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答弁本文情報

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平成十二年十月三日受領
答弁第一九号

  内閣衆質一四九第一九号
  平成十二年十月三日
内閣総理大臣 森   喜  朗

       衆議院議長 綿貫民輔 殿

衆議院議員保坂展人君提出死刑と無期懲役の格差に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。





衆議院議員保坂展人君提出死刑と無期懲役の格差に関する質問に対する答弁書



一の(1)及び(2)について

 明治十三年に制定された刑法(明治十三年太政官布告第三十六号。以下「旧刑法」という。)には、自由刑として徒刑、流刑、重懲役、重禁錮等の刑種があり、その中で、所定の作業を行わせる徒刑には無期のものがあった。明治四十年に制定された現行の刑法(明治四十年法律第四十五号。以下「刑法」という。)第九条において、自由刑として、旧刑法における徒刑、懲役及び重禁錮を合わせたものとして、懲役が新たに定められ、第十二条において、その期限として無期と有期とが定められた。
 明治十三年以前の我が国の状況及び外国の状況については、承知していない。

一の(3)について

 昭和二十年から平成十一年までの間に無期懲役が確定した受刑者の数は、三千三百七十一人である。
 仮出獄となった無期懲役受刑者について、各年ごとに、当該年に仮出獄した者の仮出獄までの平均服役期間を調査し得る範囲で調べた結果は、別表一のとおりである。

一の(4)について

 戦後、無期懲役が確定した後、個別恩赦により減刑された者(仮出獄中の者を除く。)は八十六人である。なお、無期懲役が確定した後、昭和三十五年以降に個別恩赦により減刑された者はいない。
 また、戦後、無期懲役が確定した後、政令恩赦により減刑された者については、十分な資料がないため、総数は不明である。なお、最後に政令恩赦により減刑が行われたのは、昭和二十七年四月の日本国との平和条約(昭和二十七年条約第五号)の発効に際してである。

一の(5)について

 無期懲役受刑者の仮出獄の要件については、刑法第二十八条及び少年法(昭和二十三年法律第百六十八号)第五十八条に定められており、改悛の状があるときは、十年(少年のとき無期懲役の言渡しを受けた者については七年)を経過した後、行政官庁が仮出獄を許すことができるものとされている。
 仮出獄の手続については、犯罪者予防更生法(昭和二十四年法律第百四十二号)第十二条、第十六条、第二十九条及び第三十一条に定められており、地方更生保護委員会が、矯正施設の長の申請に基づき、又は職権により、委員を指名して審理を行わせた上、合議体により仮出獄の許否を決定するものとされている。

一の(6)について

 仮出獄を認める際の基準については、仮釈放及び保護観察等に関する規則(昭和四十九年法務省令第二十四号)第三十二条に定められており、悔悟の情、更生の意欲、再犯のおそれ及び本人を仮出獄させることについての社会の感情を総合的に判断し、保護観察に付することが本人の改善更生のために相当であると認められるときに仮出獄を許すものとされている。

一の(7)について

 無期懲役が確定し、矯正施設において服役している者の数は、平成十二年八月一日現在、九百四人である。
 これらの者の収容施設名、性別及び同日現在における服役期間は、別表二のとおりである。

一の(8)について

 仮出獄を許された無期懲役受刑者のうち、仮出獄中の平成二年から平成十一年までの間に強盗殺人事件又は殺人事件を起こしたとして有罪判決を受けた者は四名である。
 これらの者の仮出獄までの服役期間、判決結果、検察官上訴の有無及び判決確定の有無は、別表三のとおりである。
 なお、平成元年以前の事例については、十分な資料がないため、お答えすることは困難である。

一の(9)について

 仮出獄を許された無期懲役受刑者が仮出獄中に強盗殺人等の事件を起こすことは、誠に遺憾であり、このようなことのないよう、無期懲役受刑者の仮出獄の許否について一層適正な審理を行うとともに、仮出獄後の保護観察を充実強化するよう努めている。

一の(10)について

 加害者の無期懲役が確定した事件の被害者等の感情については、平成八年及び平成十年に、いずれも法務総合研究所が調査を実施している。平成八年の調査においては、刑事確定訴訟記録に基づき、死亡被害者が発生した事件のうち加害者の無期懲役が確定した事件について、遺族の被害感情等に関する調査を行った。平成十年の調査においては、保護観察所を通じて面接を行うことにより、加害者が無期懲役を含む長期の刑の執行を受けている事件について、被害者等の意識に関する調査を行った。
 平成八年の調査の結果によれば、判決確定前の時点において、遺族のうち、七十三・三パーセントの者が加害者を死刑に処することを、十二・三パーセントの者が無期懲役に処することを希望すると述べており、また、八十四・〇パーセントの者が加害者の社会復帰に絶対に反対すると述べている。
 平成十年の調査の結果によれば、事件後平均十九年余りを経過した時点においても、加害者が無期懲役に処せられた事件の被害者等のうち、三十八・二パーセントの者が加害者に対して「憎い」との感情を持ち続けていると答えており、五十五・九パーセントの者が加害者の社会復帰に絶対反対と答えている。

一の(11)について

 仮出獄の制度は、受刑者に将来の希望を与えてその改悛を促すこと等にその趣旨がある。旧刑法第五十三条にも同様の規定が設けられていたところ、在監期間が長期に及ぶ場合の弊害等を考慮し、仮出獄が可能となるまでの期間に修正が加えられて刑法第二十八条が成立したものと承知している。

一の(12)及び(13)について

 御指摘のような方法を含め、死刑と現行の無期懲役との中間的な刑を設けること等については、刑事政策的な意義、仮釈放の運用、受刑者に対する処遇等に関して種々の問題点があり、慎重な検討が必要であると考えている。
 なお、現に仮出獄した無期懲役受刑者は、仮出獄が許されるまでに、相当程度の長期間にわたり服役しているところである。

二の(1)について

 仮釈放を認めない終身刑(以下「終身刑」という。)については、死刑を緩慢に執行するようなものであり、長期間の服役により受刑者の人格が完全に破壊されてしまうなど、死刑よりも残虐であるとの意見もあり、そのような終身刑を創設することについては、慎重な検討が必要であると考えている。

二の(2)について

 明治六年に制定された改定律例(明治六年太政官布告第二百六号)において、懲役終身の刑が設けられていたが、この刑が導入された経緯等については、承知していない。
 改定律例が制定される以前の状況については、承知していない。

