衆議院

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第3号 平成15年4月3日(木曜日)

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平成十五年四月三日(木曜日)
    午前九時二分開議
 出席小委員
   小委員長 保岡 興治君
      奥野 誠亮君    近藤 基彦君
      中曽根康弘君    葉梨 信行君
      平井 卓也君    森岡 正宏君
      大畠 章宏君    島   聡君
      中野 寛成君    伴野  豊君
      遠藤 和良君    藤島 正之君
      山口 富男君    北川れん子君
      井上 喜一君
    …………………………………
   憲法調査会会長      中山 太郎君
   憲法調査会会長代理    仙谷 由人君
   参考人
   (国立国会図書館調査及び
   立法考査局政治議会調査室
   主任)
   (北海道大学名誉教授)  高見 勝利君
   参考人
   (日本大学法学部教授)  長尾 龍一君
   衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君
    ―――――――――――――
三月十三日
 小委員赤松正雄君同日小委員辞任につき、その補欠として遠藤和良君が会長の指名で小委員に選任された。
四月三日
 小委員近藤基彦君、平井卓也君及び山口富男君三月十八日委員辞任につき、その補欠として近藤基彦君、平井卓也君及び山口富男君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
 小委員伴野豊君及び北川れん子君三月二十日委員辞任につき、その補欠として伴野豊君及び北川れん子君が会長の指名で小委員に選任された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 最高法規としての憲法のあり方に関する件(硬性憲法としての改正手続)


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     ――――◇―――――
保岡小委員長 これより会議を開きます。
 最高法規としての憲法のあり方に関する件、特に硬性憲法としての改正手続について調査を進めます。
 本日は、参考人として国立国会図書館調査及び立法考査局政治議会調査室主任・北海道大学名誉教授高見勝利君及び日本大学法学部教授長尾龍一君に御出席をいただいております。
 この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
 本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人のそれぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。
 本日の議事の順序について申し上げます。
 硬性憲法としての改正手続について、まず、高見参考人には各国の憲法改正手続等について、長尾参考人には硬性憲法の思想的問題について、それぞれ三十分以内で御意見をお述べいただき、その後、小委員からの質疑にお答え願いたいと存じます。
 なお、発言する際はその都度小委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は小委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
 御発言は着席のままでお願いいたします。
 それでは、まず高見参考人からお願いいたします。
高見参考人 本日は、貴小委員会において報告の機会を賜りまして、まことに光栄でございます。
 私に依頼されたテーマは、諸外国の憲法改正の規定の紹介ということでございます。二週間ほど前のことでありまして、ほとんど時間がございませんでしたが、今回調査の対象としてできましたのは、約六十ほどの国と地域の憲法規定でございました。現在、世界には百九十余りの国がございますので、全体の三分の一程度の数の憲法規定でしかございませんけれども、しかし、大まかな傾向は本日お示しすることができるのではないかというふうに考えております。
 お手元の配付資料「硬性憲法としての改正手続に関する基礎的資料」の三十三ページ以下に、国立国会図書館作成の「憲法改正手続の類型」と題する文書をとじ込んでいただきました。この資料は、今回調査対象とした六十余りの憲法について、私のレジュメの内容にほぼ沿った形でその改正規定の整理、分類をしたものでございます。
 憲法の改正規定は、どの国の場合もそうでございますけれども、複数の手続ないし要件の組み合わせでできておりますので、そのうちのどの部分に焦点を合わせるかということで分類先が決まってまいります。そこで、その場合に必ず、分類した分類先からはみ出る部分が出てまいります。そこで、今回作成いたしました資料では、それぞれの分類、配置した先からはみ出した部分でございますけれども、その手続、要件を国名の後ろに括弧書きで付記しておきました。
 今回調査いたしました六十余りの憲法規定について、ここでそのすべてをお話しするだけの時間がございませんので、各項目について典型的な例をそれぞれ一つだけ紹介しながら話を進めてまいります。
 なお、日本国憲法九十六条の沿革につきましても、もし時間的な余裕がございましたら、最後に、今回の報告との関連で若干その特徴的なことを御紹介し、本委員会の調査の参考に供したいというふうに考えております。
 なお、急いでレジュメを作成したものですから、ミスが出てしまいました。レジュメ二ページ目の上から九行目に、国民会議、アサンブレ・ナシオナルというふうに表記しておりますけれども、このアサンブレのアクセント記号の方向が逆向きになっております。おわびして訂正いたします。
 それでは、レジュメに沿ってお話しすることにいたします。
 今回対象といたしました六十ほどの国と地域の憲法が規定する憲法の改正手続規定だけをざっと概観しただけでございますけれども、その内容は極めて多種多様でございまして、それらの規定手続を一つの原理原則で説明することは困難でございます。ただ、これまでにも学説の上ではさまざまな概念ないし類型論を用いた説明が行われておりますので、それを参考にしながらここで話を進めてまいりますと、憲法改正手続の規定は、一般に、次のような二つの基本的な要請を満たすように仕組まれているというふうに考えることができるかと思います。
 一つは、国法秩序の根幹をなす憲法の改正には慎重であるべきであるという、憲法の安定性に由来するある種の要請であります。通常の法律の議決に比べまして、総じて、憲法改正の議会議決に特別の要件が加重されているのはこのためでございます。
 もう一つは、憲法改正について国民に十分な意思表明の機会を与えなければいけないという、国民主権の原理に由来する、これもある種の要請でございます。多くの憲法で、民意を問うための解散・総選挙や国民投票などが改正手続に組み込まれているというのはこのためでございます。
 以上、二つの要請は、それぞれ、その国の憲法の特質に応じましてさまざまな形をとってあらわれておりますが、憲法改正の最終的な決定主体、その主体に着目した場合には、次の四つの改正方式にほぼ大別することができるのではないかというふうに思いました。すなわち、レジュメに列記いたしました一番目に議会でございまして、二番目は国民、三番目は特別の会議、これは普通、憲法会議というふうに称しております、それから四番目は連邦を構成する支邦、連邦構成国でございますけれども、この四つがこの主体として考えることができようかと思います。
 まず初めに、(1)の議会による憲法改正の方式でございますけれども、この方式は、改正手続の要件を通常の立法手続の要件よりも厳しくするというものでございまして、憲法の安定性の要請を、これもどの程度認めるかによって、次のような各種の方式に分けることができるかと考えています。
 第一に、原則として表決数だけを加重する型でございます。これには、資料の三十三ページから三十五ページに記載いたしましたように、五分の三、六五%、三分の二、四分の三といった形に分かれておりますけれども、その大半は三分の二を議決の要件として採用しているわけでございます。
 この手続的に非常に単純で素朴な方法でありますけれども、しかし、この手続だけで完結する例はむしろまれでございまして、多くの場合、この議決要件の加重に加えて、国民投票の制度が併用されているのが通例というか、かなり多いことがおわかりいただけるかと思います。これは、安定性の要請に加えて国民主権の原理の要請が働いているためでございますけれども、この併用型の場合には、法的には議会だけで憲法改正の手続が完結しないのでございまして、議会の改正議決というのが国民に対する改正の発議、提案という性質を帯びるということは言うまでもないことでございます。
 ここでは、議会完結型の憲法改正方式としてドイツの例を挙げておきたいと思います。
 ドイツの場合には、通常の法律は原則として各議院表決数の過半数の賛成で成立するということになっておりますけれども、憲法に当たる基本法を変更、補充する法律につきましては、各議院の表決の三分の二に加重され、専ら加重された議会の議決だけで改正手続を完結させることができる仕組みをとっているということでございます。
 第二は、議会において再度の議決、つまり都合二回の議決でございますけれども、この二回目の議決をここでは再議決というふうに一応呼んでおきますが、この再議決が行われる型でございます。これも憲法の安定性の要請に基づくものでありますけれども、この型につきましては、さらに次の二つのものに分けた上でその内容を説明するのがわかりやすいと思いますので、御説明申し上げます。
 その一つは、人的に同じ構成の議会によって再議決を行う、要求するという形でございます。この形には、再議決に一定の期間を置くものと、それから一たん会期を閉じまして、次の会期で再議決を行うという二つの方式がございます。
 イタリアが前者の代表例でございまして、それは、各議院において、少なくとも三カ月の間隔を置いて、二回の審議、議決を行うという形で、期間を置いた上で採決を行うという仕組みをとっております。ウクライナが後者の例でございまして、それはまず、会期中に一度、単純多数による議決がございまして、一たん閉会されまして、次の会期で議員三分の二の多数によって承認するということで、憲法改正が成立するという方式でございます。
 それから、もう一方でございますけれども、今度は人的構成を変えて、異なる人的構成の議会によって再議決を要請するという型のものでございます。これは、最初の議決と再議決との間で、議会の人的構成を一新するというものでございまして、十九世紀以来、学説の上でフランス式とベルギー・デラウェア式というふうに分けて説かれてきたものでございます。
 このうち、フランス式というのは一八七五年の第三共和制で採用された方式でございまして、再議決を両院の合同会議で行うという方式でございます。つまり、最初は両議院がおのおの別々に議決いたしまして、次いで両議院の合同の会議で議決するという方式で、議員の構成を変えるというわけです。
 第三共和制のフランスでは、この後者の両院合同会議を国民会議というふうに呼びまして、両院を構成いたします上下各議院と区別していたわけでございます。このフランス式の国民会議の方式と名称をそのままそっくり現在でも使用しているのがハイチの憲法の改正方式ということでございます。
 また、ベルギー・デラウェア式の方でございますけれども、ベルギー・デラウェア方式というのは、一八三一年のベルギー憲法と一八九七年のアメリカのデラウェア州の憲法で採用されて、現在に至るまでとっている方式でございます。これは、両議院または下院を解散して選挙を実施した後で、新たに組織された議会で再議決を行うという方式でございます。
 この場合、第一回目の議決、これは憲法改正の宣言を行う議決でございますけれども、その宣言を行った議決の後で直ちに両議院を解散、これは上院下院両方とも解散いたしまして、選挙を実施するという形をとっております。これがベルギーの方式でございます。
 そうではなくて、すぐには解散しなくて、次の下院議員の選挙まで一たん手続を停止いたしまして、選挙の後に新たに組織された議会において第二回目の議決を行うというのがデラウェア方式と言われているものでございます。
 このように、憲法改正案が議会に提出された後で選挙を実施して民意を問うという方式というのは、憲法の安定性の要請というよりは、もちろんそういう要請も入っておりますけれども、むしろ、憲法改正の提案について、国民に対して意思表明の機会を与えるという国民主権の要請に基づくものというふうに言えようかと思います。
 なお、イギリスの場合でございますけれども、成文憲法は持っておりませんが、しかしながら、実質的憲法という意味では重要な法律が憲法的意味を持っております、そういったものの改廃につきましては、選挙で改めて民意を問うということがほぼ慣例化しているというふうに言われております。
 また近年では、民意の問い方として、数年前の分権化の際にも行われましたけれども、改革の是非についていわば諮問的に国民投票を実施するということも行われていますので、単純に不文、軟性の憲法だというふうに割り切ることはできないというふうにも考えることができます。むしろ、今申しました選挙でありますとか、あるいはこれから申します国民投票を介在させた形での実質的な憲法的法律の改正という形で行われているということになるのかもしれません。
 次に御紹介申し上げますのは、国民が改正の主役になる、国民が改正の主体になる、そういう方式でございまして、これは、レファレンダムによる憲法改正の方式ということになるかと思います。
 これは、憲法改正案について、議会が発議して国民が決定ないし承認するという方式でございまして、憲法改正は憲法制定権力、すなわち主権でございますけれども、この主権を有する国民だけに許されて、憲法によってつくられた単なる立法権を保持するにすぎない通常の議会には最終的な決定権は許されないという思想ないし考え方を具体化した制度でございます。
 これに対しまして、最初に紹介いたしました議会の議決だけで憲法改正が完了する型というのは、憲法と法律とは、両方とも国民の一般意思の表明、これはフランスでしばしば使われる表現でございます、または国家意思の表明、これはドイツで使われる表現でございます、こういった一般意思ないし国家意思の表明、両方ともそういう表明であって、憲法と法律とを質的にあるいは価値的に区別することはできないという、これは十九世紀ヨーロッパ大陸に支配的だった考え方でございますけれども、こういう考え方。言ってみますと、立法議会万能の考え方、思想に由来する制度でございます。
 このように、国民投票による憲法改正の方式というのは、議会ではなくて、専ら国民のみが、法律と区別される、より高次の憲法を定立し、その定立と同時に、憲法をつくったみずからの権力を今度は憲法改正権として、憲法の中にいわば入り込んでいく、こういう国民の憲法制定権力の形態変化と申しますかメタモルフォーゼと申しますか、そういった理論ないし考え方に基づいて、憲法改正について国民が主役となるという思想ないし発想になっているわけでございます。
 この方式にも三つの型がございます。
 第一番目は、憲法改正についてすべて国民投票に付さなければならないとする形でございまして、これは必要的あるいは義務的国民投票制というふうに一般に呼ばれているものです。第二番目は、一定の要件に合致するある場合において国民投票に付することができるという、任意的な国民投票制というふうに一般に呼ばれている制度がございます。第三番目は、両者を併用する形でございます。
 このうち、日本国憲法九十六条が最初の必要的国民投票制あるいは義務的国民投票制と言われる方式であるということは言うまでもございません。
 今回調査した範囲で申しますと、資料の三十六ページから三十七ページに記載されております必要的国民投票制の項目に掲げましたアイルランドからスイスまでの八カ国が我が国と同じ方式に属します。それから、一定の場合に国民投票に付することを義務づけられているパラグアイ以下九カ国でございますけれども、これも我が国とほぼ同じ方式に属する。国民投票に付する範囲が違ってまいりますけれども、いずれにいたしましても方式としては同じということでございます。
 それから、第二番目の任意的国民投票制の例でございますけれども、ここではスウェーデンの例を挙げて御説明しておきます。
 この国では、憲法に当たる基本法の改正につきまして、議会、これは一院制でございますので一院制議会ということになりますが、これが同じ文面の改正案を二回議決したときに、憲法改正は成立いたします。この第二回目の議決は、原則として、新しく選挙された議会で行われるわけでありまして、その際、議会が独自の判断で、選挙と同時に、選挙の際、あるいは選挙にかわって改正案を国民投票に付するということができる形になっております。これが、任意的というか、議会の判断で国民投票に持っていくことができる、そういう形をとっているということでございます。
 それから三番目の併用方式でございますけれども、ここではオーストリアの例で説明いたします。
 オーストリアの憲法は、改正につきましては一部改正と全部改正という、全部改正は新しく憲法をつくりかえることと同じことでございますけれども、二つに厳密に区別しておりまして、このうち、前者の一部改正につきましては、原則として下院の三分の二の多数で成立する仕組みになっておりますが、この点はドイツと同じでございます。ただ、ただしでございまして、大統領が署名というか審署する前に、下院もしくは上院の三分の一の要求があれば、これは国民投票に回さなければいけないということでございますので、これは任意的国民投票というものが併置されているということであります。
 他方、後者の全部改正でございますけれども、これはまた一部改正であっても、憲法の基本原則、主権原理でありますとか人権問題でありますとか、基本的な部分でございますが、こういう場合も全部改正と同じ扱いになりまして、国民投票に付さなければいけないという国民投票を義務づけているわけでございまして、こういうふうに、義務的な国民投票制とそれから任意的な国民投票制を二つ併置しているのがオーストリアの型ということでございます。
