衆議院

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第3号 平成13年10月25日(木曜日)

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平成十三年十月二十五日(木曜日)

    午前九時開議

 出席委員

   委員長 永井 英慈君

   理事 田野瀬良太郎君 理事 棚橋 泰文君

   理事 蓮実  進君 理事 林 省之介君

   理事 河村たかし君 理事 肥田美代子君

   理事 石井 啓一君 理事 中井  洽君

      荒井 広幸君    坂本 剛二君

      竹本 直一君    野田 聖子君

      松本 和那君    茂木 敏充君

      森  英介君    山本 明彦君

      山本 公一君    玄葉光一郎君

      小林  守君    伴野  豊君

      三井 辨雄君    青山 二三君

      矢島 恒夫君    大島 令子君

    …………………………………

   参考人

   (技術士)        上田 雅治君

   参考人

   (会社員)        大友 浩司君

   参考人

   (自営業)        界外 年応君

   参考人

   (地方公務員)      鈴木 伸佳君

   参考人

   (地方公務員)      田嶋  進君

   参考人

   (元国家公務員)     西尾 小作君

   参考人

   (行政評論家)      野村 光司君

   参考人

   (会社員)        村山  格君

   衆議院調査局国会等の移転

   に関する特別調査室長   内野 隆正君

    ―――――――――――――

委員の異動

十月二十五日

 辞任         補欠選任

  牧  義夫君     三井 辨雄君

同日

 辞任         補欠選任

  三井 辨雄君     牧  義夫君

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 参考人出頭要求に関する件

 国会等の移転に関する件




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     ――――◇―――――

永井委員長 これより会議を開きます。

 国会等の移転に関する件について調査を進めます。

 本日は、参考人として技術士上田雅治君、会社員大友浩司君、自営業界外年応君、地方公務員鈴木伸佳君、地方公務員田嶋進君、元国家公務員西尾小作君、行政評論家野村光司君及び会社員村山格君に御出席をいただいております。

 この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。

 このたびは当委員会ホームページ等に貴重な御意見をお寄せいただき、まことにありがとうございました。

 また、本日は、大変御多忙のところ本委員会に御出席くださり、まことにありがとうございます。今後の委員会の調査の参考に資するため、ぜひ忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。

 議事の順序についてでありますが、まず各参考人から十分程度御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答えいただきたいと存じます。

 なお、念のため申し上げますが、御発言の際は委員長の許可を得ることになっております。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御了承をいただきたいと存じます。御発言は御着席のままで結構でございます。

 それでは、まず上田参考人にお願いいたします。

上田参考人 本日は、首都機能移転について意見を述べる機会をいただきまして、ありがとうございます。私は、都市計画の技術士の仕事をしております上田と申します。どうぞよろしくお願いします。

 私は、アジア太平洋の政治文化首都の意義と必要性及び三重・畿央新都構想の位置づけと役割について述べたいと思います。

 現在我が国は、明治維新時、戦後改革期に次ぐ第三の改革期にあり、国政全般の構造改革を進め、二十世紀型の欧米先進国キャッチアップシステムを変革し、新しい二十一世紀型の社会経済システムを構築していくことが求められております。首都機能移転は、国家のパラダイム転換を図り、日本創生を牽引していく創造的国家プロジェクトであります。

 ところで、二十一世紀はアジア太平洋の時代と言われております。二十世紀の人類文明の中心舞台はヨーロッパ北大西洋地域において展開されましたが、この二十世紀型欧米文明システムは世紀末に起こったグローバルな時代転換の大きな地殻変動に十分に対応できず、二十一世紀には新しい文明システムがアジア太平洋地域という新しい歴史の舞台において形成されることが期待されます。

 我が国は、アジア太平洋地域のフロントランナーとして、この地殻変動に主体的に対応しつつ、首都機能移転によって国家のパラダイム転換を図り、新しい二十一世紀の国家像を確立し、この国の形と心を創出していく日本創生新都を創造していくことが求められています。

 首都機能を担う新都市である新都は、ニューミレニアム首都として国民国家のパラダイムを転換し、社会経済システムの構造改革を牽引していく日本創生の極となるだけでなく、新しいアジア太平洋文明モデルの構築を先導していく新文明創造の極でなくてはなりません。

 まず初めに、アジア太平洋の政治文化首都の意義と必要性について述べたいと思います。

 二十世紀末に生じた時代転換の大きな地殻変動は、アジア太平洋の政治文化首都を必要としています。

 第一に、西欧近代文明のパラダイム転換であります。

 主権国家の排他的な国益の追求は大規模な戦争を引き起こし、核兵器の開発は人類滅亡の危機を招来し、無制約な科学技術の応用開発は人類の生命基盤となっている生態系や地球環境をみずから破壊するという自己矛盾を生じています。そのため、開発・効率と競争システムの二十世紀型西欧文明システムを転換し、循環・共生と共感ネットワークの二十一世紀型文明システムを構築していく必要があります。

 第二は、グローバル化による国民国家の再編化の動きであります。

 ヨーロッパでは、国民国家の主権を相互に移譲し、超国家機構であるヨーロッパ連合を形成して国家間の経済的統合化と政治的協調化を進めています。一方で、地域の個性や文化を尊重し、補完性の原理に基づいて、地方分権を推進し地域の自立性を高めています。

 そのため、我が国においても地方分権改革を進めることはもちろんのこと、国政全般の改革についても、これまでの国民国家の枠内で国家システムの改革を閉じるのではなく、アジア太平洋地域の一員としてアジア太平洋地域の自立と連携を図っていく多元的な国際関係を創造し、世界に開かれた国家と社会のシステムを構築していく必要があります。したがって、二十一世紀のアジア太平洋の時代において、長期的展望に立って、多様な主体が多元的外交を展開し、近代世界システムの改革を図っていくことが求められると言えます。

 すなわち、新都は国民国家の首都機能である国家統治機能を果たしていくだけでは十分ではありません。アジア太平洋地域において高度な国際情報が集まり、国連アジア太平洋本部等多様な国際機関が集積し、世界経済の安定化、地球環境の保全、南北格差の是正等、文明的課題の解決に貢献していくグローバルガバナンスの拠点となり、欧米の価値観に偏しないグローバルスタンダードを創出していく世界都市でなくてはなりません。この新都は、アジア太平洋地域において、公正で開かれた交流と対話のもとで国益の相互調整が行われる国際政治の舞台となる国際中核都市となるだけでなく、グローバル・リージョナルな共通課題の共同解決を積み重ねていくことで、相互信頼感と連帯感を培い、アジア太平洋地域の自立と連携を推進していかなくてはなりません。

 次に、三重・畿央新都構想の位置づけと役割について述べたいと思います。

 二十一世紀のアジア太平洋の時代において、この新都の立地場所は、日本の形と心のパラダイム転換を明確に内外に示すことのできるところであり、東京圏外にあって東京を脱中心化できる経済的、文化的ポテンシャルを有するところでなくてはなりません。歴史的に東京は江戸時代から中央権力が地方を支配する拠点でありました。一方関西は、江戸時代まで日本の首都が所在し、中国、朝鮮等の大陸アジアや東南アジア等の海洋アジアとの深い交流の積み重ねの中で、独自の日本文化を築いてきました。戦後はアメリカをモデルとして経済発展を図ってきたと言える東京の経済文化圏外にあって、なお自立的な経済文化圏を形成しております。

 今日関西は、世界都市関西や文化首都関西の理念を掲げ、関西国際空港や関西文化学術研究都市等のグローバルインフラを整備し、主体的に関西の再生に努力しています。したがって、二十一世紀のアジア太平洋の時代において関西に首都機能が移転しますと、東京圏から自立した新首都圏が形成されるだけでなく、伝統文化に根差し東京の価値観と違った世界に開かれた新しい文化、経済が創造され、日本を再生し新しい日本のアイデンティティーを形成することができます。具体的には、三重・畿央新都は関西圏と中京圏が重なるエリアに立地し、G7のカナダ一国の経済力を有する関西と、オランダ一国の経済力を有する中京圏を結節し、将来的には両大都市圏を複合化する広域的新首都圏が形成されます。

 この新首都圏は、東京圏に匹敵する質の高い人材、情報、資本を有する世界都市を形成し、東京を脱中心化して、東京を頂点とする価値観を転換します。東京と異質な文化創造力を持つこの新しい政治文化首都は、経済文化首都となる東京と重都構造をなし、国土のダイナミズムを生み出し、我が国の国際競争力やソフトパワーを強化していきます。さらに、アジア太平洋地域において、公正なグローバルスタンダードを創出していく新しい世界システムを形成し、東西文明を融合して、新しいアジア太平洋文明モデルを創造していきます。

 最後に、お手元に配付されております参考人の配付資料をごらんいただきたいと思います。

 一枚表紙をめくっていただきますと、「図―一 東アジアにおける新しい世界都市と広域国際交流圏」と書いてありますが、これは新しい政治文化首都圏のイメージを示しております。都市はコンパクトシティーでありますが、近隣諸国に新しい世界都市が形成されつつある中で、これらの世界都市と連携していくためには、世界都市として、経済的、文化的ポテンシャルを有する広域的首都圏を形成しなくてはなりません。この新しい政治文化首都が経済文化首都となる東京と重都構造をなすということをイメージしております。

 次にめくっていただきますと、「表―一 新都の将来展望」とありますが、これは、現在行われております構造改革の方向性と首都機能移転の関係性を示しております。

 次に、「表―二 文明と国家のパラダイム転換」とありますが、これは、文明と国家のパラダイム転換が相互に関係するものであり、国家パラダイムの転換は文明のパラダイム転換でもあるということを示しております。

 三番目、表―三は三重・畿央新都の立地優位性を示しておりますが、これは二十一世紀の我が国のビジョン、国家目標とも言っていいと思いますが、それを第一から第七まで私の考えで挙げておりまして、それと首都機能移転の関係を横にマトリックスの形で表現しております。

 以上、詳細の御説明は意見書の本論をもってかえさせていただき、私の意見陳述を終わらせていただきます。

 御清聴どうもありがとうございました。(拍手)

永井委員長 ありがとうございました。

 次に、大友参考人にお願いいたします。

大友参考人 皆さんおはようございます。

 東京都大田区の方から参りました大友浩司と申します。きょうは、このような貴重な機会を与えていただきまして、ありがとうございました。一生の思い出になるかと思います。

 まず、きょうは私、資料を二点だけ用意させていただいております。お手元の資料を確認していただきたいのですが、まず、全体のレジュメの中には私の附せんがついているのかなと思うのですが、大友と書いたところに一枚だけ紙が入っております。それから、主にこちらの方を見ていただきたいのですが、国会等の移転に関する特別委員会という、こちらの資料の、最初の、上田さんのクリップの次に私がこのような表を入れております。この表をもとに大体お話ししますので、この表をお手元に御用意いただきたいと思います。

 それでは始めさせていただきますが、まず最初に、私、国会機能移転に反対の立場から三つの理由を述べさせていただいて、それから一つの御提案をさせていただきたいと思っております。

 まず、一つ目なんですが、私ども国民の税金を使って最終的にはこの開発といいますか、首都機能移転が行われると思うのですが、いろいろなホームページとか見ておりますと、少なく見ても四兆四千億ぐらいの公的負担であろうというようなことが書かれておりまして、これを単純に電卓なんかで計算しておりますと、一人当たり五千円掛ける十年間ぐらいの税金を持っていかれるのかなというふうに、素人考えでこう思うわけなんですが、これは非常に少なく見積もった場合でして、これが、五千円が五万円になり、あるいは消費税が一五%になりとか、そういったことで取られるのかもしれませんが、いずれにせよ、国民はそういったことを知らないで取られていってしまうということになるわけですね。

 ですから、現在いろいろな試算がありますけれども、とにかく国の借金というのはすごい額でふえていますので、これをさらにふやすようなことはやめていただきたいというのが一つ目です。

 それから二つ目は、この最初の資料にも書いてあるんですが、国際競争力の問題で、私、以前シンガポールの方に国際的なことでちょっと研修に行ったことがあるのですが、そのとき思ったのは、あの国は一つの民間企業が経営しているような国でして、いろいろなことがもう本当に、一つの政党がやっているみたいな感じで国が進んでいっているような、そんな印象を受けたんですね。それに対抗して、この日本、そして東京という町、それから、空港のことなんかをちょっと見ていても、やはり非常にスピードが遅い。ですから、これからどんどん国際的な重要な企業が、本社を、東京とシンガポールのどっちを残そうかといったときに、東京をやめてシンガポールにしようかとかいったことが起こってくるんではないか。そうやって、日本に入ってくるいろいろな頭脳とか情報とか資本とか、そういったものの流入はどんどん少なくなっていくんではないか。これは結局、最終的に国民の一人一人の懐に影響していきますので、そういったことはやめていただきたい。

 三番目に、私は二年前までは名古屋におりまして、それ以前もずっと東京に住んだことはなかったんですが、それ以前は何か、集中、つまり首都圏に集中しているというイメージが三つありまして、それは嫌なんで、とにかく国会はどこかに行ってほしい、首都もどこかに行ってほしいというふうに思っていました。その三つのイメージというのは、通勤ラッシュと、あと、家が高い、交通渋滞、この三つなんですが、これは都民になって二年半になりますが、苦痛ではありますが、それほど問題ではない。むしろ、それ以外に、集中している、この都市に住んでいることによるメリットの方が非常に大きくて、私は東京都民になって非常に満足しているものですから、そういった意味で集中が嫌だという理論は私の方にはないということなんですね。

 それと、例えば、では今言った三つの集中ではなくて、いや、これは防災上の、地震だとか、あるいは国が攻めてくるとか、国防上の理由なんだとか、いろいろなことがもし言われたとしても、いろいろな議論がある中で、それが私たち一人一人の国民にとっての本当の現実論であるかというところがちょっと疑問に思っているんです。

 それを今からこの表でちょっと御提案という形で御説明をさせていただきたいんですが、私、会社の中ではSEといいまして、コンピューターシステムを設計する仕事をここのところやっているわけなんですが、これで考えたときに、いろいろな衆議院の方々が長年の議論をされて、あるいは学者の方がされて、ぱっと見ただけで国際政治、歴史、経済、環境、それから多軸型国土形成だとか、あるいは埼玉への権限移譲が行われている既成事実だとか、いろいろな議論がいろいろな立場で行われていて、すごい御苦労だなというのはわかるんですが、一つのまとまった形で非常にわかりにくい。結局、私の友達あるいは親戚、だれに聞いても国会移転というものの意識が薄い。つまり、首都移転はないんだけれども、国会移転ということで今現実路線へ向かって、ゴーサインじゃないけれども、やろうとしているんだよというような話が全然国民の一人一人に伝わっていない。

 その理由を私が考えたときに、私なりの理由は、要するに、マスコミが、問題が大き過ぎて、難し過ぎて、勉強するのが難しいので取り上げられないんじゃないかということがあると思うんです。記者が扱えないということは、結局、それだけ人件費を割きますと、出版社とか新聞社というのはそれだけコストがかかるわけですから、この国会移転について、例えば十人の専従の記者をつけて徹底的に洗えというようなことができないでいるのが現状ではないかな、こう思ったわけです。それと、国民の方々の理解を得ていないのも、やはり情報の量が多過ぎてちょっとわかりにくいな。

 そういったことで、これは私どもSEの人間が何か一つの開発をやろうとするときに費用と効果というのをサマリーする表なんですが、先ほど三つ私が理由を言いましたけれども、例えば一番の国民の負担が云々という議論であれば、これはこの運用費用、償却費というところの議論、これがプラスになるかマイナスになるかというところの議論として語れる。つまり、ホームページを見に来た人はそこをクリックすればその中の内容を見ることができるというような考え方です。

 それから二番目に、国際競争力の話をしましたが、これは経済効果のマイナスに働くと思います。これは、費用対効果というのは全部上に軸が伸びていますが、この下もあるわけでして、要するに、マイナスの経済効果というのが働くのではないかということで、そこの中にこの国際競争力の低下という議論が入ってこなきゃいけないだろう。

 それから三番目に、国防上の理由であるとか震災の理由とかそういったことを申し上げましたが、それはこちらの上の方の定性効果、つまり数値化が難しい、目に見えにくい効果の部分に入ってくるのではないかということなんです。

 ですから、さまざまな議論があって、それぞれに私は正当性があるから皆さんおっしゃっているんだと思うんですが、それがやはりこういった一つのサマリーした表で、これは、私はこの表のことをCモデル、つまりコラボレーションモデルという名前をつけているのですが、この表に沿って説明をさせていただければと思います。

 この御提案をしましたのは、やはり、これは最後になりますが、国民の一人一人が、例えば小学生が小学校で、あるいは大学生が大学で、企業の人が職場で、あるいはこの委員会の皆様が、あるいは国会議員の皆様が何か議論をするときに、今から僕がしゃべるのはこのサマリー表のここについてしゃべるよ、これがプラス五千億でマイナス三千億だから二千億プラスだよ、そういう話を今からするよというふうな、そういった一つのモデルをもとに全員が議論していけば、国民が論理的に政治経済を理解する初めての機会としてこの国会移転プロジェクトが成功するのではないかと思いまして、この御提案をさせていただきたいと思います。

 以上です。ありがとうございました。(拍手)

永井委員長 ありがとうございました。

 次に、界外参考人にお願いいたします。

界外参考人 畿央の界外でございます。

 本日は、本委員会にて意見を述べるという機会を与えていただき、まことにありがとうございます。簡単な資料をお配りしていただいていますので、これに沿って話を進めていきたいと思います。

 首都機能移転の是非につきましては、時間が限られていますし、既にこの委員会が開設されてから十年以上が経過していて議論は十分に尽くされているはずですので省略させていただき、移転先候補地について意見を述べさせていただきます。

 私は、畿央地域の地元の三重県伊賀地方に住んでいて、「未来の国会都市・畿央」というホームページを作成しております。畿央地域は、知事や県などの行政からではなく、市民の研究グループの提案から始まった場所で、図一のように、畿央地域を応援する一般市民によるホームページは、最初に発言された上田さんの研究会のホームページを含めて全部で四つもあり、市民の歓迎ムードや関心の高さを証明できるかと思います。

 一方、他の候補地は行政だけで頑張っているようで、県などがつくったホームページは幾つかあるものの、一般市民によるホームページは私が知る限り一つもありません。それどころか、栃木県では、首都機能移転反対を公約にしていた福田知事が当選しましたし、岐阜県では、首都機能誘致の費用を返還するよう知事が市民グループに訴えられたりしていると聞いております。

 さて、私が首都機能移転というものを知ったときに、全国から首都にふさわしい場所を考えた結果、三重県の伊賀地方が最適であると思いました。ここが畿央高原という名前で移転先候補地として挙がっていることは後に知ったのですが、それでは、なぜ畿央でなければならないのかを御説明いたします。

 畿央は、中部圏と関西圏という二つの大都市圏の結束点であり、かつ東西日本の境界線上にある日本の真ん中だということです。都道府県の数では、福井県、滋賀県、三重県を境に四十七都道府県が東西に二十二ずつに等分される、日本の真ん中に位置しています。

 人口重心につきましては、これは現在岐阜県にありますが、図二のように昔は滋賀県にありました。人口重心が東に大きく移動したのは東京一極集中の影響です。首都機能移転の目的の一つに東京一極集中の是正があるのですから、人口重心は東京一極集中前の滋賀県として考えるべきだと思います。

 さて、三重県は一体何地方だと思われるでしょうか。中部なのか関西なのか、人によっても資料によっても答えは違いますし、三重県人はアンケートで何地方に丸をつければいいのかいつも悩まされています。

 三重県の中でも特に畿央地域の中心となる伊賀地方は、中部と関西に挟まれた中途半端な場所です。伊賀は関西という言葉がありまして、人や経済の流れは関西圏なのに、行政上は中部圏に入っているため、住民生活との間にギャップが生じ、長年不便を感じてきました。しかし現在は、逆にこのことが、中部と関西の結束点として首都機能移転先候補地として注目される大きな理由となっています。

 中部と関西の結束点である一例として、伊賀地方では大阪と名古屋の両方のテレビが映ります。ケーブルテレビに加入しても、放送行政上の名古屋のテレビだけでなく、大阪のテレビも区域外再送信されています。新聞のテレビ欄には大阪と名古屋の両方の番組表が載っていますし、テレビガイドも関西版と中部版が並んで売られています。ほかにも、伊賀地方の書店では、旅の情報誌も就職情報誌もイベント情報誌も、関西版と中部版が両方とも売られています。

