衆議院

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第31号 平成23年7月27日(水曜日)

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平成二十三年七月二十七日(水曜日)

    午後一時開議

 出席委員

   委員長 石田 勝之君

   理事 大串 博志君 理事 岸本 周平君

   理事 古本伸一郎君 理事 鷲尾英一郎君

   理事 竹下  亘君 理事 山本 幸三君

   理事 竹内  譲君

      網屋 信介君    五十嵐文彦君

      今井 雅人君    打越あかし君

      江端 貴子君    小野塚勝俊君

      大西 健介君    岡田 康裕君

      柿沼 正明君    木内 孝胤君

      小山 展弘君    近藤 和也君

      階   猛君    玉木雄一郎君

      豊田潤多郎君    中塚 一宏君

      中林美恵子君    橋本 博明君

      松原  仁君    三村 和也君

      向山 好一君    和田 隆志君

      今津  寛君    齋藤  健君

      竹本 直一君    徳田  毅君

      茂木 敏充君    佐々木憲昭君

    …………………………………

   財務大臣         野田 佳彦君

   財務副大臣        五十嵐文彦君

   内閣府大臣政務官     和田 隆志君

   参考人

   (東日本大震災復興構想会議議長)         五百旗頭真君

   参考人

   (東日本大震災復興構想会議検討部会部会長)    飯尾  潤君

   財務金融委員会専門員   北村 治則君

    ―――――――――――――

委員の異動

七月二十七日

 辞任         補欠選任

  勝又恒一郎君     向山 好一君

  菅川  洋君     橋本 博明君

  柳田 和己君     打越あかし君

  和田 隆志君     階   猛君

同日

 辞任         補欠選任

  打越あかし君     柳田 和己君

  階   猛君     和田 隆志君

  橋本 博明君     菅川  洋君

  向山 好一君     大西 健介君

同日

 辞任         補欠選任

  大西 健介君     勝又恒一郎君

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 財政及び金融に関する件


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     ――――◇―――――

石田委員長 これより会議を開きます。

 財政及び金融に関する件について調査を進めます。

 本日は、参考人として東日本大震災復興構想会議議長五百旗頭真君、東日本大震災復興構想会議検討部会部会長飯尾潤君に御出席をいただいております。

 両参考人におかれましては、御多用中のところ本委員会に御出席賜りまして、まことにありがとうございます。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。岡田康裕君。

岡田(康)委員 民主党の岡田康裕でございます。本日も機会をいただきまして、本当にありがとうございます。

 いっときに比べますと暑さは少し和らいできたように思うんですが、民主党に対する風当たりは激しく、厳しくなる一方だと思っておりまして、私も党の構成員の一人として、このままじゃ絶対にだめだ、そういう思いを強くいたしております。

 しかし、私なりに振り返ってみますと、このままいけば、自民党政権末期の安倍内閣も福田内閣も麻生内閣も、鳩山内閣そしてこの菅内閣と、どれも一年前後みたいなことになりかねないような状態になっていると思うんです。こういうことに何でなってしまうんだろうかということを、与野党の立場を超えて少し冷静に考えてみますときに、やはり一つは衆議院と参議院のねじれ、もう一つは財政的に本当に厳しいという窮状、私はこの二つがどうしても大きいと思っているんです。

 ねじれることで、政策論議を装った権力闘争というのがやはりどうしても続いているように感じますし、批判をすればおもしろおかしく報じられがちですから、どうしてもずるずるずるずる支持率が下がっていきます。何か実績を、成果を上げようとしても、財政的に余りにも厳しいものですから、まじめに財政と向き合おうとすればするほど、厳しい政治になってしまうんですね。それで実績も残せない。そういう中で、次から次に内閣がもたずに倒れていってしまっているんじゃないだろうか、そんなふうに思うわけです。

 そういう意味では、私たち民主党も、また、今、野党にいらっしゃる皆様も、こういうねじれと財政的に厳しい状況の中で、与党の立場、野党の立場、それぞれ経験しているわけですから、やはりもう少し国民の皆様のお声に、謙虚になって耳を澄ますことができれば、ずっと先送りされてきている社会保障制度の再構築とか、また経済の中長期的な持続的な成長戦略とか、また財政の健全化とか、そういった話も一気に進むような体制が構築できるんじゃないだろうか、そんなふうに感じております。

 きょうは、同じ兵庫県御出身の五百旗頭議長、そして飯尾部会長にもお越しをいただいておりまして、お手元に資料を配付させていただいております。

 少しごらんいただきたいと思うんですが、表紙をめくっていただきまして、一ページ目は、議長が第一回の復興構想会議の際に提出をしてくださったペーパーでございます。基本方針が五つ書かれているんですが、一番目に「超党派の、国と国民のための復興会議とする」「いかなる党派・勢力にも偏することなく英知を集める。」と、わざわざ一番項目で、二重下線つきで書いていただいているんですね。

 これはもちろん復興構想会議の中の議論に対してこう書いていただいているんでしょうけれども、今、送り出してくださった復興への提言、これをいよいよ政治の場でも進めていこうとするわけですけれども、こういう項目を一番に、復興構想会議に集まられた方々が書きたくなられる、くぎを打たなければと思われるほど、やはり今の国会はどうかしているんじゃないか、そういうことのあらわれじゃないかと私は思っているんです。

 きょうは議長にお越しいただいておりますし、後に触れさせていただきますこの復興への提言、「悲惨のなかの希望」という非常に重たいメッセージを添えていただいております。この提言書に込められた思いと、そして、これから進めていくに当たっての、今の政治情勢について、議長のお立場からどんなふうに感じていらっしゃるか、ぜひお話をいただければと思います。よろしくお願いします。

五百旗頭参考人 御質問ありがとうございます。

 大変立派な議論をしていただきました。そのとおりでありまして、私、ちょうど発災から一カ月後の四月十一日に、復興構想会議の立ち上げとともに議長として任命されたわけであります。

 一番目に、内閣から諮問を受けたわけでありますけれども、一内閣にとどまらず全国民的な観点に立って提言をつくりたい、野党の方からも、ぜひ復興会議に党としての構想を語っていただければありがたいというふうに考えまして、総理の御了承も得て、そのような努力も一定したわけでありますが、政治状況が必ずしもなだらかではなくて、いろいろ問題があってそれはできませんでしたけれども、その精神は貫いたつもりであります。被災者に対して、全国民的な支えというものをしっかりとつくり上げるという思いを持って書いたものでございます。

 それから、諮問を受けたときには、六月末に第一次提言をするようにという御指示で、本提言は年末というふうな含みであったかと思いますが、私どもの方でこれを繰り上げまして、六月末に本提言をやる。被災地の現状を見れば、本提言、復興構想は十二月までないよ、そういうことが許される状況ではないというふうに考えまして、六月末にこの「悲惨のなかの希望」という提言をまとめた次第であります。

 その際に、ポイントとして考えましたことは二つございまして、一つは、国民的な志と申しましょうか、このたび、かつてない義援金、支援の輪が国内に広がり、そして世界に広がったと思います。アスリートはチャリティーゲームを開催するし、ミュージシャンはそのようなフェスティバルを開いてくれる。そういう世界の善意と良心の広がりというものを受けとめた提言でなきゃいけない。しっかりと被災地を支えて、同胞を見捨てない、そういう姿勢を明らかにするものでなきゃいけない。そういう理念、精神が一つの大事な軸だと思っておりました。

 二番目には、とはいえ、これは復興の具体策でなきゃいけない。空理空論で、好みの歌を歌ったけれども実際にはやりようもないものであるというのではお話にならない。実施できる、政策としての妥当性、合理性のあるもの、実施可能なものをつくっていくというのでなきゃいけない。

 その二点、国民的な理念、志とともに、開かれた合理性を持つ政策ということを重視したわけであります。

 さらに、議長としてもう一つ留意した点は、非常に個性的な十六名の委員から会議が構成されており、後で登場される飯尾部会長の率いる十九名の若手の学者、専門家による検討部会、合計三十五名で構成されております。この多様な大部隊、それを漏れ落ちなく、みんな最終提言にまで一緒にたどり着くということが議長としてのもう一つの大事な役割だと思っていた次第です。

 以上でございます。

岡田(康)委員 ありがとうございます。

 先ほどお手元にお配りさせていただいて見ていただいておりますペーパーをもう一度ごらんいただきたいんですが、この基本方針の四番に「全国民的な支援と負担が不可欠である」と書いていただいて、早速に震災復興税という単語が記述をされていたわけです。

 このことは、復興構想会議スタート時点で大層話題になったわけですけれども、最終的な六月二十五日の提言書を拝見いたしましても、これもお手元に資料を次につけさせていただいておりますが、提言書の三十七ページで、「復興のための財源確保」という章が立ててありまして、ここはかなり踏み込んだ記述をしていただいているように、読んでいて感じました。

 真ん中あたりに下線をつけさせていただいたんですが、要は、今、きのうきょうあたり、かなり盛んに報道されていますとおり、三次補正で復興債という国債を発行して、そこには、五年ないし長くても十年で償還するんだという臨時増税の話が出てきているんですけれども、ここで一つお聞きしたいんです。

 復興構想会議としては、復興のことを議論していただく場でございますから、これぐらいの歳出がかかるであろう、そのために、無責任に財源のことを議論しないのはよくないということで、財源の議論もつけていただいたんだと思うんですね。

 しかし、今我が国の政治は、一方で、もうきょうないし来週、再来週にも審議が始まるかもしれない公債特例法案の中で、償還財源が描けない中で四十兆円規模の、復興債十兆とか言われていますから約四倍規模の赤字の公債を発行せざるを得ないような状態にあるわけです。要は、十兆の急がなければならない復興の財源について、いわば臨時の増税の話をすぐにしようとしつつ、一方では四十兆規模が、不道徳にも、ぼんと発行されそうになっているわけですね。

 私は、この整合性がないと思うんですけれども、このことについて、議長のお立場から、この記述をされるに当たってどんなふうに感じていらっしゃるか、率直な御答弁をお願いします。

五百旗頭参考人 私の方から応答するのに適当な部分と、必ずしもそうでない部分があるかと思いますが、最初に言っていただいた議長提出資料の五つの基本方針の中の四つ目という指摘、ありがたく存じます。

 実は、私はかねてから、赤字を次の世代にツケ回しするというふうなやり方は限界があると思っておりまして、しっかりと必要な財源を確保する政治が必要である、責任ある政府というのはそういうものだというふうに政治学者としての考え方を持っておりました。しかるに、事実は、今御指摘のように、毎年四十兆円と呼ばれるもの、さらに累積の赤字はGDPの二〇〇%という途方もない事態に至っております。そういう中で、不幸にもこのたびの大変な災害が起こったわけですね。

