平成15年6月9日(月)(高松地方公聴会)

日本国憲法に関する調査のため、高松市において地方公聴会を開き、意見陳述者から意見を聴取した後、意見陳述者に対し質疑を行った。

1.意見を聴取したテーマ 日本国憲法について(非常事態(安全保障を含む)と憲法、統治機構(地方自治を含む)のあり方及び基本的人権の保障のあり方)

2.派遣委員

団長 会長    中山 太郎君(自民)

   会長代理  仙谷 由人君(民主)

   幹事    葉梨 信行君(自民)

   委員    平井 卓也君(自民)

   幹事    古川 元久君(民主)

   委員    遠藤 和良君(公明)

   委員    武山 百合子君(自由)

   委員    春名 直章君(共産)

   委員    金子 哲夫君(社民)

   委員    山谷 えり子君(保守新党)

3.意見陳述者

 弁護士        草薙 順一君

 四国学院大学教授   根本 博愛君

 学生         高木 健一君

 元中学校社会科教師  西原 一宇君

 主婦         坂上 ハツ子君

 香川大学法学部助教授 鹿子嶋 仁君


◎団長挨拶の概要

団長から、会議開催の趣旨及び憲法調査会におけるこれまでの活動の概要等について、発言があった。


◎意見陳述者の意見の概要

草薙 順一君

  • 平和の維持には、秩序ある、力を伴う「法の支配」が必要であり、日本の安全保障は将来創設される国連軍により保障されるべきである。また、未だ国連軍が存在しない現状を踏まえ、国連軍創設に至る過程として、北東アジアの地域的安全保障体制を構築すべきである。
  • 北東アジアの地域的安全保障体制を構築するには、アジアの人々と共通の歴史認識を持ち、日本が非核、不戦国家として承認される必要がある。北朝鮮の脅威については、国交を正常化し日朝条約を締結することにより、これを払拭するとともに、核問題に対しては、北朝鮮の核開発を断念させるとともに日韓が米国の核の傘から離脱し、朝鮮半島と日本を非核地帯とし、米国、ロシア、中国が武力行使をしないことを内容とする「非核地帯条約」を締結すべきである。
  • 武力によっては、環境や貧困等の問題を解決することはできないのであり、日本国憲法は、徹底した平和主義を有する点で世界史的意義を有する。この憲法の精神を世界に発信し、発展させることが日本の使命であり、9条を改正することには反対である。


根本 博愛君

  • 1990年代以降に出された多くの改憲案の特徴として、(a)プライバシー、知る権利、環境権などの「新しい人権」の保障、(b)公共の福祉による人権制限の強化、(c)国民の義務の強化、(d)9条の改正を挙げることができる。
  • 人権の保障は、古典的自由権、社会権の保障、人権の国際的保障と発展し、近年では、発展途上国に必要とされる民族自決権の尊重、発展の権利、平和への権利、健康な環境を求める権利、食糧への権利などが世界的な協力という平和的手段により実現されることが求められている。
  • 人権の国内的保障を果たすことが人権の国際的保障につながり、また、人権の国際的保障が国内での人権保障を深化させるという、相互補完関係があると考える。
  • 近年の改憲案が「新しい人権」の保障という時代の要請に応えようとしながら、他方で、権利の制限、義務の強化、とりわけ9条の改正を内容とすることには疑問を感じる。「新しい人権」の保障にとって必要なことは、憲法上に規定することよりも立法化による具体化である。また、公共の福祉による人権制限の問題については、人権の外側に公共の福祉があるとする「一元的外在制約説」は学説的に既に乗り越えられている。現在では、さらに人権カタログに即して制限の基準を考える「二重の基準論」の考え方がとられている。また、9条については、樋口陽一教授が指摘するように、単に軍事的な事項を定める規定であるだけでなく、批判の自由を下支えするという意味で人権と密接に関係する大事な規定である。
  • 前文は、国と国、人と人との信頼関係を作ることにより安全保障が確かなものになるという安全保障に関する思想を示している。


