衆議院

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第11号 平成17年7月1日(金曜日)

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平成十七年七月一日(金曜日)

    午前十時四分開議

 出席委員

   委員長 赤松 広隆君

   理事 谷本 龍哉君 理事 中谷  元君

   理事 原田 義昭君 理事 渡辺 博道君

   理事 大谷 信盛君 理事 首藤 信彦君

   理事 増子 輝彦君 理事 丸谷 佳織君

      宇野  治君    植竹 繁雄君

      小野寺五典君    岡本 芳郎君

      高村 正彦君    土屋 品子君

      西銘恒三郎君    葉梨 康弘君

      早川 忠孝君    古川 禎久君

      三ッ矢憲生君    宮下 一郎君

      鈴木 克昌君    田中眞紀子君

      武正 公一君    永田 寿康君

      藤村  修君    古本伸一郎君

      松原  仁君    赤羽 一嘉君

      赤嶺 政賢君    東門美津子君

    …………………………………

   外務大臣         町村 信孝君

   防衛庁副長官       今津  寛君

   外務副大臣        逢沢 一郎君

   外務大臣政務官      小野寺五典君

   厚生労働大臣政務官    藤井 基之君

   政府参考人

   (内閣府政策統括官)   武田 宗高君

   政府参考人

   (警察庁刑事局長)    岡田  薫君

   政府参考人

   (防衛庁防衛局長)    飯原 一樹君

   政府参考人

   (防衛施設庁業務部長)  土屋 龍司君

   政府参考人

   (法務省刑事局長)    大林  宏君

   政府参考人

   (外務省大臣官房審議官) 鈴木 庸一君

   政府参考人

   (外務省大臣官房審議官) 長嶺 安政君

   政府参考人

   (外務省大臣官房広報文化交流部長)        近藤 誠一君

   政府参考人

   (外務省大臣官房国際社会協力部長)        神余 隆博君

   政府参考人

   (外務省北米局長)    河相 周夫君

   政府参考人

   (外務省経済協力局長)  佐藤 重和君

   政府参考人

   (財務省国際局長)    井戸 清人君

   政府参考人

   (厚生労働省労働基準局安全衛生部長)       小田 清一君

   政府参考人

   (厚生労働省労働基準局労災補償部長)       森山  寛君

   政府参考人

   (経済産業省製造産業局次長)           塚本  修君

   外務委員会専門員     原   聰君

    ―――――――――――――

委員の異動

七月一日

 辞任         補欠選任

  河井 克行君     古川 禎久君

  鈴木 淳司君     早川 忠孝君

  平沢 勝栄君     葉梨 康弘君

  鳩山由紀夫君     鈴木 克昌君

同日

 辞任         補欠選任

  葉梨 康弘君     平沢 勝栄君

  早川 忠孝君     岡本 芳郎君

  古川 禎久君     河井 克行君

  鈴木 克昌君     鳩山由紀夫君

同日

 辞任         補欠選任

  岡本 芳郎君     鈴木 淳司君

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 政府参考人出頭要求に関する件

 専門機関の特権及び免除に関する条約の附属書XVの締結について承認を求めるの件(条約第三号)(参議院送付)

 石綿の使用における安全に関する条約(第百六十二号)の締結について承認を求めるの件(条約第四号)(参議院送付)


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     ――――◇―――――

赤松委員長 これより会議を開きます。

 専門機関の特権及び免除に関する条約の附属書XVの締結について承認を求めるの件及び石綿の使用における安全に関する条約(第百六十二号)の締結について承認を求めるの件の両件を議題といたします。

 この際、お諮りいたします。

 両件審査のため、本日、政府参考人として外務省大臣官房審議官鈴木庸一君、外務省大臣官房審議官長嶺安政君、外務省大臣官房広報文化交流部長近藤誠一君、外務省大臣官房国際社会協力部長神余隆博君、外務省北米局長河相周夫君、外務省経済協力局長佐藤重和君、内閣府政策統括官武田宗高君、警察庁刑事局長岡田薫君、防衛庁防衛局長飯原一樹君、防衛施設庁業務部長土屋龍司君、法務省刑事局長大林宏君、財務省国際局長井戸清人君、厚生労働省労働基準局安全衛生部長小田清一君、厚生労働省労働基準局労災補償部長森山寛君、経済産業省製造産業局次長塚本修君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

赤松委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

赤松委員長 これより質疑に入ります。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大谷信盛君。

大谷委員 民主党、大谷信盛でございます。

 今ございました二つの条約について質問させていただき、残った時間で少しODAのことについて御質問させていただきたいというふうに思います。

 まず最初に、専門機関特権免除条約附属書XVについて簡単に質問をさせていただきます。

 これは、WIPOという知的財産をつかさどる国際機関が日本にやってくる、東京事務所を開設するという話があって、またそれに準じて国際機関にお勤めの方々が日本にこれから往来をするであろう。その方々にしっかりと国際機関で働く職員としての特権を与えようというものであり、ある意味、しっかりと、日本にこの知的財産権をつかさどる機関の方々がいっぱい入ってくるインフラができるというふうに理解をしております。

 このWIPOが今後アジアの中で、日本の、また世界の知的財産権をしっかりと守っていくような活動をしていく、そのために我が国としてはどんな支援を、またどんな構想を練ってこれから連携をしていくのかというようなことについて、まず最初にお示しいただけたらというふうに思っております。

町村国務大臣 大谷委員にお答えを申し上げます。

 WIPOの役割につきましては委員今御指摘のとおりでございまして、国際的にも知的財産権というものが大変重視される時代になってきておるわけでございます。そのWIPOの活動を通じまして、知的財産に関する国際的なルールづくりでありますとか、発展途上国の知財に関する研修でありますとか、あるいは特に近年、周辺国で模倣品とか海賊版の対策というものが重要になっておりますが、そうした議論を進めるというようなことが重要であろう、こう思っております。

 今御審議をいただいておりますこの附属書XVの締結によりまして、WIPOの活動が日本の国内でより一層充実したものになるという、そのための環境整備だという委員の御指摘、まさにそのとおりであろう、こう思います。

 もう少し具体的に言いますと、知的財産に関する国際的なルールや海賊版対策について、WIPOの職員、専門家及びWIPOが招集いたします国際会議参加者との意見交換の機会がふえていくであろうということ、あるいはアジア地域を中心とした途上国に対する協力をWIPOと連携してやっていける、さまざまな効果が期待できる、かように考えているところでございます。

大谷委員 具体的に教えてほしいんですけれども、今、例えば中国であり東南アジアであり、日本の知的財産、例えば音楽、またゲームといったようなものがたくさん出ているということで、中国にせよ、また別の国にせよ、国内の知的財産を守るための御努力はしていただいておりますし、日本も連携をしておりますけれども、さらに連携強化をしていこうということでどんな取り組みがあるのか。

 いわゆる共通の知的財産が必要なんだ、海賊版というようなものをなくしていこうじゃないかというバイの条約だとかマルチの条約だとか、そんな構想があってしかるべきだというふうに思いますし、知的財産戦略本部では、六月十日に、模倣品・海賊版拡散防止条約みたいなものを提唱していってはどうかというような案が出されております。

 それについて、具体的とはいっても、相手はだれにするかとか難しいのでございますけれども、何か構想があって、どのように外務省はこれと一緒に連携をしていくのかというようなことのお考えがあったらお聞かせいただきますようお願いいたします。

町村国務大臣 その御提言でしたか、私どもよく承知をいたしております。まだ具体の形に十分煮詰められていないので、今後議論をしていきたいと思っております。

 ちょうどグレンイーグルズ・サミット、G8、サミットもございます。その場でも、実は総理の方から、そうしたものが必要ではないか、国際的な条約が必要ではないかというような呼びかけをする発言をしていただいてはどうかということで、今事務的にそうしたものも準備をしたりしております。

 国際的な足並みが一遍にそろうという状況にはまだないのかもしれません。しかし、賛同する国も当然あるだろう、こう思っておりまして、そうした面での、より内容を煮詰めると同時に、国際的な活動というものもあわせて両面でやっていきたい、かように考えております。

 国内の方は、特にWIPOの関係でございますと経済産業省が中心になってくるかな、こう思われますが、政府を挙げて努力をしてまいりたいと思います。

大谷委員 人が集まって議論をすることによって、知的財産権が必要なんだというような認識、啓蒙活動というような場を大きくつくっていくことが仕事なのかなというふうに思います。海賊版をつくってもうけている人がいるわけでありまして、その国の中で、そういう不法なもうけ方じゃなくて、知的財産という大きな、中長期的に、中国や東南アジアにとっても、この制度がしっかりしていれば自分たちがもうかるんだというようなスキームをしっかり理解していただくような、そんな努力が必要であり、外に発信するのは当然外務省でございますので、しっかりと頑張っていただきたいというふうに思っております。

 次に、石綿使用における安全に関する条約について御質問をさせていただきたいというふうに思います。

 この条約が、みんなで石綿の使用を禁止していこうじゃないかということで、ILOで決まったのが一九八六年、今から二十年前でございます。簡単に言いまして、何で二十年もこれを批准するのにかかっているのかということは私にはちょっと理解できないな。それは、難しい問題があったんだ、代替品がなかなかなかったんだとかいろいろな理由はあるかというふうに思うんですけれども、この青石綿という一番危険なものを使うのをやめろと厚生省さんが初めておっしゃったのが平成七年でございます。約九年がたってからそのように禁止令が出ている。

 決してサボっていたわけじゃなくて、それまでにもいろいろな取り組みをなされておりますが、そのとき外務省は、こういう条約に日本も参加しようじゃないかと決めて帰ってきて、国内法の調整ということで、各省庁、関係省庁とやりとりをするというふうに思うんですけれども、しっかりやられて二十年になったのか、余りやってなくて二十年になったのか、その辺は一体どんな取り組みがあったのかということが知りたいんです。あわせて、何で二十年かかったかという外務省的な理由も述べていただけたらというふうに思います。

町村国務大臣 私も、今回この条約を出すに当たって最初に思った当然の疑問は、何でこんなに時間がかかったのかということでございました。

 いろいろ聞いてみると、日本という国はある意味では大変まじめな国でありまして、条約を批准する以上は、それが完璧にできる体制ができてから批准をするというようなことがしばしばあるんですね。国によりましては、まず批准してしまう、そしてそれをある意味では一つのてことして国内対策を順次やっていく、そこのところは多少時間がかかってもいいじゃないかと。どうも、そういうアプローチの仕方の違いみたいなものも実際にあるようでございます。

 ただ、この石綿の問題につきましては、日本は、一九七〇年以来、国内対策を含めてやってきてはいるわけでありますが、条約が求める規制については、大部分は国内法令で実施されているけれども、なお完全には整合しない部分が何点かあるというようなことで今日までかかったということが一つあります。

 また、一部の種類の石綿の使用を禁止する。一部というのは、今言われた青石綿とか茶石綿というようなもの。これは、九五年、労働安全衛生法の施行令改正で全面禁止ということになったわけでございます。

 もう一つの非常に広く普及しております白石綿、これは建材とかブレーキパッドとか、こういうものに使われているようでございますが、これの安全かつ低コストの代替品の開発というものが進まなかったという実態があるようでございますが、近年ようやくこの代替品の開発が進んだということで、昨年の十月、労働安全衛生法の施行令によって、こうしたものを全部含んだものの大部分が規制できるようになった。

 さらに、きょうから施行の石綿障害予防規則、これは厚生労働省の省令のようでございますが、これの制定によって条約上の義務を完全に果たすことができるようになったというような条件整備が整ってきたので、今般、この条約を国会に提出したということでございます。

