衆議院

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第7号 平成26年6月5日(木曜日)

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平成二十六年六月五日(木曜日)

    午前九時開議

 出席委員

   委員長 森  英介君

   理事 塩崎 恭久君 理事 鈴木 馨祐君

   理事 鈴木 淳司君 理事 宮下 一郎君

   理事 山際大志郎君 理事 中川 正春君

   理事 足立 康史君 理事 江田 康幸君

      今枝宗一郎君    大島 理森君

      鬼木  誠君    川田  隆君

      菅家 一郎君    菅野さちこ君

      北村 茂男君    佐々木 紀君

      齋藤  健君    白石  徹君

      新谷 正義君    武村 展英君

      中村 裕之君    丹羽 秀樹君

      額賀福志郎君    細田 健一君

      細田 博之君    宮澤 博行君

      簗  和生君    湯川 一行君

      吉野 正芳君    渡辺 孝一君

      荒井  聰君    生方 幸夫君

      辻元 清美君    寺島 義幸君

      吉田  泉君    小熊 慎司君

      木下 智彦君    西田  譲君

      中野 洋昌君    山内 康一君

      椎名  毅君    笠井  亮君

      畑  浩治君

    …………………………………

   参考人

   (東京大学大学院工学系研究科教授)        岡本 孝司君

   参考人

   (前福島県知事)     佐藤榮佐久君

   参考人

   (福島県南相馬市長)   桜井 勝延君

   参考人

   (東京大学公共政策大学院特任准教授)       松浦 正浩君

   衆議院調査局原子力問題調査特別調査室長      仲川 勝裕君

    ―――――――――――――

委員の異動

六月五日

 辞任         補欠選任

  うえの賢一郎君    武村 展英君

  北村 茂男君     吉野 正芳君

  白石  徹君     今枝宗一郎君

  馬淵 澄夫君     寺島 義幸君

  玉城デニー君     畑  浩治君

同日

 辞任         補欠選任

  今枝宗一郎君     白石  徹君

  武村 展英君     鬼木  誠君

  吉野 正芳君     北村 茂男君

  寺島 義幸君     吉田  泉君

  畑  浩治君     玉城デニー君

同日

 辞任         補欠選任

  鬼木  誠君     湯川 一行君

  吉田  泉君     馬淵 澄夫君

同日

 辞任         補欠選任

  湯川 一行君     うえの賢一郎君

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 原子力問題に関する件(原子力規制行政の在り方)


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     ――――◇―――――

森委員長 これより会議を開きます。

 原子力問題に関する件、特に原子力規制行政の在り方について調査を進めます。

 本日は、本件調査のため、参考人として、東京大学大学院工学系研究科教授岡本孝司君、前福島県知事佐藤榮佐久君、福島県南相馬市長桜井勝延君及び東京大学公共政策大学院特任准教授松浦正浩君、以上四名の方々に御出席をいただいております。

 この際、参考人各位に委員会を代表して一言御挨拶を申し上げます。

 本日は、御多用のところ本委員会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見を賜れれば幸いに存じます。どうぞよろしくお願いいたします。

 次に、議事の順序について申し上げます。

 まず、参考人各位からそれぞれ十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。

 なお、念のため申し上げますが、御発言の際はその都度委員長の許可を得て発言していただくようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承願います。

 それでは、まず岡本参考人にお願いいたします。

岡本参考人 東京大学の岡本でございます。

 簡単に私の略歴を申し上げておきますと、私、一九八五年に東京大学の修士課程を出まして、民間で三年間、原子力にかかわった後、大学に戻りまして、原子力工学に関する教育を継続的に、二十年以上にわたってやってきてございます。その間、東京大学の原子炉「弥生」の原子炉主任技術者なども兼任してございますし、それから、二〇〇四年からは、原子力の安全規制のあり方を考えるという、日本機械学会の委員会等もやってきてございます。

 そのような背景から、本日議題にあります原子力規制のあり方ということについて、一言申し述べたいというふうに思います。

 まず、お手元の資料、大変恐縮で、ちょっと小さくコピーされ過ぎていて見にくいかもしれないんですけれども、原子力というのは、日本だけの問題ではなくて、世界で考えるべき問題であるということから、世界的な視野というのが非常に重要になってまいります。

 その点から、二ページには、IAEAが提唱してございますIAEAの基本安全原則というもののコピーを示してございます。こちらには、一番重要なものとしては、人及び環境を放射線の影響から防護するという非常に重要な目的が書かれてございます。

 この中の原則二に「政府の役割」という形がありまして、その中の三・一〇に規制機関、今回、規制のあり方を考える上で重要になります、「規制機関は、以下を満たさなければならない」というように、四点書かれてございます。その中でも、二番目、三番目、これはもう非常に有名でございますが、実質的に独立であること。それから、安全性、規制手続について周囲の団体、これは日本語訳がちょっと変ですけれども、地元自治体等を含めて伝達する、それとともに意見を求めることが必要であるということが、IAEAの基本安全原則として書かれております。

 現在の原子力規制委員会は、これをベースにいろいろな考え方で運営がされているというふうに認識してございます。

 さて、原子力規制委員会のあり方を考える上で非常に参考になるかと思いますのは、アメリカNRCでございます。三ページ目から五ページ目まで、アメリカで具体的にどういう規制がやられているか、話し始めると細かい点があるわけですけれども、三つだけ、ちょっと申し述べたいと思います。

 そこにちょっと、英語で大変恐縮ですが、アメリカのNRCを訪問したときに、彼らから私どもに言われた二つの重要なキーワードを、三ページの黄色の囲いの中に書いてございます。

 これは、日本語訳いたしますと、何がリスク上重要なのか。原子力発電所というのはさまざまな危険な部位があるわけですけれども、その中でも、それを安全に運転していくためには、どこにリスクがあるかということをしっかり把握すること、これがNRCの基本的な姿勢である。

 それから、下の方は、ウイ・トラスト・ライセンシーズ・バット・ベリファイ・ゼムと書いてございますけれども、我々は事業者を信頼する、しかしながら監査するんだという立場を明確にしているということでございます。ここで重要なのは、事業者を信頼しているという立場をとっているということでございます。

 その上で、発電所を見える化するためのさまざまな規制の施策をとってございます。

 四ページ目は、これは発電所を見える化している、発電所の安全、リスクを見える化しているやり方で、ROPと呼ばれるやり方なんですけれども、公衆の健康と安全の確保が目的となっている中で、そこにあります七つのコーナーストーンと呼ばれるものをベースに評価を行ってございます。これは百四基あります全ての発電所についてやってございます。

 これは、地震とか津波とかも含めた起因事象。それから、緩和系といいますのは、地震とか津波が来た後、どういうふうに原子力の安全を保つか。最終的なバリア健全性は、その放射性物質をどうやって担保しておくか。さらには、一つ重要なことは、緊急時の対応計画、これも重要な視点であるというふうに言ってございます。黄色いところは、被曝安全、公衆と従業員。さらには、セキュリティーの部分まで考えてやってございます。

 五ページです。この七つのコーナーストーンが非常に重要だと彼らは考えていまして、これはきのうちょっとNRCのホームページからコピーしたんですけれども、この七つの視点について、大変見にくくて恐縮ですが、三カ月ごと、一Q/二〇一四と書いてあるのは、ことしの一月から三月までがどうだったか。実は、グレーは問題ないんですけれども、緑色はちょっとまずいことがあった、でもこれは全然問題ないのはグリーンです。だんだんこれが白、黄色、赤となるに従ってリスクが高いよということをホームページに公開してございまして、今どのような感じになっているかというのがわかるということになってございます。

 例えば、このファーリーという原子力発電所では、昨年の第四・四半期、十月から十二月ですけれども、そこが白ということで、緊急時対応計画に若干のミスがあったということがこれでわかるということになります。

 さて、このようにNRCの規制を見てまいりましたが、福島の反省をしなくてはいけません。私も、原子力学会の事故調査委員会等に加わりながら、いろいろな事故の原因を考えてまいりました。事業者、それから直接的な要因等もあるわけですけれども、残念ながら規制も非常に反省しなくちゃいけないんじゃないかということがこの六ページに書いてございます。

 その具体的な内容というのが七ページに書いてございまして、原子力安全規制が今回失敗したからということも一つ大きな教訓であろうというふうに思っています。これは、一言で申し上げますと、原子力安全を目的とせず、法律遵守、法律は原子力安全のためにつくられているわけですけれども、その法律の文言にのみこだわって、本質的な安全、発電所の総合的リスクを余り見ていなかったというところが一番大きな反省点であろうというふうに思っています。

 ここで総合的リスクというのを八ページに書いてございますが、原子力発電所というのは非常に危ない物質を扱ってございます。このため、いろいろなシステム、十万個を超すようなシステムが組み合わさって一つの原子力発電所の安全を担保しているわけですけれども、それらに対していろいろな対策を現在行っております。

 ところが、対策というのは、その真ん中に書いてございますけれども、対策をすると、その対象とした、ターゲットに対するリスクは下げられるんですけれども、そのほかのリスクというのを必ず高める部分がある。オールマイティーな対策はないということが実は重要なことです。

 「例えば、」に書いてあるんですけれども、同時多発テロの後にアメリカで、皆さん、飛行機は危ないということで、移動するときに飛行機をやめて自動車に変更しました。このことによって、飛行機事故によって亡くなるリスクというのは下がったんですけれども、飛行機より自動車の方が事故を起こす確率は大きいので、結果的に交通事故による死亡者はアメリカはナイン・イレブンの後ふえたという事実がございます。これは、飛行機に乗らないという対策が結果として死亡者をふやしたという観点になります。総合的な視点から見ると、この対策がよかったかということになると、必ずしもよかったという判断はできないんじゃないかということであります。

 つまり、今原子力発電所で規制委員会が中心になってさまざまな対策がなされていますが、この対策は、多かれ少なかれ、今回の飛行機と自動車の関係のように、別のところにいろいろなリスクがふえているということに注意しなくてはいけない。特に、既設プラントは現状でかなり安全な状態にありますので、そこをさらに安全にしようとすると、別の部分にリスクが導入される可能性が非常に高いということであります。

 ですので、総合的なリスクを判定しなくてはいけないんですけれども、残念ながら、今規制委員会がやっている審査は、これもこの教訓と相入れないんですけれども、自分たちのつくった法律に合っているかどうかということのみを審査してございまして、法律に合っていれば、総合的リスクが若干上がったとしても、一部のリスクが下がっていればそれでいいというような考え方になっているように見える。そこが非常に危ないというふうに思っています。

 総合的に見るためには、先ほどアメリカのNRCであったように、七つ、非常に幅広いコーナーストーン、視点という意味ですけれども、幅広い視点から発電所のリスクを捉えていくという形の規制を行わないと、結果として危ない発電所がつくられていってしまう。そこが一番、私が本日、言いたかったところでございます。

 規制というのはどうあるべきかというのを九ページに書いてございますけれども、ここには、原子力基本法第二条第二項に、国会の方で改正いただいた中に「安全の確保については、確立された国際的な基準を踏まえ、」という一文を入れていただいておりますけれども、例えばNRCとかIAEAとか、そういうような確立された基準を踏まえて、総合的な安全、総合的なリスクを下げる、そういうための規制を行っていくということが必要であると思います。

 そのほか、コミュニケーションをとらない。残念ながら、今、ほとんどコミュニケーションが、少しとれているようですけれども、非常に危ない状況にある。それから、JNESが一緒になって若干能力はふえたとは考えておりますけれども、残念ながら、まだまだ現場を知らない、六本木にずっといて現場を余り知らないという形で、リスクの総合的な視点が見えない人材がかなりいるというところが、非常に危機感を持っている次第であります。

 規制というのは、先ほど申し上げましたように、例えばアメリカのNRCのように、総合的な視野から、幅広い視野から発電所の安全を考えていく、一部分だけではなく総合的な視野から考えていくということが必要なわけですが、そういう判断ができるためには、どうしても人材育成ということが重要になってまいります。私は、東京大学で原子力を教えているということもありまして、規制側だけではなくて、原子力を扱う事業者も含めてしっかり、人材育成が重要だというふうに理解してございますけれども、特に規制側については若干懸念を持っております。

 最終的に必要な人材というのは、そこにありますように、総合的な原子力のリスクを俯瞰できる経験、それらをベースに判断ができる人材。特に、安全文化ということを書きましたけれども、規制としての安全第一の姿勢を貫く、そういったような人材。特にその人材は、リスクをよく理解して現場をよく知っている、発電所の現場が一番重要ですので、机の上でいろいろ議論するよりは、現場をちゃんと知っている人材というのが重要であるというふうに考えております。

 次の十一ページ、十二ページは、若干時間がありませんので簡単に言いますけれども、例えば、その中でも博士号を持ったようなマネジャークラスの人材、それだけではなくて、中堅の原子炉主任技術者クラス。特に、この中堅の方々は現場をよく知っているということが重要かなというふうに考えておりまして、その中でも原子炉主任技術者の資格は、原子炉を知っているだけではなくて、その他、原子炉のあり方も含めて、材料から、非常に幅広い工学的知識を持っているという方々ですので、この方々をしっかりと養成していくことが重要だろうというふうに思っています。

 最後でございます。規制は、先ほど申し上げましたように、全体的なリスクを低減していく、局所最適化じゃなくて、全リスクを低減していくということができる人材が必要で、そのためには、残念ながら、現状では必ずしも十分であると思っておりませんで、長期的な視野でしっかりと人材を育成していくということが重要であろうというふうに考えている次第であります。

 以上で私の意見陳述を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)

森委員長 ありがとうございました。

 次に、佐藤参考人にお願いいたします。

佐藤参考人 佐藤でございます。

 たまたま、こちらに出る前に一枚の写真を見まして、これは、事故後一年半後に富岡町で撮影した猟友会の方の写真でございまして、まさにこのイノシシは、県内の人は皆御存じのように、阿武隈川から西には行かなかったんですが、今や中通り、そして会津にも行っております。生態系が本当に壊されている。単に原発の放射能が飛んだだけの問題ではなくて、そういう大きな問題であるということを、この写真を、ありましたので、御紹介しておきます。イノブタですね、イノシシと豚の。

 この順に沿ってお話しいたします。

 自己紹介も兼ねて、私は、チェルノブイリ事故の前の年に、自民党の青年部の皆さんをお連れして、県会議員の皆さんですが、船田団長だと思いますが、この写真のように、スウェーデンの核シェルターを拝見した経験がございます。その次、一年たたないうちに、チェルノブイリの事故が一九八六年四月二十六日に起こりました。そして、その数カ月後、中曽根総理の随行で北欧と東欧に行ってまいりました。この写真は、八七年の東ドイツ、ホーネッカー議長さんとの握手の写真です。

 このとき、外務省筋からだと思いますが、国会議員同士でしゃべっていることは全部あっちに通じるから注意するように、ホテルの部屋からうちに電話するのは全部盗聴されていますという話がありました。私は、ソ連崩壊前の、ファシズム、民主主義の国でないからこういう事故が起きたとそのとき思って、帰ってきておりました。残念ながら、その事故が日本で起きたわけでございます。

 次に、悲しいポスターが皆さんのお手元にあると思います。何とか四十年以上原子炉をたかないでくれと、四十年目に三月二十六日に入るわけです。ですから、もうやめてくれということでずっとお願いしておりましたが、二月七日に経産省はオーケーを出しました。五十年に向かってのオーケーを出しました。そして三月十一日の事故であり、三月二十六日、私はいわきでやれと、やれというのはおかしいですが、やろうよと言いましたが、いわきの方の電話で、主催者の電話で、とてもやれるような、どんな小さな、こういう集会場でさえ、少なくとも集まれるような状況ではないという返事がありました。

 残念ながら、二月七日にどういうチェックをしたのかわかりませんが、五十年目に向けてのオーケーを出したんですね。ですから、今東大の先生からいろいろお話がありましたけれども、非常に重要な問題提起がありましたけれども、そんな問題じゃなくて、日本の役所も含めた体質の問題がこの事故を起こしていると私は思います。

 次に、欧州地方自治体会議に、ちょうど二十周年目のとき、私が知事をやめる年で、やめるというのは、行くときはやめる気持ちもなかったんですが、残念ながら、九月の二十八日ですかね、辞職するつもりもないで県庁に行きましたら、帰りには辞職会見をして帰ってきたことがございます。

