衆議院

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第26号 平成14年4月25日(木曜日)

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平成十四年四月二十五日(木曜日)
    午前十時開議
 出席委員
   委員長 津島 雄二君
   理事 伊藤 公介君 理事 木村 義雄君
   理事 北村 直人君 理事 小林 興起君
   理事 藤井 孝男君 理事 枝野 幸男君
   理事 城島 正光君 理事 原口 一博君
   理事 井上 義久君
      伊藤信太郎君    伊吹 文明君
      石川 要三君    衛藤征士郎君
      大原 一三君    岡下 信子君
      奥野 誠亮君    亀井 善之君
      小坂 憲次君    小島 敏男君
      佐藤 剛男君    中山 正暉君
      丹羽 雄哉君    萩野 浩基君
      林 省之介君    細田 博之君
      松宮  勲君    三塚  博君
      宮本 一三君    持永 和見君
      八代 英太君    山口 泰明君
      赤松 広隆君    荒井  聰君
      五十嵐文彦君    池田 元久君
      岩國 哲人君    河村たかし君
      中沢 健次君    永田 寿康君
      野田 佳彦君    松野 頼久君
      松本 剛明君    青山 二三君
      赤松 正雄君    東  順治君
      都築  譲君    中井  洽君
      中塚 一宏君    児玉 健次君
      佐々木憲昭君    中西 績介君
      横光 克彦君    井上 喜一君
      西川太一郎君
    …………………………………
   参考人          辻元 清美君
   予算委員会専門員     大西  勉君
    ―――――――――――――
委員の異動
四月二十五日
 辞任         補欠選任
  亀井 善之君     佐藤 剛男君
  栗原 博久君     松宮  勲君
  高鳥  修君     岡下 信子君
  野田 聖子君     伊藤信太郎君
  山口 泰明君     小坂 憲次君
  筒井 信隆君     永田 寿康君
  松野 頼久君     荒井  聰君
  青山 二三君     東  順治君
  達増 拓也君     都築  譲君
  山口 富男君     児玉 健次君
  井上 喜一君     西川太一郎君
同日
 辞任         補欠選任
  伊藤信太郎君     野田 聖子君
  岡下 信子君     高鳥  修君
  小坂 憲次君     山口 泰明君
  佐藤 剛男君     亀井 善之君
  松宮  勲君     林 省之介君
  荒井  聰君     松野 頼久君
  永田 寿康君     筒井 信隆君
  東  順治君     青山 二三君
  都築  譲君     達増 拓也君
  児玉 健次君     山口 富男君
  西川太一郎君     井上 喜一君
同日
 辞任         補欠選任
  林 省之介君     栗原 博久君
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 予算の実施状況に関する件(公設秘書問題等)


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     ――――◇―――――
津島委員長 これより会議を開きます。
 予算の実施状況に関する件について調査を進めます。
 本日は、参考人として、辻元清美君に御出席をいただいております。
 辻元参考人におかれては、体調を崩しておられたそうですが、委員会の要望にこたえて御出席、まことにありがとうございました。
 これより、公設秘書問題等について、参考人辻元清美君に対して質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小坂憲次君。
小坂委員 自由民主党の小坂憲次でございます。
 辻元参考人には、体調不調の中、本当にお越しいただきましてありがとうございます。私も、議会制度を担当する議院運営委員会の理事の立場も踏まえまして、若干の質問をさせていただきたいと思います。率直にお答えをいただきたいと思っております。
 本日、辻元参考人においでをいただきましたのは、去る三月二十日発売の週刊新潮で、国民の税金がもとであるこの公費から支払われている政策秘書の給与を、千五百万円以上、詐取といいますか搾取といいますか、吸い上げて、いわゆる名義貸しによる詐欺罪に当たるんではないか、こういった疑惑が指摘をされました。
 あなたは、同じ日の記者会見で、事実ではありません、全額辺見秘書本人が受け取っていましたと疑惑を全面的に否定をされました。しかし、二十五日になって、全額ではなく五万円です、間違っていました、訂正しますと、こう発表されました。しかし、これは訂正というような事実誤認ではなくて、むしろ、知っていてそのような答弁をされたということで、いわゆるうそを言ったということになってしまうわけであります。
 今、あなたに期待していた国民の皆さんあるいは支持者の皆さんは、期待を裏切られた、もっと頑張ってくれると思ったのに、こんなことをやっていたのか、こういうような思いでおると思いますし、また、そのことが、いわゆる政治不信から政党不信、また、秘書制度、秘書給与制度そのものに対する不信にまでつながってきている、こう思うんですね。
 ですので、きょうは、どうぞ、あなたがこちらの方にいらっしゃったときのように、ひとつきっぱりと、社会党の、社会民主党の制度的なもし問題があるのであれば、それをしっかり指摘して改めるような、そういう力になっていただいて、簡潔に、正直にお答えをいただきたい、このように思うわけでございます。
 四月十日に当初予定しておりましたけれども、松戸の医院からの、お医者さんの診断書がございまして、三週間の入院加療が必要である、こういうことでございました。いろいろな御事情はあったと思うんですが、この松戸の病院に御入院されていたんでしょうか。まず、それを教えていただけますか。
辻元参考人 まず、答弁に入ります前に、国民の皆様に、この場をおかりいたしまして、一言おわびを申し上げさせていただきたいと思います。
 私の政策秘書問題に関しまして、国民の皆様には本当に御迷惑をおかけしました。本当に申しわけありませんでした。
 そして、さらに、本委員会、私の体調不良ということに対しまして、御理解、御協力をいただきまして、日程延期の申し出をお受けいただきましたことにも感謝を申し上げて、答弁に移らせていただきます。
 私は、辞職後、体調を壊しまして、複数の病院に入院をいたしました。そして、お世話になりました。しかし、いろいろな報道関係の取材などもございまして、その名前はちょっと差し控えさせていただきたいと思います。
 ですから、先ほど申し上げましたことに対しましても、相手方に迷惑がかかっても困りますので、どういう関係かという御指摘ですけれども、体を診ていただいておりましたが、それもちょっとプライバシーのことですので、その程度にとどめさせていただきたいというように思います。
小坂委員 わかりました。マスコミの取材が大変なので医院をかえざるを得なかったということもあったということは、理解できるところでございます。
 辻元さんの秘書になられた方は、なぜかその多くが月末に就任をされ、三十日とか三十一日とかですね、中には一日にやめられるという方もいらっしゃるわけですが、あなたが初当選して間もなく、最初の政策秘書になられた佐々木美枝さんは平成八年十月の三十一日、次の辺見真佐子さんはやめましたのが平成十年の十二月一日、そして、現在の秘書であります、政策秘書である森正幸さんが就任されたのは平成十一年四月三十日でありまして、佐々木さんも森さんも、十月と四月のたった一日勤めたことによりまして一カ月分の給料を丸々受け取っている、こういうことになるわけですね。
 これは、秘書給与制度が一日でも働けばその月の全額が支給されるという制度の仕組みを非常によく知っている方が、そのようなことを意図的にやっているのではないか、こう考えざるを得ないわけであります。
 幾ら、当選直後で資金的に大変であったという御説明はありましたけれども、これが、もしあなたの指示によってこのようなことがなされたとすれば、これは非常に悪質な公費の詐取に当たってしまう、こう思うわけですが、この点を明確に説明していただけますか。