高木 健一君

  • 戦後の日本の平和は9条によるものではなく、日米安保条約の恩恵によるものであるが、在日米軍は9条との整合性において問題があり、憲法を改正すべきである。
  • 在日米軍基地の約7割を占める沖縄の負担は大きく、日米安保体制そのものに対する不信感を招いている現状を踏まえ、沖縄の基地をできる限り本土に移転するなど、沖縄の負担を軽減すべきである。
  • 自衛隊の存在については、合憲性をめぐり議論に決着がついておらず、これを合憲とする政府解釈は、国民にとって分かりにくいものとなっている。自衛隊の存在は欠かせないとする国民世論等を踏まえ、9条を改正し、自衛隊を正式に軍隊として明示すべきである。
  • 北朝鮮のミサイル問題は、我が国の安全保障を脅かすものであるが、9条が足かせとなって、国の安全や国民の保護できるか疑問である。9条を改正し、新たな日本の安全保障を整備する必要があると考える。
  • 現行憲法は、米国占領下で草案が作成され、自主的に制定したものではないと考える。政治家も国民も憲法改正の議論を避けてきたが、最近は、議論が可能な環境になってきていることから、改正議論が深まることを希望する。


西原 一宇君

  • 学習が原因で平等権が侵害されることを防ぐためにも、教育権は大切な国民の権利である。国民は、子どものうちから「しっかりした教育を施される」ことで、主権者になったときにも「権利を正しく行使する」ことができるようになる。
  • しかし、学校の現状は憲法違反状態であり、多数の子どもが落ちこぼれ、一度落ちこぼれると再起が不可能な残酷な現実は、文部科学省の教育制度の誤りによるものである。
  • 子どもの学力低下が言われるが、これは現在の教育制度が知識の暗記のみを要求していることが原因である。
  • 少年犯罪について、多くの場合、私は、罪を犯した少年をむしろ哀れに思うことが多い。彼らが不幸にして大切なことを教えられなかったためではないかと考えるからである。落ちこぼれた少年たちが立ち直るためには、「自分をあたたかく認めてくれる集団」が必要である。


坂上 ハツ子君

  • 憲法を見直す前提として、草案作成に携わったベアテ・シロタ・ゴードン氏の述べている「貧困や不平等や戦争のない平和な国づくり・世界づくりを実現するために、寝食を忘れて打ち込んだ」ということに、大きな共感と感動を覚える。
  • しかし、憲法の規定と現実との矛盾は、年々深まっている。憲法解釈に固執することにより、安全保障の面で国益を害する事態が発生している。安全保障の分野など見直しを急ぐべき分野は、当面、解釈変更で対応するにしても、いずれは憲法改正が必要になると考える。
  • 世論調査の結果をみても、憲法改正論は国民の間に広く定着している。主権者の理解を深めるためにも、憲法調査会のように憲法について議論する場を計画的・発展的に作っていくとともに、国民は、主権者として、今一度憲法をしっかりと読み解くべきである。
  • 時代の潮流から、国際社会との協調、連携の重要性を踏まえ、国内法と国際条約との連携を図るべきである。また、国内法の整備としては、国の独立、国民の生命、財産を脅かす事態などを想定し、国連決議に基づく国際協力を盛り込んだ「国家安全保障基本法」の制定を提案したい。


鹿子嶋 仁君

  • 現在、「平成の大合併」と称される市町村合併が進行している。財政問題・行政能力という観点からの合併が必要となる場面があるとしても、同時に、「住民自治」を実質化する取組がなければならないと考える。
  • 「住民自治」の実質化という観点からは、(a)まず、92条の「地方自治の本旨」という文言が不明確であるとともに、団体自治・住民自治よりも明確な地方自治の基本理念・指導原理が必要ではないかと考えられること、(b)住民自治については、いくつかの例外を除き、これを実現する具体的な法律の規定がほとんどみられないこと、及び(c)地方自治において、直接民主主義がよいのか間接民主主義がよいのかについては、議論の分かれるところであることを指摘したい。
  • また、基礎自治体の強化という観点から、(a)中央政府と地方政府の関係は対等なものであり、法律と条例の関係も原則的には対等のルールと考えるべきであること、中でも、現在、地方自治法で規定されている法律と条例の関係は、憲法に盛り込んでもよいのではないかと考えること、(b)課税自主権を明確に規定すべきであること、(c)自治体にも、いかなる行政組織を組織するかを決定する権限を一定程度認められてしかるべきであることを指摘したい。 以上の点を踏まえ、憲法改正により、地方自治の発展のために、その理念や原則的な部分を憲法規定に明確に定める必要があると考える。

◎意見陳述者に対する主な質疑事項

中山 太郎団長

<全意見陳述者に対して>

  • 少子・高齢化社会を迎える中で、医療、年金、福祉等の社会保障と、これを支える税、保険料がどうなるかについて、国民は不安を感じている。今後の社会保障の在り方についての意見を伺いたい。


平井 卓也君(自民)

