条の四第八項に規定されているわけでございますが、一方、調整がつかなかった事項については、その結果を尊重する義務が生ずるものではないわけでございます。

中野委員 御説明をいただきました。この総合教育会議において一体何が議論され、どのようになっていくのか、これについての論点がクリアになった、このように思います。

 この大綱についてでございますけれども、ここで議会との関係をもう一度、私は先ほど教育長の任命の際にも質問をいたしましたけれども、大綱あるいは総合教育会議の中で議論される事項についても、やはり議会のチェックというのをしっかり働かせていくというのが非常に大事だというふうに思います。

 これは公表されるということですので、基本的には外に出ていく話ではあるのではないかというふうに思いますけれども、この大綱あるいはその他総合教育会議の中で協議をされた事項、こういうことについても、やはり可能な限り議会にしっかりと報告をしていく、こういう運用をしていくべきではないのかな、私はこう思いますけれども、いかがでございましょうか。

前川政府参考人 今回の改正案におきましては、大綱や総合教育会議における協議に関する議会報告についての規定は盛り込んでいないところでございますけれども、透明性を確保するため、大綱を策定または変更した際には公表することとされているほか、総合教育会議における協議は公開するということになっておりまして、議事録の作成や公表につきましても努力義務とされております。

 民意を代表する議会に対する説明を通じて住民への説明責任や議会によるチェック機能が果たされるということは大変重要でございまして、各地方公共団体におきまして、この大綱の取り扱いにつきましても適切な運用がなされることが期待されているところでございます。

中野委員 適切な運用をやはりしっかりやっていただきたい、私はこのように御要望をさせていただきます。

 もう一つ、第五十条でございます。先ほども質問ございましたけれども、今回、第五十条の是正の指示というものが条文が改正をされている。児童生徒等の生命身体の保護という表現が変わっておりますけれども、この改正をした趣旨というのをお伺いをしたいというふうに思います。

前川政府参考人 現行法の第五十条は、平成十九年の改正におきまして、いじめによる自殺等の事案において教育委員会の対応が不適切な場合に、文部科学大臣が教育委員会に対して是正の指示ができるよう設けられた規定でございます。

 しかしながら、大津市におけるいじめによる自殺事案の際に、「児童、生徒等の生命又は身体の保護のため、」という現行規定の要件につきましては、当該児童生徒等が自殺してしまった後の再発防止のためには発動できないのではないかとの疑義があったわけでございます。

 現行法においても再発防止のために指示ができるという解釈をするということも可能ではございますけれども、指示というのは地方自治制度の中でも非常に強い国の関与でございまして、国会審議においても、抑制的に発動すべきということが何度も確認されており、附帯決議においてもその旨示されていることから、解釈が曖昧なまま発動することは困難であるため、事件発生後においても同種の事件の再発防止のために指示ができることを明確にするための法改正を行うというものでございます。

 したがって、今回の改正はあくまで要件の明確化のための改正でございまして、要件を追加して国の関与を強化あるいは拡大するというものではございません。

中野委員 逐条的にいろいろ改正の趣旨を確認をさせていただきました。

 最後に総論として御質問をさせていただきたいんですけれども、全体的に、この改正を通じて恐らく新しい教育長というのは権限が今までよりも非常に大きくなるということが想定をされます。ですので、しっかりとこの教育長についても教育委員会側からしっかりチェックをする仕組みを働かせないと、教育長が独断でいろいろなことをやってしまう、こういうこともあるのではないか、私はこのように思います。

 こうした重層的なチェックというか、こういうものを働かせる仕組みの必要性についてどのようにお考えか、お伺いをしたいというふうに思います。

前川政府参考人 今回の改正案では、教育長の権限が他の教育委員会の委員と比較して強いものとなることから、議会や教育委員のチェック機能を強化する観点から、教育長の任期を教育委員よりも一年短い三年としているほか、教育委員による教育長のチェック機能を強化するという観点から、教育委員の三分の一以上の委員から会議の招集を請求された場合には教育長が遅滞なく会議を招集しなければならないという規定、また、教育長が教育委員会から委任された事務の管理、執行状況について報告をしなければならないという規定を置いているところでございます。

 また、そのほか、教育委員会会議の透明性の向上を図り、住民によるチェック機能を強化するという観点から、教育委員会会議の議事録を作成し、公表するよう努めなければならないという旨の規定も置いているということでございます。

中野委員 済みません、時間が参りましたけれども、最後に一問、大臣に御質問をさせていただきたいというふうに思います。

 私は、今回の改正案、責任の所在を明確にするさまざまな機動的な対応を可能にするという点、そしてまた、政治的中立性あるいは教育の継続性、こうした観点にも配慮した、非常にバランスのとれた案に最後なっているのではないか、このように考えます。

 他方でいろいろな御意見もありまして、それは、責任の所在をもっと明確にすべきだという意見もございますし、もちろん、今回の改正によっても、いろいろな政治の介入というのがあって中立性が問題があるとか、いろいろな意見があるというふうに承知はしておりますけれども、本改正案の中立性あるいは教育の継続性、こういうものをしっかり図られるようにバランスがとれた案というふうに私は思っておりますけれども、こういうさまざまな御批判に対してどのように本法案を評価をされているのか、大臣から最後に御答弁をいただきたいというふうに思います。

下村国務大臣 今回の改正案におきましては、教育の政治的中立性、継続性、安定性の確保の観点から、教育委員会を合議制の執行機関として残すとともに教育委員会の職務権限は変更しないということから、最終的な決定権限は教育委員会に留保されているものであります。

 したがって、過度の政治介入が可能となり教育の中立性、安定性が損なわれるとの指摘は、当たらないというふうに考えております。

中野委員 以上で終わらせていただきます。ありがとうございました。

小渕委員長 次に、笠浩史君。

笠委員 民主党の笠浩史でございます。

 今度は質問する立場で、きょうは大臣と議論をさせていただきたいと思います。

 ちょっと冒頭に、昨日、本会議で政府案と私どもの議法と審議に入りました。実は、この中で一点、ちょっと一つ苦言を呈しておきたいんです。私どもの菊田委員が代表質問をする中で、これは大臣ではないんですが、安倍総理がその答弁の最後に、民主党は三年間教育改革をやったのか、やっていないじゃないかというような発言がございまして、私は答弁席におりましたので、自分が答弁するときにそれに対していろいろと指摘をすることはあえてやりませんでしたけれども、我々、政権担当時代に全ての政策を実現できたとは思っておりませんし、反省をしなければならない点も全体としてたくさんございます。ただ、少なくとも私も、政府の中で文部科学省の政務官あるいは副大臣も務めながら、また与党の立場の中でも、当時、野党のときの大臣とも随分議論もさせていただきましたけれども、例えば高等学校の無償化の制度の導入であったり、あるいは少人数学級、一年生、二年生まででしたけれども進めたり、あるいは大学、大学院改革というものも我々なりにしっかりとやらせていただいたし、それなりの成果も上げたと自負をしております。

 もちろん、自民党政権時代から種がまかれたものを我々が芽を出したものもある。しかし、私たちが政権交代したことによって実現した政策もある。しかし、また今度改めて政権が交代して、安倍総理あるいは下村大臣のもとでさらに新たな改革というものが進められることは、私も大いに応援もしたいと思っています。

 しかし、何かもう、さも我々が三年間何もやっていなかったというような総理の発言というものは本当に残念だということを御指摘をしたいと思いますし、教育というのは、本当に、党派を超えながらしっかりと子供たちのために我々が何をやるべきか、未来に対する責任を果たしていくべきであるというふうに、私自身はそういう思いでやっておりますので、大臣、この総理の発言についての、きのう聞いておられたと思いますので、その感想を聞かせていただきたいと思います。

下村国務大臣 総理の発言に対しては私がコメントする立場ではないと思いますが、ただ、きのう、菊田委員の質問の中の文言に、安倍総理の過去の総裁選挙のときの発言とか、それから、私の本に対する発言等の中で非常に批判的な発言のトーニングが多かったという印象の中で総理がそのような発言をされたのではないかというふうに思いますが、教育については、お互いに批判し合うということでなく、やはりいいものはいいということで、私も十分ではないというふうに思いますが、高校無償化は一歩前進であることは事実だと思います。

 ただ、それを改正して、より公私間格差を是正する、あるいは、低所得者層に対する新たな給付型奨学金を含めてさらなる改正をさせていただきましたが、民主党の中で笠委員が副大臣、政務官として文科省の中で努力されていたということは承知をしておりますし、さらによりよいものを与野党を超えて、お互いに批判し合うのではなく、プラスの部分は評価しながら高め合うという視点でこれからもぜひ御支援をいただければというふうに思います。

笠委員 本当に残念な発言でございましたので、本来大臣に聞く筋合いではないかもしれませんけれども、ただ、やはり今、教育を専門としてこれまでも取り組んでこられた、また安倍総理にも非常にお近いお立場だと思いますので、その点はぜひ総理の方にもお伝えをいただきたいというふうに思っております。

 それでは、地教行法の議論に入らせていただきたいと思います。

 まず、我々がなぜ今回この地教行法を見直していくのかということについては、これまでもさまざま指摘がされておりましたけれども、大事なことは、これは予算委員会でも総理も、また大臣もおっしゃっておりましたけれども、やはり今、責任体制、いろいろな権限が、一つは国、あるいは都道府県、市町村、そして学校の現場という全体の教育行政の責任の所在というものをもっとしっかりと明確にしていく。同時に、特に地方教育行政においては、首長と教育委員会とで二重の行政、二元的な形になっておる。そういったときに、誰が最終的な責任をしっかりととっていくのかということをやはり明確にしていこうということでは、私は、同じ問題意識の中でそれぞれ議論をしてきたんだというふうに思っております。

 そういう立場から、大臣には、私どもと維新の会とでまとめさせていただいた議法についての率直な評価というものをまずいただきたいと思います。

下村国務大臣 民主党及び日本維新の会が提出した法案は、教育委員会制度を廃止し、首長が新たに地方公共団体における教育事務を一元的に管理、執行するとともに、首長が行う事務の評価、監視、勧告を行う教育監査委員会を設置するものと承知をしております。

 地域の民意を代表する首長が教育行政に連帯して責任を果たせる体制にすることは必要であるというふうに考えますが、教育委員会が廃止され、首長の判断により教育事務が執行されることとなると、首長の考えによっては教育内容等が大きく左右されるなど、教育の政治的中立性、継続性、安定性が損なわれるのではないかという危惧はやはり感じております。

 また、教育は人格形成の途上にある児童生徒に対して重大な影響を与えるものでありまして、誤った教育が行われると取り返しがつかないということから、教育監査委員会による事後的な評価、監視、勧告について、先ほど義家委員からも質問が出ておりましたが、それを聞いていても、この教育監査委員会の位置づけというのが、果たして、このことによって政治的な中立性とか継続性とか安定性が担保できるのかどうかということはやはり疑問の部分がありまして、首長によっては、相当教育改革がよく改善をする、一気に進むというそういうプラス面も確かにあるというふうに思いますが、一方で、どんな首長かによって全く逆のことが行われる、それに対してもうストップがかからなくなるのではないかということについてこの教育監査委員会で十分に対応できるのかということについては、検討課題があるのではないか、そんなふうに感じさせていただきました。

笠委員 今の後段の部分については、また今後の審議の中で別途しっかりと私も答弁し、また議論もさせていただきたいと思いますが、今、少なくとも大臣の方が前段において一定の評価をしていただいたということで、これに関連して、私もずっとこの問題、ちょうど二〇〇六年の第一次安倍政権のときに教育基本法の改正が行われ、当時、日本国教育基本法案を我々はまとめた中で、やはり地方の教育行政の最終的な責任をどこに明確にしていくか、どこに置いていくかということを随分議論させていただきました。

 その中でやはり考えられるのは、今の教育委員会制度がいろいろな形で、この権限、責任の問題と同時に、形骸化しているんじゃないか、あるいは迅速な対応が重大事案に対して起こらないんじゃないかということで、やはりどうしてもこの教育委員会制度の見直しとあわせて議論をしていくという中で、一つには、選挙で選ばれる、民意の最も反映をされている首長に権限を持たせていこうと。

 ただ、その首長自身のもとの教育長に権限を持たせるのかどうか、そのやり方はあろうかと思いますけれども、首長に権限を一元化していくか、あるいは、教育委員会の方にむしろ教育予算の権限も渡して一元化をしていくのか、さらに機能を強化していくのか、あるいは、現行のままこの教育委員会の制度自体の見直し、改善をしていくのか、大体その三通りぐらいのところのいろいろな議論をする中で、まずは一元化することがやはり必要だということで首長に権限を持っていくという選択をして、それに伴って今度は、今おっしゃったような政治的な中立性であったり、あるいは教育行政の継続性、安定性というものを、では、執行機関でなくなった教育委員会にそういう機能を持たせることも一つの役割かもしれませんけれども、我々はもうこの教育委員会というものを、むしろ執行機関でないのであればそれはなくして、そのかわりに、独立機関として監査委員会というものを設置しようという結論に至ったわけでございます。

 それで大臣、やはりそういう意味では、何か重大事案が起こったとき、最終的な権限というものを明確にしたということでは、やはり我々の議法の方が今回の政府の改正案よりも私ははっきりしているというふうに思っておるわけですけれども、その点についてはいかがでしょう。

下村国務大臣 首長に最終的な権限を集中させるということをすることによって、先ほど申し上げましたが、その首長いかんだと思うんです。ですから、すぐれた首長のもとでは一気に教育改革が加速するということがその自治体にとってもプラスであるということは当然あり得る話だと思いますが、ただこれは、四年に一度の選挙の中、誰が首長になるかということはわからないということの中でやはり危惧する部分は、政治的な中立性とか安定性とか継続性は担保されていないのではないかと。

 ですから、今回も、昨年十二月の中教審の答申において、A案、これは地域の民意を代表する首長の意向を教育行政に反映させることに重きを置いた案でありまして、私もこれを中心に議論していただきたいということを申し上げた、国会でも与党にお願いしているということを言ったときがありましたが、ただ、このときもやはり大切だったのは、政治的中立性とか安定性とか継続性をどう担保するかということについて、やはりA案というのは課題があったわけです。

 その中でB案は、教育の政治的中立性、継続性、安定性の確保に、より一層それに留意した別案ですけれども、現状とそれほど変わらないのではないかということ中で、最終的に、与党協議の中、ある意味ではこのA案の方向性を取り入れながら、一方で、政治的中立性の観点から教育委員会を執行機関とするという点でのB案の方向性も入れたという意味で、ある意味では大変に知恵を出した、結果的にうまく組み合わせたバランスのとれた案であるというふうに考えております。だからこそ、今回政府案として提出をしたわけであります。

 ですから、誰が首長かによってよくも悪くもなるかもしれないというリスクについては、国が、法律改正の中で、そういうおそれがあって法改正をするということについてはやはり政府としては責任を持つべきではないという部分の中で、トータル的なバランス感覚の中での今回政府案、これを国会に提出をさせていただいたという経緯であります。

笠委員 今、大臣が頭の部分、最初の部分では、責任は、そのことによっていいか悪いかは、選ばれる首長さんによって、いい、すばらしい教育行政をやるかもしれないけれども、そうじゃない、逆のケースも想定される中での非常に不安材料があるということでしたけれども、少なくとも権限の明確化ということでは、首長に持っていくことがどうかは別としても、その権限を明確にしたという点での御認識は持っていただいているんだろうというふうに私は思っております。

 それで、この後幾つか具体的に伺っていきたいわけですけれども、教育委員会のこれまで指摘されていた問題とすれば、繰り返しになりますけれども、権限、責任の所在が非常に不明確であるという点、あるいは審議の形骸化、あるいは迅速性に欠けるという点、そして、地域住民の意向の反映をいかにしていくか、これが大きなポイントになってまいります。

 今回の政府案で、この改正案でそれが果たして解消されているのかどうかということ、解消されていくことにつながるのかどうか、そこを幾つか具体的にきょうはまず質問をさせていただきたいというふうに思っております。

 大臣、この政府改正案、教育行政の最終的な責任はどこにあるのかをまず端的にお答えください。

下村国務大臣 最終的には大臣というか……(笠委員「地方教育行政です」と呼ぶ)地方教育行政ですよね。地方教育行政においては、最終的な責任は教育長にあるというのが今回の改正案であります。

笠委員 では確認をいたします。

 大臣、教育長ということでよろしいですね。執行機関として教育委員会が残る、教育委員会と教育長ではなくて、教育長ということでよろしいですね。

下村国務大臣 もうちょっと詳細に申し上げれば、地教行法第二十一条に規定する教育に関する事務の管理、執行については教育委員会が最終責任者であり、第二十二条に規定する教育に関する予算の編成、執行等については首長が最終責任者であると考えますが、合議体としての教育委員会が決定した方針に基づく具体的な事務の執行については、教育長が第一義的な責任者であるというふうに考えます。

笠委員 大臣、先ほど義家委員のとき質問がございましたけれども、総合教育会議というものが新たに新設をされます。これは、首長さんが主宰をして、そして、今度は教育長と教育委員長が一緒になって新教育長でよろしいんでしょうか、になりますので、この方も含めた教育委員の方々と首長さんが、いろいろな重大な案件であったり、あるいは大綱の策定等について会議を行って方針を定めていくということです。

 では、ここで首長さんと教育委員さんたちが意見が対立をした場合、どのようにして物事を決定するんでしょうか。うまくいっているときはいいです。先ほど大臣が調整をするというようなことをおっしゃったけれども、それでも対立することというのは私はあると思います。そのときには、多数決で決めるのか、首長さんが判断をするのか、どうするのかをちょっと明確に教えていただきたいと思います。

下村国務大臣 御指摘のように、総合教育会議は、首長と教育委員会が、重点的に講ずべき施策等について協議、調整を行う場でありまして、両者が教育政策の方向性を共有し、一致して執行に当たることが期待をされます。この場合においてどちらかが決定権者というものではなく、あくまで調整を尽くすことを目指すものでありますが、権限のある両者が公開の場で議論を尽くすことには大きな意義があり、これにより、一層民意を反映した教育行政が行われることとなるというふうに思います。

 その中で、先ほど申し上げましたが、具体的な事務の執行について、これは教育長が第一義的な責任者という位置づけであります。

笠委員 では大臣、確認ですけれども、もちろん、調整がついてしっかりと公開のもとで議論してということが、これも先ほどあったように、選挙で選ばれる首長さん、それはないとは言えないけれども、勝手に独善的にかき乱すみたいな、やりたい放題やるようなことは今は許されない時代ですし、そう想定はされません。だから、この総合教育会議の中でも、大体はいろいろな形でうまくいくんだと思います。しかし、やはり法律を改正するわけですから、予期せぬことが起こることもある。そういう中で本当に決定的に対立をしたときには、この新教育長さんが最終的に判断するということでよろしいわけですよね。確認です。

下村国務大臣 この総合教育会議は、対等な首長と教育委員会という執行機関同士が協議し調整を図る場という位置づけであるため、両者の調整がつくかどうかで方針が決定をされるということでありまして、あくまで、調整を尽くすことが前提条件であります。

 ですから、出席者の多数決で決まるというものではないわけでありまして、教育における具体的な事務の執行、これは最終的に教育長が責任を持つということであります。

笠委員 これは非常に大事な点なんです。もちろん、合議制であります。しかし、議論を尽くしたけれども、問題によってはそこでどちらも折れないというか、やはり、首長さんの方向性と教育委員の方々の意見が不幸にしてなかなかその溝が埋まらない、しかし、結論を出せなければ対応できませんので、そこはこの新教育長が最終的な、そういう事態に至ったときには判断をするということを確認をさせていただきましたので、その点はまた改めて具体的にお伺いをしたいというふうに思っております。

 そういったことで、その新しい教育長というものが、これは本当に実に大きな、ある意味では責任と権限を持つわけですから、先ほど大臣おっしゃったように、今回、この中教審の答申も踏まえて、首長さんのやはり権限をしっかりと強めていくということ、これは非常に大事なことだと。中教審のある意味ではA案、しかし、いろいろな政治的な中立性などに配慮をしながら教育委員会も現行のように残していき、この総合教育会議がということになりました。

 次にお伺いしたいことは、それであれば、今度、首長さんと教育長、大きな権限を持つこの新教育長が対立をするという事態も、これもやはり想定しておかないといけないというふうに私は思っております。

 ただ、そこで我々との一番の違いは、従来どおりの規定で、これは罷免ができないですね。例えば、そういう路線の対立だとか、教育の考え方、教育についての考え方の違いみたいなときには。ですから、そういうようなことがあったときにはどのようにしていくのか。私は、これはやはり首長さんが罷免をすることができる、あるいは、路線対立が起こるとまた混乱を招きますから、そういったことというものをもっとやはり明確にすべきじゃないかというふうに思うわけですけれども、その点についての大臣のお考えを伺いたいと思います。

下村国務大臣 これまでも、首長とそれから教育委員会が対立をするといいますか調整がつかないということは、いろいろな自治体であったことだと思うんです。それを解決するために、今回、総合教育会議を設置するということを決めたわけであります。

 この総合教育会議は、首長とそれから教育委員が構成メンバーで、その時々のテーマによって有識者も入るという形ですが、これは公開の場でこの総合教育会議が開かれるということですから、対立事項についても、公開の場で、首長と、そして教育委員会の責任者たる教育長が徹底した議論の中で調整をしてもらうということでの場としての総合教育会議がありますので、この場で議論することによって、最終的にはこれは調整に向かうだろう。それでもどうしても調整できないということについては、それぞれが、首長もそれから教育委員会も執行機関として存在しているわけですから、教育については教育長が責任を持つということであります。

 それでも首長が納得できないということの場合には、これは地方議会でも諮る、あるいは地方議会における審議対象にもなってくるというふうに思いますが、政府案として、三年間の任期として教育長、教育委員は四年ですけれども、教育長は三年間ということで、これは、自分が信頼できる、そしてそれだけの能力に足り得る人を任命するということでありますし、なおかつそれは議会の同意事項でもありますから、そういう前提の中での首長が教育長を選んでいるということでありますので、あえて罷免事項は入れる必要がないというふうに判断したわけであります。

笠委員 私はこの三年ということも、きょうはそこはまた同僚の委員からもあろうかと思いますけれども、今はお伺いしませんけれども、首長と、大きな新たに権限を持つこの新教育長が、やはり、一枚岩でしっかりとした行政をきちっと一元的にやっていくことができるようなものになるのかどうかということに一番注目をしているんです。

 ですから、任期を定めるにしてもこれはいろいろな考えがあろうかと思いますけれども、例えば首長さんがかわったときには、今までの方がすばらしい方であればその方でもいいわけですし、やはり、首長さんの意向がきちっと反映できるような新しい教育長を任命する、あるいは、その教育長というものが首長の意向に沿わないような形で対立を生む危険性があるのであれば、それをやはりかえることができる、そういった私はたてつけというか制度にやはりしていく方が、より最終的な責任というものは明確になるんじゃないかというふうに指摘をしておきたいというふうに思います。

 それで次に、教育委員会自体の審議の形骸化ということで、これも、義家委員がみずからが教育委員をやったという立場から、非常にわかりやすい審議を先ほどされておりました。

 今度残る教育委員会は執行機関でございますけれども、この新教育長というもの、今の教育委員長に比べれば、これは教育長も兼ねるわけで、はるかにいろいろなことの権限は強まるわけですけれども、他方、教育委員の人たちというのはもっと形骸化していくんじゃないかな。果たして必要なのか、この教育委員の人たちが教育委員会という中で。大事なことをテーマとするときには総合教育会議もあるわけですから、むしろそちらを頻繁な形で開くようにし、あるいは、首長さんの時間というものもあるでしょうけれども、常にその意向を踏まえた、これだけの権限を持つ新教育長が今度誕生するわけですから。

 ですから、教育委員会自体の形骸化というものがますます私は進んでいくんじゃないかという気がするわけですけれども、その点については今回の改正案でどのように変えていくことができるのか、改善できるのかということを御説明いただければと思います。

下村国務大臣 今回の改正においては、教育行政の責任の明確化を図るため、現行の教育委員長と教育長の役割を一本化した新たな責任者である新教育長を置くということは、説明をしているとおりでございます。これによりまして、緊急の対応が必要な問題に対しても迅速かつ適切な教育委員への情報提供や会議の招集が可能となり、教育委員会の活性化に資するものと考えます。

 一方、教育委員会による教育長のチェック機能が十分働くように、教育委員による招集の請求に関する規定や、教育長に委任した事務についての報告に関する規定を新たに盛り込んだところであります。

 また、教育委員会会議の議事録の作成や公表の努力義務を規定をいたしましたので、さらに会議の透明化が図られることになると考えます。

 加えて、教育委員会の審議の活性化には、教育委員の人選が非常に重要であるというふうに思います。

 教育委員には、新教育長の事務執行に対するチェック機能を果たす自覚と教育に対する深い関心や熱意が求められるところであり、教育に高度な知見を有する者も含め幅広い人材を得ることが必要であり、先ほど義家委員の質問の中にもありましたが、このことをきっかけに、教育委員の構成も、これは法律に書く内容ではありませんが、各自治体が、新たな教育委員会の趣旨にのっとった人選とか、それから委員会の設置時間、これは公開の場にもなっているわけでありますから、夜とか仕事が終わった後、それから土日とか、一般市民の方々が傍聴できるような、そういう中でオープンな形で、より開かれた教育委員会の活性化については、各地方自治体がさらに努力をするきっかけを今回の改正によってつくっていただきたいと思います。

