第10号 令和8年6月18日(木曜日)
令和八年六月十八日(木曜日)午前十時開議
出席委員
会長 古屋 圭司君
幹事 鬼木 誠君 幹事 北神 圭朗君
幹事 新藤 義孝君 幹事 鈴木 英敬君
幹事 高階恵美子君 幹事 和田 義明君
幹事 國重 徹君 幹事 馬場 伸幸君
幹事 浅野 哲君
秋葉 賢也君 石井 拓君
石川 昭政君 石橋林太郎君
伊藤信太郎君 稲田 朋美君
上杉謙太郎君 大野敬太郎君
加藤 勝信君 上川 陽子君
木村 次郎君 小池 正昭君
高木 宏壽君 田野瀬太道君
土田 慎君 寺田 稔君
中川 貴元君 中山 泰秀君
葉梨 康弘君 星野 剛士君
細野 豪志君 本田 太郎君
丸川 珠代君 森原紀代子君
盛山 正仁君 保岡 宏武君
山田 基靖君 若林 健太君
有田 芳生君 大森江里子君
河西 宏一君 西村智奈美君
阿部 圭史君 池畑浩太朗君
西田 薫君 飯泉 嘉門君
玉木雄一郎君 川 裕一郎君
和田 政宗君 古川あおい君
畑野 君枝君
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衆議院憲法審査会事務局長 吉澤 紀子君
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委員の異動
六月十八日
辞任 補欠選任
井出 庸生君 小池 正昭君
大野敬太郎君 上杉謙太郎君
下村 博文君 森原紀代子君
棚橋 泰文君 山田 基靖君
泉 健太君 大森江里子君
同日
辞任 補欠選任
上杉謙太郎君 大野敬太郎君
小池 正昭君 井出 庸生君
森原紀代子君 下村 博文君
山田 基靖君 棚橋 泰文君
大森江里子君 泉 健太君
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本日の会議に付した案件
日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案(新藤義孝君外八名提出、衆法第一一号)
日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件(九条に関する集中的な討議)
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○古屋会長 これより会議を開きます。
新藤義孝君外八名提出、日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
本案に対する質疑は、去る十一日に終局いたしております。
これより討論に入ります。
討論の申出がありますので、これを許します。畑野君枝君。
○畑野委員 私は、日本共産党を代表して、国民投票法改定案に反対の討論を行います。
提案者は、法案について、投票環境の整備に関することは公選法並びとの考えの下、公選法の改正で取られた措置を国民投票法にも反映させるものだと説明しています。
しかし、議員や首長を選ぶ選挙と改憲の賛否を問う国民投票は、その主体も内容も全く異なるものです。にもかかわらず、直近の公選法改正を国民投票法に取り込み、公選法並びで改正すること自体が問題です。
元々、現行の国民投票法は自民党などが強行採決で成立させたものであり、憲法改正案に対して民意を酌み尽くし正確に反映させるものとなっていません。重大な欠陥を持っています。
その一つは、最低投票率の規定がなく、有権者の一割台の賛成でも改憲案が通ってしまうことです。第二は、公務員や教員が改憲案に賛成し又は反対する運動を不当に制限していることです。第三に、資金力の多寡によって広告の量が左右されるなど、広報や広告が公平公正なものになっていないことです。さらに、改憲派が多数を占める広報協議会が改憲内容を広める広報をするのも、幾重にも改憲を進めるのに都合のいい仕組みです。こうした根本問題を放置していることは極めて重大です。
現行法の欠陥を放置したまま、公選法並びの法改正を重ねていくことは認められません。国民投票法の形を整えたかのように装い、あたかも改憲の準備が進んでいるかのように見せるこそくなやり方はやめるべきです。
そもそも、今多くの国民は改憲を政治の優先課題とは考えていません。改憲手続法である国民投票法の整備は必要ないということを強調して、反対の討論とします。
○古屋会長 これにて討論は終局いたしました。
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○古屋会長 これより採決に入ります。
新藤義孝君外八名提出、日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案について採決いたします。
本案に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
○古屋会長 起立多数。よって、本案は原案のとおり可決すべきものと決しました。
―――――――――――――
○古屋会長 ただいま議決いたしました本案に対し、新藤義孝君外五名から、自由民主党・無所属の会、中道改革連合・無所属、日本維新の会、国民民主党・無所属クラブ、参政党及びチームみらいの六会派共同提案による附帯決議を付すべしとの動議が提出されております。
提出者よりその趣旨の説明を聴取いたします。國重徹君。
○國重委員 ただいま議題となりました附帯決議案につきまして、提出者を代表して、その趣旨を御説明申し上げます。
案文の朗読により趣旨の説明に代えさせていただきます。
日本国憲法の改正手続に関する法律の一部を改正する法律案に対する附帯決議(案)
国は、速やかに、次に掲げる事項について検討を加え、必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする。
一 投票人の投票に係る環境を整備するため必要な事項
二 国民投票の公平及び公正を確保するための次に掲げる事項その他必要な事項
1 国民投票運動等のための広告放送及びインターネット等を利用する方法による有料広告の制限
2 国民投票運動等の資金に係る規制
3 国民投票に関するインターネット等の適正な利用の確保を図るための方策
右決議する。
以上であります。
何とぞ委員各位の御賛同をお願い申し上げます。
○古屋会長 これにて趣旨の説明は終わりました。
採決いたします。
本動議に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
○古屋会長 起立多数。よって、本案に対し附帯決議を付することに決しました。
―――――――――――――
○古屋会長 お諮りいたします。
ただいま議決いたしました法律案に関する憲法審査会報告書の作成につきましては、会長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○古屋会長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
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〔報告書は附録に掲載〕
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○古屋会長 次に、日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件について調査を進めます。
本日は、九条に関する集中的な討議を行います。
この討議につきましては、幹事会の協議に基づき、まず、各会派一名ずつ大会派順に発言していただき、その後、各委員が自由に発言を行うことといたします。
それでは、まず、各会派一名ずつによる発言に入ります。
発言時間は七分以内といたします。
質問を行う場合、発言時間は答弁時間を含めて七分以内といたしますので、御留意願います。
発言時間の経過につきましては、おおむね七分経過時にブザーを鳴らしてお知らせいたします。
発言は自席から着席のままで結構でございます。
発言の申出がありますので、順次これを許します。新藤義孝君。
○新藤委員 自由民主党の新藤義孝でございます。
本日は、憲法九条の改正案について、これまでの討議を踏まえながら、私なりの意見を述べさせていただきたいと思います。
我が国は、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義という日本国憲法の三大原理の下、戦後の荒廃を乗り越えて、今日の自由で安全な社会を築いてきました。
私たち自民党は、この平和主義の原理を尊重しながら、我が国の安全保障法制を整備し、いついかなるときも国と国民を守り抜くための国防の在り方を憲法に規定し、そしてその担い手である自衛隊の明記を行う憲法九条の改正を提案をしているわけであります。
これに関連し、自民党の九条改正案によって自衛隊の活動は変わるのかという御質問を頂戴をしております。
九条一項、二項をそのまま残しておりますのは、平和主義の原理を尊重するという姿勢の表れであり、まず、憲法上の自衛隊の位置づけを変えようとするものとは考えておりません。
