衆議院法制局では、裁判所や省庁などからの出向者、地方公共団体からの研修員、 任期付職員の弁護士など、多彩な人材が働いています。そこで、弁護士経験のある職員に、志望理由や弁護士業務との共通点・相違点等について聞いてみました。
回答してくれた人
法律を用いて社会全体に関わる課題の解決に携わりたいと考えたことが理由です。
私は、弁護士として6年半ほど法律事務所で執務し、幸いなことに民事・刑事を問わず幅広い分野の事件を経験することができました。ただ、その中で、具体的な紛争処理だけでは、依頼者と同様の悩みを抱えている多くの人を救えていないと痛感する場面があり、より広い観点から社会的な課題の解決に寄与できればという想いが強くなりました。
また、クライアントのニーズに応じた社内規程の整備や契約書の作成等の業務も多く取り扱っていたことから、その経験を法制局の立案業務に生かしつつ、ルールメイキングに関する能力向上等の成長につながるのではないかと考えました。
法制局は、「立法府のインハウスローヤー」のような存在でもあり、弁護士と共通する点は多くあります。具体的には、@依頼者の話をよく聴いてその趣旨をくみ取り、法的な知識や経験に基づいて最善の解決方法を提示するという点、A最終的な判断は依頼者が行うが、その判断に資するように複数の選択肢や必要な情報を提供するという点、B相手に対して伝えるべきことを過不足なく論理的に伝えるという点などにおいて、その基本構造は共通していると思います。
そのため、求められる能力についても、共通するところが多いと感じています。
(注)なお、働き方については、法律事務所によっても千差万別であるため一概には言えませんが、少数のチームで作業するという点も共通しているのではないかと思います。
弁護士の場合、生の事実こそが最も重要であるため、まずは事実の調査をした上で、「既存の」法規範にあてはめて解決方法を導くという、いわば演繹的なアプローチをとることが多いと思います。
一方、法制局では、社会で起こっている事象に共通する要素を抽出して、「まだ存在しない」法規範を創るため、いわば帰納的なアプローチになることが多いように感じます。
ただし、これはあくまで一側面に過ぎず、法制局においても、法が適用される場面での具体的な事例を想定した立案が求められていますし、逆に、弁護士も、個々の事象を抽象化して規範に昇華させる能力も今後一層求められていくと思います。
このような双方向のアプローチを意識しながら、日々の業務に取り組んでいるところです。
法制局では、依頼議員との打合せ、関係者からのヒアリングや統計資料等を通じて社会の課題を把握した上で、現行法のどの条文のどの文言に問題があるのか、今どのような施策や規制が必要なのか等について、依頼議員に寄り添いながら検討・立案を行います。弁護士として「所与のもの」として扱ってきた「法律」について、政策構想や法制度設計の段階からその成立に至るまでの一連のプロセスに関与することができ、非常にやりがいを感じています。特に、自分の書いた条文が六法に載っているのを見ると、感慨深いものがあります。
また、条文化のための立案能力の習得だけではなく、条文の解釈や説明等のための資料作成の能力が向上できている実感があるほか、新たな法制度の検討を通じて、答えのない未知の問題に対応する力も身に付けることができています。
衆議院法制局では、裁判所や省庁などからの出向者、地方公共団体からの研修員、 任期付職員の弁護士など、多彩な人材が働いています。そこで、弁護士経験のある職員に、志望理由や弁護士業務との共通点・相違点等について聞いてみました。
回答してくれた人
弁護士として3年半ほど働く中で、立法によって実務の現場が大きく変わることを何度も体感したのが理由です。一例を挙げると、衆議院の議員立法で成立した「高齢者虐待防止法」もその一つです。弁護士時代、高齢者・障害者の権利擁護のために活動する弁護士会の委員会に所属し、高齢者の虐待問題に対応していたのですが、以前は高齢者虐待については家庭内や施設内の問題として行政や司法が積極的に介入していませんでした。結果として大きな事件に発展してしまうこともあり、「もっと早くに介入できていれば」と思うこともありました。それが、高齢者虐待防止法の成立を契機として「虐待」という意識が広まり、今では行政と専門職(弁護士や社会福祉士等)が連携する取組が進められ、問題となりそうな事案について個別ケース会議を開いたり、虐待対応チームの派遣が行われたりするなど、法制定前と比べて現場の状況が大きく改善しました。このように、立法には実務の現場を大きく変える力があると感じ、自分も立法の仕事に携わってみたいと考えました。
