衆議院

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第9号 平成15年4月16日(水曜日)

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平成十五年四月十六日(水曜日)
    午前九時開議
 出席委員
   委員長 古屋 圭司君
   理事 奥山 茂彦君 理事 鈴木 恒夫君
   理事 馳   浩君 理事 森田 健作君
   理事 鎌田さゆり君 理事 山元  勉君
   理事 斉藤 鉄夫君 理事 佐藤 公治君
      青山  丘君    伊藤信太郎君
      小渕 優子君    岡下 信子君
      岸田 文雄君    倉田 雅年君
      近藤 基彦君    佐藤 静雄君
      谷田 武彦君    中谷  元君
      林田  彪君    松野 博一君
      森岡 正宏君    柳澤 伯夫君
      大石 尚子君    鳩山由紀夫君
      肥田美代子君    平野 博文君
      藤村  修君    牧野 聖修君
      松原  仁君    山口  壯君
      池坊 保子君    東  順治君
      黄川田 徹君    石井 郁子君
      児玉 健次君    中西 績介君
      山内 惠子君
    …………………………………
   文部科学大臣       遠山 敦子君
   文部科学副大臣      河村 建夫君
   文部科学大臣政務官    池坊 保子君
   政府参考人
   (総務省大臣官房審議官) 福井 良次君
   政府参考人
   (文部科学省大臣官房総括
   審議官)         玉井日出夫君
   政府参考人
   (文部科学省高等教育局長
   )            遠藤純一郎君
   文部科学委員会専門員   柴田 寛治君
    ―――――――――――――
委員の異動
四月十六日
 辞任         補欠選任
  岡下 信子君     倉田 雅年君
同日
 辞任         補欠選任
  倉田 雅年君     岡下 信子君
    ―――――――――――――
四月七日
 育英会奨学金制度の充実に関する請願(吉井英勝君紹介)(第一四〇六号)
 日本育英会奨学金制度の廃止反対に関する請願(中川智子君紹介)(第一四三六号)
 同(中川智子君紹介)(第一四五八号)
 同(土井たか子君紹介)(第一四八三号)
 私立幼稚園教育の充実と発展に関する請願(牧野聖修君紹介)(第一四五七号)
 同(鎌田さゆり君紹介)(第一四八四号)
 同(中西績介君紹介)(第一四八五号)
 同(山元勉君紹介)(第一四八六号)
 大学の構造改革の方針見直しと大学・高等教育の充実に関する請願(石井郁子君紹介)(第一四七八号)
 同(大森猛君紹介)(第一四七九号)
 同(瀬古由起子君紹介)(第一四八〇号)
 同(春名直章君紹介)(第一四八一号)
 同(矢島恒夫君紹介)(第一四八二号)
同月十一日
 日本育英会奨学金制度の廃止反対に関する請願(土井たか子君紹介)(第一五七一号)
 同(土井たか子君紹介)(第一六四四号)
 私立幼稚園教育の充実と発展に関する請願(山内惠子君紹介)(第一五七二号)
は本委員会に付託された。
    ―――――――――――――
本日の会議に付した案件
 政府参考人出頭要求に関する件
 参考人出頭要求に関する件
 国立大学法人法案(内閣提出第五六号)
 独立行政法人国立高等専門学校機構法案(内閣提出第五七号)
 独立行政法人大学評価・学位授与機構法案(内閣提出第五八号)
 独立行政法人国立大学財務・経営センター法案(内閣提出第五九号)
 独立行政法人メディア教育開発センター法案(内閣提出第六〇号)
 国立大学法人法等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案(内閣提出第六一号)


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     ――――◇―――――
古屋委員長 これより会議を開きます。
 内閣提出、国立大学法人法案、独立行政法人国立高等専門学校機構法案、独立行政法人大学評価・学位授与機構法案、独立行政法人国立大学財務・経営センター法案、独立行政法人メディア教育開発センター法案及び国立大学法人法等の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案の各案を一括して議題といたします。
 この際、参考人出頭要求に関する件についてお諮りいたします。
 各案審査のため、参考人の出席を求め、意見を聴取することとし、その日時、人選等につきましては、委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
古屋委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
 お諮りいたします。
 各案審査のため、本日、政府参考人として総務省大臣官房審議官福井良次君、文部科学省大臣官房総括審議官玉井日出夫君及び高等教育局長遠藤純一郎君の出席を求め、説明を聴取したいと存じますが、御異議ございませんか。
    〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
古屋委員長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
    ―――――――――――――
古屋委員長 これより質疑に入ります。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。山口壯君。
山口(壯)委員 おはようございます。山口壯です。
 先日の三日の本会議で、国立大学法人法案、いろいろ議論させていただいたわけですけれども、きょうは、前回もそうでしたけれども、大臣と、役人を交えずにきちっとした議論がしたいと思いましたので、政府参考人の登録なしでお願いさせていただきました。私は重箱をつつくような質問は一切しませんから、この法案を出された大臣として当然お答えいただきたい事柄、そういうことについてのみお聞きしますから、よろしくお願いします。また、きょうは第一回目ですから、いろいろとこれから続いていく質問の中でまずお聞きしたいこと、そういうことも含めて、長丁場の議論のまず第一歩をしるさせていただければと思いますので、よろしくお願いします。
 今回の法案が国家百年の計を誤りかねない悪法であると私は本会議で申し上げました。そして、いろいろなポイントがありますけれども、特に、中期目標あるいは評価、そしてそれが予算配分に直結されるというシステム、そのことにより憲法二十三条の学問の自由あるいは大学の自治が侵されかねない、そういうようなポイントも言わせていただきました。そして、評価については実際問題難しい話があるはずだと。
 それから、産学連携、非常に大事なことで、私もここで何度か聞かせていただきました。そして、そのことについて文部科学省のしりもたたかせていただいたつもりです。他方、バランスというものがありますから、もうかる研究のみに重点が当たり過ぎないように、そういうことを我々は考えていかなきゃいけないと思うんです。
 法律というのは立法者の意図を超えて動きかねないものです。したがって、我々がどう考えるかということであると同時に、二十年後、三十年後、四十年後に、この法案が法律となった場合にはどういう悪影響があり得るかということも、我々はすべての可能性を考慮して議論しなきゃいけないと思うものですから、そういう観点からいろいろときょうは聞かせていただきます。
 最初に、この法案が提出された、いろいろな経緯はあるでしょう。でも、私は本会議でも言わせていただいたとおり、限られた予算の中で国立大学の教員の人たちは頑張っておられるという現実もまたあるわけですね。そうした場合に、その教員の人たちからしてみれば、おれたちはこれだけ限られた予算の中で頑張っているじゃないか、一体何が不満なんだという気持ちも多分持っておられるんじゃないかなという気もします。
 したがって、この法案を考えていく場合に、遠山敦子大臣として、大臣になられてその間にこの法案ができたわけですから、今の国立大学の制度のどこに問題点があって、どういう不満を感じておられるのか、まずこの辺を、哲学的な話を遠山敦子文部科学大臣にお伺いします。
遠山国務大臣 きょうから国立大学法人法案、御審議をいただくわけでございますが、私は、これは絶対に悪法ではないと思っております。
 といいますのは、二十一世紀の初めに当たって、日本が今後成り立っていくには、やはり知の世界で、すぐれた人材、すぐれた研究、そして社会への貢献をしてくれるような、そういう機能をしっかりと持った大学とするべく、国も、それから設置者も学校自身も、教育に携わる教員の方々、みんなが一緒になってやっていかないといけない大事なときであると思います。
 今回の国立大学法人法案は、高い理想といいますか、そういうものをねらいとしまして、現在の国立大学ももちろん頑張ってくれている面もあると思いますが、さまざまな問題点も指摘されているところでございます。それは、大学人みずからも今の大学の運営なりあるいはその成果なり社会貢献へのやり方なり等々について反省もしておられるところでございまして、国立大学である以上、国の予算措置もしっかりとやっていくのであるならば、やはり国立大学というものは本来の使命、役割をしっかり果たしてもらわなくてはいけない。
 それには、行政組織の一部としての現在の国立大学という設置形態では十分ではない。今日の状況では、行政組織の一つであるがゆえに、人事上、予算上等々のさまざまな制約を受けざるを得ないわけでございますね。それでは本当の意味の大学の活性化というものにつながらないということで、国立大学法人という新たな設置形態にすることによって、さまざまな束縛から大学を解放して、むしろ自律的に、そしてより主体的に、積極的に大学の機能というものを発揮してもらいたいという趣旨で今回の法律案をまとめたところでございます。その意味で、新たな知の世紀に乗り出すすぐれた機能を持つ大学群というものをつくっていきたい。
 それは、国立大学についてそういう新たな出発をしてもらうというだけではなくて、そのことが一つの契機になって、公立大学なり私立大学も、より個性的でより輝く存在、それぞれの大学の目的あるいは理想に照らしてより活発に教育研究、社会貢献等をやっていただく、そういうきっかけになるものというふうに確信いたしまして、今日のこの法案を出させていただいているところでございます。
山口(壯)委員 大学人みずからがそれぞれいろいろ問題点を抱えていることも議論されているということを今おっしゃいましたね。そして、今回の法案の目的が、今の制約を打破していくためだ、束縛から解放していくためだ、こういうことが一つの大きな目的であるということをおっしゃいました。しかし、この法案はむしろ逆ですよ。束縛から解放するんじゃない。さらに束縛を強めようとしていることになっていますね。それは、文部科学省の意図がどうあれ、この法案をきっちり読めばそういうふうになってしまっている。
 例えば、最終報告というものですか、私もこれは今回は一字一句残らず読ませていただいた。そして、中期目標とか評価とか、これについては独立行政法人通則法が準用されることになっていますよね。それによると、例えば通則法の三十一条に年度計画というのがある。今回のものは別に六年ごとに評価がされるわけじゃないわけですね。年度ごとにこの評価の大変な作業が、束縛されるような形で大学に乗っかってくるわけです。それに研究の時間が費やされてしまって、文部科学省に書類をつくるためだけで時間の大半を費やされかねないというようなこともあるわけですね。
 そういう意味では、三十一条、読んでみましょう、これは文部科学省が関係しておられる書類ですから、当然大臣もよく読んでおられると思いますけれども、これは特に大きなポイントだ。「独立行政法人は、毎事業年度の開始前に、前条第一項の認可を受けた中期計画に基づき、主務省令で定めるところにより、その事業年度の業務運営に関する計画(次項において「年度計画」という。)を定め、これを主務大臣に届け出るとともに、公表しなければならない。」毎年こういう年度計画を出して、さらに三十二条、これは年度ごとの評価なんです。「各事業年度における業務の実績について、評価委員会の評価を受けなければならない。」これが独立行政法人通則法の定めるところです。そして今回もこれによるわけですね。
 そうした場合に、束縛を解放するどころか、大いに束縛が強化される。学問の自由、憲法二十三条で定められていますね、「学問の自由は、これを保障する。」と。そこから大学の自治というものも出てくると思いますが、文部科学大臣、どうでしょうか。大学の自治について、文部科学大臣もお認めになられるか。
遠山国務大臣 法文を表面的に読みますと、そういうふうにとられる可能性があるかもしれません。ただ、今回の法案で新たな出発をしようとする国立大学法人といいますものは、これまでの行政組織の一環としての大学ではなくて、法人格を持つということによって自律性、自主性を高めるという基本は変わらないわけでございます。
 これまでの、例えば、毎年度の予算要求なり、新しい組織をつくっていく、あるいは改変する場合に、一々の講座なり研究施設なり、小さいものについても、これは国の行政組織でありますから、実に細々とした予算要求なりあるいは説明なりといったものが必要であったわけでございます。しかし、これからは、大きな中期目標を立てて、そして中期計画を立てていく。
 それから、年度ごとに若干の進捗状況を見るという観点からのフォローはするわけでございますけれども、それらは、これまで国の行政組織であるがゆえにかかわってきた文部科学省の役割というものも軽減されますし、それぞれの、例えば研究施設をどうつくるかから始まって、さまざまなことにおいて大学がみずから発想をして、大きな中期目標なり中期計画なりというものにのっとっているならば、それはそれぞれの大学のイニシアチブでできるということになるわけでございます。
 法文の中にはこれまでのことが書かれておりませんので、その対比の上でいかに自律性を確保できるかということはわからないのかもしれませんけれども、現実においては、それは、これからの人事あるいは予算、あるいは組織、運営等のさまざまな面において、それぞれの大学のイニシアチブなり自主性が極めて強く発揮されるようになっているわけでございます。
 特に、独立行政法人の大きな枠組みの中で国立大学法人のあり方を考えるというのが平成十一年の閣議決定であったわけでございますが、その際にも、独立行政法人といういわば効率性等を目的とする新たな設置形態への変更ではなくて、大学の機能、役割というものをより発揮させる、大学の自治なり大学におけるすぐれた教育研究というのをさらに前進させるための新たな角度から設置形態を考えていくようにという閣議決定があったわけです。それは大学改革の一環としてという観点で考えるようにという閣議決定があったわけでございます。
 そういうことと、大きな枠組みとして独立行政法人の枠内である、そのことのバランスをとって、私どもとしては、最大限国立大学の自主性を認めながら、しかも、国費を出すことに伴う関与というものは若干要るわけでございますから、そこのところの均衡を最大限考えて制度設計をしている中身でございます。
山口(壯)委員 今言っておられることと、それから今回の法案が実質上果たそうとする機能との間には極めて大きな隔たりがありますね。
 例えば、今回の法案の第三章「中期目標等」と定めてあるところの、これは第三十条三項、「その他業務運営に関する重要事項」というところで、「文部科学大臣は、中期目標を定め、又はこれを変更しようとするときは、あらかじめ、国立大学法人等の意見を聴き、当該意見に配慮するとともに、」この「配慮」というのが、昔は尊重だったんじゃないですか。尊重が配慮になっているということ、まさにその一つをとってみても、文部科学省の、配慮で済まそう、尊重にしなくてもいい、こういう気持ちがしっかり出てしまっている。
 これは大きなポイントです。文部科学大臣、さっきおっしゃったこととはかなりの隔たりがあると思います。答弁をお願いします。
遠山国務大臣 法文の中で配慮という文言を用いましたのは、これは最大限配慮ということでございまして、先般、十四年の三月に出されました調査検討会議の報告書の中におきましても、中期目標、中期計画の作成手続については、文部科学大臣としては、あらかじめ各大学が原案を提出するとともに、この原案を十分に尊重する、また、大学の教育研究等の特性に配慮して定める。そして、そうした基本的なスキームというものを担保するために、「例えば、」ということで挙げられております中に「文部科学大臣に対する大学の意見への配慮義務」というものが書かれているわけでございます。配慮をするということは、尊重をし、そしてそれを実質化するための一つの具体的なスタンスというものを担保する、そのための用語であるわけでございまして、まさに、ここで書かれているところの「大学の意見への配慮」というのは、そういう意味を持っているわけでございます。
 法文として配慮という文言を用いたのは、まさに尊重するということの担保のために配慮という用語を用いて法文化したところであります。
山口(壯)委員 それでは、尊重というふうに修正された方がいいんじゃないでしょうか。
遠山国務大臣 配慮するというのは、あらかじめ各大学が自主的に作成をした中期目標の原案の趣旨あるいは内容を十分に踏まえて、可能な限りそれが中期目標に反映されるべきことを示したものでございまして、私は適正な法文上の用語であると考えます。
山口(壯)委員 答えになっていないです。尊重ということをおっしゃるんなら、尊重と書けばいいわけです。なぜそれを配慮と変えなければいけないか。今のは答えになっていない。今ここにおられるたくさんの方々も同じことを思っておられると思う。法案をよく読めばそのことがわかるわけです。もしもわからない方がおられるんなら、読んでいないんでしょう。現実に、さっきおっしゃったけれども、例えば最初は大学が自主的に作成するというふうになっていたわけですね。それがいつの間にか文部科学省が定めるになってしまっている。
 それからもう一つ、そもそものところもある。この中期目標ということは、独立行政法人の通則法にのっとって出てきた話ですけれども、そもそも、学問の自由あるいは大学の自治、これは憲法に定められた人権の一つですね。ほかの独立行政法人とはわけが違う。憲法に定められた事柄を、ほかに独立行政法人いろいろある中の、むだを省くという程度の話と一緒にしてもらっちゃ困るわけですね。
 そもそも、中期目標を定めるということ自体がそこから来ているのであるとすれば、遠山敦子さんも東京大学法学部で一生懸命勉強されたわけですから、その法律のもとである憲法の趣旨、それは学問の自由、あなたが文部省を選ばれたときも、多分そういう青雲の志を抱いておられたはずです。それが、組織の中で何十年かおられる間に組織人になられたのかもしれないけれども、これは組織の権限強化という大きなたくらみが透け透けに見えてしまっている。
 そういう意味では、そもそも、大学が定めることになっていたものを文部科学省が定めるということ自体がおかしいし、それから、中期目標という独立行政法人通則法に載っているものを、学問の自由あるいは大学の自治、憲法で定められたこの事柄についても当てはめるのは極めておかしいと思うわけです。
 そして、そもそもの問題をもうちょっとお聞きしたいと思う。
 本会議で、欧米の諸国でも法人というものが大体認められているというようなことをおっしゃっていましたね。そこから聞きましょう。法人というものが欧米の諸国では大体どの国でも認められているんでしょうか。
遠山国務大臣 欧米の諸国では、大学は法人格を持っているというのが通常でございます。
 少し詳しく申し上げますと……(山口(壯)委員「申しわけない、大臣、それで結構です」と呼ぶ)それだけでいいんですか。
山口(壯)委員 そうですね。欧米の諸国では大体法人格が認められている。それはそれでいいとしましょう。
 では、欧米の諸国で中期目標を定めることになっている国はどこかありますか。
遠山国務大臣 各国の大学制度といいますのは、それぞれの発展の経緯がありますし、それぞれの国の大学に対する政府ないし公的なもののかかわり方というのは必ずしも同じではないわけですね。フランスでしたらほとんどが国立大学、その大学におけるさまざまなことを国が責任を持って決め、あるいは予算措置もするというようなこと等、さまざまであるわけでございます。したがいまして、一概に比較することは適当でないわけでございますけれども、各国ともに、国の政策と大学の自主性との整合性を図るためにさまざまな工夫をしているわけでございます。
 例えば、アメリカの州立大学のように、州知事が直接理事を任命して、その理事会が大学の管理運営の最終的な権限を行使するような方式もありますし、フランスの国立大学のように、国との契約において教育内容とか施設整備の計画を立てて、その契約に基づいて運営を行う方式といったような、さまざまな仕組みがあるわけでございます。
 日本の場合には、独立行政法人でいくかあるいは民営化という中で、独立行政法人の一つの大きな枠組みの中ではあるわけでございますけれども、私どもとしては、大学における大学の自由なり学問の自由なり、あるいは教育研究という、単に効率でははかれないような重要な機能を果たす大学の使命にのっとって、国立大学法人という新たなコンセプトをつくったわけでございます。
 その意味におきまして、国立大学法人という設置形態をつくることによって、むしろ法人による大学の運営そのものが自主性、自律性を発揮できるようにということでさまざまな工夫をしたわけでございますが、国の予算措置というものを得る以上は、各大学が中期的な目標なり計画なりというものを原案をつくって、それを了解することによって資金も確保しながら独自性を発揮してもらう。
 私どもとしましては、例の調査検討会議の出された方向性をしっかりと踏まえた上で、そもそもの、もちろん憲法の枠内でございますから、学問の自由なり大学の自主性というものを前提とした上での制度設計にしているということを御理解いただきたいと思います。
山口(壯)委員 どこかほかの国で中期目標を定めている国はありますか。
遠山国務大臣 目標とか計画の定め方はさまざまであるとは思いますけれども、それぞれのところで目標を明確にし、そして実施をし、評価をしていく、そのシステムそのものは、それぞれの国で、形態は違うかもしれませんけれども、やっていることは確かでございます。
山口(壯)委員 それぞれのところで定める例はもちろんあるでしょう。それぞれの大学が定めているかもしれない。しかし、国が、文部科学大臣という国の一つの機関が定めている中期目標の制度というのは欧米の諸国にありますか。
遠山国務大臣 それぞれの国における大学の歴史なり国のかかわり方ということにおきまして、そのあり方というのは別々だと思いますが、実質的に、その目標を定め、あるいはそれを評価していくという点ではそれぞれの国が工夫をしているわけでございます。
山口(壯)委員 答えが全然出てこないですね。ないなら、ないという答えを出されないと、議論ができないです。国会は国権の最高機関だということを私は何度もここで言っている。きちっとした議論がなされないと、行政に対するチェックも何もなされるはずがない。
 文部科学大臣、もう一度お聞きします。欧米諸国に国が大学の中期目標を定めている例は一つでもありますか。
遠山国務大臣 これは、日本におきましてこれからいろいろな、これまで国立であったものをどうしていくかということについて、独立行政法人という組織形態でいくということを決めた以上、それに乗っかって法案の構想をしているわけでございますが、私どもとしては、国立大学についてのその独自の性格にかんがみて、国立大学法人ということで今回法案を出させていただいているわけでございます。しかし、それに国費を投入するという角度から、目標を定め、計画をというその一連の仕組みは、単純に各国と比較するということはかえって危ないと思います。
 例えば、イギリスでございましたら、国王の勅許状に基づいて設立された実質的な国立大学というものが、リサーチカウンシルあるいはその他のカウンシル等の極めて精密な評価を得て予算に反映されていく点では、むしろ日本よりも評価ないしその点に基づく予算措置という意味ではさらに厳しいのかもしれません。
 そういった全体的なことをトータルに比較しないと、単純に、委員の申される、国が、大臣がやったかどうかという単純な議論に帰すべきものではないと思います。
山口(壯)委員 ちょっと待った。単純に議論をしているんじゃないですよ。歴史的な観点から、さらには制度の比較の観点から言っているのであって、今の答弁は極めて問題ですよ。ここで私はあなたの極めて問題な答弁を何度も聞いてきた。今のも極めておかしい。仮にも大臣になられているんですから、きちっとした答弁を求めたいと思います。さっきの答弁は極めておかしい。(発言する者あり)
古屋委員長 御静粛にお願いします。
遠山国務大臣 それぞれの国において発達段階が違ってきた大学についての設置形態の論議でございます。それを、他国にそういうものがあるかどうかというだけで論ずるというのはどうかなと私は思います。日本の制度について、しかもトータルに、現在の状況からこれからの状況にどのように変わって、どのようなメリットがあるかということを十分に、これから説明させていただきたいと思いますが、そうした前提の上での御議論であるということを期待するところであります。