 ただ、随分時間がかかったなという御指摘は甘んじて受けなければいけないのだろうと思いますし、もっと早くこれはやるべきであったのであろう、率直にこれは反省をすべき点だろう、かように思います。

大谷委員 ありがとうございます。

 条約に賛同するとか署名するということは、我が国の価値観であったり物の考え方をしっかりと世界に発信をするという行為でもあります。それで、条約に賛同したと国際社会の前で言ってきて、日本に帰ってきて結果的に何にもやらないようなことになってしまっているというのは、我々人間社会の中で、やるやると言ってやらない人がよくおられますよね。そういう人には仕事を任せないし、そういう人を信用しないというのと同じで、日本が信用されないようになるんじゃないかというのが私の懸念でございます。

 ぜひとも、今言ったように、今後条約云々かんぬん出てきたときにはしっかりと、戦略的なタイミングというのはもちろんあると思いますし、それは理解いたしますが、このような、石綿、人命にかかわるようなことをみんなでやめようじゃないかというようなことにタイミングなんてないというふうに思いますので、ぜひとも進んでリーダーシップを発揮していただけたらというふうに思います。

 厚生労働省さんにちょっと質問させていただきたいんですけれども、今大臣の方からやはり直観的には少し時間がかかったなという弁がございましたが、厚生労働省的には何で二十年もかかったのか、教えていただけますでしょうか。

小田政府参考人 お答えいたします。

 我が国のこれまでの石綿の対策でございますが、古くは一九六〇年のじん肺法、いわゆるこの石綿条約採択の約二十六年前ぐらいから石綿に対する健康対策というものは行っておりました。

 この石綿条約の採択十五年前の一九七一年、昭和四十六年から、特定化学物質等障害予防規則などに基づきまして、石綿障害防止対策を講じております。一九七六年、この条約採択の十年前には、石綿の吹きつけ作業の原則禁止、あるいは特定作業における湿潤化義務づけ等の措置を行ったところでございます。

 また、条約採択後、一九八八年には、石綿の管理濃度の導入ということで、作業環境の管理を行っております。一九九五年には、先ほど外務大臣の方からもお答えいただいたのですが、アモサイトあるいはクロシドライトといった特に有害性の強い石綿の製造を禁止いたしまして、昨年の十月からは、石綿含有製品の当時の九五パーセントぐらいのものについて製造の禁止を行っております。

 こういった形で、条約の内容も尊重しながら、必要な国内対策に取り組んできたところでございます。

 このように、条約が求める措置につきましては、その大部分について既に措置済みでありましたが、国内法令の一部について、必ずしも完全に条約の内容と整合性がとれていないという部分もありましたので、そこを規則等の制定によりまして改善して、今回、批准をお願いしたいということに至ったわけでございます。

大谷委員 この条約が国際機関で採択される以前から石綿の健康被害については認知をしており頑張っていたと。七一年には工場内で石綿を使うところにおいては、ちゃんとマスクをし、またエアコンフィルターをかけて作業をするようにというような規制があるということも存じ上げておりますし、前からやっていたということですけれども、これを禁止しましょうといって八六年に国際機関で決めたのですね。禁止しましょうというまでに九年かかっているのですよ。確かに二年後に基準をおつくりになるのですけれども、これは禁止しましょうぐらいすぐに言えたというふうに僕は思うのですね。その辺はどういう経過があってこうなったのですか。

小田政府参考人 クロシドライトの禁止の関係だと思いますが、これについては発がん性が特に高く、条約でも禁止が明記されているというものでございます。この条約が採択された当時、我が国においてクロシドライトは、ほかの石綿と比べても耐酸性にすぐれているとか、あるいは代替品がないといった特徴があったために、禁止が難しいという状況でございました。その後の国内の技術開発によりまして代替品が使用できるというふうな状態になったことから、平成七年に製造、使用等を禁止したものでございます。

大谷委員 厚生労働省というのは命を守る省庁だと思っているのですけれども、代替品がなかったから禁止しなかったという今答弁なのですか。

 僕は二十代中盤だったのですけれども、衆議院の調査局さんが調べてくれたものによると八七年から八八年だったということですけれども、当時学校パニックとか言われて、学校で石綿を使用していてこれは大変なことだということでパニックになって、夏休みにはぐるような作業が一斉に全国で行われたようなことがあって、ニュースに報道されました。

 私、そのとき石綿というものの危険性を初めて覚えたというふうに記憶をしているのですけれども、それくらい社会問題になっていて、その上で条約が世界的に採択されて、それでもって、商売人の味方をするのですか、代替品がないから、命に危険性が及ぶことをわかっていてずっとほったらかしていたという答弁ですか。

小田政府参考人 これは昨年の十月に白石綿を九五%禁止したときも、残りの五%についてはすぐに禁止できないというふうな状況でございました。同じような状況でありまして、石綿というのは強度とかいろいろな特性がありまして、どうしても石綿を使わないと安全に作業ができない部分がありまして、その石綿の持つ特性における安全性と石綿を禁止したときのリスクとか、そういったものを比較考量いたしまして対策をとっているわけでございます。御理解いただきたいと思います。

大谷委員 わかりました。

 もう一つ聞かせてください。部長にとって、条約が締結されるのに二十年かかったというのは、この厚生労働省で多分もう二十数年お勤めであるというふうに思いますけれども、一生懸命やって大体こんなものなんですか。それとも、やはりこれは特別に代替品が云々かんぬん、コスト・ベネフィットを考えた上での判断だったということでございますけれども、一生懸命やって二十年だったのですか。その辺は感覚的にどのようにお考えなのですか。

小田政府参考人 大変難しい御質問でございますけれども、大体我々としては、石綿対策、ほかの労働安全衛生対策の中でおくれているとかということではなくて、業界と一緒になって努力してきた結果というふうに認識しております。

大谷委員 わかりました。しっかり頑張ってくださいとしか言いようがないのですけれども、ただ、一般的に、普通に生活しておりますと、これに二十年かかったというのはどう考えてもすごくかかっているなと思うので、努力をし続けたというならば、何か違う穴を掘っていたのではないのかなというような気がいたします。

 そこは厚生労働委員会の同僚委員にまた御指摘をいただくとして、きのう、クボタさんの旧工場跡での石綿疾患による七十八人の死亡者があった、それから住民五人が発病したという報道がございましたけれども、これについて少しだけ教えていただきたいところがあるので御質問させていただきます。

 私にとって非常にショックだったのは、そこにお勤めだった従業員の方だけではなくて、御近所に住んでいた方も、これはもちろん確定していませんけれども、その工場で使われていた石綿の被害に遭って、そして肺がんというような疾病に見舞われてしまう危険性があるのだということであります。

 これは多分二十年から三十年、平均して三十五年ぐらいという人もおられますけれども、潜伏してそれで肺がん等々という病気になるわけなので、ますますこれからふえてくるというふうに思うのですね。ちょっと資料をいただきましたら、平成四年度に十四人だったのが平成十五年度には八十三人になっていて、どんどんそういうふうに労災を受けた方々がふえてきている。これは多分もっとふえていくと思うのですね。

 それで、当時工場に勤めていた人、使っていた工場というようなものとか、もう何か対策というか全体把握みたいなものをされているのでしょうか。病気的には、吸い込んでしまったものが取れるわけではないですけれども、全然知らなくて自分だけ労災を受けなくて、慰謝料を払っているようなこともあるかもしれませんし、ある程度のそういう実態把握、潜在的に被害を受けるであろうという方々の把握とかはできているのでしょうか。

小田政府参考人 この石綿の対策でございますが、そういった工場等で作業していた方については特殊健診といった健康診断を行っておりまして、そういった中で早期発見、早期治療に努めているわけでございます。

大谷委員 答えが出ていないということは、やっていないのですね。どれぐらいの会社で使われていて、どれぐらいの人が潜在的にどこら辺におられるということはわかっていないということですね。

 それに一つ答えてほしいのと、もう一個は、これは多分患者さんも出てくると思うのですけれども、石綿を使った、石綿というのは大体七割とか八割が建材だというのですけれども、これは古いビルや古い住宅にいっぱい使われている。その古いビルが三十年、四十年たって取りかえになってくる。その解体作業のときに、これはふわふわ飛んでいってしまうのではないかという不安を多くの市民の方がお持ちでございます。

 そこはシートをかけて、そんなことをしないように規制をするのだというふうに言っているのですけれども、どこのビルがどれぐらい石綿を使ったのか、そのときは目を光らせて見なきゃいけないとか、そういうような何か対策とか措置みたいなものを講じてあるのか、この二つを最後に教えてください。

小田政府参考人 石綿の健康被害の把握につきましては、先ほど申し上げましたように、定期健診等で早期に疾病を発見するという形になっております。早期に発見された場合には、労災補償とかそういった形で対応するという形になっております。

 それからもう一つは、現在の石綿を含む建築物が解体された場合の対応についてでございますが、これまでも昭和四十六年から特定化学物質等障害予防規則によりまして、建築物の解体作業を含めました石綿が使用されております作業について、労働者の健康障害予防の観点から規制をしてきたところでございます。

 しかしながら、石綿はこれまで一九七〇年から大体九〇年ごろまでが使用のピークでございまして、これは建材として非常に多く使われておりました。今後は、かつて石綿を使用した建築物の解体作業が急増するということが予想されるわけでございます。

 ですから、再度石綿によって健康障害が起こる可能性もありますので、そこのところを強力な対策が必要であるということで、今回二十六年ぶりに石綿障害予防規則という規則を安全衛生法の中に設けまして、本日それが施行されました。

 これは、先ほど申し上げましたように、主として建築物の解体作業に当たって、作業に従事する方、あるいは作業の周辺の住民等にそういった石綿が飛散することがないようにということを最大の主眼にして規則をつくっております。この規則が徹底されるよう、必要な指導を行ってまいりたいと。

大谷委員 ですから、何人ぐらい潜在的に将来こういう犠牲になられるような方がおられるのかというのはわからないのですか。

 ある学者の方の推計によりますと、十万人ぐらいというような数を聞いたことがありますし、人口動勢を見ますと、肺がん、腫瘍で死んでいる方々というのは大体年間八百前後だというふうに聞きますから、これから二十年間、潜伏期間を過ぎて発病される方が出てくるとするならばウン万人というようなことが言えるのですけれども、軽はずみに数字を言えないから言っていないというのはわかりますけれども、そういうことを想定した上で、これは大きな問題になるなとしっかりやろうとしているかどうかが聞きたいんです。何も数を聞いているわけじゃないんですよ。その辺、はっきりしてください。

小田政府参考人 委員御指摘のように、石綿の健康被害というのは、大体三、四十年して肺がんあるいは胸膜中皮腫という形で起こってくるわけでございます。

 この石綿の使用量というのは、一九六〇年代から急増しまして、七〇年から九〇年代にかけてピークになっている。ということになりますと、それから三十五年、四十年後というのがこれから始まるということで、現在、労災の認定がかなり急激に増加してきております。これが将来どれくらいになるかという御質問についてはなかなか予測が難しいものでございますが、ただし、この傾向はまだまだ続くだろうというふうに思われます。

 そこで、私どもとしましては、そのことを非常に深刻に受けとめておりまして、この対策として、先ほど申し上げましたような健康診断、あるいは、これは大体長期間かかっておりますので、退職されている方が非常に多うございます。そういった方には健康管理手帳というものを交付して、継続的に健康診査をしていくというふうな制度がございます。そういった中で、早期発見して早期治療、あるいは補償に結びつけるということに全力を挙げていきたいというふうに考えております。よろしくお願いします。

