衆議院

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第4号 平成16年10月22日(金曜日)

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平成十六年十月二十二日(金曜日)

    ―――――――――――――

  平成十六年十月二十二日

    午後一時 本会議

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 永年在職の議員小里貞利君、中村正三郎君、保利耕輔君、亀井静香君及び丹羽雄哉君に対し、院議をもって功労を表彰することとし、表彰文は議長に一任するの件(議長発議)

 一般職の職員の給与に関する法律等の一部を改正する法律案(内閣提出)

 下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出)

 防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出)


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    午後一時八分開議

議長(河野洋平君) これより会議を開きます。

     ――――◇―――――

 永年在職議員の表彰の件

議長(河野洋平君) お諮りいたします。

 本院議員として在職二十五年に達せられました小里貞利君、中村正三郎君、保利耕輔君、亀井静香君及び丹羽雄哉君に対し、先例により、院議をもってその功労を表彰いたしたいと存じます。

 表彰文は議長に一任されたいと存じます。これに御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

議長(河野洋平君) 御異議なしと認めます。よって、そのとおり決まりました。

 これより表彰文を順次朗読いたします。

 議員小里貞利君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた

 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する

    〔拍手〕

    …………………………………

 議員中村正三郎君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた

 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する

    〔拍手〕

    …………………………………

 議員保利耕輔君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた

 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する

    〔拍手〕

    …………………………………

 議員亀井静香君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた

 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する

    〔拍手〕

    …………………………………

 議員丹羽雄哉君は衆議院議員に当選すること九回在職二十五年に及び常に憲政のために尽くし民意の伸張に努められた

 よって衆議院は君が永年の功労を多とし特に院議をもってこれを表彰する

    〔拍手〕

 この贈呈方は議長において取り計らいます。

    ―――――――――――――

議長(河野洋平君) この際、ただいま表彰を受けられました議員諸君の登壇を求めます。

    〔被表彰議員登壇、拍手〕

議長(河野洋平君) 表彰を受けられました議員諸君を代表して、小里貞利君から発言を求められております。これを許します。小里貞利君。

小里貞利君 

    代表謝辞

 本日、ここ衆議院本会議場において、院議をもって永年在職表彰を受けましたことは、私ども五名の議員にとり、まことに光栄の極みであります。

 ここに、年長のゆえをもちまして、一同を代表して、慣例に従い、自らの来し方を振り返りつつ、御礼の言葉を申し上げます。(拍手)

 今回の表彰は、先輩、同僚の皆様方の御指導、御鞭撻の賜物であると同時に、二十八歳で郷土鹿児島の県議会議員に当選して以来、四十五年余にわたり御支援いただいた鹿児島県の皆様や、すべての友人、知人の皆様のおかげであり、心より感謝を申し上げるものであります。(拍手)

 私どもが衆議院に初めて議席をいただいたのは、昭和五十四年十月七日の総選挙においてでありました。

 この総選挙では、一般消費税導入問題やダグラス・グラマン事件などのあおりを受けて、自民党の議席は過半数を割り、大平首相の責任問題が噴き上がり、世に言う「四十日抗争」に突入いたしました。

 翌年に至るも党内の亀裂は収まらず、ついに大平内閣不信任決議案が可決され、大平首相は衆議院の解散を断行し、その直後に帰らぬ人となられました。

 初当選して一年も経たずに再び総選挙を戦うこととなり、さらに政治の師とも仰いだ大平首相を失い、私は、国会議員としての第一歩から、大きな衝撃とともに政治の厳しさを思い知らされたものであります。

 政治家としてさらに忘れられないことは、村山内閣において、阪神・淡路大震災対策特命大臣として緊急対応に当たったことであります。

 発災四日目に特命大臣を拝命し、その日に現地に向かいましたが、伊丹空港から神戸までの道のりは混乱し、身動きがとれず、ようやく到達した現地はいまだに火煙が立ち、六千四百余名のとうとい人命が奪われ、瓦礫の山と化した被災地の惨状は、今でもまぶたにまざまざと浮かんでまいります。

 現地に飛ぶこと二十数回、国会にあっては与野党挙げて御協力を賜り、そして被災者の皆様方が懸命に復旧、復興に取り組んでこられた、そのひとこまひとこまに思いをいたしつつ、十年を経て今、見事に復興した神戸の町並みを見るときに、大きな感慨を禁じ得ません。(拍手)

