旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律第21条に基づく調査報告書(概要) [調査報告書の提出に至る経緯] ・旧優生保護法は、昭和23年6月に議員立法により制定され、同年9月11日に施行。同法の優生手術に関する規定が削除される平成8年9月25日までの間、不良な子孫の出生を防止することを目的として、約2万5千件の優生手術(不妊手術)の実施。 ・平成31年4月に議員立法により「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律」(一時金支給法)が制定され、優生手術等を受けた方々に対しては、同法に基づき一時金(320万円)を支給。 ・一時金支給法第21条に、国は、特定の疾病や障害を理由に生殖を不能にする手術等を強いられるような事態を二度と繰り返すことのないよう、共生社会の実現に資する観点から、旧優生保護法に基づく優生手術等に関する調査その他の措置を実施する旨の規定。 ・旧優生保護法が議員立法により制定された法律であること等を踏まえ、上記調査を国会が行う方向で調整、衆議院及び参議院の厚生労働委員会理事会の協議により、令和2年6月17日に下記「旧優生保護法一時金支給法第21条に基づく調査について」を取りまとめ。 ・同日、両委員長は、衆議院及び参議院の厚生労働調査室に報告書原案の作成を命令、国立国会図書館調査及び立法考査局社会労働調査室に協力を依頼。 ・令和5年6月12日、衆議院及び参議院の厚生労働委員長に報告書原案の提出。 ・衆議院及び参議院の厚生労働委員会理事会の協議により、報告書原案を報告書とすることとし、令和5年6月19日、両委員長は、これを衆議院議長及び参議院議長に報告するとともに公表。 [調査報告書の構成] ・本報告書は下記調査項目に従い、以下の3編構成。 第1編「旧優生保護法の立法過程」 第2編「優生手術の実施状況等」 第3編「諸外国における優生学・優生運動の歴史と断種等施策」 (記) (取りまとめ文書はじめ) 令和2年6月17日 旧優生保護法一時金支給法第21条に基づく調査について 衆議院厚生労働委員会理事会 参議院厚生労働委員会理事会 1.調査の目的 旧優生保護法が存在した昭和23年から平成8年までの間、優生手術等が行われてきたことについて、旧優生保護法の制定・改正の経緯、社会的背景、優生手術の実施状況等に関して調査を行い、もって共生社会の実現に資することを目的とする。 2.調査項目 ○旧優生保護法の立法過程 ・制定過程 ・改正過程 ・平成8年改正(優生関係規定の削除)の経緯 ○優生手術の実施状況等 ・法定手術の件数の推移、手術の実施状況、法定外手術の有無等 ・行政機関の果たした役割、民間団体の活動状況等 ○その他 ・優生思想の歴史、諸外国における施策等 3.調査期間 おおむね3年 4.報告書原案の作成主体 報告書の原案は、衆議院厚生労働調査室及び参議院厚生労働委員会調査室が分担し、国立国会図書館の協力を得て作成する。 5.手続等 ○衆参の厚生労働委員長からそれぞれ衆参の厚生労働調査室に命令(国立国会図書館に対しては協力要請)する。 ○報告書の原案は、同じ内容のものを衆参の厚生労働委員長に提出する。 ○衆参の厚生労働委員長からそれぞれ衆参議長に報告することが考えられる。 6.作業手法 文献調査、資料収集、民間団体等を含む関係者からの説明聴取等 (取りまとめ文書おわり) 第1編 旧優生保護法の立法過程(概要) 第1編では、旧優生保護法の立法過程のほか、戦前における民族優生保護法案(未成立)の審議過程、旧優生保護法に先立って存在した国民優生法の制定過程、平成31年に成立した旧優生保護法一時金支給法の制定過程等について、主に国会・帝国議会会議録、政府資料、書籍、論文、新聞・雑誌記事等の文献により調査した内容を取りまとめた。その概要は以下のとおりである。 1 戦前における国民優生法の制定過程 ・明治時代に人種改良論が盛んになり、大正に入ってからは政府においても優生政策とりわけ断種の問題が検討されるようになった。昭和9年に議員立法により民族優生保護法案が帝国議会に提出されると、断種法の是非をめぐる論争が活発化した。