衆議院

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第1号 平成16年2月19日(木曜日)

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本小委員会は平成十六年一月二十二日(木曜日)憲法調査会において、設置することに決した。

一月二十二日

 本小委員は会長の指名で、次のとおり選任された。

      小野 晋也君    倉田 雅年君

      棚橋 泰文君    平井 卓也君

      船田  元君    古屋 圭司君

      松野 博一君    園田 康博君

      辻   惠君    村越 祐民君

      山花 郁夫君    笠  浩史君

      太田 昭宏君    山口 富男君

      土井たか子君

一月二十二日

 山花郁夫君が会長の指名で、小委員長に選任された。

平成十六年二月十九日(木曜日)

    午前九時一分開議

 出席小委員

   小委員長 山花 郁夫君

      小野 晋也君    倉田 雅年君

      棚橋 泰文君    平井 卓也君

      船田  元君    古屋 圭司君

      松野 博一君    園田 康博君

      辻   惠君    村越 祐民君

      笠  浩史君    太田 昭宏君

      山口 富男君    土井たか子君

    …………………………………

   憲法調査会会長      中山 太郎君

   憲法調査会会長代理    仙谷 由人君

   参考人

   (中央大学(法科大学院開設準備室)教授)     内野 正幸君

   衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君

    ―――――――――――――

二月十九日

 小委員土井たか子君同日委員辞任につき、その補欠として土井たか子君が会長の指名で小委員に選任された。

    ―――――――――――――

本日の会議に付した案件

 基本的人権の保障に関する件(法の下の平等)


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     ――――◇―――――

山花小委員長 これより会議を開きます。

 この際、一言ごあいさつを申し上げます。

 先般、小委員長に選任されました山花郁夫でございます。

 小委員の皆様の御協力をいただきまして、公正円満な運営に努めてまいりたいと存じますので、何とぞよろしくお願い申し上げます。

 基本的人権の保障に関する件、特に法の下の平等について調査を進めます。

 本日は、参考人として中央大学教授内野正幸君に御出席をいただいております。

 この際、参考人に一言ごあいさつを申し上げます。

 本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人のお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じます。

 本日の議事の順序について申し上げます。

 まず、内野参考人から法の下の平等、特に一票の格差の問題、非嫡出子相続分等の平等原則に関する重要問題について、企業と人権に関する議論を含め御意見を四十分以内でお述べいただき、その後、小委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。

 なお、発言する際はその都度小委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は小委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。

 御発言は着席のままでお願いいたします。

 それでは、内野参考人、お願いいたします。

内野参考人 御紹介いただきました内野正幸でございます。

 お配りしましたもののうち、三枚とじで、その1、その2、その3となっております「〔改訂版レジュメ〕現憲法下で差別撤廃策の推進を」というものに即しまして、これをアレンジした形で話していきたいと思います。

 先ほどの御紹介の中で一票の格差の問題などなどを含むという御指摘がありましたけれども、これはあくまでも含むということでございまして、それを中心とするという趣旨ではございませんので、あらかじめ申し上げておきます。

 それで、このレジュメその1の「1、はじめに」というところですけれども、憲法改正を主張するよりも現憲法下でさまざまな施策を充実化させよというところであります。

 (1)です。伝統的に日本社会は、人々がいわば異質な少数者に対して偏見を抱きやすい同質性社会の傾向があります。単一民族社会という不正確な言葉が使われることもあるわけですけれども、いずれにしましても、同質性を重んじる傾向があると思います。また、そこでは、不利な立場の人々、いわば社会的弱者ですが、そういう人たちに対する配慮の不足というものも感じられるわけです。

 そこで、社会的弱者に優しい社会とか、あるいは社会的弱者の苦しみを最小化することを目指す社会、あるいは社会的弱者の人たちがより快適に暮らせるような社会を築き上げることに向けて、国や地方自治体に啓発を含めいろいろな責務があると思います。その中では、人々が多かれ少なかれ抱きがちな差別意識を克服していくという課題も重要になってくると思います。

 なお、平等論の枠を超えて言いますと、例えば過疎地における医師不足などの問題も重大だと思います。

 (2)ですが、人権の領域では、プライバシーの権利などの明文化ということも含めまして、憲法改正の必要性は当面少ないと考えております。現在の日本国憲法の解釈によってプライバシーの権利などを引き出すことができるわけでして、むしろ、現在の憲法のもとで、国際人権諸条約の国内実施も含めて、法令、その充実化あるいは行政措置などを通じて人権保障や差別撤廃を推進していくという課題が重要だと思います。

 なお、「人権擁護法案」というやや厚めの資料も用意してありますが、これについては後に述べます。また、学校教育関係にかかわる平等や差別の諸問題については省略いたします。さらに、外国人の権利や国籍にかかわる問題につきましても、深入りしないことにいたします。

 そこで、(3)典型的な差別禁止事由というところです。

 きょうお配りした資料で、一枚の紙でいろいろな条文が掲げられているものがあります。その最初に日本国憲法の十四条が引かれていますが、その第一項では、「人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、」「差別されない。」とあります。この場合の人種を初めとする差別禁止事由の列挙は例示的なものだと思います。

 憲法四十四条というのがその下に引かれていますけれども、これは、「両議院の議員及びその選挙人の資格は、法律でこれを定める。」と本文がなっておりまして、そのただし書きで差別禁止事由が列挙されています。これもやはり例示的なものだと思います。

 そこに書きましたように、部落出身者であるということは社会的身分に含まれるということです。

 それから、人種差別撤廃条約の抜粋の条文もこの資料で用意しましたけれども、その第一条で、この条約で「「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系」、「世系」という国語辞典に余り載っていない日本語なんですけれども、「世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、」とあります。ここで言う「世系」という中にも、部落出身者であるということを含ませるべきではないかと考えます。なお、このような主張は、部落を人種と同列に扱おうとする趣旨に基づくものではありません。

 なお、そこに書きましたけれども、住宅ローン拒否の事件に関する東京地裁の平成十三年の判決では、この「世系」を人種に準じて狭く解釈しています。

 いずれにしましても、差別を受けやすい人たちとしては、部落住民、アイヌ民族、在日定住韓国・朝鮮人を初めいろいろな在日外国人、心身障害者、さらに女性、同性愛者などの性的マイノリティー、それからハンセン病などの一定の病気の(元)患者、さらには宗教的少数者というものが挙げられますし、そのほかに刑事事件の関係者、被疑者とかあるいは出所者などです。さらには、高齢者などなどが挙げられます。

 なお、障害者の害という漢字を気にする人もいるようで、平仮名でがいと書いて障がいのある人でもいいわけですけれども、広くは、排せつ機能の障がいとか顔面、顔の障がいなどなど、いろいろなタイプの人を含むと思われます。

 そこで、次の項目、「2、憲法の「平等」条項の読み方」というところです。

 先ほど条文を確認しました憲法十四条や四十四条ただし書きによる差別禁止というのは、絶対的なものではありませんで、合理的な区別を許すものであります。

 四十四条ただし書きに関するちょっとした説明ですけれども、供託金を出せなければ立候補できないとしても、財産による差別として違憲とは言えないわけです。また、机の上の話ですけれども、仮に、初歩的な政治的教養を試す試験にあらかじめ合格していなければ立候補できないという仕組みを将来設けたとしても、それは教育による差別として違憲であるということにはならないと思います。

 次に、その2というところですけれども、(2)で、憲法十四条が原則的に禁止しております差別というのは、差別的取り扱いであるというふうに考えるべきだと思います。差別的取り扱いといいますのは、いろいろな施設を利用させないことなどなど各種のタイプのものを含みますけれども、いずれにしましても、差別意識や差別的表現を憲法十四条が差別として禁止しているというわけではないというふうに確認しておきたいと思うわけです。

 それで、(3)としまして、差別的表現について言及しておきました。不特定多数の人たちのグループに対する差別的表現、例えばアイヌ民族は何とかだという発言、そのような差別的表現に対しまして、民事救済とかあるいは行政的対応というのは認められるわけですけれども、しかし、刑罰つきの法的規制を行うことは慎重にすべきだと考えます。

 行政的対応という場合、従来からあるものとしまして、地方法務局による勧告など、例えば、このような差別ビラまきはしないようにとする勧告、そういうタイプの勧告などのほかに、人権擁護法案における人権委員会の特別救済手続も含まれるわけです。

 なお、確認のためですけれども、特定の個人、Aさん、Bさんに対する差別的表現に対しては、現行法上も処罰可能です。侮辱罪や名誉毀損罪になるわけです。

 それで、この差別的表現に関しましては、人種差別撤廃条約の四条というのがありまして、これは条文が資料で確認できると思うのですけれども、この第四条の中でも特に(a)、さらには(b)です。この条文資料の上の左の方にあるんですけれども、四条の(a)によりますと、「人種的優越又は憎悪に基づく思想のあらゆる流布、」というふうになっておりまして、こういうものについて法律で処罰すべき犯罪であることを宣言せよとなっているわけです。日本政府はこの条約の四条を留保したわけですけれども、私の立場からいいましても、このような留保は原則的に支持できるわけです。

 と申しますのも、人種差別撤廃条約の四条の(a)は、広い領域におきまして差別的表現やそれに類するものに刑罰を求めているわけでして、表現の自由という見地から見て、規制が行き過ぎているのではないかと思うからであります。

 次に、3としまして、「形式的平等と実質的平等」というところであります。

 レジュメには「(その定義は別紙)」と書いてありますけれども、「法の下の平等」というタイトルの縦書きのプリントがあるんですけれども、その中の十行目近く、「第三に、」というところですけれども、平等の観念には二つあると。形式的平等というのは、諸個人をその事実上の違いにかかわらず一律に同等に扱うべきことを求めるものだと。それから、実質的平等というのは、事実上劣った地位にある人をより有利に扱うことにより結果を平等なものに近づけようとするものであるということです。

 それで、憲法十四条は、実質的平等ではなくて、形式的平等を原則的に命じるものである。その際に、合理的区別を例外としているということであります。

 その2というレジュメの真ん中あたりの(a)というところですけれども、衆議院では議員定数不均衡を格差二対一内におさめることが憲法上要請されるにしましても、参議院につきましてはそこまでは言えないだろうと考えております。と申しますのも、半数改選に伴います偶数選出の要請がありますし、また、都道府県別選挙区というのは、これは憲法が要請しているものではありませんけれども、許容しているものだと思われまして、そういう点を考慮する必要があるからであります。

 それで、政治的平等としましては、ほかに選挙資格や投票の機会の保障の点で現行制度をもう少し再点検する余地があるのではないかと思います。

 次に、(b)ですけれども、いわゆる非嫡出子、婚外子というふうに呼ぶこともできるんですけれども、婚外子への差別は違憲であるというふうに書きました。とりわけ、最高裁で相続分に関する非嫡出子差別の事件の判決が出ていまして、そこでは依然として少数意見にとどまっているわけですが。

 他方、非嫡出子とは別に、選択的夫婦別姓ですけれども、これは憲法十四条が要請するものであるとは考えておりません。立法政策的に望ましいものとして、その実現、推進を図るべきだと思うわけです。

 それから、(c)としまして、性的指向による差別です。この性的指向というのは、シというのを志すという字ではなくて指という字で書くということなんですけれども、同性愛者に対する差別、あるいは、ここには書きませんでしたけれども、両性愛、同性も異性も愛するという両性愛者というのもこの性的指向でカバーできることだと思います。同性愛者に対しては、施設利用などの点で差別があってはいけないのは当然であります。

