衆議院

メインへスキップ



第4号 平成18年6月9日(金曜日)

会議録本文へ
平成十八年六月九日(金曜日)

    午前九時一分開議

 出席委員

   委員長 川内 博史君

   理事 井上 信治君 理事 石崎  岳君

   理事 小渕 優子君 理事 仲村 正治君

   理事 西銘恒三郎君 理事 高木 義明君

   理事 仲野 博子君 理事 丸谷 佳織君

      安次富 修君    飯島 夕雁君

      清水清一朗君    玉沢徳一郎君

      とかしきなおみ君    平口  洋君

      福岡 資麿君    山崎  拓君

      吉川 貴盛君    若宮 健嗣君

      市村浩一郎君    土肥 隆一君

      古本伸一郎君    伊藤  渉君

      赤嶺 政賢君    照屋 寛徳君

    …………………………………

   外務大臣         麻生 太郎君

   国務大臣

   (沖縄及び北方対策担当) 小池百合子君

   内閣府副大臣       嘉数 知賢君

   防衛庁副長官       木村 太郎君

   外務副大臣        塩崎 恭久君

   内閣府大臣政務官     平井たくや君

   政府参考人

   (内閣官房内閣審議官)  山浦 耕志君

   政府参考人

   (内閣府政策統括官)   東  良信君

   政府参考人

   (内閣府北方対策本部審議官)           東   清君

   政府参考人

   (警察庁長官官房審議官) 巽  高英君

   政府参考人

   (警察庁刑事局長)    縄田  修君

   政府参考人

   (防衛庁防衛局長)    大古 和雄君

   政府参考人

   (防衛施設庁長官)    北原 巖男君

   政府参考人

   (外務省大臣官房審議官) 鶴岡 公二君

   政府参考人

   (外務省北米局長)    河相 周夫君

   政府参考人

   (外務省欧州局長)    原田 親仁君

   政府参考人

   (文部科学省生涯学習政策局長)          田中壮一郎君

   政府参考人

   (国土交通省航空局次長) 本田  勝君

   衆議院調査局第一特別調査室長           田中 啓史君

    ―――――――――――――

委員の異動

六月九日

 辞任         補欠選任

  三井 辨雄君     古本伸一郎君

同日

 辞任         補欠選任

  古本伸一郎君     三井 辨雄君

    ―――――――――――――

四月二十八日 

 北方領土返還促進に関する請願(石崎岳君外四名紹介)(第一七一三号)

は本委員会に付託された。

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 政府参考人出頭要求に関する件

 沖縄及び北方問題に関する件


このページのトップに戻る

     ――――◇―――――

川内委員長 これより会議を開きます。

 沖縄及び北方問題に関する件について調査を進めます。

 本日は、在日米軍の再編に関する課題が質疑の中心になろうかというふうに思いますが、本委員会として、在日米軍再編問題を中心的に進めてこられた防衛庁長官の出席を望んでおりましたが、諸般の事情により防衛庁長官の出席が得られなかったことは、委員会として大変不本意であり、残念であるということを委員長としてまず冒頭に申し上げておきたいというふうに思います。

 この際、お諮りいたします。

 本件調査のため、本日、政府参考人として内閣官房内閣審議官山浦耕志君、内閣府政策統括官東良信君、内閣府北方対策本部審議官東清君、警察庁長官官房審議官巽高英君、警察庁刑事局長縄田修君、防衛庁防衛局長大古和雄君、防衛施設庁長官北原巖男君、外務省大臣官房審議官鶴岡公二君、外務省北米局長河相周夫君、外務省欧州局長原田親仁君、文部科学省生涯学習政策局長田中壮一郎君、国土交通省航空局次長本田勝君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

川内委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

川内委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。伊藤渉君。

伊藤(渉)委員 公明党の伊藤渉でございます。

 早速、普天間基地移設問題関連から御質問をさせていただきます。

 まず初めに、在日米軍再編の閣議決定に盛り込まれました米軍普天間飛行場代替施設の建設計画などに関する協議機関に沖縄県の稲嶺県知事が不参加の方針を示されていることについて御質問をさせていただきます。

 この県知事の話し合いを拒絶される姿勢については、結局対立を深めるだけでもございます。協議へ参加をしなければ、このままでいいのかということにもなってしまう可能性もございますし、何の利益も生み出さないと思います。そういう意味からも、沖縄県は協議機関へ参加をすべきである、このように思います。

 しかし一方で、沖縄県の理解を得ることができないまま、いわば見切り発車の形で施策が次々に決められてきたという感もございます。これはこれでいかがなものかというような印象も持っております。

 これらの根底にあるのは、相互の根強い不信あるいは不満というものか。また、確かに国防は国の専権事項であるとはいいますが、地元のたび重なる反発はやはり考慮する余地がございます。国を守っていかなければならないのに、こんなところで国内でいがみ合っていては、本当に国を守ることができるのかとも思えてまいります。

 そこで、まず防衛施設庁長官にお伺いをします。

 このような意味からも、政府は今後、地元との関係修復に尽力をすべきでありますし、普天間飛行場の代替施設について、危険性の除去に向けてしっかり議論ができるよう真摯な姿勢で取り組むべきであると考えますが、どのように対応していくお考えか、御答弁をいただきたいと思います。

北原政府参考人 伊藤先生に御答弁申し上げます。

 ただいま先生御指摘の点、極めて重要なものと私ども認識をいたしております。

 先生今御指摘になりましたが、私ども、県との関係におきましては、五月十一日に私どもの大臣と稲嶺知事の間で基本確認書を結んでおります。それ以前に、四月七日には名護市あるいは宜野座村と基本合意書を結んでいるわけでございまして、こうしたこと等を踏まえて、さまざまなレベルで協議を続行してまいりました。そして、それぞれの立場を踏まえて、私どもといたしましては、これも先生御指摘の五月三十日の閣議決定に至っている、そのように考えております。

 そして、その閣議決定の中にも、先生おっしゃいましたように、協議機関を設置して協議するといったことが盛り込まれているわけであります。そして、六月二日の稲嶺知事さんの定例記者懇談会で、先生御指摘の趣旨のことを知事さんがおっしゃっていらっしゃいます。

 ただ、その同じ六月二日の定例記者懇談会で知事さんがあわせて強調されていらっしゃったのが、今申し上げた、県の立場を主張し続けていきますよということと、それから次のようにおっしゃっています。私どもは常に話し合いはしっかりと続けていくという基本概念がありますからといったこと、さらに、こうした点では一生懸命話し合いを続けていく姿勢には全く変わりはありませんから、その中で前進するよう努力いたしますといった趣旨のこともおっしゃっておられまして、最後にこういうこともおっしゃっておられます。いろいろな問題が数多くあるにしても、基本的には、今後とも、どう沖縄の基地負担を軽減していくか、あるいは普天間の危険性の除去をしていくかということを念頭に置きながら対応していきたいと思っていますといったことを述べられまして、話し合いはしっかりと続けていかれるというお考えをお示しになっておられます。

 したがいまして、私ども政府といたしましても、これからも沖縄県を初め関係自治体との協議というのは真摯に続けてまいりたい。そして、普天間代替施設を含めまして、2プラス2で承認された再編計画、ロードマップを実行するためにはやはり地元の御理解と御協力が不可欠でございますので、そういった点に立ちまして真摯に協議を続けていきたい。そして、そうした中で、この協議機関についてもぜひ御参加をいただきたい。そして、一日も早くこの危険な、普天間の飛行場の危険性の除去というものに向けて、それを実現するために努力してまいりたい。そのように考えております。

伊藤(渉)委員 くれぐれも、県、地元に十分配慮していただいて、引き続き協議をお願いしたいと思います。

 続いて、北部振興策に関連してお伺いをいたします。

 やはり五月三十日、政府は「在日米軍の兵力構成見直し等に関する政府の取組について」という閣議決定を行われました。大枠六点に分かれております。再編の意義と着実な実施、新たな基地負担を伴う地元への施策、グアムへの移転経費、的確かつ迅速な再編の実施、普天間飛行場の移設、そして最後に、九九年閣議決定の廃止というのがございました。

 これは政府参考人の方にお伺いをします。

 この閣議決定の六番目にございますいわゆる九九年の閣議決定の廃止によって、北部振興の推進を盛り込んだこの九九年の閣議決定、普天間飛行場の移設に係る政府方針が廃止されることとなりました。この北部振興策は、本来、沖縄振興の枠組みという観点から実施をされているものでありまして、基地の問題とは切り離して考えるべきものではないかと考えます。

 まずは、北部振興策の位置づけはどのようなものであったのか、基本的な認識についてお伺いをいたします。

東(良)政府参考人 お答えいたします。

 北部振興策の位置づけというものでございますが、そもそも北部振興策というのは、SACO合意ということがきっかけとしてございました。また、平成十一年の普天間飛行場の移設に係る政府方針において、普天間飛行場の移設、返還方針とともに、移設先である北部地域等の振興方針が閣議決定されているということでございまして、普天間飛行場の移設と北部地域の振興との関連は否定できないものだというふうに考えております。

 しかしながら、他方におきましては、今先生お話がありましたとおり、沖縄県全体の均衡ある発展を図る視点から、北部地域の振興それ自体が重要な課題であるということも認識しておりまして、政府といたしましては、そういう考え方に立って北部振興策を実施してきたというところでございます。つまり、両者相まっているということでございます。

伊藤(渉)委員 今回の閣議決定によって、当然のことながら、地元の北部の十二市町村は非常に動揺しているという話を聞いております。また、政府と北部の市町村が参加をする新たな協議機関の設置と九九年の閣議決定に伴う北部振興策の継続を要請するために、来週早々にも全首長が上京されて、官房長官を初め防衛庁長官、沖縄北方担当大臣に要請をされると聞いております。

 これは、小池百合子沖縄北方担当大臣にお伺いをします。

 一方で、この五月三十日の閣議決定で、大臣は、地元沖縄の意見を踏まえ、北部振興事業などの振興策については、今年度の予算の執行また十九年度概算要求など、適切に対応してまいりますと発言をしていただきました。今後、この北部振興策については従前どおり継続して実施するという認識でいいのか、改めて確認の意味で小池大臣の答弁を求めます。

小池国務大臣 私は、かねてから申し上げておりますように、沖縄担当大臣といたしまして、地元沖縄の声を政府の中に届けて、そしてまた、それに対して沖縄との調整などに臨むという役割でございますが、今の御質問の件につきましても、事実、北部十二市町村からは、これまでどおり北部振興事業を平成二十一年度まで継続してほしい、そういった要望が実際ございます。

 そして、その意味でも、五月三十日に閣議決定された文面がございますけれども、その閣議決定の際に私はお許しを得まして発言させていただきまして、地元沖縄の意見を踏まえ、北部振興事業などの振興策については、今年度の予算執行、十九年度概算要求など、適切に対応してまいりますというふうに申し述べたところでございまして、この地域の皆様方の意を酌んだ形で発言もさせていただいているということでございます。

伊藤(渉)委員 この件もあわせて、くれぐれもよろしくお願いをしたいと思います。

 もう一つ、この件に関連して、一部報道で、防衛庁の首脳がこの北部振興策の打ち切りを明言したというお話を聞きました。まず、この事実関係について防衛庁にお伺いをしたいと思います。そして、事実であるならば、所管外であるはずの北部振興策になぜ防衛庁が言及しているのか。この点について、事実であるならば、その認識について改めてお伺いをいたします。

大古政府参考人 お答えいたします。

 先生御指摘のように、北部振興策について防衛庁は所管する立場にはございません。ただし、今般の閣議決定につきましては、防衛庁が全体として閣議請議させていただきましたので、そういう立場からお答えさせていただきます。

 内閣府からも説明がございましたけれども、従来の政府方針に基づく普天間飛行場の移設方針が今般の閣議決定により変更されております。そういう観点から、従来の政府方針を廃止することとした上で、地域振興につきましても、今後、沖縄県及び関係地方公共団体と協議機関を設置して、この中で協議して対応することを、政府としてこの閣議決定で決定しておるところでございます。報道にある防衛庁首脳の発言につきましても、こうした考え方を述べたものと理解しているところでございます。

伊藤(渉)委員 今の答弁、要するに、北部振興策打ち切りという報道は若干誤認があるという認識でよろしいですか。

大古政府参考人 先ほど申しましたように、地域振興については、今後、沖縄県等と協議機関を設置して協議して対応することを政府として決定しております。報道にある防衛庁首脳の発言も、こうした考え方を述べたものと理解しているところでございます。

伊藤(渉)委員 次に行かせていただきたいと思います。

 これは、前回の質問でも聞かせていただきましたオスプレーの配備のことで、繰り返しで申しわけございませんが、もう一度少し確認をさせていただきます。

 在沖縄米軍トップであるジョセフ・ウェーバー四軍調整官という方が、垂直離着陸機V22オスプレーを二〇一四年から一六年の間に米軍普天間飛行場のCH46ヘリ二十四機の後継機として県内に配備されるということが明らかになったと、やはりこれは報道ベースですけれども、報道がなされました。

 前回の質問でもそうでございましたが、これまで政府はこのオスプレーの配備計画については言及をされておられません。今回、報道ベースですが、このように米軍から出たことについて、政府も深刻にこれをとらえていかなければならないと思います。

 これは防衛庁に引き続きお伺いしますが、政府として説明責任をしっかり果たすという意味で、このような報道がなされたのは事実ですので、事実確認をすべきであると考えます。そもそもこのような報道が出たことに対して、事実関係の有無についてお伺いをします。あわせて、このオスプレーの配備に関する防衛庁の見解、これについて、前回の質問に引き続いてお伺いをいたします。

大古政府参考人 お答えいたします。

 防衛庁としても、御指摘の発言に関する報道は承知しているところでございます。

 ただ、日本もそうでございますけれども、アメリカにおきましても、一般に、どの基地にどういう飛行機を配備するかというようなことは、現地司令官の権限ではなくて、中央政府の決めることでございます。その観点から、この報道を受けまして、本件につき改めて外務省より外交ルートを通じ米側に確認したところ、オスプレーの沖縄への配備については現状において何ら具体的に決まっていないとの回答を得ているというふうに防衛庁としても承知しているところでございます。

伊藤(渉)委員 報道ベースの質問でしたので、引き続きそれの事実確認をよろしくお願いしたいと思います。

 残り五分ということで、米軍基地の話から若干離れまして、いきなりちょっと話題を変えますけれども、放送大学のことについて御質問をさせていただきます。

 放送大学、余り聞いたことのない方もいらっしゃるかもしれませんが、名前のとおり、自宅で勉強をしながら単位を取ることができる放送大学を具体化させていただいたのは、我が公明党が尽力をさせていただいた結果でございまして、高齢化社会を見据えた生涯学習の柱として、八三年四月に開設をされた正規の通信制大学でございます。一九八五年の四月からラジオやテレビの地上放送による授業を開始しました。最近では、通信衛星デジタル放送がスタートしたことから、それまで関東エリアに限られていた受信地域が全国に広がっております。十八歳以上であれば、学歴を問わず、だれでも入学ができます。入学試験もなく、入学のチャンスも年二回、一学期の初めである四月と二学期の初めの十月にございます。

 なぜ突然この委員会で放送大学のお話を出させていただいたかといいますと、皆様御存じのとおり、石垣島を初めとする八重山諸島には大学がございません。しかし、地域の皆様の学習意欲は非常に高く、通信制大学である放送大学への入学者が実は増加をしております。