民族優生保護法案は昭和13年にかけて帝国議会に複数回提出され、衆議院及び貴族院において審議が行われたが、いずれも成立には至らなかった。 ・昭和13年に厚生省予防局に優生課が設置され、昭和14年には遺伝的疾患の防遏と優秀な民族素質の保護を目的とする優生制度案要綱が政府の国民体力審議会により答申された。これをもとに、昭和15年、「悪質なる遺伝性疾患の素質を有する者の増加を防遏するとともに、健全なる素質を有する者の増加を図り以て国民素質の向上を期すること」を目的とし、任意及び強制優生手術を可能とする「国民優生法案」が政府から帝国議会に提出された。同法案は、衆議院において修正の上、全会一致で可決された後、貴族院において異議なく可決され、成立した(昭和15年法律第107号)。 ・昭和16年から昭和22年にかけて実施された国民優生法による優生手術の件数は約540件であった。他方で、強制申請の規定に基づく優生手術は実施されなかった。 2 旧優生保護法の制定過程 ・終戦後の人口急増、闇堕胎の増加等を背景に、帝国議会及び国会において人口対策、産児制限等が議論となる中、昭和22年、「母体の生命健康を保護し、且つ、不良な子孫の出生を防ぎ、以て文化国家建設に寄与すること」を目的とし、任意及び強制断種手術を可能とする「優生保護法案」(第1回国会衆法第11号)が福田昌子、加藤シヅエ、太田典禮各衆議院議員により衆議院に提出されたが、未了となった。 ・翌昭和23年、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止するとともに、母性の生命健康を保護すること」を目的とし、任意及び強制優生手術を可能とする「優生保護法案」が、谷口彌三郎参議院議員らにより参議院に(第2回国会参法第7号)、福田昌子衆議院議員らにより衆議院に(第2回国会衆法第7号)、それぞれ提出された。同内容である両法案のうち、参法第7号が参議院及び衆議院において全会一致で可決され、成立した(昭和23年法律第156号)。国会審議においては、強制優生手術の実施や優生手術の対象疾病等に対して批判的な観点から議論がなされた形跡はなかった。 ・なお、当時、法案提出にはGHQの了解が必要であり、GHQは強制優生手術の対象疾病については広範な分類ではなく法律上詳細な定義を明記するよう繰り返し求めたが、優生保護法案の草案の根幹部分についての政策的是非は問わなかった。 3 旧優生保護法の改正過程―昭和24年改正から昭和30年改正まで― ・昭和24年、人工妊娠中絶の要件に経済的理由を加えること、強制優生手術の審査の申請を医師に義務付けること等を内容とする「優生保護法の一部を改正する法律案」(第5回国会参法第2号)が谷口彌三郎参議院議員らにより参議院に提出された。同法案は、参議院において修正の上、賛成多数をもって可決された後、衆議院において修正の上、全会一致で可決され、成立した(昭和24年法律第216号)。 ・昭和27年、優生手術の適用範囲を精神病者及び精神薄弱者にも拡大すること、人工妊娠中絶の手続を簡素化すること等を内容とする「優生保護法の一部を改正する法律案」(第13回国会参法第1号)が谷口彌三郎参議院議員らにより参議院に提出された。同法案は、参議院及び衆議院において全会一致で可決され、成立した(昭和27年法律第141号)。国会審議においては、優生手術の適用範囲を精神病者及び精神薄弱者にも拡大することについての質疑は行われなかった。 ・この間、人口問題とりわけ受胎調節に関する議論の高まりを受け、昭和24年、政府に人口問題審議会が設置されるとともに、衆議院本会議において「人口問題に関する決議」が全会一致で可決された。同決議は、人口増加の抑制のため健全な受胎調節思想の普及に努力することとした上で、「優生思想及び優生保護法の普及を図ること」を求めていた。 4 旧優生保護法改正等の動き―昭和30年代から平成7年改正まで― ・昭和47年、人工妊娠中絶の要件から経済的理由を削除し、胎児に重度の障害のおそれがある場合(いわゆる「胎児条項」)を追加すること等を内容とする「優生保護法の一部を改正する法律案」が政府から提出され(第68回国会閣法第111号)、昭和48年にも再び提出された(第71回国会閣法第122号)。