二の(3)について

 アメリカ合衆国の連邦、一部の州及びコロンビア特別区、オーストラリアの一部の州、オランダ、中華人民共和国等において、終身刑が導入されているものと承知しており、また、ドイツ連邦共和国においては、千九百八十二年に刑法が改正されるまで、終身刑が設けられていたものと承知している。
 アメリカ合衆国の連邦においては、千九百八十四年の立法により、千九百八十七年十一月一日以後の犯罪行為に係る拘禁刑について仮釈放の制度が廃止されたことから、その後は、無期刑についても仮釈放が許されないこととなったものと承知している。
 オーストラリアのヴィクトリア州においては、千九百七十五年、殺人について定められていた死刑が削除された際、終身刑が設けられたものと承知している。
 オランダにおいては、千八百七十年、通常犯罪について死刑が廃止された際、終身刑が導入されたものと承知している。
 中華人民共和国においては、凶悪犯罪が増加するなど治安の悪化が深刻な社会問題となったことから、刑罰を強化するなどのため、千九百九十七年、終身刑が創設されたものと承知している。

二の(4)について

 終身刑が導入されている国の刑務所においては、逃走や刑務所内での暴行事件を防止するための十分な構造と警備力を有する重警備の施設に収容した上で、終身刑受刑者に対し、外出及び外泊を認めない等の厳格な措置を執りつつ、社会復帰を目的としてではなく、無為な時間を過ごすことを少なくするなどのために作業、教育等の機会を与えている例が多いものと承知している。

三の(1)及び(2)について

 我が国及び外国において死刑が開始された時期、状況等については、承知していない。
 なお、死刑制度などに関する質問に対する答弁書(平成十年八月二十一日内閣衆質一四二第六四号。以下「先の答弁書」という。)一の(1)についてでお答えしたとおり、文献によれば、我が国においては、八世紀に成立した律令制の下において、制度として笞、杖、徒、流、死の刑罰が整備されたとされているが、それ以前の状況については判然としない。

三の(3)及び(6)について

 聖武天皇の施策として死刑が廃止されたとの事実については、承知していない。
 先の答弁書一の(2)についてでお答えするに当たっては、歴史にかかわる文献を含めて、我が国の刑罰等に関する文献について可能な範囲で調査を行ったものである。

三の(4)及び(5)について

 お尋ねの「神の国」がいかなるものを指すのか明らかでないが、仮に、お尋ねが平成十二年五月十五日の神道政治連盟国会議員懇談会における森内閣総理大臣の発言に係るものであるならば、その趣旨等については、森内閣総理大臣のいわゆる「神の国」発言に関する質問に対する答弁書(平成十二年五月十八日内閣衆質一四七第二九号)二についてでお答えしたとおりである。
 我が国においては、死刑を含む刑罰制度の改正は、国会において制定された法律によってのみ行うことができる。

三の(7)について

 死刑執行に当たった職員から、折に触れてその心情等が述べられた場合には、十分耳を傾けなければならないと考えているが、その心情等を自ら述べていない職員からあえて組織的にこれを聴取する必要性があるとは考えていないからである。

三の(8)について

 調査した限りでは、法務大臣又は法務総括政務次官が自ら記録を精査した例はない。

三の(9)について

 事案によって異なるものと考えられるので、一概には申し上げることができない。

三の(10)について

 現時点では、死刑執行に当たる職員から、その心情等を聴取することは考えていない。

三の(11)について

 御指摘の文書は、いわゆる免田事件、財田川事件及び松山事件の三事件について、最高検察庁に設けられた再審無罪事件検討委員会が検討を行った結果を取りまとめた報告書を指すものと思われるが、法務大臣及び法務総括政務次官においても、その内容は承知している。

三の(12)について

  死刑の必要性、情報公開などに関する再質問に対する答弁書(平成十年三月二十四日内閣衆質一四二第一〇号)六の(2)について等でお答えしたとおり、既に死刑を執行した者の中には誤判による無実の者が含まれていることはないものと確信している。


別表一

平均服役期間
昭和五二年
一五年 七月
昭和五三年
一六年 八月
昭和五四年
一五年 八月
昭和五五年
一五年 八月
昭和五六年
一五年 七月
昭和五七年
一五年一〇月
昭和五八年
一六年
昭和五九年
一五年一一月
昭和六〇年
一五年 五月
昭和六一年
一六年 七月
昭和六二年
一五年 八月
昭和六三年
一六年 一月
平成元年(昭和六四年)
一八年一〇月
平成二年
二〇年 三月
平成三年
一八年 一月
平成四年
二〇年
平成五年
一八年 一月
平成六年
一八年 三月
平成七年
二〇年
平成八年
二〇年 六月
平成九年
二一年 六月
平成一〇年
二〇年一一月
平成一一年
二一年 五月
(注) 平均服役期間は、一月に満たない日数については、一月として計算した。
    昭和五一年以前については、十分な資料がないため、平均服役期間は不明である。