他方、自衛隊の活動内容と必要な機能については、安保環境の変化や軍事技術の革新など我が国を取り巻く安全保障上の脅威に対応するものでなければならず、状況に応じた安全保障法制の検討と速やかな整備は必須である、このように考えているわけであります。
憲法九条を改正することは、安全保障法制の完成をもたらし、国の防衛を担う自衛隊の活動内容と必要な機能が一層充実することにより、国防体制の強化につながると考えているわけであります。
二〇一五年の平和安全法制の整備では、限定的な集団的自衛権を定める存立危機事態や重要影響事態における活動が我が国防衛の一環として位置づけられました。また、在外邦人等の保護措置など、国民を守るために必要な措置も整備されました。国の存立と国民の生命財産を守るために必要な、切れ目のない措置が実施可能となったわけでありまして、自衛隊による我が国防衛のための活動は、現状において、必要かつ十分に行えるようになったわけであります。
しかし、今後も自衛隊の活動に求められる機能は、安保環境などに応じて相対的に変化させていかなければならず、現在検討されている防衛三文書の整備、改定の検討などはまさにその具体例と言えるわけであります。我が国を守るための自衛隊の運用は、憲法上の位置づけの明確化と併せ、一般法制による安全保障法制の整備を行う総合的な検討により常に最適な状態にしておく必要があることは言うまでもありません。
憲法九条の改正案は、平和主義に基づく自衛隊の位置づけを変えることなく、国防上必要な自衛隊の運用や機能などに関する、安全保障に関連する法体系全体の整備を図るものであり、基本法たる憲法の国防に関する規定を明確化し、その担い手である自衛隊の明記により我が国の防衛体制の一層の充実強化を図るものと位置づけています。
また、自衛隊は我が国に対する安全保障上の脅威に十分に対応できるのか、自衛隊が一層の能力を発揮できるよう憲法九条二項を削除すべきという意見もしばしば聞かれます。加えて、自衛隊はポジティブリストでしか行動できず、他国の軍隊のようにネガティブリストで行動できるようにしなければ国を守ることが十分にできない、こういう御指摘もあります。
重要な指摘でありまして、改めて、自衛隊の活動はどのような規範にのっとって行動しているのか、私なりに整理をしたいと思います。
まず、自衛隊が行う災害派遣、海上警備行動、領空侵犯対処措置、いわゆるスクランブル発進でございます。これなどは確かに警察作用であり、ポジティブリストによって行われています。しかし、こうした活動は他国の軍隊が行う場合にも警察作用とされ、自衛隊と同様に、ポジティブリストに基づいたものと位置づけられております。自衛隊の活動、いわゆる災害派遣等の活動は他国と同様の規範にのっとって行われているということであります。
一方、国を守る究極の行動である防衛出動につきましては、何にのっとって規範されるかというと、武力攻撃事態や存立危機事態における武力行使の際の自衛隊は、ネガティブリストにのっとって行動することになります。自衛隊法八十八条二項の、事態に応じ合理的に必要と判断される限度であればいかなる武力行使をも行うことができるという規定は、まさしくネガティブリストそのものであり、諸外国の軍隊が行う活動と全く同じものであります。
幸いにして、我が国の自衛隊は、その創設以来一度も防衛出動が発令されたことはなく、これまでネガティブリストによる行動を行ったことはありませんが、自衛隊員は、いざというときに備え、創設以来、日々命懸けの厳しい訓練を積んでいる、このように承知をしております。
このように、自衛隊は国と国民を守るために必要かつ十分な行動を取ることができるわけですが、諸外国の軍隊と異なる点もあります。それは、一つは、他国を占領したり占領行政をしくことは行わないこと、もう一つは、自国防衛と直接に関係のない純粋な国際協力の場面で武力行使を行うことはしない、この二つです。
九条二項を削除し、フルスペックの集団的自衛権を行使可能とすべきという御意見があることも承知をしており、我が国の安全保障を充実させるための議論と位置づけております。
こうした論点が我が国の従来の平和主義を排することにつながり、すなわち、他国を占領したり占領行政をしいたり、自国の安全と関係のない場面での武力行使まで容認するという議論にそのまま結びつくことのないよう、そうした面も含め、丁寧かつ国民的な議論を行う必要があると考えているわけであります。
一方で、あらゆる局面において国と国民を守り抜くという観点から、憲法九条の改正論議を深めることは国家形成の基本であり、国の形を整えるための必須要件であると考えます。
そのよりどころとなる基本法たる憲法には、誰が、どのような手段を用い、どのように国を守るかという国家の最重要任務である国防の観点が規定されておらず、いわば現行憲法の未完成部分となっています。憲法に国防規定を創設し、その担い手となる自衛隊を明記することによりこの憲法の未完成部分を埋めようとするのが自由民主党の提案であること、これを是非御理解いただきたいと思います。
以上、私たち自民党が考える憲法九条の改正の必要性とポイントを述べさせていただきました。
本日の集中討議において出される御意見も踏まえ、憲法九条についての議論を更に深め、これまで出された意見をまとめ、論点整理を行いながら具体的な作業を進め、結論を出せるように集約したいと考えております。取りまとめの方策などにつきましては、筆頭間や各会派の皆さんと引き続き協議をしてまいります。どうぞよろしくお願い申し上げます。
ありがとうございました。
○古屋会長 次に、國重徹君。
○國重委員 中道改革連合の國重徹です。
我が党の憲法九条に関する基本的な考え方を申し上げます。
まず、私たち中道改革連合は、憲法九条一項、二項を将来にわたって堅持します。日本国憲法の三大原理である国民主権、基本的人権の尊重、平和主義は、今後もゆるがせにしてはならない普遍の原理です。
とりわけ、我が国の憲法の最大の特徴とも言われる徹底した平和主義、これは平和国家日本の根本原則として極めて重要な意義を持ちます。この徹底した平和主義を体現した九条一項、二項を堅持しつつ、現実の安全保障環境に的確に対応していく、これこそが、我が国の平和と安全を守り、国際社会からの信頼を確かなものにする道である、そう私たちは考えています。
現在、我が国を取り巻く安全保障環境は厳しく複雑な状況にあります。このような状況を踏まえ、戦力の不保持、交戦権の否認を定める九条二項を削除し、フルスペックの集団的自衛権の行使を認めなければ我が国を守れないという意見があります。いわゆる九条二項削除論です。
しかし、私たち中道改革連合はそのような立場には立ちません。憲法九条に関する確立した政府解釈において、九条二項は我が国固有の自衛権まで否定するものではありません。自衛のための必要最小限度の実力を行使することは認められています。
そして、二〇一五年に成立した平和安全法制では、例えば、日本海の公海上で我が国防衛のため警戒監視活動を行っている米艦船に対し外部から武力攻撃があった場合には、新三要件の下で、自衛隊がこれを排除するために武力を行使することも認められます。これにより、我が国防衛の基軸である日米同盟の信頼性と抑止力は強化されました。
このような存立危機事態における自国防衛のための自衛の措置を始め、重要影響事態における後方支援活動、グレーゾーン事態への対処、他国軍隊への武器等防護など、平時から有事に至るまで切れ目のない安全保障体制が幅広く整備されています。つまり、現状において、既に我が国の防衛のために必要な法整備はなされていると言えます。
さらに、我が国はこれまで、九条一項、二項に具現化された憲法の平和主義や国際協調主義の精神に基づき、専守防衛や非核三原則を堅持してきました。また、国連の平和活動への参加などを通じて国際社会の平和と安定にも積極的に寄与してきました。このような徹底した平和主義、専守防衛の立場に立った国際貢献は諸外国から高く評価されております。
その積み重ねは、我が国に対する国際社会からの信頼を確固たるものにし、外交上の発言力やプレゼンスを向上させるとともに、各国との連携や効果的な情報収集を支える力にもなっています。つまり、平和国家としての信頼は、単なる理念上の価値にとどまりません、我が国の国益を守り、平和と安全を確保する上で極めて重要な安全保障上の基盤となっています。
もとより、激変する安全保障環境の現実から目を背けることはできません。我が国の平和と安全を守るためには、積極的な対話と外交努力を尽くすとともに、憲法の専守防衛の範囲内で防衛力を着実に整備し、日米同盟を基軸とした抑止力、対処力を強化していくことが必要です。外交努力と防衛力整備、この二つは車の両輪として進めていくべきものであります。そして、これらは九条一項、二項を維持したまま十分に行うことができます。
したがって、九条二項を削除してフルスペックの集団的自衛権の行使を認める必要はありません。我が国は、平和国家としての基本姿勢を今後も貫き、これまで国際社会から得てきた信頼の上に更なる貢献を果たしていくべきと考えます。