笠委員 ちょっとわからない点があるんですけれども、この総合教育会議ができたということは、本当にこれまでの制度とは大きく違って、首長さんと、そして新教育長と教育委員も加わって、恐らくこれが、大綱、並びに、重大事案が発生をしたときに、今まで指摘されていたような、迅速な対応ができないとか、無責任体質の中でどこに責任の所在があるのかということが明確でないがゆえにさまざまな対応がおくれてしまったとか、そういったたらい回しのようなことが起こったりというようなことがなくなることが多分期待されてこの総合教育会議というものができるんだと思うんです。

 今の大臣のお話で、では、そういったものができた上での教育委員会というのは、もちろんその事務局がこれは執行機関として残ってそこにあるわけですから、いろいろな教育の事務をやっていくことにはなりますけれども、教育委員自体は、やはり、見識を持ってそうした首長さんや新教育長の行う教育行政をチェックしていく、そういう機能も要するに期待をするということになるわけですか。

下村国務大臣 教育委員会は執行機関として現在あるわけで、これからも、それは執行機関としての位置づけは変わらないということであります。

 ただ、協議機関で、今まで、五人の中で教育長もいる、それから教育委員長もいる。事実上、教育委員会はこの教育委員長のもとで行われていたという部分があったわけですけれども、これを一本化して新教育長にするということで、教育委員会における責任の明確化というのを位置づけながら、しかし、執行機関としてはきちっと残すという位置づけであります。

笠委員 私は本当にどうしても、これは新しい制度なので、自治体の方とも一部お話をさせていただきましたけれども、まだやはりこのイメージが湧かないわけですよ。執行機関としての教育委員会が残るということで、教育委員長と教育長が一緒になって、そこがきょうも明確になりましたけれども、首長とあれしながら、しかし最終的な責任というものは、何か対立があったときにはこの新教育長がその責任を持つというところは一つこれは明らかになったことだと思うんですけれども。

 であるならば、むしろ総合教育会議というものを執行機関にした方がわかりやすくて、そして今の教育委員会が、そこに事務局がありますけれども、それもその総合教育会議の下に持っていって首長並びに新教育長の行う教育行政というものをチェックするということになれば、かなり私どもの考え方と近くなっていくのかなというような気もするんです。

 総合教育会議と教育委員会というものが別途ありながらも、メンバーは一緒になって、そこに首長さんが加わって話すだけなので、そこが恐らく対立をするということは余り考えられないけれども、首長さんと教育委員会というものがもめたというか何かが対立したときに、公開しているからということじゃなくて、どのようにそれをきちんとした形で整理をしていくのかというあたりを、改めてもう一度ちょっとお聞かせいただきたいんですが。

下村国務大臣 この総合教育会議というのは、先ほど申し上げましたが、新しい今回の改正案で、首長と、それから教育委員が入っているわけです。そして、そのテーマによっては必要に応じて有識者の方々も参加をしてもらうということでありますが、法律上は、首長とそれから教育委員が入る、しかしそれを主宰するのは首長ですから、やはり、首長の意向ということが当然反映をされるということがあるというふうに思います。

 総合教育会議は会議体ですから、会議体が責任を持つということは、これはなかなか権限の明確化につながらない部分があるので、これはやはりそれぞれが、首長とそれから教育委員会が執行機関ですから、それぞれの役割分担というのはあるというふうに思います。

 その役割分担の中でもう一度整理をさせていただければ、教育に関する予算の編成、執行等については、これは首長が最終責任者である、それから、合議体として教育委員会が決定した方針に基づいて、しかし、その教育委員会そのものが最終責任者ではなくて、具体的な事務の執行については教育長が第一義的な責任者であるということで特定をしているわけでございます。

 こういう位置づけの中でこの総合教育会議は、首長と教育委員会という執行機関同士の協議及び調整の場としての位置づけである、そして、これによって教育行政に対して首長が連帯して責任を負う体制の構築を図るものであるということであります。

 もう一度繰り返し申し上げれば、首長及び教育委員会は、総合教育会議で策定した方針のもとに、それぞれの所管する事務を執行するという形をとるということであります。

笠委員 総合教育会議が開かれました、首長さんがこれが終わって出ていけば、その後、教育委員会を開きましょうという、これはできるわけですよね、首長さんがいなくなれば教育委員会のメンバーですから。またちょっとこの点は後日議論したいと思います。

 最後にもう一つ、地域住民の意向の反映ということが今回の法改正でどこがどのように担保されていくのか、あるいは充実する方向に行くのか。

 例えば私どもは、コミュニティースクール、学校運営協議会、これはなかなか進んでいかないという、いろいろな問題点があります。ただ、附則の中でも、これを全ての小中学校に将来的にきちっと設置ができるように検討していくということを盛り込んだわけですけれども、このことによって、やはり地域住民の意向や声というものが反映されていく、私は非常に重要な鍵を持っていると思っているんです、この学校運営協議会というものが。

 その点を何か今回の改正の中でさらに推進していくための具体的な政策等々を検討されたのかどうか、あるいはどうしていこうと思われているのか、その点を伺いたいと思います。

下村国務大臣 今回の改正案では、地域の民意を代表する首長が教育行政に連帯して責任を果たせる体制を構築することを目的の一つとしており、具体的には、現行の教育長と教育委員長を一本化した新教育長を首長が直接任命、罷免する、首長が招集する総合教育会議を設置する、首長による大綱の策定を義務化する、こういうふうになっているわけです。

 また、教育委員会において地域の多様な民意が反映されるよう、コミュニティースクールや学校支援地域本部の代表を教育委員に選任するなど、地域の幅広い関係者から教育委員を人選する工夫を一層進めることが有効であるというふうに考えます。

 一方、学校現場においては、保護者や地域住民が一定の権限と責任を持って学校運営に参画するコミュニティースクール、学校運営協議会制度について、平成二十八年度までに全公立小中学校の一割、三千校に拡大することを目標としておりまして、文部科学省としては、コミュニティースクールの導入促進に取り組んでいるところでございます。

 例えば私の地元の選挙区においても、首長に一つぐらいはコミュニティースクールをぜひつくってくれというふうに要請して、首長はその気になっても、教育委員会の教育長がその気にならないとつくれないという部分があるわけですけれども、今度は総合教育会議ができますから、それについてはコミュニケーションがより綿密になる。

 さらには、今回のような法律改正によって、学校支援地域本部とかコミュニティースクールの関係者等に入ってもらいながら一緒に参加してもらうということをすることによって、おっしゃるとおり、文部科学省として、このような施策が地域住民の声を反映しながらさらに促進されるような、そういうことを期待したいと思いますし、また、そのようにぜひ指導してまいりたいと思います。

笠委員 時間が参りましたので終わらせていただきます。ありがとうございました。

小渕委員長 次に、細野豪志君。

細野委員 非常に大事な法案ですのでしっかり中身の議論をしていきたいと思うんですが、その前に一点だけ、教育に対する基本的な認識という面で大臣にお伺いしたいことがあります。

 これは二月二十日の予算委員会なんですけれども、戦後教育についての質疑、やりとりがありまして、その中で安倍総理の方から、戦後教育のさまざまな制度について、マインドコントロールされているんだという御発言がありました。マインドコントロールというのは、なかなかこの政治の世界では使わない言葉が出てきて、この議事録、一部報道もされましたが、私はちょっと真意をつかみかねているんですが、この御発言について大臣はどうお考えになっているか、まずお聞かせいただきたいと思います。

下村国務大臣 二月二十日、予算委員会で総理が発言したマインドコントロールの場所について、ちょっとその事実関係を申し上げたいと思うんですが、そのとき総理がおっしゃったのは、「例えば教育基本法についても、これは占領時代につくられたものでありますが、だからこそ、かえってそれは指一本触れられないのではないかという認識のもとにずっと、例えば自民党は単独で衆参ともに過半数をとっていた時代もあるにもかかわらず、それには手を触れようとしてこなかったわけでございまして、そうしたいわばマインドコントロールから抜け出して、必要なものはしっかりと子供たちのために書き変えていく必要があるだろうという考え方のもとに、」云々ということでありまして、私は、これは至極真っ当な発想ではないかというふうに思います。

細野委員 マインドコントロールと言うからには、誰かもしくは何かによってコントロールされていて、変えちゃいかぬなというそういう雰囲気というか、そういうことが自民党にあったということをおっしゃっているわけですね。

 では、そのマインドコントロールしていた主体というのは何なんですか。これは占領政策ということですか。

下村国務大臣 まさにそれこそが戦後レジームだと思います。

細野委員 ちょっと御答弁いただきたいので、それがGHQだということですね。

下村国務大臣 いや、直接的にGHQがマインドコントロールしたということではないと思います。ただ、戦後体制そのもののもとで、これは自民党政権下の問題であったということで総理は発言されているわけですけれども、変えてはいけないのではないかというふうにみずからをそういうふうに抑止してしまっている部分がマインドコントロールというふうに発言されているのだと思います。

細野委員 しつこいようなんですが、ややここは大事なところなので、マインドコントロールと言うからには、どこかにコントロールされているから、日本の政府もしくは自民党がコントロールされていたという話ですね。

 GHQというのが直接的な表現過ぎるのであれば、それは占領政策、占領時代ということでよろしいですね。

下村国務大臣 総理がおっしゃっているマインドコントロールというのは、みずからマインドコントロールされていたということで言われていると思います。

細野委員 もう一つこれに関連して大臣にお伺いしたいんですが、この考え方には、ある種、戦後教育そのものを真っ向から否定をしてかかる考え方がかなりあると思います。少なくとも私は、この議事録を読んでそう受けとめました。

 では、戦中、戦前どうだったのかということなんですよ。国家教育をやっていたわけです。特に、戦中は軍事教育もやっていた。それはやはり誤っていて、地方分権をして地域の教育を充実させていこう、ある種、できるだけ政治からは独立をさせる教育委員会ということでやっていくというこの考え方が誤っていたというところからこの議論をスタートするのか。もしくは、戦前の教育、戦中の教育というのは私は間違っていたと思います、率直に言って。間違っていたのがよくなったんだけれども、時代がたって合わなくなっているので変えるべきだという認識に立つのか。どっちかなんですよ。

 端的にお伺いします。戦中の教育と戦後のこの教育を比較した場合に、どっちがいいというふうに大臣はお考えになりますか。

下村国務大臣 まさにその発言そのものが、私は一面的だというふうに思うんです。このマインドコントロール云々というのは、戦後、占領体制そのものをずっと維持することがいいことなんだということ自体がやはり違っているのではないか。時代変化に応じて適宜改革を進めていく、それこそがまさに保守の考え方でもあるというふうに思います。

 ですから、戦前と戦後を比較してどちらがいいとかいう一面的な議論ではなくて、常に、必要な現状改革を進めていく、そういう発想でしていかなければならないにもかかわらず、教育の部分についてはそれを進めないで来た部分があったということで、六十年ぶりに教育基本法の改正を第一次安倍内閣で行ったということを総理もその二月二十日の答弁でその後述べているわけでありますけれども。

 そして今回も、新しく教育基本法を変えた後、地方教育行政の中における教育委員会制度も、これは六十年ぶりでありますが、変えることによって、より前進的な、戦前もそうですし、戦後もそうですし、それから制度もそうですが、ある制度に変えることによって、法律改正することによって全てが全部バラ色によくなるということはこれはなかなかないのであって、どんな法律であっても、やはり、さらに改善点が求められる部分もあるというふうに思います。それをそのときそのとき前進的に変えていくということであって、何か制度を変えたら全てが完璧によくなるということはこれはあり得ないわけであって、同じように、戦前と戦後もそういう一面的な単純な比較というのは、これは一概に言えない部分があると思います。

細野委員 今の大臣の御答弁の中身であれば私も納得できるんですよ。戦後、いろいろ教育制度が本来であればもっと変えていくべきところを変えられなかったという流れの中で今回の改革案が出てきたのであれば私も納得できる、我々も改革案を出していますから。タイミングも含めて、もう少し早い方がいいのではないかというような議論なら乗ってこれるけれども、このマインドコントロールという言葉にはそれをはるかに超えたニュアンスが含まれていると思いましたので、総理といろいろ議論をされている大臣ですので、ぜひお伺いしたいなと思ったんです。

 もう一つ大臣にお伺いしたいのが、ちょっと今回の教育のこの改革案を見ていまして感じているのは、果たして教育というのは中央集権的にやっていくべきものなのか。つまり、国家の教育というものをこれから進めていくべき方向性にあるのか。もしくは、さっき私が申し上げた戦後教育の一つの最大の特徴ですけれども、地方の教育、現場の教育をより大事にしていくという流れになるのか。どっちをこれから目指すのかというのがよくわからない。

 大臣はいろいろな御本を書いておられて、私はちょっと御発言も見させていただきましたけれども、現場を大事にするんだということをおっしゃっていますよね。それはそういうことでいいんですか。今回の改革はどういう方向を目指そうとしている改革なのか、そこをちょっと御答弁いただけませんか。

下村国務大臣 それも一元的な発想ではないかと思うんですが、先ほどのあのマインドコントロールは、日本語的に言えば、呪縛というふうに言ってもいいかもしれません。心の呪縛、それを解き放つということではないかというふうに思います。

 それから、教育においても、改善点として、もっと諸条件が整えば、私は、できるだけ現場に近づいた判断ができるようなそういう改革をしていく必要があると思いますが、だからといって、全て全部現場に任せるということについては、これは相当リスクがある話でありまして、トータル的に国が役目として果たすべき役割、それから学校現場が果たすべき役割、その中で、きのうも言われていましたが、特に義務教育においてですが、国、文部科学省と、都道府県の教育委員会と、それから市町村の教育委員会と学校現場、四重構造で、これがもたれ合いによってどこに責任があるかないかもわからない中、改革が進んでいない、あるいは、より教育がいい方向へ進んでいないという部分があるのではないか。

 それについてそれぞれめり張りのついた改革をしていく必要があると思いますが、そのめり張りというのは、全部学校現場に、例えば教育は任せれば全て解決するという話ではないということであります。

細野委員 答弁の一番頭のところで、現場を大事にするんだという話がありました。もちろん、いじめの問題なんかを含めて考えると、大臣がある程度そういったところについて具体的に何かできる仕組みがある。これは議論があっていいと思うし、必要かもしれません。ただ、出発点は、やはり現場を大事にするんだという方向性を今大臣は示されました。

 それでは、今回、なぜそれがきちっとした形で制度改正の中に入っていないんですか。さっき笠議員が最後にも質問していましたけれども、入っていないんですよ。教育再生実行会議が幾つか提案していますが、三つ目に、「地域住民の意向を適切に反映する。」と書かれている。確かにいろいろ御説明されましたよ、首長は投票で選ばれているから住民の意向を反映するんだ、それはそうでしょう。しかし、それは明らかに、首長というのは選挙で委任をされているわけだから、委任された人の意向が反映をすることとそれぞれの地域の住民の意向が反映されることとは違いますよね。教育委員会にそういう人が選ばれるのが望ましいんだとおっしゃっているけれども、制度的にはこれは何ら担保されていない、自治体の判断ということになるわけです。

 今回の改革の方向性が地域住民の意向を大事にするということなのであれば、なぜ、それが具体的に何か形となるようなものが何一つ入っていないんですか。ここは、コミュニティースクールを首長がやれば教育委員会も説得できるんだとおっしゃったけれども、そこも含めて何ら具体的なものがないんですよ。これは何でですか。ここに、ちょっと先ほど申し上げましたけれども、教育というのは国家のものなんだと考えるのか地方のものなのかと考える、この方向性の定まらなさがある。

 我々は、地方ができるだけやった方がいい、現場が大事だという明確な方向を持っています。自民党なり政府案というのは、そこがやや明確な方向性ということでないことがあらわれているんじゃないかと私は思うんです。

 いろいろ申し上げましたが、聞きたいのは、地域住民の意向も反映をさせるという仕組みは、これは今回入れるべきだったと思います。なぜ入らなかったのか、具体的にそれを御答弁いただきたいと思います。

下村国務大臣 どの項目に地域住民という文言をどう入れるかということについての、入っている、入っていないについて具体的にちょっと御質問をしていただければ端的にお答えができるかというふうに思いますが、まず一つは、これは民主党政権のときだけでなく、もともと小泉内閣のときに、コミュニティースクール、地域運営学校がスタートしたわけでありまして、これは政権いかんにかかわらず、できるだけ学校現場に対して地域が支えながら、地域ぐるみで子供たちを育てていくという発想を持っていくことは大切だと思いますし、その中で、この地域運営学校、コミュニティースクールですね、これも、その人事についても、地域の人たちが、学校における人事ですけれども、参加できて、そして決められるというあるべき形なんですね。

 ですから、これはぜひ、平成十六年からできているわけですけれども、進めたいと思っております。

 しかし、なぜ進んでいないのか。残念ながら、まだ千六百校ぐらいしか進んでおりません。小中が三万校もあるのに、千六百校近くしか進んでいない。

 これは、極めてその地域におけるそういう地域力があるところであれば進められるのかもしれませんが、地域力のないところではかえって形骸化する、あるいはマイナスになる。そういうことを恐れる、あるいは、それぞれの教育委員会がそういう判断のもとで非常に消極的であるという部分があって、これは、総体的な中で地域力がどの程度あるかどうかによってコミュニティースクールがさらに拡大されるかどうかということにつながってくる部分があります。

 ですから、自民党の考え方がはっきりしていないということではなくて、地域の実情に合った制度設計をしていかなければ、かえってそれは改悪になる、学校現場がまずくなるということもあるわけでありますから、当然、それなりの体制の中で結果的に判断するのは教育委員会でありますが、どこの学校をコミュニティースクールにするかどうかということは、それは、その地域事情に応じて適切に判断するということはやはり必要なことだというふうに思います。

細野委員 地域住民の意向をどう反映をしていくかというのは、私は重要な要素だと思います。

 きょうは法案提出者の吉田さんにも答弁席に座っていただいていますが、この野党案、民主党と維新で出した法案にはここがどう書かれているか、御答弁いただきたいと思います。

吉田議員 教育に関して地域住民の意向をどう反映させるような法案になっているかというおただしでございます。

 まず、地域住民の代表である首長に責任と権限を一元化しているということが一つあると思います。それから、今議論になっておりました学校運営協議会、ここが地域住民の意向を反映という意味では非常に重要な器でありますけれども、今大臣からもお話しございましたが、なかなかこの設置学校が十分に進まないということであります。

 ただ、政府案では、学校運営協議会のあり方について現行法のままというようなことになっておりますけれども、我々の民主、維新案では、まず、将来的には全国各地で地域住民の意向が学校運営に反映されていくように、この法律の施行後できるだけ速やかに、原則として地方公共団体の設置する全ての小学校、中学校に学校運営協議会が置かれるようにするよう、それに向けて検討を加え、必要な措置を講ずるという旨の規定を置いたところでございます。

 また、新しく教育監査委員会というのを置くんですが、ここも、保護者などの地域住民がその委員になることが想定されている。

 こういうことをもって、住民意向の反映を進めていきたいと考えているところでございます。

細野委員 我々の案にもありますけれども、学校教育に住民が参加をする枠組みとしてやはり一番自然なのは、コミュニティースクールだと思います。私もかなりの数のコミュニティースクールを見ましたけれども、それは、極めて限定的な住民が例えば教育委員会に入るであるとか、そういう仕組みよりも、地域ですから、ちょうど子供が歩いて行ける範囲に学校はあるわけだから、そこにかかわるというのが住民参加の枠組みとして一番自然だと思いますので、何らかそれを、私も、一律どこでもきちっと同じようなものができるとは思っていないんです、相当過疎化しているところもありますし、静岡でもそうなんですよ。本当に数名しか子供がいない、一学年いない、もしくは、なかなかそれすらいないような学校もたくさんありますから、一律にということではないんだけれども、少なくとも、これだけ住民参加ということの必要性が言われている中において何ら法案に反映をされなかったというのは、残念だと思います。

 もう一つ私が気になっているのは、今回のこの改正が出てきた一つの大きなきっかけは、これは、大津のあのいじめの問題があったことは事実ですよね。果たして今回のこのスキームというのは、いわゆる危機管理に適したものになっているのかということなんです。

 大臣にちょっとまずお伺いしたいんですが、よくわからないのが、総合教育会議というものがどういう会議なのか。見方によっては、予算を執行する首長と実際に教育の執行をする教育委員会が合わさっているので、執行機関という見方もできる。ただ、一方で、現実的には教育委員会が日常的な教育についてはまさに執行機関なわけだから、そこに首長がかかわるという意味では、首長がそれをチェックをする機関というふうにも見ることができる。

 また、総合教育会議のいろいろな項目を見ていると、非常に強調されているものとして、児童生徒の生命または身体に被害が生ずるとか、まさにいじめであるとか、さらには、例えば感染症のような問題、これは極めて深刻、こういった問題について対応するという意味では、ここが危機管理を担う会議に読めなくもない。

 大臣、明確にこれがベストでこれ以外にないという案は、この仕組みはないと思うんです、我々も出してはいるけれども。それは完璧だとは言いませんよ。つまり相対的なものなので、それはわかった上で、この総合教育会議に一番期待している役割は何なんですか。

下村国務大臣 まず、基本的な法の枠組みでありますが、この総合教育会議は、首長と教育委員会の意思疎通が必ずしも十分でないため、それぞれの役割を十分に果たすことができないとの指摘を踏まえて、これは、首長と教育委員会が協議、調整する場として設けられたものであります。

 総合教育会議の設置により、首長と教育委員会が相互の連携を図りつつ、より一層民意を反映した教育行政の推進が期待をされます。

 また、緊急事態が生じた場合には、首長が総合教育会議を随時招集することができることから、迅速な対応が可能であるというふうに考えます。

 この総合教育会議は全ての教育委員が出席することが基本でありますが、緊急事態で教育委員を招集する時間の余裕もないという場合においては、同会議の定めるところによりまして、首長と教育長のみで会議を持つなど、柔軟で迅速な対応も可能であるというふうに考えます。

 この総合教育会議において、例えば、いじめ問題に際し、緊急に予算措置を講じスクールカウンセラーを配置すること、災害に際し、授業の実施態勢の確保とともに児童生徒等の生活支援態勢を構築することなどの緊急措置について両者が協議し、迅速な対応をとることなどが考えられるということで、今までのシステムからすると、大津のいじめ問題なんかもそうですが、すぐ対応できるという仕組みとしての総合教育会議の役割が位置づけられると思います。

細野委員 では確認ですが、この総合教育会議に、いじめの問題などの危機管理についても対応することを期待している、こういう理解でいいですか。

下村国務大臣 はい、そのとおりです。

細野委員 ちょっと恐縮なんですが、危機管理ということを考えると、こういう会議は一番向かないと思います。私は若輩なんですけれども、たまたま、危機管理のことについてはややいろいろなことにかかわってきた経緯があって、いろいろなものを見てきましたけれども、責任の所在が明確でない会議体で危機管理をやるのはやめた方がいいと思います。

 例えば、調整ということをおっしゃったのでこの政府案も見てみたんですけれども、「構成員の事務の調整」というのが出てくるわけです。構成員というのは首長と教育委員会ですね。事務の調整という言葉はあちこちの法案で出てくるんですよ。

 例えば文科省に関して言うと、ちょっと調べてみたんですが、所掌事務が書いてありますが、例えば科学技術、「関係行政機関の事務の調整に関すること。」と書かれている。総合科学技術会議もあります。内閣府には例えば宇宙とか海洋もある。ITなんか総務省もやっている。各省がいろいろな科学技術についてやっているのを、文部科学省は事務の調整をするということになっているんです。これは、予算のいろいろな調整は多少するけれども、権限は全てそれぞれのところにありますから、決定権限は何もないんですよ。

 大臣にちょっとここは率直に、事務の調整という法律の文言しか与えられていないこの総合会議で危機管理が本当にできるというふうに思われますか。

下村国務大臣 ぜひ整理して端的に質問もしていただきたいと思いますが、まずいじめ問題です、緊急問題。

 これは先ほど申し上げたように、首長と教育長と二人だけでも緊急に対応するということが、これは可能だということを先ほど申し上げました。それから、あとは、首長が必要とあれば主宰をして総合教育会議でいろいろな話を、御指摘のようなこともすることもできます。

 しかし、これはそもそも位置づけとして、決定機関ではないということを最初に申し上げました。これはあくまで調整機関ですから、実際は執行機関は首長が持っていて、それから教育長が持っているということですから、方向性のコンセンサスを決めるわけであって、この総合教育会議で全てを決定するということではないという、そういうたてつけになっているということについては御理解いただきたいと思います。

細野委員 危機管理というのは、誰かが責任を持って最後決めるしかないんです。それを先延ばしできればそれは幸いなんですが、先延ばしできないケースもあり得る。いじめの問題もそうでしょう。感染症もそうかもしれない、例えば学校を閉鎖するかどうかとかそういうことも含めて。例えばですよ。そういったときに決定をする会議じゃないんですね、今大臣がおっしゃったとおり。招集は首長がするけれども、実際に執行するかどうかは教育長ですよね。

