衆議院

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第一六九回

衆第九号

   生物多様性基本法案

目次

 前文

 第一章 総則(第一条−第十条)

 第二章 生物多様性国家基本計画等(第十一条−第十四条)

 第三章 生物多様性の保全等に関する基本的施策

  第一節 国の施策(第十五条−第二十九条)

  第二節 地方公共団体の施策(第三十条)

 附則

 生命の誕生以来、生物は数十億年の歴史を経て様々な環境に適応して進化し、今日、地球上には、多様な生物が存在するとともに、これを取り巻く大気、水、土壌等の環境の自然的構成要素との相互作用によって多様な生態系が形成されている。

 人類もまた生物として、生物の多様性のもたらす恵沢を享受することにより生存しており、生物の多様性は人類の存続の基盤となっている。また、我が国において多くの生物や豊かな自然と共生する固有の文化が育まれたように、生物の多様性は、地域における固有の財産として地域独自の文化の多様性をも支えている。

 一方、生物の多様性は、人間が行う開発等による生物種の絶滅や生態系の破壊、社会経済情勢の変化に伴う人間の活動の縮小による里山等の崩壊、人為的に持ち込まれた外来種等による生態系のかく乱等の深刻な危機に直面している。また、地球温暖化等の気候変動に伴う生息環境等への影響という新たな課題も生じており、生物の多様性の確保のためにはなお一層の努力が必要とされている。

 国際的な視点で見ても、過剰な伐採や森林火災などによる森林の減少や劣化、乱獲による海洋生物資源の減少など生物の多様性は大きく損なわれている。我が国の経済社会が、国際的な密接な相互依存関係の中で営まれていることにかんがみれば、我らは、世界の生物の多様性の恵みに支えられて暮らしていることに、改めて深く思いをいたすべきである。

 我らは、生物の多様性のもたらす恵沢を将来にわたり享受できるよう、次の世代に引き継いでいく責務を有する。また、我らは、人類共通の財産である生物の多様性を確保するために、我が国が国際社会において先導的な役割を担うことが重要であると確信する。

 今こそ、生物の多様性を確保するための施策を包括的に推進し、生物の多様性を損なうことなくその恵沢を将来にわたり享受できる持続可能な社会の実現に向けた新たな一歩を踏み出さなければならない。

 ここに、生物多様性の保全等についての基本理念を明らかにしてその方向性を示し、生物多様性の保全等に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、この法律を制定する。

   第一章 総則

 (目的)

第一条 この法律は、人類の存続の基盤である生物の多様性を将来にわたり確保することの重要性にかんがみ、環境基本法(平成五年法律第九十一号)の基本理念にのっとり、生物多様性の保全等について、基本理念を定め、国、地方公共団体、事業者及び国民の責務を明らかにし、並びに生物多様性国家基本計画の策定その他の生物多様性の保全等に関する施策の基本となる事項を定めることにより、生物多様性の保全等に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に寄与するとともに人類の福祉に貢献することを目的とする。

 (定義)

第二条 この法律において「生物多様性の保全等」とは、生物の多様性の構成要素である生物を保護し、又は管理し、及び生態系を保全し、又は再生すること並びに生物の多様性を損なうことなくその恵沢を将来にわたり享受できるようこれらの持続可能な利用をすることをいう。

2 この法律において「生物の多様性」とは、同一の生物種の個体相互間、生物種相互間及び生態系相互間における相違の多様性をいう。

3 この法律において「生態系」とは、生物の群集及びこれを取り巻く大気、水、土壌その他の環境の自然的構成要素の総体であって、これらが相互に作用して一つの有機的な関係を形成しているものをいう。

 (基本理念)

第三条 生物多様性の保全等は、生物の多様性が人類の存続の基盤であり、かつ、豊かで潤いのある国民生活に不可欠であることにかんがみ、将来にわたり生物の多様性が確保されるよう、適切かつ持続的に行われなければならない。

2 生物多様性の保全等は、科学的知見の充実の下に生物の多様性を確保する上での支障が未然に防がれることを旨として行われなければならない。

3 生物多様性の保全等は、生物の多様性を確保する上で事業者、国民又はこれらの者の組織する民間の団体がそれぞれ適切な役割を果たすことが重要であることにかんがみ、社会を構成する多様な主体の自発的な参加と協力が得られるように行われなければならない。