別表二

番号
収容施設名
性別
服役期間
府中刑務所
八年 五月
府中刑務所
七年 八月
府中刑務所
六年 五月
府中刑務所
五年 五月
府中刑務所
四年一一月
府中刑務所
四年 二月
府中刑務所
二年 八月
府中刑務所
二年 一月
八王子医療刑務所
四一年 九月
一〇
八王子医療刑務所
二〇年
一一
八王子医療刑務所
一八年一一月
一二
八王子医療刑務所
九年 三月
一三
横須賀刑務所
一二年 六月
一四
横須賀刑務所
四年 六月
一五
千葉刑務所
三七年 五月
一六
千葉刑務所
三六年 六月
一七
千葉刑務所
三四年 九月
一八
千葉刑務所
三二年 三月
一九
千葉刑務所
三一年 九月
二〇
千葉刑務所
三一年 一月
二一
千葉刑務所
二九年 六月
二二
千葉刑務所
二八年 一月
二三
千葉刑務所
二五年一〇月
二四
千葉刑務所
二五年 六月
二五
千葉刑務所
二五年 五月
二六
千葉刑務所
二四年 七月
二七
千葉刑務所
二四年 四月
二八
千葉刑務所
二三年 七月
二九
千葉刑務所
二三年 四月
三〇
千葉刑務所
二二年 五月
三一
千葉刑務所
二二年 二月
三二
千葉刑務所
二一年 六月
三三
千葉刑務所
二〇年一一月
三四
千葉刑務所
二〇年 九月
三五
千葉刑務所
二〇年 五月
三六
千葉刑務所
二〇年 五月
三七
千葉刑務所
二〇年 五月
三八
千葉刑務所
二〇年 五月
三九
千葉刑務所
二〇年 四月
四〇
千葉刑務所
二〇年 三月
四一
千葉刑務所
一九年 二月
四二
千葉刑務所
一九年 二月
四三
千葉刑務所
一九年 一月
四四
千葉刑務所
一九年
四五
千葉刑務所
一八年 九月
四六
千葉刑務所
一八年 五月
四七
千葉刑務所
一八年 五月
四八
千葉刑務所
一八年 三月
四九
千葉刑務所
一八年 二月
五〇
千葉刑務所
一八年 二月
五一
千葉刑務所
一七年一〇月
五二
千葉刑務所
一七年 九月
五三
千葉刑務所
一七年 九月
五四
千葉刑務所
一七年 九月
五五
千葉刑務所
一七年 六月
五六
千葉刑務所
一七年 四月
五七
千葉刑務所
一七年 二月
五八
千葉刑務所
一七年 一月
五九
千葉刑務所
一七年 一月
六〇
千葉刑務所
一七年
六一
千葉刑務所
一六年 八月
六二
千葉刑務所
一六年 八月
六三
千葉刑務所
一六年 七月
六四
千葉刑務所
一六年 六月
六五
千葉刑務所
一六年 四月
六六
千葉刑務所
一六年 三月
六七
千葉刑務所
一六年 二月
六八
千葉刑務所
一六年 二月
六九
千葉刑務所
一六年 一月
七〇
千葉刑務所
一六年
七一
千葉刑務所
一五年一一月
七二
千葉刑務所
一五年一一月
七三
千葉刑務所
一五年一一月
七四
千葉刑務所
一五年一〇月
七五
千葉刑務所
一五年 九月
七六
千葉刑務所
一五年 八月
七七
千葉刑務所
一五年 八月
七八
千葉刑務所
一五年 七月
七九
千葉刑務所
一五年 七月
八〇
千葉刑務所
一五年 七月
八一
千葉刑務所
一五年 七月
八二
千葉刑務所
一五年 七月
八三
千葉刑務所
一五年 六月
八四
千葉刑務所
一五年 五月
八五
千葉刑務所
一五年 四月
八六
千葉刑務所
一五年 四月
八七
千葉刑務所
一五年 四月
八八
千葉刑務所
一五年 二月
八九
千葉刑務所
一五年 一月
九〇
千葉刑務所
一五年
九一
千葉刑務所
一四年 九月
九二
千葉刑務所
一四年 七月
九三
千葉刑務所
一四年 六月
九四
千葉刑務所
一四年 五月
九五
千葉刑務所
一四年 五月
九六
千葉刑務所
一四年 一月
九七
千葉刑務所
一四年 一月
九八
千葉刑務所
一四年 一月
九九
千葉刑務所
一四年
一〇〇
千葉刑務所
一三年一一月
一〇一
千葉刑務所
一三年 九月
一〇二
千葉刑務所
一三年 八月
一〇三
千葉刑務所
一三年 七月
一〇四
千葉刑務所
一三年 六月
一〇五
千葉刑務所
一三年 五月
一〇六
千葉刑務所
一三年 四月
一〇七
千葉刑務所
一三年 四月
一〇八
千葉刑務所
一三年 四月
一〇九
千葉刑務所
一三年 二月
一一〇
千葉刑務所
一三年 二月
一一一
千葉刑務所
一三年 一月
一一二
千葉刑務所
一三年 一月
一一三
千葉刑務所
一三年 一月
一一四
千葉刑務所
一三年 一月
一一五
千葉刑務所
一三年
一一六
千葉刑務所
一二年一一月
一一七
千葉刑務所
一二年一一月
一一八
千葉刑務所
一二年一〇月
一一九
千葉刑務所
一二年一〇月
一二〇
千葉刑務所
一二年 九月
一二一
千葉刑務所
一二年 九月
一二二
千葉刑務所
一二年 九月
一二三
千葉刑務所
一二年 九月
一二四
千葉刑務所
一二年 七月
一二五
千葉刑務所
一二年 四月
一二六
千葉刑務所
一二年 四月
一二七
千葉刑務所
一二年 二月
一二八
千葉刑務所
一二年 一月
一二九
千葉刑務所
一二年
一三〇
千葉刑務所
一一年一一月
一三一
千葉刑務所
一一年一〇月
一三二
千葉刑務所
一一年 八月
一三三
千葉刑務所
一一年 六月
一三四
千葉刑務所
一一年 五月
一三五
千葉刑務所
一一年 五月
一三六
千葉刑務所
一一年 三月
一三七
千葉刑務所
一一年 二月
一三八
千葉刑務所
一〇年一〇月
一三九
千葉刑務所
一〇年一〇月
一四〇
千葉刑務所
一〇年 七月
一四一
千葉刑務所
一〇年 七月
一四二
千葉刑務所
一〇年 五月
一四三
千葉刑務所
一〇年 五月
一四四
千葉刑務所
一〇年 三月
一四五
千葉刑務所
一〇年 二月
一四六
千葉刑務所
一〇年 二月
一四七
千葉刑務所
一〇年 二月
一四八
千葉刑務所
一〇年 一月
一四九
千葉刑務所
九年一〇月
一五〇
千葉刑務所
九年一〇月
一五一
千葉刑務所
九年 七月
一五二
千葉刑務所
九年 五月
一五三
千葉刑務所
九年 一月
一五四
千葉刑務所
八年一一月
一五五
千葉刑務所
八年一〇月