 次に、レジュメの(3)の特別の憲法会議、コンベンションによる憲法改正の方式と、それから(4)の連邦を構成する支邦の多数の同意による方法、この二つについて、あわせて説明いたします。
 まず、(3)の方でありますけれども、これは、通常の立法議会とは別に、憲法改正のために特別に設けられた会議体が改正案を審議、議決するという方式でございまして、国民投票による方法と同じく、国民の憲法制定権力という思想ないし考え方に基づいて設計されたものでございます。
 それから、(4)の方法でございますけれども、これは、連邦を構成する支邦、連邦構成国にも憲法改正の決定に参加する、そういう機会を与えなければいけないという、これは連邦制固有の原理に基づくものでございます。
 アメリカを例にこの二つを簡単に御紹介しておきますと、合衆国憲法では、まず、憲法改正も憲法修正という言葉を使いますけれども、発議につきまして連邦議会が主導力を発揮する仕組みになっておりまして、上下両議院の三分の二の議員が必要と認めた場合には憲法修正の発議を行う、または、三分の二の州の議会からそういう要請があった場合には、憲法改正の発議のための憲法会議を招集しなければいけないというふうにされております。
 このいずれの場合にも、憲法改正は連邦議会が選定する二つの承認方法で決定が行われます。すなわち、合衆国を構成する四分の三の州の議会であるか、または四分の三の州における憲法会議、このいずれか一方の方法で承認されたときに、憲法の一部としてその改正部分が効力を発するというふうに定められております。
 以上が、レジュメの時計数字Iに書きました憲法改正規定の諸類型の説明でございます。
 次に、レジュメの時計数字のIIの方でございますけれども、憲法九十六条の、我が国の憲法改正規定の沿革について、若干コメントしたいと思っております。
 ここでは、憲法九十六条の規定が作成されるに至る過程において、これまで、今いろいろな方式を紹介いたしましたけれども、そこに、憲法制定のプロセスにおいてどういう形で顔を出しているというか、議論になっている、話題になっているかということを中心にしながら、お話ししていきたいと思います。
 まず、その前提となる明治憲法の改正規定の特徴について、ごく簡単に触れさせていただきます。
 明治憲法は、申すまでもなく天皇の欽定憲法でありまして、憲法七十三条によりますと、その改正についても天皇によってのみ発議することができるというふうにされておりました。ただ、憲法の改正には、憲法の制定のときとは違いまして、これは天皇といえども単独でこれを行うことはできないのでありまして、天皇の発議した憲法改正案に対して帝国議会の議決を得ることが必要だというふうにされておりました。そして、議会での改正案の議決にも、これは各院において総議員の三分の二以上の出席、定足数が三分の二ということになっております、三分の二の出席が必要とされまして、その表決も三分の二以上の特別多数ということで要件を定めておりました。
 このように、明治憲法では、改正に当たって、天皇の意思といわば議会の意思との一致ということが必要とされたのであります。この場合に、国民はこの過程から全く排除されておりまして、憲法改正については、その請願すら勅令で禁止されていたのであります。これが明治憲法の改正方式でございました。
 一九四五年、昭和二十年でございますが、八月以降、日本の統治機構の再編を導いたキーワードというのは、これは言うまでもなく民主主義という言葉であろうかと思います。
 明治憲法七十三条の規定もこの民主主義の洗礼を受けることになるのは、これは当然ということでございます。一九四五年十月、政府にいわゆる松本委員会が設置されますけれども、その内部文書を読んでみますと、憲法七十三条の改正につきましても一定の議論がなされております。議員が全員一致した部分が一つございまして、それは議会にも憲法改正の発議権を与えるというものでございました。天皇しかなかったわけですけれども、議会にも発議の権限を与える、そういった議論が、これは全員一致の議論として紹介されておりました。
 それから、改正の方式につきましても、これはいろいろな議論がございましたが、国民投票にかけるか、あるいは議会を解散するという形で国民の総意を問うべきだ、それが民主主義の要請に合致するんだ、こういった意見がかなり有力にその中で主張されておりました。しかしながら、こうした意見も、天皇が改正権の主体である、こういう原則は絶対に堅持するという方針でつくられました松本委員会の最終案にこれが盛り込まれなかったのは、これは当然といえば当然のことでございます。
 他方、一九四五年の十二月二十六日でございますが、これは在野の知識人で構成しておりました憲法研究会の案でございますけれども、これは憲法草案要綱というふうに呼んでおりますが、それが十二月の暮れに、四五年の年の瀬に公表されております。
 この憲法研究会案というのは、そもそも明治憲法にかえて新しい憲法、統治権は国民に由来するものであって、天皇は専ら国家的儀礼、今で言いますと象徴ということになると思いますけれども、国家的儀礼のみを行う、こういった内容の憲法を国民がみずから確定すべきだ、こういう方針でつくられたものでありました。ただ、当時の状況では、一挙に新憲法の制定に持っていくのは難しい、こういうふうに判断いたしまして、明治憲法を一度改正し、その上で新憲法の制定を実現する、こういう方針を採用すべきものと考えた、そういう案でございました。
 そこで、この要綱の中には、この憲法、つまり改正憲法でございますけれども、改正憲法の公布後、遅くとも十年以内に国民投票による新憲法の制定をなすべし、こういう一文がこの研究会案の中には盛り込まれておりまして、国民投票という言葉がここに顔を出してまいります。
 他方で、当時の総司令部側の動きでございますけれども、日本政府からの憲法改正案の提出に備えまして、ひそかに明治憲法の問題点を調査研究しておりましたラウエル中佐という人物がいましたけれども、このラウエル中佐が、憲法研究会案に示された国民投票の方式に着目いたしまして、松本委員会が提出してくる改正案を認める条件の一つといたしまして、憲法改正には国民の過半数の投票による承認が必要である、こういういわば基準というか方針を打ち出しております。二月八日に日本側が松本案として提出してきた憲法改正規定はもちろんこの要件をクリアするものではなかったということは、これは先ほどお話ししました経緯からして言うまでもございません。
 他方で、これも他方でございますけれども、総司令部の内部において、いわば今の憲法の原案になる草案が起草されるわけでございますけれども、その第一次試案がまず注目されます。
 この第一次試案というのは、フランス革命期の憲法とかあるいはアメリカ諸州の今の憲法にしばしばその表現が残っておりますけれども、いわゆる世代理論ですね。この世代理論というのは、人民は常にみずからの憲法を精査し、改正する権利を有するものであって、一つの世代はその憲法に将来の世代を服従させることはできない、そういう徹底した考え方でございますけれども、この世代理論の影響を受けておりまして、十年ごとに憲法改正について検討する国会の特別会、これは私の理解では、一種のコンベンションというか憲法会議というものがイメージされていたのかなというふうにも思いますけれども、この特別会を招集することを義務づける、そういう内容の案でございました。
 ところが、この試案を精査いたしました、これは民政局の幹部で構成する運営委員会でございますけれども、その幹部の間では、そもそも憲法というのは、相当の永続性を持つ文書でなければならないとともに弾力性を持つ文書でもなければならないけれども、その改正手続というのは複雑なものではなくて単純簡便なものでなくてはいけない、こういう意見が出まして、試案の手続は複雑過ぎるのではないか、こういうような批判がございまして、その簡素化が求められたということでございます。
 それから、憲法改正は、国会は当時一院制でございましたけれども、その一院制の国会が総議員の三分の二以上の賛成を得て発議し、選挙民の過半数以上の賛成によって承認される、そういう形での改正案はどうかという御意見がある幹部から述べられております。最終的にはこの幹部の意見が取り入れられまして第二次案が作成されました。それに若干の修正が加えられまして最終案ができるわけでございまして、この最終案には、国会が、これは一院制でございますけれども、総議員の三分の二の賛成で、憲法改正案を発議し、国民の承認を経なければいけない、こういう案となったわけでございます。
 この最終案が二月十三日、日本側に交付されまして、現在の憲法九十六条の形に整えられていったのでございますけれども、日本側が行った規定の整備に関連して、ここでは一点だけ指摘しておきたいと思います。
 それは、日本側の強い要請で、国会の構成が二院制、両院制になりましたので、その結果、国会の発議が、衆参両院でおのおの総議員の三分の二以上の特別多数の賛成を要する、こういう形になりました。そのために、一院制を採用していた総司令部案と比べまして、国会による憲法改正の発議が相当に厳しくなった、こういうことでございます。
 憲法改正案が審議されていました第九十回帝国議会においてでありますけれども、金森徳次郎国務大臣は、憲法九十六条の国民投票制の意義について、当時、次のような説明をしております。お話しいたしますと、こういうことでございます。
 改正案の前文にありますように、国の一番基本的な問題を解決する最後のかぎを握っているのは、憲法制定権を有する、保持する国民である。この憲法制定権と通常の立法権とは観念的に区分され、前者は国民がその意思を直接表明し、立法権は国民により選挙された国会によって表明されるものである。その結果、国の制度の一番の基本的なものについては、国民が直接にその意思を表示することで決するのが妥当であるというふうに考えられる。こういった前提から、国会が改正案を発案、発議でございますけれども、発議し、国民が投票でこれを決めるという方式に現行憲法はしたのである。こういう説明を九十六条について述べております。
 この答弁は、当時の資料を読んでみますと、法制局が作成しました想定問答集に依拠したものでございまして、その同じ想定問答集には、これは金森さんが議会答弁に使わなかったものでございますけれども、したがって、公式の議事録には残されておりませんが、次のような答弁も準備されておりました。それは、レジュメに書いておきましたように、憲法改正手続はいわゆるリジッドに過ぎないか、余りにも硬性に過ぎないか、こういう問いを立てまして、それに対して、この程度に慎重にせぬと改正が行き過ぎになるおそれがある。国会議員の質をよくし、国民の政治的教養を高めれば必要な改正を行うには支障あるまいから、これを先決問題として実現すべきである。こういう答えを準備しておりました。
 つまり、起草にかかわった人たちが憲法九十六条の前提問題をどう考えていたかということを示す一つの資料として、御参考までにお話しした次第でございます。
 最後に、現行の憲法九十六条の硬性度と申しますか、厳格度について一言お話しいたしまして、私の報告を終えることにいたします。
 昨年の十一月に公表されました本調査会の中間報告の中に、憲法九十六条に関しまして、日本国憲法の改正のハードルというのは世界の中でも一番高いのではないか、こういう意見が表明されておりますのを読みました。しかしながら、今回試みました六十余りの憲法規定の、これは簡易調査でございますけれども、その中のごく大ざっぱな全くの印象からいたしますと、憲法九十六条の国際比較の中で、条文だけで比較して見た場合でございましたが、その硬性度は、もちろん高いレベルにあるということは言えるわけでございますけれども、それが格段に高いあるいは最高レベルにあるということまでは言えないということでございます。
 十年ほど前のことでございますけれども、あるアメリカの有名な学術雑誌に、世界の五大陸というか東西南北、世界じゅうということでありますけれども、三十二カ国を選びまして、憲法改正規定の硬性度を調査したデータが公表されております。
 その調査結果によりますと、三十二カ国中で最も硬性度が高いのは合衆国憲法の改正規定、スイスがそれに続きますが、その順位で申しますと、日本は第九位に置かれておりました。そして、ドイツに至っては、その三十二カ国中二十一位にランクされておりました。このことは、ドイツの改正手続の多さというのは、主として日本国憲法とは違う基本法の性格、そういう法律的な性格に起因するものであるし、ほかにもいろいろ事情はあるかと思いますけれども、そういったことが言えるということでございます。
 それからまた、アメリカに次ぐ硬性国とされているスイスでございますけれども、これは資料の最後、四十ページに諸外国の憲法改正の回数ということで一覧表をつけておきましたけれども、スイスの場合は、全面改正してからでも、ほぼ一年に二回ぐらいの改正を重ねております。これは、スイスに特有の事情によるものでありまして、憲法改正規定の単なる形式的なハードルの高低だけを見て、一国の憲法の改正の難易度あるいはその頻度を論ずるというのは、やや問題があるのかなということを考えた次第でございます。
 以上であります。御清聴ありがとうございました。(拍手)
保岡小委員長 次に、長尾参考人、お願いいたします。
長尾参考人 これまでの参考人は憲法の専門家ばかりだったと思うんですけれども、私は、一応専門は法哲学と法思想史ということになっておりまして、憲法の勉強は、時々やるパートタイムというようなことになっておりますから、この調査会で、長年憲法についてさまざまな見地から研究されてきた先生方に対して私が何か特別にお話しする資格があるかというのは多少問題なんですけれども。
 私と憲法との関係は、学問の世界では大体三つありまして、一つは、ハンス・ケルゼンとカール・シュミットという私が長い間研究してきたドイツ語圏の思想家が、いずれも第一義的に憲法学者であったから、したがって、彼らの理論の一番基礎的なところに憲法の理論があったというようなところもあり、二番目には、高見さんと一緒にやっておりますけれども、日本の法思想史研究の一環として明治憲法研究をやっておりまして、今、憲法思想書というのを一緒に出しておりますが、そういうこともあります。それから、アメリカにちょっと行ったときに、アメリカの占領政策の研究をいろいろした中で、特に日本国憲法の制定経過の研究をアメリカ側からしたりして、そういうことで、憲法について時々物を書いたことがありますものですから、パートタイムの、憲法学者というほどのものかどうかわかりませんが、憲法論者みたいなことになっております。
 そこで、私の法哲学という分野なんですが、法哲学とは何かというようなことは、人によって非常に違うのですけれども、一応、法や法学が依拠している前提を考えて見る学問というように抽象的に申しておきたいと思います。硬性憲法というのは、要するに憲法学というものは、何らかの意味で普通の法律と違った憲法があり、それが何か特別の権威や尊厳を持つものであるということを一応前提としているのではないかと思われます。そういう前提そのものを問題にすることも憲法学者がやっておられますから、決して法哲学だけが問題にしているわけじゃないのですけれども、その点を少し問題にしてみたいと思うわけであります。
 今、高見さんがフランスのジロンド憲法の、人民は常にその憲法を再検討する、改正することができる。一つの世代はその法律に将来の世代を服従させることはできないという条文を引用されまして、これを世代理論と名づけられておられますが、この発想もそのことと、私がこれから検討しようとするものと非常に通ずるところがあるわけです。
 つまり、硬性憲法というのは、自分のつくった体制を子孫に残そうとする立法者のエゴの産物である、したがって、子孫はそれに抵抗する権利があるんじゃないか。これは、今の日本国憲法なんかについていろいろ言えばあれですけれども、もっと例えば、五分の四とか、あるいは改正を認めない憲法というようなものを考えてみますと、それはやはり立法者が、自分がつくった体制を永遠に子孫に押しつけようとして、子孫の中で異様な少数者しか支持しなくなってもなお変えることを許さないものだというわけです。
 私個人がこのテーゼに全面的に賛成しているわけじゃないことは後ほど述べますけれども、少なくともそういう主張を検討の対象とすることによって硬性憲法というものの持っている問題点が明らかになるのではないか、そういうことであります。
 そこで、憲法が通常の法律に優越するということの理由として考えられるものを思いつくままに列挙してみますと、まずは、国家の基本制度は神によって与えられたもので、人間によっては動かせないものだという信仰がある。これは、ユダヤ教やイスラム教は聖典を最高法規としておりますからその例であるし、戦前の日本において、天照大神がニニギの命に与えた天壌無窮の神勅というものがあり、そして、天壌無窮と言うぐらいですから、永遠に変えてはいけない国体というものがあるということで言われていた。こうした宗教的な超硬性憲法論、つまり、絶対に変えてはいけない憲法という思想がこういうものであるわけですね。
 宮沢俊義先生が昭和十七年に「憲法略説」という本を出しておられまして、これは恐らく旧憲法下で出された憲法の教科書として最後のものだと思われます。その中で宮沢先生は、天孫降臨に言及しながら、天皇統治の国体は変更不可能である、七十三条の改正規定は政体規定のみにかかわるということを明言しておられまして、これが戦後の宮沢先生の立場と国体変更論とつながっていくわけです。この理論は穂積八束の理論を承継したもので、師匠の美濃部先生から、最後の段階で宮沢先生がどうして穂積理論に転向したのかというような問題ともかかわるんですけれども、いずれにせよ、超硬性憲法論ということになるわけです。
 この思想の関連思想としては、立法者崇拝というのがありまして、立法者というのは、並みの人間とは異なった超人である、神のごとき存在だという信仰がある。例えば、東照神君といって徳川家康が神格化されて、権現様のお定めというのは動かすことのできないものである。身分制度、士農工商とか親藩、譜代、外様という大名の格だとか、こういうシステム。こういう考え方もあるし、ある意味では、明治天皇なんかも神格化されたというようなことが国体論の背後にあったと思われます。