 その年の二カ月前に、欧州の自治体会議というところに出席して、日本の地方自治について講演をしてきたのがこのパンフレットですが、私の講演の後に、チェルノブイリ二十周年の原則をスラヴィティチというチェルノブイリの仮の町でつくりました。その原則を、我々地方自治体も、ロシアからも来ておりましたけれども、欧州全部の地方自治体で原則を確認しようということで確認したのが、お手元にある五つの原則でございます。

 その一つ目が、原子力の問題というのは国が完全にコントロールして、責任もあり、全てあれするんだよということであります。残念ながら、今の原子力の事故の後も、私は、誰が責任を持っているのか、電力会社が責任を持っているとしか思えないような状況で進んでおります。この問題等については後でまた話題になると思いますが。

 また、この二条ですか、一番の関係者は誰か。一番の関係者は、国でも原子力会社でも誰でもなくて、住民そのものが、その周りにいる人が一番の関係者だよということであります。それは、この事故が起きておわかりのように、本当に一番苦労しているのは原発の周りの皆さんであることはおわかりのとおりであります。

 それから次に、そういういろいろな状況の中で、私は、エネルギー政策というのはどうなっているのかということで、お手元のこういうパンフレットをつくるために、日本の学会も含め、総力を集めて、一年ぐらいかけてこのパンフレットをつくりました。表紙だけにしようと思ったんですが、これはぜひ皆さんに読んでいただきたいと思って、本物もきょう持ってまいりました。

 このペーパーを見まして、経産省の若手の四人が、見てやめたかどうかわかりませんが、見て、次のテーマにあります、週刊朝日に十九兆円の無駄遣いという記事が出ました。このまま原発政策を進めていく、「もんじゅ」を進めていく、サイクルを進めていくということになると大変なことになるよと。「「上質な怪文書」が訴える「核燃中止」」というのが、この年に週刊朝日の記事になりました。「第二の道路公団、年金になる。霞が関から噴き出す危機感」という文章で、後でわかりましたのは、四人がパージになったということでございます。

 それが去年、次のページの週刊ポストというのに出まして、はっきりと、彼らがパージになって、そういう問題提起をしたのは、上質な怪文書、役人が書いたから「上質な」になったんでしょうが、怪文書を書いたのは、原発というのは、サイクルなんというのが不可能などうしようもないものだということを、我々のこの黄色い冊子を読んで通産の若手の官僚の皆さんは考えた。

 それは、私がやめてからですが、県議会報告があるんですが、その報告でも、そのとき来た通産省の担当の課長は、どこに捨てるんだ、使用済み燃料をどうするんだということに関して、それは東電と原燃が相談して決めることだよというようなことをおっしゃっていたわけでございますので、そういう意味では、本当に、誰がどう考えてどうするのかということがめちゃくちゃな状況の中で今進んでいるということです。

 もう時間も余りありませんので最後の部分ですが、「席がらがら 陳謝」という新聞のペーパーを挟んでおきました。事故の次の年の三月二十五日の朝日新聞であります。

 原子力委員会を郡山で開催して、私もわからないで、私がやめる前ですが、二〇〇四年の十二月二十二日に、余りにいいかげんな原子力委員会なので、乗り込んでいって問題提起をしました。そうしたら、三十分間私に時間をくれるというので問題提起をしましたが。その委員長さんがまだやっていまして、そして、郡山で原子力委員会をやる、避難民が何千人もい、そして市民も何十万人もいる福島県で、福島県の人口は少なくなったとはいえ二百万近くいるわけですから。これが委員会をやったときの状況です。私でさえわからないように委員会をやっている。私の秘書が四時前後に来まして、四時まで委員会をやっているんだけれども、知事がいないのでと。昔の福島の秘書が来たので、どこでやっているんだと。郡山でやっているんだという話でございました。

 これはもう入り切れないで大変だな、意見ももちろん言えないなと思って行ったんですが、行ってみたら、前の席は三列ぐらいあったんです、前の真ん中の席、十人、二十人もいないです。あと、ぱらぱらです。

 福島県で、郡山で避難民がどれだけ苦労して、原子力委員会にどれだけ問題提起をしたいかというのにもかかわらず、残念ながら、そんなことをやっている委員会であり、私のときの委員長であり、たまたま委員が三人来ていて、司会者が一人だったんですが、私が挙手したら、時間ですからやめてくださいという話になりました。しかし、私の顔を見て委員長は驚いて、いや、しゃべらせろというので、しゃべりましたけれども。

 いわゆる日本の劣化はここまで進んでいるんですね。これは国会議員の皆さんにお願いしなきゃならないので、本質的な問題をもう少し、本当にぶつかっていって直していかない限り、形だけ直していくなんということでは、日本はどうしようもない状況にこれからも行ってしまうだろうというふうに思います。

 その後ろにあるペーパーは、事故の後、避難せざるを得なくなった二つの村の写真を、「かえる」というのが書いてありますね。この二つのペーパーは、合併をしろしろということで、福島県は、合併する、しないは自由だよということで進めてまいりました。多分、合併したところは、将来消滅都市に大体なっていくだろうところでございますが、福島県は十五の村が残っております。

 合併した村は、この左の絵でありまして、四、五人しか四月二日の仕事始めにいませんで、私まで立ってくれと言われました。合併しなかった川内という村は、同じ阿武隈の同じ場所にあるんですが、合併しなかった村は、ちゃんとこのとき帰って、線量も大体同じぐらいの村に帰って、四月二日に戻って、にぎやかな村が戻りました。

 以上、取りとめのない話でございました。ありがとうございました。(拍手)

森委員長 ありがとうございました。

 次に、桜井参考人にお願いいたします。

桜井参考人 福島県の南相馬市長の桜井勝延でございます。

 衆議院議員の皆さんには、私のような者をこの現場に呼んでいただきましたこと、心から感謝申し上げます。

 私の方からは、原発の立地自治体でないにもかかわらず福島県南相馬市で起こっている現状について、御報告申し上げたいと思います。

 それは、野田政権時代に、二十三年の十二月の十六日に、原発が収束したというお話がありましたが、そのとき、私は、南相馬市で建てられなかった、相馬市の仮設住宅におりました。仮設に避難させられている住民の懇談の中におりました。そのとき言われた言葉が、野田政権は収束したと言っている一方で、我々は棄民なのか、市長はどう考えるんだという言葉でした。

 私は、捨てられたというようなことに対して、発言する何物も持っておりませんでしたけれども、現在もなお、残念ながら、五千六百人を超える南相馬市民が仮設に今住まわされておりますし、南相馬市民、当時、原発事故以前に七万一千五百人いた、その人間があの大震災で、福島県全域の中で一番広い面積、四十一平方キロメートル流出しました。

 皆さん御承知かと思いますけれども、平成二十二年の二月二十八日、チリ地震津波で東日本一帯に警戒警報が発令されました。そのときに、私は就任した直後で、避難指示を出しましたけれども、そのときの津波は四十五センチでした。その一年後に南相馬市を襲った地震は、二十一メーターでした。御承知のとおり、東北電力原町火力発電所一号機、二号機、百万キロずつですけれども、両方とも破壊されました。

 このようなことが自然の中では起こるし、福島第一原発事故もこのようなことを想定していたと当時言われておりました。四十メーターの津波が来ても大丈夫なんだということを、立地したときに言っていたそうです。けれども、残念ながら、そのリスク管理はできていなかった。

 南相馬市民は、津波で六百三十六人が亡くなりました。まだ百十一人が遺体も上がっておりません。その一方で、原発事故によって、七万一千五百人のうち一万人を割り込むまで、あの市から一時的には避難をしました。結果として、残っていたのは、野良犬化した飼い犬とカラスだけでした。

 物が入らなくなる。三十キロ設定しただけで全く物資が入らなくなって、三十キロ線に警察が立っている。どうして我々が、食料を求めるのに、県が支援してくれたおにぎりを五十キロ離れた川俣町までとりに来いと言われなければいけないのか。どのような放射線量があるかわからないさなかに、我々が郡山までガソリンのタンクローリーをとりに行かなければならないのか。続いて、宇都宮までとりに来いと言われて、とりに行っておりました。このようなことが起こるんです、実際に。

 結果として、病院から避難させられた入院患者、特老から避難させられた入所患者そのものは、残念ながら、多く亡くなりました。災害関連死は、今、南相馬市民が被災三県の中で多分一番多いと思います、四百五十七名になりました。原発事故の直接死以上にふえていく可能性が出てきております。

 これも、先ほど申し上げましたように、仮設住宅に住まわされている人たちの気持ちを考えれば、先が見えない、希望がなくなっている現状の中で、自分自身を失ってしまっている。それは、とりもなおさず、原発事故によって家族が全国各地にばらばらにされて、若い世代から高齢者まで、多い家族によっては、九人世帯で六カ所に離れて住んでいる。避難によっては、多い世帯では十回も避難させられている。

 こういう現実の中で、生活の再建は本当にできるのかということになれば、今、さまざまな国の施策のもとで、損害賠償等の手当てもされてきております。残念ながら、それで生活再建全体ができているのかということが一番問題です。

 御承知のとおり、今、二十キロ圏内は直轄地域ですよ。直轄地域でなぜ除染が進まないのか。災害瓦れきの処理がなぜ進まないのか。

 我々としてやるべきことは、直轄地域であっても、市の道路、下水道、上水道、整備しました。でも、残念ながら、医療が復活できません。市単費で医療機関の再開をしました。店舗が再開しておりません。ここにどうして戻れるでしょうか。

 常磐線、線路が復旧されるかどうか、いまだかつてわかりません。安倍総理大臣のもとで、おかげさまで、常磐自動車道が来年のゴールデンウイーク前までに全線開通という、我々にとって喜ばしいニュースが飛び込んでまいりました。けれども、残念ながら、国道六号はまだ自由通過交通できておりません。

 どうして我々の生活を守ることを最優先しないのか。生活が守られなければ、生活再建できません。

 今、私は、東京に出てくるのに、必ず福島まで出て、福島から新幹線で来なければなりません。L特急が走っていた原ノ町から上野まで来られたのが、全く来られない状況です。このようなことがいつまで続くのか。

 我々特別職の者にとっては、まだいいですよ。一般市民がこのようなことを強いられているということは、我々にかけられる言葉は、憲法は我々を見捨てたのか、最低限の文化的な生活を営む権利さえ奪われているというふうに、我々は今でも言われています。

 南相馬市は、最低、頑張っていて、あの二十キロ圏内にかかった地域に今、五千、二十キロ圏外に五万五千人弱、正確に言うと五万二千人住んでおります。一方で、同じ人口を抱えていた双葉郡八町村は、七万六千人のうち、まだ五千人も住んでいないと思います。

 これは、残念ながら、政府がリスク管理できていなかったこと。今も、その結果として、役場ごと避難してしまった結果、住民が求心力を失っているわけです。

 南相馬市は、残念ながら、避難指示が出たにもかかわらず文書も来なかったので、私の独断で、住民は避難させても役所をとどめました。結果として、役所は、住民からすれば大変な非難ごうごうの中で、住民の生活を守ろうとして、役所職員は大変な疲弊をしましたけれども、幸い、今は五万人を超えるまで回復しています。

 その中での最大の問題は、皆さんも御承知かと思いますけれども、若い世代が戻らない。南相馬市からもう既に転出してしまっている四十歳以下の人口は七千六百人おります。これは、飯舘村六千人の全村避難どころではありません。

 今、南相馬市にとって一番大切な復興に向かうときに、働く人がいない。それは、とりもなおさず、原発事故によって、健康不安を抱える母親たち、そして若い親たちが、子供を戻せない。だから、今現場では、皆さんも御承知かと思いますけれども、吉野家の牛丼に象徴されるように、我々のところはすき家がございます、今、時給幾らだと思いますか。夜の時給は千五百円ですよ。それでも人が集まらない。これが実態です。

 ですので、今、東京電力にもお願いしてきましたけれども、二十キロ圏内のセキュリティーを消防団が守れないような状況になっているときに、東京電力にも一緒になってセキュリティー管理をしてほしい、我々は、お金だけを要求するのではなくて、人が当たり前に住む環境と、人が命を守れる環境を保障してほしいんだということを申し上げています。

 国会議員の皆さんはそれぞれの地域の代表ですので、地域の皆さんの命と暮らしを預かっていると思います。それを国全体で考えていると思います。ですから、あえて皆様方にお願いしたいのは、国民の健康、本当に命を守ろうとするのであれば、エネルギーも基本的に大切です。なければなりません。けれども、その前に、命を守るということをしっかりしていかないと、加えて、暮らしを、安全を担保していかないと、住民は見捨てられたというふうな思いになってしまいます。

 ですから、地域で、日本全国で原発を抱えている自治体は苦しんでいます。皆さんも御承知だと思いますけれども、函館市長が私のところに来て、訴訟したいということをお話しされました。私は、訴訟は大変だということを申し上げましたけれども、決断したようです。

 このように、住民を抱える首長は、住民の本当の命の安全性、暮らしの担保というのはどういうふうにするのかということを考えて行動しているわけで、これは自民党だとか共産党だとか公明党だとか政党だけの問題ではなくて、全てその地域に暮らす人が、当たり前に安心して暮らせることを担保してほしいということを望んでいるんだろうと思います。

 私は、今回の福島原発事故を機に、この国が新しいエネルギーに挑戦する、ヨーロッパのように新しいエネルギー革命を起こすんだというところにシフトしていってほしいと思います。その結果が、現場でいろいろなエネルギー、電力に参加する人たちがふえてきますし、農業者も、風評被害で食えない農業者が農地に太陽光パネルを張ったり風力発電を設置したりすることが、どれほど今まで考えていなかったような産業に自分たちが踏み出せるんだという勇気づけと希望を与えるかということをぜひ認識していただいて、この国が本当に変わってほしいし、世界の先導役として皆さんが提示してほしいと心から願っています。

 きょうは本当にありがとうございました。(拍手)

森委員長 ありがとうございました。

 次に、松浦参考人にお願いいたします。

松浦参考人 本日は、貴重な機会を賜りましてまことにありがとうございます。東京大学公共政策大学院で特任准教授というものをしております松浦と申します。

 まず初めに、私は、原子力規制そのものについての専門家ではないこと、また福島の現実についてお話しさせていただくような立場ではないということをお断りさせてください。

 何で話をするかということなんですけれども、これまで合意形成という単語をテーマにアメリカなり東京大学で学術の研究と実践にかかわってまいりましたので、その分野の専門家として、原子力規制に関連して、御参考にしていただけそうなことをかいつまんでお話しさせていただければと思います。

 一応お手元にスライドがあると思いますが、印刷してきたものもあるんですけれども、まず第一に、合意形成という単語について定義させていただければというふうに思います。

 皆さん、合意形成という単語は、政治のいろいろな場面でお聞きになったこと、お使いになったことがある単語かと思いますけれども、その定義というのは人によってまちまちだと思いますし、またそのことが実は混乱を招く要因ではないかというふうに思います。

 合意形成というものはコミュニケーションとか説得ではないということを、まず確認させてください。

 むしろ、合意形成というのは、異なる意見とか志向、自分と異なる意見を持った人たちと共存していくための手段やプロセスというものです。ですから、合意形成は、異なる意見とか志向を持った人たちの存在をまず認めてあげるところ、そこから、否定しないところから始まるというのが大前提としてあります。

 そのような自分と異なる人たちと、互恵関係、ウイン・ウインみたいな言葉もありますけれども、そういったような関係を通じて、自分と相手の双方に利益が生じるような取引を見つけることというのが合意形成であります。

 また、状況によっては、取引ではなくて、誰もが共有する価値観とかモラルみたいなものを言葉として具体化するという作業も、一種の合意形成だということが考えられています。

 では、原子力規制に特に関連する問題として、科学的情報と合意形成というもののかかわりについてお話しさせてください。

 利害関係者とか一般国民のような人たちが何らかの政治課題について議論しているという状況を想像してみてください。そこに専門家とか科学者のような方々がどのようなかかわりを持つことができるでしょうか。

 よくあることなんですけれども、残念ながら、人々が対立していると、その陣営をサポートするための科学者とか専門家グループができてしまう。そしてまた、それに対立する陣営をサポートするための科学者や専門家グループというものができてしまう。それが顕在化するような状況のことを弁護科学というふうな言い方を私はしております。

