衆議院

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第5号 平成18年3月23日(木曜日)

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平成十八年三月二十三日(木曜日)

    午前十時二十六分開議

 出席委員

   委員長 中山 太郎君

   理事 愛知 和男君 理事 近藤 基彦君

   理事 福田 康夫君 理事 船田  元君

   理事 保岡 興治君 理事 枝野 幸男君

   理事 古川 元久君 理事 斉藤 鉄夫君

      秋葉 賢也君    新井 悦二君

      伊藤 公介君    石破  茂君

      江渡 聡徳君    小野寺五典君

      越智 隆雄君    大村 秀章君

      加藤 勝信君    柴山 昌彦君

      高市 早苗君    渡海紀三朗君

      中野 正志君    野田  毅君

      葉梨 康弘君    早川 忠孝君

      林   潤君    平田 耕一君

      二田 孝治君    森山 眞弓君

      安井潤一郎君    山崎  拓君

      吉田六左エ門君    岩國 哲人君

      小川 淳也君    逢坂 誠二君

      鈴木 克昌君    園田 康博君

      筒井 信隆君    松本 大輔君

      三谷 光男君    太田 昭宏君

      桝屋 敬悟君    笠井  亮君

      辻元 清美君    滝   実君

    …………………………………

   衆議院憲法調査特別委員会及び憲法調査会事務局長  内田 正文君

    ―――――――――――――

委員の異動

三月二十三日

 辞任         補欠選任

  越智 隆雄君     新井 悦二君

  棚橋 泰文君     江渡 聡徳君

  松野 博一君     秋葉 賢也君

  北神 圭朗君     三谷 光男君

  平岡 秀夫君     松本 大輔君

同日

 辞任         補欠選任

  秋葉 賢也君     松野 博一君

  新井 悦二君     越智 隆雄君

  江渡 聡徳君     棚橋 泰文君

  松本 大輔君     平岡 秀夫君

  三谷 光男君     北神 圭朗君

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 日本国憲法改正国民投票制度及び日本国憲法に関する件


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     ――――◇―――――

中山委員長 これより会議を開きます。

 日本国憲法改正国民投票制度及び日本国憲法に関する件について調査を進めます。

 本日の議事の進め方について申し上げます。

 まず、辻元清美君及び滝実君から、日本国憲法改正国民投票制度について、基調となる御意見を順次二十分以内でお述べいただきます。

 次に、各会派一名ずつ大会派順に十分以内で基調発言者に対する質疑または発言を行います。

 それでは、まず、辻元清美君。

辻元委員 社会民主党・市民連合の辻元清美です。

 社民党は、そもそも今憲法を変える必要はないと考えていますので、当委員会の設置に反対をいたしました。まして、今直ちに憲法改正のための国民投票制度が求められている状況であるとは考えていません。

 先日も紹介されましたNHKの世論調査をもう一度ここでも御紹介したいのですが、どの程度国民投票法案について知っているかという問いに対して、「よく知っている」が三%、「ある程度知っている」が二四%であるのに対し、「あまり知らない」が四八%、「まったく知らない」が一八%で、六六%の人が知らないと答えています。さらに、知っていると答えた二七%の人に、成立の時期はいつにするべきかということを聞いたところ、手続を整えておく必要があるので早く成立すべきが二三%、四分の一以下であるのに対し、改正には賛否両論があるので時間をかけて議論すべきが六〇%、今の憲法を改正する必要はないので法案は必要ないが一六%でした。

 このように、国民投票について知っている人の中ですら七六%、四分の三以上の人たちが、この法律は必要ない、または急ぐ必要はないと答えています。この結果は、憲法議論の主役である主権者の私たちが十分考えたり知ったりする前に勝手に決められたらたまったもんじゃないという国民の声だと要約できるのではないかと私は思います。

 私たち社民党は、結局、七六%が必要ない、または急ぐ必要はないと言っているこの立場と同じだと考えております。私たちは国会の中では少数だと扱われぎみなんですけれども、広く社会全体を見れば多数の声を反映しているのではないかという思いで私はここに座っております。この国会の中と外のギャップにもっと敏感になっていただきたいとまず皆さんに申し上げたいと思います。私は、本委員会でもこのような世論調査を積極的に一度実施してみてはどうかということも提案をしたいと思います。実態をまず私たちがきっちり把握するということはとても大事なことではないかと思っているからです。

 三月九日の委員会で、自民党の基調発言で筆頭理事の保岡委員がこのようにおっしゃいました。今国会中に提案され、成立されることを願いつつ、そんな言葉で発言を締めくくられました。与党の自民党、公明党からは、六月までの今国会で国民投票法を成立させたいとか、会期中が無理なら延長しても成立させたいというような声が、メディアなどを通して漏れ伝わってきたこともありました。何をそんなに急いでいらっしゃるのでしょうか。今から会期末までの三カ月で何が何でも成立させなければならない理由は見当たりません。ましてや、わざわざこのために会期を延長して成立させなければならないという性質の課題でももちろんないと思います。

 さまざまな法案の中には、例えば先日のアスベスト対策にまつわる法案のように、期限を切って、早く対策しなければならないということで成立を急ぐというような場合もあります。時には会期を延長して審議することが必要なときもあります。しかし、国民投票制度は、成立させることよりも、焦らず全国民的な議論をじっくり行うことがまず重要な、そのような性質の課題ではないかと私は考えます。

 私は、議員立法でNPO法成立に取り組み、その過程で国会内外の専門家や市民と議論に議論を重ねました。成立まで何年もかかりましたけれども、社会の基本的な制度設計に関するものであるからこそ時間をかけました。私たち、このNPO法成立を目指した議員から見れば同じ議論の繰り返しにも思えましたが、粘り強く時間をかけ、市民を巻き込んだ議論を積み重ねたことによって、みんなの法律だ、制度だという認識が高まり、最終的にはより使いやすい制度になったと考えています。時間をかけて、できるだけ多くの人たちが一緒に法律をつくったというプロセスを踏んだことで法律が定着しているという一つの実態ではないかと思います。

 憲法という最高法規に関する国民投票制度をどのようにするかという議論の積み重ねには、このとき以上の配慮が必要ではないかと思います。私たちは、技術的な問題だけを議論して、法案策定に没頭してよいという官僚ではありません。それぞれの課題を主権者と共有するプロセスが民主主義の源ではないでしょうか。

 前回の本委員会で、自民党の葉梨委員から共産党の笠井委員への反論として、こんな発言が出ました。「民主主義というのは、これはたしかチャーチルでしたか、やはりこれは大変無駄というか非効率なものです。本来、非効率なもの。そして、国民の声というのは丹念に丹念にやはり聞いていかなければならないだろうと思います。」私は、この言葉を、法案づくりを急いでいる皆さんにそのままこの場でお返ししたいと思います。国民から見れば、この議論は始まったばかりという段階じゃないでしょうか。主権者不在のまま今国会中に何が何でも成立させようというような委員会運営にならないように、まず初めに強く主張したいと思います。

 次に、本日本国憲法に関する特別委員会で、憲法そのものや国民投票制度を論じるための共通認識の構築の重要性について触れたいと思います。

 憲法ないし国民投票制度について共通認識を構築し、議論の土台をしっかり固めておかないと、その上で展開される憲法論議や改正手続の議論が焦点の定まらないものになってしまうという懸念を私は抱いています。本委員会での議論では、それぞれの政党や委員が、この基本認識を深めないまま、それぞれのイメージを描いて議論しているのではないかと危惧の念を抱くことがあります。そのためには、まず、憲法とは何かという基本的性格、次いで硬性憲法であるという特質、最後に憲法改正の限界についての認識を共通にしておく必要があると考えます。国民投票制度を論じる場合にも、現行憲法の性質や近代憲法の意味を軽視して論じることはできません。基本になるこの三点の認識について、改めてここで提起をいたします。

 まず一点目は、憲法とは何かという問題です。

 ヨーロッパでの調査では、憲法の目的は国民の信託に基づいて権力を行使する国家機関を制約することにあるという、近代的な立憲主義の趣旨を皆さんとても大切にしていることを実感いたしました。この認識は当たり前のこととしてとらえられ、その共通の土台のもとで、憲法のあり方や国民投票制度が論じられていました。私は、この認識が国民投票制度の前提として明確化されなければならないと考えています。