 このように、畿央は関西と中部の結束点であるわけですが、ここは同時に東日本と西日本の結束点の日本の真ん中でもあります。丸もちと角もち、ウナギを腹から割くか背中から割くか、うどんのつゆの味つけなど、日本の文化は東西で大きく分かれています。東西の文化が関ケ原で分かれることはよく知られていますが、この境界線を南に延ばすと鈴鹿山脈から布引山地へと続いていて、これは三重、畿央地域のど真ん中を通ります。インスタントのカップめんのスープの味つけが東西で違うのを御存じの方もおられると思いますが、伊賀地域では、このイースト味とウエスト味のカップめんが両方とも売られています。

 こんな畿央地域に首都機能が移転すれば、特定の地域に偏らない、より広い視点に立った政治、行政を行うことができると同時に、多様な文化を全国に発信することができるようになると思います。

 さらに、畿央地域につくられる首都機能都市が関西と中部を結びつける役割を果たして、両都市圏のパワーを存分に活用した新たなネットワーク型の新都市圏を形成することができます。日本第二位の関西圏と第三位の中部圏が一つになることで初めて東京と競争ができるようになり、首都機能を移転して身軽になった世界都市東京との二眼レフの国土構造にすることができます。この二つの大都市圏が互いに競争しながら発展することは、日本全体の発展につながることになると思います。

 一方、那須地域は既に東京圏ですし、東濃地域は名古屋の衛星都市で終わってしまうと思います。

 さて、新首都は、世界各国から要人が訪れる日本の顔となりますので、日本国内でしか通用しないようなローカルな文化ではなく、世界に通用する高度な文化が必要です。

 畿央地域は、京都、奈良、伊勢といった世界遺産級の歴史と文化に囲まれています。さらに、畿央地域自体も、伊賀と甲賀の忍者や松尾芭蕉のふるさとでもあります。忍者も芭蕉も世界に通用する日本文化の一つです。

 石原東京都知事の言う江戸以来の歴史、文化への冒涜に対抗できるのは畿央地域しかないと思います。

 畿央新都市の交通アクセスや都市像につきましては、最初の上田さんの研究会の首都機能移転構想研究会による「緊急提言 二十一世紀における日本と畿央新都」の提言がすばらしいと思います。

 高速道路は完全に多重化されていますし、空港も、関空と中空の二つの国際ハブ空港が利用できます。新幹線も、北陸新幹線を米原経由にして、米原から畿央新都市への支線をつくれば、太平洋側からだけでなく日本海側からも大変便利な場所になります。

 先日、山梨のリニア実験センターへ見学に行ってきました。走行試験も順調に進んでいて、残された課題は政治決断だけだと感じました。不況がこのまま続くのであれば、中央新幹線は要らないかもしれません。でも、ずっと不況のままでいいのでしょうか。景気が回復して日本がさらなる発展を目指していくときに、中央新幹線は必ず必要になってきます。

 審議会の交通アクセスの評価では、中央新幹線は考えないことになっていました。しかし、首都機能移転が行われるのはきょう、あすではなく、十年も二十年も先です。それに、新首都はその後何百年も続くことになるのですから、現在の交通網ではなく将来の交通アクセスの可能性で考えるべきだと思います。

 新首都は、東京から便利過ぎるところではいけないと思います。東京に近いところに段階的に少しずつ首都機能を移転していては、現在の膠着状態をそのままずるずると新首都に引きずっていくだけのような気がします。東京から離れたところに一気に移転して、人心一新の効果を最大限に発揮するべきです。

 特に那須地域は、東京から便利過ぎて、引っ越しをせずに東京から通勤する人が出てきてしまいます。また、家に帰ってテレビをつければ相変わらず東京のテレビが映っていますので、東京中心の考え方から脱却できないと思います。

 災害の安全性につきましては、畿央は災害の少ないところです。火山は一たん噴火すれば融雪泥流が新都市を襲い、火山灰が長期間降り注ぐことになります。私たちが生きている間は火山が噴火する心配がなくても、新首都は何百年も続くのですから、もっと長いスパンで考えて、火山の近くへの首都機能移転は避けるべきです。図六を見てもおわかりのように、近くに火山がないのは畿央地域だけで、火山災害の心配は全くありません。

 地震につきましては、六月に東海地震の想定震源域が見直されて、愛知、岐阜の候補地に近づくこととなりました。

 畿央地域は内陸部ですので、海溝型地震の震源からは十分離れています。阪神大震災のときでは、畿央地域の震度はわずか四でした。南海地震や東南海地震が起これば畿央地域でもある程度の震度を記録するかもしれませんが、その震源は阪神大震災のときよりも離れていますし、新都市は最新の耐震性を持った建設技術で建てられるのですから、大きなダメージを与えることはないと思います。

 内陸型の地震の危険性は全国どこでも同じだと思いますが、畿央地域の活断層については、今後八百年間以上は活動しないという研究結果が発表されています。

 移転先が決まったところで、最後には、最難関の東京との比較考量が待ち構えています。那須や東濃で果たして東京に勝つことができるのでしょうか。土地があるとか交通が便利だとか東京から便利だとか、このような条件は新都市をつくるにはすばらしいですが、だからといって、そこが首都である必要性は全く感じられません。そんなにいいところなら、首都でなくても、学研都市でもニュータウンでも何でもいいのではないでしょうか。

 首都機能移転は、首都をつくろうとしているのですから、日本国の顔としてふさわしい場所を選定すべきです。東京との比較考量で東京に対抗できるパワーを持った場所でないと、首都機能移転そのものがなかったことになってしまいます。東京に対抗できるパワーを持った場所は、畿央以外にはあり得ないと思います。

 以上で、私からの意見とさせていただきます。ありがとうございました。(拍手)

永井委員長 ありがとうございました。

 次に、鈴木参考人にお願いいたします。

鈴木参考人 おはようございます。

 本日は、このような機会を与えられまして、ありがとうございます。私は、愛知県の東部に住んでいます三十六歳の地方公務員です。

 私の考える首都機能移転につきまして、お配りしましたレジュメに従いまして、皆さんに比べますと甚だ簡単ではありますが、二つの題目に分けまして意見を述べさせていただきたいと思います。

 まず第一に、私の考える首都機能移転の必要性についてですが、歴史的に見ると、徳川幕府から明治政府にかわったときも、中央が地方を支配する封建体制が変わったわけではありません。戦前から戦後へ移り、日本国憲法と地方自治法が制定されましたが、依然として中央依存型の地方自治が行われ、そして、池田内閣の所得倍増計画によって日本は高度経済成長を遂げることができました。

 しかし一方で、環境問題の発生、東京への一極集中による弊害を招くことになりました。しかるに、最近、地方分権推進法の制定、規制緩和推進計画により、国の構造を変えるための準備が行われつつあります。

 また、経済的に見ても、外国との農産物、工業製品等の貿易的不均衡、バブル崩壊後、土地神話が崩れ、不良債権がふえ、国民がリストラ、社会保障等の不安から買い控えが進み、それがデフレ状態を招き、経済の低成長を引き起こしています。

 この状態を、私は、日本が飽和状態になったのだと考えています。よって、この状況から脱却するためには、外国製品に負けないようなものを必死でつくる。例えば、自動車でいえば、ハイブリッド車や水素燃料車等の開発、農作物でいえば、モンスーン気候に合った新品種の開発というようなことを、なるべくお金をかけずに行う必要があります。

 それには、国民の意識の改革も必要です。それを行っていくのは、二十代から四十代、まさに私たちの世代だと思います。高度成長のおかげで物のあふれた時代に育った私たちが、猛烈サラリーマンだった父母のように働く。それでもリストラされたサラリーマンは、五体満足であれば地方に行って農業をやればいいと思うのです。そうやってみんなが必死に努力すれば、道は開けるのではないでしょうか。

 そのような中で、一層構造改革を進めるのが首都移転です。当然、これにはお金もかかります。しかし、今のままでは本当の改革は進みません。一時的にお金がかかっても、緑と水の豊かな、東京へも大阪へも近い、それでいて東京の騒がしい町とはちょっと離れた新首都で、じっくり日本のことを考えてほしいのです。

 新首都に必要なことは、国民や世界に開かれた都市、日本の進路を象徴する都市、新しい政治・行政都市、本格的国際政治都市であることとされています。

 以上のことから、二番目の題目であります岐阜・愛知地域への首都機能移転について説明させていただきます。

 やはり、何といっても交通の要衝にあること。二〇〇五年には自然の叡智をテーマにした愛知万博が開催され、世界の注目を浴びます。それと同時に、中部国際空港の整備が行われ、また将来は、東海自動車道の開通、第二東名の開通が予定されています。次に、地震災害等に対する安全性についてですが、多治見市あたりは比較的地盤が強いと言われています。また、愛知県の北東部には新規開発可能な緑の丘陵地が大きく広がっています。ここに新首都を置き、自然環境との調和を図ります。水供給については、四カ所のダムの未利用水の活用により対応が可能です。その他、周辺に展開する国家都市として、既存の都市がある豊田市、岡崎市周辺に住居クラスターを配置するのがよいと考えます。

 また、東三河地域が協力できる可能性についてですが、豊橋商工会議所が出版した「地方から考える首都移転」によりますと、三河湾人工島をつくるという構想があり、それには、国際技術センターをここにつくり、発展途上国に対する技術移転や人材育成を行うと書かれています。この地域は、現在でも産業技術の研究が盛んなところであり、蒲郡ラグーナ、豊川稲荷などを初めとした環境のよいところであります。この地の利を生かして国際交流クラスターをつくり、外国の皆様と交流するのには適していると言えるのではないでしょうか。

 将来の交通網の発達により、東京、京都、大阪へも比較的近く行けるようになり、緑と水、それに港が備わったより魅力的な新首都が創設されるものと私は考えます。

 最後になりましたが、私の子供が二〇〇二年に生まれる予定です。その子が、国会移転のころ就職します。これから生まれてくる子供たちのためにも、すばらしい未来を築く努力をしていきたいというふうに考えています。

 なおまた、何かの機会があれば、また積極的に参加したいと思います。

 以上で、私の発表を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)

永井委員長 どうもありがとうございました。

 次に、田嶋参考人にお願いいたします。

田嶋参考人 栃木県から参りました田嶋と申します。

 私は、二十一世紀のよりよい日本を築くために、国会等の移転はぜひとも実現すべきであるという立場、それと、移転先は国会等移転審議会で最高点を獲得した栃木・福島地域にすべきであるという立場で意見を述べたいと思います。

 昨今、移転の必要性を疑問視する声が聞かれます。しかし、私は、国会等移転の必要性はいささかも薄れていない、逆に、その必要性は高まっているというふうに考えております。

 そこで、国会等移転の意義につきまして、改めて考えを申したいと思います。

 まず、国政全般の改革の契機についてでございます。

 現在の閉塞感を打破して新しい社会経済システムを構築することが急務であることは、大方の国民の共通認識だと考えております。現在、政府が行っております聖域なき構造改革に期待しているところでございます。

 そうした意味では、国会等の移転は、どんな機能を移転させるかなどを検討する中で、国と地方、行政と民間の役割を見直すことになります。このことによりまして、地方分権や行政改革が本格的に推進されると考えておるところでございます。

 次に、東京一極集中の是正についてでございます。

 我が国に大使館を置かない国が六十四カ所もあると聞いております。国際会議の開催件数は、パリ、ロンドンが二百回を超える一方、東京は六十回程度でございます。こうした状況は、過度の集中の弊害が招いた結果ではないかと考えております。東京への集中を排除し、ゆとりを生み出すことによりまして、世界都市としてふさわしい、一層魅力ある東京になると考えております。

 三つ目の意義、国の災害対応力の強化でございます。

 東京圏の地震等の大規模災害に対する脆弱性の克服、そして国家の危機管理体制の強化という観点からは、特に国会等の移転は重要かつ緊急を要するものであると考えておるところでございます。現在、多くの地震学者が、南関東で大規模地震や直下型地震が発生する可能性の高いことを指摘しております。これに備えるためには、政治、行政の中枢機能と経済の中枢機能が同時被災せず、かつ連絡のとりやすい場所に国会等を移転すべきであるというふうに思います。

 国会等移転により危機管理に対する日本の姿勢を明確にすることは、世界の我が国に対する信頼性を高めることになると考えております。したがいまして、少なくとも、この危機管理に重点を置いた国会等移転は早急に実現すべきと考えておるところでございます。

 これらの意義に加え、新たに整備された新都市は、日本の顔として我が国の進むべき方向を国の内外に示す絶好の機会であると考えております。

 地球温暖化防止などを含め、地球環境問題は全世界に課せられた重い課題でございます。

 一つの例を挙げますと、地球上の生物は想像を絶するスピードで絶滅しているそうでございます。イギリスの生態学者ノーマン・マイアースの著書「沈みゆく箱舟」によりますと、一六〇〇年から一九〇〇年までは約四年に一種の割合で絶滅をしておりました。現在は、約十三分に一種の速さで絶滅しているのではないかということであります。

 したがいまして、最先端の技術を取り入れた環境共生都市を実践し、世界に発信することにより、環境分野において日本が先導的な役割を果たしていくべきと考えておるところでございます。

 次に、移転先地について、基本的な考え方について申し上げます。

 移転先地を決定する際に最も大切なことは、我が国の経済の中心である東京、それと政治行政機能を担う新都市との連携でございます。

 国会等の移転は、数十年かけて段階的に行われるとされております。この期間は、いわゆる重都と呼ばれる状況となります。また、移転完了後においても、政治と経済は、機能といたしましては連携が必要不可欠でございます。いかに情報化が進展いたしましても、重要な場面でのフェース・ツー・フェースの必要性は変わらないと考えております。こうしたことから、新都市の位置は、東京との連携が密接にとれる距離にあることが必要となります。

 ちなみに、栃木・福島地域にある那須塩原駅までは、東京から新幹線で約一時間でございます。中央線の快速で東京駅から八王子駅までとほぼ同じ時間距離にあるわけでございます。

 ここで、栃木・福島地域のうち、那須地域の歴史的な特徴について御紹介をいたします。

 本県の那須地域には、その中心に那須野ケ原と呼ばれる約四万ヘクタールに及ぶ広大で平たんな扇状地がございます。この那須野ケ原の中に、東北自動車道の西那須野塩原インターチェンジに隣接いたしまして、四百ヘクタールの公営牧場など、一団の国公有地が存在しております。その上、この国公有地に隣接いたしまして民間企業一社で所有している土地を加えますと、千二百ヘクタールとなります。千代田区の面積千百六十四ヘクタールを超える一団の土地となるわけでございます。

 那須野ケ原は、かつて明治政府の殖産興業政策の一環といたしまして、大山巌、西郷従道、青木周蔵、松方正義など、明治の元勲たちなどの大農場方式による開拓の舞台となりました。日本が近代国家として生まれ変わった明治初期の新しい国づくりのロマンが今もなお息づく土地柄でございます。二十一世紀の新しい日本をつくろうという国会等の移転先地として、まさにふさわしい場所であると考えておるところでございます。

 最後に、お願いしたい事項について申し上げます。

 貴委員会におかれましては、昨年五月に「二年を目途にその結論を得る」旨の決議をなされるなど、調査審議を進められております。心から敬意を表するものでございます。国会において、法律をつくり、国会等移転に取り組まれておりますことは、その意思を国の内外に表明したものであると受けとめておるところでございます。

 ところで、国会等移転審議会と調査部会は、三年の年月をかけて、延べ回数でいえば月一回を超えるペースで会議を開催し、検討を進められました。

 また、延べ七十二名に及ぶ専門家の方々が、十六の評価項目について、それぞれ専門的な評価を行いました。そして、審議会委員が評価項目の重みづけを行った結果を点数化し、候補地を選定されました。この重みづけによる評価方法は、ピッツバーグ大学のサティー教授が開発したAHP、階層分析法という科学的な意思決定手法でございます。

 何とぞ、移転先地の決定に当たりましては、この審議会の客観的かつ公正に点数化された結果を最大限尊重されますようお願いいたしたいと思います。万が一これと異なる結論が出されるような場合には、その根拠を国民に示されるよう、あわせてお願いするものであります。

 冒頭申し上げましたように、現在の財政状況や公共事業見直し論と絡め、国会等移転を疑問視する議論があります。しかしながら、こうした時代だからこそ、将来に対する投資を重視すべきであると考えております。

 今、米百俵が話題となっております。栃木県出身の山本有三が著した戯曲「米百俵」の中に、小林虎三郎が、米を分けろと詰め寄る藩士たちに言った次のようなくだりがございます。こんな苦しみを孫子にさせるようなことがあっては我々の恥辱だ、今我々はつらくとも、あすの長岡を考えろ、あすの日本を考えろ。私は、まさに国会等移転は、この米百俵の精神で、先を見据えて取り組むべき課題であると思っておるところでございます。

 何とぞ、我々の子や孫が日本人であることに誇りを持ち、夢と希望を持って二十一世紀の日本を担っていけるよう、国会等移転の早期実現を伏してお願い申し上げる次第であります。

 以上で陳述を終わります。ありがとうございました。(拍手)

永井委員長 ありがとうございました。

 次に、西尾参考人にお願いいたします。

西尾参考人 私の出身地は、静岡県掛川市でございます。旧曽我村、静岡県の西部、遠州の東部に当たります。そして、東海道五十三次の掛川と袋井の中間点にある、国道一号線に沿ったところです。現在の地図上の位置では、東海道新幹線と東名高速道路の交差したところでございます。

 本国会の見学の最初は、昭和二十四年春の中学校の修学旅行のときでした。そのときは休会中で、傍聴席で説明を受けました。そして、今回が二回目です。この間、約五十年が経過しています。感慨無量です。

 さて、国会等の移転に関心を持ちました最初は、時期が不明ですが、新聞に、この特別委員会が設置される以前に、浜松の商工会議所と思われる意見として、国道一号線の南にある小笠山西部の地帯を中心とした構想が掲載されたことであります。

 前に述べました国道一号線は、小笠山の北側を通っています。その地帯は、小笠山の南側は、国有地が多く、国道一号線の沿線より民家の少ないところだと思っていました。実際に浜松から御前崎に向かって太平洋側を自動車で走ったこともあります。今回の答申からは、地震の件があり除外されているようですが、この送付された資料の中には時々小笠山の名前が出てきます。

 その後、国会でも話題となり、法律もでき、候補地の選定が進められるようになってきて、このほど、北東地域と東海地域、条件つきですが三重・畿央地域の三地域が候補に挙げられました。そして、平成十四年には決定の運びと聞いています。

 今回までの私の経過は、平成十三年五月の新聞にこれらに対する意見を求める政府公告がありましたので、五月十二日にメールにより意見を送信しました。それから十月に入り、着信メールの中に今回の意見陳述の応募要領があり、今回参加させていただいた次第です。

 現在の住まいは、三重県津市です。昭和二十九年に津に来まして、試験研究、研究職に従事して、普通作物の育種に二十年間経過した時点に、米余りとなり、研究の内容も変更となり、それまでの普通作物から野菜、花卉に、さらに場所も隣町に移転いたしました。研究の内容も、観賞樹というような緑化植物に変わりました。観賞樹の研究を十年ほど行った時点に、転勤を伴って鹿児島県枕崎市にある茶支場に、お茶と同様の観賞樹の研究に二年四カ月勤務いたしました。平成元年を枕崎市で迎えました。その後、本場に帰り、六年間は実際の研究からは離れて、管理職として平成六年三月まで勤務し、退職しました。勤務期間は、前後を通じて四十年間でした。現在、退職後七年半が過ぎました。

 退職後に、子供夫婦のいるニューヨークに団体ツアーで行き、余分に自由な日を一日だけふやして市内を実際に歩いて見学してきました。当日は日曜日でしたが、証券取引所の中も見学することができました。今回の貿易センター問題ですが、それも外部から眺めました。

 これらの経験を通して、参考意見を述べたいと思います。

 まず、現在の国会のある東京を筑波山から眺めたことがあります。そのときの印象では、関東平野の中にスモッグに覆われたところがあり、東京であるとすぐわかりました。そのスモッグ状態は、卵を半分にして伏せたように見えました。あの下に一千万人の営みがあるのかと思いました。スモッグを吹き流す気流が少ないのか、それとも発生する煙等が多過ぎるのかと思った次第です。

 それで、国会等移転関係資料(第一号)を見ますと、各候補地について各方面からの人たちが長所、短所を述べられていますが、私の懸念項目はほとんど含まれています。

 私の基本的な考えは、交通は、東海道新幹線の範囲であれば特に問題はありません。近畿自動車道、中国道、九州自動車道を使用して約千二百キロ、これは枕崎までの距離ですが、十八時間をかけて走った経験があります。それから、土地に余裕のあること。そして、報告書の中では気候面で雪の少ないところだけが指摘されていますが、風土的に見ると、風の問題が大切だと思います。以上の点を考慮してみます。