他方で、臨床現場における羊水検査の広がりや自治体における「不幸な子どもの生まれない運動」に対して反対運動が展開され、いわゆる「胎児条項」を含む優生保護法改正案に対しても女性団体や障害者団体から反対の声が上がり、医師団体も含めた大きな議論となって、いずれの法案も未了となった。 ・その後も優生保護法の改正を求める動きとそれに反対する動きが続く中、昭和58年には、自民党社会部会優生保護法等検討小委員会が中間的な報告として「優生保護法の取扱いについて」をまとめ、「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」との表現や優生手術の適応事由等を挙げながら今日の社会思潮と医学水準等に照らして法の基本面に問題があるとした一方で、これらの問題点解消のための具体的な方向、手順等については慎重な配慮と深い考察が必要であるとした。 ・旧優生保護法は昭和30年から平成7年までの間にも複数回改正されているが、法律の目的や任意及び強制優生手術に関する規定についてはほぼそのまま残された。 5 優生保護法から母体保護法へ―平成8年改正以降― ・平成6年の国連国際人口開発会議において日本の優生保護法の問題が提起されたことを契機に、優生保護法の見直しを求める動きが活発化したことを受け、自民党社会部会及び厚生省において優生保護法の見直しに向けた検討が行われるとともに、当時の政権与党である社民党及び新党さきがけ内においても協議が行われた。 ・平成8年、法律の題名を優生保護法から母体保護法に改めること、法律の目的中「優生上の見地から不良な子孫の出生を防止する」を削除すること、優生手術に関する規定を削除すること等を内容とする「優生保護法の一部を改正する法律案」(第136回国会衆法第15号)が衆議院厚生委員会から提出された。同法案は、衆議院及び参議院において全会一致で可決され、成立した(平成8年法律第105号)。ただし、同法案に対する質疑は衆議院、参議院ともに行われなかった。 6 教科書にみる優生 ・昭和19年及び昭和21年の中学校生物の教科書には、精神病や精神薄弱などには明らかに遺伝性で、生まれる子に同じような欠陥が現れることの分かっているものがあって社会に迷惑をかけたり国家の手数を煩わせたりしており、このような悪い性質が子孫に遺伝しないようにすることは国家として当然考慮すべきである旨の記述がある。 ・昭和50年の高校保健体育の教科書には、我々の子孫に不良な遺伝子を残さないようにすることを優生という、国でも優生の問題を重視し、その対策として昭和23年に優生保護法を制定し、母体の生命・健康を保護するとともに国民全体の遺伝素質を改善・向上させるために国民優生に力を注いでいる旨の記述がある。 ・昭和53年改訂・57年施行の高校学習指導要領では、それまで保健体育にあった「優生」の項目がなくなり、その時期の教科書では、優生保護法について批判も含めた記述がなされるようになった。 7 一時金支給法の制定 ・平成30年、旧優生保護法による強制不妊手術を受けた女性が国家賠償請求訴訟を仙台地裁に提起して以降、各地の地裁に相次いで国家賠償請求訴訟が提起された。この動きを受け、同年、超党派による「優生保護法下における強制不妊手術について考える議員連盟」及び「与党旧優生保護法に関するワーキングチーム」がそれぞれ結成され、救済法案策定の検討が行われた結果、平成31年に「旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給等に関する法律案」(第198回国会衆法第1号)が衆議院厚生労働委員会から提出された。同法案は、衆議院及び参議院において全会一致で可決され、成立した(平成31年法律第14号)。 第2編 優生手術の実施状況等(概要) 第2編では、優生手術の実施状況等(法定手術の件数の推移、手術の実施状況、法定外手術の有無等及び行政機関の果たした役割、民間団体の活動状況等)について調査を行い、その結果を取りまとめた。