衆議院

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第9号 平成13年11月7日(水曜日)

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平成十三年十一月七日(水曜日)

    午前九時三十分開議

 出席委員

   委員長 保利 耕輔君

   理事 奥谷  通君 理事 塩崎 恭久君

   理事 田村 憲久君 理事 長勢 甚遠君

   理事 佐々木秀典君 理事 平岡 秀夫君

   理事 漆原 良夫君 理事 西村 眞悟君

      荒井 広幸君    太田 誠一君

      熊代 昭彦君    左藤  章君

      笹川  堯君    鈴木 恒夫君

      棚橋 泰文君    谷川 和穗君

      西田  司君    松宮  勲君

      山本 明彦君    吉野 正芳君

      渡辺 喜美君    枝野 幸男君

      肥田美代子君    水島 広子君

      山内  功君    山花 郁夫君

      青山 二三君    樋高  剛君

      木島日出夫君    瀬古由起子君

      植田 至紀君

    …………………………………

   法務大臣         森山 眞弓君

   法務副大臣        横内 正明君

   法務大臣政務官      中川 義雄君

   最高裁判所事務総局家庭局

   長            安倍 嘉人君

   政府参考人

   (法務省刑事局長)    古田 佑紀君

   政府参考人

   (法務省矯正局長)    鶴田 六郎君

   参考人

   (全国交通事故遺族の会会

   長)           井手  渉君

   参考人

   (明治大学法学部教授)  川端  博君

   参考人

   (弁護士)        高井 康行君

   法務委員会専門員     横田 猛雄君

    ―――――――――――――

委員の異動

十一月七日

 辞任         補欠選任

  藤井 裕久君     樋高  剛君

  不破 哲三君     瀬古由起子君

同日

 辞任         補欠選任

  樋高  剛君     藤井 裕久君

  瀬古由起子君     不破 哲三君

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 政府参考人出頭要求に関する件

 刑法の一部を改正する法律案(内閣提出第八号)

 刑事訴訟法等の一部を改正する法律案(内閣提出第九号)




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     ――――◇―――――

保利委員長 これより会議を開きます。

 内閣提出、刑法の一部を改正する法律案を議題といたします。

 本日は、本案審査のため、参考人として、全国交通事故遺族の会会長井手渉君、明治大学法学部教授川端博君、弁護士高井康行君、以上三名の方々に御出席をいただいております。

 この際、参考人各位に委員会を代表して一言ごあいさつを申し上げます。

 参考人におかれましては、御多用中のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、審査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。

 次に、議事の順序について申し上げます。

 まず、井手参考人、川端参考人、高井参考人の順に、各十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。

 なお、念のため申し上げますが、発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対して質疑をすることができないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。

 それでは、まず井手参考人にお願いいたします。

井手参考人 おはようございます。本日は、法務委員会に参考人としてお招きいただきまして、発言の機会を与えてくださいましたことに、心からお礼申し上げます。

 私は、千葉県で耳鼻科医として働いている井手と申します。

 平成二年十一月、当時高校三年生の娘が登校中交通死したことを契機に、平成三年四月、全国交通事故遺族の会という自助組織を設立いたしまして、被害者の救済と交通事故の撲滅を目的に活動してまいりました。今回の刑法改正案は、神奈川の鈴木さんや千葉の井上さんの肉親のとうとい命の犠牲と、三十七万人に及ぶ署名という世論の後押しにもよって、国会に提出されたものと理解しております。

 刑法改正案の危険運転致死傷罪については、問題点もございますが、一定の評価をしております。問題なのは、刑の裁量的免除の部分です。

 法務省が国会の法務各委員に配付した資料、資料一とございますが、それによりますと、この刑の裁量的免除のメリットとして、捜査に関する事務処理の効率化が挙げられております。これは、明らかに行政改革の名に乗じた司法の省力化の意図がうかがえます。今回の刑法改正案の問題点は、人間の生命を大切に、交通事故から人命を守るということだけでなく、交通事故の処理の合理化をセットとしていることであります。人命の尊重と事務処理の効率化は両立いたしません。経済的効率に基づいて、約百十五万件のほとんどを占める軽微な事故を非刑罰化するというのは、交通事故を許容することになります。決して、事故の大量発生は断じてないと言い切れないと思います。

 人を傷つけても刑を免除するという条項は、社会にどのような影響を及ぼすとお考えでしょうか。罰せられないことを覚えた違反者は、現状よりも交通ルールを守るはずはありません。加害者に対する責任追及がおろそかになるのではないかと危惧しております。刑の裁量的という意味から、現場の警察官が恣意的に判断するおそれもあります。交通事故が下降方向に向かうという保証があるとは思われません。

 そもそも刑法には、人を傷つけても刑を免除するという規定はありません。なぜ交通事故に限ってこの法律が必要なのでしょうか。

 人対車の場合、車は凶器です。子の親として、人を傷つけても罰せられないという法律について、子供たちにどのような説明をしたらよいのでしょうか。

 また、運転免許取得の教習で、教習者はどのような反応を示すでしょうか。極めて安易な気持ちでハンドルを握ることになるのではないかということを危惧しております。

 前提となる正確な事故捜査に対して、連鎖的な悪循環が生じることが懸念されます。つまり、増加し続けている交通事故、その事故捜査の処理に日々大変な負担を強いられている現場の警察官は、現在より一層ずさんな事故の捜査をするのではないでしょうか。

 国民の大部分を犯罪者にしたくないと法務省は説明されます。しかし、加害者は免許証を所持している国民のほんの一部にすぎません。実情は累犯者が大変多いということです。国民総前科者になるとは考えられません。反対に、被害者になる人は、子供から老人まで、国民全部がなり得るのです。

 また、被害者は加害者に処罰を望んでいないと法務省は説明されます。しかし、健康を損ない、生命を奪われた被害者は、本当にそれほど物わかりがよいのでしょうか。少なくとも、娘を奪われた私はそれほどの寛容さはありません。

 昭和六十三年以来、検察庁によって推し進められてきた非刑罰化方針によって起訴率は一一%まで低下し、有罪になっても執行猶予が多く、実刑はほんの数%にすぎません。非刑罰化方針で法律的には犯罪者の名前が消えても、現実には加害者や被害者がふえ続けているのですから、国民の安全な社会生活が脅かされているのです。これは資料二にありますが、読んでいただきたいと思います。

 したがって、既に刑の裁量的免除は実行されているのが事実であります。法律でお墨つきを与えようとする法務省の意図に疑いを禁じ得ません。

 法務省は、刑の裁量的免除は、原因が悪質で結果も死亡や重傷な事故は除き、一定の要件を満たしている事故のみを対象とすると説明されます。しかし、非刑罰化方針による今までの経過と多くの被害者が苦しんできた事実から、これは資料三に書いてありますが、法務省の御説明を額面どおりには受け取ることはできません。

 今後心配なのは、この条項がにしきの御旗としてひとり歩きし、危険運転致死傷罪に該当しないありふれた交通事故は刑事罰の対象から外され、ごく一部の事故だけが刑事罰の対象とされることであります。

 去る四月二十日の法務省での交通関係問題意見交換会で、朝日新聞の記事に、法務省は悪質業過に重い刑を科す一方で軽微業過には大胆に刑事罰の対象から外していく方針で検討を始めたということがありましたのに対して、責任者の方に真相を確認しましたところ、その事実はないと明言されました。国民の不安を払拭する意味からも、法務省が明言されましたことを実行していただきたいと存じます。

 非刑罰化方針は、交通事故を軽視する風潮を生み、そのことが事故発生の一般予防効果を弱めてきたことは確かであります。したがって、非刑罰化方針を見直していただくことをお願いいたします。

 本来、人の命を大切にすることは、軽微な事故とか悪質な事故とかの区別をつけるべきではないと思います。人を死傷させたことの事実を重大に考えるべきだと思います。それでなければ、交通事故を容認し推奨していると言っても過言ではありません。国民生活に与える影響の大きさから、刑の裁量的免除を削除していただきたく、重ねてお願いいたします。

 九月五日、法制審議会から法務大臣にこの法案の答申が出されました。九月十三日、十四日、法務省の刑事局長や審議官にお会いして、刑の裁量的免除の事項は運用によっては安全な社会が損なわれる危険があり、裁判所も疑問視していることも申し上げ、この条項を削除していただくよう口頭でお願いし、直接に要望書も提出しておりました。しかし、何らの回答がないまま、法案がそのまま国会に提出されました。私たち遺族の心の叫びが黙殺されたことは非常に残念でたまりません。

 先日、緒方貞子元国連難民高等弁務官が、アフガニスタンの難民は見捨てられたと話しておられました。私たち交通事故の被害者やこれから被害者になるかもしれない国民も、法務省によって見捨てられたとの大変つらい思いをしております。

 さて、十月二十四日の法務省の御説明では、刑の裁量的免除に関しては法案が成立してから具体的対応を決めるとお答えをいただきました。したがいまして、運用の仕方によっては不都合が生じる場合があることを非常に懸念しております。国会の御審議でも、この条項の削除が困難な場合は、少なくとも一年か二年の期限をもってこの条項を見直す附帯決議をお願い申し上げます。

 娘を無謀な運転によって奪われたという痛恨の事実があり、毎年九千人以上の人が命も希望も夢も絶たれ、重度の後遺障害者が激増しているという現実がある以上、この世から抹殺された犠牲者への生き残った者の責務として、法務省でなく国会議員の皆様に、この法案を慎重に御審議していただき、国民の負託にこたえていただきたいと心からお願い申し上げる次第でございます。

 ありがとうございました。(拍手)

保利委員長 ありがとうございました。

 次に、川端参考人にお願いいたします。

川端参考人 私は、刑法、刑事訴訟法を専門に研究している者でございます。本日は、この法案に関しまして参考人として意見を述べさせていただくことを非常に光栄に存じております。それと同時に、研究者の立場から意見を申し上げて、御参考に供させていただきたいと存じます。

 危険運転致死傷罪を刑法典の中に規定することの意義ということが、まず、研究者としては非常に関心のあるところでございます。

 本罪を特別法ではなくて基本法である刑法典に規定するのは、重大な犯罪として国民一般にこれを知らしめる、そういうことで、法体系のあり方として非常に望ましい、私はそのように考えております。そういった意味で非常に大きな意味を持っていると思います。これは、刑法が行為規範あるいは行動規範として現実に作用するということに対する大きな作用をもたらすものであります。

 それから、従来、刑法学、刑法理論は、被害者の立場に対して必ずしも十分な配慮がなされてきていないという現状がございます。今回の法案は、この被害者の立場を考慮するべきことを要求する国民意識を反映したものとして高く評価されるものだ、このように考えております。国会の場において国民意識を基礎にこういう形での立法がなされることを、私は研究者の一人として切望しているものでございます。

 本法案の特徴でございますが、二点ございます。一つは、本罪を特殊な結果的加重犯という犯罪類型として規定していることであります。それから第二点は、業務上過失致傷罪のうち自動車運転による軽傷事犯について刑の裁量的免除を認めようとしている点でございます。そこで、これらの問題に絞ってお話をさせていただきたいと存じます。

 まず、結果的加重犯としての問題点でございますが、従来、刑法におきましては責任主義という強い原則がございまして、それに従って、できるだけ行為者の行為責任という観点から責任追及をする、こういう規定が設けられてきております。

 行為責任と申しますのは、行為者が自分の意思に基づいて行動して、それによって発生した結果に対して責任を追及するのだ、こういう原理原則でございます。これは近代刑法学の大原則となっておりまして、諸外国でもそういう原則が刑法典を貫いております。

 結果的加重犯と申しますのは、発生した結果が重いから刑罰を重くしよう、こういう犯罪類型でございます。そうしますと、今言った責任主義という観点からするとかなり疑問が出てくるということで、刑法学会でもかなり反対意見が強うございます。そういったことから、刑法典におきましては、結果的加重犯というのは例外的にこれを認める、こういう立場をとってきております。

 ですから、刑法典の中で結果的加重犯規定というのは非常に少のうございます。その典型例として、イメージとして思い起こしていただきますとわかりやすいと思いますが、傷害致死罪でございます。傷害行為、これが原因となって死亡という重い結果を生じさせたから、それを理由にして非常に重く処罰しております。

 そういったことからいたしますと、今回、この危険運転致死傷罪というのを刑法典に規定するということは、ある意味で極めて例外的な犯罪類型をここに規定する、立法するということになりますので、刑法学の観点でも非常に大きな関心と、それと同時に反対意見ももちろん強うございます。

 そういったことがありますけれども、私としては、合理的な理由がある限りにおいて、これを刑法典に規定するのは極めて有意義である、このように考えております。

 そこで、この合理的理由としてまず挙げられます点は、基本行為としての危険運転行為が極めて悪質である、こういう場合であります。今回の立法案で規定されている危険行為、これは極めて悪質なものが選別されて規定されております。

 それから、事故によって発生する結果が重大であるということであります。これは運転行為によって重大な死傷という結果が生じた場面でございますので、この点でも十分な理由がある、このように考えます。

 それから、業務上過失致死傷罪として処罰することによって、従来、刑の不均衡が生じてきております。どんなに結果が重くても、これはあくまでも過失犯ですから、過失犯として処罰する以上は重くはできない、こういう配慮のもとで現行法が規定されております。そういったことで、どんなに重くても、併合罪加重をいたしましても七年という形で処罰することしかできない、こういうことがございまして、今回の立法の背景として大きな意味を持ってきたわけでございます。そういった処罰の不均衡、刑が軽過ぎるということを考慮した上で今回この法案として提出されたということで、非常に合理性を持ったものである、このように考えております。

 それから、先ほど、特殊な結果的加重犯規定だということを申し上げましたけれども、本来の刑法典における結果的加重犯といいますのは、基本行為が既に刑法典の中で処罰されている行為類型で、それに基づいて重い結果が発生した場合に重く処罰する、こういう形をとっております。傷害罪につきましても、暴行、傷害というのが既に刑法典で処罰されていて、それによって死亡という結果が生じた、こういう場合に、その重い結果を理由にして重く処罰する、こういうことでございます。

 ところが、今回の危険運転致死傷罪の場合には、危険運転行為それ自体は刑法典には規定がございません。それに類するのは道交法に幾つかありますが、今回の立法案におきましては、道交法のそれぞれの行為をそのまま取り入れたのではなくて、その中でもさらに悪質なものという形で、刑法典の中に入れるに当たって基本行為を絞り込んでおります。そういった特徴がございます。

 本罪における危険運転行為でございますが、そういったことで、極めて悪質な、そして構成要件としても絞り込まれた形で取り込んでいるということで、先ほど、結果的加重犯というのが例外的な性格を有するということを申し上げたわけですが、それに適合する規定の仕方である、こういうように評価することが可能であろうと考えられます。

 それから、構成要件を明確にするという点でございますが、これは、刑法の大原則であります罪刑法定主義というものがございまして、これによって認められている構成要件の明確化という要請がございます。犯罪行為につきましては、できるだけ国民一般がわかりやすいようにその内容をより明確に規定する、こういう要請がございます。これを構成要件の明確化という形で言っておりますが、その要請にも合致するものだというように考えます。したがいまして、こういった点で、構成要件の明確化という要請ということにも十分配慮がなされているという評価が可能だと思います。

 さらに具体的に申しますと、「運転が困難な状態で」ということで、これは、道交法の場合よりもアルコールあるいは薬物の影響というものがより明確化されております。「正常な運転が困難」という形でこれが示されております。それから、「進行を制御することが困難な高速度で」ということもまた、明確化するという要請に合致するものでございます。単なる高速度というのではなくて、車の進行を制御できないような状態という形でその中身を明らかにするという工夫がなされております。それから、「進行を制御する技能を有しないで」ということでございますが、これは単に無免許ということではございません。その進行の制御に関する能力ということをここで具体化していることになるわけであります。

 それから、「通行を妨害する目的で」ということで、これは目的犯の規定として案が提示されております。この目的犯というのは、確かに主観面を考慮に入れますから問題はないわけではないのですが、その目的があったかどうかということで犯行を絞り込むということで、刑法の立法に当たっては重要な意味を持つものと理解されております。そういった点でも評価できるだろうと思います。

 それから、法定刑の適正化の問題でございます。

 傷害致死罪と傷害罪との対比で申し上げますと、これは資料にも出ておりますが、死亡の場合には一年以上の懲役ということでございます。これは一年以上十五年以下ということになります。かなり重くなっているということになります。傷害致死の場合では二年以上ということで、傷害致死に比べて下限の方は一年低くしておりますが、上限は同じ十五年ということで、かなり重い法定刑だということが言えるかと存じます。

 それから、傷害の場合ですが、傷害罪の場合には十年以下の懲役と三十万円以下の罰金または科料ということになっておりますが、本罪につきましては罰金、科料の部分が排除されております。したがいまして、懲役刑だけでございます。そういったことでもかなり重く規定されている、こういうことが言えるわけでございます。

 そういったいろいろな点を考慮いたしますと、この結果的加重犯としての規定につきましては、私は研究者として、適正なものである、こういうように考えている次第でございます。

 それから第二点、刑の裁量的免除の点でございます。

 この刑の免除と申しますのは、もう御案内のとおり、法的性格といたしましては有罪判決の一種であります。したがいまして、犯罪性の認定はできるわけであります。そして、これが犯罪であるということは、明らかに有罪判決の一種として肯定することが可能になる性格のものでございます。そして、実際上意味を持ちますのは、これは実務上、不起訴処分をするに当たっての理由の重要な目安となるということがございます。

 なぜ自動車運転による業務上過失致傷罪に限定するのかという点が問題になってまいります。これは二百十一条の第二項という形で規定する案でございます。

 業務上過失致傷というのは、いろいろな犯罪類型がございまして、いろいろな生活場面で生じてくる致傷罪を処罰の対象にしております。これに対しまして、自動車事故につきましては、かなり数が多うございますし、それから行為類型、行為態様、そういった類型化が可能な部分がかなりございます。そういったことで、ほかの業務上過失致傷罪とはかなり性格が違うという点がございます。

 それから、自動車運転が日常化しているということで、我々のかなりの生活場面において交通事故が発生する危険が多くなっておりまして、先ほどもお話がございましたように、我々は加害者となると同時に被害者となる可能性というのを非常に多く秘めているわけでございます。そういった中で、加害者が交通事故を起こして、結果が軽いという場面での対応をどうするかという点がここで重要な問題となってまいるわけでございます。

