衆議院

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第3号 平成20年4月10日(木曜日)

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平成二十年四月十日(木曜日)

    午前九時三十分開議

 出席委員

   委員長 藤村  修君

   理事 井上 信治君 理事 石崎  岳君

   理事 仲村 正治君 理事 西野あきら君

   理事 西銘恒三郎君 理事 松木 謙公君

   理事 三井 辨雄君 理事 丸谷 佳織君

      安次富 修君    井脇ノブ子君

      飯島 夕雁君    石原 宏高君

      亀岡 偉民君    清水清一朗君

      谷畑  孝君  とかしきなおみ君

      中根 一幸君    平口  洋君

      牧原 秀樹君    山崎  拓君

      若宮 健嗣君    市村浩一郎君

      加藤 公一君    仲野 博子君

      江田 康幸君    赤嶺 政賢君

    …………………………………

   外務大臣         高村 正彦君

   国務大臣

   (沖縄及び北方対策担当) 岸田 文雄君

   外務副大臣        小野寺五典君

   政府参考人

   (内閣府政策統括官)   原田 正司君

   政府参考人

   (内閣府沖縄振興局長)  清水  治君

   政府参考人

   (内閣府北方対策本部審議官)           佐久間 隆君

   政府参考人

   (外務省北米局長)    西宮 伸一君

   政府参考人

   (外務省欧州局長)    原田 親仁君

   政府参考人

   (財務省理財局次長)   藤岡  博君

   政府参考人

   (文部科学省大臣官房審議官)           布村 幸彦君

   政府参考人

   (農林水産省大臣官房審議官)           道上 浩也君

   政府参考人

   (農林水産省大臣官房参事官)           原口 和夫君

   政府参考人

   (農林水産技術会議事務局研究総務官)       小栗 邦夫君

   政府参考人

   (環境省大臣官房審議官) 黒田大三郎君

   政府参考人

   (環境省地球環境局長)  南川 秀樹君

   政府参考人

   (防衛省防衛政策局次長) 松本隆太郎君

   衆議院調査局第一特別調査室長           金澤 昭夫君

    ―――――――――――――

委員の異動

四月十日

 辞任         補欠選任

  飯島 夕雁君     牧原 秀樹君

  橋本  岳君     石原 宏高君

  馬渡 龍治君     井脇ノブ子君

同日

 辞任         補欠選任

  井脇ノブ子君     亀岡 偉民君

  石原 宏高君     橋本  岳君

  牧原 秀樹君     飯島 夕雁君

同日

 辞任         補欠選任

  亀岡 偉民君     馬渡 龍治君

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 政府参考人出頭要求に関する件

 沖縄及び北方問題に関する件


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     ――――◇―――――

藤村委員長 これより会議を開きます。

 沖縄及び北方問題に関する件について調査を進めます。

 この際、お諮りいたします。

 本件調査のため、本日、政府参考人として内閣府政策統括官原田正司君、内閣府沖縄振興局長清水治君、内閣府北方対策本部審議官佐久間隆君、外務省北米局長西宮伸一君、外務省欧州局長原田親仁君、財務省理財局次長藤岡博君、文部科学省大臣官房審議官布村幸彦君、農林水産省大臣官房審議官道上浩也君、農林水産省大臣官房参事官原口和夫君、農林水産技術会議事務局研究総務官小栗邦夫君、環境省大臣官房審議官黒田大三郎君、環境省地球環境局長南川秀樹君及び防衛省防衛政策局次長松本隆太郎君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ございませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

藤村委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

藤村委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。仲村正治君。

仲村委員 皆さん、おはようございます。

 岸田大臣、高村大臣の所信を聴取いたしまして、早速その所信に対する質疑をやるべきでありましたが、なかなか日程の調整ができませんで、きょう、その日を迎えたことを大変うれしく思います。

 昭和二十年八月十五日に戦争が終わってから、ことしは六十三年がたちました。去る大戦では、全国民が筆舌に尽くしがたい犠牲をこうむり、私は、あの悪夢のような戦争を二度と繰り返すことがあってはならない、こういうふうに思います。

 特に沖縄県は、全国唯一の地上戦が九十日間も続き、沖縄本島周辺を取り囲む南北三百キロの海域をすき間なく取り巻いた何百隻もの米軍の軍艦からは、昼となく夜となく、雨あられのように撃ち込んでくる艦砲射撃、空からは、航空母艦から入れかわり立ちかわり二十機、三十機と編隊を組んで空一面を覆い隠すように飛んでくる戦闘機から爆弾をばらまき、また、上陸した米軍は、迫撃砲や火炎放射器、あるいは機関銃、さらに自動小銃での攻撃は、我が日本軍が全く予想だにしなかった新兵器と物量作戦をもっての攻撃は、まさに鉄の暴風そのものでありました。

 そのため、九十日間で二十万余の戦死者を出し、死体累々と折り重なる地獄の修羅場の状態の中で、沖縄県全体が灰じん、瓦れきの焦土と化してしまいましたが、その中で辛うじて生き残った県民は茫然自失の状態で、立ちすくんでいるところに沖縄を占領した米軍の占領統治が始まり、それが二十七年間も続きました。しかし、沖縄県民の不屈の闘いで祖国復帰をかち取ってから、ことしは三十六年になっております。

 政府は、沖縄県民の戦争中の悲惨な犠牲と、二十七年間の占領統治の中で発生した荒廃した社会の被害と犠牲を早急に解決し、日本全体が高度経済成長期に目覚ましく発展した状態に比べて社会各般の惨たんたる格差を是正すべく、沖縄振興開発特別措置法を制定し、十年を区切りで三期三十年間、同法に基づく振興計画を策定し、昭和四十七年から平成十四年まで、沖縄の戦中、戦後の犠牲を着実に解決し、さらに社会資本整備のおくれを取り戻す施策を積極果敢に実施したために、社会の各分野の格差はおおむね解消し、今では、道路、港湾、空港、学校等々の社会資本整備は目覚ましく整備されました。県民も、政府の御高配に対しては深く敬意と感謝の念を持っています。

 しかし、これで沖縄の戦後処理は全く終わったとは言えません。まず第一に、戦争中、旧日本軍が飛行場建設のために強制接収した土地問題や、さらに米軍の占領統治の中で米軍が勝手気ままにつくった米軍基地、それは全在日米軍基地の七五%の過重負担を強いられておりますが、その解決こそが最大の戦後処理であって、米軍基地が沖縄振興開発の大きな阻害要因となっているということであります。

 このように、占領状態の延長線上の米軍基地の整理縮小こそが最大の戦後処理だと思っていますが、この点について、高村外務大臣と岸田大臣の御所見をお伺いしたいと思います。

岸田国務大臣 今、仲村委員から御指摘がありましたように、沖縄県におきましては、さきの大戦におきまして大変悲惨な地上戦を経験され、筆舌に尽くしがたい苦難を経験されたわけであります。そしてその後、アメリカの統治下を経て本土復帰を果たされたわけですが、その後も、日本にあります米軍施設の七五%がこの沖縄県に存在する、大変な負担を県民の皆様方におかけしているということ、これは我々しっかりと認識をしていかなければいけない、日本国民全体でこの認識をしっかり持っていかなければいけないと考えております。

 この基地負担の軽減の問題、沖縄県の自立型経済の確立のためにも、また県土の均衡ある発展のためにも、これは大変重要な課題だと認識をしております。政府としましても一丸となってこの負担軽減のために努力をしなければいけない、このように認識をしております。

高村国務大臣 委員がおっしゃるように、戦中、戦後、今日に至るまで沖縄県民に大変な負担をかけているということを大変申しわけなく思っておりますし、その負担を少しでも軽減するために、基地の整理縮小、これはしっかりと取り組んでいかなければいけない課題である、こういうふうに思っております。

 市街地の真ん中にある普天間基地をまず移転する、そして、海兵隊員八千人をグアムに移転する、そして嘉手納以南の基地の整理縮小、こういったことも、既に決まっていることをきっちりやっていくということ、まずやらなければいけないことだ、こういうふうに考えております。

仲村委員 今、両大臣から、沖縄の戦後処理はまだ終わっていない、特に全在日米軍基地の七五%を沖縄に背負わされていることについては、その整理縮小は最大の戦後処理である、こういう感じの答弁をしていただきました。

 政府は、沖縄の戦後処理がすべて解決したと考えていないところから、三期三十年間の振興計画に引き続き、平成十四年三月に新しい沖縄振興特別措置法を制定し、同法に基づく振興計画が毎年着実に実施されていますが、同法に基づく振興計画は、過去の三十年間も同様でありましたが、沖縄県知事が原案を策定し、そして内閣総理大臣が決定する、こういうことになっているわけであります。

 平成十四年七月に策定された沖縄振興計画の第二章「振興の基本方向」の三項の(6)「県土の均衡ある発展と基地問題への対応」の最後に「沖縄における不発弾処理や旧軍飛行場用地など戦後処理等の諸問題に引き続き取り組む。」となっている点に関連する質問であります。この点は、まさに米軍の占領統治の中で、米国民政府布告第三十六号をもって沖縄県民の権利を奪い取って発生した問題であります。

 この問題は、戦争末期の昭和十八年十月以降昭和十九年にかけて、旧日本軍が土地代を払わぬまま強制接収した土地を米国民政府が不当な圧力をもって国有地化した問題で、これまた未解決の重要な戦後処理であります。

 関係地主は、復帰後も土地代の支払いを政府に要求し続けてきましたが、実現せず、困っていましたが、今回、未解決の戦後処理に引き続き取り組む、振興計画の中にこういうことが明記されましたので、戦争末期、旧日本軍が有無を言わさず、しかも土地代を払わずに強制接収した土地問題を、この際解決すべきであると私は考えております。

 しからば、なぜこのようなことが起こったかというと、我が旧日本軍は、米軍の攻撃に備えて沖縄県内に、昭和十七年から昭和十九年までに、飛行場だけでも沖縄本島に八カ所、宮古に三カ所、八重山に四カ所、南大東に一カ所、合計十六の飛行場をつくるために、県民の農地を強制接収しました。確かに昭和十八年の前半までは土地代を払いましたが、昭和十八年後半からは全く土地代を払わずに接収したのであります。

 現在の那覇空港は、当時、小禄海軍飛行場と言っていました。最初にできたのは昭和七年で、滑走路もわずか七百メーターぐらいのものでありましたが、その後、逐次拡張され、特に大東亜戦争が始まった昭和十六年、十七年、十八年、十九年と、次々と拡張されました。確かに昭和十八年の前半まではちゃんと土地代を払って接収していますが、昭和十八年後半から拡張した部分は、部落の事務所、いわゆる当時の字の事務所を倶楽部と言っていましたが、そこに関係する地主を集めて、ここからここまでは飛行場を拡張せぬといかぬので農作物をいついつまでに処分せよ、こう言って、土地代も払わずに強制接収したのであります。

 ここに、当時の佐世保海軍建築部長が昭和十八年八月十七日に沖縄県知事にあてた、土地を強制接収せよとの通達の文書があります。これでございます。「昭和十八年八月十七日 佐世保海軍建築部長 沖縄県知事殿」、こういうふうな文書があります。まず、用地買収は七十四万四千平米、予算は別途通知する、補償は建築物の移転料と耕作物補償のみ、その他一式と。なお、場所は、飛行場北方及び西方の支障物移転は十月下旬までにやれ。(パネルを示す)これが、北方というのは鏡水側、これは鏡水です。西方というのは大嶺側。この部分を昭和十八年八月十七日の通知で強制接収したんです。

 そういうことで、用地買収は別途通知する、そして補償は住宅の建築移転料と農作物補償だけ、接収場所は飛行場の北方すなわち鏡水側と西方の大嶺側で、農作物の撤去は十月下旬までに完了せよ、こういうことになっているわけであります。このように、土地代を払わずに強制接収した土地が現在国有地になっている。

 さらに、もう一つここに、昭和二十年一月三日にアメリカのB29が撮った写真があります。

 確かに、一月一日から五日まで毎日B29が来ました。一万メートル上空から音だけ聞こえたんです。攻撃はしておりません。その写真で撮ったのが、この飛行場の状態です。今私が言った飛行場北方というのは、この一帯です。西方というのはこの一帯です。これを強制接収しろという、先ほどの佐世保建築部長からの通知が来ているわけであります。こういう状態で、もう有無を言わさずこれはとったわけです。戦争に勝つためにということで、みんな文句一つ言わずに国に協力をしたわけであります。

 このような形で、土地代も払っていない土地がなぜ今国有地化されたかというと、戦争で沖縄県の土地登記所や市町村役場が焼き払われてしまって、土地台帳も土地の地籍図もすべて焼却されてしまいました。戦後、沖縄を占領統治していた米国民政府は、布告第三十六号をもって市町村長に土地調査を命じ、戦争前の所有者の申告に基づいて地図作成をしろ、こういう命令をして、その中で、米国民政府は、旧日本軍が接収した土地の所有権申請は絶対に受け付けるな、もし米国民政府の通達に違反してそれを受け付けたら厳罰する、こう言って、米国民政府の調査員、カワカミという日系二世の兵隊を、毎日この市町村の土地調査をしているところに回したんです。

