第6号 平成17年4月1日(金曜日)
平成十七年四月一日(金曜日)午前九時二分開議
出席委員
委員長 松下 忠洋君
理事 木村 隆秀君 理事 河本 三郎君
理事 増田 敏男君 理事 山本 拓君
理事 宇佐美 登君 理事 須藤 浩君
理事 玉置 一弥君 理事 田端 正広君
江渡 聡徳君 大村 秀章君
川上 義博君 木村 勉君
佐藤 剛男君 桜井 郁三君
土屋 品子君 西村 康稔君
萩野 浩基君 早川 忠孝君
宮澤 洋一君 石毛えい子君
市村浩一郎君 小宮山泰子君
小宮山洋子君 島田 久君
高山 智司君 藤田 一枝君
藤田 幸久君 牧野 聖修君
太田 昭宏君 吉井 英勝君
…………………………………
議員 長勢 甚遠君
議員 冬柴 鐵三君
内閣府大臣政務官 江渡 聡徳君
内閣府大臣政務官 木村 勉君
政府参考人
(内閣府大臣官房審議官) 中藤 泉君
政府参考人
(文部科学省大臣官房審議官) 藤田 明博君
政府参考人
(国土交通省大臣官房総合観光政策審議官) 鷲頭 誠君
内閣委員会専門員 高木 孝雄君
―――――――――――――
委員の異動
四月一日
辞任 補欠選任
石毛えい子君 小宮山泰子君
今野 東君 高山 智司君
同日
辞任 補欠選任
小宮山泰子君 石毛えい子君
高山 智司君 今野 東君
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
参考人出頭要求に関する件
国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案(保利耕輔君外四名提出、第百五十九回国会衆法第一四号)
――――◇―――――
○松下委員長 これより会議を開きます。
第百五十九回国会、保利耕輔君外四名提出、国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。
この際、お諮りいたします。
本案につきましては、第百五十九回国会において既に趣旨の説明を聴取しておりますので、これを省略いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○松下委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
―――――――――――――
国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案
〔本号末尾に掲載〕
―――――――――――――
○松下委員長 この際、お諮りいたします。
本案審査のため、本日、政府参考人として内閣府大臣官房審議官中藤泉君、文部科学省大臣官房審議官藤田明博君及び国土交通省大臣官房総合観光政策審議官鷲頭誠君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○松下委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
―――――――――――――
○松下委員長 これより質疑に入ります。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。玉置一弥君。
○玉置委員 私ども、この国会の中では非常に長い時間審議をされ、また廃案になりという経過のこの法律案でございますが、国民のいろいろな人々の声を聞きますと、やはり歴史的ないろいろな大きな意義のある昭和という名前、これをぜひ残してほしいという話がございました。
特に、私どもからいきますと、昭和から平成に変わった直後に、私どもの同僚でございました柳沢錬造参議院議員が初めて議会に提唱したということもございます。その当時は、その議員連盟が四百人を超える議員さんが賛同して、圧倒的多数で決議はしたものの日の目を見なかったということで、非常に異例のことだというふうに思うんですが、いろいろな面で見ると、それぞれの思いがこの昭和という言葉の中にあるのではないか、こういうふうに思います。
私どもの会派、民主党・無所属クラブの中でも意見がいろいろ分かれたときもありますし、また一つにまとまったときもあるという中、当時からいきますと、やはり一つは、時間短縮の中での休日をふやしていこうという動きがあったということと、それから、昭和天皇が亡くなられた直後、今までの歴史の中での昭和の重みというものを何らかの形で残したい。もう一つは、五月四日のみどりの日という、当初予定された五月四日、これはまた、自然環境を守り、そして開発にいろいろなところで削られてきた緑、これを何とか残していこうという当時の一つの流れがありました。
こういう面からいくと、当時出されたこの四月二十九日、昔の天皇誕生日、これを昭和の日にする、そして新たに連休の間の五月四日を埋めてこれをみどりの日にするという流れは、私たちはごく当然のことと受けとめてきたのでございますが、どうも、最後にいきますと、参議院の中の取引材料に使われたような気がしまして、いつも残ってしまったということでございます。
そういう意味で、今大変大きな意義のある法案だと思うんですが、まず提出者の四月二十九日をやはり昭和の日にしたいというその意義を皆さんの前に披瀝をしていただきたいというふうに思います。
○長勢議員 冬柴先生も御出席でございますが、私から答弁をさせていただきます。
皆さん御案内のとおり、六十有余年にわたる昭和の時代、これは我が国の歴史におきましても、未曾有の激動また変革、さらに苦難と復興、こういう時代でございました。戦争から戦後の高度成長、大変な時代を渡ってきたわけでございます。
今日我々がこのように平和と繁栄の中にあるのも、まさにこの時代の諸先輩の御苦労、御苦難の結果というふうに考えておるものでございます。
二十一世紀を迎えておるわけでございますが、我が国は今またいろいろな意味で内外ともに大きな変革期にあるというふうに考えられますけれども、こういう時代こそ、この我々の歴史においても大変な時代であった昭和の時代というものを顧みて、そして、戦争から平和へ、この歴史的教訓を酌み取ることが大事である。そういうことによって、今後、我々の国をさらに平和な、そしてすばらしい国にするということに思いをいたす、そして未来への教訓とするということは大変に意義のあることと思います。
