衆議院

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平成十二年二月四日提出
質問第四号

沖縄県における旧日本軍による強制接収用地に関する質問主意書

提出者  上原康助




沖縄県における旧日本軍による強制接収用地に関する質問主意書


 私は、一九七〇年一一月、衆議院本会議の代表質問で当時の佐藤榮作総理に対し、次のように質問した。「第二次大戦当時、旧日本軍は国家総動員法に基づいて沖縄県民の土地、資産などを強制接収いたしました。その被害は莫大なものであり、今日に至るまで損害賠償はほとんどなされないままであります。政府は、この損害に対する補償をどのように対処される所存なのか、お答えいただきたい」
 爾来三〇年、今日まで、政府の本件に関する誠意ある解決策が示されないことは極めて遺憾である。昨年八月、私の「沖縄県における旧日本軍による強制接収用地に関する質問主意書」への政府答弁も従前どおりの答弁にとどまり、本件で多大な損失を被けながら苦労をしてこられた関係者の納得が得られるものでないことは明らかである。
 旧日本軍による強制接収は、土地代金は支払わず、また、戦争が終わったら返すという約束は守られず、まさに怨念の土地となっている。
 二十世紀の懸案事項は二十世紀中に解決することをめざし、ここに改めて次の事項に関する政府の見解を求める。

I 土地代金支払いに関する質問
 一 本件に関する土地所有権確認訴訟(以下「訴訟」と略す)における土地代価支払の事実認定等について
   訴訟において、地主はいかなる形にせよ土地代価は一切支払われてないと主張し、国も土地代価を支払ったとする直接的な証拠は提出せず、土地代価の完全履行は主張していない。国は、七項目にわたる間接事実を証拠として提出しているが、そのうち五項目は地主が土地代価の一部を受領しているとして、それにより契約の成立を主張するものであった。
   また、訴訟で契約締結の唯一の直接的な証拠として国から提出された文書(土地代価支払に関する件通牒、以下「通牒」と言う)の前文にも「土地代価として差当り総額の五分の四を支払う」と、土地代価の一部支払が明記されている。
   売買代金の支払は、それを主張する者が立証責任を負うのは当然のことであるが、当該訴訟が土地所有権確認請求事件のため、国は土地代価支払についての立証はせず、また、十分な審理もされなかった。
   そして、地主が原告のため立証困難な事実、或は不明、不確かな事実はことごとく被告の国有利に解釈され、一方的に契約締結が事実認定され、国が勝訴した。
   それでもなお判決は、「仮に控訴人らが本件土地の売買代金の支払を受けてなかったとしても、売買契約が成立したものと認められる限り、代金支払の如何は、契約の成否に直接の影響を及ぼすものではない」と土地代価の履行については事実認定していない。
   国は、主に地主の土地代価の一部受領を根拠に契約の成立を主張し、それが採用され勝訴した。
   従って、国の「地主の土地代価一部受領」の主張は、即ち国の「土地代価の一部支払」と解されるが如何か。
 二 土地代価支払に関する件通牒文書について
   国は、訴訟において契約締結の唯一の直接的証拠として「通牒」を提出した。「通牒」第一項に「買収すべき土地及びその代価はすでに協定せる所なるも云々」と記されていることから、「協定」即ち契約締結との事実認定がなされた。
   しかし、「通牒」は全体として証拠採用されたものであるから、そこに記載されたその他の事項も事実認定されたものと解される。
   そこで、その「通牒」に記載された土地代価支払方法等についてお尋ねする。
  1 一九九九年一〇月、大蔵省の私への説明概要「嘉手納の場合も代金を支払ったものと判断する」とは、「通牒」を根拠にそのような判断をされるのかどうか。そしてそれは全額支払ったと言うことなのかどうか。また、「通牒」のどの個所からそのように解されるのか。
  2 「通牒」を判断の根拠にしているのであれば、それは誤りと言わざるをえない。何故なら「通牒」は、土地買収の予告と、一方的に村長に受領代理人として土地代価を支払うとの予告、そしてその支払方法を村長に通知した伝達文書に過ぎないからである。
    さて、「通牒」第二項に支払の順序方法として、次の様に記載されている。