 こうなってしまうと、それぞれ対立する陣営は、個人の思いを語るのではなくて、結局、専門家グループの方をそれぞれ指さして、自分の方は正しい、相手の専門家グループを間違っているといった批判をお互いに繰り返すという事態になってしまいます。このこと自体が絶対的に悪いとまでは言えませんけれども、もし合意形成を本気で目指すのであれば、このような形での専門家の関与というのは、残念ながら混乱を増長するだけだというふうに考えられます。

 実は、合意形成を目指す場合に、科学的情報がかかわってくると非常に多くの障壁が存在するということを、ピーター・アドラーさんという方がまとめています。ここにいっぱい載っているんですけれども、一つ一つ説明できませんが、要は、科学的情報が出てきた場合に、十分考えておかないと議論は簡単に混乱するということを申し上げたいというふうに思います。

 そこで、科学的情報を必要とする合意形成について、私は共同事実確認というふうな訳し方をしていますが、英語でジョイント・ファクトファインディングという呼び方があります。そのような枠組みを導入すべきだということが、八〇年代からアメリカの環境政策とか環境論争の文脈の中で言われるようになってきています。

 具体的には、情報の利用者の側、つまり皆さんのような議員の方々、意思決定をなさる方々、政府、関係者、国民全体などになりますけれども、そちらの側がもっと責任と自主性を持って科学的情報を扱うという立場が必要じゃないかということです。

 第一に、情報の利用者が個別に専門家に接触して弁護科学に陥るのではなく、情報の利用者の集団として専門家集団に一元的に情報を請求するというのが望ましいというふうに思います。

 また、どのような情報を要求するのかについても、原則として、情報の利用者の側で決める。つまり、専門家の方がこれが大事な情報ですよというものを与えてきたときに、そのまま素直に受け取らないということですね。自分で考えて必要な情報を取得するという姿勢が一番大事になってくるということです。

 また、第三に、分析結果には必ずや仮定とか不確実性というものが含まれます。そのときに、どのような仮定を置いた分析なのか、あるいは、どの程度の不確実性があるのかということを、情報の利用者の側、つまり皆さんがきちんと聞いてそれを理解するということが必要だというふうに考えます。

 最後に、判断というものは情報の利用者が行うべきだというふうに考えます。つまり、専門家というのは情報提供の役割に徹しまして、安全か危険かといったゼロ、一の判断については情報の利用者が責任を持つということですね。不確実性があるという以上は、そのリスクを受け入れるのか受け入れないのかというのは、専門家が判断することではなく皆さんが判断すること、ひいては国民が決めることなのではないかというふうに私はいつも主張をしております。

 このようなことを実際に行う場合に二つの形がありまして、ちょっとテクニカルな話ですけれども、先ほどのように、政治的な協議の場を設けた上で、専門家集団に対して科学的な専門知というものを一元的に請求するという、事実確認取りまとめ型というものがあります。あるいは、対立の規模が非常に大きくなって、もう協議すること自体がなかなか難しいけれども、現在の原子力の問題は近いかもしれませんが、弁護科学のような様相を呈している状況では、それぞれの陣営の専門家を連れてきて、安全とか危険とかいうことを言っている先生が、どういう仮定を置いて安全と言っているのか、あるいはどういう仮定を置いて危険と言っているのかということを公の場で確認する、みんなで確認するという、背景情報確認型という作業も可能ではないかと思います。

 ちょっと抽象的な話が続いてしまいましたので、原子力の文脈で幾つか事例がございますので御紹介したいというふうに思います。

 まず第一に、事実確認取りまとめ型というふうに呼べると思うんですが、二〇〇七年に、アメリカにおいて、原子力共同事実確認、ニュークリアパワー・ジョイント・ファクトファインディングという取り組みが行われました。これはアメリカのNGOが主催で行ったんですが、NGOというとどうも色がついているように思われるかもしれませんが、このNGOは、賛成、反対のような政治スタンスは絶対にとらないで、とにかく合意形成を支援するんだということのみをミッションとしているキーストーンセンターという団体があります。そこが、連邦政府の上院議員の人たちから、こういうことをやった方がいいんじゃないかという働きかけを受けて実施した事例です。

 実際、二十七名のいろいろな意見を持った参加者の人たちが、十六名の専門家から情報提供を受けながら政策提言をまとめたという事例です。

 この事例ですけれども、参加者の中に、現在、アメリカのNRC、原子力規制委員会委員長のアリソン・マクファーレンさんも実は入っていました。私が実際数年前に主催した研究会でも、このマクファーレンさんに来日していただいて、この事例についてお話しいただいたということもあります。

 具体的な結果ですけれども、この議論の結果、原子力の発電コストというものは、キロワットアワー当たり八から十一セントだろうということで、推進派のような人たちから懸念を持つ人たちまで、ある程度意見の集約が図れたという事例です。ほかにも幾つか論点があります。

 これは、福島第一の事故の前の、しかもアメリカの話ですので、この八から十一なんて数字は全く参考にはならないとは思いますし、現在の日本で、このようにみんなが対話することというのは不可能かもしれません。ただ、賛成、反対の人たちが、みんなで納得できるような科学的な情報というのを、前提とか不確実性まで含めて整理して、それをもとに政策とか規制というものを合意形成でつくっていくということは、現実はともかくとして、理想の形というふうに言えるかもしれません。もちろん、これは原子力でできるかどうかはまた別の話です。

 次に、実際に私が日本でやらせていただいた事例ですけれども、原子炉というよりは高レベル放射性廃棄物の地層処分に関する問題です。

 実際に何をしたかといいますと、NUMOの方、事業者の方と懸念を持たれている研究者の方、それぞれお一人お呼びして対話を実施したという事例です。

 このときも、賛否を問うということではなくて、むしろ、地層処分の安全性について考えるときに、どのような視点が我々に必要なのかということ、そして、どのようなことを事実として現状、確認できそうかということを、二時間半ですけれども、対話で実施した事例です。

 この議論の結論については、お二人に御相談させていただきながら作成したまとめの文章というものがございまして、そこはホームページに載っておりますのでごらんいただきたいんですけれども、当時の法制度の中で、安全にかかわる判断基準というものがどのように設定されてきたのか、あるいはまだ設定されていなかったのかといった点、あるいは安全評価の際のシナリオ設定、特に火山現象のような相対的には確率が非常に小さい現象を評価することというのが技術的に可能なのかどうかといったような点について、実はある程度意見の収れんが見られたのではないかというふうに、個人的には思っております。

 もちろん、政治的なその後の判断について、そしてまた、ほかの技術的な要素についても、議論が分かれる部分は多々あったかもしれません。ただ、ピュアに技術的な議論だけしてみると、あるいは事実関係の特定だけしてみると、実はこのような人たちの間でも共通認識が全く存在しないわけではない、全て共通認識があるとまでは言いませんけれども、しないわけではないという事実こそが、多分、これから先の未来を考える上で重要なことなんじゃないかなというふうに思います。

 最後にですけれども、原子力規制についてということで少し絞って、これは私見になりますが、述べさせていただければというふうに思います。

 まず、今、一番の皆さんの懸念事項かと思われますけれども、新規制基準適合性審査という件ですね。

 まず、先ほど申し上げました共同事実確認の思想を前提とするんだったら、意思決定とか判断みたいなものを専門家の先生に委ねるべきではないということです。つまり、専門家は、新基準へ適合していますよ、していませんよといったようなことまでは情報を提示していただけるとは思いますけれども、そこに限定すべきだということです。

 また、審査を通じて許可、認可が出たということが今後あるかもしれませんけれども、それをもって社会的合意が得られたというふうな言い方をするのは、ちょっと言い過ぎだというふうに私は考えます。

 もちろん、法制度のもとで許可や認可が出ているという事実は変わらないでしょうけれども、現実問題として、その後自治体の同意が必要だったりしますし、結局、合意という言い方をするのは言い過ぎなんじゃないかという点について御注意いただきたいというのがもう一つの点。

 そして、科学以外の視点というものがどこで介入する余地があるのかというのが、私、実は気になっているところです。

 例えば、適合性審査というのは、科学的な調査分析、活断層がある、ないとかそういったような話だとは思うんですけれども、そもそも、倫理として、甚大な被害をもたらす可能性がたとえわずかでもある技術というものを社会として導入するのかどうか。あるいは、高レベル放射性廃棄物のように超長期の将来世代にわたってリスクを負わせることというのが倫理的に認められることなのかどうかといった問題について、議論する場が今ないんじゃないかというふうに思っております。そういった点がどこで考慮されるのかという点が気になっております。

 そして、最後に、適合性審査において、不確実性のもとでの判断はどのように行われるのかという点が気がかりであります。

 例えば、何かの危険性についてある程度の幅があったときに、真ん中くらいのところをもって安全か危険かというふうに判断するのか、それとも安全寄りのところを見て安全か危険かというふうに判断するのかといったようなこと。あるいは、そもそも危険かどうかということを定量的に評価できない事象というものは世の中にたくさんあると思うんですが、そういったような事柄はどういう形で判断されるのだろうかということです。

 そこの点につきまして、共同事実確認という考え方に基づけば、専門家の人に任せるのではなくて、むしろ科学的情報の利用者、つまり皆さん、政治家の皆様であったり、政権の皆さんであったり、あるいは国民一人一人かもしれません、その人たち一人一人が判断すべきことだと思います。ここの判断まで専門家に委ねてしまってブラックボックス化するというのは、極めて社会として望ましいことではないというふうに考えております。

 これが本当に最後のポイントなんですけれども、規制だけでなくて、原子力の合意形成全般について、これは利害調整なのか、あるいはモラルの問題なのかという疑問を実は持っております。

 つまり、利害調整だけということであれば、いわゆる条件闘争みたいなものですので、補償の条件をどれぐらいまで上げるのかとか、安全性のレベルをどのくらいのところで設定するのかといったちょうちょうはっしの交渉で合意形成が実は可能なのかもしれません。

 しかし、もしモラルの問題、つまり、今、桜井市長がおっしゃいましたけれども、福島の事故という経験を踏まえた上で、社会として原子力を利用すべきか、あるいはすべきでないのか。あと、先ほど申しましたけれども、廃棄物を将来世代に回すことが倫理的に認められるのか、認められないのかといった、べき論の論争が今回の原子力の経緯に含まれているのであれば、実は、合意形成などそう簡単に実現するものではないというふうに思っております。

 私自身、原子力利用の問題は、利害調整だけではなくて、モラルの問題もはらんでいるんじゃないか、だから、そう簡単に解決しないんじゃないかというふうに考えております。逆に、そういったようなモラルの論争があるんだよということを認めることによって、たとえ合意には至らなくても、現在何か閉塞感のようなものを感じているわけですが、それを乗り越えることができるんじゃないかというふうに感じております。

 以上です。どの程度お役に立てるかどうか大変不安ではございますけれども、一般的な合意形成の話をさせていただきました。原子力以外の分野でも、例えば皆さん地元で道路建設とかいろいろな合意形成上の課題があるかと思いますので、そういったところまで含めて御参考にしていただければ、大変ありがたく存じます。

 きょうは、御清聴どうもありがとうございました。(拍手)

森委員長 ありがとうございました。

 以上で参考人の意見の開陳は終わりました。

    ―――――――――――――

森委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。吉野正芳君。

吉野委員 おはようございます。

 自民党の衆議院議員の吉野正芳でございます。

 参考人の皆様、本当に貴重な御意見、ありがとうございます。

 私も原子力大好き人間でございました。ですから、きょうよりはあしたよくなってほしい、あしたよりはあさってよくなってほしいということで、党内での議論でも文句ばかりを言ってきた一人であります。

 特に、原子力の保安院、これが経産大臣のもとに保安院とエネ庁と、親分は経産大臣ですから、ある意味で身内であります。この保安院を分離独立してくれということで、十年前、一期生のときから、私と梶山弘志君がずっと言っていたんですけれども、十年かかりました。自民党の原子力ルネサンスという、提言書の中に保安院を分離独立することを検討するという一行を入れるのに十年以上かかったんですね。その文章が入ってから三・一一のあの原子力事故が起きてしまいました。

 本当に私は政治家として、もし保安院の分離独立がなされていればあの事故は防げたというふうに、事故をいろいろ分析してみると、そのような思いでいっぱいであります。ですから、本当に今、じくじたる思いで原子力規制委員会等々も実務者としてつくらせていただいた経緯を御報告申し上げたいと思います。

 佐藤参考人にお尋ねしたいと思います。

 知事は、本当に私、尊敬して、すばらしい知事だな、私も政治家として榮佐久知事のようになりたいなということを思っております。というのは、所得を上げる、これも政治家の仕事です。道路網をたくさんつくる、下水道を整備する、これも政治家の仕事ですけれども、いわゆる出生率、安心して子供が産める、こういう環境をつくっていくというのが私にとっての大きな政治家としての目標であります。

 その中で、榮佐久知事のときに日本一になったんです、出生率。私は、やったと思いました。本当に、所得も東京と比べれば少ないけれども、総合的に、福島県で赤ちゃんを産むことができる、そういう環境づくりができたということで、まさに榮佐久知事の本当に大勝利である、こう思っているところであります。

 そして、私の県会議員時代に、知事はこんなことをおっしゃいました。日本の原子力政策を俺が変えていくんだ、そういうことで原子力政策に取り組んでいったわけですけれども、私も、保安院の分離独立を言って、悪いところに気づいていました。知事も気づいていたんです。でも、今度の事故を惹起して、佐藤参考人としての思い、どういう思いでこの事故を見ているか、お尋ねしたいと思います。

佐藤参考人 県議会議員時代から一緒に、特に環境問題に関しては非常に熱心に珍しくそのころ取り組んでいた先生でございました。一緒に行動しておりましたが、残念ながら、今回のような状況になっております。

 皆さんのお手元の、黄色い表紙と一緒についている年表に、このペーパーのところに年表がついていると思います。この〇一・一・一という、二〇〇一年一月一日ですね、このときに何が起きたか。監視するものを経産省はなくしてしまったんですね。

 お忘れかもしれませんが、原子力安全委員会、原子力委員会というのが科学技術庁の中にあったはずでございます。原子力安全委員会が多分チェックをしていたはずなんですね。ところが、二〇〇一年に省庁再編で、それは、例えば大蔵省が財務省と、チェックするところとチェックされるところを分けたのかどうか、財務省と二つに分けましたよね。経産省はこれを一緒にしちゃったんですね。なら、誰がチェックするんですか。

 安全委員会の委員長あるいは原子力委員会の委員長さんなどが、安全委員会の方は二週間後、正確な数字はわかりませんが、少なくとも十日か二週間たってテレビに出て、あんなことをやったら、守るためには天文学的数字がかかるんだと。天文学的数字がかかるなら原子力なんかやっちゃだめですよ。それを安全委員長がそういうことを人ごとみたいに言っていました。

 それは、省庁再編をして総理府かどこかに行っちゃったんですね。実際にチェックする機関ではなくなっちゃったんですよ。誰がチェックしていたか。二〇〇一年に保安院というのをつくって、保安院がチェックするようになったんです。それはどこの省庁ですか。経産省の中の一組織がチェックするようになったので、チェックなんかできますか、これは。

 私は、よく講演なんかで言うんですが、この半分は警察官です、この半分は泥棒です、泥棒が偉くなると警察官の課長になるんですよ、警察官が偉くなると泥棒の課長になるんですよ、そういう組織にしたと。

 この事故の後、東京出身の与謝野先生が、私はそんなことをやらなくていいのではないか、一緒にする必要がないのではないかということを言ったんだということを、ちゃんと、共同通信配信で、多分、シリーズの中で彼の写真入りで出ています。そういうことを二〇〇一年一月一日に国はやってしまいました。

 そして、やったのはいいんですが、このペーパー、私のところに、県庁にこういうのが来ました。エネ庁でこういうペーパーをまきますと。二万二千百五十戸、双葉郡内の全戸ですよ。全部流浪の民になっていますよ、今。二万二千百五十戸に、こういうペーパーをよこして、全戸にこのパンフレットをまいたんですよ。

 このパンフレットに何が書いてあるか。新しい保安院というのができましたので、もう間違いなく安全で、例えば、みんなの質問に対しての赤い字のところを読みますと、おっしゃるとおり、原子力は安全確保が大前提です、国ではジェー・シー・オー事故を教訓として原子力の安全確保を強化しました、原子力事故を踏まえ、原子力災害対策特別措置法を制定するなど、原子力防災対策の強化を図りました。

