衆議院

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第5号 平成24年5月24日(木曜日)

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平成二十四年五月二十四日(木曜日)

    午前九時開議

 出席委員

   会長 大畠 章宏君

   幹事 小沢 鋭仁君 幹事 大谷 信盛君

   幹事 逢坂 誠二君 幹事 宮島 大典君

   幹事 山花 郁夫君 幹事 鷲尾英一郎君

   幹事 中谷  元君 幹事 保利 耕輔君

   幹事 赤松 正雄君

      阿知波吉信君    網屋 信介君

      磯谷香代子君    稲見 哲男君

      緒方林太郎君    大泉ひろこ君

      岡本 充功君    川越 孝洋君

      川村秀三郎君   木村たけつか君

      楠田 大蔵君    近藤 昭一君

      竹田 光明君    辻   惠君

      辻元 清美君    中川  治君

      橋本 博明君    鳩山由紀夫君

      浜本  宏君    本村賢太郎君

      矢崎 公二君    山岡 達丸君

      山崎 摩耶君    笠  浩史君

      井上 信治君    石破  茂君

      木村 太郎君    近藤三津枝君

      柴山 昌彦君    田村 憲久君

      棚橋 泰文君    中川 秀直君

      平沢 勝栄君    古屋 圭司君

      大口 善徳君    笠井  亮君

      渡辺浩一郎君    照屋 寛徳君

      柿澤 未途君

    …………………………………

   衆議院法制局法制企画調整部長           橘  幸信君

   衆議院憲法審査会事務局長 窪田 勝弘君

    ―――――――――――――

委員の異動

五月二十四日

 辞任         補欠選任

  今井 雅人君     本村賢太郎君

  篠原  孝君     矢崎 公二君

  中野 寛成君     橋本 博明君

  山尾志桜里君     竹田 光明君

同日

 辞任         補欠選任

  竹田 光明君     山尾志桜里君

  橋本 博明君     中野 寛成君

  本村賢太郎君     山岡 達丸君

  矢崎 公二君     篠原  孝君

同日

 辞任         補欠選任

  山岡 達丸君     今井 雅人君

    ―――――――――――――

四月十九日

 日本国憲法九条を変えること反対に関する請願(笠井亮君紹介)(第九五七号)

 憲法の改悪反対、九条を守ることに関する請願(志位和夫君紹介)(第九六九号)

五月二十一日

 憲法第九条第二項を改正し、自衛権及び自衛隊の存在を明記することに関する請願(渡辺義彦君紹介)(第一二一五号)

は本憲法審査会に付託された。

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件(日本国憲法の各条章のうち、第一章の論点)


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     ――――◇―――――

大畠会長 これより会議を開きます。

 この際、幹事会で決定されました現行憲法の各条章ごとの検証の進め方について、会長から御報告いたします。

 幹事会の協議によりまして、本憲法審査会では、現行憲法の各条章ごとの検証を行い、論点を抽出し、整理していくことといたしました。

 つきましては、日本国憲法の論点を抽出、整理するため、各委員から御意見をお述べいただきたいと存じます。

 なお、委員の御発言に際しましては、意見の当否に関する論争というよりも、各論点に関する意見表明に主眼を置くという趣旨に御配慮いただきたいと存じます。

 なお、表明されました意見の趣旨や論拠を明確にするために、必要があれば発言者に対する質問を行っていただくことは結構でございます。

 充実した調査が行えるよう、委員各位の御協力をお願い申し上げます。

     ――――◇―――――

大畠会長 日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件、特に日本国憲法の各条章のうち、第一章の論点について調査を進めます。

 本日の議事について申し上げます。

 まず、衆議院法制局当局から説明を聴取し、その後、各委員からの意見表明等を含む自由討議を行うことといたします。

 それでは、衆議院法制局当局から説明を聴取いたします。衆議院法制局法制企画調整部長橘幸信君。

橘法制局参事 衆議院法制局の橘でございます。

 大畠会長を初め幹事会の先生方の御指示によりまして、このたび、日本国憲法全十一章百三カ条の検証が行われるに当たりまして、お手元配付のような資料を憲法審査会事務局の方々とともに作成させていただくことになりました。あわせて、先生方の御意見の表明に先立って、その概要の御報告をさせていただくことになりました。どうかよろしくお願いいたします。

 本日は初回でございますので、冒頭、簡単に資料の御説明をさせていただきたいと存じます。

 お手元に二種類の資料を配付させていただいてございます。

 まず一つは、A3一枚紙の「憲法に関する主な論点」と題する論点表でございます。この論点表の作成に当たりましては、幹事会等で御示唆いただきました方針を私なりにそんたくすれば、大要、次のようなものであったと認識してございます。

 一つは、二〇〇五年、平成十七年四月に取りまとめられました中山調査会の衆議院憲法調査会報告書、これをまず第一の基礎的データベースとした上で、さらに、この間に発表されました各党各会派の憲法提言や憲法改正草案などによってその論点を補充しながら、現時点における国会での憲法論議の概要を示すようなものとすること。

 二つ目といたしまして、明文改憲の御主張と、改憲は必要ないという典型的な護憲の御主張との二項対立的な意見の整理のみならず、あくまでも現行憲法の検証であるという枠内において、現行法体系のままでよいわけではないが明文改憲によらずとも立法措置での対応でも可能だ、そのような御意見を含めて、ABC、三つに類型化しながら整理すること。

 以上の二つでございます。

 もう一つの資料は、この論点表に基づいて、作成の基礎となった各会派の御提言や先生方のこれまでの御発言及びこれらに関する、大変拙いものかもしれませんが、用語解説などの基礎的事項を取りまとめた詳細な資料、衆憲資第七十六号と題する参考資料でございます。

 これらの資料は、時間的制約あるいは私どもの能力的な制約のために、決して網羅的なものとはなっておりません。至らない点が多々あるとは存じますが、あらかじめ御容赦をお願い申し上げる次第でございます。あくまでも、先生方の御意見表明に当たっての御参考というふうに御認識いただければ幸いでございます。

 それでは、早速ですが、日本国憲法第一章天皇の章の主要論点につきまして、この一枚紙の論点表に基づきまして、ごく簡潔に御報告をさせていただきたいと存じます。

 まず、冒頭の米印でありますけれども、現行の象徴天皇制につきましては、衆議院憲法調査会の最終報告書でも各党の憲法提言等においても、今後とも維持されるべきものであるとして、その存廃を当面の憲法問題としようとする意見はございませんでした。日本国憲法によって象徴という形で定式化された我が国の天皇制は、国民から支持され、確実に定着していると評価されているものと理解されているように存じます。

 その上で、この象徴天皇制を前提とした上で、天皇の章について議論されているのは次の大きな三つ、三点であるかと存じます。

 すなわち、天皇の地位に関する論点、皇位の継承に関する論点、天皇の行う行為に関する論点の三つでございます。

 まず第一の、天皇の地位に関する論点でありますが、これは、天皇が象徴であることを前提として、さらに元首であることを憲法上明記するべきか否かという論点でございます。

 論点表Aの欄の、明文改憲が必要とするお立場からは、我が憲法のもとにおいて、学説上、誰が国家元首であるか疑義があるような状態がある、これはよくない、明確に天皇が国家元首の地位にあることを明記すべきであるというお立場でございます。

 これに対して、現行憲法の象徴のままでよい、天皇が元首であることをわざわざ明記する必要はないというCの立場ももちろんございます。

 なお、このCの立場には大きく二つの異なる見解があるように見受けられます。

 一つはC1でありまして、現行憲法上天皇が元首であることは明らかであるから明文改憲は必要ない、こういうものでございます。

 さらに、この見解の中にも二つの異なる理由づけがあるように存じます。

 一つは、単に、元首であることを憲法改正までして明記する必要はないというものでありますけれども、しかし、もう一つの理由づけにも御留意される必要があるかと存じます。すなわち、元首などという法的表現はヨーロッパの国王、君主についていうものであって、我が国の天皇は、一時期を除いて一貫して、権力の象徴ではなく権威の象徴であった、その意味では、元首以上の存在であり、象徴という表現こそふさわしい、象徴天皇のままにしておくことこそ、その本来の地位にふさわしいものであるとする理由づけであるかと存じます。

 他方、現行憲法の象徴のままでよいというもう一つの御意見はCの2でありまして、天皇を元首と認識するのは難しいし、また、元首と呼ぶのは適当でないというものでございます。

 すなわち、従来の学説上、元首という法的概念は一般に、外交を通じ国を代表し、行政権の全部または一部を有する国家機関という意味に用いられてきたものであり、その意味では、国事行為しか行わず、国政に関する一切の権能を有しない天皇は元首たり得ず、これを元首というのは用語法として間違っている、このような理解を背景にするものであるかと存じます。

 第二の論点は、皇位継承に関する論点でございます。

 現行憲法は第二条で、皇位は世襲のものであるとだけ定め、これを受けた法律である皇室典範第一条において、皇位は皇統に属する男系男子が継承すると定めております。

 この点について、皇室の現状に鑑みて、今後とも皇室を維持するためにも、女性天皇、さらには女系天皇を認める必要があるのではないのかという立場が一方にございます。これを、憲法改正をして認めようとするお立場が論点表のAの2のお立場であり、同じことを皇室典範という法律改正で対処すればよいのではないかとする御主張がBの2のお立場です。