 まず最初に、北東地域は、北関東に当たり、東北新幹線で盛岡市までは行きましたが、途中下車していませんのでよくわかりません。同じ職場で同地方出身者で津に住みついている人も、ちょっと話をしたのですが、やや不便ではないかと言っていました。

 次に、東海地域は、掛川―名古屋間の新幹線を利用しますし、東名と中央道路とも利用しますが、住宅や工場が多くて開発がうまく進むか問題があるのではと思います。物づくりの地帯として重要なところだと思います。最近の地震予知連の報告では、震源地の予想がやや西に移動が考えられるとも言われていることが、やや不安要因です。

 最後に、三重・畿央地域ですが、条件が附帯されましたが、道路は名古屋―大阪間の名阪自動車道が主たるもので、九州や関西方面への往復にも十数回利用していますので、この道路の天理までの両側かとも思われます。報告書にもあるように、新幹線からはやや離れていますが、交通の便は比較的によく、関西線の整備充実を図ればと思います。私鉄も近くまで来ています。さらに、土地開発の速度がやや遅く、残された地区と思われますので、土地にも余裕があるのではないかと考えられます。

 前に述べた風の点ですが、若狭湾から伊勢湾に流れ込む気流は、空気の移動を促進し、スモッグ等を太平洋に押し流す作用があります。空気が停滞するようなことはありません。この点では、関ケ原のような雪による交通災害も比較にならないほど少ないところと思われます。

 また、寒く冷たい風の影響の一例として、桜の開花時期を見ると、東京の上野に比べ一週間ほど遅いようです。これは、雪国の人たちが、こちらの方が冷えて寒いと言われます。これは風が強いことからくるものと思います。この風の人間への作用として、寒風は緊張感を持たせることから、有名人を育てているとも言われています。これは実際に本に書いている人もあります。

 その他の条件として、伊勢神宮は二十年ごとに遷宮が行われております。情報関係のIT関連の外国からの通信網が志摩に、伊勢よりちょっと南ですが、志摩に揚がりますのも好都合と思われます。

 それに、地震関係ですが、昭和二十年の終戦前に発生したもの、正式な名前はちょっとわかりませんが、東南海地震ですか、昼間ということで実際に揺れを体験しました。掛川の実家での経験ですが、傾く家屋は屋根がわらが横にずれる程度で、実際の倒壊は見られませんでした。しかし、戦時中のことで、報道が少なく、そういう関係からかもしれませんが、近ごろの地震一覧を見ても、阪神・淡路大震災のようなことはなかったと思います。

 日本の大きな区分に、通常は箱根を境として関東と関西に分かれていると思いますが、職場には全国の人たちが見えて、話し合ってみますと、関東の人たちは箱根から西のことの認識が不足し、一方、関西の人たちは関東から東のことがわかりにくいというのが実情です。他方、東海道五十三次にある三重県関町のガイドさんによりますと、この関から伊勢神宮にかけての道の東が関東で、西が関西とも説明していました。そうすると、箱根からこの間までの中間地は実際どちらに入っていいかと考えてしまう次第でございます。

 以上の事柄から、大きな紀伊半島のつけ根にあって、地盤も強固だと考えられますし、古代文化の漂う三重・畿央地区がいろいろな面から適地と考えられ、私はこれが適地と参考に述べたいと思います。

 以上です。(拍手)

永井委員長 ありがとうございました。

 次に、野村参考人にお願いいたします。

野村参考人 野村でございます。

 肩書を見ますと行政評論家と書いてありまして、恐縮しております。十年前に、湾岸戦争のときに軍事評論家というのが出てきて、えっ、そんなのいるのという感じがしたと思いますけれども、確かに行政評論というのは余りないんじゃないかと思います。

 というのは、一昔前までは、私も会社にいましたけれども、御当局の批判をいたしますと、天から黒雲がおりてきまして、そういう人はどこかに行っちゃうんですね。消えてなくなる。存在できなかったんですね、普通。

 それが、きょうは国会で行政評論家というのを認めていただいて、自由に言える。評論家ですから、どこの組織にもどこの地域にも限定されないで、私自身の良心と理性に基づいて理想的なことを申し述べさせていただきます。

 実現性というのは怪しいのですけれども、ここの委員会のやっておられる首都移転というのも実現性はかなり困難でございますので、その点で同じかと思いますけれども、私も昔の友達に会うと、あなたが言っていた官僚批判、随分実現してきたねと言われますから、ここで国会移転及び国政改革の理想を述べても、あるいは実現するかもしれない、こういうふうに思っております。

 そういうわけで、私も、官僚の行政指導、法律に基づかない行政指導には従いませんけれども、法律ができますれば従いたいと思いますので、今、国会等移転法ができて、それが移転を目指すということであれば、これには従わなくちゃならぬと思います。

 ただ、ここには、四条でしたか、国政の改革をも一緒に考えるということがございまして、その点のことがどうも少なくて、どんどんもう済んだような形で移転先が報告されておるという状況ですけれども、その前に大戦争があるわけですね。

 それで、私は考えるんですけれども、ブッシュ大統領は、今度の九月十一日に、これは根源をたたく戦争だ、こうおっしゃったのですけれども、これは、敵をどれにするかと。イスラム世界全体をやるか、そうじゃないですね。タリバン全体をやるか、そうかなと。実際、今、アルカイダですか、あるいはオサマ・ビンラディンですか、そこに絞ってやるわけですね。ですから、私どもも、我々の戦力、我々というか移転の方の戦力を考えまして、それから抵抗する戦力との関係をはかって、ある程度戦線を整理しなくちゃいけないだろう、こういうふうに思うわけです。

 それで、私は、先ほど申し上げましたように、国政そのものは、もちろん批判しておりますし、そこの一極集中ということをずっと批判してきておりまして、それはここにちょっと書いておきました。

 申しおくれましたけれども、皆様のお手元には私のレジュメがずらずらとたくさん六ページにわたってあります。レジュメですので、意味がはかりかねるところは御想像願いまして、御参照いただくこととしまして、私は、ここでは補足的に申し上げたいと思います。

 そういうわけで、対象を絞った場合、この東京全体二千万人、これは、二千万人といいましても、トップにおられる方も甚だ口が達者で、おっかない方ですけれども、それを含めまして随分とたくさんの人がおるわけですね。この人たちに、私の周りに聞いても、ほとんど、もうこれはさたやみになった、こう思っているぐらいですから、これは、移転を図るには大変な精力が要る。およそ首都の移転を考えるというのは、革命にも相当する大きな政治変革のエネルギーが国民的になくちゃだめだ、こう思います。

 京都から鎌倉幕府をつくった、関東に出てきたわけですけれども、それも大変な、古代を中世に変える変革でしたね、それは百何年かで戻りましたけれども。それからまた、徳川幕府ができる。これで軍政の首都ができるわけです。ところが、これは本当は大したあれじゃないんですね。そこに、二ページ目の終わりにも書いてありますけれども、皇居は京都に残しておりまして、経済の中心は大阪に大体ありまして、結構、各藩に自治を残しておるんですね。ですから、江戸に持ってきたのは、政治の、補足的なというか、旗本的な、補完的な兵力を持ってきているという感じで、大して移っていないですね。

 本当に移ったのは明治維新のときですね。明治維新では、今までの各藩体制を、廃藩置県という形で政治を全部持ってきた。各藩の自治を否定して、全部持ってくるということをしましたね。経済についても、殖産振興、殖産興業ということで、もう政府が叱咤激励して、経済をみんな指導してきたわけですね。それから、もちろん、もう一つ、軍事で、国民皆兵ということで、藩兵はみんな、藩の武士はやめて全部中央に持ってくるということにしたわけですね。

 ですから、私どもが考える一極集中、つまり、地域の移転より前に、権力の集中を考えるといった場合、やはり、この明治の体制を考え直すんだということではないかと思います。

 そうした場合に、それはもちろん、新憲法で、今の廃藩置県というのを、はっきりと地方自治の確立ということできておりまして、殖産興業というのは、これは各人の経済意思に基づいて商売を自由にやりなさいという営業自由の原則ですか、自由主義経済ということがちゃんと憲法にもあるわけでして、もちろん、軍事につきましては、これを完全に軍備を撤廃すると。今非常な曲芸的な解釈が行われておりますけれども、この趣旨は軍備の撤廃ですね。

 ですから、この憲法に従えば権力の分散は十分にできる。全部分散してから、残った機能で初めて移転を考えていただきたいということが私どもの願いですね。

 要するに、引っ越しをする前には要らないものは処分して、身軽になってから引っ越しましょうということです。ですから、レジュメには不用品と書いていますけれども、不用品じゃないですね。貴重な地方の権力を、あるいは企業者の営業の自由を奪い取って、全部中央の官僚体制のところへ持ってきたというところに原因があるので、それはもう憲法がその直し方を教えているわけですから、そのとおりやっていただければいいということでございます。

 それで、本論ですが、憲法は、言うまでもなく、官僚については全くの、官僚というのはほとんど東京に住んでおりますね。ところが議員の方々は、地方を根拠にして、時々国会が開かれればこっちへ来るという形のものだと思いますから、もし官僚政治であれば、すべての政治の決定、権力は、官僚の頭から、東京から流れて、議会は、これは承認をいただくだけの形で、それで国民を支配するということで、全部もう国民は東京に伺いを立てなくちゃ事は済まない形になっていったわけですね。

 これは、憲法の言うとおり、国権の最高機関、唯一の立法機関として国会がなっていただければ、それはもう、権力の中心が、まず国民から、国民の、有権者の意見を聞いて、それを国会議員が国会へ来てまとめる、自分で政策を立て、法案をつくりということをしていただければ、ずっとその権力の重心が各地方へ回るわけですから、それをしていただきたいと思います。

 それからもう一つは、地方自治ですね。地方自治につきましては、ここにちょっと挙げておきましたけれども、五ページにございますが、地方自治は、明治二十一年に市町村制という法律ができまして、そのときに、同時に市町村制理由という告諭みたいなものを出しているんですけれども、そこでは、政府の事務を地方に分任し、人民をこれに参与させ、もって政府の煩雑を省きと、政府が邪魔なものは、やりたくないものは地方におろす、あわせて人民の本分を尽くさせると。これは天皇政府に協力することだと思いますが。だけれども、政府は政治の大綱を握り、方針を授け、国家統御の実を挙ぐ、こう言っておりまして、これは、最近はちょっと地方分権が進みましたけれども、ここ数年前までは、地方の方も官僚も、みんなこの形で来たと思うんですね。

 そうじゃない。それを「地方自治の本旨に基づいて、」と憲法に設けました。憲法に設けたというのは、地方自治というのは法律でもっても曲げられないということで憲法に書いてあるんですね。ですから、地方自治の本旨に基づき法律でもってと書いても、その法律は、地方自治を曲げた法律は違憲、無効だと思います。ですから、まず地方自治の概念を国会ではっきりさせなくちゃいけない、憲法の概念をですね。

 その前に、今の現行法を見ますと、地方自治法でも、「地方自治の本旨に基づいて、」と書いて、それは何も説明なしに繰り返している。施行令を見ましても、「地方自治の本旨に基づいて、」と繰り返している。つまり、全然あいまいにしたままほっておく、あいまいにして、地方も中央も同じことをやるということでは、当然中央官庁の方が強いですから、それはもうみんな中央官庁の支配に服さざるを得ない、自治はなくなるということですね。この地方自治を確立しなくちゃいけないというふうに思います。

 これは、決して地方の独立ということではなくて、もともと、国かもしれませんけれども、憲法制定権力者である国民が被制定権力として国会をつくり、内閣をつくり、裁判所をつくると同様に地方自治体をつくったわけですから、これは憲法でつくられたものであって、国会でも直せないわけです。それを尊重していただきたいわけですね。

 そうした場合には、今地方自治法で書いてあります、例えば、これはいろいろ細かく言えば議論がありましょうけれども、これは自治法の二条の三項にいろいろずらずらと、公園をつくるとか病院を建てるとか、ずっと書いてありますけれども、これを完全に地方のものにして、自治というのは中央から干渉を受けないのだということで、それを原則にしていただきたい。

 そうした場合に、国家は何をするかというのは、EUなんかでも言っております。EUは、EUと各国との関係を、EUは各国のサブシディアリティーに徹するというプリンシプル・オブ・サブシディアリティーというのを出しております。そういう形で、本来全部地方の権限でやるけれども、中央は情報を差し上げるという形にしていただきたいと思います。

 いろいろたくさんありますけれども、時間がたちますので、もう一つだけ申し上げたいと思います。

 まず、憲法の規定ですね。一つの地方自治体に関係することを法律で決める場合には、それぞれその地方自治体の住民投票を要するというのがございますので、これは沖縄の関係でも余り守られていませんけれども、もう一度この趣旨を考えて、もし東京から地方のどこかへ移されるというときには、東京の住民投票と行き先の住民投票とをしていただきたいと思います。

 たくさん話したいことはございますけれども、時間が過ぎているかもしれません。ありがとうございました。(拍手)

永井委員長 どうもありがとうございました。

 次に、村山参考人にお願いいたします。

村山参考人 お招きいただきまして、ありがとうございます。村山と申します。不動産会社勤務の傍ら、首都機能移転に関するホームページを運営し、日々議論しております。

 本日は、首都機能移転について賛成する理由と、その方法論につきお話しいたしますが、この考えは、勤務先やホームページ参加者の意見を代弁するものでもなく、あくまで私個人の意見であることをお断りいたします。

 まず、賛成の理由を五点列挙いたします。すなわち、東京の都市問題の解決、少子化の緩和、行政スタイルの変革、行政のランニングコストの削減、そして震災対策です。

 まず、一番目の、都市問題の解決についてお話しします。

 委員の先生方にお伺いしますが、現在の東京都市圏が世界的にはどれぐらいの規模なのか御存じでしょうか。国連の九五年現在の資料によれば二千七百万人、断トツで世界一です。大阪圏も世界ランキングでは十二位に入る大都市なんですが、それがかすんで見えるぐらいに東京圏の人口は異常な水準です。

 首都機能移転を行わずに、東京改造、容積率アップによる高層化でこの都市問題を乗り切ろうという考え方もございますが、果たしてそれが可能でしょうか。都市問題のうち、住宅問題、通勤問題は高層化で何とか解決できるのかもしれません。しかし、自動車排気ガスなどの環境問題、水資源や電力などの資源問題、ヒートアイランド問題などは、高層化で東京の居住人口を増加させるとますます事態が悪化してしまうのです。

 また、バブル崩壊後、一時期東京圏への流入人口の伸びが鈍化したため、もう東京圏の人口はふえないという楽観論もございましたが、二〇〇〇年の国勢調査結果を分析する限り、東京圏の人口は再び伸び始めています。大阪圏や名古屋圏などほかの大都市圏が横ばい状態ですので、まさに東京ひとり勝ち状態になっているのであります。

 また、IT化で地方にいながらにして用が足せるので東京集中はなくなると言う方もおられます。しかし、渋谷のビットバレーにIT企業が集中しておるように、IT企業の半数は東京圏に集中しております。また、IT化により、東京の本社から、仙台とか福岡とかの支社を通り越して、末端の秋田とか宮崎とかの営業所へ指示を出せるようになりました。このため、企業では、地方中枢都市の支店機能を本社へ吸収し始めております。その証拠に、オフィスビルの稼働率は、東京は好調ですが、他の都市圏は軒並み苦戦です。

 以上の理由から、何とか東京への人口流入を緩和する手段を講じないと大変なことになると認識する次第であります。

 次に、首都機能移転が東京圏の人口増加に対して抑制効果があるかどうかという点もお話しします。

 新首都の想定人口は最大六十万人ですので、東京圏の人口から見れば微々たる数に見えます。しかし、東京一極集中の最大の原因は人材と情報の集中です。人材の面を考えますと、東京出身の大学生がわざわざ東京を出て地方に就職するということは、今の日本では思いつきもしないかと思うんですが、これが、新首都ができるということで、国家公務員とかマスコミの社員とかで新首都へ就職するというふうな若者が出てくると思います。

 そうなってきますと、東京で就職しないといけないという固定観念が取り払われれば、あとは、東京から大阪へ行くとか、東京から札幌へ行くというふうな若者もふえてくると思います。情報の面も同じことでして、とにかくすべては東京という固定観念をコペルニクスのように転換してくれるのが首都機能移転の効果であります。

 二番目に、少子化の緩和について取り上げます。

 少子化の進行が憂慮されておりますが、エリア別の出生率を比較しますと、東京圏の少子化の進行が顕著でして、全国平均を押し下げております。その要因はいろいろあるでしょうが、東京の劣悪な住宅事情による少子化という要因も無視できないものと思われます。少子化対策としては、保育所の整備も大事ですが、何らかの形で東京の住宅事情の改善も必要だと思います。

 三番目に、行政スタイルの変革についてお話しします。

 今の霞が関の官僚は、地方からの陳情を聞いてやるという行政スタイルが身についています。公僕たる者、聞いてやっているのではなく、みずから国民へ出向いてヒアリングするぐらいでないといけないと思いますが、これは官僚ばかりを責めるわけにはいきません。

 今の東京の都市構造では、気軽に地方へ出向いてヒアリングしてくるということが難しいのです。例えば、官僚の自宅が柏の方にあったら、そこから新幹線の東京駅までわざわざ出て、通勤ラッシュに巻き込まれながら移動しまして、そこから初めて地方に行くということで、非常に体力が消耗する。これでは、官僚の皆さんに行けと言ってもしり込みすると思うんです。もしコンパクトな新首都に移転するという場合、新首都の自宅から新首都の中央駅までの移動というのが楽なために、どんどんどんどんフットワーク軽く出張していくという役人がふえるということで、行政のスタイルも変革していくのではないかと考えております。

 四番目に、行政のランニングコストの削減について申し上げます。

 家賃などの高い東京で庁舎や官舎を維持するということは、実は物すごくランニングコストをかけているということです。首都機能移転では、一時的に建設費等のイニシアルコストが負担になるかもしれませんが、一たんコストをかけてしまえば、その後のランニングコストは安く済むということになります。それで、もし移転をするということであれば、金利水準の低い今がまさに絶好のチャンスであります。

 また、役人が新首都の広い家に住んで、通勤時間も短くなって、日々の暮らしが充実して、その結果、仕事の能率が上がるということになれば、それは結果的に国民にもプラスになるということです。役人の福利厚生という面からも新首都への移転というのを考えてみてはいかがでしょうか。

 最後に、五番目の、耐震性の話です。

 移転に反対される方は、霞が関や官舎の耐震性を強化すれば、わざわざ新首都を建設しなくても事は足りるとおっしゃいます。しかし、私は、次の三点を理由にその意見に対して反論したいと思います。

 一点目は、官舎と霞が関の距離の問題です。

 例えば、世田谷に官舎があるという官僚が、地震が夜間に起こって霞が関へ緊急登庁するという場合でも、もし途中の渋谷で大規模な火災があったりして交通路が寸断されるという事態になりましたら、登庁したくてもできないということになります。したがいまして、東京都市圏全部を防災化しないと政府機能は麻痺しかねません。

 二点目は、公務員の士気の問題です。

 官僚の全員が耐震性にすぐれた官舎に入居しているわけではありません。民間の耐震性に難がある住宅に住んでいるという官僚もいるかと思います。それで、不幸にして自分の家が被災してしまって、あるいは自分や自分の家族が負傷したという官僚がいた場合、そういう官僚がどれだけ士気を維持して復興業務等に当たることができるかという点があります。官僚も人の子でありますので、そういう状況下においてお国のために働けという過度の期待を持つのは酷ではないでしょうか。

 三点目が、電話のふくそうの問題です。

 大規模災害が発生しますと、電話のかかりにくい状態、いわゆるふくそう状態になるんですが、災害復旧のヘッドクオーターをそういう場所に設置するのは甚だ非効率ではないでしょうか。

 以上の理由から、私は、東京被災時のヘッドクオーターの確保としては、新首都の建設が必要不可欠になると考えます。

 なお、新首都を建設しても新首都が被災すれば元も子もないという反論に対しては、神戸では、防災を考慮したニュータウンでは、阪神大震災での人的被害がごくわずかだったという事実を申し上げたいと思います。新首都に万が一阪神大震災クラスの震災が発生しても、致命的ダメージを負うことはないと思います。

 次に、移転の方法論について、いかに初期投資額を少なくし、かつ、環境破壊を少なくするかという観点から、四点申し上げます。

 一点目として、新首都建設に際しては、PFIや不動産証券化の手法を多用し、財政負担をできるだけ少なくすべきです。PFIとは、民間資金を導入して社会資本を整備する手法です。また、民間の不動産では、SPC、J―REIT、不動産特定共同事業などの手法により、広く一般投資家から資金調達を図る不動産証券化、不動産小口化が開発されております。新首都の建設に際しては、これら最新のプロジェクト金融の手法を導入すべきです。