 私は、阪神・淡路の体験者であり、その復興にもいささかかかわっておりましたので、それと比べても、このたびの震災、津波の被害というもの、あるいは原発の被害というものがはるかにそれを超えるものであろうというふうに直観的に感じます。こういう二〇〇%GDPの赤字自体に加えて、恐らく復興に必要とされるであろう多額のものを、また借金を積み上げるということをやれば、どういう問題が起こるか。

 一つは、我々の子供や子孫の世代が借金地獄の中で対処不可能に陥りかねないということであり、二番目には、そこへいく前に、国際マーケットが、日本の経済財政に対して、これはレベル7である、当事者能力を持っているとは言えないというふうな認定を下す、マーケットの中でそういうふうに動き始めるということが恐るべき事態だと思うんですね。

 これは日本経済、社会の全面的な死を意味しかねないというふうに感じておりましたので、このたびの大災害に対して、さらに借金を積み上げるのではなくて、同胞の悲惨を同世代でしっかり支えるべきではないか。それは、もちろん一つの方法ではなくて、四の下の項目に書きましたように、義援金プラス公債プラス震災復興税、あらゆる手法は否定されません。しかし、額の大きさから見て、また復興税というものも、公債の積み上げを放置しないという対処も必要ではないかと思って、こういうふうに書いた次第です。

 なお、これについては、非常に早い時期に、私は、学者の友人三人、議長代理とそれから部会長を含む三人と相談して、私の起草したこれを、意見を伺ったところ、彼らも同じ考えだというので、これをそのまま印刷にしたわけです。財務省からささやかれたのではないかというふうなコメントをなさる向きもございましたけれども、財務省がかかわる前に、私及び友人とともにこういうのを書いた次第で、それは現在の大きな経済財政環境を考えた場合に、この復興というものを我々が責任を持って同世代で支え上げるということの必要から論じた次第でございます。

岡田(康)委員 復興構想会議のお立場から、未来への責任という観点から、そこまで踏み込んで書いてくださったんだなというふうにお聞きをいたすところでございます。

 ここから先は五十嵐副大臣にむしろお聞きすべきかなと思うんですが、やはり今、未来の世代にツケを回さないという観点で、復興財源について復興税等のことを踏み込んで記述されたということでしたけれども、しかし、私は、短期間で急いで償還すべきものはむしろ逆なんじゃないだろうかと思っているんです。

 要は、この災害というのは百年に一度かもしれないぐらいの規模なわけでございまして、そのたびにかかる費用というのは、別に私たちの世代の過失で発生した災害じゃありませんから、むしろインフラ整備とかもするわけですし、六十年償還の建設国債みたいな乗りで長く償還していけばいいと思うんです。これは経済学の景気への影響の平準化の理論からしても、長くやることに何ら問題ないと思うんですね。

 むしろ、先ほど五百旗頭議長がおっしゃってくださった世代間の道徳的な観点からいえば、やはり毎年毎年、社会保障制度も大赤字ですし、地方交付税の制度も赤字だと言ってもいいと思います。こういった、今生きる私たちの生き方のモラルみたいなところから少し立ちどまって考えなければいけないような、この毎年毎年の三十兆、四十兆の赤字、これこそまさに、今生きる私たちが急いで償還財源を議論しなきゃいけないものだと思うんですね。

 だから、むしろこれは逆な感じがするんですけれども、副大臣、いかがでしょうか。

五十嵐副大臣 ありがとうございます。

 岡田議員はいつも真っ正面から問題を取り上げて議論していただく、大変すばらしい委員だと敬愛をしております。

 それで、今の観点ですけれども、私は、財政の健全性というのは危機への対応力なんだろうと思うんです。日本の財政がその対応力を失っている時点に来ているというのが今一番問題なんだと思いますね。

 例えば、国が何らかの賠償責任を負う事態が起きたときに、すぐ増税をしなければいけない。今、アメリカという基軸通貨国ですら、デフォルトのおそれが出てきているという時代ですね。

 いつ金融危機が我が国まで波及するかわからない。こういうときに、財政が対応力を失っていれば、そのたびごとに、案件ごとに国民に増税をすぐお願いしなければいけないということになってしまうということを避けるためにも、特別な一時的な支出についてはきちんと区切りをつけて、区分経理をして、早くそこから脱出できる道を用意するというのは、私はある意味で当然のことかと思います。

 また、もう一つ、建設国債のたぐいに入るべきものだからいいのではないかというお話がありましたけれども、やはり震災によって失われた資産というものがあって、いわばダブルローンに近い負債というのは残っているわけですから、これもきちんと整理をしていかなければいけない。

 もう一つ、経済の面から、この一時的な支出に対する負担増からいつ脱出できるのかという見通しを早く立てることの方が、むしろ企業経営者には役に立つのではないか。見通しが立たないでずるずる復興期間なりあるいは償還期間が延びることの方が、むしろ経済に悪影響が出るのではないかと考えております。

 いずれにしても、建設国債であろうと赤字国債であろうと、次世代に対するツケ回しであり、復興債そのものは財源ではありません。財源というならつなぎの財源であって、私は、後世代の税金によって賄われるべきも、なるべくその負担を軽くしてあげなければならない時期に我が国がもう立ち至っているということが問題なんだろうと思います。

岡田(康)委員 お話もなるほどと思うわけではございますけれども、ただ、やはり償還を急ぐ順序という観点からいきましても、災害対策の国債と、私たちの生活を維持するために垂れ流している赤字公債とでしたら、やはり道徳的な観点からいいましても償還する順序が逆なのではないかな、そういう何か頭の中にひっかかったものがいまだに残っているということは繰り返し申し上げさせていただきたいと思っております。

 そこで、今話題になっていることを一点確認させていただきたいんですが、これもメディアの情報で恐縮でございますけれども、関係閣僚会議等々で、向こう五年で十九兆円以上、十年間で二十三兆円とする復旧復興の総事業規模を確認されたというような報道があります。

 第一次が四兆で、第二次が二兆円でございましたから、当面はもう十三兆確保せねばならない。そのことについて、三兆円ほどは歳出削減等で対応して、十兆円ぐらいは復興債になるのではないか、こういう報道がもうどんどん出ているんですけれども、これは事実関係として、どういう場所でどこまで既に決まっていることなのか、お願いいたします。

五十嵐副大臣 復興財源に関係する閣僚級会合というのがございまして、そこで議論が行われているということは確かでございますが、まだ、メディアで報道されていることがすべて正しい数字、あるいはすべて内容が正しいとは限らないということでございます。

岡田(康)委員 正しいとは限らないということではございますけれども、実際、党内におりましても、三次補正予算に向けて歳出削減ができそうな何かアイデアはないだろうかみたいなメールが来たりしているわけですね。

 私、その三次補正の財源論の話を聞いていて、またもう一つ素朴に疑問に思うことがあるんですね。

 三次補正予算の財源論よりも先に来るべきは、私は特例公債法の財源論だと思っているんです。

 お手元に資料を準備させていただいておりますが、これは思い出していただきたいんですが、もともとの、これは実は私、本会議場で代表質問に立たせていただいた法案なんですね。いまだに成立できていないわけですけれども。このときの公債特例法には、二番に(1)から(4)まであったんですね。(1)の「特例公債の発行」というメーンの部分は実は三十八・二兆円なんです。残り、ここに書いてあるような財投特会とか外為特会とか鉄運機構等々で合わせて約二・五兆円をこの特例公債法を通すことで確保して、合計四十・幾らという財源確保をしようとしていたんです。

 そこに震災もあり、第一次補正予算のときに、震災復興に赤字公債は出さないんだ、こう言われて、ここの(2)、(3)、(4)の二・五兆円分を抜き取って活用されているはずなんです。ですから、もし今来週から公債特例法が審議入りしますと、歳出の総規模が変わらないとすれば、赤字公債が二・五兆ふえるはずなんです。

 ということは、先ほど副大臣のお話にも財政規律的なお話があったと思うんですけれども、中期財政フレームの中でも四十四・三兆円に公債発行を抑えるということを言われていて、そういうことがあるから復興財源は復興債等々で区切るんです、こう言われているんだと理解しているんです。しかし、三次補正の財源論の話をしているうちに公債特例法を議論すると、このままいくと、いとも簡単に財政規律を侵すことになると思うんですけれども、この二・五兆円はどうされようとなさっているんでしょうか。

五十嵐副大臣 まさに与野党の合意の中で、その当時の表現でいうと、二次補正のときに一緒に考えるという話になっているんですね。ですから、そこはある意味でペンディング状態になっている。

 確かに、岡田議員御指摘のとおり、二・五兆円は仮に流用してきたものですから、ことしの分についての二・五兆円はどこかで、ことしで返さなければいけないということであれば、この二・五兆円を足して復興財源の中でこれを考えていかなければいけない、復興財源の償還の中で考えるべきだという考え方が一つございます。一方で、もし与野党間でお話が認めていただけるなら、根本的な税と社会保障の一体改革の中でこの二・五兆円を吸収させていただくというのであれば、そういう考え方もある。

 二つの考え方があるので、与野党の協議をしながら考えていきましょうと、いわばペンディングの状態になっているということでございます。

岡田(康)委員 ペンディングということなんですけれども、本来でしたら、きょうのこの質問も公債特例法の法案質疑の場で立ちたかったぐらいなんですけれども、むしろ内閣の側にというか民主党の側にまだ煮詰まっていない部分があるということになってしまうんじゃないかと思いますので、これはもう早急に、中で議論を詰めていただきたいと思うんです。

 先ほど、三次補正の十兆、三兆という話がございました。党内に向けてもこの三兆円分に相当する財源論の話が打診されてきているように思うんですが、私はむしろ、三兆円、もし歳出削減で捻出できるのであれば、この公債特例法の二・五兆にこそ組み込んで、三次補正は、十三兆という規模がいいかどうかは別にして、その十三兆を丸々復興債とすべきじゃないか、素朴にこう感じております。ですので、このことは繰り返し質問はいたしませんけれども、ぜひとも早急に御検討をいただければと思っております。

 済みません、きょうは復興構想会議の方から飯尾部会長にもお越しをいただいております。少し質問を前後入れかえてしまったんですが、最後に、時間もわずかですが、質問させていただきたいと思います。

 この提言書に基づいて、これからいろいろなことが進められていくことになると思います。私も、実は先日、内閣委員会で、PFI法の改正に当たって三十分質問に立たせていただいたんですけれども、やはりもうこれだけ財政が厳しいですから、国が国民の個人金融資産を国債で調達をして、そして無駄な事業も含めてどんどん使うというやり方はますますやりにくくなってきていると思うんですね。

 そういう意味では、民間の方でその個人金融資産を金融機関から調達をしていただいて、例えば公共事業でさえやっていただく、そしてその公共事業の末に上がってくる利用料収入とか通行料金収入とか、そういったもので独立採算をとっていただくような、そういうPFIとか、こういった復興の中で、いろいろな先例、実例をつくり上げていただいて、後にそれを全国に展開していくことができるような、そういうことがいろいろ議論になったのではないかと思うんです。