 そういう、極めて緊急事態が発生をしたときに首長と教育長の意向が一致をしなかった場合はどうするんですか。

下村国務大臣 教育における緊急事態というのは、児童生徒の生命等に影響を及ぼすような、そういうことであるというふうに思います。

 本来、そのときに教育長が執行機関の責任者として判断をすればいいわけですけれども、それができないがために今回のような法律改正につながったという、これが大津の問題であったり、それから大阪市における高校生の、これはいじめというよりは、教師における体罰によっての自殺問題でありますが、いずれも教育委員会が、事件が起きる一年以上前から情報は入っていたにもかかわらず、適切な対応をしなかったということであるわけです。

 これは首長がするということではなくて、権限としては教育長が持っているわけですから、地方自治体の場合はそういう情報が首長に入ってくる場合が多いですから、そのときに協議をして、実際にやるのは教育長ですけれども、しかし、教育長が即やれることだったらそれは教育長がやるということは当然のことだと思いますから、一々会議を開く必要は、緊急の場合はないわけであります。

細野委員 ちょっと私の質問にそこは的確に答えていただいていないのですが、私は、この危機管理の、本当にここは判断をしなければならないという場面は首長の出番だと思います。むしろ、総合教育会議というのを設定してそこについて関与させるのであれば、そこだけは首長が指示をできるようにすべきだと思います。そこを、事務の調整という言葉で、決定権がない法律用語でおさめてしまったことによって、できない形になっていますよね。

 では大臣、もう一回確認をしますが、そういう危機的な対応において首長の意向と教育長の意向が異なった場合、教育長が首長のやるべきだと考えていたことをやらなかった場合、これは首長は何かできるんですか。

下村国務大臣 何をもって危機管理というふうに言うかということだと思うんです。

 ですから、実際に、端的に首長がやるべき危機管理や教育長がやるべき危機管理はあると思います。それについては、一々総合教育会議を開かなくても対応を本来すべきことなんですよ、緊急の場合は。別に会議を開かなかったら対応できないということじゃなくて、それぞれの執行機関ですから、やるべきことだと。

 それがなかなか決められないとか判断つかない部分については、緊急なことであっても、総合教育会議を開いて首長と教育長が協議をすることはできますけれども、本来はそれぞれの執行機関の責任において的確にやるべきことだと思いますから、総合教育会議を開かなくちゃいけないということではないわけです。

細野委員 大臣、実際にこういう例が生じているわけですよ。大変残念なケースとして大津の事件があって、大津市の教育長は教育委員会にも十分な情報を伝えずに、対応が後手後手に回ったということが言われていますよね。つまり、そのときに首長が関与していたら、もしかしたら違ったかもしれない。そういう情勢を酌まずに教育長が独走してしまったというような例が大津ですよ。それはいろいろなケースがあり得ると思いますけれども、仮にこういう会議ができたって、教育長がそういう判断をするケースというのはあり得るわけですよ。

 そこで、それぞれつかさつかさが判断すべきだというのはそうなんだけれども、それは平時の話であって、有事というのは、誰かが責任を持って判断をしてそれができるようにしておかないと、機能しないんですよ、よりシビアであればあるほど。その仕組みとして本当に首長が指導力を発揮できるのかということを私は心配しているんです。

 これは別に足を引っ張っているというんじゃなくて、この法律の文言で総合教育会議というこのたてつけは私はちょっと無理があると思うんです。

 吉田さんに答弁者として座っていただいていますので、いろいろ先ほど義家委員の方からも、首長の独走がなかなかとめられないんじゃないかという御趣旨の質問がありました。そこは我々も本当にどうするのかというのは考える余地があると思いますけれども、少なくとも、この危機管理の面において首長が前面に出られる、そういう仕組みになっているんじゃないかと思うんですが、そこを簡潔に御説明いただけませんか。

吉田議員 民主、維新案ですと、今まで分散していた責任と権限を首長に一元化するということですから、有事においてもそれがもちろん適用されるわけですが、さらに、有事の対応というのは極めて大事だということをよく認識した上で、第六十三条に配慮規定というのを置きました。

 これは、通常は、平時においては学校がその管理運営を主体的に行うわけでございますが、児童生徒の生命もしくは身体の保護を必要とするようないわゆる緊急の事態においては、首長が「適切に対処することができるよう、配慮するものとする。」要するに、首長の指揮のもとで教育長が積極的に対応できるようにしよう、こういう規定を置いたところでございます。

細野委員 大臣、ここはちょっとお考えいただいた方がいいんじゃないですか。事務の調整という言葉は余りふさわしくないですよ。

 私、原発事故の対応をしまして文部科学省の皆さんとも一緒に仕事をさせていただきました。率直に言って、優秀な方が多いし、教育について熱心にやっておられると思うけれども、危機管理の省庁として文部科学省が非常にすぐれた能力を発揮したとは余り私は思わないんです。

 下村大臣は、もちろん教育についてもいろいろな御見識をお持ちだけれども、同時に、危機管理の重要性というようなものについても非常にわかっておられる政治家だと私は思います。もう一回そこは検証していただいて、何らかやはり我々のこの考え方も取り入れていただいて、対応できることをお考えになった方がいいんじゃないかと思いますが、いかがですか。

下村国務大臣 まず、民主党の意見についても、もちろん耳を傾けて、必要な部分があればそれは盛り込むという基本的な姿勢については、かたくなに政府の法案を指一本変えることについて反対だとか言うつもりは全くありません。

 ただ、今、細野委員のお話を聞いて、総合教育会議というのを何か一つに定義されているのではないかとしか思えないんですが、この総合教育会議というのは、先ほど申し上げたように、柔軟に対応できるんですね。だから、特に危機管理については、先ほど申し上げたように、首長と教育長だけでやることも可能だし、それから、そのテーマによっては有識者を入れてやることも可能だし、定期的にやることも可能だし、緊急的な形でやることも可能なわけですから、それは柔軟にやれるわけです。

 ですから、本来は、危機管理でいえば、それは教育長が直接判断をすれば済む話のことだって多いと思いますよ。しかし、教育長よりも先に首長に情報が入った部分については、これは教育長に指示をするという意味で、二人で急遽やるということでの総合教育会議という位置づけもできるということですが、一々総合教育会議を開かなくても、それは首長と教育長の間で協議をすることによって対処するということは十分可能ですし、全て総合教育会議を開かなければ対処できないということではないということについてはこれは当然のことですけれども、御理解いただきたいと思います。

細野委員 危機管理の判断をするときに、最後の責任を誰が負うかは極めて重要なんですよ。というのは、右か左か判断せざるを得なくなるケースがあり得るわけです。そのときに、結果についても責任を負えるような体制にしておかなきゃいかぬ。それは、私は教育長じゃ無理だと思います。

 合議制によって首長からこういうふうに言われたので教育長としてはこういう判断をせざるを得なかったみたいなことを言われたときに、判断が間違った場合、どっちが責任とりますか。それは、首長から言われれば、教育長も自分の考えを変える可能性はありますよね。

 では、首長の意向を酌んで教育長が判断をしたとしましょう。それが万が一何らかの形で大きな失敗になった場合に、法的には教育長に責任があり、政治的には首長に責任があるということになるんですよ。だから、法的な責任と政治的な責任がずれる。

 そこは、最後の最後は、この危機管理の要諦は、誰が判断をするかという責任の所在と、それについて責任をとれるかだから、そのためにやはり首長がいるんじゃないですか。そこの肝の部分を残念ながら今回は外しているというふうに私は思います。

 最後に、時間がなくなってきたので、ちょっと法案と離れるんですが、一点、大臣に考えていただきたいことがあるので質問をさせていただきます。

 オリンピック・パラリンピックなんですが、二〇二〇年に向かって大臣の大きなお仕事として、これを盛り上げるということと、あと、たくさんメダルがとれるように、それはたくさんとりたいとみんな思いますから、いろいろなスポーツの訓練、そういうトレーニングなんかをしていくとか、レベルを上げていくということをやられると思うんです。これもいいと思います。

 ただ、前回の東京オリンピックというのはもう半世紀以上前に行われているわけですけれども、そのときと今とでは我が国を取り巻く環境は随分変わっていて、少し国際的にも幅広い対応があっていいんじゃないかと、私は特にこの一年ぐらい、思うようになってきたんです。

 そこで、ちょっとアジアのメダル数を調べてみたんですが、圧倒的に日、中、韓、オリンピックもやっていますから、この国々は、日本を含めて多くのメダルをとっている。

 一方でASEANの国、例えば人口の多いところでいうと、日本よりはるかに多いインドネシア、一億人前後の人口を抱えているフィリピン、タイ、ベトナム、このあたりは、人口がこれだけ多いわけですから当然運動神経のいい人もいるでしょうから、本当は、それこそメダルをとれるポテンシャルのある選手はいるはずなんですよ。

 では、そういう国々が夏のオリンピックで歴代どれぐらいメダルをとったかというのを調べてみると、実は数は非常に限られている。インドネシアが六つ金メダルをとっているんですが、これは全てバドミントン。バドミントン以外はとっていないんです。タイが七つとっているんですが、これはボクシングと重量挙げのみ。ほかは、人口の大きい、今も御紹介申し上げたベトナムであるとかフィリピンであるとか、そういう国は一回も金メダルをとっていないんですよ。

 世界にいろいろな人材を派遣していろいろなスポーツなんかをやるということは、外務省なんかもやっていますけれども、例えば二〇二〇年に向けて、活躍するのは高校生ぐらいでしょう。高校生ぐらいのすぐれた選手をこういう国々から、ASEANの国々から日本に招待して、そこで訓練を積んで、日本の選手と一緒に練習をさせて彼らがメダルをとるというのも、これはなかなか日本の国民からしても、非常にみんなで喜べることじゃないかと思うんです。ちょっと聞いてみたんですが、余りそういうことはやっていないそうなんです。

 ですから、今回のオリンピックを、東京のオリンピック・パラリンピック、さらには日本のオリンピック・パラリンピックとするんじゃなくて、それはもうもちろんそうなんだけれども、プラス、アジア全体のスポーツレベルを上げていくというようなことに貢献をできれば、これは非常に意義深い、前回のオリンピックとは違う意味でもまた大きな意味のあるオリンピックになると思うんですが、そういうことをちょっとお考えいただく可能性はありませんか。

下村国務大臣 十二月に、ナショナルトレーニングセンター、女子レスリングの練習があるからぜひ視察に来てくれということで、行きました。そのときに、日本レスリング協会が中国と韓国とそれからモンゴルの選手を招待して、四カ国で合同でやっておりました。

 今、細野委員が御指摘のようなことを既に女子レスリングはやっているということでありますが、同じように、政府は、スポーツ・フォー・トゥモロー、これは、二〇二〇年のオリンピック・パラリンピックの招致に向けての国際公約として位置づけております。これは、開発途上国に対するスポーツ関連施設の整備、それから器材提供、それからスポーツ指導者の派遣等、世界じゅうの一千万人が対象、開発途上国のそういう人たちに対してのプログラムということで、行うことを既に決めております。

 今御指摘の、特に、近隣の途上国等との交流機会の拡大ということでのもっと絞った御指摘だというふうに思います。それも含めて、今後、JOCそれから競技団体、日本スポーツ振興センター等関係団体とも連携しながら、二〇二〇年オリンピック・パラリンピック、東京から同時に世界に対する貢献をするという位置づけについてのスポーツ・フォー・トゥモロー、これをしっかり拡充をしていきたいと思います。

細野委員 では、質問を終わります。

小渕委員長 午後一時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。

    午後零時十五分休憩

     ――――◇―――――

    午後一時開議

小渕委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。

 質疑を続行いたします。遠藤敬君。

遠藤(敬)委員 午前中に引き続きまして、地教行法の質問をしたいと思うんですけれども、まず、私も教育ということで、民間ではありましたけれども、いかに教育の再生を目指していくかということで、本年も、冒頭、下村大臣から教育再生元年だという強いお言葉も賜りまして、この地教行法につきましても、昨年来から本法案について積極的に、中心的にかかわってまいりました。

 そんなことも踏まえながら、どういう質問をさせていただくのがよいのかということもいろいろと考えてまいりましたけれども、予算委員会でもたびたびと教育委員会制度のことにつきましては御質問も申し上げてきました。

 一方で、きょう添付資料をつけさせていただいております。新聞記事と、「校内人事に関する規定」というものと、「大阪市立巽中学校 職員会議規約」というものをつけさせていただいております。

 昨日、本会議で萩生田先生より御指摘をいただきました。民主党と維新の会、なぜ一緒にできるのかという御指摘もいただきましたけれども、私自身も民主党政権時代の状況もよく理解をしておりますけれども、今回、法案につきまして、民主党の先生方と教育制度のあり方を根本的に見直さなければならないということで一致したと思っておりますので、私自身の考え方、そしてきょう、大阪の中学校ではこんなことがあるのかということも含めて御質問を申し上げたいと思っております。

 お手元にございます。ごらんいただいたら先生方に御理解いただけると思うんですけれども、全くもって、こういう規定、規約が三十年間も表に出ることなく現実に起こっていたということでございます。まさにこれは、民間の校長が入られて、そこで、教頭との摩擦の中でこういう事例が浮かび上がったという問題であります。

 「教務主任らの校内人事について教員同士の選挙を行うとの独自規定があった」。「人事などの校務について、学校教育法は校長権限と定めており、市教委は「校長の人事権に影響を与えかねず、不適切」と判断。」「市教委によると、同区の市立中で遅くとも一九七〇年代に「校内人事に関する規定」を制定。教務主任や学年主任、生徒指導主事などについて校長は事実上、選挙結果通りに任命する慣習があった」。「学級担任なども、教員でつくる「調整委員会」の同意を得るなどと規定」をしています。

 これは、法律に基づいた適正な学校運営を揺るがす大問題だと思っております。ゆゆしき事態に対して、文部科学省はどのように判断をされているか、問題の所在はどこか、問題の背景にあるのは何なのか、今後どのように対応するのか、こういった点も含んでお答えいただきたいと思います。

前川政府参考人 大阪市教育委員会事務局から聴取したところによりますと、大阪市生野区の巽中学校におきまして、教務主任などの校内人事を決める際に、教員間で選挙を行うなどとする独自の規定が設けられていたということ、また、現時点におきましては、当該学校において、校長がその権限と責任において主任を命じているということになっているということ、また、他の学校においても同様の規定が存在するか、全大阪市立学校の調査に着手したということを聞いております。

 学校教育法第三十七条第四項におきまして、「校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する。」ということとされておりまして、校長の権限と責任において校務分掌を定めるものであることから、教員の話し合い等により、あるいは選挙により校務分掌が定められるとすれば、これは学校教育法に違反した極めて不適切な事案であると考えております。

 法令に違反するような学校運営は、あってはならないことであります。文部科学省といたしましては、今回の事案が起きた理由も含めまして、大阪市教育委員会により行われている調査の状況を注視するとともに、必要に応じて厳正に指導してまいりたいと考えております。

遠藤(敬)委員 まさにこの内部規定と職員会議の規約、下村大臣、改めて、どのようにお感じになるでしょうか。

下村国務大臣 いまだにこういうことが行われているというのは、本当に驚きました。ここだけの問題なのか、ほかの都道府県でも問題なのかということは、十二分に文部科学省としてもいろいろと事情を聴取する必要があると思います。

遠藤(敬)委員 調査によると、事前調査といいますか、校長、教頭も聞き取り調査をしております。教頭は、私が赴任した学校では、一校を除き同じやり方だったと陳述をされております。例えば明文化した書類、これは規定でありますけれども、がなくても、実質的に校長権限を否定、制約しているケースがあるおそれがある。また、校長も、違法性に気づきながら、教職員とのトラブルを避けるために、モチベーションの維持向上を大義名分に、是正に努めないケースもあると思われます。さらに、形式上は最後には校長の決定であり、何ら問題はないと自己合理化している校長もいるとも言われております。この辺はまことに巧妙な形骸化と自己合理化、この全国的な広がりは本当にどうなのかなという疑念も持っております。

 事例を簡単に申し上げますと、この問題が起きたのは、学校内で不適切な民間校長だということがもともとの発端でありまして、そこで、教頭や地元のPTAなどから、この問題は看過できないという申し出が教育委員会にもあったそうで、まさにこの校長を更迭するということを教育委員会の事務局がリークしたのではないか、そのような状況にもなっております。

 まさにこの実態を調べれば調べるほど、事務局、また教育村と言われるものが本当に悪影響を及ぼしているなということを、大阪だけの問題ではないと思うんですけれども、改めて文科省にも実態調査を依頼するところであります。

 これは本当に、私、きのうこの内部文書を夜遅くいただいたんですけれども、こんなの三十年間もあるのかな、前のやつがわからなかったのかなというぐらいびっくりしているところであります。

 心ある先生方もおられまして、約三十年近くこのような学校での規約、制限を職員がしてきたわけですけれども、その方はこの規約について、シーラカンス的規約だというふうにおっしゃっております。まさに先生方も、教育委員も、これを表に出せる状況にあったのか、また、その方がこの情報提供によって、覚悟を決めて、こんな状況なんだということを訴えていただきたいというお話であったので、教育委員会制度も含めた中で大きな問題としてきょうは申し上げているところであります。

 この民間校長が初めて登校したときに、もう最初から教職員は、おい、おまえと名前を呼び捨てしていた、また、教職員は校長を無視、それから、生徒には無視するように促した、そんな状況まであったそうであります。

 そういう事例の中で、これからの教育委員会制度におきましても、教職員の村社会の打破というのも大きく問題視をしなければならないですし、今までから我々も教職員組合の皆さんと対立してきたというのも、そういう根っこがあるからだろうなというふうにも思っております。

 それでは、これに基づきまして、教育委員会制度についての御質問をさせていただきたいと思います。要するに、教育村以外の常識で見た場合明らかにおかしいことと映っていても、これは氷山の一角でしかありません。これを一学校の特殊な問題として捉えるのではなく、いわゆる教育村で起こり得る問題として徹底追及すべきだと考えております。そのためにも事実解明を、すなわち全国的な確認調査を行うべきだと改めて御依頼を申し上げます。

 本日は地教行法の質疑ですけれども、大阪の問題だけを取り上げるわけにはいきません。しかし、この問題は教育委員会制度改革と深く関係をしているように思います。この事案でも明らかになるように、いわゆる教育村の論理では通用しなくなっているということが現代社会の実態なのではないでしょうか。一般の常識が教育現場で通りにくくなっている。

 今回の地教行法の改正も、そもそも、大津市で起きたいじめ事件に教育委員会が迅速かつ的確に対応できなかったところに端を発しています。これは何もいじめだけではなく、教育を取り巻く環境、課題に対して、教育村組織では迅速かつ的確に対応できなくなっているのではないかと思われます。

 国民から教育行政にだめ出しを突きつけられているのではないかと思っております。きちんと認識されている下村大臣とは存じますけれども、まず、今回の教育委員会制度改革の背景、そして、その趣旨や目的について、大臣の御見解を改めてお伺いします。

下村国務大臣 現行の教育委員会制度については、教育委員長と教育長のどちらが責任者かわかりにくい、いじめ等の問題に対して必ずしも迅速に対応できていない、また、地域の民意が十分に反映されていない、地方教育行政に問題がある場合に国が最終的に責任を果たせるようにする必要があるといった課題があると考えております。

 このため、政治的中立性、継続性、安定性を確保しつつ、教育行政における責任体制の明確化、迅速な危機管理体制の構築、地域の民意を代表する首長との連携の強化を図り、いじめによる自殺事案等の問題に対して国が最終的な教育行政の責任を果たせるようにすること等によりまして、教育委員会制度の抜本的な改革に取り組むこととしております。

遠藤(敬)委員 今回の政府案は本当に国民の期待に応えるものかどうかは甚だ疑問でありますけれども、大臣、教育委員会制度改革については、初め、教育再生実行会議で議論されておられました。そして、その第二次提言を受ける形で、中教審で詳細な議論がなされました。中教審、中央教育審議会、これは、文部科学政策が行われる上で、広く国民や専門家の意見を聞き、実態に即したものとなるよう、文部科学大臣が諮問機関として設けられているものであります。

 この中教審の答申は決して軽いものではありません。しかし、中教審の答申はどうなったのでしょうか。今回の政府案は、中教審の答申とは異なる結論として今回国会に提出されていますが、御存じのとおり、中教審では、首長を教育行政の責任者とする案、すなわちA案を基本に、基本的な答申がなされております。

 私は、当時、答申について、我が党の考える改革の方向性と極めて近いものと評価し、期待もしておりました。中教審の答申についてどのように評価されているか、また評価をしているのか、大臣にお聞かせいただきたいと思います。

下村国務大臣 昨年十二月に取りまとめられました中教審答申では、地域の民意を代表する首長の意向を教育行政に反映させることに重きを置いた改革案、A案が示され、あわせて、教育の政治的中立性、継続性、安定性の確保により一層留意した別案、B案が示されたところであります。

 A案は、首長が教育行政に連帯して責任を負う体制を設ける点ですぐれており、中教審から答申を受け取った文部科学大臣の立場としては、答申が提示された改革案、A案を中心として議論していただきたいと申し上げてきたところであります。

 その後、与党において議論を踏まえて作成した今回の改正案は、総合教育会議の設置や、これは中教審でない案だったわけであります、また、教育行政の大綱の策定等を通じまして首長が教育行政に連帯して責任を負う体制を構築するという点でA案の方向性を取り入れると同時に、政治的中立性等の確保の観点から教育委員会を執行機関とするという点でB案の方向性も取り入れておりまして、その意味において、中教審の答申の内容をトータル的にミックスした案が今回の与党から出てきた政府案ということで、中教審の答申の内容と軌を一にするものであるというふうに考えております。

遠藤(敬)委員 まさに教育村の打破といいますか、既得権益の打破といいますか、教育の行政の状況をいかに風通しのいいようにしていくかということが大きな問題だということで、我々は首長に責任と権限を持たすということを大きなテーマとしております。

 新教育長ができました。また、首長と双方の教育行政に対する責任者ができるということは、何度か下村大臣にもお話を申し上げましたけれども、どっちが責任者かわからなくなるということが大きな問題ではないかということを、A案のときから私どもの思いとして申し上げてきました。この大阪の事案につきましても、新しい教育長になられてから是正がなされ、これを表に出すという流れに、教育委員会というよりも、学校現場での是正もかなりスピーディーに進められております。私どもの法案が、首長自身がどれだけ教育現場に影響を及ぼし、速やかに、スピーディーに現場の処理をできるかということも大事なことでありますし、どちらが責任者なのかという状況では、極めて責任の不明確な状況に陥ると思っております。

 大臣が諮問された、受け取った中教審答申に基づいて、この国会の場で地方行政の改革について丁寧に議論を、まだ今後時間がありますので、していきたいと思っております。与野党が共同して真の地方行政、教育制度改革を目指すことは可能だと考えております。国民はそれを望んでいるとも思っております。

 本日、大阪市の教育現場の実例を挙げて、地教行法改正案について総論的な質疑をさせていただきました。

 私は、教育委員会制度改革の真の目的は、教育村からの脱却にあると考えております。現在の日本社会において、既成概念に凝り固まった集団、または一定の既得権集団、すなわち村という社会、ここからの脱却が必要とされており、これが実現されない限り、グローバル社会という競争社会の中で日本が生き残っていくことはできないと思っております。

 どうぞ、まだまだ時間があると思いますので、この大阪市の学校現場の問題も調査、また、内容が決まり次第、御報告を申し上げていきたいと思いますので、是正の方、どうか御指導よろしくお願いします。

 以上でございます。終わります。

小渕委員長 次に、椎木保君。

椎木委員 日本維新の会の椎木保でございます。

 私は、過去に十三年間、市の教育委員会の方で勤務しておりましたので、きょうは、教員経験じゃなくして教育行政にかかわった一人として、今なぜ教育委員会が問われているのか、そういう観点から質問させていただきたいと思います。

 今回の問題の本質は、責任と権限の所在が曖昧だ、制度設計がおかしい、無責任体制となってしまっている、それが発端であると思います。また、下村大臣のこれまでのいろいろな御答弁を一つ一つお聞きしても、非常に教育に熱心で、リーダーシップを発揮されて、ですから、うちの中田宏議員もそうですし、私も党の文部科学委員も、大臣をお支えして、信頼して、今回これを契機に本当にしっかりと法案として改正していきたい、そういう思いで来たんですけれども、正直な感想を申し上げまして、非常に今回はがっかりしていますね。今回の政府案については、正直なところがっかりしています。

 これは、どちらがいい悪いかというのはこれから審議をしての結果になりますから、決して政府案を批判するという視点ではなくて、これまでの答弁一つ一つ、大臣の思い、そういうものをいろいろ踏まえますと、非常に弱々しいものであるなというのが正直な感想です。これは本当に感想ですので、否定しているつもりではございませんので。

 それで、大津の御遺族の方から、大臣初め、我々にも意見書が届きました。皆さん、先生方もお読みになっていると思いますので、あえてここで繰り返すことはないかとは思うんですけれども、ただ、やはり教育行政の責任の所在が制度上不明確である、そういう従来の批判に対して、あの大津のいじめ事件が起こったわけです。

