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昭和二十二年九月十八日提出
質問第七号

 略式命令の違憲性に関する質問主意書

右の質問主意書を提出する。

  昭和二十二年九月十八日

提出者  林 百(注)




略式命令の違憲性に関する質問


 刑事訴訟法第五百二十三條の略式命令は今日なお全國多数の簡易裁判所において行われているが、私は「裁判の民主化と略式命令の違憲性」に述べるところにより、これは憲法違反であると考える。然るに、これに対する政府の見解が不明確であるため、各地の裁判所において事務的不統一が起つている。
 これに関する明確な見解と不統一に因る事務的混乱に対する処理方針について政府に質問する。

裁判の民主化と略式命令の違憲性

一 民主々義政治の原理は、人民の政治、人民による政治、そして人民のための政治を行うことに在り、裁判は政治そのものではないけれども、民主政治の支柱として、人民の信任を背景とし、民主國家の発展に奉仕する國家機関の作用であつて、その生命は、公正の二字に終始すると思う。およそ裁判の公正なくしては、民主々義の発展は期待することができない。
二 裁判の一種に略式命令なるものがあつた。罰金又は科料を科すものであつたが、戰時中は体刑をも科していた。その審理は、純然たる書面審理であり、裁判官は、被告人の顔すら見ないで裁判をしていた。まして、その弁解をきゝ泣訴に耳を傾けることもなかつた。被告人はまた、裁判官の氏名も顔も知るに由なく、もとより自己のために、どのように不利な記録ができ上つているか知るすべもなく、日本の刑事訴訟法は起訴状を被告人に送達しないから、何時自分が起訴されたのかも判らぬ、刑を科せられたことを知つた瞬間、即ち略式命令の謄本が送達されたその時まで、弁護人を依頼することもできなかつた。率直にいへば所謂天降り式裁判であつて、たゞ、不服があれば、正式裁判を申し立てたらよからうというに過ぎない。まことに、民は依らしむべし知らしむべからずの裁判であつた。
三 新憲法は、日本の夜明けを宣言した。主権の存する國民の権利と義務と、そして自由とが、いかなるものであるかを明かにした。即ち、第三十七條は、すべての刑事々件において、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有すること、すべての証人を審問する機会を充分に與えられること、いかなる場合にも、弁護人を依頼することができ、貧しい者は國費で弁護人を付けてもらえることさえ明かにし、第三十八條は、何人も自白を強要されることなく、自己に不利uな唯一の証拠が本人の自白である場合は、有罪とされ、刑罰を科せられることが絶対にないことを明かにし、第八十二條は、裁判の対審と判決とは必ず公開法廷でこれを行うべく、公序良俗を害する虞あるときは、例外として傍聽禁止が許されるが、政治犯、出版罪、基本的人権が爭となつた事件については、どんな場合でも例外なく絶対にその裁判を公開しなければならぬことを明かにしたのである。これらの條規は、國民が過つて刑事被告人の地位に立つた場合の、最低限度の人権保障であり、一面においては、裁判官に対する行動の規範を與えたもので、また、憲法を擁護ずる責任ある立場におかれた裁判官の職務上の義務を定めたものであるとみなければならない。
四 賢明なる國民諸君は、すでに略式命令なる裁判が、新憲法に違反するものであることを感づかれたことと思うのであるが、ここに一つの理解しがたい現象がある。それは、今日なお、全國多数の簡易裁判所において、依然としてこの暗黒裁判が行われているということである。その原因は、去六月十二日司法省が「どうも違憲ではない・・・・」という極めて非科学的な理由をつけて、全國の檢事に対して、略式命令が可能であるとの見解を通牒し、一部の判事がこれに迎合した結果であると思う。ところが、これに先だち、旧最高裁判所臨時刑事委員会は、五月十七日十対四の多数決をもつて、略式命令が憲法違反であることを決議していたのであり、その論拠は、略式手続は憲法第三十七條、第三十八條、第八十二條等に牴触するといふのである。しかるに、八月四日成立した最高裁判所は、未だこの問題について権威ある判決を與える機会に惠まれず、簡易裁判所の判決に対する上告審である高等裁判所においても、未だはつきりした判決を與えるに至つていない。憲法第九十八條は、日本國憲法は國の最高法規であつて、その條規に反する法律は一切効力を有しないことを定めているので、第一線の裁判官は、一日も早く、この問題の解決が與えられることを期待しつつ今日に至つたのであるが、客観情勢は、もはや暢氣に構えていることを許さぬものがあるし、漫然と上告審の判決を待望している間に、刻一刻と憲法の保障する裁判の迅速性は失われて行く。