 本年四月九日、放送大学沖縄学習センターの第一学期入学者の集いが、離島としては全国で初めて沖縄県石垣島で行われました。八重山諸島の島々から、主婦や社会人など意欲ある新入生が参加をされました。八重山諸島では、今期、沖縄県全体の入学生三百二人の三分の一を超える百十四人が入学し、六十人がこの日の集いに参加をされております。

 一方で、卒業するための単位認定試験やスクーリングは沖縄本島の学習センターまで出向いて受けなければならない状況、こういう大変な状況もありまして、大学生に時間的あるいは経済的な負担を与えておりまして、学ぶ意欲を減退させる要因の一つにもなっていると聞いております。学生などでつくる放送大学八重山サテライトスペース誘致期成会、こういうのがございまして、沖縄本島の同学習センター、これは琉球大学内にありますけれども、ここでしか受けられない単位認定試験や面接授業の現地開催に向けて、サテライト施設、要するに分校の誘致運動を現在展開されております。

 この誘致運動には一人の、これは公明党の議員でございますが、活躍がございますので、ぜひこの場をかりて御紹介をさせていただきたいと思います。

 誘致運動のきっかけは、二〇〇三年の春、公明党の石垣市議の大石さんという方が放送大学沖縄学習センターを訪れまして、あらゆる年代の学生がビデオを活用し一流の教授陣による授業を自分のペースで受ける、これこそハンディのある離島に必要なものだと直観をされます。石垣市ではこれまでも大学の誘致運動に何度も取り組み、挫折をしてきた経験がございます。そのたびにネックになったのは、離島で教鞭をとる教授陣の確保でございました。一流の教授陣を育てることができなければ、当然のこと、学生は集まりません。そんな状況の中で、大石議員が大学の誘致に匹敵すると直観されたのがこのサテライト施設の誘致でございます。

 この大石議員は、みずから放送大学に入学して、友人、知人にも入学を勧めて回りました。その結果、八重山諸島全体では、二〇〇三年度までに十人程度だった学生がこの〇四年の春一気に六十人にふえ、市立図書館で教材のビデオの貸し出しも可能になりました。

 ところが、単位認定とスクーリングを受けるには沖縄本島の学習センターまで出向くことに変わりはございませんで、学生の経済的、時間的負担は依然として重いままでございます。現在、放送大学には、全国に五十カ所の学習センターと七カ所のサテライト施設がございます。経済的理由で大学に進学できなかった人たちに島にいても学ぶことができるチャンスを与えるべきであると考えますし、国を挙げて取り組むことが必要ではないかと考えるに至りました。

 本年四月五日には、この大石議員、同市議会の代表と公明党の池坊衆議院議員また白保前衆議院議員が小坂憲次文科大臣に要請をし、小坂大臣も前向きな姿勢を示していただいております。大学で学びたいという夢をかなえるためにも、二〇〇七年のサテライト施設の設置に向けて大きく動き出していただきたい、そのように考えるようになりました。この施設設置を強く求めていきたいと思います。

 この二〇〇七年のサテライト施設誘致に向けた文部科学省のお考えをぜひとも最後にお伺いさせていただきます。

川内委員長 質疑時間が来ておりますので、簡潔に答弁してください。

田中政府参考人 お答え申し上げます。

 御指摘のように、放送大学では、学習センターのほかに、遠隔地に居住する学生に対しましてサテライトスペースを設けておるところでございますけれども、御指摘の石垣島にサテライトスペースを設けることにつきましては、放送大学の方からは、直ちにサテライトスペースを設けることは難しいのですが、離島という地域の特殊性あるいは石垣市民の強い要望を踏まえまして、本年度からは新たに単位認定試験を実施することといたしておりますし、また面接授業の科目数もふやすよう、現在石垣市の協力を得ながら具体的な話し合いを進めておると聞いておるところでございます。

 私どもといたしましても、生涯学習の中核的機関でございます放送大学の振興に努めまして、石垣島での学習機会の充実を初め、その支援に努力してまいりたいと考えております。

伊藤(渉)委員 ありがとうございます。ぜひともよろしくお願いします。

 また最後に、外務省の方、今回、質問通告させていただきましたけれども、時間の関係で省略したことを御容赦いただきたいと思います。

 以上で質問を終わります。

川内委員長 次に、土肥隆一君。

土肥委員 冒頭、委員長が、沖縄問題あるいはトランスフォーメーションの問題で沸騰するであろう委員会に防衛庁長官が来ないというのはいかがなものかという発言がございました。それを見計らったわけじゃございませんけれども、私は、沖縄の問題ではなくて北方領土の質疑をさせていただきたいと思います。

 実は、私も小池大臣と御一緒に北方領土へ行ってまいりまして、国後、択捉へ行ってまいりました。今、大体、どんなに暖かくても十五度ぐらい、朝夕などは十度ぐらいでしょうか、大変快適な気候でございました。私も初めて国後、択捉に行ってまいりまして、そして領土問題についてあれこれ考えながら過ごしたわけでございます。

 やはり領土問題、特に北方四島の返還問題が遅々として前進しない。外務省当局も随分と努力をしている軌跡は見えるんですけれども、遅々として進まない。そういう中で民間のビザなし渡航という民間交流がずっと続けられてもう十五年になるんでしょうか、その中で、島民の皆さん、ロシアの皆さんといろいろと意見交換などもしてまいりましたときに、やはり率直に申し上げまして、返還交渉が前進してないじゃないか、そして我々政治家は一体何をしているんだ、政府もそうでございますけれども、そういういら立ちを覚えながら帰ってまいりました。

 戦後六十年がたちまして、そして領土問題というのは時間のかかるややこしい課題であることはよくわかりますけれども、しかしながら、もうそろそろ今までのような方法ではなくて、第三の道といいましょうか、何か工夫があっていいのではないかという感想を持ってまいりました。

 そういういら立った思いと、島を訪問してまいりました中で一つ御披露申し上げますと、小池大臣が、みんなで「故郷」の歌を歌おうということを提案なさったんですね。私は、これはもうびっくりしました。なるほど小池さんらしい発想だなと思ったわけです。一節だけ読みますと、「兎追いしかの山 小鮒釣りしかの川 夢は今もめぐりて 忘れがたき故郷」。私は旧島民じゃございませんから実感としてどんなものかと思いますけれども、小池大臣の御提案に大変驚き、そしてまた、私の心のうちが、こういうもので改めて、日本が求むべき四島について意識を新たにしたわけでございます。

 小池大臣も御一緒に行きましたので、そのときの小池大臣の感想、そして北方領土の返還交渉が遅々として進まない中にある大臣の御訪問についてどういう感想を持たれたか、一言お答えいただきたいと思います。

小池国務大臣 昨年の七月のビザなし交流の一環として、私も土肥議員と一緒に国後、択捉島を訪れたわけでございます。そのときによって、波の激しさで印象は大きく変わるというふうに思いますけれども、幸いにして海が鏡のように平らかで、私たちの航海というのはとても穏やかなものであったとありがたく思っているところでございます。

 そういった中で、ホームビジットそれからイベントへの参加、連合の方々が一生懸命運動会の設営をして、島民と一緒になって笑い転げて、いい汗を流したというのもいい思い出でございますし、またそういったイベントを通じて、ロシア人の考え方、生活というのを肌身に感じたところでございます。

 また、対話集会がございましたけれども、ロシア側、日本側、非常に率直な意見交換をしているということで、この間は本当に、領土問題そのものを島民と元島民と日本人が話し合うという、ある種緊張感も漂う中で真摯な対話というのができた。まさにビザなし交流のだいご味といいましょうか、そういったことを感じたところでございます。ということと、お互いの立場をお互いに確認し合ったというような感じもいたしました。

 「故郷」の歌をみんなで歌ったわけでございますけれども、元島民の皆さんたちは、もう言葉をかみしめながら歌っておられた。と同時に、ロシアの人たちは、この歌はメロディーとして知っているけれども、ひょっとして、彼らも二代、三代の世界になってきて、今のロシアの子供たちはあの「故郷」の歌を択捉だとか国後の情景を思いながら歌う。ですから、時間がたてばたつほど本当に領土問題というのは難しいし、また時間をかけなければなかなか領土問題というのは解決しないという、この辺の難しさも感じ取ったわけでございます。

 ただ、今、外交の分野での話し合いを後押しするためにも、こういったビザなし交流など日ロの交流を重ねていくと同時に、国内における世論の喚起ということを続けていくのではないか、またその必要があるのではないかと感じ入っている次第でございます。

 また、ロシア側も、遠くモスクワから離れてそのまま置かれている遠い遠隔の地という位置づけも、例えばロシアの経済力なども日々刻々変わってきているわけでございます、それからロシアにおける政治体制というのも、あるときにはリーダーに本当に力が集中したり、またそれに対しての対抗馬が出てきたりということで、ロシアの政治情勢も刻一刻変わってきているわけで、いろいろなそういった要因を考え、考慮していただきながらダイナミックな外交を行っていただきたい。その後押しを、このビザなし交流など、北方対策に対しての国内での動きで後押しをさせていただきたい、この思いを強くしている次第でございます。

土肥委員 鏡の上を走るような航海だったということですが、あれでも私は船酔いいたしまして、私がいかにナイーブかと思うわけでございます。

 大臣として、ビザなし渡航、交流の問題が、ダイナミックで、将来にわたっても意味があるというお話でございましたけれども、私は、率直に言って、戦後六十年、スターリンが四島に極東軍をよこして占領していく、その六十年の歳月というのは、もうどうしようもなくこの領土問題を風化させていくというふうに思うのでございます、やや悲観的な見方でございますけれども。

 なぜならば、今、小池大臣もおっしゃいましたけれども、もう二世、三世、四世のロシア島民が生まれているわけですね。日本側でもそうでございますけれども、元島民というのは、ちょうど終戦後の八月十五日統計でいきますと、一万七千二百九十一人の日本人がおりました。本土に、北海道その他に移ってまいりまして、今、元住民というのは八千二百五十一人しか、八千七十六人しかいません。約半分になっているわけでございます。ところが、帰国した日本人の二世が一万六千二百十四人、三世が一万二千七十九人、四世が百二十八人、合計三万六千六百七十二人、この外務省発行の資料で見ますとそういうことになるようでございます。

 逆に、ロシア側もまたそうであるわけでございまして、私は、いろいろな人と通訳を介してお話ししている中で、やはり北方四島が自分たちのふるさとだと言うんです。大学もありませんから、高等教育を受けるためにはロシア本土に移るのでございますけれども、いろいろな経験をした後、やはり島に戻ってくるという話を聞きました。驚くべきインフラの貧しさや、道路など舗装したものは何もなくて、タクシーなんかもないわけでございまして、民間のを借り上げてあちこち訪問したわけでございますけれども、本当に文化的な意味からいっても何にもないこの島に、やはり自分たちのふるさとだ、こう言っているのを聞きました。やはりここがいいというふうに言うわけでございます。

 したがって、この北方四島の返還問題というのは、六十年もたってしまうと、何かもう固定化された状況というもの、そしてロシア人の島民の皆さんがもう自分のふるさとだと言い始めますと、島民にとっても、あるいはロシア政府当局にとっても、返還などということができるのかどうかというやや悲観的な感じを持ったわけでございまして、今、私が申し上げたように、やはり風化というか、土着化というか定着化というものが進んでいる今日、こういうことを無視して返還運動はできないんじゃないかというのが私の率直な質問でございますけれども、大臣の御見解を聞きたいと思います。

小池国務大臣 確かに六十年というのは十分に長い期間でございます。それは、元島民の方々等も御一緒に、土肥先生とともに、昨年、現地へ参らせていただいたわけでございますけれども、少女時代には択捉にある郵便局の窓口に、私はここに座っていたんだという方が、もう七十幾つでございます。そういった時の流れというのは、本当に元島民の方々にとっては、短いような、それとも圧倒的に長いような思いだと思います。

 また、国家としても、領土というのは主権の一番大きな部分でございますので、これをどうやって確保するかというのは、何にも増して優先事項とすれば大いに高いところにあるわけでございますが、これまでもこの返還運動ということを積み重ねて、絶えることなくこの間続けてきた。そのためにも、四島交流事業というのは引き続き、その目的を達するまで続けていかなければならないと思っております。

 また、その交流事業の中でも、平成十年からは、学術、文化、社会などの専門家による専門家交流なども行っております。それから平成十一年からは、元島民、その家族たる日本国民によります北方領土への最大限に簡素化されたいわゆる自由訪問が始まっている。こうやって交流を続けることで、ある種、北方領土に住んでいるロシアの人たちに対して、日本人は怖くないんだよ、日本と一緒に行った方が楽だよというようなことをしみ込ませていくという形でこのビザなし交流を続けてまいった次第でございます。

 ある種、彼らにとってもウイン・ウイン、ウイン・ウインと言えるかどうか、日本は必要だなということをよく理解してもらうためにも、例えば日本語講師に行っていただいたり、それから海洋環境専門家であるとか地震専門家などの交流を行っております。特に北方四島での地震はかなり被害も実際あったわけで、橋が壊れていたところを四WDでそのまま突っ切っていって、このまま私はおぼれるんじゃないかと思って心配した一瞬もございましたけれども、地震によって橋は壊れていました、まだまだあちこちに地震の影響はございました。またこれから地震が起こらないとも限らないということから、ことしはビザなし交流の中に地震の専門家をこちらから送ろうということを言っているんですけれども、ロシア国内の手続のおくれなのか何なのかよくわかりませんけれども、それは取りやめになって、どうなっているのかなというところでございます。

 いずれにしても、交渉をするという外交の舞台と、それから、今いる島民の方々とそして日本側の私たちとうまく円滑な事業を進めて、青年、女性、労働、教育といろいろな関係の団体などと交流を進めて、モスクワが何と言おうとやはり日本がいいわというような状況がつくれるように努力をしてまいるというのも、地道ではありますけれども、必要なことではないかと思っているところでございます。

土肥委員 あくまでも民間交流によってロシアの四島の島民の心をほぐして、そして日本に対する理解を深めて、ではその先、島は返ってくるのというのが、私のややペシミスティックな考え方でございます。

 私も四島交流に参加して、実に気を使った発言や行動が要請されます。つまり、主権はどちらにもないのよというのが前提でございます。したがって、ビザはないわけでございますね。しかも、ロシア領域と言ったらいけないんでしょうね、海域に入りますと、入域と言うんですね。出ると、出域。何かすごく微妙な交流事業でございます。政治家枠は二名しかないということでございまして、幸い私はそこに入れたわけでございますけれども、ですから、日本側の推進団体も大変努力して、しかもいろいろな、例えば運動会をやるといえば小道具を全部そろえて行くわけでございます。ロシア側も大変歓迎をしていただきました。

 だけれども、その奥にあるもの、その後にはどうなるのということを考えますときに、外務省の「われらの北方領土」というような資料がございますけれども、綿密に歴史的に積み上げて、そして日本側の正当性というものを表明するわけです。歴史的、法的事実に立脚し、法と正義を原則としてとか、これは東京宣言ですね。創造的パートナーシップ、あるいはそこから出てくる日ロ行動計画の採択など、これは二〇〇三年一月の小泉総理でございます。それで、日露修好百五十年の祝賀では、最大限の日本側のサービスが続くわけです。

 私はここで、あえて言えば、四島一括とか二島先行とか言いません。今の外務省あるいは日本の政府の努力に評価をしているわけでございますけれども、実は、この六月二日にプーチン大統領がG8の各国通信社代表との会見を行っておりまして、北方領土関連の部分を皆さんにお渡ししております。これは、ロシア連邦政府のホームページをずっと追いかけていって、最後に出てくるんですけれども、この文書を見ますと、プーチンという人は、ことしサンクトペテルブルクでG8サミットをやりますけれども、その前にしてはひどい会見でございます。