 そして、最後の、皆さんのお手元にある一番下の、多分保安院の職員だと思います。ここをちょっと、読みにくいので読んでみますね。色違いで書いてある字があります。「原子力の安全対策については、常に緊張感をもって慎重の上にも慎重を重ねて臨みます。」と書いてありますね。重という字を、字の色を変えて書いているんですよ。

 どういう意味か。もう原子力の関係者だったらわかるように、原子力は多重防護で、地震が来ようと津波が来ようとテロが起きようと、何が起きようと絶対安全ですと二万二千百五十戸の方に言ったんですが、今、この方々がどういう思いでいるか。これは全国の皆さん、国会議員の皆さんにぜひわかっていただきたい。ここまでやっていたんですから、私は信用しないですね、経産省の今やっている皆さんの動きというもの、あるいは国がやっている部分。

 そして、今これだけの苦労の中で、これはきょうのテーマではありませんが、ほかの国に輸出して、万が一事故のとき、今現場のあの一生懸命守っている、本当は国が前面に出て守らなきゃならないんですが、多分電力会社、そしてその下請の皆さんがやっているんです。その方々は、技術者は、福島県もそうですよ、除染で、うちの周りもうろうろ、うろうろと言うと語弊がありますが、関西の方の大手の方が来て、うちも十日ぐらいかけて除染しましたよ。

 原発に作業者が行きますか。百トンの高レベル放射能排水が、ねじを間違ったからなんて、毎日毎日。こういうことを、電力会社がまさに問題を起こしているなと思うんじゃなくて、国がやはり前面に出て。もう作業者はいないですよ。万が一のことがあったら、社員というか、ソフトも含めて社員はいませんと彼らは言っていますから。

 という状況を理解して、中途半端にこの問題、福島県の限定の問題なんて考えないで、文化、文明、先ほど話しました倫理の問題として、ドイツがすぐ倫理の委員会で決めましたけれども、今決めなかったらやはり良識が疑われると私は思います。

吉野委員 桜井参考人に伺います。

 こういう場で、特に国会議員の皆様方の前で現場の声、実情を話されたことは本当に意義のあることだと思います。もう三年たって、後ろを振り向けば私も涙がいっぱい流れます。でも、十回のうち一回、後ろを振り向いて、九回は前を向いて歩こう、こう心に決めております。

 そして、市長もメンバーである、赤羽副大臣がイニシアチブをとっているイノベーション・コースト構想というのが、浜通りの産業づくりといいますか暮らしづくりといいますか、ここに大きなインパクトがある、そういう構想だと私は思っております。

 南相馬市として、この構想にどういう形で取り組んでいくのかお聞かせ願いたいと思います。ちょっと、時間もないので短目にお願いします。

桜井参考人 おかげさまで、赤羽副大臣のもとで、私もメンバーに入れさせていただいております。

 南相馬市としては、先ほども申し上げましたけれども、人口減少がこれだけ厳しくなっている一方で、高学歴の人とか、これから科学技術を求める人たちが浜通りに本当に働く場があるのか、また、あの原発事故があったからこそ再生できるというようなものが浜通りにあるのかというと、残念ながら今のところは廃炉作業に追われている現状ですし、その中で、イノベーション・コースト構想というのは夢を与えていくことになるんだろうと思っております。

 ですので、南相馬市としても、そのフィールドをロボット産業協議会というような形で、地元の金属機械加工をするメンバーたちに、二十三年の段階でもう既にそういうものを立ち上げて準備してまいりました。それが、経産省の赤羽副大臣のもとでああいう構想を出していただいたので、我々も全面的に、浜通りの復興ということについて支援も準備もしてまいりたいというふうに考えてございます。

吉野委員 ありがとうございます。

 大きな夢でありますけれども、その夢を現実のものにしていくというのが私たちの仕事だと思います。

 松浦参考人にちょっとお尋ねしたいんですけれども、今、うちの方で困っていることは、若者夫婦で、旦那がいわきで働いている、奥さんと子供が県外に避難している、いわゆる夫婦別れ一歩手前くらいまでいっているんです。松浦先生が今おっしゃった合意形成のあの手法で、若いお母さん方の理解を深めるように、何か工夫すればできないかなとお話を聞いていて思ったんですけれども、ちょっとその点についてお尋ねしたいと思います。

松浦参考人 以前、南相馬の方も伺ったことがあって、職員の方もお子さんと御家族は実は遠いところに住んでいてみたいなお話を伺って、非常に心が痛むものがあるわけです。

 そのときに、実際どういうふうなリスクがあるのかといったようなコミュニケーションは国の方がいろいろやられているんだと思います。ただ、今、佐藤元知事がおっしゃいましたけれども、結局、信用していないというふうに思われてしまっては、コミュニケーションの活動というのは全て掛けるゼロになってしまいますので、まずは、お母さん方の信頼を取り戻すというための本質的なところからやっていかないと、水をかけるだけなんだというふうに私は思います。ですから、そのための行動を見直すということ。

 あと、まさに、家族が別れて暮らすというのは、私自身がもしその立場になったら、とてもじゃないですけれども許せないことですから、それはまさにモラルの問題だというふうに思います。

 ですので、そういったような側面からもこの点を議論しないと、単に、これはリスクが低いから安全ですというようなことを言っても何にも解決しないと私は思います。

 済みません、具体的な答えじゃなくて。

吉野委員 時間が来ましたので、これで終わりますけれども、本当に貴重な御意見をありがとうございました。

森委員長 次に、生方幸夫君。

生方委員 民主党の生方でございます。

 きょうは、貴重な御意見を聞かせていただきまして、大変ありがとうございました。

 私も、発災直後、二週間ぐらいたって南相馬に参りまして、あそこにもう人が住めないんじゃないかなというふうに思いましたら、今、かなりの方が戻ってきているということで、まずは、市長の御苦労、大変なことだったというふうに思います。

 ただ、先ほどのお話にもあったように、市民に希望が持てないというのは、本当に帰った方も大変な思いをしているんじゃないかという気がいたします。現実にまだ福島第一原発の事故は収束をしていないわけで、廃炉が終わるまでは不安というのがずっと残るわけですよね。その中で生活をしていかなければいけないというのは大変なことだというふうに思います。

 先ほど市長が指摘しましたように、再生エネルギーを含めた新しいエネルギーの基地にしていけば、そこが若い人が戻ってこられるんじゃないかという希望の芽であるというお話をされましたが、残念ながら、除染の問題も含めてまだまだ不安がたくさんあると思うんですよね。若い人が戻ってきてくれないというのは本当に心配の種でしょうけれども、もし私が若いころで子供が小さかったら、本当に戻るかといったら、やはり子供のことを考えると、今の状況で幾ら安全だというふうに言っても、このレベルなら安全だというふうに言ってもなかなか戻れないというふうに思うんですよね。

 どうしたらいいかということになると、なかなかどうしたらいいというふうにならないと思うんですけれども、今、市長として、国がこうしてくれればもうちょっとよくなるという思いが多分あると思うので、何をどうするというのが一番の市長の望みであるかということをお聞かせいただきたいと思います。

桜井参考人 ありがとうございます。

 我々現場を預かる者として、佐藤元知事もお話しされておりましたけれども、国が前面に出てこそ現場は安心感が持てます。

 残念ながら、医療スタッフ確保、幼保の無料化、介護の無料研修制度、全部市の単費でやっています。それは、先ほど大島先生がいらっしゃいましたけれども、加速化本部として頑張っている、でも、我々は要望してからでないとなかなかそれが実現できないし、その間に希望を失う方々がいらっしゃるわけです。

 ですので、我々、できることは、まず、やり続ける、やっていくということなんですけれども、最低限の権限と財源は現場に与えてほしい、それが全てだと思います。

 昨日も全国市長会でいろいろな会合がありましたけれども、決議もありましたけれども、森会長以下お話しされていたのは、地方に権限を移すことが必要で、それは国と一体的に、お互いにやっていきましょう、残念ながら中間管理職としての都道府県は余り役に立っていないんじゃないかというようなことも含めて議論になりました。

 まさに災害が起こったとき、特に原発事故が起こったような現実の中においては、国の皆さんが現場を支えてくれるというくらいの安心感があれば我々としてはありがたいですし、現実的に言えば、本当に被災地が一番おくれてしまうんです、例えば再生可能エネルギーを導入するにしても。被災地の復興ができていないときに全国一律の政策をやられたら、被災していないところが一番優先的に利益をこうむるんですよ。一番被災地がおくれていくんです。

 これは、被災地だからこそ特例をつけるとか、期間を延長するとか、復興してから何年までであるとかいうことが地方に安心感を持って伝われば、地方は本当に頑張ると思います。今、残念ながら、どこの自治体も、二十七年でもしかしたら財源が切れていくんじゃないか、そんなことを心配しつつ全力で取り組んでいるんです。

 ですので、地方に本当に安心感を与えるように、国が、特に被災しているところについては、財源も権限も最低限与えてほしいと思います。

生方委員 大変貴重な御意見で、私もそのとおりだというふうに思います。

 松浦参考人にお伺いしたいんですが、私、この間、原発をトルコに輸出をするという案件がございまして、反対をして党から処分を受けたんですが、何で反対したのかというと、自分が責任を持てないことはやはりやってはいけないんじゃないかと。特に原子力の問題は、我々人間が生きている期間はこんなに短いのに、使用済み核燃料の問題から廃炉の問題からまで含めると、とんでもない年月がかかってしまう。それに全然責任を持てないのに、自分がそれを勧めるということはできないんじゃないか。

 まさに、原発に頼らない生き方、これは私の思想、信条の問題だ、思想、信条は自由じゃないか、それに基づいて行動したことに対して、まあ、これは党の処分に対して、処分するのはおかしいんじゃないの、憲法でも思想、信条の自由は認められているんだから、生き方の問題なんだと。

 先ほどの指摘の中に、科学的知見以外にモラルの問題が非常に重要じゃないかと。今重視されているのは経済性とか科学的な知見とかが重視されているのであって、本当に重要なのはやはりモラル、これから先もそういう不安定な危険なものに頼っていいのか、いけないのかというところが多分一番重要なポイントじゃないかというふうに思うんですけれども、では、そのモラルの点というのをどういうふうに議論して合意形成がなされるのかというので、ヒントでもあったらお伺いさせていただきたいと思うんですが。

松浦参考人 党議拘束でいろいろ大変だったということだと思います。

 私、一つ、合意形成という考えで一番懸念しているところが、やはり、対話とかいろいろな形で物事が進んでいるんですけれども、そこに経済合理性という原理が知らないうちにそれ以外のものを排除するような形で進んできているといったようなところは、実は、私だけじゃなくて、世界じゅうの政治哲学を研究されている方は議論をしているところであります。

 つまり、合理性に基づかないことはこういったような場で議論しちゃいけないのかといったような批判が出てきております。その対応として、最近、モラルに関する議論というものをどうするかということで、デリバラティブデモクラシーというふうな英語で言うんですけれども、日本語で討議民主主義とか熟議民主主義という言い方をするんですが、それはどういうことかというと、つまり、産業界の代表とか反原発とか、そういったような形で集まってしまうと、それぞれの背負ったものがあって、その間でどうやって利害調整するかという形の交渉になってしまう。

 そうじゃなくて、例えば国会という場が実はそうかもしれないんですけれども、皆さん、あくまで一人の人間として守るべきものとか、人間としてあるべきものということを、背後に抱えているものを考えずに素直に議論することが一番大事じゃないかということが言われていて、最近見たもので、例えば昔のドイツのワイマール憲法には、国会議員というものは、あくまで全国民の代表であって、利害関係を代表するような発言はしてはならないといったようなことまで書いてあったそうです。日本はそこまで制限はないとは思うんですけれども、例えば国会のような場がそのような形で機能していただくことは私は理想の一つではあると思います。

 また、先ほど申し上げましたような熟議民主主義の実践ということで、御存じかもしれませんが、これは前政権になってしまうんですが、エネルギー・環境会議というところが国民を無作為抽出で集めて、エネルギー政策について議論したような事例もありますし、そういったような実践をしていくことで、経済合理性以外の側面からの議論というのができるんじゃないかというふうに思います。

生方委員 これは本当に非常に難しい問題で、最後は誰かが政治的な決断をしなければいけないということになるんでしょうけれども、今の状況を考えれば、私も以前は、原子力発電というのはCO2を出さないし、事故も起きたことがないから、もうちょっとふえてもいいんじゃないかなというふうに思っていたんですけれども、三・一一以降は、やはりこれは私の認識が甘かったんだということで、これからは原子力に頼ることはできないだろうというふうに私自身は思っております。

 岡本参考人にお伺いしたいんですが、専門家を育てていくことが重要だという御指摘なんですが、まさに原子炉を動かしていく専門家を育てていくことはこれまで重要でありましたでしょうけれども、これから先は廃炉あるいは使用済み核燃料をどういうふうに処理していくのかということが大事な問題になってくると思うんですけれども、そっちの方の人材育成というのはちゃんと進んでいるのかどうか、専門家の立場からお伺いさせていただきたいと思います。

岡本参考人 ただいま御質問いただきましたが、私どもは、昔から、使用済み核燃料のあり方、それから高レベル廃棄物のあり方、それについては人材育成を含めて研究、教育を継続してやってきてございます。そういう意味では、特に人材育成というのは、原子力を進める場合でも、やめる場合でも、どのような場合でも必ず必要になってまいります。

 既に我々は三十年以上にわたって原子力の恩恵を受けてきているわけで、そのような中で、どういうふうにリスクを最適化していくか。原子力をやるリスク、これは非常に福島で顕在化された、これは私も非常に思いますし、原子力をやめるリスク、これは、単純に経済的なものだけではなくて、世界的な国際関係とか、そういうものも含めてさまざまな問題があろうと思っています。

 そういうような中で、総合的な判断ができるような人材を教育していくということについては、私どもは非常に前向きにやってございますし、これについては、特に廃炉とか使用済み核燃料とか、そういうことだけにこだわらずに、全体の中で原子力のあり方を考えられるような人材をしっかり育てていきたいというふうに思っております。

生方委員 次に、佐藤参考人にお伺いしたいんです。

 きょうのお話の中でも、住民が一番の関係者であるということをお話ししていただきました。二〇一二年の三月に開かれた原子力委員会での、先ほどお話しになったところで、国民が原子力政策の決定に参加できる仕組みが必要だということをお訴えなさっておりますが、具体的にはどういう仕組みがあれば国民が原子力政策の決定に参加できるというふうにお考えになっているんでしょうか。

佐藤参考人 その前に、今まで出たお話の中で、原子力ができたころ、ロベルト・ユンクという方が、原子力が、原発ができると、まさに民主主義の国家でなくなる。当たり前で、一人悪い者が出ていきますと、完全に福島県のような状況をつくれるわけですね。ですから、監視社会にならざるを得ない、一人一人を、個人を、監視すると言うと語弊がありますが、民主主義の社会から外れていくということをおっしゃっておりました。

 そういう意味では、私は、先ほどの質問の中でありましたように、これから原子力学科に入る人なんていなくなるんじゃないか、今までは夢の学問だったかもしれないが、これからは、廃炉で四十年も頑張らなきゃならないときに、本当に出てくるのかなと心配をしております。そうでないことを祈るわけです。

 ということを今お話をお聞きして思ったわけです。質問は何でしたか、私に対して。

生方委員 国民が原子力政策の決定に参加できる仕組みが必要だというふうに御発言なさっておりますが、具体的にはどういう仕組みがあれば大丈夫だというふうにお考えか。

佐藤参考人 私は、そういう仕組みというよりも、仕組みは幾らでもできますが、さっき委員会の写真を見せましたけれども、できるだけ参加させないように、新聞社は全部来ているんですよ、テレビは。来ていて、多分、一社でも出したら、このぐらいの広さのところですから、あそこは満杯になるところなんですが、実際はコントロールしていたんだと思うんです。私さえ知らない。郡山でですから。

 というような意味では、大体この世界そのものが、原子力を一つ持つことによって大変な監視社会になるという言葉があるように、あと、国民の議論の中でコンセンサス会議のようなものをつくってどうこうということは、日本では私は不可能だと思っております。