辻元参考人 御指摘の点は、二週間ぐらい前か何かに新聞でも報道された点だと思います。
 その後、秘書の者が衆議院の院の方に手続のあり方を問い合わせをしました。その結果、これは総選挙が終わったりした後や秘書がかわったときの衆議院の手続上、そのような日付になっているというように私は思います。
 具体的に申し上げますと、私は九六年の、お一人目の政策秘書の方の件ですが、十月二十日に当選しました。その後、調べましたら、九六年の十一月十八日に採用届を出しております。ところが、この九六年十月当時の御担当の方は既にかわっておられまして、直接どなたが御担当したかは今のところ院ではわからないということでした。しかし、二〇〇〇年の、一番直近の選挙の折の例と多分同じだろうということでした。
 それは、二〇〇〇年の六月の総選挙の例ですと、三回、手続を院でまとめてするということなんです。二〇〇〇年のときは、採用日を、事務処理上の関係から六月二十五日、六月三十日、七月十一日の三段階に設定して、それぞれの日から二十日以内に登録のあった者については該当日の採用としたというように、それと同じようなやり方で九六年も処理されているはずであると。
 そして、九六年、私の別の秘書の件も調べてみましたが、十一月六日に採用届を出した別の秘書は採用日が十月二十日となっており、十一月十八日に登録したこの人の場合は十月三十一日となっていますので、同様に、衆議院の手続上、二十日以内の登録者については設定日をさかのぼって採用日を処理するという処置がとられたのではないかというのが院からの答えでしたので、何かそういうシステムを知っていて故意に行ったというわけではありません。当選したばかりのことです。
 そして、もう一人御指摘の秘書につきましては、それも秘書の者が調べましたけれども、四月三十日に、九九年の、届け出をしているんですが、これはゴールデンウイーク前に届け出をするということでその日になったというのが、院にも問い合わせてわかったことです。
小坂委員 ゴールデンウイーク前からずっと勤めていたけれども、ゴールデンウイーク寸前に届け出を出した、こういう御説明なんでしょうか。余りこのことを深く追及するのが本来の趣旨ではありませんが、しかし、ほかの方は必ずしもそういう同じような日にちに届け出られているわけではなくて、それぞれ就任された日に届け出を出している方が多いわけでございますので、その辺若干の疑問は残りますが、もうこの問題は結構でございます。
 マスコミは、九六年十月の選挙で多数の社会党の議員の方が落選をされまして、落選議員の秘書救済のために、土井党首の五島昌子秘書を初め党の内部で、これらの秘書を他の新人議員などに紹介、あっせんすることが半ば制度化されていたというふうに報じられております。事実あなたも、また後輩の原陽子議員も、ホームページ等でおっしゃっているように、紹介されたりあっせんされたと述べておられるわけであります。土井党首は、紹介はしてもそれを一々管理しているわけではない、このようにおっしゃっておられます。しかし、佐々木美枝秘書のように、あなたの政策秘書になる前月までは旧社会党の大畠議員の公設秘書でありましたし、また、あなたの政策秘書を退任した翌日には村山元党首の秘書になっておられます。
 このように、次から次へと社会党あるいは社会民主党の秘書から秘書へと移っているわけでございまして、社民党の中でだれかが管理していると考えるのが当然ではないかと思うわけであります。あなたの場合、土井党首の秘書の五島さんが紹介されたと発表されておりますが、これは事実ですか。
辻元参考人 五島昌子秘書に紹介を受けたのは事実です。
 それで、今御指摘の点なんですけれども、私は九六年の十月二十日に当選をいたしました。旧社会党、そのときは社民党になっておりましたが、がどういう状況であったかは、私は存じ上げません。
 そして、お一人目の秘書の方を御紹介を受けたときに、今、大畠議員の秘書をされていたとおっしゃいましたが、そのときの事情は、旧社会党、社民党が分裂したときだったんです。それで、民主党に行かれる議員と社民党に行かれる議員、そして、秘書の方も社民党、民主党、職員の方も分かれた混乱時だというふうに聞いております。大畠議員は民主党の方に移られた。このお一人目の秘書の方は昔からの社会党の方で、社会党、社民党を非常に愛していらっしゃるという話を聞きました。それで、社民党に自分は残るということで、当時当選した三十代、三十六歳でしたが、私は、三十代は私一人で、新人の力になれればということと、それから、もう一つは社民党を再生したいというお気持ちで、物心ともに私をサポートしてくださるという話で、私もお願いしましたので、何か党が決めたとか、そういうふうではありません。
小坂委員 五島さんから紹介されたのは事実だと。こうした議員に秘書をあっせんする方は五島さんだけなんでしょうか。ほかにもいらっしゃるのかよくわかりませんが、もしほかにもそういう担当の方がいらっしゃるんであれば教えていただきたいと思っております。
 あなたがテレビ朝日の番組に出られたときに、まずはこれは記者会見のときですね、記者会見のとき、からくりを言わなきゃ辻元さんらしくないですよと言われたときに、名前はやはり差し控えさせていただきたいんですよ、ここでは、差し控えたいんですと答えておられますが、もし、先輩議員、紹介された方が土井党首あるいは五島秘書であるとしてですよ、そのこと自体が、言っても別にだれにはばかることもないと思うんですね。
 ですが、申し上げられないんです、今はというようなことをおっしゃったというのは、それはすなわち、名義貸しだ、これは悪いことをしているんで、このことに、言ってはならないんだ、これは土井党首あるいは社会民主党を守るためには言えないんだ、こういう気持ちが働いたんでしょうか。
辻元参考人 むしろ反対で、紹介を受けただけでしたので、言う必要はないというように私は思いました。
小坂委員 社民党が発表した内容について若干の確認をさせていただきたいと思います。
 政策秘書の給与を辻元さんの事務所にあります辺見秘書の銀行口座に振り込んだ、すなわち、辺見秘書の銀行口座の通帳を事務所で管理していた、こういうことでございますが、これはどなたが事務所で管理をされ、また、五万円を引き出すときにはキャッシュカードあるいは通帳と判こ、このようなものをお使いになったと思うんですが、これはどのようにして行っていたんでしょうか。
辻元参考人 事務所の会計担当の者が保管しておりました。私の事務所の運営は、私の自身の通帳も事務所に保管がされておりました。ですから、会計担当の者が扱っておりました。
小坂委員 それはどのような形で引き出すようにしていたんでしょうか。それからまた、辺見秘書は毎月それを受け取りにおたくの事務所にいらっしゃっていた、あるいはその辺見秘書の方に振り込みをなさっていた、その辺のところを教えていただけますか。
辻元参考人 振り込みを行っていたというように思います。
小坂委員 その辺見さんの口座に振り込まれた総額から五万円を引いた残りの部分は、辺見さんの口座に残したまま事務所でこれを経費として使用されていたのか、あるいは残った額を辻元さんの口座に振りかえ、あるいは事務所が別の口座を持ってそこに振りかえてお使いになったんでしょうか。そこを教えていただけますか。
辻元参考人 残りの給与は他の政策担当スタッフの人件費に直接充てておりました。
 先ほどからこのシステムの話が出ておりますが、私は当選したときに三つ公約を主な柱に挙げました。一つはNPO法をつくる、それから情報公開法をつくる、地球温暖化防止京都議定書をきちっとやり遂げる。
 その際に、政策担当のスタッフをチームで働くというシステムを自分なりに考えました。それは、能力としてNPO法や情報公開法などの基本的な知識も要りますので、その現場のスタッフに入ってもらいたい。それから、もう一つは、地球温暖化の問題などですと、英語もできて海外の資料もインターネットなどで取り寄せることができる。そして、さらにもう一つ、国会運営もきちっと、法案を成立させるための、何というんでしょうか、経験がある。要するに、そういう、当初のその給与はチームで、この三人が一人分の給与で三人分の給与を賄っていたというのが現実なんです。
 それを自分の事務所では政策チームと呼んでおりましたが、その政策チームのための給与に直接辺見、その政策秘書の給与を充当しておりました。
小坂委員 質問にできるだけ端的にお答えいただきたいと思います。
 要するに、その辺見さんの口座に振り込まれたお金を、今のお答えですと、それを直接秘書の方に支給をしていた、こういうことになります。