大谷委員 ぜひともそのようにお願い申し上げます。

 時間がなくなってきましたので、ODAの方に話を移させていただきたいというふうに思います。

 先月の二十八日、小泉総理が官邸にアフリカ各国の駐日大使をお呼びになられまして、五年間で五十億ドルぐらいを柱とするアフリカ支援をしていきますよと。具体的には何項かあって、数字が出ているのは、三年間でアフリカに対するODAの額を倍増いたしますよと。今が五百十億円ぐらいだったと思うんですけれども、これを倍増するということは、もう五百億追加して千億円ぐらいにするわけです。

 私には少し唐突のような気がするんですけれども、何でアフリカだけ急に三年間で倍増になってしまうんでしょうか。どんな国家戦略からこういうことが出てきたのか、もちろん裏には背景があるということは重々承知しておるんですけれども、大臣におかれましてはどのように思っていらっしゃるのか、教えてください。

町村国務大臣 日本のODA全体の考え方につきましては、ODA大綱というものによってそれをお示ししているわけでありまして、ODAを通じて開発途上国の安定と発展に積極的に貢献をする、そのことが日本の利益にもつながるんだということでありますが、特にアフリカの問題につきましては、日本は率直に言って六〇年代、七〇年代、八〇年代はどうしてもアジア中心ということで、今でもそれはアジアが中心なんでありますけれども、アフリカについて言えば相対的に手薄であったということは確かにあろうかと思います。

 九〇年代に入ってから、やはり国際的な動きの中でアフリカというものにも日本がしっかり取り組まなければならないだろうということで、TICADというプロセスを九〇年代になって始めておりまして、このTICADによりまして、非常にアフリカ諸国に対して日本が積極的に取り組むんだということを幅広い御理解をいただくようになっているわけであります。

 何でここに来て急にという御指摘でございますが、ことしはアフリカの年、こういうふうに国際的にも認識されているところでございます。また、ミレニアム開発目標というのが二〇〇〇年に決められましたが、その中で幾つもの項目、例えばHIV、エイズでありますとか、あるいはその他保健衛生の問題、いろいろな項目において、やはりアフリカというものが大変大きな、国際的に取り組まなければならないターゲットであろうということは、そのミレニアム目標の中でもはっきりしているということもあるわけでございます。ことしのG8サミットにおいても、アフリカと気候変動問題というのが二大テーマであるということでございます。

 そういう中で、日本としても今まで以上に取り組みを強化していこうという考え方で、四月にアジア・アフリカ首脳会議がインドネシアで開かれた折に、小泉総理の方が、二〇〇八年にTICADIVを開催するということとあわせまして、今後三年間でアフリカ向けのODAを倍増し、その中心は主として贈与、グラントでやっていこうという考え方を示したわけでございます。

 そういう意味で、アフリカというものに日本も今まで以上に積極的に取り組んでいこうという姿勢をわかりやすく具体的に世界に示すという観点から、三年で倍増ということを申し上げ、その具体の中身は、先日、アフリカの大使の皆さん方に小泉総理の方から、主として五項目という形でお示しをしたところでございます。

大谷委員 もちろん、貧困解消ということで、ある統計によると、この地球に住む二人に一人が一日二ドル以下の生活をしておりまして貧困にあえいでいる。これは人類の課題として絶対的に解決していかなければいけないことだ。それがアフリカに多い、だから一生懸命やっていこうというのには、私は異論もないですし、それはしっかりやっていかなきゃいけないというふうに思います。

 しかしながら、決めたわけじゃないですけれども、大体日本というのはアジア地域のODAというか開発を担当し、アメリカは南米、中南米というようなところを担当し、それでもってヨーロッパ先進国はアフリカを担当してみたいな流れがあったわけですよね。その流れの中で、日本は特に経済上も歴史上もアジアが大事だということで、アジアということで頑張ってきた。

 そこに、やはりアフリカの年だからアフリカに力を入れますと言われると非常に何か当惑を感じまして、私などが懸念するのは、では来年が中南米の年になったら中南米のODAを倍増するのかという話になってしまうわけでございます。

 これは、今度のサミット議長国でありますイギリスのブレア首相が、アジェンダセッティングを、議長国ということでリーダーシップを持ってされたということが大きいんだというふうに思うんですね。それに対して、アメリカもそうだなということで、七百三十億円ぐらいを緊急支援して農業や食糧支援などに充てるというようなことを米国務次官補代理のグリーンウッドさんが新聞のインタビューに答えておるわけなんですけれども、フランスなどはエイズ対策に力を入れていきますよと言っているわけですね。

 イギリスは、アフリカ委員会というものをつくって、自分自身のアフリカレポートというのをまとめて、重積債権の放棄をしようだとか、農業国としてアフリカが成り立つように、砂糖だのというようなものに先進国が自国で補助金を渡しているんだったら、その補助金をやめて、みんなでアフリカの砂糖が買えるような世界構造にしていこうやといって、私はそんなのは現実性が伴うのかなと思うのですけれども、一生懸命真剣に考えて案を出しておられます。

 そんな中、日本も、アフリカが大事だ、貧困を解消していかなきゃいけないということに何ら違和感は感じませんので、やっていこうというのはわかるんですけれども、ここはやはりしっかり理念みたいなものを持っておかないと、さっき言ったように、来年が中南米の年で、再来年がもしかしたら南米の年になってしまって、毎回倍増しなきゃいけないということになってしまいますので、ここはしっかりと何か哲学、理念。これは戦略と言うと嫌らしく聞こえるので、哲学、理念みたいなものを持っていないといけないというふうに思います。

 さて、それが倍増したときに、使い方の中に出てきているのかというと、出てきているというふうに大臣はお考えですか、今五つの点というふうに出ましたけれども。

町村国務大臣 確かに、委員御指摘のように、別にだれが決めたわけではなくても、日本はやはりアジアを一生懸命やっていく、ヨーロッパはアフリカ、アメリカは南米、中南米というような、それは地理的あるいは歴史的、経済的なつながりというようなこともあるんだろうと思います。

 アジアは、もちろんそれぞれの国の自助努力を前提としつつ、日本の援助も効果的に組み合わされたこともあって、六〇年代、七〇年代は、一人当たり所得を比べてみましても、むしろアフリカの方がアジアより高かったんですね。ところが、八〇年代以降、アジアの急速な伸びの結果、今やアジア諸国の一人当たり所得の方がアフリカをかなり上回る。アフリカはむしろ停滞をしている、あるいは少し下降ぎみであるという大変驚くべき現実があるわけでございます。

 したがって、引き続き対アジア援助が中心になるということは変わりはないとは思いますが、アジアでも援助卒業国というものがだんだん出てきているという実態を考えたときに、相対的なウエートがアフリカが高まるということは、私はある意味では自然の流れなのかなというふうにも思います。

 しかし、特にアフリカについてということで申し上げますと、さっき五つの、五本柱ということを申し上げましたけれども、一つは保健と開発ということで、エイズ、結核、マラリア対策というのは非常に大きいということで、当面五億ドルというものをそこで重点的に拠出をしていこう。あるいは、マラリア対策ということで、蚊が非常に媒介するものですから、一千万張の蚊帳をアフリカ諸国に配付しよう。随分原始的な方法だと思われるかもしれませんが、蚊帳というのは非常に喜ばれておりまして、これは安くてかつ非常に効果的だということでございます。

 それから二番目の柱が、平和の定着に向けて人間の安全保障というものをかねてより日本が訴えているわけでございまして、こうした面の対策、DDRでありますとか地雷対策、小型武器の回収等々いろいろな、まだまだ地域紛争がたくさんあるものですから、この面の対策をやっていこうというのが二番目。

 三番目が農村あるいは農業の振興ということで、何といっても主産業は農業でございますから、日本の農村政策あるいは農業の生産性向上対策というものを我々も随分経験してきているわけでございますので、これを何とかアフリカにも適用できる部分があるのではないだろうか、これが三番目の柱。

 四番目は、援助も必要ですが、同時にやはり貿易・投資といった民間の活力というものも大切ではないだろうかということで、例えば、昨年十一月、TICADアジア・アフリカ貿易投資会議というものを日本で開いたりいたしましたけれども、こうした分野での、政策的には貿易保険の活用等々によりまして、貿易・投資の促進もしていこう。

 五番目が、アジアの経験をアフリカに生かすということで、今後四年間で一万人を目標として、青年協力隊のアジア版といいましょうか、アジアの青少年にアフリカに行ってもらって、そしてアジアの経験をアフリカに生かしていくというようなこと。

 この五つを五本柱として、今後大いにアフリカ支援を充実していこう、こういう考え方でございます。

大谷委員 最後の一つは非常に共鳴を受けますし、頑張っていただきたいというふうに思います。

 でも、最初の四つはほとんどアメリカと一緒ですし、今までやってきたことと一緒なんですよね。日本らしさというか、やはり日本だなというような何か理念とかと言えるものが感じられない。人道支援、経済復興支援というのは当然そういうものだと言われればそういうものなんですけれども、やはりそこは一ひねり工夫をしていかなければいけないというふうに思っているんですね。

 今まで、戦後ずっとアフリカに大体五十五兆円ぐらいのお金がつぎ込まれてきたけれども、アジアに比べたらなかなか貧困が解消されていない。それはやはり政治体制云々かんぬんの問題があるんだというふうに思うんですよ。大臣はサミットに行かれませんのでしようがないですけれども、ぜひとも総理に、こういうお金をいっぱいつぎ込むということも大事だけれども、それと同時に、政治体制、民主主義ということになると思いますけれども、ということを定着させるようなことが必要なんだということをぜひともサミットで述べるように御助言していただけたらというふうに思います。

 それで、日本の特色ということなんですけれども、やはり日本の目玉でいくと、人道支援と経済の復興ということで、特に経済ということで頑張ってきたんですけれども、やはりここに至って文化というものが大事になってきた。

 その文化というのは何かというと、相手の国の歴史や生活様式や、またその営みというようなものをしっかりと理解していますよ、尊敬していますよ、その上で、しっかり一緒に人類として生きていきましょうやというようなことを一言で証明するというか、行動で示すということが相手の文化を守るというようなことじゃないかな。そういうような、何かもう一つの柱が要るんじゃないのかなというふうに思っています。

 それの一つ具体的なものが、いわゆる今まで外務省が文化無償スキームの中でやってこられた文化財保護だというふうに思っていて、僕などはこれにもっともっと力を入れていって、日本の援助というものの一つの理念を示すようなツールにでもしていくべきじゃないのかなというふうに思っています。

 時間がないので先に僕が言ってしまいますけれども、一九七五年から二〇〇四年まで、百七十一件、八十三億円のお金を使って文化無償資金協力をやってこられたわけなんです。もう一つ、ユネスコに日本基金というのをつくりまして、それで毎年大体平均して一億五千万円ぐらいを使ってアンコールワットからバーミヤンというような遺跡を直したりしているわけなんです。

 例えばアンコールワットにしても、一つの塔は直しました、図書館も直しました、だけれどもまだまだかかるんですよね。直すというのは、お金を出すだけじゃなくて、修復技術というものを日本も持っていくし、また向こうに人を育てようということで人物交流もできるし、そして何よりもその間、これは歴史物ですから歴史を語れるようになるんですね。こういうことこそ本当に、あなたたちを、私たちをということで理解し合える場であり、そういう大きな大きな文化というものを理解し合えるような大切な支援だというふうに僕は思っているんです。