 だから、地主は、十八年後半以降は土地代を取っていないから受け付けろ、しかし、字の土地委員は、これは厳罰すると言っているから済まぬけれども我慢してくれ、そういう押し問答をしたけれども、結局は、米国民政府の厳罰をするということに土地委員は同意せざるを得なくなって、所有権申告が認められずに泣き寝入りさせられたのであります。それは、米国民政府が昭和十八年前半以前の土地代を支払いした部分と、昭和十八年後半以降の土地代を払っていない部分、その部分を一緒くたに土地委員に命令したものですから、土地代を取っていない部分も全部国有地化されたわけであります。

 現在の那覇空港の面積は三百二十六万九千七百三十五平米あります。今でもその大半は民有地です。しかし、そのうち国土交通省の所有地は六十七万二千二百九十八平米であります。六十七万二千二百九十八平米、二十万坪ぐらいですね。この中に、いわゆる今私が指摘をした、昭和十八年八月十七日以降に土地代を払わずに国有地化された土地も含まれている、こういうことになっているわけであります。

 しからば、なぜ米軍はそのようなことを押しつけたかというと、旧日本軍が接収した土地を無条件で米軍基地として使用したいがためであったことは明々白々であります。なぜなら、昭和十八年後半から昭和十九年にかけての同時期に飛行場建設のため強制接収した土地でも、当時米軍が使用していなかった西原の小那覇飛行場、それから豊見城の与根飛行場、首里の石嶺飛行場、浦添の仲西飛行場、そこは所有権申請を認めたんです、米軍が使っていないから。その今の仲西飛行場は後でキャンプ・キンザーになったわけですが。

 そのようなことから、財務省の理財局が、昭和十八年後半以降に土地代を払わずに旧日本軍がつくった飛行場の土地が国有地であるというなら、なぜ今私が言った西原や豊見城や仲西などの飛行場は国有地でないのか、その違いはどこにあるのか。これを財務省は答えていただきたいと思います。

藤岡政府参考人 お答え申し上げます。

 御指摘の旧軍飛行場用地につきましては、昭和四十八年以降、当時の大蔵省におきまして、可能な限りの調査を行いまして、昭和十八年から十九年に、司法上の売買契約という正当な手続により買収したものであるとの調査結果を取りまとめ、昭和五十三年、衆議院予算委員会等に御報告申し上げたところでございます。

 また、裁判所におきましても、旧嘉手納飛行場、それから御指摘の旧那覇飛行場における旧軍買収用地につきまして、旧地主から提起されました土地所有権確認等請求訴訟の判決におきまして、具体的には、嘉手納につきましては平成七年の最高裁判決、また那覇につきましては昭和五十六年の福岡高裁判決でございますが、これらの判決におきまして、司法上の売買契約により正当な手続を経て国に買収され所有権は国が取得しているものと認められているところでございます。

 以上が私どもの申し上げるべき経緯でございます。

仲村委員 全くでたらめな答弁ですよ。

 どこに、買収契約をしてその土地代を払って国有地になったという、これは資料を出してください。できますか、あなた。できますか。

藤岡政府参考人 旧軍那覇飛行場につきまして申し上げます。

 手元に昭和五十六年十一月十日の福岡高等裁判所の判決がございます。ここで、るる旧地主等の御主張を受けまして裁判手続がなされたわけでございますが、それにつきましても、最終のところでございますが、「売買に必要な書類を提出し買収(任意売買)の手続を一切すませていたものと推認するのが相当である。」との判決をいただいているところでございます。

仲村委員 ここに、先ほど示したように、佐世保海軍建築部長が昭和十八年八月十七日に土地代は払わないというふうに書いた通知が来ているんじゃないですか。私は全体がそういうことであるとは言いませんよ。この地図から見ても、この辺は全部払われているんです、このマーカーでやった部分が、昭和十八年後半、十九年にかけて接収したんです。これは、佐世保海軍建築部長が言っているように、土地代は払われていないということなんです。これを全部一緒くたに皆さんは国有地化したと。

 僕がいつこの地域は国有地になったかと言ったら、昭和四十七年五月十五日。昭和四十七年五月十五日といえば、沖縄が復帰した日ですね。その日に財務省に土地を売った人がいますか。答弁してください。

藤岡政府参考人 繰り返しのお答えでございますけれども、これは従来、本院におきまして、また仲村先生からもそのようなお尋ねがあったと承知しておりますし、その際も政府参考人からそのような趣旨のことを申し上げておるところでございますけれども、沖縄において、戦時中旧軍が取得しました土地につきましては、そのときに司法上の売買契約により、正当な手続を経て国有財産になったものと私どもも判断しているところでございます。

仲村委員 私は、全部がそうだとは言いませんよ。この辺、昭和十八年前半部分は全部払われているんです。佐世保建築部長が言った、昭和十八年後半から十九年にかけて接収した分については土地代は払っていない。

 私は、昭和十九年四月に旧制中学に入って、二カ月ぐらいは勉強させられた。しかし、六月ごろからは毎日動員されて、ここの、滑走路の埋立工事をした。ここは海抜が二メーター足らずの地域ですから、地下水位が高いんです。だから、普通の土を持ってきて埋めては全部めり込んでしまうので、ここに排水をあけてその地下水を吐かすことによって、そしてこの海のビーチコーラル、これを県内から徴用した馬車百台ぐらいで砂利を運んで、ここの埋立工事を私たちはやったんですよ。

 そういうことを目の当たりにしている立場から、皆さんのこのでたらめな答弁を許すわけにはいかない。

 昭和四十七年五月十五日といえば沖縄が復帰した日です。私は、皆さんが繰り返し繰り返しそういうようなことを言うものですから、三月二十四日に沖縄の法務局に行ってその土地の閲覧をしてきた。そうしたら、閲覧をしたら、鏡水前原二百十番の一、四万三千九百十七平米、それから大嶺の長山原三百八十七番が三十一万三千十四平米、大嶺の後原三百八十二番が十八万八千九十二平米、大嶺白尾原の三百八十三番が十五万九千四百七十四平米、このようにして小字が一筆になっている。戦前こんな土地がありますか。

 もし皆さんが、土地代を払って買った、だれから買って、大体一筆一筆の土地は三百坪から五百坪、千坪です、これらの土地を買って、いつ合筆をして、このように小字が一筆になっているか、これは証明する責任があるんじゃないですか。できますか。

藤岡政府参考人 御説明申し上げます。

 太平洋戦争におきましては、地上戦がなかった宮古島、石垣島につきましては、公図、登記簿が残されており、その登記簿には売買当時の所有権が一筆ごとに、国による取得が記載されております。

 他方、地上戦の行われました沖縄本島及び周辺離島におきましては、戦禍により公図、登記簿が失われ、このため、戦後の土地所有権認定作業の結果、国有地と判断された土地につきましては、小字ごとに一括して国有地として表示されているわけでございます。

 もう先生一番よく御存じでいらっしゃいますが、少しく説明を加えさせていただきます。昭和二十一年から二十六年にかけて行われた所有権認定作業におきまして、各市町村ごとに組織された土地所有権委員会で行われ、土地所有権証明書の交付に当たりましては、三十日間の一般の縦覧に供し、この間に異議申し立てができるとともに、土地所有権証明書交付後でございましても、土地の所有権の主張は巡回裁判所に訴えを提起して行うことができるような手続があったようでございます。

 いずれにいたしましても、ただいま申し上げたような経緯でございますが、もともとのそういった手続の中で、旧米国施政下におきまして土地登記簿の整理が行われたわけでございますが、閉鎖登記簿におきましても、表題部の所有者欄に日本政府あるいは海軍省と記載されているものと私どもは承知しているところでございます。

仲村委員 私が言ったように、昭和十八年前半以前、これは那覇空港に関係する地主の皆さんも土地代は取ったと。しかし、佐世保海軍建築部長から来た通知の後、昭和十八年後半、十九年にかけて接収したこの部分については土地代は取っていない、これにちゃんと、土地代は後日通知するとここに書いてありますが、差し当たり補償するのは建物の移転料だけですよ。

 そういうような形で、なぜ土地代を払った場所と払っていない場所が一緒くたにされているかというと、米国民政府がその区別をわかるわけないと、だからこの地域の所有権申請を受け付けさせなかった。それで、この地域の人たちはそのとばっちりを受けているわけであります。戦後も復帰後もずっと土地代支払いを要求し続けてきたが、それがかなわず今日に至っているわけであります。

 そこで、平成十四年三月に新しい沖縄振興特別措置法ができまして、その振興計画の第二章「振興の基本方向」の三項(6)「県土の均衡ある発展と基地問題への対応」の最後に「旧軍飛行場用地など戦後処理等の諸問題に引き続き取り組む。」こういうことを書いてあるじゃないですか。これは、土地代を払っていない、未処理の戦後処理であるということが明々白々じゃないですか。この振興計画に書かれている。

 そういうことで、旧軍飛行場用地など戦後処理の諸問題に引き続き取り組むとなっておりますので、これは、復帰後、長年の懸案が稲嶺前県知事の並々ならぬ御努力によってようやく日の目を見ることになった、こういうふうに私は考えております。

 しかし、個人個人の土地代を補償するのではなくて、旧軍に強制接収されたが土地代を受け取っていない地域に対して団体補償として措置をするという説明を沖縄県の方から受けているのであります。

 そこで、旧小禄海軍飛行場、現在の那覇空港北方地域の字鏡水前原を中心とした旧軍飛行場関係地主会と空港西方の字大嶺長山原ほかの地主会、無償で土地を接収された字鏡水旧軍飛行場用地問題期成会と字大嶺地主会などは、さきに述べたとおり、沖縄振興計画の第二章「振興の基本方向」三項(6)を踏まえて、那覇市や沖縄県とも、団体補償の場合どういう事業が沖縄振興法の振興計画として沖縄県知事から予算要求ができるのかという意見交換を今までずっと重ねてきております。

 字鏡水旧軍飛行場用地問題期成会は、近日中にこれについての意見集約をして沖縄県に提出をし、沖縄県知事から沖縄振興特別措置法に基づく沖縄振興計画として国の方に提出させる段取りになっているのであります。

 そこで、内閣府として、岸田大臣や清水振興局長から明確に、その対応をどのようにするか、お尋ねをしたいと思います。

岸田国務大臣 まず、ただいま仲村委員のお話、大変興味深く聞かせていただきましたし、いろいろなことを考えさせられました。大変貴重な御指摘をいただいたというふうに考えております。

 そして、旧軍飛行場用地問題につきましての内閣府のスタンスですが、内閣府は、沖縄振興計画の取りまとめやフォローアップを行うという観点、総合的な窓口として沖縄県からの報告を伺うなど、この問題につきましても重大な関心を持って見守っていたところであります。

 そして、今御指摘のように、さまざまな関係者の皆様方がいろいろな検討や議論を積み重ねておられます。その議論の結果につきましては、沖縄県の方から取りまとめられました具体的な提案が行われた場合、ぜひこの提案の内容を十分しっかりと精査させていただきまして、そして、将来に向けてどのような対応ができるのか、これをしっかりと検討していきたいというふうに考えております。

 沖縄県を通じましてしっかりとお話を伺った上で、何が可能なのか、しっかりと検討していきたいと内閣府では考えております。

清水政府参考人 お答え申し上げます。

 大臣が申し上げましたように、総合的な観点からの窓口として、この問題について十分関心を持って見守りつつ、県からの具体的な取りまとめられた提案が行われました場合には、その内容を十分検討してまいりたいと考えているところでございます。

仲村委員 今、岸田大臣それから清水振興局長から前向きな御答弁をいただいております。感謝いたします。

 これらの土地は、先祖伝来持っていた土地もあるし、あるいは、耕す土地がなくて、フィリピンやサイパン、テニアン、あるいはハワイ、ブラジル、ペルー、その辺に出稼ぎをして、十年でにしきを飾って帰ってきて、ようやく千坪、千五百坪の土地を買って農業経営をして営みができるような状態の人たちがいっぱいいるんですよ。そういうことを考えると、この人たちは、もう子供の時代になっているんですが、あきらめるにもあきらめられない、しかし、こういうふうに法律でなった以上これに基づいてやるしかない、こういうふうに考えているのであります。

 この人たちが出稼ぎに行くときの那覇港においての見送り、家族は旅費も借りて行かせておりますから、見送るときのあのかけ声、何と言ったと思いますか。手紙は後でいいから金から先に送れよ、こういう声をかけて送ったんです。そのような形で出稼ぎをして、帰ってきて求めた土地がこのような形で接収されるということは、これは許される話ではないんです。よく考えてください。私がさっき言ったように、昭和四十七年五月十五日に国有地になりました、こんなでたらめな答弁でいいのかということです。

 今、岸田大臣や清水振興局長から前向きな答弁がありましたし、また、鏡水地主会、大嶺地主会も今の団体補償の方法で県と話し合いを進めておりますので、これがまとまって出てきたときにはそれなりの対応をしていただきたいと思います。