 そうすると、秘書の方は、本来自分が受け取っているほかの給料と、それから、それに加えてその辺見さんの口座からもらった給料という形で、収入が二カ所から出てくることになるわけですが、いずれにしても、その辺見さんの口座から秘書の方に支給されたものについては、税金の申告等の処理をどうなさっていたのかもあわせて教えていただきたいと思いますし、また、そのほかに、事務所口座に振りかえをされたかどうか、この点だけ端的にお答えいただけますか。
辻元参考人 他の公設秘書の者にその政策秘書の者の給与を補てんしたとかではありません。政策をつくるということで三人でグループを組んでいましたので、その公設秘書以外の者ですね、政策担当スタッフの給与に充てていました。
 税金については、個人が申告するというふうにしていたかと思います。
 そして、お金の振り込みですが、その政策チームのキャップというかスタッフの口座から支給されていたと思います。
小坂委員 あなたがおっしゃった、私なりに考えてとおっしゃったそのプール制というのは、実は日本共産党さんも、政策秘書などの給与をどこかにプールして、そして、どこかというか、実際には松本議員が代表となって口座に振り込んで、それをそれぞれに活動に充てていた、こういうふうに言っておるわけですから、ほかにもそういうことをやっているところはあるようでございます。
 しかし、私は、これは公費でありますからね、政策秘書あるいは公設秘書が、その仕事の重さに匹敵するものとして、制度として決めて支給されているものですから、これはそのとおりに使わないと、税金を詐取したといいますか、そういうことになってしまうわけでして、もし、余って使えない、もうそんなに要らないというんであれば、これは国に返すべきものでありまして、それを勝手にあちこち流用するということは絶対に許されないことであります。
 この点につきまして、あなたは、三月二十四日の日曜日のテレビ朝日の番組に出演されたときに、コメンテーターから、秘書からの政治献金だとしても、政治資金規正法の限度額を超えていると指摘されました。かなり大きな問題ですよと指摘されたことに対して、あなた御自身、それは本当にすごく、深く認識しているところなんですと言って、規正法違反を認められました。また、同番組の中で、ほかの秘書も同じように事務所にお金を入れていましたと、今もおっしゃいましたが、発言されております。この分も寄附の届け出ということが問題になりますが、この点はいかがでしょうか。また、総額がわかるなら教えていただけますか。
辻元参考人 他の公設秘書からも寄附を受けていましたし、私自身の給与からも自分の政治団体に寄附をしておりました。といいますのも、私の場合は、大きな組織や業界とか、そういう何かバックアップといいますかサポートもありませんし、特に当選したばかりのときは、何もなしで、本当に紙袋一つで国会にやってきたような状態でした。
 ほかの公設秘書も、本人の申し出で寄附を受けていました。ほかの公設秘書は、特に第一秘書の者の寄附の額が第二秘書より多いんですが、それは第一秘書と第二秘書が昔からの知り合いで、第一秘書の方が給料が大きくて格差があるので、それはどうしても、働きでいえばパートナーシップを持ってやっているので、多い分は自主的に寄附をして使いたいという申し出を受けたものなんです。
 ところが、この政策秘書の給与の分につきましては、直接、その政策立案、三人で一組と考えていましたので、人件費に充当していたために、寄附の手続を怠っていました。そういう、当時本当に、当選したばかりのときで、そういう感覚がなかったことは、自分自身が未熟だったと思いますし、国会議員としてとても恥ずかしい、そして、これは問題があるということで、私はそこは深く受けとめて、今回衆議院議員の職を辞職した一つの大きな理由です。
小坂委員 議員を辞職されたということの重みは、私も深く受けとめております。しかし、辻元さん、私もこうやって質問で人を責め立てるというのは余り好きじゃないんですね。辻元さんがいつも質問のときにはかなり鋭く切り込んでいらっしゃいました。そういう観点からしますと、今のお答えでは、私どもちょっと満足できないんですね。
 例えば、公設秘書に渡していましたとおっしゃるけれども、それでは、それぞれ差があったんで差を埋めるとおっしゃいました。一体どのくらいの差があって、それを幾ら支払って埋められて、そしてやっておられたのか。そして、それによって、届け出を忘れたと言いますが、忘れたんであれば、少なくとも、総額はわかっていらっしゃるでしょうし、それぞれが幾らぐらい寄附をしようと思っていたのか、それだけでも私どもに教えていただく意味から、幾らそれぞれの秘書にお支払いになったか、この点について明確にお話をいただけますか。
辻元参考人 第一秘書からは、その年々によって違いますので、申し出をして、受けた額は、九八年で百六十万程度、そしてそれ以外にも九九年に百九十万程度。私自身も、九七年に自分自身が五百万とか、ずっと、今ここにリストがありますけれども、それは手続にのっとって、そして本人の了解のもとに寄附しておりました。
 それを私的に流用したりしたことも一切ありませんし、それから、こちらの方は政治活動に使う寄附ということで一緒になって運営していました。特に私自身は、自分とそれから第一秘書、第二秘書は、かつてから市民運動なども一緒にしてきたメンバーで、お互いに一緒にお金も出し合って一つの志を遂げようという気持ちで国会にやってきましたので、これはその志にのっとってお金も運営していたということです。
小坂委員 もう少し辻元さんらしくといいますか、明確に言っていただきたいなというふうに思うんですよ。システム的なもの、制度的なものはないんです、ないんですとおっしゃいますけれども、事実、いろいろなところからそれに類似することが言われているんですね。例えば三宅坂刷新期成同盟とか、こういうところの文書も以前にマスコミで指摘されたことがあります。原さんのホームページを引くまでもなく、いろいろなところで、社会民主党あるいは旧社会党の関係のところではそういう名義貸しに該当するような、ほかの方からそういうことを教えてもらったという発言が出てくるんですね。
 この点について、辻元さんの場合は五島秘書からあっせんされた、こういうことですが、その五島さんと一緒に辺見さんに会われたときに、勤務形態について、そして照屋議員の秘書をされていたということについてもその場で話が出たんじゃないかと思うんですが、この点、いかがですか。端的に一言でお答えいただきたいと思います。
辻元参考人 御紹介を受けたときに、他の先輩議員のお手伝いをしている方であるということは私も承知して御紹介を受けました。
小坂委員 他の先輩議員ということで、それがだれかは知らなかったということでしょうか。
辻元参考人 それは照屋議員であるということはわかっておりました。
小坂委員 照屋議員のところで常勤、いわゆる朝から晩までやっていらっしゃることを知っていて、辺見さんと、それじゃお願いします、こういうことをして、そのときに、そちらが常勤であれば私の方も毎日来ていただくわけにはいかないから、それならば五万円ぐらいでどうでしょう、こういう話をあなたからお持ちかけになったんでしょうか。
辻元参考人 それは話し合って決めました。これはお二人目の秘書の方の件なんですが、お一人目のときも、先ほどから専門的な人とか英語ができる人とかで三人のチームで、そのチームの一人が抜けられたということで、前の経験もお話しして入っていただいたんです。
 ただ、このときに、政策秘書は、これは今後御議論いただく点かもしれませんが、兼業ができるということで、周りにも、これは自社さ政権でした、当時は。周りにもいろいろ、会社で働いていらっしゃる方とか大学の先生をされている方もいらっしゃいまして、そういうほかにいらっしゃる方よりも、同じ国会の中にいらっしゃる方なので、アドバイスやブレーン的な存在としてはいつでも助けていただけるというふうな気持ちで私はおりました。
小坂委員 率直に質問の内容だけをお答えいただきたい、いつもあなたがおっしゃっていたことですが、お願いしたいと思いましたが、どうも明らかになりません。やはり五島昌子秘書さんにもお話を聞かないとどうも事情がわからないような気がいたします。
 委員長におかれては、五島昌子秘書を参考人として私は招致をすべきだ、こう思いますが、理事会でお取り計らいをいただきたい、このように思います。
津島委員長 理事会で協議をさせていただきます。