 最近話題になっておりますのは、同性愛者同士の結婚であります。あるいは結婚に準じるパートナーシップの形成です。その場合、条文ですと、日本国憲法二十四条で、その第一項ですけれども、「婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、」というところで、「両性の合意」という言葉がひっかかるわけです。文理解釈いたしますと、憲法二十四条一項を改正することなしには同性愛者の結婚は認められないというふうになりそうですけれども、その点の解釈については議論のあるところだと思います。

 最近の話題としましては、そこに書きましたように、昨年十一月のアメリカ合衆国のマサチューセッツ州最高裁判決が、同性愛者に対する結婚を認めるべし、認めないのは平等違反であるとしたわけでして、それに対するブッシュ大統領の批判的反応などのいきさつがあるわけです。

 次に、(2)です。立法や行政の施策によって、いわゆる積極的差別是正措置、アファーマティブアクション、あるいは似たような意味でポジティブアクションと呼ばれますけれども、そういうものも含めまして、今後、実質的平等を推進すべきだと思うわけです。

 それで、そこに書きましたように、障害者のためのバリアフリーなどであります。ここでは具体的な中身をお話しする余裕はありませんけれども、最近の動きとしまして、改正公職選挙法による障害者の投票機会の保障とか、あるいは性同一性障害者特例法、それから身体障害者補助犬法というのが注目されるわけであります。

 ポジティブアクションといいますと、さまざまな分野での女性の積極登用というのが今後重要な課題になってくると思います。その中には女性の政治進出を促進するための政策も含まれるわけでして、幾つかのヨーロッパ諸国あるいはアジアの幾つかの国で女性が積極的に政治家として進出できるための枠組みづくりが行われていますけれども、今後日本でそのような政策をとるべきかどうかは議論のあるところだと思うわけです。

 それで、女性ということですと、次の4という項目に入るわけです。「女性差別(ジェンダー平等)」と書きました。

 まず、(1)ですけれども、憲法十四条などは性別による差別を禁止しているわけです。その判断基準につきましては、縦書きの別紙の一番最後の三行に書いてあるのですけれども、男女の肉体的・生理的条件の違いに由来する性差別は合憲であるが、男は仕事、女は家庭といった男女の役割分担についての固定的な観念、ないしは女性の地位についての偏見、男尊女卑の思想に由来するものは違憲となると言えると思います。

 関連しまして、憲法二十四条には、「夫婦が同等の権利」とか、あるいは「両性の本質的平等」という言葉があります。

 女性差別に関しましては、女子差別撤廃条約の一条から六条という最初の部分をプリントで示したわけですけれども、その中では、そこに書きましたように、特に五条による男女役割分担慣行の撤廃ということが注目されるべきだと思います。先ほど触れましたポジティブアクションのことは、条約の第四条で、暫定的な特別措置という形で規定されているわけです。

 このような点も含めまして、最近のスローガンとなっております男女共同参画社会を築き上げていくということが今後の重要な課題になると思うわけです。

 次に、レジュメのその3というところですが、(2)としまして、女性天皇についてであります。

 男系か女系かという問題もあるわけですが、男系であれ女系であれ、女性天皇を認めるかどうかは立法政策の問題であるというふうに私は考えております。言いかえますと、女性天皇を認めなくても憲法十四条違反にはならないと解釈しております。と申しますのも、世襲の象徴天皇制そのものが、生まれによる差別の禁止という原則に対する大きな例外を憲法が明文で定めたものだからであります。

 次に、(3)としまして、一定のスポーツ競技や刑務所などの男女別は合理的な区別として許容されると思います。あるいは、国公立の女子大や女子校が合理的な区別としてどこまで許容できるかは議論のあるところだと思います。

 次に、(4)ですけれども、間接差別という言葉が最近時々話題になっておりますけれども、例えば、世帯主でない者、非世帯主に対して劣った扱いをする。こういう場合に、事実上の傾向として、男性よりも女性の方が、夫よりも妻の方が劣った扱いをされる結果をもたらす可能性が高いわけですけれども、このような間接差別に対する規制というのも今後考えていく必要があるわけでして、枠組みとしましては、合理的理由なく形式的平等を侵してはならないというこれまでの枠組みのもとで、間接差別に対する規制は理屈の上では可能でありますが、何をもって間接差別と見るかの基準づくりは今後の課題だと思います。

 最後に、5という項目で、「民間社会における平等と差別」というところであります。

 企業関係の問題は、男女雇用機会均等法とか労働基準法などの法律によって、少し、あるいはかなり解決されつつあるわけです。少なくとも、法的側面においては解決に向かっているわけです。

 最近の話題としましては、住友電工男女差別訴訟で、大阪高裁で画期的な和解が行われたということであります。これは、仮に判決という形式をとったならば、このような画期的な内容のことは書けなかったかもしれないと思われるほど、男女差別撤廃に向かってのいい方向を裁判所が示したものとして評価できるわけです。

 関連しまして、企業の社会的責任ということが最近よく言われますけれども、環境保護の責任などのほかに、企業内で男女平等の推進あるいは女性の積極登用を行うということも、企業にとって中長期的に見てプラスになることだと思うわけです。その意味で、企業の社会的責任ということに関連づけられると思います。

 一般的に言いまして、民間社会における差別につきましては、公序良俗違反に関する民法九十条や不法行為に関する民法七百九条などを媒介にしまして憲法の人権規定を私人間へ間接適用することによって、理屈の上では十分対応できるわけです。その場合、民間における差別は憲法十四条違反とはならず、憲法十四条の精神に照らして違法になり得るわけです。

 ただ、三菱樹脂事件に関する最高裁判決によりますと、私的な支配関係におきましては、平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容し得る限度を超えるときに違法となり得るとされるにとどまるわけです。この言い方は漠然とした抽象論です。

 思いますに、ある人たちの人格や地位を低く見る内容の差別、人種差別とか部落差別などですけれども、このような種類の差別というのは、民間のお店とか宿とか住居、その他の施設でも厳しく禁止されるというルールづくりが必要になると思うわけです。確かに、差別禁止あるいは排除禁止という要請と、ほかのお客さんたちへの配慮などの民間施設側の営業的利益というものが衝突するということがよくあるわけでして、一般論としては、この二つのものとの間でバランスをとれということになるかもしれませんけれども、しかし、その場合であっても、差別禁止の要請をずっと重視するべきだと思うわけです。

 そこで、「なお、」として旅館業法五条に触れてありますけれども、そこでは、宿泊を拒める場合の一つとして、「宿泊しようとする者が」「風紀を乱す行為をする虞があると認められるとき。」が挙げられています。仮に旅館業者が、この条項に基づいて、日本に来た外国人とかあるいは知的障害者とか同性愛者などなどの宿泊を拒むということがあったとしましたら、これは憲法十四条の精神に照らして違法になるわけです。また、別の言い方をしますと、この旅館業法の五条も、憲法十四条の精神に沿うように解釈されるべきだと思うわけです。

 次に、(2)で、人権擁護法案というところであります。

 これは、おととしの三月国会に提出されながらも、審査未了でいわば廃案になった扱いだと思うんですけれども、その見直しや再提出を検討すべきだと思うわけです。先ほど言いましたように、民間社会における平等や差別というのは、憲法の人権規定を私人間に間接適用することによって理屈の上では対応できるわけですけれども、しかし、人種差別などが厳しく禁止されるというルールづくりのために、そのための特別の法律を整備するということも必要なのではないかというふうに考えるわけです。その手がかりとしまして人権擁護法案というものが参考になるわけです。この法案は、公の機関も民間の団体も適用対象になっております。

 お配りしましたやや分厚い資料で一つページをめくっていただきますと、第二条とか第三条というのが出てきます。第二条の五項ですけれども、この法律案における差別禁止事由の中では、その終わりに「性的指向」という言葉が出てくるわけで、この点は評価できると思います。

 それで、三条で、これこれの人権侵害をしてはならないということで、その第一項で、「次に掲げる不当な差別的取扱い」となっています。先ほど申しましたように、差別とは差別的取り扱いであるということをこの文脈でも確認してよかろうかと思います。

 なお、人権擁護法案の第二条の五項に差別禁止事由が列挙されていますけれども、これにつきましても、「その他の事由」という言葉をその後に入れるのも一案だと思います。

 なお、人権擁護法案については、人権委員会の独立性などの問題があるわけです。

また、差別禁止法などの名称の法律案を新たに準備するということも検討されてよかろうかと思います。

 最後に、(3)で、最近の判決としまして、宝石店外国人拒否に関する静岡地裁浜松支部の平成十一年十月十二日判決、それから、小樽での外国人入浴拒否に関する札幌地裁平成十四年十一月十一日判決などが注目されますけれども、時間の関係上、その内容に立ち入るのは差し控えまして、以上で私からの陳述を終えたいと思います。(拍手)

山花小委員長 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。

    ―――――――――――――

山花小委員長 これより参考人に対する質疑を行います。

 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。小野晋也君。

小野小委員 内野参考人におかれましては、平等と差別という観点からの人権問題について、いろいろな例を挙げながらの御陳述、ありがとうございました。

 まず、ちょっとお尋ねを申し上げたいのは、この平等と差別という問題を少し超える話になろうかとは思いますが、憲法第三章の部分における国民の権利と義務についてということでの項目がずっと挙がるわけであります。

 内野参考人は、冒頭に、憲法改正の必要性よりもその運用に努力すべきであるというふうなことをおっしゃっておられるわけでありますが、私ども、いろいろな議論をする中において、憲法全体として、権利規定は非常に多いけれども、義務規定においては、例えば納税、勤労、そして教育を受けさせる義務等々と、非常にその数が少ない。これはいかにもバランスを欠いたものになっているのではないかというような指摘があるわけですね。加えて、最近の世相を見ておりますときに、社会的秩序を守るということにおいての義務的、また責任感を伴うような観念が国民の中から薄らいできているのではないかというような指摘も多々なされているわけであります。

 この点、憲法における権利規定と義務規定、このバランスの問題についてはいかなる御見解をお持ちか、お尋ねしたいと思います。

内野参考人 御指摘の意味はよくわかるところでありますけれども、そもそも憲法とは何かという場合に、歴史的に見ても今日的に見ても、公的機関による侵害に対して人々の人権を保障する、いわば国家権力を制限することによって人々の権利を保障するというのが憲法の最も重要な任務であると考えますので、そのような憲法のそもそもの任務に照らしますと、権利規定が非常に多くて国民の義務の規定が非常に少なくなるというのは、いわば自然の成り行きであるというふうに考えます。

小野小委員 その点に関しまして、私自身の個人的見解ということになるかもしれませんが、国民側から政府に対する権限を制約する形での契約を結んだものである、これは歴史的に見るとそういうことであるかもしれませんが、私はむしろ、今日的な意味から見るならば、政府と国民が相互にお互いのなすべきことを規定し合う契約というふうにみなす方がうまく社会が運営されるのではなかろうか、こんな見解を持っているものでございます。

 まあこれは見解の違いだといえばそれだけのことになるわけでございますが、内野参考人、そういう考え方に対していかがお考えか、御教示いただきたいと思います。

内野参考人 今の質問に対して今すぐきれいに反応するような答えができる自信はないのですけれども、社会契約説のような発想でいった場合であっても、政府の側の権限を制限するというタイプの契約だというのが憲法に対する私の理解でありまして、御指摘のような点は、一般の人々に対してさまざまな法典でどのようなメッセージを発すべきかという文脈では、有意義な指摘が含まれていたと感じます。