 提言書の中にも、お手元に資料をつけさせていただきましたが、「特区」という単語がついた章立ての中で、「民間の資金・ノウハウを活用しつつ、」というふうに、下線を引いておりますけれども、そんなふうにも書いていただいております。

 部会長の方から、この提言書に基づくいろいろなこれから始まる事業の中で、全国にもぜひ展開していってもらいたい、そういう思いが込められるような事例とかありましたら、ぜひここで御披露いただければと思うんですが、よろしくお願いいたします。

飯尾参考人 御質問ありがとうございます。

 この問題については、実はいろいろ議論をしたのでございますけれども、まさに、このところに、配っていただいた紙にもあると思いますが、「くらしとしごとの再生」というところに置きました。実は今回、大変大きな災害でございまして、基礎的なインフラを再建しないといけません。それについて国や自治体が責任を持つのは当然として、しかしながら、そこに手が回らない、とりわけ産業の再生ということを考えると、それはやはり産業界自体がやるということでございます。

 これはもう当然のことでございますから、ビジネスチャンスがあれば民間企業はやるということを期待しているわけですけれども、ここで問題にしておりますのは、そういう新しい試みができたときに、これまでの規制であるとかそういうことで難しいという事例が起こったときには、特区その他の手法を使って、そういう民間の試みがしやすいようにするということを考えたわけです。

 ただ、このときの議論をして、実はいろいろなアイデアが私どもに寄せられたんですけれども、我々としては、民間の活力ということですので、我々が何か、民間の活力、これがいいのではないかということを決めるのはどうかということでして、市町村を中心に、やはり、いけそうなものがあったら、こんなことが邪魔になっているんだということを言っていただければ、政府において対応していただきたいというスタンスです。随分いろいろな御提案はいただいたんですけれども、私自身が今ここで、こういうことが全国に広がるというよりは、ここでうまくいけば自然と全国に広がるということを期待したいなと思っております。

 ただ、具体的には、テーマとして考えてみると、むしろこれは産業であります。例えば、再生可能エネルギーでありますとか、地域の自立型のエネルギーであるとか、あるいは介護、医療の分野であるとか、そういうことについて、何かいろいろな意見が寄せられたことは確かでございます。

 よろしゅうございましょうか。

岡田(康)委員 時間も参りましたので、以上で終わらせていただきます。貴重な機会をどうもありがとうございました。

石田委員長 次に、山本幸三君。

山本(幸)委員 自由民主党の山本幸三でございます。

 きょうは、五百旗頭議長、五百旗頭先生と飯尾先生においでいただきまして、本当にありがとうございます。

 私は、できれば提言がまとまる前に来ていただいて、議論していた方がよかったかなと思っているんですけれども、それができませんで、大変残念でした。でも、きょうはいい機会なので、少し見解をただしたいなと思っているわけであります。

 私の問題意識は、どうも最近は経済学とか経済理論に基づかない、間違った議論が横行しておりまして、これは政府内、日銀、財務省はもとよりですね。その結果、国民が非常に困難に陥っている。デフレや、また円高がどんどん進む。それは、経済理論からすれば当然そうなるようなことしかやっていないからそうなるんですけれども、その辺が理解されていない。特に私が問題だと思ったのは、今回の復興構想会議の提言で復興税という話が出てきたことが非常に問題があると思っているわけであります。

 五百旗頭先生とか飯尾先生とか、大変立派な人格者で、そうかなという常識的な判断はまともにやっておられるかという気がするんですが、経済理論とか経済学は、実は常識では律し切れないんです。

 私が大学の時代、経済学恩師の小宮隆太郎さんから言われたことは、常識を疑うことができるかどうかが経済学を本当に理解したかどうかなんだと。常識的に判断すると間違うんだ、そこをぎりぎり詰めていけるかどうかに勝負があるんだよということを徹底的に言われて、ずっとそのことを努力してきたつもりでありますが、復興税なんというのは間違いですよ。さっき岡田さんが言ったのと一緒ですが、それを今から検証します。

 そこで、まず五百旗頭先生に基本的なことをお伺いいたします。

 ちょうど岡田先生が資料を配付していただきましたので、これを使わせていただきますが、要するに、復興の財源確保、復興構想会議の提言の三十七ページ、この資料二枚目の裏ですが、ここに「次の世代に負担を先送りすることなく、」だから復興税をやるんだと書いてある。

 「次の世代に負担を先送りすることなく、」というのは、どういう意味でしょうか。

五百旗頭参考人 ありがとうございます。

 山本先生のような税、経済の専門家に対して、私のような、その分野の専門でない者が物を申し上げるのは、大変、釈迦に説法になりかねないという気がいたしますが、私あるいは私どもの観点についてお答え申し上げたいと思います。

 阪神・淡路大震災のときは一九九五年、八〇年代が日本は世界一の物づくり国家と呼ばれる好景気の中で、財政状況も改善いたしまして、バブルがはじけたとはいえ、まだ国債は大きくないという状況でありました。

 そのときに比べまして、現在の国家財政の状況は大変な事態でありまして、さきにも申しましたように、二〇〇%GDPの負債を国が抱える。それを続けてまいりますと、何が起こるか。

 国債ということは、とりあえず国が借金をしたわけですが、その返済というのは将来世代に当然ゆだねられるわけであります。しかも、その将来世代、人口増そして経済右肩上がりというときにはその弊は限られたものでありますが、現在のように少子化状況になって、数が少なくなった子や孫の世代が、我々が積み立てた負債を全部対処しなきゃいけない。これはもう大変な政治的犯罪ではないかというふうに思う次第であります。

 そういう事態を避けて、このたびの東日本大震災における財源につきましては、今を生きる世代全体で連帯し、負担を分かち合うということが必要ではないかというふうに考えた次第であります。

山本(幸)委員 そこが間違っているんです。なぜかというと、もう一回ちょっと整理しますよ。

 少子化とかいうのは、そういう要素は外して物事は考えなければいけない。将来の世代が本当に負担するかどうかを議論するときは、他の事情を一定にして議論しないと経済学の議論にならないんです。同じインフラ整備をするという財政支出について、今の世代に増税するやり方と、国債を発行しておいて将来の世代に増税してそれを償還しますよというときに、今の世代と将来の世代で世代間の効用に差があるかどうかが勝負なんですよ。

 今の先生の議論をお伺いすると、現代世代は復興によってインフラ整備などがやられるという効用を得る。しかし、同時にその負担もしなきゃいけないから税金でやりなさいよ、そこで差し引きチャラですねと。ところが、国債発行ということで将来の世代ということになると、現在の世代はインフラ整備の効用を得るけれども、将来の世代は償還の税負担というものを得るから、だから世代の負担ですねという議論ですね。それでよろしいですか。

五百旗頭参考人 必ずしもそうではありません。将来世代も、現在、例えば我々が防潮堤をつくり、防波堤をつくりますね。あるいは高台に安全な町をつくる。そのことは、現在生きている世代が受益いたしますが、将来の世代も受益いたします。そういう意味でいえば、将来の世代にも負担を求めることに一理ないわけではないと思います。

 しかし、先ほど申しましたように、GDP二〇〇%の負債を積み上げて、それは結局、将来世代に先送り、ツケ回ししているわけですね。その上にさらにこれを積み上げるということの事態の重大性を考えなきゃいけないんじゃないか。

 経済理論に沿っていない対処というけれども、どうも、経済理論にも、一つではなくて幾つかの観点があるのか。私は経済学者ではありませんので、割と常識に基づく議論で恐縮でありますけれども、議員のおっしゃる、確かに一部は後の世代も受益するから一部負担してもいいと言うけれども、この二〇〇%GDP赤字の中でそういうものを積み重ねれば、対処不可能な、少子化時代の人たちへの負担になるのではないかという点が私どものポイントです。それをしないように、我々の世代で、この復興については、同胞を見殺すことなく支えるという姿勢をとるべきだというふうに考える次第です。

山本(幸)委員 将来の世代が国債の累増で対処できなくなる可能性が出てくるんじゃないかということは、後で質問します。

 私は、先生方の言われている復興税をやった方が厳しくなると思っているんです。だけれども、国債と税金を比べて世代間の負担の議論をするんだったら、ほかの事情はちょっとおいておいて考えないと議論にならないんですよ。こっちではほかの前提でやったら、議論にならないんですよ。それは経済学上の議論じゃない。

 税金と国債の発行の、世代間の議論をやるときは、要するに、現時点で増税すれば、効用と負担が差し引きゼロ。将来の世代が、復興のために増税しますね、増税して国債を返す。だけれども、その返したお金はどこに行くんですか。返したお金は、国債を持っている将来世代のところに行くんですよ。

 つまり、将来の世代では国債償還ということで税金で取り上げるんだけれども、同時に、国債の利子と元金償還ということでまた同じ世代に返すんですよ。差し引きゼロなんですよ。だから、経済学上の議論では、現代世代が増税でやっても差し引きゼロだし、将来世代を国債で増税しても、利子と償還の金額は将来世代に行くんだから、ゼロなんですよ。だから、国債の負担というのは、将来世代への負担の先送りなんかないんですよ。どうですか。

五百旗頭参考人 現在の世代が増税をやって、それを払ったものはどこへ行くか。それは、現在の財政に返還されるわけですね。それがなぜ将来の世代に対する負担になるのか、御立論、全然私は理解できません。なぜ、今増税で払ったもの、それを返したものがまた将来の負担になるんでしょうか。私はそれが理解できないので、お答えいたしかねます。

山本(幸)委員 何が理解できないのかちょっとわからないんですが。

 要するに、増税と国債で世代間の負担の違いがあるとおっしゃっているわけですよ。それが、復興財源を今やらなきゃいけないという議論の前提ですよ。

 ところが、私が言っているのは、国債を発行して将来の世代に負担を先回しするというような議論が常識的にあるけれども、理論的に考えると、将来の世代は、国債の償還のために確かに増税で償還財源を取られるかもしれない、しかし、同じ世代がその取られたお金をまた享受するんですよ。だって、国債を持っているのは将来世代の人間、それは相続か何か知らないけれども、持っているんだもの。世代としては、取り上げるけれどもまた戻してやって、差し引きゼロなんですよ。それは、現時点で増税して復興、いろいろな施策をして、取るけれども使うということと同じことなんですよ。

 だから、世代間の負担というのは、増税であろうと国債であろうと、負担の先送りなんて議論はないんです、経済学では。わかりませんか。

五百旗頭参考人 わかりません。変な議論だと思います。

 今国が借金して、それを将来世代に払えというのは明白なツケ回しでありますが、今国が増税をして必要な経費を支払うということについては、将来世代に負担がかかるものではないと思っております。