   @ 移転登記終了の者並びに直ちに移転登記をなし得る者には直ちに全額支払う。
   A 簡易な手続きで移転登記をなし得る者には、差当たり五分の四相当額を支払い、登記終了後に残額を支払う。但し、特に必要なる者には貴職の責任で全額支払いをすることができる。
   B 複雑又は長期に亘る手続その他処置を必要とする者に対しては登記終了後に支払うこと、但し、特に必要なる者に対しては貴職の責任で五分の四までの支払いをすることができる。
     このように土地代価支払は、移転登記の難易により差があるばかりでなく、移転登記がなくとも、村長の責任で全額、或は、五分の四まで支払うことが出来るとしている。
     それからすると、「通牒」記載の六ヶ村における土地代価の支払は、各村の村長の判断、或は村長の責任の取りよう如何で、大きな差が出たことは間違いない。従って、土地代価支払に関しては、訴訟において「通牒」により、宮古、八重山の契約締結の事例を嘉手納に適用したようにはならない。
     「通牒」を代金支払の根拠とするなら、当該地主一二三人のうち誰々が、前記支払方法の@に該当したか、Aの前段に該当したか、Aの後段に該当したか、Bの前段に該当したか、Bの後段に該当したか、個別に証明すべきであるが如何か。
  3 更に、「通牒」第三項で軍経理部長が「土地代価としての現金の交付は、負債整理等特別必要ある者に限定すること」と村長に命じている。
    負債整理とは、陸軍省への移転登記のため買収予定地に設定された抵当権等の抹消に必要な負債の整理だと思われる。従って、これについても誰々に現金を交付したか証明すべきであるが如何か。
  4 大蔵省は、国債購入を勧奨したのは、臨時資金調整法に関する勅令(昭和一七年勅令第三六七号)第九条によると解答し、同勅令を資料として提出している。
    同勅令第九条には、「大蔵大臣は土地を収用若しくは売却した者に対して、その代価として受ける金銭の一部をもって国債を買入保有することを命ずる事ができる」とある。即ち、国債購入を命ずることができるのは、あくまでも土地代価として受け取った金銭の一部についてである。しかし、第三二軍の経理部長は「通牒」のとおり土地代金の現金交付を原則禁止し、全部を国債購入させるよう村長に命じている(「通牒」第三項を参照)。
    一部か全部かは、地主にとり大きな経済的得失になり、軍経理部長の命令は明らかな勅令違反だと解されるが如何か。
  5 大蔵省の説明は「国債購入を勧奨した」というが、命令ではなく勧奨とは、「通牒」のどの部分から、その様に解されるかお尋ねする。
  6 軍経理部長は、臨時資金調整法によるとして土地代価を国債購入又は長期据置預金させるよう村長に命じているが、資料として提供された臨時資金調整法の条文には長期据置預金を命ずることは出来る規定はない。その法的根拠についてお尋ねする。
  7 「通牒」には土地代価総額の五分の四を支払うとの記載に止まり、残り五分の一の土地代価については、何時いかなる方法で支払うかを何一つ示されていない。
    従って、たとえ「通牒」を土地代価支払の根拠とするとしても、少なくとも土地代価五分の一の部分については、債務不履行の事実は動かせないが如何か。
  8 国は訴訟において、軍による当該土地の取得は民事上の手続に基づき、適正になされたと主張するが、その事に関し、次の点についてお尋ねする。
   @ 軍は昭和一九年三月頃、作物、家屋の撤去命令し当該土地の占有を開始しているが、「通牒」からすると土地代価の支払は、一〇月中旬以降ということになる。最高裁判例に「土地所有権はつねに契約締結と同時に買主に移転すると解するものではない」とあり、また双務契約は双方の給付の同時履行が原則である。このような判例、原則は当然のことであり、旧民事法といえども同様だと思われる。そうだとすると、軍は権利移転がないまま当該土地を占有したことになり、その占有は権原に基づかない違法なものと考えるが如何か。
   A 仮に契約締結と同時に権利が移転するとしても、売主に作物、家屋の撤去命令をし工事を強行するには、こういう形式的な権利の移転では不十分であり、またたとえ権利があるとしても、このような権利の行使は、権利の濫用になると思うが如何か。
