平成27年5月7日(木)(第2回)

◎会議に付した案件

1.委員派遣(地方公聴会)承認申請に関する件

委員派遣(地方公聴会)承認申請に関する件について、協議決定した。

(派遣地)高知県

(派遣日)平成27年6月15日(月)

2.日本国憲法及び日本国憲法に密接に関連する基本法制に関する件(今後の憲法審査会で議論すべきこと)

自由討議を行った。

◎自由討議

●各会派の代表者からの意見表明の概要

船田 元君(自民)

  • 昨年、憲法改正国民投票法の改正法が成立し、関連する公職選挙法等改正案も今国会に提出できた。各党の皆様のご協力に感謝する。今後も、これまでの枠組みを使いながら、公務員の運動規制等の課題の検討、公職選挙法等改正案の速やかな成立や主権者教育のあり方の検討等に取り組んでいきたい。
  • 憲法改正の前提となる憲法観については、現行憲法が戦後GHQの強い影響下で制定されたという歴史的な事実は否定できないが、平成17年にまとめられた衆議院憲法調査会報告書では、「そのことばかりに拘泥すべきではない」という意見が多数を占めたことも同時に大切にすべきである。一方、70年近くにわたり我が国のかたちを築いてきた現行憲法はすでに国民生活に定着したものとなっているが、現実と乖離している条項あるいは新たに付け加えるべき案件もある。時代にマッチした前向きな改正を議論し、結論を導き出すことは、国会の重要な責務である。
  • 立憲主義の思想は、憲法の役割、憲法改正について考える上でベースとなることは論をまたない。同時に日本国憲法には国柄、国のかたち、国民としての規範、理念を表現することも重要であり、これらは立憲主義と対立しない。
  • 今後の憲法改正の議論における基本的な原則について、第一に、改正には自ずから限界がある。具体的には、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重については人類普遍の原理であり、何人も侵すことはできない。第二に、改正の議論は常にオープンでなければならず、改正に反対する政党を排除してはならない。国民に改正の是非の判断材料を示すためにも、民主主義の手続は丁寧に踏んでいかないといけない。第三に、改正に対する議論では、各党各会派が平等に扱われるべきである。これは憲法調査会以来の良き伝統であるが、各会派の議員数の多寡にかかわらず、平等に発言時間が配分されてきた。
  • 昨年11月6日の憲法審査会において、各会派が共通して取り上げたのは、緊急事態条項、環境権をはじめとする新しい人権、財政規律条項等であった。これらのテーマを優先的に議論してはどうか。特に、今後高い確率で起こると指摘される東京直下型地震などの大規模災害発生時における国会議員の任期延長等については、憲法によってのみ規定できるものであるから、緊急事態条項はあらかじめ規定しておくことが急務である。なお、西修駒沢大学名誉教授の調査によれば、1990年から2014年に新たに制定された102か国の憲法のうち、国家非常事態に関する規定を設けているものは100%である。
  • 自民党憲法改正草案がそのまま憲法改正原案となるのかと聞かれることがあるが、それは誤解である。我が党にとって自民党憲法改正草案は理想の方向性を示すものであるが、そこから個別にテーマを取り上げて、議論の場に提供する。実際に、衆参両院で3分の2の合意を得るためには大いなる妥協を続けることとなり、草案はもとの姿ではなくなるだろう。それぞれの政党がそれぞれの考えを提供し、ねばり強く妥協点を見いだすことこそ、民主主義の原点である。
  • 憲法審査会においては党派の垣根を越えて、憲法改正に向けて幅広い合意を得ながら、静かでオープンな環境の下で、真摯で前向きな議論を続けていきたい。

武正 公一君(民主)

  • 憲法審査会において議論を進める前提として、2点確認を行う必要がある。
  • 第一に、立憲主義についてである。昨年7月1日に政府は憲法解釈を変更し、集団的自衛権行使容認の閣議決定を行ったが、一内閣が恣意的に憲法解釈を変更することは立憲主義に非ざるものと言わざるを得ない。
  • 国民の義務、国のかたちを憲法に規定すべきとの議論があるが、G7諸国では規定している例は少なく、これが立憲主義の憲法のあるべき姿ではないか。
  • 安倍総理が海外の議会で安保法制の成立時期を明言したが、最終的決定権は国会にある。国会よりも海外首脳への説明が優先されている状況であり、憲法審査会で、立憲主義について各党の考えを改めて確認すべきである。
  • 第二に、安倍総理は現行憲法について「GHQの憲法も国際法も全くの素人が、たった8日間で作り上げた代物だ」と発言しているが、こうした押しつけ憲法論については、衆議院憲法調査会報告書において、制定過程におけるGHQの関与ばかりを強調すべきでないという意見が多く述べられたとされている。押しつけ憲法論について各党の考え方を確認し、それを改正の理由とすることの是非について考えていかなければならない。
  • その上で、我が党は現に起こっている社会問題として、現行憲法に足らざる点として明確になっているものから優先的に議論することを提案したい。
  • 昨年の衆議院選挙は過去最低の投票率であった。7条解散の問題点を指摘する学説もある中で、昨年の解散は解散権の濫用の疑いがある。解散から公示まで10日間しかなく、投票所の減少、投票時間の繰上げもあり、国民の投票権の確保が危うくなっているのではないか。
  • 今回の地方選挙も、過去最低の投票率で無投票の選挙区も多く、こうしたことは民主主義の根幹を揺るがすことに他ならない。道州制を含めた地方分権、地域主権については、憲法審査会の議論を深堀りする必要がある。
  • 昨年の総選挙における選挙報道が前回より減少したのは、自民党によるマスコミへの申入れの影響ではないかとの指摘もあり、報道のあり方についても問われている。
  • 特定秘密保護法、国民の知る権利の後退、プライバシー権を含めた新しい人権のあり方は議論すべきである。また、ヘイトスピーチへの対応は国際社会からも求められており、早急な対応が必要である。
  • 環境権について、国家、企業、家族などの協力が必要となる環境保全のような社会共通の課題に挑戦するため、我が党は国民の義務に代えて共同の責務を提示している。再生可能エネルギーへの対応も含め議論の深堀りが必要である。
  • 緊急事態について、我が党は基本的人権の制限への歯止め、国会による民主的統制の確保を主張し、国家緊急権を憲法に明示して、非常時においても国民主権や基本的人権が侵されることなく、憲法秩序が維持されるような仕組みの明確化や、首相の解散権の制限を唱えている。
  • 財政規律について、政府は夏に財政再建計画を発表するとされているものの、国と地方を合わせた取組など腰が引けていると言わざるを得ず、憲法又は法律の手当てが必要である。
  • 18歳選挙権の実現に向けて、高校での憲法、政治、歴史教育や主権者教育の充実が欠かせないと考えている。成年年齢の引下げも含めた議論も必要である。
  • 一般的国民投票の議論を行うことは、各党で合意されている。

