衆議院

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第4号 平成15年10月9日(木曜日)

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平成十五年十月九日(木曜日)

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  平成十五年十月九日

    午後一時 本会議

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本日の会議に付した案件

 永年在職の議員柿澤弘治君及び鳩山邦夫君に対し、院議をもって功労を表彰することとし、表彰文は議長に一任するの件(議長発議)




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    午後一時三分開議

議長(綿貫民輔君) これより会議を開きます。

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 永年在職議員の表彰の件

議長(綿貫民輔君) お諮りいたします。

 国会議員として、また、本院議員として在職二十五年に達せられました柿澤弘治君及び鳩山邦夫君に対し、先例により、院議をもってその功労を表彰いたしたいと存じます。

 表彰文は議長に一任されたいと存じます。これに御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

議長(綿貫民輔君) 御異議なしと認めます。よって、そのとおり決まりました。

 これより表彰文を順次朗読いたします。

 議員柿澤弘治君は国会議員として在職すること二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた

 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する

    〔拍手〕

    …………………………………

 議員鳩山邦夫君は衆議院議員に当選すること八回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた

 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する

    〔拍手〕

 この贈呈方は議長において取り計らいます。

    ―――――――――――――

議長(綿貫民輔君) この際、柿澤弘治君及び鳩山邦夫君から発言を求められております。順次これを許します。柿澤弘治君。

    〔柿澤弘治君登壇〕

柿澤弘治君

    謝辞

 本日、衆議院本会議場において、綿貫議長より永年勤続表彰を受けましたことは、私にとり、また、私の家族にとり、光栄の限りでございます。

 家内はこの席に参っておりますが、私の政治活動を終始支えてくれた父が本年五月に九十七年の生涯を閉じ、この喜びを分かち合えないことは、まことに残念でなりません。また、長い間にわたって温かい御支援をいただきました後援会、支援者の皆様、また事務所員一同にも、心から感謝を申し上げたいと思います。

 私にとっては、昭和五十二年の参議院選挙が政治への第一歩でございました。その前年に結成されました新自由クラブの「新しい政治をつくろう」との理念に共鳴し、大蔵省の職をなげうっての立候補でございました。

 そのときに、今日ともに表彰を受けることになりました鳩山邦夫先生と一緒に都内を走り回ったこと、その鳩山先生とは、その後、心ならずも都知事選挙のライバルとして戦う羽目になったことなどを思い出しますと、人生の奇しき因縁を感じざるを得ません。

 私は、二十五年の政治生活の中で、一貫して、二つの目標を追求してまいりました。

 まず、都市住民の期待にこたえられる「都市型政治の確立」であります。

 都市防災不燃化助成制度の創設や自然災害被災者への生活再建支援制度の議員立法化などを実現し、いささかなりともその期待にこたえられたことは、私の喜びであります。また、「自然と触れ合える都市づくり」を提案し、隅田川や都市河川でのテラスや遊歩道づくりを率先して主張し、実現させました。また、都市アメニティーの視点から、東京駅の赤れんが、隅田川の橋、それに、この国会議事堂のライトアップを提案して、東京の魅力を高めることができました。

 もう一つの私の政治家としての目標は、「世界に尊敬される日本をつくる」ということでした。

 外交をやっていると選挙に落ちるというジンクスが一般的であった中で、私は、対米、対EUなどの先進国外交だけでなく、対アジア、アフリカ、中東外交でも先駆的な活動をしてまいったと信じております。特に、故渡辺美智雄副総理・外務大臣を補佐して、カンボジア和平とベトナムの国際社会への復帰では、国際社会からも高く評価される主導的な役割を果たすことができたことは、私の誇りであります。

 この二十五年を振り返ると、そのほかのさまざまな分野でも、私は政治家としての責任を果たすべく努力してきたつもりでありますが、私の力の至らなさから、まだ思い半ば、志半ばの感を否めません。汗顔の至りであります。特に、我が国が未曾有の難局にあることを考えると、私たちの責任は重かつ大であります。