 では、日本国内の議論の実態はどうでしょう。

 国民投票制度を早くつくって憲法を変えようと声高に主張する人の中に、現行憲法には個人の権利ばかりが強調されている、国民が遵守すべき義務や規制が盛り込まれなければならないと現行憲法を非難する人を見受けます。昨年発表された、例えば自民党の新憲法草案にも、帰属する国をみずから支え守る責務など、このところはちょっと長いですから割愛しますけれども、憲法が保障する権利を公の秩序のために制限できるとの規定に見られるように、この発想が色濃く入っているように思います。しかし、これらの考え方は近代立憲主義の原理には反するものであると私は考えております。

 三月九日の本委員会で、自民党の憲法調査会会長でもいらっしゃる船田委員の発言にこういうことがありました。国民投票の機会を国民に与えるという責任は果たす必要があるという趣旨の発言でした。私は、国民投票の機会を国民に与えるという発想に強い違和感を覚えました。与えるという発想が出てくるのは、憲法を主権者から権力側に向けられた指令ではなく権力側から主権者に向けられたものととらえていらっしゃるからなのかと疑念を持ちました。

 現行憲法では、「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、」この後が大事なんですが、「この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」と規定されています。

 現行憲法では主権在民がはっきりとうたわれて、その趣旨から、憲法とは主権者が権力を縛るものであるという近代憲法の原理が貫かれていると思います。そして、この原理に反する憲法をつくることはできないと現行憲法前文で明記されていると思います。私は、この共通認識をしっかり共有した上で、さまざまな議論が進められなければならないと考えています。国民投票は、単に国会の決定を国民が追認するというものではなく、国民がみずからの意思を国の方向を決めるために自分たち自身で明らかにするものでなくてはならないと考えるからです。

 この認識に立って国民投票制度を考えるならば、主権者の権利の行使としての有権者の範囲はできるだけ広く、運動は自由に、そして国民投票の制度づくりには広範囲な国民的議論の積み重ねをするプロセスが重要というようなことはおのずから導かれてくるはずだと思います。私たちは制度設計の議論をしているのだから憲法とはというそもそも論とは関係ないということにはならないと思います。これが一点目です。

 次に、改正のための制度設計の基礎になる二つの認識について提起をいたします。日本国憲法が硬性憲法であること、そして現行憲法のもとでの憲法改正に限界があるのかどうかという点です。

 先日の三月十六日の公明党の斉藤委員の発言の中に、「五年から七年ごとに二つから三つの項目の憲法改正が発議されるとのイメージで考えますと、」というくだりがありました。公明党内でも、日本国憲法の硬性さを軟性化してしまうと疑義も出たというお話も承りましたが、硬性憲法としての現行憲法は五年から七年ごとにころころ変えるというようなことは予定していないと私は考えております。硬性憲法であるという意味は、単に議決要件を加重したというだけではなく、多数者による少数者への圧制、多数の専制を防ぐという質的な意味が込められているということを重視するべきだと思います。選挙で過半数をとってもやっていけないことを決めたのが憲法だと言われております。

 次に、三点目の憲法改正の限界について言及をしたいと思います。

 三月九日に自民党の保岡委員は、投票の単位についての発言の中で、「前文を含めた全面改正というような場合には、それぞれを幾つかの項目に分割して個別投票に付すというわけにはまいらないケースもあるのではないか」と全面改正に触れられました。憲法改正権は憲法自身によって設けられた権限であるから、改正の範囲には限界があるのではないかと私は考えております。現行憲法の九十六条の二項では、国民投票によって改正が成立した場合、改正憲法を「この憲法と一体を成すものとして」公布すると定められています。この「一体を成すもの」という意味は、現行憲法の存在を前提としていることは明らかで、全面改正は認められていないと私は考えます。

 憲法改正の限界は、もとの憲法との同一性、継続性が保たれるか否かにあります。これは、もとの憲法が好きだから嫌いだからとか、その憲法というものを認めたくないからとか、そういう意見で左右されるものではないというふうに私は考えております。そして、言うまでもなく現行憲法の基本理念は、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義です。これを変更するようなものは憲法改正とはなかなか呼べません。したがって、そのようなものを憲法改正手続の中で行うことはできないと考えております。

 憲法改正の限界があるとされているのは日本だけではありません。特に、軍部による圧制や独裁を経験した国では、その歴史から、改正の限界ということを尊重しております。

 先ほど御紹介いたしました保岡委員の御発言、多分保岡委員は自民党が昨年発表された新憲法草案を念頭に置いて発言されたのかもしれませんが、この草案は、よく点検してみますに、先ほど述べた憲法改正の限界を超えているので憲法改正として考慮することはできないという指摘も出されております。全面改正でイエス・オア・ノーという一括投票に含みを残すなどということは、あってはならないことであると強くここで指摘をしておきます。

 私は、国民投票制度の内容に入る前に、憲法の意味や改正には限界があるのかどうかなどの基本認識について徹底した議論をするべきだと考えています。これらの基本認識の議論を素通りして、手続法の技術的な論点整理を急ごうとする姿勢には賛同できません。その基本認識がぐらぐらしていると、私たちが憲法というものについて論じるという根本のところがぐらぐらすることになると思うので、それぞれ意見があると思いますけれども、徹底した基本認識についての議論を、改めてこの国民投票制度を論じる場できちんとそれぞれ論じ、共通認識を持っていくということはとても大切なことだと私は感じております。

 最後に、最初になぜそんなに急ぐのかという発言を私はいたしました。まだ始まったばかりだと思うんですが、きょうの新聞にもこういう記事が出て、先ほどの理事会でもえらい問題になりました。自民党の久間総務会長の、調整が難航した場合に、仕方がないから自公両党で意見が一致したら法案を出そうということになっている、こういう言葉が報道されました。これは、この間見ているとはっきり表面化してきた、与党の中で、特に自民党を中心に国民投票法案づくりを急ぐ、果たしてこの背景には何があるのかというように私は思います。

 このように、自民党では特に新憲法草案を出しましたので、そこから非常に発言が活発になってきていると思います。それは自分たちが草案を出されていますので早く成立させたいという思いが先走っているのかもしれませんけれども、しかし、この新憲法草案に沿った方向で憲法改正を目指している人たちが特に国民投票法案づくりを急いでいる。そして、一日も早い成立をと国民投票法案づくりを牽引している人たちが出したこの新憲法草案、本日私は幾つかの点を指摘いたしましたけれども、近代憲法の原理や現行憲法の改正の限界を逸脱しているとも指摘されております。このような指摘がある草案の方向を目指す人たちが特に国民投票法案づくりを急がすこと自体に、今日の憲法状況の不幸があるということもここでしっかり指摘をしておきたいというように思っております。

 先ほどから何回も申し上げましたけれども、憲法とはそもそも何なのか。そして、この限界についてもそれぞれの意見があると思います。「一体を成す」という意味を一体どのように解釈し、私たちはどのような基本認識のもとで議論しているのかというような根本的なところの議論を素通りして、本当に、技術的に幾つかのことに特化して論点整理をしていこうという段階には至っていないというようなことを強く申し上げ、ちょうど時間になりましたので、私の発言を終わります。

 以上です。

中山委員長 辻元委員に委員長として一言申し上げます。

 国民投票法制度を早急に整備しろということは、昨年の四月十五日、各党の御参加のもとで憲法調査会で、決はとりませんが、全部整理をした中に国民投票の問題が大きくクローズアップされてきて、本会議における私の報告でも、国民投票法制度は憲法九十六条に基づいて可及的速やかにこれは成立させるべきである、こう申しておりますので、その点、御理解をいただきたいと思います。

 次に、滝実君。

滝委員 国民新党・日本・無所属の会の滝実でございます。

 ただいま辻元委員から、憲法問題の基本的な点について、大学の憲法学の講座でも聞けないような、わかりやすい、非常によくまとめた意見を拝聴いたしました。私は、その一つ一つについてはもっともだと思う点が多いのでございますけれども、ただ、この国民投票の問題と基本認識の議論がきちんとできなければいけないという問題とは、多少ニュアンスが違ってくるんじゃないだろうかな、こういうふうに思います。