 さらに振り返れば、海部内閣においては労働大臣として育児休業法の制定に携わらせていただき、橋本内閣の総務庁長官としては、一府二十二省庁から一府十二省庁へと、明治以来の省庁体制に初めて抜本的な改革を加える行政改革を担当させていただきました。

 あるいは、日本列島の国土軸を形成し、新時代の地方に大きな光を投げかけるとの信念から、初当選以来、整備新幹線の建設促進運動にも取り組ませていただいてまいりました。

 それぞれの政治テーマの場面場面において御指導をいただいた先輩議員、同僚議員の皆様、そして広く御理解と御協力を賜りました国民の皆様に改めて感謝を申し上げる次第であります。

 さて、私ども国会議員は、それぞれの時代において、国家、国民の繁栄を願い、懸命に行動してまいったつもりであります。

 しかしながら、「失われた十年」という言葉に象徴されるように、国家は久しく停滞し、時代の波は、針路に迷う日本丸に容赦なく打ちかかっております。

 今こそ、変革の先にある明るい未来を信じて、新しい日本がいかにあるべきか、その針路を明確に国民に示し、なすべき真の改革をしっかりと実行してまいらなければなりません。

 そのことが、時代の大きな変わり目に国会議員という職務を担った我々の責任であることを改めて認識いたします。

 「己を尽くし、人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬべし。」

 西郷隆盛遺訓にあるこの精神を胸に、今後も力の限り行動してまいることをお誓いいたしまして、感謝の言葉といたします。

 ありがとうございました。(拍手)

議長(河野洋平君) 本日表彰を受けられました他の議員諸君のあいさつにつきましては、これを会議録に掲載することといたします。

    ―――――――――――――

    中村正三郎君のあいさつ

  このたび、永年在職議員として院議をもって表彰の御決議を賜り、議会人として、また政党人として、まことに身に余る光栄であります。

  私が在職二十五年の長きにわたって国政に参画し、今日このような栄誉に浴することができましたのは、ひとえに選挙区の皆様方の多年にわたる温かい御支援と、先輩、同僚議員の皆さんの御指導の賜でありまして、衷心より厚く感謝申し上げる次第であります。

  また、この間苦労をかけてきた妻と子供たちにも感謝の意を表したいと思います。

    …………………………………

    保利 耕輔君のあいさつ

  このたび、院議をもって永年勤続の表彰をいただきましたことは、私にとってこの上もない栄誉であり、二十五年もの長い間、一貫して御支援いただいた佐賀県有権者の皆様、御指導いただいた先輩議員、苦楽をともにした同僚議員、また私の政治活動を力強く支えていただいた多くの方々、協力をしていただいた各省庁の皆様、また陰で補佐してくれた事務所の諸君や家族に対し、心から感謝の念を捧げたいと存じます。

  私は、父の他界後、二十一年余り勤務した日本精工株式会社を辞し、昭和五十四年十月に行なわれた第三十五回衆議院議員選挙に立候補し、当選の栄を賜りました。五年にわたる欧州での勤務から帰国した直後の選挙であり、戸惑いもありましたが、多くの方々の御指導と御支援により当選を果たし、以来、連続九回議席をいただいたことは、身に余る光栄であります。

  過ぎし四半世紀を振り返ってみますと、数々の思い出が脳裡に浮かんでまいります。党・農林部会長として合意形成の政治手法を学んだこと、ウルグアイ・ラウンドへの対応と同条約の批准への苦労、連立与党の政策調整、平壌訪問と合意書の締結などは、貴重な政治経験の積み重ねでありました。

  また、平成二年、文部大臣を拝命、教育、文化、スポーツ、科学などの分野で活動したのをきっかけとして、今日もなお、終生の課題として、教育基本法改正を初めとする諸課題に精魂こめて取り組んでいるところであります。

  さらに、平成十一年には自治大臣、国家公安委員長として多くを経験しました。特に、警察を巡る諸々の問題に頭を痛めた事もありましたが、警察刷新会議の皆様の御協力と当局の御努力により、ようやく事態を終息させることが出来ましたのも、思い出深いことでありました。

