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平成十年六月十七日提出
質問第六四号

死刑制度などに関する質問主意書

提出者  保坂展人




死刑制度などに関する質問主意書


 死刑の是非については、五月十三日の衆院法務委員会で実質的な集中審議がなされるなど、議論が続いている。今後さらに論議を深め、死刑の本質を明らかにするため、日本の死刑制度の歴史的経緯、世界の動向、同様に国家権力が人命を奪う戦争と死刑の関係、絞首刑の性格、死刑執行人の苦悩、冤罪、死刑制度に対する世論、衆院議員の面接調査結果などについて、以下質問する。なお、過去の議事録や新聞の投書、死刑執行関係者の著書なども踏まえて設問したが、橋本総理大臣や下稲葉法務大臣のほか、政府の関係者には取り上げた議事録、著書などの全文参照を勧める。また、詳細な調査が必要な質問も一部含まれているが、死刑をめぐる今後の論議に必ず役立つので、十分な答弁を求めたい。

一 日本の死刑制度
 (1) 日本の歴史上、死刑が開始されたのはいつか。どのような状況下で、いかなる理由で死刑が行われるようになったのか。
 (2) 現在までに日本で死刑が廃止されていた時代、時期はあるか。あるとすれば、どのような状況下で、いかなる理由によって死刑が廃止されていたのか。
 (3) 一八六八年からの明治政府は当初、死刑の執行に当たり、どのような方法を定めていたか。それぞれの執行方法はどのような場合に選択されていたのか。
 (4) 死刑の執行が太政官布告第六十五号(明治六年)に定める絞首だけになったのはいつからか。また、どのような理由によるものか。
 (5) 戦後、死刑が太政官布告に従って執行されていることに疑問を呈する裁判所の判断が示されたケースはあるか。
 (6) 死刑囚に教誨師が付されるようになったのはいつからか。また、どのような理由で付されるようになったのか。その後、改変はあったか。
 (7) 政府が死刑の廃止や執行停止、情報公開を求める議員の質問などに初めて答弁したのはいつか。
     どのような質問にいかなる答弁をしたのか。
 (8) 死刑の廃止や執行停止、情報公開を求める議員の質問などに対する政府の答弁、見解は戦前から一致しているか。異同があれば、明らかにされたい。
 (9) 死刑が規定されている犯罪について、明治から現在までの改廃と改廃の理由をそれぞれ明らかにされたい。また、刑法改正草案ではどのように取り扱われているか、理由も含めて述べられたい。
 (10) 改正刑法準備草案が作成された際、法務省は死刑についてどのような見解を明らかにしているか。
 (11) 死刑囚の面会、信書の発受について、一九六三年三月十五日に法務省矯正局長依命通達(以下、「六三年通達」とする)が出されているが、この時期に通達が出された理由は何か。計三回やりとりした「死刑の必要性、情報公開などに関する質問主意書」において、政府は「心情の安定に配慮しつつその身柄を確保するという収容の目的等にかんがみ、監獄法の趣旨にのっとった遺憾なき運用がなされることを目的として発出された」と答えるのみで、なぜ通達が一九六三年三月に出されたかについては答弁がなされてこなかった。当時、こうした通達を出さなければならない何らかの事情が各拘置所であったのか。あるいは死刑囚が獄中から起こした訴訟などが影響したのか。明確に答弁されたい。
 (12) 死刑確定者の接見及び信書の発受という重要な問題について、法律ではなく、国会の審議を経ない通達で運用を図っているのはなぜか。国会で実例に即して審議されることに不都合でもあるのか。今後法案を提出する意向はないのか。
 (13) 六三年通達の「本人の身柄の確保を阻害し又は社会一般に不安の念を抱かせるおそれのある場合」「本人の心情の安定を害するおそれのある場合」「その他施設の管理運営上支障を生ずる場合」とは、それぞれ具体的にどのようなケースを想定して決めたのか。通達前にそうしたケースが現実にあったのか。