一五六
千葉刑務所
八年 七月
一五七
千葉刑務所
八年 一月
一五八
千葉刑務所
八年
一五九
千葉刑務所
八年
一六〇
千葉刑務所
七年一一月
一六一
千葉刑務所
七年一一月
一六二
千葉刑務所
七年 九月
一六三
千葉刑務所
七年 八月
一六四
千葉刑務所
七年 六月
一六五
千葉刑務所
七年 四月
一六六
千葉刑務所
七年 二月
一六七
千葉刑務所
七年
一六八
千葉刑務所
六年 九月
一六九
千葉刑務所
六年 三月
一七〇
千葉刑務所
六年
一七一
千葉刑務所
五年一〇月
一七二
千葉刑務所
五年 九月
一七三
千葉刑務所
五年 八月
一七四
千葉刑務所
五年 七月
一七五
千葉刑務所
五年 六月
一七六
千葉刑務所
五年 五月
一七七
千葉刑務所
五年 一月
一七八
千葉刑務所
五年 一月
一七九
千葉刑務所
五年 一月
一八〇
千葉刑務所
五年 一月
一八一
千葉刑務所
五年
一八二
千葉刑務所
四年 八月
一八三
千葉刑務所
四年 六月
一八四
千葉刑務所
四年 四月
一八五
千葉刑務所
四年 四月
一八六
千葉刑務所
四年 三月
一八七
千葉刑務所
四年 三月
一八八
千葉刑務所
四年 二月
一八九
千葉刑務所
三年一一月
一九〇
千葉刑務所
三年一一月
一九一
千葉刑務所
三年一〇月
一九二
千葉刑務所
三年 七月
一九三
千葉刑務所
三年 六月
一九四
千葉刑務所
三年 六月
一九五
千葉刑務所
三年 五月
一九六
千葉刑務所
三年 五月
一九七
千葉刑務所
三年 三月
一九八
千葉刑務所
三年 一月
一九九
千葉刑務所
二年一一月
二〇〇
千葉刑務所
二年 八月
二〇一
千葉刑務所
二年 八月
二〇二
千葉刑務所
二年 六月
二〇三
千葉刑務所
二年 六月
二〇四
千葉刑務所
二年 五月
二〇五
千葉刑務所
二年 五月
二〇六
千葉刑務所
二年 五月
二〇七
千葉刑務所
二年 四月
二〇八
千葉刑務所
二年 四月
二〇九
千葉刑務所
二年 四月
二一〇
千葉刑務所
二年 四月
二一一
千葉刑務所
二年 四月
二一二
千葉刑務所
二年 三月
二一三
千葉刑務所
二年 二月
二一四
千葉刑務所
二年 二月
二一五
千葉刑務所
二年
二一六
千葉刑務所
一年一一月
二一七
千葉刑務所
一年一一月
二一八
千葉刑務所
一年一〇月
二一九
千葉刑務所
一年一〇月
二二〇
千葉刑務所
一年 八月
二二一
千葉刑務所
一年 七月
二二二
千葉刑務所
一年 七月
二二三
千葉刑務所
一年 五月
二二四
千葉刑務所
一年 四月
二二五
千葉刑務所
一年 三月
二二六
千葉刑務所
一年 三月
二二七
千葉刑務所
一年 一月
二二八
千葉刑務所
一年 一月
二二九
千葉刑務所
一一月
二三〇
千葉刑務所
九月
二三一
千葉刑務所
九月
二三二
千葉刑務所
八月
二三三
千葉刑務所
七月
二三四
千葉刑務所
七月
二三五
千葉刑務所
七月
二三六
千葉刑務所
五月
二三七
千葉刑務所
三月
二三八
千葉刑務所
二月
二三九
栃木刑務所
一九年
二四〇
栃木刑務所
一五年 五月
二四一
栃木刑務所
一五年 五月
二四二
栃木刑務所
一四年
二四三
栃木刑務所
一〇年
二四四
栃木刑務所
七年一〇月
二四五
栃木刑務所
六年 八月
二四六
栃木刑務所
五年 三月
二四七
栃木刑務所
二年 四月
二四八
栃木刑務所
二年 六月
二四九
栃木刑務所
一年 一月
二五〇
栃木刑務所
一〇月
二五一
川越少年刑務所
一二年 八月
二五二
東京拘置所
一月
二五三
東京拘置所
一月
二五四
大阪刑務所
三八年 一月
二五五
大阪刑務所
四四年 三月
二五六
大阪刑務所
一九年 三月
二五七
大阪刑務所
一一年 九月
二五八
大阪刑務所
一一年 三月
二五九
大阪刑務所
二九年
二六〇
大阪刑務所
一六年一一月
二六一
大阪刑務所
三一年 四月
二六二
大阪刑務所
一〇年一一月
二六三
大阪刑務所
七年 七月
二六四
大阪刑務所
一〇月
二六五
大阪刑務所
一〇年 九月
二六六
大阪刑務所
一五年一〇月
二六七
大阪刑務所
一九年 三月
二六八
大阪刑務所
一年 四月
二六九
大阪刑務所
一五年一一月
二七〇
大阪刑務所
一八年 九月
二七一
大阪刑務所
二八年 七月
二七二
大阪刑務所
一九年 二月
二七三
大阪刑務所
一八年 七月
二七四
大阪刑務所
一七年 九月
二七五
大阪刑務所
六年 九月
二七六
大阪刑務所
二年 九月
二七七
大阪刑務所
一年 六月
二七八
大阪刑務所
一七年 四月
二七九
大阪刑務所
 九年 五月
二八〇
大阪刑務所
三三年 九月
二八一
大阪刑務所
一七年
二八二
大阪刑務所
一二年 八月
二八三
大阪刑務所
七年一一月
二八四
大阪刑務所
二九年 七月
二八五
大阪刑務所
二〇年 四月
二八六
大阪刑務所
一八年 四月
二八七
大阪刑務所
一六年 四月
二八八
大阪刑務所
一六年一〇月
二八九
大阪刑務所
二二年 四月
二九〇
大阪刑務所
一五年 九月
二九一
大阪医療刑務支所
七年 九月
二九二
大阪医療刑務支所
一八年二月
二九三
大阪医療刑務支所
一一年 五月
二九四
和歌山刑務所
一七年 七月
二九五
和歌山刑務所
一五年 八月
二九六
和歌山刑務所
一〇年一〇月
二九七
和歌山刑務所
八年 二月
二九八
和歌山刑務所
八年 二月
二九九
和歌山刑務所
二年 五月
三〇〇
奈良少年刑務所
一一年一〇月
三〇一
大阪拘置所
二月
三〇二
大阪拘置所
一月
三〇三
大阪拘置所
一月
三〇四
岡崎医療刑務所
二九年 五月
三〇五
岡崎医療刑務所
二〇年 一月
三〇六
岡崎医療刑務所
二年 四月
三〇七
岡崎医療刑務所
一八年
三〇八
岡崎医療刑務所
七年 四月
三〇九
岐阜刑務所
二七年 九月
三一〇
岐阜刑務所
三八年 四月
三一一
岐阜刑務所
三〇年 四月
三一二
岐阜刑務所
二八年一〇月