山口(壯)委員 ほかの国にはないわけですね。それを今確認された。そして今、独立行政法人にいくか、民営化か、そういう文脈の中でこの話が出てきたということも図らずも申された。要するに、これは、大学改革という話なのか、行財政改革の一環としての話なのか、こういう観点からいくと、今の大臣の答えの中には、行財政改革の中での独立行政法人化の中ではしようがないからこういう格好にしたんだ、こういう答弁ですね。
 私は文部科学大臣に何度も申し上げている。役人じゃないんです。もう役人じゃないんですから、バランス感覚をとってという言葉も出てきたけれども、それは役人の世界の話ですよ。あなたは今、文部科学省あるいは教育研究あるいは科学技術というものを率いておられるのですから、そういう意味では、たとえ独立行政法人化の流れが出てきたとしても、憲法二十三条に定める学問の自由あるいは大学の自治、これをもしも侵しかねないことになりそうであれば、体を張ってそれをとめるというのがあなたの使命なんです。その使命を忘れて、一役人の時代のごとくに話をされるから、私は一生懸命そのことを指摘させていただいているのです。
 もしもこのことを自民党の人が気がつかないのであれば、そのこと自身も大きな焦慮の念を禁じ得ない。この法案を本当に政権党の中できちっとしたチェックがされているのかどうか、私は極めて疑問に感じます。そういう意味ではチェックの仕方が足りないのかもしれない。長い時間やればいいというものでもない。ポイントがずれているのであれば、やらなかったと一緒の結果になりかねないわけです。そういう意味で、今文部科学大臣が、バランスをとってと、そういう話じゃないはずなんです。こうした方がいいかどうかという観点から話を進めるべきなんです。
 そして今、イギリスとかドイツとかフランスの教授たちがこの動きに気がついて、いろいろ意見を求められたときに、彼らの一様の反応というのが、クレージーだという言葉も出ているらしい。今文部科学大臣はイギリスではそっちの方がきついはずだとおっしゃったけれども、余りいいかげんな答弁はされない方がいいと思います。
 そういう意味で、この法案の目指しているところと、この法案が今の法文の形では行き着いてしまうところとの間には、大臣の言葉どおりの話にはならないのです。そのことをこの委員会では議論しなければいけないということで、私は順次大きなポイントについて話をしているわけです。単純にとか表面的に見るだとか、そういう言葉は一切言わないでいただきたい。
遠山国務大臣 日本の国立大学の歴史の中で、今回の法案というのは非常に大きな転機だと私は思います。これまでの国立大学、さらにさかのぼれば帝国大学の歴史の中で、非常にすぐれた成果を上げてきた面もありますけれども、必ずしも国民の期待にこたえていない面もあるわけでございます。そういったことをそのままにしておいては日本の将来はない、日本の大学はない、大学はないと言うと言葉が単純過ぎますけれども、大学が十分な機能を発揮し得ない。そのような角度から法案を出しまして、より活性化した、よりすぐれた教育研究をしてもらうために、さまざまな束縛を排して、より自主的な意思決定なりあるいは社会との連携をとっていくなりということをねらっているわけでございます。
 これは、与党の中におきましても、再三にわたり非常に厳密なすばらしい議論がなされたわけでございまして、その議論の過程で今委員がおっしゃったようなことも多分話題に出たと思いますが、そうしたいわば全体の法案が、この全体が目指しているところを考えれば、今のような、私は一種の決めつけ方だと思いますけれども、そのようなおっしゃり方というのは、私は納得できないわけでございます。
 大学の自由を守り、あるいは大学の自由といいますよりは学問の自由を守り、よりすぐれた大学になってもらいたいという信念は、私は委員といささかも違いがないというふうに考えております。そのことをきちんと達成するために今回の法案を出しているわけでございまして、議論そのものがそういう形で積極的な方向に収れんされていくことを期待するところでございます。
 そして、少なくとも、行財政改革の観点からというお話でございますが、そうではございませんで、平成十一年四月の閣議決定を踏まえて、大学の教育研究の活性を図るという、まさに大学改革という観点から、今回の法案はさまざまな英知を結集してつくり上げたところでございます。
山口(壯)委員 今おっしゃっていることと本会議で申されたこととの間には大きな隔たりがあるかもしれない。大臣は本会議で、私が、六百八十一人の役員の数になってしまう、これは大変じゃないかと言ったときに、「国立大学の再編統合の取り組みも進めているところでございまして、結果として役員数の総数抑制も図られるものと理解いたしております。」と。今回、中期目標、中期計画、評価、それによって、例えば東京大学、京都大学、大きいところは生き残るでしょう。しかし、地方の小さな大学、これを、あなたは図らずも自分の口から、今回のシステムを通して統廃合が進むでしょうと。
 今までは教授会があったからできなかった、教授会の文言はもうこの法案の中には出てこない、そういう中で進めていく、この気持ちが出ているからこそ言っているんです。大学を守る云々というよりも、大学をよくするというよりも、あなたの頭の中には、文部科学省がくだらぬ大学は削らなければいけないという気持ちが見えてしまっているんです。
遠山国務大臣 そういうことでは全くありません。
 大学の再編統合というのは、それぞれの大学が、これから法人化も控えて、そして本当の意味での発展をしていくために、今のスモールなサイズでいいのか、それよりはもう少しきちんとしたパワーアップのための組織再編成があった方がいいのではないかということで、それぞれの大学が真剣に取り組んで、その成果というものを再編統合という形で進めている面もあるわけでございます。
 これは法人化の話と同時並行にやっているわけでございますが、それは行財政の効率化ないし簡素化という角度ではなくて、それぞれの大学が本当にその機能を発揮していくために、再編統合してより強力な形でその使命を果たしてもらうために進めているところでございます。それが結果的に、スケールメリットということで、重複するような管理体制とかそういうものが簡素化されるかもしれませんけれども、目的そのものは委員がおっしゃったような中身ではございませんで、本会議で申し上げましたのは、その意味で申し上げているわけでございます。
山口(壯)委員 きょうは一回目ですから、いろいろ議論も煮詰まりませんでした。しかし、例えば私もアメリカの大学で博士号を取らせてもらったけれども、多分日本の大学では難しかったかもしれない。だから、日本の大学をどういうふうによくしていくか、さらによくしていくかという観点の中では、この独立行政法人化の動きとはまた別の改革の仕方があると私は思うんですね。
 そういう意味では、この法案の中で国家百年の計を誤らないように、廃案もしくはどこの文言が問題なのか。一番最初の問いに対して大臣はお答えになっていないわけですけれども、どこが今の国立大学に問題なのかということもありました。そういう意味では、続く藤村委員あるいは大石委員の中でそういう議論がまた図られることを期待しまして、とりあえず私の質問を終わります。
古屋委員長 藤村修君。
藤村委員 民主党の藤村修でございます。
 このたび審査にかかっております六つの法案、それぞれが大変大きなもので、かつ、さっきからおっしゃっているとおり、明治そして戦後の新制国立大学、それに次ぐ三つ目の大きな波で、まさに国家百年の計を方向づけようという意味では、六つ一括審査はなかなか難しいので、私はきょうは、国立大学法人法案、この主たる法案のみ、なおかつ、さらに、これもまた読み出したり考え出したりしますと大変膨大な中身がありますので、ほんの一つの切り口をもって質問をしたい。つまり、人、物、金、情報とよく言われますが、その金というところに一つ切り口をもって、以下、短い時間ですので、割にとんとんと答えていっていただきながら、問題点を明らかにしたいと思います。
 しかし、その前に、一番のそもそも論はやはり一回はやっておかないといけない。
 明治の旧帝国大学ができて、それから大正に大学令などができて、私立大学なども入った大学というものの像が大体固まってきた。そして戦後に大きな、これは現在につながる新制の国立大学制度が、国立学校設置法などとともにできた。
 明治の旧帝大の当初の帝国大学令などというのがありまして、ここに、「大学ハ国家ノ須要ニ応スル学術技芸ヲ教授シ及其蘊奥ヲ攷究スルヲ以テ目的トス」と、大学とは何かみたいな、非常に難しい言葉でありますが、書いてある。次に、これは若干、私立大学などができるとき、大学令、大正七年に一部書きかえられましたが、基本的には同じようなことであります。それから、その後においては、戦後、実はもう学校教育法において、「大学」ということで、「大学は、学術の中心として、広く知識を授けるとともに、深く専門の学芸を教授研究し、知的、道徳的及び応用的能力を展開させることを目的とする。」書いてある前半三分の二ぐらいまでは過去ずっと大体同じことを書いてありますから、そうなんだと思います。今回も、それが当然ベースにある。
 しかし、私は、この際ここではっきりしていただきたいのが、大学には大きく言えば私立大学と国立大学があります。国立大学というのは、国費が私学助成とはけた違いにそれぞれに投入されている。であるからには、これは、国民の側、税金を払う側からすれば、その税金の使い道という考え方からすれば、数百の私学に私学助成を出すけた違いの額を百以下の国立大学に出すわけですから、いわば、まさに国として出すその理由というか、そういうものが当然必要なわけであります。
 つまり、大学全般的にどうだということよりは、このたび、特にこの国立大学を法人化するというときにおいて、国として、国立大学というのは一体何なのか、何を目的として、あるいは国として何を期待するのか、そのことが実はどこにも書いていないんですね。今回、法律の目的は、その法人をつくり、大学を設置すると書いてあるだけです。
 では、そもそも国立大学というのは、日本の今後の高等教育の中で、国がどのように位置づけ、国立大学に対してどのような期待をし、どのようなビジョンを持ってなされるものか、このことを先にお尋ねしたいと思います。
遠山国務大臣 大学は、国公私立ともに、すぐれた教育研究ないし社会貢献などをやっていただくという面ではもちろん共通した面が多いわけでございますけれども、国立大学は、今委員がおっしゃいましたように、長い発展の歴史を持ち、しかも、日本の大学の中では比率としてそれほど大きくないわけでございますが、この果たす役割といいますものは、国にとって、国民にとって、あるいは世界の知のレベルアップにとって非常に重要な役割を果たしてきておりますし、また今後もそうであるべきだと私は考えております。
 一つには、学術研究におけるすぐれた成果を上げていく。そして、それに負けず劣らず大事なことは、すぐれた人材を養成していく、それは研究者のみならず、社会の重要な場面で活躍し得る人材を形成していくこと。そして同時に、国立大学は全国に展開をいたしておりますので、全国的に均衡のとれた配置によりまして、地域の教育、文化あるいは産業の基盤を支えて、学生が経済状況に左右されないで進学できる機会を提供すること、あるいは地域の産業界と連携をして社会貢献に尽くしていくことなどの非常に大事な使命があると思います。
 こういったものは新たな法人、国立大学法人になっても変わらない役割だと思いますし、むしろ、法人化によってそうした機能をさらに強化していく、さらに発展させていくというのがねらいであるというふうに考えております。
藤村委員 今の話は、一般の大学も通用するんじゃないですか。私立大学も全国津々浦々にあるし、それぞれの目的は先ほどの学教法に定められたことですから。では、特に国立大学にこれだけの国費を投じて、国立大学として存在してきたわけですが、国立大学に対しては、こういうものだというのは何かないんですか。つまり、私立大学は、それは大学全般の、さっきの学教法での目的でいいと思うんですけれども、では、国立大学というのはこういうものだというのはないんですか。
遠山国務大臣 先ほども申し上げたつもりでおりますけれども、より明確に申しますと、例えば研究者養成という面で考えますと、国立大学につきましては、私立大学に比べまして大学院教育のウエートが高いわけでございまして、具体的には、大学院修士課程の学生の五八%、博士課程の七〇%を国立で担っているわけでございまして、その意味で、大学院教育の充実によって、将来日本を支えていく枢要な面の人材供給という役割が一つございます。
 さらに言えば、学術研究のこれまでの蓄積、あるいは、例えばノーベル賞受賞につながるような、あるいはノーベル賞に準ずるような賞をもらっている方も国立大学関係者でさまざまに出ているわけでございますが、そういったすぐれた学、すぐれた知、それを発展させていく意味におきまして、これは国費の投入というものがあったればこそできる面もあるわけでございますが、すぐれた人材を集めた上でそういったものを開花させていく、私は、そのことが国立大学にとって非常に大事な役割であると考えております。
 同時に、各地における、地方に存在をしている大学といいますものは、学生が集められるとか、そこで人気を得てというようなことではなくて、それぞれの地元における人材養成、ないし、先ほど申したようないろいろな機能を果たしている。
 その面において、私は、国立大学の使命というものは、学術研究そして人材養成、地域への貢献という意味で、他の設置形態によるものとは一味違う内容のものを、これからもその機能を発揮してもらうということに国立大学の意義、役割があるというふうに考えております。
藤村委員 今おっしゃったのは、教育の分野でもあるいは研究の分野でも、大学の中でも特にぬきんでて、それは国費をそれだけ投入しているからだと。それは現象としてそうなんですが、やはり国として、国立大学はどうあるべきと言うと大学の自治などと若干のそごが生じますが、しかし、税金を払う国民の側からいえば、その税金が有効に使われるということは重要であります。つまり、国の意思というのがないといけないと思うんです。
 つまり、私立大学はそれぞれ私学の建学の精神があって、それぞれいろいろな目的を持ってやっている。一方、国立大学は、私は、はっきり言ってしまえば、やはりこれは国益にかなうということが基本的になければならないと思うんですね。しかし、その上で、大学がそれぞれ学問の自由からつながる自治をもって研究や教育がより活発にやれる、こういうことが必要で、これは理想だと思うんですね。
 きょうまで、これは非常に不思議だったわけでありますが、文部科学省、旧文部省という役所の中の一機関であった、全部の国立大学が。これ自体が非常に不自然なことであって、昭和三十七年ごろから大学公社化などと永井道雄さんなんかがおっしゃったり、四六答申ではいわゆる法人化なども出てき、六十二年の臨教審答申でもそういうことが十分議論された。
 だから、ずっと、おかしいと言っている人はたくさんいて、今回やっと、そういう意味では、文部省の、役所の中の一組織、一行政機関、そこから出て、分離して、そして独立した法人格を持つという意味では、単純にこのことだけを見れば、私は非常に、これは正しく実行すれば、今までの大学の自治をさらに強め、独立性を高める。というのは、今まではお金も人も全部文科省という役所に、国に握られていたわけで、それが相当部分緩んでくるわけですから、そういう意味では、これが正しく実行されれば、本当に教育研究という進めてくる分野をより高められるという理想だと思うんです。基本的にそういう考え方を私は持っております。
 ところが、今回、先ほどの質問では中期目標だとか中期計画を問題にいたしましたが、私は、お金の面からいろいろ今から具体的に聞きます。どうも文科省が、今までの頭が抜け切れないで、本当にまだまだ自分の内輪の組織だという意識が強くて、いろいろな面で、これは法律を詳しく見れば見るほど、ああ、なるほど、ここでまた縛りをかけている、ここで縛りをかけている。今までよりはましになることは明らかですよ、分離し、法人化するんですから。しかし、それをできるだけ少なくしよう、少なくしようという意識もどうも見え隠れするものですから、それを一つ一つやはり解いていかないといけない、そんなふうに私は考えております。
 国の一つの機関としてのきょうまでの国立大学から、今度は一つの国立大学法人が一つの大学の設置者となることによって、国との関係、特にこれは国側に聞くわけですから、決定的に大きく変わる点、それからほとんど変わらない点、ちょっと整理して教えてください。
河村副大臣 今藤村委員が、大きく違う面をむしろそちらから御指摘をいただいたような気もいたしますけれども、これまでの国立大学、もちろん、大学でありますから制度上の特例措置的なものもあったわけで、一般の行政組織とは違う部分もありましたが、御指摘のように、基本的にはやはり国の行政組織、文部科学省の内部組織にあったということでありますね。したがって、予算、組織、人事、あらゆる面で国の規制を受けておったし、日常的に文部科学大臣の広範な指揮監督のもとに置かれる、こういう関係にあったわけであります。
 それで、この法人化ということになって、国と国立大学の関係を大きく見直す、その基本的な考え方の中に、第一点は、六年間の中期目標期間において、国の日常的な関与とか諸規制を大幅に緩和し、撤廃する、そして各大学の運営上の裁量を最大限拡大していくということがまず一つある。
 第二点には、しかし、法人化後も国が財政責任を負うというのが基本的な概念にありますから、これは国が関与しなきゃならぬ部分として、中期目標、中期計画という六年間のまず入り口のところ、この部分と、そして事後ですね、業績評価、この部分、ということは、入り口が目標があり、そして出口のところの業績評価、これにおいて制度上限定していこう、国のいわゆる税金を使う大学であるという観点から、そこがあるわけであります。
 そして、このような国立大学への関与を限定しながらも、国立大学の自律性を高めるものでありますが、一方では、国立大学法人は、国立大学の教育研究の実施という国の事務事業を担う部分があるわけであります。そういう観点から、引き続き、国立大学そのものの開設、どこにどういうふうな、地域的なバランスを持つとか、位置の問題とか、こういうようなことを国が法律をもってきちっと責任を持って定めること。
 さらに、もう一点は、先ほどから御指摘のような、必要な財源措置を責任を持ってやるということでありますから、その部分に対する、国立大学の教育研究に対する国の責任を今後とも果たすという点において、これまで担ってきた国の役割を、そこできちっと責任を果たしていこうと。まず、開設等々に責任を持つこと、財政に責任を持つ、そのことは、これまでも、これからも国が責任を持ってやっていく。
 こういう点において、大きく変わる部分と、限定的に国が持たなきゃいけない部分、きちっと国が責任を持つ部分というふうに変わっていくと考えております。
藤村委員 ですから、私、きょうは財政的にいろいろ聞くわけですが、この部分については今後も国が責任を持って手当てをするんだ、これははっきりしているわけですね。だから、そこで、そのためにはこのくらいのことはまさにしないといけないというのが、先ほどの中期目標、中期計画であったり、今から運営費交付金の話を聞きますけれども、そういうことであったり。
 つまり、財政的責任を持つからには、どれだけの、まさに関与といいますか、これを世間は、大学支配といいますか、そういう言葉も使うわけですが、しないといけないかという話、このバランスの話になってくるわけです。でないと、全く何もしませんといったら私立大学ですからね。そういうことだと思うんです。
 それで、我々は基本的に、その関与は、特に教育とか研究という分野の大学の自治に属する部分というのはほとんど関与すべきでないというのが基本的な発想であります。しかし、国費を投入するからにはそれなりの関与が必要だというのも一つの理屈でありますから、そこのせめぎ合いだと私は思います。
 そこで、特にお金の面でいいますと、国がきょうまで国立学校特別会計というところに対して、これは国立大学だけで全体でいいますと二兆三千億円ぐらいかと思うんですね、まさに国立大学のすべての収入の全体像は。そのうちのおおむね一兆円ぐらいは、この年度の国からの一般会計で補てんをするわけです。つまり、二兆三千億の一兆といえば、半分よりはちょっと少ないかもしれませんが、そのぐらいの比率で国がまさに財政的責任を持っているわけですね。これがやはり大きいわけです。私学は全然そうはいかないで、おおむね自前でやるわけですよ。これが、その比率でもって、いわば支配する部分もそれに見合っているか、いや、大変重要なところを、むしろ無用な支配をしているとしているのか、ここが議論だと私は思うんですね。
 だから、これをただしていかないといけないと思うんですが、今までは国から国立学校特別会計へ一般会計予算から、ここでは、全体では一兆五千億出しています、そのうちの大学だけ、単純に言うと一兆ちょっとぐらいだと思うんですけれども、これは、今後はどうお考えなんですか。
玉井政府参考人 御説明を申し上げます。
 今回の法人化によりまして、国立大学法人に対する財政措置、これは国が責任を持ってきちんと措置をするわけでございますが、その中身としては、これは事業費に対しては運営交付金という形になりますし、それから施設整備に対しましては施設整備費補助金という形になるわけでございます。
 従来から、一般会計からの繰り入れの中に、まさにこういうお金も含まれているわけでございますけれども、今回は、こういう法人化にのっとって、基本的に、それぞれの国立大学法人が何が必要だとか何が主になるとか、それをよく考えさせていただいた上で、まさにこの法人にふさわしい形としての必要な財源措置を図っていく、こういうことになろうかと思っております。
藤村委員 この問いは副大臣から答えるべきだったのかもしれませんが、それが基本だというお答えの中で、今具体的に出てきた言葉が運営費交付金でありますね。
 国がきょうまでは国立学校特別会計というところに一般会計から支出していた。それは、一発というか一つの筋道だったわけです。今度は、国立大学法人すべて、一つ一つに対して、国から運営費交付金と施設費補助金、この二つのルートで出ますということ、これでよろしいですか、理解は。
玉井政府参考人 今御指摘のとおりでございます。
藤村委員 国立大学の半分近くが大学の附属病院を持っています、医学部あり。そこで、大学附属病院を持つ一つの国立大学を具体的なモデルとして考えるときに、今度は大学側にとっては、今までは大学というのは国の文科省の一機関であったから、その大学の人件費が幾らだとか、何が幾らだということは、実は余り大学人に認識が少なかったと思うんです。
 でも、今度は法人になりますから、もう、一つ一つの法人の大学の皆さんに意識してもらわないといけないと思っているんですが、その大学法人は、収入の部、今の、国から来るのは運営費交付金とか施設費補助金でありますが、その大学一法人の収入の項目、主たるものでいいですよ。それから、今度はそれに見合う支出をしていくわけですが、支出の項目の主たる部分、これをちょっと整理して言ってください。
玉井政府参考人 主な収入項目、これは大学附属病院を有する場合でございますけれども、そういたしますと、大学附属病院におきます患者診療収入、それから、これはほかの大学も同じでございますけれども、授業料及び入学検定料等の学生納付金収入、それに学校財産貸付料などの自己収入があるわけでございます。それに、今度、公の金として、運営交付金そして施設費補助金の収入が見込まれるわけでございます。
 それ以外にも、現在の国立学校特別会計の中にもございますけれども、受託研究だとかあるいは奨学寄附金という外部資金がございます。これは、一たん国の歳入に入れるということでございますので、そういう意味で国立学校特別会計の歳出歳入の中に入っているわけでございますけれども、今度は国の予算ということではなくて、各国立大学法人におきます外部資金収入という、別途それぞれの大学法人ごとの、予算とはまた別の収入ということが出てくるわけでございます。これが主な収入でございます。
 それから、支出の方も少し主なところで申し上げますと、主な支出項目でございますけれども、これは教職員に係る人件費が当然あるわけでございますが、そのほか、教育経費、研究経費、それから病院を持っておりますので診療経費、さらには、例えば保健管理センターの事業費といった教育研究支援経費、さらに施設整備費、こういうものが見込まれるわけでございまして、また逆に支出の面でも、先ほど、収入のところでは予算とは別に、国のものとはまた別に外部資金、こう申し上げましたが、それと見合った形で、今度は支出の面でも、外部資金などを財源としながら受託研究経費等のそういう関連支出というものが主なものになってくるわけでございます。
藤村委員 今までの例から類推するに、私は、運営費交付金というのが大学の収入で多分一番大きな収入になるのではないかと思います。そこが一番重要だと。それをすなわち国が出すということですね。
 ということは、この運営費交付金というのは一体どういうふうに出すんですか。ちょっとわかりやすく、簡単に言ってください。