井上 英孝君(維新)

  • 我が党は、統治機構改革により、この国のかたちを決める仕組みをグレートリセットすべきと考える。効率的で自律分散型の統治機構を確立することが急務であると考えている。具体的には、まず国と地方の役割を抜本的に見直す必要があり、地方においては道州制を導入すべきである。
  • 国においては、首相公選制の導入、米国会計検査院型の強力な会計検査機関を国会に設置するとともに、財政運営のコントロールと財政健全化を盛り込むべきである。また、道州制の導入と併せて、国会を一院制とすべきである。
  • 我が党は、自衛権の再定義を主張している。すなわち、自衛権は、自国に対する武力攻撃が発生した否かで個別的、集団的が区別されてきたため、その区分に従い、日本政府は、海外派兵を禁止する憲法の趣旨から、認められるのは個別的自衛権のみとしてきた。しかし、瞬時の対応を必要とする弾道ミサイルへの対処に関しては、我が国に飛来する蓋然性が相当に高いと判断される場合、自衛権を発動することが許されるとしてきた。したがって、仮に我が国が武力攻撃を受けていない状況下であっても、我が国に戦火が及ぶ蓋然性が相当に高く、国民がこうむることとなる犠牲も深刻なものになる場合には、自国と密接な関係にある他国に対する攻撃を我が国の武力行使によって排撃することは、我が国の現実に即した憲法解釈として許容され、これを敢えて集団的自衛権と呼ぶ必要性はない。
  • 昨年7月1日の閣議決定による憲法解釈の変更のように、政府内部のみの議論によって恣意的な憲法解釈を行うような運用は避けなければならない。政府の恣意によって憲法秩序が揺らぐことのないようにするため、抽象的な憲法解釈の権限を有する憲法裁判所を設置し、最終的な憲法判断を担わせることが必要である。
  • 我が党が提唱する統治機構改革を実現するためには、憲法改正が必要であるが、現行の憲法改正手続は厳格にすぎる。そこで、憲法改正発議要件を緩和することによって、国民的な憲法議論を喚起しやすくする必要がある。
  • 我が党は、昨年の改正国民投票法の提出、成立に尽力し、いつでも憲法改正の発議をすることが可能な環境が整っているが、選挙権年齢を18歳に引き下げるための公職選挙法等改正案の早期成立を図り、選挙権年齢の引下げと同時に国民投票権年齢を引き下げられるようにする必要がある。また、成年年齢等についても期限を明確に設定した上で、引下げに向けた必要な措置をとるべきである。
  • 有事の際などにおいても、国民主権や基本的人権の尊重が侵されることなく憲法秩序を維持し、権力の濫用を防ぎつつ、国民の生命や国土を守るべく国として最善の対処をするために、緊急事態条項を検討することは喫緊の課題である。特に、国会議員の任期満了直前や衆議院解散中において大規模な自然災害が発生したときの国会議員の任期延長制度等の創設は、早急に検討すべきである。
  • 環境権を憲法に盛り込む方向性には賛成である。しかし、具体的にどのような規定を憲法上に設けるかについては、更に議論を詰める必要がある。

斉藤 鉄夫君(公明)

  • 昨年、憲法改正国民投票法の改正法が与野党の幅広い合意に基づいて成立した。また、18歳に選挙権年齢を引き下げる公職選挙法等改正案が今国会に再提出されており、これが成立し選挙権年齢が引き下げられれば、4年を待たずに憲法改正国民投票の投票権年齢の引下げも講じることとなっている。そうなれば、名実ともに憲法改正の発議の環境が整う。この外形的な環境整備により、変化の激しい時代に憲法はどのように対応すべきか、今後、国民的な議論が沸き起こってくるだろう。我が党としても、更に役割を増す憲法審査会での議論に積極的に参加し、国民とともに憲法・国のあり方を考えていく。
  • 我が党は、現憲法は戦後の復興・平和に貢献し、国民に定着しており、基本的人権の尊重、国民主権及び恒久平和主義の三原則は、立憲主義の立場からも堅持すべきであり、その上で、時代の進展に伴って提起された新理念を加えて補強する「加憲」が、最も現実的で妥当な改正方式ではないかと主張してきた。こうした認識の下、今後議論すべき点について、以下の問題提起を行う。
  • 国民の権利・義務については、新しい人権全般について議論し、憲法への積極的な明記により事前の人権保障と、変化に対応した積極的な立法措置を可能とすることが望ましいとする意見がある一方、憲法上の権利としての承認には、特定行為が個人の人格的生存に不可欠か、他の人権を侵害しないかなどについての慎重な判断が必要である、権利のインフレを招いてはならない、立法措置で対応すべきである、といった意見もある。検討対象としては、環境権、プライバシー権、名誉権、知る権利、忘れられる権利、犯罪被害者の権利、生涯学習権、裁判を受ける権利などが考えられる。
  • 環境権については、国家等の責務や配慮の規定とするか、国民の責務や権利の規定とするか、人間のための環境保護とするか、生態系自体を保護対象とするか、文化的環境も含めるかなどの様々な論点や、13条との整合性や環境基本法の上位概念としてどのように位置付けるかとの技術的な問題もある。いずれにせよ、我が党が環境権を加憲の検討対象としていることに何ら変わりはない。
  • 環境に係る規定を憲法に盛り込むことによる社会的影響、特に、環境保護と開発・経済とのバランスについては、昨年の海外派遣でも多くの有識者から指摘されたが、環境と開発は矛盾せず、環境を優先した社会作りこそが新しい価値・開発を創造するとも考えられる。このような観点も踏まえ、環境に係る憲法規定のあり方を議論すべきだ。
  • 前文には「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」との記述があるが、より明確に、人道復興支援などの国際貢献や人間の安全保障といった、憲法の平和主義の視点からの理念を憲法に盛り込むべきではないかとの意見や、唯一の戦争被爆国として、核兵器の廃絶や非人道性に関する規定が憲法に盛り込まれて然るべきであるとの意見もある。
  • 地方自治については、少子高齢・人口減少に直面する我が国にとっては地方創生が極めて重要であることから、地方自治のあり方を検討し、自治体の財政基盤の確立のため、財政的な自立を憲法上明確にすること等を検討すべきであるとの意見がある。
  • 財政については、財政規律・財政健全化のあり方や、複数年度予算などの検討が必要であるとの意見がある。
  • 緊急事態条項については、衆議院解散時の対処法をはじめとして現行法には大きな空白があるため、憲法に明記した上で法律を整備するなど、何らかの対処が必要であり、災害はいつ発生するか分からないため速やかな検討を要するとの意見がある。
  • 選挙権年齢・投票権年齢の18歳への引下げに伴い、憲法教育や政治参加教育を充実させる必要があり、文部科学省と総務省を中心とした早急な検討・実施が望まれる。
  • 憲法が国の根本規範であり、国の在るべき姿を示すものである以上、「理念」に関する議論は最重要であり、国民的な合意形成に向けた冷静・慎重な議論が必要となる。憲法は国民がつくるものであるとの視点に立ち、党内論議を深めていく。