 例えば、僕が思っているのは、ウズベキスタン、シルクロードのところにあるわけですけれども、これを日本が平成十四年に、二千五百ぐらいある歴史建造物を一億四千万円かけて直しているんですけれども、ほんの一部の一部の一部でありまして、まだまだたくさん残っているんですね。シルクロードといったら、日本に西洋文明が伝わってきた一つの通り道で、だれもがロマンを感じ、だれもがそれを知っているところでありまして、そういうところに継続的に援助というか、ともに人類の遺産なんだということで一生懸命支援をしていくということは必要だというふうに思っています。

 また、私、新婚旅行はベトナムだったんですけれども、フエに一九九七年に行ったんです。日本のお金でもってフエの遺跡の門が直されているわけなんです。そこで私、妻と写真を撮りました。きょう送ってもらおうと思ったけれども、間に合わなかったし余りにも私ごとなのでやめました。それを見て、僕はこう思ったんですよ。ああ、これは日本が直したのか、日本ってすごいことをやっているなと。九七年ですから、全然、議員になる前ですけれども、非常に自分自身日本の国に対して誇りを持ったんですよ。

 それで、周りの人がどれぐらい、このフエの遺跡の門を日本人が日本のお金で直してくれたかというのはわかりません。多分広報外交でしっかりやってくれているんですから、しかるべきは知っているだろうというふうに思いますけれども、それを知ったとき、やはりお互いが感動するわけですよね。こういうものこそ心に残るもので、橋ができたことも大事だし、お薬が届いたことも大事だけれども、文化という自分のアイデンティティーにずっと響くようなものをしっかりやっていかなきゃいけない。

 今、ベトナムではタンロン遺跡というのがありまして、ハノイに新しい国会議事堂をつくろうと思ったら、そこが六世紀から七世紀、八世紀ぐらいの時代の遺跡だったということがわかったわけなんですよね。それで、これは何とかしなきゃと言っていて、聞いてみたら、何と阿倍仲麻呂が遣唐使として、七六一年から七六七年に、当時中国がベトナム、この地域を支配しておられましたから、中国のいわゆる科挙を通った官僚として、長官としてこの地域を六年間治めていた。もしかしたら提督といううわさもあるんですけれども。まさに中国に留学に行った人がそこで偉くなって、ベトナムの地域を日本人でありながら統治していたというような、そんな文化というか人の交流もあったようなところであります。

 これはぜひとも日本に調査を一緒にやりましょうやというようなことをベトナム政府が、カイ首相がこの前小泉さんと会ったときに話をしているわけなんですけれども、こういうことをやることが、私は、本当に長く響くような援助になるんじゃないのかなというふうに思っておるんですが、町村大臣はどのようにお考えなされますか。

 予算を見ると、これは全体で、文化無償資金協力というのを見ると、大体二十億なんですね。二十億去年あって、本年度は十七億に下がっているんですよ。草の根文化無償というのをふやして頑張っていくということですからそれはそれで大事なことなんです。しかしながら、こういう、文化財を守っていこうという日本のアイデンティティーや理念をすごく発信できるようなテーマが、予算は下がってしまっている。でも突如アフリカが三年間で倍増する。

 それはそれで貧困解消には大事なんだけれども、だったら同様に、こういうものも日本が、サミットのときじゃなくてもいいけれども、いろいろな国際会議の場で総理や大臣がアジェンダセッティングをして、日本はこういうことを大事にしているところなんだ、お薬やまた橋をつくるだけじゃないんだということをしっかりと示していくべきだというふうに思うんですが、大臣のお考えはいかがでしょうか。

逢沢副大臣 大変すばらしい、また重要な点について着目をいただき、御指摘をいただきました。外交をつかさどる者の一人として、委員と共通の思いを持っている、また認識を持っているということを申し上げさせていただき、またこういった公の場で御指摘をいただいたことに感謝を申し上げたいと思います。

 先生おっしゃったとおり、まさに文化財を人類共通の遺産として守っていくということ、そのことを通じて、民族、宗教の違いを乗り越え、お互いを尊重する、あるいはまたお互いが誇りに思っているものを認め合う、それが外交のベースになくてはならないと思います。また、日本外交の今後を展望するときに、まことに重要な視点であろうかというふうに思います。

 財政のことについてもお触れをいただきました。全体において非常に厳しい中、着実に、こういった文化関係の予算確保にも、もちろん国会の御努力もいただきながら成果を上げていかなくてはならないと思います。

 一昨年の秋、私自身、パリに参りまして、委員御指摘のアンコール遺跡、日仏で協力をして十年やってきた。それをレビューしよう、そしてさらに、そのレビューの上に立ってより一層効果を上げよう、そういうユネスコ主催の会議に出席をさせていただきました。

 当時フランスの外務大臣をなさっておられたドビルパン外相と共同議長をさせていただいたわけでありますが、そういう場にあって、日本の文化協力、またそういった人材や技術を日本がしっかり涵養している、そのことのアピールも大事だなということを、国際会議に出て私自身肌で感じたわけでありまして、御指摘を踏まえて、より一層日本外交の新しい大きな柱に育てるべく努力をしてまいりたいと思います。御協力もどうぞよろしくお願いします。

大谷委員 ありがとうございます。

 ただ、この文化というテーマはみんな大事だ大事だと言うんですよ。実際にやはり行動を伴う。行動を伴おうと思ったら、お金がひっついてくるということでございますので、お金を出せと言うとお金はないと言われてしまいますので、こういう具体的な案件があって、これは非常に日本国の国益を守るためには必要なんだというようなアジェンダセッティングを、具体的な例をもって、今、僕はベトナムとウズベキスタンの例を出させていただきましたけれども、ほかにもいっぱいあると思いますので、ぜひとも大臣のお口からそういう言葉が諸外国のリーダーに発せられるようにしていただきますようにお願いをいたしまして、質問を終わりたいというふうに思います。

 ありがとうございました。

赤松委員長 次に、武正公一君。

武正委員 民主党の武正公一でございます。

 二条約について質疑を行わせていただきます。

 先ほども大谷委員が指摘をいたしましたが、まずは、このアスベストについての被害をお伺いしたいということで、きょうは厚生労働政務官もお見えでございます。

 早速でございますが、この尼崎の被害の実態、これについて御説明をいただくと同時に、特に悪性中皮腫対策について、具体的に治療の現状と政府としての取り組みはどうなのか、これを続けてお答えいただきたいと思っております。

 この悪性中皮腫については、その原因の八割が石綿粉じんであると言われていること、悪性中皮腫対策は石綿関連疾病対策の中核に位置づけられるものであり、また悪性中皮腫は死亡率も高く、発症二年後の生存率三割、五年後でわずか三・七%という調査結果もあるということでございます。

 今回、テレビでも、二十年、三十年たって発症するとか、あるいはこれは時限爆弾を抱えているようなものだとかいう、こうした証言というかコメントを尼崎の工場周辺の方も述べておられます。

 先ほど来、なぜこのILOの会議から二十年たって国会に本条約が提出をされているのかということでるるやりとりがございますが、まず、厚生労働省としての今回のアスベストの被害状況の実態の把握、そして今の悪性中皮腫対策について、政務官から御答弁をお願いいたします。

藤井大臣政務官 お答え申し上げます。

 先ほど大谷委員からも、この質問に関係してやりとりがございました。

 まず、条約の締結から時間がかかった件については、これは、外務大臣からも御答弁ありましたし、我が省の政府委員からも説明させていただきましたが、私どもとしましては、このアスベストの毒性というもの、そもそも条約の採択に至る前に毒性がどうかという話が最初に出ておりまして、その指摘がありましたのは、国際機関におきましては、例えばILOにおいてなされたのは昭和四十六年、がん原性物質である、アスベストは毒性がある、こういう指摘を受けたわけです。

 それを受けまして、私どもとしては、四十七年に、先ほどの大谷委員のときに私ども政府委員から説明したとおり、国内におきましては、条約批准に先立ちまして、必要な毒性対策、労働衛生対策というものを始めていったわけでございます。それが四十七年、そしてその後、五十年というふうに、漸次労働衛生の問題は対応してまいりました。

 ですから、条約批准そのものが時間がかかったことにつきましては、外務大臣から御答弁なさったように、やはり完全に、提案されている条約に国内法制がフィットするまで、その準備にある程度時間がかかったものだろうと思っておりますが、厚生労働省として、労働安全の問題に対しての対応というのは、この条約の批准を待たずして具体的には行われたのが実態でございます。

 先生から御指摘ありましたように、このアスベストというのは、いわゆる非常にリスクの高いといいましょうか致死性が高い病気でございまして、しかも潜伏期間が長い。そして、治療法が、はっきり言いまして非常に少ないといいましょうか、ないに等しい状況でございまして、これからも医療対策を講じなければいけないと私ども考えておりまして、それについては全力を挙げたいと思っております。

 そして、工場におきます状況につきましては、労務災害の問題、労災認定につきましては、現在、指摘がありましたクボタから示されているものにつきましては、労災認定を行ってその対応をとっておりますし、現在申請中の案件もございまして、これにもできるだけ早くその判断をさせていただきたいと考えておりまして、必要な対策をとりたいと思っております。

 いずれにしましても、この問題、潜伏期間が長うございますし、また、世界的にこの問題のリスクというものについては、特に中皮腫に対するものとしては非常に因果関係が明らかになってきておりまして、この疾病対策というものについて全力を挙げたいと考えております。

 以上でございます。

武正委員 治療対策はないというお話でございまして、ただ、厚労省は昭和四十六年からわかっていた。ただ、条約の批准に結びつかなかったのは、国内法制が未整備だった。先ほど来の御答弁では、代替製品が補完されない、こういうような理由がございました。

 また、今、労災でしっかり認定するのだというお話がありましたが、周辺住民も労災で認定できるんですか。

    〔委員長退席、大谷委員長代理着席〕

藤井大臣政務官 この件につきましては、法案を所掌しております環境省とも十分連携をとりたいと思っております。

武正委員 いや、周辺住民は労災の対象にならないでしょう。

藤井大臣政務官 周辺住民そのものにつきましては、直接的な労災の対象になりません。ですから、先ほど御答弁申し上げましたように、環境省とも綿密な連携をとって対応をとりたい、かように考えております。

武正委員 周辺住民は労災対象にならないということでありますので、治療対策もない、まして周辺住民に対しては環境省と協議の上ということで、厚生労働省としては今の時点で明言ができない、こういったことでございます。

 さて、そもそも一九八六年の第七十二回ILO総会で採択されたんですけれども、今回、二十年近い歳月が条約提出までかかっている。先ほどからいろいろと御答弁がありますが、例えばこれは、採択されたときに何らかの報告、例えば国会での報告、あるいは、そもそも私はやはり閣議報告などがあってしかるべきというふうな案件だと思うんですが、こういったことはあったんでしょうか。

町村国務大臣 ILOに関して言いますと、これは憲章で、憲章第十九条の五によりまして、ILO総会で採択された条約については、総会の会期終了後原則として一年以内に、各加盟国の権限ある機関に提出をすることということが義務づけられております。

 日本においてこの権限ある機関というのは国会ということになっておりまして、この条約につきましては、六十一年六月四日から二十五日まで開催された国際労働機関第七十二回総会において採択され、その一年以内ということで、昭和六十二年、翌年の五月二十二日に閣議決定した上で、同日、国会に提出をしているところでございます。

武正委員 国会に提出というのは、具体的にどういうやり方でしょうか。閣議決定はわかるんですが、国会に提出したというのは具体的にどういうやり方でしょうか。

町村国務大臣 国会報告の内容でございますけれども、これは報告書において「この条約の内容は、労働安全衛生法その他の関係法令によりおおむね実施されているところであるが、なお若干の問題点もあり、更に検討を加えることといたしたい。」という政府のコメントを付して、その条約そのものを国会にお出ししたということでございます。