 それとも関連するものとして考えられるのは、伝統主義ということで、伝統というものは子孫の世代の多数決で否定することのできない尊厳を持つものだというような思想があります。これは、一番最後にもう一回ここに立ち返って考えますけれども、つまりは、先ほどの世代理論の逆でありまして、ある世代が白紙状態から自分の世代の憲法をつくることができるものではなくて、世代というものも必ず伝統の中にある、したがって、各世代がおのおの伝統を全面的に否定する権利を持つものではないというような思想が伝統主義としてあると思われる。
 しかし、実際問題としては、伝統主義といいましても、古い伝統と新しい伝統とありまして、現行憲法がつくり出した新しい伝統というものがある。ところが、その現行憲法というのは、近代の憲法は大体市民革命の産物ですから、したがって、それ自体が伝統否定の革命の産物である。そうすると、何十年かその憲法によって伝統があるということも法的安定性上重要ですけれども、しかし、憲法がつくり出した新しい伝統が危うくなってくると、伝統主義を持ち出してそれを否定するというのは、いわば自己矛盾の性格があるだろう。それに対して、古い伝統というものをどう考えるか、もっとずっと昔からの伝統をどう考えるかというのはなかなか難しい問題があります。これは最後にもう一回触れたいと思います。
 それから、非常にはっきりとして理論的に唱えられるものではないけれども、感激時の決意は平常時を拘束するという思想がありまして、憲法第九条は、終戦のとき、我々国民が身にしみて決意したものである、したがって、変えられないんだという議論は、この感激時の決意という議論であろうと思います。
 例えば、通俗の話でいえば、深酒をして醜態をさらした翌朝に、もう決して酒は飲まないと決意をする。ところが、もう一日、二日たってみると、少しぐらいはいいだろうという気が起こってくる。ここでまず、絶対酒を飲まないというのを例えば四月二日に決意をして、四月三日に少しはいいだろう、こういう意思があったとして、法律論からいえば、後法優位の原則ですから、後の法律の方が優先するはずであるわけですね。しかし、四月二日には深酒の翌朝で深い決意をしたのだ、それに対して、四月三日に感じたことは卑しい、安っぽい意思だ、したがって、前者の方が優先するんだ、こういう考え方というのは、実は硬性憲法の正当化理論としてかなり重要な役割を果たしている。これは、革命のときの感激だとか敗戦のときの大きなショックだとか、そういうときに決意したものというのは、そうじゃないものに対して優越するんだという考え方はあると思うんです。
 この考え方と、カール・シュミットが非常事態の決断というのは平常事態の決定に優先するということを言っていることとやはり関係があって、そういう点で、カール・シュミットは、人間界の本質というのは非常事態にあらわれる、平常事態には本質は眠っているんだというように考えて、そこで、非常事態の決断の中から憲法というのは生まれる、したがって、その憲法というのは普通の法律よりも強い尊厳性を持つんだ、こういう考え方を説いているわけですけれども、こういう考え方とも結びつくだろうと思うんです。
 この考え方は大変おもしろい考え方であって、実際に硬性憲法を正当化する最も有力な議論の一つではないかと思うんです。しかし、やはりこれを法理論としてどこまでまともに取り上げられ得るかというのは、なかなか問題であろうと思います。やはり非常時になると人間は、主観的になり、それから周章ろうばいして、さまざまなとっぴなことも考えたりするわけだし、行き過ぎることもある。
 例えば、フグを食って死ぬ人間が、死に際に、子孫は絶対にフグを食ってはいかぬというふうに遺言して死ぬ。しかし、冷静に考えれば、その人が食ったフグはちゃんとした板前の調理をしたものじゃないフグだから、それで死んだのであって、別にちゃんとした板前の調理したフグならいいわけで、本当は、その人は冷静に、ちゃんとした板前の調理したフグ以外は食ってはいかぬと子孫に遺言すべきであったんだ。しかし、その場では、もう自分の命が失われる非常に深いショックを受けておりますから、そういうやや過大な遺言をしたのだ。その結果として、子孫はおいしいフグが食べられなくなるという形で子孫を拘束する。そういうことです。
 要するに、この感激期理論というのはなかなか魅力的な理論ですけれども、直ちにこれを一般化することはできないんじゃないかという点ですね。これは、日本国憲法について、特に敗戦の後の非常なショックの中で、もう戦争をしてはいけないとか、ああいう軍国主義者をのさばらせてはいけないとか、占領軍も考えたけれども日本人もやはり強く身にしみて考えたわけで、そういう意味で、この感激期理論というのは、日本国憲法の問題を考える上でも大変重要な論点ではないかと思っております。
 それから、高見さんのレジュメでは、硬性憲法について、特に特別多数決の根拠として、「国法秩序の根幹をなす憲法の改正は慎重であるべきだ、という憲法の安定性に由来する要請。」だとおっしゃっておられます。高見さんの2の方は国民投票の根拠づけで、だから、1の方、特別多数決の根拠としては専らこれ一つが挙げられているわけです。ですから、これは普通の一番常識的な硬性憲法の根拠づけであろうと思います。
 高見さんが挙げられたように、硬性憲法にもいろいろなタイプがあるので一概に言えませんが、やはり一番中心的なものは特別多数決であろうと思われるわけで、そこで、特別多数決というものが少数意見の多数意見に対する優位という帰結を持っている、そのことが果たして正当化されるか否かという問題がその次に起こってくるわけですね。
 そこでさっきのジロンド憲法の議論になるわけで、立法者の世代あるいは立法者は、自分たちがこれがいいと思った体制を、子孫の時代になってそれが少数になっても、依然として維持しようとする。特別多数決というのは、そういう意味を持っていると思います。
 したがって、今の日本国憲法の三分の二という事例で言うならば、祖先と同じ考えの者が四〇%で、それに対して違う考えの者が六〇%いるという状況を考えてみると、単純多数決でいけば後者の方が法律をつくれるわけだけれども、しかし、前者の方は憲法立法者と同じ考えをしているということで、四〇%のものが六〇%の意見を抑えることができる。
 どうしてそういうことが許されるのか、こういう話になるわけです。つまり、祖先と同じ考えだという理由によって四〇%の意見が六〇%の意見をじゅうりんする権利というのは一体どこから生まれてくるかということになっているわけですね。この点については、そういう形で問題を立てれば、そういうものについて、それは、伝統だとか立法者が神だからだとか、あるいは法的安定性だとか、先ほどの議論になるわけです。
 もし仮に、立法者のエゴ、要するに、特別多数決を規定することが立法者のエゴであるという議論を基礎として議論すると、いわゆる護憲論と言われるものだとか、あるいは、最高裁は憲法の番人だと言うけれども、憲法の番人というのは立法者が後世に自分たちのエゴを守るために送り込んだ回し者じゃないか、こういう考え方にもなるわけです。
 それから、憲法学界で、憲法の一番基本的な部分は改正権の限界外にある、旧憲法下における国体論がそうなんですけれども、という議論も、要するに、そうだとすれば、祖先と同じ考え方をする人がいかに少数になっても絶対に変えてはいけないという考え方になる。これは、少数者支配だということになるわけですね。
 日本国憲法との関連でこれを論ずると、またいろいろ政治的な生臭い話にもなるんですけれども、例えば、明治憲法に関して、伊藤博文の部下として明治憲法の起草の中心、中心ではない、井上毅の次、ナンバースリーであった伊東巳代治という人が、大正時代から昭和の初めまで生き残って、その彼が、憲法の番人と称して次から次に各内閣をいじめた、特に政党内閣をいじめたわけです、枢密顧問官として。だから、こういう点で、憲法の番人というものがそんなにとうといものかどうかというのは問題ではないか、そういう話にもなるわけですね。
 以上が、いわばさっきのジロンド憲法に基づくところの、世代理論ではないけれども、硬性憲法論というものに対する批判的な意見を紹介したわけです。
 しかし、では逆に、すべてが単純多数決でいいかという話になってくると、そこにはいろいろな問題がまたあるだろう。この一つの大きなテーマは、多数決の限界という問題です。
 多数決原理の根拠は何かということをめぐってもいろいろ議論がありますけれども、ここでは立ち入ることはできませんが、学問的な真理、例えば数学の定理というようなものは、単純多数決であろうと特別多数決であろうと、それで決めることはできないだろう。
 それから、もっと法的な領域においては、近代個人主義の自然法思想、いわゆる自然権思想からすれば、個人の基本権は九九%の人が法律をつくっても制約できないという考えになる。こういう個人主義的自然権思想というものが、果たしてあらゆる文明、あらゆる社会において絶対的に妥当するものかどうかというのはまた一つの問題ですけれども。
 私は、それとはまたもう一つ別の次元として、セルフクリティカルな社会、つまり、反対者の意見というものを抑圧せず、反対者を、少数派を擁護する、少数派の意見というのを常に尊重する社会というものは、独走しないというか、したがって自滅しない社会ではないかというようなことを考えておりまして、そういう点で、多数派と少数派は常に対話する場をつくっていく、そういう社会が安定した社会をつくり得るんじゃないか。そういう点で、単純多数決で決められるものに限界を画して、ある種の単純多数決を超えた制約を設ける、そういう点で、硬性憲法というものも意義があるんではないか、こういうことを考えている。
 多数、少数の問題は、いろいろ興味の深い問題があります。一時的少数者と永続的少数者という問題もありますし、永続的少数者というのは、宗教的あるいは民族的理由から永続的にある社会の中で少数者である。そういう人たちは単純多数決では常に負ける運命にあるわけですけれども、そういう人たちについては、ある種の自治というものを認めることによってその自由を保護する必要があるんじゃないかとか、そういう議論もあります。
 いずれにせよ、硬性憲法というものは少数者を保護するという役割を持っているのではないか、そういうことを考えております。
 最後に、さっきちょっと触れました伝統という主題について、一言つけ加えさせていただきたいと思います。
 これは、余り硬性憲法の問題に関係がないので、本当はそれを話すように言われている者にとってやや越権行為の気配もあるんですけれども、思想的に重要な問題ですので、問題点を一言だけ申し上げたいと思います。
 近代憲法というのは、啓蒙思想の落とし子である。落とし子というか、その産物である。啓蒙思想というのは、ピューリタン革命それから名誉革命から始まってフランス革命というものは、いずれも中世から断絶した啓蒙思想が背景にあってつくられたものである。特に、ジョン・ロックという思想家が名誉革命の理論的基礎づけをした。
 この啓蒙思想というものは多様なものがありますけれども、一つの非常に特徴的なものとして白紙還元主義というのがあると思うんですね。ジョン・ロックという人は経験論の哲学者で、人間は生まれたときに白紙である、すべての認識は生まれた後の経験から生ずるということを言った人物です。そして、ジョン・ロックは、子供は例えば親から宗教教育を受けたりなんかして家庭の宗教の中で育てられる、しかし、成人したときにすべて白紙還元して、自分でもう一度宗教を選び直す権利があるということを言っていて、これがジョン・ロックの白紙還元主義なんです。先ほどのジロンド憲法の考え方も、ある世代は、過去のいろいろなものとは別に、自分たちの世代の憲法を白紙還元してつくり直す権利があるというように考えたわけです。
 この白紙還元主義というものは非常に大きな魅力のある思想であって、ヨーロッパ近代文明を大きくつくったものでありますけれども、しかしまた、この白紙還元主義が正しいかというと、必ずしもそうでもないんじゃないか。これは、ジョン・ロックの、まず人間は白紙で生まれるというけれども、実はDNAの中にさまざまな情報が組み込まれていて、決して白紙では生まれてこない。猿だって蛇を怖がるということがあるし、人間だって生まれたときに全く白紙ではなくて、生まれたとき自体にさまざまなものを持って生まれてきている。
 あるいは、それとは別に、近代の啓蒙思想からマルクス主義に至る議論というのは、まず市民革命があって、その次にプロレタリア革命があって、そのたびに白紙還元をして歴史の新しい段階を画していく、これがすなわち歴史の進歩だという歴史哲学に立っている。
 しかし、この白紙還元主義というのは果たして歴史哲学として正しい哲学であろうかというのは、これはもちろん世界観の問題もありますから言えませんけれども、しかし、ロシアや中国が革命によって伝統と完全に隔絶したように見えて、一皮むいてみたら昔ながらの人たちがそのままいたというようなことから見て、やはりそう簡単に、白紙還元主義の啓蒙思想の上に立ってだけこの問題を考えることはできないんじゃないか。つまりは、ジロンド憲法の、各世代が白紙還元をする権利というものもやはり近代啓蒙主張の産物であって、一応疑問の対象となり得るんじゃないか。
 したがって、ある形で啓蒙思想と伝統主義というのは激しい対立を繰り返してきたものですけれども、二十一世紀という現代に至って、ある意味で啓蒙思想と伝統主義の歩み寄りが必要な時期に来ているのではないか、そんなことをちょっと考えているわけです。
 以上です。(拍手)
保岡小委員長 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
保岡小委員長 これより参考人に対する質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。近藤基彦君。
近藤(基)小委員 自由民主党の近藤でございます。きょうは、参考人には大変貴重な御意見をいただきまして、ありがとうございました。
 まず初めに、憲法九十六条を中心にということできょう参考人にお話をいただいたわけですが、憲法九十六条、改正手続が規定されているわけでありますが、現実的にはこの九十六条で改正ができない。いわゆる、付随する法的な部分が全く整備をされていないという現状であります。
 憲法制定後、半世紀以上たった現在に至るまで、改正手続上の法律が整備されてこなかったことは国会の不作為だという意見が大勢を占めておるんですが、これが単純に、この手続を整備するとすぐ、すわ改憲だという思いの方もいらっしゃるみたいなんです。私自身としては、とにかく、改憲するしないは別にして、きちんとやはり国民への責任として、こういう法制整備の手続を速やかに行うべきだと思っておるんですが、両先生のお考えをお聞かせください。
高見参考人 私、国会図書館の職員でございまして、立法の督促をしてはいけないという館法上の縛りがございますので、その点についてどういうお答えをすればいいのかちょっと戸惑うところがございますが、どうしましょう。
 未整備の状態にあるということはそのとおりでございます。ただ、それが不作為という状態にあるから、だから整備しなければというか、立法をつくらなければ違憲状態、違法状態が解消されないということになるかというと、そこのところは理論的にはちょっと問題というか、議論のあるところじゃないかというふうに考えております。
 と申しますのは、立法の不作為という言葉で使われている議論というのは、法律の世界では、もちろんこれは国家賠償訴訟に関連して、ある法律ができていなかったがために法的な利益ないし権利が侵害されている、そういう状態を指して不作為状態というふうに言っておりますので、現在というか既に憲法改正案というのが国会に出ていて、あるいは少なくともそういった原案が国民に対して提示されていて、にもかかわらず、手続がないために国民が憲法改正権力を行使できない状態、憲法改正のための国民投票が行使できない状態になっている、そういう場合には恐らく不作為ということになると思うんですけれども、不作為でもそういうふうに非常に限定して使いますと、不作為ということを根拠にして整備しなければいけないという議論はかなり難しいのかな、そういう持論を持っております。
長尾参考人 私は、そういう憲法学の専門的な話については、全くの素人じゃないかもしれないけれども、素人に近い点もございますので、素人論としてお聞きいただければと思うんです。
 まず、旧憲法の改正のときは何も特別な法律はなく、もちろん国民投票というものがなかったせいもありますけれども、いずれにせよ、憲法改正についての特別な立法措置などはなくて、内閣が枢密院に案を諮詢して、枢密院で議決して、それから議会に順番にかけてやったわけです。ですから、まず、日本国憲法においても、仮に政府が憲法改正案をつくって衆議院と参議院に提出して、おのおの三分の二の議決をして国民投票をするということについて、ある種のテクニカルな問題については立法措置が必要かもしれないけれども、しかし、そんなに言うほどそれがないとできないものでもないし、仮にテクニカルな問題でそれが大きな重要な問題を含まないのだったら、政令か何かで簡単な手続を決めて国民投票にかければいいので、その点が非常に重要な問題かどうかというのは私個人はよくわからないんですけれども、これは私が余りに素人だからかもしれませんけれども。
近藤(基)小委員 高見参考人にちょっとお聞きをしたいんです。
 各国憲法の改正手続を詳しく教えていただいたんですが、この手続上の問題で、その手続規定が、これは憲法にすべて細かいところまで各国規定されているのか、それとも、日本みたいに基本的な、大まかな、三分の二の発議権と国民投票ということだけで、あとは付随するテクニカルな法律を制定しているところが多いのか、お聞かせいただきたいんです。
高見参考人 今回調査いたしましたのは、かなり急いでいたこともございまして、基本的には、憲法典というか、形式的に、もちろん憲法という言葉を使っていない国もございますけれども、そこに含まれているというか規定されているものだけでございます。
 そうしますと、細かい投票手続等になりますと、これはやはり個別の法律というのが一般的であったかというふうに了解しております。そこまでは調べておりません。