日常会話から業務上の悩みまで真剣に議論に付き合ってくれる雰囲気に驚きました。弁護士時代は自分で悩みながら仕事を進めて不安になることも多かったのですが、法制局では「みんなで議論して知恵を出していく」雰囲気があります。上司を含めて誰とでも議論がしやすく風通しが良いのは法制局の文化の一つだと思います。
また、弁護士時代は、目の前の事件や依頼者と向き合うことが中心でした。法制局も一つ一つの立案依頼と向き合うことは共通していますが、その仕事は連綿と続く日本の議会政治の一端を担うことにもつながっています。自分の仕事が議会政治の歴史の一端になるというのは、やりがいと同時に責任を感じる点です。そういった歴史の重みを感じるのも法制局の特徴だと思います。
弁護士といっても待遇は様々ですので比較は難しいのですが、個人的には待遇面で困ったことは特にありません。働きやすさの観点で言えば、上司が健康面も含めて様々な配慮をしてくれますし、チームで仕事を進めるため同僚からのサポートも得られる点は、弁護士時代より働きやすい点だと感じています。
衆議院法制局では、衆議院事務局、行政官庁、地方公共団体に出向し、法律の運用の現場や多角的な調査業務を経験する機会もあります。衆議院憲法審査会事務局へ出向中の職員に、出向先での経験や、外の視点から見た衆議院法制局の魅力等について聞いてみました。
回答してくれた人
令和2年7月から、衆議院事務局の憲法審査会事務局に出向しています。憲法審査会は、憲法や関連法制についての広範かつ総合的な調査や憲法改正原案の審査等を行うために衆参両院に設けられている機関で、これをサポートするのが事務局の役割です。私はここで、安全保障や緊急事態といったテーマを中心に、憲法に関する幅広い調査を行っています。
私は入局16年目に出向しました。それまでは、法制局において農林水産、経済産業・環境、厚生、国土交通といった立案課を経験したのち、立案補佐的な部署において法制執務、研修等の業務を担当していました。なお、法制局の外へ出たのは、入局5年目に国内大学院へ1年間留学の機会をいただいて以来、2回目です。憲法審査会への出向は、法制局で一定の経験を積んだ後だったので、改めて法制局を外から眺め、見識・経験を深めるいいタイミングだったと思います。
憲法はわずか103条ですが制定後約80年の間に緻密な議論が積み重ねられており、憲法審査会においては、この膨大な蓄積をベースに、諸外国の制度も参照しながら、来るべき国民投票も見据えた上でじっくり議論を進めていく必要があります。一方、法制局では、その時々の立法ニーズを敏感に捉えた上で、依頼の趣旨を踏まえ、時には大胆な提案も行いながら、また時には非常に短期間で、法制度の形へ仕上げていくことが求められます。いずれの業務にも全く異なる魅力がありますが、外へ出て改めて感じるのは、目の前にある課題に正面から向き合い、時宜にかなった法制度を創り出すことによって問題を次々に解決していくことができる点が、法制局の業務の醍醐味の一つだということです。
先ほども述べたように、法制局では短期間での立案を求められることが少なくなく、時には、その背景や関連する法制度を十分に調査する時間もないまま、まさに走りながらの立案が行われる場合もあります。しかし、そのような中でも、例えば「なぜこの法律が必要なのか」「この法制度によって何を実現しようとしているのか」といった根本理念を意識した検討が必要なことは言うまでもありません。この点、憲法審査会において、憲法の制定経緯や各条の解釈の調査、また諸外国憲法との比較等を通じて、我が国の法制度全般に通底する「憲法」にじっくりと向き合う機会を得たことは、直接的ではないにしろ、実際に法制度の立案を行う際にも必ずや生きてくるものと考えています。