  さて、新しい世紀を迎え、日本は国際社会の中で重要な地位を占めると同時に、今後我が国がいかにあるべきかが問われています。幕末から明治にかけての日本人の活動に思いをいたしつつ、民族の精神の再構築と新しい時代の倫理観の確立に努力することが我々に与えられた責務であり、正しい教育を充実させることが大切であると信じます。まさに教育は国家百年の大計であり、永年勤続表彰をいただいた今、問題への取り組みの決意を新たにするものであります。

  今後とも、皆様の御理解と御厚誼を賜りますようお願い申し上げ、御礼のごあいさつといたします。

    …………………………………

    亀井 静香君のあいさつ

  このたび、私の衆議院議員二十五年の永年勤続に対し院議をもって表彰をいただき、関係各位に心より御礼申し上げます。

  私は至らない者でありますが、今日まで何時も我が信念を貫き、躊躇することなく政治活動をしてまいることができました。これはひとえに初出馬以来私を支え、叱咤激励しながらお育てくださいました郷土の皆様、友人の御加護、そして諸先輩及び同僚議員の深い御理解と御指導の賜であります。政治家としてこの上ない冥利に尽きるとここに改めて心からの感謝を捧げ、御礼申し上げます。

  私は、昭和十一年、原爆投下のあった広島県に生まれました。父は役人であったため、原爆投下直後に被災者救済に当たり、被爆者手帳の所持者でした。姉は白血球の減少する病で、早くに亡くなりました。子供心に、遠くでピカッと光った直後に大きなキノコ雲が上がり、多くの人々がボロボロになって逃げてきた光景を、今でも忘れることができません。また、祖国、愛する人を守るために身命を賭した先人達に想いを馳せ、あらゆる命を尊び、戦争を防ぐこと、平和を守り継承することが政治の最大の責任であるとの思いで政治家を志しました。

  現在の日本は一応平和を保っておりますが、日本近世史においても幕末・大正・昭和初期に匹敵する大きな曲がり角に直面しているのではないかと思います。市場原理万能、競争原理至上、こうした空気が日本の社会を覆ってしまった結果、日本経済の空洞化は残念ながら着実に進んでいる今日であります。中小企業、零細企業、商店は日に日に追い詰められ、地方、農村、漁村は厳しい状況であります。こうした状況を今後政治が許してよいのか。国民もまたそういう政治を許すのか。

  この地球は銀河系の中の小さな惑星にしかすぎませんが、人類にとってはかけがえのない住みかです。二十世紀は、科学技術が飛躍的に発達して、我々の生活は極端に便利になりました。一方では革命と戦乱の世紀でもありました。この二十一世紀が人類にとってどのような世紀になっていくのか。あらゆる民族、国家がそれぞれの場で必死になって生きている中を、強者の論理だけ貫徹していって本当に大丈夫なんだろうか。地球の果て、砂漠や密林の中においても、生きとし生けるものは我々人類のかけがえのない同胞であります。それぞれの地域で進んだところもあれば、遅れているところもある。そういう人達に先進国がきっちりと配慮しながら、このかけがえのない住みかで皆がどうやったら幸せになっていけるのであろうか。今や世界全体が大きな曲がり角に来ているのではないかと思います。

  内外とも極めて厳しい状況の中、日本国の目指すべき国家像、社会像は芸術と文化、そして産業が融合したものであり、我々日本人の持っていた美しい魂を、また、たおやかな気持ちをどう取り戻していくのか、「友の憂いに我は泣き、我が喜びに友は舞う」という共生の社会を創り得るのかどうか、まさに正念場であります。

  私は、この国に生まれてよかったと思える国家を形成するため、先輩、同僚議員の方々とともに一層の御指導、お力を賜りながら、いかなる困難にも負けず必死の覚悟で今後も頑張っていく所存でございます。

  さらなる精進をお誓い申し上げ、謝辞といたします。

    …………………………………

    丹羽 雄哉君のあいさつ

  私は、このたび、院議をもって永年在職議員の表彰をいただきました。ひとえに郷土茨城の皆様、旧茨城三区、現茨城六区の皆様方の長年にわたる御厚情、御支援の賜物であり、また、先輩、同僚議員を初め関係者各位の御指導、御友情によるものであります。心から感謝を申し上げます。