   B このような権原に基づかない占有及び権利の濫用は、旧軍の場合には超法規的措置として許されたのかどうか。もし、そうであればそれは最早、民事上の法律行為とは称し得ないと思うが如何か。
   C 「通牒」作成の日付は、昭和一九年一〇月一一日即ち沖縄県民が一〇・一〇空襲と記憶している沖縄本島に対する米軍の大空襲の翌日である。戦史によると、その空襲により特に第三二軍の司令部が置かれた那覇市は、そのほぼ全域が焦土と化し、また県内の死亡者、軍民と合わせて七〇〇人以上という大きな被害を受け、その日を境に沖縄本島は戦場と化したと言っても過言ではない。軍経理部が属した軍司令部も甚大な被害を被っており、その翌日、悠長に「通牒」作成などできる状況ではなかった筈である。そのような状況下に、しかも土地の占有開始後七ヶ月余りの間何らの手続もせずして、何故、その日に急ぎ「通牒」が作成されたか。
     また、本来なら公金管理に厳格で、そして会計規則等の諸法規を厳守するはずの軍経理部が、陸軍省への移転登記を待たず村長の責任で土地代価を支払ってよいなどと、公会計処理の基本原則に違反してまで、拙速に事務処理をしており、いかにも不自然である。それはおそらく、その空襲により米軍の沖縄本島上陸が近いことが予想されたことから、軍経理部が長い間放置してあった事務処理を、職務怠慢の誹りを免れるため、急ぎ開始したためと思われる。そして、支払った土地代価を全額国債購入或は長期据置預金させるよう村長に強制したのは、自らの会計規則違反を治癒せんがためと解される。
     従って、一連の手続は適切かつ緊急やむを得ない措置とは解されないが如何か。
   D 占有の開始が昭和一九年三月頃ということからすると、契約がなされたとしたら二月前後という事になる。旧法による国の出納整理期間が現行法と同じなら、昭和一九年七月三一日までに出納事務は完結されるべきであるが如何か。
   E 一〇・一〇空襲前に土地代価が現金で支払われたなら、代替地を購入する等の余裕もあった。しかし、それ以降は社会情勢は一挙に悪化し、諸物価は高騰しまた配給制も強化され、通貨はその価値を激減させていた。しかも、「通牒」所定の移転登記等の事務処理後に土地代価が支払われたとなると、それは早くても昭和一九年の末、場合によっては昭和二〇年初頭と言うことになる。その時点では、たとえ、全額現金で支払われたとしても、それが通貨として通用したのは、米軍上陸の昭和二〇年四月一日までの僅か数ヶ月間である。
     従って、一〇・一〇空襲以降の会計処理は、単に法規等に違反するだけでなく、地主に不当な損害を与えたことになると考えるが如何か。
  9 「通牒」は八重山郡大浜村宛に通知されたものとのことであるが、大浜村の文書受領印がない。文書の発送月日及び文書の受領月日についてお尋ねする。
  10 国が勝訴したのは当該土地所有権の帰属に関することで、土地代価支払に関しては問題が残存している。そしてその問題の解明は、村長に事務委任をした軍即ち国の責任において、なされるべきである。また、この事件は太平洋戦争とそれに伴う旧軍の土地取得に起因するものであり、国の戦争に対する開戦責任とこの事件の原因者としての責任から、国は地主の主張に対して合理的に説明する義務と責任がある筈であり、立証の困難性を理由に頬被りが許されるものではない筈であるが如何か。
  11 大蔵省の説明は、「嘉手納の場合も土地代価を国債で支払っており、国債を所持せず復帰後それの償還を受けられなかったのは地主の責任であり、国は関知しない」というふうに解されるが如何か。
    そしてそれは前述の軍による諸々の不法行為、或は合衆国軍政府の合理的理由に基づかない国有地認定、そして戦後二七年間、国内諸法の不適用から発生した不利益等を考慮しても、なお、国は法的にも道義的にも責任はなく、また、民法の基本原則である信義則にも反してないということなのかどうか。

II 西原、宮古、八重山、嘉手納飛行場跡地所有権に関する質問
 一 西原、宮古飛行場跡地について
   昭和五三年沖縄県総務部が作成した「旧日本軍用地調査報告書」等によると、西原飛行場跡地は、一九五一年の土地所有権申請時に合衆国軍政府により、個人所有地として土地所有権証明書が交付された。しかし、一九五五年に軍政府財産管理官から、当該土地は日本軍が買収したとして、土地所有権証明が取り消され国有地として軍政府管理になった。それが、一九五七年に、軍政府は今度は「当該土地は旧日本軍が強制収用したもので、適正な補償もなされていない」として、再び旧地主に当該土地の所有権を認めている。
