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令和七年十二月十二日提出質問第一七八号
古代王権は男系・女系の両方が機能する双系であったとの歴史学説と高市早苗総理大臣の皇位継承についての考え方に関する質問主意書
提出者 たがや 亮
古代王権は男系・女系の両方が機能する双系であったとの歴史学説と高市早苗総理大臣の皇位継承についての考え方に関する質問主意書
高市早苗総理大臣は、今年九月二十二日の自民党総裁選立会演説会で、「今を生きる日本の政治家として次の二つ以上に大切なことはない」として「自衛隊の存在を憲法にきちんと書き込むこと」と共に、「世界に一つとして類例のない長い長いそれは長い継続をもってこられた皇統を男系で引き継いでいかれますよう、皇室典範を変える仕事」を挙げている。この総裁選に当たり、高市総理は産経新聞の単独インタビュー(九月二十六日付)に応じて「男系の皇統維持は、天皇陛下への敬意と正統性の源」「百二十六代にわたり先人が男系皇統を守ってきた。男系皇統の維持は、祖先たちへの責任でもあり、未来への責任でもある」と述べている。
また、かなり遡っての二〇〇六年一月二十七日、衆議院予算委員会で質疑に立った際にも高市委員(当時)は、「男系の血統が百二十五代続いた万世一系という皇室の伝統、この伝統も恐らく天皇の権威というものの前提であったんだろうと、こう感じている」と述べ、安倍晋三官房長官(当時)に「この皇位が古代より百二十五代にわたって一貫して男系で継承され続けてきたことの持つ意味、それから、皇室典範第一条が男系男子による皇位継承を定めている理由」について問うている。
一方で高市総理は「過去の男系の女性天皇を否定するような発言は絶対に避けたい」(前述、産経新聞インタビュー)とも述べているが、以上を踏まえるなら「皇位の男系継承維持」を皇統問題において重視していることは明らかだ。しかしながら、我が国の歴史学の中で説かれている学説や、そもそも「古事記」、「日本書紀」の研究においても常識となっている「欠史八代」などの事実に立てば、「百二十六代にわたる男系の皇統維持」は絵空事に過ぎない、歴史的事実としては否定された事象というべきものになってしまう。高市総理が表明した男系継承維持の考え方の根拠が崩れ去ることになる。
まず、「欠史八代」とは「古事記」、「日本書紀」に記載されていても実存を裏付けるような事績がほとんどないために「実在性が低い」とされる第二代綏靖天皇から第九代開化天皇を指している。これだけで「男系の皇統維持」はおろか「百二十六代にわたる皇統」の一角が崩れるのだが、これは「神話と歴史的事実を峻厳して研究する」という歴史学では常識になっている。そして、これも我が国の歴史学の中では有力説として長く定着しているのであるが、第二十六代継体天皇よりも前は、男系継承ではなく男系、女系の両方が機能していた双系による古代王権であったとの学説である。代表的なものは一九八三年に刊行された吉田孝氏の「律令国家と古代の社会」である。
吉田氏の論は要約すると「日本の古代社会には、父系、母系いずれの単系集団も存在せず、親族名称、婚姻制度などから想定される基層社会は双系的な性格が強い」「律令国家に移行する際も、父系出自集団を基礎とした中国律令の枠組みへ根本的に組み替えることはせず、中国律令の父系制的な規定を双系的に修正して採り入れた」ということになる。古代王権は当時の日本で支配的な双系的な古代家族制度を基礎としているという立場での研究は、その後も吉田氏の学説を足場に発展を続けていて、歴史学説として有力な地歩を得ている。
こうした学説に立った皇統の歴史の考察は近年にも展開されており、義江明子氏が二〇二一年に刊行した「女帝の古代王権史」は「魏志倭人伝」等の外国歴史文献に記録のある卑弥呼や推古天皇、持統天皇といった古代の女性統治者(女帝)に焦点を当てて古代王権史を検討し、「古代の天皇継承は男系にも女系にも偏らない双系的なものであった」ことを改めて結論付けている。
因みにこれはよく知られたことであるが、「魏志倭人伝」などで伝えられた邪馬台国の女帝、卑弥呼はシャーマン(呪術者・預言者)的な役割を果たすと共にその弟が実務上の執政を担っていたとされており、女性、男性の二王による統治の姿が垣間見えるものとなっている。また、義江氏の古代王権史の検討によれば、皇統の系譜や即位過程を分析すると父系(男系)だけではなく、母系及び姻族関係を通じた継承が重視されており、近世以降にイメージされた「男系・万世一系」とはかけ離れた実態が浮かび上がるとされている。
概して律令国家成立以降は、男系継承が重視されたと言えるが、それでも十代八人の女性天皇が生まれると共に、名古屋文理大学の栗原弘氏による研究論文「「日本霊異記」における家族形態について」(二〇〇一年)によると、日本における家族形態の双系制は根強く続き、律令国家に移ってかなり経った平安初期に至るまで「父系二世代同居家族は例外的」であり、支配的であったのは「双系制社会としての小家族形態」だったとの説が展開されている。これも歴史学会では有力説とされる。