  さて、私が衆議院に議席を得ましたのは、一九七九年十月七日の第三十五回総選挙でありました。私は、十年間のジャーナリストの経験を経て政界入りしましたが、この初めての選挙では、消費税導入の提唱に対する強い反発もあって自民党は惨敗し、「安定多数」の確保に及びませんでした。私淑申し上げておりました大平正芳首相から、「君の一議席も大変重いよ」と言われたことを、今でも鮮明に記憶しております。

  私は、四半世紀の政治生活の中で、社会保障を中心として取り組み、医療、介護、そして年金改革のさまざまな重要な局面に係わってまいりました。

  医療保険に初めて一割負担を導入した一九八四年の健保国会や、厚生大臣在任中にスタートした介護保険制度など、どれも私にとって忘れがたいものです。とりわけ、私が初の厚生大臣に就任して間もない一九九二年十二月の予防接種・東京集団訴訟問題は、まさに一人の政治家として孤独な重い決断でありました。東京高裁の判決に対して上告を断念し、被害者救済へと、これまでの厚生行政を大きく転換させる施策を打ち出したのであります。

  私は、記者会見の席上、自分自身で書いたメモを読み上げました。「(被害者とその家族に対して)一度限りの人生を台無しにしてしまい、慰めの言葉もありません」と率直にお詫びし、マイクの前で思わず頭を下げておりました。

  その後、被害者弁護団のある方から、「今回の決断を多としたい」との一通のお手紙をいただきました。まさに私は、政治家冥利に尽きるとの思いがいたしました。

  また、六年前の金融不安の折りは、「日本発の世界恐慌を起こしてはならない」との思いで、自民党の政策責任者の一人として及ばずながら金融再生法の成立に携わったことも、忘れることができません。

  この四半世紀、私どもはある時はバブルに踊り、ある時は金融不安におびえ、失業者の増大に苦しむという「経済大国」の陰と陽ともいうべき激動の中にありました。私は、平和と繁栄を政治の原点とし、今後とも国民の皆様方が真の豊かさを享受できる国家、誇れる郷土・茨城のために、いささかでもお役に立てるよう邁進していく決意であります。

  ここに、永年にわたってお支えいただいた皆様方に感謝の念を申し上げさせていただきます。本当にありがとうございました。

     ――――◇―――――

梶山弘志君 議案上程に関する緊急動議を提出いたします。

 内閣提出、一般職の職員の給与に関する法律等の一部を改正する法律案を議題とし、委員長の報告を求め、その審議を進められることを望みます。

議長(河野洋平君) 梶山弘志君の動議に御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

議長(河野洋平君) 御異議なしと認めます。

    ―――――――――――――

 一般職の職員の給与に関する法律等の一部を改正する法律案(内閣提出)

議長(河野洋平君) 一般職の職員の給与に関する法律等の一部を改正する法律案を議題といたします。

 委員長の報告を求めます。総務委員長実川幸夫君。

    ―――――――――――――

 一般職の職員の給与に関する法律等の一部を改正する法律案及び同報告書

    〔本号末尾に掲載〕

    ―――――――――――――

    〔実川幸夫君登壇〕

実川幸夫君 ただいま議題となりました一般職の職員の給与に関する法律等の一部を改正する法律案につきまして、総務委員会における審査の経過及び結果を御報告申し上げます。

 本案は、本年八月の人事院勧告どおり給与改定を実施しようとするもので、国立大学の法人化等に伴う教育職俸給表及び指定職俸給表の改定等を行い、あわせて、寒冷地手当の支給地域、支給額の改定等を行おうとするものでございます。

 本案は、去る十月二十日本委員会に付託され、昨二十一日麻生総務大臣から提案理由の説明を聴取いたしました。本日質疑を行い、討論、採決の結果、本案は賛成多数をもって原案のとおり可決すべきものと決しました。

 以上、御報告申し上げます。(拍手)

    ―――――――――――――

議長(河野洋平君) 採決いたします。

 本案の委員長の報告は可決であります。本案を委員長報告のとおり決するに賛成の諸君の起立を求めます。

    〔賛成者起立〕

議長(河野洋平君) 起立多数。よって、本案は委員長報告のとおり可決いたしました。

     ――――◇―――――

梶山弘志君 議案上程に関する緊急動議を提出いたします。

 内閣提出、下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、委員長の報告を求め、その審議を進められることを望みます。