玉井政府参考人 これは、具体的にはさらに、この法律を成立させていただいて、概算要求に向けて細部を詰めていくわけでございますけれども、昨年の三月に大学関係者等によります調査検討会議が新しい大学像に向けてという報告を出しております。その報告を考えますと、ここでは、各法人ごとの運営費交付金の額でございますが、これは標準運営費交付金と特定運営費交付金に区別する必要があるというのがこの調査検討会議の指摘でございます。すなわち、所要額を算定するに当たりましては、学生数等の客観的な指標に基づきまして各大学に共通の算定方式により算出された標準的な収入支出額、こういうものがございますけれども、それの収入と支出の差というものが出てまいります。これが標準的な運営交付金という形になると考えます。
 もう一つは、今申し上げました客観的な指標で、しかも各大学共通というのはなかなか難しいところがございます。そういう困難な特定の教育研究施設の運営、つまり各大学ごとにまた違いますので、あるいは事業の実施に当たっての収入支出額、その差を今度は特定運営交付金という形で算出し、その両者を合わせて運営交付金として交付することが必要というふうに検討会議での指摘がございますので、それに向けて私どもとしては細部を詰めてまいりたいと考えているわけでございます。
藤村委員 特定の方と標準の方があるというお話でありまして、私は、まず標準の方については、要は標準で、対象というのは、さっきおっしゃったように、要するに研究とか教育に必要な費用全体ですよね。その部分は、一部学生納付金、検定料等があって、それで残りの部分をこの標準の運営費交付金で出すという考え方でよろしいんですね。――よろしいですね。そういうことであります。
 すなわち、だから大学において教育と研究、この部分がやはり重要なんですよね。ここが、しかし今の御説明では割に一つの指標、つまり、学生数等とおっしゃいましたが、そこで決まるんだと。当たり校費だというふうな考え方ですよね。これは、だから割に裁量の余地はない、そう考えられると思います。
 ですから、くせ者は、言葉は悪いんですが、もう一つの方ですよ、特定の運営費交付金ですよね。ここは各大学の、つまり法人の事情に応じて個別に算定と。だれが算定をするか、文部科学省でありますよね。つまり、ここに大学に対する文部科学省の裁量というのは非常に大きく働くのではないかと思うんです。ただ、今の御説明により、それぞれ大学病院を持っている、附属機関を持っている、大学によって違うんだからと。では、この特定の方はどんな指標をもっていわば算定するんでしょうか。
玉井政府参考人 調査検討会議の報告をもとに今お話を申し上げているわけでございますから、そこに基づきます特定の方の支出項目で言われていますのは、やはり特別な事業に必要な経費だとか、あるいは附置研究所の運営等に必要な経費、附置研が大きいもの、小さいもの、あるところ、ないところあるわけでございます。それから、附属施設というものもそれぞれ大学によって違います。それから、先ほど申し上げました収入のところで大きな話として、病院を持っているか、持っていないかということも違います。さらには、今度は借入金の返済という金額もまた大学によってそれぞれ異なってくるわけで、そういう必ずしも各大学共通ではないところについてのことを考えているわけでございます。
 それについて一律の指標というのは、なかなか正直言って難しいところがございますので、これまで各大学がこれにどれぐらいの経費をかけていたのかといったところを前提に見積もりを立てていくということになろうかと思うわけでございます。
 そのときに、先ほどの御質問でずっときょう議論になっておりました、やはり中期目標、中期計画というのがあるわけでございます。大学としての大きなこれからの持っていき方という考え方があるわけです。それに沿って、ではそれを達成するためにどれだけの財源が必要になってくるかということも当然また全体の中での議論になってくるわけでございます。
藤村委員 今、次のお話もしていただきました。
 私は、一つは、特定だからなかなか客観的な、あるいは共通の算出基準がないんだというのはそのとおりだと受けとめますが、だから、一方で文科省の裁量の余地は非常に働くんですよ。ここが一つなんですね。それからもう一つは、今おっしゃった中期目標に従い中期計画がつくられ、そしてそれに対する評価が行われたときの、まさにその評価においての反映をさせる、これも文科省がやるわけですね、文科省の中の国立大学評価委員会ですから。つまり、その二つのところで非常に裁量が働く。これはもちろんいい方に働けばいいのであって、そこがやはり公明正大、情報公開、こういうことだと思いますので、ここはちょっと一つ指摘しておきたいと思います。
 それから、一つの大学において、非常に大きな支出の項目というのは、実は人件費であります。それは、やはり大学は人なんですよね。人からやはり生まれるわけです、学問、教育というものは。
 これは一つの例で、資料をいただいたのでちょっと数字を上げていいと思うんですが、北海道大学において、これは平成十三年度の決算の数字で、簡単ですが申しますと、総額というのは七百九十九億円。ここまでにしましょう。約八百億円と考えていいですね。支出の方を大きく分けると人件費が一番大きいわけで、これが四百三億円。あと物件費や施設費となるわけです。
 私、殊に人件費に注目しているわけです。つまり、この北海道大学、十三年度、年間八百億円でした。うち、半分ですよ、四百三億円、半分強が人件費であります。つまり、支出項目の約半分程度が人件費であるというのは、現にそうなんですから、今後ももう多分そんなに変わらないと思います。この人件費の決め方というのは非常に重要だと思うんです。
 特に今回、これは国家公務員ではない非公務員型を選びました。それから考えるに、当然、給与とか労働条件など、まさに労使の問題になってきます、それも一つ一つの法人ごとに。こういうことだと思うんですが、その人件費というか給与というのは、労使交渉で決めるものかどうか。
玉井政府参考人 まず人件費でございますが、要は、各国立大学法人みずからが自主的に決めるというのがまず基本でございます。そのときに、ではどういう形で各国立大学法人が決めるのかということでございますが、まず、各国立大学法人がいかなる目的、目標で教育研究の質的向上をしようとされるのか、そして、そのための人員、組織、そして施設設備、これらがどういう状況にあって、それらを最大限に発揮させるためにはどういうことをしたらいいかという、やはり教育研究の質の向上と、そしてそれを支える経営マインド、この中でみずからが決めるということになります。
 また、国からの交付金の中では、やはり標準といいますか、いわば必要なお金というものを先ほど申し上げました交付金の中できちんと措置するわけでございますから、そういうものと自己収入という関係で、どのように出させて、経営といいますか運営が成り立っていくのか、こういう中でお考えになる、まずこれが基本でございます。
 そのときに、では、具体的にさらに中でどういうふうにやっていくかということでございますけれども、具体の給与や労働条件は、これは各大学法人が作成する就業規則の中に規定をされるわけでございます。その就業規則を作成あるいは変更する場合には、これは労基法の適用になりますけれども、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合の意見を聞きますし、過半数で組織する労働組合がない場合には労働者の過半数を代表する者の意見を聞かなければならないとしております。したがって、各大学法人において教職員等の意見を聞いた上で就業規則を作成する、その中に給与表等が入ってくるわけでございます。
 また、賃金や労働条件について、労働組合法に基づき労働者側の求めによって労使交渉を行うということも当然あるわけでございまして、その際には、やはり給与等の支給基準は、各大学法人の業務の実績を考慮し、かつ、社会一般の情勢に適合したものとなるように定めなければならないというのが基本にございますので、そのことを十分勘案して、関係者において適切に対応していただくということになろうかと思います。
 先ほど、藤村委員、評価のことをお触れいただきましたけれども、要は、これは国立大学法人評価委員会というところでのきちんとした評価もございますし、また、具体の教育研究の中身につきましては大学評価・学位授与機構のピアレビューというのもございます。そういう第三者の目をきちんとしながらやっていくということになります。そういう意味でいいますと、実は、調査検討会議の報告の中におきましては、各大学の業績に対する評価に際しましても、給与等の人件費総額が適切に管理されているかどうか、そういったものもきちんと評価する必要があるというふうに報告されているわけでございます。
藤村委員 私は、例えば大学で実際に大学の先生から伺う話で、やはり、ある程度教授や助教授の数は多いんだけれども、助手とか若手が定数法のもとで今なかなか採用されない、むしろ、教授、助教授の給与は一割カットしてでも、そういう若い方に人員をふやすような努力をしたいなと。こういう努力が裁量でできると私は理解します。
 あるいは、例えば大学も、ヘッドハンティングといいますか、やはり有能な先生を日本国内からあるいは外国から持ってくる、こういう先生に対してはちょっと違う給料を出す、こういうことも当然できる、これはこう理解してよろしいんですね。
玉井政府参考人 御指摘のとおりでございまして、運営交付金というのはまさしく渡し切りの交付金でございまして、これがまさに、法人化の裁量を十分に生かして、それぞれの教育研究の質的向上のために、みずから何をしていくかということをお考えいただく大変重要な要素だろうと思っております。ただし、同時に、評価というものもきちんとあるということでございます。
藤村委員 ちょっと時間が足りないもので、また次回やらせていただきますが、最後に。
 私が冒頭申しましたように、今までの行政機関の一機関から分離をし、そして法人格を与える、このことだけ考えれば非常にいいことだと思います。大学の自治を高め、教育研究の実績をさらに高める。しかし、それに必要なのはお金でありますから、この部分についてお答えいただきたいんですが、しかし、全体像はまだよく見えません。
 つまり、非常に原理原則的に言うと、分離し法人化することはいいんじゃないかと思うんです。しかし、それは遠くから富士山を見て、非常にきれいな山だと。私も、新幹線でいつも、ああ、きれいだと。遠くから山を見たとき、遠山大臣じゃないですけれども、非常にきれいなんですが、これは、近くへ行きますと、富士山もなかなか険しいし、大変な山であります。落とし穴もある。これをやはりきちっと精査していかないといけないわけであります。
 私は、きょうはお金の話をしましたので、とにかくお金について、これはもう何度も何度も言っていますが、私もきょうまで何度か聞き、何度も答えていただいていますが、この大改革によって、国は、高等教育全般にとにかくお金を削減しようとか減らしていこうなどという意思は毛頭ないとは思いますが、その辺、ふやしていくという決意を必ず最後に言っておいていただきたいと思います。
古屋委員長 遠山大臣、簡潔にお願いします。
遠山国務大臣 日本の今後の発展にとって、大学にかかわる経費というものは、未来への先行投資だと考えております。その意味におきましても、大学、特に国立大学、今回の設置形態の変更を契機に削減するようなことには絶対ならないように、私どもとしては頑張りたいと思っております。
藤村委員 終わります。
古屋委員長 青山丘君。
青山(丘)委員 先ほど来の議論を聞いておりまして、まことに今時宜を得た質疑だと感じた点や、何だかこういう議論で果たしていいのかなという議論がありまして、ぜひひとつ答弁の方は、こういう改革をして日本の国立大学の展望を開いていきたい、こういうことをはっきりと述べていただきたいと思います。
 まず、私は、そもそも論から入らせていただきます。
 国立大学の法人化の問題についてでありますが、この国立大学の法人化の問題は、国の行政機関の独立行政法人化をするという議論からスタートしたわけでございまして、その意味で、行政改革の視点から提起されたように実は私は受けとめまして、こういう受けとめ方だといろいろな疑問が出てくるのではないか。
 例えば、国立大学の関係者から見れば、単に国の財政負担を削減するための法人化になっていくのかな、あるいは公務員の削減につながるだけの法人化ではないかという疑問がやはり出てきます。それから、違う視点から見れば、単に看板のかけかえだけではないかという指摘も出てきました。
 しかし、実は、日本の大学を卒業した人たちが、これは私立も公立も国立大学も含めてでありますが、みずから受けてきた教育に対する評価、これは先進国の中で日本は最も低い。それは実態とは違うのではないかと私は思ったんです。日本人はどちらかというと謙虚ですから、自分はこういう大学でこういうすばらしい教育を受けてきたということを余り自慢しないのかもしれないけれども、いや、これは問題がありだと私は考えましたから、幾つかの具体的な改革をしていかなければいけないという点を強く感じました。
 ですから、これから幾つか具体的にまた質問をしていきますが、まず最初に、そもそも国立大学の法人化を議論してきた背景、それから進めていかなければならないその理由、国民に向かってきちっと説明をしていただきたいんですが、今回、この改革をこういう理由で進めていくんですということを、ひとつぜひ明らかにしていただきたいと思います。
河村副大臣 今日、これからの二十一世紀、知の時代と言われて、大学の役割というのはますます高くなる、これは国民の皆さんみんなそう思っておられるわけでありまして、特に国立大学はこの役割をしっかり果たしてもらわなきゃならぬ、世界に向かっても発信できる大学であってもらわなきゃいけない。大学の活性化という観点から、私は、今回のこの法人化というものは非常に必要なことだ、こう思っておるわけでございます。
 先ほど来議論がございましたように、これまで文部科学省の中の組織の一つとしてまさにすっぽり入っていて、よく護送船団方式というような言い方もされますが、まさに国立大学はおんぶにだっこのような形であったわけでございます。
 そういう面からいうと、内部組織でありますから、大学の運営そのもの、権限、責任の範囲ももう一つ不明確だったし、予算、人事、組織の問題等々、国の行政組織の一端としてありますから、各大学の柔軟な運営といいますか、教育研究における柔軟な展開がやりにくい、こういうことがこれまでも指摘をされてきたところでございまして、昭和四十六年の中教審においても、諸外国の例にも倣いながら、日本の国立大学を法人化する、一つの独立したものとして組織の外へ出す必要が言ってこられたわけでございますが、なかなか機が熟さなかった。
 今回、ちょうどまさに独立行政法人制度というものも導入される。この機に大学改革の一環として大学の活性化を図っていく。そのために、いわゆる独立行政法人とはまた、これは教育のことでありますから、単なる行政ではないので、別の組織のような形のものが必要だということで、新たに大学法人という名前をもって法人化するということになったわけでございまして、まさに大学の教育研究の特性というものを十分配慮しながらも大学改革に資する、この具体的な形を取り込む形で、盛り込む形で今日の国立大学の法制化を図っていこう、こういうことになって、今まさに取り組まんとしているところでございます。
青山(丘)委員 そこで、まず、先ほども少し議論に出ていましたが、大学の設置形態の状況、日本における大学の設置形態の状況、それから先進各国の大学の設置形態の状況についてまず御説明いただきたいんです。
 今回の議論は、国立大学の法人化は民営化を前提としておるのではないかというような疑問がたびたび出ておりました。私にも何度も聞こえてきておりました。そもそも独立行政法人というのは、国の事務事業でありながら、民間、民営移管ができない、なかなか難しい、それから地方へ移管することもなかなか難しい、そういうものが独立行政法人としてあるものだ。
 そこで、国立大学の場合は、やはり簡単に民間移管にできるような状況ではない。日本の大学の設置形態の中で、国立大学は国立大学としての意味があるわけですから、私は、先進諸国の中で大学の設置形態の状況、それから日本における大学の設置形態の状況について、今どのように把握しておられるか、お聞かせいただきたい。
遠藤政府参考人 先進諸国の状況でございますが、アメリカにつきましては、大学数では七割が私立大学でございますが、学生数でいいますと、これが逆になりまして、六割以上が州立大学、こうなっております。それから、フランスでございますが、ほぼすべての大学が国立でございます。ドイツでは州立大学がほとんどすべて。それから、イギリスでございますが、これは国王特許という形で設立はされておりますが、運営費の大半を公財政によって負担されているということでございますので、実質的にすべて国立大学、こう理解しております。日本の場合は、御案内のように、七五%が私立学校、こういう状況でございます。
青山(丘)委員 私は、日本社会における国立大学が果たしてきた役割は非常に大きかったと理解しています。しかし、同時に、日本での大学の設置形態のお話を今聞きますと、我が国では、私立大学が学校数、学生数、いずれも七割以上という、私立大学が果たしてきた役割がまた大きなものがあった。
 そういう中で、今日まで国立大学はどのような役割を担ってきたというふうに理解しておられるのか、少し国民の前できちっと説明していただきたいと思います。
遠藤政府参考人 先ほど来の議論で、大臣の方からるる申したとおりでございますが、時間の関係もありますので、ちょっと簡潔にまとめさせていただきますと、今、国立大学が現に果たしている役割といたしましては、まず何よりも、我が国の学術研究の主力を担っている点が大きい、こう思っております。その内容につきましても、社会の要請に即応する研究にとどまらず、先駆的な研究、基礎的な研究、さらには、社会的な需要は少ないものの重要な学問の継承などにおきまして大きな役割を果たしている、こう思っております。
 それから、地域間のバランス、あるいは学問分野でのバランス、大学院といったような面で国立大学の比重がかなり大きな役割を果たしている、こう理解しているところでございます。
青山(丘)委員 そうした中で、世界の大学制度の状況が今までお話がありました。それから、我が国における国立大学が果たしてきた役割がありました。
 そこで、今回の国立大学の法人化、これは民営化を前提としているのか、民営化は視野に入れていない、国立大学としてこれからもその役割をきちっと担ってもらおうと考えておられるのか。民営化との関係、法人化と民営化の関係をひとつこの際明確に御説明いただきたいと思います。
河村副大臣 世界の大学制度の状況、先ほど局長も御答弁を申し上げたと思いますが、学生数あるいは学校数では国立や州立大学が世界では多数を占めておるわけでありまして、やはり高等教育の振興は、世界の流れとしては国の責務だということが考えられておるわけでございます。
 ただ、我が国においては、御案内のように、私立大学が非常に高い率を占めておりまして、そういう意味では、日本では民営化が一歩進んでいるという考え方もできないことはないと思うわけでございますが、しかし、先ほど来御説明申し上げております、国立大学は、我が国の高等教育、学術研究の水準を高めていく、そして国費をこれだけつぎ込む、ある意味では教育の機会均等の役割も果たしながら今日まで来ておるわけでございまして、そういう国立大学が果たす役割はこれからも変わるものでないというのが基本的な考え方にあるわけでございまして、この国立大学が今日果たしている役割を果たしながら、さらにその役割を一層高めてもらう、そのための運営システムを主にうんと改革していくんだというのがこの法人化の大きなねらいでございます。
 そういう意味から考えてみても、今御指摘のように、この大学法人化はいわゆる民営化をするのではないわけでありまして、そういう面で高等教育に国が一定の責任を果たしていく、そういう観点から、この大学法人化に伴いながらも、国立大学については国によって一定の財政支援をやるわけでありますから、国の事務事業として行うことが必要でないいわゆる独立採算制の事業体にゆだねるような、いわゆる民営化という考え方はとらない。全く違うものでございまして、国はそれなりの関与をしていかなきゃならぬ、国が責任を持つ以上、当然していくわけでございます。
 そういう意味において、これからきちっと国立大学に対しても、いわゆる運営の改革をやりながら、活性化をやりながら、そして国も責任を持って国立大学の発展を期していく、こういう形になっていくものでございます。
青山(丘)委員 これから私は、数点、国立大学法人制度の具体的な内容についてまずお尋ねをするんですが、一番最初はやはり、通則法ではなくて、国立大学法人法によるところの国立大学法人として進めていくんだという、そのところです。
 今回の法案で、大前提として、独立行政法人制度の基本的な枠組みは維持していく、けれども、通則法で進めていくのではなくて、独自の法案で国立大学法人として進めていくんですよと。その背景とか決意とか方針をこの際はっきり聞かせていただきたいと思います。
遠藤政府参考人 この国立大学法人法でございますけれども、基本的には独立行政法人制度を活用するということでございますけれども、大学の自主性、自律性、あるいはその教育研究の特性を十分に尊重する、そういう観点で、独立行政法人制度のそういう部分につきまして修正をさせていただきまして、国立大学法人法案という形で出させていただいたところでございます。
 先ほど副大臣からも申し上げましたように、大学は行政ではないということで、いわゆる行政法人にふさわしい仕組みを修正しまして、大学法人にふさわしい仕組みにさせていただいているということでございます。
青山(丘)委員 これまで幾つか、私自身も議論に加わってきて、指摘したり、議論したり、お尋ねしたりしてきました。今回、先ほども非公務員型のメリットについてお話が出ておりましたが、これは非常に大切な決断であったと私は思っております。それは、すべての教職員を非公務員型としていく。しかも、ここまで来る経過は、国立大学関係者も多く参加して文部科学省の内部で調査検討会議があって、そこで議論をされてこの結論を出されたという意味では、非公務員型というのには非常に意味があると私は思うのです。ぜひこれは進めなければならないと私も思っておるんですが、そのメリットをどのように理解しておられますか。
玉井政府参考人 お答え申し上げます。
 御指摘のとおり、昨年の三月にまとめられました、多くの関係者から成りました調査検討会議、ここで公務員型、非公務員型のメリット、それからデメリットといいますか、それぞれの比較を十分になされたわけでございますし、この議論というのは相当慎重な議論が行われたわけでございます。
 その結果、その検討会議におきましては、非公務員型のメリットとして、国家公務員法にとらわれない、より柔軟で弾力的な雇用形態、給与形態、勤務時間体系がとれるのではないか。二つ目に、外国人の学長、学部長等の管理職への登用の道が開ける。三つ目に、兼職、兼業の弾力的な運用ができる。四つ目に、試験採用の原則によらない、専門的知識、技能等を重視した職員の採用、こういうものができる。こういった弾力的な人事制度を実現し得るという点におきまして、非公務員型の方がよりすぐれている。こういう点から、非公務員型を採用することが適当という判断をしたわけでございます。
 先ほど来の御議論にずっとございますように、これから各国立大学法人がみずからの戦略に基づいて教育研究の質を向上させていくわけでございます。そのときに人事戦略というものは非常に重要になってくるわけでございまして、したがって、今後この法律が成立いたしましたならば、各国立大学が非公務員型のメリットを最大限に活用して、内外からのすぐれた人材の確保、あるいは教職員の能力を十分に発揮させる、その上で産学連携や地域貢献を行う、こういう意味での社会から期待されている大学の役割を大いに発揮していただきたい、かように思っているわけでございます。
青山(丘)委員 実は私は、ある大学の学長に求められて就任された方から、この方は大学教授だったのですが、大学というのは大変なんですよと。行って、教授会を開いたら、すべての教授、関係者、助教授もきっと含まれたんでしょうが、物すごい数の人が集まるんだそうです。そこでは全然決まらない。もう困り果てて、学部の代表者を選抜してもらって、そして少人数で役員会を開いて議論をしてきて物事を進めて、そして具体的に進められるようになってきたと言って、その成果を私に話してくださった、立派な大学教授といいますか学長がおられまして、なるほどそうかなと思いました。
 そこで、今回、国立大学を法人化した場合に、これまで国が持っていた権限が各大学に行くことになります。各大学がその権限を国から渡されて、大学がみずからの判断で物事を進めていくことになります。
 ただ、どうしても学部ごとの意見が強くなり過ぎてしまって、大学全体としての経営戦略を確立するという点では今までは問題があった、あるいは機動的な運営がなかなかできないというようなお話を率直に聞いてきました。そういう意味で、法人化の具体的な制度設計の中で、今度は、経営の権限を渡された学長以下役員がトップマネジメントの実現にいかに取り組むことができるかということが重要な問題となってきております。