以上を鑑みるなら、高市総理が信条とする「男系継承維持」「百二十六代続いた男系という皇室の伝統」なるものは、歴史学会における文献学的分析や考古学的実績もふまえた実証的研究に立って唱えられている「古代王権は男系・女系の両方が機能する双系であった」との歴史学説の前では全く霧散してしまう論と言わざるを得ない。もちろん、高市総理の同信条も何がしかの学説などを信じて得たものなのであろうが、少なくとも学問の世界で圧倒的に有力な説となっている訳ではないことは明らかだ。
実際、前述した二〇〇六年一月二十七日の衆議院予算委員会での高市委員質問(「皇位が古代よりは百二十五代にわたって一貫して男系で継承され続けてきたことの持つ意味」「皇室典範第一条が男系男子による皇位継承を定めている理由」)に安倍官房長官は「憲法においては、憲法第二条に規定する世襲は、天皇の血統につながる者のみが皇位を継承するということと解され、男系、女系の両方がこの憲法においては含まれる」「これまでの男系継承の意義についてはさまざまな考え方があります。これは学問的な知見や個人の歴史観、国家観にかかわるものでございまして、私も官房長官として政府を代表する立場でございますので、特定の立場に立つことは差し控えさせていただきたい」と述べた上で、「政府としては男系継承が古来例外なく維持されてきたことを認識し、その事の重みを受けとめつつ、皇位継承制度のあり方を検討すべきものである」と答弁している。
安倍長官の学説等において「特定の立場に立つ」と男系継承に関する高市委員の主張が評価されたことは重要で、政府のあるべき姿を示したと言える。この時の論議は、前年十一月に「皇室典範に関する有識者会議」が「女性天皇、女系天皇容認」を提言した報告書を提出したことを受け、皇室典範改正が着手される前提で行われたものである。
以上を踏まえて、質問する。
一 高市総理は、前述の指摘を受けて尚、政治家として「百二十六代にわたり先人が男系皇統を守ってきた。男系皇統の維持は、祖先たちへの責任でもあり、未来への責任でもある」との信条を維持するのか。 この信条は、いかなる歴史学あるいは皇室史研究に立脚してのものか。
二 前述の「男系継承」に関わる高市委員質疑に対する安倍長官答弁「これは学問的な知見や個人の歴史観、国家観にかかわるものでございまして、私も官房長官として政府を代表する立場でございますので、特定の立場に立つことは差し控えさせていただきたい」との立場について、高市総理は政府がとるべき姿勢として妥当と考えるか。
三 同じ予算委員会質疑で高市委員は天皇家の御長女・敬宮愛子内親王殿下が皇位継承され、その次に代を継がれていく場合を想定され、「女系の祖先は小和田家になる」としながら、「男系男子に限って正確に受け継がれてきた初代天皇のY染色体というものはそこで途絶」と発言している。そもそも古代の歴史でサンプルの取りようもない染色体レベルの話を皇位継承に持ち込んで「男系維持」の主張をすることは、はなはだ突飛な議論に思える。その上、ヒトの染色体でY染色体はほんのごくわずかを占めるものに過ぎない上、何代かを継ぐ中で原初のものは消失する場合が多いことが、遺伝子学の世界で知られている。国の根幹にかかわる皇位継承問題で高市総理がこうした突飛な論点をなぜ持ち込んだのか、その根拠、客観的な学問的裏付けを示されたい。
四 これまで繰り返し国会でも質問され、私も質問主意書で取り上げたことだが、二〇〇五年十一月に「皇室典範に関する有識者会議」が提出した報告書で提起された皇位継承における「女性天皇、女系天皇容認」について、その意義を歴代総理大臣が否定したことはない。それは今日、「悠仁親王までの皇位継承順位まではゆるがせにしない」とした二〇二一年末の「「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議」報告を受けた段階でも、将来的な「女性天皇、女系天皇容認」に含みを持たせた結論として、引き継がれているのか。確認されたい。
五 前項の「悠仁親王までの皇位継承順位まではゆるがせにしない」という内容で当面、男系男子継承にこだわり、天皇家の直系長子である敬宮愛子内親王を皇位継承から排除していくなら、やがて悠仁親王が皇位に就いたとしても次世代の継承者が生まれなかったりした上、女性皇族に目を向けても先の世代への継承者を考えられない状況が生まれかねないという危機的状況に直面する可能性があるのではないか。「皇統の維持」を最優先に考えるなら、二十年前に「緊急の課題」として提起された「女性天皇、女系天皇容認」の方向での皇室典範改正を国会で諮り、敬宮愛子内親王の立太子と皇位継承を優先させ、引き続き悠仁親王に連なる秋篠宮家をはじめとする他の宮家が天皇家を支える重層的な皇室の在り方を実現する方が、皇族数の減少と少子高齢化社会の現実を踏まえればベストな方策と言えるのではないかと考えるが、政府の見解を示されたい。
六 二〇〇五年の「皇室典範に関する有識者会議」並びに二〇二二年末に報告書が出された「「天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議」に関する有識者会議」においては、前出「双系」学説に立った学者、研究者の有識者ヒアリングが行われていない。これは実証的研究などに基づく歴史学研究の成果を軽視しており、皇位継承のあり方について検討していく上で望ましくない。今後政府や国会で議論していく上でも、これらの学説にも視野を広げるための方策としてヒアリングの場を設けていくべきではないか。
右質問する。