赤嶺 政賢君(共産)

  • 国民の多数は改憲を求めておらず、改憲のための憲法審査会を動かす必要はないと考えている。したがって、地方公聴会についても反対する。
  • 憲法と日米安保の矛盾が頂点に達しようとしている。安倍政権は、集団的自衛権行使の容認をはじめとする安保政策の大転換を閣議決定したのに続き、地球規模のあらゆる領域で日米が軍事協力を推し進め、平時から有事のあらゆる段階で共同して対処する方針を明記した日米ガイドライン改定に合意した。軍事協力に障害となる従来の憲法解釈は投げ捨て、これまで許されないとしてきた戦闘地域での後方支援、機雷掃海などの海外での武力行使に該当する活動にまで公然と踏み込もうとしている。現行憲法の下でなぜこのような改定が許されるのか。
  • 日本国憲法は戦後日本の出発点である。過去の侵略戦争の反省を踏まえ再び戦争の惨禍を起こさないことを宣言し、9条に戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認を明記した。しかし、米国は米ソの対決構造が強まる中で対日方針を転換し、再軍備へと舵を切り、米軍の任務を肩代わりする形で自衛隊の育成増強が進められた。歴代政府は、自衛隊の違憲性を言い繕うために、自衛のための必要最小限の実力組織は憲法に違反しないと弁明してきた。
  • 90年代以降、政府は米国の要求に従い、ペルシャ湾への掃海艇派遣を皮切りに、9条を踏みにじり、海外派兵立法を次々と押し通した。今度は時限立法ではなく、米軍をはじめとする多国籍軍支援の恒久法を作り、切れ目なく米軍の戦争に加担し支援活動を行おうとしている。戦後歴代政権が推し進めた米軍戦争支援国家体制づくりの集大成ともいうべきものであり、到底許されるものではない。安倍首相は、国民と国会に内容を示すことなく、この夏までに関連法成立を成就させることを米議会で宣言した。新たな対米従属宣言と厳しく指摘しなければならない。憲法の規定が一切変えられない下でなぜこのような法整備が許されるのか。安保条約が一切変えられていない下で、その性格を一変する法整備がなぜ許されるのか。憲法の基本原則を根底から覆す現実の動きに国会は目を向けるべきである。
  • 沖縄に対する安倍政権の反民主的態度はあからさまである。議会制民主主義の下で選挙は民意を示す重要な手段だが、この一年間何度も示されてきた沖縄県民の民意を気にもかけない態度で米国で辺野古が唯一の解決策と確認し宣言する安倍首相は、どこの国の民意を背負っているのか。辺野古に関する強硬な態度については、今や全国民が疑問を感じている。最近の世論調査でも政府の対応に批判的な結果が出ている。改めて憲法と民主主義の価値が沖縄で問われている。
  • 沖縄は1972年に祖国復帰を果たすまで米軍占領下におかれ、憲法も人権も自由もなかった。1965年、琉球立法院において、住民の祝祭日に憲法記念日を追加する法律が全会一致で可決されたが、これは無憲法下の沖縄で祖国復帰を願う記念日として制定されたものである。また、異民族による軍事優先政策の下で、政治的諸権利が著しく制限され、基本的人権すら侵害されてきたことは枚挙に暇がなく、県民が復帰を願ったのは、平和憲法の下で国の保護を願望していたからに他ならない。軍事に命や生活を脅かされることのない自然豊かで平和な島を願う変わらぬ気持ちが、現在の辺野古基地反対運動を広げ、支える原動力となっている。
  • 平和に生きたいとの県民の願いに暴力的な牙をむく政府のやり方に国際的にも批判が集まっている。安倍首相の県民を置き去りにして米国と約束する政治姿勢は、日本の民主主義制度を根底から脅かし、憲法の核心を骨抜きにするものである。問題にすべきは、憲法の上に安保体制があることである。県民も国民も憲法の諸原則に反する現状に批判を強めている。国会は諸原則と社会政治との乖離を追及し、憲法に引き戻す役割を発揮すべきである。

園田 博之君(次世代)