近藤(基)小委員 もしそういう点でもお調べになるような機会がありましたら、ぜひ教えていただきたいと思います。
高見参考人 わかりました。できるだけ、調べがつきましたら御連絡申し上げます。
近藤(基)小委員 長尾参考人にお聞きをしたいんです。
 祖先派と子孫派という、三分の二とすれば、祖先派が四〇で子孫派が六〇なんだけれども、どうも祖先派の方が子孫派より優越するということですと、例えば、憲法改正というのはある種時代の要請的な部分があり、もちろん少数意見を重要視しなければいけないというのは当然のことではありますが、しかし、少数の意見を尊重するがために多数の意見がつぶされてしまうということでは時代の要請的にはならないんだろうと思うので、やはり民主主義の世の中では、少数の意見を大事にしながら、それを取り入れながら、法律でも憲法でもそうなんですけれども、多数の意見をもってするということでなければいけないんだろうと実は思うんです。
 その点に関して、硬性憲法という、その硬性という形が、参考人の話では、私ちょっと参考人の参考資料をざっとですが目を通させていただいたら、私の勘違いだったのかもしれませんが、どうも軟性憲法にした方がいいのではないかというような形で私自身がとらえていたものですから、その点、そういった少数の意見を、祖先派といいますか、そういうつくった当初の部分に余りにも固執して、それを金科玉条のごとく大事に抱えてしまって動かせないんだという話では、人間のつくった憲法といえども法律でありますから、どうもその改正がなかなかしにくいという部分を、どうやったらいわゆる国民のニーズに合うというか、国家のニーズに合うというか、時代のニーズに合うようにできるのか、もしお考えがあったらお聞かせください。
長尾参考人 まず、私の考えと、それからいわゆるここで私がテーゼと呼んでいるものですが、テーゼと言われているものは、要するに、硬性憲法、特に特別多数決の硬性憲法というのは、祖先の、立法者のエゴを守るためのもので許されない、したがって、すべては軟性憲法であるべきだ。高見さんが紹介されたもので言うならば、例えば二つの議会を連続して多数決で決めるとか、そういうようなものまでは許されるかもしれないけれども、特別多数決というのは、少数者の意見を優先するもので、祖先と同じ意見だというだけで優先するもので許されない、こういう考え方になるんでしょう。
 ところで、私は、その考え方とは一線を画しているのですが、その一線を画している点は、先ほど申し上げたように、少数者の保護という点と、それから伝統の価値という点と、二つの点で修正をするわけですが、いずれも、ではどこまで修正するかというのは非常に大きな難しい問題だと思うんです。
 特に、少数者の保護というのは、批判的な討論の場、現在の多数者に対する少数者の意見を取り入れる討論の場をつくる、しかし、討論の場はつくるけれども、最終的には、もし少数者が常に多数者の多数意見を抑えて何も決められなくなるということはできないので、そこで多数決原理と少数者の原理の間の調整点というのが必要になってくる。その調整点をどこにするかというのは非常に難しい問題ですけれども、やはりそれこそ国会の先生方の英知という話にならざるを得ないと思うんです。
 ですから、一方に多数決原理というものがあり、他方に少数者の保護の要請というものがあって、その間の調整をする、あるいはその間でどこかに接点をつくり出すような英知が必要ではないか、抽象的にはそういう話になるわけです。
 それで、日本国憲法の一番最初の案、司令部案の中で、最高裁の違憲判決について、憲法第三章の人権にかかわる部分は最終審とする、最高裁の判決を最終とする、しかし、それ以外のものについては、もう一回議会にかけて三分の二で再議決するという規定が入っていたんです。
 これは、その区別がはっきりしないというようなことやら、最高裁、三権分立の建前からおかしいとか、いろいろな理由で葬られたんですけれども、この考え方の背後には、人権とかそれから少数者の意見発表権とかというものは単純多数決で侵してはいけない、したがって、憲法の保障の対象になるんだ、硬性憲法的に保障するんだ、しかし、それ以外の問題については、議会にもう一度返して議会の責任で決定するのがいいのだという考え方があって、この考え方は、ある意味で、人権における少数者保護と、それからさまざまな政治問題における多数決のある種の接点ではないかと思ったりしているわけです。
 ですから、テクニカルにそれを制度化することは非常に難しいけれども、その基本発想の中には学ぶところがあるんじゃないかと思っているんです。
近藤(基)小委員 どうもありがとうございました。
保岡小委員長 次に、伴野豊君。
伴野小委員 民主党の伴野豊でございます。
 本日は、高見先生、長尾先生におかれましては、大変お忙しい中お越しいただきまして、貴重なお話を賜りまして、ありがとうございます。お話をいただいた中で、時間の許す限り、数点質問をさせていただければと思うわけでございます。
 きょうお話を承った中で、私は、世代理論というふうにおっしゃっていた、いわゆる後世のものが前世のものに拘束を受けるということに対しては、非常にそのとおりだなと思う世代の一人じゃないかと思うわけでございますが、それ以外にも、時代の変化、特に科学技術、情報通信の発達、とりわけ最近議論になります軍事兵器のいわゆる変化というものに伴って、当然憲法すら手段であると私は考えておりまして、改正できないというものの方が不備であるという考えを持つ者の一人でございます。
 そういった意味では、よく国会の不作為ということが言われるわけでございます。当初、十年で見直しというような案があったやに聞いておりますけれども、そのようなものがあった方が今となってはよかったかなと思いつつも、また、きょう長尾先生は、深酒のときの例を出されて感激時のお話をされておりましたが、私どもの世代としましては、結婚を決める前と後というようなことを考えますと、この理論というのはよくわかるかなというふうに思うわけでございます。
 日本国憲法が制定されたその当時というのはまさに、言ってみれば、こちらからの拒否権なんというのはほとんどなかったような状況下の中で、とりわけ重要な事柄というのは、感激時ではなくて、平時といいますか、冷静時にやるべきではないかなと。案外、感激時に行った約束によって後世縛られるということを私自身もよく経験しているものですから、これはやはり冷静時に行うべきだなと。
 そういったことを総合的に考えますと、私自身は、やはり今の日本の憲法においては、硬性を、リジッドを少し緩める方向に考えるべきではないか、とりわけ改正手続を明確にした上でやっていくべきではないかな、そう思うわけでございます。
 そうした中で、幾つか質問をさせていただきたいわけでございますが、改正手続をいろいろ考えていく中で、やはり最後、例えば今回も、三分の二とか二分の一とかという、議員定数云々というようなお話が出てくるわけでございます。この前提は、とりもなおさず一票の格差が是正されていないと論理的には成立しないと私自身は思うわけでございますが、両先生におかれましては、そのあたりはどうお考えになっていらっしゃるか、まずお聞かせいただければと。
高見参考人 御質問の趣旨はこういうふうに理解してよろしいんでしょうか。国会でこれからさまざまな議論を行っていく上で、前提として、そもそも議員の選挙における投票の一票の価値ということが従来ずっと問題になっておりますけれども、その点で、いわば国民の代表者としてのきれいな姿というか、そういった前提でなければ、やはり国民の代表者としての議論というのができないし、その成果物というのは国民の目から見てもゆがんだものになる。
 ですから、できるだけというか……(伴野小委員「とりわけ憲法においてはいわんやということなんですけれども」と呼ぶ)憲法においていわんやという趣旨でございますけれども、それは――質問しちゃいけないんですよね。趣旨を確かめたいんですけれども。ちょっと御質問の趣旨。
伴野小委員 民意を反映していなければ、そういう数字のことを議論しても余り意味がないんではないかということです。
高見参考人 わかりました。
 問題は、国民投票の仕組みということでございますと、これは、提案者は多分議会になると思うんです、一般的に諸外国の例で申しますと。日本の場合もそうでございますけれども。その場合に、原案の提示、どういう提示の仕方かわかりませんけれども、それに対して、いわば国民に対して各項目についてこの改正が必要なのかどうかということについての賛否を問うわけですから、その限りでは、一票の格差ということは、基本的には憲法の改正手続に関して申しますと問題にはならないであろう、そういうふうに私は理解しております。
長尾参考人 私は、この点については憲法学界とも非常に違った考え方というか感じ方を持っていて、ちょっと不穏当な発言になるかもしれないんですけれども。
 一つは、法のもとの平等という憲法の十四条の原則は、憲法の非常に重要な基本的な原則であることはわかっております。しかし実際に、また、法律論ではなく一種の社会学的議論としては、近代社会というのはずっとアーバナイゼーションが続いていて、農村の人口がどんどん都市に集中してくる。したがって、都市の一票の価値というのが農村の一票の価値よりも低くなるという現象が、一般的に世界じゅうで、世界のあらゆるところで起こっていることなんです。
 このことが非常に悪いことで、何はともあれこれを是正することが最大の正義か、あるいはさまざまな点での最優先事項かどうかということについては私は多少疑問を持っていて、多か少かはちょっと問題ですけれども、やはり何らかの仕方で、都市にいることの魅力というものが農村から人々を都市に動かすということについては、多少はその歯どめをするようなさまざまな考え方も必要で、これを選挙権の一票の価値を低くすることによってやるのが適当かどうかという問題はあります。しかし、そう簡単にすべてを平等にして、今の小泉内閣は非常に都市本位的発想だというふうにして農村の議員さんから批判されているそうですけれども、やはりそんなに言うほど第一の重要事かどうかという点は、私は疑問を持っているんです。
 もう少し具体的なこととしては、衆議院はそうかもしれないけれども、参議院については、これは第二院であって、第二院の構成というのは世界各国で実に多種多様な構成があるもので、決してアメリカだって、各州から人口が多かろうと少なかろうと二人ずつ出しているわけですから、したがって、参議院についてまで一票の価値を平等化することが、絶対的な要請で正義だなんというふうには私は思わない方がいいんじゃないかと思っております。
伴野小委員 どうもありがとうございました。
 その上で、勝手な持論を申し上げさせていただければ、私は、発議は一院で十分じゃないかな、それから数字的には五分の三でいいんではないかなという勝手な思いを持っているわけなんです。そうした上で、きょうも長尾先生に御指摘いただいた中で、少数者の保護というのは具体的に、制度的にどうやってやればいいのかなとなかなか思いつかないんですが、このあたり、今申し上げた持論とともに、数字のお話と少数者の保護は何か具体的にいい方法があれば教えていただければと。
 以上です。
長尾参考人 少数者の保護という問題は、これは非常に大きな問題で、私なんかが多少研究しているヨーロッパのユダヤ人問題だとか、昔のオーストリア・ハンガリー帝国の少数民族、チェコ人だとか、そういう問題だとか、アメリカの黒人問題だとか、実に多種多様な問題があって、そういう問題についてどうすべきかということについては、そう簡単に一概には申し上げられない。だけれども、さっきちょっと申しましたように、一時的少数者と永続的少数者という区別はやはり必要ではないか。
 一時的少数者というのは、例えばいろいろな意見が動揺している中で、あるときこの問題について少数意見である、こういう人たちについての意見表明の自由、言論の自由だとか思想の自由だとか集会の自由だとか、こういう基本的人権の保護というのはまず第一のことだと思うんです。その上で多数決によって負けるのはいたし方がないだろう。一応これは、多数決制度と少数者の保護との接点です。その間に、自由な公開の場による討論が行われて、その結果として批判が入れられて少数者が多数者に移っていく、これは一時的少数者に関する問題です。
 永続的少数者に関しては、そういうことを幾らやったって永続的少数者は常に多数決に負ける運命にあるわけですから、この永続的少数者の保護という問題は、ただそういう仕方だけではできないだろう。もちろん、基本的人権という、いろいろなものを保護するという点はありますけれども。やはりそこで、いわゆる集団の自治というんですか、例えば民族自治とか地域自治とか、それから地域が分散しているものについては何らかの仕方でそういうマイノリティーの集団に対する特権の付与だとか、そういうことをせざるを得ないんではないか。
 日本におけるマイノリティーの問題というのももちろんいろいろございますけれども、そういう点で永続的少数者に対する対応をどうするかというのは、やはり自治という概念が一つのキータームになるんじゃないか、そんなことを考えているんです。
伴野小委員 ありがとうございました。
保岡小委員長 次に、遠藤和良君。
遠藤(和)小委員 公明党の遠藤和良と申します。
 きょうは、両先生、本当にありがとうございます。私は、お二人に、憲法改正に限界があるのかないのかという問題についてお伺いしたいと思います。
 いわゆる九十六条の改正規定を満たせばすべてを変えることが可能なのか。あるいは、言われております、例えば平和とか人権とか民主とか、不易の三原理ですか、そういうものについては変えることができないのではないか、こういうふうな主張もあるわけです。例えば前文の中で、「ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。」その後で国民主権のことを書きまして、「これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」こういうふうに書いてあるんですけれども、これを素直に読めば、ここのところは改正はできないのではないか、こう思いますね。
 あるいは第九条ですけれども、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」永久にということが書いてありますよね。そうすると、この憲法を素直に読めば改正はないのではないか。
 あるいは十一条、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。」こういうふうに宣言をしているわけですけれども、この文言を素直にそのまま読めば、ここの三つの部分については、改正に限界を設けているのではないか、このように読むことができると思うんですけれども、これに対するお二人の意見をお伺いしたいと思います。
高見参考人 結論から申しますと、私も改正に限界があるというふうに考えております。
 ただ、その論拠ということになりますと、憲法が自分で名乗っているということだけを論拠にして改正の限界ということを議論することはどこまで可能かといえば、理論的に極めて難しい問題がございます。
 私は、限界があるというのは、やはり憲法改正権というのは、理論的に申しまして、憲法をつくった国民の基本的な意思表明がそこになされているということでございますので、みずからの基本的な大原則と申しますか、それを変えるということは、つまり憲法そのものを変えてしまうということにつながるわけで、そういう意味で、理論的に限界があるだろうというふうに考えるわけです。
 そこに憲法でどういう文言を記入したからその文言に従って変えられない、そういう理論というか理屈とはちょっと違っているかと思いますけれども、その辺だけ。
長尾参考人 私は、非常に違った考え方を持っておりまして、憲法改正権限界論というのは大きな誤りの議論ではないかというふうに前から考えているんです。
 まず第一に、もし憲法改正権限界論というものが正しいとすると、これこそ、さっき言った祖先による子孫の呪縛の最たるものであって、早い話が、憲法の制定者たちがつくってこれは絶対動かせないと思ったものについて、基本原則というのは、子孫の中で九九・九%の人が反対の意見を持っても覆せないということになる。これこそ祖先の子孫支配の最たるものであって、どうしてそんなことが可能なのかわからない。
 それから第二として、憲法改正権の限界というのは一体どういう限界なのかという問題がある。
 特に、実際問題として、明治憲法の改正権の限界を超える改正が旧憲法七十三条に従って昭和二十一年に行われた。これについては、憲法改正権の限界を超えたから、したがって国体が変わったもので、それゆえに革命である、これは宮沢先生の説です。
 これは、だから、革命であったら無効になるかというと、無効になるとまでは言わない。ということになると、要するに、これが憲法改正権の限界だという主張があったとしたら、その枠を超えた決定が改憲手続に従って行われれば、その結果として無血の革命が行われたのである、そういう議論になる。
 しかし、無血の革命だというように言うことの意味というのはどこにあるのか。これは無血の革命である、これは合法的な改憲であるということの、そういう言い方を区別することによってどういう意味があるかというのは、私にはわからない。
 というのは、もう少し具体的に言うと、もしそうだとすれば、仮に今、憲法の改正権の限界と称するものを超える憲法改正が行われようとしている。しかし、それに対して、これは憲法改正権の限界を超えているから許されないと言った。それでは、合法的じゃないクーデターによってそれを実現しようかというような仕方で、法秩序の安定性を破って、平和を破って内戦になるのか、それとも改正権の限界を超えて、革命だけでも、しかし、議会が制定したらそれは有効で、したがって、別に名目上革命だと言ったって、実際上は大して事態が違わないのかどっちかで、いずれにしても、非常に不思議な議論だと私は思っております。
 そしてまた、憲法改正権の限界というのは、日本国憲法のことだけを念頭に置いて護憲論者がおっしゃっておられるのは、それはそれで政治論としてはわかりますけれども、明治憲法下においては、国体というのは天壌とともに無窮で、絶対変えられないと言った。実際は、明治憲法の国体と言われたものは、幕末に知識人の間で流行した尊王攘夷論の中のある部分をとったもので、別にそんなに古くからの日本の伝統というわけでもない。