 大津の教育委員会の隠蔽体質、無責任な事後対応、これは社会一般のみならず司法からも批判を浴びてきた大きな問題。これを、今回の政府案では、何か教育長と委員長が新教育長に変わる。何が変わるのかさっぱり私には非常に理解しかねて、これから、これまでも、現場ではやはり教育長なんですよ。教育長が現場ではきちっとリーダーシップを発揮して、学校教育を担ってきているんです。教育委員長というのは、本当に非常勤の委員長、月一回ないし二回の教育委員会議の会務を総理するだけなんです。そういう意味では、非常に私は何か大臣らしくないなという思いがあるんですけれども、大臣は、本当に今回の政府案が大臣の思いも十分反映された政府案としてという、そういうお気持ちでいらっしゃるのか、まずそれを確認させてください。

下村国務大臣 民主主義社会でありますから、これは、政府・与党が一体となってコンセンサスをつくって法案をつくるということが必要であります。

 午前中も義家委員の質問に対してお答えいたしましたが、全部で百時間かけて教育再生実行会議、その前に、自民党は野党のときから教育再生実行本部でも教育委員会については議論し、そして、政権交代の後、教育再生実行会議、それから中教審、そして、自民党で議論し、部会の後、小委員会でさらに議論し、そして与党協議の中でまとまって、議院内閣制ですから政府一体となってこの法案を出したということでありまして、そういう中ではベストの案として政府として出しているというのが私の立場であります。

椎木委員 ありがとうございました。

 重ねてがっかりですね。これは正直な私の感想ですから。

 午前中の義家先生の質問も、やはり現場もよく理解しておりまして、質問の内容一つ一つ、私もなるほどなと思うところが本当に多々多々ありました。

 ただ、やはりなぜ、維新と民主の提出した法案と政府案の、教育委員会を存続させるのかというところが非常に、先ほどの大津の御遺族の方々もやはり本当にがっかりしているんじゃないでしょうか。国民の皆さんも多分わかりづらいと思います、これは非常に。私が現場に十三年いてこれだけわからないんですから、一般の方は余計わからないと思う。それを再度申し上げて、具体的な内容をちょっと幾つかお聞きしたいと思います。

 今回の法改正の端緒、改正案提出の理由をまずお聞きしたいと思うんですけれども、教育委員会という制度そのものの問題自体を踏まえての改正なのか、もしくは教育長とか事務局が迅速に対応できないという意味での改正なのか。ちょっと言い方をかえますと、戦後教育制度のあり方の見直しを安倍内閣で総仕上げしようとしているのか、あるいは、先ほどからお話ししている大津のいじめの自殺問題での不手際の問題を今回の制度改正で行おうとしているのか。どういう端緒での改正案なのか、理由をお聞きしたいと思います。

下村国務大臣 きっかけは、これは大津の中学生の自殺問題からで、このときに大津の教育委員会が適切な対応ができていなかった。しかし、これは大津の教育委員会だけでなく、もちろん今の法制度のもとできちっと行われている教育委員会も全国にはたくさんありますけれども、やはり先ほどから申し上げているように、形骸化、形式化、責任体制が明確化されていない、迅速的な対応ができていない、あるいは地域の声が十分に反映されていない、首長との連携が十分でない、こういう構造的な問題が本質的にあるというふうに思います。

 そういう中で、大津の事件がきっかけではありますけれども、そういう、ある意味では戦後体制における地方教育行政におけるその骨格の部分が教育委員会ですから、この教育委員会における権限、責任をより明確化するということでの法律改正をしているわけでございます。

 ただ、この中でやはりずっと問題になっているのは、政治における中立性、継続性、安定性の問題があるわけでありまして、首長によってどうなるかわからないというのは、国にとっては、つまり立法の立場からするとこれは無責任である。誰がやっても一定水準以上の教育がきちっとどこの自治体においても行われるという制度設計にする必要がやはりあるというふうに思います。

 確かに、民主党、維新の会の野党案、これは首長に権限を持たせる、教育委員会を廃止して教育監査委員会をつくるということで、首長に対する権限をより強化するわけでありますが、これはすぐれた首長のもとではドラスチックな、よりいい方向に向けた教育改革が行われる可能性ももちろんありますけれども、一方で、どんな首長が生まれるかによって大混乱になるといいますか、かえって地域のためによくないということもあり得る話であります。

 そういう意味では、誰がなるかによってどうなるかわからないということは立法としては無責任ではないかということの中で、これは首長に対する権限を現状以上にさらに明確にしながら、また、教育委員会における、内部における権限を明確化しながら、同時に政治的な中立性や安定性、継続性を担保するという中での今回の政府案を出しているわけでございます。

椎木委員 どこの首長も民意で選ばれているわけですからね。ですから、首長によってはというのは非常に語弊があると思いますし、市民の代表として責任ある市政運営、教育行政はしますよ、間違いなく。ですから、そういう人に責任と権限を一元化して、保護者の皆様に安心していただけるような、市民の皆様に安心していただけるような、そういう教育行政を推進すべきなんですよ。私は、これが民意で選ばれた首長の責務だと思います。

 ですから、首長によってはというのは、本当にそういう認識は大臣には改めていただきたいと私は思います。(発言する者あり)民意なんです。私たちも民意で選ばれているんです。

 次の質問に入ります。

 今月四日の法案の閣議決定後の報道各社のぶら下がりのインタビューで、大臣が、我が国の戦後教育行政の根幹をなしてきた教育委員会制度を抜本的に変えるものだと発言されていますね。

 現行制度を変えるわけですから、教育委員会が果たしてきた役割について、これまでの総括がどうなのかとか、大臣御自身が教育委員会制度を抜本的に変えるものだと述べているその変革の理由というのはどういうものなのか、お聞かせください。

下村国務大臣 まず、現行の教育委員会制度の問題点、これは何度も申し上げていますが、一つは、教育委員長と教育長とのどちらが責任者かわかりにくい。委員は教育委員会に所属をされていた経験もあるということでありますが、実際問題として、合議制の中で、責任が明確化になっていないという制度上の問題であると思います。それから、いじめ等の問題に対して必ずしも迅速に対応できていない。それから、地域の民意が十分に反映されていない。地方教育行政に問題がある場合に国が最終的に責任を果たせるようにする必要がある。そういう課題がある。それは変えなければならないということであります。

 それから、地元の、地域の自治体の首長は地域住民が選んだのであるから、どんな人が首長になったとしても、それはそういう信頼関係を持つべきではないかということで先ほどお話がありましたが、選んだことに対して私は否定するわけではありませんが、しかし、それだけ多様な人が首長になる可能性がある中で、やはり我が国は法治国家ですから、人治国家ではありませんので、つまり、人によって教育行政が極端に変わるということは、これは教育の分野においては望ましいことではないというふうに思います。

 事実関係として、例えば私の地元の東京で国立市というところがありましたが、この首長が誕生したことによって、日の丸・君が代に対する否定で、入学式や卒業式でもそれは掲揚もされないし、斉唱もされない。当時、生徒が校長に土下座させて日の丸・君が代を掲揚することに対して批判したというような経緯があったんですね。

 これは、誰が首長になろうと、学習指導要領の中で守るべきものは守るということについてはやはり担保すべきだというふうに思いますし、そういう意味で、教育委員会が政治的な中立性とか継続性とか安定性を一方で担保しておかないと、全てが善意で選ばれた首長だから何でも全面的に委任をするということが教育分野においていいのかということは、やはり問われるだろうと思います。

 今回の法改正においても、そういう部分を担保しながら、教育行政における責任体制はしかし明確化する。それから、迅速な危機管理体制を構築する。そして、地域の民意を代表する首長との連携の強化をきちっと図っていく必要がある。また、いじめによる自殺事案等の問題に対して国が最終的な教育行政の責任を果たせるようにするという視点から、教育委員会制度の抜本的な改革をするものであります。

椎木委員 現在も、どこの市町村の首長も教育行政にはかかわっていますよ。これは教育予算の査定、判断、さらには教育基本計画なり振興計画なり、もろもろ教育行政で行っている事業、施策については、必ず文書決裁あるいは執行段階の財務決裁で首長は決裁しているんですよ。ですから、今でも十分教育行政にはかかわりながら、みずからの首長の責任、役割は果たしているんですよ。

 ただ、我々が今出している法案というのは、さらにそこに責任と権限をより集中させて、首長が市民の皆様に公約で掲げた教育行政のお約束を責任を持って果たすための改正案なんですよ。

 だから、そういう意味では、何かこう、首長が全面的にかかわることを、距離を置くことがよいというような答弁にしか聞こえないんですけれども、現状も決してそんな政治的な介入ができるような制度ではありませんし、これからもっともっと、問題が発生しないために、よりみずからの責任で教育行政を担うというためには、やはり首長に権限と責任を一元化していくというのは、私はこれは絶対求められるべきものだと思いますし、必要だと思うんですけれども、その点についてはいかがでしょうか。

下村国務大臣 もとより予算権の権限を有する首長は、日ごろから教育政策について教育委員会としっかり協議し、調整を行い、方向性を定めていくことは当然重要であります。

 維新の会、民主党案は、その教育委員会を廃止するということなわけです。政府案は、総合教育会議の中で、首長の主宰のもとで教育委員会の人たちと協議をして、その自治体における教育の今後のあり方、大綱を含めて協議をするということでありますから、今まで以上に首長の教育における政策が反映できるような制度設計にまずなったわけでございます。

 ただ、先ほど申し上げましたように、政治の中立性とか継続性とか安定性を教育の中で担保するという意味では、やはり、教育委員会制度を執行機関として残すということをしておかないと、これは法的に、もし暴走することがあったとしてもそれを阻止するようなことはできないということの担保というのは求められることだと思います。

椎木委員 では、私も実務にかかわってきた内容に関連したところでちょっと質問させてもらいます。

 この政府案は、総合教育会議あるいは教育委員会議の議事録を作成し、公表するよう努めなければならないとなっておりますけれども、専従の事務局が存在するならば、当然その議事録の作成、公表というのは義務づけるべきだと思いますし、私のやっていた教育委員会でも、当然、開示はしてきました。

 今、行政文書で開示できないものなんというのはほとんどありませんよ。当然傍聴もできるわけですし。そういう中で、情報公開の一層の徹底が求められている中で、なぜ「努めなければならない。」という表現になっているのか、これが私は非常に、何度読み返しても疑問で疑問でならないんです。現在の地方の市町村の情報公開条例とも全くこれは逆行しているんです。これこそ隠蔽なんですよ。

 だから、私は、これはなぜ公表すると書けないのか、その理由を大臣にまずお聞きしたいと思います。

下村国務大臣 それはおっしゃるとおりだと思いますが、視点が違うと思うんですね。そういうことで隠蔽しているとか、何か隠したいということではそもそもないということであります。

 もちろん、教育委員会会議とか総合教育会議、これは原則として公開するということは当然であります。しかし、今までなぜそれができなかったのか、議事録の作成、公表について、それは今回なぜ義務づけすることをせず努力義務としたのかというのは、特に、事務局の人数が少ない市町村において、過大な事務負担となる。これは今までも公表を国は求めてきたところでありますが、特に人口五千人未満の市町村教育委員会、これが二百三十ありますけれども、こういうところでは、そもそも教育委員会における職員そのものが非常に枯渇化しているといいますか人がいないということの中で、つまり、事務的な処理能力が伴っていないという部分があります。

 そういう意味では、今回の改正案には入っておりませんが、やはり教育委員会も、そういう適正規模としてのあり方というのもこれから将来考えていく、次の段階としてはそういうことも検討、視野に入れるときに来ているのではないかとも思います。

椎木委員 私も議事録は作成していた一人なんですけれども、月に一回ですよ、定例会議は。時間にして二時間、短ければ一時間。議案、報告事項、平均すれば合わせて五、六本じゃないでしょうか。年度末とか人事案件等々が重ならない限りは臨時教育委員会議も開かれませんし。私のような程度の職員でも、会議録の作成なんていうのは本当に二時間もあればできますよ、テープで録音もしますし。

 だから、人が少ないとか業務が非常に過大だみたいなことをお話しされますけれども、私が隠蔽と言うのは、そういうふうに市民の皆様、国民の皆様から見られないようにしなければならないでしょう。だから公表すべきじゃないですかという視点で言っているんですよ。

 何が過大なんでしょうか、月一回の教育委員会議の、たかが二時間ぐらいの会議の議事録を作成するのに。その辺は、文科省ではどのような実態調査といいますか、全国都道府県、市町村からのそういう過大だということに対しての内容を把握されているんでしょうか。答弁の方をお願いします。

前川政府参考人 教育委員会会議の議事録の公開状況について私ども調査をしておりますが、平成二十四年度間の調査でございますが、都道府県、政令指定都市でございますと、詳細な議事録を作成し、それを公開しているというところが八八・一%、また、簡単な議事概要のみで公開しているというところが一一・九%、公開していないというところはゼロでございます。これは都道府県、指定都市のケースでございますが、指定都市以外の市町村について見てみますと、詳細な議事録を作成し、それを公開しているというところは二八・一%、簡単な議事概要のみを公開している、これが二三・一%、公開していないというところが四八・七%ですが、これはそもそも作成していないというところが多いわけでございまして、やはり小さい市町村の場合ですと、議事録を作成し、公開するという事務がかなり負担になっているのではないかというふうに考えております。

椎木委員 後でちょっと私の方でお問い合わせさせてください。私の知り得る範囲の都道府県、市町村で、会議録を作成していないというのはちょっと初耳なんですよ。今のデータも、開示と一部非開示というところで多分まちまちになっているんじゃないかなと思うんですけれども。

 さきの私の質問をもう一度確認させてもらいますけれども、何が過大なんですか、要するに、負担が大きいのですかというのを私は聞いている。たった月一回か二回の二時間程度の会議なんですよ。これがどれだけの業務負担で、ここに「努めなければならない。」と努力義務に抑えているのか。その関係がわからないんですよ、私は。答弁の方をお願いします。

前川政府参考人 通常、議事録を作成する場合には、議事を録音するなり筆記録をするなりとかいたしまして、それを会議録の形に整理する。その上で、発言者に確認をするという作業も必要になってまいります。

 そのような作業を含めますと相当の時間数を要するということで、事務局の人数の少ない、小さい規模の町村におきましては、やはり事務としては一定の量があるというふうに考えられると思います。

椎木委員 最後に、ちょっと細かなところをもう一点だけ確認させてください。

 教育委員は、委員長初めその委員がいらっしゃいますけれども、必ず教育委員会議のときには議事録の署名人を最初に決めるんですよ、委員長が。本日の議事録署名人は誰々委員にお願いします、御異議ございませんかということで、異議なしなんですよ。最後に、会議録を作成したものを、必ずその教育委員の署名をもって会議録として残すんですよ。では、そういうことはやっていないということですね、確認させてください。

前川政府参考人 議事録の作成につきましては、それぞれの各教育委員会におきまして取り決めをしているというところでございまして、法令上必ずそういうことをするということになっておりませんので、それぞれの教育委員会の判断でそのような手続になっているものと考えます。

椎木委員 時間もありませんからこの辺にしますけれども、必ず最後は、各自治体の判断とか、法令上と。だから私は、法令化で、ここできちっと義務づけるべきでしょうと言っているんですよ。

 今の前川局長の答弁だと、今回、こういう教育委員会制度を見直すということと全く乖離しているような気がするんですよね。だって、そういうことがないようにやっているんじゃないの、我々は。そんなのは関係ないんですか。各自治体に任せていいんですか。再度お聞きします。

前川政府参考人 教育委員会の会議に関しましては、会議そのものを公開するというのは、これは原則でございます。したがって、住民の皆さんが関心に応じて教育委員会の会議を傍聴する、これは全ての教育委員会で可能になっているわけでございます。

 この議事録に関しましては、これを作成する義務、あるいは公表する義務ということにつきましては、これまで法令の規定がないということでございまして、今回は、まず努力義務として規定するということとしているわけでございます。

椎木委員 これはぜひ、まだ修正すれば済む段階のものだと思いますので、前向きに本当に議事録の作成を義務づけるというところは検討していただきたいと思います。大臣にもこれは本当に切にお願いしたいと思います。

 重ねて文科省の方にお聞きしたいんですけれども、努力義務というのは、私の行政の経験上、やらないんですよ。義家先生も多分御存じだと思いますけれども、やらないんですよ、これは。やはり罰則規定がないんですよね、しかも。多分、文科省の方は、定期的な調査は実施してくれるとは思うんですよ。努力義務であるけれども、ちゃんと公開しているかしていないかという多分調査はしてくれると思うんですけれども、努力義務を履行する自治体としない自治体と出てくると思うんですけれども、努力義務だからやらないという自治体が多数出てきた場合、そういうときのきちっとした指導なり対応ということは想定されているんでしょうか。

前川政府参考人 努力義務にするということは、これは議事録の作成、公開が望ましいということでございますので、私どもといたしまして、極力公開するよう指導してまいりたいと思います。

椎木委員 ありがとうございました。本当によろしくお願いしたいと思います。

 最後に、これは、ほかの委員からも何度も質問されていることだと思うんですけれども、重ねて私も聞かせていただいて、その答弁でちょっと私も……。

 質問時間がなくなったので、ちょっと聞けなくなってしまったんですけれども、結構です、もう時間がないので。

 ただ、最後に、答弁は結構ですけれども、我が党は文部科学委員会の希望者が非常に多いんですよ。それだけ本当にこの法案に対しての思いも皆さん持っていますし、これは純粋に本当に、大臣に対しての信頼も厚いと思っています、私は。ですから、きのう、うちの田沼議員が、曖昧で中途半端な法案だと。民主党の菊田議員さんも、妥協の産物だと。現状、実際そう言われても本当にいたし方ないかなという気持ちが私の中にもやはり相当あるんですよ。

 だから、決してそうではないんだということを、今後の審議を通して、修正できるところはぜひ前向きに修正の姿勢も見せていただいて、いいものを力を合わせてやっていきたいと思いますので、よろしくお願いを申し上げます。

 以上で終わります。ありがとうございました。

小渕委員長 次に、三宅博君。

三宅委員 日本維新の会の三宅博でございます。

 うちの委員も先にお二人、質問されまして、重なるところはあるんですけれども、ちょっとこれは角度を変えてお尋ねしたいと思っております。

 まず、今もちょっと言及されましたけれども、大津市の中二生のいじめ自殺事件、これについて、御遺族の方から全国会議員の方にお手紙が来ております。ここでその御遺族が訴えられているのは、やはり、権限と責任が本来は一致しなくてはならない、しかし、今の制度であるとこれが一致していないから、教育委員会が無責任ないろいろな行動をとるに至るというその原因ではないかというふうにおっしゃっているんですけれども、そのあたり、いかがお考えでしょうか。

下村国務大臣 まず、この大津におけるいじめ自殺事件においては、生徒の生命に係る重大かつ緊急の事態にもかかわらず会議が速やかに招集されないなど、教育委員会による責任ある迅速で的確な対応がなされず、大きな社会的批判を浴びることとなった事件だというふうに認識をしております。

 改正案においては、教育委員会の責任の明確化を図る観点から、教育委員長と教育長を一本化した責任者として新教育長を置くこととしており、緊急時には、まず新教育長が迅速に対応し、教育委員への適切な情報提供や会議の招集等が行われると考えております。

 また、今回の改正では、緊急時には総合教育会議において、講ずべき措置について首長と教育委員会が協議を行うこととなっております。

 私のところに、その遺族の方からの手紙をいただきましたが、読ませていただきました。謙虚に耳を傾けることはたくさんあるというふうに思いますし、お子さんを亡くされた親の立場から、大変つらい思いの中で、よく、精力的にこういう活動をされながら問題提起をしていただいているということに対しては、感謝を申し上げたいと思います。

 ただ、今回は、総合教育会議等を設けることによって、あの大津のような事件に対しては適切に対応できるような仕組みを、この政府案の中で十分対応できるというふうに考えております。

三宅委員 十分対応できると。それであればいいんですけれども、ただ、やはり、教育委員会には、行政委員会としての限界というのがあるんです。

 この御遺族の方も、今回の自分の息子さんがお亡くなりになった、これに対して、教育委員会の不誠実な対応に非常に大きな憤りを感じられて、なおかつ、裁判でこの真相を究明しよう、そして教育委員会を訴えようとしたけれども、これは法制度上できない。いたし方なく、市を、大津市を訴えざるを得なかった。このこと自体もおかしいんじゃないかというふうにお考えになって、全議員に対してこういうお手紙を出されたということなんです。

 やはり、教育の中立性といいますか、そのゆえに行政委員会として教育委員会が存在しているんですけれども、結果的に、責任と権限が一致していない。だから、常に無責任な対応を往々にしてとってきたんじゃないかというふうなお気持ちになられたんでしょうな。

 だから、やはり、今の改正案ですと、行政委員会そのものは残しているのがあれですから。日本維新の会と民主党が共同提案した改正案につきましては、行政委員会として残すんじゃない、もう廃止するんだ、その方が権限と責任の一体化、一致というのができやすいから、無責任な教育行政というのはやはりこのことによってやめることができるというふうな観点から、うちの方はそういうふうな改正案を出したんです。

 ここらあたり、もう一度、我々の方の改正案について、どのような御感想を持っていらっしゃるか、ちょっとお聞かせいただけますか。

下村国務大臣 野党案については、御指摘のように、首長が教育においても全面的な権限、責任を有するということの中で、教育委員会を廃止して、そして一手に全部対応するということでは、おっしゃるとおり、より明確な首長に対する権限、責任が明らかになるということはそのとおりだというふうに思います。

 ただ、それで問題なのは、教育における中立性とか継続性とか安定性をどう担保するのかということがやはり課題になると思うんですね。それを野党案は、教育監査委員会を設けてそれで担保するという考え方でありますけれども、この教育監査委員会は事後チェックということですから、事前チェックの中で本当に抑止力を持ってやれるのかどうかということについてはややよくわからない部分があります。

 ですから、今後、この審議の中で、ぜひ野党案についても、政治的な中立性、継続性、安定性がどう担保されるのかということについて明らかになった中で、なおかつ、首長における権限、責任を一本化するということについての長所をより国会の中で明らかにしていただければというふうに思います。

三宅委員 教育の中立性、中立性と。この中立性のゆえに、一部の団体とか集団によって公教育が相当ゆがめられてきたという部分があることはやはり御認識されていると思うんですよ。結果、それが教育基本法の全面改正につながった。

 新たな、新たなといいますか、平成十八年に改正された教育基本法、これは三つの眼目がありまして、愛国心の涵養、それから宗教的情操、これも涵養しなければならない、それから、法に基づいて教育というのは行わなければならない。今までみたいに、教育の中立性、中立性と言ってきた結果、日教組であるとかいろいろな集団に教育がずっと不当な支配をかえって受けてきた。やはり、そこには、民意から遊離した、あるいはまた、民意のチェックを受けない中で公教育がゆがめられてきた、これが一つの動機となって教育基本法の改正につながったと思うんです、私自身は。

 してみると、政府の改正案よりもう一歩進んで、やはり行政委員会を廃止して、教育委員会を廃止して、首長部局の方に統一された方がいいんじゃないかなというふうな思いで、先ほど来、私はちょっとお話をさせていただいております。

 次に、さっきうちの遠藤委員が質問もされましたけれども、「教員が選挙で校内人事掌握」、「校長“責任放棄”三十年」と、十二日の産経新聞の大阪の夕刊で一面に載ったこの件なんですが、この件についてお伺いしたいんです。

 本来校長が持っている人事権というものが形骸化してしまって、校長が人事権を放棄せざるを得ないような過去の状況があったということなんですけれども、このあたり、文科省は十分に把握されていなかったですかね、この報道があるまでは。あるいは、報道をごらんになってどのような御感想を持たれたか、ちょっとお聞かせいただけたらと思います。

下村国務大臣 大阪市教育委員会から聴取したところによれば、大阪市生野区のその御指摘の中学校で、教務主任などの校内人事を決める際に、かつて、教員間で選挙を行うなどとする独自の規定を設けていたこと、現時点においては、当該学校において、校長がその権限と責任において主任を命じていること、他の学校においても同様の規定が存在するか、全大阪市立学校の調査に着手したこと、これを聞いております。ですから、当然、文科省は、こういう事例があるということについては全く承知をしておりませんでした。

 学校教育法第三十七条第四項におきまして、「校長は、校務をつかさどり、所属職員を監督する。」とされておりまして、校長の権限と責任において校務分掌を定めるものであることから、教員の話し合い等により校務分掌が定められるとすれば、これは学校教育法に違反した極めて不適切な事案であると考えます。

 法令に違反するような学校運営はあってはならないことであり、文部科学省としては、今回の事案が起きた理由も含め、大阪市教育委員会により行われている調査の状況を注視するとともに、必要に応じ厳正に指導してまいりたいと思います。

三宅委員 文科省の方もこれは把握していなかったということなんですね。

 この報道では、教育委員会さえも、耳にしたことはあるけれどもというふうなことを言っているんです。耳にしたことはあるけれどもその実態については十分知らなかったというようなことを言いたいのでしょうな。しかし、こんなことはとうに知っていたというどころか、教育委員会はずっと追認していたんです。