 「石川さん」と名前がまず出てまいりますのは、共同通信社の社長の石川聰さんのことでございまして、彼が恐らく質問したわけでございまして、「石川さん、私が申し上げなければならないのは、ロシアは何らかの島を返さなければならないと考えたことは全く一度もなかったということである。」それで、あの一九五六年のいわゆる共同宣言があるわけでございますけれども、「確かに、二島の日本への引渡しについて言及されているが、いかなる条件で、また、どちらの主権の下であるのかについては言及されていない。これらはすべて、宣言の起草者達が未解決のままにしておいた問題である。」ここまではいいんです。「宣言が、ソ連邦の最高会議によっても、日本の国会によっても批准されたということに注意を喚起したい。」この一九五六年の共同宣言は双方の国において批准をしたんでしょうか。その点についてお聞きいたします。

原田政府参考人 委員御指摘の日ソ共同宣言でございますけれども、これは、五六年時点においては領土問題の全面的解決が困難であったために、平和条約の締結を将来に譲ることとして、平和条約に至る中間的措置としてソ連側が提案した日ソ共同宣言という形式で国際約束が締結されたわけでございます。この日ソ共同宣言は両国の批准を経ているということでございます。

土肥委員 相当、時代的に、一九五六年というソビエト時代の話であり、そこにサインをしていた人たちもすべて過去の人になっているわけでございます。「しかしその後、日本は、自らその文書署名の主唱者であったにもかかわらず、一方的に、事実上この宣言を履行することを拒否した。」と言っております。これについて見解をお願いいたします。

麻生国務大臣 今の御指摘の、六月二日のプーチンの、共同通信社の石川さんとの対話を言及されたところの後段の部分のところを言われているんだと思いますが、一九五六年の日ソ共同宣言に関して、「一方的に、事実上この宣言を履行することを拒否した。」これが向こう側の言い分だと思いますけれども、少なくとも一方的に拒否したという事実はありません。

 他方、一九五六年当時、これは二島のみの引き渡しで最終決着が仮にできていたと、我々が生まれる前なんてそんな古い話じゃない、そんな前の話じゃない、四十年前の話ですから。そういった当時に、二島のみの引き渡しで決着ができたのであれば、平和条約は締結されていたはずです。ところが、そうじゃなかったから締結はされなかったんだと思っております。

 そこで、このときに、一九六〇年に何が起きたかといえば、これは明らかに日米安保条約の改定ですよ。だから、それが、一九五六年の宣言をということになった場合に、私どもとしては、それを理由に向こうが逆に一方的にこれを拒否されたという形になったのであって、二島のみの返還というものが、話がこれでつくはずであるというような意味で向こうが言っておられるとするならば、私どもは基本的に四島一括返還でありますから、その点に関しては受け入れられる話ではない、これは当然のことだと存じます。

土肥委員 まさにロシア・サミットの直前の六月の記者会見でプーチン大統領がこういう会見をした。恐らく今までの交渉経過をちゃんとトレースしたんじゃないんだろうと思います。要するに、彼が今考えていることが正直に出ているなと私は思うんですね。ですから、今度サミットをおやりになるときに日本政府はよほど心してかからないと、心してといいましても、こういうアバウトなプーチン大統領の認識ですから、我々はこの人とどう取り組んだらいいのかよくわからないわけでございます。

 パートナーであることは認めるけれども、最後の方、最後の二行のところですけれども、「過去から依然として残されているすべての問題が解決されることを望んでいる。」と言っております。この「過去から依然として残されているすべての問題」というのは、恐らく彼の意識ではこの一九五六年の共同宣言だと私は考えるわけでございます。いわば相手国の大統領がこういう認識でいるわけでございまして、私たちはこの大統領と交渉しなきゃならないというのは厄介な話なんでございまして、その伝でいえば、政府高官ももう一九五六年で決着済みだということを繰り返し言うわけでございます。今度小泉さんが行かれますけれども、どういう成果を上げてこられるのか見守りたいというふうに思っております。

 もう一度四島交流に戻りますけれども、相当な経費をかけてやっているんですけれども、これは何も、島民の心理あるいは島民の生活状況に応じて例えば人道支援だとか何かもやっておりまして、それも結構ですけれども、何か島民を懐柔したらいい成果が生まれるんじゃないかというような点も感じるわけでございまして、その点、外務省として、いわゆるビザなし渡航をこれからどうすべきか。先ほどの小池大臣だと、このままずっといくんだという話でございますけれども、もう少し検討しなきゃならないことが課題としてあるんじゃないか。表向きの外交交渉と、それから内側での四島交流の実情から見て、これでいけるというふうにお考えなんでしょうか。

麻生国務大臣 今、これは相手のある話ですから、なかなかこっちの都合だけでいく話じゃないことだけは、もうこれは土肥先生よくおわかりのとおりなので、四島のいわゆる帰属の問題というものを解決していわゆる平和条約を締結するというのは我が方の基本的方針でありまして、帰属の問題というものを解決しなきゃいかぬというのは向こうも言っておる、こっちも言っておるというところで、どこかで折り合いをつけないかぬというところなんだと思います。

 例えば、先ほど申し上げました一九五六年の話を、一九六〇年のときに、そういう状態でできなくなったというのを理由にして一方的に破棄ということにしたんですが、その後、日本側としても、そういったことではなくて、五六年の宣言の有効性というのを、こっちもそんなことはないでしょうがということを言って、それ以後、少なくとも日本とソ連との間にはずっと、いろいろな宣言とか共同声明とかずっといろいろやり続けてきたというのはもう御存じのとおりでありまして、こういったものには長く時間がかかるというのはもうはっきりしております。

 少なくとも、沖縄とは違って、ここにはいわゆる日本人国籍を持った人が住んでいないという条件が一つそこにありますのが沖縄とはまた少し違った状況でもありますし、交渉相手がアメリカではなくてソ連ということもまた当時の状況では違った、今またロシアになったからといっても、その対応が大きく変わったかというとそうでもありませんから、こういった問題というのは、ロシア、ほかの国でも、この間のバルト三国の話がありますけれども、バルト三国も、締結しておいて、リトアニアは締結どおりいったんですが、そのほかのエストニアとかそれからラトビアとかいう国との話は、しておいてノーという話だ。そういう国だとある程度思っておかぬと、私どもとしては、交渉する相手としてはなかなかしたたかなものだと思って、我々もしたたかにやらねばならぬということにならざるを得ないんだと思っております。

土肥委員 延々とやらざるを得ないだろう、これで二十年、三十年重ねたら、これはもう交渉は不可能になるということでございます。

 最後に一つ、この四島交流についての予算措置はどうなっているか、お答えいただきたいと思います。

東(清)政府参考人 ビザなし交流事業に要する経費でございますが、ビザなし交流事業の中で内閣府が所管しておりますのは、日本人訪問団による北方四島への訪問事業でございます。実施主体は、独立行政法人北方領土問題対策協会、そして、北海道庁と千島連盟などから成ります、任意団体であります北方四島交流北海道推進委員会が実施しておるわけでございますが、十七年度にこれらに要した費用は、北対協が七千三百万円、そして推進委員会が三千七百八十万円、総額一億一千万円となっております。

原田政府参考人 外務省では、北方四島在住ロシア人を本土に招聘する四島交流受入事業を所管しておりますけれども、平成十七年度における四島交流受入事業の決算額は、端数が若干ありますが、一億四千百九十万円でありまして、事業の経費については、四島交流事業の実施主体である北方領土問題対策協会及び北方四島交流北海道推進委員会に対し、支払いを行っております。

土肥委員 私が何を言いたいかというと、極めてシビアな予算だと思うんですね。これをもう少し、本当に北方四島の返還要求に役立てるならばもっと大幅な予算をつけないと、あそこでお世話をしていらっしゃる方が大変な苦労と、それから自分の仕事も持ちながらやっていらっしゃるわけで、どうかその点も外務省及び内閣府もお考えいただきたいということを申し上げて、私の質問を終わります。

 ありがとうございました。

川内委員長 次に、市村浩一郎君。

市村委員 民主党の市村でございます。三十分いただきまして、質問をさせていただきます。

 まず、この沖縄及び北方問題に関する特別委員会、大変伝統ある委員会、川内委員長のもとでこうした発言の機会を与えていただいたことを心から感謝申し上げます。

 まず、沖縄といいますと、大体私たちは、美しい海とかまた悲惨な戦争のことを思い出したりするんですが、一方で、沖縄というのは音楽のメッカというような側面もあるかと思います。最近特に、沖縄の調べといいますか琉球王朝の調べといいますか、それをたたえたような音楽、またポップスに属するような音楽も大変はやっている、またいろいろな歌手を生み出している場所でもあります。そうした音楽の面から沖縄振興を考えるということも必要かな、このように思っています。我が党の喜納昌吉さんもそうですけれども、沖縄でライブハウスを持ち、そして沖縄に来た方を楽しませていらっしゃるということもあるわけでありまして、そうした面から少し質問をさせていただきたい、こういうふうに思っています。

 まず、そういった音楽、歌手の方々と連携をしながら、沖縄の各地で、沖縄に来た方にいろいろ楽しんでもらう、また沖縄を知ってもらう一側面としての音楽ということで、例えばコンサートを行う、沖縄県初め国とかもそれに対して特に、沖縄に関しては沖縄対策費があるわけですから、対策費というと何か港湾とか大学誘致とか、そんなことに大きなお金が使われていますけれども、こうしたことには大したお金はかからないということで、今、本当に一生懸命沖縄で頑張っている方たちに対して活動の場をもっと与えてあげる、持ってもらう、そして観光に来た方に楽しんでもらうという面で、私はこうしたことにも行政の方も目を向けてもいいんじゃないかなと思います。

 その中で、国立劇場おきなわというものがあるということで、私も三回ほど行っておりますけれどもまだ国立劇場には足を運ばせていただいていませんが、この料金がちょっと高い。商業ベースで見れば安いのかもしれませんけれども、地域に根差して活動されている方々にとってみれば、先ほど料金表を見ておりましたけれども、数十万単位のお金を払わないとホールは借りられないということであります。

 こうしたものに対して、一つの活動としては、例えばNPOが行うコンサートに関してはもっと料金を軽減するとか、そういう措置はとれないかということでございますけれども、いかがでございましょうか。

東(良)政府参考人 お答えいたします。

 国立劇場おきなわ、いわゆる組踊劇場と申し上げているわけでございますが、これは、実は設置が独立行政法人の日本芸術文化振興会というところで、管理運営は沖縄県の認可団体であります国立劇場おきなわ運営財団というところでございます。県の方で相当この財団の方に、運営をしているということでございます。

 今先生がお話しになりました使用料の話でございますが、東京と比べると当然のことながら安いということは事実でございます。今言われたNPOだとか、それからまた地域に根差して、元気はいいけれどもちょっと財政的には弱い、そういうところに支援をできないのかということでございますが、我々も、沖縄県の方と連絡をとりながら、そういうことについては目配りをし、やっていかなきゃいけない。それとともに人材なんかも育てなきゃいかぬということで、この財団では人材育成に物すごく力を入れているということでございます。

 以上でございます。

市村委員 まさに今の説明の中で、財団法人が管理しているというお話がありました。

 私、内閣委員会に所属しながら、またこの間の行革の特別委員会でも議論を大変しているんですが、財団法人もNPOの一種です。ですから、財団法人が運営して管理しているのであれば、やはり同じ仲間であるNPOがやる場合は、運営は大変だろうなという思いに立っていただいて、そうしたところが企画するいろいろなコンサートに関しては、それは公の目的を持っているわけです。単に自分が歌を歌うということだけじゃなくて、沖縄の振興のために役に立ちたい、また沖縄の伝統文化に触れてもらいたい、そういうことを考えてやっているわけですから、ぜひともそこに対しての配慮はしていただきたいな、このように思っています。

 今からの質問は答弁を求めませんけれども、大型ホテル、旅行会社等がそうした音楽家とともに企画を立てながら、音楽の面で沖縄へのリピーターをふやすということを考えていく、そのときに行政もそこに対する応援というのをまたやってほしい、こういう思いがありますので、ぜひともよろしくお願い申し上げます。

東(良)政府参考人 先生おっしゃるとおり、大変音楽が盛んで、世界に発信できるような音楽があるということでございます。

 今おっしゃいました中で、例えばNAHAぶんかテンブス整備事業というのがございまして、そこにNPOの活動する場所をつくるとか、それから地元のそういう団体の人たちが練習をできるような場所をつくるとか、それから例の沖縄市、これは旧コザ市等々でございますけれども、そこでは中の町ミュージックタウン構想ということで、音楽で町おこしをしよう、そういう事業をさせていただいています。音楽市場というものをつくって、そこの中でストリートダンスだとかそういうことも含めてやっていこうということを我々も考えておりますし、市も一生懸命やっているというところでございます。

市村委員 ありがとうございます。

 次の話題に移りたいと思います。

 私も沖縄に何度か足を運ばせていただいて、大変おいしく泡盛をいただいたことがあります。そのときに、現地の方にお伺いしたときにそうだなと思ったのは、今は泡盛をつくっているいわゆる酒蔵、この場合酒蔵と言うのですかね、中小零細なんです。何百とある。ただ、今の泡盛ブームにこれではついていけない。今は昔つくっておいたものを出しているから大変おいしいけれども、将来についてはなかなかわからない、こういうような話をお聞きしたことがあります。

 私は日本酒のことを思い出しまして、私は日本酒が好きですので、日本酒のこれまでの悲しい歴史をそのとき思ったわけですね。大量消費に合うためには、つまり日本酒も本当は純米酒という純粋なものを出していれば日本酒というのは大変おいしくて、みんながおいしいお酒だなと思ったのに、結局、大量消費にかなうためにはまぜ物をして、それはまぜ物をした方がおいしいという人もいるんですけれども、醸造アルコールとかまぜ物をすると頭が痛くなるとかそういう現象を引き起こすことになってしまうんですね。結局、日本酒はまずい、頭が痛くなる、我が日本国民が我が国の酒に対してこういうイメージを抱かざるを得ない状況に陥ったということで、昨今は地酒ブームということで割とまともな純米酒に、やはり原点に戻ろう、こういう動きがあって、少しまた日本酒が見直されているという動きもあるなと思っていますが。

 私としては、沖縄振興を考えるときに、おいしいものというのはそう簡単に手に入らないんです。そう安く手に入るはずがないんです。そうであれば、私は、これからの長いスパンで考えたときには、泡盛というものを守ってほしいな、守っていくべきだなと。やはりおいしい泡盛は沖縄に行って多少高いお金を払わないと飲めないぞというぐらいの、高いかどうかは別として、飲めないぞというぐらいのことじゃないと、大量消費、全国で売れるからどんどんつくれ、まずいものを出していく、何だ、泡盛は大したことないな、こうなってしまうと結局はすべてがまた終わりになってしまう。こういうことになると私は悲しいなと思います。

 ぜひとも、泡盛についても、何らか長期的な視点を持って沖縄の業者の方々も対応していただきたいな、私はこういうふうに思います。これについては答弁を求めません。そういう思いがあるということです。

 それから、私の選挙区は伊丹、大阪空港を抱えたところにありますけれども、昨今、伊丹―那覇便というのが大変本数が減らされまして、地元の皆さんからの声を聞くと大変不便だということで、なぜわざわざほかの空港に、近くにある空港から飛べないのかということであります。これに関して、きょうは国土交通省からも本田次長に来ていただいていますが、一言、この経緯と、利用者の利便性が大変損なわれているということに関しての御見解をいただきたいと思います。