衆議院法制局では、衆議院事務局、行政官庁、地方公共団体に出向し、法律の運用の現場や多角的な調査業務を経験する機会もあります。国土交通省へ出向中の職員に、出向先での経験や、外の視点から見た衆議院法制局の魅力等について聞いてみました。
回答してくれた人
令和5年(2023年)から国土交通省に出向し、住宅局参事官(住宅瑕疵担保対策担当)付課長補佐として、主に住宅瑕疵担保責任保険法人(以下「保険法人」といいます。)の指導・監督、課の所管法令の立案、税制関係業務等を担当しています。
新築住宅を引き渡した建設業者・宅地建物取引業者には、10年間の瑕疵担保責任の履行を確保するため、一定額の保証金の供託か住宅瑕疵担保責任保険への加入が義務付けられています。この住宅瑕疵担保責任保険を取り扱っている住宅専門の保険会社が保険法人です。
保険法人が新たな保険商品を販売したり、取り扱う保険の内容を変更したりする際には、法律上国土交通大臣の認可が必要とされています。この認可取得に向けて保険法人から申請される内容を審査するのが最も大きな業務です。また、法律の規定に基づき保険法人の事務所に立ち入っての業務状況、書類等の検査(いわゆる立入検査)も行います。
このほか、住宅紛争処理に関する最高裁・日弁連との意見交換会への参加、日弁連住宅紛争処理機関検討委員会における省令改正内容の説明、事業者からの届出を受け付けるシステムの開発に関する検討(委託事業者との打合せ、地方整備局・地方公共団体担当者へのヒアリング等)など、多岐にわたる業務に携わっています。
入局11年目に出向しました。私自身が局外で働くことが初めてであることに加えて、衆議院法制局から国土交通省への出向は前例がなかったため、当初は自身に務まるかとても不安でした。しかし、参事官を始めとした国土交通省プロパー職員の方々も、出向者の方々も、分からないことは何でも丁寧に説明してくださり、円滑に業務を進めることができています。
出向先では、事務系の職員のほか、建築系の技官や民間(損害保険会社・ハウスメーカー)からの出向の方など、法律系とは異なる分野を専門とする方々と一緒に仕事をしています。また、カウンターパートである保険法人の担当者は、民間企業の社員です(部長や取締役といった幹部クラスの方々とやり取りすることも少なくありません。)。自身とバックグラウンドが異なる方々に対して分かりやすく、かつ、説得的に説明を行うことや、信頼関係を築きつつ主張すべきことはしっかり主張するといったことは、様々なバックグラウンドを持つ国会議員をクライアントとする衆議院法制局での職務にも大いに生きるものと考えています。
また、所管する法令とは直接関係ない事項も含めて、省庁において実務がどのように行われているかの一端を知ることができ、出向前よりも法律案の立案に当たって実際の現場をイメージすることができるようになったのではないかと感じています。
衆議院法制局においてはあらゆる分野の法律に携わることができ、これは省庁における業務との大きな違いです。さらに、国の最高法規である憲法の改正原案の立案・審査に関与することができるのは、議院法制局ならではの大きな魅力だと考えています。
また、働き方に関して、出向先では国会会期中は毎日質疑通告や質問主意書の待機を行う必要があります。仮に自身の所管に質疑・質問が当たった場合には非常に限られた時間で答弁案を作成する必要があるため、割振りが確定するまでは直ちに動くことができるよう緊張感を持って待機をしています。国会会期中でなくとも、保険法人の次年度業務計画・収支予算の審査・認可、法令協議等の他省庁からの照会対応、予算要求、税制など、年間を通じて政策立案・推進に関わるもの・関わらないもの含めて大小様々な業務が走り続けており、これらを日々こなしています。
これに対して衆議院法制局では、国会会期中はトップギアですが、閉会中は業務がかなり落ち着きます。そのため、法制執務や所管事項の勉強といった自己研鑽を行う、次国会に向けて英気を養うといったメリハリのある働き方をすることができます。