 繰り返しますけれども、旧軍飛行場用地問題についての総合的な窓口は当然内閣府だと私は考えています。したがって、事業実施についても当然内閣府だと思っていますし、特に、この問題は衆参両院で附帯決議がなされ、沖縄振興計画にも位置づけられているので、内閣府が事業実施の担当であるべきです。この問題が沖縄振興計画の第二章の「振興の基本方向」に記述されているということは、それだけ基本的に重要な問題であるという認識を持っていることでございます。

 最後に、沖縄県は事業案の取りまとめに取り組んでいると聞いています。したがって、内閣府は、地主会や市町村や県からの事業案が提示されたら、その事業実施に誠意を持って取り組んでほしいと思いますが、この点について、もう一度岸田大臣と振興局長の決意をお聞かせいただきたいと思います。

岸田国務大臣 御指摘の点につきましては、沖縄県においてさまざまな関係者の御意見を具体的に取りまとめていただきましたならば、内閣府としましても、誠意を持って、可能な限り何ができるのか、しっかりと検討していきたいと考えております。

清水政府参考人 お答え申し上げます。

 大臣の御指導のもと、県から取りまとめられた具体的な提案が行われた場合には、内容を十分検討させていただいて、どのような対応が可能か、検討してまいりたいと考えております。

仲村委員 大変前向きな御答弁をいただいて感謝いたしております。ぜひそのような形で、法律に基づいてこの問題が処理できるようにお願いを申し上げたい、このように思っています。

 ありがとうございました。

藤村委員長 次に、丸谷佳織君。

丸谷委員 公明党の丸谷佳織でございます。岸田担当大臣また高村外務大臣、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 さて、岸田沖縄北方担当大臣におかれましては、実に大臣に就任されてから十日目で早速根室の方に視察に行っていただき、地元関係者また旧島民の皆様を中心に懇談会を持っていただくなど、非常に精力的に活動していただいていることに、まず心から感謝を申し上げます。

 また、後継者育成という観点では、北方領土問題、もう戦争自体が何だかわからないという世代の子供たちに対してこの領土問題の教育をされている、その現場まで行って視察もされているということも、ホームページ等で拝見をしている次第でございます。

 ちょっとこれは質問通告にはなかったのですけれども、大臣が根室に行かれて、旧島民の皆様、また地元関係者、漁業関係者の思いというのは、毎日の漁の中で非常に悲痛なものがあるわけですけれども、旧島民の皆様、地元関係者の皆様との懇談の中でどのような御感想をお持ちになったのか。高齢化も進んでいますし、本当に、返還のためにも、よし頑張ろうというよりも、かなり疲れているのではないかというのが北海道出身の私の感想でもあるんですけれども、どのような感想をお持ちになったのか、率直なところをお伺いさせていただきたいと思います。

岸田国務大臣 御指摘のように、私も就任しましてから北方領土の視察をさせていただきまして、元島民の皆様方、また関係者の皆様方、直接いろいろなお話を聞かせていただきました。

 まず、島民の皆様におかれましては、高齢化が進むわけですが、みずからのふるさと、目の前に見えるところにふるさとがあるにもかかわらずふるさとに帰ることができない、本当に悲痛な、残念な思いを、痛切な思いを聞かせていただきました。高齢化が進む中で、ぜひ、政府としましても、この北方領土に対する国民世論をしっかりと啓発、喚起していきながら、返還に向けての機運を高めていかなければいけない、こんなことを強く感じました。

 また、地元におきましても、こうした北方領土問題にかかわるさまざまな問題、課題を抱えておられる、御苦労されておられる、そういったお話も聞かせていただきました。

 こうしたこともしっかり頭に置きながら、内閣府としましては、所管の仕事をしっかりしなければいけないわけですが、政府一体となってこの問題に取り組んでいかなければいけない、こんなことを感じた次第です。

丸谷委員 どうもありがとうございます。

 まさしく大臣が現場に行ってそのまま感じていただいたとおりの声を、私も日ごろ皆様から聞かせていただいている次第でございます。

 ソ連に不法占領されましてから、もう実に六十三年という月日が流れております。六十周年の佳節のときに、何か、プーチン大統領の強いリーダーシップのもとにこの領土問題を解決してほしい、こういった願いも非常にあったわけですが、やはり領土問題ということは、外交交渉がメーンになるものの、そんなに簡単に、では六十周年ですからもう解決しましょうというところには至っていないのが現状でございまして、その一方、月日が流れていくに従って、旧島民の皆様も高齢化が進み、亡くなっている方が多くいらっしゃいます。

 皆様の感じとしましては、返還運動は自分が生きている限り一生懸命やっていくというのは当然のことなんですけれども、そこにはどうしても、先が見えない閉塞感が漂い、また非常な疲労感、頑張っても頑張っても結果が出ないという疲労感が非常に強く漂っていることも事実でございます。

 自分たちが一生懸命やっているこの返還運動を、では、自分たちが亡くなった後はだれが引き継いでくれるんだろうか、子供が引き継いでくれるのか、孫が引き継いでくれるのか。かといって、子供自体の数が減っている時代でもありまして、この返還運動をまだまだ続けていかなければ領土返還にはつながらないだろうけれども、そのたすきを渡していく人がいない不安感というのも非常に大きいものがあります。

 岸田担当大臣は、文部科学行政にも非常にお詳しくいらっしゃって、今まで御尽力されてまいりました。この運動論の中で次世代育成ということに関しては、文科省と一緒になって今までも取り組んできていただいているわけですけれども、どうもいま一つ力強さが見えてこない、本当にこのままの継続という状況で大丈夫なんだろうかという不安がつきまといます。

 そこで、岸田担当大臣がお考えになる次世代の育成の重要性とその方法、方向性についてお考えをお伺いいたします。

岸田国務大臣 北方領土の返還の実現のためには、北方領土問題について、日本国民が正しい理解と認識のもとにこうした運動を盛り上げていかなければいけないと考えています。少しでも多くの国民、特に次世代を担う若い世代の方々にこの運動に積極的に参加していただき、新しい力を絶えずいただきながら、この問題、運動を喚起していかなければいけないと考えております。

 そのため、北方領土教育ですとか次世代啓発の充実が重要であると考えておりまして、私も、ことしの二月だったと思いますが、都内の中学校にお伺いさせていただきまして、北方領土教育の現場、視察をさせていただき、また、授業の最後では、中学生の皆さんに直接この問題について語りかけさせていただきました。

 こうした中学校の現場で北方領土問題に対する教育が実際行われているということ、このことは直接拝見しまして大変心強く思った次第ではありますが、ただ、こうした教育が行われているというケースはまだまだ少ないというふうに認識をしております。こうした学校現場を通じての北方領土問題に対する取り組みももっと広げていかなければいけない、その際には、文部科学省にも連携協力をしていただかなければいけない、そのように思っております。

 そして、次世代を担う若い世代への取り組みとしましては、関係団体ともしっかり連携をとりながら、例えば雑誌、インターネット等、若い世代向けのマスコミ媒体を用いた広報啓発活動等、こうした若い世代に特に触れていただけるような手段を通じての取り組み、こうしたものも大切だということで、さまざまなルートを通じてその取り組みを行っているというのが現状でありまして、そうした活動、努力をいろいろ積み重ねることによって、若い世代の皆さんに、ぜひこの問題に対する関心をしっかり持っていただき、そしてひいては国民運動としてこうした活動がしっかりと盛り上がり、そしてそれが外交交渉を後押しするという結果につながればと考えております。

丸谷委員 大臣がおっしゃいましたように、歴史の事実、また国際法の中でのこの北方領土の位置づけ、我が国の考え方というのをまず次の世代の人たちが知らないことには、何も自分たちの考えも持てないでしょうし、また行動にもつながらないということで、ぜひ文部科学省とも強い連携をとりながら、教育の場における領土教育ということについては、また積極的に大きな一歩を踏み出していっていただきたいと思います。

 また、それプラス、やはり、知識を得るだけではなく、認識を得るだけではなく、参加をする場というのがどうしても次のステップとして必要になってくると思いますので、次世代の人たちがこの領土問題、返還運動にどのような形で参加ができるのか、この点についても次の課題としてぜひ考えていっていただきたいと思います。

 例えば、大臣も御存じのように、二月七日、北方領土の日、全国の高校生ですとか中学生、領土返還に対して自分の思いをつづった優秀な作文を発表していただくという機会があるんですけれども、やはりそういうことも大事でしょうけれども、そのほかにどんな選択肢が参加の場としてあるのか。外務省におきましては、日ロ青年交流ということで今後力を入れていくということで、新しい予算づけもされていることは承知しておりますけれども、そういった外務省との連携、また文部科学省との連携をとりながら、次の世代が参加をできる活動の場ということで、ぜひまた大臣としてはお知恵を絞っていただきたいと思いますので、お願いしたいと思います。

 続きまして、大臣に、冒頭、先ほど現地に行っていただいてというお話をしました。それに非常に感謝をしながら、また、もっと大臣と話をしたいという声も実は同時に届いております。運動関係者の方々、大臣も御存じのように、多くの団体がいらっしゃいます。例えば、千島連盟の皆様ですとか、北対協の皆様、北連協、それから北方領土返還要求運動都道府県民会議、それから署名運動推進会議、復帰期成同盟等々、長年にわたって今まで活動をされてきた方たちがいらっしゃいます。公式な行事の場ではなくて、ぜひぜひ大臣とひざ詰めの懇談をしたいという声がすごく地元から、返還運動関係者の皆様から届いております。

 皆様の気持ちを聞いていただく、また政治家として、大臣として、皆様の率直な思いを受けとめていただく、こういう場もぜひ大臣には実現を図っていただきたいと思います。時間の許す限りお考え願いたいと思いますが、この点についてはいかがでしょうか。

岸田国務大臣 先ほど申しましたように、昨年九月は根室にお伺いして、元島民の皆様方、関係者の皆様方のお話を聞かせていただきました。そして、その後も、元島民団体であります社団法人千島歯舞諸島居住者連盟あるいは運動関係者の皆様方、こういった方々とも直接お会いする機会がありました。

 そういった機会を大切にしながらいろいろお話を聞かせていただいてまいりましたが、今後もぜひ、今委員御指摘のように、多くの関係者の皆様方と直接お会いしてお話を聞かせていただくこと、しっかりと大切にしていきたいと思っております。

丸谷委員 ぜひそのようにしていただきたいと思います。

 また、皆さんの懸念としましては、一八五五年に日露通好条約が結ばれまして、国境が画定をされました。その中で、正式な形で択捉島と得撫島に国境が引かれて、そして四島に日本人が、一八五五年以前にも住んでいましたけれども、それからは法的な枠組みの中で九十年間、一九四五年に不法占領されるまでは九十年間居住をしていたわけです。一九四五年に四島をソ連が不法占領をし、今二〇〇八年ですから、それから実に六十三年が流れ、本当にあと二十七年で同じぐらいの九十年居住という歴史的な、法的な根拠は何一つ揺るぐものではありませんけれども、そこに居住をするという実態自体が、単純に考えただけでも九十年と同じぐらいの長さを持ってロシア人が四島に住んでいるという事実ができ上がってしまいます。

 こういったことを今後どういうふうに考えていくのか。そのときに、ビザなし渡航等、今日本人が北方四島を訪れる機会はいろいろな形でございますけれども、住んでいた人たちが戻る、墓参もそうですが、そういったことに加えて、より私たち日本人がこの四島に足を踏み入れる、また日本人が住んでいたということをもっと深くロシアの皆さんに理解をしていただくために、いろいろな形でのビザなし渡航のあり方というものも十六年たって見直されていってもいいのではないかなという気もしております。

 その中で、一つ、長期滞在型という形を今後視野に入れてビザなし渡航のあり方を考えていくのも一つの手ではないかと思うわけですが、これはロシア側との交渉もあるでしょうけれども、こういった長期滞在型のビザなし渡航に対する考えというのはどのようにお考えになるのか、この点をお伺いいたします。

岸田国務大臣 御指摘の四島交流事業ですが、平成四年度から十九年度まで十六年間に、約一万四千七百名の方が相互に訪問、交流を行っております。

 今委員御指摘の四島交流、訪問、四島滞在日数を長くする工夫が必要なのではないかという御指摘につきましては、これまで、約一カ月間の日本語講師派遣ですとか、十日間から十八日間の専門家交流等、比較的長い滞在期間の交流事業もいろいろと行ってはきております。ただ、御指摘のような視点で交流事業の滞在期間につきましても何か工夫ができないか、こういったことは検討していくことはしていきたいというふうに思っております。

丸谷委員 ぜひよろしくお願いいたします。

 続きまして、外務大臣、外務省にお伺いをしたいと思います。

 最近、日ロ関係は、領土の問題だけではなく、当然、日ロ間の互恵関係、それが経済的な発展、あるいはエネルギー問題、環境問題、サミットに向けての取り組み等々、非常にハイレベルでの対話が続いていることに対して、交渉のモメンタム、機会というのをすごく感じるところでございます。先日は、東京において戦略対話が実現をされた。また、近々外務大臣も訪ロするやには聞いておりますし、続いて総理大臣も訪ロする予定もあるかというふうにも思います。そして、G8サミットを北海道で迎えるという非常にいい流れができておりまして、期待をしているところでございますけれども、外交交渉の担当大臣であります外務大臣の訪ロというのは、もう目鼻が立ってきたんでしょうか。