 ただし、このいずれの立場にも、女性天皇を認めるにとどまるのか、それとも女系天皇まで認めることとするのかについては意見の相違があるように見受けられます。

 これに対して、現行の男系男子による皇位継承を維持すべきであるとする御主張もございます。

 この見解の中には、女性天皇や女系天皇の主張を明示的に否定するためにも、憲法上、男系男子による皇位継承を明記すべきであるとするA1の立場がございます。

 また、先ほどのA2やB2の主張の背景にある、今のままでは皇統の維持、皇位継承者の確保が難しくなってしまうのではないのか、これを確保する必要があるという趣旨に鑑みて、男系男子による皇位継承のもとにおいてもこのような趣旨を確保するために、皇室典範の改正によって、旧皇族の皇籍復帰や旧皇族の男系男子を養子に迎えることができるようにすべきとの意見もございます。これがBの1でございます。

 もちろん、現在のままでよい、一切さわる必要はないとするCの御意見もございます。

 第三の論点は、天皇の行為についてでございます。

 これには二つの小論点が含まれております。

 一つは、現行憲法において、天皇の国事行為は、内閣総理大臣の任命、最高裁長官の任命のほか、憲法第七条において、法律などの公布や国会召集、衆議院解散など十個の行為に限定されているところでありますけれども、このほかにも、宮中祭祀などは我が国の文化的伝統であり、明文改憲によって国事行為に追加するべきとする見解であります。これに対しては、政教分離原則などの関係から、そのような宗教的色彩を帯びる行為は国事行為として位置づけるべきではなく、現行のままでよいとする見解がございます。

 もう一つの論点は、天皇の公的行為についてでございます。

 現行憲法では、第四条で、天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行い、国政に関する権能を有しないと定めるとともに、その国事行為については、今申し上げましたように、憲法に限定列挙されておりますが、しかし、これらの国事行為以外の天皇の行為は全て私的な行為かというと、そうではございません。先生方御承知のように、現実には、天皇陛下は、国会開会式でのお言葉や外国訪問、被災地でのお見舞いや地方への行幸や各種行事への御臨席などをしておられます。そして、これらについては、一般的な運用解釈では、天皇の象徴性に基づく象徴行為とか公的行為などと呼ばれて、国事行為でも私的行為でもないと位置づけられているところでございます。

 このような実際の憲法運用を前提に、天皇の象徴としての性格を強固にするとともに、これに対する内閣の助言と承認という責任政治を明確にするためにも、憲法に公的行為を明確に位置づけるべきだとする御意見がございます。これが明文改憲を主張するAの欄の御意見でございます。

 これに対して、憲法改正を要せずとも皇室典範等に明記すれば足りるとするのがBの欄の見解でございます。

 そして、そのようなことは必要なく、現状の運用のままで全く支障ないではないかとするのがCの1でございます。

 これに対して、Cの2の見解は、現在の公的行為のような運用自体がおかしいのであって、天皇が国政に関する権能を有しないとする現行憲法の規定を厳格に守るべきであって、公的行為として整理されている先ほどのような行為は、あくまでも憲法の条文に忠実に、私的行為として考えるべきであるとするのがCの2の見解でございます。

 以上は、天皇制に直接に関連する論点でございましたが、憲法冒頭の第一章に規定されるべき事項としてそのほかに御議論がなされている論点として、国旗・国歌や元号の御議論がございます。

 これについては、諸外国の憲法、例えばフランスの現行憲法であります第五共和制憲法第二条の第二項や第三項の規定によりまして、国家の表象、国旗のことでありますが、これは青、白、赤の三色旗であるとか、国歌はラ・マルセイエーズであるといった規定などに準じて、我が国の国旗は日の丸、日章旗であり、国歌は君が代であること、さらには、元号についても憲法に明文規定を置くべきとするAの欄の明文改憲の御主張がございます。

 これに対して、既に国旗・国歌法が制定され、元号法も制定されているのだから、わざわざそのようなことをする必要はないとするCの欄の御意見もございます。

 そのほかにも、第一章天皇の章に関しては幾つかの明文改憲の御主張がなされている論点もございますが、大きな論点は以上であるかと存じます。

 ちょっと早口で拙いものでございましたが、御指示による御報告を終わります。ありがとうございました。

大畠会長 以上で衆議院法制局当局からの説明聴取は終わりました。

    ―――――――――――――

大畠会長 これより各委員からの意見表明等を含む自由討議に入ります。

 この自由討議につきましては、幹事会の協議に基づき、まず、各会派を代表する委員が順次発言を行い、その後、各委員が発言を行うことといたします。

 発言は自席から着席のままで結構でございます。

 発言時間の経過につきましては、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせをいたします。

 発言の申し出がありますので、順次これを許します。山花郁夫君。

山花委員 民主党・無所属クラブの山花郁夫でございます。

 個別の中身に入る前提としてでございますけれども、民主党としては、現在の憲法改正手続によれば、衆参両院で三分の二以上の賛成がなければ発議できないという仕組みにそもそもなっておりますので、本来であれば、各党各会派が合意をし、可能であれば全会派が一致して出せるぐらいのことが望ましいと思っております。

 そういう意味において、余り各党案というような形でそれぞれの案を出してしまうと、かえってそれが政争の具になることがあるのではないか、本来であれば、その前段階のところで協議をし、本当に必要と認められるときに各党各会派で文章を起こすということが望ましいのではないかということで、これまで議論をしてきているところでございます。

 その上で、第一章に関しては、党としてということで、個別の条項について意見として現時点でまとまったものはございませんが、ただ、これまでいろいろなところで主張してきたところに関係して申し上げますと、第二条の関係がこれまで党として申し上げてきたことなのかなと思っております。

 小泉内閣時代に、一時期、女性の天皇を認めるべきかどうかということがかなり現実味を持って議論されたときがございました。

 申し上げるまでもなく、第一条に、天皇の地位というのは日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であると規定をされているわけであります。皇位継承の順番については、第二条で、皇室典範という法律の定めによるのだと書いてありますので、法律を改正すればそれでよしというのが一応形式的には建前ということになろうかと思いますが、他方、第一条との関係からいたしまして、もしそのような皇位を継承する順序が変わるということがあれば、少なくとも、確認的に、日本国民統合の象徴であると日本国民が改めて認識できるような形での国民投票というものが必要ではないかということで議論してまいりました。

 憲法の第一章の憲法典にかかわる条項そのものの議論ではございませんけれども、国民投票法との関係で、憲法典の改正そのものに関する国民投票とあわせて、国政のそうした重要な課題についての国民投票を行うべきではないかというのが、これまでの我が党のスタンスでございます。

 なお、最近、首相公選制を唱える方々がおられます。

 直接公選で選ばれる大統領などについては、普通は国民の前で例えば就任式などを行いますし、アメリカの大統領などは聖書に誓うということが有名であります。

 他方、日本の場合、議院内閣制をとっておりますので、間接選挙の形をとっております。であるがゆえに、例えば最高裁の長官についてもそうですし、内閣総理大臣については天皇が任命をする、そしてその儀式を行うわけでありますが、公選ということになりますと、直接選ばれているわけでありますので、これが要らなくなるということなのかなと思いますが、寡聞にしてそうした議論は聞いたことがございません。

 その点について若干疑問があるということを申し上げまして、時間が参りましたので終了させていただきます。

大畠会長 次に、中谷元君。

中谷委員 自由民主党の中谷元でございます。

 自由民主党は、去る四月二十七日に、東日本大震災の発生やその後の状況を踏まえ、平成十七年に発表した新憲法草案を前文から補則に至るまで全ての条項を見直し、新たにブラッシュアップした日本国憲法改正草案を発表しました。

 本日は、現行憲法をもとに、それぞれの条文を比較検証し、この中の第一章天皇につきまして、お手元に資料を配付しておりますが、自由民主党日本国憲法改正草案対照表をもとに現行憲法との比較をさせていただきます。

 まず、第一条の天皇の地位、天皇の元首性につきましては、天皇は、日本国の元首であり、日本国及び日本国民統合の象徴であると定め、天皇は我が国の元首であることを明記しました。

 これは、天皇は元首であると憲法上明記するかについて党内でもさまざまな議論がありました。反対論としては、元首と明記することによって、元首以上の存在である天皇をかえって軽んずることになるのではという意見もありましたが、天皇は、外交関係において、現行憲法下でも国を代表する面を持っており、対外的にもこのことを明確にした方がよいと考えます。

 また、国家元首は英語でヘッド・オブ・ステートと呼びますが、具体的な役職名ではなく、国を代表する資格を持つ国家機関や人を指す用語であり、国家を代表する人として、天皇は元首であると明記すべきという意見が大多数でありました。

 よって、論点の分類では、Aの明文改憲が必要としております。

 次に、第二条の皇位継承のあり方に係る論点については、長年の歴史と文化のある問題であり、このような場で議論するのはまことに恐れ多いわけでありますが、憲法論としては、法律である皇室典範で規定するという現行憲法のままでよいと考えております。我が党の改正草案でも、現行憲法のままで、改憲も立法もいずれも必要ないとする論点表のCとしております。

 第三に、第三条の天皇の国事行為に係る論点ですが、そのうち、論点表上段の天皇の国事行為に関しては、我が党の改正草案では第六条とし、わかりやすさの観点から一部の文言の整理をいたしました。宮中祭祀を国事行為に加えるなどの国事行為の種類をふやすことはしておりません。論点表にいえばCでございます。

 また、第三条では、天皇の国事行為には内閣の助言と承認が必要としておりますが、承認とは、例えば衆議院の解散を行う場合、内閣が天皇に助言したことを内閣が承認するということはおかしな話であり、いささか礼を失する面もあり、我が党の改正案では内閣の進言という言葉に統一をいたしました。

