衆議院

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第24号 令和7年5月27日(火曜日)

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令和七年五月二十七日(火曜日)

    午後二時開議

 出席委員

   委員長 安住  淳君

   理事 井上 信治君 理事 齋藤  健君

   理事 牧島かれん君 理事 山下 貴司君

   理事 岡本あき子君 理事 奥野総一郎君

   理事 山井 和則君 理事 三木 圭恵君

   理事 浅野  哲君

      井出 庸生君    伊藤 達也君

      稲田 朋美君    国光あやの君

      小寺 裕雄君    後藤 茂之君

      小林 茂樹君    佐々木 紀君

      高木  啓君    田所 嘉徳君

      田中 和徳君    谷  公一君

      土屋 品子君    寺田  稔君

      西銘恒三郎君    平井 卓也君

      平口  洋君    平沢 勝栄君

      深澤 陽一君    古屋 圭司君

      山田 賢司君    今井 雅人君

      大西 健介君    神谷  裕君

      川内 博史君    黒岩 宇洋君

      近藤 和也君    酒井なつみ君

      階   猛君    藤岡たかお君

      本庄 知史君    米山 隆一君

      早稲田ゆき君    渡辺  創君

      池下  卓君    斉木 武志君

      徳安 淳子君    西田  薫君

      石井 智恵君    長友 慎治君

      大森江里子君    中川 康洋君

      西園 勝秀君    櫛渕 万里君

      田村 貴昭君    緒方林太郎君

    …………………………………

   参考人

   (前衆議院議員)     下村 博文君

   予算委員会専門員     中村  実君

    ―――――――――――――

委員の異動

五月二十七日

 辞任         補欠選任

  河野 太郎君     井出 庸生君

  田所 嘉徳君     小寺 裕雄君

  土屋 品子君     平井 卓也君

  平沢 勝栄君     平口  洋君

  酒井なつみ君     渡辺  創君

  西田  薫君     斉木 武志君

  橋本 幹彦君     石井 智恵君

  赤羽 一嘉君     中川 康洋君

  河西 宏一君     西園 勝秀君

同日

 辞任         補欠選任

  井出 庸生君     佐々木 紀君

  小寺 裕雄君     田所 嘉徳君

  平井 卓也君     土屋 品子君

  平口  洋君     平沢 勝栄君

  渡辺  創君     酒井なつみ君

  斉木 武志君     西田  薫君

  石井 智恵君     橋本 幹彦君

  中川 康洋君     赤羽 一嘉君

  西園 勝秀君     河西 宏一君

同日

 辞任         補欠選任

  佐々木 紀君     河野 太郎君

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 予算の実施状況に関する件(政治資金問題)


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     ――――◇―――――

安住委員長 これより会議を開きます。

 予算の実施状況に関する件について調査を進めます。

 本日は、参考人として下村博文君に御出席をいただいております。

 下村参考人におかれましては、御多用中のところ本委員会に御出席いただきまして、誠にありがとうございます。厚く御礼申し上げます。よろしくお願いいたします。

 これより、政治資金問題について、参考人下村博文君に対して質疑を行います。

 質疑の申出がありますので、順次これを許します。深澤陽一君。

深澤委員 自由民主党の深澤陽一です。

 早速ですが、下村参考人に対しまして質疑をさせていただきます。

 下村参考人は、既に衆議院の政治倫理審査会で、弁明十五分及び質疑をトータル六十五分受け、様々な質疑に対し、答えてはいらっしゃいます。しかし、その後、旧安倍派の松本元事務局長の予算委員会での参考人聴取が行われまして、それを受け、御自身のXで、衆議院予算委員会の参考人招致において、私は是非出席して、旧安倍派の政治資金問題について、今回の政治不信を招いた一人として、国民の皆様におわびと、そして私の認識している事実を正直に、誠実に申し述べたいと思いますと投稿されたのだと思います。

 その投稿とは別の日のXでも、松本元事務局長の御発言と御自身の発言の食い違いについて細かく御説明されておられましたが、その説明に対する世の中の理解は十分得られてはいないのだろうと、私も感じておりますが、御自身も感じていらっしゃるものだろうと推察をいたします。

 ですので、まずは、下村参考人がXでおっしゃっておられた、御自身の認識している事実を正直に、誠実に申し述べたい、その内容をまず御説明いただきたいと思います。

下村参考人 私が所属していた清和政策研究会の不記載問題により、多くの国民の皆様方に御心配と御迷惑をおかけしていることを、心からおわびを申し上げたいと思います。

 そして、本日、大切な国会審議の場で、多くの国会議員の先生方のお時間をいただき、安住委員長を始め予算委員会の先生方にこのような場をつくっていただいていることを、心から感謝を申し上げたいというふうに思います。

 私は、昨年の三月に衆議院の政倫審に出席をいたしまして、この問題について一連の経緯を説明させていただきました。その後、衆議院、参議院におきまして、多くの清和研所属の国会議員の先生方が同様に出席をして、経緯について説明されてきたというふうに承知をしております。

 しかしなお、不記載について国民の多くの皆様方が不信感を抱き、政治不信を招いていっている結果について、当時の清和研幹部の一人として、深く反省をしております。

 その上で、政治家である私自身が適切な判断をせず、そのことが結果的には大きな問題となったという事実から、私自身、目を背けてはならないと考えております。そして、政治家は、適切な判断をせず誤った場合、真実を語り、謝罪をすべきであります。それが今日までまだまだ理解が得られていないということについて、謙虚に反省をしております。

 特に、私は、これまで教育畑で政治家としての活動を続けてまいりました。司法の判断はありましたが、教育を語る政治家が道徳的、道義的な責任から逃れてはいけないというふうに思っております。それでは教育を語る資格がないというふうに思います。政治は、信頼なくしては成り立ちません。信なくして立たずという言葉を、今、私は骨身にしみて実感をしております。

 今回の件につきまして、結果的に対応の甘さが政治全体への不信を広げてしまったこと、そして信頼を裏切ったこと、その責任は逃れようのないものであります。多くの国民の皆様が真実を聞きたいと思っている限り、私たちは説明責任があります。

 政治家は、人の上に立つ仕事ではなく、多くの人のために自らの人生を懸けて働く仕事であります。それにもかかわらず、共に働いた仲間に責任を取らせてしまったという事実は、私は、大変申し訳ない思いであります。そして、国民の皆様方に政治に対する不信感を抱かせてしまったこと、これは大変な申し訳ない思いでいっぱいであります。

 清和研における不記載において、当時の会長代理の一人であった私の責任は重く、改めて謝罪をさせていただきたいと思いますし、正直に、誠実に、今回、自ら話したいという思いで出席をさせていただきました。どうぞよろしくお願い申し上げたいと思います。

深澤委員 ただいま、まず冒頭で、お気持ち、心情の部分、それとおわびの部分をいただきました。

 今、御説明をいただいた冒頭の中で、御自身が適切な判断はせず、結果として間違ったことになってしまった、なので、今、真実を語るというふうにおっしゃいました。

 適切な判断はせずということを今御説明いただいたんですけれども、そのまま言葉を捉えてしまいますと、要は、間違った判断をした。要は、判断をする立場にあったのか、なかったのか。判断をしてしまったというのか、あるいは、適切な判断をせず、全くしなくて、そのまま、曖昧なまま今の事態が起きてしまった。

 この適切な判断はせずという意味を、もう少し、ちょっと丁寧に御説明をいただけたらありがたいと思います。もう少し、よろしくお願いします。

下村参考人 今回、参考人招致を受けたというのは、端的に言えば八月五日の件が中心だと思いますし、また、そのときに松本事務局長が還付再開を決めたというふうに認識されているということでありますが、これは既に政倫審等で、私ども、私も含めてお答えをさせていただいているように、再開を決めたということはありません。