高村国務大臣 国会の承認さえ得られれば、極めて近い将来訪ロしたいと思っています。

丸谷委員 極めて厳しい国会情勢、運営状況ではございますけれども、せっかくいい交流ができているときですし、また、ロシア側からも外務大臣の訪ロを切に願う声が届いているというふうに承知しておりますので、週末等を利用してすぐにでも、ぜひこれは外務大臣の役割としてロシアを訪問していただきますように、また、国会としてもしっかりと支援をしてまいりたいというふうに思っていますので、よろしくお願い申し上げます。

 その中で、いろいろな角度での対話あるいは交渉というのがなされますが、その一つに、例えば、ビザなし渡航で四島に行かれた人たちの声を聞いてみたときに、択捉島に、もともとは日本の施設でございますけれども、紗那郵便局ですとか水産会事務所があります。それが今も使われていますけれども、これの老朽化が非常に激しく、このまま本当に存続できるのかしらという懸念の声が非常に多く届いているわけですね。日本の方が短期的に滞在をして、その実態を見て懸念を示すということは、当然、四島に今実態的に住んでいらっしゃるロシアの皆さんも、この老朽化した建物は大丈夫なのかしらという同様の懸念を恐らく持っているんだと思います。

 こういった同様の懸念に対して、日本、ロシア両国が友好の一つのあかしとして何らかの解決策を見つけていくというのも、この建物に限ったわけではありませんけれども、ちょっとシンボル的なものとして、日ロ友好のあかしの一つになるのではないかというような気がするんです。こういったところを交渉の中でぜひ触れていただきたいという思いがございますけれども、いかがでございましょうか。

高村国務大臣 御指摘の建物でありますが、老朽化を理由として、四島の今の住民の方たちが解体する意向を示しているわけであります。しかし、元島民等関係者の方々から、当時をしのぶよりどころになっているとして、その修復、保存について強い要望がありまして、外務省より、四島側やロシア側に対し、解体を避けるように強く働きかけてきたところでございます。日本側で建物の保存に取り組んでいる関係者が四島交流の枠組みを利用して、現地で修復、保存作業に向けた調査等を行っていると承知しております。

 外務省としては、これらの建物の修復、保存に当たって、北方領土問題に関する我が方の法的立場を害することがないように留意しながら、内閣府、元島民等関係者の方々と緊密に連絡をとりながら適切に取り組んでいく考えでございます。

丸谷委員 委員長、どうもありがとうございます。また、大臣、どうもありがとうございました。ぜひ前向きに、またしっかりと取り組んでいただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

 以上です。

藤村委員長 次に、市村浩一郎君。

市村委員 民主党の市村でございます。四十分いただきまして、きょうもまたいろいろ議論させていただきたいと存じます。

 まずは、北方領土問題についてでございます。

 昨年もこの場でも議論させていただきましたが、今の北方領土の現状というのは、高村大臣はあのときは、私が実効支配と申し上げたら、いや違うんだ、不法占拠だ、そういう言葉だということでございましたので、不法占拠状態が続いているという状況でございます。

 しかし、先ほども議論がありましたように、現実は、実態は住んでいる日本人はゼロでありまして、むしろアジア系でいるのは、北朝鮮人の方がロシア経由で北方領土でいろいろ仕事をされているというような現状があるという中で、もちろん返してほしい、返せというか、我が国の領土ですから、当然我が国の領土として主張をしていいわけでございますけれども、ただ、一応返せという言い方はしていますが、こういう状況の中では返せ返せと言っても多分なかなか返ってこないだろう、単に返せと言っただけでは。

 ではどうすればいいのかということについては、やはりきちっとした話し合い、また、我が国の姿勢としてもどういう姿勢を貫くのかということが必要だと思いますが、改めて、ロシアの大統領もかわりますので、今現在、日本政府とロシア政府との間でこの北方領土問題についていかなる話し合いがなされているのか、また、なされていないのかについて教えていただければと存じます。

高村国務大臣 北方領土問題が未解決の現状が今後も続くことは日ロ双方の利益に合致せず、現状を打破する必要があります。この共通認識は一応あるわけであります。

 これに関しまして、昨年末、福田総理からプーチン大統領に対して親書を送りまして、平和条約締結交渉を含めたすべての分野において日ロ関係を高い次元に引き上げるべく互いに努力していくことを呼びかけました。これに対してプーチン大統領からは、日ロ関係を高い次元に引き上げることに同意するという内容の返書を受領しました。

 また、メドベージェフ次期大統領も、三月十一日に行われた福田総理との電話会談において、すべての分野で日ロ関係を高い次元に引き上げるとの福田総理の考えに同意する、平和条約という難しい問題についても、双方で達成された諸合意及び諸文書に基づき話し合いを続ける用意がある旨述べているところでございます。

 本年は、七月の北海道洞爺湖サミットの機会にロシア新大統領の訪日も予定されており、新たな日ロ関係を構築する重要な年にしたいと考えております。政府としては、日ロ関係を高い次元に引き上げるべく、領土交渉を促進するとともに、幅広い分野で関係を進展させていく考えであり、これまでの諸合意及び諸文書に基づき強い意思を持ってロシアとの交渉を進めていく考えでございます。

 先ほども述べましたように、国会の承認さえあれば、極めて近い将来、私自身、ロシアに行ってくるつもりでございます。

市村委員 すべての分野で高い次元に引き上げる、ぜひともそれはやっていただきたいし、必要なことだと思います。

 ただ、私が今ここで具体的に問うておりますのは、まさに北方領土問題であります。ロシアに行かれると。ぜひとも私は行っていただきたいと思います。ただ、私はぜひとも北方四島に行っていただきたいと思います。やはり大臣みずから北方四島の現実を見てきていただきたい、心から切なる願いであります。

 見ていただくとわかるわけです、何がどうなっているのか。昨年北方四島に渡った国会議員は恐らく数少ない中で、私もその一人でありますが、やはり現状は、北方四島に住んでいらっしゃるロシア人の方は大変善良で、本当に希望されて、前回も申し上げましたが、半ば自給自足的生活を送られながらも、畑をつくったりしながら、みずから家をつくるとかそういう御努力をされながら北方四島に住み、しかも、日本に対して極めて好感を持っている。なぜならば、一番近い国は日本でありますし、医療についても食料についても日本に依存している部分があるわけであります。ビザなし渡航は、私たちも行きますが、ロシアの方も日本に来ていただいているということで、極めて親日的な方が多い中で、やはり皆さんもこの問題が解決することを心から願っていらっしゃると私は信じています。

 だからこそ、今の現状をどう打開していくか、やはり膠着状態に陥っていると私は思いますから、どう打開していくのかという知恵がないといけない、それから行動がないといけない、こう思うわけでありますが、官僚の書かれたものを読むのではなくて、大臣としてどういう志を持って、この北方四島問題についてどうお考えになるのか。それがないと、幾らロシアに行っても、まあ何とか一つの考え方というか、話し合うテーブルに着きましょうねと言い続けてきてもう何十年ですから、やはりここは具体的に、北方四島問題をきちっと前向きに解決の方向に踏み出すための御決意を大臣にこの委員会の場で語っていただきたいと思います。

高村国務大臣 私の考え方が紙に書かれているわけで、それを正確に読むのが正確に伝わる、こう思いまして読みました。別に紙から離れることが強い決意だと思いませんけれども。

 やはり法と正義という立場が一つあります。ただ、法と正義だけでは国際交渉というのはなかなかうまくいかないので、やはりこれを解決したことがロシアにとって利益ですよということを、法と正義という立場も利益か利益でないかということの一部でありますけれども、そういうことをはっきりわかってもらう。最終的には、ロシア側の首脳が、解決しなければいけない、解決した方が利益だ、こう思わないと解決しないわけでありますから、今そういうふうに思ってもらうようにどういうふうに説得したらいいかということをいろいろと具体的に組み立てているところでございます。十年前も私自身、かなりやったわけでありますが、引き続いてやっていきたい。

 それで、この問題は、やはり日本はこの問題は絶対にあきらめないよということをはっきり相手方にわからせるということがまず出発点だと思うんですね。日本民族は気が短いからしばらくごまかしていればあきらめるさと相手方がもし万々が一でも思うようなことがあったら、これは引き延ばしてあきらめさせる、こういうことになるだろうと思うんです。そうじゃないんだ、これは未来永劫あきらめないんだということが相手方にしっかり伝わったときに、逆に割と早く解決するということがあり得るんだ。そして、そういう中で、現時点で解決することによってどういう利益があるということを相手方にわかってもらう、そういうことをどう組み立てていくか、具体的に組み立てて、そしてロシア側と話していきたい、こういうふうに思っております。

市村委員 相手にどういう利益があるか、もちろん、それは相手もいろいろ考えていますから、そういうことを考えるでしょう。しかし、この話は、我が国としてはあそこは私たちの領土だと主張しているわけでありまして、この場合、我が国の領土にもかかわらず日本人が一人も住んでいないという現状について、向こうの利益がどうのこうのというよりも、それはやはり我が国の主張として、これは主張し続けるということをおっしゃいましたけれども、主張し続けていかなければいかぬと思うわけですね。もちろん、あきらめないと言い続けるということであります。

 しかし、事態は日本人がゼロでロシアの方がどんどんどんどんふえているという流れの中で、時間を置けば置くほど、実態上は、これはもうロシアの方しかいない。今でもそうだし、もっともっとそういう状況が続いていく。

 かつ、昨年もここで議論させていただいたように、これから二〇一五年までの間に、一千億円近いお金が北方四島に投下されようとしているという現状の中で、これを本当にどう考えるかということは、やはり向こうの利益というよりも、利益もあるでしょうけれども、まず我が国の国益を考えたときに、いかに我が国としてこれに対して対処していくのか、どうとらえて、どう対処するのかということは、本当に考えておかなくちゃいけないことだと私は思います。考えるだけじゃなくて、もう行動しなくちゃいけないことだと思います。

 ですから、南クリルとロシアでは呼んでいるそうでありますが、南クリル地域への多額の投資についても、やはり、なぜそういうことをされているのかということも、前回の議論のときは、いや、それは聞く必要もないと大臣はおっしゃったわけでありますが、私はぜひとも、ロシアに今度行かれたときには具体的にお話をしていただきたいということだと思います。

 やはり、具体的にテーブルにのせていかないと、これは始まらないはずなんですね。深謀遠慮といいますか、黙っていたら向こうも考えてくれるだろうということが万々が一あるにしても、やはり外交交渉の場というのは、ある程度きちっとそういう具体的な事項を提示しながらやっていかないと、相手は、何か大臣が来られたけれども、何にも言っていなかったよという話になると、大臣の御決意は別として、日本政府は別にこの話は大したことだと思っていないんじゃないかな、こういうふうに思われると私は思いますので、ロシアに今度渡られたときは、先ほども申し上げたように北方四島にも行っていただきたいんですが、モスクワへ行かれたときは、強い決意を持って、大臣にこの話については具体的に進展するようにぜひとも御尽力賜りたい、こう思う次第であります。答弁は、まとめて答弁を。

 それから、そのときに、今ビザなし渡航が進んでいるということで、前回もここで、昨年私は行きましたが、渡ろうと思うと、全部で五日間ぐらいとられるんですね。国会議員も、五日間とられるというのはなかなか行きづらいと思います。やはり現状を一番見なくちゃいけないのが国会議員だと思います。もちろん、墓参とかの理由で旧島民の方が行かれる。これは重要なビザなし渡航の目的でありますから、これはこれで目的をしっかりと達成するべく続けていかなくちゃいけないんですけれども。あとは、せっかく国会議員枠というのが毎回二人まであるわけでありますから、これがなかなか埋まっていないという現状は、やはり五日間もとられてしまうのはいかがなものかということから埋まっていないんじゃないかと思います。

 ですから、ビザなし渡航の枠で行くのも一つですけれども、また別の枠で国会議員が、あそこにメンデレーエフ空港というのがありますから、やはり飛行機をチャーターして行って、一泊でも、別に日帰りでも構わないんです、飛行場を使えば日帰りもできると思います。やはりそこで、現状をしっかりと我々も見ていく、そして現地の方とも交流を深めていくということが必要だと思いますが、あわせて、大臣の御見解をいただきたいと思います。飛行機をチャーターすることについて。

高村国務大臣 向こうの利益よりもこっちの国益を考えろとおっしゃいますが、島が返ってくることがこっちの国益になるというのは、ここに一人も異論のある人はいないわけですよね。全員それが当然の出発点です。ただ、外交交渉の上で結果として返ってくるためには、相手にもそれが利益だと思わせないと外交交渉は成立しませんという当たり前のことを私は申し上げたつもりです。日本の国益というのは、これはまさに出発点で、外交交渉を成立させるためにどうしたらいいかということを申し上げたことであります。