  • 次世代の党は新憲法制定を党是とし、現行憲法は国民が作った憲法ではないという前提から、「憲法改正」ではなく、「自主憲法制定」と称している。ただ、現行憲法が既に定着し、国民主権、平和国家、自由と民主主義が守られる中で我が国が発展してきたという事実があるため、現行憲法を無視するものでなく、今後この場では「憲法改正」と申し上げたい。
  • 以下、憲法に規定すべき内容についての基本的な考え方を述べる。@国民主権と代表民主制について、政治権力は国民に由来し、国民は歴史・伝統等を配慮した成熟した民主主義国家の一員に相応しい振る舞いにより、代表者を通じてこれを行使することを心がける。代表者は、重い責任を自覚しつつ国政を行わなければならない。
  • A自由と民主主義の尊重について、その価値を体現する国の体制を堅持する。
  • B平和主義について、恒久平和を念願し、侵略戦争を否認するとともに、国際協調を重視し、自国及び国際社会の平和実現に積極的に貢献する。
  • C個人の自立と相互協力について、自立的個人たるべく努めるとともに、他者を尊重し相互協力の精神をもって、自国及び世界諸国の繁栄に貢献する。
  • D伝統・文化の継承と発展について、日本固有の伝統・文化を継承するとともに自然との共生及び環境保全を図り、世界の文化の発展に寄与する。以上の基本的考え方5項目は、現行憲法を根本的に否定するものではない。
  • 新しい課題に対応するため憲法に加えるものとしては、例えば@非常事態への対処規定、A環境に関する規定、B政権交代後も維持可能な最低限の財政規律、C国から地方への権限移譲により、地方の自主性を生かす新しい国と地方の関係などを考えている。
  • 現下の国際情勢では、日本国を守るためには現行憲法に定められた以上のことを行わざるを得ず、これを憲法に明記すべきではないかとの議論が党内にはある。例えば自衛隊のあり方について、専守防衛という枠を定めながらも自衛軍として認めるという意見があるが、党としての意見はまだ固まっていない。
  • 憲法審査会では、できるだけ早く合意できるところから合意をし、憲法改正国民投票の機会が得られるようにお願いしたい。

●委員からの発言の概要(発言順)

古屋 圭司君(自民)

  • 会派の大小を問わない発言時間割等の公正な運営、各会派の主張の最大公約数を把握して議論を進めようとしている点は憲法審査会の良き伝統である。4月2日の審査会における保岡会長の審査会の運営に関する発言は非常に公正なものであり、最後に会長は「大局的見地に立って議論を深化させるべき」と述べていた。これは議論をして成果を出すための最大限の努力をする、という趣旨であったと考える。
  • 昨年11月6日の審査会では各会派から緊急事態条項について共通して指摘があり、本日も各会派から、緊急事態条項と、現行憲法の三原則(国民主権、平和主義、基本的人権の尊重)の堅持について共通して発言があった。なお、船田委員から改正の限界について意見表明があったが、そのとおりであると思う。
  • 首都直下地震や南海トラフ地震は発生の確率も高く、また発生した場合の被害も甚大になることが予想されている。現行憲法では、国会議員の任期満了直前にこのような地震が発生した場合でも、国会議員の任期が到来すれば議員は国会からいなくなってしまうことになるが、そのようなことが許されるのか。西修名誉教授の調査によれば、1990年以降に制定された憲法には、100%危機管理条項が設けられているとのことであり、国際基準となっている。このような各政党の主張の最大公約数となっているところ、理念の共通するところから議論すべきだ。

鈴木 克昌君(民主)

  • TPP交渉について、先日内閣府副大臣が「交渉文書について、国会議員が一定条件の下閲覧できるようにする。」という考え方を示したが、これまで当該交渉について、誰が、何を、どのように決めているのかということを多くの国民が知りたがっていたにもかかわらず、守秘義務の名の下に情報が公開されてこなかった。この発言は是とはするものの、遅きに失しているといわざるを得ない。
  • 外交関係の処理は政府の専権事項との主張について、外交関係の処理を政府の責任で担う必要があることは理解するが、憲法は、国会に条約締結についての承認権を与えている。今日の国際関係の下では、外交関係により国民の権利義務に大きな影響が及び、内政と外交を別々の次元でとらえることは不可能である。憲法の定める国民主権や内閣の国会に対する連帯責任の原則からすれば、外交関係の処理を政府の専権事項として国会の関与を排除することは許されない。外交に対して、国会の十分な関与が認められる必要がある。政府の裁量の余地は認めるが、国会の関与なしに外交を進めることは言語道断である。

河野 太郎君(自民)

  • 憲法は国会を国権の最高機関と定め、憲法改正の発議権を国会に与えている。ただ、現在の国会の運営状況では、記名投票を除き本会議採決の大多数は議員個人及び政党ごとの賛否が公に記録されていないという大きな問題がある。
  • 党議拘束の存在により、同じ政党に所属する議員は同じ投票行動をするという現実がある。憲法は、内閣は連帯して国会に責任を負うと定めているが、政府の一員となった議員が国会に対し責任を負うという趣旨であり、我が国のように議員各人に対する党議拘束があるのは議院内閣制を採用する国の中でも異質である。例えば自民党は、党議拘束について、党内手続において満場一致で決定したものであるとの建前をとっているが、現実はそうはなっていない。
  • 憲法改正発議において党議拘束をすることになれば、国民の代表者たる議員各人が賛否を決めたことにはならないため、政党が党議拘束を課すことができないようにすべきである。憲法審査会では、細かい項目を議論をする前に、手続について議論すべきである。
  • 自民党の憲法改正草案について、理想的な案であると考えていない議員が少なからず自民党内にもいる。

小沢 鋭仁君(維新)

  • 河野委員が指摘するように、党議拘束は重要な問題だ。これに関連して一つ紹介しておくが、戦後、憲法改正原案は一度だけ提出されたことがある。私が筆頭提出者となって100名以上の賛成者を得て超党派で提出された、一院制を目指す憲法改正原案である。しかし、国会法上は100名以上の賛成があれば提出が可能なはずであるが、会派の承認がないとの理由により、戦後唯一の憲法改正原案は議論されずじまいとなった。憲法のような基本法の改正には各会派・各議員に様々な意見があるところ、100名もの賛成を得て提出された憲法改正原案であれば、会派の承認がなくとも憲法審査会の議論に付すような取扱いにすべきではないか。今後、議論してもらいたい。