本田政府参考人 お答えをいたします。

 まず、伊丹空港の問題でございますけれども、伊丹空港は、御案内のとおり市街地のど真ん中に立地する空港として、もともと騒音問題を抱えてまいりました。私どもその間に、実はYS11機というのがございまして、ただ、これにつきましては代替機がないということから、本来伊丹空港の発着ジェット枠は二百発着でありましたところ、地元と御相談をして、YS代替分について五十発着プラスして発着を認めていただいてまいりました。

 ただ、その結果、騒音をさらに増大するという結果を招きましたことから、おととし、地元の地方公共団体の首長さんにも入っていただきました関西三空港懇談会で御議論をいただいた上で、伊丹空港については、やはり環境と調和した都市型空港として、騒音を軽減する方向で運用を図ろうという御意見の一致を見ていただいたわけです。その結果、それまでございましたジェット発着枠二百五十発着につきまして、本来の二百発着に早急に戻そうということで、五十発着分について二年間をかけていわゆる減便を図らせていただく、こういった措置になってまいりました。

 その際には、伊丹空港は非常に都心に近い、アクセス利便性にすぐれた空港でございますので、全体として見ますと、やはり近距離あるいは中距離の航空路線の皆さんに御利用いただくのがトータルとしての利用者の皆さんの利便性にかなうのではないかということから、地元の関係団体にも十分御説明を申し上げて、そうした方針を固めさせていただいた。その結果、残念ながら、那覇との関係につきましては、伊丹空港については当時の五便から現在二便へ三便減少いたしております。

 ただ、沖縄の皆さんと関西地域との関係については、非常に底がたい需要があるのは事実でございまして、今日におきましては、その分と申しますとなんですが、関西国際空港との間で一便増便、さらに、ことし二月に開港されました神戸空港との間で新たに四便が就航いたしまして、トータルとして見ますと、当時の一日十一便が現在十三便という形で二便の増便となっているところでございます。

 以上でございます。

市村委員 伊丹の問題についてはまた別の機会にやらせていただきたいと思いますが、結局、私が申し上げているのは、伊丹空港の周りに住んでいる人間の利便性のことよりも、大阪に来られる方、つまり関西に来られる方の利便性が大変損なわれているということが特に一番問題だと思います。特に千歳空港との関係でもそうなんですね。

 だから、今度やりますけれども、伊丹空港、都市部にあるということで、実は皆さん、都市部にあるというと何かビルに囲まれたところにあると思っていらっしゃると思いますが、そうではありません。伊丹空港は、京都に四十分から五十分、大阪に三十分、神戸に四十分から五十分。周りにはゴルフ場はわんさかあります。それから温泉もあります。決して都市部に囲まれた空港じゃないです。あそこはまさに観光で海外からでも、例えば沖縄からでも北海道からでも関西に来ていただくときに最も利便性の高い空港なんですね。あんな空港ないんです。都市部の空港じゃないんです。そこのところを認識を間違えるといけないと思いますので、またこれはぜひともやらせてください。

 では、きょう私が最も議論したかったことに入っていきますが、川内委員長とも、実は私、沖縄に米軍ヘリの墜落事故のときに一緒に現場に行かせていただきました。二年前の八月ですかね、もう二年ぐらいたちます。

 現場に行ったときに、四日目でございましたけれども、証言として、あのときに何が起こったか。現場にまず駆けつけたのは消防です。まず消火活動に当たらなくちゃいけない、また救命活動に当たらなきゃいけない、もしけが人があった場合ですね。幸いにしてけが人はありませんでした。そして、次に駆けつけたのが警察ということであります。そして、その次ぐらいに米軍が来ました。日米地位協定においては、共同して行うということが掲げられております。

 ところが、あのときに起こったことは、残念ながら共同ではなかったと私は断ぜざるを得ないんです。米軍が排除をした。日本国の消防そして警察を排除して、その現場を仕切った、こういうことを私はその現場の方の証言で得ているということであります。その点について、一年半ぐらい前大分議論した覚えがあります。

 そこで結局、日米の合同委員会の合意というのがあったということで、これに基づいて動いたということだったんですが、やはり先ほど申し上げたように、ここには「共同して必要な統制を行なう。」ということだったのが、共同ではなかったということなんです。

 そのときに、この合同委員会の合意の第十項の(4)というのを、これは英文の、しかも原文をそのまま訳したのではなくて要約であるということだったんですが、では、要約ならば原文を見たいと私が申し上げたところ、外務省の方から、これはアメリカとの関係もあって原文は見せられない、こういうことがありましたが、その後の経緯はどうなっていますでしょうか。

河相政府参考人 お答え申し上げます。

 御指摘の合同委合意の事項、いろいろなものがございます。基本的には、平成八年のいわゆるSACOのプロセスの中で、できるだけ合同委員会の合意は公表していこうということが基本姿勢ではございます。ただ同時に、合同委員会、それからそのもとにも幾つかの組織があるわけでございますけれども、これでの合意事項、もしくはいろいろなやりとりの議事録というものにつきましては、今御指摘のとおり、日米双方の合意がない限り外には出せないというのがルールになっておるわけでございまして、御指摘の刑事裁判管轄権に関する合意事項の英文というのは、現在もちょっと残念ながら公表できないという状況にあるわけでございます。

市村委員 今、米軍の再編、いわゆるトランスフォーメーションが行われている。その中で、米軍のプレゼンスが日本で大変高まろうとしている。こういう状況にあって、やはり我々国民が、一体日米がどういう合意をしているのかということを正しく知る必要があると私は思います。そうしないとどうなるか。まさに米軍ヘリが墜落したときに、共同で行うとありながら、とても共同とは思えないような現場排除。これは米軍の方も行き過ぎがあったとあのときの報道があったと私は記憶しています。米軍ですら行き過ぎがあったと認めているようなことになってしまったんですね。

 結局、ちょっと後で見解を求めますが、あのとき議論したとき警察は、いやいや、ちゃんと米軍と話をしましたとなぜか米軍をかばうようなことを言っておったわけですね。米軍の責任者ですらが行き過ぎがあったと言っているものを、何で日本がかばわなくちゃいけないのか。むしろ、日本の警察は怒ってしかるべきなわけですね、何ということだと。日米の地位協定、ガイドライン、いわゆる合意に基づいて自分たちは動いたつもりだったのが、どうも違っていたぞと。

 これはちゃんと公開されていないからだと私は思います。やはりちゃんと公開して、日米相互でどういうことが話し合われているのか、どういう合意になっているのか、そういうことがもっと広く行き渡らなくちゃいけない、私はそう思いますが、警察の方の見解も求めたいと思います。お願いします。

巽政府参考人 お答え申し上げます。

 米軍ヘリの墜落事故の発生時における警察の対応といたしましては、一一〇番通報によりまして認知後、直ちに所轄の警察署長等が現場に臨場いたしまして、沖縄国際大学第一号館内の負傷者等の有無の確認を行いました。そして、現場に到着した警察官が避難誘導などの初動的な対応に当たりました。

 その過程におきまして、米軍側と被害の状況、事故機体の危険性等についての情報交換を行いまして、二次災害のおそれがある事故現場の直近は主として米軍側が、その周辺は主として警察が警備を行うということを確認するなど、必要な連携を図ったものと承知しているところでございます。

市村委員 これでこの議論は繰り返しません。

 それで、結果としてどうなったかということで、昨年の四月一日に、米軍事故対応ガイドラインが日米合同委員会で承認されていました。私は、これを評価したいと思います。ただ、せっかくあれだけ議論していた私にこれをまだ一言も伝えていただかなくて、つい最近知ったのは残念だなと。こっちにもちゃんと見ていろよと言われるのかもしれませんけれども、やはり議論した人間には、こういうのができましたとぜひとも一言ぐらいは声をかけていただきたいなと思います。

 それで、それに基づいて、第一回の在沖縄日米危機管理会議が去年の十一月二十九日に開催されている。しかも、この文書に関してはちゃんと英文も公表されている。やはりこうしないとだめなんです。しかも、一回話し合えたからそれでおしまいじゃないんですね。何回も何回もそれについて話をしておかないと、いざというとき対応できないということになります。

 そして、ことしの一月十七日に、米空軍のF15戦闘機の墜落事故が起きています。これについて、現地緊急対策チームを立ち上げて対応した初めてのケースということでありますが、これは一体どうだったんでしょうか、うまく働いたんでしょうか。お願いします。

山浦政府参考人 御指摘の事案でありますが、本年一月十七日午前十時ごろ発生いたしまして、米軍嘉手納基地所属のF15戦闘機が沖縄本島東方海上に墜落したという事案であります。

 この件に関し、内閣官房沖縄危機管理官は、航空自衛隊から当日午前十時二十分に第一報を受けております。その後、沖縄担当大使の指示を受け、十時三十分に沖縄危機管理官を長とする現地緊急対策チームを立ち上げ、関係機関が連携して、情報収集等所要の対応を行っております。当日午後三時過ぎには、沖縄危機管理官が県庁記者クラブにおいて本件事案の詳細につき記者説明を行ったほか、米軍側へは、外務省、防衛施設局から、在日米軍及び嘉手納基地の米空軍に対し再発防止を申し入れております。

 今回のF15戦闘機墜落事故対応は、現地緊急対策チームを設置して米軍事故に対応した初めてのケースでありましたが、今回のケースでは、平成十六年八月に宜野湾市で発生した米軍ヘリ墜落事故以後、緊急対策チームを中心にたびたび事故発生時の対応について協議を重ねてきた結果、海上保安庁を初めとする関係機関間での連絡が円滑に行え、おおむね適切な事故対応を行うことができたと考えております。

市村委員 ありがとうございます。

 そういうことを聞かない私が悪かったんですが、せっかくそうなったらそうなったで、もっとアピールされた方がいいと思います。

 それで、いよいよトランスフォーメーションの中で、私としては、今度は座間に米軍の第一司令部が来るということ、しかもこれは陸軍だということを聞いて、大変驚いております。特に一番情けないと思うのは、こういうことがあったにもかかわらず、メディアも何もかもほとんど議論がない、本当にいいんだろうかと。陸軍の第一司令部が日本にやってくるということがこれほど余り議論にならないというのは一体いかなることだと、大変私は大きな危惧を抱いております。

 まさに座間基地ですから、将来ざま見ろと言われないように気をつけないとだめですよ、本当に。本当に、それは冗談を言われかねないです、ざま見なさいよと。あんなていたらくだ、日本は、一体独立国家というのはどこに行ったんだ、こういうことをそれこそ何十年後かに言われないようにしなくちゃいけないと私は思います。もちろん、日米同盟の大切さ、日米安保条約の大切さは私も認めた上で、大変危惧をしているところであります。

 先ほど、地位協定のことがありました。先ほど申し上げたように、やはり米軍との間に何が話し合われているかということは、ぜひともきちっと情報公開に努めていただきたいと僕は思います。

 アメリカという国は、さっきNPOの議論をしましたが、シンクタンクが大変発達しています。シンクタンクもNPOです、向こうでは。さまざまな助言を多分アメリカの政府はNPOに求めています、シンクタンクに求めています。では、日本は、官の世界だけで、クローズされたところで本当にいいのか。もちろん、いろいろな審議会を通じていろいろ聞いているかもしれません。やはり足りません。やはりもっと幅広い分析能力を生かさないとだめですね。コンピューターだって幾つかつなげれば大変迅速に、高い分析能力を示すわけですから、それは人間同士の、人間のコンピューターの方が一番いいわけですから、もっと人の知恵とか能力を生かすためには、やはり私は情報公開が必要だと思います。

 それで、せっかく警察の方がいらっしゃっていますからちょっと戻りますけれども、一つ私がお聞きしたかったのは、せっかく沖縄の議論をする場所ですから、ライブドアグループのエイチ・エス証券、野口さんのいわば死亡事件、私は内閣委員会でも何度もこれを聞いておりますが、やはり自殺と断定するのはちょっと早過ぎると思います。ですから、私は、日本の場合、死亡の検視についてもう少し考えた方がいいと思います。

 これは、厚生労働省が検視マニュアルをつくってその所管でやっているんですけれども、結局、警察も現場にいて立ち会うらしいんですけれども、やはりどうしてもお医者さん任せということになっていますし、このマニュアルの中を見てもチェック項目が非常に簡単でありますから、自殺か他殺かと選ぶしかないわけですね。しかも、その場で選べといったら、まあそうだな、自殺かなと思って、一回丸をつけちゃうと、警察の方は、いやいや、それはお医者さんが自殺と言われたんだから自殺でしょうと。こういうふうに動かざるを得ないということだと、最近いろいろ調べてみてわかりました。

 ただ、やはりこうした事案については、即断できない場合もあると思います。ですから、私は、これについて即断をせずに、ぜひともやはりいろいろな捜査、調べた上で自殺なのか他殺なのか判断すべきだと思いますが、警察の見解をいただきたいと思います。

縄田政府参考人 今御指摘の沖縄県の事案でございますけれども、警察において自殺か他殺かという判断でございますけれども、委員御指摘のように、死体の検案医、あるいは、司法解剖すれば鑑定嘱託をいたしますから、解剖医等の意見も聞きます。しかしながら、さらにプラスアルファと申しますか、警察といたしましては、現場の状況あるいは関係者の供述等々、周辺の捜査も当然いたします。そういったものと総合しながら自殺であるか他殺であるか判断をしていく。ましてや、はっきりしないものにつきましては、当然両面で考えていくという対応をしておるところでございます。

 御指摘の沖縄の事案につきましては、るる御説明申し上げておりますけれども、遺体あるいは現場の状況、解剖所見等々からいたしまして、あるいは関係者の聴取、その後さまざまな情報がありながら、私どもも、いろいろ調査あるいは捜査もいたしております。そういった中で、当初は自殺と判断しておりますが、今現在に至るも、沖縄県警察においては、その判断を変える材料はないというふうに承知をいたしております。

市村委員 私は、再捜査までは言いませんが、引き続き調査をお願いいたしたいと思います。

 最後に、せっかくですから、大臣、済みません。

 先ほど、座間基地に米軍の第一司令部が来ることにつきまして、やはり将来ざま見ろと言われないようにしなくちゃいけないと。やはり、日本の独立自尊という部分で大変大きな問題を抱えるのではないかなと私は思います。

 もちろん、現実を見たときに、いたし方ないという部分もあるのかもしれません。しかしながら、私としては、大臣、そしてきょうはせっかく防衛庁からもいらっしゃっていただいていますので、まず防衛庁の局長の方から一言いただいた上で、大臣から、いわゆる米軍のトランスフォーメーションに対する大きな意味での御見解をいただいて、私の質問を終わりたいと思います。

 まず、防衛庁の局長の方から。

川内委員長 防衛庁大古防衛局長。

 申し合わせの時間が来ておりますので、手短に答弁をお願いします。

大古政府参考人 今回の再編全体の意義ということでお答えいたします。

 今回の米軍再編につきましては、日米同盟が新たな安全保障上の諸課題に的確に対応していけるように抑止力を維持するということとともに、米軍再編等を通じまして地元負担を軽減しようとする取り組みでございます。政府としてはぜひとも実現していくことが必要と考えておりまして、また、我が国としても主体的に取り組んできているところでございます。