そういう意味で、ぜひ、これからも我々は昭和というものをずっと記念をして、それに思いをいたし、それを顧みて、今これからどうなるかということを考える日にしたい、こういう思いでございます。
このような観点から、昭和を代表する日である、天皇誕生日として広く国民に親しまれてきましたこの四月二十九日を昭和の日として国民の祝日としたい、こういう思いで御提案申し上げている次第でございます。
○玉置委員 祝日法の中に、日本の国民が「こぞつて祝い、感謝し、又は記念する」ということが書かれておりますね。私は、やはり日本の歴史、伝統というのをよくかみしめながら、振り返りながら、次の時代に進んでいくということは非常に大事だと思うんですね。
今憲法論議も行われておりまして、その憲法論議の前文なりあるいは総則の中で国の歴史と伝統をどういう形で表現するかとか、いろいろな苦労をされている話を聞いております。私たちも、論議の中で再三出てくるわけです。その歴史を嫌う方もおられるわけですけれども、しかし、私たちからいくと、やはり日本は日本なりの歴史と伝統があります。また、それを守り発展させていくということは非常に大事なことだし、国民の責務だというふうに思っております。
そういう意味で、やはり我々にとって一番身近な昭和という日、これを何らかの形で十分、歴史をまずいろいろな角度から見ながら、そして次の世代にいろいろな歴史、伝統の重みを伝えていくということが大事だというふうに思うので、私はこの話が出たときにすぐ賛同したんですが、十七年かかりまして、ちょっと疲れてきたなという感じがするんですけれども、ぜひ、この際仕上げていただきたいというふうにまず希望を申し上げたいと思います。
それから、労働時間の短縮という形が、最近はちょっと景気後退の波で全体が逆にふやしていきたいなという国民の希望があるんですが、一時期、日本国民働き過ぎということがございまして、長勢先生一番御存じだと思いますが、一時期は年間二千四百時間を超える大変な労働時間、それが当たり前ぐらいでございました。どんどんと欧米並みにということで、目標は千八百時間ということで、それを基準にしようということになりました。
それと同時に、余暇をどうして過ごしていくのかという話がやはり出回ってまいりまして、その代表に見られますのは、一つは放送大学ですね。放送大学校というのは、これは生涯教育の一環として立ち上げられてきたんですが、これも二十五年ぐらいたちます。そして、何とか文化教室だとか、いろいろなカリキュラムを抱えた専門学校なり特殊教室というものが各所につくられるようになったということでございますし、また最近では、国土交通の方で、観光立国としてかなり力を入れていこうということでございます。
そこで、まず、国土交通省、きょう来ていただいていますが、観光立国、かけ声をうまくかけないと、愛知万博のように予定の三分の一しか人が見えなかったとかいうことになってしまうので、やはり、一つは、うまく誘い出して日本に来ていただく、あるいは国民を観光に駆り出していく、そして、それに合ういろいろなシステムをつくっていくということが大事だと思うんですが、レジャーの中のかなりウエートの高い観光について、国が、この休日をそれぞれどう活用しながら、どういうふうなことをねらってやられていくのかということをまずお伺いしたいと思います。
○鷲頭政府参考人 お答え申し上げます。
先生御指摘のとおり、国民が、祝日、休日などに、レジャー、観光を通じて余暇活動を楽しむことというのは非常に重要なことであると私ども考えておりまして、余暇活動を充実するということは、個人の活力を再生させるだけでなく、その後の勤労への活力や創造力を生み出す源泉となり、また新たな学習の機会を提供したり、家族のきずなを強める効果があるというふうに考えております。
昨年の十一月にまとめられました観光立国推進戦略会議報告書、これは官邸に置かれているものでございますが、その中におきましても、「国民が健康を維持し、創造力を貯え、家族の絆を強めるなど社会の発展を支えていくためには、休暇を通じた観光活動がすべての国民にとって必要である。」こう記述されておりまして、国民の観光促進の重要性について認識をされているところでございます。
今、祝休日の有効活用に関しまして、私ども国土交通省としましても、各省と連携をしまして、産業界への働きかけなどをいろいろしておりますが、ことしの三月に実施いたしました「家族の旅文化」を考えるフォーラムの開催など、国民の観光促進のための啓発活動というのを一方で行っております。
それからまた、今年度予算で創設されました、地方の観光地づくりを支援する観光ルネサンス事業というのがございまして、そこにおきましても、例えば滞在型の観光地づくりとか、いろいろな体験ができる観光地づくりなどの計画について、今後積極的に支援をしてまいりたいというふうに考えております。
今後とも、国民が祝休日を活用して人生を楽しむことができるように、魅力的な観光地の整備とか多様な観光プログラムの提供に努めてまいりたいと考えております。
○玉置委員 ある程度、レジャーとか観光をリードしていく人材を育てて、あるいはセンターをつくって活用していかないと、なかなか、さあ、行きなさいとかいっても、まあ、旅行業者さんがかなりしっかりしておられますからいいんですけれども、しかし、家族全体で行くとかなり費用も高くなるわけですね。
だから、ある意味で、こういう家族に対してはどういうことがいいんじゃないかとかいう、いろいろなサンプルをたくさんつくっていただいて、それを選択できるようにとか、あるいは、ある時期に、例えば五月の連休に集中する。私、地元は京都でございますが、五月の連休にメーンの道路を車で移動するのはとても無理なので、メーン道路を通らないでジグザグに走るんですけれども、最後はやはり道路網とか、それからパーク・アンド・ライドとか、いろいろな手法があると思うんですね。そういうふうに、ほかの制度もあわせて、やはり動きやすく、また安く。
それから、先ほどおっしゃった滞在型というのは、日本人には不向きなんですよね。なかなか、一カ所にじっと我慢して一週間もいるという方、ほとんどおられない。しかし、外国の方は、じっとしてお金も使わず、結構楽しんでおられるということで、その辺の違いもあると思うんですよね。ですから、やはり滞在型なら滞在型に合うような観光地をつくっていただくということが大事かと思うので、ぜひまた頑張っていただきたいというふうに思います。
