ハンセン病元患者家族に対する補償金の支給等に関する法律案要綱
第一 前文
「らい予防法」を中心とする国の隔離政策により、ハンセン病元患者は、これまで、偏見と差別の中で多大の苦痛と苦難を強いられてきた。その精神的苦痛に対する慰謝と補償の問題の解決等を図るため、平成十三年に「ハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律」が制定され、さらに、残された問題に対応し、その療養等の保障、福祉の増進及び名誉の回復等を図るため、平成二十年に「ハンセン病問題の解決の促進に関する法律」が制定された。
しかるに、ハンセン病元患者家族等も、偏見と差別の中で、ハンセン病元患者との間で望んでいた家族関係を形成することが困難になる等長年にわたり多大の苦痛と苦難を強いられてきたにもかかわらず、その問題の重大性が認識されず、国会及び政府においてこれに対する取組がなされてこなかった。
国会及び政府は、その悲惨な事実を悔悟と反省の念を込めて深刻に受け止め、深くおわびするとともに、ハンセン病元患者家族等に対するいわれのない偏見と差別を国民と共に根絶する決意を新たにするものである。
ここに、国会及び政府が責任を持ってこの問題に誠実に対応していく立場にあることを深く自覚し、ハンセン病元患者家族等の癒し難い心の傷痕の回復と今後の生活の平穏に資することを希求して、ハンセン病元患者家族がこれまでに被った精神的苦痛を慰謝するとともに、ハンセン病元患者家族等の名誉の回復及び福祉の増進を図るため、この法律を制定する。
第二 趣旨
この法律は、ハンセン病元患者家族の被った精神的苦痛を慰謝するための補償金(以下「補償金」という。)の支給に関し必要な事項を定めるとともに、ハンセン病元患者家族等の名誉の回復等について定めるものとすること。 (第一条関係)
第三 定義
一 この法律において「ハンセン病元患者」とは、@からCまでの者をいうこと。
@ らい予防法の廃止に関する法律(以下「廃止法」という。)によりらい予防法が廃止されるまでの間に、国立ハンセン病療養所その他の本邦に設置された厚生労働大臣が定めるハンセン病療養所に入所していた者
A 廃止法によりらい予防法が廃止されるまでの間にハンセン病を発病し、その発病の時から当該廃止されるまでの間に本邦に住所を有したことがある者
B 昭和二十年八月十五日までの間に、本邦以外の地域に設置された厚生労働大臣が定めるハンセン病療養所に入所していた者
C 昭和二十年八月十五日までの間にハンセン病を発病し、その発病の時から同日までの間に厚生労働大臣が定める本邦以外の地域に住所を有したことがある者 (第二条第一項関係)
二 この法律において、「ハンセン病元患者家族」とは、ハンセン病元患者がハンセン病を発病した時(その発病の時に当該ハンセン病元患者が本邦に住所を有しなかった場合にあっては、当該ハンセン病元患者が本邦に住所を有するに至った時)から廃止法によりらい予防法が廃止されるまでの間に、@からFまでのいずれかに該当したことがある者(@からFまでのいずれかに該当する者であった期間に本邦に住所を有したことがある者に限る。)であって、この法律の施行の日において生存しているものをいうこと。
@ ハンセン病元患者の配偶者(婚姻の届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者を含む。)
A ハンセン病元患者の一親等の血族
B ハンセン病元患者の一親等の姻族その他これに準ずる者として厚生労働省令で定める者であって、当該ハンセン病元患者と同居しているもの
C ハンセン病元患者の二親等の血族(兄弟姉妹に限る。)
D ハンセン病元患者の二親等の血族(兄弟姉妹を除く。)であって、当該ハンセン病元患者と同居しているもの
E ハンセン病元患者の二親等の姻族その他これに準ずる者として厚生労働省令で定める者であって、当該ハンセン病元患者と同居しているもの
F ハンセン病元患者の三親等の血族であって、当該ハンセン病元患者と同居しているもの
(第二条第二項関係)
第四 補償金
一 補償金の支給等