 一方、論点表下段の公的行為に関しては、我が党の改正草案では、第六条の天皇の国事行為等として、例えば国または地方公共団体が主催する式典の出席などは、天皇は公的行為を行うものとして明記をいたしております。現に、国会の開会式でのお言葉、植樹祭や国体、追悼式など、国や地方公共団体が主催する式典に出席することなどにおいて、天皇の行為には公的な性格を持つものがあります。このような公的行為については現行憲法では規定がありませんが、これを憲法上明確に位置づけるべきだと考え、この部分はAであります。

 最後に、国旗・国歌、元号について。

 我が党の改正草案では、新しく第三条として、国旗は日章旗、国歌は君が代とする、これはいずれも明記をしております。

 国旗・国歌については、現在、国旗・国歌に関する法律によって規定されておりますが、国旗・国歌は一般的に国家を象徴するいわばシンボルのようなものであり、きちんと憲法上明文で規定することとしたものです。そして、我が党の改正案では、国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならないという規定を置きました。これは、いずれの国の国旗・国歌も尊重しなければならないという国際社会での常識に基づくものであります。

 また、第四条として、元号についても明文規定を設けました。この規定は元号法の規定をほぼそのまま採用したものであり、一世一元の制を明定したものであります。この部分は、新設追加の部分であります。

 以上、我が党の憲法草案の第一章天皇について、これまで曖昧にしてきたことについて、全党的な議論の結果、教育現場等での混乱を招かないためにも、国家としてこの際はっきり記述した方がいいという結論を得たものでございまして、明文改憲が必要なものとするものでございます。

 以上、自由民主党としての第一章についての意見表明といたします。

大畠会長 次に、赤松正雄君。

赤松(正)委員 きょうから憲法の各章ごとの検証が始まることに、私、深い感慨を抱きます。

 実は、今から四年ほど前の特別委員会で採決された、いわゆる憲法改正手続法によって、実際に憲法草案が提出されて議論に供されるまでの間の準備期間に、私どもは二つのことがなされるべきだと考えていました。

 一つは、十八歳投票制あるいは公務員の政治活動など、残された課題を詰めること、もう一つは、憲法のどこをどう変えるのか、あるいは変えずとも、法律の適正な運用、さらには、新たに法律をつくるといった対応でいくかどうかといった検証を進める初めての作業に、少なくとも三年間を当てるということでありました。

 不幸なことに、これらは全て放置され、手つかずのまま無為のときを一年も余計に過ごしたことは、まことに残念なことであります。

 しかし、ようやくこの国会で、衆議院は与野党一致して、片方で三つの懸案を処理する作業を進めながら、もう片方で、憲法が今の時点でどのように展開されているかを各章逐条ごとに検証し、審査する時間を持てることになりました。大変に重要で、得がたいことだと思います。ひとえに、大畠章宏会長の御尽力のたまものと感謝申し上げる次第でございます。

 きょうから始まる作業につきまして、憲法改正を前提にするのかしないのか、この点をめぐって若干取り沙汰されている向きがあります。

 この審査会はあくまで、過去における調査会の調査を受けて、そして、これから来る審査会での具体的な憲法草案を審査する前に、現行憲法を審査しようというものであります。したがって、あくまでニュートラルな立場でつぶさに現行憲法を点検するということが全ての主眼であります。

 今、中谷委員から、自由民主党の考えておられる新しい憲法改正草案についてかなり踏み込んだ御発言があったということについては、若干遺憾に思います。ただ、自由民主党はかなりこの部分で進んだ議論をされているので無理もないかなという気がするわけですが、あくまで、現行憲法をどう見るのかというところに主眼を置いて、自由民主党の考え方というものは従に置いていただきたいなという感じがするわけであります。

 つまり、憲法改正も前提にしませんが、憲法改正をしないということも前提にしない、こういう、この審査会のきょうから始まる議論であるということを言い出しべえとして改めて確認しておきたいと思う次第でございます。

 いかに時局、政局が荒れようとも、それに惑わされたり、あるいは混乱させられることなく、かつて明治維新前夜に慶応義塾創始者の福沢諭吉先生が、上野の山の砲声が飛び交うのを尻目に、三田の山上で、経済学を初めとする学問を今こそ学ぶべきだとされた故事に見習って、真剣に、日本国憲法のあるべき姿をめぐって、その規定が行政においてどのように実行されているのかをつぶさに検討する作業に取り組んでまいりたいと思います。

 この作業に入るのに、なぜ前文から入らないのかとの御指摘、御批判が一部にあります。それは、入らないんじゃなくて、全体の状況を検証した上で一番最後に点検しようということであります。

 前文は、それでなくとも憲法改正論議の象徴的位置づけを持ってきたことは事実で、いたずらな論争の具となってきました。この作業は、憲法の規定と行政執行の車の両輪がいかように展開しているのかを見るものであるため、むしろ、全体の規定を総括する前文は、仕上げとして最後に取り上げる方がいいと判断したものであります。

 さて、前置きが長くなりました。第一章天皇についての公明党の見解を申し上げます。

 結論から言いますと、一条から八条までのこの章の中で、明文改正を必要とする条はないと考えます。法律改正、ここでは皇室典範改正でありますけれども、これについては検討を要するものが幾つかあると考えます。

 課題としましては、先ほど事務方から、これまでの議論を整理して述べられましたように、第一条に関して、天皇を元首と明記すべしとの議論は、先ほどの中谷委員の発言にも見られるように根強くあります。

 しかし、私どもは、元首と同様の扱いを今既に受けておられる象徴天皇というあり方で、何らの不都合は生じていないと捉えております。これを元首と憲法に明記しますと、かえって、これまで定着してきた象徴の意味合いが微妙に変化し、国民主権の流れに逆行しかねない事態が起こると考えます。現状では、国の形が天皇を元首としないと曖昧であるとの立場にはくみせず、むしろ、この六十五年余りの間に定着してきた元首的象徴ともいうべき位置づけがふさわしいと思うのであります。

 次いで、第二条については、女性天皇を認めるかどうかという点について皇室典範に委ねられている現状をどう考えるかであります。

 私どもは、これを皇室典範に委ねずに明文改正する必要はなく、従来どおりでいいと思います。しかし、では、未来永劫、今の皇室典範第一条にあるように、「皇位は、皇統に属する男系の男子が、これを継承する。」との規定でいいかどうか、これについては大いに議論をする必要があるとの態度であります。

 私どもは従来から、女性天皇については、皇室典範の改正論議に委ねるものの、方向性としては認める方向で検討をしてまいりました。

 ただ、男系男子でなければいけないか、それ以外あってはならないかどうかまでは議論を尽くしていないというのが現状であります。

 第三条から第四条、六条、七条における国事行為につきましては、今規定されている十個の国事行為のままで特段の不都合は生じていないとの考え方をとっております。

 国事行為以外の天皇の行為、いわゆる公的行為と位置づけられるさまざまな行事への参加など、いわゆる君主的側面を持ったものや伝統文化行事などへの参加、さらには災害見舞いなどの伝統的側面について、皇室典範に書き込まれるべしとの意見がありますが、検討の余地は否定しないものの、特に現在のありようで不都合はないと考えておるところでございます。

 なお、国旗・国歌や元号をめぐっては、憲法上に新たに規定を置く必要はないと考えております。

 以上、現時点での公明党の考え方を申し上げました。

大畠会長 次に、笠井亮君。

笠井委員 日本共産党の笠井亮です。

 きょうから日本国憲法の各章ごとの検証を行うとなっていますが、そもそも検証とは何かということが問われなければなりません。それは、現行憲法の諸原則に照らして現実がどうなっているかを徹底的に点検することだと我が党は考えております。

 例えば、憲法の視点から東日本大震災と東京電力福島原発事故を総点検して、憲法十三条、二十五条に照らして、被災者支援、復興、原発事故対応はどうか、求められる法的措置は何かを明らかにすることこそ必要ではないでしょうか。憲法を検証するといいながら、みずからの党の改正草案の説明をしたり、改憲を前提にして一定の方向を導こうとする進め方は、とるべきではありません。

 配付された論点表も、明文改憲をベースにまとめているだけでなくて、例えば次回取り上げる戦争放棄にしても、憲法との関係で最大の論点となっており、憲法調査会の報告書でさえ柱立てしている日米安保条約や在日米軍基地の問題には一切触れていないなど、恣意的な論点設定になっていることを指摘しておきたいと思います。

 その上で、第一章天皇について、我が党として三点述べます。

 まず、第一条で主権在民の原則を明確に定めています。これが極めて重要な意味を持っていると考えています。

 これは、憲法前文の「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、」との規定と一体に、憲法の根幹とも言える国民主権原理を明らかにしたものにほかなりません。

 この主権在民の原則は、明治憲法に基づく天皇のもとで国民の自由と権利が抑圧され、国民を侵略戦争へと駆り立てていった歴史の反省から生まれたもので、基本的人権の尊重、恒久平和主義、議会制民主主義、地方自治などの憲法の諸原則の基礎をなすものです。したがって、現憲法下の天皇の象徴としての地位は、「主権の存する日本国民の総意に基く。」と第一条で定められているわけであります。

 次に、天皇の行為について言えば、国民主権の原則に立って制限規定を設けています。

 第三条で、「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要」とすると定め、第四条で、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」と規定している。これらの制限規定の厳格な実施こそ重視されるべきです。

 憲法上、天皇の行為は、第四条二項、第六条、第七条に定める十三の国事行為のみを行うこととされ、しかも、内閣の助言と承認を必要とする形式的、儀礼的なものとされているのに、それ以外に公的行為として広げることは国民主権の原則とは相入れないものです。天皇の政治利用を初め、憲法の条項と精神からの逸脱を是正することこそ必要だと考えます。

