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昭和四十二年九月二日受領
答弁第三号
(質問の 三)

  内閣衆質五六第三号
    昭和四十二年九月二日
内閣総理大臣 佐藤榮作

         衆議院議長 石井光次郎 殿

衆議院議員小澤貞孝君提出新潟県阿賀野川河口附近における水銀中毒事件の調査等に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。





衆議院議員小澤貞孝君提出新潟県阿賀野川河口附近における水銀中毒事件の調査等に関する質問に対する答弁書



一、今回阿賀野川下流地域に発生した水銀中毒事件は、患者数が多く発生地域が広域にわたり、しかも複雑な発生機序を有する特殊な事件であるので、現場に明るい行政組織の協力を得る必要がある。このような理由により新潟県衛生部長を疫学研究班の一員に加えたものであり、調査項目、調査方法の決定及び結果の解析は、疫学研究班の全員の合議により行なわれたものであるから、このことが班の構成の適正を欠くとは考えられない。

二、(イ) 新潟県衛生部長の疫学研究班での発言には、農薬調査が不必要であるとの意見はなく、新潟県は疫学研究班の決定に従い農薬調査を実施した。

  (ロ) 昭和三十九年六月十六日発生した新潟地震により被災を受けた農薬保管倉庫は、七社十倉庫であつた。このうち最も浸水の激しかつた倉庫は、臨港埠頭にあつた滝沢倉庫であつたが、建物は若干破損したが、側壁はほとんど完全に保たれており、五箇所の扉は農薬の流出、盗難の防止を施すためラワン材で閉塞していた。他の倉庫は県営埠頭にあり、これらの倉庫は地下水の湧出などにより浸水したが、建物の側壁はほとんど完全に保たれており、また扉はいずれも閉塞されていた。
      以上の新潟県の調査結果から、疫学研究班は被災農薬の流出はなかつたものと判断した。
      また、該当の倉庫業者、保管依頼者の帳簿、記録などによる新潟県調査結果からも数量的に流出は認められないと疫学研究班は判断した。

  (ハ) 農薬流出についての新潟県の調査では昭和三十九年七月二日から八月六日までの間に七箇所で三百七十五本の漂着農薬容器が発見された。そのうち二百九十二本は使用後の空ビンであり、残り八十三本は内容物があつたが、水銀農薬は含まれていなかつた。
      漂着農薬の所有者は判明しなかつたが、倉庫よりの流出物ではないと疫学研究班は判断している。

  (ニ) 農薬取締法第十条では農薬の製造業者、輸入業者及び販売業者は帳簿を備え付け、農薬の種類別に製造、販売等の数量を記載しなければならないことになつているが、倉庫別等の保管状況の記載までは要求していない。
      なお、新潟県の調査によれば、新潟地震当日新潟港埠頭倉庫に保管されていた農薬の数量及び地震後処置された農薬の数量については、次のとおりとなつている。

(1) 新潟地震当日の農薬保管総数 一、七〇五、三一三キログラム
  内 訳  
    水銀系農薬 一、〇四五、二一九キログラム
      内 訳  
        アルキル系水銀 一、五二一キログラム
        非アルキル系水銀 一、〇四三、六九八キログラム
    水銀系以外の農薬 六六〇、〇九四キログラム

(2) 地震後処置された農薬の数量 四八七、四七三キログラム
  内 訳  
    返品数量 二三四、二〇八キログラム
    内 訳  
      水銀系農薬 一三一、四〇四キログラム
        内 訳  
          アルキル系水銀 三七八キログラム
          非アルキル系水銀 一三一、〇二六キログラム
      水銀系以外の農薬 一〇二、八〇四キログラム
      減価販売数量 一四、六五一キログラム
        内 訳  
          水銀系農薬 一二、五一五キログラム
            内 訳  
              アルキル系水銀    〇
              非アルキル系水銀 一二、五一五キログラム
          水銀系以外の農薬 二、一三六キログラム
      廃棄数量 二三八、六一四キログラム
        内 訳  
          水銀系農薬 六二、八四四キログラム
            内 訳  
              アルキル系水銀 四五キログラム
              非アルキル系水銀 六二、七九九キログラム
          水銀系以外の農薬 一七五、七七〇キログラム
 