武正委員 条約を国会にお出ししたというのは、ちょっとわからないので説明をしていただきたいんですが、条約は今回、この国会に承認を求める、批准を求めるということで、二十年たって初めて提出をされているというふうに理解しているんですが、今、もう十九年前に条約は国会に出したという御答弁でしょうか。

町村国務大臣 提出の具体の手続は、報告書を関係省、外務省及び当該報告書に関係のある省が協議をして作成し、その共管で閣議決定を求めた上、内閣総理大臣から両院議長あて提出をするという形をとっております。

武正委員 両院議長あてに条約は提出されたということでよろしいんでしょうか。

町村国務大臣 報告書が総理大臣から議長あてに提出をされたということでございます。

武正委員 その報告書、どんな報告書なのか、もう一度重ねて御答弁いただけますか。どういう報告書が議長あてに提出されたのか。

 また、それは議長あてに提出された後に、例えばそれぞれの委員会に配付をされるとか、国会議員に配付をされるとか、そういうことがあったのかどうか、これもあわせてお答えをいただきたいんですが、まずは、どういう報告書が議長あてに提出されたのか。

町村国務大臣 今私の手元にその現物があるわけでございますが、これは昭和六十二年五月の日付で、一九八六年、国際労働機関第七十二回総会において採択された条約及び勧告の訳文が約三十五ページにわたったものでございます。それに頭書きがついておりまして、この報告書を提出するということで、先ほど私が申し上げました、さらに検討を要する点が若干ありますということが頭について、後は、その条約及び勧告文そのものの訳文が総理大臣から議長に提出をされた。

 提出した後、議長がどういうふうに、今度は各国会議員にどうなさっているかというのは、これは国会の話でございますから、必ずしも私は知り得るところではございませんし、私自身も二十二年国会におりますけれども、こういうたぐいのものが配付されていたかいないか、不勉強でございまして、もしかしたら配付されているのかもしれませんが、ちょっと、余り不正確なことをこの場で申し上げるのは、恐縮ですが、差し控えさせていただきます。

武正委員 今後検討を要するということで、首相から両院議長に付された、そして十九年たって、今回提出をされているわけでございます。

 今、二十二年在籍をされている外務大臣も、寡聞にして聞いたことがない。私もちょうど丸五年でありますが、こうした条約が手元に、今回このように国会に承認を求めるときには配られますが、今までそうした国際会議などで署名をしてきた、あるいは国際会議で採択をされた条約が国会議員に配られたというのはないというふうに私も思います。

 ですから、これは国会として、あるいはまたこの条約をつかさどる外務委員会、あるいは国際会議のさまざまな協定をつかさどるこの外務委員会の委員会としての取り組みとして、やはり何らかの工夫が必要であろうというふうに考えるわけでございます。

町村国務大臣 不勉強で恐縮でございましたが、今、事務方に聞いてみますと、このILO関係については、国会に報告をすると条約に書いてあるものですから、議長に提出された後、議長は、衆参のそれぞれの事務局から各議員に対して事務的に配付される。

 確かに、配付資料といって、私もたまに議員会館の机の上にどさっと資料が積んであることがあった記憶がございますが、それを一々見なかっただけのことでありまして、このILOの関係については国会に報告をするということになっておりますので、衆参の事務局から各議員の会館の方に事務的に配付をされているということのようでございます。

武正委員 国会に報告をするというのが、これは後で資料でいただければ結構でございますが、多分全部国会に報告するというふうに、もしなかったとすれば、なおのこと、十九年前、二十年前のILO会議でのこの採択が重い課題を日本の国会に突きつけて、また今、全国会議員に十九年前配付をされているということであればなおさら、十九年もこのことを看過してきた国会としても、その責任も問われるというふうにも思われるわけであります。

 厚生労働政務官、お時間、もしあれでしたら、どうぞお引き取りいただいて結構でございます。このアスベスト対策については、環境省とともに最大限の御努力をお願いしたいと思います。

 それで、私、前々回の外務委員会で指摘をさせていただいて、理事会で御協議をお願いした件がございます。それがお手元に資料として配付をされました、理事会での配付資料でございます。

 行政取り決めについてということで、六月三日の外務委員会での私の質疑関連ということで、外務省が外務委員会理事会に御提出をいただいております。

 行政取り決めとはということで、昭和四十九年のいわゆる大平三原則、大平外務大臣答弁が載っておりまして、行政取り決め最近の例と最近の締結数、国会承認条約は毎年十本ぐらい、あるいは一けたのときもあります、五年間で六十七本。ただ、行政取り決めは毎年六百本から七百本、合計三千五百十本ということでありまして、行政取り決めの締結についての公表は、すべてにつき、その全文または概要を官報等にて公表している、こういう外務省の御説明がありまして、理事会では、これをもって武正にちゃんと伝えなさい、そういうような理事会での話だったわけであります。

 私とすれば、これでは納得できないということで、またこの点を指摘させていただきたいというふうに思っております。

 きょうは防衛庁、今津副長官もお見えでございますので、昨年十二月十四日のミサイル防衛システムに関しての包括的に協力する枠組みを定めた交換公文並びに十七日締結の了解覚書、MOU、大野防衛庁長官とラムズフェルド米国防長官との間、この二件について、それぞれ閣議決定あるいは了解しているのかどうか、これについて外務省、防衛庁、それぞれお答えいただけますでしょうか。

 まずは、十二月十四日の交換公文について、これは交換公文は外務省ですよね。

町村国務大臣 日米間の相互防衛援助協定に基づく弾道ミサイル防衛協力に関してアメリカとの間で書簡を交換することにつきましては、昨年の十二月十四日、閣議決定がなされているところでございます。

今津副長官 防衛副長官の今津寛です。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 本MOUは、他のMOUと同様に、閣議決定や国会報告を行ってはおりません。

 なお、今、町村外務大臣からお話がありましたけれども、昨年十二月に、日米弾道ミサイル防衛協力に関する交換公文を締結いたしましたけれども、その中の実施細目取り決めといたしまして日米防衛当局の間で作成をいたしました文書でありまして、交換公文締結の閣議決定に当たって、その参考資料として要綱を閣議に提出させていただいております。

    〔大谷委員長代理退席、委員長着席〕

武正委員 外務大臣、交換公文について閣議決定されたというふうにおっしゃったんですが、了解覚書は閣議決定していないということでございますが、官邸のホームページで十二月十四日周辺を見てみても、この交換公文について案件として載っていないんですけれども、これは私の見間違いでしょうか。官邸のホームページに記載がされていないんですけれども、ちゃんと記載されているということでよろしいでしょうか。

町村国務大臣 官邸ホームページがどういうものを載せているのかいないのか、私もそれは全貌をわかる立場にはないので詳細はよくわかりませんけれども、閣議の時点で案件の内容が秘扱いというために一定期間不公表とするという、いわゆる件名外案件と私ども称しておりますけれども、そういうようなものがあるのは事実でございます。

 したがって、この件名外案件については、このホームページの一覧表の中には掲載をされていないということはあるんだろう、こう思います。

 御質問の交換公文につきましては、書簡の交換が行われる時点までは秘扱いということで、これは件名外案件ということでございます。

 そういうことでありまして、では、いつオープンになったのかということについては、これが大分、ちょっと時間がたっていたようでございますが、本年六月三日付の官報において、昨年十二月十四日の書簡の交換公文が行われた旨、それから双方の書簡の全文が告示をされているところでございます。

武正委員 つまり、このミサイル防衛システムに関して包括的に協力する枠組みを定めた交換公文は秘扱い、ただ、それは交換公文を締結するまでということでありますから、十二月十四日に交換公文を結んだわけですから、その時点で官邸のホームページに載せても何ら問題ないというふうに思うんですが、そのときに載せることもまずいということだったんでしょうか。

 あくまでもその半年後にすべてを明らかにするようにという扱いということで、締結するまでマル秘扱いということではないということですか。

町村国務大臣 十二月十四日の時点で、これはいわゆる資料の提供というような形で、外務省から、いわゆる記者クラブの張り出しの資料というようなことで、こういうことをやりました、中身はこれこれですという簡単な一枚紙が公表されております。

 しかし、その官報告示がなぜ六カ月おくれたのかというのが委員の御指摘であろうと思います。

 これは、官報告示に当たりましては、この署名されたテキストの精査とか読み合わせ等、一定の日数を要するということのようでございます。

 それにしても、なぜ六カ月かというのは、私も正直言って、一カ月、二カ月のタイムラグはある意味ではやむを得ないのかもしれませんが、六カ月というのはいかにも時間のかかり過ぎでありまして、さっき二十年はひどいと私は思いましたが、六カ月もちょっとまずいな、こう思いますので、今後、こういう遅滞が生じないように、できるだけ早くこうした官報告示等は行われるように努力をしていきたい、かように考えますし、官報告示ではなく、さまざまなこうした対外取り決め等について公にする努力というものは、引き続き、従来もやっているつもりでございますが、今まで以上にまた努力をしていきたいと考えております。

武正委員 この交換公文については、いつの時点で外務省はオープンにされたんでしょうか。

町村国務大臣 これは十二月十四日の署名でございますので、多分その日の夕方かあるいは夜、その日のうちに公表をしております。

武正委員 それは交換公文全文ということでよろしいですね。

町村国務大臣 全文がオープンになっておりますし、それに若干の短い解説というのは変でございますが、若干のコメントがついております。

武正委員 ただ、この間の理事会での外務省の御提出の資料、今お手元に配っておりますが、国会に対する説明は、官報に掲示をされているから、それをもって済むんだという御指摘、御答弁、これが理事会であったわけなんです、すべてにつき、その全文または概要を官報等にて公表していると。

 私は、今回この交換公文が半年たって官報に告示をされたという一点をもって、やはりこの交換公文を国会に提出するということがこの行政取り決めについてもあってもいい、あるべきだというふうに思うわけでございます。

 先ほど外務大臣は、余りにも半年はかかり過ぎだ、何とかしたいというお話でございましたが、これについては、やはり、先ほども、今回の石綿関連の条約についての、十九年、国会議員全員に条約が配られていたにもかかわらず、国会としてもそれを放置していた、こういった責任が当時の国会にあった。

 それは国会として、条約に対する行政の専権事項と憲法にうたわれていても、やはり諸外国で、アメリカ、イギリス等、さまざまな工夫をしております。アメリカあるいはイギリスでは、たくさんの行政取り決めがあるから、行政取り決めについては、例えば時間を別途外務委員会でとって、そのときには副大臣においでをいただいて質疑をするとか、いろいろな工夫をしております。

 私は、この間委員長に求め、理事会で御協議をいただいて、こうして外務省のお答えがあったわけですけれども、今回の外交公文が半年たって官報に告示をされるといった一点をもっても、やはり国会として、外務委員会として、この条約の国会のかかわり方、交換公文の当委員会への提出等、もっともっと工夫があってしかるべきということを、再度理事会での御協議もお願いをしたいのでございますが、委員長、いかがでしょうか。

赤松委員長 後日の理事会で相談をさせていただきます。

武正委員 ありがとうございます。

 それでは、続きまして質問をさせていただきます。

 サマワについての、車列の爆弾破裂ということでございまして、これについて、おとといの当委員会でも、同僚委員からも、やはり、すぐの撤退あるいはこの十二月の十四日の期限切れ、これについてはどう考えているのかという質問があったわけでありますが、民主党も、岡田代表、川端幹事長、やはりサマワが非戦闘地域であるということはないんだということを民主党はずっと主張してきて、即時撤退を求めているわけです。