 最後に、日本の国の制度、政治の制度の問題としては、一人の個人が世襲で日本国民統合の象徴になるという仕組みは、民主主義、人間の平等の原則に合わないもので、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、将来の日本の方向として民主共和制を目指すべきだというのが我が党の見解です。

 同時に、天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、主権者である国民の多数意見がその方向で熟したときに、国民の総意によって解決されるべき問題だと考えております。もちろん、それは当面の問題ではありません。

 我が党は、日本国憲法の前文を初め、天皇条項を含む全条項を守り、特に平和的、民主的諸条項の完全実施を目指す立場であることを表明し、発言を終わります。

大畠会長 次に、渡辺浩一郎君。

渡辺(浩)委員 新党きづなの渡辺浩一郎です。

 我が党は、党を設立いたしましてからまだ日が浅く、そのため、憲法に関しても草案をつくるべく議論をしております真っ最中であり、憲法に対する大きな方向性もこれからだというのが現状でございます。そうした中、今回の天皇に関する意見表明の機会を与えられましたことは、大変了とするところであります。

 天皇を元首として憲法に明記するかどうかについてでありますが、第一条に関しては、我が党といたしましては、今の憲法の原文どおり、修正なし、つまり、天皇は元首ではあるけれども明記しない方向でいくべきだという考えが大勢でございます。

 世界各国、元首に相当する大統領、首相が存在しておりますけれども、いずれも、その国の国民が直接的、間接的に選択をしております。しかし、我が国の天皇は、国民が選択できない歴史と文化を持っています。したがって、元首としての天皇は、各国の大統領、首相と同等というのではなくて、その上に位置する、そういう意味での象徴と捉えるべきでありましょう。

 しかも、多くの日本の国民は、憲法には明記されておりませんが、我が国の元首は天皇であるという考えを意識、無意識にかかわらず持っていると考えておりますので、今申しましたように原文どおりの方が安定していると考えております。

 また、第二条以降に関しましては、今、党内で議論を深めているところでございます。

 私どもの方からは以上でございます。

大畠会長 次に、照屋寛徳君。

照屋委員 社会民主党の照屋寛徳です。

 憲法第一章の天皇制について、明文改憲の必要の有無等について意見を表明いたします。

 結論を先に述べると、社民党は、明文改憲の上、天皇を元首と憲法に明記すべきとの主張に反対であります。

 その理由は、天皇は統治権の総攬者ではなく、元首でも君主でもないからであります。明文改憲の上、天皇を元首とすることは、日本国憲法の基本理念である国民主権、民主主義、基本的人権尊重の原理に反するものであり、到底認められません。

 社民党は、現行の象徴天皇制を維持すべきと考えます。そのことが国民世論にあらわれた国民の意思とも合致するものと思います。すなわち、象徴天皇制は多くの国民の間に定着しており、明文改憲の必要はありません。

 一方、女性天皇については、世論の多くも支持しており、過去の日本史の中で女性の天皇が存在したこと、男女平等や男女共同参画社会の形成という現在の潮流にもかなうものであることなどから、社民党としても積極的に進めるべきと考えます。しかし、女性天皇の問題は皇室典範改正によって実現することで、明文改憲とはかかわりのない問題であり、そもそも憲法審査会で議論すべき問題ではございません。

 次に、宮中祭祀を国事行為に追加すべきとか、新たな天皇の公的行為に位置づけるべきだとの意見がありますが、宗教的要素の強い、皇室行為としての宮中祭祀を公的行為として位置づけることは、政教分離の原則との関連で重大な問題が発生します。

 天皇の国事行為は、内閣の助言と承認に基づく受動的かつ儀礼的なもので、天皇は国政に関する権能を有しないとする憲法第四条の規定は厳守すべきであります。天皇を政治的に利用することがあってはなりません。社民党は、明文改憲の上、これ以上に国事行為をふやし、公的行為を新たに追加することに反対です。

 国旗・国歌、元号に関する規定を憲法に設けるための明文改憲にも反対であります。

 最後に、多くの学者、研究者らの論考に基づき、沖縄選出の国会議員として一言申し上げます。

 過去をさかのぼると、沖縄は日本ではありませんでした。十三世紀の鎌倉時代に琉球王朝が成立しています。この琉球王朝は、天皇の支配下にあるわけでもなく、鎌倉幕府、室町幕府の支配下にもございませんでした。一六〇九年に薩摩藩によって武力征服され、一八七九年の琉球処分ともいうべき廃藩置県によって琉球王朝、琉球藩は消滅します。

 琉球、沖縄は、天皇制から見ますと、おくれてきた臣民であり、化外の民であり、天皇の支配に属さない、服従しない、まつろわぬ民でありました。それらを徹底的にたたき直して天皇の民にしていく皇民化政策がとられ、皇民化政策は差別と同化によって裏打ちされたものであったがゆえに、沖縄戦の悲劇と戦後のアメリカ軍占領へとつながったことをお伝えしておきます。

 くしくも、薩摩侵攻四百年、琉球処分から百三十年に当たる二〇〇九年の歴史的政権交代以降、沖縄では、歴代政権による構造的差別が県民の共通認識になっていることを申し上げて、意見表明を終わります。

大畠会長 次に、柿澤未途君。

柿澤委員 みんなの党の柿澤未途でございます。

 現行憲法の第一章の規定について検証を行うのがきょうの審査会の趣旨でありますが、そもそもこの憲法審査会は、憲法改正原案の審議を行う場として設置されたものであります。この憲法審査会において、現実に憲法改正原案が衆議院に提出をされているにもかかわらず、それを棚上げして現行憲法の章別の論点整理を進めていこうという方向性にいささかの違和感を覚えております。

 先月二十七日、衆参両院を統合し一院制国会をつくるという憲法四十二条の改正原案が、超党派議連のメンバー百二十人によって衆議院議長に既に提出されております。受理されていないというふうにも聞いておりますが、そのこと自体も含めて取り扱いを議論し、また、賛同者の法的要件を満たした上で提出された原案の問いかけるところを受けとめて、まず議論を行うのが筋ではないかと考えます。

 冒頭、まずそのことを申し上げておきます。

 さて、日本国憲法第一章についてです。

 私たちは結党三年の比較的新しい政党であり、先月二十七日、憲法改正に関する基本的考え方を発表したばかりであります。ここにおいて、第一章とのかかわりで触れているのは、天皇陛下は、日本国、国民の統合の象徴であり、日本国の元首であると明記すること、そして、国旗・国歌について憲法上明記することであります。

 天皇陛下を国家元首として明記することについては議論の分かれるところでありますが、私たちみんなの党が首相公選制を掲げていることから、公選された内閣総理大臣との関係で、国家元首が誰であるのか問題とされる場合があります。

 ヨーロッパ初め諸外国においても、名目上の君主として国家を象徴する機能を担われている国王等を国家元首としているケースが多々あり、先日、御在位六十年を迎えられた英国のエリザベス女王も、まさにそのお一人であります。仮に、国民の直接投票で首相を選んだとしても、国家元首が首相公選の結果に基づき内閣総理大臣を任命するというのは、諸外国の事例から見ても全く問題がありません。

 とはいえ、これ以上日本の国家元首が誰であるのかという点が曖昧であり続けるのは、対外的に見ても問題であると考えます。

 こうした国家の存立の基本中の基本について定まった規定や見解がないというのが、日本国憲法の最大の問題と言ってもよいと思われますので、この際、一切の疑義が今後生じないよう、憲法上、天皇陛下が国家元首であり、また同時に、日本国、国家国民の統合の象徴であるということを明記すべきであるというふうにしたものであります。

 憲法改正に関する最も重要な論点は、いかにして、この憲法を現実に、時代に即して改正するという一歩を踏み出すかにあると私たちみんなの党は考えております。このため、憲法改正規定を定める九十六条の改正を先行させるべきという立場をとっております。

 その意味からいいますと、皇室典範に規定されている男系男子等の第一章にまつわるさまざまな論点については、御皇室の将来のあり方をめぐる国民の相当なコンセンサスを得るべきものでありますので、慎重な議論を重ねた上でのものでなければなりません。第一章の条文をまず真っ先に改正するということを再優先にする立場にはないということも明らかにしておきたいというふうに思います。

 以上をもって、みんなの党の意見表明とさせていただきたいと思います。ありがとうございました。

大畠会長 これにて各会派を代表する委員の発言は終了いたしました。

    ―――――――――――――

大畠会長 次に、委員各位からの自由討議に入ります。

 この際、委員各位に申し上げます。

 発言を希望される委員は、お手元にあるネームプレートをお立ていただき、会長の指名を受けた後、発言願います。発言が終わりましたら、ネームプレートは戻していただくようにお願いいたします。

 発言は自席から着席のままで結構でございます。また、発言の際には、所属会派及び氏名をお述べいただきますようお願いいたします。

 なお、幹事会の協議によりまして、一回当たりの持ち時間は五分以内といたしたく存じます。委員各位の御協力をお願い申し上げます。

 発言時間の経過につきましては、先ほどと同じように、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。

 それでは、発言を希望される委員は、ネームプレートをお立ていただきたいと存じます。

保利委員 御指名ありがとうございます。

 自由民主党の保利耕輔でございます。

 先ほど、中谷議員から考え方について説明がありましたので重複は避けたいと思いますが、その補足をさせていただくつもりでございます。

 まず、元首の問題につきましては、この問題を議論いたしますことは、私の年代としては大変恐れ多いことだというふうにつくづく感じております。ですから、非常に慎重にやらなきゃいけないなというふうに思っております。

 それで、現行憲法の第一条、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」この基本的な考え方については、我々は大変すばらしい規定であるというふうに考えております。