 そして、国民みんなから税を取ってやるのと、それから一部の人が国債を買ってそれを若干の利子をつけて将来返してもらうというのは、問題の性格が違うのではないですか。一部の人にとってはいつか返ってくる利益ではありますけれども、社会の公平な制度というものの中で対応するという観点の欠けたものと同列には語ることはできないというふうに思います。

山本(幸)委員 いや、あなたが言っている前提のように、今増税して今のあれを賄えば、もうそれで終わりですよ。将来世代には当然ない。私もそれは認めます。

 だけれども、今国債を発行して施策をやりました、では将来の世代は負担だけを負うのかというと、そうじゃないんです。それは国債の利子と償還金をもらうんだから。世代としては、増税も国債の発行も国民の貯蓄を吸収するということで、経済学的には同じなんですよ。それが現世代でやるか将来の世代でやるかなんだけれども、国債の場合で将来の世代が負担だけ負うかということは、そんなことないんですよ。負担を負う、増税してやるけれども、その償還金はまたその世代に戻るんですよ。だから、経済学的には、国債の世代の先送りというのはないんです。

 これはもう経済学の教科書には書いてあるんだよ。日本の教科書には余り書いていないけれども、アメリカの基本的な経済学の教科書にはちゃんと書いてありますよ。

 そこの国債の負担の議論というのは非常に難しい。金利の問題が出てくるのはちょっとあるんだけれども、しかし、基本的には、国債を発行したからといって、将来の世代に負担の先送りというのはないんですよ。そんなことを言っているのは、財務省の経済学をわかっていない連中が言っているだけですよ。

 飯尾先生はどうですか。

飯尾参考人 御議論を伺っておりましたら急に当たりまして、慌てておりますけれども。

 まず、経済学のことでございまして、私自身は専門家ではございませんけれども、私どもの会議、検討部会には、実はたくさんの意見書のようなものをいただきました。経済学者の方からたくさんいただきましたが、私はそこで発見をいたしましたのは、専門の経済学者の方の意見が分かれているということを発見いたしまして、やはり、目のつけどころによってそのことが分かれるということでございます。

 そこで、今のことについて、具体的にそれほど私に知識があるわけではありませんが、もともとのところに戻りますと、今回、私どもの復興構想会議の議論は、震災復興をどうするかということでございます。

 その中で、財源をどうするかということでございましたので、一般論としましては、もちろん緊急を要することでございますから、復興債その他があって緊急に支出されると大変結構ですけれども、一般論とすれば、やはりそのような国債というのは償還されるべきものであって、しかも、私ども、実はこれは臨時の費用だというふうに考えていますので、一般原則ではないところを考えないといけないというところで、その選択肢の中に増税というのを入れるかどうかということがあろうかというふうに議論をいたしました。

 そのときに、増税というのは、普通やっている支出よりもふえる支出をするというわけでございますが、どこかでいずれは、今回なのか将来なのかわからないけれども、賄われるだろうというふうに議論をしたところでございます。

 その点で、実は、我々の議論としましては、やはりそれは排除はできない。今のお話でしたら、これはどちらでも同じだということかもしれませんが、ただし、国債を発行した場合にはやはり財政が硬直化してくるという部分がございます。金融的に見れば、今御主張の点はそのとおりだというふうに思いますけれども、財政が硬直化して、将来にもまた災害がある可能性がある。今回のもの、実は、新たに構造物をつくるばかりではなくて、もう既に、今ある構造物をつくるときに借金をしてつくっておったりします。実はその効用は失われていて、さらにまたつくらないといけない。

 あるいは、今回の場合、災害でありますから、後始末にもお金がかかるということになりますと、やはり、必ずしも今回の支出というのが将来の世代にわたって利益を与えるというわけにもいかないということも議論いたしまして、さらにその上に、国民感情として、多くの方が震災に対して何かできることはないかという、その感情の中でいうと、財政的にも負担してよいという声も多く寄せられたので、やはりこのような選択肢は除くべきではないというふうに考えたところでございます。

山本(幸)委員 いろいろな議論があって、経済学者の意見は分かれていると思いますよ。ところが、一方的なことしか書いていないんですよ。そこが問題なんだ。

 復興構想会議のメンバーを見ると、私から見ると、マクロ経済学とか財政金融政策の専門家なんか一人もいませんよ。労働経済学と環境経済学の専門家だけじゃないですか。そういうメンバーでこの大事な国民生活に最も影響する財源論を簡単に決めていいのかということなんですよ。

 そこで、私の資料をちょっと見てもらいたいんですが、今、飯尾先生がおっしゃったように、こういう大災害というのは戦争に匹敵するんですね。戦争とか突然の大災害というのは、その世代の人たちの責任でもない。それで、大変な被害をこうむるんですよ。一時的に巨額な支出が必要となる。これを賄うときは、公債でやるのが当然なんですよ。

 これは、二ページの野口さん、先日参考人で意見陳述を聞いたときに書いています。なぜならば、増税というのは、物すごく社会の今の厚生に、相当の負担をかけるんだ。厚生経済学上でいうと、二乗に比例する悪影響が出るんです。だから、従来から、戦争費用とか大災害の費用というのは、公債を発行して長期で徐々に返していくというのが筋なんです。

 それが、この三ページ目に書いてある、浜田さんとクーパーさんのペーパーで出てくる公債残高のGDP比率です。つまり、アメリカでもイギリスでも日本でも、戦争中には公債を発行せざるを得ないんですよ。だけれども、その償還はどういうふうにやっていったかというと、大体平均して三十年かけているんです。そして、やっとなだらかに落ちついてくる、これが本来的なやり方なんですよ。

 そこでお伺いしますが、今、日本はデフレで、そして超円高に悩んでいる。そこにこの大震災が起こった。そういうときにすぐ増税して何が起こると思いますか。

 五百旗頭さんか、飯尾さんか。

五百旗頭参考人 増税ということは、それ自体、だれにとってもうれしいことではありません。増税、まずポケットの中から国に経費をより多く出すということへの素朴な喪失感もありますし、それから、今、山本議員御指摘のような、景気の悪化ということの危険もないでもありません。しかし、では必要な経費を全部公債に回してそれで済むかといえば、先ほど来言っているような弊害も生ずるわけです。

 今、この大災害に対する復旧のための四兆円の第一次補正、そして二兆円の第二次補正、これは小さくない額で、被災地へ定期的に訪ねておりますと、第一次補正が出た後、その地域にとって小さくないインパクトがあったということを感じます。もちろんツーリトル・ツーレートであって、もっと早く、もっと大きくということは、当然、悲惨な現場からの強い要請があるわけですが。

 それでも、第一次補正が動き始めた後は、例えば仮設住宅が全然足りないという叫び声が合唱のようにあったのに対して、その後、行ってみると、いや、最初に言った必要仮設住宅の六割から七割で結構だと現地の方がおっしゃるんですね。どうしてですかと。それは、あの地域は人口減少状況にありますので、あいた民家がいっぱいある。そのあいた民家の家賃を第一次補正で国が出したから、そっちの方が、不便な仮設住宅、プレハブを並べたようなところよりも住みよいと選択する人が少なくない。そのために、最初に言ったものの六、七割で足りるんだという説明だったんですね。

 それから、海の瓦れき処理についても、日当一万二千円が出るようになったので、今まではもう茫然と手がつかなかったのが、前向きに自分たちの漁場を再建するという希望が出てきたというふうなことも聞きました。

 そういうふうに、あの地にとって四兆円の第一次補正だって小さくないインパクトを持っているんですね。これが第三次補正となって、その規模がどうであるかというのは先ほどの岡田議員とのやりとりでもありましたが、相当な巨額である。それが動き始めたというときには、復興需要というのが小さくない。ある種の経済ブームを促進するだろうと思います。

 そういう意味で、日本の来年のGDPの国際予測というものについても、かなり楽観的な、前向きなものが少なくないというふうに理解しております。そういうふうな、需要が高まり、経済ブームが起こる中での増税ということは、一方的にデフレ深刻化、GDPの下落、そういうことにはならないケースも多い。

 いずれにしても、この復興、我々が同胞を見捨てずに支えるということが必要でありますから、よい方向につながるように、復興需要の中で増税もなし得るということを願ってやるべきではないかと思う次第です。

山本(幸)委員 復興のためのいろいろな施策が行われて需要が出るのはいいんですよ。それで少し需要が出てくるのは結構なことです。そのときに、その芽を増税でつぶしちゃいけない。そこを私は言いたいんですよ。

 復興という財政支出が拡大すると何が起こるか。円高になるんですよ。要するに、変動相場制のときには為替レートが動くんだ。財政支出が拡大されたら金利上昇プレッシャーがかかって、そこに資金が入ってきて、円高になるんですよ。これがマンデル・フレミング理論というものの教えるところです。もう今、起こっているんですよ。理論どおりに動いているんですよ。そのときに、これで増税すると、企業は逃げていきますよ。雇用は失われますよ。

 そして、デフレは本当に直るんですか。僕はデフレはいよいよ深刻化すると思いますよ。今、実質成長率が何%とか数字を言っているけれども、名目成長率は上がりませんよ。名目成長率は下がって、税収は下がるんじゃないですか。

 九七年、橋本増税で、一気に景気は下降に向かったじゃないですか。それを今、繰り返そうというんですか。それとも五百旗頭議長は、いや、増税したって絶対名目成長率は上がって税収は上がると確信できるんですか。

五百旗頭参考人 そのような確信があるわけではあり得ません。

 そもそも、私は経済の専門家でもないし、国の財政を動かす者でもありません。しかし、九七年の橋本増税、三%から五%にふやしたときが悲惨な結果になったから今度もそうなると、もし山本議員が立論されるのだとすれば、それは粗っぽ過ぎると思います。

 あの九七年のときは、御承知のように、東アジア経済危機と連動してしまったわけですね。最悪の国際経済環境と連動した。もう一つは、九〇年代に入って、バブルがはじけ、不良債権の問題を効果的に、迅速に対処できない、その無為の蓄積とこれがまた連動したわけですね。そういう最悪の重大な二つの条件があって、そこで増税したことの失敗。しかも、増税するときに、ある種の、逆に経済活性化のための措置というのを補完的にとればいいものを、実質九兆円の増税になるように加算していったという対処のやり方の間違いであって、このたびはその環境とは違う。

 先ほど来言っておりますように、復興需要というものを、この国債によって集めたお金で政府が大きく働くわけですね。まれなスペンディングをあえてやる。その中で行われることでありますので、もちろん生き物の経済でありますから、どっちの目が出るかということについては私のような素人が簡単に言えるものではない。

 しかしながら、悪い方にばかり、GDPの下落とデフレと円高と、円高というのは、復興需要が始まる前に、今既に起こっている、むしろヨーロッパあるいはアメリカの事情に主たる原因のあるものだと私は理解しておりますけれども、そういうマイナス面ばかり一元的に見るということについてはどうなのかというふうに思っている次第です。