<西原陳述者に対して>

  • 学級崩壊や犯罪の低年齢化に見られる最近の社会的規律の崩壊は、戦後の占領政策を背景に、戦前の良き価値をも否定し、個人主義のみを強調してきた教育に根源があるとの指摘もある。今年3月に出された中央教育審議会の答申が教育基本法の見直しを求め、新たに規定すべき理念として「国を愛する心」、「公共の精神」、「伝統・文化の尊重」等を挙げていることも踏まえて、今後の教育の在り方について意見を伺いたい。

<鹿子嶋陳述者に対して>

  • 地方自治の実質化を考えるに当たっては、憲法の「地方自治の本旨」の意味は曖昧であると考えるが、いかがか。
  • 国の事務を地方が執行してきたかつての機関委任事務や国の景気対策に対して地方が協力してきたことにより、地方財政が悪化した面もある。財政再建団体となった後も首長等の位置付けが変わらないことなど、地方自治体の財政再建スキームは十分なものではなく、再検討が必要であると考えるが、いかがか。

<草薙陳述者に対して>

  • 9条をめぐる論議は国民から分かりにくく、また、安全保障や国際協力の分野での必要に迫られるたびに、9条を「弾力的」に解釈して法整備を図ってきたが、このような対応には限界がある。安全保障や国際協力に対する考え方を明確にした上で、自衛権や自衛隊の位置付け、国際社会における日本の貢献等を憲法に規定し、国際社会からきちんと認知される憲法にしたいと考えているが、この点について意見を伺いたい。


古川 元久君(民主)

<全意見陳述者に対して>

  • 憲法は国の基本法であり、「国のかたち」が見えるものである。「国のかたち」を考えることにより、どのような憲法がふさわしいかが分かる。それぞれの陳述者の関心のある分野について、どのような国を目指すべきかについて、意見を伺いたい。


遠藤 和良君(公明)

<草薙陳述者に対して>

  • 草薙陳述者は、国連軍による日本の安全保障を主張するが、現実として可能なのか疑問である。国連軍が実現する具体的道筋をどのように考えているのか。また、そうした道筋があるとすれば、それは、国連が多国籍軍を「国連軍」として認知することであると考えられるが、この点についてどのように考えるか。

<根本陳述者に対して>

  • 根本陳述者は、「新しい人権」の保障は法律制定で足りるとするが、憲法制定時には、今言われている「新しい人権」は想定されていなかったはずであり、そのことからすると、現在においては、これを憲法に明記すべきであると考えるが、いかがか。

<高木陳述者に対して>

  • 高木陳述者は、日米安保条約について現実と憲法が乖離しているので、現実に憲法を合わせるべきであると主張するが、その他の事項について大きく乖離していると考えるものがあるか。

<西原陳述者に対して>

  • 西原陳述者は、憲法の理想が実現されていないことが問題であり、憲法改正ではなく、憲法の理想を実現すべきであると主張するが、教育基本法の見直し問題に関しても、教育基本法には理想が描かれており、これを実行することが大切であると考えているのか。

<坂上陳述者に対して>

  • 坂上陳述者は憲法と現実の矛盾が深まっていると指摘するが、日本の中で一番矛盾を感じる点は何か。

<鹿子嶋陳述者に対して>

  • 補助金、交付税の削減、税源移譲を同時に進める「三位一体」の地方財政改革の方向性について、どのように考えるか。


武山 百合子君(自由)

<草薙陳述者に対して>

  • 北朝鮮の万景峰号問題や拉致問題について意見を伺いたい。

<根本陳述者に対して>

  • 知る権利・報道の自由とプライバシーの権利についてどのように考えるか。

<高木陳述者に対して>

  • 高木陳述者は、「普通の国」になるべきという趣旨の陳述をしたが、「普通の国」になるときの基軸はどこに置くべきか。

<西原陳述者に対して>

  • 現在の教育問題の原因はどこにあると考えるか。

<坂上陳述者に対して>

  • 少子化問題を解決するためには、どのような環境をつくればよいか。また、夫婦別姓制度についてどう考えるか。

<鹿子嶋陳述者に対して>

  • 地方自治の財源をどのように確保すればよいか。また、地方自治への住民参加をどのようにして確保すべきか。


春名 直章君(共産)

<草薙陳述者及び根本陳述者に対して>

  • 憲法と現実との乖離については、憲法の理念を現実に活かすのか、それとも憲法を改正して現実に憲法を合わせるのかが問われている。しかし、イラク攻撃について世界の大多数の国が反対し、米英が企図した国連決議が得られないなど、世界の現実は憲法9条の理念に示す方向に進んでいきつつあると思うが、どのように考えるか。