三一三
岐阜刑務所
二八年 三月
三一四
岐阜刑務所
二八年 一月
三一五
岐阜刑務所
二六年 一月
三一六
岐阜刑務所
二五年
三一七
岐阜刑務所
二三年 八月
三一八
岐阜刑務所
二三年 七月
三一九
岐阜刑務所
二三年 四月
三二〇
岐阜刑務所
二二年 三月
三二一
岐阜刑務所
二一年 六月
三二二
岐阜刑務所
二〇年 九月
三二三
岐阜刑務所
二〇年 七月
三二四
岐阜刑務所
二〇年 四月
三二五
岐阜刑務所
二〇年 一月
三二六
岐阜刑務所
一九年一〇月
三二七
岐阜刑務所
一九年 五月
三二八
岐阜刑務所
一九年 四月
三二九
岐阜刑務所
一九年 一月
三三〇
岐阜刑務所
一九年 一月
三三一
岐阜刑務所
一八年 八月
三三二
岐阜刑務所
一八年 三月
三三三
岐阜刑務所
一八年 三月
三三四
岐阜刑務所
一八年 一月
三三五
岐阜刑務所
一八年 一月
三三六
岐阜刑務所
一八年
三三七
岐阜刑務所
一七年 六月
三三八
岐阜刑務所
一六年 二月
三三九
岐阜刑務所
一六年 一月
三四〇
岐阜刑務所
一五年 八月
三四一
岐阜刑務所
一五年 四月
三四二
岐阜刑務所
一五年 四月
三四三
岐阜刑務所
一四年一一月
三四四
岐阜刑務所
一四年 七月
三四五
岐阜刑務所
一四年 四月
三四六
岐阜刑務所
一三年一〇月
三四七
岐阜刑務所
一三年 八月
三四八 岐阜刑務所
一三年 五月
三四九 岐阜刑務所
一三年 一月
三五〇 岐阜刑務所
一〇年 七月
三五一 岐阜刑務所
九年 六月
三五二 岐阜刑務所
九年 四月
三五三 岐阜刑務所
八年 九月
三五四 岐阜刑務所
八年 八月
三五五 岐阜刑務所
八年 八月
三五六 岐阜刑務所
八年 七月
三五七 岐阜刑務所
七年 九月
三五八 岐阜刑務所
六年 五月
三五九 岐阜刑務所
六年 四月
三六〇 岐阜刑務所
六年  
三六一 岐阜刑務所
五年一〇月
三六二 岐阜刑務所
五年 七月
三六三 岐阜刑務所
五年 五月
三六四 岐阜刑務所
五年 二月
三六五 岐阜刑務所
四年 四月
三六六 岐阜刑務所
四年 一月
三六七 岐阜刑務所
四年 一月
三六八 岐阜刑務所
三年 五月
三六九 岐阜刑務所
三年 三月
三七〇 岐阜刑務所
二年一〇月
三七一 岐阜刑務所
二年一〇月
三七二 岐阜刑務所
二年 六月
三七三 岐阜刑務所
二年 四月
三七四 岐阜刑務所
二年 三月
三七五 岐阜刑務所
一年一一月
三七六 岐阜刑務所
一年 九月
三七七
岐阜刑務所
一年 五月
三七八
岐阜刑務所
一年 四月
三七九
岐阜刑務所
三月
三八〇
笠松刑務所
一〇年一一月
三八一
笠松刑務所
一〇年 九月
三八二
笠松刑務所
六年 五月
三八三
笠松刑務所
六年 一月
三八四
笠松刑務所
四年 六月
三八五
笠松刑務所
三年 三月
三八六
笠松刑務所
一年 四月
三八七
広島刑務所
四四年 三月
三八八
尾道刑務支所
二五年一〇月
三八九
尾道刑務支所
一〇年 二月
三九〇
尾道刑務支所
一〇年 八月
三九一
山口刑務所
一六年一一月
三九二
山口刑務所
一六年 五月
三九三
山口刑務所
一六年
三九四
山口刑務所
一五年一〇月
三九五
山口刑務所
一三年一〇月
三九六
山口刑務所
一三年 六月
三九七
山口刑務所
一二年 八月
三九八
山口刑務所
一二年 五月
三九九
山口刑務所
一二年
四〇〇
山口刑務所
一一年 一月
四〇一
山口刑務所
一一年 一月
四〇二
岩国刑務所
四年 七月
四〇三
岩国刑務所
五年 五月
四〇四
岡山刑務所
四〇年 五月
四〇五
岡山刑務所
二七年 一月
四〇六
岡山刑務所
二五年 九月
四〇七
岡山刑務所
二五年 七月
四〇八
岡山刑務所
二五年 六月
四〇九
岡山刑務所
二五年 四月
四一〇
岡山刑務所
二五年 四月
四一一
岡山刑務所
二四年 八月
四一二
岡山刑務所
二二年 八月
四一三
岡山刑務所
二二年 四月
四一四
岡山刑務所
二二年 四月
四一五
岡山刑務所
二二年 二月
四一六
岡山刑務所
二一年 五月
四一七
岡山刑務所
二一年 五月
四一八
岡山刑務所
二一年 五月
四一九
岡山刑務所
二一年 四月
四二〇
岡山刑務所
二一年
四二一
岡山刑務所
二一年
四二二
岡山刑務所
二〇年 九月
四二三
岡山刑務所
二〇年 九月
四二四
岡山刑務所
二〇年 七月
四二五
岡山刑務所
二〇年 五月
四二六
岡山刑務所
二〇年 五月
四二七
岡山刑務所
二〇年 一月
四二八
岡山刑務所
二〇年 一月
四二九
岡山刑務所
一九年一一月
四三〇
岡山刑務所
一九年一〇月
四三一
岡山刑務所
一九年一〇月
四三二
岡山刑務所
一九年一〇月
四三三
岡山刑務所
一九年一〇月
四三四
岡山刑務所
一九年 九月
四三五
岡山刑務所
一九年 九月
四三六
岡山刑務所
一九年 六月
四三七
岡山刑務所
一九年 六月
四三八
岡山刑務所
一九年 三月
四三九
岡山刑務所
一八年 九月
四四〇
岡山刑務所
一八年 六月
四四一
岡山刑務所
一八年 二月
四四二
岡山刑務所
一七年 三月
四四三
岡山刑務所
一七年 一月
四四四
岡山刑務所
一七年
四四五
岡山刑務所
一六年一一月
四四六
岡山刑務所
一六年 八月
四四七
岡山刑務所
一六年 一月
四四八
岡山刑務所
一五年一一月
四四九
岡山刑務所
一五年一〇月
四五〇
岡山刑務所
一五年 九月
四五一
岡山刑務所
一五年 六月
四五二
岡山刑務所
一五年 二月
四五三
岡山刑務所
一五年 二月
四五四
岡山刑務所
一五年 二月
四五五
岡山刑務所
一五年 一月
四五六
岡山刑務所
一四年一一月
四五七
岡山刑務所
一四年一〇月
四五八
岡山刑務所
一四年 七月
四五九
岡山刑務所
一四年 七月
四六〇
岡山刑務所
一四年 六月
四六一
岡山刑務所
一四年 五月
四六二
岡山刑務所
一四年 五月
四六三
岡山刑務所