山本(幸)委員 九七年の橋本さんの増税は、増税を四月にしたら、五月からもう景気が落ち出したんですよ。アジア危機が始まったのは秋ですよ。財務省は、そのときの言いわけをするために、アジア危機があったからと言おうといって決めたんですよ。私は知っているんだ、そのことは。アジア危機は言いわけに使えると。日本はアジア危機で影響なんか受けていませんよ。そういう事実をきちっと押さえた上でやってくださいよ。

 要するに、増税すれば名目GDPはマイナスになるというのは、もう内閣府の試算でも出ている、これは法人税、所得税。それから消費税については、モルガン・スタンレーのロバート・フェルドマンさんも試算していますよ、デフレはどんどん進むと。マクロ経済モデルを使えば、そういう結果になるんです。

 それで、国民生活をいじめて、増税をしていじめて、円高をいよいよ加速させる。デフレになれば円高は進むんですから。それから財政支出を拡大すれば進むんですから。

 そんな政策が本当にいいのか。岡田さんが言ったように、こういうものは長期にやるべき話なんですよ。そして、本当の財政再建の道というのを、どうしたらいいかというのを考えて、本当はそれを一緒にやるのが一番いいんですがね。

 では、もう一個、お伺いしますが、増税する場合には、日本国債に対する市場の信認を維持する観点から重要だと。日本国債に対する市場の信認というのは何ですか。

飯尾参考人 ありがとうございます。

 これについては、実は、会議あるいは検討部会ではこういう議論をいたしました。確かに、増税することによって経済が抑制される、こういうリスクが十分ある。しかしながら、実は世界的に見ると、今度の震災で日本はだめではないか、こういう風評のある中で、返す当てのない国債を発行するというふうなことをしたときには、もしかしてその失われる可能性がある。

 実は、そのときの影響は極めて甚大で、なかなか起こりにくいけれども起こったときには大変重大な結果を、国債が暴落するというような重大な結果を生むということで、それを比べるときに、リスクの問題でございますから、どちらが本当に起こるのかということはわかりませんが、我々、実は今回、震災のようにリスクを扱う議論をいたしましたので、可能性は少なくても起こった場合は非常に大きな影響の起こる、そのような災厄は招くべきではない。

 その観点からいうと、やはり基本的には特別の支出増を求めて、そしてそれをいずれ返さないといけないというときに、返す当てをきちんと考えるということは重要だというふうな観点で、この信認という言葉を使ったということでございます。

山本(幸)委員 だから、増税して増収にならなきゃ意味がないわけですよ。だけれども、私が言っているように、今の現状のデフレで超円高で、震災というショックが起こったときに増税すれば、名目成長率は落ちる。増収にならない。大事なのは税率じゃなくて税収なんですよ。それはこの前フェルドマンがニューヨーク・タイムズに書いていたように、アメリカでもそうですよ。

 そこで、国債の信認のときに、皆さん方が非常に、先ほどから五百旗頭先生も言っておられるんですが、要するに、公債残高の対GDP比率が高くなっていて問題だということでしょう。これをコントロールできればいいわけですよ。それが国債の信認そのものの問題ですよ。これは、僕は同意しますよ。

 ところが、そのアプローチが、私から見ると、分子の公債残高が何でふえたか。デフレで税収が上がらないから、公債を発行せざるを得なくてふえたわけですよ。デフレで名目成長率が上がらないから、二十年前と名目成長率は一緒なんだから、名目GDPは一緒なんだから、だから、しようがないから、税収が上がらないから公債残高をふやさざるを得なかった。分母の名目GDPも二十年前と同じだから、この比率がどんどん上がっているわけですよ。

 だから、将来の世代に、将来の人に本当の意味の負担を残さないとか、本当の意味の国債の信認とかいうのは、この比率を下げるようにするために何が大事かといえば、名目GDPを上げるということが最優先なんですよ。そうしていけば、自然にこれは収れんしていくんですよ。その観点がない議論をここでやって、そして日本経済をつぶして、企業を海外に追い出して、失業者をふやすというようなことを提言したというのは大問題だと私は思っているわけですよ。

 では、どうしたらいいかということですが、これは簡単なんです。五百旗頭先生の最初の提言のところで、要するに、義援金プラス公債プラス震災復興税とありますね。つまり財政の予算制約式というのは、税金か寄附金か、それか公債かということになるんだけれども、もう一個あるんですよ。それが抜けているんだ。だから議論が発展しない。

 それは、通貨発行益というものですよ。日本銀行が通貨を発行すると、自動的にもうけるんですよ。一万円札は二十円でできるんだから、これを何で活用しないんだ。

 インフレのときだったら、これはできない。それが心配だから通常はやらないということになっているんだけれども、デフレのときこそやらなきゃいけないんですよ。そうすると、増税なんかやる必要ない。そして、通貨が発行されて、財政支出拡大による円高の影響を阻止できるから、円安に進むんですよ。これをやらなかったら、日本は本当に終わってしまいますよ。

 日銀の買い切りなり引き受けについて、この通貨発行益を使ってやるという観点が、どうして五百旗頭先生の考え方に抜けていたんでしょうか。

五百旗頭参考人 私が返答すべき事案かどうか、通貨総量をどうするかということ、これは私よりも当局の方に答えていただいた方がいいと思いますが。

 山本議員がおっしゃった中で遺憾だと思いますのは、企業が海外に逃げる、その危険が電力の問題にも拍車をかけられているというのは、まことにもう残念なことであります。

 しかし、他方、このたびの東日本大震災が起こって教えられたことの一つは、農業、漁業を中心とする東北地方というイメージがかなり間違っている、それに劣らぬ地域GDPを電機産業、自動車部品等が占めているということは教えられました。

 それが壊滅的打撃を受け、国際的影響まで出たというので憂慮したわけでありますが、幸い、日本社会の現場力というのは大したもので、被災者も立派だし、自衛隊もよく頑張ったし、企業も、あるいはボランティアの人も非常に立派な活動をしている。八月までに九〇%のサプライチェーンは回復する、いや九五%だと、大変な復興能力ですね。のみならず、トヨタのように、新たな工場を東北に立地しようというところもある。

 これがまさに、我々、飯尾部会長のもとで検討して書いたことの一つの大事な点でありまして、特区のような制度を使ってでも、それは規制の緩和もあれば税制上の優遇措置もあるし、その他インセンティブをつけることも考えて、この地域が、産業、先端的になるということを支えるべきではないかというふうに考えたわけです。

 そういう意味で、海外へ逃げていくという傾向がある、それに対してしっかり食いとめるような対処をすべきだというのが我々のプランであって、我々のプランがまるでそれを促進するように言われたのは大変遺憾であります。

山本(幸)委員 いや、プランで、日本人や民間企業や住民は頑張っていますよ。これはまさに世界に冠たるものですよ。だから、その意欲なりその気持ちをつぶさないでほしいと。増税したらつぶれますよ。そんなのする必要ないんだ。日銀に買い取らせればいいんですよ。僕は直接引き受けがいいと思う、これは後で一回議論するけれども。それをつぶすような提言をされたら、元も子もなくなるというのが私の懸念なんです。

 きょうは時間がもう足りなくなったので、最後に大臣に感想だけお伺いします。

 私は、この短期に増税で賄わなきゃいけないという考え方自体が間違っている。本来のやり方とは違うし、このままいくと超円高とデフレで日本経済は大恐慌になりますよ。それについて大臣はどのようにお考えでしょうか。

野田国務大臣 お答え申し上げます。

 基本的には、復興構想会議にまとめていただいた御提言を踏まえて、今週中に復興の基本方針をまとめていきたいというふうに考えております。

 その際に焦点になるのは、償還期間と、そして、臨時増税の場合にはどういう形にしていくかという議論でありますけれども、基本的には、今までの御議論を通じて、復興会議の御意見も出てまいりましたが、まずは償還期間については、これは余り長い形ではなくて、復興のつち音が聞こえているときに国民に御負担をいただいて、復興に向けて貢献をしていることが実感できるようにすることが肝要ではないかなと私は思います。

 一方で、そのことによる影響は、これは十分気をつけなければならないと思います。仮に臨時増税をする場合には、それは家計への影響があると思います。一方で、財政支出がふえる分、それは所得がふえていくということもあるわけで、それが消費につながるということもあります。

 そして、マーケットの信認等々を踏まえて総合的な判断をしながら、上振れ、下振れ、両方要因がありますので、かじ取りとしては、経済に実害が出ないように最大限注意をしながら、復興に向けての取り組みを力強く推進していきたいと思います。

山本(幸)委員 この復興構想会議のもとになった議論が経済理論的に間違っていると私は思いますし、また、それを受けて政府も短兵急に増税なんてばかげたことをやろうとしている。これは日本をデフレ、超円高に導いて、名目成長率を落として、増収になりませんよ。そして震災恐慌に向かう道だと警告を発して、私の質問を終わります。

石田委員長 次に、竹内譲君。

竹内委員 公明党の竹内譲でございます。

 きょうは、五百旗頭先生、また飯尾先生、本当にお忙しいところ、ありがとうございました。

 私の方からは、せっかく、政治学者であり、また歴史や思想にも造詣の深いお二人の大先生に来ていただきましたので、経済的な話は今お話がありましたので、やや思想的な分野からお尋ねをしたいというふうに思っております。

 このたびの復興への提言を読ませていただきまして、大変中身のある提言であるというふうに思っております。特に前文におきまして、非常に格調の高いことが書かれているというふうに思っておるんですけれども、その中で、前文一ページのところで、五行目ですか、「かくてこの国の「戦後」をずっと支えていた“何か”が、音をたてて崩れ落ちた。」というふうに、今回の震災に当たって書かれているわけでありますが、先生におかれましては、この「何か」というのはどのようなものであるとお考えでしょうか。

五百旗頭参考人 御質問ありがとうございます。

 名文だと言っていただいて、まことに光栄に存じます。この前文あるいは結びのあたりは御厨議長代理の達筆によって起草されたものでありまして、最終的には議長である私が、もちろん全部それを点検した上で確定したものでありますけれども、御厨教授の達文のこの言葉は何を指すかということについて私が答えるのもいささか妙かもしれませんが、しかし、この会議を代表する議長として、私なりに答えさせていただきます。

 戦後をずっと支えてきた何かが失われたという「何か」、例えば安全神話というふうなものですね。阪神・淡路大震災において、それまでの安全神話が大きく揺らいだわけでありますが、このたびは、それに加えて、津波という戦後には大襲撃のなかった災害、そして加えて原発という大変難しい災害、複合災害となったわけですね。その複合災害の中で、安全神話も揺らぎましたし、それから、科学技術文明の使い方というようなものについて、安易な想定がやはり崩されたのではないでしょうか。

 科学技術の産物というものによって、我々は大変便利に、高い水準の生活を得ることができます。しかしながら、それを不注意に、安易に用いた場合には、どんなにコストが高いかということを思い知らされたわけですね。