 (14) 六三年通達には「拘置中、死刑確定者が罪を自覚し、精神の安静裡に死刑の執行を受けることとなるよう配慮さるべきことは刑政上当然の要請」とあるが、後段の質問で取り上げたように日本では一九八〇年以降だけでも死刑確定者の再審無罪が四件相次いでおり、死刑確定者が獄中で「罪を自覚」せずに無実を訴え、不当な訴追、裁判に対する怒りから到底「精神の安静裡」とは認めがたい場合も十分予想される。政府はこうしたケースを想定していないのか。政府として冤罪はあり得ないこととして認めたくないから、この通達で、死刑確定者の再審に向けた活動を制約しようと考えたのか。
 (15) 一九六七年八月、当時の田中伊三次法務大臣がマスコミ関係者と東京拘置所小菅支所の刑場を視察し、同年十月には「ただいま二十三人の執行命令書にサインした」と記者発表した。これは何を意図したものだったのか。また、田中法相のこうした行為はその後、死刑をめぐる行政の運営にどのような影響を与えたのか。
 (16) 戦後、個別恩赦で減刑された死刑囚のケースを明らかにされたい。
 (17) 日本における死刑廃止運動の起源、廃止を求める理由、運動の経緯、国会の動きなどについて、どのように認識しているか。
 (18) 死刑廃止を求める地方議会の決議、意見書採択などがなされたことはあるか。あるとすれば、具体的に明らかにされたい。
二 世界的動向
 (1) イギリスが通常犯罪の死刑を廃止した理由、廃止に至る経緯をどのように認識しているか。かつては「死刑大国」とまでいわれた同国の廃止理由や廃止に至る経緯から日本が学ぶべきものはないのか。
 (2) カナダが通常犯罪の死刑を廃止した理由、廃止に至る経緯をどのように認識しているか。同国の廃止理由や廃止に至る経緯から日本が学ぶべきものはないのか。
 (3) イギリスやカナダで、例外として死刑を定めている犯罪について承知しているか。また、両国で死刑を定めている犯罪は日本において犯罪とされるのか。
 (4) 東西統一後のドイツにおいて、死刑制度はどのように扱われてきたか認識しているか。統一前、東西で死刑制度においてどのような異同があったか、承知しているか。死刑制度をめぐるドイツの歴史や現状から日本が学ぶべきものはないのか。
 (5) イタリアが死刑を全廃した理由、全廃に至る経緯をどのように認識しているか。同国においてはいったん死刑を廃止し、復活した経緯もあるようだが、復活した理由などについても承知しているか。死刑制度について同国から日本が学ぶべきものはないのか。
 (6) フランスが死刑を全廃した理由、全廃に至る経緯をどのように認識しているか。同国の全廃理由、全廃に至る経緯から日本が学ぶべきものはないのか。
 (7) 前記イギリス、カナダ、ドイツ、イタリア、フランスとは異なり、アメリカでは州によって死刑の存廃に異同があるようだが、アメリカ各州の死刑存廃の現状、各州において現在の存廃を決めた経緯を認識しているか。また、アメリカにおける死刑の歴史、存廃の議論について、どの程度認識しているか。
 (8) 新聞報道などによると、アメリカでは死刑の存廃が大統領選挙の争点の一つとなっているほか、各州の知事選、裁判官、検事の選挙でも当落を決める大きな要素とされ、選挙が被告人の刑に影響を与えるケースまで出ているようだが、こうした同国の現状について、死刑を存置している日本政府はどのように考えるか。
 (9) アメリカの死刑存置州と廃止州で、凶悪犯罪の発生率に違いがあるかどうか認識しているか。とりわけ、警察官殺人事件の数についてはどうなっているか承知しているか。
 (10) アメリカの死刑存置州で、死刑執行に関する情報公開がどのような状況にあるか、承知しているか。同国における死刑の存廃論議に情報公開はどのような影響を与えていると認識しているか。
 (11) アメリカの死刑存置州で、死刑確定者の接見及び信書の発受がどのような状況にあるか、承知しているか。