実施した主な調査の結果等は以下のとおりである。 1 旧優生保護法に基づく優生手術の概要・実施件数の推移等 ・旧優生保護法に基づく優生手術は、本人同意の有無等に基づき3類型。 ・厚生労働省から提供された資料によると、実施件数のピークは昭和30年、以後は減少。男女別では実施件数全体の約75%が女性。都道府県別では北海道が最多、次に宮城県。また、鳥取県が最少。根拠規定別では、第4条の優生手術が最多。 (表はじめ) 根拠規定 第3条第1項第1号から第3号 手術実施の可否 本人同意(配偶者があるときは、その同意も必要) 対象疾患 遺伝性疾患等・らい疾患 件数 8,518件(34%) 根拠規定 第4条 手術実施の可否 本人同意不要、優生保護審査会決定 対象疾患 遺伝性疾患 件数 14,566件(58%) 根拠規定 第12条 手術実施の可否 本人同意不要、保護者同意、優生保護審査会決定 対象疾患 非遺伝性疾患 件数 1,909件(8%) 合計件数 24,993件 (表終わり) 2 国の機関の保有資料の調査 厚生労働省のほか、関係府省等に対し、保有する優生手術に関する資料の提供を依頼。 [調査結果] ・厚生労働省から提供された資料は、当時の厚生省の通知及び事務連絡、地方自治体からの疑義照会及び回答等。 ・厚生省の通知等に、昭和24年当時の法制意見として、第4条の強制手術の方法は、真に必要やむを得ない限度で身体の拘束、麻酔薬施用又は欺罔等の手段も許される場合があること、また、強制手術は基本的人権の制限を伴うが、手続はきわめて慎重で、人権の保障について十分配慮している、なんら憲法の保障を裏切るものということはできない等の記載。 ・関係府省等から提供された資料は、産児制限に関する世論調査、国際人口・開発会議「行動計画」の邦語訳、民間の高校保健体育科教科書、家庭裁判月報等。   3 地方自治体に対する調査 全ての都道府県及び市区町村に対し、保有する優生手術に関する資料の提供等を依頼。約5万3千枚の資料の提供。 [調査結果] ・都道府県等が現に保有する資料から確認できた優生手術の実施件数は6,550件(厚生労働省提供資料の実施件数24,993件の約26%)。 ・省令で様式が定められた資料を集計したところ、健康診断書(2,538件)の病名分類別では「精神病・精神病質」が1,125件、「知的障害」が1,083件。また、優生手術適否決定通知書(1,812件)の適否別では「適」とされた件数が1,767件、「否」とされた件数が19件。 ・優生手術に至った背景として、性被害による妊娠のおそれ、多子や経済状況等から育児が困難とされたことのほか、家族の意向や福祉施設の入所条件とされていた等、様々な事例が見られた。 ・都道府県優生保護審査会では、遺伝判定の困難性、障害者の人権等をめぐる様々な議論が行われていた。また、定足数を欠いた状態での開催、書類の持ち回りによる審査の事例が見られた。 ・都道府県優生保護審査会による決定に不服がある場合の再審査については、厚生労働省提供資料に中央優生保護審査会が2回開催された記述があるものの、都道府県等提供資料に再審査に関する資料は見当たらなかった。 ・手術の実施方法等を見ると、法定外の放射線照射、子宮摘出等又は睾丸摘出の事例のほか、不妊手術後に申請が行われた事例、再審査期間内に優生手術が実施された事例等が見られた。 ・一部の都道府県では、関係機関、関係団体との協力等を得て優生保護事業の積極的な推進に取り組んでいたほか、第4条の手術と異なり患者負担が生じる第12条の手術の費用に対する助成制度を実施していた。 4 医療機関、福祉施設に対する調査 優生手術に関する資料を保有する又は保有する可能性の高い234の医療機関、183の福祉施設のほか、15の厚生労働省関係施設を調査対象とし、調査票への回答と資料の提供を依頼。調査票の回答率は医療機関66.2%、福祉施設62.8%、厚生労働省関係施設100%。 [調査結果] ・調査票には、当時の職員がいないこと等から詳細は不明との回答のほか、優生手術を受けた背景、本人の意思確認の状況、手術後の生活への影響等について、様々な事例の回答。 ・提供資料によると、福祉施設・行政機関の関与の事例、家族の意向が手術の実施に影響を与えた事例のほか、他の手術と偽った事例、子宮摘出等の事例、優生手術後に傷口が痛み処置を施した事例等が見られた。 ・国立ハンセン病療養所から、結婚の条件として優生手術が行われていた旨等の回答とともに、結婚届に優生手術を「行つた」「行う」「行わない」を選択する欄のある資料等の提供。 5 障害者関連団体に対する調査 14の障害者関連団体に対し、調査票への回答と資料の提供を依頼。14団体全てから回答。 [調査結果] ・旧優生保護法施行時の団体の対応では、資料等がなく当時の状況が確認できない、団体が設立されていない旨のほか、団体設立時から法や優生思想の問題を厳しく批判してきた、母体保護法の成立過程で優生思想に反対する立場で活動してきた旨等の回答。 ・手術の実施状況等では、把握していない旨の回答のほか、団体の対面調査で被害該当者が170名との回答、生理時の手間を省くことを理由として子宮摘出が勧奨されていた旨等の回答。 ・現在の対応としては、手術の実態調査、相談窓口の設置、一時金申請への支援、訴訟への支援、当時の団体の対応に関する検証、特段の対応なし、その他について、複数の回答。 6 優生手術を受けた当事者等に対する調査 優生手術を受けた当事者にアンケート調査を実施し、40名から回答。障害者関連団体に対し、ウェブサイト・会報等での周知を依頼。 [調査結果] ・回答者の男女別では女性が30件。年齢階級別では80歳代が20件と最多。 ・子どもができなくなる手術であることの説明を受けていないとの回答は27件、受けていたとの回答は11件。 ・手術を受けることとなった経緯・理由として、家族等の意向との回答のほか、結婚の条件、別の病気と偽って等の回答。 ・当事者等から、子どもができなくなる手術を強制されるようなことが二度とないようにするための様々な意見。 7 旧優生保護法一時金支給請求書等の調査 一時金請求者のうち、国会の調査への情報提供に同意した者の請求書等の提供を依頼。令和4年12月末までの審査終了分として提供された1,116件のうち、支給認定を受けた者に係る1,003件の請求書等を整理・分析。 [調査結果] ・認定者の男女別では72.7%が女性。生年別では昭和20年代が38.9%と最多。優生手術の実施時期では昭和40年代が36.1%と最多。手術時の居住場所別では自宅が46.0%、医療機関・福祉施設が48.3%。 ・優生手術等に至った背景として、育児が困難、病気・障害が遺伝するおそれ、性被害のおそれ等から優生手術等の実施等、様々な事例が見られた。 ・行政機関の関与、国の方針等への言及の事例のほか、医師・医療機関、福祉施設の関与の事例、法定外の放射線照射、子宮摘出、睾丸摘出等の事例、不妊手術後に申請した事例等が見られた。 8 その他 ・独自に検証を行った障害者関連団体、医学関連団体の報告書等を掲載。 第3編 諸外国における優生学・優生運動の歴史と断種等施策(概要) 第3編では、第1章で優生学・優生運動の歴史と概要を取り上げ、第2章から第6章では、各国・地域の歴史・制度をまとめた。調査の概要は以下のとおりである。 1 優生学・優生運動の歴史と概要 [優生学的施策とその対象] ・19世紀末以降、各国で優生学的施策がとられるようになった。 【積極的優生学】適者の生殖の支援・集団の質の向上 【消極的優生学】断種、婚姻制限、施設への隔離、移民の排除 ・多く実施されたのは消極的優生学的施策であった。 [断種の類型] ・断種の目的には、@優生学、A懲罰・犯罪抑止、B医学的・治療的な事由、C社会的な事由、D家族計画などがあった。 ・断種の際の強制/任意の違いもあった。 [優生学とその背景] ・優生学・優生思想の背景には、退化論・逆淘汰の考え方があった。 ・不適とされた階層の高い出生率が問題とされた。 [優生学・優生運動の国際的広がり] ・優生学は、科学であると同時に社会的な運動でもあった。 ・遺伝の応用科学によって国民集団を形成しようという動きが、国を越えて、国際的にも広く共有された。 [各国・地域における優生学的断種の状況] ※ 主なものを列挙。調査時点の情報による。