 まさにそれが証明をされた今回の車列、路肩での爆発ということでありますので、やはり即時撤退、ましてや十二月十四日の期限切れということであれば、オランダ軍は半年前から撤退の準備をしていたということでありますと、その半年前の期限をもう既に過ぎている、こういったこともありますので、今ここで撤退の決断を政府としてしないということは、すなわち、また派遣を延長するというシグナルを出しているに等しいことになるわけでございます。

 首相も、答弁の中で、これは記者会見ですか、自衛隊の活動地域は非戦闘地域だという状況が変わらない限り、できるだけの支援はしていきたいなどと、派遣延長をにおわせるこうした答弁になっている、あるいは記者会見になっているわけです。

 外務大臣も、この総理の記者会見同様、サマワはこの車列路肩爆発があっても引き続き非戦闘地域であり、なおかつ、もう十二月十四日の半年前を過ぎていても、派遣延長しないということであれば今のタイミングでその決断をしなければならないんですが、そういった決断を今しなければならないというお考えがあるかどうか、二点お伺いしたいと思います。

町村国務大臣 委員御承知のとおり、イラクの復興、道半ばということでございまして、先般イラク国際会議がブリュッセルで開かれ、八十を超える国やら機関が集まりまして、私もその一員として参加をし、国際社会が一致して、イラクの政治プロセスの進展でありますとか、あるいは治安の回復でありますとか、さらに経済的な復興支援をみんなで支えていこうということで一致したわけでございます。

 治安の関係でいいますれば、現在二十八の国々が部隊を派遣してイラク人の取り組みを支援するということで、日本もまた、安全に配慮しながら、自衛隊による人道復興支援活動をやっているという状況でございまして、今ここで日本が直ちに撤退をするという決断をする状況にないだろう、私はこう思っております。

 なぜならば、国際社会が一致してやっているときに、ひとり日本だけが撤退を決めて発表するということは、私は、国際社会共通の努力に水を差すものだ、こう考えざるを得ないのでございます。

 ただ、十二月十四日に基本計画が期限を迎えるというのもまた事実でございまして、これについてどうするかということについてでありますが、まだ現時点で方針を決めているわけではございませんけれども、これまでと同様に、日本が自主的な判断を行っていくということでございます。

 その際、イラクの復興状況でありますとか、現地の情勢、政治プロセスの進展等々、いろいろな状況を総合的に勘案して検討していくということでございますが、今政府の方で直ちに方針を決めるという状況ではないだろう、かように考えているところでございます。

 サマワの状況がどうなのかということでございます。

 先般の事故といいましょうか、路肩で爆発物が爆発したという事件の詳細については、概要は大野長官から当委員会にもたしか御報告があったのかな、あれは参議院だったかな、失礼しました。一定の概要については発表いたしましたが、今、現地警察と我が方自衛隊の現場におられる皆さん方が情報交換をしながら、より詳細な概要についての把握に努めているというところでございまして、あの一事をもって直ちに非戦闘地域という前提が崩れたというふうに私どもは考えておりません。

武正委員 アメリカから派遣延長の要請というのはあったんでしょうか。また、イギリスでも、あれはG8の外相会談がありましたが、そのときに国務長官からそういったものはあったんでしょうか。

町村国務大臣 それぞれの会議あるいは会談の一つ一つの詳細についてお話をするということは差し控えるべきであろう、こう思っておりますけれども、より具体な形でアメリカから話が、例えば日米外相会談であったかということだけについて申し上げれば、ライス長官からはそういうお話はございませんでした。

 また、アメリカとは密接な意見交換、情報交換をやっておりますから、イラクのことにつきましてもいろいろ議論はやっております。しかし、いずれにしてもそれは、アメリカ側の希望が示されることはあったとしても、これは前回も前々回もそうでございますが、日本政府が独自の観点から判断をする、自主的に判断をするということは、従前どおり、変わっていないわけでございます。

武正委員 ちょうど二十八、二十九日と、おとといまで2プラス2の会議も行われているわけですね、審議官級協議、ワシントン。このときにもこうした話というのは出なかった、あるいはアメリカからの要請はなかったということでよろしいでしょうか。

町村国務大臣 これも、会議の一々のやりとりについて一つ一つ申し述べるのは差し控えたいと思いますけれども、この審議官級協議はイラクを議論する場ではないということだけは申し上げておきたいと思います。

武正委員 イラクを協議する場ではないけれども、イラクに関しては大変な関心を日米双方ともに持っている。しかも、この日米審議官級協議は、いわゆる米軍再編についての協議、また沖縄の基地負担軽減についての協議でございます。

 この米軍再編についての協議というのは、すべからくイラクも含めた全世界的な米軍基地の再編成でありますので、イラクというものは当然、米軍のトランスフォーメーションの中には重大な位置づけがされているわけでございますので、米軍再編、トランスフォーメーションだからイラクは関係ないよ、こういったお答えは、私としてはやはり納得できないわけでございます。要は、なかったという御答弁というふうに理解をいたしました。

 さて、昨年十二月、一年間の延長を国会閉会後に政府は決めたわけでございます。一年、十二月十四日、これで撤退をする、今当然そういうシナリオで、昨年十二月十四日、一年の延長をしたわけですが、撤退をするについては、いつその決定をしなければならないのか、また、いつからその準備をしなければいけないのか、これについて外務大臣、お答えいただけますか。あるいは防衛庁副長官、事前の御通告はありませんが、何かお答えがあればと思います。

今津副長官 十二月の十四日もしくは十五日に撤退が完了するという意味ですか。(武正委員「はい」と呼ぶ)そういう意味であれば、もしその作業を、そうですね、やはり数カ月かかるというふうに思います、数カ月前から用意をしなければいけないと思います。

武正委員 数カ月にもう今入っているということでよろしいでしょうか。あるいは、まだ入っていないというか、その数カ月も、いろいろ、数カ月というのは幅があるものですから。オランダ軍は半年前に撤退を決定しておりますが、いかがでしょうか。

今津副長官 今、撤退ということは考えておりませんから、また検討もいたしておりませんから、一概に言うことはできませんけれども、その撤退の時期や方法によって変わってくるというふうに思います。

武正委員 数カ月についてもまだまだ幅があるんだというお答えでありました。

 外務大臣、同じ質問なんですが、十二月に撤退が完了するためには、やはり政府としていつの時点でそれを決定しなければならないとお考えなのか。今、防衛庁副長官からは、やはり数カ月かかるということをお答えいただいておりますが、外務省、外務大臣としてどのようにお考えをいただいているか、お答えいただけますか。

町村国務大臣 防衛庁のオペレーションで何カ月かかるかということについては、必ずしも私ども外務省の立場で知り得るところではございませんが、今津副長官が数カ月と言われたのは多分常識的な判断なんだろうかな、こう思って今承っておりました。

武正委員 それでは、次にちょっと移らせていただきます。

 いわゆるACSAについて昨年改定がされたわけですけれども、最近、報道で、国際緊急援助隊派遣法を含まれていないがために、インドネシア・スマトラ沖地震津波被害のときに米軍に対して医療支援が行えないということに気づいた、しかるべきことも考えますと、ACSAを改定する、そしてこの国際緊急援助隊派遣法を付表2につけ加える、こういった報道があるんです。

 まず防衛庁副長官、この間、副長官がホームページにも載っておられますが、二十八、二十九日、東京で、アジア太平洋二十二カ国の防衛協議が行われたわけでありまして、このときはインドネシア・スマトラ島沖地震津波被害についての会議であったというふうに聞いておりますが、そのときに、こうした米軍に対する医療支援が行えないからこれについて何とかしてくれとか、何とかしようとか、そういうような話というのはあったんでしょうか。

今津副長官 いわゆる防衛庁主催の東京ディフェンスフォーラムの件だというふうに思いますが、私も出席をして開会のごあいさつをさせていただきましたから内容については承知をいたしておりますが、そのようなお話はあの会議の中には出てまいりませんでした。

武正委員 先ほど、2プラス2はイラクはやらなかったよというお話でしたけれども、このときにこうした話、あるいは要請、あるいは日本からのACSAの付表2に国際緊急援助隊派遣法を含んで行きますよというような投げかけというのはあったんでしょうか。外務省、いかがでしょうか。

町村国務大臣 まだ出張した者が帰ってきておりませんし、どういう議論が詳細に行われたか、私も承知をしておりませんが、いずれにしても、さっき一般的に申し上げましたように、その一々のやりとりについてすべてをお話しすることができないというのは、国際的なやりとりの中でございますので、御理解を賜りたいと存じます。

武正委員 先ほど来、外務大臣は、一々のやりとりは明らかにできないと言われているんですけれども、たしか今月号の文芸春秋で、中国に対して外務大臣の文章が載っておられます。

 二重かぎ括弧は公表されたやりとりなんだというふうに理解をしておりますが、かなり細かく中国側の、特にあのときには、後で触れますが、大使館への損害賠償あるいは補償、これについて承知していないというようなやりとり、えっというような顔をして後ろを振り向いたとか、かなり事細かく書いておられるわけであります。

 私はこの間、安保委員会で、靖国参拝については、昨年、主席あるいは首相との小泉首相の会談の前に、飯島秘書官が講演で、そのことは中国側にもう言ってあったんだと言ったことについて、なぜこういったことを一秘書官が言うのか、これはやはり官邸の危機管理として問題であるということで、参考人として招致を安保委員会でお願いしましたが、そのときにも外務大臣は、ここに議事録がありまして、「いずれにしても、外交交渉にかかわるいろいろな内部的なやりとりについて、これまたお答えをするのは適当ではないだろうと思っております。」ということを言っているんです。

 私は、文芸春秋はかなりそうした意味では内部にかかわるところを率直に外務大臣として書かれたなということで、先ほど来の答弁とそごを来すのではないかなというふうに思うんですが、これについて何か御意見があればお答えいただけますか。

町村国務大臣 別に意見というほどの意見ではございませんが、本質的な、また日中がそれぞれの利益に関して、極めて、ここは対外的にはやはり公表するのは差し控えておこうとか、お互いにそれを了解したり、一々確認をする場合もございます。

 いずれにしても、あそこに書いてある、私も一言一句、今、文芸春秋を覚えているわけではございませんが、大使館、領事館等に対する破壊活動のやりとり、それに関する日中双方の外務大臣同士のやりとりというのは、かなり既に報道されているというか公表している中身がある意味ではあの文春の中に書かれているということでありまして、ちょっと、後ろを向いたというところまでは確かにそれは公表されていなかったかもしれませんが、それは本質とかかわる話でもないと思いますので、そこら辺は若干書き加えたところはございますけれども、日中双方で合意した公表の中身について、それを超える内容について私は文春の中で書いたつもりはございません。

武正委員 ですから、私は、明らかにできるところは今のように明らかにしていいというふうに思うんですね。これはもう米軍再編をめぐる本委員会からの外務大臣に対する要請、これもしかりであります。今回の2プラス2の高官協議の内容についても、速やかに公開をお願いしたいというふうに思います。

 先ほどのACSAの件でありますが、これは付表2に、協定を改正しないでも、先ほど来問題になっております交換公文により、修正ができるんですね。

 なぜ今回の緊急援助隊派遣法をこれに含まなきゃいけないのか、私は、このACSAの付表2というのは非常に問題だと思っています、昨年の改正は。ここに閣議決定で法律をつけ加えていけば、それこそ世界じゅう、自衛隊は米軍の後方支援ができるという法律の改正になってしまったんですよ。今回、この国際緊急援助隊派遣法を含むという、これはもう閣議決定になります、交換公文で。私はやはり、これはやることについては、慎重であってしかるべきということだと思います。