それから、今の千八百時間の年間労働時間の中に有給休暇が二十日間含まれているんですね。きょう、厚生労働省は来ていただいていないと思いますが、本当はそこを聞きたかったんですね。
長勢先生が一番得意なところでございますので、長勢先生にちょっとお伺いしたいんですが、年間三百六十五日のうちの二十日間が有給休暇だということで、これを活用しないと千八百時間にならないんですよね、ならない。そして、なおかつ、八時間、時間がオーバーするんです。ということは、二十日間とっても、休日を一日ふやさなきゃ千八百時間にならない。
それから、例えば中小零細企業で年休とりましたかというと、ほとんどとっていない。むしろ、休出の方が多いんですね。休暇、有給休暇じゃなくて休出残業の方が多いというのが実態でございます。
そういう面からいくと、もうちょっとそういう面での祝日を決めていくのも大事なんですよね。要するに、公に休めるという、中小企業にとっては非常に大きなことなんです。ただ、営業活動というか、稼働日数が減るという部分を、時間でやられているところは大変だと思います。しかし、従業員の方にとりましては、強制的に休めるのはこの祝日、休日だと思うんですよね。だから、これをやはりふやしていくことも、まだまだ二十日間の有給の休みをとれない実態に即して考えていくと、非常に大事なことと思います。
突然ですが、内閣府の、政府の方も来ていただいていると思いますが、長勢先生にまず御意見を伺って、それから政府の方もちょっと聞きたいと思います。
○長勢議員 ゆとりあるといいますか、生活がきちんとできるような労働時間体制というものを確立していくということは大変大事なことでございますから、本日までずっと、今先生御指摘のような時間対策を講じてきた次第でございますけれども、大分時代も変わりましたし、働き方も変わったということで、この辺をどうしていくかということがこれからの課題になっておると思います。
有給休暇等の実態は、おっしゃるとおりでございますが、ぜひこれは、労働者の権利としても十分に活用できるような諸般の体制をさらに強化していく必要があると思います。
ただ、祝日につきましては、日本の国は、御案内のとおり、列国に比べても祝日というものは多いというのが実態でございますので、この法案を提出いたしましたときも、祝日をふやすという趣旨ではなくて、我々としては、申し上げましたような、昭和の日をぜひ国民の記念する日としてつくりたいという趣旨で提案申し上げた次第でございます。
労働時間法制については、さらに皆さんと一緒に議論していきたいと思っております。
○中藤政府参考人 お答えします。
まず、年間千八百時間等につきましては、私ども、厚労省の方から伺っておるところ、労働政策審議会等の建議を踏まえまして、本年三月四日に労働時間等の設定の改善に関する特別措置法を閣議決定されまして、今後国会等で御議論いただくということになっております。
それを踏まえまして、いわゆる中小企業の方のための環境づくりと申しますか、さらには千八百時間ということで休日をふやすかということでございますが、この点に関しましては、先ほど委員御指摘のように、祝日につきましては、「国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日」と定められておりまして、それにつきましては、まさに国権の最高機関でありますこの国会で御議論、御判断、御決定をいただくべき事項であると考えております。
○玉置委員 諸外国を見ると、一番多いのは独立記念日だとか感謝祭とかいうふうな名前、キリスト教的な思想に基づいた休みというのが多いわけですね。結構、有名人を記念して休むというのもあるみたいでございまして、もっと幅広く、いろいろな面でいろいろな評価ができる休みをぜひつくっていただきたい、こういうふうに思います。
先ほどの生涯教育なんですけれども、一時期に比べて本当に生涯教育の場所がふえてきたというふうに思いますが、休日との関係というよりも、日常の時間短縮そのものもそうですし、それから主婦の社会参加とかボランティア活動の予備的知識とかいろいろな分野があると思うんですが、生涯教育とこれからの休みの関係とか、それから文部科学省としてもっと先に進んでどういうことを考えておられるのか、ちょっとそういうところがわかればお話をいただきたいと思います。
○藤田政府参考人 生涯学習の振興につきましては、一つは、社会経済の目まぐるしい変化に対応するために学習者自身がみずからのキャリアの向上を図るというふうな意味で意味がありますとともに、心の豊かさや生きがいにつながるというような効果も期待されるわけでございます。
そういう意味で、委員御指摘のような生活のリフレッシュであるとか、また学習者の自己実現、それから高齢者の社会参加、また女性の社会参加につながるような活動の促進などという観点からも非常に意義あることではないかと思っております。
こうした観点のもとで、文部科学省におきましては、先ほど委員が御指摘くださいました放送大学の振興、それから大学等への社会人の受け入れの拡大、さらには地域の生涯学習、社会教育の核となります公民館でございますとか図書館などにおきます活動の活性化などを通じまして、多様な学習機会の充実に努めているところでございます。
例えば、放送大学につきましては、もう委員十分御承知かと思いますけれども、休日、祝日にかかわらず、朝早くから深夜まで、文化、教養、福祉、教育などさまざまな講座が放送を通じて提供されておりまして、十六年度の実績では約十万人が受講されているというところでございますし、また、大学におきます一般市民を対象といたします公開講座につきましても、平成十四年度の数字でございますけれども、全国の国公私立大学の約九四%、六百四十四大学におきまして約一万九千の講座が開設をされているというところで、年々これも拡大をしてきているところでございます。
さらにまた、新年度予算におきましては、地域の教育力を再生しようということで、例えば、地域におきまして大人と子供とが交流を行って、伝統文化でございますとかスポーツなどを楽しむ、子どもの居場所づくりと呼んでございますが、そういった活動や、また、地域住民がだれでもいつでもスポーツに親しむことができる環境を整備しようという総合型地域スポーツクラブの育成、さらには、地域でのボランティア活動を支援するための経費などを盛り込んでいるところでございます。