   その事に関連し、市町村土地連合会(現在の沖縄県軍用地等地主会連合会)初代会長で元沖縄市長の故桑江朝幸氏の回顧録『土がある明日がある』に次のように記されている。「土地連合会が一九五六年大蔵省において、当該土地が国有財産と登記されてないことを確認し、厚生省援護局、第三二軍参謀、神直道大佐はじめ島根県、大分県在住の主計少佐等から(戦時中支払われたのは物件補償で土地の権利取得はなされていない)との証言を得、それを基に外務省を通じて米国大使館に交渉してもらった結果、一九五七年二月二三日国有地としての政府管理が解除された」とある。軍政府が当該土地を再び個人所有地と決定したのは、市町村土地連合会のこのような調査結果によるものと推察される。更に、厚生省援護局は宮古飛行場跡地についても、関係者から聞き取り調査を行い、同じく第三二軍参謀の八原博通大佐、釜井耕輝中佐、田中護利主計中尉等から「当時の貧しい農村の実情に鑑み作戦終了後は、旧地主に土地を返還すると口約した」との証言を得、そのような口約があったことは間違いないと認定し、一九六四年一二月一四日に厚生省援護局長名で認定書を発している。
   そして、それに基づき米琉土地諮問委員会は、一九六五年八月二七日に当該土地は旧地主に返還すべきと米国民政府に答申している。答申を受けた米国民政府は返還手続に着手したが、当該土地を開墾し耕作していた方々との権利調整の問題が発生し、未処理のまま祖国復帰となり国有地として大蔵省に引き継がれ、その後に当該土地は有償で耕作者に譲渡されている。
   そこで、次のことについてお尋ねする。
  1 作戦終了後、旧地主に土地を返還する口約があった等とする第三二軍の高級参謀及び主計将校の一連の証言は、西原、宮古に限らず、第三二軍が飛行場を建設する際の基本方針だったと推察されるが如何か。
  2 一九六四年一二月一四日付けでなされた厚生省援護局長の認定書の宛先は、琉球列島民政府か琉球政府のいずれなのかお尋ねする。
  3 厚生省援護局のこのような旧地主に当該土地を返還することを意図した回答、或は認定書を発しての正式見解は、政府の統一見解ではないのかどうか。
  4 前述の返還経緯が正しいとすれば、「西原飛行場跡地は旧地主に土地所有権証明書が交付され、米国民政府がそれを覆す資料収集ができず国有地との主張を断念したため、国有地として大蔵省に引き継がれてないに過ぎない」との大蔵省の説明は事実に反し、むしろ国(厚生省援護局)が、西原、宮古飛行場跡地を個人有地と積極的に認定した事にはならないのかどうか。
    また、大蔵省説明に言う米国民政府とは合衆国軍政府の間違いではないかどうか。因に米国民政府いわゆる琉球列島民政府の設立は、一九五七年六月五日である。
  5 軍政府の西原、浦添飛行場跡地を個人有地とする措置を国が追認したのではなく、その措置に異議があり、やはり国有地と言う事であれば大蔵省はその主張を具現化すべきであり、国有財産の管理者として嘉手納飛行場の地主の提訴に応訴したように、逆に西原及び浦添飛行場の地主を相手に提訴して、国有地として権利回復を図る職務上の義務があったと考えるが如何か。
  6 宮古、八重山飛行場跡地は復帰後大蔵省から農林水産省に所管換し、農地として現耕作者に譲渡したとの大蔵省の説明があったが、それについてお尋ねする。
   @ 現耕作者とは旧地主の事なのかどうか。
   A 譲渡価格等の交渉の段階で、土地代価支払に関する唯一の直接的な証拠である「通牒」を地主に明示されたかどうか。
   B 当然の事ながら当該土地の譲渡価格の決定は、「通牒」を参考になされたと思われるが如何か。
   C 土地代価として支払われた国債は、譲渡価格の査定でどのように算定或は評価されたか。例えば土地代価として全額国債を交付された者には、その国債と譲渡価格は相殺され無償譲渡されるべきであるが、そのような措置がなされたか。
   D 長期据置預金については、どのように譲渡価格に反映されたか。
   E 「通牒」前文に言う五分の一の土地代価未決済部分については、どのように措置されたか。
   F 「通牒」第二項により、譲渡価格も一様ではなく差があるべきだが、それは個々に調査の上、譲渡価格に反映されたか。