 だから、それを明治の人たちが、これは絶対に変えられないんだと言った、したがって変えられないとか、あるいは江戸時代だったら身分制度だとか、さっき言ったような、親藩、譜代、外様の格付だとか、そういう制度は変えられない、そういうものは基本制度であって、幕府の基本精神にかかわるから変えられない、こんなふうなことを言う人はいるかもしれないけれども、そういうことを言うことが何か非常に重要で意味のあることかどうか、私にはよくわからない。
 ですから、私は、憲法改正権限界論というのは、多くの憲法学者が昔から唱えているけれども、大きな誤りの議論ではないかと思っているんです。
遠藤(和)小委員 それでは、九十六条の改正権を改正権で変える、これは自己否定になるのではないか、こういうふうに思いますけれども、九十六条も改正権で改正をできる、こういうふうに考えるんでしょうか。
保岡小委員長 参考人に申し上げますけれども、質疑の時間が限られておりますので、御答弁を簡潔に願います。
遠藤(和)小委員 お二人にお願いします。
高見参考人 私は、九十六条の改正権というのは、憲法をつくったというか、先ほどちょっと御報告の中で申しましたけれども、フィクションといえばフィクションなんですけれども、そういうフィクションの上に日本国憲法というのは成り立っているということで申し上げているわけなんです。
 前文にございますように、この憲法は主権者たる国民がつくったんだ、制定し確定したんだと言っております。つまり、憲法制定権力を持った国民がこの憲法をつくってという趣旨でございます。
 その国民がいわばこの憲法典の中にどこに入り込んだかと申しますと、九十六条の憲法改正の国民投票という形で、みずから改正について決定する。これは、したがって、国民がつくった憲法を国民がみずから必要に応じて変えていくということの宣言でございます。ですから、この九十六条の規定をいじるということは基本的には難しいというふうに考えています。
長尾参考人 僕は、ちょっと今の高見さんの御意見、よくわからないんですけれども……
保岡小委員長 長尾参考人、簡潔に。
長尾参考人 はい、簡潔に。済みません。申しわけございません。
 私個人は、まずかったな、これはちょっと厳し過ぎたかと思ったら、議会の三分の二の人がそう思い、国民が思ったら、変えてちっとも差し支えないんだと思っております。
遠藤(和)小委員 終わります。
保岡小委員長 次に、藤島正之君。
藤島小委員 自由党の藤島正之でございます。
 今ほど、遠藤委員の質疑の裏側のような議論になるんですが、改正権の法的限界の逆の面で、憲法は何でも規定できるのかどうか、逆に、規定したらすべて有効なのかどうか。
 その一つは、国民の世代間の問題はあると思うんですけれども、憲法九条に絡む問題としまして、生存のためには自衛権が必要なわけですけれども、その自衛権を有事に行使するためには、その裏づけというものが必要なわけですね。現在は、その裏づけである自衛隊というのがあるんですけれども、こういうものを憲法九条といえども将来にわたって一切持つことを禁じているとは思えないし、どんな規定の仕方をしても、そういう手段は保有できる。
 逆に言いますと、憲法でそれを禁ずることはできないし、禁じても逆にその規定は無効であるというふうに私は考えるものですが、両参考人の御意見を伺いたいと思います。
高見参考人 質問の御趣旨は、九条に関連して、九条の規定を全部改正できるかどうか、そういう御趣旨かと思います。
藤島小委員 いや、そうではなくて、要するに九条だけじゃないんですけれども、九条の例としまして、要するに自衛のために国民は、あるいはその手段を持つ権利があるわけですね。そういうものを持ってはいけないという規定を憲法には規定できないのではないか、また規定してもそれは無効ではないか、将来にわたって。
高見参考人 そういうことはないと思います。
 憲法第九条について申しますと、これは私の意見でございますし、大体、学界と申しますか、通説的な見解ということになるかと思いますけれども、九条の第一項の平和主義につきましては、これは改正の、先ほど申しました一種の限界にかかわるだろうというふうに考えております。九条二項につきましては、改正ということは可能であろうというふうに一般に考えられておりますし、私も基本的にそう思います。したがいまして、今御質問の趣旨のような意味で、九条の第二項を何らかの形である時代において整備し直すということは、それは九十六条との関係で申しますと、当然その範囲内ということになろうかと思います。
長尾参考人 今の御議論は、基本的には国家の自衛権とか国家の生存権というのは、実定法以前の自然権で、ちょうどホッブズの理論における個人の生存権が実定法以前の権利で、実定法が何を規定しようと、個人はいざとなったらそれに抵抗することができる。死刑囚は監獄官僚を殺して逃げることは自然権があるとホッブズが言っている、その理論の国家版だと思うんです。そういう国家版の国家の生存権というのがあるかどうかという問題は、これは非常に難しい。法哲学の世界では難しい議論です。
 例えば、ウェストファリア条約以後の主権国家の並立体制というものを一つの前提とした上で、そういう主権国家というものは、国内法、国際法のいかなる制約があっても、いざ国が滅びるとなったら実定法を無視して戦う権利があるのだという議論は、国際法上もありますけれども、そういうことを言い出したら国際法は成り立たないという議論もあって、自然法というのか自然権というのがあるのかどうかとか、そういう法哲学的な議論もあり、非常に難しい議論です。難しい議論ですが、そういう議論も有力な議論としてあることも事実です。
藤島小委員 まさに今長尾参考人がおっしゃったその分野だと思うんですね。要するに、規定しても、その意味で規定し切れない分野が、憲法といえども、最高法規といえどもあるのではないかということを私は申し上げたかったのです。
 ところで、平和主義という、今の憲法九条の関係もあるわけですけれども、これと軍隊の保持という問題とをどのようにお考えになっておりますか。両参考人にお伺いします。
高見参考人 それは先ほど長尾参考人がおっしゃったように、いわば国家の自衛と申しますかをどう考えるかということにかかわってくるかと思うんですけれども、日本国憲法の解釈ということで話ができるというかお話しする、そういった筋で今の問題をお話しする場合と、それから、もう少し広く、各国の憲法において軍の問題と平和の問題をどう考えているかという二つの筋があるかと思うんです。
 先ほど申しました九条の第二項を改正して、一定のそういう措置を行うことができるであろうというのは、これはいわばそういう国際レベルでの比較の中で、日本国憲法はそこまでは多分要求していないというふうに考えるべきだろう、そういう趣旨でございます。
長尾参考人 今の点は、何というか、日本国憲法の解釈論の中の非常に微妙なものの一つであって、これは私の口から申すよりも、もっと専門家がいらっしゃると思うんですけれども、ざっと見ると、日本国憲法は軍備を容認していないように見えて、吉田内閣なんかも最初はそう言っていた。
 しかし、最近になって言われていることは幾つかあって、まず一つは、ケーディスが、マッカーサー三原則の中から、自国の安全を維持するための手段としてのというのを除いた。これによって自衛権の可能性が第一項に関しては出てきた。
 ところで、第二項のところで、いわゆる芦田修正というのが、「前項の目的」というのを入れた。入れなければ、いかなることがあっても陸海軍は持てなかったのが、入った。
 この芦田さんの趣旨についてもまたいろいろ議論がありますが、ケーディスが、日本について、鳥尾未亡人とのロマンスなんかがあって、長い間決して何とも言わなかったんですけれども、八〇年代になって過去を語り始めて、そのときに、あのとき芦田が持ってきたものが自衛権を容認する趣旨であるということを私は理解した上でこれに賛成したんだ、こう言った。
 そこで、立法者意思が、だれの立法者意思かという問題がありますが、少なくとも、立法の中心にいたケーディスの意思として、もしケーディスが八〇年代に言ったことが本当に歴史的に真実であるならば、マッカーサー三原則から自衛のところを削ったことと、それから、芦田修正を容認したことによって、憲法第九条は自衛権を容認することになったのではないかという話がある。
 それから、極東委員会がそれを承認するに当たって、文民条項をぜひ入れろと言ってきて、一回断ったけれども、また言ってきた。ところが、これはどうも、芦田修正があった以上、自衛権が認められて軍隊が存在するから、閣僚は文民じゃなきゃいけないという規定を入れた、そういう話から、実は日本国憲法というのは立法のときから軍隊を認めることになっていたのではないかという議論が出てきていて、私も、これは幾つかの仮説的な部分があるからわかりませんけれども、そういう問題にかかわるのではないかと思います。
藤島小委員 終わります。ありがとうございました。
保岡小委員長 次に、山口富男君。
山口(富)小委員 日本共産党の山口富男です。
 まず初めに、高見参考人にお尋ねいたしますが、各国の憲法改正の規定について類型化が可能だということできょう整理していただいたんですけれども、確かに、その時々の王権ですとか専制によって憲法が停止されたり廃止されるという歴史的経験の中で各国ごとに、きょう、参考人が二つの要請を満たすような仕掛けなんだという話だったんですけれども、こういうことが生まれたと思うんです。
 これは、立憲主義の各国への波及なり成長という共通の土壌がここに生まれているというふうにみなしていいんでしょうか。
高見参考人 今回の分類というのは、純粋にと申しますか、決定主体ですね、憲法改正をどこでだれが決定するのかということだけに焦点を合わせて、しかも、現行の憲法を全部繰っていって整理したということであります。それを歴史的な時間の文脈で見ていった場合どうなのかというのが今の御質問の趣旨かと思うんです。
 これは、ある程度というか一般的に言われていることであり、しかし、私も基本的にはそうだと思うんですけれども、やはり立憲主義の大きな流れというのがございまして、その中でさまざまな、憲法の形は違え、出てきたものだと思います。
 ただ、大きく申しますと、やはりアメリカでのあの憲法の制定の運動というか、植民地の独立から始まりますけれども、もちろんその前提にはイギリスというのがございますが、それからヨーロッパに渡りまして、フランス革命以降の大きな流れという中であろうと思います。
 ただ、その中でも、十九世紀、先ほどちょっと報告の中で申しましたけれども、十九世紀のヨーロッパ大陸というのはかなり、今から見ますと、大きな特徴を持っているということは言えたかと思います。それは、やはりどうしても議会中心でございまして、憲法も法律もすべて議会の意思であるから、だから議会で何とでもできる、議会がやっていかなきゃいけないんだ、そういう発想だったと思うんですよね。
 ところが、憲法と法律はやはり違うんじゃないかという、これはアメリカが非常に強くそういう考え方を持って硬性憲法をとっております。もう一つ大きな流れがありまして、それもやはり、第二次世界大戦後、一般的にヨーロッパでも強く主張されるようになってきて、憲法と法律を分けて考えていくし、その制定手続についても分ける。場合によっては、憲法裁判所を設けて、憲法に対して法律をチェックしていくというシステムをつくっていく、大体そういう流れになっているかと思います。
山口(富)小委員 もう一点、きょうは世代の拘束論という話が出たんですけれども、憲法の改正規定を持つというのは、世代の拘束にかかわって、これへの対応する側面を持っている規定だというふうに考えてよろしいんでしょうか、高見参考人。
高見参考人 そのとおりだと思います。
 世代論、少なくとも、私、今回ちょっとお話しいたしませんでしたけれども、憲法はやはり安定性を求めるというのは当然でございますけれども、もう一つの基本的な、多分それに対応する原理というのは、憲法はやはり時代に応じて可変的でなくてはいけないという考え方だと思うんですね。変えていかなければいけない、その時代に応じたものでなければいけないということだと思うんですね。そのために憲法改正手続というのが設けられているわけでございますので、おっしゃるとおりだと思います。
山口(富)小委員 もう一点、高見参考人に続けてお聞きします。憲法の改正限界論なんですけれども、私もその立場に立つんですが、具体的に、参考人がここは改正の限界に当たるというふうに考えていらっしゃる憲法原則はどういうものですか。
高見参考人 私が基本的にというか改正の限界として考えているのは、やはり国民主権の原則というのは譲れないんであろう。これは国民がつくった憲法であるわけですから、憲法を別の主権原理を持ち出してそちらに変えていくというのは、これはやはり、憲法の同一性というのは保てないだろうということで、多分無理だろうというふうに考えております。
 それから、人権尊重ということで人権規定、これはどこまで改正ということになりますと、具体的な事例を見ていかなきゃいけませんけれども、そういう人権尊重の基本的な原理というのは譲れないんだろうというふうに考えております。
 平和主義は、先ほど申しましたように、国際平和ということで日本国憲法がとっております戦争放棄という考え方は、これは譲れないんだろうというふうに思っております。
山口(富)小委員 高見参考人に最後の質問なんですが、憲法の改正規定の各国ごとの類型化をやる際に、改正限界論というのは、明文かどうかという問題もあるので、なかなか類型化するのは難しいと思うんですけれども、そういう研究なり作業をやったものというのはあるんですか。改正限界論ということから各国の憲法の特徴づけをやったようなものというのは。
高見参考人 申しわけありませんが、そういう研究は私は目にしておりませんし、多分、非常に難しい作業になるんではないかと思います。
山口(富)小委員 続きまして、長尾参考人にお尋ねしたいんです。
 きょう、「硬性憲法の思想的問題」ということで、長尾参考人の思想的な問題のところが私はよくわかりましたけれども、説明された論旨は。硬性憲法への批判的な見解を御紹介していただいたんですが、その際に、レジュメですと、IIの「硬性憲法の問題」のところの「秩序の安定」ですとか「「感激時」の決意」というところにお触れになった際に、これはなかなか法理論としてどこまで取り上げられるかというのは難しいんだというお話ですとか、直ちに一般化するとなるとなかなか問題があるかもしれないという、かなり条件がついたように思います。
 きょうのお話というのは、そうしますと、これまでの法哲学の研究に根差して、日本の憲法の戦前も含めてですけれども、見たときに、参考人がお感じになる点を出してみた、そういうものとして理解してよろしいんでしょうか。
長尾参考人 ちょっとなかなか、そういう御質問にどうお答えしていいかわからないんですけれども。
 感激時という点に関しては、要するに感激時だということは、明治維新だってそうだし、明治の国体と言われているもの、それから日本国憲法、およそ多くの憲法の中で、本当に平和的に、冷静な議論の中から生まれてきた憲法というのは非常に珍しいわけで、そうすると、この議論というのは、実際上、多くの憲法の内容のあり方をよく説明する議論になるんではないか。
 ただし、では法理論という意味は、感激時の決断は平常時の決断に優先するなんていうことが一般的な法理論として言えるかというと、これはなかなか難しい議論だろう。つまり、それを一般原則として立てることは難しいだろうというわけです。ですから、それは僕の個人的な感想かと言われれば感想かもしれませんが。しかし、だれだって、憲法の制定についてそういうことがよくあるということはあるけれども、しかし、それを一般的な原則として、感激時のものはというようなことを法原則に立てることはできないでしょう。
山口(富)小委員 きょう、ケルゼンやシュミットの研究、それから日本法思想史の研究もなさっているというお話だったんですが、明治期から昭和の戦前期にかけての憲法論で、私なども驚きますのは、例えば筧さんの憲法論なんかを見ますと、驚くような神権的な憲法論になっているんですね。先ほど国体論の話で、これは幕末期の知識人の中から生まれた、いわば伝統という点で見たら、比較的新しいものだという指摘もあったんですけれども、なぜああいう時期の憲法論としてあれだけ、ちょっと今ではとても使えないような憲法論が一定の力を持ったのか、このあたりをどういうふうに法思想史の立場でごらんになっているんですか。
保岡小委員長 長尾参考人、簡潔にお願いいたします。
長尾参考人 そうですね、やはり明治の新政府というものが、ある種の、国民を統合していく上でのシンボルとして天皇制というものを掲げる必要があった、これが一つ。
 それからもう一つは、これはやはり軍隊、軍の統制とか、そういうような要請もあったんじゃないか。そしてまた、具体的な人間としては、山県有朋という非常に個性豊かな人間が、国体論というものに対して、特に明治三十年代から四十年代にかけて極めて強い影響力で、それでいわゆる小学校教科書、中学校教科書の歴史については、山県の強い個人的意見があって、そういうものがあった。
 しかし、そういう歴史的な状況の背後には、やはり国民自体が一種の家父長制的な権威主義的メンタリティーを持っていて、したがって、どこかに家父長制的な権威を求める心理があったから、それに結びついてなんだと言うんですが、ちょっとこの点は、今突然の御質問ですので余りまとまりのいいお答えができませんけれども。
山口(富)小委員 どうもありがとうございました。
保岡小委員長 次に、北川れん子君。
北川小委員 社民党・市民連合の北川れん子といいます。きょうはどうもありがとうございました。
 二人にお伺いしたいんです。憲法があって、一般法があって、授権しているという言葉遣いになるんでしょうか、授権している部分が多いと思うんですけれども、憲法の理念というものが一般法にどう組み込まれ表現されているかということの検証というのが必要だろうというふうに思うんですけれども、お二人は、今の一般法を見ていてお気づきの点とか、憲法と照らし合わせてどうお感じになっているのか、具体的なものがあれば具体的なものを教えていただきたいし、トータル的にどう思っているかということを少し初めにお伺いしたいんです。