麻生国務大臣 最初にお断りしておきますが、今言われた、ワシントン・ステートにあります第一軍団というものが座間に移転するというわけではありません。今の言葉を聞いていると、座間に移転してくるのが第一軍団かのごときお話ですけれども、それは違います。第一軍団というのは基本的にはなくなるのでありまして、その主力たるものはほぼハワイに移ることになっております。

 したがいまして、今回の在日米陸軍司令部の改編というものに関しましては、いわゆる司令部とか指揮命令系統の合理化とか強化とか、いろいろな表現はありますけれども、全体の再編というものの中の一環だと思っていただかにゃいかぬところだと思っております。

 ただ、傍ら、日本におきましては、もう防衛大綱やら何やらで御存じのとおり、日本に直接上陸侵攻してくる危険性は減ったとはいえ、日本の周辺というものに関しましては、極めて不確実、不透明なものが、日本側の朝鮮半島含めていろいろよく言われるところでもありますので、日本としては、この地域において、テロを含めましていろいろな多様な脅威が存在していることも事実。それに対応して、日本としては、米軍によります抑止力の維持と沖縄におきます負担の軽減というものを考える、この両方を考えるために今回の措置がなされたというのが全体としての考え方の基本でありまして、日本としての自主独立、そういったものはきちんと維持した上でどうやっていくかというのがいつも腐心するところであります。

市村委員 終わります。ありがとうございました。

川内委員長 次に、高木義明君。

高木(義)委員 民主党の高木義明でございます。

 当沖縄北方特別委員会で質疑をされておりますが、きょうは特に、米軍再編の最終報告が決まり、そしてそれの閣議決定を受けた形での委員会でございました。今回の委員会は、とりわけ沖縄の皆さん方にとっては非常に注目をされる委員会ではなかったかと思っております。小泉総理は、この米軍再編の問題について、国民に説明責任を十分に果たす、こういうことをよく口にしておりました。私たちも、国会において、安全保障委員会あるいは外務委員会、その他の委員会でもこの問題はたびたび出ておりますけれども、とりわけこの沖縄北方委員会は、沖縄と米軍基地のかかわりというのはこれまでも大変な角度から議論がされてきたわけでございます。

 したがって、所管大臣ではないにしても、防衛庁長官の出席を求めたわけでありますけれども、これがどうしたことか実現できなかった。理事会の意を受けて川内委員長が防衛庁に出席要請したところ、防衛庁としては、与党の国対の状況を見ながらという話で、とうとう出席がかなわなかったという状況でございます。

 これは、前例もあるわけです。この委員会に防衛庁長官が出席した例というのは、最近においても、平成九年の六月十三日、これは、日米ガイドラインの見直しについて、中間報告に合わせて質疑を行ったわけでした。また、平成八年六月十三日、平成八年三月十四日、いずれも、最近でも、防衛庁長官がこの委員会に出席をして、きちっと議論をし、お答えをいただく、このことは私は適切な対応だったと思っておりますが、今回、そういうことがされていない。しかも、この重要な、日米再編における沖縄の基地、負担が一体どうなるのか、抑止力についてどういうふうに維持していくのか、こういう議論の中で、安全保障を担当する防衛庁長官がいないというのは、大変私は残念に思っております。与党に対して、私は、十分な反省を促しておきたいと思っております。

 さて、時間も限られておりますので、防衛庁長官は来ておりませんけれども、この米軍再編の最終報告がまとまって、これは、麻生大臣も出席をされましたけれども、2プラス2、日米安全保障協議委員会でございました。それが合意されたのが五月一日でございましたけれども、五月三十日にようやく閣議決定に至ったわけですね。その間、なぜ閣議決定がおくれることになったのか。私は、地元関係者への説明が不足をしたことによるものだと思っております。

 どうですか、沖縄の県知事あるいは市町村長、こういったところと、政府、防衛庁長官が何度会談をされましたか。そして、沖縄県あるいは関係市町村の具体的な要求というのはどうであったのか。この点について、まず明らかにお示しいただきたい。

北原政府参考人 高木先生に御答弁申し上げます。

 今回の再編につきましては、去年の十月二十九日に、いわゆる共同文書が2プラス2で承認をされております。それ以降、私ども累次、沖縄県また関係自治体を含めまして御理解をいただくべく、考え方を御説明、さらには御指摘いただいた質問等についてお答えをし、御理解をいただくということで努めてまいりました。まず何よりもこのロードマップを実現するためには地元の御理解が不可欠である、そういった認識に立っているところでございます。

 それで、今申しました十月二十九日以降、さらには、先般の五月一日のいわゆる最終文書といいますかロードマップが承認された以降におきましても、私ども、地元に御理解をいただくべく、全力で説明してまいりました。そうした中で、沖縄県からは、例えば海兵隊のグアム移転ですとかそういった事柄、さらには嘉手納飛行場以南の米軍施設・区域の返還、あるいは嘉手納飛行場からの訓練移転といった点等を含めまして、全体としては、稲嶺知事が目に見える形での負担の軽減といった考え方をお示しされている、そのお考えと合致しているということで、高い評価をいただいているところでございまして、他の自治体からも一定の御理解をいただいているところでございます。

 そうした中で、沖縄県等関係自治体からは、地域の振興策ですとかあるいは基地従業員の皆さんに対する雇用の問題、さらには跡地利用の問題等についての御要望もいただいているところでございます。

 それで、先生御指摘の、大臣が何回会ったかということでございますが、これにつきましては、十月の二十九日以降今日に至るまで、大臣は、知事あるいは名護市長、宜野座の村長さん初め北部の首長さん等々関係の皆さんと、本当に累次にわたって、直接お会いしたり、また電話でお話をしたりしております。そしてまた、大臣の統括のもとに、私自身、あるいは局の者、さらには次官等々含めまして、いろいろな場を使い、またいろいろなルートを通じまして、さまざまな形で協議や意見交換をしてきたところでございます。さらには、知事さん一人に会うという場合もあれば、関係の地方公共団体の皆さんと一度にお話をするといったこともあるわけでございます。

 いずれにいたしましても、根本は、このロードマップを実現していく上では地元の御理解が必要である、その観点から、鋭意協議、お話し合いを進めているところでございまして、これからも、私どもといたしましては、この普天間、危険な飛行場の、一日でも早く危険をなくすということで、閣議決定に定められました各種施策について一日も早く実現するよう努めてまいりたい、そのように考えているところであります。

高木(義)委員 今回の最終報告では、多くの国民から率直に疑問が寄せられておりますが、その中でも、例えば、今回の再編によりまして、自衛隊と米軍とが共同訓練強化、まさに日米同盟がさらに緊密化されていく、その中で我が国が果たすべき役割は何なのか、そういうことが一つ。また、普天間飛行場の代替施設についても、地元自治体の合意が得られない場合は、この事業も実施困難になる恐れなしとはしない。あるいは、再編に係る我が国の費用負担について、我が国の負担の全体像が全く明らかでない、極めて不明確だ。費用負担の意義についてもっと説明する必要があるんじゃないか。なぜ日本が、なぜ米軍再編に、よく言われております二兆円も三兆円もと大変巨額な負担というのが出ております。

 そういう意味で、何よりも国民に説明責任を果たしながら、日米合意に基づくものを適切にやっていく。もちろん、地元の皆さん方の協力が何よりも大切でありますから、そういう姿勢で政府は責任を持ってやらなきゃならぬと私は思っております。

 したがって、麻生大臣、いわゆる当事者の一人として、さきの日米安全保障協議委員会、2プラス2、これに臨んで、この米軍再編とは一体何なのか、そして、この合意に基づいて、政府として、国として物を進めていくときに、どういう感想を持たれたのか、お聞きをしておきたいと思います。

麻生国務大臣 今御指摘のありました、これは今、アメリカとしては、世界の情勢というのは、やはり軍事技術の進歩もありましたし、冷戦構造も終わったし、いろいろな意味で世界的な情勢というものが大きく変わりつつある、この十五年間特に、ということを前提にして、少なくとも、機動性の高い体制に実現することを目標として、多分世界規模でという事態で、世界体制の見直しをしている、大前提としてはそうだと思います。

 そういった中にあって、日本としては、在日米軍の持っている抑止力を維持しつつ、少なくともこの東アジアと言われるところにおいては、冷戦構造が終わったとはいえ、この巨大なユーラシア大陸の東半分においては、間違いなく不確実性、不透明性なものが、朝鮮半島を含めて、まだいろいろ言われているとおりですから、そういった意味におきましては、米軍の持っております抑止力というものを維持しつつ、片方、沖縄というところに集中しておりますこの米軍によります負担というものの分の軽減というものをあわせ行うというのに、この見直しの一環として、これと一緒にあわせて行うという方が、これはアメリカにとりましても日本にとっても、双方で利益になるのではないかというのが大前提だと思っております。最終の取りまとめに当たりましても、その点を、一番私どもが頭に入れておいたところでありまして、具体的な措置を描くものとしては、私は大きな意義があったと思っております。

 そういった意味で、今後実施していくに当たりましては、この日米安全保障体制というものを一層確固たるものとして、いざ何か起きたときに、有事法制ができたとはいえ、国民保護法制ができたとはいえ、それは法律ができたからといって、直ちにそれがうまく動くわけではないというのははっきりしておりますので、そういったものが確実にできるようにしていくためにきちんとした対応が今後とも必要なんであって、やはり条約というものは、これは契約と同じで生き物ですから、そういった意味では、それを実行あらしめるためには不断の努力が今後とも必要というのが基本的認識であります。

高木(義)委員 この合意書には、日米同盟関係による協力は新たな段階に入る、こういうことが指摘されておりまして、米軍と自衛隊の一体化、このままいきますと、日米同盟は今の日米安保条約の範囲を超えていくんじゃないか、日本の専守防衛が維持できるのだろうか、そういう懸念は当然出てくるんですね。米国の単独主義的な安全保障政策に、我が国がそれに追随をしていく、こういうことがあってはなりません。

 だから、我が国益と米国との間に私はきちっとした線を引く、そのことが最も大事であろうと思いますが、日米安保の変質について、大臣、どのようにお考えですか。

麻生国務大臣 今御指摘のありましたところに関して、いろいろ御懸念がおありなんだと思っておりますが、世界の中の日米同盟という言葉が使われて久しくなりますけれども、こういった日米安保条約といういわゆる狭義の意味での協力に限らず、今、テロとかいわゆる大量破壊兵器とか、いろいろ言われておりますけれども、少なくとも、政治とか経済とか、幅広い分野で日米というのは共通の価値観を有しております。そういった意味で、さまざまな問題に今後とも一緒に取り組んでいくというのが日米同盟というものの一番大きなところだと思っておりますので、いろいろな問題を日米両国間、閣僚間できちんと確認をいたすところだと思っております。

 また、安全保障とか防衛協力の深化とか、いろいろな表現がありますけれども、そういったものに関しましても、いろいろあろうと思いますけれども、基本的には、抑止力の維持と地元負担の軽減というものを通じまして、お互いさま、日本側が一方的に負担するわけではないし、アメリカ側が一方的に負担するわけでもないし、双方で体制をきちんと強化していくというのが一番肝心なところだと思っておりますので、少なくとも、米国主導によって、高木先生御心配されるように、軍事戦略にただただ追従していくといったような性格のものでないことだけははっきりしておると思っております。

高木(義)委員 時間も限られておりますので、まだまだ、いわゆる負担割合の根拠とか、あるいは再編に伴う経費についての根拠は何だとか、いろいろ尋ねたいことはあるんですが、これはほとんどが国内問題だと私は思っております。したがって、よほど腰を据えて、まさにリーダーシップを発揮されて政府として取り組まなければ、なかなかこのことは進まないのではないかと懐疑的にならざるを得ません。

 というのは、普天間の移設問題があったからです。あのSACOの合意に基づいて、十年、ほとんどといって手がついていないではありませんか。こういうことを考えますと、本当に大丈夫かな、こういうことを考えざるを得ません。

 そこで、小泉総理は国会が終わりますと訪米が予定されておると聞いております。まさに日米首脳会談。今までは2プラス2、いわゆる閣僚レベルの話でございました。閣僚レベルの話の中でこんな大きな問題を一応決めてきたわけですけれども、日米首脳会談においてのこの米軍再編の最終報告の位置づけというのは、どのようなことになるんでしょうか、大臣。

河相政府参考人 私の方から、まず、事実関係も含めて、補足的に御説明をさせていただきます。

 五月一日、それに先立ちまして去年の二月、それから去年の十月、これは2プラス2を開きまして、五月の一日に2プラス2を開いて、いわゆる最終取りまとめをやりました。これにつきましては、日本側におきましては外務大臣、防衛庁長官、先方は国務長官、国防長官、この間で考え方を整理して、一定のいわゆる結論を得たわけでございます。

 これを踏まえて、今月末、六月二十九日に日米首脳会談が予定されているわけでございますけれども、日本側におきましては、この2プラス2の結論というものを迅速に政府一体となって実施していくという考え方、これは、先ほど先生からも御指摘のあった閣議決定の形でも、はっきり意思統一をしておるわけでございます。

 これを踏まえまして、今回決めましたいろいろな事項、これをきちっと実行していくということが恐らく両首脳の間で話されるということが予想されるところであると思っております。

麻生国務大臣 長々と説明しましたけれども、2プラス2で確認したものを両首脳で改めて再確認する、一言で言えばそういうことになります。

高木(義)委員 したがって、私は、日米首脳会談でこの問題を確認するということになるわけですから、国内の議論もさらに深めて、国民に説明責任と、理解、協力を得るという努力をしなきゃならぬと思っておりますので、その点については強く要望しておきたいと思います。

 さて、最後ですが、北方領土の問題について尋ねていきたいと思います。

 実は、私も、この六月の二日から五日まで、三泊四日の日程で、いわゆるビザなし渡航に参加をする機会をいただきました。率直に言って、長年にわたって友好のきずなが深まっておるのは事実です。ただ、長引けば長引くほどこの問題は難しくなっていくんじゃないかなという感想を持ちました。

 小池大臣もおられますから、まず言っておきますが、先ほども出ておりましたけれども、ロシアの方が、北方領土はやはり地震の心配がある、だから地震予知の専門家あるいは対応の専門家にぜひ来ていただきたいということもございましたし、元島民の方は高齢になっておられますので、今の気候の状況では大変厳しい状況にありますから、船も老朽化していると聞いておりますので、新しい、速い船をつくってほしいというのが切実な要求でありますので、お伝えをしておきます。

 そこで、私が行っておった最中に、先ほども出ましたけれども、例の、プーチン大統領のG8を前にした記者会見の話が出てまいりました。まさに、プーチン大統領は、日本が一方的に日ソ共同宣言を履行することを拒否した、こういうものでございました。端的に申し上げますが、こういう記者会見が出ておるときに、厳しくこれに対して反論をしなきゃならぬと思うんですね。まず、この点についてどうなのか。

 それから、まとめて申し上げますけれども、時期的に見ても、ことしはサンクトペテルブルクでG8の首脳会談、サミットがありますね。そこで、小泉総理あるいは麻生外務大臣、両国間の閣僚、首脳会談が私は当然行われることと思いますけれども、この北方領土の問題をしっかりテーマにしていただいて、きちっと述べていただく、そして、新たな模索も含めて考えていただく。

 といいますのも、やはり最終的には、政治家、国と国がこの問題についてさらに深みを増さなければ、いわゆるビザなし渡航で、長い間、両島の島民が親睦、友好を深めてきた、このことの、成果を見せるためにも、時期的にもちょうどいい機会じゃないですか。この点について、麻生大臣、そして小池大臣、それぞれ決意と状況をお願いしたいと思います。