 にもかかわらず、松本事務局長がそのように判断をされたということは、やはり結論を、八月五日は決まってはいないという結論でありますが、そのことについて明確に論点整理をすべきではなかったかということを今は反省をしているということと、それからさらに、そのときに、会合であっても、清和研の幹部会ですから、議事録を取るなりメモを取るなりしてそれぞれ共通の認識を持つということをしていなかったということが、会長代理の一人として、私は責任が重いというふうに思っておりますので、そういう判断をそのとき適切にしなかった、できなかったということについて、結果的に、松本事務局長が再開をするということを判断をされたという認識を持たれたということが、そごがある。

 しかし、それは松本事務局長の責任ということではなくて、そういう整理もきちっとしなかったということで、結果的に、松本事務局長に、再開をするということを、八月五日に決まったというふうに判断をさせてしまった状況について、そのようなきちっとした整理をしなかったということでの反省をしたということでございます。

深澤委員 分かりました。

 続いての質問にします。

 松本元事務局長の参考人聴取では、令和四年七月に、ある議員から還付の再開に対して具体的な話を聞いたとおっしゃっておられます。今も御説明いただきました。一方、下村参考人は、令和四年六月に、松本元事務局長に対して、一人の議員から還付を求める声があると伝達されたと説明されております。

 還付を求める声の伝達、若しくは、ある議員からの還付の再開を求める申出が、六月と七月で食い違ってはおりますけれども、そのことに関しては、既に下村参考人自身がXで、松本さんがおっしゃっておられたのは自分ではないかということを前提に説明しておられますので。

 ポイントは、下村参考人の発言が指示だったのか、伝達だったのかであると考えておりますが、下村参考人の発言が、指示だったのではないでしょうか、若しくは、指示と捉えられる表現だったのではないかということを、改めて、丁寧に、思い出しながら御説明ください。

下村参考人 御質問ありがとうございます。

 松本事務局長が、七月の下旬に、現職でない国会議員から還付を求める意見が寄せられた趣旨の発言をしたということであります。私自身の記憶では、六月の下旬頃から伝えております。

 それは、松本事務局長に対してこの趣旨の意見を寄せたということでありますが、ある議員から、五月の清和研のパーティーが終わった後、ノルマ以上の売上げがあった、それについて還付ができないかという話があったということを事務的に伝えたということであります。

 このときに、私が会長代理ということでして、安倍会長も御存命の中で、また、幹部の担当者が、事務的にはどういう状況かということをそれぞれ伝えるということで、伝えたということであります。

 そして、もし私が松本会長に指示したということが事実であれば、八月の会議は還付を前提に話合いが行われなければおかしいのではないかと思いますが、しかし、既に政倫審で各議員が主張しているように、還付を行わないことを前提として話合いが行われた。

 その中で、それに代わる形として何らかの資金の手当てが必要ではないかということから、その後、各議員がパーティー等を行う場合、派閥で買うことはできないかという議論が行われたということでありまして、その辺、松本会長の、松本事務局長の主張と、それから八月の会議とで、そごが生まれるのではないかというふうに思います。そういう意味で、私自身、何も八月五日は決まらなかったということを何度も主張しているわけでございます。

 ただ、今の御指摘のように、私自身は、松本事務局長に対して還付再開を指示したということはありません。それは今の経緯からも御承知できることではないかなというふうに思います。

 ただ、松本事務局長が私の発言に対してそのように誤解をしてしまったということであれば、私の言い回し等、謙虚に反省をしなければならないというふうに思いますが、いずれにしても、派内の一人の声を伝えたということは事実でありますが、しかし、その上で、八月の会合では還付をしないということを前提として話し合われたというのが、政倫審等で、我々の議員の認識でありますので、あくまでも派内の一人の声を伝えたということで、それが最終的に再開につながったことはないというふうに考えております。

深澤委員 分かりました。

 少し時間が限られておりますので、最後にちょっと申し上げたいと思います。

 今、様々御説明いただきました。実際に、下村参考人自身は、今言ったように、明確に指示していないということでありますが、なかなかこれを証明することは難しいということであります。

 また、八月の会合も、還付を行わないことを前提とした会合、これも何か紙に残っているわけではないということで、これも証明することは難しいというところで、先ほど冒頭で下村参考人がおっしゃっていただいた、とにかく真実を明らかにするまで、必要があれば説明をしっかりしていくというお話がありました。恐らく、そのことが、これを続けていくことしか、これを証明することはないんだろうというふうに思っております。

 なので、新しい、新たな情報というのはなかなか出てこなかったわけなんですけれども、引き続き、丁寧に、このことについては、国民の皆さんを含めて、対応していただければというふうに思います。

 以上です。

安住委員長 これにて深澤君の質疑は終了いたしました。

 次に、渡辺創君。

渡辺(創)委員 立憲民主党の渡辺創でございます。

 時間も限られておりますので、早速質問に入らせていただきます。下村参考人、どうぞよろしくお願いいたします。

 まず、違法な裏金、つまり、収支報告書に不記載になっている件についてではなくて、還流ですね、キックバックについてお伺いをしていきたいと思いますので、その認識でお答えください。

 旧安倍派で事務総長や会長代理、常任幹事会座長を務められた塩谷立さんは、二〇二二年八月の幹部会議にも出席をされていますが、その会議において、還流再開の決定については、昨年の三月の政倫審で、キックバックの継続はしようがないかなという話合いがされたと発言をされています。事務局長で、その会議にも同席した松本淳一郎さんは、参考人質疑で、いろいろ議論して、返すのもやむを得ないのではないかというようなことから、結果的には返すようになったというふうに認識していると発言しています。また、塩谷さんは、松本さんの参考人質疑の後に、新聞の取材に対して、松本事務局長と認識は一致しているというコメントをされております。それは報道されておりますが。

 つまり、お二人とも、八月の幹部会議で還流再開、キックバックが決まったとの認識です。

 このお二人の認識と下村参考人の認識は違うのでしょうか。同じか異なるか、お答えください。

下村参考人 八月五日の会合におきましては、塩谷会長代理、そして私と、そして当時事務総長をされていた西村康稔先生、そして参議院の清風会の世耕弘成先生、そして事務局の松本さんが同席をされておられました。その中で、既に政倫審等で私自身もお答えをしておりますし、これは西村さんも世耕さんも全く同じ認識であったというふうに政倫審で私はお聞きしておりますが、八月五日の会合で、還付再開については何も決まっていない。

 そして、その四月に、安倍会長が御存命のときに、同じメンバーが呼ばれました。そのときに、これから還付は、現金による還付は不透明なので行わない、ノルマ以上の売上げがあったものに対して。そういう話があり、そして、我々四人が手分けして、全ての清和研所属の国会議員に連絡をいたしました。

 その年の七月八日に安倍会長がお亡くなりになったわけでございますが、元々八月五日は、安倍会長がお亡くなりになった後の会長人事や、あるいは葬儀の件が中心でありましたが、この還付の件が、それぞれの議員から求める声があるということの中で、しかし、現金による還付は行わない、しかし、何らかの形で資金についての協力は必要ではないかということで、それに代わるものとして、それ以降は、個人が行う資金集めパーティーについては、派閥がそれを購入することができるのではないかと。合法的というのは百五十万以内でありますが、そういう形で議論をされたということでございまして、結果的には、それについても結論は決まってはいませんでしたけれども、そういう意味では、認識のそごがあるというふうに思っております。

渡辺(創)委員 認識は異なるということかと思います。

 下村参考人は、政倫審での発言やこれまでの報道によれば、やめる前提で議論してきたが、結論は出なかったというふうに証言されてきました。今も同じだと思います。

 しかし、松本さんの参考人聴取後の取材には、再開を望む派内の声を松本氏に伝えたと発言しておりまして、先ほどの質問でも、伝えたということはお認めになっていると思いますが、まず、伝えた時期は先ほど六月下旬からというふうに言われていましたが、一度ですか。それとも、複数回、松本さんにお伝えになっているのか。