 ただ、先ほど元首の話が出ましたので申し上げますが、私どもとしては、いろいろ議論をいたしましたが、明治憲法にも元首という言葉が使われておりますから、元首という言葉自体が何か俗的なものであるとは考えておりません。

 それから第二番目に、やはり元首ということで、外国に対しての立場をきちんとする。つまり、大使が信任状を奉呈されるときに、やはり日本の元首としてそれをお受けになるということは大事なことではないかなと思います。

 第三に、学校教育上、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるということをどう教えるかという問題があると思います。むしろ、元首と明確に規定した方が教えやすいのではないかということもございました。

 以上、三つの観点から元首ということを入れさせていただきましたが、実は、必ずしも多数意見ではありませんが、我が党にもこれに疑問を呈する御意見というのは確かにございました。

 それで、それについては、象徴ということで今位置づけられているということは非常に含みのあるいい表現である、場合によっては元首以上の意味を持っている言葉であるから、象徴のまま残すべきであるという御意見がありました。かなり有力な議員からそういうことがありましたことをお伝え申し上げておきたいと思います。

 それからもう一点、女性宮家の問題、さらにまた女性天皇の問題については、現在、特に女性宮家の問題について政府内で検討されておりますので、その政府内での検討というのを我々としては注視してまいりたいと思っております。

 事柄が皇室に関する問題でございますから、みんなでわいわいとやって、この皇室の問題についていろいろ議論するということについては、私の考えでいけば、もう少し控え目にして、そして政府の成り行きを見ていくべきじゃないかな、こんなふうに思っております。

 以上、二点について補足をさせていただきました。ありがとうございました。

緒方委員 民主党、緒方林太郎でございます。

 元首と呼ぶかどうかという話でありますが、個人的にはどちらでもいいんじゃないかというふうに、書いても書かなくてもいいのではないかと思います。実態的に元首的機能を有しておられるということがわかるのであれば、それは必ずしも、元首と明確に書くかどうかということは二次的なのではないか。フランス憲法には元首という言葉が出てきません。実態的に元首という機能を有していることがわかる状況でありまして、それはそれで一つのやり方なのではないかと思います。

 それをあえて申し上げた上でいえば、ただし、元首的機能を天皇陛下がお持ちであるということを否定するような議論というのはあり得ないし、成立しないというふうに私は思います。

 これは、実際に現在国事行為として行っておられる行為から見ても、さらに言えば、諸外国とのカウンターパート関係を見ても、例えばエリザベス女王、アメリカでいえばオバマ大統領、フランスでいえばフランソワ・オランド大統領、そしてロシアでプーチン大統領、韓国で李明博大統領、中国で胡錦濤主席といった方々と天皇陛下がカウンターパート関係にあるということは事実であります。

 そういうふうに考えると、それぞれの国において、今述べた方々は国家元首と位置づけられているわけでありまして、日本が、天皇陛下は実は国家元首かどうかよくわかりませんというような議論というのは、諸外国との関係でも成立し得ないというふうに思います。

 そして、いろいろ政治的な権限との関係ということを述べられる方がおりますが、国家元首と政治的な権限というのがどういう関係にあるかというのは、それぞれの国の政治体制によって全然違うわけであります。

 君主制をとっている、例えばイギリスやスペイン、こういった国においては、国家元首ではあるけれども政治的権限を有しないし、国家元首であるけれども、世襲制ではない大統領ではあるけれども政治的な権限を有しない、例えばドイツ、イタリア、こういったところの大統領のケースもあるでしょうし、フランスや韓国のように大統領が政治的な権限を持つ国もあるでしょうし、もっと言うと、首相が存在しない国、アメリカとかラテンアメリカの国、こういった国々。

 こういったふうに、憲法でどういうふうに政治的権限が割り振られているかというのはその国のそれぞれの事項でありますので、政治的権限の話と天皇陛下の国家元首としての機能というのを混同して考えることは間違っていると思いますし、そういう意味で、例えば元首と呼ぶことが民主主義に反するとか国民主権に反するとか、そういった議論というのはそもそも妥当しないというふうに思います。

 そして、先ほどから国事行為についてお話がありました。

 虚心坦懐に憲法を読めば、憲法第四条において、天皇陛下は、「この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、」と書いてあり、そして、その国事行為が第七条に書いてあるということでありますが、例えば諸外国のお客様と会うとかいった行為というのがこの中に書いてない。本当に虚心坦懐に読めば、これは国事行為じゃないじゃないか、国事行為でない行為を行っているじゃないかというふうに読めるわけでありまして、ここは、準国事行為とか公的行為とかいろいろなカテゴライズをして学術的に研究しておられる方がおられますが、私はどれでもいいと思いますけれども、そういった行為を憲法の中にきちんと位置づけることはあっていいのではないかというふうに思います。

 そして最後に、これまで出てきていない議論なんですが、一つだけ申し上げさせていただきたいのが、憲法第七条の三号「衆議院を解散すること。」と。我々もあと一年数カ月の間には、憲法に基づく衆議院の解散なのか任期満了なのかわかりませんが、あのときに国会議長は、日本国憲法第七条により、衆議院を解散すると述べられるわけですけれども、この国事行為の憲法第七条三号の規定だけをもって、解散する権限を、総理がそれを発議し、そして解散するというのが本当に適当なのかというのは、国事行為のところの議論でなく、もしかしたら行政や立法のところで議論すべきことかもしれませんが、この条項だけをもって首相が解散する権限を持ち、そして解散が行われるというのは若干違和感があるということを一つ述べさせていただきまして、私の発言を終えさせていただきます。

 ありがとうございました。

近藤(三)委員 大畠会長、発言の機会を与えていただきまして、ありがとうございます。

 天皇陛下は、私たち日本国民にとって、国家の姿として、国民統合のあらわれとして、尊崇する、仰ぎ見る御存在と私は考えております。

 天皇陛下は、日本国の元首として大変多彩な御活動をなされておられます。しかし、日本国憲法では天皇陛下は象徴と定められ、大日本帝国憲法のように元首とは定められていません。私は、憲法解釈によるのではなく、憲法改正し、天皇陛下を我が国の元首とすべきであると考えております。憲法にきちんと定めることにより、国際的にも天皇陛下が日本国の元首であることがより一層明らかになると考えます。

 そこで、冒頭御説明いただきました衆議院法制局の橘部長に質問させていただきます。

 天皇陛下が日本国の元首であることについて、これまで国会でどのような議論があったのか、お答えいただける範囲で結構です、お聞かせください。

橘法制局参事 近藤先生、御質問ありがとうございます。手持ち資料の範囲内でお答え申し上げさせていただきたいと存じます。

 冒頭の論点説明では、元首の定義に関しまして、一般に、外交を通じて国を代表し、行政権の全部または一部を有するような、そういう国家機関であることと従来考えられてきたことに鑑みまして、国政に関する一切の権能を有しない、そういう天皇は元首ではないとする見解について言及させていただきました。

 御質問の御趣旨は、このような伝統的な、法的な元首概念を前提として、内閣法制局を初めとする政府などがこの国会において天皇を元首として認めてきたのかどうか、そういう御趣旨の御質問であると存じました。

 これにつきましては、詳細資料、衆憲資七十六号の五ページにおきまして、第百十三回国会、昭和六十三年の参議院の内閣委員会の、当時の内閣法制局第一部長の御答弁を紹介してございますけれども、手持ちに、より直近の、本院、衆議院での御議論ですと、平成十三年五月十五日の衆議院予算委員会での御質問を重複ないように御紹介させていただきたいと存じます。

 社民党の横光先生が、当時の小泉首相、そして津野内閣法制局長官に、我が国の元首は誰ですか、このように問うているのでございます。それに対して、津野内閣法制局長官は端的に次のように述べておられます。

 天皇が元首であるかどうかは、要するに元首の定義いかんだろうというふうに思われるわけでありますけれども、かつて帝国憲法におきましては、元首とは内治外交の全てを通じて国を代表し、行政権を掌握している存在であるということで、帝国憲法上は天皇が元首であることも明記されておりました。しかし、現憲法下では、そういった定義の上から見れば、天皇を元首というわけにはまいらないわけでございます。ただ、今日では、実質的な国家統治の大権を持たなくても、国家におけるいわゆるヘッドの地位にある者を元首と見る見解も有力になってきているわけでございまして、この定義によるならば、天皇は国の象徴でございまして、さらに、一部ではございますけれども、外交関係におきまして国を代表しているという面もございますので、現行憲法下においても元首であると言ってもいいであろうというふうに考えております。このように述べておられます。

 私などが要約するのは大変僣越でありますが、要するに、従来からの伝統的な元首概念に照らせば、確かに天皇は元首ではない、しかし、元首概念は多義的であり、実質的な権能を持たなくても、単に国家におけるヘッドの地位にある者、こういう元首概念によれば、天皇は十分に元首である、このように言っておられるかと存じます。

古屋(圭)委員 自由民主党の古屋圭司でございます。

 冒頭に、先ほど柿澤委員からも御指摘がありましたように、私も、憲法九十六条の改正というものが国民の憲法論議を喚起するには極めて適切な中身だ、内容だというふうに思っております。

 確かに、この委員会で全章をやるという大変チャレンジングなことに挑戦をされる、私は心から敬意を表したいというふうに思いますが、一方では、現実的な憲法改正という視点、あるいは憲法改正しないのかという視点に立ったときに、この九十六条というものは重要な役割を果たしていくのではないかなということを私は冒頭指摘させていただきます。