次に、いわゆる自衛隊明記論について申し上げます。
まず、現状では、多くの国民が現在の自衛隊の活動を理解し、支持しています。自衛隊の存在を違憲であると考える国民はほとんどいないものと思われます。また憲法学者の間でも、自衛隊の存在自体を違憲だと捉えている学者はもはやごく一部にとどまるのではないでしょうか。このような現状に鑑みると、自衛隊違憲論の解消だけを目的とした、自衛隊明記のための憲法改正は不要と言わざるを得ません。
一方で、自衛隊は我が国最大の実力組織です。だからこそ、その憲法上の位置づけやシビリアンコントロールの在り方について、国会での議論を踏まえ、憲法改正論議を深化させることには立憲主義の観点から意義があります。その旨は我が党の基本政策にも掲げているところであり、党内でも鋭意議論を重ねているところです。
もっとも、この議論において、一点留意しなければならないことがあります。それは、仮に憲法に自衛隊を書き込んだ場合に、意図しない結果として現行憲法の解釈が変わることとなってはならないという点です。
現行の九条や自衛隊に関する解釈は、長年にわたる国会での議論を通じて緻密に積み上げられてきたもので、まさに政府と国会の共同作業の成果にほかなりません。私たちはこの連綿と積み重ねられてきた解釈を今後とも維持すべきであり、仮に憲法の文言を改正する場合であっても、その解釈に変容をもたらすようなことがあってはならないと考えます。憲法改正論議に当たっては、この点を慎重に検討する必要があります。
憲法九条は国民にとって非常に関心の高い憲法テーマです。だからこそ、本審査会において議論を深めていくことが重要です。同時に、九条は我が国の平和国家としての歩みそのものに関わる重要な条文です。議論に当たっては、いたずらに国論を二分することにならないよう十分な慎重さと丁寧さが求められます。そのことを最後に申し述べ、私の発言といたします。
○古屋会長 次に、阿部圭史君。
○阿部(圭)委員 日本維新の会の阿部圭史でございます。
我が党は憲法九条改正五項目を掲げております。憲法九条二項削除による集団的自衛権行使の全面容認、国家固有の権利である自衛権の明記、国防軍及び軍人の地位の明記、文民統制の明記、軍事裁判所の明記、以上の五つでございます。
現在の自民党の自衛隊明記案と、現在の我が党の案であり、かつ約十年前の自民党も掲げておられた憲法九条二項削除と国防軍創設案は、具体的に何が違うのでしょうか。
その違いを考える際には二つの観点が重要です。一つは、国家が何をできるかという作用法の観点、もう一つは、国家がどのような組織を持つかという組織法の観点であります。
結論から申し上げれば、自衛隊明記案は、作用法は現行憲法のままであり、組織法も現在の自衛隊組織の現状を追認するだけで、残念ながら、何も変わらないというふうに言えると思います。
我が党の、かつ約十年前の自民党の憲法九条二項削除と国防軍創設案は、作用法と組織法の双方を大きく変更いたします。
まず、作用法の観点から説明いたします。
結論から申し上げれば、作用法上の本質的な違いは二つに凝縮されると言えると思います。一つ目は、自衛隊明記案は限定的集団的自衛権である一方、憲法九条二項削除と国防軍創設案は全面的集団的自衛権であるということであります。二つ目は、自衛隊明記案は防衛出動後もポジティブリストにとどまる一方、憲法九条二項削除と国防軍創設案は真のネガティブリストになるということであります。
まずは一つ目の点について御説明いたします。
自衛隊明記案は、九条一項及び二項は維持したまま、自衛隊を明記するだけですので、一項の侵略戦争放棄と二項の陸海空軍その他の戦力不保持は残ります。したがって、憲法九条に関する現在の政府解釈である個別的自衛権及び限定的集団的自衛権を前提といたします。要するに、現在の自衛隊明記では、その作用法上の限界は、二〇一四年の安倍政権が平和安全法制に則して表明した政府解釈である集団的自衛権行使の限定容認が限界点となります。基本的には、平和安全法制を憲法上追認することとほぼ同義であると考えております。すなわち、できることを大きく増やす改正ではありません。
一方、憲法九条二項削除による集団的自衛権行使の全面容認は、国連憲章五十一条が認める集団的自衛権を国際法上フルに行使できるようにする立場であり、国際標準そのものでございます。
二十一世紀における我が国の国防は、軍事的に拡張する中国、北朝鮮、ロシアに対して抑止力及び対処力をいかに高めることができるかが焦点です。我が国は中朝ロという三つの正面から核の脅威にさらされておりまして、これらの国々は急激な軍拡を進めています。このような三方向の軍事圧力に直面する事態は、歴史上我が国が経験したことのない事態です。
二十一世紀の国防は、これらの脅威がせり出してくる東シナ海、南シナ海、太平洋、インド洋の四つの海をいかに守るかの戦いです。そのためには、我が国の自律的な防衛力の増強に加え、日米同盟の深化及び新時代における軍事同盟の拡大を行う必要があります。それによって、二十一世紀の勢力均衡、バランス・オブ・パワーを構築し、この四つの海にわたる国際秩序の安定を図ることが可能になると考えております。我が国一か国だけでは守れず、日米同盟だけでも不十分であります。同じ海洋国家であり、準同盟国でもある豪州、フィリピン、英国等との関係を同盟レベルにまで引き上げ、これらの海をいかに守れるかが問われていると言えると思います。
また、日米同盟は、我が国の基地提供義務及び米国の日本防衛義務という物と人との協力でありまして、非対称的双務性を特徴としていますが、昨今、米国は日米同盟の非対称的双務性を疑問視する傾向を強めており、同盟の安定性という観点から憂慮すべき事態です。米国は我が国に対し、日米同盟における相互防衛義務、すなわち対称的双務性という人と人との協力を求め始めています。
このような戦略環境を踏まえれば、全面的集団的自衛権のみが選択肢であることは自明ではないでしょうか。
次に、二つ目の点である、ポジティブリストとネガティブリストの違いについて御説明いたします。
本年五月二十八日の本憲法審査会で、新藤筆頭幹事は、防衛出動においては、自衛隊法八十八条二項の規定により、事態に応じ合理的に必要と判断される限度に限り何でもできることとされています、この点では他国の軍隊と何ら変わらない活動を行うものであり、防衛出動においては、文字どおり、ネガティブリストに基づく活動を行うことになるわけでありますとおっしゃっておられました。本日の審査会でも同様の御意見だったと思います。
しかしながら、自衛隊法に適用除外規定が存在する限り、防衛出動が下令された後もネガティブリストにはならないという現実が存在していると言えると思います。
自衛隊法による適用除外規定とは、一般国民や通常の行政機関には適用される法律について、自衛隊の特殊な任務遂行上の必要性からその全部又は一部の適用を除外する規定のことをいいます。例えば、火薬取締法、航空法、労働組合法、船舶法、電波法等、様々な適用除外規定が自衛隊法には存在しています。一条一条明記されております。
しかし、この適用除外規定があるということは、裏を返せば、それ以外のものについては原則国内法の規制がそのまま適用されるということであります。それは防衛出動下であっても同様であり、適用除外規定のない法律には原則として拘束され得るという認識でございます。すなわち、ポジティブリストのままであるということです。
自衛隊明記案は、自衛隊法、防衛省設置法という防衛二法を基盤とした枠組みも基本的にはそのまま維持されます。したがって、ネガティブリストにはならないと理解しております。要するに、防衛出動によって国内法秩序の外に出るのではなく法秩序の中で武力行使が適法化されるという方向が変わらなければ、ポジティブリストのままであるということなのではないかというふうに認識をしております。
どの国であっても、基本的に、軍は国際の法規及び慣例に基づき活動するのであって、その行動は個別的自衛権及び集団的自衛権を規定している国連憲章五十一条に法源を持つものであります。防衛出動等の事態認定という制度の存在自体に加え、活動がポジティブリストで制約されていることなど、どちらを取っても国際的には異質な制度になっていると考えております。
このように、自衛隊明記案と、憲法九条二項削除と国防軍創設案では、作用法上の位置づけに明確な違いが生まれます。
以上で私の発言を終わりますが、組織法の観点は、後ほど隣の池畑浩太朗委員から御説明をいたします。
以上でございます。
○古屋会長 今委員の方から質疑もありましたけれども、時間が終了しておりましたので、次の機会ということになります。
次に、玉木雄一郎君。
○玉木委員 国民民主党の玉木雄一郎です。
今、新藤幹事と阿部委員の話を聞いていて、与党と野党のやり取りかなと思いました。できるだけ建設的に進めるために、九条に関しては与党間である程度意見をまとめていただいた上で憲法審査会をやった方が前向きに進んでいくのかなと。
私、阿部さんの意見は非常に納得するところも多いし、新藤先生の話もこの間ずっと聞いてきましたので一定の理解はするんですが、繰り返し申し上げますけれども、この国会もあと一か月を切りましたので、ある程度まとめていかないと放談会に終わってしまうということは、もう何度も申し上げているところです。