 二点目として、新都市の工事の際には、外国のゼネコンも入札に参加させて、ガラス張りの透明性を確保すべきです。間違っても新首都建設に際して談合等の疑惑が発生してはなりません。

 三点目として、移転先については、環境面の配慮から、既存の都市、特にバブル崩壊後の遊休地の活用も検討対象に含めるべきです。具体的には、名古屋の笹島貨物駅跡、仙台の長町貨物ヤード跡、北海道の苫東地区、北九州の炭鉱地帯などです。

 四点目として、移転先の決定方法として、決定過程の透明性の確保の面から、及び費用を少なくする面からも、堺屋太一氏の主張する競争入札方式を考えるべきだと思います。

 すなわち、最も早く、最も安く移転用地を工面した候補地を新首都とするのです。その場合、入札に勝った候補地を主要官庁や国会の立地する本首都とし、敗れた候補地は最高裁、日銀、公取、人事院等の立地する副首都とすれば、新首都の規模も少なくて済みますし、また、競争で負けた候補地の用地もむだになりません。

 私の意見陳述は以上です。

 最後になりますが、私の運営するホームページでは、利害関係のない多くの市民により、連日、有意義な議論が展開されています。首都機能移転論議がこれからさらに多くの一般市民で議論されることを願いながら、私の意見陳述を終了いたします。

 本日は、まことにありがとうございました。(拍手)

永井委員長 ありがとうございました。

 以上で参考人からの意見の開陳は終わりました。

    ―――――――――――――

永井委員長 これより参考人に対する質疑を行います。

 この際、委員各位に一言申し上げます。

 質疑につきましては、理事会の協議に基づき、一回の発言時間は三分程度となっておりますので、委員各位の御協力をお願い申し上げます。また、御発言は、挙手の上、委員長の許可を得た後にお願いいたします。御発言は着席のままで結構でございます。

 これから質疑を始めたいと思いますが、質疑のある方は御発言をいただきたいと思います。

青山(二)委員 公明党の青山二三でございます。

 きょうは、八人の参考人の皆様には、大変お忙しい中をこのようにお集まりいただきまして、大変ありがとうございます。いろいろ貴重な意見を拝聴させていただきました。今回は、賛成の方が六名、反対の方が二名ということでございますが、いずれもホームページに掲載をされた方々の中から選ばれたということでございます。

 先ほど三重・幾央の界外参考人の御指摘がございましたが、私も栃木県でございますので、栃木県からお見えの田嶋参考人にまずお伺いをしたいわけでございます。

 その界外参考人の御指摘によりますと、市民のホームページは四つもある、他の地域はゼロだというようなことでございます。また、栃木県知事のお考えということにつきまして、前の栃木県知事は大変御熱心にこの国会移転問題を進めておられましたけれども、今回、選挙で新しい知事が当選をするということで、公約に移転反対を掲げたというようなことがあるとおっしゃいましたけれども、過日、この委員会でも現地を視察させていただきまして、大変前向きな、積極的な御意見のようでございますので、そのあたりのことと、それから、ホームページが県民の中からは見当たらないということでございますので、県民の御関心についてわかる範囲で御説明していただければと思います。よろしくお願いいたします。

田嶋参考人 まず、ホームページの件ですけれども、本県もインターネットでホームページを開設いたしております。

 県民の関心でございますが、賛成、反対はございますけれども、新聞社その他のいろいろな調査でも、七割程度は知っておるというような状況でございます。県民会議という官民組織がありまして、そこでは、現在、現実に場所を見ていただく、そういうような運動も展開しておるということでございます。

 それから、新しい福田知事の首都機能移転に対する取り組み姿勢でございますが、青山議員御指摘のとおり非常に積極的でございまして、これは、七月の十九日、福島におきまして四県の知事のトークショーが行われました。そのとき、福田知事も出席いたしまして、国会等移転についての積極的な発言をいたしましたし、共同アピールにも加わっておりまして、積極的な取り組みを展開しているところでございます。

 以上でございます。

坂本委員 反対意見を述べられた二人の先生にちょっと御質問してみたいと思うんですが、諸外国でも、国会移転にはそれなりの理念というか目的がございまして、ブラジリアにしてもキャンベラにしてもワシントンにしても、これは、外敵、海洋上からの艦砲射撃の届かないところに新首都をつくらにゃならぬ、そういう戦略的な意図がありました。あるいは、カナダ・オタワのように、フランス語圏と英語圏の移民者の中間地点でなければ国情がおさまらぬ、そういう課題があったわけでございます。どの国にもいろいろあるんですね。我が国の場合何かというと、明らかにこれは、地震列島ですから、首都機能が地震による自然災害で崩壊するようなことがあっては、もう二十一世紀は世界の物笑いになりますね。

 そこで、私が常々言っているのは、日本は地震対策なんだ、したがって、北海道から沖縄までどこでも地震の危険性、可能性がある列島ですから、私は、全国に三カ所ぐらいは国会議事堂と首相官邸をつくっておくべきだろうと思っているんです、常に三カ所ぐらいは。むだだとか何だとか、そんなのは論外の話でして、これが危機管理、日本列島の宿命だと思わなきゃならない。

 そこで、大友先生、野村先生には、どうでしょうか、三カ所持つという私の意見にどうしても賛同できませんか、日本列島の現状を考えた上で。

野村参考人 どうもありがとうございました。

 私のレジュメにも書いてありますが、二ページの上の方、「現状維持の可能性」ということも検討しろというのが一応抵抗勢力の話だと思います。法律を見ますと、阪神大震災のことで平成八年に改正がありまして、これが盛り込まれました。それもあるからということだと思いますけれども、私ども見ますと、長田区は非常にお気の毒なことをしたんですけれども、あそこの中央機構がどのぐらいやられたかということは疑問に思いますし、今、耐震構造が進んでおりまして、全滅するということは考えられないのですね。結局は、一部だめになったところのバックアップ体制と危機管理ということでかなり防げるのではないだろうかというふうに思っております。

大友参考人 三カ所というのは大変奇抜なアイデアだと、私も今ちょっと笑ったんですけれども、私は、危機管理上、危機を分散するという考え方については賛成であります。

 ただ、私はどうしても現実論になってしまうんですが、地震が起こったときに、ではその対策を含めて、だれが初動の対策をとって、だれがどうするという話になったときに、多分、その対策をとるのは内閣であったり、政府であったり、総理大臣であったりするのかなと思うんですね。そこで、例えば、地震が起こったので、今から三時間後に救わなきゃいけないから、国会を開いて法律をつくって通そうということができるわけがありませんし、国会議事堂という物理的な建物であるとか、国会という会議の機能が、果たして災害が起こった何時間以内とかに必要かというのは、私ちょっと疑問に思っています。

 ですから、そういう意味では、やはり内閣総理大臣を含めた指揮体系の方々が安全な施設が備わっているところが、今現在あると思いますし、それがあれば、何か国会議事堂というものを三つつくるというのは、ちょっとどうかなと思いました。

 以上です。

中井委員 自由党の中井です。

 参考人の皆さん、お忙しいところ、ありがとうございました。

 三人のお方にお尋ねをいたします。

 大友さんは、シンガポールの例を挙げて、この東京が国際都市としてというお話をなさいました。私どもも、首都機能移転を促進するという立場で、心配しておりますのは、その東京が国際競争の中でどんどんと能力を落としている。東京に莫大なお金を投資するよりも、思い切って新しい首都機能をつくった方がはるかに首都機能としてふさわしい国際都市をつくれるんじゃないか、こういうことを考えながら論議をしていますが、東京都にどう首都機能を残して、どうやればニューヨークやシンガポールのような国際競争力というものを向上させていけるとお考えか、このことについてお尋ねをいたします。

 それからもう一つは、界外さんと鈴木さんにお尋ねをいたします。

 お二人は、賛成の立場で御意見をお述べいただきましたが、それぞれ、首都移転ということを盛んに強調されました。私どもは、首都は天皇陛下のおられる東京でいいじゃないかと。首都機能、国会等を移転させよう、その候補地を東京都との比較をしながらどう絞り込んでいくか、こういうことで、今、御協力をいただいて議論をしています。

 お二人は、首都というものをどういうふうに考えておられるのか、この点についてお考えをお聞かせください。

大友参考人 私の勝手な推測ですと、今のここの議論は、政治機能のみの、つまり経済機能は東京、政治をどこかほかというような、政治と経済の分離という議論が進んでいるのではないかなと私は思ってきているんですが、そうした場合に、私は一般の会社員です。私の会社もそうなんですが、東京に本社があって、全国に支社を置いているという企業はたくさんあると思うんですね。そういった企業は、基本的には、東京においてクリエーティブな部分があって、あとは、地方はほとんど販売をしているというケースになっていると思うんです。

 これは、海外の企業が置く場合もやはり同じことでして、例えば仮に、大きな自動車の会社があって、でも、その会社はすごく大きくはなくて、今のところアジアではシンガポールとそれから上海と東京に支店を置いている、ちょっと傾いてきたからどこから閉めようかというときに、東京はちょっと魅力がないしパスだということで、東京をまず減らす。そうすると東京がどうなるかというと、まず雇用が減りますよね。雇用が減るし、当然、支社を減らすというのは、やはり私たち企業から見ても、そこに対する力のかけ方とか販売促進費のかけ方とか、そういうのはどんどん減っていくんですね。ですから、企業が落とす金というのが非常に落ちていく。

 日本の今の現実としての社会というのが、東京に大きな企業があって、それの支社という大きな企業の論理があって、それが、東京の力がなくなることで、結局その支社、支店にまでその影響が行ってしまうということで、私ども企業にとってはちょっと痛いのかなというふうに考えました。

界外参考人 私が首都という表現を使いましたのは、わかりやすくて言いやすいからでして、私のホームページの名称も、昔は「未来の首都・畿央」というホームーページだったんですけれども、ちょっと首都というのは、石原知事も首都移転反対というふうに言っていることですし、「未来の国会都市・畿央」というふうに変えさせていただきました。

 政治首都は新しい都市に移ることになると思いますが、経済の首都は相変わらず東京のままですので、首都は複数になるのかなと思います。

 以上です。

鈴木参考人 先ほどもちょっとお話がありましたけれども、経済は東京、首都は別のところへ移すというのが私の考え方なんですけれども、残った東京をそのままにしておくのではなくて、東京もまたつくりかえるということも一つ課題にあると思います。

 ここにも書いてありますように、私が主張しているのは、やはり緑ですとか水ですとか自然環境にあふれたような、オーストラリアのキャンベラのような、そんなような都市を頭に描いております。

肥田委員 民主党の肥田美代子と申します。

 この委員会は、現在の国会の姿、それを見詰めながら、未来の政治へのロマンを語り、そしてそれを現実化していくという大きな役目があるわけでございますけれども、ちょっと基本的なところでお伺いをしたいんです。

 参考人の皆様に、お一言で結構でございますから、お答えいただきたいんですが、きょう国会に来られまして、そして、建物でも結構でございます、町の様子でも結構ですし、委員会の様子でも結構です、廊下の様子でも結構です、とにかく国会の第一印象、それを語っていただきたいと思うんですが、一言ずつでお願いいたします。

上田参考人 形態的な面と、それから本来国会が果たすべき機能の面と両面あると思いますけれども、形態的な面からいきますと、この国会議事堂というものは、明治帝国憲法のもとにおいてつくられた権威主義的な国家統治のための施設ですから、景観的なイメージというんですか、物的なイメージは権威主義的なイメージを率直に言って感じるわけです。

 しかし、委員会に出させていただいて、先生方の議論を聞いていますと、割合フランクに議論されておりまして、雰囲気的にも、本来国会が果たすべき国民の代表としての議論をするという機能は果たされているのではないかと思っております。

大友参考人 大変すがすがしくて、歴史の重みを感じる場所だと思いました。

 以上です。

界外参考人 きょうこちらへ来るときに、JRを使って、地下鉄を使って来たんですけれども、大変混雑していまして、よく痴漢に間違えられて誤認逮捕とか、そういう話を聞きますので注意していたんですけれども、東京の人は毎日こういう注意をして、気を使って通勤しているのかなと思うと、ちょっとかわいそうに思いました。

 それから、この国会の印象についてですが、この特別委員会は、毎回インターネット中継とかで拝見させていただいているんですけれども、ああ、こういう感じなんだな、そういう印象でございます。

鈴木参考人 私も同じで、地下鉄で丸ノ内線に乗ったときに、非常に混雑していまして、荷物をたくさん持っていましたので、毎日これで通うのはちょっと大変かなというふうに印象を受けました。

 それと、国会のイメージですけれども、やはり、ここの場に出させていただきまして、もっとかた苦しいようなイメージを抱いていたんですけれども、割かし皆さんの会話の方がフランクに会話されていたので安心しました。きょうお見えになっている方々に日本の国を任せておけば安心だなというふうに感じました。

田嶋参考人 国会の建物につきましては、もう少しインテリジェント化を図るべきではないかな、経済大国第二番目の国としては少し心もとない建物になってきてはいないか、傍聴席も委員会等では非常に狭いのではないか、こういう印象です。

 それから、東京の町並み、これはかなり都市の集積が進んでおります。したがいまして、首都移転は考えられない、やはり機能の移転ではないかな、こういうふうに感じた次第でございます。

西尾参考人 けさ、ホテル東急の十二階から見まして、大きなビルがあるなという、それは時々来ていますので。そうしたら、国会がほっとそこにあるんですね。あれ、あれが国会かと。どっちかといえば、もう長野県にある何か道祖神のような感じがいたしました。

 それから、上から見て、大阪もそうですし東京もそうですけれども、やはり高速道路を上につくっている、あれはもう完全に異常です。どちらかといえば、あれで災害がないということ自身がおかしいんです。あれが倒れるというのは普通なんですよね。ニューヨークなんかは、ああいうのは一切ありません。だから、そんな感じを受けました。

野村参考人 二つあります。一つは、今、これが非常に古い建物だから、もう壊してもいいかという考えがあるかもしれませんけれども、非常に立派で、私はもったいない時代の生まれですので、これはやはりもっと長く生かしていただきたいということです。

 それから、ついででございますけれども、今ここへ来るとき、ちょっと時間が早かったものですから、首相官邸をつくっているのを見まして、あの首相官邸とこの国会等移転の関係はどうなっているのかなということです。これはレジュメにも書いておきましたけれども、八年の法律と四年の法律を見ますと、何かちょっと書き方が違うんです。一体何をするのかという疑問が起こるんですけれども、今のところ何か、八年の改正で国会だけを移転するというふうになったんですかね。

 そうすると、非常に私は嫌な思いがあるんです。というのは、私は陸軍士官学校におりましたんですけれども、松代地下大本営というのがありますね。あそこの構造を御存じかどうか知りませんけれども、あそこには二つ防空ごうがありまして、私が行ったわけじゃないですけれども、人の話ですけれども、一つは天皇と軍部、もう一つは政府が入るということだそうですね。というと、国会は置いてきぼりなんですね。助けるのは天皇と軍部、それに政府がひっついているという形ですね。それと同じことですね。国会だけほうり出して、皇居も政府も皆ここへ置いておくのかということで、それが非常に、国権の最高機関というか、すべてを取り仕切るべき国会としてそんなことでいいのかなということが一つです。

 もう一つ、委員長席が高いところにございます。これは結構です。というのは、本会議場はひな壇に大臣が座るんですね。あれはどういうことだろうかというと、国会議員は代議士というそうですけれども、代議士というのは庶民の代議であって、片っ方、政府の官僚は偉い天皇の代理をする人だ、だから大臣がうんと上に来るんだという発想だと思います、確かなことは聞いておりませんけれども。ですから、私は、国会の本会議のひな壇から閣僚、あそこには選挙で選ばれていない人もおるんですね。閣僚をおろして各委員長が座っていただきたい、こういうふうに思います。この二つです。

村山参考人 皆様の実際の議論の雰囲気はかなりフランクだなというのは、ほかの参考人の方がおっしゃったとおりです。ただ、第一印象は、そちらにいらっしゃる肖像画の方々の雰囲気がかなり重苦しいなと。私なんかは一般ピープルなんで、これでかなり威圧感を感じているというところがまず印象の一つです。

 あともう一つは、実は本日、私に随行人が二人いるんですが、これはわざわざ許可を出してやったんですが、普通の人でも気軽に傍聴できるような委員会にしてほしいなと。これはちょっと制度を変えないといけないのかもしれません。その辺を感じました。

茂木委員 参考人の皆さんには、大変貴重な御意見、ありがとうございました。

 御意見を伺っていますと、ホームページを開設されている方がいたり、また、インターネットで首都機能移転、国会等移転に関しての提言をされたり議論をされている。まさにこういった分野でもIT社会が来ているな、そんなふうに私は感じるんですが、国の方も二〇〇三年には電子政府を実現していく、こういう形になるわけであります。これは、二〇〇三年から実際に始まって、十年後、二十年後には、この電子政府というのはより高度化されたものになっていくと思います。

 そうなりますと、きょう参考人の皆さんからお聞きしました首都機能のイメージといいますか、新しい首都のイメージというのは、今の例えば国会の機能であったりとか霞が関の機能を前提とされていると思うのですが、電子政府が実現された段階になりますと、私は、規模、人口、コスト的にも、かなりコンパクトなものになっていくんじゃないかな。実際に、例えば費用、コスト面が首都機能移転の一つのボトルネックだとすると、それもハードルは低くなるんじゃないかな。こんなふうに感じるんですが、まずその点につきまして、村山参考人からでも御意見をいただければと思います。

 同時に、そういった形の電子政府を前提といたしますと、今あります首都ともう一つの新しい首都というのが、ある期間同時並行で走らざるを得ないんだろうな、そんなことが想定をされるわけでありますけれども、そうしますと、新しい首都の候補地を考える意味で、現在の首都からの距離感、これというのは非常に重要な要素になってくるんではないかな。やはり行ったり来たりというのはどうしてもその間出てくるわけでありまして、距離感というのは重要な要素になってくるんじゃないかなと思うんですが、その点につきまして、田嶋参考人、どうお考えかお聞かせをいただければと思います。

村山参考人 おっしゃるとおり、政府が電子化していきますと、私のイメージの中でも、相当人数、移転人口というのは減るんだろうなと。たしか六十万人というのが最大規模と聞いているんですが、電子化が進んでくるともっと、例えば二十万とか十万とかに減ってくるのかなというふうな漠然としたイメージがあります。

 ただ、具体的に何がどう減るのかというふうなところは、私の中でも検証できていませんので、これはやってみないとわからないのかなというふうに考えている次第で、ちょっと回答になっていないのかもしれませんが、多分減るだろうなということしか今のところは申し上げられません。

田嶋参考人 インターネット化されますと、連絡とかそういうものはインターネット等で行われると思いますけれども、やはり重要な場面では顔と顔、面談での対話というのが、人間でございますから、重要ではないかと思います。

 そういう意味では、やはり東京との距離というものは移転先として重要だと思います。これは、一時間ないし一時間半程度で行って話ができる、双方から来れば四十五分ぐらいで話ができる、そういうような距離感にあるのが重要なことではないかなと。ある日突然首都機能が移転するんであれば問題ないんですけれども、重都という期間が十年ないし二十年続くとすれば、それは物すごい重要な要素になると思います。

 以上です。

伴野委員 民主党の伴野豊と申します。

 本日は、八人の参考人の皆様方、大変お忙しい中、貴重な御意見を賜りまして、本当にありがとうございます。

 私は、基本的には、ある一定の整理をすれば、国会等の移転に対してはもともと推進論者でございます。そういった自分の立場を踏まえてきょうのお話を承ったわけでございますけれども、その一定の整理をしたということはどういうことかといいますと、一つは、大上段に構えますと、二十一世紀の日本国というものはどういうものであるかというイメージから入りまして、国というものがどういうものであるか、国民に対してどこまで責任を持つかという、そういったきちっとした整理。具体的にもう少し平たく言えば、中央政府と地方自治体との役割分担なんかももう少し明確にした上で、新しい日本が始まるんだ、そういうことを国民の皆さん方に意識改革をしていただくプロジェクトとしてやるならば非常に意味がある、そんなふうに思っているわけです。そういった自分の立場を踏まえてきょうのお話を承った中で、とりわけ野村参考人のお話は非常に意味深長に賜りました。

 そして、いま一方、実際に具体的にやっていくときに、じゃ、どうするんだというお話の中で、村山参考人のお話も非常に意義深く伺いました。とりわけ、移転の手法ということで、イニシアルコストをどう削減していくかということは当然具体化していく中で重要なお話だと思うんですが、既存都市の遊休地の活用なんという非常におもしろい発想をしていただいた御案内があったわけです。

