第3号 平成13年11月21日(水曜日)
平成十三年十一月二十一日(水曜日)午前九時二分開議
出席委員
委員長 赤羽 一嘉君
理事 小野 晋也君 理事 宮本 一三君
理事 吉田六左エ門君 理事 渡辺 具能君
理事 奥田 建君 理事 古川 元久君
理事 西 博義君 理事 山田 正彦君
今村 雅弘君 岩倉 博文君
岩屋 毅君 大野 松茂君
左藤 章君 砂田 圭佑君
高木 毅君 西川 京子君
堀之内久男君 三ッ林隆志君
谷津 義男君 山本 幸三君
吉田 幸弘君 金子善次郎君
河村たかし君 釘宮 磐君
今田 保典君 伴野 豊君
牧野 聖修君 松原 仁君
江田 康幸君 黄川田 徹君
春名 直章君 藤木 洋子君
菅野 哲雄君 山内 惠子君
松浪健四郎君
…………………………………
参考人
(東京大学社会情報研究所
教授) 廣井 脩君
参考人
(東京大学地震研究所教授
)
(火山噴火予知連絡会会長
) 井田 喜明君
参考人
(東京都総務局災害対策部
長) 岡部 恒雄君
参考人
(三宅村議会議長) 山田 和快君
参考人
(三宅村助役) 野村 忠司君
衆議院調査局第三特別調査
室長 柴田 寛治君
―――――――――――――
委員の異動
十一月二十一日
辞任 補欠選任
田中 慶秋君 伴野 豊君
前田 雄吉君 河村たかし君
河合 正智君 江田 康幸君
塩川 鉄也君 春名 直章君
同日
辞任 補欠選任
河村たかし君 前田 雄吉君
伴野 豊君 田中 慶秋君
江田 康幸君 河合 正智君
春名 直章君 塩川 鉄也君
―――――――――――――
十一月十六日
災害被災者の生活と住居・店舗再建の公的支援制度の改善に関する請願(木島日出夫君紹介)(第三八九号)
は本委員会に付託された。
―――――――――――――
本日の会議に付した案件
災害対策に関する件(三宅島雄山噴火等に係る災害対策)
――――◇―――――
○赤羽委員長 これより会議を開きます。
災害対策に関する件、特に三宅島雄山噴火等に係る災害対策について調査を進めます。
本日は、参考人として、東京大学社会情報研究所教授廣井脩さん、東京大学地震研究所教授・火山噴火予知連絡会会長井田喜明さん、東京都総務局災害対策部長岡部恒雄さん、三宅村議会議長山田和快さん、三宅村助役野村忠司さん、以上五名の皆様に御出席をいただいております。
この際、私、衆議院災害対策特別委員長赤羽一嘉より、参考人の皆様にごあいさつを申し上げさせていただきたいと思います。
本日は、皆様、公務御多忙の中にもかかわりませず本委員会に御出席をいただき、まず心から御礼を申し上げる次第でございます。本当にありがとうございます。
皆様よくよく御承知のように、昨年七月の三宅島雄山噴火以来、九月には全島島民避難という未曾有の事態に直面いたしまして、島民の皆様方は、先行きの見通しが立たない中、島と環境が全く異なるなれぬ土地で、一年二カ月余りにわたりまして不自由な避難生活を強いられているところでございます。本委員会を代表し、避難島民の皆様方に改めて心よりのお見舞いを申し上げる次第でございます。
私たち衆議院災害対策特別委員会は、行動する委員会として、まず最初に行うべきことは現場の皆様方の生の声を聞くことだということで、本年三月十四日、秋川高校、武蔵村山団地を視察いたしまして、教職員、生徒さんたちと給食をともにし、そして避難中の島民の皆様方とひざを交えながら直接対話をする機会をつくらせていただきました。
また、本年九月実施された島民の一時帰島という状況を受けまして、本委員会も、去る十月三十一日、三宅島を訪問し、被災現場の被害状況と復旧事業の実情を調査し、その視察報告も、去る十一月八日の本委員会席上で行ったところでございます。
本日の委員会には、広範で複雑な問題を抱えます三宅島雄山噴火災害対策に資する議論を行うべく、三宅島島民へのアンケート調査の分析に御尽力をいただいております東京大学社会情報研究所教授の廣井脩先生、また、歴史上まれなる噴火状況を呈している三宅島雄山の観測予知をしていただいております火山噴火予知連絡会会長井田喜明先生、そして、現場の自治体として大変な御苦労をされております東京都より岡部恒雄総務局災害対策部長、同じく三宅村より野村忠司助役、そして、三宅村村民の村の声を代表して三宅村議会から山田和快議長をお招きいたしておるところでございます。
本日は、限られた時間でございますが、参考人の皆様方におかれましては、三宅島雄山噴火等に係る災害対策につきまして忌憚のない御意見をいただきますよう心からお願いを申し上げまして、私からのごあいさつとさせていただきたいと思います。きょうはどうか皆様よろしくお願いいたします。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、廣井参考人、井田参考人、岡部参考人、山田参考人の順序で、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対しお答えいただきたいと存じます。
なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御了承いただきたいと存じます。
それでは、廣井参考人にお願いいたします。
○廣井参考人 東京大学の廣井でございます。
私は、避難生活の長期化に伴う住民の方々の生活支援の問題と、火山ガスが終息して帰島できる状況になったときの地域の復興対策、この二つの問題についてお話をしていきたいというふうに思います。
最初に、避難生活の長期化に伴う生活支援のあり方について意見を申し上げたいと思います。
私は、地震や噴火あるいは風水害の調査研究を二十五年続けてまいりましたけれども、そういう中でしばしば考えますのは、被災者に対する支援の公平性、こういうことであります。
お配りした資料をここでちょっとごらんいただきたいのですけれども、この資料一ですが、これは、同じように避難生活が長期化しました雲仙・普賢岳の噴火と、それから有珠山の噴火で行われました民生対策の一覧表でございます。
今回の三宅島の対策、生活支援対策、特徴がありますのは、例えば、生活再建支援法の適用外の人たちに東京都の単独事業で現金を支給した。それから、商工業者とか農林漁業者に対しまして既往債務の利子補給を行った。この二点は大変画期的な対策でありまして、これは非常に高く評価をしたいというふうに思っております。
それから、ここにありませんけれども、東京都は避難の直後から都営住宅などを無料で提供しました。それから、テレビや冷蔵庫などの生活必需品も無料で支給しております。この措置によりまして、三宅村の方々は不便でつらい避難所生活というものを経験しなくても済んだわけであります。
ただ、私、多少注文があるんですけれども、資料一をごらんいただいて気がつきますのは、雲仙とか有珠では、長期避難という事態に対応しまして、食事供与事業とかあるいは生活支援事業とか、こういう費目で、四人家族でしますと大体十二万から十五万程度の継続的な生活支援というものを行っております。ただ、現在、三宅ではそういう継続的な生活支援というものが欠けております。
三宅島の災害でも、生活再建支援法とかあるいは義援金による金銭的支援というのは確かにありました。しかし、これは一時的な支援であります。こういう支援もありがたいんですけれども、島民の方々は、帰島後の生活の再建という問題もありまして、このお金を避難生活のためだけに使うというわけにはいきません。実際には、預貯金を取り崩しながら、節約に節約を重ねて生活をしているというのが実情であります。
ことし十月に、三宅村は都合三度目の住民アンケート調査を行いました。その中間集計ができていると聞いております。その中に、現在、島民の方々がどれほど切り詰めた生活をしているかとか、あるいはどのくらいの人たちが生活支援を必要としているか、こういう調査項目があります。その結果を後で村に教えていただけたら幸いだというふうに思っています。
私としましては、避難生活が長期化せざるを得ない災害、こういう災害では、月々一定の金銭を支給するという、先ほど申しました継続的な生活支援というものが大変重要だというふうに思っています。
雲仙の食事供与事業は、これは国と自治体が折半で費用を負担しました。それから、有珠の場合は、これは虻田町の事業として行いましたけれども、北海道が一〇〇%補助をいたしました。三宅の場合、どういう施策か、具体的な施策の形は変わったとしましても、少なくとも、働きたくとも働けない、こういう人たちに対する継続的な生活支援というものはぜひ必要だというふうに思っております。
特に、三宅島の場合ですと、例えば仮に火山ガスが終息しまして念願の帰島が実現するという状況の場合も、場合によっては、商工業者とか農業従事者は、帰島後も当分しばらくは収入がほとんど期待できないというような状況も考えられます。そういう意味で、帰島後も収入が当分期待できないという人たちに対しましては、先ほど申しました継続的な支援というものを一定期間続けていく必要がある、こんなふうにも感じております。
でも、私は日ごろから言っているんですけれども、この日本列島に住んでいて、同じような火山災害を受けて、そしてまた長期避難を余儀なくされる、収入も途絶える、そういう人たちに対して、その時々の経済状況とかあるいは行政当局の意向とか、そんなものに左右されないで基本的に同じような生活支援を受ける、これは国民の権利だというふうに思っています。そんな意味で、ぜひ雲仙や有珠で行ったような継続的な生活支援というものを今後お考えいただきたいなと思っています。国と東京都がこういう継続的な生活支援を行うつもりがあるのかどうか、もしそういう支援が困難だということであれば、その理由は一体何なのか、できればお聞かせいただきたいなというふうな気持ちも持っています。
それから、三宅村の生活支援についてもう一つ申し上げたいんですけれども、現在、被災者の方々の生活支援というのは、災害対策の枠組みではなくて社会福祉の枠組みで考えているということであります。要するに、本当に困っている人は生活保護を受ければいいじゃないか、こういう論理が使われているということであります。だけれども、そういう政策が被災者の方々に受け入れられるかどうか、これは大変問題であります。
今回、アンケート調査を行いまして、そのアンケート調査の中でも、生活に困ったら生活保護を受けるつもりがあるかという質問があります。恐らく、現在生活保護を受けている人も、今後生活保護を受けたいと思っている人もほとんどいないんじゃないかというふうに私は思っていますが、その結果も教えていただけたら幸いだと思っています。
私自身は生活保護を否定するつもりはありませんけれども、生活保護を受けるといろいろな制約があります。それから、何よりも、自分の責任でない自然災害のために長期間避難を余儀なくされて収入の道が途絶えた、こういう人たちに対して、生活保護の仕組みじゃなくて災害対策という枠組みの中で支援を考えるのが筋ではないかというふうに思っています。
実は、最近、政府の職員から、災害保護という考え方があるというふうに聞きました。つまり、災害保護というのは、生活保護と違いまして、災害によって収入の道を失った人が避難生活を続けている間だけ一定の継続的な金銭的支給を受ける、こんな仕組みであります。私は、これは大変いいアイデアだというふうに思っていますので、こういう災害保護のアイデアを制度的に実現するように、そんな努力もしていただけたらなというふうに感じています。
それから次に、火山ガスが終息して住民の方々が帰島できるようになったときの村の復興対策という問題についてお話をしたいと思います。
いろいろ聞くところによりますと、一時帰島が終わった後、多くの住民の方々が、例えば屋根の補修とかそういう自宅のメンテナンスのために月に一度か二度定期的に帰島したい、こういう望みを持っている方が少なくないと聞いています。
これは、火山ガスの危険ということもあるんですけれども、安全に配慮しまして、例えば情報伝達体制とか避難体制とかそんなものを整備して定期的な帰島ができないかどうか、このことをまず検討していただきたい、こういうふうに思います。
しかし、本格的な帰島となりますと、これは火山ガスの危険が完全に去る、相当危険が少なくならない限り簡単には実現しない、これもまた事実であります。
そこで申し上げたいんですけれども、自分の意思とはかかわらず帰島ができない、そして自宅が傷んでいくのを座視せざるを得ない、そういう人たちに対しまして、帰島後の住宅再建とかあるいは住宅の補修、こういうものに公的な資金を投入できないかどうか、こういうことであります。
これは御承知のように、個人住宅の建築とか補修というのは、個人資産の形成と維持につながるということで、公費は出さないというのが一般的な原則でした。ただ、現在は状況が違っているんじゃないかというふうにも私は思っています。
そこで、資料二をごらんいただきたいんですけれども、これは昨年の十二月に旧国土庁が発表しました、被災者の住宅再建支援の在り方に関する検討委員会、これはたまたま私が座長をやっていたわけですが、この検討委員会の報告書の冒頭なんですけれども、地域復興のために、個人住宅の再建はある種の公共性を有する、こういうふうにはっきり書いてあります。つまり、住宅というのは、地域復興という観点からすると、単に個人資産じゃないんだ、こういうことであります。
現実を見ましても、昨年の十月六日に起こった鳥取県西部地震の直後に、鳥取県の片山善博知事が、これは地域復興のためということですけれども、個人住宅の再建に三百万、それから住宅の補修に百五十万の補助金を出しています。
それから、災害後の住宅再建ということじゃないんですけれども、横浜市は、阪神・淡路大震災で木造住宅が大変被害を受けたということで、木造住宅の耐震診断と耐震補強に力を入れています。耐震診断は全額公費で賄う。それから耐震補強につきましても、収入によっていろいろ違うんですけれども、最高九〇%、金額にしますと最高五百四十万円、こういう高額の補助を出すというような仕組みをつくっています。
こういうふうに考えると、三宅村の住宅再建とか住宅修理のために公的な資金を出すというのは、これは前例のないことでもありませんし、不自然なことでもないというふうに私は思っています。これは帰島後の地域振興のために大変重要なテーマでありますので、これも検討していただけたらなというふうに考えています。
最後になりましたけれども、これもちょっと注文なんですけれども、実は、住民の方々が島外避難して一カ月半後の十月十八日に、私、東京都に対しまして、三宅村の人たちのためにどういう生活支援策を考えているかと質問状のようなものを出しました。それに対して、この十月十八日の時点では、東京都さんは、避難が長期化した時点で総合的に対策を検討する、こういうふうに回答がありました。
それから、全島避難から五カ月たちました二月の七日ですけれども、三宅島対策をどうするかということで、東京都に参りまして、東京都さんといろいろと話し合いました。このときはここにいらっしゃる岡部部長も同席してくださったんですけれども、そのときに、三宅村の長期避難対策として、例えば普賢岳とかそれから有珠山でやったような先ほど申し上げた継続的な生活支援、こういうものをやるつもりがありますか、こういうふうに質問しました。私の印象では、そのときは余り積極的な対応ではなかったというふうに思っています。
このときの東京都の回答ですが、こういうものでした。働ける人は、これは職業をあっせんするということで対応したい、だけれども働きたくとも働けない人がいる、こういう方々には救済策、支援策を考えたい、だけれども、どの程度の人が支援を必要としているのか、そのデータがない、そのデータを早急に集める必要がある、そこで、島民、三宅の人たちに対してアンケート調査を行うつもりだ、こういうふうなのが東京都の回答でした。
実際に、三月にアンケート調査が行われました。そして、五月には高齢者だけを対象としたアンケート調査を村が行っています。つまり、データはそこで得られたんですけれども、しかし、このアンケート調査に基づいてどんな対策が行われたか、その対策の中身を私は知りません。
それから、六月の七日、政府の非常災害対策本部が申し合わせをしています。こういう申し合わせです。これは三宅対策の申し合わせですけれども、事態の長期化を踏まえて、各省庁において被災者の方々の生活支援を当面最大の課題として引き続き最大限の努力を払う、こういうことであります。これは六月七日ですけれども、その後具体的にどういう対策が行われたか、これも私は聞いておりません。
過去はやむを得ませんけれども、先ほども申し上げましたように、今回三宅村は改めて三回目のアンケート調査をして、住民の実情とそれから住民の意向について相当詳しい調査を行いました。以前の二回の調査は無記名でした。ところが、今回は記名式の調査であります。しかも、村が大変懸命に努力を払いまして、回収率は八〇%を超えました。したがって、住民の方々の実情について大変詳しい情報が得られたというふうに私は思っています。
まだ最終的な分析は済んでいないということですけれども、この詳しいデータをもとに、今度こそ実効のあるような生活支援対策をとっていただきたいな、こういうふうに私は希望しております。
以上で私の意見陳述を終わります。(拍手)
○赤羽委員長 ありがとうございました。
続きまして、火山噴火予知連絡会会長井田喜明参考人にお願いいたします。
○井田参考人 私は火山学者ですので、三宅島の火山活動の状況についてお話ししたいと思います。資料をお配りしておりますので、それに沿って進めてまいります。