 そこで、法人化に当たって、マネジメントシステムの改革のあり方について、ぜひひとつ将来展望も含めてお話しいただきたいと思います。
遠藤政府参考人 御指摘のように、法人化後の国立大学がみずから経営戦略を立てまして大胆な変革を遂げていくためには、学長の強いリーダーシップに基づいたマネジメント体制を確立するということが重要である、こう考えております。
 この法案におきましては、学長の責任において理事を任命するということとともに、学長と理事とで役員会を構成しまして、重要事項につきましては役員会で合意形成を図るということによりまして、学長のリーダーシップを支えるということにしてございます。
 また学長は、経営問題を審議します経営協議会、そして教育研究問題を審議します教育研究評議会の議長として、学内でのそういったような問題についての円滑な合意形成を図るためのかなめとしての立場が位置づけられているということがございます。
 それから、独立した法人となるということで、学長がすべての職員の任命権を持つというようなこと等の仕組みを導入することによりまして、学長が確固たるリーダーシップを持って国立大学法人の経営に当たるということを可能としている仕組みになっている、こう考えております。
 そして、このような学長のリーダーシップを支える仕組みと、学外の意見が幅広く大学運営に反映される仕組みをとっておりますが、それと相まちまして、各国立大学法人が国民や社会の要請にこたえて、戦略を持って教育研究の活性化を進め、個性豊かな国立大学が実現されていくもの、こう考えている次第でございます。
青山(丘)委員 そこで、やはり問題は、学長選考の改善といいますか、システムを変えていくということが大事ですね。トップマネジメントを確立できるかどうか、強い指導力を発揮できるかどうか、あるいは経営的な感覚を強く持って指導者として、これは運営の面が中心になりますが、学内は学内のことで、後でちょっとまた触れさせていただきたいが、学長選考のシステムをどのように改善しようとしておられるのか。
遠藤政府参考人 これまでの国立大学の選考の仕組みでございますが、制度上、学内の教員組織の代表者のみで構成されております評議会で選考を行うということになっておりまして、具体的な選考方法といたしましては、多くの大学で教員による投票で学長の選考が行われてきたという実態があったわけでございます。
 今回、法人化後でございますけれども、学内者のみで学長選考を行っていた方式を改めまして、経営協議会の学外委員の代表者と教育研究評議会の学内の代表者が同じ人数で構成されます学長選考会議におきまして、学長選考の基準や手続を定めるとともに、具体の候補者の選考を行うという方式を導入することとしてございます。
 この新しい方式によりまして、外の方の知見も入れながら、従来の学長選考の見直しを進めるとともに、経営面の手腕を十分見きわめながら、広く学内外から学長にふさわしい人を学長選考会議が責任を持って選考するということになるものと考えております。
青山(丘)委員 問題は、国立大学ですから、国民の負担によって運営される大学でありますから、学問の自由は当然保障されるべきものですけれども、国民の立場での意見や幅広い社会の知見というものをどう反映していくかという視点もやはり加えていかなければならない面でしょう。
 と同時に、先ほども言った学部の意見が強くなる、何といったって、教育研究の分野で、学内においては学内の合意形成というものがこれはなかなか重要になってくる。すなわち、今言われたように、学内の意見をまた取り入れる、それから学外の皆さんの意見もバランスよく組み入れて、そしてそれが調和したいい成果が上げられるような国立大学として進めていくシステムというものをどのように考えておられるのでしょうか。
遠藤政府参考人 御指摘のように、学内と学外の意見をどうバランスよく運営に反映させるかということでございますけれども、学外ということにつきましては、経営面を中心に、学外の有識者が大学運営に参画する仕組みを今回制度化させていただいております。具体的には、理事と監事につきましては必ず学外者を含むこととする、いわゆる学外役員の仕組みを制度化しているのが一点でございます。もう一点は、経営に関する重要事項を審議する経営協議会を新たに設置しまして、その構成員の半数以上を学外の委員で組織するということにしております。
 他方、例えば教育課程、教育教員人事、学生の身分など、教育研究に関する全学的な方針などにつきましては、教育研究の自主性を尊重するという観点から、学内の教員組織の代表者等で構成されます教育研究評議会、ここで審議をするということとしてございます。
 経営協議会や教育研究評議会における審議の結果を踏まえまして、最終的には学長の責任におきまして、学内外のコンセンサス、学内のコンセンサスに留意してバランスのとれた判断を行う、こういう仕組みになっているというふうに思っております。
青山(丘)委員 時間が来ましたので、最後の質問になると思いますけれども、今の御説明で重要な点は、どのような評価がなされるのかという点を、これからもまた議論や質疑があるかもしれませんが、各大学には、やはりそれぞれの特色がありますよ。それから、地域性があったり、大学が持っている個性がありまして、そういうものを加味した評価が適切になされなければならない。
 ただ、問題は、それが精密、緻密になり過ぎて評価疲れとか評価疲労がくるようなものではないようにしてもらう必要があるし、余り専門的になり過ぎると、一般的な人たちがその評価に対する理解がなかなかしにくい。私は、そこのところは内容を余り、ここがいけない、あそこがだめだったという点に、重心を置く必要はありますよ、ありますが、ここは非常に成果を上げていてこれからももっと進めるとよろしいねというような評価も必要だろうと思います。ここのあたりを御所見を伺いたい。
 それから、ちょっと時間がオーバーしていますが、どうしてもここは。
 日本は天然資源の乏しい国と言われてきました。しかし、人的資源のすぐれた国、その点では非常に豊富な人的資源のある立派な国。この背景といいますか裏づけには、やはり日本の教育がありました。そういう意味で、高等教育が果たす役割は非常に大きい。先ほどの質疑もありましたが、大学の教育に対する国の支援はもっと強くやっていかなければならないと思いますので、その辺の決意をお聞かせいただきたいと思います。
古屋委員長 青山委員に申し上げます。
 時間が過ぎておりますので、簡潔にお願いします。
河村副大臣 前段の評価の問題もあわせて私の方からいたしますが、もちろん、これからの評価のあり方、特に大学の持つ公的役割と、しかも国立大学においては、いわゆる国民の税金、タックスペイヤーとしての皆さんの目もありますから、ここにわかりやすく評価をして公表するということ、それによって、これからの大学の活性化というのはうんと進むであろうと思っておりますから、極めて重要な課題だ、こう思っております。
 また、日本の教育、まさに人的資源によって日本の今日の繁栄があること、これは間違いございません。特に、国際競争、いろいろな面で、最終的な最高学府と言われる大学が果たす役割はますます高まっていくわけでございます。これに対して、国がきちっと責任を持って、物的、人的に支援をしていく。
 したがって、先ほど来お話しのように、国立大学については、何か今回の法人化によって国立大学が私立大学になっていくんではないかという一般の受けもあるようであります。そういうことではないのでありまして、今回の法人化というのは、大学運営の仕組みをもっとオープンにして活性化していく、そして、国立大学は国立大学としてきちっと責任を果たしてもらう、国もその責任をきちっと果たすということでございますから、そういう意味で、世界のレベルに劣らないだけの支援を国もやっていくということを、さらにこれから、文部科学省としても責任を持って果たしてまいりたい、このように思っておるところであります。
青山(丘)委員 終わります。
古屋委員長 小渕優子君。
小渕委員 おはようございます。自由民主党の小渕優子でございます。
 青山委員に引き続きまして、国立大学法人法案等六法案につきまして質問をさせていただきます。時間がかなり限られていますので、早速質問に移らせていただきたいと思います。
 本日は、先ほどより、この国立大学法人法案につきまして、先生方より大変貴重な質問がずっと続いているわけでありますけれども、まず、私も最初に、この国立大学の法人化にかかわる問題を取り上げさせていただきます。
 実は、私の地元の群馬県におきまして、この群馬県の群馬大学と、お隣の県、埼玉県の埼玉大学、この二つの国立大学の間に、法人化に移行するということで、昨年の初めより再編統合の話が出てきております。この再編統合なんですけれども、実は昨年の秋ぐらいまでに統合協議会を設置する見通しであったわけなんですけれども、群馬大学の教育学部がさいたま市へ移転して統合するというこの構想に、群馬県内の教育関係者などから大変反対が出ていまして、この結論が先送りとなっているわけであります。
 全国に国立大学があって、その中にやはり教育学部というのが設置されているわけですけれども、長い間、都道府県の中の教育学部というのは、地域の教育のまさに中核となる人材を育成、輩出するという大変大きな貢献があります。その中において、群馬大学の中の教育学部がさいたま市に移転してしまうということで、地元関係者はみんな、どうなるのかということで大変心配しているわけであります。
 きょうの朝の新聞に、実はこの埼玉大と群馬大の統合について、二〇〇五年の十月統合ということが出ていましたけれども、今回、大学の法人化によりまして、大学、また再編統合はどのようなことになっていくのか、その方向性を教えていただきたい。
 それにプラスしまして、他県におきましても、このように、例えば群馬大学と埼玉大学が統合するというような、このような形態、このような動きというのが実際にあるのかどうか、教えていただきたいと思います。
遠藤政府参考人 国立大学の法人化と並行いたしまして、もう一方の大学改革の柱といたしまして国立大学の再編統合が進んでおるわけでございます。
 国立大学の再編統合は、各大学、学部等の枠にとらわれず、限られた資源の有効活用によりましてパワーアップを図るためのものでございまして、現在、それぞれの大学におきまして、将来の教育や研究の発展という視点から、そしてまた活性化という観点から幅広く検討がなされておるわけでございます。
 それで、昨年の十月に四大学が統合して二つの大学になったというのもございますし、今、この時間、国立学校設置法、参議院の本会議で成立するかどうかというところでございますが、その法案の中におきまして、二十大学、これを十大学にという再編統合が進んでいるという、これは本年十月に統合するわけでございますけれども、そういう形で進んでおりますし、今、群馬大学、埼玉大学のお話がございましたけれども、群馬大学、埼玉大学のような形ではっきり、こうしましょうというところまでいっているところもございますし、まだまだそこまでいっていないという大学もございますが、いろいろな形で今そういう再編統合の話し合いが進んでいるというふうに理解をしております。
小渕委員 さらにパワーアップ、発展していっていただけるとありがたいのですけれども、地元においては大変心配をされている点であります。両大学について、地元の意見というものもしっかり聞いていただきまして、今後検討また指導していただけますようにお願いを申し上げたいと思います。
 次に、国立高等専門学校につきまして質問をさせていただきたいと思います。
 今回のこの法案なんですけれども、国立大学の法人化とともに、高等教育機関であります国立高等専門学校も法人化をするということが提案をされています。この国立高等専門学校の法人化に当たっては、国立大学の法人化とは異なり、また違った形で、すべての国立高等専門学校を一つの機構に束ねて独立行政法人化するということでありますけれども、なぜこのような形にするのか、そのあたりをちょっと詳しく教えていただきたいと思います。
 ちょっと心配をしている点というのは、現在、この国立高等専門学校、大変自主性や自律性があると思います。私もいつもテレビで楽しみにしているんですけれども、この国立高等専門学校のロボットコンテストが一年に一回開催されて、ロボコン、ロボコンと言ってかなり親しまれていると思います。あれを見ますと、やはり、若い人たちの大変斬新なアイデアとともに、高校生とは思えない技術力を見せてもらって、何か、これからの未来に大変期待ができるなというのを見て感じているわけですけれども、このように、法人化するに当たって一つの機構に束ねてしまうということで、このような自律性とか自主性みたいなものが失われないか、そのあたりを大変懸念しているわけであります。
 現在、国立高等専門学校の抱えるそうした課題の解消にこの法人化がどのように貢献をしていくのか、そのあたりをお聞かせいただきたい。今後、この一元化する機構と各学校との関係もどうなっていくのか心配されるところでありますけれども、決してこの個性化、活性化を失わないようにしていただきたいと思うのですが、この一元化ということに当たりまして御説明をいただけたらと思います。
遠藤政府参考人 国立の高等専門学校でございますけれども、実践的技術者の養成という共通の目的を有しておるわけでございますが、一校当たりの入学定員が百二十ないし二百と少ない、あるいはその学科数も三ないし五学科、こういうことでございまして、やはり国立大学と比較して一校一校の規模が小さいということもございまして、一つの機構が五十五の国立高等専門学校を設置するというような形にさせていただいているような次第でございます。
 この一つの機構が運営するということによりまして、人事、財務等におきましてスケールメリットを生かすことができるんじゃないか。そして、実践的技術者養成のための学校ということでございますから、学校の枠を超えたいろいろな共通的な課題があるわけでございます。例えば、インターンシップにつきましても、一校一校じゃなくて、組織的に推進してはどうか、教員研修もこれによって充実できるんではないか、あるいは新たな教材の開発などがやりやすくなるんじゃないかといったような、いろいろな共通的な課題がこれによって対処がしやすくなるというふうに考えておるということがございます。
 これによりまして、従来の国立高等専門学校、一つの機構で運営はされますけれども、学校教育法一条に定めます独立の学校といたしまして、入学者、卒業者の決定、カリキュラムの実施など、日常的な学校運営及び教育活動はやはり独立して行うということでございますから、委員が御心配になっているような点がないよう、それぞれのいいところを発揮しながら、しかし、運営を一緒にすることによって、さらに一校一校を超えた力が発揮できるというような形になるよう、ぜひともそういう形に持っていきたい、こういうふうに思っておる次第でございます。
小渕委員 ぜひともそうしたよさを失わない改革にしていただきたいと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
 引き続きまして、この高等専門学校について質問させていただきますけれども、私は、このロボコンにつきましては大変よく見て、高専のすばらしさを知っていたのですけれども、いろいろ聞いていきますと、例えば、私たちが日常よく使うウォークマン、これのデザインをしたのもこの高専を卒業された方、また、東京ドームを設計されたのもやはり高専の卒業者の方と聞きまして、そうした大変いい情報というのはなかなか聞こえてこないというか、知らないものだなと思いました。
 この高専が、物づくりのまさに現場を支える実践的な技術者を育成する学校として、大変産業界からも評判が高いと聞いています。
 その証拠に、今就職率はどこも大変なわけです。高校卒業者、大学卒業者も大変厳しい中にあるわけでありますけれども、この高等専門学校につきましては、大変求人数も多いと伺っています。その割には、正直まだまだ評判が聞こえてこない、知名度が低い、その辺が大変残念だなと思うわけであります。
 ですから、ぜひとも、今回の法人化を契機に、高等専門学校が一層充実されて発展していくように、そうした指示をいただきたいと思っています。今後の高専の位置づけとともに、決意のほどをちょっと教えていただきたいと思います。
河村副大臣 非常にいい御指摘をいただいたし、非常に大事な指摘だというふうに思います。
 お話のように、高等専門学校は、中学校を卒業してすぐそちらに入ってまいります。五年一貫の教育をやるということでありまして、しっかりとした、基礎からやるということもあるんでしょう、卒業生に対する求人倍率も毎年十倍前後でございますし就職率もほぼ一〇〇%、こういう現況にありながら、非常にいい成績を上げております。
 特に、物づくりの基礎、基盤分野において、高等専門学校の卒業生に対する産業界の評価は非常に高い。その割にもう一つとおっしゃいますが、その分野ではかなり評価をされておるわけでございますし、これだけの求人倍率もある。競争率がまだ二倍ぐらいだと言われておりまして、もっともっと受験があってもいいんではないかという御指摘もあるようでございます。
 しかし、そういう面もありますが、今回の法人化によってさらに、予算、人事、裁量が大幅に拡大をされます。一くくりではありますが、それぞれの高専が自分のところのアイデンティティーを強調しながらしっかりPRもしていただく、そういう教育内容あるいは学生に対するサービスの充実も図っていく、そういうことがそれぞれの高専によってできるわけでございますので、そういう点で、高専に対する名声もさらに高まってくるであろう、法人化によってそれが可能になってくるということで、大いに期待をいたしておるわけでございます。
 そういう面からも、国が、これは国立の高専でございますから、これまで以上の所要の財源措置というものをやっていかなきゃなりません。特に今、日本の国の物づくりが問われておるわけでございまして、この部分を支える国立高等専門学校にさらに力を入れていきたい。これは文部科学省の一つの大きな方針であることを申し添えさせていただいて、今小渕委員御指摘の点について一層努力をしてまいりたい、このように思います。
小渕委員 ありがとうございます。ぜひとも期待をしておりますし、私もますます勉強をしていきたいと思っています。
 まさに二十一世紀、これから一番大切なことは人づくりではないかと思います。特に高専の中では、人づくりの中でも物づくりの大切さが大変見直されていると思います。それとともに、やはり、地域にたくさんの高専がありますから、その地域のそれぞれの伝統ある地場産業を守り続けてきた、そのような実績も多くあるかと思います。こうしたすぐれた研究とか技術とかが社会やふるさとに還元されて、地域の社会の活性化がされていくというのは、大変大きな成果があると思いますし、すばらしいことではないかと思います。
 さらに、ふるさとのよさが見直されて、物づくりのよさが見直されて、法人化されることにより、一元化されることにより、決して個性をなくすということになるのではなくて、独自性がより生かされて発展されていくような制度になりますようにお願いをいたしまして、時間が参りましたので、以上とさせていただきます。
 ありがとうございました。
古屋委員長 午後零時二十五分から委員会を再開することとし、この際、休憩いたします。
    午前十一時四分休憩
     ――――◇―――――
    午後零時二十八分開議
古屋委員長 休憩前に引き続き会議を開きます。
 質疑を続行いたします。大石尚子君。
大石(尚)委員 民主党の大石尚子でございます。
 今まで、私どもの同僚議員等の国立大学法人法案につきましての質疑を聞いておりまして、本会議並びに本委員会におきまして、私、つくづくと感ずるのですけれども、この法案は、どなたもがお認めになっているように、私たちの日本国のとにかく未来を規定する大変重要な法案でございます。その法案が一たん成立いたしますと、これは、また国会の意思で変えない限り、私どもの命より長いわけでございます。ですから、本当にいいものに練り上げていきたい、これはそういうおつもりで文部科学省も取り組んでこられましたでしょうし、私どももそういう意気込みで議論していきたいと思うのでございます。
 先ほどの私どもの会派の山口委員の質問に対しまして、文部科学大臣のお答えにこういうくだりがございました。もし一字一句が違っていたらごめんなさい。全体の法案が目指しているものは、大学の自由を守り、学問の自由を守り、よりすぐれた大学になってもらいたいという信念は、私は山口委員といささかも違いがないというふうに考えております、そのことをきちんと達成するために今回の法案を出しているわけでございましてというくだりがございました。
 もし仮に、本当に同じ心で、同じ理念、同じ信念でこの法案を出しておられるとするならば、例えば憲法九条は解釈がこんなに幅が広い、これは決していい文言、条文ではないのではないかと思うのでございます。
 したがって、お互いの真摯な議論の成果として、そして、提案された法案を私どもは議論しているわけでございますから、何か、心は同じ、理念は同じ、精神は同じであるのに違ってとれるようなものが少しでもあるのなら、それは誠心誠意文言をお互いに検討し合って、そして解釈でぶれないような法案にしていく努力が私たちも必要だと思っているのでございますが、その点につきまして、文部科学大臣はどのようなお考えをお持ちでございましょうか。
遠山国務大臣 今回、国立大学法人法案を提出いたしております以上、これまで長年にわたって蓄積されてきたいろいろな考え方、それから、特に閣議決定の内容、昨年の三月に出されましたこの問題に関する調査検討会議の結果等々を踏まえまして、あるいは政府として、与党、さらには法制局等との非常に緻密な議論を重ねて今日提出をしているわけでございます。
 したがいまして、委員まさにおっしゃいましたように、この法律につきまして、互いに意見を交換しながら、私どもとしてはしっかりと、今回出した法律案のすべての事柄について、これは誠心誠意説明をしていく、そういう説明責任を果たしていきたいというふうに考えております。
大石(尚)委員 私どもも誠心誠意議論を重ねていきたいと思いますので、ぜひ他党の皆様におかれましても、御了解いただいて、そして、解釈において食い違わない、本当に精神が生かされたいい法案にしてまいりたいと思っておりますので、当局の皆様におかれましても、そのように御努力くださいますように、冒頭お願いしておきたいと思います。
 今回は、時間もあと三十分に限られておりますので、私は、国立大学法人法案のうち、主として特に大学の評価の問題に絞りまして御質問させていただきたいと思います。
 大学の評価というのは、これはまた大変至難のわざでございまして、現状どうなっているか、大学設置基準を読んでみますと、自己評価等に関して第二条で、「当該大学における教育研究活動等の状況について自ら点検及び評価を行い、その結果を公表するものとする。」という条文がございます。そして、その同じく三項に、「第一項の点検及び評価の結果について、当該大学の職員以外の者による検証を行うよう努めなければならない。」これは第三者機関による検証のことを差していると思います。
 このことに関しまして、昨年の十月の臨時国会で学校教育法の改正がございまして、その六十九条の三項に基づき、平成十五年度から自己点検・評価それから大学の教育研究活動の質を向上させるための評価が、平成十六年度から第三者評価機関による定期的、継続的な評価が法律上の義務とされたということになっております。
 こういう現状を踏まえ、なおかつ、これではちょっとまだ、あるいはこれをもっと具体化するためにというお心があられて今回の法案ができ上がってきているのではないかと思いますけれども、まず第一番に、大学に関する評価の実態、現状、そして、この改正へ向けての、どういうお考え、どういうお心がそこにあるのか、どういう問題があるからこういうふうに改正したいのだ、こういう法案を出したいのだという、その点についてお話しくださいますか。
河村副大臣 大石委員の方から、国立大学における評価、その実態についてまずということ、それから、これからのあり方でございますが、大学評価については、先ほど大石委員の方からも御説明いただきましたように、平成三年に自己点検・評価を行うようにするということが、研究活動等の状況をやりましょうということになってきたわけであります。さらに、平成十一年度にすべての大学についてこれを義務づけるということになりまして、その結果についても学外者による検証に努めなければならない、こうなったわけでございます。国立大学におきましては、平成十三年十月現在で、すべての大学において自己点検・評価を実施いたしておるわけでございますし、努力義務になっております評価結果の学外者による検証についても、その八割が実施をしているという状況下にございます。
 さらに、客観的で透明性の高い第三者評価を実施して、その結果が大学の教育研究活動に生かされなければならぬわけであります。平成十二年度に大学評価・学位授与機構を創設して以来、同大学評価・学位授与機構において、国立大学を中心に試行的な評価を実施いたしておるところでございます。昨年の臨時国会で学校教育法が改正をされました。それによりまして、平成十六年度、来年度から、すべての国公私立大学において国の認証を受けた評価機関による定期的な評価を受ける、こういうことになってきたところでございます。これからの新しい大学法人においても、この評価によって大学の機能というものがさらに高まっていくことを期待いたしておるところでございます。