 以上です。

生方委員 時間が参りましたので、これで終わります。

 きょうは、ありがとうございました。

森委員長 次に、山内康一君。

山内委員 みんなの党の山内康一と申します。

 最初に、岡本参考人に質問させていただきます。

 岡本参考人は、原子力規制のあり方ということで、IAEAの基本安全原則についてお話しになりました。その中で、実質的に独立であること、利害関係者から独立していないといけないということをおっしゃいました。

 今、国会で話題になっているのは、原子力規制委員会委員の任命についてです。

 この委員というのは国会の同意人事ということになっておりまして、まさにきょうのこのすぐ後、十一時から、衆議院の議院運営委員会理事会というところでこの同意人事、特に田中知さんという方の任命について議論になります。

 私もその場にこれから参加しなくてはいけないんですけれども、この原則からいうと、この田中知さんという方は東京大学の先生なんですけれども、以前に東京電力に関係する団体でお勤めになっていた。無報酬の理事のようなことをされていたそうなんですけれども、そういう意味では、東京電力あるいは原発推進に関して利害のある人ではないかと。具体的に言うと、一般社団法人原子力産業協会というところの理事をされていたそうです。そういう原子力推進のための組織の理事をやっていた人が原子力規制委員会の委員になるのは本当にいいんだろうかということを聞きたいと思います。

 政府の説明は、理事をやっていたけれども、無報酬だからいいじゃないかという説明なんですね。これは私は全く理解できなくて、無報酬だからやる気がないとか、無報酬だから無責任ということには必ずしもなりません。日本では今非常にふえている一般のNGOとかNPOを考えていただければわかりますが、大体無報酬でやってくれるNPOの理事なんというのは、お金をもらってやっている人以上に情熱と使命感を持っている人が結構多いわけですね。むしろ、NGOの理事なんというのは持ち出しで、自分も寄附して、無報酬なのに一生懸命理事をやっている、そういう人はたくさんいます。

 そういった意味で、報酬をもらっていないからいいんだという政府の説明は、実際に非営利組織で働いたことがない人の発想なんですね。お金をもらっていたら利害関係者、お金をもらっていないから利害関係なし、そういうことではないと思うんですね。

 そういった意味で、この田中知さんという方、東電記念財団というところでもお勤めになっていたようですし、非常に原子力業界と近いと言わざるを得ません。こういう人が原子力規制委員会の委員に任命されようとしている、このことについてどうお考えか、お聞きしたいと思います。

岡本参考人 ただいまここに書いてありますのは、許認可取得者及びその他全ての機関から実質的に独立、これはJNESが訳した言葉なんですが、もとの言葉はエフェクティブリーインディペンデント、効果的に独立であるという形の英語でございます。許認可取得者及びその他全ての機関ですから、ここにあるのは、別に事業者だけではなくて、反対している原子力反対派の団体であるとか、そういうものも含めて、全て実質的に独立、エフェクティブリーインディペンデントであるということを求めているわけです。

 ですので、ここのところといたしましては、利害関係者、これはプラスの面もマイナスの面も、それから全然関係ない場合も含めて、実質的に独立であるということが必要であるわけです。

 現在の規制委員の中にもいろいろな経歴の方がいらっしゃいますけれども、過去の経歴というよりは、現在、その職につかれた後がエフェクティブリーインディペンデントであるということを求めております。例えばドイツなどの倫理委員会等は、メーカーの副社長が委員になっていたりします。そういうときには、そのメーカーの代表者ではなく、あくまでも技術者としてそのエフェクティブリーインディペンデントな活動を行っているというふうに理解をしてございます。

山内委員 次に、佐藤知事に質問させていただきたいと思います。

 最近の政権のやっている原子力政策というのを見ていると、余り福島の事故の反省もなく、どんどん再稼働推進を進めるような方向で、いろいろなものを変えようとしている印象を受けます。そういった状況について、佐藤知事、どのようにお考えか、お聞きしたいと思います。

佐藤参考人 私は、知事時代に世界各地を回ることができました。その一つは、フロリダは、山脈に穴をあけてしまいましたので湿地帯がなくなっているというので、独立して二百年目ですが、今、山脈を埋めようとしています。それから、ウズベキスタンに行ったときには、アラル海という北海道と同じ大きさの海が、最初に行ったころはまだ半分ぐらい残っておりましたけれども、このごろ塩の海で、大変な塩害が出ていると。ツェルマットに私の秘書がスキーに行ったときに、自動車は百年たっても入れていないと。

 世界のそういう状況を見ていまして、私どもの環境を守る、あるいは破壊する等々も含めて、簡単に環境というのは五十年、百年で変わってしまうんだなというのを感じておりまして、そういう中から、それでは原発事故は百年でどうなったんだというよりも、一九七九年からことしまで、三十一、二年で三回の事故を起こしているんですね。ですから、私は、基本的にこの問題は、文明、文化、哲学、倫理の問題で考えていかないと、地球を本当にだめにしてしまう。

 極端なことを言うと、コモ湖というイタリアの小さい湖に行ったとき、私は国会議員時代に若手の議員の方と緑陽日本構想というのをつくって、十兆円のアメリカに行っていた金を、日本でリゾート法というのをつくって、フランス並みに、一つ福島県ならリゾート法でどうするということで方針を出して、知事になった途端に、十兆円のお金、東京で一坪売ると一山買えるんですから、福島県はめちゃくちゃになると思って、景観条例というのやら水質条例で福島県を、きょうお見えの県会議員時代の先生方と一緒に守ってきたんですね。

 ですから、原発というのは、少なくとも、さっき言ったように、三十年で三回の大事故を起こしている。日本では起きないと思っていた、日本でも起きておるわけでございますので、やはり私自身は、文明、文化、哲学、倫理の問題で判断をすべきであるというふうに考えております。

 お答えになっているかどうかわかりません。

山内委員 ありがとうございます。

 次に、桜井市長に質問させていただきたいと思います。

 先日、市長の市役所でお話を伺いまして、私は大変心を動かされまして、ぜひ同僚議員の皆さんに桜井市長の話を聞いていただきたいと思って、参考人として推薦をさせていただきました。

 今、佐藤知事に聞いたのと同じ質問をしたいと思います。今の政権を見ていると、原発を海外にも輸出する、再稼働にもかなり前のめり、原発推進派がだんだん力を得ている、そういう状況を見てどのようにお考えなのか。私の余りの持ち時間を全部使っていただいて結構ですので、十五分では足りなかった部分、ぜひ思いのたけをお話しいただきたいと思います。

桜井参考人 私は、あくまでも現場の視点からお話をさせていただきますけれども、今、先ほど申し上げましたように、七千六百人転出してしまっていて、九〇%以上が四十代以下です。加えて、二万人弱が自宅を追われた避難生活をしているわけです。こういう事態が今も続いていて、福島県では十三万人を超えております。

 そういう中で、どうして原発推進に行くのか。現場から考えれば、理由は二つだろうと私なりに思っています。一つは、トルコを含めて営業するためには、安全であるということを示さなければいけないので多分稼働させるんだろう、そういうふうに思えてなりません。もう一つは、当たり前のことですけれども、動かさなければ財務的にもマイナスになっていくので回らない、資産上マイナスになっていくので回らない。この二つだけでしょう、私の視点からすれば。

 でも、考えていただきたいのは、現場の人たちは、自分の生活をまだ取り戻せない人たちが余りにも多くいて、子供たちに将来健康不安があるんじゃないかとおびえているお母さん方が余りにも多くいて、その人たちに我々としては希望を与えなきゃいけないので、安全であって安心できる地域を、我々としても、日本としても、この原発事故が起きたからこそ、住民に、市民に、安心を持ってこの国を支えていくんだという姿勢を示すことが必要なんだと思います。

 我々、現場の長として、そのことを市民と一緒に、この国を本当によくしたいんですよ。安心できる国にしたいんです。日本だからこそ、和食の文化ではないですけれども、この暮らし方そのものが世界に対して訴えられるような国にしていきたい。ですから、世界一安全で暮らしやすい国にしていくのが我々の務めだろうというふうに、原発事故をこうむった被災地の首長として今感じながら市政執行に当たっているわけですので、国会議員の皆さんにも、ぜひそういう視点をしっかり持っていただいて判断をしていただきたいと思います。

山内委員 最後になると思いますが、松浦参考人にお尋ねしたいと思います。

 きょう、お話を伺って、松浦さんの手法というのは、例えば町づくりとかダムの建設とかそういう問題だったら非常にいいかなと思うんですが、ただ、この原発の問題に関して、福島のお二人のお話を伺った後では、とてもじゃないけれども、利害調整とか補償の問題ではないんじゃないか、原子力発電というのは。そもそも、利害調整とかお金の問題で解決できる問題でもないように私は思いますし、科学者が言っていることが相当間違ってきたことが、事故が起きた後どんどんどんどん証明されているわけですよね。

 先ほどのお話だと、四十メートルの津波が来ても大丈夫と最初説明していたけれども、それよりも少ない津波でも事故が起きてしまっている。何か、原子力発電という非常に複雑な体系の中で、チェーンというか鎖みたいなもので、一カ所でも崩れたら事故になってしまう。そういう危険なものであるとするならば、科学者の人が本当に正しいと本人は思っていても、二十年か三十年たって、実は正しくありませんでしたと後で証明されても、もう取り返しがつかないわけだと思います。

 そういった意味では、こういう手法は原子力発電の場合は有効なんでしょうか。率直にお聞きしたいと思います。

松浦参考人 ですので、今回、一番最後に付言させていただいたんですけれども、結局、全て科学の問題として処理しようとしますと、そこに不確実性みたいなものが非常に存在しているというような状況の中で、科学だけに頼って結論を出すというのは非常に難しいというふうに思います。

 ですので、私、ただ、紹介させていただいた理由の一つは、弁護科学というふうに最初に紹介させていただきましたけれども、科学に関する情報が余りに何か、右と左じゃないですが、両極端になってきていて、科学というものを我々国民が使うことができなくなってきているんじゃないかという危機感がありますので、少なくとも、どういったような仮定を置いているのかという検証くらいまではやってみていただいてもいいんじゃないかというふうには思っております。合意形成は難しいかもしれません。

 以上です。

山内委員 以上で質問を終わります。ありがとうございました。

森委員長 次に、小熊慎司君。

小熊委員 日本維新の会の小熊慎司です。

 きょうは、参考人の皆様におかれましては、大変お忙しい中、時間をつくっていただきましたことを、まず御礼申し上げたいというふうに思います。

 私の方からは、私も、先ほどの吉野委員と同じく福島県議会の出身でもありまして、また、この震災のあったときには参議院議員をさせていただいていましたけれども、現場をいろいろ訪れて、大変お忙しい中でも、桜井市長にもいろいろ現場の状況をお聞きしたり、また、本当は入ってはいけなかったんですが、二十キロ圏内にも立ち入って、震災の一週間後ぐらいに佐藤前知事にお電話をして、私自身のいろいろな思いと、また前知事のいろいろな御意見、御指導をいただいたというのを今思い出しております。

 この東電の原発事故に関しては、二〇一一年に始まった話ではなくて、トラブルデータ改ざんといった状況があって、ちょうど私が県議会に受かった二〇〇三年にその検証が始まり、当時、原発も、とめておりました。知事の手元で、また県議会でも検証して、その翌年には再稼働を了としたところであります。前提としては、国がしっかりと安全性については確保していくということを、県議会としては前提条件として認めるという決定をいたしました。

 その当時、もう既に、佐藤前知事におかれましては、プルサーマル計画も了承を撤回していたという状況。県議会としても、議論を凍結、そのような決定をしたんですけれども、その後、私自身も本当にこれは深い反省で、今回の事故にどのような結果につながっているのか、しっかりと深く反省をしなければいけないんですけれども、喉元過ぎればではないんですが、安全神話に寄りかかっていってしまったという反省が今でもあります。

 この事故の起きた後に、佐藤前知事におかれましては、国会の事故調、東電の事故調、政府の事故調、民間の事故調、いろいろありますけれども、国会の事故調は人災について言及をしておりますが、佐藤前知事におかれましても、さまざまなメディアを通して、この事故は人災だったと言い切っておられます。

 その人災だったと言われる理由について、端的にお伺いしたいと思います。

    〔委員長退席、山際委員長代理着席〕

佐藤参考人 私は、四月の十八日、外国人記者クラブでお話をさせていただきました。そのとき、二つの理由で人災だと申し上げました。

 一つは、事故の前年の六月の十七日ですか、ストップして、水が入らなくなった事故がありました。幸い、事故までつながらないで、非常用の電源が動いて水が入ったということが、六月の十七日にありました。地元の皆さんはいろいろな情報でわかっていて、その状況を報告してくれということを東電の方に申し上げたわけですが、残念ながら、何の報告もないまま来ている。東電というのは非常に大変な権力のある会社のようで、そういう動きが、報告がなかった。

 それからもう一つは、地震大国なので地震の問題について検討しよう、原発地帯の地震の問題について検討しようということで、原子力安全委員会で動いておりまして、二〇〇六年ですかね、今、私の年表には出ているんですが、改めて検討しようということに関して、石橋委員という方が辞任して涙の会見をやっているんですね。

 それは、石橋委員が、三原山が動いたときからかな、日本は非常に危険なあれだといって、関西の地震の二年前に、新書版の本ですか、出して、指摘をしていたわけですが、関西の地震になっているということだったんです。

 後で新聞で見ましたら、経産省からですか、基準を下げるなと。下げるなというのは、地震なんかの対応をする必要はないという、それはわかりませんが、指示が、原子力安全委員会のその部会で、基準を高めようとした委員会に、経産省の方から指示が出て、これは事故の後わかったんですが、結局は、やらなかったということであります。そういう意味では私は、人災である、そのときにどういうふうな対応をするかというのが十分にできたと思っておりますので、人災だと、二つの理由で申し上げました。

    〔山際委員長代理退席、委員長着席〕

小熊委員 詳細を申せば、やはり一号機から三号機、本当に、事故の起きたところが今明らかになっていませんから、これはまた今後の検証を待たなければいけないところではあります。

 二〇〇三年のデータ改ざん、事故隠しのときに、さまざま議論をしていった中で、国としてこうするべきだと、あのころは保安院でしたから、これは経産省から分離しろというのは県議会も言っていましたし、また、東電の企業体質についてもさんざん検証してきた中で、その後どう変わったかというのは私としてはチェックをしなかった、スルーをしてしまったというのは本当に大いな反省に立っているところでもあるんですけれども、結局変わっていなかったなという思いが、今振り返るとあります。

 二〇一一年の事故後、またこれでいろいろ議論があって、今度、規制委員会もできました、委員長も福島県出身者でもありますけれども、東電もいろいろなことをこの委員会、また国会の中でも、私も質疑をさせていただきましたけれども、必ず変わりますとか二度とやりませんとか、それで何かあると、あり得ないことが起きましたと。これはもう何回も聞いてきた話です、この十年来。どう変わったのか。

 佐藤前知事にお伺いしますけれども、実際、二〇一一年以降、国がこの事故を受けてどう変わったか、東電がどう変わったか、変わっていないのはどういうところかをお聞きしたいというふうに思います。

佐藤参考人 私は、知事をやめてから、余り実態、新聞情報ぐらいしか持っていませんので、ありませんが、ただ、今度の田中委員長さんが就任するときには、朝日新聞にそのことについて問題提起をいたしました。

 そのころはいろいろな情報が集まってきておりましたので、田中委員長さんが、ちょっと私、ペーパーを持ってきていたのですが、コメントを見ると、やめてよかったというような雰囲気の言葉を残していたり、あるいは、この方は私から言わせると原子力の世界の人で、規制委員長になるときも、あるいはその後の状況も、まだそういう方だなと思って見ておりましたので、一番大切な規制委員長のポジションにそういう方がつくのが、本当に、我々県民の立場あるいは国民の立場になるのか、あるいは原子力政策にとっていいのか悪いのかということは、それ以来、常に思っていたことであります。

 お答えになっていないかもしれませんし、あやふやなあれですが、しかし、その資料は、今ちょっと探せばあると思います。

小熊委員 国が前面に立つと、今までも質疑の中でありましたけれども、政府においても、復興指針では、国が前面に立って原子力災害からの福島の再生を加速化させるというのを明記しておりますし、東電においても、第一原発を分社化して、ベテランの管理職員を五百人規模、福島県に異動させるとなっています。先ほどの桜井市長の視点もありましたけれども、予算についてもしっかり対応しているというふうには思います。