北側 一雄君(公明)

  • 昨年の7月1日の閣議決定と立憲主義について発言があった。9条1項は戦争放棄、2項は戦力不保持を規定する。しかし、9条の下でどこまで自衛の措置が許されるのか、憲法には必ずしも明確に書かれていない。9条と自衛の措置の限界については、長年、政府が国会における質疑の中で解釈を形成してきた。本来ならば最高裁判所が判断すべき機会もあったが、高度な政治判断であり司法審査になじまないとして明確な判断を示していない。過去の政府見解の中では、昭和47年の政府見解が論理的に書かれており、解釈の根幹であり中心となっている。その後の政府見解も、同見解を踏襲している。
  • 昭和47年政府見解は、9条は自衛の措置を認めているが、自衛の措置の限界がどこにあるかについて、極めて論理的に展開している。すなわち自衛の措置は「あくまで外国の武力攻撃によって国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置として、はじめて容認される」としている。これは9条解釈の根幹に当たる部分であると思っている。
  • これまでの政府見解との論理的な整合性を図る中で、9条の限界がどこにあるのかを突き詰めて考えたのが、昨年の閣議決定であったと認識している。閣議決定では、9条の下で許容される自衛の措置についての新3要件を、昭和47年政府見解の枠内で定めた。閣議決定は、これまでの9条の法理の根幹は変えず、9条の限界について見解を示したものであると考える。専守防衛の立場は変えていないことから、立憲主義に反するものではない。

佐藤 ゆかり君(自民)

  • 戦後70年間の歴史の中で平和憲法の下、民主国家として日本が行ってきた人道的支援や経済支援、紛争解決に向けた平和外交、自衛隊派遣などには十分な時代的評価が付されるべきである。一部内外メディアによる「安倍内閣の右傾化」などといった論評は、時代錯誤な議論を促進するものである。平和国家としての日本の歴史や世界貢献の実績を振り返りながら、戦後時代の終局という認識の下で今後の憲法改正の議論がなされることを望む。
  • 現在の憲法は、戦後的な時代観や価値基準の下で作られている。例えば特定秘密保護法の審議や集団的自衛権における議論で展開された表現の自由やプライバシー権、平和主義に対する論評の多くは、表現の自由や平和主義といった価値観に対する国民的な希求度が極めて高かった戦後の価値基準に照らした論評である。戦後70年の時代の大きな変遷の中で、こうした憲法価値を今後も絶対的な価値とみなしていくのか、あるいは新たな憲法価値を創造し、平和国家を相対的憲法価値として確立していくのかは、今後の議論の上で重要な観点である。
  • 戦前の軍部の暴走に対抗し、GHQが民主主義の確立を急いだという日本国憲法の成り立ちに関しては、戦後、日本の民主主義は確立され、揺るぎない実績となったと言える。
  • 我が国が目下抱える安全保障体制の見直しに関する議論における根本的に重要な憲法的課題は、積極的平和主義の下で紛争やテロ行為などの国家的脅威から国民全般の安全安心を確保するという公共的な価値と、個人の自由や権利保障を重視する個人主義的な価値との間で憲法的価値をどのようにリバランスするのかということである。
  • 戦後のある意味行き過ぎた個人主義の展開、すなわち年金や生活保護の不正受給の問題など個人の権利主張の裏側にあるべき自助の精神の教えの欠落の結果、国民生活の様々な側面で自助努力をする国民がきちんと報われないという社会的なひずみが生じている。公共の利益と個人の利益のバランス、個人の権利と個人の義務の関係、特に義務についてより明確に記述する憲法改正が重要である。
  • 経済面において憲法改正を考えるに当たっては、我が国の国家像として、平和国家と並ぶものとして知的財産権立国の考えを憲法に組み入れること、すなわち末永い経済的発展の根幹となる知的財産を重視することも必要である。

長妻 昭君(民主)

  • 憲法改正に当たっては、三原則(国民主権、平和主義、基本的人権の尊重)を本当の意味で崩さないことを確認する必要がある。その上で、その三つの骨格に関わらない部分を改正するという理解でよいのか。
  • いきなり個別案件を議論するのではなく、改正の必要性に関する大枠の議論をすべきである。例えば公共の福祉の概念等、最高裁の判例で緻密に積み上げられてきた議論もある。災害による緊急事態等、法律で対処できるような分野もある。我々の立場とは異なるが、昨年7月1日の閣議決定のように、解釈の変更で時代に合わせる方法もあるようだ。いずれにしても、憲法を経験主義的に捉えるのか、規範的に捉えるのか、大枠で整理する必要がある。
  • 昨年7月1日の閣議決定による解釈変更でどこまで変わったのかについても議論すべきだ。例えば、専守防衛の概念や、宮澤元総理が過去に答弁していた「海外で武力行使は行わない」という原則は変わったのか。安倍総理は、新3要件下においても「他国の領域で武力行使はしない」と発言していたが、ホルムズ海峡の最狭部には公海はなく他国領域なので、解釈を変更したのか検証する必要がある。
  • 立憲主義とされていた明治憲法下において、なぜ歯止めがかからず戦争に至ったのか、どこに不備があったのかについても検証する必要がある。
  • 本丸は9条改正だが、国民が理解しやすい部分から改憲するといういわゆる「お試し改憲」という報道について、与党の反論があれば伺いたい。
  • 安倍総理は、現行憲法は「8日間でGHQの憲法や国際法の素人が作成した」と発言していたが、内閣憲法調査会小委員会報告書には、現行憲法をつくる際には、在野の憲法学者が作成した「憲法研究会案」が相当程度参照されたとある。また、帝国議会でも多くの修正を経て、時間をかけて成立・施行している。「8日間で作り上げた代物」という認識についても、審査会の場で意識の共有を正確に行う必要がある。

野田 毅君(自民)