小野小委員 質問を移らせていただきますが、平等という問題を考える場合、そして、その差別救済という問題を考える場合、そこには一つの価値観が反映されないと、実際の働きを行うことができないと思いますね。特に、先ほどの陳述の中に弱者という言葉が出ておりますが、この弱者ということが出てくるということについては、その強弱の判定の物差しが存在するということになろうかと思います。

 これは一体、社会的にどういうものをもってその強弱というものを判定する物差しと認定することが可能なのか。そしてまた、公的機関がその物差しを人に当てることによってこの人は弱者であると認定することは、これはかえって社会的差別をそこで実行しているということになるのではなかろうかという気持ちがいたしますが、御見解、いかがでございましょうか。

内野参考人 私は、陳述の中では、不利な立場の人々、いわば社会的弱者という言い方をしまして、私自身も弱者という言葉を積極的に使おうとは思っておりません。便宜上、このような短い言葉を使ったわけであります。

 それで、強い、弱いという言い方を、有利、不利というふうに言いかえましても、依然としてどのような判定基準なのかということが問われると思うわけです。ですから、仮に不利な立場の人々というふうに私が言いかえましても、依然として何をもって不利だというふうに判定するのかというふうに質問され得るわけです。

 これは、一概には言えませんで、さまざまな種類の差別禁止事由に即して個別に見ていくしかないと思います。

小野小委員 またちょっと次の課題に移らせていただきますが、選挙区の違憲状態の問題についてもお触れになられました。

 実は、御存じのとおり、もうこの夏に参議院の選挙が控えておりますが、参議院における選挙区選挙の五倍を超える有権者数の差は、違憲状態に近いのではないかという御意見が各界から出され、最高裁の判決においても、違憲ではないとしたものの、今回それで施行される、そのまま施行されるならば違憲判決も出すかもしれないというようなこともその意見の中に含まれていたということもお伺いをいたします。

 先生の御意見は、これは、参議院においてはそうではないということをおっしゃっておられるのでありますが、もう少しその点、細かくお聞かせをいただきたいと思います。

内野参考人 参議院につきましては、どこら辺から違憲と見るかについての判定基準は、私は述べなかったわけですが、正直言って迷っているところであります。

 一つ参考になりますのが、憲法学者の佐藤功氏の意見や元最高裁裁判官の園部逸夫氏の意見でありまして、都道府県別選挙区を前提とした場合に、人口の最も少ない選挙区との比較というところでは相当程度の格差は許さざるを得ないであろうと。つまり、一人区といいますか、両方合わせて二人区といいますか、一番小さいところをベースにした場合には、それとの格差はある程度まで許さざるを得ないであろうと。しかし、二人区といいますか四人区といいますか、それとの関係の場合ですと、三倍か四倍に抑えなければいけないということは憲法上要請されるだろうというふうに考えております。その場合でも、二倍に抑えるというところまでは要請されないと思います。

小野小委員 それでは、これで終わります。ありがとうございました。

山花小委員長 次に、笠浩史君。

笠小委員 本日はどうも、内野参考人、御苦労さまです。貴重な御意見、ありがとうございました。

 民主党の笠浩史でございます。

 先生の御意見の中で、憲法十四条について、平等についてどう考えるべきかという意見陳述がなされたわけでございます。この十四条が要求しているのは形式的な平等である、実質的な平等についてはまさに立法政策に期待されているという見解を先ほどレジュメで示されておりますけれども、この実質的な平等をどう確保していくかということが、もちろん立法府であるこの国会の最大の役割であるというふうに理解をしたんです。

 そこでお尋ねをしたいことは、私は、二十一世紀のこの国の姿というものを考えていくときに、やはり官から民へ、そして中央から地方へという形に移行して、小さな政府の実現を図らなければいけないと思っております。そのときには、当然ながら自己責任というものがこれまで以上に伴ってくる中で、やはり結果の不平等というものをどうしても今まで以上に許容せざるを得ないと考えているものでございますけれども、この点については、十四条のもとの平等の概念とどのように憲法上関連をしてくるのか、お聞かせいただければと思います。

内野参考人 自己責任という発想が強まってくることに伴って、結果の不平等がふえてくるとしましても、憲法十四条違反にはなりにくいだろうと考えております。もたらされた結果の不平等は、立法や行政の力で政策的に解決を図っていくべきものだと思います。

笠小委員 そして、先生先ほど、この十四条第一項の五項目、人種とか信条、この五項目に限定されるものではない、例示的なものであるということをおっしゃったわけですけれども、今日、平等に関するいろんな概念というものが大変ふえてきている、そういったことでいろんな訴訟等も起こっているわけでございますけれども、例えばこれについて限定的にとらえる見方というものも多いんでしょうか。

内野参考人 十四条一項の列挙事由が限定的であるという考え方は、学界ではごく少数であります。ただ、列挙事由に特別の意味を認めるという見解はかなりあるとは思いますけれども。

笠小委員 私はやはり、今後生まれてくる新しい権利といったものも含めて、どうしても憲法の中に規定すべき、差別にかかわる項目等も今後出てくるのではないかと思いますけれども、この部分というものはどうしてもいじれない、そういったものを憲法の中に新たに加えていくということは、将来考えられないとお考えでしょうか。

内野参考人 将来の課題として、私は、憲法の条文を一切いじくってはまずいというふうには考えておりません。当面、人権領域に関して憲法改正の必要性は少ないと申し上げたにとどまるわけです。

笠小委員 私は、この憲法の、これから二十一世紀、新しい形を我々若い世代として考えていくときに、この人権にかかわる問題についても、先ほど先生が改正の必要性は当面はこの人権の領域では少ないということをおっしゃっておりますけれども、やはり、今違憲審査というものがなかなか機能していない、最高裁が消極的である中で、例えば憲法裁判所等を新設するとかそうしたことなくして、余りにも解釈等が広がり過ぎていて、そこが非常に問題を複雑にしているような気がしているわけですけれども、この点についてしっかりとやはり憲法に明記をしていくような姿勢が大事ではないかなと。あるいは、憲法裁判所等をしっかりとつくることによって憲法の解釈というものをきちんと判断していくということをやるか、どちらかにしないといけないのかなという気がしているんですが、その点についてはいかがでしょうか。

内野参考人 憲法の条文を解釈するだけではわかりにくいところがあるという御指摘も確かに言えるところがあるのですけれども、憲法改正を考える場合の基本的視点は、憲法のそれぞれの条文について、この条文を改正する必要性があるのか必要性はないのか、そういう視点からまず考えるべきだと思うわけでして、御指摘の憲法裁判所につきましては、憲法改正をしなければできないという意見と、現在の憲法のままでもできるという意見があるわけでして、そういう点も踏まえて検討すべきだと思います。

笠小委員 もう一点、先ほど質問にもありましたけれども、先ほど先生の説明で、政治的平等としては選挙資格や投票機会保障の点で現行制度を再点検する余地があるということをおっしゃったわけです。例えば、この中で選挙の資格について、今世界の大半の国が選挙権を十八歳としているわけですけれども、二十歳から十八歳に引き下げること。高校を出て働かれている方はほとんど納税義務が課せられている、その一方で選挙権がない。このことについては十四条における差別とのかかわりというもの、あるいはこうした物の考え方というものについての御意見を承れればと思います。

内野参考人 選挙権を十八歳に引き下げるということは立法政策として望ましいことだと思いますが、憲法がそういうふうにせよと命じているわけでありませんで、その意味で、この文脈では憲法十四条違反の問題も生じないと考えます。

笠小委員 政治的平等としてはやはり望まれるということで、それは立法政策でということで、確認なんですけれども、やるべき課題であるという。

内野参考人 政治的平等という場合に、憲法上の要請としての政治的平等というのが一方であり、他方で立法政策的に望ましいという意味、緩やかな意味での政治的平等があるわけでして、選挙年齢十八歳引き下げというのは後者の方に属すると思います。

笠小委員 やはりこの一票の格差の問題というのがさきの最高裁の平成十三年度の参議院選挙における判決からも大変今大きなテーマになっていると思うんですけれども、この参議院の一対五以上でも今合憲とみなされているような状況で、衆議院は一対二であると。こうしたことについて、先ほどちょっと同じような質問があったんですけれども、少しわかりにくかったのが、やはり衆議院と参議院の違い。先生先ほどおっしゃっていた、参議院はなぜそうは言えないんだと、衆議院に対して。そのことをもう少し詳しく説明をいただければと思うんです。

内野参考人 憲法の四十六条によりますと、「参議院議員の任期は、六年とし、三年ごとに議員の半数を改選する。」となっているわけです。こう定めています以上、特定の、一つの選挙区から偶数の参議院議員を出す。ですから、ある年一人選んで三年後に一人という意味で二人、最低二人選ぶということが憲法上の要請になると思います。この点については一部に異なった意見もあるんですけれども。

 このような一選挙区偶数選出の要請というのが、参議院の衆議院とは異なった特性として考慮せざるを得ないわけでして、その偶数選出の要請を、学説が言っている衆議院で最大格差二対一を修正するについてどのように考慮すべきか、反映すべきかについては、三対一なのか、四対一なのかという点については、私も今自信を持ってこれというふうには言えないわけですけれども、今言いましたような偶数選出の要請が参議院の特殊性だと思います。

 あと、最高裁の判例によりますと、都道府県代表のような地域代表的性格というのも言われていますけれども、これは憲法が要請する特性ではなくて、そのような性格づけを参議院に対して行っても、立法政策の問題であって、憲法上は許されるであろうという意味では、参議院の特性と言ってよかろうかと思います。

笠小委員 終わります。

山花小委員長 次に、太田昭宏君。

太田小委員 きょうはありがとうございます。

 まず、憲法第十四条の全体を見ますと、第二項に「華族その他の貴族の制度は、これを認めない。」ということが書いてあった上に、「栄誉、勲章その他の栄典の授与は、」というのが、第一項の法のもとの平等ということ以上に文字数が多いという、非常に私は時代性の産物であるという感じがするわけですが、そうしたことをどうお考えか。もう削っていいのではないかということも含めて、お考えを伺いたいということが一つ。

 そして、この法のもとの平等ということの中に、「人種、信条、性別、社会的身分又は門地」ということが書かれているわけですが、これは例示であるということを言うわけです。それが学説というお話でありましたが、身体にハンディキャップを持っている人とか、そういうことに対しての政治の働きというのは非常に多いわけですから、例示するならもう少し今の時代に即した例示というものが考えられないかということについて、まずお答えいただきたいと思います。

内野参考人 質問は二点あったかと思います。

 憲法十四条の二項及び三項という長い文章は削ってもいいのではないかという御指摘です。確かに時代の産物という側面がありまして、十四条と言う場合に、一項の方が二項や三項よりも重要視されるわけでありますけれども、もしも将来、仮に憲法十四条の文言を直すということが課題になった文脈では、二項や三項を削除を含めて見直すということがあり得るかもしれないと思います。

 また二点目で、十四条一項の列挙事由が仮に例示だとしても今日流に言葉を改めてもいいのではないかということであります。これもある意味で検討に値する御意見でありまして、御指摘のように、ハンディキャップを負っている人たちとか、あるいは、先ほど触れました、性的指向に基づく差別を禁止する、これは南アフリカ憲法に実例があります、このような条文の字句を改めるということについては、私は、絶対反対という立場はとっておりません。

