平成16年3月11日(木) 基本的人権の保障に関する調査小委員会(第2回)

◎会議に付した案件

基本的人権の保障に関する件(市民的・政治的自由(特に、思想良心の自由、信教の自由・政教分離))

上記の件について参考人野坂泰司君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 学習院大学法学部長  野坂 泰司君

(野坂泰司参考人に対する質疑者)

  棚橋 泰文君(自民)

  笠 浩史君(民主)

  太田 昭宏君(公明)

  山口 富男君(共産)

  土井 たか子君(社民)

  倉田 雅年君(自民)

  村越 祐民君(民主)

  小野 晋也君(自民)



◎野坂泰司参考人の意見陳述の概要

1.思想・良心の自由

(1) 「思想」とは、一定の価値観に基づく体系的な思考や信念、いわゆる主義・主張、世界観、人生観などを指し、「良心」とは、事物や自己の行動の是非について判断する内心の作用を意味するとして、両者を一応区別することができるが、重要なのは、思想・良心の自由(より広い意味の思想の自由)が人間存在にとって根源的な自由だということである。

(2) 思想・良心の自由が憲法に規定されるに至ったのは、明治憲法下において思想の自由が抑圧された苦い経験への反省に基づくものである。

(3) 19条のように思想・良心の自由を信仰の自由から独立して規定した例はあまりないが、日本国憲法においては、信仰の自由や宗教的良心の自由については20条で保障されているのだとしても、19条からそれらの自由を排除すべき必然性はなく、19条において宗教的信条をも含めて、包括的に内面の思想の自由を保障したものと解すべきである。

(4) 思想・良心の自由を「侵してはならない」とは、人は内心においてどのような思想を抱こうと自由であり、国家はそれを制限したり禁止したりすることは許されないことを意味する。思想の告白強制の禁止について争われた事件として三菱樹脂事件などがある。思想に基づく不利益の賦課、差別的取扱いの禁止に係る問題として、我が国では見られないが、アメリカにおいては、ヘイト・クライム(被害者に対して個人的には面識も恨みなども一切ないのに、被害者が特定の人種、宗教又は同性愛者のグループに属することなどを理由として、いわば無差別に被害者を選び出し行われる犯罪)の加重処罰のような手法が問題となる。自己の思想・良心に反する行為強制の禁止に関し、南九州税理士会事件などの判例があり、良心的兵役拒否や思想信条に基づく裁判員になることの拒否が問題となる。また、国旗・国歌の問題は、思想・良心の自由にかかわる最も重要な問題の一つである。沈黙の自由との関係では、謝罪広告の強制が許されるかが問題となった(謝罪広告強制事件)。

2.信教の自由・政教分離原則

(1) 「信教の自由」の内容は、信仰の自由・宗教的行為の自由・宗教的結社の自由であり、思想の自由と並んで、人権宣言の中核をなす最も重要な人権である。

(2) 政教分離原則とは、国家と宗教とを分離するという原則であり、これが信教の自由の保障を促進又は補強するためのものである点は、判例を含め学説も一致している。また、憲法上、「厳格分離」が要求されていることは疑いの余地がない。

(3) 憲法が何らの留保なく「信教の自由」を保障し、併せて「政教分離原則」を詳細に規定したのは、明治憲法における信教の自由の保障が不徹底だったことによる信教の自由の抑圧の経験による。

(4) 信教の自由には、信仰の自由と信仰に基づく行為の自由とが含まれる。前者については、内心の自由として絶対的に保障され、信仰告白の強制や信仰(不信仰)を理由とする不利益賦課が禁止されるのは思想・良心の自由の場合と同様である。これに対して、後者の宗教的行為は、外部的な行為であって、社会における他者との関わりを生じるために、おのずから一定の制約に服さざるを得ない。ただし、その規制は、必要不可欠な公共的利益を達成するための最小限度のものでなければならない。加持祈祷事件、宗教法人オウム真理教解散命令事件、「エホバの証人」剣道実技拒否事件が判例として挙げられる。

(5) 憲法は国家と宗教との厳格な分離を要求するが、「完全」な分離まで要求するものではないとするのが学説の多数である。これに対し、判例は、国家と宗教とのかかわり合いを前提として、いかなる場合にいかなる限度においてそれが許されないことになるかを問うという発想の仕方をするが、これは妥当でない。
 政教分離原則違反の有無を判定する基準として、いわゆる目的効果基準が判例上確立しているが、その客観性には問題があり、目的効果基準の原型となったアメリカのレモン・テスト(政府の行為が合憲とされるためには、当該行為が(a)世俗目的を持ち、(b)その主要な効果が宗教を促進し又は(c)政府と宗教との過度のかかわり合いを促すものではない、という3要件のすべてを充足しなければならないとする基準)及びエンドースメント・テスト(レモン・テストをより実際的に修正した基準)を含め、本格的な再検討が必要である。
 政教分離原則の下で許される国家行為について、神式地鎮祭、神社等への玉串料等の公金支出、自衛官合祀訴訟、忠魂碑訴訟、即位礼・大嘗祭関係訴訟、内閣総理大臣の靖国神社参拝などが問題となる。