4 生物多様性の保全等は、生物の多様性が地域の多様な自然的社会的条件に応じて確保されることの必要性にかんがみ、地域の特性に応じた取組を促進するよう行われなければならない。

5 生物多様性の保全等は、生物の多様性が人類共通の財産であり、かつ、我が国の経済社会が国際的な密接な相互依存関係の中で営まれていることにかんがみ、生物多様性の保全等に関する国際的な秩序の形成及び発展のために先導的な役割を担うことを旨として、国際的協調の下に行われなければならない。

 (施策の有機的な連携への配慮)

第四条 生物多様性の保全等に関する施策を講ずるに当たっては、地球温暖化の防止を図るための施策及び循環型社会の形成に関する施策その他の環境の保全に関する施策相互の有機的な連携が図られるよう、必要な配慮がなされるものとする。

 (国の責務)

第五条 国は、第三条に規定する生物多様性の保全等についての基本理念(以下「基本理念」という。)にのっとり、生物多様性の保全等に関する基本的かつ総合的な施策を策定し、及び実施する責務を有する。

 (地方公共団体の責務)

第六条 地方公共団体は、基本理念にのっとり、生物多様性の保全等に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の区域の自然的社会的条件に応じた施策を策定し、及び実施する責務を有する。

2 地方公共団体は、前項の施策を策定し、及び実施するに当たっては、その効果的な推進を図るため地方公共団体相互の広域的な連携協力に努めなければならない。

 (事業者の責務)

第七条 事業者は、基本理念にのっとり、その事業活動に関し、これに伴う生物の多様性への影響の低減その他生物多様性の保全等に自ら努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する生物多様性の保全等に関する施策に協力する責務を有する。

 (国民の責務)

第八条 国民は、基本理念にのっとり、その日常生活に伴う生物の多様性への影響の低減その他生物多様性の保全等に自ら努めるとともに、国又は地方公共団体が実施する生物多様性の保全等に関する施策に協力する責務を有する。

 (法制上の措置等)

第九条 政府は、生物多様性の保全等に関する施策を実施するため必要な法制上及び財政上の措置を講じなければならない。

 (年次報告等)

第十条 政府は、毎年、国会に、生物の多様性の状況及び政府が生物多様性の保全等に関して講じた施策に関する報告を提出しなければならない。

2 政府は、毎年、前項の報告に係る生物の多様性の状況を考慮して講じようとする施策を明らかにした文書を作成し、これを国会に提出しなければならない。

   第二章 生物多様性国家基本計画等

 (生物多様性国家基本計画)

第十一条 政府は、生物多様性の保全等に関する施策の総合的かつ計画的な推進を図るため、生物多様性の保全等に関する基本的な計画(以下「生物多様性国家基本計画」という。)を定めなければならない。

2 生物多様性国家基本計画は、次に掲げる事項について定めるものとする。

 一 生物多様性の保全等に関する施策についての基本的な方針

 二 生物多様性の保全等に関する目標

 三 生物多様性の保全等に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策

 四 前三号に掲げるもののほか、生物多様性の保全等に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために必要な事項

3 環境大臣は、生物多様性国家基本計画の案を作成し、閣議の決定を求めなければならない。

4 環境大臣は、前項の規定により生物多様性国家基本計画の案を作成しようとするときは、あらかじめ、インターネットの利用その他の環境省令で定める方法により、国民の意見を反映させるために必要な措置を講ずるとともに、中央環境審議会の意見を聴かなければならない。

5 環境大臣は、第三項の規定による閣議の決定があったときは、遅滞なく、生物多様性国家基本計画を国会に報告するとともに、公表しなければならない。

6 生物多様性国家基本計画の見直しは、おおむね五年ごとに行うものとし、前三項の規定は、生物多様性国家基本計画の変更について準用する。

 (生物多様性国家基本計画と国の他の計画との関係)

第十二条 生物多様性国家基本計画は、環境基本法第十五条第一項に規定する環境基本計画(次項において単に「環境基本計画」という。)を基本として策定するものとする。

2 環境基本計画及び生物多様性国家基本計画以外の国の計画は、生物多様性の保全等に関しては、生物多様性国家基本計画を基本とするものとする。

 (生物多様性都道府県計画)