<西原陳述者に対して>

  • 有事法制とイラク新法についてどのように考えるか。

<鹿子嶋陳述者に対して>

  • 住民自治が根付かない原因として、鹿子嶋陳述者は憲法の地方自治に関する規定が簡素すぎることを原因の一つとして挙げたが、私は、そのようには考えない。むしろ、憲法には明確に住民自治が規定されているにもかかわらず、住民自治の実現を政治が阻んでいると考えるが、いかがか。


金子 哲夫君(社民)

<草薙陳述者に対して>

  • 草薙陳述者は、力を伴わない「法の支配」は無力である旨述べたが、軍事力によって国を守るのではなく、平和憲法の理念を広めることで国を守るという考えについて、どのように考えるか。

<根本陳述者に対して>

  • 有事法制の審議過程で基本的人権の尊重規定が盛り込まれたが、戦時において、これが果たして役に立つのか疑問である。このことについて意見を伺いたい。

<鹿子嶋陳述者に対して>

  • 有事法制に規定されている「代執行制度」について、地方自治の観点から、どのように考えるか。

<高木陳述者に対して>

  • 高木陳述者は、さしもの米国もテロとの戦いには手こずっている旨の指摘をし、そのために日本の国防政策の転換を提言しているが、しかし、このことは、世界最大の軍事力を有する米国でさえ、テロを軍事力で解決することはできないということを示しているのではないか。21世紀は、武力によってすべてを解決するという姿勢を改めていかなければならないと思うが、どのように考えるか。


山谷 えり子君(保守新党)

<草薙陳述者に対して>

  • 現在まで、集団的自衛権には様々な議論があるが、国連憲章51条には集団的自衛権が規定され、日本が国連に加盟するときに、このことが特に問題となってはいないし、日米安保条約にも国連憲章51条を前提とした規定がある。このことをどう考えるか。

<高木陳述者に対して>

  • PKO法以降、安全保障や国際協力に関する法整備がなされてきた。高木陳述者は、これらの一連の法整備についてどのように考えるか。また、憲法前文についてどのように考えるか。

<根本陳述者に対して>

  • 基本的人権の保障と「公共の福祉」を定める12条、13条、22条及び29条についてどのように考えるか。また、「愛がなければ性交してはいけないというような考えを、押しつけてはならない」ということが教員向けの指導書に書かれているが、このようなことについてどのように考えるか。

<鹿子嶋陳述者に対して>

  • 地方自治に関し、団体自治と住民自治において、コミュニティ、共同体やNPOをどのように位置付けていくべきと考えるか。

<西原陳述者に対して>

  • フリーター450万人・引きこもり100万人という最近の統計があるが、26条及び27条に照らし、この現状をどのように考えるか。

◎傍聴者の発言の概要

派遣委員の質疑終了後、団長は、傍聴者の発言を求めた。

竹内 功君

  • 陳述者の陳述から、憲法と教育基本法をもっと活かしていくという力を得た。
  • 戦後の日本で9条を活かすことができなかった最大の原因は、憲法の理念を踏まえた主体的な外交努力が足りなかったことにある。


加藤 繁秋君

  • 9条は改正しないよう、お願いしたい。軍事力によってではなく、信頼と外交によって自衛権を行使するという考えを基礎にしてほしい。
  • 現状において、北朝鮮に日本上陸侵攻の能力はないし、また、北朝鮮がミサイルを日本に向けて発射したとしても、これを打ち落とすことは技術的に不可能である。このように考えると、北朝鮮の日本上陸侵攻に対処することを目的とする有事法制は、必要ない。


渡辺 智子君

  • 陳述者の「古い国益観に引きずられているのではないか」という意見に共感を覚える。米国に追随しなければ不利益を蒙るといった古い国益観に引きずられていては、本当の国益を見失うのではないかと危惧する。
  • イラク戦争に関しては、フセインを人道的に許すことができないのであれば、なぜ、国際司法裁判所に提訴するなどによって解決しようとしないのか。世界が軍事費に費やす金額は約70兆円と言われるが、その3分の1があれば、飢餓や貧困などの世界の様々な問題を解決することができるはずである。
  • 平和憲法があると主張しても、そのようなことは相手には通じないという意見もあるが、平和憲法を神棚に飾っておくことだけではだめなのであって、憲法の理念を活かして日本が国連をリードするなど平和憲法の精神に基づき行動を起こさなければならない。


中内 輝彦君

  • 憲法に沿って政治を行うのが立憲主義であるから、憲法に定める平和主義にのっとって平和外交を行うべきである。
  • 日本国憲法は、日本の憲法というだけでなく、世界の共有財産であり、もっと大切にしなければならない。