期間は断種法の制定・廃止年を基本とする。 (表はじめ) アメリカ カリフォルニア州 期間 1909年から1979年 アメリカ ノースカロライナ州 期間 1919年から2003年 アメリカ ヴァージニア州 期間 1924年から1979年 スイス(ヴォー州) 期間 1928年から1985年 カナダ アルバータ州 期間 1928年から1972年 カナダ ブリティッシュ・コロンビア州 期間 1933年から1973年 デンマーク 期間 1929年から1967年 ドイツ 期間 1933年から1945年 スウェーデン 期間 1934年から1975年 ノルウェー 期間 1934年から1977年 フィンランド 期間 1935年から1970年 (表おわり) [各国・地域における断種プログラムに対する補償] ※ 調査時点の情報による。【 】内は断種実施数で推計を含む。 ※ 断種実施数には諸説が存在することもある。 (表はじめ) アメリカ カリフォルニア州 補償内容 450万ドルを分配 補償人数 未定 断種実施数【20,000以上】 開始年 2022年 アメリカ ノースカロライナ州 補償内容 45,454ドル 補償人数 220人 断種実施数【約7,600】 開始年 2014年 アメリカ ヴァージニア州 補償内容 25,000ドル 補償人数 30人 断種実施数【7,325から8,300】 開始年 2015年 ドイツ 補償内容 5,000マルクの支援金、月額600ユーロ 補償人数 13,818人 断種実施数【350,000から360,000】 開始年 1980年 スウェーデン 補償内容 175,000クローナ 補償人数 1,591人 断種実施数【62,888】 開始年 1999年 (表おわり) 2 調査対象国・地域 [調査対象国] ・イギリス・アメリカ・ドイツ・北欧(デンマーク・ノルウェー・スウェーデン・フィンランド・アイスランド)・スイス・カナダ・フランス・ラテンアメリカ(ブラジル・アルゼンチン・メキシコ) ・アメリカ、ドイツ、スウェーデンについては、20世紀以降、断種法が制定され、近年になって国・州が断種施策の被害者への補償を行った国として、重点を置いて調査を実施した。 [調査内容] 断種法等の制定・廃止の経緯、優生手術の対象範囲、優生手術の実施状況、補償制度、社会の反応、教育等について調査を行った。 3 各国・地域の歴史・制度 [イギリス] ・代表的な優生学者が存在した。 ・人種よりもむしろ階級に対する問題が注目された。 ・優生学への批判もあり、断種法案が否決された。 [アメリカ] ・自然淘汰理論は、黒人が白人に劣位するという信念を補強した。 ・優生学団体が、慈善団体からの資金提供により運営された。 ・バック対ベル裁判で断種法が合憲とされ、各州の断種施策が進んだ。 ・ヴァージニア州、オレゴン州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州、カリフォルニア州では、州知事等が過去の断種を謝罪。 ・ヴァージニア州、ノースカロライナ州、カリフォルニア州では、補償が進められている。 [ドイツ] ・精神疾患・精神薄弱者の発生が、社会的・財政的負債と考えられた。 ・出生率低下を背景に、遺伝的な質の確保・人口増加に関心が集まった。 ・戦争は、最も優れた層が一掃され、逆淘汰につながると考えられた。 ・1980年から補償が開始。 [スウェーデン] ・婚姻制限規定が設けられ、その後断種手術によって婚姻が可能となる規定が設けられた。 ・断種には社会的適応、優生学的適応が含まれた。 ・1999年から補償が開始。 [スイス] ・ヴォー州では、精神疾患・精神薄弱者への優生学的断種が法制化。 [カナダ] ・アルバータ州、ブリティッシュ・コロンビア州で断種法が制定された。 ・アルバータ州では損害賠償を巡る裁判が行われて、原告勝訴。 [フランス] ・優生学的措置としての婚前検査法が制定された。 ・優生学的断種法は制定しなかった。 [ラテンアメリカ] ・ブラジルでは、優生学的避妊の合法化が議論されたが実現しなかった。 ・メキシコでは、南米で唯一、優生学的断種法が制定された(ベラクルス州)。 (以上)