 また、それは、先ほど事務的にとおっしゃいましたが、下村参考人が松本事務局長に直接お伝えになっているんですか。それとも、間接的に、間が入っているんでしょうか。

 あわせて、安倍さんにはどのような形でお伝えになったんですか。

下村参考人 ありがとうございます。

 電話で松本事務局長には、六月の下旬に、一人の議員から還付を求める声があるということについて、松本事務局長は、四人のそれぞれが手分けして電話がけとしていましたし、それの意見集約のお立場でもありましたから、そのように報告をいたしましたが、これは安倍会長が御存命のときでありましたから、もちろん、安倍会長にそういう話があるということを私の方からお伝えしますということを申し上げました。

 七月の下旬、安倍会長がお亡くなりになったときですね、このことがあるねということについては電話で松本事務局長に連絡をいたしましたが、しかし、それは再開を求めるということではなくて、その後、八月五日に会合を持ったとき、再開を求めるということが前提でなくて、現金還付はしないということの中で、しかし、何らかの形で資金手当てができる方法はないかということを議論したということでありまして、松本事務局長に、再開をしろということを私は申し上げたつもりは全くございません。

渡辺(創)委員 今のお話だと、松本さんとこの件についてお話をされたのは二回であると。一度電話で六月下旬にお話をされ、その後、安倍元総理が亡くなられた後に、あの件がありましたよねということを松本さんと電話で話したということですね。

 安倍総理には直接この件は、松本さんが伝えますと言っただけで、下村参考人が直接話されたわけではないということでいいですか。簡潔にお答えください。

下村参考人 安倍会長にも、そういう声があるということはお伝えいたしました。私自身がお伝えしました。

渡辺(創)委員 今のお話を聞いていれば答えははっきりしていますが、念のための確認でありますけれども、松本さんは、参考人質疑において、八月の幹部会議で還流再開を決めたのは現職の議員ではない方、今、現職ではない方と発言をされていますけれども、その対象となるのは下村参考人だという認識では下村さんはないということでよろしいですか。

下村参考人 八月五日に先ほどの四人と松本事務局長が会って議論したということでありまして、つまり、私自身がもし再開を松本事務局長に指示したということであれば、私が一番の権限を持っていて、例えば会長で、そして、それを松本事務局長に指示したということであるわけですけれども、そうでは実際ないわけです。

 そうでないからこそ、今後、このことについては、しかし、何らかの形で資金手当てを求めている方々もおられるということはそれぞれの方々が情報として聞いておられましたから、そのことについてどうしようかということを議論したということでありまして、私がそもそも決定する立場ではありませんし、だからこそ、八月五日、そのような会議が行われたということで明らかだというふうに思います。

渡辺(創)委員 別の観点から確認をしますが、下村参考人は、今、松本さんには伝えたとおっしゃっている再開を望む派内の声についてでありますけれども、八月の幹部会議の中でもその声について下村参考人自身が発言、言及をされていますでしょうか。

 仮に八月の会議で下村さんはおっしゃっていないというのであれば、誰がこの声を聞いてきて、こういう声があるということを会議の中で発言されたんでしょうか。

下村参考人 八月の会合において、それぞれの議員がそれぞれ共通してそれは認識を、つまり、還付について要望があるということについては共通してもう既に認識をしておりましたし、私自身も発言をいたしましたが、ほかの方も発言をされ、だからこそ、現金における還付はしない、しかし、それに代わる何らかの資金手当てについてということで、それぞれの個人の資金集めパーティーのときに派閥としてそれを購入するということが議論されたわけでございます。

渡辺(創)委員 今御答弁がありましたが、下村参考人も、八月の会議でその派内の声について具体的に言及されたということですね。ほかの参加者の方々も、共通認識と言えるぐらい、全ての皆さんがと言っていいぐらい、その声をお話しされたということだと認識してよろしいですか。

 じゃ、その上で改めて確認をしますが、下村参考人は、昨年三月の政倫審の場では、今のような御趣旨の発言をされませんでしたよね。御自分が派内のこういう声を受け止めて会議の中でその発言をしたということは、昨年の政倫審では一切おっしゃっていないというふうに思います。

 今回も、SNSの中でも強調されていますし、先ほど冒頭でも正直に、誠実にとおっしゃいましたが、国民の皆さんの不信が拭えない状況の中で、なぜ御自分がその発言をされたということを政倫審できちんとおっしゃらなかったのか。国民の皆さんに正しい事実が伝わらないきっかけになったのではないかと思いますが、何かございますか。

下村参考人 これは、はっきりと、ごまかしたり、あるいはあえて言わなかったということではないということを明確にお答えしたいと思います。

 政倫審の中ではそういう御質問もありませんでしたし、また、そういうふうな状況での質疑が、特に私がお答えするような、そういう質疑があったわけではありませんので、別に隠していたわけではありません。

 ただ、今御質問がありましたが、私が八月の五日にそういう声があるということを主張して議論が始まったということではなくて、それぞれの参加議員が共通してそういう声をそれぞれ聞いておられたからこそ、現金の還付はしないということであっても、何らかのそれに代わる資金手当ての方法について、ないかということで、それがもう議論でありましたから、私が言ってとか誰かが言ってということではなくて、共通認識として、その方々に対してどう応える必要があるのか、現金の還付はしないけれども、それに代わる形でどう応える必要があるのかということでありまして、誰か一人が、あるいは私が言ったからとかいうことではないというふうに認識しています。

渡辺(創)委員 少なくとも、今まで様々あったお話の中で、八月の会議でその派内の声を私が言ったと言ったのは下村さんだけなんですね。しかも、八月の会議よりも前の時点でも、そういう派閥内の声があるということを具体的に言った、松本さんに言ったとおっしゃっているのは、今、下村さんだけなんですよ。ほかの、事実は分かりませんが、少なくとも、下村さんしかおっしゃっていない。

 そうなると、そもそも八月の幹部会議自体は、六月下旬なのかその後なのか分かりませんけれども、下村参考人が松本事務局長にこういう声があると言ったこと自体が、これが議題に上ったというか、話合いをすることのきっかけになったというふうに考えることができるかと思いますが、その認識でよろしいですか。

 裏金として再開するということではなかったとしても、キックバックの再開という意味で答えていただければ結構です。

下村参考人 そういうことではございません。

 八月五日は、そもそも七月の八日に安倍会長がお亡くなりになって、その後の会長人事をどうするか、それから葬儀をどうするかということが議題でありましたが、それまでに、各そのときに出席した議員からこの還付についての要望が出ているということはもう共通認識として皆さん持っておられましたから、私がそれを主張したからその議論が始まったということではなくて、だからこそ、それぞれの議員からも、一人の議員じゃなくて複数の議員からですね、個人の資金集めパーティーについて、どのような形でそれに代わる資金手当てができるのかということが議論にもなったということでございます。

渡辺(創)委員 派内の声を伝えるという、これは先ほど自民党の質問にもありましたが、そもそも派内の声を伝えるということ自体は、還流再開を検討する余地があるというか、検討をする必要があるかもしれないから伝えたというふうに一般的には受け取られるというふうに思いますので、そのことを申し述べて、次に進みたいと思いますが。

 まず、確認をしていきたいと思います。

 松本さんは、参考人質疑の中で、八月の幹部会議において、自分は陪席したのみで全く発言をしていないというふうに述べています。

 まず、下村参考人は、松本さんが八月の幹部会議において発言したという御記憶がございますか。

下村参考人 基本的には四人による幹部の会合でございますので、松本事務局長は特に発言をするお立場でもないということも御本人が思って、何か松本さんに質問があればお答えになったと思いますが、自ら一緒に議論するというお立場じゃないということを松本事務局長は認識されていたのではないかと思います。

渡辺(創)委員 私も同じように思いますが、松本さんが還流の再開を決めるということはあり得ないと思うんですよ。事務局の方々が勝手にそのことを判断するということは常識的には考えられないと思うので、やはり政治家の意思が何らかあったと考えるのが普通だというふうに思います。