まず資料の一ですけれども、これは三宅島の噴火の概要みたいなことが書いてあります。ここでは、過去にもいろいろ噴火しているわけですけれども、二十年おきぐらいに噴火しているわけですけれども、基本的には山腹の割れ目から溶岩を出すというふうな活動を続けてまいりました。それで、爆発性は低かった、そういう意味で、防災上は余り大きな問題というのはなかったわけです。
それに対して、二〇〇〇年、昨年の噴火はかなり異例の展開を示しました。それについて資料二で御説明いたしますが、噴火を全体として三つの段階に分けられるかと思います。
第一段階は、昨年の六月の末なんですけれども、マグマが上昇してきて、それが西側の山腹の方に移動して、最終的には海底噴火が起こった。海底噴火が起こった位置というのは上の図で見ていただきたいわけですけれども、そういうところで海底噴火が起こった。この段階は、いろいろな観測データを駆使しまして、かなり状況を把握しておりました。それで、予知もそれなりにうまくいっていたと考えています。
私どもは、これで活動が終わったのではないかと実は思っておりましたが、その後、七月に入りまして、第二段階の噴火が起こりました。これは非常に異例な出来事であったわけです。
まず、七月八日には山頂で小爆発が起こって、小爆発自体はいいわけですけれども、そのときに非常に大きな陥没孔が二千五百年ぶりにできるということが起こりました。その後に、今度はその火口でもって非常に爆発性の強い噴火が起きた。三宅島としては余り経験のないような爆発性の強い噴火が何回も起きるということが起こりました。
それで、我々として、いろいろ経験のないというようなこともありまして、その活動を把握しそれを予測するということがかなり難しくなってしまったわけです。それで、非常に予期せぬ災害という可能性も考えられるということで、結局は、ある意味では科学的な判断を放棄した形で、行政に避難の検討をお願いするということになりました。そういうことで、九月の初めに全島避難ということが起こりました。
その後が第三段階のステージなんですけれども、そこでは火山の爆発的な噴火の活動というのはなくなったわけですけれども、累積した火山灰が降雨時に泥流を起こすということが起こりました。それから、これも非常に予期せぬことだったわけですけれども、非常に多量の有毒ガスを含むような火山ガスが放出を続けたということで、泥流と火山ガス、特に火山ガスということが重要な要因になって、爆発的な活動の方はおさまったんだけれども、帰島ができないという状況が続いているわけです。
その次のページですが、資料三、四は、昨年の八月の爆発性の強い噴火のことについてもう少し詳しくお話しいたします。
一番最大の規模の噴火というのは八月十八日に起こったわけですけれども、それが資料三です。このときには、噴煙が成層圏まで上がりまして、かなり多量の降灰が出たわけですけれども、それと同時に噴石がたくさんありまして、その数センチ大のものが山ろくまで出たわけです。そのために、家畜とか家屋あるいは自動車などに被害が出たわけです。非常に幸いなことに、人命には被災することはなかったわけですけれども、かなり危険な状態であったということです。
それから、資料四に入りますが、八月二十九日には火砕流という現象が出ました。これは、雲仙・普賢岳でも火砕流というものが出たわけですけれども、これとは違ったものでして、温度が非常に低くて、速度もゆっくりしたもので、それ自体は危険性の低いものであったわけですけれども、こういうものが出たということが我々にとっては非常に驚きであったわけです。そういうことを受けて、全島避難ということになりました。
それで、三ページ目に移りますが、資料五以下は、今最大の問題になっております火山ガスについて御説明いたします。
資料五は、火山ガスの濃度やそのほかのものが時間とともにどう変化したかということで、その横軸は時間です。
まず、この火山ガスの成分なんですけれども、真ん中ぐらい、あるいは上、ずっと比較していただけばいいわけですけれども、基本的には、主成分はH2O、水蒸気です。ですけれども、二酸化硫黄あるいは硫化水素あるいは二酸化炭素というような有毒ガス成分が大体一〇%程度含まれている、そういうような状況です。
その中で一番よくはかられているのは、一番上にあります二酸化硫黄の量です。これはCOSPECという遠隔測定で割と簡単に、簡単ということはないんですけれども、はかりやすい装置がありまして、それを使ってかなり頻度高く測定を行っております。
それによりますと、まず、どのくらい出ているかということを見ていただきたいわけですけれども、一番上の図のスケールがキロトンとありますけれども、百キロトンというのは十万トンですから、大体毎日数万トンぐらい出ている、まずそれが一つのポイントです。ただ、それにしましても、全体として見ると、そのガスの放出量、火口から出るガス全量の放出量というのはだんだん下がっていく。最近は一、二万トンという状況になっているということを見ていただきたいと思います。
そのガスがどういうことであるかということを比較するために、四ページ目では、ほかの火山の状況と比較しております。
上の資料六は、イタリアのエトナ山です。これは、二酸化硫黄のガスが非常に多量に出ているということで世界でも有名な火山なので挙げてありますが、ここでは、非常に活動的な火山で、しょっちゅう噴火が起こるわけですけれども、噴火が起こるときには、場合によっては二、三万トンというようなものが出るわけですけれども、通常は大体五千トンぐらいの放出量で、三宅島と比べると数分の一であるということをまず見ていただきたいと思います。
それから、日本の火山では、割とよくはかられていて、非常によく問題になっているのは桜島でありますが、桜島が下であります。この図の棒グラフの方は地震の回数で、今ちょっと無視していただいて、上の方に幾つかバーがありますが、これが二酸化硫黄の測定量で、そのスケールは右側の方に出ております。大体の値というのは二千から三千トン・パー・デー、そういうことであって、やはり三宅島と比べると一けた低いということであります。
こういうことから見ましても、三宅島で出ている火山ガスの量というのは、火山学者も余り経験したことのないような非常に量の多いものであるということを御理解いただきたいと思います。
次のページの資料七、これは五ページ、六ページにまたがりますけれども、先ほどまでは火山ガスが火山からどれだけ出るかという全量を問題にしていたわけですけれども、それがいろいろな山ろくの観測点でどういうふうな影響を与えるかという、山ろくではかった濃度を記録したデータ、これは東京都のデータであります。これもやはり横軸は時間で、それを全体として六点の観測点のデータを集めております。
まず見ていただきたいのは、どこでも、これはほとんど連続的にはかっているわけですけれども、高い濃度、棒のようにぱっと上がっているということは、ふだんはそれほど濃度が高くなくて、突然上がる、それから、それにしてもそれが余り続かずに、数時間とか数日ぐらいで大体おさまる、そういうような、時間的に非常に変動が大きいということが一つのポイントです。
それからもう一つは、六枚のグラフの間の関係を比較して見ていただきたいわけですけれども、非常にたくさん、例えば時に一〇ppmを超えるというような濃度が出ているのは、五ページの一番最初の図、これは東側の空港の観測点でありますが、そこだけであります。ほかのところの観測点というのは、それよりもずっと低いということになる。こんなふうに時間と空間で随分大きな変動があるということであります。
それは何かというと、一言で言うとこれは風の影響であります。火山ガスが山頂の火口から出ているわけですけれども、風に流されていろいろな方向に行くわけです。そして、時間によっては、風向きで来たときには非常に濃度が高くなるけれども、そうでないときには別に特別なことはない、そういうことであります。それで、東側で非常に高濃度が出るというのは、特に冬場には西風が卓越する、そういうことに対応いたします。
次に七ページ目に移ります。資料八ですけれども、これは、気象庁なりほかのいろいろな機関がいろいろな火山観測を行っています。それをある意味からいってまとめたものであります。
それの下から三番目の火山ガスについては、もう今お話しいたしました。そのすぐ下に、関連したものとして、火口内の温度というのをはかっております。この温度というのも結構変動するわけですけれども、基本的には下がっているように見えます。それから、関連して、二つぐらい上の三宅島の噴煙、これは出ている噴煙の高さをはかっているわけですけれども、これも変動があるわけですけれども、基本的には全体としては下がっているということで、火山ガスの噴出の勢いというのが、全体としては、ゆっくりであるけれども下がっていくということは見ていただけると思います。
それから、上の二つ。空振というもの、空振というのは爆発に対応する空気振動です。それから、微動というのは、地下で何かが動いている、そういうことに対応するものですけれども、これはむしろ噴出の状態あるいは爆発の状態みたいなものを示しているわけであります。
一番下に、顕著な爆発が起こったときというのが書いてあります。昨年の八月に非常に激しい爆発を起こしたわけですけれども、その後一時非常に静かな状態だったのですけれども、ことしに入ってから多少そういう爆発的な噴火が目立ってまいりました。
ただ、爆発と申しましても、例えば遠方のカメラで見てみますと、ふだんは真っ白な噴煙が上がっているわけですけれども、黒いものがもくもくと数分ぐらい上がる。それに対応して、多いときには山ろくでもかすかに、よく見るとわかる程度火山灰が降る、その程度であります。
今、これは非常に大きな火口ができておりまして、直径が一・五キロで、深さが五百メートルというようなすごい大きな穴になっているわけですけれども、例えばその外に噴石が出るとか、そういうようなことはありません。防災上は、この小噴火というのはほとんど無視してもいいような、そういうものであります。
八ページ目が、こういう活動に対しては、火山噴火予知連絡会という機構がいろいろとその評価を行っているわけですけれども、これは一月近くになるんですけれども、先月それに対して評価した内容が書いてあります。
見ていただきたいのは、最後から二つ目のブロックの「以上のことから、」というところで大体まとめが書いてあります。「以上のことから、地下のマグマの状態に大きな変化はなく、火山ガスの放出を含めて、火山の活動は全体として低下途上にある」というのが我々の認識であります。それから「この過程で浅部火道が部分的に閉塞されると、降灰をもたらす小規模な噴火や火山ガス放出量の多少の変動」、これは、小爆発があるということを申し上げましたけれども、それがどういうことで起こっているかという我々の認識、理解であります。
結局、その次の段落ですけれども、「今後も、少量の降灰をもたらす小規模な噴火は発生する可能性がありますが、山麓に災害を起こすような規模の大きな噴火の可能性を示す観測結果は得られていません。」そういうような感じが我々の持っている認識である。火山ガスは下がっているけれども、まだ注意が必要だということで、結局、要約しますと、現在の段階というのは、小爆発はあるけれども、それは防災上はそんなに危険なことではないだろう、火山ガスは相変わらず危険な状態、多量に出てはいるんだけれども、それは下がっていく傾向にあるということになります。
それで、こういうことから、帰島なりをどういうふうに議論していただくかということなんですけれども、今申し上げましたとおり、火山ガスの影響というのが結構、場所、時間や空間的に非常に変動するというふうなことがありますので、帰島の判断というのは、単純に火山活動の評価というだけではなく、それに対してどういう防災対応がとられるか、とれるかということにかなり依存するのではないかと思います。
以上であります。どうも御清聴ありがとうございました。(拍手)
○赤羽委員長 ありがとうございました。
続きまして、東京都総務局災害対策部長岡部恒雄参考人にお願いいたします。
○岡部参考人 冒頭に当たりまして、一言御報告と、並びにおわびを申し上げたいと思います。
三宅島島民の帰島に向けて全力を挙げてその復興に取り組んでいる中、去る十一月十一日、三宅島緊急砂防工事に関連しまして不祥事が発生しまして、東京都の職員が逮捕されるという事態がございました。本当にまことに申しわけなく思っております。当委員会の皆様におかれましても言うに及ばず、国民並びに三宅島島民に対しましても深くおわびを申し上げる次第でございます。
現在調査中でございますが、都庁内に、当面の対策としまして汚職対策委員会を設置しまして、事実関係を調査するとともに、再発防止に向けて綱紀粛正など施策を講じる次第でございます。また、復興工事に当たりましては、おくれが生じないように万全を期してまいりたいと思いますので、どうぞよろしく御理解のほどお願いいたしたいと思います。
それでは、東京都の資料に基づきまして御説明いたします。
まず、第一に災害対応の主な経過をなぜお話しするかといいますと、三宅島の火山活動、これは非常に予知が難しい火山というのはよく承知しております。しかし、その中で、私どもが現地での対応の中で一番、やはり今後の火山活動が次々、最初、地震の、噴火のおそれがあるということで、緊急火山情報が出されました。それで、直ちに災害対策本部を設置してやっておりましたが、六月二十九日、火山噴火予知連、火山活動が低下し、噴火の可能性がほとんどなしということで、災害対策本部を廃止しましたが、しかし、島民及び現地で活動している者にとってみましては、次々といろいろな活動が起こっています。
先ほど井田会長からもお話ありましたが、八月十八日の最大規模の噴火がございました。それから、八月二十九日の低温火砕流という、今までの三宅島では起こってこない、そういう事態も生じました。それから、八月三十一日の噴火予知連の中で初めて火山ガスというものが出まして、まさに地震と噴火と火砕流と火山ガス、そういう事態が次々と起こったわけです。
もちろん、私どもは、噴火予知連の予知を云々しているものではございません。難しい火山だということはよく承知しておりましたが、その中で次々行政が対応しなきゃいけないという立場があったのが非常に大変だったということを申し上げたいということも思っています。
特に、日本は火山としては世界の中で有数な火山の国でございます。私どものお願いとしましては、地震・火山学において、今回を期しまして、世界の最先端を行くような火山観測体制をぜひ国の力でおつくりいただきたいということが非常に大きな課題であるかなと思っております。特に、私どもは、今後帰島のめどを立てるためにも、かなり行政が判断するだけの科学的根拠というものを、本当に全力を挙げてこの火山観測をきちんとやっていただきたいと思います。その結果に基づいて、行政としていろいろな対応を考えたいというふうに考えております。
最近、聞くところによりますと、地球シミュレーターというものが行われまして、四百七十四億というお金をつぎ込むという新聞記事も出ていました。それ以上のお金をぜひつぎ込むように、私どもはお願いしたいと考えております。
それから、今、井田会長の方から、火山ガスは警戒するけれども、噴火の大きなおそれはないということで、政府非常災害対策本部といろいろ調整しまして、島内にクリーンガスというガスを除去する装置をつくりながら作業を進めております。おかげさまで、現在進めていますのは、現地の復旧対策の中で、現在の事業は二百四十五億という事業費をかけて今事業を執行している段階でございます。
しかし、今後、島民が島へ帰って必要なのは、水道がどうなっているのか、それから各渓流の沢沿いに住んでいる住宅の村道とか林道とか、そういったものがまだまだ被害が確定していないところでございます。今後、国の方と協力して災害査定を行うわけでございますが、さらに今後被害が進むのではないかと考えております。
事実、当初、十六の沢につきまして砂防ダムを計画しておりましたが、さらに島の安全度を強めるために二十七の渓流について砂防ダムを進める。そうした中で、ことしの台風十一号それから台風十五号が三宅島を襲いまして、さらに九つの沢に危険な箇所が生じているということが生じました。
先日、衆議院の皆様方が御視察いただいた中で、ここが新たに渓流が崩れて泥流が出たという鉄砲場という場所をごらんになったと思います。これは、前回五十八年の噴火で溶岩が流れた、その上をさらに山の中腹の村営牧場から流れた泥流が下を襲って、さらにまた阿古地区という前回被害を受けたその地区にも泥流が流れていくのではという危険性をはらんだ場所であります。さらに、まだまだ山頂部分に泥流等のもととなる噴火の灰が蓄積しておりますので、その点、今後さらに事業は強力に進めなきゃいけないというふうに考えております。
それから、先日、村民の一時帰宅を行いました。今まで公共施設は行政が見ていたわけですが、初めて自分のうちに立ち入るということの中で、これは個人の家ですからなかなか勝手に入れませんでしたので、一時帰宅の中で個人の被害状況を見ていただいた結果、外では泥流の被害があるというのはわかりましたが、家の中に入って初めて、火山ガスによって鉄板系の屋根等そういったものが非常に腐食しているために、約百十件ばかりの被害が生じています。
もちろん、これは個人の住宅の補償という問題はなかなか今の法制度では難しい問題でございますけれども、今後、災害援護資金等の貸し付けの問題の幅を広げるとか、そういったいろいろな問題が生じてくると思います。今後、そういった点の国に対する要望もお願いしたいと考えております。