高市総理がおっしゃる来春の自民党大会までに発議のめどを立てるというスケジュール感の中に九条改正は入れているのかどうか、そこはどこかでお示しいただきたいなと。
私は無理だと思います。本当に憲法改正をそのタイミングでやるとしたら、何度も申し上げた、二〇二四年六月に当時の五会派で一定程度合意をした、大規模災害時における国会議員の任期延長等、国会機能の維持に関わる条文化、そして参議院で、少し衆議院とはペースが違いますけれども合区の解消、この選挙制度という民主主義の基盤整備に関わるものにある程度絞って議論しないと、与党の間でさえ議論の分かれる話を今から始めてもなかなか間に合わないのではないかということは改めて申し上げ、九条の議論に入りたいと思います。
我が党の九条についての考え方は、まず端的に申し上げると、九条二項で禁止されている戦力に明確に、自衛隊の行使する自衛権を位置づけるということです。その上で、戦後大切にされてきた平和国家としての統制を、戦力として認めた上でどのように課していくのか。それを例えば、憲法の条文上は、九条二項の削除でやるのか、あるいは、この前、死文化とおっしゃいましたかね、象徴的な条文として九条二項は残すけれども自衛のための戦力はその例外として明確に憲法に位置づけるという、やり方は二つあると我々は思っています。馬場幹事からは気持ち悪いと言われましたけれども、九条二項にはいろいろな歴史的な思いが入っているので、この二つの案で党内でも議論しています。
同時に、更に踏み込んだ具体的な軍事的公権力の行使の統制の在り方については、憲法上に全部書き切るのか、あるいは、基本原則は書いた上で、それを下位法令というか法律レベルできちんと統制を書いていくのか。これも技術的には両方あり得ると思います。そこを現実的に詰めていく議論を当審査会でもやっていければというのが我々の考え方です。
ただ、やはりこれは時間がかかるので、まず優先的なものを条文化して、できたら次の条文化に入っていくということをしないと、あれもこれも手をつけて何もできなくなるということをもう何回も国会を見てきているので、あと一か月となりましたので、そろそろそこは方向感を出していただきたいと思いますし、古屋会長のリーダーシップにも御期待申し上げたいと思います。
その上で、前回お答えいただいたんですが、新藤幹事と、これは馬場幹事でも阿部委員でも結構なんですが、お答えいただきたいんです。
まず、前回、馬場幹事が、自民党の自衛隊明記論、今日も阿部さんからもありましたけれども、一項、二項を維持しつつ、九条の二を設け自衛隊を明記するだけでは、抑止力強化という本質的な課題は解決しません、二項を削除し、世界基準の軍隊の権能、実力を備えなければ、自衛隊は永遠に張り子の虎のままですと述べられています。
これに対して新藤幹事は、自民党が提案している条文は、平和主義を定める九条一項、二項はそのままにして、新たに九条の二を規定しようとするものであります、そして、自衛隊は、必要最小限度の下、国と国民を守り切るために必要かつ十分なことは全てできる状態になっているというふうに述べられています。
ここは明確に両党の考えに隔たりがあるんだというふうに思います。
この自衛隊を明記するだけでは抑止力強化という本質的な課題は解決しないという維新側の問いに対して、新藤幹事としてどのようにお考えになるのか改めてお聞かせいただきたいのが一つです。もう一つは、五月二十八日の答弁で、自衛隊は国際法上も国内法上も軍隊と言える組織ですと述べられていますが、これは従来の政府答弁とは異なると思います。この国内法的にも軍隊だということは自民党としての公式見解なのかどうか。この二点、新藤幹事にはお答えいただきたい。
馬場幹事あるいは阿部委員に聞きたいのは、以前私が馬場さんと一緒にこの場にいたときは、二〇二二年の五月に出した維新の自衛隊明記論は、まさに自民党とほぼ同じ明記論だったんですね。解釈も同じだということもたしか明記していたと思います。それが、昨年の九月ですか、これを変更して、今おっしゃっていたような九条二項削除論に変わったんですけれども、この変わった理由は何なのか。これは一問です。
それぞれお答えいただければと思います。
○古屋会長 今、具体的に質問がございました。持ち時間の範囲内で答弁を許します。
○新藤委員 私の発言を分析していただいて非常にありがたいと思いますし、まさにこういう議論を深めていくことが重要だという意味では、非常に建設的な御提案と御意見をいただいたと思います。
与党内でというのは、それぞれやはり各政党でお考えがあります。ただ、私先ほど申しましたように、いずれにしても、この国の防衛を万全な体制にしなければならない、この思いは共有しておりますし、それをどのように実現するかという意味で、今現状、私ども自民党と維新の会は、実務者協議という場で、この九条の問題をしっかりと詰めていこうということで作業をかなり進めております。ですから、同時並行で、私たちの意見を言いながら、また皆さんの御意見を頂戴し、様々なところを深め、ピン留めし、そして結論を得るような作業は進んでいると思っておりますし、更に進めていきたいと思います。
今いただいた御質問につきましては、詳細な部分についてはきちっとまたお答えしたいと思いますけれども、いずれにしても、この国を守り切るということが重要だ、そのことを根底に置いて議論していきたいと思っています。
○古屋会長 今の質問に対して、もう質疑時間が終了しておりますので、次回改めてということでお願いしたいと思います。
次に、和田政宗君。
○和田(政)委員 参政党の和田政宗です。
九条についての参政党の考えを申し述べます。
参政党は、憲法を一から国民の手で作り直す創憲を掲げ、九条についても根本的な改正を掲げています。
そもそも九条は、さきの大戦後のGHQ占領下において、日本の武力放棄とともに、米軍の日本における駐留はセットであるとの考えで作られたものです。
参政党は、自民党が示す憲法改正のたたき台案のように、現行憲法に自衛隊を明記するだけでは不十分であると考えています。現状維持のまま自衛隊の存在を記すだけでは、国防体制の強化になりません。国土、国民をどんなときも必ず守るためには、自衛のための軍隊、自衛軍を保持し、自国の防衛は、他国に依存するのではなく、自らの手で行うべきと参政党は考えています。
現状、自衛隊の行動はポジティブリスト方式で制限されており、他国の国防軍のようなネガティブリスト方式になっていません。事前に決められたできることだけに拘束される、あくまで警察権の延長の組織でしかなく、やってはならないことを定める各国の国防軍とは大きくかけ離れた組織を憲法で担保するだけになります。
先ほど自民党の新藤筆頭幹事より、自衛隊法八十八条を挙げ、防衛出動の際はネガティブリストで行動ができるという意見表明がございましたけれども、平成十五年五月十六日の石破防衛庁長官答弁に加えまして、平成二十六年六月三日の質問主意書に対する政府答弁書では、政府は、自衛隊法はいわゆるポジティブリストであると認識しているとしています。法律の解釈で自民党と政府での違いが出ているのではないかと思います。解釈でしのぐのではなく、憲法にしっかり位置づけることが必要であると考えます。
政府は、国土と国民の命を守るために、あらゆることを考え、あらゆる行動を取らなくてはなりません。憲法に書いていないからできない、国土が攻撃を受け国民の命が失われても、憲法上できないので何も行動しないとなれば、憲法を守って国滅ぶとなり、まさに本末転倒です。いかに国土と国民を守るかが政府の責務であり、それを憲法が保障すべきです。
同じ敗戦国であり、国際紛争を解決する手段としての戦争放棄を憲法でうたうイタリアは、憲法に、祖国の防衛は市民の神聖な義務であると記されています。また、憲法上非武装で軍隊を持たないコスタリカやパナマも、いざというときには軍隊を編成したり武器を取って戦うことが明記されています。
例えば、コスタリカ憲法は、恒常的機関としての軍隊は禁止する、米州の協定により又は国防のためにのみ軍隊を組織することができるとあります。米州の協定、ボゴタ憲章及び米州相互援助条約に基づくか、国防のためであるならば軍隊を組織することが可能であり、同憲法百四十七条には、内閣は、国家防衛状態の宣言並びに軍の動員命令、軍の組織化及び講和交渉の権限を国会に請求するとあります。
また、パナマ憲法は、三百十条に、パナマ共和国は軍隊を保有しない、全てのパナマ人は国家の独立及び国の領土を守るために武器を取ることが求められると記しています。
現行憲法は、GHQが急いで作った条文が基となり、ほぼそのまま日本国憲法となりました。その原案作成にかけた時間はたった三日だったのではないかという説もあります。こうした憲法ですから不備や足りない部分があるのも当然で、本来は改正によって内容を高めていくわけですが、日本では、それが種々の事情でできなかったことにより、解釈を積み上げていくという方法によって憲法の不備を補うという状況になっています。