 これからいわゆる中期目標が出てくるわけでございまして、これに基づいて、評価委員会としては、国立大学全体の評価委員会において、中期目標あるいは中期計画で示されました教育研究の質の向上、あるいは業務運営の改善、効率化、さらに財務内容の改善について、さらに自己点検・評価及び情報提供等々、項目ごとにこれを、この状況を検証して、それを評価するという方向になっていくわけでございます。また、これはオープンにして、国民の目から見てもわかりやすいものにして、評価を受けるということによって大学自体が内部改革をやりながらさらに発展をしていくという意味で、これからの評価の重要性というのはますます高まってくるのではないか、このように考えておるところであります。
大石(尚)委員 今、国公私立すべての大学についての御答弁がございましたが、今、国立大学に限ってこれからお話を進めていきたいと思います。
 今回の法案の中で、国立大学法人評価委員会が設置されることになっておりますね。この評価委員会、今お話がございましたように、文部大臣が定める中期目標に照らして、そして大学が中期計画を立て、それが六年スパンで、その一年ごとに評価を受けるように承っております。
 国立大学法人評価委員会と、それから、今回、独法化が提案されております独立行政法人大学評価・学位授与機構、今はまだ仮称だと思いますけれども、そことの関係。これは、先ほど副大臣に大体御説明いただきました五項目等に関する評価をするときに、この大学評価・学位授与機構の評価を参考にして、大学の評価をなさろうというように御説明は受け取れてきたのでございますが、そういうことでございますか。
河村副大臣 基本的にはそういうことなのでありますが、国立大学法人評価委員会とそれから独立行政法人大学評価・学位授与機構の関係について申し述べますと、国立大学法人評価委員会は国立大学法人の業務実績全体を評価するということであります。このうち、教育研究面について、大学評価・学位授与機構に専門的な評価の実施を要請して、その教育研究面について大学評価・学位授与機構が評価をし、そして、評価委員会においては、その結果を尊重しながら、国立大学法人の運営全体に対して総合的な評価を行う、こういう関係になっていくわけであります。
大石(尚)委員 結局、文部省の中にある国立大学法人評価委員会が、第三者機関と言えるであろう独立行政法人大学評価・学位授与機構、これは機構と言わせていただこうかと思いますが、そちらの研究内容の評価を参考にして、それで総合的に判断して評価していく、そういうふうに理解した場合に、それでよろしいのか。
 それとさらに、文部省の中にある独立行政法人評価委員会、これは、これとは別に大学の評価委員会をつくるんだという御説明でございますから、こことは直接接点はないと解釈しておりますけれども、それでいいのか。
 それから、あともう一つ、総務省の中に政策評価・独立行政法人評価委員会というのがあるのでございますけれども、これは総務省の中にあるわけで、その総務省の中にある評価委員会と、それから文部省の中につくろうとしている国立大学法人評価委員会の関係というのは、どういうふうになるわけでございますか。
河村副大臣 委員が御指摘の、前段の、国立大学法人評価委員会とそれから独立行政法人の大学評価・学位授与機構の関係は、御指摘のとおり、また私が御説明申し上げたとおりでございます。
 さらに、一般の独立行政法人について、各省に独立行政法人評価委員会があるわけでございます。これはその所管する独立行政法人について評価を行うのでありますが、国立大学法人の場合には、業務の特性やその規模、数を考慮して、既存の独立行政法人評価委員会における評価とは異なる配慮や機能が必要である、こういう観点から、文部科学省の独立行政法人評価委員会とは別に国立大学法人評価委員会を設けることになったわけですね。
 さらにまた、国立大学法人評価委員会と、御指摘の総務省の政策評価・独立行政法人評価委員会との関係でございますが、これは通常の独立行政法人評価委員会と総務省にあります評価委員会との関係と同じようでございまして、国立大学法人評価委員会は総務省の評価委員会に評価結果を通知するという関係が一つございます。第二点として、それを受けまして、総務省の評価委員会は、通知をされた評価結果について国立大学法人評価委員会に対して意見を述べることができる、こうなっておるわけでございます。
 そういうことからいきますと、総務省にある評価委員会は国立大学法人評価委員会の行う評価の適正を確保する役割を担う、こういう形になっていくものでございまして、総務省の評価委員会の評価は、国立大学法人を直接対象とするというんじゃなくて、あくまでも国立大学法人評価委員会の評価結果について行う、直接はやらないけれども、国立大学法人評価委員会の評価結果についてその適正を確保するという立場に立つということでございます。
 国立大学法人評価委員会、それから独立行政法人大学評価・学位授与機構、これはもう非常に近い関係にあるわけでございますが、それぞれが持つ独立行政法人評価委員会、それから総務省が持つ政策評価・独立行政法人評価委員会、この関係は、文部科学省の持っている国立大学法人評価委員会の結果というものをもう一回さらに適正化の観点から見ていく、こういう立場に立っておるわけでございます。
大石(尚)委員 今の御説明を伺いますと、総務省にある評価委員会は、文部省から通知を受けて意見を述べることができる。総務省が意見を述べることができる範囲の評価なのかなと。私の考えでは、とても、国立大学法人評価委員会の評価というのは大変専門的であり、かつ独特なものだと思いますので、総務省からやたら意見を述べられないのではないかしらと思うのでございます。
 要するに、国立大学法人評価委員会、この委員会というのは、先ほどの五項目を評価されるということでございますが、だれが、一体どのようにして、何を評価しようとされているのか。もう一回まとめて御説明をいただけますでしょうか。
遠山国務大臣 副大臣から答弁をいたしましたとおりでございますが、一番、国立大学について、中期目標に照らしてしっかりした運営がなされたかどうかということについての評価をするのは、国立大学法人評価委員会でございます。その評価を行います際に、教育研究の中身でありますとか教育の成果でありますとか、そういう質的な問題については、大学評価・学位授与機構でやってもらって、それを用いてやる。
 そして、国立大学についてのトータルな評価のあり方について、これは総務省に置かれるところの評価の会議といいますものは、その評価のやり方がいいかどうかということについて、いわば適切な評価が行われているかどうかということについて見るだけでございまして、つまり、個々の大学の中身がいいかどうかということにはわたらないわけでございます。そこの意味におきまして、それぞれが役割分担をして、そして的確に、今回の大学法人の行き方自体が国民の期待に合うようになるようにしていくということでございます。
大石(尚)委員 総務省の評価委員会が、評価そのものが妥当であるかどうか、信頼性があるかどうかということを評価する、これができるというのはすごいことでございまして、これは仮にできるのであれば、それにこしたことはないと思いますが。
 では、文部科学省の中の評価委員会の方の仕事といたしまして、現在、国立大学が八十九ございますでしょうか。その大学それぞれに中期目標を文科大臣がお決めになるわけでございますね。それで、その目標に照らし合わせて、どのように達成されているかということを評価されると伺っております。ということは、かなり同じ中期目標を八十九の大学にお与えになる、そういうおつもりでございますか。
遠山国務大臣 中期目標の決め方自体が、各大学の原案について十分配慮した上でとございますように、それぞれの大学がきちんとした目標を持って、そして、中期目標としてふさわしい理念なり内容なりを備えたものを原案として提出していただいて、それを文部科学大臣が定めるということでございますので、各大学が考えるものが同じようなものであるということは考えられませんし、また、そういうことであっては、それぞれの大学が、その理念に基づいて、あるいは特色を出すために個性輝く大学としてやっていくという今回の目的に照らしてふさわしくないわけでございますので、個々の大学の中期目標として定められるものはそれぞれ別であるわけでございます。
大石(尚)委員 そうでないと大変困るのでございますが、大臣も、一つ一つの大学の自律性、主体性、そして積極性を重んじて、それを促進できるような方向へこの法案を制定したいのだというようなお気持ちを吐露しておられましたので、当然そうだろうと思います。
 そうすると、八十九校あれば八十九の中期目標ができるわけでございますね。その八十九の中期目標に対しての達成度を評価する、これは大変なことでございます。特に、A校、B校、C校、その中期目標が違うわけでございますから、その違うところに全部同じ基準を当てはめられっこない。そうすると、一校一校に違った基準を用意して、そしてそれを評価していかなければならないということになる。しかも、そのA校、B校、C校の評価結果というものが予算に反映していくわけでございますから、一体、違うものを違う物差し、基準ではかって、それをどう比較して、どうそれを予算に反映していけるのか。そういうことができる評価委員会のメンバーというのはどういう方々を想定しておられますか。文言の中ではいろいろと書いてございますけれども、なかなか、それだけ膨大な作業量を的確に、妥当性高く評価できる方々というのはどういう方なのか、私どもにはちょっとイメージがわかないのでございますけれども。
遠藤政府参考人 補足して説明させていただきます。
 国立大学法人評価委員会が評価いたしますのは、先ほどから御説明しておりますように、国立大学法人の中期目標期間に、その目標、そして計画があるわけでございますけれども、それが現実に実績としてきちんと達成されているかどうか、こういう観点で評価をするのがまず第一でございますので、何か一つ絶対的な物差しがあって、それでみんな一つずつ当てはめていくというよりは、それぞれの大学の目標、計画、それが、期間中にきちんと実績としてそういう目標、計画がどの程度実施されてきたのか、絶対的な物差しの評価といいますよりも、いわばそれぞれの大学が目標と現実とがどうだったのか、こういう点について評価をするというのがまず第一だろう、こういうふうに思っております。
大石(尚)委員 一つの物差しではかるような評価がなされたのではこれは困ることでございまして、それはもう重々わかっての話なんでございます。
 逆に、何を評価しようかというその物も違う、それから基準も違う、そしてその出てきた評価の結果というものも、予算、特に運営費交付金でございましょうか、そちらの方の算定基準に反映することを考えていらっしゃるとすると、例えば、こう言っては言葉が悪うございますけれども、かなり簡単に達成できそうな、いわゆる要求水準の低い目標で頑張ろうとする大学と、大変高邁な目標を掲げて、それを文部省が、それはいいねとお決めになった大学とを比べますと、達成率からいったら最初のA校の方が高いわけでございます。そうすると、それを一体どうやって交付金の算定基準に出していくのか。今、地方交付税の算定基準は、私どもが見てもわからないような方程式がかさんでおりますけれども、そういうふうになってしまうのでございましょうか。
 そこいら辺、万人が納得できる評価というものがなされるのかどうか、その評価委員会でなさる評価そのものの妥当性の評価というのは一体どこがチェックできるのか、開示することで国民がチェックしていけばいいというお考えなのか。先ほどの総務省の委員会も一つの機能かもしれませんが、その評価の中に、いわゆる学位授与機構の関連の学位論文等に対する中身の評価等も含まれてくるとなりますと、一体どういうことになるのか、私どもは大変心配いたしておりますけれども、いかがでございましょうか。
遠藤政府参考人 確かにそういう御心配もあろうかと思いますけれども、目標、計画を定めるに当たりましては、やはり大学が、それぞれの組織といいますか教育研究体制といいますか、そういうものがあり、そしてこれまでの教育の実績、研究の実績、そういったようなものを全部積み上げた、もちろんその中には財政的なものもあるでしょうけれども、そういう全体を踏まえた上でのこれから六年間の目標、計画ということでございますので、御指摘のように低くとか高くということも、若干それは理論的に考えられないことはないと思いますけれども、その大学の姿というものがその目標、計画に反映されているというふうに私どもは理解しておるわけでございます。
大石(尚)委員 どうも見えてまいりません。そして、どういう方たちがそういう評価をなし得るお人であろうかということ、お答えいただいていないと思うんですけれども。
河村副大臣 評価委員の選任の問題、先ほどから質問いただいておったと思いますが、いわゆる大学評価・学位授与機構における評価委員の人選は、機構みずからで、これは専門的見地から選任をしていただくということになっております。
 このことについては、政令で定めることにいたしておりますが、その委員につきましては、これは委員御指摘のように、社会、経済、文化等幅広い分野での有識者の皆さんにお願いをするということになるわけでございますし、あわせて、大学の教育研究とかあるいは運営、それに対しても高い見識を持っておられる方ということで構成をするわけでありまして、人選に当たっては、まさに公平な評価ができるということを十分に考えてやっていただくということになる、こういうふうに思います。
 これは言葉で言えばそういうことなんで、しかし、具体的にと言われるとこれはなかなかあれなんですけれども、今までいろいろな審議会等々、委員を選んできた経緯もございます。そういうことからして、この評価に値する、評価をやっていただける方々、体験と経験も持っておられる方、当然、そういう方々は、大学人であったり、あるいは有識者としていろいろ論文を発表し本をお出しになっている、いろいろな方があろうと思いますが、そういう方々の中から選んでいただくことになるわけでございます。
大石(尚)委員 詳しい議論ができるだけの余裕がないのでございますが、特に学位授与機構の方で論文の内容についてまで評価しなければならない、その結果を文部科学省の評価委員会は参考にして評価していくということでございますから、今、例えば田中耕一さんの論文に関して一体だれが正当な評価ができていたのかというような、ノーベル賞の田中さんのことを例にとっても思いますように、例えば、最先端を行っていらっしゃる学者さんでも、本当に、御自分の領域、狭い領域はともかくとして、同じ物理学でも心理学でも、他の領域になったら正当な評価がおできにならないというのが現状だろうと思います。
 どういう評価をして、そして一応その評価の結果を何らかの形で数値化するなりなんなりして、数値化できるもの、できないものあると書いてございますけれども、それを交付金の額に反映させていくということでございますから、ここのところを間違うと大学の今後の理想的な姿がゆがめられる。そして、ゆがめられたことが、大学がゆがむだけではなくて、当然のこと、高等学校教育、中学校教育、小学校教育に、日本の国の人づくり、人材づくりにゆがみを与えかねない問題だろうと思うのでございます。
 そのところがいわゆる文部科学省令でほとんどが決まっていくということ、では、私たちはそれにどうやって関与できるのでございましょうか。
遠山国務大臣 評価というのは、本当に、なかなかの高度の知識、経験あるいは幅広い視野等の資質を持つ方によってなされないといけないと思います。
 ただ、国立大学法人評価委員会は、先ほど来御議論いただいておりますように、個々の大学の質的な部分につきましては専門的な機関である大学評価・学位授与機構にお願いをいたしまして、それが必ずしもノーベル賞クラスの学者の論文をきちっと読みこなすというものでもないと思いますし、それなりの質の評価がなされるわけでございますが、それを前提とした上で、さらに、業務運営の改善、効率化がどうなされているか、あるいは財務内容の改善はどうであるのか、自己点検・評価、それから情報提供はどんなふうにその大学がやっているか等々の角度から評価されるんだと思います。
 どういうことについて評価をするかについては、今後、委員会を組織してそこできっちりと決めていただいてやっていくわけでございますが、それぞれの段階において、私は、透明性を確保し、そしていろいろな方々の意見も聞きながら、特に国立大学法人評価委員会のあり方については適切であるようにきちんと運営してまいりたい、そのように考えております。
大石(尚)委員 時間が来たようでございます。私、この評価がどうなされるかが日本の将来を決めると思っておりますので、その点、大変重要な問題でございますので、私どもも詳細なものをつくり上げていく上にもっと深くかかわっていきたい、そういう思いを持っております。
 それと同時に、この問題はまだ伺いたいことがたくさんございますので、きょうのところはこの程度にさせていただきまして、次回また折を見て続きをさせていただきたいと思っております。ありがとうございました。
古屋委員長 佐藤公治君。
佐藤(公)委員 自由党の佐藤公治でございます。
 本日は、私がいつも投げかけている国のあるべき姿ということの議論をしたいとは思っておりますけれども、先般行われました代表質疑に関連した質問で入らせていただきたいかと思います。
 私がいつも大臣や副大臣に問いかけをさせていただいているのは非常に簡単なことだと思います。例えば構造改革をやる。では、構造改革をやるのであれば、一体全体今の国に、今の社会にどこに問題があるのか、それを明確にすること、そして、そこが悪いのであればどういったことを直し、どういう方向性に将来持っていこうとするのか、この青写真とビジョン、これを明確にしていただきたいということを言ってきているつもりでございます。多分、大臣と副大臣はそういったことに答えてきていただいているつもりかもしれませんが、それがやはり私たちにはわかりづらい。もしかしたならば究極的にはないんじゃないかというふうに思う部分もあるわけでございます。
 そして、このたびの法案審議に際しまして同じような論法で考えた場合に、一体全体今の国立大学のどこに問題点があるのか。これはきょう午前中の質疑でもございました。同じような質問をされた委員もいらっしゃいますが、一体全体どこに問題があるのか、それをどう変えていくべきなのか、ここをきちっと明確に答えられているとは私は思えないのであります。抽象的な言葉ばかりが多くなっている。その抽象的な言葉で、ごまかされているという言い方は失礼かもしれませんが、何かさらっと流されているような気がする。
 きょうは、傍聴人の方々もたくさんいらっしゃって、大臣、副大臣、言いにくいこともあるかもしれません。言いにくいこともあるかもしれませんが、ここは絶対に避けて通ってはいけない。ここがいけないという部分を明確にして、それをこう変えていくんだ、そういったものをもう一度お話または確認をさせていただけたらありがたいと私は思います。
遠山国務大臣 今の国立大学の何が問題であるのか、それをどうしようとしているのかということに絞ってお答えさせていただきたいと思います。
 今の国立大学、単に国立大学だけではなくて、国公私の大学を通じての問題もあるかと思いますけれども、特に国立大学ということでいいますと、多くの方々の意見、さまざまな論文なりさまざまな意見なりというのを集約してまいりますと、幾つか問題点があるというふうに言われております。
 一つは、例えば、国立大学という位置づけに安住をして、護送船団方式による運営というものがなされているのではないか。それは、何かあっても国があるいは文部科学省が守るということで、それぞれの大学が本当に自覚して独自にみずから困難を切り開いていくというようなことで取り組んでいるかどうかということについての疑問がございます。あるいは、大学におきましては、学部の自治あるいは教授会自治ということで意思決定に時間がかかり、あるいは改革について、全員が一致しないと改革ができないということで改革がおくれているのではないかというような指摘もございます。それから、人事や予算など、規制によって教育研究への支障が出ているのではないか。これらは数え上げますと幾つかあるわけでございます。
 そうしたことは、一つには、私はやはり、国立大学が今の状況では行政組織の一部であるということからくるさまざまな規制があって、逆に、そのことからくる規制を守るがために、あるいはそれにアジャストするために、それぞれの大学が自由な発想というよりは、それに合わせようとする思想が強く働いてきたのではないかというような問題点、さらには、独自の構想なり独自のイデアというものを現実に移そうとすると、国の組織の一環であるということから制約があるということでできなかったというようなさまざまな問題が、そういう現在の設置形態に由来しているという面があるとも思えるわけでございます。
 そのようなことから、今回の国立大学法人ということで解決しようとしている面では、例えば、意思決定についても役員会の導入ということで民間人の登用も図り、民間的な発想も取り入れて、改革についても、できるだけ迅速にかつまた本質をついたような改革ができるようにしていく。そして、学外の意見も取り入れて、国立大学が内に閉じこもった存在としてよりは、社会に開かれた存在として機能を果たしていくような方向に改革をしていく。さらには、各大学の理念、目標というものを明確にして個性化をしていくこと、さらには、例えば人事につきましても、能力主義に立った弾力的な人事システムにしていく等々、幾つか、また機会があればさらに敷衍したいと思いますが、そのような改革というものを具体的に考えながらやっているわけでございます。
 それらを総合して申しますれば、これまでの国立大学の行き方よりは、さらに競争的な環境の中におきまして、活力に富んだ、あるいは個性豊かな国立大学にしていく、そのための制度改革である、締めくくればそういうふうに言えるということで御説明をしているところでございます。
佐藤(公)委員 今るる説明がございました。確かに、おっしゃられることは、それだけを聞けばわかる部分もあります。ありますけれども、もう最初にきょうの質疑の中での結論を先に言わせていただければ、私の言いたいことは、国立大学の改革がなぜ独立法人化しないとできないのかということ。今までの文部科学省、今までの政府でなぜ問題点を克服することができなかったのか、または改革することができなかったのか。そこをきちっと検証、または考えていかなければ、また同じような問題が出てくる、また無責任状態になるのではないかということが、私がきょうまず大きく一つ指摘したいところでございます。
 大臣は、私の代表質疑でも、きょうの委員会でもおっしゃいました。さまざまな規制、さまざまな束縛があったからという言い方をした。一体全体、規制とか束縛は何なんですか。勘違いしないでもらいたいのは、これは、政府にしても国にしても、人ごとじゃなくて、自分たちがやっているということです。今、与党さん、政府というものが縦割り行政をつくり、それを動かしている。もしもそこに問題があるんだったら、縦割り行政を壊せばいいじゃないですか。なぜその規制をまず内部的にやっていかないんですか。
 私が、今回の独立行政法人、これに関して言えることは、なぜ場当たり的になっているのかというのは、まさに財務省の財政的な帳じり合わせの問題、経済産業省の部分の競争原理の導入、そして文部科学省の支配的な既得権益の確保、こういう縦割りの中での板挟みの中で、ショック療法的に出しているようにしか見えないんですよ。
 まず、今までの政府の中での縦割り行政、これは特に副大臣はよくおわかりになっているはずです、縦割り行政の弊害というのが幾らでも今まであった。だから、これが今同じように縦割りでしかできないから、もう仕方ないから、独立行政法人化しなきゃ改革ができないんだといって、無責任に丸投げして外に出しちゃっている。テクニック的にはわかります。しかし、これは、ほかの独立行政法人とは違う、まさに国の根幹である教育なんです。それを考えた場合に、そのテクニック論だけで、官僚の言われているとおりにやっていったら、やはり将来の日本が、非常に危惧する、心配するところがあるというのが私の今の思いでございます。
 そこを考えた場合に、では、今までのさまざまな規制、束縛というのは具体的に何だったんですか。それは、ほかの省庁に関しては気遣いをして言えない部分もあるかもしれませんが、堂々と言ってください。財務省ですか、経済産業省ですか、こういう総務省ですか、それが幾ら言っても全然聞かないんだ、やらないんだと。それは、ある意味では、そちらの内閣、政府の醜態をさらすことになるかもしれませんが、そこを変えなかったら、本当にこの問題というのは先に進めない、よりよい方向で考えられないんじゃないかというのが私の思いですけれども、いかがでしょうか。大臣、副大臣、お答えを願いたいと思います。
河村副大臣 佐藤委員御指摘あった点、そういう見方をすればそういう見方もできるかなと思って今聞いておったのでありますが、確かに、大学を活性化するという観点からいうと、いろいろな障害といいますか弊害があったことも事実でありまして、具体的にどうかと言われますと、まず、大学の組織・定員についても、これは総務省、国の定員管理の中できちっとあるわけですね。