 だからといって、科学技術文明を否定して、農牧国家に戻ろうという答えはございません。それは、やはり危機対処のためにも新たなロボットが要るわけですね。科学技術のもたらした弊害を超えるためにも、やはり科学技術を用いなきゃいけない。

 大事なことは、その聡明な用い方、適切な用い方、そして正確な危険性の認識、そういうものが欠けていたのではないかというのが、ここで「何か」というふうに言ったことの内容だと私なりに理解しております。

竹内委員 ありがとうございます。

 ずっと読ませていただきまして、この前文の一番下の方では、「複合災害をテーマとする総合問題をどう解くのか。この「提言」は、まさにこれに対する解法を示すことにある。」ということで、こういうふうに表現されているんです。私は、この前文は割合好ましいと思っているんですが、ここの部分だけ、「解法を示す」という表現が何か受験参考書のような感じもちょっとした次第なんですが、それはともかくとして。

 それから、二ページ目のこの段に非常に深いことがあると思うんですね。今お話があったことと恐らく同じだと思うんですが、「日本が「戦後」ずっと未解決のまま抱え込んできた問題が透けて見える。」というふうに表現されているわけですが、これもほぼ同意と考えてよろしいでしょうか。

五百旗頭参考人 最初の「解法」という言葉が少し、なじみが余りない用語を使わせていただいて、でも、いかに解を与えるか、多元連立方程式のような複合災害への答え、容易ではないんですが、それに「解法」というので、括弧を使いながら使わせていただいて、恐縮でございます。

 阪神・淡路のときに比べて、このたび、複合災害であるだけに、我々、この提言で書くべきことの範囲が非常に広くて、もし二つに軸を絞れと言われるならば、一つは、より安全、安心の町づくりということですね。

 この列島の住人は、長い間繰り返し津波に襲われながら、それに対して、明治の三陸地震の後、ある町では町長の英断によって高台に移れという指示を出して、その子孫は無事だったわけですね。けれども、その後の漁業の発展等、人口増の中で、万里の長城のような防潮堤さえつくれば大丈夫だろうというので、その後ろ側におりてきた人たちの家がこのたび悲惨な事態になったわけですね。

 そういうふうな、基本的に、大災害に対しては、それを抑えることなどできないのであって、災害のときにはただ命を長らえて耐え忍ぶ、そして、台風一過、津波一過、つち音高くまた再建するんだというのがこの住民の自然とのつき合い方だったと思うんです。

 というのは、日ごろは自然は非常に恵み深く、春夏秋冬の四季の中で多くの恩恵を与えているわけですね。その中で生きるということになじんできて、しかし、時たま、とんでもない暴虐のきばをむく。そのときには、それをやり過ごしながら、またつち音高くとやってきたんですが、我々は、今やその歴史に変化を生む機会を与えられているんだと思います。

 丘の上、高台への移転ということは、今の日本社会でそれほど不思議なことではありません。明治のときには、それをやったのはよかったけれども、非常に不便という代償を払ったんですね。港湾で働く人は、仕事を終えてから高台に戻るというのはとても不便だった。しかし、今は、高台のニュータウンというのはどこでも普通のことであって、道さえちゃんとつければ、十分、十五分で行き来できるわけですね。そういう機会をあの地の方々にも与える。

 安全、安心のためにさまざまな手法を、高台移転も一つです。これは町ごと逃げるということですね。津波からは逃げる以外に救われる方法はないということは明確であって、町ごと逃げる。それができない場合には、二線堤をつくったり、そのために高速道路や鉄道の土手を利用したりと、いろいろな方法を使って安全、安心の町を再建するというのが一つの我々の課題です。

 もう一つは、しかし、安全な町をつくったらそれでいいのかというと、そうではなくて、安全はいいけれども、産業がなくなって、暮らしが成り立たない、雇用がないということになると、非常に寂しい地域になっちゃうんですね。そうなってはいけないというので、産業活性化を可能にするような、それは漁業についても農業についても、そしてサプライチェーンに代表される第二次産業、そして観光業についても活性化するということを我々は重要な柱と考え、それに加えて福島原発の問題がある。

 そういうふうな問題について、阪神・淡路のときよりも複合的であるので、その都度の対処、措置、緊急提言の積み重ねでは済まない、包括的なこういう提言が必要だと考えて、「解法」とさせていただいた次第であります。

 それから、透けて見える問題という御指摘、ありがとうございます。大変深い問題があることだと思います。

 御厨教授の眼鏡から何が透けて見えたかということを私がかわって述べることになりますけれども、防災ということの考え方について、かつては逃げるほかなかったというのと逆に、近代化の過程でかなり、大自然の暴虐を完封できるかのような、そういうふうなおごりといいますか、そういう認識への傾きもあったと思うんですね。我々は、その考えは間違っている。ただもうあきらめるほかないというのでもないし、完全に抑えられるのでもない、その中間の位置として、減災。災害を封じ切れる、防災を完全にできるという考えではなくて、減災、さまざまな方途に。

 防波堤、防潮堤が、もろくも、このたび、津波に上を越えられた後、後ろ側から巻き上げられて崩壊した。そういうのは、これさえあれば、前向きに突っ張っておれば大丈夫という考えは非常に単純であります。そうではなくて、越える大津波もあり得る、しかし、越えたときにも踏みとどまっているならば、その後ろ側の内陸部における災害のレベルというのはしっかり抑えられるわけです。そして、第二波、第三波が来たときにはとめることすらできるわけですね。そういうふうな幅広い土台に立った、多様な手段を投入しての減災という考え方が必要だと考えました。

 そういうことを十分見なかったことがこのたび透けて見えてきたということでありますし、それに加えて、もう二点つけ加えますならば、日本社会全体が猛烈な勢いで高齢化に向かっております。その高齢化社会というのが、あの東北の地ではよりドラスチックに進んでいるわけですね。漁業の人たちは六十歳以上の方が多数で、そしてその後継者はいないという漁師の家が多いわけです。そういう高齢化社会に対して、これからの町づくりをどうするのかという問題をも、このたびいわば透けて見えてきたわけですね。

 それで、我々は、コンパクトになるとしても高齢者に対する包括ケアができるような、住宅は住宅、しかし老人ホームは遠くの方でではなくて、丘の上のコンパクトな町の中に、小学校も安全に移り、そして老人ホームも病院もある、社会の包括ケアができるような、そういうふうな町の再建を安全に加えて考えるべきではないか。

 同時に、原発問題が提起した問題。原発を全部直ちにとめるだとか、あるいは、ヨーロッパでドイツなどがやるように、一定期限後になくすことを方針とするとか、あるいは、安全度を高めながら続けるという、アメリカだとか、中国を初めアジアの多くの国のようにする。いろいろなオプションがありますが、いずれにしても、再生可能エネルギーを重視していかなきゃいけない。その分野でのパイオニアに日本はなっていくことによって、今後の再生の一つの機動力たり得るだろう。東北の地方がその先端を行ってもらいたい。

 そういう意味で、町の再建に当たっては、そういうふうな日本が直面している、これからやらなきゃいけない問題も組み込んでやる、そういったことも透けて見えてきたことではないかと思っている次第です。

 どうも御質問ありがとうございました。

竹内委員 大変よくわかりました。

 そこで、さらに突っ込んでお聞きしたいんですけれども、その四行目に「われわれの文明の性格そのものが問われているのではないか。」というふうにありまして、この文明論というのは、本当に大変な、文明という言葉を使うということは相当やはり、大先生がこれだけいらっしゃる会議でありますから、いろいろな思いもよぎったのではないかなというふうに思うんです。

 実は、私、五百旗頭先生のいろいろな講演等も、論文等も拝読させていただきました。特にあるお話の中で、先生が、日本文明というものを、割合否定的に前文ではちょっと書かれている印象を持っているんですけれども、決してそうではなくて、例えばトインビーの「歴史の研究」などを引かれながら、日本文明というのはなかなかすぐれた面もあるんだ、リーダーというのはすぐれた面と弱点も両方認識しなければならない、こういうふうに御指摘されているわけですね。

 特に、トインビーが言っているゼロットとヘロデ主義というような二つの対立を用いながら、先生が、トインビーは近代西洋文明に対するヘロデ主義の成功例として日本を挙げているというふうに指摘されたこともあります。皆さん御存じのとおりで釈迦に説法みたいな話ですが、熱狂的愛国主義者がゼロットであり、ヘロデ主義、ヘロデというのは、聖書の中では悪者扱いされているヘロデ王に由来するというふうに言われているわけでありますけれども、現実主義者だと思うんですね。

 先生は、強い民族的プライドを持ちながら、そのエネルギーを大局的に、外部文明を学び取り、自国を改革していく原動力を持つ国として日本があるんだ、そういう御講演もされておられます。

 さらに、そのほかにも、BBCの近年の国際世論調査でも、世界の中で尊敬に値する文明に貢献している国はどこかという国際世論調査の中で、日本が近年三年連続でトップになっているというようなこともお話をされておられるわけであります。

 そういう意味では、戦後の我々の文明の欠点というものがこの前文の中で御指摘があったと思うんですけれども、一方で、我々のやはり長所といいますか、そういう日本文明の性格とはいかなるものであるかということについて、先生のお考えを拝聴したいというふうに思っております。

五百旗頭参考人 ありがとうございます。一時間ぐらいいただければ大変光栄だと存じますけれども。

 今、竹内議員がおっしゃってくださったのは、外部文明に遭遇したときの日本民族の聡明な対処能力、柔軟な対処能力ということを強調したところでありますが、そういう外部文明も、それから大災害に直面したときも、同じく日本国民は大変なばねをきかせて、それを乗り越えよう、そういうよき資質を持っていると私は見ております。

 外部文明について、日本がいわば世界水準の文明に準ずるものになれたのはいつかといいますと、六六三年の白村江の戦いで、大和王朝はまだ成立間もなくなのに、二万七千の大軍を朝鮮半島に派遣して、もろくも一日で惨敗したんですね。相手は唐、新羅の連合軍だったんです。唐帝国の、唐文明のすごさ、あたかも第二次大戦でアメリカ文明の強さというのを戦って思い知ったような大失敗を六六三年にやったんですね。

 それで日本文明はくしゃっとなってだめになったかというと、そうじゃないんです。その後、五十年で日本は唐文明を猛然と学んだんですね。一方で、唐、新羅の連合軍がきっと攻めてくるというので、のろしの通信システムをつくったり、お城をあちらこちらに築いて、国家安全保障上の対応を懸命にやりながら、他方で、唐文明がこれほどすばらしいものだということがわかって、猛然と学習したんですね。

 五十年間学習してでき上がったのが、七一〇年の平城京です。これは唐の都のミニチュア版を日本につくったわけですね。言いかえたら、律令国家、唐の制度をほぼ、相似たものを日本自身がつくるということによって、当時、唐文明は世界最高の文明だったんですね。ローマ帝国崩壊後、唐文明が一番力強い、高い水準のものであった。その世界水準に日本がほぼ並んだ、上がった。