現行憲法九条一項のような侵略戦争をしないという条文は、一九二八年のパリ不戦条約からもたらされた精神であり、だからこそ各国憲法に盛り込まれています。しかし、それと対になる条文は、通常、侵略はしないけれども、国を守るために国防軍や軍隊を持つというものです。これは、国土と国民を守るためにごく当たり前のことです。
ところが、現行憲法では、国際紛争の解決のための戦争を放棄した上で、戦力を持たない、交戦権も否定ということまで宣言しています。この部分を見ると、国を守るために定めるべきものを定めていない、いびつな憲法とも言えます。
なお、ハンガリーは、以前、戦争放棄を憲法に明記していましたが、国防の観点から、二〇一一年制定の新憲法において戦争放棄の条文を盛り込んでおりません。
防衛のための軍隊を保持することについて、戦争をできる国にすると批判する人がいますが、スイスを事例として見たいと考えます。
スイスは永世中立国ですが、常備軍がある上に、国民はいざというときに銃を取って戦う義務があります。十九歳若しくは二十歳になると、初年兵学校で十五週から十七週間の新兵訓練を受け、ライフル銃を受領し、自宅に持って帰って格納します。その後、年三週間の軍事訓練を十回に分けて受けなくてはなりません。そして、有事の際には弾薬が供給され、家庭で保管していたライフル銃を手に軍に加わって戦闘を行います。スイスのこうした防衛の仕方は国民皆兵と称されます。
そして、最終的に焦土作戦というものもあります。これは、相手国の軍隊がスイスに侵略し、どうしてもスイスを防衛できないとなれば、自国の橋やトンネル、道路、工場にまで火を放ち、全てを焼き尽くしてしまうというものです。すなわち、全てが失われた状態で侵略国にスイスを渡し、スイス国民は、国外のどこかに亡命政府を打ち立て、スイス国土を奪還する作戦に出るというものです。
このような覚悟があるスイス国家と国民に対し戦争をしかける国があるでしょうか。結局、スイス国土を占領しても、多大な犠牲を強いられるとともに、占領したスイス国土には何も残っておらず、一からまた建設工事を始めなくてはなりません。他国はそんなリスクを冒してまで戦争はやらないはずです。
我が国は、国防とは何か、国土と国民の命を守るということは何かをもう一度考え直す必要があると考えます。我が党がなぜ創憲を掲げ、憲法を一から作り直す必要性を訴えるのか。それは、現行憲法が、GHQ草案が基になり、国民の自由な意思で作られていないことでこのように様々な問題点を抱えているからです。憲法を一から作り直し、国家、領土、国民を守るために、ごく当たり前のことを当たり前にできるようにしなくてはなりません。
以上です。
○古屋会長 次に、古川あおい君。
○古川(あ)委員 チームみらいの古川あおいです。
本日は、憲法九条についての議論ということで、まず私どもの基本姿勢を申し上げます。
チームみらいは、我が国の憲法について、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という三大原理を揺るぎのない大前提として堅持してまいります。九条につきましても、平和主義を堅持する、この姿勢は変わらないということをまず申し述べておきます。戦後、我が国が国際社会の中で平和国家としての立ち位置を築いてくるに当たり、現行憲法、とりわけ九条が果たしてきた役割は決して小さなものではないと受け止めております。
その上で、そもそも我々は何のために憲法論議を行っているのかという点について改めて申し上げたいと思います。
九条をめぐる議論も、突き詰めれば、国民の生命と暮らしをこれからどう守り、維持していくのか、ここが議論の出発点であり、大前提でございます。この前提については何度でも申し上げてまいりたいと思います。
その上で、九条をめぐる議論の進め方について申し上げます。
九条の議論は、憲法をめぐる様々な議論の中でも、特に、改正に賛成か反対かという形で問いが立てられがちでございます。しかし、そもそも本当に問われるべきは、激変する安全保障環境の下で、国民の命と暮らしを守るためにどういった方策が必要なのかということでございます。そして、その対応が、現行憲法の解釈や法律の範囲で実現できるものなのか、それとも憲法改正が必要なのか、そういったことを順序立てて見極めていくことが何よりも大切だと考えております。
そのために、まずは、何が問題となるのかという立法事実について各会派で認識を共有すること、その上で、解決策として、解釈の整理で足りるのか、法律の改正で対応できるのか、それとも憲法の改正が必要なのかを順を追って検討するという二段階の進め方、これが九条の検討においても有効なのではないかと考えております。
こうした考え方は、私どもがこれまで本審査会で一貫して申し上げてきた姿勢でございまして、九条においても変わるものではございません。
既に各会派からは九条に関する様々なお考えが示されており、それぞれに重く受け止めるべき論点を含んでおります。だからこそ、まずは、個別の条項の改正案について賛成か反対かといった決を採るような形ではなく、そうした提案の背景にある問題意識、何のために、どのような事態に備えて、何が必要なのかという、その土台となる認識をそろえることがかみ合った議論への近道になると考えております。
近年、我が国を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しております。国際的な軍事的緊張に加え、サイバー空間や宇宙といった新たな領域での脅威も急速に深刻になっております。こうした現実から目を背けることなく、国民の命と暮らしを守るために必要な防衛力の在り方やその法的な位置づけにつきましては、なぜそれが必要なのかという具体的な根拠を国民の皆様にオープンにお示ししながら検討していくことが重要だと考えております。その際にも、チームみらいは、専守防衛の原則や非核三原則といった戦後我が国が積み重ねてきた基本方針は堅持してまいります。
議論の進め方についても申し上げておきたいことがございます。
九条は、憲法論議の中で特に意見が分かれてきた歴史を持つ条文でございます。国民の命と暮らしを守るための議論がかえって国民の間に深い溝を生んでしまっては本末転倒でございます。だからこそ、九条をめぐる議論は殊更慎重に、そして丁寧に進めるべきものと考えております。数の力で押し切ることや、期限ありきで手続をおろそかにすることも望ましくありません。大切なのは、国民の理解と納得を一つ一つ重ねながら進めていくことでございます。その姿勢こそ、今最も求められているものだと考えております。
その上で、私どもとして重要だと考える点を申し上げます。
第一に、安全保障の現実はもはや陸海空の領域にとどまらないということでございます。サイバー空間、宇宙空間、そしてAIといった新たな領域こそが現代の安全保障の中心的な課題になりつつあり、我が国の防衛の在り方を論じるに当たりましても、こうした新たな領域の脅威に我が国がどう備えていくのかという視点を議論の射程に入れていくべきだと考えております。
また、民意の受け止め方についても申し上げたいと思います。
先ほど採決された国民投票法の改正案につきましても、様々な反響がございました。審査会での議論や改正案の中身というものを国民の皆様に分かりやすくお伝えし、建設的な議論を積み重ねていくことは決して容易ではございません。賛否の分かれる九条のようなテーマについてはなおさらでございます。だからこそ、議論を開かれた形で進め、丁寧にお伝えしていく努力は欠かせないと考えております。
最後となりますが、九条をめぐる議論は、国の根幹に関わる最も重要な論点の一つであると認識しております。チームみらいは、平和主義を堅持するという揺るぎない大前提の上に立ち、その上で、どういった対応が必要かを立法事実から具体的に検討して、国民の納得を伴いながら、開かれた形で議論を積み重ねてまいりたいと思います。
以上でございます。
○古屋会長 次に、畑野君枝君。
○畑野委員 日本共産党の畑野君枝です。
憲法九条について意見を述べます。
日本国憲法は、前文で、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、九条で、戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認を定め、徹底した平和主義を貫いています。これは、日本が侵略戦争と植民地支配によって日本国民三百十万人、アジア太平洋地域で二千万人以上もの犠牲を出したことへの痛苦の反省によるものです。このことから、日本国憲法は戦争につながる一切のものを否定しているのであり、憲法九条はその核心です。
九条は、絶対に戦争を起こさないこと、あらゆる争い事を武力ではなく徹底した外交努力によって解決することを強く求めています。今、この九条の精神が世界の平和のためにも強く求められています。アメリカとイスラエルによる無法なイラン攻撃を見ても、軍事力で平和をつくれないことは明らかです。国民の中から九条を守れの声が大きくなっているのも、九条の価値が今こそ必要とされているからにほかなりません。