小坂委員 また、辻元さんには、きょうお越しいただきましたことは感謝いたしますが、どうぞ、この後も質問がございます、端的に、やはり秘書の問題があるんであればそれが明らかになるように、そして今のおっしゃったことは、二人で協議して相談して決めた、こういうことになりますと、もしこれが詐欺罪に該当するとすれば、相談をした相手は共同正犯になってしまいます。その辺もお考えになって、しっかりとこの内容を明らかにするように、今後の質問にお答えをいただきたい。これだけお願いをいたしまして、きょうおいでをいただいたことには改めて感謝をして、質問を終えたいと思います。
 どうもありがとうございました。
津島委員長 これにて小坂君の質疑は終了いたしました。
 次に、東順治君。
東(順)委員 公明党の東順治でございます。
 私の持ち時間は十分でございまして、答弁はできるだけ簡潔に、よろしくお願いを申し上げたいと思います。
 実は、私、今ずっと心にひっかかっていることがございます。それは、三月三十一日の政治放送番組「サンデープロジェクト」の司会者の田原総一朗氏の発言がずっとひっかかっていたんです。それをちょっと紹介しますと、こういうことを田原氏は言いました。
 こういうことを言っちゃいけないことだと思うけれども、僕はあえて申し上げたい。先週、つまり三月二十四日ですね、辻元さんをやったときに、そのね、だれから紹介されたのかと。で、だれから紹介されたのかということを、彼女は悩みに悩みましたね。でも、私は知ってしまった。で、そのときに、結局、これはね、本当は、出した方がいいかなと思ったの。ジャーナリストとして、出すべきかな。出さねば、たちまちさ、社民党の幹部にね、例えば土井さんに迷惑がかかって、土井さんは委員長をやめるだろうな、社民党はもしかしたらつぶれるかもしれないということがあって、僕はあえてこの一点だけは、この一点だけはね、辻元さんにね、ゆだねたの。これ、間違いかね、やっぱ。こういう、テレビで発言をされたことをそのまま起こしてみたんです。
 この発言、ずうっとひっかかっていた。それで、特に前段の方の、あなたから、多分これは放送に入る事前の田原さんとの会話なんだろうと思いますが、彼女はずうっと悩んでいた、そして結局、でも私は知ってしまった、こうあるんですね。これは多分、五島さんの名前を出すか出さないかでずうっと彼女は悩んでいたけれども、田原氏は、でも私は知ってしまった、こういうことだろうと。これは、四月三日の社民党のあの最終報告で五島さんがあなたに紹介をしたということを知って、なるほどと合点がいったんですが、問題は後段のところなんです。
 これが出ればたちまち土井委員長はやめるだろうな、社民党はもしかしたらつぶれるかもしれないということがあって、僕はあえてこの一点だけは、この一点だけは辻元さんにゆだねた、こういうくだりがあるんです。
 何でこんなに重たい感想を抱いたのか、田原氏が。つまり、あなたは、この田原氏に五島さんの名前を言っただけではなくて、つまり、五島さんが社民党の秘書グループの仕切り役あるいは指南役であったというようなシステム的なこと、そういうことをあなたは田原さんにしゃべったんじゃないですか。そこを伺いたい。
辻元参考人 田原さんがおっしゃった発言は、私、見ていませんので、ちょっとよくわかりません。で、田原さんの番組に出る前に打ち合わせをいたしましたが、そういうシステムの話なんかはしていません。そして、その御発言した番組は見ていませんので、田原さんがどういう真意でおっしゃったのか、私は今はわかりません。
東(順)委員 それでは、ちょっと角度を変えましょう。
 二〇〇〇年の六月、衆議院の総選挙がございました。そのときに、社民党からいわゆる初当選、十三名、当選なさいましたね。このうち、四人の人たちが秘書給与を事務所に献金をさせている。あるいは、その方以外に、例えばお母さんを第一秘書にして、奥さんを第二秘書にしている、そういう初当選の方もおられる。
 あるいはまた、原陽子さんですか、さっきも話が少し出ましたが、ホームページの中で、名義貸しやピンはねの手法が伝わっているのは事実だと思います、実際、私が当選してから、その手法は私の耳に入ってきていましたと明記していますね、ホームページに。これらを見て、初当選して、経験のない人たちがいきなりこういう、事務所の秘書に献金をさせる、あるいはお母さんを第一秘書、奥さんを第二秘書、こんな手法というのがわかるんでしょうか、とれるんでしょうか。甚だ疑問に思えます。そして、原さんはいみじくも、こういう手法というものが伝わっているのは事実だと思う、こう明言している。で、その手法は私の耳にも入ってきた、こう言っていますね。
 したがって、これは党ぐるみ、あるいは党のベテランが名義貸し、ピンはね方式というようなことを指南したというふうに、こう考えるのが私は自然だと思いますが、あなたはどう思いますか。
辻元参考人 ほかの人のことは私は存じ上げませんので、ここで申し上げることはできません。
 ただ、一つ申し上げられますのは、先日の読売新聞で、二六%でしたか、親族の方を採用されている方がいらっしゃるとか、それから献金を受けている人は二一%議員の中にいるというような読売新聞の統計も出ておりましたので、私はやはり、これは私がこういう場で申し上げるのは恐縮なんですけれども、やはり国会全体、いろいろな議論を尽くしていただく問題ではないかと思っております。
 ですからと申し上げまして、私自身が現行で行われている政策秘書のルールから逸脱した点はおわび申し上げたいと思いますが、そのように思っております。
東(順)委員 あなたは、ほかの人のことはわかりません、こうおっしゃいましたが、社民党の政審会長ですか、幹部をやっておられたんでしょう。そういう言い方はないんじゃないでしょうか。党全体の、しかも一年生の人たちのこういう実態というのは当然知っていたと思いますよ、私は。
 それで、さっきもちょっと話が出ましたが、二〇〇〇年の九月に、社民党全国連合書記局員有志あるいは社民党所属衆参両院議員の秘書有志で組織する三宅坂刷新期成同盟というところが、闘争宣言なる内部告発の文書を出していますね。これもあなたのところに届いたのだと思いますが、これによりますと、大変激しいことが書かれている。
 ちょっと紹介しますと、中島洋次郎、山本譲司の詐欺行為が発覚したにもかかわらず、破廉恥にも名義貸しとピンはねを続けている社民党国会議員は、革新の名に値しない税金泥棒にほかならない。特に、さきの総選挙で当選したばかりの新人衆議院議員の多くが、このような恥ずべき行為をしているのは、票を投じてくれた有権者の負託を裏切る行為であり、断じて許さない。こういうものが流れているじゃありませんか。
 それで、私は、先ほど紹介をした二〇〇〇年六月の総選挙の初当選の、まさにこういう名義貸し、あるいは親族、事務所の中の寄附行為、こういうことを指して、さきの総選挙で当選したばかりの新人衆議院議員の多くがこのような恥ずべき行為をしている、まさにこれを言っている。これがあなたの党の中で内部告発文書として流れたでしょう。あなたは知らないわけないんですよ。知っているんです。
 しかも、このように言っていて、こう言っていますよ、その後。しかも、新人議員にこのような行為を直接間接に入れ知恵したのが土井党首の公設秘書五島昌子であることはゆゆしき一大事である。土井党首の監督責任は免れない。失礼ながら、土井党首は直ちに五島昌子を罷免し、名義貸しとピンはねをやめさせなければならない。これができないなら党首を辞任し、国会議員を辞職すべきであるというところまで言及している。図らずもこの内容が、私が調べたところ、まあ見事に符合しているんですね。
 こういうことから考えても、社民党のどなたかがあなたにこの秘書の給与流用の手口というものを指南したんじゃありませんか。それで、それはまた社民党の習慣として行われてきたんじゃないですか。はっきりお答えください。
辻元参考人 まず一番目に、党の幹部であったのに知らなかったのはおかしいという御指摘がありましたが、私は政審会長という立場で、政策全般については責任者でおりましたけれども、新しい人たちを含めて、どういうふうに事務所が運営されていたかは、本当に存じ上げません。
 それから、その文書については、随分前に出たものじゃないでしょうか。ちょっといつのことかわかりませんけれども、拝見しましたけれども、何だかその刷新同盟というのがだれのことを言っているのか、そういうこともわかりませんし、他の人たちのことについて私は一々知りませんので、ここで先ほどから申し上げているとおりです。
東(順)委員 私も、答弁が十分納得いきません。したがいまして、委員長にお願い申し上げます。五島昌子さんの参考人招致を私は要望いたしますので、理事会で御協議ください。
津島委員長 理事会で協議をいたします。
東(順)委員 以上、終わります。
津島委員長 これにて東君の質疑は終了いたしました。
 次に、西川太一郎君。
西川(太)委員 辻元さん、御苦労さま。