 傷害の程度が軽いということが理由で刑の免除を認める場合でございますが、これは当然に免除されるべきだということではございませんで、要件として、「情状により」という要件が加わっております。この「情状により」というのはかなり厳しい要件でございます。ただ傷害の程度が軽いというだけではなくて、いろいろな観点から情状というのを考慮しなければならない、こういうことになります。

 それで、刑の免除というのを認めるに当たっては、この情状ということがかなり重要な意味を持ってまいります。

 そこで、まず考えられますのは、過失の程度が重い場合、こういった場合にはこの適用を認められないということになります。

 この適用が認められないという場合をほかに考えてみますと、悪質な行為態様ということで、いわゆる意図的な信号無視とか無理な追い越し、こういった場合ですね。

 先ほどの過失の程度が軽くないという場合ですが、これはいわゆる交通三悪でございます。飲酒、無免許、著しい速度超過を伴う事故、こういったものは当然排除されることになります。

 それから、行為後の事情として、ひき逃げ行為が加わったり、犯行の隠ぺい工作、それから反省の色がないとか、そういったような状況が加わった場合にも当然適用が排除される、こういうことになります。

 それから、被害者との対応関係におきまして、真摯な対応をしたかどうか、それから被害者が強い処罰要求の意思を持っているかどうか、こういうことが適用排除という場面で強く作用するものと考えられます。

 刑の免除の刑法理論的な観点からの基礎をどう考えるかという点について若干説明させていただきます。

 まず、ここでは「傷害が軽いときは」ということと「情状により」という条件が示されているわけですが、これは刑法理論上どういう意味を持つのかという点についてお話しさせていただきます。

 まず、違法性の次元ですが、ここで法益侵害というのが決定的な意義を有するわけでございます。理論の中心的な要素として、現在、刑法学会その他でも、実務判例もそうでございますが、結果の重大性というのが極めて違法性の程度に影響を及ぼすということでございます。そういった観点から、この場合には傷害の程度が低いということで実質的違法性の程度が低くなっているということが言えます。

 それから、違法性の次元で、行為態様ということがまた重要な意味を持ちます。これは判例通説の立場でございますが、行為態様というのも重要視すべきだ、こういうことになっております。

 それから、責任の段階ですが、責任の段階でも重要な意味を持ちますのは、行為者の真摯な行動というものが責任非難の程度を弱めていく、低めていく、こういうことがございます。そういった意味で、この非難可能性を弱めるものとして、改悛の情を示しているかどうかとか、あるいは真摯な示談交渉に及んでいるか、それから被害者に対する思いやりを示しているかどうか、こういったような諸事情がございます。情状として言う場合には、これらを総合的に判断することになります。したがいまして、捜査の段階におきましても、こういった諸事情については十分な捜査が必要である、こういうように考えております。

 時間でございますので、終わらせていただきます。(拍手)

保利委員長 ありがとうございました。

 次に、高井参考人にお願いいたします。

高井参考人 高井でございます。

 きょうは、ここで意見を述べる機会を与えていただきましたことを心からお礼申し上げます。

 私は、約二十六年間検事をしておりました。弁護士になってそろそろ四年でありますが、加害者の側、被害者の側から交通事件を見てきたということになろうかと思います。また、私ごとではありますが、私が極めて親しくしていたおばが若いころに交通事故で亡くなっております。また、私の息子二人も、けがで済みましたけれども、交通事故に遭っております。そういう意味では、遺族という立場でもあろうかと思っております。そのような観点から、きょうは意見を述べさせていただきたいと思うのであります。

 まず、毎年八千人あるいは九千人近い人間が交通事故で亡くなる、あるいは重度の後遺障害に悩む状態であるということは、これはある意味ではゆゆしき事態であって、その交通事故をいかにして事前抑止するかということは、ある意味では国家的な関心事でなければならないというふうにかねてから思っておりました。

 交通事故を抑止するというためにはどうすればいいかということになるわけですが、これは、犯罪という観点から見ますと刑罰を重くすればいいのではないかということになります。しかし、後から申し上げますように、この交通事故については刑罰法規の持つ抑止力というものが余り期待できません。

 したがって、交通事故を抑止するためには、刑罰法令を重くするということはある意味では必要ではありますけれども、それだけではなくて、例えば二輪車の交通レーンと四輪車の交通レーンを物理的に区別すれば、二輪と四輪の右折、直進の事故は起こらないということになるわけです。したがって、交通事故抑止という観点から見ると、都市計画をどうするのかということも当然考えられなければならない。また、車のブレーキ性能が向上すれば事故は減る、あるいは前方不注視の運転者がいた場合には、アナウンスでそれを注意喚起するという性能のある車が開発されればそれで交通事故はさらに減るということになります。

 したがって、交通事故抑止という観点からは、刑罰法令を整備するというだけではなくて、そのほかの、車の性能あるいは道路環境というものをどうするかということもあわせて考えなければいけない問題であるというふうに思っております。この場はそのような法令以外のことを審議する場ではないと思いますけれども、議員の皆様方にはそのような問題であるということを意識していただきたいと思うのであります。

 次に、ではなぜ刑罰法令に抑止力がないのかということになるわけでありますが、刑罰法令が抑止力を持つのは故意犯であります。人を殺したら死刑にするぞという法令があるからこそ人は殺人をしない。要するに、故意犯であるから、殺人をしようと思うかどうかは自分で決定できる。したがって、法令を意識して人は殺すのをやめようということになるわけですね。

 ところが、交通事故というのは過失犯ですから、だれも事故を起こそうと思って起こすわけではありません。私だけは事故は起こさないと思っている、そういう状態で事故が起きるわけですから、一般的な刑罰法令の抑止力というのは故意犯に比べると少ないということになるわけです。

 しかし道路交通法があるではないか、道路交通法は故意犯だろうということになるわけですが、御承知のとおり、道路交通法の場合、その規制の実態が世の中の実態に合っていない。例えば、町の中を六十キロ規制にしている、しかし実際は六十キロで走ると渋滞が起きる、みんな八十キロから九十キロで走るというときに、スピード違反で七十キロで走っていた者を検挙する。だれもそういう法令は信頼しない。

 さらに、余りにも発生件数が多いからそれを全部検挙して必罰にするということはできないことになると、道路交通法の持っている刑罰法令としての抑止力というのが極めて限定されたものになるということになるわけです。

 刑罰法令が抑止力を持つためには、やってはいけないことが明記されていて、そのやってはいけないことをやった場合には一〇〇%近く検挙されるということがない限り抑止力を持たないということであります。

 したがって、今回の改正によって、やってはいけない行為というものを特定する、それは危険運転行為ということになるわけですが、それを故意犯的に構成して、その結果が重い場合には重い罰を科するという今回の基本的な考え方というのは、交通事故をいかにして抑止するかという観点からも極めて妥当なものであるというふうに考えております。

 講学上、これまでの二百十一条というものは開かれた構成要件と言われています。要するに、不注意で事故を起こした者は罰しますよと書いてありますが、何が不注意なのかは一言も書いていない。何が不注意かは皆さんが勝手に考えなさいよということになっているわけで、これでは、どういう運転をしてはいけないのか、どういう運転をして事故った場合には重くなるのかが国民はなかなか理解できない。

 しかし、今回の改正によって、酔っぱらってまともに運転ができないような状態で運転したらとんでもないことになりますよ、アルコールの影響でまともに運転できない状態で運転したらとんでもないことになりますよということをあらかじめ国民の前にメニューとしてさらすということになるわけですから、国民はそれを見ることによって、そういう運転をするのはやめようという規制が働く。そういう意味で、今回の改正のような法律をつくることによって刑罰法令の本来持っている抑止力が回復されるというふうに考えております。

 一方、先ほど来問題になっておる免除規定の問題ですが、車社会と言われるように、現代の社会において車が果たしている社会的な機能というものは極めて大きなものがあって、この社会から車を排除することはできません。しかし、車を運転するということは必然的にこれは事故を招来するものであって、統計的には事故の発生は不可避であります。統計的に事故の発生が不可避なものを社会的に必要な道具として認容しておきながら、不可避的に生じた事故はすべて犯罪であるとするのは、本来の犯罪論からいうとやや異なっているのではないかと思います。

 したがって、本来であれば、極めて軽微な過失による極めて軽度な結果しか発生しなかった事故については非刑罰化をするあるいは親告罪にするというのが最も妥当な措置であろうというふうに私自身は考えております。

 今回の改正は、そこまで踏み込まないで刑を免除するという形になっていて非刑罰化はされていないわけでありますが、私の立場からすれば、次善の策としては評価できるであろうというふうに考えております。

 それから、一般的に抑止力を持つ刑罰法令をつくったとしても、その検挙が十分に行われなければやはりその条文は死文化するわけで、いかにして新しい法令に違反したものを適切に検挙するかということが重要になるわけでありますが、その観点からは、捜査力を合理的に配分する、捜査力を重要な事件の方に合理的に配分するということが必要であって、そういう観点からすると、ほとんどが起訴猶予になっている事案、あるいはなるであろうと思われる事件に対して極めて精緻な実況見分調書をつくることを捜査機関に要請するということは、捜査力を有効に活用しているとはやはり言いがたい。

 したがって、起訴猶予相当であると思われる事案については、捜査はしっかりする、過失の原因もしっかりする、責任の所在もしっかりさせるわけだけれども、その書類の作成、例えば一番時間を要している実況見分調書の作成をある程度簡略化するということによって、浮いた捜査力を悪質重大な事件の捜査に重点的に振り向けるということが国民の利益にかなうものであろうというふうに考えております。

 それから、細かい条文の書き方について一点だけ申し上げてみたいと思います。

 構成要件が客観化されなければいけないということは先ほどの意見にもあったとおりであります。また、弁護士の立場からいうと、自白によらなければ事実認定ができないような条文の書き方というのはできる限り避けられるべきであるというふうに考えております。しかし、今回の改正では、例えば制御不能の高速度であるとか、その他もろもろの評価を含む概念が用いられています。評価を多く含む概念を用いられますと、捜査機関によってその適用は異なってくるということにもなります。

 それからもう一つ。例えばある程度のスピードオーバーで同乗者にけがをさせた。一週間のけがであった。従来の扱いであれば、罰金か、あるいは一週間ですから不起訴ということになります。スピード違反はあるんですけれども、スピード違反は現認でなければ立件しないというのが実務の取り扱いですから、スピード違反は不問に付されるというのが今の取り扱いであろうと思います。ところが、今回の改正条文が仮にそれに適用される、そのスピードが制御不能の高速度であったというふうに認定されると、同じ一週間のけがであっても、直ちに十年以下の懲役刑に処せられるということになるわけであって、運転行為をどう見るかによって、結果が同じでも天地雲泥の差が出てくるということになるわけです。

 ですから、危険運転行為と認定するのか、そうでない運転と認定するのか、これが極めて重要なことであって、この認定が正しく行われるようにしないと、今回の改正はその趣旨を正しく実現されないことになるのではないかということを弁護士としては懸念しております。

 したがって、この運用に当たっては、捜査機関あるいは実際に捜査を担当する人方に対して、この改正の趣旨、それから、新しい概念がいろいろ用いられておりますが、その新しい概念の意味するところ、そしてその限界というものが周知徹底されるということが必要であろうと考えております。

 以上です。(拍手)

保利委員長 ありがとうございました。

 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。

    ―――――――――――――

保利委員長 これより参考人に対する質疑に入ります。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。吉野正芳君。

吉野委員 おはようございます。自由民主党の吉野正芳と申します。

 まず、井手参考人にお伺いをいたします。

 井手参考人の今のお話を伺って、この刑法改正まで運動を盛り上げて国民的な世論をつくり、そして今この場におられるというその御苦労に対して、本当に敬意と感謝といいますか、御苦労さまといいますか、そういう気持ちでおります。

 今、井手参考人は刑の免除について反対の立場で述べられました。そして、川端参考人と高井参考人は、その点に関して賛成の立場での議論を述べられたわけですけれども、井手参考人はどんな気持ちで二人の意見陳述を聞いたか、まずお聞きしたいと思います。

井手参考人 今回の刑法の改正案というのは、今先生おっしゃられましたように、人の命を大切にしたいという一面があるわけです。これは第一番にあるわけですね。ところが、先ほど申し上げましたが、合理性あるいは経済性という側面をセットとして法案化されようとしているところに問題点があると思われます。

 生命、人命の尊重ということと経済性とか合理性ということは両立しないと思います。もし経済性とか合理性を追求するとすれば、これは交通事故を助長するというか、容認することになりかねない。それから、このことによって交通事故はふえて、国民生活に重大な影響を与えるのではないかというふうに思うわけです。

 それから、法案に書いてありますような文言だけではないと私は思うんですね。これは水戸黄門の御印籠みたいな威力を発揮しまして、もっと拡大解釈される危険性を被害者としては思っております。

 ですから、これはやはり削除していただきたい、できれば削除していただきたい、そういうふうに思っております。

吉野委員 実は、きのうも法務当局に私質問したんですけれども、いわゆる遺族の会の皆様方の理解をどのような形で求めているのかと、刑の免除の項について質問したんですけれども、法務当局から会長さんの方へ、理解を得るための手続といいますか、アクションといいますか、そういうのがあったか、お聞かせ願いたいと思います。

井手参考人 先ほども申し上げましたが、四月二十日に意見交換会がございまして、そのときに発言を許されました。

 それから、先ほども申し上げましたが、九月の十三日、十四日に実はちょっと刑事局長とか審議官にお会いする機会がございまして、刑の裁量的免除に関して起こり得る危険性、しかも裁判所も疑問視している、そういうことを申し上げて削除をお願いしたりしました。

 それから、一応、国会に法案が提出されましてから法務省の方から御説明がございましたけれども、この法案が通らなければいろいろな具体的なことは言えない、できないということでございますから、今後どのような方向になるのか、これはわからないわけでありますから、これは、不都合な状態になるのであれば、やはり歯どめをかけておく必要があるのではないか、そうでなければ国民全体が不幸な状況に追い込まれる、被害者の立場としてはそう思います。

 そういうふうな三つのことがございました。

吉野委員 遺族の会の皆様方の心情は私もよくわかります。

 実は、私ごとですけれども、うちの息子が十八歳になりまして車の免許証を取りました。私に黙って取っちゃったんですけれども、それで、事故を起こしたんです。それは自損事故だったんですけれども、同級生二人乗せて合わせて三名。息子が運転していました。自損事故をして、本人はここにすり傷です。あと、同乗者が手のひらに赤チンを塗るくらいのすり傷、まあ、けがをしたんですけれども、当然親としては、健康の安全、またむち打ちをしているかどうかという確認のためにお医者さんに連れていきました。お医者さんは、赤チンを手のひらに二カ所つけたんですけれども、一週間、十日くらい毎日通えという形で、通いました。

 ですから、当然警察の処理は人身事故になっちゃったわけです。また、未成年ですから、家裁に行きまして、特別講習という形で講習を受けてきたんですけれども、そんな軽微な、そしてお友達も、赤チンを塗るために毎日お医者さんに通うとは何なんだと言うくらい憤慨をしている。

 そんなところまで、いわゆる刑の免除という意味で反対をなさっていくのか。私は、二人の参考人の意見に賛成なんですけれども、免除していいと思う立場でありますけれども、その辺については、井手参考人はどうお考えでしょうか。

井手参考人 今先生がおっしゃられました事故の状況というものは、いろいろとあるとは思いますけれども、非常にまれなケースだと思うのですね。大多数の人たちはやはりもっと重大な事故に巻き込まれていることがあるわけです。資料三に書いてありますように、死亡事故を起こしておっても不起訴になったり、いろいろな状況に置かれているわけです。

 手をけがしたとかなんとか、だから許していいとかいうことを言い始めると、人の命の大切さというのはやはり全うされないんじゃないか。本来、法務省というのは国民の生命を守るための役所であると思うのですね。ですから、けがであれ何であれ、やはり人の命を傷つけたり奪ったりするような行為に対しては、それは守るんだ、人の命を傷つけたり死亡させたりすることはあってはならないんだということをやはり国民に知らしめるというか、そういうことがなければ事故の一般予防効果ということは発揮されないと思います。ですから、大局的な見地から法務省の持っている重大な職責を果たしていただきたい。

 そういった意味で、やはりそんな軽いものは処罰しなくてもいいということには賛成できません。

吉野委員 次に、川端参考人にお伺いしたいと思いますけれども、この法案では二輪車は対象から外されております。

 私は、刑法というのはさっぱりわからない、素人なんですけれども、二輪車で例えば自損事故を起こすと大体死亡する確率が高くなりますし、また通行人に二輪車が突っ込めば子供やお年寄りは大きなけがをする確率も高くなりますし、二輪車を外したことがどうも納得できないのです。

 法務省のお話を聞くと、それは自損事故だから、自己責任なんだから刑法にはなじまないんだというようなお話を法務省の方から伺っております。でも、人の命を守るという観点では、自分の命も相手の命も命という観点からすると変わりはないと私は思っているのですけれども、刑法にはなじまないんだという法務省の答弁なんです。その辺、川端参考人はどういう見解でしょうか。

川端参考人 ただいまの件でございますが、確かに四輪の自動車と比べまして二輪の場合には、自分自身が突っ込んだりあるいは車とぶつかったりした場合に自分が転倒して自分自身が重傷を負ったり死亡する、こういうケースが多うございます。実際、無謀運転とかそういった観点で事故を起こしている場合には、統計上は四輪の方が多い、自動車の方が多いということで、今回の立法に当たってもその点が参考とされたようでございます。

 これは刑法になじむかどうかということでございますが、先ほど来お話ございましたように、これは例外的な結果的加重犯という形での規定でございますので、そういったことについて処罰をしていくという場面で、こういった自分自身が重傷を負ったり死亡したりするような状況で、そういう無謀運転を交差点とかあるいは道路上でやって交通事故を起こすというのはそれほど多くはないだろうという、あくまでもこれは統計上の問題であって、刑法になじむかどうかという観点では、私は必ずしもその点については賛同はいたしておりません。

 ただ、刑の抑止力であるとか、そういった国民の一般的な刑法典の中に規定するということでございますから、悪質でしかもそういった多くの人を巻き込むような事故をできるだけ生じさせないようにする、こういう観点から除くのはそれなりの理由がある、このように考えております。