 それから、私も弁護士時代から、事件があれば現地を見るというのをモットーとしてやってきた人間でありますから、現地を見たいという気持ちを強く持っております。持っておりますが、がなんということを言うとまた余りお気に召さないかもしれませんが、実は、私は沖縄にも行きたいと思っています。防衛大臣の一カ月の間に一度行きましたが、外務大臣になってからはまだ行けないというあれで、今度ロシア自体に行くことについても、まさにすき間を縫って行くような感じで、そういう感じの中でどうするか。それは、見ることは大切だということはよくわかっているということだけ申し上げさせていただきたい。具体的にいつ行けるかとかいうことは、ちょっと今申し上げられる段階でない、こういうことは申し上げておきたいと思います。

 それからもう一つは、ビザなし渡航、国会議員の枠がある、こう言いますが、私、外務大臣という立場で行く場合に、両国の法的立場を害さないで外務大臣が行く場合にどうしたらいいかという話は、またそれと別にきっちりしなければいけない話だと思っています。

市村委員 もちろん、今おっしゃったことはそのとおりだと思います。

 ただ、今私がお尋ねしているのは、外務大臣が行かれるのは、それはもちろん別ルートでしょうけれども、国会議員がもっと行きやすいような道筋をもっとつくるべきだという提案をずっと申し上げているわけです。そのためには、飛行機を使うという道もあるだろうというふうに思っています。これは、行こうと思うと五日間も拘束されるわけです。だから、できる限り、それを一日とか一泊ぐらいで行けるようなルートも、ロシアとの交渉の中でまた切り開いていただきたい。

 やはり現実を見る、そうしないと、単に想像だけ膨らませてけしからぬとなるわけですね。言葉だけでけしからぬ、返せ、返せと言って返ってくるなら、私はもうこれで議論しません。でも、現実を見ると、そんな状況じゃないんだということを見てきましたから。返せ、返せで返ってきませんので。だから、具体的にどうすればいいかということは、もちろん外務大臣が日本国を代表して、ロシアに質を問うということもあるわけでしょうけれども、やはり国会議員がもっと行きやすいルートを開拓していただきたいということをお願いしているわけです。

 ただ、それはビザなし渡航の枠でもいいし、つまり旧島民の方々が一緒に飛行機に乗っていくという流れをつくっていただいてもいいし、また、ビザなし渡航は、旧島民の方の墓参等の目的のビザなし渡航は今のとおりやるけれども、国会議員は国会議員でもっと、一日、二日でやるという方法もあるかもしれません。ただ、一緒にやった方が、何で自分たちだけ四、五日もで、国会議員だけ一日、二日で帰ってこられるのかという話になっちゃいけませんから、できれば、今のやり方を根本的に改めていくことをロシア側と交渉していただきたい、こういう気持ちでありますが、一言よろしくお願いします。

高村国務大臣 できるだけ行きやすい環境を整えるということは大切なことだと思いますので、今委員の御提言も踏まえて検討してまいりたい。検討した上で、ロシア側と交渉すべきは交渉する、こういうふうに思っております。

市村委員 よろしくお願いします。

 それで、次に、米軍基地移転問題に移りたいと思います。

 お手元にきょうは資料があると思います。グアム新聞というものがあるようでありますが、私はグアムに行ったことはありません。グアムに行った方が、ちょっと市村さん、これを見てほしい、こういうことがあるのを知っているかということで持ってきていただいたものですけれども、二枚つづりになっているでしょうか。「レオパレスリゾート 米国防省に売却か?」こういう記事が載っているわけでありまして、ちょっと必要な部分だけ読ませていただきますと、

  日本からの消息筋によると、グアムの総合スポーツ・宿泊施設のレオパレスリゾートが、米国国防省のペンタゴンに売却される可能性があり、現在調整が進んでいる。沖縄の米軍海兵隊のグアム移転に伴うインフラの整備の一貫として検討されており、その購入費用は日本政府からの資金で賄われるが、正確な売却金額は今のところ不明。また引き渡し時期など正確な発表も現在のところまだない。

こういう話であります。

 これが実は、もう一年ぐらい前のものでございますが、前半部分はいいんです。国防省が買われるというのであれば、これはアメリカの国防省の判断でありますから、国防省がこれをぜひとも買いたいというのであれば、それは構いません。我が国が問題にすることではありません。しかし、「購入費用は日本政府からの資金で賄われる」、こういう話なわけでありますね。

 というのは、これは結局、その次の部分もちょっと読みたいと思いますが、「グアムでは沖縄の海兵隊移転に際し約一万戸の家屋が不足すると言われているが、」云々、「二月の米国のチェイニー副大統領のグアム訪問は、それの視察も兼ねていたものと思われる。」とか、先ほどの繰り返しになりますが、アメリカが、ペンタゴンがこれを買うのはいいんですけれども、この費用が日本から出ることがあるんじゃないかということが過去に書かれているわけですね。

 まず、これは事実かどうか、事実関係、こういう話が実際進んでいたのかどうかということと、進んでいるとすれば今どこまで話が進んでいるのかについて、お聞かせいただきたいと存じます。

松本政府参考人 お答え申し上げます。

 今御質問の件でございますけれども、報道については私ども承知しております。ただ、米海兵隊のグアム移転については、これは海兵隊だけではなくてグアム全体で米軍の基地の増強というのが行われる予定でございまして、その関係で、今後必要となる施設であるとかあるいはインフラの詳細についての配置計画、これはマスタープランというふうに呼ばれておりますが、これについて米側で現在検討中というものでございます。

 したがいまして、現在、御指摘のリゾート施設を米側が購入、活用するといった計画でありますとか、あるいは日本側の資金で御指摘の施設を購入するという計画はないというふうに私ども承知しております。

市村委員 まず、今の話は、米側が進めている途中なので、あるかないかわからないということですね。だから、まだ米側が進めている途中だから日本にその金を負担しろということはないということだというふうに受けとめました。

 ということは、ひょっとしたらまだ進んでいるかもしれないということも言えるわけでありまして、そのうちに、結局、請求書だけ回ってきて、グアム移転費用でこれをやったから、日本、どうぞお願いしますね、払ってくださいねと。ひょっとしたらトータルで請求されるかもしれませんから、いや、これじゃない、これも含めてトータル請求ということになる可能性があるのかな、こういうふうにも思いますが、その辺をちょっと具体的に教えてください。

松本政府参考人 お答え申し上げます。

 今、将来のお話について御質問ございましたけれども、先ほどもちょっと申し上げましたように、現在、米側がいわゆるマスタープランを策定中だというふうに私ども承知しております。それで、その後、米側の具体的な要望というのはそのうち出てくるんだろうというふうに思います、日本側に負担してほしいというような施設が。そのときに具体的に検討して判断するというような形になります。

 そういうことで、これはあくまで一般論ということでございますが、私ども、国内で提供施設整備ということで米軍の施設を建設しているわけでございますけれども、その際、厳しい財政事情を背景に、いわゆる提供施設整備の案件採択の基準というのを定めておりまして、その中に、娯楽性でありますとか収益性が高い施設、こういったものは採択しないというような方針を有しております。そういった観点も踏まえて、将来の話でございますが、そのときになったときには、そういった観点を踏まえて判断するような形になろうかというふうに思います。

市村委員 きょう小野寺副大臣がいらっしゃっていますけれども、以前、国会で、多分、小野寺さんはこの辺のことは議論されているんじゃないんでしょうか。要するに住居の単価が非常に高いんじゃないかという議論があったことを記憶しています。聞いたところ、グアムだと、一戸当たり大体一千五百万ぐらい出すとそれなりの住宅が買えるということなんですが、前この国会で議論されたのを聞いていますと、どうも単価が一戸当たり七、八千万ということで、何でこんなに高いんだという議論があったことを記憶しております。

 このリゾート、すごいんです、行ったことはありませんけれども。リゾートは別にいいんですよ、これを国防省が買いたいというのは別に構いません。それは民民の、この場合、民とアメリカ政府との商談ですから、これは別に、どうしてもペンタゴンが欲しいとおっしゃるのであれば、私はそれを批判するつもりは一切ありません。

 ただ、その費用をまさに我が国が持つというのは、これはなかなか理解は得られないぞとしか思えないわけです。そのときに、結局、これを買いたいからこれを払ってくれという言い方じゃなくて、全体的に三兆円かかって、これも入っていて、しかし、日本から負担してもらう分にはこれは入っていませんとか後から来るとなると、これは何だというふうに、これはやはり一人の国民としての感情からしても、ちょっと違うんじゃないかなと。

 それは確かに、沖縄から海兵隊が移っていただく、その負担を日本が多少見る、これは私は個人的には反対をするものではありません。必要なものは必要なものとして日本側も、これまでアメリカの防衛の力をかりて日本を守ってきたというのは事実だと思いますから、これについて、じゃ、出ていかれるんだからどうぞどうぞという話じゃなくて、多少は費用負担というのもあるとは思っています。

 しかし、こうした、野球場が二つとかサッカー場、テニス場等々、日本でも、官の組織がテニスコートとかゴルフ練習場とか、いろいろ批判を受けていますけれども、幾ら思いやりだと言おうが何と言おうが、こういうのに我が国の資金が使われるのは、これはちょっと納得ができないだろうと思います。

 そういう意味で、私にこれを持ってこられた方も、市村さん、こういうのを知っているのか、現地でこんな記事が出ていますよということで、怒りを持って私のところに来られたわけであります。これはやはり、そういう感情が普通だろう、こう思います。

 ですから、今後アメリカがどう提示してくるかわかりませんが、できれば、こういうものが入っていたら、これはないですよ、それはアメリカとして買われるならどうぞということですけれども、日本の税金を使ってさすがにここまではちょっと難しい、ただ、必要なものは必要なものとして日本がある程度見るのも大切でございましょうが、ちょっとここまでは見られないということははっきりとおっしゃっていただきたいと思いますが、外務大臣の方から一言、よろしくお願いします。

高村国務大臣 怒りを持つ、こう言われましたが、日本政府にじゃなくて、こういうことを書く新聞にぜひ怒りを持っていただきたいと思います。

 これは一年ぐらい前、しかも、これを見ますと、「日本からの消息筋によると、」米軍からじゃないですよね。それで、防衛省がそんなことは全く聞いたこともないと言っているわけですから、そういう中で、米軍が進めているので、じゃ、まだあるかもしれないんですねという決めつけ方も、ちょっと違うんじゃないでしょうか。一年たって防衛省が全く聞いていないということは、これは基本的に、これがあるかのごとく想定しておっしゃらないでいただきたい。

 それから、もう一つ指摘させていただきますと、さっき三兆円とかなんとかという話がありましたが、グアム移転に三兆円かかるなどと言った人はだれもいないんですよ。だれもいないんです。三兆円というのは、別のところでそういう数字が出ちゃったというか、アメリカの一担当官が勝手なことを言いましたけれども、そんなことは日本政府は全く関知していない数字です。現時点で、それは在日米軍の再編全体についてで、グアム移転とは全く関係のないところですから、ぜひ御理解をいただきたいと思います。とりあえずそれだけ申しておきます。防衛省予算で最終的にやるわけですが、日本国民の理解を得られないようなことはない、そういうふうに考えております。

市村委員 日本国民の理解が得られないことはないということでありますので、それを信じます。

 それで、次に、沖縄の離島問題について、ちょっと時間がなくなってしまいましたが、十分間かけて議論させていただきたいと思います。

 これについては、以前もこの委員会の場をおかりしましてやらせていただきました。やはり離島、私も昨年十二月に、まさに現地に行くことが大切だと思っておりますので、宮古島、石垣島に行かせていただいて、現地を見てまいりました。

 沖縄というと、観光とかビーチリゾートとかこういうイメージなんですが、もちろんそういう産業が発展していくことも重要なんですけれども、やはり何といっても、基盤となる産業がしっかりしていてこそ初めてそうした観光産業というものも栄えるわけでありまして、観光産業だけで離島が栄えるということはない。そのときに、やはり離島の今の経済を支えているのは、何といいましても製糖業だと私は思います。サトウキビを原料とした製糖業だというふうに思います。

 その製糖業の現状につきまして少し聞きたいと思いますが、本当はWTOとかEPAのこともいろいろお聞きしたかったんですけれどもちょっと時間がないので。今、政府としては、サトウキビの増産プロジェクトを進められていると存じておりますが、その状況についてお話しいただきたいと思います。

道上政府参考人 お答え申し上げます。

 委員御案内のとおり、近年のサトウキビの生産量減少を受けまして、平成十七年十月にさとうきび増産プロジェクト会議を農林水産省内に立ち上げました。同年十二月にさとうきび増産プロジェクト基本方針を決定いたしまして、十八年六月に、鹿児島県、沖縄県各県ごと、さらには各島ごとの増産に向けた目標及び取り組み計画、増産計画を策定いたしました。

 この計画に基づきまして、生産者、糖業者、行政などが一体となりまして、作業受委託の促進や生産組織の育成等経営基盤の強化、ハーベスターの導入など生産基盤の強化、土壌害虫の防除など技術対策に取り組んでいるところでございます。