 (12) 五月十三日の衆院法務委員会で、下稲葉法務大臣は死刑廃止に向かう世界的動向について「一つの流れがあることは、私も感じないわけではございません」とした上で「それぞれの国のお立場というものを尊重せぬといけませんが、そういうふうな国際的な潮流というふうなものを見ながら、なおかつ、我々としては、日本としてはいかにあるべきか。これはやはり、日本国民である我々、そして国会、政府、その辺のところで大いに議論してお決めいただかなければならない問題」と答弁した。政府は死刑存廃をめぐる「一つの流れ」や「国際的な潮流というふうなもの」を十分把握、認識するために、具体的にどのような措置を講じてきたか。死刑の存廃を「大いに議論」するための諸外国の動向把握については今後、どのような措置を考えているか。
三 戦争と死刑
 (1) 火野葦平の「麦と兵隊」や石川達三の「生きてゐる兵隊」には、日中戦争中、日本兵が中国人捕虜らを殺害する状況などが描かれているほか、太平洋戦争中の新聞にはアメリカなどの戦闘機搭乗員を処刑する様子が報じられた。捕虜や搭乗員らの殺害は軍法会議を経たケースもあったようだが、こうした「処刑」は当時、どのように考えられていたのか。国家が認めた正当な行為だったとすれば、死刑の執行と同じか。
 (2) 日中戦争と太平洋戦争中、日本軍が殺害した連合国側の捕虜や搭乗員、一般住民は何人くらいに及んだのか。また、強制労働で死亡した捕虜は何人か。
 (3) 現在、政府は戦中のこうした日本軍による捕虜や搭乗員らの殺害、強制労働について、どのように考えているか。
 (4) 戦中の捕虜や搭乗員などの殺害について、連合国は戦後、関与者をBC級戦犯として処罰したが、死刑になった人は何人いたのか。裁判国別に明らかにされたい。
 (5) BC級戦犯の裁判に対して、政府は当時、どのような姿勢で臨んだのか。証拠の収集などに協力したのか。被告人の弁護などのために援助を尽くしたのか。
 (6) BC級戦犯裁判について、政府は現在、どのように考えるか。
 (7) 平和に対する罪などに問われたA級戦犯は七人が死刑になったが、政府は現在、こうした裁判の結果をどのように考えるか。
 (8) 戦犯の死刑執行について、連合国の情報公開はどの程度なされていたか、承知しているか。巣鴨プリズンのほか、アジア各地の執行についても承知しているところを明らかにされたい。
 (9) 戦犯の接見や信書の発受はどうなっていたか、承知しているか。
 (10) A級戦犯七人とBC級戦犯二十六人の死刑に立ち会った花山信勝教謳師の著書「平和の発見、巣鴨の生と死の記録」などには、処刑される戦犯の心情などが詳細に記載されているが、死刑囚の心情の安定を考える上で、こうした著書などを参考にしてきたか。
 (11) 六月十五日から外交資料館で公開された外交文書の戦犯裁判関係を伝える同月十四日付け読売新聞によると、今回の外務省資料で、法務省が戦犯裁判関係資料の収集を進めていた事実が明らかになったが、公開していないという。外務省は部外秘の外交文書でも、一定の年月が経過したものはプライバシーや資料の正確性の問題に留意しつつ公開しているのに、法務省はなぜ公開しないのか。理由を明らかにされたい。
 (12) 日本国憲法は前文第一段で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」したとして、第二段では「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と定めている。「戦争の惨禍」とはどのような事実を指していると考えるか。また、「人間相互の関係を支配する崇高な理想」とはいかなるものか、政府の解釈を具体的に示されたい。
 (13) 前記「人間相互の関係を支配する崇高な理想」と国家権力との関係について、どのように考えるか。また、死刑は「人間相互を支配する崇高な理想」にかなった制度と考えているのか。
 (14) 日本国憲法前文第二段は前記部分に続けて「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と定めている。死刑廃止が主流の先進国の中にあって、死刑の存廃は「それぞれの国において独自に決定すべきもの」(五月十三日の衆院法務委員会での原田法務省刑事局長答弁)として、存廃議論のための十分な情報公開も拒む政府の姿勢は、国際社会において、名誉ある地位を占められると考えているのか。
 (15) 死刑は残虐な刑罰に当たらないとする最高裁の合憲判決では、死刑が前記日本国憲法前文にも違反、抵触しないと判断されてきたと政府は認識しているか。