こういった施策を通じまして、今後とも生涯学習の振興に努力させていただきたいと思っております。よろしくお願いいたします。
○玉置委員 私たちがこの時間短縮の余暇をいかに活用していくかというのは、時間短縮を進める上で非常に、当時は使い方についていろいろ研究をされてきた、その実態も見てきているわけでございますが、やはり今いろいろな企業活動の中で、あるいは仕事を一生懸命やられている方が強制的にとられているのは、リフレッシュ休暇というのがあります。
これは、特に管理職を含めて、ストレスがたまってくる、これを解消させる、労務対策の一つという形なんですけれども、結構長い期間を休めるということがあります。片方では、長く休むと次に戻るところがないのではないかという心配をされて、最初余りとらなかったみたいなんですけれども、最近はちゃんと決められた期間をとって、またちゃんと復活して仕事されているということで、安定してリフレッシュ休暇をとるような時代になったなというふうに思うんです。
実際に、また、ある時期に仕事が集中して、ある時期は非常に閑散とした仕事量だというようなことがあると、今、休日は大体月に一回か二回ぐらいをうまく活用していくために当てはめていくような割り振りになっていますけれども、確かにそういう利便性というのはあるんですが、経済活動からいくと、余り集中したらちょっと仕事が停滞してしまうのではないかという心配もあるわけですね。ですから、なるべく休みのないときにまた休日をつくっていただきたいな、こういうふうに思うんです。
私たちから見ると、実際に、国民の休日というのは、確かに、その意義を十分感謝しながら、振り返りながら、次の行動あるいは物を考えていくということだと思うんですが、健康という面から見て、あるタクトで、順番に休日が回ってくるというのも一つの方法かなというふうに思いますが、いかがでございましょうか。
○冬柴議員 国民の健康あるいは労働との休日の関係、玉置先生のを拝聴いたしておりましたが、国民の休日が日曜日に当たるときにはその次の日を休日にする、そういうことで事実上休日は大変多くなっていると思いますし、それから、例えば成人の日とか敬老の日とか海の日とか、そういうものを月曜日に設定するという工夫がなされまして、連休にするということは、先ほど来おっしゃっておられました、国民が休みをとってどこかへ旅行しようとか、そういうことにインセンティブを与える、そういう意味では非常に有益だと思います。
そういうことで、この国民の祝日に関する法律も随分変遷を重ねてきて、休日が多くなったな、今回も休日と休日の間に日が挟まったらそれを休日にするというような新しい試みをされております。これは、発言者の玉置さんのおっしゃっているような方向に向けて国民の休日というものは考えられていると私は考えております。
○玉置委員 終わります。ありがとうございました。
○松下委員長 次に、吉井英勝君。
○吉井委員 日本共産党の吉井英勝です。
この法案は既に二回廃案になっていますが、最初に法案を提出されてから五年たっているんですね。法案が通らなくても、国民的な問題が起きているわけでもないし、別段困る問題が起こっているわけでもありません。つまり、この法案は成立しなくても国民は何も困らないんですが、このことは、法案を推進しているのが国民的規模なのではなくて、一部の特定団体が推進していらっしゃるということを示していると思うんです。
そこで、二回廃案になったのになぜまたこれを出して通そうとお考えなのか、これを最初に伺います。
○長勢議員 若干誤解がおありなのではないかと思いますが、前回の審議におきましても御説明申し上げましたけれども、特定の団体とおっしゃいますけれども、相当広範な方々で国民運動が進められてまいりました。また、国会におきましても、当初提案いたしましたときには、衆議院、参議院それぞれにおいても、また全体においても、国会議員の過半数の方々がこの議員連盟に参加をしていただいて、この法案を提案しようということで運動を進めてきた次第であります。
したがいまして、いかにも一部の方々だけが言っておるというのは先生の誤解であると思いますし、昨今、あの法案はどうなったというお問い合わせもたくさん聞いておるわけでございまして、我々としては、相当広範な方々がこの昭和の日というものを大事にする記念日をつくるべきだという意見であるというふうに理解をいたしております。
二回廃案になったことは事実でございますが、平成十二年、参議院で通過をしました。また、平成十五年には当委員会で可決をしていただきました。廃案になりましたのは、国会の御案内のとおりのいろいろな過程の中で、この法案の内容とかかわりない形の中で廃案になったという経過でございますので、むしろ逆に、衆参ともそれぞれ可決された法案でございますから、我々としては、御理解をいただいておる、ぜひこれを成立させたい、こういう思いでありますので、本日御審議いただいておることを感謝申し上げますとともに、早急に成立に御理解を賜りますようにお願いを申し上げます。
○吉井委員 廃案になったのが政局絡みというお考えなんでしょうけれども、しかし、与党の皆さんからすると、重要法案という場合は、我々野党からしますとかなり無理押しでやっても、ちゃんとそういうときに通していらっしゃるわけですね。
だから、国民生活に何らかかわりなく、国民の間から特に要望が強く出ているというものでもない、確かに一部の推進議員連盟の方たちの意見はありますが。だから、国民の祝日と言うのならば、国民的な合意や形成がとりわけ重視されるべきだというふうに思うんですね。この点はどうお考えですか。
○長勢議員 この法律がなければ権利義務がどうなるとかあるいは予算がどうなるとかという意味において緊急性に欠けているというのはそのとおりでございますが、そういう法案はたくさんあるわけでございまして、だからといって、国民の皆さんが、大した法案でない、あるいは与党がそう思っておるというのは全くの誤解だろうと思います。
我々としては、日本のこれからの将来を考える大事な日をつくることは早急に行うべきであると思っておる次第であります。
○吉井委員 それでは、国民の祝日を決める選定基準、これについてはどうお考えですか。
