高次脳機能障害者支援法案
目次
第一章 総則(第一条―第十条)
第二章 高次脳機能障害者に対する支援に関する施策(第十一条―第十八条)
第三章 高次脳機能障害者支援センター等(第十九条―第二十五条)
第四章 雑則(第二十六条―第三十一条)
附則
第一章 総則
(目的)
第一条 この法律は、高次脳機能障害の特性に関する国民の理解が必ずしも十分でないこと等の理由により、高次脳機能障害者が適切な支援を受けることができず、日常生活又は社会生活を円滑に営む上での困難を有する状況があることに鑑み、高次脳機能障害者に対する支援に関し、基本理念を定め、国等の責務を明らかにするとともに、地域での生活支援、相談体制の整備、高次脳機能障害者支援センターの指定等について定めることにより、高次脳機能障害者の自立及び社会参加のためその生活全般にわたる支援を図り、もって高次脳機能障害者を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会の実現に資することを目的とする。
(定義)
第二条 この法律において「高次脳機能障害」とは、疾病の発症又は事故による受傷による脳の器質的病変に起因すると認められる記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害、失語、失行、失認その他の認知機能の障害として政令で定めるものをいう。
2 この法律において「高次脳機能障害者」とは、高次脳機能障害がある者であって、高次脳機能障害及び社会的障壁により日常生活又は社会生活に制限を受けるものをいう。
3 この法律において「社会的障壁」とは、高次脳機能障害がある者にとって日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物、制度、慣行、観念その他一切のものをいう。
(基本理念)
第三条 高次脳機能障害者に対する支援は、高次脳機能障害者の意思を尊重しつつ高次脳機能障害者の自立及び社会参加の機会が確保されること並びに地域社会において高次脳機能障害者が基本的人権を享有する個人としての尊厳を保ちつつ他の人々と共生することを妨げられないことを旨として、行われなければならない。
2 高次脳機能障害者に対する支援は、社会的障壁の除去に資することを旨として、行われなければならない。
3 高次脳機能障害者に対する支援は、個々の高次脳機能障害者の性別、年齢、障害の状態及び生活の実態に応じて、かつ、医療(リハビリテーションを含む。以下同じ。)、保健、福祉、教育、労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体相互の緊密な連携の下に、その意思決定の支援に配慮しつつ、医療機関における医療の提供から地域での生活支援を経て社会参加の支援に至るまで、切れ目なく行われなければならない。
4 高次脳機能障害者に対する支援に関する施策を講ずるに当たっては、高次脳機能障害者がその居住する地域にかかわらず等しく適切な支援を受けられるようにすることを旨としなければならない。
(国の責務)
第四条 国は、前条の基本理念(以下この章において単に「基本理念」という。)にのっとり、高次脳機能障害者に対する支援に関する施策を策定し及び実施する責務を有する。
2 国は、前項の責務を遂行するに当たっては、高次脳機能障害者に対する支援が体系的かつ実効的に行われることを確保する観点から、同項の施策を総合的かつ計画的に策定し及び実施するため必要な措置を講ずるものとする。
(地方公共団体の責務)
第五条 地方公共団体は、基本理念にのっとり、国との連携を図りつつ、自主的かつ主体的に、高次脳機能障害者に対する支援に関する施策を策定し及び実施する責務を有する。
2 地方公共団体は、前項の責務を遂行するに当たっては、高次脳機能障害者に対する支援が体系的かつ実効的に行われることを確保する観点から、同項の施策を総合的かつ計画的に策定し及び実施するため必要な措置を講ずるよう努めなければならない。
(事業主の努力)
第六条 事業主は、高次脳機能障害者又はその家族の雇用の継続等に配慮するよう努めるとともに、基本理念にのっとり、高次脳機能障害者の自立及び社会参加に協力するよう努めなければならない。
(国民の努力)
第七条 国民は、個々の高次脳機能障害の特性その他高次脳機能障害に関する理解を深めるとともに、基本理念にのっとり、高次脳機能障害者の自立及び社会参加に協力するよう努めなければならない。
(関係者の連携及び協力)
第八条 国、地方公共団体、高次脳機能障害者に対する支援を行う民間団体、地域住民その他の関係者は、基本理念の実現に向けて、相互に連携を図りながら協力するよう努めなければならない。