 (16) 日本は日本国憲法によって戦争を放棄したが、戦争は国が権力を行使して殺人や人を死にいたらしめる行為を国民に命じるものと考えるか。
 (17) 戦争を放棄した現在、国が権力を行使して殺人、または人を死にいたらしめる行為を命じることはあるか。刑罰という国家権力を行使する死刑はどうか。
四 絞首刑
 (1) 政府が現在、死刑の執行方法として、絞首刑を選択している理由は何か。また、残虐な刑罰ではないと考える理由を明らかにされたい。
 (2) 世界各国における絞首刑の歴史について、どのように認識しているか。
 (3) 明治以後の日本の司法法制と密接な関係を持ってきたドイツで、ナチス党が政権を掌握した後、新たに絞首刑を導入したこと、絞首刑は銃殺やギロチンによる斬首以上に残忍な執行方法とされ、ヒトラー暗殺に失敗した首謀者らが絞首刑とされたことを承知しているか。
 (4) 政府は、国内の死刑事件をめぐり、絞首刑が残虐な刑罰に当たるかどうかが争われた裁判で、世界各国で絞首刑がどのような歴史を持っているかについて、弁論があったかどうか承知しているか。また、絞首刑を合憲とした最高裁判決は、世界各国における絞首刑の歴史を踏まえて判断していると認識しているか。
 (5) ヒトラーは絞首刑の執行を撮影させていたとされるが、日本で絞首刑の執行をフィルムあるいはスチール撮影されたことはあるか。
 (6) アメリカの死刑存置州で、絞首刑を採用している州はいくつあり、存置州全体の何%を占めているか、承知しているか。絞首刑以外の州はいかなる理由で、どのような執行方法を採用しているか、認識しているか。
 (7) 国連加盟国中、死刑を存置している国で絞首刑を採用している国はいくつあり、どのような理由で採用しているか、承知しているか。
五 死刑執行人の苦悩
 (1) 政府は矯正施設職員の採用に当たり、死刑を実際に執行する仕事が含まれていることを募集パンフレットなどに記載し、公示してきたか。
 (2) 矯正施設職員に対し、死刑執行のための研修はなされているか。
 (3) 受刑者の「矯正」に自らの使命を見いだし、苦労も絶えないであろう日々の職務に専念する矯正施設職員が「矯正」とは正反対の死刑を執行する際、どのような心境か、アンケートや面接などで調査したことはあるか。あるとすれば、どのような結果だったか。
 (4) 五月十三日の衆院法務委員会で、下稲葉法務大臣も元刑務官の通信を紹介し、死刑執行人の苦悩について一定の理解を示していたが、政府に対して現職の刑務官や刑務官経験者から死刑執行をやめてほしいとの趣旨の手紙などが寄せられたケースはほかにもあるのか。
 (5) 元刑務官戸谷喜一氏は自著「死刑執行の現場から」に「極悪非道の犯罪者であったとしても、私たち刑務官の仕事は、その受刑者を更生させることであり、更生不可能と断定して『殺す』ことではない。また、刑務官という公務員の職務に、『殺人』もしくは『殺人幇助』という仕事があることが、ある意味において、刑務官の仕事からプライドを奪い取ってしまっているように思えてならなかった」と書いている。こうした刑務官たちの訴えをどのように受け止めるか。
 (6) 同書によると、
 S拘置所で執行された死刑確定者Xは「私は死刑囚です。ずっと前から今日の日があることは覚悟しておりました。しかも今、所長さんのご立派な人柄とやさしいお言葉のおかげで、私の処刑は、私の身体を清あるありがたい処置であると思えてきました。(中略)心残りは何一つなくなっています」と述べた後、春日八郎の「別れの一本杉」を歌った。拘置所長が涙ぐむ中、Xは保安課職員に手錠を掛けられ、白い布で目隠しされた上で、刑場に誘導されていった。職員が吊されている麻の綱の輪になった部分を首にかけた時、Xは突然「お母さん」と叫んだ。職員が四角い踏み台から外に出ると同時に、Xの足下の板がバタンと左右に開き、彼の身体は四角い暗い穴の中に落ちた。綱はビリビリ震えながらピンと張り切り、しばらく前後左右に揺れた。読経の声が大きくなり、見守る職員らの合掌する手にはいっせいに力がこもったという。