1 補償金の支給
国は、この法律の定めるところにより、ハンセン病元患者家族に対し、補償金を支給すること。
(第三条関係)
2 補償金の額
補償金の額は、又はのハンセン病元患者家族の区分に応じ、又はに定める額とすること。
第三の二の@からBまでのいずれかに該当する者 百八十万円
第三の二のCからFまでのいずれかに該当する者 百三十万円 (第四条関係)
3 支給の調整
既に支給を受けた補償金との調整
補償金は、ハンセン病元患者家族が既に補償金の支給を受けた場合には、支給しないこと。ただし、2のの者として既に補償金の支給を受けた者が2のの者として補償金の支給を受けようとするときは、2のの額から2のの額を控除した額の補償金を支給すること。 (第五条関係)
ハンセン病療養所入所者等に対する補償金等との調整
補償金は、ハンセン病元患者家族が既にハンセン病療養所入所者等に対する補償金の支給等に関する法律による補償金の支給その他これに準ずるものとして厚生労働省令で定める金銭の支払を受けた場合には、支給しないこと。 (第六条関係)
異なるハンセン病元患者の家族として受けた損害賠償等との調整
補償金の支給を受けようとするハンセン病元患者家族が既に当該補償金に係るハンセン病元患者とは異なるハンセン病元患者の家族として国家賠償法による損害賠償その他の損害の補を受けたときは、当該補償金の額から当該損害賠償その他の損害の補の額を控除した額の補償金を支給すること。 (第七条関係)
損害賠償等がされた場合の調整
@ 補償金の支給を受けるべき者が同一の事由について国から国家賠償法による損害賠償その他の損害の補を受けたときは、国は、その価額の限度で、補償金を支給する義務を免れること。
(第八条第一項関係)
A 国は、補償金を支給したときは、同一の事由については、その価額の限度で、国家賠償法による損害賠償の責任を免れること。 (第八条第二項関係)
4 支払未済の補償金
ハンセン病元患者家族が請求をした後に死亡した場合において、その者が支給を受けるべき補償金でその支払を受けなかったものがあるときは、これをその者の遺族〔注:配偶者等〕に支給し、支給すべき遺族がないときは、当該死亡した者の相続人に支給すること。 (第十条第一項関係)
二 支給の手続
1 請求
権利の認定
@ 厚生労働大臣は、補償金の支給を受けようとする者の請求に基づき、当該支給を受ける権利の認定(以下「認定」という。)を行い、当該認定を受けた者に対し、補償金を支給すること。
(第九条第一項関係)
A @の請求(以下「請求」という。)は、この法律の施行の日から起算して五年を経過したときは、することができないこと。 (第九条第二項関係)
請求書の提出
請求をしようとする者は、厚生労働省令で定めるところにより、厚生労働大臣に、請求をする者及び請求に係るハンセン病元患者の氏名、請求に係るハンセン病元患者との関係等を記載した請求書を提出しなければならないこと。 (第十一条関係)
2 請求に係る厚生労働大臣による調査
厚生労働大臣は、認定を行うため必要があると認めるときは、請求をした者(以下「請求者」という。)その他の関係人に対して、報告をさせ、文書その他の物件を提出させ、又は出頭を命じることができること。 (第十二条第一項関係)
厚生労働大臣は、認定を行うため必要があると認めるときは、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができること。 (第十二条第二項関係)
3 請求に係る審査会による審査
厚生労働大臣は、請求を受けたときは、当該請求に係る請求者がハンセン病元患者家族であることを確認することができる場合を除き、当該請求の内容をハンセン病元患者家族補償金認定審査会(以下「審査会」という。)に通知し、その審査を求めなければならないこと。
(第十三条第一項関係)
審査会は、審査を求められたときは、請求者がハンセン病元患者家族であるかどうかについて審査を行い、その結果を厚生労働大臣に通知しなければならないこと。 (第十三条第二項関係)