 あなたとは、私が防衛政務次官のときに厳しい質問を受けてたじたじになったこともあったし、同じ深夜のテレビにも出たし、大学の同窓会報にも一緒に座談会なんかで出た間柄で、こういう形で質問をするのはまことに重い気持ちでありますが、率直にお尋ねをさせていただきますので、持ち時間が短いので、もうあなたも国会のことはよく御存じでございますから、御協力をいただきたいと初めにお願いをしておきたいと思います。
 まず、事実関係を伺うんですけれども、辺見さんに人件費等に使うので五万円以外は自分に使わせてほしいとあなたがおっしゃったのか、それとも、辺見さんが私は五万円で結構です、残りは寄附しますので人件費等に使ってくださいとおっしゃったのか、それとも、そういう話し合いはなかったのか。いかがでしょうか。
辻元参考人 先ほど申し上げました事務所の政策づくりのシステムを私の方から説明申し上げまして、そして私の方から申し出て、私の責任において決めさせていただきました。
西川(太)委員 先ほどのあなたのおっしゃったシステムというのは、三人でチームをつくって専門的知識の持ち主をそこに集めたとおっしゃるなら、三分の一ずつにしてもよかったんじゃないんですか。
 それから、ほかの先輩議員の事務所にお勤めの方をそういう、私も秘書の経験が九年ありますけれども、兼務などということは到底できないほど公設、私設秘書は忙しいはずなんですね。その人を三人一チームにして、そして給与をシェアリングしたというふうにさっきおっしゃいましたけれども、それなら、なぜ辺見さんはほかの事務所で過酷というか一生懸命働いている人を、たったの五万円であなたがおっしゃる重要なお仕事につけるはずがないと考えるのが常識ですが、いかがでしょうか。
辻元参考人 そのときはフルタイムでは入れないというお話でしたので、そのように決まりました。
 それと、主にアドバイスなどを受けておりましたけれども、私は、まだ当時は半年もたってない時期だったと思うんですが、例えば一例を申し上げますと、NPO法などをつくるにも、自社さ政権でしたが、政策協議に行きます。そのときに、相手の自民党の方の経歴とか、どういう議員でいらっしゃるのかとか、どういう方ならこういうことを御理解いただいてお話を聞いていただけるのかとか、そういうことをアドバイスを受ける。
 ですから、政策立案の専門家は国会のことは全くわからないし、国会の経験をお持ちの方がすべての政策立案の問題を理解するわけでもないということで、三人のグループを組んでいたんです。そういう中で、その給与につきましても御協力いただくというようになりました。
西川(太)委員 先ほどから辻元さんのおっしゃることを伺っていて私が感じますことは、便宜主義という言葉を感じます。あなたがおっしゃることは一見正当のようでありますけれども、しかし、国は、一人の政策秘書が政策立案、立法活動に専門的知識を有して、しかも試験を経て、五年以上の公設秘書経験を経る、もしくは弁護士やその他の資格を持っているという非常に厳しい条件の人を政策秘書として、高給を税金の中から払うという仕組みは、あなたも当選回数にかかわりなく御存じだったはずです。私は当選回数が三回でありますから、最初のときには政策秘書はいただけませんでした。それはなぜかといえば、五年をたった人が政策秘書として育つまで我慢をしようと思ったからです。
 あなたのおっしゃることは、一見、三人でお仕事を分けたとか、ただいまNPOのお話とか、先ほどは京都議定書のお話とか、そういう大きなテーマに取り組んで、そのために事務所の三人のスタッフが必要だとおっしゃいましたけれども、それは私は違うと思います。それならば、もっと違う形で、多くの専門家を御自身の費用で、御自身のお給料の中からそういう方々に諮問をしたりするべきであって、政策秘書の給与をそのように使うことは法の精神に私は反していると思います。
 いやしくも立法府の一員であって、そういう便宜主義で事が運べると思ったことが、国会議員としては、まことに失礼ながら、間違っていたのではないでしょうか。
辻元参考人 当時、私の給与でという御指摘も受けたのですが、私の給与も事務所の運営に投げ出してというか、そういうような状況でした。ただ、今御指摘のとおり、政策秘書の運用のルールというところは、やはり私は、現行のシステムから逸脱した点があるというところは深く反省しております。
 政策秘書、今五年という御指摘でしたが、経験はたしか十年だったと思うんです。公設秘書を十年続けた者が、議員の申請があれば政策秘書の資格を取れるということだと思うんですが、それで資格を取っていただいた方は、主に国会でのキャリア、経験というところに焦点が当てられて、その働きをするということだと思うんですね。ですから……(西川(太)委員「五年ですよ」と呼ぶ)十年、今は……(西川(太)委員「両方ある。どうぞ早く、時間がないので」と呼ぶ)ですから、現行の、今御指摘の点は、本当に私も重く受けとめて、今回、先ほども申し上げましたけれども、辞職をした原因の一つです。
西川(太)委員 あなたの事務所には、責任を持って事務所の管理をされるスタッフは何人おられたのでしょうか。すなわち、そんなに何十人、何百人といる組織の中で会計責任者がほかにいるというなら、口座の問題でありますとか振りかえの問題でありますとかはわからない、こうおっしゃるかもしれないけれども、先ほどあなたはいみじくも、御自身が辺見さんとの話し合いで、お金を寄附してほしい、こういうふうにおっしゃった、こういうことですよね。だとしたら、私は、そのお金の使い道も、あなたがきちっと、公費で、一人の人に全額渡るシステムであるということをやはりしっかり踏まえてやるべきだったなと思っております。
 この点を指摘して、私の質問を終わりたいと思います。
津島委員長 これにて西川君の質疑は終了いたしました。
 次に、荒井聰君。
荒井(聰)委員 民主党の荒井聰でございます。
 私は党で秘書問題を担当してございますので、その立場からいろいろお聞かせください。辻元さん、少しやせましたか。
 かつて、十年ほど前でしょうか、自民党にユートピア研究会がございまして、若手の国会議員が、政治活動費に一体どのぐらいのお金がかかるのかということを有志で調査をいたしました。たしか私たちの代表の鳩山さんもその中に入っていたかと思いますけれども、その当時、約一億円ぐらい、政治活動費、特に事務所経費にかかるという調査をしてございます。
 そのためにさまざまな制度改革をしたわけですけれども、その中の一つがまた政策秘書といったようなことなのかもしれませんけれども、もしもお聞かせできるんでしたら、辻元さんは、地元及び東京の事務所で、事務所経費として、政治活動費としてどのぐらいの経費をかけられたのか、それをお聞かせ願いたいんですけれども。
辻元参考人 平均しますと大体四千万円ぐらいではないかというように思います。年によって、やはり選挙がある年とか、ちょっとでこぼこがあると思うんですけれども、その程度だと思います。
荒井(聰)委員 私もそのぐらいの経費をかけてございます。私の場合にはまだ、あなたよりも人生経験も長いですし、あるいは私を支援してくれるかつての職場の同僚などもおりますから、それでも、私の場合にはそれだけのお金を集めるのは大変な思いをしてございます。そんな中で、三十代のあなたがそれだけの資金を集めるというのは大変な状況だったのだろうというふうに思います。
 ところで、話題を変えまして、あなたの政策形成能力というのは私は高く買ってございます。よくやっておられるなというふうに思います。それが、先ほど、どういうふうにやっているのかなというふうに思っていましたところ、三人のチームでやっていた、三人の専門的な人たちでさまざまな政策の検討をしていたということをお話しされたわけですけれども、そうすると、今の制度でいけば、三人分の政策スタッフを雇わなければならないということになるわけですけれども、それは恐らく、事務所経費なりあるいは政治資金のいろいろな状況からいって大変無理なんだろうというふうに思います。
 その過程の中で、あなた自身どんなことを、政策スタッフを自分の手伝いになってもらうために考えられたのか、そこをちょっとお聞かせいただけますか。
辻元参考人 議員立法を推進していくということを一つのテーマに活動してきましたが、やはり一つの法律をつくり上げるには、一人の人がつきっきりになってもできるものではないというふうに非常に痛感いたしました。そういう意味では、一つのテーマを自分が、例えば情報公開法、先ほど申し上げましたが、そのときも、情報公開法をつくる期間、もっと情報公開法に詳しい方を雇い入れたいと思うわけなんですけれども、なかなか現行のシステムではそういうことが財政的にもシステム的にも難しいという、試行錯誤の日々だったように思います。