一方で、この憲法審査会では、九条を変えて憲法に国防規定を設けるべきだとか、国防軍として位置づけるべきだという主張がされています。しかし、今、国民の多くは改憲を求めていません。朝日新聞と東京大学が有権者に対して行った共同世論調査では、改憲を政治の優先課題と考える人は僅か一%です。国民が求めていない改憲のための議論ではなく、九条の精神を現実の政治や外交に生かすための議論こそ必要だと強調しておきたいと思います。
その上で、九条に反する現実の政治について、二つの点を述べておきたいと思います。
第一に、日米安保条約と在日米軍基地の問題です。
前回、強大な戦力を持つ在日米軍が地域の緊張を高めていると指摘しました。日米安保条約と地位協定は、米軍に全土基地方式と基地の自由使用を認め、在日米軍基地は米軍の国際法違反の戦争の出撃拠点とされてきました。イランへの攻撃でも米軍は横須賀や沖縄から出撃していますが、日本政府は問題にすらしていません。スペインやイタリアなど各国は、米軍のイラン攻撃での基地や領空の使用を拒否しています。日本の態度は余りにも従属的だと言わなければなりません。
また、東京や神奈川を含めた一都九県に及ぶ広大な空域の航空管制権は米軍横田基地が握っており、羽田空港や成田空港に離着陸する民間機は、米軍の許可がなければ空域内を通過することすらできません。主権国家の首都の上空を外国軍隊が管理しているなど、極めて屈辱的であり、とても普通の国ではありません。
この下で、米軍機からの落下事故や低空飛行による爆音、繰り返される米軍関係者による性的暴行など、米軍による事件、事故によって国民の人権が脅かされていることは極めて重大です。
次に、米軍と一体の日本の軍拡の問題です。
政府は、二〇一四年に、それまで歴代の自民党政権も憲法九条の下で認められないとしてきた集団的自衛権の行使を一片の閣議決定によって容認へと解釈を変更し、安保法制を強行しました。地球上のどこであれ、どのような戦争であれ、自衛隊が出動して米軍を支援できるようにするためのものです。
さらに、二〇二二年の安保三文書改定で、敵基地攻撃能力の保有に踏み切りました。しかも、日本への攻撃がなくても、集団的自衛権の行使として敵基地攻撃が可能としています。
この下で、今、日米の指揮統制の一体化が強化され、自衛隊は全国各地で長射程ミサイルの配備を進め、アメリカもトマホークを発射できるミサイルシステムを日本に展開しています。日本が攻撃されていないにもかかわらず、集団的自衛権を発動して、米軍と一体となって相手国を攻撃するためのものにほかなりません。
その上、高市政権は、今年四月に殺傷兵器の輸出を全面的に解禁し、世界各国に売り込んでいます。世界の軍拡を助長し、武器輸出によってもうける死の商人国家への道を突き進むものです。さらに、安保三文書の改定の議論を前倒しで進めており、そこでは非核三原則を見直すことまで主張されています。唯一の被爆国としての責任を放棄し、世界の核軍縮の流れに真っ向から逆行するものであり、断じて認められません。
そもそも、武器輸出禁止も非核三原則も、幾多の国会議論を経て衆参両院で決議された国是です。時の内閣の恣意的な決定で覆すことは到底許されません。こうした憲法九条に反する現実の政治を正すことが必要だと指摘して、発言を終わります。
―――――――――――――
○古屋会長 次に、委員各位による発言に入ります。
発言を希望される委員は、お手元にある名札をお立ていただき、会長の指名を受けた後、御発言ください。
発言は自席から着席のままで結構でございます。
なお、発言の際には、所属会派及び氏名をお述べいただくようお願いいたします。
発言が終わりましたら、名札を戻していただくようお願いいたします。
また、幹事会の協議に基づき、発言時間は五分以内といたします。質問を行う場合、発言時間は答弁時間を含めて五分以内といたしますので、御留意願います。
発言時間の経過につきましては、おおむね五分経過時にブザーを鳴らしてお知らせいたします。
それでは、発言を希望される委員は、名札をお立てください。
○加藤(勝)委員 自由民主党の加藤でございます。
九条改正を議論する前提として、我が国が安全保障環境の変化に対応する形で何がどこまでできるのか、先ほど新藤幹事からもお話がありましたが、憲法上、法律上の観点から改めて整理をしたいと思っております。
憲法九条解釈の基本は、昭和三十四年の砂川事件最高裁判決であります。朝鮮戦争を契機とした警察予備隊、その後の保安隊を経て、昭和二十九年に自衛隊が設置され、戦力不保持を定める九条二項との関係が問題となっておりました。この点に関し、最高裁は、「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のこと」と明確に判示しております。
この砂川事件判決や国会での議論を基に政府の九条解釈を体系的に整理したのが、いわゆる昭和四十七年見解であります。
同見解では、九条と前文及び十三条との整合的解釈の結果として、憲法は我が国が必要な自衛の措置を取ることを禁止していないが、だからといって、平和主義をその基本原則とする憲法が自衛の措置を無制限に認めているわけではなく、当該措置は、外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫不正の事態を排除するために必要最小限の範囲にとどまるという基本的な論理が示されました。この基本的な論理を踏まえ、自衛の措置は我が国に対する急迫不正の侵害に対処する場合に限られ、集団的自衛権の行使は憲法上許されないとされたところであります。
この見解を前提としつつも我が国の安全保障政策を大きく転換したのが、平成二十六年七月一日の閣議決定と、それに続く平和安全法制の整備であります。
閣議決定では、パワーバランスの変化や技術革新の急速な進展、大量破壊兵器などの脅威等により我が国を取り巻く安全保障環境が根本的に変容し、変化し続けているとの認識を示した上で、我が国に対する直接の武力攻撃が発生していなくとも、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある場合にも自衛の措置として武力を行使することができるとしました。すなわち、個別的自衛権を超えて、自国防衛のための限定的な集団的自衛権の行使を可能とする憲法解釈の変更がなされました。
この解釈変更は、昭和四十七年見解の基本的な論理についてはあくまでもこれを踏襲しつつ、同見解において集団的自衛権の行使は憲法上許されないとされた当時の国際情勢や兵器技術の状況に当てはめた結果の部分のみについて、現下の国際情勢や兵器技術の急速な革新に鑑みて見直しをしたものであり、九条解釈の基本姿勢は砂川事件判決の考え方と軌を一にするものであります。
この閣議決定に基づき制定された平和安全法制では、存立危機事態にも武力行使を可能とするとともに、周辺事態法を重要影響事態法に改正して後方支援活動などを拡充し、また、外国の緊急事態における邦人の保護措置などが整備をされたところであります。
現況において、平和安全法制の整備などにより、我が国では、国の存立や国民の生命財産を守るために必要な、切れ目のない国防体系は完成していると言えます。憲法九条から導かれる専守防衛の下で、自国防衛のための措置は必要かつ十分に行うことができるようになっております。我が国ができないことは、自国防衛と直接に関係しない純粋な国際協力の場面での武力行使などに限られております。
以上を前提に、自民党では、誰がどのような手段で国を守るのかという規定が憲法にないとの観点から、国と国民を守るという国の責務に関する国防規定の創設と、その担い手である自衛隊の明記を主張しているところであります。
現行憲法は、施行から八十年近くが経過し、その間、一度も改正することがありませんでした。しかしながら、憲法は国の基本法である以上、時代状況や国民の意識の変化に応じて議論され、必要があれば改正されていくものだと考えております。各党会派におかれても、こうした認識を共有しながら九条についても論点の整理を行っていただくよう、会長、幹事の皆様にもお願いを申し上げて、発言を終わらせていただきます。
○有田委員 中道改革連合の有田芳生です。
先ほど國重徹幹事が発言したように、私たちは、憲法九条の第一項、第二項を堅持することを基本的立場としています。
一九四七年に憲法が施行されたとき文部省が発刊した「あたらしい憲法のはなし」は、戦争が終わったことを、二度とこんな恐ろしい、悲しい思いをしたくないと思いませんかと問いかけ、日本の国が決して二度と戦争をしないように二つのことを決めましたとあります。戦争放棄と戦力の不保持です。
この九条の主語は「日本国民は、」です。ここが原点です。私たちは、一九二八年の不戦条約を起点とする九条の普遍的価値を変更する意思はありません。
ただし、戦後八十一年、国際環境も一九四七年当時とは大きく変わりました。憲法九条に対する国民意識は今いかなるものか、メディアによって異なりますが、ここでは、読売新聞、今年ですけれども、二〇二六年三月から四月の世論調査結果を御紹介いたします。
