平成15年2月6日(木) 安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会(第1回)

◎会議に付した案件

安全保障及び国際協力等に関する件(非常事態と憲法 −テロ等への対処を中心として−)

上記の件について参考人森本敏君及び参考人五十嵐敬喜君から意見を聴取した後、質疑を行った。その後、委員間で自由討議を行った。

(参考人)

 拓殖大学国際開発学部教授 森本  敏君

 法政大学法学部教授      五十嵐 敬喜君

(森本敏参考人及び五十嵐敬喜参考人に対する質疑者)

  下地 幹郎君(自民)

  首藤 信彦君(民主)

  赤松 正雄君(公明)

  藤島 正之君(自由)

  春名 直章君(共産)

  金子 哲夫君(社民)

  井上 喜一君(保守新党)

  近藤 基彦君(自民)

  桑原 豊君(民主)

  谷本 龍哉君(自民)


◎森本敏参考人の意見陳述の要点

1.事態と憲法上の規定

  • 「非常事態」、「緊急事態」及び「有事」の概念を明確にするとともに、そのような事態に関する規定を憲法に設けることの要否及び必要であるとした場合の規定ぶりについて、議論する必要がある。
  • 私は、「非常事態」とは、戦争、内乱、暴動、恐慌、自然災害、伝染病等を包括的に含むもので、戦争や内乱以外の事態を意味する「緊急事態」よりも広い概念であると考える。また、現行憲法には非常事態条項が存在しないが、このことが非常事態時における体制の整備を遅らせた原因であると考える。したがって、非常事態時における国家、政府及び国民の対応や、権利義務関係の基本についての原則的事項を憲法に明記すべきと考える。

2.テロ等への対処−法的側面

  • テロが国家でなく組織等により実行され、また、近年、その活動が複雑化かつ過激化していることにかんがみれば、テロへの対応に当たっては、防衛、外交、情報、出入国管理等を統一方針の下に総合的かつ有機的に機能させる必要がある。
  • そのためには、(a)国内法の整備、(b)国家体制及び社会体制の確立、(c)国民の意識啓発及び訓練が重要である。
  • 特に、(a)については、国家による武力攻撃への対処を定める有事法を制定するとともに、テロ、自然災害等に関する既存法を統合して、国家として統一的な行動が可能となるような法整備をすべきである。

3.国家の緊急事態に対応するための法体系

  • 「緊急事態」(及びこれに加えて「有事」)への包括的対応を可能とするためには、憲法改正によりそのような事態に関する規定を設けることが望ましいが、当面は、「国家安全保障基本法」を早急に制定すべきである。
  • 「国家安全保障基本法」には、国家としての国際協力の在り方等をも定め、同法の下に、外国からの武力攻撃への対処を定める「有事法」と、テロ、自然災害等への対処を定める「緊急事態対処法」を制定すべきである。
  • テロ等の緊急事態への対応に当たっては、(a)情報機能の強化、(b)関係各機関の総合調整及び有機的運用、(c)国民協力のための権利義務関係の憲法の下での明確化が重要である。
  • 米国が先制攻撃によるテロ対応を表明する状況において、日本は、テロ対応に当たって、自衛権といった従来の形によるのではなく、非常事態に関する法整備を通じた抑止の戦略をとるべきである。

◎五十嵐敬喜参考人の意見陳述の要点

1.はじめに

  • 憲法に非常事態に関する規定はないが、「非常事態は起こる」ということを前提に考えるべきである。
  • 非常事態には、自然現象として地震、水害等が、人為的現象として原発、テロ、戦争がある。

2.現代非常事態の特徴

  • 非常事態に関する従来の議論では、多くの非常事態が「依存型社会」である都市で起こるという観点が欠けていた。都市で非常事態が発生した場合は途方もない被害が発生するということを直視した上で、非常事態について考えるべきである。

3.国の対応

  • 非常事態に対する国の対応は、(a)自給自足の「農村型社会」を前提にした個別対応法によっており、全体的な予防・対処となっていない、(b)中央による対応が全面に出て、現場主導となっておらず、また、各省庁ごとに対応する縦割り行政の弊害が見られる、(c)自治体が機能し得るシステムと市民やNGOの参加が欠落している、といった問題点がある。