 そもそも、派内の声を伝えるという行為には、政治的な文脈で考えれば、暗に再開を求めるという意味が含まれていたのではないかと考えることもできると思うんですね。松本さんがそう解釈するような可能性があった、そういう認識を下村さんはお持ちじゃないか。

 先ほど自分たちが明確に指示、整理をしなかったことが問題があったというふうにおっしゃっていましたが、下村さんがお伝えしてきたこと、こういう声があると言ってきたこと自体が、松本さんが、還流再開を求めているというふうに受け止めた可能性があったというふうに下村さんはお考えになりませんか。

下村参考人 八月五日の会合において、私自身は、これは西村さん、世耕さんも政倫審で、あるいは世耕さんの場合は参議院の予算委員会の参考人招致でお答えになっていますが、八月五日の会合で還付について再開するということではなくて、現金による還付はしないということは、その年の四月に安倍会長からの指示で、そして、我々四人は手分けして、清和研所属の全ての国会議員に連絡をしているわけであります。ですから、当然、安倍会長の思いの中で我々も動いているわけでありまして、八月五日においても、それをひっくり返すような前提で議論するということは、それはあり得ない話でございまして、還付再開はしないと。

 しかし、先ほど申し上げたように、私は、一人の議員からそういう要望がありました。ほかの議員からもいろいろな要望が、何とか還付できないかという要望があったんだというふうに、ほかの方もお答えになっておられます。その中で、現金による還付はしない、しかし、それに代わる形として何らかの資金手当てはできないのかということが、先ほど申し上げたように、各個人が、その後、資金集めパーティーをするときに、それを派閥が買うという形ができるのではないか、合法的な百五十万円以内という意味でありますが。

 そういう中で議論をしていったのが中心でありますが、最終的には、それについても、じゃ、こうしようという結論を、明確に出ないまま終わってしまった。元々八月五日はそういう会議、そのテーマがメインではなかったということもあったかもしれませんが、終わってしまった。

 ただ、松本事務局長が、結果的に結論が出なかったということについて、じゃ、今までどおりの還付でいいのではないかというふうに判断をされたんだと思います。それは認識のそごの問題でありますが、しかし、松本事務局長はまさに会計責任者であり、事務局長、事務方の責任者ですから、そうしないと何も進まないということの中で、結論が決まらないということは、結果的には今までどおりでいいんだなというふうに松本さんは判断をされたのではないかと思いますし、その松本事務局長の判断について、これは違っているということじゃなくて、判断をしてしまったということについて、先ほどから申し上げていますが、その会議における明確な結論、それから議事録等を出していなかったという意味では、会長代理の一人である私の責任もあると思いますから、松本さんを責めるというつもりは全くございません。

安住委員長 渡辺君、間もなく時間ですから、まとめてください。

渡辺(創)委員 今の御発言だと、松本さんがおっしゃっていないことまで、こうだというふうに断定的におっしゃられているような印象を持ちます。少なくとも、松本事務局長と下村参考人の認識は一致していません。

 もう一つ伺いますが、塩谷さんも、松本さんと同じ認識を示されているわけですね。取材に対してもいろいろとお答えになっていますけれども、その中で、そういう議論の中で継続して還付されたということを、還付が決まっていく、継続して還付されたというふうに理解しているというふうにおっしゃっているわけですけれども……

安住委員長 簡潔に質問してください。

渡辺(創)委員 はい。

 下村参考人は、塩谷さんの認識も下村参考人の認識とは一致しないというふうにおっしゃっているんでしょうか。

安住委員長 下村参考人、時間が参っておりますので、簡潔に答弁をお願いします。

下村参考人 塩谷さんは、やむを得ないのかなというふうに政倫審で、還付継続についてですね、お答えになったというふうに思いますが、私は、そういうふうには全く認識しておりません。

 現金による還付はしない、しかし、それ以外のやり方について議論したけれども、最終的には結論が出なかったということで、だから還付にすべきだということを、全くそのようには思っておりませんでした。

安住委員長 終わりです。

渡辺(創)委員 これで終わりますが……

安住委員長 終わってください。

渡辺(創)委員 じゃ、終わります。

安住委員長 これにて渡辺君の質疑は終了いたしました。

 次に、斉木武志君。

斉木委員 斉木武志でございます。

 下村参考人、よろしくお願いいたします。

 先ほどの渡辺委員との質疑の中で、気になるというか、新しい事実がちょっと出てまいりました。

 六月下旬に松本事務局長に対して、キックバックを求める声がある、一名、この声を電話でお伝えしたと。このことに関しては安倍会長にもお電話で報告をされたというふうにおっしゃいました。

 安倍会長は、それに関してどのような指示をされましたか。

下村参考人 五月の十七日に清和研のパーティーがございました。元々、四月の上旬に、現金は不透明なので、ノルマ以上の売上げについて還付しないということを安倍会長から指示があって、そして、四人の、それぞれの議員が手分けして電話をいたしました。しかし、それが四月ということで、全員が、私は二十人近く電話いたしましたが、承知しましたというお返事でありましたが、パーティーが終わった後、ノルマ以上の売上げがある議員がおられて、その議員から何とか還付できないかという話があったということで、そういう声があるということを松本事務局長とそれから安倍会長に御報告をいたしました。

 これは御報告ですので、安倍会長は、そうですかというお答えでありまして、それ以上特にコメントはございませんでした。

斉木委員 それは、四月に安倍会長がおっしゃっていた、やめるべきだ、還付、キックバックは不透明なのでやめるべきだという安倍会長のお考えとは違う声ですよね。

 それに対して、派内からこういう声があるんだけれどもと下村議員がお伝えをしたのであれば、安倍会長の考えとは真逆の考えですから、声ですから、何らか、じゃ、派としてこうしなさいであるとか、それでもやはり還流はやめるべきだとか、何か安倍会長から発言があってしかるべきだと思うんですが、ちょっとそのときの電話の会話を御紹介いただけますでしょうか。

下村参考人 御指摘のように、四月の会合のときに、安倍会長からノルマ以上の売上げについての現金の還付は不透明だからやめるということを指示されて、徹底して、電話したわけでありますから、当然、八月のときもそうだったわけですけれども、それが前提でずっと議論をされていますから、それをひっくり返すような話ということはもちろんないわけでありまして、ただ、一議員が、そういう声があるということは情報としてお伝えした。だから変えるべきだとかいう話は、もちろん、私も申し上げていませんし、安倍会長からもそういう話は全く出ておりません。

斉木委員 ちょっとそこのところは解せないなと思うんですね。

 安倍会長としては、かなり強い思いを持って、還付、キックバックはやめるべきだというふうなことをおっしゃっていたわけですよね。その思いというのは軽かったということですか。下村議員はどのように安倍会長の真意を解釈していたんでしょうか。

下村参考人 安倍会長の命令といいますか指示ですから、それは当然のことだと思います。

 ですから、先ほどから申し上げていますが、八月五日の会合でも、還付再開をするということを議論するということはないというのは、安倍会長の指示の前提ですから、我々としては還付再開はあり得ないというふうに、八月五日、私自身は思っておりましたし。

 しかし、何らかの形で資金が必要だという方に対して、それぞれ個人がパーティーをするときに、それに代わる議論を、案として出てきたということでありますから、安倍会長が決められたことに対しては、当然それが前提で、それまでもあったわけでありますし、それはずっと、今でもそういう思いを持っております。

 ですから、安倍会長の決意は、一議員からそういう声が上がったとしても、じゃ、どうしようかということでは全くなかったと思いますし、そういうふうなお話はもちろん全く出ておりません。

斉木委員 安倍会長の決意は相当固かったということなので、下村議員から、それに反する、キックバックをしてくれという議員が一名いるということを電話で言ったら、当然、何らか、いやいや、それでもやはり法にのっとって処理すべきであるとか、それとも、何らかのリアクションはあったと思うんですけれども、全く、ああ、そうですかだったんでしょうか。