 これを一人ふやす、二人ふやすだけでも大変な、人事委員会とのいろいろな問題、新しいものをつくろうとすれば、それをまた求めていかなきゃいけない。こういう文部科学省への機構・定員要求、担当省庁の審査を経なきゃできないという問題が一つありました。これが法人化することによって自由になるということ、その定員の枠から外れるということ、これが非公務員化した一つの大きなあれであります。
 それから、予算についても、予算執行は、あらかじめ定められた費目がきちっとあって、これに拘束される。費目間の流用はまず非常に難しい。もっと臨機応変にやりたいけれどもできないという問題。それでまた、単年度主義ですから、繰り越しについてもなかなか難しい問題がある。こういう制約もございましたし、それからまた、人事についても、給与法によって給与の仕組みが細部にわたって一律に定められておる。公務員法制の限界がございまして、例えば外国から優秀な人材を学部長や学長にしたいと思っても、これができなかった。
 このような細部の運用における障害もあったわけでございまして、こういうものが今回法人化によって払拭できることによって、思い切った大学改革が進む。そして、まさに自律といいますか、自分の、大学独自の考え方でいろいろな政策ができる。そして教育研究をさらに高度化してもらいたい、こういう思いもあって、この際国立大学を法人化する。
 これは、各先進諸国もそういう形でやっておる、こういう現状もありますので、この際、ちょうどこれは行革の絡みで出てまいりましたが、このことは、実は、きょう、今言われたことではなくて、前から指摘されたことを、遅まきながらと言ってもいいと思うのでありますが、今実現の段階にやっと来たという思いでございます。
    〔委員長退席、馳委員長代理着席〕
佐藤(公)委員 今副大臣がおっしゃられた中では、私は、ちょっとがっかりしたと言うのは失礼かもしれませんけれども、実際、政府・与党であり、政治をすべて握っている与党さんが本当にやろうと思ったら、縦割り、人事院の問題、まさに総務省の問題等は、本当に法律改正等をしながら変えることは可能なはずなんです。それを変えずに、今の状態でなぜできないのかということ、そこを考えずにして安直なこういった方式に出ることは、私は非常に心配しているところがあります。
 副大臣は限界だとおっしゃいましたけれども、限界なんてありませんよ。皆さん方がやろうと思ったらどんなことだってできるんです。僕はそう思います。それが政府・与党の強みだと思いますし、それがあるがために、やはり皆さん政権に着いて、よりよい日本をつくっていこうとされているんじゃないかと思います。
 それとあと、よく皆さん方も、先進国がやっている、先進国がやっている、与党、野党でもそういう話が出ますけれども、先進国がやっているから必ずしもいいとは言えないと僕は思います。日本としていいものをつくることが大事だという気が僕はいたします。それが横並びに、何かみんながやれば怖くないみたいな、本当に日本人的感覚で、みんながやっているから一緒についていこう、まさに今の日本人の問題点だと思います。それがたとえ一人になったとしても、反対すべきことは反対し、自分たちが主張していく。これが自立した国であり、政府であり、やはり国民をつくり上げていく。
 まさに、今独立行政法人、いろいろな話がございました。やらなきゃいけないのは、もしかしたら国会を独立行政法人にした方が本当はいいのかもしれない。それぐらいの究極論になってくる、この閉塞感と今の停滞した状況を見ると。その政治の中心である副大臣が、限界だとか先進国がというようなことをおっしゃられるのではなくて、やはり将来にあるべきビジョンとその限界に挑戦して、今独立行政法人化をしなかったとしても、自分たちの今の文科省の中でできることを、総務省とけんかしてでも、極端なことを言ったならば、行財政改革の中で省庁の再編をもう一回やったっていいと思います。実際、省庁再編なんてしたって、私たちは主張していますけれども、看板のすげかえだけであって中身はほとんど変わっていない。どこが行政改革なんですか。
 それをやはり副大臣、大臣がきちっとしていただかなきゃいけないというふうに思いますけれども、一言いかがでしょうか、副大臣。
河村副大臣 私が先進国がやっているからと言ったことについて御指摘がありましたが、もちろん、外国がやっているものはみんないいからみんなやれというものではなくて、いいものはやはりいいとして受け入れる、それも必要なことでございますので、この大学の法人化の問題については、日本の大学がこういう点で非常におくれるという指摘があったわけでございまして、これは日本の大学にとっても必要なことだという観点から法人化に踏み切る、こういうことになったわけであります。
 もちろん、公務員法制の限界は取り払えばいいんだといえばそれはそうでありますが、今、組織の問題、申し上げました予算の問題、これを一遍に解決しようとするならば、これはおっしゃるように、根本的に今の公務員行政そのもののあり方を見直す。今公務員の改革制度もとられておりますが、しかし、公務員制度は公務員制度できちっとあるわけでありまして、それを踏襲しようとすればその弊害にぶつかるわけであります。今回、法人化によってそれらの問題を一挙に実は解決できるわけでありますから、そういう意味では場当たり的にということにはならない、大学を活性化する一つの解決策になり得る、私はこう思っております。
 委員の御指摘は、それは、全体を直せばいいわけでありまして、それができればそれはいいんでありますが、それを待っておったんでは全然進みませんから、文部科学省の責任として、活性化をする、一挙に解決できる方法としてこの方法をとったということであります。
 もちろん、今の縦割り行政のさまざまな弊害というのはあるわけでありまして、これは教育についてもまだいろいろな問題がたくさんあるわけでありまして、これを解決しなきゃいかぬ。それは、子供の問題、幼保一元化の問題等一つとっても、省庁間のいろいろな問題がある。我々もそのことを指摘して、承知をいたしております。こういう問題には、やはり政治がもっとその問題に取り組んでいかなきゃならぬ、こう思っていること、委員の御指摘を私もきちっと受けとめなきゃいかぬ、こういうふうに思っています。
    〔馳委員長代理退席、委員長着席〕
佐藤(公)委員 多分、河村副大臣はずっと文部科学関係をやられてきて、このことに関してはかなり深く考えられていると思います。行き詰まったから安直な手法論でこういった方法論をとるよりも、根本論を変えるような政府全体、党全体の動きをしていかなきゃいけないというふうに私は思います。
 ですので、僕はこれがすべて間違っているとは思えないんです。いいところもあります。いいところもある。ただし、本当に安直な方法論に、最後はわらをもつかむ気持ちでこれに投げていくような状況であれば、それは絶対によくない、そこは逃げになると私は思います。
 大臣、これは去年の十一月十四日に特殊法人等改革に関する特別委員会でも議論を少しさせていただきました。前回のときの、文部科学関係八法案ということでいたしましたけれども、このときも、上辺だけ見れば独立行政法人化、今回も独立行政法人化ということ。一体全体、前の八法案と今回の法案とで違いというものが、何か大臣の意識の中で具体的なものがあるのか、いかがでしょうか。
遠山国務大臣 特殊法人から独立行政法人にという大きな転換も、私はそれぞれの組織の活性化という角度からは大変意味があるというふうに考えておりますが、今回は独立行政法人化とは私は思っておりませんで、大きな傘からいえば独立行政法人の枠の中であるかもしれませんが、独立行政法人の先行するような組織とは違うという角度から、国立大学法人という新たなコンセプトでお願いをしているところでございます。
 これはどういうことかと申しますと、大学という、教育なり研究なり人間の知にかかわる、あるいは人格の完成にかかわる、そのような大切な機能を持つ組織である。そのようなことから、独立行政法人という国の業務をやる組織ではあっても、やはりそれはより効率的な運営が強いられるような法人とはまた違うということから、国立大学法人ということで今回構想をさせていただいているわけでございます。
 その中で、例えば大学のトップの選び方でありますとか、あるいは目標の立て方、あるいは計画についての認証の仕方等におきまして、大学の意思というものを十分に配慮していくというようなことを初めといたしまして、さまざまな点で独立行政法人とは違った制度設計になっているところでございます。
佐藤(公)委員 きょう午前中でも質疑がございました。前の特殊法人関係というのは、最終目的というのは、やはり民間にゆだねられる部分は民間にしていく、つまり廃止をしていこうという一つの目的を持っている。それでもどうしても必要なものであればそれは残さざるを得ない。でも、民間に移行できるものは民間にしていくべきだということの目的を持っている。
 実際、私たちが言っていることは、一たん全部廃止にして、そこからどうしても必要なものだけを引き揚げる。政府のやったことは、実際、すべてを残して、そこからむだなものを落としていく。上からか下からかという方法論の違いというような説明をこの委員会でもしたんですけれども、結局、民営化になっていくという一つの目的を持ちながら、もしくはむだなものを廃止していくという目的を持ちながら、特殊法人関係の整理をするということで独立行政法人化ということをやっていった。
 では、今回の法案関係というのは、その最終目的というのは、先ほどからもちょっとお話が出ていますけれども、どこに持っていくべきなのか。個性ある大学づくり、活力ある大学、教育のレベルアップ、いろいろなことが言われておりますけれども、一点はっきり言えることは何か、何をもって目的として独立行政法人化を進めていくのか、ここの部分をもう少し明確に話をしていただけますでしょうか。
遠山国務大臣 独立行政法人化ではございませんで、国立大学法人化によって何をしようとしているかという御質問かと思います。
 国立大学の使命、これはこれまでもるる御議論をいただいていると思いますが、一つには、すぐれた学術研究の中核としての機関が本来の機能を十分に発揮していくこと。同時に、単に学生を集めるために学部の名称を変えたりというようなそういうことではなくて、本当に国において必要とされる人材をしっかりと養成していく、そういう使命。さらには、その研究、教育の成果を社会に還元していく、その使命。そういったことをしっかりと実現していくための活性化を図る、これが大きな目的であるわけでございます。
 同時に、本当にすぐれた大学というのは、私は、世界のトップクラスの研究者が集まり、世界のトップクラスの学生たちが目指してくるような大学でなくてはならないと思うわけでございますが、果たして今の日本の大学はそうなのか。決してそうではない――ないと言うとちょっと言い切り過ぎでございますので、改めさせていただきますが、私は、もっともっと日本の大学というものが、真に世界の知の水準を抜くということであれば、そういった魅力も備えていなくてはならない。しかし、今のままで国立大学が推移するとするのであれば、学術研究の中核を担いといいながらも、まだまだ十分でない。それは一体何なのか。
 それは、やはりそれぞれの大学が、みずからの最も知の集約体としての発想というものを大事にした上で大学が特色を持っていく、そのために全身の努力を持って取り組む、そういったことがないと、私は本当の意味での魅力ある大学にはなっていかないのではないかと思います。
 そのことを可能にするのは、国家公務員という枠、それから国家の行政組織の一環としての組織、そういったものから外していく。ただ、それが民営化するという議論、民営化という議論もどういう意味かよくわからない面もございますけれども、一気に何かそういう民営化をしてということではなくて、国が高等教育に果たすべき役割というものはしっかりと果たしながら、しかし、それぞれの大学がみずからのそういう面に乗っかって、まさにそこが到達すべき目標に向かって努力をしていただく、そういう状況をつくり出すために国立大学法人という設置形態にしていくというところでございまして、委員も十分おわかりの上での御質問と思いますが、御理解をいただきたいと存じます。
佐藤(公)委員 公務員がだめで、非公務員にすればいいと言うんだったら、文部科学省も大半は非公務員にしたらどうですか。日本の官僚、ほとんど非公務員にした方がよっぽど、おっしゃられるのであれば、そういうふうにした方がいいんじゃないかなと僕は思います。何か都合主義で、いや、公務員だと束縛があっていろいろと動けないからと。では、今いる公務員の人たちは動けないのですか。動けるんですよ、僕は動けると思う。そこを、やはり最初の根本論のところをせずして、行き詰まったから投げ出してしまって、国立大学の法人化、もうこれしか方法論がないんだというように見えてしまいますよということを僕が非常に心配している。本当は、もう本当にそうなのかもしれない。そこのところを議論していこうと思っているわけでございます。
 そういう中で、代表質疑の中で、まさに先々の目的、目標、きょう午前中の質疑の中でも、まさに民営化というのは考えていないということをおっしゃられました。しかし、今のこのままでやっていくと、民営化路線というのは当然見えてくることがあり得ると思うし、河村副大臣の、御党のしかるべき方までもが民営化路線の第一歩だというような御発言をしているというようなことも聞いたこともございます。こういうことを考えると、民営化というものは考えていないとはいうものの、その道筋というのが何となくでき上がってきてしまうのかという気がいたします。
 民営化するかしないかは別にして、とりあえずこのままいったとしたら、私は本当に、代表質疑でも聞きましたけれども、私学とまさに国立大学、国公立全部になるのでしょうか、ここの部分での垣根というか、線引きというか、位置づけというものが非常に不明確なものになってくるのかな、みんな一緒の状態でやっていくのではないかなという気がしないでもないのです。
 これは、民営化にみんなしてやっていくというのも一つの選択です。だから、こういうのでやっていくというのであれば、僕はそれは、いいか悪いかは別にして、今の政府・与党さんの考え方であり、方向性で明確になっていることだと思います。だけれども、民営化はしない、しかし方向性は民営化的、そこの部分が非常にわかりづらくなっています。
 垣根ということに関しての、国立大学そして私学ということ、これは代表質疑の中でも大臣はいろいろと答えていただいております。ただし、僕が言いたいことは、答弁の中で、これは官僚の方がつくられるのかもしれませんけれども、何もかも一緒に答弁するのじゃなくて、私立なら私立と、やはり同じテーブルの上でのきちんとした位置づけの区別ということをもうちょっとちゃんとすべきなんじゃないかと思います。
 もう一回聞きます。これは前の委員の方も聞いておりましたけれども、国立大学と私学との位置づけ、違いを簡単にもう一度説明していただけたらありがたいと思います。
遠山国務大臣 国公私立大学のそれぞれの役割をここで御説明させていただくのでございましょうか。(佐藤(公)委員「簡単にわかりやすく」と呼ぶ)はい。
 国立大学の役割ということを御説明すればいいのかと思いますけれども、今日まで日本の学術研究と研究者養成の中核を担ってきている。また、全国に配置されているということから、地域の教育、文化あるいは産業の基盤を支えていること。そして同時に、学生に対して、経済的な事情に左右されないで進学機会を与えるなどの役割を果たしてきているところでございます。
 同時に、国がその存置について最終的責任を負うわけでございまして、大学の設置そのものは法律で定められております。また予算についても、一定の国費が投入されているわけでございます。そして、その大学のあり方というものは、常に国民の期待にもこたえ、またあるべきその本来の役割というものを十分に果たしていく役割がある存在であると考えております。
佐藤(公)委員 結局、これがずっと進むと、評価委員会の方で、この地方大学は経営状態もよくない、学生も集まりが悪い、結果をきちっと出していないじゃないか、目的も達成し切れていない、こういう評価が出た場合に、こういう大学というのは評価委員会でどういうふうになるのでしょうか。これは廃校すべきだという結論というのも出る可能性があるのでしょうか。
河村副大臣 これは評価委員会のあり方でしょうが、やはり大学経営そのものが成り立たないで十分な教育ができないという状況になれば、整理統合の対象になり得る。教育の公的役割というものから、それが果たし得ないということになれば、そういう問題というのは当然惹起してくるであろう、私はそう思います。
佐藤(公)委員 では、評価委員会で、経営が成り立たない、その経営ということ自体も実際、国立大学の場合どういう基準でどういったものが果たして経営なのか。また、それは中期目標とかいろいろな目標によっても定められる部分だと思いますけれども、廃校になる、ここはもう用なしだということですね、経営がうまくいかなくなった。それでも地域の、地元の人たちは、この大学をどうしても残してくれ、残してもらいたい。多少経営状態が悪い、人数が集まらなくても、やはり私たち地域、地元の人間にしてみれば、この大学というものがあることでこの地域の活性化もあり、非常に前向きに町が進んでいる、だから残してくれ。こういった場合には残していただけるのでしょうかということが一点。
 こういう部分で考えていくと、究極的には、民営化はしなかったにしても、公立校との統廃合ということも出てくるかもしれない。究極的には、民間、私立大学との統廃合ということもあり得るのかなというふうに私も思う部分があるのです。そこまでを一応意識しているのか、考えられるのか、いかがでしょうか。
河村副大臣 全国にあります地方の国立大学については、地域性というのは非常に高いし、地方の学術研究の中核になっているという大きな役目も果たしてきております。
 今、教育学部の再編統合等についてもいろいろな要請も来ております。したがって、その地域性というのは十分配慮するべき問題だろう、こう思いますから、一概に、その機能を十分果たせなくなったからすぐ御用なしで、ここは廃止だ、そう一律的にいくものではないとは私は思いますけれども、これは相当工夫をしなければならぬ問題だと思います。
 A大学、B大学を一つに統合しながら一緒にやっていく方法とか、いろいろな方法はあると私は思いますが、やはり地域の要請にどうやってこたえていくか、そのことも考えていかなければなりません。これは評価委員会のらち外の話でありましょうけれども、やはりそういう問題は当然考慮に入れなければいけない問題。だから、地方が希望すればそのとおりになるという問題とはまた違いますけれども、十分配慮すべき問題だというふうに思います。
 そして同時に、いわゆる私学と国立大学との垣根の問題等々も、確かに法人化の方向というのは、これは、今回の法案でうたっているところはいわゆる民営化とは違うのでありまして、国が責任を持って国費を投入して大学を運営していく、そのシステムを今回大幅に見直していくということでありますから。しかし、国民の皆さんから見れば、これは私学的、いわゆる民間経営方針を中に取り入れるわけでありますから、私学とどう違うのか、こういう御意見があることも承知をいたしております。したがって、その垣根が低くなりますし、税法の問題等々も今までと違ってくる。そうすると、私学側も、こうなってくるなら当然私学に対する支援についてもイコールフッティングでお願いしたい、こういう要請も来ておりますから、その垣根が低くなっていくことは事実であります。
 しかし、国が高等教育でどういう形で責任をもっと果たしていかなければいけないのか、あるいは国策として、もっと大きな言葉で言えば国家戦略としてもどうあるべきかということも考えながら、これからの国立大学の運営については考えていく必要があるだろう、こうも思っておるわけであります。
 当然これからの組み合わせの中では、公私を、この地域については私学もあって一体化でやっていった方がいいという話が出てくるでしょうし、あるいは県立と国立大学の問題、それから今度は公立大学そのものも法人化の方向が今出てくるわけでありますから、そうしたいろいろな動きが今回の法人化に伴って出てくるであろう、こういうふうに考えます。
佐藤(公)委員 もう時間が来ました。国立大学と私立大学のこと、補助金関係とかいろいろなことも話をしたいのですが、この後、またゆっくり議論を重ねていきたいかと思っておりますので、お願い申し上げたいと思います。
 最後に、本当に僕が言いたいことは、僕らもフリー、フェア、オープンな形をとった社会にしたいということを主張しています。しかし、その根底には、やはり原理原則、基本というものがなくてはいけない、やはり将来のビジョンを持たなければいけない、義務と責任も踏まえていかなければいけない。ここをしっかりしておかなければ、フリー、フェア、オープンというのは大変なめちゃくちゃな社会になってしまう。そこを非常に心配しておりますが、これからゆっくり議論を重ねていきたいと思いますので、よろしくお願いいたします。
 ありがとうございました。
古屋委員長 石井郁子君。
石井(郁)委員 日本共産党の石井郁子でございます。
 国立大学法人法案について、法案に即してきょうは質問をさせていただきますので、大臣の御答弁、よろしくお願いをいたします。
 初めに、端的に伺っておきたいと思います。
 憲法二十三条に「学問の自由は、これを保障する。」とあります。その保障のために大学自治があると思いますが、大臣は尊重いたしますか。
遠山国務大臣 大学の自治、これは憲法二十三条に保障されました学問の自由の精神に由来するものでありまして、教育研究の機能を持つ大学の自主性を尊重する制度と慣行であると理解されておりまして、これは当然ながら十分に尊重するということでございます。
 その内容を国立大学について見ますと、一つは、大学の教育研究に携わる者の人事というものは大学の自主的な決定にゆだねられる、二つ目には、大学の教育研究は大学が自主的に決定した方針に基づいて行われるべきということでございまして、それらが主要な点として学問の自由が守られ、なおかつそれが大学の自治ということにつながっていくというふうに考えております。
石井(郁)委員 今の御答弁を伺いまして、しかし、この法案との間にはやはり大きな矛盾が生まれてくるのではないでしょうか。
 以下、お聞きしたいと思います。
 本来大学が自主的、自律的に定めるべき中期目標、いろいろ議論になっておりますが、なぜ、これは大学ではなくて文部科学大臣が定めるのか、あるいは定めなければならないのか。いかがでございますか。
遠山国務大臣 国立大学が創意工夫を重ねながら教育研究の高度化あるいは個性豊かな大学づくりに取り組みます上で、その自主性なり自律性というのを尊重していくということは極めて重要であるわけでございます。
 現在、我が国の国立大学は行政組織の一部として位置づけられておりますので、予算あるいは内部組織、人事などの面で国が関与せざるを得ないという制約があるわけでございます。そのために、それぞれの自主性を発揮する場合になかなか難しい面も現在はあるわけでございますが、今回は、法人化によってその関与そのものを限定するということを考えているわけでございます。
 しかしながら、もとより、国立大学でございますので、国が責任を持って予算措置を行うわけでございます。では、予算措置は、どういう中身でも、あるいは中身について全く知らなくても予算措置をということは、これは絶対に許されないわけでございます。そのためには、中期目標の策定など、国としての最小限度の関与は必要であるわけでございます。それで、中期目標の作成におきましては、あらかじめ各国立大学法人の意見を聞いてその意見に配慮をいたしますなど、大学の自律性あるいは自主性を尊重することが必要でありまして、そのような仕組みをとっているわけでございます。
 中期目標におきます教育研究の質の向上に関する事項につきましても、文部科学大臣が一方的に定めるのではなくて、各大学の提出する原案に即してそれぞれの考え方を尊重し、ということは、自主性、自律性というものを十分に尊重して定めるものでございます。その内容も、大学としての基本的な方針あるいは重点的に取り組む目標を中心に記載するということといたしておりまして、各学部あるいは研究科の教育研究の具体的内容について子細に記載することまでは考えていないところであります。
石井(郁)委員 予算措置をするので国が一定の関与をしなければならないという御答弁かと思いますが、これは、現行もまさに国の予算を措置しているわけでしょう。なぜ大臣が目標を定めなければいけないのかということを私は聞いているんです。私は、これは全然御答弁になっていないと思います。
 私、幾つかの大学の中期目標、中期計画を見ております。まだ法案審議中でございますけれども、各大学がそういうものを準備しているという、ちょっとおかしな現象があるんですけれども、一つ二つ、例を申し上げましょう。
 ある大学の基本目標、○○大学とします。自律と創生を全学の理念とし、教育と研究において地域や世界の着実な発展に貢献することを全学の目的とする、この理念の実現と目的の達成のために云々というふうに書かれています。また、別の大学では、何々大学法人、何々大学は、我が国の教育と文化、とりわけ学校教育の充実と発展に貢献し得る教員の養成を通して、地域と世界の人々の福祉に寄与する大学であることを使命とする、その使命を達成するため云々ということであります。
