平成14年7月4日(木) 政治の基本機構のあり方に関する調査小委員会(第5回)

◎ 会議に付した案件

 政治の基本機構のあり方に関する件

  上記の件について参考人八木秀次君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

  高崎経済大学助教授 八木 秀次君

(八木秀次参考人に対する質疑者)

  奥野 誠亮君(自民)

  伴野  豊君(民主)

  斉藤 鉄夫君(公明)

  藤島 正之君(自由)

  山口 富男君(共産)

  金子 哲夫君(社民)

  井上 喜一君(保守)

  中山 正暉君(自民)

  島 聡君(民主)


◎ 八木秀次参考人の意見陳述の要点

1.明治憲法に学ぶもの

  • 憲法とは“constitution”=「国柄」の意味であって、憲法論議は、まず、「国柄」に関する議論でなければならない。
  • 明治憲法の制定に中心的役割を果たした伊藤博文、井上毅、金子堅太郎は、いずれも、憲法は歴史や伝統の上に成り立つものでなければならないとの認識を持ち、かつ、復古主義によることなく起草に当たったものである。
  • 明治憲法については、その中身ではなく、その制定に当たって「国柄」に関する議論を重視した姿勢に学ぶべきものがあると考える。

2.今日における明治憲法の評価

  • 今日の学校教育等においては、明治憲法体制は、天皇制絶対主義として描かれ、天皇が最高の権力者であってその権限の強さが強調されているが、これは、正確な理解ではない。

3.明治憲法下の統治構造−特に内閣制度と天皇との関係−

(1)伊藤博文と井上毅の天皇観の相違
  • 天皇と内閣の関係について、伊藤博文と井上毅との間には、天皇観をめぐって認識の相違があった。
  • 伊藤博文は、天皇を「受動的君主」として捉え、国政は首相が主体となるべきで、天皇は国務大臣の輔弼によらなければ権力を行使し得ないと考えていた。これに対し、井上毅は、天皇を「能動的君主」として捉え、国政は天皇を中心とし、国務各大臣は、これを補佐する役割を担うものと考えていた。
  • 国務各大臣が天皇を輔弼すべき旨を定めた明治憲法55条の規定や内閣官制は、両者の妥協の産物であり、その後の解釈運用に不明瞭さを残すこととなった。
(2)実際の運用
  • 統治体制の実際の運用は、伊藤博文の構想に沿ったものであったといってよい。
  • 政党内閣制は、そうした運用の中で確立されていったものである。
  • しかし、内閣総理大臣の統制権が弱かったことが、その後、軍部による政治への介入を招くこととなった。
(3)権力の割拠性−明治憲法の欠点
  • 明治憲法体制下においては、天皇は、親政をとらず、内閣等の輔弼に従って名目的な統括者として権力を行使する存在であった。
  • 各輔弼機関は分立的・割拠的であったため、その調整は事実上、元老に委ねられていたが、元老の消滅に伴い、実質的な統治の中心が不在となってしまった。
(4)立憲君主制
  • 天皇は、常態においては公議を尊重するのが「憲政の常道」であり、したがって、明治憲法下の政治体制は、立憲君主制であったと考える。

4.日本国憲法における象徴天皇制度の理論

  • 日本国憲法草案の起草に際し、GHQは、天皇の地位について、これを「意義ある地位」とすべく、国政を君主による「尊厳部分」と内閣その他による「実効部分」に分け、君主を「目に見える統合の象徴」とする英国型の立憲君主制を構想した。
  • これは、「受動的君主」を想定した伊藤博文の構想にも通じるものである。
  • したがって、日本国憲法第1章は、英国流を採り入れると同時に、明治憲法をも受け継いだものと理解すべきである。

◎ 八木秀次参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

奥野 誠亮君(自民)

  • 現行憲法8条では、皇室財産の譲渡等に当たっては国会の議決に基づかなければならない旨規定されている。皇室財産等天皇及び皇室の尊厳に関わる事項については、皇室会議に委ねるべきと考えるが、いかがか。
  • 明治憲法では、統帥権をはじめとして多くの大権事項があったため、国会は内閣を、また、内閣は軍部を統制することができなかった。このことが、その後の戦争の拡大を導いた原因であると考えるが、いかがか。
  • 他国の意に沿うことを重視しているように見える日本外交の現状について、危惧感を抱いている。歴史観や宗教観は国によって異なるものであること等を踏まえた上で、政府は、中国、韓国、米国等に対し、国家としての態度を明確に主張すべきであると考えるが、いかがか。


伴野 豊君(民主)

  • 戦後の教育において「国柄」に触れることが避けられてきたため、現在の日本人は「国柄」を認識することができなくなったと考える。このような考え方を踏まえた上で、今後の教育の在り方について、参考人の見解を伺いたい。
  • 現代の若者の多くは、「自国」という存在を認識できなくなっているのではないか。グローバル化が進展する時代であるからこそ、「自国を愛する心」を意識すべきと考えるが、いかがか。
  • 参考人の主張は、新憲法を制定するような気概を持つべきであるという趣旨と考えてよいか。また、憲法を改正すべきであるとする主張であれば、憲法改正に当たって、天皇制をどのように位置付けるべきと考えるか。首相公選制の議論を踏まえた上で、参考人の見解を伺いたい。