太田小委員 先ほど小野先生がおっしゃったんですが、私は、権利義務ということもまた時代性の中ということが一つあるんではないかと。人権ということについてはかなり、国家権力対国民という間の人権論というものを超えて、人と人との間というもの、そうした横といいますか平面での間の人権ということの確立が今要請されているような気がします。

 その中で、権利義務という先ほどのお話があったわけですが、私は、義務をふやすというよりも、もう一つの軸として責任という言葉、なかなか法律では、責務ということはあるんですが、責任という言葉はないんです。責任という新しい軸を憲法の中に挿入するということが、ある意味では大事なのではないのかなというふうに思うんです。例えば知る権利、その知る権利の側から迫るということもあるが、行政の責任、レスポンシビリティーということからの説明もあるのではないかと思いますが、いかがでしょうか。

内野参考人 ただいま御指摘の責任ですけれども、個人の側の責任なのか行政の側の責任なのかという問題がありまして、少なくとも個人の側の責任ということは、憲法の人権領域におきましては、先ほど述べたのと同じ理由で、重視して挿入すべき性格のものではありません。

 行政の責任というのは、個人の人権や権利に対応するものとして、何らかの形で盛り込むことは理屈の上で十分考えられますけれども、当面、今それを憲法に盛り込むことが必要であるとまでは考えておりません。

太田小委員 「人権の領域では憲法改正の必要性は少ない。」として、「(プライバシーなどの明文化も含め)」、こういうことがあるんですが、私は、プライバシー権とかそういうものは積極的に加えるというようなことがあっていいという判断をしているんですが、その「(プライバシーなどの明文化も含め)」というふうに、あえて括弧して先生がおっしゃっているのは一体なぜであるのか。

 そして、そもそも憲法というものは、積極的差別是正措置、アファーマティブアクションというようなそれは、むしろ法律にゆだねるとか立法政策としてゆだねるというのが本来の憲法というものの書き方であるのかという、その辺について教えていただきたいと思います。

内野参考人 二点質問がありましたけれども、私が、プライバシーなどの明文化も含め人権領域では憲法改正の必要性は少ないという文脈でプライバシーなどと掲げたのは、人権領域で挿入せよという声が割と顕著なものの例としてプライバシー権と環境権が挙げられるからであります。

 プライバシー権に関しましては、個別的なプライバシー保護法の制定というのが依然として課題になり続けておりますし、また、環境権につきましては、どのように表現するかの問題もありますけれども、環境保護政策を推進するというのは、憲法改正をしなくてもできる話、すべき話だと思うわけであります。

太田小委員 積極的にやるという行為については法律に任せて、できるだけ原則的なことについてむしろ抑制的に憲法という文言に書くという基本的な物の考え方がいいというふうにお考えなのか、それとも、二十一世紀は環境とかいうことを強調するがゆえに憲法ということに明文化する、そういう意欲的な書き方というものがあるのではないかと私は思うんですが、いかがでしょうか。

内野参考人 そもそも、憲法をどういうふうに理解するかという問題が絡んでいるのですけれども、憲法の条文にあることを規定するということは、裏からいいますと、その規定に違反する事態は憲法違反であるという含みを伴っているはずだということが前提としてあります。

 ですから、その意味で、憲法がこうせよというふうに命じていることと、憲法はそこまで命じていないけれども政策としてこうすることが望まれるということを区別して議論すべきだと考えます。

太田小委員 ありがとうございました。

山花小委員長 次に、山口富男君。

山口(富)小委員 日本共産党の山口富男です。

 初めに、やや包括的な話なんですけれども、先ほど、憲法第三章のとらえ方の問題で、公的機関や国家権力などの侵害に対して人権を保障するものだというお話がありました。私も大きなとらえ方としてそうだと思うんですけれども、その上に立ちまして、日本国憲法の場合は、第三章で三十条にわたって大変詳細な人権規定があるわけですね。そして、九十七条ではこの人権保障を最高法規として扱っているわけですけれども、日本国憲法がこれだけ詳細に人権の保障を規定した意義ですとか、それからこういう形を生んだ歴史的条件、これについて内野参考人はどういうふうにお考えになっていますか。

内野参考人 詳細な人権保障規定という御指摘がありましたけれども、その詳細なという意味は、一つは憲法三十一条以下で刑事手続関係の規定が比較的詳しく触れられているということと、それから憲法二十五条以下で社会権に関する明文があるということが主な話だと思うわけです。これは、戦前の明治憲法下で日本の人々の人権が十分保障されていなかったということの反省に基づいて、やや詳しい規定を設けたということと、それから、日本国憲法が制定された段階で自由権の考え方のほかに社会権という考え方が国際的に広がり始めていましたので、そういうことも反映されていると考えます。

山口(富)小委員 きょうは憲法十四条一項の読み方の問題で、形式的平等を要求するものというふうにお読みになられたわけですけれども、となりますと、二十五条の生存権ですとか、二十六条の教育を受ける権利、それからまた二十七条の労働の権利、これらの読み方を教えていただきたいんです、内野参考人の。私は実質的平等を求める内容を含み得るものとして読むという読み方もあると思うんですが、その点はいかがですか。

内野参考人 二十五条、二十六条、二十七条の諸規定は、国から積極的な給付を求めるという権利は法的権利として解釈できると思うわけです。これは、広い意味では実質的平等に関連する話ではあるんですけれども、憲法十四条そのものは実質的平等を命令するという趣旨を含んでおりませんで、実質的平等を実現するために形式的平等を犠牲にするということを許している、その限りで憲法十四条が実質的平等の趣旨を含んでいると言うことはできます。

山口(富)小委員 そうしますと、参考人の十四条関係のとらえ方の問題でいきますと、結局個別具体的な問題でよく考える必要があるということになると思うんですね。形式的平等を要請しているわけですから、それが実質的にどうなるかということを含めて、個別の問題として具体的に考えていきましょう、それは立法や行政の仕事にもなるんですという話になると思うんです。

 それで、きょう、当面の問題として、人権関係では憲法改正でなくて現憲法下での諸施策を充実化しなさいというお話で、この点、私も賛成なんですけれども、そうしますと、そういう提起の裏腹の問題として、行政や立法の側が立ちおくれがあるじゃないかという問題意識が参考人は当然おありだと思うんですね。それはなぜそういう事態が生まれているのか、その点についてはどういう御意見をお持ちなんですか。

内野参考人 立法や行政に立ちおくれが生じている原因は、今この場で簡単に申し上げることは難しいのでありますけれども、一つのファクターとしましては、伝統的な日本社会がマイノリティーに対して差別的偏見を抱きやすいという同質性社会の傾向がありまして、その傾向というものを立法や行政に携わっている人たちも多かれ少なかれ反映させて持っている可能性があろうかと思います。

山口(富)小委員 先ほどのお話の中で、民間社会における平等と差別の問題で、昨年の住友電工男女差別訴訟の大阪高裁和解について、大変画期性を持つものだというお話がありました。もう少し、参考人が考えていらっしゃる画期性とは何なのかを示していただきたいんです。どの点に画期性を参考人が認めているのかということなんですけれども。

内野参考人 これまでの裁判例の流れですと、男女雇用機会均等法が制定されるよりも以前における企業内での男女差別的慣行については、憲法十四条の精神に反しても公序良俗違反とまでは言えないから、法的救済の対象にならないという流れが定着してきたわけです。私が言及した画期的な和解というのは、このような流れを変えるというところが大きいと思います。

山口(富)小委員 住友電工の和解というのは、企業側だけでなくて国に対しても勧告しているんですね。それで、この点についての画期性はどういうふうにお考えですか。

内野参考人 今手元に資料がないので、国に対する勧告の具体的な中身が確認できませんので、ちょっと即答を控えさせていただきます。

山口(富)小委員 実質的な男女不平等が存在するようなことを、簡単に言いますと、黙って見過ごすなというような趣旨だったと思います。

 では、次に、もう一点お尋ねしたいんですけれども、国際社会からの批判なんです。例えば、昨年八月ですと、国連の女性差別撤廃委員会がコース別雇用管理などの問題について女性差別をなくすような法整備をしなさいという勧告をしているんですけれども、そういう国際社会から日本の政府が勧告などを受けた場合に、これはどういう形でそれに応じるのが望ましいというお考えなのか、ちょっと教えていただきたいんです。

内野参考人 条約を批准した日本国としては、国際社会の、条約の実施委員会からの勧告についてはきちんと受けとめて、条約の趣旨を国内実施する方向できちんと対応すべきだと考えます。

山口(富)小委員 最後になると思うんですが、一つは思想差別の問題で、これは男女差別との絡みで必ず付随的に起こるというか、どちらが主になるかはありますけれども、民間企業で起こりがちなんですね。これについても、きょうの参考人のお話ですと、憲法十四条の精神に照らして、やはり法的に考えても違法であるというお考えになるかと思うんですが、この点、一言御意見をお聞かせください。

内野参考人 民間企業が従業員をその思想に基づいて差別した場合には、憲法十四条の精神に照らして違法になると考えます。

山口(富)小委員 ありがとうございました。

山花小委員長 次に、土井たか子君。

土井小委員 どうもきょうはありがとうございました。

 これは問題として非常に大きいテーマですから、大きいテーマのところにもってきて、具体的に問題にしないと、どうも言っていること自身がはっきりしないということでもございまして、非常に難しいテーマだと思うんですね。

 きょうは、先生のお話を承っておりまして、憲法十四条による差別禁止ないし平等というのは絶対的なものではなくて、合理的な区別ということを許すものだという御指摘がございましたけれども、これは実は、それでは合理的判断というのはだれがするのか、そして合理的判断というのは何を基準に判断するのか、それはどういう具体的な姿形で提示されるのかということになってくると、多分にこれは問題があると私は常に思っている一人なのでございます。

 きょうは、先生御自身、非嫡出子に対する差別的取り扱いというのは憲法十四条違反ということをおっしゃっておりまして、私自身も同じ意見なんでございますけれども、この問題をめぐって、実は、合理的理由があるから憲法十四条違反でないという答弁を、国会の外務委員会の席で私は連続して受けたという経験がございます。

 それは何かといいますと、御存じのとおり、子どもの権利条約を審議いたしますときに、この子どもの権利条約の中で非嫡出子に対しての取り扱いということが差別的であって、これ自身は憲法十四条に違反する、したがって、この点を正すということはこの条約を締結するということからすると大事な要件ではありませんかということを尋ねているわけなんですね。

 そうしたら、それに対して、一九七九年に法制審議会の答申がございまして、法務省の提出された相続に関する民法改正要綱試案の中では、例の配偶者の相続分の増加と、それと同時に非嫡出子の相続分を嫡出子と同等という一項が併記されていたわけなんですね。ところが、一九八〇年、七九年から一年たって、明けて八〇年の、国際児童年のスタートの年でもあったその年の国会提出のときには、非嫡出子の改正だけが削り取られていたという経過がございまして、配偶者の相続分の増加だけがそこで問題になったということがございます。

 なぜですかということをその当時も質問をいたしているわけですが、それに対して、世論がそこまでいっていないからという答えなんですね。世論がそこまでいっていないからというのも合理的理由になるのかどうか、そこは非常に私は問題多いというふうに考えざるを得ないんでございますけれども、国際世論は、この問題に対しては、非嫡出子に対する差別的取り扱いというのは認められるべきでないということになっているのが、種々、国際的な観点でこの問題が取り上げられるたびごとに出てまいります。

 日本に対してむしろそういう意見というのが出てきているということが具体的になっているわけですから、そういうことからいたしますと、この合理性の判断というものの中身を先生どういうふうにお考えになっていらっしゃるか、もう少しそこのところ詳しく教えていただきたいと思います。