 それから、小池大臣、時間がありませんから、米軍再編の問題で、閣議決定のときに、小池大臣が一言、地元の意見を踏まえて進言をされたということが報道されておりますが、具体的にどのようなことで、そして、どのようなことをこれからも心を入れてやっていこうとされておるのか、この点についてお示しをいただきたい。

麻生国務大臣 幾つか質問がありましたので、サンクトペテルブルクのサミットの件につきまして私の方から、残余の分につきましては塩崎副大臣の方から答弁をさせます。

 G8のサミットで日ロ会談を行うことについては、既に日ロ会談で合意が終わっております。したがって、今その調整をいたしております。昨年十一月の日ロの会談というのを日本で行っております。その間に、両国間の諸合意及び諸文書に基づき、日ロ両国がともに受け入れられる解決策を見出す努力を行うことで一致ということになっておりますので、私どもとしては、引き続き、日本の固有の領土であります北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するということで、この基本方針に従いまして、G8サミットの際におきましても、小泉・プーチン会談においてこの問題を基本として臨みたいと存じております。

塩崎副大臣 先ほどのプーチンの発言の件でございますが、抗議をしないのか、こういうお話がございました。

 既に、ロシア大使館の倉井公使からロシア外務省の方に、この発言については我が国の立場をきっちりと申し込んだということで、基本的な論理については先ほど大臣が答弁したとおりでございます。

小池国務大臣 私には、南と北と両方の御質問があったかと思います。

 まず、北方領土問題でございますけれども、こうやって国民同士が北方四島の問題をめぐってお互いに理解を深めていく、そしてそのために、日本からももう少し乗りやすい船をという御要望もいただいておりますけれども、そういう形で交流を続けていくということはやはり極めて重要だと思っておりますが、しかしながら、決めるのはモスクワでございます。そこは外交力に、麻生大臣の、そして小泉総理のこれからの大いなる御活躍を期待するところでございます。

 一方の、南の方の沖縄の問題でございますけれども、沖縄におきます米軍再編を着実かつ円滑に進めるためには、何よりも地元の理解と協力ということが不可欠ということでございます。

 今回、地元の方も、ある部分はある意味で非常に歓迎、ある意味ではまだこれでは納得できない、いろいろ、反対といっても、一面、全部反対というわけではないというふうに私は理解しているんですが、そういった声なども一つ一つ私自身受けとめさせていただいているところでございます。

 そういったことを踏まえて、今回の閣議決定の際におきましても、さらなる地元の理解と協力を得るべく、今後とも地元沖縄の意見によく耳を傾けて対応していかなければならない、このように発言をさせていただいたところでございます。この発言の中身はそれ以上でもそれ以下でもなく、まさに地元の声は大切だということを申し上げた次第でございます。

 今後とも、地元の声についてはこれからも伝えてまいりたい、このように思っております。

高木(義)委員 それぞれ的確に対応していただくように強く求めて、私の質問を終わります。ありがとうございました。

川内委員長 高木先生の一問目の質問に対する外務大臣の答弁で、我が国を取り巻く情勢は極めて不確実と、極めてという言葉が使われていたんですが、政府の今までの、外交的に発表される文書には、極めてという修飾語はついていないように思うんですが、極めてという新しい政府見解を、そのまま、きょう新たに打ち出されるということで、外務大臣、よろしいかということをちょっと……。

麻生国務大臣 極めてという言葉を言ったというのは余り正確に記憶しておりませんけれども、極めてと言ったんだったら、取り消しておいた方がよろしいと存じます。

川内委員長 はい。そのように取り計らわせていただきます。

 続いて、赤嶺政賢君。

赤嶺委員 日本共産党の赤嶺政賢です。

 冒頭、委員長の方からも、きょうの委員会への額賀防衛庁長官の出席の問題について発言がありました。先ほど、高木筆頭理事の方からもございました。2プラス2ロードマップができ上がってから、衆議院で防衛庁長官が出席してロードマップについて審議をしたのは一回です。たった一回であります。この沖北がたとえ所管大臣でなかったにしても、過去に事例があり、沖縄問題が重大になっているときに衆議院でまともに審議に応じていない、この態度は本当に私は許しがたいということをまず冒頭に指摘しておきたいと思います。

 それで、最初にオスプレーの問題について聞きます。

 ジョセフ・ウェーバー在沖米四軍調整官は、三十一日の報道各社の共同インタビューに応じて、オスプレーの配備に関する質問に答えてこう言っておられます。予定では二〇一四年から一六年の間に配備されるのではないか、今回の合意では代替施設は一四年までに完成したいと明記されている、スケジュールどおりにいけば、代替施設が完成されたときにオスプレーが配備されるだろう、このように明言をしているわけであります。

 政府は、これまで、アメリカ政府から配備について何ら具体的な計画を有していないとの回答を得ている、繰り返しそういう答弁をしてきているわけですが、今回の四軍調整官の発言はこれまでの政府の説明と全く違っていると思うんですね。外務大臣、いかがですか。

麻生国務大臣 御指摘の報道に関しては承知をいたしておりますけれども、この内容につきましては、外交ルートを通じまして米側にも照会は既にいたしております。オスプレーの配備については何ら現時点においては具体的には決まっていないとの回答を受けておりますので、答弁につきましても今までと同じということに相なります。

赤嶺委員 アメリカ政府はオスプレーの配備について何ら具体的な計画を有していないという従来の答弁の繰り返しでありますが、私は、海兵隊としてはオスプレーの配備の基本計画がある、このように考えています。

 きょう、資料配付をお願いしてありますが、海兵隊のエビエーション、航空機計画、これが出ております。去年の四月の資料で、今現在海兵隊のホームページで公開されているものです。きのう引っ張り出してまいりました。

 その資料の中で、海兵隊として中型ヘリをオスプレーに切りかえる、それを、海兵隊のアメリカ本土の基地、そして沖縄の基地、いつからいつまでに切りかえるかという詳細なスケジュールが出ているわけですね。ミラマー基地があり、それからニューリバーだとか、いろいろ出ておりまして、その中に「MAG―36 FUT」、普天間のことですね。普天間のことでいえば、このスケジュール表を見ますと、アメリカの会計年度の二〇一二年から一四年度にかけてオスプレーに変更する、このように出ているわけですね。

 オスプレーの配備については、最終決定を経たものではないけれども、基本的には海兵隊はオスプレーへの配備の変更をこういう計画で進めていくというのがこのホームページに公表されている資料じゃないかと思いますが、この点いかがですか。外務大臣。

河相政府参考人 今の配付をいただきました海兵隊の資料というもの、このものが一体どういう位置づけのものなのか、どういう性格のものなのかというのを私、ちょっとここで断定的に申し上げる立場にないのでございますけれども、先ほど大臣からも御答弁申し上げましたように、米国の公式な見解ということで、外交ルートを通じて照会した結果として、オスプレーの配備について現時点においては何ら具体的に決まっていないという回答を得ているところでございます。

赤嶺委員 北米局長、海兵隊のホームページですよ、これは。あなた方は海兵隊のホームページを見たことないんですか。その中で、これだけ県民や、あるいは今度の米軍再編で大問題になったオスプレーについて海兵隊がどのように扱っているか、公開している資料さえ見ないでこういう議論に臨んでいるんですか。どういうものかわからないなんて、見れば明らかじゃないですか。

河相政府参考人 私自身、申しわけございませんが、ホームページ自身でこの資料で配付されたものを見たことはない。今配付資料で見せていただいたわけでございます。

 今目を通したところでも、このプランについては変更もあり得るというようなことも書いてあるわけでございまして、いずれにいたしましても、アメリカ政府の公式な見解というのは外交ルートを通じて私どもとして累次確かめておりますし、今回、ウェーバー四軍調整官の発言というものがあって、それも踏まえた上で改めて確認をした結果が先ほど申し上げたとおりの見解でございます。

赤嶺委員 アメリカ政府として、基本的にそういう決定をしたことはないと。しかし、海兵隊はこのような基本計画は持っている。これは今まで額賀長官も認めてきたことですが、この点いかがですか。

河相政府参考人 お答え申し上げます。

 米側の内部でいろいろな作業なりいろいろな議論があり得るということはあるのかもしれませんけれども、一般的に言って、海兵隊がオスプレーの開発計画を行っているということ、そして海兵隊が有しているCH46、それからCH53、このヘリコプターについてはオスプレーに代替更新していくんだという、この一般的な予定があるということは政府としても承知をしておるわけでございます。

 ただ、具体的に普天間、沖縄へのオスプレーの配備ということについては、米政府として現在何ら具体的に決まっていない、決定をしていないというのが私どもが得ている回答でございます。

赤嶺委員 ですから、今後普天間基地のヘリコプターがオスプレーに変更されるという計画は持っているわけです。ところが、それが政府の最終決定になっていないというのがあなた方の説明の意味だと思います。いずれはそれが最終決定になる、それ以外の選択肢はないわけですから、いずれはそれが選択肢になっていく。

 ところが、宜野座村長とか名護の市長は、地元住民のこれらの疑問に答えて、防衛施設庁側からないとはっきり聞いている、名護の市長も、オスプレーの配備はない、このように言っているわけですが、海兵隊は方針や計画を持っている、しかし、防衛施設庁は絶対にないんだと言っている。一体どんな説明を名護市長や宜野座村長にやったんですか。

北原政府参考人 赤嶺先生に御答弁申し上げます。

 私ども防衛施設局がそれぞれ関係自治体に対して御説明をさせていただきました。そのポイントといたしましては、オスプレーの沖縄への配備については、外務省より外交ルートを通じ米側に確認し、何ら具体的に決まっていないとの回答を得ている、そういった趣旨の御説明をさせていただいているところであります。

赤嶺委員 あなた方は地元住民の理解を得るために誠心誠意説明にこれ努めるということを繰り返してきたじゃないですか。しかし、海兵隊のこういう計画の存在を知りながら、そして普天間ヘリが交代する場合にはオスプレー以外にない、そういう選択しかないということも知りながら、いや、中央政府において決定されたことはないと。こんなの説明になりますか。海兵隊はこういう方針や計画を持っているけれども中央政府はまだ決定に至っていない、そういう丁寧な説明が必要じゃないですか。こんな不誠実な説明で納得すると思いますか。いかがですか。

北原政府参考人 御指摘の、オスプレーの配備について各種報道がある、また先生のような御指摘があるという点につきましては、地元の理解を得る立場にある施設庁、また施設局としても認識をしております。

 そうした中で、政府として、またアメリカ政府として、きちんとした形の回答を我々としてはしなければいけないということで、この点については、報道があり、またウェーバー四軍司令官がそういった趣旨の話をされたといったときも、直ちに外交ルートを通じて確認をしているわけでございまして、その結果につきましては、累次御答弁申し上げているとおりでございます。

 我々としては、引き続き誠心誠意努めていきたい、それは全く変わりません。

赤嶺委員 オスプレーがなぜ問題になるのか。事故を繰り返している欠陥機だという問題もあります。それが配備された場合の地域への危険性、騒音の問題もあります。同時に、あの普天間飛行場の代替施設というのは、当初SACO合意で千五百メートルの滑走路が千八百メートルになってしまった、これにはオスプレーの配備があるだろうということが、専門家の間でも客観的な裏づけに基づいて繰り返されている。これを説明しないのは政府だけ。こんなやり方で、本当に誠心誠意住民に対して説明をやっている、理解を得たいという立場には、あなた方は離れている。

 横須賀の原子力空母と同じように、検討はずっとされていたのに、そういう計画は知らないといって、いきなり突然アメリカは、原子力空母の配備を横須賀に決定しましたといって持ち込んでくる。そのときに、あなた方はアメリカに対して何の意見も言わない。こんなにまでしてアメリカに追随して米軍再編を進めることは許されないということを私は指摘しておきたいと思うんです。

 それで、沖縄担当大臣に伺いますが、北部振興策についてであります。

 SACO合意、基地を受け入れるかわりにと北部振興策がつくられましたが、そのときには、基地を受け入れるかわりにということが余り言えなかったので、とにかく北部振興が大事なんだということを言ったわけですね。それで北部振興策にはいわば目標を掲げました。魅力ある雇用機会を創出して北部圏の定住人口の増加を目指す、このように言っておりました。その目標というのは、現在北部の十万の人口を二十万にする、こういうことでありました。その目標は達成できたのですか。

小池国務大臣 御指摘のように、北部振興策につきましては、沖縄県全体でそのバランス、均衡ある発展を目指すということで、雇用機会をつくり出したり、また定住条件を整備するなど、そういった事業をこれまでも展開してきたところでございます。

 今どうなっているかということでございますけれども、特に、特区の関係もございまして、情報通信関連企業が集積されているというのは先生も御承知でございます。これまで千人以上の雇用を創出してきた、そしてまた、北部圏域におきましては約三千三百人の人口の増加ということでございます。そのほか、現時点でもさまざまなプロジェクトが、今だんだんとあちこちでその芽が出つつあるということでございますし、私も、そういった芽を大切にこれからも育てていき、そして北部の振興に努めてまいりたいと考えているところでございます。

 数字の観点につきましては、今申し上げたとおりでございます。

赤嶺委員 人口が三千三百人ふえました、これは北部振興策の結果ふえたんですか。そうであれば、明確に説明してください。

小池国務大臣 どこからどこまでが北部振興策かということは、それはもちろんしにくいわけでございますけれども、北部の振興、そのまとめとしての策と、そしてさまざまなこれまでの策と、それとが相まって今大きな流れができつつあるということだと認識しております。

赤嶺委員 どこからどこまでが北部振興策の結果かわからないというのは、かけたお金があるわけですから、本当に費用投下を検証していくという意味では、極めてあいまいな答弁だと思いますよ。

 北部振興策は年間百億円、十年間で一千億円ということでした。それは今どうなっているんですか。どのように使われ、どういうぐあいな成果を生み出しているんですか。

東(良)政府参考人 お答えをいたします。

 北部振興策でございますけれども、現在、公共事業五十億、それから非公共事業五十億ということで、毎年、北部十二市町村の地元からの希望でいろいろなプロジェクトを出させていただいている。それを地元の中で調整をし、今までの件数としまして、非公共事業八十五件二百九十六億円、それから公共事業四十六件の百七億円ということで、計四百三億円ということでございます。

 それで、直接雇用としていろいろな効果が出ておるというふうに考えておるわけでございますが、情報通信関連産業、これで約九百名ぐらいの直接雇用をいただいておりますし、また、農林水産業それから観光産業等々で約二百名というような状況でございます。

赤嶺委員 小池大臣、お聞きのとおり、ことしまでに本当は六百億円の振興策であったけれども、四百億円しか使われていない。なぜなら、プロジェクトを出してもらうけれども、そういう地域の振興に合うようなプロジェクトが予定されないので、本当は振興に役に立たなかったというような問題点を多々含んでいたわけです。

 ところで、今回の米軍再編にかかわって最後の質問になりますが、今回は、基地を受け入れる自治体に対して、地域振興策については、米軍基地建設の進捗状況に応じて振興資金を配分する新たな交付金制度が検討されている、こういう報道が繰り返されております。このような仕組みについて、大臣、どのように考えられますか。

小池国務大臣 先ほど、お言葉ではございますけれども、やはり地元の理解とそして協力が得られるからこそ、いろいろな策の効果が出てくるというものでございます。私は、今後とも、そういった意味でも、地元の意見、地元の考え方、そういったことをしっかりと受けとめました上で振興策にも努めてまいりたいと考えているところでございます。