 さて、我々は、自民党は、四月二十八日に憲法草案を出しました。主権回復したのが昭和二十七年の四月二十八日でありまして、ちょうど六十年ということで出しましたけれども、七年間、日本が占領政策をされている間に大きく変わったのが、このいわば天皇に関する取り扱いだというふうに思います。

 三つの視点があると思います。一つは、まず、法的、政治的な側面。二つ目が経済的な側面。三つ目が精神的な側面ということだというふうに思います。

 特に、最初の政治的側面については、今元首のことがいろいろ言われておりますけれども、どの国にも、明文規定のあるなしにかかわらず、明確に元首が定められていて、また存在をしています。日本では、天皇が元首であるとか、衆議院議長が元首だとか、内閣総理大臣が元首だとか、あるいは集合体としての内閣が元首とか、いろいろな議論がありますが、明確な定義はありません。

 私は、そういう意味で、元首というものを憲法に記述するという重要性は、極めて大切だというふうに思っています。

 元首でないゆえに、ちょっと具体的に、こんな例を指摘させていただきたいと思います。

 天皇陛下が外国を訪問された場合、陛下は外国の元首に案内をされて軍隊の儀仗を受けますね。一方、外国の元首が日本を訪問した場合は自衛隊の儀仗を受けるわけですけれども、そのときの案内役は自衛隊の先導将校になりまして、陛下は横の方にぽつんとお座りになって見ておられる。これは元首かどうかということが曖昧なためであるというふうに思われまして、これが非常に、ちょっと奇異な現象であるというふうに思います。

 それからもう一つ、天皇陛下の国事行為は、国事行為が十項目、それ以外は私的行為ということでありますから、例えば国民体育大会とか戦没者の追悼式あるいは園遊会、これは私的行為ですけれども、政府の方は象徴としての公的行為ということで解釈でしのいで対応しております。

 例えば、外交官の接受というのは、憲法でも規定されていますから、これは国事行為なんですけれども、外国元首のおもてなしは、これはいわば、今政府が言っている象徴としての公的行為の範囲に入りますので。すなわち、外交官の方は憲法に明文規定があるけれども、一方では、元首の方は解釈でしのいでいる。象徴としての公的行為は、国事行為よりも格が下がるわけでありまして、そういう意味でも整合性の問題というのはあるのかなという気がいたします。

 それから、二点目の経済的側面ということから指摘をさせていただきたいというふうに思います。

 それは、八条によって、皇室に財産を譲り渡したりするには国会の議決に基づかなければならないということで、財産の譲り渡しだとかあるいは与えたりするというのは、こうやってここまで規定されているというのは、かつての禁治産者と同じような状況でございましょうし、余りにも煩わしいということで、皇室経済法によって、上限が六百万円、それから下付できる金額が千八百万円ということで決まっておりますけれども、これは、ないよりはましですけれども、全然桁が違うのではないか。

 あるいは、昭和天皇が崩御されたときに十八億六千万円が相続税の課税対象になったそうでありますが、正式な公表はないですけれども、恐らく大体四億三千万円ぐらいが納税をされたのではないか、こういうふうに言われております。これは余りにも、納税義務だけが一般国民と同じというのはちょっとおかしいのではないかということです。

 そこで、我々は、今度の我々の憲法改正草案にもありますように、こういった問題を解消するために、六条の五項において、「国又は地方自治体その他の公共団体が主催する式典への出席その他の公的な行為を行う。」こういう規定をさせていただいたり、あるいは第八条で、「法律で定める場合を除き、国会の承認を経なければならない。」こういう規定をさせていただいたということで、この整合性をとれるように我々は提案をさせていただいているということを指摘させていただきます。

 以上です。

山花委員 民主党・無所属クラブの山花郁夫でございます。

 先ほど柿澤委員から、首相公選制と天皇の任命は全く矛盾がないという話がございました。ちょっと欠席裁判になってしまって残念ですけれども、外国の例を挙げられておりましたけれども、私は、比較政治の話をしているわけではなくて、日本国憲法の解釈としておかしいのではないかということを申し上げているわけです。

 つまり、第六条で、内閣総理大臣がなぜ天皇によって任命をされるのか、あと、最高裁の長たる裁判官についても内閣が指名して天皇が任命するというこの構造はどういうことかといえば、行政権そして司法権のトップを決めるときに、あくまでも、間接選挙であったり内閣というところが指名したものであるがゆえに、だからこそ、日本国民統合の象徴であり日本国の象徴である天皇というものが任命をするのだという擬制、フィクションをあえて使っているわけです。

 そうだとすると、直接公選をされた人をあえてフィクションを使って任命するという構造というのは本来あり得ない話でありまして、それは日本国憲法の話をしているのであって、外国でどういう例があるという話とは全く、それをもって大丈夫だと言われても私には理解できないという意味で、首相公選の議論をされるに際して第六条のことを提起されないというのは、いささか難しいことは避けているのかなというような印象を持つということで、違和感があるということを申し上げた次第でございます。

 以上です。

柴山委員 会長、御指名ありがとうございます。

 まず、冒頭、この憲法審査会で各党の改正憲法草案を取り上げるべきかどうかということについては、山花幹事からは、そういった草案を出すよりは各党で議論をするべきだというお話がありました。また、赤松幹事からは、従として取り上げるのはよろしいのではないかという御説明がありました。

 ただ、もし、こういった草案をこの場で提起することがなければ、やはり憲法の具体的な見直しというものにはドライブがかからないのではないかというように思います。現に、私たち自民党がこの改正憲法草案をこういう形でお示しすることによって、批判も含めて、議論がオープンに憲法審査会という形で展開をされるのだと思いますし、また、先ほど緒方委員の方からも御指摘があったように、元首というワーディングを使うことが、若干誤解が生じているのではないかということも、こういったオープンな議論を通じて明らかになってくるというように思いますので、ぜひ御理解を賜りたいというのがまず第一点目でございます。

 元首制度については、私から繰り返すことはいたしませんけれども、今申し上げたように、元首とすることが、天皇の統治権の総攬者の復活を意味するということは全くの誤解であるということを私からも強調させていただきたいと思いますし、外交的な配慮も含めて、やはり、元首についていろいろと争いがあったり、あるいは儀礼上混乱が生じたりということは避けなければいけないということを申し上げたいと思います。

 続きまして、天皇の公的行為についてですけれども、自民党の改正草案ではこれを明文化いたしておりますけれども、ただ、その一方で、その公的行為の範囲がどんどん広がって、それに対して内閣等を通じた民主的コントロールが及ばなくなってしまうのではないかという懸念は、これはやはり共有する部分でもありますので、その公的行為の枠づけ、あるいはどういう形でそれに民主的コントロールを及ぼしていくかということについては、国会等を通じて議論をしていくべきだと思っております。

 特に、被災地への天皇陛下の御訪問等、最近、天皇陛下の御公務が非常に多忙をきわめているという実態がありますので、これは早急に整理が必要ではないかというように思っております。

 続きまして、皇位継承の問題なんですけれども、これについても、きちんとオープンに議論をし、そして、憲法の理念との関係、男女平等原則との関係も含めて突っ込んだ議論をしていくということが必要だと私も考えております。内閣官房長官が、女性天皇と女系天皇の区別を聞かれて国会答弁でしどろもどろになってしまうという事態は、これは私は極めて遺憾でありまして、しっかりとした、概念の混同、混乱がないような形でオープンに議論をしていく必要があるということを意見として申し上げたいというように思っております。

 以上でございます。

辻委員 民主党衆議院議員の辻惠でございます。

 まず、憲法審査会の役割というのをどう考えるべきかということでありますけれども、憲法改正原案を各党がまちまちにそれぞれ提案して議論をするというのが憲法審査会の役割かといえば、そうではない。今の憲法状況、日本の憲法をめぐる状況がどういう状況にあるのかという問題点を具体的にいろいろ検討する必要はあるということだろうと思います。

 前回の国会での議論以降にも、東北の大震災とか、やはり日本の社会のありようにおいて検討しなければならないいろいろな問題が出てきているわけでありますから、まずそういう現状をきちっと知るというところを出発点にすべきだろうというふうに私は思います。

 その上で、憲法は国の基本法であります。なぜ、欽定憲法か民定憲法か、明治憲法から日本国憲法に八月革命説というのがとられていて、その形式的な連続性を法的に説明しようという努力が過去になされてきたのかということを考えたときに、やはり国の基本法というところをしっかりともう一回考え直さなければいけないし、とりわけ八月革命説で言われているのは、戦前の国民主権ではない国家体制から国民主権主義の国家体制に変わったというところ、これが今の日本国憲法の出発点であって、だからこそ根本規範というものが憲法改正の限界だということで、これは学説的にも定着している、実務的にもそれには余り異論がないところだろうというふうに思います。この点を踏まえないと、元首論みたいなことを安易に持ち出して国民主権主義を否定するような傾向に話を持っていこうというのは、これは論外であろうと私は思うわけであります。

 そもそも、社会において法の役割とは何なのか。法は上部構造でありますから、社会的な実情に応じて、法が社会のルールとしての、規範として役割を果たすべき場合に法の改正とかが問題になるわけであって、したがって立法目的や立法事実ということが厳密に検討されなければいけないわけであります。

 憲法の第一章において、立法目的、立法事実で何か今考えなきゃいけない問題はあるかというと、象徴天皇制はそれとして定着しているわけでありますから、何らこれを取り上げて議論する必要性は存在しないというふうに思いますし、憲法状況全体を見回しても、私は、具体的に今憲法改正を前提にして議論しなければいけない問題はないというふうに思っております。