吉野委員 高井参考人にお話を伺いたいと思いますけれども、今聞いていて、一週間のけが程度でこの新しい条項が適用されると十年以下の懲役に処せられるという。まさにその運用でありまして、もう一度その辺詳しく、運用次第で本当に軽微な事故であっても重大な事故になり得る危険性があるというお話だったのですけれども、もう少し具体的に詳しくお話を伺いたいと思います。

高井参考人 今回の法律の改正は、東名の事故、追突されて車が燃え上がって二名お子さんが亡くなったというような事故がきっかけになって国民的な運動が始まっている。要するに、重大過失による重大事故、要するに重大な結果を生じた事故がきっかけになって今回の改正に至っているわけですね。

 ところが、この改正条文は、危険運転、要するに重大な過失、過失が大きい場合は結果は問わずに重く処罰をするという構成になっているわけです。それはなぜかというと、重い事故、軽い事故というのをどこで区別するんだという技術的な問題点があるので、ここに規定されている三種類の危険運転をした場合は結果の軽重を問わず重く処罰するという形になっているわけです。

 かなり議論になっているのは、例えば「進行を制御することが困難な高速度」というのは一体どういう高速度か、「進行を制御する」というのは一体どういうことなのか。例えば、通常考えられるのは、カーブをそのカーブに沿って曲がり切れる速度だということになりますね。ところが、それは車の性能によっても違いますし、運転する人の技術によっても違います。フェラーリとカローラでは全く違うわけですね。そうすると、その判断が区々に分かれてくる。「進行を制御することが困難な高速度」と、表現としてははっきりしているけれども、実際にその道路状況でどこまで出したらここでいう高速度になるのかという認定はなかなか難しいものがあるわけですね。

 極端なことを言いますと、弁護士の立場からいいますと、高速度でコーナーを曲がり切れないで事故りました、同乗者が一週間のけがをしましたというときに、調べを受けました、いや、私はこの程度のカーブだったら私の腕、私の車だったら曲がり切れると信じていましたと最後まで言い張る。それが覆せないということになると、これは罰金、あるいは一週間程度ですから場合によったら不起訴ということになるかもしれません。ところが、その調べで、いや、これはまあ私の腕だったらちょっと曲がり切れなかったかもしれませんねと自白した途端にこの条文が適用されて十年以下の懲役になってしまうということになって、自白の内容によって右に行ったり左に行ったりするという危険性がある。

 それから、進行制御というものを捜査官がどういうふうに考えるのか。議論になったのは、例えば何か危険物が出たときにそれを回避できるというところまで含むのかということがあるわけです。しかし、本来の進行制御不能というのは、危険物が出てきたときにそれを回避できるかどうかという回避可能性のことはここに含んでいないのですね。そういうことは一切考慮していない概念なんですが、その辺の周知徹底が不十分ですと、捜査の段階で、この速度、例えば百六十キロで走っていた、それはコーナーは曲がり切れるかもしれないけれども陰から人が飛び出したときにとまれないだろうというようなことを言われて、それはしたがって進行制御不能だというような運用をされてしまいますと、本来、従来の過失犯として処罰されるべきものが今回の危険運転致死傷罪で処罰されてしまうということにもなりかねないという意味で、いろいろな概念の内容というものが捜査官側にも周知徹底され、国民の側にも周知徹底されないと混乱を招くであろうというふうに思っているわけです。

吉野委員 どうもいろいろありがとうございました。

 これで質問を終わります。

保利委員長 次に、植田至紀君。

植田委員 おはようございます。社会民主党・市民連合の植田至紀と申します。

 きょうは、お忙しいところ、お三方の参考人の皆様方、貴重なお話をお伺いさせていただきまして、心より御礼申し上げます。

 では、まず井手参考人にお伺いをさせていただきたいわけでございますけれども、今この十五分間で恐らくすべてを言い尽くすことはできないだろうというふうに思いながら、私もこの事前にいただいたペーパーを読ませていただきましたけれども、その中でかなりさまざまなそうした思いを端的に表現されていただいておりました。改めて私自身こうした課題について、幸いと言ってはあれですけれども、私自身は交通事犯、犯した側にも犯された側にも立っていなかったわけですけれども、やはりきちんと向き合っていかなければならないなという思いをさせていただく機会を与えていただいたと思っております。

 そこで一つお伺いいたしたいのは、現実に、年に約一万人ぐらいの方が実際お亡くなりになられますし、また、後遺症を持っておられるような方々ということになるとそんな数は百倍ぐらいになるだろうと思うわけです。そこで、そうしたいわゆる交通事故というものをどう防止していくかということをどう社会全体で取り組んでいくべきかということについてお伺いしたいわけです。

 といいますのは、実際、車そのものに危険性がある限りにおいて交通事故というものは確かに不可避であります。かといっても、社会そのものが、交通事故というのはいつ何どき起こるかわからない、まあ仕方がないというもし意識があるとするのであれば、そうした意識はやはり社会全体で啓発をしながら払拭をしていく必要があるんではないだろうかというふうに思います。

 といいますのは、他の犯罪で被害を受けたときとかによくこんなことがいまだに語られることがあると思います。例えば泥棒に入られたとかしたときに、それは交通事故に遭ったようなものだからみたいな、そんな妙な慰め方のようなことがやはりいまだに語られる場面というものがあろうかと思います。

 そういう意味で、私自身、モータリゼーションそのものに疑問を持ってしまうと、それ自体なかなかタブー視されている部分もあるかとは思うわけですけれども、トータルに社会全体としてのそうした被害者の声をしっかりと受けとめながら、そして社会全体でいろいろな社会のあらゆる場面で、例えばそれは司法教育であり、また学校教育の場における交通教育、そうしたものも含めてやはり啓発というものをしっかりとやっていって、可能な限りいろいろな局面で事前にそうした事故をできるだけ少なくしていく、そうした防止をしていく取り組みというものを社会全体で取り組んでいかなければならないと思うんです。

 そういう意味で、この間、この会を結成されて、そうした啓発活動を含めて、恐らく皆様方熱心に取り組んでこられたかと思うわけですけれども、かといっても、それぞれの皆様方、それぞれ仕事を持ちながらいろいろなそういう時間の合間を見ての活動だろうと思いますから、まだまだこれは財政的にも大変だ、また人的にも自分たちだけではなかなか世の中全体に浸透させることはしんどいなと思う、そういう場面もあったかと思うんです。

 そういう意味で、社会全体の共通認識としてそうした課題を国民的課題として共有していくためにどういうこれからの取り組みを考えていらっしゃるか。またそれは会としての活動でもよろしいかと思いますけれども、まずそのあたりについて参考人お考えのところをお聞かせいただければと思います。

井手参考人 非常に大事な御質問で非常に答えるのは難しい質問だと思うんですけれども、さっき先生おっしゃられましたように、交通事故だから許してやりなさいと。例えば日航機が墜落したときに、飛行機が墜落したから許してやりなさいと言う人はまずいない。サリン事件の場合でも許してやりなさいと言う人はいないと思うんですね。あるいはピストルで殺された人の場合にも、ピストルだから許してやりなさいと言う人はいない。それは交通事故だから許してやりなさいと言うのと同じだと思うんですけれども。

 要するに、交通事故に対して無関心であるというのがやはり一番大きな問題点かなと思います。交通事故であっても人の命を傷つけたり奪ったりすることはもう刑法犯でありますから、当然重大に受けとめるべきであると思うんであります。単なる数が多いからということでこれを処罰の対象から外してしまうということは、国民に対して交通事故ならいいんだというような安易な気持ちを抱かせるおそれがあると思うんですね。やはり、根本的にそういうことを念頭に置く必要があると思うんです。

 それから派生してくること、感じとして、例えば学校教育なんかで、車に気をつけなさいとは言いますけれども、子供がいたら運転者は気をつけなさいというような教育はされないんですね。羊に対してオオカミに気をつけなさいというような発想はあっても、その逆の発想はないというところにやはり根本的な問題があるんじゃないかなと。

 先生の御質問に対して答えたことにならないかとは思いますけれども、根本的には、やはり交通事故であっても人の命を奪ったり傷つけたりすることは刑法犯であって、決して見過ごされてはならないんだということを、無関心であってはならないということをきちっと認識していただきたいと思っております。

植田委員 ありがとうございました。

 確かに、羊にオオカミに気をつけなさいというふうにはよく教育はされると思うんですが、まあ我々自身がある局面オオカミになることもある、そういうふうにならないように気をつけなさいという啓発はやはりまだまだおくれているなというのを実感として今お話しいただきまして、ありがとうございました。

 それで、続いて川端参考人に幾つか御教示いただきたいわけですが、井手参考人の方からもいわゆる二百十一条二項にかかわって厳しい御意見が先ほどあったかと思います。恐らくこうした御意見が実際当事者から出てくる背景には、先ほど井手参考人もお述べになられたところで、既に刑の裁量的免除が実行されているのが事実じゃないか、そして、そのことでまた法律にお墨つきを与えようとする意図に疑いを禁じ得ないというふうにおっしゃっておられる。これは法律論とすればどうかということは別にして、被害者、実際に被害を受けた方々の心情からいたしますと、やはりなかなか納得いかないというふうなお気持ちをぶつけられたときに、いやそんなことはないよとすぐに私自身も反駁ができない部分も確かにあるわけです。

 といいますのは、例えば、軽微な犯罪だということで実際起訴されなかった方が今度また重大な交通事犯として捕まっちゃう、事故を起こしてしまうということになると、被害者からしてみれば、その事前に、軽微だというときに何で厳しくやっておかなかったんだ、もしそれをやっておけば私の家族がこういう目に遭うことはなかったじゃないかという思いがやはりあるかと思うんです。

 そういう意味で、先ほど川端参考人のお話をお伺いしておりますと、今回の二百十一条の二項では、情状により刑を免除すると。この情状という要件をこしらえたということはかなり厳しい要件なんだというふうに先生はおっしゃられたと思うんです。とすると、今まで実際、非刑罰化によってどんどん起訴率が下がってきたわけですけれども、この免除規定をこしらえることによって、厳密にその辺のところが事実関係を含めて精査されて、むしろ起訴率は今までよりは上がるんじゃないのかな。今まで、ある意味では被害者からすれば、これは泣き寝入りだとか納得いかないと思いながら、まあまあ何とかここはおさめてくれやみたいな感じになってこらえてきた。そうした事犯というものが、必ずしもこの情状に当たらなくなってくれば、むしろ起訴率が上がって不思議じゃないなというふうに素朴に思っておるんですけれども、その辺の参考人の御見解をお伺いできますでしょうか。

川端参考人 お答えさせていただきます。

 先生が御指摘のとおり、二百十一条の二項にこれを設けますと、いろいろな波及効果と申しますか、それが出てくるかと存じます。

 それで、なぜ二百十一条にこれを置くかということですが、まず、二百十一条は業務上過失致死傷罪を含んでおりまして、これは一般的なほかの場面を全部含んだ中での問題でございます。先ほど高井参考人もおっしゃいましたけれども、そういった、ある意味で非常に広い、漠然とした内容を含んだ業務上過失致死罪というのがある中で、かなり類型化可能な交通事故事犯に関連してこれを設けるということでございます。

 それで、これが非犯罪化につながるかどうかという点でございますが、これは、先ほど申し上げましたように、あくまでも有罪判決の一種でございまして、これ自体は犯罪性を認めるという前提の制度でございます。ですから、これが情状に当たらないということで、情状が軽くないということで起訴された場合には、裁判としてはきちんと犯罪事実を認定して、そしてそれに対して、これが犯罪性を持っているんだということを宣言することになって、刑罰を科さないというだけのことになります。

 それで、先ほど、裁判所がこれについて難色を示しているんではないかというような意見があるかのように伺っておりますが、これにつきましては、これは刑事訴訟法の三百三十五条で法律上の主張ということになりますので、これを被告人側、弁護人側が主張いたしますと、必ずそれに対して裁判所としては判断を示さなきゃならないということで、極めて慎重な対応をとらざるを得ない、こういう事態が出てまいります。それで、実際上、刑の免除というのは、有罪判決の中でも、かなりそういった犯罪性について重要性があるけれども刑を科する個人的な事情の部分が欠けているということで刑の免除を言い渡しをするわけで、例としてはそれほど多くはございません。

 ですから、そういった点について、かえって起訴率が高くなるのではないかという先生の御質問でございましたが、それはむしろ、被害者側が何でもこういった形で国民にはっきり犯罪性を明確に示してほしい、こういうことの要求として起訴するという場合はあるいは出てくるかもしれません。そういった意味で、先生が御指摘されましたように、泣き寝入りしていたのが、必ずしもそうではないのだ、刑が軽いといいながらもやはり行為態様の面でこれは許せない、こういう場面が多々出てくるかと思います。そういった場面ではやはり起訴率としては高まっていく可能性があるのではないかと考えております。

植田委員 最後に高井参考人にお伺いしたいわけですが、私自身、今回、単に刑を重罰化するだけで問題が解決するわけではない、いわゆる抑止効果として、それだけで問題が解決するわけではないと常々思っておりましたので、非常に興味深くお伺いをさせていただきました。そういう意味で、都市計画全体の中で、また交通システム全体の中で、また車の性能等も含めていろいろな形で手当てをしていかないことにはだめだろうなという気はしておるわけです。

 そこで、参考人にお伺いしたいのは、私も学生時代に免許を取りました。教習所なんかに行きますと、ここは事故率の高い教習所だとか、ここは事故率の低い教習所だとか、そうなると、みんな我々学生時代は、事故率が高いと言われる教習所に行くんですよ。なぜかというと、すぐに免許が取れるから。そういう教習所の中でもいろいろな評価がありまして、必ずしもよろしくないような状況があります。

 そんな中で、端的に、現状の免許取得制度でありますとか教習制度、適格審査等々に不備はないのかどうなのか、何か見直していく点がないのかどうなのかというところについてもし御教示いただければと思いましてちょっと御質問させていただいたんですが、いかがでしょうか。お願いいたします。

高井参考人 まず、現在の教習制度といいますか教習のカリキュラムについては極めて不備であるというふうに考えております。例えば、原則的に、教習所ではブレーキはゆっくり踏め、急ブレーキは踏むなというふうに教えます。最近、急ブレーキを踏む体験をさせるという教習所もありますが、その時間は決して多くありません。

 では一方、最近の車はどうなっているか。ABS、アンチロックブレーキシステムですか、というものがついている。これは急ブレーキを踏んだ方が事故は回避できる。ABSのついている車の急ブレーキを踏むと、ブレーキペダルが足の下の方から上の方にごつごつと突き上げられるような感触があるんですね。そうすると、ABSのついている急ブレーキを踏んだことのない人は、ブレーキが故障するんじゃないかと思って足を離してしまうわけですね。そのまま踏み続けていれば事故が回避できるのに、びっくりして足を離すために事故っちゃうということが現実に起きている。

 したがって、今の教習所のカリキュラムは、もう少し危険回避をするということを、いろいろな危険の疑似体験をさせてそれをいかにして回避させるかということをしっかり教えないといけない。教習所のカリキュラムよりも車のいろいろな性能の方が進んでいて、今のカリキュラムではその車の性能を使いこなせないというふうになっていると思います。

 現在、いろいろな自動車メーカーが運転免許取得者に対する講習をやっています、有料ですが。その講習の中で、例えば、どういう場合にスリップをするか、どういう場合に車が横転するかというようなことを体験させて、それを回避させるという訓練をしきりにやっております。したがって、教習所の中でもそのようなカリキュラムを取り入れていくということも必要でしょうし、今は一回免許を取ってしまったらあとは形式的に更新手続をとればいいということになっております。しかし、今後は、実質的な、自動車免許の取得者に対して一定の講習をするという制度、あるいはそういう講習を任意で受けている者については免許更新の負担を軽くするというような制度というものを考えていく必要があるのではないかというふうに考えております。

 それから、適性の問題ですが、例えば今回の改正でも、進行を制御する技術の未熟な者というふうになっています。これは、運転免許を持っているか持っていないかとは関係がないわけですね。例えば、運転免許は持っております、しかし、加齢のためあるいは病気のために反応が鈍くなっているという人がおられるとします。そうすると、その人は運転免許は持っているけれども進行を制御する技術が未熟であるということになるわけで、そういう意味では、今後性格的な問題とかそういうものをさらに的確に判断する制度なりシステムなりが必要だ。少なくとも、一回免許を取ってしまえばあとはそのまま、ほんのちょっと講習を受ければ形式的に更新されていくという制度は再考する時期に来ているのではないかというふうに思います。

植田委員 時間が参りましたので、これで終わります。

 お三方、本当にありがとうございました。

保利委員長 次に、山花郁夫君。

山花委員 民主党の山花郁夫でございます。

 参考人の皆様方におかれましては、早朝より大変貴重な御意見をいただきましてありがとうございました。

 早速でございますけれども、井手参考人にお伺いをさせていただきたいと思います。

 昨日も本委員会の方で少し議論がございましたけれども、以前、私も提案者になっておりましたが、内閣委員会の方で、危険運転致死罪という、今回の法案に非常に似た法案というものが審議がされましたが、結果的に否決をされるということになりました。そのときにも井手参考人にはおいでいただきまして御意見をいただいたと記憶しておりますが、そのときには、大変法案の成立に期待感をにじませているような御意見であったと記憶しております。今回も、問題点もありますが一定の評価をしておりますとおっしゃいましたけれども、やはり刑の裁量的免除の部分が非常に気になるといった御意見であったわけでございます。

 この刑の裁量的免除についてですけれども、検察庁であるとか法務省などの説明を聞きますと、この規定が設立されていない状態であったとしても一定の場合には起訴猶予になっている、不処分になっているケースがあるのだと。その場合というのはどういうのかといえば、事故の態様が軽微であって、悪質でなくて、被害者の側も、別に処罰しなくていいと、処罰感情もなくて、しかも示談が成立しているなどのケースでは起訴していないというような説明をされるわけです。そこだけ聞くと、そこまでであればいいのかなと思ってしまったりするんですが、実態をいろいろ伺っていますと、そういうケースだけが処罰されていないわけではなくて、何か今三つぐらい役所の方から要件を聞いたけれども、どうもそうでないケースもあるのでないのかなと思うようなケースを耳にするわけでございます。

 きょうは直接はお話しなさいませんでしたけれども、井手参考人のケースもどうもそのようなケースではないかと思うんですが、時間の関係もあって、資料の三ということで、書面だけだったのかもしれませんけれども、御自身の体験であるとか、あるいはこの資料の三のところをもう少し敷衍してお話をいただければと思います。