 これは、今回キーワードを随分並べていただいたわけでございますけれども、実際、一度フィージビリティースタディーをされた御経験があるかどうか。もしそういう結果があるならば、また後で教えていただければありがたいと思います。例えば名古屋の笹島の貨物跡地を一つの移転候補地とした場合、どういうことが考えられるか。どれぐらいのお金が要って、どれぐらいの建設コストがかかるかというようなことをやられた御経験があるか。あるいは、その建設費をどういうふうに分担すると具体化できるかというようなお話をやられたことがあるか。もしやられているとすれば教えていただきたいと思いますし、もしやっていらっしゃらなければ、ぜひ今後そういうようなことをやっていただいて教えていただけるとありがたいかなと、二点でございます。

村山参考人 私も詳しくケーススタディーで突っ込んで研究したことないんですが、漠然としたイメージで申しますと、名古屋の笹島の貨物駅だけで首都機能全部がまとまるとは考えづらいので、その場合は、稲沢にも貨物駅の跡地があります、そちらと連携しながらというふうなのが私のイメージです。

 仙台の長町貨物ヤードについては、済みません、私、東北の方そんなに詳しくないので、あそこだけで土地が足りるかどうかというのは、多分足りないと思うんですが、その場合どこと連携するかというのまでは漠然としたイメージはございません。

 あと、北海道の苫東地区あるいは北九州の炭鉱地区とかは、恐らく土地の面では十分だろうというふうな直観はあります。

 以上でございます。

棚橋委員 参考人の皆様方、大変お忙しい中、本当にありがとうございます。

 いろいろと御意見を御開陳いただきましたが、私は、一つは、この首都機能移転についての歴史的視野からの、観点からの参考人の皆様の御意見、それから、今特に私どもが真剣に取り組んでおります行政の効率化、行政改革という観点から御意見をお二人の方に伺いたいと思っております。

 と申しますのは、当委員会では何度も参考人の皆様方においでいただきながら質疑を繰り返してまいりましたが、特に私も全く同意見でございましたのは、堺屋太一参考人がしばしばおっしゃられる、我が国は歴史的な転換点において必ず首都が動いている。御承知のように、そもそも我が国の歴史は、江戸時代あるいは室町幕府がありました室町時代、鎌倉時代等、首都のあったところを時代の区分として呼ぶほど首都の意味が大きゅうございますし、また、首都の移転がその時代を変えていくという相乗効果があるんではないかという歴史観を私は持っております。

 我が国は、まさに今、国際的にも国内的にも、IT革命等を含めた大きな技術の変化に伴うまさに新しい時代、単に世紀が変わったということだけではなくて、産業革命にも匹敵するようなIT革命、あるいは世界的な経済構造の変化、共産主義諸国の崩壊、こういったものに直面している中での首都機能移転というのはやはり大変大きな意義があるというふうに私は考えております。

 また一方で、今行政改革あるいは行政の効率化ということが言われておりますが、一番必要なのは、経済の首都とそれから行政の首都を距離的にも離すことによって、巧まずして行政の経済に対する規制、これを緩和するという視点もあり得ると思います。

 そこで、以上二点の観点から、まず行政評論家の野村先生に御意見を伺いとうございますし、それから、国家公務員でもいらっしゃいました西尾参考人に御意見をいただければと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

野村参考人 日本で首都を移転いたしましたのは、鎌倉幕府の成立ですね。これは、古代王朝国家を否定して動かす大革命だったと思います。それから、徳川幕府をつくったときも、戦国の血の戦いを経まして平定しまして、これから法の支配という、徳川幕府というのは封建的ではありますけれども、法の支配が行き届いて三百年の平和を築いたことだと思いますけれども、その最初、戦国時代を克服して、国民の歓迎のもとに行われたと思います。

 明治維新でも、御一新の戦争がありまして、御一新いいじゃないかいいじゃないかという国民的熱気のもとに行われて、これはよかったと思いますけれども、歴史をひもときますと、例えば、天智天皇が近江の宮に、大和から近江へ移されておりますけれども、このとき、額田王でしたかね、歌を歌っておりまして、大和を離れるのは悲しい悲しい、近江へ行くのは悲しい悲しいといって、後の人も、近江の荒れを見まして、いかさまにおぼしめせか、何でこんな、首都を動かすようなことを考えられたんだろう、こういう雰囲気で行われましたところ、天智天皇は近江に行かれるとすぐ亡くなられたりして、それからお子様の弘文天皇は自殺されて、壬申の乱が起きた。それで天武天皇の方に移るというようなことで、成功しませんでした。

 ですから、やはり首都を、特にこの二千万、二千五百万人の人をみんな、これはさっき話がありましたけれども、好きで集まってきている人を動かすような革命的熱気は全然感じられないわけですので、大変難しいな、こういうふうに思っております。それが第一点でございます。

 第二点の行政改革でございますけれども、行政を今まで官僚が取り仕切っておりましたけれども、この官僚については、憲法に何らその権限を認めておらないわけですね、このレジュメにも書いておきましたけれども。内閣のところを見ますと、内閣の職務として、法律に従い、つまり国会議員の方がお決めになった基準で、天皇じゃない、国会議員がお決めになった基準で官吏に関する事務を掌理するというふうに書いてありまして、これは政治家を主とする内閣から管理されるだけの人間だったわけですね。それが実際は内閣を操り、国会を操って、行政権も立法権も全部をおさめる独裁政権をつくってしまいまして、そして、民間に対しても、私企業に対しても、法律の根拠の全くない行政指導でどんどん、この間、銀行に対して、何か銀行局の審議官ですか、何千億、何百億、何十億と各銀行に出させるとか、法律の根拠が全然ないんですね。これは刑法にございますけれども、公務員、人をして義務なきことを行わしめた者は三年以下の懲役ですか、ぐらいのことでありますのに、全く行われていない。

 要するに、官僚は何でも、経済を全部取り仕切った、官僚経営の経済運営がされている。これを打破しなくちゃいかぬのであって、行政改革は、要するに法律に根拠ない限り国民を縛るべからず、憲法二十二条で書いてありますように、職業選択の自由、営業の自由があって、これは公共の福祉に反するときだけ法律で制限できるわけですけれども、今までは、何か事件がありますと、その人をやっつけるんじゃなくて、こういうことが起こるからといってその業界全体にコントロールをかけるわけですね。それは極めて自由を大きく阻害しまして、大きな公益を阻害した、かえって阻害する行政だった、そういうことをやめるべきだと思います。

 それから、私のレジュメの最後に書いてありますけれども、国家の仕事は何であろうか。何で国家に権力を与えられているかというと、商売というのは、人から物を奪ってくるわけじゃなくて、いいものをつくってお金をいただく、喜ばれるものをつくってお金をいただく関係ですけれども、権力というのは、そういう自由な商売が成り立たないところに権力を使う。

 例えば暴力団がいて、暴力団をやっつけるということは、一般の人では得策ではございませんから、これは政府が、要するに違法の暴力を適法の暴力、合法の暴力で抑圧するということを市民革命以来やっておりますね。これは夜警国家と言われておったようでございますけれども、今の新憲法は、そのほかに生活権の保護、生活できない人々に対して保護する。援助するというのは一般の企業でしませんので、これは国家がやるということで、国家の役割は、強権力を用いても国民の自由、生命、財産を加害者から守り、かつ生活の困難といいますか、生活権をみずから獲得できない人を補助する、助けるという二つのことに限られるべきであって、産業振興の業務はないんだ。産業振興とか企業の保護とかそういうことは全部企業に任せて、ただ、企業の労働者を守らなくちゃいけません。労働三権は確実に守る。

 それから、企業はつぶしてもいいけれども、失業した人に対してはちゃんとする、こういうことは国家の仕事だ、こういうふうに思っておりまして、要するに、ここに、三ページに書いておきましたけれども、新しい国家理念の確定をしなくてはいかぬというのはそういう意味だと思います。

 今までは中央集権国家できた。軍事をやるにはやはり一億一心。全部軍部の言うことを国民全部守れ。ちょっとおかしいと言う者は暗殺してでもやったわけですね。そういうところで中央集権、つまり全部まとめるということだった。

 それから、戦後は、せっかく憲法ができたんですけれども、今度は軍事大国から経済大国になろうということで、今までアジアを武力で征服したのを、今度は世界を経済で征服しようということで、輸出最高会議なんというのをつくりまして、総理大臣が長になって、どこの市場を攻略できるかというようなことでやってきたと思います。

 それで、今回は、これはもう軍事国家と経済国家は卒業して、道義大国、人権大国になるのがこれからの国家像だというのが憲法の形でございます。道義大国というのは、古来の政治道徳。「普遍の政治道徳」と書いてありますけれども、これはもうずっといろいろな道徳なり政治倫理を見ますと、二つのことに集約される。一つは自分の心の中に人を愛する心を持つ、それから、外に言葉を出せばそれを守るという、要するに二つに尽きるというふうに思っております。愛というのは、部族から国民に、民族になって、国家になって、世界人類に、だんだん文明の発展とともに広がるわけですけれども、その人々を全部愛するということと、それから、約束はみんな守る。法律も憲法も国民との間に約束したわけですから、それは絶対守るということをやっていこうということで、道義国家、人権国家がこれからの日本であるということを憲法は申しておると思います。

西尾参考人 職場的な話ですけれども、米余り現象が出たというと、農業技術者は大体その十年前に指摘していたのです。ところが農家の方は、米が非常に高く売れるという妙味をずっと持ち続けてきたわけですね。まあそういうようなことがありまして、政治の方は、次はこう動くんだということを前もって予測して行動に移っていただきたいというようなことを思います。

 それで、食糧事務所とか統計事務所とか、私のところもそうですけれども、私のところでは東京都内の北区の西ケ原とか平塚、平塚なんかは特に前の弾薬庫なんですね。そういうところへ来て、それから四国農試も、善通寺のところも、そういうところが食糧増産に入ったわけなんです。試験に入ったわけです。平塚、それから御存じのように東京の北区の農業技術研究所、それから鴻巣、伝統ある鴻巣ですが、そういうのもみんな筑波の方に移りました。

 そういうようにして、行政改革に実際に移っていくわけです。そういうのに法律があるのかわかりませんけれども、そうなってくると、雇用確保ということはもう大前提ですが、皆さんそれに従って行っているわけです。ただ、長いこと反対していたところが後からすっと行くとなると、本場というか、事務所はここにあるけれども、畑は向こうだ、田んぼはここだといって、マイクロバスで毎日行かにゃいかぬように非常に不便になっている。私が土地の余裕の項目を挙げたのはそういうことですけれども。

 それから、食糧事務所はずうっと、どんどん人が少なくなったわけです。それから、統計の方は、これは国会等の皆さんの資料を作成するということで、統計も少なくはなりましたけれども、食糧事務所は随分少なくなりました。そういうようなことです。

矢島委員 日本共産党の矢島恒夫でございます。

 私は、参考人の皆さん方がきょうお忙しい中、いろいろと御意見を聞かせていただきました。ありがとうございました。

 時間の関係もありますので、大友さんと野村さんにお尋ねしたいわけです。

 大友さんには、一つは、私たちこの首都機能移転の問題、国会移転の問題については、十年前からですが、反対してまいりました。とりわけ、バブルが崩壊して今日の事態の中で、経済財政問題を考えてみても、また、国、地方を合わせて六百六十六兆円という借金財政になっているというような事態においても、この時期に行うべきものでないということで反対しているのもその一つの理由です。ほかにもあります。

 そこで、大友さんが出されましたこのいわゆる費用対効果の図、Cモデルといいますか、があるわけですが、総額四兆四千億円になるのかどうなのかというのはいろいろな数値がありましてはっきりしないけれども、多分大友さんは四兆四千億円で考えていらっしゃると思うのですが、これを基準にして、いわゆるCモデルで試算されたことがございますかというのが一つです。

 もう一つは、マスコミの問題も含めて国民的周知の問題が出されました。やはり私たちが決めていくには、国民的合意ということが重要な一つの条件になっていると思うのです。来年の五月に一つに絞るということ自体について、率直にこれだけまだ国民に知られていない状況がある中でいいのかどうか、ぜひお聞かせいただきたい。

 それから、野村さんについては、私、「労働運動研究」という本で何回か読ませていただきました。ことしの九月号、あれは三百八十三号でしたか、の中でも論文を書かれていらっしゃいますので、読んでみました。いずれも日本国憲法と民主主義の問題とか人権の問題とかそういう問題について論じていらっしゃるわけですが、今回も国会移転と地方自治という点でお話を伺ったわけですが、やはり地方への権力の移譲といいますか権力の分散といいますか、そういう状況、我々が言ういわゆる地方分権、これを推進することによって首都機能の移転は必要でない、こういうお考えなのかどうか、その辺について、それだけに絞ってお答えいただきたい。

大友参考人 質問を二ついただきました。

 まず一つは、このCモデルについて試算をしたことがあるかということですが、結論からいいまして、したことはありません。

 これについて、もし、ちょっと試算をまとめてみてよというようなことであれば、私の会社に一千万円ほどいただきましたら、SE工数として私がざっとした見積もりを出させていただきたいなと思います。というのは冗談なんですが、実際、先ほど私が言いましたように、政治、経済、歴史とか、あるいは各地方公共団体の方々の言い分とか、それはここに当てはまると思うんですが、それを総合的に費用対効果で出していれば、それはすばらしいなという提案なわけなんですね。

 ですから、これでなくていいのですけれども、こういった一つのモデルによって、官僚の皆様がぜひ工数を割いていただいて、この一つの基準ポイントからここを改正する、ここを改正する、そういったものをぜひ衆議院なり国会のウエブサイトで公開される、それから記者の方々にこれを配る、発表はすべてこれをもとに行う。

 そうすれば、例えば、今、ニュースショーなんかでわかりやすい番組というのは数少なくて、私が見ているのは「ニュースステーション」と「Smaステーション!!」ぐらいしか見ていないのですけれども、それ以外の番組というのはニュースが非常にわかりにくいのですね。わかりにくいのは、さっきも言いましたように、記者の方々がこれを一概に、いや、もう国会移転はだめですよみたいなことを言い切れるほど簡単な問題じゃないということなんですね。でも、それをマスコミの方々が取り上げてもらわないと国民には伝わらないわけなんですよ。

 ですから、ニュースショーであるとか新聞、それから週刊誌、そういったいろいろな方々が、すべて報道のときにはこの表を出して、この表のここについてきょうこんなことがあったみたいに、そういうふうにしていただければ出版の方々も非常にやりやすいし、国民も、いつもいつもこの表が出てくるので非常にわかりやすいな、そういうことを議論としてしていただきたいというのが一つ。

 それから、二番目に質問いただいた国民的合意が得られていない、来年五月でいいのかというのは、まさに今言ったとおり、こういった技術による情報公開をしていただければ、あとそれを決められるのは、私どもが選んだ国会の皆様が決めることかなという感じでおります。

野村参考人 地方自治につきましては、国家と自治体との関係でございますが、これは連邦制ではございません。

 例えばアメリカですと、各州が一つの国で、そこで全部法律もつくり、最高裁判所もあり、州兵まであるという状況でございましたが、それが十三州あったときに、ワシントンにおいて連邦をつくって、それで連邦に権限を一部移譲してやったということでございまして、アメリカ憲法の修正十条には、この憲法にはっきり書いていないことは全部州の権限であるというふうに書いてあります。

 ところが、日本の場合には、自治体は独立国だという意見もございますけれども、やはり、明治憲法から新憲法に来ておりますが、明治憲法から考えれば、明治憲法で持っていた中央の全統治権、これを分割して分け与えるということで、これは憲法で、中央政府及び自治体、全く平等に二つに分けて、そこの職分を確定しているわけですね。

 ですから、今のところ、よく地方分権というのを、さっき私読みましたけれども、政府の要らない仕事を、これはおまえのところでやれ、邪魔だからやれという考えではなくて、初めから憲法で固定された部分があって、地方自治法でも変えられない部分があるということでございますね。ですから、日本国は、そういう意味で中央と自治体との両立で統治されておるということだと思います。

 それでは、憲法は自治体に何を与えたかというと、地方自治の本旨によりでございますので、先ほど申したかもしれませんが、自治というのは、よそから干渉されないで自分の責任でやるんだということでございますから、干渉されない分野をつくらなくちゃいけないわけですね。それで、本当は地方自治法でそのことをうたわなくちゃならない。

 ドイツの憲法では、連邦では何をし、州では何をしということをちゃんと書いてありますけれども、日本の場合には、地方自治によりで、あとは法律に任せられたわけですから、国会の方で適用する法律をつくらなくちゃいけないと思います。それを今サボっておるのは、官僚の方の都合で、その方がいいですからね、もやもやっとした方が。それはおれのところに聞いてこいということで権力がふえますから、その方がいいのですけれども。

 そうではなくて、はっきり二つに分けなくちゃいけない。その分け方は、九十三条で住民が主権者と書いてありますから、住民が主権者というが、住民とは何だというと、これは生活者だということですね、人間が消費生活をしている以上、全住民。

 私は、横浜にいるとき東京に通っておりましたけれども、横浜で消費生活をし、東京で生産生活をするということでは、東京の都民でなくて横浜の市民でした。というのは、生活者の政府が自治体だ、こういうことでございますので、生活をコミュニティーで規律するということは、全部自治体が中央の干渉を全く受けないでやれるんだ、やりなさい、こういうことになっておるのが憲法の定めだと思います。ですから、五ページに書いてある、要するに、インターネット分散型首都である、各州の首都があって、そこをつないで、必要があれば事務共同体でもつくってやりなさいということだと思います。

 どうも失礼しました。

大島(令)委員 社会民主党・市民連合の大島令子でございます。きょうはどうもありがとうございました。

 私は、二つの観点の質問を、二人ずつの方に質問させていただきたいと思います。

 まず、鈴木参考人と田嶋参考人には、自然保護、環境への配慮という観点からの質問をさせていただきます。

 この夏、私は、三カ所の候補地のうち二カ所は実際自分で視察することができました。その二カ所は、私の出身地である愛知・岐阜、それと三重・畿央地域です。もう一つ、福島・栃木の方は行けなかったものですから、ビデオを拝見させていただきました。いずれの山も、新たに建設候補ですよと説明を受けたところは、本当に緑がたくさんなんですね。そうしますと、那須でも、那須野ケ原というのですか、緑の海というふうにビデオで紹介していました。

 さきの通常国会で森林基本法というのが成立しまして、従来コンクリートでダムをつくっていたわけなんですが、山に木を植えて、その森林の保水能力で山を守り水害を防ごうというのも、たしかその森林基本法の理念に入っていたと思うんですね。そうしますと、その自然保護、環境への配慮というのがこれからますます重要な、政治的、政策的な課題として取り上げられるべき時代にと。

 新首都の規模は、初期においても、二千ヘクタールで人口十万人、最終的には、面積として八千五百ヘクタール、人口五十六万人、建設費は十二兆三千億円というプロジェクトになると移転審は言っているわけなんです。この三つの候補地は、日本列島の中でも本州の中に三カ所あるわけで、深い緑の山を削って新たに首都を建設することになるわけなんですね。

 こういう観点から、鈴木さんと田嶋さんに、自然保護、環境への配慮ということで御意見を伺いたいと思います。

 そしてもう一つは、大友さんと野村さんに、地方分権とその経済効果について伺いたいと思うんです。

 私、昨年当選したばかりですので、過去のことをいろいろ調べてまいりました。

 この首都機能移転の背景には、思惑の異なる大きな推進力が絡み合ってきたと思っております。一つは、戦後の国土開発の思想に乗って、基盤整備を、公共事業、建設行為として国家をつくり上げてきた、その戦後の歴史があると思うんです。国土開発思想。もう一つは、明治以後に確立された中央集権。その中で、東京を中央集権国家という形で発展させてしまった。一方で、最終的な権限は東京にある、しかしその結果、人材とか能力が地方になくなってしまったという反省のもとに、やはり地方分権、財源も権限も任せようということで、ことしは地方分権法が施行されて二年目になるんですが、来た。その途中であの阪神大震災があり、防災という観点がここにまた一つ出てきた。

 では、これをどう解決するかというと、物理的に国会等を移す、強制的なことによって東京に集まったいろいろなリスクを地方に分散させてしまおう、そういう推進思想があると思うんです。

 しかし、今考えてみますと、国土開発思想も、右肩上がりの経済発展のもとでは国家運営ができない。今は、経済発展がすごく下がっていますし、人口も頭打ち、そして高齢社会。成熟社会から、すごい下方ぎみの経済指標もしなければならない時期に、新たな負担というのを国民に求めることは、私は、逆に足かせになると思うわけなんですね。