第十三条 都道府県は、生物多様性国家基本計画を基本とするとともに、当該都道府県の区域における生物の多様性の状況等を踏まえ、当該都道府県の区域における生物多様性の保全等に関する施策の基本的な計画(以下「生物多様性都道府県計画」という。)を定めなければならない。

2 生物多様性都道府県計画は、次に掲げる事項について定めるものとする。

 一 都道府県の区域において講ずべき生物多様性の保全等に関する施策についての基本的な方針

 二 都道府県の区域における生物多様性の保全等に関する目標

 三 都道府県の区域における生物多様性の保全等に関し、都道府県が総合的かつ計画的に講ずべき施策

 四 前三号に掲げるもののほか、都道府県の区域における生物多様性の保全等に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために必要な事項

3 都道府県は、生物多様性都道府県計画を定め、又は変更したときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。

 (生物多様性市町村計画)

第十四条 市町村は、生物多様性国家基本計画及び生物多様性都道府県計画を基本とするとともに、当該市町村の区域における生物の多様性の状況等を踏まえ、当該市町村の区域における生物多様性の保全等に関する施策の基本的な計画(以下「生物多様性市町村計画」という。)を定めることができる。

2 生物多様性市町村計画は、次に掲げる事項について定めるものとする。

 一 市町村の区域において講ずべき生物多様性の保全等に関する施策についての基本的な方針

 二 市町村の区域における生物多様性の保全等に関する目標

 三 市町村の区域における生物多様性の保全等に関し、市町村が総合的かつ計画的に講ずべき施策

 四 前三号に掲げるもののほか、市町村の区域における生物多様性の保全等に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために必要な事項

3 市町村は、生物多様性市町村計画を定め、又は変更したときは、遅滞なく、これを公表しなければならない。

   第三章 生物多様性の保全等に関する基本的施策

    第一節 国の施策

 (国の施策の策定等に当たっての配慮)

第十五条 国は、生物の多様性に影響を及ぼすと認められる施策を策定し、及び実施するに当たっては、生物多様性の保全等について配慮しなければならない。

 (事業計画の立案の段階における環境影響評価の推進)

第十六条 国は、一度損なわれた生物の多様性を回復することが困難であることにかんがみ、生物の多様性に影響を及ぼすおそれのある事業を行う事業者が、その事業に関する計画の立案の段階において、その事業に係る生物の多様性への影響について自ら適正に調査、予測又は評価を行い、その結果に基づき、その事業に係る生物多様性の保全等について適正に配慮することを推進するため、必要な措置を講ずるものとする。

 (野生生物の適正な保護等)

第十七条 国は、野生生物を適正に保護し、又は管理するため、その個体の数の著しい減少又は増加により生物の多様性に影響を及ぼすおそれのある野生生物の保護又は管理に関する措置、野生生物の採捕、損傷等の野生生物の保護に影響を及ぼすおそれのある行為による支障を防止するための規制に関する措置その他の必要な措置を講ずるものとする。

 (自然環境の保全等)

第十八条 国は、生物多様性の保全等を推進する上で生物の生息地又は生育地である自然環境を保全し、再生し、又は創出することが重要であることにかんがみ、自然環境を保全することが特に必要な区域における土地の形状の変更、工作物の新設、木竹の伐採その他の自然環境の保全に影響を及ぼすおそれがある行為による支障の防止のための規制に関する措置、過去に損なわれた自然環境を取り戻すことを目的として行う自然環境の保全、再生又は創出のための措置その他の必要な措置を講ずるものとする。

2 国は、森林、里山、農地、湿原、干潟、河川、湖沼、海洋等の多様な自然環境が多様な生態系を形成する基盤であることにかんがみ、これらの自然環境をその特性及び地域の自然的社会的条件に応じて保全するとともにその適正な利用を図るため、必要な措置を講ずるものとする。

 (外来生物等による影響の防止)

第十九条 国は、外来生物、遺伝子組換え生物等及び化学物質等による生物の多様性への影響を防止するため、これらの適正な取扱いを確保するための規制に関する措置その他の必要な措置を講ずるものとする。

 (生物資源の収集及び保存等)