まず、憲法九条一項、戦争放棄についてです。改正の必要がないは八〇%、あるが一七%。一般市民が政府の政策を批判する最大の基準は、戦争につながるか否かの一点を問題にし、自明のこととして戦争につながるものを否定する、この基準が公理化したのです。戦後八十一年にしてこの高い数字であることに注目しなければなりません。
二項、戦力不保持、交戦権否認は、改正の必要がないが四八%、あるは四七%と拮抗しています。
ここから議論になるのは、一九五〇年の朝鮮戦争の勃発をきっかけに警察予備隊が結成され、保安隊から実力組織としての自衛隊へと発展し、今に至っていることです。
憲法九条二項に規定された戦力と自衛隊の関係を憲法解釈上どう判断するのか。日本周辺の国際環境の大きな変化の中で、九条第二項から導き出された専守防衛をどう位置づけるのか。防衛白書令和七年版では、専守防衛について、保持する防衛力を自衛のための必要最小限に限るなど、憲法の精神にのっとった受動的な防衛戦略の姿勢としています。
憲法九条との関係では、非核三原則の堅持も必要です。二十世紀の二つの大戦を経て生まれた国連は、とりわけ核兵器の廃絶を誓ったはずです。非核三原則を掲げていた日本がそれを変更したなら、被爆国日本もついに核を認めるのかと、国際社会に重大な影響を与えるでしょう。
二〇二五年十月の高市早苗政権発足以降、広島県議会、広島市議会、長崎市議会など少なくとも七十三の地方議会から堅持を求める意見書が国に提出されているのは、平和国家日本への強い願いの反映です。
自衛隊の政治的中立性も課題です。自衛隊法第六十一条第一項で、隊員の政治的行為が厳しく制限されています。隊員は、選挙権の行使を除くほか、政令で定める政治的行為をしてはならないのです。
施行令第八十六条、第八十七条で、政治的目的、政治的行為が具体的に定義され、例えば、特定の政党、政治団体を支持、反対する目的で集会に参加して公に意見を述べることなどが禁止されています。自民党大会で自衛隊員が制服を着て演奏したことは、自衛隊法に照らして著しく政治的な中立性を欠くものでしょう。
私たち中道改革連合は、これからも議論を続けてまいります。
以上です。
○池畑委員 日本維新の会、池畑浩太朗でございます。
憲法九条に関する自民党の自衛隊明記案と、現在の我が党の案であり、かつ十年前の自民党も掲げていた憲法九条二項削除と国防軍創設案の違いについて、先ほど阿部圭史委員から作用法上の違いを説明させていただきました。私からは、組織法上の違いについて御説明をさせていただきたいと思います。
自衛隊明記案は、自衛隊を憲法上明記するだけですので、組織としては現在と同じであります。自衛隊法、防衛省設置法という防衛二法を基盤とした枠組みも、基本的にはそのまま維持されることが想定されます。戦力ではなく実力組織だと説明されている自衛隊の地位も、特別職国家公務員である自衛官の地位も、今と何ら変わることはないというふうに考えております。
一方、憲法九条二項削除と国防軍創設案は、自衛隊は戦力としての国防軍となり、自衛官は特別職国家公務員ではなく軍人となります。軍の民主的運用を確かなものにするためのツールとして、各国軍の標準装備である軍事裁判所を持つことになります。これにより、軍紀違反や軍事犯罪を専門裁判所で審理できるようになります。軍事法制の三要素である軍政、軍令、軍事司法のうち、我が国においては長年にわたり欠缺状態にありました軍事司法が整備されることとなります。
端的に言えば、自衛隊は、軍事的機能を持つが軍人として制度化されていない組織であり、国防軍は、軍事組織としての地位、軍人の身分、軍律、軍事司法を備えた組織という違いがあります。このように、自衛隊明記案と、憲法九条二項削除と国防軍創設案では、組織法上の位置づけに明確な違いが生まれてまいります。
ここで、文民統制について委員の皆様と一つ共有したいことがあります。あえて歴史を振り返りたいというふうに思います。日本国憲法六十六条二項、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」という文民条項が挿入された経緯であります。
さきの大戦により一九四六年二月から一九五二年四月までワシントンDCに設置された、連合国における日本占領管理の最高政策決定機関であり、米、英、ソ連、中国など十一か国で構成された極東委員会について、GHQは日本の占領を直接執行する現場機関であったのに対して、極東委員会は政策の決定機関でありました。
極東委員会は、当初、九条二項によって日本は軍隊を保持できないのだから文民条項は不要ではないかというふうに考えておりました。しかし、憲法九条の審議過程で、衆議院憲法改正小委員会の委員長でありました芦田均元総理は、九条二項の冒頭に、前項の目的を達成するためとの修正を加えました。いわゆる芦田修正であります。
衆議院での芦田修正によって九条の解釈に一定の余地が生じたことを受けて、極東委員会内では再び問題視をされました。芦田修正が入ったことによって、九条一項が定める侵略戦争の禁止を踏まえ、自衛のためならば戦争と武力による威嚇又は武力の行使が可能となることが明白になり、第二項で、自衛のための戦力、すなわち軍隊を保持し得るという解釈ができるようになりました。極東委員会ではまさにそのように読み取り、シビリアンコントロールを実現するために、現行の六十六条二項、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない。」という条文が挿入をされました。
その際、中国代表団は、一九四六年九月の二十一日、極東委員会におきまして次の趣旨を述べております。自衛等の解釈によって軍隊を保持する可能性がある、このような軍隊は、九条一項が禁止する侵略戦争目的の軍隊とはみなされないかもしれない、したがって、国務大臣は全て文民でなければならないとの規定を憲法に置く必要があると。
中国代表団の発言は、極東委員会は芦田修正による自衛のための軍隊保持の余地を認識していた証拠とも言えます。中国代表が九条で軍隊は絶対に持てないと考えていたのであれば、そもそも文民条項は不要であります。軍隊が存在しないのであれば、文民ではない人間という主体自体が存在をせず、軍人のように文民でない人間が大臣になる危険もありません。しかし、実際には、軍隊が将来存在するかもしれないという前提で六十六条二項を要求しております。すなわち、中国ですら、我が国の自衛のための軍隊を前提に日本国憲法を認識しているという点は、極めて重要な史実であります。
本憲法審査会の委員の皆様におかれましては、是非ともこの点を共有していただきますようにお願いをいたしまして、私の発言を終わります。
○浅野委員 国民民主党の浅野哲です。
発言の機会をいただきましたので、本日は、これまでの本審査会での議論を踏まえ、また、憲法学説を整理しながら、九条改正論議における重要な論点、特に、法解釈のみでは結論が出ず、最終的に政治の判断が求められる部分について、私の考えを申し述べます。
第一に、自衛隊が憲法九条二項の戦力に該当するか否かという議論の出発点となる論点です。
政府は、自衛のための必要最小限度を超える実力のみを戦力とする立場から、自衛隊を合憲とみなしてきました。しかし、政府自身、この必要最小限度という基準は、その時々の国際情勢や軍事技術の水準によって変わり得る相対的なものであると認めています。つまり、どこまでを必要最小限度とするかは、純粋な法解釈の問題ではなく、我が国がどのような防衛力を持つべきかという政治の判断に委ねられた領域です。
一方、学術界には、外的防衛にふさわしい実力組織は戦力に該当するという見解が根強く存在し、政府解釈との間に長年の隔たりがあります。この境界線を曖昧にしたまま自衛隊を明記したところで、自衛隊の戦力性という本質的な問いに答えを示さなければ違憲論は解消されないという指摘は、本審査会でも既に我が会派の玉木雄一郎委員を始め複数の委員が指摘をしてきたところであります。その点を曖昧にせず、正面から議論する必要があります。
第二に、自衛隊の行動に対する統制をどこまで憲法に書き込み、どこまで法律に委ねるかという論点です。
憲法に詳細を書き込み過ぎれば、有事における柔軟な対応が難しくなり、法律に委ね過ぎれば、立憲主義的な統制が空洞化する懸念があります。このバランスをどこに置くかも、法理論から一義的に導き出せるものではなく、政治が責任を持って決めるべき領域です。
第三に、九条二項を維持した上での加憲か、これを削除して自衛権、国防軍を明記するかという、与党二党の間に先ほどから厳然と存在する根本的な相違点についてです。
これは、条文技術の問題ではなく、専守防衛の枠内にとどまるのか、集団的自衛権の全面的な行使を認める安全保障国家へ転換するのかという、国の在り方そのものに関わる価値選択です。この論点では、学説のいずれが正しいかという問題ではなく、国民がどのような安全保障を望むのかという民主的な決定そのものが問われます。
以上を踏まえ、今後の本審査会の議論の進め方について三点提案いたします。