 そういう中で、新しい首都をここ何十年間の間につくっていくということは、結果的には、運営費だけでも莫大なお金がかかるわけです。例えば、都市基盤をとっても、建物では、電気設備は何年後にはかえるとか、屋上防水も何年目には塗りかえなければいけないということでございますね。ですから、当然、税金という形で、いろいろな意味で都市基盤を維持するために負担がかかる。そういうことが本当にこれからの時代にいいのかどうか。

 私は反対の立場からの質問なんですが、以上、二種類の質問を四人、二つ目は大友さんと野村さんにお伺いしたいと思っております。

鈴木参考人 私が主張しているのは、岐阜・愛知の地域を取り上げているわけなんですけれども、おっしゃるとおり、愛知の候補地ということで県がつくりましたパンフレット等を見ても、北部、東部には新規開発可能な緑の丘陵地が大きく広がっていますというふうにうたっております。

 大規模で開発していくということなんですけれども、当然その中にはビオトープ等の技術を駆使しまして、自然と共生したような形で都市をつくり上げていく、そういうようなことをしていけば、そんなに多くは開発しなくても済むのではないか、逆に、都市と共生できるような環境をつくり出していく、そういう技術を開発していくことが大事なんじゃないかというふうに考えています。

田嶋参考人 冒頭、マイアースの著書「沈みゆく箱舟」を例に出しました。環境問題というのは、ある一定地域の環境を守ればいいという時代ではない、地球全体の環境をどう守るかというのが第一点あると思います。そういう意味で、東京都が排出しているCO2、こういうものを少なくする、そういう観点からの自然保護的な首都機能移転も必要ではないかというのが第一点でございます。

 それから、那須の自然の保護でございますが、栃木県が挙げております予定地は、あそこは国の草地試験場とか県の酪農試験場でございまして、周りはアカマツがありますけれども、中は草地でございます。ですから、木を切らないで国会、そういうものができる土地状況になっている。

 それともう一つ、栃木県のその候補地のある市町村では、土地利用調整基本計画というものをつくって、開発をするところと一定条件で認めるところ、認めないところ、こういうものをつくって調整を図っているというふうに伺っております。

 以上でございます。

大友参考人 今御質問いただいた中で、まず地方分権とかあるいは経済効果についてというお言葉が最初にあったのですが、地方分権というのは大賛成なんですが、企業でいえば、例えば各県全部を民間企業にするぐらいの地方分権という議論が別にあっていいわけでして、私は、国会移転と地方分権というのは別な議論ではないか、こう考えております。

 それから、物理的に分散させようという思想かと思うというのは、私は全くそのとおりだと思います。

 それで、よくニューヨークとワシントンは政治と経済が分かれているではないか、だから東京と大阪がどうだとか、東京とどこでどうだというようなこともあるんですが、果たしてアメリカの話と日本の話が何でここで一緒になるのかというのがいつも私は疑問でして、例えば、先ほどの堺屋太一さんの発言というのはホームページで読んだのですが、あれにしても、過去の歴史で、歴史の節目で遷都があったから、だからやるべきだというのは、一体どういう根拠なのかというのが私にはさっぱりわからないのですね。

 ですから、そういった歴史とか海外のこととか、あるいはいろいろな経済とか、学ぶことはいいのですが、果たしてそれが私ども日本国民にとっての、あるいは日本国民の未来にとっての現実的な議論として、本当にメリットがあるのか、どういうデメリットが出るのかというような議論をまずやっていただいて、後で付録でそういうことを言っていただくのはいいのですが、実際に過去に歴史がこうだったとかニューヨークはどうだとかというのは、国民からすると何か非常に衝撃的で受け入れやすいのかもしれないのですけれども、論理的に物を考えている人にとっては何か非常にばかにされているような気が私はします。

 以上です。

野村参考人 レジュメの一ページに書いてございますけれども、私どもは利権にあずかっておりませんので、げすの勘ぐりかもしれませんが、間違いかもしれませんが、推進勢力、推進しておられた方は、どうも公共土木の関係とか建設族議員と言われる方ではないかな、こう思うんです。(発言する者あり)そうですか。

 というのは、この首都移転の問題はいつ起こったのかと調べてみましたら、一番最初は、これは議員立法だそうで、そのときに議員さんが集まって、新首都問題懇談会というのをつくられた。当時、金竹小恐怖政治と言われた金の方がその委員長をやっておられるんですね。これは、我々から見ますと、どうしてもやはり、あの方は割引債券と金塊の中で晩節を全うされずに気の毒であったわけですけれども、そういう印象があるわけですね。

 それからまた、言っていいかどうかわかりませんが、ある外国人から、アメリカ人から、公共事業だと思うんですけれども、日本で仕事をしますとその一%をここの土地の政治家に持っていかなくちゃいけないのだというのを嘆いておりました。そういうわけで、どうもこれは集金マシンとして公共土木事業が使われているのじゃないかなと我々はげすの勘ぐりをするわけですね。

 それとまた関連しまして、環境にも関係ありますけれども、二ページの一番の辺に「環境コスト」と書いています。

 要するに、私、都の、みどりの推進委員というのもやっておりますし、ほかにもいろいろやっていますが、緑を愛するわけですけれども、植物の一つも取らないようにしておるんですが、公共土木事業のところへ行きますと、全山全部削り取られて、緑がなくなっているわけですね。日本列島改造の結末がこの首都移転ではなかったろうかと思うんですが、これはいつも、日本全国、緑を全部削って、白いコンクリートで固めて、そうすると黄金色が生まれてくる、こういうような感じで動いているのじゃないかという気がするんですね。

 その下に、名護の「三府龍脉碑記」というのを書いておきました。これはちょっと皆さんに説明しないとわからないでしょう。

 私、沖縄にもちょっと関係したことがありまして、沖縄に去年、部瀬名岬から名護まで行ったのですね、当時、サミットの会場の万国津梁館を建設中でございましたけれども。名護に入ったところにこの碑があるわけですね。なかなか立派な木で、ピンプンガジュマルという大きな木の下にあるんですけれども、ここの碑を見ますと、まず年号がありまして、清国、大清乾隆十四年という日付がありまして、乾隆十四年というと一七四九年ですから、徳川時代の中期、琉球征服が行われた後ですけれども、琉球の人は、我々本土よりも、ヤマトよりも、中国の方に愛着を持っているんだなということを感じました。

 内容を読んでびっくりしたのですけれども、これは、こう書いてあるんですね。最近、王の首府を首里から名護へ移して、しかも運河をじゃんじゃんつくるという計画がある、これは大変に環境を害する、琉球の美しい自然を害する、これをやめるべきだと国王に申し上げたら、国王は納得していただいて、これをやめたということで、その琉球の自然が守られたという碑なんですね。

 こういうようなことで、私は、新首都で新たに大きな緑が削られるというのを非常に残念に思っております。

山本(明)委員 自由民主党の山本明彦です。

 二点お伺いいたしたいと思います。

 まず、大友参考人にお伺いをしたいと思います。参考人のお話をお伺いしておりましたら、名古屋に住んでおみえになって、東京へ移られたということでありますけれども、最初は首都機能移転賛成だったんだけれども反対になったという話がありまして、東京へ住まれると、みんなやはり東京が一番で、東京の首都機能移転は反対になってしまうのかな、そんな思いをしながら聞いておりました。

 私ども、委員会で東京都へ行ってお話をお伺いしたときに感じたんですけれども、こうした今の財政難の時代に、東京以外のところに首都機能移転をして大変大きなお金を使って、簡単に言うと、むだではないか、景気対策にもならないのではないか。それよりも、今の首都をもっと再生することによって、これは大友さんと同じ考えになるかもわかりませんけれども、東京、日本が世界にもう少し誇れる地域になった方がいいということで、ちょっと名称は忘れましたけれども、首都活性化十兆円プログラムというような計画を言っておみえになりました。まさに、東京がすべてだ、そういう発想が東京都にあったような、そんな感じがいたしまして、大友さんもそういった形で考えておみえになるのかな。

 結局、一極集中をしても東京に首都を残すべきだというふうにお考えなのか、それとも、やはり一極集中は悪いので、違う方法で東京を再活性化すべきだ、そういうふうにお考えなのか、お伺いをしたいと思います。

 私は、これは、東京だけでなくて、日本じゅうの国民があまねく平和で安心で安全な生活を送れるということがやはり大事だと思いますので、そういった意味で、公平な形で日本じゅうが発展すべきだ、私はそんなふうに考えております。その点をちょっとお伺いしたいのが一点。

 もう一点お願いいたします。これは簡単であります。

 私は愛知県の東部出身でありまして、鈴木さんの近くでありますけれども、第一次審査で愛知県の東部と静岡地区というのがふるいにかけられてしまいました。それまでは、首都移転するとしたらここが一番だ、そんなふうに思っておりましたけれども、ふるいにかけられた後は大変公平な目で見られるようになりまして、そうした意味で、どこがいいかなというのを今客観的な目で見ておるつもりであります。

 したがって、これは東京の大友さんと野村さんにちょっとお伺いしたいんですけれども、最終的には東京との調整になるわけでありまして、反対の立場ということもございますのでお伺いしたいんですけれども、東京のライバルになるのはどこだとお考えなのか、お二方にお伺いをしたいと思います。

大友参考人 まず、私は、東京の前は名古屋に住んでおりました。その前は福岡に住んでおりました。一生の中で福岡が一番長く住んでいました。それから、出身は佐世保市です。長崎県です。そういう意味で、私、日本の一番は東京ではなくて長崎のハウステンボスだ、こう考えております。

 それで、逆に発想して、では、あなたは賛成論者だったらどういうふうにしますかというようなことがもし議論としてあった場合に、私であれば、例えば、ああいうハウステンボスのような環境都市的な、本当に、次の世代に、次の子供たちに明るくきれいな地球を残すような、そういう環境都市的なコンセプトがあって、そしてそこにITが入っているというああいう一つの実験都市が、新首都、新国会ですか、そういったところに建設されるというような議論があれば、私はいいのかなと思います。

 ただし、それをやるときの資本は民間でやっていただきたい。よくPFIという言葉になりますが、結局、全国民が負担するのではなくて、PFIとか、とにかく、一企業とか、やりたい会社、やりたいグループにやっていただくというふうにやっていただければいいと思っておりまして、そういう意味で、東京・アズ・ナンバーワンという考え方ではないということでございます。

 本当の本音で言いますと、とにかく、もうこれ以上税金を取らないでほしいというのが本当の本音でございます。

 それから、最終的にどこがライバルかということで考えておりますが、これは実を言うと、私、三地区について深く検討をしておりませんが、ただ、客観的に一つだけ答えろというのであれば、やはり、日本の真ん中にあるというただそれだけの理由で、畿央地区になるんでしょうかと考えております。

野村参考人 ワシントンとニューヨークと二つに分かれておりまして、ニューヨークでは一般に経済活動が行われて、ワシントンには中央機関だけがあるという状況で、一般に、首都と経済首都と二つに分かれておると思うのです。

 そういうことであれば、まず、日本の場合には、もし経済を自由に開放したら、東京が政治の首府であってほしいし、それから経済の中心はどこに行くだろうかといった場合、実は経済だけじゃなくて政治もそうなんですけれども。日本が大陸に軍事侵攻していきますね。そうしますと、広島に大本営ができる。そういう意味で広島も原爆落ちたということも聞きますけれども。

 というふうに、これからの日本がどちらとの国際関係をよくするか。

 今、東京というのは、日本の首府であるばかりじゃなくて、アジアでの盟主でもあるし、アジアでの中心的役割は減ってきていますけれども、やっているということと同時に、国際社会で国連やなんか等行っているわけですから、これからの日本が、どちら側、例えば、これから国連の常任理事国になって、ニューヨークにある国連、あるいはアメリカにあるものとの取引も商売もどんどんふえるか。であれば、北の方にライバルがあらわれる。例えば、札幌は御承知のように東京よりもアメリカに千キロ近く近いわけですね。

 それから、これから中国も大発展してくるから、これからの活動は、アジアと、小泉さんは余りアジアに温かくないんですけれども、もし、アジアとも政治的にも緊密にし、経済もどんどんこちらとやるんだということになれば、当然大阪が中心になりましょうし、もっと行けば福岡、もっとアジアの中心といえば沖縄、沖縄は千四百キロぐらいアジアの中心に近いわけですから、そちらの方に引力がきくだろう、こういうふうに思っております。

山本(明)委員 ちょっと野村参考人に、質問の趣旨とちょっと違っておりますので、お伺いしたいんですけれども。

 最後は東京との調整になるわけですね。今、三地区のうちの一カ所を選んでおります。客観的に、東京から見て、三地区のどこが東京のライバルとして選ばれていきそうかをお伺いしておりますので。

永井委員長 それでは、野村参考人。簡潔にお願いいたします。

野村参考人 やはり、今のあれでやれば、北に行けば、例えば福島あたりになれば、東京から西の人はみんな喜ばないと思います。西のどこかへ行けば、東北の方は、北海道の方は喜ばないと思いますので、やはり西の方がライバルになると思います。

蓮実委員 自民党の蓮実でございます。

 参考人の方々、実は、私ども委員会、スタートしてから、平成三年からですから、今日、平成十三年まで、委員会の開催がなんと百二十五回なんです。参考人においでをいただいたのが六十七名なんです。六十九名かもしれません。皆さんが参考人にまた八人加わるわけでありますが。

 そういうことで、長いこと審議している過程で、この国会移転に対する調査会を開いてもらいまして、国会はどこに移ったらいいかという九項目の答申が出たんです。

 その答申を受けて、総理大臣から二十人のそれぞれの専門家にお願いをして、そして、その九項目に合致する地域はどこかということ、これをあらゆる角度から検討していただいた結果、平成十一年の十二月に、小渕内閣総理大臣に三カ所を実は答申をいただいたんです。その答申を読みますと、

  移転先候補地

  移転先候補地として、北東地域の「栃木・福島地域」又は東海地域の「岐阜・愛知地域」を選定する。

  「茨城地域」は、自然災害に対する安全性に優れる等の特徴を有しており、「栃木・福島地域」と連携し、これを支援、補完する役割が期待される。

  「三重・畿央地域」は、他の地域にはない特徴を有しており、将来新たな高速交通網等が整備されることになれば、移転先候補地となる可能性がある。

実はこの三地区の答申があったわけです。

 それが平成十一年の十二月ですから、それ以来、また、私ども、委員会において今日までずっと審議を続けておりまして、昨年の五月に、来年の五月までにその三カ所を一カ所に絞るということの過程で今皆さんに実はおいでをいただいた。我々としても、一般の方々にも参考人として何度かおいでいただいたのですが、最近、委員会としてホームページを設置いたしまして、そして皆さんにアクセスをした結果、皆さんがホームページにこたえていただいて、その皆さんにきょうはおいでをいただいた、こういうのが今までの経緯でございます。

 そこで、なぜ我々委員会がそういうことをしたかといいますと、やはりなかなかマスコミがその実態を国民に知らせていない、知らす場面が少ない、そういう意味で、国民的な合意がおくれているという意味でアクセスを、ホームページを開設したわけなのですね。そういう意味で、なかなか知られない部分が非常に多いと思うのですが、いずれにしても、来年の五月までに一カ所に絞り込むという非常に大事な時期だけに、皆さんにおいでをいただいて大変感謝にたえない次第であります。

 そこで、幾つか、私も聞いておりまして、これだけは知っていただきたいなという点があるのです。

 まず、野村さんの先ほどのお話で、総理官邸が、国会移転するのに総理官邸へ相当金をかけておかしいではないかというお話がありました。

 これは、今私が御説明したように、仮に来年の五月に一カ所に絞り込まれて、それから法律をつくって移転するということになりますと、ここをつくるのにも十何年かかっているのです、この国会。大正時代から昭和にかけて十何年かかった。ですから、今度の新しい国会の移転地が決まっても、十年以上はかかるわけです。

 そうしますと、今の官邸で一体、十何年あの官邸でもつだろうかということになりますと、実は皆さんも御案内のように、ペルーのあの大使館の占拠の問題がありました。あのときに、橋本総理大臣がわざわざ外務省に行って直接ペルーと連絡をしなければならない、今の官邸ではそういう機能が非常に、そういう時代につくったものではないですから、どうしてもこれは二十一世紀の総理官邸としてはふさわしくないので、ある程度のきちっとした整備をしようということでやっているわけですから、国会移転とこれとは切り離して考えていただきたいというふうに思っております。

 それから、先ほど先生方からも十四兆円というお話が出ましたが、実は国会移転については二兆三千億円なのです、公的資金が。そして民間が一兆七千億円、締めて四兆円、当面これでできるということ。将来になればまた別ですが、二兆三千億円なのです。

 そこで、ちなみに参考に申し上げますと、今、国会が東京にありますね。首都機能が東京にあります。首都機能が東京にあるために、毎年大体五千億ないし六千億円ぐらい首都機能を維持するためにかかると言われております。これが仮に今言った三地区に移転しますと、二千億ぐらいでできるのですね、維持費が。そうしますと、それだけでも四千億助かるのですよ。二兆三千億円ということになりますと、一年間に六千億から、二千億ずつ十年間掛けますと、それでもまだ二千億余るわけですから、金がかかって云々という議論は当たらないだろうというふうに私は思っています。

 ですから、そういう意味で、これから私ども委員会で一カ所に絞り込むということになったときに、委員にお伺いしたいのですが、上田さん、界外さん、鈴木さん、田嶋さん、一カ所になった場合にどうなのか、賛成なのか反対なのか、一カ所に絞ればいいと思うのかどうか、そのことをお聞かせいただきたい。

上田参考人 私の主張は、今の時代転換、グローバルな文明の転換期にあるわけですが、そのときに我が国は世界都市をつくる必要があると言っているわけですね。そして、世界都市は、東京は世界都市と言われておりますが、それは、ロンドン、ニューヨーク、東京という現在の市場システムの中で位置づけられた世界都市であるわけです。だから、当然現在の価値観で言っているわけですね。その価値観というものが、現在、文明の転換期でいろいろな、地球環境の保全問題等で御案内のようになっておるわけですね。だから、そういう価値観を転換するために新しい首都をつくりましょうと。そのためには東京圏外でなくてはいかぬわけですね。東京圏外で新しい、今まで独自の価値観を持ってきたところということになれば、関西であり畿央でしかないわけですね。だから私の主張は当然畿央であるわけです。

 私の主張は、要するに新しい文化を創造しなくてはいけないと言っているわけです。畿央は政治文化首都であって、東京はだから経済文化首都であるわけですね、国土庁が言われていますように。だから、その新しい政治文化首都と、東京の経済文化首都、二つの新旧の文化、質の違った文化が交流それから融合することによって、新しい日本の創生ができるのではないか、そういう主張であります。

界外参考人 まず複数のところに分都されてはどうかとか、そういうことかと思うのですけれども、この法律といいますか、国会の現在の考え方としては、一度に三権とも移転するというふうな方向で議論が進んでいると認識しております。

 それで、私は、関西と中部の結束点で、どちらの地域にも属しない、東京にいれば、東京の方で災害が起こると全国ニュースで大きく報道しますけれども、台風が来て、東京から去ってしまえばもう、いい天気ですねとか、そういうニュースになってしまう。そういうことから、新しい首都機能都市というのは特定の地域に属しない畿央でなければならないと思っております。

 それで、他の候補地に関しましては、まず成り立ちというものが、県や知事さんが、自分の県の中ではどこがいいかなというふうなことで、ここだというふうにして立候補されたわけです。畿央地域につきましては、県や行政ではなくて市民の研究グループが、全国から考えてどこかなとすれば畿央だ、こういうふうになったわけで、この研究グループは畿央の地元の方ではなく、大阪の研究グループの方でございます。そういうわけで……。

蓮実委員 三カ所に今絞られているわけですね。それを、一カ所になった場合に、自分が希望するところではないところに決まってもしようがないかどうかということを今質問しているわけです。

界外参考人 わかりました。お答えいたします。

 他の地域に絞られることはあり得ないと考えております。

鈴木参考人 国会等移転に関する法律の中で、立法、司法、行政は一括して移転させなければならないというふうにうたっております。国民的議論をした上で、広く意見を聞いた上で移転させるということになっておりますので、もっとマスコミとかインターネット等を使って広く周知した上で、ここだというふうに決まってしまえば、私は仕方ないと思っています。