第二十条 国は、生物資源の有用性にかんがみ、医療、農林水産業、工業その他の分野においてその適正な利用を図るため、生物の多様性への影響に配慮しつつ、生物資源の収集及び保存並びに生物資源に関する技術の開発及び調査研究の推進その他の必要な措置を講ずるものとする。

 (科学的知見の充実)

第二十一条 国は、生物多様性の保全等を推進する上で科学的知見の充実に努めることが重要であることにかんがみ、試験研究の体制の整備、研究開発の推進及びその成果の普及、研究者の養成その他の必要な措置を講ずるものとする。

 (民間団体等による自発的な活動の促進)

第二十二条 国は、事業者、国民又はこれらの者の組織する民間の団体が自発的に行う生物多様性の保全等に関する活動が促進されるように、必要な措置を講ずるものとする。

 (地域の特性に応じた取組の促進)

第二十三条 国は、地域の特性に応じた生物多様性の保全等に関する取組が促進されるように、情報の収集及び提供その他の必要な措置を講ずるものとする。

 (国際協力の推進)

第二十四条 国は、生物多様性の保全等を国際的協調の下で推進することの重要性にかんがみ、生物多様性の保全等に関する国際的な連携の確保その他生物多様性の保全等に関する国際的な相互協力を推進するために必要な措置を講ずるように努めるものとする。

 (教育及び学習の振興等)

第二十五条 国は、生物多様性の保全等に関する国民の理解と関心を深めるよう、生物多様性の保全等に関する教育及び学習の振興並びに広報活動の充実その他の必要な措置を講ずるものとする。

 (専門的な知識又は技術を有する人材の育成)

第二十六条 国は、生物多様性の保全等に関する専門的な知識又は技術を有する人材を育成するため、必要な措置を講ずるものとする。

 (調査の実施)

第二十七条 国は、生物の多様性の状況の把握、生物の多様性の変化の予測又は生物の多様性の変化による影響の予測に関する調査その他の生物多様性の保全等に関する施策の策定及び適正な実施に必要な調査を実施するものとする。

 (政策形成への民意の反映等)

第二十八条 国は、生物多様性の保全等に関する政策形成に民意を反映し、その過程の公正性及び透明性を確保するため、生物多様性の保全等に関する活動を行う民間の団体、学識経験者その他広く国民の意見を求め、これを十分考慮した上で政策形成を行う仕組みの活用等を図るものとする。

 (体制の整備)

第二十九条 国は、生物多様性の保全等に関する施策が円滑に実施されるよう、関係省庁相互間その他関係機関及び民間の団体の間の連携の強化その他必要な体制の整備に努めなければならない。

    第二節 地方公共団体の施策

第三十条 地方公共団体は、前節に定める国の施策に準じた施策及びその地方公共団体の区域の自然的社会的条件に応じた生物多様性の保全等のために必要な施策を、これらの総合的かつ計画的な推進を図りつつ実施するものとする。

2 国は、前項の地方公共団体が行う生物多様性の保全等に関する取組を促進するため、技術的助言、情報の提供その他の必要な措置を講ずるものとする。

   附 則

 (施行期日)

第一条 この法律は、公布の日から施行する。

 (生物多様性の保全等に関する法制の整備等)

第二条 政府は、この法律の目的を達成するため、この法律の施行後速やかに、野生動植物の種の保存、森林、里山、農地、湿原、干潟、河川、湖沼等の自然環境の再生及び保全その他の生物多様性の保全等に関する制度の在り方について検討を加え、その結果に基づいて法制の整備その他の必要な措置を講ずるものとする。

 (環境基本法の一部改正)

第三条 環境基本法の一部を次のように改正する。

  第四十一条第二項第三号中「及び石綿による健康被害の救済に関する法律(平成十八年法律第四号)」を「、石綿による健康被害の救済に関する法律(平成十八年法律第四号)及び生物多様性基本法(平成二十年法律第▼▼▼号)」に改める。


     理 由

 人類の存続の基盤である生物の多様性を将来にわたり確保することの重要性にかんがみ、生物多様性の保全等に関する施策を総合的かつ計画的に推進するため、生物多様性の保全等について、基本理念を定め、国、地方公共団体、事業者及び国民の責務を明らかにし、並びに生物多様性国家基本計画の策定その他の生物多様性の保全等に関する施策の基本となる事項を定める必要がある。これが、この法律案を提出する理由である。

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