4.具体的な提案

  • 具体的な提言として、(a)危機対応には権限の集中が重要であるが、事後点検も重視すべきであること、(b)危機対応組織として米国のFEMA(連邦緊急事態管理庁)を参考にすること、(c)危機管理体制として、首相に権限を集中しつつ、連邦議会による厳しいチェックをすることを目指した緊急事態規定を持つドイツ基本法を参考にすること、の3点を挙げる。
  • 有事に際しては、どの程度の自衛権行使が認められるかは意見が分かれるところであるが、市民の生命・自由・財産を守るために有事に備えることは必要であり、その際、「都市は戦争できない」ということを前提とすべきである。また、軍事によることは最低限とすべきであり、国連安全保障体制への積極的な関与や外交努力等の有事の予防に万全を期すべきである。

5.結論

  • (a)包括的な危機管理法を制定し、(b)内閣官房、内閣府、総務省、国土交通省、厚生労働省、警察庁、消防庁、海上保安庁、自衛隊等から成る危機管理庁を設置し、我が国の危機管理を包括的に担当させることを提案する。

◎森本敏参考人及び五十嵐敬喜参考人に対する質疑者及び主な質疑事項等

下地 幹郎君(自民)

<森本参考人に対して>

  • 国際的なテロが起きたときの日本の役割の重要性にかんがみれば、「武力行使と一体化」を基準とする国際協力ではなく、国連決議に基づく国際協力を行うという仕組みやその際の協力の基準を憲法上明記するべきであると考えるが、いかがか。
  • 有事法制は、法として明文化することで、緊急事態における国民の権利の制約に関する拡大解釈を避け、結果として人権侵害を防ぐという面もある。この点を踏まえた上で、有事法制について、どのように考えるか。
  • テロや有事への対応は、日米安保の枠組みを前提としたものであることにかんがみれば、「国民の理解」を得るためには日米地位協定の改定が必要だと考えるが、いかがか。

<五十嵐参考人に対して>

  • 阪神・淡路大震災時の救助にたずさわった際、非常時における国と地方自治体との指揮命令系統の不明確さを痛感したが、参考人の言うような危機管理庁を設けて各種権限を移譲し、地方自治体との連携を図ることで、この問題を解決できると考えるか。


首藤 信彦君(民主)

<五十嵐参考人に対して>

  • 緊急事態法制を議論するに当たっては、私権制限の問題等の憲法問題を議論しなくてはならないと考える。参考人は、緊急事態への対応と日本版FEMAの設立を提言されるが、その前提として、まず、憲法改正を主張するべきであると考えるが、いかがか。

<森本参考人に対して>

  • 日本には米軍基地があり、緊急事態においては、日本の主権と在日米軍の活動との関係が問題となる。有事法制については、この両者の関係について、国民を守るという観点から規定していくべきであると考えるが、いかがか。


赤松 正雄君(公明)

<森本参考人に対して>

  • 9.11テロ以降、自衛権の概念だけではもはや対応できず、新たなテロの抑止策を考える必要がある。そのためには、自衛権ではなく、「反テロ権」とも言うべきものに基づくテロ撲滅のための国際協力体制を築くことが必要であり、また、そうすることで、従来の9条の枠内での対応とは別の対応ができると考えるが、いかがか。

<五十嵐参考人に対して>

  • 参考人は有事関連3法案には否定的な見解のようであるが、今、優先すべきは自然災害のような事態への対応であるという考えか。万が一に備えて有事法制を整備することが必要ではないか。


藤島 正之君(自由)

<両参考人に対して>

  • 米国の設立した本土安全保障省は有効に機能すると考えるか。また、我が国にそのような組織を導入する可能性とその際に障害となるような問題点や、その有効性について、どう考えるか。
  • 非常事態においては、自治体の首長の協力が必要となるが、首長の個人的考えで協力しないことがないように、法的拘束力を持つ規定が必要ではないか。

<森本参考人に対して>

  • 米国が「拒否的抑止」の考え方を打ち出すなど、今後、テロに対しては、自衛権とは違う国際法上の枠組みが必要となると考えるが、この問題に関する国際的議論の動向は、どのようなものか。