○長勢議員 国民の祝日を決める選定基準につきましては、昭和二十三年、衆参両院の文化委員会においてそれぞれ議論されておりまして、そこでは、新憲法の精神に即応し、平和日本、文化日本建設に生かすつもりであることとか、あるいは新憲法の精神にのっとることなどと定められたものと承知をいたしておりますし、これが最も重要な点であると考えております。
○吉井委員 ちょうどその委員会で提案された小川半次さんという方が、私の京都の家から二、三百メートルぐらい南へ下ったところの方で、昔から、子供のときからよく知っている方なんですが、今おっしゃったように、新憲法の趣旨に沿うべきことだ、国民大衆を挙げて容易に納得し、参加し得べきものということにありましたと、基準は明確なんですね。
今もおっしゃったように、その立場でとお考えなんですが、祝日法第一条で「国民こぞつて祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これを「国民の祝日」と名づける。」と規定しています。
昭和の日と変えて、何を国民こぞって祝い、感謝し、記念しようとするのか。ここのところ、どうお考えですか。
○長勢議員 前国会でもその点、どなたかから御質問ございましたが、祝日は、祝う場合、また感謝する日あるいは記念する日というふうに解釈をされておるわけでございまして、昭和の日は、先ほど御説明いたしましたように、激動の時代を顧みて、これからの日本の進むべき姿について指針を酌み取る、こういう記念をする日だというふうに考えております。
○吉井委員 要するに、昭和をしのぶ日、記念する日というお話ですが、これは昭和天皇をしのぶ日ということではないんですか。
○冬柴議員 昭和という時代、六十三年続きましたけれども、二千年を超える我が国の悠久の歴史から顧みましても、大変な大激動の時代であったと思います。
戦争そして敗戦、破壊の中から復興、そして繁栄、そして世界でも第二位の経済的大国を築いた。これは、一貫して見られるのは、平和ということが、平和があったからそういうふうになるわけでありまして、私どもは、それぞれの心の中においてこのような激動した昭和というものを顧みて、国民が顧みて、そしてそれを将来の指針にしていこうという趣旨でありまして、昭和天皇をしのぶとかそういう趣旨じゃないことは、その説明、この昭和の日の由来、そこに書かれている文言から見ましても、そうは読み取れないのではないか、私はそのように思います。
○吉井委員 二千年の悠久の歴史という点からいきますと、私はもっと長いスタンスで歴史は見た方がいいと思っていまして、例えば上野原遺跡からだけでも一万年ですからね。もっと、歴史というのは、そういう長い目で見る方がいいと思っています。
「昭和の日」推進議員連盟の推進母体である「昭和の日」推進国民ネットワークは、ホームページでこのように書いていますね。呼びかけています。「四月二十九日にふさわしい祝日にしたい」として、「この日は、昭和天皇のお誕生日です。国民の心に、昭和天皇のお人柄をしたい、激動の昭和を忘れがたい気持ちがつよくあったために、祝日として残されました。ですから、昭和への思いを記念する祝日名と趣旨にあらためるのがもっともふさわしく、自然です。」これを見ると、昭和天皇の誕生日が先にありきということで、それは昭和天皇を慕うというものであって、昭和の時代というのはつけ足しということになってくるんじゃありませんか。
○冬柴議員 それはそうは読めないと思います。そういうふうに思う人もいるかもわかりません。しかし、天皇というのは、日本国憲法第一条でも、天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、その地位は、主権の存する国民の総意に基づく、このように第一条で憲法上うたわれているわけでありますから、天皇を慕う国民がいて、それが悪いということは絶対に言えないと私は思います。また、そうでない人もあっていいと思います。
しかしながら、昭和の日というのは、昭和を一番象徴するのは、六十三年それに在位された昭和天皇、そしてまた、戦後も天皇誕生日として四月二十九日は国民に親しまれて、長くここまで来たわけであります。したがいまして、昭和の日としてどの日がふさわしいかといえば、四月二十九日がふさわしい、そう考えるのが普通であろうと思います。決して、そうであるから天皇をしのぶ日であるということは言えないと私は思います。
○吉井委員 実は、この「昭和の日」推進国民ネットワークのホームページでは、みどりの日について正直に語っているんですね。「今のままで世代の交代がすすめば、この祝日の由来は忘れ去られてしまうでしょう。」それは、昭和天皇の誕生日が忘れられるということです。ですから、昭和天皇の誕生日が忘れられないようにするために昭和の日にしようというんじゃありませんか。
○長勢議員 ネットワークのホームページは私は存じ上げませんが、今冬柴先生から御答弁があったとおり我々としては考えておるわけでございます。
みどりの日につきましても、天皇誕生日を祝日として残すときにみどりの日になったという経過があることは事実でございますが、我々としては、昭和の日をつくるべきである、その際には、今冬柴先生から御答弁のあったように、四月二十九日が最もふさわしい。また一方で、みどりの日も祝日として残すことが適切であると思っておりまして、これを五月四日に、現在は法定休日でございますので、そこに祝日として移っていただくということでこの御提案を申し上げておるところでありますから、ひとつ誤解のないようにお願いをいたしたいと思います。
○吉井委員 「昭和の日」推進ネットが九八年十月に発足し、議員連盟は同年の四月の発足ですが、同ネットはホームページで、推進議連に、「国会への働きかけを通じて、「昭和の日」実現に取り組んでおります。」と書いておりまして、これは、両者相まって、こういう推進ネットの皆さんの思いで進めていらっしゃるということはここに読み取ることができると思います。
次に、私は、昭和というものについて、やはりどう認識するかということがかかわってくると思うんです。
昭和二十年、一九四五年八月までの昭和前半の日本、この日本は、中国、朝鮮を初めアジア諸国への侵略戦争と植民地支配を行ってきた時代です。従軍慰安婦、陸軍七三一部隊の人体実験、南京大虐殺など、残虐非道の行為や戦争によって二千万のアジアの人々の命を奪ってきました。これは、明治憲法体制下で国の全統治権を総攬する昭和天皇のもとで進められたことでありました。