荒井(聰)委員 あなたは秘書問題の責任をとって辞職をされたわけですけれども、国会議員が辞職をするというのは大変重たいことですし、また、その決意をされたというのは私は大変潔いことだというふうに思うんです。
 しかし、今、あなたがやってきた、そしてそれなりの政策形成で実績を残してきた、そのことを考えるならば、秘書制度問題そのものにさまざまな欠点がある、欠陥がある、それを是正する必要があると身をもって思っていたんではないかと思うんですね。それをできる立法府におられたわけですから、それができる立場にいたわけですので、私は、泥をかぶってでも、本当は辞職をしないで、秘書制度問題なりあるいは国会議員とお金の問題というものをもっと徹底的に、当初そういうお話もされていたように思うんですけれども、それをするべきではなかったかと思うんですけれども、いかがですか。
辻元参考人 私が辞職いたしましたのは、制度の問題だけではなく、やはり私がとった態度を反省しなければいけないと強く思いました。
 それは、週刊誌の件で最初に記者会見をしまして、非常に恥ずかしいんですけれども、不快感があったり感情的になったということもありまして、全面否定してしまいました。それが結果的に、後で違う結果であったということがわかり、これはやはり信頼を損なった、自分がそういう態度をとったことはきっちりけじめをつけなければいけない。そしてもう一つは、政治不信を払拭したいという気持ちで働いてきたにもかかわらず、そういう気持ちをとってしまったために、政治不信をみずからの存在が深めてしまう立場になってしまった。
 それが、ごめんなさい、秘書制度のこともあるんですけれども、やはり自分の言っていたこととやっていたことが違っちゃいけないと思って、それで辞職を決断しました。済みません。
荒井(聰)委員 泣かないでください。地元の支援者から、辻元さんを決して泣かせるなと電話が入っていましたので。
 辻元さん、私は、あなたの責めは二つあると思っています。
 一つは秘書問題。この秘書問題は、立法府に存在しているあなたが法律に違反している、あるいは、制度が抱えている問題はあるにしても、その制度を逸脱して運用していたということ、これが第一ですね。
 それともう一つは、今、国会で大きな問題となっているのは、口ききによってさまざまな、政治と金の関係が問題にされているわけですね。公共事業という、国の税で国の財産を形成する過程で、特定の業者のために口をきいて、そしてその成功報酬という形なんでしょうか、その一部分が後援会に流れるといったようなシステムが現に存在しているということが、あなたの努力もあって、さまざまな形で指摘されてきたわけです。それこそが解決しなければこの国はよくならない、それが政官財の癒着の構造を断ち切ることだとあなたは常々主張してきましたし、私もそう思います。
 しかし、このことによって、あなたのこの疑惑によって、この二つの疑惑が一緒くたに、あるいはむしろ、もっと大きな疑惑の部分が何か小さくなってきているような、そんな国会の中の印象を与えてしまったわけです。これはあなたがもたらした第二の責め、むしろ大きな責めだと思うんですけれども、そのあたりについてどうお考えですか。
辻元参考人 私は、公共事業の口きき問題というのは、これは日本の政治にとって一番大きな問題だと思っています。やはり、何千万というお金が口ききで動くという利権政治は何としてもストップさせなきゃいけないというように考えてきました。しかし、この秘書の問題、これは秘書の給与をどのように使うかという問題ですので、当初は何か、同列に論じられることに不公平感や、自分に、何かこれは質が違う問題じゃないかという気持ちが強く働いていましたし、今もそう思う点は多々あります。
 しかし、だからといって、私が行った言動や、それから秘書制度のあり方、現行の秘書制度ではこれは問題があるというところは、きちっと反省しなければならないと思います。
荒井(聰)委員 いや、そのとおりですね。反省するべきは反省することが必要ですけれども、しかし、私としては、あなたが追及していった公共事業にかかわる部分について、どのような立場であっても、あなたの政治的な信念として、今後も追及していただいたらいいんではないかなというふうに思っています。
 ところで、あなたが、この疑惑の中で、自己の危機管理という意味では多分失敗をされたんだろうと思うんですね。その危機管理を失敗したきっかけになったのは、マスコミに最初に公表したということですね。
 マスコミというのは、あなたはマスコミの寵児です、マスコミはあなたをいろんな形で番組に出したりテレビに出したりしていたわけで、恐らく御本人も、自分はマスコミに支持されているというふうにお考えだったのかもしれません。
 しかし、私の数少ない経験から、特に細川政権の経験からいっても、マスコミの寵児というのは実は視聴率なんですね。視聴率が高くなる人を、その人を出していくということで、あなたが出れば視聴率が高くなる、あなたが追及していけば視聴率が高くなる、そしてまた、あなたが困惑すれば、困窮すれば、これもまた視聴率が高くなる、そういうものをマスコミは求めていくんですね。マスコミの寵児というのは、私は視聴率だと思っているんです。
 そこのところをあなたは勘違いをして、一番最初にマスコミに自分の思いというのをしゃべってしまったところに、自分の危機管理をしっかりできなかった、そういうものがあったんではないかと思うんですけれども、このあたりについてどう思いますか。
辻元参考人 私がテレビで発言したということについての御指摘かと思います。
 私自身は、常に一人一人の市民と向き合うということを大事にしたいと思いながら、つじ立ちをしたり、直接話をする、議論をするということを大事にしてきたにもかかわらず、この件での対応については、特にテレビの力を過信した点はあったのではないかというように反省しているんです。やはり、そこに自分の未熟さを今痛感していますし、今後、やはり私は、自分のそういう反省点の心の気持ちをきちっと聞くべきであるというように今回思っております。
荒井(聰)委員 あなたは、テレビで公表する前に、自分の同僚議員やあるいは支援者の方々に自分の心情あるいは真実を話をするべきで、そして、それの理解を得るべく努力をするべきだったと思います。
 残念ながら、あなたはこの自己の危機管理という点では失敗をしたように思います。政治家の大きな使命というのは、国の危機管理です。自分の危機管理に問題がある場合にはまだまだ政治家として未熟だというふうに、今あなたもおっしゃいましたけれども、そのように思います。
 最後に、私のかつての職場での先輩が政治家になって、そして落選をしました。トップまで上り詰めて、その後落選をしたわけなんですけれども、そのとき、自分の不明、不徳を恥じて、自分の支援者に毎日毎日話をしに行ったそうであります。猪苗代の周りを毎日毎日歩いた、それが、後世、彼が外務大臣になり、あるいは総理大臣にも擬せられるような、そういう大政治家に成長したゆえんだと御自身で語っておられました。
 私は、あなたの才能を高く買ってございます。頑張って、これにめげずに頑張って、次の機会もう一度出てくるように、これで私からの質問を終わります。ありがとうございました。
津島委員長 これにて荒井君の質疑は終了いたしました。
 次に、都築譲君。
都築委員 自由党の都築譲です。
 辻元参考人、きょうは御苦労さまです。
 今までの中島洋次郎さんや山本譲司さんのときは、これほど議員秘書の問題、大きくならなかったんですが、今回の事件で、もうほとんどの国会議員にほとんどのマスコミ各社からアンケートが来るということで、議員秘書制度やあるいは国会の仕組みそのものが大きく問われているということで、相変わらず辻元さんの破壊力は大きいなというふうに感じた次第でありますし、これをきっかけに本当にいい仕組みをつくっていく必要がある、こんなふうに思います。
 そこで、まず最初にちょっとお聞きをいたしたいんですが、いろんな報道の中で、あなた御自身、月二十九万円で私は生活しているんだ、こういう発言をされておられました。そうすると、大体年間三百六十万円、こういうことになりますが、ことしの四月から議員の歳費は二千三百七十万円が一割カットということになりますが、二千三百七十万円マイナス三百六十万ということになると、あとの歳費は本当にどこに使われたのか、そのことをまずお聞きしたいと思います。