 それから、今の御質問でございますが、五月三十日の閣議決定において、普天間飛行場の移設に係る地域振興の取り扱いについては、沖縄県及び関係地方公共団体と協議機関を設置して協議するということになっておりますので、内閣府として、地元の要望をよくお聞きしながら適切に対応してまいるというのが私どもの姿勢でございます。

赤嶺委員 北部振興策というのは、六百億円政府が用意したけれども、四百億円しか地元は使い切れなかった。なぜか。本当に地元の要望に合った振興策だったのかと……

川内委員長 済みません、赤嶺先生、もう申し合わせの時間が。

赤嶺委員 終わります、終わります。

 三千人の人口増というけれども、今、団塊の世代が沖縄に移転しているという要素もある。北部振興策の明確な関係についても検証できていないというようなことで、基地とリンクした振興策は沖縄の経済振興にはつながらないということを申し上げまして、質問を終わります。

川内委員長 次に、照屋寛徳君。

照屋委員 私は、いわゆる米軍再編は、日米軍事同盟の強化であり、自衛隊と在日米軍基地の再編であると考えております。中でも、沖縄との関連では、基地負担の軽減と言われながら、ロードマップに見られるように、その内実は、在沖米軍基地の機能強化であり、沖縄に半永久的に基地を押しつけるものであります。特に、普天間飛行場の早期かつ具体的な危険除去策を講じないままにキャンプ・シュワブ沿岸部にV字形滑走路を二本もつくるなどというのは、多くの県民意思を無視した、日米両政府による沖縄への犠牲の押しつけ以外の何物でもありません。

 さて政府は、五月三十日、「在日米軍の兵力構成見直し等に関する政府の取組について」の閣議決定を行いました。沖縄担当大臣としてこの閣議決定をどのように評価していらっしゃるか、小池大臣の見解を伺います。

小池国務大臣 冒頭に先生のお考えが示されたところでありますけれども、五月一日、最終的に取りまとめが行われました在日米軍の兵力体制再編案でございますが、これについては、私は、沖縄の負担軽減に大いに資するものである、このように考えております。

 そしてまた、それを受けまして五月三十日に閣議決定が行われたわけでございまして、この再編案を的確かつ迅速に実施するための措置を講ずるということがその主な内容になっていることは御承知のとおりでございます。そしてまた、引き続き関係各省それぞれが連携をして、その着実な実施に努めるということが必要でございます。

 また、閣議決定の際に、私は発言をさせていただいております。もう既に伝えられているところだと思いますけれども改めて申し上げますと、沖縄におけます米軍再編を着実かつ円滑に進めるためには地元の理解と協力を得ることが非常に重要であるということを、今までも、また閣議のときにも発言をさせていただいたわけでございまして、このところがやはり重要なポイントであろうと考えております。そのためにも、各閣僚にも、地元沖縄の意見によく耳を傾けてください、よく聞くようにしてくださいということをお願いしたところでございます。

照屋委員 防衛庁及び防衛施設庁は、普天間飛行場代替施設建設計画について、まず日米両政府で計画策定をし、その後に沖縄県並びに関係市町村と協議する意向のようでありますが、かかる防衛庁などの進め方を小池大臣はどのように考えていらっしゃるでしょうか。

小池国務大臣 新聞報道でもあったようでございますが、まず、代替施設建設計画の協議のあり方でございますが、御指摘のように、防衛庁、防衛施設庁で検討されているということは承知をしているところでございます。ただ、今回の閣議決定におきましては、政府が沖縄県そして関係地方公共団体と協議機関を設置して協議して対応するということになっております。

 いずれにいたしましても、まず防衛庁、防衛施設庁におかれまして地元の理解と協力が得られるように努力をしていただく、そのことが必要であると考えておりますし、私としてもその努力こそが重要である、このように認識をいたしております。

照屋委員 ところで、小池大臣は、ワジワジーという沖縄の方言は理解しておられるでしょうか。

小池国務大臣 今、西銘先生から、怒ることだと伺いました。

照屋委員 ニジティニジラランというのは、おわかりでしょうか。

小池国務大臣 済みません、ちょっと通訳に今聞きましたけれども、我慢するということでよろしいんでしょうか。

照屋委員 ワジワジーというのは、本当に怒っている、怒りなんです。私は、ロードマップの策定あるいは閣議決定に、稲嶺知事を初め多くの県民はそのような感情を抱いておると思います。ニジティニジラランというのは、我慢の限界、我慢しようにも我慢できない、要するに受忍限度を超えているということなんです。私が言いたいのは、このような県民意思を無視してはいけないということをぜひわかっていただきたいと思います。

 ところで、通告しておりませんが、麻生大臣には外務委員会で毎回毎回質問しておりますが、関連して一点だけ所信を伺いたいと思いますのは、ロードマップが決まった段階では、普天間基地の代替施設計画の策定についての日米交渉に外務省は関与しないんでしょうか。

麻生国務大臣 お答えを申し上げられるというよりは、これは基本的には、具体的な施設の話ということになりますと防衛施設庁等々ということになるのだと存じます。米軍等の間に関しまして、いわゆるグアムへの移転等々いろいろございますけれども、そういったものに関しまして、照屋先生、直接というその定義がちょっと難しいところですけれども、米国との交渉などに関しましては、これは基本的には外務省としてタッチいたすことになりますけれども、具体的な施設の内容について外務省がというようなことはないんだと存じます。

照屋委員 小池大臣、先ほど赤嶺委員も尋ねておりましたが、本来、沖縄振興の担当は内閣府なんですね、言うまでもありませんが。ところが、どういうことか今度は、防衛庁がどうも沖縄振興のあり方について関与し過ぎるのじゃないか。普天間飛行場の代替施設計画の進捗状況において地域振興を図っていくんだ。従来、基地と振興策はリンクしないと言いながら、どうも防衛庁あたりは内閣府に対しても私は越権行為だと思いますが、馬の鼻先にニンジンをぶら下げるかのように、要するに、代替施設の計画がうまくいけば振興策をやりましょう、こういうことが防衛庁の首脳から明言をされて、沖縄では、さっき言いましたように、ワジワジーを超えてこれではニジティニジララン、こういう県民感情がありますが、小池大臣の率直な考えをお聞かせください。

小池国務大臣 北部振興でございますけれども、内閣府として、地元の要望をよくお聞きしながら、今年度の予算執行、そして十九年度の概算要求などに適切に対応してまいるということで、これまでどおりでございます。

 また、従前から申し上げていることとして、米軍再編を円滑に進めるためにはやはり地元の理解と協力が必要ということでございます。こういったことも含めて、内閣府として、地元の要望を踏まえて振興策の取り扱いについても適切に対応することが必要、このように考えているところでございます。

 また、そのためにも、閣議決定の中にもございましたけれども、沖縄県、関係地方公共団体との協議機関を設置して協議をする、そういった積み重ねをこれからも努力をしてまいりたいと考えているところでございます。

照屋委員 終わります。

川内委員長 次に、仲村正治君。

仲村委員 外務大臣は次の御日程があるようでございますので、手短に質問をしたいと思いますので、よろしくお願いいたします。

 先般五月三十日に米軍再編についての閣議決定がなされましたが、今回の米軍再編は、日米双方の安全保障政策の考え方が取り決められたというよりも、三年以上も前から、米国は、世界じゅうに展開されている米軍兵力の包括的な見直しの方針、それは今後十年間で六万人から七万人のいわゆる在外米軍兵力を、家族を含めて十万人を自国に帰還させるという、まさに米軍のトランスフォーメーションの一環であると思う。さらに、普天間基地の代替施設を名護市に押しつけていながら振興策は平成十八年で打ち切るということなど、今回の閣議決定に地元沖縄では不満の声が渦巻いています。

 麻生大臣は今回の米軍再編に関する閣議決定をどのように評価されますか、お尋ねいたします。

麻生国務大臣 今回の沖縄の中におきます話に限らず、その他、神奈川県にもまた山口県にもいろいろございますが、そういったものを含めまして、少なくともこのアジア地域におきます不確実性、不透明性というものを抱えている現状の中において、米軍の抑止力というものを維持しつつ、かつ沖縄におきます地元の負担を軽減させるという、一瞬、二律背反している面もありますけれども、そういったものをやっていくに当たりましては、今回のいわゆる閣議決定に基づく、もしくは2プラス2のものというのは、私どもとしては、早期、確実、着実にやっていくということは、日米双方のためになると思っております。

 また、北部の件に関しましては、これはSACOのときとは話が違っておりますので、したがって、この部分が外されているということを言われて、それをもって沖縄北部振興策を全くしないかのごとき話は明らかに間違っているのであって、そういった話を私どもはしたこともありませんし、沖縄の北部振興策につきましては、これはSACOとは全然状況が違っておりますので、そういったものは新たに考えてしかるべきではないかといういろいろな意見が出された上での話だと理解をいたしております。

仲村委員 今回の閣議決定で明確に、平成十一年に決めた沖縄振興策は平成十八年度で打ち切ると書かれているわけです。だから、その点について本当にこれでいいのかということをお聞きしているわけです。

 私は、これは日米間の、今抑止力というようなこともおっしゃっておりますが、今回の七千人から八千人をグアムに移転させるということは、これは二〇〇四年八月十七日にブッシュ大統領がちゃんと演説で言っているんですよ。世界に駐屯している米軍六万人から七万人を自国に戻す、その一環なんですよ。だから、今回の米軍再編について、これはアメリカのトランスフォーメーションに乗せられたというような話だと私は思います。

 私が今指摘したとおり、今回の沖縄の海兵隊の七千人から八千人のグアムへの移転は、まさに米国が三年前に発表した世界じゅうに展開中の米軍兵力の包括的な見直し方針の一環であるにもかかわらず、日本は米軍のグアム移転費の日本負担として六十億九千万ドル、それは真水で二十八億ドル、出資、融資分で三十二億九千万ドルの負担をすることになっています。そのために自分の国の中期防に決めた予算も切り詰めると言っているんです。それでは、米国のトランスフォーメーションの対象となっているドイツや韓国に駐留する米軍が移転費もドイツや韓国が負担するのか。

 私は、今回の沖縄における米軍再編全体を否定するつもりはありませんよ。しかし、米軍の移転も、全く地元を無視した点が多いということ、そして日本は余りにもアメリカの言いなりになっているとしか思えない。これは、昨晩十時からNHKテレビで米軍再編に対する国民の不満を全部放送しておりました。沖縄県の県民もその対象になる地域の人々の声が出ておりました。みんな不満を言っております。これは、日米同盟といっても、すべてアメリカの世界戦略を日本に、そして沖縄に押しつけているものだとしか思えない。

 麻生外務大臣のお考えをお聞きしたいと思います。

麻生国務大臣 見解が違うと存じます、基本的には。

 少なくとも、沖縄の負担を軽減させるというのは、私どもが長年考えていた問題であります。米軍の再編というものを利用して、私どもとしては沖縄の海兵隊八千人の移転等々ができるようになったということでありまして、トランスフォーメーションがあったから、逆にその案に反対して別に八千人の削減ができなくなることの方がよほど問題なのであって、私どもはそれを大いに、双方の利益が合致したと考えてしかるべきだと思いますので、私どもは一方的に追従させられたというような意識はございません。

仲村委員 七千人、八千人をグアムに移転させることに反対の意見を言っているわけじゃないんです。なぜ日本が負担をせぬといかぬのかということを言っているわけです。

 次に、小池大臣にお尋ねをいたします。

 大臣は、五月二十七日に沖縄で行われた太平洋・島サミットやこどもサミット出席のため沖縄に行かれた。そのとき小池大臣は、閣議決定の内容について、拙速は避けるべきだという厳しい注文を表明されました。さらに、五月二十九日の関係閣僚会議でも同様の意見を述べられたと報道されています。小池大臣の今回の閣議決定についての評価をお聞きしたいと思います。

小池国務大臣 時系列で申し上げますと、五月一日、在日米軍の兵力体制再編案というのが最終的に取りまとめられたわけでございますが、三十日閣議決定、そして、その前に沖縄に入っておりましたので、沖縄県知事そして名護市長らの意見を直接伺ったわけでございます。そしてまた、以前から、私自身も沖縄の意見をよく聞くべきであるということも、私自身がその役割でございますし、また今回の閣議決定の際には、沖縄の声をよく聞いてくださいという旨の発言を、閣議決定の前の、閣議の場で……(仲村委員「関係閣僚会議」と呼ぶ)いえ、閣議の場で私は申し上げたとおりでございます。

 これからの流れを考えましても、やはり地元の協力、理解なくしては進まないものと考えておりますので、これからも地元の御意見そして協力、理解ということをしっかりと求めるように努力をしてまいりたいと考えております。

仲村委員 ぜひ今後も、沖縄担当大臣として、沖縄県の県民がどういう考え方を持っているかということをしっかり把握していただいて、そのような形で、ひとつ政府の中で立派な仕事をしていただくことをお願い申し上げたいと思います。

 次に、非常に平凡かつわかり切ったような愚直な質問でありますが、その一つ目は、米軍が沖縄基地をつくれる根拠、二つ目に、米軍が沖縄に基地を持つことによって果たしている役割は何か、三つ目に、米軍はその基地を利用してどの範囲で軍事行動ができるのか。極めて愚直な質問ですが、ばかにするなと言わないで、素直に答えてください。これは防衛施設庁長官からお答えください。

河相政府参考人 お答え申し上げます。

 米軍が何に基づいて沖縄で基地を使用しているのか。その基本は安保条約でございまして、安保条約第六条で、我が国それから極東の平和と安全のために米軍は施設・区域を使用できるという、基本はここに基づいているということかと思います。

 そして、どういう範囲での活動が許されるかということにつきましては、これも安保条約の関連条項がございます。さらに、より具体的、詳細なことでいえば、地位協定に規定されている範囲のもとで活動が許されるということでございます。

 三点目に、沖縄にいる米軍というものがどういう役割を果たしているかということは、安保条約六条でどういう目的のために使用できるかということともちろん裏腹の関係にあるわけでございますけれども、我が国それから極東の平和と安全のため、安定のため、こういうために存在し、活動し、我が国そしてひいては極東の平和と安定のための役割を果たしているというふうに認識をしているところでございます。

仲村委員 ただいまの答弁について言っておきたいことは、確かに在日米軍基地は安保条約第六条に基づくものであるが、しかし、沖縄の米軍基地は、日米安保条約とは全く関係なく、昭和二十年の沖縄戦で米軍が占領して、まさに略奪的に県民の土地を奪い取ってできていて、その状態が六十二年間も続いているということを忘れてはならないと私は思います。安保条約とは全く関係なく、昭和二十年の米軍の占領によって県民の土地を取り上げたということを忘れてはならないと思います。

 第二に、沖縄の米軍基地は日本の平和と安全のためという点については、なぜ日本全体の平和と安全のために沖縄県民だけが在日米軍基地の七五%を六十二年間も押しつけられているのか、そしてその状態はいつまで続けるつもりか、その辺が私たちにはどうしても理解できない。なぜ日本全体の平和のために沖縄県民だけ七五%の基地を押しつけられなければならないのか。

 今回の米軍再編で嘉手納以南の土地を千五百ヘクタール返すと言っていますが、一%から二%しか減らない。それでも七三%ぐらいは残るわけですよ。しかも、全面返還するといっても、これは早くて二十年後の話だと思うのであります。

 安保条約六条で極東の平和のためという点について、今現在沖縄の米軍は、アフリカや、アフガンであろうがイラクであろうが、世界の至るところの戦闘に沖縄の基地から出撃をしている点、日米安保条約の極東平和のためという、全く条約をないがしろにした米軍のやりたい放題なことを我が国は放置している点を私は厳しく指摘したい。