  • 憲法制定時と現在では安全保障環境が全く異なっており、我が国は、時代に合わせて憲法解釈の適正化を積み重ねてきた。これを国民に浸透させるため、分かり易く表現することは当然である。また、法治国家の最高規範としての憲法についての整理した議論をこれまで行ってこなかったので、進めてほしい。
  • 権力対市民という対立だけで基本的人権を捉えるのでなく、市民対市民という対立があり、市民間のトラブルをどう乗り越えるのかという視点も必要ではないか。現在の憲法は基本的人権の行使に高いウエイトを置いており、他者に対する配慮義務や他者の権利行使の受忍義務についても規定しておくべきである。
  • 憲法の改正条項がより柔軟な規定であったならば、既に憲法改正が行われていたのはないかと思う。
  • 道州制について、地域の自立性、地域共同体は昔からあったものであり、違和感がある。統治機構をどうするかという上からの観点で議論するのは現実と遊離することになる。

大平 喜信君(共産)

  • 広島県出身の30代の国会議員として、9条を守り抜かなければならない。被爆の実相、核兵器廃絶、核戦争反対を訴える被爆者、未来を担う若者の意思を受け止めなければならない。
  • 9条には、二度と戦争を起こしてはならないという決意とともに、核兵器使用、核戦争の阻止の思いが込められており、それを世界に呼びかけていると考える。
  • 現在国連本部ではNPT再検討会議が開かれており、ある被爆者は核抑止力論からの脱却と核廃絶のための法的拘束力のある枠組み交渉の開始を訴えている。
  • 日本は、9条の立場で国際社会の中での積極的な役割を果たすべきである。
  • 9条が変更され戦争ができる国になれば、就職難や経済的な理由による進学断念などの理由により自衛隊に入隊した若者も戦場に送り出される。
  • 9条だけではなく、憲法全てにおいて改憲の必要はなく、国民も求めてはいないとの立場である。

山下 貴司君(自民)

  • GHQが10日間で現憲法の草案を作成したことは、著名な憲法学者の基本書にも記されている歴史的な「事実」である。この事実の指摘自体は不当なものではない。
  • 現行憲法が果たした意義については私も十分に認めるところではあるが、現行憲法には帝国議会における議論しか反映されておらず、戦後70年間の国民の経験・英知が反映されていない。現代を生きる国民の意思を反映させるべきだ。
  • 憲法の解釈変更と改正は分けて考えるべきである。憲法条項の許す範囲内で、国民の負託を受けた議会に立脚した内閣が、直面する諸課題へ対応するために憲法解釈を変更することは、立憲主義にかなうことであり、むしろ、憲法上規定されていない行政権による憲法解釈に対する拘束力を認め、憲法解釈の変更を許さないことこそ、立憲主義に反すると考える。
  • 大災害や戦乱時に、生存率が急激に下がるとされる発生後72時間の範囲内に国会が議論する暇がない場合であっても対処できるようにするとの観点からも、緊急事態条項は必要である。
  • 国の役割は国民の生命・身体・財産や幸福追求権の保護にあるが、これを害された場合の回復についても、国の役割であろう。この観点から、加害者の権利に偏重した現憲法に被害者の権利も盛り込むべきである。
  • 知的財産権は、戦後、特に重要なものとなっている。米国憲法では200年も前に条項が設けられており、我が国でも憲法に明記すべきである。
  • 自衛権については、9条解釈の限界を徹底的に議論すべきである。議論の場は、憲法審査会に限らず、安全保障法制整備のための法律案を扱う特別委員会であってもよい。その姿を国民に示すことこそ、国会議員の使命だ。
  • 国民が、戦後70年の英知を憲法に反映させるとの趣旨から議論を行い、必要であれば憲法を改正するということを、保岡会長のリードの下での憲法審査会の議論を通じて実現させたい。

浜地 雅一君(公明)

  • 立憲主義の立場から、憲法に国民の責務を規定することについては抑止的であるべきだが、責務を追加すべきとの意見もあるので、国民にどこまで責務を課すことができるかについては議論を深めてほしい。現行憲法の国民の義務規定は抑止的であり、国家としての形成をなすために主権者が負う必要のある義務のみが規定されていることを踏まえ、そのような責務のみ規定すべきか否かを含めて議論するべきである。
  • 環境権についても、社会権として捉えるのか、国民の責務まで求めるのか、我が党としても考えるべきである。私人間での権利の争いについては、私人間効力として民法等により処理すべきものであり、憲法に規定すべきではない。国家の基本を形成すべき点に限って国民の責務を規定すべきと考える。

安藤 裕君(自民)

  • 現行憲法がGHQの指導の下に改正された憲法であることは、忘れてはならない事実であり、これを念頭に置いた改正の議論が必要である。
  • 国柄や国のかたち、理念等を憲法に謳っていくべきだと考える。日本は、世界の中で最も古い歴史を持つ国であり、神話の時代から、ひとつの国として、他国のように革命等も起こらない中で技術・経済大国として存在しているこの国のあり方を世界に示していくべきである。
  • 戦後、憲法の自由や平等、基本的人権の尊重といった価値観が大切にされてきた中で、行き過ぎた平等や規律なき自由がこの国を壊し始めていると考える。地方の疲弊や地域の絆の崩壊は、自由や平等が強調されすぎているために起こっている。現在の憲法観より上位に、より大事にしなければならない価値観が存在するということを議論していくべきである。
  • 緊急事態条項は、必ず設けなければならない。いつ起きるか分からない緊急事態に対する備えがないのは、現行憲法の重大な欠陥である。

辻元 清美君(民主)