 私は最初から、国民投票制度を議論するということは国民全体の憲法に対する認識を改めて深めていく、そういう意味があるというふうに考えてまいりました。したがって、私は、辻元先生の意見は貴重な意見でございますけれども、やはりこういう問題は具体的な改正の手続法ということを前提にして議論をした方が、よりわかりやすい、そしてまた具体的な問題のイメージがわきやすい、こういうふうに考えております。

 したがって、慎重な議論、そして憲法で変えてはならない問題は何かという問題も、必ずしも国民の中で意見が一致するような単純な問題ではないと思いますけれども、そういう問題を議論することは大切でございますけれども、それはやはり国民投票制度の整備の中で十分に議論をしていくということは必要なことだろうというふうに思います。

 そして、これまで、憲法を維持する、現行憲法を擁護するという立場から二つの問題提起がございましたので、それについて私の基本的な考え方を申し上げておきたいと思います。

 その一つは、辻元委員がかねてからおっしゃっておりますように、自民党の憲法草案が発表された、したがって国民はそれに引きずられていくんじゃないだろうか、こういうような御心配だろうというふうに思いますし、そういうものを前提とした国民投票制度を議論するのは、それは甚だ国民を無視するような結果になってよろしくない、こういうような御議論だと思います。

 私は、自民党が結党の一つの目標として憲法改正を掲げてきたということは余り国民に知られていないことであるだろうと思いますから、今の自民党を支持する人たちが憲法改正を前提にして自民党を支持するとは思っておりませんし、また、憲法改正といっても非常に幅がある。例えば九条の問題一つとっても幅がある。現在の自衛隊をそのまま憲法上位置づけるにとどめるべきだとか、あるいはそれ以上に発展させるべきだとか、いろいろな意見がある中で、同じ九条でも幅がある、そういうようなものでございますから、私は発表した案にこだわるのはどうだろうかな。

 むしろ、発表された案を対象にして危険性を感じるならば、その危険性を国民にPRする、そして、いかに改正がよろしくないかということが国民運動として展開する大きなきっかけになるだろうというふうに私は思いますから、私は、自民党の草案ができた今日ただいま、そういう観点から改めて国民投票制度の問題を国民の皆様方に周知徹底するには一番いい時期だろう、こういうふうに考えております。

 そしてまた、もう一つの意見として、国民の多くは憲法改正を望んでいないので国民投票法制を整備する必要がない、そういう意見でございます。私は、そうであればなおさら、この憲法問題について、長いことうやむやな問題で、かすみがかかったようなことで国会でも取り扱われてきた問題でございますから、そういう御意見があれば、今の段階で、国民に国民投票という形で判断を仰ぐ、そのための手続法を整備するというのはむしろ当然だろうと思います。

 ただ、いろいろな意見、慎重論を背景にして考えれば、いきなり、憲法九条をどういう形で改正するのか、あるいは憲法全体をどういうふうな形で改正するかという具体的な提案ということも一つの提案でございますけれども、もう一つの提案は、憲法改正に賛成か反対か、そういう提案の仕方もあり得るんだろうと思います。

 硬性憲法の上にそういう複雑なことをやると大変手間がかかりますし、ますます憲法改正がしにくくなるという事情はございますけれども、基本的には憲法改正に反対か賛成か、改正するとすればどういう事項について改正をするかということを国民に問う、その結果を待って具体的な改正案づくりを国会において行うという二段階方式ということも、慎重を期すとすれば考えられるわけでございますから、私は、ただ単に多くの国民が改正を望んでいないから国民投票制度をこの際整備する必要はないという意見は、これもいかがなものだろうかという感じがいたします。

 そしてまた、憲法改正の問題は、実は九条だけの問題ではないと思います。今ようやく道州制の問題が地方制度調査会で一つの提案として出てまいりました。今の道州制の問題は北海道の問題に端を発しておりますから、それに必ずしも道州制が引っ張られるわけじゃありませんけれども、本当に道州制を目指すならば、その道州、州というのは国に準ずる機関でございますから、当然のことながら私は憲法の改正の問題、憲法の問題として議論すべき問題だろうというふうに思います。

 そういう意味においても、憲法改正が必要なのは、ただ単に九条だけの問題じゃなくて、これからの日本の国のあり方、その一つとして道州制というものを本来の望ましい形でもって推進するとすれば、当然それは憲法改正の問題につながる問題だというふうに認識しておりますので、そういう観点からも、私は、国民投票制度というものをあらかじめ決めておくということは大変大きな意味があるというふうに思います。

 そして、これは皮肉として受け取られたらまずいのでございますけれども、先般の郵政民営化法案において、小泉総理が、国民投票的な選挙を行うということであの法案について国民の判断を仰ぐ、そういうことをおやりになりました。したがって、私は、むしろ自民党の方から、憲法以外の重要事項については国民投票の制度の一環としてこの問題を取り上げるというぐらいの提案があってしかるべきだ、そういうようにも感じます。そういう意味では、私は、民主党の、憲法問題以外に一般諮問的事項について、国民投票制度の中でその問題についても手当てをしておくという提案については検討の必要があるだろうという感じがいたしておりますこともあわせて申し上げておきたいと存じます。

 次に、十月六日に中山委員長の方から、八項目ばかり国民投票制度について検討しておかなければならない事項について最初に御報告がございましたので、順次、そういった点につきまして簡単に考え方を明らかにさせていただきたいと思います。

 まず、一番目は投票権者の範囲でございます。

 これは、確かに幅広く取り上げるということについてはみんなそういう思いもあるわけでございますけれども、基本的に、振り返りますと、日本全国の成年、未成年の区別をどこでするか、こういうこととの関係がやはり一番大きいように思いますから、私は今の制度の中では二十歳ということがやむを得ない判断だろうというふうに思います。それからまた、公民権停止について、除外すべきだという民主党の提案もありますけれども、私は、やはりこの種のものは、選挙、国民投票を問わず、公民権停止の者は除外すべきだという現在の選挙法の手続をそのまま乗せた方がいいような感じがいたします。

 二番目に、提案の仕方が一括かあるいは個別かという問題は、これは既に保岡委員の方からも提案されておりますように基本原則は個別だということで打ち出すということだろうと思いますし、具体的な問題はその段階で議論をしていけばよろしいんじゃないだろうかな、こういう感じがいたします。

    〔委員長退席、愛知委員長代理着席〕

 そして、三番目の周知期間でありますとか広報の方法をどうするんだ、こういうことでございますけれども、この問題は前回公明党の方から六十日ないし百八十日、こういうような御提案がございました。私はその公明党の提案に賛成でございます。そして、広報の方法につきましても、これはかつて民主党が提案されましたように国民投票委員会を設けて、そこで具体的に期日の問題でありますとかあるいは広報の方法、あるいは賛成、反対の資料、すべて国会における国民投票委員会で作成していく、取り扱うということがベターだろうというふうに思います。

 それから、四番目の投票運動の規制、投票運動の原則。

 これはたびたび当委員会でも指摘されておりますように、ほとんどフリーの状況で行うというのが国民投票にとっては望ましいことだろうというふうに私は思います。その際、第一感として直観的には、公務員でありますとか、あるいは投票制度に携わる特別の公務員については、これは自由な運動から除外をする、除外をしてもやむを得ないという御意見もあろうかと思いますけれども、私はその除外は最小限度にとどめるべきだろうと思います。

 公務員であっても、これも現在の公務員法あるいは現在の選挙関連法からいえば、公務員は文句なしにこの種の政治的な活動を禁止されています。したがって、どういうことが起こるかというと、うっかり公務員がテレビに引っ張り出されてマイクを向けられてしゃべったら違反だというふうになりかねない、そういうような問題がございます。既に今の選挙法のもとにおきましても、地方の投票管理者が自分の家の周りにポスターを一枚張っただけで警察に逮捕されて二十日間も勾留されるというのが今の取り締まり当局の実態でございますから、私は、この運動が盛り上がれば盛り上がるほど、そういうようにいつ何時逮捕され勾留されるかわからない、そういう中で自由な発言をできるだけ求めようとするこの憲法改正議論に水を差すようなことはやはりこの際一切排除するということが望ましいんだろうと思います。