     これが死刑執行の一つのケースと理解していいか。
 (7) 五月十三日の衆院法務委員会で、法務省矯正局長は承知していなかったようだが、死刑廃止法案が国会に提出された一九五六年五月十一日の参院法務委員会公聴会で、当時奈良少年刑務所長の玉井策郎氏は死刑の執行について
 「私たちは教育者であると自負し、誇りを持って私たちの仕事に精励している。(中略)死刑という刑罰が存在する限り、そしてその執行を私たち矯正職員が行わなければならない限り、私は方便的に任務を遂行するのであって、そこに教育としての良心は片鱗をも示すことはできない。(中略)当然死刑は廃止してほしい。もし直ちに廃止することができないとするならば、さしずめ死刑の執行は矯正職員にやらせることだけは、せめて直ちにやめさしてもらいたい」
 と述べている。現在公の場でこうした訴えを聞かないのは、法務省が死刑執行に関する情報公開を時代の経過に伴って後退させるとともに、自由な議論を許さないような省内の締め付けをしてきたから、刑務官も内心を吐露できない状況になっているからではないのか。内心で蓄積した苦悩がどれほど人を痛めるかについて、理解しているか。
 (8) 同公聴会で、玉井氏は四十六人の死刑を執行したことを明らかにした上で
     「個人的には何の恨みもないその人間を人間が殺す、その不法の瞬間を私思い知らされてきたのであります。凶悪な犯罪は、もちろん天人ともに許されるところではありません。ただ(中略)絶対に真人間にはなれない極悪非道な悪人だときめてしまっていいのでしょうか。(中略)四十六人の人々は、やはりその性は善でありました。(中略)大きな罪に対して反省ができてからの彼らは、むしろ私たちよりも、その心の持ち方ははるかにすぐれておった」
     とも述べている。死刑確定者の「更生」について、どのように考えるか。
 (9) 昨年十二月十二日提出の「死刑の執行などに関する質問主意書」に対する一月十三日付け政府答弁書によると、前述のように、両手に力を込めて死刑の執行終了を待った刑務官には二万円の特殊勤務手当が支給されるようだが、それ以外に刑務官の「心情の安定」を期すための措置はないのか。
 (10) 五月十三日の衆院法務委員会で、法務省矯正局長は矯正施設の職員に死刑を執行させる法令は存在せず、上司の命令に従わなければならないとする国家公務員法第九十八条によって執行させてきたという趣旨の答弁をした。死刑の執行については法務大臣の命令、検察官、検察事務官らの立ち会いが刑事訴訟法で義務づけられているにもかかわらず、執行人を法令で定めていないのはなぜか。
 (11) 同委員会では、下稲葉法務大臣が刑務官の心情に一定の理解を示しながらも「非常に厳しい国の法秩序の維持という責任を持っている」と答弁したが、直接の法令もないのに刑務官に死刑を執行させ、「国の法秩序の維持」に責任が持てるのか。
 (12) 「国の法秩序の維持」と凶悪犯罪を犯したとされる人間の命とでは、「国の法秩序の維持」が重いと言うことか。
 (13) 刑務官ではなく、検察官や検察事務官が死刑を執行すると問題が生じるのか。「立ち会う」以外にはできないということか。
 (14) 検察庁法によると、検察事務官は上官の命を受けて「公益の代表者」たる検察官を補佐し、又はその指揮を受けて捜査を行うことが職務とされるが、政府は採用に当たって検察事務官が死刑執行に立ち会い、執行始末書を作成することを募集パンフレットなどで公示してきたか。
 (15) 検察事務官に対して、死刑執行に立ち会い、執行始末書を作成するための研修はなされてきたか。
 (16) 政府は刑務官同様、検察事務官から死刑に立ち会うことに対する苦悩を訴えられたことはあるか。
 (17) 死刑執行にかかわった検察官、検察事務官、監獄の長、刑務官のうち、執行が主たる原因で退職したケースはあるか。あるいは自殺した事例はあるか。
六 冤罪
 (1) 明治以来、いったん死刑判決を受けながら上級審や再審で無罪となった事件は何件あるのか。それぞれの事件について概要、無罪の判決理由を明らかにされたい。
 (2) 無罪判決が確定し、担当検察官が処分された事例を明らかにされたい。