    (注) 上記新潟県の調査の結果による業者別数量は別添資料Iのとおりである。

  (ホ) 新潟県の調査によれば新潟商船倉庫はA号、B号、C号の三倉庫があり、廃棄した水銀系農薬(非アルキル系水銀農薬のみであつた。)の数量及びその処理状況は次のとおりであつた。

A号倉庫の保管にかかる分 一二、六九六キログラム
B号倉庫の保管にかかる分 五、一一二キログラム
  右はA号倉庫跡、B号倉庫跡の地中にそれぞれ埋設処理された。(現在の岸壁の基礎の下)
C号倉庫の保管にかかる分 一九、七六四キログラム
  右は地盤沈下のための嵩上げ工事の際その基礎の下に埋設処理された。

  (ヘ) 衛生対策の記録は、新潟県が地震直後倉庫業者に被災状況を電話照会して、緊急にとりまとめたものである。当時、新潟商船倉庫から「約二百四十トンの水銀農薬があり、その約二分の一量位が被災した。」との連絡があつたので、衛生対策の記録にそのまま一二〇トンを記載したものである。その後疫学研究班の指示により新潟県が、帳簿、記録などを調査した結果同倉庫は被災当時二二六、七五五キログラムの水銀系農薬を保管しており、そのうち五一、六五一キログラムが被災したことが判明したものである。
      なお、この被災農薬中一、五九四キログラムを返品、一二、四八五キログラムを減価販売、三七、五七二キログラムを廃棄した。

  (ト)(1) 滝沢倉庫は昭和三十九年六月十八日及び十九日の両日にわたり、一日約八十人の作業員を使用し、倉庫の出入口を補強した後、二十五日までに、川船、小舟、トラツク等により、全保管量(約二五八トン)の約半分の一二二トンの農薬を搬出し、残量は、引き続き倉庫内に保管していたが、倉庫の状態及び帳簿、記録の数量的調査結果から流失したものはなかつたと疫学研究班は判断した。

     (2) 新潟県の調査によれば被災農薬の倉庫別廃棄数量、場所等は別添資料IIのとおりであり、また、地震による津波の被害を受けた農協倉庫はなかつた。浸水した農家からの自家用農薬の流出の可能性は考えられるが、その実態は明らかでない。

  (チ) 東京歯科大、国立衛生試験所における研究の段階において酢酸フエニル水銀中のメチル水銀化合物の量が〇・三パーセントという分析数値を得たが、その後の研究により実験条件が必らずしも正確ではなかつたことが判明した。
      その後試験研究班全担当者立合いのもとに実験条件を統一して分析した結果〇・〇〇五パーセントと〇・〇〇九パーセントの数値を得た。(ただし、この数値はすべて塩化メチル水銀としての数値である。)

三、疫学研究班報告に記載されている阿賀野川と新井郷川を結ぶ水路(長さ約八〇〇メートル)の状況は地震後まもなく行なわれた調査の状況であり、

イ、「水路は二重に遮断されていた」というのは、阿賀野川口の水門が閘門と角材で閉ざされていたことの意味である。

ロ、新井郷川は、常時二台の排水機により、毎秒二〇トンの水が下流に排水されており、このため潮の干満などによる阿賀野川の水位の高低によつて新井郷川の水路及び水路口附近の水の流れは変る場合もあり得る。ただし、日本ガス化学の排水口はこの水路口から下流約一・二キロメートルにあり、この排水が逆流し、阿賀野川に流入することはないと疫学研究班は判断した。

ハ、地震と同時に水路の一部(阿賀野川寄り)の河底が隆起して閉塞状態となり、水量が極めて少なくなつていた。現在、水路は補修され、流量も豊富である。

四、本中毒事件の原因究明については、厚生大臣の諮問機関である食品衛生調査会においても審議を行なつた。
  特別研究班及び食品衛生調査会の審議の過程において御指摘の点についても検討されたが、原因を河口より半経一〇キロメートル以内のみに求めることは必ずしも適当でないとの結論が出された。

五、被害者に対する援護については、地元県及び市町村が患者に対し医療費、医療手当の支給、死亡家庭に対し見舞金の支給、患者世帯に対し生業資金の貸付け等を行なつている。
  政府としては、原因の究明を急ぐとともに、当面の患者の治療及びリハビリテーシヨンの対策をすすめるために本年度において公害調査研究委託費の支出を行なうこととしている。

 右答弁する。












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