    〔小委員長退席、平井小委員長代理着席〕
高見参考人 最初に申しましたように、私、国会図書館の職員でございまして、具体的な立法について云々するというのはどこまで公の場でできるのかちょっとわかりませんけれども、私の個人的な感想だけをお話しいたします。
 感想というか、憲法はどう考えているかということだと思うんですけれども、日本国憲法を例えばドイツの憲法と比較していただければわかると思うんですけれども、条文の立て方が、ドイツの場合には非常にきめが細かくなっております。つまり、法律で本来定めておけばいいようなものが、憲法の中で非常にきちんと語られているというか規定されているということになっております。
 それに対して、日本国憲法の場合には、これは明治憲法の伝統もございますけれども、極めて簡潔に書かれております。ですから、その分だけ法律でそれを整備していくということが当然予定されていますし、日本国憲法がつくられたときもそうでございましたけれども、憲法附属法律ということで、つまり憲法を具体的に実施していく上で必要な法律というのを通していったわけでございまして、それが多分憲法秩序というか現在の憲法体制、システムそのものの中身を構成しているということになると思うんですね。
 それは、立法府が、つまり国会が憲法の趣旨を体現しながら、時の政策というか施策でさまざまに多様に対応している。日本国憲法はそういうシステムをとっておりますので、憲法という基本的な、憲法典と言ってもいいわけですけれども、その枠が設定された上で、そこは法律でもって非常に多様に対応していく、そういう考え方をとっているというわけです。したがって、常につくられていく、とりわけ憲法に附属する法律については、やはり見直しというか検討というのはなされていく必要があるのではないかというふうに考えております。
長尾参考人 そういう御質問に対してどうお答えするかという話になると、占領軍と自由民主党というのはどういう関係に立っているか、簡単に言うとそういう議論になると思うんです。つまり、占領軍は占領軍でアメリカ流の自由主義と民主主義を日本に押しつけたというか置いていったわけですけれども、戦後独立後、日本でそれを具体化して立法をつくっていったのは、すなわち自由民主党を中心とする保守党政府が何十年間にわたってやってきたわけですから、これについては、要するに、前者と後者は非常に違うのだと。
 例えば、占領軍というのは、当時のニューディーラーが多くて、したがって、極めてアメリカでも革新的な思想を持っていて、日本の自由民主党というのは自由でもなければ民主党でもないのだという、一方にそういう見方があるし、他方では、アメリカ民主主義と、戦後の自由民主党というのは親米政権で、多かれ少なかれ基本的には自由民主主義の点で共通の基盤に立っているから、日本国憲法の精神はある種の仕方で立法に反映されていったんだ。これは両方の考え方があって、そう簡単にどちらが正しいとも言えないだろうと思うんですね。
 一つのことだけエピソードみたいなのを言うと、日本の戦後の立法は、民法の親族・相続編とか刑事訴訟法とか大きな立法をやったのは、アルフレッド・オップラーという人なんです。この人が中心になって、戦後の立法を日本の法律家たちと交渉してやったわけです。
 オップラーは、日本が独立した後、日本人は反逆して自分のつくった法律を全部ひっくり返してしまうのではないかという心配も持ち、果たして自分のつくった立法がその後どういう運命をたどるか見るために、米軍の中に何かのポストを見つけて、七年間日本にいて、その後の日本の自分がつくった立法がどうなるかをわざわざ見ていたんですよ。それで、結局、七年間たって、彼の目で見るところでは、非常にその後も自分たちのつくった立法はちゃんと定着して守られていて、少しもひっくり返らなかったというので、非常に満足して帰った。
 だから、ある程度までは戦後の日本の一般の法律、六法を初めとする法律も、憲法の精神とそうは矛盾しない仕方で運用されてきたというふうに、例えばオップラーなんかは見ていたということですね。
 以上です。
    〔平井小委員長代理退席、小委員長着席〕
北川小委員 感激したとき以降の十年ぐらいの、七年間がそうであったということなんですが、ここ九〇年代に入ってからは多少、よく私なんかも町に立って憲法違反の法律をつくるなとかというふうな声を上げたこともあるわけで、憲法を別に変えなくても一般法の部分が随分変わっていたり、それがいわゆる法解釈という言葉で進むのかどうかわかりませんが、そうなっている懸念というのがあるのではないかというところでお伺いしたんです。
 もしもう少しつけ加えたいという面があればぜひつけ加えていただきたいんですが、例えば、新しい権利を憲法に入れなければ現実的な権利の保護ができないとか、新しい権利を憲法に盛り込まないといけないんだという考え方があるんですけれども、憲法に新しい条文を書き込む、私などからすると、それは別に、憲法に一定のものがトータル的に書いてあって、その後法律でない部分を補正していけばいいのじゃないかというふうに思うんですが、そういう点は、お二人はどういうふうにとらえられていらっしゃるんでしょうか。
高見参考人 法律を扱っている人間といたしましては、憲法の、これまで新しい人権というふうに言われているものにつきましては、わざわざそのための条文を入れなくとも、基本的には解釈で導けるわけですから、あとは立法措置でそういった中身というのを具体化していくというのが、ある意味では非常にスマートなやり方だというふうに考えております。
長尾参考人 新しい権利というものを入れるという話に関しては、まず一般の法律でどうしていけないのかという問題が一つあることと、それからもう一つは、権利というのは必ず義務を伴う、したがって、何かの権利を新しくつくれば必ずそれに伴う義務を負う者が出てくる。
 したがって、日本国内である権利をつくり出したときに、その権利の反面として、義務を負う人たちがどういうふうにそれを見るか、どういうふうに受け入れるかという問題が常に伴っているということがあるのではないかと思うんです。
保岡小委員長 北川れん子君、質問の時間が来ております。
北川小委員 もうだめですか。
保岡小委員長 もう時間は終了しているんです。恐縮です。
北川小委員 時間が来て。済みません。
 これで終わります。ありがとうございました。
保岡小委員長 次に、井上喜一君。
井上(喜)小委員 憲法は成文法、実定法でありますけれども、それが成立いたしましたときは現実と合っていたと思うのでありますけれども、時の経過とともに現実と離れていく、政治的にもあるいは行政的にも離れていくと思うのであります。離れ方がわずかな場合は解釈なんかで一応補っていけるんだけれども、解釈でカバーできないぐらい遊離をしてきた場合に、一体そこはどういう調整の仕方があるのか。
 民事的な問題につきましては、判例なんかの積み上げでこれはある程度やっていけるんではないかと思うんだけれども、公権力の行使というような点になりますとなかなかそういうわけにもいかないので、どういう手段が現実との調整の手段としてあるのか。
 もちろん、そういうときには、憲法を解釈する場合、あるいは解釈じゃなしに、憲法を考える場合に、自然法とは言わないけれども、自然権とは言わないけれども、自然権的なものを想定して憲法を考えていく、あるいはそれは成文法にはないんだけれども、そういうものを考えてそれなりの根拠を公権力に与えていくというようなことはいかがなものかと思うんです。これは両参考人にお伺いしたいんです。
高見参考人 難しい御質問かと思います。法哲学的なあるいは問題かもしれませんので、ちょっと私の能力では答えられない側面はございますけれども。
 基本的には憲法がとっている体制というのは、九十六条に従っていわば現実と規範との乖離を埋めていくという、このメーンルートというのを設けているわけでございます。ですから、多分そういう形……(井上(喜)小委員「いや、だから、それができない場合を言っているわけですね」と呼ぶ)済みません、ちょっと御質問の趣旨が……。具体的にどういう場面を想定されているお話ですか。
井上(喜)小委員 ですから、今、基本的人権なんかでいえば環境権なんかの問題があると思うんでありますが、あと、例えば安全保障の問題なんかについて、攻撃を受けた、国家の存立にかかわるようなことが出てきた場合に、どうも今の憲法では対応できないというようになっていた場合に、どういうふうな対応があるのか、そういうことですよ。
高見参考人 こういうふうに理解してよろしいでしょうか。つまり、例えば国家緊急権のような規定が少なくとも現行憲法にはないわけで、そうしますと、そういう事態を想定した場合に一体どういう対応が現実に可能なのかということでありましょうか。
 それは、大変微妙な問題もあるかと思いますので私がどこまで発言できるのかわかりませんけれども、基本的には法律で整備できるということではあるかと思うんです。それもだめだ、そういう事態なのでしょうか。ちょっと、長尾先生に譲ります。
長尾参考人 お配りしてあるかと思うものの二百四十八ページ以下に、法がだんだんと事実と食い違っていったら何が起こるかということについて十九世紀のメインというイギリスの法史学者が言っている議論があって、つまりは、最初はフィクションでいく。だから、日本でいえば、自衛隊は戦力なき軍隊であるというような、ああいうフィクションを用いてやる。しかし、フィクションでやり切れなくなると、英法ではエクイティーというのでやる。それでも仕方がなくなると立法でやるということになる。こういうようにメインが言っていて、法がだんだん事実とずれていくという現象については、そういう古典的な議論があります。
 それと、今おっしゃられたことのもう一つの重要な点は、高見さんがおっしゃった国家緊急権というような問題で、緊急事態が起こったときには法を守ってはいられないのではないかと。これはまた、緊急事態は法を知らないという、正当防衛というような考え方は刑法では認めているけれども、それをもっと国家の段階でも認めるべきじゃないかというような議論になる。
 これはしかし、ナチスの授権法を初めとしてまた乱用の歴史も非常にありますから、簡単に認められる議論でもない。しかし、全く否定できる議論かどうかというと、それは憲法を守って国が滅びるかというような議論ともなると、そういう議論で国家緊急権の議論になる。その中間に憲法変遷論というのがあって、憲法上は認められないけれども、違憲臭い法律を議会が通して、しかもそれはなかなか最高裁にはかからなくて、その結果としてその法が憲法にかわって実定法になっていくという現象がある。そういう話になるんだと思います。
井上(喜)小委員 ちょっと時間がありませんので、二つの問題を両参考人にお伺いしたいんです。
 憲法の改正手続の幾つかのタイプが出ておりますけれども、一番うまく改正ができている、つまり一番うまく機能している制度というのはどういう制度なのか、どこの国のどの制度なのかということが一つです。
 それからもう一つ、事項によって改正手続を変えるということですね。しかじかの事項についてはこういうような手続、そうでないしかじかのことについてはまた別の要件なんかを規定する手続、そういうことがある国があれば教えていただきたい。両参考人にお伺いしたいんです。
高見参考人 第一番目の、いろいろなタイプがある中でうまく機能しているタイプはどれかということでございますが、うまく機能するというのはどういうふうにとらえればいいか、そのとらえ方によっても違ってまいりますけれども。私の整理、これはあくまで条文に見られる形の整理でございまして、それがどう機能しているかということになりますと、これはもう一遍実態を調べなければ何とも確定的なことは言えないということであろうかと思います。
 ただ、非常に回数の多い国には、それなりのやはり習熟した規定の運用ないし改正の運用というのがあるわけですし、回数が少ないということは、それはそれで非常に幸福な状態であるのかもしれないですし、その辺のところは何ともはやというか、今回行いました整理の中ではちょっと十分にカバーできなかったということでございます。
 それから二番目の、事項によってということでございますけれども、これはかなりの憲法がそういう例でございまして、お配りした資料の方の類型ということで整理している中でも、括弧書きをして、一定事項については厳しい要件をかけているということで、一定事項ということで見出しをつけておりますけれども。
 これは、中身はいろいろございますが、例えば、先ほど申しました私の分類で申しますと、主権の規定、主権原理にかかわる規定でありますとか、あるいは人権規定でありますとか、あるいは、多いのはやはり選挙ですね、選挙の手続。これは大変やはり民主主義にとってというか、議会の構成にとっては重要なものになりますので、選挙の手続については非常に慎重に、そういうものもございます。それはここに掲げていたとおりでございます。そういう形で特定の事項に限って非常に厳しく要件をかけているわけで、場合によってはそこだけ国民投票にかける、そういうシステムをとっている場合がかなりあるということでございます。
長尾参考人 二番目の点はちょっと私、わかりませんが、一番目の点については、うまく機能しているというのはどういう意味かという高見さんが疑問に思われた点がまさしくそれなのです。
 私が大学の学生だったころ、鵜飼信成先生の国法学の講義を聞いたんですが、鵜飼先生は、憲法が変わるか変わらないか、しょっちゅう変えるか変えないかというのは、一種の民族性とエートスの問題だと。韓国なんというのはもう、日本の隣の国で、いろいろ似ているように見えるけれども、ひっきりなしに憲法を変えている。それに対して日本は、一たん憲法を制定するとちっとも変えない国だ。国によって、ちょこちょこ変える国と、ずっと変えないで何とか、不便でもそれでやっていくというような国と、これは一種の法文化の問題であって、どっちがうまくいっているか、機能しているかというのは、これは一回も変えない方がうまく機能しているのかもしれないし、それはちょっとなかなか言えない。
 これはだから、硬性度が高いとか四分の三にしたから変わらないとかというものでもなくて、四分の三にしてもどんどん変わるところは変わるし、戦前の日本の憲法以外の法律でも、明治二十二年ごろに、憲法の以前に井上毅なんかがつくった裁判所構成法だとかいろいろな法律というのは、ちっとも変わっていない。明治憲法の終わりまで変わっていないんです。だから、変えない、そういうのはカルチャーの問題だと思うんです。だから、うまく機能しているという概念がよくわからないんですけれども。
井上(喜)小委員 どうもありがとうございました。
保岡小委員長 次に、平井卓也君。
平井小委員 もう私を入れて残り三人ですから、あとは問題を整理しながらお聞きしたいんですが、できるだけ短くお答えいただくようにお願いします。
 まず、最近の世論調査を見ても、憲法改正という機運は確かに高くなっています。ある新聞社によりますと、数年間、過半数、ずっと憲法改正すべきだという国民の世論があります。また、最近の世界情勢なんかを考えて国民もそのことに関心をさらに持っていると思うんですが、今の日本国憲法の改正手続であれば、国民の過半数が賛成であっても、国民代表の三分の一が反対であれば改正できないということになります。その場合は、国民の代表の意思を国民の意思よりも上位に置くことになると私は思うんですが、そのことをどう思うかということが一点。それと、国民主権の原理を発展させていく観点から考えれば、国民の請願、発案で憲法改正の手続を設けることも考慮していいのではないかと思うんですが、そのことについて御意見をお伺いしたいと思います。
高見参考人 第一点でございますけれども、この問題というのは、憲法改正手続につきまして、発議とそれから承認という形で、手続が二段階に分かれております。両議院でございますけれども、三分の二の意思の合意がなければ発議ができないということになっておりますので、つまりは、発議がないということは、国民に対して原案が提示されていないということになります。それによって、原案が提示されて初めて国民の意思が決まってくるということになります。
 したがいまして、三分の一のハードルが越えられなくて発議できないという段階で、法律的に申しますと、憲法制定権力を保持している国民の権利、投票権というか発動権が侵害されている、そういう議論にはならないであろうというふうに考えます。これは法律的な論理でございます。
 それから、二番目の国民のイニシアチブによってということでございますが、憲法は発議については規定はございますけれども、発案というその前段階については、それはだれであるということを何も規定しておりません。
 ということは、つまり、もちろんこれは国会で発議しますので国会議員が発案権を持っているということは当然のことでありますけれども、これは内部的発案というふうに法律的に呼んでおりますけれども、それ以外に、例えば外部的発案、つまり、内閣でありますとかあるいは国民が発案できるのかということについては、これはいわばグレーゾーンでございます。
 立法的な整備さえすれば、もちろん内閣については、これは政府の憲法調査会以来、憲法の解釈としてあるのかどうかということで議論がございますけれども、少なくとも内閣についても、発案について、これは発議権が国会にありますので、仮に発案があっても、それによって発議が縛られているわけではございませんので、そういうふうに考えますと、内閣も当然に発案できるんじゃないか、こういう解釈が基本的には成り立つと思います。そうしますと、国民につきましても、法律的な整備さえすればそういう議論というのは成り立つであろうというふうに思います。
長尾参考人 さっきの感激期の話ともかかわるんですけれども、世論調査で確かに改憲論も強いんだけれども、非常に強く、何かせっぱ詰まったような議論ではないようなところがある。だから、あとはまたカルチャーの問題で、大してそういう感激期でも何でもないのにどんどん憲法を変えるカルチャーの国と、それから何か特別な感激期にならないとなかなか憲法を変えない国というのがやはり世の中にあって、日本というのはひょっとして特別な感激期でもないとなかなか憲法を変えないのじゃないか。
