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令和六年三月十二日提出
質問第五九号

脳死臓器移植の拡大を目指す医療政策の転換に関する質問主意書

提出者  阿部知子




脳死臓器移植の拡大を目指す医療政策の転換に関する質問主意書


 臓器の移植に関する法律(以下臓器移植法)が平成九年六月に成立、同年十月に施行された。これにより、臓器提供を前提とした場合に限り、脳死を人の死と定め、本人が臓器を提供する意思を書面により表示し、かつ遺族が摘出を拒まない時、又は遺族がないときに限り、心臓、肺、腎臓など多臓器の提供を可能とした。
 しかし、本人の生前の書面による意思表示という条件を満たす事例は少なく、臓器提供件数が伸びないとされ、また、有効な意思表示年齢を十五歳以上としたため、小児が渡航して海外で移植手術を受けるケースが複数例注目されるなど、法が現状に合っていないとして法改正の必要性が叫ばれることとなった。その結果、平成二十一年七月、本人意思が不明な場合や十五歳未満の者においても遺族の承諾により臓器提供を可能とする法改正が行われ、翌年七月に施行された。
 以来十数年が経過する中、いまだに臓器提供者数は待機者数を大幅に下回っているとして、厚生労働省はさらなる臓器摘出の対象拡大に向けて様々な策を講じている。しかし、脳死臓器移植医療に係る法令の運用や事例検証のあり方については当初から疑義が寄せられており、医療としての信頼性が確立しているとは言えない。脳死からの臓器移植医療のあり方について、以下質問する。