 大学の目標というのは、その大学が地域と世界にどういう貢献をしていくかという、いろいろな角度から決める。だから、大学固有のものですよね。当該大学が定めるものですよ。それを大臣が定めると、法案でなっているでしょう。なぜ大臣が定めることができるのか、なぜ定めるのですか、ここをはっきりお答えください。
遠山国務大臣 今のような中期目標、それだけではやや抽象的に過ぎますけれども、しかし、そのような目標を各大学が自大学の目標としてしっかりと定め、それを実現するための計画を立てていく、そのこと自体が大学の本来の使命を達成するのに基本的な要素であるというふうに私は考えます。
 これまでも関与していたのではないか、中期目標でも関与するのではないかというふうな御質問のように承りましたけれども、これまでの関与といいますか、これまではむしろ、毎年、翌年度の研究組織をどうするか、あるいはその施設をどうするかから始まって、さまざまな細かなことまで、常にこれは予算単年度主義による会計原則上のルールあるいは人事上のルール、あるいは内部組織をどうするかという、さまざまな細かい規制をとらざるを得なかった。
 これは、国家組織の一部であることから、当然にそういう規制の対象になってまいったわけでございますが、今回はそうではなくて、中期目標を定めて、それに乗っかってそれぞれの大学が策定する中期計画を認証し、それの運用につきましては、それぞれの大学が責任を持ってやっていく。まさにプラン・ドゥー・シーといいますか、今の国のさまざまな仕事のやり方の大きな変化にも対応いたしておりますけれども、特に大学につきましては、そういう方式でやっていく方がふさわしい。
 また、予算単年度主義という、教育研究にとっては、必ずしも三月三十一日ですべてが終わってしまうような教育研究でないわけでございますので、そういった束縛を取りながら、より濶達に教育研究がなされるようにということで、中期目標をきちっと定め、そして、それに基づく計画を認証して、それを達成していただく中途段階では余り文句をつけない、あるいはその規制を外していく、そのような角度でやっているわけでございます。
 これまでのものとの対比において、今回の国立大学法人の設置形態においてねらっておりますものは、大学のあり方としてよりふさわしい方式であるというふうに私は確信をいたします。
石井(郁)委員 るる御説明いただきましたが、私の質問には答えていただけていないんですね。
 つまり、大学が目標をつくることが必要だということをどうもおっしゃっていらっしゃる。それは、大学はみんな目標をつくりますよ、文部大臣が言わなくても、文科省が一生懸命そこを言わなくても。そのことと、今、法案で、文部科学大臣が個々の大学の目標を定める、あるいは法人の目標を定める、こういう規定がなぜ出てくるのか、そういうことがどこから出てくるのかということを聞いているので、全然お答えいただいていないわけです。
 それで、大学の意見に配慮するという言葉がございますけれども、配慮というのは、辞書を引きますと、心を配ること、心遣いということでありまして、つまり、大臣が心配りをすればいいのかという程度なんですよ。だから、大学の意見に結局拘束はされないで、この点でも配慮にとどめて、文科大臣が目標を定めるということにもなっている。これは大変重大な内容だ。
 では、私、もう一つ言いましょう。この中期目標の中には、「教育研究の質の向上」とありますよね、第一に。まさに、教育研究等の質の向上、教育研究という最も学問の自由に属する、自主性に属する内容がやはり中期目標の中に入っている。それを大臣が定めるんですよ。
 これも、ある大学の研究に関する目標では、こう書かれていました。
 研究の体系化と継承を尊重しつつ学問分野の発展を目指す。萌芽的な研究や未踏の研究分野の開拓に積極的に取り組む。学際的な研究課題に対しては、組織及び個人の多様なかかわりをつくり出し、新たな学の融合を目指す。研究を推し進め、平和で調和のとれた社会、地球の形成という意識を醸成する機能、役割を果たす。
 もう少しあります。
 組織の柔軟性を保持し、大学や国境を越えて外部の知的生産と協力する。世界を視野に置いたネットワーク型研究の牽引車の役割を果たす。これはもうかなり具体的ですよね、研究の目的として、役割として。イメージが浮かぶような具体性を持っています。
 こういう研究目標がこの大学にはふさわしいとかふさわしくないとかということを大臣が判断されるんでしょうか。配慮した結果、削除したり、改めたり、あるいは直させたりということはありますか。
河村副大臣 中期目標は、各国立大学法人に期待される業務運営の内容や目標を示しております。その達成に必要な業務の実施に係る所要の財政措置を行うためでありますから、国立大学法人の意見に配慮しながら、国立大学法人評価委員会の意見を踏まえて、最終的に文部科学大臣の責任においてこれを定める、こうなっております。
 したがいまして、財政上の理由から、国立大学法人が作成した原案と異なる内容ということも考えられますけれども、この場合においても、文部科学大臣は原案を無視して一方的に中期目標を定めるということはないわけでありまして、中期目標作成に至るまでには各国立大学法人と十分な意見交換を重ねていくわけであります。今、委員も御指摘になりましたように、既に大学側もそういうことを考えながら中期目標をつくっていっているわけでありまして、これは、その点を十分配慮して、大学の意見に十分配慮する、こうなっておるわけでございます。
 なお、法人制度において、独立行政法人制度の中には、中期計画が法人の業務の実施上不適当になった場合には主務大臣が中期計画の変更を命ずることができる、これは独立行政法人通則法の三十条にあるのでありますが、この変更命令に従わなかった場合には役員に過料が科せられることになっておる。
 この仕組みは国立大学法人においても適用されるものであるわけでありますが、もちろん、独立行政法人の中期計画に関する変更命令については、閣議決定において、法律上の要件の認定を厳格に行うとともに、その運用に当たっては、許可当時には予測できなかった事情の変更等により、変更を命ずることが真にやむを得ないような特段の必要がある場合に限って行う、こうなっておりますから、またこれは、恣意的な運用によって独立行政法人の自主性、自律性が損なわれないように特に配慮しろ、こうなっておりますから、国立大学法人においても、教育研究の特性に配慮しなきゃならない定め、これは、第三条をも踏まえて、教育研究の自主性が十分尊重される、このように認識をいたしております。
 国立大学法人化の具体的な制度設計について検討が行われました調査検討会議においても、このような独立行政法人制度における中期計画の仕組みを踏まえて議論がなされたわけでございまして、こうした変更に対して、変更命令を大臣が行う、これに従わなかった場合の措置等々について、特に異論はなかったというふうに承っております。
石井(郁)委員 大分先の方まで御答弁いただいたんですけれども、今私は、目標の段階で文科大臣が定めるということについて尋ねていたわけですが、もう計画の方まで入っていきまして、これはお聞きしようと思っていたことでありまして、さらに確認もしたいというふうに思うんです。
 まず、戻りますけれども、その目標の部分で、今お話しのように、財政上の理由でこれはいかぬとかいいと言うこともあり得るということをちょっと示唆されましたので、私は、やはりそういうことは学問の自由、大学自治への介入だというふうに思うんですよ。だから、大臣が大学の目標を定めるということは、それ自身、教育基本法の第十条で言う「不当な支配」に当たらないのか。やはり、自主性、自律性を尊重すると言うんだったら、こういう中期目標を大臣が定めるなどということは、これはあってはならない。絶対相入れないですよ。そのことを私は厳しく申し上げておきたいというふうに思います。
 さて、それで、今副大臣が御答弁の中期計画なんですよ。今度、中期計画は、この法案によれば、大学がつくることになっています。しかし、大学がつくったものに対して大臣が認可を与えるんですよね。また大臣のチェックが入るわけですよ。
 さらに、副大臣は、変更を命ずることができると。これは三十一条四項にありますが、中期計画が適正かつ確実な実施上不適当だと認めるときには、中期計画を変更すべきことも命ずると。では、この変更の命に従わない場合、例えば、これは研究上のことだ、譲れないというところでそれに応じないというような場合はどうするのかというと、これについてはもう先ほど既に御答弁いただきましたが、これは罰則、過料に処せられるということになっているんですね。
 だから、すごい仕組みになっているなと。結局、通則法に基づいて、そこまでやはり教育研究についての縛りをかけているんじゃありませんか。私は、大変重大な内容だというふうに思っています。
 それで、戻りまして、大学が今度計画を立てたものを、なぜその計画について文科大臣が認可をする、あるいは大学側からすると認可を受けなければならないということになるのか、このことについても明確に御答弁ください。
遠山国務大臣 国立大学法人が中期目標で明示された内容につきまして中期計画に基づいて実現していきます上で、国は当該中期計画の実施を確実なものにする必要があるわけでございます。そのために、所要の運営費交付金等を措置することが求められております。このように、国立大学法人の策定する中期計画については国が一定の責務を負う、担うということになるものであります。そのために、必要最小限度の関与として、文部科学大臣が認可することとしたものであります。
 国立大学法人制度におきましては、大学における教育研究の自主性を尊重するという観点から、一つは、中期計画の基礎となります中期目標を策定する段階であらかじめ国立大学法人の意見を聞いて、その意見に配慮する仕組みをとっておりますほかに、二つ目には、法律の運用に当たりまして、常に教育研究の特性に配慮しなければならない、これは通則法にない規定でございますが、そのように規定されているところでございまして、中期計画の認可に際しましても教育研究の自主性には十分に配慮すべきものと考えております。
石井(郁)委員 結局のところ、運営交付金を国が出すので、だから、ちゃんと計画どおりやっているかどうかを見るんだと。やはり予算を盾にとっているじゃないですか。
 それで、大学に対するここまでの、目標を定め、計画を認可し、これは後で評価がありますけれども、評価をする、それで予算の配分にリンクさせる、こういう例は、本当に世界に例がありませんね。この点は、私は昨年既に文科大臣に質問もいたしておりまして、大臣も、欧米諸国でも、政府が大学に対して一方的に目標を指示するというような仕組みの例は見られないと御答弁されていらっしゃるわけです。
 先ほどフランスの例が出て、これは契約をされているという話がありましたのでちょっと一言申し上げておきたいんですが、フランスの場合も、聞いてみましたら、資金を交付するために契約方式だけれども、それは大学の全体の資金じゃない、本当に数%です。五、六%の資金を得るために、教育の計画に基づいて国と大学が契約を結んでいるという話なんですよ。
 だから、交付金、予算を丸ごと、どう交付するかについて、国が目標を定め計画を認可するなんというシステムを持っている大学というのは世界にない。本当にこれは、法人格を与えるという名のもとに、自主性、自律性を根本から奪うものだということを厳しく指摘しておきたいというふうに私は思います。
 さらに、評価の問題を申し上げなければなりません。
 この目標と計画どおりにいっているかどうか、教育研究が進んでいるかどうかというためにチェックを受ける仕組みとして評価が出ております。今度、国立大学法人評価委員会の評価を受けるということになるわけですが、この評価委員会の構成、評価委員会の評価内容、方法、基準等々を明確にしていただきたいと思いますが、いかがですか。
遠藤政府参考人 国立大学法人評価委員会に関します必要な事項は政令で定める、こうなっております。
 ですから、これはこれからということなんですけれども、現在、各省に置かれております独立行政法人の評価委員会の例を見ますと、政令で定めている組織、構成といったような内容でございますが、委員の人数、任期、分科会の構成、所掌事務、その他議事運営に関する事項、こういったようなことが政令で定まっているというふうに理解をしております。これも参考にしながら、法案の成立後に、関係省庁とも協議の上決定をしてまいりたいと考えております。
 なお、委員につきましては、社会、経済、文化等の幅広い分野の有識者を含め、大学の教育研究や運営に関して高い識見を有する方々によって構成するということを考えておりまして、人選に当たりましては、公平な評価の実施に十分意を用いてまいりたい、このように考えておる次第でございます。
石井(郁)委員 これまで独立行政法人化された研究機関というのがございます。毎年、文部省内に設置された独立行政法人の評価委員会における評価を受けているわけですね。私も見てみました。
 平成十三年度の業務の実績に関する評価が公表されております。その中で、一つ例を申し上げたいんですが、独立行政法人放射線医学総合研究所に係る業務の実績評価というのがございました。こういうのがありました。
 高度画像診断技術の研究開発、これは評価がA。所見、年度計画に沿って着実に進んでいる。研究レベルも高い。ただし専従研究者が少なく、外部の研究者や企業の協力に大きく依存している点が懸念される。かなり具体的です。それから、放射線感受性遺伝子研究、これは評価がBです。試料収集に時間を要している。正常組織の放射線感受性の判定を急ぐ必要がある。かなり踏み込んだ所見だと私は思います。
 だから、研究内容に対して、こういう微に入り細に入りの評価ではありませんか。こういう評価が大学に適用されたら、大学の研究、学問の自由は一体どうなるんだろうかということなんです。本当に、創造的な自由な研究ということはおちおちできなくなるんじゃありませんか。こういう評価を行うということなんでしょうか。
遠藤政府参考人 先行の独立行政法人につきましては、平成十三年度に発足しておりまして、中期目標期間がまだ来ておりませんので、そういう意味での評価は行われていませんが、十三年度についてのいわば年度実績といいますか、そういう面についての評価結果が公表されているわけでございます。
 その基本的な評価方針につきましては、独立行政法人評価委員会で決めておりまして、中期計画の各項目ごとに、A、B、C、Aというのは中期目標を十分に達成した、Bというのは中期目標をおおむね達成した、Cというのは中期目標は十分に達成されなかったというような段階的な評定をするとともに、あわせて、改善すべき項目等の留意事項を記述する、こういったような方針で行われているというふうに理解しておるわけでございます。
 試験研究を業務とする独立行政法人につきましては、中期目標、中期計画に記載されております研究領域についての評価を行っておりますけれども、今委員から御紹介がありましたように、基本的には、それぞれの研究領域において計画に沿って研究が進捗をしているかどうか、そういう観点からの評価となっている、こう承知をしております。
 国立大学法人評価につきましては、その具体的なあり方につきましては、これからできます国立大学法人評価委員会で検討されることとなりますが、あくまでも、国立大学の特性を踏まえまして、国立大学法人の中期目標、中期計画のありように即しましてその達成状況を評価するということになると考えております。
石井(郁)委員 大学の評価がどういうふうになるのかは、これからの大学の評価委員会で決めることだという話かと思います。
 しかし、それで済むわけにいかない。やはり、事は学問の自由、大学の発展にかかわる重大な内容を持っているわけですから、それを政令にゆだねた、法案が通ってからでなければこの政令は出てこない、これ自身がこの法案の欠陥だと私は思いますよ。法人の評価委員会はこういうものでありますということを何で法案に書かないんですか。書けないんでしょう。だめですよ、これでは。重大な問題を政令にゆだねている。これはこのまま審議するわけにいかないというふうに私は思います。
 だから、その政令の内容をここにきちんと出していただくか、あるいはこの法案のそういう欠陥性を認めていただくか、はっきりしていただきたいというふうに思います。
 これは、委員長、いかがですか。
古屋委員長 理事会で協議いたします。
石井(郁)委員 このことにも関連いたしまして、きょうはちょっと総務省にもお願いしているんですが、独立行政法人通則法第三十五条の準用によって中期目標の期間の終了時の検討が行われるわけです。この通則法の三十五条というのは、「主務大臣は、独立行政法人の中期目標の期間の終了時において、当該独立行政法人の業務を継続させる必要性、組織の在り方その他その組織及び業務の全般にわたる検討を行い、その結果に基づき、所要の措置を講ずるものとする。」というふうにあるんです。だから、組織のあり方、業務の全般にわたる検討、そして業務を継続させるかどうかということがありますので、その「所要の措置」というのは何を指しているのか、御説明いただきたいと思います。
福井政府参考人 お答え申し上げます。
 独立行政法人の制度でございますが、これは、中期目標期間を一つの区切りといたしまして、定期的に組織、業務の見直しを行うということが制度上の特徴となっております。これによりまして、社会経済情勢等を勘案しまして、行政主体が担う必要性が乏しくなった事務事業を廃止し、あるいは民営化等を行い、また時宜に応じた業務運営に改めるなど、機動的、弾力的な業務運営が行われることとなるわけでございます。
 お尋ねの独立行政法人通則法第三十五条でございますが、主務大臣は、中期目標期間の終了時におきまして、独立行政法人の業務を継続させる必要性、組織のあり方その他その組織及び業務の全般にわたる検討を行うわけでございます。
 そして、お尋ねの所要の措置でございますが、その全般にわたる検討の結果を踏まえまして、法人としての存続の必要性、すなわち、廃止、民営化を含めまして業務、組織の見直しを行う、あるいは、中期目標の設定ないし中期計画の認可、さらには法人の長等の人事などに反映させるということをもちまして、所要の措置というふうに理解をしております。
 以上でございます。
石井(郁)委員 この点の内容ももっと詳しく見なきゃいけないんですが、時間の関係上、こうしてきょう短い時間で見てきただけでも、私は本当に重大な内容を持っているというふうに思うんです。
 ここでちょっと、こういう仕組みということで、一九九七年の十月、当時、町村文部大臣が記者会見をされていまして、国立大学の独立行政法人化には反対を表明されたんですね。こういうふうに言われました。
  文部大臣が三〜五年の目標を提示し、大学がこれに基づき教育研究計画を作成、実施する仕組み、及び計画終了後に、業務継続の必要性、設置形態の在り方の見直しが制度化される仕組みは、大学の自主的な教育研究活動を阻害し、教育研究水準の大幅な低下を招き、大学の活性化とは結びつくものではない
  また、効率性の観点から一律に大学を評価することは、各大学の特色を失わせ、現在進めている大学の個性化に逆行する
どうですか、これは。今、この法人法案で行おうとしているのは、まさにこういうことなんじゃないですか。これは、大臣、ちょっと御答弁ください。
遠山国務大臣 平成九年といいますと、大分前でございまして、その後に、平成十一年に閣議決定で、先ほど来お話ししておりますように、国立大学の法人化については大学改革の一環としてやるということで閣議決定されているわけでございます。
 恐らく、その平成九年の町村文部大臣が御発言された時代は、独立行政法人そのもののあり方について、あるいはその一環としての大学のあり方についての御意見であったろうと思います。
 今は、国立大学法人としてお願いをいたしておりまして、独立行政法人そのものではないわけでございまして、この御議論で展開されておりますさまざまの御疑念というものは、私は、今は解消した形で、より大学の本質を発展させていくのにふさわしい設置形態であるということで御提案しているところでございます。
石井(郁)委員 この点もこれからじっくり議論させていただくわけですが、独立行政法人じゃなくて国立大学法人だからいいのですということにはならないですよ。名前を変えているだけではないですかという批判も、反論もありますよ。
 最後に、私は、こういう日本の大学のあり方、そして、学問の自由、大学の自治にとって重大な内容を持つ本法案でございますが、国立大学協会の合意は得ているのでしょうか、どうなんでしょうか。ちょっと一言、簡単に。
遠山国務大臣 国立大学協会ないし国立大学の方々とは、従前から綿密な連携をとってまいっておりまして、二月二十四日の国立大学協会理事会において、法案の基本的な枠組みについては十分な理解を得ていると考えております。
 また、その後、法案を準備いたしまして国会に提出した後に全国で行われました各地域での国立大学長会議におきましても、特段の異論は出なかったところでございます。
石井(郁)委員 問題をすりかえないでください。文科省はいつもそういうやり方なんですよ。各ブロックごとに文科省として法案を説明しましたということで言いますけれども、私は伺っています。国立大学協会としては、一つの組織体です。大学の学長の集合体、もう言うまでもありません。そういう協会の合意をちゃんと得ているのですかというふうに伺ったんです。どうですか。
遠山国務大臣 法案の基本的な枠組みについて、十分理解を得ております。
 それで、その基本的な枠組みにおいて、学部、研究科それから附置研究所について、文部科学省令で定めるとしておりましたけれども、この法案では、これについて特に規定していない。省令にもしないで、それぞれの大学が自律的にやるようにという、まさにこれは大学にとってはやりやすくなるわけでございますが、これだけが変わったわけでございまして、この点については、先ほどのように、各地区での説明会において特段の異論はなかったところでございます。
石井(郁)委員 国立大学協会は、二月二十四日に理事会を開いて、この段階では、概要についての一定の了解を得たということであります。法案の閣議決定は二十八日じゃないですか。法案そのものについてのきちんとした組織的な議論をしていないんです。ここは同意を得ていないということをはっきりさせてください。
 その上で、もう時間ですけれども、この間、最終報告が昨年三月に出て、そしてようやく、年が明けて概要で、法案が日の目を見たのは二月二十八日ということですけれども、随分内容で違っているところがあります。
 先日、私は、国大協の石副会長にお会いしました。法案の概要と法案の食い違いも問題になっている、やはり国大協の中では意見が割れているとはっきりおっしゃっていました。それで、こういう重要な問題で、国大協は六月の総会で取りまとめるということも言っているわけであります。
 私は、今回、この法案の提出の過程もいろいろ問題がある、そして、今幾つか指摘した法案の欠陥も非常にあるということで、そこのことを指摘して、きょうのところは質問を終わりたいと思います。
 どうもありがとうございました。
古屋委員長 山内惠子君。
山内(惠)委員 社民党の山内惠子です。
 この法案について皆さん質問なさっている中に、なぜ法人化をしなければならないかということを質問していますけれども、なかなか納得できるような内容ではないと私も答弁をお聞きして思っていました。この法案の第一条に目的が書いてありますね、「この法律は、大学の教育研究に対する国民の要請にこたえるとともに、我が国の高等教育及び学術研究の水準の向上と均衡ある発展を図るため、」に大学を法人化していくんだと。
 この文章をあえて読み直しますと、大学の教育研究に対する国民の要請にこたえていない、こたえていないというのがこの文章、だからこそ法人化するんだと。このことについて、なぜ国民の要請にこたえてこなかったのか、それから、国民の要請は何だというふうにお考えになっているのか、この二点について、先にお聞かせください。
遠藤政府参考人 条文の中に、「国民の要請にこたえる」ためにという文言が入っておるわけでございます。
 この意味でございますけれども、国立大学は、現状におきましても、法人化になって、さらに将来におきましても、高度な学術研究の推進あるいは大学教育の機会均等、地域の活性化への貢献等々のいろいろな役割を負っておりますけれども、そういう役割におきまして、国民の要請にこたえるべき存在であるということには変わりはないわけでございます。
 そういうこともございまして、法律の第一条に「国民の要請にこたえる」という点をあえて明記しましたのは、国立大学が担っている役割に対する国民や社会の期待が高まっている状況を踏まえまして、国立大学の使命の一つとして、これは今も将来も変わりないわけですから、そういう使命の一つとして端的に示した、こういうことでございます。
山内(惠)委員 大臣に質問したいんですが、今のお答えを聞いても、今までもこたえる努力をしてきた、これからもこたえていくんだというのであれば、法人化する必要はないんじゃないでしょうか。大臣、その辺はどうお考えでしょうか。
遠山国務大臣 今局長から御答弁申し上げましたその中身を、さらに活発に、活力を持って各大学が機能を十分に発揮していただくために法人化するものであります。
山内(惠)委員 戦後、五十七年間ですか、たってこれを変えるということですから、それでは別なことからお聞きしますが、変えなければならない問題について、どのように総括をしてきたのか、その総括も少しお聞かせいただけませんか。大臣にお聞きしたいと思います。