井手参考人 先ほど、この第一項の方は評価するというふうに申し上げましたけれども、二、三やはりちょっと気になる点がございます。

 一つは、先ほども委員の方が申しておられましたように、四輪車だけに限定して、いわゆる二輪車の場合には除外されているということであります。これはどうしてなのかよくわからないのですけれども、やはり現在の二輪車も運行の行為によっては人の身体もしくは生命を侵害する危険性が非常に多いわけですよね。ですから、これを除外するということはどうも片手落ちではないかというふうな感じがいたします。最重視すべきなのは行為の結果によって侵害された人の生命でありますから、二輪車は省く、四輪車以上であるということはやはりちょっとおかしいのではないかなということが一つです。

 それからもう一つは、今回の刑法改正案で危険の態様として五つほど挙げてありますが、例えばアルコールや薬物の影響とかいろいろ書いてありますけれども、この列挙された五つのものが制限的列挙なのか、もし制限的な列挙であるとすれば、該当する範疇から漏れるほかの危険な運行行為がすべて業務上過失にされることになるということで、量刑の均衡上不適当ではないかというふうな意味で、やはり一番目の問題はもう少し御検討していただきたいなというふうに思っております。

 それから、その次の二百十一条の二項のいわゆる刑の免除に関してなんですが、この点は、先ほども申し上げましたように、司法の省力化というか、いわゆる人の命の問題と司法の省力化というものをセットとして提案されたということに非常に疑問を感じているわけであります。

 交通事故というものは、過失に基づくものであるとはいっても、刑法犯であるわけですね。それである以上、業務上過失傷害の目的というのは、本当は犯罪の抑止にあるわけであって、刑罰の予告によって運転者に注意を促すということによって交通事故を防止するという側面があるわけであります。それにもかかわらず、結果として傷害が軽かったからとの理由をもって加害者の過失態様が捨象されて、ひいては交通事故抑止どころか、運転する人において、被害さえ軽ければいいというような論理でいくと、人命の軽視という風潮が助長されていくのではないか。そうすると、交通事故がやはりふえていく、少なくなることはないというふうに確信しているわけであります。

 そういった理由で、二番の刑の裁量的免除ということは、この国会の方で御審議していただいて、被害者の心配を払拭していただきたいと心から願っている次第であります。

山花委員 済みません、時間の関係もございますので、端的にお答えいただきたいと思います。

 川端先生は先ほど、本法案は罪刑法定主義の観点からも構成要件の明確化の要請に合致するものだというお話がございましたが、ちょっと気になる条項があるんです。二項のところですが、「赤色信号又はこれに相当する信号を」という後に「殊更に無視し」という記述がございます。昨日、政府参考人として古田刑事局長は、この殊さらということについて、故意による赤信号の無視の中で、およそ赤色信号に従う意思がない、そういうふうな行為だとおっしゃっておられたのですが、恐らく講学上の未必の故意を除くという趣旨なのかなという意味で私は受け取ったのです。ただ、故意犯ですから、犯罪事実を認識して、およそ殊さらでなく行為に出るということはないのではないかと思うわけで、これは殊さらということで果たして限定されているのかどうか、明確性の点でやや疑問があるんですが、この点、いかがお考えでしょうか。

川端参考人 ただいまの御質問にお答えさせていただきます。

 確かに、そこは故意の問題として非常に重要なところでございます。今先生がおっしゃいましたように、未必の故意はこの言葉によって完全に排除されます。日用用語で申しますと、これは、あえてという意味でございます。殊さらにというのは、信号が赤になっているにもかかわらず、あえてそこを突っ走っていこうとか、そういう形で危険運転をする、こういう趣旨でございます。講学上は、これはどちらかといいますと確定的故意ということに当たります。

 なぜこういう形で未必の故意を排除するかと申しますと、例えば、信号などへ入る場合に、黄色の場合で何とか通り抜けられるだろうと思って入ってしまった、こういう状況も出てまいります。そういったのと違って、明らかにこれはとまれであるというにもかかわらず、あえてそこへ入り込んでいくのだ、こういうかなり明確な意思があらわれたような状況でございます。

 これは内面の問題ですから立証は難しいじゃないかというぐあいに反論が出てくるかもしれませんが、しかし、これはスピードとか周りの状況ではっきりいたしますので、あえてそういうことに出た、こういうことで、むしろより明確に限定をしている、こういうような趣旨で理解いたしております。

 先生御指摘のとおり、未必の故意はこれで排除される、私はそのように考えております。

山花委員 次に、高井参考人に、検事としての御経験もあるということなので。

 また刑の裁量的免除の話に戻るのでありますけれども、先ほど、川端参考人からも、この規定があることによって、法益侵害の程度であるとか、行為の態様だとか、さらには責任、改悛の情があるかどうかとか、こういうことを判断するんだというお話がございましたけれども、ちょっと疑問がまだ残っているところがございます。

 と申しますのも、現行の起訴便宜主義のもとでも、刑事訴訟法上まさにそれを考慮するという話になっていると承知しております。また、実体法の方で刑の免除があるときは、引き返すための黄金の橋をかけるであるとか、あるいは政策的な配慮から、人命を守るために誘拐しても解放したケースであるとか、そういった政策的な意図があるようなケースだと思うんですが、今回の言ってみれば業務上過失の特別類型のようなところで、こういった免除、裁量的とはいえ免除という規定を設けるという実体法の意義ということについて、いかがお考えでしょうか。

高井参考人 まず、この免除規定が抑止機能を減殺するのではないかという意見が先ほど来出ております。

 では、仮に、軽微な過失で極めて結果が軽度の場合、これはもう全部起訴しますよというふうにした場合に、どの程度の求刑ができるのか。例えば単なる軽い前方不注視で一週間のけがをさせましたというときに、懲役刑は求刑できません。では罰金刑の最高の五十万求刑できるか。これも求刑できません。せいぜい十万前後の求刑しかできない。すると、十万前後の求刑、十万前後の罰金を納めさせることによって抑止効果が期待できるのかということになるわけですね。

 結局、これは今の貨幣価値からいったら抑止効果は期待できません。抑止効果も何にもないのに前科者だけがふえていく、そういうことで果たしていいのかというのが根底にあったわけですね。そういうことから、過失が軽微で結果も軽度なものは起訴便宜主義の適用によって不起訴にしていくという運用がなされてきたわけです。

 今回、免除規定というものが置かれて、その要件が、抽象的ではあるけれども、そこに定められた。起訴便宜主義であれば、検察官の大きな幅の広い裁量の中で、ある意味では自由自在に起訴、不起訴が決められていくわけですけれども、ある意味では、この免除規定を設けることによって、極めて抽象的ではあるけれども一定の基準が設けられたということになるわけで、そういう意味では、法を民主的に運用するという観点からいっても極めて妥当なのではないかと思います。

 それから、仮に今までの起訴権の運用に問題点があるとするならば、それはどこにあったかというと、そういう運用が始まった時点では被害者運動というのは今ほど盛り上がっていませんでした。被害者に対する配慮もありませんでした。ですから、一律的に、その負傷の程度が一週間であるとか二週間であるとかというところで画一的に不起訴にしたというところに若干問題があるといえばあったのではないか。

 しかし、今回のこの改正によって「情状により」ということは明記されていて、その情状というものの中には被害者の被害感情というものが考慮されることは当然であります。また、現在のように被害者支援活動というものが非常に大きな社会的な力を持っている状況において、被害者の意向を全く無視して、どんどんこの免除規定を乱用して、本来起訴しなければいけないものが不起訴になっていくということはあり得ないというふうに思っております。

 したがって、今回の免除規定の設置というのは、従来、起訴便宜主義で裁量で行われていたものに法律の枠をはめるものであるという見方もできるんだろうというふうに思っております。

山花委員 時間が参りましたので、質問を終わります。どうもありがとうございました。

保利委員長 次に、漆原良夫君。

漆原委員 公明党の漆原でございます。

 きょうは、三人の参考人の皆さん、本当に貴重な御意見を賜りまして、ありがとうございます。

 早速御質問させていただきますが、まず井手参考人に質問させていただきます。

 なかなか刑法の改正というのはないわけなんですが、皆様の粘り強い御努力によって刑法の基本法が改正されようという運びになったということは、本当に敬意を表したいと思っております。

 今回の御意見の中で、刑の裁量的免除のことについて詳しく述べられております。その中で、この裁量的免除を規定することによって現在よりもなお一層ずさんな捜査が行われるんじゃないかということを非常に御懸念されていますね。被害者の会の皆様の経験からいって、現在の捜査でもある程度ずさんな捜査が行われている、信頼できない捜査が行われている、そういう御懸念をお持ちなのかどうか。その辺、もしお考えがあったら教えていただきたいと思います。

井手参考人 どうもありがとうございます。

 例えば、飲酒運転について申し上げますと、飲酒して運転してひき逃げして、それで酔いがさめてから飲酒運転じゃなかったと言う例はかなり多くあるんですね。これはやはりずさんな捜査だと私は思っています。また、目撃者もいない、加害者の証言だけで決定されるといいますか、そういうふうな事態が非常に多いわけです。そうなりますと、これは正確な捜査ということは考えられないと思っております。

 ですから、現在の検察庁の非刑罰化方針によって現状でもそういう状況でありまして、これが今度は法律というお墨つきを与えることによって、決していい結果は得られない、むしろ国民生活に重大な影響を与えるということを懸念しているわけです。

 そのほかにもいろいろと事例はございます。それは資料三に書いてありますので読んでいただきたいと思いますが、もうこれは一部にすぎません。

 一番心配するのは、だれが見ても悪質といわれるような一部の人ということになりますと、今一万人近く死亡しておりますけれども、百人ぐらいの人が起訴されて実刑になって、その実刑も少なくなって、それでそのほかは無罪放免になるというような社会が来たとしたら、これはやはりずさんな捜査の結果であるというふうに思っております。

漆原委員 ありがとうございました。

 川端参考人にお尋ねしたいと思います。

 先ほど、本罪は結果的加重犯だというふうに御意見を述べられましたが、結果的加重犯だと、前提行為が犯罪でなきゃならぬということになりますね。この前提行為を道路交通法違反だと、それを絞り込んだんだというふうな御意見を賜ったんですが、この一項の後段を見ますと、そうかなという感じが実はしているんです。この「進行を制御することが困難な高速度で」多分これに該当する道路交通法違反は最高速度違反だろうと思うんですね。これは必ず最高速度違反に限らない。状況によっては最高速度以内であってもこの犯罪は成立する。

 それから、「進行を制御する技能を有しないで」云々とありますね。多分、これに該当する条文を探すと無免許運転だろうと思うんですが、しかし実際、免許の有無はこの条文は問わないわけですから、そうなると、これは前提行為が犯罪じゃないのも含まれているんじゃないのかな、そうすると結果的加重犯という法律構成はできないんじゃないのかなということを感じながら聞いておったんですが、この辺はいかがでしょうか。

川端参考人 お答えさせていただきます。

 今先生御指摘のとおり、本来の結果的加重犯といいますのは、基本行為というのが故意行為に限定されております。それで、先ほど御説明申し上げましたように、これは例外的な規定でございますので、現行刑法上は、あくまでも現行刑法における基本行為がございまして、それが処罰の対象になっている故意犯であるという構成をとっております。

 それで、私が先ほど特殊なと申し上げましたのは、実は、これは、この構成要件の中で基本行為を規定しているという点で非常に特殊でございます。本来でございましたらほかの条文で、刑法典の中で、例えば傷害致死でございましたら、暴行、傷害という別罪がございまして、その結果として死亡の結果を生じさせた、こういう規定の仕方をいたしますが、今回は、先ほども申しましたように、危険運転行為それ自体が刑法典にはございませんので、これを新たな条文として、基本行為も構成要件として明確に規定をして、そして刑を重くする、こういう形で構成をいたします。

 それで、その基本行為となる部分が故意行為でございますから、その限度で申しますと従来の結果的加重犯という範疇に入ってくる、こういうことでございます。

漆原委員 理屈を言わせていただきますと、暴行罪の加重犯として致死傷があるんでしょうね。だから前提行為が犯罪行為になっているわけですね。

 私、御質問申し上げたのは、今回の刑法に取り入れた前提行為というのが犯罪ではないものが入っているじゃないか、犯罪でないものを前提行為として、重い結果が生じたから結果的加重犯というわけにいかないんじゃないかなと。前提行為が犯罪でなくて死傷の結果が生じた場合には、やはりそれは故意犯じゃなくて過失。本罪は故意犯になっていますね。しかし、前提行為が犯罪でなければ過失犯に構成せざるを得ないんじゃないかなと思っているんです。その点、どうなんでしょう。今申し上げたこの一項後段の事例は前提行為が犯罪じゃないんじゃないかと思っているんですが、その点は先生、いかがでしょう。

川端参考人 ただいまの点は、先生の御指摘のとおりだと存じます。

 と申しますのは、これは、危険行為ということで新たな犯罪類型を立法化しようという形で御審議されていることと理解いたしております。その場合に、従来の故意行為として前提とされているものをさらに加重したという部分、絞り込んだという部分と、それから、初めて法律として国会議員の先生方が、こういう危険行為というのはやはり重大なんだから、それによって生じた部分については、この部分を故意行為として認めた上で、さらに、発生した結果について過失犯との結合形態としての結果的加重犯、こういう犯罪類型をここでお認めしていただく。こういう意味で、私は、従来の結果的加重犯と違って特殊な結果的加重犯類型を、ここで先生方がその必要性をお認めになった上で新設されていくというように理解しておるものでございます。

 こういったことがいいのかどうかという点につきましては、理論上はこれは立法権の行使の問題でございまして、こういった観点で、やはり重大な危険行為というのをここで犯罪性をお認めになって、そしてそれに対してより重い刑を科していくのだということで、国民意識をもとに先生方がこの点についてその必要性をお認めになれば、この点で新たな犯罪類型としてここで刑法典に規定される、こういう趣旨でございます。そのように理解しております。

漆原委員 川端参考人にもう一点だけお尋ねしたいと思うんです。

 実は私、きのうの法務委員会で、この法律ができても、死傷という結果が生じなければ本罪では処罰できない。だけれども、明治四十年に刑法ができて、そのころの車を考えますと、もう格段の、天地雲泥の差があるわけですね。車はそのものが凶器なわけですから、特に、こういうふうな危険な運転をすれば、結果の発生はある程度高い蓋然性で予想されるわけですね。そう考えると、私は、往来妨害とか往来危険罪、これと同じように、そういう危険な行為そのものを処罰する、結果が発生すればなおさら、それこそ結果的加重犯で重く処罰する、危険行為そのものを処罰の対象とするということで、往来妨害ないし往来危険の条文改正ということも考えていいんじゃないかなというふうに思ったんですが、先生、その点はいかがでしょう。

川端参考人 お答えさせていただきます。

 確かに、先生御指摘のとおり、車社会になって、現行刑法ができた明治時代に比べても格段な相違があるというのはもう歴然としております。これはもう、今さらこれをもとに戻すというような状況ではございませんので、現時点で交通事故にどう対応するかという非常に難しい問題状況でございます。

 それで、本罪のねらっておりますのは、個々の被害者に対する危険行為ということを念頭に置いて、個人的法益に対する侵害行為、こういう特徴づけがなされております。

 往来危険と申しますのは、これは、交通往来という形で、例えば列車の運行を妨害するとか、社会で大量な交通状況がございまして、そういった交通状況一般に対する危険行為ということの性格が非常に強うございます。これに対しまして、今回のこの立法提案を見ておりますと、これはあくまでも個々の被害者、その生命、身体というものに対して、やはり我々は重要な関心を持ち、その侵害行為に対して、それに対応する重大な結果についてはより重い刑罰でもって処罰する、そしてそれを刑法犯として、個人的法益に対する罪であるということを国民に明確に示す、こういう効果を持っているというように考えております。

 往来危険という形でより一般化していきますと、これは、交通事故そのものよりも、むしろ、道路交通の状況に対して悪影響があるじゃないか、そういうようなことが前面に出てくるおそれがあるのではないかとも考えられます。したがいまして、今回は、あくまでも人命、生命、身体に対するものであるという趣旨をより明確にしていただくということで、こういう扱いをした方がいいのではないかと私自身は個人的には考えております。

漆原委員 ありがとうございました。

 高井参考人にお尋ねを申し上げますが、裁量的免除の規定、これを新設することによって、先ほど、実況見分調書の簡略化というふうな言葉が出てまいりましたが、長い間検事をやっておられたようですが、実務上、どんなふうな効果があらわれるか、予想されるか、その辺をお答えいただきたいと思います。

高井参考人 詳しい数字は忘れておりますが、現在送致をされている交通業過事件の半分以上が極めて軽微な事件であります。

 警察の捜査段階で一番時間を要するのは、実況見分調書をつくるということであります。事故が起きる。現場に行って関係者から話を聞く。ぶつかった位置はどこだ、発見した位置はどこだ、ぶつかった位置と発見した位置の距離は何メーターだということを計測していくわけですね。その都度、それでメモをとっていく。

 問題は、そこをいいかげんに計測をしたり、いいかげんに事情聴取をしたりすると、それは手抜き捜査だということになるわけですが、そこはしっかりやる。そこは今後ともしっかりやって、その現場では、話を聞いたところをメモにする。従来であると、署に戻って、方眼紙を使って、定規を使って、極めて精緻な実況見分調書をつくっていく。それが最も大きな時間を要するわけです。それが負担になって、交通事故の処理がどんどんおくれている。本来摘発しなければいけないひき逃げ事件の捜査であるとか、あるいは、今回の改正で問題になっているような、重大過失による重大事故の捜査も滞りができている。そうなってくると、やはり、本来どう見ても不起訴だという事件については、例えば、今回の改正によって、実況見分調書を、方眼紙を使ったきちっとしたものではなくて、最初現場でつくったメモに基づいた手書きの、だれが見てもわかる程度の手書きの図面にしておくというような形で、従来、最も時間を要した実況見分調書の作成が合理化されていく。これは、手抜きではなくて合理化、捜査力の適正配分のための合理化だというふうに理解すべきであるというふうに考えています。