五 刑事裁判の理想は、文化的・政治的・若しくは経済的な社会の秩序を維持し、人類社会の平和を實現するに在り、その技術は、無知又は誤解から刑事被告人の地位に立つた國民を対象とし、その基本的人権を擁護しつつ、その社会的適合性を復活させるに在り、その方法は、往々にして被告人の利uを奪う。けだし、公共の福祉のためには、一個人の利害得失のみを眼中におくことはできないからである。檢察官が、涙をのんで國民を起訴するのも、たゞこれがためであつて、若し被告人の意思や希望、あるいはその利害のみを眼中におくとするならば、むしろ初めから起訴しないであらう。檢察宮が、いやしくも起訴する以上、そこには必ずや個人たる被告人の利害を超え、それ以上に保護すべき社会の利害があるからであり、公uの代表者として、被告人を公開の法廷に立たしめ、堂々と起訴の理由を公開し、正義の法廷をして、公正なる裁判をなさしむべく要求し、自己を信任せる人民に対して、檢察の公正と法の威信とを知らしめることこそ、檢察官本來の任務であり、公正なる檢察は、公正なる裁判の前提であることを知らねばならない。被告人もまた隸從と偏狹を去り、公開法廷に起つて、自己の主張すべきことを主張し、非を非として、公正な裁判を受ける権利こそ憲法の保障するところであれ、非公開のまま、徒らに軽い刑罰をのみこれ希うは、單なる欲望であつて権利ではないことを認識しなければならぬ。
六 從來、被告人が略式命令に対して正式裁判を請求した殆んどすべての場合が、より軽い罰金刑を希望したためであり、そして事実その希望を達した場合が多かつた。しかし、それは、公開裁判の賜であつたことを忘れてはならない。刑そのものに不服のない場合、略式命令は確定していた。しかし、若し新憲法の下においても、略式命令が許されるとしたならば、それが確定した場合、非公開で裁判したこと、即ち公開裁判を受ける被告人の権利を奪つた責任は、一体、裁判官以外の何人がこれを負担するのであらうか。若し人あつて、確定後、この点に関する不服を主張したとしたら、どうなるか。被告人の打算によつて、裁判官はその都度、憲怯違反を余儀なくされ、その汚名を押し付けられるに至るではないか。しかし、問題は、單に被告人と裁判官のみの利害に限られる事柄ではない。裁判の公開は実に憲法上の鉄則であつて、これなくしては、裁判の公正は絶対に確保されない。歴史の証明するとおり、非公開裁判の弊害は、その極端な場合に想到するときは、戰慄すべきものがあるのであつて、裁判の公開こそは、罰金の多少や裁判官の責任と比較するには、あまりに貴い民主政治の支柱をなすものである。アメリカの略式裁判が、すべて公開法廷で行われていることを想起せよ。また、罰金刑にも執行猶予の制度が設けられている先進國のあることにも思いを致さなければならぬし、経済事情の惡化により、罰金を納めることが不能な境遇に陷れば、罰金に代えて労役場に留置される運命にあることも考えねばならぬ。更に、新憲法の施行に伴う刑事訴訟法の應急的措置に関する法律の第九條は、予審制度を廃止したのであるが、司法省は、その論拠として、予審制度は非公開主義であり、新憲法の裁判公開の原則に反するからであると説いているのであるが、実体上の裁判を行わぬ予審でさえ、憲法違反であるとするならば、現実に刑を科する略式命令のみが、憲法に違反しないという論理は、どこから生れて來るのであらうか。予審を経由した事件は、正式裁判請求の有無にかかわらず、当然公開裁判を保障されているのに、更に、反対論にとつて致命的なことは、憲法第八十二條の規定である。例を選挙違反に採つて考察するに、同條により、選挙違反事件の対審は、絶対的公開主義であるから、檢察官が公判請求の形式で起訴する限り、常に公開裁判が行われるのであるが、若し新憲法の下においても、略式請求の形式で起訴することが合憲法的として許容されたなら、これは非公開で裁判されることとなり、政府の方針如何によつては、起訴不起訴の決定ばかりでなく、起訴の方式までも、自由に変更され、選挙に対する一種の干渉の道具に供され、第八十二條を空文と化し去るのみならず、反民主々義的政府の樹立を可能ならしめるごとき危險きわまる萠芽を残す虞なしとしないからである。
七 民主々義政治が、人民による人民の政治であり、裁判の民主化が、その支柱である以上、被告人もまた、無分別な打算から自己を解放して、憲法上の鉄則たる公開裁判を擁護するために、勇氣を鼓して民主法廷に起たなければならぬ。それが、新憲怯の下における刑事被告人の民主的な責務である。裁判官は、もはや天皇の官吏でなく、人民のため、人民の信任を唯一の基礎として、法廷に臨んでいる。人民は先ずその念頭から、封建的な白洲の連想を取り去ることが必要だ。法廷は人民のものである。
  すべての刑事々件について、公開裁判が行われ、その公正が、國民によつて確認されるようになつたなら、清貧と心労と苦難とに常に直面している日本の裁判官の使命は、ほぼ果されたといえるであらう。憲法を擁護し、眞理を貴ぶが故に、私は、略式命令が憲法違反であることを強調し、世の批判を待つものである。

 右質問する。





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