審査会は、審査を行うため必要があると認めるときは、請求者その他の関係人に対して、報告をさせ、文書その他の物件を提出させ、又は出頭を命じることができるとともに、必要があると認めるときは、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができること。
(第十三条第三項及び第四項関係)
審査会は、審査において、請求者及び関係人の陳述、診療録の記載内容その他の請求に係る情報を総合的に勘案して、事案の実情に即した適切な判断を行うものとすること。
(第十三条第五項関係)
厚生労働大臣は、による通知があった審査会の審査の結果に基づき認定を行うものとすること。
(第十三条第六項関係)
4 公務所等の協力
公務所又は公私の団体は、厚生労働大臣又は審査会から必要な事項の報告を求められたときは、これに協力するよう努めなければならないこと。 (第十四条関係)
5 補償金の支給手続等についての周知、相談支援等
国は、ハンセン病元患者家族に対し補償金の支給手続等について十分かつ速やかに周知するための措置を適切に講ずるものとすること。 (第十五条第一項関係)
国は、補償金の支給を受けようとする者に対する相談支援その他請求に関し利便を図るための措置を適切に講ずるものとすること。 (第十五条第二項関係)
三 補償金に係る非課税等
補償金に係る譲渡等の禁止、非課税等の規定を設けること。 (第十六条から第十八条まで関係)
第五 ハンセン病元患者家族補償金認定審査会
一 厚生労働省に、審査会を置くこと。
二 審査会は、五人以上政令で定める人数以内の委員をもって組織すること。
三 委員は、医療、法律等に関して優れた識見を有する者のうちから、厚生労働大臣が任命すること。
四 その他審査会に関し必要な事項は、政令で定めること。 (第十九条から第二十三条まで関係)
第六 名誉の回復等
一 国は、ハンセン病元患者家族等について、名誉の回復及び福祉の増進を図るために必要な措置を講ずるよう努めなければならないこと。 (第二十四条第一項関係)
二 一の措置を講ずるに当たっては、ハンセン病元患者及びハンセン病元患者家族等の意見を尊重するものとすること。 (第二十四条第二項関係)
第七 雑則
一 戸籍事項の無料証明
市町村長は、厚生労働大臣又は補償金の支給を受けようとする者若しくはその遺族若しくは相続人に対して、当該市町村の条例で定めるところにより、ハンセン病元患者家族又はその遺族若しくは相続人の戸籍に関し、無料で証明を行うことができること。 (第二十五条関係)
二 事務の委託
1 厚生労働大臣は、補償金の支払に関する事務を独立行政法人福祉医療機構(以下「機構」という。)に委託することができること。 (第二十六条関係)
2 政府は、予算の範囲内において、機構に対し、1の事務に要する費用に充てるための資金を交付するものとすること。 (第二十八条関係)
三 厚生労働省令への委任
補償金の支給手続その他の必要な事項は、厚生労働省令で定めること。 (第二十九条関係)
第八 施行期日等
一 施行期日
この法律は、公布の日から施行すること。ただし、第五(ハンセン病元患者家族補償金認定審査会)及び四の1は、公布の日から起算して二月を経過した日から施行すること。 (附則第一条関係)
二 補償金の請求の期限の検討
補償金の請求の期限については、この法律の施行後における請求の状況を勘案し、必要に応じ、検討が加えられるものとすること。 (附則第二条関係)
三 譲渡等の禁止等
この法律の円滑な施行を図るため、厚生労働省令で定めるところにより、ハンセン病元患者家族等に対して国から金銭が支給される場合について、当該金銭に係る譲渡等の禁止及び非課税の規定を設けること。 (附則第三条関係)
四 厚生労働省設置法等の一部改正
1 厚生労働省設置法の一部改正
厚生労働省に置かれる審議会等に、ハンセン病元患者家族補償金認定審査会を追加すること。
(附則第四条関係)
2 独立行政法人福祉医療機構法の一部改正
機構の業務に、当分の間、国の委託を受けて、補償金の支払を行うことを追加すること。
(附則第五条関係)
五 その他
その他所要の規定を整備すること。