漆原委員 もう一点だけ。ずさんな捜査が行われることになるんじゃなかろうかということを非常に心配する向きがあります。今おっしゃったように、この規定があることによって、検察の捜査に影響を及ぼし、さらに第一線の現場で働く警察の捜査に影響を及ぼす、それがずさんな結果になるんじゃないかという懸念が非常にあります。そういう意見に対して、御意見はいかがでしょうか。

高井参考人 私が検事をしているときに、もうかなりの部分は、極めて正確な実況見分調書がつくられた事件が一定の割合で不起訴になっていくわけですね。そういうことは現場の警察官も知っているわけです。自分はここで一生懸命実況見分調書を書いているけれども、これはあっという間に不起訴になってしまうということを知りつつ書いている。それは、現場の警察官の士気を向上させることには絶対にならない。こんな作業をもう少し簡略してくれればひき逃げ犯人の捜査ができるのにと思いつつ、お蔵入りする、はっきり言ってしまえば、倉庫に入って日の目を見ない実況見分調書を書いている。そういうことを警察官にさせておくのが今後のためにいいのか、あるいは、警察官に、必要にして十分な簡略な実況見分調書で済ませていいよ、余った時間は重大事故の捜査に振り向けなさいと言った方が警察官の士気が向上するのかということですね。

 僕は、検事のときに、このままでは交通警察官の士気が低下すると非常に心配しておりました。今回の改正によってその辺のめり張りのついた捜査が警察にできるようになって、それによって、警察の捜査力も合理的に配分され、警察の士気も向上すれば、その方が、本来緻密な捜査をしなければいけない事件において緻密な捜査が実行できるのではないかというふうに考えております。

漆原委員 参考人の先生方、本当にありがとうございました。

 以上で終わります。

保利委員長 次に、西村眞悟君。

西村委員 自由党の西村でございます。

 被害者の会の会長をされております井手参考人が述べられたことの中に、全体としての今回の刑法改正の中で、刑の免除規定というものがあるゆえをもって交通事故を許容することになる、そしてまた、アフガンの難民のように被害者が見捨てられることになるという御認識を述べられて、ある意味では、ここで審議している我々、また法案を出した法務省にとっては、非常に残念なことであります。

 毎年百万件以上近く起こる交通事故の加害者側、運転者側として事故に関与した者についてすべて刑罰を科するということ、それによって果たして被害者が見捨てられないことになるのか。私は、そういうふうな社会は刑罰原理主義であって、また、被害者の感情が刑罰によってのみいやされるという社会は非常に殺伐たる社会なんだろうと。

 刑事司法の発展の過程において、被害者の感情のみが刑事司法を左右するということから我々は一歩一歩抜け出てきた歴史を持っております。したがって、この法案を審議する我々にとって、先ほど陳述された御認識、これは、決して御懸念のような運用はなされない、日本の刑事司法をいま一度信頼していただきたいというふうに要望いたしたいところですが、御認識は変わられませんでしょうか。

井手参考人 先生の御説明は本当にもっともだと思います。刑罰によってだけで皆が解決するとは思われません。

 しかし、私ごとになりますが、私の場合は、四回も人身事故を起こした加害者でありまして、二回も死亡事故を起こしております。それにもかかわらず一回も起訴されたことがないという現実があるわけです。これは私は、やはり先生のお考えどおりもっともだとはちょっと考えにくいと思っております。

 交通事故による身体傷害というのは業務上過失とされているわけでありますけれども、その態様において重い過失であるにもかかわらず過失犯に見られない刑の免除規定を置くということは、明らかに過失の程度に関する解釈の誤りがあるんじゃないかというふうに思っているわけです。というのは、もっと軽い保護法益、例えば窃盗犯みたいな条項にも見られない刑の免除規定というのは、刑法秩序を根本から揺るがす重大な問題ではないかなというふうに思っております。

 本来の刑罰の目的という保護法益に立脚して考案されたものでなく、今回の場合は単に司法の側の御都合によって応急的な処置が考案されたのではないかというふうな疑いを持っているものですから、先ほど申し上げたように刑の裁量的免除ということに対しては非常に不安を感じておりまして、また、実際にいろいろと法務省との折衝の中でやはりきちっと受けとめていただけなかったということに対して、先ほど申し上げたようなことを申したわけであります。

西村委員 お嬢さんの例は資料三で拝見いたしましたけれども、この多くがやはり今回本体として提出されているこの法案で網にかかっていくという法案なんですね、我々が今審議しているのは。

 さて、それで川端参考人にお聞きいたしますが、これは過失犯なのか故意犯なのかという観点ですね。

 過失犯の前提には予見可能性と回避可能性があって、そして過失だと。さて、この基本行為というもの、制御不能の速度、制御することができない技能でこの危険な車両を運転したと。これは、この基本行為自体をやれば回避可能性はなくなるんじゃないか。前方に人がおる、前方に車両がある限り一定の確率で事故が起こり、その前方に人があるということが起こりさえすれば回避可能性はない。したがって、これは過失犯なのか故意犯なのか。仮にこの基本行為を、ドラッグを飲んで暴走すれば非常に爽快だから、もう何が起こってもやるんだといえば、これは殺人罪じゃないのか、こういう感じがするんですね、この法律の構成は。

 先ほども議論に出ておりましたけれども、結果的加重犯だと言われる、例えば人を殴って当たりどころが悪くて亡くなってしまう、これには回避可能性も予見可能性もあるんですね。しかし、繰り返しますが、百キロ、二百キロで走る車両を走行する技能がなくてそれに乗ったということは、もう乗ってしまってスピードが百キロ出れば、前方に人がおっても回避する可能性がない。したがって、もうこれは過失犯の領域を超えた立法ではないかという感じがするんですが、先生の御見解はどうですか。

川端参考人 お答えさせていただきます。

 確かに、先生御指摘のとおり、これは本来は結果的加重犯という形をとって立法案として出ているわけでございます。それで、制御不能というようなもの、あるいは高速度ということで、そういう故意行為ということがまず前提にございます。この部分はもう明らかに故意行為でございます。ですから、それから結果的加重犯構成をした場合に、現在の通説的な見解では、これは故意犯と過失犯の複合形態であるというのが一般的でございます。ですから、発生した結果については、予見可能性、これを要求するというのが本来の理論的な立場でございます。

 それで、制御不能という部分でそういうことがございましても、そこの部分で予見可能性ということがどうか、回避可能性がどうかというのはやはり個別に議論をしなきゃならないだろう、こういうように考えられます。

 これは新たな犯罪類型でございますので、これから、これがもし立法された場合に、これはあくまでも結果的加重犯という構成をとりますので、基本行為は故意行為である、発生した結果については過失犯という構成をとって、予見可能性とか回避可能性というのも個別に見ていく必要が出てくるだろうと思いますが、しかし、故意行為のレベルの段階で、非常に運転技術の未熟さというのが顕著であるとか、それから高速度、制御不能というような部分がかなり明らかであるという場合については、客観的な観点からしますと結果発生の蓋然性は高いということで、それを踏まえた上で運転をしている、その点がまさに危険行為なんだということで、それをベースにして発生した結果についてはこれを重く処罰するのだ、こういう法律の性格になろうかと存じます。

 ですから、御質問の点でいきますと、やはり基本犯は故意犯である以上、発生した結果の過失犯との複合形態としての結果的加重犯構成をしないと刑法典の整合性という観点で不都合が生ずるのではないか、このように考えておる次第でございます。

西村委員 開かれた構成要件から構成要件の圧縮をして明確化してきたというふうに川端先生また高井先生もおっしゃったと思うんですけれども、相変わらず開かれているんじゃないかと思うんですね。だから、これは実務的にどういうふうなもので認定していくのかというのが残るんですね。

 例えば、車の進行を制御する技能を有しない、この技能を有しなくて車に乗って人に当たったら、この犯罪になるわけですね。さて、技能とはどういうふうに判断するのか。

 例えば、大阪から東京まで東名を走ってきた車が浜松付近で車輪のぶれが激しくなって、正常に走る車ではこの車を制御する技能があった、しかし、フレームが曲がったのか何か、部品が飛んだのかしてがたがたなってきた、それでどうも正常に前方進行できない、したがってこの車を制御する技能は自分にはなくなったんだと。それで、進行していたらますます激しくなって、この部分は故意犯ですから、本来ならここでおりなければならない、しかし、とまらなくなった、停車する技能もなくなったんだ、じゃ、どうすればいいのかと。これもこの犯罪に入ってくるのかという問題があります。

 あと残された時間、これは疑問を提出して、さて、これは実務的には、車という問題を制御する技能と制御される車の性能というものの二つありまして、例えば先ほどの例で、カローラを運転する技能があってもフェラーリとかワイヤークラッチのポルシェを運転する技能はない。車によって違ってくるのか、それとも、免許の更新を受けて、そして定期的に運転技能講習に出ている、そういう基準だけで実務的には判断する方向にいくんだろうか。車の性能という観点からすれば、この車は整備をやったのかやっていないのか、簡易な整備をやったような形式をつけて全くやっていない、だからこういう整備不良の車を運転する技能はないんだというふうな認定になるのかどうか。

 これは高井先生、どういうふうな認定の実務的な流れにならざるを得ないのかという点についてちょっと述べていただけませんでしょうか。

高井参考人 まず、この進行制御のための技術というのは普通の車のことを前提にしております。ですから、整備不良であるとか故障車であるとか異常に運転が難しいポルシェであるとか、そういうものは前提にしていません。それから、進行を制御する能力というのは、何も難しいことを言っているわけではなくて、車を発進させる、とめる、コーナーあるいはカーブに沿って曲がる能力ということを言い、非常にプリミティブな、基本的な能力のことを言っております。

 では、実際、実務的にどうやって認定をするのか。例えば、大阪から出発して浜松で事故った人に、君は車の進行を制御する技術が未熟だからこの事故を起こしたといってこの法律を適用することはできません。なぜかならば、大阪から浜松までは一応走ってきているわけですね。ですから、この条文が適用されるような場合は、車庫から車を出した、そうしたらもうほんの数メートルも行かないうちに事故ってしまったというような場合に限定されるであろうということです。

西村委員 終わります。

保利委員長 次に、瀬古由起子君。

瀬古委員 日本共産党の瀬古由起子でございます。

 参考人の皆さん、大変御苦労さまでございます。

 では最初に、井手参考人にお聞きしたいと思います。今回の改正案提出に当たりまして、交通事故のために愛する家族を失った遺族の皆さんが悲しみや困難を乗り越えて今日まで勇気ある行動や発言をされてきたことに対して、心から敬意を申し上げたいと思います。

 そこで、最初にお聞きしたいんですけれども、遺族の皆さんが、この交通事故をなくすという場合には、重罰化することだけがなくせるんだというふうに考えられているわけではないというふうに私は理解をしております。

 とりわけ、資料として出していただきましたものや先ほどの御発言にもありましたように、今、現状としてはかなりずさんな捜査が行われているという問題がございます。加害者の供述に沿う形で、特に、死人に口なしと言われておりますように、実際には加害者の供述だけを認めるような調書のとり方だとか、それから情報については全く被害者が蚊帳の外に置かれてしまう。私はこういう点での改善が大変重要だと思っているんですが、その点での参考人の御意見、今の現状をどう考えてみえるか、お聞かせいただきたいと思います。

井手参考人 現状につきましては、今先生がおっしゃったようなことが全く事実で、現状であります。そういった現状が除かれないために、いつまでたってもやはり事故の増大は続いているのではないかと思うんです。

 今度の改正案の中で非常に心配なのは、例えば無免許とかひき逃げとか暴走行為というような、そういった問題は究極的にはやはり悪質運転として認められなければならないと思うんですけれども、それが抜けている。そういうことが非常に残念です。

 やはり交通事故を防ぐんだというか、そういうふうな国民的な合意を得る必要がまずあるのではないかなと思うんですね。そのためには、その意識をなくすような二項の刑の裁量的免除という項目は外していただきたい、まず外していただきたいということを希望しております。

瀬古委員 この裁量的免除の問題について、今、井手参考人のお話にもありましたように、ずさんな、ある意味では不十分な捜査という問題がございます。実際には、今回の裁量的免除をやることによってもっとそういう調査そのものがずさんになるのではないかという御意見もございます。

 その点で、先ほど高井参考人からもお話をお聞かせいただいたんですけれども、特に捜査力を合理的に配分するという問題がございました。より重大な問題のある事故に重点が置けれるようにしたいというお話もございましたが、事故が軽い重いというのをどう見るかという問題もありまして、一般的には軽いというふうに思われているところでも、実際にはそこに重大な問題を含んでいるという場合がございます。

 そういう意味では、今回裁量的な免除という方法をとることによって、そういう軽いと一般的に言われているところや、今でも大変問題がある、現状をきちっと十分聞かないまま調書をつくり上げてしまうという御指摘もあるわけで、この辺がもっと軽んじられていくんじゃないかという御指摘もあるのですが、その点、高井参考人、お聞かせいただきたいと思います。

高井参考人 御指摘のような懸念があることは事実だと思います。

 したがって、これが所期のとおりの運用がされるかどうか、これは、運用をする警察あるいは検察庁の検察官、警察官がどういう意識でもってこれを運用していくかということに尽きるのではないか、そして、そういう現場の警察官、検察官にこの趣旨にのっとった運用をさせるために検察庁あるいは警察という組織がいかに教養訓練をしていくかということに尽きるのではないかと思います。

 ただ、今の社会的な状況あるいは検察官の意識を前提にすると、被害者の意識を全く無視して、被害者が絶対に処罰してもらいたい、この人は全然誠意がないと言っている加害者を形式的に、一週間以下だから軽いからということで右から左に不起訴にしてしまう、免除規定を盾に不起訴にしてしまうということは僕はあり得ない事態だというふうに思っております。

瀬古委員 被害者の被害感情という問題なんですけれども、そういう場合にもかなり被害者に一定の情報が開示されていないと、今井手参考人の方からお話ありましたように、この方が何回もかつて事故を起こしている、それを十分知らないままだったとか、軽い傷害だったのでいいかと思ったけれども後からいろいろ知ると大変な事故を起こしていたとか、そういう点での情報が実際には被害者の側に十分知られていないという問題があると思うのですね。

 その辺をよく、今回の裁量的免除の場合は被害者感情もと言うんだけれども、それが生きるかどうか、それがちゃんと客観的に位置づけられるかどうかという点でも、一定の情報がきちんと出されていないとそれがゆがめられてしまう。こういう点で、井手参考人、実際の状況はいかがでしょうか。

井手参考人 先生のおっしゃるとおりでありまして、本当に情報は開示されません。警察に行きましても本当の情報は伝えてもらっていないわけです。

 それから、けがが軽いときということが条項にありますけれども、現場の者として、例えば診断書を何通も乱発しまして、けがが軽いということを何通も乱発して実際はけがが軽くなかったということがあり得ないということは断言できないわけであります。

 それから、被害者感情の場合に、被害者は刑を重くすることを望んでいないと法務省を初めおっしゃられますけれども、先ほども申し上げたように、健康を傷つけられ、そして命を奪われた者が加害者を許すということは私は考えられません。少なくとも私は、そういう被害者感情は、加害者の側からは言えるかもしれませんけれども、被害者としてはとても言えません。

 そういう被害者感情を、じゃ、だれが被害者感情はいいんだというふうに断定するのか。警察官なんでしょうか、検察官なんでしょうか、裁判官なんでしょうか。その辺が全く不明瞭です。だから、この二項の刑の裁量的免除というのは、非常に言葉が、簡潔ではありますけれども、不明確、あいまいであります。

 だから、もしこの案を通すのであれば、明確に、だれが見ても納得するような条項にしていただかないと、このままあいまいな状態で法案が通った場合には、後に禍根を残すのではないかというふうに心配しております。

瀬古委員 川端参考人にお聞きします。

 危険運転致死傷罪の問題なんですけれども、これは、構成要件を明確にするということは私はやはり当然だと思うのですけれども、今回かなり明確にするために絞り込んだと。そういう意味では、本当にこれで適用されるのだろうか、適用するケースが少なくなるのではないかという御意見がございますけれども、それについてどうかというのが一点です。

 それからもう一点は、構成要件の客観化という問題点では、先ほど高井先生から御指摘がありましたように、自白に基づくようなものはだめで、評価を含む観念が捜査機関によって変わってくるというのは問題だ、だから、スピード違反で一週間のけがをさせた場合でも、ある人は今回の法律が成立すれば裁量的免除になるし、ある人は十年以下の懲役になってしまう、全く違ってくる。こういう御意見に対して、どのように考えていらっしゃるでしょうか。

 この二点、お願いいたします。

川端参考人 お答えさせていただきます。

 第一点でございますが、この条文の適用の可能性の問題でございます。これは、構成要件を絞り込んだ関係で、逆に起訴する率が低くなるのではないか、現実の裁判で認定されるのが少なくなるのではないかという御懸念かと存じます。

 確かにそういう面もございますが、しかし、これがかなりの事故の中で決定的な意味を持ち得るケースとして裁判になるケースがこれから出てくると考えております。と申しますのは、今言ったような形で、本国会で先生方が御審議していただいて、そしてそれに基づいてこの法律案が成立いたしますと、立法化されますと、これはやはり重要な犯罪類型であるということで、我々も国民一般としてこれに対する心構えが全然違ってくると存じます。そういった中で、こういったのを見逃していいのかという声が強くなってまいりますから、当然それについては十分な捜査がなされ、そしてそれに基づいて適正な起訴がなされ、そして裁判官もその条文に則した、その制度趣旨に即した適用、運用をするであろう、このように考えております。

 ですから、厳しいから適用されないということも抽象的には考えられますけれども、むしろ実態の方が先行いたしますので、運用としてはそちらの方に行くのではないか、このように考えております。

 それから、第二点でございます。構成要件の客観化、明確化ということでございます。

 この点で、我々刑法学者が構成要件の客観化と言う場合と、ただいま御質問のあった点、若干違いがございます。この客観化と申しますのは、主観的な要件をできるだけ排除して客観的な要素だけで判断していく要素をつくるべきだ、こういう意味での客観化でございます。そういった点で申しますと、今回の立法では、目的を挿入したという点だけが主観化された面でございます。あとはすべて、それとの対応でいきますと客観化されております。

 ただし、先生が御指摘されましたように、これは評価的要素を含んでおります。この評価的要素を含むといいますのは、これは理論上は規範的な構成要件要素と申しております。この規範的なと申しますのは、裁判官が判断しないと中身がわからない、そういう意味で規範的なという言葉を使って説明をしております。したがいまして、今回の評価的部分、これはかなり規範的な要素が入っているということは正直に私も認めております。