 (3) 計三回やりとりした「死刑の必要性、情報公開などに関する質問主意書」に対する政府答弁書で、政府は死刑確定者が再審無罪になった原因について「具体的事件の捜査手続又は刑事裁判手続における検察官及び裁判所の判断にかかわる事柄」として、答弁を拒否したが、裁判手続きはともかくとしても、結果的にとりかえしのつかない人権侵害を犯した検察官の捜査手続きと起訴は行政府の責任であり、行政の失態を隠そうとするのか。学校や民間企業などでは通常、失敗や過ちを犯した反省と将来の再発防止に向けた決意が言葉だけではないことを示すには、失敗や過ちの内容を具体的に明らかにし、なぜ過ったのかを検証するが、検察官の場合には必要ないのか。
 (4) 二月十七日提出の「死刑の必要性、情報公開などに関する再質問主意書」に対する三月二十四日付け政府答弁書によると、「既に死刑を執行した者の中には誤判による無実の者が含まれていることはないものと確信している」というが、令状主義及び厳格な証拠法則が採用され、三審制が保障されるなど捜査、公判を通じて慎重な手続きにより、有罪が確定されているのに、再審無罪が相次いだ。しかもいずれのケースも再審開始までには何度も請求を繰り返していた。再審が一九七五年の「白鳥決定」によって、ようやく現実的なものとなった経緯を踏まえれば、少なくとも七五年以前には再審制度によっても救済されなかった死刑確定者がいたおそれがあると推認することも十分合理的であるのに、「ないものと確信している」のはなぜか。
 (5) これまでの政府答弁によると、法務大臣による死刑執行命令に際しては裁判所の判断を尊重しつつ、関係記録を十分精査検討しているようだが、精査検討の結果、執行できないと判断し、検事総長が非常上告したケースはあるか。
 (6) 過去の冤罪事件では、検察官が捜査で得た証拠をすべて開示せず、公判には被告人に不利な証拠のみを提出し、被告人に有利な証拠は紛失するケースなどもあるようだが、三月二十七日提出の「死刑の必要性、情報公開などに関する第三回質問主意書」に対する五月一日付け政府答弁書によると、「検察当局においては、これらの事件に係る再審の判決において指摘されている問題点を踏まえて、信用性のある供述の確保とその裏付け捜査の徹底、証拠物やその鑑定等の客観的な証拠の十分な収集、検討等に一層の意を用い、事件の適正な捜査処理に努めている」のだから、少なくとも最後の再審無罪判決が確定した一九八九年二月以降、こうしたケースはあり得ないと信頼していいか。
 (7) 検察官の証拠開示については、前記検察官の努力を担保するため、下稲葉法務大臣が五月十三日の衆院法務委員会答弁で紹介している、カナダのように公判前あるいは公判中にかかわらず、検察官に証拠開示を義務づける法律を提案してはどうか。
 (8) 同じ当事者主義の刑事訴訟を原則とするアメリカなどでは、無罪判決に対する検察官の上訴を認めていないが、政府は日本で冤罪事件が少なからず、発生していることを踏まえ、こうした制度をどのように考えるか。
 (9) 日本国憲法第三十九条は「何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない」と定めているが、最高裁は「無罪とされた」というのは無罪判決が確定したという意味と解釈し、検察官に上訴権を認めている。ただ、いったん無罪判決が出た場合、アメリカなどと同様、検察官には上訴権はないとの解釈もあり、また憲法にこうした規定が盛り込まれた趣旨を踏まえて、無罪判決に対する検察官の上訴は慎重、謙抑的になされなければならないと考えるが、どうか。
 (10) 死刑判決を受けた被告の冤罪にとどまらず、死刑確定者の再審無罪も実際に発生している事実を踏まえると、無実の人の命を国が奪うというとりかえしのつかない過ちを犯すのではないかと心配ではないか。
七 世論
 (1) 五月十三日の衆院法務委員会で、原田法務省刑事局長は「現在、なお国民世論の多数が、極めて悪質で凶悪な犯罪については死刑をもやむを得ないと考えている」と答弁したが、国連加盟国中、通常犯罪の死刑を廃止した国における廃止決定時の世論調査結果について、把握できたか。把握できていたならば、具体的に明らかにされたい。