 沖縄県における十九年産、直近のサトウキビでございますけれども、現在、収穫が終了しつつあるところでございます。先ほど申し上げました関係者の取り組みに加えまして、十九年産、天候にもおおむね恵まれたということから、収穫面積は一万二千六百ヘクタール、これは前年と同程度でございます。単収は十アール当たり六・六トン、これは前年比で一四%増、それから生産量は八十三万九千トン、同じく一四%増と見込まれております。

 今後とも関係者一体となった取り組みを進めていくこととしておりますが、十九年産では収穫面積が増加していないということを踏まえまして、今後、二年一作の夏植え栽培から一年一作の株出し栽培への移行などを一層推進してまいりたいというふうに考えております。

市村委員 三カ年の増産プロジェクトでございますから、これにもっと力を入れていっていただきたいと思いますし、現地の生産農家の皆さんの意識ももっと高めていただいて、この増産をやろうという流れをぜひとも推進していただきたいなと思います。

 それで、さっきちょっとWTOのことを間にあえて申し上げましたが、一つだけ。やはり砂糖を重要品目として、そして、市場経済で対抗すると、多分日本の砂糖はもう無理です、つくれません、終わりです。市場経済で海外の安い砂糖がどっと日本に入ってきたら、砂糖産業は日本ではもう存在し得ないという状況だと思います。

 考え方としては、それでもいいんだという考え方がひょっとしたらあるかもしれませんが、しかし、そのときに何が起こるかといいますと、単に砂糖産業がなくなるだけではなくて、例えば沖縄の離島振興という観点から、砂糖業がなくなった場合何が起こるのかということですね。やはり、これまで沖縄や沖縄の離島、例えば宮古島や石垣島その他の離島で培われてきた生活、文化というものが根本から崩れていくということになってまいりますと、政府が進めている沖縄振興という観点からも大変問題が生じると私は思いますので、重要品目にこれはやはり入れていくべきだと思いますが、これは岸田大臣からお答えいただきたいと思います。

岸田国務大臣 まずサトウキビですが、沖縄県の全農家の七割が栽培をしています。それから作付面積でいきますと、六割がサトウキビであります。また農業産出額でいきますと、二割がサトウキビであります。このように、沖縄県にとりましてサトウキビというのは基幹産業だと認識をしています。

 その中で、特に離島ということを考えますと、サトウキビの生産量、沖縄本島で三割、そして離島で七割ということでありますから、重要なサトウキビの生産の中でも、離島の割合は大変重たいということを認識しております。

 そういったことから、内閣府におきましても、生産基盤整備あるいは経営安定化等のための助成措置等々さまざまな施策を推進しているところですが、沖縄県そして離島の活性化という意味で、今後ともしっかりとこうした産業を支えていかなければいけないと思っていますが、その中でのEPA交渉でありますので、こうした沖縄県における、そして離島におけるサトウキビの重要性、これをしっかり頭に入れながら、守るべきものはしっかり守るという政府の方針のもと、政府一体となって取り組んでいくべき課題だというふうに認識をしております。

市村委員 失礼しました。WTOじゃなくてEPAでございます。済みません、私が間違ったんです。大臣が正しいんです。ですから、日豪EPA交渉、オーストラリアとのEPA交渉につきましては、ぜひとも今のお立場でしっかりと交渉していただきたいと存じます。

 それで、最後にちょっと残りの時間で、先ほど話がありましたように、やはり産業を発展させるためにも、ハーベスターの普及とか、あと水の管理ですね。やはり離島だと水を確保するのが大変難しいということでありまして、宮古島は地下ダムをつくられて水を補給しているということで、大変私も感銘を受けて見てきたわけであります。ただ、農業をやると、今農薬の問題もあって、地下水に農薬がしみ込んでいるということも現地の方も指摘されていますので、水質をよくしていくということについてもやはり心にとめていただきたいと思います。

 それから最後に、宮古島におけるバイオエタノール実証事業につきまして、これが、実証事業は続くらしいんですが、いわゆる最初のバイオ燃料島構想が頓挫しかかっているというか頓挫しているというような話が出ていまして、これは極めて残念だなと思うわけであります。それにつきまして、ちょっと一言、今の現状を御説明いただきたいと存じます。

南川政府参考人 宮古島におけますバイオエタノール・アイランド構想、温暖化対策の一環として極めて重要な事業だと考えております。実証事業を行っております。

 現状で申しますと、当面の必要量に対応できるエタノールの製造施設を糖みつからつくるということで行っておりますが、御指摘のとおり、全島内に十九カ所給油所がございます。そのうち協力が得られておりますのは四カ所でございます。

 私どもとしましては、関係者の協力を早く得まして、ぜひ全島十九カ所すべてにおいてエタノールの販売が行われるということで対応していきたいということでございまして、対応をぜひ急ぎたいと思っております。

市村委員 私もこの実証事業の場所に行ってきました。説明をいただきまして、極めていいものができている、あとは糖廃みつの処理が最後の課題だという形で伺っております。せっかくここまでやってきたものでありますから、ぜひともまたその糖廃みつの処理もしっかりとしていく。

 例えばブラジルなんというのは、一〇〇%エタノールで走っている車がたくさんあるわけですね。日本の場合、三%とか、今何とか一〇%にしようとかいう話ですけれども、もう平気で走っている、どなたかが言っていましたけれども、そんなもの、ブラジルに行くと当たり前に走っていますよと。

 だから、日本の場合も、せっかくそこまでの方向に環境対策、福田総理も脱炭素社会とかおっしゃって、政府としても大方針を掲げていらっしゃるわけですから、こういうことが頓挫しないように、これはぜひとも進めていただきたいと思います。

 そのことを最後に要望しまして、これは担当大臣から一言いただきまして、私の質問を終わりたいと思います。

岸田国務大臣 宮古島のバイオエタノール・アイランド構想ですが、先ほど環境省からも答弁がありました。また、経済産業省も含めて、関係省庁、しっかりとこの構想を後押しするべく、今その対応を続けているというふうに認識をしております。

 この構想は、地球環境問題にとっても大変重要でありますし、エネルギー確保という意味でも重要かと思いますが、あわせて、地元産業振興ということを考えましても大変重要な構想だと認識をしております。沖縄担当大臣としましても、こうした構想が進むよう、しっかりと協力をしていきたいと考えております。

市村委員 終わります。

藤村委員長 次に、松木謙公君。

松木委員 民主党の松木謙公でございます。質問をさせていただきます。

 高村大臣、当選されてもう二十五年ですね。実は、年はまだ四十九なんですけれども、私は藤波孝生の秘書をやっていまして、この世界もう三十年、十九歳のときから秘書をやっていまして、随分時間がたっちゃったなと思うんですよ。

 ぱっと前を見ますと、私が秘書をやっていたころの活躍した先生方がそれぞれ、天国に召された方もいるし、お元気な方もいる。しかし、三十年という年月がたつと、やはり時代が変わって、本当に、あのころの北方領土に対しての熱、今の感じとどうかなと考えますと、若干何か薄くなってきたような、そんな気もするときがあります。

 私の代議士は、すぐ代議士、代議士と呼んじゃうんですけれども、藤波代議士にずっとつきました、そして、大平さんが亡くなられて、そのときに藤波は労働大臣をやっていました。大平さんが選挙中に亡くなられましたよね。それを終わって何とか当選させていただいて、そして、私が北海道出身ということもあって、大臣の大役も終わったということで北海道旅行をしたんですね。そのときに詠んだ俳句がここにあるんですね。「国後をにらみつけたる寒波かな」、こういう句なんです。やはり納沙布岬あたりに立って北方領土の問題の行く末、そういうものを大変憂えていたんだなと、今さらながらそんなことを結構思うんですけれども、それから早いものでもう三十年近く、中山正暉先生なんというのもおられましたですね。今、ひょっと見たら息子さんがおられますけれども、本当に時間がたちました。

 その中で、一応私の選挙区、民由合併ということで、私も全然自分の生まれたところと関係のないといえば関係のない、三百キロ離れた北見市が中心の北海道十二区というところなんですけれども、やはりここも北方領土と近いものですから、身近にいろいろなことを感じながらいつも活動させていただいているわけです。

 その立場から日ロ関係を考えるわけですけれども、どうも、特に森内閣以降の日ロ関係というんですか、北方領土の問題、取り組み、そこら辺から明らかに低迷というんですか、そういうものが始まっているんじゃないかなという感じがしているんですね。

 そして、福田総理は就任後に、プーチン大統領あてに、ロシアとは高次元の関係を目標とすると親書を送り届けられているわけですね。高次元の関係というのは一体どういうことなのかなというのが一つあるんですけれども、五月に福田総理がロシアを訪問ということも検討されていることも聞いています。

 これまでの日ロ関係が低次元だったということなのかなという気もしますけれども、この北方領土運動の沈滞の現実、それに対して高次元の関係を結ぶことで合意したというふうに言っていますが、このことの外務大臣の御所見というのをちょっとお伺いしたいなと思います。

高村国務大臣 国会議員になって二十八年になります。藤波先生にも大変御指導いただきまして、ありがとうございました。

 北方領土問題が未解決の現状が今後も続くことは日ロ双方の利益に合致しないわけで、現状を打破する必要があります。これは、日本にとってもあるし、ロシアにとってもある、こういうふうに考えております。

 プーチン大統領も、ロシアの内政いかんにかかわらず、平和条約問題について話し合いを続ける用意があると何度も述べているわけであります。このような状況下で、昨年末、福田総理からプーチン大統領に対して親書を送り、平和条約締結交渉を含めたすべての分野において日ロ関係を高い次元に引き上げるべく、互いに努力していくことを呼びかけたわけであります。

 これに対して、プーチン大統領からは、日ロ関係を高い次元に引き上げることに同意するという内容の返書を受領しました。また、メドベージェフ次期大統領も、三月十一日に行われた福田総理との電話会談におきまして、すべての分野で日ロ関係を高い次元に引き上げるとの福田総理の考えに同意する、平和条約という難しい問題についても、双方で達成された諸合意及び諸文書に基づき話し合いを続ける用意がある旨述べているわけであります。

 本年は、七月の北海道洞爺湖サミットの機会にロシアの新大統領の訪日も予定されており、新たな日ロ関係を構築する上で重要な年にしたいと考えております。政府としては、日ロ関係を高い次元に引き上げるべく領土交渉を促進するとともに、幅広い分野で関係を進展させていく考えであり、これまでの諸合意及び諸文書に基づき強い意思を持ってロシアとの交渉を進めていく考えであります。

 高い次元とは何だ、こういうことでもありますが、重要な隣国であるロシアとの間で共通の戦略的利益に基づいてアジア太平洋地域の安定に資するような関係を築くことである、そういうふうに私は理解しております。そのために、北方領土問題の最終的解決に向け領土交渉を促進するとともに、幅広い分野で関係を進展させていく必要がある。この領土交渉の分野だけ置いてきぼりにして高い次元の関係というのはあり得ない、こういうふうに考えております。

松木委員 領土問題のこと、大臣が今大切だということを言っていただきました。

 大臣、もう二十八年ですか、お顔、変わらないですね。昔から本当にお変わりない、若々しい感じですよ。

 今回の選挙で、メドベージェフですか、ロシア新大統領は洞爺湖サミットが外交のデビューの場ということになると思うんですけれども、そして同時に、北海道がやはり世界の視線を一身に集めることになって、結構、北海道の美しい自然とか文化が発信されるわけですから、ぜひここで北方領土の問題というのを取り上げていただきたいと思うのは、北海道に住んでいる人間であれば自然な態度だと私は思うんです。

 先日、参議院の同僚議員が、やはりこういう同じような質問をさせていただいたようですが、外交当局は、議題としては取り上げる予定がないというふうに答弁されていますけれども、せっかく北海道で開催されるわけですから、道民としての期待もちょっとあるんですね、きちっと日本の立場をサミットの中で、ぜひ、主張というのですか、何かするようなことができないのか、そういうことを思っているわけでございます。そこら辺を大臣はどう思いますでしょうか。

高村国務大臣 ロシア側が領土問題の存在を認めて日ロ二国間で領土交渉が本格的に行われるようになって以降は、政府としては、ロシアと二国間で強い意思を持って交渉していくことが重要だと考えているわけであります。

 政府としては、このような考えに基づいて、一九九二年のミュンヘン・サミットより後のサミットでは成果文書等で北方領土問題を取り上げていないわけであります。北海道洞爺湖サミットにおいても、この問題を取り上げる考えはありません。

 ただ、メドベージェフ新大統領も当然いらっしゃると思いますので、北海道洞爺湖サミットの機会に日ロ首脳会談が行われれば、北方領土問題は当然取り上げられることになります。

 領土問題の存在すら認めていないときがソ連の時代にあったわけであります。そのときは、日本は積極的にサミットの場でもこの問題を取り上げて、おかしいじゃないかということを国際社会に訴え続けてきたわけですが、二国間で交渉するという立場で今やっていますので、領土問題の存在自体はロシアは認めるようになったというその中で二国間で交渉する。