 単にこれは大阪市だけの問題じゃないです。大阪府ももとより、三重県であるとかほかの県でもこれに似たようなことがたくさんあるんです。

 大阪市の場合は、教員が選挙管理委員会、これもまた地方自治法における行政委員会みたいな、こういうようなものを勝手につくって人事を勝手に決めていた。

 では、大阪府の場合はどうかというと、大阪府の場合は、反対に名前を変えて人事委員会というふうな、大阪市は選挙管理委員会、府の場合は人事委員会というのをつくるんですよ。これは勝手に内規でつくって、人事委員、人事委員会の委員については職員会議選挙でこれを決めるんですな。大体五人なんです、少ないところで三人のところもあるんですけれども。結局、組合の分会長なんかが最終的にはこれを決めるということなんです。その人事委員会が、府の場合ですよ、これが生徒指導主事とか学年主任とか進路指導主事とかあるいは教務主任とか保健主任、こういったものを決めていく、こういうふうな形になっているんですね、大阪府の場合。

 名前だけ違うんですけれども、内容は一緒なんです。結果的に、校長の人事権というものが全く発揮されずに、一部のそういうような日教組の支配によって人事というのが大きく左右されている。管理運営面に、組合がこれを支配してきたということなんです。

 本来、校長のこういった権限であるとかあるいは教育委員会の人事権、こういった部分もかなりいろいろな部分で制約を受けたりとか、あるいは形骸化している部分もあると思うんです。

 一つの例でいいますと、私は大阪の八尾市出身なんですけれども、八尾で市議会議員をやっておりましたときに、文教委員をずっと務めておりました。そこで、いろいろと文教行政をただしたりしてきたんですけれども、人事についても、府教委の方からの指導で、新規職員、新採の職員については四年間、それ以外は六年もしくは七年という期間を設けて、その期間中に教育委員会が勝手に人事異動ができないというふうにしているんですよ。新採ですと四年間、本人の希望がある場合は人事異動してもいい、希望がない場合は四年間動かしてはならない。その他は六年あるいは七年動かしてはならない。

 教員の配置、バランスのいい配置とか、あるいは問題教員の人事異動をさせようにも、上部の教育委員会からそういう指導が来ている。教育委員会の人事権が相当部分侵害されているといいますか、大きな制約を受けているんです。

 ここらは大臣、どうでしょうか。このあたり、お聞きになって、どのような感想を持たれましたでしょうか。果たしてそれがいいかどうか。

西川副大臣 三宅先生のこの資料を拝見させていただいて、正直、しっかり把握していなかったなという思いでおります。一つの話としては仄聞することはありましたけれども、そこまで、三十年間それが続いていたということで、大変問題になる事案だと思っております。

 本来、教育基本法の十六条に、不当な支配を受けないでということは明記してあるわけですので、それにのっとって公正に教育委員会の人事というのはやっていかなければいけないものだと私は思いますけれども、学校の管理運営については組合の不当な影響を受けることは本当にあってはならない、そういう思いでおります。

 その中で、今回、組合支配の問題については、基本的に教育の管理の問題であるということで、教育委員会制度の今回の改正とはちょっと違うかなという気がいたしますので、そういう意味の中で、教育の管理という点からしっかりと指導してまいりたいと思います。

三宅委員 今ちょっとお答えになっていないんですけれどもね。

 なぜ府の教育委員会が府下の衛星都市の教育委員会に対して、四年あるいは七年というふうな制限を設けて、これ以内にあっては本人の希望がない限りしてはならない、そういうふうな指導をしているかということなんです。これもやはり組合の意向を受けてそういうふうにやっているんですけれども、大臣、もし何かありましたら。

下村国務大臣 教職員の人事については、任命権者である教育委員会が、法令にのっとり、みずからの権限と責任に基づいて行うものであり、まさにそれは組合があるから、組合の推薦で人事を決定する、そういう事例でおっしゃっているのではないかと思います。

 これは改善しなければならないと思いますし、文科省としても、これまで、組合推薦など、教職員組合に対する、教員人事への関与を初めとした不適切な実態について、教育委員会に対し、事案に応じて厳しく指導しているところでありますが、相変わらずそういう問題があるということであれば、これは法令違反でありますから、きちっと徹底的に指導していきたいと思います。

三宅委員 やはりまずは事実の把握ですよ。この部分が、なかなかやはり思うようにいかない部分があると思います。これは教育行政のみならず、ほかの部分もそうだと思うんですね。国が地方の実態を十分に把握できない、そういった中で、一部無責任な行政であるとかあるいは教育が横行しているという部分がありますので、まずは実態の把握を努めてやっていただきたい。

 正しく実態を把握したら、文科省の方の指導というのは、私は、過去、なかなかすばらしい結果といいますか業績を上げてきたというふうに本当に思いますよ。その事例については今からまたちょっと具体的にお話をさせていただきたいと思いますけれども、よろしくお願いします。

 今からちょっとお話しさせていただくのは、教育における運動団体の影の部分、この部分をちょっとお伺いしたいんです。

 日教組と部落解放同盟、これは非常に仲のいい団体なんですけれども、もともと社会党の兄弟組織ですから、非常に仲のいいのはわかる。それからまた基本的な理念、これもまた共通をしているんです、日教組と部落解放同盟。それは何か。反日、反皇室。こういう部分も、基本的な理念もやはり一致しているんです。

 日教組がいろいろと反日偏向教育をずっと過去何十年間続けてきましたよね。それに対して、社会の批判であったり、あるいは御父兄からの抗議があっても、彼らは恬として恥じずに、数十年間、反日偏向教育をしてきたでしょう。その一つの秘密といいますか、これはやはり部落解放同盟との関係にあるんですよ。

 日教組をずっと攻撃していたら、いつの間にか横から部落解放同盟が出てきて、部落解放同盟とやり合わなあかん、こういうふうな構図の中で、言ってみれば、部落解放同盟は日教組の用心棒的な役割を担ってきた、これは本当なんですよ。

 だから、そういうような中で、地方議会においても、やはり日教組、これは相手は教員ですので、教育公務員ですので徹底的に攻撃できる。やはり相手が運動団体、部落解放同盟になってくると、これは向こうの方からの反撃あるいは糾弾、こういったものにびびって、議会のチェックも甘くなる、こういうふうな構図がずっとあったんです。

 それでは、部落解放同盟というのはどんな団体かというと、これは部落解放同盟の、これは関係ないようですけれども、教育行政と非常に密接な関係があるので私、お話をしているんですよ、これ。関係ないんじゃないですよ。もともと、古い綱領、これは一九九七年につくられた綱領では、差別観念を生み支える諸条件を打ち砕かなくてはならないと書いているんです、この部落解放同盟の綱領。その基本目標の三にはどういうことが書いてあるかというと、「身分意識の強化につながる天皇制、戸籍制度に反対する。」はっきりとこういうことを綱領にうたっている団体なんです。

 それがやはりいろいろと批判を受けて、三年前ですか、二〇一一年の三月に全国大会で部落解放同盟の綱領がまた改められたんです。しかし、そこでもやはり、「身分意識の強化につながる天皇制および天皇の政治的利用への反対と戸籍制度などの人権を侵害する法や制度の改廃」、これを目指すというふうな団体なんです。言ってみれば反日革命団体に近いような綱領を持った団体なんですね。これが日教組と一緒になって公教育を壟断してきた。

 ちょっと前ですと、皆さん御存じのように、広島県の教育はこれによってもうがたがたになってしまったんです。これは長い歴史もあったと思いますけれども、部落解放同盟と日教組のタッグによる公教育の支配、これは本当にひどいものがあったように私は思います。

 もともと、広島県というのは、戦前は教育県として有名だったんです、広島。戦前ですと、広島、栃木、長野といったら全国に名立たる教育県だったんです。広島には、戦前、高等師範学校がありました。これは全国でも二つか三つしかない学校でして、広島というのは、教育というのは非常に大きな看板でもあったんです。あるいは、明治帝国憲法下で、広島と富山県、この二つの県だけは死刑囚が出なかった、凶悪犯罪がなかったんですよ。それほどすばらしい広島県だったんですが、戦後、被爆した後、その反戦運動とこういった運動団体とが一致して、公教育がもうがたがたになってしまったんです。

 しかし、これについては、文科省の方の、以前ですと、平成十一年、十二年か、文科省の木曽さんですかね、木曽さんが教育長で行かれたり、それから、今そこに座っている堀野さんでしたかな、彼は教育次長で四年間ほど行ったということで、非常に公教育そのものが劇的に変化してきているんです、今。

 それで、言ってみれば、暴走族でも、あれ、発祥の地は広島なんですよ。それほど青少年非行は戦後非常にすさまじかったんですけれども、これは国挙げての、広島の公教育を変えていこうという、そのかたい決意の中で本当に劇的に変化して、そういうふうな部落解放同盟であるとか、あるいは日教組の教育支配というものはもう鳴りを潜めてしまって、今では、それだけ短期間に劇的に変化したというのを、どこに秘訣があるんだといって、反対に全国から広島へ教育問題の視察に来るぐらいになってしまった。これはすばらしいことだと思うんですけれども、いまだに一部の自治体では、こういう部落解放同盟を初めとする運動団体、あるいはそういったものが日教組と一緒になって公教育を相当ゆがめてきているという部分があるんです。

 このあたり、大臣なり、もし御意見があればちょっとお聞かせいただきたいんですけれども、どうですか。答えられないのであれば結構なんですけれども、どうぞ、もしお考えがあれば。

下村国務大臣 私も、十二、三年前に広島に視察に行ったことがあります。当時、校長先生、幹部職が何人か、御指摘のようなことで自殺に追いやられたということを受けて、文部科学省からも三人ぐらいは教育長として派遣されて、おっしゃった木曽、それから寺脇、常盤、そういう、文科省から広島県の依頼で教育長で行って、これは改革をしたというふうに聞いております。

 学校教育は、外部の不当な圧力や違法な活動を排し、法令にのっとって適正な学校運営や教育活動が行われる必要があるわけでございます。

 広島県教育委員会による平成十三年六月における文部科学省への報告では、本県において、県教育委員会、市町村教育委員会及び学校が、職員団体、同和教育研究団体及び運動団体等からの強い要求に応じて交渉や話し合いを行い、その結果が学校の教育活動及び管理運営に大きく影響してきたとされているということについては、私も行っていますし、また、文科省にもそういう報告が来ております。

 また、日教組においては、さまざまな団体と連携しながら組織運動を行っている、単独でなく、いろいろな団体と一緒にやっているということについても把握をしております。

 学校教育活動や管理運営が、職員団体や民間団体等により不当な圧力を受けることを排し、法令にのっとって適正に行われるよう、文部科学省としては、今後とも、教育委員会に対し、しっかりとした指導をしてまいりたいと考えております。

三宅委員 その広島が、今本当に劇的によくなって、元来の教育県としての内容を回復しつつあるんです。今、広島県下の小中高、これは全部で九百校ぐらいあるんですけれども、全校で毎日国旗掲揚をしているんですよ、国旗掲揚。これはすばらしいことですよ。しかも、そのうちの六割は、生徒がその国旗掲揚をみずからやっているんです、こうやって。こういうことをやはり全国にも広げていかなくてはならないと思うんですけれども、本気になればここまでよくすることができるんですよ。

 ただ、やはり、現場の実態を十分に把握できていないというふうな中で、こういうふうな悲劇的な結果が起きてきたんですな。広島で、過去、教員の自殺、この原因は部落解放同盟の糾弾と言ってもいいでしょう。これは何人ぐらい亡くなったか御存じですか。これは大臣にそんな答弁を求めるのも酷な話ですので私が言いますけれども、過去四十年で三十人以上、部落解放同盟の糾弾による、これが原因とされる自殺が起きているんですな。

 平成十一年といいますと、世羅高校の石川校長が自殺されましたでしょう、高校の卒業式の前日に。十一年以降でも、あれ以降でも九名が、部落解放同盟の糾弾によると言われる自殺が起きているんです。それは、大勢で囲まれて、言葉尻を捉えて、御飯も食べさせてもらえない、あるいはトイレも行かせてもらえないといってやっていたら、もう精神に変調を来しますよ。もうそういう中で絶望的な状況に追いやられて、自殺に追い込まれてしまう、こういう悲劇がかなりあったんです。

 自民党に亀井郁夫参議院議員がいらっしゃいましたよね。亀井先生なんかはこういったことに非常にお詳しく、広島の公教育、やはり同和問題だったと、同和問題が広島の公教育をゆがめてきたその元凶であったということをおっしゃっているんですな。間違った同和教育が荒廃の原因であったと。だから、やはり公教育ですから、こういうことをないようにしなくてはならないと思います。

 私が今御紹介させていただいた悲劇のこととか、あるいは広島県議会議員の石橋良三先生、彼もたしか自民党の先生だったと思います、そういったことを携えてきたんですね。不当な支配を受けてはならないのであれば、こういうことは二度とないようにお願いしたいと思います。もう時間がなくなりましたので。

 そのためには、やはり民主党と維新の会、民主党と維新が一つに、そんなのできるのか、できるんですよ、これ。自民、公明でも政権与党としてやっているでしょう。できるんですよ。だから、この改正案の方がいいということを申し上げまして、私の質問とさせていただきます。

 ありがとうございました。

小渕委員長 次に、柏倉祐司君。

柏倉委員 みんなの党の柏倉でございます。

 昨日は、本会議で大臣にも御答弁をいただきまして、ありがとうございました。私も本会議登壇は余りなれていなくて、三問しか大臣には質問させていただけなかったものですから、今回はたっぷりと用意をさせていただいております。

 地方行政ということで、学校の先生、教育委員会の問題ですけれども、私の中学校、高校時代の友達も学校の先生をやっている方は何人もいらっしゃいます。いろいろ電話をしたり会ったりして話を聞いてみました。いろいろな問題があるのは確かだと。ただ、確かに、教育委員の事務局の方に主にそういう人たちはいて、教育委員会そのものというのは、やはり地域地域でかなりそこにいらっしゃる人、顔ぶれが違う、機能も違う、期待されるものも違うねということをやはり口々に言っておりました。

 もう一つ口々に言っておりましたのが、まあ、私の年代ですから皆さん中間管理職でございまして、なかなか宮仕えはつらいよというようなことを皆さん口をそろえておっしゃっていました。やはり教育委員会事務局の現場も、残念ながら一部サラリーマン化している気風も満ちているということでございます。そういった気風を刷新して、やはり子供のためになる教育委員会、そして教育委員会事務局、この改革は待ったなしではないかなというところを、冒頭、まず感想を述べさせていただきたいと思います。

 それで、先日総理に伺った問題をひとつきょうは大臣にぜひお伺いしたいと思って、同じ内容ですが、恐縮ですが、聞かせていただきたいと思います。

 家庭の役割、学校の役割というものに関してなんですけれども、学校教育を充実させる、教育制度そのものをいいものにするということ、これは当然私も賛同するところなんですが、その前に、家庭と学校の役割をある程度今再認識をして、学校に全てを押しつけるというのではなくてやはり家庭でしっかりと教育をする、学ぶ、教える、伝えるということをまずやるべきではないかという趣旨の内容でございます。

 私は、道徳教育、これは積極的に進めなければいけないというふうに考えております。ただ、同時に、道徳そして常識、基本的所作といったものは学校だけで身につくものではないということ、特に、簡単に言いますと、御飯の食べ方というのを最近家庭科で教えるところがあるようですが、お箸の持ち方、スプーンの使い方、エプロンのかけ方、そういったところまで学校で教えなきゃいけないというのは、私は少し違うのではないかなというふうに思います。

 その延長線上に、当然、道徳の問題もあります。ルールを守ろう、うそはつかないようにしよう、友達を大事にしよう、これはやはり、まず家庭で、親と子の一対一の対話の中で醸成していく常識といいますか、気持ち、心の交流といいますか、私はそういったものだと思うんです。そういったものがあって初めて、学校というものが物事をしっかり教えて、人格形成をきっちりとしたものにしていくという順番があると思うんです。

 そこで、まずお伺いしたいんですが、学校と家庭の役割、これは明確にラインを引くことは難しいと思います。ただ、きのうも総理は答弁でおっしゃいました。まず人間関係、大前提としてやはり家庭というものを重視しなきゃいけないということだったと思います。学校の役割、家庭の役割、そしてその家庭の役割をどうやって大切にしていくのか、再生をしていくのか、そこのところをぜひ大臣に御答弁いただきたいと思います。

下村国務大臣 きのうの本会議で、柏倉委員から家庭教育の的確な御意見があって、すばらしいことだというふうに思います。

 これは実は、野党のとき、安倍会長、私が事務局長で、超党派の議連で親学推進議員連盟をつくっておりました。それは、家庭教育推進法をつくるというのがその趣旨でありましたが、みんなの党からは江口参議院議員が幹事として入っておられました。これは、今は河村建夫会長のもとで山谷事務局長が、引き続き家庭教育の推進についての超党派の議員立法としての準備を進めたいということで対応しておりますので、ぜひ議連の方で一緒に対応していただければ大変にありがたいというふうに思います。

 御指摘のように、父母等の保護者が子供の教育についての第一義的な責任を有している、これは、新しい教育基本法で明確にうたったところでもございます。

 家庭教育は、全ての教育の出発点です。家庭教育は、子供の基本的な生活習慣や社会的マナーの習得、自立心の育成、心身の調和のとれた発達などに重要な役割を担っていて、本来それは、御指摘のように、家庭できちっと教えるべきであるというふうに思いますが、なかなか今家庭力が低下しているというところが、我が国の現代社会における問題点の一つだというふうに思います。

 学校においては、子供の心身の発達に応じて、体系的かつ組織的に教育が行われるものでありますが、その際、家庭との連携が大変重要であるというふうに認識をしております。

 文科省においては、家庭教育を支援するため、身近な地域における家庭教育に関する学習機会の提供、地域人材を活用した家庭教育支援チームによる保護者への相談対応、また、基本的な生活習慣づくりのための「早寝早起き朝ごはん」運動などの推進に取り組んでいるところであります。

 今後とも、家庭や学校、地域が十分連携協力しつつ、子供たちが思いやりと規範意識など豊かな人間性を育むよう、家庭教育支援についてしっかり取り組んでまいりたいと思いますし、文部科学省の中でも、上野政務官がPTの座長になって、それについて取り組んでいるところでございます。

柏倉委員 ありがとうございます。

 本当に今おっしゃったように、学校と家庭の連携、これも当然必要になってくると思います。私は内科医なんですが、食物アレルギーの問題がございます。先月ですか、質問させていただきましたけれども、エピペンという気管支拡張剤を学校の先生が使えるようにしなきゃいけないということを申し上げました。それは当然、親と医師と学校職員との連携が必要だということなんです。

 当然、命を守るというところでも連携は絶対欠かせませんし、やはり道徳教育というところもしっかりと連携をして、ただ、家庭としてしっかりやらなきゃいけないところをある程度明確にしないと、今、若い親御さんたちは、ひょっとしたら念頭にもないかもしれません。しっかりと政府としてもこれは啓蒙もしていただかなきゃいけませんし、議連はなかなか入らないでしょうけれども、そういった親学的なコミュニティーを地域地域でつくっていただくような対応もぜひ考えていただければと思います。よろしくお願いいたします。

 そうしましたら、次なんですけれども、少し飛ばさせていただきます。教育委員会についてでございます。実際的な法案の内容について質問させていただきます。中立性という問題ですが、これはもう何回も質問されておりますが、また改めて質問させていただきます。

 新教育長になりますと、当然、権限が集中するわけです。責任が明確に新教育長にということになりますと、当然、コインの裏表で、権限も集中するわけですけれども、この新教育長の意見がより強く反映されるような状況で、この一人の新教育長によって振り回されるようなことがないかどうか、これは非常に心配になってくると思います。

 現状、この法案で、教育のまず中立性というのをどのように保っていくのか、保ち得るのか、御答弁いただければと思います。

前川政府参考人 これまで、教育長は、教育委員会が教育委員の中から任命するということとなっていたわけでございますが、今回の改正法案におきましては、首長が直接任免するということとされております。

 この教育長は、これまでの教育委員長と教育長の両方の職務を兼ねる職になりますので、それなりに大きな責任と権限を有することになるわけでございますけれども、首長から任命されるということではございますが、教育長はあくまでも首長から独立した執行機関であり、行政委員会である教育委員会の一員でありまして、また、教育委員会を主宰し、代表する立場にあるということでございます。

 したがいまして、首長から任命されたということではありますが、首長から指揮監督を受けるという立場ではございません。首長の部下となるわけではないということでございまして、教育委員会の執行機関としての独立性があるということから、教育の政治的中立性、継続性、安定性については担保されるというふうに考えているところでございます。

柏倉委員 いろいろなケースが想定できると思います。これももうかなり、前段で、午前中の質疑で議論されておるケースですけれども、新教育長の任期が三年で首長が四年となると、当然一年ずつずれが出てくるわけですが、そのずれはともかく、当然、人間同士ですから、途中で折り合いが悪くなる可能性もあると思うんです。そして、これはもう罷免したいという意思が芽生えるかもしれません。

 そこで、これは、病気というもの以外で、新教育長を首長が罷免できることがあるんでしょうか、ないんでしょうか。

前川政府参考人 新教育長につきましては、首長が任命、罷免の権限を持つことになるわけでございますが、その際には議会の同意を要するということになっております。

 この罷免につきましては、その要件でございますが、首長から独立して委員会を設置したという趣旨に鑑みまして、身分保障という観点から、教育委員会の他の委員と同様に、その要件は限定されております。

 現行の教育委員あるいは他の行政委員会の委員と同様の要件でございまして、心身の故障のある場合、また、職務上の義務違反その他委員たるにふさわしくない非行がある場合ということに限定されているわけでございます。

柏倉委員 そうなると、これは、人間関係が破綻しているからといって、新教育長を罷免することはできないということになるわけですよね。

 そうなりますと、これは、人馬一体でいかなきゃいけないところが、やはりいかなくなる可能性がある。この罷免の要件をもう少し緩和するということも考えていただいた方がいいんじゃないかなというふうに思います。

 新教育長と首長がしっかりと一つの手綱でつながっていればいいんですが、やはり人間ですから、そうならないケースもあると思います。そうならないケースはかなりレアなケースだと思いますので、レアなケースに対してしっかりと柔軟性を持った要件を設定していただきたいと思います。

 あともう一つ、教育委員会の議事録はフルオープンになるんでしょうか。総合教育会議の議事録も含めてなんですが、今回の改正で、総合教育会議及び教育委員会の会議の議事録を作成し、公表するよう努めなければいけないとなっております。この努めなければいけないということは、あくまでも努力義務なんでしょうか、それとも必須なんでしょうか。

前川政府参考人 総合教育会議や教育委員会の会議における議論につきましては、これを住民に公開して、住民への説明を果たすとともに、その理解と協力のもとで教育行政を行う、それが大事でございます。

 したがいまして、総合教育会議につきましても、教育委員会につきましても、これは公開が原則でございまして、住民が必要に応じて傍聴するということは常に可能であるということでございますが、議事録につきましては、これまで、これの作成、公表についての規定はなかったわけでございます。

 今回の改正案におきましては、会議を公開するだけではなく、会議の議事録については、その作成、公表を努力義務としているということでございます。努力義務ということは、これを公開しなかったとしても、それが直ちに法律違反になるわけではないということでございます。

 教育委員会の会議の議事録の公開につきましては、平成二十四年度の状況で申し上げますと、指定都市以外の市町村について見ますと、公表していないというところが四七・八%、約半数あるわけでございまして、全ての教育委員会に対しまして議事録の作成や公表を義務づけるということになりますと、特に、事務局の人数の少ない町村の教育委員会などにおきましては、過大な事務負担となるという配慮から、他の重要な業務に支障が生じることも考えられるため、努力義務にとどめたということでございます。

柏倉委員 事務的負担は、少し私も頭をかしげざるを得ないんですが、教育委員の身の安全とか危険とか、議論の内容によっては出てくるものもあろうかと思います。八重山地区の教科書の問題も、そういったこともあったように聞いております。

 そういう非常にわかりやすい理由、教育委員の方の生命、プライバシー、そういったものをしっかりとしんしゃくして今回は出せないといった、例外規定はあっていいと思うんです。ただ、四七%しか出せないというところの、事務的な負担の理由ではなくて、なぜ出せないのかというところもしっかりとやはり詰めていかなければいけませんし、やはり開かれた議論というものが、これはレーマンコントロールのためにもある程度必要になってくると私は思います。

 開示できない理由がはっきりとしていれば、それは納得していただくしかないとは思うんですが、ただ、事務的負担で開示できないというのは、やはり今後の教育のあり方に大きな禍根を残すことだと思いますので、ぜひこの議事録開示に関しては前向きに御検討をしていただきたいと思います。

 そうしましたら、次は、教育委員の人選、人材確保に関してでございます。

 教育委員会は、普通の都市ですと五人ぐらいがいるわけですね。地方の自治体では、特に都市部ではない地方に行きますと、名誉職のような感覚でそこについていらっしゃる方も結構いらっしゃって、残念ながら、自由闊達な議論、緊急を要する議論というのには対応できない、そういったことも間々あるようでございます。

 今回、この改革が行われますと、とにかく人を、有為な人材を確保して、教育委員ないしは総合教育会議にジョイントしてもらうということが必要になってくるわけですけれども、なかなか、この教育委員、総合教育会議の人材確保というのは難しいなというところが実感としてあります。

