衆議院

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昭和四十七年六月十二日提出
質問第一三号

 沖繩の「核ぬき返還」に関する質問主意書

右の質問主意書を提出する。

  昭和四十七年六月十二日

提出者  (注)崎弥之助

          衆議院議長 (注)田 中 殿




沖繩の「核ぬき返還」に関する質問主意書


 沖繩の核問題は一九五九年一月のナイキ・ハーキュリーズ配備、一九六二年十月のメースB配備、さらに一九六二年―六四年にかけてのナイキ・ハーキュリーズのレーダー基地強化などによつて、核兵器の貯蔵、補給、攻撃基地としての性格を濃厚にしてきた。
 本年五月十五日の沖繩返還にあたり、日本政府は「沖繩の核ぬき返還は貫かれた」と声明したが、はたして返還後の沖繩から核が完全に撤去されたのか。返還後の米軍基地の実態及び使用状況から大きな疑惑がある。
 以下の各項にわたり、政府の明確な御答弁を期待する。

一 核体制は全く不変であるのに、「核ぬき」が実現したという保証は何か。
   核ぬきを立証し得るのは、核体制の完全撤去以外に何ものもないとわれわれは考える。まず核兵器とは、その体制が確立されてはじめてその効力を発するものであることはいうまでもないことであり、返還後の沖繩にはその体制が全く変ることなく存続されている。それを裏付けるものとして次のように核戦略体制が存在している。
   “沖繩の核ぬき返還は貫かれた”“核ぬき返還に一点の疑いもない”という日本政府の見解は何をもつて立証されるのか。
   次の図は核戦略体制の中の一部であり、それらに属する諸部隊が核体制下にあることは明白である。