内野参考人 御指摘のように、違憲の差別と合理的区別とを分ける判断基準を一般的に示すということは難しいところがありまして、また、合理的理由がある区別ならばオーケーという言葉がひとり歩きすると困ることもあるわけです。

 先ほどの報告では子どもの権利条約に言及しませんでしたけれども、非嫡出子の問題は、本人の意思ではいかんともしがたい事由に基づく、いわば生まれによる差別であって、その場合には、そのような異なった取り扱いが合理的かどうかについては、この種の差別は原則的に厳しく禁止されるという基準のもとで判断していくべきだということであります。この点は、先ほど言及しました最高裁判決の反対意見、少数意見の方でかなり言い尽くされていると思います。

土井小委員 もう一つその最高裁の判決の中身もちょっとはっきりしないなと思って私は実は読んだ中身なんですね。むしろ高裁は、これは違憲であるという判決を二例出しておりますから、高裁の判決の方がよほどはっきりしておりまして、読んですぐわかるというふうな判決理由であるなというふうに私自身は読みました。

 さて、それで、今の問題もそうなんですけれども、条約締結について、特に人権にかかわる問題を審議しなければならないということが昨今ふえてまいっております。それはつまり、国際社会においては、人権尊重とか平等という認識というのは国際的に非常に高まりと強さをどんどんどんどん増幅していっているということだと思うんですね。

 ところが、日本の場合は、この条約に対して批准するということが随分時間がかかるんです。例えば、人種差別撤廃条約というのは三十年たなざらしだったんですね。採択されたのが一九六五年ですけれども、日本が批准いたしましたのは九五年ですから、三十年間かかったということにもなるわけで、百四十六番目です、日本が批准したのは。この条約の趣旨を考えれば、できるだけ早期に締結するということが必要だと思うんですね、拙速は困りますけれども。

 しかし、できる限りこういう人権問題については、やはり具体的に中身を検討して、そして早く、できるだけ早期に締結するという努力が大切だと思うんです。しかし、これに対して、この問題を質問いたしますと、条約に対しては、憲法の保障する基本的人権との関係をいかに調整するかなどの難しい問題がございまして、長期にわたる検討を要したというお答えが返ってくるんですね。

 ほかにも、今の女性差別撤廃条約についてもそうです。大変時間がかかっているわけで、日本は七十二番目の批准国だったわけですね、一九八五年ですが。日本は遅い方です。それから、子どもの権利条約、これも百五十八番目でして、日本は大変これまた遅いんです。こういう条約に対しての対応というのが、締結時、遅いばかりでなくて、先ほど山口議員がおっしゃいましたけれども、日本が条約を締結してから後、条約を遵守する義務が少なくともあるわけですが、これに対しての努力というのがもう一つ不十分だという指摘を、国際社会から日本に対して向けられる中身として出てくるという度数が非常にあるんですね。

 例えば、女性差別撤廃条約について言うと、日本の取り組みを四年に一回国連に報告しなければならないわけで、この結果が去年の八月に、御案内のとおり政府の報告書について最終コメントが出てまいっておりますが、その中では、根強く残っている雇用差別対策の不十分さが指摘されますし、男女雇用機会均等法の指針の改正などを強く求める内容となっておりますし、もう国会では、出してもいつも審議未了のまま廃案になったり、継続審議にならないで今日に至っております選択的夫婦別姓制度の導入とか、それから女性の婚姻可能年齢を男性と同じ年齢に引き上げる問題とか、女性の再婚禁止期間を百日に短縮する問題とか、これはやはり、それぞれ考えてまいりますと、憲法十四条に非常に関係する中身というのをすべて持っている問題を指摘される度合いが非常に強いんです、日本の場合。

 したがいまして、これは、先ほども義務の問題が条文に対して少な過ぎるということがございましたけれども、少なくとも九十九条では国会議員、閣僚は憲法尊重擁護の義務というのがあるわけですから、この義務を国会議員や行政サイドの閣僚が果たすということを努力しておれば、私は、かなりこの中身は違っていると。憲法に問題があるんじゃないのであって、憲法に対して尊重擁護の義務というのを持っている立場の取り扱い方が違ってきているんじゃないかというふうに思っておりますが、その辺は先生どのようにお考えになりますか。

内野参考人 今の御指摘とほぼ同じ意見でありまして、私は、言及し忘れたのですけれども、男性と女性の婚姻年齢の違いとか、あるいは女性の再婚期間の問題ですけれども、これは、私が言う形式的平等という見地からしましても、憲法十四条に違反すると見る余地があると考えております。

 あと、先ほどの憲法尊重擁護義務のことですけれども、これは御指摘のとおりでありまして、あわせて憲法九十八条二項に基づく条約遵守義務ということにかんがみましても、国際人権諸条約の国内実施に日本はより一層努めていくべきだと考えます。

土井小委員 ありがとうございました。

山花小委員長 次に、松野博一君。

松野(博)小委員 内野先生、よろしくお願いします。

 最初の質問は、きょう先生にお話をいただいた現憲法下での十四条を中心とした国内における平等、差別の問題とちょっと違った観点になるかもしれませんけれども、先生にお話をいただいて、国内において憲法の非常に大きな柱としてこの基本的人権の確立ということが挙げられているというお話がありました。一方で、憲法の前文の中に、国内外にかかわらず人類の普遍的な権利として基本的人権を尊重し確立をしていこうという宣言が述べられているわけであります。

 現実的に、各国の内政不干渉という前提を超えて各国がさまざまな働きかけをするときに、第一の大義として挙げるのが人道上の問題、人権上の問題ということでありますけれども、今、日本国憲法のこの前文で、国内外を問わず人類普遍的なものとして挙げられているこの基本的人権の要素というのと、日本国内における基本的人権の要素の問題、これがそれぞれ同質のものであるのか、また違う、ダブルスタンダードになっているのか、その範囲とレベルについて、内野先生がどのようにお考えであるかについてお話をいただきたいと思います。

内野参考人 憲法の前文ですけれども、そこでは御案内のように、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」という言葉があります。「人類普遍の原理」という言葉は、それとは少し異なった文脈で出てきますが、その点はさておき、憲法の前文で掲げられている「恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利」というのは、多分に政治的宣言という色彩を含んでいるものと考えます。と申しますのも、「全世界の国民」というのが主語になっているからであります。

 これに対して、日本国憲法は、日本国民あるいは日本国に在住する人たちの人権を保障するものでありまして、その意味で、憲法十三条以下の条文で具体的に示されている人権保障と憲法前文での全世界の国民の権利の制限とは必ずしも性格が同じではないと考えます。

松野(博)小委員 次の質問は、一転して、具体的な事例に関してでありまして、私は常々、公然と行われているけれども、このことは人権上からいってどうなのかなと思っていることがありまして、それは刑事事件における容疑者、被疑者の実名報道の件であります。

 一般的には、逮捕状が出た時点、起訴された時点で実名となり、そして敬称等が除かれて報道がされるわけであります。しかし、日本の三審制の原則からいえば、この時点ではまだ推定無罪とするというのが原則的な考え方でありますから、その刑事事件のあたかも犯人であるかのような思いを抱かせる実名の報道のあり方というのは、これは明らかな人権侵害ではないのかなというふうに考えております。

 もちろん、客観的な証拠の中で、非常に犯人である可能性が高く、なお実名報道また顔写真等を一般に知らしめないとまた被害が重なるというような事例であれば考えられるかもしれませんけれども、今の場合は、ほとんど無差別に、逮捕状が出た時点、起訴された時点で実名報道に切りかわっていくというような状況でありますけれども、このことに関して、人権上の問題から内野先生はどのようにお考えかをお聞かせいただきたいというふうに思います。

内野参考人 詳しい実情は知らないのですけれども、現在でも、いわば軽微な犯罪については実名報道を差し控えるということが少し行われていると承知しております。

 それで、一般には広く実名報道が行われているわけでありまして、その中には人権侵害の疑いがあるものも含まれていますけれども、ただ憲法論として言いますと、被疑者、容疑者段階での実名報道が行われたからといって、その多くが憲法違反の人権侵害になるとまでは考えておりません。

松野(博)小委員 先生のお話の中に、ハンディキャップを負った方の実質的な平等というのを、立法や行政政策によって、積極的差別是正措置を含めて推進をすべきであるというお話がありました。私もまさにそのとおりだというふうに思いますが、例えば、ハンディキャップを背負っている方々、一つの分野として身体的な障害をお持ちの皆さんを考えれば、日本の障害者として認知をされているというか正式に届け出を得ている方の数というのは、諸外国の比率から比べると非常に低いという現実があります。

 これは先生のお話の中にありましたとおり、日本国が非常に同質性社会で、少数者に対して偏見を抱きやすいというような、そういう社会性が大きな影響を与えているものだというふうに思いますが、この実質的な平等を維持するに当たって、社会意識の問題でありますから、先生のお話の中にありましたとおり、憲法から外れた部分、憲法外の問題であるかというふうには思いますけれども、この実現のために今の、特に障害者の申請による届け出方式を先生はどう評価されているのかについて、お話をお伺いしたいと思います。

内野参考人 御指摘の申請の方式というのは障害者手帳の文脈かと思いますけれども、積極的差別是正措置などの形で車いすの人なども暮らしやすいような社会をつくっていくということは、申請方式とは別次元の話でありまして、御指摘のように、社会意識の変革の問題もありますけれども、あわせて、お金の使い方、予算の使い方という問題が大きいと思うわけです。つまり、少数者のためにたくさんの予算を、お金を使うことは必ずしも効率的なことではないという意識があるとしたら、そのような意識を立法や行政の関係者の側で変えていくことが重要だというふうに認識しています。

松野(博)小委員 ありがとうございました。

山花小委員長 次に、辻惠君。

辻小委員 民主党の辻惠でございます。

 憲法は、マグナカルタ以来、時の政治権力と人民との間の闘争の産物である。そういう意味におきまして、人類の知恵の集積されたものである。したがいまして、憲法の規定というのはあくまでも時の為政者、権力に対して向けられるものであって、義務や責任を数多く規定すべきものではないというふうに私も考えております。この意味において、内野参考人と同意見であります。

 今、問題にされるべきなのは、自由、平等というフランス革命以来保障されてきた権利をどう実質的に、実効的に保障していくのか。この意味におきまして、憲法十四条の平等主義というものをどのように実効あらしめていくべきなのか、これが一番今問われていることなのではないかと思います。その意味におきまして、行政、立法、司法、そして私たちが帰属している市民社会がそれぞれ平等主義を実効あらしめるために何をすべきなのか、これに関して御質問させていただきたいと思います。

 まず、行政、立法に関してでありますが、実質的な平等を実効あらしめるためにそれぞれ政策を実施していかなければならない。参考人が言われるように、不利な立場の人々に対する配慮がなされなければいけない、不利な立場の人々が救済される社会をどのように構築していくべきなのか、このことが問われなければならない。その意味において、マイノリティーに対する配慮ということが不可欠である、こうおっしゃっておられます。

 部落、アイヌ、障害者、在日、女性、同性愛者等々とありますが、とりわけ刑事事件関係者ということで、行政なり立法に問われているものについて、具体的に何か御意見があれば伺わせていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。

内野参考人 刑事事件関係者ということですと、必ずしも平等の問題プロパーではありませんけれども、被疑者、被告人あるいは受刑者に対する刑事事件関係当局の取り扱いについて人権保障の見地から是正を図っていく、そのための立法や行政施策というものが当面必要だと考えます。