 しかし、全くの野放しというわけにはまいりませんから、国民投票委員会のもとに監視委員会を設けて、そこが、サッカーではございませんけれどもイエローカード、レッドカード、そういう注意勧告のようなものを導入していく。ただ単に罰則でもって逮捕するというよりも警告をする。それは現在でも警告をやっていますけれども、これは生ぬるいんですよね。警告をもう少し効き目のあるような方に持っていくというようなことも私は一つの案だろうと。そういう意味で、そういうことと兼ね合わせながら、公務員に対する規制も、かなり考えた、緩やかなものにしておく必要があるように思います。

 それから、投票用紙への記載の方法でございますけれども、これは国民投票委員会でお決めになればいい話だろうというふうに思います。

 それから、国民投票の過半数の判定の問題は、これは憲法制定以来、この種の投票には常に有効投票という考え方がとられてきた経緯もございますから有効投票ということでよろしいんじゃないだろうかな、こういう感じがいたします。

 それから七番目に、国政選挙の問題でございますけれども、当然、国政選挙とは一線を画す必要があるだろうと思います。しかし、具体的になってまいりますと、地方の選挙との重複ということは、ある意味では避けられない問題もあろうと思います。できるだけ重複を避けるべきだとは思いますけれども、地方の選挙との重複ということも、それは同じ選挙でございますからあり得る。国政選挙との重複は、これはできるだけ避けるということでございますけれども、場合によっては地方選挙との重複があり得るという前提で物事を考えた方がよろしいように思います。

 以上、少し細かい話を申し上げましたけれども、十月六日の中山委員長さんの御提案が、そういうようなことを中心にして当委員会で議論をしていくんだということも最低の問題提起としてございましたから、私はそういう意味で申し上げました。

 なお、少し時間がありますのでつけ加えて申し上げますと、マスコミも全く自由でよろしいかと思うんでございますけれども、ただ、活字等の新聞マスコミにいたしましてもテレビにいたしましても、どこまで中立が保てるかという問題が常につきまとうわけでございます。それならばいっそ、活字の新聞等につきましては、自分の立場を明らかにして、賛成なら賛成、反対なら反対ということを明記してやった方が国民は信頼しやすいと思います。

 新聞は常に中立だと思い込んでやりますと、いつの間にか偽装された中立になっているということがあるわけでございますから、私は、新聞はきちんと賛成と反対の立場を明らかにしてPRをする、紙面を扱うということを求めるべきだと思いますし、テレビについては、ヨーロッパにありますように監視委員会を設けて、厳密な公平というわけにはまいらないと思いますけれども、少なくとも過度に偏った不公平な取り上げ方があれば是正勧告をするというぐらいの組織はつくっておいた方がいいように思います。

 以上、何点かについて具体的に申し上げました。

 そして最後に、公明党の方から、複数の提案については提案ごとに投票箱を別にするというようなことは検討に値するんじゃないだろうか、こういうふうな御提案がございました。私は、それは非常にきめ細かい配慮だろうと思いますけれども、問題は、幾つにも分かれた場合に、個別の投票箱に入れるということになりますと、どこのところをマルにして、どこのところをバツにしたかわからなくなる、こういうような、具体的な問題になってくるといろいろ細かい支障が出てくるということもございますから、公明党の提案は、それはちょっと提案として検討をしていくべき事項だろうというふうに考えておりますので、以上申し上げまして、終わりたいと思います。

 ありがとうございました。

愛知委員長代理 これにて、基調となる御意見の開陳は終わりました。

    ―――――――――――――

愛知委員長代理 それでは、まず、高市早苗君。

高市委員 自民党の高市早苗でございます。

 まず、辻元委員の基調発言につきまして、三点ほど先に続けてお伺いしたいと思います。

 まず、辻元委員は、そもそも今の憲法を変える必要はない、よって憲法改正国民投票法、この制定の必要性を現段階で感じておられないということで御発言を始めていただきましたけれども、私も社民党は護憲政党ということは承知いたしております。現行憲法と現実の乖離を埋めるために、例えば、では現実と現行の憲法が乖離しちゃっているんだったら憲法の方を変えて現実に近づけるべきだという意見もある一方で、社民党の方では憲法の実効性をきちっと確保する、むしろ憲法を守ることによって現実との乖離を埋める、こういうことを大切に考えてこられた、こう承知いたしております。

 しかし、そもそも現行憲法は、九十六条に改正手続というのが規定されておりますことから、改正の可能性を前提とした法規であると考えられます。そうしますと、国民投票法が制定されないと、守らなきゃいけないとおっしゃっている現行憲法の実効性も担保できないと私は考えるんですけれども、現行憲法を尊重される立場の強い政党だからこそ憲法の規定に沿った法整備をむしろ急がれるべきではないかと感じるんですが、いかがお考えか、これが一点目の質問でございます。

 また、別の視点で申し上げますと、社民党は、外国人参政権ですとか子供の人権などに対して非常に熱心に活動されてきたと思いますし、そしてまた防衛問題でも、大変、現在自衛隊というのは違憲状態であるというようなことで発言をされてきたというふうに思うんですけれども、むしろ早急に憲法を改正して、ふだんの御主張のさまざまな人権について確実に守れる根拠規定をつくろうとは思われないのかどうか、こういったことが私の二点目の質問でございます。

    〔愛知委員長代理退席、委員長着席〕

 そしてまた、三つ目でございますけれども、辻元委員は、本委員会の議論におきまして、国民投票法を制定する場合に留意すべき点ということで非常に多くの前向きな提案をしてくださった、こう感じております。例えば、投票方法ですとか、投票率要件ですとか、投票権者をどう定めるか、こういったことについても辻元委員はこの委員会で何度も発言をされております。

 そして、きょうの御発言の中で、憲法というのは国家権力の制限をするものだ、だから非常に重いものであるといったことから慎重に考えるべきという御趣旨だったと思うんですけれども、これは、制限規範、つまり国家権力を制限する規範として憲法をとらえたお考え方なんじゃないかと思います。一方で、私などは、その制限規範という側面も憲法にはあるけれども、むしろ、今の時代、国民の生命財産、安全を守るために、国家に新たな責務を担っていただくということで、国家に新たな権限も与える授権規範といった性質、これも考慮しなきゃいけないんじゃないかな、こう考えます。こういった考え方の違いはあるにしましても、憲法は大変重いものだから慎重に議論すべきだという辻元委員の考え方は、私は十分理解はできます。

 ところが一方で、この投票権者、国民投票を行う場合の投票権者の範囲について、昨年十月六日の本委員会で辻元委員は、義務教育を終了した年齢でもよいという参考人の意見は傾聴に値する、こう発言されています。むしろ、国民投票に関しては、投票権者の年齢をもっと若い世代に持っていってもいいんじゃないかというお考えだと推察をするんですね。この辺がどうも整合性がないように、私の理解不足かもしれませんが感じるんです。私の考え方を申し上げますと、憲法というのは国の最高法規でございます。国会議員の身分ですとか国会の役割のまた根拠法でもございます。ですから、ある意味では、数年ごとに議員や政党を選ぶ国政選挙よりもはるかに高度な判断力を投票権者には持っていただかなくてはならないんじゃないかな、こう感じるんですね。

 大分古い話ですが、昭和二十年に有権者の年齢を二十五歳から二十歳に引き下げた、その国会の議事録が私の手元にあるんですけれども、そこで当時の内務大臣が、「近時青年ノ知識能力著シク向上シ、満二十年ニ達シマシタ青年ハ、民法上ノ行為能力ヲ十分ニ持ツテ居リマスノミナラズ、国政参与ノ能力ト責任観念トニ於キマシテモ、欠クル所ガナイモノト存ゼラレルノデアリマス、」ということで、民法上の責任能力を持っているし、十分国政参加の能力を持っている、責任観念もあるということで二十五歳から二十に引き下げた、こういった記録があるんですね。