田嶋参考人 先ほど審議会で最高点をとった栃木・福島地域にすべきだという意見を言いましたけれども、国権の最高機関たる国会が決めたところならば賛成をいたします。

 ただ、その場合でも、災害の対応力、こういうものを考えて場所を決めていただければありがたいなと思います。

永井委員長 ありがとうございます。それでは河村理事。

蓮実委員 済みません、村山さんにも聞いていただきたいのです、今の質問。お願いします。

永井委員長 ちょっとお待ちください。

 では村山参考人。どうぞ簡潔にお願いします。

村山参考人 私は先ほどの陳述でも申し上げましたとおり、競争入札方式で選ぶべきだと考えていますので、一カ所に決まったら当然それで推進すべきだと思っています。

永井委員長 ありがとうございます。

 それでは石井理事。簡潔にひとつお願いします。

石井(啓)委員 それでは大友さんと村山さん、お二人にお伺いしたいと思います。

 今回、皆様方は、各参考人ともホームページに御意見をお寄せいただいたのですが、実はもっとたくさんの方に御意見を寄せていただけるかなというふうに期待をしていたのですけれども、思ったほどでなかったものですから、私は実は非常に残念に思っておりまして、お二人にホームページを見ていただいて、もっとこんな情報が欲しかったというようなことがなかったかどうかということをお聞きしたいのが一点。

 もう一つは、もっと多くの国民の皆さんにこの国会移転について話題が沸騰するような、そんなアイデアといいますか、そういったものがあれば、ぜひ御参考までにお聞かせいただきたいと思います。

大友参考人 それでは、手短に答えさせていただきます。

 まず、私がこのホームページを知った理由というのは、私が開設しているホームページにこの首都移転についてのことを書いていたら、ある一般の参加者に、こんなところでこんなことをやっているよと教えていただいたのがきっかけなんですね。

 ということは、私もかなりホームページというかインターネットは一日何時間もやっているんですが、この情報にたどり着けていないということは、やはり告知不足に尽きるというのが一つあると思うんですね。

 ですから、あそこに何かいいコンテンツがあって、こういうのがあるから見に来て、ああこんなのもあったという方法論ではなくて、とにかく、国会移転とか首都移転というこんな大事な議論をやっているから、それにあなたも意見を一つ言えるんだよということ、それが告知されていない。それを告知すれば、そのページにダイレクトできちんとたくさんの人が飛んでくると思います。

 それから、話題沸騰のアイデアを一つだけ言いますと、やはりこういったことを「ニュースステーション」とか「Smaステーション!!」の香取君とか、ああいった人にとにかくきっちりレクチャーして、そして、何か簡単な表をつくって、もうどんどん流す、そういうことでやっていけばどうかなと思います。

村山参考人 首都機能移転の掲示板というふうなホームページあるいは首都機能移転を考える会というページをやっているのですが、今回陳述に際していろいろな基礎データを集めようとしたところ、いろいろなデータが不足しているんですね。

 最初に、私、東京圏は二千七百万の人口があるというふうなデータをどこから調べたかというと、うちの掲示板に投稿してくれた人からの情報で知った。それまでに国のページで東京圏の人口はというふうなページがあるかと見たら、ないんですね。要は、国連の定義する連続した市街地の人口というのは二千七百万だというふうな数字を援用してきたというところで、そもそも議論をする基礎データが不足しています。その点をまず整備していただきたいなということ。

 あと、議論が沸騰するにはどうすればいいかということですが、私もネットユーザーなんですが、掲示板の形をとっていただいた方が非常に楽しいんですね、参加している方としては。今まで、衆議院さんの方のページでは掲示板がない、あと、国土交通省さんのやっている、今インパクに参加しているんですか、あちらの方では一応掲示板はあるにはあるんですが、何かID登録をして、パスワードを入力してとかそういう形で、かなりかたいんですね、しようがないとは思うんですけれども。それこそ今回のこの委員会で傍聴人として来るのを制限しているような形と似たようなものを感じますので、もっとオープンにしていただきたい、掲示板を充実してほしいというのが二点目です。

河村(た)委員 河村たかしでございます。

 フルスピードで一言だけ、全員の方に御意見を伺いたいんだけれども。

 私は、誤解をされるのですが、賛成派は賛成派なんです。何でかといったら、やはりこのお上下々社会のシンボルのような、そこに天皇陛下がお見えになって、国会があって、何か霞が関があって、企業がその下にずっとおると、こういうのは、本当に、この次の時代、二十一世紀に何が大事かといったら、これはやはり、この官尊民卑を改めることだと思いますよ。

 アンケートをとると、子供に全く夢がないと。これは政治の最大の責任ですよ。何でないかといったら、お上というか、社会的なものを全部、議員も二世ばかり、何か企業は金持ちばかり、同じ人ばかりが占めていて、こういう国を変えるということが重要だという意味において、やはりここはまずい。非常に大きいんですね。

 そういう面では、野村さんが言われた、引っ越しをする場合には要らない物を処分してから引っ越ししましょうと。なかなかええことを言われたなということで、今後たまに使わせていただきますけれどもね、これは。

 そんなことで、賛成なんだが、しかし、今、悪いけれども、私も名古屋ですが、三つの候補地見ていると、何か森の中に宮殿つくって、国会議員が噴水の横でぶらぶらしておる、こういう図面をかかれて、それで聞きたいのは、本当にこんな国会をつくらせて、皆さん、賛成派の人もそうですよ、こんなことでいいんですかね、納税者として。冗談じゃねえ。国会議員なんというのは、最も災害のあるところにおって、それで忙しいところにいるんだ。反対ですよ、感覚が。森の中におるのは納税者がいるんですよ、納税者が別荘に。

 だから、そこのところを、皆さん、今のイメージで、このくそもうからぬときに本当に賛成されるのかをちょっとお伺いしたい。

 それからもう一つ。ちょっと職務で発言するのでもないんですが、先週になりますか、土曜日、どうしてもきょうお越しになれない方がお見えになりまして、やはり納税者が神様というかお客様でございますので、とにかく普通の人は平日には来られないんですね、だから土日にもやらないかぬということで、土曜日にお越しいただきました。

 本当はこっちから出向かないかぬと思いましたけれども、まあしようがないということで来ていただいて、その方が、後で速記録が配られると思いますけれども、こういうふうに発言されております。「特に、私のために、休日、このような場を設けていただきましたことに関しては、非常に感謝しているとともに、日本国というのはいかに偉大なものかと。よく、アメリカなどが民主主義のお手本だといってもてはやされますが、日本だって捨てたものじゃない。」こういうふうに御発言されていまして、たまには国会もいいことやるんだということですね。それと、これはどうも戦後初めてのようでございます、戦後というか、新憲法以来。

 だから、やはりこの際、大いに国会とか政府部門、役所、それから税金で食っている人たちは、納税者に恐れを抱いて、皆さんが本当に、主役と言うと使い古された言葉だけれども、恐れを抱いたような、そういう社会をつくっていかないかぬ。そのシンボルとして国会移転をやらないかぬのに、国会議員が森の中で、噴水の横でおるような図をかいて、何を考えているのかと。

 だから、基本的なコンセプトを、調査会でそうなっていたんだけれども、変えないかぬ。そういう面では、村山さんが言われた、空き地を利用して、笹島もいいし、木曽岬干拓もいいし、あいておる土地にせせこましく国会議員が働く、そういう首都移転をやっていきたい、私はそう思っているんですけれども、一言ずつ、どうですか。

永井委員長 もう時間も迫っておりますので、本当に一言ずつお願いしたいと思います。

 では、最初に上田参考人から、順次御発言を願います。

上田参考人 私は、たびたび申していますように、やはり文化を再創造する必要があると。そのためには、やはり、今まで異質な文化を形成してきた関西と現在の文化の中心である東京との相互の連携なり交流を首都機能を関西の方に移転することによってつくり出していく、それで東京中心の現在の価値観を転換していく、そういう価値なり文化の転換が必要であると思っております。

大友参考人 私は、議員のおっしゃるとおりだと思います。それで、ちなみに、森の中に行かなくてもいいですから、ここの国会にずっといらっしゃったらいいと思います。

 それから、一つだけ。夢がないのは、これは親が成功していないからです。親が本当に日本の社会のこと、自分が成功したこと、失敗したことをきちんと子供に話していないから子供に夢がないのであって、これは国会が悪いのではありません。

界外参考人 国土交通省とかがつくっているイメージ画とか、インパクのイメージ画とか、あと冊子のイメージ画とか見ていますと、こんなことしていていいのかなと正直思います。

 それと、あと、首都機能移転と道州制の導入とかそういうのを絡めて考えることもあると思うんですけれども、そういうことを一緒に考えているといつまでたっても首都機能移転はできないと思いますので、道州制とかそういう本当のすごい改革というのはとりあえず置いておいて行った方がいいのではないかと思います。

鈴木参考人 おっしゃるとおりだと思います。何でも森を切ればいいというものではないと思います。

 ただ、私が前に考えていたのは、伊那谷を中心とした地域ということで候補地が挙がっておったんですけれども、堺屋先生がその文章の中でぴんとこないというようなことが書いてありまして、それじゃ海の上にでもつくったらいいじゃないかというようなこともちょっと考えたりはしておったんですけれども、今候補地が絞られてきたので、一応岐阜・愛知ということで候補地が絞られておりますけれども、別に特に森を切らなくてできる方法があれば、いろいろ方法は考えたらいいじゃないかというふうに思っております。

田嶋参考人 国民のためにある国権の最高機関は、災害のないところ、かつ、よい発想ができる環境のよいところに移転すべきであるというふうに考えます。

西尾参考人 日本を支えている会社というのは本社が地方にあるところです。京セラとかトヨタとか、そういうところですね。ただ単に、ここに来て全部が同一になってはいけない。

 それから、十年たって私たちができたところを見られるかどうか、二十年たつと今ここに見える国会議員が見えるかどうか、そういうことが議論が盛り上がらない原因じゃないかと思います。

野村参考人 国民に大きな負担を環境でも財政でも与えるわけですので、本当に公共のためにならやってもいいのですが、コストに対してリマーカブルインプルーブメントがあるように、確認してやっていただきたいと思います。

村山参考人 空き地の利用を言い始めた張本人なんですが、理事のおっしゃるとおり、今までみたいに夢ばかり追って森の中というのはいかがかな、そんな絵にかいたもちみたいなことはどうかなと思う。

 それと、以前堺屋太一さんが岡田斗司夫さんという方と対談されていまして、岡田斗司夫さんというのは東大の教授か何かでオタク学の権威らしいのですけれども、その岡田さんが言っているのが、せこい首都移転でいいのじゃないかと。

 今までの議論の中で、せこいというのは、言ってみれば悪夢だ、よくないことだというイメージがあったと思うのですが、せこい首都機能移転というのは、発想を転換して、そういうのでもいいのじゃないかと。せこいということは、移転する規模も小さくなって、必然的に、どれが必要か、どれが不要かというふうな選別作業とかも出てくると思いますので、そういったような発想の転換をしていただきたいなというふうに思います。

永井委員長 それでは、定刻もやや過ぎておりますが、最後になって恐縮でございますが、田野瀬筆頭理事から御発言をお願いします。

田野瀬委員 先ほど蓮実議員からお話ありましたように、約十年余りかかって議論を続けてまいりました。そして、いよいよ来年の五月の決着を目指して、今急ピッチで最終コーナーの議論を我々は深めておるところでございます。

 一層国民の皆さんの合意を得たいということで、きょうは参考人の皆さんにお越しいただき、本当に貴重な御意見を賜ったところでございます。どうもありがとうございました。

 我々もこれから精いっぱいこの責務をしっかりと果たしてまいりたいと思いますので、引き続き御支援を賜りますようによろしくお願い申し上げたい、こんなことを申し上げまして、質問にはならなかったのですけれども、筆頭理事という御紹介でございましたので、お礼とお願いを申し上げて、終わらせていただきたいと思います。

 ありがとうございました。

永井委員長 ありがとうございました。

 以上で参考人に対する質疑は終了いたしました。

 この際、参考人各位に一言お礼を申し上げたいと存じます。

 参考人各位におかれましては、長時間にわたり貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。委員会を代表して、厚くお礼を申し上げる次第でございます。

 なお、本委員会への参考人出席を希望された意見応募者九名のうち、本日都合により出席できない会社員掛井正君のために、去る二十日土曜日、国会等の移転に関する意見交換会を開催し、私のほか、蓮実理事、河村理事及び矢島委員が出席いたしました。

 掛井正君の意見内容について、簡単に私から申し上げます。

 同君からは、首都機能移転については反対であるとの意見が述べられました。

 その理由としては、第一に、首都機能移転には最低でも十数兆円の投資が必要となるが、国や地方の厳しい財政状況を考えれば移転費用の調達が困難であるとともに、国民一人当たりに換算すれば十万円以上の負担になることは納税者の立場からすると納得がいかないこと、第二は、首都機能移転に伴い交通、通信、警備等インフラの整備が必要となるが、これらは数年で整備できるものではなく、特に警備等のソフトウエアは永年にわたって蓄積されるもので短期間で充足されるものではないこと、第三は、首都は国家を代表する顔であるにもかかわらず、首都とはどうあるべきか、各候補地が何を目指すのかはっきりしておらず、首都機能移転の必然性が見えてこないこと等でありまして、首都圏に居住する者の立場からは、首都機能の移転より情報網や物流網の整備など大都市圏の機能を充実してほしい、また、災害時の首都機能の代行機能については並行して議論を進めてほしい旨の意見が述べられたわけでございます。

 以上のような意見が述べられた後、質疑応答が行われましたが、その詳細な記録につきましては、本日の会議録に参照掲載することにいたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

永井委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

    ―――――――――――――

    〔意見交換会の記録は本号末尾に掲載〕

    ―――――――――――――

永井委員長 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。

 国会等の移転に関する件調査のため、来る十一月二十一日水曜日午後一時、参考人として東京都知事石原慎太郎君の出席を求め、意見を聴取いたしたいと存じますが、御異議ありませんか。

    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕

永井委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。

 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後零時七分散会

     ――――◇―――――

  〔参照〕

   国会等の移転に関する意見交換会

一、期日

   平成十三年十月二十日(土)

二、場所

   国会等の移転に関する特別委員長室

三、意見を聴取した問題

   国会等の移転に関する件について

四、出席者

 (1) 委員

     委員長 永井 英慈君

     理事 蓮実  進君 理事 河村たかし君

        矢島 恒夫君

 (2) 意見陳述者

      会社員         掛井  正君

 (3) その他の出席者

      衆議院調査局国会等の移

      転に関する特別調査室長 内野 隆正君

     ――――◇―――――

    午前十時一分開議

永井委員長 これより国会等の移転に関する意見交換会を開きます。

 私は、衆議院国会等の移転に関する特別委員長の永井英慈でございます。

 本日は、私のほかに、自由民主党の蓮実進理事、民主党・無所属クラブの河村たかし理事及び日本共産党の矢島恒夫委員が出席をいたしております。

 掛井正君におかれましては、本日、休日にもかかわらず、また、大変御多忙のところ御出席くださり、まことにありがとうございます。御苦労さまでございます。今後の審議の参考に資するために、ぜひ、忌憚のない御意見をお述べくださいますようお願い申し上げます。

 本日は、まず掛井君より意見を十分程度お述べいただきまして、引き続き質疑を二十分程度行い、本意見交換会を終了し、その後、速記をとらずに、懇談をさせていただきたいと存じます。

 それでは、御意見をお願いいたします。

掛井正君 川崎在住の掛井と申します。

 本日は、休日にもかかわらず、私のためにこのような場を設けていただきまして、感謝申し上げます。

 それでは、首都機能移転に関する意見ということで述べさせていただきたいと思います。私の意見としましては、あくまでも、現在、首都圏にある川崎在住という立場、また、首都圏に本店のある銀行に勤務しているという立場から、住民及び勤務という面で率直な考えを申し上げたいと思っております。

 今回の首都機能移転につきましては、今の段階では、これから申し上げます理由により反対ということを申し上げたいと思っております。

 まず、理由の第一といたしましては、財政面です。これが何よりも一番大きく感じておる点です。

 今回この首都機能移転をやるといった場合、多分、具体的な数字というのは、どこまでやるかによって決まってくるのでまだはっきりしてないとは思いますが、十数兆円規模の金額はかかるかと思います。そうなった場合、その十数兆円をどのようにして調達するかということを考えますと、現在の国家財政及び地方の財政状況を考えました場合、非常に厳しいのではないか。特に、納税する側からしたら、これは単純計算で申し上げれば、トータルでは十万とか二十万とか、そういう金額のものを数年にわたり納税しなくてはならない。要するに、社会負担がそれだけ増大するということを意味しているといった面で、財政面からまず反対を申し上げたいと思っております。

 理由の二番目といたしましては、インフラ面の充実度という面です。

 首都機能を受け入れるといった場合は、まず交通といった面のインフラ、二番目に通信といった面のインフラ、三番目に警備といったインフラが建物以外に必ずついて回るかと思います。これを何年間で整備できるかにもよると思うのですが、この三つの要素というのは、単純に物をつくればいいというものではなくて、その上に成り立つソフトウエアがくっついて初めて成り立つものではないかと思っております。

 特に、警備といった面、皇族及び外国要人、国内要人等もろもろ含めて、新首都、新国会のところに向かわれるわけですので、それを着実に警備し切れるかといった場合、これは本当に、交通、通信といった、どちらかというと物寄りのインフラよりもはるかに整備が難しいのではないかと思っております。今の日本の東京の警視庁の活動を見ますと、これは過去数十年にわたって蓄積した結果であり、これを数年といった単位で果たしてやれるかといった場合、率直なところ、どんなものなのかということで、インフラ面の充実度という面でこれはちょっと疑問を感じます。

 理由の三番目といたしましては、首都機能の必然性、意義というものです。

 今まで、これはアンケートの段階では特には触れておりませんでしたが、今回このような場を持たせていただき、本来国の首都というものはどうあるべきかというのを考えてみました。そうなったときに、首都というのは結局はその国を代表する顔であるというふうに考えるに至りました。

 例えば、経済の面でいえば、株式市場のことを日本株式市場とは言わないで、東京株式市場と言えば日本の株式市場を指すものといったように、経済とか政治とか、政治でいえば、東京、もっと具体的に言えば、永田町と言えば、そこですぐにこれは国会だと、行政でいえば、東京の行政府とは言わないで、もうこれは霞が関で通用しています。ですから、首都というものはイコール国の顔というものを意味しています。

 そうなったときに、今回候補になられている地域というのはそれにふさわしいかどうか。これは長い期間をもって熟成して初めて成り立つので、今から先のことを申し上げてもしようがないのですが、ただ、何かしらの熱意とか要素があるものかどうかというのが一般の有権者の立場からは見えてこないというのが現状です。

 そういったことを考えますと、この首都機能の必然性、意義といったところでどうもはっきりしていないといった面を感じております。

 以上の点より、私としましては、今回の首都機能移転については、今の段階では反対と申し上げざるを得ない。

 逆に、首都圏に住む者として、また首都圏で勤務する者としては、その投資するお金があれば、首都機能をもっと充実して、もっと東京発の情報が地方にどんどん流れるような構造をつくっていただきたい。

 現状、例えば物流一つ考えても、九州から北海道に物を渡すのに、必ず東京を通っていかないと行かない、東京のど真ん中を通過しないと先に行かない。そうじゃなくて、それを迂回するルートとかそういうものを都市圏を中心に充実してやれば、日本の国も物流を中心としてインフラの充実度というのはどんどん高まるのではないかなという意味で、もっと首都機能を、首都機能というよりも、これは大都市圏の機能を充実してほしいという気持ちなんですが、そういう方向に進んでいただけないものかと思っております。

 ただ、今回の議論というのは、否定してもしようがないと思うし、逆に、今回の首都機能移転のそもそもの発端の一つとしては、東京の被災時という面での代行とか、そういったものを考えての議論ですので、やはり、その代行機能というものも並行して考えていただきたい。

 特に、コンピューターに携わったことのある人間であれば、メーンコンピューターはそれなりの土地に置くにしても、そこでもし何かトラブルがあった場合は必ず代行して運用できるような体制をとるというのがもう世界の主流になっておりますので、それを考えれば、コンピューターと都市の機能を同一に考えてはいけないのでしょうが、一般論としては、首都があれば、何かあったときに、やはりそれを代行する機能があってもおかしくないのではないか。そうなったとき、今回のこの議論というのが絶対生きてくるのではないかと思っております。それが、今回アンケートで首都機能の代行機能ということに触れている点でございます。

 今回候補になっている地域の方には非常に失礼な言い方を申し上げておりますが、やはり首都圏に住む人間として、また納税している立場からしたら、今回の首都機能移転に対しては、今申し上げたような形のちょっと厳しい意見になるかと思いますが、反対という意見を提出したいと思っております。

 最後に、今回このような形で国会の議論に参加させていただきましたことに関しては非常に感謝しております。特に、私のために、休日、このような場を設けていただきましたことに関しては、非常に感謝しているとともに、日本国というのはいかに偉大なものかと。よく、アメリカなどが民主主義のお手本だといってもてはやされますが、日本だって捨てたものじゃない。ここまでやってくださる先生方、また、それを支える国会の先生方がいらっしゃることについて非常に感激しておりますとともに、また、今回これに携わっている方々、先生方のますますの御活躍と御発展をお祈りしたいと思っております。