 先ほども述べましたように、最終的にロシアの首脳が決断しない限りこの問題は解決しないわけで、今のロシアの不法占拠を非難する、けしからぬやつだと言うことが目的なら、それは、国際社会でさらしものにするということはあるかもしれませんが、ロシア側が決断しなければこの問題解決がないという中において、今、日本政府の判断としては、二国間で強い意思を持って交渉することがベターであるという判断に立っている、こういうことでございます。

松木委員 確かに言うとおりだと思うんですけれども、しかし、世界の目が集まるわけですから、何かちょっと工夫をぜひひとつ考えていただきたいなというふうにも思うわけです。

 当然、ロシアの新しい体制というのは、プーチンさんの院政によって結局導かれていくのかなというふうに思うんですけれども、日ロの交渉も、結局は、何だかんだ言ってプーチンさんを軸にして進められるものと考えられるわけです。だとすれば、四島がロシアに帰属することは疑問の余地はないと主張している方なんですね。先ほどの親書の返信に対して、北方領土問題解決への強い意欲のあらわれと極めて外務省筋では楽観的な解釈をしているというふうにも聞いていますけれども、どっちかといえば私はそういうふうに余り感じていない。

 そして、先ほど言った高次元、どうも、何となく領土問題というのは棚上げにして経済関係の進展をかなり意味しているんじゃないかなというふうにも考えられるわけですね。ここのところは、実際のところ、今の内閣のまた新しい一手というのは何かあるんですか。

高村国務大臣 先ほど申し上げたとおり、本年は七月の北海道洞爺湖サミットの機会にロシアの新大統領の訪日も予定されており、新たな日ロ関係を構築する重要な年にしたいと考えているわけであります。政府としては、日ロ関係を高い次元に引き上げるべく領土交渉を促進するとともに、幅広い分野で関係を進展させていく考えであり、これまでの諸合意及び諸文書に基づき、強い意思を持ってロシアとの交渉を進めていく考えであります。

 お言葉でありますが、外務省の中でこの問題を楽観的に考えている人は一人もいないと思います。そんなにすぐこの問題がうまく進展するであろうと楽観的に考えている人は一人もいないと思います。

 ただ、やらなければいけない問題である、容易でなくともやらなければいけない問題である、それにどう取り組むかということは極めて難しい問題であると考えつつ、高い次元に引き上げることは、日本にとっても利益だし、ロシアにとっても利益なんです。領土問題が進まない限り高い次元に引き上げられないんだ、そういうことをロシアの側にどう理解してもらうか、これが最大の勝負になっている。

 そして、そこを解決して高い次元に引き上げられたとき、それは日本の利益でもあるけれどもロシアの利益にもなるんだ、そういうことをしないと、ただこれが不法占拠だ、こういうことを言っているだけでは、もちろんそれは言わなきゃいけない、法と正義に基づいて返すのが正しいんだということを言わなきゃいけませんが、それと同時に、これをすることがロシアの利益だということをどう納得してもらえるか、それに全力を尽くしたい、こういうふうに思っているわけでございます。

松木委員 なるほど。私の言葉も余り適切じゃなかったのかもしれません。楽観というか、どうも力が入っていないといいますか、高村大臣は非常にキャリアもあって、今までの対ソ連との時代からずっと政治家をやられていたという意味では、非常に相手が手ごわいということもよく知っていると思うんですけれども、どうも、今の外務省はどこまで本気になっているのかなというのが、大臣は一生懸命だというのはきょう確認ができたような気がします。でも、外務省の人たちがどうなのかなというのが非常に心配がありますので、ぜひまた大臣が力強い指導をしていただきたいなというふうに思います。

 北方領土問題というのは、四島一括返還とか、とりあえず二島返還論だとか、あるいは等面積二分割論、共同統治論、いろいろなことが語られているんですけれども、先ほど言ったとおり、どうもここのところは熱が感じられなくなってきているなというふうに思うんです。北方領土に対する国民の意識調査、これをたしか過去にやったことがあるはずですね、大臣。それをちょっと、知っていますか。

岸田国務大臣 国民の意識調査、世論調査ですが、過去、昭和四十四年に世論調査を行ったということを承知しております。

松木委員 昭和四十四年といったら大分昔ですよね。いいんでしょうか、これで。

 ただ、そういうことをやってみたら、意外と余りいい結果が出なかったなんということがあっても、これも国益にとってプラスでないことが出たりすると、これはまたよくないというのもよくわかります。わかりますけれども、どうも、そういうこともあって、私なんかは、北海道なんかでも、知っているなんて言って北方四島の名前を時々聞くときがあるんですよ。知らない人が結構いるんですね、特に若い人たち。やはり意識が高いという感じじゃないんですよ。やはりこれはどうでしょう、大臣、いろいろなことを政治的に判断なされた方がいいと思いますよ。別に私は、皆さんをただ責めて、何だ何だと言うつもりはありません。ただ、昭和四十四年からやっていないというのはやはりいかがなものかなというのはありますよね。どう思われますか。

岸田国務大臣 御指摘のように、この世論調査、昭和四十四年に行って以来行っていないということ、私も、大臣に就任しましてそのことを初めて知りました。

 北方領土返還運動は、やはり北方領土返還を実現するための外交交渉を後押しするための運動であります。こういった運動ですので、ぜひ多くの皆さんに正しい知識を得ていただき、正しい理解をいただき、そして多くの方々に参加していただくことが大変重要だと思っています。こうした返還運動の中で、あるべき世論調査のあり方あるいは扱い方、これはしっかり検討しなければいけないと思っています。ぜひ、全体の返還要求運動の中での世論調査について、いま一度考えてみたいと思っています。

松木委員 せっかくこれをやって、ちょっと運動にマイナスになってしまったということがあったらかえってよくないので、私は、これをやれとか、ぜひやるべきだとか言いません。言いませんけれども、よく検討をしていただきたいなと。意識調査するだけ、意外と低かったなんというのももしあったらまずいので、そこら辺はしっかりやっていただきたいと思います。でも、前回が昭和四十四年ですから、できたら、やはりそろそろやった方がいいんじゃなかろうかなというふうにも思っておりますので、一応はその要請をさせていただきたいなと思っております。

 北方領土御出身の方というのは一万七千人ほどいたんですけれども、今もう既に半数ぐらいになられたと聞いています。次世代を担う子供たちの北方領土への正しい認識をやはりきちんと伝えていかなくてはならないということは言うまでもないんですけれども、しかし、先ほど言ったとおり、どうも、特に若い人たちにこの北方領土のことを聞くと、なかなか島の名前も出てこないという方も多いので、やはり学校での教育、これもやっていないということではないんでしょう、やっているのかなとは思いますけれども、具体的にどのぐらいの取り組まれ方があるのか、そして、もうちょっとやった方がいいという反省があるのか、そこら辺を文科省の方にお聞きしたいと思います。

布村政府参考人 お答えいたします。

 先生御指摘のとおり、これからの我が国を担う児童生徒が日本の領土、領海そして経済領域などにつきまして正しく理解することは重要なことでございます。その中で、北方領土の問題に関しましても、児童生徒の発達段階に応じて正しく理解をさせるということが大事でございます。

 学習指導要領という教育内容の基準を国で定めておりますけれども、例えば中学校社会科の地理的分野におきましては「日本の位置と領域」という内容項目を設けておりまして、その中で、我が国の国土の位置及び領域の特色と変化を広い範囲から考察させることとし、その際、北方領土が我が国固有の領土であることなど、我が国の領域をめぐる問題にも着目させるようにすると記述しております。それを受けまして、中学校の地理の教科書にはすべて北方四島の名前、歴史的な経緯、そして我が国が返還を求めていることなどが記載されており、このような教科書を用いて各学校において指導が行われているところでございます。

 今後とも、各学校において北方領土問題を含めた領土、領域に関する教育の充実につながるよう取り組んでまいりたいと考えております。

松木委員 大変一生懸命やっているように聞こえますけれども、どうですか、少し反省点というのはないですか。

布村政府参考人 先ほども申し上げましたように、指導要領上は、先ほど中学校の例を御説明申し上げました、また、小学校の社会科の地理的分野は五年生で取り上げておりますが、そこでも我が国の領土の問題について扱っているところでございます。

 子供たちの実態について詳細に今申し上げることはできませんけれども、このような学習の繰り返しを通じまして、しっかりと領土、領域に関する教育の充実につながるように努めてまいりたいと思います。

松木委員 まあ役所用語ですけれども、でも、ぜひ努めてくださいね。驚くなかれ、アメリカと戦争をしたことを知らない子供だっているんですからね。この北方領土の問題というのは、やはり学校の教育の中でもしっかりとやっていかないと、本当にそれこそ風化してしまう、私はそんな気がします。ぜひ、そうならないように頑張っていただきたいなというふうに思っております。

 もう時間も余りなくなってきたんですけれども、先ほどサミットの話をちょっとさせていただいたんですが、サミットのときに、何かどこかで効果的な方策というんですかね、もちろん国外に対してもそうなんですけれども、やはり国内に対してのメッセージも含めて、北方領土問題に対してのメッセージを何か発したいですよね。きょうお答えはいいですけれども、ぜひそれを政府の方でお考えいただきたいなというふうに思っておるわけでございます。ぜひそうしていただきたいです。

 はいぐらいは言ってください、ぜひ。わかったよぐらいは言ってください。頑張るぞでも結構でございます。

高村国務大臣 基本的に、内外に啓発するということは非常に重要なことだと思っております。効果並びに逆効果、そういったことも考えながら、どういう啓発の仕方が、サミットの際の啓発の仕方にどういうことがいいかということも私なりに考えてみたい、いい考えが出てくるかどうか直ちにわかりませんが、考えてみたいと思います。

岸田国務大臣 返還交渉を後押しする返還要求運動につきましては、あらゆる機会をとらえて盛り上げていかなければいけないと存じます。

 サミットに際してのこの運動の盛り上げ方、ぜひ、外務省や地方自治体ともしっかり連携をとりながら、具体的に考えていきたいと思っています。

松木委員 ある意味で北海道が世界に出る千載一遇のチャンスだと思いますので、ぜひ何か考えていただきたいなというふうに思っております。

 そして、最後に沖縄のことを一、二問だけ聞かせていただきたいと思います。

 米軍による犯罪がよく出てくるわけですけれども、警視庁の調べだと、去年は全国で九十一件、沖縄がそのうち四十八件、一昨年は全国が七十六件で、沖縄では三十四件。ちなみに、平成になって一番多いのは、平成五年の全国で百六十四件、そして沖縄で七十七件。まあ随分いろいろと事故、事件を起こしてくれるなと。しかし、思いやり予算をすぐなくすとか、そういうわけにもいかないでしょうけれども、何か納得できないんですね。まるで何か半植民地状態にあるのかななんて思っちゃうような気もしますけれども。

 しかし、日本と米国、この関係というのは大変大切だと思いますので、これから外務大臣、副大臣も来ていますね、また頑張ってそこら辺、お仕事をしていただきたいなというふうに思います。

 米軍の再編に伴って、グアムに八千人の在沖軍人が移転するというふうに私聞いていますけれども、アメリカの国防総省がホームページで発表しています在沖縄米兵の数を見ますと、二〇〇六年で二万三千百四十名となっているんです。としますと、そこから沖縄の部隊が八千名移転するわけですから、沖縄には一万五千百四十名が残るということになります。そのときの段階で、作戦があったりなんかとかでちょっとずつ増減があるようですけれども、おおむねそのような理解でいいんでしょうか。

 また、日本全体ですと、二〇〇七年で三万二千八百三名、同じく、これは全体ですからここから八千名引くと二万四千名ということになる、つまり、沖縄が一万五千人で、本土には九千名ということで、大体おおむね間違いないんでしょうか、数は。

小野寺副大臣 米側からは、その都度、年一回、在日米軍の兵員の数ということの報告がございます。ただ、この兵員というのは、先ほど委員が御指摘されましたように、その作戦によって変動がかなり行われるということになっております。

 二〇〇六年五月のロードマップに関する協議の過程では、米国政府から、沖縄に駐留する海兵隊の人数については約一万八千人というふうに伺っておりますし、その都度公表していただいていることになっていると思います。

松木委員 済みません、時間になりましたので終わりますけれども、今回のこの移転問題、しっかり大臣の方も主張していただいて、やはり外交交渉というのは、これはタフネゴシエーターでなきゃいけないと思いますので、ぜひ頑張ってください。

 以上です。

藤村委員長 次に、赤嶺政賢君。

赤嶺委員 日本共産党の赤嶺政賢です。

 きょうは、沖縄の開発と自然保護、特に泡瀬干潟の埋立事業について聞きます。

 ことし七月開催されます洞爺湖サミットのキーワードは環境であります。地球温暖化とともに注目されているのが生物多様性の問題です。

 一方で、ことしは、国際サンゴ礁年であり、そして三年に一回開かれるラムサール条約締約国会議開催年に当たります。環境を保全するための努力が強く求められているわけですが、沖縄の海、干潟とともに海草藻場、サンゴ礁など、さまざまな自然環境が形成され、極めて豊かで独特な生態系が発達しています。