(法制上の措置等)
第九条 政府は、高次脳機能障害者に対する支援に関する施策を実施するため必要な法制上又は財政上の措置その他の措置を講ずるものとする。
(資料の作成及び公表等)
第十条 政府は、高次脳機能障害者に対する支援の状況及び高次脳機能障害者に対する支援に関して講じた施策に関する資料を作成し、適切な方法により随時公表するものとする。
2 地方公共団体は、高次脳機能障害者に対する支援の状況及び高次脳機能障害者に対する支援に関して講じた施策の実施の状況を適切な方法により随時公表するよう努めなければならない。
第二章 高次脳機能障害者に対する支援に関する施策
(地域での生活支援)
第十一条 国及び地方公共団体は、高次脳機能障害者が、その希望に応じて、地域において自立した生活を営むことができるようにするため、高次脳機能障害者に対し、その性別、年齢、障害の状態及び生活の実態に応じて、社会生活への適応のために必要な訓練を受ける機会の確保、共同生活を営むべき住居その他の地域において生活を営むべき住居の確保、社会的活動への参加の促進その他の生活の質の維持向上のための支援その他必要な支援に努めなければならない。
(教育的支援)
第十二条 国及び地方公共団体は、十八歳未満の高次脳機能障害者並びに十八歳以上の高次脳機能障害者であって高等学校、中等教育学校及び特別支援学校並びに専修学校の高等課程に在籍するもの(以下この項において「高次脳機能障害児童生徒等」という。)が、その年齢及び能力に応じ、かつ、その特性を踏まえた十分な教育を受けられるようにするため、可能な限り高次脳機能障害児童生徒等が高次脳機能障害児童生徒等でない者と共に教育を受けられるよう配慮しつつ、適切な教育的支援を行うこと、個別の教育支援計画の作成(教育に関する業務を行う関係機関と医療、保健、福祉、労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体との連携の下に行う個別の長期的な支援に関する計画の作成をいう。)及び個別の指導に関する計画の作成の推進、いじめの防止等のための対策の推進その他の支援体制の整備を行うことその他必要な措置を講ずるものとする。
2 大学及び高等専門学校は、個々の高次脳機能障害者の特性に応じ、適切な教育上の配慮をするものとする。
(就労の支援)
第十三条 国及び地方公共団体は、高次脳機能障害者が就労することができるようにするため、高次脳機能障害者の就労を支援するために必要な体制の整備に努めるとともに、公共職業安定所、地域障害者職業センター(障害者の雇用の促進等に関する法律(昭和三十五年法律第百二十三号)第十九条第一項第三号の地域障害者職業センターをいう。)、障害者就業・生活支援センター(同法第二十七条第一項の規定による指定を受けた者をいう。)、社会福祉協議会、教育委員会その他の関係機関及び民間団体相互の連携を確保しつつ、個々の高次脳機能障害者の特性に応じた適切な就労の機会の確保、就労の定着のための支援その他の必要な支援に努めなければならない。
2 地方公共団体は、必要に応じ、高次脳機能障害者が就労のための準備を適切に行えるようにするための支援が学校において行われるよう必要な措置を講ずるものとする。
3 事業主は、高次脳機能障害者の雇用に関し、その有する能力を正当に評価し、適切な雇用の機会を確保するとともに、個々の高次脳機能障害者の特性に応じた適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るよう努めなければならない。
(権利利益の擁護)
第十四条 国及び地方公共団体は、高次脳機能障害者が、その高次脳機能障害のために差別され並びにいじめ及び虐待を受けること、消費生活における被害を受けること等権利利益を害されることがないようにするため、その差別の解消、いじめの防止等及び虐待の防止等のための対策を推進することその他の高次脳機能障害者の権利利益の擁護のために必要な支援を行うものとする。
(司法手続における配慮)
第十五条 国及び地方公共団体は、高次脳機能障害者が、刑事事件若しくは少年の保護事件に関する手続その他これに準ずる手続の対象となった場合又は裁判所における民事事件、家事事件若しくは行政事件に関する手続の当事者その他の関係人となった場合において、高次脳機能障害者がその権利を円滑に行使できるようにするため、個々の高次脳機能障害者の特性に応じた意思疎通の手段の確保のための配慮その他の適切な配慮をするものとする。
(高次脳機能障害者の家族等に対する支援)