 それから、いわゆる護憲勢力というものが三分の一を現在割っていると思うので、世論調査の仕方が、国民代表に反映しないかどうか現在はわからないけれども、しかし、そうはいっても、依然として三分の二の人たちが政治の課題のトップの方に改憲というのを上げてこられないというようなことから見て、やはり日本は何か特別な感激期がないとなかなか大きな改革をしない国なのかもしれないなと思ったりしているんです。
平井小委員 発案権の話になったので、もう一度確認したいんです。
 内閣にその発案権があるかないかというのは、過去の憲法調査会の議事録を見ると、内閣法制局はあると、けれどもやっていないというような話なんですが、仮に国会法等の法律に内閣に憲法改正案の発案権がないと定めた場合は、その規定は憲法違反となるかどうか、お考えをお示しいただきたいんです。
高見参考人 国会法でそういうふうに判断するということでございますか。これはちょっと微妙なところがございます。
 というのは、内閣に発案権があるということの理屈の一つに、当然憲法の運用に内閣も携わっているわけだろうから発案ができるだろう。しかも、その場合に、仮に内閣で発案権が行使できないとしても、それは国会議員が多数を占めているわけですから、当然国会内部で議員を通じて発案できるではないか。いわばそういう半分及び腰の議論なわけですよね。そうしますと、国会法で、国会の意思として、発案権は我々内部の人間だけなんだというふうに決めてしまいますと、それはその限りで、仕方がないかなという印象は持ちます。
長尾参考人 大体同じような考えですけれども、要するに、発議については憲法に規定があるけれども発案については規定がないわけで、発案をだれにするかは、それは国会で決めれば、法の解釈の枠内でそういう決め方も、立法論として合理的かどうかは別として、あり得るだろうと思います。一応、別に違憲だということはないんじゃないかと思います。
平井小委員 高見参考人にお聞きしますが、フランスにおける一九六二年の憲法改正、ドゴール大統領が憲法に規定された憲法改正手続を無視して、憲法改正案を議会を通さずに直接国民投票に付して成立させました。
 このような改正は、普通は違憲と考えられるんですが、フランスの憲法院はこれを有効であるというふうにしましたが、その理屈はどのようになっていたか、もし御存じでしたらお知らせいただきたいんです。
高見参考人 これは、ドゴールが一九六二年に行った国民投票であったわけなんですけれども、大統領の直接公選ということでやったわけであります。国民投票にかけたわけです。六二年の秋に憲法院が評決を下しております。
 これは、かなり技術的に逃げているところがございまして、というのは、そもそも憲法院が判断できる、憲法院というのは、これは御承知のように、議会で法律がつくられまして、その法律をまだ公布する前の段階で憲法に適合しているかどうかを審査するわけですね。一般的な法律については審査はできる。しかしながら、これは国民投票に付した法律である。国民投票に付した法律であるというのは、これは主権者たる国民がみずからこの法律をつくったんだというわけですね。そうすると、一般の法律手続で上がってくる法律ならば憲法院の方は審査できるけれども、主権者がみずから、これが我々の意思だというふうに言ったものについては、これは憲法上の機関として我々は審査の対象にすることはできないということで退けた、そういうケースだったと思います。
長尾参考人 私は、そのことはよく知らないんですけれども。
 要するに、主権者と法秩序に関係する議論というのがあって、主権者は法秩序を超越している、普通は主権者は法のもとにあるけれども、しかし、いざとなれば主権者は法を超越することができるのであって、これは、絶対君主制時代にまずそういう議論があって、それが国民主権時代に移されたわけです。
 フランスにはその伝統がありまして、ナポレオン三世がクーデターを起こして、そして国民投票によって皇帝に選ばれる。だから、国民投票をすれば、法を無視しても最後には主権者である国民の正当性が得られるんだという、これはフランスにある伝統的な思想なんです。
 こういう思想が認められるか認められないかというのは、これはまた非常な議論があるところですけれども、フランスでは、だから、ドゴールにおいてもなおそういう伝統がそういうふうな仕方で残っていたんだというふうに思われます。
平井小委員 以上です。ありがとうございました。
保岡小委員長 次に、島聡君。
島小委員 民主党の島聡でございます。
 実は、私は、憲法九十六条の「憲法改正条項を改憲しよう」という論文を二〇〇二年の六月号のボイスという総合雑誌で掲載しました。条文もつくったんですが、内容は、先ほどの、憲法改正案の提案権は国会議員及び内閣にあることを明記すべきだろうというのが一点。二番目が、各議院の総議員の過半数の賛成があれば、国会は憲法改正を発議し、国民投票に付することができる。つまり、三分の二を過半数にします。三番目は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成があれば、国民投票を経ずに憲法改正ができるようにする。四番目が、国民投票による憲法改正に必要な過半数の賛成とは有効投票総数の過半数の賛成であることを明記する。これが骨子なんですね。
 質問は、二番目と三番目、私の場合は二つしたいんです。つまり、過半数の賛成なら国民投票でやって、三分の二以上の賛成があれば国民投票はしなくていいというような仕方に、自分なりに考えた案としてつくったわけです。
 そのとき私が思いましたのは、例えばだけれども、第三章の国民の権利義務に関するような、基本的人権に関するようなことは、これはすべて国民投票にかけるようにすべきではないかと思ったんです。例えば、そういうように憲法の条文の中でこういう基本的人権に関することはというような分類、そこだけは重視すべきだというような考え方はいかがなものかというのが第一の質問であります。両参考人にお尋ねしたいと思います。
高見参考人 外国の立法例で一定事項というふうに資料の中では書きましたけれども、この中には、かなり具体的にというか、各条文を挙げたものがございます。その条文の中で、基本的に人権について、これは人権全部というわけでもございませんけれども、重要な人権については慎重な改正手続をとれということで、主に国民投票ですけれども、そういった立法例というのはございますので、おっしゃるような考え方というのは成り立ち得るし、比較法的に見ましても、割と説得力があるものだというふうに考えています。
長尾参考人 先ほどもちょっと申しましたけれども、まず、日本国憲法のいわゆる民政局案、最初の案の中で、憲法の第三章にかかわるものだけは最高裁の判断を最終にして、それ以外は議会で覆すということになったけれども、しかし、その中で、憲法の基本的人権にかかわるか、かかわらないかということが、限界設定が非常に難しいということが一つの理由でその案は葬られたと聞いております。そういう点から見てもなかなか、何が第三章にかかわって何がかかわらないかと非常に広く考えると、大抵の憲法問題がすべてかかわるということにもなりますので、そういう点のテクニカルな問題はあるんだろうと思います。ただ、それが諸外国でどういう立法的解決をしておられるか、それは高見さんにお聞きしないとわからないのですけれども。
島小委員 次に、同じく今申し上げた四項めの話ですが、九十六条に「この憲法の改正は、」三分の二以上の賛成、発議、「承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行はれる投票において、その過半数の賛成を必要とする。」とあります。
 その過半数ですが、例えば二〇〇一年十月九日にイタリアで憲法改正の国民投票が行われました。そのときに、イタリア憲法は百三十八条で手続を定めていますので、賛成六四・二、反対三五・八で通ったんですが、投票率が三四%だったんです。
 今の時期に、もちろん「国会の定める選挙の際行はれる投票」だという話があるからある程度高くなるとは思いますけれども、これは、投票率というものを想定していないと思うんですね。
 そうすると、承認であったとしても、投票率が非常に低い場合には無効だというような主張もあるかと思うんですが、投票率何%ということはどのように考えていけばいいでしょうか。
高見参考人 何%というふうな具体的な数値というのはなかなか、いろいろな考え方で決まってくることになると思いますし、何とも申せませんけれども、憲法がとっている基本的な考え方とは多分こういうことじゃないかということでお話しいたしますと、国民の承認というふうに言えるためには実際に一体どれだけの有権者の承認があれば妥当なのか、望ましいのか、その辺のところを考えていけば多分常識的な線というのは出てくるんじゃないか。つまり、国民の承認ということが擬制できると申しますか、投票率が低い場合であっても、ここは最低限これだけあれば国民の承認があったというふうにいわば考えることができる、そのラインだというふうに思います。
長尾参考人 それは、棄権というものをどう解釈するかという基本問題になるのです。
 一方には、棄権者というものは発言を放棄したものであるから、したがって、棄権者は無視することを自分で選んだものであるということで、したがって、三〇%しか投票者がいなかったら、その三〇%の投票率の中ですべて解釈する、これは一つの考え方です。もう一つは、棄権というのは、いずれにせよ、積極的に支持しないという意思表示であるから、したがって、積極的な支持をする人間の数から判断すべきであって、例えば、私の大学の今の教授会の人事の決定というのは棄権も白紙もみんな結局は反対と同じに数えられているわけです。そういう考え方と両方あるのですが、憲法の精神から見ていずれが妥当かというのは、私は直ちにはちょっとわからない。
 ただ、前者の方は、主体的な人間で、政治的な人間によって国家共同体は形成されるので、消極的な人間は共同体の成員たる資格を喪失したものだというような、非常に政治的シトワイヤンというか、臣民ではなく市民、国民、そういう国民観に立っていて、後者の方は、一応政治は政治家がやるんだけれども、国民に時々は意見を付託して、大きく反対がなければいいのだというような考え方で、消極的国民観というものがあって、日本国憲法がいずれの国民観を持っているかというのはそう簡単に言えないと思うのです。
島小委員 ありがとうございました。
 一応、条文だけ御紹介させていただきます。
  (憲法改正の手続き及び公布)
  第九六条1 憲法の改正案は、国会議員または内閣が提出することができる。
 2 憲法の改正は、次のいずれかの方法によらなければならない。
  一 各議院の総議員の過半数の賛成で、国会が憲法の改正を発議し、国民に提案してその承認を経ること。
  二 各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、憲法の改正案が可決されること。
 3 第三章の規定の改正は、前項第一号の方法によらなければならない。
 4 前項第一号の承認は、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際、行われる投票において、有効投票総数の過半数の賛成を必要とする。
 5 憲法の改正について、天皇は、国民の名で、この憲法と一体をなすものとして、直ちにこれを公布する。
ということを私自身が今準備しております。
 九十六条というものに絞っていろいろ議論をしていくということは、いろいろな意味で国会の議論を統合できるのではないかと思っておりますので、これからも一生懸命勉強していきますので、よろしくお願いします。
 ありがとうございました。
保岡小委員長 次に、森岡正宏君。
森岡小委員 私は、自由民主党の森岡正宏でございます。
 私が最後でございますので、今まで御質問なさった先生方の内容とちょっとダブるかもしれませんけれども、お許しをいただきたいと思います。
 私は、この日本国憲法が、敗戦と占領という異常な事態で生まれた憲法だと思うわけでございます。
 先ほど来お話が出ておりますように、昭和二十一年の二月十三日にGHQのホイットニー局長から示された総司令部起草の憲法改正案、これについて、これは日本政府の発意に基づいたものだとして公表するようにという厳しい注意があったという記録が残っております。つまり、GHQから押しつけられたものじゃないんだということにして公表しろということでございまして、そして、それが政府原案として天皇の勅語とともに発表されるようになったわけでございますが、この手続が、帝国憲法の第七十三条の改正手続によって、天皇の発議によって内閣が改正草案を作成したという一応の体裁が整えられたと私は伺っているわけでございます。
 GHQという国家主権を超えた存在がかかわって、そして、私はハーグ陸戦条約違反だと思うんですけれども、占領軍のこういう異常な事態の中で受け入れられたのが今の憲法だということを私たちは想起しなければならないと思うわけでございます。
 しかも、アメリカが、再び日本がアメリカの脅威となるような存在にしちゃいかぬのだというような意図を持って、より難しい改正手続をこの九十六条に示したんじゃないか、私はそんなふうに思うわけでございます。非常にいい憲法をつくろうという意図でこういう硬性憲法にしたというふうに思えないわけでございまして、少なくとも、これを決めた閣議では涙を流した閣僚もいらっしゃったということを伺っているわけでございまして、時の政府の意思に反してできた憲法じゃないか。それはすなわち、国民の意思がどこにあるかということを問わないままにこういう憲法ができた。
 そして、この憲法がかけられる、占領軍からこういう憲法草案が示されてほどなく総選挙が行われております、二十一年の四月。その総選挙では、政見放送の原稿を全部チェックされて、憲法についての批判を許さなかった、また帝国議会でも憲法についての批判を許さなかった、そういう事実が後ほどの資料によって明るみに出ているわけでございます。
 こういう状態を考えますと、私は、長尾参考人の対談を読ませていただいたら、これは棚ぼた憲法だという言い方をしておられるところにちょっと注目したわけでございますが、確かに今の憲法はいいところもある、しかし本当にここまで縛られていいのかという思いをするところが私どもにはあるわけでございまして、そういうことを考えますと、こういう憲法制定過程を考えて、今のこの憲法第九十六条の改正規定は余りにもリジッドに過ぎないか。
 先ほど高見参考人でございましたか、改正手続はリジッドに過ぎぬかという問いに対して、国会議員の質をよくして国民の政治的教養を高めれば支障となるまいというような解説をしておられましたけれども、私は、これはちょっと余りにもハードルがきつ過ぎるんじゃないか、制定過程からしてちょっとおかしいんじゃないかというふうに思えてならないわけでございます。
 この制定過程についての御感想と、そして、お二人だったら、今のこの憲法改正規定、今のままでいいと思っておられるのか、それとも変えた方がいいと思っておられるのか、その辺をお二人にお伺いしたいと思います。
高見参考人 何度も申しておりますように、私は国会図書館の職員として参っております関係上、この問題につきましては、基本的なというか私の個人的な考え方の一端だけちょっとお話しさせていただきたいと思います。
 制定過程を私も少し勉強しておりまして、幾つか思いつくことがあるわけなんですけれども、いろいろ勉強しながら、最近、あるドイツの学者の書いたものを読んでおりました。どう書いてあるかというと、これはニーチェの言葉というか文献から引いているんですけれども、源泉というか出発点に返れば返るほど、出発点を子細に見れば見るほど、極めてそれは残酷、残忍である、野蛮であるという言葉を残しています。つまり、起源というのはすべて野蛮であるということですね。
 これは、彼がドイツの憲法制定の過程あるいは憲法制定権力というものを論文にしたものの出発点に置いたわけです。要するに、でき上がったものは立派な立憲主義の憲法であるけれども、しかしながら、その過程を眺めれば眺めるほど実に野蛮であるということですね。先ほど長尾先生がそういう感激ということを申しましたけれども、全く同じことを別の言葉で多分言っていることだと思うんですね。だから、日本国憲法というのもやはり、そういう目で見ますと、一つのイメージとして描けるのかなというふうなことを最近ちらちらと考えているということが一つの感想でございます。
 それからもう一つは、それとの関連で、GHQも、先ほどお話ございましたように、非常に憲法を押しつけたということについては負い目というかを感じていたのは確かでございます。
 ですから、これは極東委員会もそうでございますけれども、早い段階で日本人はみずからの手でこの憲法の見直しを行いなさいということを言ったわけですよね。それに応じて、例えば東京大学では、研究会を組織して、日本国憲法がつくられて五年ぐらいたってからでございますけれども、憲法規定の問題点というのを洗い出して、それを論文にして公表するというようなことも行っております。ただ、その後日本政府がどういうことをしたかと申しますと、改正の見直しには応じないという形でそのときは対応されたはずですよね。
 ですから、そういう意味では、GHQの方も、やはり明治憲法との一体性というようなことで、日本政府があたかもつくったかのような形で憲法を公布したわけだけれども、しかしながら、やはりそれについては自分たちの目で見直すことを望むというのがむしろ基本的な当時の方針だったかな、そういう印象を持っております。
長尾参考人 その御質問、ちょっと私も、かなりいろいろな議論があって、しゃべり始めると非常に多岐にわたって長くなるので、恐らく余りお話しできないと思うんですけれども、そこで一言だけ。
 今アメリカがイラクでやっていることとの関係で考える。そうすると、やはり、世界のアメリカナイゼーションという大きな歴史的な問題があって、十九世紀のアメリカはモンロー主義で、世界にアメリカニズムを輸出しようとしなかった。しかし、第一次大戦にウィルソン大統領がヨーロッパに兵隊を派遣することをしてから、それ以後、アメリカは世界をアメリカナイズするということを大きな使命感としている。その中には、暴力的なものもあり、非暴力的なものもあった。このアメリカナイゼーションというのは一体何なのか。これは、だから非常に雑な言い方をすれば善なのか悪なのかという大きな主題があって、今イラクで暴力的に貫徹しようとしているアメリカナイゼーションというのがあって、これについては大きな反対勢力もあるし、うまくいくかどうかわからない。