それから、生活支援的なものでございます。そこに主なものを一覧として掲げてございます。私どもは、基本的にはまず自立していただくということを優先、それから本当に真に困った方々に何らか支援を差し伸べなきゃいけないという基本的な考え方に立っております。
その中で、まず就労の中で、ここに一つの例示として緊急地域雇用特別基金というものを、これは一般的なセーフネットの基金となっていますが、それを三宅島に活用しまして、特にげんき農場ということで、お年寄りの方が村の特産物を、さらに村に帰っても引き続き農業ができるということでつくった事業でございます。
これは、単に就労でお金を得るというばかりじゃなくて、コミュニティーの形成とか、それから島民の皆様方の心の触れ合いの場になるということで、こういった事業を、いろいろな一つの事業の中で三宅島に何らかの工夫ができるような資金とかそういうものがあれば、私どもはそういったもので一生懸命やっていきたいと考えております。
しかし、一般的な国の制度の中で、災害救助法というのは、一過性の台風とか水害とか、そういったものでございます。このように長期の避難になりますと、先ほど廣井参考人もお話しになったように、長期的な問題について災害救助の方も、福祉的な考え方をある程度取り入れながら、真に困った人に対する支援をそろそろ考えていただかなければいけないかと考えております。
特に、日本は地震の国でありますし、台風も来ますし、火山が至るところであります。これは、恐らく国民ひとしく被害を受けるんではないかと思いまして、一地方自治体の努力の中ではなかなか解決できない問題があると思いますので、よろしく御審議のほどお願いしたいと思っております。
それから、最後の国への要望でございますが、これは十四年度予算に向けて要望したものでございます。特に、まだこれから議論しなければいけないのは、島の将来の復興にかかわる問題が非常に多くわたっています。これは、本来なら村の復興については、三宅村が自主的につくって、東京都がそれをどう支援していくかという立場でございますが、その中で、また具体的な村の復興プランができた中で、どういうところを都ができて、どういうところを国にお願いするかという非常に大きな問題も含んでいます。
特に、社会経済システムがほとんど崩れた中で、例えば島の特産であるレザーファンというのは、これは観葉植物でシダ類の植物、これが年間一億五千万という収入になっていますが、そういったものがほとんど今度の火山灰で酸性化したということ、それから火山ガスに弱いという事態もありますので、また新たな産業システムをどうやってつくるかというのは、村、都も一生懸命知恵を出しますが、それではなかなか解決できない問題がありますので、またそういった復興の時点になりましたら、いろいろ御相談をさせていただきたいと考えております。
以上でございます。(拍手)
○赤羽委員長 ありがとうございました。
続きまして、三宅村議会議長山田和快参考人にお願いいたします。
○山田参考人 山田でございます。
実は私、一昨日から風邪を引きまして声がかれていますので、大変お聞き苦しい点があろうかと思いますが、御容赦をいただきたい、こう思います。
それからもう一点、私ども、これから約七項目にわたって議員の諸先生にお願いをしたい、こういうことでございますが、これは別に、順序が不同でございますので、どれが優先ということではございませんので、その辺の御理解をいただきたい、こう思います。
私は、お隣の諸先生と違いまして、議会の同僚議員との協議の上できょうの参考人陳述をさせてもらっております関係で、余り私的なことは申し上げられないので、オーソドックスに皆さん方に私の御意見を申し上げて御理解を賜りたい、こう思います。
まず一点として、世界的な火山の研究所の建設をぜひお願いしたい。
ということは、三宅島は有史以来、火山と共存をしてきた島であります。三宅島の地層を見ましても、数千年以前の噴火の形成が残っているそうでありますが、三宅島の噴火は、以前は約六十年説があったのですが、最近、二十年から、今回の噴火については十七年ぐらいで噴火が起こっております。
今回の噴火につきましては、一年有余を経過しても大量のSO2が発生しておるという現実がございます。三宅村は、以前は普通火山の扱いでありましたが、今回の火山に伴い、観測体制の整備が進んでいると聞いておりますけれども、しかしながら、長期の避難の原因となっている火山ガスの放出は、現在でも住民の帰島を阻んでおります。住民は、十年先かあるいは二十年先なのか、帰島のめども立たないまま、都会での避難生活を強いられております。今、この火山ガスの消長いかんによっては、住民が帰島するとしても、あるいは場合によってはガスとの共存も視野に入れなければ、考えなければならないかもしれません。
このような観点から、国におかれましては、火山国である日本の現状にかんがみて、三宅島に、世界の火山学者が研究できるような総合的な火山研究所の設置を強く望むものであります。このことは、将来、三宅島に世界の火山学者がおいでになって、噴火のメカニズムをより一層研究する場所として、また、三宅島の将来の復興の一助のためにも、特段の御検討をお願いしたいと思います。
次に、基幹産業に対する帰島後の事業再開の支援をお願いしたい。
三宅島の産業は、農林漁業並びに観光、商工関係の事業者によって成り立っております。今回の噴火によって、農業関係につきましては、先般、農業委員会の島内視察が二日間にわたり実施されましたが、最近の三宅島の農業は、以前と異なり施設園芸になっており、そのほかの方々は、アシタバだとかその他の商品を生産しております。大方の人たちが生産をしておりますレザーファンにつきましては、今回の噴火で、いわゆる施設のビニールハウスの骨材もほとんど腐食して、このまま使うことはまず不可能であろう、このように考えます。また、このことによって、今後三宅島に農業者が帰島した場合には、なかなか個人では再建の道がほど遠いのではなかろうかなという心配もございます。
また、三次産業であります観光、商工関係の事業者は、長引く避難生活によって生活の手段を奪われてしまい、このままでは事業再開のめども立たず、今後島外避難が長引けば、事業再開の行き先は全く不透明であります。帰島後の事業が果たして再開できるのか、事業再開に向けて特段の御配慮をお願いしたい、こう思います。
次に、三宅島の東海汽船航路の直行便の復活を国土交通省にぜひお願いしたい。
噴火後、三宅島への渡島については、ライフライン関係者については、神津島に災対本部を設置して、神津経由で三宅島に渡島しております。島内には最近クリーンハウスの設置が進んで、災対本部も三宅島に移転し、一部を除いて、島内常駐による砂防堤の建設やライフラインの整備が行われており、近々、建設をしておりますクリーンハウスが完成しますと、常駐人員は五百名となり、工事の進捗状況も大幅に改善されるはずであります。
今までは、工事関係者も、三宅島に渡りましても、一日の仕事ができる時間はわずか四時間から五時間くらいで、仕事の能率も悪く、天候によっては三宅島に渡ることができず、困難を強いられておると聞いております。最近になりまして、住民も渡島の機会が増加し、一般住家の雨漏りやシロアリ等の被害の補修工事や、経済団体の営業施設や資材の搬出等、渡島の機会が増加しております。直行便が就航できますればわずか数千円で渡航できるものが、一回四時間から五時間のために、神津島回りで行きますと、大体四万円の経費がかかるのが実情であります。
今後一般住民が、避難生活によって大変な苦労をしておるのに、この上また出費が重なるということは問題ではなかろうかなと思っております。以前と同様な直行便の航路につきましては問題もあることは十分承知しておりますが、東京都にお願いもいたしますけれども、国土交通省におかれても特段の御配慮を願うものであります。
次に、避難住民のための生活支援をお願いしたい。
三宅島の島民は、前例のない噴火災害によって、九月の初めに村長の避難指示という形の中で、既に一年三カ月の長期にわたり島外避難を続けております。三宅島は、いまだに泥流とガスの被害によって帰島が阻まれております。これらの島民は、北は北海道から南は九州、沖縄と、全国に散在して避難生活を余儀なくされております。
特に、高齢の皆様方については仕事につくこともできず、収入の道も断たれた人たちは、わずかな手持ちの預金と全国から寄せられました温かいお見舞金で、細々と心寂しい生活を送っております。長引く避難生活でこれらの資金も底をつき、今後避難が長引けば、生活困窮者が続出することは必至と思われます。
同様に、島内で自由業を営んできた農林漁業者それから観光業者、商工業者の方々も、全島避難のためにやむなく、長年にわたって営んできた事業を放棄し、避難生活を余儀なくされておるわけでございます。三宅島で営んできた事業については、都会ではどうも余り通用しません。これらの方々も、今日のような失業者のあふれる時代には、なれない都会生活の中で適当な職につくことができず、アルバイトのような形で細々と生活を営んでいるのが実情であります。これらの方々も、やがては手持ちの資金もなくなり、生活は厳しくなるはずであります。
公務員や会社勤務の職員あるいは高額の年金受給者はさほど問題はないんじゃないかな、これはあくまでも私の私見ですが、そう思います。これ以外の島民は、前例のない長期の避難生活が続いた場合には、現行の法律では対応ができないと聞いております。今後、避難島民の生活支援については、国の法の改正も視野に入れて、特段の御配慮をお願いしたい。
次に、農地及び宅地内の降灰除去についてお願いします。
三宅島の今回の噴火活動については、以前の噴火と異なり、全島が大量の降灰によって、議員の諸先生方が御視察をされましたとおり、噴火後の一年を経過した現在でも牧場周辺には大量の降灰が堆積しており、これが泥流となって沢筋を伝わって都道にまで流下し、個人の住宅にも泥流が流入して大被害を起こしております。噴火の降灰は全島に降ったために、農地はもとより住宅地も、大量の降灰のために、現在においてもそのまま堆積しております。このことは、今後の三宅島の復興復旧に深刻な影を落としております。
宅地または農地の降灰除去につきましては、個人の力だけでは対応が困難な状態であります。国におかれましては、法律の改正も視野に入れてお考えいただければ幸いと思います。
次に、三宅島島民の帰島後の復興対策について。
三宅島の復旧については、東京都が、砂防堤やライフラインの整備は予定どおり工事が進められておるようでございます。しかしながら、復興については、三宅村が住民及び議会と共同して、協議して計画の策定を進めるべきものであると考えます。三宅村は、既に若者約三十名を集めて復興計画の素案づくりに取り組まれておりますが、今後行政は、各界の有識者にお願いをし、早急に本格的な復興計画について論議に入るべきものと考えております。
三宅村は、住民の要望にこたえて全戸の一時帰島を実施いたしまして、第二回目のアンケート調査を実施しましたが、島民は、現実の三宅島の状況については一応の理解を得たはずであります。議会といたしましても三宅村の視察を実施しましたが、被害状況は深刻であり、今後、住民の帰島後の復興について、憂慮すべき事態であると実感したところでございます。
帰島後の復興対策は、単に住民を島に帰せばよいというものではなく、島に帰した後に住民が安心して地域社会の中で生活できる体制づくりが、今後の行政としての最重要課題であると考えます。国におかれましても、今後、島民が安心して生活のできる地域社会の構築のために、特段の御配慮をお願いするものであります。
次に、特別立法の制定についてお願いします。
三宅島の噴火は、噴火後一年有余を経過しているが、いまだに火山ガスの放出は、以前より減少傾向にあるとは聞いておりますが、火山ガスは日量一万から二万トンも放出し、風向きによっては、風下にある地区については、現在でも居住にたえられない地区もあり、住民の帰島を阻んでおります。地域全体が長期にわたり避難することは、前例のないことと聞いております。三宅島の場合、先の見えないSO2の放出は、今後いつ終息をするのか全く不透明と聞いております。
このような未解明の火山について、地震や水害等、一過性の災害を対象とした法律では、長期にわたる火山災害のような災害に対応はできません。特別立法の制定によらなければ解決できない問題があると聞いております。国におきましては、事情を御賢察の上、特段の御配慮をお願いするものであります。
以上で陳述を終わります。(拍手)
○赤羽委員長 ありがとうございました。
以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
―――――――――――――
○赤羽委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。大野松茂君。
○大野(松)委員 おはようございます。自由民主党の大野松茂でございます。
参考人の皆さん方には、三宅島雄山噴火等にかかわります災害対策について格別の御尽力をいただいております。心から感謝を申し上げます。大変ありがとうございます。
殊に、三宅村の皆さん方には、心からのお見舞いを申し上げますと同時に、帰島の一日も早からんことをお祈り申し上げる次第でございます。
私は、去る十月三十一日、三宅島の現状を視察する機会をお与えいただきました。ヘリコプターの機上から見た雄山の山腹は、一帯の緑が消えて、落葉した灰色の樹林が広がっておりました。そしてまた、島を覆う噴煙と、人の動きも車の動きも全くないその異様な光景に、強く心を痛めたところでもございます。島内を視察いたしましても、降灰や土石流の被害の甚大さが目につきまして、率直に言って、島の復興に向けての将来に一抹の不安を禁じ得なかったところでございます。
そこで、参考人の皆さん方に何点かお尋ねをさせていただきますが、昨年の六月の二十六日に、緊急火山情報で、「三宅島で噴火の恐れ、厳重に警戒」を発表されました。三宅村、東京都ともに直ちに災害対策本部を設置されたところでありますが、六月二十九日には、火山噴火予知連絡会から、火山活動低下、今後、陸域及び海面に影響を及ぼす噴火の可能性はほとんどない、このような発表がございました。そして、六月の三十日には、東京都並びに三宅村の災害対策本部が廃止されたところでもございます。そして、その一週間後の七月の八日に雄山が噴火をし、さらには八月の十八日に最大規模の噴火があったところでもございます。八月二十九日に、東京都の災害対策本部そして三宅村の災害対策本部がそれぞれ設置をされた経過を今承知したところでもございます。
そこで、まず火山噴火予知連絡会の会長でもあられます井田参考人にお尋ねをさせていただきますが、もちろん噴火予知というのは極めて難しいものとは十分承知をいたしておりますけれども、この間の経過を含めまして、大変酷なお尋ねでございますが、いろいろお感じになっておられることもあろうかと思いますので、所感をお示しいただければと思います。
○井田参考人 現状の火山噴火予知の力量ということなんですけれども、観測体制の整備などもありまして、マグマがどういうふうに動いていくかということに関して、場合によってかなりそれを把握することができるようになりました。けれども、それではどういう噴火を起こすか、特に爆発がどういう機構でどんなときに起こるのかというようなことについては、よくわかっておりません。そういうようなことが今回の三宅島の件についても出てしまったのではないか。
最初の六月の時点では、マグマが上昇してくるということをかなりちゃんと把握できて、そして、それは場合によっては山腹噴火を起こすという可能性を申し上げました。それで、それは予測できたわけです。ただ、幸いなことに、その山腹噴火というのが今回の場合には海底に行ってしまったので、直接的な被害がなかったわけですけれども、一応それなりの予測はできたんだと思います。ですけれども、それがどういう経過で次の噴火に行くかというようなことについては、なかなか難しいことで、わかっておりません。
というのは、我々の理解からすると、六月の時点で一応一つの区切りができたのではないかと思っています。それで、その次に別な活動がまた起こったというような認識を持っています。ただ、最初の活動と別の活動の間に当然のことながら関連があって、最初の活動が次の活動の原因になったということは明らかなんですけれども、その原因がわかっておりませんので、残念ながら予測するということができませんでした。そういうことで、なかなか予測が難しくなったわけですけれども、一応その一区切りで別な活動が起こった。
ところが、その次の活動というのは、経験もないだけじゃなくて、三宅島では非常に異例な、爆発的な噴火であった。しかも、火山噴火予知の全体からいって、爆発ということの理解あるいはその予測というのは非常に難しいということで、六月の時点では、むしろ我々の予知の強いところがうまく活用できたのに対して、七月、八月になると、むしろ弱点を自然からつかれたということで、対応が非常に難しくなったということで、我々としてはかなり精いっぱいやったというふうにそれでも私は思っていますが、それにしても、例えば八月十八日の噴火のときには、危機一髪で人命が損なわれずに済んだ。私は本当に胸をなでおろしておりまして、でも本当は、今から思いますと、そういうのを何とか予測できるように将来しなければいけないであろうと思っています。
○大野(松)委員 大変御苦労の多い分野でもありますし、また、これからの予知を進めてまいります中でも大変な、今までの経験やあるいはまた新しい技術などを旨として、御苦労が多いと思いますが、島民の一番の不安はそこのところにもありますものですから、今後ともひとつよろしくお願い申し上げたいと思います。