一四年 四月
四六四
岡山刑務所
一四年 三月
四六五
岡山刑務所
一三年一一月
四六六
岡山刑務所
一三年 八月
四六七
岡山刑務所
一三年 六月
四六八
岡山刑務所
一三年 五月
四六九
岡山刑務所
一三年 一月
四七〇
岡山刑務所
一三年
四七一
岡山刑務所
一二年一一月
四七二
岡山刑務所
一二年一一月
四七三
岡山刑務所
一二年一一月
四七四
岡山刑務所
一二年 九月
四七五
岡山刑務所
一二年 五月
四七六
岡山刑務所
一二年 五月
四七七
岡山刑務所
一二年 四月
四七八
岡山刑務所
一二年 四月
四七九
岡山刑務所
一二年 四月
四八〇
岡山刑務所
一二年 四月
四八一
岡山刑務所
一二年 四月
四八二
岡山刑務所
一二年 一月
四八三
岡山刑務所
一二年 一月
四八四
岡山刑務所
一二年
四八五
岡山刑務所
一一年一一月
四八六
岡山刑務所
一一年一〇月
四八七
岡山刑務所
一一年 九月
四八八
岡山刑務所
一一年 七月
四八九
岡山刑務所
一一年 六月
四九〇
岡山刑務所
一一年 四月
四九一
岡山刑務所
一一年 四月
四九二
岡山刑務所
一一年 四月
四九三
岡山刑務所
一一年 三月
四九四
岡山刑務所
一一年 三月
四九五
岡山刑務所
一一年 一月
四九六
岡山刑務所
一〇年一〇月
四九七
岡山刑務所
一〇年一〇月
四九八
岡山刑務所
一〇年 九月
四九九
岡山刑務所
一〇年 九月
五〇〇
岡山刑務所
一〇年 八月
五〇一
岡山刑務所
一〇年 五月
五〇二
岡山刑務所
一〇年 四月
五〇三
岡山刑務所
一〇年 二月
五〇四
岡山刑務所
一〇年 二月
五〇五
岡山刑務所
一〇年 一月
五〇六
岡山刑務所
九年一一月
五〇七
岡山刑務所
九年 七月
五〇八
岡山刑務所
九年 七月
五〇九
岡山刑務所
九年 六月
五一〇
岡山刑務所
九年 五月
五一一
岡山刑務所
九年 三月
五一二
岡山刑務所
九年 一月
五一三
岡山刑務所
九年 一月
五一四
岡山刑務所
九年
五一五
岡山刑務所
八年 七月
五一六
岡山刑務所
八年 五月
五一七
岡山刑務所
八年 三月
五一八
岡山刑務所
八年 二月
五一九
岡山刑務所
七年一一月
五二〇
岡山刑務所
七年 八月
五二一
岡山刑務所
七年 七月
五二二
岡山刑務所
七年 七月
五二三
岡山刑務所
七年 五月
五二四
岡山刑務所
七年 五月
五二五
岡山刑務所
七年 四月
五二六
岡山刑務所
七年 一月
五二七
岡山刑務所
七年
五二八
岡山刑務所
六年一〇月
五二九
岡山刑務所
六年 九月
五三〇
岡山刑務所
六年 八月
五三一
岡山刑務所
六年 七月
五三二
岡山刑務所
六年 四月
五三三
岡山刑務所
六年
五三四
岡山刑務所
五年一一月
五三五
岡山刑務所
五年一〇月
五三六
岡山刑務所
五年一〇月
五三七
岡山刑務所
五年一〇月
五三八
岡山刑務所
五年 九月
五三九
岡山刑務所
五年 八月
五四〇
岡山刑務所
五年 七月
五四一
岡山刑務所
五年 五月
五四二
岡山刑務所
五年 五月
五四三
岡山刑務所
四年一一月
五四四
岡山刑務所
四年一一月
五四五
岡山刑務所
四年一〇月
五四六
岡山刑務所
四年 九月
五四七
岡山刑務所
四年 九月
五四八
岡山刑務所
四年 八月
五四九
岡山刑務所
四年 六月
五五〇
岡山刑務所
四年 四月
五五一
岡山刑務所
四年 三月
五五二
岡山刑務所
三年一一月
五五三
岡山刑務所
三年一一月
五五四
岡山刑務所
三年一〇月
五五五
岡山刑務所
三年一〇月
五五六
岡山刑務所
三年 八月
五五七
岡山刑務所
三年 八月
五五八
岡山刑務所
三年 七月
五五九
岡山刑務所
三年 五月
五六〇
岡山刑務所
三年 四月
五六一
岡山刑務所
三年 四月
五六二
岡山刑務所
三年 四月
五六三
岡山刑務所
二年一一月
五六四
岡山刑務所
二年 九月
五六五
岡山刑務所
二年 九月
五六六
岡山刑務所
二年 八月
五六七
岡山刑務所
二年 五月
五六八
岡山刑務所
二年 五月
五六九
岡山刑務所
二年 四月
五七〇
岡山刑務所
一年 八月
五七一
岡山刑務所
一年 五月
五七二
岡山刑務所
一年 五月
五七三
岡山刑務所
一年 五月
五七四
岡山刑務所
一年 四月
五七五
岡山刑務所
一年 三月
五七六
岡山刑務所
一年 二月
五七七
岡山刑務所
八月
五七八
岡山刑務所
六月
五七九
岡山刑務所
五月
五八〇
岡山刑務所
五月
五八一
岡山刑務所
三月
五八二
松江刑務所
一〇年 七月
五八三
福岡刑務所
二月
五八四
城野医療刑務所
五一年 四月
五八五
城野医療刑務所
五〇年 六月
五八六
城野医療刑務所
四六年 九月
五八七
城野医療刑務所
四五年 一月
五八八
城野医療刑務所
四五年 八月
五八九
城野医療刑務所
四四年 五月
五九〇
城野医療刑務所
四二年 一月
五九一
城野医療刑務所
四〇年
五九二
城野医療刑務所
三五年 三月
五九三
城野医療刑務所
三三年一一月
五九四
城野医療刑務所
三一年一〇月
五九五
城野医療刑務所
二九年 九月
五九六
城野医療刑務所
二七年 二月
五九七
城野医療刑務所
二三年 九月
五九八
城野医療刑務所
二二年 六月
五九九
城野医療刑務所
一五年 七月
六〇〇
城野医療刑務所
一三年 九月
六〇一
城野医療刑務所
一〇年 八月
六〇二
城野医療刑務所
一〇年 八月
六〇三
城野医療刑務所
一年一一月
六〇四
麓刑務所
一五年 八月
六〇五
麓刑務所
一五年 一月
六〇六
麓刑務所
四年一〇月
六〇七
大分刑務所
二年 一月
六〇八
大分刑務所
一年一一月
六〇九
大分刑務所
二年 一月
六一〇
大分刑務所
一年一一月
六一一
大分刑務所
一年 五月
六一二
大分刑務所
一年 三月
六一三
大分刑務所
一〇年 五月
六一四
大分刑務所
九月
六一五
大分刑務所
五月
六一六