 その五十年の努力というのは非常に大きくて、それ以後、日本史は浮沈をしたり、開いたり閉じたりしますけれども、世界水準からそんなに離れたことはないんですね。一〇〇〇年には源氏物語というすばらしいものをつくりましたし、戦国時代に種子島と言われた銃が来た後、五十年後にはその主要な保有国、製造国にもなる。徳川時代の文化とか社会政策の水準というのも極めて高い。識字率も同時代のヨーロッパに劣らないわけですね。

 というふうに高い水準を維持していたんですが、産業革命以後の近代西洋には鎖国の間におくれをとった。それを、今おっしゃったゼロットとヘロデというふうに申しましたが、近代西洋文明という類例のない強大な文明を、五十年、ペリーから日露戦争の勝利まで五十年かけてこなしたんですね。

 こういうことを日本は得意芸としております。高き文明があると思ったら、それを学習して、我が物にしながら、日本文化の水準を高くする。そして、災害の後にも立ち直る。第二次大戦後の戦災もそうですし、それから、関東大震災という十万の犠牲を出した大地震、火災、阪神・淡路の震災、いずれも、世界から見たら、こんなに早く復興するのかと驚かれているんですね。

 このたびの東日本については、いろいろなことで、遅い、少ないとしかられることが多い。しかし、そういうしかり自体が、この国がいかに復興ばねが強いかということの反映だと私は見ております。

 それを大いに受けとめて、政府はぜひしっかりと東日本の震災からの再生ということを果たしていただくならば、世界は、このたびまた、日本はあれほどの考えられない悲惨の中から見事によみがえったというふうに評価することになるだろう、そういうふうに期待しておりますので、ぜひ先生方の御尽力をお願いしたいと思います。

    〔委員長退席、大串委員長代理着席〕

竹内委員 ありがとうございました。本当は一時間ぐらいいろいろ講義を受けたいところでありますけれども。

 そこで、先ほどから経済的なお話はいろいろあったわけでありますが、今の文明論との話で、この復興構想会議の提言を私は読んでおりまして、唯一、第三章の「原子力災害からの復興に向けて」のところは、やや分量が薄いような感じがするんですね。この「原子力災害からの復興に向けて」、一応ここには、読めばわかるわけでございますけれども、先ほどは議長の方から、再生可能エネルギーのパイオニアとなるべきである、こういうお話がありました。

 一方で、原子力発電というこの政策につきましての議論は一体どのようなものがあったのか。右から左までいろいろあったかと思うんですが、その辺を教えていただければありがたいと思うんです。

飯尾参考人 ありがとうございます。

 原子力災害の問題は、実は当初、諮問された段階では、我々、必ずしも取り扱うということでもなかったのでございますが、しかし、委員の中から強い意見もあり、みんなで考えた結果、現在、震災復興を考えるときにこの問題は外すことはできないということで、実は議論をすることにいたしました。とりわけ我々の仕事は、実は原子力災害そのものではなくて、それに襲われた地域の復興について考えることでございます。

 しかしながら、そういう点でいいますと、我々はちょっと問題を分けておりまして、原子力の問題そのものは実はできるだけ余り対象にしないようにして、これはまた別の専門家がおられるので、そういうところで議論をされたらよろしい。しかしながら、実は、そういう地域のそういう住民の方が普通の生活に戻れるようにできるだけのことをすべきだという議論をいたしました。

 それで、何が言えるかということを一生懸命考えたわけでございますが、現在の状況では、まだ現地の状況が安定していない中で確たることを言うことはできないので、そういうことにきちんと長期的に国は取り組むべきだということは明確にすべきであるし、現在の住民の方に対してきちんとしたことをすべきだということについては議論をいたしましたが、それ以上のことは現段階では難しかったということでございます。

竹内委員 わかりました。

 あと、先ほどから議論になっておりました復興のための財源確保の点につきましては、増税が明記されているわけでありますが、理解できないことはない。ただ、現実的に、私どもとしては、千年に一度と言われるような大災害でありますから、復興債はやや長期でもよいのではないかな、その中で返していくと。その際は、もちろん増税という手段もあり得るとは思いますけれども。

 そこで大臣にお尋ねするんですが、なぜ復興債だけが五年とか十年とか、短期を考えているのかですね。先ほどからの与党の委員の先生、また自民党の先生からも、そんなに短期で増税するのはおかしいんじゃないかという議論がありまして、私どもも、この復興の償還をなぜそれほど大急ぎをしなければいけないのか、もう少し、やや緩やかに考えてもいいのではないかなというふうに思っておるんですが、大臣いかがですか。

野田国務大臣 償還期間の問題は、復興財源を考える際に大変重要なテーマでありまして、まだこれは基本方針をまとめる前の、議論をしている最中ということでございますので、余り、何年、何年と確定的なことを申し上げることは控えたいと思います。

 ただ、償還期間については、大規模な復興需要もある中で、特に来年度は高い成長率が見込まれるといった景気動向との関係、それから、復興支援の連帯意識が高く、税金の使途がはっきりと実感できる期間はどれぐらいなのかという観点、そして、復興構想会議の御提言にもあるように、「国・地方の復興需要が高まる間の臨時増税措置」といった御提言なども踏まえて、決定していく必要があるかと思います。

 余り声高に言うことではないかもしれませんけれども、東日本の大震災における復興への対応でこういう臨時増税措置をすると、これが余り長い場合、今を生きる世代の分かち合いという観点からも、ちょっと観点からずれてしまうのではないかということもあります。あるいは、ほかの大きな地震がいつ来るかもわからないこともあると、余り財政硬直化につながるような状況が長く続くことも好ましくはないということもあります。

 いろいろな、総合的な観点から、よく考えて決定をしていきたいというふうに考えております。

    〔大串委員長代理退席、委員長着席〕

竹内委員 これで最後にいたしますが、私どもは、近い将来、社会保障の財源としては、消費税というのはやはり考えざるを得ないだろうというふうに一つは思っております。これが実はマーケットに対しては一番の安心感になっているんだろうというふうに思うんですね。

 それから二つ目には、歳出削減というのは、やはり徹してやってもらわないと困るというふうに思っております。

 それから三つ目には、原発の再検証といいますか、これをやはりきちっとやって、そして安全性を確保して、再稼働、当面はせざるを得ないんだろうというふうに思っております。そうすれば、復興需要と相まって、自然増収になってくるんだろうというふうに思います。

 その中で、国債整理基金への繰入率ですよね。つまり、通常の一・六%ではなくて、それとは別途に繰り入れをして償還財源を確保していく、こういうやり方も当然考えられてしかるべきではないのか、このように思っております。

 以上、申し上げまして、私の質問とさせていただきます。きょうはありがとうございました。

石田委員長 次に、佐々木憲昭君。

佐々木(憲)委員 日本共産党の佐々木憲昭でございます。

 五百旗頭参考人、飯尾参考人、大変お忙しい中、御出席をいただきましてありがとうございます。

 最初に、この復興への提言の前文のところでありますが、今回の震災の特徴をとらえた部分があります。「地震と津波との二段階にわたる波状攻撃の前に、この国の形状と景観は大きくゆがんだ。そして続けて第三の崩落がこの国を襲う。言うまでもない、原発事故だ。一瞬の恐怖が去った後に、収束の機をもたぬ恐怖が訪れる。かつてない事態の発生だ。」ここには、地震と津波と原発事故、この三つの要素が紹介をされており、それが極めて深刻な事態を引き起こした、こういう特徴づけをされているわけであります。私も、これはよく簡潔に整理されていると思います。

 そこで、復興会議の一番最初の段階で気になることが二点ありまして、そこをまず最初にきょうは確認したいと思っております。

 一点は、原発事故について、最初からこういう位置づけをされていなかったのではないかという点でございます。それは、東京電力第一原発事故は余りにも大きな問題だから扱わない、こういうことで、会議の冒頭で五百旗頭議長が菅総理の方針として示したという報道があるわけです。そういう考え方というのは、菅総理自身がそういう位置づけで示されたのか、五百旗頭議長自身も実はそう思っていたのか、そのあたりの、一番最初の出だしのところをお聞きしたいと思っております。

五百旗頭参考人 御質問ありがとうございます。

 大変よく議事録を読んでいただいているようで、ありがたく存じます。

 おっしゃるとおりでありまして、最初、私どもの委員会の与えられたメンバーを見ますと、原子力専門家はおりません。その理由というのは総理から御説明いただきました。福島原発への対処、まだ現在進行中の被害、継続中であって、それに対して危機管理的対処を東電及び国がやらなきゃいけない、そういう事態なんですね。そこで、長期的な復興プランづくりの任務を与えられた我々が、ああせい、こうせいと言って始まるものではない。そのような委員も与えられていない。

 そういうわけで、原発の現在も続いている災害への対処は我々の任務ではないというふうに総理が御指示くださって、私も、まことにごもっともだ、とても私たちの任に負えるものじゃない、もしそれが我々の任務に入るのならば、原発専門家を三人ぐらい委員に入れてくださらないことにはとても能力がないというふうに感じて、そう了解したので、第一回の会議でそのように委員に伝えたんですね。

 そうしたところ、猛然とリアクションが起こりまして、何を言っているのか、福島原発をほうっておいて何が復興会議かという意見が林立したわけですね。それに対して、違う、今の災害が続いている危機管理が我々の任務じゃないと言っているのであって、福島原発の被害、災害も復興の中に包含するのは当然だと。ある委員は、福島原発の解決なしに復興は終わらないというふうに名言を発せられました。それを、実は一回目の議論を通して、我々は会議の共有の認識としたんですね。

 少なくとも、今、対処に我々は何もできないかもしれない、しかし、心の共同体において福島の悲惨というのをしっかり受けとめて、これを最後まで考える、復興の中で位置づけるということをすべきだというふうに、一回目の会議の激しい議論、梅原猛特別顧問などは、机をたたいて、福島原発のことをほうり出して何かというふうに激しい議論をされるような、大変懐かしく思い出すところでございます。それを経て、我々は、福島原発、今なお災害進行中であるけれども、これをしっかり受けとめなきゃいけない。

 三県の知事が委員のうちにおられます。例えば宮城県の知事は、大変前向きに、てきぱきと構想プランをおっしゃる方なんですね。そういうのである程度議論が進みますと、福島県の知事が御発言になって、いいですね、私どもはまだスタートラインにもつけませんというふうに窮状をおっしゃるんですね。それは私、議長としてお気持ちは本当によくわかる、でも、他のところの復興プランが進むのを、置いてきぼりを食らうというふうにお受けとめになるよりは、自分たちも将来、放射能汚染の問題が終わればこのような復興を享受できるんだ、その保障だと受けとめていただければというふうなことを言ったりもいたしました。