 この点について、そうでないということであれば言ってください。

河相政府参考人 お答え申し上げます。

 安保条約第六条で、御指摘のとおり、日本の安全に寄与し、並びに極東における国際の平和及び安全の維持に寄与するために、施設・区域、基地を使用することが許されるということでございます。

 片や、軍隊の持っております性質ということからして、必要に応じて軍隊は移動するということがございます。ずっと沖縄に基本的に駐留をしている米軍があるわけでございますけれども、必要に応じてそれは移っていく。先生も御承知のように、イラクでの状況が生じた際に、沖縄から海兵隊が約五千名イラクの方へ移動したということでございまして、これは安保条約の規定と背馳するものではないというのが政府の見解でございます。

仲村委員 一昨年、普天間にヘリが落ちた。その後そのヘリは、五十機ぐらいかな、イラクに行った、移動したというんです。こんなへ理屈が通りますか。昔だったら事前協議の対象になるんじゃないですか。そういったことが全部なし崩しにされている。極東の平和という、六条の極東条項が全部ないがしろにされている点について、私は厳しく反省をしてもらいたい、こういうふうに思います。

 次に、最近、防衛庁を中心に、政府の中で盛んに、海上案が挫折したのは地元沖縄県が協力しなかったためだと宣伝していると言われています。現に私も何度か有力な議員の方から、沖縄は協力していないということを言っていることを聞いております。果たしてそうなのか。ここではっきり検証しておかないと、県民のこけんにかかわる問題であると私は思っております。

 海上案の決定は、SACO合意を受けて、稲嶺知事と前の岸本名護市長は、政府の強い要請にこたえて、辺野古の海上に普天間代替施設を建設するという苦渋の決断をした。そして政府は、平成十一年十二月二十八日に海上案についての閣議決定をした。間違いないですね。

 また、政府は、閣議決定に基づき代替施設協議会を設置し、その決定によって、代替施設協議会は、防衛庁から示された三工法八案の中からさきの海上案の場所を決めたわけであります。

 そして、事業実施主体である防衛施設庁は、工事実施のために、平成十五年十一月十七日に沖縄県に対し公共用財産使用協議書を提出いたしました。これに対し、沖縄県は早速その手続に着手、平成十六年四月七日、わずか五カ月でこの協議書に同意したために、那覇防衛施設局は、平成十六年九月九日には現地調査に着手したのであります。沖縄県も、この政府の方針に呼応して、平成十六年十一月二十九日にこの方法書に対する知事の意見書を提出し、県は行政上の必要な手続に全面的に協力をしてきているのであります。

 今私が言ったことに間違いがあるのか、答えてください。

北原政府参考人 仲村先生に御答弁申し上げます。

 今、仲村先生が普天間飛行場の移設、返還に係ります経緯につきましてお話をされました。私どもといたしましては、基本的には先生がおっしゃったとおりだ、そのように考えております。

仲村委員 ここで言っておきますけれども、反対派の工事妨害者が現場に入り、けがをした。しかし、事業施行者である政府は、このような公務執行妨害を警察あるいは海上保安庁に排除させるべきだったが、全くそれがなされていない。これは事業実施主体の防衛庁としても非常に重大な責任だと厳しく指摘したい。このように事業実施にみずからの任務、役割を怠っていて、政府はみずからの責任を棚に上げて、沖縄県は協力をしなかったとは何事か。

 この点についてどうですか。弁解でもいいから、もう一度答えてください。

北原政府参考人 御答弁申し上げます。

 普天間の代替施設の建設、その一番大前提の考えは、やはり危険である、その危険の除去ということだと思います。それにつきまして、国また沖縄県並びに自治体、同じ考え方だと思います。

 そうした中で、SACOに基づく普天間代替施設というのが、沖縄県も入っていただき、政府も一緒になって策定し、進めてきたところでございますが、それぞれどちらが悪かったとか、そういうことじゃないと思います。それぞれがそれぞれの立場で連携をとりながら全力を尽くしてきた。ただ、結果としてこのように十年間とまっていた。

 そうした中で、先生御指摘の、十六年の八月にヘリコプターが沖縄国際大学に落ちた。これは本当にこの危険の除去を急がなければいけないということで、今回、政府としての新しい案ができ、また、この案をつくるまでに沖縄県また名護市あるいは宜野座村と御協議をし、上空は飛ばないでくれといった観点から、このV字案というものができたわけでございます。

 私どもといたしましては、これからも、沖縄県初め関係自治体そして国が一体となって、一日でも早い普天間飛行場の危険の除去といったことに全力を尽くしてまいりたい、そのように思っております。

仲村委員 防衛庁が、沖縄県は協力しなかったしなかったということを大いに悪宣伝しているということは間違いないんです。ことしの一月に沖北が沖縄視察をしたときに、知事を前にして、ある議員が言ったでしょう、沖縄県は協力していないと。そういうことを、この海上案を廃止したことについて沖縄県のせいにするというのは全くけしからぬ話であると私は思っております。

 次に、去年の夏ごろ、ある日突然、埋立予定地の海底調査をするために何カ所かに組み立てられていた足場のやぐらが撤去されました。私たちは一体これはどういうことかと首をかしげていたら、間もなく、それを実施するために血のにじむような思いで頑張っていた当時の防衛施設庁長官山中昭栄さんのほか、その仕事に協力していた何名かが首をはねられたのです。そのとき山中前長官は、これだけ一生懸命したことがあだとなってやめさせられましたと、涙を流して私のところにあいさつに来ていました。

 私がそのときに直観的に思ったことは、小泉総理は、小泉内閣は、海上案ではだめだということかと思ったのです。それは、平成十六年十一月に、2プラス2に日本側から提案する骨子を総理のところに説明に行った当時の防衛局長に総理は何と言ったかというと、海上案なんかやめてしまえ、こういうことを言ったということが新聞で報道された。その後の委員会で僕がそれを追及したら、そんなことはありませんと。だから、私はそのときに、火のないところに煙が立つのか、こういうことを言ったわけであります。まさにこれは、小泉総理の、海上案はやめてしまえということが今回の状態になっている。

 その後、総理は、参議院での委員会でも、何度となく海上案の見直しを表明されましたよね。わかるでしょう、みんな新聞で報道されています。まさに今回の閣議決定で決まった普天間代替施設の辺野古沿岸案は小泉総理の政策変更であって、沖縄県が協力しなかったので変更したということは事実に反することだ。

 今回の辺野古沿岸に変更したのは沖縄県が協力しなかったためではないということを、防衛施設庁長官から再度はっきりと答弁していただきたいと思います。

北原政府参考人 御答弁申し上げます。

 先ほど来申し上げておりますけれども、沖縄県また関係自治体、国、一体となりまして、普天間飛行場の一日も早い危険の除去ということに努めてきたわけでございます。

 そうした中で、先ほど申しましたが、それぞれが努力をしてきたわけでございますけれども、十六年八月にああいったヘリコプターの事故が起きた。これはもう本当に一刻も猶予はならないということで今の案になったわけでございますので、我々といたしましては、これから本当に、将来いつまでも今の状況がいいということは絶対ないわけでございますので、一体となりまして、一日も早い代替施設の建設に努めてまいりたい、そのように考えております。

仲村委員 次にもう一つ、これも盛んに防衛庁を中心に政府内で、沖縄県はずるい、金ばかり取って協力はしない、けしからぬ、こういうことを言っていることが県内でも専らの話ですよ。

 多分このような考え方からだと思うが、今回の閣議決定により、北部振興事業の根拠となった平成十一年の閣議決定は廃止と決定した。今回廃止と決定した北部振興策を決定した当時の青木官房長官は、平成十二年三月二十四日の沖縄及び北方特別委員会で上原康助議員の質問に答えて、閣議決定された北部振興策は、普天間飛行場の移設と同時に、沖縄県全体の均衡ある発展を図るという視点から、平成十二年以降十年間で実施する、こういうことを決定いたしましたというふうに答弁しております。今回、平成十一年の閣議決定を廃止するということは、防衛庁初め政府内で、沖縄県はずるい、金ばかり取って協力はしないということからだと私は思う。

 沖縄はずるいのか、金ばかり取って協力はしなかったのか、この点について、小池大臣と防衛施設庁長官から明確に答えていただきたい。

小池国務大臣 今御質問にありましたようなことにつきましては、私は聞き及んでおりませんし、そのことが原因で今回廃止ということになったとは承知をいたしておりません。

 ましてや、私は、閣議決定後の発言にありますように、地元の理解と協力が不可欠であるということ、それから十八年度並びに十九年度の概算要求などについてはこれからも調整していくという旨を述べたところでございまして、今おっしゃった件については承知をしておりません。

北原政府参考人 私ども防衛庁、防衛施設庁も政府の一員であります。今、小池大臣が御答弁されたのと全く同じでございます。

仲村委員 これは私たちの耳にもう頻繁に入ってくるんですよ、沖縄県はずるい、金ばかり取って協力はしなかったと。自分たちの責任を棚に上げて、海上案ができなかったのを沖縄県のせいにする、全くけしからぬ話だと私は思います。皆さんが今回沿岸案に決めたといっても、これがスムーズにいくかどうかというのを私たちは見きわめたいと思います。

 沖縄県にいろいろ基地を押しつけておきながら、金ばかり取ってずるいという意見、これは本当に沖縄県をばかにした話だ、こういうふうに思います。そういうふうなことを言うんだったら、すべて沖縄から基地を取ってください。のしをつけて上げますよ。そのぐらい、沖縄県に七五%の基地を押しつけておきながら、こんなことがよくも、冗談でも口から出てくるのかねと私は厳しく指摘をしておきたいと思います。

 次に、平成十一年の閣議決定に基づく北部振興策は、平成十二年から十年間ですからあと三年残っているのに、平成十八年で打ち切ると言っている。その存続に反対しているのは、防衛庁の幹部が非常に主張しているということも新聞で報道されているんです。この事実を防衛庁から、そして小池大臣は本当にこれでよいと思われるのか、お答えください。

小池国務大臣 先ほどの答弁と重なりますけれども、十八年度、今年度の予算執行、十九年度概算要求など、適切に対応していくということを何度か申し上げているわけでございます。

 これからも、北部の地域の均衡ある発展ということは変わりなく大きな観点でもございます。また、地元の声、要望なども聞きながら進めてまいりたいというのが私どもの考え方でございます。

大古政府参考人 お答えいたします。

 従来の政府方針に基づく普天間飛行場の移設の方針につきましては、今般の閣議決定により変更されたわけでございます。そういう意味で、従来の政府方針を今回の閣議決定で廃止することといたした上で、地域振興につきましても、今後、沖縄県及び関係地方公共団体と協議機関を設置して協議し、対応することを政府として決定したところでございます。

 防衛庁としても、こうした考え方に従って対応してまいりたいと考えているところでございます。

仲村委員 しかも、前回の閣議決定で北部振興策が決められた、これは防衛庁の方で実施する仕事じゃないんですよ、内閣府がやるべき仕事です。これを防衛庁が勝手に切られるものではないと私は思っております。そういう点をしっかりひとつ防衛庁は反省していただかなければならないということを強く指摘しておきたいと思います。

 今回の閣議決定で、新たな振興策については、沖縄県及び関係地方公共団体と協議機関を設置して協議して、対応するとされておるが、閣議決定後に防衛庁の考え方として報道されたことは、新たな地域振興のための資金は基地建設の進捗状況に応じて支払われる、工事が停滞すると凍結される方式を検討していると政府の強行突破の態度が示されております。これはよく公共工事などで使われる言葉で、出来高払いという考え方がありますが、そのような報道がなされております。

 この点について、防衛庁で実際に検討をされているのかどうか、明確に答えてください。

北原政府参考人 ちょっと報道の趣旨がわかりませんが、地域振興策につきましては、五月三十日の閣議決定に基づきまして、協議機関を設置して協議をすることになっておりまして、現時点で具体的な振興策については決まってはおりません。

仲村委員 これは幾つかの新聞に報道されておりますよ、進捗状況を見て振興策は出す、工事がとまったらとめる。皆さんの口から出ないのが新聞に出てくるわけないでしょう。大変な話だと思いますよ、出来高払い。

川内委員長 仲村先生、小池大臣に答弁を求めなくていいんですか。

仲村委員 これは防衛庁で言われた話だ。

 では、それについて、もしコメントがありましたら、お願いします。

小池国務大臣 特にないです。

仲村委員 次に、私は、五月三十日の安全保障委員会で、アメリカの軍需産業を専門に扱っている新聞に、現在普天間基地に配備されているCH53E大型輸送ヘリは老朽化が激しく、これ以上メンテナンスができなくなっていると報道されているので、その後継機はオスプレーが導入されることは間違いないと言ったんです。オスプレーは、先ほどからいろいろ指摘がありますように、米国内で事故を繰り返し、米国でも国民から怖がられている代物なんです。沖縄の基地に絶対にオスプレーの配備は許してはならないと言いました、五月三十日の安全保障委員会で。

 事もあろうに、私がこのことを五月三十日の安全保障委員会で言ったその翌日の五月三十一日に、在沖米軍トップのジョセフ・ウェーバー四軍調整官は、二〇一四年から二〇一六年の間にオスプレーが沖縄に配備されると発表しました。そうなると、今回の閣議決定で辺野古沿岸につくられる普天間代替施設が完成する時期に合わせての配備ということになる。名護市は絶対にこれを受け入れるとは思わないので、そうなると、名護市と確認した沿岸案の受け入れも白紙に戻るおそれがなきにしもあらずだ。

 このオスプレー配備について、明確に反対をすべきだと思う。これは先のことだからといって逃げないで、今の段階ではっきりと反対だと言うべきだと私は思います。

 先ほどからの答弁を聞いておりますと、米国に問い合わせたら、アメリカにそういう考え方はないと。それはイエスと言うはずはないですよ。明確に日本は、アメリカにいかなる事情があろうとも日本はこれを受け入れませんと拒否しておかなければならない、こういうふうに思います。日本はオスプレーの配備は絶対に認めない、私はこういう答弁をしてほしい。これは議事録に残したいわけですよ。できるかどうか、お願いします。

河相政府参考人 先ほども同趣旨の質問がございまして、それと重なる部分がございます。

 いろいろな報道については私ども承知しておるわけでございますけれども、外交ルートを通じて米側に照会をした結果というのは、先ほども答弁申し上げましたとおり、沖縄への配備については現時点において何ら具体的に決まっていないというのが米側から得ている回答でございまして、現在、そういう状況の中で、その先のことの議論ということは政府としては行っていないのが現状でございます。

仲村委員 ですから、アメリカは決めていないというふうに言っているかもしらぬけれども、私は、アメリカにいかなる事情があろうとも日本はこれは受け入れないということをしっかり、はっきりとしておかなければ、アメリカに問い合わせて、配備すると言っていました、配備しないと言っていました、こんなことで我々は納得するわけにはいきません。その点を明確に、日本はオスプレーの配備は反対だというふうに言っていただきたい、こういうふうに思います。

 あと一、二分残っておりますけれども……

川内委員長 答弁は求めなくていいですか、もういいですか。

仲村委員 もうどうせ同じ答弁の繰り返しになりますから。

 どうもありがとうございました。

川内委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後零時十分散会


このページのトップに戻る
衆議院
〒100-0014 東京都千代田区永田町1-7-1
電話(代表)03-3581-5111
案内図

Copyright © Shugiin All Rights Reserved.