 都市においては、私も資料を入手しましていろいろ読んだのですが、非常におもしろいといいますか、特にスポーツ分野では、これはオリンピック経験者であったりオリンピック選手のお母さんであったり、そういった本当にその地域ならではのといいますか、本当にスポーツ教育に関しては誰よりも正しい提言をできるだろうなと思うような人もいらっしゃる。

 大阪なんかでは、またおもしろくて、今度は松竹芸能の社長さんが教育委員会に入られて、土地柄と言えば土地柄だと思いますが、私はいろいろなバリエーションがあっていいと思うんです。その地域地域の人選というものがあってしかるべきだと思うんですが、人がいればそれもできるんです。そして、その中で闊達な議論も行われるでしょう。ところが、なかなかやはり中小都市、町村ではそうはいかないと思うんですね。

 調べましたら、例外的に、人口六万人の山形県の天童市というところで、ワールドクラスのバレーボールの選手であった斎藤真由美さんという方が教育委員に就任したという去年の十月の記事を見つけましたけれども、こういった方はごくまれなんじゃないかなと思うんです。

 やはり、中小都市、町村というのは、常に教育に関する関心というのが、ほかの都市よりも薄いわけじゃないんですが、人がどうしても流動化が乏しくて、新陳代謝もなくて、新しい意見が入ってこない。これは、硬直性、ひいては教育委員会の形骸化をやはり生んでいくと思うんですね。

 この全国一律の制度を適用するのであれば、やはりこういった教育人といいますか教育に資するような方々の人材確保を、地方に任せておくというだけではなくて、国も何らかの積極的な人材確保に関する政策を打ち出していかなきゃいけないと思うんです。そこのところの政府の御見解を聞かせていただきたいと思います。

上野大臣政務官 柏倉先生のおっしゃるとおりでございまして、地方に行けば行くほど、なかなか教育委員になり手がないという現状を私も察しております。

 しかしながら、先生のお話にもありましたように、地方によっては、なかなかユニークな人材を発掘して、それを委員にしていただいているところもございますが、改正の方にもございますが、第四条の二で、教育委員は、人格が高潔で、教育、学術及び文化に関し識見を有するものの中から、地方公共団体の長が、議会の同意を得て、任命することとなっております。

 例えば、いじめ等のさまざまな教育の課題に対応するためには、地域の多様な民意が反映されますよう、保護者や地域の関係者を教育委員として選任したり、また、教育に関する専門的な知識を有する者も含めることなども大変有効だと考えておりますので、先ほどおっしゃったように、地域でスポーツを頑張ってされている方々の中から、また長くPTA活動をされていた方々、人選の幅は大変広いものと思いますので、地方において、今後、教育委員会の人選の工夫をより一層進めることができますように、促してまいりたいと思っております。

柏倉委員 御答弁ありがとうございます。

 どういう人材でも教育委員に入っていただけるわけですから、確かに、今の上野政務官の御答弁、理解できるところもございます。ただ、やはり人口が少ないところではその幅も当然狭まってくるわけでございまして、教育委員のレベルを、都市に負けないようなレベルに、地方であってもやはり持っていかなきゃいけないということはあると思うんです。

 これは一つの考えですけれども、地域に住んでいらっしゃる方になってもらうのは原則だと思うんですが、例えば客員としてでも、やはり教育のその能力が高い方に、オブザーバーでも結構です、入っていただいて、仕切ってもらうなり提言をしてもらうなり、そういった、ある程度地域性というものを大事にしながらも、全国規模の教育委員のボトムアップの体制というのをぜひぜひ国としてお考えになっていただけるとありがたいと思います。

 そうしましたら、次の質問に移らせていただきたいと思います。

 次は、我が党が主張しております教育制度の選択制について御質問をさせていただきたいと思います。

 平成十八年に全国市長会、全国町村会が出した教育委員制度の選択制の導入に関する要望書というものがございます。

 教育委員会は形骸化して、合議体の負の側面、機動性、弾力性の欠如が無責任体制に結びついているという指摘を行って、「地方公共団体の判断により教育委員会を設置して教育に関する事務を行うこととするか、教育委員会を設置せずその事務を長が行うこととするかを選択できることとすることが適当である。」という第二十八次地方制度調査会答申を全面的に町村会、全国市長会は支持しております。

 この全国市長会、町村会の流れは、一定程度、首長モデルへ合流するわけですけれども、地域の創意工夫、教育力を生かしながらの、地域の実情に合わせて総合行政を展開したいという地域のモチベーションはやはり尊重されるべきだというふうに考えます。

 地方分権、規制緩和というものの文脈で出てきたものでありますから、多少今の文脈とは違うかもしれないんですが、教育そのもの、運用、運営は市町村さらには現場の学校に任せることを基本とすべきだ、国の役割は学習指導要領策定や教育水準の維持、そういった大局的かつ柔軟なものであるべきであるという考えも一定程度やはり理解を示せるというふうに思います。

 様々な形態が想定されるわけでございますけれども、首長モデル、教育委員会活性化モデル、あとはコミュニティースクールといったような自律、自主のモデル、こういったものも、やはり地域地域で多種多様に取り組まれているわけです。

 大臣は昨日、答弁で、法改正後においても各自治体が独自の工夫により改革に取り組むことは意義があるというふうにおっしゃっておられました。

 今回の法改正でも、継続して法改正後も、今の教育制度改革、独自で取り組んでいるところは継続できると。法律的には確かにできると思います。ただ、地方によっては、今回の法改正が非常に窮屈なものになるというふうに認識しているところもあるのも事実です。

 そこで、地域の実情に合った教育制度を構築していく、地域地域の要望を可能な限り反映させる教育制度、こういったもの、我々は選択制というふうに呼んでいるんですけれども、こういった教育制度のあり方に関して、その可能性、展望、そして大臣の御所見を伺えればと思います。

下村国務大臣 どの地域においても、責任ある地方教育行政を構築する観点からは、統一的な教育行政の仕組みであることが必要であり、こうした考え方から、今回の改正案においては、選択制とせず、全ての地方公共団体において同様の仕組みとしているところでございます。

 きのうも質問を受けましたが、現行の教育委員会制度の中でも相当な創意工夫ができている自治体もあるわけでございます。新しい教育委員会制度の中においても同様の工夫、あるいは構造改革特区等で取り組むことはできるわけでございまして、やはり、ある自治体においては教育委員会があるとかないとかいうことは、これは好ましいことではないと思っておりますので、現行の中で、それぞれの自治体の中でぜひ創意工夫しながら、最もその地域の住民の方々に対応できる教育委員会、努力をしていただければと思います。

柏倉委員 今、構造改革特区というところが出てきました。

 やはり、ある意味、これはまだ過渡的な段階だと思います。いろいろな、今かちっとできたものが、徐々によくなっていくものだと思います。それというのは、あらゆる流れが最終的に合流して一つの理想形にたどり着くんだと思うんですが、今何合目というのはわかりませんが、やはり、あらゆる地域で試行錯誤されている、そういった独自の教育改革プラン、そういうのも詳細に検討していただいて、今後も逐次盛り込んでいけるような、柔軟な法体系の整備をぜひぜひよろしくお願いしたいと思います。

 時間が来たので、これで終わります。ありがとうございました。

小渕委員長 次に、井出庸生君。

井出委員 結いの党、信州長野の井出庸生です。本日もよろしくお願いいたします。

 昨日の本会議は、私、大変早口で失礼をいたしました。きょうはまたいつもどおりやらせていただきたいと思います。

 きのうの本会議ときょうのこれまでの議論を伺っておりまして私なりに今思っていることは、政府案は教育委員会を残した、ですから、今までの制度からの移行ということを考えればスムーズにいくのではないかなと思うんですが、ただ、これまでの議論にもありますように、本当の改革と言えるのかという声も出ているかと思います。

 また、民主、維新案の方は、責任を首長に明確化する、その形をつくったというところは一つの改革だと思いますが、実際、その首長のもとで教育がどう進んでいくのか、また、きょうの議論にもありましたが、教育監査委員会のあり方というところに詰めていかなければいけないところがあると思っております。

 きょう、最初に前川局長に総合教育会議や教育委員会、首長の役割について伺おうと思っておりましたが、これまでの議論にも出てきておりますので、ちょっと私の方で整理をしたいんですが、総合教育会議というのは、首長と教育委員会という二つの権限ある機関の調整を尽くす場だ、きょう、そういう答弁が何度も出てきたかと思っております。そして教育委員会は、執行権限があるという意味では、そこの部分はこれまでどおりなのかなと。首長に関して言いましても、予算の執行ですとか条例ですとか、そのあたりもこれまでどおりだと。

 教育長、新教育長ということになるということなんですが、事務執行をやっていく一義的責任者ということも、また権限に関しては大きな変化はないのかなと。私は、新教育長ということでかなり権限が大きくなるかなと思っておったんですが、よく一つ一つ整理すれば、それぞれ役割分担、権限分けが今私が申し上げたような形でできているのかなと思ったんですが、その認識がもし違うのであれば補足していただきたいんですが。

前川政府参考人 首長と教育委員会がそれぞれ執行機関であるということ、それから、それぞれの職務権限の分担関係、これにつきましては、基本的に現行の制度を継承するという形でございます。ただし、首長につきましては、新たな職務権限の事務といたしまして、大綱を策定するという事務が加わるわけでございます。

 教育長につきましては、現行の教育長と比べますと、これは現行の教育委員長の仕事もあわせて行うということでございますので、教育委員会の会務を総理するという規定になっておりますが、これは、現行の委員長の職務と教育長の職務を両方あわせ行うということでございます。

 したがいまして、日々の教育の事務の執行責任を負うだけではなく、教育委員会を主宰し招集する、そういう権限も持つということでございます。また、代表者にもなるということでございます。

 総合教育会議は、執行機関である首長と執行機関である教育委員会との協議及び調整の場であるということでございまして、協議は幅広く行うことができるということでございますが、調整につきましては、それぞれの職務権限の関連し合う部分について調整を行う、こういう考え方に立っておるところでございます。

井出委員 私がこれまで考えておったのは、政府案ですと教育委員長がいなくなってしまうと私は思っておりまして、ただ、これまでのお話を伺っていますと、一本化をされるんだ、新教育長、新しいという文字がつくんだと。

 今のお話を聞いていると、これまでの教育長と法改正後の教育長はやはり明確に違うんだというところはお示しいただけますか。そうはっきり断言していただけるでしょうか。

下村国務大臣 現行の教育長は、首長により議会の同意を得て教育委員として任命され、その後に、教育委員の中から教育委員会が任命をいたします。これに対して新たな教育長は、首長により議会の同意を得て直接教育長として任命をされます。

 また、現行の教育長の任期は四年であるのに対し、新たな教育長の任期は三年となります。

 さらに、現行の教育長は合議体の中では一委員であり、教育委員長が教育委員会会議を主宰し、代表となります。これに対して新たな教育長は、現行の教育長と教育委員長の職務を一本化した職であり、教育委員会会議を主宰し、代表するということになります。

 事務局を指揮し、事務執行を統括するということについては、これは変わりはありません。

井出委員 今のお話を受けて、教育長の資質にも少しかかわってくるんですが、その部分をお伺いしたいんです。

 きのうの本会議で、公明党の稲津先生への大臣の答弁だったと思いますが、新しい教育長については、教育行政に識見があるものを法律上の任命要件としている、これは確かに法律にそのとおり書かれておりまして、これまで、教育委員、教育長、教育委員長となる教育委員というのは、人格が高潔、教育、学術及び文化に関して識見を有するものから、地方公共団体の長が議会の同意を得ると。

 新教育長に関しては、教育行政に識見があるものだというところが新しく法律に加わったと思っておりまして、私は、では役人がなるのかなと。県庁だったらその県庁でずっとやってきた人が、実際、今も教育長はそうじゃないかなと思うんですが、県庁だったら県庁の経験のある人、そういう人がなるのかなと解釈をしたんですが、それは間違っていますでしょうか。

下村国務大臣 御指摘のように、新しい教育長については、教育行政に識見があるものを法律上の任命の要件としておりますが、これは、教育委員会事務局や教職員の出身者だけでなく、教育行政を行うに当たり必要な資質を備えていれば、幅広く該当するものと考えております。

 要は、首長が最も信頼をし、教育行政においてそこの自治体において一番すぐれているという人ですので、必ずしも教育行政分野に限らず、幅広く、一般市民等外部からも優秀な人を教育長にするということは、十分ある話だと思います。

井出委員 今、幅広く人材が対象になり得るというお話でしたが、これまでの制度ですと、教育委員長がいて、首長がいて、よくも悪くも教育長が時には間に入って立つという、言い方がふさわしいかどうかわからないですけれども、それがお互いの意思疎通のとり役でもあったり、そういう役目も少なからずあったかと思うんですが、ですからこそ、教育委員長は首長に対して一線を画していられたのかなとも思うんです。

 今回は、教育委員長がなくなる、教育長に一本化する。そのときに、その新教育長が首長に対してしっかり物を言えるのかというところがまず気になるのが一点と、今回の法律では、私は、教育長というのは、今までもそうだけれども、これからも首長に近い人間がなるのではないかなと思っていまして、時に、これまでの教育委員長のように首長に対して毅然と物を言える、そういう新教育長というものがきちっと想定されるのかどうかを確認したいんですが。

    〔委員長退席、萩生田委員長代理着席〕

下村国務大臣 それは首長の識見によるところも多いと思うんです。井出委員が御指摘のような視点から首長が教育長を選ぶ、議会の同意が必要でありますが、そういう観点を持つことは必要であって、ほかの知事部局や首長部局の例えば部長のように、何か人事の順番で次は教育長というようなことでは、活力ある地方教育行政が本当に行われるのかという危惧があっての御質問だと思いますし、そういう視点から選ぶということを首長にはしないように、最も教育行政ですぐれていると思う人を内外から選ぶという視点からぜひ任命をしていただきたいと思います。

井出委員 わかりました。

 今質問させていただいたところは、新教育長は首長にしっかりと物を言える存在でなければ、単に教育委員長がなくなってしまうというような形になれば、教育委員会を執行機関として残したとしてもそれが弱くなってしまうのではないかな、きのうもちょっとそういう趣旨の質問を本会議でもさせていただいたんですが、そこのところを懸念して質問させていただいたのです。

 あと、総合教育会議のことで伺いたいのですが、総合教育会議は、緊急事態があったときに、時には首長と教育長だけで話をするといったこともきょう議論に出ておりました。

 いじめでお子さんが命を落とされるような、こういうことは本当にあってはならないと思うんですが、あったときに、総合教育会議は公開を原則としている、ただ、いじめのような事案があったときに、御本人のプライバシーですとか、そういったものは非公開にすることもできる、そういうことも法律に書かれております。

 ただしかし、いじめの加害者、被害者、当事者からすれば、そういうときこそ開かれた場でやるべき、それが本質ではないかと思うんですが、いじめのような重大事態があったときの総合教育会議というのは、基本的には公開されるスタンスで今お考えなのか、それとも、プライバシーのことを考えればそういう緊急事態は非公開を前提にというお考えで、この法律はどういう想定でつくられているのか、御意見を伺いたいと思います。

前川政府参考人 総合教育会議は公開が原則でございますが、個人情報を保護するために必要であるという場合などにつきましては、これは公開しないということは必要な手続であるというふうに考えております。この公開する、しないにつきましては、総合教育会議の運営につきまして総合教育会議自身で決めていく必要があると考えております。

 総合教育会議と申しますのは、これは首長と教育委員会との協議の場でございますから、総合教育会議で定めるというのは、すなわち、首長と教育委員会とで協議をして決めるということでございますが、その協議の上で、どういう場合に公開し、どういう場合に非公開とするかということを決めていく必要があるだろうと考えております。

井出委員 繰り返し伺うんですが、いじめで本当に重大な事案があったときというのは、では、その集まったときに、最初にその総合教育会議の冒頭で公開する、しないを決めてから話に入っていくということになるんですか。いじめの問題というのは、過去、これまで対応がうまくいかなかった事例を見れば、総合教育会議をつくっても非公開で入るのが何か前提になるのではないかなという不安を持っているんですが、いかがでしょうか。

前川政府参考人 総合教育会議につきましては、まず、原則は公開でございます。ただし、個人の秘密を保つために必要がある場合、あるいは会議の公正が害されるおそれがあると認めるときその他公益上必要があると認めるときはこの限りでないということで、これは、会議を主宰するのは首長でございますので、首長が仕切った上でこの判断をしていくということになるわけでございますけれども、いじめ事案あるいは自殺事案、こういったことにつきましては、情報を一般に公開するということとは別に、また、関係者に対して情報提供をするという、これは別の配慮が必要であるというふうに考えておりまして、これは教育委員会の教育長が第一義的な責任を負ってくるわけでございますけれども、いじめや自殺に関する事案に対応する場合に極めて重要なところは、これは関係者への情報の提供でございます。

 これは、いじめ防止対策推進法のもとでも、情報の提供についての責任は規定されているところでございます。

井出委員 公開が原則ということなので、安易に例外を運用していくようですと、これまで隠蔽体質があるのではないかと批判されてきたところとまた同じになってしまうのではないかと危惧をしておりますので、その公開の原則というスタンスをしっかりとやっていただければと思います。

 次に、民主、維新案の提出者に何点か質問をさせていただきたいのですが、私が感じているのは、民主、維新案の、首長に責任が一本化される、そこは非常に枠組みとしては改革だなと思うのですが、では実際にどうするのかと。

 中には、首長さんの中に、町の財政が厳しくて経営手腕を問われて首長に選出された、だけれども教育分野は正直ちょっと専門性がない、だから、教育委員会とは言いませんけれども、専門家でそういう合議体をつくっていろいろ政策決定をしていきたい、そういう裁量も、民主、維新案だったら許容されることになりますか。

笠議員 私どもは権限は首長に一元化をいたしますが、今現在も教育の行政については、教育委員会の委員の皆様方そして委員会のもとにこの事務局があるわけですけれども、当然、それに伴いまして、首長さんのもとにこの事務局もしっかりと全てそこに一元化をしてまいります。

 当然ながら、首長さんが、今の教育委員ということではなくても、同時にいろいろなやはり有識者の皆さん方に意見を伺いながらとか、そういったことは今の現行の首長さんでも、これは教育にかかわらず、やはり、非常に識見のある分野となかなか教育の専門的な細部についてはわからないというようなところ、それはいろいろな点であろうかと思いますので、そういったところは首長さんの裁量の中でやっていくことができるというふうに思っております。

井出委員 もう一つ、ちょっと事例で伺いたいのですが、日本維新の会の中田先生が、予算委員会のときに、横浜市長をやっていて、五百学校がある、一つの教育委員会だ、だから、中田先生が市長をやっていたときに横浜市を少し地域分けをして見ていこうとして、それをやったんだけれども、やるに当たって文部科学省からゴーサインがなかなか出なかったというような話を、予算委員会の議事録を拝読したんです。

 私の地元は十七も選挙区に市町村があって、ある村でいえば、教育委員に充て職とかないんです、村のほとんどの方が農家なので。全員農業なんです。だけれども、小さい分、非常に人選も慎重にやりますし、コミュニケーションも密にとりますし、そういう話も聞いているもので、横浜のように大きかったら、中田先生がされたような、地域をもっと細かく見てやっていくということもこれは一つ大きな問題ではないかなと私は思っているんですが、首長の責任のもとにやっていくと言うのであれば、そういうこともどんどん進めていっていいという、そういう方向になるのでしょうか。

笠議員 今、井出委員がおっしゃったとおりだというふうに思っております。

 それと、教育委員の担ってきた仕事で、もちろん、いろいろな教育についてのさまざまな方針や人事のことや、あるいは教科書の採択や、いろいろなことを決定していくわけですけれども、実際には今、なかなか月に一、二回ぐらいしか開かれていなかったり、事務局からの報告を追認するというところが多いと思うんですけれども、それ以外にも、委員によっては、やはり教育関係の行事にいろいろと出席をしたり、さらには実務面での役割もあろうかと思います。

 当然、こういった仕事は、首長の指揮監督のもと、教育長を初めとする今度は教育部局が担っていくことになりますので、具体的にどのように仕事の分担が行われるかは各地方公共団体の判断に委ねられますし、やはり、自治体の規模によってもやる仕事というのも随分違ってくる点は御指摘のとおりあろうかと思いますので、今まで教育委員が担ってきた仕事に支障が生じないような形で運用をすべきというふうに考えております。

井出委員 先ほど、みんなの党の柏倉委員が、地域の裁量、選択制というような話も少し触れられていたんですが、午前中の議論にもありましたが、首長次第だとは思うんですが、首長に権限を与える仕組みであれば、そういう裁量も出てくるのではないかなと考えております。

 次に、やはり教育監査委員会です。

 きょう、与党の先生からも疑問点が出て、また大臣もまだよくわからないということで、私もきのうちょっと質問をさせていただいたんですが、きのうお話しのあった、必要な資料を提出させることはできるとか、そういうことは法律に書いてあるんですが、実際、その実効力です。私は、いついかなるときにいじめのような緊急事態は、きのうも申し上げましたが、必ず監査をやるというようなことをきちっと明文化した方が実効性が出るのではないかと思うんです。

 ちょっときのうと質問が重なりますが、法律にもう少し厳密に書き込んでいくということについてお考えを伺いたいと思います。

笠議員 昨日も御質問いただき、申し上げたように、教育監査委員会は、首長が処理する学校教育等に関する事務の実施状況に関し必要な評価及び監視を行うこと、また、この評価または監視の結果に基づいて、首長に対し、学校教育等に関する事務の改善のために必要な勧告をすること、首長が処理する学校教育等に関する事務に係る苦情の申し出について必要なあっせんを行うこと、このほかにも、法令に基づき、教育監査委員会にさまざま属せられた事務を行うものとされております。

 具体的には、教育監査委員会は、首長が処理する学校教育等に関する事務の実施状況について、恒常的に常設機関として情報を収集し、必要な場合には、首長に対して資料の提出や説明を求め、あるいは実地の調査を行い、公私の団体等に対しても資料提出の協力を求めることを通じて、その実態を常時把握するとともに、これを基本としつつ、必要に応じて定量的な手法も取り入れて、適時にその成果についての評価を行うものになるというふうに思っております。

 ただ、今おっしゃったように、実効性ということでございましたけれども、こうして行った評価または監視の結果に基づいて、首長に対して、学校教育等に関する事務の改善のために必要な勧告をすることができることとされております。

 この勧告は、教育行政の責任者である首長に学校教育等に関する事務の改善を促すものであり、首長は必ずしもその勧告に拘束されるわけではございません。もっとも、この監査委員会は、「勧告をしたときは、遅滞なく、その勧告の内容を当該地方公共団体の議会に報告をするとともに、公表しなければならない。」ことから、勧告を受けた首長は、それを放置した場合には、やはりこれは、その責任を議会及び住民に対して負うことになるというふうに考えております。

 それで、例えばいじめ等、あるいは重大事案が発生したときに、これはやはり一義的には、私どもは権限を首長のもとに一元化をしておりますので、そういった事態については、まさに首長がしっかりと対応していくということになるわけでございます。

井出委員 提出者の鈴木先生に、首長の御経験があるということで、感想で結構なので伺いたいんですが、今の教育監査委員会の法律の書きぶりは、首長を御経験されて、鈴木先生が首長であればそんな緊急事態は余りないかなと思うんですが、今の法律の書きぶりで、首長としてこれは大変重く受けとめなきゃいけない、改善の勧告などが出たときは、もうそれに沿ってやらなきゃいけないぐらいの、そのぐらいの法律の書きぶりとして受けとめられるかどうか、御感想をいただきたいんですが。

鈴木(望)議員 監査委員会の勧告が地方でどのように受けとめられるのかということで、いろいろな認識があるかと思うんですけれども、私の認識としては、これは、相当強い、首長の行動に対する一つの大きな制約要因になるんじゃないのかなというふうに思っております。

 というのは、地域が小さければ小さいほど、監査委員会がどういう勧告を出したのか、これは原則公開ということでありますので、当然のことながらマスコミも注視しておりますし、いじめで大きな問題が起こったときの勧告、緊急事態ということになれば、これはもうその勧告に従わなくて結果が仮にマイナスとなったら首長の政治生命はないということですので、一〇〇%勧告に従うというふうに認識をしております。

井出委員 時間になりましたので終わります。また今後ともよろしくお願いします。

 ありがとうございました。

萩生田委員長代理 次に、宮本岳志君。

宮本委員 日本共産党の宮本岳志です。昨日に続いて質問させていただきます。

 代表質問でも述べましたとおり、我が党は、本法案を断じて容認できません。それは、教育委員会を首長の支配のもとに置き、憲法が保障する教育の自由と自主性を侵害するものだと考えるからであります。

 まず、教育委員会制度の原点をきょうは問いたいと思います。

 教育委員会制度を最初に定めた法律、地教行法の改正、五十八年ぶりというふうに語られますけれども、最初に定めたのは教育委員会法でありまして、実に六十六年前のことであります。この教育委員会法の制定時、当時の森戸辰男文部大臣が、一九四八年六月十九日、衆議院文教委員会で法案趣旨説明を行っております。法律案を制定するに当たって政府のとった地方教育行政改革の根本方針というものを、三つの眼目ということで述べておられます。