一 「脳死とされうる状態」の診断の誤謬性について
 「臨床的脳死」という表現が医療現場に混乱と誤解を招いたとして、平成二十二年七月の改正臓器移植法施行により、「法に規定する脳死判定を行ったとしたならば、脳死とされうる状態」に改められたが、診断(死亡予測)において、臓器移植法の運用に関する指針(以後ガイドライン)に示された診断基準のすべてを満たしても、後日自発呼吸が確認され、植物状態に移行した事例が以下のように多数報告されている。
 ・国立成育医療研究センターでは十七カ月女児の急性脳症の発症から十七日目に、無呼吸テストを除く臨床的脳死と診断。日本臓器移植ネットワークのコーディネーターが家族に臓器提供の説明をしたが、承諾は得られなかった。発症から約五週間後に自発運動が始まり、脳幹が機能していることを示す体動が認められた。その後も女児は人工呼吸器に依存し、胃瘻チューブにより栄養補給されていた。時折、自発的に体動したが脳波は平坦だった。発症から十六カ月で、肺炎と尿路感染症による多臓器不全で死亡。(Masaya Kubota「Spontaneous and reflex movements after diagnosis of clinical brain death: A lesson from acute encephalopathy」Brain & Development 二〇二二)
 ・東京都内では日本臓器移植ネットワークの発足から二〇一七年までの約二十二年間に、臓器移植コーディネーターがドナー情報を受けて、患者家族三百四十一例に死後(脳死後または心停止後)の臓器提供について説明したが、このうち五例が植物状態に移行し臓器提供の承諾を得られず、さらに家族が臓器提供を承諾した後に一例が植物状態に移行したため臓器提供に至らなかった。(櫻井悦夫「臓器移植コーディネーター二十二年の経験から」Organ Biology 二〇一八)
 累計では六例に診断(死亡予測)の誤りがあったことになり、臓器提供選択肢提示五十七例当たり一例(六/三百四十一)で誤りが発生したことになる。
 1 臨床的症状から「脳死とされうる状態」あるいは「心臓死が切迫している状態」という診断が、これらの事例が示しているように誤っている可能性が否定できないことについて、政府はどのように認識しているのか。
 2 第五十三回厚生科学審議会疾病対策部会臓器移植委員会(二〇二一年四月二十一日開催)の資料に、「ドナー情報の分析(二〇一六年〜二〇二〇年)」が掲載されている。コーディネーターによる臓器提供の説明が七百四十五名の家族に行われたうち臓器提供に至らなかった理由は「家族辞退:百十七」、「急変:二十九」、「医学的理由:三十六」、「感染症:十二」、「判断能力確認できず:三」、「本人拒否の意思表示:六」、「虐待の可能性否定できず:五」、「司法解剖:五」、「その他:十五」であった。
  「脳死とされうる状態」あるいは「心臓死が切迫している状態」という診断の誤りによって提供に至らなかったケースはこの統計上どこに分類されているのか。「その他」に含まれているのか。
  また、日本臓器移植ネットワークの発足以降、全国においてコーディネーターによる臓器提供の選択肢提示と説明を、何名の患者家族に行い、その後生存して臓器提供に至らなかった患者数は何名か。政府の承知しているところを示されたい。
二 「臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル」について
 令和三年度厚生労働科学研究費補助金「五類型施設における効率的な臓器・組織の提供体制構築に資する研究 ドナー評価・管理と術中管理体制の新たな体制構築に向けて」(主任研究者:嶋津岳士先生、田崎修先生)において、「臓器提供を見据えた患者評価・管理と術中管理のためのマニュアル」が作成されている。
 その一章の「臓器提供を見据えた患者管理と評価」において、「治療チームが救命は不可能≠ニ考え、家族が臓器提供を希望する場合、患者本人と家族の意思を生かすため救命治療から臓器保護目的の患者管理へと移行・・・臓器提供の方針が明確となったら、多くの臓器が提供できる様に、少しでも良い状態で移植患者につなげるように患者管理を行う」との記載がある。以下、政府の承知するところを答えられたい。
 1 救命治療から臓器保護目的の患者管理へと移行するとはどのような処置を指すのか、可能な限り具体的に示されたい。
 2 日本救急医学会、日本集中治療医学会、日本循環器学会が作成した「救急・集中治療における終末期医療に関するガイドライン」において、「脳死=終末期」という認識が示されている。「脳死とされうる状態」で臓器提供をしない選択をした場合は人工呼吸器や循環作動薬などを打ち切ってもよいと考えられているのか。