沖縄における米国の核戦略体制図

二 核弾頭の存在は日米両政府で認められていながら、実際に撤去された形跡がないではないか。
   一九六九年十二月に撤去されたメースBの撤去に際しては、同年十二月二十八日にはその撤去確認のためにメースBの発射基地が公開され、昨年七月―八月にかけて行なわれた毒ガス兵器の移送に際しては、かつてなかつた安全対策が確立され、形式的ながらも移送後の基地確認がなされている。
   したがつて、毒ガス兵器よりも危険性が高いといわれている核弾頭の撤去はより強力な安全対策の確立と、県民への徹底がなされてしかるべきであると同時にその撤去を確認する処置がなされるべきでありながら、何らそのような体制や輸送されたという形跡が全くなく、沖繩返還にともなう最大の要求とされてきた核兵器の撤去が何の対策や確認もなされないまま米政府の一片の書簡をもつて、しかも県民の目の届かない場所でそれをかわし、「核ぬきは貫かれた、疑いはない」といつているが、むしろ沖繩の核基地としての存続を証明する客観的事実の方が余りにもそろいすぎているといえる。
   日本政府のいう核ぬき返還を裏付けるものは具体的には何一つなく、沖繩の核基地としての存在は返還後も変つていないのである。
   もし「核ぬき」を立証する客観的、具体的事実があればそれを明確に示されたい。
三 米国及び米軍直属司令官の発言に対し、日本政府はどう考えるか。
   一九六九年十一月の日米共同声明発表直後の七〇年一月十四日と、同年七月二十三日に、米海兵隊総務司令官、レオナード・F・チヤップマン大将は、「米海兵隊は沖繩の返還後も基地の縮少はしない………なお機能の強化と半永久的施設をする………」ことを強調している。その機能とは勿論核戦略的機能を指している。
   一九七〇年四月十七日、米海兵軍団副司令官ルイス・W・オルト大将は、「沖繩に配備されている一五五ミリ、二〇三ミリ榴弾砲は核弾頭(原子砲)が使用出来る最新兵器である」という発言をくり返して、海兵隊の核装備が強調され、日本政府の核ぬき返還論を真向から否定する発言が行なわれている。
   普天間第一航空団のレイズ中佐は、「沖繩返還によつて海兵隊の作戦行動が制限されるとは思わない………ここ沖繩の海兵隊の太平洋における任務遂行は引続き何の支障もなく行なわれる」というように従来の核戦略体制に何の変化もないことを明らかにしている。
   返還直前の在沖米商業会議所においてランパート高等弁務官は、「沖繩の米軍基地は戦略的にきわめて重要な役割を果し続けている………返還後も戦略的に必要なすべての施設を保持する」と演説し、沖繩の米軍基地は返還後も不変の機能を維持することを明らかにしている。
   右の諸発言に対する政府の見解を明確にされたい。
四 沖繩における核砲撃訓練はいぜんとして行われているのではないか。
   沖繩では、これまで、米国と軍事同盟を締結している国の兵隊が米軍との共同訓練課程のなかで、随時、核砲撃訓練を行なつてきたことは、各方面から指摘されてきたが、返還後も基地機能や戦略的行動に変化がないとされている限り、今後も同様な訓練が実施されることは必至である。その裏付けとして、美里村登川部隊キャンプ・へーグ(太平洋艦隊海兵団破壊工作弾薬特別部隊)基地内に、一五五ミリ、二〇三ミリ榴弾砲の修理所が新設されている。
   また、一九七一年版、米陸、海、空、海兵の将校用教育操典の内容からしても、各種核兵器の取扱いから使用目的、破壊度合と、放射能の早期観測、防御対策が明記されており、現代の戦略的基地機能が核、またはRE(高性能火薬)によつてその体制が確立されていることを明らかにしている。
   核砲撃訓練は返還後もつづけられているのではないか明確にされたい。
五 第七艦隊の核機動力による戦略体制はますます強化されているのではないか。
   米国は第七艦隊の核攻撃力をこれまでの四倍強に増強し、核機動力による攻撃体制を強化することになり、ベトナム戦争の悪化とソ連、中国の核攻撃力の強化に対して核戦力の対決を意図し、水中ミサイルの開発と強化を戦略の中核とし、その体制強化をはかつていることは、沖繩の返還とともに、本土、沖繩の米軍が一体強化し、その指揮系統まで統一し、返還後めまぐるしく出入港する第七艦隊の動きをみても明らかである。それらの核戦略体制は、本土、沖繩の第七艦隊基地を含めて確立され、原子力潜水艦、原子力空母等の海上核ミサイル基地への寄港あるいはそこからの出撃を公然と容認している日本政府の姿勢は、非核三原則や、沖繩の核ぬきなるものがいかに空虚なものであり、ギマンにみちたものであるかを日本政府自ら示したものではないか。
   第七艦隊の核機動力による戦略体制強化に対する政府の見解を問う。
六 日米共同の核戦力の強化はひそかにすゝんでいるのではないか。