 二 嘉手納飛行場跡地について
   西原、浦添飛行場跡地は個人有地、嘉手納飛行場は国有地となった事の発端は、土地所有権申請時に事務統括者の合衆国軍政府総務部長が「嘉手納飛行場は日本軍が買収しており、土地代価の一部受領を理由に土地所有権を申請する地主がいるが、その申請は受理してはならない」と指示し、他方はその様な指示がなかったためである。
   何故、同総務部長がその様な指示をし、又他方は指示しなかったのか不明であるが、推察するに両飛行場跡地は米軍にとり不必要だったのに対し、嘉手納飛行場の場合は、当時米軍が同飛行場跡地を基に新たな飛行場(現在の嘉手納米空軍飛行場)を建設中であり、当該土地を国有地として確保するのが得策との判断によるものと思われる。
   しかし、もし「通牒」が資料として同総務部長の手元にあったなら、おそらくそのような判断はしなかった筈であり、少なくとも同じ様に取り扱われた筈である。同総務部長の判断は、伝聞など不確かな情報による推測で、具体的な資料に基づくものとは思われない。従って、訴訟では遠い宮古島の契約締結の事例を嘉手納に適用されたが、沖縄本島の西原、浦添飛行場が国有地でないように嘉手納飛行場も国有地ではありえない。国が訴訟において主張したのは、後で取って付けた理屈と申さざるをえない。
   嘉手納飛行場に関しては、次の事をお尋ねする。
  1 土地所有権申請時に、嘉手納飛行場の滑走路は旧軍の買収地として申請が認められず、飛行場の誘導路、掩体壕等の施設用地は申請が認められ個人有地となっている。訴訟において、国は滑走路用地は買収し、付属施設用地は借地したと主張しているが、その根拠は明らかにされていない。施設用地地主の方々は、同じく軍に土地を接収されたもので、軍と借地契約を締結した覚えはないとの事だが、国の主張はそれらの地主に確認しての事なのかどうか。
    また、宮古、八重山飛行場にも同様な例があるかどうか。
  2 西原、浦添、嘉手納飛行場跡地の所有権を左右する資料はどのようなものなのか。
  3 「通牒」記載の伊江村飛行場跡地の所有権は、現在どうなっているか。

III 戦時補償特別措置法(昭和二一年法律第三八号)適用についての質問
  戦時補償特別措置法(以下「特別法」と称す)第六〇条第一項に「国に対して土地を譲渡し、その対価の請求権がある場合、国はこの法律施行の際、当該土地を有する場合に限り、旧所有者の請求により当該土地を現状において、これらの者に譲渡しなければならない」と規定されている。しかし附則により沖縄は同法の施行除外となっている。そこで以下については、一般的な法律解釈論としてご見解をお尋ねする。
 一 国による土地代価の長期据置預金への強制預金は、戦費調達、経済統制のため国庫への資金導入が目的で、従って郵便預金とか公的機関への強制預金だと推察されるが、この様な預金で戦後適正な補償措置がなされていない預金は、第六〇条の土地代価としての請求権に該当しないのかどうか。
 二 国から土地代価として強制された国債、長期据置預金は、それの償還等補償措置がなされていない場合、たとえ法的には第六〇条の請求権に該当しなくとも、土地代価の請求権として取り扱われるべきではないのかどうか。
 三 特別法第一条第一項一号には「弁済期が昭和二〇年八月一五日以前のもので、同日以前に決済がなかったもの(一部の決済があった場合には決済があった部分を除く)」とあり、一部決済の場合にはその未決済部分について戦時補償請求権を認め、同法が適用される。
   従って、土地代金に一部未決済部分がある場合、当然にその部分に対し同法第一条が適用される。そして土地代金に関しては、第六〇条の立法趣旨から、一部未決済がある場合にはその未決済部分に対して、少なくともそれに相当する面積の土地を旧所有者に譲渡すべきであるが如何か。
 四 特別法にいう特殊預金とはどういう性質の預金なのか、「通牒」にいう長期据置預金とはどういう性質の預金で又特殊預金には該当しないのかどうか。
 五 更に憲法と特別法との関連で、次の事項についても一般的な法律解釈論としてお尋ねする。
   憲法第一〇条の国籍条項に関する判例(最大判昭和三六年)によると「本条は、領土の変更に伴う国籍の変更については条約で定めることを認めた趣旨と解され、従って、平和条約発効前に朝鮮人男子と結婚し、朝鮮人としての法的地位を取得した内地人女子は、条約発効とともに日本国籍を喪失する」と、平和条約発効(昭和二七年四月二八日)により国籍は喪失するとある。