第一に、九条については、条文起草を急ぐ前に、与党二党を含む各会派が前提としている戦力概念や安全保障像の違いを論点整理という形で明確にすべきと考えます。
第二に、平成二十七年の参考人質疑がそうであったように、学界の多数説と政府見解の双方から幅広く参考人を招致し、論点を国民の前に可視化する機会を設けるべきです。
第三に、憲法改正手続は最終的に国民投票によって国民に委ねられていることを踏まえ、当審査会の当面の目標として、各会派が歩み寄れる論点から着実に合意形成を進めるべきと考えます。
選挙困難事態における議員任期延長や参議院の合区問題の議論と同様の期限を九条に当てはめる必要はなく、むしろ十分な国民的議論の土壌を整えることこそ本審査会の責務と考えます。憲法九条は、戦後日本の平和を守り、国の在り方を規定してきた最も核心的かつ重要な条文の一つです。政治判断が必要な部分から逃げることなく、正面から議論を行い、しかし結論を急ぐこともなく、本審査会が責任ある議論の場であり続けることを願い、発言を終わります。
以上です。
○田野瀬委員 自由民主党の田野瀬太道でございます。
我が党は既に、条文イメージとして、国防規定の創設、自衛隊明記案を国民の皆様にお示しをさせていただいておりますが、その内容は、一つ、国防規定の創設、二つ、その担い手たる自衛隊の保持の明記、三つ、自衛隊の活動に対するシビリアンコントロールの規定の創設でございます。
本日、私からは、このうち三つ目のシビリアンコントロールについて発言をさせていただきたいと思います。
まず、諸外国憲法におけるシビリアンコントロールの規定について御紹介をさせていただきます。
諸外国の憲法においては、軍隊についての規定が設けられている国の多くは、大統領又は首相による指揮及び監督についても規定が存在をします。また、軍隊の行動に対する議会の関与につきましても、多くの国において規定が設けられております。
具体的には、まず、アメリカ合衆国憲法では、大統領が軍の最高司令官であると明記されています。同時に、連邦議会の権限として、戦争を宣言することや、軍の統括及び規律に関する規則を定めることが規定されております。
次に、ドイツ連邦共和国基本法では、軍隊に対する命令権や指揮権は、平時においては国防大臣が有し、有事においては首相が有することが明記をされております。また、民間人の保護を含む国防については、連邦が専属的に立法権を有するとされており、防衛事項が議会の立法権限の下に置かれております。さらに、軍の人員と組織の大綱は予算において明らかにすることと規定されておりまして、軍の財政についても議会による統制下に置かれております。
最後に、ウクライナ憲法では、大統領が軍隊の最高司令官とされており、同時に、議会であります最高会議にも、自国に対する武力攻撃が行われた場合の軍隊や軍事組織の利用についての大統領による決定を承認する権限が与えられております。実際に、二〇二二年二月のロシアによるウクライナ侵略に際しては、この規定に基づいて、三月三日、ウクライナ軍及びその他の軍事組織の利用についての大統領令が最高会議において承認をされたということでございます。
このように、諸外国の憲法典を見ますと、軍隊に対するシビリアンコントロールの規定は、いわば憲法における標準装備というべきものとなっておるということでございます。我が国最大の実力組織である自衛隊についても、このような憲法上の規定が不可欠であると考えるものでございます。
このような観点から、我が党は、国防規定の創設、自衛隊明記案において、シビリアンコントロールの規定を設けることを提案させていただいているわけでございます。
具体的に申し上げます。九条の二第一項において、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持するとして、内閣による指揮監督を明記することとしております。そして、九条の二第二項において、自衛隊の行動は法律の定めるところにより国会の承認その他の統制に服するとし、国会による民主的統制を明記することとしております。
このように、我が党の掲げる条文イメージは、我が国最大の実力組織である自衛隊に対するシビリアンコントロールを、政府内部における統制と国会による統制という両面から規定するものでございます。
以上、シビリアンコントロールの規定について、諸外国憲法と同様に日本国憲法においても早急に整備すべきであり、そのための憲法九条の改正が必要だと申し上げさせていただきました。
今後も本審査会において、先ほど浅野委員も発言されたように、政治が責任を持って、憲法九条に関して議論がますます深められると同時に、論点整理を行うなど、憲法改正の実現に向けての議論のピン留めが行われることをお願い申し上げて、私の発言とさせていただきます。
以上です。
○和田(義)委員 自由民主党の和田義明です。
本日は、九条に関する集中的な討議ということですので、私からは、現行憲法の下での自衛隊あるいは自衛官の活動に関して、一般の法制度上の問題点について問題を提起したいと思います。
近年、自衛隊の海外での活動が増加をしております。南スーダン、シナイ半島などにおける平和維持活動、ジブチを拠点とするオマーン湾、アラビア海等での日本関係船舶の安全の確保、また同盟国、同志国などを中心とする訓練や能力支援等々を行っており、厳しい環境の下で自衛官は頑張っているところでございます。
こうした状況下、自衛官の国外犯処罰の不存在という論点がしばしば指摘をされています。例えば、海外に派遣された自衛官が公務中及び公務外で交通事故を起こして現地の方をけがさせた場合、刑罰法規の適用はどうなるのでしょうか。
国連PKOの場合、国連が一括して現地政府と地位協定を結び、国連部隊全体としての現地国からの訴追を免除する特権を得るのが通常でございます。したがって、国連PKO部隊の一員が過失犯を犯した場合、現地の法律ではなく出身国、すなわち日本の場合は日本の刑法にのっとって裁かれることになります。一般に、現地社会の感情に配慮をするために、現地法よりも厳しく処罰をする必要があるというふうに言われております。
その一方、日本の刑法では、業務上過失致死傷罪については国外犯規定がないため、刑事責任を問われることはありません。行政上の懲戒処分などがなされるだけであります。この点につきましては、PKOなどの自衛隊の海外活動の拡大に伴い、自衛隊の国外での活動に対する信頼の向上、現場の自衛官が安心して任務に就けるよう、責任を負う場合の限定、明確化が必要といった観点から、何かしらの法整備が必要ではないかという議論があるところであります。
次に、自衛官は、国家最大の実力組織の一員として、上官の指示の下、組織として活動するのが原則です。特に、治安出動、警護出動、海上警備行動等の際、武器使用に当たっては、組織力を発揮して適切に任務を遂行するという観点から、原則として部隊指揮官の命令によらなければならないこととされております。
このような自衛官の武器使用において、例えば、上官が過って襲撃者が銃撃をしてきたと認識した下に命令を下し、部下である隊員の発砲によって相手を傷つけた場合、その刑事責任はどのようになるのでしょうか。一般に、個人の責任を問う刑法の理論でいえば、実行犯はあくまで発砲者である隊員であり、上官はその教唆犯又は幇助犯になるだけでございます。
しかし、これでは組織としての活動をしている自衛隊の実態には合わないのではないでしょうか。組織として行動する上官と隊員の刑事責任の分担、この問題をどのように考えるべきか。大きな問題であり、自衛隊の憲法上の位置づけを契機として議論を進めるべきではないかと考えます。
なお、現行の自衛隊法においても、自衛隊という組織の特殊性を踏まえた独自の罰則規定も設けられております。例えば、不当武器使用、職務離脱、上官命令反抗、不服従などでございます。
これらの規定に加えて、さきに述べた自衛隊という組織の特性に着目した上官と隊員の刑事責任の分担などを規定した場合には、自衛隊員に特有の一連の刑法及びその手続法、いわゆる自衛隊刑事法を整備するべきではないかといった議論に進んでいくことが予想されます。その究極の形態が、自衛隊に関する特別刑事法を管轄し裁判を行う自衛隊審判所、自衛隊裁判所の問題でございます。このようなことも念頭に、自衛隊の在り方について議論を深めていくことが必要だと考えます。
本日は、自衛官の国外犯処罰規定の問題と、上官と隊員の責任の分担など、自衛隊に関わる刑事法の問題を整理をいたしました。これは、憲法九条の改正の問題ではなく一般法の問題ではありますが、防衛に関する法体系全体に関わる問題であります。このような一般法に関する検討も進むことを期待しております。
また、憲法九条本体に関する議論もかなり積み重ねられてまいりましたので、速やかに論点を行い、更に深掘りの議論をしていくべき時期に来ていると思います。会長及び幹事の皆様方にはこのことをお願いして、私の発言を終わります。
○古屋会長 予定していた時間が経過いたしました。
これにて討議は終了いたしました。
次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
午前十一時二十六分散会