遠山国務大臣 私は、日本の大学は、国立、公立、私立、それぞれその設置形態あるいは歴史においてさまざまでございますし、また大学はそれぞれ大変努力をして今日まで来てもらっていると思います。しかし、これからの日本を担う際に、日本は人材しかないんですね。その人材を最終的に責任を持って教育するのが大学であります。その大学が本当に国民の期待にこたえる中身になっているかどうか、これについては、私は随分、国民にも、皆が満足するような状況ではないというふうに思います。
 それはなぜかといえば、本当にすぐれた人材を、きちっとしたカリキュラムで、きちっとした指導方法により、きちっとしたねらいを持って教育されているのかどうか、そこを卒業した人たちは本当に社会の役に立っているかどうか、あるいは、すぐれた研究を、実際に役立つような研究も含めて、真理の探求において本当に底力を発揮してやってもらっているか等を含めて、大学のあり方については国民の期待がさらに大きくなっているわけでございます。そうした中において、国立大学は、国立である、あるいは国民の税金を投入して教育研究に当たってもらっている存在であります。そこの大学がさらに活性化してもらう、そしてさらに本来の目的を達成してもらうためにはどうあったらいいか、そのことを考えた上での法人化であるわけでございます。
 ただ、これは忽然としてあらわれたのではなくて、実は、日本の国立大学のあり方については長い間のいろいろな議論がございまして、法人化等の形態をとって、行政組織の一部であるよりは、そういう新たな設置形態にした方がいいというさまざまな御議論があったことも確かでございます。
 そういったことの一つの成果として、今回、国立大学法人という新たな設置形態において、国立大学をより活性化し、個性ある、あるいは国際的にも競争力を持つ、あるいは魅力のある大学にしていく、その一つの契機となるべく、国立大学法人という新たな形で発足することをお願いする法案として提出させていただいているところでございます。
山内(惠)委員 先ほど佐藤委員にお答えになった幾つかのことをお聞きしながら、なおのこと私は疑問に思いました。
 国立大学というのは、今の文科省がしっかりかかわっている国立大学ですから、それでだめだった、だから今度法人化するんだということですよね。その意味で、先ほどのお言葉の中にありました、教授会自治でやってきたので改革がおくれた。そのときびっくりしたんですけれども、国に必要な人材が養成されていなかったと。そうであれば、ここは、大学の教育研究に対する国の要請にこたえてほしいとお書きになりたいようなこの法案だと私は読みますけれども、いかがですか。
遠山国務大臣 先ほど申し上げましたのは、私は言葉を選んで御説明したつもりでございますが、国立大学に対するさまざまな批判もあり、国立大学の教員自身がみずから反省をしてあのような幾つかの点を挙げておられるわけでございまして、その一つとして申し上げたわけでございます。そして、大学の意思決定についてのいろいろな問題点も指摘されているとおりでございます。
 それらは、各大学において、近年かなりの改善が図られてきていると思います。特に一九九〇年代以降の大学改革において、カリキュラムの改善なりあるいは大学の意思決定の仕方であるなり、改革が進んでまいっておりますけれども、それらをさらに加速するために、そして、大学の力というものをさらにパワーアップするための今回の法案であるということは、繰り返し御説明しているとおりでございますが、まさにそのことをねらいとして法案を御審議していただいているわけでございます。
山内(惠)委員 国立大学ですから、文科省がかかわる。私は先ほどびっくりしたんですよね。教授会自治で改革がおくれている、それで、民間的発想を取り入れて大学が社会に開かれた方向に行くように、内に閉じこもるのではなくて、大学が社会に開かれたものになるようにと。私は、大学が社会に開かれる方向に行っていただきたい、それは今のままでも、どのような要請をするかで開かれていくものになるというふうに思うんです。開かれていないと考えていらっしゃる部分についてはもっと開こうという趣旨は賛成ですが、教授会の自治でやってきたから開かれなかったという考え方には基本的に私は反対です。
 次に、この文言の続きの中にあるんですけれども、「高等教育及び学術研究の水準の向上と」の次です、「均衡ある発展を図るため、」という、この「均衡ある発展」というのはどういうことをイメージしておっしゃっているのか、これも大臣、お聞かせください。
古屋委員長 遠藤局長。(山内(惠)委員「大臣にお聞きしたんですけれども」と呼ぶ)
 遠藤局長にお答えいただきます。
遠藤政府参考人 条文でございますので、私からお答えさせていただきたいと思います。(山内(惠)委員「大臣に質問しているんです」と呼ぶ)
古屋委員長 遠藤局長に答弁をいただきます。(発言する者あり)
 御静粛に願います。
遠藤政府参考人 国立大学法人法第一条に規定しております「均衡ある発展」とは、学部教育と大学院教育とのバランス、学問分野間のバランス、地域間のバランスなど、多様な観点からのバランスを保ちながら、我が国の高等教育及び学術研究を発展させるという国立大学が果たすべき役割を表現したものでございます。
 国立大学はこれまでもこうした役割を担ってきているところでございますが、このたびの法人化は、これらの役割が一層発揮されることを目指すものであることから、「均衡ある発展」という文言を国立大学法人法の目的規定に明確に位置づけることとしたものでございます。
山内(惠)委員 質問取りのときにあえて申し上げたんですけれども、私は大臣一人に全部お聞きしたいと思っているんです。でも、ちょっとサービスとして担当者にいていただいてもよろしいということで、私は部分的にしていただきたいと申し上げたんです。ですから、答弁されるのが悪いとは申しませんが、私は、ここは大臣のお答えをお聞かせいただきたかったんです。先ほど佐藤委員にお答えしていることと関連があるから、ぜひお聞かせいただきたかったんです。
 大臣にここをもう一度聞きます。何と何の均衡ある発展とお考えですか。
遠山国務大臣 局長がお答えしたとおり、三点でございます。
山内(惠)委員 済みません、繰り返して言っていただけませんか。
遠山国務大臣 一つは、学部教育と大学院教育とのバランス、二つ目には、学問分野のバランス、三つ目には、地域間のバランスでございます。
山内(惠)委員 恐れ入ります、大臣、今お答えくださったんですから、続けてお聞きしたいと思います。学部と大学院のバランスというのはどういうことですか。
遠山国務大臣 学部と大学院というのは、それぞれの大学の目的なりあるいは発展の経緯なりによりまして、そのバランスといいますか比重というものはそれぞれあると思いますけれども、特に国立大学の場合には、理工系の大学院を中心としまして、日本の理工系の人材養成なり研究というものに大変な役割を果たしてまいっているわけでございます。
 それぞれの大学によって違うわけでございますけれども、そうした学部教育と大学院の教育及び研究といったもののバランスがしっかりとれていくようにという意味で、法人化することによって、それが何か急激に変化をしたり、それから何らかの影響を受けたりということではなくて、均衡あるという言葉の中には、そういったものをしっかり考えた上でやってほしいという趣旨が入っているわけでございます。
山内(惠)委員 それは、学部が理工系だったら大学院も理工系という意味では連携をとれということで、今おっしゃっているんですか。
 それで、学問のバランスというのは一体どういうバランスなんですか。それから、地域間のバランスというのも。この二点、もうちょっとお聞かせください。
遠山国務大臣 学部教育と大学院教育とのバランスという面では、今お答えしましたように、一般的に国立大学では私立大学に比べて大学院は大きな教育の役割を担っているわけでございます。具体的には、大学院修士課程の学生の五八%、博士課程の七〇%が国立大学に在学するわけでございまして、その意味で、大学院教育の中核を担っている国立大学がその役割というものを果たしていく必要があるという考え方でございます。もちろん、それは、学部教育とのバランスというのも保ちながらやっていくということですね。
 それから二番目に、学問分野のバランスという面では、例えば、一般的に私立大学に比べて国立大学では理工系の割合が高いわけでございまして、具体的には、理工系大学院の修士課程の学生の六六%、博士課程の八六%が国立大学に在籍するなど、学問分野の全体のバランスの維持に、全体のというのは、国全体のバランスの維持に大きな役割を担っているわけであります。そのようなことを内容としたものですね。
 そういった均衡というものをしっかりそれぞれで考えながらやっていくという意味です。
山内(惠)委員 なかなかちょっと、バランスという言葉を使われれば使われるほど、何かよくわからないんですけれども、今回、いろいろ説明されている中に、やはり二十一世紀COEなんかのように競争原理を導入していく。それから、先ほどおっしゃった言葉の中には、世界のトップクラスの人たちと肩を並べていく研究をすると。これは、そのバランスとの関係でいうと、どのように押さえていらっしゃるんですか。これは矛盾することだとは思いませんか。
遠山国務大臣 日本の大学すべてがトップクラスというのはなかなか難しいと思いますけれども、日本の大学の、特に国立大学の中には、今申し上げたような、理工系を中心とする学術研究の拠点となっているような大学があるわけでございまして、そういったところはますます輝いてもらいたいという意味において、国際的にも競争力を持つ大学ということへの発展の契機となってほしいという趣旨でお話をいたしました。
山内(惠)委員 その世界のトップクラスに肩を並べるような人たちは、全国に同じようにというのは難しいと今御自身でもおっしゃいました。しかし、さっきから何度も何度もおっしゃっているけれども、全国バランスとれたということを主張するにしては、これは、トップクラスの人たちが育つような大学にはやはり財政的にも優遇していくという発想があるとしたら、この文言は飾りのために書いたのかと本当に言いたくなるような文言なんですが、次の問題に進んでいきたいと思います。
 大臣のお言葉にも何回もありましたけれども、第三条の分野に関していえば、自主性、自律性に配慮をする必要があることから、この三条は「教育研究の特性に常に配慮」と。これがなぜ尊重でないかという追及が午前中ありましたけれども、教育研究の特性ということは、どのような意味を込めて配慮するのか、尊重するのか。教育研究の特性についてお聞かせください。これも大臣、お願いします。
遠山国務大臣 私はそれほど難しいことを言っているわけでございませんで、教育研究の持っている機能といいますものは、非常に人間の知にかかわるものであり、人格の完成にもかかわるものであって、大変大事なものである。それは、単純な、量的な、あるいは数値的な目標ないし基準に照らしてはかり得るものではない。そのような特性を備えている機能というものを十分に発揮してもらう、そういう趣旨でございます。
山内(惠)委員 語られるときに、自主性、自律性を配慮するということがあるからこそ教育研究の特性に常に配慮するというお言葉が続いているんだと思うんですね。その意味でいえば、学問の研究には自主性、自律性は欠かせないということだというふうに、その意味での教育研究の特性だということで押さえてよろしいですか。
遠山国務大臣 教育研究が自主性、自律性ということのみで律し得るような問題ではもちろんないと思います。教育研究というのは、より真理探求でありますとか、あるいは本当の人間の知の進展にかかわるようなことでございますから、単に自主性、自律性ということだけを標榜していてもすぐれた教育研究というのはできないとは思いますけれども、ただ、それぞれの教育の作用ないし研究の作用という中において、それに携わる人たちの自律性なり自主性というものが本当に発揮されないと、真にすぐれた教育研究というのはなかなかやりにくいと思います。
 もちろん、特に教育という面におきましては、単に教員の自主性、自律性だけで満足できる教育ができるものではなくて、過去の知識の蓄積の上に、それぞれの教員の持っている知識、技能を加味して教育というものがなされるべきだとは思いますけれども、しかし、そのプロセスにおける教育に当たる者あるいは研究に当たる者の主体性というものは、十分に配慮されなくてはいけないと思います。
山内(惠)委員 国立大学と私学の違いということを先ほど何度も言われていましたけれども、私なりに考えると、国立大学の役割というのは、まず何よりも教育研究を担うことにあると思うんですね。その意味で、自律的でなければならないし、自主的でなければならない。そう考えるとき、経営というのはそれを支援する関係だと考えるんですが、それはいかがですか。
遠山国務大臣 大学というのは一つの教育研究の組織体でございまして、大きな組織体でもございます。それには、組織を運営していく、あるいは管理をしていく、その意味で一つのマネジメントの主体としての機能というものが大変重要になってくると思いますね。
 それは、単に教育だの研究だのというその機能ということを各担当の人が自由にやっていて成り立つものでございませんで、大学という、学生も受け入れ、市民の期待にもこたえ、そして国際的な知の要求にもこたえていくという大きな機能を発展させていくには、私は、組織としてのしっかりした経営の、特に法人化しますと経営のあり方というものが問われてくると思います。
山内(惠)委員 いろいろ説明が長かったんですけれども、大学の役割というのは、やはり教育研究だ、それを経営は支えていくんだ、その支えていく経営のあり方を、今回は民間発想をプラスしていくんだというところにつながるんだと思うんですけれども、この民間発想というのは、どのようなことを期待していらっしゃるのでしょうか。
 民間発想、このごろ随分いろいろな教育改革で言われて、学校現場には、管理職のところに企業から入られて、三月には自殺なさってしまったという本当に悲惨な出来事もありましたけれども、今回は経営のところに民間発想を、学外から人を入れるというふうにおっしゃっているので、これはどういうことをイメージして民間発想を期待するんでしょうか。
遠山国務大臣 法人化に伴いまして経営面における裁量が各大学とも大幅に拡大するわけでありまして、そうしたメリットを生かして大学運営の改善を図っていくことが大変重要であるわけであります。その際には、学外の理事とかあるいは経営協議会の学外委員などの学外経験者の知見というものが大いに役立つのではないかと考えているわけでありまして、具体的には、例えば、学長を中心とした学内体制を確立して全学的な視点からの戦略的な経営を行います上で民間のマネジメントの手法を導入したり、あるいは、学生や地域社会といった要求側の視点を大学運営に取り入れていくことで柔軟で多様な発想というものを大学運営に生かしていく、そういうことが期待されるものであります。
山内(惠)委員 トップマネジメント手法の導入などという言葉が使われているように、この民間の、学外の方を導入することで経営がうまくいくだろう、それから利潤もうまくいくだろう、はっきり言って、金もうけの上手な人に入っていただきたいと。
 私は、ある意味では、どんな企業のイメージを持っていらっしゃるか、もうちょっと詳しくお聞きしたいと思います。
遠藤政府参考人 法人化に伴いまして、これまで以上に国立大学は経営という発想が大事になってくるわけでございます。どちらかというと、これまで大学にはそういう専門家が少なかったということもございまして、財務とか経営とか労務とか、これから本当に法人化に伴って必要になるようなことをやっていただく、あるいはその審議をしていただくというような意味において、例えば企業の方とかあるいは私学経営をやっていらっしゃった方とか、いろいろなそういう面で経験のある方に学外からの理事とかあるいは経営協議会の委員という形で入っていただくということを考えておるわけでございます。
山内(惠)委員 どんな企業をモデルとしているのかという趣旨で今お聞きしたんですけれども、民間、学外の方に対して相当プラス思考で考えていらっしゃると思うんです。民間の方を入れれば利潤追求がうまいだろうと。でも、私が知る限り、そういう企業ばかりではありません。
 私の知っている北海道だって、山一証券はもう本当に倒産、あれだけ大きかった拓銀も倒産、そごうデパートも倒産。それも民間ですから、どんな企業をモデルにしているかということにもうちょっとお答えいただけませんか。
遠藤政府参考人 大学は、いろいろな大学、工学部が中心の大学もありますし、教育学部が中心の大学もありますから、いろいろな大学によって違うとも思います。また、財務ということでいいますと、企業の形態を問わず、財務にたけた人というのは、どの業種ということではなくて、そういう一般的な方もいらっしゃるだろう、こういうふうに思っておりますので、大学がうちの大学にはこの人が一番いいというような人を理事等々に任命するんだろう、こういうふうに思っております。
山内(惠)委員 何といっても、国立大学は教育の場なんですよね。直接つながらないかもしらないけれども、学校教育の場に、義務教育の場に、民間で大成功していた銀行の方を学校長にした。研修はたった二日間しかしなかった。そして、学校現場を見たこともなかった人が管理職になった。それで、教頭が二人いる学校だったと思うんですけれども、最初に一人倒れられて入院した。次の方がまた倒れられた。校長は休みたいと言ったけれども休めなかったという例があります。
 これは直接学校の管理とは違いますけれども、民間と言えば皆さんすごくプラス思考に考えていらっしゃるけれども、大学の運営に当たって、教育に関してほとんどわかっていない方が来るのか、わかっている方が来るのかわかりませんけれども、経営を考えるとしたら、経営の主体者が自主性を持たない限り、大学の経営は成り立たないと思うんですね。例えば、この大学を売り出そうという形でPRをしていくにしても、この研究がどんな意味があるかというようなことをわかっている状況じゃなければだめじゃないでしょうか。その意味で、学問の自由をどう保障していくかということが考えられる人にやはりやっていただかなければならないと思うんですね。
 今回のお言葉の中に、教授会自治を大変否定するような大臣の言葉があったんですけれども、従来の教授会と役員会の関係はどういう関係にあるのでしょうか。
遠藤政府参考人 教授会でございますけれども、今回、この国立大学法人法におきましては、各法人の自主性、自律性を高め、自己責任の拡大を図るという観点で、なるべく内部組織については法人の裁量にゆだねるということで、この国立大学法人法には教授会の規定は置いておりません。
 ただ、学校教育法で、大学には教授会を置く、こういうことでございますから、教授会につきましては、従来と同様、学部あるいは研究科等の教育課程の編成に関する事項とか、学生の入学、卒業、学位の授与等に関する事項等々、教育研究に関する重要事項を審議するという形で法人化後もここに置かれるだろう、こう思っております。
 一方、役員会でございますが、これは学長、理事等から構成されまして、全学的な視点から重要な事項の審議を行うということになっておるわけでございまして、教授会とはちょっと役割が違う、こういう形になっております。
山内(惠)委員 教授会というのは学校教育法の五十九条にあるということは知っていたんですが、驚いたのは、この参考資料の中にあえて五十九条は抜いてあるんですね。これは、今回の国立大学法人法案の中には教授会の位置づけは全く見えないんですね。教授会こそ、大学の人たちの重要なことを、言ってみれば、学問研究も含めてわかっていらっしゃる方たちが教授会にいるわけですから、この存在というのは大変大きなものだと思いますけれども、これをなくしていきたいかのような今回の組織図ではないですか。どのような役割をなさるんですか。では、これは大臣じゃなくて、遠藤局長で結構です。
遠藤政府参考人 全学的な教育研究にかかわる審議をする機関としまして教育研究評議会というものが置かれるわけでございますが、学部あるいは研究科、そういう単位で恐らく、これも大学が決めることでございますので違う形ということもあり得るわけでございますけれども、そういう形で教授会が置かれ、そして、先ほど申しましたような、教育に関する事項につきまして審議をする機関として機能していくんだろう、こういうふうに思っております。
山内(惠)委員 教授会というのはほとんどないがしろにされていくんじゃないですか。教育研究に特化してと言われているんですけれども、この大学はどんな研究を進めていこうかというようなことを大学で生かしていく重要な場所にないじゃないですか。役員会が一番トップのところにあるんですよね。そして、経営協議会。やはり力関係が、はっきり言って教授会より上じゃないですか。そういう形にすることによって、大学で研究をしている人たちの存在が随分ないがしろにされていっていると私はこれを読み取りました。
 独立した法人なのに、学長の任命はなぜ文部科学大臣が行うのか、これも大変不思議です。これをあわせて質問します。学長の選考に大学を構成する一般教職員は全く関与できないのかどうか、お聞かせください。
遠藤政府参考人 最初に、学長の任命をなぜ大臣が行うかということでございますけれども、独立行政法人は、いわば国の業務を国の財政支出のもとで行うというものでございますから、その実施に責任を負う法人の長についても主務大臣が任命する、こういう仕組みになっております。
 国立大学法人につきましても、国立大学として果たすべき業務を公財政支出に支えられて行うという点につきましては通常の独立行政法人と同様でございますので、学長を文部大臣が任命するということにしておりますが、国立大学法人制度のもとでは、大学の自主性、自律性の尊重という観点から、学長につきましては、学内に置かれます学長選考会議において選考しまして、その申し出に基づいて文部大臣が任命する、こういう独立行政法人とは違う仕組みにしているところでございます。
 それから、一般の教職員の方が学長の選考に全く関与できないか、こういうことでございますけれども、先ほど申しましたように、まず学内で学長を選ぶ際には、学長選考会議が置かれまして、そこで選ぶと同時に選考の手続も決めるということでございます。したがいまして、その選考手続の一環として、学長選考会議の判断によりまして、何らかの形で学内者からの幅広い意向聴取を行うことはあるというふうに考えているところでございます。
山内(惠)委員 自主性、自律性をとうとぶので学内で選考会議をつくるということであれば、例えば、一般教職員も含めて、選挙でそれなりに決めた人を決めていくなどということも認めようとしているんですか。
遠藤政府参考人 学長選考会議のメンバーにつきましては今回の法律で決めておりまして、経営協議会のメンバー、これは経営協議会は学外の委員が半数以上と学内の人とで構成されますけれども、その中の学外の委員の代表者、それともう一方で教育研究評議会、これは学部長等々の学内の代表者で構成されておるわけでございますけれども、この経営協議会と教育研究評議会の代表者、基本的には同数で構成される、こういう仕掛けにしておるところでございます。
山内(惠)委員 ということは、自主性、自律性を大事にして大学でという言葉とは裏腹に、学外の人が半数入ったところで選考委員会がなされると。
 なぜ一番民主的な選挙を否定されるんですか。
遠藤政府参考人 この選び方につきましても学長選考会議で決める、その決めた選び方に基づいて、学長の候補者、候補者といいますか、文部科学大臣に推薦する学長を決めるということでございまして、その選び方の中で、例えば、何人か複数の立派な人をピックアップして、こういう人の中でどれがいいでしょうかということで学内で意向を、選挙みたいな、いわば投票のような形でやるということもあるでしょうけれども、そういう形をとるかどうかも含めて、それをすべて学長選考会議、大学法人の方で決めていただく、こういうことになっておるわけでございます。
山内(惠)委員 自主性、自律性を大事にする、このように前におっしゃっていますね。四月三日でしたか、本会議場での大臣の言葉の中に、「憲法上保障されている学問の自由に由来する大学の自治の基本は、教員の人事を大学自身が自主的、自律的に行うことにある」、そのように考えると答弁なさっているんですね。そのことで考えれば、今のこの決め方というのは、それに大変矛盾すると思います。大学の構成員である一般教職員の意思が最大限尊重されるようなシステムこそ、特に選挙こそ、重要な民主的なやり方だと思います。
 その意味では、その精神は教育公務員特例法に体現化されていると思います。その意味で、大学法人の教員に教特法を適用するべきと考えますが、このことについて最後にお返事いただきたいと思います。
遠藤政府参考人 教育公務員特例法につきましては、一般の公務員法の特例が教育公務員特例法でございまして、今回、国立大学法人の教職員につきましては、非公務員ということでございますので、公務員法も教育公務員特例法も適用がなくなる、こういうことでございます。
山内(惠)委員 さまざまな問題が見えてきました。その意味で、次にまたつないでいきたいと思います。問題があるということを指摘して、終わりたいと思います。
古屋委員長 次回は、来る二十三日水曜日午後零時五十分理事会、午後一時委員会を開会することとし、本日は、これにて散会いたします。
    午後二時五十二分散会


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