   それからして同様に沖縄県民の国籍は平和条約発効により喪失し、また平和条約第三条による琉球諸島の領有権放棄により、沖縄県は県として法律上の地位を失ったもので、昭和二七年の平和条約発行前は、国籍も又県としての法律上の地位も有しており従って、法的には他県同様に日本国憲法の施行下にあったものと解される。
   さて、特別法の制定は旧憲法下の昭和二一年で、当時沖縄県が米軍占領下にあり日本の法律が施行できないため、前述のとおり附則で施行除外地域としている。しかし、施行除外の規定は旧憲法上は問題ないものの、新憲法に抵触するものと思われる。即ち、沖縄県という一地方公共団体に対する法律適用により憲法第九五条に違反し、沖縄県民に対する不平等取扱により第一四条に違反すると解する。
   日本国憲法第九八条(憲法の最高法規性)に関し、次の判例がある。
   @ 旧憲法下の法律は、その内容が新憲法の条規に反しない限り、新憲法の施行後も効力を有する(最大判昭和二三年)。
   A 本条は、憲法施行の前後にかかわらず制定された法律等の有効であるか否かを決定する基準を示す規定である。
   B 本条一項は、憲法に違反する条項を含む法律がすべて法律全体として無効になることを規定したものでなく、憲法に違反する限度においてその全部又は一部が効力を有しないことを規定したものである(東京地裁判昭和三三年)。
     これらの判例から、憲法施行前後にかかわらず制定された法律は、憲法に違反する限度においてその全部または一部は効力を有しない。
     そこで、次のことについてお尋ねする。
  1 平和条約による領有権放棄前は、当然のことながら沖縄は県として法的地位を有し、県民は日本国民として憲法で保障された諸権利を有していた筈であり、判例からして沖縄を施行除外する特別法附則は、憲法施行と同時に憲法第九五条及び第一四条に違反し、効力を有しないと解するが如何か。
  2 附則が効力を有しなければ憲法施行日である昭和二二年五月三日から、沖縄県は初めて他県と同様に、特別法が法律上形式的にせよ施行され、各条項が適用されるようになったと解するが如何か。
  3 特別法の諸条項が憲法施行前に失効する時限的な規定であれば、憲法といえども遡及効はなく、失効した条項を沖縄県に適用する訳には参らないが、特別法第六〇条には次のような規定がある。
   @ 第六〇条第六項「第一項の規定により土地の譲渡を受けようとする者は、一般申告期限後三ヶ月以内に、その旨を国に申し出なければならない。」
   A 同第七項「前項の規定による申出をした者は、昭和二三年九月三〇日までに所定の手続をしなければ土地の譲渡を受けることができない。」
     これらの規定は憲法施行後も効力を有するため、特別法附則の無効により、法的には沖縄県民にもこのような手続に基づき請求する権利が、必然的に付与されたと解する。そして、沖縄県民がその権利を行使してないのは不作為ではなく、政治的理由等による権利行使の不能によるものであり、沖縄県民が責任を負うべき性質のものではない。
     このような時限立法である特別法の場合、沖縄県民が不利益を被ることは明らかであり、憲法施行後に違憲性のある附則の改正、或は経過措置等がなされるべきであった。附則の改正、経過措置もないことから特別法の失効により、沖縄県民が有した戦時補償請求権は無効となったのかどうか。
  4 特別法の失効により、沖縄県民が有した戦時補償請求権が無効になったのであれば、それは前述のように国が附則改正、或は経過措置等をしなかったためであり、そのような国の不作為は、結果として憲法第二九条に違反すると思われるが如何か。
  5 或は、特別法の施行除外により、沖縄県民が有した戦時補償請求権に類する請求権は、法的に未処理でその権利は留保されていると解されるかどうか。
  6 沖縄県民の戦時補償請求権が無効、或は留保されたのであれば、戦後処理の一環として戦時補償特別措置法に類する特別法の立法により、当該土地は旧地主に返還されるべきと考えるが如何か。

 右質問する。



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