質問本文情報
昭和六十年四月十三日提出質問第二七号
被告人の勾留・保釈等に関する質問主意書
右の質問主意書を提出する。
昭和六十年四月十三日
提出者 春日一幸
衆議院議長 坂田道太 殿
被告人の勾留・保釈等に関する質問主意書
戸塚ヨットスクール事件の被告らの勾留が極めて長期化するに伴い、月刊誌「文芸春秋」三月号には、「この勾留は拷問の代用ではないのか」と題した石原慎太郎氏の批判的見解が掲載され、また月刊誌「現代」五月号には、「六百日の不法勾留に抗して」と、その状況を切々と綴つた戸塚被告の手記が公表される等、マスコミが改めてこの問題を取り上げるとともに、市井の常識は、これは余りにも長きに過ぎ、過剰な身柄拘束ではないかと一般的に不信感を抱くに至つている。
従つて、この事件に対しそれが果たして傷害致死、監禁致死であるのか、あるいは業務上過失致死であるのか、それとも冤罪であるのかどうか、公正な刑事訴訟手続により一日も速やかに厳正な裁断が下され、世人の疑惑が一掃されることが期待されている。
ところで、勾留による身柄拘束は人身の自由に対する著しい制約であり、強制処分の最たるものであるから、刑事訴訟法における勾留・保釈に関する規定は、憲法が保障する基本的人権尊重の観点等から、努めて慎重にこれを解釈、適用する必要があると考える。
ついては、左の諸点につき、政府の見解を承りたい。
従つて、同規約の「B規約」(市民的及び政治的権利に関する国際規約)に抵触するおそれのある刑事訴訟法等の規定については、我が国としてこれを速やかに改正するか、あるいは現行法の下においてもできる限り「B規約の精神と趣旨を尊重してこれらの規定を解釈、適用すべきであると考えるがどうか。
二 「B規約」第十四条第二項には「刑事上の罪に問われているすべての者は、法律に基づいて有罪とされるまでは、無罪と推定される権利を有する」と規定しており、我が国においても刑事訴訟法上「無罪の推定」は自明の理とされているところである。
従つて、裁判所の基本姿勢としては、勾留による身柄拘束は人権保障上努めて慎重を期するとともに、身柄を拘束した場合にはできる限り早期に保釈措置を講ずることが肝要であると考えるがどうか。
三 「B規約」第九条第三項には、「裁判に付される者を抑留することが原則であつてはならず、釈放に当たつては、裁判その他の司法上の手続のすべての段階における出頭(中略)が保証されることを条件とすることができる」と、被告人の勾留・保釈に関する原則を明記している。
ところが、刑事訴訟法第八十九条は権利保釈制度を設けているが、しかしこの制度には大幅な除外事由が設けられ、その実態は言わば例外的保釈制度になつている。また、刑事訴訟法第九十一条は不当に長い拘禁について義務的保釈の規定を設けているが、しかし何をもつて不当に長い拘禁と認めるかにつき何らの基準を明示していないので、保釈の決定につき不均衡を生ずるおそれなしとしないであろう。
よつて、前記「B規約」第九条第三項に明記する勾留・保釈に関する原則にかんがみるときは、罪証隠滅のおそれ等の除外事由があり、あるいは不当に長い拘禁に当たらないときでも、刑事訴訟法第九十条の職権保釈の規定を運用して、裁判所は裁量による保釈をするよう努むべきであると考えるがどうか。
なお、この場合においても、罪証隠滅の点については、保釈決定の際、事案に応じて罪証隠滅のおそれ及びその防止という面を考慮して保釈保証金額を決定し、保釈の取消し及び保証金の没取という威嚇により、これを防止することもできると考えるがどうか。
四 憲法(第三十八条第一項、第二項)及びこれを受けた刑事訴訟法(第三百十一条第一項、第三百十九条第一項)は、黙秘権を規定するとともに、自白の証拠能力について強制、拷問、脅迫による自白又は不当に長く抑留、拘禁された後の自白はこれを証拠とすることができないと規定している。しかるに、刑事訴訟法における勾留制度が罪証隠滅のおそれを理由として被告人の自白を得るために濫用される事例がしばしば見られ、憲法及び刑事訴訟法の規定の趣旨を没却するとともに、これが誤審や冤罪の原因となつていることが少なくない。
検察官は被告人と利害相対立する当事者であると同時に、公益の代表者として被告人の有利になつても公正に行動すべき国法上の義務があるものであり、また裁判官は憲法上その良心に従い独立してその職権を行い、裁判に当たつては公正無私を信念とすべきものであるから、以上のような事態が絶対に発生しないよう、それぞれ最大の努力を尽すべきであると考えるがどうか。
右質問する。