<五十嵐参考人に対して>

  • 有事に関しての諸外国の規定には、一定のパターンのようなものがあるか、それとも、各国で異なるのか。


春名 直章君(共産)

<森本参考人に対して>

  • 参考人は、その著書において、我が国の有事法制が日米ガイドラインの要請であると述べている。現在我が国で考えられている有事法制は、米国との関係を前提にしたものであると思うが、米国の動向、特に先制攻撃も辞さないという戦略と我が国の有事法制との関係について、どう考えるか。

<五十嵐参考人に対して>

  • 有事関連3法案において想定される事態が非現実的であるという点について、改めて御説明いただきたい。


金子 哲夫君(社民)

<森本参考人に対して>

  • 米国のパウエル国務長官のイラクの査察の妨害等に関する発表は、イラクに対する軍事行動の根拠とはならないとするのが世界的な趨勢であると思うが、いかがか。また、仮にイラクに対して軍事行動を起こすとしても、最低限、武力行使を容認する新たな国連決議が必要と思われるが、いかがか。
  • 抑止力の名の下、膨大な核兵器が保有されることとなったことにかんがみれば、抑止力論の持つ危険性は明らかである。「拒否的抑止」も、それに対する「反撃」を惹起するおそれがあり、新たな問題を生じさせるだけではないか。

<五十嵐参考人に対して>

  • 非常事態を考えるに当たっては、人為的なものと自然災害を区別するべきであると考える。その上で、災害に対処するために自衛隊とは別組織を作り、これに対処させることがより効果的かつ現実的ではないか。


井上 喜一君(保守新党)

<森本参考人に対して>

  • 危機管理については、さまざまな事態における国の権力行使の在り方、国民の権利の制限等について憲法に規定する必要があるが、その規定は、さまざまな事態について包括的に対応できるものとすべきである。参考人は、「有事」「非常事態」「緊急事態」への対応について別々に憲法に規定すべきと考えるのか。
  • 「国家安全保障基本法」では、どのような事項について規定すべきであると考えるか。
  • 日本において、危機管理体制の整備が遅れているのは、9条が大きな原因であると考えるが、いかがか。


近藤 基彦君(自民)

<両参考人に対して>

  • 国家緊急権を憲法に規定すべきであると考えるか。また、現在、憲法には緊急事態に関する規定がないが、緊急事態が起こった場合に憲法を超えた対応が可能であると考えるか。
  • 北朝鮮による拉致は、国家主権の侵害であると考えるが、これは、緊急事態や非常事態として評価できるのか。また、拉致は国家犯罪であり、日本は、国連で問題にすることを考えてもよいのではないか。


桑原 豊君(民主)

<両参考人に対して>

  • ドイツ基本法では、緊急事態の認定やその際の軍隊の出動等について連邦議会が深く関与することとなっている。これに対し、日本では、自衛隊の出動が国会の事後承認で認められる場合もある等、国会の関与が弱いと思われる。ドイツとの比較において、緊急事態に際しての日本の国会の関与の在り方をどのように考えるか。
  • 有事法制は、国民の権利を守る反面、これを侵害する危険性もある。このことにかんがみると、ドイツにおいて、有事に際していかなることがあっても守るべき人権と制限が認められる人権が基本法上区別されていることが参考になると考えるが、いかがか。


谷本 龍哉君(自民)

<両参考人に対して>

  • 現在、テロを支援している国家があるが、さらに資金援助等を行うことによりテロ組織を傭兵的に利用することも考えられる。傭兵的なテロ組織によるテロは実質的には戦争とも評価できる。このようなテロに対し、日本の現在の法制度ではどのような対応が可能なのか。

◎自由討議における発言の概要

中山 太郎会長

  • 専門家である参考人から、非常事態体制の整備に関する国会の責任について、厳しい指摘を受けた。日本に住む人々がいかに安全で幸せに暮らせるかについて、国会議員として、党派を超えて議論することが極めて重要であると改めて感じた。今後も、こうした問題について、論議を深めていきたい。