 必ずしも、この民法上の行為能力と国政参画能力、こういったものが一致しなきゃいけないということでもないのかもしれませんが、ただ私は、プライベートロー、私法上の行為能力を認めるに足る年齢よりも公選による公務員を選ぶための選挙に参加するに足る年齢の方が低くていいという理由もなく、さらにはすべての法律に優先する最高法規を判断するに足る年齢が最も低くてよいという理由もないんじゃないかと思いますので、この点をどう考えるかということが三点目でございます。

 以上でございます。

辻元委員 質問ありがとうございます。

 まず一点目なんですけれども、これはこの委員会でも議論に値するテーマではないかと思うんですが、この六十年間、改正の手続が定められてこなかったという意味をどう見るかということだと思うんです。

 意見の中には、立法府の怠慢という御意見もあるんですけれども、私はもうちょっと違う歴史的な意味があったんじゃないかと思います。それは、私が今所属する前身の社会党だけではなくて、自民党の中の良質な保守と言ったら変なんですけれども、戦争が終わって、そして日本がこの憲法のもとでアジアの中で、世界の中で生きていくために、やはり改正ということに物すごく慎重であったという意思のあらわれとして私は受けとめているんですね。政治というのは、これはこうやからこうやろというのではなく、総合的に考えて、私は先輩方がこの九十六条の規定を急いでつくってこなかった意味という方を重く受けとめています。

 私たちはその延長線上におります。今の状況を考えた折、総合的に考えて、これは何回も申し上げていますけれども、アジアとの関係もかなりぎくしゃくしているし、日米関係をとってみても非常に微妙な時期に来ております。ですから、今早急に整備を急ぐということの内外に及ぼす影響や、そして政治的な意味ということも考えて、今すぐ直ちにと急ぐ必要はないんじゃないか、そういう時期としては今いい時期ではないというふうに考えているわけです。ですから、これは社民党の文書の中にも、未来永劫反対し続けるというわけではなく、そういう意味、それから総合的に考えて、今急ぐ必要はないと申し上げております。

 この点、何で六十年間つくられてこなかったかという点を深めるということは、私は、戦後を振り返る意味では、それぞれ議論を闘わすということはとても大事なことじゃないかなと思います。

 二つ目なんですけれども、高市委員の中に自衛隊が違憲であるというふうな御発言があったんですが、そういう意味ではないんです。今自衛隊がイラクに行っているような状況は違憲状態じゃないかということですので、村山時代から基本的な姿勢が変わっているわけではありません。

 一つは、人権など、人権だけではなく環境権とか知る権利の議論も出ておりました、そういう案件を入れなくても、今法律で対応している。よくこれは申し上げましたけれども、人権を入れたらいいというのであれば、まず、実体的な政策として人権施策を充実させていく。環境権のこともたくさんの委員が指摘されましたけれども、それでは、京都議定書や環境税の導入など、できることを先にやろうじゃないか。知る権利という言葉もよく出てきましたけれども、情報公開法のときに知る権利を入れようと主張した折に、反対したのは自民党の皆さんだったわけです。私は今すぐ情報公開法の中に、それではまず知る権利を入れようじゃないかと。

 政策的な不作為をあたかも憲法を変えることによって大きく前進させることができるというのは、私たち立法の府にいる者として、そういう発想はとるべきではないと思います。まず、政策的な不作為は何かということを、実体を深めていく中で議論されるテーマだと思っております。今その段階だと思うので、まず実体的政策に取り組もうじゃないかということは、この委員会でも最初に申し上げておりました。

 それから、年齢要件についてです。

 これも非常に深い問題だと思います。高市委員がおっしゃったことも一つの意見として筋が通っていると思います。ただ、もう一つ、やはり将来を規定していくということもありますから、どれだけの年齢まで下げることができるのかということについて、主権者として行使することができるのは一体どれぐらいの年齢まで大丈夫なのかということを真摯に議論すべきだと思います。例えば、女性の場合は十六歳で結婚とか、それから少年法は十四歳から適用とか、そして長野県のある町では十二歳から住民投票の有権者にしたという例もございます。ですから、主権ということをどう考えるのかという深い問題にも絡むと思います。

 私は、ちょうど中学で憲法の授業を受けたときに非常に感動したのを覚えているんですね。自分自身もっと知りたいと思って、ああ、これが私たちの基本法なんだということを深く心に刻んだのを覚えています。そういう意味で、私は、では大人であったら皆考えているのかというたらそういうわけでもないので、二十か十八歳かという今二者択一的な議論が主流ですけれども、それ以上下げられないのか、主権者の主権というものをどう見るのかということと絡めて議論をしていくべきだと思います。

 一点だけつけ加えたいんですけれども、技術的に選挙権と同じじゃないと膨大な実務作業が要るから二十でいいんじゃないかというような、ちょっと信じられない意見も出ました。私たちはこの憲法というものの、主権者の主権の行使の範囲をどうするかという深い問題を論じているのであって、こういう場で技術的なことに立脚して発言が出るということ自体問題があるというふうに思った点も追加で申し上げます。時間をとって済みません。

高市委員 どうもありがとうございました。終わります。

中山委員長 古川元久君。

古川(元)委員 民主党の古川元久でございます。

 私ども民主党は、この憲法改正国民投票法制につきましては、これは憲法の附属法として本来は憲法制定のときに整備されるべきであったものであります。その意味では、国民投票制度そのものの整備につきましては、これは整備をする必要性があるという基本的な立場に立っております。

 ただ、この整備をするに当たりましては、まずその大前提として確認をしなければならないこととして、国民投票法制の整備が憲法改正の議論とは切り離された形の中で議論されなければならない、そのことを私どもはこの委員会で共通認識として持つべきであるという立場に立っております。

 また、先ほど辻元委員からも御指摘がありましたけれども、この手続法の国民投票法制の議論は拙速に行われるべきではない、国民の中での議論も認識もまだ煮詰まっていないという御指摘もありました。やはりここの委員会の議論が国民の中での議論、認識の深まりも進めるような、まさにその意味でもオープンな場で国民投票法制について議論することの重要性というものがあるというふうに認識をしておりますけれども、拙速は避けて、国民投票法制を整備する際の論点、どういうものがあるかということを、きちんとこの公の場で議論をしていく、そのことによって国民の皆さんの認識も深めていく、その中でできる限り幅広い合意を形成して、その上で成立を目指すべきである、そうした基本的な視点に立っているということを最初に申し上げたいと思います。

 また、国民投票というのは、先ほど辻元委員から、主権者としての権利の行使であるというお話がありました。その意味では、私どもは、この憲法改正のための国民投票法制というのは、単に改正を是とする主権者としての意思表示ができるだけでなく、改正を否とする、拒否する機会をも国民に保障するための整備でもある、そうした視点に立って議論をしているということを申し述べたいと思います。

 その上で幾つか御質問をしたいと思います。

 まず、辻元委員にお尋ねしたいと思いますけれども、私ども民主党は、憲法改正についての国民投票制度を議論するに際しましては、憲法改正のみならず一般的な国民投票もこの機会に同時に議論して整備をすべきである、そうした立場に立っております。

 このことは、ヨーロッパへ国民投票法制の視察に行ったときにも、どこの国も憲法改正だけでなく間接民主制を補完するものとして、この国民投票という直接民主制の手法を限定的ではありますけれども取り入れている。その意味では、日本も、間接民主制を補完するものとして一般的な国民投票法制も導入すべきではないかと。その中で、当然これは、現代の立法については、国会単独立法の原則というのがありますから、それを害しない範囲で諮問的な形の一般的な国民投票を導入する。

 それは、滝委員からも昨年の選挙のお話がありましたけれども、国民の意思を聞きたい、そのためにそのたびごとに衆議院を解散しているというようなことでは私はいかがなものかとも思いますので、やはりその意味では、国民に単一の争点、イシュー、問題で意見を聞きたいということであれば、一般的な国民投票を導入すべきではないかというふうに考えますが、その点については辻元委員の御意見はいかがでしょうか。