大分刑務所
六月
六一七
大分刑務所
八月
六一八
大分刑務所
四月
六一九
大分刑務所
四月
六二〇
大分刑務所
二月
六二一
熊本刑務所
四二年 一月
六二二
熊本刑務所
四〇年 九月
六二三
熊本刑務所
四〇年 七月
六二四
熊本刑務所
三七年 一月
六二五
熊本刑務所
三五年 七月
六二六
熊本刑務所
三二年 五月
六二七
熊本刑務所
三〇年 七月
六二八
熊本刑務所
三〇年
六二九
熊本刑務所
二九年 七月
六三〇
熊本刑務所
二七年 九月
六三一
熊本刑務所
二七年 八月
六三二
熊本刑務所
二五年 一月
六三三
熊本刑務所
二四年 九月
六三四
熊本刑務所
二四年 七月
六三五
熊本刑務所
二三年 八月
六三六
熊本刑務所
二三年 九月
六三七
熊本刑務所
二三年 七月
六三八
熊本刑務所
二三年 五月
六三九
熊本刑務所
二三年 五月
六四〇
熊本刑務所
二三年 二月
六四一
熊本刑務所
二三年 二月
六四二
熊本刑務所
二二年一一月
六四三
熊本刑務所
二二年一〇月
六四四
熊本刑務所
二二年 九月
六四五
熊本刑務所
二二年 八月
六四六
熊本刑務所
二二年 八月
六四七
熊本刑務所
二二年 六月
六四八
熊本刑務所
二二年 四月
六四九
熊本刑務所
二一年 五月
六五〇
熊本刑務所
二一年 二月
六五一
熊本刑務所
二〇年 一月
六五二
熊本刑務所
一八年 八月
六五三
熊本刑務所
一八年 五月
六五四
熊本刑務所
一八年 四月
六五五
熊本刑務所
一七年一〇月
六五六
熊本刑務所
一七年 五月
六五七
熊本刑務所
一六年 八月
六五八
熊本刑務所
一六年 五月
六五九
熊本刑務所
一五年 八月
六六〇
熊本刑務所
一五年 六月
六六一
熊本刑務所
一五年 四月
六六二
熊本刑務所
一四年一〇月
六六三
熊本刑務所
一四年 三月
六六四
熊本刑務所
一三年一〇月
六六五
熊本刑務所
一三年 九月
六六六
熊本刑務所
一三年 七月
六六七
熊本刑務所
一三年 五月
六六八
熊本刑務所
一二年 七月
六六九
熊本刑務所
一二年 五月
六七〇
熊本刑務所
一一年一一月
六七一
熊本刑務所
一一年一〇月
六七二
熊本刑務所
一一年 七月
六七三
熊本刑務所
一一年 六月
六七四
熊本刑務所
一一年 五月
六七五
熊本刑務所
一一年 四月
六七六
熊本刑務所
一〇年 六月
六七七
熊本刑務所
一〇年 五月
六七八
熊本刑務所
一〇年 五月
六七九
熊本刑務所
一〇年 三月
六八〇
熊本刑務所
一〇年 三月
六八一
熊本刑務所
九年 四月
六八二
熊本刑務所
八年
六八三
熊本刑務所
七年一一月
六八四
熊本刑務所
七年 九月
六八五
熊本刑務所
七年 五月
六八六
熊本刑務所
七年 四月
六八七
熊本刑務所
六年一一月
六八八
熊本刑務所
六年 九月
六八九
熊本刑務所
五年一〇月
六九〇
熊本刑務所
五年 二月
六九一
熊本刑務所
五年 五月
六九二
熊本刑務所
三年 八月
六九三
熊本刑務所
三年 八月
六九四
熊本刑務所
三年 六月
六九五
熊本刑務所
三年 三月
六九六
熊本刑務所
三年 一月
六九七
熊本刑務所
二年 五月
六九八
熊本刑務所
一年一一月
六九九
熊本刑務所
一年 四月
七〇〇
熊本刑務所
一〇月
七〇一
熊本刑務所
一〇月
七〇二
熊本刑務所
七月
七〇三
熊本刑務所
五月
七〇四
熊本刑務所
四月
七〇五
福岡拘置所
二月
七〇六
宮城刑務所
三四年一一月
七〇七
宮城刑務所
三一年 九月
七〇八
宮城刑務所
二九年 六月
七〇九
宮城刑務所
二九年 三月
七一〇
宮城刑務所
二八年 七月
七一一
宮城刑務所
二六年一一月
七一二
宮城刑務所
二六年
七一三
宮城刑務所
二四年 八月
七一四
宮城刑務所
二四年 三月
七一五
宮城刑務所
二三年 七月
七一六
宮城刑務所
二二年
七一七
宮城刑務所
二一年一〇月
七一八
宮城刑務所
二一年 八月
七一九
宮城刑務所
二一年 七月
七二〇
宮城刑務所
二一年 三月
七二一
宮城刑務所
二〇年一〇月
七二二
宮城刑務所
二〇年 六月
七二三
宮城刑務所
二〇年 五月
七二四
宮城刑務所
一九年 五月
七二五
宮城刑務所
一九年 五月
七二六
宮城刑務所
一九年 五月
七二七
宮城刑務所
一九年 二月
七二八
宮城刑務所
一九年 一月
七二九
宮城刑務所
一八年一〇月
七三〇
宮城刑務所
一八年 九月
七三一
宮城刑務所
一八年 七月
七三二
宮城刑務所
一八年 六月
七三三
宮城刑務所
一八年 四月
七三四
宮城刑務所
一八年 三月
七三五
宮城刑務所
一七年 七月
七三六
宮城刑務所
一六年一一月
七三七
宮城刑務所
一六年一〇月
七三八
宮城刑務所
一五年 九月
七三九
宮城刑務所
一四年 八月
七四〇
宮城刑務所
一四年 四月
七四一
宮城刑務所
一三年 九月
七四二
宮城刑務所
一三年 五月
七四三
宮城刑務所
一三年 五月
七四四
宮城刑務所
一三年 四月
七四五
宮城刑務所
一二年 六月
七四六
宮城刑務所
一二年 四月
七四七
宮城刑務所
一一年 五月
七四八
宮城刑務所
一一年 五月
七四九
宮城刑務所
一一年 四月
七五〇
宮城刑務所
一一年 二月
七五一
宮城刑務所
一〇年 九月
七五二
宮城刑務所
一〇年 八月
七五三
宮城刑務所
一〇年 四月
七五四
宮城刑務所
一〇年 二月
七五五
宮城刑務所
九年 六月
七五六
宮城刑務所
七年一一月
七五七
宮城刑務所
七年一〇月
七五八
宮城刑務所
七年 六月
七五九
宮城刑務所
七年 五月
七六〇
宮城刑務所
七年 一月
七六一
宮城刑務所
六年 八月
七六二
宮城刑務所
六年 五月
七六三
宮城刑務所
六年 四月
七六四
宮城刑務所
五年一一月
七六五
宮城刑務所
五年 三月
七六六
宮城刑務所
五年 二月
七六七
宮城刑務所
四年一一月
七六八
宮城刑務所