 米軍に医療支援ができないからという理由もよくわかりません。今回のこの援助隊法では、警察、消防など、そういったあらゆるところの援助隊法ですから、そうすると、今度、米軍に対して警察も消防もすべて応援ができる、そういった法律になっていってしまうわけですから、私は、これは慎重であってしかるべきということを指摘させていただきます。

 先ほど日中のことが出ましたので、最後に外務大臣。

 たしか、五月の連休明けはまた日中外相会談で大使館に対する謝罪そして損害賠償を求めたと思いますが、この五月、六月、二回の日中の高官対話、これで実際に事務方のトップとして謝罪、賠償請求は求めているのかどうか。そしてまた、五月の頭に求めて以来、外務大臣はこの大使館に対する攻撃についての謝罪、賠償請求を求め続けているのかどうか。その後の経過、そして、これからたしかサミットには中国も参加をすると思いますが、こうした場を通じてさらに日本政府としてこの大使館に対することを引き続き求め続けて謝罪なり賠償請求を求めていくのかどうかをお答えいただきたいと思います。

町村国務大臣 先に、グレンイーグルズ・サミットで日中首脳会談があるかということでありますけれども、今、その予定はございません。ちょっと正確じゃございませんが、中国の首脳は朝来てすぐ午後に帰ってしまうというような日程であるやに聞いておりまして、今のところ、その日程を立てるということはやっておりません。

 五月上旬に京都で日中外相会談をやりました。その折に、これはまさに公表してあるとおりでございますけれども、私から、陳謝、損害の賠償、加害者の処罰、再発防止ということについて責任ある対応を改めて求めたところでございます。

 先方からは、国内法、国際法を尊重して責任ある対応をしていきたい、また、一部の過激な行動には反対である、本件について日本国民の重大な関心には十分理解をしているというような話があり、特に原状回復については、その後、その次の週に中国側から対応があったところでございまして、現在、この原状回復について中国側と詳細な調整を行っているという状況でございます。

 私どもとしては、一応、原状回復というところまでは来たかもしれませんが、一番最初の陳謝、謝罪、この分については先方からまだ対応がございませんので、この点については引き続き、責任ある中国側の対応を求めていく考えでございます。

武正委員 聞いたことがもう一つあったんですが、その五月、六月の高官協議、このときにちゃんとその謝罪は求めているのかどうか、お答えをいただきたいと思います。

町村国務大臣 これも、一切その会談内容は外に話さないという了解のもとで非常にざっくばらんな率直な話し合いをしておりますので、その詳細について私から述べるのは差し控えますが、当面する懸案事項については、ことごとく話し合いが行われたということでございます。

武正委員 終わります。ありがとうございました。

赤松委員長 次に、赤嶺政賢君。

赤嶺委員 日本共産党の赤嶺政賢でございます。

 きょう出されております二本の条約には賛成でありますが、ただ、石綿の使用安全条約、これは、きのうはクボタ、そしてきょうは太平洋セメントというぐあいにして被害が拡大してきている状況があります。ですから、今回の対応にとどまらず、石綿使用全面禁止、これはかねてから私たちは主張してきたわけですが、それを明確にして取り組みを進めるべきだということを指摘しておきたいと思います。

 きょうは、普天間ヘリ墜落に対する日米両政府の対応について質問します。

 沖国大への米軍ヘリ墜落は、来月でちょうど一年目を迎えるわけです。この間、この事故に政府はどのように対処してきたか、こういうことを問うていきたいと思います。

 まず、機体の検証です。事故の直後、沖縄県警は、航空危険行為処罰法違反容疑、こういう容疑での立件を念頭に現場検証の令状をとって捜査をしておりましたけれども、米軍側は検証を拒否いたしました。県警はその後、刑特法十三条に基づいて、事故機の検証を米軍に嘱託要請した。この嘱託要請というのは、今どのように取り扱われているのですか。

河相政府参考人 お答え申し上げます。

 委員御指摘のとおり、日本が、現地の警察当局間で検証嘱託、それから捜査協力の要請が行われることは、日米地位協定十七条六等々で明確に定めておりまして、これについて現在要請をしている。その要請に基づき、現在日米間で引き続き協議、調整を行っている状況でございます。

赤嶺委員 今の局長の答弁、何か事故直後のことをおっしゃっているかのような錯覚を持ちかねないような答弁ですが、あれからやがて一年たとうとしているんですよ。一年たって、今要請しています、これはどういうことですか。

河相政府参考人 委員御指摘のとおり、事故から来月で一年がたとうとしているわけでございまして、種々の手続、調査等々が迅速に行われなくてはいけないということは我々も認識をしている次第でございます。

 事故以降から米側とそういう認識のもとで調査をやっている。そして、その間、事故調査委員会につきましては、御承知のとおり、二月十七日に事故調査委員会の報告書というのが日米合同委員会に提出をされまして、その中で、事故がどういう原因で起こったのかということ、それから今後それを踏まえてどういう措置をとっていく必要があるのかということにつきましては、日米間で調整の上合意に達して、それをまた公表し、この委員会でも適宜御説明をさせていただいてきておるわけでございます。

 ただ、あわせて、日本の捜査ということにつきましても、事故直後から手続を始めているわけでございますが、まだ最終的な結論に至っていない。これについて、時間がかかっているということは我々も認識をしておりまして、一刻も早く結論を得るように努力をしているところでございます。

赤嶺委員 その嘱託要請について、アメリカ側からの回答はあったんですか。

河相政府参考人 私どもから嘱託要請をしたことを踏まえて、今後それに対してどういう形で嘱託要請の結果を出していくかということで、現在日米間で話し合いを行っている状況でございます。

赤嶺委員 全く回答が出されていないようであります。

 事故調査報告が出たその二月に、細田官房長官も、改めて嘱託要請について触れて、日本の捜査の必要があるということを記者会見で発表しております。ですから、あいまいにできない問題なんですよ。外務大臣、これは今後政府としてどのようにしていくおつもりですか。

河相政府参考人 お答え申し上げます。

 官房長官からそういう御発言があったということを私どもも承知しております。

 いずれにいたしましても、検証嘱託を含めて、この捜査協力、これをあいまいにしていいということで我々思っているわけではございません。一刻も早く、できる限り早く結論を出したいということで、鋭意努力を今後ともとっていく次第でございます。

赤嶺委員 全く今日まで米側から回答がない、日本の捜査が及ばないところになっているところで、事故調査報告が二月に出されたとおっしゃっている。

 その二月の調査報告の中で、責任のある者に対して懲戒及び行政処分がとられた、この事故の責任のある者ということになっているわけですが、責任のある者とはだれのことを言っているんですか。また、懲戒及び行政処分がとられた、これはどんな内容の懲戒、行政処分ですか。

河相政府参考人 お答え申し上げます。

 委員御指摘のとおり、事故分科委員会の報告書の中で、「責任のある者に対し、懲戒及び行政処分がとられた。」というふうに書いてあるわけでございます。

 この中の、中身の具体的なところにつきましても、現在行っている捜査協力の中であわせて米側と鋭意意見交換、意思疎通を図っているところでございまして、できる限り、この結果については早く結論を出して、公表できる部分については公表していきたいというふうに考えております。

赤嶺委員 局長、ちょっと待ってくださいよ。その責任のある者、それからどんな懲戒処分の内容かというのは、別に米側と調整を図るんじゃなくて、報告書の中にそういう措置をとったとあるわけですから、では、その中身についても、政府は説明を受けていないということですか。説明を求めている最中だということですか。

河相政府参考人 お答えいたします。

 報告書の中にある、責任のある者に対してとられた懲戒処分及び行政処分、この中身について、当然私どもから米側にいろいろな説明を求め、その中で意見交換をやってきておるわけでございます。その結果の中で、今後どういう形で公表できるものが出てくるかということについて、現在鋭意米側と調整を図っているところでございます。

赤嶺委員 日本の警察の捜査権は及ばない状態が一年近くにわたって続き、そして、米軍が再発防止だのあるいは責任者の処罰だのと言ってきたその中身も、一年近くなろうとしているのに皆さんはまだ説明を求めている最中。これでは、ああいう事故というのは本当に何だったのかということが、私、問われると思うんですよ。

 それで、あの事故は、市民生活を恐怖に陥れた事故なんですよ。二度と起きてはならない。そのための事故調査報告じゃないですか。それでさえも中身ははっきりしない。私、そういう土台にあるのが日米地位協定の問題だと思います。

 ことしは戦後六十年という節目の年ですが、米軍の事件、事故、この問題についてさらに突っ込んで聞いていきたいわけですが、今回の事故の場合も、第一次の裁判権は米軍が握っている、こういうところから全くあいまいな世界になっている。

 それでは、旧安保条約を締結して以降、現在までに起こった米軍による事故の件数、あるいは死亡者数、これを全部示していただけますか。

土屋政府参考人 お答えします。

 米軍の事故についての件数、死亡者数についてのお尋ねでございますが、防衛施設庁が知り得ました昭和二十七年度から平成十六年度までの在日米軍による事件、事故の件数は、全国で二十万一千件でございまして、そのうち、公務上のものが約四万七千件、公務外のものが約十五万四千件となっております。

 この件数は、結果的に賠償に至らなかったものも含んでおりますが、九割以上が交通事故ということでございます。

 それから、死亡者数についてお尋ねでございますが、被害者側の死亡者数につきましては、昭和二十七年度以降でございますが、全国で約一千八十人でございまして、そのうち、公務上の被害者側の死亡者数は約五百二十人、公務外の事故によるものが約五百六十人というふうになっております。

赤嶺委員 今の資料を確かめたいんですが、その数字の中には、復帰前の沖縄で起きた事件、事故も含まれていますか。

土屋政府参考人 お答えします。

 復帰前の沖縄の事件、事故の数字は含まれておりません。

赤嶺委員 結局、復帰前の沖縄の数字というのはつかみどころがなくなっている。あれを入れると、この数字がどんなに膨れ上がるかということは明白でありますが、それにしても、二十万件以上。そして、被害者で死亡したのが、公務上で五百二十人、公務外で五百六十人、日本人がそういう被害に遭っている。

 こういう中で、日本側が、第一次裁判権を放棄せよということでアメリカに迫ったことはありますか。

大林政府参考人 お答え申し上げます。

 法務省で把握している限りにおきまして、お尋ねのような事案で、日本側が米軍当局に対して第一次裁判権の放棄を求めた例はないものと承知しております。

赤嶺委員 そうなると、すべては米軍側の責任で裁いていかなければいけないわけですね。日本側は、これは日本の刑事罰に値する犯罪として米軍側と調整をするはずです。

 では、米軍側はそういう犯罪についてどんな裁き方をしているか。実際に一九五二年以降起こったそれらの事故で、アメリカが軍事裁判を行ったもの、これは何件ありますか。そして、さらに懲戒処分、これらは何件ありますか。

大林政府参考人 米軍当局が第一次裁判権を行使し、その処分が決まったもののうち、日本国または日本国民に対して犯された罪については、米軍当局が日本側に通告を行うということになっております。

 法務省において統計資料等を把握しております昭和六十年から平成十六年まででお答えいたしますと、軍事裁判を受けた者は一名、懲戒処分を受けた者は合計三百十八名であると承知しております。

 昭和五十九年以前につきましては、当局に統計資料等が存在しておりませんので、お答えいたしかねます。

赤嶺委員 あれだけの事件が起きていて、昭和六十年以降軍事裁判がたったの一件ですよ。懲戒処分というのが、本当に犯罪に対する再発防止あるいは犯罪者に対する抑止としての刑事罰というようなものにならないことははっきりしていますよね。非常に甘いんです。

