平成14年6月24日(月)(地方公聴会)

日本国憲法に関する調査のため、札幌市において地方公聴会を開き、意見陳述者から意見を聴取した後、意見陳述者に対し質疑を行った。

1.意見を聴取したテーマ 日本国憲法について(21世紀の日本と憲法)

2.派遣委員

 団長 会長    中山 太郎君(自民)

    会長代理  中野 寛成君(民主)

     幹事   葉梨 信行君(自民)

     幹事   中川 昭一君(自民)

     幹事   中川 正春君(民主)

     幹事   赤松 正雄君(公明)

     委員   武山百合子君(自由)

     委員   春名 直章君(共産)

     委員   金子 哲夫君(社民)

     委員   井上 喜一君(保守)

3.意見陳述者

  大東亜商事株式会社代表取締役  稲津 定俊君

  農業              石塚 修君

  北海道弁護士会連合会理事長   田中 宏君

  大学生             佐藤 聖美君

  小樽商科大学教授        結城洋一郎君

  弁護士             馬杉 榮一君


◎団長挨拶の概要

 団長から、会議開催の趣旨及び憲法調査会におけるこれまでの活動の概要等について、発言があった。


◎意見陳述者の意見の概要

稲津 定俊君

  • 現在の日本の置かれている立場や21世紀に守るべき「国益」を考えたとき、日本の伝統文化の内発的自律性により形成された民意の結晶ともいうべき普遍的価値を基本理念とした新憲法を制定し、21世紀初頭の世界秩序維持に積極的に貢献する道義国家建設をなすべきである。
  • 新たに制定すべき憲法には、(a)日本が天皇を元首とする立憲君主国であること、(b)日本国の安全を保ち、国際平和の実現に協力するための国防軍を持つこと、(c)国連決議による積極的な国際協力を行うこと、(d)国民徴兵制度を設けること、(e)憲法裁判所を設けることについて規定する必要がある。
  • 海外で活動する日本企業の安定的発展が可能な政治経済環境を主体的に構築しなければ、21世紀の日本の発展はない。そのことを踏まえれば、我が国の外交政策が全力を賭して確立すべき「国益」とは、相互補完的な日米同盟を基軸とした、国際政治経済環境の優位性を確保する世界秩序維持に尽きる。

石塚 修君

  • 日本国憲法の理念、特に前文、9条に謳われている徹底した平和主義の理念は、21世紀のあるべき世界の姿を指し示している。
  • 日本国憲法には、押しつけ憲法との批判もあるが、中身がよければ良く、問題は憲法の理念が今まで活かされてこなかったことである。
  • 日本は、安全保障政策のみならず、農業政策や食糧政策に関しても、米国から押しつけられている。日本は、米国の言いなりになるのではなく、徹底した平和主義を貫いて、政治的、経済的に自立した国にならなくてはいけない。
  • 現段階では憲法改正に反対であるが、日本が真の自立国家となるため、あえて将来憲法に加えるべき事項があるとするならば、「自給」の概念である。世界有数の非循環国である日本は、他国に迷惑をかけないような循環国家とならなければいけない。

田中 宏君

  • 日本弁護士連合会や札幌弁護士会では、有事法制関連三法案について、(a)日本国憲法の平和主義、基本的人権尊重主義等の基本原理に抵触するおそれが極めて大きいこと、(b)地方自治の本旨をゆがめるものであること、(c)メディア規制を強化し、報道の自由をも侵すものであること等の理由から、反対し、廃案にすることを求めている。
  • 日本が戦争を行うことをいつでも可能とするような憲法改正には、強く反対する。そのような改正を検討する前に、より多くの人権課題に積極的に取り組み、憲法の理念を実現することが重要である。
  • 現在、アイヌ民族がおかれている人権状況は、好ましいものではない。国は、(a)そのアイヌ民族政策によりアイヌ民族やその独自の文化を衰退させてきた歴史的経緯、(b)日本にはアイヌ民族が存在し、日本は単一民族国家ではないこと、(c)アイヌ民族が先住民族であること等を踏まえた上で、アイヌ民族に対して、反省とより温かい目をもって政策展開をすべきである。

佐藤 聖美君

  • 人権擁護法案においては、マスメディアによる人権侵害が救済の対象とされており、マスコミの取材の自由、ひいては、憲法21条の表現の自由が侵害されるおそれがある。また、国民はマスコミを通じてしか情報を得ることはできないことから、国民の知る権利の侵害にもつなかる。
  • 憲法14条には法の下の平等が謳われており、男女の平等が保障されているにもかかわらず、就業における女性差別や、家事は女性が行うものといった男性や姑の思想が、女性の社会進出を制限している。また、女性への暴力を根絶させるため、いわゆるドメスティック・バイオレンス法が制定されたものの、その内容はいまだ不十分である。女性に正当な権利が保障されるためには、さらなる法整備、意識改革が必要である。
  • 憲法は現代社会に適合しないため改正すべきとの議論は、本末転倒である。憲法の理念を活かしていくことが重要である。