四年 七月
七六九
宮城刑務所
三年一一月
七七〇
宮城刑務所
三年一〇月
七七一
宮城刑務所
三年 九月
七七二
宮城刑務所
二年 四月
七七三
宮城刑務所
二年 二月
七七四
宮城刑務所
二年
七七五
宮城刑務所
一年 八月
七七六
宮城刑務所
一年 七月
七七七
宮城刑務所
一年 六月
七七八
宮城刑務所
一年 五月
七七九
宮城刑務所
一年 一月
七八〇
宮城刑務所
一〇月
七八一
宮城刑務所
一〇月
七八二
宮城刑務所
九月
七八三
宮城刑務所
八月
七八四
宮城刑務所
八月
七八五
宮城刑務所
八月
七八六
宮城刑務所
五月
七八七
宮城刑務所
五月
七八八
宮城刑務所
四月
七八九
宮城刑務所
四月
七九〇
宮城刑務所
三月
七九一
札幌刑務所
八月
七九二
札幌刑務支所
一年 九月
七九三
旭川刑務所
四〇年 四月
七九四
旭川刑務所
三九年 三月
七九五
旭川刑務所
三六年 三月
七九六
旭川刑務所
二七年一〇月
七九七
旭川刑務所
二五年一〇月
七九八
旭川刑務所
二五年 二月
七九九
旭川刑務所
二四年 九月
八〇〇
旭川刑務所
二二年 九月
八〇一
旭川刑務所
二一年 四月
八〇二
旭川刑務所
二〇年 四月
八〇三
旭川刑務所
一八年 一月
八〇四
旭川刑務所
一七年 九月
八〇五
旭川刑務所
一七年 八月
八〇六
旭川刑務所
一七年 八月
八〇七
旭川刑務所
一七年 六月
八〇八
旭川刑務所
一七年 四月
八〇九
旭川刑務所
一七年 二月
八一〇
旭川刑務所
一五年一一月
八一一
旭川刑務所
一五年 九月
八一二
旭川刑務所
一五年 四月
八一三
旭川刑務所
一四年一一月
八一四
旭川刑務所
一四年 七月
八一五
旭川刑務所
一四年 二月
八一六
旭川刑務所
一三年 七月
八一七
旭川刑務所
一三年
八一八
旭川刑務所
一二年一一月
八一九
旭川刑務所
一二年一一月
八二〇
旭川刑務所
一二年一〇月
八二一
旭川刑務所
一一年 八月
八二二
旭川刑務所
一一年 四月
八二三
旭川刑務所
一一年 一月
八二四
旭川刑務所
一〇年一一月
八二五
旭川刑務所
一〇年 九月
八二六
旭川刑務所
九年 五月
八二七
旭川刑務所
七年 六月
八二八
旭川刑務所
六年 二月
八二九
旭川刑務所
一年 一月
八三〇
徳島刑務所
四六年 七月
八三一
徳島刑務所
三三年 二月
八三二
徳島刑務所
三一年 八月
八三三
徳島刑務所
二八年 七月
八三四
徳島刑務所
二八年
八三五
徳島刑務所
二七年 八月
八三六
徳島刑務所
二六年 七月
八三七
徳島刑務所
二六年 二月
八三八
徳島刑務所
二五年 九月
八三九
徳島刑務所
二五年 六月
八四〇
徳島刑務所
二五年 二月
八四一
徳島刑務所
二四年 八月
八四二
徳島刑務所
二三年 六月
八四三
徳島刑務所
二二年 三月
八四四
徳島刑務所
二一年 九月
八四五
徳島刑務所
二一年 六月
八四六
徳島刑務所
二〇年 八月
八四七
徳島刑務所
二〇年 一月
八四八
徳島刑務所
一九年 四月
八四九
徳島刑務所
一九年 三月
八五〇
徳島刑務所
一八年 五月
八五一
徳島刑務所
一八年 二月
八五二
徳島刑務所
一七年一〇月
八五三
徳島刑務所
一七年 六月
八五四
徳島刑務所
一七年 四月
八五五
徳島刑務所
一六年 九月
八五六
徳島刑務所
一六年 九月
八五七
徳島刑務所
一六年 八月
八五八
徳島刑務所
一六年 六月
八五九
徳島刑務所
一六年 五月
八六〇
徳島刑務所
一六年 五月
八六一
徳島刑務所
一六年 三月
八六二
徳島刑務所
一五年 一月
八六三
徳島刑務所
一五年 一月
八六四
徳島刑務所
一四年 七月
八六五
徳島刑務所
一四年 七月
八六六
徳島刑務所
一四年 三月
八六七
徳島刑務所
一三年一〇月
八六八
徳島刑務所
一三年 八月
八六九
徳島刑務所
一三年 三月
八七〇
徳島刑務所
一三年 一月
八七一
徳島刑務所
一三年
八七二
徳島刑務所
一二年一一月
八七三
徳島刑務所
一二年一一月
八七四
徳島刑務所
一二年一〇月
八七五
徳島刑務所
一二年 五月
八七六
徳島刑務所
一二年 二月
八七七
徳島刑務所
一〇年一一月
八七八
徳島刑務所
一〇年一一月
八七九
徳島刑務所
一〇年一一月
八八〇
徳島刑務所
一〇年 九月
八八一
徳島刑務所
一〇年 四月
八八二
徳島刑務所
一〇年 一月
八八三
徳島刑務所
八年 八月
八八四
徳島刑務所
六年 四月
八八五
徳島刑務所
六年 二月
八八六
徳島刑務所
五年一一月
八八七
徳島刑務所
五年一一月
八八八
徳島刑務所
五年 五月
八八九
徳島刑務所
五年 四月
八九〇
徳島刑務所
五年 一月
八九一
徳島刑務所
四年 九月
八九二
徳島刑務所
四年 六月
八九三
徳島刑務所
四年 四月
八九四
徳島刑務所
三年 四月
八九五
徳島刑務所
三年 三月
八九六
徳島刑務所
二年 四月
八九七
徳島刑務所
二年 三月
八九八
徳島刑務所
一年一一月
八九九
徳島刑務所
一年 六月
九〇〇
徳島刑務所
一〇月
九〇一
徳島刑務所
四月
九〇二
徳島刑務所
三月
九〇三
徳島刑務所
二月
九〇四
徳島刑務所
一月
(注)服役期間は、一月に満たない日数については、一月として計算した。

別表三

番号
仮出獄までの服役期間
判決結果
検察官上訴の有無
判決確定の有無
一六年 七月
第一審 死刑 なし 確定
二二年 四月
第一審 死刑 なし 確定
一四年一〇月
第一審 無期懲役
控訴審 控訴棄却
上告審 破棄差戻し
第一審及び控訴審の判決に対して検察官が上訴した。 未確定
二〇年 六月
第一審 無期懲役 なし 確定
(注)服役期間は、一月に満たない日数については、一月として計算した。

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