辻元委員 一般的な国民投票制度の問題についても、この委員会でも多くの委員から意見が出されたところだと思います。

 私も、この際、諮問的な、一般的な国民投票制度をあわせて議論し、導入の是非についても私たち考えてみる大きなテーマではないかというふうに思いました。

 特に憲法についての国民投票制度を持っている国への視察ということで行ったヨーロッパの国々でも、一般的な国民投票制度をあわせ持っているというところが、行ったところがそうばかりだったのかもしれませんけれども、大体あわせ持っていますよね。この一般的な国民投票制度のいい点と悪い点というのも私たちは聞いてきましたけれども、私は前回のこの委員会でも述べましたが、いきなり憲法というものを扱う前に、民主党の枝野議員も皇室典範の例などを基調発言のところでなされたと思いますけれども、やはり何回か一般的な国民投票というのをその前にやってみるというようなことはあってもいいんじゃないかなというふうに思っております。

 ですから、民主党の国民投票制度骨子案を拝見しまして、一般的、諮問的な国民投票制度をあわせて検討されているという点は、非常に大事なポイントじゃないかというふうに思いました。

古川(元)委員 ありがとうございます。

 次に、お二人に簡単にお伺いしたいと思いますが、投票権者の範囲でございます。

 私ども民主党は、そもそも選挙権を二十歳から十八歳に引き下げる、それとの関連でこの国民投票につきましても十八歳以上ということで考えております。先ほど滝委員からも現状ではこれはやむを得ない判断として二十歳という話がありましたが、公職選挙法の選挙権の引き下げ、ひいては成人年齢そのものを十八歳に引き下げる、そのこともこの議論の中で同時に検討していくべきことだというふうに考えておりますけれども、お二人の委員の御意見を伺いたいと思います。

滝委員 辻元委員の方から私に先に答弁しろというささやきがございましたので、私から申し上げたい。

 私も古川委員のおっしゃるように十八歳でいいんだと、民法の規定も、全部そういうふうにしていこうということであれば、私はそれでいいと思います。したがって、公職選挙につきましても同じように十八歳にするんだということが前提であれば、国民投票も十八歳でいいと思う。ただ、選挙の方は二十歳で、国民投票は十八歳にするというのはいかがなものだろうかと。

 やはりそういう意識ですね、その人たちの意識が、自分は国に対して責任を持つ、自分に対して責任を持つということが、全体としてそういうふうな年齢である程度けじめをつけていると思いますから、私は、そういうことであれば十八歳に引き下げるということは賛成でございます。

辻元委員 私は、先ほど十八歳以下は果たしてどうなのか一度検討してみたらどうかということも申し上げたぐらいですので、二十か十八歳かと問われれば、十八歳の方がいいというように思います。

 それは、枝野委員がかなり具体的なことを踏み込んで発言されました。結局、成人年齢を下げたらどうかという議論はこの間ずっと出てきているわけですけれども、ほかでも、それぞれマニフェストなどに国政選挙などへの選挙権の問題も含めて十八歳ということをうたっていらっしゃる党も多く出てきています。各省庁にしても、所管がそれぞればらばらなので、政治の意思でリーダーシップをとっていくべき問題であるという御指摘が枝野さんからもありまして、その流れの中で十八歳を御提案されていると思います。私はそれに賛成です。

古川(元)委員 ありがとうございました。

 終わります。

中山委員長 斉藤鉄夫君。

斉藤(鉄)委員 公明党の斉藤鉄夫でございます。

 お二人に御質問させていただきますが、その前に、先ほど辻元委員から、きょうの新聞に載りました久間自民党総務会長の発言を引かれて、自公、与党だけでやっていくことになっている、このような発言が新聞に載っていたと。このような御発言がありましたけれども、そのような認識は我々全く持っていないということを、また、それは事実ではないということを公明党の立場からもはっきり発言させていただきたいと思っております。

 国民の幅広い合意を問うというのが憲法改正のための国民投票でございまして、発議する国会も、できるだけ幅広い合意で発議をするというのが大原則でございます。したがって、与党だけで、自公だけでやるということは原理的にも考えられないわけでございまして、そういう発言をすれば、かえって憲法改正そのものが遠ざかる、そのものができなくなるわけでございまして、そういうことをまず発言をさせていただきたい、このように思います。

 まず辻元委員にお聞きいたします。

 現憲法ができて六十年がたちました。この六十年の間に、人類が生きてきて、いろいろな学問の進歩もございました、新しい価値観を我々得たと思っております。よく言われますのは、例えば六十年前には環境権という概念というのはなかったわけです、この六十年間に人類が得た、また日本国民が得た、そういう新しい価値観を我々国民の最高法規である憲法の中に組み込んでいくということは、私はそうでなくてはならないと考えますが、その必要はないと、このようにお考えなんでしょうか。

辻元委員 先ほど同じような質問が出まして、ちょっとお答えしたことと重複するかもしれないんですけれども、環境権とか知る権利というのがよく出るわけなんですけれども、私はまず政策的にもっと充実させていくべき案件だというふうに思っているんです。

 特に、例えば環境アセスメント法とか地球温暖化防止京都議定書の二酸化炭素何%削減かとか、情報公開法のときの知る権利とか、私はそれぞれの政策の現場で、当時与党におりましたので、かなりいろいろなことをやりました。しかし、そこで一丸となって反対した人たちが、憲法の議論になると環境権とか知る権利を持ち出されるということに非常に疑念を抱いているわけですね。

 そうであるならば、アセスメント法ももっと厳しいことができるわけだし、例えば環境税の導入などについても、公明党さんは賛成かもしれませんけれども、即座にとっていこう。ですから、私は、今の憲法論議の中で、政策的不作為を憲法に入れると何か大きく前進するという幻想を振りまくこともおかしいし、そういうようなねじれ現象がある。次のときに例えば情報公開法に知る権利を入れるということを、そうであるならば公明党も賛成してください、民主党や野党で協力して出しましょうとなると、なかなか知る権利が入らない。しかし、憲法論議になったら出されるというところに、今の政治の実態に、私は非常に疑問を抱いているんですね。

 ですから、まず政策的な不作為を、きちっとやっていくというところを充実させていく延長線上に見えてくるものがあるんじゃないかという状況ではないかと思っております。

斉藤(鉄)委員 しかしながら、法体系というのは全体で整合性がとれてなくてはいけません。ましてや憲法はいろいろな法体系の中の最上位に位置するものでございまして、そういう意味では、具体的な政策的な個別法を整えておけばそれでいいんだというのは、少し違うのではないかなという私の意見をここで言わせていただいて、次の質問に入ります。

 これは滝委員と辻元委員の両委員にお聞きいたしますけれども、具体的な中身に入りますが、投票用紙への賛否の記載方法についてお伺いいたします。

 まず、公明党は、個別条項について一つ一つ賛否を問う、この個別条項を主張しております。そして、その賛否におきまして、与党案では、賛成はマル、反対はバツ、そういう明確な意思表示があったものを有効投票として、マル・バツ分のマルが過半数に達するかどうかということを問う、こういう基本的な考え方でございますが、その場合、白紙の扱いが大変大きな問題になるだろう。棄権という場合もあるでしょうし、わからないからということで白紙になる場合もあるかと思います。この投票用紙の賛否の記載方法についてのお考えを両委員からお伺いしたいと思います。

    〔委員長退席、船田委員長代理着席〕

滝委員 具体的な問題でなかなか難しいところがあると思いますけれども、私は、もちろん個別に、賛成マル、反対バツということでいくべきだというふうに思います。

 ただ、白紙で書けないという場合がありますので、私は、それはマル・バツなしでも投票の扱いをして、有効投票にカウントすべきだというふうに思っております。

辻元委員 私も、総投票をまず基本に考えるべきだというふうに思います。それは、やはり投票に行っているということを尊重して、総得票で考えるべきだというふうに思っています。

 この前、主権者というか国民投票制度の有権者の過半数にしたらどうかという意見を申し上げたこともあるんです。まず分母の問題ですね。それはなぜかといいますと、余りにも少ない数で成立した場合、憲法というのは政権がかわっても持ちこたえるものじゃないといけないものですし、その意味でこの日本国憲法というのはよくできていると思うんですね、今まで持ちこたえてきたというのは。政権がかわっても持ちこたえられなきゃいけないし、非常に少数の人で認められたものということになると、一般の人々の間でも憲法がないがしろにされる可能性がある。そことの兼ね合いで、やはり有権者の半分であったり、最低限投票に足を運んだという数を基調にしたカウントのされ方だと思います。