◎野坂泰司参考人に対する質疑の概要

棚橋 泰文君(自民)

  • 思想・良心の自由については、今日、私人間効力を巡る議論の方が現実に問題となりやすいことから、私人間における憲法規定の適用の在り方を検討していく必要があると考えるが、いかがか。
  • 政教分離原則の本質は、宗教団体が、国家権力の根幹に関わる部分を行使してはならないということであり、政治的・社会的活動をしてはならないという意味ではないと考えるが、いかがか。
  • 信教の自由と政教分離原則とは、信教の自由を現実社会において確実に保障する目的のために政教分離原則が存在するという、ある意味、目的と手段の関係に立つと考えるが、いかがか。


笠 浩史君(民主)

  • 参考人は、司法制度改革により導入が予定されている裁判員制度において、思想・信条を理由として辞退できるとされたことに一定の評価を与えているが、その点について、もう少し詳しく説明願いたい。
  • 靖国神社を巡る問題については、A級戦犯の分祀などが議論されているが、これらの議論はあくまでも対外的なものであり、その前に、日本人としてこの問題にどう向き合っていくのか、きちんと議論しなければならないと考える。参考人は、最高裁が内閣総理大臣の公式参拝について明確な判断を下してないと述べたが、その理由について伺いたい。


太田 昭宏君(公明)

  • 靖国神社のA級戦犯の分祀を国が強制すれば、政教分離原則違反であるし、もし分祀をしたとしても御霊は神社に残るため、宗教上意味がないとの指摘があるが、私は、宗教上に意味がなくても、政治的には意味があると考えるが、いかがか。
  • 昭和60年8月14日の内閣総理大臣の靖国神社公式参拝に関する藤波官房長官談話では、「国民や遺族の方々の多くが公式参拝の実施を望んでいる」との前提に立ち、「戦没者の追悼を目的として、神道に則らない方式」で公式参拝を行うとしているが、これは、政教分離原則に関する目的効果基準からはどのように説明されるのか。
  • 参考人は、戦没者の「追悼」は国が主催し又は関与する公的行事たり得るが、戦没者の「祀り」はあくまで私的行為にとどまるべきと主張しているが、「追悼」と「祀り」の差異について伺いたい。


山口 富男君(共産)

  • 治安維持法下における弾圧からの決別という19条の成立背景は、人権規定全体に及ぶ非常に大きな契機となったと考えるが、いかがか。
  • 治安維持法により弾圧を受けた者は、戦後、国家賠償訴訟を提起しているが、これについてどのように考えるか。
  • 憲法の条文が作られた背景を押さえ、それが現実にどのように機能してきたかを判例法理も含めて捉えていくことにより、憲法原則が学問上も豊かになっていくと考えてよいか。
  • 先日、公務員が休日に職務と関係なく、自己の支持政党の宣伝物を郵便受けに入れたことが、国家公務員法の政治活動の禁止に違反するということで逮捕されたが、基本的人権の侵害の問題となるのではないか。
  • 内閣総理大臣が靖国神社に参拝することは、特定の宗教法人と関係を持つことになるので、参考人の見解では違憲の可能性が強くなると考えてよいか。
  • 職務命令による国旗掲揚・国歌斉唱は一種の強制措置となるので違憲と考えるが、いかがか。


土井 たか子君(社民)

  • 参考人は、政教分離原則の判断基準について、まず目的効果基準の存在を前提とし、その上で右基準の「適用」について独自の見解を披瀝されていると考えてよいか。
  • 国を相手とする政教分離原則違反に係る訴訟は非常に難しいと感じたが、他にどのような方途があるか、教えていただきたい。
  • 靖国問題についても、現行憲法をしっかり守り、活かしていく努力が必要であると感じたが、この問題においても、81条について憲法の理念を活かす解釈がなされていないのではないか。


倉田 雅年君(自民)

  • 制憲時に、(a)日本人が民主主義を自らの手で克ち取っていないこと、(b)国民性にもそぐわないこと、を理由に陪審員制度の採用が見送られたが、参考人は、現在、裁判員制度を取り入れることができるほど民主主義が成熟し、また国民性に変化があったと考えるか。
  • 37条1項で保障する刑事被告人の「公平な裁判所の迅速な裁判を受ける権利」を考えると、裁判員制度について「選択制」を導入すべきではないか。
  • 参考人は、内閣総理大臣の靖国神社公式参拝問題について、現行制度の下では、最高裁は憲法判断を出しにくいと述べたが、立法政策によって、これを出しやすくすることができるという理解でよいか。
  • 参考人は、憲法裁判所は必要と考えるか。


村越 祐民君(民主)

  • 地方自治体が地域振興策の一環としてその地域にある社寺の整備を公金で行うことは、20条や89条の規定する政教分離原則に照らして違憲となるのかについて、参考人の説く「原意主義」の立場からは、どのように説明されるのか。
  • 現憲法においては、ドイツのような「闘う民主制」はとり得ないと考えられるが、憲法政策として、どのように民主主義を守っていくべきと考えるか。