衆議院法制局では、衆議院事務局、行政官庁、地方公共団体に出向し、法律の運用の現場や多角的な調査業務を経験する機会もあります。千葉県庁へ出向中の職員に、出向先での経験や、外の視点から見た衆議院法制局の魅力等について聞いてみました。
回答してくれた人
令和5年から千葉県庁に出向しています。総務部政策法務課で、課長級のスタッフ職として、政策条例の立案、庁内の法律問題に関する相談への対応、審議会等への出席などの業務をこなしています。
政策法務課は、政策条例(所管省庁が示す型どおりではなく自治体が各地域の事情を踏まえて独自に立案する条例は、このように呼ばれることがあります)の立案支援、条例・規則の審査、庁内からの法律相談への回答、県が抱える訴訟の対応、といった法的な業務のほか、電子決裁の推進や庁外書庫の管理を含む文書管理、知事印の管理、文書の収受/発送といった事務処理の基盤になるような業務や、行政書士の監督、公益認定等審議会の事務局業務(公益法人の監督)を行っています。
出向先のポストは課内の全ての業務に関わり得る立場にあり、特に法務分野に関する専門知識を生かすことが期待されているように感じます。
また、併任先の議会事務局政務調査課は、議員の政策立案支援と議会の広報を行っており、私は議員提案条例の立案支援に参画しています。
入局14年目に出向しました。千葉県庁と当局の間にはこれまでの人事交流を通じて人的な関係があったことから、スムーズに出向先の業務になじむことができました。過疎対策立法の立案時に地方自治制度の一端に触れた経験も、役立ったと思います。
政策課題の解決に向けて政策を立案し実際に制度を運用する、という行政の立場に身を置くことで、行政側の行動原理を肌感覚として知ることができました。省庁の動きを国会からとはまた違った視点から見ることも、貴重な経験になっています。また、県の機関や施設を実際に見せてもらうこともでき、法令の運用体制を実感できました。
これらの経験から、出向前は文献等から自分なりに想像するしかなかった自治体の事務について具体的にイメージできるようになり、「都道府県知事は、〜することができる。」といった自治体に関する条文の見え方が変わりました。
政策法務課には約50人の職員が在籍しています。法務系の業務は基本的に政策法務課に集約されている一方、職員は5年程度で他の課へ異動していくため、法務分野に長く関わる場合であっても、県庁職員のキャリアパス全体でみると法務以外の業務を担当している期間の方が長いのが通常のようです。
仕事の進め方に関しては、管理職以外の各職員には担当業務が割り振られて分担が明確にされており、議論しながら進めるのは困難事案への対応に限られるのが基本です(ただし、条例や規則の審査を行う場面では、担当者が下審査をしたあとに複数の職員が加わって本審査が行われています。)。そのため、法制局に比べると管理職と担当者が議論する機会はあまり多くないと感じます。課長よりも上位の幹部への説明には限られた職員しか同行しないため、職員が幹部と議論する機会は更に少なくなっています。
また、県議会事務局は、国会と異なり独自の職員採用を行っていません。事務局職員の人事権は議長にありますが、県議会事務局に長く配属される職員は多くないように見受けられます。
千葉県庁と衆議院法制局を比べると、所掌が幅広いという点は同じであり、特に、政策法務課で政策法務に関わる場合と衆議院法制局で法制度の設計を専門とする場合を比べた場合、県政あるいは国政のあらゆる分野に関わり得るという点が共通しています。
ただ、県庁では、法務に関する専門性を高めるようなキャリアを進む職員は一握りにとどまりますし、政策法務課に在籍し続けることもできません。
一方、衆議院法制局は「議員の法制に関する立案に資するため」の組織であり、そこで働くことは立案に関する専門性を高める機会に恵まれていることを意味するといえます。また、法制局では部長・課長はもちろん、局長・次長も含めて議論をすることが多く、かつ、組織が小さいため、幹部も含めて「顔の見える関係」にあることも大きな特色だと思います。
(注)職員の所属は、執筆当時(令和6年12月)のものです。