同時に、日本の国内でも、侵略戦争に反対した人々、自由と民主主義を主張した人々が、国体護持、つまり明治憲法で定められた絶対主義的天皇制を守るためとしてつくられた治安維持法などによって、残虐非道な拷問、迫害、殺りくによって命を奪われました。
治安維持法をさらに改悪しようという法案に反対する代議士がおりましたが、その代議士には国会質問をやめろと内務大臣などが脅迫を行ったり、質問原稿を書いているときに送り込まれた刺客の手で暗殺されたということまでありました。その犠牲者が、私と同じ京都の、郷土の大先輩であります、戦前の労農党の山本宣治代議士でした。
国民の民主主義を抑圧した暗黒時代というのは、国民の三百十万人の犠牲を出して終戦となりました。昭和にはそういう歴史が刻まれているということは、もちろん提案者は御存じのことと思いますが、伺っておきます。
○長勢議員 先生の御指摘のような理解でおられる方もたくさんおられる、まあ、それなりにおられるんだろうと思いますが、我々はその時代をそういうふうに認定するとかしないとかということをここで提案しておるわけではありませんで、いろいろな思い、いろいろな考え方、いろいろな理解があると思いますが、いずれにしても、日本が戦争に至り、そして悲惨な敗戦ということを経過した、そしてそれを越えてここまで復興してきたということは、大変な激動の時代でありました。
このことを、これからの時代に、同じようなことにこれからも我々は遭遇することを想定しなきゃなりません。この教訓を指針として学び取る、このことがこれからの日本にとって大事なことである、それを記念する日をつくるというのが我々の趣旨でありますので、よろしくお願いします。
○吉井委員 いろいろな説を唱える人がいるとかいないとか、そういう話じゃないんですね。実際、これは二〇〇〇年五月九日の参議院でこの法案審議をされたときに、参考人の方たちの意見開陳の中にも出ておりますが、だれがどう言った、こう言ったということだけじゃなしに、昭和には、私が先ほど申し上げましたような歴史が刻まれているという、このことについて提案者は認識していらっしゃるかどうか、このことを伺っておきます。
○長勢議員 戦争に至る経過について、いろいろな事実があったことは承知をいたしておりますが、先生のお話は、それについての独自の先生の御見解を含めた話でございますので、それを承知しているかどうかと言われましても、事実としていろいろなことがあったことは承知をしております。
○吉井委員 だから、事実は認識しているというお話です。私の見解ということを今言っているわけじゃなしに、侵略戦争や植民地支配というのはかつては政府の方も認めたわけでありますし、そしてその中には、陸軍七三一部隊の人体実験の問題とか、これは事実の問題としてあるので、私が解釈を今言っているわけじゃありません。そして、労農党代議士の山本宣治代議士が暗殺されたというのも、これは事実なんですね。事実の問題を申し上げているわけです。
昭和の時代というのは、一九四六年の日本国憲法制定を境に、天皇主権の国から国民主権の国に変わりました。議会制民主主義が確立され、国の名前も大日本帝国から日本国に変わりました。戦前の侵略戦争と暗黒政治の反省に立って、国民主権、平和、民主主義の原則に立った現憲法が制定されました。
昭和の時代というのは、戦前と戦後で全然国の体制も何も違うんですね。戦前、昭和天皇は、国の全統治権を握る政治体制のもとで侵略戦争を進め、国の内外に未曾有の惨禍をもたらした最高責任者でした。そういう天皇誕生日を国民こぞって祝い、感謝し、記念するということは、これは憲法原則からも重大であります。
また、祝日法で先ほどお話しされた選定基準、新憲法の趣旨に沿うべきことというこの基準に照らしてみても、これは逸脱してくるんじゃありませんか。
○冬柴議員 新憲法は天皇を否定していないということは、先ほど私が憲法第一条を申し上げたところではっきりしているわけであります。
いずれにいたしましても、我々が昭和の日というものを国民の祝日に入れようという趣旨は、そのようないろいろな思い入れがあります。戦後の若い人たちはまた違う思いを持っているでしょう。オリンピックあるいは大阪万博、あるいは、今行われているのは平成ですけれども、そのようないろいろなものを刻んだ、また、戦争を思い起こし、ああいうことは今後一切してはならないという思いを持つ人もあるでしょう。そういう思いを思い起こす契機として、その一日、国民がこぞって昭和というものを顧みて、そして今後の日本の国はどうあるべきかということを考える日としたいという趣旨でありまして、戦争を称揚したり賛美したり、天皇をどうこうする、そういう狭い趣旨でやっていない、そういう提案をしているものではないということを申し上げておきたいと思います。
○吉井委員 ですから、昭和の時代というのは、戦前と戦後、全く違うものとして考えなきゃいけないわけです。
それで、戦前の昭和について、いろいろな思いがあるわけですから、それを祝い、感謝し、記念するということについては、それはそう簡単にいく話ではないわけで、やはり昭和の後半は国民主権の国ですし、祝日法というのは新憲法の趣旨に沿うべきことという選定基準を定めておりますので、その立場に立って考えるならば、こういう日は法定化すべきでないと思いますが、祝日法の理念についていろいろ過去に議論がありました。
例えば、みどりの日の制定経過について伺っておきたいんですが、昭和天皇が亡くなった後、四月二十九日を残すために、有識者から意見を聞いて、内閣提出の祝日法改正案が四月二十九日をみどりの日としたわけですね。有識者の中には、昭和の日という意見もあったわけですよ。しかし、政府としては、昭和の日という意見が仮に多数であったとしても、祝日法の建前からは、昭和天皇の誕生日を昭和の日として祝日にする法案は祝日法の趣旨から提出できなかったという、これがこの経過ではありませんか。
○長勢議員 この昭和の日は、お祝いをするとか感謝をするとかということよりは、記念をする日ということで御提案を申し上げておりますので、若干、先生、お祝いをするんだから、先生の歴史観からして昭和の前段をお祝いするのはおかしいという御主張のようでございますが、そういうふうに理解をされないようにひとつお願いをいたします。