 日本の捜査権は及ばない、日米間の事故の調査報告を取りまとめた中でも米側の責任はあいまい、そして、米側に任されている軍事裁判も昭和六十年以降でたった一件、こういう状態なんですね。野放しにされている。米軍の犯罪が野放しにされている。そして、事件、事故が起きてもそのままだ。

 だから、去年の八月十三日にヘリの墜落が起きたときに、当時の沖縄担当大臣の茂木さん、こう言っているんですね。日米合同委員会合意議事録の十七条で、検証を行うときに米国の同意が必要とされ、米国がノーと言ったらできない、この部分は変えたいということを当時発言し、そして、この問題で沖縄関係の大臣の協議もあったと思います。

 当時は、機体の検証を日本側ができないなんてとんでもない、この部分をもし米軍が応じないなら変えるべきだ、こういうことを内閣にいる人たちが、こもごも主張し、与党の幹部が主張してきたわけですね。

 それでは、この部分は変わったんですか。あるいは、変えるための交渉をやったんですか。

河相政府参考人 お答え申し上げます。

 日米地位協定、今御指摘がありました、合意に基づき、米側が検証に同意をしない場合には、まさに検証嘱託の手続というのがなされる制度になっております。それに基づいて、昨年八月に起こった事故についても検証嘱託を米側に求めているという状況でございます。

赤嶺委員 ですから、その検証嘱託についても、一年たつのに回答さえ来ない。ですから、こういう場合には、やはりお約束どおり、地位協定の見直し、こういうものをきちんとするべきじゃないですか、外務大臣。いかがですか、普天間のヘリの墜落を振り返って、一年たって、日本側は本当に手も足も出ないような状態、こういう状態が、枠組みが温存されている。

 それで、やはり地位協定の見直しという形で、変えるべきだと米国に求めるべきだと思いますが、いかがですか。

町村国務大臣 よりよい地位協定をつくるために不断の検証が必要であるということは、従前より申し上げているとおりであります。

赤松委員長 質疑の持ち時間を超えていますので、簡明にお願いします。

赤嶺委員 不断の検証がいかに無力であるかということが、この一年間のことで実証されたと思います。

 普天間は、今また市街地上空での訓練が始まっています。大変危険な状態です。一年間振り返って、日米地位協定の見直しどころか、運用の改善も行われなかった、運用の改悪になってしまった、こういう姿勢では、絶対に、沖縄の基地問題、負担の軽減は解決できないということを申し上げまして、質問を終わります。

赤松委員長 次に、東門美津子君。

東門委員 社会民主党の東門美津子です。よろしくお願いします。

 本日の議案となっています二本の条約については、私どもも賛成ということをまず申し上げておきたいと思いますが、一点だけ、石綿安全条約について質問をさせていただきたいと思います。

 静かな時限爆弾とも呼ばれるアスベスト、石綿の健康被害については、かねてから聞いてはおりましたが、昨日、本日と立て続けの石綿による健康被害関連ニュースに接して、改めてその重大さに驚いております。

 先ほどから同僚委員の質問に答弁しておられる関係省庁のアスベストによる健康被害対策、予防策に、あらゆる角度から本当に真剣に取り組んでいただくよう、まずお願いをしておきたいと思います。

 本条約は、これまで二十七カ国が批准をしているわけですが、その多くは欧州、南北アメリカ、アフリカ諸国であり、アジア地域では我が国が初めてです。アジア諸国においては、経済成長に伴い、今後石綿使用の増加が見込まれており、先進国に比べて労働条件が悪いアジアの労働者の間で石綿粉じんに起因する疾患が拡大することが懸念されます。

 外務省によれば、我が国が本条約を締結することはアジア地域における石綿関連問題のメルクマールになるとのことですが、日本政府として、アジア地域で石綿関連疾患の被害者が拡大することを防止するため、アジア各国へ本条約への加盟を呼びかけ、地域で石綿全面禁止の方向性をつくることにリーダーシップを発揮するべきではないでしょうかと思うわけですが、いかがでしょうか。

神余政府参考人 お答え申し上げます。

 ただいま委員御指摘がありましたとおり、アジア地域におきます本条約の批准は我が国が初めてでございまして、日本としても、今後より多くの国がこの条約を批准することが望ましいことは言うまでもありません。

 しかしながら、条約の批准につきましては、各国でそれぞれの事情を踏まえて検討されるものでございまして、日本としましては、今後とも、例えばILOの会合などを含む各種の機会を利用しまして、日本の取り組みを紹介することなどを通じまして石綿対策の重要性について国際的に認識が深まるよう努力していきたい、こういうふうに考えております。

東門委員 ぜひ頑張っていただきたいと思います。

 それでは、質問をかえますが、辺野古沖における水陸両用車の沈没について伺いたいと思います。

 六月九日、名護市辺野古漁港から約一・五キロ沖を移動中の米海兵隊水陸両用車が沈没するという事故が発生しました。その後、事故を起こした水陸両用車から流れ出た油が海面に浮かび上がっていることや、水陸両用車のキャタピラにより沈没地点周辺のサンゴが約二十メートルにわたり傷つけられていることが報告されています。

 事故が発生してから三週間たったきょう現在、沈没した水陸両用車は放置されたままですが、引き揚げはいつになるのか、それを把握しておられるか、教えていただきたいと思います。

河相政府参考人 お答え申し上げます。

 委員御指摘の事故が六月九日に起こりまして、その後、車両の回収については、米側において早期引き揚げのために作業を継続中という情報は私現在持っておるのでございますけれども、その先、具体的にいつになるか、今ちょっと突然のお尋ねでございまして、具体的なタイムスケジュールは持っていないところで御了解いただければと思います。

東門委員 米軍からは何とも言ってこないのでしょうか。現場からの声では、そのままだと、継続中とおっしゃいますが、継続されている様子がないんですね。調査が、引き揚げ作業が行われているというのが見えない。それで、電話をいただきまして、きょうお伺いしているんです。

 いかがでしょうか。全然ないんでしょうか、米軍の方からは。

河相政府参考人 私が手元に持っている資料に基づけば、米軍において早期引き揚げのための作業を継続中ということでございます。

 この先どういうスケジュールで作業をやっていくのかということについては、現在手元に資料がございませんが、後刻、チェックの上、また御報告させていただきたいと思います。

東門委員 ぜひ御報告いただきたいと思いますが、報告をいただく前に、私は、やはり外務省として、これは防衛施設庁も同じです、両方でしょうけれども、そういう事件、事故が起こったら、直ちに米軍に対して要請をする、動きをしていくということは大事だと思うんですが、今の局長の答弁では、それがなされていないということのあらわれだなというふうに私は理解しております。

 沈没現場が米軍への提供水域内であることから、沖縄県は六月の十六日に、事故車両引き揚げ前と引き揚げ時の合わせて二回の環境調査を認めるよう在沖海兵隊に申し入れていましたが、海兵隊から、二十四日、現地レベルで判断できる案件ではない、上部で検討する必要があると文書で回答してきたとのことです。これは外務省にもしっかり入っていると思います。

 私は、これまでも何度も、米軍施設・区域内で何らかの事故等が発生した場合、その基地の所在する地方自治体が立入調査を行うことができるよう地位協定を見直しすべきであり、それが難しいというのであれば、せめて運用改善を行うべきだと主張してまいりましたが、残念ながら、いまだに地位協定の見直しどころか、運用の改善すら行われていないというのが現状です。

 これは町村外務大臣にお願いしたいんですが、米軍施設・区域内で事故等が発生した場合の地元自治体による立入検査の必要性に対する見解をお伺いしたいと思います。

町村国務大臣 我が国の米軍施設・区域への立ち入りにつきましては、一九九六年十二月の施設・区域への立ち入り許可手続に関する日米合同委員会合意に基づく所要の手続を経てアメリカ側と調整の上行われるということになっております。

 地方公共団体によります環境調査のための施設・区域への立ち入りにつきましては、関係自治体が汚染現場に立ち入って視察を行うことが認められた例もございまして、アメリカ側としても、軍の運用への影響等を勘案しながら立ち入り要請に応じているところであると承知をしております。

 政府としては、今後とも周辺住民の方々の環境問題への高い関心を念頭に置きながら、アメリカ側と運用の改善を進め、環境の保護に努めていく必要があると考えております。

東門委員 大臣はその合同委員会の合意事項、御存じですか、立入検査に同意するという条件。どういうことになっていますか。今の御答弁では恐らく御存じないのではないかと私は思うんですが、失礼ですけれども、その中身を教えてください。立入検査に同意する、合意するという、どういうときなのか、どういう条件がついているのか、おわかりでしたらお聞かせください。

 いや、大臣にお伺いしたいですよ。同じような状況では本当に困るんです。

 大臣は御存じない、今、ただこのペーパーを読まれただけ。

 大臣、二週間前なんですよ、二週間前に申し入れなきゃいけないんですよ。刻々変わっていくんです、環境状況は。これは基地の内でもそうなんですけれども、これは水の底です。時がたつのを待って、二週間たって本当に立ち入りがオーケーが出るのが三日前にならないとわからないという状況ですよ。そういうのを御存じなくてそのようなペーパーを読まれても、本当に悲しいなと思います。こういう方がアメリカ側とそういう地位協定の問題、外交の問題、しっかりとやっておられるとは到底思えないんですよ。わかっていただきたい。本当に落胆の一語ですね。

 沖縄が、沖縄県だけではありません、地位協定に関しては、全国、本当に国民ほとんどが改定してほしいと。こういう問題があるからなんです。あらゆる場で起こっているんです。本当に、環境汚染があっても立ち入りができない、調査ができない。被害はどこに来るんですか。地元ですよ、住民ですよ。それでいいとする、よしとする政府の気持ちが絶対に理解できません。

 それでは、申し上げます。

 米軍施設・区域内で事故が発生した場合、特に周辺地域への環境汚染などそういうものが懸念される場合には、本当に地元自治体が速やかに立入調査ができるように、私は一番いいのは地位協定改正だと思いますが、それができない、いや、政府はやる気がない、やろうともしない、そうであれば、少なくとも運用の改善、外務省がいつも誇らしげにおっしゃる運用の改善、せめてそれだけはすべきだと思います。

 しかしながら、今回の立入調査申し入れに関しては、沖縄県が事故車両の引き揚げ前及び引き揚げ時に調査を行うことを要望しているという時間的な制約もありますから、運用の改善が図られるまで待ついとまはないと私は思うんです。

 それで、早急に立入調査が認められることが必要です。沖縄県の立入調査が実現するよう、これは、外務省あるいは沖縄担当大使から、在日米軍司令部や四軍調整官などに働きかけていくべきだと思いますが、いかがでしょうか。働きかけていくべき、いや、もし働きかけているなら、それもあわせてお答えください。

赤松委員長 質疑持ち時間が終了しておりますので、答弁は簡明に願います。

河相政府参考人 今後とも政府としては、今御指摘があった点、米側と、どういうことが可能なのかということについては話をしていきたいと思います。

 なお、ちなみに、六月の二十三日に、那覇防衛施設局、それから名護の漁協が米海兵隊と合同で被害調査を実施して、三十日に、魚介類等への被害なしという調査結果は公表しているというふうに承知しております。

東門委員 その件については、次の委員会でぜひ質問をさせていただきたいと思います。

 終わります。ありがとうございました。

赤松委員長 これにて両件に対する質疑は終局いたしました。

 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後零時十分散会


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