 戦後の日本においては、やはり日本の中国に対する侵略戦争と言われるものに対して、アメリカがそれを抑止しようとして介入して、そして結局、日本の軍国主義政府をつぶして、その後に強制的なアメリカナイゼーションをしたんだ。二十一世紀の発端に当たって、またアメリカナイゼーションというのを大きくしようとしている、世界に、ブッシュ政権は次々にローグステーツというものに対してアメリカナイゼーションをしようとしている。
 これがもし大きく成功して、例えば二十一世紀のアメリカがローマ帝国みたいになってアメリカ的正義が世界を支配するようになれば、これは歴史哲学的な事実として、第二次大戦後の日本というのはその輝ける先例だという話になる。なるのかならないのか。アメリカニズムというものについて、これは一体何なのか。これは今のグローバライゼーションをめぐる論議なんかとも非常にかかわっているんではないか。
 これについては、個人の主観として、アメリカナイゼーションにかけるかかけないかという問題と、それから大きな歴史哲学的な問題としてこういう現象をどうとらえるかという問題と、両方あると思います。
森岡小委員 大変残念でございますけれども、時間が参りましたので、終わらせていただきます。
保岡小委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 両参考人におかれましては、貴重な御意見をお述べいただき、ありがとうございました。小委員会を代表して、心から御礼を申し上げたいと思います。(拍手)
    ―――――――――――――
保岡小委員長 これより、本日の質疑を踏まえて、小委員間の自由討議を行いたいと存じます。
 一回の御発言は、五分以内におまとめいただくこととし、小委員長の指名に基づいて、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いいたしたいと存じます。
 御発言を希望される方は、お手元にあるネームプレートをお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようにお願いいたします。
 発言時間の経過については、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。
 それでは、ただいまから御発言を願いたいと存じます。
藤島小委員 きょうも議論になったわけですけれども、改正規定の九十六条を実施するための法律がない。国会としての不作為かどうかという問題もあるわけですけれども、これは、憲法の規定の内容にかかわるものじゃないわけでありますので、速やかに制定されてしかるべきである。この小委員会も何らかのアクションをとっていただければなおよろしいかと思うのですが、少なくともそういう意見があるということを、小委員長が本委員会の報告の際に御報告いただきたいとお願いをしたいと思います。
保岡小委員長 承知しました。
 ほかに御発言ございませんか。
平井小委員 今の藤島先生のお話に私も同感ですので、民主党の先生方も、憲法改正の手続というものを、一刻も早く要件を定める必要があるということは、一方では、憲法改正の中身を別にして手続だけの整備をするのはいかがなものかという慎重論がありますが、その慎重論には根拠は甚だないと私は思いますので、よろしくお願いをいたします。
 以上です。
山口(富)小委員 日本共産党の山口富男です。
 九十六条の、今藤島委員から提起のありましたのは国民投票の手続の問題だと思うんですが、きょう、一つは高見参考人の方から、これは高見参考人の個人の見解だということですけれども、立法不作為という点では、その見方は当たらないという指摘がありました。
 私は、それはなかなかよく整理された意見の開陳だったというふうに思ったんです。この九十六条にかかわって言いますと、やはり実際に憲法の改正というものが問題になった時点では国民投票の手続の定めというのは必要になりますが、では、今それが、具体的な特別法という形でもってないことを、憲法改正の不備があるかというと、別にそういうわけではなくて、九十六条では基本の流れはきちんと定めているわけですから、私は特段今、国民投票の手続についての特別法の制定が必要だというふうには考えておりません。
大畠小委員 民主党の大畠でございます。
 実は、きょういろいろ参考人のお話を伺っていまして、大変勉強になりました。特に、長尾参考人の参考資料として配られました「思想としての日本憲法史」というものを、参考人の意見をお伺いしながらずっと私も読ませていただいたんですが、ふと、この歴史書をずっとひもとくときにイラクの問題を私は想像したんです。これから果たしてどういう形になるか。このイラク戦争の問題は、ちょっと詳細に入るのは横に置きますが、果たしてこの戦争が終わった後、アメリカ、イギリスがどういう形でイラクを統治するのか。
 日本が八月十五日に戦争で負けて以来、この歴史書を見ますと、日米合作であるというような歴史的な背景があるようでありますが、やはり、日本国民の民意によって現在の日本国憲法というのができたとは思いがたい歴史的な背景もあるようにも思います。このイラク戦争の後、どのような形で統治されるのか。多分イラク国内にも新しい憲法ができるかもしれません。
 いずれにしても、いろいろな経緯があって今日の日本国憲法があるわけでありますが、日本国民の総意をもって憲法を状況においては改正するということもあるでありましょうから、先ほどからお話ありますように、この憲法の九十六条というものによって憲法改正するという具体的な方法あるいは手段というものを整備しておくことは必要ではないかと私自身は個人的に考えるわけであります。
遠藤(和)小委員 九十六条の改正手続について申し上げますと、国民投票の話はあるんですけれども、もっと前に議論をして、論点を整理して申し上げれば、一つは内閣に発議権はあるのかないのかということをきちっとやはり議論をしなければいけないと思うんですね。そして、改正法案を閣法として提出することはできるのかどうかということがありますよね、付随する問題ですけれども。
 それから、審議の定足数ということについては触れていないんですけれども、これはやはり大変大切な改正議論になるわけですから、それを議論する場においては絶えず、この定足数は普通の委員会と同じでいいのかという問題ですね。やはりもう少し特別な定足数が必要なのかどうかという問題があると思いますね。
 それから、総議員の三分の二という意味ですけれども、この総議員のこと、例えば、議員定数のことを言っているのか、あるいは現在の議員の数を言っているのか。議員総数という意味なのかということは詰めておく必要があると思いますね。
 それから、国民投票ですけれども、過半数と言っているわけですけれども、この分母は一体何かということですね。有権者総数が分母になるのか、あるいは投票者の総数なのか、あるいは有効投票なのかによって全く理解が変わってくるわけでございますから、この辺の議論を詰める必要があるのではないかなと思っております。
 それから、その前に私、一遍議論をしておく必要があると思うのは、憲法の変遷の問題ですね。要するに、きちっとした条文の改正はないんですけれども、実体的に、制定時から憲法が変性しているのではないか。いわゆる解釈改憲という議論の話です。
 これは、例えばイェリネックという方は、事実は法を破壊し法を創造するというような議論を展開されているわけですけれども、実体的に、日本の中におきましても、憲法の解釈が時代とともに変遷をしている、時代の方が法よりも先行している部分があるのではないか、実際に、解釈の変更だけでは時代に対応できない状態になっているのではないかな、こういうふうな論点から現在の憲法を見直していくということの作業を丹念にした方が具体的である、私はこのように思います。
北川小委員 社民党の北川れん子です。
 今、九十六条に対しての具体的な御提案が、両意見が出た段階で、私の方は、憲法というのは国家権力の行使の制限という部分を明記してあるわけですね。
 きょうの長尾参考人の御意見の中に、日本では何か感激期がないと改革をしないのだなと思ってきているという発言があったわけですけれども、私自身は、今何か国家権力の行使の制限に関して改変する必要のある前提条件があるのかどうか、そこのところの議論の深め方というか、それは国会外においても国会内においてもなんですけれども、そういう気がしてなりません。ですから、九十六条云々の以前に、国家権力の行使の制限というものに関しての今の状況がどうなのかといったところに焦点を当てて、見ていく必要があるというふうに思っています。
保岡小委員長 どうでしょう。国民投票法について、それぞれ各党、先ほどから御意見も出ていますが。仙谷先生、どうですか。
仙谷会長代理 きょうの長尾先生の御議論などをお伺いすると、世代的な、祖先派対子孫派でございましょうか、先行する世代が後の世代を拘束するというのはいかがなものかという議論、あるいは、そのことと、憲法改正手続の硬性、軟性というのと哲学的に関係があるのではないだろうか、こんな議論でありました。
 しょせんは、今の時代を生きる我々が、今の日本のこの閉塞状態がもたらされている憲法秩序というものが、今のこのグローバリゼーションと言われている、あるいは情報化時代の到来と言われている、こういう事態を前にしてうまく機能するような制度になっているのかどうなのか、そちらの方を、つまりもっと端的に言えば、憲法条項のうちこの条項をこのように変えた方がわかりやすいし制度改革がもっと進みやすい。
 私がかねてから申し上げておりますように、地方分権あるいは地域主権というふうに言われている地方自治の問題も、現在の規定のような抽象的な規定ではなくて、やはり権限問題と財源問題についてちゃんと憲法上柱を立てるということが必要なのではないか、そのことなしにはどうも今の分権論というのは進まない。つまり、国の形として議論をしない限り、分権もこれ以上は多分進まないであろうし、中央諸官庁の行政改革というふうに言われているものも多分進まないであろうし、そのことで今、日本が陥っている、資源分配を中心とした閉塞状況も進まない、こんなふうに思います。
 それで、手続法規を大げさに国会の不作為とまで言って、だからやらなければいけないと言うのは、ある種の運動論としては気持ちはわからないでもありませんけれども、実は、九条の問題にしても、あるいは今申し上げた分権の問題にしても、改正という言葉でも、新たに憲法条項としてつくるという問題でもいいのですが、国の形としてこういうふうに変えよう、そのためには憲法条項としてはこうなるんだという合意を国民の中でつくる方が先で、そのことができれば、手続法規は、それと同時期にやろうと何しようと、さっき長尾先生でございましたか、政令でやってもいいんだみたいなことをおっしゃっていましたけれども、そのことはそんなに困難なことではないのではないか。
 あるいは、もっと言えば、国民投票の問題は、私なんかは、国民のといいましょうか、この国の政治意思の収れんのさせ方、決定の仕方として、住民投票、国民投票を取り入れた方がいいというふうに考えておりまして、だから、そういう憲法改正をしようということと同時に、むしろ国民投票法をつくった方がいいのではないか、こういうふうに考えております。
奥野小委員 私は、この憲法調査会にも二つの流れが、従来からどおりいまだに続いているんじゃないかな、それを乗り越えなければ憲法調査しても意味はないんじゃないかなという疑問を持つのです。
 いつかも言うたことがあると思うのですけれども、私の体験ですけれども、もう二十年ぐらい前になりますけれども、法務大臣をしましたときに、社会党の方から、自民党は自主憲法の制定ということをうたっている、あなたはどう思うのかというお話がございました。今まで憲法発言で本会議で謝罪をさせられたり、ついには閣僚を辞任させられたりしたこともございましたので、私の答弁でまた辞任を迫ろうというんだなと。しかし、この機会に国民にはやはりよく知ってもらう必要があるんじゃないかな、そういう意味で、とっさの思いで私なりに用心してこう答えたのです。
 国民の間で議論が行われて、同じものであってもよいから、もう一遍つくり直してみたいと思う気持ちが生まれてくるならば、それは好ましいと思いますと答えたのです。これが、社会党から法務大臣罷免の意見が上がってきたわけでございました。そのとき思ったのですけれども、護憲護憲と言うておられるけれども、本当に憲法を守る意思があっての護憲なのかという疑問を強く抱いたわけでございました。
 当時、連休のころにはよくストライキが行われたりいたしまして、社会党の党首の方まで占領軍帰れ帰れと言うてやっておられたわけでございます。条約に基づいて連合国軍が日本に駐留しているわけでございますから、まずはその条約は守らなければならないということを憲法に書いているわけでございますから、そんなことは、護憲とおっしゃるなら言えないはずじゃないかというわけでございます。また、残念なことながら、日本が自衛隊を持っていることが違憲であるか合憲であるか、これなんかは大変国民の間でも議論が分かれるところだと思うのですけれども。こういういろいろな矛盾を抱えているわけでございますから、やはり、みんなが本当に真から守られるような憲法をつくっていく必要があると思います。
 また、先ほど長尾さんが言われたように、私も、アメリカは第二次世界大戦以後変わったと思っているんです。アメリカ国民みんなが、世界の問題は自分たちの問題だと考えるような国民になっていると私は思うんです。今は、何でも規制排除だ、自由化だと。自由化を余り徹底してしまいますと、大きな者が勝つのは決まっているわけであります。やはり、小さい者も物によっては守っていかなきゃならないと思うのでございます。
 また、為替の問題につきましても、アメリカのドルが高過ぎる、だからアメリカの品物が売れないことから、一九八五年に為替レートの調整問題が起こりましてから、当時二百四十円ぐらいだったのが、とんとん上がって八十円になったわけでありました。三倍にも十年もたたないうちに上がってしまうということは幾ら何でも行き過ぎじゃないかな、こう思うのでございます。
 いろいろな問題を考えますと、やはり、今仙谷さんがおっしゃったけれども、これからの日本のあるべき姿ということを頭に置きながら、よい憲法をつくるということで努力していく必要があるんじゃないかな。そうなりますと、九十六条も一歩前進させたらいいじゃないかという意見も出てくると思うのでございます。
 今のままで改正は許さないんだという気持ちは、私はやはりこの際何か話し合いができないものだろうかなということを強く感ずるわけでございまして、政党の名前まで出しまして申しわけございませんけれども、やはりはっきり言わないと物は進まないんじゃないかなという心配をしているわけでございます。あえて申し上げさせていただきました。
保岡小委員長 冒頭に、藤島先生から委員長報告に、改正手続法というのか、国民投票法について報告をしてほしいということがございました。それで、委員の先生方、それにかなり意見が出たので、まだこの点について御発言がなかった、遠藤先生、何かありませんか。
遠藤(和)小委員 私は、先ほどしたつもりなんですけれども。
 国民投票法案と申しますか、それだけを先行するというのはちょっとどうかなと思うんですね。今仙谷さんがおっしゃったんですけれども、僕はほぼ彼の意見に同意ですね。
 全体的に、やはり国の形のようなものをきちっと議論をする。九十六条の中でも発議権というのはどうするんだとか、そういう議論もした上で、そのセットの中で国民投票制度というのを議論すべきだろう。ですから、国民投票だけ、一つだけ先行して議論をするというのはちょっとおかしいな、こう思っています。
保岡小委員長 北川先生、何かありますか。
北川小委員 私自身は、今の御議論を聞いていて、私と一番違うなという点は、やはり、憲法というのは、国民、市民という言い方で私の場合は言いますが、国民、市民から、政治家や最高裁判事や公務員が遵守してほしいというふうに託されたものだというふうに本当に思っているんですね。
 今、一般の多くの人たちが守るものとして憲法があるんだという御意見が出たんですけれども、私たち自身が昨今よく言うのは、国って一体何という国の問題。国って一体何かという議論というのも、落ちついた点というのはなかなかない中で、日本の国の機能をうまく回していくために、そこの地域的に住んでいる人たちから、政治家や公務員や最高裁判事は日本だったら日本国憲法に沿った運営をしていただきたいと。
 だから、私は先ほど、権力に近いところにある人たちの制限を国民から託されたものが、市民から託されたものが憲法だというふうに思っていますので、先ほどの九十六条の点に関しても、私自身は、背景が何なのかというところ辺の議論が、感激期というふうに長尾先生はおっしゃいましたけれども、興奮した状況の中で国会が行くことに関しておかしいのではないかというふうに思っているといったことを表現したつもりでありまして、権力に近い側が言うのではなくて、権力から遠い側の人たちの中にどういう意見があるのか、そのことを酌み取っていける仕組みを今私たちの国会が持っているのか、そこの検証をするべきではないかというふうに思っているということを再度お伝えしておきたいと思います。
藤島小委員 先ほど山口委員の方からありましたけれども、具体的な改正の中身の条文について決まる、そのときに並行的に議論すれば、その改正規定についてもいいんじゃないかという意見もあるわけですけれども、そこは、遠藤委員のおっしゃったように、改正規定、九十六条の実施規定だけでもいろいろな議論があるわけですから、それだけは少なくとも先行して、規定はつくっておいた方がいいんじゃないかということを私は申し上げたわけでございます。
保岡小委員長 他に御発言ございますか。
 それでは、討議も尽きたようでございますので、これにて自由討議を終了いたします。
 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後零時十六分散会


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