論文優秀者(関口 洋介)

憲法調査会に望むもの

慶應義塾大学学生
関口 洋介

 憲法調査会という、現行憲法について様々な角度から議論される場ができたということは、急速な情報化、国際化が進み、ますます複雑化する社会の要請によるところが大きい。そもそも憲法を見直すという一大作業においては、これまでの我々が歩んできた道を見つめ直し、今後我々および我々の子孫が将来どのような方向へ進んでいくべきであるかの青写真をつくる、非常に重要な歴史的転換点に居合わせているのだということを強く認識しておく必要がある。今回憲法調査会が担う役割は、主権在民の、すなわち本当の意味での我々日本国民の手による憲法、つまりすべての国民が誇りや親しみ、愛着といった感情を持てるような憲法とは一体どのようなものであるかを調査、議論することである。

 すべての国民が誇りや親しみ、愛着といった感情を持てるような憲法とはどのようなものであろうか。まず我々国民はこれからの将来に日本という国がどのような方向に進んでゆくべきであるかという認識を持ち、それを明らかにする必要があろう。憲法問題が議論されるときにはしばしば、第九条との関連で例を挙げるならば、「自衛隊は憲法に違反しているから第九条を改正すべし」だとか「第九条は日本が世界に誇るものだから改正すべきではない」などといったような発言が見受けられる。これらはあまりにもミクロな問題にとらわれすぎているために、日本は世界との関わりの中で何を目指すのかといったマクロ的な議論が欠けているように思われる。世界の平和を願うのは国家として当然の姿であるが、その手段として日本は世界に対していかなる貢献ができるのかといったことを考える必要がある。自衛隊を海外に派遣するのも国際協力として世界の平和を実現する手段であるし、また現行憲法の第九条を堅持していくこともまた世界平和を願う積極的な姿勢であると捉えることもできる。つまりここで必要なことは、現行憲法に照らしあわせて現状にそぐわないから改正する、あくまでも憲法は伝家の宝刀のように何がなんでも守る、といったような消極的な姿勢ではなく、今後日本が目指すべき方向とそれを実現するのに必要な手段に対して、新たにはじめからつくる、といった姿勢が大切なものとなろう。

 日本が今後目指す方向とは、特に我々日本人のアイデンティティーの問題と深く関わってくる。ここで言う日本人のアイデンティティーとは日本独自のユニークさを持ちながら、世界においても普遍的なものでなければならない。日本は島国であることなどから、他にはない非常におもしろい歴史的経緯を持つ国である。例えば我々日本人は、諸外国の進んだものを取り入れることの重要性を知っているし、資源が少ないことから世界の相互依存体制がなければ生き延びてゆけないことも理解している。また、原子爆弾を落とされた唯一の国であり、戦前の植民地主義政策については近隣アジア諸国に多大な迷惑をかけてしまったこと、また当時の日本の愚かさに深く反省している。高度経済成長の波に乗ってからは同時に生活環境の悪化とも戦ってきた。

 このような経緯は日本人のアイデンティティーの形成に深く関係しているし、これらの体験から得られる普遍的な教訓は新憲法に書かれる前文として、日本のオリジナリティーを出す上で非常に有益ではないだろうか。

 現行憲法ではその前文において、「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」と謳っている。しかしながらその方法については明確でない。憲法調査会に求められるのは、日本人の過去の経験から培われてきたアイデンティティーを考慮し、他からの借り物ではない日本独自のやり方で、これを実現できるような憲法の在り方を議論することである。