 一方で、事故処理の方、汚染水対策や廃炉に向けて。これは、昨年のオリンピック招致に向けて、安倍総理も、国が前面に立つとは言っています。その後、我が党でも事故現場に行っていろいろ検証させていただきましたけれども、実際の作業は東電の社員であったりしているわけですけれども、特に事故処理に関して、国が前面に立つということはどういうことなのか。

 かけ声はいいんです。何も否定するものではないですし、私も国が前面に立つべきだとは思っていますけれども、現実として、現場の声も我々聞きましたけれども、本当に、国が前面に立つということは、技術的なことも含めて、どう責任をとって、予算をつける以外の具体的方策としてはどのようなことをしなければならないのか、その点について佐藤前知事にお伺いをいたします。

佐藤参考人 おっしゃる点、非常に重要な問題だと思うんですね。毎日毎日、本当に、あんなことで、大変失礼な言葉かもしれませんが、小さい企業でさえやらないような、ねじを間違ってあけたとか何かというのは毎日出ているんですよ。

 結論から言って、本当にこれで国が責任を持って、最初に私が申し上げた世界の常識の五カ条、その一番上に、原子力というのは国境とか何かがないんですから、国が責任を持つよと、特に事故が起きたときの体質、体制。

 今、私のところに、一、二カ月前に二人ぐらいで来た、あそこで一生懸命頑張っているのは、涙をこぼしていましたよ。当然のことながら、監督署からは、二日やったらもう高線量だからだめだと言われる。しかし、今、福島県も含め、除染も含め、幾らでも仕事はあるんですよ。ですから、原発と高レベルの被曝するようなところに行く人はいないですよ、普通の状況では。それで、一日か二日やったら休んでいろと言われると。当たり前ですが。

 そういう状況で、原発のあれは、いわゆるソフト面で解決してくださるような方も含め、本当に労働力も能力も少なくなる。だから、輸出なんというのを考えたら、日本で責任を持たなきゃならないとしたら、日本から出せませんよというようなことを、少なくとも、何人かのあそこで働いている、あるいは経営者の皆さんなんかは言っています、そういう状況であると。

 ですから、決して安全な状況でなくて、もっと国が前面に出る、本当の意味で。何か責任を持っていますか。あれは今、日本は、これは国会議員の方にお聞きしたいですが、誰が責任を持っているんですか、あそこの鎮静化のために。岡本さんはおわかりかもしれませんが、岡本さんから聞いてもよろしいですが、国が責任を持っていると思いますかというぐらいの私の思いです。

小熊委員 完全に収束するにはもう何十年もかかりますから、しっかりと、県民の願いとしては、国民、また世界からも注目されていますけれども、国が前面に立つ、東電が主体的にやる。これは何でもいいんですけれども、結果を出していかなければいけないんですが、結局、国が前面に立っていないという印象、これは私も持っていますけれども、やはり、結果が出ていないからなんです。

 進んでいる処理もありますけれども、残念ながら思ったように進んでいないということが、大きな、国が前面に立っていないという印象を持たざるを得ない部分だと思いますので、これは長い取り組みになりますから、しっかりと結果が出るような現場の体制、また仕組み、また今後のエネルギー政策に向けてもしっかりと議論をしていきたいというふうに思いますので、今後とも、参考人の皆様におかれましては、いろいろとまた大所高所から御指導いただきますようお願いを申し上げて、私の質問を終わります。

 ありがとうございました。

森委員長 次に、中野洋昌君。

中野委員 公明党の中野洋昌でございます。

 本日は、岡本参考人、佐藤参考人、そして桜井参考人、また松浦参考人、四人の皆様にそれぞれのお立場から大変に貴重な御意見をいただきました。心より、改めて感謝を申し上げます。

 私は、選挙区自体は福島とか被災地の選挙区ではありませんでして、兵庫八区の尼崎選挙区なんですけれども、もともと仕事で国交省の職員をしておりまして、東日本大震災の発災のときも、ちょうど復興の関係の仕事にかなり携わらせていただいたということもございますし、また、福島県も何度も行かせていただきました。

 当選をしてからも何度も足を運ばせていただきまして、つい先日も浪江と飯舘の方に行かせていただきまして、実際の除染の様子も含めて、地元からどういう御要望があるかなどなど、さまざま伺ってまいりました。そうした本当に地元の声、現場の声というのをまさにしっかりと受けとめながらやっていかないといけないな、改めてこういう決意をきょうはさせていただきました。本当にありがとうございます。

 まず、岡本参考人にお伺いをしたいというふうに思います。

 本委員会は、原子力規制庁、原子力の規制のあり方について、どのように監視をしていくのか、考えていくのか、こういうことでございますので、やはり岡本参考人のおっしゃっていただいた、どういう人材が必要なのかであるとか、あるいは規制基準のあり方というのはどうあるべきなのか、こういう観点は非常に大事だというふうに思います。

 原子力規制庁が発足してから、確かに、新規制基準、さまざまな今までになかった部分も取り入れて、世界的な標準から見ても非常に厳しいものをつくったんだというお話でございますけれども、先ほどのお話でいくと、私が非常に思いましたのは、総合的な観点からどうリスクを下げるのかという視点をやはり欠いているのではないか、こういうふうな御指摘だったかなというふうに思います。

 そこで、改めて、もう少し具体的な部分でお話をいただきたいんですけれども、現行のいわゆる新しい基準の中に総合的なリスクの観点というのがどの程度やはり欠けていると感じられているのか、あるいはこういうような形に変えていかないといけないであるとか、もう少し具体的にお話をもしいただければというふうに思いますので、よろしくお願いいたします。

岡本参考人 ただいまの御質問にお答えいたします。

 まず、総合的な視点というのは、残念ながら入っていないと言っていいと思います。それは、日本が、法律、原子炉等規制法、それから、実は非常に気になっているのは、その後、原子力特別災害、災害防止法、法律が二つに分かれているということから、例えばNRC、四ページなどを見ていただくと、これはいわゆる原子炉等規制法だけではなくて、災害防止法、それからあとはセキュリティー関係の法律まで、全部を総合的に彼らは見ています。

 ところが、今規制委員会で審議をしているのは、残念ながら、その中でも技術的な部分、特に、ハードウエアを使って、いわゆる想定外の想定を可能な限り高くしましょうというようなやり方をやってきています。

 二つ問題がありまして、想定外は、幾ら高くしても、必ずどこかにその上を超えるということはあり得ます。もう一つは、全く、本当に思っていなかったような想定外。事故前は、水素爆発があそこで起こるというのは、研究者を初め誰も思っていなかったようなこともありまして、そういうようないわゆる想定外に対処できない仕組みになっているんじゃないかというのを非常に危惧しています。

 これはやはり、どうしても、法律をつくるということから、何々に適合していることといういわゆる条文でチェックをしていくという形になっていることから、物があるとか物がないとか、そういうマル・バツのつけやすいところをやってしまったからだというふうに思っています。

 特に気になるのは、先ほどから佐藤前知事もおっしゃっていますけれども、それから桜井市長も言われていますけれども、緊急時の対応の部分です。緊急時の対応の部分が、これがある意味地元任せというか、事業者も地元との連携をとるというような形でとどまっておりまして、やはりそこが実質的に、地元それから事業者、それから場合によっては国といったような連携を本当にとっていくのか。訓練をやればいいというだけではなくて、そのあたりをしっかり評価をしていくというような視点、ここが私は抜けていると思いますけれども、そういう意味では、一番総合的な視野が欠けているんじゃないか。

 こういうものは、どうしても審査の現場では視野が狭くなりがちです。審査委員の方々はどうしても視野が狭くなりがちになりますので、やはりそういう総合的なリスクを考える、例えば別の機関のようなものを考えていくというのは一つのあり方かと思います。

 アメリカの例ばかり申し上げて恐縮ですけれども、NRCは独立の行政機関で、そこは人材育成に物すごいお金と人材をかけています。それに加えて、アメリカでは、ACRSというNRCを技術的に監視する機関があって、そこが技術的な、総合的な視野からサジェスチョンを行うというような仕組みができております。

 私は、独立の組織はできたわけですけれども、やはり、そういうような技術的なサジェスチョンを行っていくような機関、総合的なリスクの低減を図れるような機関、こういうものをアメリカ等を参考にしながらつくっていかれるのが一つ大きな進歩ではないかなというふうに考えております。

 現在の規制委員会、一生懸命やられているのはわかるんですけれども、どうしても非常に視野が狭くなりがちな部分があります。活断層であれば活断層のことばかりをやっておりますし、消防車であれば消防車のことばかりやっているといったような、もう少し広い視野からちゃんと考えられる別の立場の組織というのは非常に重要な観点ではないかというふうに思っている次第です。

中野委員 ありがとうございます。大変参考になる御意見だったというふうに思います。

 岡本参考人にもう一点ぜひ教えていただければと思うんですけれども、それは人材の育て方ということで、先ほどもアメリカの例を挙げられまして、大変人材育成に手間とお金をかけてということでお話がございました。

 原子力規制委員会、規制庁をつくるときに、今までは原子力村だったとか、要は規制側と規制される側が一体的でとか、いろいろな御批判があって、独立性を高めるという議論がありまして、その中で、例えば、人事もノーリターンでやるんだとか、いろいろな議論があったり、やはり専門の人材が要るということでJNESを統合しようとか、いろいろな話があったりするわけであります。

 しかし、現場に詳しく、かつ規制だけをする専門の人材をどう育てるのかというのは結構難しいなと私は思っていまして、やはり現場に詳しい人というのは、直接やっている事業者の方がどうしても詳しくなりがちというところもあって、ただ、それで人事をお互いに行き来してしまうとよくないということがありますので、独立を保ったまま現場に詳しい人材をいかに育てるのか。

 このあり方について、何か外国の例ですとか今まで研究されてきた中で、もっとこういうふうにしていけばいいんじゃないかというのがあれば、教えていただければというふうに思います。

岡本参考人 ちょっと時間の関係で先ほどは余り説明しなかったんですけれども、十三ページにそのあたりは一応書いてございまして、長期的育成、残念ながら、現在の方々は、組織は独立になったんですけれども、ほとんどが旧保安院の方々が中心でやられているという現状でございます。

 そういうことからもプロパーを育てなきゃいけないんですが、NRCはお金をかけていると申しましたけれども、運転シミュレーター、シミュレーターですから、一分の一の運転のスケールのものだったり、一分の一のポンプであったり、そういったようなものを自分で持って、そこで教育訓練をしています。そういう意味では、現場重視ということを申し上げたのは、シミュレーター。それから、場合によっては、日本との利害関係が余りない、例えば海外の原子力発電所であるとか、そういったようなところの規制のあり方等を勉強してくる。

 あとは、原子力の規制というのはやはりリスク管理が中心になりますので、国内の他分野で、例えば食品であるとか交通安全委員会というのがあります。そういうところで規制をやっておりますので、そういうところとの人材交流、規制側としての人材交流。事業者との人材交流というのは私もいいことだとは思っておりませんので、そこはそういう形でやる。

 かつ、現地検査官。NRCの場合、現地検査官の方とも何回も話したことがあるんですけれども、彼らは事業者とは相互にリスペクトしている。我々の知らないことを事業者が知っている、事業者の知らないことを我々が知っているので、お互いに尊重し合いながら、別の視点で事業者の活動を監査している。そういう中で現場の経験がどんどん育っていく。

 民間でやるといわゆるOJTということになりますけれども、そういう形で現場、もしくはシミュレーターでも構わないかと思うんですけれども、海外発電所、それから国内の他分野の規制の仕組み、海外の規制、そういったような中で経験を積んでいくこと、それが非常に重要であろうというふうに思っております。

中野委員 ありがとうございます。大変に参考になりました。ぜひしっかりと受けとめさせていただきたいというふうに思います。

 済みません、いろいろ準備していたんですが、ちょっと時間がなくなってまいりまして、桜井市長、ぜひお伺いをしたいと思います。

 私、昨年の八月ぐらいですか、一度南相馬も行かせていただいて、市長からも直接さまざま、現状本当に困っているということで、いろいろな御意見をいただきました。

 復興特にも入っておりますので、しっかりと復興という観点からもやらせていただきたいと思うんですけれども、ちょっとお話を伺いたいのは、もちろん現在の原子力行政のあり方そのものについていろいろな御意見があることは承知はした上で、今、要は各自治体で何をやっているかというと、五キロ圏内ですとか三十キロ圏内の避難計画というものを検討しているわけであります。

 私、まさに発災時、国交省におりまして、避難するときのその交通手段をどうするかとか、船は行けるのかとか、バスは誰がお金を出すんだとか、要は、全く想定していなかった中で、本当にどたばたした中で、国は国としていろいろな動きはさせていただいて、もちろん市長が現場で一番御苦労をされたというふうに思うんですけれども、当時、恐らく避難という観点からは、あらかじめ何か想定をしたり、準備をしていたりということは余りなかったのではないかというふうに思いますけれども、御自身の御経験を踏まえて、どういった点が一番御苦労されたか、あるいは、最低限こういうところをしっかりと考えておくべきだとか、そういうことがもしあれば、ぜひ教えていただければというふうに思います。

桜井参考人 避難というのは非常に厳しい現実でした。

 国が用意していない区域でしたから、自分たちが全て用意をしなければなりませんでしたし、バス会社も、二社ある一社がもう既に避難をしていて、そのバスは市内にないという現実でした。ですので、自分たちが調達することは非常に難しい。国、県は全く関与しませんでしたので、杉並区さんとか片品村とか東吾妻町とか長野県の飯田市とか、さまざまなところから御支援いただいて避難誘導をしました。もちろん、新潟県はその先頭に立っていただきましたけれども。

 そういう意味で、今UPZとかEPZとか避難計画の中で出されていますけれども、現場では必ず、道路の渋滞はもちろん、燃料の問題はもちろんですけれども起きます。加えて、災害弱者の問題、要援護者の問題、出てきます。

 ですので、我々、先ほども申し上げましたように、四百五十七人もの関連死を出してしまった最大の要因の一つは、災害弱者を避難させない施設ないし隔離できる方法が必要です。

 でも、簡単な方法は、原発を稼働させないことです。これは一番の安全策ですよ。そういうことをあえてするのであれば、核シェルターをつくるべきですよ、全て、弱い人のために。安全なところを、仮に起こったときにどうするのということの前に、起こったならば、少なくとも一定の期間、そこで生活が維持できるぐらいのものが必要です。でも、多分無理でしょう、今の感覚では。私の経験からすれば、現場で経験した者からすると、残念ながら、避難計画そのものも絵に描いた餅になりかねないと思っております。これは、泉田知事とほぼ同じ感覚です。

中野委員 ありがとうございます。

 済みません、佐藤参考人と松浦参考人にはちょっと今回質問できませんでしたけれども、大変に貴重な御意見ありがとうございました。しっかりと対応してまいりたいと思います。よろしくお願いいたします。

森委員長 次に、椎名毅君。

椎名委員 結いの党の椎名毅でございます。

 本日、質疑時間をいただきました。感謝を申し上げたいと思います。

 あわせて、四名の参考人の皆様方、大変御多用の中、この委員会にいらっしゃっていただき、貴重な御意見をいただきましたこと、私からも感謝を申し上げたいというふうに思います。

 まず最初に、岡本参考人に伺いたいというふうに思います。

 私自身は、原子力規制のあり方として、確率論的リスク評価を規制の中に取り込んでいくべきであるということを常日ごろ申し上げております。現在の規制については、宿題型と僕は勝手に呼んでいますけれども、メニューをこなしていくとそれででき上がりという規制になっていると思っていて、非常に不十分だというふうに思っています。

 先ほど先生のお話を伺っていたときに、発電所を見える化していくという話がございました。コーナーストーンを四カテゴリーに分けて、これをNRCが随時チェックしている。これはぜひやっていくべきだなというふうに私自身も思いました。

 リスクを定量化して、数値化して見える化して、そしてそれを定期的にチェックしていくということ、これがまず、これから再稼働するかもしれませんけれども、するとなると、一番重要なことの一つではないかなというふうに思っています。