 これは文部科学省にお伺いしますけれども、この三つの眼目とは何であったか、お答えいただけますか。

前川政府参考人 旧教育委員会法の昭和二十三年の提案理由説明におきまして、地方教育行政改革の根本方針として説明された三点は、第一点が教育行政の地方分権、二点目といたしまして住民の意思の公正な反映、これは当時の法案における教育委員の公選制のことを指していたと考えられますが、三点目といたしまして教育委員会の首長からの独立性、この三つが挙げられているところでございます。

宮本委員 この趣旨説明の冒頭、森戸大臣は、「教育の目的は、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するにあることが、教育基本法で宣言されておりますが、この教育の目的を達成するために、行政が民主主義一般の原理の下に立つ在り方としては、権限の地方分権を行い、その行政は公正な民意に即するものとし、同時に制度的にも、機能的にも、教育の自主性を確保するものでなければならないのであります。」この中に書かれていることが、今局長のお答えになった、教育の地方分権、二つは一般行政からの独立、そして三つ目が民衆統制、レーマンコントロールというものであります。これが戦後教育行政の三大原則と呼ばれてまいりました。当時の政府のとった地方教育行政の根本方針であったわけです。

 昨日の質問でも指摘しましたとおり、この教育委員会法は、一九五六年には、国会に警官隊まで導入するという形で廃止をされました。そして制定されたのが、地方教育行政の組織及び運営に関する法律、まさにこの地教行法が制定をされたわけです。

 これも局長に確認しますが、今日では、先ほどの三つの眼目、つまり、教育の地方分権、一般行政からの独立、レーマンコントロール、これはもう既に投げ捨てられたということになるんですか。

    〔萩生田委員長代理退席、委員長着席〕

前川政府参考人 旧教育委員会法の提案理由説明に挙げられた三つの根本方針でございますが、まず、原則として各地方公共団体が地方教育行政を行うという教育行政の地方分権の考え方、これにつきましては、地教行法ができた際に任命承認制などが導入されたわけでございますが、現在ではそれが廃止されているということでございます。

 この地方分権の考え方は、現行制度あるいは改正案においても基本的には変わらないと考えております。

 また、教育委員会の首長からの独立性でございますが、教育委員会法の当時は予算編成や執行の権限を教育委員会が持っているということでございましたが、地教行法におきましては、予算編成、執行等の権限につきましては、これは首長に移っているということでございますが、現行制度、改正案においても、この首長からの独立性ということにつきましては基本的には変わらないと考えております。

 また、教育委員会が住民の意思の公正な反映を行うということでございますが、これにつきましては、教育委員会法当時、これは公選制でございまして、地教行法におきましては、これは任命制でございます。改正案につきましてもこの任命制の考え方が維持されるわけでございますが、この住民の意思の反映という理念につきましても、基本的には、現行制度あるいは改正案におきましても変わらないと考えております。

宮本委員 基本的にはこの三大原則は変わらないという答弁だったと思うんです。今日でも守るべきものであるということが確認されたと思います。

 森戸文部大臣は、先ほどの趣旨説明で、一般行政からの独立を強調して、「教育の本質的使命と、従つてその運営の特殊性に鑑みまして、教育が不当な支配に服さぬためには、その行政機関も自主性を保つような制度的保障を必要といたします。教育委員会は、原則として、都道府県、または市町村における独立の機関であり、知事または市町村長の下に属しないのでありまして、直接国民にのみ責任を負つて行われるべき教育の使命を保障する制度を確立することにいたしました。」こう趣旨説明を行っております。

 いよいよこの法案に入るんですが、政府は、首長から教育の政治的中立性を守るというふうにおっしゃいます。本法案は全く逆で、教育委員会の独立性が奪われる内容になっている。私は昨日もそのことを指摘いたしました。

 本法案では、首長が招集権限を持ち、首長と教育委員会で組織される総合教育会議を設置して、首長が教育の振興に関する大綱を策定するとしております。大綱を定めるのは、これは首長であります。これについて、教育委員会は協議するだけで、首長の定めた大綱に従わなければならないのではないかと私が問うたのに対して、昨日、大臣は、教育委員会と十分に協議し調整を尽くす、調整がなされないまま記載した場合、執行については教委の判断となる、最終的な決定権限は教育委員会に留保されていると答弁をされました。

 では、重ねて聞きますけれども、協議をしても調整が尽くされなかった事項については教育委員会は執行しなくてよいということになるんですか、大臣。

下村国務大臣 まず、大綱は首長が定めるものとされておりますが、教育委員会と十分に協議し、調整を尽くした上で策定することが肝要であります。

 仮に、十分な協議、調整がなされないまま首長が大綱を記載した場合、当該事項の執行については、執行機関である教育委員会が判断することになっております。教育委員会の権限のもとで執行するか、しないか、その分野においては、教育長が判断するということであります。

宮本委員 この場合の調整ができないというのはどういう条件であるのか。例えば、首長から示された内容について同意するかどうか、これは、一旦教育委員会が持ち帰って、もう一度話し合って議決するというようなことがない限り、そういうことをやらない限り、調整が尽くされたかどうかということはなかなかはっきりしないと思うんですが、この点はいかがでしょうか。

前川政府参考人 総合教育会議における首長と教育委員会との協議あるいは調整でございますが、これは、教育委員会としては、一つの執行機関としてその協議あるいは調整に臨むわけでございますので、一つの協議題につきまして教育委員会としての意思が明確になければ、これは協議、調整ができないということでございます。

 したがいまして、協議題があらかじめわかっていれば、それにつきまして教育委員会としての考え方をまずまとめておく必要があるということになりますし、また、そういう用意のないまま協議が行われた場合には、一旦持ち帰って、教育委員会としての考え方をまとめるということが必要になってくるだろうというふうに考えております。

宮本委員 あらかじめ示されていなかった場合は、一旦持ち帰って協議をしてというプロセスになると。

 一度同意したものの、後になって、やはりこれはまずい、間違っていたというふうに見直して、そして教育委員会としては反対に転じた、こういう場合はどうなりますか。

前川政府参考人 人間、考え直すということはございますから、一旦調整したかに見えたことにつきましても、教育委員会でもう一遍議論した結果、ちょっともう一度協議をしようということであれば、それは可能ではないかと考えられます。

 ただ、それが既に実行段階に移っているということであれば、これは、一旦行われた意思決定をもう一遍意思決定し直すという形になると思いますのでちょっと事情が違ってくるとは思いますが、意思決定として確定する前であれば、再協議ということは十分考えられるのではないかと考えられます。

宮本委員 同意しなければとおっしゃるわけですけれども、これはなかなか難しいと思うんです。教育委員会が首長の意向に不同意を表明することは本当に困難だと思います。対等なはずの首長と教育委員会が、今後、明らかに首長優位で教育委員会の方が従属という関係になる、こういう懸念があることは申し上げておきたいと思うんです。

 さらに、愛国心教育を推進するなど、教育の内容に踏み込んで首長が大綱を策定することも可能なのではないかと私が問うたのに対して、大臣は、教育委員会が適切と判断すれば妨げられないと答弁をされました。

 首長が決定する大綱に教育内容に踏み込んだことまで書き込むということになれば、これはもはや、教育の政治的中立性の確保どころか、政治介入を容認、助長するものだと私は思いますが、大臣いかがですか。

下村国務大臣 総合教育会議を首長が主宰し、総合教育会議のメンバーは首長と教育委員会が入って、そして、その中で協議、調整して決定したこと、これについては、それを実行するということは妨げるものではないということであります。

宮本委員 確認しますが、教育内容に踏み込んだことでも妨げないという御答弁でよろしいですか。

下村国務大臣 総合教育会議の中で決定したということであれば、妨げるものではないと思います。

宮本委員 この法案は、私は、教育委員会制度を根本的に変質させるものだと思います。全国の教育関係者が立場を超えて心配や不安を表明し、世論調査でも七五%の人が、政治家が教育内容をゆがめない歯どめが必要だと答えているのは当然のことだと言わなければなりません。

 これまでの制度では、教育長は教育委員会によって任命され、教育委員会は、教育長に対する指揮監督権が明文で定められておりました。

 これは文部科学省に聞きますけれども、改正後も、この教育委員会による教育長の指揮監督権は条文上残るんですか。

前川政府参考人 改正案におきましては、新教育長は、執行機関である教育委員会の代表者として任命されるということでございます。そうしたことから、教育委員会による指揮監督権というものは規定されておりません。しかしながら、合議体としての教育委員会の意思決定に基づき事務を執行するという立場、これは現行の教育長と変わりはございません。

 したがって、合議体である教育委員会の意思決定に反する事務執行を行うということはできないということは変わりはないわけでございます。

宮本委員 昨日も、教育長は教育委員会の構成員でもあって、合議体の意思決定に基づいて事務執行をするので、それにたがえることはないという、大臣もそういう答弁でありました。

 しかし、教育長は現状でも教育委員会の構成員なんです。しかし、その上に現地教行法は教育委員会の教育長に対する指揮監督権を明確に書き込んであります。それをなくしてしまえば、首長は、自分の意を酌んだ教育長を選任すれば教育委員会を意のままに操れるようになる、私はその危険は否定できないと思うんですが、大臣、そうじゃないですか。

下村国務大臣 首長が教育長を任命する、それに対しては議会の同意という担保が入っておりますので、そこの自治体で判断するということになります。

宮本委員 いや、議会の同意というのは、まさに選任するときの一回で同意を得るだけのことですよね。教育長は教育委員会の構成員であるから合議体の意思決定に基づいて事務執行をすると言うけれども、今でさえ、地方の教育行政の意思決定を行うという、本来の住民代表の合議体としての役割がなかなか十分発揮できていないことが多いんです、教育委員会のその役割が。そこで指揮監督権までなくなってしまえば、結局、教育長や教育委員会事務局の独走と言われることや事なかれ主義を教育委員がチェックするという機能はさらに弱まるということは、これは明白だと思うんです。

 一方で、新教育委員会を代表する権限まで与えられた新教育長は、現行の教育長と役割が大きく変わります。ましてや、首長から直接教育長として任命されるわけですから、教育長が首長の意向に沿って教育行政を行うことになるのは私は明らかだと思うんですけれども、大臣、そうじゃないですか。

下村国務大臣 教育長に対して首長は、それだけの関係について首長の権限を明確化し、また教育長の権限も明確化したということの中での制度設計でありまして、そのことによって、これは、総合教育会議を新たにつくることによって、そこで首長と教育委員会で協議、調整をするわけでありますから、総合教育会議という場が教育委員の方々の意見を十分反映する場にもなるわけでありますし、教育長に対して首長が独断専行的に全て指示できるということにはならないと思います。

宮本委員 この問題は法案の本質に係ることですから、今後さらにしっかり議論していきたいと思います。

 次に、いじめ隠蔽問題について聞きたいんです。

 政府が今回の法案を提出したのは、大津市でのいじめ自殺事件でのいじめ隠蔽など、いじめ問題での教育委員会の対応に問題があったからだと、こういう議論が昨日からも続いております。

 まず聞きますけれども、では、大津市の教育委員会の対応のどこがどのように問題だったと考えているのか。これはどうしましょう、局長にお伺いいたしましょうか。

前川政府参考人 大津市の中学校におけるいじめ自殺事案に関しまして、大津市教育委員会の問題点に関しまして、大津市の市長のもとに設置されました大津市立中学校におけるいじめに関する第三者調査委員会の調査報告書、これが平成二十五年の一月に提出されております。

 この報告書によりますと、自殺事案が生じた後の事後対応につきまして、市教育委員会に本件に対する緊急対策チームが設置されず、職員の役割分担や指揮命令系統も曖昧なままで推移し、その結果、本件中学校への明確な支援体制がとれなかった。また、市教育委員会は調査をするか否かの検討をすることなく、学校に全てを委ねていた。丸投げしていた。またさらに、県教委への報告がおくれ、その内容もずさんであった。教育委員においては、委員各自が重要な意思決定においてらち外に置かれていたことなどが指摘されているところでございます。

宮本委員 大津市の教育委員会の対応が問題だったことは確かなんです。何が問題で、どのように改善すべきなのか、実際に即して検証することが求められております。

 大津市の事例では、問題が広く発覚した後、第三者調査委員会が設置され、こういう詳細な報告書が既に出ております。

 この報告書では、教育委員にはいじめの事実は知らされておらず、個人的な意見交換をしていただけで重要な意思決定にかかわっていないと事実を述べた後、だからといって、教育委に存在意義がないのかといえば、否と答えなければならないと述べております。教育委員が役割を発揮できていないことを指摘しているものの、決して無力でもないというのがこの調査委員会の結論なんです。

 大津の教訓に学んで教育委員会制度を見直すと言うのであれば、教育委員会の機能と役割を強める、教育長以下の教育委員会事務局が独走したときにそれをチェックする教育委員の役割をきちんと発揮できるように体制をつくることが必要なんじゃないか。大臣、そうじゃないですか。

下村国務大臣 今回の改正によりまして、教育委員会を代表する教育委員長と事務局を統括する教育長を一本化した職として、現在よりも大きな権限を有する新教育長の職を設けることとなるため、あわせて、教育長やその事務の執行状況をチェックする機能を強化するための規定を設けております。

 具体的には、教育長が教育委員会から委任された事務の管理、執行状況について報告をしなければならないとしたこと、これは第二十五条第三項であります。また、教育委員の三分の一以上の委員から会議の招集を請求された場合には、教育長が遅滞なく会議を招集しなければならないこと、これは第十四条第二項でありまして、これらを規定しておりまして、教育委員会が教育長や事務局の事務執行をチェックすることができる仕組みを設けております。

宮本委員 教育委員会の役割がやはり相対的に低下する、こういう方向では、私は、本来の役割を発揮することにならないと言わざるを得ないと思うんです。

 同時に、いじめ被害に遭った子供の親御さんや自殺した子供の御遺族をこのような教育委員会制度の変質に利用することも許されないということを申し上げたいと思うんです。

 昨日の本会議質疑でも取り上げられておりましたが、大津市でのいじめ自殺の御遺族による教育委員会制度の改革案に対する意見書というものがございます。私もいただきました。

 確かに、昨日も指摘があったように、この意見書で御遺族は、大津市での教育委員会の対応、隠蔽体質と無責任な事後対応について批判をされて、具体的には、「権限と責任一致の原則、民主的コントロールの徹底、適切な訴訟追行の担保、といった観点から、首長による関与を強める方向での改革が必要だ」と主張されております。

 しかし、それが全てではないのもこの意見書の中身なんです。この意見書は最後に「附言」というものをつけておりまして、次のように述べております。

 「他方、学校教育に政治家の主義主張、世界観、」「価値観を押しつけてはならない、そのような懸念があることは十分理解しています。」「奈良県橿原市や鹿児島県出水市のように、首長が教育委員会の隠蔽体質にメスを入れるどころか、両者が一体化してしまう事例も目の当たりにしました。」「教育委員会の教科書採択に際して首長の政治的な意向が強く反映されるケースもありました。教育委員会の政治的な中立性を確保すべきとの声にも傾聴すべき部分があるのかも知れません。」とも言っておられます。

 教育長が首長により任命され、教育委員会を代表するということになれば、この御遺族が危惧されているような、教育委員会と首長とが一体化して一緒にいじめ隠蔽を行う事例は、もはやとめようがないということに、大臣、なるんじゃありませんか。

下村国務大臣 今回の改正案によりまして、総合教育会議という公開の場において首長と教育委員会が議論を尽くすという透明性の高い仕組みが導入されるため、いじめによる自殺事案への対応について協議する場合にも、隠蔽の防止が図られるものと考えます。

 また、仮に御指摘のような事態があった場合においては、議会においてチェック機能を十分発揮していくことが重要であります。さらに、当該地方公共団体における対応によっては、事態が改善されず、文部科学大臣が当該地方公共団体に対して指導を行ってもなお児童生徒の生命または身体に重大な被害が生じ、またはまさに被害が生ずるおそれがあるなど緊急の必要がある場合には、改正案第五十条に基づき、文部科学大臣による指示を行うこともあり得るものと考えます。

宮本委員 さらにこの意見書では、「教育委員会に強い独立性、中立性を与え、そこに教育行政に関する権限と責任を持たせるべきだという考え方も全く捨てきることはできないように思います。教育委員会の中立性を維持しながら、教育行政上の権限と責任を一致させ、責任ある教育行政の担い手としていくのであれば、一個の自治体として完全に独立させることも、試案としてあり得るところだと思います。」とも述べておられるわけです。

 この御遺族は、首長による関与を強める改革だけを主張しておられるわけではありません。同時に、教育委員会そのものを強化する方向もあり得ると主張されているわけです。

 このように、教育委員会制度について問題意識は同じでも、さまざまな意見があるのが実態なんです。ましてや、いじめ被害に遭った子供たち、御遺族も、当然教育委員会に対してさまざまな意見を持っておられるはずなんです。

 なのに、まるで、いじめ対策を進めるためには教育行政への首長の関与を強化するのは当然だなどと主張するのは、余りにも我田引水に過ぎるのじゃないかと私は思うんですけれども、大臣、そうじゃないですか。

下村国務大臣 平成二十五年六月、社会総がかりでいじめの問題に対峙するため、いじめ防止対策推進法が制定され、いじめにより重大事件が生じた際には、学校の設置者または学校は組織を設けて調査を行うことや、調査を行ったときは、いじめを受けた児童生徒やその保護者に必要な情報を適切に提供することなどが法定されました。

 また、平成二十五年十月、法律に基づき文部科学省が策定したいじめ防止基本方針においても、いじめを受けた児童生徒及びその保護者への情報の提供に関して、学校の設置者または学校は、いじめを受けた児童生徒及びその保護者に対して必要な情報を適切に提供する責任を有することを踏まえ、調査により明らかになった事実関係について説明することについて記載をしております。

 加えて、文科省において、現在、いじめ防止対策推進法や基本方針を踏まえ、平成二十三年に策定した子供の自殺が起きたときの背景調査の指針について、情報の取り扱いの観点も含め、見直しを検討しているところでもございます。

 文科省としても、引き続き、いじめ問題への対応に的確に対応できるように取り組んでまいりたいと思いますし、教育委員会制度の改革だけで御指摘のようにいじめがなくなるということではないわけでありまして、このようなトータル的な対応をすることによって、隠蔽体質を払拭しながら、しっかりとした対応ができるように、トータル的に取り組んでまいりたいと思います。

宮本委員 中身が大事なんです、今おっしゃったように。見直すという答弁は昨年の予算委員会でも大臣からいただきましたけれども、見直したんですか、アンケートのやり方について。

前川政府参考人 現在、子供の自殺が起きたときの背景調査の指針につきましては見直しを行っている最中でございます。

宮本委員 いつまで見直しているのかと言わざるを得ないと思うんです。

 子供をいじめ自殺で失った別の御遺族は、今、国会で審議されている教育委員会制度改革では現場の問題が改善されることはないでしょう。この組織改革は自殺への迅速な対応を狙いとしていますが、いじめ問題に対する学校が本来行うべき迅速な対応とは、初動調査とその情報の共有、親の知る権利の確立です。誰も責任をとらないという責任の問題ではないのです。こう述べた上で、先ほどのその御遺族は、この改革によって、亡くなった天国の子供たちの命が教育の政治介入を許すきっかけに利用されることは、私は一人の遺族として耐えがたく、冒涜とさえ感じていますと述べておられます。

 行うべきは、首長の権限強化ではなく、教育委員会がその本来の役割を発揮できるようにする改革だということを申し上げて、私の質問を終わります。

小渕委員長 次に、青木愛君。

青木委員 生活の党の青木でございます。本日もどうぞよろしくお願いいたします。

 まず、昨日も安倍総理に今回の提出された閣法についての評価と意欲についてお伺いをしたのですが、下村大臣にもお伺いをしたいというふうに思います。

 政府の教育再生実行会議の第二次提言において、教育長を教育行政の責任者と位置づけた上で、首長に任免権を付与すると求めたとございました。その後、中教審においては、首長を教育行政の責任者として教育長の任免権を付与するとともに、教育委員会の性格を執行機関から首長の附属機関に改めるという、いわゆるA案が提案されたと思います。まさにこれが抜本的な改革案ということで提示をされたというふうに思います。その後、教育の継続性、安定性、特に政治的中立性という議論がなされ、最終的に、修正案が最終案となって閣法として提出をされております。

 何十年ぶりの抜本的な大改革だというふれ込み的な部分もあり、果たして本当にそうなのかという思いがございます。

 この法案改正の端緒である大津あるいは桜宮のこうした事件を二度と起こさないんだ、そうした決意のもとで、あくまでも、地方教育行政、地教行法の改正で当たるんだということなのか、安倍総理や下村大臣が以前から主張しておられるかと思うんですけれども、戦後の教育行政を抜本的に変えようとされているのか、我が党としても、賛否を含めて、そこのスタンスをまず明確にしていただかないと、どういう立場で臨んでいいのか大変苦慮しておりますので、まずそこの整理をさせていただきたいと思いまして、大臣のこの閣法に対する受けとめとお姿勢について、まず冒頭、お伺いをさせていただきたいと思います。

下村国務大臣 今回の改正案は、地方教育行政における責任の明確化、迅速な危機管理体制の構築、首長との連携の強化を図るというものでございます。

 そういう観点から、御指摘がありましたように、首長により権限を持たせるということにしたわけでありますが、ただ、その場合は、やはり教育の政治的中立性、継続性、安定性の確保、そういうものは担保しなければならないという部分から、教育委員会については執行機関として残す。

 しかし、今までのような教育委員会ではなくて、教育長が、教育委員会の中で教育委員長と教育長、二つ分けられていたわけでありますが、一本化をして明確化する。それで、その教育長に対しては首長が任命をすることができる。

 しかし、大綱的なものを含めたものは、総合教育会議を設けて、首長が主宰をし、教育委員のメンバーにそこに入っていただいて協議、調整を行うということで、トータル的な形で、公正公平な部分、政治における中立性、それから継続性、安定性を担保しながら、しかし首長の意向が反映できる、そういう制度設計をしたところでございまして、トータル的なバランスとしては最も適したものになったというふうに考えて、今国会に提出したものであります。

青木委員 ありがとうございます。

 下村大臣としては、納得をして、一番バランスのとれた形で提出ができたということだというふうに捉えさせていただきます。

 理念の一つである継続性、安定性、特に政治的中立性というこの理念も変えずに教育委員会のその存在を今後も認めて、教育委員会のその中身をもっと充実させていくんだという方針だということでよろしいんでしょうか。

下村国務大臣 おっしゃるとおり、教育委員会の中を整理して、しかし執行機関としてはそれを存続させる。一方で、総合教育会議を設けて、首長がより権限、責任を持ってその地方自治体における教育についてかかわり合いが持てるような、そういう制度設計にしたということであります。

青木委員 ありがとうございます。

 あわせまして、この点について、民主、維新案、衆法の提出者にもお伺いをさせていただきます。

 生活の党といたしますと、かねてから、義務教育の責任は国が負うべきだというふうに考えてまいりまして、その意図するところは、教育のかなめである教育者の身分保障というところに主眼を置いているわけなんですが、地方の教育行政については、民主党の中でいろいろ政策をつくってまいりましたので、実は民主党案と近いのであります。

 ただ、全体的なこの今の国政の流れを鑑みたときに、このタイミングで教育委員会を廃止してしまうということが本当に現実的なのかというのは、私個人としては考えるところでございます。

 ようやく十四日に提出をされたというばかりですので、これからまた理解も深めていきたいとは思っておるところではございますが、まず、政治的中立性というこの点について、実は、閣法以上に、教育委員会を廃止して首長の権限を明確にするということでありますので、政治的中立性という地方教育行政制度のこの理念についてはどのようにお考えになっているのか、お伺いをさせていただきます。

鈴木(望)議員 教育の政治的中立性について申し上げますと、これは、教育基本法十四条二項に、「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育その他政治的活動をしてはならない。」こういうふうに定められているところでございます。学校が一党一派に偏した立場に利用されたり、あるいは、学校の教育活動自体が一党一派に偏したものであってはならないことは、ある意味では当然のことでございます。

 その上で私どもは、首長に権限と責任を一元化するという維新、民主の法案を提出させていただいたわけでございます。

 ただ、地方教育行政の責任を首長に一元化するに当たりまして、仮に首長が暴走することへの御懸念にも十分配慮しなければ、当然でありますけれども、なりません。

 この法律案では、教育行政に対する評価、監視機能を確保するため、教育監査委員会を設置し、また、首長による教育の振興に関する総合的な施策の方針の策定に「議会の議決を経なければならない」ものとしているわけでありまして、いわば、二重のチェック体制で教育の中立性を私どもは確保しているというふうに思っております。

 また、教育行政は、安定的、継続的に行われるのが重要である一方、場合によっては、子供の将来に資するように柔軟に運営されることも必要でございます。現行の体制では責任体制が不明確であるため、時代に応じた教育行政を行うことが不十分でございます。

 また、いじめ問題等の重大事案において適切に対応できなかったことは、これは明らかであるというふうに考えているところでありまして、そういう意味で、この法律案のもと、首長がみずからの責任で、民意を酌み取り、教育行政を二重のチェック体制のもとで運営していくことが子供の将来に資することとなると考えているところでございます。