小野 晋也君(自民)

  • 現憲法は、国民の自由や権利について考えていく上で、妥当なものと考えてよいのか。
  • 国家は、国民の内心の自由にまで踏み込めないと考えるが、内心の発露として現れる行動や表現に対しては、制約を加えることができるような規定を設けるべきではないか。また、義務を権利に優先させるべきと考えるが、いかがか。

◎自由討議における委員の発言の概要(発言順)

辻 惠君(民主)

<小野委員の意見に関連して>

  • 政教分離の規定は、歴史的反省に立って、単なる「国家からの自由」にとどまらず、制度的保障として定められたものである。靖国問題は歴史と関連づけて理解されるべきである。

>小野晋也君(自民)

  • ある行為が政教分離原則に違反するか否かが、裁判になって初めて分かるという現状は大いに問題である。
  • 憲法が世間の常識に反するならば、世間の常識に憲法を合わせるべきである。

>辻惠君(民主)

  • 公務員は、99条の憲法尊重擁護義務をわきまえて具体的な行動を起こすことが必要である。行動が憲法に反するから、憲法を変えようとすることは本末転倒であり、憲法というルールに従って行動することは当然である。

>小野晋也君(自民)

  • 従来慣例として行ってきたことが突然憲法違反で訴えられるのはおかしい。憲法規定があいまいであることにも原因があるが、裁判以外に解決の方法はないのか疑問である。このような観点から問題提起をしたものである。

>辻惠君(民主)

  • 憲法教育を徹底することが一番の解決方法と感じた。


船田 元君(自民)

  • 19条・20条は、人権保障の根源であり、憲法は内心にとどまる限り無条件に人権を保障しているが、ドイツの「闘う民主制」のように、いかなる思想等をも保護するものではなく、ある程度の限界が設けられるべきと考える。また、その旨を定めた規定を置くべきでないか。
  • 憲法上、国旗掲揚・国歌斉唱を拒否する自由が許容されるとしても、しかし一方において、一定の秩序はあってしかるべきではないか。この点、憲法上明記するか、運用によるか、判例によるかという問題はあるが、いずれにせよ、思想・良心の自由等にも一定の限界があるべきではないか。


土井 たか子君(社民)

  • 当調査会に出席している多くの参考人が、改憲を唱えるよりも現在の憲法の精神を活かすことが先決であるとの姿勢を明確にしている。発言の中には、時宜にそぐわないから改正すべきという意見もあったが、辻委員も言うように、憲法を活かすことこそ必要である。
  • 99条に定める憲法尊重擁護義務を理解し、これを適切に活かす努力が求められている。


松野 博一君(自民)

  • 天皇制に関する規定は、伝統的・慣習的儀式のような宗教的要素も含めたシステムを認めているのであり、憲法の定める政教分離原則の例外であると考える。そのように考えれば、皇室行事に対する公費の支出も肯定しうるのではないか。


園田 康博君(民主)

  • 靖国問題等は誤解に基づく不毛な議論といえないこともない。私は、憲法を深化させていくという立場に立つが、これらの問題については、判例を深化させていき、また、国民的議論も活発化させるべきではないか。
  • 私は、憲法改正ありきという立場に立つものではないが、20条1項後段に「目的効果基準」に関する規定を置くことも考えられるのではないか。


中山 太郎会長

  • 憲法には、公務員等の憲法尊重擁護義務がある一方、96条に憲法改正の規定が定められている。憲法を守る立場であれば、この96条も守らなければいけない。

>土井たか子君(社民)

  • 96条は、現憲法が「不磨の大典」ではないことを示すものである。しかし、現在よりも良い憲法へ変える「改正」のための規定であり、「改悪」のための規定ではない。
  • 周辺事態法以来、従来の憲法解釈では認められなかった立法が立て続けになされており、この動きに対して不信を抱いている国民が多い。また、9条を変えることについても反対の意見が多数を占める。
  • 現在の憲法が活かされない状況で憲法を変えたとしても、現在より良い憲法ができるとは考えられない。

>中山太郎会長

  • 私は、憲法調査会長の就任に当たって、(a)二度と侵略国家とはならない、(b)国民主権、(c)基本的人権の保障という三つの原則を維持しながら議論することを表明した。
  • 憲法の「解釈改憲」こそ危険であると考える。
  • 最高裁判所の憲法判断が消極的なことは問題であると考える。
  • 憲法を守るためにも、憲法改正のための国民投票法を制定すべきである。

>土井たか子君(社民)

  • 96条は、憲法が予期している方向に合致する改正を前提とするものである。


小野 晋也君(自民)

  • イラク特措法等の一連の法律は、憲法の手続にのっとって選ばれた国会議員が憲法の手続にのっとって国会において議決されたものであり、これをとらえて憲法「改悪」の方向に進んでいるということは矛盾している。
  • いろいろな意見はあるだろうが、憲法改正のための国民投票法を成立させることが国会の責務である。