辻元参考人 私は、きょう、自分の歳費の、何というんでしょうか、支給明細書も念のために持ってきたんですけれども、これは皆さんと同じかと思うんですが、大体月額百三十六万四千円で、文書通信交通滞在費が五十万と、収入は同じだと思うんですが、それ以外に、私の場合は税金などで、このたまたま持っているものですと五十万ちょっと、それから、党の事務局の引き去り分というのが大体四十七万円から八万円、そして雑費を五、六万円引きますと、大体八十万弱が残ります。そのうちの五十万円は文書通信交通滞在費ですので、これは政治活動に使っていましたので、自分の生活費は、差し引いて二十九万から三十万ということをいつも申し上げたりしておりました。
    〔委員長退席、北村(直)委員長代理着席〕
都築委員 辻元さん自身が、幾つか政治団体を持っておられます。その中で、ちょっと私も調べさせていただいたんですが、例えば、辻元清美を支える会というか、今、辻元清美応援団ですか、あるいはまた、ポリティカ=きよみと市民、あるいは、市民政治をすすめる会、こういった団体がございますし、また、社民党の大阪府連とか、あるいはまた、あなたの関係だと大阪十区支部ということになるんですか、ここら辺のところを総計しますと、例えば平成十二年でも、大体一千四百万から五百万円ぐらいあなた個人の献金という形になっておりますが、そういったものにほとんどのお金が使われていると。今の説明とあわせてお伺いしたいんですが、いかがですか。
辻元参考人 社民党そのものへの献金もありますし、大阪府連合の私は代表ですので、苦しい世帯ですから、自分自身のいろいろな収入があります、出版活動やそれからマスコミ関係に出たときの収入なども、ほとんど全部、党の活動やそれから自分の活動に入っていたというのが現状です。
    〔北村(直)委員長代理退席、委員長着席〕
都築委員 もう一つ、先ほども議論が出ていたと思います、政策チームということでしたが、そのほかに、あなた御自身が関連する事務所、あなた自身の事務所で、お金が支払われる、支払われているスタッフというのは何人ぐらいおられたですか。
辻元参考人 公設秘書以外に、その年々によって、先ほども申し上げましたが、選挙のときとかはアルバイトの人とかがふえますので、辞職する前で、それ以外に、パートタイムの人も含めて、七人登録している人はおりました。七人で、大体、仕事はその半分の三・五人分ぐらいだったかと思います。ローテーションで仕事をしておりました。
都築委員 それから、そのほかに、例えばいろんな団体とかあるいはまた企業とか、そういったところから派遣されているような方はいらしたですか。
辻元参考人 おりません。
都築委員 それから、以前に話題になったムルアカ秘書のように、例えば奨学金二千万円も給付されるような、そういった秘書さんはいましたですか。
辻元参考人 おりません。
都築委員 なぜあなたは、では、月額二十九万円で生活をしているとか、そして、ほとんどの歳費の額、そういったものを党の関係とか自分の政治活動につぎ込んで、そこまでやらなければ、政治活動をしようと思ったんですか。その点、聞かせてください。
辻元参考人 自分で目指したい政治というのがありましたので、それに向かって、やはり、選んでいただいた国会議員でしたから、一生懸命やりたいという気持ちはありました。
 ただ、私の場合は、本当に、市民派議員とよく言われましたけれども、組織のバックアップはなしでしたので、非常に、やりながら苦しかったことも事実です。どういうふうに自分たちの思いを政治の場で形にすればいいのかと、日々悩みながら進んできたと思います。
都築委員 それでは、今回あなたの政策秘書給与の問題が大きくなって、鈴木宗男議員のいろいろな問題、当予算委員会でもまだ野党の方は再喚問を証人として求めているということでありますが、実は鈴木宗男議員から、あなたの、予算委員会における証人喚問の際の名誉を傷つけられたという趣旨で処分要求書が出されておったわけでありますが、あなたが既に議員辞職、政治的道義的責任をとられて議員辞職されてからも、実はまだ取り下げられていないんですね。野党としては、もう既におかしいじゃないか、こういうことで、処分のしようもない、議員として、ということで申し上げているんですが、まだ依然として取り下げられていないことについて、あなた自身はどうお感じになっていますか。
辻元参考人 私は、既に先月議員辞職をしておりますので、取り下げられるかどうかは鈴木さんの御判断で、私がこの場で申し上げる立場にはないと思います。
都築委員 それからもう一つ、ちなみに聞かせていただきますと、加藤紘一前自民党幹事長もこの間議員辞職されました。鈴木宗男議員は、まださまざまな問題が指摘をされておる中で、自民党を離党したわけでありますが、議員辞職に至っていない。野党としては、議員辞職勧告決議案の本会議採決を求めていこう、こういうことで議院運営委員会の方で議論をしておりますが、この鈴木宗男議員の責任のとり方について、あなた自身はどういうふうにお考えになりますか。逆に、あなた自身は、政党は離れないけれども議員としての責任をとった、こういうことだろうと思いますが、いかがでしょうか。
辻元参考人 最後の、政党は離れないけれども議員の責任をとって辞職した、これは、私、常日ごろ、何か問題が起こった議員が、責任をとって、党に御迷惑をおかけしたので党は離党するが、議員は辞職しないというあり方に疑問を感じておりました。まず御迷惑をかけたのは国民の皆さんだと思っていました。ですから、今回は、私自身は衆議院議員は辞職する、しかし、社民党にも御迷惑をおかけいたしましたが、その御迷惑を、それは一党員としてこれから働いてきちっと返すという決断をしたわけです。
 そのほかの、今、鈴木議員のお名前が出ましたが、鈴木議員は私と今反対のお立場にいらっしゃるかもしれませんが、その方についても、今、私は辞職していますし、一市民として参っておりますので、この参考人の場で、どういうふうにすべきかということは申し上げられないと思います。自分のことについてのみ申し上げたいと思います。
都築委員 今回、こうやって出てきていただいて、実は、本当に議員秘書制度のあり方や国会の活動そのものがやはり問われている。先日も参議院の議長が辞職をされたわけでありまして、去年の参議院選挙は、それこそ小泉さんの人気のもとで自民党さんが、参議院、圧勝された中で、実は、この参議院議長の、また秘書のいわゆる公共事業の口きき、裏金疑惑といったものが起こっておるわけでありまして、ぜひそういったものを本当に改革していくことが必要だろう、こんなふうに私は思うわけでありますし、国民の皆さんも、正直申し上げて、小泉さんの、あの田中眞紀子さんとタッグマッチを組んだ、どつき漫才のような形でぱっかんぱっかんと、自民党をぶっ壊すとか、あるいはまた抵抗勢力とか外務省の汚職とか言っているうちはよかったんですが、どうも中身がなかったんじゃないかということを気づいてきたと思います。
 そういった意味で、ぜひ辻元議員もまた元気を取り戻していただいて頑張っていただきますように祈念いたしまして、参考人としての質問を終わらせていただきます。ありがとうございました。
津島委員長 これにて都築君の質疑は終了いたしました。
 次に、児玉健次君。
児玉委員 日本共産党の児玉健次です。
 最初に一言。先ほど、自民党議員の発言がありましたが、日本共産党の公設秘書は、全員が政策・立法活動などの秘書活動に専念し、実態のない秘書は一人もいません。寄附の全額は、秘書活動の共通の経費として調査・立法活動に充当されています。そのことを明言しておきます。
 さて、私は、公設秘書としての勤務の実態、この点を中心にしてあなたに伺いたいと思います。
 あなたの二番目の政策秘書であった辺見真佐子さんについてですが、五島昌子さんが辺見さんをあなたに紹介されたとき、辺見さんが政策秘書としてあなたの議員活動にどのように役立つか、勤務はどうなるか、これらの点について、あなたにどのように説明されたか。
 そして、あわせて、辺見さんに振り込まれた月々五万円、これは五島さんの助言によるものでしょうか。お答えいただきたい。
辻元参考人 働き方につきましては、私と、それからその政策秘書の方と話し合いました。そして、紹介を受けたときは、私よりも五歳年上だったかと思うんですけれども、私は来て、まだ本当、三十代で、国会の仕組みがわからなかったので、お姉さんのように何でもきちっと相談できるからというように御紹介を受けました。
 そして、給与のことについては私が決めました。
児玉委員 辺見さんについて、社民党の三月二十五日の調査報告を拝見しましたが、照屋事務所で常勤で働き、電話によるアドバイス、資料の所在確認、提供、その他の相談、こうありますね。
 辺見さんは、衆議院第二議員会館のあなたの部屋に大体どのくらいおいでになっていましたか。