辻小委員 参考人も述べておられるように、伝統的に日本社会は、人々がいわば異質な少数者に対し偏見を抱きやすい同質性社会の傾向があると。一番、一番とまでは言いませんが、マスコミに多く喧伝され、社会が同質性社会に傾いてしまうような場面の一つとして、凶悪犯罪の場合に、これは社会の敵である、ある意味で人類の敵であるということで指弾される、一言で言えば魔女狩り裁判のような様相を呈することがあります。このようなことを許さないのが人類の歴史であり、成熟した社会のなすべきことだと考えますが、その点はいかがでしょうか。

内野参考人 御指摘の点は当たっている面が多いと思いますが、マスコミなどの力で、一方的な意見によって人々を同じ方向に持っていこうという意味での同質性社会と、それから私が報告で示しました、いわば異質な少数者に対して差別的偏見を抱きやすいという同質性社会、この二つは深く関連していますけれども、必ずしも同じものではないと考えます。

辻小委員 時間の関係もありますので、次に移ります。

 司法が果たすべき役割ということに関してでありますが、平等主義を実現するために司法が果たすべき役割、司法に問われているもの、この点についてはどのようなお考えがありますでしょうか。

内野参考人 裁判の判決という形ですと、いわば白か黒かをはっきりつけるようなスタイルになりがちですので、裁判、司法に問われていることは形式的平等原則違反に対して違憲とか違法という判断を示すことでありまして、司法の力をもって実質的平等を実現していくということについては必ずしも大きな期待はかけられないというふうに考えます。

辻小委員 実質的平等を実現する担保として司法というものがあるというふうに私は理解しております。その意味におきまして、参考人が挙げておられる議員の定数の違憲問題そして非嫡出子への差別の問題について、司法の果たすべき役割は大きなものがあったと思うわけであります。

 前者について申し上げれば、明らかに一対二以上の投票権の格差がある、これを憲法違反と認めない。まさに違憲立法審査権が後退しており、司法の役割を放棄しているに等しいのではないかというふうに考えておりますが、この点におきまして、具体的に婚外子の問題について、結局最高裁判決が言っているのは、法律婚の尊重と、そして一方で非嫡出子の人権の利益考量の問題だ、こういうふうに言っていると思います。

 確かに利益と利益が対立する。しかし、平等主義を実現するために、その利益の中にも優先順位があるんではないか。それは人権保障という観点がやはり優先すべきである。そのような優先順位で物を考えるべきではないかと考えますが、その点はいかがでしょうか。

内野参考人 御指摘の点で、一票の格差の問題と婚外子の問題は、実質的平等の問題ではなくて形式的平等の問題でして、その意味で、まさに裁判所が積極的に実現、救済できる、あるいはすべき事柄だと考えます。

辻小委員 最後に、市民社会の中において実質的平等をどう図るべきなのかという点に関連してでありますが、私も、参考人が言われましたように、民間社会における平等を実現するために刑罰権を適用するというのは誤りであって、むしろ、成熟した市民社会の中で差別をなくしていく、差別意識を含めてなくしていく、そのような啓蒙、自覚が必要だと思います。

 それに関連して、参考人は人権擁護法案ないしは差別禁止法を新設せよ、このようにおっしゃっておりますが、差別禁止法の新設ということについて、具体的に述べていただければと思います。

内野参考人 人権擁護法案の場合は差別禁止法という趣旨もかなり含まれているのですけれども、それ以外の趣旨、国家権力による虐待その他幾つかのものが含まれておりますので、差別禁止法というふうないわば独立した形で、人種差別や部落差別などが民間でも厳しく禁止されるということを明記する価値があると思います。

 それで、私は先ほど差別的表現については刑罰的規制は慎重であるべきだというふうに言いましたけれども、民間における差別的取り扱いについては、場合によって刑罰的規制があってよかろうかと思います。

辻小委員 ありがとうございました。

山花小委員長 次に、船田元君。

船田小委員 自由民主党の船田元でございます。

 内野先生には入れかわり立ちかわりの質問で大分お疲れのことと思いますが、もう少しだと思いますので、よろしくお願いいたしたいと思います。

 内野先生からは、きょうのお話の中でも、平等ということについての概念、幾つか整理をしていただいて、大変ありがたかったと思っております。ただ、私は、この平等の概念の中で、機会の平等ということと、それから結果の平等という、どうも私の頭の中ではそういう整理をいつもしてしまいますので、こういう観点からちょっと教えていただきたいことがございます。

 内野先生は形式的平等それから実質的平等というお話をされておりますが、この機会の平等、結果の平等ということからすれば、二十世紀、今でもそうですけれども、社会的、経済的弱者を保護していこう、そういう福祉社会あるいは社会福祉国家、これをつくろうという要請からは、機会の平等よりも、機会の平等は当然のことであるが、できれば結果の平等まで保障したい、あるいは実現したい、こういう流れがあったかと思っております。

 しかし一方では、この結果の平等は、これを最後まで保障し合うということになりますと、我々の今、国として動かしておりますまさに資本主義あるいは経済的自由というものとは、この結果の平等はどうしても両立し得ないという問題が出てくると思います。

 したがって、現在の日本国憲法が求めているものは、余りにも差がつき過ぎたスタートラインの差を埋める、機会の平等を少なくとも保障するということで、結果の平等については、それはそのときの状況によるということで、そこまでを保障してはいないのではないか。また、それを最終的に求めていくのも、これは大きな社会的な問題があるのではないか、こう理解をしておりますが、先生のお考えはいかがでございましょうか。

内野参考人 ただいま御指摘の御理解と同じであります。

船田小委員 ありがとうございます。

 それともう一つ、この形式的平等、できるだけ実質的平等を実現しようという方法の一つとして、アメリカで特に先駆的に取り組んでいたと思われますアファーマティブアクション、積極的差別是正措置あるいは優先処遇という訳語がございますけれども、このアファーマティブアクションにつきまして、アメリカにおいては、確かに一九六〇年代、黒人問題を初めとして、いわゆるマイノリティーをできるだけ社会の中で積極的に認めていこう、そういうために、例えば大学の入学試験あるいは企業の採用、昇進、もちろん役所の採用、昇進も同じだと思いますが、特別の枠を設ける、こういうことでやってきたかというふうに思っております。

 ところが、アメリカにおきましても、その後、八〇年代、九〇年代が大きいと思いますが、それが行き過ぎると今度は逆に、逆差別になるんではないか、あるいは特別扱いをするということは、その扱いをされた方あるいはその扱いをされているグループが他に比べて劣っているというレッテルを逆に張るということで、このような問題が指摘をされ、九〇年代後半においては、幾つかの分野、幾つかの方策においてアファーマティブアクションの廃止ということも大分見えてきた、そういうことが実現されてきた、また検討されている、このように感じております。

 現在どうなのか、アメリカの動きは落ちついているのかどうかも含めまして、このようなアファーマティブアクションというものについての先生のお考え、そして、これが行き過ぎた場合にはどういうことがあるか、その辺をお聞かせいただきたいと思います。

内野参考人 アファーマティブアクションを支持すべきかどうかについては、一般論としては一概に申し上げることはできません。

 その中でも、人口比率を反映するような、いわば結果の平等に近いようなものを目指すアファーマティブアクションから、もう少し緩やかなポジティブアクションというふうに呼び得る形態までありまして、御指摘のように、劣った者、弱者というレッテルを張りつけられるという問題点もあるわけであります。

 その意味で、ケース・バイ・ケースながら、日本社会においてはポジティブアクションのようなことをこれから推進する余地はかなりあるだろうと考えておりますし、特に男女共同参画という文脈では、女性の方が一見して男性よりも有利に扱われるようなことがあっても、そのような政策は場合によって推進されるべきだと考えます。

船田小委員 ありがとうございます。

 今、男女の問題を少しおっしゃっていただきましたが、ちょっと具体論で、これは最後になると思いますが、先生のお考えをお聞かせいただきたいことがあります。

 それは、先生のペーパーに、さらっと流しておられましたが、学校における男女別学の問題。特に、私立の場合は別としましても、国立、公立の学校の男女別学、これは一部残っております。これは憲法十四条における性別による差別はいかぬという例示の最たるものでありますので、やはり原則として違憲の推定が働くんじゃないか、こういうふうに言われております。これを、別学は合理的な理由があるんだということをやはり積極的に示していかなければいけない、正当化事由というものが当然必要である、こう考えております。

 例えば、これまで言われていたことには、男女のいわゆる肉体的な条件の差があるから、男子のみ、あるいは女子のみということで入学をさせることは合理的である、こういう理屈もあります。しかし、最近では、例えば防衛大学校に女性の入学を認めたり、さまざまな共学の方向が出てきている。

 それから二番目の理由として、分離しても、男女を分けても、それぞれの学校で全く同じ教育内容や設備を持っていれば、別にこれは単なる分離であって教育的には平等である、こういう意見もありますが、これもやはり本当に全く同一の教育の条件を別々の場所でつくれるかどうか、こういった問題点が指摘をされている。

 また、三番目の理由として、特に女子大学などにおきましては、女性の社会進出を促すためであって、これは先ほど御議論いたしましたアファーマティブアクションの一種である、だからこれは当然認めるべきだということですが、しかし最近、女性の大学進学率は極めて上昇してきております。また、大学入試において女性の方が何か優位に立っているというところも相当あるわけでございまして、そういう積極的、合理的な理由、正当化事由というのがかなり薄れてきている、こんな感じがしております。

 実は、私の選挙区のある栃木県の県立高校は、かつては約三〇%男女別学でございまして、日本全国の中でもかなり珍しい、高い率にあります。これを今度再編成して一五%程度にしていこう、こういう動きを今やっている最中でございますが、この男女別学について、これをその平等の考え方からするとどのような御意見があるか、お聞きしたいと思います。

内野参考人 性別というのは憲法十四条の列挙事由でありますが、それに基づく差別について違憲の推定を働かせるという説も確かにあります。かなりありますけれども、しかし性別は、人種とは異なって、いわば中間的な審査基準で対応していいのではないかという学説もかなり有力であります。

 そういう点からかんがみて、私自身は、今のところ男女別学というものを、立法政策的には改めるべきだと思いますけれども、憲法十四条違反とまでは断定し切るところまでは至っておりません。

船田小委員 ありがとうございました。

山花小委員長 これにて参考人に対する質疑は終了いたしました。

 この際、一言ごあいさつを申し上げます。

 内野参考人におかれましては、貴重な御意見をお述べいただき、ありがとうございました。小委員会を代表して、心から御礼を申し上げます。(拍手)

    ―――――――――――――

山花小委員長 これより、本日の参考人質疑を踏まえて、小委員間の自由討議を行います。

 一回の御発言は、五分以内におまとめいただくこととし、小委員長の指名に基づいて、自席から着席のまま、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いいたします。

 御発言を希望される方は、お手元にあるネームプレートをこのようにお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようお願いいたします。

 発言時間の経過については、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。

 それでは、ただいまから御発言を願いたいと存じます。御発言を希望される方は、ネームプレートをお立てください。

中山会長 自民党の中山太郎でございます。

 小泉政権は、日本の政府を電子政府にするということを既に決定して必要な作業を進めております。こういうことになってくると、個人情報をいかに今後保護するかということが一番大きな問題になってくるのではないか。