下村参考人 四月の会合で既に安倍会長から指示があって、そして、四人の議員は全ての清和研所属の議員の方々に電話で連絡をしたわけですから、それは安倍会長として、清和研としての決定であります。ですから、当然、それが前提で、ずっとその後も議論をするのは当たり前の話ですが、ただ、声として、そういう声も上がったということは、情報としてはお伝えをいたしましたが、だからといって変えるとかいう話ではもちろんないと思います。

斉木委員 ちょっと質問に答えていないというような声も出ていますけれども、何分ぐらいでその電話というのは終わったんでしょうか。全く、分かりましたという回答、五秒ぐらいで終わったということですか、安倍会長の発言は。

下村参考人 方針はそれはもう決まっていることですから、そういう声があるということを私は申し上げましたし、それに対しては、そうですかということだけで、それは終わっています。

斉木委員 下村議員自身がおっしゃっている安倍会長の決意は相当固かったということと、ああ、そうですかというリアクションというのは、余りにちょっと矛盾しているなという率直な感想を持ちました。

 今案件は、やはり、ほかの議員も質問されているとおり、八月五日の認識ですね。松本事務局長と塩谷元議員は、この会合において、松本参考人も、方向性を決める会議でしたから、その方向性について議論していただいて、いろいろなやり方とか方法とかの議論の後、いずれにしても、返還、返金を望んでいる議員もいるので返しましょうという話になりました、だから、これを決定というふうに、私はそういうふうに認識しましたというふうに、ヒアリングでも安住委員長に対して述べられております。

 ということは、松本事務局長か塩谷さん、両方とも、うそをついているということですか。そごがあるんですけれども、下村議員の認識と。このそごはなぜ起きているんでしょうか。

下村参考人 もちろん、松本事務局長も塩谷さんも、うそをついているということはあり得ないことだと思います。そして、私自身も、あるいは世耕さんも西村さんも政倫審や参議院の予算委員会でもお答えしていますが、うそをついているということは全くございません。認識のそごだというふうに思います。

 これは、八月五日、現金による還付は行わないという前提だからこそ、しかし、何らかの資金手当てが必要だと求めている人に対してどのような形で派閥として対応できるのかということですから、還付ではなくて、それに代わる、ある意味では代替措置として、それぞれの個人が資金集めパーティーをするときにどう協力するかということが当然議論になったわけでございます。

 ただ、残念ながら、じゃ、その議論にしましょうということが明確に結論には私はならなかったというふうに思っております。

 世耕さんは参議院の予算委員会で、実際そういうふうになったからという認識で、その後の、個人がそれぞれパーティーをやる、参議院の先生方の日程を聞いて、その日程について松本事務局長に連絡をしたということでありますから、当然、それは現金還付をするということが前提でない話として理解されたんだと思います。

 ただ、結果的に、八月五日に、じゃ、こうしましょうというのが明確に結論が出なかったということの中で、松本事務局長は、今までのような還付再開をするというふうに判断をされたんだというふうに思います。これは認識のそごがあると思います。

 ただ、そのとき、私自身が反省しているのは、松本さんがそういうふうに認識したことが、うそだとか間違いということではなくて……

安住委員長 簡潔にお願いします。

下村参考人 その後、八月五日の会議について、論点整理なり、あるいは結論整理なり、あるいはメモとか議事録で残していなかったという意味で、私は会長代理の一人として、私自身責任を感じております。

安住委員長 斉木君、時間が来ているので終わってください。

斉木委員 最後に、やはり真相解明のためには、そごがあるままですので、塩谷元議員の当委員会への参考人招致も会派として求めて、質問を終わらせていただきます。

 どうもありがとうございました。

安住委員長 これにて斉木君の質疑は終了いたしました。

 次に、石井智恵さん。

石井委員 国民民主党・無所属クラブの石井智恵です。よろしくお願いいたします。

 私は、昨年の衆議院議員選挙に初当選をし、その後すぐに政治倫理審査会の幹事として出席をし、そして自民党派閥のパーティー券の不記載問題で十五名の方の全員の弁明をお聞きし、そして質問もさせていただきました。政倫審では全く実態解明には至りませんでした。十五名の弁明を聞いて疑問に思ったこともございました。それらを踏まえて、質問をさせていただきたいと思います。

 まず初めに、一番問題にしなければならないのは、ノルマを超えて販売をし派閥から寄附をされたものを、収支報告書に記載をしなかったということであります。これは違法な行為であり、そして実態解明を行っていかなければなりません。

 この理由については、派閥から誰に幾ら寄附をしたのか、その数字を明らかにすると困るから不記載にしたということでありました。それが判明したのは、柴山議員の弁明であります。

 昨年の十二月十八日に行われました政倫審の柴山昌彦議員の弁明はこうでありました。

 柴山事務所ではパーティー券の売上げ超過分を、平成二十五年までは、清和会からの収入として寄附という形で計上していた。清和研側からも、支出に寄附という形で計上され、双方共に計上されていたので法律的にも問題はなかった。しかし、平成二十六年頃、清和研の事務局から、今後は収支報告書に寄附として計上しないので、柴山事務所でも記載しないよう同様の対応を取ってほしいと要請があり、その際、柴山議員は不審に思って、何度も、大丈夫か、法的に問題はないのかと清和研側に確認をしても、法的に大丈夫だと言われて、また、柴山事務所だけ記載したら寄附金額が多いので目立ってしまうため、ほかの事務所と横並びの対応をしてほしいと言われて、派閥の方針に従ったという発言がありました。

 ここに、私は、収支報告書不記載問題の真相解明の糸口があるというふうに思っております。派閥はこの資金の流れを表に出したくなかったということであります。追加の資金を派閥から議員側に提供しても、誰に幾ら渡したのか外から分からないようにしていた。例えば、特定の人に上乗せして寄附をしていたかもしれません。

 そこで、下村参考人にお聞きしますが、パーティー券のノルマ超過分、いわゆる派閥からの寄附を不記載にするようにしたのはどなただったのでしょうか。また、表に金額が出るのをよくないと言った方がいたはずなんです、その方がどなただったのか。また、派閥からの寄附を収支報告書に記載しないようになった、その経緯についても併せて、現段階で下村参考人のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。

下村参考人 御質問ありがとうございます。

 私自身は、二〇二三年の十一月まで、事務所で不記載があったということは承知しておりませんでした。派閥においても承知していませんでした。二〇二二年の四月に、安倍会長から今後現金による還付は不透明だからやめるという話があったときも、そのときも、それが不記載ということについては全く認識をしておりませんでした。

 ただ、私自身が政倫審に昨年の三月ですね、出たときに、自民党の議員からも、それから立憲民主党の議員からも、二〇〇五年に、共同通信や、あるいは、塩谷さんが政倫審で出られたときに、地元の静岡新聞で、二〇〇五年に、当時、清和研の不記載が記事として出ているということが質問されましたし、そのときに私自身も、二〇〇五年から清和研においてそういう不記載問題があるということを承知したところでございます。

 いつから始まったのかということは、それ以前、どれぐらい前から始まったかどうかということは承知をしておりません。少なくとも二〇〇五年以降続いていたということは言えると思います。

 そして、松本事務局長も、前任者からそういう慣行だからということで聞いているという話の中で、そして、先ほど柴山さんのことを取り上げて御質問されましたが、長い間の会長と事務局長との間で慣行としてこのことについては決められたようで、決して本当に逃げるわけではないんですが、私も事務総長をしていたこともありますし、会長代理もしておりましたが、そのことについては全く、事務局長から相談がなかったということで、非常に、事務局長に今から考えればきちっとその辺の経緯について詳しく聞くべきだったということで、反省をしているところでございます。