 これは、できるだけあらゆる行為態様を含み、そして適切な処理をするという意味では、言葉が抽象化せざるを得ないという面がございます。それで、漏れがありますと、せっかくこの機会に立法いたしましたのに重要なのが漏れてしまう、こういう事態を避ける必要がございますので、そういった意味で評価的要素というのが入ってくるのが現在の刑事立法の一般的な傾向でございます。

 そういった意味からしますと、この評価的要素というのは、実際上は最終的な判断を示すのは裁判官でございますので、そこで現実の裁判になって、そして具体的な状況を前提にして、法の適用、解釈がなされていくわけでございます。その積み重ねによって、より明確に、国民一般にもわかるような形でその実績が積み重なっていく、こういうことになります。そうしますと、それをもとに捜査機関も、そういう状況になればこういう判断を受けるのだということになりますから、当然それに即した形で厳密な捜査がなされる、こういうことでより明確な基準が設定されていく、こういうことになります。

 それから、もう一点つけ加えさせていただきますが、この評価的要素という場面ですが、例えば、著しいとかそういうことが出てまいります。それは通常の場合と比較して著しいというようなことになりますので、この部分はあくまでも客観的な事実でございます。通常の場合と比較して本件においてどうであったかというのを事実認定した上で、ではそれが著しいに当てはまるかどうかというのを判断する、こういう構成になりますので、その部分は、客観的な証拠、そういったものに基づいて認定がなされていく、こういうことでございます。

瀬古委員 どうもありがとうございました。終わります。

保利委員長 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。

 この際、参考人の方々に一言申し上げます。

 本日は、貴重な御意見を賜りまして、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚く御礼を申し上げます。

 午後一時から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。

    午前十一時五十一分休憩

     ――――◇―――――

    午後一時一分開議

保利委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。

 内閣提出、刑法の一部を改正する法律案及び刑事訴訟法等の一部を改正する法律案の両案を議題といたします。

 この際、お諮りいたします。

 両案審査のため、本日、政府参考人として法務省刑事局長古田佑紀君及び矯正局長鶴田六郎君の出席を求め、説明を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

保利委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

保利委員長 次に、お諮りいたします。

 本日、最高裁判所安倍家庭局長から出席説明の要求がありますので、これを承認するに御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

保利委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

保利委員長 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。西村眞悟君。

西村委員 本件犯罪の構成要件に焦点を当てて、法務当局の御答弁をいただきたいと存じます。以下、よろしくお願いいたします。

 本件の危険な運転行為を、一項、二項、それぞれ前段、後段に分けて類型を定めておられますが、これはどのような考え方に基づいてこういう類型を構成要件に定められたのかということについてまずお聞きします。

古田政府参考人 まず、全体として、今回の危険運転致死傷罪は、実際の重大事故の事例を踏まえまして、悪質、危険な自動車の運転行為のうち、重大な死傷事犯となる危険が類型的に極めて高い運転行為でありまして、そういう意味で、暴行による傷害あるいは傷害致死に準じた故意の犯罪として重い法定刑により処罰すべきものと考えられるものを選択したということでございます。

 そこで、一項、二項及びその中での前段、後段の類型の考え方でございます。

 まず、一項につきましては、車両の走行自体を正常にコントロールができない、あるいは非常に困難な、そういうような自動車の走行方法をとっている場合を一項というふうに整理したということでございます。

 二項は、自動車の走行全体のコントロールはできるわけではございますけれども、その過程の中で、非常に危険な運転行為、車両の操縦行為をする場面をとらえてこれを類型化したというものでございます。

 各項の前段、後段につきましては、一つには文章の技術的な表現の問題もございまして、一つは、全部書くと非常に長くなってわかりにくくなるということと、もう一つは、例えば一項で申し上げますと、前段部分というのは、アルコールあるいは薬物の影響という、いわば外的と申し上げますとおかしいのですけれども、そういうある特定のものの影響で正常な運転ができないという場合を定めたもので、後段につきましては、運転者の走行のさせ方の意思によりまして非常な高速度、あるいはまた自分自身の技量の問題、そこについて焦点を当てたもので、その二つの場面を書き分けたということでございます。二項の前段は、走行過程での割り込みとかあおりとか、そういうふうなものに焦点を当てたもので、後段は、信号無視という類型についてこれを書き分けたということでございます。

西村委員 従来の業務上過失致死傷罪のいわゆる開かれた構成要件からすれば、その開かれた部分を非常に類型化して具体化している立法でございますけれども、これは、結果的加重犯という類型の中で考えますと、今、走行自体が困難、走行はコントロールしているが、妨害目的で、かつ交通の危険を生じさせる速度、結果的加重犯における前提的行為、これは行為者において認識している必要がある、こういうことでございますね。

古田政府参考人 御指摘のとおりでございます。

西村委員 構成要件の類型に即してこれからお聞きします。

 この構成要件の中に、今御説明いただいたように、速度が要件になっているものがございます。文言としては、「進行を制御することが困難な高速度」また「重大な交通の危険を生じさせる速度」というものが認識の対象として、前提行為として必要だということでありますが、そもそも進行を制御することが困難な速度とはどのような速度を意味するのか。類型化において、具体的な事例をもって類型化の作業を行われたようでございますので、具体的に、この進行を制御することが困難な速度とはどういう速度であるかということについて御説明をいただきたいと存じます。

古田政府参考人 お尋ねの点につきましては、一般的に申し上げますと、速度が速過ぎるために道路の状況に応じて進行することが困難となるような速度ということでございますが、具体的に申し上げますと、例えば、カーブでそれが曲がり切れないような高速度、それから、ハンドルやブレーキ操作のほんのわずかなミスによって自車が進路から逸脱してしまうというふうな速度ということになるわけでございます。

西村委員 それと、一項後段では、今御説明いただいた速度とともに、速度要件を課せずして、「進行を制御する技能を有しない」という概念が出てまいります。

 車両というものは、運転者の技能と運転する車両の性能によって、進行を制御する速度であるかどうか、また進行を制御する技能を有しないのかというのが総体的に、総合的に決まってくると思うのですけれども、「進行を制御する技能を有しない」、この「技能」というのはどういうことか、もう少し説明していただけますでしょうか。

古田政府参考人 先ほども申し上げましたとおり、この一項につきましては、いわば自由に安全な走行をすることが困難な状態ということを類型化したものでございまして、そこで、そういう言葉をあらわすために「進行を制御する」という表現を用いたものでございます。

 そこで、「進行を制御する技能を有しない」という意味は、ハンドルあるいはブレーキの運転装置等を操作する初歩的な技能も持たない、つまり、言ってみれば、どうやってとめればいいかわからない、あるいは、どうやってハンドルを切ればどう曲がるかもよくわからない、そういうふうな非常に未熟な状態といいますか、要するに車の転がし方がわかっていない、そういうことをいうものと御理解いただきたいと存じます。

西村委員 今の御説明では、自動車学校を出て、ハンドルがどこで、右に切れば右に曲がる、ブレーキはどこで、押せばとまる、こういうことは一応知っているという運転者に関しては、そもそも「その進行を制御する技能を有しない」という構成要件には一般的に当たらないということなんでしょうか。

古田政府参考人 もちろん習熟度の問題はあるわけでございますけれども、間もなく免許の試験を受けられるという程度の技量、車の操縦の仕方、運転の仕方というのがある程度基本は身についている、そういう場合には、ここで言う「進行を制御する技能を有しない」という場合には当たらないのが通常であろうと考えております。

西村委員 本当に、これは過失犯でございますから、自分が惹起した結果について認識しておったわけでも何でもなくて、運転者自身が起こった結果に驚愕するというふうな類型なんですね。

 では、本当に運転未熟といいますか、初めて車を動かしてみるという親が、うっかりしてバックと前進と入れ間違えてバックして、壁との間に子供を挟んでけがもしくは死亡させてしまった、こういうことはこの犯罪に該当してくるわけでございますか。

古田政府参考人 お尋ねの場合、どういう場合を想定するか必ずしもわからないところもあるわけでございますが、例えば本当に免許取りたてで焦って間違えるとか、そういうようなケースというのは、こういう場面では該当しないということでございます。

西村委員 これは該当しないと。

 だったら、免許を取っているか取っていないかということよりも、運転者本人がアクセルはどこか、ブレーキはどこかわからない、こういうふうな事例に限定されると立法者は考えているというふうに記録に残してよろしいのでしょうか。

古田政府参考人 非常に極端な場合を申し上げたわけで、そういう場合は当然該当するわけでございますが、実際問題としてよくありますのは、全く運転の経験がない者が自動車を盗んで、どういうふうに自動車を運転すればいいのかというのがわからないままでいろいろ暴走したりするというような事故が現実にあるわけでございまして、基本的にはそういうものをイメージしていただければよろしいかと思っております。

西村委員 車というのはやはり人力が果たし得ない能力を有して走行するわけですよね。この車両自体の能力に応じて技能がある。この能力の車両ならこの技量でコントロール可能だが、この技能ではさらに進んだ能力のF1みたいな車両の進行を制御する技能はないだろうと。

 車両に即して、例えば、先ほどの参考人の挙げた例で申しますと、日常買い物に行く、付近を時速四十キロ程度で走行するカローラに乗っており、かつ、カローラしか乗らなかった人が突然F1に乗ったということで事故を起こしてしまったというのは、これはどうなるんですかね。技能は有しないということで、当該構成要件に係ってくるのかどうか。

 例ばかりで申しわけありませんが、私がお聞きしたいのは、車の性能と技能というのは総体的な中で決まるのだろうと思って、これをしつこくお聞きするわけですね。

古田政府参考人 いわば一般車両の範囲で、一般車両の免許を有しておられるような方であれば、基本的に車両の動かし方というのは御存じ、あるいは少なくとも基本的な技能は持っておられるというふうに考えられますので、たまたま、小さい車を普通運転していた人が例えば三千cc以上の大型の乗用車を運転する、そういうようなケースがこれに当たるということはないと考えております。

西村委員 ということは、カローラしか乗っていない人がダンプを運転して事故を起こしてしまったということについても、一項後段の「進行を制御する技能を有しないで」云々という構成要件には当たらないということでございますね。

古田政府参考人 先ほどはいわば乗用車レベルでの比較を申し上げたわけですが、もちろん、非常に特殊な大型の車両とかそういうものがあって、その運転についてはかなり特殊な技能を要するというような場面で、そういうところで特殊な技能が走行を制御する上で必要なものである場合に、そこに全く知識を欠いている、技能を欠いているというようなケースは、それは当たり得る場合があろうかと存じます。

西村委員 単に、アクセルが、またブレーキがどこだということを知っている知識だけで、突然、今まで乗ったことのない十トンダンプを動かしてしまったとか、そういうことは注意しなさいよ、当たりますよというふうにお聞きして、次の質問に移ります。

 先ほど、進行を制御することが困難な速度ということの一応の定義はお聞きしたのですが、そのような高速度であるかどうかを判断するに当たっては、道路にもいろいろな道路がございます、高速道路もあるし、一車線の路地のような道路もあるわけですから、速度メーターが何キロ以上になれば進行を制御することが困難だ等々の認定はできないのだろう。どこまで具体的な状況を考慮するのか、周囲の状況を考慮するのか、そしてその中で、当該速度の定義、制御することが困難か否かの境目があるのかということについて、具体的な事情、考慮される事情についてお聞きしたいと思うのでございます。

古田政府参考人 進行を制御することが困難な速度かどうか、これはもちろん、絶対的に、例えば二百五十キロ、三百キロというような速度で走っていれば、それはそれとして考えられるわけですが、それ以外の場合では、基本的にはやはり道路の状況との関係が一番大きな判断要素になろうかと思います。例えば、道路のカーブの程度がどの程度の急カーブであるのかとか、あるいは狭い道路であるのか広い道路であるのか、そういうふうな道路状況との関係で、先ほど申し上げましたように、車がわずかのミスですぐ進路を逸脱する、あるいはその状況に応じて曲がったりすることができないというふうな、そういう危険を感じさせる、そういうふうな速度ということになろうかと思います。

 そのほか、例えば高速走行に適した車両ともともとそういうものは予定していない車両など、いろいろな車両の類型による要素というのも、これも考慮要素となり得るものと思われます。

西村委員 道路の構造に限って申しますと、自分が運転する車の性能は自分が知っているという前提で、今まで高速道路のような大きな車線の道路を走って、初めての道に入っていく。実は、突然カーブがあって、そのカーブの状況また民家の状況、通行人の状況から見て制御することが困難な速度と認定される場合に、当該運転者は、これから自分がいかなる道を走行していくかの認識についてはないわけでございますから、初めての道に行くわけですから、先ほど構成要件の基本的行為の認識が必要だという御答弁がありましたけれども、当該速度が制御することが困難な速度であるという認識をしているのかいないのかをどのように認定していくのかという困難な問題がやはり残っていくと思うのですね。

 実は、結果を認識していない者にとって、その結果から逆算して、今走っている速度が実は結果を惹起することを回避するための制御をすることが困難な高速度であるという認識はないのではないか。この認識がないという、実態はなかなか難しい、どうしてこの構成要件の認定をするのだろうという疑問は残りますが、お答えいただきますように。

古田政府参考人 ただいまお尋ねのような、全く知らない道で、まさかここにカーブがあるとは思わなかったというふうなケースもあり得ることとは思いますけれども、進行を制御することが困難な速度かどうかということは、先ほど申し上げましたとおり本人の認識の対象でございますので、そのときの判断要素となり得る道路の状況というのも本人が認識している必要があるわけでございます。ですから、全く意外なところで例えば道が曲がっていたとか、それとの関係で、ある本人の走っている速度が進行を制御することが困難だとは言えない場合が通常であろうと思います。

 一方で、例えば山道みたいなところで、当然カーブが多数あることが予想される、そういう場面であればまた逆に、進行を制御することが困難な速度という認識はあるというふうになろうかと思います。

西村委員 速度の認定は、この刑法の構成要件該当の成否を分けていくわけですね。したがって、具体的な速度に焦点を当てた構成要件をつくられたことで、従来よりは非常に認定がしやすく、また構成要件該当性も判断しやすいとは存じますが、依然として立証については非常な困難が伴うという感じがいたします。しかしながら、惹起された結果の重大性、道路の状況、運転者の意識そしてそのおおよその速度からこういう判断がなされざるを得ないのかなという感じがします。

 さて次に、今、一項の「進行を制御することが困難な高速度」ということについてお聞きしましたけれども、二項の方では「重大な交通の危険を生じさせる速度」ということが書かれております。この「重大な交通の危険を生じさせる速度」とはどのような速度なのでございましょうか。

 また、いわゆる信号無視とか危険な割り込みとか、別に速度要件がなくても危険だ。事故を惹起すれば、信号を殊さら無視して突っ込んでいくのでありますから、時速四十キロであろうが二十キロであろうが、前方に通行人がおるにもかかわらず、信号を無視して、よそ見をして突っ込めばこれは構成要件に当たってしかるべきだ、そういう構成要件をつくってもいいのではないかという感じもいたしますので、このことについてなぜ速度要件を設けたのか。また、設けた速度要件について、重大な危険を生じさせる速度とはどのようなものであるのかということについて御説明をいただきますように。

古田政府参考人 まず、進行を制御することが困難な速度と重大な交通の危険を生じさせる速度の使い分けをした理由について御説明申し上げておきたいと思いますが、進行を制御することが困難な速度と申しますのは、先ほど申し上げましたように、走行自体のコントロールができないような速度、一方、重大な交通の危険を生じさせるということは、その速度で走っていれば、仮に衝突などの事故が起きれば相当大きな事故になる、そういうような速度ということでございます。

 したがいまして、重大な危険を生じさせる速度と申しますのは、制限速度とかそういうこととは直接関係がない、そういう著しい高速度である必要はないわけでございます。一般的に申し上げますと、先ほど申し上げましたように、自車が相手方と衝突すれば通常大きな事故になると考えられる速度、あるいは相手方の方でそういうような事故になることを回避することが非常に難しいような速度というふうなことになると考えております。

 ところで、こういう速度を要件といたしましたのは、例えば割り込みあるいは幅寄せみたいな行為でございましても、渋滞中ののろのろ運転の中でそういうことが起こることもしばしばあるわけでございますし、それから、例えば赤信号の無視でありましても、いつでもとまれるようにかなりのろのろと、危険を回避できるようにしながら入っていくという形態も、実はいろいろあるわけでございます。こういう場合には類型的に大きな事故が生ずるということは考えにくいものでございますので、やはり類型的に大きな事故につながるような速度でただいま申し上げたような運転行為をする、それが重く処罰すべき危険な類型に当たると考えるべきであろう、こういうことでございます。

西村委員 この車は、単なる軽自動車を含めて、十トンのダンプ等々も適用されるわけですね。のろのろ運転であっても、信号を無視して十トンダンプが入ってきて、他方、歩行者は信頼の原則に基づいて幼稚園児が集団登下校をしている。十トンダンプが人体に生で当たればどういう状態になるか。のろのろ運転であっても重大な事故が生じるわけなのですね。そのときには二項後段は適用されない。

 さて、一項前段においてもこれは言えるわけですね。酒酔い運転、酒を飲んで十トンダンプを運転する、ここには速度要件はないわけです。二項の御説明における速度要件とは、のろのろ運転では重大な事故が生じない、だから一定の重大事故を生じさせる危険のある速度が必要だという前提で御説明されておりますが、なぜこの酒酔い運転及びドラッグ、薬物を飲んで運転するのには速度要件がないのか、この差はどこから出てきたのか、この認識をまた御説明いただきます。

古田政府参考人 ただいまのお尋ねにお答えする前に、のろのろ運転でも、この場合には重大な事故がおよそ起こらないということであるわけではございません。類型的にそういう可能性が低いということで、こういう加重処罰の対象といいますか、それにはしていないということでございます。

 そこで、酒酔い運転の場合等は速度要件がなくてこちらにあるのはなぜかということでございますけれども、酒酔いあるいは薬物の影響による運転の場合に、これは先ほど申し上げましたとおり、自動車の走行のコントロールを失っている、あるいはそれが非常に困難な状態になっているわけで、言ってみれば危険性に十分配慮をできない状態で、例えばふらふらと対向車線に出ていってしまうとか、そして対向車両と衝突する、こういうような状態というのも酒酔い運転とか薬物の影響下の運転については考えられるわけでございますので、そういうことから、一項の前段につきましては速度を要件としなかったということでございます。