 とりあえず、以上です。

辻元委員 私も、この憲法審査会の役割は何かという共通認識をまず皆さんで議論していくべきだと思っております。

 これは、例えば各党や各個人の考えやイデオロギーを反映した憲法をつくりたいという場ではないと考えております。憲法は国民のものという、これは皆さんで共通認識があると思うんです。ですから、国民の皆様の中から、憲法のここは変えてもらわないと困るとか、ここは変えた方がいいよという声が多数上がった点について、それではどうであるかというように、やはり国民の中から沸き起こる声を取り上げて憲法を論じるべきであるというように私は考えております。そういう意味で、各党の憲法改正、うちの党はこうした方がいいということを吟味する場ではないと私は認識しております。

 そうするのであれば、例えば先ほど自民党の草案みたいなものを例にされましたけれども、その中で「国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする。」というふうに憲法に書こうという御提案です。これは今、裁判でも、内心の自由との関係でさまざま論議が起こっている案件であります。それは、党の中で、では内心の自由との関係でどういうように整合性を持たせるのかということを御議論なさるのは結構ですが、ここでこの議論をしよう、これを案にしてしようと全く思いません。

 というように、各党がされるのは自由ですけれども、国民の皆様から、ここを変えてもらわないと、実生活であったり社会生活で困るという点を取り上げるべきだと思っております。

 それと、憲法の改正規定の九十六条についての御意見もございました。

 これはこの憲法の特徴であると思います。というのは、多数の横暴を許さないという仕組みでこの憲法はつくられてきました。三分の二の規定がございます。これは、二分の一では変えないという意味は何なのかというところを吟味すべきだと思います。特に今、政権交代時代で、二分の一で多数をとる、政治的な会派であったり集団が入れかわる時代です。そうすると、そういう政治的な政権交代みたいなものが起こるたびに、これは前からも申し上げておりますが、多数をとったところが、憲法という、国の基本である、礎であるものを変えられるという状況をつくるのはよくないと私は思っております。

 そういう意味において、安易に九十六条を変えるということにも慎重であるべきではないかというような基本的な認識のもとで議論をしていかないと、話が拡散していくというか、何をこの審査会でやっていくのかということがわからないまま意見を言うということになりかねないという危惧を持っております。

 以上です。

保利委員 再度の発言をお許しいただいて、ありがとうございます。

 今お話がありましたが、現行憲法の問題点をいろいろ議論していこうじゃないかということは結構です。結構ですが、現在、国民投票法という法律が既に施行されているという状況の中で、やはり具体的な案というのをつくっていくことが必要だと思うんです。

 したがって、現行憲法の問題点は何があるかというのは各党内でかなり議論をしておいていただいて、現行憲法の問題点がもしあれば、それに対する改正案をつくって国会に提出するという状況になっているわけなので、それはひとつ党内でいろいろ御議論をいただいて、そして一つにまとめて国会に提出していただくことが望ましいのかな、私はそういうふうに思っております。

 それからもう一つ、先ほど、申しおくれてしまったんですが、元首の問題については、我が党の立場は申し上げたとおりでありますが、非常にお話がしにくいんですけれども、私が耳にしたこと、誰がどう言ったということではありませんし、またその証拠も出す力はございませんが、国民統合の象徴って何ということを子供が聞いたときに、学校の先生が、さあね、それはお飾りのようなものねという答えをしたということを仄聞しておりまして。証拠は別にあるわけではありません。

 そんな話があって、お飾りというのは、確かに、なるほど、うまい言い方はしているんだなと思いますけれども、大変失礼な、また国にとってあるべきことなのかどうかという観点から、やはり元首という形で明確にした方がいいのではないかという観点で私どもの案をつくったということを申し上げておきたいと思います。

 以上でございます。ありがとうございました。

笠井委員 今、討議の中でもあったんですが、きょうは第一回目ということで、第一章を実際にこういう形で検証をやってみてということですが、私自身も冒頭で、検証とは何かというのが問われているということについて申し上げて、また、与野党の委員の中からもそれに関連していろいろな御意見があったと思いますので、これはぜひ幹事会でも、今後の進め方ということで、やはり実際やってみてのことがありますから、よく検討するし、各党の中でも検討し、どういう検証をすべきかということについてはやっていく必要があるなということを改めて感じましたので、その点を一つ申し上げたいと思います。

 もう一つ、あわせてですが、先ほど来、国旗・国歌などについて言及した発言もあり、また、そういうことについての意見もあったのであれですが、一九九九年の通常国会で国旗・国歌法案が審議された際に、私もちょうど参議院で特別委員会の理事をやっていまして、審議にもずっと参加してきたわけですが、我が党は、当時、通常国会で最終盤になって慌ただしく出された政府の法制化の提案に反対して、二つの点を言いました。

 一つは、日の丸・君が代というのは、主権在民の原則に反して、侵略戦争の歴史に重なるという重大な問題点を抱えているということ、それを国旗・国歌とすることは反対であるということと、それから、国旗・国歌は、今の日本にふさわしい国旗・国歌は何かについて十分な国民的討論を行って、国民の合意を得て制定すべきものであるということを言いました。

 もう一つは、国旗・国歌が公式に決まった場合でも、それは国として公的な行事に使うことが認められるということであって、国民にも教育の現場にも強制されるべきものではないということを言ったわけです。

 実際、憲法との関係でいいますと、やはり検証ということにかかわると思うんですが、当時の立法趣旨も附帯決議も、それから当時の自民党政府自身も、押しつけないという言明を繰り返しされたわけですよね。小渕総理も言われましたし、野中官房長官も、それから有馬文部大臣も、子供に国旗・国歌を強制はしない、内心の自由はある、教職員がそれに従って行動するのはやむを得ないという答弁を繰り返しされていたわけです。

 問題は、そうした審議の経過あるいは立法趣旨との関係があったにもかかわらず、その後、教育の現場でやはり君が代、それから日の丸が押しつけられているということであって、口元までチェックされたり、それが原因で懲戒免職になるというような異常な事態がある。だから、憲法の諸原則に反するそうした実態こそ変えるべきだというのを、この検証とのかかわりでは申し上げておきたいと思います。

 以上です。

赤松(正)委員 若干蛇足かなという感じもするんですが、先ほど来交わされているこの憲法審査会の進め方について、幾つかの意見が出たのを踏まえて、若干改めて申し上げさせていただきたいと思います。

 先ほど来出たお話の中で、私は、辻委員が言われたことと全く同じだと思うんです。今の憲法状況を具体的に検討するというのがこの場でありまして、先ほど主と従というニュアンスで申し上げましたのは、主たる議論のテーマが、今の憲法が、現行憲法がどのように展開されているのか、行政がどのように展開して、どのような不都合が起きているのか、起きていないのか、ここに主眼を置くということが第一であるということを申し上げました。

 これは、各党の憲法との距離感というか、今日までの議論を進められた経緯と深くかかわっているので、党是として憲法改正を掲げて今日まで来られた自由民主党の皆さんにとってみれば、現行憲法の展開状況なんというものについて意見を述べるというのはちょっと、またそんなことをやるのという感じがあるのかなという気がするんですが、それは、ぜひとも腰を落としていただいて、仮にそういう新しい、自分たちの考える憲法改正草案というものを頭の中に置いておいていただいて、要するに、今の憲法の展開状況と具体的な行政のありようというもののギャップがあるということから、やはり皆さんの考えておられるような方向に持っていかざるを得ないじゃないかということに結論としてなるような形の議論の展開が望ましいんじゃないのかと。あえてそういう突っ込んだ形まで言うのもどうかと思いますけれども、そういう姿、形じゃないのかなという感じがすると思います。

 笠井委員の方からも、具体の検証のありようということの提起があって、幹事会でやろうという話もありますので、そういうことも含めていろいろと、手探りの部分もあって、こういう審査会はともかくやってみなきゃわからないんだからやってみようという話もあって、だめだったらやめようなんてことを言う人も一部にはいるんですけれども……(発言する者あり)やめましょうなんという声もありますが、そういうことではなくて、しっかりと知恵を振り絞って、ある意味、表現が適当かどうか私もわかりませんが、今、中谷先生が発言をしようとされていますが、一周おくれ、二周おくれ、三周おくれ、逆に言えば、一周、二周、三周進んでいるのと、おくれているのとという表現がふさわしいかどうかは別にして、あたかもそういうふうな状況があるということは言えるんじゃないかと思います。

 そして、もう一点、九十六条についてのお話が何人かの皆さんからありました。

 私も、かつて、真っ先に改正すべきは九十六条だと思った時期がございました。しかし、今、小選挙区比例代表並立制という選挙制度が導入されて、現実にここ数回の選挙の実態を見ていると、いささかちょっと違うなと。先ほど辻元さんから九十六条の位置づけという話がありましたけれども、私もそれに似通った思いを持っておりまして、ちょっと今は違っていると。ですから、三分の二というのが非常にむしろ現実的だなという思いがいたしております。余り生々しいことを言うべきではないんでしょうけれども、今のような二回の選挙の結果を見て、ある種憲法改正のハードルは極めて低くなったという見方もできます。

 そういう量的な面と、もう一つ、これはなかなか言いづらいことですが、質的な面で、自分も含めて、今、日本国、衆議院、国会に籍を置いている身としていささか、この大事な憲法を変えるということについて、仮に二分の一なんということは、非常にやはり粗雑な形で行われるのではないのか。もっともっと質の高い政治家と、そして議論の中身、そういうものが今ほど求められているときはない。そういう意味で、九十六条の三分の二というのは決して高過ぎる、かた過ぎるということでは必ずしもないんじゃないかということを申し上げさせていただいて、終わります。