第十六条 国及び地方公共団体は、高次脳機能障害者の家族その他の関係者が適切な対応をすることができるようにすること等のため、高次脳機能障害者の家族その他の関係者に対し、相談、情報の提供及び助言、高次脳機能障害者の家族が互いに支え合うための活動の支援その他の支援を適切に行うよう努めなければならない。
(相談体制の整備)
第十七条 国及び地方公共団体は、高次脳機能障害者及びその家族その他の関係者からの各種の相談に対し、個々の高次脳機能障害者の特性に配慮しつつ総合的に応ずることができるようにするため、医療、保健、福祉、教育、労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体相互の緊密な連携の下に必要な相談体制の整備を行うものとする。
(情報の共有の促進)
第十八条 国及び地方公共団体は、個人情報の保護に十分配慮しつつ、医療、保健、福祉、教育、労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体が行う高次脳機能障害者に対する支援に資する情報の共有を促進するため必要な措置を講ずるものとする。
第三章 高次脳機能障害者支援センター等
(高次脳機能障害者支援センター等)
第十九条 都道府県知事は、次に掲げる業務を、当該業務を適正かつ確実に行うことができると認めて指定した者(以下この章において「高次脳機能障害者支援センター」という。)に行わせ、又は自ら行うことができる。
一 高次脳機能障害者及びその家族その他の関係者に対し、専門的に、その相談に応じ、又は情報の提供若しくは助言を行うこと。
二 高次脳機能障害者に対し、円滑な社会生活を促進するため個々の高次脳機能障害者の特性に対応した専門的な支援を行うこと。
三 医療、保健、福祉、教育、労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体並びにこれに従事する者に対し高次脳機能障害についての情報の提供及び研修を行うこと。
四 高次脳機能障害に関して、医療、保健、福祉、教育、労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体との連絡調整を行うこと。
五 前各号に掲げる業務に附帯する業務
2 前項の規定による指定は、当該指定を受けようとする者の申請により行う。
3 都道府県知事は、第一項に規定する業務を高次脳機能障害者支援センターに行わせ又は自ら行うに当たっては、地域の実情を踏まえつつ、高次脳機能障害者及びその家族その他の関係者が可能な限りその身近な場所において必要な支援を受けられるよう適切な配慮をするものとする。
(秘密保持義務)
第二十条 高次脳機能障害者支援センターの役員若しくは職員又はこれらの職にあった者は、職務上知ることのできた個人の秘密を漏らしてはならない。
(報告の徴収等)
第二十一条 都道府県知事は、高次脳機能障害者支援センターの第十九条第一項に規定する業務の適正な運営を確保するため必要があると認めるときは、当該高次脳機能障害者支援センターに対し、その業務の状況に関し必要な報告を求め、又はその職員に、当該高次脳機能障害者支援センターの事業所若しくは事務所に立ち入らせ、その業務の状況に関し必要な調査若しくは質問をさせることができる。
2 前項の規定により立入調査又は質問をする職員は、その身分を示す証明書を携帯し、関係者の請求があるときは、これを提示しなければならない。
3 第一項の規定による立入調査及び質問の権限は、犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならない。
(改善命令)
第二十二条 都道府県知事は、高次脳機能障害者支援センターの第十九条第一項に規定する業務の適正な運営を確保するため必要があると認めるときは、当該高次脳機能障害者支援センターに対し、その改善のため必要な措置をとるべきことを命ずることができる。
(指定の取消し)
第二十三条 都道府県知事は、高次脳機能障害者支援センターが第二十一条第一項の規定による報告をせず、若しくは虚偽の報告をし、若しくは同項の規定による立入調査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、若しくは質問に対して答弁をせず、若しくは虚偽の答弁をした場合において、その業務の状況の把握に著しい支障が生じたとき又は高次脳機能障害者支援センターが前条の規定による命令に違反したときは、その指定を取り消すことができる。
(専門的な医療機関の確保等)