結城洋一郎君

  • 日本国憲法の立脚する諸原理、すなわち、(a)基本的人権の不可侵、(b)国民主権原理、(c)恒久平和主義(戦力の不保持と国の交戦権の否定)、(d)権力分立、(e)地方自治の尊重、(f)国際協調主義は、人類の長年に亘る知的・政治的な営みの到達点であり、いかなる困難があろうとも堅持すべきものである。
  • 9条は、一切の戦力保持を認めず、あらゆる場合における国家の交戦権を否認しているものと解釈すべきである。「自衛のための戦力の保持と、自衛戦争は認められる」というような解釈は誤りである。
  • 憲法について改善の余地を感じる点のうち、憲法改正を伴わざるを得ないものとしては、(a)国民表決(レファレンダム)の導入、(b)憲法裁判所の設置、(c)大統領制の導入がある。また、現行憲法の趣旨の明確化の観点から現行憲法に追加修正を加えた方が好ましいものとしては、(a)人権一般の制約原理としては、「公共の福祉」ではなく、「他人の権利を侵害しないこと」と表現を変更すること、(b)抵抗権を明記すること、(c)新しい権利としてのプライバシーの権利、国民の知る権利を明記することがある。
  • 憲法改正を提起する場合には、特に相互不可分の条項以外には、各条項ごとに賛否を問うべきであり、全体を抱き合わせにして問題の所在をごまかすべきではない。

馬杉 榮一君

  • 理想的な平和主義等を内容とする現行憲法は、制定後50年経った21世紀にこそ、その真価が発揮されるべきものである。
  • 現行憲法には環境権や情報公開の権利が規定されていないため、21世紀の憲法としては古いという指摘は誤りである。環境権は13条及び25条に基づくものとして、また、情報公開の権利は21条の表現の自由から導かれる「知る権利」等に基づくものとして、既に現行憲法の中に十分に位置付けられている。
  • 21世紀を迎えた現在、憲法を守り人権を守るためには、法曹人口の拡大や司法関係予算の増額、司法に市民が直接参加する制度の実現等、司法制度改革は必要不可欠である。
  • 有事立法は憲法の平和主義に反し、基本的人権を侵害するおそれがあり、反対である。

◎意見陳述者に対する主な質疑事項

中山 太郎団長

  • 新しい世紀を迎えて、科学技術の進歩やFTA(自由貿易協定)の締結等に伴ってグローバル化が一層進展し、日本をとりまく状況が大きく変化している現在、ロシアやカナダとも地理的に近い位置にある北海道における国際化の問題について、どのように考えるか。(全陳述者に対して)


中川 昭一君(自民)

  • 現在の日本の教育は「ゆとり教育」というより「ゆるみ教育」であるとの意見もあるが、日本の教育についてどのように考えるか。(稲津陳述者及び佐藤陳述者に対して)
  • 食料の「自給」を努力目標とすることは良いが、現在の日本において現実に「自給」を実現することは難しいのではないか。(石塚陳述者に対して)
  • 国民にとって短期的には不利益だが客観的には必要な施策(例えば税率の引上げ)について、国民投票を行うというような直接民主主義的手続をとった場合、適切な判断はなされないのではないか。(結城陳述者に対して)
  • 大統領制を導入した場合、天皇制との関係で何らかの問題は生じないか。(結城陳述者に対して)


中川 正春君(民主)

  • 国際連合を通じた国際社会への貢献等を考えたとき、9条で自衛権が否定されているという結城陳述者の立場からは、(a)PKOに参加すること、(b)多国籍軍や国連軍に参加すること、(c)武力行使と一体化しない後方支援を行うことについて、どのように考えるか。(結城陳述者に対して)
  • 日本のロシアに対する投資が少ないのは北方四島の問題が障害となっているとの意見もあるが、北方四島の問題をとりあえず棚上げしてロシアとの経済関係等を築くという考え方について、どのように考えるか。(稲津陳述者及び田中陳述者に対して)
  • 日本は外国人労働者、難民、無国籍者を積極的に受け入れるべきであると考えるが、いかがか。(田中陳述者及び馬杉陳述者に対して)


赤松 正雄君(公明)