古屋(圭)委員 先ほど保利幹事の方からも指摘があった点ですが、まず国民投票法についてお話をさせていただきたいと思います。

 既にこの審査会でも、国民投票法の三つの宿題について一応の議論がなされました。国会の不作為と言われて久しいわけであります。やはりこの三つの宿題をできるだけ早く解決させる、これはこの憲法審査会の喫緊かつ重要な役割であろう、こういうふうに私は思っておりますので、会長を初め幹事の皆様方におかれましては、小異を捨てて大同につく、この気持ちで、ぜひこの三つの宿題を速やかに片づけて国民投票法を完成形にしていただきたいということをまず御指摘申し上げます。

 それからもう一点、九十六条のことについていろいろ議論が出ておりますが、過半数は民主主義の原則であります。しかし、同時に、私どもが主張しているのは、硬性憲法としての性質は守るということであります。国民投票に付して、その過半数の賛成がなければやれないというのが、我々の考えている九十六条の改正の姿であります。

 要するに、今まで国民が主体的に憲法改正の可否について参画する機会がありませんでした。それはいろいろな場で、例えばテレビであるとか街頭で言う場はありますけれども、主体的に参加をするというのは、投票行為を通じて初めてそれが実現できるわけでありますので、この国民投票という形で参加をしていただく。これなら、護憲を主張される方、憲法改正は絶対反対であるという方も、反対ができないはずであります。

 しっかりその主張を訴えて、国民の皆様にその主張が通れば過半数はいかないでしょうし、一方では、確かに今こういった現行憲法の問題点があるねということならば、この国民投票で過半数を得ることができるだろう。極めて民主的だというふうに思っておりまして、その辺は誤解のなきようにお願いを申し上げたい。

 この二点、指摘させていただきました。

 以上です。

緒方委員 済みません、二回目、ありがとうございます。

 先ほどから議論を聞いておりまして、天皇陛下の存在であるとか、あとは国旗・国歌の話も出てまいりました。

 いつも話を聞いていて議論に誤解があるのではないかと思うのは、その時々の政権が好きか嫌いかというのと日本国が好きか嫌いかというのは全然別の問題でありまして、ともすれば、今の日本という国が、例えばこういう政策をとってこういうふうに歩んでいることがけしからぬということと、それと何かこの議論というのを混同するかのような議論が散見されることは非常に残念だなと思います。

 天皇陛下は、まさに日本国の象徴であり国民統合のということで書いてありますし、国旗・国歌というものも、別にその時々の政治とかそういうものと関係なく、我々が住むこの日本の大地であるとか自然であるとか、そういった日本国全体を捉えているものというので、正直に申し上げれば、私は、国歌とか国旗に関して内心の自由というのは、本当にそれと整合的に、内心の自由に反するから国旗・国歌を尊重しなくていいとかなんとか、そういう議論というのは本当に成立し得るのかなというのは、日本人として、この日本に生まれた日本人として疑問を持つということは一言述べさせていただきたいと思います。

 あと、九十六条の話ですけれども、九十六条を改正した上でさらに憲法を改正していくというのは、ともすれば、憲法九十六条を改正してハードルを下げた上で憲法を全部改正しちゃうみたいなことができるようになるわけでありまして、憲法に内在された価値観だと思うんですね、憲法九十六条というのは。憲法九十六条の非常に厳しい改憲規定というのは、これは、憲法を制定するときの基礎的な、基本的な価値観の一つを構成すると思っておりまして、そもそも、それを改正するという行為は、今の憲法の全体のストラクチャーを大きく損なうというふうに私は思います。

 そういうことですので、憲法を制定するという行為と憲法を改正するという行為は分けて考える必要があると思っておりまして、憲法を制定する行為を憲法を改正する行為で全部乗り越えてしまうことができるかというと、私は、憲法を制定するという行為を乗り越えることには一定の限界があるだろう、九十六条を改正して憲法を改正していくという行為はその中に含まれるのではないかというふうに思います。

 二度目の発言、ありがとうございました。

辻委員 再度の発言の機会、ありがとうございます。

 やはり、この場で議論する場合に、私は三つの整理が必要だろうというふうに思います。

 一つは憲法審査会の役割ということであって、これは、憲法改正を前提とするものでもなく、憲法改正の是非を議論するものでもなく、今の日本の憲法をめぐる社会状況がどうなっているのかということを、いろいろな側面においてそれを取り上げて、状況について議論をするというのがこの憲法審査会の役割であろう、これが一点です。

 それから、日本国憲法というのは国の基本法だということが忘れられてはならない。だからこそ、硬性憲法という形に今なっているというふうに思いますし、その根本規範というのは何なのかということが、国民主権主義というのが三本の原理のうちの一つなわけですから、その基本法は、あくまでも前提にした議論でなければだめなんだ。憲法が国の基本法だということが忘れられて、あれやこれや何か条文をいじくるような議論が出てきているというのは、これは遺憾であると私は思います。

 三点目は、法と社会の関係の問題です。

 私はやはり、法律で必ず立法目的と立法事実が何なのかということが議論されるように、社会がどういう状況であって、それに対してどういう法律の規制なり、制定が望ましいのか、これは、政権政党がかわることによって、ある意味社会に対するイメージが違いますから、国民の生活が第一という観点に立てば、環境や人権やいろいろなものに焦点を当てて立法目的なり立法事実を整理していくということで、その政党らしい法案が提案されるべきだというふうに思います。また、逆の立場からは違うような社会のイメージがあって、それに即応する立法目的、立法事実ということで、そこで議論の突き合わせになるだろうというふうに思います。

 だから、これは、国の基本法である憲法において、政権交代したからくるくる変わっていいという問題ではない。さっき申し上げたように、基本法だということを前提にしてそのことが整理されなきゃいけないんだ、一般の法律と憲法とは違う議論だということを申し上げたい。

 とりわけ、法はある意味で、刑事法は特に謙抑的であらなければならないというふうに思いますし、社会に即応して法が制定されるものであって、上部構造である法を変えることによって社会を変えていくという逆のベクトルで議論をするとすれば、今定着している、みんなが生活している現実の社会の中で何が本当に具体的に必要なのかということが議論されるべきであって、法を変えることによって社会を変えていくというのは、これは発想が逆転をしているということで、やはりそれは誤った手法であろうというこの点についても、三番目にきちっと前提にすべき議論ではないかということを申し上げておきたいと思います。

 以上です。

中谷委員 これからの議論の進め方等についても御意見を拝聴しておるんですが、その中で、現行憲法について国民が議論を求めていないとか、そういう必要性はないんじゃないかという御意見もございます。

 しかし、法治国家でありますし、国民主権でもありますので、国民が現在の国の基本法についてどう考えて、そして、その内容についても、賛成でも反対でも、それぞれ意見があって、それを国会の場で述べるというのは当然のことでありまして、やはり我々としましては、現行憲法の議論にタブーがあってはいけないと思うんですね。

 憲法がどうあるべきなのか、賛成、反対、両方の見地で議論を深めていって、その結果、どうしようということが出てくるわけでございますので、六十五年間全く国の基本法が改正されていないという事実、これはかなり、現実と条文の間の乖離、それから今の時代の要請についての不都合が放置されたままの状態でありまして、その結果、各党で議論されていますけれども、我が党として議論した結果、こういう点をこう変えるべきだということをまとめることができた段階であります。

 ちょうどきょうの議論、これからの議論も、明文改憲が必要であるのか、それとも立法措置でいいのか、いずれも必要ないという、各条項において分類をしてみてはどうかということでございますので、この分類に従って、現行憲法を見た上でこうだということを意見として述べさせていただいているわけでありますので、やはり、これからもできるだけオープンに、タブーなく、憲法の内容についてこの審査会で議論すべきではないかなというふうに思っております。

照屋委員 憲法は紛れもなく最高法規であります。それで、最高法規である憲法のもとに憲法法体系がつくられておるわけであります。

 きょうからこの審査会で各章、各条文ごとの議論が始まりましたけれども、私は、冒頭申し上げましたように、また、この間の憲法審査会の場でも意見を表明しましたが、私ども社民党は、明文改憲の必要は今毛頭ないという立場でございます。

 この憲法審査会にたった一人、社民党、そしてしかも沖縄選出の国会議員として申し上げたいことは、私ども沖縄県民は、かつてあの沖縄戦で悲惨な目に遭い、その後にアメリカの軍事支配も経験いたしました。その中で、全く憲法が適用されない、基本的人権も政治的な自由や権利もない、そういう無憲法下の状況にありました。そして、ことし、去る五月十五日に復帰四十周年を迎えましたが、さて、県民にとって、一九七二年五月十五日に復帰して以来四十年間はどういう状況にあったかというと、憲法は適用されるようになったけれども、憲法の理念、精神というのは私たち沖縄県民には全く届かない、反憲法的な状況で今なお苦しんでおるわけです。

 だから、私は、審査会で各章、各条文ごとの議論をすることはいいけれども、それは決して改憲を前提とするものではないということを、くどいようですけれども申し上げておきたいと思いますし、同時に、きょうの議論の前提もそうでございますが、なぜ大日本帝国憲法から今の平和憲法に変わったのか、そして現行平和憲法の理念というのをやはり私は現実に照らして真摯に見詰めていくのが国会議員の責務ではなかろうかと思います。

 以上です。

大畠会長 ほかに御意見を希望の方はおられないでしょうか。

 それでは、発言も尽きたようでございますので、これにて各委員からの意見表明等を含む自由討議は終了いたしました。

 次回は、来る三十一日木曜日審査会を開催することとし、詳細は公報にてお知らせをいたします。

 本日は、これにて散会いたします。

    午前十時四十八分散会


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