 現在の原子力規制において、恐らくこれをやることはできないんだと思いますけれども、何が足りないとお考えでしょうか。

岡本参考人 御指摘ありがとうございます。

 このリスクの定量化でございますけれども、ここで考えなきゃいけないのは、リスクというのは、必ずしもPRA、いわゆる確率論的リスク評価が出してくる数字だけではないということです。数字にはどうしても不確実さが乗りますので、数字を参考にしつつ、その上で判断をしていくということが非常に重要になってまいります。

 アメリカのROPをまねした仕組みは、実は、二〇〇九年ぐらい、事故の前ですけれども、保安院がPI/SDPという名前で導入を試みました。実は、旧保安院のホームページに行きますと、各発電所の二〇〇九年だったかの成績表が載っています。

 ただ、そこで非常に残念だったのは、リスクではなく、ある意味、保安院が重大かどうかと考えるかどうか、それだけで採点をしてしまったので、本当にリスクが高い発電所というのが見えなかったということになります。

 NRCは、これは本当にリスクが高い発電所をちゃんとクリアにしていく。本当にリスクが高ければ、実は、これで赤がつくと運転停止です、自動的に運転停止になります。ですので、逆に言うと、事業者も、赤をもらわないように、一生懸命、原子力発電所を安全にしようとする。そういうインセンティブが働くのです。

 ですので、私は、事故前に考えていたリスクの見える化の仕組みを、新規制委員会になってからどうなっているか、ちょっとフォローできていませんけれども、おっしゃるように、やはり導入していくことは非常に重要な視点だろうと個人的には思っております。

椎名委員 ありがとうございます。

 数値化するとともに、それに対する科学者としての評価ということなんだと理解をしましたけれども、やはり見えないことには意思決定はできないんですね。

 日本の政治の最もよくないところ、まあ、政治だけじゃないかもしれないですけれども、よくないところは、恐らくリスクをとれないことなんじゃないかなというふうに思っております。

 次に、松浦参考人に伺いたいと思います。

 非常に貴重なお話をいただきました。私自身も、ようやく日本にこういう先生が出てきたのかなというふうに思って、ちょっと感動しております。

 やはり、私自身も海外で教育を受けたことによって、こういうことの重要性というのは非常に感じているわけです。国会事故調に私自身はいたわけですけれども、事務局の中で、今回の福島の原子力事故の中で、事故後の対応という意味ですけれども、リスクコミュニケーションのあり方とか、科学的コミュニケーションのあり方にかなりふぐあいがあったのではないかというふうに私自身は思っています。

 科学者の方々は、もしかしたら正しいことを言っていたんだというふうに思っていますけれども、それを聞く手の側が、こいつらはうそをついているに違いないと思い込んで聞いている部分があるわけですね。そういうことによって、合意形成が完全にできない状況に恐らくなっていただろうというふうに思っています。

 しかし、これから再稼働するに当たって、一応住民の同意をとるというのは、住民の同意というか周辺自治体の同意をとるというのは、総理も、それから茂木大臣もおっしゃっております。その同意の内容というのは何ですかと聞くと、おおむね周辺自治体の首長の同意ということになっていますが、僕自身は個人的には、こういう形で合意形成というかラウンドテーブル形式というか、こういった手続をとっていけないものかというのを常日ごろ思っているわけでございます。

 そんな中、やはり科学的コミュニケーションというか科学的な情報についてはかなり情報の非対称があって、この情報の非対称を見抜く力がないわけですね。このスライドの四ページを見ると、困難さの中に幾つかありますけれども、政治化された情報とか、専門家のふりをした人たちとか、科学的環境論争に見せかけた政治論争とか、こういうのがあるわけですね。まさにこういうのが、科学者に対する不信感も相まって、福島の原子力発電所の事故の後に起きたんだと思うんです。

 しかし、今後、前提事実の認識を再稼働に向けては間違いなくやっていかなきゃいけないんだと思うんですね。非常に難しいとは思いますけれども、何か、どうしたらいいかというのをちょっと御意見をいただけたらなというふうに思います。

松浦参考人 御質問をいただき、ありがとうございます。

 確かに、先ほど、どなたか御質問をいただいたかと思うんですけれども、聞く手が正しいと思わなければ、結局、コミュニケーションをやっても、正直、時間の無駄というような危険があると思います。

 そのために、共同事実確認という中でお話ししたんですけれども、首長さんなり投票される自治体の住民の皆さんなりがもう少し主体的に動くような仕組みというのをとられなければならないんじゃないかというふうに思います。

 そのために、対話集会とか、佐藤知事がおっしゃっていましたけれどもコンセンサス会議とか、いろいろな仕掛けはありますので、そういったような仕掛けを使って、住民なり首長の皆さんなりが、科学的情報というものについて取得するような仕掛けと、それに基づいて判断する仕掛けというのをつくっていかなきゃいけないというふうに思っております。コンセンサス会議、討論型世論調査、二十一世紀型タウンミーティング、いろいろな手法、テクニックはありますので、そういうのはまた別の場で御紹介できればいいかなというふうに思っております。

 いずれにしても、一番大事なのは、科学的な情報を専門家の人が与えるというのではなくて、そこをとりに行くという仕組みをつくるというところから始めてみてはどうでしょうか。

椎名委員 ありがとうございます。

 再稼働に当たってということで、岡本参考人にもう一回ちょっと伺いたいんですけれども、今し方私も申し上げましたけれども、一応総理もだと思いますけれども、住民の同意とか、避難計画が整備されることというのは、当然に想定はしているようでございます、法的に要件になっているかどうかはさておきですけれども。

 しかし、その再稼働の手続というか法的なプロセスそのもの自体は、基本的には、規制庁が、原子力規制委員会が、規制基準に合っているかどうかを審査すること、そしてそれに基づいて認可がおりれば、では、事業者はスイッチオンしていい、そういう形に法的にはなっているというふうに思っています。

 しかし、先ほどの松浦参考人のお話を踏まえると、やはり科学者については、基本的には情報の提供をするだけで、意思決定をする人間は別にあるべきであるというような、そういう話だったと思うんですね。そうだとすると、やはり政治が最後に、やりますという意思決定をするということが一番重要じゃないかなというふうに思います。大飯原発の再稼働のときには、最終的には野田総理はそれをやったわけですね。

 やはり、最後は政治が、では、再稼働をします、周辺事情その他もろもろ、いろいろ考えた上で、やりますという意思決定をして、総理が記者会見をするというのが、あるべき姿なんじゃないかなというふうに思いますけれども、そのあたりについて御所見がもしあればいただきたいなというふうに思います。

岡本参考人 私も、松浦さんの言われているとおりだと思っておりまして、それから今おっしゃるとおりだと思っておりまして、規制委員会はあくまで法律への適合性を判断するだけであります。そこから先は政治家の皆さんのデシジョンメーキング、意思決定だと思っております。野田総理の当時の演説は、私は、非常にすばらしかったと思っておりまして、ああいうような判断、デシジョンメーキングは絶対に必要ではないかと個人的には思っております。

椎名委員 ありがとうございます。

 次に、桜井参考人に伺いたいと思います。

 以前、私自身も桜井参考人からお話を聞いたことがあるわけですけれども、一緒に話を聞いていた私の友人は、いたく感銘を受けて、南相馬市の職員になってしまったという友人がいるんです。東京に住んでいるにもかかわらず、なってしまった、そういう友人もいるんです。

 以前聞いた話で恐縮なんですけれども、昔、南相馬市が、市長が市長になられた直後に、避難計画をつくろうということを県とそれから国に申し出をした。しかし、要するに、いわゆるPAZというか、八キロより外に小高の町があるということで、避難計画をつくるということに対して、それはむしろ避難計画をつくると原発が危ないというふうに思われる可能性があるから、それはやめてくれというような指摘を受けて、つくれなかったというようなお話をいただいたというふうに思います。

 ここはやはり、安全神話だったりゼロリスクに対する思想だったりという、要するに政府というか役所というか、そういう要望があっての上だというふうに思っています。

 これが、事故直後にやはりこのマインドセットが変わっていてくれないと困るんですね。やはり我々は事故から学んで、ゼロリスク神話だったり安全神話だったりというものを捨てて、虚心坦懐にリスクというか危険性を見据えた上で、それでもやるかやらないかという意思決定をしていくというマインドセットに変わっていかないといけないんだと思うんです。

 桜井市長は、この間選挙が終わって再選されたわけですけれども、この間いろいろ見てきて、福島の原発の事故の前後を見てきて、国それから福島県のあり方について何か変わったかどうかというところについて、御意見をいただければと思います。

桜井参考人 政権がかわって明確に変わったと思います。それは、稼働させる、また、この前のエネルギー基本計画でのベースロード電源位置づけの問題もそうですけれども、それは間違いなく変わったと思います。

 私は、先ほど、旧原町市の時代に、二十キロ圏外にあるわけで、十キロ圏外は避難計画をつくる必要はないという指導があったというのは、住民に不安を与える、原子力発電所は安全なんだということだと思います。これは妄信でしかなかったということが証明されたんだと思います。

 私は酪農という職業を長くやってきた人間でありますので、常に自然と向き合ってきています。皆さんの意見を聞いていると、とにかく原発ありきで行くんですけれども、エネルギーを考えればいいわけであって、エネルギーをどういうふうに危険なく我々がつくり出していくのか、また、自然を利用していくのかだと思います。

 そういう視点からすると、やはり住民に、安全で、生活を豊かにするんだと。それは心もそうですよ。そういうことを前提にエネルギー政策を考えていかないと、今起きている福島の避難民にとって、豊かであるかどうかは、もう議論の余地がありません。ですので、もうちょっと視点を長く持って、ほかの先生からもあったと思いますけれども、地球の時間ということで考えるべきだし、宇宙の時間の中で我々人間の生き方というものを考えて、原子力政策を考えるべきではないかと思います。

椎名委員 ありがとうございます。

 時間が来てしまったので、最後に佐藤参考人に伺いたかったんですけれども、済みません、失礼いたしました。

 きょうは、どうもありがとうございます。

森委員長 次に、笠井亮君。

笠井委員 日本共産党の笠井亮です。

 きょうは、岡本参考人、佐藤参考人、桜井参考人そして松浦参考人、お忙しい中、貴重な御意見をありがとうございました。

 まず、岡本参考人に伺いますが、福島事故から三年三カ月、私も、去る五月十九日に、三度目でしたが、一F、第一原発に行って視察をしてまいりましたけれども、まさに収束とはほど遠い。いまだに十三万を超える方々が避難されているわけで、これまでの原子力政策とともに、規制行政も安全神話にとらわれていた、それは共通の思いだと思うんです。そして、何としても事故を収束させて、こんな事故を繰り返させてはいけないということだと思うんです。

 その点で、先ほど岡本参考人がおっしゃったこととの関係で伺いたいのは、規制行政の教訓として、リスク低減ということで言われて、今も議論ありましたが、十のマイナス六乗、百万年に一回と言われていたものが、実際には、世界的に言えば、四十年の間に五回、そして日本では三回も同時に起きてしまったわけですが、この現実をどう捉えていらっしゃるか。

 そして、先ほど、既設のプラント、現状ではかなり安全というふうに言われたんですが、実際にこういう深刻な事故が起こったもとで、なぜ安全というふうに言うことができるのか。その二点を伺いたいと思います。

岡本参考人 まず、PRAのリスクの数字の話でございますけれども、そのリスクの数字というのはあくまで、先ほども申し上げましたが、参考にすべき値であって、これを妄信することは、安全神話と同じで間違いであります。これを参考に意思決定していく。これは、工学的に、エンジニアリングとしてリスクを考えてデシジョンメーキングをしていく、物を設計していく、そのためのツールということになります。

 その数字自体は、ある意味、先ほどから御指摘ありましたように、例えば津波、これは千年に一回ですから、起因事象としては十のマイナス三乗起きていたわけですけれども、それがわからなかったので、当然その数字の計算の中には入っていなかった、これは大きな反省点であります。

 こういうようなものがあり得るということを考えつつ、この数字というのを使っていく、これが工学に与えられた使命ということだというふうに考えております。ですので、この数字だけを考えていくということではないということであります。

 それから、福島の事故の原因は津波であるということがわかっておりまして、原子力学会の事故調の報告書等におきましても、事故の要因についてはかなりの部分がわかっています。ですので、津波それから電源対策を含めて、同じようなことが決して起こらないようにするという対策は十分なされている。

 かつ、例えば津波にしても、今回十五メーターだった、では今度十五メーターを二十メーターにしました、では二十メーターを超えないのか。先ほど申し上げたように、二十メーターを超えることだってあるわけです。そうしたときに、お手上げ、今回福島ではお手上げだったわけですけれども、そうならないためにはどうしたらいいか。それをあらかじめ工学的に考えておくこと、それから、そのための経験を持った人材を、事業者だけではなくて規制側にもしっかり用意をしておくこと、それが非常に重要であるというふうに考えています。

笠井委員 参考人の言っていることは、そういう数字を使うことがいいのかどうかという問題が根本にあるということと、地震の影響ということについてはまだわからないということも言われているわけで、その点についてもどうかという問題は考えなきゃいけないのかなというふうには思っております。

 桜井参考人に伺いますが、事故から三年三カ月ということで、文字どおり、先ほどからお話ありましたが、南相馬の市民とともに苦闘されているということで、我々も改めてしっかりと受けとめて仕事をしていきたいと思っております。

 まさにそういう点では、おっしゃったように、どの政党の問題とかいうことじゃないんだ、市民、国民の立場でということを私たちも肝に銘じてやっているところでございます。

 私も一年四カ月たっての夏に行ったときに、福島市から飯舘村を通って、南相馬市の鹿島区そして原町区、それから二十キロ圏内の小高区まで入った中で、やはりそのときも、時計がとまったままの衝撃的な光景を目撃して、体験を伺ったわけでありますが、それを踏まえて、衆議院の予算委員会でも、当時、南相馬市からいただいた被災状況の地図を掲げて、収束宣言をした政府の責任をただしたところでありますけれども、その後また、本当に深刻な状況が続いているということでお話がありました。

 事故から三年三カ月の今、市内を国が三つに線引きをしているということが何を招いてきたか。そして、国、東電の姿勢の何が一番問題かということについて伺えればと思うんですが、いかがでしょうか。

桜井参考人 御承知のとおり、十キロ、二十キロ、三十キロという線引きの中で、南相馬市は当時三分割されて、今七分割ぐらいになっているんだと思いますけれども、全ての地点が南相馬市にあります。その結果として、まだ避難指示区域が二十キロ圏内、ございまして、先ほどのような状況の避難状況が続いております。

 問題は、戻ってきても三十キロ圏外と三十キロ圏内では、例えば医療費は、三十キロ圏外は負担しなきゃいけない、一方、三十キロ圏内は免除されている。これは介護保険料も同じですし、避難していても、三十キロ圏外であれば高速道路料金は負担しなきゃいけないけれども、三十キロ圏内は要らないというようなことであります。

 きのうも、それぞれ、復興庁から要望活動をしてまいりましたけれども、このような差別感情漂う中で、住民が本当に一体化できるか。ましてや損害賠償で差がつけられている現状ですから、我々は何のために合併したのとか、合併して損をしたとか、そういう議論になるわけですね。

 南相馬市が何で合併をして、一体化をして、これから町づくりとして、今までなかった町を新たに創出していく、そういう中で起こった事故なので、我々としては、国が線引きした責任もあるので、一体的な行政運営をしてほしい、そういうことを保障してほしいということを常々申し上げておりますし、そのことができれば、もっと住民も前に向いていけるんだろうと思います。

 ぜひその点を現状認識していただいて、御支援いただければと思います。

笠井委員 松浦参考人に伺いますが、今深刻な福島第一原発の汚染水問題ということで、この解決のためにも、やはり規制行政の果たす役割があると思いますし、それから国会あるいは政府の役割は大きいと思うんですけれども、当委員会でも、国会事故調の提言を受けて諮問機関の設置が検討されているわけでありますが、松浦参考人はお話の中で、正確な情報提供に徹するということと共同事実確認の重要性ということを強調されました。

 汚染水問題でいいますと、原発に対する立場あるいは意見、態度の違い、これを超えて専門家の英知と総力を結集しないことには本当に解決できないんだという問題として我々は考えているし、多くの方々の思いだと思うんですけれども、そういう点で、そういう場をつくるということにおいて、参考人のおっしゃったそうした知見あるいは御意見の中で言われたことに関連して、どのようなことが大事だと思っていらっしゃるか、あるいはそういう場が必要かどうかということを含めて御意見をいただけるでしょうか。