   沖繩の核戦力の主力になつているのは第三一三空軍師団第一八戦術戦闘航空団に属する第一二戦術戦闘飛行隊のF105サンダーチーフと、第四四戦術戦闘飛行隊と、第六七戦術戦闘飛行隊に属するF4Cファントムに置かれているが、今年三月八日、第三一三空軍師団報道部が発表したところによると、これからの戦術戦闘爆撃機は七三年初めまでに全機を撤退させ、これまで海上機としてその攻撃機能の優位性が高く評価されているA7Dコルセア新鋭機を七三年はじめまでに切り替える計画だといわれる。
   それは、沖繩に配備される航空自衛隊がF4Jファントムを装備することが決定されていることからみて、今回発表された戦術戦闘爆撃機戦力を攻撃型戦力に切り替える主な目的は、これまでの戦術戦闘爆撃機の戦力を自衛隊に肩代わりし、米空軍は攻撃戦力を保持していくという日米空軍の共同作戦の具体化と航空自衛隊も日米共同の核戦略体制の一翼を負うことを意味するものであり、核ぬきを強調する日本政府がその裏では自衛隊の核武装化へのアプローチを意図しての戦力強化ではないのか。
   一方、日本政府は、原子力発電所の増設をはかるなかで自前の核兵器保有への可能性を増し、原子力潜水艦及びUAUM(サブロック級の水中、空中、水中ミサイル)の装備をも意図し、原子力による核動力と併せて海上核ミサイル戦力の保有をねらつていることは各種の資料で明らかであり、日米共同の核戦略体制もいよいよ具体化しようとしているのではないか。
七 ナイキ・ハーキュリーズの核体制は維持されているではないか。
   沖繩返還によつて、これまで米陸軍第三〇砲兵旅団が装備していた沖繩のナイキ・ハーキュリーズは自衛隊に肩代りされることになつている。
   そのナイキ・ハーキュリーズも五九年の沖繩配備当初とは比較にならない程開発改造が加えられてきていることはいうまでもないことである。
   最近では、地対地用としてもその効力が認められ、旧式化されつつあるといわれている一面では今なおその開発強化がすすめられている。
   沖繩に配備されているナイキ・ハーキュリーズも一九六九年にこれまでの八基地から三基地に縮小されたことでその機能そのものが縮小されたかのような宣伝がなされてきたが、その実態は縮小された分の機能補充として核弾頭の増加がはかられ、現在ではナイキ・ハーキュリーズの大半が核弾頭付きになつているといわれている。それを裏付けるものとしては、ナイキ・ハーキュリーズの付属施設であるレーダー基地の統合強化がはかられたことと、基地周辺の警戒が一段と強化されていることでも明らかだと言えるが、最も大事なことはますます強化されていく在沖米軍基地を防衛するには、その機能も併行して強化していくというのが軍事常識である以上、基地強化と相反するような防衛力の縮小はありえないことである。
   このような核戦力の補強をみれば、基地の一部封鎖がなされたとしても、それは機能の低下や縮小でないことを認識せねばならない。
   そのように、米軍では、強化を前提にしてきているナイキ・ハーキュリーズの機能が自衛隊に肩替りすることによつてその機能が低下されるとは全く考えられないことであるし、肩替りということである以上、これまでの機能そのままの維持管理であることは疑いの余地はない。たとえ核の最終的決断とその指揮権が米国にあろうとなかろうと、これまでの核体制には何ら変化はないのである。
   このように核戦力が強化されていくなかでのナイキ・ハーキュリーズの自衛隊肩替りは、実質的には自衛隊が核体制の一翼を負うことを意味するものであり、それはまた日米核共同作戦の具体化であり、安保条約の質的な変革、強化を示すものではないか。
八 事前協議制度は完全に有名無実化されているのではないか。
   沖繩が返還されれば、日本の領土となり、安保条約の適用を受けることになるので、米軍の沖繩からの戦闘作戦行動も事前協議制度で制限され、県民の基地不安も解消されるというのが日本政府の言明であつた。
   それでは返還前と返還後の米軍基地、米軍の行動にどのような変化があつたのか。米国はこれまでの施政権者という意識は変らず、返還前と同じように安易に自由に、軍事行動をとつているようにみられる。
   去る五月二十日のB52の飛来、嘉手納、ホワイト・ビーチ、大浦湾、普天間飛行場を使用してのベトナム派兵や戦闘行動は返還後も何ら変わることなく続けられ、県民にとつてはベトナム戦争開始以来かつてない戦争不安と基地あるがゆえの危機感を抱いていることはかくせない。
   そのような情況は、返還されさえすれば事前協議制という制約である程度は規制されるものとして期待してきたのが県民感情であつたが、その実態は全く逆になつている。
   これまでの米軍の出動は県民の目にふれないようになされてきたが、返還後はわがもの顔に堂々として行なわれ、はなはだしい県民無視がくり返えされている。
   B52の飛来、KC135空中給油機の行動、戦車、トラック、武器弾薬の搬出入の激化等は戦場さながらであり、むしろ返還によつて自由使用化された観があり、事前協議制は完全に空洞化されている。
   この沖繩の米軍基地の自由使用状況に対して政府はどう考えるか。

 右質問する。



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