それと、岡部参考人にお尋ねをしたいと思いますが、このたびの三宅島災害の特徴というのは、ほとんどの被害が降灰後の降雨によるところの土石流に係るもの、このようにも思っております。砂防事業が、緊急を要するものとして、今全島で事業が展開されているところでもございますし、また、その事業も急ピッチで進められております中で、私どもも一つの安心も持ったところでもございます。
先ほどお話もございましたとおり、まだ予測せざるさまざまな要件もあるんだろうと思いますけれども、現在の、計画に対するところの進捗のぐあい、あるいはまた、これから復旧復興をしていく中で、例えば砂防ダム一つとりましても、まだまだ必要だという先ほどのお話がございましたが、そうした計画、御苦労が伴うことだと思っておりますが、言うなれば、そうした対策、対応にどのくらいの期間がかかるものか、そして、それは今の段階でどのくらい、そうしたことを進めていく中では費用がかかるものかどうか。要するに、計画の期間や計画の予算や、あるいはその完成を目標とされる年次はいつごろにあるのか、現段階でお示しいただければ、お聞かせいただきたいと思います。
○岡部参考人 先ほど、現在やっております工事は二百四十七億円とお話ししましたが、今後五年間にわたりトータルとして三百四十億円という規模になろうと思います。
しかし、これは泥流等の工事でございますので、そのほか農業とかそれからそのほかの産業とか、それからまだまだ村の方の部分の工事もございます。これは村道の、生活道路として必要な道路で、そういったものはこれから、それから水道、各家庭に行っています水道管の問題もあります。そういった、今後災害査定を受ける段階でございますので、さらに額は進むのではないかというふうに考えております。今、東京都で行う工事の量としては、五年間で三百四十億というのが基本になっております。
以上でございます。
○大野(松)委員 その今立てられている目標でどのくらいの期間がかかるものかというのは予測できませんか。
○岡部参考人 この資料でお示ししました中で、都道とかそういったものは今仮橋等でやっておりますが、一応五年間で全体の事業、これは仮橋等もまた本格復旧するというものを含めまして、五年間かかるのではないかというふうに考えております。
○大野(松)委員 先ほど山田参考人から、農地及び宅地内の降灰除去について御要望がございました。
降灰を除去するということ、とにかくあれだけ火山灰が堆積をしている状況などを見ましても、恐らく、島民が帰ってあの地で事業をしていくということになりますと、この灰をどう処理するのかというのも、これも大変な問題だろうと思うんです。そうした島民の切なる願いでありますところの降灰の除去、それは現実にはどんな手法があるものなんですか、岡部参考人のお立場から考えられまして。
○岡部参考人 活動火山特別措置法等によりまして降灰除去の費用も出ますが、個人の宅地につきましては、除去するのは個人の負担という制度になっています。今私ども、国に対して要望で、阪神・淡路大震災の瓦れき処理につきまして特別運用という形で措置していただいておりますそうした関係で、今後、法改正ではなくともそういう特別運用ということでできれば、可能な限りお願いしたいというふうに考えております。
○大野(松)委員 先ほど廣井参考人からも、そして山田参考人からもアンケートの話がございました。
三宅村におきましては、全島民に対しまして、本年の二月にアンケートをなさり、続いてこの十月にも二回目のアンケート調査を実施されたようでございます。その調査結果を踏まえて今後の支援措置を講ずること、これが大事だと思っておりますし、早急にそれを取りまとめて提示することが大事ではないかと思っておりますが、アンケートの調査結果について今お伺いすることはできませんか。
○野村参考人 現在、アンケートにつきましては集計中でございまして、先ほど廣井先生の方からも、中間的なものがまとまったというお話でございました。まだ中間的なもので、まとまったと言うのはまだちょっと時期尚早でございまして、最終的なまとめにつきましては、当初の予定どおり、今月中ぐらいに一定の集計を行いまして、分析等を加えまして、十二月の中旬ぐらいに発表したいというふうには考えております。
ただ、こういう形で特別委員会も開催をしていただきまして、三宅村の復興復旧のために御審議をいただくわけでございますので、村としても一定のデータをできるだけ早く御報告をしたいということでございまして、まだ正式に発表できる段階ではございませんけれども、暫定的な数字ということでひとつ御理解をいただきたいというふうに思います。
それで、たくさんの項目がございますので、よろしければ、お答えする御質問の項目をできれば特定していただければお答えしやすいかと思いますが、よろしくお願いいたします。
○大野(松)委員 早い取りまとめを期待させていただきたいと思います。島民の皆さん方も恐らく、二回にわたるアンケートでございますから、しかるべきものを期待してアンケートに答えているはずでもありますので、できるだけ早いお取りまとめをお願いしたいと思います。
それと、やはり全島民が避難をした、しかも島を離れたということ、これも例のないことでもありますけれども、そうした中で、島民の皆さん方にしますと、自分の住んでいたところが見えないわけでありますから、その不安というのはもう限りないものがあるんだろうと思うんです。しかも、避難をされているところがあちこちに点在をしているということになりますと、なおさら連帯意識なぞの上でもいろいろな問題点が多いと思うのですが、今、村のお立場で、例えば避難民に対して定期的にいろいろな情報を出すとか、そういうことはなすっておいでなのですか。
○野村参考人 村の方では現在、月二回の広報紙を全世帯に郵送で発送しております。これが一応基本的なデータの情報の提供でございます。そのほかに、インターネット等を使いまして、三宅村のホームページ、こういったものも週に一回程度は更新をしまして、島民の方に利用していただくということをやっております。そのほかも、必要に応じまして村の方から、ボランティア団体さんを通しまして、いろいろな村の行政の状況を報告する場を設けております。
○大野(松)委員 島民の皆さん、村民の皆さん方にしますと、それが一番の情報源であると思いますし、それが何よりの島民、村民のきずなを強くするものであろうと思っていますので、そういうはかり知れない村御当局の御苦労もまたあるんだろうと思いますけれども、引き続き温かい情報をお願いしたいと思っております。
この調査結果に私どもも大きな期待を寄せているところでもございますが、全島民が長期にわたって避難をする、そしてまた継続的な生活支援が必要だということ、そしてまた現段階では、先ほどお話がありましたように、生活保護という福祉の範疇の中で対処しなければならないということ、これなぞも、そういう言い方をすると失礼かもしれませんが、ごく当たり前のお立場の島民にしますと、生活保護を受けるということは重大な決断を迫られます。これは、私は、島民の自立の意欲を期待していく上では、この生活保護の手法というのはいろいろ問題がありやしないかということも思っております。そしてまた、島民の皆さん方にとりますと、帰島に当たって自分でもどのような対応ができるか、あるいは村もどんな対応をしてくれるかということも、これもまた常時頭から離れない最大の関心事だ、こう思っております。
廣井参考人から先ほどもそれらについて御指摘もあったところでもございますが、そうした幾つかの問題点を改めて考えましたときに、今の法律では不十分なのかどうか。特別立法などによりまして対応をすることでなければ、村民の皆さん方にとりますと不十分な対応ということになりはしないかという御意見もあるやに聞いております。率直な御意見をお願いします。
○廣井参考人 私は社会学者でありまして、具体的な制度設計というのはちょっと苦手ですが、考え方を申し上げたいと思います。
一部の学者には、災害が起こって、一時的に救済をして、かなりの短時間でもう災害対策じゃなくて社会福祉政策に切りかえた方がいい、そういう考え方を持っている人がいることは確かです。ただ、私はやはり、おっしゃるように、それは自分の罪でなく災害で被災した方々に対しては酷な話だ。私は、災害の救済から一挙にある段階で、かなり短い時間で自立、自立再建というような仕組みをちょっと変えなければいけないと思っています。
特に、二十一世紀は高齢化社会ですから、災害でダメージを受けて、すぐには立ち直れない方々がふえてくると思います。そういうときに備えて、復興支援といいましょうか、つまり、一定の救助、公的な救助、救済をまず相当強くやる、それが終わったらすぐに自立再建じゃなくて、その間に数年間、生活を支援しながら地域の復興を支援するような、一種の復興支援法みたいな、そういうものができればいいな。これは二十一世紀の日本社会にとっては大変必要な仕組みだというふうに思っています。なるべくそういうような仕組みを、制度設計ができるような方に考えていただきたいというふうに思っています。
○大野(松)委員 大変ありがとうございました。
参考人の皆さん方には、日夜にわたって格別の御苦労をいただいておりますが、引き続きよろしくお願い申し上げます。
ともかく、島民の皆さん方が一日も早い帰島を願っているわけでありますから、そのための条件の整備も急がなければなりません。国や都や村がさらに一丸となって、公共施設あるいはまたライフラインの復旧などに全力で取り組んでいただきたいと思いますし、私どももまた、今回の視察をもとにいたしまして、さまざまな形で島民の皆さん方の御期待にこたえてまいりたい、こう決意いたしているところでございます。
大変ありがとうございました。質問を終わります。
○赤羽委員長 以上で大野松茂君の質疑を終了いたしました。
続きまして、松原仁君。
○松原委員 本当に、三宅島のこの災害が一年有余を経過してなかなかおさまらない状況でありまして、本当に、避難をなさっておられる島民の皆様に対して心よりお見舞いを申し上げるとともに、一日も早い、三宅島に戻っての、帰島しての生活ができるように心よりお祈りを申し上げる次第であります。
幾つか質問をさせていただきながら、また議論をしていきたいと思っております。
今、アンケートを行ったというふうな話がございました。アンケートは何回か行われているわけでありますが、その中で特に、三宅から内地に来られた方々、内地でとりあえずいつ戻れるかわからない状況の中で仕事を探すというふうなことが前から言われておりました。この就労状況は、とりわけ高齢の方々には厳しい環境であるというふうに承っておりますが、この何回かのアンケートで、就労状況については具体的にどういうふうな推移があるのか、もしお知らせいただければ、ちょっとお伺いしたいと思います。これは助役さんですか。
○野村参考人 就労状況でございますが、昨年避難をしてきましてから、帰島の時期がいつになるか、すぐ帰れるという、みんなそういう思いがあったものですから、特にすぐに仕事をするという状況じゃございませんでした。
それが、時間がたつに従いまして、帰島の見通しが立たない、さらに長期化するということがだんだんわかってまいりまして、一応既に仕事を持って、例えば私どものような公務員はこちらで、移ってきても仕事をするわけでございますけれども、特に自営業の方でございますけれども、こちらでなかなか従来の自営業を再開するということが難しいということで、新しい仕事につかなきゃいけないということで、避難が長期化することが明らかになった時点でいろいろ就労活動をされたところでございます。村といたしましても、東京都の御支援をいただいて、仕事のあっせん等を進めてまいりました。
その結果でございますけれども、現段階では、就労できていない方が大体三百七十人ぐらいというふうに推計をしております。世帯数で大体二百世帯ぐらいということでございます。
この内訳でございますけれども、ちょっと詳細には把握できておりませんが、健康上の理由とか家族の理由、家族間でございます。それからあとは、やはり五十五歳を過ぎて六十五歳ぐらいまでになりますとなかなか、仕事の年齢制限等もございまして、ミスマッチというよりも、むしろ最初からちょっと条件が外れてしまうというような方々が多くて、そういった方々が大体三百七十人ぐらいの内容になっているかと思います。
村といたしましてはこれからも、これは国の、厚生労働省さんの所管でございますけれども、緊急地域雇用特別基金という制度がございまして、もう既にこの制度を利用させていただきまして、現在、八王子のげんき農場というところで島民の方六十人に就労していただいておりますが、この制度を引き続き来年度も継続をしていただき、また雇用の内容も弾力的な運用をしていただきまして、引き続き雇用の拡大に努めていきたいというふうに考えておるところでございます。
○松原委員 お答えいただき、大変にありがとうございました。
一つお伺いしたかった点は、この一年半の中で、特に前回のアンケート等と比べたときに、こういった就労できない人の数がかなり減っているのかどうなのかという点をちょっとお伺いしたいと思っております。
○野村参考人 申しわけございません。ちょっとお待ちください。すぐ調べてお答えいたします。
○岡部参考人 先ほどの砂防工事等で、島内の工事が入っております。そこで、私ども、公共事業に極力島民の方を採用してほしいという通達を出しまして、多くのところで協力していただいています。島内で今約三割から四割の方々が働いておりますが、大体百二、三十名ほどの方が就労についておりますので、統計の資料は私ちょっと見ていませんが、かなりの方々が前回よりも就労しているのではないかと考えております。
○野村参考人 三月のアンケートの結果では、仕事ができない、つけないという方々が大体一三%強ございました。今回のアンケートの結果でございますが、まだ最終集計ではございませんけれども、中間的な数字といたしましては、大体一〇%弱の方がまだ無職といったような状況になっております。三月から十月でございますので、大体半年ぐらいでございますけれども。
ただ、この数字はそのまま、三%、三ポイントぐらいしか就業率がふえておりませんけれども、これは、今いわゆる常勤で働いていらっしゃる島民の方以外の臨時的な仕事を持っていらっしゃる方は、ずっと継続雇用というのがなかなか難しゅうございまして、三カ月働いては二カ月ほど休むとか、非常に不定期なお仕事をされています。そういうことで、アンケートをとる時点では仕事をしていなかったけれども、一月ほどしたらまた二、三カ月継続できる仕事ができたから仕事をする、そういうことで、非常に数字の単純な比較が難しい状況になっております。
ただ、今東京都の岡部部長の方もお答えしましたけれども、確実に島民の就業率は高まっていることは間違いないところでございます。
○松原委員 各方面の御努力がそこにあるんだろうというふうに、大変敬意を表する次第でありますが、実際そういうふうな厳しい状況になりますと、先ほども参考人の方からお話がありましたように、それぞれ貯蓄を切り崩したり、もしくは新しく借り入れをしたりということで、この一年半の避難生活が、外から見ると同じような生活に見えても、経済的な逼迫度というのは日増しに高まっているのではないかと思っております。そういったことについて、アンケートで何かデータ的なものがあれば、ちょっとお伺いいたしたいと思います。
○野村参考人 生活の逼迫度がどのくらい進んでいるかという御質問でございます。
まだちょっと前回の数字と十分分析をする時間がございませんので、今回の中間的な数字ということで申し上げますと、アンケートの質問項目はお手元に配付されているかと思いますが、問5の中で、「現在の収入で、あなたの世帯の暮らしむきはどのような状態ですか。」という設問がございます。その中で「切り詰めた生活をしているが、非常に苦しい」、またもう一つ、二番目に「切り詰めた生活をしているが、苦しい」、要するに、非常に苦しい、苦しい、こういう二つの設問がございますが、これですと、大体三割強の島民の方がそういうふうにお答えになっております。「何とか暮らせている」という方も四割ほどいらっしゃいます。
ただ、前回の数字が、ちょっと今調べればわかりますけれども、設問項目が少し変わっておりまして、単純に比較できないところでございます。前回も、あなたの暮らし向きはどうかという質問がありましたけれども、それですと、やはり三〇%弱ぐらいの数字だったかと思いますが、若干やはり、若干といいますか、逼迫度合いは強まっているということがアンケートで出ているようでございます。これはまだ最終的な数字ではございませんけれども、暫定的な数字ということではそういう状況が見てとれるようでございます。
○松原委員 今のお話から、大変に切り詰め、恐らく、今の御答弁の中で、きっとそれぞれが貯金を切り崩し、場合によれば借り入れをするという状況になっているのではないかというふうに、私は失業の状況等も考えれば推察をするわけであります。
そういった全体状況について、なかなかこういった災害に対しての対策、決め手がないわけでありますが、岡部参考人は、東京都のお立場でそういった状況をどんなふうに御認識か、ちょっとお伺いしたいと思います。
○岡部参考人 東京都は、これまで村と一緒に、都営住宅の無料提供とか水道料金の基本料金、下水道料金の基本料金等、数々行っております。それから、義援金につきましても、東京都で集められたものをすべて村に配分しております。そういった中で、トータルとしては、金額的には約七十五億という金を大体生活支援に使っております。これは、個人個人にお金が行くというわけではございませんで、先ほどのげんき農場の事業をやるとか、そういった中でやっています。