  • 憲法解釈の変更には限界があり、これを超えた場合、改正をしなければならない。かつての武力行使の3要件は我が国が武力攻撃を受けた場合のみの要件であり、これは9条に基づく解釈というより「原理」である。新3要件の第一要件は「国民の…権利が根底から覆される明白な危険」という文言となったが、これは原理ではなく時の政府の政策判断である。つまり、政府は9条の解釈の変更というよりも原理の逸脱をしており、これは立憲主義に反するのではないか。
  • 安倍総理は先日、日本の国会に説明も提出すらもされていない安保関連法案について、米国の議会で「夏までに成就させる」「皆様にご報告致します」と演説した。これは立憲主義、三権分立を踏み外しているのではないか。安倍総理を憲法審査会に呼び、問い質したいくらいである。
  • 国民を憲法改正に馴らすために、9条の前に国民が理解できる部分を改正するという「お試し改憲」という話も聞く。我々には、憲法の原理とそれをどう扱うかという作法が必要である。
  • 憲法調査会設置から15年ほど経つが、憲法改正が未だになされていないのは、国民が憲法改正を喫緊の課題であると感じていないからである。国民の「憲法を改正する必要がない」との意見の割合が増えてきたことがそれを物語っている。

土屋 正忠君(自民)

  • 過日、フランスでイスラム教の預言者を風刺する画を掲載した新聞社の編集者がテロにより殺害される事件が起こった。この事件において問題とされた点は、表現の自由は無制限か、信教の自由、つまり宗教に対する尊崇の念を持っている者の権利を侵害していいのかという極めて深刻なものであったと考える。憲法の三大原則は継続されるべきだが、日本国の置かれた立場、未来にわたって我が国が行くべき道を展望した憲法のあり方についてどう考えるべきかをこの事件は我々に提示している。
  • 2年前に、各国憲法の前文に神や固有名詞が記載されているかを調べたところ、例えばイスラム教国の憲法にはイスラム教の教義に基づく考えが示されたものがあり、キリスト教国の憲法には神を謳うものがあることなどが分かり、印象的だった。
  • 現行憲法は、GHQの強い関与によって制定されたが、普遍的価値を有しており、既に国民の間に定着しているという議論の前に、日本国には日本国のたたずまいがあり、これに合致した憲法、かつ、近代民主主義国が採用している普遍的な価値観も採り入れた憲法として、日本国憲法のあり方を考える必要がある。

山本 有二君(自民)

  • 日本は独立国なので、憲法は自主憲法でなければならない。また、子どもたちのための未来を描いた設計図であって欲しい。
  • 日本国憲法は、前文ではなく上諭から始まっている。帝国憲法では、主権が天皇にあるのに対し、現行憲法では国民にある。フランス革命のような市民の勝利による新憲法制定ではなく、敗戦を機に制定された日本国憲法について、上諭にあるように、天皇が枢密顧問の諮詢及び帝国議会の議決を経て詔勅で主権を国民に下されたと解釈するのは矛盾があるのではないかと考えてきた。主権というものは、決して文書や決めごとにより実質的に移るものではないからである。
  • しかし、現在では、現行憲法は帝国憲法の改正であると理解するために以下のような整理をしている。日本国民は当時、職業軍人からなる戦争遂行勢力と一般人である終戦勢力とに二分されており、天皇にのみ戦争を完全に止める権限があることをGHQは把握していた。したがって、天皇を含む一般国民からなる終戦勢力にGHQは関与せざるを得なかったのだと考える。
  • 1952年のサンフランシスコ平和条約締結により独立国家になったのだから、憲法改正国民投票を第一段階として憲法改正が容易な国家にしなければならない。そうしないと、新しい日本の未来が子どもの手に渡らない。

牧原 秀樹君(自民)

  • 日本人は、自国のことを考えなさ過ぎると感じていた。本日のような議論が国民に広まり、憲法や国のかたちなどについて国民が考えるきっかけになればよいと考える。
  • 国家のあり方について、地方分権や一院制などの議論が本日もあったが、我々の国をどのように経営するかという大きな議論であるから、国民的な議論が必要である。
  • 平和・安全保障は、我が国の戦争経験に鑑みれば非常にセンシティブな論点であるが、かつては考えられなかったIS(イスラム国)の出現をはじめとして安全保障環境は大きく変化しているのであり、真剣かつ実務的な議論が求められる。
  • 緊急事態条項は現行憲法から欠落した部分であり、議事堂が崩壊して立法府が機能しない場合や選挙中で国会議員が不在の場合などを予め想定してあらゆる対処を考えておかなければならない。事態が発生してから対処すればよいとするのは立法府の怠慢であり、優先して対処すべき事柄である。
  • 戦後、15名しかいない最高裁判事によって新しい人権が次々と設けられ、その最高裁の判断を待たなければ権利として確立されない状況が続いてきたことは、望ましくない。最高裁に任せるのではなく、国会自らが対処しなければならない。障がいによる差別の禁止、環境権、被害者の権利、知的財産権などを憲法に明記すべく、新しい時代にふさわしい未来志向の議論を行うべきだ。

務台 俊介君(自民)

  • 現行憲法の基本理念は継承していかなければならない。戦後70年を迎え、国際情勢等の変化を踏まえた国の基本法を議論することは歴史的要請であり、国会議員の責務である。一方、9条を巡る議論や家族観を憲法に反映することについては、国民の間に大きな意見の隔たりがあることも事実であり、かみ合った議論をしていかなければならない。識者の中には、憲法に少しでも手を加えることは蟻の一穴となり、全面改正に至るため手を付けさせないとの意見もあるが、建設的な議論を妨げるもので賛同できない。環境権など新しい人権、緊急事態条項、財政規律条項の創設は多くの国民の賛同が得られ、建設的な議論が積み上げられる極めて有望な分野である。
  • 憲法改正が必要であるとの理解促進のため、最初の改正項目には、現行憲法により意図せざる不合理が生じている項目を取り上げてもよいのではないか。具体例の一つ目として選挙制度の問題がある。平等原則に基づく定数是正は必要だが、大都市の人口集中が続く中では、全国各地から国会議員を選出するとの理念が崩れかねない。今後取り組まなければならない定数是正も、農山村部の定数の激減をもたらしかねないことから、実現できない状態に立ち至るのではないか。このような事態を緩和するため、国会議員の定数配分は、平等原則に地域代表的な観点を加えていけるような先行的な改正が必要である。
  • 二つ目は地方自治体の統治機構のあり方である。現行憲法は首長と地方議会の二元代表制を採用しているが、これが思わぬ弊害を招いている。今回の統一地方選挙は投票率が低く、特に若年層の投票率が低い。若年層の投票を促すために政治教育を始める動きもあるが、まず地方議会の、執行権は首長が有し、議員は行政権のチェックを担うという二元代表制の見直しが必要である。ヨーロッパのように、地方議会は議院内閣制とし、議員から首長を選ぶという制度を採ることで、選挙に関して有権者の関心が高まり、投票率もアップするのではないか。憲法はこのようなことを禁止しているので、先行的に議論する必要がある。