石井委員 これはやはり、過去に遡って原因追求をしていかないといけないと思っております。そのために、森元総理について御質問をしたいと思います。

 下村参考人は、二〇二四年の五月二十八日放送の日本テレビの「深層NEWS」に出演された際に、森元総理の関与についても徹底的に明らかにされるべきだというふうなことを発言をされておられます。下村参考人御自身のホームページでも、その発言の内容を要約を載せられております。

 森元総理には岸田前総理が電話での聞き取り調査を実施して、関与がなかったというふうに言われておりましたけれども、多くの国民はそれに納得できなかったというふうに思っております。

 今年の一月三十日、元清和研の松本事務局長の予算委員会での参考人質疑が行われておりました。その中で、松本事務局長は、このキックバックの不記載の違法性については幹部に進言をしたというふうに言われております。時期は安倍元総理が亡くなる前ということでありますので、このキックバック不記載の仕組みを知っている会長である安倍元総理に進言したのだというふうに推察をしております。

 そして、派閥の会長というポストを御経験をされ、そして今現在御存命なのは森元総理だけであります。これまでの経緯をよく知っている方にやはり聞くしかないというふうに思っています。私が昨年十二月十八日の政倫審で萩生田議員に直接質問をした際にも、過去に遡って、分かる人たちがもう少し説明をする必要があるのではないかということもおっしゃっておられました。

 やはりここは、派閥の会長をされていた森元総理が国会の場においてしっかりと証言をしていくことが真相解明につながっていくかというふうに思っておりますが、下村参考人のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。

下村参考人 御質問ありがとうございます。

 先ほど申し上げましたように、二〇〇五年に静岡新聞やあるいは共同通信でそのようなことが報道されたということを、私も、政倫審、委員会等でお聞きをしました。私自身がいつから清和研でそのようなことが行われていたのかどうかというのは承知をしておりません。

 そういう意味で、岸田総理、当時の総理が、森会長にも電話でお話をお聞きしたということでありますし、今後については、これは国会で是非お決めになることだというふうに思いますが。

 ただ、清和研の会長代理をしていた一人として、やはり誠実に、いつ、どこから、誰かから始まったということについては、我々もより真相究明をしなければ、国民の皆さんから御覧になって、ごまかしているとか、あるいはいいかげんにしているということになると思いますので、誠実に対応していくことが必要だというふうに思います。

安住委員長 石井さん、間もなく時間ですから、まとめてください。

石井委員 やはり、森元総理には参考人質疑に出席していただくことが実態解明につながっていくというふうに思っております。

 政倫審に今まで出席された方も、恐らく、お世話になった方や政治家として大先輩の方に何か問題があっても、やはり自分からは何も言えない、何か言えば組織から排除される、そういった風土が蔓延していたのではないかというふうに思います。そもそも違法性のあることを大丈夫だと言って指示をした方がいるということで、罪に問われないといけないというふうに思っております。

 やはり、この政党のガバナンス、しっかりと行っていかないといけないと思いますし、その点においても、是非今後も、下村参考人には、実態解明については今後も御協力をいただきたいというふうに思います。

 以上で質問を終わります。ありがとうございました。

安住委員長 これにて石井さんの質疑は終了いたしました。

 次に、中川康洋君。

中川(康)委員 公明党の中川康洋でございます。

 今日は、委員長の御配慮の下、質問の機会をいただきまして、大変にありがとうございます。

 さらには、下村参考人には、この参考人聴取に御出席いただきまして、心より御礼を申し上げながら、様々質問をさせていただきたいと思います。私も、昨年の三月に下村さんに質問等をさせていただきました。またこの機会をいただきましたこと、感謝を申し上げます。

 早速お伺いをします。

 ちょっと順番を入れ替えますが、最初に、二〇二四年一月三十一日の下村参考人の記者会見内容に関連して、特に、収支報告書で合法的な形で出すとの発言をされておりますが、この件について確認をさせていただきます。

 下村参考人は、二〇二四年一月三十一日の記者会見で、八月五日の幹部協議の場で出された還付廃止の代替案として、還付については、個人の資金集めパーティーのところに上乗せして、そこで収支報告書で合法的な形で出すということもあるのではないかという案があったと話すとともに、三月の政倫審では、この合法的な形での意味について、個人がパーティーを開くときに同じ団体から受け取れる金額の上限として合法的な百五十万円以内ということだと説明しておりますが、この点は間違いございませんでしょうか。

下村参考人 御指摘のとおりであります。

 政倫審のときにも質問していただきまして、二回目ということで、ありがとうございます。

 御指摘のように、一月の三十一日、記者会見をしたとき、八月五日については、これまでも述べたとおり、還付の再開はしないということの中で、それに代わる代替案として、ノルマ以上の売上げがあった方に対して何らかの資金協力ということで、その後、個人がパーティーをするときに、そのパー券を派閥が買うということでできるのではないかと。ただ、百五十万以上の、実際は、ノルマ以上の売上げをされた方も結構いらっしゃいました。だから、全額それをパー券で、個人のパー券で買うということではなくて、合法的ということで、つまり、百五十万までだったら、派閥としてそのパー券を買うことができるという意味で申し上げたということでございます。

中川(康)委員 ありがとうございます。

 この合法的な形でに対するその発言について、当時の参加者が、これは収支報告書への不記載という違法性を認識していなかったということを意識しての説明というふうにも私は思うわけでございますが、その認識でいいのかどうか。ここを端的にお答えください。

下村参考人 おっしゃるとおりでありまして、そもそも、不記載であるということについて私が存じ上げておりませんでした。

中川(康)委員 しかし、ここからちょっと議論したいんですが、この収支報告書で合法的な形で出すとの発言で問題となるのは、実は、前回、下村参考人が説明された合法的な形でという言葉ではなくて、私は、その後の、出すという言葉であるというふうに感じております。

 この収支報告書で出すという言葉は、これは、既に、これまで収支報告書に出していなかったこと、いわゆる不記載を既に認識していたからこそ出てくる言葉であり、下村参考人始め、塩谷氏、西村氏、世耕氏は、既にこの幹部協議の段階で不記載を認識していたからこそ、収支報告書に出す何らかの方法を検討していたのではないかと考えるのが、これが普通でないかと思いますが、この点、お答えいただきたいと思います。

下村参考人 それは、明確に、そうではないということをまず申し上げさせていただきたいと思います。

 四月に、安倍会長から、ノルマ以上の還付については、現金、不透明だから行わないと。つまり、ノルマだけ売る、売っていただくということが前提であったわけでございます。

 私は、当時、それについて疑問に思っていなかったのは、私自身も、自分で、自分の資金集めパーティー等、その時期に、地元でも、あるいは選挙区外でもやっていましたし、そもそも、派閥でノルマ以上の売上げをして、それが記載されたとしても、それは当然の話だとその当時思っていましたから、それを戻すということ自体が、本来の政治家の在り方としていかがなものかと、記載されていてもですね、そういう前提をずっと持って議論を、もちろん八月もしていましたから、不記載があるということを分かって議論したわけではないということでございます。

 そして、先ほど申し上げたように、派閥については、ノルマについて、きちっとそれは貢献をする、それ以外については、自分のパーティーで、自己資金で稼ぐということが当然のことだというふうに思っておりましたから、合法的というのは、つまり、法律にのっとってという意味での合法的でありまして、不記載云々ということを認識してでの、そういう意味で申し上げたわけでは全くございません。

中川(康)委員 ありがとうございます。

 合法的な形でというところが前回の政倫審で相当議論をされまして、そこは、不記載を認識していたから合法的な形じゃないのかと、発言があったのじゃないかなというところに対して、下村参考人は、いや、個人がパーティーを開くときに合法的な百五十万以内という説明をされた。このつながりでいくと確かにちゃんと説明はできるんですけれども、しかし、やはりここで、合法的な形でというところでは、違法性の認識はあったんじゃないかなという思いもありました。