しかし、これだけ長期化する中でございますので、私どもは、就労する意欲、生活再建、将来島に帰ってもまた新たな技術を設けたいという方々もいます。それは専門技術学校で技術を学んでいただくとか、それから農業を続けたい人は、今東京都の農業試験場で、種を確保して、それを育てて、帰ったらすぐできるように、そういう支援を行っています。
しかし、それでもまだまだできない、本当に真にやむを得ない方々が出た場合には、必要な支援はしていきたいと考えております。
以上でございます。
○松原委員 今御答弁いただきましたので、そういうことでぜひ頑張ってほしいと思うのですが、先ほど廣井先生から、継続的な生活支援をぜひ行うべきだという議論もありました。
実際、一年以上にわたって長期に避難をするということ自体が、特に島という環境を考えるとかなり、ほかとまた地続きではないという違いもあるというふうに思っておりまして、こういった状況の中で、やはり今のお話であれば、失業の皆さん、仕事に就労できない方も、漸減をしながらまだかなりおられるという状況ですから、先ほど廣井参考人がおっしゃったような部分におけるそういった支援というものが必要になってくる客観的な情勢にあるんだろうと思っておりますが、廣井参考人のコメントをいただきたいと思います。
○廣井参考人 今のお話にもありましたけれども、真に困っている人は必要な支援の措置を講じる、講じる中身について、私もちょっと、ではどういう措置を講じるのかとお聞きしたいところもあるんですが、先ほど、職が得られない方々と、それから切り詰めた生活をしている方々のパーセンテージが出ましたが、実は、定職のある人も相当な減収になっているという現実もあります。
七月三十日作成というある政府機関のデータに大変おもしろいデータがあるんですけれども、これは、典型的な五十歳前後のサラリーマンの四人世帯の避難前と避難後の出費、収入、支出を比較したもの、これを見ますと、月々十四万円の減収。この場合は、職はあるわけですけれども、東京の生活で大変費用がかかるということで減収です。それから、老人夫婦二人世帯、恩給ということですが、この世帯ですと九万五千六百円。つまり、月々収入のある方もこういうふうな状況であります。
先ほど私、必ずしも雲仙と、それから有珠と同じようなパターンでなくてもいいからと申し上げましたが、雲仙は四人家族で十二万、有珠は四人家族で十五万、もしこれだけの月々の支援があれば、これは相当に今後避難生活が長引いても耐えられるということになると思いますので、ぜひそういう仕組みを考えていただきたいと再度申し上げます。
○松原委員 時間がちょっと大分なくなってきて、質問項目が多いものですから、少し急いでいきたいと思いますが、アンケートがなされた中で、それぞれが一時帰島して実際自分の家を見て、恐らくそこに住み続けたいという方がたくさん、中には泥流で完全に住むことができない状況もあるかもしれませんが、住まわれたいという方はたくさんおられると思うので、それはどれぐらいの数であったかも、ちょっとせっかくのアンケートがあったということでお伺いしたいと思います。
○野村参考人 設問の中で、「一時帰宅してご自宅をご覧になった結果で、被害はどの程度でしたか。」という設問がございます。その中で一番多かったのは、「補修すれば住むことができる程度の被害である」ということが、そういう回答をされた方が約五割でございます。その後、「ご自宅の再建について、どのように考えていますか。」という設問もございまして、それにつきましては、一番答えが多かったのは、「軽微な被害であるため、補修して住み続ける」というふうにお答えになった方が五割強でございます。それから、そのほかの項目は一割未満の御答弁でございまして、大方の方は、やはり補修して住み続けるという答弁でございます。
○松原委員 やはり帰島への意思というものは、今極めて、一年半たって、逆に尊重されなければいけないと思っております。そのためには、自分が住んでいた家が戻って住めるというふうな確信というか思いが大変大事なわけでありますので、三宅村で「屋根の応急修繕について」という、こういった文書も出ておりますが、ぜひこういったことは進めていただきたいと思いますし、そのためのさまざまな財政措置というものもまた、個人ということもありますが、それを超えた、いわゆる個人財産か社会のものかという議論は前からありますが、この辺も新しい見解を我々もつくっていかなければいけないのではないかというふうに思っております。
あとは、本当は質問をしていきたいと思っていたんですが、時間がなくなってきました。一つは、いつ帰島するかという議論があるわけでありますが、これは岡部参考人にお伺いしたいんです。
帰島の基準というものはなかなか難しいわけでありますが、一体どこで判断するのか、どこで決断するのかというふうなことが今の、なかなか公に言えないのかもしれないけれども、きょうも三宅村の議会の皆さんも含めてたくさん傍聴に来られていますが、やはりそこが一番気になる部分だろうというふうに思っているわけなんです。
その辺について、今、火山のいわゆるガスの量が漸減しているけれども、まだまだ風向きによっては、私たちも三宅に行ったときに、やはり異臭がする状況もありました。こういった状況を見ながら、その辺の見解というものが今あるならば、ちょっとお伺いしたいと思います。
○岡部参考人 まさに、帰島のめどというのが各島民の本当に一番大きな願いだと思います。私ども行政としては、噴火が発生した場合には、地震が揺れたかどうだこうだということで、噴火予知連の見解で動けるものでございます。また、これの火山ガスにつきましても、やはり噴火予知連の、火山の火山ガス量、それから火山ガスの濃度、そういったものも絡んでおります。
よく巷間言われますのは、桜島では一千トンから二千トンの量で火山ガスが出ている、そういった中で生活を共存しているということも話を聞いておりますが、三宅島とまた桜島とどう違うのか。桜島は一千百メーターの山でございますが、三宅島は、また高さも陥没しまして七百四十メーターという低い山で、大きな火口ができまして、その中で火山ガスが出ている。果たして単純な比較で帰れるかどうかというのを、まさに噴火予知連絡会の井田会長の中で十分議論した中で、それを参考にして私どもは検討したいと考えておりますので、ぜひ噴火予知連絡会の充実を期待しているところでございます。
○松原委員 先ほど山田議長から、ガスと共存するというふうな発言が御発言の中にあったので、私は非常に注目をして聞いておりました。ガスと共存はできるだけしたくないわけでありますが、これがずうっと、今、桜島山の話もありましたが、どの程度で、ガスが出る場合にどうするのか、どこでその決断をするのかという議論も含め、ガスとの共存ということが山田議長の口から出たのは、私は、島民の方の一つの決意のあらわれというふうにも受け取れるかな。
ただ、これはレベルの問題があるわけでありますが、そういった意味では、一時帰島というのが行われました。私は、本格的帰島の前に、ショートステイのような、今クリーンハウスというのは、やがて五百人の島の労働をする方が住めるようなものができるということがありますが、それぞれの公民館をクリーンハウス化するような、風向きによってガスが流れる方向というのは一定、ある程度定まっているというふうな話も聞いておりますので、そういった中で、例えば、一時帰島でぱっと帰ってぱっと戻るのではなくて、若干、ならし運転ではありませんが、ショートステイのようなものもやって、現実に私たちは住めるという判断をする。それは、行政が判断するのではなくて、一週間島民の方が三宅に住んでみて、これだったらガスと共存できるという判断をするとか、一週間でさまざまな天変地異の現象が全部出てくるかどうかわかりませんが、そういうふうなことも必要ではないかと思うんですが、ちょっとそれを、岡部参考人とまた山田議長にお伺いしたいと思います。
○岡部参考人 一時帰島、ショートステイという非常に貴重な御意見だと思います。
しかし、今現在工事をやって、五百四十名ぐらいの方々が、いざ火山ガスが大量に出た場合に、ピックアップ、保安体制という問題が非常に重要でございます。相当な濃度の中で今作業をしていますが、その濃度が下がる、それからガス量が下がる、そういうことをどの程度見きわめるかが難しいことでございますが、共存ということになりますと、いざそういうガスが出た場合に、すぐ避難する場所を確保しなきゃいけないとか、自衛隊とか警察等に保安体制をしっかりお願いしないといけない。そういう全体のものを整えないと、なかなか決断が難しいと考えております。
もし、少ないガスの中で長期間、島にとどまるということでしたら、小学校全体をクリーン装置化、クリーンルームをつくらなきゃいけないということになりますと、今まで砂防工事の中の経費でクリーンハウスはできていましたが、これは別の経費でいろいろお願いしなきゃいけないという状態もありますので、避難場所の確保という問題も含まれているかなと思っております。
以上であります。
○山田参考人 私は、この辺のところは個人的な見解を含めて申し上げたんですが、いずれにしましても、私、せんだって気象庁の方にお電話を差し上げていろいろ伺ったところが、一年後に噴火のガスがなくなるのか、十年なのか二十年なのか、今のところ判断のあれがない、こういうお話なので、そうだとすれば、今、三宅島で、例えば私どものような年輩の者は、これから十年二十年たって生きているかどうか、大体それが問題なんです。
確かに、先ほど野村助役の方からも申し上げましたように、いわゆる島民の大方の方々は、何とか島に帰りたいと。特に高齢者の方々は、私ども同じマンションの棟に生活しているおじいちゃん、おばあちゃんが私の顔を見ますと、おい、山田、おれらは一体いつ帰れるのかな、生きて帰れるのかな、こう言われますと、正直申し上げて言葉がありません。
だから私は、何らかの方法で島に帰ることも、あるいはそう難しいんじゃないんじゃないかな。ということは、三宅村は防災無線を各戸のうちの中に全部配置してあります。だから、例えば寝ていても、うちの中でいわゆる状況の異変を聞くことができるような体制がもう前からできていますので、いろいろなことを想定して考えればあるいはできないかな、こういうことを願望を持って申し上げたので、その辺、御理解をいただきたいと思います。
○松原委員 以上で終わりますが、ぜひ、一時帰島と本格帰島の間のそういうことも考えながら、島民の皆さんのテンションを上げるように考えていきたいと思っております。
以上で終わります。ありがとうございました。
○赤羽委員長 以上で松原仁君の質疑は終了いたしました。
続きまして、西博義君。
○西委員 公明党の西博義でございます。
参考人の皆さん、きょうは大変にお忙しいところをおいでいただきまして、ありがとうございます。
先ほどからお聞きをしておりまして、ガスとともに生きるという話をお伺いしました。実は、先月末に私、桜島に同じく噴煙の問題で視察に行ってまいりまして、桜島も、噴煙とともに生きるという覚悟をしながら、またそのための条件整備をしながら現実に生活されているということを目の当たりに見てまいりました。
その翌週に実は三宅島の視察に参加させていただいただけに、十分また参考にしながら、もちろん、規模とかガスの種類とかいろいろ違いがあることは事実でございますが、火山とともに生きるという気持ちを持って、そして、これからどう対応を考えていくかということをお互いに、私どももまた一生懸命にそのことについて議論をしていきたいと思いますが、地元の皆さんもそのつもりで頑張っていただきたいと思います。
初めに、先ほど松原委員の方から若干お話がありましたが、島民の皆さん、今こちらで大変御苦労されているんですが、そのアンケートのことについてもう少しお聞かせ願いたいと思います。
先ほど、大体の暮らし向きの状況について、苦しいとか、そういうお話がございましたが、島にいらしたときとこちらに来られてからの収入の実態、それから、皆さん方、今後、暮らしに対してどの程度頑張れるのかという見通しを持っておられるのかということもお聞きになられたように聞いているんですが、その辺のことも少しわかる範囲で教えていただければと思います。
○野村参考人 まず、収入の実態でございます。
具体的な収入の数字につきましては、大体の額は中途集計でも一応出ておるのでございますが、前回、具体的な収入額という質問をしておりませんので、ちょっと比較が難しゅうございます。
一カ月どのぐらいの生活費がかかるか、そういう設問項目がございまして、今までのところ、約二十万弱かかる、そういう回答が来ております。もちろん、そのうち一番かかるのは食料費、食費でございます。食費が一番高くて、その次に、自分たちが入っております生命保険、損害保険の支払い、これが結構高くなっております。その次に医療費でございます。その後、自動車や住宅ローンの借金の返済というのが四番目というような、そういう状況になっております。
いずれにしましても、食料費がたくさんかかるのは当然のことでございますが、そのほかは、今申し上げましたような順位で生活費がかかっているようでございます。
それで、今後の見通しでございますが、「今後の生計の見通しはどうですか。」という設問を立てておりますが、先ほど、現在の収入での暮らし向きはどうかという松原先生の御質問にお答えしましたけれども、今後の生計の見通しにつきましては、「非常に苦しくなりそうだ」または「少し、苦しくなりそうだ」、いわゆる苦しくなるというふうにお答えになった方が四割程度でございます、四〇%。
この辺は、前回も同じ質問をしておるのでございますけれども、前回が四九%という数字でございましたけれども、これがちょっと減っているというのが、やはりデータの精査を、もう少し検証をきちんとしないと、この数字を確たるものとして御報告するにはちょっとというふうな思いでもおります。むしろ、時間がたっているので、逼迫度合いが高まってこの数字が高くなるのかなというふうに私は個人的には思っておりますけれども、結果としては、逆に四〇%強という形で、ちょっと前回よりも数字が下がってきているというのがあります。いろいろ先の見通しのこと、それから就労状況の改善なんかも幾らかは影響しているのかなというふうにも思われます。この辺はもう少し、詳細、クロス分析をしてみないと、理由等はまだよくわからない状況でございます。
以上でございます。
○赤羽委員長 西委員の今の質問で、避難前と比べて今の収入はどうだったかという設問がありますね。これについてわかれば。問4です。
○野村参考人 申しわけございません。金額じゃなくて、そうですね。失礼しました。どのくらい減ったかという質問でございますか。
○赤羽委員長 問4ですね、五ページ目の。
○野村参考人 Cの問4で、避難前と比べて今の収入はどうなったかと。
これは具体的な金額じゃなくて、収入が全くなくなったとか、月額で二、三割減ったとか、五割減った、五割以上減った、そういう設問でございまして、具体的な金額ではございません。ただ、今回のお答えですと、一から四、つまり収入がなくなった方から五割以上減ったという方々まで合わせますと、大体過半数、五〇%を超えております。
ただ、前回が五五%という数字が出ておりますので、前回よりも少し数字は下がっておりますが、大体ほぼ同じような傾向だということが言えようかと思います。ここは改善をされたという状況にまではいっていないのかな、ここだけを見ますとそういうふうに考えられるかと思います。
○西委員 今、助役さんから種々御説明がありましたけれども、私は、苦しくなったというのは、前回が四九%で今回四〇%というふうに、中間段階ですが、おっしゃったということは、一見よく見えるのですが、依然として苦しいという意味では変わらない。フラットになればまあまあ何とかいけるかなということになれば、これは、今のところは苦しいという人がいなくなるわけですから、量的な問題ではなくて、依然としてやはり四〇%の人が、一年を経過しても、なかなか新しい土地に十分になじんで経済活動をしていくには難しかったという結論が重大ではないかというふうに思っております。
それから、支出の内容、まさしくそうだと思うんですが、食費以外は、保険の支払いにしても医療にしても、本当にもう出さざるを得ないところにのみ出していただいて、それでようやく生活ができているという実態、ローンにしても、自動車も若干必要でしょう。そういうことからすると、本当に大変な差し迫った状態の中で日々生活をされているんだなというふうに見させていただきました。
そんな実態をお伺いしながら、先ほど廣井先生がおっしゃられた継続的な生活の支援ということが、もちろん村の方でも要望されていると思いますし、私ども実は、通常国会の後半に少しそういうことも、我々災害を担当するメンバーとして立法化できないかという議論があったのですが、もう少し実態を見てからという御意見も、そのほかからもあったようにお伺いをしております。
まだ中間段階で、なかなか結論的なことは言えないかもしれませんが、この状況を見て、都として、そういう継続的な生活の支援、先ほど廣井先生の方からおっしゃられた、有珠だとかそういうところでは十二万から十五万程度という具体的な額まで挙げておられますが、その辺について、都の方から御答弁をお願いできればと思います。
○岡部参考人 先ほど申しましたように、真にやむを得ない、救わなければいけない、支援しなければいけない方々につきましては、必要な支援はしていきたいと考えています。