 現にフィンランドでは、フィンランドの憲法で個人情報の保護を決めております。ちょっと御紹介をいたしますと、フィンランド憲法の第二章の第十二条ですね。「何人も、表現の自由を有する。表現の自由は、誰にも妨げられることなく、情報、意見その他のコミュニケーションを表現し、流布し、及び受領する権利を伴う。表現の自由の行使に関する詳細については、法律で定める。子どもの保護のため必要な映像番組規制に関する規定は、法律で定める。」「公共機関の有する文書及び記録は、その公開がやむを得ない理由で法律により明示的に制限されていない限り、公開される。何人も、公の文書及び記録にアクセスする権利を有する。」権利を憲法が保障しているわけですね。

 これが、将来日本の電子政府が完了した場合に、国民の個人情報がどういうふうに政府のデータベースに入っているかということを各個人が確認できるような権利というものを保障する必要があるんじゃないか。これが一つの、私の今日までの海外調査も含めた、新しい電子化される社会の中での行政機構における情報の管理、こういう問題だろうと思うんです。現に、各地方自治体でも電子化が相当進んでいます。

 こういう点について、私はぜひ、この問題は新しい科学技術と人間の社会の関係においても、議論を詰めておかなければならないことだというふうに考えておるということを申し上げておきたいと思います。

園田(康)小委員 民主党の園田康博でございます。

 今の御発言もございましたし、それから先ほどの内野参考人からのお話でもございますけれども、人権の領域では憲法改正の必要性は少ないということを明言されておられたわけでございますし、プライバシーなどの明文化も含めてという話でございましたけれども、私が考えますに、やはり日本国憲法を国家対国民という位置づけの中で考えていくならば、時の国家権力に対する抑制措置、これが憲法の果たす役割であるというふうに考えます。

 そうなってきますと、弱者救済という意味を込めれば、人権の侵害が過度に行われたり、あるいはそのおそれがある場合、これを憲法によって抑制することができる、いわゆる法の支配の概念でございます。

 したがいまして、プライバシー、今個人情報保護の話が出ましたけれども、そのプライバシー保護というもの、プライバシー権というものを積極的に明記をしていく必要があるというふうに考えると同時に、さきの平成十一年に成立いたしました情報公開法でございますけれども、行政情報に関して公開を推進していくという法律でございました。しかし、この法律の意味、内容につきまして一点だけ残念でありましたのは、先ほどの政府の責任という話がございました。しかし、これは政府の国民に対する説明責任という形での情報公開法が成立された経緯、これに関しては少し残念なところがございました。すなわち、私の考えでいきますと、アメリカあるいは諸外国の中において、国民の知る権利というものをしっかりと明示してこの法律ができてきた、フリーダム・オブ・インフォメーション・アクトという形でできてきた経緯がございます。

 そうなってきますと、法律の性質そのものが大分変わってきてしまう。政府からの説明責任において情報が公開されるのと、国民の知る権利に基づいて情報が公開されるということでは、まるでその法律の趣旨、それから国家の姿勢、国家権力の姿勢というものが変わってくるのではないかという気がいたします。

 したがいまして、人権保障を推進するという点からすれば、これはやはり立法政策で時々において行っていくということではなかなか追いついていかない部分、これだけ多様化している、あるいは高度情報化時代の流れの中ででございますけれども、そういったことから勘案しますと、やはりきちっと憲法に明記をしておけば、これらのいわゆる新しい権利、人権と言われているものを憲法の中に明記しておけば、より国民の人権が保障をされる形になっていくのではないかというふうに考えております。

 それからあと、先ほどの話の中でなかなかこれは触れられなかった部分がございますけれども、憲法の私人間適用について。これは憲法改正云々の話ではございませんが、私人間適用、これにつきましては、昭和五十六年の三月二十四日の日産事件でも明らかでございましたけれども、なかなか私人間に対して憲法が適用されるという形にはなっていないのが今の日本の現状でございます。

 しかしながら、もう既にアメリカでは理論操作がなされておりまして、いわゆるステートエージェンシーという考え方、ステートアクションの法理という考え方でなされているわけでございますので、こういう考え方を積極的に我が国も取り入れてステートアクション、いわゆる直接的な部分で憲法が保護、人権を保障するという形へ持っていくことで、より強固な人権保障というものがつくり上げられるのではないかというふうに考えております。ありがとうございます。

棚橋小委員 自由民主党の棚橋泰文でございます。

 私は、基本的人権に関しては、さらにこれから二つの視点から議論すべきだと考えております。

 第一は、今までのお話にもございましたが、やはり憲法制定当初には想定しなかったような基本的人権、例えば今お話にありましたように知る権利、これも単なる表現の自由の反射的効果としての知る権利ではなくて、知る権利固有としての知る権利、あるいはプライバシー権、環境権、二十一世紀に入って特に人権感覚が研ぎ澄まされた中での、人権の中でも特に重要な問題、こういった問題に関しての討議をさらに深めるべきだと思っております。

 それから第二点は、特に重要な観点として、もともと憲法は、御承知のように、国家対個人あるいは国家の人権侵害に対して個人の権利を守るという歴史的な経過から制定されるケースが多いわけでございますが、今園田議員のお話にもございましたように、憲法の私人間適用、あるいは国家と同じような力を持っている巨大な私的組織、こういったものとそれから個人との人権の調整、こういった観点からも基本的人権というものを考えていかなければいけないと思っております。

 特に、私人ないし私人ではあるけれども非常に大きな力を持った私的組織が他者の人権を侵害するような場合、他者の人権を不当に侵害するような権利、あるいは自由、あるいは人権というものはだれも持ち得ないという観点から、私人間での人権制約に対してどういう観点から憲法が規律をするか、そういう観点からの討議をこれからさらに進めて、また議論として進めていただくようにお願いいたします。

小野小委員 先ほど中山調査会長から出されました問題提起に関しまして、一言述べさせていただきたいと思います。

 それは何かと申しますと、情報社会と言われるこの時代の、情報サイバー空間と言われる世界でございますが、これが果たしてこれまでのそれぞれの国々が持ってきた権限ないしはその法的な効力と言われるものに合致するものかどうかという点の検討がこれからぜひ必要だという点でございます。

 これには幾つかの点があろうかと思いますが、一つには、このサイバー空間というものは、果たして国境線を的確に設定ができるものなのであろうかという問題でございまして、国境線が設定できないとなれば、国家権力というものをどうここへ働かせていいかというようなところに非常にあいまいな問題が残るという点があります。

 第二点目は、この情報空間の技術進歩が非常に急速に過ぎるということですね。

 一年たちますと、もう既にそのサイバー空間の性格が大きく変わってしまう。技術進歩の中において新しい要素がどんどん加わってくるのがこの情報世界の特徴でございまして、それが果たして、今までの、法律を制定しながらその秩序を形づくるという速度と合致できるのかどうか、このあたりについても検討が必要な点があろうと思います。

 第三点目は、今、日本国憲法の中にも表現されるところの思想、信条の自由に非常に近い部分で行われる営みなんですね。

 ですから、何らかの外的なアクションが具体的な物的な損害を与える、そういう圧力を何らかのものに加えるというような形であれば、非常にこれは法的な体系に乗りやすい問題でありますが、情報世界の場合はそうではなくて、非常にあいまいな、こういう表現の自由と言われるようなもの、思想、信条の自由と言われるようなもの、これに立脚して行われる行為であるだけに、これをどういうふうに律するのかという点にも一つの問題があろうと思います。

 第四点目の問題は、権力を持った人が何らかの行為を行い、それが国民に対して何らかの被害や権利制約を起こすというよりも、今、棚橋委員からもお話がありましたとおり、国家権力でない存在がこの点における問題を引き起こす可能性を非常に高く持っている。

 一個人であっても、この情報ネットワークの上で流した情報によって、非常に広範、急速に世界全体に影響を及ぼすことができるというのがこのサイバー世界の特徴でありますだけに、それを現在までの憲法ないしは一般法の考え方で律することができるのかどうか、こういうところも一点、検討が必要だということでございます。

 憲法の議論をしている場において、こういう問題提起は、少し大き過ぎる問題提起をしたのかもしれませんが、やはり国際的な枠組みを検討する必要性があるだろうし、またこのサイバー空間は今までのリアル空間と違う性質を持ったものであるだけに、新しい法体系を構築していく必要も生まれるだろうという点を指摘しておきたいと思います。

村越小委員 民主党・無所属クラブの村越祐民です。

 本日の参考人のお話と諸先生方の質疑を踏まえて、二点に関してちょっとコメントをしたいと思います。

 まず一点目は、男女共同参画の問題であります。

 先ほど来、アファーマティブアクションのお話などございましたが、やはり我が議会、それから、私はいっとき地方議会に所属をしていたわけでありますが、女性の社会進出というものがまだまだ十分果たされていないと私は考えています。ですから、この委員会を見渡しても、土井先生が非常に活躍をされておりますが、半分ぐらい女性の先生方がいても不思議ではないというふうに考えていまして、その段階的な移行措置としてアファーマティブアクションというものを導入するのも非常にいいのではないかと私は考えています。

 つまり、先ほど船田委員がおっしゃられましたスティグマ効果というものも十分に検討してこういう制度を導入しなければいけないんだとは思いますが、やはり女性の社会進出というものを考えたときに、私ども男性の側からも積極的にいろいろな制度を考えて、導入してやっていく必要があるのではないかと私は考えています。

 それからもう一点、私人間効力のお話が先ほど来出ているわけですけれども、最近ではもう一歩踏み込んで、ドイツなんかでは基本権保護義務論というような議論がなされていまして、より国家が積極的に人権を保障するような、つまり、国家による人権保障ということを考えていく必要があるのではないか。

 つまり、この基本権保護義務論においては、典型的な三極構造をとるわけでありまして、まず国家があって、それから、人権が保障される人、それから、私人間効力のお話ですから、人権侵害を受ける人という三極構造があって、そこに国家が積極的に介入して人権の保障を実効たらしめる。

 つまり、人権を侵害する人に対してはその人に対する人権の制約理論として働いて、他方で、人権の被侵害者に対しては人権を保障する理論というふうになるような新しい議論が最近では蓄積されていますので、こういった理論も参照しながら、いかに人権保障を実効あるものとしていくのかということを考えていく必要があるのではないかと私は考えています。

 ありがとうございます。

山口(富)小委員 日本共産党の山口富男です。

 私は、IT社会や電子政府にかかわる問題ですと、複眼的な接近が必要ではないかと思うんです。

 第一の接近というのは、現にこの問題が引き起こすであろう問題について、具体的な法の問題ですとか政治、社会の範疇で考えるという問題と、もう一つは、きょうの参考人のお話ですと、例えば憲法十四条でしたら、形式的平等を求め、その実質的なものを立法なり行政で具体化していくという話があったわけですけれども、そういう角度で見たときに、憲法とのかかわりでどういう問題があるのかという複眼的な接近が必要な課題だなというのを感じました。

 それから二つ目に、プライバシー権や環境権の話も出たわけですけれども、これを憲法論として考える場合に大事なのは、もともとこれが、憲法の人権規定に根差して国民の運動ですとか判例等を積み上げていく中で生まれてきた権利ですから、十三条の幸福追求権や二十五条の生存権からいきましても、そういう新しい人権規定を十分支え得る憲法規範になっているというところに注目することが大事だと思うんです。

 最後になりますが、きょう、参考人の御意見をお伺いして強く感じましたのは、十四条を初めといたしまして、憲法の人権や民主主義にかかわる規定について、これを立法と行政の場できちんと生かす、その上でも、現状がどうなっているのかという不断の検討が必要だなということを感じるんです。