 3 小児において長期脳死の症例が現に多数存在することは広く知られているが、脳死とされた成人の長期生存例(妊娠の継続・出産、臓器提供、異種移植実験などに伴う脳死宣告から一カ月以上の長期生存例)など、近年は小児だけでなく成人の長期脳死も多数報告されている。こうした事例は脳不全患者であっても脳以外の臓器機能が維持されていれば長期に生存できることを示していると考えられるが、どうか。
 4 遺族承諾が得られた場合において「救命治療から臓器保護目的」に切り替わるタイミングは、法的脳死判定後であるべきと考えるがどうか。
三 臓器提供施設連携体制構築事業における患者情報の提供・共有について
 厚生労働省は、脳死が強く疑われ臓器提供の可能性がある患者の情報を、拠点施設や日本臓器移植ネットワークと早期に共有する制度を構築する方針を打ち出し、「臓器提供施設連携体制構築事業」として、脳死判定や臓器摘出時の支援のための人員配置やマニュアル作成等の助言、臓器提供事例発生時に医師、看護師、コーディネーター、検査技師等の各職種が応援に駆けつける等の支援を行い、地域における臓器提供拡大のための体制整備を行っている。
 しかし、臓器移植法のガイドラインでは脳死からの臓器提供施設を、大学附属病院等の高度な医療を行う施設としており、全国約八百五十のいわゆる五類型とされる病院に限っている。それは第一に患者の救命治療を尽くすべきであるという考え方に基づいているからであり、第二に法的脳死判定を正しく行う体制があることが重要だからではないか。そもそも法的脳死判定以前に、提供の意思も確認しない段階で、患者の情報を他の医療機関や日本臓器移植ネットワークなどに提供し共有するなどということは想定されていない。
 1 臓器提供数を増やしたいという目的のために、なし崩しに法の理念を変え、医療機関が患者の医療情報を勝手に第三者に提供し、共有するなどということは個人情報保護法上も医療倫理上も大問題であると考えるがどうか。
 2 臓器提供施設連携体制構築事業は二〇一九年度から開始されていると聞くが、この五年間でどのような「成果」があったと認識しているのか、具体的に述べられたい。
四 日本臓器移植ネットワークの情報公開の在り方について
 臓器移植法第二条において「移植術に使用されるための臓器の提供は、任意にされたものでなければならない」と定めている。臓器の提供が、適切かつ丁寧な説明によって任意で判断されるべきであるならば、事前に十分な情報が社会全体に対して提供されていなくてはならない。そして同意を得る手続が適正に行われているのかについて常に検証される必要がある。
 日本赤十字社は「献血の同意説明書」を同社サイト内で公開して、献血に伴う副作用等について「失神に伴う転倒が〇・〇〇八%(一/一万二千五百人)」など記載している。日本骨髄バンクも「ドナーのためのハンドブック」を同バンクサイト内で公開し、骨髄採取、麻酔に伴う合併症と重大事故を記載している。国内骨髄バンクでは二万五千例以上の採取で死亡事故はないが、海外の骨髄採取で五例、日本国内では骨髄バンクを介さない採取で一例、計六例の死亡例があることを記載している。
 ところが、日本臓器移植ネットワークは臓器提供候補患者の家族に提示する文書「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」を公開していないばかりか、臓器摘出時にドナーに麻酔をかける場合もあることなど、臓器提供の実態についても一切触れていない。実際にそのことを臓器提供後に知って、娘さんからの脳死臓器提供を後悔している母親がいる。
 「そのときは知らなかったんですけども、手術の時に動くから麻酔を打つといわれたら、生きてるんじゃないかと思いますよね。それで後になってなんとむごいことをしてしまったんだろうと思いました。かわいそうなことをしたなぁ、むごいことをしたなぁと思いました。でも正直いって、何がなんだかわからなかったんです。もうその時は忙しくて」(山崎吾郎「臓器移植の人類学」世界思想社 二〇一五)
 実を記載したうえで任意の判断に委ねてこそ、移植医療が医療として信頼されるのではないか。喪失の混乱と悲しみの中で、可能な限りご家族の冷静な判断に資するよう、日本臓器移植ネットワークは、ご家族に提示する文書「ご家族の皆様にご確認いただきたいこと」にあらゆる情報を記載して、日ごろからウェブサイトで一般に公開すべきと考えるが政府の見解を示されたい。
五 脳死判定における脳血流検査について
 「臓器の移植に関する法律施行規則の一部を改正する省令(令和五年厚生労働省令第百五十三号)」が、脳死判定において確認するよう努めなければならない事項として「脳血流の消失」を追加した。
 1 「脳血流の消失」の定義を示されたい。
 2 脳血流量は「脳組織百g当たり一分当たり〇〇ml(ml/百g/分)」という単位で示される。「脳血流の消失」に相当する血流量は何ml/百g/分以下なのか示されたい。
 3 前項の「脳血流の消失」に相当する血流量を測定することができると現時点で確認されている測定機器および測定手法を示されたい。