しかし、いつ帰島できるかというパラレルな関係もございます。これが一説によると、前に産経新聞に載りましたけれども、二十数年かかる、こういう場合もございます。そういった場合まで救うかという問題を考えますと、やはり継続的な支援というものをどういう形でやるのか、また、私どもの方で、一、三宅島の問題ではないというふうに考えておりますので、ぜひその辺、日本は火山国であるし地震国であるということの中で、国民的合意を得るように御議論をいただくと私どもは助かります。
以上でございます。
○西委員 そのお考えはわからないわけではないんですが、私は、ある程度年限を区切って、もちろんそれまでに帰島できれば、その後の復興とあわせてどうするかという議論は出てくるのですが、ある程度の年限を限って、二十年、三十年というのは、それはちょっと想定外だと思いますので、そういう形で、やはり国としても都としても、一刻も早くそれを実現すべきだ、こういうふうに思っておりますが、その辺、ちょっと廣井先生、ずっと携わってこられたお立場として御意見がございましたら、御答弁をお願いできればと思います。
○廣井参考人 有珠の場合もそれから雲仙の場合も、何月何日から六カ月間とか、そういうような形で、もし災害が終息しない場合はそれを延長する、そんな形で進んでいたように思っているんですけれども、そういうことだったんじゃないでしょうか、余り詳しい記憶はありませんが。
○西委員 そのことも含めて、基本的にはやはりそういう状況を見ながらということが私は正しいんではないかと思っております。かといって、それが、半年延長が二十年続くということは現実的ではないだろうと思いますが、ある程度の年限を区切ってでも、とりあえずそういう形で支援をしていくという流れをつくっていきたい。都の方も、そのことについては共通認識であろうと思いますが、その辺は、ある程度の年限ということであれば考えられるんでしょうか。余りしつこく聞くのもどうかなと思いますが、もしコメントが願えましたら、お願いしたいと思います。
○岡部参考人 雲仙・普賢岳、有珠山等、一年ということの支給で、それ以上は打ち切っているというふうに伺っています。
ただ、雲仙・普賢岳は、その当時、基金という制度で事業をつくったということであります。現在、そういう基金をつくるような社会経済的な状況がない中でやらないとという非常につらい面もございます。その原資をどう出すかという基本的な問題も絡んでおりますので、その辺も含めまして、今度のアンケート調査の中で、真に、本当に支援しなきゃいけないものをどう救うかというものは、単なる金銭的な給付ではない面もあるのかどうか、そういう面も含めまして検討したいと考えております。
○西委員 お互いに前向きにその辺については努力をしていきたいというふうに思っております。
次に、先ほどからも帰島の話が出ましたが、私は、帰島していただく条件として、やはり今回の火山活動自身が、噴火というよりも有毒ガスが最終的には一番大きな要件として残った。もちろん、火山岩といいますか、噴石の問題もあるんですけれども、最終的な大きな問題として長く引き続くのはそこの問題だろうと思っております。
井田先生も大変御尽力いただいているんですが、そんな条件の中で、今、ガスと共存するというお話がありました。いざ帰るとなると、やはり、どういう状況の中でどの程度の有毒ガスSO2が各地に流れ込んでくるんだろうか、こういうことがどうしても事前に私は必要になってくる。今、現実に六カ所、先ほども四カ所御説明いただきましたが、たしか都の方で設置していただいているというふうに聞いているんですが、これをやはりもう少し細かく人の住む集落の各地に設置して、事前に、どうせつけるんなら、帰島されて安全のためにつけるんだったら、今の状況から、各地の濃度が気象条件に応じてどういうふうにして変わるのかということを調査していかないと、だれが決断するにしろ、安全な帰島というのが実現しないのではないかというふうに思っております。
気象庁は、今まで、どちらかというと火山ガスそのものの頂上ないし上空における測定はしておりましたけれども、生活の環境における測定というのは余りなさっていないように聞いております。一方、有珠では、かなり住民の安全に関することについても気象庁は尽力をしていただいたというふうな情報もございます。私は、今回のこの火山ガスというのは、世界でも大変珍しいといいますか、大変大きな災害ということもあり、住民の生活の影響に関することについても、きめ細かな島内の観測網を張りめぐらしていただきたいというふうに思っております。
先生は気象庁の方ではないので、直接の答弁ということではありませんけれども、研究者として、これからやはり気象庁という組織自体がもう少し住民の安全に関することについても協力をしていただく。もちろん、都の方も今も六基つけていただいておりますが、さらに充実していただけるものだと思っておりますが、その辺のお考えを井田先生にお聞きしておきたいと思います。
○井田参考人 まず、火山ガスの観測のことなんですけれども、私も以前から、風向きなどによって非常に大きく変わるので、たくさんの計器の設置が必要だということを申し上げていまして、事あるごとにお願いしております。ですから、今六点、今回そのデータを紹介させていただきましたけれども、それに倍増あるいは三倍増、たくさんあればあるにこしたことがないということが一つ。
それから、まず気象庁の名誉のために申し上げておきますけれども、気象庁も実は六点の観測網を持っております。計器にかけている予算が多少違うことがありまして、都の計器の方が精度がよろしいということがございまして、実は今回はそれを御紹介いたしましたけれども、気象庁も同じ数の点を持っております。
いずれにしても、観測点の数がたくさんあればあるにこしたことはない。特に今後、帰島を目指すというそれの、あるいは帰島した後のいろいろな対策を立てるという意味では、きめの細かい方がいいに決まっておりますので、できるだけ計器をふやすということはお願いしたいと思っております。
それで、ガスとの共存ということなんですけれども、先ほど桜島の例が出ました。桜島は、大体トータルのガスの量としては三宅島の十分の一ぐらいなんですけれども、それでも環境基準を上回る一ppmぐらいのことは時に出ます。ですから、そういう中で、やはり桜島でもある意味からいうと共存しているということなので、三宅島でも現実的にはそういうことになるのではないか。恐らく、本当に火山ガスのことを心配しないで生活ができるということまで待つとすると、それはいつまで待っていいかわからないということになると思います。それは割と早く終わるかもしれないけれども、非常に長くかかる可能性もあると思います。
ですけれども、先ほどから申し上げましたとおり、問題はガスだけではなくて、実はもう一つ、泥流というのがございます。ただ、泥流の方は、割と出る場所が限られていること、それからもう一つは、既になされているように、ダムなどをつくってある程度対策をとることが可能ですね。
それで、ガスの問題がやはり一番問題なわけですが、これも、現実的な対応としては、やはり地域差があるから、その地域差みたいなことをどういうふうに考えるかというのが一つの行政の対応の仕方であります。
それと、あとは、共存という意味で、共存する意思が非常に強いとすれば、時に何か危険な状態になったときに、防毒マスクをいつも備えていて、それをいたします。それから、あと、就寝時には基本的にはクリーンルームみたいなところを、例えば全戸クリーンルーム化するということも、現実的かどうかは別として、可能なことは可能なわけですね。
ですから、そういうようなことで、どこで補うかということで、やはりこれからどこまで対応ができるか、あるいは島民の方が対応する気があり、行政がどれだけするかということにかなりかかっていきます。我々、気象庁あるいは予知連絡会は、それにできるだけ対応するような情報を最大限出したいと考えております。
○西委員 積極的な御答弁、ありがとうございました。
私も、やはり住むことになりますと、何らかの警報とか、信頼性の問題はもちろんこれまた難しい問題はあると思うんですが、住居近くでは、人の力だけではなくて、寝ている場合もあるわけですから、何らかの機器の補助というのがあって、その中で、逃げる態勢とかそういうことが必要じゃないかなと思っているだけに、それだったら、少し早い目に充実した観測網をつくっていただいて、安心して帰っていただける条件づくりをぜひともお願いしたいと思って御要望申し上げました。ありがとうございました。
○赤羽委員長 以上で西博義君の質疑は終了いたしました。
続きまして、山田正彦君。
○山田(正)委員 自由党の山田正彦です。
井田先生にお聞きしたいんですが、火山ガスの先生の資料によりますと、二〇〇〇年アベレージ一日四万二千トン、それから二〇〇一年アベレージ二万三千トンの火山ガスとなっているようですが、これでいきますと、二〇〇二年ですか、来年度あたり一万トン以下となって、何とかいわゆる火山ガスとの共存といいますか、そういう可能性が十分出てくるんじゃないかと思うんですが、いかがでしょうか。
○井田参考人 先ほどの繰り返しになりますけれども、防災対応いかんによってはそれは考え得ると思います。ただ、何もしないでただ帰れるという事態はまだ相当先である。二〇〇二年も、場合によっては、幸運だったらできるかもしれないけれども、何らかの対応というのが必要で、火山ガスとの共存という前提のもとで帰島というのを考えていただく、そういう状況だろうと理解しております。
○山田(正)委員 先ほどから松原仁議員の方で、いわゆる一時帰島と本格的な帰島の間のショートステイ的な、例えば一週間帰島するとか、そういった形での帰島ができないかというお話がありましたが、今の井田先生の話からしても、いよいよ来年度あたりは本格的にそういうプログラムというかスケジュールを考えていかなきゃいけない、そう思うのですが、そういった場合に、活動火山対策特別措置法という法律がございますね。
これは岡部さんにお聞きしたいと思うのですが、この中に、いわゆる避難施設の緊急整備計画、地域を指定して、それから緊急避難設備というものを設置できるようになっている。そのための法的な申請なんですが、これは、有珠山と桜島については地域指定もなされておりますね。ところが、この三宅島においては、いまだにそれについての申請もなされていない。これはどういうことなんでしょうか。
○岡部参考人 申請というか、国へ対する要望につきましては、既にもう二十年以上にわたってお願いしているところであります。五十八年の噴火もございました。それまで火山は、東京では大島が精密火山観測ということで充実した観測をしておりましたが、三宅島というのが二十年周期で起こっているということで、その後、独自の観測体制を整えまして、もちろん井田会長も東京都の防災顧問として御尽力をいただいた中で、独自の体制を整えておきました。
それは、国の方で指定という条件がなかなか整わないということで、なかなか実現しない中で独自の対策をしなきゃいけないということで、ぜひとも私どもはこの地域の指定をお願いしたいと考えております。
○山田(正)委員 では、東京都としては、一日も早くこの活火山対策特別措置法の地域指定をしてもらわなきゃいけないという意向ですね。
助役さんか議長さんにお聞きしたいのですが、国の方にもその旨の陳情はかなりしておられるということですね。今まで私ども災害特別委員会で、私、前回の委員会で、国の委員会の方で、このことについてはなぜかという話はしたことがあるのですが、特別、災特の方でも、早く地域指定しろとか、そういう話は上がってきていないのですが、そういったことについていろいろといきさつを聞いたり、また事情等については何か考えはございますか。
○野村参考人 私どもは、村役場といたしましては、ことしの九月に各関係省庁さんの方に「三宅島火山活動災害に対する特別措置について」ということで要望をお願いしてまいりました。具体的には、福田内閣官房長官さんのところに直接お願いに行ってまいりまして、そこでも、この三宅島の雄山を常時観測を行う火山に指定していただきたい、つまり、ここで言う活動火山対策特別措置法の適用をお願いしたいという趣旨でお願いをしておるところでございます。
今、井田先生の方からも、火山ガスと共存することが現実的だというお話がございました。そうであるならば、私ども村といたしましても、ぜひこの地域指定をしていただきまして、島民が帰島した場合に、この火山ガスがまた再度大規模な噴出をするような状況に的確に対処するためにも、ぜひ避難施設なり避難方法等の整備を図っていただくようにお願いをしたいというふうに考えております。
○山田(正)委員 先般、私ども災害特別委員会で現地に行ってまいりました。その際、一応防毒用のガスマスクみたいなものはいただいてはいたんですが、雄山のかつての牧場のところまで行きましたが、ほとんどガスのにおいもすることなく、島全体の工事現場も一周しましたが、非常に平常に生活しておったという印象を非常に受けたんですね。
約二百人ぐらいの人が寝泊まりしながら常時生活し、作業に従事しているということであれば、先ほどの、火山ガスと共存するというか、希望者だけ、そして風向きによってというか、例えば、冬場に入りますが、冬場だったら風が北西の方から吹いてくるだろうから、この地域だったらほぼ安全だ、そういうところだけまず希望者を募って、いわゆるクリーンハウスというかクリーン装置というか、そういったものを例えば各戸の希望者の人の部屋に一つつけるとか、目張りしまして、簡易な装置、そういったものができないものかどうか。これは東京都の岡部さんにお聞きした方がいいのかな。
○岡部参考人 ガスの量と濃度という関係がどう三宅島の島内に起こるかという、基本的には火山噴火予知連の会長のお力におすがりしなければいけない部分ですが、シミュレーションなどをして、こういった予測があるんだというある程度の科学的な成果、そういったものを見まして、予測、風洞実験などありますが、そういった問題をある程度私どもはクリアしていただいた上で、どの程度の濃度で、風の方向が季節によって、時間によって、例えば深夜どうなっているとか、いろいろなそういった科学的根拠というものをぜひ私どもは知りたいと思っています。その中で、そういったことが考えられるかどうかということは検討しなければいけないように考えております。
○山田(正)委員 科学的根拠、いわゆる本当に人体、生命に危険があるからということでやったら、いつまでも共存というのは難しいと思うのですが、実際に二百人の人たちがほとんど問題なく生活し、工事も進んでいるという現況、それを考えたときに、一体、あの工事現場の人たちがガスマスクをしなければいけないという日、それは例えば一週間に一回ぐらいなのか、毎日なのか、どういう実態、状況なんでしょうか。
○岡部参考人 今、山ろく部分で工事をやっておりますが、一カ月に二回か三回ぐらいは起こっております。工事中、突如風の方向が変わって、ガスマスクをしなきゃいけないという状態も生じます。
実は、きのう私も三宅島へ行ってきまして、村営牧場のときは〇・六ppmでしたが、二十分たたないうちに二ppmから三ppmになりまして、これは総務委員会という都の中の議員先生方を御案内したわけですけれども、数人の方がのどに異状を来したという状況も生じていますので、単にガスの量、濃度という問題以上に、かなり科学的に考えなきゃいけない状況ではないかというふうに考えております。
○山田(正)委員 現に今二百人ぐらいの方が、確かに風向きによっては急にガスマスクをしなきゃいけないというのは一カ月に一回か二回ぐらいの頻度だということであれば、例えば山ろく部分で、海岸線に近い部分の人たちの生活であったら、いわゆるガスマスクと、それと各戸の部屋に簡易なクリーンハウスの施設か、あるいは公民館単位で、緊急な場合には防災無線、先ほど議長さんもおっしゃっていましたが、防災無線とそれぞれ防災の警報サイレン等もあるでしょうから。あるいは、そういった人たちに、寝るときにガスマスクは用意しておっても、いざというときにはクリーンハウスの公民館に来てもらって、そして避難に備えるとか、そういった形でもうそろそろ、明けてから早急にそういうプログラムをつくっていく、そういう方向で考えていいのじゃないか、そう思いますが、岡部さん、いかがですか。
○岡部参考人 今のガスの状況でございますが、東京都及び気象庁で観測しているデータによりますと、一時間値の最高値が大体平均三ppmから、多いところで、三宅島空港では八・八九ppm、それから逢の浜温泉、アカコッコ、阿古船客待合所、伊ケ谷老人福祉館、そういったところでも四から五ppmの状況になっております。
これは、二酸化硫黄の環境基準の一時間値〇・一ppmでございますから、四十倍から五十倍、そういう中でございますので、現時点ではそういうシミュレーションというのはできかねる状況というのをおわかりいただきたいと思います。
○山田(正)委員 井田先生にももう一度お聞きしたいのです。
この資料によりますと、六カ所で一応観測しているような気がいたします。いわゆる何々ppm以上になるとかならぬとかという測定地点ですね。それの山ろく部の、いわば生活している部分のかなり数多く、例えば何十カ所か測定地点を置いて、そしてある程度の防災、いわゆる風向きその他によって危険の度合い等を、今のガス量でもっても、ある程度生活できるような可能性というのは十分あるのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
○井田参考人 まず、火山ガスの濃度の予測なんですけれども、先ほどから科学的なシミュレーションというお話なんですけれども、そういうシミュレーションは幾らか進んでおります。そして、風の影響でもって、どこにどういうふうなことが行くかということが少しずつわかりかけています。