 そういうふうにして、今は復興というとどうしても岩手、宮城の動ける方が中心になりますから、それを早く進めなきゃいけない、だけれども、福島がおくれるだろうけれども、最後までしっかり受けとめたいというのがこの会議の立場でございます。

佐々木(憲)委員 原発の事故後の、後といいますか、現在まだ進行中でありますけれども、それにどう対応するか、原発そのものをどう考えるか、この点についてはちょっと後でまた触れたいと思います。

 気になるもう一点であります。それは五百旗頭議長の発言の中にあります。

 この初会合のときに、十六年前の阪神・淡路大震災の被災がかわいく思えるほどの震災が今回の東日本大震災なんだと。これは、東日本大震災の惨状を強調する余り、そういう表現をしてしまったのかなというふうには思いますけれども、しかし、こういう発言をしたことによりまして大変な抗議が殺到したというのは、御自身で感じておられると思うんです。

 実際に阪神・淡路大震災で被災された方々、亡くなられた方は六千四百三十四人でありますし、家屋の全半壊四十七万世帯。家も家族も仕事も、肉親、友人などを失う、そういう中で避難所生活をして、そして仮設住宅で孤独死が多発したわけですね。そういう被災者の気持ちからいうと、この発言は一体何を考えているんだ、こういうことになるわけでありまして、現時点で五百旗頭さんはこの発言についてどのように感じておられるか、考えておられるか。

五百旗頭参考人 御指摘ありがとうございます。

 おっしゃるとおりでありまして、私自身、阪神・淡路の被災者の一人であり、我が家は全壊。その際に感じたことが二つございました。

 一つは、私の家が全壊した結果、広島大学で教えておりました若き日に親しくなった人が、三日ぐらいたって、やっと電話が通じたと電話を下さって、そして家族を、避難していらっしゃいとは言わないんですね。そう言われたら、いやいや、我が家は傾いているが何とかなりますと私は力んだかもしれないんですが、里帰りなさいよというふうにその奥様に言われたんですね。心の武装解除をされまして、家内と娘二人を、広島のそのお宅にお世話になりました。

 一カ月後に神戸大学の仕事にちょっと暇ができたので行ったら、娘は大変その広島の地域でかわいがられておりまして、翌朝、近所のお姉さんたちが、娘は小学校一年だったんですが、己斐上小学校へ連れていこうというので、階段をみんなで跳びはねるようにして上がっていくんですね。それを見て私は落涙しちゃいまして、日本じゅうが神戸の災害に対してこんなにも温かく支えてくれているんだと。これは今度、東日本のときに我々がしっかりそうしなきゃいけないということが一つ大きな認識の軸です。

 もう一つは、阪神・淡路の場合には中央政府はかなり冷たくて、現在から見ると非常に冷たくて、法体系の整合性から個人の財産等に国の経費を使っちゃいけないとか、それから、復旧までは国の経費でやるが、復興は地元でやりなさい、神戸は全国でも豊かな地なので地力があるだろう、民力でやりなさいというのです。神戸港は、十二メートルのコンテナ埠頭、当時、国際競争力が負けそうになって、釜山や高雄に抜かれて落ち目になってきていた。そこで大災害が起こったので、この際、釜山に負けない、十五、六メートルの水深に変えたいと地元は願ったんですが、国は、だめだ、それだったら自分でやりなさいと。でも、お金があるわけじゃない。大急ぎでまた十二メートルに復旧して、そして十年後に、これじゃ競争にならないというので、十五メートルに掘り直すという無駄なことをやったんですね。

 ルールを余り難しく言って、現に水に落ちた子供をすくい上げる、その精神を失っちゃいけないというのが、私にとってもう一つの大きな教訓で、そういう意味で、東日本のときには、復旧にとどまらない、復興をしっかりと支えるべきであるというふうに考えております。

 それから、そのかわいく思えるほどのという表現は、私の余り感心しない表現だというふうに思います。

 神戸の震災のど真ん中におりましたので、その大変さはよくわかっている、御指摘のことはわかって、それを前提にして、しかし、東北の被災地に行って町全体が瓦れきになったところを見ると、神戸のように選択的に、あそこの家、ここの家、日本家屋がつぶれているというのと全然情景が違うんですね。そういう違いを言おうとして、今の悲惨から見ればというふうな対比をしたのは、余りいい表現でなかったというふうにも思います。

 ともあれ、大変な、神戸の場合には、純粋に地震による家屋倒壊で六千四百三十四名が亡くなったということでありますが、今度の場合には、悲惨な複合災害であって、地震に対しては東北の社会は非常に強靱性を発揮しましたけれども、津波にひどくやられ、そして原発を併発したというので、非常に違った、重い災害であるというふうに理解しております。

佐々木(憲)委員 次に、原発の災害のとらえ方なんですけれども、一たび重大事故が発生すると、放射性物質が外部に放出されるというような事態になると、なかなかこれを抑える手だてというのは、ほとんどないわけであります。しかも、被害が非常に広い範囲に及ぶ。これはもう既に牛肉の問題にまでそれが派生して、もうこれは全国問題であり、また国際問題にもなってきている。それから、長期にわたる。放射能の被害というものは、短期間では終わらないわけであります。

 そういう意味では、この大変な危険性、地震、津波という自然災害とまた違う、大変異質の、特別の危険性があるというふうに思うわけですけれども、この特徴についてどのようにとらえておられるか、飯尾参考人の方からお願いします。

飯尾参考人 御質問ありがとうございます。

 今、もう御指摘のとおり、極めて重大な問題が起こっているというふうに考えました。ただ、実は、復興構想会議でもこれに関する御発言は出ましたし、検討部会でも議論はしたのでございます。

 しかし、先ほどちょっと申し上げましたように、実は、短期間の間でこの復興の構想を立てないといけないということで、やはり少し選択的にいたしました。

 ですから、重大なことはわかっておりますけれども、とにかく、すぐに手をつけられる津波の災害の地域、あるいは内陸部でもさまざまな被害が出ておりますけれども、どちらかというとそちらに注力をいたしまして、今の方はそれぞれ思いがございまして、関係者から思いが述べられたけれどもまとめるところには至らなかったというふうに認識しております。重大な問題なので、これから、しっかりした体制でこのことはじっくりと議論されなければいけないというのは、考えたところでございます。

佐々木(憲)委員 最後に、議長の方に確認をしたいと思うんですけれども、復興を進める場合の基本的な考え方であります。

 我々は、上から何かこう決まった形を押しつけて、これでやりなさい、こういう上から目線のやり方は非常に問題があると思っておりまして、やはりそれぞれの地域の特徴、それぞれの住民の方々の考え、これを基本に置いて復興の計画を組み立てていくというのが一番の基本だと思っております。

 例えば、この地域の特徴としては、先ほども少しお触れになりましたが、高齢化率が非常に進んでいる地域であります。とりわけ、漁業の再建にとって大変だなと思いますのは、漁業従事者の年齢構成が非常に高いわけであります。農業センサスという統計によりますと、被災自治体の漁業就業者のうち六十歳以上の占める割合は、岩手県で五一・三%、半分以上なんです。宮城県でも四六・五%であります。福島県で三二・七。こういう状況なんです。

 ですから、もう一度、事業の再建、再開、これは、これだけの高齢の方々にとっては物すごく重い負担になっていくわけであります。したがって、こういう方々を含む、その地域の若い人ももちろん一緒に参加しなければならぬわけですけれども、そういう方々の意向を基本にする、やはりこれは基本だと思うんですね。

 何か特区というような話があって、その特区の中でも株式会社を入れたらいいとか、いろいろな話がありますけれども、漁民の方々は何を考えているのかということ、これをやはり基本にする、私はそれが最も大事なことだというふうに思っております。そうしないと、これは本当の復興の原動力にもなりません。

 そういう意味で、基本的な考え方を最後に確認しておきたいというふうに思います。

五百旗頭参考人 ありがとうございます。

 私も全く同じように考えております。

 先ほど紹介していただいた復興の五つの基本方針、議長提出資料というものの二番目に、「被災地主体の復興を基本としつつ、国としての全体計画をつくる」「東北の人々のふるさとへの思いは格別に強い。それが復興の原点であり、被災自治体が復興の主体である。そのニーズや意向を受け止めつつ、日本社会が共有すべき安全水準に照らし、全体計画をつくる。」というふうに私の議長指針が語り、それを受けて、復興構想七原則におきましても、原則の二において、「被災地の広域性・多様性を踏まえつつ、地域・コミュニティ主体の復興を基本とする。国は、復興の全体方針と制度設計によってそれを支える。」というふうに書きましたとおりで、今、佐々木議員のおっしゃった趣旨と同じものであるというふうに思っております。

 上から目線のものであってはいけない。ここにはジレンマがありまして、私ども、ここで、六月二十五日にこの答申を総理に出しました。今、政府において、これを具体化する基本方針、そして財政措置等を検討していただいているわけです。来月から、実はボールは政治に渡されると思うんですね。政治がしっかりと制度設計と資源によって支えられるかどうか。

 と同時に、ボールは現地にも渡されると思うんですね。現地がみずから町づくりのプランをつくってくださらなければ、これは絵にかいたもちになりかねないと思っております。

 そういう意味で、我々が、こういうふうな制度設計が可能ですよ、安全な町をつくるには、五つのパターンを例示しまして、こういう場合、こういう場合、こういう場合がありますと。それぞれについて、例えば集団移転促進法だったら、四分の三は国の経費でというのがこれまでの扱いでありましたが、このたび、東北は四分の一の負担というのも難しいということを口々に現地に通じた人がおっしゃる。それならば、別途、交付金をもって残り部分も支えて、九十何%になるかということをするのが必要だろうというふうなことを受けとめて、書いております。

 しかし、すべては、地元の方々がどういうプランをつくられるかということがなければならないわけですね。

 漁業についても、御指摘のとおり、高齢化しており、そして後継者が少ない。そういう中で、細々とと言うと、言い方がまた、表現が適切かどうかわかりませんが、地場の漁業として家族で、例えばワカメの養殖をやってきた、そういう方をしっかりと復旧するということをこの構想は支えるように、しかし、同時に、人口減少の中でそこだけでやっていたら、あの豊かな海の資源をこなし切る人材が足りないかもしれない。そういうことを考えると、外からも新しい活力というのが入っていって、一緒になってやるということも可能にする必要があるんじゃないか。その両方を我々は言っております。

 いずれにせよ、現地が中心になって、しっかりと、単なる復旧ではなくて、新しい時代の先端になれるような復興を遂げてもらいたいものと思っている次第です。

佐々木(憲)委員 終わります。ありがとうございました。

石田委員長 以上で本日の質疑は終了いたしました。

 両参考人におかれましては、貴重な御意見をお述べいただきまして、まことにありがとうございました。(拍手)

 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午後三時一分散会


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