 しかし、よくよくこれは読み込むと、ここの言葉よりも、いわゆる収支報告書で合法的な形で出すという、この言葉を申し出るという段階で、私は、二〇二二年の四月の安倍会長とのやり取りの中で、いわゆる収支報告書の不記載というところが認識をされていたのではないか。ですから、代替案として議論されていたときに、収支報告書に出す何らかの方法で検討という言葉になったのではないかというふうに感じましたので、そのところをお聞かせをさせていただきました。もうこれ以上は申し上げません。

 もう一点、これは既に何人か意見が出ていますが、二〇二二年七月に下村参考人が松本氏に電話をした件について、本年二月二十七日の朝日新聞、読売新聞及び共同通信の取材に対して、下村参考人は、松本氏に対して二〇二二年七月に、安倍派所属議員から、もう相当パーティー券を売っている、何とかならないかという声があることを伝えたと語っておられます。また同時に、下村参考人は、そこで再開しろと連絡したことは全くないとも述べていますが、大事なのは、これは私が感じる範囲ですけれども、再開しろと言ったか言わなかったかではなく、この声があると伝えられた側が、当時会長代理でもあった下村参考人の言葉をどのように受け取ったか、ここが非常に大事かと思っています。

 現に、松本氏は、裁判の中で、二〇二二年の七月下旬にある幹部から再開を求められたと証言をされております。下村参考人は、確かに再開しろとは言葉にこそ出してはいないかもしれませんが、それは暗に還流再開の思いも含めて松本氏に電話をしたのではないか、そのような思いがなければ、通常このような電話を私はしないと思いますが、その点、お答えいただきたいと思います。

下村参考人 ありがとうございます。

 松本事務局長は、現職でない国会議員から還付を求める意見が寄せられた趣旨の発言をされたという、今の御質問でございます。

 私自身は、六月の下旬に、ある議員から還付を求める声が上がったということについて伝えました。しかし、それは、松本さんがいろいろな派閥の、四人のほかの方々含めた意見を集約するお立場であるということでお伝えしたわけで、安倍会長が御存命のときでもありますし、また、私自身が、会長代理で、会長ではないわけですから、八月五日も含めてですね、私がそのように指示して、そして決められるというそもそも立場ではないわけでございます。

 ただ、今の中川先生のお話は、松本さんがそういうふうに取ったのではないかということでありますが、そもそも私自身は決められる立場ではありませんが、そのように取ったとしたら、私は会長代理という立場もありますから、私自身の話し方が松本さんにそうもし思われたとしたら、まさに私自身の不徳の致すところでありますし、それは謙虚に私自身が気をつけなければならないことだというふうに思いますが、ただ、事実として、そのことによって再開が決まったということはないということは、これは今までの事実関係から明らかなことであるというふうに思います。

安住委員長 中川君、間もなく時間ですので、まとめてください。

中川(康)委員 ありがとうございました。

 これは、受け取った側がどう受け取ったかということがすごく大事で、かつ、言葉にはしていないけれども、どのような思いで言ったかというところ、すごく大事だというふうに思っておりまして、伺わさせていただきました。

 時間が来ましたので、これで終わらさせていただきます。大変にありがとうございました。

安住委員長 これにて中川君の質疑は終了いたしました。

 次に、櫛渕万里さん。

櫛渕委員 れいわ新選組の櫛渕万里です。

 裏金問題が発覚してからもう一年半が経過しています。なのに、何も明らかになっていないんですよ。自民党はこの参考人招致にも反対し、そして、全くこの裏金問題を反省するどころか、抵抗ばかりしています。一方、野党側もぬるいです。昨年の総選挙は野党が多数を取った。国民は、もっと迅速にこの裏金問題の真相究明が進むんじゃないか、こう期待していたんじゃありませんか。

 れいわ新選組は一貫して、裏金議員の参考人招致、本人が応じないのであれば証人喚問を求め続けてきました。

 そして、下村参考人も、なぜもっと自ら早く国会招致を申し出なかったのか。冒頭、一言厳しく指摘をさせていただきたいと思います。

 さて、旧安倍派のパーティー券収入の不記載はもちろん重要ですけれども、特定の派閥だけの問題に限ることは、国権の最高機関である国会、その中心である予算委員会の権威を損ねることになります。今日は、それにとどまらず、下村参考人から幅広く御意見を伺います。

 さて、松本元事務局長は下村参考人が還付再開を決めたと言っている。ところが、参考人は誤解だと今日も主張していて、食い違っています。

 下村参考人に伺いますが、昨年の政倫審でこのように述べておられる。二〇二二年八月五日の会合で、その年のパーティーのノルマ超えについて、還付はできないが、個人のパーティー券を派閥から買うことが提案され、結論は出なかったとしています。この個人のパーティー券を買う方法、これは事実上の還付だと思いますよ。これは誰が提案したのですか。簡潔にお答えください。

下村参考人 まず、冒頭、問題提起がありました。そのとおりだと思います。もっと積極的に、私自身含めて、あるいは私自身が、より、政治不信を巻き起こした責任者の一人として、より丁寧に早く説明をしなければならないというふうに思っておりますし、また、今回、このような場をつくっていただいたことを本当に感謝申し上げたいというふうに思います。

 還付について、八月五日、誰がということではなくて、私自身も、一人の議員から、ノルマ以上の売上げがあったものについて何とかならないかという話があったということを申し上げましたが、ほかの議員からも同じような話がありまして、これは共通認識として、その前提で、しかし、現金による還付はしないけれども、それに代わる形として個人のパーティーを購入する方法があるのではないかということが議論されたということでございまして、誰かからとか、誰か一人からということではございません。

櫛渕委員 誰かが言っているに決まっているじゃないですか。

 派閥から個人のパーティー券を形式的に買うということになったわけですけれども、事実上は還付と一緒だから、これが再開なんですよ。ポイントは、還流と言おうが、個人のパー券だろうが、派閥からお金が各議員に渡っていた、このことが問題なんです。これが実態だということが、還流再開と一緒じゃないですか。参考人の収支報告書には実際に、二〇二二年、百二十八万円の不記載があるじゃありませんか。

 さて、裏金問題は旧安倍派だけではありません。何で旧安倍派だけが狙い撃ちなんだと、参考人は本音では思っているんじゃないですか。

 さらに、裏金は、派閥だけではなく、都議会自民党でも問題となっています。金額の大きい人で、二十三区内でいえば、世田谷区の三宅茂樹議員が二百五十一万円、練馬区の柴崎幹男議員が二百四十一万円、杉並区の小宮安里議員は二百五十万円、同じ杉並区の早坂義弘議員が二百十四万円です。

 ところが、練馬の柴崎議員は資料の提出要求さえも拒否している。世田谷の三宅議員、杉並の小宮議員も同様です。にもかかわらず、練馬の柴崎議員、杉並の早坂議員には、あと二週間後の都議会議員選挙で自民党の公認まで出されています。

 都議会の自民党会派では、いやあ、政治資金規正法なんて天下のざる法だよと、長い間自民党内で言われてきたという言葉も報道に出ていますよね。そうした認識を持っているだろう人物を自民党は公認して、また選挙に出す。

 お聞きします。

 下村さんは、党本部の選対委員長や都連の会長も歴任されたお立場として、都議会の裏金議員を選挙で公認することに対してどのようにお考えですか。端的にお答えください。

下村参考人 私自身は、昨年の四月の四日に一年間党員資格停止という処分がありまして、それはもう謙虚に受け止めさせていただきました。その中で、昨年の十月の衆議院選挙は、これは無所属で戦ったわけでございます。同時に、清和研の同志の方々も、十二人、無所属で戦ったわけでございます。(櫛渕委員「都議会のことを聞いています。都議会自民党について答えてください」と呼ぶ)

 都議会について今御質問ということでありますが、私も都連所属の一人として、今回の一連の問題に対して、国民の皆様方に多大なる御心配をおかけしているということについて、心から私自身もおわび申し上げたいというふうに思います。