六 「脳血流の消失」は何のための検査か
 サルなど動物の脳への血流を遮断する実験によって、「ヒト以外の動物の脳が壊死する、脳が不可逆的変化を起こす血流量」は判っている。しかしヒトの脳血流を遮断する人体実験は行えないため、「ヒトの脳が壊死する、不可逆的変化を起こす脳血流量」は不明である。測定すべき値が何ml/百g/分以下なのか不明ならば、脳死判定に脳血流検査を追加しても脳に不可逆的変化が起きているのか確認できないことになる。
 ヒトの脳が不可逆的変化を起こす脳血流量は不明であることを踏まえるならば、「脳血流の消失」は何のための検査として追加したのか、政府の見解を問う。
七 脳血流検査の目的について
 脳血流検査は複数あり、脳血流量を数値で示す機能がなく血流が停滞している画像しか示せない検査もある。脳血流量を数値で示せる機能があっても、実際には血流が停滞している画像しか示さない簡易な運用をする場合もある。血流量を示せても、測定機器や測定手法、造影剤などが異なると比較できないとしている検査もある。
 法的脳死判定に採用を検討している検査は、脳血流量を数値として記録に残す検査なのか否か。また、それらの数値は異なる検査間で比較できるものか否か。
八 誤診の再発を防ぐための方策について
 脳血流検査が用いられた脳死判定・診断において誤診例がある(以下、四文献における五例を示す。)。このような誤診は、「ヒトの脳が不可逆的変化を生じる脳血流量が不明であるから、測定する際の精度を定めることができないため」、あるいは「脳血流量の測定において数値として把握せず、脳血流が健常者と比べて停滞していることを示す画像のみで判断しているため」、そして「脳死判定の必須検査も脳機能の廃絶を確証できる検査ではないため」等と見込んでいるが、これらの誤診を再発させないための方策について政府の見解を問う。
 ○脳血流検査が用いられた脳死判定・診断における誤診例 五例
  ・カリフォルニア大学メディカルセンターは二歳児に無呼吸テストが完全に行えなかったためSPECTによる脳血流途絶で脳死判定し、臓器提供希望はなく人工呼吸を停止したところ自発呼吸をしたので脳死宣告を取り消した。
   (D Alan Shewmon「False-Positive Diagnosis of Brain Death Following the Pediatric Guidelines: Case Report and Discussion」Journal of child neurology 二〇一七)
  ・国立成育医療研究センターでは八歳児に脳血流三D−CTAおよび脳血流シンチで脳血流停止所見を認めたものの、無呼吸テストで自発呼吸があり脳死を否定した。
   (荒木尚、横田裕行ほか「小児脳死判定における脳血流評価の意義について」日本臨床救急医学会雑誌 二〇一〇)
  ・日鋼記念病院は脳血流SPECT、FDG PETで脳血流、糖代謝は認められなかった七十五歳女性から脳波を測定した。
   (杉野繁一ほか「平坦脳波と判定できなかった臨床的に脳死の一例」日本集中治療医学会雑誌 二〇〇四)
  ・千葉県救急医療センターでは頸動脈撮影でnon-fillingだった二例に脳波があった。
   (中村弘ほか「切迫脳死、脳死二百三十九例の検討」救急医学 一九八八)
九 脳血流が低下している患者は脳死判定除外例とすることについて
 以上指摘したように、脳血流検査は、健常者に比べると脳の血流が低下している患者を確認できる検査だが、脳が不可逆的変化を起こしているとまでは断定できない検査と見込まれる。脳血流が低下しているならば、脳は壊死に至らず一時的に脳機能が低下する状態であり、誤って脳死と診断される状態がありうる。それは同時に多くの脳不全患者に投与されている中枢神経抑制剤が、脳組織内に滞留して影響し続けている状態でもあると想定される。
 法的脳死判定マニュアルは、脳死判定をしてはいけない患者に、年齢相応の血圧がない患者と中枢神経抑制剤の影響下の可能性のある患者を含めていることから「脳血流が低下している患者は、低血圧と同等とみなし、脳機能の一時的停止状態または中枢神経抑制剤の影響下にある可能性もあるため、脳死判定除外例とする」ことが、脳血流検査の正しい使い方と考えるが、政府の見解を問う。
十 脳の機能回復について
 脳死判定で採用されている必須検査、補助検査も、健常者と比べると脳機能が低下していることは確認できる検査であるが、脳の機能が不可逆的に廃絶しているとまでは確認できない検査である。そのような検査を複数行っても、「脳機能が回復しうる患者」と「脳の機能が不可逆的に廃絶した患者」を完全に一例の誤診もなく見分けることはできないと考えるが、政府の見解を問う。

 右質問する。

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