その場合に、予測が割と易しいのは、むしろ風が割と強い場合です。強い場合にはどういうことが起こるかというと、ある特定の方向に吹きおろされて結構濃い濃度になりますが、その場合は、その場所も濃度みたいなものも割と予測が易しいのですけれども、むしろ、風が弱い場合は結構なかなか難点です。どういう方向に行くか、場合によっては全方位に、全方位でもないけれども、結構、ちょっとした揺らぎでもっていろいろなところに行ってしまうというようなことがあります。
そういう予測が完全にできるようになりますと、例えば天気図の情報みたいなものからそれを予測することがかなり可能になるのですけれども、今の時点では、非常にきめの細かい予測までは科学的にはかなり無理だということです。
それで、現実的には、たくさんの測定点でもって、それから風向きなどもあわせ総合的に、どこが危ないかというようなことを予測しながら、どうやって対応をとるかということになるのだろうと思いますが、それがやはりどの程度の継続時間で、それこそ、環境基準は時間値が〇・一ppmなんですけれども、それを完全に超えない状態というのはかなり難しいと思うのですね、どういう状況でもそれを超えないという状態。だから、現実的にいろいろな対応でそこをどうクリアするか、それから、そういういろいろな可能なシミュレーションの手法と組み合わせてどう対応するかというようなことは、これからだんだん考えていかなければいけないことではないかと思っています。
○山田(正)委員 いずれにしても、活火山対策特別措置法の地域指定と緊急対策について、我々、国として当然早急にその対応を決めなければいけない、そう思っております。ぜひ、それぞれお互いに協力しながら、憲法上も、いわゆる住民としてその地域で最低限度の生活をする権利が当然あるわけですから、当然、その旨の主張をしていただきたい、そう思っております。
きょうお話の中で、廣井先生に、大変私も関心を持ったのですが、いわゆる災害保護法の考え方ですね。最後に、先生に少し、こういう構想でどうかという御意見をいただければ、それをもって終わりたいと思います。
○廣井参考人 そんなに詰めてはいないのですけれども、先ほど申し上げましたように、生活保護で対応するというのは、これは阪神のときもそうだったのですが、市民の方々の抵抗もあるし、本来、災害の被災者ですから、やはり趣旨が違うのではないか。そこで、災害保護というような考え方が出てくるわけですが、これについては、先ほど申し上げましたように、災害が発生して避難生活等々で、避難だけには限らないと思うのですけれども、収入の道が途絶えた、その収入の道が途絶えている一定期間だけ一定金額を支給する、そんな仕組みができればいいなということなのでございます。
○山田(正)委員 ありがとうございました。終わります。
○赤羽委員長 以上で山田正彦君の質疑は終了いたしました。
続きまして、藤木洋子さん。
○藤木委員 日本共産党の藤木洋子でございます。
きょうは、参考人の皆さんには、お運びをいただきまして、本当にありがとうございます。
限られた時間ですので、幾つか伺いたいことがございますけれども、まず最初にお二方に質問をさせていただきたいと思いますので、ちょっと質問をまとめて申し上げたいと思います。
一つは、廣井参考人にお願いをしたいと思うのです。
きょうの先生の話の中で、私、生活再建のために継続的支援で避難中の日常生活を支えること、それから、帰島後、住宅再建あるいは生活の再建に至るまでの日常生活を継続的に支援することが大事だと言われた視点は、本当に共感を呼んでおります。そのための施策を、法律の専門家ではいらっしゃらないわけですけれども、今できないのはなぜだとお考えか、あるいは何か別の法律があればやりやすくなるのか、その辺、お考えがあればひとつ伺いたい。
もう一つは、自然災害で破壊された住宅の再建に対する公的支援の重要性ということを、旧国土庁の検討委員会の座長も務められて、最終報告でお出しになったのですけれども、それを拝見しますと、住宅は単体としては個人資産だ、しかし、地域社会の復興と深く結びついているので公共性を有する、こう述べていらっしゃいますね。私は、地域社会の復興に公共性があるというだけではなくて、そこの地域が復興しなければ地域の経済も再生しないという点で、公共性が極めて高いというふうにとらえているわけです。
廣井先生のコメントが、たしか朝日新聞で私は拝見したと思うのですけれども、鳥取県の片山知事がとった住宅再建への公的支援について、災害救助の原則は迅速ということだというふうにお述べになって、鳥取県の決断は非常に素早かった、行政は我々を見捨ててはいないということを県民に示した点でも適切だったというふうにお述べになっていらっしゃるわけですね。これも極めて大切なことだというふうに私は思っているわけです。
実際に鳥取県の関係者から、ついこの間お会いして伺ったら、全く家庭の事情で子供と一緒に暮らさなければならなくなったという事情のある方が一、二、県外へ出かけていかれたそうですけれども、それ以外の被災者は、全世帯、被災地にとどまっているというのですね。
三宅にこれを引き写してみますと、三宅の方にもこの間お目にかかって伺いましたけれども、今、実際に現地調査も十月三十一日にしていらっしゃるわけですが、その中で、都道だとかあるいは道路の復旧、仮設の橋も含めてほとんど終わっている。さらに、先ほどもお話がありましたけれども、数百人規模のクリーンハウスといいますか、それができるとさらにその事業は進むだろう。
そうなりますと、砂防堤なども含めて、公共施設の建設はどんどん進んでいくと思うんですけれども、そういう環境が整備されても、被災者の住宅再建への公的支援がなければ島民が帰れない。アンケートでは、帰りたい、帰るつもりだと答えておられても、帰れない島民が出てくるということになりますと、片山知事が言っておられるように、公共事業で施設は整えたけれども住む人がいないというのではむなしいじゃないか、何のためにやるのだということを言っておられるような状況が島全体として出てくるような危惧を感じるわけです。
ですから、特に住宅再建にかかわって、三宅にとって極めて必要だという点のお考えが、これまで一度目のアンケートもとっていらっしゃいますし、今度のアンケートはまだ集約はされていないようですけれども、ほぼ傾向が出ているようなので、その辺にかかわって、その二点についてお聞かせをいただきたいというふうに思います。
もうお一人は山田参考人、本当に御苦労さまでございました。一年三カ月にわたって避難生活をされている島民の皆さんの身を案じて、生活再建のために、本当に御苦労さまでございました。
私自身も阪神の被災者の一人である兵庫県の出身者でございますので、生活と営業の再建を復興の柱にしなければならないということで、生活再建についての公的支援を実現させるために奮闘もさせていただいたわけですけれども、しかし、実際の現在の支援法について言えば、余りに少ない支援額、それから年齢だとか所得だとかさまざまな制限がありまして、その制限が被災者の実態と極めてかけ離れているというふうに思うわけですね。ですから、これは見直すべきだというふうに痛感をしております。
それから、三月十四日の委員会派遣で、避難生活、子供の学校の様子だとか、あるいは被災者の皆さんと会って私もお話を伺う機会があったのですけれども、このとき三宅島の被災者の方たちは、特別立法の御要望を極めて強くお持ちになっていらっしゃいました。そこで私、本委員会でこの問題を取り上げまして、特別措置あるいは特別立法というのであれば、生活支援の面での措置が極めて緊急に必要ではないかということを追及してきたわけです。
今、議長さんは、七項目はいずれも大事で順位はつけられない、全部一位だというお気持ちをお述べになったのですけれども、私、つい最近、やはり被災者の方と直接お目にかかってお話しする機会があったのですけれども、みんなの合い言葉は、白木の箱に入って三宅に帰るまいということを合い言葉にしながらみんな励まし合っているということを伺いました。私も、被災地にまだ仮設住宅があったとき、仮設住宅は死ぬ場所じゃない、生きて仮設を出ようということを合い言葉にしながらみんなが支え合ったことを思い出して、本当に胸が熱くなったのですけれども、最も切実な現在の問題といいますか、緊急な問題からいいますと、やはり議長がおっしゃっておられる中の生活支援ではなかろうかというふうに思うのですね。
そこで、議長にお伺いしたいのは、現在、本土東京での生活で今一番必要とされているものは何なのか、どうしてもらえばいいというふうにお考えか、それを一点聞かせていただきたい。二つ目に、もとの生活に戻るために、つまり島に安心して帰るための条件が整うために何が必要か、それから三つ目は、帰島したときの基幹産業の再建に何が必要だというふうにお考えか、この三点についてお伺いをしたいというふうに思いますので、お二方、順番にお答えいただけますでしょうか。
○廣井参考人 私が申し上げました継続的な生活の支援あるいは帰島後の住宅の再建とか住宅の補修を負担するという場合、二つの手法があると思うのですが、一つは基金をつくるということです。それからもう一つは、直接税金を投入するということなんですが、先ほども岡部さんの方からも基金の話がありました。雲仙・普賢岳と阪神・淡路大震災は基金方式でやりました。自治体の起債と、それからあとは義援金を合わせたものを復興基金としてつくるわけですが、これだとかなり弾力的な運用ができて、被災者のニーズに柔軟にこたえられる。
ただ、先ほどのお話にもありましたが、今のような経済状況ですと、利子の利率が非常に安いですから、基金そのものの原資を切り崩さなければならないというところで、基金というのがなかなか抵抗があるようですけれども、私は、基本的には大災害はやはり基金でいくべきだと思っています。
これは、専門家ではありませんが、専門家に聞きますと、原資を少しずつ少しずつ取り崩していく形の基金だって十分設計可能なんだというような話も聞いています。ですから、今回の場合も、まず基金でいく方法も私はゼロではないと思っています。あるいは、鳥取県知事さんあるいは北海道は公費を投入しました。直接投入するという方法だって不可能ではないと思っています。
いずれにしても、先ほど申し上げましたように、アンケート調査の結果も見ましたら、やはり三割程度はどうも継続的な支援をする必要があるなというふうに私も拝見しながら感じていますので、手法は問わないし、やり方も問いませんが、実質的に月々幾らというような、当面の生活を賄える費用を支給してくれるような仕組みが大事だと繰り返し申し上げます。
それから、二番目の迅速性ですが、実は私、陳述のところで一番最後のときに申し上げたのはこれのことなんですが、九四年のノースリッジ地震のときに、アメリカのFEMAは大変迅速に対応しました。それから、先ほどの鳥取県西部地震の片山知事も大変迅速に対応しました。行政が迅速に対応するということは、被災者が、行政は自分たちを見捨てていないなという行政への信頼感に大変つながります。それからもう一つは、災害からの立ち直りを促進します。そういう意味で、迅速性は大変大事で、しかし、今回の災害ではどうだったかなという疑問もありますけれども、今からでも遅くないから、ぜひ打てる対策はとっていただきたい、それが私の気持ちです。
○山田参考人 ただいま御質問がございました点については、廣井先生がるる申し上げましたので、私の言うところはないようでございますが、私としましては、現在、我々避難島民が一番望むことは、私なりに考えますと、いわゆる高齢者と一言に言いますけれども、高齢者にもいろいろなタイプがありまして、働きたくても働けない人、こういう人たちにもう少し厚い手当てをしないと、いろいろな問題が起こってくるんじゃないかな、これが一番心配です。役場は職員をそれぞれの家庭に回して状況把握をしているようでございますが、それに加えていろいろな問題が内在しているはずですから、これらのことについては十分なケアをする必要が早急な対応としてあるんじゃないかなという気がします。
それからもう一つは、行政がこれからぜひやらなきゃいかぬことは、私は隣の野村助役さんにも申し上げるのですが、住民にあすへの希望を与えなきゃいかぬのじゃないかな。ということは、今三宅村の島民は、先ほど来諸先生方がるる申し上げているように、いつ帰れるのか全く当てがない、正直申し上げて。それは、一年後にあるいはガスがなくなるかもしれない。いろいろな諸条件があるでしょうけれども、いずれにしても、やはり三宅村として、一年後になったらこういうようなプログラムが考えられる、もし三年も避難しなきゃいかぬようだったらばこういうプログラムを用意するよということを住民にきちっと教える必要があるのじゃないか。そのことで住民はえらく安心をするはずです。ぜひこのことをやってもらうことが今の時点の急務だろう。このことは日ごろ野村助役さんにも申し上げているのですが、私は、その辺が一番大事じゃなかろうかな、こう思っています。
○藤木委員 それだけでよろしいでしょうか。基幹産業のことだとか降灰の除去のことをもうちょっと詳しく述べていただきたいのです。
私が伺いましたら、降灰といいますから、灰が積もっていて、私たちだったら、若くて力があればシャベルぐらいで除去できると思っていたのですよ。そうしましたら、違うのですってね。ユンボか何か持っていかないといけないほどコンクリートになっているということを伺いまして、これは、個人の資産だから、個人の家の中だからといって放置しておいたのでは、どうにもならないんじゃないかという気がしているんですけれども、その辺、ちょっとリアルに町民の声を代表しておっしゃっていただきたいと思うのです。
○山田参考人 ただいまの先生の御質問については、確かにそういうことが言えるんですけれども、問題は、先ほど来申し上げていますように、これは我々個人がどうこうする問題ではないし、先ほど申し上げたような泥流でうちを完全に埋没されてしまった人たちは、正直言って、先生おっしゃるとおり、個人の力ではとても無理です、あれは。ということは、今の時点で何とかすれば、あるいは住居にたえられるかもしれないのに、あれは長くほうっておけば、恐らくあのうちは全部壊して新しく再建しなきゃいかぬかもしれない。
だから、そういう意味では、何か泥流対策の関係の人たちは、みんなでそういう新しい組織をつくりまして、やはり行政に向かっていろいろ要望したり、いろいろ意見活動をやっているようですけれども、まだ今のところでは、全くこのことについて私の知り及ぶ範囲では処置がされていないようですが、可及的速やかにこの問題は解決しないと、六十何軒か、実際にはそこまでないと思うのですけれども、それらの人たちはあすへの希望がなくなってしまうんじゃないかなという気がします。
○藤木委員 もう一つ、やはり帰るということになりますと、そこの基幹産業、これが動いていなければだめだと思うのですね。
先ほどから、すぐにでも帰島できる人から帰島するというようなことも考えられないかというお話を前の質問者がされましたけれども、私、小銭を見せてもらったんですよ。ガスで溶けてしまって、何円かわからないんですね。お金とお金がひっついているところをあけると百円だというのがわかる程度に、そこまで化学変化を起こして溶けてしまうというような状況でしょう。
ですから、人間は帰ってクリーンマスクをしたりクリーンルームに住んだりして、人間は生きられても、生き物や植物がまともに生殖できるのかという問題を考えますと、やはり井田先生たちが中心に進めておられる科学的知見というもの、ここまでは安全だと思うとか、そういう出た知見に対して、島民の皆さんがそれをどうとらえるかということを腹を割ってお互いに話し合うというようなことをやらなければ、これはとても、帰れそうだから、帰ってシェルターつくればと行った人だって、観光客が来ないと観光業という基幹産業が成り立たないわけですから、自分だけ行ったって暮らせないわけですよね。やはり島民がみんな帰ってきて、観光客も行って、そこがそういう活動ができるようにならなければ、本当の再生にはならないというふうに私は思うのですね。
ですから、そういう意味で、基幹産業に対する国に対する御要望があれば、こういったことに対してはこういう共済の程度ではとてもだめなんだとか、いろいろ御意見聞いていらっしゃるんじゃないかと思うのですが、御意見があればぜひ聞かせてください。
○山田参考人 実は、昨晩私のところへ、十時半ごろですかね、私もう寝ていましたら、電話がまくら元で鳴りますので、電話に出ましたら、何か商工組合の担当の人らしいんですけれども、きょう実は商工組合で集まった、だがしかし、私どもが商工組合で雨漏りの対策だとかそういうものをこれからやらなければいかぬかわからぬ、山田さん、今度二十四日にみんな集まるから、ぜひ来てあなたの御意見を述べてくれ、こういうことをおっしゃっていましたが、あの人たちも、ただ島へ帰ってその屋根を直せばいいというものじゃないんだと思います、それぞれのうちにはそれぞれの事情がありますから。
確かに行政の方々は、金がなければ貸してやるよ、こう言いますけれども、借りた金はいつかは返さなければなりません。そうしますと、先ほど来るるいろいろなことを申し上げていますけれども、そういう方々は、今先生おっしゃったように、島へ帰って、今度は自分の生活を再建しなければいかぬ。