第二十四条 都道府県は、専門的に高次脳機能障害の診断、治療、リハビリテーション等を行うことができると認める病院又は診療所を確保するよう努めなければならない。
2 国及び地方公共団体は、前項の医療機関の相互協力を推進するとともに、同項の医療機関に対し、高次脳機能障害者に対する支援等に関する情報の提供その他必要な援助を行うものとする。
(高次脳機能障害者支援地域協議会)
第二十五条 都道府県は、高次脳機能障害者に対する支援の体制の整備を図るため、高次脳機能障害者及びその家族、学識経験者その他の関係者並びに医療、保健、福祉、教育、労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体並びにこれに従事する者(次項において「関係者等」という。)により構成される高次脳機能障害者支援地域協議会を置くよう努めなければならない。
2 前項の高次脳機能障害者支援地域協議会は、関係者等が相互の連絡を図ることにより、地域における高次脳機能障害者に対する支援体制に関する課題について情報を共有し、関係者等の連携の緊密化を図るとともに、地域の実情に応じた体制の整備について協議を行うものとする。
第四章 雑則
(国民に対する普及及び啓発)
第二十六条 国及び地方公共団体は、個々の高次脳機能障害の特性その他高次脳機能障害に関する国民の理解を深めるため、学校、地域、家庭、職域その他の様々な場を通じて、必要な広報その他の啓発活動を行うものとする。
(医療等の業務に従事する者に対する知識の普及及び啓発)
第二十七条 国及び地方公共団体は、医療、保健又は福祉の業務に従事する者に対し、高次脳機能障害の発見のため必要な知識の普及及び啓発に努めなければならない。
(地方公共団体及び民間団体に対する支援)
第二十八条 国は、地方公共団体が実施する高次脳機能障害者に対する支援に関する施策を支援するため、情報の提供その他必要な措置を講ずるものとする。
2 国及び地方公共団体は、民間団体が行う高次脳機能障害者に対する支援に関する活動を支援するため、情報の提供その他必要な措置を講ずるものとする。
(専門的知識を有する人材の確保等)
第二十九条 国及び地方公共団体は、個々の高次脳機能障害者の特性に応じた支援を適切に行うことができるよう高次脳機能障害に関する専門的知識を有する人材の確保、養成及び資質の向上を図るため、医療、保健、福祉、教育、労働等並びに捜査及び裁判に関する業務に従事する者に対し、個々の高次脳機能障害の特性その他高次脳機能障害に関する理解を深め、及び専門性を高めるため研修を実施することその他の必要な措置を講ずるものとする。
(調査研究等)
第三十条 国は、性別、年齢その他の事情を考慮しつつ、高次脳機能障害者の実態の把握に努めるとともに、個々の高次脳機能障害の原因の究明並びに診断及び治療、高次脳機能障害者に対する支援の方法等に関する必要な調査、研究及び検証並びにそれらの成果の活用のため必要な措置を講ずるものとする。
(大都市の特例)
第三十一条 この法律中都道府県が処理することとされている事務で政令で定めるものは、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百五十二条の十九第一項の指定都市(以下この条において「指定都市」という。)においては、政令で定めるところにより、指定都市が処理するものとする。この場合においては、この法律中都道府県に関する規定は、指定都市に関する規定として指定都市に適用があるものとする。
附 則
(施行期日)
1 この法律は、令和八年四月一日から施行する。
(検討)
2 国は、この法律の施行後三年を目途として、この法律の施行の状況について検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする。
理 由
高次脳機能障害の特性に関する国民の理解が必ずしも十分でないこと等の理由により、高次脳機能障害者が適切な支援を受けることができず、日常生活又は社会生活を円滑に営む上での困難を有する状況があることに鑑み、高次脳機能障害者の自立及び社会参加のためその生活全般にわたる支援を図り、もって高次脳機能障害者を含めた国民一人一人がその個性と能力を十分に発揮し、相互に人格と個性を尊重しつつ支え合いながら共生する活力ある社会の実現に資するため、高次脳機能障害者に対する支援に関し、基本理念を定め、国等の責務を明らかにするとともに、地域での生活支援、相談体制の整備、高次脳機能障害者支援センターの指定等について定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