議長(河野洋平君) 梶山弘志君の動議に御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

議長(河野洋平君) 御異議なしと認めます。

    ―――――――――――――

 下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出)

議長(河野洋平君) 下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。

 委員長の報告を求めます。法務委員長塩崎恭久君。

    ―――――――――――――

 下級裁判所の設立及び管轄区域に関する法律の一部を改正する法律案及び同報告書

    〔本号末尾に掲載〕

    ―――――――――――――

    〔塩崎恭久君登壇〕

塩崎恭久君 ただいま議題となりました法律案につきまして、法務委員会における審査の経過及び結果を御報告いたします。

 本案は、山口県厚狭郡楠町の宇部市への編入合併に伴う簡易裁判所の管轄区域の範囲に加え、最近の市町村の廃置分合等に伴う下級裁判所の名称並びに所在地及び管轄区域の表示について、所要の改正を行おうとするものであります。

 本案は、去る十九日本委員会に付託され、本日南野法務大臣から提案理由の説明を聴取し、採決の結果、全会一致をもって原案のとおり可決すべきものと決しました。

 以上、御報告申し上げます。(拍手)

    ―――――――――――――

議長(河野洋平君) 採決いたします。

 本案の委員長の報告は可決であります。本案は委員長報告のとおり決するに御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

議長(河野洋平君) 御異議なしと認めます。よって、本案は委員長報告のとおり可決いたしました。

     ――――◇―――――

梶山弘志君 議案上程に関する緊急動議を提出いたします。

 内閣提出、防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案を議題とし、委員長の報告を求め、その審議を進められることを望みます。

議長(河野洋平君) 梶山弘志君の動議に御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

議長(河野洋平君) 御異議なしと認めます。

    ―――――――――――――

 防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出)

議長(河野洋平君) 防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案を議題といたします。

 委員長の報告を求めます。安全保障委員長小林興起君。

    ―――――――――――――

 防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案及び同報告書

    〔本号末尾に掲載〕

    ―――――――――――――

    〔小林興起君登壇〕

小林興起君 ただいま議題となりました防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案につきまして、安全保障委員会における審査の経過及び結果を御報告申し上げます。

 本案は、一般職の職員の給与に関する法律等の一部を改正する法律案の改正に伴い、特別職である防衛庁職員について所要の措置を講ずるものであり、その主な内容は、

 国立大学の法人化等により、一般職の職員の給与に関する法律別表第六ロ教育職俸給表(二)が廃止されること等に伴い、同表の適用を受けている防衛庁の職員に対し新たに適用する俸給表として、自衛隊教官俸給表を新設すること、

 新俸給表を設けることに伴う所要の切りかえ措置等を設けること

等であります。

 本案は、去る十月二十日本委員会に付託され、昨二十一日大野防衛庁長官から提案理由の説明を聴取し、本二十二日質疑を行い、引き続き採決を行いました結果、本案は全会一致をもって原案のとおり可決すべきものと決した次第であります。

 以上、御報告申し上げます。(拍手)

    ―――――――――――――

議長(河野洋平君) 採決いたします。

 本案の委員長の報告は可決であります。本案は委員長報告のとおり決するに御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

議長(河野洋平君) 御異議なしと認めます。よって、本案は委員長報告のとおり可決いたしました。

     ――――◇―――――

議長(河野洋平君) 御報告することがあります。

 永年在職議員として表彰された元議員中山利生君は、去る九月三十日逝去されました。まことに哀悼痛惜の至りにたえません。

 中山利生君に対する弔詞は、議長において去る十八日既に贈呈いたしております。これを朗読いたします。

    〔総員起立〕

 衆議院は 多年憲政のために尽力し 特に院議をもってその功労を表彰され さきに地方行政委員長 安全保障委員長 公職選挙法改正に関する調査特別委員長等の要職につき また国務大臣の重任にあたられた正三位勲一等中山利生君の長逝を哀悼し つつしんで弔詞をささげます

     ――――◇―――――

議長(河野洋平君) 本日は、これにて散会いたします。

    午後一時二十八分散会

     ――――◇―――――

 出席国務大臣

       総務大臣  麻生 太郎君

       法務大臣  南野知惠子君

       国務大臣  大野 功統君


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