 そのときに、マルかバツかという話なんですけれども、白紙も反対に入れてほしいですね、私たちの立場から申し上げれば、というのが私の答えです。

斉藤(鉄)委員 終わります。

船田委員長代理 次に、笠井亮君。

笠井委員 日本共産党の笠井亮です。

 まず、お二方に御質問する前に、前提問題として、先ほど辻元委員の基調発言の後で、今退席されちゃっていますけれども、中山委員長が発言されたことについて一言述べておきたいと思うんです。

 委員長は国民投票制度づくりを急ぐのは昨年の憲法調査会報告書と本会議での発言が根拠になっているようなことで言われたと思うんですが、この問題は事実関係の問題として大事だと思うんですが、憲法調査会は、国会法百二条の六及び憲法調査会規程第一条で日本国憲法について広範かつ総合的に調査を行うことを目的に設置されたもので、ある事柄について決定したりする会議体ではなかったわけであります。だからこそ、報告書でも憲法改正手続法の整備について、「整備を急ぐ必要はないとする意見もあったが、早急に整備すべきであるとする意見が多く述べられた。」こういう表現をとったわけであります。

 また、憲法調査会はその性質上議案提案権を持たない会議体であること、これは議院運営委員会の国会法改正小委員会で繰り返し議論されたことであり、そのだめ押しとして申し合わせ事項にも議案提案権を持たないことが確認されました。だからこそ、本会議でも議長は中山会長に対して報告ではなく発言を許すという形で行ったわけでありまして、それに拘束力はないということを指摘しておきたいと思います。

 その上に立って、まず滝委員に伺いたいと思います。

 先ほど冒頭で、国民との関係での対応について述べられました。前回の委員会での私の基調発言の中でも、そしてまた、きょうも辻元委員からも紹介ありましたが、最近のNHKの世論調査の結果、さらには毎日新聞の最近の世論調査でも、日本国憲法が戦後の平和維持や国民生活の向上に役立ったという評価をする人が八割という、毎日でいえば評価があるということも紹介いたしました。滝委員は、一方でそういう調査の結果も出ているわけですが、今日の憲法改定論議あるいは国民投票法制に関する国会における議論について、国民は率直にどう見ていると感じていらっしゃるか、その認識を伺いたいと思うんです。

    〔船田委員長代理退席、委員長着席〕

滝委員 私は、二つに分けて申し上げたいと思います。

 一つは、笠井委員がおっしゃるように、日本国憲法のこれまでの機能というのは、恐らくだれしもそれに対してマイナスの評価を与えるようなものではない、大変日本の発展に役に立ってきたし、日本の平和にとっても役に立ってきた、そういうような評価を私はいたしております。それだけ歴代の、この国会の中での論戦がそういうものを支えてきたというふうに認識をいたしております。

 ただ、今の段階で、これからの世界情勢、あるいは現在の自衛隊の姿を見て、このままいつまでもほうっておくのがいいのかどうかということになると、疑問である。

 それは、今までも自衛隊に関しては憲法の条文と実態との乖離というものは指摘されてきましたけれども、これからもその乖離をほうっておいていいのかということになると、それは好ましくないだろう。やはり、基本的に、法治国家として改めて六十年たって宣言するためには、条文との乖離というものは放置できない。私は、それを放置しておいて解釈だけで運用するということになると、国会が絡んでいくわけでございますから単純に法律以下とは申しませんけれども、いわば法律以下になる、行政の力だけでもって条文が運用されていくということは望ましくない、そういう意味では実態との乖離を、整合性をとらなければいかぬ、そういう認識を持っています。

笠井委員 私は国民の認識はどうかというふうに伺ったのですが、その点についてはお答えいただけなかったのかなと思います。

 私としては、その乖離については、現実を憲法に合わせるということで解決するということが一番の道ではないかなというふうに思っておりますが、そのことを申し上げておきます。

 辻元委員に伺いたいと思うのですが、九十六条二項について先ほどお話がありました。それに関連してなんですけれども、前回の委員会で私が発言して、日本国憲法は基本原則を変更する改憲を許していないということを終始述べたのに対して、自民党の葉梨委員から批評という形で、私はフェアに答弁を求めていただければよかったなというふうに思ったんですが、質問でなく批評という形でコメントがあって、スロバキア、スペインのことを挙げられて、日本国憲法九十六条には基本原則を変えてはならないという規定はないという趣旨で発言されました。

 私は、外国の憲法を見る場合には、それぞれの国の成り立ち、それから歴史や文化、政治的経験などが背景にあるということで、それぞれだということを考慮すべきことは言うまでもないと思うので、その点では、御一緒にヨーロッパへ行ってもそういうことを感じてきたと思うんですが、そもそもスロバキアについては憲法改正の国民投票制度はありません。スペインについて言えば、基本原則を変える場合の規定というのがあるわけですけれども、しかし、そういうふうにスペインで言っているような規定が日本国憲法にないから、日本では基本原則を変えていいんだということには決してならないんじゃないかというふうに思うのです。

 そこで辻元委員に伺いたいのは、先ほど改正限界ということを言われました。九十六条二項では、「この憲法と一体を成すものとして、」ということで明確に規定している。これは憲法学界でも憲法の同一性、継続性を前提としているとされております。この規定自体が現憲法の基本原則を変えてはならないという、ある意味非常に厳格な規定になっているというふうに私は思うのですけれども、その点についてどういうふうにお考えか、改めて伺いたいと思います。

辻元委員 この点は、きょうの私の基調発言でも後半で時間を割いて申し上げた点で、「一体を成すもの」ということをどう見るかと。私は、笠井委員がおっしゃるように、基本原則は変えることが難しいという立場をとっております。この点をしっかり議論した方がいいという提起もさっき申し上げたんですね。

 それで、変えたいと思っている人は、いや、変えれんねん、何とでもできんねんという意見が多くて、変えたくないと思う人は「一体を成す」というところは基本原則は無理じゃないかというような言われがちな傾向があるんですけれども、私は、この「一体を成すもの」ということが規定されている、それから、先ほど紹介しました前文に主権在民の原理が書かれていて、「われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。」という、この意味は何かということはしっかり議論を深めるべきだと思います。意見は、同意見です。

 それから、どこの国でもという話についても一言申し上げたいんですけれども、例えばフランスですと共和政体は改正の対象としないとか、ドイツの場合は改正の限界は人間の尊厳の不可侵、国民主権、連邦制の原理、立法における州の原則等、いろいろですね、それぞれの国の事情によってやはり改正の限界というのは憲法につきものの議論であるというように私は考えております。

笠井委員 もう一つだけ伺いたいんですが、今、基本原則ということを言われました。私も、日本国憲法の基本原則という点では、国民主権、恒久平和主義、基本的人権の尊重、それに加えて議会制民主主義や地方自治の原則も含まれると考えておりますけれども、いずれも戦前の歴史、痛苦の記憶に立ったものだと思います。

 とりわけ前文と九条については、二度と戦争をする国にならないと誓った国際的な公約であって、戦争のない新しい世界を展望して、その先駆けとなるという決意が込められているということで、私はこれは変えてはならないものだというふうに思うのですが、改めて辻元委員に、憲法の重要な基本原則である九条の持つ内外での今日的意義について触れていただければと思うのですが、いかがでしょうか。

辻元委員 九条は、私たちは守るという立場です、現状のまま守るという立場です。それは、過去の戦争をどう受けとめるかということだけではなくて、これも以前委員会で申し上げましたが、日本は人道国家たらんということが非常に多くの人の望んでいることではないかというように考えますので。

 九条の意味の再定義と言っているんですけれども、今、イラク戦争など混沌とした情勢、暴力の連鎖がとまらない社会の中で、日本はあらゆる紛争を武力で解決しないというからこそ紛争の和解や調停、紛争予防などの面で活躍ができると考えています。これは日本が持つ一つの特質なんですね。今、こういう時代であればあるほど、そういう役割というのが非常に重要になってくる時期だと思うんです。