 以上でございます。

永井委員長 率直、簡明な意見の開陳をいただきました。どうもありがとうございました。

 以上で掛井君からの意見の開陳は終わりました。

     ―――――――――――――

永井委員長 これより質疑に入ります。蓮実理事。

蓮実委員 本当に御苦労さまでした。大分勉強されているので、大分参考になりました。

 今お話があった点は、首都圏をもっと充実した方がいい、首都、要するに東京を、そういうお話でした。今、東京都知事さんや何かが、東京、首都再生のために十五兆円ぐらいの金をかけて道路その他インフラ整備をやると。今、そのお話だと思うのです。

 首都機能移転というのですが、実際は、これは国会等移転ということなんですね。国会等移転というのは、国会と行政府と最高裁、これを移そうということなんです。試算によりますと十数兆と書いてありますが、これは完全にやった場合の数字であって、現状で二兆三千億円なんです。国からが二兆三千億円、それから民間が一兆七千億円、締めて四兆円でできるということでやっているのです。

 東京都にかける首都再生で十五兆円。国会移転だと十年でやるものですから、例えば、今回決まって、来年から十年かけてやるということになりますと、この国会ができるのには、建物が建つだけで、大正九年に始まって昭和十一年にできたのかな、十数年かかっているわけですから、今回も、やるということになっても、やはり十年は最低かかる。そうすると、二兆円の十年ということは、年間二千億ぐらいですね。

 掛井さんは銀行だから計算が速いと思うのですが、東京都の、今ここにある首都機能を維持するために一年間に大体五、六千億かかるという試算が出ておるのです。今の警察や何もかも含めて全部首都機能を維持するために五、六千億かかると。例えば、仮にどこかに移れば、今の候補地のどこに移っても、一年間に千五百億ないし二千億ぐらいで済みます。

 そうなりますと、今、首都機能を東京に置いておくか移るかということで莫大な金額が違ってくる。例えば二千億かかるということになれば、六千億が二千億で済めば毎年四千億浮きますね。そこへ、公的資金で二兆三千億ですから、首都機能移転の費用が十一年で建設すれば一年間二千億ですね。首都機能の維持費が年二千億、建設費が年二千億でできるわけです。移転して毎年二千億が節約できる計算になります。ですから、そういう国家百年の計あるいは五百年の計からいっても、私は、非常に効率的だ、効果的だと思います。

 今お話がありました交通のインフラ整備の問題とか通信とかいったようなもの、通信というのは、二十一世紀に向かってこれから新しい意味のIT国家になりますから、そうなりますと、交通もある程度できたところへ行くということになれば、それほど心配はないと思うのですが、その辺どう思われますか。

掛井正君 財政のところに関しましては、この首都機能移転、国会移転、それに関する情報というのは我々のレベルではほとんど知らされていないのが正直なところです。

 今回、このような場をいただきまして、ざっといろいろ資料等調べまして、まず、首都機能移転で今までずっと我々聞いておりましたので、そうすると、皇居はともかくとして、霞が関及び永田町を含めてそっくりそのまま移るのだろうなというふうにきのうあたりまでずっと考えておりましたので、意見としては、この十数兆という数字を、そこからしたらいくだろうということで書いております。

 ですので、二兆、三兆とかという規模の移転であれば、きょう以降、また考え方が少しは変わるかと思っております。

永井委員長 では、河村筆頭理事。

河村(た)委員 河村たかしです。本当に御苦労さまでございます。

 初めに、いささか手前みそでもないですけれども、休日にやるということは私は非常に強烈に主張した方でございまして、初め掛井さんが言われた、日本の民主主義も捨てたものではないという発言は、国会議員として非常に重いのではないかというふうに思っております。

 とにかく、何か国会は特殊グループになっちゃって、やはり納税者に対して恐れを抱いていなきゃいけないというのは、これは当然のことなんですね。この際、速記もありますし、民主党にも言っておきますけれども、改革というのは本当の身近な小さいことからできるのであって、小さい改革ができぬ者が何が国が改革できるかということをこの場で強く言っておかないかぬだろうと思います。

 こういう機会にわざわざ来ていただいて本当に御苦労さまでございました。また、自民党もおりますし共産党もおりますから、大体十分なメンバーということでございまして、本当は出かけると一番いいかわかりませんけれども、呼びつけた格好になるんですが、それはお許しをいただくということでございます。

 それで、結論からいいますと、実は私は賛成派なんだけれども、しかし何遍も言っておりますけれども、この計画は、一番ベースは十年ほど前のバブル期にできたものなんですね。その一番ベースをつくってきたのは、悪いけれども、役所の次官たちでありまして、いわゆる、森の中にクレムリン宮殿をつくるような計画であることは事実だと思います。私も名古屋ですが、名古屋は、岐阜の方の計画は、ヘリコプターで飛んでいかないかぬようなところです。

 ですから、掛井さんに聞きたいのは、そういう仕組みができるかどうかわかりませんけれども、初めの調査会の基準が、例えば五十万都市とか六十万都市とか、都市からは離れていなきゃならないとか、それから災害についても僕は若干意見があるんだけれども、災害が危ないからそういうものが全然ないところがいいと言うんだけれども、僕はむしろ、国会議員こそが最も災害のあるところに住んでおらないかぬのではないかと思っております、そうなると災害について一番配慮ができるようになるということで。戦争でもそうですけれども、司令官というのは危ないところへ行かないかぬのですよ。

 もっとコンパクトな、いわゆる空き地のようなところで、例えば国会議事堂も木でつくったり、国会というのはもっと都心に、そうなれば都市と近いですから、掛井さんが言われたようなソフト面での蓄積、そういうことだってすぐできますので、そういうような非常にコンパクトな方法をとった場合。

 まだかちっと決まったわけじゃないけれども、大体、イラストを見ると、森の中にクレムリン宮殿があって、そこに噴水があって議員が歩いておるわけですよ。掛井さんの話で、私、非常にこれがベースだと思ったのは、納税している立場から考えないかぬという場合に、納税者がお客さんなのであって、議員が、とんでもないですよ、そんな別荘地のような、別荘地というここだけを言うんじゃないんだけれども、それこそ森の中で、何でそんなところに住んでおらないかぬの。冗談じゃないですよ。森の中に住むのは納税者の金持っておる人たちであって、議員というのは、もっとせせこましいところに住んで、毎日仕事を熱心にやって選挙区へ帰る、そういう姿じゃないといかぬ。

 場所も何千ヘクタール、基本計画で物すごい要るんですけれども、例えばこのぐらいの、百ヘクタールかそこらの非常にコンパクトな移転計画が仮にできた場合、そういうスタンスでやった場合は賛成なさるか反対なさるか、どういうお気持ちでございましょうか。

掛井正君 正直申しまして、このような国家プロジェクトをやった場合、主になるものをつくってそれで終わりと思われてしまうと、納税する側、有権者としては非常にやるせないものがある。そこまでやるんだったら、次の副次的効果が起きるような、例えば今回の首都機能を本当にやるのであれば、そんなに資金をかけないでやれるのであれば、建物とか設備だけつくって終わりにするのではなくて、国の流れ自体を変えられる方向にしていただきたいというのが率直なところです。

 それは何を意味するかというと、流れを変えれば、そこでまた新たな産業が起きるわけです。例えば、国会を今回の三候補地のどこかに移しましても、その計画が、高速鉄道網とか高速道路網のちょっと離れたところにあって、非常に不便な状態で使い続けざるを得ないというような状態で進められると、率直なところ、それはむだになってしまうんじゃないか。だったら、そこまでやるんだったら、ちゃんと流れを本当に変えるぐらいの気持ちでお願いしたい。

 一番いい例が成田空港ではないかと私は思います。

 成田空港というのは、羽田空港がもうパンク寸前だったということで、それで新たに首都圏近郊に空港をつくりました。その構想自体は非常にすばらしいし、世界の趨勢から見ても複数の空港を持つというのは当たり前だと思いますので、それ自体はいいと思うんです。

 ただ、その後に、成田空港というのは、首都圏とのアクセスという、非常に重要なソフトの部分だと思うんですけれども、それを、忘れたわけじゃないんですけれども、諸般の事情でうまくなし遂げられなかった。それで今の成田空港がある意味で地盤沈没してしまって、成田でもっと本来あってしかるべき産業が、起きていてもよかったはずなのにもかかわらず、起き切れないで終わってしまった。

 ですので、もし、国会移転、我々に対して、幾らでやれます、トータルこれだけ出ます、支出はこれだけ必ず出ます、それは覚悟してくださいということを示してもらった上で、ただし、そのかわりに、こういう周辺の整備とか何かも含めてやってこういう可能性があるというものを示していただけるのであれば、我々としては賛成をしたいと思っております。

永井委員長 それでは、矢島委員。

矢島委員 共産党の矢島恒夫です。掛井さん、本当に御苦労さまでございます。

 私、掛井さんの御意見に全く一致する部分が相当あるのです。といいますのは、この首都機能を移転しよう、あるいは国会を移転しようというもろもろの論議がこの間国会でされたわけですし、決議も上がっておりますけれども、そもそも私たちは反対してまいりました。

 反対理由は、ここで述べるだけの時間もありませんし、ホームページ等見ていただければよろしいかと思うんですけれども、特に財政面の問題、これはおっしゃられるとおりだと私たち思っております。もちろん、どれだけかかるかということについては委員会でもいろいろ論議されてまいりました。周りのインフラそのほかずっと考えていきますと、それにどれだけ金をかけるかという問題もありますけれども、相当の金額を要するだろうということは大体今までの論議の中で出てまいりました。

 とりわけ、掛井さんの補足意見の中で、「財政面」のところで、今やるべきことはということで、上から七、八行目ですか、一方で公的年金の問題とか、いろいろ挙がっています。つまり、国民が今願っているところに国民の税金を使っていくということを真剣に考える必要がある。もちろん、財政面では六百六十六兆円という、国、地方合わせての借金がありますから、それらの問題ともあわせ考えていく必要があろうかと思います。特に、逆にこういうものがあるじゃないかという、本四架橋や東京湾横断道路の問題も書かれておりますが、私たちも全く同じ意見を持つものです。

 そこで、お聞きしたい点は二点なんです。

 一つは、一極集中の問題なんです。これが移転する理由の一つになっているわけですね。それについて何かお考えがあればお話しいただきたい。

 そのことと関連するかと思いますけれども、首都機能の代行という御発言があります。それとのかかわり合いで、やはり、もしそれについての補足意見があったらお聞かせいただきたい。

 もう一つは、掛井さんも、ホームページでいろいろ意見を求めているということをお知りになってこういう意見をお寄せいただいたわけですが、私たち、今非常に重要な問題としては、国民的な合意といいますか、むしろ今の段階では、国民に知らせるというふうに言った方がいいかもしれません。合意する以前の問題というので、ホームページをつくったり何かして、いろいろと国民の皆様方に情報を提供するということをやっているんですが、なかなかこれが、御意見をお寄せいただいた方は多数いらっしゃいますけれども、国民全体から考えてみればまだまだだ。

 それから、移転が予定されている三地域の人たちの意見は割合と多い、あるいは東京を含めると四地域の人は多いわけですが、これは国家的な問題ですから、本来ならば全国的なところからいろいろな意見を聞く、あるいはそういうPRも必要だと私たち思っているんですが、その辺についての御意見があれば。

 その二点についてよろしくお願いします。

掛井正君 まず、地方の活性化とかそのあたりで申し上げれば、先ほど蓮実先生から御指摘のあった東京への一極集中型のさらなる追加投資という点もありまして、それとあわせて、今ふと考えてみたんです。

 確かに、東京に住む人間からしたら、石原都知事のように、旗を振って、とにかく東京にいる、それは、日本の国家財政、国富の蓄積という意味では非常に理想だと思うし、そうあるべきだと思うんですが、ただ、それをやってしまうと、いつまでも地方の地域は発展はない。地域によってはどうしても公共事業とかそういうものに頼ってやらざるを得ない、そういう現実があるのも事実です。

 ですので、私としては、余りにも過度に東京に傾斜した投資とか何かを繰り広げるのではなく、特に今後は、通信といった面のインフラと、あとは、やはり物流をもっとよくしてほしい。

 本四架橋のことをちょっと触れておりますが、例えば、この本四架橋、東京湾横断道路にしても非常に料金が高い。みんな乗りません。だったら、もっと値を下げる努力、例えば建設費の部分は国が持って、あとはそれを利用者には賦課しませんとかというような英断をしていただければ、そこでこういう設備というのは生きてくると思うんですね。だから、そういう面で、とにかく物流を盛んにすれば、また地方はそこで豊かになるはずだと思うんですよ。

 以前、田中角栄先生が書かれた「日本列島改造論」などを、これとあわせて読んでみたんですが、あの中では、物流、通信とか何かを広げて全国フラットな基盤をつくりましょう、そうすればどこの地域も豊かになりますよということを触れられておりまして、まさにそのとおりかなと。

 ただ、やはり、それをやるに当たっては、首都圏とか大阪圏といったところでネックになっている部分というのは当然あると思うので、それを取り払ってからやれば理想的な社会というのはできるんじゃないかなと思っております。今回の国会移転の話とはちょっとそれてしまうかもしれませんが、まずそれはやはり並行してやるべきではないか。

 ちょっと答えになってないかもしれませんが、そう率直に感じます。

永井委員長 それでは、一回目の質疑が一巡したわけでございますけれども、さらに補足の御発言がありましたら、忌憚なくどうぞ。

蓮実委員 大事な点がまだ一つ抜けているのです。

 平成七年に神戸で大変な壊滅的な地震があった。私、ちょうど建設政務次官をやっていまして、あの当時、現場へ行って、復興に大体幾らぐらいかかるだろうか、七兆円ぐらいかかるかなということだったんですが、現実には、十兆円で済むだろうと思ったのですけれども、それがまだできないのですね。そのくらいお金がかかるんですね、あの地震で。

 先月、九月十一日のテロの問題。ちょうどそのとき私はアメリカへ行っていたのですが、向こうで現場にいて、そしてテレビを見たりいろいろ見ていて気がついたのは、アメリカのテロで、ニューヨークの貿易センターが二つやられましたね。それからもう一つ、大統領官邸をねらったのがペンシルベニアかどこかにおっこちたのですね。もう一つ、国防省に突っ込んだ。

 あれは離れているのですね。アメリカは、御承知のとおり、経済都市ニューヨーク、政治はワシントンということになっておったので、一挙にやられないで済んだというのが大変な特徴だと思うのですね。仮に日本で、そんなことは考えたくありませんが、もしここの永田町で、国会、官邸、皇居あるいは丸の内、こういう政治経済、皇居も含めて、あらゆる面で中心なんですね。そうすると、これは、テロになったら一発ですね。

 そういうことを考えると、いよいよこれは何とか分散しなきゃならぬかなというふうな思いを非常に強くしたのですが、そのことに関してどう考えられますか。

掛井正君 その点については、率直なところ、蓮実先生のおっしゃるとおりだと思っております。それを我々はやはり強く感じておりますし、金融とか何かの面で見てみても、非常に災害時のプランとか緊急時のプランというのを率先してやるようにというふうにして動いているというのも事実です。

 今回のこの首都機能移転の主目的としては、立法府と行政府と司法府の最高機能がすべて同じところに集中していること自体異様ではないかというところから起きているという点も、私としても非常に理解しているつもりでおります。ただ、日本の場合、果たしてアメリカみたいに割り切れるかどうか。

 アメリカというのは、あれだけの多民族国家ということで、お互い牽制して、ある意味、お互いけんかし合うぐらいでないと律し切れないというところでああいう形態というのができていると思うのですが、日本は、どちらかというと、民族的な特性とか、あと、以前からの考え方とかの問題もあって、どうしても同じところに集約せざるを得ない。あともう一つは、富まざる国家として、お互いに力を合わせてやらざるを得ないというところもあって、同じところにないと効率性は生まれないというところがあるのではないか。

 そういう中で、やはり分離するというのは、正直言って、今まで一カ所に集中して、それで日本というのが成り立っていた、それが当たり前だと思っていたところがありますので、それを切り離すということ自体、ちょっと想像に絶するところがあります。

 ですので、これはある意味、かなり心情的なというか、ちょっとうがった見方をすると、感情的な見方なのかもしれないのですけれども、率直なところ、特に出ていかれる側からしたら、ちょっとこういう思いを持たざるを得ない。やはり、判断をある程度ゆがめてしまう要素はあるかと思っております。

蓮実委員 出ていかれるという意味で、寂しさを感ずるとか。

掛井正君 それは、率直なところ、あります。

河村(た)委員 お金のこともありますが、私の話について、掛井さんが、移転した場合の全体のイメージもつくってくれと。

 私なんかは、今の最大の問題点は、いわゆるお上下々で、何か議員とか役所とか、こういうのが立派な人だというような、そんなイメージがあるので、そういうのをぶち壊すというイメージがありまして、そういう面で、今みたいなこういう仰々しい、天皇陛下がお住まいになって、その横に国会があってと、こういうふうじゃなくて、それこそ本当に、ごちゃごちゃのところにと言ってはなんですけれども、議員の方は質素なところにおって活動している、そういうような国家像を世界にも発信する。世界もそういう流れだと思います。それと、空き地を使っていくという、いわゆる循環型社会の構想があって、そういうような意味で、そういう移転の姿こそが私は新しい時代の姿ではないかと思うのですが、一言御感想でいいのですけれども。

掛井正君 河村先生のおっしゃることもわかりますし、あと、特に蓮実先生がおっしゃられた、災害時はどうするんだという指摘に対しては、やはり、これは本当に真剣に考えざるを得ないだろう。

 ただ、今の状態で、我々の首都機能移転に対しての情報というのは建物と人がざっと出ていくということだけで、あと、それによって何かうまみというかメリットはあるのですかと。そのメリットをもっとアピールしていただきたい。新しく、流れを変えられる、例えば通信網とか何かももっと安くして、高速通信網をふやして、なおかつ物流も流れるような形にしますというところまで示していただければ、当然、この分権化というか、分散化社会を目指すきっかけになり得ると思うので、やはりそうなってくると、率直なところ、もっと冷静な判断はし切れるかなと。

 現状を、今の資料とか、マスコミもそんなに今のところしゃべってくれていませんので、私としては、今見えているものは、永田町と霞が関の一番上の部分だけがそっくり行ってしまうという絵しか見えてこないのですね。それでどうしても今までの質問が出てくるのではないかなというふうに感じております。ですので、もっと姿というか、指針を示していただきたいという思いはあります。

矢島委員 先ほどちょっとお聞きした、いわゆる国民的合意の問題なんです。

 たまたま今度、このホームページで御意見を伺うという形で、そういう中で掛井さんもおいでいただいたわけですが、どうでしょう、これは、私自身としては、まだまだ国民的な合意どころか、国民自身、今もメリットの問題が出ましたけれども、どういうふうな状況でいくのかなということが、その移転先予定地はそれぞれいろいろやっているのです、大体わかるのです、ですから、国民的な合意を目指せる何か御意見がございましたら、お伺いしたいのです。

掛井正君 ホームページのみならず、いろいろな場面で国民に対してもっとおっしゃっていただきたいなというのが率直なところです。

 特に、先ほど、何回も蓮実先生のお名前をお出しして申しわけないのですが、二兆円から三兆円という話を聞かされて、正直言って、私、考えがぐらついているのは事実です。当初、いろいろなマスコミ等の報道では、十数兆かかりますということを聞かされておりましたので、ちょっとそのギャップというのはあります。それを考えると、もっといろいろな場面で発表していただきたいというのが率直な気持ちでございます。

永井委員長 私から意見を申し上げては恐縮ですけれども、感想を申し上げれば、確かに、マスメディアにしても、この国会等の移転について国民に周知徹底させるような記事を流しておりませんね。したがって、国民も、とりわけ九州とか北海道とか、ほぼ無関係な地域では本当に関心は薄いという感じがいたします。

 特に、ホームページを開設して、ホームページを開設しました、このアクセスするためのアドレスをぜひ国民の皆さんに周知してほしいということで、私は記者会見をしました。ところが、記者会見をしたけれども、一紙か二紙です。アドレスさえほとんど報じてくれないのですね。ですから、本当に日本のメディアも、国家的な大プロジェクトなわけですから、もう少しきちっと国民にそうしたことを徹底してもらいたいな、そういう姿勢が欲しいなというのが率直な感想です。

 時間も経過いたしましたので、この辺で質疑は一応終了させていただきたいと思います。

 掛井君におかれましては、貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。委員会を代表して厚くお礼を申し上げる次第です。

 それでは、後ほど懇談を行うこととし、これにて意見交換会を終了いたします。

    午前十時三十九分散会




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