斉藤 鉄夫君(公明)

  • 現行憲法と明治憲法には、共通性があることを認識した。その上で、前者においては「普遍性」が、後者においては「土着性」が強調されたと考えるが、いかがか。
  • 国民主権と天皇主権との関係及び明治憲法下における人権保障の在り方について、参考人の見解を伺いたい。
  • 教育基本法と教育勅語との関係について、参考人の見解を伺いたい。


藤島 正之君(自由)

  • 参考人は、歴史と伝統の上に憲法が存在すると主張するが、現行憲法を見直すに当たって、どのような形で歴史と伝統を取り入れていくべきと考えるか。
  • 参考人は、明治憲法体制下及び現行憲法体制下での国民の権利・義務、民主主義等の考え方を踏まえた上で新しい憲法を構想するに当たり、そのあるべき方向性をどのように考えているか。


山口 富男君(共産)

  • 明治憲法を検証するに当たっては、当時の対外的な事情とともに、自由民権運動の中で生じてきた民間の憲法構想について検証する必要がある。参考人は、民間の憲法構想の一つである「植木枝盛草案」をどのように評価しているか。
  • 参考人は、明治憲法体制下の統治構造は立憲君主制であったと主張するが、立憲君主制は、君主の絶対性の否定を前提とする。明治憲法に、天皇の絶対性を否定する規定は存在するのか。
  • 美濃部学説が公の場から排除された理由及びその評価について、参考人の見解を伺いたい。


金子 哲夫君(社民)

  • 参考人は、美濃部学説が排除された昭和10年以降、明治憲法は実質的に停止状態に陥ったと言うが、そもそも、明治憲法そのものに、統帥権や形式的な議会制等の本質的な問題点があったのではないか。
  • 参考人は、リベラル的側面を持つ明治憲法が排除されたことにより、我が国が戦争への道を走ったと言うが、そのようなことへの反省に立って、平和主義を掲げる現行憲法が存在すると考える。こうしたことを踏まえると、現在の有事法制や憲法改正への動きは、再び戦争への道を歩むことにつながると考えるが、この点について、参考人はどのように考えるか。
  • 「国体の護持」のために無条件降伏を定めるポツダム宣言の受諾が遅れ、我が国に原爆が投下された経緯を踏まえれば、「国体の護持」とは国民にとってどのようなものであり、我が国は何を守ろうとしたと参考人は考えるか。
  • 参考人は、明治憲法は国民主権の考え方をとっているとも評価できると主張しているように見受けられるが、明治憲法体制下においては、天皇を輔弼する内閣の権限が議会の権限と比較して強かったと考えられる。この点について、参考人の見解を伺いたい。


井上 喜一君(保守)

  • 天皇制は我が国独自の制度であり、また、現行憲法の「象徴天皇制」に関する規定は、よく整理されていると考える。参考人は、我が国が「立憲君主制」である旨憲法上明らかにすべきと主張するが、どのような規定にするのが望ましいと考えるか。
  • 現行憲法と一体のものとして制定されている教育基本法について、参考人の見解を伺いたい。
  • 9条は、理念としては高邁であるが、現実に沿った形では機能しないと考える。この点について、参考人の見解を伺いたい。


中山 正暉君(自民)

  • 聖徳太子が制定した「十七条憲法」においては、戦乱を避けるために、天皇を中心とする体制の下で権力と権威を分離するという知恵が示されていた。新しい憲法を議論する際には、こうした知恵を大切にし、世界全体が戦場となる悲劇を起こさないための理想的な憲法を作るべきであると考えるが、この点について、参考人の見解を伺いたい。


島 聡君(民主)

  • 参考人は、天皇が「元首」である旨を憲法上に明記すべきであると主張する。その際には、「元首」の概念について、絶対的な権力を有するという旧来の概念ではなく、新しい概念としてとらえ直した上で規定すべきであると考えるが、いかがか。
  • 明治憲法体制下の統治機構について、「権力の割拠性」という特徴が参考人から述べられたが、現行憲法下においても、憲法上は首相は「首長」とされながら、内閣法や行政組織法上は首相の権限は強いものとなっておらず、「権力の割拠性」と同様の状況であると考えられる。このように、統治の中心が存在しないということは、日本の「国柄」と考えてよいか。また、統治の中心が存在しない現状について、参考人は、どのように考えるか。
  • 明治憲法2条「皇位ハ皇室典範ノ定ムル所ニ依リ皇男子孫之ヲ継承ス」の規定中、「皇男子孫」の部分が、現行憲法2条において削除された理由は何か。また、憲法上、女性天皇は認められると考えるが、この点について、参考人の見解を伺いたい。

◎ 自由討議における委員の発言の概要

中山 正暉君(自民)

  • 参考人の主張した我が国の歴史と伝統の上に成り立つ「日本の匂いのする憲法」を考えるに当たっては、八百万(やおよろず)の神の思想を踏まえる必要がある。
  • 天皇の一言で戦争が始まったとの指摘もあるが、そのことよりも、天皇の一言で戦争が終わり、本土決戦を避けることができたことを重視すべきである。
  • 21世紀の世界が悲劇的なものとならないように、日本は、被爆国として「鉾に血塗らずして」平和を構築すること等の普遍的な理念を盛り込んだ理想の憲法を作るべきである。