 衆議院解散と言われる日の前日のきょう、この議場に御出席の綿貫議長さんを初め先輩、同僚議員の皆さん、その御好意と友情に心から感謝を申し上げ、再びこの議場で相まみえる日が来ることを心から念じつつ、私の感謝の言葉といたします。

 本当にありがとうございました。(拍手)

議長(綿貫民輔君) 鳩山邦夫君。

    〔鳩山邦夫君登壇〕

鳩山邦夫君 柿澤弘治先生、おめでとうございました。

 ただいま院議をもって永年在職の表彰を賜りました。議会人としてまことに光栄であり、長年にわたって私のような未熟者をお育ていただいた文京区、台東区、中央区を初めとする都民の皆様方に、心から厚く御礼申し上げます。

 田中角栄先生に政治のイロハを教えていただいた私は、二十八歳で初めて本院に議席を持たせていただきました。自来、お世辞にも高いとは言えない日本の政治のレベルを少しでも高めるためにと、政治の改革に情熱を燃やし続けてまいりましたが、その間、一回の落選、一回の議員辞職等、本院に出たり入ったりでもありましたから、永年在職表彰など、まだはるか先のことと思っておりました。ところが、きょうがその日になってしまいました。

 我が身を振り返り、何と、なし得たことが少なく、そして失敗の連続ばかりであったかと、ただひたすら恥じ入る思いでもあります。

 私は、新進党、民主党と二回も、新党の実験に積極的に参加しました。しかし、新進党は、結局は瓦解、民主党は、左右イデオロギーの混在する中で非常に大きな苦しみを味わいました。そして、失望と落胆のうちに本院議員を辞職して都知事選挙に立候補いたしましたが、相手が少々強過ぎたという結果になりました。

 政治改革のために何もなし得なかった私が申し上げるのはおこがましいかもしれませんが、日本の政治は、私の初当選時に比べて少しも進歩せず、むしろレベルダウンしたのではないかと感じます。その最大の原因は、政治や政党に将来の国家像を明確に示す哲学と理念が完全に欠如しているからではないでしょうか。

 与党と小泉首相に心からお願いをいたします。

 道路公団や郵政の民営化の後にどのような抜本的構造改革を行っていくのか、そして、司馬遼太郎先生の言ういわゆる「国のかたち」を二十二世紀、いや三十世紀に向けてどのように描いていくのかを明確にお示しいただきたく思います。

 野党の皆様に申し上げます。

 理念や基本政策の一致を後回しにして、ただ政党が合併して数をふやし権力に近づこうとするのは、いかがなものでありましょうか。まず、あるべき国家像を描いてから、同志を募るべきだと思います。(拍手)

 未熟な私ですが、「自然との共生」という明確な理念を持って、情熱の絶えぬ間は国政に全力を尽くしたいと思っています。将来世代の幸せを奪うことのないよう、今、環境革命の端緒を開かなければなりません。

 新しく私のふるさととなりました府中市、武蔵野市、小金井市の皆様と二十二世紀の日本の国家像を語り合える喜びを感じつつ、私の謝辞といたします。

 ありがとうございました。(拍手)

     ――――◇―――――

議長(綿貫民輔君) 御報告することがあります。

 永年在職議員として表彰された元議員三ッ林弥太郎君は、去る八月十八日逝去されました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。

 三ッ林弥太郎君に対する弔詞は、議長において去る四日既に贈呈いたしております。これを朗読いたします。

    〔総員起立〕

 衆議院は 多年憲政のために尽力し 特に院議をもってその功労を表彰され さきに文教委員長 運輸委員長 災害対策特別委員長の要職につき また国務大臣の重任にあたられた正三位勲一等三ッ林弥太郎君の長逝を哀悼し つつしんで弔詞をささげます

     ――――◇―――――

議長(綿貫民輔君) 本日は、これにて散会いたします。

    午後一時十六分散会




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