 (2) オウム真理教の元医師林郁夫被告に対する無期懲役の判決について、五月三十一日付け朝日新聞には五十歳の男性から寄せられた次のような投書が掲載された。
     「検察の求刑には、自白への情状酌量のほかに、長期化するオウム裁判の大事な証人を失いたくないという意図も含まれていたのかもしれない。しかし、私は別の側面から、この判決を支持する。私たちは、六年前に当時十七歳だった娘を交通事故で失った。当初の運転者への感情は『許し難い憎悪』であった。『娘を返して欲しい』とその人に向かって叫びたかった。だが、この思いは決して満たされることはない。一人の人間は、唯一無二だからだ。何によっても代え難いからだ。その時から『人間にはいかなる理由でも、人間を殺す権利はない』と考えるようになった。戦争でも、裁判でも、である。『正しい理由があれば、人間は人間を殺してもよい』という論理こそが、人類の悲劇を繰り返してきた原因ではないだろうか(以下略)」
     政府はこの投書のような世論をどのように受け止めるか。
 (3) 林郁夫被告の裁判では、地下鉄サリン事件において、林被告がサリンを散布した路線で亡くなった営団地下鉄職員二人の妻がそろって、林被告に死刑を求めなかった。犯罪や事故で、愛する家族を失った人たちが犯人や当事者に厳しい憎悪を注ぐのは当然の心情だが、中には時間の経過、被告の態度、命に対する考察などから国による厳罰を求めない人も少なからずいることも事実だ。政府は犯罪や事故の被害者に対して、処罰感情を調査したことはあるか。ある場合は時期、内容などを明らかにされたい。調査したことがない場合はこうした調査が必要とされてこなかった理由を述べられたい。
 (4) 一九九四年六月十四日付け朝日新聞に掲載された衆院議員面接調査中、死刑制度については「即時廃止」四十人(八・四%)、「仮釈放を認めない終身刑などを創設して、死刑は廃止する」九十三人(一九・六%)、「現段階で執行を停止し、その間に議論を深める」九十一人(一九・二%)、「現状のままでいい」百九十一人(四〇・二%)という結果だったことを承知しているか。全国民の代表として選挙され、国権の最高機関を組織する議員のこうした動向をどのように考えるか。
 (5) 死刑廃止や執行停止による議論を求める議員は四七・二%で、「現状のままでいい」とする議員を七ポイント上回っているが、こうした結果を尊重しないのか。
八 情報公開と死刑執行
 (1) 雑誌「アサヒグラフ」の一九四七年十月二十九日・十一月五日合併号に広島の刑場写真が掲載されているが、どのような経緯で取材されたか、承知しているか。取材に応じていたとすれば、現在でもマスコミの取材に応じるか。現在は応じないとすれば、死刑の執行が現在よりもはるかに多数(「死刑の執行などに関する質問主意書」に対する一月十三日付け政府答弁書によると、一九四七年の執行は十二人)に上っていた当時は認めて、現在認めない理由は何か。
 (2) 死刑をめぐる論議は必要と考えているか。必要と考えているならば、論議の前提として、まず何が求められると考えるか。
 (3) 死刑制度について、小・中・高校ではどのように教えているのか。子どもたちには死刑制度の是非をめぐって激しい論議があることも教えているか。
 (4) 同じ死刑存置国であっても、執行に報道関係者を立ち会わせるなど、情報公開を進める一方で死刑確定者の接見や信書の自由を保障する国と、死刑を密行して情報公開も年間の執行者数などだけにとどめ、死刑確定者の接見や信書の自由を制限する国とでは、どちらが死刑を直視した論議が高まると考えるか。
 (5) 現在、国会で審議されている政府提案の情報公開法案が成立した場合、死刑に関する情報公開が進むと期待していいか。
 (6) 死刑廃止条約の批准を求めるNGOや報道関係者の間には、組織犯罪対策法案などで忙しかった今国会の会期終了後、死刑執行命令の法務大臣決裁を仰ぐための関係記録の精査検討に入り、七月までに執行するとの情報があるが、事実か。

 右質問する。





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