 環境省は、これまで湿地の保全のために日本の重要湿地五百を指定してきました。沖縄では、泡瀬干潟もその一つに挙げられてきました。

 環境省にまず伺いますが、泡瀬干潟の価値、これをどのように認識しておりますか。それから、ことしのラムサール条約締約国会議には登録湿地として泡瀬干潟も提案するお考えがありますか。

黒田政府参考人 お答え申し上げます。

 泡瀬干潟につきましては、例えば、シギ・チドリの一種でありますムナグロという鳥の日本有数の越冬地でございます。また、我が国において絶滅のおそれのある種として選定されているアカアシシギ、ホウロクシギが記録されるなど、シギ・チドリ類の主要な渡来地として、また多様な海洋生物の生息地ともなっている、こういうことから、大変重要な場所として認識しておりまして、今お話がございましたけれども、平成十四年二月に、環境省が日本の重要湿地五百を選定いたしましたが、その中で、泡瀬干潟を含む中城湾を選定したところでございます。

 また、本年十月に、韓国でラムサール条約の締約国会議がございます。これに際しまして、我が国で新たにラムサール条約の登録湿地を生み出すべく、今いろいろ調整をしておるところでございます。

 一方で、泡瀬干潟のラムサール登録でございますが、ラムサール登録に関しましては三つの要件というのを置いておりまして、一つは、ラムサール条約に定めます登録の選定基準、クライテリアと呼んでおりますが、これに適合しているかどうかということ、二番目につきましては、例えば鳥獣保護法に基づきます国指定鳥獣保護区の特別保護地区に指定されるなど、そこの価値ある自然が将来にわたって保全されるような措置がとられていること、三番目としては、地元の自治体等の賛意が得られていて、将来的に地元と一緒に保全される、この三つが満足されているということを要件としておるところでございます。

 泡瀬干潟につきましても、そういう鳥が来るということでございますので、シギ・チドリの飛来状況を今後とも継続的にモニタリングをするとともに、地元の意向というものも十分注視しながら、将来的にラムサール条約の登録地とできるかどうか、そういう可能性について検討してまいりたい、このように考えておるところでございます。

赤嶺委員 私が聞いているところによりますと、ムナグロなどは日本一の、最大の越冬地で、国際的なラムサール条約登録の基準、先ほどおっしゃっていましたけれども、泡瀬干潟はそれは満たしているというぐあいに聞いているんですが、その点はいかがなんですか。

黒田政府参考人 少し細かい技術的なことになります。

 ラムサール条約の登録湿地のクライテリアは十個ございまして、その中で、水鳥に関する特別基準というのがございます。ムナグロという鳥は渡り鳥でございまして、そういう渡り鳥が地球上の全体の個体数の一%が集中する場所は国際的に見て大事だということで登録の要件、一%要件と言っておりますが。

 泡瀬干潟につきましては、ムナグロに関しまして、大体、個体数、飛来数が年によって変動するということで、環境省では、過去五年の推移を見て、その中で半分以上、具体的に言いますと三年基準を超えていれば満足しているというような見方をしておるところでございます。

 今の段階で過去五年を見ますと、非常に微妙な数字でございますが、基準を何とか上回っている、そういう状況にあるところでございます。

赤嶺委員 ラムサール条約の湿地登録の国際的な基準を、微妙なところではあるが上回っている、それだけに、泡瀬干潟というのは、環境に与える影響を極力避けなければいけない湿地として保全していかなければいけないところだと思うんです。

 私は、環境省からこういうパンフレットをいただきました。「国際サンゴ礁年二〇〇八 「知ろう、行こう、守ろう」」と書いてあるんですね。それで、中には「サンゴ礁のめぐみ」、どういうのがあるか。「いろいろな生きものがすむ」「はげしい波を防ぐ」「学習・研究できる」「観光地になる」。「サンゴ礁があぶない」と書きまして、一つは「白化現象」、地球温暖化によるものです。いろいろ書いてありまして、その中に「土地開発による消失」が入っているんですね。開発によってやはりサンゴ礁が失われてきている、少なくなってきている。

 これは干潟も同じなんです。干潟は、渡り鳥の休息地に限らず、海洋生物が本当にいろいろな形ですんでおります。ぜひ、高村外務大臣も岸田沖縄担当大臣も沖縄に行く機会がありましたら、干潟で一日干潟を観察していただきたいなという思いは持っておりますが、岸田大臣におかれては、ぜひそれをやっていただきたいと思うんです。

 ところが、その泡瀬干潟で四月から本格的な埋立工事が始まろうとしているんです。二〇〇二年の三月の沖縄北方特別委員会、この委員会で、当時の尾身沖縄担当大臣はこうおっしゃっておりました。少なくとも第一区の土地利用計画は達成可能、このように答弁しておりました。埋め立てた土地の分譲が可能であるかどうかということで、第一期分は土地利用計画もでき上がり、今では内閣府もそして沖縄担当大臣も、当時は達成可能だというぐあいに国会で答弁しておられたんですが、現在でも第一区の土地利用計画は達成可能だという認識ですか。大臣、いかがですか。

岸田国務大臣 御指摘の泡瀬地区の土地利用につきましては、県及び市により策定されたさまざまな計画をもとに、国、県、市、三者が連携してこの事業を進めるということで今事業を進めているところであります。これからも市あるいは県、地元の意見をしっかりとお聞きしながらこの事業を進めていくものと考えております。

赤嶺委員 岸田大臣、尾身大臣はこのように述べていたんですよ。埋め立てはしたけれども経済需要がなかったということがあってはいけない、少なくとも第一区画相当分についてはこれを上回る需要が確認できたので、事業は開始する、こう答弁しておりました。

 当時の土地利用計画、今でも達成可能だと認識しておられるんですか、このことを聞いているんです。

岸田国務大臣 土地利用計画につきましては、県及び市により策定された計画であります。この計画のもとに今進めるべきものだと私は認識をしております。

赤嶺委員 尾身大臣が当時、県、市で土地利用計画をつくってきました、これによるとホテルを四つつくるとか人工ビーチをつくるとかいろいろありましたよ、これは少なくとも達成可能だ、だから始めるんだとおっしゃっていたんです。

 その土地利用計画は現在も存在しているんですか。

清水政府参考人 泡瀬の埋め立ての前提になりました土地利用計画につきましては、沖縄県及び沖縄市において策定されまして、現在、それに基づいて事業が行われているところでございます。

赤嶺委員 ですから、二〇〇二年三月の当委員会に尾身大臣が、これは達成可能ですと言って示した土地利用計画、現在でも生きているんですね。いかがですか。

清水政府参考人 御指摘の土地利用計画、まだ、これについては変更されたところではございません。

赤嶺委員 それでは、その土地利用計画のまま泡瀬干潟の埋め立てにいくわけですか。これは当時示された絵ですけれども、このとおりいくんですね。

清水政府参考人 泡瀬のこの埋立事業、埋立免許等の前提になりました土地利用計画については、御指摘の土地利用計画がございます。

 なお、土地利用計画につきましては、地元の沖縄市について、見直しをするという意向も示されているところでございますので、国、県、市連携の中で、地元のお話もよく伺ってまいりたいと考えているところでございます。

赤嶺委員 岸田大臣、今、振興局長の答弁をお聞きになったと思うんですが、当時達成可能だと言われた、ホテルを四つだとか観光商業施設用地だとか業務研究機関の施設だとかあるいは小型船だまりとか海浜とかといった土地利用計画は、もう沖縄市において見直すと言っているんですよ。達成可能と言われていたのが、四年、五年たったら見直さざるを得なくなっている、そういう非常にあいまいなものを達成可能だと言って始めたのが泡瀬干潟の埋め立てであります。実際には、もう土地利用計画は存在していないんです。

 加えて、泡瀬干潟は、先ほど言ったように、ラムサール条約の登録湿地指定の基準を満たすような非常に豊かな自然環境を持っている。泡瀬干潟にしかいない絶滅危惧種の動植物もたくさんいる。そういうところですから、工事に当たっては環境に配慮するということを強く内閣府は言ってまいりました。

 例えば、絶滅危惧種トカゲハゼ、これは諫早のムツゴロウに似たような非常に愛きょうのある小動物なんですが、このトカゲハゼは中城湾にしか存在しておりません。そのトカゲハゼの繁殖期は四月から七月なので、その間は工事をストップしてトカゲハゼの保存をするということを内閣府は、内閣府自身のパンフレットの中にも記載してまいりました。

 ところが、ことしになりまして、四月から七月の工事も継続するというんですね。そんなことは許されないんじゃないですか。いかがですか。

清水政府参考人 泡瀬地区の埋立事業でございますが、平成十四年度から工事に着手しているところでございます。

 これまで、環境影響評価書や沖縄県の策定いたしましたトカゲハゼ保全計画に基づきまして、トカゲハゼが繁殖のために行動する、分散、移動いたしますが、その四月から七月の期間はトカゲハゼの行動に影響のあるような海上工事、汚濁防止フェンスの設置でございますが、は実施してまいらなかったところでございます。

 平成十九年度末に埋立地の外周護岸が概成いたしまして、二十年度からは護岸で閉め切った区域内の工事となりますので、トカゲハゼの繁殖のための行動に影響がないこととなりますので、四月から七月の期間でも工事を実施することとしたところでございます。

 今後とも、トカゲハゼ保全計画等に基づき事業を進めてまいりたいと考えているところでございます。

赤嶺委員 トカゲハゼ保全計画の中では四月から七月は工事をやらないということが専門家のいろいろな検討によって明記されております。その保全計画は変更されたんですか。

清水政府参考人 トカゲハゼの保全計画におきましては、トカゲハゼ生息域の保全に関しまして、生息地近傍の工事における配慮につきまして、四月から七月の繁殖期においてしゅんせつ工事や汚濁防止膜を展張する工事の中止ということが行われております。

 今回、先ほど申し上げましたように、外周護岸の概成に伴いまして、このような点について状況が変わったと認識しているところでございます。

赤嶺委員 外周護岸によって区切られた状態だからトカゲハゼに影響を与えないというのは、事業者である皆さんの考え方なんですよ。内閣府の考え方なんですよ。

 中城湾にしか存在しないようなトカゲハゼの保全計画においては、専門家のいろいろな英知を結集して、四月から七月までは工事をやらないということがはっきりしている。護岸で閉め切ったから工事をやっても影響を与えないかどうかということについて、まず専門家にきちんと意見を聞くべきじゃないですか。意見を聞くべき場がありながらも、意見を聞こうとしていないんですよ、内閣府は。意見も聞かないで、事業者が勝手に、いや、もう影響を与えないんだからやっていいんだよというのが、環境を守るという立場からして、そんな工事のやり方が、大臣、許されるんでしょうか。

岸田国務大臣 具体的な手順、そして今行っている手続につきましては十分承知しておりませんが、専門家の意見もしっかり聞きながら、全体の環境、そしてさまざまな工事における事情等も配慮しながらしっかりと判断すべきものだと思っています。

赤嶺委員 大臣、トカゲハゼへの影響について専門家の意見を聞いて判断したのか、それとも事業者が判断したのか、そのことについて大臣の方からきちんと確かめていただけますか。

岸田国務大臣 はい。専門家の意見聴取等、どのような手順を踏んだのか、いま一度確認をしてみたいと思います。

赤嶺委員 大臣、しっかりそのことをやっていただきたいと思います。

 環境の年だと言われ、生物多様性が大事だと言われ、サンゴが大事、藻場が大事、干潟が大事だと言われているのに、内閣府が沖縄振興の名で結局、自然を破壊する、こういうことは許されないと思います。専門家の意見をきちんと聞いていただきたい。

 それで、そことかかわって、泡瀬干潟のそばに特別自由貿易地域というのがあります。そこに、バースを十カ所持つ、十三メートルの水深を持つ、大型船の入港を可能にするために、港湾しゅんせつするために埋立土砂の捨て場として泡瀬干潟が選ばれたんですけれども、この土地、八十九・三ヘクタールの分譲地があると思いますが、分譲済みはどれだけですか。

原田(正)政府参考人 お答えいたします。

 御指摘の八十九ヘクタールの中に、賃貸用として活用していただく部分が約十一ヘクタール、そして残りが分譲を予定しておる土地でございまして、その分譲を予定しておる土地につきましては、六社、約六ヘクタールが分譲済みでございます。

 なお、現在、分譲済みの状況がまだ十分進んでいないということにかんがみまして、県におきましては、この分譲価格につきまして、二〇ないし五〇%の軽減措置を昨年度から実施しておるところでございまして、企業誘致の活動と相まって今後、進展が進むものと期待をしております。

赤嶺委員 大臣、今の答弁にありましたように、分譲したのは六・二ヘクタール、全体の六・九%ですよ。九割以上は分譲されていないんです。賃貸工場があるけれども、それも空き家がある。しかし、ここは海外に開かれた日本の南の表玄関、特別自由貿易地域だ、大型船が入るんだといって、大型港湾をつくるためにしゅんせつし、その土砂の捨て場として泡瀬干潟を使っている。こういう無謀な開発は即時中止すべきだということを強く申し上げて、質問を終わりたいと思います。

藤村委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後零時三分散会


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