西村委員 ということは、二項に戻りますが、二項の「重大な交通の危険を生じさせる速度」とは、速度メーターの二十キロを超えればそうなるんだというふうな問題ではなくて、当該無視した信号を設置している十字路の状況等によって判断されるんだということですね。

古田政府参考人 ここで「重大な交通の危険を生じさせる速度」というのは、先ほどちょっとお話の中にもありましたけれども、例えば四十キロで走っている、これが制限速度以内でありましても、やはりそれは一般的には危険が高い速度でございます。したがいまして、本当に十分周りに気をつけながら徐行しているとか、そういう場合は除外されるわけですけれども、具体的にこの数値ということを明確に申し上げるわけにはまいりませんが、通常、二、三十キロのスピードで走っていれば、歩行者も含めて考えた場合には、やはり重大な危険を生じさせる速度に当たると考えられる場合が多いだろうと考えております。

西村委員 わかりました。

 この法律がつくられまして交通事故が果たして減少するのか、交通事故減少にどのような効果があるのかということについての御認識をお聞きするんですけれども、この法律だけで交通事故減少がもたらされるとは、必ずしも保証の限りではない。むしろこの法律は、午前中の参考人質疑がございましたけれども、被害者の応報感情を満足させるためがこの法案作成のきっかけであったということも言えるわけですね。しかし、応報感情を満足させるということも大切ですが、目的は交通事故の減少、だれでもが加害者になり得るというこの過失犯における被害の減少が、我々立法府また行政の目指すところである。大臣に、今回の改正の意義についてどのようにお考えになっているかということについてお聞きしたいと思います。

森山国務大臣 先生おっしゃいますとおり、交通安全あるいは交通事故の防止ということは、法律をつくったから、あるいは一部改めたからといってすぐに具体的な効果に必ず結びつくというわけではないかもしれません。あらゆる手段を講じて、考えつく限りの方法を総動員して交通安全、事故防止ということには今後も努力をしていかなければいけないと思うわけでございますが、今度の法改正は、悪質かつ危険な運転行為による死傷事案に対しまして、これにふさわしい重い処罰を可能とするための危険運転致死傷罪を新設するということであり、それとともに、自動車運転による業務上過失傷害事犯につき軽傷の場合には情状によって刑を免除できるということなどでございまして、事案に即した懲罰と科刑を実現しようとするものでございます。悪質、危険な運転行為を行う者に対する一般的な予防効果はあるのではないかと期待しておりますし、全体として交通事犯の減少、撲滅に資する大きな意義を有するのではないかと考えております。

 今回の改正法を的確に運用するということによりまして、交通安全に関する行政上の他の政策と相まちまして、交通事故防止のために役に立ち、そしてその被害ができる限り小さくなっていくようにということを願っているわけでございます。

西村委員 大臣の御答弁のように、我々も、単に新たにつくった犯罪構成要件の網にひっかかる者を従来より重く処罰するということのみが目的ではなくて、まさに一般予防効果を目的にして、全体としての交通事故の悲劇をなくそうとするものでありますね。

 さて、一般的予防効果をやはり最大限発揮させるためには広報が必要であります。例えば自動車学校等において、うっかりしていた、済みませんではもはや済まない状態が刑法に定められているということの周知徹底、そして技能習熟への努力、これが必要であります。自動車技能習得の学校においてはですね。

 また、制御が困難か否かということは、単に速度で決まるわけではなくて、やはり車の性能で決まるんですよね。だから、整備不良車を漫然と従来どおりの新車のように運転している運転手は、その性能の自動車から見て実は制御困難な速度で運転しておったんだという認定になりかねない。この自動車の性能を維持するための整備という点についてもまたきめ細かい広報が必要だと思いますね。これは後で御認識をお伺いするんですけれども。

 それから、これは大臣に知っていただきたい。暴走族と言われるようなものがありますね。あれは、実は交通対策ではなくて、それ以前に、窃盗とか強盗とか、そういうふうな対策の問題なんです。用いられる車両の半分以上は窃盗車なんですね。そして、無免許のやつが半分以上おるわけですね。窃盗車両、単車の窃盗、自動車の窃盗、これは窃盗事犯としてきめ細かく摘発に乗り出すというふうな全体としての努力もやはり交通事故の減少に資するんだ、こういうふうに思っております。

 自動車安全運転教育の観点、自動車の性能を維持するための自動車整備の必要性の観点、それから、盗難車をもって犯罪に供せられるという事例が非常に多いという昨今の状況から見て、この対策、今私が三つ申し上げましたけれども、この対策についての大臣の御見解をお伺いいたします。

森山国務大臣 おっしゃいましたようなことはいずれも大変重要だと思います。まずもって、このような厳しい罰則を伴うことになった重大な犯罪になるということを運転する人すべてに周知徹底いたしまして、そして、みんなそれぞれハンドルを持つ以上は十分に気をつけなければいけないということを徹底しなければいけないと思いますし、それは、もちろんメディアの力も必要でありますし、教習所とか整備の立場からの特別な注意も必要でありましょうし、あらゆる方法を講じて周知徹底いたしまして、この気持ちがすべての人に行き渡るようにしていきたいというふうに思います。

 また、盗難車が多いというお話もございましたが、これは当然に窃盗その他の犯罪に係ることでございますので、それは、その立場から厳しく、これからも防止かつ摘発に努力をしていかなければいけないというふうに思います。

西村委員 御答弁ありがとうございました。

 これで質問を終えさせていただきます。

保利委員長 次に、山内功君。

山内(功)委員 私は、刑事訴訟法の一部改正案について質問をさせていただきます。

 現在行われている刑の執行手続の中で、例えば罰金の徴収手続の概要と、どの段階でどのような事項の調査がなされるのか教えていただきたいと思います。

古田政府参考人 罰金の徴収手続の概要を、一番典型的な略式命令で、これは仮納付の裁判というものがつくことが多いわけですが、そういう場面を例にとって御説明申し上げますと、大体これから申し上げるようなことになります。

 まず最初に、そういう仮に納付することを命ぜられた罰金の略式命令の謄本が送達されました後、検察庁の方から納付義務者に対しまして納付書を添えた納付告知書を送ります。そして、日本銀行あるいはその代理店に罰金を納入するように告知しております。この場合は、罰金が裁判が確定されるまでに納付されなかったときには、今度は納付書を添付いたしました督促状を送ります。そしてさらに納付を促します。

 しかしながら、時として罰金を納めるべき人の所在が不明になってしまったりする場合もございまして、そういう場合には、まずは市区町村長に対しまして住所及び転居先などを照会して、その所在の調査を行っております。

 一方、所在はわかりましても、納付義務者が納付に応じないときには資産の調査をしなければならないわけでございまして、金融機関に対し預貯金の有無を照会するなどの資力の調査をいたします。時には、法務局に対して、土地家屋の不動産を持っているのかどうかとか、そういうようなことも照会をして、その結果、資力があるにもかかわらず罰金を納めないということになりますと、検察庁から法務局に対しまして強制執行の手続をとるように依頼するわけでございます。

 仮に、こういう調査の結果、資力がなくて納付することができないというふうに認められる場合には、自然人の場合には労役場留置ということで、労役場に留置するという形で罰金刑の執行をするということになっております。

山内(功)委員 徴収未済の現状を教えてください。

古田政府参考人 徴収金と申しますのは、ただいま申し上げました罰金のほかに、いわゆる科料、追徴、過料、没取、それから訴訟費用など、いろいろなものがあるわけでございますが、こういう全体を含めまして平成十二年度で申し上げますと、これは繰越分も含めまして千二十一億円でございます。そのうち、徴収の未済、これは約二二%の二百二十四億円となっております。

 以上でございます。

山内(功)委員 そういうふうに未済が増加した原因はどこら辺にあるのでしょうか。

古田政府参考人 未済の徴収金額が増加している原因、これはいろいろなことが考えられるので一口で申し上げるのは難しいとは思いますが、一つには、最近の景気の状況からして、なかなかお金の余裕がなくなっている場合が多いというようなことが考えられること。それからもう一つは、法人に対する高額な罰金がふえているにもかかわらず、法人の資産が十分ではなくて徴収が難しくなっている。それから、事情によっては分割して納入することを認めているわけでございますが、そういうケースがふえてきているようなことなどでございます。

 ただ、中には、調査権限がないために、納付義務者がどこにいるか、あるいはその資産がどうなっているかというのがわからなくて、強制執行しようにもしようがないというふうなケースも含まれているわけでございます。

山内(功)委員 具体的にどのような照会をして、公私の団体が今までどのような理由で回答を拒否しているケースがあるのか、具体的な事例も含めて教えてください。

古田政府参考人 所在調査等につきましては、これは、典型的には市町村等に対して住民登録の有無などを照会するわけですが、その具体的なやり方として、例えば、より詳細な情報を得るために、罰金の未納者の国民健康保険加入事実があるかどうか、もしあるとすればどこかの病院に通った事実があるかというようなことをお尋ねすることもあるわけでございますが、こういうことを御照会したところ、国保加入事実については御回答はいただけましたけれども、医療機関名等については、個人情報保護条例上、法令等に定めがない照会であるということで回答がいただけなかったというような例もございます。

 また、資産調査等を行うために、職業安定所に対して、雇用保険の被保険者となった事実があるかどうか、そういう事実があればその事業所の名称、所在地等がどこかということを照会したところ、これも回答をいただけなかったというふうなことがございます。

 それともう一つ、最近、携帯電話が非常に普及しておりまして、携帯電話の契約の事実からいろいろな所在等を把握するということも一つの有力な手段とはなっておりますけれども、携帯電話の契約者あるいは住所、通話料金の引き落としの金融機関等について照会いたしましたところ、やはり法律上の照会の根拠規定がないということを理由に回答がいただけなかったというふうな事例がございます。

山内(功)委員 それでは、刑を免れて逃走をしているいわゆる遁刑者の現状、そして、そういう人に対してはどのような場合に調査が必要となるのかについて答えてください。

古田政府参考人 今お尋ねの遁刑者につきましては、まず自由刑で申し上げますと四十三人でございますが、罪名別には道路交通法違反が十三人で最も多くなっております。

 罰金刑につきましては、全体として千三人把握しておりますが、これは一番多いのは傷害でございますけれども、その次が業務上過失傷害、これはほとんど交通事故でございます。これが百八十二人。それから暴行百人、道路交通法違反三十七人、こういうふうな数になっておりまして、交通関係がやはり全体の二三%近くでかなり多くなっている状況でございます。

 これにつきましては、先ほども申し上げましたとおり、何といっても一番必要なのは所在の把握でございます。この所在調査のために、今検察庁としては、先ほど申し上げましたとおり、市町村に対する照会、あるいは、もちろん本人の家族に対するいろいろな照会、そういうようなことを総合してやっているわけですけれども、中には、どうしてもやはり所在の把握ができない人というのも出てくるというような面もあるわけでございます。

山内(功)委員 それでは、照会を正当な理由がなく拒否をした場合に、罰則あるいは制裁、あるいは間接、直接の強制手段などがあるのでしょうか。

古田政府参考人 刑事訴訟法に基づく照会につきましては、一般的に、正当な理由がない限り回答をする義務があるというふうに理解されてはいるわけでございますけれども、回答をしなかったからといって、そのことで直ちに罰則がかかる、あるいは何か直接の強制手段というものがあるわけではございません。

 ただ、先ほど申し上げましたように、回答をいただけなかったのが、法律上の根拠がないという理由がかなり多いわけでございますので、そういう照会権限の根拠規定を設けていただければ、そういうような場面は相当程度解消するというふうに考えております。

山内(功)委員 もう一点は、公私の団体というふうに規定があるのですが、公私の団体のみならず、個人に対しても照会できるようにしないと、不都合が生じないんでしょうか。

古田政府参考人 今回御提案申し上げておりますのは、捜査の場合等といわば並びで公私の団体ということに限っているわけでございます。それ以外の、先ほど申し上げましたように、家族に本人の状況をお尋ねするとか、そういうような場面になりますと、これはむしろ直接接触していろいろお尋ねするとか、そういうふうな方法の方が通常であろうかと思うわけでございまして、その点は今でも捜査などでも同じでございます。

 そこを一歩踏み越えて、全く純粋のそういうような場合にまで先ほど申し上げました義務を課するような制度をこの時点で導入するということについては、やはり慎重に考えなければならない問題があると考えており、今後いろいろな運用状況なども見守りながら検討していきたいと思っております。

山内(功)委員 大臣、本改正案が通りましたら、本条の照会規定を十分に活用して的確に裁判の執行が行われるべきだと考えますが、本改正案についての最後の質問として、大臣の所見を伺いたいと思います。

森山国務大臣 御指摘のとおり、改正法が施行されました後では、照会権限の規定を活用いたしまして、刑の執行を受ける者の所在や資産等の調査を行いまして、的確な裁判の執行に努めることが大切であると考えております。

山内(功)委員 ありがとうございました。

 次の質問に入らせていただきます。

 改正少年法が施行されましてから半年余りが経過いたしました。昨年の改正では、民主党の働きかけによりまして、参議院において修正がなされ、五年後に実施状況を国会に報告して、必要があると認められるときは法整備その他所要の措置を講じるものとするということを認めていただきました。つまり、少年法を改正してそれで終わりというような安易な姿勢ではなくて、青少年の健全育成というこの日本という国の将来にかかわる問題である、そして、厳罰化などにより少年犯罪がどうなっていくのかということについてのデータが余りない段階での改正だったわけですので、国会として五年間は検証しないよというような態度ではなくて、折々に実施状況を適切にチェックしていくことが私たち議員の責務でもあろうかと思っております。そのような意味での修正であったと私も理解しております。そこで、残りの時間、改正少年法の半年間の運用状況について若干質問をさせていただきます。

 まず、十六歳以上原則逆送に該当した件数を罪名ごとに、そして、そのうち逆送せずに保護処分にした件数を教えてください。

安倍最高裁判所長官代理者 御説明申し上げます。

 改正少年法施行以降、九月の末日までに終局決定があった事件につきまして調査した結果でございますけれども、今お尋ねの二十条二項のいわゆる原則検送対象事件は、合計で三十七件ございました。内訳といたしましては、殺人事件が四件、傷害致死事件が二十九件、強盗致死事件が四件でございます。

 この処分の内訳でございますけれども、検察官送致になった事件は二十七件でございまして、逆に、ただし書きを適用して保護処分、これはいずれも少年院送致でございますけれども、保護処分になった事件は十件でございまして、そのいずれもが傷害致死事件であったという状況でございます。

 以上でございます。

山内(功)委員 政府委員の方、申しわけないですけれども、逆送と言いますので、答弁で検送と言われると、議事録を見た方がちぐはぐになると思いますので、逆送と言っていただけますか。

 一応原則逆送に該当するけれども実際には逆送せずに家裁で保護処分にした今言われた十件については、大体共通に見てとれるのにはどういう特徴があるんでしょうか。

安倍最高裁判所長官代理者 具体的な事例におきまして、保護処分を採用したその理由の詳細については明らかでない部分がございますけれども、いずれも共犯事件のようでございます。傷害致死事件は共犯事件が多いわけでございますけれども、いずれも共犯事件のようでございます。

 そして、一般的に申し上げますと、こういった共犯事件の中にありましても、付和雷同的な形で加わったという形で、いわば従的な関与にとどまる者もあるわけでございまして、具体的な場合におきましては、このような少年の立場でございますとか、非行に至った経緯その他、少年の性格面、環境面、資質面等を総合考慮して、刑事処分以外の措置が相当と判断されたものと考えているところでございます。

山内(功)委員 それでは、十六歳未満で逆送されたケースはあったのでしょうか。

安倍最高裁判所長官代理者 私ども調査した範囲におきましては、ないようでございます。

山内(功)委員 これは注目すべき事実だと思います。非行の低年齢化が叫ばれて、十四歳、十五歳についても刑事罰の道を認めたわけですけれども、半年間ゼロ件であったという事実は、四年半後の見直しの際に再検討すべき事項の一つであろうと考えます。

 次に、検察官関与の件数はどうでしょうか。

安倍最高裁判所長官代理者 同様の期間の調査の結果でございますが、検察官関与決定がされた事例は合計十七件でございまして、内訳を申し上げますと、殺人事件、傷害致死事件、強姦事件、強盗殺人事件等という状況でございます。

山内(功)委員 検察官が関与した事件のうち、逆送されたり、既に判決が出たりしたものについては、判決内容も含めて、できる範囲で教えてもらえますか。

安倍最高裁判所長官代理者 検察官の関与は、いわば事実認定の適正を担保するということからなされるものでございまして、その処分の選択とは直結しない部分がございますけれども、今申し上げました検察官関与事件十七件のうち、七件について最終的に逆送されているところでございます。

 これについての刑事の判決の状況でございますけれども、取り急ぎ調査した結果では、まだないようでございます。

 以上でございます。

山内(功)委員 それでは、裁定合議制を採用した件数はわかりますか。

安倍最高裁判所長官代理者 合計十一件でございまして、内訳を若干御紹介いたしますと、傷害致死が三件、殺人二件、強盗殺人二件、業過致死事件一件などの状況でございます。

山内(功)委員 裁定合議事件にしたケースが十一件、検察官関与のケースが十七件ということですが、これは、数が一致しない理由は何かあるのでしょうか。

安倍最高裁判所長官代理者 ただいまの関係につきまして、事実認定の確実な確定といった観点から申し上げますと、それぞれの目的がいささか違う部分があるということに由来するものと理解しているところでございます。

 言葉を足して申し上げますと、裁定合議事件につきましては、収集された資料の評価につきまして、いわば多角的な視点から判断の客観性を高める、さらに、各裁判官の知識経験を活用するということによって、いわば合議体内部においてよくもんだ上で判断を形成しよう、こういう仕組みを意図したものでございます。

 他方で、検察官関与につきましては、従来、裁判官がいわば判断者でありながら少年の弁明等についての吟味を行うという立場をとっていた関係から、ややもすると対峙状況に至っていたということがあるわけでございまして、裁判官が判断者に徹することができるように対峙状況を回避するといったことがありますし、そしてその上で、証拠の収集、吟味において、多角的な観点からの証拠の収集、吟味を行おう、こういったところにねらいがあるわけでございます。