 ですから、私は、憲法九条を武器にしてと言ううと物騒ですけれども、紛争の和解や調停、そして紛争予防というところで日本が国際貢献していくということが今しっかりと論じられ、その方向に行った方がいいなという意味で、九条の、日米安保の再定義と言う人もいますけれども、憲法九条の再定義の時期ではないかというふうに思っています。

笠井委員 ありがとうございました。終わります。

中山委員長 辻元清美君。

辻元委員 先ほどに引き続きまして、質問及びちょっと意見を述べさせていただきたいと思います。

 先ほど、私の基調発言に対しまして、委員長の方から、憲法調査会の報告もお出しになって、国民投票制度を急ぐことになっているというような御発言がありました。それについて一言申し上げたいと思うんです。

 私が申し上げたかったのは、先ほど笠井委員も触れられましたけれども、NHKの世論調査などで、本当に多くの人が知らぬというような状況を私たちは放置していいのかということを申し上げたかったわけです。ですから、本委員会でも世論調査をやってみたらどうかとか、一体どれぐらいの方々が御理解されているのかを知ることなどを積極的に、外に、打って出ると言ったら変ですね、向けてのアクションを起こすなり、そういうことが大事ではないかと申し上げたんです。ほとんどの人が知らぬという間に、何ぼいろいろなところでそういう流れになったんだと言われても、私は、物事を早急に進めていくということ自体が国会の役割として問題があるのではないかということを申し上げました。

 かつ、この委員会室を見てください。今、何人いらっしゃるでしょう、二、四、六、八、十……。十七人なんですね。六割以上の方は国民投票制度が議論されていることについて知らない、そして、この委員会も残念ながらこういう状況であります。という中で、急いでつくっていこうというようなことは、あってはならぬということを申し上げたんですね。

 今笑っていらっしゃる方もいらっしゃるんですけれども、こういうような状況でいいとお考えでしょうか。私は、そこを非常に、憲法という深い問題を論じているからこそ、この状況というのは深刻じゃないかなというふうに思っております。各党それぞれ委員会が重なっているとか事情もあるかもしれません、小さな政党は、私たちは毎回ここに来てずっと座っております。そういう中で、憲法の……(発言する者あり)

 不規則発言です。不規則発言です。

中山委員長 御静粛に願います。

辻元委員 今、そういう御発言が出ましたけれども、こういうふうにほとんどの方がいらっしゃらない中で最後まで進められているということについて、私たちはやはり深刻に受けとめた方がいいのではないかというように思います。それは、各党、発言の時間があるかないかとはちょっと別問題だというように思います。ですから、ぜひ、委員長、その辺配慮して、各党理事の皆さんにも提言をいただきたいというように思っております。

 さて、そういう中で質問をさせていただきたいんですが、滝委員に質問をいたします。

 先ほど、今も私が深刻に申し上げた点、ほとんどの方がまだよくわからないという中で議論を進めているということについて、この実態をどういうふうにお考えかということと、何かそれを改善していく、多くの人に憲法議論に参加してもらう方法はないのかと私も私なりに考えているわけですが、何か提言があればぜひお聞きしたいと思います。

滝委員 やはり憲法の改正というのは、国会の中の多数で押し切っても、本来的に憲法体制がそれによって維持されるというわけではないと思いますから、基本的には大方の国民の合意ということを前提としなければならない。したがって、国民投票制度も、当然のことながら、何が何だかわけのわからないまま法律ができてしまうということはいいことにはならないという意味で、私は、辻元委員がおっしゃるように、わからないままこの国民投票制度をつくることはあってはならないというふうに思っております。したがって、当然のことながらまず国会から発信しなければ、だれも発信する人はいませんから、そういう意味でこの憲法調査会は大変重要な役割を持っているというふうに思っております。

 ただ、それをどういう格好でやるかというのは、ここだけで議論していても、当初から思っているんですけれども、私は、ここだけで議論していてもなかなか国民に浸透しない、そして、当委員会も従来から外国へ行って非常に綿密な調査をされていますから、そういうものもあわせて、その都度その都度、国民に訴える力を持っていますので、そういうものを、どうやって国民が接触できるような機会をつくるかということだろうと思います。

 それは、私は委員長にもぜひその辺の配慮をお願い申し上げたいと思います。

中山委員長 十分に心得ました。

辻元委員 今、滝委員の御発言の中にも、憲法というのはやはり圧倒的多数に支持されるものでないと。先ほどからも申し上げましたが、少数に立脚したものであるということは、一つの国とか国家が、これは運営だけではなくてそのものが危機的な状況にあるのではないかというふうに思うんです。そういう意味では、できるだけ周知していくために、私たちも努力をしていくということが今最も求められていることではないかなと思っております。

 一点だけちょっとお伺いしたいんですけれども、具体的なことを最後にお伺いします。

 先ほど投票権者の話の中で公民権停止の者は除外したらどうかという話が出たんですが、私は、ここも意見が割れているところですけれども、除外する必要はないと考えております。国政選挙などの選挙とこの国民投票、いわゆる憲法をどうするかという主権者の主権性というのは性質が異なるものではないかと考えているからなんですけれども、このように除外すべきだと御発言になった根拠をお聞かせください。

滝委員 基本的に、実態から私は判断をいたしております。例えば選挙違反をやっても、軽い選挙違反は公民権停止にならないんですよね、罰金ぐらいでおさまっている。しかし、選挙運動で少しは悪質だなという人は、同じ額の罰金でも公民権停止がついてくるというのが実態だろうと思います。私は、そういう意味では、選挙運動等を通じて少し責任が重いような人は国民投票においても除外すべきだというふうに思います。

 それは、公民権停止は公選法のペナルティーですから、国民投票に当てはめる必要は必ずしもないというのは一つの考え方だろうと思いますけれども、やはり、悪質なことをこの政治行為において行ったということは、完全に無視できない問題があるのではないだろうかな、そういうふうに思っております。

辻元委員 最後になりますが、主権者の主権性とは何かという問題にかかわってくると思うんです。この点は深い議論が必要だということを申し上げて、終わります。

中山委員長 次に、滝実君。

滝委員 辻元委員の考え方は先ほどの基調のお話とただいまの質疑を通じて大体わかりましたので、私は、先ほどの自分の意見に対して少し補足を、この際、時間はごくわずかでございますけれども、範囲内で補足をさせていただきたいと思います。

 辻元委員が先ほどおっしゃった、憲法には変えられる部分と変えられない部分がある、その基本原則の中には、当然、国民主権の問題もありますし、平和憲法の原則もあるんだろうと思います。ただ、何がこの日本国憲法の原則かというと、それは当初から議論がございまして、なかなかこれは一義的に決定できるものではない。それはやはり、基本的に、もしそういうことであれば国民の判断を仰ぐ、あるいは国会全体の判断を仰ぐしかないというふうに思います。したがって、議論としてその辺のところは、そういう問題があるんだということは重要な問題として国民に訴える、国民の理解を求めることは大切でございますけれども、そういうことも含めて、私はそれは憲法改正の国民投票で国民が最終的に判断すべき問題だろうというふうに思いますから、そういう議論を国民に訴えるということがまず第一だろうと思います。

 そこで、それをこの国会の中で議論をしていると、これは最終的に国会の中では決着がつかない問題でございますから、そういう意味で、例えばフランスのように憲法の全面改正、全文改正をする、いわば憲法秩序を大変換する、そういうような意味合いを込めてだと思いますけれども、全面改正するときには、まず憲法を全面改正するのが賛成か反対かという国民投票をした上で、今度は改めて内容の手続に入っていくという方式をおとりになっているんじゃなかったかと思います、そういう意味で、私は実は先ほど申しましたように二段階方式がいいんじゃないだろうかと。

 憲法を改正する必要があるかどうかということをまずお尋ねする、その際にどういう範囲内で憲法を改正するのかという領域についても最初の国民投票で決めてもらう。それをもとにして国会で具体的な作業に入るという、二段階方式もとり得るんではなかろうか。それは十分議論をしていただきたいということを、先ほど申しましたのはそういう意味でございますので、この際つけ加えさせていただきまして、発言を終わりたいと思います。

中山委員長 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午前十一時五十七分散会


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