青木委員 そうしますと、この政治的中立性という理念は変えないということでよろしいんでしょうか。

鈴木(望)議員 当然でございます。

青木委員 そうしましたら、その教育監査委員会については後ほどお伺いをさせていただきますが、民主案と維新案を統合するに当たって、ある程度の時間を要したと思うんですけれども、最終的に両党をすり合わせるときに、どこをそれぞれが譲歩され、どこの調整で難航されていたのか、そのポイントをぜひお伺いをさせていただきたいと思います。

鈴木(望)議員 民主党、日本維新の会の案では、教育委員会を廃止し、地方教育行政における責任の所在を明確化するという点で、これはもともと一致をしていたところであるというふうに両方認識しておりました。

 また、地方教育行政の適正を確保するためのチェック機能を設けることでも一致をしておりまして、民主党案の教育監査委員会制度、維新の会案の、首長があらかじめ議会の議決を経て総合的な施策の方針を定める仕組みを取り入れたわけでありまして、そういう意味で、民主党、日本維新の会の両案の調整の結果、首長に対する二重のチェック体制を取り入れたところでございます。その上で責任の明確化を図ったという御理解をいただければと思います。

 さらに、地域住民の意向を学校現場に反映する仕組みとして、学校運営協議会の活用を盛り込み、学校の管理運営が主体的に行われ、緊急事態においても首長が適切に対処する旨の配慮規定を盛り込んだところでございます。

青木委員 そのチェック機能という部分で、維新案では、首長のもと、議会の議決を経てということがございました。そして、民主案が教育監査委員会がチェック機能を担うということの御答弁だったというふうに思いますけれども、先ほどの政治的中立性という観点からすると、果たしてこの理念がきちんとした形で担保されるのかというのがますますちょっと疑問に思う部分もあるのですが、議会の議決であり、そして教育監査委員会も、条文を見ますと、監査委員が、議会において選挙された委員から成るとあるんです。

 いずれにしても、より政党色が強まるのではないかというふうに思われるんですけれども、この点については、中立性という観点からどのように……。

吉田議員 何点か御質問があったとは思いますが、まず、教育監査委員会の役割と内容について申し上げたいと思います。

 我々の民主、維新案の肝といいますか肝心なところは、教育の責任と権限を首長に一元化するということですから、首長が適切な事務執行を行うということがもちろん最重要なことでございます。

 ただ、それを今度はチェックせねばいかぬ、チェック機関ももちろん必要だということで、教育監査委員会、これは独立行政委員会ですが、こういう機関を置いて、教育の中立性も含めてチェックを行う、こういうことにしたわけでございます。

 具体的には、これは三十二条一項に書いてありますけれども、首長が処理する学校教育等に関する事務の実施状況に関し必要な評価及び監視を行う、そして、その結果に基づいて必要な勧告をする、さらには、首長の事務にかかわって苦情の申し出があった場合は必要なあっせんを行う、その他法令に基づいて事務を行う。

 以上でございます。

青木委員 その教育監査委員会の委員が議会において選挙された委員ということなので、やはり政党色という部分がどうしても残ってしまうのではないかという懸念をまず指摘をさせていただいたわけでございます。

 そして、この教育監査委員会というものが、事後に起こったことに対する評価、判断ということでありますので、やはり何よりも大切なのは事件を起こさないということでありますから、未然の防止につながる制度ではないというふうに認識をするわけですけれども、この未然に防ぐというここの機能はどこが持つんでしょうか。

吉田議員 我々の案では、首長と教育長というのが一体になって教育行政に責任を持ってやるということになっておりますから、未然防止についても、両者一体で行うということでございます。

 そして、さらには議会というのがありますが、御懸念の、将来に起こりそうな問題について未然防止をするためには、首長が教育振興に関する施策の方針というものを新たにつくって、これで議会の同意を得るということも織り込みました。

 さらには、特にいじめの問題、これは、学校教育、学校の現場で起こる問題については、原則的には学校の校長先生の責任のもとで対処すべきである。つまり、学校の日常的な管理運営においては、学校長の責任を明確にする観点から、学校においてその管理運営が主体的に行われるように配慮するという、その六十三条の配慮規定も置いたところでございます。

青木委員 そのまさに学校の校長先生という部分は、私も、現場の声を聞くと理解をするところではございます。ただ、もう少し内容を詰めていかないと、まだ、今のところちょっと懸念が残るものでございます。

 もう一点お伺いをさせていただきますが、今、教育長と首長が一体となって事に当たるということでございますが、条文を見ますと、第七条の第一項で、「教育長の任期は、四年とする。」とございます。ただし書きで、「地方公共団体の長は、任期中においてもこれを解職することができる。」こととなっております。

 これでは教育長の立場が大変不安定ではないかというふうに思うんです。現場を見るよりも、常に首長の、上の顔色をうかがって仕事をしなきゃならないようなそういった状態も予想されるわけなんですけれども、この点についてはいかがでしょうか。

鈴木(望)議員 まず最初に、ぜひ御認識いただきたいんですけれども、事前の防止ということで、首長がそんなに暴走するようなことは事実上はないんじゃないかなと思いますけれども、首長が仮に仮に暴走をするというようなもののチェック機能としまして、事前のものとしましては、教育の振興に関する総合的な施策の方針の策定を義務づけておりまして、それを議会に承認してもらう、議決を経なければいけないということにしております。ですから、その枠を一つ事前にははめているということをぜひ御理解いただければ、それで、事後的には教育監査委員会できちんと評価をする、勧告を行うという体制にしているところであります。

 次に、教育長の任命と解任について、教育長の立場が不安定になるんじゃないのか、教育長が常に首長を見ているんじゃないかというような御指摘でございましたけれども、私どもの法律案では、教育長は首長の補助機関でございまして、首長の指揮監督のもとで教育に関する事務をつかさどる者として首長がこれを任命する一つの仕組みとしているところでございます。

 そして教育長は、首長の補助機関として、首長の意向に沿って一定の成果を出すことが期待されるものでありますので、成果を出せなければ解職もあり得ることとする必要がございます。

 首長は、その意味で、任期中であっても教育長を解職することができる一つの仕組みとしているわけでありますけれども、一方で首長は、議会の議決を受けた方針及び教育監査委員会の監査という二重のチェックを受けておりまして、その中で、非常に適正に職務を遂行している教育長を恣意的に解職するということは、事実上これはあり得ないんじゃないのかなというふうに思っております。

 また一方で、制度の仕組みとしましては、首長が教育長を解職できないとすれば、仮に首長の指示に教育長が従わなくなったような場合に、教育行政に最終責任者たる首長の意向を反映できなくなってしまうということがございます。そういう意味では、かえって教育行政の責任を果たせなくなるということになります。

 したがいまして、このような制度設計にさせていただいたことを御理解いただきたいと思います。

青木委員 議会の議決というふうにおっしゃるわけですが、まさにその議会が、地域にもよるでしょうけれども、まさにその政党色が色濃くある部分でありますので、その議会の議決という部分においても中立性の担保が果たしてできるのかどうかというところを指摘をさせていただきました。

 そして、また事実上といいますか、やはり想定外のことというのはいつでも起こるというふうに思って事に当たらなきゃいけないというふうに思いますが、これでは、何かあったときにその教育長の首を切って解職させて、また新たな教育長を就任させてということが繰り返されるのではないかというふうに思うのですが、このただし書きの部分で、もう少し制限を加えた形で書きぶりを改めたらいいのではないかなというふうに思いました。

 それでは閣法の方に移らせていただきます。

 今回、教育委員会を残したということでございます。私も、この教育委員会そのもののその内部の機能の充実を図るべきではないかというふうに考えています。一足飛びに首長の権限を強めるというだけではなくて、教育委員会そのものの内部の活性化を図るべきではないかというふうに考えております。

 具体的には、教育委員会の現状に関する調査、平成二十四年度のものがございます。これをもとに調査室が作成をした資料を拝見いたしますと、教育委員会会議で学校や事務局に寄せられた意見、これを紹介していない教育委員会の割合が、都道府県、指定都市で何と八三・三%あります。市町村でも六二・三%ということであります。また、保護者あるいは地域住民、より身近なこうした意見を聴取して、意見交換を実際実施していない教育委員会の割合が、都道府県、指定都市で四八・五%、市町村では六九・四%ということで、約半分、また半分以上の教育委員会が、こういうさまざまな意見を聴取したり意見交換をしたりということを行っていないというデータがございます。

 ですから、まずこういう点を改善して、首長の権限を強めるということとともに、それより先に、まず、やっていないもの、まだまだできることから十分にその活性化に向けてその充実を図ることの方がむしろ先決ではないのかなというふうに思うわけですけれども、その点についてはいかがでしょうか。

前川政府参考人 私どもも、教育委員会会議や学校で、事務局に寄せられたさまざまな意見を紹介するということでありますとか、保護者や地域住民の意見を聴取し、意見交換をする機会を設けるといったことは、教育委員会を活性化させる非常に有効な手段であるというふうに考えておりまして、このような調査をしておるわけでございますけれども、まだまだこの実施状況は低調であるという現状であるというふうに認識しておりますので、今後とも、さまざまな形でこういった形の活性化を促してまいりたいと考えております。

青木委員 ぜひその点に関しては期待をいたしておりますので、調査にとどまらず、現場で実施されるように、よろしくお願い申し上げます。

 最後の質問とさせていただきますが、閣法におきまして、新教育長が教育委員会の代表となることで、権限が集約をされて強化をされます。ほかの委員の方々との力のバランスで、権限が大きくなり過ぎるのではないかという懸念がございます。

 そのために、教育委員会の会議は教育長が招集することとなってはおりますが、「教育長は、委員の定数の三分の一以上の委員から会議に付議すべき事件を示して会議の招集を請求された場合には、」「これを招集しなければならない。」ということが第十四条の関係で書かれています。また、「教育長は、教育委員会規則で定めるところにより、」「委任された事務又は臨時に代理した事務の管理及び執行の状況を教育委員会に報告しなければならない。」ということが第二十五条の第三項に書かれてはおるんですけれども、果たしてこれだけで十分かどうか。

 教育長の任免に教育委員会が関与するということも、今回、首長が任命するということではっきり明示をされているわけなんですけれども、そこも懸念が残るところでございまして、教育委員会内部の新教育長とほかの委員の方との力のバランス、この点についてはどのようにお考え、そしてまた対処しようと考えていらっしゃいますでしょうか。

前川政府参考人 新教育長は、現行の教育委員長と教育長の職をあわせ持つ形になるわけでございますけれども、教育委員会の会議の中におきましては、この会議を主宰するという立場、現行の委員長と同様の立場には立つわけでございますが、議決をする場合には全体の中で一票を持つという立場でございまして、その点につきましては他の教育委員と対等でございます。

 教育長としての事務を執行する際には、合議体としての教育委員会の意思決定に基づき事務を執行するわけでございまして、その合議体である教育委員会の意思決定に沿わない事務執行をすることはできないということでございますので、あくまでも、合議体、教育委員会の意思のもとで仕事をするということになるわけでございます。

 御指摘のとおり、会議の招集でありますとか、あるいは委任した事務についての報告といった規定がございますので、こういったことを使いまして、他の教育委員による教育長に対するチェック機能というものは果たすことができるというふうに考えておりますが、また、教育委員の中にも、これは首長の判断によりまして、さまざまな専門知識や知見を持つ方に入っていただく、特に教育に関して高度な知見を持つ方に入ってもらって、教育長との間で十分な議論が行えるようにするというようなことも一つの方策ではないかというふうに考えております。

青木委員 質問を終了させていただきますが、今回の質疑の中で、下村大臣の法改正に対する考え方も確認をさせていただいたと思っておりますし、民主、維新案についてもまたこれから理解も深めていきたいというふうに思いまして、また次の質疑、よろしくお願いいたします。

 ありがとうございました。

小渕委員長 次に、吉川元君。

吉川(元)委員 社会民主党の吉川元です。

 公選制の教育委員会制度が開始されたのが六十六年前、任命制の教育委員会制度に移行してからも五十八年、幾度かの見直しはありながらも、かくも長い期間、教育委員会制度は存続をし、地方教育行政を支えてまいりました。

 その教育委員会制度を今回大変大きな形で変更するわけですから、慎重の上にも慎重な審議が必要だというふうに思いますし、この点について、ぜひ委員長の方からも御配慮をお願いしたいというふうに思います。

 さて、戦前戦中の教育制度というのは、大日本帝国憲法のもと、教育行政組織の基本となる文武官の任免については天皇の大権に属し、また、教育の基本は勅令によって行われてまいりました。中央集権的、国家主義的な教育制度がやがて悲惨な戦争を招く要因の一端となったということは、これは疑いようのない事実だというふうに思います。その反省のもとに、教育が国家や政治の影響を受けないように、教育の地方分権や教育への民意の反映を掲げて教育委員会制度が設けられたと考えております。

 したがって、地方教育行政の根幹として政治的中立性や継続性、安定性をいかに確保していくのか、制度上担保していくのかは今日でも極めて大切な点だというふうに考えます。その重要性は、教育委員会制度の見直しに当たっても貫かれなければならないと思います。

 これはもう既に他の委員の方からの質問にも答えられたというふうには思いますけれども、改めまして、大臣のお考えをこの点についてお聞かせください。

下村国務大臣 現在の教育委員会制度は、制度の発足以来、教育の政治的中立性、継続性、安定性の確保を制度的に担保するとともに、地域の多様な視点を反映する観点からも重要な役割を果たしてまいりました。

 今回の改革案は、地方教育行政における責任の明確化、迅速な危機管理体制の構築、首長との連携の強化を図るものであるわけでありますが、教育の政治的中立性、継続性、安定性の確保の重要性に鑑み、教育委員会を執行機関として残し、現行の教育委員会の職務権限を変更しないというふうにしたところであります。

吉川(元)委員 大臣が言われる責任の所在、あるいは迅速性、あるいは連携といったこと、これは大変重要なことだというふうに思います。

 ただ、やはり角を矯めて牛を殺すではありませんけれども、その結果として、教育の政治的中立性や、あるいは継続性、安定性が担保されないというようなことがあってはならないというふうに思います。この点に関しては、文部科学省のみならず、立法に携わる者としても心を砕いていく必要があるというふうに考えます。

 さて、大津市でのいじめを原因とした生徒の自殺、あるいは大阪市での体罰を理由とした生徒の自殺といった大変心痛む事案において、教育委員長あるいは教育委員会の対応が極めて不十分であったということは、これは間違いのない事実です。このような悲劇は二度と繰り返してはならないという思いについては、ここにいる全委員の共通の思いだというふうに思います。

 他方、これらの事例をもって果たして教育委員会制度の大幅な見直しにまで踏み込むべきかどうかについては、私もやはり疑問が残らざるを得ません。

 昨年十二月に取りまとめられた中教審の答申を見ましても、首長からは確かに制度の形骸化が指摘をされ、地方六団体の意見書でも、現行制度における責任の所在の不明確さが指摘をされております。他方、中教審答申に記述をされた教育委員あるいは教育長経験者の意見では、制度変更の必要性は指摘をされておりません。また、昨年十一月十一日付の全国市町村教育委員会連合会の意見書を拝読いたしましたが、教育委員会をめぐるさまざまな問題を自覚しつつも、「現行制度の中で、社会情勢に合った教育行政を進めることは十分に可能」というふうにもしております。

 首長と教育委員会の意見が必ずしも一致はしておりませんが、制度の運用改善や、あるいは制度の充実ではなく、制度変更にまで踏み込んだ理由というものはどういったことがあったのかについてお尋ねいたします。

下村国務大臣 確かに、現在も、関係者の努力と相互の緊密な意思疎通によりまして適切な教育行政が行われている地方公共団体があるということは承知をしております。一方で、御指摘ありましたが、責任の所在の不明確さ、審議の形骸化などによって、いじめ問題等、教育委員会制度にさまざまな課題が指摘されているところでもございます。

 こうした制度の課題は、今日、児童生徒等の生命身体や教育を受ける権利を脅かすような重大な事案が生じる中でさらに顕在化しておりまして、教育委員会制度の抜本的な改革がもう不可欠、そういう状況となったというふうに判断をいたしました。

 このため、全国どこでも責任ある教育行政が可能となる体制を制度として築くため、教育委員会制度の抜本的な改正を行うものであります。

吉川(元)委員 教育委員会制度というのは、これは合議制ということであって、それをもって責任の所在が不明確というふうなこともあるかというふうに思いますけれども、この点に関して言いますと、現行制度のもとで改めて、教育委員長、それから教育長、そして教育委員のそれぞれの責任のあり方を徹底すること、これは可能なのではないかというふうにも思います。審議の形骸化ということについて言えば、今回の政府案でも、教育委員会は引き続き現在と同じ執行権限を持って存続するわけですから、まさにこの運用の改善ということについては、対応していかなければいけない事項ではないかというふうにも思います。

 教育委員会制度に問題があるとしても、それが制度の大きな改正を必要としているのか、それとも制度の改善充実で対応していくべきなのかは、出発点として非常に重要な点であり、現場の教員あるいは保護者も含め、さまざまな意見を聞いて慎重に対応すべきではなかったかというふうにも思います。

 続きまして、教育委員会が積極的な役割を果たしてきた事例の例証について少しお尋ねしようと思いましたけれども、既に前の青木委員の方からも質問があって、まだまだ不十分なところがあるというような答弁がございました。

 そうはいいましても、保護者や地域住民との連携といった点で主体的、積極的に取り組んでいる教育委員会の事例というのはあると思いますし、これをしっかりと広げていくこと、これは大変重要だと思いますので、私の方からもその点お願いをして、質問については割愛をさせていただきます。

 さて、首長と教育行政の関係について何点かお尋ねしたいと思います。

 最近といいますか、ここ数年ですけれども、気になっているのが、首長が本来権限を持っていない事案について、直接関与しているととられかねない事例というものが少なからず起こっているのではないかというふうに思います。例えば大阪の桜宮高校の事案については、教員から体罰を受け、翌日自殺した事件ではありますけれども、市長がスポーツ関係学科の入試の中止を求めたり、あるいは運動部顧問全員の人事異動を市の教育機関に求めて、従わない場合は関連予算を支出しないというような、そういう姿勢を示しました。

 また、幾つかの自治体では、全国の学力テストの公表について首長が強く促してきた、そういう事実経過がございます。

 このように、首長が本来有していない教育行政の執行権限に抵触しかねないような行為についての検証は、今回の教育委員会制度の見直しの過程でどのように進められてきたのか、お答えいただきたいと思います。

西川副大臣 吉川先生にお答えさせていただきます。

 現行制度においても首長は、予算の編成、執行あるいは条例案の提出等、教育行政に大きな役割を担っているのは事実でございます。

 その中で、首長と教育委員会の意思疎通がやはり十分でなくて、地域の教育の課題やあるべき姿が共有できなかった、そういう結果として、先生おっしゃるようなお話があることは承知しております。

 こうした中で、時として、首長が示す方向性と教育委員会の考えが一致せず混乱を来した事例があったということでございますけれども、そこで今回の改正案は、ぜひそういうことをなくすということも大きな目的でございまして、民意を代表する首長の教育に対する関与はやはり必要であろうということ、そのことを明確化いたしまして、総合教育会議での協議、調整や大綱の策定を通じて、より一層民意を反映した教育行政の推進を図るとともに、教育委員会を執行機関として残すことによりまして、民意の反映と教育の政治的中立性、安定性、継続性、その点のバランスを図ったということで御理解いただきたいと思います。

吉川(元)委員 今回の改正ということで今お話しありましたけれども、全ての首長がそうだとは言いませんけれども、非常に自分の考えを押しつけてきたというのは、既に、これは事実としてあったんだろう、それが結果的に現場に混乱を引き起こしたということも、これは事実としてあったというふうに思います。

 今回の改正では、そこら辺の整理というのも含めて行われるんだろうというふうに思いますけれども、より首長の権限が強まっていくということについては、やはり危惧をせざるを得ません。

 その点に関連して、任命のことに関して少しお聞きしたいと思います。

 今回提出された政府案では、いわゆる教育行政の執行権は、現行のまま教育委員会の権限として残されております、確かに。このこと自体は私は評価をしたいというふうに思いますが、教育委員会を代表する教育長の任命権が、議会の同意ということはありますけれども、首長に委ねられているということは、これは先ほど言いましたとおり、首長の権限を強めるものだろうというふうに思います。

 冒頭指摘をさせていただきました、教育行政の政治的中立性がやはり脅かされるのではないか、そういう点について強く危惧を持っております。この点についてどのように考え、そして、政治的中立性の確保が法案ではどのように担保されているのか、お答えください。

西川副大臣 先生御指摘のように、今回、首長が直接教育長を任命できるということになっております。

 しかし、教育長は、任命をされましても、やはり首長とは独立している行政委員でありますから、決して首長の指揮監督下における立場ではなく、また、部下になったということではないと思っておりますので、いわば、教育の政治的中立性が損なわれるものではないと理解しております。教育委員その他の行政委員会の委員と同様でございます。

 また、教育の政治的中立性を確保するために、教育委員会を執行機関としてもちろん残したということで、教育委員会の現行の権限は変わらないもの、そういうふうに理解しております。

吉川(元)委員 次に聞こうと思っておりました首長と教育長との関係ということで、これは決して部下ではなくて、任命は、首長が議会の同意をもって任命はするけれども、任命された以上は、それは決して部下ではないということで、改めまして、そういう認識でよろしいんでしょうか。

西川副大臣 そのとおりです。

吉川(元)委員 続きまして、罷免の要件について少しお尋ねをしたいというふうに思います。

 首長あるいは政治による教育行政への介入を防ぐためには、予算執行権を持つ首長と教育行政権を代表する教育長の関係、これはまさに今副大臣がおっしゃられたとおり、部下ではない、自立した対等なものが求められていくというふうに思います。この点については、後日、ほかの面からまた質問したいというふうに思います。

 きょうは、首長による教育長の罷免のあり方について尋ねたいと思います。

 昨年十二月にまとめられた中教審答申では、罷免要件については、「教育長の事務の執行が適当でないため学校運営等に著しい支障が生じている場合などには、首長が教育長を罷免できることとすることが考えられる。」というふうにされています。うがった見方をしますと、任命権者である首長から見て事務の執行が適当でないとされた場合には、罷免が可能になるのではないかと危惧をしておりました。

 国会に提出をされた政府案では、現行の教育委員の罷免要件と同じ内容にとどまっているというふうに解釈しておりますけれども、そのような理解でよろしいのかということと、それから、現行の教育委員の罷免要件と同じ内容にした理由についてお聞かせください。

前川政府参考人 中央教育審議会の答申におきましては、改革案、いわゆるA案、あるいは別案、いわゆるB案におきましても、いずれにおきましても、教育長を、首長、教育委員会という別はございますが、その執行機関の補助機関とするという考え方に立っておりました。これはいわば部下となるということでございまして、A案であれば首長の部下になる、B案であれば教育委員会の部下になるということでございます。

 そういう位置づけとなる案が検討されていたということで、その補助機関の教育長についての罷免要件として検討された。その際に、「事務の執行が適当でないため学校運営等に著しい支障が生じている場合」ということも要件として検討されたということでございます。

 一方、新制度、この改正案における教育長は、首長が議会同意を得て任命する規定につきましては、これは中央教育審議会の答申と同じでございますけれども、首長または教育委員会の補助機関、いわゆる部下ではなく、教育委員会という執行機関の構成員であるということであります。また、その主宰者で代表者であるということでございます。

 地方公共団体に置かれているさまざまな行政委員会の委員の罷免要件につきましては、首長から独立して委員会を設置しているという趣旨に鑑みまして、身分保障が必要という観点から、その要件が限定されております。

 教育委員会の構成員として位置づけられておりますこの新教育長の罷免要件につきましても、同様に、現行の教育委員や他の行政委員会の構成員と同じ形で、心身の故障の場合や職務上の義務違反その他委員たるにふさわしくない非行があるというような場合に限定するというふうにしたものでございます。

吉川(元)委員 部下ではないし対等であるということも含めて、やはりこれは非常に重要なポイントなんだろうというふうに思います。その点でいいますと、罷免の要件が現行の教育委員と同じ内容ということでいえば、これも私としては評価できる点かなというふうにも思います。

 ほかにもまた、次回以降、かなり長い時間をかけてこの法案については質疑をしていくということでありますので、引き続きさまざまな角度から質問していくということをつけ加えまして、私のきょうの質問とさせていただきます。

 ありがとうございました。

    ―――――――――――――

小渕委員長 この際、委員派遣承認申請に関する件についてお諮りいたします。

 両案審査の参考に資するため、来る二十三日水曜日、福岡県及び宮城県に委員を派遣いたしたいと存じます。

 つきましては、議長に対し、委員派遣承認申請をいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小渕委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

 なお、派遣委員の人選等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小渕委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

小渕委員長 次に、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。

 両案審査のため、来る十八日金曜日午前九時、参考人として三鷹市教育委員会委員長貝ノ瀬滋君、千葉大学名誉教授新藤宗幸君及び大阪市教育委員会委員長、首都大学東京大学教育センター教授大森不二雄君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

小渕委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

 次回は、来る十八日金曜日午前八時五十分理事会、午前九時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後四時三十八分散会


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