松浦参考人 汚染水の問題は、実は私自身が余り状況を把握していないものですから、ちょっととんちんかんなお答えになったら申しわけないんですけれども。

 もしつくるとしたら、まず、汚染水にかかわる理学的な知見と工学的な知見としてそれぞれどういうものがあるのか。つまり、問題解決のために遮水壁、いろいろなものがあると思います、その解決のための学問と、あと危険性といったものですね、放射線とかいったようなものの学問、そういったものを総括的に捉える必要があるというふうに思います。

 あと、それを受ける側での諮問機関というのは、それはまた先ほどの利害調整になるのか、あるいは国会的な機関になるのかわかりませんけれども、いずれにせよ、国民の代表といったような形での正当性があるような組織構成にするということが一番大事なんじゃないかなというふうに思います。

笠井委員 佐藤参考人と桜井参考人に伺いたいんですが、先日、福井地裁で大飯原発の三、四号機の差しとめ訴訟の判決が出ました。これに関連してなんですけれども、私自身は、この判決というのが、やはり、福島事故の現実、それから三年後の現実を踏まえて、憲法で保障された人格権を最優先にして、他の技術とは異なる原発の本質的な危険性を強調して、原発安全神話に対して厳しい断罪を下し、国民の命よりもコストを優先する考え方をきっぱりと退けた、画期的なものだというふうに受けとめているわけなんです。

 これは、大飯原発はもとより、全国の原発の再稼働を中止して、やはり、直ちに原発ゼロを決断すべきという声がこれを受けて広がっているという現実があると思うんですが、福島では、あの事故を体験されて、まさに今、オール福島という思いで、全原発十基廃炉ということで、これを求める意見書が県を含めて全自治体で可決されているということで承知しておりますけれども、そうした事故を体験した福島県民あるいは南相馬市民として、あの福井地裁の判決をどういうふうに受けとめていると承知していらっしゃるか。

 それから、他方で、原発を重要なベースロード電源と位置づけた政府のエネルギー基本計画、それから再稼働の方針というのがあるわけですけれども、県民あるいは南相馬市民が、これに対してどういう思い、どんな意見を持っていらっしゃると認識していらっしゃるか、それぞれ御意見を伺えればと思うんですが、いかがでしょうか。

佐藤参考人 松山のあの最高裁判決、愛媛県の伊方原発、あの判決以来、残念ながら、日本の司法も含め、なかなかしっかりした考え方が出てこなかった。あの判決が非常に大きな意味を持っていたんだと思うんです。

 しかし、そういう中で、司法そのものは、ここで申し上げることではありませんが、余りにいいかげんな司法の姿を見てきておりますので、この程度だと思っておりましたけれども、しかし、今お話しのように、本当に真剣に原発を、まさに住民の立場で、国民の立場で、そして、科学技術あるいは倫理の立場で判断しているなというのが、私のあの判決を聞いての実感でございました。

 これを契機に、司法そのものが、本当に、私は県知事として、まず、国、県、市町村、住民というベクトルを、徹底して、住民から市町村、県というふうに物の考え方を変えるということで、一つ一つのテーマの、これは全ての問題についてですが、やってきたわけです。ですから、国とぶつかることも非常に多かったわけでございますが、そういう意味で、ひとつ、大いにこの判決が、これからの司法も含めた日本の体質改善になっていくことを期待したいと思います。

桜井参考人 大飯原発の差しとめについては、被災をした自治体の代表としては歓迎をしております。その一方で、大飯原発を含めて、自治体にとっては大変なまた苦労があるんだろうと思っています。

 問題は、原発の問題ではなくて、地方をどういうふうに維持していく、その財源をどういうふうに確保していくかが地方にとって一番の悩みなので、原発があるとかないとかいうのは、誘致してそれだけの財源が確保できるという体質がそういうふうにさせているんだと思います。

 ですので、原発事故を経験した南相馬市を含めた福島県を代表すれば、この判決はすばらしい判決だと思います。

 一方で、ベースロード電源に位置づけたことについては、私も、先ほど申し上げましたとおり、国のやむを得ない、今の政権からすれば、営業するという点で、やむを得ない判断として位置づけたんだろうと思います。ただ、そこには、我々被災した住民の視点は全く含まれていないというふうに考えてございます。

笠井委員 時間になりましたので終わります。福島の思いもしっかり受けとめて、そして、今後も国会での仕事に当たっていきたいと思います。

 ありがとうございました。

森委員長 次に、畑浩治君。

畑委員 生活の党の畑浩治でございます。

 岩手選出の被災地の議員でございまして、本当に皆様の活動には敬意を表させていただきます。そして、四人の参考人の皆様、本当に貴重な意見をどうもありがとうございました。

 私自身、単純に申し上げまして、原発というのは、福島第一原発の事故があってなおかつ原発に頼ろうという発想には理解できないものがあります。

 そして、原発の本質というのは、人間の管理可能性に非常に乏しいのではないか、事故が起こった場合にスイッチを切ってとめるというわけにはいかぬ、これは根本的にやはり問題を抱えていると思っております。

 恐らく、国民の多くの皆様は素朴にそう思っているんじゃないか。これは、すぐ脱原発なのか、時間軸はともかくとして、やはり頼らなくて済むならばそれにこしたことはないなということなんだろうと思います。

 そういうところをどうやって進めていくかということなんですが、ただ、この脱原発の進め方というのも、見てみると、そういう仕組みとか進め方をしようとしても、かたい反原発の人は集まるけれども、一般国民の人はちょっと引いてしまうという部分もありまして。

 済みません、質問は、先に申し上げなきゃいけませんでしたが、佐藤前知事とそして桜井市長に被災地の立場でお伺いしたいわけです。

 結局、言ってみれば、ファナティックな脱原発の人々の叫びには閉口して、なかなか国民の大多数はついていけないというか、そこの国民的な広がりにはならない。したがいまして、気持ちの上では、国民の大多数は脱原発というか、原発はない方がいいと思っているけれども、なかなかそういう全体の運動にはついていけないということが率直な気持ちだと。

 結局、そこは、みんなで国民がどうやって参加できるか、そして、どうやったらイデオロギーではなくて現実的なアプローチで進めていけるのか、そこのところをしっかり組んでいくことが必要だと思いますが、その点についてお考えを、ぜひとも、佐藤前知事と桜井市長の被災地の立場及び原発についていろいろ問題意識を持っているお立場からお伺いしたいと思います。

佐藤参考人 おっしゃるように、福島の原発でこれだけの事故が起きても、その運動の展開についてはいろいろな意見が出てまいります。ですから、私も幾つかのそういう団体と一緒に行動をしております。今まで全然接触がなかった方が代表の団体とも一緒に運動をしております。

 福島県においては、そういう意味では、全体的に皆さん気持ちは同じでございますので、そう大きな抵抗はなく展開できている。言う人に言わせると、何であのグループとやるんですかというような意見は特にあります。これは、あとは私本人の気持ちと考え方で処理できるものでございますので、判断できるものでございますので、そう大きな苦労はしないで、物を申したり団体に出席したりということをやっているところでございます。

 以上です。

桜井参考人 先ほどからも、委員の皆さんにいろいろな答弁をしてまいりましたけれども、私としては、運動どうこうの問題ではなくて、原発事故が起きたことの現実をしっかり知らしめることが必要だと。その中で、本当に、市民、国民がいかに暮らすべきであるのかということが、一人一人の問題として考えさせられているわけですね。

 誰しも幸せに暮らしたいわけですので、その現実を我々としては提供するために、もはや新しいエネルギーにみんなで参画できる、そのことがより安全な社会をつくるんだということを、現場から見えているので、その方向にいかがでしょうかということを皆さんにお話ししている、そういうところでございます。

畑委員 ありがとうございました。

 私も、結局、これはイデオロギーじゃないんだろうと思います。国を愛する、地域を愛する考えを持てば、これは保守、革新、関係なく、おのずからやはりそこの考え方というのはすり合ってくるんだろうと思います。

 あとは、手法論とか時間軸とかいろいろあるんですが、あるいは、まさに代替エネルギーをどうするか、そこは知恵を絞って、それは、原発がなければ立ち行かないんだという気持ちではなくて、逆の気持ちでしっかり工夫をしていく、そういうことでやはり進めなければいけないのだろうと思っております。

 次に、岡本先生と桜井市長にお伺いしたいと思います。

 先ほど来、新規制基準の議論がございました。この新規制基準は、政府は世界最高水準だと言っているわけですが、それは確かに、先生おっしゃったようにハードは大したものかもしれません。そこは私も、専門家ではないので、ハードがいいのかどうかというのは判断もつかないわけですが、そこの部分と、やはり欠けているのはソフトなのだろうなと。

 つまり、日本というのは、最悪のことをソフト面で想定しないという文化が昔からあるような気がします。事故やテロが起こった場合、その対応などがどうなるのかというところがやはりちょっと不十分というか弱いなという気がする。

 あと、自治体の避難計画等の議論もありましたけれども、この避難計画、そしてその実効性の確保が再稼働の必要条件としっかり位置づけられているのかどうかとか、あるいは、そういう避難計画、あるいは、事故があった場合の対応、防災体制が実効性を伴っているかどうかチェックするシステムが入っているのかどうか。

 要は、最悪の場合にどういうふうにしっかりと組んでいるのかというところがなかなかないのかなという問題意識を持っております。

 そこで、岡本先生には専門家の立場から、そして、桜井市長にはまさに地元で市政を預かっている責任者の立場として、福島第一原発時のいろいろな、その後の対応の御経験とか問題意識もおありでしょうから、お伺いできればと思います。

岡本参考人 先ほどから繰り返しになりますけれども、私も、事故を考えておくこと、あらかじめ考えておかなくちゃいけないということが、今回の福島事故の一番大きな反省であったと思いますので、そこを、事故が起こったと考えて規制をしっかりやっていくというところだと思います。

 そういう意味で、ハードウエアは、先ほどの繰り返しになりますけれども、おっしゃるとおりちゃんとやられています。ところが、おっしゃるとおり、ソフトウエアですね。

 昔、私、実は保安院に頼まれて、大飯のときもやったんですけれども、ストレステストというのをやりました。あれはどうしてもハード、発電所の中が中心になるんですけれども、ある発電メーカーには、防災といいますか、事故が起きた後の避難に対するストレステストをやってくれと。

 そうすると、その発電所から三キロぐらいのところに小学校があるよ、病院があるよ、その人たちをどうするの、すぐに避難しなくちゃいけない。そういう場合も考えなきゃいけないし、場合によったら、そうしたらもう発電所にバスを用意しておいたらどうかとか、そういうようなことを言ったりしています。

 だから、やはり、事故が起きた後の弱点をしっかり考えておくこと、これが非常に重要で、御指摘のとおり、私としては、ここの部分は何となく今まだ不十分に思えますので、しっかり規制庁としても考えていく。それは、規制庁は地元任せにせずに、それから事業者も自分のこととして考えていくということが重要だというふうに思っています。

桜井参考人 いろいろな基準をつくって厳格に管理することは必要だと思いますけれども、先ほど来答弁させていただいているように、事故が一旦起きてしまったとき、仮に人口の集中密度が高いところで起こった場合、多分日本がだめになってしまうぐらいのリスクだと思います、福島でさえこれだけの状況が起きておりますので。

 ですので、本来日本が目指すべきものとして現場から感じるのは、少子化で人口減少社会の中で、いかに日本が豊かに暮らすか、そのためにエネルギー政策をどういうふうにしていくかということを考えれば、避難などせずにそこで安心して暮らせるエネルギー政策をみんなでつくり上げていくことが、やはり日本人はすばらしい国民なんだと世界じゅうから尊敬されるようになるのではないかと私は思っておりまして、それぞれの地域資源をしっかりと活用して、国際社会でも生きていける、その先導役としての日本になってほしいと私は現場から感じております。

畑委員 ありがとうございました。大変すばらしい御意見をいただきました。

 そして、最後になりますが、イデオロギーじゃなくて議論する前提として、原発のコストということで、岡本先生と、知事時代から佐藤前知事、問題意識があったと思うんですが、原発のコストが果たして安いのかどうか。要は、今まではやはり原発というのは安いと言われてまいりましたし、平成二十三年十二月のコスト等検証委員会の報告書でも、事故リスク対応費用を加えてもそんなに高くならないというデータなんです。

 実は、除染を徹底的に完璧にすれば、そこはすごくかさむ、こんな数兆で済むわけはないという議論もあったり、あるいは、やはり放射性廃棄物の処理費用ですよね。廃炉費用とか、こういうのは十分見ていないんじゃないかという議論もありまして、こういうのを見ると、事故リスク対応費用の五・八兆どころじゃなくて、ある民間シンクタンクだと百五十兆かかるというすごい言い方もありました。

 本当にそういうことを考えると、こういうのを足すと原発というのはめちゃくちゃ高くなるわけですが、原発のコストというのをどうお考えか。

 そして、これはもう一つ、再処理もそうなんです。

 再処理は、やはり、どこかで聞いたとき、原発五十四基あって、その相当部分が稼働しないと再処理のコストは見合わないんだ、脱原発をしていって、例えば、ほとんど原発がない、あるいはせいぜい二十数基の稼働だったら、再処理のコストは見合わないということも聞いたことがありますが、そういうことも含めて、原発のコストというのは果たしてやはり進めていくのに合理的なのかどうかというお考えをお伺いしたいと思います。

岡本参考人 実は、電力のコストというのは、電力量自体が物すごく大きな単位ですので、再処理、それから今回の福島の廃炉、廃止措置、それらを含めてもコンペンサブルという、さほど高くならないというのは、事故の後、原子力委員会等を含めて議論をした上で、もっと高くなるかなと個人的には予想していたんですけれども、思いのほか安かったというところは思っています。これは、発電量というのがやはり非常に高いということがあります。

 一つだけちょっと、直接コストではないんですけれども、今政情不安になっているウクライナという国があります。あそこはチェルノブイリを経験してございますけれども、今、発電の五〇%を原子力で賄っています。残りの五〇%を、ロシアからの天然ガスです。そういうような中で、一時、ウクライナも一旦やめたんですね、チェルノブイリの後。しかしながら、やはり、背に腹はかえられないということで、原子力発電所、それから、いろいろな問題があると思いますけれども、天然ガス等でやっている。

 そういう意味では、廃止措置、もしくは高レベル廃棄物も含めて、コスト的には世界的には十分見合うというふうに考えられているということだと思います。

佐藤参考人 その答えは、「あなたはどう考えますか?」のこれをじっくり読んでいただければと思います。

 それでは、「もんじゅ」はどうするんですか。それから、再処理工場というのをやっていますが、きょうは経産省の方はいらっしゃらないんですね。再処理工場は何回故障していますか。そして、どこに最終処分場は持っていくんですか。モンゴルに持っていくと、アメリカと両方で相談していたというようなことが新聞で事故の後、出てまいりました。

 すなわち、何度も言いますが、文化、文明、哲学、倫理からいって成り立たないのは、これをよく読んでいただくと、経産省の若手の官僚の皆さんでさえ、十九兆円の無駄遣いで、年金以上の、そして持っていくところもないと。

 私は、今度の事故が起きて最初に頭に浮かんだのは、ああ、これは通産の方は喜んでいる、大変失礼なことを申し上げると、頭をよぎったことですね、喜んでいるだろうなと。なぜなら、捨てる場所がないんですから。

 そして、課長が来たときに県議会が聞いたら、それは東京電力と原燃で相談してくださいと。事故の前の年ですよ。燃料の課長がそう堂々と、今議事録を持っていますが、言っているんですよ。どこにも持っていく場所がなくて、今度はよかったなと思っているかもしれませんが、福島県が何となくその場所になりそうな、なりそうでない、絶対にだめですけれども。

 そんなことで、福島県は犠牲者なんですから、これ以上、中間処分なんかさせないでくださいよ。国会議員の皆さん、頑張って、それができないんだったらもうやめてくださいよ。モンゴルなんかに持っていくことを決めていたら、文化、文明のあれで世界的に笑われ物になっていたと思いますよ。

 どうも、興奮して余計なことばかり申し上げますが、御理解いただきたいと思います。

畑委員 終わります。ありがとうございました。

森委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。

 参考人各位におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚くお礼を申し上げます。

 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後零時二分散会


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