 こういった意図する目的が、裁定合議はいわば判断する者の多角性を担保しようとする点にありますが、検察官関与は裁判体とは違う角度から証拠収集を行おう、こういった点に違いがあるところからくるものだろうと理解しているところでございます。

山内(功)委員 改正少年法では、被害者への配慮がきちんと位置づけられたということで、これについては意義のあることだとも考えております。

 閲覧、謄写、意見聴取、結果等通知という三つの対応について、被害者の関与の件数と拒否した件数について教えてください。

安倍最高裁判所長官代理者 三類型の実情でございますが、まず、閲覧、謄写の関係につきましては、認められた人員は二百五十三名でございまして、認められなかった人員は六名でございます。次に、意見陳述の関係では、実施された人員は六十七名でございまして、認められなかった人員は三名でございます。そして、結果通知、審判等の結果通知でございますが、これについては、通知された人員は二百三十六名でございますが、通知されなかった人員は七名でございます。

山内(功)委員 このうち、意見聴取の点について、被害者側から意見聴取の申し出があったときに、運用上は、調査官が被害者から実情を聞いているのでしょうか、担当裁判官が実情を聞いているのでしょうか。そして、今、意見聴取で三名の方についていわば拒否をしたということをおっしゃったんですけれども、それはどのような理由からなんでしょうか。

安倍最高裁判所長官代理者 意見聴取の方法は大きく分けて三つあると考えているわけでございますが、その一つは、審判期日におきまして裁判官が聴取する。すなわち、その場合には少年がいる面前での聴取になるわけでございます。これが六十七名中二名ございました。

 次の方法としては、審判期日外におきまして裁判官が被害者から直接聴取する方法があるわけでございますが、これを実施された件数が三十三名でございまして、残りの三十二名につきましては家裁調査官が面接の形で意見を伺ったというケースでございます。

 それから、お尋ねのございました意見聴取を受けなかった件でございますが、三件でございますけれども、一件は事件の終局後に申し出があった事案でございますし、二件目は申し出資格がない方からの申し出であったということであります。さらにもう一件は、審判開始決定をせずに検察官送致をされた事件と承知しているところでございます。

山内(功)委員 それでは、この六カ月間に、少年側が家裁の一審の処分を不満だとして抗告した件数は何件あるのでしょうか。

安倍最高裁判所長官代理者 今お尋ねの件については、統計上、まだ手元に承知している数字は持っておりませんので、申しわけございませんが御説明できません。改めて、また資料を取り整えまして御説明に上がりたいと思っております。

山内(功)委員 それでは、後日お願いします。

 次に、検察官が抗告受理申し立てしたケースはあったのでしょうか。

安倍最高裁判所長官代理者 まだ現在のところ該当事例はないようでございます。

山内(功)委員 これはどういうことでしょうか。ないということは、一審の量刑が、量刑と言うのですかね、検察官が望むような重い処分が下っている、だから検事は一審の内容を十分納得できるものだった、だから抗告を申し立てなかったんだと。

 だとすれば、四年半後の見直しの際には、検察官の意見あるいは被害者の意見は十分に組み込まれて運用されているので検察官抗告の制度というのは必要ないんじゃないかということで、削除について検討する考えはないですか。

安倍最高裁判所長官代理者 法案をどう修正するか、私たちの所管ではございませんので、それについては控えさせていただきたいと思いますけれども、実情といたしましては、検察官の抗告受理というものは検察官の関与に連動しております。

 この検察官の関与は、事実認定の適正を担保するための制度でございますので、事実認定に問題がある場合には検察官が関与する、そしてその検察官が関与した事案におきまして、事実認定にさらに抗告審で争うべきような重大な事実誤認あるいは法令違反がある場合に限って受理の申し立てができる、こういう仕組みになっているところでございますので、その事実認定の点についての検察官側からの抗告を受理申し立てするような事案がなかった、こういう状況だろうと思います。

 その意味におきましては、処分の問題とは切り離して御理解いただきたいと考えているところでございます。

山内(功)委員 そうすると、その処分の内容というか量刑については、今後心配することはないと、そういう事例はまずないと伺っていいわけですね。

安倍最高裁判所長官代理者 検察官の抗告受理は、今申し上げましたように、事実認定の点についての問題があれば、当然それは受理の申し立てをされるケースはあり得るだろうと思いますが、ただ、処分につきまして、その処分が軽過ぎるといったことによる抗告は、従来もありませんでしたし、今回の法改正でも認められておりませんので、処分についての議論は、検察官からの抗告はないものというふうに理解しているところでございます。

山内(功)委員 それでは次に、観護措置期間が八週間に延長されましたけれども、改正法の審議の際に最高裁は、安易に延長するような運用はしないと答弁しておりましたが、四週間を超えたケースは何件あるのでしょうか。四週間を超えるもののうち、最短と最長の日数、そして平均の日数を教えてください。

安倍最高裁判所長官代理者 同様の調査期間の数字で見ますと、今お尋ねの特別更新がされた事例は合計十八件あったようでございます。内訳といたしましては、強姦事件が三件、窃盗事件が二件、業過致死事件が二件などの状況でございます。

 そして、具体的な期間の関係でございますけれども、最短のケースは四週間と二日と、二日だけ出たということのようでございますし、最長は八週間いっぱいだったということでございます。平均的な数字は約四十三日という状況でございます。

山内(功)委員 それでは、少し視点を変えまして、裁定合議制あるいは検察官が関与することになった、国選付添人の制度ができたなど、少年審判の形態が変更したことに伴って、審判廷の物理的な整備についてどのような措置を講じておられるのか、教えてください。

安倍最高裁判所長官代理者 裁定合議制の導入と検察官関与の導入に伴いまして、最小限、合議用の机、いす、検察官の机、いす、これをすべて整備いたしました。

 特に合議用の審判廷につきましては、現在の少年審判廷で十分な体制がとれるかどうかを全庁について調査いたしまして、その結果、現在の審判廷では合議審判廷を行うのは難しい、こういった庁におきましては改修を行ったわけでございますが、方法といたしましては、一つは、現在ある審判廷の部屋の間仕切りの壁を取り除きまして、それを拡張するという方式をとった庁、これは千葉家裁、津家裁、山形家裁などでございます。それが一つの類型でございますし、もう一方の類型は、現在の少年審判廷の間仕切り等の改修ではなくして、全く部屋を取りかえるということによって広い部屋を確保いたしまして、そこに合議用の審判廷を設けるといった改修を行った庁もあります。これは福島家裁などでございます。

 以上でございます。

山内(功)委員 裁定合議とか検察官関与の件数については、比率としては多分少ないと思うのですね。ですから、そういう比率の少ない審判に対応するために、三人用の大きな机を入れたり、あるいは大きな部屋に間仕切りを取って内装工事をするということになると、一般の在宅事件あるいは軽微な事件など、本当に少年と向き合って裁判官が身近にかつ間近に少年の内省を迫っていく、そういう少年審判の本来のあり方が失われていくのではないかという危惧も感じます。

 今おっしゃいました、ケースによって、つまり、裁定合議の場合には部屋を別な場所の大きな部屋を用意して引っ越しをするという取り扱いをされている庁もあるようですけれども、例えば机の出し入れをするとか、そういう細かい配慮を少年にしてやる必要があるのではないかと思うのですが、全国的な取り組みとしてはどうなのでしょうか。

安倍最高裁判所長官代理者 少年審判におきましては、少年に対する教育的な働きかけが重要な要素であることについては、委員御指摘のとおりだと考えております。

 そして、合議審判廷のあり方は、今委員から御紹介があったとおり、一つは、合議専用の審判廷をつくるというスタイルと、いま一つは、合議と単独とを共用するスタイルがあるわけでございます。

 問題は、御指摘の共用しているタイプの問題かと思いますけれども、個々の審判廷の広さでありますとか形状等を勘案して机を配置しているわけでございますけれども、事案によりまして、合議用の机等を置いておくと圧迫感が強い、適当ではないと思われる場合には、その合議用の机、いす等を別室に保管するなどいたしまして、その審判廷を単独専用の形に模様がえをする、こういった形をとって、審判の教育的雰囲気を損ねないように配慮しているところもあるようでございます。

 現に私が、施行後、札幌家裁、釧路家裁に参ったわけでございますけれども、いずれの庁におきましても、共用の審判廷におきまして単独で行う場合には、合議用の机、いすを取りのける、こういった工夫をされているという状況であったように理解したところでございます。

 なお、最終的には、審判の運営をどうするかということに係るわけでございまして、個々の裁判官の判断に係るわけでございますけれども、今後とも、合議体による審理や検察官関与の審理のあり方については、協議、検討を進めてまいりたいと考えている次第でございます。

    〔委員長退席、奥谷委員長代理着席〕

山内(功)委員 改正によって、家庭裁判所あるいは調査官が訓戒、指導その他適切な措置を親や保護者にとることができるという条文が追加されております。法律改正後の指導、訓戒などの実態について、もしわかれば教えてください。

安倍最高裁判所長官代理者 今御指摘の措置は、従来行っていた面がありますけれども、それを明文で明らかにしたものでございますけれども、少年非行の原因あるいは背景には、親の養育態度でありますとか、親子関係の葛藤が問題であることが少なくないわけでございます。

 こういったところから、家裁におきましては、従来から、その審判を行うに当たりましては、少年の問題性をきわめるということはもちろんでございますけれども、保護者である親に対しまして問題状況を的確に認識させる、そして、改善のための動機づけを与えて具体的方策を考えさせる、こういったところに意を用いて工夫を行ってきたところでございます。今回の改正を機に、さらにこの面についての積極的な働きかけに努めているところでございます。

 さらに、今回の改正を機にいたしまして、従来のようなこういった形での指導、訓戒というものに加えまして、さらに、調査面接の際に、保護者に対しまして被害者に対する謝罪や弁償を指導しているケースでありますとか、あるいは、被害者を考える教室というようなものを催しまして、保護者を対象にしたグループワークを行いまして、被害者の痛み等についての理解を親自身が共通に感じる、理解を深める、こういった場を設けている例でございますとか、さらに、家裁調査官に試験観察中の少年あるいは観護措置中の少年の保護者などを集めさせまして保護者会のようなものを設けまして、保護者が悩みを語り合うことによってお互いの問題意識が深まってくる、こういった場づくりも考えられているようでございます。

 今後とも、保護者に対する指導の充実を図ってまいりたいと考えている次第でございます。

山内(功)委員 これも改正案の審議の際によく私たちの方で懸念を表明していたことなんですけれども、原則逆送になると、家庭裁判所の調査官がその調査に十分に熱が入らないのではないか、そういうことも指摘をさせていただきました。もし本当だとしたら、これはやはりおかしな話で、随分議論になったのですけれども、当時、最高裁判所長官代理者が答弁に立たれまして、要保護性を判断する必要がある事案については調査命令を行うのが通常だろうと答弁をしておられます。

 逆送するかどうかにかかわらず、必要な調査を十分に行わなければならないと思うのですが、どうでしょうか。

安倍最高裁判所長官代理者 この議論につきましては、少年法二十条二項の規定の内容でありますとか、あるいはさきの国会における法案審議の際における提案者からの御説明でありますとか、そして御審議そのものの内容につきまして、私どもとしては、全国の家庭裁判所の裁判官等に周知を図ってまいりました。

 その趣旨は、今委員から御指摘のとおり、基本的には、こういった原則逆送対象事件につきましても一般の事件と同様に家裁調査官に対して調査命令を発して、その調査の結果を踏まえた上で最終的な処分を決定することが予定されているもの、こういう理解に立ったものでございまして、その趣旨を現場の裁判官等に周知徹底を図っているところでございます。

 そういった意味において、各庁においては、この立法趣旨等を十分踏まえた運用がされているものと理解しているところでございます。

山内(功)委員 裁判官から当局に不平不満を言うようなシステムがあるのかどうかわからないんですが、調査官や書記官から、例えば仕事がふえたという苦情とか、あるいは、閲覧、謄写が二百五十、意見聴取が六十七、結果通知が二百三十六でしょう、増員を願いたいとか、そういうような要望というのは当局に来ていますか。

安倍最高裁判所長官代理者 私どもとしては、一般的な実務の運用の状況については、いろいろな機会あるごとに状況を十分把握するように努めてまいっているところでございまして、今回の法改正を受けて、まだ半年でございますが、今後どういうふうに運用されていくのか見きわめてまいりたいと考えているところでございます。

山内(功)委員 当局が見きわめられるのはいいんですけれども、そういう生の声が先端の実務をつかさどっている調査官や書記官から来ているのかどうかを聞いたんですけれども、別な機会にまたお聞きします。

 それでは法務省の方にお伺いしますが、少年法改正によりまして、十四歳、十五歳で懲役刑、禁錮刑を受ける少年が出てくることになります。改正案の審議の中で、少年院で義務教育を受けさせるということだったのですが、そのための体制は整備できているのでしょうか。また、法改正を受けて、少年院や少年刑務所ではどのような対応をとったのでしょうか。

鶴田政府参考人 お答えいたします。

 昨年少年法が改正されて以来、本年四月一日の施行までの間に、改正法の趣旨に沿った体制をつくるために、現場の意見も聞きながらいろいろと検討しまして、必要な通達等を発出してきたところであります。

 少年院の関係ですと、この改正法では十四歳、十五歳、今御指摘もありましたとおり、その者に対しても懲役または禁錮に処せられることになりまして、その場合、義務教育の必要があるという者については、少年院で矯正教育を行うということができるというふうになったわけでありますので、この改正を踏まえまして、義務教育未終了者は原則として少年院で収容することにいたしまして、そこでの処遇も、義務教育を優先して行う。その他、その年齢、精神の発達状態等も考慮しまして、中での処遇につきましては、原則として保護処分により送致される少年に準じた処遇を行うこととしております。

 少年院での義務教育の実施ということに関しまして申し上げますと、従来から、少年院におきましては、義務教育年齢にある者の処遇を、教科教育を初めとする処遇を行ってきまして、その関係の実績もノウハウもありますし、また、少年院にいる法務教官の四割ぐらいは皆、教員免許も持っております。それから、教科書とか参考書といった教材も整備されておりますし、最近ではパソコンを利用した、自習できるような指導体制も準備しておりますので、十分、改正の趣旨に沿った適正な処遇ができるというふうに考えております。

 今度は少年刑務所の方について申し上げますと、少年刑務所の関係では、先ほど御指摘がありました原則逆送制度によりまして少年受刑者が増加するのではないかといった予測が立ちますので、これまで以上に中での処遇を充実していかなければならない。

 そういう観点から、一つには、個々の受刑者の特性に応じた個別的な処遇計画を作成する、個別担任制を導入する、そういったことで処遇の個別化を推進すること、二つ目には、個別面接とか各種の処遇技法を用いた指導を実施する、あるいは職業訓練を受講する期間を多く与えるというようなことで、処遇内容、方法につきまして多様化を図る、そういう体制を整えているところでございます。

山内(功)委員 少年刑務所では、定員を下回っていますか、それともオーバーをしていますか。もしオーバーをしていれば、その比率を教えてください。

鶴田政府参考人 現在、刑務所は非常に過剰収容になっておりまして、全国に八つあります少年刑務所も大体同様でありまして、平均して一〇八%というのが収容率です。

山内(功)委員 大臣、最後にお聞きしたいんですけれども、少年は、たとえ問題行動を起こしたとしても、そういう少年院、少年刑務所に入って、今までの生活態度とかあるいは被害者への謝罪、そしてこれからどう自分は人生を歩んでいくんだろうか、そういうようなことを、静かな環境で内省を促していくというのが少年法の建前だと思うんですけれども、私が教えていただいた数字は一〇八・八%ということで、一〇九%ですよね。そうすると、多分集会所なんかもつぶして、舎房と言うのかわからないんですけれども、舎房にしたり、何かいろいろな施設をいじくったり、あるいは部屋の定員を多くしたり、入所者を多くしたりしないと賄っていけないわけです。

 そうすると、なかなか少年法が期待するような矯正環境にはないと思うんですけれども、大臣、別の件で刑務所のことをお聞きしたんですけれども、少年法の今の運用、あるいは少年刑務所の実態などを踏まえて、大臣としての今後の方針とかの所見をお伺いしたいと思います。

森山国務大臣 大変残念ながら、行刑施設におきましては、少年刑務所も含めて過剰収容になっておりまして、もう事あるごとに私は財政当局にも御理解を得るべくいろいろと努力をいたしておりますが、このたび提案される予定になっております補正予算なんかでも格別心を用いていただいて、何とか少しでも改善の方に向かっていきたいというふうに努力しているわけでございます。

 おっしゃいますように、心身発達段階にあって、まだ成人に達していない少年たちにとっては特に、おっしゃるような問題がございまして、少年受刑者の改善更生を図るためにはそれなりの配慮が必要であり、特に、静かな環境でゆとりを持った指導ということが必要ではなかろうか。私も全く先生の御指摘に同感でございます。成人とは区別して、少年受刑者のみでそれにふさわしい指導をするということができますように、処遇の個別化、多様化ということを先ほど局長も御説明申し上げましたが、そのようなことに努力をして、今後とも各種の教育活動を実施していきたいというふうに考えております。

    〔奥谷委員長代理退席、委員長着席〕

山内(功)委員 きょうは、最高裁の方から、家裁の処分を不満だとする少年の抗告の件数等についてはまだ数字が出ないということで教えていただけなかったのですけれども、例えば、去年、おととし、さきおととし、ずっと過去からの抗告の件数の割合よりもこの改正案施行後の抗告件数の割合が多ければ、やはりそれだけ少年にとっては不満な処分の内容、つまりは重いということを少年たちが訴えているんだろうと思います。

 その数値もぜひ、六カ月とか一年とか、時期時期に教えていただきたいと思っていますけれども、検察官関与あるいは十六歳以上の原則逆送などについて、教育的措置による矯正というこれまでの少年法の精神に抵触するおそれがあることなど問題点を、審議の過程、そしてきょうも多少指摘をさせていただきました。

 したがって、運用に当たっては、少年の健全育成という少年法の根本理念を十分に踏まえることが非常に重要になってくると思っております。ぜひ注意深く、適切に今後も運用していただくことをお願いして、質問を終わりたいと思います。ありがとうございました。

保利委員長 次回は、来る九日金曜日午前九時二十分理事会、午前九時三十分委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後二時三十二分散会




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