 私自身、現時点で全てのその経緯とか詳細について把握、都議会についてしているわけではございませんが、こういう状況を招いた一員としての責任は重く受け止め、そして、これまでの、それぞれの立場で説明責任を果たすことが必要だと思いますし、また、組織としても一層襟を正して信頼回復に向けて努めていかなければならないというふうに思います。

 公認問題はそれぞれの組織で決めていることでございますので、私自身がそういう今立場、権限もございませんので、私が、また今の状況の中でコメントについては申し上げる立場ではないというふうに思います。

櫛渕委員 自らおっしゃったように、二〇一七年まで都連会長でいらっしゃったんですから、未来のことを聞いているんじゃないんですよ。過去のことについても明らかにしてください。自民党都連として重要な立場でおられるんですから。正直に話していただくために今回この場所に来られたんですよね。政治不信を与えてしまったことをおわびするとおっしゃるなら、それがせめてもの償いであり、そして責務です。

 残念ながらもう時間ですけれども、今回、何一つ新たな事実を下村参考人からお聞きできませんでした。冒頭お尋ねした還付再開の件でも、下村参考人の発言と松本氏や塩谷氏の発言は食い違ったまま。

 委員長、塩谷氏は、自分の説明と松本氏の発言は一致していると報道でもコメントしていますから、是非、この場で、今国会で塩谷氏の参考人招致を求めます。そして、先ほど、森元総理の発言、コメントされましたけれども、還流再開について森元総理が決めたと認めた音声について否定されませんでした。ですから、森元総理の証人喚問を求めて、私の質問を終わります。

 ありがとうございました。

安住委員長 これにて櫛渕さんの質疑は終了いたしました。

 次に、田村貴昭君。

田村(貴)委員 日本共産党の田村貴昭です。

 下村参考人は、昨年三月十八日の衆議院政治倫理審査会で、政治資金パーティー券の売上げキックバックについて、次のように述べておられます。

 いつからということははっきり申し上げることはできない。ただ、長年の慣行として、会長と事務局長で、収支報告書への不記載を含めて、慣行として決めてきたということではないか。少なくとも、私自身が、相談を受け、その後、協議して復活しようとしたことに全く関わっていないと繰り返しておられます。

 しかし、下村参考人は、政倫審後の五月十五日、国会内で行われた講演で、森喜朗氏が派閥の会長を務めていた二〇〇五年の時点でキックバックが行われていたことは明らかだと語っています。事実でしょうか。

下村参考人 政倫審で私自身がお話をしたのは、そのとおりでございます。

 そして、そのときに、与党、野党の先生方から、二〇〇五年の清和研の資金集めパーティーの件で、共同通信やあるいは当時の静岡新聞等に記載をされていたということについて、私も初めて知りました。

 そのときの清和研の会長が森会長であったわけでございまして、当時から清和研においてそのようなことが行われていたということが、後で報道で知ったということで申し上げましたが、そのスタートがいつなのか、二〇〇五年以前から行われていたのかどうかということは承知しておりませんが、二〇〇五年について、それが報道であったということについて申し上げたわけでございます。

田村(貴)委員 まだあります。

 下村参考人は、政倫審の僅か一週間後の三月二十五日、地元、東京都板橋区で開催された御自身の後援組織、若博で、この会合の場でも、少なくとも一九九九年から二〇〇五年、森会長のときにスキームをつくってやっていたと認識していると述べておられます。この発言は、その後、四月のTBSの報道番組で、下村さんの音声としても報じられています。

 なぜこのことを政治倫理審査会で語らなかったんでしょうか。

下村参考人 それは、今申し上げたように、政倫審までに私はそのようには全く認識をしていなかったということでございます。

 ただ、政倫審の場で、先ほど申し上げたようなことが与党、野党の先生方から質問されて、そのような報道があったのかということを承知したということでございます。

 同時に、政倫審の中で、塩谷議員が、初めて当選したときにはそのようなスキームがあったというふうには認識していない、再当選をされたときにそのようなことがあったということで、それが一九九六年から二〇〇五年の間、いつから始まったかというのは分からないけれどもということでしたから、森会長のときかどうか分かりませんが、少なくとも二〇〇五年のときにそのようなスキームがあったということを、私は政倫審で、そういう質問や、あるいはほかの議員の答弁で知ったということでその後申し上げたわけで、私自身が、当時の政倫審のとき、うそをついていたとかいうことは全くございません。

田村(貴)委員 なぜ森氏の関わりを語らなかったのか、そのことについても、下村参考人は、自分の地元の会合で述べておられます。

 五人衆のバックに森氏がいて、そういう形で復活したのではないかと問われた際、もし国会でそのとおりでしょうみたいなことを言ったら、下村が森会長のときに違法性のある派閥の還付を認めたということで大騒ぎになりますから、だからそういうことは言えないと述べ、そのために、政倫審では、長年の慣行の中でと答えたというふうに語っています。これも番組で紹介されています。とんでもないことだと思いますよ。政倫審で真実を語っていないじゃありませんか。

 更に続きます。

 森氏の会長時にスキームされたことについて、下村参考人はこう言っています。

 検察に話したときには全然知らなかった話、それで当然不起訴になっているが、国会で違うことを話したとしたら、私はもう一度聴取されますからと語っています。

 結局は、御自身の保身のために、森氏の関与、これを述べなかったということにつながるのではないですか。

下村参考人 それは全く事実ではありません。

 こういう国会の大切な場ですから、この予算委員会の参考人招致もそうですし、それから政倫審もそうですが、私が揣摩臆測で、勝手に予想なり、あるいは私の感想を述べる場ではないというふうに思います。事実に基づいてきちっと正直にお答えするということが、当然、国会の場として、神聖な場として求められるわけでございます。

 ですから、当時も、実際に直接、私自身が森氏の関与を承知したわけではありませんから、揣摩臆測でそういうことを述べることはできないということを申し上げたわけでございます。

田村(貴)委員 森会長の下でスキームがつくられ、森会長の下でキックバックが行われていたと、あるところでは語って、肝腎な国会の場では言わなかった、これは信じられない話ですよ。ちゃんと事実を語ってもらわなければいけません。

 もう一つお伺いします。

 裏金問題、事の起こりはパーティー券の購入キックバック、これは形を変えた企業・団体献金です。

 下村参考人は、これからの政治活動においても、パーティー券の購入、そして企業・団体献金の受取を続けていかれるおつもりですか。

下村参考人 今、国会で、企業・団体献金の在り方について議論をしている最中であるというふうにお聞きしております。

 私自身は、このようなことが起きてから、自分自身の後援会等、企業、団体等は一円から全て情報開示をすることによって、一〇〇%透明性を持たせることによって、国民の皆さんから不信感を抱かれないような、そのようなことを自ら既に実践をしているところでございます。

田村(貴)委員 それから、二〇二二年八月の会合で還流が決まった、結論が出なかった問題であります。

 参考人は結論が出なかったと言っているんですけれども、松本元事務局長はこの会議で再開が決まった、そして塩谷氏は、同じ考え方で、私が説明してきたことと松本氏の発言は一致していると言っています。

 ある幹部から再開を求められてきた、その方は現職ではないと松本さんは前回の参考人質疑で明確に述べられました。しかし、下村参考人は、私ではない、私は指示していないと言っています。

 では、松本さんがおっしゃったそのある幹部というのは、実在しないということなんですか。そこは解明しないといけないと思いますね。

 時間が来ましたので終わりますが、私は、森喜朗元会長、元総理、そして塩谷立氏の国会招致は不可欠だというふうに思っています。

 そのことを強く要求して、質問を終わります。

安住委員長 これにて田村君の質疑は終了いたしました。

 以上をもちまして下村参考人に対する質疑は終了いたしました。

 下村参考人におかれましては、御多用中のところ御出席いただきまして、誠にありがとうございました。厚く御礼申し上げます。

 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後三時二十一分散会


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