  • 結城陳述者は、日本国憲法の諸原理を堅持すべきであると主張する一方、「万一」の憲法改正の余地についても言及しているが、改めて憲法改正に対する基本的な考え方について伺いたい。(結城陳述者に対して)
  • 「今の政治状況では憲法改正に反対」とのことであるが、今の政治状況がどのように変われば憲法改正をしてもよいと考えているのか。また、憲法改正について時期としてはいつ頃ならよいと考えているのか。(石塚陳述者に対して)
  • 9条2項と自衛隊が存在するという現実が全く乖離してしまっていることが、どのような影響を与えていると考えるか。(石塚陳述者及び田中陳述者に対して)
  • 司法制度の現状に対して、弁護士の側から見て、どのような危機意識を持っているか。(馬杉陳述者に対して)
  • 最近、日本において女性の晩婚化の傾向が著しい原因について、どのように考えているか。(佐藤陳述者に対して)


武山百合子君(自由)

  • 選択的夫婦別姓制度の導入について、どのように考えるか。また、女性が一生仕事を続けられるようにするためは、どのような改革がなされるべきと考えるか。(佐藤陳述者に対して)
  • 日本の司法制度は、米国と異なり、国民に身近でないと感じる。米国に追いつくためには、今後、どのように改革を進めていくべきと考えているのか。(馬杉陳述者に対して)
  • 私もドイツ型の憲法裁判所の設置には賛成であるが、なぜ、日本では憲法裁判所を設置しようとする土壌が育たなかったと考えるか。(結城陳述者に対して)
  • アイヌ問題について、北海道として何らかの対応ができなかったのか。また、北海道は、国に対してアイヌ問題の改善を十分求めたと考えるか。(田中陳述者に対して)
  • 食料自給率が低下したのは、何が原因であり、今後、どのような政策が必要と考えているのか。(石塚陳述者に対して)


春名 直章君(共産)

  • 日本国憲法の現代的意義について、どのように考えるか。また、昨今の憲法改正論議をどのようにとらえているのか。(田中陳述者に対して)
  • 馬杉陳述者は、「制定後50年を経た21世紀にこそ、日本国憲法の真価が発揮されるべき」と述べているが、憲法のどのような点について真価が発揮されるべきと考えているのか。(馬杉陳述者に対して)
  • 先日問題となった政府首脳の非核三原則見直し発言について、どのような感想を持っているか。(佐藤陳述者に対して)
  • BSE問題(いわゆる狂牛病問題)の影響及び国としてとるべき対策について、農家の側からはどのように考えているのか。(石塚陳述者に対して)
  • 憲法9条と現実(自衛隊の存在)の乖離について、どのように解消していくべきと考えるか。(結城陳述者に対して)


金子 哲夫君(社民)

  • 日本国憲法は単なる理想主義に立つのではなく、アジアや沖縄の経験という現実の上に生まれたものと考えるが、いかがか。(馬杉陳述者に対して)
  • 日本は大量のプルトニウムを保有しているが、エネルギーの自給や核政策について、どのように考えるか。(石塚陳述者に対して)
  • 米国の行政は下級審の判決に対しても迅速に対応するのに対して、日本の行政は、在外被爆者に援護法を適用すべきとの地方裁判所の判決が複数下されているにもかかわらず、判決が確定するまでは対応しようとしない。このような日本の行政のあり方について、どう思うか。(田中陳述者に対して)
  • 先の防衛庁の情報公開請求者リスト作成問題は、リストの作成以前に、請求者の身上調査を行うこと自体が問題であると思うが、いかがか。(結城陳述者に対して)


井上 喜一君(保守)

  • 稲津陳述者は天皇を元首とするべきとの立場であるが、現在の天皇の地位に関する憲法の規定を改めるべきと考えるのか。(稲津陳述者に対して)
  • 石塚陳述者は食料の自給を主張しているものの、9条の改正に反対の立場である。私は、仮に食料を自給するとしても日本が平和でないと不可能であり、そのためには国際社会の安全保障が重要となるため、9条の改正も検討する必要があると思うが、いかがか。(石塚陳述者に対して)
  • 9条の理念は理解できるが、これほど現実と乖離しているのであれば、もはや法とは言えないのではないのか。法を現実に合わせるか、法に現実を合わせるかのどちかだと思うが、いかがか。(結城陳述者に対して)
  • 世界の平和と安全が必要だと考えるのであれば、日本がこれに貢献していくことが当然であると考えるが、いかがか。(馬杉陳述者に対して)

◎傍聴者の発言の概要

 派遣委員の質疑終了後、団長は、傍聴者の発言を求めた。

石川 一美君

  • 本日の地方公聴会においては、憲法を守るべきであるという方向が示されたと思う。
  • ハーグで行われた国際平和市民会議においても、日本国憲法9条の意義が高く評価されている。武力では平和を維持していくことはできない。有事法制は9条を否定するものだ。


市來 正光君

  • 有事法の制定、その後の9条の改正によって、日本が戦争に参加する国家になっていくことに断固反対である。
  • 地方公聴会は憲法改正の弾みとして利用されるため、開催には反対である。