 男女平等や同権の問題についても、十四条を受けて、二十四条、四十四条で、社会それから家庭、政治参加の面で男女の平等、同権が詳細に規定されているわけですけれども、現実には労働条件や雇用の問題を含めて格差が厳としてある。こういう問題の解決がどうしても必要だというふうに思いますし、今、現に問題になっている問題でいいますと、二十五条で定めている社会保障の増進の責任を政府が果たすという問題では、今、なかなかそこに力が注げない問題があって、社会保障への国の支出を抑制、削減する政治が続いておりますから、その点についても、私は、憲法の規定するところからいって、現状への批判と検討が必要であるというふうに考えております。

 そのほかにも多々ありますが、やはり、我が国の憲法で規定しております人権や民主主義の規定に照らして、今の政治それから立法、行政のあり方についてよく見定めていくということが、きょうの参考人のお話をお聞きしても必要だということを痛感いたしました。

倉田小委員 自由民主党の倉田雅年でございます。

 前にもこの会で述べたような気がするんですが、今、日本にとって一番重要な問題は、少子化の問題であります。

 慶応大学の清家先生だったと思いますが、NHKの教養講座か何かで述べておられましたけれども、御承知のように、日本の合計特殊出生率ですか一・三二だ、現在少子化に悩んでいる国は、主としてドイツとイタリアとスペインと日本だと。清家先生のおっしゃるのには、これは旧枢軸国である、こういうことをおっしゃっておりました。

 旧枢軸国とはどういうことをいうのかといいますと、要するに、経済的には非常に発展を遂げて先進国化しているけれども、しかしながら、社会的な実質としてはまだ後進国なんだ、簡単に言えば、女性を本当の意味で尊重していないのではないかと。それに比して、例えばフランスなんかは、今言った出生率が、いっとき一・二か三まで下がってしまったけれども、かなり回復をしてきている、あらゆる手だてをもって、本当の意味での女性の母性を尊重するということをやってきたからなんだと。私は、日本もそれに見習わなきゃならない、こう思うわけでございます。

 それと憲法論議との関係でございまして、今言ったことは立法政策ではないかと言われちゃうと思うんですが、憲法というのは、既存の普遍的な価値を書くだけではなくて、国家としての意思というか、これから日本国がどうあるべきかという理想というか、こういうものも憲法には書かれていいと思うんです。

 例えば憲法第九条ですが、これはずっと、とにかく国権としての戦争はやらないとか、武力による国際紛争の解決をしないとか、大変大きな理想を述べたものであります。これが、現代のテロとかあるいは北朝鮮の問題とか、こういうものとの現実とどういうぐあいに衝突するか。私も、できれば歴史を後戻りさせたくないという一人でありますけれども、そういう意味で、この現行憲法にもちゃんと理想とするところが書いてあるわけです。

 どういう形で書くかは別ですが、単なる立法政策というよりも、女性をより尊重して、本当の意味での男女平等の社会を実現していくというのを一つの理想として憲法に書き込むこともどうであろうかな、こんなことを思いますので、一言述べさせていただきました。

土井小委員 きょうは、憲法第十四条が中心になるテーマで午前中は考えさせていただいたわけですが、十四条の条文の、私はこれは大変大事な部分だと思ってまいりましたのは、「法の下に平等であつて、」という法に対する認識なんですね。この法ということについては、恐らくは、範囲を広く考えるということは当然のことだと思いますから、憲法も入るし、もちろん法律、入りますし、法令も入る、政令も入るというふうに考えるのが尋常だというふうに今まで思ってきたんですね。

 最近、そのことに対して、特に人権保障というのは、法律でこれを決めるという中身について保障するということが憲法自身の条文にございます。例えば、二十六条がそうですし、三十条そうですし、三十一条そうですしと、軒並みこれは、法律事項と申し上げれば、それは具体的に法律事項でないものが少ないぐらい、権利に対して人権保障ということを法律で具体化するということを、憲法自身がこれは決めているわけですね。

 国会が唯一の立法機関なものですから、法律はほかの場所でつくるわけにはいきません。しかし、法律自身が本当に法律事項に徹しているかどうかというところが、むしろ人権尊重の考えが強いか弱いかということに直結するわけで、昨今は、私、一々法案の名前を挙げるわけにいかないんですが、大事な部分を、政令にこれを委任するというふうなことが間々ございます。これは非常にゆゆしいことだと、私、常に思うんですね。特にこれは、政令に委任するというのは、政府に白紙委任状を出すような格好にもならざるを得ぬような場面すらあるわけで、これはやはり、法のもとに平等だと言っている法に対する認識というのを、改めてこれは強く持たなきゃいけないなというふうに私は思います。つまり、法律事項ということをもっと徹底して考えるということが、人権尊重主義からすれば大事なんじゃないかというふうに考えます。

園田(康)小委員 今の議論の中で、人権保障をするという概念、これは、やはりこの憲法が、一番、最大の主張をしている、要請をしているところだと私も思っております。

 したがいまして、だからこそ、だからこそでありますけれども、それをより確実、より強固なものにしていかなければいけないというのが一つやはりここで出てくるのかなという気はいたしております。したがいまして、憲法の中にも、二十条あるいは二十一条に、制度的保障としてのいわゆる政教分離原則、あるいはまた通信の秘密という形で、人権が規定されているんだけれども、それをより確実なものにするために制度的保障というものがこの中に含まれているというふうに考えております。

 したがって、人権そのものが歴史的あるいは社会的な現象の中で侵害されてきた経緯を踏まえていくならば、これから出てくるであろう、あるいは今実際にさまざまな解釈の中で出てきたものを確実なものとして、今後の私たちの子孫に対しても人権を保護していく、保障していくということを考えれば、ここで明記をしていく必要があるのではないかなという気はいたしております。

船田小委員 自民党の船田元です。

 先ほど私も内野参考人に質問を幾つかいたしましたけれども、これまでの皆様のお話の中でも、やはり平等あるいは人権、これを憲法において、これは、形式的平等をまず最低限保障する、しかし、それを実質的な平等というものにできるだけしていく努力は必要である。そのために、幾つかの政策なり、もちろん法律なり、そういったものが幾つかあるわけでありますが、今の我が国の社会、特に、さまざまな新しい権利の概念が出てきたり、あるいはさまざまな、例えば国と個人という関係だけではなくて、先ほど来出ておりますように、国に匹敵するような強大な権限あるいは機構を持った団体、そういった新たな社会の中での要素というものが生まれている。こういうものには常に我々は気を使いながら、心を砕きながら、立法措置あるいは政策的なアクション、これを起こすべきであるというのが私の基本的な考えであります。

 そういう中で、きょう議論に余りなかったと思いますけれども、在日外国人、定住外国人に対する参政権を付与するべきかどうかというような話、これは、非常に長いこと各政党の中でも議論をし、我々自民党の中でも議論をしてきたわけですが、なかなか結論が出ない、そういう状況にあります。

 確かに、参政権、これは、その国民が自分の属する国の政治に参加するという権利でありますから、当然のことながら、当該国家の国民にのみ参政権は認められる、これがまずは第一義的な解釈であると思います。ただしかし、さはさりながら、特に市町村などの、我々に非常に身近な、住民に身近な地方自治体、住民の生活に最も密着したレベル、そういう点での選挙権あるいは参政権、こういうものについては、やはりある一定の条件、これは例えば入管法上の永住者、あるいは一九九一年の入管特例法による特別永住者、そういう人々には、やはり一定の参政権、選挙権を与えるべきではないかというのが私の考えであります。

 ただ、一方では、いや、それはそうではない、やはり日本国民であるということが極めて重要であり、そのことを求めるのであれば、そういう人々は帰化をすればいいではないか、国籍を日本国籍にすればいいではないか、そういう議論と、まだ完全にその闘いが決着がついていないという状況にあり、これはやはり、我々立法者の立場において、私は、怠慢、ある意味の怠慢であるというふうに思っております。これについては、やはりきちんとした結論を出す、そういう時期がもう来ているなというふうに考えております。

 それともう一つ、先ほど男女別学についてちょっとお話をしましたけれども、夫婦別姓ということについても、これはやはりまだ議論が続いている、そういう状況でございます。

 確かに、憲法十四条の精神を生かして民法がつくられておりますが、その七百五十条には、婚姻のときには「夫又は妻の氏を称する。」ということで、これは形式的には男女平等ということになっています。しかし、社会通念上、あるいは慣行上、ほとんどの場合は夫の姓になるということであります。妻の姓になるというのはごく限られたものであります。これは、多分、間接的差別、学術用語では間接的差別と言ってもいいのかもしれませんが、そういう、やはり男女の差、あるいは差別に近い形がこういう社会通念の中にまだまだ入っているということがありますので、そういうものを積極的に是正をしていく。そういうための法律、立法措置というのは、私はやはり、当然ながら求められるべきものであるというふうに理解をしております。

 私見を申し上げました。

小野小委員 たび重なって申しわけございません。

 土井委員の法のもとの平等に対する考え方について一言発言させていただきたいと思うのでございます。

 きょうもいろいろな御議論がありましたけれども、形式的な平等、そしてまた実質的な平等、こういうところに必ずしも一定のきちんとした見解が立ち得なくて、それぞれの問題ごとに、常識の中において、良識の中において妥当なところを求めていくというのがこの平等の基本的なものなんだろうというような印象で私はこの議論を聞かせていただいてきたわけであります。

 そういたしますと、法のもとで平等を確保するということを論ずる場合に、余り法というものにおいて細かく状況を設定した規定をつくり過ぎますと、その場面場面におきます対応力を損なってしまうおそれが出てくるのではなかろうかというようなことを懸念いたします。ですから、理念としての平等ということは、これは極めて私たちも重視すべきものであって、この尊重を図っていかねばならないと思うわけでありますが、その実際にあらわれる形というところについては、より自由度を残しておく必要があるのではないだろうかというのが私の意見でございまして、また御意見ございましたら、お聞かせいただければ幸いでございます。

土井小委員 法律が政令に委任するという場合、一切それを認められないとは言っていないんですよ。ただ、法案からすれば、法案を見た場合に、骨格になる部分についてまでも政令に委任してしまっているというふうな場合は、その法律自身の、言ってみたら形骸化につながるじゃないですか。だから、命取りみたいなものですよ、法律の。みずからそれを意識してやっているとなると罪は重いと言わなきゃならぬと思うんですね。

 だから、おっしゃったように、技術的な側面で、細かい点について、これはもうここまでは法律できちっと決めてあるんだから、あとはこの中身を実施するために政令でつくることというふうに法律自身が指示することは何ら差し支えないと思います。私はそんな問題を言っているわけじゃないの。法律の本旨にかかわる問題について政令に委任しているというふうな場合は、言ってみれば法治主義の放棄ですよ、簡単に言えば。

 だから、そういうことが、憲法の条文からすると、わざわざ法律の定めるところによるというふうにきちっと規定している条文なんかについて言うと、特に人権尊重の点からこういう規定になっているわけですから、人権を保障するためにこういうことになっているわけですから、法律ということに対しての認識をよほどこういう場合はしっかり持っていないといけないなというのが法律主義の中身だと私は思うんですね。そういうことを言っているんです。最近どうもその辺はルースになってきているんじゃないかなと思われる節があるものだから申し上げたんです。

山花小委員長 他に御発言ございますでしょうか。

 それでは、討議も尽きたようでございますので、これにて自由討議を終了いたします。

 次回は、公報をもってお知らせすることとし、本日は、これにて散会いたします。

    午前十一時四十五分散会


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