辻元参考人 大体週一回、何かないかというような形で、寄るというのは週一回程度だったと思います。電話によるアドバイスなどは適時受けておりましたが、立ち寄りはその程度だったと思います。
児玉委員 そのとき、ちょっと時期の前後はありますけれども、あなたの公設秘書であった梅沢さん、土田さんとの仕事の分担はどうでしたか。
辻元参考人 これも、梅沢、土田も私と一緒に国会に初めて参りましたので、わからないことが多かったので、辺見さんの方に、その秘書の方の方にアドバイスを仰ぐというような立場だったと思います。
児玉委員 辺見さんの後、政策秘書におなりになったのはどなたでしょうか。
辻元参考人 それは、野村という者です。
児玉委員 野村修一さんの政策秘書としての勤務はどんな状態でしたか。
 そして、あわせて、政策秘書としての給与はどのように扱われたでしょうか。
辻元参考人 野村さんの場合は常勤ということが基本で、そして、政策秘書の給与は全額支払われていました。
 この人は、昔から私が知っていた、存じ上げていた方で、かつて省庁で働いていた方だったんですけれども、お願いして、そういう勤務形態でした。
児玉委員 この方は、九八年の十月に司法試験に合格なさって、そして翌年の四月から司法修習に入られたと思うんですけれども、その間の勤務だったと。そして、そういう特徴から、政策秘書としてどんな役割を果たされたか、この点も具体的に伺いたいと思います。
辻元参考人 そのときは、数カ月だったんですけれども、主に、もう政策課題は決まっておりまして、日米新ガイドライン関連法を集中的に二人で取り組んでおりました。
児玉委員 あなたの四人目の政策秘書をなさった、森正幸さんと承知しております。森さんは、あなたが初当選された九六年の十二月に、社民党大阪府連の総務部長から幹事長に就任された方だった、そういうふうに私たちは理解しております。地元大阪府連の幹事長である森さんを政策秘書として採用されたのは、どのような事情によるものでしょうか。
辻元参考人 政策秘書としても十分仕事をしていただいていると思っております。私は大阪府連合の代表ですので、幹事長も森さんは兼任ということですけれども、すべて一緒にやってきています。
 私は、政策づくりのスタイルを途中から少し変えました。それは、市民と一緒に現場のフィールドワークで政策をつくりたいと思ったんです。特に、この政策秘書とやっていましたのは三つありまして、雇用問題、大阪は沖縄に次いで失業率が高いということで、実態調査に基づいた雇用政策とか、それから、社民党の場合はすべての政策に憲法の理念を生かすということをしておりますので、大阪に憲法問題に関する勉強会を設置して、その勉強会で憲法問題の提言を市民と一緒につくるという、そういうアレンジもしながら政策提言をつくる、現場からつくるというのをすべて取り仕切ってもらっていました。
児玉委員 辻元さん、率直に申し上げたいんですけれども、今国会議員の活動を支える重要な役割を果たす公設秘書について、例えば親族だとか、兼職、兼務だとか、実態のない状況については国民の厳しい批判が集まっています。
 それで、森さんは大阪府連の幹事長という大切なお仕事をなさっていて、そして、かつあなたの政策秘書である。月に何回上京されていただろうか。
 今、社民党としての全体の政治課題をお話しになりましたが、森さんが政策秘書でなければならない理由というのは何だったんでしょうか。
辻元参考人 月に上京しておりましたのは、三、四回だと思います。ただ、私は毎週週末に原則的に大阪に帰っておりましたので、週のうちの三分の一は大阪で仕事もしておりました。
 それと、私は、今御指摘の政策秘書の兼務などについては、今後、国会の方でもぜひ御議論いただいた方がいい点だというように思っております。ただ、私の場合は、一緒に、例えば新聞のスクラップは全部大阪でやっているとか、そういう分業をずっとやりながら政策をつくっておりましたので、問題はないと自分では思っております。
児玉委員 その点なんですが、二〇〇一年十月に社会民主党の、社民党の大会があって、その初日に、社民党の本部の方から、三回にわたって大阪府連の森正幸幹事長と会い、辻元氏の幹事長就任に必要な府連の推薦を出すよう求めたが、森氏は最後まで応じなかった、これは朝日新聞大阪版の十月三十一日の記事です。
 一方では社民党の大阪府連の幹事長、他方ではあなたの政策秘書、そしてあなたの動向について、あなたの政策秘書である方が、同時に大阪府連幹事長として社民党からの要請に態度を表明する。この状況について、当時あなたはどのように感じられたでしょうか。
辻元参考人 何でも相談して決めておりましたので、余り不思議には思いませんでした。
児玉委員 あなたは三月二十六日の記者会見で、辺見さんの給与について、九七年四月一日から九八年十二月一日まで、その方の給与から五万円を差し引いた献金があった、そう答えていらっしゃいます。
 名義貸し、名義借りは、政策秘書としての勤務実態が存在しないか、または極めて不十分なときに生まれるものです。この五万円は名義借りに対する事実上の対価とはなっていなかったか、その点についてお伺いします。
辻元参考人 私は、当時、名義借りとか名義貸しとかいう名前も知りませんでした。そして、実態的には、先ほどから申し上げています三人のチームで実労がありましたので、そうは思っておりません。
 しかし、先ほどから申し上げていますように、無手勝流といいますか、そういう独自の方法で政策づくりをしてきた点が現行法から見ますと問題があったという御指摘については、きちっと自分で問題点であるというように認識をしています。
児玉委員 終わります。
津島委員長 これにて児玉君の質疑は終了いたしました。
 次に、横光克彦君。
横光委員 社民党の横光克彦でございます。
 きょうは、辻元さん、本当に、体調悪い中、御苦労さまです。
 ついこの間まで、私とあなたは予算委員としてコンビを組んでこの委員会活動をやってきました。それが、今こうしてこのような形であなたに質問するようなことになろうとは夢にも思わなかったんですが、これも現実でございます。お尋ねをいたします。
 あなた、きょうの質疑の中で、寄附行為を収支報告書に報告しなかったというお話がございました。このように、非常に認識が甘かった、あるいはミスもあった、信頼を損なった、その結果、国民に大変な迷惑をかけてしまった、その責任をとられたわけです。つまり、国会議員をやめるという、議員として最大の責任をとられたわけです。ただ、責任をとられたとはいえ、国民に大変な迷惑をかけたことは、これはまた紛れもない事実なんですね。
 今、改めまして国民の皆様方に、どのような思いなのか、今の心境、そしてまたこれからの思いをお話しいただければと思います。
辻元参考人 私は、冒頭申し上げましたように、今回の秘書制度の問題で、本当に、自分が未熟であったと痛感しております。そして、国民の皆様にも、本当に御迷惑をかけたというように思っています。
 それと、心に一つ、もう一つ思うことがありまして、やはりこの過程で、他の方の問題にも触れてしまったというようなことをしてしまって気になっている点があるんです。かつてもこの秘書給与問題が議論されたときに、特に山本譲司議員の問題が起きたことがありました。私は、山本議員に対して、この過程でおわびしなければならないこともあるんです。それが心にもう本当に引っかかっておりますので、ちょっとこの場をかりまして申し述べさせていただきたいと思います。
 それは、山本元議員の場合に、秘書の給与分を私的に流用しているとか、それからまた、秘書の名義を無断で借用しているというような誤った発言を私がしてしまったんです。その点については、私は、これも深く反省して、この場であわせて山本元議員にも謝罪を申し上げたいというように思っております。
横光委員 なかなか自分の身に置きかえても、議員をやめるという決断は大変つらかっただろうと思う。しかし、それは、あなたが率直にそういったことを認めた上でそういうお気持ちになられた。
 どうかこれから、本当に、この参考人質疑も終わるわけです、ふるさとの大阪に帰られて、まずは体調を回復して、そしてまた本当に一から、一からやり直していただきたい、このことをお願い申し上げまして、質問を終わります。
津島委員長 これにて横光君の質疑は終了いたしました。
 以上をもちまして辻元参考人に対する質疑は終了いたしました。
 辻元参考人、まことに御苦労さまでした。体調を早く整えて、元気になってください。御退席いただいて結構でございます。
 本日は、これにて散会いたします。
    午前十一時三十分散会


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