寺田 稔君(自民)

  • 集団的自衛権は、国際法上も確立された概念であり、国連憲章においても明文で規定され、我が国はそれを何ら留保を付けることなく全面採択している。したがって、この集団的自衛権について定義づけを明確に行い、その歯止めがどこであるかを十分に議論するべきである。
  • 各党の代表者の意見陳述の中で集団的自衛権を敢えて定義する必要がないとの陳述もあったが、やはり明白な定義づけの下、個別的自衛権と重なる部分と重ならない部分、どこまでが行使できる部分なのか、それが解釈によって可能なのか、あるいは憲法上の一定の規定が必要なのかを十分に議論するべきである。
  • 今年は被爆70年という重要な節目を迎える。被爆者救済の前進と核なき社会の実現、平和の思いの発信のためにも、この被爆70年の核なき世界に向けた取組に関し、憲法審査会においても大いに論議されることを望んでいる。

山田 賢司君(自民)

  • 現行憲法はGHQの占領下において作られた。明治憲法から現行憲法への移行に伴い、天皇主権が国民主権となったとされるが、その間にGHQ主権の時代もあったのではないか。サンフランシスコ平和条約締結により主権を回復した時、本来ならば日本国民の手で憲法を作り直さなければならなかったが、国会議員も国民もそれを怠った。経済発展に比べて、国民が自主憲法制定を望んでこなかったという事実は、認めざるを得ないであろう。
  • 現行憲法は本当に平和憲法なのか、と従来から問題提起をしている。確かに大多数の国民にとっては、敗戦によって平和がもたらされたのであろう。しかし、日本国憲法が制定された後も、竹島は武力侵略を受けて、漁師が殺害されたり、だ捕されたりしている。また、今この瞬間も北朝鮮によって捕らわれている日本人がいる。国家の最大の責務は国民の命を守ることであり、憲法の制約があって国民を救うことができないことはあってはならない。
  • 憲法改正については、合意を得やすいところからではなく、しなければならないところから改正すべきである。今合意を得ることができなくても、合意を得る努力をしなければならない。環境権は憲法改正の必要があるかは疑問である。憲法改正が必要なのは、緊急事態条項の創設である。具体的には、緊急事態が発生した場合の権利の制限、国政選挙をどうするか等は議論すべきである。「発生して欲しくないことは考えない」「ことが起こったときには臨機応変に対応する」というのは、立憲主義に反する。あらかじめ事態が起こったときのことを想定し、憲法に明記することが、立憲主義の精神にかなうものであると考える。
  • 自衛権については、賛成・反対はあろうが議論すべきである。憲法解釈の変更を批判する者こそ、しっかり議論に参加すべきである。議論の結果としては、あくまで憲法は変えてはいけないという結論に達する者もあろうが、個人的には自衛隊の存在、権限については憲法に明記すべきである、と考える。
  • 現行憲法は、明治憲法の改正という形式をとっているが、そもそも明治憲法の改正の限界を超えていたのでないか。憲法学者によって8月革命説という説明がなされているが、憲法改正を革命によって行ってよいのか。さきほど憲法解釈の限界が議論されていたが、憲法改正の限界を超えて成立した憲法における解釈の変更に限界も何もないのではないか。そのような憲法が戦後68年間国民の間で定着してきた事実は認めざるを得ないと考えているが、今後、議論が必要であると考える。

後藤田 正純君(自民)

  • まだまだこの憲法審査会では多くの時間を費やし、しっかり議論を行い、国民に発信していく必要がある。また、河野委員と同様に、憲法改正についての党議拘束には反対する。
  • 脅威を煽ったり、GHQが短期間で決めたとか、押しつけられた憲法であるだとか、そのようなことで憲法改正の議論をしてはならず、それを行うと、国民が離れると思う。
  • 憲法が70年以上果たしてきた役割を国民と共有し、その上で国家の運営上どうしても変えなければいけないことを議論し、国民に伝えることが必要である。また、そもそも憲法とは何か、日本国憲法の歴史的な経緯、「権利」とは何か、ということを議論することが必要である。
  • 日本国憲法は、硬性憲法であるため、時の権力を抑制するのには有効であるが、時代の変化に迅速に対応できないと言われる。より重要なことは解釈改憲が進むことに伴い、憲法に対する信頼性が失われていく危険性があることである。国民の憲法に対する尊厳、ありがたさが希薄化しているのではないかと感じる。
  • 日本を「普通の国」にすべきであるという議論があるが、私は「理想の国」であり続けるべきであると考えており、その「理想の国」を作ったのは9条1項である。1項は世界的に見て素晴らしいものだと思うが、2項は国民に分かりにくいので、各論についてもこれから議論していきたい。

船田 元君(自民)

  • 憲法改正は1回でできるのではなく、関連する内容ごとに何回かに分けて改憲発議、国民投票を行うことになる。私は、その全てにおいて、決して「お試し」ということはなく、全て真剣に国民、国のために議論すべきものであると考えている。1か所でもそのような改正があれば、全く意味のないものになる。
  • 9条について、自民党としては早期に改正する必要があり、重要なものと考えているが、国論を二分する問題でもあるので慎重に議論して、国民に十分理解していただいた上で対応しなければならないと考えている。
  • これまでの議論で、緊急事態条項、人権問題などは各党に共通する関心事項として挙げられているため、そこから議論を始めるというのは自然な流れである。
  • 改正事項の選定については、改正が簡単だから先に行い、難しいから後回しにするというような基準で決めるものでは決してないことを御理解いただきたい。