それから、みどりの日につきましては、天皇誕生日であった日を祝日として残すということで議論があったと聞いておりますが、その際、昭和の日という案もあったやに聞いております。しかし、それが今先生おっしゃるような趣旨で外されたということではなくて、みどりの日の、今書かれております、自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ日をつくるべきだという考え方で、政府としてはその案に落ちついたというふうに理解をしております。
○吉井委員 これは要するに、祝日法の趣旨からして政府として出せるような法案ではなかったわけなんですよ。だから、みどりの日となっているわけです。もし政府として出せるようなものであれば、議員立法じゃなくて政府提案となるものなんです。
一九四八年七月三日に参議院議長あてに提出した参議院文化委員長の祝祭日の改正に関する調査報告書、これでは、これまでの祝祭日は宮廷中心の祝祭日であった、しかし今日では新憲法が公布され、主権が国民の手に移った以上、祝祭日もまた国民の祝祭日でなければならない、これは最も重要なことであるというふうに述べています。
こういう考え方に立った新憲法の趣旨に沿って、明治天皇の誕生日であった明治節、これは廃止したのではないんですか。一八八三年、明治六年の太政官布告には、孝明天皇祭とか神武天皇祭とか、天長節とあわせてあったわけですね。しかし、それは復活しない。それはやはり、こういう立場からやったのではないでしょうか。明治節が戦後排除された理由は一体何なのか、伺っておきたいと思います。
○長勢議員 昭和二十三年でございますか、当時、新しい憲法のもとで新たな意義づけを持った祝日をつくられたという経過の中で、明治節も文化の日に変わったものと思っております。
この昭和の日は、決して昭和天皇をしのぶという日ではありません。最前来申し上げておりますとおり、昭和の時代をみんなで顧みて、そしてこれからの将来に思いをいたすための日でございますし、特に、今後日本が平和な、豊かな国としていくためにはどうするかということをみんなでこの激動の時代を思い起こして考えていこうという、まさに新憲法の趣旨に沿ったものと思っております。
○吉井委員 明治節は排除したんですよね。それは、新憲法の趣旨に合わないということで文化の日としているんです。
今はみどりの日なんです。それを逆に昭和の日と、昭和天皇の誕生日を昭和の日にしようとしているんですから、これは全く話がおかしいものです。
当時、みどりの日の問題を担当した内閣の的場内政審議室長の国会答弁では、「昭和の日というふうに明言するようにという御意見もございました。けれども、例えば、明治天皇のお誕生日であったのは十一月でございますけれども現在は文化の日になっている等々の祝日法の建前から考えまして、」ときちんと言っているんですね。
ですから、もともとこの孝明天皇祭とか神武天皇祭とか、そういうものは皆、戦後の祝祭日の中では排除されているわけですよ。当時の小渕官房長官も、同じ趣旨の答弁を八九年二月十四日の参議院内閣委員会で言っておられます。政府が言う祝日法の建前というのは、明治天皇の誕生日であった明治節などが皇室中心の祝祭日であったために、新憲法の精神から明治節が排除されたように、昭和の日としては設けることができなかった、これがあのときの議論だと思うんですが、どうなんですか。
○長勢議員 再三御答弁申し上げておりますように、四月二十九日は広く天皇誕生日として昭和を象徴する日として親しまれておるという趣旨で、四月二十九日を昭和の日とすることが適当であるということで御提案申し上げておるわけでございまして、先生の御議論のように、あたかも昭和天皇を記念する日をつくるんだというふうに御理解いただくのは迷惑でございます。
○吉井委員 いや、迷惑とかそういう話じゃなくて、もともと四月二十九日は昭和天皇の誕生日だというのは皆知っているわけですよ。それがあるから、今の新しい世代の人はそれも知らない人は多いんでしょうけれども、我々戦前に生まれて育った人間はよく知っているわけですよ。そういう四月二十九日は、だから昭和の日とはしないで、ちょうど明治節を、誕生日を文化の日としたように、みどりの日としているわけです。それをわざわざ昭和の日と変えるわけですよ。
昭和の時代を国民こぞって祝い、感謝し、記念するとしても、昭和の時代に対する国民の認識は、これは一様じゃありません。それはよかったと思う人も、いろいろな方、当たり前だと私も思うんですね。
例えば「日本人の中の昭和」という世論調査、これはNHK文化調査研究所が八九年にやったものですが、戦前戦中の時代のイメージは、貧しい、戦い、自由のない時代というのが多いんですね、圧倒的に。終戦から一九六〇年までは、貧しい、混乱、希望の持てる時代という。昭和の三大事件である太平洋戦争、原爆投下、戦後というのを挙げられるわけですね。
だから、昭和について国民の意識は多様なんですよ。別段、四月二十九日でなくても、十二月八日の太平洋戦争の開戦の日であっても、八月六日や九日の原爆投下の日であっても、八月十五日の終戦の日であっても、これはそれぞれに昭和を象徴する日であって、だから、多様な国民の認識を昭和天皇の誕生日は昭和を象徴する日と法律で決めること自体に、やはり無理があるというふうに考えなきゃならないんじゃないかと思うんですよ。
昭和をしのぶというのに昭和天皇の誕生日でなければならないということにはなりませんし、昭和に対する国民の思いはそれぞれなんですね。さらにあと十年、二十年したら、恐らく、戦後派生まれの人でもずっと後の方の人ですね、平成の人になればなおですが、若い世代の皆さんから、昔、明治は遠くなりにけりという言葉がありましたが、昭和も明治も遠い話になってしまうんですね。
何が何でも天皇の誕生日を祝日にする立場だと、逆に言えば、今度は天皇の数だけ祝日にしないといけないということになってきます。さっき言いました孝明天皇祭、神武天皇祭があったように、継体の日があれば、聖徳太子の日があってもいいかもしれないというふうに、幾らでも、際限なく出てくるんですよ。
だから、もともと、昭和の日として国民こぞって祝い、感謝し、記念するということを求めること自体がやはり無理がある、そのように考えませんか。
○長勢議員 先ほど口が滑りまして、迷惑であると申し上げましたが、御無礼をいたしました。訂正をさせていただきます。先生と意見を異にするという趣旨でございますので、よろしくお願いします。