例を挙げますと、先ほど私は意見陳述の中で申し上げましたが、農業をやっている人たちは、三宅島の農業は、昔と違って、いわゆる芋だとかサツマをつくっているんじゃなくて、やはりお金になる産業を始めているわけです。それが全く見る影もない状態で、ハウスは腐っちゃうわ、それから中身は全部朽ちてしまうわ、本当にあの人たちは、行った人たちは大体農業者ですから、顔面蒼白になって物も言わなくなっちゃいます。これはもう私は個人の力ではどうにもならぬのじゃないかな。やはりこれこそ公的な支援をしてあげなければ、この人たちの将来は私はないんじゃないかな。
ということは、農家というものはそれほどお金がたくさんあってやっているわけじゃなくて、営々と努力をして今日があるはずで、それが一瞬にして全部だめになっちゃったんですから、これはもうぼちぼちなんて話じゃないと思うのです。当然どこかでてこ入れをしなければ、あの人たちは再建の道がないだろうと私は思うのです。
それから、先生が先ほどおっしゃったように、確かに、ただ島に帰せばいいという問題じゃないです。これは、いろいろな人たちが島に帰って生活を営む場合には、当然、先生がおっしゃったように、観光客も来てもらわなければいかぬ、それから人もそこに住まなければいかぬ、いろいろな問題があります。私どもの聞き及ぶ範囲では、余り長くなりますと、自分の生活を島に求めるんじゃなくて、都会に求めようという若者も出てきています、現実に。
だから、こういうことをいろいろ想定すると、いろいろな意味での生活支援、財政支援がないと、島に帰っても全く立ち上がれないということになりかねません。その辺については、先ほどるる申し上げましたように、やはりある程度の財政支援が私は絶対に必要だ、こう思います。
○藤木委員 どうも本当にありがとうございました。貴重な御意見を聞かせていただきまして、私は、生活再建とそれから住宅再建はもちろんのこと、営業再建にもやはり公的な支援が必要だということを皆さんの御意見の中からよく理解することができました。ありがとうございました。
○赤羽委員長 以上で藤木洋子さんの質疑は終了いたします。
続きまして、菅野哲雄君。
○菅野委員 社会民主党の菅野哲雄と申します。
私は、災害対策特別委員会で、十月三十一日、三宅島を視察させていただきました。率直な感想を申し上げますと、この島がどうして無人島なんだろうという率直な感想を抱いたものです。本当に、行ったときは空が晴れ渡って、雄山の噴煙が上昇気流に乗っていた状況ですから、危険な状況というものが感じられなかったからそう思えたというふうに言えるのかなと思うのですが、それともう一つは、多くの住宅が、そのまま被害も受けないである住宅も多かったということが非常に印象に残っているわけなんです。
アンケート調査、三回目のアンケート調査を行っていました。先ほど三宅島の野村助役さんが、項目的に数字を言って、そうであれば具体的にということなんですが、この十一ページの「復興について、お伺いします」の問2の部分ですね。多くの方々が帰島を希望しているという言葉は聞くのですけれども、ここに、「帰島できる状態になった時のあなたの意見に最も近いものに一つ○をつけて下さい。」ということなんですが、この回答結果はどのような状況になっているのか、冒頭お聞きしておきたいというふうに思っています。
○野村参考人 問2「帰島できる状態になった時のあなたの意見に最も近いものに一つ○をつけて下さい。」そういう質問でございます。
四つの設問項目がございまして、一つは「何をおいても帰島したい」、二つ目に「島での生活の目途が立てば帰島する」、それから「帰島するかどうかわからない」、それから「帰島しない」、こういう四つの項目がございまして、一番回答が現在までのところ多いものは、一番の「何をおいても帰島したい」、これはほぼ五〇%でございます。「島での生活の目途が立てば帰島する」というふうにお答えになった方が約四割でございます。「帰島しない」と四番でお答えになった方は、今のところ一%未満でございます。そういう状況でございます。
○菅野委員 この数字は、今都内に避難している人たちの率直な島への思いというものが、九割以上の方々が島を思っているという状況ですから、これに私たちがどうこたえていくのかということが今日求められている状況であるということが、率直に言って私はつかまえることができるんだろうと思うんです。
先ほど、多くの方々が議論されていますけれども、この状況を受けて、私は、三宅島が離島がゆえに抱えている問題だというふうに思うんです。これが陸続きであれば、九割の人たちを強制的に、そこに、島に入るなということができるのかどうか。離島がゆえに抱えている今日の問題だというふうに思うんですね。それから、山田議長さんがさっきガスとの共存というふうに言いましたけれども、例えば、離島がゆえに共存できないんですね。私は、陸続きであったらば共存していけるんじゃないのかなというふうに思うんです。ここが三宅島の問題の深刻なところだというふうに私はとらえているんですが、そういう意味では、住民の方々が帰りたい、科学的には帰っちゃ危ないです、こういう相反するものが三宅島には存在するわけですね。
それで、二つ目に井田参考人にお聞きしたいと思うんですが、先ほどからずっと、どのような状況になったら帰島が可能になるのかという議論はされていましたから、そこには触れませんが、私は、住民の要望と科学的見地、どこかで妥協しなければ、ずっと帰島の条件というのはつくられていかないんじゃないのかなというふうに思えてならないんですね。ある程度の条件整備が成ったときに、科学的根拠も含めて、これで帰っていいですよと。科学的根拠というのは、先ほどから言われるように、雄山の噴煙が、亜硫酸ガスがずっと出続けるという条件であれば、先ほども言いましたように、十年帰れないかもしれないという状況と帰りたいという状況が、いつまでたっても乖離の状態が進んでいったときに、私はパニック状態が起こるというふうに思うんですね。そこを、だれが帰島の判断をどういう見地から行おうとしているのか、ここを明確にしておく必要があるというふうに思うんですけれども、これについてお答え願いたいと思います。
○井田参考人 これは多分私だけでは答えられない問題があると思います。
先ほどから繰り返しになりますけれども、これはただ火山ガスの量という自然現象だけの問題じゃなくて、だから、それだけで見て条件が整うというのをもし待つのだとしたらば、それはずっと先になる可能性が高いわけですね。
それで、あと、火山ガスと共存して何かやるとしたらば、そこには、火山ガスとどう共存するか、それは島民の意思の問題あるいは覚悟の問題、それから行政の対応の可能性の問題、それらが全部かみ合って、どうするかということが決まるんだろうと思います。
それで、我々としては、島民の方の御希望なり行政の方のいろいろ知りたい情報なり、そういうのを科学的な立場から最大限出すように努力したい、そういうふうに思っています。
○菅野委員 わかりました。
それでは、岡部参考人からお聞きしますけれども、都の重要な災害行政を担当する人として、こういう大きな議論というものは、東京都だけじゃなくて全体で行っていかなきゃならない議論であるというふうに私は思うんですね。そういう立場に立って、御見解をお聞きしたいというふうに思います。
○岡部参考人 まさに先生のおっしゃるとおりでございますので、東京都としましても、こういった火山噴火予知連絡会の正しい科学的な知識を共通の知見としまして、島民と行政と一生懸命話し合いながら何らかの妥協の方向を探すことができましたら、本当に幸いだと思います。
私ども、避難のときには一人の犠牲者も出ませんでした。今度帰島のときに、帰島の生活の中で、一人でも犠牲者が出るということは行政にとっては非常につらいことであります。そのためにも、妥協の条件は何かということを一生懸命探っていきたいと思っています。
○菅野委員 あと、今のアンケート結果のもう一つの特徴なんですが、設問の状況ですけれども、「島での生活の目途が立てば帰島する」という方が四割いるんですね。ある意味では、九割というふうな帰島したいというとらえ方の反面、帰島したいという人は五割であって、条件が整わない限り帰島しませんという人が約半数いるということをしっかりと私はとらえなければならないというふうに思うんですね。この五割の人たち、帰島しないという方も含めて五割の人がどう考えているのかというのは、今後の分析というものをしっかりする必要があるというふうに思うんです。
私は、先ほどからも議論があるんですが、三十一日に三宅島に行って、この島の今後、災害復興を考えたときに、災害の復旧状況というのは進んでいるというふうに見てまいりました。泥流被害についても、砂防ダムをつくりながら、泥流が下流に流れないような方途をとって、こういう災害工事は、私は時間とともに復旧が成っていくんだろうなということで見てまいりました。
あとは、残りは、島における基幹産業をどうつくっていくかということが今求められている課題ではないのかというふうに思っています。そのときに、島に行って、これからこの島は、今までは観光を産業として大きく位置づけてきたのに、観光客はそれじゃ一気に来るんだろうかと思ったときに、大変だなという思いをいたしました。
そうしたときに、災害復旧工事の進捗度合いに応じて、それじゃ基幹産業をどう、例えばSO2が、SOxが減っていくという条件のもとに、これをやはり私は島民内外にビジョンとして発表する必要があるというふうに思うんです。一年たったからやっと少し落ちついてきましたから、こういうところをしっかりととらまえて、これから計画づくりという部分をしていかなければ、三宅島の復興というものがあり得ないように思うんですが、その点について、野村助役さん、もし今後の取り組みについて御見解があれば、お聞きしておきたいと思います。
○野村参考人 菅野先生の御指摘のとおりでございます。私どもは、今できるだけ早く島民に島での生活再建のめどを立ててもらうためにも、三宅村として、三宅島をどう再建するか、再生するか、そういう将来像を早く提示せざるを得ない、しなければいけないというふうに考えております。
先ほどの参考人の方でもちょっと答弁をしていただきましたけれども、現在、三宅村では、三宅村民の代表の方三十名を委員にしまして、復興計画の素案づくりを行っております。一応、素案をできれば年内ぐらいに何とかまとめていただきたいというふうに思っておりますが、それをいただきまして、さらにそれをたたき台にしまして、外部の先生方、専門家の方々にも参加していただきまして、基本計画、基本構想という形でできるだけ早くまとめていきたいというふうに考えております。
これが早ければ早いほど、島民にも島に帰ってもらえる希望を与え、また島民が島に帰ること、生活することの決心といいますか、覚悟をしていただけるものと思っていますので、今先生がおっしゃいましたように、村としては精いっぱいそういう点で頑張っていきたいというふうに考えております。
○菅野委員 このことは、私は、助役さんに今答弁いただきましたけれども、村だけのことじゃないというふうに思うんですね。都も、あるいは、災害復旧の場合はどうしても国の入る余地というのが余りないものですから、都や村という形になると思うんですが、国も挙げてそこの部分においての取り組みというのをしっかりとしていく必要があるんだなというふうな思いをいたしておりますから、都の岡部部長さんにおいても、しっかりとこの視点で取り組んでいただきたいと思います。では、一言ありましたら。
○岡部参考人 まさに、三宅島が復興しないということは、これは、伊豆諸島全体の風評被害等、いろいろな影響がございます。私ども、伊豆七島も東京都の一部としてしっかり復興していきたいと思っています。よろしく御協力をお願いしたいと思います。
○菅野委員 次に移りますが、今避難している人たちの生活支援の問題がずうっと議論されてきました。やはり気になるのは、被災住民に対してどういう支援をしていくのか。先ほどアンケート調査の議論もございましたけれども、やはり五割以上の人たちは非常に厳しさを訴えているわけですから、どう支援していくのかということが今私は緊急に求められている課題だと思うんです。
岡部部長さんは、この支援策を今つくるにしても、先が見えないから、避難の状況が一年になるのか、二年になるのか、十年になるのか、そこが見えないから対策はなかなか難しいんだとの議論を先ほど展開されていて、私はびっくりしたんですけれども、そんな問題じゃないと思うんですね。十年かかろうが二十年かかろうが、そこに生活している人たちがその地域で災害を受けて、安心して生活できていく条件をつくるというのが私は今最大限重要なことだというふうに思っています。これが十年先になろうが二十年かかろうが、そこは議論の余地はないというふうに思うんですけれども、今このアンケートを分析した上で、村との密接な協議の上、ぜひ早い機会にその支援計画というものを島民の方々に示していただきたいというふうに思うんです。
それで、「三宅島の災害対策について」の「国への提案要求」ということでここに書いてあるんですけれども、このことは、三宅村や東京都がやった上に対して、この部分に対して国も支援してくださいということであれば、私どももこの委員会でもって強く言うことができるということなんですね。国が方針化しない限り自治体はそれは行わないというのは、私は逆な発想だというふうに思えてならないんですけれども、今の意見に対する御見解を、岡部部長さん、お願いしたいと思います。
○岡部参考人 まさに現在、真にやむを得ない生活支援は必要な限りやっていきたいと考えています。それから、アンケート調査等の結果に基づきまして、必要な支援、都がやるべきもの、村がやるべきもの、また国がやるべきものをきちんと仕分けしまして、きちんと整理した段階で、いろいろな解決策と要望等行っていきたいと考えております。
○菅野委員 最後に、廣井参考人にお聞きしたいんですが、この資料を見せていただいてずうっと感じたことは、今岡部さんが言うように仕分けはしていないんですね。全体の中では仕分けしているんですが、やはり黒丸というのは地方単独でも我慢してやっていくという姿があるからこそ、全体に仕上がっていく。ベースはやはり地方自治体がしっかりとした支援体制をつくる中から広がっていくんだというふうに私は見たんですけれども、それからもう一つは、やはり災害の場合の特別立法というのを、私はきょう参考人の意見を聞いて、つくっていく必要があるということを強く感じておりますけれども、地方自治体と国との関係について、少し御見解があればお聞きしておきたいというふうに思っています。
○廣井参考人 その前に、先ほどのアンケート、私大変重要だと思うんですけれども、「何をおいても帰島したい」が五〇%で、「島での生活の目途が立てば帰島する」が四〇%、つまり、今後の施策が悪いと人口が半減してしまうということですよね。ですから、これからの東京都と国と三宅村の防災対策の実力がここで問われているというふうに思いますので、その点をまずお話ししておきたいと思います。
それから、避難の話ですけれども、多分、どの段階で帰島するかというのを決めるのは猛烈に難しいと思います。学問的な判断と政治的な判断、行政的な判断で総合的に決まると思うんですが、多分、プロセスとしては、まず一般の島民の方が定期的な帰島をする、そのかわり夜は帰る。そのうちに、近くの島に泊まって、昼間は三宅島に行っていろいろな作業をしながら、また近くの島で泊まる。その後に松原先生がおっしゃったような短期的なステイが始まるということになって、そしてまた、だんだん多くの島の方が島で生活するようになる。
だけれども、観光客がどうなるかというと、観光客は恐らく、完全に安全にならないと来ないと思うんですね。だから、そういう意味では、生活支援と島の復興対策、特に産業をどうするかということでやはりトータルな復興計画をつくる必要があるし、議長さんがおっしゃったように、住民の方々に希望を持ってもらうためには、なるべく早くつくるということをお願いしたいと思います。
東京都と三宅村と国の防災対策の関係でいいますと、災害対策の基本は地方自治体ですから、まず地方自治体が住民の方の要望、ニーズを把握して、そしてそれを施策にまとめて、足らざるところ、国としての対応が必要なところは国にお願いする。三位一体ですけれども、やはり住民のニーズを一番知っているのは地方自治体ですので、そういう意味では三宅村さんと東京都さんに頑張っていただきたいなと思います。
○菅野委員 本当に今の状況は、自然災害を相手にするということの難しさをこの三宅島という部分が抱えていると思うんですけれども、そこの中で最大限住民の要望を酌んでいただいて、私どもも精いっぱい対処することを申し上げながら、質問を終わらせていただきます。今後とも一緒に頑張っていきたいと思います。
○赤羽委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。
参考人の皆様方におかれましては、長時間にわたり御出席を賜り、貴重な御意見をお述べいただきましたことを、本委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げる次第でございます。
本日お聞かせいただきました参考人の皆様方の御意見をむだにすることなく、長期間、将来的な不安を抱え、島と環境の全く異なるなれぬ土地で不自由な避難生活を強いられている島民の皆様方の生活が少しでも改善されるよう、また一方では、一日でも早く帰島の見通しが立つ日が来ることを目指し、本委員会といたしまして、国ができる支援を政府に働きかけていく所存でございます。今後とも、御指導のほどよろしくお願いを申し上げます。本日は、まことにありがとうございました。(拍手)
次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
午後零時九分散会