今のお話でございますが、昭和の時代については、それぞれの方々がいろいろな思いがあることは事実であろうと思います。それらを含めて、全体としての昭和を象徴するといいますか、わかりやすい日というのは、やはり広く親しまれてきた四月二十九日であろうということが我々の考え方でございまして、このことをぜひ御理解いただきたいと思います。
○吉井委員 我々の考え方ということで、そういうお考えの方の思いだということは今御答弁になられましたが、それでもって国民的にこれを祝日とすることについては、これはやはり無理な話で、私は、将来長く実施されるものであり、国民生活や感情と密接に結びつくものであるだけに、慎重な審議というものが必要なのであって、きょうの一時間ぐらいでこれを上げるというのは、これはとんでもないということを申し上げて、質問を終わります。
○松下委員長 これにて本案に対する質疑は終局いたしました。
―――――――――――――
○松下委員長 この際、本案に対し、山本拓君外一名から、自由民主党及び公明党提案による修正案が提出されております。
提出者から趣旨の説明を求めます。山本拓君。
―――――――――――――
国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案に対する修正案
〔本号末尾に掲載〕
―――――――――――――
○山本(拓)委員 ただいま議題となりました国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案に対する修正案につきまして、提出者を代表いたしまして、その趣旨を御説明申し上げます。
本法律案は、第百五十九回国会に提出され、継続審査となっていたものであり、提出から相当の期間が経過しております。国民各層に対する十分な周知期間を確保するため、原案において「平成十八年一月一日」と定めております施行期日を「平成十九年一月一日」に改めるものであります。
以上が、修正案の趣旨であります。
何とぞ委員各位の御賛同をお願いいたします。
○松下委員長 これにて修正案の趣旨の説明は終わりました。
―――――――――――――
○松下委員長 これより原案及び修正案を一括して討論に入ります。
討論の申し出がありますので、これを許します。吉井英勝君。
○吉井委員 私は、日本共産党を代表して、国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案に反対する討論を行います。
反対の第一の理由は、さきの天皇の誕生日を昭和の日として国民の祝日とすることは、戦前の侵略戦争と暗黒政治の反省に立って打ち立てられた憲法の国民主権、平和、民主主義の原則を踏みにじるものだからであります。
提案理由では、昭和というこの時代を象徴する四月二十九日を、昭和を記念する昭和の日とするとしています。
しかし、さきの天皇は、みずからが国の全統治権を握る政治体制のもとで侵略戦争を推し進め、国の内外に未曾有の惨禍をもたらした最高責任者であります。この最高責任者の誕生日を国民こぞって祝い、感謝し、記念する国民の祝日とすることは、憲法の平和的、民主的原則を踏みにじるものであります。
反対の第二の理由は、新憲法のもとで定められた祝日法の理念に真っ向から反するものだからであります。
戦前、天皇は神聖にして侵すべからずとした体制のもと、祝祭日は、宮中行事、国家神道に結びついたものでした。戦後、新憲法が制定され、主権は国民に移り、祝祭日も宮中中心から国民の祝日と変わりました。
さきの天皇の誕生日を昭和の日とすることは、こうした祝日法の理念と歴史の流れに逆行するだけでなく、この時代に対する国民の多様な認識を無視し、国民が容易に納得し参加できる日という祝日の選定基準にも反する愚行と言わなければなりません。
反対の第三の理由は、国民の祝日は、国民生活や国民感情と密接につながり、将来長く実施されるものであり、慎重な法案審議が行われるべきものでありますが、その審議は極めて不十分だからであります。
参考人の意見聴取も行わず、わずか一時間の審議で採決を強行することは、国民の祝日という事柄からしても、また国会審議の形骸化を一層深めてしまうという点から見ても、極めて遺憾な事態であるということを指摘して、反対討論を終わります。
○松下委員長 これにて討論は終局いたしました。
―――――――――――――
○松下委員長 これより採決に入ります。
第百五十九回国会、保利耕輔君外四名提出、国民の祝日に関する法律の一部を改正する法律案及びこれに対する修正案について採決いたします。
まず、山本拓君外一名提出の修正案について採決いたします。
本修正案に賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
○松下委員長 起立多数。よって、本修正案は可決いたしました。
次に、ただいま可決いたしました修正部分を除く原案について採決いたします。
これに賛成の諸君の起立を求めます。
〔賛成者起立〕
○松下委員長 起立多数。よって、本案は修正議決すべきものと決しました。
お諮りいたします。
ただいま議決いたしました本案に関する委員会報告書の作成につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○松下委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
―――――――――――――
〔報告書は附録に掲載〕
――――◇―――――
○松下委員長 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
第百五十九回国会、小坂憲次君外五名提出、食育基本法案審査のため、参考人の出席を求め、意見を聴取することとし、その日時、人選等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ありませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
○松下委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
次回は、来る六日水曜日午前八時五十分理事会、午前九時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
午前十時七分散会